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大祓百鬼夜行⑧~詠み路の境域

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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#大祓百鬼夜行


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●呪縛
 ――逢ふことの、絶えてしなくはなかなかに、人をも身をも恨みざらまし。

 幽世の片隅で静かに流るる川辺。
 其処には渡った者を黄泉に送るという、まぼろしの橋が現れていた。深い闇の最中にひらりと舞い落ちるのは桜――と思いきや、薄紅色に燃える焔だ。
 桜の焔に覆われるように、黄泉の橋は更に濃い闇に包まれていく。
『いきていたいの? それとも、しにたいの?』
 異空間と化した闇の中に声が響いた。
 それは愛を以てして呪と成す存在。七つの蛇首を従える少女めいた呪神は、橋の中央に佇んでいる。そうして彼女は、橋の片隅に向けて語りかけていく。
 その視線の先には、橋の領域に迷い込んだ童子妖怪が縮こまって震えていた。
『おなかがすいたの。食べていい?』
 その生命を。その魂を。
 けれども、ただ喰らうだけでは可哀想。だから愛する人に殺される幸せをあげる。
 そういって、呪神は七つの首のうちのひとつを童子妖怪の前に向かわせた。その首は影を纏い、見る間に童子のよく知る人に変わっていく。
「お、おかあさん……?」
 童子妖怪の前には死んでしまった母が立っていた。まぼろしに惑わされた妖怪の子は呪神や大蛇に襲われそうだったことも忘れて、母に縋りつく。
「あいたかったよ、おかあさ――」
 だが、その言葉は最後まで紡がれることはなかった。
 現れた母は最初からまぼろし。七首のひとつが変じた偽物に過ぎない。喉元に食らいつかれた妖怪の子は何も出来ず、その場に倒れ伏す。
 溢れ出す血が桜橋を濡らしていく様を見下ろし、愛呪は淡々と呟いた。

『――ほしいのは、あなたじゃない』

●愛情
 幽世の川には時折、渡った者を黄泉に送るまぼろしの橋が掛かる。
 黄泉の橋は渡りさえしなければ問題のない、幽世では当たり前のものでもあった。
「でもね、今はまぼろし橋を強力なオブリビオンが占領しているの。訪れた者を橋に引き寄せて、『死んだ想い人の幻影』を見せてから喰らって――黄泉に送る。そういったことを行おうとしているわ」
 花嶌・禰々子(正義の導き手・f28231)は現状を語り、このままにしてはおけないと話した。予知では子供の妖怪が犠牲になっているが、今からすぐに向かえばその子が訪れる前に敵と接触できる。
 事件が起こる前にかたをつけて欲しいと願い、禰々子は詳しい話をしていく。

「敵の名前は通称になるけれど、『愛呪』と云うの」
 それは神殺の呪詛が呪神に至った存在。
 七つの大罪を宿す七首の大蛇であり、命と愛を痛みと呪に変えて世界中の絶望と憎悪を撒き散らすものだ。彼女は魂を穢して喰い滅ぼすことしか考えていない。
「橋に踏み込むと、周囲は桜の焔に包まれた闇の異空間になるわ。そこで愛呪は蛇の首を君の『大切な人の幻影』に変えるの」
 一度でも異空間に入れば最後。
 目の前に現れた幻影を倒すか、自分が黄泉に行くまで出ることはできない。だが、猟兵ならば幻影を倒すことも容易なはず。目の前の幻影存在を討ち滅ぼせば、愛呪自身にもダメージが入るので撃退することが可能だ。
 戦うのは偽物とはいえど、自分の大切な人の姿をしている。
 そんな相手を攻撃して、殺すことが出来るか否か。心を痛めながら戦うか、偽物だと割り切って冷淡に対応するか。どうするかは人それぞれだが、どうあっても幻影は倒さなければならない。
「みんなには苦しい戦いを強いることになっちゃうわ。だけど、大切な人の姿をした幻に誰かが喰い殺されるなんて未来、あっちゃいけないもの!」
 自ら黄泉に行くことを望んだなら兎も角、今はそうではない。
 大切な相手の姿をしたものを殺めるという戦いは、きっと苦しい。けれども皆を信じている。そう告げた禰々子は真っ直ぐに仲間を見つめ、桜と黄泉の戦場に送り出した。


犬塚ひなこ
 『大祓百鬼夜行』のシナリオです。
 カクリヨに現れる「まぼろしの橋」に強力なオブリビオンが出現しました。橋の上で幻影と戦い、敵を撃退しましょう!

 募集期間についてはタグやマスターページを御覧ください。
 こちらはスケジュールの都合上、公開後すぐにプレイングを頂いても採用できかねますのでご注意ください。

 今回は大切な相手の幻影と戦う性質上、おひとりさま参加推奨です。
 敵の七つ首に因んで、採用数は最大七名様となります。
(参加者様が七名以下でも成功数を達成すれば完結します)
 戦争の進行重視のため、何も問題がなくともプレイングをお返ししてしまうこともあります。申し訳ありませんが、ご了承の上でご参加頂けると幸いです。

●ボス戦『桜獄大蛇・愛呪』
 今回、戦うのは愛呪そのものではなく『大切な人の幻影』です。

 橋の性質上、大切な人は『故人』であることが条件です。
 相手は姿を真似た偽物なので、元になった人とは言動が違うことがあります。
 戦いでは桜焔や呪いの力を扱ってきます。

 ※プレイングには必ず、故人の名前や通称、または母や父等のあなたとの関係性をご明記ください。(地の文で相手の名前などを描写する都合上、どうかご協力をお願いします)

 どんな関係で、どんな相手なのか分からない相手、他PCさんをモデルにした幻影、他者設定に関わる内容を出す許可を取っているか判断に迷うプレイングに関しては採用できかねます。よろしくお願い致します。

●プレイングボーナス
『狭い橋の上でうまく戦う』
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第1章 ボス戦 『桜獄大蛇・愛呪』

POW   :    愛呪:いきていたいの?
【狂気と消滅を齎す、荒れ狂う狂愛の桜焔】が命中した部位に【感情全てを憎悪に変え、抵抗する程強まる呪】を流し込み、部位を爆破、もしくはレベル秒間操作する(抵抗は可能)。
SPD   :    愛呪: おなかがすいたの。食べていい?
攻撃が命中した対象に【自我が崩壊する程の憎悪と激痛を齎す愛の呪】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【魂を穢し侵食し歪ませて、喰らい続ける事】による追加攻撃を与え続ける。
WIZ   :    愛呪:しにたいの?
骸魂【桜獄大蛇】が、愛呪を刻み寄生した【他者】と合体し、一時的にオブリビオン化する。強力だが毎秒自身の【寄生した主に絶望的な苦痛を与え、主の生命】を消費し、無くなると眠る。

イラスト:Kirsche

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は朱赫七・カムイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

シキ・ジルモント

大切な人の幻影は、子供だった俺を拾って戦い方や生きる術を教えてくれた人
恩人であり師でもある
『こちらへおいで』と笑う彼が…ユリウスがそこに居る

狭い橋の上ならいっそ接近、命中率を重視した零距離射撃の距離からユーベルコードで攻撃
こちらも逃げられないが相手も同じ
相手の攻撃を避け切れなくても、耐えて反撃に移る
俺を「喰らって」いる間は油断から隙が生じるかもしれない

俺を庇って死んだユリウスをまた殺すようで気分は最悪だ
言葉で揺さぶられれば罪悪感が蘇る
しかし度々彼を困らせた俺の諦めの悪さが、罪悪感にも憎悪や痛みにも耐えようとする、止まる事を許さない
生きなければ彼の死が無駄になる、苦しもうと諦める訳にはいかない



●壱の首と恩師の影
 薄紅色に燃える焔が黄泉の橋に舞う。
 此処は既に闇が満ちる暗黒領域の最中。橋の空中に浮かぶ桜獄大蛇から蛇の首が遣わされたかと思うと、目の前に見知った姿の男が現れた。
「――ユリウス」
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)はその名を呼ぶ。
 此度の敵である愛呪は、蛇首を大切な人の幻影に変えて放ってくる。シキにとってのその人、ユリウスは恩人であり師でもある相手。
 彼は幼かったシキを拾い、戦い方や生きる術を教えてくれた人だ。しかしシキはその影が偽物だということを知っている。
『こちらへおいで』
 あの頃のように笑う彼が其処に居る。
 シキは首を横に振り、無言を貫くことで返事とした。
 ユリウスの偽物は殺意を滲ませている。それは彼本来のものではなく、この場を支配したオブリビオンが放つものだ。
 たとえあの幻影が本物であっても、シキは黄泉に続く橋の向こうに行くことはない。何故なら、ユリウスが自分の死を望んでいないことは明らかだからだ。
 刹那、彼の幻影から呪いの力が巡った。
 身体に響くような憎悪と、それに伴う激痛がシキを襲う。
「……!」
 シキは咄嗟に後退したが、橋の領域の端に背が当たった。戦いが始まった今、橋の上からは逃れられないということだろう。
 されど、狭い橋の上ならいっそ接近してしまえばいい。
 反撃に映ったシキは必ず当てると心に決め、ハンドガンを構えた。シロガネの名を冠する銃は恩人のユリウスから継いだもの。偽物を退ける役目を担うものとして相応しい。シキは一気に偽物に肉薄することで、高速の連射を放った。
「全弾くれてやる。あんたはユリウスじゃない」
 弾倉内の弾を全て撃ち切ったシキは身を翻す。戦場は狭くて立ち回りが難しく、こちらも逃げられないが相手も状況は同じだ。
 更なる呪がシキに纏わりついてきたが、すべてに耐えると誓っていた。攻撃を避け切れなくとも、ひたすらに痛みと苦しみを押し込めて反撃に移るだけだ。
 周囲に舞う桜焔や呪の力が隙を埋めている。
 このままでは押し負けそうだと感じたシキは、素早く立ち回りながら策を巡らせていった。近付いても呪が押し寄せてくるので接敵し続けられない。
 実際に相手には隙がなかった。だが――。
(そうか。俺を『喰らって』いる間は油断から隙が生じるかもしれない)
 ふと気付いたシキは敢えて自分から幻影に喰われにいくことを決めた。
 一か八かではない、確かな一瞬を掴み取るためにシキは駆ける。そして、ユリウスの元に飛び込んだシキは敢えて隙を見せた。
『さあ、喰らってあげよう』
 偽物は鋭い笑みを浮かべ、蛇のような牙をあらわにする。
 シキはわざとその牙に喰らわれた。激しい痛みなど覚悟の上だ。肩口に食らいつかれたまま激痛に耐えたシキはリロードしたシロガネの銃爪に手を掛けた。
(――最悪だ。それでも、俺は……!)
 自分を庇って死んだユリウスをまた殺すようだったが、シキは銃爪を引く。
 刹那、偽物の腹に銃弾による風穴が空いた。
『せっかく助けたのに……そうやって恩を仇で返す、なんて……』
「違う」
 倒れゆくユリウスの偽物は、シキを言葉で揺さぶろうとした。
 対するシキは強く否定する。彼はそんなことなど言わない。シキを助けたことについて、恩を売ったなどと考えてすらいないだろう。
 それに今のシキには、度々彼を困らせた諦めの悪さがある。罪悪感にも、憎悪や痛みにも負けるわけがない。それに、己自身が止まることを許していないのだから――。
「俺が生きなければ彼の死が無駄になるんだ」
 どれだけ苦しめられようと、諦めるわけにはいかない。
 肩口から滴る血を押さえたシキは消えていく幻影を見下ろす。蛇の形に戻っていった影は次第に薄れ、愛呪本体の元に戻っていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

唄夜舞・なつめ
故人:唄舞/弟

足を踏み入れれば桜の焔の異世界
ぽつんと佇むその姿はーーー

唄舞…?

そう呼べば、兄貴!と
元気で変わらぬ笑顔
苺色の瞳に塾視されれば
相棒といる時と同じ
不思議な感覚に胸を抑えた

ーーあいしてる

自分の口から
無意識に出てきた言葉に
目を見開く
あぁ…思い出した
俺がずっと
ずっとずっと探してた
心に巣食うもの
現幻の世界では気付けなかった
故郷が火の海になった夏の日に
生まれ変わってまた会おうと
約束した、俺が愛してた…唄舞

俺も。と息の根を止めようと
首元に伸ばしてくる
手を受け入れたかった。
けど、まだ俺はーー

『終焉れねェ』

俺の愛より
別の愛を取ったお前と
再会しなければならないから

ーー俺も
『愛する者』が出来たから。



●弐の首と愛する弟
 橋に足を踏み入れれば、其処は桜の焔と闇が広がる領域だった。
 奇妙な異世界だと感じた唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)は橋の上を見遣る。
 其処にぽつんと佇む人影があった。その姿には見覚えがある。
「唄舞……?」
『兄貴!』
 なつめがそう呼べば、向こうから返事が聞こえた。
 元気そうな彼は以前と変わらぬ笑顔を浮かべ、苺色の瞳を向けてくる。相棒といる時と同じ不思議な感覚を覚えたなつめは胸を押さえた。
「――あいしてる」
 其処にいる弟に向け、自分の口から無意識に出てきた言葉に目を見開く。
『兄貴?』
「あぁ……思い出した」
『どうしたんだよ兄貴、変な顔して』
 なつめが独り言ちていると、弟は不思議そうな顔をした。歩み寄ってくる彼は桜獄大蛇が齎した偽物でしかないと分かっているのだが、心が浮ついてしまう。
「俺がずっと、ずっとずっと探してた、心に巣食うものだ」
『ねえ、兄貴。たべていい?』
 なつめが語る言葉を聞くことなく、弟の姿をしたものは無邪気に問いかけてきた。
 その間にもなつめの裡に記憶が巡っていく。
 現幻の世界では気付けなかった、故郷が火の海になった夏の日。
 生まれ変わってまた会おうと約束した、相手。
 幾度と死んでは生まれ、その度に何かをなくしていく。もう疲れたというのに、止まらせてくれなかった日々。己の願いは神に届くことはないと知っていた。あの言葉は、想いは、まるで呪いだ。そうして今日もまた、歩んでゆくしかなかったのに。
 はっきりと思い出した。『  』が、誰だか分かってしまった。
「お前は……俺が愛してた……唄舞」
『何言ってるの? あはは、兄貴ったら。――しにたいの?』
 名前を読んだ瞬間、弟の姿をしたものが冷たい言葉を紡いだ。次の瞬間、相手はなつめに向けて腕を伸ばしてきた。
 周囲には薄紅色の桜焔が燃え盛り、呪いの力がなつめに襲い掛かってくる。
『俺も、あいしてる』
 弟の偽物はなつめの首に手を掛けた。そのまま息の根を止めようと指先に力を入れる相手に対して、なつめは唇を噛み締める。
 その手を受け入れたかった。
 自分が昔のままであるならば、約束を果たす為に死を選んだだろう。
 だが、今のなつめは以前とは違う。夏を越えた今、あのときのままではいられなくなったのだ。弟の腕を片手で掴んだなつめは奥歯を噛み締め、一気に腕を振りほどいた。
「けど、まだ俺は――」

 ――『終焉れねェ』

(お前が腕に書いてくれた揃いの呪いがあれば……俺ァなンも怖くねェよ)
 なつめは自身の戦闘力と闘争心を高める呪いの効果を発動していく。そして、そのまま超高速連続攻撃を放った彼は偽物を穿っていった。
 その一閃は止まることなく、幻影を貫き続ける。
『やめて、やめろ、兄貴』
「俺の愛より、別の愛を取ったお前と再会しなければならないから」
『あに、き……』
 呪いに貫かれた偽物は兄貴という言葉を繰り返しながら、消滅していった。蛇の姿に戻ったそれは愛呪の元に還っていく。
 その姿を見送りながら、なつめは胸にそっと手を当てた。
「――俺も、『愛する者』が出来たから」
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ユヴェン・ポシェット
ミエリクヴィトゥス。
森の主である聖獣は、幼い俺の…あの時の心の支えだったんだよな。
何度も、何度でも、本物でなくとも会いたいと思ってしまう。

UC「halu」使用。
自身の身体を蔦と変え、橋に捕まり、自由に動く。
そして俺の石の混ざったこの蔦でミエリの姿を貫く。
この力をつかえる様になったのは、いつからだろう。割と最近の様に思う。
だが、昔…もう15年程前になるだろうか。アンタも森も燃えてしまったあの日に俺は緑の光を見た。
いくら身体を砕いても削っても出る事が出来なかったあの牢。光を目にした瞬間俺は蔦となって外へ出ていた。
だからこれは、ミエリが俺にくれたのだと思っている。



●参の首と白き聖獣
 深い闇が満ちる夜の狭間に桜色の焔が舞っている。
 桜獄大蛇・愛呪。黄泉に繋がる橋の上に現れた存在は、空中に浮かびながら猟兵達を見下ろしていた。
 蛇の首はそれぞれに遣わされ、その姿を変えていく。身構えるユヴェン・ポシェット( ・f01669)の目の前に現れた影は、次第に獣めいた形になっていった。
『小僧か』
「――ミエリクヴィトゥス」
 聞き覚えのある声が耳に届いたことで、ユヴェンはその名を呼び返す。
 蛇の首が変じたものであると分かっているので、それが本物であるとは思わない。しかし、こうして実在しているような聖獣の姿を見ると心が揺らぐ。
『殺されにきたのか、小僧』
 ミエリクヴィトゥスは橋の中央に佇み、鋭い視線を向けてきた。
 聖獣はそのようなことを云うはずがない。どれだけ自分に厳しく当たろうとも、絶対に言うはずがない言葉を発している。
「アンタは偽物だ」
 ユヴェンは自分に言い聞かせるように言葉を返す。
 されど、心の中では殺されても当たり前だとも感じている自分もいた。森の主である聖獣は、幼いユヴェンの心の支えだった。
 何度も、何度でも、本物でなくとも会いたいと思ってしまうくらいに。
 だが、此処で偽物に殺されることは出来ない。聖獣の姿をしたものは隙を見せればユヴェンの身を喰らいにくるだろう。
 あの姿で、そのような所業を行わせるわけにはいかない。
 刹那、地を蹴ったミエリクヴィトゥスが飛びかかってきた。はっとしたユヴェンは咄嗟に自らの身体を蔦に変える。しなやかな蔦を伸ばして橋に掴まって跳んだ彼は、聖獣の牙を素早く躱した。
 更にミエリクヴィトゥスが襲ってきたが、ユヴェンは蔦を用いて橋の上を自由に動くことが出来る。身を翻したユヴェンは聖獣を避けながら機を窺った。
『食わせろ、喰らわせろ』
 偽物のミエリクヴィトゥスが激しく咆哮する。ユヴェンは絶対に聖獣が語らない言葉を聞きつつ、頭を振った。
 そして、己の宿す鋭い石の混ざった蔦を聖獣に差し向ける。
「喰らわれるものか」
『――!』
 次の瞬間、ユヴェンの蔦が偽聖獣を貫いた。
 戦う力を失っていくミエリクヴィトゥスは形を保てなくなったらしく、元の首蛇に戻っていく。その身が桜獄大蛇に還っていく様を見据え、ユヴェンは蔦の身体を元に戻す。
(この力をつかえるようになったのは、いつからだろう)
 割と最近の様に思う。だが、昔――もう十五年程前になるだろうか。本当のミエリクヴィトゥスも森も燃えてしまったあの日に、ユヴェンは緑の光を見た。
 いくら身体を砕いても削っても、出る事が出来なかった牢から抜け出せたのはあの光のお陰だろう。光を目にした瞬間、自分は蔦となって外へ出ていた。
 蔦から元の腕に戻った手を見下ろし、ユヴェン胸中で独り言ちる。
(だからこれは、ミエリが俺にくれた力なんだろうな)
 そうして、ユヴェンは宙に浮かんでいる愛呪を振り仰いだ。あの少女めいた呪神は何故か、牢獄のようなものに囚われている気がする。
「アンタも、獄から抜け出せると良いな」
 いつか、彼の呪神にとっての光が訪れるように――。
 桜焔が舞い続ける異空間の最中、ユヴェンはいずれ巡る先に思いを馳せた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
ヨル?どしたの
こんなに震えて…怖いの?
ぎゅと抱っこ
闇に舞う桜焔…粟立つようなこの気配は感じたことある
あれは、あれが櫻の?

黒いヴェールが揺らいで泡沫が爆ぜる
水葬の街に響くような透徹の歌声が君の存在を教えてくれる
揺らぐ黒曜にエメラルドの瞳が開かれる
忘れるわけが無い

…エスメラルダ……かあさん!

歌うように伝う言葉は悲しげで
逢いたかった思いが溢れて今すぐ抱きついてしまいたい
ヨルが震えるから堪える

カナンとフララが守ってくれる
そうだ、ほんとうはここにある
歌う「望春の歌」

胸が痛い
いきていたいよ
いきていくよ、だからかあさん
例え幻のかあさんであったとしても
歌で傷つける様なことして、ごめん

僕はちゃんと泳いでいくよ!



●肆の首と黒き人魚
 漆黒よりも深い闇の底で、桜焔が飛び交う。
 其処に現れた桜獄大蛇を目にした時、仔ペンギンが震えた。
「ヨル? どうしたの」
「きゅうう……」
「こんなに震えて……怖いの?」
 リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)はヨルを抱き、まぼろしの橋を覆うように舞っている桜焔を見つめる。粟立つようなこの気配は感じたことがあった。
「あれは、あれが櫻の?」
 リルは焔に目を奪われそうになったが、すぐにはっとする。
 桜獄大蛇の首のひとつが降りてきたかと思うと、その姿が黒に変じていった。ふわりと微笑む口許。黒いヴェールが揺らいでいき、周囲に泡沫が爆ぜていく。
 水葬の街に響くような透徹の歌声が紡がれ、リルの耳に届いた。
 揺らぐ黒曜。そして、エメラルドの瞳が開かれて――。
『あいたかった、リル』
「……エスメラルダ……かあさん!」
 花唇をひらいた黒い人魚はリルの名前を呼んだ。目の前の存在は母の姿をしている。しかし、彼女がああいった言葉を語るはずがないとリルは知っていた。
 それでも、リルとて彼女に逢いたくて堪らなかった。
『おいでなさい、わたしのかわいいこ』
 ――リルルリ、リルルリルルリ。
 歌うように伝う言葉は悲しげでいて、とてもあたたかいものに思える。腕を広げている彼女の胸に飛び込みたい。思いが溢れて零れて、今すぐにでも抱きついてしまいたかった。しかし、腕の中にいるヨルが震え続けている。
「きゅ、きゅ!」
 いけないよ、たべられてしまうよ。
 ヨルがそのように伝えているように感じられたので、リルは堪えた。
『いっしょにいきましょう』
「……どこへ?」
『すてきなところですよ。うみのそこよりも、ふかい、ふかい――』
 リルが問うと、黒い人魚は双眸を細めて哂った。咲くのでもなく、微笑むわけでもないその表情には害意が見て取れる。
 紡がれる声からは呪の力が溢れていた。それと同時に痛みに似た感覚がリルに巡っていき、心が軋む。
 違う、かあさんじゃない。リルが首を横に振ると、その傍に凛と美しい二羽の黒蝶が舞い降りてきた。黒薔薇を思わせる蝶達はリルの肩にそっと添う。
 惑わされるな。
 わたしたちは、ここに。
 幽かな声が聴こえた気がして、リルはヨルを抱く腕に力を込めた。
「カナン、フララ……ヨルも……。うん、大丈夫」
 蝶達が守ってくれている。ヨルもすぐ傍にいてくれる。
 そうだ、ほんとうはここにある。
 リルは偽物の黒い人魚を強く見据え、対抗する歌を紡ぎあげていく。
 奏でて謳うは望春の歌。
 歌声で以て泡と桜の花吹雪を満ちさせたリルは、桜焔と呪を打ち消していった。エスメラルダの姿をした者が苦しみ、悲鳴を上げている。その姿から目を逸らせずにいるリルは思わず胸元を押さえた。
 胸の奥が痛い。苦しい気持ちが止まってくれない。でも、それでも――。
『しにたいの?』
 エスメラルダの声ではない問いかけが黒い人魚から落とされた。リルは敢えて真っ直ぐに黒い人魚を見つめ、答えを言の葉に乗せていく。
「いきていたいよ。いきていくよ」
 だから、かあさん。
 たとえ幻であったとしても歌で傷つけるようなことをして、ごめんね。
 歌に想いを乗せれば、傍に控えていた蝶が翅を揺らした。それでいいと肯定するような羽ばたきを感じたリルは一気に宣言する。
「僕はちゃんと泳いでいくよ!」
 その瞬間、歌と花吹雪が焔を退けた。消えていく偽の人魚が蛇の首に戻っていく様を見つめるリルは最後の歌詞を口にする。
 どうか君よ、忘れないで。
 呪いと成り果てた愛の根源はまだ呪檻の奥底に遺っているはず。
 厄災の匣にも、最後には希望があるとされているのだから。きっと――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

鳥栖・エンデ

死んだ事実と死した後のこと知っていても
友だちだったミハイルがどうやって
死んだかは見てないんだよなぁ
最期は彼に遠ざけられてしまったからだけども
黄泉へ送るまぼろしの橋に其の姿がみえる

目の前にあるのは幻影で
生き返った死者がいる訳でも
これから死者が戻ってくる訳でもない
けれど其の姿を象るというのなら
民の為にと尽力した領主でも
今や冷たい土の下へと還るべきだよ

彼から形見分けされた
普段使いの騎士槍は手放し
嘗ての処刑役らしく剣を手にして
影から呼び出す泥の怪物と共に

夜闇の世界を照らす星のように瞬いて
けれども望まれた果ての終わりに
キミの首が落とされたことは知っている
……こんな風に、ね
おちる音はダレのものだったかな



●伍の首と親しき友
 愛から変じた呪の化身が暗闇の狭間で哂っている。
 その表情は動いていないというのに、鳥栖・エンデ(悪喰・f27131)にはどうしてかそのように思えてならなかった。
 されど、エンデにはあの呪神を見ている暇は与えられていない。何故なら桜獄大蛇から遣わされたひとつの首が、エンデのよく知った姿に変じていったからだ。
「……ミハイル」
『さあ、一緒に死のうか』
 彼の名を呼ぶと、絶対に本人からは紡がれない言葉が返ってきた。
 エンデは頭を振り、そうするわけにはいかないと断る。その最中、こうして蛇に死者の姿を取られていることに疑問が浮かんだ。
 友達だった彼が死んだ事実と死した後のことは知っている。しかし、エンデはミハイルがどうやって死んだかは見ていない。
 その理由は、最期に彼から遠ざけられてしまったからだ。
 黄泉に繋がるまぼろしの橋で邂逅している今も妙に実感が湧かなかった。そう感じるのは彼が明らかな幻影でしかないからだろうか。
 もし本当の彼が目の前にいたのだとしても、こんな気持ちになるのかもしれない。
 ただ、分かっていることがひとつある。
 生き返った死者がいる訳でもなく、これから死者が戻ってくる訳でもない。死という現実はどうあっても覆せないものだ。
「けれど其の姿を象るというのなら……」
『…………』
 不敵に哂っているミハイルの偽物を見据え、エンデは鋭く構える。
 彼の姿を模しているだけであっても、その尊厳を汚させたりはしたくなかった。
「民の為にと尽力した領主でも、今や冷たい土の下へと還るべきだよ」
 宣言した刹那、エンデは地面を蹴りあげる。
 友の姿をしたものが人を喰らうなどという所業は犯させない。エンデは敢えて彼から形見分けされた普段使いの騎士槍は手放していた。
 此度は嘗ての処刑役らしく、剣を手にして愛呪の化身に立ち向かう気概だ。
 橋の上を駆けるエンデに対し、ミハイルの偽物は片手をかざしただけ。すると其処から憎悪と激痛を齎す呪が巡ってきた。
 魂を穢して侵食していくような痛みがエンデを襲う。
 対するエンデは、影から産み出した泥と骨だけで創られた怪物を遣わせた。
 泥の怪物と共に橋を進み、相手を取り囲んだエンデは刃を振り下ろす。桜の焔が此方に舞ってきたが、燃やされようとも止まりはしなかった。
 呪を宿すミハイルなど、本物であるはずがない。
 それでもやはり、あの頃と変わらぬ姿に彼を重ねてしまう。されど、エンデは躊躇など決してしなかった。
 夜闇の世界を照らす星のように瞬く剣一閃。
「本当のキミの終わりは知らないよ。けれども――」
 望まれた果ての終わりに、キミの首が落とされたことは知っている。
 呪いを跳ね除けたエンデはミハイルの姿をしたものに呼び掛けた。反応はないが構わない。どうせ本当の彼ではないのだから、もし何かを言われても気に留めてはいけないと分かっていたからだ。
「……こんな風に、ね」
 そして、エンデは幻影の首を切り落とした。見る間に偽物は崩れ落ち、元の桜獄大蛇へと還っていく。これで呪の一部を退けられたと察したエンデは剣を下ろす。
 ――おちる音はダレのものだったかな。
 ぽつりと零れ落ちた彼の呟きに答えられるものは、何処にもいなかった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

冴島・類
此度の戦では
故人の幻影と語らう先もあるらしいが
もう会えない誰かを想う、ひとの気持ちを
利用されるのは嫌だ

幻が目の前に現れたら
解っていても、動揺するのは一瞬

話しかけられれば、にこやかに
親しげに、やあ、と返しながら近づき
決して名は呼ばない

その間も注意は解かず
刀に瓜江の風の力を降ろし
魔力溜め準備を

攻撃を放たれる一瞬を見極め、見切り
橋の欄干か、空いた先へ跳び回避
放った直後の隙へ薙ぎ払いを一閃

幻とはいえ
整合性が無さすぎる
僕は…かの人とこの姿で会話したことも無いんだから
ひとをころす術に、使わないでくれ

・幻影
ひとがたをとる前いた村にいた
友人になりたかったけど、物でしかなかった為
なれなかった、恩人の女性
名は愛宕



●陸の首と嘗ての恩人
 荒れ狂う狂愛の桜焔が飛び交う闇の領域。
 此度の戦では、故人の幻影と語らう先もあるらしいと聞いていた。
 しかし、此処で現れる故人は偽りのもの。冴島・類(公孫樹・f13398)は暗闇の領域を見渡し、周囲に満ちる呪の気配を確かめる。
 既に幾つかの蛇の首が猟兵達の大切な人の姿を模して、其々に襲い掛かっている。
「もう会えない誰かを想う、ひとの気持ちを使うなんて――」
 類は拳を握り、想いを利用されるのは嫌だと断じた。
 そうして一歩を踏み出すと、彼の前にもまぼろしが現れる。
「……君は、」
 類は或る名前を紡ぎそうになり、口を噤む。
 その名を呼びそうになった幻影は、己がひとがたをとる前いた村の女性。
 友人になりたかったが、嘗ての類はただの物でしかなかった。そのために友にすらなれなかった相手。関係に名をつけるとしたら恩人と呼ぶのが相応しい。
『だれ? ううん、誰でもいい。死の?』
 すると幻影は類を見つめ、にやりと哂った。
 それは生前の彼女とは似ても似つかぬ所作と表情だ。解っていても動揺してしまう。だが、類が心を揺らがされたのはたった一瞬だけ。
「やあ」
 にこやかに笑った類は敢えて問いかけに答えず、親しげに彼女に近付いた。相手は大蛇が変じた偽物でしかないゆえに決して名は呼ばない。
 対する幻影の周囲には呪力が漂いはじめていた。死のうなどという物騒な言葉を投げかけてくるほどだ、殺意や害意が見て取れる。
 こんな言動をするものは彼女――愛宕であるはずがない。
 類は心を鎮め、相手の動きを注視する。構えた刀に瓜江の風の力を降ろした類は魔力を溜め、交戦の準備を整えた。
『やめて、怖いことはしないで。……ねえ?』
 彼女は怯えるふりをしながら、くすくすと笑いはじめる。
 どうやら類の心を乱そうとしているらしい。その間にも狂気と消滅を齎す桜焔が類に向かって襲い掛かってきていた。
 類はその軌跡を見据え、攻撃が迫る一瞬を見極めた。焔を見切ることで躱した類は、そのまま橋の欄干に跳んだ。
 焔が迫ってくるが、すぐにそれらが集っていない先へ跳躍する。
 回避を続ける類は幻影から決して目を逸らさず、華麗に立ち回った。欄干を利用して飛び交う姿は、かの義経記の一節にもある牛若丸と弁慶の戦いにも似ている。
 今の類が対峙しているのは大男ではなく大蛇の化身。
 類は機を掴み取り、相手が攻撃を放った直後の隙を突いた。薙ぎ払い、鋭い一閃を見舞ったことで幻影が揺らめく。
『ふふ、あはは。あははは! さすがは類ね!』
「……幻とはいえ、整合性が無さすぎるな」
 狂気めいた笑みを浮かべた幻影の言っていることは滅茶苦茶だ。先程は誰だと聞いていたのだが、今は類の名前を知っている。過去も今も名乗った記憶はないし、さすがだと言われるような姿も見せていない。
「もうやめてくれ。僕は……かの人とこの姿で会話したことも無いんだから」
 幻影は類の心を読んで作られているだけ。
 本物の愛宕とは全く違うのだと断じた類は、一気に勝負を付けにかかった。たとえ相手が大切な人物だとしても、そのひとに喰われるなんて幸せは認められない。
 枯れ尾花の刃をまぼろしに差し向けた類は冷たく告げる。
「彼女の存在を――ひとをころす術に、使わないでくれ」
 刹那、風を呼ぶ刃が振り下ろされ、其処に巡る魔が祓われた。
 断末魔すら残さずに消えた幻影は蛇の姿に還り、桜獄大蛇の力は削がれる。類は暗闇の先を見つめ、刀を強く握った。
 愛から変じた呪とはどんなものなのか。未だ其の本性は、知れない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
彼岸と此岸が交わる暗闇に桜焔

ゾッとした
私はしっている
震える
行けない
いかなければ

橋上の人影
少女めいた姿
長い黒髪に水の瞳に冷たい微笑みも何時と同じ

─櫻宵

響く声だって同じ
現れるのは故人でしょう?
なぜ?母上…華蛇様が

もう知っていて目を逸らし否定した
母上はいきてるのだと
…本当の母上はもういない

─之で呪が完成します
仕上げにこの母を喰らいなさい
そう
あの時云われるがままに喰い殺した
忘れていたかった

─愛していますよ
私が守ります
言葉が蘇る
之が守るという事?
愛すること?

わからない

母の顔は伺い知れず
衝動の様に溢れる呪を薙ぎ払う

痛くて苦しくて堪らない
憎いのは世界でも呪ではなく私自身
私はいきていたいのに
生きることはきっと



●七つの首と桜獄大蛇
 彼岸と此岸が交わる暗闇。そして、荒れ狂うように舞う桜焔。
 黄泉に繋がる幻の橋の上。巡る戦いを眺めながら宙に浮いていた呪神が、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)をふと見下ろす。
「……!」
 途端に背筋が凍りつき、ぞっとした。視線を感じた櫻宵は何の言葉も発することが出来ず、縋るように屠桜の柄を握る。
(私はしっている)
 無意識に身体が震える。いかなければならないのに、進めない。
 躊躇している間に殆どの蛇首が他の者達の元に向かい、其の姿を変えていった。その最中で櫻宵を見遣っていた愛呪の姿がふっと消える。
 次の瞬間、橋上に人影が現れた。
 少女めいた姿。長い黒髪に水の瞳。其処に宿す冷たい微笑みも何時もと同じ。
『――櫻宵』
「母上……」
 自分を呼ぶ声だって、彼女そのものだ。
 何故。どうして。この橋に現れるのは故人であるはず。
「華蛇様が、なぜ……此処に――」
 櫻宵は疑問を零したが、本当は分かっている。知っているというのに目を逸らして否定してきた事実が今、目の前に示されていた。母はいきているのだと信じたくとも、此の場に彼女が現れたことが真実の証明になっている。
 そう、本当の母はもういない。
 封じ込めていた過去の記憶が櫻宵の中に蘇っていく。

 ――之で呪が完成します。仕上げにこの母を喰らいなさい。

 あの日、あの時に云われるがままに彼女を喰い殺した。従わなければならないと信じていたゆえに逆らえなかった。それから、櫻宵は記憶に蓋をした。
「忘れていたかったのに、母上は……」
『――愛していますよ』
 華蛇は双眸を鋭く細め、此方に手を伸ばしてくる。櫻宵は思わず後ろに下がってしまったが、闇の中にある見えない壁に背が当たった。
『私が守ります、櫻宵。いとしい子……』
 過去にも告げられた言葉を繰り返す華蛇は、息子の頬を撫でる。蛇の眼と表すに相応しい視線が櫻宵を射抜いていた。その眼差しからは執着が感じられる。
(之が守るという事? 愛すること?)
 わからない。逃れられない。
 周囲には桜の焔が舞っており、影になった母の表情は窺い知れなかった。頬に触れた冷たい手を避け、身を翻した櫻宵は屠桜を抜き放つ。
「いや、母上……嫌です、私は……」
 否定の言葉を紡いでも、続きを告げることが出来ない。
 櫻宵は辺りに散る桜焔を斬り裂き、衝動のままに溢れる呪を薙ぎ払っていった。それでも母の姿をしたものを斬ることは出来ない。相手が偽物であるとはどうしても思えなかったからだ。
 痛くて苦しくて堪らない。
 憎いのは世界でも呪ではなく、自分自身だ。
「私はいきていたいのに、生きることはきっと……」
 櫻宵が無意識の言葉を落とした瞬間、大蛇の力が解放された。
 かれの魂に宿る桜獄の巡りから、愛なる呪が放出されていく。殆ど暴走に近い力は戦場内にある全ての生命や動力、根源や魂すらも無力化していくもので――。
 力が巡ったのはたった数秒。
 されど、呪力をまともに受けた華蛇を消失させるには十分だった。消えゆく彼女は薄い笑みを浮かべ、櫻宵を褒め称える言葉を残していく。
『それで良いのです、櫻宵。呪も約も、桜も、全て散らしてしまいなさい』
 声の残響が収まったとき、櫻宵はその場に膝をついた。
「母上……どうして、貴女は――」
 力なく呟いた櫻宵の声に応えてくれる母はもう、いない。
 

成功 🔵​🔵​🔴​


 
●詠み路と黄泉路
 桜獄大蛇の首が変じたまぼろしは次々と撃退されていく。
 それによって薄紅色に燃える桜焔も次第に収まり、黄泉の橋を包み込んでいた闇も徐々に晴れていった。
 首の力を削がれたことで桜獄大蛇も此の場に留まる能力を失っているらしい。つまりは猟兵達の勝利だ。しかし呪神は特に気にした様子もなく、幽かな呟きを落とす。
『おなかがすいたの』
 けれど、と言葉を続けた呪神は猟兵達を一瞥してから、意味深な言葉を紡ぐ。
『ほしいものは、もうみつかったわ』
 やがて、愛呪の化身の姿は深い闇の中に沈むように消失していった。
 黄泉と幽世を繋ぐまぼろしの橋もまた、ゆっくりと薄れて消え去っていく。そうして残されたのは穏やかに流れる川辺の光景だけ。
 
 ――逢ふことの、絶えてしなくはなかなかに、人をも身をも恨みざらまし。
 

最終結果:成功

完成日:2021年05月19日
宿敵 『桜獄大蛇・愛呪』 を撃破!


挿絵イラスト