大祓百鬼夜行㉑~大好物はわたさない
●UDC組織を救え~Battle of P
猟兵の姿を見つけ、ニュイ・ミヴ(新約・f02077)はぺこりと折れた。
続く大祓百鬼夜行の影響はUDCアースにまで及んでいるが、今回はUDC-Null、すなわち骸魂と合体しオブリビオンと化した妖怪がとあるUDC組織を襲撃したとのことだ。
UDC-Nullの目的は施設内のUDC-P――人間の害にはならないUDCとして、嘗て猟兵の手で保護されたUDCを取り込むことではないか、と予想がされている。
「UDCエージェント……職員のみなさんにはどうやらUDC-Nullが視認できていないようで、ちょっと大変な状況のようです。ぜひ、みなさんのお力をお借りできればと思います」
問題のUDC-Pですが、ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんね。そうニュイがモニターに映し出したソレは、一言でいえば蟲だった。手も足もない腹這い移動、顔面と思しき箇所についているのは鋭い歯が並んだ口だけ。赤茶色の体表はぶよぶよぬめぬめとしていそうな。
本来は人間に寄生しその肉を喰らい育つ寄生蟲、通称・腹喰蟲。
「こちらの方は人肉よりも誰かが作ってくれたごはんやお菓子が好きで、みなさんを襲ったりもしないはずですのでご安心を。今回も組織を守る……気かはわからないのですが、異常事態でも脱走せず、UDC-Nullのもとへ移動しているようです」
とはいえ単身交戦したところでまず勝ち目はない。迷っているだけか、本当に戦う気か、自分が取り込まれて手打ちにする気か、そもそもそこまでの知能があるのか、分からないことは多いが現場で合流した場合、何らかの協力は出来る筈だ。
職員たちも窮地に立たされてはいるが、現場を訪ねてきた猟兵の声掛けがあれば、長い説明を挟まずとも何かの役に立とうと協力を惜しまないだろう。
彼らの中には有能なメカニックもいる。もしも無事に守りきることが出来れば、戦争を優位に乗り切るための知恵と技術を貸してくれるかもしれない。いま渡せる情報は、そんなところだろうか。
「とと、UDC-Nullは浮遊するてるてる坊主のように見えました。ただ、雨は自分から降らす側のようです。どうかみなさんもお気をつけて!」
組織を救うとともに、妖怪を骸魂から解放してあげてほしい。
敬礼っぽい何かで見送られる光の向こうから、赤い警告色とサイレンの音が流れ込む。
●大好物はわたさない
「状況はどうなってる!?」
「三~八番カメラまで破壊されたようだ! 何も分かりゃしねえ!」
「急げ! 生きてるボタンはなんでもいいから全部押しとけ!」
「資料を持ち出す支度をしてる場合じゃないぞ、俺たちがここを投げ出したら……」
今日はなんだか、みんなバタバタといそがしそうだ。
おいしいケーキのホイップを口の周りにつけた蟲が、不思議そうに上体を持ち上げて厚い扉を見上げた。小窓から考え込むように蟲を見返す本日のUDC-Pの世話係は、ひとつ首を振れば、意を決して席を立った。
「……ったく、大変なことになったな。ウチの技術でも何が襲ってきてるかすら分からねぇなんて、お手上げにもほどがあるぜ」
独り言だ。蟲はこの職員がひとりでおしゃべりするのが好きだと学んでいた。
だが、まだうんどうの時間でもべんきょうの時間でもないのに扉の鍵が開けられるのは、中々ないことだ。独り言、だと思っていた言葉とともに同意を求めるよう目配せされた蟲は、逆方向へ身体を曲げた。
「なぁ。お前、逃げるか?」
にげる?
「この状況だ、お互い誰にも咎められやしないし、お前はおとなしいヤツだから、ゴミ漁りでもして暮らせば案外外でものんびりやってけるかもだ」
UDC-Pがいくら人間の害にならぬと証明されつつあるとはいえ、怪異の一種には違いない。職員にそんな血迷った台詞を吐かせたのは、手塩にかけて世話してきた研究対象への情、だろうか。
声帯を持たぬ蟲がぴたりと止まったのを何と受け取ったのか、番号の書かれた帽子を目深に被った職員はおどけるように肩を竦めて背を向けた。――わあ、白い通路が見たこともないくらいまっかっか!
「……扉は開けとくよ。じゃあな」
足音が去ってゆく。
右から左へ、また逆へ、いくつもの足音だ。足音がないものもいる。蟲にはわかった。漂ってくるにおいは――、これは、ずっと食べるのが嫌だった人間たちの血肉の臭い。
なんでみんながいそがしいか、わかった気がする。
蟲はうごうごと食べかけのケーキを残してゆく。職員たちの日々の姿に、人間もよくそうすることを学んでいた。"やらなくてはならないこと"、全部ぜんぶ終わらせたあと、ゆっくり味わえばいいのだと。
zino
ご覧いただきありがとうございます。
zinoと申します。よろしくお願いいたします。
当シナリオは1章のみの『大祓百鬼夜行』戦争シナリオです。
●プレイング受付について
シナリオ公開と同時に受付開始です。
受付スケジュールはタグ、マスターページにてお知らせいたします。
29日までの早期完結を目指したく、筆が追い付かない場合、関連シナリオに参加されていた方を優先採用させていただく可能性が高いです。
お戻しとなった際は申し訳ございません。
●関連シナリオについて
今回のUDC-Pは、以前運営したシナリオ『今夜はあなたの大好物(https://tw6.jp/scenario/show?scenario_id=22496)』に登場した保護対象です。
赤茶色のぬめぬめとしたワーム。口には牙が生え揃っており目耳手足なし。人語を解するが喋りはしない。サイズは可変で合流時点では人間の子どもほど。
個体としての名は特にありませんが、UDC-Pちゃん、ピーちゃん(さん、くん、様)等と呼んでいただいていました。
●第1章について
とあるUDC組織の研究施設内での戦闘となります。
職員たちは隔壁閉鎖、バリケードを作る等で時間稼ぎをしています。死人は出ていないものの複数人負傷している模様。猟兵からの指示があれば積極的に協力します。
UDC-Pはオブリビオンと戦うつもりで移動中。戦法は体当たり、噛みつき、食べた食事量次第での急成長。戦闘力としては大したことがありません。
●その他
プレイングボーナス:UDC-Pやエージェント達と協力して戦うこと。
この戦場を制圧出来た場合、メカニック達が作ってくれる超常光線砲『U.D.C(アンリミテッド・ディヴァイン・キャリアー)』を大祓最終決戦で照射することで、勝利時に獲得できる『祓』に+0.2点されます。
セリフや心情、結果に関わること以外で大事にしたい/避けたいこだわり等プレイングに添えていただければ可能な範囲で執筆の参考とさせていただきます。
第1章 ボス戦
『腹ペコ坊主』
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POW : 味見させて…
自身の身体部位ひとつを【鋭い牙が並んだ自分】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD : キミを食べたい
攻撃が命中した対象に【美味しそうな物のしるし】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【捕食者のプレッシャーと紅い雨の弾丸】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ : 今日の予報はヒトの消える日
【飢餓】の感情を爆発させる事により、感情の強さに比例して、自身の身体サイズと戦闘能力が増大する。
イラスト:藍
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠弦月・宵」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
エンジ・カラカ
アァ……ピーチャン!!!
ハロゥ、ハロゥ、ゲンキー?コレはゲンキダヨー。
非常食もいるヨー。
で?どうする?どうしよう。
薬指の傷を噛み切る。
君に食事を与えたらコレを動かしてくれるンだ。
アァ……ピーチャンと戦う…。オーケー
ピーチャンは賢くない。賢くなる途中。
コレに攻撃が来るようにするする。
賢い君なら出来るだろ。アァ……出来るサ…。
コレを操って敵サンを引きつけてくれくれ。
君の毒を爪に仕込んで敵サンを引き裂く。
敵サンに隙が出来たら食べてもイイヨ。
美味しい?美味しい?
コイツは美味しく無さそうだなァ……。
非常食たちにはピーチャンのサポートをしてもらう。
コレは沢山遊ぶ。
足りない?足りない?
もっともっとあーそーぼ
ロキ・バロックヒート
ああっぴーちゃん?ぴーちゃんだ
元気だった?おいしいもの食べてる?
色つやいいねぇかわいいねぇ
よしよし~って撫でまくって可愛がりたいけど
そういう場合じゃないって?
しょうがないなぁ
後でうんと可愛がってあげるね
いっぱい持ってきたバーガーとかジャンクフードをぴーちゃんにあげるよ
そっこーで食べるならこういうのだよね
見て見てこれバンズが猫ちゃんの形してるの
はい、あーんって食べさせてあげる
よしよしいっぱい食べてね
よーしそこだーぴーちゃん
おまえも飢えてるみたいだけどさ
これはぴーちゃんの分だし
私も喰わせてやらない
あぁ、ちょっとぐらいなら齧ってもいいけどさ
少しは愉しませてくれないと
飽きたら影の槍が串刺しにしちゃうよ
鹿忍・由紀
職員の人達には頑張ってもらわなくちゃいけないから
めちゃくちゃにされるのは困るんだよね
力を貸したげるから
助かりたいなら極力してね
監視カメラがダメならスマホを使ってみようか
職員と通話状態で繋げたまま
有利になる情報ならもらうし
こっちの指示を即座に届けるよう
敵の姿を一瞥
てるてる坊主ってやつ?
明日雨が降りませんように、
っていう願掛けなんじゃなかったっけ
なんか聞いてた印象と大分違うね
近付かないよう距離を取る
UDC-Pがいるなら逃しとく
守りながら戦うってのは苦手でね
ちゃんと明日が晴れるなら俺も嬉しいな
でも今日は局所的に大雨予報だ
――消して
指示した一画だけ電気を落とすよう
恵みの雨とは程遠い
深い闇から雨が降る
●
『すまん、我々も気が動転していて……おそらく、最後にカメラに映ったそのフロアだと思うんだが……』
「うん。多分、見つけたみたい」
――助かりたいなら協力して。
――連絡先の交換はスムーズだった。スマホ越しに職員とやり取りをしていた鹿忍・由紀(余計者・f05760)は、赤茶色の塊へ颯爽と駆け寄ってゆくロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)とエンジ・カラカ(六月・f06959)の背を見送った。
「「ぴーちゃん(ピーチャン)!」」
ぴょいーんっ。
二人がタックル、赤茶の蟲からもタックル。
ぶつかれば蟲の方がもたもたと床を転がって、それからやはり這い寄ってきた。間違いない、この愛らしさ!
「ああっぴーちゃん? ぴーちゃんだ元気だった? おいしいもの食べてる?」
「ハロゥ、ハロゥ、ゲンキー? コレはゲンキダヨー」
躍り出しそうな旧友の輪を一応覗いておく由紀。
「コレ? 本当にフツーに虫じゃん」
「相変わらずかーわいーいねー!」
「ジャーキーみたい!」
由紀、ロキ、エンジ。UDC-Pはぐるっと皆の顔を見上げる形で向けた口を開閉してご機嫌……なのかもしれない、いや挨拶なのかもしれない。何もわからないが、ロキににっこにこ撫でられてわーいと擦りつくのは、友好的と見て良いだろう。
「えーっなんだか肌ツヤ更に良くなった?」
ロキに抱き上げられ。エンジや彼の仔竜に引っ張られても、
「クンクン、甘い匂いがする……」
余裕の首振りだ!
「そ。扱い慣れてるみたいだし、相手よろしく。"見つけておく"から」
やや遠巻きにしげしげ眺めた由紀はもとより守る戦いを得意としない。他の猟兵に任せられるのならば好都合だ。精々長生きしなよ、とだけ蟲へ言い残せば、一足先に通路へ戻ってゆく。任せられた側の二人は「まかせて!」という風に手を振って、そういえばとロキが取り出すいっぱいのバーガーやポテト、ナゲット。
「お腹すいてるかもって思って」
一体どこにそれだけの量を? これにキラリと目(?)を輝かせるのは蟲だけではなくて。
「…………えっと、ぴーちゃんが良いっていえば、ちょっとくらい良いよ?」
「ワーイ!!」
じゅるりと前のめりに見つめながらも"マテ"を頑張っていたエンジと二頭の仔竜は、おゆるしをもらい蟲とともに大はしゃぎであった。
みてみてこれバンズが猫ちゃんの形してるの。
はい、あーんっ。 ――ぴょんぱくっ!
真っ赤なランプが回り、サイレンが鳴り続ける緊急事態下で平和にピクニックというのも奇天烈な話だ。
はしゃぐ声を背に足早に部屋を出た由紀は、耳にあてたスマホの向こうの声が緊迫したものになったことに気付いていた。
『猟兵さん、聞こえるか。これはまずいかもしれない……』
「どこ?」
『D-4だ。何も見えやしないってのに、血、がな? 広がってくんだよ、床に……あ、ああ、壁にも……』
「わかった。死ぬ気で息でも殺してて」
D。ひとつ上のフロアらしい。まるで全ての命が息をひそめているようだ、自分の足音しか響かぬ空間を由紀がぐるりと走り抜けていれば、赤の世界に白と浮き立つ風貌をしてソレはいた。
ドンッ、ぐちゃ、ドンッ、ぐちゃ、ドンッ、……。
『アァーけーテェー』
大き目の防護硝子窓に体当たりしている、腹ペコ坊主。
キュッと靴音を鳴らして由紀が立ち止まれば、うさんくさい手描きの笑みがゆっくり振り返った。奴が零した赤い雨があたりを濡らしている。常人ならば腰を抜かしてもおかしくはないシチュエーションだが、由紀という猟兵はずり落ちかけたジャケットを羽織り直して凝った首を軽く捻る。マイペースに。
「なんか聞いてた印象と大分違うね」
てるてる坊主って、明日雨が降りませんように、っていう願掛けなんじゃなかったっけ。
ま、いいか。由紀がパチンッとスローイングナイフを抜き取るのと、腹ペコ坊主の首紐が"口"となって伸びてくるのは、ほぼ同時だった。
「――……」
「聞こえた?」
「アァ……オオカミは耳が良いンだ」
エンジが顔を上げたとき、ロキもまた蟲を撫でくりまわす手を止めていた。
時間にして五分も経ってはいないだろう。手軽に食えるジャンクフードとはいえ、ばくばくおいしくいただいた蟲はロキよりすこし小さいくらいのサイズになっていた。ちょっとしたゾウアザラシかもしれない。
君はここで隠れていてもいいんだよ?
振られる蟲の上体にロキは「そっか」とだけ。
「じゃ、行こっか? 食後の運動」
「運動、タイセツ」
こく、こく。ロキの言葉に頷くエンジと蟲、それにベーコンを取り合いながらも白黒仔竜も音の出処へ駆け付ける。近付くほど騒がしさは増すというのに誰の悲鳴も聞こえない、これは襲撃音ではなくて、戦闘音だ。
――ギャギィッ!
喩えるならば、焼け付いたタイヤが地面を擦り削るような。
「早かったね」
由紀が投擲したナイフはそんな音を立てて、白頭巾に何個目かの穴を開けるとともに、壁へ突き刺さっていた。
『ムウゥゥゥ! ヤダヤダ食べさせロ!』
縫い留める布をびりびりと破いて憤る腹ペコ坊主。
途端、幾つもの裂け目から散弾よろしく射出される雨滴が一行を襲う。
しかし意外にも盾役を買って出たのは蟲であった。意気揚々と前へ飛び出したでっぷり分厚いその身で肉の壁となる。
「ぴーちゃん!?」
仮にもUDCなのだ、食事で強化された今、この程度で致命傷とはならない。驚き声を上げたロキの功績ともいえよう。
奪われた分は?
「奪い返さなきゃ、なァ……賢い君」
左手薬指のリング状の傷をエンジが噛み切れば、くん、と前へ傾いだ身体が飛び立つように床を蹴った。跳躍。まさしく獣のそれに、さして広くない通路もあって白頭巾には蟲の影からの襲撃をやり過ごす術はない。
『ッワ!?』
カーテンにじゃれつく飼い犬とはわけが違うのだ。
賢い君こと拷問具の持つ猛毒を爪に纏わせた重い一撃は、ぐつぐつと白の中身を沸騰させて零れさせる。
即座に身を捩って布を巻き取る腹ペコ坊主は突っ込まれたエンジの腕を捩じ切ろうとするも、その裂傷を更に左右へ引き裂くようにして掴みかかった――もとい、刺さった手指のような影が阻止した。
『ギャギャギャギャ!!』
「まったくだよ。誰の前で我が物顔して暴れてるの?」
ギギギ、と反発する力が悲鳴を上げさせる。伸びる影の主はロキだった。ロキは飛び出した蟲に触れて大きな傷がないことに安堵しながらも、手厳しい攻め立てで腹ペコ坊主を嬲る。
「おまえも飢えてるみたいだけど、誰も喰わせてやらない」
食べ残したジャンクフードのひとつですらやるものか。過去へ還ると相場が決まっているオブリビオンと違い、猟兵や職員、UDC-Pにはこの後が、打ち上げだってあるのだから。
――ああ、俺様のコトはちょっとくらいなら齧ってもいいけど?
薄笑いで続ける言葉はそのまま、食えるものならば、という挑発であった。
『キいぃぃィィィッ!』
「あははっ、怒ってる怒ってる!」
「ウルサイ」
激昂する腹ペコ坊主は、食い殺したい飢餓の感情が爆発するままにその体積も膨れ上がらせる。
白頭巾を、壁を蹴りつけて既にロキの近くに着地を終えたエンジが自分のフードをぐいと引っ張る傍ら、蟲同様にごはんタイムの後でやる気満々な白黒仔竜たちが遊びに飛んでいった。
びたむっと激しく打ち付ける白い布の端をスレスレで掻い潜り、仔竜が吐きつける毒のブレスがあたりを薄暗くする。
すると目に見えて狙いが怪しくなった敵の様子を、由紀は無言で眺めていた。
「ピーチャン、アレ、食べたい?」
一回りは縮んだ気がする蟲へエンジが問えば、迷っているのか、蟲は首はもたげずに身を揺らす。
ふうむ。ウンウン、たしかにアイツは美味しく無さそうだなァ。
『……ぃ、おい、大丈……のか!?』
「生きてる。それよりもさ、ひとつ頼まれてくれる? ――……」
続く戦闘音に黙っていられなくなったのだろう、スマホの向こうからの声へ端的に要求を伝えた由紀は、それを一度胸ポケットに突っ込んだ。
蟲が見上げてくる。
「結局来ちゃったんだ。戦えるなら別に、いいけど」
つれてこられた、逃げ損ねた、ではなく戦いたいのだろう。ならば追い返す理由もない。なにより、面倒だし。
一度の瞬きの間に由紀の目線は腹ペコ坊主へと移った。手のように厚みを増した布が振り回され、黒い仔竜を壁際あと一歩というところまで追い詰めている。そしてあんぐりと牙の並んだ口を寄せて――。
「消して」
――バツンッ。
由紀の一声を合図に区画の照明が落とされた。
『いただき……ゥえ、アレ?』
「ちゃんと明日が晴れるなら俺も嬉しいな。でも今日は、局所的に大雨予報だ」
ぽかんとして天井を仰ぐ白頭巾は、すり抜ける獲物にも自分の周囲にフッと湧き出た刃の群れにもまだ気付かずに。
魔力によって複製された由紀のダガーは影の雨となって、そうして一息に降り注いだ。
『ァ』
ドドドドドドドドド!!
ギッ、ヒッ、と悶える声も聞き取れるのは最初だけ。後はすべて雨音に掻き消される。
「わ」
「ウン?」
突然の闇にロキとエンジが身構えたのも一拍だけ。
ここにいる猟兵は、偶然か必然か"くらがり"で長く生きてきたものたちだ。この程度の闇、いつもとさして変わらない、と。
「いいね」
暗闇に交錯した無数の殺意が牙を剥く。
影より出でる歪な黒槍が貫けば、竜の牙が、獣の爪が右から左からオモチャにする。
雨が止むまでにたっぷり一分、――は、経ったろうか。
しん、と、降り積もる真っ赤な布の山の下。
スッカスカの襤褸切れになってしまった腹ペコ坊主が飛び出したかと思えば、全速力で逃げていった。
死ヌ! はやくハヤク食べなくては!! 肉の、命の、息遣いがする方へ――……一心不乱に飛んではいるが、大量に零した中身で通り道を描くものだから、追うに難しくないだろう。
「ああいうのってなんで決まって逃げ足だけ速いんだろうね」
「生き汚いってやつかな? あは、俺様キライじゃないけど!」
溜息がちにナイフを拾う由紀にもロキは能天気な様子だ。エンジは竜使いが荒いと白黒に絡まれていた。
視界の端でもそりと揺れる赤茶にふと気付けば、UDC-Pがいつ間にやら人間の子どもサイズまで縮んでいる。
「えっもう消化しちゃったの? すごいねー、ダイエット知らずじゃない」
「アァ……非常食たちも腹ペコ……」
これはまたもや奇天烈ピクニックの流れ? 由紀くんもどーお、とフレンドリーに呼び掛けられたダンピールは、ごゆっくり、とひらりと手を翳した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャハル・アルムリフ
あの食いしん坊――ひとのことは言えぬが
どうしているのかと思っていた所だ
感覚研ぎ澄まし<索敵>
血肉の匂いがする方
悲鳴の聞こえる方へと駆ける
職員あるいは「ぴー」と
「ぬる」の間もしくは後方から援護に入る
「ぴー」の考えや狙い
逃げ道を知る職員がいるのなら
他猟兵とともにその時間を稼ごう
俺は「ぬる」へと【怨鎖】用い
巻き付けた鎖を天井、床へ縫い止め
強引に一旦動きを止めてくれよう
皆、鎖の存在で仮初めの視認とて可能となろう
負傷者を逃がせ
それから、お前
「ぴー」を喰おうというなら許さぬぞ
一心に甘味へ飛び付いていた姿を思い
…あやつには、甘い菓子が似合っているのだ
こんな事態でなければ
手土産が飴玉一つという事など無かったが
冴島・類
お菓子やご飯が好き
平和な子ですね、ぴー君
彼も職員さん達も…妖怪さんも
無事に済むよう、早く
現地では職員さん達に
襲撃のあった場と、ぴー君のいた部屋の位置
最短で行くなら、経路等聞き参考に
破壊跡、人の悲鳴にも耳澄ませ走る
近付きさえすれば、僕らは見える
貴方達は、動く障壁があれば
避難した人達の方へのを厚く!
てるてる坊主を発見次第
職員さんがいれば、瓜江に敵への攻撃をさせ注意を引き
その隙に避難させたい
ぴー君には、はじめましてか
やる気だね
君が食べられないよう、ご一緒させて?
刀に風の力降ろし強化
歯が取り込み対象のぴー君に向かったら
それが届くより先に
坊主の頭部の根を落とす
生き抜こう
無事終わったら、菓子でお疲れ様会だ
●
――――近い。
焦る職員たちのちぐはぐな証言、分かれ道の右へも左へも続く血痕、満ち満ちる血の臭いと悲鳴とに随分駆けずりまわされたようにも思うが、決して無駄ではなかった。
多く命を救えたことが一番。更には負傷者の扱い、彼らの保護を優先した隔壁閉鎖の指示を出していた道中、冴島・類(公孫樹・f13398)とその絡繰人形、瓜江はジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)という頼もしき同道者と巡り合えたのだから。
「ここだ」
「ええ。僕も……、そう思います」
それでも一際濃い赤で引かれた道があった。
この扉の先に何かが、或いは全てが、いる。
すすり泣きの音。噎せ返るほどの饐えた臭い。二人は短く視線だけ交わし、崩れかけて取っ手の消えた扉を、どちらともなく蹴破った。
「ご無事ですか!!」
『今日ハ雨だヨォ?』
にたあああ。
類の力強い呼び掛けへと満面の笑みが、白い布に描かれた顔が、首を百八十度回転させたソレが振り返る。
血だまりの中、壁際まで追いやられ、口を両手で押さえ涙を流す職員の絶望と緊張で血走った目も、だ。
「ッ」
二つの影が助走もなくダンッと飛び立つ。
片や瓜江。怒りに強張る類の指に背を押された瓜江が、斬り上げるようにして振った真剣は、蛸の水中移動の如き膨れ方と空気の抜き方をして後方へ飛ぶ腹ペコ坊主には届かない。
だが、構わない。
「……お前は、」
言葉の先も惜しいと、その背を"取っていた"ジャハルが黒剣を薙いだ後だ。
獰猛な竜が爪を叩きつけるかの、それ。ギャッと悲鳴を上げて裂ける白頭巾はくるくると回って追撃を弾けば、そのまま天井へ張り付いた。布の下からしとど滴る赤色が壁を伝い落ちる。いつでも飛び掛かれる、という風に、変わらぬにやけ顔だけを猟兵へ向けている。
「こちらへ」
「あ、ああ……」
瓜江とジャハル、二人が前を張っているうちに類は先ほどの職員に肩を貸して離脱を手伝う。喰らいつかれたのだろう、脚と肩の傷口は見るも無残なものだが、意識はハッキリしていた。
早急な手当てが必要だ。通り道にバリケードを築いている職員らはいたがやや遠い。この場を任せて戻る? だが。
ほんの僅かな間、思案する類の耳がばたばたと近寄る足音を拾う。よく聞けばぺたんっ、ぺたんと、餅が跳ねるような何かも。
「おいお前、勝手にうろついて――って、あ」
「……良いところに!」
開け放たれた扉の向こうから姿を見せたのは五体満足の職員が二人、であればその足元にいる蟲が、例の。
職員には絶賛交戦中のUDC-Nullが見えてはいないのだ。とはいえ、この方を頼みます、と手短に要件を伝える類の背後で男たちが虚空に刀剣を振るう様に疑問を覚えるほど、平和ボケもしていない。
「あの、そいつ」
「大丈夫。我々で保護します、必ず」
「……っご無事で!」
「ありがとう、そちらも」
帽子のつばに手をやって足早に去ってゆく彼らを見送れば、そいつ、こと蟲だけが残される。ぴー、くん? 確かめるように類。
はじめまして。やる気だね。君が食べられないよう、ご一緒させて?
子どもの相手をする風にやわく類が問えば、蟲はぴょこぴょんと嬉し気に跳ねた。そして跳ねるまま、腹ペコ坊主へ飛び掛かった。
「まっ」
やる気が過ぎる!?
伸ばす類の手はあとすこし届かない。
だが瓜江ならば抱き留めることが可能だ。それよりも尚早く、早過ぎるほど、その眼に蟲を捉えたジャハルが"選択"していたが。
「"ぴー"を喰おうというなら許さぬぞ」
防戦から攻勢へ。
からかうもしくはじわじわ獲物を弱らせるためか、柔軟に跳ね回って肉を削り来ていた白頭巾頭を正面からがっしと受け止めるジャハル。巨大なソレの突進の勢いは凄まじいもので、膝が妙な音を立てた。それよりも耳障りなのは剥き出しでガチガチガチと鳴らされる化物の歯か? ――ああ。どちらも直ぐに黙らせる。
『ギギャァッ!?』
ちいさな爆発が起こった。
ジャハルが流し、白頭巾を濡らしていた血が爆ぜたのだ。同時に、血はたちまちに鎖の形に編み上がる。怨鎖と名付けたこの技もまた師の教えを受けてのもの。……減らせと言われた生傷は相変わらず、この通りだが。
「ぴー君、ジャハルさん!」
「大事ない」
火の粉が蟲へ降りかかりかけるのを、ばさりと広げられた瓜江の外套がカットする。
飛び退るジャハルに駆け付ける類。ぷすぷすと焦げ目をつくった腹ペコ坊主は天井と床との四方向へ繋ぐ鎖で宙に括りつけられ、まるで本物のてるてる坊主のような状態になっていた。
『アアーーア! アアアアアー!!』
ガチガチガチガチッッ!!
歯を鳴らし白頭巾がのたうつごとに解れる鎖は長くは持たぬだろう。
それでいい。キッと睨めつける類とて長く見ていたい顔でもない。
「自分で自分を齧られたのなら、永久機関なのにな」
何故、生きるためでもなく誰かを傷付ける。固く握った短刀、枯れ尾花の組紐飾りを揺らすのは、相棒たる瓜江が抱く風の魔力。強まる風がふわりとした白の前髪をも持ち上げたとき、――が、"そのとき"であった。
ブチ゛ンッ。
『食ワせロオオオオ!!』
「断る」
一行の中で最も無防備であるUDC-Pを、次は明確に狙ったらしき攻撃であった。
てるてる本体ではなく布の端を口に変えて喰いかかるという変則的な一撃に、しかし意識を研ぎ澄ませていた類は真っ先に対応してみせる。ザンッと抜き放つ刃は風を伴うことで、見掛けよりもずっと長い刀身をして"口"を裂くに留まらず、腹ペコ坊主の首元へまで爪を立てる。
『!?』
身を捩って逸らす――筈が、執念深く残っていた最後の血鎖が邪魔をした。
びんっと引き戻された白頭巾の頭は、狂いなく刎ね落とされる。噴水じみて噴き上がる血が降って、降って、降って。
「……。出るな、弾丸だ」
「ええ。瓜江はぴー君を」
ジャハルが手で制した通り、床を抉る血の雨の雫ひとつずつが凶器であるらしい。
それが理解出来ずに飛び掛かりかねない蟲は指示を受けた絡繰人形の腕に抱えられ、雨脚が弱まる前にと浮き上がる腹ペコ坊主は、今までの跳ね回りによって脆くなっていた壁を体当たりでブチ抜く。
よろ、よろよろとその穴をくぐってゆくオブリビオンをここで見逃そうなどと、目配せせずとも思いはしない。自在に"口"を作り出せるとて、あの調子ならば暫くは人を喰えぬだろう。再び共に駆け出したジャハル、類、そして瓜江とUDC-Pは白い布のひらめく尾を追って。
――そういえば。
束の間のインターバル、ジャハルが思い返すのは一心に甘味へ飛びついていた蟲の姿だ。
先ほどは腹ペコ坊主へ飛び掛かろうとしてはいたが、はたして喰らいつく気はあったのだろうか。ごそりと懐を探れば、慕う宝石のようで美しいと取っていた飴玉がひとつぶ。
「食うか」
軽く投げてやればパッ! と反応した蟲は丸呑みにしてしまう。
べきぼきといったくぐもった粉砕音が足音に加わった。
「それで、何味だ?」
「ははっ。犬か何かみたいだなぁ」
達者でいたか、食いしん坊。やはり"ぴー"には甘い菓子が似合っているとジャハルが微かに眦を緩める横。話には聞いていたけれど、と久方ぶりの笑みを零す類は、そうだと意識して声を弾ませた。
皆で無事に生き抜いて。
終わったのなら、菓子でお疲れ様会っていうのは? ――提案に異を唱えるものは勿論、ゼロ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
誘名・櫻宵
あら、久しぶりね
お元気だった?
……きもかぁいいピーちゃん
うう……相変わらずぶよぶよ健やかでなによりよ!
さ、触りたくはないわ?
…だって、モツみたいで食欲が……な、なんでもないわよ!
私のチョコレートわけてあげるからそこに居て
嘗て助けたあなたを
腹ぺこに食べさせるわけにはいかないからね
職員さんにはピーちゃんを守ってもらいましょ
てるてる坊主、私の空腹も満たしておくれ
お腹がすいたの?
私もお腹が空いた
幾ら食べてもころしても充ちて満たない何故かしら?
生命力くらい桜と咲かせる神罰を衝撃波と共に放ち抉って斬り裂いて
獄華
あなたを頂戴食べさせて
ひとつ残らず桜と咲かせて食べてしまお
神の居ぬまに、摘み食い
噫、まだ満ちない
藤代・夏夜
あの時のPちゃんが体張ろうとしてる
なんて聞いたら
サイボーグの本気ダッシュで駆けつけるに決まってるじゃない!
Nullの居場所は気配や赤色散らかし具合、血痕で辿れそうだけど
まずは近くの職員にそれっぽい所知らないか訊くわ
何か嫌な感じがしたとか
そういうふわっとしたのでもいいの
現場の声って大事なんだから♪
あとはオネエセンサーもとい第六感で補いつつ
急いでてるてる坊主ちゃんを見つけましょ
って、あら
相当腹ペコなのねぇ
じゃあ、自慢のイカした腕をお見舞いしてあげるわ
片手で掴んでもう片方は拳にしてガッとね
機械の歯応えに痺れるような味わい
日々のオタ活で限界知らずの生命力も添えた逸品よ★
あら~、遠慮しないでいいのよ~!
●
猟兵とUDC-Nullとの戦いが、半壊状態であった施設を揺らす。
逃げ遅れた職員は、白へ、黒へ、頭上でばちばちと音を上げ威嚇する外れかけの蛍光灯に震えあがりつつも、研究成果を本部へ送るためのキーボードのエンターを叩ききった。
「こ、これでいつでも……へへ、死、死んでも悔いは――……」
監視カメラまで壊れていては誰が聞いてくれるものでもないが、格好良い台詞なんかを吐こうとした、のだ。
だが実際にドでかい瓦礫が降ってくれば、咄嗟に頭を庇いしゃがんでしまう。
「ひいぃぃっ!?」
死にたくない!! まだ、こんな形で!
しかし衝撃はやってはこない。どころか、瓦礫は目の前で別方向へ吹っ飛んだ。
「お・ま・た・せ★」
ゴオアッと叫びを上げ、そして砕け散る。
破片にくっきり残る靴跡は声の主、藤代・夏夜(Silver ray・f14088)のよく手入れされた革靴のもの。"あのときのPちゃんが体張ろうとしてる"と耳にしたサイボーグ本気ダッシュからの飛び蹴り……摩擦でスタンプが押されるほどの威力は裾からちらりと覗くメタリックシルバーが物語る通り、機械の義足が高めていた。
血痕の濃い方へ悲鳴の上がる方へとここまで来たが、無駄足にならずよかった。
とっ、たたんと軽いフットワークで着地まで"準備運動"を終えた夏夜はへたり込む職員を引っ張り上げる。
「しっかりなさいな。余所から派遣されてきた藤代よ、Pちゃんは無事?」
「ピー……あ、ああ、助っ人か……! ありがたい! あいつならさっき猟兵さんに連れられて、」
縋りつくようにして両肩を掴まれながら、その視線の先を追う夏夜。ふわりと、初めに視界に舞い込んだのは殺風景な施設内に不釣り合いな、艶やかな桜花だった。
――あら、久しぶりね。
――お元気だった? ……きもかぁいいピーちゃん。
「ううっ……相変わらずぶよぶよ健やかでなによりよ!」
この施設に乗り込んで以来、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は感動の再会? を喜んで? ぴょーいと飛びついてくる蟲を躱すのに一番疲れた、かもしれない。
人間と暮らすことで人間に近付くかと思えばそんなことはない、蟲はどこまでいっても百%蟲であった。触りたくはない。だってモツみたいで食欲が、いやいやいやいや。
「ほら、これあげるからそこに居て。嘗て助けたあなたを、腹ぺこに食べさせるわけにはいかないからね」
代わりといってはなんだが、ぐぬぬと睨みあう櫻宵の指が摘まみ上げて転がしたのは、桜を模った一粒のチョコレートであった。ころころ、ころ。
たべていいの? どうぞ。 いただきます! ――パクリ、大はしゃぎの一口。
「んまァ! 少し見ない間におっきくなったわね~~!」
そこへ親戚のおばさんみたいな混ざり方をしてくる夏夜だ。「でしょう? ナニ食べてきたのかしら~」という具合で即馴染む櫻宵のレベルも高い。
夏夜と蟲が挨拶の儀式(飛びつきキャッチ)を行う短くも和やかなひととき、どんどんと壁を叩くのは、先ほど瓦礫に潰されかけた職員であった。首から下げたカードを何度もリーダーに通しているが反応していない。
「まずい、システムが死んでて……!」
「あら、ちょっと貸してみなさい? ――セイッッ」
むりだ、この扉はUDCの攻撃にも耐える設計……だっけ?
ベギィッと素手で左右にこじ開けられ変形したソレに、職員は涼しい顔の夏夜とUDC-Nullとソレのどれに焦ればいいのかわからなくなり、とりあえず頭だけ下げて逃げ込んでいった。彼が抱えた資料の数枚がはらりと落ちる。
「これでよし、と」
フレンドリーに二本指を立てれば再び扉を閉じた夏夜のさらつやヘアーが、ふと吹きつけた風に揺れる。
薫る風、ただし血に、――だなんて。
「無粋じゃなぁい?」
「そおぅ? 私は好きよ」
夏夜が跳び退いた瞬間、背に突っ込んできていた白い布がどちゃりと扉へ張り付いた。弾け零れたのは内の赤。開いたままであれば職員の命はなかったろう、想像するまでもない荒々しさだ。唇を尖らせぼやく夏夜にくすくすと返すのは櫻宵で、その櫻宵も地を蹴った後。
「待っていたわ」
てるてる坊主、てるてる坊主。雨なんて止まなくていいから。
この空腹も満たしておくれ。
ぽつ、
愛呪。桜色の炎が空間に滲み出たかと思えば、それを櫻宵の指先があやし、抜き取った。形を結ぶ一振りの真剣が踏み込む勢いそのままに薙ぎ振るわれる。
『ギァ!!』
腹ペコ坊主の白い布に新たな裂け目が生まれる。裂け目――傷口からは赤の代わりに桜が舞った。喰らっているのだ。桜焔はその大蛇の牙で、命を糧とし艶々と咲く。
宙でのたうつように身を捩った白頭巾が、あくまでにこやかな表情のままぐ、ぐぐ、と体積を爆発させた。奪われた分を取り返そうという考えなのか、だが夏夜にしてみれば。
「いいわよソレ、的が大きくなって」
蹴り飛ばしやすさの面で、ヨシ!
銀の雷光が迸る。床、壁の二点を蹴っての勢いつけた回し蹴りだ。どごおうっと背に重い一発を受けた白頭巾はボールよろしく再び櫻宵の方へ。
『ギィィイイッッ』
「ああ……おなかが空いた」
幾ら食べてもころしても、充ちて満たない何故かしら?
ぞろりと剥かれる牙よりも、満ちぬ心に青色吐息ひとつ。すうと腰を落とし構える愛呪が風に哭けば、深々と突き抉られるのは腹ペコ坊主の方。ユーベルコードの不発? いいや。常より櫻宵が抱く"飢餓"が、更にその上を行っていた――というだけ。
桜吹雪が紅白の布を包んで巻き上げる。
『グギギ、ギギ……』
連撃はUDC-Pへ寄り付く暇も与えない。
宙でうねって再び向かい来る、かと思いきや腹ペコ坊主の身は反転した。登り龍とするには頼りない、糸の切れた風船のようだ、破れた天井の穴へと逃げ込んでゆく様は。
共に見上げ手首を回す夏夜と、刀を払う櫻宵。
「飛んでっちゃったわねー。これってどこに続いてるの?」
「いいわ、追って考えましょ。よければ掴まって。私、こう見えて龍だもの」
「ま、助かっちゃう~!」
いま完全に地面を蹴りつけて跳ぼうとしてましたよね、という屈み方をしていた夏夜は、櫻宵から差し出された手にキャッとぶりっ子ぶった。すぐに次の子がくるから、と、戸棚の陰に仕舞われる蟲は伸び縮みして応援するよう。
退け、パワー系オネェらのお通りだ。
羽ばたきに桜花が舞う。
飛び立つ二人を妨害せんと雨垂れのように紅色の雫が落ちてはくるが、刀の一振りで断たれたそれらを銀の雷がたちどころに蒸発させるという二段構えがあるならば、一滴とて頬にも届かない。
穴は数フロアぶち抜きの大きなものだったらしい、視界の端で階数を示すライトが時折チラつく。
「あそこ、地下だったのねぇ」
「ホント。このままお外にでも逃げる気だったのかしら」
ザァッッ! 桜焔纏う斬撃波が腹ペコ坊主をよろめかせ、途中の階に不時着させる。その身に二度のバウンドまでは許さずに、畳みかけるべく掴みかかったのは追って飛び降りた夏夜であった。ギヂィと脚部が火花を散らして。
つ か ま え た。
明かりの消えた天井を背に振り上げるのは逆の拳。
バチチッ! ――あら眩しくってよかったわね、
「とっておきよ」
召し上がれ。
銀に雷光散らす銀雷蜘の食庭の直打ちは、そのようにして叩き込まれた。
機械の歯応え、痺れる味わい! スパイスに日々のオタ活で培った限界知らずの生命力まで添えた逸品が、一皿にて爆発したということになる。
変形する白頭巾。白飛びする白頭巾。跳ね飛ぶ白頭巾……、
「――チャオ♪」
「後で、ね?」
遠慮せずまたいつでもいらっしゃい。
あるいは、
今度あったら喰らい尽くしてアゲル。
そうやってUDC-Nullは、登り来たときとは比べ物にならぬ速度で奈落の底へと送り帰されることになった。
見下ろし遠のく二色の瞳は温度こそ違えど輝くほどの殺意に満ちていて、つまりはもう、逃げ場など何処にも存在しないのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
矢来・夕立
▼方針
積極的にUDC-Nullへ積極
UDC-Pが望むなら共闘
張り倒してきます。
職員の皆さんは壁の補強と負傷者の救護に回ってください。
あなた方にしかできないシゴトがあるんで、頭数は確保しておいてくださいね。
ところでここにいた肉の虫は? あ、そうですか。
まあアイツなら人間を見捨てて逃げたりはしないでしょ。かち合ったら拾っておきます。
オレを覚えていますか。
帰り道はあちらですが…おまえなりに考えて出てきたんでしょう。
命の使い方をこれと決めたのなら、オレは止めません。
【紙技・文捕】。罠で追い込んで拘束。必要なら相応にダメージも与えり。
オレのシゴトはここまでです。
今度はおまえが助けなさい。いいですね。
穂結・神楽耶
ピーちゃん!?
…そっか、ここに居たいって思ってくれてるんですね。
それなら一緒に戦いましょう。
ご飯と同じ。一緒にやれば、一人よりずっと強いんです。
力を貸させてくださいな。
覚えてますか?この刀。
あの時は上へと放り投げてしまいましたが、今日は横スライドにてお連れをば。
同じ腹ペコだったら仲良くケーキを食べましょう。
生憎と鋼の味で失礼しますが!
布の端を縫い留めて動きを封じ、ピーちゃんのサポートを。
…ヒトのご飯が好きなあの子が何を選ぶのか、それが気にならないといえばウソになりますから。
欲しいのは誰も犠牲にならない未来。
それは妖怪もピーちゃんも一緒にケーキを食べる食卓。
だから、危険はご馳走様の時間ですよ!
ヴィクティム・ウィンターミュート
オーケー、任せてくれ
ピーちゃん…だっけ?そいつとは面識はないけどよ
どうやら頑張ってくれてるらしいじゃんか
だったら働きには応えてやらなきゃいけねえわな
うっし、そんじゃあ野郎ども…足止めを頼む
出来るだけ怪我を負わないように、慎重にな
ピーちゃんは噛みつきをメインに、あまり長く食らいつきすぎんなよ
テメェの飢餓の感情がそうさせるなら、それを奪ってしまえばどうなる?
答えは簡単、検証をしてみよう──『Robbery』
この無数のガラス片が、お前から飢餓の感情を奪い取る
奪い続ければ当然…もとより小さく、弱くなるってことだろう?
さてピーちゃん、あいつ食えたりする?今のサイズなら一気にいけそうだけど
●
「――へぇ。んで、ここを突っ切ってったって?」
「お休み中のところなんですが、動けるなら壁の補強と負傷者の救護に回ってください」
ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)と矢来・夕立(影・f14904)が辿り着いた一室は、それはもう酷い有様であった。
仕事机から棚の書類までごっそりひっくり返され、パソコンは紙細工のようにめしゃめしゃ。そんな机やロッカーに身を潜めていたとの職員たちが生きているのは、戦って血を流すことで敵の関心を引き付けてくれた、猟兵の存在あってこそか。
徐に拾った血濡れの書類をひらりと落とす。壁に開いた穴を顎で示すヴィクティムは、冷静な夕立の言葉を受け、こわごわとながらも動き出す職員たちをふうむと眺めた。
傷は浅い。ただ、数が少ない、か。
「ちょっと待ってくれ、こっちでまだ埋まってる奴が……」
「ま、逃げる気もないんじゃあな」
呟きが終わるか終わらないか、ひゅおんと軽い音と光の軌跡を残して振るわれたヴィクティムの生体機械ナイフが、果実同然さっくりと瓦礫の山を割ったのはそのときだ。精々が人間が持ち運び使えるサイズまで、怪我人を引き抜けるサイズまで。
「餞別だ。じゃあな野郎ども、もしヤツが戻ってきたら足止め、頼むぜ」
「あなた方にしかできないシゴトがあるんで、頭数は確保しておいてくださいね」
くるりと回した両手のナイフをホルダーへ納め、ヴィクティムが吹っ掛けるように笑えば夕立が付け足す。
手厳しいことをさらっと言う――ゾッとしない顔をしてみせた職員らであったが、彼らもズブのド素人ではない、組織に預けた命の分は働くだろう。
「な、なぁ、侵入者は一体……あんたらはどうす」
「ここの施設にいた肉の虫は?」
「は、はぁ? UDC-Pか? システムが大体死んで様子を覗けてないが……部屋自体はもっとあっちで」
「そうですか、ドウモ。かち合えば拾っておきます。それと質問の答えですが、張り倒してきます」
張り!?!?
それきり壁の穴をくぐって部屋を後にし、二人は走る。夕立は件のUDC-Pと面識があるらしい、本日初顔合わせなヴィクティムにとってはありがたい話だ。
なにやら頑張ってくれているというならば、命あるうちにその働きに応えてやりたいというもの。
「ピーちゃん……だっけ? 何か分かるか、夕立」
「忍びは鼻の利く犬ですか? まあでも、道はあってるでしょう」
夕立が注目したのは通路を這うぬめぬめとした体液。まだ乾いていない。これが敵の仕業であれば血肉がセットでないとおかしな話だが、それにしたって案外綺麗な足跡である。
(「本当にクリーンなものばっか食べてるのか」)
あの腹喰蟲が、な。
「おい」
「ええ」
駆け、向かう曲がり角の奥から音がする。
共に聞き覚えのある女の声。戦いの音。これは。
「――ピーちゃん!?」
穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)は暗がりから飛びついてきた蟲に目をまんまるにしていた。危うく抜き払うところであった刀の白刃がきちりと静かに裏返され、ぶよぶよのUDC-Pを映す。目立った傷はない、ようだ。
そうか。ここに居たいと思って、戦う気で、残って。
「なら、一緒に戦いましょう。ご飯と同じ。一緒にやれば、一人よりずっと強いんです」
覚えてますか? この刀。
屈んで目線(?)を近いものにする神楽耶はいつかの言葉をなぞるようにして、そう続けた。見上げる蟲は頷くみたく直ぐ縦に伸縮すれば、すこし行った先の神楽耶のまた更に頭上、天井の大穴を仰ぎ見た。
微かに聞こえ届くのは戦闘音に違いない。
「ハハッ。流石は俺の認めたフェリーマン、二枚抜きだとさ!」
「(ナニ言ってんだコイツ)……迷子にでもなりましたか」
そうと知ってセンサーを称賛するヴィクティムを放置し、夕立はついと蟲のことを見下ろした。見返す蟲は揺れはしない。直感的に夕立はこのUDC-Pがひとつも退く気がなく、もっといえば自分のことを誰であるか認識していることを察した。
その証拠といえようか、ややあって。黒、黒、灰……なにかを探すように身をくねらす蟲がいる。
「おまえなりに考えて出てきた、と。命の使い方をこれと決めたのなら、オレは止めません」
一度だけ眼鏡のブリッジを押し上げ、
「あの上ですね」
一言、確かめる夕立がそれを切り替えさせた。
「そのようです」
立ち上がる神楽耶が頷いて結ノ太刀を握り直す。逆の手を差し延べてみれば、あの日よりも迷いなく蟲は飛び乗った。当時は上へと放り投げたが、此度は出来なかったことを――、横スライドにて手ずからお連れをば。
いつでも準備オーケーという風にヴィクティムが指を鳴らした。
「どう進めます?」
「ちゃちゃっと引き摺り降ろすか」
「賛成。と、思いましたが」
天井の穴に白い布が。
覗いた、と思ったときには、腹ペコ坊主は眼前の床に激突していた。――ゴオオオオウッ!! 階上で重い一撃が見舞われたのだろう、ここの床だってブチ抜きかねない衝撃にチラチラと雷光が散って。
「コイツも気が利きますね」
「ククッ」
ジョークなのか真顔の夕立へ愉快そうに肩を揺らしたヴィクティムは、既にコーディングを始めている。二人の脇を器用にすり抜けて飛び立つ光の束があった。光のように冴えた、刃。
「同じ腹ペコだったら仲良くケーキを食べましょう。生憎と鋼の味で失礼しますが!」
神遊銀朱。討ち、救うべき先へ。指し示すは結ノ太刀本体の切っ先かそれを向けた神楽耶の眼差しか、周囲に舞い出た複製体は意志の翼で力強く宙を裂く。
並ぶ様はあるいは綺麗にカットされたケーキ、だろうか。食指は動かなかったらしい、ばさりと翻す布の端で巻き取ることでダメージを防ごうとする白頭巾だが、既にズタズタなそれでは刃に敵う筈もなく。
『アアア! ウゥゥゥ!』
駄々をこねる子どものように叫べば、その身はどっと穿つ複製体により血濡れた床を滑り壁へどちゃりと縫い留められる。びたびたびた!! 暴れる身に次々と突き立つ刃は横殴りの雨となり、これではてるてる坊主の願掛けでも無意味だろう。
流れてゆく。ダメになる。せっかく食べてきたおいしいものが。
いけない。いけないんだ、いけないいけないいけないんだそんなことして!!
飢餓の感情を爆発させる腹ペコ坊主が、刃を呑みながらぐん、ぐんと大きくなる。もっと、多くを食べられる力を!
『ググギギギ……、食べる喰ベルタベルウゥゥ!!』
「なあ、それってよぉ」
しかし些か時間が掛かり過ぎた。
通路いっぱいにみっちりと膨れ上がった腹ペコ坊主の咆哮を遮ったのは、不思議なほどいつも通りな声音をしたヴィクティムだった。男の周囲に転がる瓦礫やモニターがカタカタと震えている。
地震?
「テメェの飢餓の感情がそうさせるなら、それを奪ってしまえばどうなる?」
違う。
組み上がったところで実行開始だ。Forbidden Code:Robbery――仕様は"触れたものから尽くを奪う"こと。
「答えは簡単、検証をしてみよう」
無機物たちが突如として削れ破れ始めたかと思えば無数の硝子片へ、食べたい盛りの巨大なてるてる坊主にはちと酷な剥奪の嵐が、猛烈に吹き荒れる。
『ヒイィギィィィッ!? ボクが!? ぼくがナクな゛ッち゛ゃウ゛!!』
「奪い続ければ当然もとより小さく、弱くなる。なァんだ、やっぱし俺って冴えてるぜ」
大絶叫に耳を塞ぐどころか傾けるヴィクティムは腕を組んで結果のほどにご満悦。風船が萎むようにしゅるしゅると縮みつつある腹ペコ坊主はしつこく残っている刀を振り払い、すべての裂け目から零れる赤色を周囲へと飛び散らせた。これは弾丸だ。例えば、ぶよぶよの表皮くらい簡単に突き抜けてしまうであろう――。
「定番の悪足掻きですね」
――だが。
身構える蟲の前を遮り、床をダンッと蹴りつけたのは夕立の脚。
いつ撒かれていたというのか、その拍子に跳ね上げられるのは色とりどりの折り紙風船。の、姿をした式紙であった。パパパパ!! 更に更にのその実態、閃光弾が連続して炸裂する。
『ゲェッ!?』
おまけの爆風で吹き飛ばす。びたむっと再び壁に殴りつけられる腹ペコ坊主は、もはや零せる中身もスカスカで。
視覚頼りのUDC-Nullが攻撃の狙いを外したのと引き換え、目など持たぬ不思議なUDC-Pは起きた出来事すべてを理解出来た。また、たすけてくれたの? 見上げてみても夕立は敵へ視線を遣ったまま横顔を見せるばかり。
が、口は小さくとも音を紡いだ。
「今度はおまえが助けなさい」
いいですね、と。
「行きたいですか? ピーちゃん」
そうっと降ろされるつるつるの床で、蟲は自分がもっと多くのものに守られてきたことを悟った。一や三で足りない、もっと。
自分の後ろに一滴と血はない。同時に神楽耶が突き立てた結ノ太刀本体が、最後の雨粒を弾いて赤く濡れる。複製体たちが、硝子片たちが、おそろしいものを全部全部代わりに受け止めて濡れていた。
酷く、新鮮な血の臭い。
飢えを満たせず萎みきった白頭巾は力なくとさりと水溜まりに落ちて、ああ、あれならきっと一口サイズだ。
「とっくに腹は決めてんだろ、ピーちゃん?」
「あなたの、思うように」
やっぱりおいしそうじゃない。
けれど、これは食べる、じゃない。倒す――――守る。
かぱり。
いつぶりだったろう、飛び出したUDC-Pが生命へその牙を立てたのは。
大きく開き、閉じられた口の中へオブリビオンたる腹ペコ坊主は消えて、そしてちょっと不安になるくらいの咀嚼音の後、ぺいっと吐き出されたただのてるてる坊主が転がった。
「そう、あなたはそれを選んで……」
ヒトのご飯が好きなあの子が何を選ぶのか、気にならないといえば嘘だった。
だからサポートを買って出た。見届けた神楽耶は、頬に飛んでいた雨滴をぐっと拭って。
「――やりましたね、ピーちゃん!」
「……すげえボロ雑巾だがどう思う、コレ?」
「さあ。水洗いして干せばいいんじゃないですか」
一気に自分よりも大きくなった蟲へ駆け寄ってゆく神楽耶を後目に、ヴィクティムと夕立が目の前の光景について手近な無線で報せれば、その向こうからは安堵に満ちたざわめきが波のように広がった。
●
かくしてUDC-Nullの襲撃という未曽有のトラブルは解決された。
猟兵の力がなければ、職員たちは勿論、いまご褒美のごはんやお菓子に囲まれているUDC-Pもここにはいなかったろう。
危険はご馳走様、この後はお疲れ様会。猟兵からもらった言葉を思い返し、皆が席(ボロボロ)に着くのを今か今かと心待ちにして揺れる蟲に、誰からともなく笑いが零れる。
「片付けが先だぞ。ったくこりゃあまた暫く、くそ忙しくなるな」
「だが、生きてる。あぁー……じゃああのレポート仕上げねぇとだぁ」
「そうだ。猟兵さん、どうにかこの恩を返せないかと考えてみてな……」
口々に日常を取り戻す同僚を押しのけ歩み出てきた白衣姿は、UDCメカニックたちだろう。ところ狭しと走り書きがされた紙束を抱える彼らは、あるひとつの装置の開発案をこの騒動の最中に纏めたらしい。
すこし、長い話になりそうだ。
「……コーヒーでいいか? インスタントだが」
結局は席に着くべきほどの。
ガタタッ。
椅子に噛みつき人数分引っ張ってきていたUDC-Pが、喜々としてテーブルに乗り上げる。
ケーキ、シュークリーム、チョコレートおまんじゅうパスタにピザにそれからそれから。食べられなくとも同じくらい好きなものが、今はたくさん、目の前に並んでいる。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴