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大祓百鬼夜行⑧〜待雪草の季節は過ぎて

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

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「猟兵ちゃんたちには、もう一度会いたい死人はおるであるかな?」

 いつもよりも僅かに面倒そうな――それでもどこかのんびりとした――様子で、仮面のグリモア猟兵、葛籠雄九雀は指先で己のグリモアをくるくる回しながら、いつものような猫背のまま言った。

「カクリヨファンタズムに、『まぼろしの橋』という場所が時折出現するらしくてな。本来は渡った者を黄泉へと送るものらしいが……どうやらこの橋におると、『死んだ想い人の幻影』が現れ、夜が明けるまで語らうことができるらしい」

 しかも、それだけで現れた橋は浄化することができ、更に、そうして浄化できれば、この百鬼夜行の一助にもなるのだ。

「簡単過ぎるほど簡単であるよな。というわけで、戦い疲れた者でも暇な者でも何でも、『想い人』がおる者は、息抜きがてらで構わぬ故、向かってみて欲しいのであるよ。オレでよければ転送するであるからな」

 どうであるか?と葛籠雄九雀は、ひらりと手に乗せたグリモアを猟兵たちへ翳した。雀蜂の入った琥珀は、仄かに輝いている。

「尤も、それほど多い人数は案内できぬ故、その点は承知して欲しいであるな」

 それに折角会えるのであるから、あまり大人数で橋へ行くのもな。仮面はやはり、どこか億劫そうに、グリモアをまた指先で回した。

「失った者と再び語りあえるのならば、ゆっくり語らいたいものであろう――普通は?」

 たとえそれが幻影であったとしても。

「懺悔でも愛の告白でも、言えなかった何らかでも、好きに語り合って欲しいであるよ」

 言いながら、だが、と仮面は頭の中で呟いた。それは本物なのだろうか。黄泉へ渡る橋に現れる、『死んだ想い人』――それは、ただの『餌』ではないのだろうか。それなら、もしかすると、訪れた者の記憶から構築された都合のよい妄想ではないのだろうか……。
 それと語らうことは、生者が紡ぐ、慰みの独り言に過ぎないのではないか。
 そこまで考えて、ハッと仮面は我に返った。

「……ぬ。少々意識が飛んだ、すまぬ。まあそういうわけであるから、行きたい者がおれば転送するであるよ」

 では、今度もよろしく頼む。
 そう言って、最後に仮面は、猟兵たちへと頭を下げたのだった。


 


桐谷羊治
 なんだかポンコツなヒーローマスクのグリモア猟兵にてこんにちは、桐谷羊治です。
 九本目のシナリオも戦争シナリオです。グリモア猟兵が若干様子おかしいのは仕様なので無視してください。

 そんなわけで、二本目のカクリヨファンタズムです。お手柔らかにお願いします。
 プレイングボーナスは以下の通りです。

 =============================
 プレイングボーナス……あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう。
 =============================

 今回もプレイング受付から先着順かつ書けると思った順にスピード重視に書いていくので文字数が普段よりちょっと少なめになるかもしれませんので予めご了承ください。
 また、書けると思ったプレイングを執筆させていただくので先着順でも不採用が有り得ます。こちらも予めご了承ください。
 冠達成時点で〆ると思いますし、内容が内容なので、合わせよりはソロの方がよいかもしれませんが自由です。

 心情はあれば書きます。戦闘や探索はありませんが、多分大体いつも通りです。
 若輩MSではございますが、誠心誠意執筆させていただきたく存じます。
 よかったらよろしくお願いします。
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第1章 日常 『想い人と語らう』

POW   :    二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。

SPD   :    あの時伝えられなかった想いを言葉にする。

WIZ   :    言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

杜鬼・クロウ
・想い人
主=初恋の人の父
40代の神主
温和で人格者
亡き故郷で俺にひとの在り方を教えた
志や道徳は主から学ぶ

「クロウ、久しいね…随分と見違えて(容姿含め
逞しくなった
杜を出て…色々と外を見てきたのかな(頭撫で」
子供扱い、するなよ…俺はもう大人だ
「いつまでも御前は私の子だとも」

主と酒を飲みながら話せる日が来るなんて
お嬢も一緒だったら…いえ、何でも

和酒で献杯
猟兵や玄夜叉の話で盛り上がり

…俺、また好きな人が出来ました
でも
まただめでした
「…そう
後悔はしてる?」
してない
結び直したから
今回は…全部置いていけなかった
「…いつか
宿命と願い、両方叶うとも」
お嬢の時もよく慰めてくれたよなぁ
懐かしい

主、もう行くの?(悲し気



 
『まぼろしの橋』。
 この橋は、渡った者を黄泉へ連れて行くという――だがそこに、『死んだ想い人』が現れると聞いたから……杜鬼クロウは今、この昏い宵闇の橋を歩いているのであった。手には和酒と杯、脇には巻いた茣蓙を抱えて。『想い人』と、出来るなら……酒を飲みかわしたいと思ったから。
 けれど、星灯りさえもない夜の橋では、現れた者が確かに己の求める人であるのかどうか……そんなこと、最早わかりはしないのではないか。そうも思う。
 だが……
「……主」
 クロウは、橋半ばに立つその人影を見て、ぽつりと呟いた。
 ……嗚呼、どうしてわかってしまうのだろう? 周囲はすっかり墨を薄めて流したような闇に包まれて、橋の向こう側に何があるのかさえもわからないというのに。己が求める幻影だからか。
 それは一人の神主だった。歳は四十代だった――はずだ。温和で、人格者で――
(そして、亡き故郷で、俺にひとの在り方を教えた『ひと』)
 箸の使い方から、志や道徳まで。すべて、このひとから……主から学んだことだった。このひとと、このひとの娘と一緒に囲んだ食卓、その温かさ。それを思い出して、クロウは、強い郷愁と、そのいとおしさに、目を僅か細め、眉間に力を籠める。欄干の傍、その人影の顔かたちがすっかりわかるほど近付けば、先に口を開いたのは、そのひとの方だった。
「クロウ、久しいね……随分と見違えて」
 柔らかな微笑みで、男は言った。その、昔とあまりにも変わらない表情で、どうしても鼻の奥が少しだけ痛くなる。『ひと』の体は、俺の感情を隠してはくれない。
「逞しくなった」
 外見だけでなく、きっと、御前の心も。
 見透かしたような、それなのに不快ではない、愛情に満ちた言葉がクロウの胸を満たしていく。男が、クロウの頭へと、そっと手を伸ばして、柔らかく撫でた。子供へするように。幻影であるはずなのにその手が温かいのは、何故なのだろう。
「杜を出て……色々と外を見てきたのかな」
「子供扱い、するなよ……」
 俺はもう大人だ。そう言いながらも、振り解こうとは思わなかった。クロウの頭を撫でていた男が、ふ、と笑って、頭から頬へと手を移動させる。些か衰えて、だがまだ多少の張りを残した中年の指は、やはり優しい。
「いつまでも御前は私の子だとも」
 ……その言葉に、どう答えたらよいものか。
 数瞬考え、わからず――ただクロウは、「酒を持ってきたんだ」とだけ言った。
「おや、それはいいね」
 嬉しげな男にクロウはどこか安堵して、微笑と共に、酒の席の用意をする。星も出ない夜に、男と二人、橋の隅へ敷いた茣蓙に座って、静かに献杯し――それから、猟兵や、玄夜叉の話で盛り上がって――その最中に、ふとクロウは呟く。酔いが回ったのだろうか。
「主と酒を飲みながら話せる日が来るなんて」
 お嬢も一緒だったら。そう口から零れたのを、主は聞こえていたのだろうか。それとも、本当に聞こえなかったのか。どちらにせよ、男は僅かに首を傾げて「どうしたんだい?」と赤くなった顔でクロウに訊いた。
「……いえ、何でも」
 彼女の最期を見届けず、去ったのは……他ならぬ自分だ。恋は奇跡、愛はまやかし。以前考えた、そんな言葉をふと思い出す。
「……俺、また好きな人が出来ました」
「そうなのかい」
「でも」
 透明な和酒を入れた杯に、波紋が一つ広がる。
「まただめでした」
「……そう。後悔はしてる?」
 男が、ただ、昔のように、そう――『昔のように』クロウへ問う。ああ――『想い人』の幻影、まぼろしの橋。これが本物の主なら、どれだけ、どれだけ良かったろう。それとも、本当に本物なんだろうか。幻影だから本物でないと誰が決めた? でも、カクリヨファンタズムの黄泉に、主の魂はあるだろうか。ああ……それなら、やっぱり。酒に漣が立つ、波紋が増える。クロウは答える。
「してない。結び直したから」
 今回は……全部置いていけなかった。お嬢の時は全部全部置き去りにして、彼女の強さに甘えるような形で、ここまで来たのに。
「……いつか、宿命と願い、両方叶うとも」
 想い人の、主の幻影が、優しい腕で、幼い子供へするようにクロウを抱き寄せる。その仕草に、少しだけ笑う。
「お嬢の時もよく慰めてくれたよなぁ」
 懐かしい。
 顔を上げて、先程までよりもはっきり見える男の造作を見て――クロウは気付く。
(あ――)
 どうして空は紫黒を裂いて橙色に染まってしまうのか。あれだけ昏かった世界は、いつの間にか、地平線に太陽を覗かせていた。いずれこの空は、瓶覗の仄かな青に満ちるだろう。夜は終わりなのだ、つまり、この奇跡のような邂逅も。
「……私は行くよ」
 男が、杯を置いて立ち上がる。
「主、もう行くの?」
 クロウも一緒に立ち上がり、橙に照らされる男の横顔を見る。自分の声が、自分でも驚くほど悲しげな響きであることには気付いていた。男が、クロウの方へ顔を向けた。
「行くよ――何故なら私は、所詮まぼろしだから」
 朝日に照らされた柔和な顔立ちが、透けていく。
「クロウ、まぼろしに意味はないだろうか?」
 声も、どこか、溶けるように滲んでいく。
「そんなことはない。私に御前の話したいことを話して、伝えたのだという事実は、きっと御前を、いつか助けるだろう」
 だから、とクロウの主は言う。
「この邂逅が、御前の行く先の希望とならんことを願うよ」
 それだけ言い残して、男は瓶覗を迎えた空へと消えた。
 クロウの用意したささやかな酒宴の席は青く輝く空に照らされ――橋の下で、川はただ、静かにさらさらと流れるばかりだった。


 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・ディーツェ
想い人ね
俺が浮かぶのは双子の妹に弟妹か
嗚呼、予想に違わない
佳い夜だ
「顔がない君らも目立たない位に薄暗い」

今、生きている皆と触れ合う程に疑念が沸くよ
「本当に君達は生きて隣にいたのか」と
名前は分かる
思い出は残る
だが歳月が立ち過ぎた
何より「思い出が綺麗過ぎ」「生々しさが足りない」気がする
百余の生、それは俺の記憶している年月に過ぎない
証明する術はないのさ。記録もありゃしないからね

狂気に駆られ、体だけではなく頭まで自分で弄ったか
創造の家族を造り出したか…いずれも有り得る話だ

今も尚痛む胸は真実だと叫び
今も尚冴る頭は虚実かと疑う

どちらだろうな、どちらかなのかな
分からないが語ろうか


真実の破片を、探るために



 
(想い人ね)
『まぼろしの橋』を歩きながら、ヴォルフガングは思う。幻影を見るほどの想い人――自分にそんな存在がいるのだとすれば、それは双子の妹と弟妹に他ならない。村の者どもに辱められ、生きながら食い殺された、哀れな彼ら――一つの星も見つからない真っ暗な宵を、老いた狼はそんなことを考えながら、ただ歩く。
 やがて見えてきた、欄干の傍に佇む影に、男は「嗚呼、」と小さく声を上げた。ほら、予想に違わない。
「……」
 久しぶり、とでも言うべきだったろうか。会いたかったと咽び泣くべきだったのだろうか。もう失いたくないと縋りつくべきだったろうか? もうわからない、老いた、『老い過ぎた』狼にはわからない。人影たちも、何も言わなかった。
 ただ……佳い夜だ、と思った。
「……顔がない君らも目立たない位に薄暗い」
 人の感情を煮詰めて凝らせ、その上で薄めて広げたような、このあまりに冥い夜に、正体を失った自分と無貌の彼らは、如何にも似つかわしかった。
 ヴォルフガングは一度だけ家族だったはずの彼らを抱き締めて、それから離した。欄干に自分の身を凭せ掛けて、ふう、と一つ息を吐く。夜明けはまだ遠い。この橋のどこかでは、もっと美しい幻影と共に夜明けまでの語らいをしている者もいるのだろうか。そんな考えも頭を過ぎる。幻影――そう、幻影だった。己の内から生じるもの。
 これが真実だというならば――彼らの姿は、きっと、もっと違うものであるはずだから。
 少なくとも……『顔がない』筈がないのだ。
「今、生きている皆と触れ合う程に疑念が湧くよ」
 色々な世界で、今ヴォルフガングは猟兵たちと交流を続けている。特にグリモア猟兵でもある彼は、予知や戦争で多くの猟兵と触れ合うことが多い。
 そうして、『確実に生きている』猟兵たちと接触するたびに、彼は思うのだ。
「――『本当に君たちは生きて隣にいたのか』と」
 葉巻の一つでも持って来たら良かったかな、などとヴォルフガングは思った。別に吸えないわけでもないし――吸ってはいけないと言われているわけでもない。ああでも、怪異譚なんてものでは大体、幻覚や幻影は一服すると消えてしまうし――よくないのだろうかな。
 それでも、彼と会話するわけでもなく、ただそこに『居る』だけの幻影相手に喋り続けるのは、ひどく――ひどく、多分、つまらなかった。たまらなく手持ち無沙汰で――恐ろしくつまらなくて――あまりにも嘘臭い。ヴォルフガングは月も星もない、どんよりと重く雲の立ち込める空を見上げたまま続ける。
「名前は分かる。思い出は残る」
 だが歳月が経ち過ぎた。
「何より『思い出が綺麗過ぎ』『生々しさが足りない』気がする」
 とっくの昔に、ヴォルフガングは――『生き過ぎていた』。
「百余の生、それは俺の記憶している年月に過ぎない」
 狼はぼんやりと、空を見続ける。本当はもしかすると、もう千年でも生きているのかもしれない、そんな可能性だって、彼にはあるのだ。けれど。
「証明する術はないのさ。記録もありゃしないからね」
 当時の彼に、それを残す術はなかった。だから、ヴォルフガングの手元に、家族の記録は何にもない。今ならば、やろうと思えばどれだけでも記録くらい残せるけれど。
「狂気に駆られ、体だけではなく頭まで自分で弄ったか」
 ひとは記憶を改竄してしまうことがあるけれど――自分の場合、苦しくて、悲しくて、やりきれなくて――美しい日々だけ残したくて、頭の中のすべての思い出を、作り物めいた、出来の悪い、血の通わない芸術品にしてしまった可能性があった。何故なら、ヴォルフガングには、『それができた』から。それをやるだけの覚悟も、技術も、狂気も……そして多分、最後に残った脆弱さも――持ち合わせていたから。
 あるいは、と、ヴォルフガングは物言わぬ家族たちの幻影の傍で、ひらりと両手を広げる。ははは、こうやって独り言を延々と話しているだけで世界が救えるなんて、なんていい話なんだろう!
「想像の家族を造り出したか……いずれも有り得る話だ」
 くだらない、と、頭の隅で、冷静な自分が吐き捨てた。
 生き過ぎて正体を失いつつある自分も、改造したか定かでない頭も、幻影に語り続けるだけで救われる世界も。なんだか――どこか現実味もなく、馬鹿らしかった。
 それでも。
「今も尚痛む胸は真実だと叫び」
 それでもだ。
「今も尚冴える頭は虚実かと疑う」
 それでも、まだ。
「どちらだろうな、どちらなのかな」
 分からないが、語ろうか。
「真実の破片を、探るために」
 この心と頭の齟齬で、自分自身がいずれ千切れそうになったとしても。
 だって夜明けは、まだ遠いから。


 

成功 🔵​🔵​🔴​

ジニア・ドグダラ
……会いたくない、訳がないじゃないですか。ずっと、探し続けていたのです。
そして、あの時の言葉を聞いた時、あの時抱きしめた時から、ずっと。
それでも、死んだ事は受け入れなくちゃ、いけないのです。そうでなくては、前に進み続けれないのです。
なのに、どうしてまた、こうして会えるのですか。

セレニア、さん。

ずっと、願っていました。いつもの日常が、ずっと続く事を。貴女のお話しで笑みが零れ、貴女が揶揄って、きて、そんな、日が……!
幻影なのは、知っています。それでも今だけは、あの時と同じようにお話し、しませんか?どうか、お願いします。

……もう、夜明け、ですか。
だから、こそ、さようなら、です。どうか、幸せな未来を。



 
 セレニア・ミグダニアという少女は、ジニアにとって特別な意味を持つ。
 その彼女に、自分は、会いたいだろうか。
 答えは自明だった。
(……会いたくない、訳がないじゃないですか。ずっと、探し続けていたのです)
 そして、あの時の言葉を聞いた時、あの時抱きしめた時から、ずっと。
 探して、探して、探し続けて――自分の手で屠り、『今のジニア』をも作り上げた、彼女にとってたった一人の、すべてを賭しても良かった親友。
(それでも、死んだ事は受け入れなくちゃ、いけないのです。そうではなくては、前に進み続けられないのです)
 だからジニアは、『彼女のようなひとや、自分のような者を生み出さないために、そして、彼女の永眠を守るために戦い続ける』道を選んだ。
 それでよかったはずなのだ。
 それで……ジニアは、生きていこうと思っていたのだ。
 なのに――
「……どうしてまた、こうして会えるのですか」
 どうして本当に『会えてしまう』のだ、と、ジニアは、僅かな憤りにも近い感情さえ抱きながら、目の前に現れた人影を見る。
 曰く、黄泉へと渡るための『まぼろしの橋』に、『死んだ想い人の幻影』が現れる。
 それが嘘でも、カクリヨファンタズムに残った追憶の残滓でも。
 あるいは餌でも、幻でも。
 それは確かに、『想い人』の姿で……『想い人』の言動をしているのだ。
 ――ひとり橋をゆくジニアの先に、一人、少女が立っていた。それだけで最早、膝から崩れ落ちそうだった、それとも、駆け出しそうだったのだろうか。わからない――ただ、相反する感情に、足は動きを止めていた。心は既に、叫んで、喚いて、走り出して、身も世もなく縋って、泣き出しそうだったのに。
「セレニア、さん」
「ジニア、久しぶり」
 少女が、笑って手を振った。いなくなった時のまま……二十三になったジニアよりも、幾らか年若い頃の姿で……。う、と、震える手で、ジニアは口元を隠す。目の奥が熱い、鼻が鳴る、感情が――少しも、抑えきれない。いつもなら、もっと冷静でいられるのに。でも、だって、だって、だってだってだって!
「……ずっと、願っていました」
 涙が、溢れて止まらない。駄目だ、声が震える、何も言えなくなる。『この時間は、夜明けまでしかない』のに。セレニアは、昔の通りに、ジニアの記憶の通りに、笑っている。
 ジニアはただ、震える足で、ゆっくり少女の元まで歩いていく。
「いつもの日常が、ずっと続くことを。貴女のお話で笑みが零れ、貴女が揶揄って、きて、そんな、日が……!」
 セレニアの腕が、近付くジニアを抱き締めた。耳元で囁くように謝罪をしてくれて、ジニアの名を呼んでくれる。それだけのことが――どれだけ、どれだけ自分にとって幸いになることか! あの工場で彼女の死体を抱き締めた時のように、セレニアは、ジニアを抱き締めてくれる。その体に腕を回して、ジニアも少女を抱き締める――幻だと知っているのに、そこには確かな、ひとの温もりがあった。あの時のような死の冷たさではなく、生者が与える、安堵するような体温。そして、鼓動までもが。
 この一切合切が嘘だなんて、信じたくはない。
 信じたくはないけれど――それが真実なのだ。だからジニアは、親友を抱き締めたまま、涙に濡れた声で言う。
「幻影なのは、知っています。それでも今だけは、あの時と同じようにお話、しませんか? どうか、お願いします」
 いいよ、とセレニアが言う。たくさん話をしよう。ジニアが何か失敗をしたって話なら、おもいきり揶揄ってあげる、何か頑張った話なら、褒めてあげる、辛かった話なら、一緒に泣いてあげる、怖かった話なら、慰めてあげる。そんなことを言ってくれる親友に、ジニアはまた、涙が溢れて止まらなくなる。
「貴女がいなくなって、私、すごく探しました」
 少女の背に回した手に力を籠める。
「すごくすごく探しました。色んなことを経験しました」
 色んな世界に行った。色んな世界で戦った。ただの女子大生だったはずなのに、いつの間にかヒャッカと過ごすようになって、死霊まで扱えるようになって。ジニアが過ごしていたはずの『日常』はどんどん遠くなっていった。今ではもう、こちらの方が『日常』だ。
「それでも貴女にもう一度だけ会いたくて」
 ずっと歩いてきたんです。だから全部、ちゃんと聞いてくださいね。ジニアは、少女から身を離して、泣きながら、少しだけ微笑む。
「すっごく――長くなるんですから」
 そうして今までの、『非日常』だったはずの『日常』を、昔の『日常』でよく話した、他愛のないものみたいに語って、セレニアと過ごす。そうして笑い合って――いずれ来たるのは、突き刺すような朝日。
「……もう、夜明け、ですか」
 その残酷なまでの眩さに目を細め、ジニアは少女と向き直る。少女は薄く透け始めていた。
「セレニア」
 ジニアは少女の名を呼ぶ。
「私は、まだ、歩き続けるんだと思います」
 貴女のことを永遠に、忘れないままで。
 ああ――泣きたくないけれど。
「だから、こそ、さようなら、です」
 何度かしゃくりあげて、ジニアは最後の涙を拭う。
「どうか、幸せな未来を」
 そんな、いつか少女だったはずの自分からの祈りが……聞こえたからだろうか。
 セレニアは笑ってまた手を振り――そして、夜明けの日差しに消えたのだった。
 ありがとう、と、ジニアへ言った……あの時のように。


 

大成功 🔵​🔵​🔵​

スピーリ・ウルプタス
歴代当主様方は、須らく愛しく想っている私です!
全員様現れてもお一人様のみでも大歓迎致します
(持ち主たる当主が狂った時発動する、死を与える魔法陣記された禁書のヤドリガミ)

――お久しぶりです。貴方様の私でございます
お座りになって語りましょうか? 何でしたら私めを座布団代わりに(活き活き)
終始何も言わず微笑まれたままの元当主様
その視線だけでも心満たされます

…『私』の生きる理由は決まっていますので。何も後悔も恨みもございませんよ
現当主様が少々風変わりな方で
私が肉体得ていたと分かるや否や、暇を出されてしまいました
等々、“今”をご報告

本物であれ私の妄想であれ
語り合いのテイが出来て私は嬉しいです(橋を一撫で



 
『まぼろしの橋』を歩きながら、スピーリ・ウルプタスは考えていた。さて、一体自分の場合に『想い人』として現れるのは一体誰なのだろう?と。
(歴代当主様方は、須らく愛しく想っている私です!)
 そうなるともしかしたら全員、いえいえ勿論、お一人様のみでも大歓迎致しますが。いえでもやっぱり全員、フフフなんぞと顎に指添え、美貌の紳士は首傾げ、橋を歩き続けていた――と。
 現れたのは、最初の『元当主様』であった。その容貌が朧気であるのは、スピーリ自身の記憶が曖昧であるからだろうか。
 それでも会えたのは嬉しくて、「嗚呼!」と男は悦びの声を上げ、やはり最初が故に特別なのでしょうか、などと思いながら、その人影に心持ち急ぎ足で近寄っていく――が、瞬きをした途端、人影の姿かたちは、次の『元当主様』に切り替わってしまった。それで納得、ははあ成程、合点がいきました、とスピーリは、やはり朧気なままの人影の傍に速度を落として近付くと、紳士らしく礼儀を弁えた距離で佇む。どうやら、全員と会わせてくれる心算であるらしい、この橋は。なんというサービス、ただ、もう少し、お一人ずつの逢瀬の時間を長くして欲しいところではある。ああだが、タイムリミットは夜明けまで。そうなると、それほど時間は取れないのかもしれない。
 尤も、相手がどの『元当主様』であろうとも、スピーリにとっては関係がないのだが。
「――お久しぶりです。貴方様の私でございます」
 何故ならば、彼は、彼自身によって殺めてしまった、既に人数さえも自分では把握できていない彼らのことを、本当に『須らく愛しく想っている』のだから。
 相手が何方であろうとも、スピーリの愛は変わらないのだ。
 ゆっくりと礼をして、顔を上げる。『元当主様』の姿は、やはり、また変わっていた。夜明けまでに切り替わる人数を数えていれば、自身が何人の『元当主様』を殺めたのかわかるでしょうか、などとスピーリは少しばかり思う。けれど、これが記憶にあるものを描いているだけなのだとしたら、そんなことをしても結局、『スピーリの記憶の片隅にある人数』でしかなく、正確な人数ではないのだろう。
「お座りになって語りましょうか? 何でしたら私めを座布団代わりに」
 完全に本気の発言で、活き活きと語りかけるものの、欄干の傍で朧気に立つ『元当主様』は終始何も言わず、その茫洋として記憶に残らない容貌で、曖昧に微笑んだままスピーリを見るだけである。コミュニケーションは取れないようだ――禁書として拘束され続けた己との関係性のためだろうか。
 ああ、それでも。
「……その視線だけでも、心満たされます」
 胸に手を当て、スピーリもまた微笑む。
 持ち主たる当主が狂った時発動する、死を与える魔法陣が記された禁書。それが今微笑むスピーリ・ウルプタスの本体だ。それ故に、何人もの『元当主様』をスピーリは殺してきた。そしてそれ故に、スピーリは拘束され続けてきた。
 タイミングを計るように切り替わっていく『元当主様』に、男は言う。
「……『私』の生きる理由は決まっていますので。何も後悔も恨みもございませんよ」
 男の微笑みは崩れない。
「現当主様が少々風変わりな方で」
 私が肉体を得ていたと分かるや否や、暇を出されてしまいました。苦笑し、老いの見える目元に皺を作ると、『元当主様』の姿も揺らいで変わってしまう。
「ですから――そうですね。元当主様方には……私の“今”についてご報告させていただきたく」
 今、スピーリがどうしているか。どんな世界を歩いて、どんな体験をしてきたか。蛇のダイ様や、フジ様のこと。ジャパニーズホラーの現場で試練を受けた話だとか、異世界の海で海賊の捕虜になった話だとか、星屑漂う宇宙の船で、フクロウ型のドローンと一緒に資源の回収をした話だとか。そんなことを、楽しげに彼は話した。
 不思議なことに、そうしているうち、『元当主様』たちの表情も益々柔らかくなっていったように見えて――次々と己の体験談を語り続けていれば、いつの間にか、視界の端には橙に光る空が映っていた。
 夜が明けたのなら……一夜の物語は、これにておしまいだ。
(もしこの夜が千夜あれば)
 ふふ、とスピーリは朝焼けを見ながら笑う。尤も、殺してきたのは――自分だけれど。
 薄く透き通り始めた最後の『元当主様』は、やはり、微笑んでいる。夜明けの薄いブルーがスピーリを照らしていくのにつれて、『元当主様』は微笑みのまま消えていく。
「……今ここにいらっしゃる元当主様が、本物であれ私の妄想であれ」
 語り合いのテイが出来て私は嬉しいです。
 そう呟いて、完全に人影の消え去った『まぼろしの橋』で、スピーリは、この喜ばしい一夜の夢を見せてくれた『彼』――あるいは『彼女』の欄干を、一つ撫でたのだった。


 

成功 🔵​🔵​🔴​



最終結果:成功

完成日:2021年05月15日


挿絵イラスト