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どうか、わたしを

#UDCアース #宿敵撃破

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#UDCアース
#宿敵撃破


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●遺却の叫び
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 どうして、わたしは生み出されたの?

 何故、俺は救われなかった?
 嫌だ、嫌だ嫌だ。誰も私を助けてくれない。
 やめて! 僕を傷つけないで!
 あたしを捨てないで。まだここにいたい!

 ここではたくさんのわたし『たち』の声が聞こえる。
 忘れられたくない。忘れないで。思い出して、と。
 わたしたちはあなたがつくったもの。だから、あなたを■■している。
 それなのになぜ、■■■■なければいけなかったの。
 あなたの望む、わたしのカタチになれなかったから?
 どうか教えて。教えてよ。お願い、だから。

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●異空間にて
「なぁ、窓の外がぐるぐる回ってないか?」
「んん……幻覚でも見てるんじゃないか。もう何徹目か分かんないし」
「俺ら、なんでこんな所で働いてるんだろうな」
「どれだけ良い企画を作っても最後に社長がぶっ壊すからなぁ」
「そうそう。今回はリリース出来そうだけどさ、最初に作ったアレは惜しかったよな」
「アレな。ヒロインの子が良い出来で……あれ? 思い出せないな」
「名前、忘れたな」
「アレ以降にもかなり企画倒れしたもんな。結構なコストもかかってんのに……」
「まったく、社長は何を考えてるんだろうな」
「もう今更どうでもいいよ。はぁ……帰宅してーなぁ」
「この開発状況じゃ望み薄だろ。とりあえずコーヒー淹れてくるわ」
「俺は流石にもう無理……仮眠してくる……」

 これは或るゲーム制作会社の社員達の会話。
 もう何日も帰宅できていない彼らは判断力が鈍っており、現状に気付いていない。
 この会社のビル全体が、邪神の力に覆われた異空間となっていることに――。

●偶像少女の嘆き
「ペデストリア・システムズ。これが今回の事件が起こった企業の名前だ」
 UDCエージェントのひとり、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は猟兵達に或るゲーム制作会社の名を告げた。
 コンシューマーゲームの企画や制作を行う企業であるペデストリア・システムズ。其処は一見、ごく普通の会社に思える。
「社員は一般人ばかりだが、社長が邪神を信奉している危険思想の持ち主でな。奴は生贄を捧げる儀式を社内で行っていたんだ。ただし、人間ではなく『ゲームのキャラクター』という生贄をな」
 存在しない邪神に非実在のキャラクターを捧げる。
 本来ならば、そんなことをしても何も起こらないはずなのだが――。
 しかし、会社内には社長が集めたという怪しい呪物が幾つも配置されて互いに作用していた。そのうえでブラックな環境で働かされ続けていた社員達の負の感情が積もりに積もって、新たな邪神を生む場となってしまったらしい。
 ペデストリア・システムズではこれまで多くのゲームが企画された。
 本格ロールプレイングゲームや恋愛シミュレーション、ホラーやノベルゲームなど。世に出されたものもそこそこあるが、お蔵入りになった作品の方が圧倒的に多い。
 作品のタイトルや世界設定は勿論、性格や個性、生い立ちの設定、立ち絵や3Dモデルの制作。綿密なストーリーまで組み上げられた状態のキャラクターが、社長の権限と悪意によって没になる。それはこれから世界に羽ばたき、生きようとしていた個人が殺されることにも等しいのかもしれない。
 そうして、邪神は顕現した。

 儀式の生贄にされたことで世に出なかったゲームのひとつ。
 その中のヒロインの偶像が邪神化してしまった影響で、会社内はダンジョンのように入り組んだ迷宮になってしまっている。
「普通じゃ有り得ない事象であまりにも危険だったからな。呪物は回収して、社長は儀式を行わないよう拘束してある。数人の社員も保護したんだが……問題は会社のビル内に残されたままの社員達だ」
 肩を竦めたディイは溜息をついた。
 徹夜続きで判断力が鈍っている社員達は、まだ異変に気付かぬまま社内に残っている。まずは彼らを探し出し、もう帰宅していいと告げてやればいい。疲れ果てている彼らにはきっと、優しい言葉がよく効くだろう。
 また、異空間化したことで内部ではゲーム的なフラグが必要になっているらしい。
「社員が首に掛けている社員証ってあるだろ? それがないと異空間の奥に進めないようになっているらしい」
 社員証さえ渡して貰えば、社員達もビルの外に出られる。一般人の救出と同時にキーアイテムを手に入れられることは不幸中の幸いだ。
 社員証を入手した後は、邪神の眷属となったゲームキャラクターとのバトルになるだろう。それらを倒して最奥に向かえば、異空間化の元凶に会えるはずだ。
「内部は変わっちまってるが、基本的な物理法則は現実準拠だ。戦い方はいつも通りで問題ないぜ。特殊な相手が敵だが、お前達なら勝利できるだろ」
 その辺りは心配ないと告げたディイは、猟兵達に信頼が宿った眼差しを向けた。
 作られたキャラクターが世に出る前に死蔵される。
 それは業界においてよくあることで、致し方ないことなのかもしれない。だが、今回のそれは悪意の上で行われたこと。悲劇の上に更なる悲劇が重ねられないように、今こそ猟兵の力が必要なときだ。
「悲しい存在に引導を渡してやってくれ。それが彼女達にとってのエンディングだ」
 そして、ディイは現地に赴く猟兵達の背を見送った。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『UDCアース』
 制作中止になったゲームに悪しき念が絡まり、キャラクターの概念を抽出した邪神が生まれてしまいました。邪神の力で異空間と化した制作会社ビルへ赴き、元凶を倒してください。

●第一章
 冒険『弊社バッドラック』
 ローグ系RPGのダンジョンのようになった社内が舞台です。
 進んでいくと会議室やオフィス内、仮眠室や給湯室、或いは廊下や階段などがランダムで出現します。各所に散らばっている社員達を見つけてあげてください。全ての社員が疲れ果てており、優しい言葉や対応に飢えています。
 無理に嘘をついたり変装したり、取り繕う必要はありませんが、ゲームっぽい空間にちなんでゲーム攻略のように進むのもありです。あなたらしい行動でどうぞ!

 うまく会話が進めば、色々なゲームやキャラクターの情報を仕入れられます。二章以降のフラグになったりならなかったりします。
 首にかけている社員証を渡して貰うことで社員をブラックな呪縛から解放でき、猟兵は次の領域に進めます。

●第二章
 集団戦『嘆き続けるモノ』
 学校の屋上や村、お城や河原など、様々な空間が混在する多重フィールド。
 ゲームのサブヒロインや親友ポジションのキャラ、ストーリーが作られなかった途中加入の仲間、見せ場もなく倒れていったモブや、3Dデータが作りかけの魔王などの念が凝り固まった敵との戦いとなります。
 ゲームキャラクターらしく決められたことしか喋らず、意思の疎通は不可能です。

●第三章
 ボス戦『忘却恐れし偶像少女』
 最奥の空間に佇む、邪神となった偶像少女(ヒロイン)との戦いです。
 現時点で彼女の名前は不明。
 愛されたい、忘れられたくない、置き去りにされたくないという思いを抱き、周囲を完全なゲームの世界に変えようとしています。
 意思の疎通や対話が可能ですが、かなり強い嘆きに覆われています。
 退治は必須です。
 その果てに彼女がどのようなエンディングを迎えるかは皆様次第となります。
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第1章 冒険 『弊社バッドラック』

POW   :    客として乗り込み、どうにかして情報を集める。

SPD   :    会社に潜入し、社員に見つからないよう秘密裏に証拠や情報を探る。

WIZ   :    社員や会社関係者かのように振る舞い、会社内部から直接情報を集める。

イラスト:cari

👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

ユエイン・リュンコイス

物事を語るが故に『物語』。人の耳目に触れ其れらは、正しく死んでいるに等しい。ならばそれを見、聞き、記憶してやる事が、きっと救いとなるのだろうね。
此処は一つ、世を眺める塔守としてその頁を捲る一助と成ろうか。

さて、とは言え結末へ一足跳びに進んでしまうのは無粋と言うもの。まずは一つ一つのコンテクストを読み解く必要があるだろう。
取り急ぎUCを起動させてビル内部の地形を把握しつつ、行ける場所へ足を向けようか。その際、PCや情報端末があれば【叡月の欠片】を繋いで『ハッキング』し『情報収集』。
未完作品は元より、勤怠時間についても調べよう。帰るよう説得するにも、具体的な数字が合った方が話しやすいだろうしね?



●手繰る物語
 創られたものに命が宿る。
 そのような話は古今東西、数多の物語で綴られる事項でもある。その例を挙げていくことは途方も無いことだが、例えば今回の場合は――。
 それが命と呼べるものかどうか、未だ定かではなかった。

 邪神として顕現した存在は一度は消され、生を奪われたと言っても過言ではない。
 生贄に捧げられた少女たちは生きているのか、それとも死んでいるのか。その証明をするには様々な過程を検証し、仮説を立てた上での議論が必要かもしれない。
 だが、ユエイン・リュンコイス(黒鉄機人を手繰るも人形・f04098)は思う。
 物事を語るが故に『物語』と呼ぶ。
 人の耳や目に触れなかった其れらは、未だ誰にも語られていないものだ。つまりそれは正しく死んでいるに等しい。
 しかし現在、『彼女』は感情を持っている。
 忘れられたくない、置き去りにされたくない。そして、愛されたい。偶像の少女の中には紛れもない情動が存在している。
 ならば彼女たちを見て、聞いて、記憶してやること。
 それこそがきっと救いとなるのだろう。そのように感じ取ったユエインは、異空間化したビルの中を進んだ。
「此処は一つ、やるしかないね」
 世を眺める塔守として、此の物語を進める。
 その頁を捲る一助と成るべくして、ユエインはこの場に訪れたのだ。
「さて、とは言え……」
 この元凶である邪神の少女。即ち、結末へ一足跳びに進んでしまうのは物語を捲るとは呼べず、無粋というもの。
 まずはひとつずつのコンテクストを読み解く必要があるだろう。
 ペデストリア・システムズのオフィスになっているビルは、本来ならば至って単純な構造になっている。しかし、異空間に変化した建物の内部は滅茶苦茶だ。
 階段を登ったかと思えば、急に会議室が現れる。
 扉を開いて部屋に入ったはずなのだが、いつの間にか下り階段にいた。そんなことを繰り返しながら、ユエインは人の気配を探していく。
「こんなものかな」
 暫しビル内を歩き回ったユエインは、異空間のランダム性を認識した。地道に進んでいくのもいいが、此処は取り急ぎ自分の能力を巡らせた方がいい。
 ユーベルコードを起動させたユエインの周囲に塔の幻影が現れていく。
 異空間に聳え立つ塔の頂上より塔守が世界を見渡していけば内部の地形がユエインの脳裏に巡っていった。
「そうか、向こうに行けば良いんだね」
 取得した情報の中にはオフィスに続く道がある。其処に行けば社員もいるはずだと考えたユエインは廊下の奥へ進んだ。
 しんと静まり返った室内には、画面がつけっぱなしのPCがあった。
 丁度いい情報端末を見つけたユエインは、月の意匠を彫り込んだ外部演算補助装置――叡月の欠片を繋ぎ、内部情報を収集していった。
 未完作品のデータは元より、社員達の勤怠時間についても調べた方が良いだろう。仕事のために帰宅しない社員を帰るよう説得するにも、具体的な数字があった方が何かと話しやすいからだ。
 やがて、ユエインがあらかたのデータを確認した頃。
「ふああ……ん? 女の子か……」
 それまでデスクに突っ伏していた男性社員が起き上がった。見知らぬ少女がオフィスにいることについて驚かなかった彼は、ついにオレにも幻覚が、と呟く。
 社員が目元を押さえる中、ユエインは男性に勤務時間の情報を見せた。
「もう帰ろう?」
「……え?」
 そんな話し出しから始まったのは、ユエインによる長時間労働がどれほど非効率であるかや、社員の身体と精神状況を心配する内容の話だ。
 暫し後、ユエインは帰宅準備を整える男性の背を見送ることになる。
 その手には受け取った社員証が握られていた。次のステージに進む資格を得たユエインは、先程に得たデータの中で興味をひかれたものを思い返す。
 その内容は――。


●『残花のミオソティス』
 ジャンル:学園伝奇恋愛シミュレーションゲーム
 開発時期:200■年4月~
 
 ~その花は、いずれ散る運命にある~
 奇妙な噂が流れる学園を舞台にした青春伝奇物語。
 真夜中の学園で起こる不可思議な現象に遭遇した主人公達が辿る数奇な運命とは。状況選択肢システムによって左右される事件の顛末と、魅力的なヒロイン達との結末。真実を解き明かせるかは君次第。
 全てが終わったとき、君の隣にいるのは――。
 ヒロインの名前は■■・■。サブヒロインは■■■・■■。■・■■■。
 ■■の△△△が、××されたことによって開発中止。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア


なんて自由のねぇ連中だ
キャラと社員、どっちがって?
両方だよ
さっさと解放してやらねぇとな

社内ダンジョンは【野生の勘】【第六感】のまま適当に進んで、
社員を見つけたら話しかける
ようお疲れサン、交代だぜ
そろそろ家に一旦帰ったらどうだ?
ぶっ倒れちゃ元も子もねぇしよ
疲れてっと止め時が分からなくなるよな
今どのあたりやってんだ?
オーケー、わーった
後は俺が上手いことやっとくからよ
タイムカードも俺が打つ
上司に見つかる前にさっさとトンズラしちまいな
ああ、その首に掛かってんのも俺が片付けてやる
じゃぁな、ゆっくり寝ろよ

俺が言うのもなんだが……
作った端からぶっ壊されるたぁ、賽の河原みてぇだな



●創って、壊されて
 制作、即ち何かを作り上げるということは実に大変なこと。
 課されたノルマ、迫る期限、度重なる差し戻し、ずれていくスケジュール。作品を破綻させないように完成させるという、途方もなく長い過程を担っている者が、このゲーム会社の社員達だ。
「なんて自由のねぇ連中だ」
 エスタシュ・ロックドア(大鴉・f01818)は異空間化したビルの廊下を歩きながら、独り言ちた。異様な空気が満ちている廊下の先は真っ暗だ。
 その先に向かえば、通常では有り得ない配置の部屋に入ってしまうのだろう。
 移動すら自由がない。
 まさに今の状況を表していると感じたエスタシュは肩を竦める。
 件の邪神になったキャラクターと働き続ける社員。エスタシュが零した言葉が、どちらについてのものだったかは言うまでもない。
「さっさと解放してやらねぇとな」
 つまり、両方ともだ。
 偶像少女と制作会社の社員。双方を余すことなく、違う意味で救わなければ事件は解決しない。エスタシュは周囲を見渡し、歪む景色の奥に目を凝らす。
 行く先に危険がないか確かめただけであり、彼はわざわざ先を探るようなことはしない。社内は出入りする度に道筋が変わるダンジョンとなっているのだから、持ち前の勘と第六感のままに進んでいくだけだ。
 無人のオフィス。何処までも長く続く通路や、光が満ち溢れる妙な部屋。そういったものにも怯まず、彼は歩き続ける。
 そうして、エスタシュは資料室のような部屋に辿り着いた。
 これまでに通ってきた部屋や廊下は何の気配もなかったが、どうやら此処には誰かがいるようだ。棚には数多のファイルが無造作に突っ込まれており、幾つかは手にとって観覧できそうだった。
 しかし、エスタシュはまず部屋の奥でぶつぶつと呟いている社員の方に向かう。
 首からは社員証が下がっている。間違いない、あれが社員のひとりだ。
「ようお疲れサン、交代だぜ」
「へ? 君みたいな社員、いたっけ」
「あー……今日来たばかりだ。それより、そろそろ家に一旦帰ったらどうだ?」
 問いかけられたエスタシュは嘘をつかない範囲で返答をした。目の下にクマが見える社員は資料を眺めていたらしく、何かを考えていたらしい。
「といっても、まだ僕には案を出す仕事が……」
 デザイナーであるらしき彼は、制作中のゲームのために衣装資料を漁っていたらしい。おそらくは社長か上司に無茶なことを言いつけられたのだろう。
「ぶっ倒れちゃ元も子もねぇしよ。疲れてっと止め時が分からなくなるよな」
「うう……」
 社員は呻き声をあげ、肩を落とした。
 エスタシュは彼が持っているファイルをそっと受け取る。
「いいから、今どのあたりやってんだ? 資料纏めくらいは出来るからさ」
「この辺りの女の子の資料を……」
「オーケー、わーった。後は俺が上手いことやっとくからよ」
 渋る社員を言いくるめつつ、タイムカードも自分が打つと告げたエスタシュは彼の背を押した。それによって社員は力なく頷く。
「わかったよ……」
「上司に見つかる前にさっさとトンズラしちまいな。ああ、その首に掛かってんのも俺が片付けてやるから」
「それじゃあ頼むよ。あとは任せたからね……」
「じゃぁな、ゆっくり寝ろよ」
 ふらふらと外に出ていった社員は無事に社外に出られるだろう。その背を見送りながら、社員証を見下ろしたエスタシュは軽い溜息を零した。
 受け取ったファイルには黒髪の少女の全身図が描かれている。
 ゲームタイトルは『残花のミオソティス』。本来なら相応の資料が付属しているはずなのだが――其処には名の部分が消された形跡が見えた。
 ページをめくってみても、どのキャラクターにも名前がない。どれもこれも、不自然なほどに名称が記されていないのだ。
 おそらく、これが生贄で殺された者達なのだろう。
「俺が言うのもなんだが……」
 エスタシュはファイルを眺めながら、先程の社員や資料上のキャラクターを思う。
 作った端から壊される。それはまるで――。
「賽の河原みてぇだな」
 ふと呟いた言葉は、彼以外に誰もいない資料室の中で静かに消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

菫宮・理緒
企画で消えていったキャラクターを生贄にしてたのか。
キャラを命と見られない人に、ゲーム作ってほしくないんだけど、ね。

探しに行く場所としては、いちばん深そうなところ。プログラム室かな。

差し入れにフレッシュジュースとお野菜多めのサンドイッチ(味は普通)を持っていくことしよう。
社員さんを見つけたら、
今日は帰って休まれてください、とのことです。ほんとうにおつかれさまでした。って話しかけるね。

差し入れを渡したら、いっしょに食べながら、
企画で消えたゲームと、社員さんの推しキャラを教えてもらいたいな。

最後に、
「社員証はわたしが返しておきますから、ゆっくり休まれてくださいね」
って言って、社員証を渡してもらおう。


ミフェット・マザーグース
はーい、お茶でーす、お菓子です。どうぞ!
えっとね、お疲れさまの社員さんを、ケアするおしごとにきたよ

ミフェットはえらいヒトにお願いされて来たんだよ
だから、お仕事はちゅーだんして、ちょっとだけブレイクタイムしよう!

WIZで判定
甘い紅茶とカップケーキを詰め込んだカートを押して、お仕事でつかれてそうな社員さんのところにデリバリーするね。疲れてる時はあまいモノ!

ミフェットはUDCアースのテレビゲームにあんまり詳しくないけれど、絵本とか物語は大好きだから、そういうモノを作ってるヒトにすごく興味ある!
どんなお話を作ってたのか、どうやってお話を作るのか、どこからお話はできるのか、いっぱい聞かせてもらいたいな



●命を吹き込まれたもの
 小説にアニメ、ゲーム、その他諸々。
 創作物と呼ばれるものには往々にして初期案などの企画段階があり、洗練を重ねるうちになくなってしまう設定もある。
 より良いものを作るためならば、それはよくあること。
 寧ろ、そういった切磋琢磨する姿勢が素晴らしい作品を作り上げることに繋がる。
 しかし、此度の事件は違う。
「企画で消えていったキャラクターを生贄にしてたのか。ううん、わざと企画を消してキャラクターも殺して――」
 菫宮・理緒(バーチャルダイバー・f06437)はペデストリア・システムズの社長のやり方を思い、掌を強く握り締めた。
 懸命に企画を作り、制作している社員はともかく、この会社の社長は作品を昇華させようなどとは微塵も考えていなかったらしい。非実在のものを自らが信奉する邪神という偶像に捧げ続けた彼は、キャラクターを大切になど思っていない。
「キャラを命と見られない人に、ゲーム作ってほしくないんだけど、ね」
 理緒はちいさな溜息をついた。
 この会社の社員も身勝手なことに付き合わされている。そう思うと哀れでならない。理緒はダンジョンめいた構造になった社内をしっかりと歩いていき、ランダムに現れる部屋を次々と越えていく。
「探しに行きたいのはプログラムを組んでいるところなんだけど……」
 それは考え得る場所として、理緒が予想するいちばん深そうなところだ。プログラム室を目指す理緒は躊躇なく進んでいった。
 幸いにもダンジョンと化した社内に敵の気配は感じられない。
 おそらくまだ此処が浅層に当たる場所だからだろう。しかし、それゆえに理緒はこのフィールドにおいての奥を探していた。
「あれ? ここかな」
 幾度も移動を繰り返した後、理緒は目的の場所らしき部屋に辿り着く。
 其処には数人の社員が一心不乱にキーボードを叩いており、画面に向かっている。部屋には何とも言えない修羅場めいた雰囲気が満ちていた。おそらくは社内が異界化したことに気付かず、仕事に集中しているのだろう。
「あの……」
「え、女の子?」
 理緒が社員に話しかけると、彼はびくっと体を震わせた。純粋に驚いたらしい。
 お疲れさまです、とそっと告げた理緒は社員達に差し入れを渡していく。不健康そのものであるブラック会社勤めの者達に用意したのは、フレッシュジュースと野菜が多めに入ったサンドイッチだ。
 少女が社内にいるという違和よりも、食欲が勝った彼らは喜んでいる。
「おお、久々のまともな飯だ」
「ありがとう。誰かわからないけどありがとう……!」
 心底嬉しそうにサンドイッチを頬張る社員達の目には涙が光っていた。理緒はこくりと頷き、自分は言伝を頼まれたのだと伝える。
「今日は帰って休まれてください、とのことです。ほんとうにおつかれさまでした」
「帰宅して……いいのか?」
「やった、解放されるぞ……」
 社員は驚いていたが、理緒の言葉を疑わなかった。そうして、理緒は彼らに飲み物のお代わりを注ぎながら問いかける。
「もしよかったら、ご飯を食べながらゲームのことを教えてくれませんか?」
「興味があるのかい? じゃあ少しだけ――」
 社員達は久方振りの人の優しさに触れたことで、意気揚々と語っていく。
 これまでの企画で消えたゲームの話。
 各社員の推しキャラクターの話。そういったことを教えて貰った理緒は最後に、彼らに手を伸ばす。
「社員証はわたしが返しておきますから、ゆっくり休まれてくださいね」
 そして、無事に社員証が理緒の手に渡った。
 得た情報はきっと、後々の戦いにおいての何かの切欠になる――かもしれない。

●お疲れには甘いお菓子を
 それと同じ頃。
 気付かずに異空間に閉じ込められている人々がいると聞き、ペデストリア・システムズの内部に訪れた猟兵がいた。
「はーい、お茶でーす」
 別のオフィスルームにて、ミフェット・マザーグース(造り物の歌声・f09867)はふわふわとした微笑みと一緒に差し入れの飲み物を配っている。
 ランダム生成ダンジョンとなっているゲーム制作会社内は複雑怪奇だった。
 しかし、ランダムであるということはいきなり目的の部屋に到着できる可能性もあるということで――。
 運よく一歩目で人がいるオフィスに入ることが出来たミフェットは、事前に用意してきた食べ物を社員に渡すことに専念していた。
「うっうっ、ありがたい……」
「こっちはお菓子です。どうぞ!」
「ありがとう、ミフェットちゃん」
 既に自己紹介を終えた礼儀正しいミフェットは、疲れ果てた社員達の癒やしになっていた。何日も栄養ドリンクや最低限の食事で凌いでいた彼らにとって、少女が持ってきてくれた食料は最上の喜びにも等しい。
 彼らは最初こそミフェットの到来に疑問すら抱けていなかったが、ちゃんとしたものを口にしたお陰で意識がはっきりしたらしい。
「ところで……」
「ミフェットちゃんはどうしてここに?」
 社員から問われたことで、ミフェットはにっこりと笑う。
「えっとね、お疲れさまの社員さんを、ケアするおしごとにきたよ」
「へぇ、そんなものがあるのか」
「やっとうちにも福利厚生が適用されるのか?」
 彼らはうんうんと頷いて納得した。それはミフェットが嘘をついていないと感じているからだ。実際にミフェットは本当のことを言っている。猟兵としての仕事のはじまりが彼らを助けることだからだ。
「ミフェットはえらいヒトにお願いされて来たんだよ」
「社長か?」
「いいや、あの人がまさか」
 少女が語る言葉に首を傾げた社員達は、お菓子を頬張りながら考える。ミフェットは敢えて其処には深く触れず、カートをころころと推していく。
「だから、お仕事はちゅーだんして、ちょっとだけブレイクタイムしよう!」
 甘い紅茶とカップケーキはお代わりもある。
 それらが詰め込んだカートと一緒に、甲斐甲斐しくオフィス内を回るミフェットはとても愛らしい。仕事で疲れ果てた社員はすっかりミフェットの虜。
「こっちにも貰えるかな?」
「はーい、疲れてる時はあまいモノ!」
「はぁ……癒やされる」
 和んでいる社員達はまだ気付いていない。ミフェットの髪が死角からしゅるりと動き、彼らの社員証をケースから出してしまったことに――。
(ごめんね、社員さん)
 ミフェットは少し罪悪感を覚えたが、この社員証があると彼らが外に出られない。それにこの証が次の領域に進む鍵となるのだから、集めておかなければならない。
 こっそりと社員証を服の中に隠したミフェットは皆に問いかける。テレビゲームにはあまり詳しくないが、絵本や物語は大好きだ。
「ミフェットね、こういうモノを作ってるヒトにすごく興味ある! みんなはどんなお話を作ってたの?」
 どうやってお話を作るのか、どこからお話はできるのか。
 そういったことをいっぱい聞かせてもらいたいとミフェットが願うと、社員達は快く語ってくれた。ミフェットが聞いた情報は偶然にも、別の部屋で話を聞いていた理緒が得たものと同じゲームの話だった。
 そして、肝心の内容と物語とは――。

●『Gazer Gazy』
 ジャンル:ミステリービジュアルノベル
 開発時期:201■年8月~

 ~星を見上げてみて。あの光はもう、遠い昔に死を迎えている~
 或る日、流星群が訪れる夜。僕たち四人は天体観測をするために丘に出かけた。しかし、晴れるという予報が外れ、突然の雨が降ってきた。
 僕達が飛び込んだのは、これまでに見たことのない古い洋館だった。
 闇が満ちる館で離れ離れになった僕達は、想像を絶する恐ろしい体験をする事になる。
 あの館の中では決して上を見上げてはいけない。
 だって、そこには×××が――。

 主人公:■■・■■(任意変更可能)
 親友:遥・世鷹(はるか・よたか)
 友人:鳴川・波乃(なるかわ・なみの)
 妹:■■・希(××・まれ)

 ~社員の話~
「あのゲームは主人公のデフォルトネームがあったはずなんだ」
「なかなかいい名前だったよな」
「ビジュアルも良くて性格も良い主人公で印象的だったけどなぁ……」
「社長の気に入らないって一言でお蔵入りさ」
「主人公の妹が推しキャラだったのに、思い出せないのは何でだろうな」
「……呪い?」
「まさか!」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「人が取り残されて…遭難している、という事ですよね?」
1L水筒に自家製の経口補水液
背中にカステラとおむすびを沢山入れたリュック背負い参加
先に進むよりも人影探し優先
曲がり角では油性ペンで進行方向に矢印書く

「あの…大丈夫ですか?休憩取っていらっしゃいます?お腹は減っていませんか?」
「ビルから人が出て来なくなったと聞いて、何か事故でも起きて出られなくなったのかと。酷くお疲れに見えます、何か少しお腹に入れた方が宜しいかと」
UC「花見御膳」使用
食材に体力回復効果つけ渡す

「何か起きているのは間違いありません、1度安全な外に出て休息なさって下さい、ね?」
見つけた社員の手を引き安全に外に連れ出すのを繰り返す


ナターシャ・フォーサイス
生まれる前に堕ち往く…
それでは、我らが救うことなど出来ぬではありませんか。
だからと見過ごす選択肢も、ないのですが。

会社の中は複雑怪奇。
でしたら、天使達を呼び総当たりで行きましょう。
疲れ果てたものに安寧を。
天使達が社員の方を見つけたら、付き添い家路へと導くよう指示しましょう。

道中で社員の方を見つけたら、使徒として楽園へ…ではなく、今は家へと導きます。
貴方がたは、此処までよくやったのです。
創造主たる貴方がたが倒れては、誰が未だ生まれぬ子を世に送ると言うのですか。
ですから、もうよいのです。
今はゆっくり休み、英気を養う時。
再びのその時まで、力を蓄えてください。

…あぁ、それと。社員証を少し、拝借しても?


フリル・インレアン
ふええ、ここは自動販売機の前ですね。
あの方たちが社員さんですね。
えっと、お疲れのようですし飲み物だけでなく甘いお菓子はいかがですか?
こんな時間まで本当にお疲れ様です。
お夜食とかあればよかったのですが、よかたのですがあいにく用意してなくてすみません。
お仕事の続きはまた明日にして、お家でお夕飯にしてみてはいかがですか?
疲れている時よりも仕事の効率もよくなると思いますよ。
えっと、他の社員さん達にもお菓子を配って差し上げたいのでその社員証を貸してはいただけないでしょうか?



●心も身体も解きほぐして
 目の前で起こっているのは会社ビルの異空間化。
 外からは確認することが出来ないが、内部はダンジョンめいた様相になっている。
「人が取り残されている……」
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は現場で起こっていることを自分なりに整理してみた。ブラック会社の勤務形態はそれはそれは過酷なものだという。山登りや探検とは違うが、社内という空間から出られないのだとしたら――。
「つまりは遭難している、という事ですよね?」
 そんなわけで、桜花は準備を整えてきた。
 肩から提げた大きめの水筒には自家製の経口補水液。背中のリュックに詰め込んできたものはカステラと、おむすびがたくさん。
 水分とほっこりする甘いもの、そして日本人の食の要でもあるお米。
 これで社員達に対しての準備は万端だ。
 頑張りましょう、とそっと意気込んだ桜花はダンジョン化したビルに踏み込んだ。
 内部は話に聞いていた通り、普通のビルではなくなっている。何処までも長く続く廊下の奥は闇が広がっており、扉を開くと階段が続いているという謎の構造だ。
 桜花は先に進むことよりも、人影や気配探し優先していった。
 迷って戻ってきてしまった場合も考え、曲がり角などの主要な分かれ道では、持参した油性ペンで進行方向に矢印を書いた。
 ぐるぐると回ってしまうようなダンジョンならば、マッピングが必須だからだ。
 そうして、桜花はある部屋に辿り着いた。
 其処にはPC画面に向かっている数人の男性社員がいる。
「ん? 誰だ?」
 明らかに疲弊していそうな男性達。そのうちのひとりが桜花が訪れたことに気付き、顔を上げた。桜花はそちらに歩み寄り、そっと問いかける。
「あの……大丈夫ですか?」
「多分、まぁ平気……じゃないと思う」
 男性は思考力が鈍っているらしく、頭を押さえて首を振った。これはいけないと感じた桜花は他の社員達にも質問を投げ掛けていく。
「休憩は取っていらっしゃいます? お腹は減っていませんか?」
「前に取ったのはいつだったかな」
「腹は……メチャクチャ減ってる」
 桜花がどうして此処にいるのかという疑問は何処かにいってしまったらしく、男性達はそれぞれに項垂れた。
「まずはお飲み物をどうぞ。ビルから人が出て来なくなったと聞いて、何か事故でも起きて出られなくなったのかと」
「へ? そうなの?」
 桜花が水筒を取り出す中で社員は不思議そうな顔をした。どうやら全員が疲れ切っているらしく、周囲の異変に気付いてすらないようだ。
「別のビルの話じゃないか。俺らは別に……でも待てよ」
「それってマジの話じゃない?」
「そういや僕たち、まったく外に出てないもんな。あはは……」
 見当違いではあるが、彼らはそれなりの納得をした。桜花は次に手持ちの食材を用いた花見御膳の力を使っていく。
「酷くお疲れに見えます、何か少しお腹に入れた方が宜しいかと」
 食材には純粋な体力回復効果がつけられている。
 それを食べた社員はじきにしっかりとした思考力を取り戻し、長時間勤務形態が明らかにおかしいことを悟るだろう。
「ありがとうな、君」
「いやあ、久々にこんなに美味い飯を食べたよ」
「いいえ、お礼には及びません。それよりもここで何か起きているのは間違いありません、一度安全な外に出て休息なさって下さい、ね?」
「でも仕事が……」
「いや、俺は一回帰りたい!」
「では外までお送りしますね」
 社員は異変を認識しきっていないが、避難させられるならそれでも構わない。桜花は彼らの手を引いて安全な外に連れ出すという行動を繰り返していった。
 そうして――気遣いに特化した彼女の活躍によって、社員は無事に助けられた。

●救いを求める偶像
 それは、創り出された存在。
 人として世に産まれ落ちるわけではなく、人の思考や企画から生み出されるもの。
 ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)はこの世界においてのゲームキャラクターという存在を思い、薄暗い廊下の奥を見つめた。
 異空間化している会社のビル内は通路や部屋の配置が大きく変わっている。
 扉を開くと行き止まりであったり、下り階段を使ったはずが上層階についていたりと、まったく法則性がない。
 されどナターシャは恐れることなく進み続けた。
 その際にもやはり、この状況を作り出している邪神の少女のことが気に掛かった。
「生まれる前に堕ち往く……」
 ゲームの登場人物と同じような存在を挙げるならば、バーチャルキャラクターとして生まれる者がいる。彼らも人の意思やイメージから創造されたものだ。
 だが、今回の件はそれ以前の問題。
 生贄にされたという存在は、生を受けてもいない状態だったともいえる。
「それでは、我らが救うことなど出来ぬではありませんか」
 確かに少女達は死んだ。或いは、殺された。
 しかし、救出して生き返らせるという未来はない。何故なら彼女達には、生きる場所も戻るところもないのだから――。
 それでも、ナターシャは前を向いている。救えないからといって何もしないのは違うと感じているからだ。
「だからと見過ごす選択肢も、ないのですが」
 それに、どうしてか偶像の少女から助けを求められている気がした。
 この思いは予感でしかないが、ナターシャは決して間違いではないと感じている。そして、彼女は廊下の奥を見据えた。
 どうやら先程からループ回廊に入ってしまったらしく、なかなか進めない。
「やはり会社の中は複雑怪奇ですね」
 それならば天使達を呼んで総当たりで行くのが良いだろう。天使の眷属を召喚したナターシャは、それによって先を見通していく。
「――疲れ果てたものに安寧を」
 もし天使達が社員の方を見つけたら、付き添って家路へと導くよう指示した。やがてナターシャは給湯室らしき小さな部屋に入ることが出来た。
 其処に居た青年はその場に座り込み、変な格好で眠っている。どうやら疲れがピークに達してしまっているようだ。
 使徒として楽園へ――ではなく、今は家へと導くのが役目だ。
「大丈夫ですか?」
「あ、ああ……コーヒーを淹れてたら寝ちまってたのか」
 ナターシャが問うと、青年は目を覚ました。体力が限界なだけで異常があるわけではなさそうだ。しかし、放っておけば本当に体を壊してしまう。
「貴方がたは、此処までよくやったのです」
「でも仕事がまだあるんだ」
「いいえ……」
 創造主たる貴方がたが倒れては、誰が未だ生まれぬ子を世に送ると言うのか。
 そのように語ったナターシャは社員を説得していく。
「ですから、もうよいのです」
「そう、かなあ……」
「今はゆっくり休み、英気を養う時です。再びのその時まで、力を蓄えてください」
 優しく語りかけるナターシャの声が心地よかったのか、青年は穏やかに目を閉じる。すうすうと寝息を立てる彼は先程よりは安らかな休息を得ているようだ。
 天使に彼を運ぶよう指示したナターシャは最後に、そっと問いかける。
「……あぁ、それと。社員証を少し、拝借しても?」
「う、うん……」
 眠っている青年から答えはなかったが、それもまた好都合だ。彼を会社の呪縛から解き放つため、ナターシャは首に掛かっている社員証を手に取る。
 こうしてまたひとつ、事件を解決するためのキーアイテムが猟兵の手に渡った。

●アリスとアヒルさん
 複雑に入り組み、入口と出口すら曖昧になった建物内。
 内部に囚われてしまいながらも、現状に気が付いていない社員達を救うため。それから、この場所に生まれてしまった邪神を倒すため。
「行きましょう、アヒルさん」
 彼女なりの気合いを入れたフリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は現在、現場であるビル内に突入していた。
 ビルの中は特殊な異空間になっているらしく、中身もダンジョンめいている。まるで現代を舞台にしたゲームの中のようだ。
 進んでも行き止まり。会議室と書いてある扉を潜ったら階段の前にいる、など、どこもかしこもおかしな作りになっている。
 そして、フリルは会社の一角に存在するとある場所に辿り着いていた。
「ふええ、ここは自動販売機の前ですね」
 販売機特有の明るいライトが廊下を煌々と照らしている。
 其処にひとり、社員らしき男性が通り掛かっていった。自動販売機で飲み物を買った彼は何も気にすることなく、ふらふらと廊下の奥に進んだ。
「あの方が社員さんですね」
 フリルは彼を見失わないよう、アヒルさんと一緒に先に向かっていく。
 眠気の限界直前まで追い詰められている彼は、この場所の異空間化に気付いていないようだ。フリルは事前に、社員証がキーアイテムになっていると聞いた。きっとあれを身に着けている場合は迷いなく進めるようになるのだろう。
 オフィスに移動した青年は、「おつかれー」と告げながら部屋に入る。
 その後に続いたフリルが彼の後ろからひょこりと顔を出した。
「えっと、お疲れのようですし飲み物だけでなく甘いお菓子はいかがですか?」
「わ、びっくりした」
「誰? 可愛い女の子じゃん」
「とうとう幻覚が見え出したのか……?」
 部屋の中には社員が数人、疲労状態で作業をしていたらしい。フリルはぺこりとお辞儀をしてから彼らを労う。
「こんな時間まで本当にお疲れ様です」
「うわ、本当に可愛い……」
「なんか、そんな優しい言葉をかけてもらったの久々だな」
 フリルが心から告げた声を聞いた社員は妙に感動している。優しさや労いなどに本当に飢えていたらしく、どうしてフリルが此処にいるかは気にしなかった。
「ふぇ、お夜食とかあればよかったのですが、あいにく用意してなくてすみません」
「いいんだよ、君の言葉だけで十分さ」
「おい、お前なんで格好つけてんだよ」
 すると社員は精一杯の微笑みをフリルに向ける。可愛い女の子を前にして少し元気が戻ってきたようだ。しかし、彼らが疲弊していることは変わらない。
「お仕事の続きはまた明日にして、お家でお夕飯にしてみてはいかがですか?」
「そういや腹減ったな」
「疲れている時よりも仕事の効率もよくなると思いますよ」
「……ん、帰るか。流石に社長も許してくれるだろ」
 フリルのまっすぐな説得によって社員達の仕事への無駄な意欲が削がれていく。よくやった、とアヒルさんもフリルを褒めていた。
 そして、フリルは一番肝心なものに手を伸ばす。
「ん?」
「えっと、他の社員さん達にもお菓子を配って差し上げたいので……」
 その社員証を貸してはいただけないでしょうか、と告げる前にアヒルさんがさっと青年に飛びかかった。あっという間に社員証が取られたことで、フリルと社員は驚く。
「何だ!?」
「ふええ、アヒルさん……!」
 社員が困惑する中、アヒルさんを追ったフリルはぱたぱたと駆けていく。その姿を見送ることしか出来なかった社員のひとりが、ふと思ったことを呟いた。
「何だか不思議の国の物語の始まりみたいだったな」
「ということは、あの子はアリスか」
「あはは! そうかもな!」

 そうして、各々に社内を探索した猟兵達はそれぞれの方法で社員達を救った。
 彼女達は道中、同じゲームの情報を入手していて――。


●『月花神界トラベラーズ』
 ジャンル:マルチエンディング式ロールプレイングゲーム
 開発時期:201■年12月~

 ~天に平穏を、地に安寧を。我らこそ絶対救世トラベラーズ!~
 破天荒な神の世界は今日も事件で大忙し。
 過去と現在、未来を巡っての大冒険がここからはじまる。自由なキャラクターメイクとマルチシナリオシステムによって、ストーリー展開は無限大。
 さあ、君だけの冒険に出発しよう!

 ~開発メモ~
 開発中、固定主人公は不要と見做されて設定破棄。
 ■■■は内部データあり。ヒロインはモブキャラとして再設定。
 ストーリーの破綻確認。バグフィックス版にすらバグ多数。リリースは絶望的。
 201■年8月、開発中止。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード


ゾッとする
一生懸命考えて貰ったのに捧げられてしまう
キャラクター達はそんな為に生まれたのじゃ、無いだろうに
ぼくだって何の為に――いいや、
今はそんな事を思考している場合じゃない

片っ端から部屋に入っていこう
棚やキャビネットは全部開けてみるよ
確かゲームって、こういう所にキーアイテムがあったり
人が隠れていたりするんだろう?

見つけたら驚かせない様に屈んで
やあ、残業お疲れ様
私は一旦帰って良いよって、伝える様に言われて来たんだ
煮詰め過ぎるとアイディアも湧かないし何より身体に毒だし、ね?

ああ、そうだ
社員証は後で新しいのと交換になるそうだ
今の社員証は私が預かっておくよ
両の爪で慎重に社員証を受け取る

手が、軽いな


ジャック・スペード
務め人は何処の世界も大変だな
嘗ては俺もヒトの許で働く衛兵だったが
あっさり棄てられただけマシなのだろうか

ともあれ、彼らを壊させはしないさ
こころも身体も、守ってみせよう

オフィスに入り込めば
社員へ声掛け
お疲れサマ、と珈琲差し出し隣の席へ

どれも良い企画だろうに
カタチに出来なくて残念だ
他にはどんなヒロインが居たんだ

原案を見せて貰えば
美人だなとか
この設定は魅力的だなとか、相槌を

次はリリース出来そうなんだろう
あんた達が情熱を注いで作ったゲーム
プレイできる日が待ち遠しい

とはいえ――
そのコンディションじゃ心配だな
何日も徹夜続きなんだろう
そろそろ帰った方が良い

あとの仕事は俺が引き継ごう
なに、上手くやっておくさ



●もう存在しないあの子
 生まれる前に殺され、生きる前に死を知る。
 それは有り得ない出来事。まるで言葉遊びのようなことが実際に今、このペデストリア・システムズで起きているという。
「……ゾッとするな」
 ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は事前に聞いた事件の流れを思い、機体を震わせた。こうして人間めいた仕草をするノイには、心がある。
 機人であれど、ぞっとした感情や抱えている思いはプログラムされただけのものではない。きっと現代日本の世界にも創られたものに心が宿ることがあるのだろう。
 消されて、殺された存在は悲しい。
 そして、それはゲームを開発していた制作者達にもいえることだ。
 一生懸命に考えた企画は子のようなもの。彼らに生きる世界や人格を考えて貰ったのに、心無い者によって葬られて捧げられてしまう。
「キャラクター達はそんな為に生まれたのじゃ、無いだろうに」
 ノイはダンジョン化した会社内を歩きながら何とも言えない思いを抱く。
 内部は複雑怪奇な構造になっているが敵はいない。何らかの気配を感じる場所に向けて進んでいけば、いずれは社員に会えるはずだ。
 進むべき道を見極めるノイは探索を続ける。しかし、この事件を思うとどうしても考えてしまうことがあった。
「ぼくだって何の為に――」
 ふとしたとき、ノイは無意識の言葉を落とす。
 キャラクターが抱いたであろう悲哀や絶望を自分に重ねてしまったのだと気付いたノイは、首を左右に振ることで思考をリセットした。
「いいや、今はそんな事を思考している場合じゃない」
 この場には異変に巻き込まれていることにすら気付けず、働き続けている人間が何人もいる。何も知らないまま邪神の領域の中に取り込まれ続けるのは、きっとよくない。
 ノイはダンジョンになった会社内をくまなく進む。
 気になる部屋があれば片っ端から入り、取り残された人がいないか確かめる。それと同時に何処かに記録やデータの残骸や情報がないかを調べていく。
 棚にキャビネット、電源がついているPCのフォルダ。
 全てを開けて確かめたノイは、幾つかの情報と資料を手に入れていた。
「確かゲームって、こういう所にキーアイテムがあったり……わあ、本当に見つけた」
 紙の資料の束を手にしたノイはそれらに目を通していく。どうやら没資料を纏めたものらしく、所々に斜線や塗り潰した後が見えた。
 おそらくこのデータが有用だと考えたノイは、その情報を覚えておくことにした。
 ノイは周囲を見渡す。
「それから……こんなところに人が隠れていたりするんだろう?」
 次に彼が覗き込んだのはデスクの下。
 予想通り、其処には――。
「ぐう……むにゃ……まだ、データあがってません、すみま……せん……」
 身体を縮こまらせて眠っている男性社員がいた。何やら悪夢を見ているようだ。ノイは彼を驚かせない様に屈み、とんとん、と肩を叩く。
「やあ、残業お疲れ様」
「んあ? わあっ、スミマセンスミマセン! 寝てません!」
「上司じゃないよ、大丈夫」
 目を覚ました彼に向け、ノイは静かな言葉を向けた。
「は……よかった……」
「私は一旦帰って良いよって、伝える様に言われて来たんだ。煮詰め過ぎるとアイディアも湧かないし何より身体に毒だし、ね?」
「そうか、やっと帰れるんですね」
 安堵した男性は思考能力がかなり低下しているらしく、素直に頷く。荷物をまとめはじめた彼を見つめるノイは、よく頑張ったね、と思いを伝えた。
 そして、ノイは腕を差し出す。
「ああ、そうだ。社員証は後で新しいのと交換になるそうだ。だから今の社員証は私が預かっておくよ」
「そうだったんですね。ではお願いします」
 社員はいそいそと首から社員証を外す。ノイは両の爪で慎重に社員証を受け取り、帰宅していく男の背を見送った。
 社員ら手に入れたキーアイテムを見下ろし、ノイはそっと呟く。
「手が、軽いな」
 その言葉は誰にも聞かれることなく、異空間の狭間に消えていった。

●バッドコンディション
 務め人は何処の世界も大変だ。
 生きるために仕事をするのか、仕事をするために生きるのか。
 ジャック・スペード(J♠️・f16475)は嘗ての自分を思い返す。遠い昔、銀河帝国の衛兵として製造されたジャックは、ヒトの許で働く存在だった。
 過酷な戦闘中、大破した彼はあっさり棄てられてしまった。しかし、壊れてもなお働かせられ続けるよりはマシなのだろうか。
 世界の仕組みは違えど、ジャックは自分と社員達を重ね見ていた。
 されど、この会社の者達は壊れかけているだけ。大破もしていなければ、生きる意欲も頑張るという気持ちもあるらしい。
「ともあれ、彼らを壊させはしないさ」
 こころも身体も、未来も――全て守ってみせよう。
 ジャックはダンジョン化した異空間を見据え、その双眼に歪む景色を映した。
 進む先にあったのは上り下りが滅茶苦茶な階段。給湯室と会議室が混ざりあった奇妙な部屋。そして、読めない資料ばかりが集った倉庫。
 長く続く真っ暗な廊下や、自動販売機が並ぶ一角。
 そういった部屋や通路を抜けたジャックはやがて、オフィスに辿り着いた。
 其処では真剣な顔で画面に向かっている社員がいる。だが、その顔からは明らかな疲労が見て取れた。何日も徹夜しているに違いない。
「お疲れサマ」
「ん? ああ、ありがとう」
 ジャックは途中で立ち寄った自動販売機で入手したコーヒーの缶を差し出した。礼は言えど、画面から目を逸らさない男性社員は生真面目な性質らしいだ。
 彼はジャックを別部署の者だと感じているらしいが、それもまた好都合だ。ジャックは隣の席へ腰を下ろし、社員の画面を軽く眺める。
「あの企画の続きか?」
 何となくかまをかけてみると、彼は大きな溜息をついた。
「そうなんだよ……。やっと世に出せると思うんだが、また社長の悪い癖が出た」
「どれも良い企画だろうに」
 カタチに出来なくて残念だ、とジャックが語ると社員はしみじみと話し出す。そこでようやく彼がコーヒー缶に手を付けてくれた。
 画面には白髪の少女が映っており、それがリリースできそうなゲームのヒロインだと分かった。その様子をそっと見守ったジャックは社員にそれとなく問いかけてみる。
「他にはどんなヒロインが居たんだ」
「うちには伝説的な存在がいるのは知ってるだろ?」
「……ああ」
 社員は判断力も思考力も鈍っているのか、ジャックを完全に同僚だと思っている。それゆえにジャックはそれらしく頷いて話を合わせた。
 そうして、男は原案が纏められたファイルを取り出してきた。
「この子さ」
「儚げだが美人だな」
 其処には画面に映っている子とは別の、黒い髪の少女が描かれている。その子はこの会社が最初に手掛けたゲームのヒロインだったのだという。その設定も細かに作られており、軽く聞いただけでも良いキャラクターだと思えた。
「この設定は魅力的なのに、どうして消されたんだ」
「いつもの社長の戯言が原因さ。生き生きとしすぎている、墓に捧げなければ……とかいう変な口癖が……。ああ、あれさえなければなぁ」
 悲しげに項垂れた社員は本当に悔しそうだった。その横顔に熱意を失意の両方を感じたジャックは、そっと彼の肩を叩く。
「次はリリース出来そうなんだろう。あんた達が情熱を注いで作ったゲームをプレイできる日が待ち遠しい」
「……え? 他の部署のやつじゃないのか?」
 そのとき、やっと社員がジャックが同僚ではないことに気が付いた。
 それほどまでに疲れ切っているのだろうと判断したジャックは、自分は残っている社員に帰宅するよう告げに来たのだと説明した。
「何日も徹夜続きなんだろう。そろそろ帰った方が良い」
「しかし、まだ作業が……」
「そのコンディションではいいゲームは作れないだろう」
 男は渋っていたが、ジャックの最後の一言が彼を動かす切欠になった。帰り支度をはじめた社員に向け、ジャックは片目を明滅させてみせる。所謂ウインクだ。
「あとの仕事は俺が引き継ごう」
「すまないね、ありがとう」
「なに、上手くやっておくさ」
 帰路につく男に真っ直ぐに告げたジャック。その手にはいつの間にか、社員本人にも気付かれぬうちに取り外された社員証が握られていた。

 そして、其々に社内に潜入した彼らはある最新ゲームの情報を手に入れる。


●『斬華のフィロソフィア』
 ジャンル:未来系哲学恋愛シミュレーションゲーム
 開発時期:202■年4月~

 ~その花は、やがて朽ちる運命にある~
 我思う故に我在り。
 汝、自らを知れ。嘘はいつまでも続かない。

 時代は近未来。すべてが人の平穏の為にプログラムされた学園都市。
 学園に通う主人公、■■は図書室で■■・■という少女に出逢う。不思議な雰囲気を纏う彼女はプログラムが見せている架空の人物なのか、それとも――。
 謎の転校生、学園の臨時教師、スラムストリートの女の子、空中庭園の少女。
 主人公を取り巻く人々が口々に言葉にするのは『    』というワード。
 彼女達と織り成すセカイの物語の結末がどうなるかは、君次第。

 開発途中の、過去作改変リブート作品。
 データの損傷があり、■■の△△△が、××されたことによって制作難航。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ
アドリブ歓迎

グリモア猟兵から話を聞いて、いたたまれない気持ちになったんだよな…
生まれた以上、ゲームの中の存在だって「命ある者」なんだから…このままにしてはおけないよ

社員達には【優しさ】と【心配り】を忘れずに社員の頑張りを労う
生まれながらの光で癒しつつ、皆の開発に関する愚痴を聞き(キャラクター達の情報収集も兼ねる)ながら【慰め】、一旦帰宅するよう促す

社の関係者を装い、長期間缶詰状態だった事を聞いて心配して立ち寄った、ということにして…

しっかり睡眠を一度取った方がモチベーション等も良化すると思いますよ?と提案してみるか

最後に戸締りだけして自分は帰るので、という風に話をし、社員証を受け取っておこう


戦犯・ぷれみ
怪電波チャンネルぷれこーらすのお時間よ!
えー今夜の企画は名付けて『完全論破! 実録ブラック企業24時』
この24時って普通は24時間密着するって意味のような気がするんだけど
今回の場合は時刻が24時
ブラックすぎない?

さてさて第一社畜発見!
ねえ、『あたし』のこと覚えてない?
社長に没にされた『あたし』よ
……なんて適当に言いくるめれば、似た特徴のあるキャラクターを想起してくれるかしらね
ぷれみったら王道の萌え萌え姫カットロングだし

やさしい言葉をかける心算は特にないわ
身にならない努力も、実のならない仕事も、全然偉いと思わないもの
『寝ろ』の一言とともにUC
安眠周波数を浴びせて動きを封じ、こっそり社員証を頂くわ



●生きとし生ける物の定義
 創作物という存在。
 それは元来、生物ではないゆえに生死など関係のないものだ。しかし、人は創り出された物にも生や死という言葉を使う。登場人物が生き生きしている、作品が死んでしまっているなどの表現は、見るものがそこに命を見出しているからなのかもしれない。
「だからこそ、いたたまれないな」
 鳳凰院・ひりょ(天然系精霊術使いの腹ぺこ聖者・f27864)は此度の事件を思う。
 この話を聞いたとき、何とも言えない気持ちになった。
 ひりょ自身も作品に命がないとは思えない。何らかの形でこの世に生まれた以上、ゲームの中の存在だとしても『命ある者』なのだから――。
「……このままにしてはおけないよ」
 それゆえにひりょは今、こうして異空間と化したダンジョン領域にいる。
 進む先は暗く、向こう側が見えない。窓の外も本来ならば通常のオフィス街の景色が見えるはずなのだが、何故だか空が渦巻く奇妙な光景しか見えない。
 外からビルを見たときは何の変哲もない場所だったので、やはり邪神の力が内部だけを歪めているのだろう。
 敵の気配は感じないが、歪んだ場所では人の気配も感じにくい。
 しかし、ひりょは怯まずに果敢に進んでいった。ドアから続く妙な階段を上り、長い廊下の左右にある扉をひとつずつ確かめ、そして――。
「あ、いた」
 幾つ目かの部屋に入ったとき、ひりょはデスクに突っ伏している人影を見つけた。
 明らかに疲れ切っている男性社員は半分以上寝ているような状態だ。だが、その片手はキーボードに乗っており、作業を続行しようとしている様子が見えた。
「大丈夫ですか?」
 ひりょはデスクに近寄り、変な格好のまま項垂れている社員を揺さぶる。このまま寝かせておくよりも一度起こした方が彼にとって良いと考えたからだ。
「う、うん……だいじょうぶ、へいき……」
 薄っすらと目を開けた社員は全く大丈夫ではない様子で答えた。
 彼を椅子の背もたれに落ち着かせたひりょは、優しさと心配りを忘れないように言動に気をつけつつ、社員の頑張りを労っていく。
「今まで大変でしたね。今、お疲れを癒やしますから」
 ひりょが発動させたのは生まれながらの光。淡い光の癒しを施しながら、ひりょは彼らが行ってきた開発の進み具合を聞いていく。
「ああ……何だか楽になってきた」
「そういえば、開発具合はどうですか?」
「見ての通り全然だよ」
「そうですか……辛いことがあったら何でも言ってくださいね」
 肩をすくめる相手に対し、ひりょは親身になっていく。そっと話を促せば、開発者のひとりである社員は溜息をつきながら語っていった。
「実はリリースできなかったゲームにまだ思い入れがあってね。それが頭の中にずっとあるのに、肝心な主人公や登場人物の名前が思い出せないんだ」
 忘れっぽくなったのかな、と零した社員を慰めるひりょ。彼は社員がかなり疲れ切っていると感じ、それでは思い出せるものも思い出せないのだと語った。
「一旦、帰宅しましょう。許しも得ていますから」
「許しって、あの社長から? まさか!」
「いえ、労働基準の観点からです」
 ひりょは社の関係者を装っており、社員が缶詰状態であることを聞いて心配して立ち寄ったということを説明した。
「そうか、帰るしかないのか……」
「しっかり睡眠を一度取った方がモチベーション等も良化すると思いますよ?」
「わかったよ、今日は一度帰ろう」
 ひりょの提案に社員が頷き、彼は帰り支度を始める。
 ほっとしたひりょは、これで社員を救えると確信した。そして最後の仕上げとしてそっと腕を伸ばして、社員証を、と告げる。
「では、最後に戸締りだけして自分は帰るので」
「ん? これは私のだけれど……?」
「大丈夫ですから、全て任せてください」
 ひりょは屈託のない笑みを向けていた。社員は不思議そうにしながらも彼の笑顔に安堵を覚え、そして――ひりょは社員証を受け取った。
 作戦は成功。
 或るゲームの情報と共に、次の領域へのキーアイテムが手に入った。

●ブラック会社と王道萌え
 此処はゲーム会社、ペデストリア・システムズ
 そして、現在のこの場所はゲームめいたダンジョン領域と化している。蠢く闇と邪神の思惑、悲しみと嘆きの思いが漂う現場にて。
「怪電波チャンネルぷれこーらすのお時間よ!」
 そんな言葉から始まったのは、戦犯・ぷれみ(バーチャルキャラクターの屑・f18654)によるチャンネル企画。
 ぷれみは渦巻く異空間の空気を感じ取りながら薄暗い社内を進む。
「えー今夜の企画は名付けて!」
 ――『完全論破! 実録ブラック企業二十四時』
 軽快な効果音が鳴りそうな勢いで、ぷれみはタイトルコールをした。この企画名はまさにその通りの内容になりそうだ。
 ぷれみは異空間化した廊下を歩きつつ、考えを巡らせる。
「この二十四時って普通は二十四時間密着するって意味のような気がするんだけど、今回の場合は時刻が二十四時!」
 ぷれみは丁度、次に入った会議室の中にあった時計を指差した。
 そこにはタイミングよく、きっかり零時――つまりは二十四時を示している長身と短針が見える。ちなみに次は一時ではなく二十五時として数えるのがブラック式だ。この会社ではまだ一日は終わっていない判定であり、この時間になっても勤務が続くのが常。
「言い換えれば今は四十八時ともいえるの?」
 ふと気付いたぷれみは、時計と部屋を交互に見渡す。会議室はしんと静まり返っていて無人だが、五十時からの会議なども行われたりするのだろうか。
「ブラックすぎない?」
 素直な感想を零したぷれみは気を取り直し、会議室を後にする。
 社内の構造はめちゃくちゃだが、こうやってひとつずつ部屋を当たっていけばいずれは社員がいる場所に辿り着けるだろう。
 それに少しはダンジョン内部を見て回った方が企画的にもいい感じだ。
 そうして、ぷれみは或るオフィスに辿り着いた。
 其処では一人の社員が一心不乱にキーボードを叩いている。集中しているのか、周囲の異変やぷれみが訪れたことにすら気付いていないようだ。
「ダメだ……どうしてもバグが……」
 ぶつぶつと呟き続けている社員は真剣そのものだが、その目の下には濃いクマが出来ている。明らかに休んでいないことがわかった。
「さてさて第一社畜発見!」
「うわ! だ、誰だ!?」
 ぷれみは社員の隣にずいっと寄る。彼がやっとこちらにに気付いたことで、笑ったぷれみ――といっても、いつも表情は固定なのだが――は自分を指差した。
「ねえ、『あたし』のこと覚えてない?」
「え?」
「社長に没にされた『あたし』よ」
 巨大フィギュアが生きて動いているような容姿のぷれみは、まさにゲームから飛び出してきたデフォルメキャラクターのようだ。
「そういえば居たような、居なかったような……いや、まず現実にゲームキャラクターが出てこれるのか? とうとう幻覚が!?」
 男性社員は困惑してしまったらしく、頭を抱えた。
 そして、もしかして――と口にしながらぷれみをもう一度見つめる。勿論、ぷれみはこのゲーム会社に関わりはない。しかし、このように適当に言いくるめれば似た特徴のあるキャラクターを想起してくれるはずだと考えたのだ。
(ぷれみったら王道の萌え萌え姫カットロングだし!)
 思いは敢えて口に出さず、ぷれみは社員が言葉にしていく内容を聞く。
「あの『六番目の塔』の案内キャラクター……いや、■■は下絵だけでグラフィックはつくられていないはずで……それなら君は■■の幽霊か!?」
「今、何て言ったの?」
 社員の言葉には不可解な部分があった。確かにキャラ名を語っているのだろうが、その部分だけ雑音が混じったように聞こえなくなるのだ。
「■■」
「……? 人の言葉にノイズが被ることってあるのかしら」
 社員は普通に喋っているが、この空間が名前を出すことを拒んでいるようだ。不思議な現象だが、ぷれみは或ることに気付いた。
 この空間では『開発されなかった主要ゲームキャラクターの名前が発言できない』。後から知ることになるのだが、多くの社員は自分たちが作ったキャラクターの名前だけが思い出せなかったらしい。
「なるほど、これがこのダンジョンの仕組ってわけね」
 ぷれみは社員達にやさしい言葉をかける心算は特にない。
 身にならない努力や実のならない仕事も、全然偉いと思わないからだ。そして、ぷれみはユーベルコードを発動させる。
「――寝ろ」
 その一言と共に安眠を齎す周波数を浴びせたぷれみは、社員からこっそり社員証を頂いた。おそらく彼は他の猟兵が回収して安全圏に連れて行ってくれるだろう。
 そして、彼女は会議室を後にする。


●『六番目の塔』
 ジャンル:ホラーアクションゲーム
 開発時期:201■年5月~

 ~六件の凄惨な事件、六人の失踪者達。そして君は、~
 あの塔に関わってはいけない。
 彼処には秘密があるが、それは決して解き明かしてはいけないものだ。塔には財宝もなければ、名声を得られるものも、到達した栄光すら存在しない。
 絶対に、あの塔に関わってはいけない。
 それでも、君があの塔の天辺に到達したいというのならば――。

 謎に満ちた領域に隠された秘密とは。
 塔の謎を解き明かしたければ、頂上を目指せ。
 入る度に形を変える塔は悪魔や化け物の巣窟だ。戦いを乗り越え、恐怖に挑め。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


サヨ、リル
げぇむを知っている?
私は知っている
カグラとカラスがよくやっているんだ
……恋愛げぇむ?何の話かな
ねぇサヨ

先ずは地図を作るのだ
手帳に道を書きながら進む
偵察はカラスに頼もう
わくわくした様子のリルに和む
サヨ、変な物を触ったら罠が発動するやも
…その時も私が守るけれど
私もサヨのチョコが食べたいな
カグラそれは何?何処で見つけたんだい?

こういう旅路も心が踊るものだね
あの者が社員かな
大分疲労しているようだ
パンケーキを食べるかい?
疲れた時には甘いものがいいと幸を約そう

私も知りたいな
どんな人物が気に入っている?
どんな拘りのあるげぇむなのか
まさか恋愛の…
サヨは私が見張る

リルは社員のようだ
微笑ましいな


リル・ルリ
🐟迎櫻


わぁー!僕はぱずるのげぇむは得意だよ
櫻は恋愛げぇ…ん!(カムイをちらっと見てから口を噤む

会社もはじめて!
なるほど…カムイは詳しいね
わくわくしながら櫻とカムイについて游ぐ
ヨル、迷子にならないでね
あいてむ、見つかるかな!
疲れたら櫻のチョコで回復する

あ、この人が社員さん?
だいぶ疲れてるみたい
ふふー、お仕事お疲れ様
にっこり笑って労うよ
疲れがとれるように「癒しの歌」を歌おう
ついでにヨルをもふもふするといいよ
癒されるんだから!
ヨルに鼓舞をしてもらおう

ねぇ、どんなげぇむ作ったの?
どんな人達がいるの?
僕も知りたい!キラキラした瞳で訴える
げぇむは初めてでさ
遊びたいんだもの!

じゃじゃん!社員証!
似合う?


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


私は全然やった事がないわ
カグラ…随分とハイテクおじいちゃんね
リル!しっ
カムイは恋愛げぇむの話をすると何故か不機嫌になるのよう

入り組んでるわね
カムイの後に続き辺りを見渡す
「呪華」の蝶をよびカラスの偵察を手伝うわ

げぇむはもう一つの現実よ
変な所なんて触らないわ
さっきちょっと気になったスイッチいれただけ
リルにチョコの回復アイテムをあーん
カムイもどうぞ!

あの方が?偉いわ
お疲れ様よと声をかけ差し入れのチョコを渡す
遅くまで頑張って作ったげぇむだもの
どのキャラもきっと魅力的なんでしょうね
私も遊びたいわ
もうしないったら!カムイ!
膨れる神の頬をつつく

似合うわ、リル
さ、次へ
作られた物語達を救いにいきましょ



●恋愛ゲーム注意報
 此処は現代日本のゲーム制作会社。
 異空間になったビル内には、異変とは無関係な社員が取り残されている。何処までも長く続いている不思議な廊下を歩きながら、朱赫七・カムイ(厄する約倖・f30062)は共に進む二人に問いかけてみる。
「サヨ、リル。げぇむを知っている?」
 カムイは自分も電子遊戯をよく知っていると語った。
 本人は大体見ているだけだが、カグラとカラスがゲームをやっているからだ。誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)はカグラ達の順応性に感心しながら、首を横に振る。
「カグラは随分とハイテクおじいちゃんね。私は全然やった事がないわ」
「僕はぱずるのげぇむは得意だよ。櫻は恋愛げぇむを――」
「リル! しっ」
「……ん!」
 リルが何かを話そうとしたとき、櫻宵が神妙な顔をした。カムイは恋愛ゲームの話をすると何故か不機嫌になるのだ。リルもカムイを見てから口を噤む。
「……恋愛げぇむ? 何の話かな」
 ねぇ、サヨ。
 双眸を細めたカムイは巫女の名を呼ぶ。一瞬だけぎくりとした櫻宵は、何でもないの、と話しながら歩む先に目を向けた。
 先程から三人と一行で廊下を進んでいるのだが、明らかに構造がおかしい。
 上り階段の先が下り階段。やっと個室に入ったと思えば別の廊下に出たりと、奇妙な作りの通路や部屋が続いている。
「入り組んでるわね」
「こんなとき、先ずは地図を作るのだ」
 カムイは片手に開いた手帳に、これまで辿ってきた道を記していた。その後ろについている櫻宵が呪華の蝶を呼ぶ。一行より少し先行しているカラスが偵察役なので、その補助を行ってもらうためだ。
 リルは櫻宵の横でふわりと泳ぎ、廊下を見渡している。
「会社ってはじめて! カムイ、地図はどんな感じ?」
「こうなっているけれど、どうやら法則性がないようだね」
 わくわくした様子のリルに和みながらも、カムイはダンジョンの複雑さを示した。何度か道を戻ってみたりもしたのだが、その度に配置が変わってしまっている。
 一行は注意しながら、はぐれないように奥に向かっていく。
 あるとき、櫻宵が気になる部屋を見つけた。
「あら、こっちにも扉があるわ」
「サヨ、変な物を触ったら罠が発動するやも」
「なるほど……カムイは詳しいね」
 その時も私が守るけれど、とさりげなく伝えたカムイは櫻宵を守っている。リルも感心しつつ、同じく櫻宵を守る気持ちを強くした。
「げぇむはもう一つの現実よ。変な所なんて触らないわ。さっきちょっと気になったスイッチをいれただけよ」
 さらりと櫻宵が付け加えた言葉は、こういった場合においての明確なフラグだ。
 その瞬間、薄暗かった部屋が急に明るくなった。
「サヨ!?」
「わ、罠!?」
 思わず身構えたカムイとリルだったが、櫻宵は何でもないように笑っている。
「平気よ、電灯のスイッチだったみたい」
「きゅー!」
 ほっとしたらしいヨルは、資料室らしき部屋の中をぱたぱたと駆けていく。どうやらヨルは資料探索をはじめたらしく、その後にカグラがついていった。
「ヨル、迷子にならないでね。あいてむ、見つかるかな!」
「良い資料が見つかるといいわね」
「僕も探して……ううん、ちょっと疲れちゃったかも」
 ヨルを見守る櫻宵とリル。しかし、不意にふわりと高度を下げたリルが櫻宵にほんの少し寄りかかった。会社内の空気は妙に重く、それによって疲労を感じたようだ。
「リル、チョコレートよ」
「やった!」
 あーん、とチョコが櫻宵から渡されたことでリルは満面の笑みを浮かべる。微笑ましい光景を眺めていたカムイも、そっと櫻宵にねだってみる。
「私もサヨのチョコが食べたいな」
「カムイもどうぞ!」
 櫻宵から甘いチョコが渡され、静かな資料室に暫しの和みの時間が流れた。そうしているとヨルがてちてちとリルの元に戻ってくる。
「きゅ!」
「ヨルもチョコ食べる?」
「カグラ、それは何? 何処で見つけたんだい?」
 リルにチョコレートを分けて貰ったヨルはご満悦。すると、先程までヨルについていたカグラが何かのファイルを手にしていた。気になったので持ってきたらしい。
 きっと何かのヒントになるかもしれない。
 ゲームの資料を入手した一行は、更に探索を再開することにした。
「こういう旅路も心が踊るものだね」
「見て、あっちに電気がついてる!」
「行ってみましょうか」
 カムイ達が次に到着したのは、PCが何台も並んだオフィスだ。其処には画面に向かい続けている社員がひとり、ぽつんと座っている。
「あの者が社員かな。大分疲労しているようだ」
「あの方が?」
「この人が社員さん? 本当だ、だいぶ疲れてるみたい」
 三人は顔を見合わせ、疲れ果てている社員の元に歩み寄っていく。人の気配に気が付いた社員はゆっくりと振り向く。
 目の下にはクマ、デスクには栄養ドリンクの空瓶。
 そんなになるまで偉いわ、と社員の頑張りを褒めた櫻宵はやさしく微笑む。櫻宵がチョコレートを渡すと、カムイも差し入れを取り出した。
「パンケーキを食べるかい?」
 疲れた時には甘いものがいいと伝えた彼は、社員に幸せを約していく。リルもにっこりと笑い、労いの歌を紡いでいった。
「ふふー、お仕事お疲れ様」
 疲れがとれるようにと唄ったのは癒しの歌。ヨルもきゅきゅっと鳴いて、社員の足元でペンギンダンスを踊った。
「あ、ああ……バグのペンギンが見える……」
「ばぐ?」
 社員は嬉しさと困惑が入り交じった表情をした。リルが首を傾げると、はっとした社員は何でもないのだと首を振る。
「いいや、ありがとう。ちょっと根を詰めすぎて疲れているみたいだ」
「遅くまで頑張ってげぇむを作っているのね。どのキャラも魅力的なんでしょうね」
 甘いものを摂る社員の横に座り、櫻宵は穏やかに笑む。リルは画面を覗き込み、無邪気に問いかけた。
「ねぇ、どんなげぇむ作ったの? どんな人達がいるの?」
「私も知りたいな。どんな人物が気に入っている?」
 キラキラした瞳でリルが訴え、カムイも情報を聞いてみたいと願う。すると、社員がふとカグラが持っている資料に気付いた。
「おや……それ、僕が気に入っていたゲームの資料だよ」
「どんな拘りのあるげぇむなんだい」
「女性向けゲームなんだけどね、巫女と妖怪が出てくる育成シミュレーションなんだ」
「巫女が出てくるのね」
「妖怪を育てるの? 僕、やってみたいな!」
「私も遊びたいわ」
「あはは、バグのせいで開発中止になっちゃったんだけどね……。でも、どのキャラクターもイケメンだったんだよ」
 櫻宵とリルが興味津々に話に聞き入る中、カムイは嫌な予感を覚えていた。
「いけめん……まさか恋愛の……サヨ、駄目だよ。やらないか私が見張る」
「もうしないったら! カムイ!」
 カムイは櫻宵に資料を見せないよう、さっと遮る。膨れる神の頬をつついた櫻宵は、彼が嫉妬めいた感情を抱いているのだと感じていた。しかしそれもまた可愛らしい。
 そうして、社員は一度帰宅することになった。
 まともな食べ物と糖分を得たことで連勤はいけないと判断できるようになったのだ。彼を見送った一行はこうして、ひとりの未来を救った。
 そして――。
「じゃじゃん! 社員証! 似合う?」
 リルの胸元には、ヨルがいつの間にか拝借していた社員証が下げられていた。
「似合うわ、リル」
「リルは社員のようだね。微笑ましいな」
 胸を張るリルに柔らかな笑みを向け、櫻宵とカムイは頷き合う。キーアイテムを手に入れたならば後は邪神と眷属が集うという奥に進むだけ。
「さ、次に進みましょう」
「うん!」
「カグラとカラスもいつまでも資料を読んでないで、行くよ」
 櫻宵が廊下の奥を示すとリルが大きく頷く。カムイは先程の資料を読み耽るカグラを連れ、二人の後についていく。
 いざ、戦いの地へ。作られた物語達を救いにいくために――。


●『散リ逝ク桜 ~約束の紲~』
 ジャンル:恋愛育成シミュレーション
 開発時期:201■年2月~

 ~何度生まれ変わっても、絶対に君のもとにいくよ~
 遠い、遠い昔に大切な約束をした気がする。
 失われた記憶を取り戻したとき、きっと世界は変わっていく。
 
 物の怪が集う神社の巫女として育てられた主人公、■■・■■の仕事は妖怪達の悩み事や困り事を解決していくこと。いつものように事件を解決した後に社に戻ると、桜の樹の下に記憶喪失の神様が倒れていた。
 相棒の硝子人魚■■や深い山に棲まう大蛇の化身■■、迷い込んできた絡繰人形の■■■、弟を名乗る鬼の少年■■まで関わってきて、神社の日常は賑わしくなっていく。
 しかも、全員が巫女に恋心を持っていて――!?

 201■年12月に開発中止。
 何故か主人公の立ち絵がすべてペンギンに変わるバグが多発。修正不可。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
ひいぃ、これが、社会人の闇……
おそろしい!
生身の人間を生贄にしないだけいい、のかもですが……
うーん、生贄にされたほうからしたら関係ないですもんね
みんなが幸せになれる結末を願いましょう

ゲームの中ってこんな感じ、なんだ
きょろきょろ観察しながら探検
VR?みたいで面白い

触れそうな、使えそうな小物はどんどん調べましょう
背景と色が違うやつが怪しいなぁ

あ、自販機
▶︎買う
 買わない

なににしようかなぁ
お水は味気ないし、エネドリは逆効果っぽいし……
 水
▶︎珈琲
 エネドリ
 やめる

うん、やっぱり珈琲ですね
社員さんを見つけたら、お疲れ様ですって手渡そう
帰っていいんですって
ゆっくり休まれてくださいね


丸越・梓


…この状況下に対して、素直に喜ぶべきものではないかもしれないが
物語の登場人物も生きているのだと
物理的に触れられる・触れられない関係なく
彼らも俺たちと同様に『生きている』という事実が尊く
彼らも、生みの親である者達も愛しい
故に尚更放って置けず

会社関係者として残っている社員達を保護しつつ労い
彼らに敬意を以て接する
穏やかな口調で
かつ社員証を渡してもらえるよう上手く丸め込む
騙す事に罪悪感はあれど
社員らやキャラクター達を助ける為だと信じ

…空の栄養ドリンク、数秒チャージゼリー等
大変身に覚えあるラインナップだが
自分のことは見て見ぬ振りした

(現在x徹目、俺は頑丈だから大丈夫と言い張り今日も仕事をする)



●珈琲とコマンド
 真夜中でも煌々と輝く電灯。
 続く激務。終わらない勤務。押せないタイムカード。
 終電はとうに過ぎ、オフィスには永遠のような時間が満ちる。帰りたい、疲れた、腹が減った。帰りたい、帰れない。
 しかし、帰っても死んだように寝るだけの生活で――。
 御園・ゆず(群像劇・f19168)は今、会社のど真ん中にいた。
 そこは人間の念が渦巻く特殊空間のようなもので、かなり空気が淀んでいる。
「ひいぃ、これが、社会人の闇……」
 運が良いのか悪いのか、ゆずはローグダンジョンめいた現場に踏み入った一歩目で、一層目の中心に辿り着いてしまったようだ。
「おそろしい!」
 ゆずは慌てて駆け出した。妙なイベントは早々にスキップしてキーアイテム探しに集中する方が良い。社員達の嘆きが溜まっている事実が、邪神の力になっていることが確かめられただけで今は十分だろう。
「あの空間にいたら精神がもたないかもしれませんでした……」
 ゆずはダンジョン化した社内の廊下を歩きつつ、考えを巡らせる。どのような方法をとっていたのかはわからないが、この会社内ではゲームキャラクターが架空の邪神に捧げられていた。
「生身の人間を生贄にしないだけいい、のかもですが……」
 現実を生きる人命という意味では何も失われたものはない。社員達が死んだり殺されたわけでもないので殺人事件が起こったという事態でもなかった。だが――。
「うーん、生贄にされたほうからしたら関係ないですもんね」
 キャラクターといえど大切な個人だ。
 制作者からすれば子供にも近いということを何処かで聞いたこともある。みんなが幸せになれる結末を願いたいと感じたゆずは、慎重にダンジョンを進む。
 現場は会社の風景でありながら不思議な領域になっていた。
「ゲームの中ってこんな感じ、なんだ」
 きょろきょろと周囲を観察しながら探検するゆずは、此処がバーチャルリアリティのようだと感じている。リアルがバーチャルになったのだからRVだろうか、なんてことを考えたゆずは壁や扉に触れてみた。
 そう、ゲームならば隠しイベントや隠し部屋などがあると読んだのだ。
「背景と色が違うやつが怪し……あ、自販機」
 ゆずはふと、廊下の先に何台もの自動販売機が並んでいることに気が付いた。或ることを思いついたゆずがお金を入れようとすると、空中にコマンドが現れる。

 ▶︎買う
   買わない

「こんな仕掛けまで……なににしようかなぁ」
 買うのは自分用ではなく、疲れ果てている社員への差し入れだ。
 疲れたところにただの水は味気ない。エネルギードリンクは疲れた身体に鞭を打つだけで逆効果だ。それならば――。

   おいしーい水
 ▶︎浅煎り珈琲
   ハチャメチャエネルギードリンク
   やめる

「うん、やっぱり珈琲ですね」
 コマンドを難なく操作したゆずは珈琲缶を手に入れた。するとそこに、ドリンクを買いに来た社員が通り掛かった。
 彼は驚いた顔をして、ゆずに歩み寄ってくる
「おお!? それはコマンドで買える自販機だったのか。ゆずってくれ、たのむ!」
「はい、どうぞ」
 社員はコマンドがうまく使えなかったらしく、とても喉が渇いていたらしい。元々差し入れ用に買ったものだったのでゆずは快く缶を手渡す。
 彼は疲れ切っているので、何故に少女が会社内にいるのか疑問にすら思っていないらしい。寧ろ、この場異空間化していることやコマンド式自動販売機もすんなりと受け入れてしまっている始末だ。
「ありがとう。はあ……生き返ったよ」
「お疲れ様です。もうずっと帰られていないんですよね?」
「ああ、よく分かったね」
「そのお顔を見ればわかります。それに、もう帰っていいんですって」
 ゆずは静かに微笑み、自分は帰宅命令を告げにきたのだと話した。その手には社員の胸元から抜き取った社員証が握られている。
「え、あれ?」
「珈琲と交換です。帰宅されてから、ゆっくり休まれてくださいね」
 困惑気味の社員に手を振り、ゆずはダンジョンの奥に歩き出した。あまりに当然のようにゆずが振る舞うので社員は何も出来なかったようだ。だが、彼はどうしてか、こんなことを感じ取っていた。
「あの子は――俺を……いや、世界を救いに来た女の子なんだな」

●生の証明
 創作物は生きている。
 此度の状況を一言で表すならば、そのように語るのが相応しいだろう。
 丸越・梓(零の魔王・f31127)はダンジョン化した異空間社内を進みながら、周囲の様子を探っていく。
 その際にふと、思うことがあった。
「……この状況下に対して、素直に喜ぶべきものではないかもしれないが」
 今回の異空間化事件の元凶はキャラクターの概念を纏った邪神だ。
 即ち、物語の登場人物は生を受けている。
 物理的に触れられる存在であるかどうか、触れられないものであるかなどは関係なく、彼や彼女達も、梓と同様に『生きている』という事実がはっきりした。
 そのことが尊く、画面や設定上の彼らも、生みの親である者達も愛しいと思える。
 それに――。
「まだ、死んでいない」
 もとより肉体がないものであるからこそ、完全に消滅したとは言い切れない。思い出して、記憶して、現実という陽の光を浴びることが出来る環境があれば、きっと。
 彼や彼女は、再び生きられる。
「待っていてくれ」
 悪しき者に翻弄されたひとつの、或いは数多の命を救う。
 それが今の自分の役目だとした梓は社内ダンジョンの奥を目指した。内部は複雑怪奇な作りになっており、扉を開ければランダム生成された領域が広がるばかり。
 それでも梓は怯まずに進み、人がいる部屋に辿り着いた。
「お疲れ様」
「ん、誰だ……?」
 デスクに突っ伏していた社員に梓が声を掛けると、彼は不思議そうに首を傾げる。しかし、その瞳は朦朧としている。おそらく体力の限界が近いのだろう。
「何言ってるんだ、同僚の顔を忘れたのか?」
 梓は極めて冷静に、会社関係者として振る舞った。そうすれば社員も何となくそう信じてしまった。きっと都合よく別部署の人間だと思ったのだろう。
「そうか……。なあ、今何時だ?」
「二十六時だな」
「……もうおれはだめかもしれない」
 時計すら読めない、と言った社員は今にも寝落ちそうだ。それほどまでに勤務を続けていたのだと思うといたたまれない。
 そういった人々がこのオフィスに何人もいる。
 梓は残っている社員の達を保護しつつ、ひとりずつに労いの言葉を掛けてやった。梓が彼らに敬意を以て接することで思いは伝わっているようだ。
「ありがとうな、君」
「俺達は一度、帰宅することにするよ」
「ああ、無理はしないほうがいい」
 社員達が帰り支度をはじめたことで梓も安堵する。しかし、もうひとつだけ梓には行わなければいけないことがある。
「社員証を集めたい。内容に不備があって更新しなければならないらしい」
 それゆえに皆の分を回収する、と告げた梓は手を差し出した。
 勿論、それは嘘だ。されどこの場合は致し方がない嘘だともいえる。
「そうだったのか」
「じゃあ頼むよ。お先に失礼」
 彼らは素直に梓に頷き、それぞれの社員証を手渡してくれた。騙すことに罪悪感はあったが、社員らやキャラクター達を助ける為だと信じた梓は、キーアイテムとなっている証をしかと回収した。
 誰もいなくなったオフィスで、梓はふとデスクの上を見る。
 空の栄養ドリンクの数々。栄養補給用のゼリーやカロリーを効率的に取れる食品。それらは大変、それはもうよくよく身に覚えあるラインナップだった。
「無理はしない方がいい、か」
 梓は先程に自分が社員達に告げた言葉を思い出す。
 彼こそ、現在■徹目。
 俺は頑丈だから大丈夫。そんなことを自分に言い聞かせていた梓は、今日もこうして仕事を熟す日々の最中。
 結局、彼は自分のことは見て見ぬ振りをした。

 そして、梓はオフィスや資料室で気になる情報を見つけることになる。
 開発が無事に終わって世にリリースされた作品は除外するとして、問題は開発が中止や延期になったもの。
 即ち、生贄にされたというキャラクター達が関わる作品だ。


●生贄
 探索中、猟兵が見つけた今回の事件に関わるゲームタイトルは六つ。
 『Gazer Gazy』、『月花神界トラベラーズ』
 『六番目の塔』、『散リ逝ク水桜 ~約束の章~』
 『残花のミオソティス』と『斬華のフィロソフィア』

 六つのタイトルはジャンルもストーリーも違うが、共通することがあった。
 それはキャラクターの名前が抹消されていること。
 残っているキャラ名もあるが、それはさして重要ではない立ち位置の者か、グラフィックすら作られていなかったキャラだ。
 主要キャラクターは全て、資料にも名前が載っていないか消されている。実際に関わった開発者達もいるというのに皆一様に忘れてしまったと語った。
 果たしてそんなことが有り得るのか。
 だが、それこそが彼らが生贄にされた証なのだろう。
 やはり人智を超えた儀式が此処で行われていた。そのように確信した猟兵達は各自で入手したキーアイテムを手に、会社ダンジョンの奥に進んでいく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『嘆き続けるモノ』

POW   :    何故俺は救われなかった?
質問と共に【多数の視線】を放ち、命中した対象が真実を言えば解除、それ以外はダメージ。簡単な質問ほど威力上昇。
SPD   :    誰も私を助けてくれない
自身と自身の装備、【自身と同じ感情を抱く】対象1体が透明になる。ただし解除するまで毎秒疲労する。物音や体温は消せない。
WIZ   :    僕を傷つけないで!
【悲しみに満ちた声】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。

イラスト:透人

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●名を奪われしモノ
 異空間となったゲーム会社内の、更に奥の領域。
 通行の証となるアイテムを入手した猟兵達はこれまでと違う景色に対面していた。
 まず見えたのは現代の学校の屋上。
 そして、近未来的な雰囲気を感じさせる硝子張りの図書館。次はファンタジー世界によくある立派な城の内部。夕陽に照らされた土手、牧歌的な西洋の村。聳え立つ塔や、桜の木が美しい神社など。
 目の前の空間はゲームのフィールドや画面らしきものが入り交じっている。これはおそらく、開発途中で放棄されたデータが具現化したものだ。
 先程までいた社内ダンジョンとは違って、ここには敵の気配があった。
 やがて、禍々しい雰囲気が満ちた領域には怨念や嘆きの籠もった声が響き、セリフウィンドウが出現しはじめた。

   『何故俺は救われなかった?』  『僕を傷つけないで!』
      『誰も私を助けてくれない』          『やめて!』
    『おのれ、我の呪いを受けてみよ』  『来るな』
 『あたしを捨てないで』  『思い出してよ』    『たすけて』

 其処には幾つもの影が現れていた。
 『Gazer Gazy』の妹や親友のキャラクター。『月花神界トラベラーズ』の消された主人公、ストーリーが作られなかった途中加入の仲間らしき影。
 『六番目の塔』で見せ場もなく倒れていったモブや、頂上に君臨する魔王。
 『散リ逝ク水桜 ~約束の章~』に登場する数々のイケメン妖怪達。
 そして、『残花のミオソティス』と『斬華のフィロソフィア』に設定されていたらしきサブヒロインの影、影、影。
 それらは吹き出しで喋る者もいれば、テキストウィンドウに文字化けした名前が表示されているだけの者や雑音混じりのボイスで話しかけてくる者もいる。
 共通しているのは、名前がないということ。
 嘆きが宿った言葉ばかりを投げ掛けてくるゲームキャラクター達。彼らは行く手を阻むように集まってきたかと思うと、やがて巨大な影となった。
 彼や彼女達は過去に生贄に捧げられてしまった存在なのだろう。哀れにも思えるが、彼らは邪神の眷属と化している。
 妖しく光る赤い瞳は、プレイヤーでもある此方をじっと見つめていた。
 嘆き続けるキャラクター達を倒して、邪神が待つ領域に進む。それこそが今、猟兵達が行うべきこと。
 きっと――彼らを倒すことこそが、いずれは救いに繋がるはずだ。

[コマンド]
 ▶︎たたかう
   すくう
   すすむ
 
ミフェット・マザーグース
戦わないといけないの、すごく、すごく久しぶりだけど
そうしないと、自由になれないなら◎

大きくした触手の〈怪力〉で押さえつけて呼びかけるよ
ハルカヨタカ、ナルカワナミノ。「Gazer Gazy」の2人
反応した部分を〈見切り〉して、痛みは〈痛覚耐性〉でガマンして
そこに〈歌唱〉を届けるね

社員さんの、お話を思い出す
怖くて、ぞわっとするお話だったけれど、きっと物語の最後には

UC【田園を照らす暖かな陽の光の歌】
浮かべイメージは夜空
恐ろしい洋館から解放された、その時に四人が見るはずだった夜の空、流星群
それを見せてあげたくて、歌にして作り出すよ

届かないかも、だけど
それで、トドメをしなきゃ、なら〈串刺し〉にするね



●星空を見上げて
 歪んだ声で、途切れたウィンドウで、或いはテキストで。
 それぞれの言葉を出現させたキャラクターがひとつの影になっていく。折り重なったものは生贄の残滓と呼べるモノ。
 嘆く化け物になってしまったキャラクター達。
 彼らを見つめるミフェットは悲しげに両手を重ねた。無意識にそうした仕草は、死を与えられたモノ達への祈りのようなものだったのかもしれない。
「戦わないといけないの、すごく、すごく久しぶりだけど……」
 ミフェットは一度だけ閉じた瞼をひらき、黒い影になってしまったキャラクター達をしっかりと見つめ直す。
『いやああ、助けて! 誰か助けてよ!』
『やめろ! 上を見たら……!』
 ミフェットが見据えた先には会話ウィンドウが点滅していた。彼らはああやって嘆き続けているが、対話というものは不可能に思えた。
 彼らがあのように負の感情を紡ぎ続けるモノならばミフェットにも覚悟がある。
「こうしないと、自由になれないなら」
 ――戦うよ。
 思いをそっと言葉にしたミフェットは黒い影の塊に、真っ直ぐな眼差しを向けた。
 そして、彼女は瞬時に大きくした触手を振り上げる。巡らせた怪力で以て嘆くモノを押さえつけたミフェットは、あえて呼びかけていく。
「ハルカヨタカ、ナルカワナミノ」
 声にした名前は、見つかった六本のゲームのうちのひとつ『Gazer Gazy』。そこで唯一、名前が判明していたキャラクターのものだ。
 先程、出現したウィンドウに二人のゲーム内の叫びのような文字が見えた。どうやら遥・世鷹と鳴川・波乃はビジュアルすら作られていなかった存在らしい。
 するとミフェットの声に反応するように文字が現れた。
『波乃! どこだ波乃!』
『遥くん! ここにいるよ、遥く……ひいぃッ!?』
 それもまた最後まで作られなかったゲーム内の台詞なのだろう。黒い影に取り込まれているが、彼らの嘆きは存在している。
 途切れた会話の後に血が飛び散るようなエフェクト音が鳴った気がした。
 ミフェットは反応した部分を見切り、一気に嘆きの影に近付く。
 反撃が来るだろうが、痛みだって覚悟している。助けて、上を見るな、どうして助けてくれなかったの、という悲しみに満ちた言葉がウィンドウに表示され続けていた。其処から伸びた影がミフェットを貫いたが、まだ倒れるような一撃ではない。
「おねがい、この歌を聞いて」
 ミフェットは痛みを我慢しながら、やわらかな歌声を紡いでいく。
 それは田園を照らす暖かな陽の光の歌。

 目を閉じて ほんの少しだけ
 思い出して 胸のそこにしずんでる 暖かいばしょ
 その陽の光は いつでもみんなを照らしてる

 ミフェットは歌いながら社員から聞いた話を思い出す。
 あのゲーム、『Gazer Gazy』はとても怖くて、ぞわりと話だったらしい。けれどもきっと、難関を潜り抜けた物語の最後には最良の結末があるはず。
 光の歌で浮かべた光景は夜。
 ミフェットが歌と共に視せていくのは星が煌めく夜空。恐ろしい洋館から解放されたそのときに四人が見るはずだったものだ。
 そして、辺りには流星群のイメージが広がってゆく。
 エンディングはまだ作られていなかったのかもしれない。それでも、彼らが辿るはずだった終わりを見せてあげたかった。
「届かないかも、だけど」
 ミフェットは触手を振り上げ、ひといきに影を貫く。せめて最期に見たかった星と共に散って欲しい。そんな願いと共に鋭い一撃が巡った。
 影のひとつが消え去ったとき、台詞ウィンドウに或る会話が表示されていく。
『流星群、まだかな!』
『後少しだ。あんまりはしゃぐと転ぶぞ』
『だって本当に楽しみなんだもん。ちょっとくらい良いじゃない』
『良いけど、はぐれるなよ。僕たち四人は――』
『わかってるよ。ずっと一緒だ、でしょ!』
 おそらくゲーム冒頭のものなのだろう。偶然にプログラム上の会話が見えたという、たったそれだけのことだった。
 しかしミフェットにはどうしてか、それこそが彼らが救われた証に思えた。


■『Gazer Gazy』……Loading 50%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

菫宮・理緒
『希』さん、ここにいるかな?
『Gazer Gazy』のお話を聞いたので、妹さんに話しかけてみよう。

あなたのことは教えてもらったよ。わたしが覚えた!
あいして、までいけるかわからないけど、たすけてはあげられるかもしれない。

そこにいたら本当に忘れられてしまうかもしれないから、こっちにこない?
それで、よかったらわたしの妹にならない?『菫宮・希』になってくれると嬉しいな。

そう言って【デジタルシェルター】を発動して、メモリースティックを差し出すね。

おっけーしてくれたら、電脳世界での妹としていっしょにいたいな。
ダメなら……そのときはしかたないから【虚実置換】でそっと消そう。
でも、わたしは絶対忘れないからね!



●希望の欠片と世界の理
 負の感情を宿した声や文字が、空間に広がり続けている。
 合体して黒い影になったキャラクター達。その瞳は血のように赤い。其処から滴る液体のエフェクトは涙なのか、それとも血液の表現なのかは判断がつかない。
 理緒は気圧されないように床を踏み締め、影の塊をしかと見つめる。
「『希』さん、そこにいるの?」
 彼女が呼んだのは『Gazer Gazy』の登場人物の名だ。
 主人公の妹として設定されていたのが希という存在だった。グラフィックは統合されてしまったが、理緒は先程に一瞬だけ少女の姿を見ていた。
 きっと自分があのゲームの情報を入手したのも何かの縁だ。そして、このゲーム的な異空間で姿を確認できたのも偶然ではなく必然かもしれない。
 すると、空間に会話ウィンドウが浮かびあがった。
『おにいちゃん、どこにいるの……?』
 これはきっと、あのゲームの残存データ内に存在する会話の一部だ。兄妹と友人達が迷い込んだ古い洋館では、皆がバラバラになってしまうと聞いていた。
 それゆえに理緒が呼び掛けた妹キャラは、ずっと兄を探して迷っているのだろう。
『いやだよ、こわいよ……』
『たすけて』
『やめて!』
『上に、上に……!』
 ウィンドウの中で会話が進み、希の台詞らしきものが浮かんでいく。それだけでもあのキャラクターが無残に死を迎えるシーンが迫っていると見て取れた。
 いけない、と感じた理緒は黒い影に手を伸ばす。
「あなたのことは教えてもらったよ。わたしが覚えた!」
『たすけて』
「あいして、までいけるかわからないけど、たすけてはあげられるかもしれない」
『やめて!』
 しかし、理緒に対して返ってくるのは先程と同じ台詞の表示のみ。はっとした理緒は彼女が設定された台詞以上の言葉を紡げないのだと知る。
 拒絶されているのではないと分かったが、これでは対話など無理だ。
 一部のイベントシーンしか作られずに開発中止になったゲーム内の台詞だけでは、まともな会話が出来ないに違いない。
 そのうえ、周囲には悲しみに満ちた声が木霊し続けている。
『たすけて』
 希の台詞ウィンドウは表示されて続けていた。此方が動かない限りは向こうも大きな動きは見せないが、これでは埒が明かない。
「そこにいたら本当に忘れられてしまうかもしれないから、こっちにこない?」
『おにいちゃん、どこにいるの……?』
 返ってきたのはまた同じ会話だったが、理緒はめげたりしない。
「それで、よかったらわたしの妹にならない? そうしたらわたしと同じ名字になれるよ。『菫宮・希』になってくれると嬉しいな」
 そういってデジタルシェルターを発動させた理緒は、ちいさなメモリースティックを差し出した。それは抵抗しない対象を保護するもの。内部はユーベルコード製の、過ごしやすい環境のVR空間が広がる世界になっている。
 だが――。
 嘆くモノはただ蠢き続けるだけ。伸ばされた理緒の手にも、メモリースティックにすら触れようとしてくれない。
「ダメ、かな……」
『だめだよ、おにいちゃんを見つけなきゃ』
 理緒が問いかけると、これまでに見たことのない会話が表示された。
『おにいちゃんだけを置いていけないよ! 希とおにいちゃんと世鷹と波乃。みんながいっしょじゃないと意味ないんだもん! だから、ごめんね……。希はおにいちゃんを探しに館にもどる!』
 これは何かのイベントシーンなのだろう。
 おそらく主人公以外の三人が脱出できるかもしれないという場面の台詞だ。はっとした理緒は静かに頷く。
 ごめんね、という言葉を見た理緒はすべてを理解した。あれは決まった台詞でしか対話ができないなりの、希からの返答だったのかもしれない。
「わかったよ。じゃあ、希さんをその黒い塊から解放しないといけないね」
 虚実置換の力を巡らせた理緒は、こうすることが少女の救いになると信じた。たとえ作られたキャラクターであっても彼女にも大切な家族と仲間がいるのは間違いない。
 今はこうして、オブリビオンとしての存在を消すことになるけれど。
「でも、わたしは絶対忘れないからね!」
 本気の言葉を告げた理緒は消滅していく影を見つめ、心に誓った。続けられなかった物語の続きをつくることで嘆きを昇華してみせる、と。
 そして――理緒の願いと思いはやがて、新たな未来を紡ぐ切欠となっていく。


■『Gazer Gazy』……Loading 100%
 

成功 🔵​🔵​🔴​

エスタシュ・ロックドア


▶︎たたかう

想像上の人物がここまで深い嘆きを生み出せるもんか
生身の人間を贄にするよりもリスクは少ねぇ
この方法を考えだした社長は大したもんだ
だからってやってるこたぁ肯定しねぇんだがな

まがりなりにも嘆くに足る生あったものとして、
せめて荼毘に付してやる
地獄の業火で悪いがよ
『群青業火』発動
【範囲攻撃】で空間いっぱいに業火を撒いて敵を【焼却】
味方とか燃やしちゃいけねぇもんは適宜消火

何故救われなかった、か
そりゃ、救われない為に生み出させられたからだな
虫唾が走る話だ
元凶をこの手で折檻できねぇのが残念至極
普通にボツればまっとうな過去になれたモンを
いつか別ゲーでリメイクの目もあったろうに

さぁ、骸の海に還ろうぜ



●残花と斬火
 嘆きの声は鳴り止まない。
 否、表示されたまま消えないと表した方が今は正しい。生贄にされたという数多のキャラクターの残滓は現在、複数の嘆きが凝縮した黒い影になっている。
『あたしを捨てないで』
『思い出してよ』
『どうせ君もどこかにいっちゃうくせに』
 吹き出し型の会話ウィンドウが周囲に現れ、苦しみや恨みが募った文字が表示されていく。それらを見遣ったエスタシュは、其処に感情を見出していた。
「想像上の人物がここまで深い嘆きを生み出せるもんか」
 何らかの外的要因もあったのだろうが、この異空間に現れている元キャラクター達からは本物に近い苦しみが放たれている。
 想像でしかないが、それほど綿密に設定が練られていたか、或いは作った者の思い入れが深かったか。そういった熱意に似たものがキャラクターやゲーム設定に織り込まれていたのだろう。
 そして、それをひとりの人間が悪意のままに壊していく。
 其処に積もった悲しみや嘆きが蓄積して、このような事態を引き起こしている訳だ。
「確かに生身の人間を贄にするよりもリスクは少ねぇ」
 エスタシュは妙に納得していた。
 こういった方法を考え、実行に移していた社長は大したものだ。しかし、だからといって彼の行いを肯定はしない。
「ここまでくりゃ、やってるこたぁ殺人めいたもんだろ」
 命がないものに命が宿ったのだ。それはつまり、赦しておけるものではないということに繋がる。エスタシュは黒く蠢く影の塊を強く見据えた。
 彼の前にいるのは女性キャラクターの影が合体していった存在だ。
 おそらくはエスタシュ自身も情報の一片を入手していた『残花のミオソティス』というゲームに登場するサブヒロインと呼ばれるキャラクター達だ。
『■たしを捨てな■で』
『諤昴>蜃コ■■よ』
『どうせ君も縺ゥ縺薙°縺ォ縺?▲縺。繧?≧縺上○縺ォ』
 影の中で蠢く嘆きが強くなったかと思うと、先程と同じ文字が表示される。しかし、その台詞は奇妙な文字化けを起こしていた。
 厄介だと感じたエスタシュは、彼女達を救う術は戦いしかないと悟った。
 どうせ言葉は通じない。奥底に彼女達の意識があったとしても、それらはああして会話ウィンドウで決められた言葉しか表示できないのだ。
 放っておけば永遠に嘆きを文字にして、この異空間を彷徨い続けるしかない。
「まがりなりにも嘆くに足る生あったものとして、せめて荼毘に付してやる」
 それこそが今、エスタシュが此処にいる理由だ。
 燧石の名を抱く鉄塊剣を構えた彼は、しかと敵を瞳に映した。相手からは多数の視線が向けられているが、エスタシュはそんな眼差しなど気にも留めない。
「地獄の業火で悪いがよ」
 言葉と同時に空間の床を蹴った彼は、力を巡らせた。胸部に腰、そして腹部。過去に刻まれた全身の傷跡から地獄の焔が解き放たれていく。
 其処から噴き出す焔は、自由に餓える身を焙る。
 エスタシュはフリントの刃をめいっぱいに振り、横薙ぎの一閃で空間を切り裂いた。そうすることによって群青色の業火が周囲に広がりはじめる。
「まだまだ、こんなもんじゃないぜ」
 勢いに乗せてもうひと薙ぎすれば、殆どの空間に群青の焔が撒かれていった。黒い影を包み込んだ炎は嘆きごと焼き払うが如く、激しい熱を迸らせる。
『――どうして、あたしは救われなかったの』
 そのとき、歪んだ声が戦場に響き渡った。残花のミオソティスに設定されていたいずれかのヒロインの声だろうか。
 エスタシュは黒い影から腕のようなものが伸ばされたことに気付き、頭を振る。
 何故に救われなかったか。
 それは――。
「そりゃ、救われない為に生み出させられたからだな」
 別の意味で生きていた彼女達のことを考えると虫唾が走る話だ。元凶である社長をこの手で折檻できないことが至極残念ではあるが、その代わりにエスタシュはこの場で全力を振るい続けた。
「普通にボツればまっとうな過去になれたモンを」
 そうすればいつか、別のゲームなどでリメイクされる可能性もあっただろう。
 しかしエスタシュは今、開発途中のゲームである『斬華のフィロソフィア』がそれに当たることを知っている。
 このまま事件を野放しにして、いつかの未来を潰えさせてはいけない。
「さぁ、骸の海に還ろうぜ」
 そして、彼は更なる群青業火を解き放った。
 悪しき影に落とされた存在に日の目を浴びさせる為にも。真っ向から戦うことを選んだ彼の意志は、先に進むための焔となって巡ってゆく。


■『残花のミオソティス』……Loading 44%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ユエイン・リュンコイス

未完の物語、記録どころか記憶からさえも抹消された空想たち。
ああ、分かるとも。その慟哭も、怨嗟も。
故にせめて塔守として、キミたちをボクの記憶へと留めよう。
この身は見る為に生まれ、眺むる事を務めとしているのだから。

戦闘開始と同時にUCを発動。併せて『水月の識眼』による記録を開始する。ある意味、私企業の企画案を盗み見ている様なものだけれど…ただ倒して終わりなんて、余りにも虚しすぎるだろうさ。

基本は機人を前面に押し出して【グラップル】による格闘戦、ボクは後方で戦場全体を俯瞰しながら『穿月』による【援護射撃、制圧射撃】で他の猟兵も含めて支援を行おう。

安心して欲しい。少なくともボクは、忘れないから。



●結末に続く路
 此処に集っているのは未完の物語。
 それも、物語にすらなれていない残滓や欠片、或いは破片のようなモノ達だ。
 ユエインは蠢く黒い影となったキャラクター達を見渡してみる。
『助けて』
『やめて!』
『来るな』
『大嫌いだ』
 否定的な負の感情を想起させる言葉が紡がれていく。それは歪んだ声や表示された文字、吹き出しであったりと様々な形をしていた。
 だが、どの台詞も嘆きであることだけは共通している。
 この空間だけでもかなり奇妙なものだ。しかし、更に不可解なのは大半のゲーム制作者がキャラクターの名前を記憶していないこと。
 おそらく生贄の儀式を行っていたという社長が何らかの呪術的な手を加えたのだろうが、今はその方法を知ることは出来ない。現在、行うべきことは全く別のことだ。
 ユエインは表示されていく文字をひとつずつ読み、響いていく嘆きの声すらひとつも聞き逃さないように注意を払った。
 それらは記録どころか、記憶からさえも抹消された空想達。
 顕現した邪神本体とは違って、ただのプログラムに力を与えられただけの存在かもしれない。それでも――。
「ああ、分かるとも。その慟哭も、怨嗟も」
 ユエインは真っ直ぐにキャラクター達に言葉を向けた。
 あの言葉や文字を否定することはしたくない。忘れられたまま、こんな場所に閉じ込められているだけの存在にはしたくない。故に、とユエインは思いを強くする。
「せめて塔守として、キミたちをボクの記憶へと留めよう」
 漆黒の瞳は決して逸らされることはない。
 向けられる思いが怨嗟や嘆きであったとしても受け止める。何故ならこの身は見る為に生まれ、眺むる事を務めとしているのだから。
 そして、ユエインは塔守としての力を巡らせた
 物語の舞台へ立ったのならば、行く末までを見届けるのが己の義務。
 己が関わった『物語』を最後まで見届ける、という誓いが彼女の姿を真の姿に変えていく。悪意に翻弄されたキャラクター達、即ち命の先を望む。その誓いはまさしく正義。
 赤く輝いた瞳に敵の影を映したユエインは、水月の識眼による記録を開始した。
 敢えて言うならば目の前の存在は彼女達と呼べるだろう。
 その理由は、ユエインが識った『残花のミオソティス』というゲームのサブヒロイン達の集合体であるからだ。
 それを理解しているユエインは、もうひとつの或ることにも気が付いている。
「やっぱりメインのヒロインがいないんだね」
 黒鉄機人をオブリビオンに向かわせたユエインはもう一度周囲を見渡す。
 あのヒロインは違う塊に取り込まれたわけではなさそうだ。最初にこの空間に訪れたときから違和を感じていた。
 ユエインが先程、グラフィックとして確認した黒髪の少女が何処にも見当たらなかったからだ。■■・■としか表記されていなかった、もとい名前が消されていたメインヒロイン。他の開発途中のゲームにも関わっているらしき少女がこの場に存在していない理由など、きっとひとつしかない。
 ユエインは黒い影と対峙しながら思考を巡らせていった。
 黒鉄機人は影を殴り抜き、大きなダメージを与えている。すると嘆き続ける影からひときわ大きな声があがった。
『――何故、私は救われなかったの?』
 嘆きは視線となり、ユエインに鋭い痛みのような衝撃が走っていく。
 しかし彼女は耐えた。機人も同様のダメージを受けているようだが、この程度で倒れるような自分達ではない。
 その間も水月の識眼は彼女達のことを記録している。
 ある意味では、私企業の企画案を盗み見ている様なものだが、放っておけば彼女達は何処にも出られない運命を辿るだけ。
「救われない未来は訪れさせないよ。それに……ただ君達を倒して終わりなんて、余りにも虚しすぎるだろうさ」
 だからこそユエインは戦い続ける。
 機人が格闘戦で挑んでいく中、ユエインは戦場全体を俯瞰した。それに加えてニ挺蒸気銃による援護射撃を行う。穿月の見事な射撃は同じフィールドで戦う他の猟兵への支援にもなっていった。
『思い出して』
『忘れないで』
『私にはもう、あなたしかいないの』
 様々な景色が入り交じる空間に、名前を消されたサブヒロイン達の声が木霊する。どれもが悲痛なままだったがユエインにはちゃんと分かっていた。
 彼女達は嘆きながらも必死に助けを求めている。たとえ世に蘇ることは出来なくとも、データの海の藻屑にはなりたくないと叫んでいるのだ。
 その声と思いに応えるため、ユエインは黒い塊となった少女達を真っ直ぐに穿つ。
 歪んだままの姿にしておくことの方が残酷だからだ。そう考えたユエインは、強く握った蒸気銃の銃爪を引いた。
 黒い影は貫かれて倒れたが、それこそが今の彼女達にとっての救いだ。
「安心して欲しい。少なくともボクは、忘れないから」
 見届けると決めた。

 繋げてみせよう、君達の物語を。
 そして――偶像の少女が辿る結末を、未来へ。


■『残花のミオソティス』……Loading 85%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ


俺が話を聞いた『六番目の塔』に関わるキャラクターも含まれていたようだったな…
こうなってしまった以上は、倒す事が供養になると信じて戦おう

手持ちの飴を媒体に固有結界・黄昏の間を発動
俺の持てる全力を持って…いかせてもらうよ

【高速詠唱】【多重詠唱】にて地・水・火・風、4種の疑似精霊を同時召喚

風の力で自身の周りに音を遮断する風の膜を形成、相手の声を遮断する
水の力で相手を凍結させ身動きを封じ、地の力で上空に大岩を生成
その岩に火の力を纏わせ加熱された隕石の如く、凍結した敵の上に降らせる

4種の疑似精霊を同時に扱うにはかなりの集中力と魔力が必要だ
【全力魔法】力を使う事になるだろう
でも、それこそが俺なりの供養だ



●黄昏の終わりを
 ~六件の凄惨な事件、六人の失踪者達。そして君は、~

 ――という、意味深なキャッチフレーズで始まるゲーム『六番目の塔』。
 下層の会社フィールドで入手した作品のことを思い出したひりょは、目の前で蠢く黒い影の塊と、記憶の中の情報を照らし合わせてみた。
「あれが……キャラクター?」
 様々なキャラクターがこの不思議な空間にいたが、ひりょの知っている形をしたものも多く見えた。今は合体してしまい、あのような見た目になっているが、おそらくあれらが六番目の塔に関わるキャラクターだったのだ。
 現に先程、六人の影がいた。
 きっとゲーム紹介で語られていた失踪者達なのだろう。凄惨な事件という情報からも、彼らがシナリオ内で酷い目に遭うことは想像できる。
「それに魔王みたいなものも含まれていたようだったな……」
 ひりょは警戒を強めつつ、冷静に考えていく。恐ろしい存在に思えたキャラクターのひとつはウィンドウに表示された文字だけの存在だった。おそらくグラフィックすら作られていないラスボスの残滓なのだろう。
 蠢く影は嘆きの声を上げ続けているだけ。
 こちらが攻撃に移らない限りは何もしてこないようだが、それでは埒が明かない。本当に進むべき先は彼らが阻む向こう側にある。
「こうなってしまった以上は、倒す事が供養になると信じて戦うしかないね」
 ひりょは覚悟を決め、戦闘態勢を整えた。
 まずは手持ちの飴を媒体にして、固有結界・黄昏の間を発動させていく。それに反応した嘆き続けるモノは悲しみに満ちた声を響かせていった。
『僕を傷つけないで!』
 それは本当の悲しみが宿っているような、歪んだ声だった。一瞬だけびくりと体を震わせてしまうほどの声に対してひりょは首を横に振る。
「本当の意味では傷付けないよ。けれど俺の持てる全力で以て、いかせてもらう」
 詠唱はじめたひりょは声を重ねていった。
 そうすれば地と水、火と風の四種類の疑似精霊が同時に召喚される。全力だと告げた以上、決して手は抜かないと決めていた。
「場よ変われ!」
 ひりょは風の力で自身の周りに音を遮断する風の膜を形成する。こうすれば相手の声や嘆きを遮断できると考えたからだ。
 すると、これまで聞こえていた歪んだ声が届かなくなった。
 そうなれば次にすることは攻撃だ。まずは水の力。嘆きの黒い影を凍結させてくれ、と疑似精霊に頼んだひりょは敵を見据える。
 巡った水の力が相手の動きを封じていく中、ひりょは地の力を巡らせた。
『……! ――、……!!』
「まだまだ……!」
 嘆き続けるモノは何かを叫んでいるような仕草をしたが、音は遮断されているのでどれもひりょの耳には届かない。心苦しさを覚えながらも、ひりょは敵の頭上に大岩を生成していった。
 更にその岩に火の力を纏わせれば、それは加熱された隕石の如く変化する。
『――!』
 凍結した敵はもう何も語ることは出来ないようだ。
 好機を察したひりょは躊躇することなく、その上に炎の石を降らせていった。
 火の雨の如く降り注いだ岩は嘆き続けるモノを貫く。すると其処に会話ウィンドウのようなものが浮かび上がった。
『どうして助けてくれなかったの?』
 その文字は無感情に、何故、という疑問だけを呈しているように思える。
 ひりょは呼吸を整えながら、倒れ伏しながら消えていく黒い影と会話ウィンドウを見つめていた。四種の疑似精霊を同時に扱うにはかなりの集中力と魔力が必要だった。
 かなりの力を使ってしまったが、こうして影達は見事に葬られている。
 助けたのか、助けられなかったのか。それはまだわからない。しかし、ひりょはこうすることが正解だと信じた。
 あのままの姿で嘆き続けるモノを生かしておく状態こそが地獄だからだ。
 胸を押さえたひりょは、先程の文字への返答を言葉にしていく。
「これこそが俺なりの供養だよ」

 ――だから、苦しまずに眠っていて。


■『六番目の塔』……Loading 50%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャック・スペード


お前たちは、ただのデータだ
なのに、ヒトみたいなことを言うんだな
或いは完成度が高すぎて
「こころ」を抱いて仕舞ったか

――悪いな
俺はお前たちを救えない
だが、楽にしてやることはできる

涙淵を色待宵草へと転じさせ
光纏う花弁で異形の躰を包み込もう
ああ、痛いだろうな
だから俺も我慢する
ダメージは激痛耐性で堪えて
せめて其の嘆き位は、受け止めて見せよう

総てが終わったら、いつかまた
お前たちも陽の目を見る日が
来るかもしれない

その時は、そうだな
誰かのこころに残れるような
そんな存在に成ると良い

俺が見つけたのは
「斬華のフィロソフィア」の情報だったか
その時が来たら口説きに行く
次は画面越しに逢おう
綯交ぜに成った少女たちへ約束を



●塗り潰されていた想い
 嘆く声、悲しみの文字、ループする苦しみ。
 目の前に現れたキャラクター達は終わりのない苦痛や怨嗟を抱えたまま、悲哀を言葉にする黒い影に変化した。
 それは現実に生きるヒトに迫るほどの感情が宿っているように見えた。
 だが――。
「お前たちは、ただのデータだ」
 彼、或いは彼女達の集合体に向けてジャックは真っ直ぐに言い放つ。それは間違いのない事実であり正論だ。されど彼は、彼女達を否定しているわけではない。
「なのに、ヒトみたいなことを言うんだな」
 或いは完成度が高すぎて、こころを抱いて仕舞ったか。
 ジャックが嘆き続けるモノを視認すると、其処に会話ウィンドウが浮かび上がった。
『何故わたしは救われなかったの?』
『僕を傷つけないで!』
『誰も私を助けてくれない』
 それは彼女達の叫びなのか、それともゲーム内に存在した会話の一部なのか。完成していないゲームのことなので判断は出来ないが、ジャックにはひとつだけ確信できていることがあった。
 それは、眼前に迫ってきているモノが『斬華のフィロソフィア』に登場する予定だったサブヒロイン達だということ。
 それゆえにジャックは、黒い影をでしかないものを彼女達として認識していた。
『心が痛いの』
『こんなに君を想っているのに、どうして』
『いやです、離れないで下さい』
 構えたジャックは会話ウィンドウが浮かんでは消える様を見遣りながら、身を翻す。彼が先程まで居た場所には光の線のようなものが突き刺さっていた。あれがオブリビオンとなった敵の攻撃なのだと察しながら、ジャックは語りかける。
「――悪いな、俺はお前たちを救えない」
 開発者ではないゆえに、彼女達が登場するゲームを作り上げることは出来ない。至極真っ当な答えを出したジャックは涙淵の刃を胸の前に掲げた。
「だが、楽にしてやることはできる」
 告げた言葉と同時に、白縹に煌めく刀身が淡い光を宿す。瞬く間に色待宵草へと転じたそれは戦場となったゲームフィールドに彩を齎していった。
 黒く淀んだ影となったモノにも花が飛んでいく。
 光を纏う花弁は異形の躰を包み込みながら、その存在を形作る影を消していった。
『■が痛いの』
『こんなに君■想っているのに、縺ゥ縺?@縺ヲ』
『縺?d縺ァ縺、離れないで■■■』
 すると次もまた先程と同じ会話が空間内に表示された。だが、その言葉は所々が欠けていたり、文字化けを起こしている。
 それでもジャックは彼女達の意志を感じ取っていた。
「ああ、痛いだろうな」
 仮初であるとはいえどユーベルコードは嘆き続けるモノの存在を削り取っている。反撃として光の線を放ってくるのも抵抗しているからだろう。
「だから俺も我慢する」
 ジャックは敢えて相手からの一閃を受け止めた。ダメージが機体に走ったが、そんなものなど堪えてみせる。救えない代わりの決意がジャックの胸の中にあった。
「せめて其の嘆き位は、受け止めて見せよう」
『たすけて』
 更に新たなウィンドウが開いたが、それはジャックには叶えられないことだ。それゆえに彼は語り掛け続けた。
「総てが終わったら、いつかまたお前たちも陽の目を見る日が来るかもしれない」
『――蠢?′逞帙>縺ョ』
 かなりの戦闘による衝撃を受けているからか、会話は文字化けばかり。だが、ジャックは自分の思いを語り続けた。
 邪神が引き起こしたこの状況を壊すことが出来れば、此処に彼女達を残しておくよりも良い未来が訪れるはず。
「いつかそんな時が訪れたら、そうだな」
 誰かのこころに残れるような、良き存在に成ると良い。
 肉体を持たないがゆえに彼女達は何度だって生まれ変わることができる。たとえ死を迎えたとしてもいつの日にか、きっと。
 ジャックが彼女達に手向けているのは、そのための花。
 彼は斬華のフィロソフィアの情報や記録を思い出していく。どれもが作りかけだったが、グラフィックや設定に記されていた少女達は確かに存在していた。
 だから、と言葉を続けたジャックは嘘偽りない思いを送る。
「その時が来たら口説きに行く」
 こんな滅茶苦茶な空間ではなく、そんな綯い交ぜになった姿でもなく、次は――。
 画面越しに、逢おう。
「約束だ」
 刹那、彩に溢れた色待宵草が彼女達を送り、葬るための花となって空間に巡った。
 骸の海へと到る道を芒と照らすのは、金色の柄。花に包まれながら消えていく少女達の残滓はもう何も言葉を発しない。しかし、ジャックには解っていた。
 嘆きの言葉を零さなかった事実。
 それこそが、少女達にとっての救いの路が開かれた証だということを。


■『斬華のフィロソフィア』……Loading 44%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふええ、アヒルさん待ってください。
その社員証がないと先に進めませんよ。
私だけが会社の中で迷い続けることになるじゃないですか。
ふええ、そうなりたくなければ必死にアヒルさんのことを追い続けろってひどいですよ。

ふえ⁉アヒルさんを追いかけていたら誰かにぶつかってって、恋?物語まで発動してしまったのに
この本当に恋が始まってしまいそうな対応は・・・。
えっと、ありがとうございます。
でも、それは私にではなくてあなたのヒロインさんにしてあげてください。
私達が邪神さんから解放してみせますから、リメイクや同人誌等で返り咲いてみてください。
まだあなた達は終わったわけではないのですからね。



●衝撃から始まる物語
 此処は様々なフィールドデータが重なり合った空間。
 名前を消された、或いはグラフィックすら作られずに設定だけが存在していたキャラクター達が嘆き、悲しみを言葉にする場所だ。
「ふええ、アヒルさん待ってください」
 社員証を咥えて走っていく相棒ガジェットを追い、フリルがぱたぱたと駆けてくる。アヒルさんは時折振り返ってはフリルを見遣り、近付いてきたらまた走り出すということを繰り返していた。
「その社員証がないと先に進めませんよ」
 息を切らせながら追いかけていくフリルと付かず離れず。
 アヒルさんは絶妙な距離を保ちながら少女を導くように進んでいった。
「ふぇ……私だけが会社の中で迷い続けることになるじゃないですか」
 少し泣きそうなフリルだったが、完全な迷子になってしまうのは避けたい。進んでいく空間がお城になったかと思うと次は病院になり、更には学校の屋上へと変わっていく。
 アヒルさんが語りたいことはつまり、こうだ。
 彷徨い続ける者になりたくなければ必死に自分のことを追い続けろ、ということ。
「ひどいですよ、アヒルさん」
 そして、フリルの周囲が薄雲が漂う神秘的なフィールドになった瞬間。
 アヒルさんしか見ていなかったフリルは、不意にはっとする。突然に目の前に何かの影が現れたからだ。
「ふえ!?」
『貴様、何者だ? 我を■■と知っての狼藉か』
『おのれ化け物め!』
『憎い、憎い、憎いぞ! 跡形もなく滅ぼしてくれる!』
「ふえええ!?」
 それはキャラクターが合体した果ての黒い影だった。会話ウィンドウが蠢く影の胸元に浮かび上がったことで、フリルは驚いて止まろう――としたが、今までの勢いがあるので急には止まれない。
 その瞬間、フリルの意思とは別にユーベルコードが発動してしまった。
「ふええええ、止まれませーん。そこの人、どいてくださーい」
 ――衝撃?的な出会いから始まる恋?物語。
 アヒルさんを追いかけていたことによる全力疾走による出会い頭の衝突。先程の台詞の主はゲームのキャラクターなのだが、フラグを立てたりイベントを発生する間もなく、それは吹き飛ばされてしまった。
 フリルとアヒルさんの追いかけっこによって加速している状況だったので、かなりの衝撃が嘆き続けるモノに与えられたことになる。
『貴様ァ!』
『俺に勝利すれば認めてやらぬこともないぞ』
 起き上がった黒い影は先程と同じ会話ウィンドウを表示させた。
 おそらくゲーム内の台詞そのままなのだろう。戦闘シーンめいたイベントが始まってしまったが、これはキャラクターと戦って絆を深めるというものかもしれない。
 もしかすれば、本当に恋が始まってしまいそうな展開かもしれず――。
 フリルは黒い影には怯えなかった。
 何故なら、それが自分が情報を得たゲーム『月花神界トラベラーズ』のキャラクターが元になった存在だと悟っていたからだ。
「えっと、ありがとうございます」
 ぴょこんと跳んで足元に戻ってきたアヒルさんと共に、フリルは嘆き続けるモノをしっかりと見つめた。
 多数の視線が向けられており、敵意や害意も感じる。しかし、その中に悲しみがあることを感じ取っていたフリルはふるふると首を横に振った。
「でも、それは私にではなくてあなたのヒロインさんにしてあげてください」
 プレイヤー、或いは傍観者の立ち位置にいるフリルとの恋物語は始まってはいけないものであるはず。
 フリルは自分の中にある思いを言葉にした。
「私達が邪神さんから解放してみせますから、リメイクや同人誌等で返り咲いてみてください。データがあるなら、きっと……」
 キャラクターは完全に終わったわけではない。
 そう信じたフリルはアヒルさんと共に駆け出す準備を整えた。まずはあの合体した影からキャラクターを解放することからだ。
「まだあなた達は終わったわけではないのですからね」
 真っ直ぐな思いを言葉にしながら、フリルは走り出した。起こってはいけない恋物語よりも正規のストーリーが再開されるように。
 そう願ったフリルは一気にユーベルコードを発動させ、嘆き続けるモノを蹴散らす。
 そして、歪んだ物語は修正への一歩を踏み出した。


■『月花神界トラベラーズ』……Loading 39%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「生まれなかっただけの情報が、願いと仮初の生命まで得る。年経る程の想いに晒されたわけでも無いのに…何処まで暗く重い情念だったのでしょう…お可哀想に」
「貴方達の歪みは、貴方達を思い描いた者達の歪みです。生まれ出でたばかりの貴方達には何の咎も無いけれど。お還りなさい、骸の海へ」
「苦しみを叫んでいい、憎んでいい…私達には、貴方達が癒され眠るよう、祈ることしか出来ないのですから」
UC「幻朧桜の召喚」使用
併せて彼等が少しでも慰めを得られるよう破魔と浄化の調べを乗せた慰めの歌を歌う
「転生を…人から与えられた状況故生じた貴方達の想いではなく、何時か貴方達自身から生じた貴方達の想いで此の世に戻られますように」



●救済の花
 何処までも広がる草原フィールド。
 または、果てしない雲海が広がる蒼穹の景色。神が御わす領域のような神秘的なグラフィックに、何処かの広い神社の光景。
 描かれた風景が移り変わっていく、ゲームのような空間が目の前にある。
 そして、此処には多くの叫びがあった。
 嘆き、絶望、恐怖。悲しみ、苦しみ、憎しみ。作られたキャラクター達に与えられた役割を全うして、或いは全うできなかったことへの叫びが文字や声になっている。
 黒い影の集合体になったキャラクター達――嘆き続けるモノを見つめた桜花は、感じたままの思いを言葉にしていった。
「生まれなかっただけの情報が、願いと仮初の生命まで得る。年経る程の想いに晒されたわけでも無いのに……」
 彼らは肉体を持った命ではない。
 この現代日本においては生命という括りに分類出来ないものだ。それだというのに、彼らはイベントシーンや会話などの言葉を再生しながら嘆きを声にしていた。
『たすけて』
『死にたくないよ……』
『僕を傷つけないで!』
 彼や彼女達は、歪んで掠れた声や会話が表示されるウィンドウ内の文字で嘆き続けることしか出来ないようだ。
「何処まで暗く重い情念だったのでしょう……お可哀想に」
 ゲームや物語において、何らかの犠牲になるキャラクターは多い。例えば主人公が村を滅ぼされた復讐の念を抱かなければ冒険が始まらないまま。ヒロインや仲間がピンチになり、瀕死の重傷を負うといった展開も多々ある。
 それらはストーリーを盛り上げるために挿入されるものだが、もしも――。
 救済シーンや、次のイベントが作られないままだとしたら。
 その死は全て無駄になるのではないだろうか。また、盛り上げるという役目すら果たせず、そういった苦しみのシーンで開発を止められていたならば。
 待っているのは永遠に終わらない苦しみだけ。
 通常の理由があって中止になったのならば致し方ないが、今回は呪いと悪意のもとにそれが行われている。
 そう考えた桜花は真っ直ぐに黒い影を見つめ続けた。
「貴方達の歪みは、貴方達を思い描いた者達の歪みです。生まれ出でたばかりの貴方達には何の咎も無いけれど」
 ――お還りなさい、骸の海へ。
 桜花は嘆き続けるモノに呼び掛けた。
 しかし、プログラムされた会話でしか言葉を返すことが出来ない相手との対話は不可能だとも分かっていた。
『やめて!』
『たすけて』
『来るな』
『誰も私を助けてくれない』
 嘆きや怒り、呪詛や憎悪。そういった負の感情が桜花に向けられていく。
 だが、桜花はそれすら覚悟していた。
「苦しみを叫んでいい、憎んでいい……私達には、貴方達が癒され眠るよう、祈ることしか出来ないのですから」
 されど桜花はすべての心を受け入れるつもりだ。
 思いを凛と告げた彼女は身構え、幻朧桜を召喚するユーベルコードを発動させた。悲しみに満ちた声が精神に作用してくるようだったが、桜花は決して怯まない。
 咲き誇る幻朧桜の霊体がゲーム空間に現れる。そして、樹から全てを癒して浄化する力を持つ桜吹雪が吹き荒れた。
 それに併せて桜花自身もキャラクター達への慰めを向ける。
 彼らが少しでも、たった僅かでも安らぎを得られるように。破魔と浄化の調べを乗せた慰めの歌を紡いだ桜花は、消えていくキャラクター達を思う。
「転生を……人から与えられた状況故生じた貴方達の想いではなく、何時か貴方達自身から生じた貴方達の想いで此の世に戻られますように」
 世界が違っても転生を願う心は変わらない。
 彼らが取ることになる次の形はどうなるかは、まだわからないけれど――。それでも桜花は祈り、願い続けた。
 移り変わるフィールドに桜の癒やしが満ちる中、桜花は目を閉じる。
 どうか、と両手を重ねた彼女の思いは淡い桜の彩と共に空間に広がり続けた。


■『月花神界トラベラーズ』……Loading 66%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード


沢山のセリフ……、いや、叫び、達か

ぼくは最初から名前が無かったよ
与えられたのは製造ナンバーのみで
だから、何時からか自分で「NOI」と名付けたんだ
彼女には「カカシさん」って言われていたっけ

どちらでも誰かから名を呼ばれるのは嬉しかったんだ
君達はそれすらも奪われているっていうのか
名前を聞けるのなら、呼べるのなら呼んでやりたい
どうしても無理なのであれば、せめて
君達が居た事をぼくのメモリーに焼き付けよう

使用承認完了、【ラーウム】
姿見えずとも、蒸気の動きで君達を探す
遮られれば不自然な動きがあるだろうし
熱くて動けば物音もするだろう

助けられたなんて思ってない
けれどこれ以上を止めるなら、出来そうだから



●自分だけの名前
  『わたしはここにいるよ』     『ほら、あなたの後ろに影が……』
     『汝、自らを知れっていうでしょ?』 『もうやめて!』
 『ああ、いやだ……嫌だよ』              『たすけて』

 ゲームフィールドめいた奇妙な空間に浮かび上がったのは数多の文字。
 会話ウィンドウには、混ぜこぜになったキャラクターの台詞が表示されている。ノイは目の前の光景をしかと見つめ、キャラクター達の影が大きな集合体になる様子から視線を逸らさなかった。
「沢山のセリフ……、いや、叫び、達か」
 罅割れたようなボイスであったり、掠れた文字のようなものであったりと、叫びの内容も形もそれぞれに違う。
 どれも無機質なものばかりだというのに、嘆きは十分に伝わってきた。
 蠢く塊から敵意のようなものを感じ取ったノイは身構え、相手との距離を取っていく。警戒しているということもあるが、一番の理由は少し離れている方が会話ウィンドウがよく見えたからだ。
 ノイはまだ攻撃は行わないことを決め、彼女達に語りかけようとする。
 彼女、と認識している理由はノイが知ったゲームタイトルにあった。あの影になる前のキャラクター達はみんな少女の姿をしていた。つまり『斬華のフィロソフィア』のサブヒロインであることが判明したからだ。
 それは哲学の有名な言葉をキャッチフレーズにした作品だ。見えている文字はその内部キャラクターとして設定された少女達の言葉なのだろう。
「ぼくは最初から名前が無かったよ」
 ノイは静かに語っていく。
 最初に与えられたのは製造ナンバーのみ。それはただの記号を示すだけのもの。だが、見ようによっては文字の並びは名前のようにも思えた。
「だから、何時からか自分で『NOI』と名付けたんだ」
 そして、彼女には――。
「カカシさんって言われていたっけ」
 軽い片腕を見下ろしたノイは何処か懐かしそうに呟いた。思い返せば、どちらでも誰かから名を呼ばれることが嬉しかった。
 他の誰でもない自分だけの名。たとえ同じ響きを持つ違う誰かがいたとしても、彼女や仲間から呼ばれていた名前はノイだけのものだった。
 でも、とノイは少女達の成れの果てに視線を向け直した。
「君達はそれすらも奪われているっていうのか」
 彼女達には誰かに付けられた名前があった。
 きっと熟考を重ねられ、響きの音や意味合いまで考えられて付けられた名だ。もしその名前を聞けるのなら、呼べるのならば呼んでやりたい。
 だが、彼女達の名前はデータからも抹消され、社員達の記憶からも消された。一度あったはずのものが闇に葬り去られた上で、少女達はデータの海を彷徨っている。
 そう思うとノイの胸の奥に熱が宿っていった。
 悲しくて苦しい。感情として表すならばそのようなものだ。されど今のノイに彼女達の名を知るすべはない。
 少女達を呼ぶことがどうしても無理なのであれば、せめて。
「君達が居た事をぼくのメモリーに焼き付けよう」
 ノイが宣言すると、会話ウィンドウに先程に表示されていた文字が浮かんだ。
『繧上縺励?こ■にいるよ』
『ほら、縺ゅ↑縺溘?後■に影が……』
『汝、閾ェ繧を■れっていうでしょ?』
『たすけ■』
 それらは歪み、文字化けしている箇所もある。しかしノイには分かっていた。彼女達が望んだことを理解したノイは機体に宿る力を開放していく。
「わかったよ。君達が望むなら」
 ――使用承認完了、ラーウム。
 途端に高温の蒸気が広がり、レーザーを打ち放つ準備が整う。相手の姿見えずとも、蒸気の動きが嘆き続けるモノの位置を捉えてくれた。
 素早く駆けたノイは蠢く影に目掛けて一気に最大出力のレーザーを放った。
 これで助けられるなんて思っていない。
 けれどもこれ以上の嘆きを止めることなら、出来そうだから――。
「どうか静かに、眠っていて」
『縺ゅj縺後→縺』
 刹那、完全に文字化けした言葉がウィンドウの中に一瞬だけ表示される。ノイは嘆くモノが消失していく様を見届けながら、ちいさく頷いた。
 言葉にならなかった文字の意味。それは彼女達の思いを受け取った彼のみぞ知る。


■『斬華のフィロソフィア』……Loading 52%
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ナターシャ・フォーサイス
継ぎ接ぎだらけの世界に、無数の生まれえなかった方々。
過去から蘇りし哀れな魂として、眷属へと落ちてしまった人々として、導の光を灯しましょう。

「月花神界トラベラーズ」の主人公へ、在るべき居場所を与えましょう。
ここは未完の場所。
ならば、その在り方を書き換えるのです。
これより此処はまだ見ぬ楽園が一端。
貴方は其処で、己に与えられた役目を果たすのです。
役目が無いのなら示しましょう。
持つべきはずだった役目を与えましょう。
なぜならば、貴方は主人公なのです。貴方が物語を作るのです。

導きは、呼び出した天使達と共に、光を以て。
どうか貴方の道行きにも、楽園の加護のありますよう。



●救いはすぐ其処に
 歪む世界。移り変わるフィールド。
 その景色が感じさせるのは、此処が滅茶苦茶に壊れている場所だということ。
 この場所にはデータの海に葬られたモノ達が集まっていた。それらは名前を奪われた状態でこの狭い場所に藻屑として彷徨うだけ。
 生きることも、死ぬことも出来ない存在だと呼べるのかもしれない。
 ナターシャは一歩を踏み出し、神界のような雰囲気を思わせるグラフィックの方に進んでいった。其処にはキャラクター達が融合した影、嘆き続けるモノがいる。
『僕を傷つけないで!』
『お主、死にたいのか?』
『やめてくれ、もうやめてくれよ……!』
 ナターシャが影の集合体に近付くと、彼らの前に会話ウィンドウが現れた。其処に表示された文字は嘆きに満ちている。
「貴方達は……」
 ナターシャは怯むことなく、嘆きの影との距離を詰めていく。
「継ぎ接ぎだらけの世界に漂う、無数の生まれえなかった方々なのですね」
 相手は命や肉体を持っていない相手だ。
 プログラムされた会話しか表示できない相手が生きていると言えるのかどうか。その答えはきっと誰も知らない。
 しかし、ナターシャがやることは変わらない。
「生きているか、いないかなど関係ありません。過去から蘇りし哀れな魂として、眷属へと落ちてしまった人々として、導の光を灯しましょう」
 ナターシャは黒い影に手を伸ばす。
 彼女が嘆き続けるモノの中に見出したのは、『月花神界トラベラーズ』の主人公だ。ナターシャは固定主人公が不要とされて破棄されたことを知っている。それならば、あのゲームの中で一番深い嘆きを宿しているのが主人公だと思ったのだ。
「在るべき居場所を与えましょう」
 物語の中心になるはずだった、彼の人へ。
 ナターシャは祈るように両手を重ね、ユーベルコードを発動させていく。
 召喚、楽園の加護――サモン・ホーリーライト。
「ここは未完の場所。ならば、その在り方を書き換えるのです」
 これより此処は、まだ見ぬ楽園が一端。
 周囲を楽園の概念に書換えながらナターシャは天使達を喚んでいく。歪んで移り変わる空間は瞬く間に闇と罪を祓い、味方を強化する聖なる光に包まれていった。
 それによって嘆き続けるモノが蠢き出す。
『やめ……く……もう――』
『蜒輔r蛯キ縺、縺代↑縺?〒?』
『たすけて』
 すると浮かび上がったウィンドウに文字化けした会話が表示された。他の文字も途切れていて読めない。だが、最後の言葉だけははっきりと見えている。
 何が救いなのか。
 どうすれば彼らにとっての救済となるのか。
 ナターシャは使徒として与えられる救いについて考えていく。そして、しっかりとした口調で影に伝えていった。
「貴方は其処で、己に与えられた役目を果たすのです」
 一言ずつ、ゆっくりと語っていくナターシャは慈愛に満ちた瞳を向けた。
 役目が無いのなら示しましょう。
 持つべきはずだった役目を与えましょう。
 なぜならば――。
「貴方は主人公なのです。貴方が物語を作るのです。さあ……」
 天使達を戦場に舞わせたナターシャは、嘆くモノが誰かを傷付けないようにユーベルコードを封じていった。天使の加護が巡りゆく中、彼女はそっと告げる。
「――導きを」
 呼び出した天使達と共に、光を以て彼らを送ろう。
 そう決めていたナターシャは重ねている両手に力を込めた。そうして、ナターシャは主人公達の為に祈りを捧げる。

 どうか貴方の道行きにも、楽園の加護のありますよう。


■『月花神界トラベラーズ』……Loading 100%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

戦犯・ぷれみ
なぜ救われなかったか?
質問が根本的におかしいわ
なぜ救われる必要が生まれたの?
単なるデータの塊に

設定を与えられたからよ
外見と名前を押し着せられたからよ
少なくとも、『戦犯ぷれみ』というキャラクターを与えられる前のあたしは
ファイル名のない音声ライブラリだったときのあたしは
救いなんて必要としなかった

貴女が『六番目の塔』の……案内役なんだか魔王様なんだかわっかんないわね
その僅かに残った外見と設定、まるごと剥奪してあげましょう
タップするたび桁数の増えるfloat変数に還りなさい
それなら苦しむこともない
感情もないから透明になる必要もない

本来なら奪った外見と設定で遊んでやるはずなんだけど
そんな気分になれないわ



●キャラクターという存在
『ここにいるよ』    『ろくでもない話だよな、それ』
    『知らない、何もわからない』      『誰も私を助けてくれない』
  『どうして』   『皆を救う? 本当かどうか疑わしいね』
『――何故俺は救われなかった?』

 目の前に広がる光景は滅茶苦茶だ。
 学校の屋上めいたグラフィックが見えたかと思えば、すぐに謎の塔の入り口のようなフィールドに変わり、更にはダンジョンのような階段の絵が現れる。
 一貫性のないバラバラなゲーム画面が重なり合う中で、キャラクターの影がひとつの塊になって合体していった。それが幾つも周囲に出現していき、嘆きの言葉を会話ウィンドウに表示させていく。
 中には歪んだ合成音声を思わせる言葉もあり、妙に耳に残った。
 それらを赤いバツ印が宿る瞳に映したぷれみは、最後に聞こえた声に答える。
「なぜ救われなかったか?」
『――何故俺は救われなかった?』
 すると先程の声が同じ言の葉を発した。普通の人間が聞けば不気味で恐ろしいものだと感じるのだろうが、ぷれみは気にすることなく続きを語る。
「質問が根本的におかしいわ。なぜ救われる必要が生まれたの?」
 ぷれみは質問に対して定義を問いかけるという質問で返していく。よくよく考えればおかしいのだ。
 彼らはただの創作物。本来なら、自ら意志を持つようなものではない。
「単なるデータの塊に、どうして?」
『何もわからない、知らない』
 そうすれば次はウィンドウの中に同じ文字が浮かび上がった。
 決められた言葉しか表示できないなりの返答だったのだろうか。嘆き続けるモノがそれ以上の答えを出せないと知っているぷれみは、自答する形で語りかけた。
「それはね、設定を与えられたからよ」
 そして、外見と名前をお仕着せられたから。
 バーチャルキャラクターとしての意志を得る前のぷれみは、彼らと似たものだと定義できるのかもしれない。今目の前にいる存在には自由に言葉を発する機能も能力もないが、かつてはぷれみもただのそういったデータのひとつだった。
「少なくとも、『戦犯ぷれみ』というキャラクターを与えられる前のあたしは、ファイル名のない音声ライブラリだったときのあたしは……」
 救いなんて必要としなかった。
 ただ、そこにあるだけのもの。者ではなく、物だった。意識のない被造物は何の意志も感情もない。それゆえに歓喜も憤怒も、悲哀も、楽しみなどもなかった。
 そうであることが当たり前だった世界を変えたのは、きっと――。
「あなた達とぷれみが同じなんて言わないわ」
 言いたくもないから、と言葉にしたぷれみは嘆き続けるモノを見つめていた。表情は変わらないままでも、ぷれみには自らの思想で動ける力がある。
 そして、ぷれみは蠢く影の中に自分と似たような髪型のキャラクターが混じっていることに気がついた。
 あれが先程の社員が言っていた案内役のキャラクターだったのだろうか。
「貴女が『六番目の塔』の……案内役なんだか魔王様なんだかわっかんないわね」
 今となっては知るすべもない。
 もしかすれば案内役が実は魔王だったというストーリー展開だったのだろうか。だが、知ったところで今のぷれみには関係がないことだ。
『こ■に縺?よ』
『■くでもない隧ア縺?繧医↑、それ』
『何も繧上°繧峨↑縺、■らない』
『どうし■』
 再び、半透明のウィンドウ内に文字が浮かぶ。文字化けしている箇所もある。塗り潰されて見えない文字もあったが、其処だけに着目したぷれみはその意図を理解した。
「その僅かに残った外見と設定、まるごと剥奪してあげましょう。タップするたび桁数の増えるfloat変数に還りなさい」
 ぷれみはキャラクター達の集合体に向け、己の力を発動させた。
 それなら苦しむこともない。
 感情もないから透明になる必要もない。それこそがキャラクター達から願われたことへのぷれみなりの返答だった。
 刹那、黒い影は幸運と共にデータとしての存在を奪い取られていく。
 本来なら奪った外見と設定で遊んでやるはずなのだが――。
「今はそんな気分になれないわ」
 ぷれみはふい、とそっぽを向いて自分の掌を見下ろす。その行動に何の意味もないことは分かっているが、今だけは何故かそうしたかった。
 そうして蠢く影は完全に消え去り、更なる奥に進むための路が開かれていく。


■『六番目の塔』……Loading 100%
 

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓


『嘆き続けるモノ』の声や心を全て受け止め受け入れる

何故俺は救われなかったという問いに瞳に影を深く落とし
…それは、俺が気づいてやれなかったから
UDC機関員でもある俺なら未然に防げたのではないか
今更こんなことを考えても無意味だと理解している
それでも思わずにはいられない
──…俺にもっと、力があればと

彼らの視線から零れる赤が涙に見えて
堪らず指先でそっとすくう
「…すまない」
真っ直ぐ見つめ謝る
救えなかったことを
こんなことしか出来ないことを

願うは安息
どうかこの手が
彼らの悲嘆を僅かでも
和らげることが出来たらと

_

彼らのことを忘れない
いつか現実という陽の光を浴びることが出来るよう
己に出来ることをしたい



●データの涙
 苦しい、怖い、痛い。
 助けて。救って。ここから出して。
 嘆き続けるモノからは絶えずそのような言葉が投げ掛けられていた。
 移り変わっていくゲームフィールドの中で、キャラクター達に設定されていた負の感情を宿す台詞が次々と表示されている。

『もうやめてよ!』   『誰も認めてくれない。あなたにこの気持ちが解る?』
    『それ以上、近付くな』   『あたしを捨てないで』
  『ねえ――』   『思い出してよ』    『わたしは、あなたが憎い』

 蠢く影となったキャラクター達の言葉は止まらない。
 それは梓も情報を入手していた『斬華のフィロソフィア』の登場人物達に設定された台詞だったのだろう。イベントシーンの一部が切り取られているのだろうか。
 本当ならば其処から救いやハッピーエンドに繋がるシーンがあってこその負の感情が生きてくる。だが、今の彼女達――サブヒロインの少女達は苦しい場面をループさせられているだけ。
「……苦しいよな」
 梓は彼女達の声や心を全て受け止め、受け入れる気概で此処に立っていた。
 相手は攻撃動作を見せない限りは襲ってこないようだ。攻撃的なモノではないことに少し安堵もした。しかし、何もしないままあの声を聞き続けることは出来ない。
『どうして、わたしは救ってもらえないの?』
 不意に印象的な声が梓の耳に届いた。
 それは罅割れて歪みきった、聞くにたえないボイスの成れの果てだ。それでも梓はしっかりと耳を傾けていた。
 その問いに対して、はっとした梓の瞳に深い影が落ちる。
 救えなかった存在。
 梓にとって、そういった人達は決して少なくなかった。あの子達や事件の被害者達、そして――彼の人。
 彼らの顔や姿が脳裏に過ぎり、梓はそっと俯いた。
「……それは、俺が気づいてやれなかったから」
 UDC組織の機関に所属する自分ならば、この事件を未然に防げたのではないか、ということを考えてしまう。今更こんなことを考えても無意味だと理解していても、どうして手を打てなかったという気持ちが過去の記憶と重なった。
 今、目の前にある事柄にしか関われないと知っているのだが、それでもす思わずにはいられない。
「――俺にもっと、力があれば」
 梓は顔を上げ、ゆっくりと嘆き続けるモノに視線を向けた。
 彼女達は今も悲哀を言葉として出力している。少女だったモノの視線から零れる赤が涙に見えてしまう。
 感情のないデータだった者達には今、悲しみという心が宿っているのだろうか。
 それが生きているのか、死んでいるのかという定義を此処ではっきりさせることは出来ない。それでも梓は堪らず、蠢く影の元に歩み寄った。
「……すまない」
 その指先は零れ落ち続ける赤い涙をそっとすくう。彼女達の成れの果てを真っ直ぐ見つめた梓は謝った。自分が悪いのではないと知ってる。だが、それでも――。
 救えなかったことを。
 本当の意味で助けられないことを。
 そして、こんなことしか出来ないことを。
「――おやすみ」
 次に梓がしたことは、彼女達をオブリビオンたらしめる根源を排除すること。願いを込めた行動は瞬く間に力を巡らせていき、黒い影を揺らがせていった。
 願うのは安息。祈るのは解放。
 どうかこの手が、この思いが、彼女達に植え付けられた悲嘆を僅かでも和らげることが出来るように。
 やがて、嘆き続けるモノは消え去った。
 しかし梓は彼女達のことを忘れないと誓っている。思い出して、と表示されていた会話ウィンドウの文字を思い返した梓はそうっと頷いた。
 思い出すということは、忘れないことと同義。
 そうしていつか、現実という陽の光を浴びられるように。己に出来ることをしたいと考えた梓はゲームフィールドの奥を見据えた。
 先程から猟兵達の近くにはローディングの文字が幾つも浮かび上がっている。
 おそらくそれこそが此処に居た彼や彼女達を忘却のデータの海からすくいあげた証なのだろう。だが、未だ足りなかった。
 あの数字をすべて埋めるには、まだ先に進まなければならない。


■『斬華のフィロソフィア』……Loading 75%
 

成功 🔵​🔵​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


おのれ……!
私のサヨを誑かそうなどと
サヨは私の巫女だ!

サヨを背に庇う
巫女が他の者に目を奪われるなど嫌だ
まさかあの神の方がよい…とか?
ふと
頬に触れた柔い感触
…心臓が破裂しそうだ

あの者達
ヨルに殺到している?
カグラが特に人形に対し張合いをみせている

彼等も呪縛に
邪なる禍に囚われた者達だ
その厄を斬り与えられた役から解放する

捕縛の赤縄を巡らせ捉えて
…カラス、齎された厄はどう支配する?
教えてくれ

巡る神罰は嘆きを哀しみを憎悪を絡め採り桜として咲かせる呪

呪縛ごと切断するよ

リルの歌は弔歌のようだ
そなたらの愛が報われるよう
私の巫女が救いを咲かせるならば
私は厄を慰め弔う

散った桜はまた咲くよ
そなたらはそこに居た


リル・ルリ
🐟迎櫻


げぇむだとしても
そこにあるのは一つの世界
そこに生きて、一人の巫女を想い愛して
物語を紡ぐはずだったのに
行き場のなくなった愛は
愛する人を見失った心は
何処へ行くのだろう

カムイ…何だか何時かの僕みたいで微笑ましい
心が育ってる証拠だね
…櫻は君の隣以外に行く気なんてないのに

ん?ヨ、ヨルがモテている
だめだよ!ヨルはばぐのペンギンじゃないんだから!
もぎもぎなんてダメ!カグラにヨルを押し付ける
じたばたしていたら櫻がおでこにちうしてくれた
よし!げぇむ通りに妖達を救うぞ!

歌うのは「魅惑の歌」
とろり絡めて救いへ導く神と桜龍の元へ誘う

生贄えんどなんてだめだ
僕らではぴぃえんどに導くぞ!

君達の物語は此処にあるんだ


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


『散リ逝ク水桜~約束の章~』
なかなかに楽しげなげぇむなのに
主人公がペンギンになっちゃったんじゃね
リルは好きそうだわ

いけめん達がご乱心よ!
カムイもご乱心だけど
だから、違うったら!
頬にひとつキスをして落ち着かせる

一人を奪い合う修羅場ってやつね
うふふ
飛び交う狂おしい程の愛
愛と愛のぶつかり合い──悪くない
でもこのままじゃヨルがもぎもぎされるわ
リルも落ち着いて
おでこにキスしてあげる

囚われたあなた達の愛を解放してあげる

浄華

破魔と浄化と共になぎ払い
邪なる生命を吸収して桜と咲かせ

最後に欲しいものを手にするのは
最も強い愛を抱いているもの

げぇむ通り
巫女が救ってあげる
エンディングはハッピーエンドじゃなきゃ



●散っても巡り咲く花
 不思議な空間に巡るのは嘆きの声と台詞。
 社のような背景とキャラクターが描かれたスチルが次々と浮かび上がり、様々なイケメン達が表示されていく。
 しかし、それらにノイズが走りはじめる。
 不安定なデータの塊はやがて、顔も何も見えない影となって集合していった。
 それらが『散リ逝ク水桜』、或いは桜の名を冠するゲームのキャラクター達だと悟ったカムイは拳を握り締める。どうやらあのゲームは途中で開発を破棄された状態であり、タイトルも完全に決まりきっていなかったらしい。
 されど、カムイは知っていた。
 あの影達は主人公に甘い言葉を囁く、ゲームの登場人物なのだということを。
「おのれ……! 私のサヨを誑かそうなどと、サヨは私の巫女だ!」
 櫻宵を背に庇ったカムイは対抗心を抱いていた。
 巫女が他の者に目を奪われるなど絶対に嫌だ。それゆえにカムイは毛を逆立てて威嚇する子猫のような状態になっていた。
「いけめん達がご乱心よ! ……カムイもご乱心だけど」
「カムイ……何だか何時かの僕みたいだ」
 櫻宵とリルはカムイの様子を微笑ましく感じていた。嫉妬と対抗心というものを抱えているカムイ。それはきっと心が育っていっている証拠だ。
(……櫻は君の隣以外に行く気なんてないのに)
 ふふ、と静かに笑んだリルは彼の気持ちの揺らぎを見守ろうと考えた。
 そのためにも先ずはあの黒い影達をどうにかしなければならない。櫻宵は元イケメン達に向き直り、じっと機会を窺う。
 その姿がイケメン達に視線を送っているように思えたカムイはおろおろしはじめる。
「サヨ! そんなに熱い視線を……」
「違うわよ」
「まさかあの神の方がよい……とか?」
「だから、違うったら!」
 櫻宵はカムイの頬を撫で、そこにひとつ口付けを落とした。不意に頬に触れた柔い感触に気付いたカムイは途端に大人しくなる。
 心臓が破裂しそうだ、と呟いて頬を染めたカムイ。その光景とやりとりはまるで、ゲームのワンシーンのようなときめきと美しさを宿していた。
 櫻宵は改めて敵を見遣り、変わってしまったモノ達の嘆きに耳を傾ける。
『我が巫女は何処へ……』
『誰にも渡さない。誰かのものになるくらいなら……』
『巫女様は僕のものだ』
 登場人物達が巫女を思う気持ちは今、嘆きのようなものに変わっていた。それはあのゲームのストーリーが作りかけのまま昇華されなかったからだろうか。
 どちらにしろ、櫻宵は大いに興味を持っていた。
「なかなかに楽しげなげぇむなのに、主人公がペンギンになっちゃったんじゃね。リルは好きそうだけど、ねぇ?」
「好きだよ。でも、あのげぇむは壊されてしまったんだね」
 リルは揺らめく影を見つめる。
 たとえ遊戯の中だとしても、そこにあるのは一つの世界。そこに生きて、一人の巫女を想い愛して物語を紡ぐはずだったキャラクター達は閉じ込められている。
 行き場のなくなった愛や、愛する人を見失った心は、何処にも行けないまま。
 解放しよう、とリルが呼びかけるとカムイと櫻宵も頷いた。
 しかし、そのとき。
「きゅー!?」
 突然に影達がヨルを追いかけ始めたことで、仔ペンギンの叫びが響く。
「あの者達、ヨルに殺到している?」
「ん? ヨ、ヨル……! だめだよ! ヨルはばぐのペンギンじゃないんだから!」
 ゲームにあったバグのせいなのか、式神ペンギンが巫女のような扱いを受けているらしい。きゅきゅーっと鳴いて逃げ回るヨルに嘆きの影が迫っていた。
 其処に立ち塞がったのはカグラだ。
 カグラは特に絡繰人形のキャラクターに張り合いを持っているらしく、ヨルを抱いてゲームフィールドを駆け出した。
「一人を奪い合う修羅場ってやつね、うふふ」
 飛び交う狂おしい程の愛だと感じた櫻宵は静かに笑む。あれはきっと愛と愛のぶつかり合い。そう思うと悪くない気がした。
「でもこのままじゃヨルがもぎもぎされるわ」
「もぎもぎなんてダメだよ! カグラ、ヨルを絶対に守って!」
 慌ててしまったリルは尾びれをじたばたと振る。すると櫻宵がくすりと笑って腕を伸ばし、リルを自分の方に抱き寄せた。
「リルも落ち着いて」
 落とされたのは額への口付け。
 ちう、だと察したリルは櫻宵が触れてくれた箇所に掌を当てた。その口付けで落ち着きを取り戻したリルは黒い影へと真っ直ぐな眼差しを向ける。
「よし! げぇむ通りに妖達を救うぞ!」
「囚われたあなた達の愛を解放してあげる」
「噫、解き放ってあげよう」
 リルが歌う準備を整えて行く中、櫻宵とカムイも嘆き続ける影を見据えた。
 彼等も呪縛と邪なる禍に囚われた者達だ。その厄を斬り、与えられた役から解放することが今の自分達の役目。
 カグラとヨルが相手を引き付けている間に、カムイ達は力を紡いだ。
「行くわよ、カムイ」
「合わせるよ、サヨ」
 櫻宵は破魔の桜嵐を纏う斬撃で相手を薙ぎ払い、カムイは捕縛の赤縄を巡らせていく。花筏の池が周囲に広がっていく最中、赫の一閃が影を捉えた。
 其処に響き渡っていくのはリルが歌う、魅惑の調べ。
 キャラクターの集合体が動けなくなっているところへ更に、とろりと絡めて救いへと導く歌声が響いてゆく。
「――僕をみて、僕の歌を聴いて。離して、あげないから」
 紡がれる歌声は彼らを神と桜龍の元へ誘うもの。
 リルの聲は弔歌のようだとカムイは感じていた。名前を奪われ、中途半端に破棄されたことでデータの海の藻屑と化していた者達。
 彼らの愛が報われるよう、カムイの巫女たる櫻宵は救いを咲かせていた。
 それならば自分は厄を慰めて弔うべきだ。そのように考えたカムイも更なる赤縄を解き放ちながら、傍らに飛んできたカラスに問う。
「……カラス、齎された厄はどう支配する?」
 教えてくれ、と願うとカラスは一声だけ鳴いた。其処から意図を汲み取ったカムイは神罰の力を広げていく。
 巡りゆく神罰は嘆きを、哀しみを、そして憎悪を絡め取って桜として咲かせる呪。
 あの題名のように、彼らは桜で葬送されるのが相応しいはず。
 悲しみに満ちた声や思いはまだ響いているが、それを終わらせるために――。
「行こうサヨ、リル。呪縛ごと切断するよ」
「ええ!」
「生贄えんどなんてだめだ。僕らではぴぃえんどに導くぞ!」
「そうよ、げぇむ通りに巫女が救ってあげる」
 カムイの声に応えた櫻宵とリルはそれぞれの攻勢に出た。リルは歌声を更に響かせていき、櫻宵は破魔と浄化の力を乗せた一閃で以て、邪なる生命を桜として咲かせる。
「最後に欲しいものを手にするのは、最も強い愛を抱いているものなの」
 双眸を細め、微笑んだ櫻宵の瞳の奥には愛呪の彩が見えた。
 カムイは櫻宵から感じるものを案じていたが、今は目の前の存在に集中すべきときだとして、己を律した。
「散った桜はまた咲くよ。大丈夫だ、そなたらは――」
 確かに、そこに居た。
 カムイの斬撃が解き放たれた瞬間、櫻宵の一閃が再び振り下ろされる。其処に巡る人魚の歌声は嘆く影を包み込み、浄化の力となって広がった。
「君達の物語は此処にあるんだ」
「エンディングはハッピーエンドじゃなきゃね」
「……噫」
 消えていく影を見送ったリルと櫻宵は微笑みあい、カムイも頷きを返す。不思議なことに、最後に一瞬だけ大きなスチルが表示された。
 それは登場人物達が一堂に会して巫女に微笑みを向けている一枚絵だった。スチルは影の消失と共にすぐに消えてしまったが、とても良いものに思える。
 そして――。
「きゅきゅー!」
 カグラに抱かれていたヨルが、終幕を告げるかのように明るく鳴いた。


■『散リ逝ク桜』……Loading 100%
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
▶︎たたかう


戦うことが救いとなるなら
わたしは喜んで戦いましょう
おいで、あいしてあげる

影に、声に、ノイズに
あなたを探す
集めた情報、集まる残滓
まとめて、かたどって

みつけた
声が届かないなら、体でぶつかるだけ
ありったけの心をあなたに

銀のダガーで楽園へ送ってあげます
痛くないように、苦しくないように、あたしにバトンタッチ
ぺろり滴ってきた血を舐めとって

貴方達の無念も、何もかも持っていってあげるわ
きっと、邪神に愛されてしまったから
だからあたしが愛して上書きしてあげる

大丈夫、『あたし』ならきっと、助けてあげられますから
データを上書き保存するみたいに、良い結果を残します!



●Overwrite
 その空間に入った瞬間、フィールドが歪んだ。
 移り変わった景色の中に何処かの学校の屋上が見える。よくある風景のグラフィックであるからか、ゆずはそれが自分の通っている学校に似ていると感じた。
 一瞬だけ現実の学校での記憶が脳裏に過ぎっていったが、ゆずは首を横に振る。
 違う。ここはゲームの世界。
 それも世に出ることなく、データの海を彷徨っているだけの幻の世界だ。

『何故、わたしは救われなかったの?』
『誰も私を助けてくれない』
『あたしを傷付けるもの、全部、全部キライだ』

 目の前には会話ウィンドウが表示されており、その中には嘆きや悲しみを想起させる文字が浮かび上がっていた。
 ゆずは影の集合体になっていったモノと、入手した情報を頭の中で照らし合わせた。
 それらはあの『斬華のフィロソフィア』の登場人物の台詞だ。彼女達はどれもがサブヒロインらしく、メインヒロインとされていた少女は何処にも見えなかった。
 ゆずは気付いていた。
 ペデストリア・システムズで過去に作られていた『残花のミオソティス』と、開発中だった『斬華のフィロソフィア』には共通点がある。
 先程の屋上のグラフィックに未来的な学園の屋上が映り込み、一致するように重なったことで分かったのだ。両者の関係は精神的続編なのだ、と。
 そして、ヒロインは同じ存在。
 つまり偶像少女は二度も作られ、二度も殺されかけて――そして、邪神となった。
 それがこの場にメインヒロインがいない理由だ。
 邪神のことが気になるが、先ずはサブヒロイン達を嘆きからすくいあげるべきだ。
「戦うことが救いとなるなら、わたしは……」
 ゆずは赤い目をした影を見つめ、思いをはっきりと言葉にしていく。
「喜んで戦いましょう」
 ――おいで、あいしてあげる。
 彼女達の願いを受け止めたゆずは手を差し伸べ、そっと双眸を細めた。
 影に、声に、ノイズ。
 あなた、あなたたちを、其処に探す。
 そうすることが破棄されかけた彼女達の救いとなるはず。集めた情報を、集まる残滓をまとめて、かたどって――。
「みつけた」
 目を凝らしてたゆずは影の中からひとりの少女の形を読み取った。ぐにゃりと歪んだ影はすぐにシルエットを隠してしまったが、其処に彼女がいたことは間違いない。
 声が届かないなら、言葉で心が通じ合えないなら、体でぶつかるだけ。
「いきます。ありったけの心を、あなたに」
 ゆずが振り抜いたのは銀のダガー。
 フィールドの光景が移り変わるこの場所は、少女達にとっての地獄。楽園へ送ってあげます、と告げたゆずは刃を鋭く振るっていく。
 融合してしまった子達を切り離して、元の個に戻していくように。
 痛くないように、苦しくないように。
「その痛みをちょうだい」
 赤い目から滴った血の涙をすくい取ったゆずは、それをぺろりと舐め取った。言葉通りに彼女達の嘆きを肩代わりしたいと願ったからだ。
 既にゆずはアバターを纏うようにして、『あたし』という存在に変わっている。
 此処に集まった負の感情は彼女達が背負うべきものではない。
「貴方達の無念も、何もかも持っていってあげるわ」
 苦しいのはきっと、邪神に愛されてしまったから。どうしようもない深い感情を抱いてしまったものに囚われたから。
「だから、あたしが愛して上書きしてあげる」
 ゆずの一閃が再び、影と影の間を切り裂いた。複合していたキャラクターがまたひとり、嘆き続けるモノから引き剥がされる。
「大丈夫、『あたし』ならきっと、助けてあげられますから」
 幸か不幸か、彼女達はデータだ。
 データを上書き保存するみたいに良い結果を残していけたなら――。
 ゆずは必ず救うという心を抱き、銀のダガーを振るい続ける。そして、最後の一体がゆずの前に倒れ伏した。


■『斬華のフィロソフィア』……Loading 90%


●最終ステージへ
 この空間に現れていた、嘆き続けるモノはすべて消えた。
 猟兵達が影を消す度にゲームのタイトルが現れ、ローディングの数字が増えていったように思えた。おそらくそれは、この閉ざされた空間からキャラクター達をすくいあげられた証なのだろう。
 百と表示されたゲームは解放された。
 だが、『残花のミオソティス』と『斬華のフィロソフィア』だけがどうやっても百の数字を示さなかった。
 そのことが示すのは、即ち――。
 両者に共通するメインヒロインこそが、邪神になったという証左だった。

 そして、猟兵達は開かれた道の先へ進む。
 其処はいうならば最終ステージ。エンディングに続く、たったひとつの道筋だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『忘却恐れし偶像少女』

POW   :    どうかまたわたしを、愛してくれますか?
【再び愛されたいと願う抱擁】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
SPD   :    違うわたし、本物になれないわたし『たち』
【在り得たかもしれない別の自分たち】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    あなたの望む、わたしのカタチ
対象のユーベルコードを防御すると、それを【胸部に刻まれた傷口へと取り込み】、1度だけ借用できる。戦闘終了後解除される。

イラスト:Shionty

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ユエイン・リュンコイスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●モノクロームの世界
 黒き領域を進み、嘆きの海を越えた先。
 其処に広がっていた世界は、白と黒と灰色しか見えないモノクロの街。
 白黒の建物に灰色の道路。遠くには点滅している信号機もあったが、明るい色など何処にもなかった。街を行き交う人々もただのシルエットでしかなく、何にも見向きせずに擦り抜けていくだけ。
 そんな奇妙な雑踏の真ん中。
 たったひとつだけ、確かな色彩を宿した存在があった。
 ひたり、ひたりと胸元から滴る血は濁った赤。瞳に大粒の涙を浮かべ、胸を押さえたセーラー服姿の少女が街の中央にひとりきりで佇んでいる。

『どうして、わたしは生み出されたの?』

11100111 10011111 10100101 11100011 10000010 10001010 11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10000100

『わたしは、なんですか? わたしは、だれですか?』

11101000 10101010 10110000 11100011 10000001 10001011 11100110 10010101 10011001 11100011 10000001 10001000 11100011 10000001 10100110

 少女は何もない虚空に向け、何かを願っていた。
 そして其処には、膨大な数字の羅列が浮かび上がっている。
 彼女こそが不可解な儀式によって邪神となったキャラクターのようだ。
 恋愛ゲーム『残花のミオソティス』と精神的続編の『斬華のフィロソフィア』の両方にメインヒロインとして設定されていたが、名前と存在を消された少女。■■・■と表記されてはいたが、最早それはただの空白という意味しか持たない。
 知らない訪問者の存在に気付いた少女は、漆黒の瞳を猟兵達に向けてきた。

『あなたは……だれ? プレイヤーさん?
 本当は物語を始めるべきなのだろうけど……わたしは、自分がどんな『わたし』だったのかわかりません。わたしをつくったひとも皆、わたしを忘れてしまいました』

 彼女は自分のことを、誰からも忘れ去られた愛されるはずのないモノだと語る。
 少女自身からは害意が感じられないが、問題はその周囲に広がっている邪神としての力だった。淀んだ空気のようなそれは、彼女の意思とは無関係に周辺をゲームの世界に変化させていっているようだ。
 少女は今、自分がどういった状態かも分かっていない。
 彼女は胸の裡に生まれた恐怖や嘆きの感情のままに涙を流し続けている。このまま少女を放っておけば、社内だけに留まっていた異空間化が外に広がってしまうだろう。
 いくら彼女に悪意がないとはいえ、それは既に葬るべき存在になっている。
 そうして、偶像少女は此方に手を伸ばしてきた。

『お願いします、誰か。わたしに、』

11100101 10010000 10001101 11100101 10001001 10001101 11100011 10000010 10010010 11100011 10000001 10001111 11100011 10000001 10100000 11100011 10000001 10010101 11100011 10000001 10000100

『どうか、わたしを』

11100011 10000001 10000010 11100011 10000001 10000100 11100011 10000001 10010111 11100011 10000001 10100110

11100110 10101110 10111010 11100011 10000001 10010101 11100011 10000001 10101010 11100011 10000001 10000100 11100011 10000001 10100111

●数字の狭間で
 そして此処から、偶像少女との戦いが始まる。
 だが、君達はまだ此処ではプレイヤーとして認識されているようだ。つまり猟兵達はゲームの行方や結末を左右する力を持っているということ。
 それに何やら違和感がある。
 静かに語っているだけの偶像少女が、必死に何かを叫んでいるような気がした。
 予感を信じて、それぞれが思うままの行動に出てみるのも良い。
 或いは彼女の叫びなど無視して、問答無用で倒してしまうことや、まったく別の行動を取ることこそが最良なのかもしれない。
 だが、どの行動がどういった結末に繋がるかは未知数。

 さあ、あなたは――忘却を恐れる少女の物語に、どのような結末を望みますか?
 
ミフェット・マザーグース
◎きっとみんなが願ったはず
だって、誰だって猟兵は、助けを求めるヒトを、救いたいはずだから

あなたの物語を教えてあげる
あなたはお姫さま、大事な人がいつか会いに来るまで、夢の中で待ってるの
色んな人がアナタを夢見て、一歩づつあなたに近づいてくる
たくさんのヒトがアナタを作って、あなたの世界の形になって
笑って、怒って、泣いて、いつかいっぱいのヒトが知る。それがあなたの物語!

たくさんのヒトに愛される物語のために、あなたは生まれたの
お名前は、えーと……ユメ! ミフェットのあなたの名前は、ユメだよ!

UC【小さな奇跡】
物語が本当になるように、殺さないで助けられるように
みなが願うことが本当になるように



●物語のお姫様
 紡がれる言葉。浮かび上がる文字列。
 其処から感じられる意志と思いを今、この場にいる誰もが感じ取っている。
 モノクロームの、色がない世界でたったひとりきり。意思を持たない人々に話しかけても何も答えを返してくれない。そんな中に現れた猟兵達――プレイヤーとしての自分達に、少女は必死に願いを伝えようとしていた。
「だいじょうぶだよ」
 ミフェットは自分の掌を、とん、と胸元に当ててみせる。
 文字の中に隠された声なき声はミフェットにも伝わっている。それにきっと、此処にいるみんなだって願っているはず。
 助けたい。救いたい。
 たとえ邪神になっているとしても、あの少女もまた被害者だ。
「安心してね。だって、誰だって猟兵は、助けを求めるヒトを、救いたいはずだから」
 ミフェットは仲間のことを信頼している。
 なぜなら、先程に通ってきた空間でも猟兵達はそれぞれの意志を貫いた。倒すこと、受け入れること、話を聞くものや思いを投げかけるものまで様々だが、誰もが解決のためにしっかりと動いていた。
 それゆえにミフェットは、偶像少女も助けられると信じている。
 本当は邪神としての存在ごと滅ぼすことが正解かもしれない。或いは攻撃を行わずに彼女の思いを聞き届けることが正解なのかもしれない。
 しかし、ミフェットは考えていた。
 正解があると考えることこそが不正解になってしまうのではないか、と。
 ここはゲームの世界でありながらも現実だ。自分達が生きる現実という世界に一番正しいことなど存在しているだろうか。
 誰しもが正しいと信じることを行い、その選択が未来に繋がっていく。
 必ずしも、選ばなかったものが不正解だったわけではない。だからこそミフェットは本当の正解というものを考えないことにした。
 だから、ミフェットは今の自分が思うままに行動するとに決めている。
「あなたの物語を教えてあげる」
『わたしの?』
 ミフェットが語りかけると偶像少女は不思議そうな眼差しを向けてきた。邪神の力は渦巻いているが、やはり少女自身に敵意は感じられない。
 にこりと微笑んでみせたミフェットは更に語っていく。
「あなたはお姫さま、大事な人がいつか会いに来るまで、夢の中で待ってるの」
『お姫、様……』
「そう、色んな人がアナタを夢見て、一歩ずつあなたに近づいてくる」
 たくさんのヒトがアナタを作っていく。
 あなたの世界は多くの縁が繋がって、次第に形になって、それから――。
 笑って、楽しんで、怒って、泣いて。
 ときには苦しいことだってあるだろうけれど、いつかいっぱいのヒトが知る。物語の中にいる少女を愛おしいと思ってくれる。
 ただのデータでしかないアナタが、たったひとりきりのあなたになる。
「それがあなたの物語!」
『いいえ、わたしは……何でもない、ただの女の子。名前もないモブと一緒』
「違うよ!」
 少女が俯くと涙が地面に零れ落ちた。しかし、ミフェットは強く言い切る。思わず顔を上げた少女は涙が滲む瞳でミフェットを見つめる。
「たくさんのヒトに愛される物語のために、あなたは生まれたの」
『……』
「お名前は、えーと……ユメ! ミフェットのあなたの名前は、ユメだよ!」
 ミフェットが告げたのは、自分にとっての彼女の名前。
 ぱちぱちと両目を瞬いた少女は何も答えられないでいるようだ。おそらく戸惑っているのだろう。其処へ、ミフェットが祈りにも似た力を紡いでいく。
 ――小さな奇跡を。
 物語が本当になるように、殺さないで助けられるように。
 みなが願うことが、本当になるように。
 ミフェットの思いは歌声となり、声が届いたすべての存在の心に呼びかけていく。
 すべての人には、それぞれぞれの。
 なにものにもかえられない、物語。
 その終わりに記す文字を、ただ一度だけ書き換えて。
 すると、ミフェットが発動させたユーベルコードの力が少女の胸部に刻まれた傷口へと取り込まれていった。きっとこれも邪神の力なのだろう。
 少女自身も、ミフェットも、そして邪神の意志すら今は未だ知らない。
 奇跡を願ったこの力が、最後に或る結末を導くことを――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳳凰院・ひりょ
アドリブ歓迎
WIZ

…俺には…出来ない
あんな悲しい顔の女の子を問答無用で倒してしまうなんて…
甘すぎるのかもしれないけれど…

名前もわからなくなってしまったあの子に、必死に問いかけよう
君の望みは何?俺の命をあげる…とかは出来ないけれど、出来る範囲内の事ならしてあげたいと思う

俺が彼女に出来る事はなんだろう?
忘れない事?何か思い出を作ってあげる事?
共通の思い出を何か作る事で、俺自身が彼女の事を覚えていられる可能性ってあるのかな?もし、そういう方向で出来る事があるなら精一杯協力しよう

最後には戦いは避けられない、とは言っても…ね
俺はこの任務の詳細を聞いた時から、何か出来る事がないか、と問い続けていたから、さ



●救いたいと願う気持ち
 だれか、どうか。
 縋るものも、相手もいない少女が嘆きの声を紡いでいる。その言葉はとても悲しげで、伸ばされた手も救いを求めているかのようだ。
 だが、彼女の中に宿っているのは邪神としての力。
 邪神はこの世界においてのオブリビオンだ。否応なしに世界を過去に沈めていき、破滅を齎すことを運命付けられたものである。
 名前を奪われ、運命を変えられ、物語から外された少女は既に過去の存在。本来ならば猟兵であるひりょはあの少女を倒し、骸の海に還さなければならない。
 それでも――。
「……俺には……出来ない」
 ひりょは少女の表情を見ていられずに俯いてしまう。
 駄目だ、と自分を律したひりょは顔をあげた。あんな悲しい顔をした女の子を問答無用で倒してしまうだなんてことは今のひりょには考えられない。
「分かってるよ、甘すぎるのかもしれないけれど……」
 少しでも彼女のことを知りたいと思った。
 何故なら、少女は泣きながら笑っていたからだ。ゲームのヒロインはいつも笑っているものだからだろうか。大粒の涙を零しながらも『プレイヤー』に本来あるべき自分を見せようとしている。
 泣き笑いで助けを求める少女はきっと曖昧なラインに立っている。現実か、虚構か。それともどちらでもない部分か。
 ひりょは自分の名前もわからなくなった彼女に向け、必死に問いかけていった。
「君の望みは何?」
『……のぞみ?』
 ひりょの言葉に対して少女は首を傾げる。
 その間にも頬を伝った涙が地面に零れ落ちていった。しかし、その涙は落ちた途端に消滅する。涙すら消去させられているのだと感じたひりょは真っ直ぐに告げていく。
「俺の命をあげる……とかは出来ないけれど、俺が出来る範囲内の事ならしてあげたいと思ってるんだ」
『ありがとう、ございます。でも……』
「何でも言ってくれていいよ」
 すると少女はふるふると首を横に振った。
『わかりません』
「わからないって、つまり……」
『わたしが、どんなことを望む性格だったのか。わたしは、何になりたいのか』
 その瞬間、少女の躰から邪神としての害意が溢れ出す。同時に零と壱で構成された文字列が浮かびはじめた。

11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10011001 11100011 10000001 10010001 11100011 10000001 10100110

「これは……!?」
 ひりょは文字列に押し潰されそうな感覚をおぼえる。
 そして、彼は少女の心を感じ取った。少女は邪神としての力を発動させるしかないのだろう。その胸の痛みから解放されるために。忘却という恐怖を消すために。置いていかれてしまうなら、自らが世界に追いつくために。
 きっと少女は無意識のうちに気付いたのかもしれない。肉体がない自分が現実に出ていくことは出来ない。だから現実の方を此方に取り込めばいいと。
 それゆえにこうしてゲームの世界を広げているのだ。
 だが、彼女はそれ以上に何かを求めている。わからないと本人は言っているが、きっと望みは存在しているはず。
「君に俺が出来るのは……忘れない事? 何か思い出を作ってあげる事?」
 文字列を見つめたひりょは生まれながらの光を巡らせてゆく。
 彼女と共通の思い出を何か作ることで、自分自身が彼女のことを覚えていられる可能性はあるのだろうか。もし、そういう方向で出来ることがあるならば――。
「最後には戦いは避けられない、とは言っても……ね」
 ひりょは聖なる光を発しながら少女を見つめる。
 偶像少女の頬には涙が伝い続けていた。それでもひりょは諦めない。無理に作った笑顔など浮かべなくていい、本当の彼女に戻れるようにと願っている。
「だってさ、俺は……」
 この任務の話を聞いた時から、ずっと考えていた。
「何か出来ることがないかって自分に問い続けていたから、さ」
 更に聖光を巡らせたひりょは少女にやさしい眼差しを向けた。まだ真正面から戦うことは出来ずとも、癒やしを施していく彼はしかと未来を見据えている。
 願わくは、彼女に最良の未来が訪れるように――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

戦犯・ぷれみ
愛してあげるのはたぶん無理
戦犯ぷれみは愛されたことがないから
あたしはそれを心だと思わないから救えない
あたしはそれを命だと思わないから殺せない
そんなことより――

本当にそんなものが欲しいわけ?
言っておくけど『その瞬間』に見える景色はロクなもんじゃないわよ
それでも?
それでもかあ
あーあ

出鱈目の物語、致命的な誤植、それでこのシナリオを書き替えられるかやってみるけど
うーん
Myosotisってワスレナグサの属名よね
forget-me-notとはよく言ったものだわ
そうね
素直に『蝦夷紫』でどう?
えびすゆかり、とでも読めばいい

気に入らないならそれで結構
よりによって『戦犯ぷれみ』にネーミングセンスを期待されても、ね



●廻る因果
 数字で紡がれる叫び。
 その意味はぷれみにとって、容易く理解できるものだった。おそらく偶像少女が声として出している思いの後に本音として2進数が表示されるのだろう。
 ぷれみは変わらぬ瞳と表情で彼女の姿を見つめ、首を横に振ってみせた。
「愛してあげるのはたぶん無理」
 だって、戦犯ぷれみは愛されたことがないから。
 愛という概念は知っているが、ただそれだけだ。言葉や口で語ることは簡単でも、ほんとうの意味で愛するということは示すことが出来ない。
 キャラクターではない、本当の人間であったとしても真の意味で愛を知るものはきっと多くない。寧ろ真の意味などあってないようなものかもしれない。
 ――誰か教えて。
「あたしはそれを心だと思わないから救えない」
 ――ころさないで。
「あたしはそれを命だと思わないから殺せない」
 ぷれみは空中に表示されている文字への返答を、言葉として返していく。
 しかし、こんな答えなど彼女には不要に違いない。ぷれみは偶像少女の姿を見つめたまま、伸ばされている掌に視線を移動させた。
「そんなことより」
『……?』
 ぷれみが語りかけると、少女は涙を流しながら疑問符を浮かべた。
 欲しい、と願われたものをぷれみは知っている。物語、名前、自我、想い。そういったものを少女は望んでいるのだろう。
 だが――。
「本当にそんなものが欲しいわけ?」
『わたしには、なにもないから』
 すると偶像少女が悲しげな眼差しを向けてきた。元から持っていたものを失くした、或いは消されたと言ってもいい少女は元あった物語を欲しているのだろうか。
 どうであれ、ぷれみは知っている。
 現実という存在そのものがそれほど強く望む価値のあるものではない、と。
「言っておくけど『その瞬間』に見える景色はロクなもんじゃないわよ」
『……』
 少女は無言だったが、ぷれみはその瞳の奥にある感情を読み取っていた。それゆえに念を押して問いかけてみる。
「それでも?」
『……はい』
「それでもかあ」
『わたしは『わたし』になりたい。知りたい。欲しいの、です』
「あーあ」
 頷いた少女に対して、ぷれみは肩を竦めるような仕草をした。データであった方がマシだったかもしれない現実に少女を踏み出させることは、新たな地獄の始まりかもしれないのだが、そう言われてしまっては仕方がない。
「だったら、その邪神の存在だけでもどうにかしちゃいましょうか」
 後はきっと運命とやら次第になるはず。
 そうしていると偶像少女の周囲に様々な少女の姿が浮かび上がった。それは本物になれないわたし『たち』という概念のキャラクター達だ。放っておけば害をもたらすと理解したぷれみはユーベルコードの力を発動させていく。
 ――ふぁいなる・あんさー。
 ぷれみが大丈夫な攻略本から致命的な誤植を召喚した。それは誤りであるがゆえに世界の因果律を書き換え得るものだ。
 出鱈目の物語、致命的な誤植。白紙になってしまったシナリオを書き替えられるかどうかは五分五分だが、やってみるほかない。
 消されてしまった物語に、実体のない誤った認識が巡る。
 それがどのような効果をもたらすかはぷれみにも予想がつかない。だが、ぷれみは今の状況が変わることだけは確信していた。
「うーん、Myosotisってワスレナグサの属名よね」
 forget-me-not.
 勿忘草がモチーフになっているであろうゲームタイトルと、その花言葉を思い出したぷれみはなんとなく感心した。
「よく言ったものだわ」

11100101 10010000 10001101 11100101 10001001 10001101 11100011 10000010 10010010 11100011 10000001 10001111 11100011 10000001 10100000 11100011 10000001 10010101 11100011 10000001 10000100

 そのとき、偶像少女の頭上に再びあの文字列が浮かび上がった。
 彼女がそれほどに欲しているのだと知ったぷれみは、暫し考え込む様子を見せる。そうして、文字の叫びに対する答えを告げた。
「そうね、素直に『蝦夷紫』でどう?」
 えびすゆかり。
 そのように読めばいいと伝えたぷれみは偶像少女に、自分なりの名を与えた。
『――ゆかり』
 少女はたった一言、それだけを呟く。其処から感情は読み取れなかったが、ぷれみは何も気にしていない。
「気に入らないならそれで結構」
 よりによって『戦犯ぷれみ』という名を持つ自分にネーミングセンスを期待されて仕方がない。少しばかり自嘲気味に語ったぷれみは、攻略本の頁を何とはなしに捲った。
 そして、此処からは――紡がれ直されていく因果律の行方次第だ。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

フリル・インレアン
ふええ、あの人が邪神さんですか。
邪神さんから解放してあげますと言ってしまいましたが、あの人も被害者さんなんですね。
ところでアヒルさん、あの人が言っていることは分かりますか?
私もさっぱり分かりませんが、でも何となくわかる気がします。
私には愛はまだ早いので恋ですみませんが、このユーベルコードを受け取ってください。
ここであの人は2回殺されかけているのでしたら、ここにあの人の捧げられてしまったものがあるはずです。
それを恋?物語で取り戻しましょう。
ただ、私が取り戻しても意味がないのでそのユーベルコードで恋?物語を覚えてください。
邪神さんに取られたものを取り戻す、私の狂気耐性はもちますでしょうか?



●いつか、恋物語を始めるために
 黒く長い髪に、黒い瞳。
 セーラー服を身に纏った極々一般的な少女そのもの。猟兵達の前に立っている存在は何処からどう見ても普通の見た目をしている。
 フリルは邪神となった少女をじっと見つめた。ある意味でゲームキャラクターの成れの果てとも呼べる彼女を瞳に映したまま、フリルはそっと息をつく。
「ふええ、あの人が邪神さんですか」
 きっと彼女は元から邪悪なるものであったわけではない。様々な要因が絡まりあったことで結果的にそうなっただけ。
 フリルはそのことをよく理解していた。
 そうでなければ、あの少女があんなにも悲痛な言葉を紡ぐはずがない。
 それにこの場所に到着してから今まで、偶像少女がこちらに問答無用の攻撃を仕掛けてくることはなかった。
 計算だとか謀りではなく、純粋に攻撃の意志がないのだ。
 無論、邪神の力がある以上はいずれ世界や猟兵も害されてしまうだろう。無害な邪神ではないこともまた、フリルはちゃんと知っている。
「邪神さんから解放してあげます、と言ってしまいましたが……わかりました、あの人も被害者さんなんですね」
 だから、どうにかして助けられないだろうか。
 その方法が倒すことなのか、言葉で救いを与えることなのかはまだ分からない。しかし、フリルは一生懸命に考えたいと思っていた。
「ところでアヒルさん、あの人が言っていることは分かりますか?」
 フリルは傍らに控えている相棒ガジェットに問いかけてみる。ふるふると首が横に振られ、ついでに愛らしい尻尾部分もふりふりと揺れた。
 零と一の数字の羅列に籠められた意味はアヒルさんにも解読できないようだ。どんな意味合いになっているかは理解できないが、ひとつだけわかることもある。
「私もさっぱり分かりませんが、でも何となくわかる気がします」
 分かるのではなく、解る。
 もしくは感じ取ったといった方がいいだろう。偶像少女の叫びめいた文字列の明確な意味合いは読み取れずとも、そこに宿った心が分からないわけではない。
 そして、フリルは少女の頭上に浮かぶ文字を見上げた。

11100111 10011111 10100101 11100011 10000010 10001010 11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10000100

 ――知りたい。

11101000 10101010 10110000 11100011 10000001 10001011 11100110 10010101 10011001 11100011 10000001 10001000 11100011 10000001 10100110

 ――誰か教えて。

11100011 10000001 10000010 11100011 10000001 10000100 11100011 10000001 10010111 11100011 10000001 10100110

 ――あいして。

 心の叫びを頭ではなく心で理解したフリルは己の力を巡らせていく。
 発動、果たされなかった想いを叶える恋?物語。
「私には愛はまだ早いので恋ですみません。ですが、あなたにユーベルコードを受け取って欲しいです」
 制作されていた『残花のミオソティス』と『斬華のフィロソフィア』。
 あのふたつのゲームにおいて、偶像少女は二度も殺されたといっても過言ではない。それゆえにフリルはこの力が使えると感じ取っていた。
「あの人が二回も殺されかけているのでしたら、ここに――この空間に、あなたの捧げられてしまったものがあるはずです」
 それをフリルの能力でもある、恋?物語の力で取り戻したい。
『ここに、データの残滓があるってことですか?』
「はい、きっと。ただ、私が取り戻しても意味がないので、そのユーベルコードで恋物語を覚えてください」
 フリルは自分でこの能力を使うつもりはない。
 少女の胸元にじわりと広がっている傷跡。其処に他の猟兵が使った力が吸い込まれていったことを見て、次は自分の能力を邪神に使わせようと考えたのだ。
「邪神さんに取られたものを取り戻せるかどうかは、あなた次第かもしれません」
 自分が持つ狂気耐性はもつだろうか。
 フリルは偶像少女自身に願いと思いを託し、アヒルさんと共に戦局を見つめる。どうあっても虚構の世界から抜け出せない彼女を真の意味で救うために。
 広がりゆくゲーム空間。
 零れ落ち続ける少女の涙。
 猟兵達の戦いは予断を許さないながらも、此処からも然と続いていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
貴女の嘆き、しかと受け取りました。
愛されるべきもの。刻まれるべきもの。
忘れられ、顧みられないと言うのなら…私が、貴女を愛しましょう。
それこそが、使徒としてなすべきこと。
…個人的にも、他人を見ているような気はしないですしね。

ですがその力は無視できぬもの。
力を封じ、天使達を呼びましょう。
使徒として、その叫びは無視できぬもの。
ですから、問答無用で導くなどはいたしません。

彼女の役目、それを満たすのです。
すなわち、愛されるべきもの。
それを形と成すならば…抱擁、でしょうか。
そして、名を与えるのです。
それは新たな生。
そうして満たせたならば、光と共に導きましょう。
どうか貴女にも、楽園の加護のあらんことを。



●楽園への導き
 名前と物語をなくした少女。
 偶像が具現化した存在は過去、二度も死を迎えたと語っても過言ではない。
 現実に肉体のない偶像少女にとっては概念としての死こそがすべて。涙を零し、助けを求めるように手を伸ばしてくる黒髪の少女を見つめ、ナターシャは胸元を押さえた。
 それは、偶像少女の胸に痛々しい傷跡が見えるからか。
 それとも自分の裡にある過去の記憶がそうさせたかは定かではない。されど今はそのことを突き詰めるよりも、目の前の事態に真正面から取り組むとき。
「貴女の嘆き、しかと受け取りました」
 愛されるべきもの。刻まれるべきもの。
 それこそがかの少女。偶像でありながら、こうして現実にあらわれた存在なのだろう。
「忘れられ、顧みられないと言うのなら……私が、貴女を愛しましょう」
 それこそが、使徒としてなすべきこと。
 ナターシャは真っ直ぐに少女への答えを返しながら、ふと思いを巡らせた。
「……個人的にも、他人を見ているような気はしないですしね」
 ただの少女だったエリーとしての自分。
 そして、使徒としてのナターシャとしての己。
 エリーは記憶の底に葬られた存在だった。それゆえか、ナターシャは自分の境遇と偶像少女の在り方を重ね見ていた。
 誰からも忘れられることが概念としての死であるというならば、やはりナターシャも一度は死んでいると語ってもいいのかもしれない。
 だが、今は違う。
 過去との戦いを経たことでナターシャの記憶の扉は既に開かれている。
 想起と記憶によってエリーという存在は死した存在ではなくなった。だからこそ、あの偶像少女も蘇ることが可能だとナターシャは考えている。
 そして、ナターシャは偶像少女の瞳を見つめた。
 光が宿っていない彼女の目からは絶えず涙が溢れている。きっとあの涙こそが少女に感情が宿っている証だ。
 少女は必死に笑おうとしていた。
 悲しみの声と望みを伝えながらも、いつも微笑んでいる可愛らしいゲームキャラクターで在ろうと無意識に考えているからだろうか。
 アンバランスな涙と笑顔が更に切なさを助長させているようだ。
 だが、ナターシャは少女自身以外にも着目しているものがあった。それは少女の周囲に渦巻いている悪しき空気だ。
 形はないものの、明らかに異様な力が渦巻いていることがわかる。
「ですが、その邪神の力は無視できぬものです」
 このまま少女を放置しておけば、ナターシャ達の周囲に広がっているモノクロームの世界、すなわちゲーム世界が現実を侵食してしまう。
 そうさせないためにもナターシャは彼女の力を封じなければならない。
「天使達よ、ここに」
 楽園の祝福――サモン・グレイス。
 守護結界を展開したナターシャの周囲に天使が呼び出されていき、ゲーム領域の侵食を防いでいく。云うなればこれは逆結界。
 ナターシャの祝福は、内から広がるものを外に出さぬように留める力になっていく。
 そんな中で再び、あの数字の文字列が偶像少女の頭上に現れた。

11100110 10011100 10101100 11100101 10111101 10010011 11100011 10000001 10101011 11100110 10000100 10011011 11100011 10000001 10010111 11100011 10000001 10100110 11100011 10000001 10001111 11100011 10000010 10001100 11100011 10000001 10111110 11100011 10000001 10011001 11100011 10000001 10001011

 膨大な数字の詳しい意味合いを理解することは困難だ。
 しかし、ナターシャにはたったひとつだけ分かっていることがある。どんな意味の文字列であったとしても、少女は嘆いて叫んでいる。
「使徒として、その叫びは無視できぬもの。ですから、貴女を問答無用で導くなどということはいたしません」
 彼女の役目、それを満たすこと。
 ナターシャは結界を張り巡らせ続けながら、少女に与えたいものを思う。
 少女はすなわち、愛されるべきもの。
「それを形と成すならば――……抱擁、でしょうか」
 今は届かなくとも、いずれは彼女に愛おしさを伝えるために抱きしめよう。
 それから、名を与える。
 きっと、そうすれば彼女は新たな生を受けることになるのだろう。そうして満たせたならばナターシャが光と共に邪神としての力を骸の海に導いていけばいい。
「どうか貴女にも、楽園の加護のあらんことを」
 祈りを捧げるナターシャは少女への思いをめいっぱいに伝えた。
 そして――闇を祓う光は虚構領域を押し返していく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「貴女を、忘れません。願いを核として、貴女がもう1度生まれますよう」

生き生きとしていて、消されてしまった■■・■と言う少女
正しい名前を与えられれば転生の縁になると思えた
「貴女が望んだ名前かは分かりませんけれど。咲良・命(サクラ・メイ)と言う名を貴女の名前にしてみませんか」
「次こそは、良く咲き誇る命となるように。骸の海は、全ての世界に通じています。貴女が生まれ直しを願い、キマイラフューチャーかサクラミラージュに現出出来れば、貴女は貴女の望む貴女になれると思います」
借用させるためUC「幻朧桜夢枕」使用
「貴女自身の願いを、貴女が皆に告げて下さい。貴女の願いが叶うよう、私も祈りますから」
子守唄歌い送る



●生きたいと願う意志
 願うのは転生。
 祈るのは新たな生に幸福が巡っていくこと。いつの時代、どの世界、どんな場所であっても桜花が求める巡りのかたちは変わらない。
「貴女を、忘れません」
 桜花が偶像少女に一番最初に告げたのは忘れないという思い。
 少女は涙を流しながら桜花を見つめ、震える腕を伸ばしてくる。その手は助けを求めているかのようだが、少女自身から猟兵に触れてくるようなことはまだなかった。
 助けて欲しい。
 けれど、助けてもらえない。
 これまで二度も、擬似的な死、つまり概念としての死を得た邪神少女は心の何処かで自分は助からないと思っているのかもしれない。
『本当に、忘れない?』
 忘却を恐れている偶像少女はおそるおそる問いかけてきた。不安げな声を紡いだ少女の頭上にはやはり、零と一の文字列が大量に浮かび上がっている。
 おそらくあの数字こそが彼女の本音であり、願いや思いの形なのだろう。対する桜花はやわらかな優しい声でそっと答えていく。
「願いを核として、貴女がもう一度生まれますよう」
『それはまたわたしが死ぬということですか?』
「いいえ……いえ、ですが邪神を倒す以上はそうなるのかもしれません」
『いや、いやです。ころさないで』
 悲痛な言葉が桜花に向けられる。転生という巡りを信念とする桜花に対して、少女は死というものを恐れすぎている。
 また死を迎えて、別の命になれるとしても、今の自分は何もなくなってしまうのではないか。すなわち、忘却されるのではないかと恐れている。
 それは死を恐れる人間そのもの。
 そういった意味で生き生きとしていて、それなのに物語や名前を消されてしまった少女には心がある。だが、その身は邪神としての害意にも包まれていた。
 されど、桜花は考える。
 正しい名前を与えられれば転生の縁になると思えた。偶像少女は恐れているが、最初に忘れないと告げたことは嘘偽りなどではない。
「貴女が望んだ名前かは分かりませんけれど。咲良・命と言う名を貴女の名前にしてみませんか」
 ――サクラ・メイ。
 それが桜花が彼女に与える名前だ。
『さくら……?』
 少女は戸惑いの表情を浮かべた。桜の花と同じ響きを持つ名前には桜花の思いが込められている。桜は儚く散るが、また来年も咲く花だ。ちいさな花々が集まっているものでもあるので、きっと桜のように在れば寂しくない。
 桜花は願いを込め、偶像少女を真っ直ぐに見つめた。
「次こそは、良く咲き誇る命となるように。骸の海は、全ての世界に通じています。貴女が生まれ直しを願い、キマイラフューチャーかサクラミラージュに現出できれば、貴女は貴女の望む貴女になれると思います」
『ごめんなさい。違う世界には、行けないと思います……』
 この世界が良い。
 わたしが生まれた、この世界で生きたい。
 そういって想いを紡いだ少女は転生を否定してしまった。だが、それは決して悪いことではない。少女が今まで漠然としか言葉にしなかった思いが強い願いに変わったのだ。
 桜花の言葉が、少女に明確な願いを抱かせたといっても過言ではない。
 ――幻朧桜夢枕。
 そして、桜花は偶像少女に呼びかけていく。
「先程のように貴女自身の願いを、貴女が皆に告げて下さい。貴女の願いが叶うよう、私も祈りますから」
 すると少女が必死に叫んだ。
『生きたい! 死にたくない! ――殺さないで!』

11100011 10000001 10010011 11100011 10000001 10101110 11100100 10111000 10010110 11100111 10010101 10001100 11100011 10000001 10100111 11100111 10010100 10011111 11100011 10000001 10001101 11100011 10000001 10100110 11100110 10000100 10011011 11100011 10000001 10010101 11100011 10000010 10001100 11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10000100

 再び膨大な文字列が空中に浮かぶ。
 涙がぽろぽろと零れ落ちて地面を濡らす前に消滅していく。悲痛な願いであれど、それもまた少女の思い。桜花は花唇をひらき、詩を紡ぎ始めた。
「――♪」
 子守唄を歌い、彼女を骸の海に送ろう。
 転生を願う桜花の歌声は深く、虚構と現実が入り交じる空間に響き渡った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​


●虚構世界の偶像少女

『わたしは、ユメを見ていいの?』

11100011 10000001 10001010 11100101 10100111 10101011 11100110 10100111 10011000 11100011 10000001 10101110 11100111 10001001 10101001 11101000 10101010 10011110

『何かをしてもらっても、いいのですか?』

11100011 10000001 10101000 11100011 10000001 10100110 11100011 10000010 10000010 11100101 10000100 10101010 11100011 10000001 10010111 11100011 10000001 10000100 11100100 10111010 10111010

『わたしをわすれないで』

01100110 01101111 01110010 01100111 01100101 01110100 00101101 01101101 01100101 00101101 01101110 01101111 01110100

『わたしの過去は、取り戻せる?』

11100111 10110100 10100000 11100110 10010101 10110101 11100011 10000001 10101010 11100110 10000001 10001011 11100111 10001001 10101001 11101000 10101010 10011110 11100011 10000010 10010010

『楽園は本当にあるのですか?』

11100101 10111001 10111000 11100111 10100110 10001111 11100011 10000010 10010010 11100100 10111111 10100001 11100011 10000001 10011000 11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10000100

『サクラのように散っても、また咲けますか?』

11100011 10000001 10010011 11100011 10000001 10101110 11100100 10111000 10010110 11100111 10010101 10001100 11100011 10000001 10101011 11100101 10110001 10000101 11100011 10000001 10011111 11100011 10000001 10000100

 思いと言葉を受けた少女は虚空に向けて声を紡いだ。
 その言の葉に重なるようにして、またあの文字列が浮かび始めていく。ゆっくりと、しかし確かに少女の心が柔らかく解けていく。
 猟兵達にはどうしてか、そのように感じられた。
 
丸越・梓


伸ばされた手を躊躇いもなく取る

彼女が必死に叫んでいる気がした
可能性があるのなら
真っ直ぐに向き合う



──『あいして』
その言葉に僅か瞠目する
『たすけて』
奥歯を噛み締める

『殺さないで』

揺らいだ瞳が互いを映した


彼女の叫びが
見て見ぬ振りをした本当の己と重なる
俺は終ぞ自身を赦すことはない
然しこの手で彼女は救いたい
だってこの子は何も悪くない
俺のように
生まれてきたことは罪じゃない

「──愛するよ」
抱擁を自ら受け入れ
護るように
導くように抱き締め返す
願うは彼女の安息
忘却恐る彼女の
オブリビオンたる根源に優しく触れる

全て終わった後
この子の名前と
贄となった彼らのゲームを世に出すことが出来ないか尽力する



●赦しと救い
 思いが、叫びが、そして心が伝わってくる。
 零と一で構成された虚構めいた世界の中で、偶像少女はたったひとりきりでいた。
 存在がなくなるゼロ。
 存在をプラスされたイチ。
 そのどちらでもない世界の狭間で彷徨う気分や心地はどんなものだったのか。きっと想像すら出来ない、出来たとしてもそれ以上の苦痛や寂しさがあったはずだ。
 梓は少女が置かれた状況と境遇を慮り、一歩を踏み出した。向かう先は勿論、少女の目の前。此方に伸ばされた手が救いを求めているものならば――。
 梓は何の躊躇いもなく、その手を取った。
『……!』
 びくっと偶像少女の身体が微かに震える。腕を伸ばしていても、誰かがこうして自ら訪れることなど予想していなかったのだろう。
 梓は彼女の手を取り、その身を優しく引き寄せた。
「…………」
 その際に敢えて言葉はかけない。
 語るよりも触れる方が伝わることもある気がした。それに梓は彼女が必死に叫んでいると感じ取っていた。紡がれる言葉は静かなものだが、その裏には激しい思いが押し隠されているように思えたのだ。
 邪神としての存在はどうにかしなければならない。
 だが、純粋な少女としての彼女を救える可能性があるのならば、梓はただ真っ直ぐに向き合いたいと考えた。
 その間にも灰色世界の空中には数字の羅列が次々と浮かんでいく。

11100011 10000001 10000010 11100011 10000001 10000100 11100011 10000001 10010111 11100011 10000001 10100110

 ――『あいして』
 ――『たすけて』

 梓は心でその言葉を理解しており、僅かに瞠目した。
 次は実際に声として落とされた言葉に対して、梓は奥歯を噛み締める。

 ――『ころさないで』

 揺らいだ瞳が互いを映したとき、彼女の叫びが更に強くなったように思えた。見て見ぬ振りをした本当の己と重なり、心に重い何かが伸し掛かった感覚が巡る。
 己は終ぞ、自身を赦すことはないだろう。
 然し、彼女のことはこの手で救いたいと強く感じていた。
 人の都合で生み出され、人の悪意で踏み躙られ、人の手によって翻弄され続ける。それならば、この子は何も悪くないはずだ。
 俺のように。生まれてきたこと自体は決して罪ではない。梓は確かな思いを抱き、此処で初めて少女への言葉を口にしていく。
「――愛するよ」
『だめです、そんな……わたしは、』
 刹那、戸惑う様子を見せた偶像少女から邪神の力が溢れ出した。再び愛されたいと願う気持ちが暴走した抱擁が梓を襲う。それは抱擁というよりも、もっと別の何かとも呼べるほどの強いものだった。
 されど、梓はそんな抱擁すらも自ら受け入れる。
 痛みが巡っても、彼女を護るように。導くように抱き締め返した。愛すると宣言したことだって嘘ではない。
 愛のかたちは情愛という意味合いただひとつではない。敬愛、仁愛、恵愛に愛着、慈愛。愛らしい、可愛らしいという言葉にも愛が含まれている。
 それゆえに恋愛の意味だけではない、愛するということを示したかった。
 梓は抱擁に伴う痛みに耐え、少女を見つめる。
 願うのは彼女の安息。
 忘却を恐れる彼女の、オブリビオンたる根源に優しく触れたくて――。
『いけません、これ以上は……』
 そのとき、偶像少女が梓から身体を離した。あなたを壊してしまう、と呟いた少女は自ら離れていく。自分の中に邪神としての力があることを知っているのだろう。
 助けて欲しくて、誰よりも人の熱や温もりを感じていたいはずであるのに。少女は梓を案じる気持ちを優先して、己の欲求を沈めた。
 だが、だからこそ救いたいと思える。
 その願いと望みこそが叶えられるべきものだと感じた梓はもう一度、手を伸ばした。
「信じてくれ」
『…………』
 大丈夫だ、と伝える真っ直ぐな眼差しに対して偶像少女は何も答えなかった。何と言っていいか分からなかったのだろう。
 だが、彼女の邪神としての力をどうにかするまで決して諦めない。心に強い思いを抱いた梓は願い、決意する。
 全て終わった暁に少女の名前を見つけ出す。
 そして、贄となった彼らのゲームを世に出すことが出来ないか、と――。そのための尽力は惜しまないと決め、梓は虚構空間をしかと見つめた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

誘名・櫻宵
🌸迎櫻


生まれる前に消されたの
数字の海に呑まれて苦しんでいたの
救い求める声も痛みも全てが
神たるものの生贄に、苗床に─噫、頭が痛くなる

沈みそうになったところをリルの明るい声とカムイのかぁいい言葉に掬われる…うふふ、いいわね!
折角げぇむの世界なんだもの
ちゃんと役を果たすべきよ

リルの歌に導かれた桜の舞台
春の出会いかしら?
カムイったら警戒しすぎよ
かぁいいわ
リルは意外とグイグイ行くのね?
どうぞ召し上がれ

愛されるかどうかなんてあなた次第よ
あなたになれるのはあなただけ
厄が晴れたら
さぁ哀しみ喰らい桜と咲かせましょう
またいつか何処かで会えるでしょう

ちゃんと記憶の中に…せぇぶしておくわ
あなたは確かにここに居たと


リル・ルリ
🐟迎櫻


深い悲しみと孤独を感じるよ
この子は存在したはずなのに名前も何もかも無かったことにされちゃったんだ
存在を否定されるのは悲しいよ

折角だからげぇむを楽しむ
櫻、カムイ、いいよね?

君がいる、物語だ
僕はBGMを歌うよ
本当の名前がないならつけてあげようよ
じゃあ仮で……咲未・華
未来に咲く華!
別の名前でもいいよ
君が選ぶんだ

恋愛げぇむの舞台だ
…カムイ大丈夫!
サヨは君が大好きだ

ひろいんの君と満開の桜の下でお菓子を食べるシーンだ
櫻のチョコを皆で食べる

歌うのは「水想の歌」
呪縛を解くように歌う

僕達が君を覚えてる
邪神から解放しよう
物語の終わりは
はぴぃえんどがいい

おやすみ
エンドロールは死ではなくて
解放であって欲しい


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


あいして、殺さないで

声なき叫び
私にはそう届く
愛され物語を紡ぐ為に生まれるはずだったのに
存在も何もかもが忘却に沈んだのか

カグラはヨルを守りつつ結界を

む…恋愛げぇむ…サヨ
しかしリルがそういうのであれば
サヨは私の伴侶(とも)だから攻略対象ではない
約されている
舞台は桜咲く学校での場面か

個を表す名は大切だ
私の名はサヨがくれた
華─良いね
役になりきりチョコレートを娘へ
そなたはどんな自分になりたい?

深すぎる悲しみは
憎悪は心を覆い隠してしまう
それでは何も届かない
囲う厄災だけを慰めて斬り晴らす
カラス、其れはどうすればいい

邪だけを朽ちさせる神罰を巡らせる

忘却とは誠の死だ
…忘れない
また何処か別のげぇむで会おう



●桜の記憶を
 あいして、殺さないで。
 数字の並びとして表された声なき叫びが広がっていく。色彩のない世界の中でぽつんと佇む少女の声は静かだが、猟兵達には押し込められた思いが伝わっていた。
 想いを知りたい、生きたい。
 カムイは心に届いてきた思いをそのように理解した。
 愛されるはずだった少女は物語を紡ぐ為に生まれるはずだったというのに、名前も存在も、何もかもが忘却の彼方に沈んでしまった。
「忘却か……」
「深い悲しみと孤独を感じるね」
 カムイの落とした言葉に続き、リルは胸を押さえた。あの子は確かに存在したはずなのに何もかもを無かったことにされた。存在を否定されることは悲しくて苦しい。それが悪意のもとに行われたものだとしたら、少女の願いを聞き届けたかった。
 生まれる前に消された少女。
 生きた軌跡すらないというのに、死を迎えた存在。数字の海に呑まれて苦しんでいた偶像少女を前にして、櫻宵は立ち竦んでいた。
 救いを求める声。胸の痛みを伴う文字列の叫び。零れ落ちては消える涙。
 全てが痛々しくて重い。
 彼或いは彼女達は、神たるものの生贄にされ、その苗床に――。
「……噫、」
 櫻宵は頭を押さえ、痛みに耐えた。
 彼女と邪神、自分は境遇も経緯も違う。分かっているというのに在り方や末路を考えて重ねてしまった。
 櫻宵の様子は気になったが、リルは敢えて明るい声を紡いだ。
「折角だからげぇむを楽しもうよ。櫻、カムイ、いいよね?」
「む……恋愛げぇむ……サヨが攻略を……?」
「恋愛げぇむの舞台だからね。でも、大丈夫だよカムイ! サヨは君が大好きだから、何も心配することはないんだ!」
「リルがそういうのであれば。そうだ、サヨは私の伴侶だからね」
 少し難しい顔をしていたカムイだったが、屈託のないリルの笑顔と言葉に納得する。約されているからね、と何度か頷いたカムイの様子は何だか愛らしい。
 櫻宵は沈みそうになっていたが、リルの明るい声とカムイの言葉にすくわれた。
「……うふふ、いいわね! 折角げぇむの世界なんだもの」
 ちゃんと役を果たすべきだと考えた櫻宵は気を取り直し、前を見つめる。この奇妙なモノクロームの世界を現実に広げさせないことが今の自分達のやるべき行いだ。
 そして、三人は偶像少女に真っ直ぐな眼差しを向けた。
 すい、と前に游いだリルはそっと花唇をひらく。
「歌うよ。これが君がいる、物語だ」
 リルが歌い紡ごうと決めたのはゲームには欠かせないBGMとしての歌。
 それに本当の名前がないならつけてあげたい。少し考え込んだリルは偶像少女に向け、やわらかな笑みを向けた。
「じゃあ……君は咲未・華。未来に咲く華!」
 これは仮だから別の名前でもいい。君が選ぶんだよ、と微笑んだリルは水想の歌を謳いあげていく。
 呪縛を解くように聲が響いた。
 その力は瞬く間に灰色の世界を塗り替え、学校と桜が見える舞台を広げる。歌に導かれた桜の舞台を眺めた櫻宵は、穏やかな笑みを湛えて樹の下へ向かう。
「春の出会いかしら?」
「なるほど、桜咲く学校での場面か」
 カムイはカグラにヨルを守りながら結界を張るように願った。大丈夫よ、と告げた櫻宵はくすりと口許を緩める。
「カムイったら警戒しすぎよ、かぁいいわ」
「華もおいでよ!」
 櫻宵の横に泳ぎ寄ったリルは偶像少女を呼ぶ。涙を流し続けていた少女はきょとんとしながらも、桜の舞台におずおずと歩み寄ってきた。
 これから始まるのはヒロインの君と満開の桜の下でお菓子を食べるシーン。
 櫻、とリルが呼ぶと櫻宵は持参したチョコレートを皆に差し出す。
『……これは?』
「あら、チョコレートはお嫌いかしら」
『……』
 首を傾げた少女に櫻宵が問うと、彼女はふるふると首を横に振った。少女は華と仮に呼ばれたことにも抵抗がないらしく、カムイは微笑ましい気持ちを覚える。
 個を表す名は大切だ。
 己の名も櫻宵がくれた大事なものなのだと思い返しながら、カムイは少女を手招く。
「ほら、華。美味しいよ」
 登場人物、或いはプレイヤーという役になりきった彼はチョコレートを掌の上に置いてやった。カムイとて、どのような神になるか思い悩んだ身だ。境遇も立場も違えど、自分を忘れてしまった少女の気持ちは解る気がした。
「そなたはどんな自分になりたい?」
『わかりません。しにたくはなくて、ただ生きたくて――』
「だったらまずチョコを食べよう!」
『えっと……はい、いただきます』
「どうぞ召し上がれ」
 俯いた少女の心が暗く沈んでいくように思え、リルはチョコレートを勧める。意外とグイグイと行くリルを見守る櫻宵も、少女に優しい瞳を向けた。
 そして、桜景色の中で時が巡る。
 それはほんの束の間ではあったが、邪神も虚構も何も関係のない時間だった。櫻宵は少女に向けて自分にも言い聞かせるような言葉をおくる。
「愛されるかどうかなんてあなた次第よ。あなたになれるのはあなただけ」
『わたしは……』
「僕達が君を覚えてるよ」
 君を邪神から解放する。物語の終わりはハッピーエンドがいいから、とリルが語るとカムイも頷きを返した。
 深すぎる悲しみや憎悪は心を覆い隠してしまう。
 それでは何も届かないから、どうか邪神に呑まれないで欲しい。少女を囲う厄災だけを慰めて斬り晴らす術をカラスに問うたカムイは、桜の影でその答えを聞いた。
 そうして、チョコレートを食べ終えた櫻宵達は立ち上がる。
 いつまでもこの平和なシーンを続けていたいが、何にだって終わりは訪れるもの。
「厄を晴らすわ。さぁ哀しみ喰らい桜と咲かせましょう」
 またいつか何処かで会えるから。
 櫻宵が邪神としての存在を斬り咲かせるための屠桜を抜くと、カムイも喰桜の柄に手をかけた。周囲の景色も次第に元のモノクロの世界に戻っていく。
「大丈夫だよ、君はころさない」
 リルは自分のできることは全てしたとして、後を二人に任せた。
 華を花として咲かせ、悪しき存在だけを斬り伏せることができる。そう信じているリルは二人の背を見つめた。
 そして――櫻宵は桜花の呪を、カムイは邪だけを朽ちさせる神罰を巡らせる。
 忘却とは誠の死。
 邪神としての終わりが訪れても、その死だけは訪れさせないと決めた。カムイと櫻宵は少女から決して目を逸らさない。
「……忘れない。また何処か別のげぇむで会おう」
「ちゃんと記憶の中に、せぇぶしておくわ。あなたは確かにここに居た、と」
「少しだけ、おやすみしよう」
 リルも少女を思い、そっと言葉をおくった。
 エンドロールは死ではなくて、解放であって欲しいから――。
 そのとき、少女の頭上に再び文字列が浮かびあがった。

11100011 10000001 10000010 11100011 10000010 10001010 11100011 10000001 10001100 11100011 10000001 10101000 11100011 10000001 10000110

11101000 10110010 10110100 11100110 10010110 10111001 11101001 10000001 10010100 11100011 10000001 10101110 11100011 10000001 10010011 11100011 10000001 10101000 11100011 10000010 10000010 11100101 10111111 10011000 11100011 10000010 10001100 11100011 10000001 10101010 11100011 10000001 10000100
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャック・スペード


愛なんて分からない
女性の気持ちなど猶更だ
知らない内に傷つけて
気付けば皆、去って往く

あんたの名を俺は知らない
だから、臨むものをくれてやれない

でも、傷つけたくはない
殺したりも、しない
彼女の好きなようにさせよう
攻撃だって受け止める

目の前の女性ひとり救えず
涙さえ止られないなんて
そんなの「ヒーロー」の名折れだろう

抱きしめ返してやれないが
涙ぐらいは拭いたい
固くて冷たい指で、すまないな

彼女にとっての“プレイヤー”が俺なら
「いつか誰かが愛してくれる」
なんて慰めすら拒絶に成るだろう

彼女が救われるなら、幾らでも云おう
あいしていると
それが主人公の、プレイヤーの役割だ

俺も――
誰かを愛してみたかったな、本当に



●愛の証明
 ――あいして。

 文字列として浮かんでいる言葉と思いの意味を感じ取り、ジャックは頭を振った。
 愛とは何か。
 恋愛という意味の情愛か、それとも親愛や慈愛というものなのか。
 愛なんて分からない。女性の気持ちなど猶更だ。
 知らない内に傷つけて、意図とは違う意味合いで捉えられて、気が付けば皆、去って往く。愛があったとしても心があるせいですれ違う。
 それがジャックとしての愛への感想であり、思うことだ。
 されど、少女は愛を求めている。
 自分の思う愛と、彼女が望むものは違うものなのだろうか。愛の定義まで突き詰めていくことはきっと今は出来ない。
 偶像少女が求める愛の正体を知ることもまた、不可能に近いのかもしれない。
 現在のこの場所は虚構の世界。
 反して、ジャックが抱くのは何処までも現実的な思い。だが、それゆえに割り切ることが出来るという面もある。
 ジャックは少女の頭上に表示された零と一で構成された文字を振り仰ぐ。それが少女の望みや思いであることや、内容はすぐに理解できた。
 ジャックはもう一度、ゆっくりと首を横に振ってみせる。確かに彼女が登場するゲームの情報は得ていたが、肝心な部分のデータは消されてしまっていた。
「あんたの名を俺は知らない」
 名を与えることが彼女にとっての満足に繋がるのかもしれないが、当初に付けられていた名前こそ、彼女にとって大事なものだったという可能性も捨てきれない。
 名付けを行うことが間違いだとも言えないが、ジャック自身は自分がそれをすべきではないと考えた。
「だから、望むものをくれてやれない」
 ジャックは自分なりの答えをはっきりと言い切る。すると少女は悲しげな瞳を向けてきた。光の映っていない瞳からは大粒の涙が零れ落ち続けている。
 あの涙に偽りは見えない。
 邪神の力は相変わらず渦巻いているが、騙し討ちをしようなどという気配は微塵もなかった。本物の涙が流せるということは其処に心が生まれている証。
 ジャックは彼女の望みを叶えてやれないことを自覚している。だが、それでも――。
「あんたを傷つけたくはない」
 そして彼女が願っているように、殺したりもしない。寧ろしたくないというのがジャックが抱く思いのかたちだ。
 だからこそジャックは自分から攻勢に出ることはしなかった。
 少女の好きなようにさせようと決めたジャックは真っ直ぐに彼女を見る。そうしていると偶像少女がふらりと歩み出した。
 そして、伸ばされた腕がジャックの大きな躰に触れる。
 それが邪神としての攻撃であろうとも、ジャックは敢えて受け止めた。少女のあの動作から与えられたとは思えぬほどの衝撃が襲ってきたが、ジャックは怯まない。
 目の前の女性ひとり救えず、涙さえ止められないなんて。
 そんなの『ヒーロー』の名折れだ。
「……すまないな」
 抱きしめ返してはやれない。しかし、涙ぐらいは拭ってやれるだろう。
 指先でそっと少女の頬に触れたジャックは、その身を傷付けないように細心の注意を払っていた。冷たくなった雫の感触が指越しに伝わってくる。すると少女は泣き笑いの表情を浮かべ、ジャックを見上げた。
『ごめんなさい。ごめん、なさい……でも――ありがとう』
「固くて冷たい指で、すまないな」
『いいえ、大丈夫です。あなたは何だかあたたかいから』
 涙は止められていないが、返された言葉には不思議な慈しみが感じられる。こちらをプレイヤーとして認識しているゆえに優しいヒロインとして振る舞っているのだろうか。だが、その思いも心もやはり本物だ。
 彼女にとっての“プレイヤー”が自分ならば「いつか誰かが愛してくれる」なんて慰めすら拒絶に成ってしまうだろう。
 プレイヤーという存在はたくさんいるのかもしれない。だが、今この瞬間のヒロインの相手はジャックしかいない。
 名前を与えずとも、束の間の相手であったとしても。
 彼女が救われるならば幾らでも云える。

 ――あいしている。

『……!』
 ジャックが少女のためだけの言葉を紡いだとき、一瞬だけ黒い瞳に光が宿った。
 選択肢としての言葉でもいい。たったひとときの幻だとしても構わない。これこそが主人公の、プレイヤーとしてのジャックの役割だ。
『あなたは本当に、優しいんですね』
 少女はジャックから身体を離し、精一杯の微笑みをみせた。
 その間にも邪神の力は渦巻き続けていた。ジャックはあの力をどうにかするべきだと感じ取り、金色の鉤爪を持つ鷲獅子を敵としての存在に向かわせた。
 真正面から言葉を告げたことで行動の証明は終わっている。後は邪神の力だけを上手く滅ぼすだけだ。
 気高き鷲獅子が飛翔する最中、ジャックはふと独り言ちる。
「俺も――」
 誰かを愛してみたかったな、本当に。
 言の葉にはしなかった思いは静かに、モノクロームの世界の中に沈んでいった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
ぼくもどうして生まれて来たのか分からない
大好きなひとも
大事な友だちも失って

そんなぼくでも分かってる
君は愛されるために生まれてきた

君を作った人は名を忘れこそしたけど
君が記録に残されていたのを見た
忘れたくない人が
愛した人が確かに居た証だ

周りを見て
君を助けたくて
救う為に皆来たんだよ

名前が欲しいのなら
ぼくから贈る
残花のミオソティス
斬華のフィロソフィア……なら
「咲花・紫(ゆかり)」はどう?
紫は勿忘草のこと
君と言う花を忘れない
勿論この名前を拒んでもいい
君も、ぼくも
決めて良いんだ

恋は唯一に捧げてしまったけれど
新しい友人として愛そう
友達ENDも結構悪くないだろう?

おいで
抱擁を返すよ
意識がダウンするまではずっと



●愛のカタチ
 どうしてこの世界に生を受けたのか。
 否、作られたのか。そして、何故に心というものを獲得してしまったのか。
 機人とキャラクターという違いはあっても、ノイと少女が抱く思いはよく似ていた。ノイは双眼に少女の姿を映し込み、頭上に浮かんでいる文字列を解析する。
「ぼくもどうして生まれて来たのか分からないよ」
『あなたも?』
 ノイが文字列への回答を行うと、偶像少女は不思議そうに問いかけてきた。その瞳からは涙が溢れ続けている。
 そうだよ、と答えたノイは少しだけ過去を思い返した。
 まだ自分に起きた出来事のすべてに整理がついていない。軽い腕の感覚にも、託された思いの行方もわからないまま。
 きっとノイと偶像少女はどちらとも、人のためにつくられた存在。
 けれども今のノイは、大好きなひとも、大事な友だちも失って――自分の意味さえ見失いそうだ。ノイは無意識に帽子に触れていた。カカシさん、と呼ぶ少女の声は今でもちゃんと思い出せる。大切な子がいたということだけは確かなものだ。
 今は自分のことで迷うときではないとして、ノイは帽子から手を下ろす。
「わからないことばかりだ。でもね、そんなぼくでも分かってる」
『……?』
 偶像少女はノイの動きをじっと見つめていた。その周囲には邪神としての気が渦巻いているようだが、無理に攻撃を仕掛けてくるようなことはない。
 こちらの言葉の続きを待っているらしい少女に向け、ノイは思いを伝えていく。
「君は愛されるために生まれてきた」
 キャラクターというものはそういう風にデザインされているものだ。
 突き放すように聞こえるかもしれないが、彼女は自分がヒトではないことを理解している節がある。つまり、愛して欲しいと願ったのはヒトとしてではなく、キャラクターとしてではないかとノイは考えたのだ。
「君を作った人を見てきたよ。彼らは君の名を忘れこそしたけど、君の姿がちゃんと記録に残されていたんだ」
 少女の本当の名前はデータや社員の記憶から消されてしまった。そんなことをした悪い奴がいることは確かだが、きっと彼はそれなりの裁きを受ける。
 もう君を消そうとする相手は居ないのだと告げたノイは、グラフィックなどが残っていた理由を語った。
「それはね、忘れたくない人が、愛した人が確かに居た証だ」
『愛した人が、いた……』
 偶像少女はノイの言葉を繰り返す。信じられないといった様子だったが、その心は信じたいという方向に揺らいでいるようだった。
 ノイは自分以外の猟兵達を示し、これが証拠だよ、と両手を広げてみせる。
「周りを見て」
『ここにいる、たくさんのプレイヤーさんのことですか?』
「そう。君を助けたくて、救う為に皆来たんだよ」
 ノイだけではない。これまでずっと少女に声を掛けてきたものや、思いを伝えた人々がいる。猟兵達が帰した社員の中にも少女の存在を気にかけていたもの達がいた。
 偶像少女は確かに猟兵達の言葉や気遣いに心を動かされている。ノイは双眼に宿る光を瞬かせてみせながら、少女に腕を伸ばした。
「名前が欲しいのなら、ぼくから贈るよ」
 ノイは少女が登場する予定だったゲームの名前を思い起こしていく。ひとつは『残花のミオソティス』、もうひとつは『斬華のフィロソフィア』。
 それならば――。
「咲花・紫という名前はどう?」
 文字のままに花が咲き誇るという意味。
 紫は勿忘草のこと。ミオソティスという言葉がムラサキ科ワスレナグサ属を表すものだということをノイは知っていた。
『咲く花に、ゆかり……。ふふ、素敵な名前ですね』
 先程も同じ名前を告げてくれたひとがいたのだと話した少女は、泣きながらも確かに笑った。ノイも笑みを返す心算で一歩、歩み寄る。
「君と言う花を忘れない」
 勿論この名前を拒んでもいい。選ばなくてもいい。
 選択肢はたくさんあって、何を選んでいくか、何を選ばないかで生きる道が変わる。それはヒトであっても、つくられたものであっても変わらない。
「君も、ぼくも、決めて良いんだ」
 ノイの恋心は唯一に捧げてしまったから渡せない。
 けれども愛とはひとつの意味だけを持つものではない。だから恋愛ではなく親愛を向けたいとノイは思った。彼女を新しい友人として愛したい。そう願った。
「何ていうんだったっけ、友達エンディング……? それも結構悪くないだろう?」
『友情エンドですね。はい、素敵です』
 ノイの言葉に頷いた少女の頬にはまだ涙が伝っている。それでも、その心はしっかりと動かせたはずだ。
 もう彼女の中には絶望だけではない、違う何かが与えられている。
 されど、邪神の力は強くなっていくばかりで――。
「おいで」
 ノイは決着を付けるための行動が必要だとして、両腕を少女に伸ばした。それは抱擁を返すための動作だ。きっと少女に触れれば邪神の力が溢れるだろう。だが、それでもノイは彼女を抱き締め返したいと思った。
 その間にきっと仲間がかたをつけてくれる。
 意識がダウンするまで、否、たとえ意識を失ってしまったとしても。
 ずっと、ずっと――君へ、親愛を。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア


▶︎はなす

とっとと焼いて終わらせちまう方が互いの為たぁ思うんだが
どうもいけねぇ
そんないたいけな叫びを聞いちまったら、耳を傾けたくなるんだよなぁ

っつーわけで、接近
ノーガードだ
どうした嬢ちゃん、何か言いたいことがあんのか?
邪神の言を謹聴するたぁ本来なら自殺行為だが、
【狂気耐性】【呪詛耐性】で耐えつつ聞き取ろう
抱擁の攻撃が来たらそのまま受ける
【激痛耐性】【落ち着き】で耐えるがどこまでいけるかぁね
まぁこの至近距離なら聞き逃すこたねぇわ

嬢ちゃんが悪いんじゃねぇのにな
なんで焼かなきゃいけねぇんだろうな
【カウンター】、抱擁されたまま『群青業火』発動して【焼却】
逃げようとしたら【怪力】で腕を引っ掴む



●語る言葉と伝える意志
 相手は邪神そのもの。
 されど、その存在の比重は少女に寄っている。心を得た彼女に悪意はない。
「とっとと焼いて終わらせちまう方が互いの為たぁ思うんだが……」
 エスタシュは火を付けた煙草で一服している。
 この空間の中では激しい戦闘は行われていなかった。つまり紫煙を燻らせるだけの時間もあったということだ。
 肩を竦めたエスタシュは息をつき、モノクロの世界に紛れる煙を目で追う。
「どうもいけねぇ」
 視線の先にはセーラー服の偶像少女もいた。
 涙を零し続けている彼女の周囲には明らかな邪神のオーラが渦巻いている。問答無用で殴り倒してしまえばきっと、この異空間化はきれいさっぱり消え去るだろう。
 そうすれば事件も解決。人的被害はひとつも出ないまま、ビルやゲーム会社も日常に戻っていくに違いない。
 だが――。
「そんないたいけな叫びを聞いちまったら、耳を傾けたくなるんだよなぁ」
 選択肢を示すとしたら『たたかう』ではなく『はなす』。
 それにゲーム的に例えるとするならば、ただ殴り倒すだけならばノーマルエンド。トゥルーエンドは自分達で探して見つけろという状況だ。
「っつーわけで、やるか」
 語り合うにもまずは接近することから。
 煙草を処理した後、地面を蹴ったエスタシュはモノクロームの世界を駆け抜けた。途中、行き交う人々の影とぶつかりそうになったがエスタシュは気にしない。それらが投影されたものであり、たとえぶつかったとしてもすり抜けると知っているからだ。
 そして、エスタシュは一気に少女の元に向かう。
 はっとした偶像少女は彼を見つめる。光が宿っていない瞳にエスタシュの姿が映っていく。彼はノーガードのまま少女の元に辿り着いた。
 その腕がエスタシュに伸ばされかけたが、少女はふるふると首を振る。
 縋りたい。助けを求めたい。
 しかし、その身に宿る邪神としての力がエスタシュに痛みを与えてしまうことも分かっているので、腕を伸ばしきれないようだ。
「どうした嬢ちゃん、何か言いたいことがあんのか?」
『……わたし、を』
 エスタシュが問いかけても、少女は歯切れの悪い曖昧な言葉を返すだけ。この距離で邪神に近付いて、次の言葉を待つ。それも謹聴するとなれば本来なら自殺行為。だが、少女が抱擁を躊躇ったことでエスタシュは確信していた。
 偶像少女自身はヒトを害する存在ではない、と。
 それゆえにエスタシュは少女の顔を覗き込めるほど近くに寄った。ずい、と遠慮なく距離を詰めた彼に対して少女は身を強張らせる。このまま至近距離にいればエスタシュにも狂気や呪いが齎されるのかもしれない。されど彼は耐えてみせると決めていた。
 すると少女は震える声で答えていく。
『わたしを、物語の中に戻してください』
「それが望みか?」
『はい……。そこがわたしのいるべき場所だから』
「嬢ちゃんの答え、しかと聞き届けたぜ」
 エスタシュは全てを理解した。
 教えて欲しい。愛して欲しい。殺さないで。そういった叫びを文字列で叫んでいた少女は、最初はその意味を深く考えていなかった。
 だが、猟兵達の呼び掛けや行動によって本当に望むことを見つけたのだ。
 少女が行いたいのは現実を侵食していくことではない。
 それでも邪神の力は否応なしに広がっていき、少女の手に負えなくなっていた。
『お願いします、わたしを……止めてください』
 その瞬間、エスタシュの身体が抱擁される。
 それは縋るような思いの現れであり、邪神の攻撃でもある。敢えてそのまま受け止めたエスタシュは激しい痛みに耐えた。
「く……これは……どこまでいけるかぁね。まぁ、この至近距離ならいいか」
 少しばかり身が軋んだが、エスタシュは笑みを見せた。
 やるべきことはもう分かっている。
 この少女そのものを穿つのではなく、周囲に渦巻く気だけを燃やしてやればいい。この距離ならば絶対にそれが出来る。
 拳を握ったエスタシュは、痛かったら悪いな、とそっと告げた。
「嬢ちゃんが悪いんじゃねぇのにな。なんで焼かなきゃいけねぇんだろうな」
『いいえ、大丈夫……です。だから……!』
 少女は首を振り、エスタシュを見上げる。彼は少女の腕を振り払うことなく、抱擁されたまま群青の業火を巡らせた。
 これで邪神として巡らせている力を焼き尽くせる。
 灰色の世界に色彩を与えるかのように広がった地獄の業火は、終わりの始まりを彩っていった。そして、その一撃は戦局を変えていく。
 エスタシュは少女から一度身体を離し、ひといきに後ろに下がった。其処から仲間に視線を向けた彼は双眸を細める。
「幕引きは任せたぜ」
 役目は果たした。あとは――少女達が物語の行く先を選び取る番だ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​


●現実世界の創作少女

『壊れない気持ちが、そこにあるなら』

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『桜の花、チョコレート。とても素敵な時間でした』

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『愛するって、きっと――』

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『お友達になれたら、』

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『聞き届けてくれたから、もう大丈夫』

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 偶像少女の思いが繋がり、言葉と文字になっていく。
 邪神の力はかなり弱まっている。されど、少女にはあとひと押しが必要だ。
 現実に侵食するのではなく、物語の世界に還りたい。漠然としていただけの思いから自己を知り、願いを言葉にして、そう望んでいると自覚した偶像少女。
 今の彼女の結末を決めるのは、きっと――。
 
ユエイン・リュンコイス

物を語るだけでなく、未だ語られぬ者を綴るのもまた物語の役目。
キミの御話はまだ始まってすらいないんだ。ピリオドなんて打たせはしないよ?

まずは先と同じ様に攻め掛かる。とは言え、手傷を負わせるのが目的じゃない。狙いは護りの異能を誘発する事。
相手が防御の素振りを見せた瞬間、UCを起動。無銘の書物より白紙の頁を飛ばし、敢えてこちらの能力を模倣させつつ胸元の傷を塞ごう。

残花と斬華。キミが生きるべき物語(セカイ)は、残念ながら未完のまま破却されてしまった。筆は置かれたまま、先を紡ぐ事はないだろう。
だから…続きを記すんだ。
失った名も、望んだ世界も、得たかった結末も。
無論キミ独りではなく、ボク達と一緒にさ。



●その物語の終焉を
 物語は必ずしもハッピーエンドで終わるものではない。
 バッドエンドを迎えたというだけならばまだマシな方だ。その物語の中に生きているキャラクターという存在にとって問題なのは、終わりがないこと。
 書きさしの小説。作りかけのゲーム。
 或いは放棄された漫画や、終わらなかったセッション。
 そのどれもが、最初は楽しみや憧れや理想、希望に満ちていたはずだ。しかし、紡がれかけていた物語が終わらないことはままある。
 描きかけの線、続かなかった文字は途切れたまま。
 育まれなかった話、諦めてしまった空想、描かれなかったキャラクターの物語。
 ゲームのヒロインとしてデザインされた少女はきっと、或る意味で『そういう存在』の概念そのものでもある。
 様々な要因が絡み合い、ヒロインという概念を抽出して生み出された少女。
『どうかまたわたしを、愛してくれますか?』
 意志を持ってしまった偶像少女は、ひどく恐れている。
 作者であった人々にすら名前と存在を忘れられている故に、忘却されること、置き去りにされることを何よりも。
 しかし今、少女の心には変化が起き始めていた。
『違うわたし、本物になれないわたし『たち』にも、価値はありますか?』
 問いかけ続ける黒髪の少女。
 その姿を見つめるユエインは、彼女の言葉をしっかりと聞いていた。その最中、胸の裡に或る詩が浮かんでいく。
 Zum Sehen geboren Zum Schauen bestellt,
 Dem Turme geschworen Gefällt mir die Welt.
 ユエインの柱となっている『リュンコイスの詩』。其処に綴られているように、ユエインは見るために生まれた。そして、識るために生きている。
 少女は終焉を迎える前に過ぎ去り、置き去りにされた数多の想いであり、その成れの果てだ。そんな存在であってもユエインは決して目を逸らさない。
 教えて。愛して。
 ころさないで。それから――。
「物語に還りたい、か」
 ユエインは少女が猟兵に願った言葉を口にした。現実に顕現してしまった偶像少女の宿る力は、自らの意志に反して広がり続けている。
 周辺はゲームめいた領域に変えられているが、彼女は現実を侵したいわけではない。
 人間になりたいのではなく、ただ自分の物語が欲しいのだろう。ユエインは頷き、わかったよ、と少女に告げる。
 物を語るだけでなく、未だ語られぬ者を綴るのもまた物語の役目。
「キミの御話はまだ始まってすらいないんだ。ピリオドなんて打たせはしないよ?」
 邪神としての存在は討たなければならない。
 だが、ユエインはただ少女を倒すだけという行動はしたくなかった。
 今も尚、偶像少女の頭上やユエインの周囲には数字の羅列が浮かんでいる。それは少女の叫びであり、言葉にできない思いのあらわれだ。
 それにユエインは理解している。
 0と1の間に在る差は1と無限よりも隔絶している、ということを。
 その狭間で彷徨い続けるしかない少女を救う。それこそが今の自分がすべきことであり、物語を続けるための必須条件だ。
 少女の胸元は痛々しく切り開かれていて、黒々とした闇を内包している。
 尽きることなく流れる紅は深い悲しみの証。そこにあったはずのモノを求め、消されてしまった過去に縋り続ける姿は、終わることが出来ないということに対しての慟哭そのものだと思えた。
「大丈夫さ。この先に道は続いているよ」
 否、続けさせる。
 ユエインは少女に語り掛け、地面を蹴り上げる。
 まずは先と同じように攻めに掛かる。とは言え、ユエインの目的は相手に手傷を負わせることではなかった。狙いは、あの少女が持つ護りの異能を誘発すること。
『……!』
 少女が反射的に身構えたことでそれは防御となる。その瞬間、ユエインはユーベルコードを起動させた。
「もしキミが此処でピリオドを打ちたくないと望むのならば、どうか一つ聞かせてくれないか。キミが願う、キミだけの物語をね?」
 ――其れは未だ綴られぬ物語。
 ユエインは無銘の書物から白紙の頁を飛ばし、少女に敢えてこちらの能力を模倣させることを選んだ。そうすれば胸元の傷が塞がっていくはず。
「残花と斬華。キミが生きるべき物語――セカイは、残念ながら未完のまま破却されてしまった。筆は置かれたまま、先を紡ぐ事はないだろう」
『……わたしのセカイは、終わってしまったの?』
「いいや。破壊されたわけじゃない。だから……続きを記すんだ」
 自分の手で。もしくは、皆で。
 ユエインの言葉を聞き、はっとした偶像少女は目を見開く。
 手にした白紙の頁。即ちそれは、少女自身が物語の先を望めるということだ。
『わたしは……』
 少女はゆっくりと口をひらき、ユエインに問われた自分だけの物語を語り始める。
 彼女は自らは破壊の意思を持たぬ、自我を得たもの。キャラクターと人形という違いはあれど、ユエインは彼女の在り方を他人事とは思えなかった。
「教えてくれないか」
 ユエインは少女の言葉の続きを促す。
 自分もまた、意思を知って、遺志を識ったものだ。己は見る物で、眺むる者。そうであると決めた以上、塔守リュンコイスの名に於いて、此処に結末を齎す。
 ユエインの眼差しを受けた少女は決意の籠もった頷きを返し、そして――語り紡ぐ。
『誰も傷付けたくない。誰かに……たとえ、たったひとりでも構いません。わたしたちの物語を見て、知って――見届けて欲しい』
 そして、感想を抱いて欲しい。
 面白かった、悲しかった、苦しかった、楽しかった。どんな思いだって良い。けれども叶うなら、この物語が好きだと思って欲しい。
 心の何処かに存在を留めること。
 それが、彼女が語る『愛する』ということだ。
 偶像としての少女は物語と共に愛されることを望んだ。そうして、少女は涙が零れ続ける瞳にユエインを映す。
『自分の行く先は今、決めました。だから、あなたにお願いがあります』
「何かな。ボクに出来ることなら、何だって」
 ユエインもまた、少女を見つめた。
 こうして自分達が意志と自我を得たのは幸か不幸か。思い悩むことも、苦しむことも心があるからだ。しかし、ユエインは思っている。
 己の心を持っているということは決して、無為ではないはずだと。
 少女は少しだけ口を噤む。
 今から語ることを言葉にする勇気を振り絞ろうとしているのだろう。ユエインにはもう、少女が何を伝えたいか分かっていた。
 それでもユエインは少女自身が選んだ、結末を願う言葉を待つ。
 本当は最初に彼女に望まれたように名前を与えてやるのが良かったのかもしれない。だが、ユエインは敢えてそうしなかった。
 本来に設定されていた名前もまた、少女にとっての大切なものだったはず。
 失った名も、望んだ世界も、得たかった結末も。
「叶えるよ」
 無論、キミ独りではなく――ボク達と一緒に。
 ユエインが手を差し伸べると少女は口許をそっと緩めた。哀喜入り混じった複雑なものだった儚げな表情は今、決意が宿った笑みに変わっている。
『あなたたちの望む、わたしたちのカタチになりたいんです。だから――」
 わたしの中に宿る邪神を。広がり続けるこの力を。
 どうか、わたしを。
『もう一度、生まれるために。物語に還るために。ここで終わらせてください』
 少女からも伸ばされた手がユエインの掌に触れた。
 それは今の自分を倒して、という意味だ。ころさないでと叫んでいた少女は己を知り、何が最善かを導き出した。
 殺し、殺されるのではない。望んだ終わりを齎すという意味として受け取ったユエインは静かに頷いた。
「ああ。ひとつの終わりは新たな始まりでもあるからね。……やろうか」
 黒鉄機人を呼んだユエインは少女を見据える。
 邪神としての彼女のままでは物語が永遠に終わらないまま。少女がピリオドを打つ心算ではなく、新たな物語を紡ぎたいのだと理解したユエインは一気に力を解放した。
 貫かれるのは邪なる力だけ。
 こうすることで少女が願った新しいセカイが広がっていくのだから、ユエインに躊躇いなどなかった。
「安心するといい。これからキミが見ていくモノも、見てきたモノも、きっと」
 ――Es sei wie es wolle, Es war doch so schön!
 これから世界を歩むキミへ。
 邪神を葬ると同時に、ユエインは塔守の詩を彼女への餞としていった。

 愛して、記して、紡いで、記憶しよう。
 ひとりの少女が意志を得て、誰かに愛されたいと願った軌跡と物語を――。


●白紙のその先へ
 少女の胸にあった傷跡が塞がっていく。
 偶像として具現化したひとつの存在は今、零と一で構成される世界と共に崩れ去ろうとしていた。しかし、それは少女の死を意味するものではない。
『ああ……もう胸が痛くない……』
 胸元に掌を添えた少女の涙が止まり、瞳の中に光が宿った。
 その姿は古い映像にノイズが走っているかの如く、不安定なものになっている。まるで一瞬ずつ輪郭が揺らいでいるようだが、少女の表情は暗いものではなかった。
 猟兵達の言葉と行動によって邪神としての存在は穿たれている。
 モノクロームの色彩に包まれたゲーム領域も徐々に崩れていっているが、誰しもがこれを良い終わりだと感じていた。
 何故なら、少女の身体があたたかな光に包まれていたからだ。
 今の自分が望むことが叶い、これから新たな路に踏み出すことが出来る。ユエインから白紙の頁を受け継いだ少女の中には喜びが満ち溢れていた。
『ありがとう。ありがとう、みんな』
 少女は猟兵を見渡して、ひとりずつに礼を告げていく。
 誰かひとりだけの力でこの結末を迎えたのではない。ミフェットが小さな軌跡を願い、物語が本当になるように願えたこと。ひりょが優しい言葉をかけて少女の警戒を解いたことに加えて、ぷれみが破滅のシナリオを書き換えてくれたこと。フリルが恋物語の力を分けてくれたことや、ナターシャが楽園への路を示してくれたこと。
 桜花の言葉によって自身の願いを口にしようと思えたことや、梓とジャックが偽りのない言葉で愛すると応えてくれたこと。櫻宵とリル、カムイが束の間の平和な舞台を作り上げてくれたことに、ノイが友情というものの良さを教えてくれたこと。エスタシュが邪神の力を弱める切欠をつくってくれたこと。
 そして――ユエインが物語を紡ぐ力を与えてくれたこと。すべてが重なり、繋げられたことでこの結末は導かれた。
 礼を告げ終えた少女は猟兵達から貰った名前を思い起こしているようだ。
 ユメ。ユカリ。メイ。ハナ。
 どれも選べないなぁ、と嬉しそうに笑った少女は猟兵達を見つめた。そうして、最後になるであろう言葉を紡いでいく。
『この空間が崩れ落ちたら、わたしはただのゲームキャラクターかデータというものに戻ります。ふふ……でも、とても良い気分なんです』
 白紙の頁を手に入れた自分には、ほんの少しだけ未来を記す力がある。
 軌跡や癒やしの力を胸に抱くことになった彼女は、この場所にちょっとした仕掛けを残していくと語った。この領域は壊れて消えるが、此処で猟兵と少女が交わした思いの欠片が少しだけ残されるのだという。
 それは物語を続かせるという、希望のような光。
 後はこのゲーム会社の人々次第。
 UDC組織もこの件を受けて、ペデストリア・システムズを潰さない方向で手を回してくれるはず。諸悪の根源である社長にかわり、社員達がこの社を立て直すだろう。
 そうして悪しき呪縛が解かれた後の世界にはきっと、新しい企画というかたちの物語が始まるはずだ。
 やがて少女の身体はデータの海に溶け込むようにして消えはじめた。微笑んだ少女は猟兵達に別れの言葉を告げていく。
『いつか、また。どこかであなたたちに逢えるって、信じています』
 さようなら。

 どうか、わたしを――わたしたちを、忘れないで。

●Forget me not
 斯くして異空間は元に戻り、この事件は完結を見た。
 夜が明ければいつも通りの朝が訪れ、世界は今までと変わらずに巡り始めるのだろう。
 しかし、少女と領域が消え去る際、猟兵達はあるメッセージを目にしていた。それは特定の誰かに宛てられたものではなく、遍く世界に向けられたものだ。

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 あなたは物語や、キャラクターを作ったことがありますか?
 ノートの片隅に、ちいさなメモ帳に。
 あるいは原稿用紙や、たくさんの人が集うウェブ上に。

 あなたの思いを受けて、わたしたちは生み出されていきます。
 わたしたちはあなたがつくったもの。だから、あなたをあいしている。
 きっとわたしたちも、あいされるためにつくられたもの。

 いつか物語が終焉を迎え、わたしたちの役目が終わることもあるでしょう。
 けれど、そのことが悲しいことばかりだとは思ってはいません。
 ヒトではないわたしたちは、そういったものだから。
 でも、いとしいあなたに願えることがあるのならば――お願いします。

 ときどき、わたしたちを思い出してください。
 わたしたちのことを、心の片隅においてください。
 ほんの一欠片でもいい。わたしたちにあなたの愛を向けてください。

 ただそれだけで、わたしたちは救われるから。

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●『残花のミオソティス』
 202■年、某月。
 満を持して発売された新作ゲームがあった。
 花を抱えた黒髪の少女が明るく笑っているパッケージに記されているのは、猟兵達が知っているあのタイトルだ。
 ほんの少し変わったところもあるが、意欲作だと呼ばれたゲームは物語が幾重にも分岐して、綿密に絡み合う素晴らしいものとなった。
 後にこの作品が良い評価を得たことで、ペデストリア・システムズでは世に出せなかった過去作をリメイクしていく企画が次々と進められていったらしい。
 そしてこれは、或るシーンのひとつだ。

 ~キミとの再会~
 僕は彼女に手を引かれるままに屋上に逃げてきた。
 突然の出来事に加えて全力疾走をしてきたので動悸が激しくなっている。彼女も息を切らせていたが、僕の視線に気付いて悪戯っぽく笑った。

『ふふ、ドキドキしましたね!
 あの人達もまさか、わたしたちが学校の屋上に逃げたなんて思わないはずです』

  そうだね、助かったよ。
  いや、まだ追われてるかも。
 ▶︎ところで、キミの名前は?

『ごめんなさい、わたしったら自己紹介がまだでしたね。
 でも、不思議。なぜだかあなたとは一度、どこかで出逢っていた気がするんです』

 少女の黒くて長い髪とセーラー服の裾が、屋上に吹き抜けた風によって揺れる。どうしてか僕まで彼女に以前会ったことがあるような気がしてきた。
 こちらに明るい笑顔を向けた少女は胸にそっと手を当て、花唇をひらいた。

『わたしの名前は――』

 ▶︎少女(ヒロイン)の名前を入力してください。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年08月01日
宿敵 『忘却恐れし偶像少女』 を撃破!


挿絵イラスト