大祓百鬼夜行㉕〜最愛ユートピア
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「ねえ、なにあれ」
この都会にやってきて、わざわざ空を見上げるほど人間は暇でない。
朝早くに家を出て、ぎゅうぎゅうのすし詰めのように押し合いへし合いしながら電車に乗る。
やりたかったことかどうか己に問いかけながら、毎日同じような時間を社会にささげ、時間通りか少し過ぎてからまた、同じように息苦しい空間へと足を運ぶのだ。
――当たり前の毎日で、これがあと五十年も続くと思っていたのに、それは真横の声で失われるかもしれないと思わされる。
「え?」
「異常気象?」
一人に二つ備わる目玉が、無数になって窓に張り付いていた。
都会を象徴する世界一高い電波塔は遠目でも目立つ。狭い箱の中、小さな窓から見てもそれは変わらないのに、その輪郭すら曖昧にしそうなのは――頭の上に罅割れた空の色のせいだろう。
「電車、止まるんじゃない」
「何あれ」
次々と切られるカメラのシャッター音がきっと、平和そのもので、どこか、無力だった。
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「いよいよ最終局面である」
物部・出雲は腕を組んで、集まってくれた猟兵達を眺めた。
黒い下顎を右手でひと撫でしてから、手短にと一言おいて――それから、目を細めた。
「大祓骸魂。究極の妖怪にして大いなる邪神、此度の元凶へと挑んでもらう。ただしかし、俺が予知したのはちィと厄介でな」
少しだけ、を称する指のジェスチャーを左手で行う割に、口元しか笑えていない。
ゆらりと黒い尾が揺れてから、己の黒い炎を左手を開くことで灯す。火焔が大の字に開かれれば、予兆を映像化して映し出した。
猟兵たちの前に映るのは、無数の人間の後頭部だ。UDCアースに親しければ、その空間の正体がわかるだろう。
電車、学校、家の中、道路、――皆が後頭部を晒して、縦だか横だかの光る長方形を見つめているのだ。
「バズる、といえば善いのか? 俺にはそんなかわいい語感でよいのかわからんが」
大祓骸魂は、その膨大な虞(おそれ)によって、東京上空をカクリヨファンタズムが如き空間に変化させてしまっている――そして、それを目撃した人間たちが情報化社会に則って拡散してしまったのだ。誰もがこの異常事態を知り始めている。東京だけではない、非日常のパニックが今やUDCアース中に飛び散ろうとしていた。
「次はヘリコプターでも飛ぶやもわからんなァ。ほれ、あの……竹とんぼでなかった。ええと、どろーん、か?」
ともかく、――大祓骸魂は『バズってしまった』のである。
静かな湖に石を投げ入れれば波紋が広がるのは常の事であり、同様なことがこの表向き平和な社会に起きてしまったのだ。罅割れた空に気づき始めた人間たちは、どんどん好奇心から恐怖に染め上げられていく――。
「そこで、対抗するためには『バズる』ことでしか塗り替えできまい。目立てばよいのだ、猟兵よ!」
例えば、これは『イベントである』と誤情報を流してパニックを落ち着かせたりとか。
例えば、野次馬で集まってしまう人を避難させたりとか。
例えば、――驚いてしまって転んだ人を保護・治癒したりだとか。
例えば、何もかもを塗り替えるほどの力で戦ってみるだとか。
右の五指を折りながら、出雲も唸る。ありとあらゆる手段で戦ってくる相手に対して、こちらもありとあらゆる手段で戦うしかない状況なのだ。
「――俺の知恵はここまでだが、お前たちならばもっともっといいアイデアが出るだろう。それに、真の姿を晒すことも可能である。全力で『できること』をするのが一番か」
転移のゆらめきに黒炎を変える。ぐらり、煌めかぬ火の粉が渦巻いて猟兵達を包み込んだ。炎熱のない空間の中、一本道を作るように動く。
終着点には、夜の都会らしい光景がひろがって――。
「なんとも身勝手な恋を愛と呼ぶ。故に、邪神なのだろうがな」
なんとも救えぬやつだ、と黒陽が嗤った。
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――世界は罅割れていた。
星も照らない都会の夜空から、見たこともない何かが映っているというのに、人々は画面越しにそれを写真に撮ったりして笑いあっている。
当たり前の日常の音が、きっと猟兵達を包んでいて――。
『愛』の刃が、すべてを平等に見おろし、『あいしていた』。
さもえど
●さもえどです。
平和は好きです。
わちゃわちゃが好きなのでこういうのを作ってしまいました。
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大祓骸魂がUDCアースで社会的に大バズりしてしまいました!一時的にでも混乱を落ち着け、ありとあらゆる手段を使って注目を猟兵に集めましょう。注目されることで猟兵たちはパワーアップします!
プレイングボーナス…… 『大祓骸魂よりもバズる事で、より多くの注目を集める。』『真の姿を晒して戦う(🔴は不要)。』
どちらかが満たされていればボーナス対象です!
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完結最優先で動きたいですので、プレイング募集は常時ですが、採用は六人~少数予定です。
負傷など大丈夫!歓迎!というかたは、◆をプレイングのどこかに記入いただけますとそのようにさせていただけます。
それでは、皆様のかっこよくて熱いプレイングを心よりお待ちしております!
●補足情報
大祓骸魂を救うことはできません。ご注意ください。
第1章 ボス戦
『大祓骸魂』
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POW : 大祓百鬼夜行
【骸魂によってオブリビオン化した妖怪達】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[骸魂によってオブリビオン化した妖怪達]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 生と死を繋ぐもの
自身が装備する【懐刀「生と死を繋ぐもの」】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
WIZ : 虞神彼岸花
【神智を越えた虞(おそれ)】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を狂気じみた愛を宿すヒガンバナで満たし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
イラスト:菱伊
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
グウェンドリン・グレンジャー
守らなくちゃ。私の故郷、UDCアース
師匠、の、お店も、あるもん
存在感で、それとなく、視線惹きつつ、セーラー服姿、から、変身
(変ずるは真の姿、身に纏う黒曜の羽根。手と脚は鴉の脚めいた異形に)
空中戦と、念動力……で、ブーストを、かけて
尾羽根、たなびかせ、派手に飛び回る
写真に写りやすく、なるよーに、ツバメと一緒に、低空飛行
動物と話して、カラスとも、隊列飛行
ありがとー。今から、ここ、危なくなるから、早めに避難して、ね
注目、集めた、ところ……で、大祓骸魂へ、全力攻撃
視線、集められる、ギリギリの高度まで飛ぶ
落下のスピード、乗せた、全力飛び蹴り、お見舞いする
東京、私の、第二の、ホームタウン、だもの
百鳥・円
◆
本当はね、
世界の一つや二つが滅んだって構いやしないんです
この世界がただ、護らなきゃならなかっただけ
ちゃあんと護りますよ
今期のまどかちゃんはいい子なので
それに
恋だ愛だの鬱陶しいんですよ
呑気で愉快ですね
異常と関心を誰かと共有する前に
世界と心中するかもっていうのに
手を尽くし切れない時はそれまでですが
思わず目も心も奪われるような光景を作りましょ
儚くて美しいものを尊ぶ心に添うように
降り注ぐ宝石細工の花火を咲かせましょうか
あーあ、
わたしが擦り減ってゆく
“妹”たちは力を添えてはくれないようです
滅ぼされて困るのは、お前たちも同じでしょうに
悔しい?
その愛が成就しないことが
身勝手には身勝手を
叶えさせやしませんよ
アリルティリア・アリルアノン
ネガティブハートにスマイル配信!
バーチャル魔法少女アリルちゃん、ログインなーう☆
みんなー!今日はアリル達の応援に来てくれてありがとー!!
マイクを手に歌ったり踊ったり、トークを交えてアピール!
大祓骸魂の出現まで含めてアリル達のショーに仕立てる事で、あっちのバズりを乗っ取ります!
こちらのバズりが上回ったところでいよいよ決戦です!
敵は強いけれどみんながいれば大丈夫!
みんなー、アリル達を応援してパワーを送ってねー!
ギャラリーへのアピールもちゃっかりしつつ、バズりパワーを載せた全力魔法を大祓骸魂に放ちます!
人も世界も、限られた時間を生きるから尊いんです!
それをあなたの身勝手で終わらせたりはさせません!
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――東京。
街は煌びやかなものだった。摩天楼織り成す社会の歯車が今日も規則正しく回っていて、ちょうど時刻は就業時間過ぎの帰宅ラッシュにあたる。
もちろんまっすぐ家に帰るものばかりではない。彼方此方に人はこれから散っていくのだ。今日の一日とその疲れを金に換えて、体から抜こうとそれぞれの表情で歩いていた。
だから、――元から極彩の暗黒に包まれていたほとんどは空の違和感なんて気づかないままだったのである。
「あれ」
中年一人が、スマートフォンから違和感を感じた。
「なんだァ?」
全く別の個所で、家に居場所がないからと漫画喫茶にて溢れる自尊心と自己中を晴らしていた学生たちが、面白半分に見せ合いっこした。
シェアする、というたった五文字で世界は混沌に導かれていく。
これは――遠くから見れば、『自滅』である。
虫に刺された個所をかきむしって余計に痛みを感じ、あげく皮がめくれて血があふれるのと変わらない。至って無駄で、雑で、何も考えていない浅い行為が今無数の人間の脳を支配していたのだ。
「本当はね――世界の一つや二つが滅んだって構いやしないんですが」
百鳥・円(華回帰・f10932)は知っている。
最近手に入れたスマートフォンで見た世界というのは確かに興味深いものであった。
ひとを誘い、欺き、愛し、アイし、貪る円であるからこそやや俯瞰的にものが見れるのだけれど、たった十数センチの四角形の中に敷き詰められる文字の量というのは、円でも目が回るものがある。
ひとは何と身に余るものを作るのでしょう、とある種感心させられるほどであった。
SNS、という文化についても円は生まれた時から触れていたわけではない。最近ようやく存在を知って、触れることもできなければ聞こえてくることもない文字のやりとりに居場所を感じるというのが不思議でたまらなかった。
己のスマートフォンをやや慣れ始めた手つきでスワイプを繰り返すと、あっという間に情報網は読み込みを初めてまた、乱雑と無責任に溢れたつぶやきで満ちる。キリのない情報収集に、きっと人間の脳はパンクしているのにやめられないのだろうなとも思った。
「ほぼ自滅ですし。今回に至ってはね」
誰に聴かせるわけでもない――いや、妹たちは聞いていたかもしれない。
だが、取り繕う相手のいない空間だ。円は今、スクランブル交差点と呼ばれる個所を見下ろせるビルの屋上にいた。高いところが好きというわけではなく、ただ、有象無象の中にいれば嫌気がさしそうな気もしたからである。
円は、東京に詳しい。普段はUDCアースといえばここにくるのだ。
ここは人の情念がよく渦巻いており、まして流れも速い。円の持っているスマートフォンと同じで、常に新しい情報が手に入り、新しい感情を味わうことができるから気に入ってはいるのだけれど――質が常にいいのか、といわれるとそうでない。だから、こんな愚痴程度は空に流してしまうほうがいいと思った。
「この世界がただ、護らなきゃならなかっただけ」
半ば自分に洗脳するように言葉を口にする。
――だって、ばかばかしいのだもの。
「ちゃあんと護りますよ」
ビルから、地面に背を向けるようにして少女が飛び降りる。
絹が裂いたような悲鳴が聞こえて――高層だったのによく見てたものだなと、退屈と平和に満たされた人間にすこしばかり、夢魔が嗤った。
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守らなければならない理由は大義よりも、義理人情のほうである。
冷たい歯車社会のこの東京にて、背筋よく歩く少女の姿があった。まるでバレエでも始めるかのような美しい足取りに、思わず老若男女問わず振り向いてしまう。
「まあ、キレイねえ」「今の子は、みんなかわいらしいわあ」
しわくちゃの顔で彼女を讃える声ものんきなものだった。
グウェンドリン・グレンジャー(Blue Heaven・f00712)は、此度女子学生の衣服をまとっている。有象無象に沸き立った波はまだ混乱よりも好奇心のほうが強いらしい。
「コスプレ?」「なんの?」「知ってる?」「いやあ……」
ざわつく此処は秋葉原である。
電気街として栄えるこの場所は、所謂『オタク』と呼ばれるかつてのマイノリティの楽園だ。
道路には人がごった返していて、とても身なりを整えているとはいいがたい集団が目立つ。己の身なりよりもまず情熱に金を使ってしまう彼らの熱い視線も、涼し気な横顔は無視していってしまうのだ。
秋葉原からでも――スカイツリーの上空にあるひび割れはよく見える。レンズにその光景を反射させながら、グウェンドリンは歩みを進めていく。どこに向かうかを重視したものではない、とにかく「惹き付ける」ことを最優先とした。
東京は、グウェンドリンの第二のホームタウンである。
生まれはイギリスだ。それでも育ちの殆どはこちらにある。最初、この予知を見てから状況を肌で体感して、グウェンドリンはいつも通りにぼんやりしていられない事態になったと思わされた。
彼女自体はのめりこむような娘ではないが、東京は窮屈なところだ。
小さなパズルのピースのような面積に無数の人間が出入りしているのである。誰ぞが吐いた空気を吸うのが当たり前のような密度で息苦しさを感じるなというのが無理な話で、自然と「情報」という非日常に没入する人間は多くて当然だった。
情報化社会になるのもある種宿命というか――人類の「弱点」といってよいだろう。そこを、今回は見事突かれてしまったのだ。
「――守らなくちゃ」
人は、愚かだ。故にひとで作る社会も愚かである。ならば、世界も愚かか? 猟兵は――?
「師匠、の、お店も、あるもん」
きわめて私情だった。
使命よりも前にやってくるその感情を、グウェンドリンは隠しもしない。唐突に立ち止まった美少女に皆が注視したとき、その体を――黒曜が包んだ。
「ニチアサとかのロケ……?」
脂ぎった顔を拭きもしない贅沢な美少女趣味の一人が、自分の腹で伸び切った魔法少女の顔を撫でつつ口角をひくつかせている。
テカる横顔を、道路沿いの大画面を使って広報していたパチンコ店の画面が照らしていたが――たちまち、フ、とすべてが消えた。
ざわりと動揺が広がって、世界から光がやや奪われる。グウェンドリンの体を包む黒曜が影に溶けて、まるでハーピィのように変化を遂げた彼女が体に旋回を加え地面を割り飛び出していった!!
「わァッ!?」
「きゃあああっ!!?」何が何だかわからない有象無象がとりあえず叫べば、パニックが起こる!
! 人の波がそれぞれの驚愕を言葉にしたころに――秋葉原中の画面が、明るい色で埋め尽くされた。
「ネガティブハートにスマイル配信!」
次に映るのは美少女の顔のアップ。
左目のウインクとほほに添えられた左の人差し指からフレームアウトし、アリルティリア・アリルアノン(バーチャル魔法少女アリルちゃん・f00639)の姿が映し出された!!
【グッドナイス・ブレイヴァー】で呼び出した動画撮影ドローンが中継する愛らしい衣装と体をめいいっぱいに使って「魔法少女」らしさを前に出す彼女の姿に、――『バーチャル』に敏い彼らが雄たけびを上げた!
「うおおおお!!!」
「アリルちゃ~~~ん!!!!!」
もはや獰猛なヌーの群れのようである。
突然女子高生が異形と成って空に飛び出したことよりも、今はオタクたちの熱量を前にビラを配っていたメイドやら喫茶店に入りびたるその他大勢の注目はごちゃ混ぜになっていた。
「な、何……?」事態の飲めないOLたちがお互いの顔色を見合わせる。
「配信予定になかったよね?」
「サプライズじゃん!!」
「アリル~~~!!!!!!」
「バーチャル魔法少女アリルちゃん、ログインなーう☆みーんなー♡今日はアリル達の応援に来てくれてありがとーっっっ!!」
すると、――何が何だかわからないけれど、面白そうだと感じた大勢がスマートフォンでアリルのことを検索するのだ。
「へえ~バーチャル?」
「あ~今流行ってるもんねこういうの」
「知ってる!かわいくって面白いよぉ」
「ヤバ~、ウケんね」
プラン通りだ。
大祓骸魂が注目を集めるというのなら、アリルティリアにも考えがあるというものである。この情報化社会に通ずるのは彼女のほうだ!影響力という点では下がってはならない!
「あ~!リスナーさんスパチャ感謝!ありがと~っ!え、アキバなうなの!?うそ~!アリルと実質オフじゃない?」
町中にアリルの声が響き渡っている。
「そう!今日はねぇ、アリルたち魔法少女の~っ、生配信!ていうか、いつも応援してくれるみんなに感謝をこめてショータイムだよ!もうね、大変だったの~!!準備とかねぇ――」
続くアリルのトークをグウェンドリンが耳で追う。
音楽のイントロが始まる頃に、空を飛ぶグウェンドリンに並走するツバメとカラスたちがやってくる。都会のカラスたちが大勢で鳴き、派手に飛び回った!
「今日のゲストはほんとに、い~~~っぱいいるから!あ、でもでも、みんな~!アリルたちが安全にショーできるように、お約束は守ってね!」
「――ありがとー。今から、ここ。危なくなるから、早めに避難して、ね」
手を振る小さな子供にも、グウェンドリンは視線を送る。タワーマンションに暮らすだけあって、窓に滞空してみれば優雅な暮らしが垣間見えた。手を振って、子供に言い聞かせる。保護者達はやや驚いたような顔をしてから――玄関から入ってきたUDC職員たちが引率を開始した。
「係りの人たちがみんな来てくれるから、指示に従ってね!だいじょ~ぶ、今回は東京と協力体制だから!」
そこかしこでUDC職員たちが警備員の格好と、都庁の制服やら襷やらをしてアリルの声に従う大勢を動かしている。このエリア一帯は安全そうだとグウェンドリンが判断したとき、体をよじって鳥たちと派手な飛行ショーを見せつける。それはまるで踊っているようで、やがて始まったアリルの歌声を纏いながらの演出となった!
「え、ねえ」
「何よ」圧倒されるまま飲みかけのカフェラテを置いていくOLたちが、職員の案内に従って避難活動を始めている。
「――渋谷で飛び降り?だって」
「嘘。ねえちょっとやめなよそういう画像見るの」
「違うんだって!これもショーかも」
「うそ――え、やだ。マジ?」
一人が手にしていたスマートフォンの中を、もう一人が肩を寄せてのぞき込む。
●ライブ、と書かれた画面の左端を何回か確認するようにして、また映像に集中した。
「ボロボロじゃん」
「ショーじゃなかったら、ヤバいでしょ」
●
「哀れなものですね 猟兵」
円は、渋谷からここまで飛んできた。
封じてきた翼を使うよりは、【獄双蝶】の恩恵だ。火焔を纏う無数を適度に爆ぜさせ、その炎熱を氷で防ぐ。横スクロールアクションのゲームのように空中ジャンプを何回も繰り返したといっていい。そのたびにきらきらと舞う鱗片たちが浅草の人々の目を引いて、たくさんの注目を浴びてこの巨悪に挑んだ――。
「勇んでやってきたと 思ったら」
結論としては、劣勢である。
どんどん円の体は削られた。とびかかっての不意打ちに言葉は乗せられなかったのである。あまりの覇気――邪気というべきか、「大いなる存在」に今も全身が警笛を鳴らし、逃げろと叫んでいる。
血まみれの体だった。地面に伏したのはこれが何度目かわからない。
妹たちは限りなく邪神に近くも遠い故、円に手を貸さない。「お前たちも困るでしょうに」と円が思っても、あいまいな返事が頭に響くばかりだった。
「自ら 引き立てにやってくるとは 私の愛に あなたという 薪をくべてよい というなら――そうしましょう」
「うざい」吐き捨てるように言う。
手の甲に刻まれた切り傷が浅いわりに灼けるように痛い。これがあの邪神の持つおもちゃめいた刃の複製品のせいだというのだからぞっとしない。円がゆらりとたちあがれば、大祓骸魂は微笑みをより深めた。
「うざい とは」
「黙ってろって言ってんですよこの勘違いの、何も知らない、恋だとか愛だとかもどうせやったことも失敗したこともなさそうな――鬱陶しい、頭でっかちさん」
頬も切られてしまっている。片目は額をかすめた際に溢れた血であまり見えていない。
だらりと下がった両腕は腱を絶たれてしまっているのだ。もはや動かすことは今ままならない。とっておきの衣装は使い物になりそうにないし、こんな姿が周りに中継されているという事実も吐き捨てたかった。惨めな気持ちでいっぱいになりそうな中――首をもたげたのは、円の怒りだ。
「頭でっかち」不思議そうな声色に怒りがにじまないことも余計に円は腹が立つ。
「煽ってます、お馬鹿」血痰を飲み込んで胸が息苦しい。噎せてから、垂れる血を顔を横に振ることでどうにか視界にこれ以上の影響を出させない。
「エンタメもわかってないし。誰が喜ぶんですか、悪役の無双っていうか、そういうの。炎上狙いですか? だったら高等かもですけどね、ほんのちょっとだけですけど」
よくもまぁ、そんな有様で――この世界を愛しているだなんて言えるものだと、円はいっそこの無知な脅威に嗤ってしまう。
「ねえ、知らないんでしょう。じゃあ教えてあげます」
夢魔の顔が、いっそ悪役めいてゆがむ。
その美貌がとげとげしい。中継される円の顔を映すドローンに視線だけ動かして、凶悪な顔で夢魔が囁いた。
「魔法少女は、ピンチからの逆転劇が一番『バズる』んですよ」
――スカイツリーが、揺れる。
局地的な地震が起きたのではない!上空から落下のスピードを乗せて【Angel's Hammer】を食らわせてやったのはグウェンドリンだ!!
「ぁ、ッ?」細くて小さな体が膝を折る。
「――頑丈、ね」グウェンドリンが追撃の回し蹴りを振り下ろせば、今度こそ頭が床にめり込んだ!!立ち上がるまでのわずかな時間で円を回収し、片足で彼女の細い腰をつかんでやる。そのまま持ち上げて、「大丈夫?」と尋ねた。
頭からの出血はもちろん止まっていない。それでも、円は「ええ」と端的に返す。
「――悔しいでしょう!」声を張ってやった。
頭を押さえて立ち上がろうとする童に、そうはさせるかと二つ色の蝶々が襲い掛かる!!
「その愛が成就しないことがッッ!!あーあ、いい気味です!目立っても、誰にも愛されないですよ!この悪役!」
叶えさせてやるものかと、その場から一歩も動かさない。円の追撃を刀たちで防ごうとするのならば計画は完璧だ!グウェンドリンが徐々に高度を上げて、カラスたちを一斉に鳴かせた。
「――人も世界も、限られた時間を生きるから尊いんです」
町中から、アリルティリアの声が響く。
大祓骸魂が気が付いたころには、地面には無数の線のような光があった。―ー円はそれの正体を知っている。サイリウムだ。すべてがある一定の輝度を保って、色を守り続けている。情熱を込められて振られる数はもはや膨大!
「それをあなたの身勝手で終わらせたりはさせません!」
ワアっと上がる歓声の中、バージンロードのように拓かれた車道を歩いてくるのは人間たちの夢を乗せた少女だ。ギャラリーの振るサイリウムから光が抜けた。ひとつずつがアリルティリアの体に絡みつき、粒子となって彼女を彩る。それから、掲げた両手に収束して――やがて、電磁を凝縮した高出力の魔道砲が繰り出された!!
「東京でなんか、ヒーローショー?やってんねんて」
「何それ、聞いてへんわ」
「えー、遊びにいっとったらよかった」
有象無象の書き込みが徐々に、しかし大きく変わっていく。
SNSに投稿されるハッシュタグは、『#東京魔法少女大戦』がトレンドに見事、躍り出ることになった――。トレンド一位、『#浅草事変』をひっくり返すまで、もう少し。
大成功
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岩元・雫
◎
馬鹿云うのも大概にして
殺せば、終いで
死ねば、終りだ
愛故に殺めるだなんて寝言、聞いて呆れる
反対に、此の世を嫌う者として
おまえへ刃を、届かせましょう
斯様な時は、猟兵の加護も面倒ね
此の身ですら奇異に映らぬなんて
なら無理にでも釘付けにするまで
此の聲の届く全てのひとへ
狂おしい程の熱情を、授く
おれを、見世物にして頂戴
今も昔も、望まなかった事だけど
今は、死した躯のひとつくらい
故郷の為なら、惜しめないわ
刃の御捻りなんて、受付けて無いよ
支配の果てに、害意の矛先すら挿げ替えたならば
おれへと向う刃とて、おまえに突き返してあげる
おれも嘗て、おまえの愛する世の一部だったのよ
遍くを殺す懐刀、其の身で受けた御味は、如何?
ヴィクティム・ウィンターミュート
◆
──そんなに熱い視線で見つめるなよ
お前が何を愛そうがどうだっていいけどよ…
誰もそれに応えやしねえぜ
お前は『障害』だ
誰も幸せになれやしねえ
だから排除してやるんだよ
Void Link Start
──聞きやがれ、野郎ども
今この騒ぎで混乱が生じ、色々と影響が出てる
せっかくのデートが台無し、仕事中断、交通に打撃も出るかもしれねえ
──日常を壊しやがって、そう思わないか?
恨めしいよな、憎たらしいよな
その感情、俺にくれよ
俺が原因を、ぶっ殺してやる
──さて、お呼びじゃないとさ
そんじゃあいこうぜ、派手に散るがいいさ
このナイフで…お前の生と死を破壊してやる
その愛に終着点は無い──さようならだ、骸の海に沈みな
宵鍔・千鶴
◆
鬼面で覆う口元が
幾ら溜息を吐いたとて
人々が注視するのは大祓への興味や恐怖
真なる姿、反転の白絲髪と桜色の焔は揺れる
『バズる』には、出来ることを。だったか
力で押し通すのも、捻じ伏せるも、言葉で説くのも
今の俺は人間たちを振り向かせることは
容易じゃないから
古びた木目のヴァイオリン
弓を引いて、柔らかな音を爪弾いて
ほんの少しだけで良いから
オレの演奏に耳を傾けて欲しい
届けるのは夜曲(セレナーデ)
愛の歌だ
さみしいよるは嫌いかい?
その刃で、愛を囁き、凡てを壊してあいするならば
オレも「アイ」して「コワシテ」あげよう
きみも、存分に奪えば好い
受け止めるから
朧月夜に、血桜這わせ
手向けに花と
噫、最期は葬送の曲を奏でよう
●
ラジオの音が先ほどからひっきりなしに入れ替わる。
気分よくFMの音色を聞いていたのだ。トレンドの曲から懐かしいものまで総なめするようなラインナップが、いかに心を豊かにしてくれるだろう。長らく貨物を輸送し続けてきたトラックの運転手である彼のドライブは大阪から東京までを進み続けてようやく大都会に至ったところで邪魔される。
「おいおい、なんだよ、もう」
――交通規制の知らせだった。
時間通りにたどり着かないと明日の仕事が立て込むだけだ。詰所のやつらがうるさいぞなんて思いながら、放送に集中する。
すっかり音楽を楽しむ暇もなくなってきた。首都高速は渋滞が続き、車を規則正しく案内始めていると思えば白い防護服を着た都庁のたすきらしいものをかける集団がやってくる。
「すみません」
「――はい?」窓を開けることになった。運転手が不機嫌そうな顔で尋ねると、シールド付きのヘルメットをした職員がバーコードリーダーらしきものを伸ばしてくる。
「検査をしております」
「はあ」
「正常値でした。お進みください」
――何の検査だよ。
煙草の味がいとおしくなってきながら、パーキングエリアで買ってしばらく放置していたブラックコーヒーの缶を開けるついでに窓からは引っ込んだ。
かしゅりと空気の抜ける音がした時である――、聞いたことのない音色が聞こえてきた。
「……なんなんだ今日は」
バイオリンらしいそれの音色に夢中で、ぼんやりとした目で渋滞の進みを待っている。派手な空の模様を見ても、今日は何かのイベントだったかなと運転手は答えのない思考の流れに乗ったのだった。
依然、渋滞は続く。
●
何度目のため息を吐いただろうか。
反転した白絲髪と桜色の焔が都会の風に吹かれてどこか嘆いているようにも思えた。
宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は古びた木目のヴァイオリンを肩に乗せ、ゆうっくりと奏でてやる。
「ねえ、何あれ」
「かっこいー」
のんきなものだ。千鶴が抱いた感想は鬼面に覆われた口元で消える。
音に乗ることもない嘆きを伏せたまま、千鶴の音色は首都高速六号向島線、駒形下り出口にて奏でられている。
「出し物?」
「何のだよ」
「どっかと東京がコラボしてんじゃないの?」
浅草に向かう車が多い個所である。浅草の次に上野や錦糸町に近く、富裕層の出入りも多い。富裕層は退屈に弱い故、いずれ余計な検索を初めて暇つぶしを初めて自滅を早めるだろう。故、千鶴はここで演奏会をすることにした――目立つ姿を選んだ今、千鶴にできることは力で押し通すことでもなく、ねじ伏せることでもなく、言葉で説くことでもないのだ。
道路標識に立つ彼の姿を色んな人間たちの目が見上げている。ほとんどが好奇心だ、一部からは熱烈な感情を送られている気もするが、それは共演者とまとめてのことだろう。
――一曲目が終われば、拍手が起きる。
ささやかなそれはどんどん波紋のように広がり、千鶴が一礼してみせれば、またヴァイオリンを構えた。
「俺の腕前はこんなところだけど、どうかな」
「さあ、わたしの聲が乗ってくれればいいのだけど」
岩元・雫(亡の月・f31282)は、彼に連れられて高いところで腰掛ける。
人魚の脚も今や厄介なことに目立たない。世界の恩恵で猟兵の姿は違和感なく人々に伝わってしまっているのだ。――みんな、「そういう衣装」だと思っている。
「斯様な時は、猟兵の加護も面倒ね」恨みがましい雫の言葉に、まあねと千鶴も何度目かのため息をつく。
「うまく出し抜かれている感じはするな。だけど、――できることをしないと」
現に、戦力はバラついてしまっている。戦いの知識なんてゲームと漫画と、あとアニメ程度でしかない雫からしても、浅草で戦う猟兵たちは大群で挑めないこの状況は歯がゆいものだった。
一体、自分の喉から出る音がどこまで通用するかなんていうのは考えもつかない。予想できないことは雫にとって恐怖でしかない不安要素でもあった。
「うまくいくと思う?」
「――うまくいかせるしかないと、思う」
千鶴の半ば挑戦と、諦めの混じった目元が印象的だった。
またバイオリンを奏でようとする彼にあわせて、雫も座ったままピンと背中を伸ばす。それから、腹式呼吸を意識した。海の呼吸とは違うそれは、まるで生きているときに「するといい」と何度か読まされた健康法のよう。
――おれは、この世界が嫌いだ。
千鶴の優しい音色に合わせて、【宵色の幻夢】が歌を乗せる。
声帯を震わせる。まるで海で溺れてしまいそうな子供のように、割れる空に手を伸ばした。高音を作れば指先が震え、低い音を作る時には握りしめる、男の彼だからできる音の幅がある。喉を唸らせればビブラートと、柔らかながなりが乗る。
馬鹿云うのも大概にして。殺せば、終いで――死ねば、終りだ!
雫の聲に乗るは、愛ゆえに殺めるだのとかいうあの邪神の言っている理不尽に対する怒りだ。
岩本・静久は嘗てこのUDCアースで『行方不明』になった少年である。
思春期ながらの若さだと言われれば、きっと雫は怒り狂うだろう。恵まれた生活に何の不便があったのだと言われれば、泣き叫んでしまうだろう。それが彼にとっての唯一「やってみたかったこと」で「なせたこと」であるくらいには、この世界が大嫌いだったのだ。
好きの反対は無関心だ。嫌いでない――この世界がどうなってもいいだなんて、雫にはそれでも思えないのである。割れる空に浮かばない月を恨むように、降り注ごうとする異世界を拒絶するように首を振る。
おれを、見世物にして頂戴――!
千鶴も彼に合わせて音色を変えた。
雫から感じ取った感情をそのまま、弓を引いて爪弾く。夜の曲で愛の歌を奏でていた先ほどまでと変わらないのに、ただ切なく美しく奏でていく。
そこに――音が混じりこんできた。千鶴が目を薄く開くと、カホンを持った人間が自動車の天井で演奏を始めている。
「いい音だったからさあ」
「俺も俺も」
「やるかぁ」
そういえば、上野にはコンサートホールなんてものがあったっけ――雫のわずかな記憶にひっかかったのは東京文化会館である。ちっとも進まない渋滞に退屈した彼らが、それぞれのストリートライブを二人に合わせていくことになった。
「おいおい、なんだなんだ」
「ヤバ~動画とろ」
「え、あれって――!」アーティストたちのファンであるらしい。黄色い声なんかもたまに聞こえてくるほどには彼らの腕もいい。千鶴が微笑み、雫の声がもたらした「世界への反抗」は彼らを突き動かす。
演奏が鳴り響く道路を、スカイツリーから――大祓骸魂が眺めていた。
「なんの 騒ぎです」
彼女が知らぬUDCアースの光景だ。トランペットの音、電子エレクトーン、バイオリン、カホン、猟兵隊の奏でる声と歌。混ざり合ってひとつの曲になるそれの意味などわからないで、童があどけない顔をする。
どすり、のそり。
看板での演奏会に、真っ黒な音がやってきた。柱を両手でつかんだかと思えば、まるで犬のように四つ足で上り真ん中まで獰猛な足取りでやってくる。雫も一寸驚いたが、それが猟兵だとはすぐにわかった。
「――聞きやがれ、野郎ども」
自然と音楽の音量が収まる。現れたのは、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)だ。ずんぐりとした影に包まれて、青年の声がくぐもっている。ぐるるるるとどこの獣の音かわからぬ音もついてきていた。
標識をべこりとへこませる足の指の力で存在を主張する。今、この場すべての人間がヴィクティムに集中していた。
「今この騒ぎで混乱が生じ、色々と影響が出てる。せっかくのデートが台無し、仕事中断、交通に打撃――日常を壊しやがって、そう思わないか?」
凶悪に包まれながら睨む青年の問いかけに、人間たちはそれぞれ顔を見合わせる。
「え、これもアレ? 東京のイベント?」
「あー、#魔法少女大戦? 明らかにジャンル違うしなぁ」
「どこの企業が提携してるんだろ」
のんきな声が飛び交う中に、オープンカーが天井を開く。
「困ってる!!」手を挙げた男の姿はどうみてもホストあがりだ。高級な腕時計がまぶしい。
「そうだろ」ヴィクティムが彼にうなずく。「他にはどうだ」
「――困ってます、あの」申し訳なさそうに手を挙げるくたびれた女性の顔色は悪い。「母が、危なくて。病院に、いきたくて」
「そりゃ急がないとまずいよな」ヴィクティムが指さしてやる。びくりと肩を震わせてから、何度か頷いて窓から顔をひっこめた。
「恨めしいよな、憎たらしいよな。その感情、俺にくれよ」
雫の歌声も――みんなまとめて、【Forbidden Code『Void Beg』】に吸い上げられていく!!
焦り故の怒りも、退屈故の怒りも、憎しみも、世界への怒りすらもヴィクティムはその身にまとう黒をさらにコーティングさせていく。やがて一回り体が大きくなったところで、片目から血を流してにたりと笑った。
「俺が原因を、ぶっ殺してやる」
どう!!
標識をとうとうひしゃげさせて、ヴィクティムは空を舞う!!
勢いをつけてアームハンマーを作り上げれば、スカイツリーまでの跳躍とともに振り下ろした!!彼岸花たちを吹き飛ばし、毟り、電波塔を震わせながら童へと接近する!!
「獰猛な 猟兵だこと」
「そんなに熱い視線で見つめてもよ――お前はお呼びじゃないんだとさ!」
中継は繰り広げられている。あたりに旋回するドローンたちがヴィクティムの戦いを映し出していた。
「CG?」「ホロ?」「マッピング?」
様々な憶測が飛び交う中、『障害』を破壊しようと悪意を持ってヴィクティムが攻撃に出る!!
「――ふふ」
真っ赤な花びらが広がる中、ヴィクティムの右ストレートを小さな手が弾く。ぐるんと前転することになった視界があって、ヴィクティムの頭の中は演算外のことでいっぱいだった。
柔道と同じだ。相手の勢いに合わせて手を添えてひっくり返す。相手の力だけで攻撃を受け流すから、この童の姿であっても対して負担がない。――注目は今二人に集まっているのだ。
「そのようなこと どうでもいいのですよ」
かろうじて床に両手をついて、ヴィクティムは跳ね起きる。
「派手に散りなさい 猟兵」
「ハ、――セリフとってんじゃねェよ」展開されるナイフの弾幕に、獣めいた声色が唸る。
あわやヴィクティムを剣山にしようと降り注ぐそれらを、受け止める桃色があった。
「何」
「漫画みたいなヤツだな」
虚を突かれた、という顔をする大祓骸魂に、ヴィクティムが間合いを一瞬で詰める!!
――舞い散る花弁は桜。降り注ぐはずだった短刀たちは空を舞い、上空から地面に落ちて音もなく消えていく。
一体どこから、と大祓骸魂が視線をやった先には先ほどまで演奏をしていた千鶴が、バイオリンの弓を突きつけているのが見えた。
「その刃で、愛を囁き、凡てを壊してあいするならば。オレも『アイ』して『コワシテ』あげよう」
【月華ノ餞】。逃がすものか、と彼の双眸が巨悪をとらえている。お前のための音楽なのだと、けして聴き損じるなと千鶴がまたバイオリンを構えたなら、ヴィクティムが派手にアッパーで小さな体を打ち上げる!!
「悪いが、ガキの体でも容赦はしない。――ナンセンスだからな」
スカイツリーよりもさらに高く空を舞う大祓骸魂に、ヴィクティムが追撃を怠るはずもない。
彼が構えたのは、ナイフだ。
「刃の御捻りなんて、受付けて無いよ」
雫に向かう刃もあっという間に桜がからめとっていく。霧散する炭色に、雫はうんと嫌悪をこめてそう言ってやった。
「おれも嘗て、おまえの愛する世の一部だったのよ」
――雫の声をどっぷりと聞き入った渋滞の列は、皆が彼の思惑通りだ。
口々に言っていた感想などもう閉ざしてしまって、今は必死にスマートフォンやらパソコンやらを操作している。
適切な感覚で、そして指定したハッシュタグを絶対に忘れないようにと彼の美しい声に脳まで支配されたまま、『自滅』に『自浄』で対抗していくのだ。
割れた世界のまがまがしい色に体を照らされながら、雫が声を張る。
「――遍くを殺す懐刀、其の身で受けた御味は、如何?」
高度学習機能搭載型生体ナイフ『エクス・マキナ・ヴォイド』。
ヴィクティムとともに戦闘を重ねれば、死線を超えれば超えるほど、生体機械のナイフは研ぎ澄まされる。ともに歩んできた相棒を握り、ヴィクティムは空へ飛び出した。
打ち上げられたまま浮遊する大祓骸魂を飛び越えたと思いきや、ぐるりと空中で回転。落下スピードとエネルギーをうんと蓄えて、ナイフを振り下ろすまま牙を握る。
「その愛に終着点は無い」
だから、ここで打ち止めだ!!
「──さようならだ、骸の海に沈みな」
衝撃波を生みながら、いくつにも空気を割って――黒が童の腹を穿つ。
大きな揺れが浅草を襲った。がたがたがたと震える東京に悲鳴が上がる。
「ねえ、もう、さっきから何?」
「工事?」
「絶対違うって!こんなの、異常気象とか」
「空も変だし!!」
急いで頼るものがやはり現代人にとってはスマートフォンである。
慣れた手つきで仲間たちとチャット感覚に文字だけで交流し、いったい何を信じればいいのかわからない人間たちは『応援席』に指示通りに避難を知らずのうちにするものの、混雑で電車などはかなりの遅延を強いられている。――誰もが事態を飲み込めきれない中、すがるように「答え」を得たがる。駅のホームに腰かけることができずに、改札出てすぐの柱にもたれかかっていた高校生たちがワッと盛り上がった。
「――#魔法少女大戦、と」
「#悪徳ショウダウン ?」
「この#浅草事変ってこの企画のこと?」
「え、じゃああれって予定されてた演奏会だったの!?」
「これのゲストってことらしいよ」
「あ~!ファンクラブの会費払っとくんだった~ッ」
何気ない会話を拾った中年たちが、それを聞いてまた検索する。お互いに見せ合って、困り果てた顔の人にまた見せてやった。すると、じゃあ何かほかの移動手段があるはずだと職員に自発的な交渉を始める。
繰り広げられる混乱は「偽装されて」世界最速でトレンドを埋め尽くす。
日本の話題が目まぐるしく変わる中、憶測が飛び交い――いよいよ、割れた空のことなど誰もがどうでもよくなってきていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
◆◎真の姿発動
ばずる…どうすればいいのかは分かりませんが
とにかく皆の前に立ちましょう
そして、守ります。それは今までと変わりません
【焔翼】で人混みを越えて目立つように皆の前へ
危ないので後ろに下がってください。
【錬成カミヤドリ】発動
半数を錬成体、残りを背後の守りへ
場所も広いし、人も多い
このままでは懐刀を防ぐには足りない
真の姿になるとどうなるか分からないけれど
「強くなりたい」と思う気持ちは変わらないから
そばにいる人達を泣かせない為に、自分がしっかり立てるよう強く
だから変化は怖くない。どんなに姿を変えても変わらぬものが自分の中にあるから
だから、きっと大丈夫
新たな姿で戦います
鳴宮・匡
◆
わかった
いやバズるって単語はよくわからないけど、えーと
……注目を集めればいいんだな、っていうのはわかった
影の弾丸を足元へ落す
影と黒霧を纏った黒竜ノーチェと一緒に上空で戦うよ
罅割れた空や、月明かり
高度によってはビルの明かりでもいい
そういうものを背にしながら「目立つ」ように立ち回る
空の上で、この暗さ
人の視線は空と、ノーチェに向くだろう
俺の本質は“影”にあって“殺すもの”だ
あんたが呼び出した妖怪たちも含めて――
闇に紛れて撃ち墜とさせてもらうよ
あんたが何を愛と呼ぼうが勝手だけど
俺は、俺を――きっと、愛してくれていた
そのひとと過ごした世界を壊されたくないんだ
身勝手で悪いけど
あんたの恋は、叶えさせない
ジョン・フラワー
◆
ここがなんとかワァールドかあ!
やあアリスたち! 今日も花吹雪が素敵な夢日和だね!
僕おおかみ! ほら、おみみとしっぽがかわいいでしょ!
アリスたちの中に今日がお誕生日じゃないひとはいるかな?
じゃあパーティの始まりだ! 主役たちには花冠をかぶせて、何でもない日おめでとう!
バスケットからどんどん出てくるお茶会のセットにかわいいお菓子
不思議なリボンやお花は自由に街を飾り付けてくれるよ!
きねんさつえい? よくわかんないけどいいよ!
記念なら花冠をもういっこプレゼントしちゃおう!
ぱぱっと作るから見逃さないでね! おおかみこれ得意なんだ!
ほらそっちのアリスも! 空を見上げてたらお茶会に遅刻しちゃうよ!
小泉・飛鳥
※バズリ
妖怪すら覚えていない最強の妖怪
納得の力
でも、なんだろうな
オブリビオンと化して、なお彼女は
ともあれ、この状況をそのままにはしておけない
この大舞台に【落ち着き】はらって
少なくとも、そう見える風に
白紙の本を片手に、友人から贈られた万年筆を握って
―――……書き上げたいものは、決まってる(集中力)
虞を怯まずに受け止めながら
≪Sturm und Drang≫
虞を払う詩を詠むように、思い浮かぶまま文に書き、言葉にしていく
忘れられることは寂しい
共にいられないことは苦しい
でも、僕らは「違う」から心が通うんじゃないかい
全てが骸の海に還り、死が満ちて
そこに愛が存在するのかな
僕は、諦めない
この本が僕の魔法だ
宵雛花・十雉
【雉竜】◆◎
そうだね
要はアイツより注目されればいいんだ
オレ1人じゃ自信ないけど
ニルズヘッグがいればきっと何とかなる
竜が颯爽と現れれば
すかさずそっちを指差して注目を集めるよ
見て!竜がオレたちを助けに来てくれたんだ!
…本物のヒーローみたいでカッコいいなぁなんてこっそり思いつつ
ここは彼に任せようと言って、その場にいる人達を安全な場所まで誘導するよ
逃げる人々への攻撃は『結界術』で防いで
竜への援護に【八千代狩】を飛ばす
オレは大丈夫
ニルズヘッグも平気そうでよかった
死んじゃったらどうしようかと…
ううん、オレよりずっと強いから大丈夫だよね
竜に声援を送りながら
余裕があればオレも記念に一枚
スマホで撮っておこうかな
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
【雉竜】◆◎
あいつより『ばず』れば良いんだな
そういうのは得意だ
じゃあ作戦通り
私が気を引いてるから、十雉、避難誘導とかは頼んだ
さァ下がるが良い、民衆共よ!
この竜がかの災厄を討ち滅ぼし、全てを守ってみせよう!
……普段悪役だから、変な気分だ
――幻想展開、【怒りに燃えて蹲る者】
真の姿も兼ねてるこいつをより強化する
呪詛をばら撒かないように気を付けねばな
妖怪たちを氷の属性攻撃と爪で派手に蹴散らし
誘導列に余波が飛ぶようなら全速で飛行して盾になる
十雉、大丈夫か?
私は大丈夫
ここで死ぬ訳にはいかないからな
竜に限らず、超常は人間を守るために丈夫なんだ
写真はどれくらい撮っても良いが
この姿が流れるの、何だか複雑な気分だ
唄夜舞・なつめ
◆◎
ばずる…?ってェのは
よくわかんねーけど
要は目立ちゃあいーんだな?…だったら。
ーー『終焉らせてやる』
梔子の翼を翻し飛ぶ姿は
空を這う白大蛇か翔ける白龍か
雷の光で虹に輝く鱗に見惚れてなァ
乗る猟兵(ヤツ)は勝手にして構わねェけど安全運転は出来ねーぞ
翔んで向かうは大祓骸魂
一筋縄じゃあ行かねェんだろーけどンなの承知の上だ
親玉が弱ェなんて
面白くねーからなァ!
俺の梔子
全部赤に染めりゃあお前の勝ち。
出来なきゃ負け。
さァ、勝負だァ!!!
雷鳴轟く大きな咆哮をあげて
立ち向かう
雷で大祓骸魂を攻撃しつつ
他の妖怪からは人々を庇い
尾で蹴散らす
俺は自ら死ぬことを辞めたから
そう簡単には
ーー死んでやらねーよ。
メレディア・クラックロック
◆
【Garnet】、ハッキングプログラム起動。
検索対象:大祓骸魂を映した全ての記事。
――デリート開始。
バズった方が強い?
だったらその証拠から消しちゃえば相対的にこっちが目立つ。
情報化文明上等。それを操ることこそボクの機能だもの。
お前が世界を愛してようと、
世界はお前のコトなんか欠片も愛しちゃいないよ。
忘れられたってのはそういうコトだ。
ヒトが恐怖したのはお前自身じゃなくて空が割れるって見えている現象だけ。
見えないモノなんて分からない。
あとはこの現象を異常気象による幻覚だと分析した記事を、
インフルエンサーのアカウントをハックしてバズらせる。
大祓骸魂なんていなかった。
だからもう一度忘れ去られな。
●
配ったサイリウムは何本目だろう。
東京都庁のたすきを背負った白衣の彼らはUDC職員であった。一人一人が「応援席」に行く一般人たちにそれを配りながら、光るかどうかのチェックをさせて席まで案内する。参加しないという一般人がいたら、ではこちらにと声をかけて――駅員用の部屋で記憶消去光線銃を浴びせた。
時代遅れの都市伝説のようなことが本当にあるのだから、やはり情報の真偽というのはよく吟味すべきだなと背中に光を受けつつ液晶を眺めていたのはメレディア・クラックロック(インタビュア・f31094)だ。
「コーヒーを」
「置いといて」
灰色の髪の毛を指先で少しだけ弄んでから、また細い腕を組む。エナメル質の独特の皺が音を立てて入った。
「一般人は何人記憶消去完了できてる? パーセンテージでいいんだけど」
「は、東京の人口は推計で13,960,236人。やや変動はありますが人口の動きは7000弱、現在の達成度は目標数値に比べ30%程度」
「マンパワーじゃ追いつかないなぁ」
メレディアに用意されたのは浅草駅の駅員室、その一角を防護カーテンで仕切った彼女専用のデータルームだ。まとめられていた名残のあるコードたちが円を作りつつ床を占めていて、職員たちは今立ち入っている彼以外侵入できないほどサーバーが積まれている。
「如何しますか、Pave」職員の問いかけは、メレディアの思考を早めるためのものだ。
追われなければ機械の速度は上げようもない。時間はどんどん過ぎていく。メレディアの前で上昇を続ける折れ線グラフは、株価のそれよりずっと激しい――SNSにおけるトレンド、メディアの取り上げた数含めてそれが国外に漏れ出し、今世界中で何人がこの光景を見ているかについてのリアルタイム演算数値だ。
「諸外国はまだ、この騒ぎを本気には受け取ってない」メレディアが柔らかな下唇を、右の親指と人差し指でなぜる。
「と、いうことは――これが『マジ』にならなければいいってことでしょ。動いている猟兵達の中にUDC組織と縁が深いのは?」
「います。凪の海が」
「ああ、彼かぁ。彼なら『お噂はかねがね』。通信を繋いで、こちらから指示を出す。キミはノイズになってしまうから、外で引き続き消去済みの数を増やして」
「はい」
事務的なメレディアの応答に、職員はひとつとして苦い顔をしない。だから『ここに入ることを許した一人』だ。――今やメレディアの王室となったこの場で、余計なノイズは作業の邪魔になる。気遣いを裂くほどのリソースは脳に残っていないのだ。
キーボードを素早くタイプし、インカムに手を当てる。オンにされた波数が、的確に『彼』へと声を届けた。
「ハロー、『凪の海』」
●
――銀座。
流通の多いここから、鳴宮・匡(凪の海・f01612)は走り続けていた。
人間の身では高層にたどり着く手段が限られる。非常時であるからと表向き、エレベーターはほとんど止められてしまっているのだ。無理もない、猟兵たちは派手に巨悪と『ヒーローショー』を続けているのである。
「誰だ」匡は己の片耳だけを塞ぐインカムに手を添えた。
「名乗るほどのものじゃないけど、猟兵だよ」メレディアの落ち着いた声が信頼に足る。
匡が巨悪から散って来た妖怪を何度か打ち抜き、飛び掛かられかけていた一般人の目の前で影の弾丸かはじけ飛ぶ。はらはらと散る手品のようなそれに、目を瞬かせるのをフォローしている時間はない。
また駆け出して、できる限り注意をひきつける。民衆が「何あれ?」「ああ例の」「出し物だって」「ワイヤー?」様々な感想を口にする声の音で、恐怖よりも好奇心を見た。――手にしているサイリウムに気づいて、匡の目が細まる。
「一般人が何か持ってる」
「記憶消去銃の応用だ。記憶消去サイリウム。ボクが提案したんだよ」
「――おい、扱わせていいのか」
「ボク達がうまく立ち回れば、損害はゼロのはずだ」
「ハズって、――」
影の弾丸を足元に落とし、【夜凪の翼】を得る。
黒霧を体にまとった相棒の竜がしっかりと匡の腰に巻き付いてから大きく飛んだ。とはいえこの摩天楼である。飛行は早すぎず、かつ、降り注ぐ妖怪たちの動きを銃で仕留めてとしていれば小回りの利く動きをせざるを得ない。
次にナイフの動きが来たと思えば、明らかな脅威には鋭く対処する。引き金を引くように意識を集中して、無数の鋼を影が打ち砕く!
「成功確率は今のところ2%」
「低いな」
「他の方法は0だったんだ」
「じゃあ高いか――俺に何をしろって?」
パラグライダーだ!と指さすお気楽そうな酔っ払いたちを見下ろしながら、またノールックでナイフの弾幕を落とす。
「相変わらず元気そうだぜ、片想いの情熱はすごいな」
身に覚えのあるようでないような激しさが、匡の視界を覆う。雨のように降り注ぐ凶器が恋だというのなら、きっと人間の中にあるという感情はあまりにも苛烈で、凶悪なのだと思った。
「そう、いくらボクたちが騒いでもアレ一つの脅威には勝てない。悔しいけれどね。――ボクたちには限界がある。体力も寿命も、終わりがあるように。だけど、一点だけあいつより出し抜けるところがあるのさ」
メレディアの声には冷静と挑戦が混じった。匡の動きをどこからか見ているらしい彼女の口笛に、匡が瞬きを挟む。
「どうするんだ」
「このボクがいる」
いよいよ前傾姿勢になったメレディアが、口角を上げた。
「情報化文明上等。――ミッションだ、凪の海。『浅草駅を護ってくれ』」
空を滞空して、暗闇に匡が溶け込む。相棒の霧の中でも阻害されない電波に困ったような顔をしてから、やれやれとため息をついて何度目かの引き金をひいた。
「合言葉は、『みんなで一緒に』だ」
「――Copy.」
黒竜が銀座の空を、砕ける鋼を連れて飛んでいく。メレディアは通信の切断のち、マッピングに点滅する猟兵たちの座標を視界の端にいれながら「彼女の戦い」を始めた。
●
自分よりうんとデカい提灯を背に、大きな翼をもった美丈夫は電波塔を見上げる。こんなものが「世界最高」のだというのだから、人間たちはやはり小さくてか弱い存在なのだと嚙みしめたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(伐竜・f01811)がいた。
「あいつより『ばず』れば良いんだな?」
「そうだね。要はアイツより注目されればいいんだ」
頂上の存在のことを指さしているらしい彼に、宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)がうなずく。
正直なところ、――一人で挑むのは恐ろしいほどの脅威を感じていた。十雉が雷門の文字を見て、ふうと息を吐く。神仏にもすがりたい心地でたまらない人間の一人だ。
「お騒がせします」そう念じて、浅草寺の本殿へ両手を合わせる。居心地のいい空気に歓迎を感じて、十雉は一礼のあと、目を開いた。
「ニルズヘッグがいればきっと何とかなる」
「ふはは!おう!私に任せていろ!」大げさに低い声が笑って見せた。どんと胸を手でたたき、それから巨悪をにらむ。ずいぶん――情念が渦巻いていた。罅割れる空からも、あの旧き神とやらの呼吸ひとつにすらからも溢れてたまらないのだ。
「――では作戦通り」
「うん」
「おっとォ」
ニルズヘッグと十雉がうなずきあうところに、片方がよく知る声が響く。鋭く十雉が振り返った先には、閉まり切った屋台が織り成す石畳に立つ唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)がいた。
「なつめ!」
「ときじィ!?」
「お!?お!?なんだ、知り合いか!?」お互いに悪い空気ではないらしい驚きの声に、ニルズヘッグが好奇心と懐っこさ全開に二人を見比べた。
「――あんた、ときじの知り合いかァ」
「おう!ニルズヘッグという。あァ、自己紹介の暇がなくてすまんが」
信頼してもらえるだろうか、というニルズヘッグの顔は困り眉であった。背丈がさほどなつめと変わらない彼の申し訳なさそうな、こちらをうかがうような顔になつめも敵意を感じない――ただ、その実力は纏うものから確信を得た。
「な、なつめ、あの」十雉のとニルズヘッグの作戦を告げようとわたつく姿に、「わァってる、落ち着いて話せ」となつめが制す。
「俺も一人で今回は動いてるわけじゃねェ――お前ら、UDC組織とやらの通達は聞いたか?」
「え?」
きょとんとする二人に、なつめの後ろからぞろぞろとやってくる猟兵達が姿を現す。
「安全運転はできねェっていったけど、まァ安全なンぞ気にしてりゃァ戦えねェよな!」
悪人面をさらに悪くさせて笑う相棒に、十雉も思わず顔をひくつかせる。ニルズヘッグは、目の前に広がる光景により顔を明るくした。
「――匡!!」
●
まだ、家に帰れないみたい。
いつもなら、例えばこれが人身事故などで電車が止まってしまった時は必ず聞こえてくるだろう怒号が一つも響いてこないことが異様に思えた。窮屈な空気よりもずっと整えられたような非日常間に、振り替え輸送を挟んでもいまだ遅延が続く鉄道を待合室でのんびりと見送りながら女子高生がスマートフォンで親に連絡を送る。
『迎えに行こうか?』
交通規制がすごいんだって。
『ええー』残念そうにする猫のスタンプがかわいらしい。そろそろ皺もシミも目立ちだすころだというのに、母は達者に電子機器を操るのだから妙なところ感心させられるのだ。
『おなかすいてない?』
すいちゃったな。
『駅出てご飯食べたら?』
そうする。晩御飯、お弁当にしてくれる?
――OK,のスタンプが送られてきて安心する。
いまだホームに帰宅を急ぐ人の中にまぎれる気にはならなくて、電車を待つ人であふれた階段の、一人が通れるか通れないかほどしかない降りるためのスペースをカバンを持ち上げながら通り抜ける。それから、駅員には『ちょっと出ます』と有無を聞く前に出た。
元から耳にはイヤホンをつけているから、誰が何を言ってもあまり気にしていない。今は特にホームの中もうるさくてしょうがないし、きっと皆同じようなことをしゃべっているのだと確信していた。
SNSで今急にトレンドに上がった、東京都庁とどこかの会社がコラボした#魔法少女大戦、#悪徳ショウダウンという見世物は賛否両論で別れている。もっと早くに告知すべきで、日本の中心である都がこんなサプライズをしていいわけがないとか、政治に絡めて陰謀があるのではないかと主張する思想ツイートが出回ってそこそこシェアされたり共感を得たりしていた。
――でも、みんな非日常好きじゃん。
外で食べてきたら、と言われてうれしかった。実際空を見上げればなんとも見事なホログラム――陰謀論者によれば「そうではない」とか、オカルト好きが騒いでたけれど――が無料で視れるうえに、コンビニは普通に営業をしているし、飲食店もまだ閉まっていないところがたくさんある。空を見上げながら歩いているのは何も彼女だけではない。
家に居場所のない少年少女たちも、まだ許されていない酒やたばこを仲間内でシェアしながら幻想的な光景にはしゃいでいるではないか。
――そんなもんだよね、と安心した。
その時である。
「やあアリスたち! 今日も花吹雪が素敵な夢日和だね!」
「はい――?」
少女の非日常に魅入られる視界に割り込んだのは、愛想のよく親しみやすい男の顔であった。
そういえばテーマパークはどうなったんだろう、なんて考えがよぎる頃に目の前に桜の花びらが散る。
「僕おおかみ! ほら、おみみとしっぽがかわいいでしょ!」
「おおかみ、さん」
突如やってきた刺激に、コンビニの前で座り込んでいたらしい如何にも不健全そうな青少年たちもやってくる。
「えー、かわいい」まだ声が若い。化粧をしている彼女らは大人びて見えるが、まだ中学生ほどだ。
「お兄さん俺にもお花くれ~!」酔っぱらう彼もまだ声が若い。
「もちろんだとも!アリスたちの中に今日がお誕生日じゃないひとはいるかな?」
――ジョン・フラワー(夢見るおおかみ・f19496)は人喰い狼である。
此度は獲物を貪るほど飢えていない。腹の満たされている狼は愛想よく笑い、そういえばと頭の隅に引っかかる『指示』を思い出しながらもいつもの彼の役に徹するのだ。
「はいはいはーい!」
「わたしもー!」
「あたしも!」
きゃいのきゃいのと集まる若い彼らを集めている姿はまるでハーメルンである。
笛の代わりに、Awoooo!遠吠えめいた声を出せば迷子の子供たちがからからと笑い、真似をして吠えだした。空を見上げていた社員証をぶら下げる彼にもさあさあと花びらを振らせて、何の騒ぎだろうと通りから出てきた水商売の女にも桃色を配る。
みんなで、Awoooo!それぞれが奏でる狼の声色に、満足げにジョンが笑った。
「――じゃあパーティの始まりだ! 主役たちには花冠をかぶせて、何でもない日おめでとう!」
バスケットから取り出したお茶会セットにかわいいお菓子は腹ペコのあの子とあなたに。浅草駅の前で座り込んで列車を待つ皆さんに!ジョンが【いつだって夢日和】に歩くのならば、その後ろを夢見る羊たちが狼の皮を被って彼を手伝うのだ。
「きねんさつえい? よくわかんないけどいいよ!記念なら花冠をもういっこプレゼントしちゃおう!」
「え、まじ!?最高!!」「やったー!!」
「ぱぱっと作るから見逃さないでね! おおかみこれ得意なんだ!」
夢見る人数を増やしていく。ジョンかかぶせた花冠の数ほど、羊たちはすっかり夢の中。――穏やかに帰りの電車を待つ改札の向こうへとお菓子と飲み物をもって、また再び人の流れが整えられる。
「ほらそっちのアリスも! 空を見上げてたらお茶会に遅刻しちゃうよ!いそげ、いそげ、はやく、はやく!ああでも足元に気を付けてね!」
――追い込み猟と同じだ。
狼が吠えれば、羊たちは恐れて一か所めがけてひた走る。それと同じ原理で、夢見る羊にむかってジョンが吠えれば、羊たちは目指すべき場所目掛けてスキップ交じりのご機嫌で一人も外に逃げ出すことがないまま檻に入るということである。
「よくやってくれたね」通信バッジにと渡された小さなワッペンが、ジョンの胸ポケットに張り付けられている。声の主はメレディアであった。
「アリスのおねがいだもん!おおかみにまっかせて!」ぱあ、と明るい声が電波に乗るが、ひとまず――今のところ、人喰いの血は騒がないようだった。
「わかった、じゃあ引き続き迷子のアリスがまだまだいるから、案内してあげて」
「うん!おおかみ頑張っちゃうよぉ」
甘い香りを連れて、ジョンがまた花弁を連れていく。迷える子羊を探して駅から出た彼の背を、監視カメラ越しにメレディアが見守っていた。
――そこを入れ替わるようにしてやってくる人の波がある。
●
『浅草、マジでやばい』、『日本終わったか?』、『前から終わってるぞ』。
一体どこの企業がこの出し物と提携しているのだろう、なんて思ってしまう。
幻想的な風景が広がっているのを見て、青年はため息をついた。こんなに技術が集まって再現されているゲームの一幕にときめく心もないなんて、いったいどこまで冷たい歯車に成り下がってしまったのだろう。
どのキャラクターもしゃべってはいるが、聞いたこともない声優だななんてぼんやり思っていた。それか舞台の宣伝だろうか。ジャンルに通ずる会社に勤めているのに、裏方作業ばかりでとんと世間の流行についていけなくなったような気がするのである。
早々に店を閉めたらしい飲み屋街は真っ暗で、人の気配すらない――ただ、疲れた体にはこの静かな空気がよかった。
「龍だぁ」
ぼんやり、空を見上げている。
煙草をめいいっぱい肺にふくんで、そういえばひげを剃っていなかったなと思い出しながら宙を泳ぐ真っ白な龍と大きな黒竜を見た。これも電子の集まりだとしたら、ずいぶん手が込んでいる。一体どうやったらこんな広告のやりかたを思いつくのだろうと頭の中で視えない敵の存在を疎ましく思いつつ、また歩みを進める。
「――見て!竜がオレ達を助けに来てくれたんだよ!」
彼が路地から出れば、光景は一変した。
なんだこれはと口から溢れる代わりに加えていたタバコがぽろりと落ちてしまう。乾燥した唇には衝撃が走っていた。何度か目をこすったが、目に映るものは変わらない。
大きな黒い竜が降り注いでくる妖怪モチーフのエネミーに食らいつき、彼岸花らしいエフェクトに包まれながら打ち破る。散らす花びらに目もくれず、大きな尻尾が有象無象をなぎ倒すではないか。
「さァ下がるが良い、民衆共よ!この竜がかの災厄を討ち滅ぼし、全てを守ってみせよう!」
ノイズミックスのエフェクトがびりびりと鼓膜を震わせる。
【怒りに燃えて蹲る者】だと、脳が直観した――スカイツリーの周りでとぐろを巻くようにして建物を締め上げるような蛇竜は、さしずめ木の根っこをかじり続ける日陰者だろう。
「あなたも!」
振り向いた声に驚いて、男性は思わず「はい!」と返事をしてしまう。
「さあこっちに――危ない!!」
まだ現実に突いてこれない彼の額を狙った鋼を、展開される結界が遮る!かあんと弾かれた鋼が砕け散るのすら、粒子の変容のように思えた。
「なんて技術だ」
「ここはオレに任せて!さあ、早く!」
鬼気迫る演技にも思わず「ああ」とうなずかされてしまう――これがクリエイティブか、それとも疲れすぎて会社で眠りこけてみている夢かの判別がつかないうちに、サイリウムを振る有象無象の中をかきわけていった。
疲れていた背広を見送ってから、十雉はやっと深く息を吐く。
「あッぶなかった……」どきどきとする心臓を感じながら、溢れる汗をぬぐう。
ただでさえ今、スカイツリーで大祓骸魂と大立ち回りをするニルズヘッグの援護に【八千代狩】も使ってしまっているのだ。うんと集中力がいる。
脳が疲れているのだとぐらぐら駄々をこねても、ばしりと十雉は両頬を張って頭を振った。甘えるな、と自分に叱責するようにしてまた民衆の非難に専念する。
「え、やばいやばい!」
「みてあれ!」
――一体何人この街にいるんだ!十雉が頭をかきむしって叫びたくなるほどの無力な少女たちの声だった。
降り注ぐ鋼をまさか本物だなんて思っていないらしい。十雉が思わず走り出した。
――止められるわけがない。十雉は人間だ。たった大男ひとりの背丈で少女二人の傘になれるだろうか? 無防備にスマートフォンでその光景を動画に撮っているらしい二人を抱きとめて、膝から滑り込むときの思考は、何も考えていなかった。
身を貫く無数の痛みを想像したけれど、「危ない!」と叫ぶ声のほうが早い。十雉に抱き留められた二人が息を止めた時、世界を真っ黒な影が覆った。
わずかに震える十雉の背には、生暖かさも痛みもない。かわりに、ぽたりぽたりと地面を濡らす真っ赤な池が見えた。
「ニルズヘッグ!!」
「え、マジ?」「竜――ぬ、いぐるみだよね」
無力な少女二人を護る十雉の背を護ったのは、ニルズヘッグの頭である。顔の右側を針山のようにされて吠える竜の声が風圧を伴い、十雉の髪の毛をかきあげ、少女たちの汗すら吹き飛ばすほどの轟音で息災を知らせた。
「私は大丈夫だ――ここで死ぬ訳にはいかないからな」ぐるる、と低く唸る息にすら血の匂いがにじんでいる。少女たちが青ざめて震えるのを黒竜は二度ほど瞬きして、様子を窺うように見つめてからぶるると鼻を鳴らす。
「写真はどれくらい撮っても良いが、この姿が流れるの、何だか複雑な気分だ。できれば、貴様らの胸の中で済ませてくれ」
――メタファーチックなセリフに、はああと少女二人がへたり込む。ずるると戦場に首を戻すニルズヘッグを見送って、十雉も少女たちと同様になりたい心地がした。
「さあ、急いで!時間がない!」両手を叩けば若い脚はすぐに立ち上がる。うらやましいなと思っている間に、職員たちに引き取られていった。それから、おおかみの彼の花冠をかぶせられる。
●
「嗚呼、嗚呼 まったく どうして」
何度貫いても貫いても、黒竜はスカイツリーにしがみ付いて離れない。強靭なうろこ間を縫うように短刀が走っても、痛みに怒りのような劈く悲鳴を出すわりに少しも恐れている様子はないのだ。大祓骸魂は、心底――『驚いて』いた。
「どうして、だァ?」
はたり、と童が上を見上げる。真っ白な龍が上空でとぐろを巻いて、煌々と光る赤を喜悦にゆがめた。
――【黄昏の夏雨】。
完全竜体となったなつめが、雷のような音を喉から鳴らす。
「――まだ、わからないのかい」
その背から、糸を辿り降りてくる一匹の妖怪の姿があった。小泉・飛鳥(言祝ぎの詞・f29044)は人を愛する妖怪だ。翡翠のウサギである細い体躯が、人の体を学んだ姿でそうっと降りてくる。
「小妖怪風情が 竜神程度が 私に何を 説くと?」
とんでもない威圧だった。
「お前たちは 守れないまま 何も愛せないまま 死んで往くのです」
息を吸うだけで苦しい。肺が握りつぶされそうな心地がして、立っているだけなのに突き飛ばされそうな感覚を覚える。ぎゅうっと飛鳥が拳を握り、眉間に皺を寄せるのを――背を支えるようにして、糸の主がやってくる。
「いいえ」
はっきりと首を振ったのは、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)だ。
こちらを見下ろす童の顔は、すっかり逆光を受けていて得体が知れない。カイもまた、顔の半分を覆う狐口面を装着していた。装甲はいつもより厚い。甲冑めいた手足と、胸当て。赤と白の混じる風車のような肩当と、着流しの体。限りなく人間の体に近い今の状態で、操り人形たちを手繰る。
「守ります。私たちは、人を『愛している』」
――【錬成カミヤドリ】の数、104体。うち、52体は裂いてしまった。懐刀をしのぐにはこうするしかなかった。七千人が出入りする東京である、七千以上の的があると思えば、限界まで手繰るには仕方がなかった損失だ。だが――今は、それでもカイがまだ『稼働できる』のなら、役目を全うするまでだと邪神を見る。
「あなたとは違う」ぶん、と腕を横に振るカイの拒絶に、当然だと頷くのは大祓骸魂だ。
嫋やかに笑って見せる姿は、先ほどから一つも変わらない。
「ええ 違うでしょうね」
「――あなたのは、恋だ」
白紙のページをめくりながら、飛鳥が震える手に万年筆を握った。ぎゅうっと指先に込めていた力を解くために、言葉を吐く。
「それは、僕たち妖怪の宿命であり」
震える小さな兎である。
「僕たちは、きっと何度でも人に恋をする」
避けられない宿命だ。なつめが竜の瞳を細めて、言葉の行き先を見届ける。
「忘れられることは寂しい、共にいられないことは苦しい」
確かにそうだ、と何度もうなずいて、繰り返す。【Sturm und Drang】は発動していた。
思うがままに、感じたことを飛鳥が書く。これは詩ではなくて、散文だ。この巨悪の心を抉り、その傷を開くための――魔法の呪文!!
「黙り な さい」
かたり、と震える。
細い両手で頭を押さえて、ぐらりぐらりと張り付いた笑みがゆがみだした。
「でも!」
「―――――鮟吶j縺ェ縺輔>縲∝ー丞???シ!!!縺雁燕縺ォ菴輔′繧上°繧具シ?シッッッ!!!」
「――――――僕らは、『違う』から心が通うんじゃないかッッッ!!!!」
叫ぶような声が上から響いて、ニルズヘッグは首をかしげる。どうにか足場を壊させてはならんと縛り上げるスカイツリーを見上げて、「ああ」と彼もまた、――大事な『にんげん』を思い浮かべていた。
「ハッキョウモード、というやつだったか」
いつか、教えてもらったような気がするなと思ったころには、かつてない勢いと量の小刀と妖怪たちが降り注いでいた。スカイツリーの天井が、彼岸花で覆いつくされ――接する地面にも華が咲く!
「上ッッッッッッ等だァアアアアアアッッッ!!!」
雷が落ちた。
大きくなつめが咆哮を上げれば、彼の怒りが電撃になり、降り注ぐ妖怪たちを貫き焼き払う!!尾をしならせれば人間たちに向けられた恋焦がれた鋼が割れ、代わりに彼の体をどんどん赤く染めた!!
「――一筋縄じゃあ行かねェんだろーけどンなの承知の上だ、親玉が弱ェなんて面白くねーからなァ!」
「なつめッッ!!!」
「ときじィッ!!!安心しろ、――そう簡単には死んでやらねーよ!!!」
吠え猛る白龍が夏の雨を降らせている。見上げる十雉の声がボルテージの上がる会場にかき消されていくのを感じながら、虹に輝く鱗をサイリウムたちに見せつけた。梔子の翼を翻し、さらに空へまた駆け登る!!
「『終焉らせてやる』!!」
――ぶつん。
落雷が続いて、停電になる。
東京中からどんどん明かりが消えていった。皆が手に持つ四角い箱だけが明かりの手掛かりになる。
「停電?」「雷でかぁ」「嘘お、いいとこなのに」
それぞれがサイリウムの光を顔に当てながら、お互いの表情を見合わせる。残念そうな声が立ち上る中――そっとその頭に花冠が乗せられた。
「はァい!どうしちゃったの、アリス。すごく残念そうな顔だね!」
「わ、わ、わ!?えっ!?」
「どう? ちょっと休憩しない?」
ぐいぐいと手を引くおおかみに連れられて行くうちに、一人がまた、一人を掴む。するとまた、自然と数珠つなぎが出来上がる。
「お茶会会場にご招待しちゃうよ!」ジョンのご機嫌な声とともに――非常電源の灯った浅草駅に、『応援席』の観客たちがつぎ込まれていった。
ぼんやりとした顔を職員たちがチェックする。「記憶消去、完了しています」とお互いに報告しあい、人数の確認を続けた。
「ひかり が」
街中から人間の名残が消えていく。
上空から帯電を受けながら、大祓骸魂は真っ赤な瞳を真ん丸にしていた。
人間たちが、消えていく。「いや」ひとりずつ、ひとりずつ「待って」こんなところに、いられるかと――。
「お前が世界を愛してようと、世界はお前のコトなんか欠片も愛しちゃいないよ。忘れられたってのはそういうコトだ」
ドローンにから響く声を聴いて、メレディアが空を見上げる。この声は届いていなくてもいいからと、疲れた声色が続けた。
「ヒトが恐怖したのはお前自身じゃなくて空が割れるって見えている現象だけ。見えないモノなんて分からない」
すっかり固まってしまった肩甲骨をほぐしながら、少女は見上げる。
【Garnet】と名付けられたハッキングプログラムは、最初からずっと動いていた。猟兵達の活躍もろとも吹き飛ばすための爆破装置のようなものだ。今日会った出来事を、ありとあらゆる手段を使って書き換えていく。
インフルエンサーのアカウントを乗っ取って、無責任でありながら「誰のせいでもない」という情報を流すにはうってつけだった。きっと、電子の海に今日の出来事は一つも残らない。人々の記憶からも、都市伝説程度に残っても、――「イベント中止」という事実だけだろう。
検索対象:大祓骸魂を映した全ての記事。
――デリート、終了。
「大祓骸魂なんていなかった」
力を失う。
大祓骸魂の妖怪たちが、簡単に砕け散っていく。
カイの分身がその体を突き破り、刃を刀で受け、砕き、うつろのまま歩いていく人間たちに一つも触れさせない。上空で戦うカイ本体の居合が大きな鵺を切り裂いた。霧散する暗闇の中、ただ虞だけが満ちていたのも、やがてどんどん薄れていって――。
「身勝手で悪いけど、あんたの恋は、叶えさせない」
霧の向こうで、黒竜はもう一匹いた。
真っ暗闇に溶け込んで見えなくなったまま、冷たい黒を手に宿している。
人間だった。憧れにあこがれた大祓骸魂がそれを忘れるはずがない――間違えるはずもなかったのだ。
「にん げん――――」
鳴宮・匡である。
「あんたが何を愛と呼ぼうが勝手だ。だけど、俺は、俺を――きっと、愛してくれていた」
愛よりも、恋よりも、最も遠いところで育った人間であった。
冷たい戦場で育ったこの記憶が、果たして愛と呼べるものかは相手がもういないのだから証明できない。思い上がりかもしれないし、勘違いかもしれない。
それでも、と。黒い翼を背負って、摩天楼より現れた彼がはっきりと、恋する妖怪を拒絶する。
「――そのひとと過ごした世界を壊されたくないんだ」
「だからもう一度、――忘れ去られた孤独に沈んでな」
失恋の音が響く。
大祓骸魂の額を貫いた人間の力を見届けた。
カイが刀を鞘に納め、ふうと息を吐く。目だけを覆われた分身たちが舞台に崩れ落ちて、役目を終えた。
膝をついてから、横たわった童の姿が消えていく。合せて、空の景色も閉ざされていくのだ。その光景を書き留めながら、飛鳥はかつての同胞を見つめる。
「――愛は、ふたつが作るものなんだ」
人間が教えてくれたことを、思い出しながら告げた。
「僕たちと人間は、どうしても違う。だから、分かり合うことなんてできないかもしれない。人間たちは、また僕たちを忘れて生きていくかもしれない」
彼岸花が散っていく。空に還ることもなくばらばらになっていった。
「それでも、僕は諦めないから」
飛鳥は、その光景を忘れたりしないだろう。ぎゅうっと書き記した想いを抱きしめて、絞り出した声だった。
「何度だって、『愛してる』と、彼らがいつか一緒に――作ってくれるその日まで、諦めないから」
●
――2021年、五月末日。
東京にて異常気象が観測。豪雨と雷にて停電、間もなく復旧され、けが人は無し。
大きな見出しを見ることもなく、お目当てのページをめくる中年男性と、日課のアイドルの行動観察にいそしむ女子高生の姿がある。時間通りにやってくる電車に乗り込んで、駅から姿を消す。
梅雨の始まる、珍しくある晴れた『なんでもない日』のことであった。
大成功
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