18
大祓百鬼夜行⑧~忘れ路の境界

#カクリヨファンタズム #大祓百鬼夜行

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#カクリヨファンタズム
🔒
#大祓百鬼夜行


0




●再会
 ――忘れじの、ゆくすゑまでは難ければ、今日を限りの命ともがな。

 月が美しく輝く夜。
 蛍の光が揺れ、幽かな煌めきが水面に映り込む。
 今宵、霊蛍が集う或る川には、まぼろしの橋が掛かっていた。ゆらり、ふわりと蛍が舞う度に橋の欄干に幻想の花が咲いては消える。
 やがて、橋の上には人影のようなものが現れていく。
 知っている相手である気がしてそちらに歩み寄れば、影は君に呼びかけてきた。
『         』
 懐かしいあの声で。とても懐かしい、あの表情と仕草で。
 今はもういない、君にとっての大切な人が――まぼろしの花橋の上で待っている。

 さあ、語り合おう。
 今宵だけの特別な刻の間だけ。終わりの朝が訪れるまで、ふたりきりで。

●再来
 もう会えない人。けれども、今も大切に想っている相手。
 そんな相手はいるかと問いかけてから、ディイ・ディー(Six Sides・f21861)は僅かに俯く。俺にはいる、とだけ呟いた彼はすぐに顔をあげた。
「カクリヨファンタズムの川には時々、渡った者を黄泉に送る『まぼろしの橋』ってのが掛かるんだってさ。この橋に訪れると、死んだ想い人の幻影が現れる。……そう、死者に逢えるんだ」
 今はいない大切な人。そんな相手ともう一度、逢う覚悟はあるか。
 逢えるならば橋に向かって欲しい。
 そのように告げたディイは猟兵達に願い、幻想について語っていく。
「相手は危害を加えてくるわけじゃない。生前のまま、お前にとって一番話しやすい時期の姿を取ってくる。だから心配はしないで良い」
 百鬼夜行の影響で、件の橋を放っておくと黄泉への路が開かれたままになる。しかし、現れた幻影と夜が明けるまで語らえば橋を浄化することが出来るという。
「会って話して、朝にはお別れ。簡単だろ?」
 相手がいとしい相手なら愛を語らえるし、家族なら思い出話や現状報告ができる。ライバルであるならば口喧嘩になるかもしれない。
 話すことは何でも良い。
 多くを語らずとも、寄り添い合っているだけでも構わない。
 そうして、夜が終われば二度目の別離を迎える。そのことが辛くないならば、それ以上に再会を望むならば――。
「いってらっしゃい。どうか、後悔のないように」
 黄泉と幽世、現世の境界。
 やさしい光を宿す蛍が舞い、淡い花が咲きゆく夜の橋で。
 君が誰と、何を語るか。それはきっと、君達を見守る月だけが識っている。


犬塚ひなこ
 こちらは『大祓百鬼夜行』のシナリオです。
 カクリヨにある「まぼろしの橋」に佇んでいると「死んだ想い人の幻影」が現れます。想い人に会い、朝まで語ることで橋を浄化できます。

 今回は『おひとりさま』でのご参加推奨です。
 受付期間はタグやマスターページを御覧ください。
 採用数は決めず、元気が続く限り頑張ります。戦争の進行重視でもあるため再送は行いません。そのため少数採用になってしまったり、何も問題がなくともプレイングをお返ししてしまうこともあります。
 ご了承の上でご参加頂けると幸いです。よろしくお願いします。

●場所
 美しい月夜。穏やかに流れる幽世の川。
 霊蛍がふわふわと舞う川辺に掛かった、まぼろしの橋の上。
 橋の欄干には、咲いては消える幻想的な花が現れています。(咲く花は様々なので、描写はこちらにお任せください)

●プレイングボーナス
『あなたの「想い人」を描写し、夜が明けるまで語らう』

 逢える条件は故人であること。
 恋人、親友、家族、宿敵、その他関係性は問いません。

 どんな関係で、どんな相手なのか分からないもの、他PCさんに関わる設定を出す許可を取っているか判断に迷うもの、曖昧なポエム的な表現のプレイングに関しては採用できかねます。相手の名前や関係性や性別、口調などがわかるプレイングであると採用しやすくなります。

●おまかせ要素
 プレイング末尾に『🔥』を明記してくださった場合、
 想い人さんの台詞や行動をお任せ頂いたものとして受け取ります。

 極力イメージに合うよう尽力いたしますが、完璧に再現できない場合もございます。お任せして頂ける場合、どんな反応が来ても大丈夫! というお気持ちでお願いします。
435




第1章 日常 『想い人と語らう』

POW   :    二度と会えない筈の相手に会う為、覚悟を決めて橋に立つ。

SPD   :    あの時伝えられなかった想いを言葉にする。

WIZ   :    言葉は少なくとも、共に時を過ごすことで心を通わせる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

リヴィア・ハルフェニア
◎/🔥
何方が現れるか分からなかったけれど、あの人は…。
(嘗ての国のドール研究者でまだ若くも責任者の一人…私を育ててくださった方。)

(丁寧に挨拶し)お久しぶりですね。

〈少し拗ねてみる〉
あら、私の事を忘れてしまったの?

〈相手が焦るので〉
ふふ、冗談と分かってるわ。

私も忘れないわ。
貴方が人一倍努力家で優しいという事も、時には厳しくも大切にされた日々も、貴方を看取ったあの時も…何一つ覚えているもの。

さあ、私と時間が許す限りお話しましょう?


〈例え幻影でもあの時の様に〉
今でも私にとって貴方は友人でもあり、兄であり、敬愛する偉大な父親よ。
お父様――どうか貴方の次の生も幸多からんことを祈ります。 
さようなら。



●敬愛する貴方と
 此処は死者が訪れる幻の花橋。
 幽世と黄泉を繋ぐかのように、今の橋には彼岸花が咲いている。
 霊蛍の仄かな灯に導かれるようにリヴィアは橋の中央に進み、目を凝らした。そうすれば、次第に橋の上に人影が現れはじめる。
「何方が現れるか分からなかったけれど、あの人は……」
 リヴィアの瞳にはある男性が映っていた。
 それは嘗ての自分が作られた国のドール研究者。当時はまだ若かったが、ドールに関係する研究の責任者の一人だった人。
(……ああ、私を育ててくださった方)
 もう随分と昔になる記憶を思い起こし、リヴィアは彼に歩み寄った。
 先ずは一礼をして、丁寧に挨拶する。
「こんばんは、お久しぶりですね」
『君は……誰だったか』
 彼はリヴィアをじっと見つめ、敢えてそのように語りかけてきた。辺りにふわりと舞う霊蛍が彼の顔を照らしている。何だか懐かしいと感じながらリヴィアは少しばかり拗ねた様子をみせた。
「あら、私の事を忘れてしまったの?」
『違う、違うんだ。そうではなくて……!』
 冗談が通じなかったと感じた彼が途端に焦りはじめたので、リヴィアはちいさく笑ってみせる。もちろん本当に拗ねているわけではなく、彼の冗談にも気付いていた。
「ふふ、冗談と分かってるわ」
『そうか。悪戯が上手くなったみたいだね。すまない、忘れてなどいなかったよ』
 久し振りなこともあって少しからかってみたかった、と彼は静かに笑う。
 リヴィアは微笑みを返し、そっと頷いた。
「私も忘れないわ」
 彼の前に立ったリヴィアはその顔を見上げる。
 どちらもあの頃のまま。まるであの日々の最中に戻ったかのようだ。リヴィアの体は成長しないが、あれから身体の方は成長した。
 彼もそのことを感じ取っているのか、真っ直ぐにリヴィアを見つめている。
「貴方が人一倍努力家で優しいという事も、時には厳しくも大切にされた日々も、貴方を看取ったあの時も……何一つ忘れずに覚えているもの」
『ああ……』
 彼が目を細めた。それは娘や妹を見るような優しい眼差しだ。
 たとえ彼の存在が幻影であったとしても、永い時を経て再び出会えた。そのことはリヴィアにとって喜ばしいことであり、彼もまたこの機会を歓迎しているようだ。
「さあ、私と時間が許す限りお話しましょう?」
『そうだね、何から話そうか。あれからのことを教えてくれるかい?』
「ええ、あのね――」
 一番の友で相棒のルトのこと。
 精霊達と過ごした長い時間のこと。
 猟兵に覚醒したこと。まだ見ぬ世界を識るために旅立ち、こうして此処にいること。
 彼はリヴィアの話に耳を傾け続けた。
 それから暫し、優しいひとときがゆっくりと巡っていき――やがて、朝が訪れる。

『ありがとう、楽しかったよ』
 別れの間際、彼はリヴィアに礼を告げた。
 こちらこそ、と伝え返した彼女は消えていく彼を見送る。
「今でも私にとって貴方は友人でもあり、兄であり、敬愛する偉大な父親よ」
『……ああ』
「お父様、どうか貴方の次の生も幸多からんことを祈ります」
 心から紡がれる娘の思いをしっかりと聞き遂げた彼は、微笑みを浮かべた。
 ――さようなら。
 リヴィアが告げた別れの言葉は、目映い朝陽の最中にとけて交じっていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

雪白・雫
…あのひとの最期は
疲弊、絶望、哀憎、諦観…
今は昔
けれど脳裏に焼きついて

歪んだ郷の風習
贄として育ったわたし
当時、破綻した人格の最中
愛してしまったあなた
親友であり…『特別』だった

永遠が欲しかった
唯一無二を求め行き着いた先
わたしは全てを凍らせた
郷も、あなたも、あなたの愛する人たちも

橋の上にて微笑むは
儚げ且つ凛と佇む美しい少女
あの頃の可憐なまま

きっと、まぼろし
酷く憎まれた最期が過る

ごめんなさい
ごめん、なさい

語れず、絞り出す想いは懺悔を重ね
ただその場に崩れ落ちる
許される筈がない
わたしが一番自分を赦せない

ああ、夜が明ける
本当のあなたじゃない
わかっている、けれど

いか、ないで――

頬を伝うしずくが、止まらない…



●永遠の一部
 蛍が舞い、花が咲いては消える橋の上。
 橋を進む雫の歩みが次第に緩やかになり、その瞳は足元に向けられる。
 俯いた雫が懐うのは、あのひとのこと。
(……あのひとの最期は、)
 疲弊、絶望、哀憎、諦観。そういったものに沈むような終わりだった。
 そんなことも今は昔。
 分かっているのだが、雫の脳裏には今も最期が焼きついて消えない。自分がまだ存在していることへの懺悔も尽きていない。それだというのに消え入ることも出来ないままで、こうして此処にいる。
 俯いたままの雫の前に、不意に影が差した。
 誰が来たのかの凡その予想はつく。しかしまだ顔を上げることは出来ない。その代わりに雫は歪んだ郷の風習を思い返す。
 贄として育った雫。
 その当時、破綻した人格の最中で愛してしまった相手がいた。
(あなたは、親友であり……『特別』だったから)
 あの日、永遠が欲しいと求めた。
 どれほどに言い訳をしても犯してしまった罪は消えない。けれどもあのときの自分は手に入れたいと願ってしまった。
 唯一無二を求め行き着いた先。これしかないという妄執にも似た感情でいっぱいになっていた雫は――全てを凍らせた。
「……郷も、あなたも、あなたの愛する人たちも」
 雫は気付けば思いを声に出していた。
 顔を上げれば、橋の上に少女がいると分かっていたからだ。ゆっくりと視線を移した橋の上。其処で微笑んでいるのは、儚げな少女だ。
 凛と佇む美しい姿は、あの頃と同じで可憐なまま。
 当たり前だ。雫が凍らせたのは彼女の時。今はあれが永遠だとは呼べないけれど、あれから彼女は成長することがなくなったのだから、同じ姿であるはずだった。
『まだ、あなたは生きているの?』
 少女が語りかけてくる。
 ちがう、ちがう。きっと、まぼろし。
 雫は彼女の顔を直視できなかった。胸裏に過るのは酷く憎まれた最期の姿。
 今の少女が笑っているのか、それとも最期と同じ表情をしているのかわからない。知りたくなかった。
「ごめんなさい。ごめん、なさい……」
『謝らなくていいよ』
 雫が何度も繰り返す言葉に対して、少女は静かに告げる。
 会って何を話したかったのだろう。ごめんなさいという言葉を聞いて貰いたかったのか。それとも、穏やかな頃の彼女の姿を見たかったのだろうか。
 語れず、絞り出す想いは懺悔を重ねるばかり。
 再び顔を上げることもできず、雫はただその場に崩れ落ちた。膝をついて、欄干に片手を添える。其処に冷たい六花の華が咲いていった。
 許される筈がない。
 赦して欲しくはない。
(だって、わたしが一番自分を赦せない)
 言葉を紡ぐことすら出来ず、雫はずっと彼女の足元を見ていた。雫がそれ以上を求めないからか、少女も何も語らなかった。
 そして――。
(ああ、夜が明ける)
 空が白んできたことを感じ取り、雫は視線を僅かに上げる。
 これは本当のあなたじゃない。わかっている、けれど。
「いか、ないで――」
 やっと絞り出した声は消え入りそうなほど小さなもの。縋るような想いを抱いて手を伸ばし、瞳を向けた先。其処にはもう、誰も居なかった。
 頬を伝うしずくが止まらない。
 朝陽を反射した涙の欠片は、黄泉に繋がる橋の上にぽつりと零れ落ちた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
いるんでしょ、お父さん
分かるよ
だって死んだ想い人なんてお父さんしかいないし
会いたかったって言ったら
寡黙に「俺も同じ」って言う?

不思議だな
幻影とはいえ
お父さんに会っても
前より少しだけ
ちゃんと向き合えるようになった気がする

あのね
驚くかもしれないけど
オレにも友達たくさんできたんだ
皆よくしてくれるんだよ
ほんと勿体無いくらい
いつかお父さんにも紹介するね
優しいから「良かったな」って喜んでくれるよね

お父さんは迷わず向こうへ行けた?
それともまだどこかで迷ってるかな
お父さん偶に抜けてるから
ちょっと心配だな

やっぱりお父さんがいないと寂しいし
会いに行きたい
けどやれる所までは生きてみるよ
だから期待しないで待ってて

🔥



●父と息子
「いるんでしょ、お父さん」
 まぼろしと死者が巡る花の橋の上で、十雉は向こう側に向かって呼び掛けた。
『…………』
 彼岸花が咲いている橋の上に気配が揺らぎ、人影が現れる。どうしてわかったのか、という旨の視線が相手から向けられた。
 十雉は彼――自分の父に歩み寄り、その瞳を真っ直ぐに見つめる。
「分かるよ。だって死んだ想い人なんてお父さんしかいないし」
『そうか』
 おいで、と呼ぶように十雉の父は腕を伸ばした。彼の顔がはっきりと見える場所まで歩を進めた十雉は、複雑な気持ちを抱えながらも思うままの言葉を告げる。
「会いたかった」
『……俺もだ』
 少し間を空けて、彼はそう答えた。
 何かを思って言い淀んだのではなく、父が寡黙であるからの間だと十雉は知っている。以前までなら切なくなっただろうが、今の十雉は違う。
 何だか不思議だ。幻影とはいえ父に会っても心は揺らがなかった。ほんの少しだけではあるが、ちゃんと向き合えるようになった気がする。
「あのね」
 子供の頃に戻ったように、自分のあるがままを晒した十雉は語り出す。
 父は黙って十雉の言葉に耳を傾けてくれていた。何でも言ってみるといい、と語るような眼差しは昔の父と同じだ。
「驚くかもしれないけど、オレにも友達たくさんできたんだ」
『……!』
 十雉が前置きしたように、父は軽く目を見開いて驚いていた。あの十雉に、という反応だったが同時に安堵めいた想いも抱いてくれているようだ。十雉は、へへ、と笑って続きを語っていく。
「皆よくしてくれるんだよ。ほんと勿体無いくらい」
 いつかお父さんにも紹介するね、と嬉しそうに話した十雉は心からの笑みを浮かべて続けていた。そんな息子を瞳に映す父の眼差しは優しい。
『良かった。本当に、良かったな』
 十雉が成長したことを見て、今の息子が生きている世界を知れることが彼にとって嬉しいことのようだ。十雉は更に詳しく大切な人や自分を取り巻く状況について話していく。ただそれだけで父は喜んでくれた。
 そうして、十雉は次に父に問いかけていく。
「お父さんは迷わず向こうへ行けた?」
『どうだろうな』
 父は曖昧に答える。此処に呼び出された魂は現れる前後の記憶を持っていないようだ。十雉は幻影だと思っているが、この橋は本当の黄泉に繋がる場所。彼は本物と呼べる存在であるのかもしれない。
 もっとも、父は十雉にどう思われているかなど気にしていないらしい。
 十雉は周囲に舞う蛍を見上げ、ぽつりと呟く。
「まだどこかで迷ってるってことかな。お父さん偶に抜けてるから、ちょっと心配だな」
 父はそっと息子を見守っていた。
 心配してくれてありがとう、という言葉は紡がれなかったが、そう思っていることは確かなようだ。蛍から視線を落とした十雉は肩を竦める。
「やっぱりお父さんがいないと寂しいし、会いに行きたいよ」
『…………』
 黄泉には来るな、と言いかけた父は敢えて何も言わなかった。何故なら、十雉の瞳には死への願望など映っていなかったからだ。
 十雉は父をしっかりと見つめる。彼も十雉を見つめ返して柔らかく微笑んだ。もうすぐ朝が巡り、別れのときが訪れることは互いに分かっている。
 それゆえに父を心配させぬよう、十雉は今の気持ちを言の葉に乗せた。
「けどやれる所までは生きてみるよ」

 ――だから、期待しないで待ってて。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜
舞う蛍が綺麗だとぼんやりした心地
咲いては消える花をひとつふたつ数え
視線を向ければ先生と呼び慕った青年の姿

にひひ。また逢えたね、昊く――いたたたたっ?!
もおーいきなり頬つねらないでよぉ

むぅ。感動のお別れしたけどさ
先生に逢えないの寂しいんだもん
にひひ。いまちょっと嬉しいと思った?

ねえ先生。わたし大学生なったんだよ
魔法の勉強だって欠かしてないし
昊くんの工房に置いてた本も借りたんだ、ごめんね

あとはねぇ
ふふっじゃーーん!
見て見て可愛い指輪でしょ?
大切な人がくれたの
彼を紹介したかったけど難しいから
どれだけ素敵な人か語るので覚悟してね

ふふ、そんな顔してもだめー
ちゃんと幸せだよ
だから心配しないでね、昊くん
🔥



●出逢いと別れの花
『――志桜』
 舞う蛍が綺麗だとぼんやりした心地で、咲いては消える花をひとつふたつ数える。その最中で呼ばれた名前。耳に届いた声は聞き覚えのあるものだった。
 はたとして視線を向けた志桜の瞳に映ったのは、先生と呼び慕った青年の姿。その首元には桜の花のネックレスが揺れている。
「にひひ。また逢えたね、昊く――いたたたたっ?!」
『先生。何度も言わせんじゃねえ』
 昊と呼ばれた青年は駆け寄ってきた志桜に手を伸ばし、躊躇なく頬をつねった。
「もおーまたいきなりそんな……! 暴力はんたーい」
 彼のこういった行動は本気なので思わず涙が浮かぶ。けれどもそれは、穏やかな場所で彼と話せることや、名前を呼んで貰えることに対しての嬉し涙でもある。
『せっかくああして見送られたってのに』
「むぅ。感動のお別れしたけどさ、先生に逢えないの寂しいんだもん」
『まぁいいけどな』
 欄干に背を預け、凭れ掛かった昊はまんざらでもなさそうだ。橋に桜が咲いていく様を見つめ、志桜は口許を綻ばせた。
「いまちょっと嬉しいと思った? あっ、いたいいたい!」
『何だ? 怒られに来たのかオマエは』
 昊は次に志桜の耳を引っ張った。しかし今度は本気ではなく、彼はそのまま志桜の髪に触れて頭を撫でた。口調も態度もぶっきらぼうなままだが、弟子との再会を歓迎していないわけではないと分かる。
 志桜は彼の隣にそっと寄り添い、同じように背を預けた。
「ねえ先生。わたし大学生になったんだよ」
『そうか、大きくなったな。あのチビがなぁ……』
「魔法の勉強だって欠かしてないし、昊くんの工房に置いてた本も借りたんだ」
 ごめんね、と志桜が告げると、別に構わないという答えが返ってくる。死んだ自分には無用の長物だと話した昊は、何でも好きに使えばいいと語った。
「あとはねぇ」
『まだ何かあるのか?』
「ふふっ、じゃーーん! 見て見て可愛い指輪でしょ?」
 志桜は右手を掲げてみせる。その薬指にはアクアマリンとモルガナイトが並ぶ銀指輪がはめられていた。
「大切な人がくれたの! 婚約指輪とかじゃないんだけどね、約束の証だって!」
『オマエ、惚気に来やがったな!?』
「にひひ。彼を紹介したかったけど、代わりにどれだけ素敵な人か語るから覚悟してね」
『……』
「ふふ、そんな顔してもだめー」
 志桜は悪びれずに笑い、昊は肩を竦める。嫌がられているわけではないことは志桜にも分かっているので、どんな顔をされても平気だ。
 昊は時折、苦虫を噛み潰したような顔をしていたが、ちゃんと話に耳を傾けていた。
 ひとつずつ、ゆっくりと。互いにたくさんの話をして、これまで以上に多くの言葉を交わした。そうして、幽世の空が白み始めた頃。
『……それで、オマエは幸せなのか?』
 昊は志桜に問いかける。
 魔女になったこと。呪いを宿す相手と共にゆくと決めたこと。それを聞いた師は弟子が歩むこの先の道が気になったらしい。
 すると志桜は何の迷いもなく、真っ直ぐに答えた。
「ちゃんと幸せだよ。だから心配しないでね、昊くん」
『それなら、いい。志桜が決めたなら――……ああ、もう時間だな』
 昊は天を仰ぎ、真っ直ぐに立つ。別れの時が迫っていることは分かっている。昊は最後に志桜の手を取り、何やら呪文を唱えた。
「昊せんせ――」
『じゃあな、志桜』
 名を呼び切る前に昊は言葉を遮る。さよなら、とは言わせたくなかったのだろう。そして――穏やかに微笑んだ彼は目映い朝陽の最中にとけきえていく。
 そっと師を見送った志桜の掌の中には、ちいさな桜の花が残されていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘七・一華


気がついたら、ここにかけてきていた
カムイ様から神域から出ては行けないって言われてたけど
俺は、俺は
一度でもいいから、逢いたかったんだ

かあさま!

ぎゅうと矢を握りしめる
この矢に祈った時だけ現れる、鬼姫
俺と同じ黒髪に、柘榴の瞳
片方が折れた角には牡丹一華を飾ってる
暁色の鬼姫
凛と綺麗な、言葉もかわしたことがない
かあさま

逢いたかったんだ
俺の事なんて、覚えてないかもしれないけど
でも!
かあさまはどんな物が好きだったのかな
どんな声で話すんだろう
話したいことは沢山ある

俺、陰陽術の勉強も頑張ってるんだ
今度カムイ様に剣術も習おうと思ってる
兄貴みたいに強くなるんだ

夜が明けるのが惜しい
まだ眠くないぞ!まだ!
かあさま…

🔥



●子守唄に花を
「――かあさま!」
 蛍が飛び交う花橋の上を駆けていく少年がひとり。
 黄泉から大切な人が訪れる橋の話を聞いた一華は、気付けば此処に訪れていた。匿われている神域から出てはいけないと言われていたが、じっとしていられなかった。
(俺は、俺は……一度でもいいから、逢いたかったんだ)
 一華は母の遺した形見でもある招霊木矢をぎゅうと握りしめた。
 母の姿は見たことがある。この矢に祈った時だけ現れる鬼姫が本当のかあさまだと教えて貰った。けれども、ゆっくりと話をしたことはない。
「かあさま、どこ……?」
 周囲を見渡してみても人影はなかった。
 一華が不安と焦燥で心細くなっていく最中、狛犬のコマが橋に訪れた。どうやら一華を追ってきたらしく、少し遅れてマコもついてきている。
 彼の足元にコマが辿り着いたとき、赤い牡丹一華の花が橋に咲いた。
 その瞬間、一華の前に人影が現れる。
 一華と同じ黒髪に、柘榴の瞳をした凛とした女性。彼女は暁色の鬼姫だ。片方が折れた白黒曜の角には橋に咲く花と同じものが飾られている。
「おいでなさい、一華」
「かあさま!」
 腕を広げた彼女に呼ばれたことで、一華はその胸に飛び込んだ。噫、と感嘆の声を零した母、サクヤが少年を抱き締める。
「かあさま、かあさま! 逢いたかったんだ!」
「ええ、私もずっと……あなたをこうして抱き締めたかったのですよ」
「俺の事なんて、覚えてないかもしれないけど、でも!」
「まぁ、息子のことを覚えていない母がいるものですか」
 今にも泣き出しそうな一華をあやすように、彼女は頭を撫でてやる。誘七の家の養母とは違うやさしいばかりの声と心地に、一華は身を委ねた。
 そして、二人は橋の上に腰を下ろす。
「かあさま、俺とお話してくれる?」
「構いませんよ。一華は何を話したいのですか」
「ええと、かあさまはどんな物が好きだったのか、とか。どんな風に咲うんだろうとか、どんな声で話すんだろう、とか……最後に言ったのはもう分かったけど……」
「ふふ、そうですね。それでは好きなもののことを話しましょうか」
 サクヤは一華を柘榴色の瞳に映し、静かに微笑む。
 好きなもの。好きなこと。望まれたことをひとつずつ一華に聞かせていった彼女は、最後にそっと付け加えた。
「ですが、いっとう大切な存在は貴方ですよ、一華」
「……! へへ、かあさま」
 一華が甘えるようにぎゅっと抱きつくと、サクヤはいとおしげに目を閉じる。そうして、瞼をひらいた彼女は一華をもう一度撫でた。
「さあ、次は貴方がお話をする番です」
「わかった! 俺、陰陽術の勉強も頑張ってるんだ。今度は剣術も習おうと思ってるし、兄貴達みたいに強くなるんだ。それから、それからね――」
 一華は母に自分について語れることが嬉しくて、色々なことを伝えていった。兄と神ね、とサクヤが小さく呟いたことには気が付かず、一華は楽しそうに語っていく。
 夜通し、語り明かせるのならば朝までずっと。
 そう思っていたのだが、一華は次第にうつらうつらと船を漕ぎ出した。
「一華?」
「は……まだ眠くないぞ! まだ!」
 何とか意識を保とうとしている一華を見つめ、サクヤはくすりと笑む。
「いいのですよ、母の腕の中でお眠りなさい」
「かあ……さま……」
 サクヤは子守唄を紡ぎ始めた。優しい声に導かれ、一華はゆるりと眠りに落ちていく。普段は凛々しい鬼姫も、息子の寝顔を見つめる瞳は淡く緩んでいて――。

 一華が目を覚ました時、既に朝が巡っていた。
 傍に母の姿はもうない。しかし、代わりに狛犬達が寄り添っていた。マコは寝息を立てて眠っているが、コマは一晩中しっかりと一華を見守っていたようだ。
「そっか……俺、かあさまと話せたんだ」
 寂しい気持ちはあれど、一華の裡にはそれ以上のあたたかさが宿っている。
 帰ろうか、と呼び掛けた少年に応えるように、狛犬がやさしく鳴いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結


逢いたかった
何時だって共に在るというのに
触れたかった
幾度でも、その冷ややかな指に
聴きたかった
その鈴音を、清らかな声音を
見つめたかった
ひとつきりの――

『あなた』の祝愛を結わいだ心
裡を焦がす想いは移ろうことをしらない


『かみさま』


『あなた』の真名を
『あなた』だけに紡ぐように
そうと唇に乗せて、象る

こうして御姿を見うつすことが出来る
それだけで盈ちてゆくよう
猩々緋の彩も、金糸雀の彩も
どちらもうつくしい、嘗ての戀の彩

もう一度、ふれてもよいかしら
なんて。わたしらしくもない

蝶の姿を成したあなたの魂は
ずうと、ずうと。七結の番に
心に添ってくださって、ありがとう

夜が明ける、その時まで
清廉なる眸を見うつし続けたい


🔥



●ななつの夜の、其の先へ
 霊蛍が舞うまぼろし橋の上。
 淡く燿く蛍の光の中にあかを纏う白い蝶が飛んでゆく。蝶々は次第に純白の光を宿していき、橋の中央に立つ七結の目の前に降りてきた。
 ふわりと髪を撫でるひかり。
 思わず目を閉じた七結が瞼をひらいたとき、其処には眞白の神が佇んでいた。
『七結』
 その口から紡がれたのはやさしい声色。七結に向けられている瞳の色は間違いなくあの彩。七結は口許をほころばせ、彼のひとにそうと歩み寄った。
 そして、そのまま身を預ける。
「逢いたかった」
『ああ、きみに触れたかった』
 七結の思いを感じ取ったらしい彼のひとは、やさしく七結を抱き留めた。
 何時だって共に在るというのに姿かたちが違う。あのときと同じように触れられないということが時折、ひどく心を痛めることがあった。
 彼のひとは七結の手を取り、穏やかに微笑む。
 幾度でも、その冷ややかな指に触れたいと願った。声を聴きたかった。その鈴音を、清らかな声音を。それから、彼の瞳を見つめたかった。
 ひとつきりのあなたを。
 唯一のいろと、かたちを確かめたかった。
『おいで』
 彼のひとは七結をいざない、橋の欄干に背を預ける。隣同士で並ぶ二人をそっと囲むように牡丹一華の花が橋の上に咲いては消えていった。
 ふたりの間には世間でいう情愛めいたものはない。
 神と愛し子。敢えて言葉であらわすならば、そのように呼ぶのが相応しい。
「かみさま」
『……七結』
 あなたの祝愛を結わいだ心も、裡を焦がす想いも移ろうことをしらない。
 呼び名を音にして、声にすれば彼のひとも応えてくれる。
「――さま」
 七結は彼のひとの真名を、『あなた』だけに紡ぐ。そうと唇に乗せて、象るのもやはりたったひとつきりのもの。
 ふたりには多くの言葉は要らない。
 それでも、言の葉をかわしたいと願う気持ちがあふれていく。七結は辺りを舞う霊蛍を眺めてから、彼のひとに視線を移した。
 こうして御姿を見うつすことが出来る。それだけで盈ちてゆくようで心地好い。
 猩々緋の彩も、金糸雀の彩も大切なもの。
 どちらもうつくしい、嘗ての戀の彩だ。七結の眼差しに気が付いた彼のひとは穏やかな瞳を向け返す。
『何でもいってごらん』
 彼のひとは七結の思いを知っているのか、ふわりと語りかけてきた。魂の形を変え、常に彼女に寄り添うからこそ、心の移ろいを深く理解しているのかもしれない。
 七結は彼のひとの声を快く感じながら、浮かんだ思いを願いにかえた。
「もう一度、ふれてもよいかしら」
 ――なんて。わたしらしくもないけれど。
 先程に抱き留められたことで心が満ちたと思ったのに、まだ少し足りない。
『もちろん』
 彼のひとは両手を広げた。その腕の中に、その手に、その指さきに。寄り添うように片手を重ねて、胸に額を寄せた七結は瞼を閉じた。
 彼の指が七結の髪を梳き、重ねた片手がぎゅうと握り締められる。
 どれだけ、そのようにしていただろう。気付けば空の色が変わり始め、朝が近くなってきた。白む天の色に比例するように、彼のひとの身体も薄れていく。
「……槐さま」
 はっきりと彼のひとの名を口にした七結は、その瞳を見上げた。
 蝶の姿を成したあなたの魂は、ずうと、ずうと七結の番としていてくれる。
「心に添ってくださって、ありがとう」
『きみの心の赴くままに。これからも、ずっと』
 七結が想いを伝えると、彼のひとはやわらかく囁いた。やがて眞白の神は魂の形を変えて戻ってゆく。
 けれども夜が明ける、その時まで。清廉なるあなたの眸を見うつし続けたい。
 終わりの刻が訪れるまで、ふたりの瞳には互いの姿が映り続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
……会いに来たよ
顔を覚えていない君



顔を忘れようとしていた君
私は君の事を親友だと信じていた
しかし、君は違ったのだ

私の母を慕い、私の母の子である私に近付いた
友人と初めから思っていなかったのだろう

黒髪の少女
淑やかで、何でも卒なく熟し、母の真似をしていた娘だ

君は私に言ったね
貴方を慕っていると
けれどもそれに応える事の出来なかった私に、君は全部嘘だと告げた

友達ごっこはお終いだったかな

……やっと君の顔が見れたよ
今まで思い出す事の出来なかった顔だ

私は君の顔を思い出さなければならないと思ったのだよ
君は唯一の友人だったからね

今更だが、君と向き合おう等と思ったのだ
君の名前は確か

嗚呼。やはり思い出せないな


🔥



●誉と焔
 燃えるような紅い彼岸花が咲く橋の上。
 英は目の前に現れた影に歩み寄っていく。小柄な女性の形を取った影は次第にはっきりとした形になり、その周囲に霊蛍が舞ったことで顔があらわになった。
「……会いに来たよ」
 英は彼女から向けられる眼差しを受け止め、その瞳を見つめ返す。
『久し振りね、英くん』
 彼女はそういうが、英にとっては顔を覚えていない――否、顔を忘れようとしていた相手だ。彼女はあの頃のように目を細めて笑っている。
「私は君の事を親友だと信じていた。しかし、君は違った」
『……ええ、貴方がそう思っているのなら、そうなのかもしれない』
 英が告げた言葉に対し、彼女は曖昧に答えた。
 嘗て、英とよく遊んでくれたのが彼女だ。昔の英は本当に彼女が友達であると疑っていなかったが、後にどうやらそうではないと気が付いてしまった。
 黒髪の少女。彼女は淑やかで何でも卒なく熟した娘。そんな彼女が慕っていたのは、英本人ではなく母の誉。
 誉に憧れていた彼女は、何でも母の真似をしていた。どうにかして近付きたいと考えた彼女は、誉の子である英との接触から活路を見出そうとしていた。
 将を射んと欲すれば先ず馬を射よの精神なのか。
 きっと、彼女は英のことをはじめから友人などとは思っていなかった。
 そのことを悟った時、英は落胆した。それに彼女のあの行動はまったくの見当違いだったとも言える。可愛がられている息子であるならば母に近付けただろう。いつも英によくしてくれてありがとう、いい子ね、という言葉を掛けてもらうことだって出来たかもしれない。だが、あの頃の英は母に見向きもされていなかった。
『私と話したいことがあるの?』
 黒髪の少女が背にしている欄干に、更なる赤い花が咲いては消えていく。
 頷いた英は嘗ての出来事を思い返し、確かめるように語っていった。
「君は私に言ったね。貴方を慕っている、と」
『……ええ』
「けれどもそれに応える事の出来なかった私に、君は全部嘘だと告げた」
『そんなこともあったわね』
「友達ごっこはお終いだったかな」
 英の問いかけに対し、彼女は返答をしなかった。
 代わりに心境を言葉にしていく。
『誉さんは貴方のことをひとつも見ていなかったもの。いつからか、私が英くんを見ていてあげたいと思ったの』
「……」
『けれど、貴方はもう私の最初の動機に気付いていた。だから誤魔化したの』
 嘘にすれば傷つかない。
 誉にも英にも、本当の意味で近付けなかったと知った彼女は自分を咄嗟に守ってしまった。それがあの嘘という言葉で誤魔化した『嘘』だと語り、彼女は俯いた。
 英は息を吐き、そうか、とちいさく呟く。そして、俯いた顔を覗き込む。
 真実は簡単なものだった。嘘から始まり、本当に変わりかけた友情と親愛が最初の通りの嘘に戻った。たったそれだけのことだったのだ。
「……やっと君の顔が見れたよ」
 今まで思い出す事の出来なかった顔だが、今はちゃんと見つめられる。
 英はひとつきりの縁を結び、誉との邂逅を経て、それから新たな転機も得た。だからこそ今、彼女に会いたいと思えるようになった。
「私は君の顔を思い出さなければならないと思ったのだよ」
『……どうして』
「君は唯一の友人だったからね。今更だが、君と向き合おう等と思ったのだ」
 君の名前は、確か。
 英は彼女を呼ぼうとしたが、思い浮かばないままだったので首を傾げる。
「嗚呼。やはり思い出せないな」
『もう。そういうところよ、英くん。私の名前はね、』
 ――ほむら。
 憧れた誉れも得られず、炎にもなれず燃え尽きた焔の残滓。
 もう忘れないでね、と仄かに笑った少女は消えていく。その姿を見送った英は手を振り、母と少しだけ似た名を宿す少女を懐う。
 彼女が死してから長い時間を経て――やっと今、追悼の心が送られた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

アンノット・リアルハート
久しぶりでいいのかしら
いやほら、思ったよりも早い再開だったから
キマイラフューチャーでの戦争って二年くらい前?
エニス。私の宿敵で、『私』の大切な妹

まあなんというか、大きくなったわね
「お前と会った時には既にこの姿だったが?」
ってそうなんだけど、仕方ないじゃない
私の記憶だともっとずっと小さかったんだから、それがドレスの似合うお姉さんになっちゃって

歌はまあ……昔と変わらなかったけど
「笑うな!」
って言われてもねえ、凄い音量で……誇り高い、国を守る竜の歌、私の自慢よ
だからほら、あの時の約束
「もしまた出会えたらその時は友達として一緒に歌を歌いましょう」
夜が明けるまで少しだけ月と夜空に聞いてもらいましょう🔥



●リアルハートの歌声
 それは誰かが見る夢で栄える不思議な国。
 むかしむかし。そこには、歌と踊りがたいそう好きな王女さまがいて――。

 王国とは雰囲気の違う、朱塗りの太鼓橋の上。
 まぼろしの橋と呼ばれている黄泉と繋がるその場所で、アンノット・リアルハートは或る人影と向かい合って立っていた。
「久しぶりでいいのかしら」
『そうだな、そういう括りになるんだろう』
 アンノットの声に答えたのはアンマリス・リアルハート。アンノットにとって、とても大切だといえる大事な存在だ。
「いやほら、思ったよりも早い再会だったから」
『二年を短いと思うかどうかは人それぞれだが、久しぶりと返しておこう』
「キマイラフューチャーでの戦争って二年くらい前? それくらい経つのね」
 ――エニス。
(私の宿敵で、『私』の大切な妹……)
 あの日の戦いと歌を思い返したアンノットは、アンマリスことエニスを見つめた。
「まあなんというか、大きくなったわね」
『お前と会った時には既にこの姿だったが?』
 アンノットがしみじみと語った言葉に対し、彼女はその場でくるりと回ってみせる。黒を基調にしたドレスが夜風を受けてふわりと揺れた。
 周囲に飛び交う霊蛍がその姿を淡く照らしている様は、何だか幻想的だ。
「ってそうなんだけど、仕方ないじゃない」
『いつまでも子供だと思わないで欲しいな』
 これでも立派なレディだと宣言した彼女は薄く笑む。まぼろしの橋の効果であるのか、それともオブリビオンとしての彼女を滅したからなのか、二人の間に流れる空気はとても和やかなものだ。
 アンノットはそっと微笑み、彼女を見つめる。
「私の記憶だともっとずっと小さかったんだから、それがドレスの似合うお姉さんになっちゃって……改めてゆっくり眺めると、本当に素敵ね」
『そうだろう』
 褒められたことで少し得意気な表情を浮かべたエニス。その仕草と顔が記憶の中の幼い少女と重なり、アンノットはくすくすと笑った。
「歌はまあ……昔と変わらなかったけど」
『笑うな!』
「って言われてもねえ、凄い音量で……誇り高い、国を守る竜の歌、私の自慢よ」
 変わったこともあるが、変わらないこともある。
 亡き王女の複製体として生きてきたアンノットの辿った道筋は少しばかり複雑ではあったが、あの日、あの時に交わした歌と約束は今もきっと有効であるはず。
『……そうか』
 エニスはふわふわと舞う霊蛍を振り仰ぎ、歌を紡ぎはじめた。

♪忘れないで どうか
♪忘れないよ いつも

 アンノットも一緒に声を合わせ、あの日の歌を再現していく。遠く離れ離れになっても心は通じ合っていた。
 軌跡のような再会に、二人が歩んだ軌跡をあらわすような歌。
「だからほら、あの時の約束を」
『ああ……』

♪もしまた出会えたらその時は友達として一緒に歌を歌いましょう

 二人の声が再び重なる。
 姉として、妹として。そして、あの約束通りに友達として。
 リアルハート王国の姫達の想いと歌声が黄泉と再会の橋の上に響き渡る。この歌を、この心を、抱く想いを此処に。
 夜が明けるまで、少しだけ月と夜空に聴いてもらいましょう。

 忘れられた国があって、忘れられた王女がいた。
 今はもはや、誰も彼女を夢に見ないけれど――歌は確かに、此処に響いている。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

檪・朱希
亡くなった、大切な人がこの橋に……
お父さん代わりに、暫くの間私を育ててくれた研究員の男性。

本当のお父さんじゃないけど、お父さんと、呼んでた。

『元気かい? イチイ君』
当時、私の名前はイチイだったから……そう呼ばれていて。

『一緒にいた頃よりも、笑顔が増えたね』
うん。色んな世界に行って、色んな人達と出会っているんだ。
猟兵になってから、新しいことばかりだよ。
『……そうか。君が生きていてくれて、本当に良かった』

お父さんは、私がこの異能を得る代わりに……目の前で、ハサミで首を無惨に斬られて、殺されて。

だから……もっと、話したい。
でも、もう時間だね。
……大好きだよ、お父さん。
最後に、歌を歌ってお別れ。
🔥



●父と娘
 訪れたのは霊蛍が舞い、花が咲いては消えるまぼろしの橋。
(亡くなった、大切な人がこの橋に……)
 花咲く橋に踏み出した朱希は辺りを見渡す。
 今も自分が想っている人と逢えると聞いて、思い浮かんだのは或る男性。
 揺らめく霊蛍を目で追っていると次第に橋の中央に人影が現れはじめた。朱希が目を凝らしたとき、呼び声が聞こえた。
『元気かい? イチイ君』
「……お父さん」
 朱希は声の主を見て息を飲む。
 予想はしていたが、実際に目の前に現れたことで懐かしさが溢れてくる。
 白髪で細身の彼は白衣を着ており、あの頃と変わらない優しい目をしていた。
 彼は本当のお父さんではないけれど、そう呼んでいた。つまりは父代わりだった人。暫くの間、朱希を育ててくれた研究員の男性だ。
 当時の朱希の名前はイチイだった。だから今もそう呼ばれたのだろう。
「……元気? なんて聞くのは違うかな」
 朱希は少し戸惑いながらも、彼の傍に歩み寄った。
 おずおずと問いかけて、はっとした朱希は慌てて首を振る。黄泉から訪れた相手に問うことではないと気付いたのだが、彼は別にいいよと答えて双眸を細めた。
『そうだね、元気だよ。こうしてまたイチイ君に会えたんだから』
「そっか、良かった」
 安堵を抱いた朱希は彼の優しさを改めて知る。
 橋の欄干には月下美人が咲いていき、二人を包み込むような花の領域が出来上がっていった。朱希達は橋に背を預け、隣同士で並んだ。
 朱希は嬉しくなって仄かに笑む。
 すると此方を見つめていた彼もちいさく笑ってみせた。
『一緒にいた頃よりも、笑顔が増えたね』
「うん。色んな世界に行って、色んな人達と出会っているんだ」
『……そうか』
 様々な話の中で、今の自分の名前は朱希だと伝えた。朱希が真っ直ぐに語ることを聞き、彼は本当に安心したというように頷く。優しい彼はやはり自分を案じてくれていたのだと知り、朱希はふわりと笑ってみせる。
 別れ際の悲劇はあまり思い出したくはなかった。
 自分がこの異能を得る代わりに、彼は目の前で首を斬られて、殺されて――。
 苦しい。憎い。悲しい。もう、嫌だ。
 そんなことばかり思っていたこともあった。消えない心の痛みもある。けれども今、その過去すら抱えて前に進んでいけている。そういって朱希は彼を見上げた。
「猟兵になってから、新しいことばかりだよ」
『……そうか。君が生きていてくれて、本当に良かった』
「お父さん……」
 朱希はそっと彼に寄り添い、これまでのことを伝えたいと告げた。
 たくさんのことがあった。
 父のように優しくしてくれる人もいっぱいいた。新たな出会いを経て、縁を深めていくことの喜びを知った。
「まだ話し足りないんだ。だから……もっと、話したい」
『そうしたいのは山々だけど――』
 しかし彼は悲しそうに瞳を伏せる。その理由は朱希にも分かっていた。
「でも、もう時間だね」
『ああ……』
 二人は朝が訪れ始めた空の色を見つめる。それから、朱希達は向かい合った。
 別離の時は再び近付いている。けれども今度は、哀しくて痛いものにはさせない。
「……お別れだね、お父さん」
『楽しかったよ、イチイ君。いや……朱希君』
 互いに最後の言葉を伝えあった二人は静かに微笑む。
 そして、朱希は別れの手向けとして神楽歌を紡ぎはじめた。巡りゆく朝陽の最中、大切な旋律が響き渡っていく。

 私を助けてくれてありがとう。お父さんになってくれて、ありがとう。
 ――いつまでも、大好きだよ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード


綺麗な所だ
蛍が舞って
不思議な花が咲いて

もう会えないひと
思い出すのは3体の機人の友達……いつもなら
でも今、浮かぶのは

金の髪
青の双瞳
ぼくをカカシさん、と呼んで
身体は弱いけれど
キャロットケーキ以外のニンジン料理は絶対食べない頑固
笑ったり泣いたり感情を身体一杯で表して

みんな彼女が大好きだった
ぼくが恋していて、花を捧げたいひと
小さなルー

ああ、動いてる
笑っている君を見るのは久しぶり

ねえ
あの庭、今年も綺麗だよ
ルーの好きな夕化粧も咲いてるよ

それにぼく結構料理上手くなったんだ
今の腕前ならルーもキャロットケーキ、食べてくれるかもね
友達だって増えた

いつもの君は館で留守番している
君は、
……君は

もう起きない、の?

🔥



●本当のこと
 とても、とても綺麗な所だと思えた。
 ふわふわと霊の蛍が舞い、咲いては消える不思議な花が見える橋の上。
 ノイはゆっくりと橋を進み、その中央で立ち止まった。此処では、もう会えない大切な相手に会えるという。
 いつもなら思い出すのは三体の機人の友達。
 ノッポの執事に気の強いメイドに、まん丸のコック。
 ノイに後のことを託していった、大切な者達なのだが――しかし今、浮かぶのは違う人影。ノイの双眼が向けられた先には幼い少女がいた。
『カカシさん』
 金の髪に青の双瞳。少女は懐かしくも感じられる声でノイを呼んだ。
「ルー……君の声を聞いたのは、久しぶりだ」
『そう? あれから、そんなに時間がたったの……?』
 ルーと呼ばれた少女は不思議そうに首を傾げる。きっと彼女にとってはノイや機人に囲まれて過ごしていた時が昨日のように感じられているのだろう。
 彼女は身体が弱いけれど、心は元気で頑固な子だった。
 何故ならキャロットケーキ以外の人参料理は絶対に食べず、ひとつのことに笑ったり泣いたりとそのときに覚えた感情を身体一杯で表していた。
 花を摘んで帰ったら、とても綺麗だと喜んでくれた。
 コックがこっそりと料理に人参をいれたことを知り、ひどい! と泣いた。
 時に我儘で、時に素直で、すべてが愛らしい。まさに天真爛漫と呼ぶに相応しい彼女が、みんな大好きだった。それから――。
(ぼくが恋していて、花を捧げたいひと)
 ああ、小さなルー。
 ノイは少女に腕を伸ばし、一輪の花を差し出した。橋の欄干には様々な春の花が咲いていたので彼女にはそちらの方が嬉しく感じるかもしれない。しかし、ノイは自分が摘んできた花を手渡したかった。
 紫の花が自分への贈り物だと知り、少女は瞳を輝かせた。
『このお花……! ありがとう、カカシさん!』
 花を受け取った彼女は、嬉しい、といって微笑む。その表情はとても明るい。
 動いている。笑っている。
 そんな君が見られるなんて、と感じたノイは機体にやわらかな熱が巡るような感覚を覚えていた。そうして、ノイは彼女を誘って橋の上に座る。
「ねえ、ルー。あの庭、今年も綺麗だよ」
『ほんと? よかった。じゃあこのお花も?』
「もちろん、ルーの好きな夕化粧も咲いてるよ」
 今の屋敷のことを知らないルーに向けてノイは様々なことを語った。先程に渡したものも庭に咲いていたものだ。
 彼女もノイの隣にお行儀よく座り、その話に耳を傾ける。
「ぼくも結構、料理が上手くなったんだよ」
『コックさんよりも?』
「どうだろう。でも今の腕前ならルーもキャロットケーキ、食べてくれるかもね」
『すごい! それなら食べてみたいな』
「友達だって増えたんだ」
『メイドさんとしつじさん達以外にもいるの? いいなあ、カカシさん。ケーキも食べたいし、お友達のこともしりたいけれど――』
 少女は僅かに俯いた。
 もうできないことが、かなしい。
 独り言ちるように呟いた少女の言葉の意味をノイは理解したくなかった。けれども此処がどんな場所であるのかをノイは知っている。
 まぼろしの橋は黄泉に繋がる場所。即ち、死者でなければ此処には現れない。
 それに、いつもの君は館で留守番をしているから。
「君は、……君は、」
『…………』
 黙り込んだ少女に向け、ノイはそっと問いかけた。
「もう起きない、の?」
『――うん』
 返されたのはたった一言。ノイを見つめた少女は悲しげな目をして頷いた。
 その手に大切に握られている一輪の花が夜風を受けて揺れる。
 脳裏にノイズが走った。認めたくはない。嘘だと拒絶したかった。それでも、一番大切な彼女がはっきりと肯定したことを否定したくはなくて――。
 ノイはその日、真実を認識した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
ヨル、橋を渡りきったらダメなんだぞ!

誰と逢えるのかな
きっと、とうさんだ
かあさんかも

見知った黒燕尾服が見え─

「よぉ、ガキんちょ!驚いたか?」
なんて迎えたのは白い鳥…ユリウス!
何だぁとうさんじゃないの?
むー!鰭を引っ張るなー!
僕は、ふあざこんじゃないんだから!
僕と同じ色の白い魔術師をぽかぽか

ユリウス
僕ね三つ白の魔法使えるようになったよ
えへん!

ちゃんと君の願いを受け止めて
願いを読みとけてる?

夢だってできた
これは果たすまでとうさんにも内緒なの
驚かす!

魔法ももっと覚える
とうさんとかあさんの願いも
ユリウスの願いも僕は叶えたいんだ

朝まで話そうよ
かあさんの事ももっと知りたいよ
僕の知らない昔のことも、たくさん!



●黒薔薇と白のふたり
「きゅー!」
「ヨル、橋を渡りきったらダメなんだぞ!」
 黄泉に繋がる花橋の上、元気よく駆けていった仔ペンギンがリルの声を受けて急停止する。きゅっとターンを決めて中央で止まったヨルを追い、リルは游いでいく。
 橋には黒薔薇が咲いていて、霊蛍が集っていた。
 此処で誰と逢えるのか。
(きっと、とうさんだ。もしかしたら、かあさんかも)
 期待を抱いたリルの目の前に、次第に見知った黒燕尾服が見えはじめて――。
『よぉ、ガキんちょ! 驚いたか?』
 片腕をあげ、リルを迎えたのは白い鳥。
 きゅう、とヨルが驚いた声をあげたが、すぐに彼に向かって飛びついていった。
「ユリウス! 何だぁとうさんじゃないの?」
『あからさまに残念そうにするなよ。ヨルは嬉しそうなのに、なぁ?』
「きゅ!」
 そういって白い鳥ことユリウスは片腕でヨルを抱き、もう片方をリルに伸ばす。
「むー! 鰭を引っ張るなー!」
『ファザコンもそろそろ卒業したらどうだ?』
「僕は、ふあざこんじゃないんだから!」
『じゃあマザコンか? まだまだ鰭の青いチビちゃんだな』
「チビ? 尾鰭は毎日すくすく伸びてるよ!」
 リルは自分と同じ白を宿す魔術師をぽかぽかと叩いた。一緒になってヨルもぺちぺちしているが、ユリウスは平気そうだ。
 その間にも欄干には黒薔薇が咲き乱れ続けており、白い二人をそっと包み込むように花が巡っていった。
『まぁいいか。せっかくの機会なんだし、適当に話すぞ』
「僕はまだ許してないぞ! でも、そうだ。ユリウス! 僕ね、三つも白の魔法が使えるようになったよ」
 えへん、と胸を張ったリルは得意げだ。
『そりゃすごい。切欠集めが出来てるなら上出来だ』
「ちゃんと君の願いを受け止めて、願いを読みとけてる?」
『どうだろうな。事を為せるかはお前次第だ』
 夜の最中、二人はまるで兄と弟のように語り合っていく。リルがこれまでの事を話し、ユリウスがそれに相槌を打つという形だ。
「夢だってできたよ。これは果たすまでとうさんにも内緒なの。驚かすんだ!」
『へぇ、大それたことを考えてるんだな』
「魔法ももっと覚えるよ。とうさんとかあさんの願いも、それからユリウスの願いも僕は叶えたいんだ」
『……俺の、願い。俺よりも、あの女の方が……』
 リルが語った言葉を聞いたユリウスは、僅かに俯いた。その言葉は誰かに聞かせる為のものではなく独り言だったようだ。彼の様子が少し変わったことに気付いたリルは首を傾げる。するとユリウスは顔を上げ、最初と同じ不敵な笑みを浮かべた。
『それなら期待させて貰う。ま、ガキんちょに出来るかどうかは半々ってとこだな』
「それじゃあ僕もっと頑張るから!」
『意気込みだけは合格点だ』
 ふ、と彼が笑うとリルも淡く微笑んだ。
 そうしてリルは朝まで話したいとユリウスに願った。これまではリルが話していたので次は彼の番だ。
「かあさんの事も知りたいよ。僕の知らない昔のことも、たくさん!」
『それなら、時間が許す限り何個か話してやる』
 それからユリウスは幾つかの話を語った。
 まずはエスメラルダが紡ぐ歌を初めて聴いたときのこと。次に彼女が本当にリルを想っていたこと。黒薔薇の聖女が青薔薇の伯爵に騙されて憤怒していたときのことや、調子外れの変な歌のこと。彼が語る話を聞くリルの瞳は真剣だった。
 そうして、彼らの語らいは朝まで続く。
 この邂逅が未来をどう変えていくかは、まだ誰も知り得ぬことだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

月守・ユア
漆黒髪に月色瞳の男を見る
己は知ってる
彼は魂の欠片に過ぎない
其の魂の殆どは現世で彷徨ってる
多分、邪神の姿で

目前の君は闇堕ちる前の優しき姿

やぁ、兄サン
何しに来たって近況報告だよ

彼の形見
煙管”月魄幻影”で一服し
おどけた様に笑う

ユエなら元気
でも
今も君を探して旅してるんだ
君が邪神なんかになって消えたから

僕だってそう
何処にいるか教えてくれないの?

もう僕らは守られるだけの少女じゃないんだ
君の想いくらい受け止められる
君がどんなに刃を向いても

君が
僕ら想って一族をハッ倒した事くらい知ってる
後悔してるんだ
君に多くを背負わせた事

闇の底でも必ず君を見つける
待ってろ
今度は僕らが君を救うから!

🔥
兄の口調

~だよ、だ
妹想い



●告ぐ想い
 花咲く橋の上、ユアの前に現れた人影。
 それは漆黒の髪をした月色瞳の男だ。ユアは彼を見遣り、首を横に振る。
 己は知っていた。
 此処に姿を表した彼は魂の欠片に過ぎないのだと。其の魂の殆どは現世で彷徨っているのだと分かっている。多分、邪神の姿で――。
「やぁ、兄サン」
『こんな場所に何をしに来た?』
 ユアは目の前の兄に向けて片手を軽く上げてみせる。彼から返された声は冷たくも思えるが、黄泉の橋に訪れたユアを心配する意味合いも込められていた。
 そう、今の彼は闇に堕ちる前の優しき姿をしている。
「何しに来たって近況報告だよ」
 ユアは何も悪びれることなく、彼の形見である煙管を吹かした。三日月と十字架の彫刻が施された煙管から、ゆらりと煙が立ちのぼる。
 そのまま欄干に背を預けたユアは一服しつつ、おどけたように笑った。
『……ユエは?』
 兄が問うのは妹を案じてのこと。対するユアはさらりと答えていく。
「ユエなら元気。でも、ここには来ないって」
 何故なら、ユアと同じようにこの場の兄が欠片でしかないと知っているからだ。ユアが訪れたのもほんの気まぐれ。先程に告げた通り、報告がしたいと思い立ったというだけでもあった。
「ユエは今も君を探して旅してるんだ」
 ――君が邪神なんかになって消えたから。
 ユアがぽつりと呟くと、兄は複雑そうな表情を浮かべる。
『それは、今の俺には何とも言えないな』
「僕だってそう。今の本当の君が何処にいるか教えてくれないの?」
『識らぬことは答えられない。誰だってそうじゃないか』
「……その通りだね」
 兄からの返答を聞き、ユアは肩を竦めた。その間に橋の欄干には純白の花が咲いては消えていった。ユアはその花の名前を知らず、兄から問われても答えられないだろう。つまりはそういうことだ。
『それで、近況はどう?』
「割と良い状況かな。いや、悪いとも言えるけど」
『くれぐれも無理だけはしないで欲しい』
 兄はユアの物言いに何かを感じたらしく、妹達を心配するような瞳を向けた。しかし、ユアは首を振ってみせる。
「もう僕らは守られるだけの少女じゃないんだ。君の想いくらい受け止められる」
『…………』
「君がどんなに刃を向けても、君が闇に染まっていても、ちゃんと見つめられる」
『……そう、か』
 兄は黙ってユアの言葉を聞いていた。
 しかと耳を傾けてくれているのだと分かり、ユアは更に続ける。
「君が僕らを想って一族をハッ倒した事くらい知ってる。理解してる心算だよ。でも、だから後悔してるんだ」
 神を祀る一族に穢れと疎まれた過去を重い、ユアは一度だけ瞼を閉じた。
 君に多くを背負わせたこと。
 君に多くを与えてもらったこと。
 後悔は消せない。だが、自分達はそれすら背負っていきたいと願った。兄の重荷を妹に分け与えて欲しい。きっと、出来ることはそれくらいだから。
 ユアが瞼をひらくと、兄が微笑んでいる姿が見えた。
『強くなったみたいだね、ユアもユエも』
「勿論だよ」
 兄は感慨深そうに呟き、白み始めた空を振り仰ぐ。別れの時が近いのだと察した二人は真っ直ぐな眼差しを互いに向けあった。
 光に混じって消えていく彼を見つめ、ユアは宣言する。
「闇の底でも必ず君を見つける」
『……ああ』
「待ってろ、今度は僕らが君を救うから!」
『――待ち続けるよ』
 互いの思いを伝えあった直後、兄の姿が目映い朝陽の中に消えていく。
 
 そうして、残されたユアの傍ら――其処には色とりどりの彼岸花が咲いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート

宿敵
(天使の容をした神、本体
中性、幼子のような口調と感性)

『私』はなんて呼べば良いのかな
一緒になる前に呼んでたのは―天使さま?
まぁいっか
柔らかな笑顔を見せてくれさえすれば
それでなんでもよくなるんだ

欄干に一緒に腰かけて
なにか話さなくとも今も視て聴いているのだろうから
手も足も声も耳も―みんな居なくなってしまったけど
貴方の眼としての役目は果たせているのかなぁ

うたは随分うまくなったよ
貴方がうたっていたものだけだけど
今となってはこれが唯一
貴方と私を繋ぐものだ

ひとつだけ聞きたいことがあったんだ
ねぇ
もし全部が終わったら
皆のところへ往っても良いかな
どんな応えをもらっても
きっと答えには成らないだろうけれど

🔥



●貴方と歌を
 白い天使が空から舞い降りる。
 飛び交う霊蛍の光を纏い、純白の花が咲く橋に降り立った姿は神々しい。
『こんばんは』
 橋の上に立っていたロキに向けて幼い声が紡がれた。まるで知り合いにでも会ったかのような呼び掛けを聞き、ロキは目を眇める。
「こんばんは、『私』」
 相手は天使の容をした神であり、ロキの本体でもある存在。
 彼とも彼女ともあらわせない天使はふわりと笑った。しかしロキは知っている。目の前の相手は本物ではなく魂の欠片。それも更に、ほんの一部でしかないことを。
『どうしたの?』
 天使が問うと、ロキは軽く笑う。
「『私』はなんて呼べば良いのかなって思って」
『なんでもいいよ。わたしは私。あなたも、私だから』
「じゃあ、えっと――天使さま?」
『なあに』
 一緒になる前のことを思い返し、ロキは暫定的に神をそう呼ぶことにした。呼ばれたことで天使が首を緩く傾げ、きょとんとした瞳を向けてくる。
「まぁいっか。呼んだだけだよ」
『そう』
 おかしいの、といって天使はふわふわと笑った。
 其処には攻撃性などは全く見えず、無垢なままだと感じられた。今は破壊神となっている天使だが、目の前にいる欠片は柔らかな笑顔を見せてくれている。
 現状に対して思うことがないわけではなかった。
 しかし、天使の微笑みを見ているだけで胸にあたたかいものが満ちていく。それでなんでもよくなってしまうものだから、ロキは何も言わなかった。
 そうして、ロキと天使は欄干に腰掛ける。
 ゆらゆらと足を揺らした二人は暫し一緒に霊蛍が飛ぶ様を見つめていた。朝までしか一緒にいられないと聞いていたが、ロキは話し急ぐようなことはしない。
 何かを話さずとも、天使は今も世界を視て聴いているのだろうと分かっていた。
 手も足も、声も耳も――みんな居なくなってしまったけれど。
「ねぇ、貴方の眼としての役目は果たせているのかなぁ」
『うん』
 ロキが独り言ちるように呟くと、天使はこくりと首を縦に振った。それ以上は何も眼について言及しなかった神はロキに聞いてくる。
『うたは?』
 言葉足らずの質問だったが、ロキには天使が言わんとしていることが分かった。
「うたは随分うまくなったよ」
 歌ってみせようか、と聞くと天使はこくこくと何度も頷く。
 そして、ロキはちいさな歌声を響かせていった。
 これは貴方がうたっていたもの。ちゃんとうたえるのはこれだけではあるけれど、今となってはこれこそが唯一。
(――貴方と私を繋ぐものだ)
『……♪』
 ロキが歌い続けていると天使も声を合わせて旋律を紡ぎ始めた。二人の声が重なり、黄泉の花橋に歌声が広がっていく。
 やがて歌は終わり、ロキはそっと天使を見つめた。
「ひとつだけ聞きたいことがあったんだ」
『きかなくてもわかるけど、きいてあげる』
 天使はじっと此方を見つめ返し、その言葉の続きを待つ。ロキは静かに笑んで見せたが、その瞳の奥に宿っているのは別の感情だった。
 どんな応えをもらっても、きっと答えには成らないだろうけれど。それでも。
 そして、ロキは『私』に問う。
「ねぇ、もし全部が終わったら、皆のところへ往っても良いかな」
『…………』
 答えはなかった。
 されど、天使は代わりに歌を紡ぎはじめた。それこそが応えであり答えだと感じたロキは歌声に耳を澄ませる。
 先程のように天使と一緒に歌うべきか、否か。
 答えを出すのは、きっと――天使ではなく、ロキの方なのかもしれない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


『梓』

月の綺麗な夜だった



俺には部下であり友がいた
中でも歳が近く、黒の短髪に濃藍の瞳
あたたかく誠実な男
「──汐種」
名を、汐種慎(しおぐさ まこと)

『…痩せたな』
彼がそっと頬を撫でる
感覚も感じられなくて、胸が苦しい
『もっと自分を労われって言ったろ』
スーツ下の包帯に気付いているらしい
…敵わない。弱く笑む
それからぽつぽつと話をし
然し彼にどうしても伝えたい事があった
「…汐種」
護れなくて、すまない
震える唇で紡ごうとして

唇に、確かに温度が触れて

濃いあいの瞳が、ずっと近くて

『…俺も、お前に伝えたかったことがあるんだ』
だから、また逢おう。

_

想い人に逢える
それは猟兵から見てか
彼ら故人から見てなのか
否、両方か



●再会と熱
『――梓。ああ、梓か』
 月の綺麗な夜、懐かしい声が聞こえた。己の名を呼ぶ声に導かれるように花の咲く橋に向かえば、よく知った顔が見えた。
「……汐種」
 梓は彼の名を呼び返し、その姿を見つめる。
 黒の短髪に濃藍の瞳。あの頃と同じ様相をした彼が橋の中央に立っている。
 梓には部下であり、友でもあった存在がいた。中でも歳が近かった彼――汐種慎とは、よく話をしていた。彼はあたたかく誠実な男で信頼の置ける相手だ。
 彼の隣に歩み寄った梓は、久しぶり、と短く告げる。
 すると汐種は此方に手を伸ばしてきた。
『……痩せたな』
 汐種は梓の頬をそっと撫でる。以前の梓と今の梓を比較して、変わってしまったことを案じてくれているのだろう。
 しかし感覚はほとんど無く、梓は妙に胸が苦しくなった。
「そう、だろうか」
『もっと自分を労われって言ったろ』
 痩せているともいないとも答えずに誤魔化せば、汐種は梓のスーツを見遣る。おそらく梓がスーツ下に巻いている包帯に気付いているらしい。
 相手のことを思うがゆえに、自分を顧みない戦いをする梓には傷が絶えない。少し前の月下の戦いでも梓は敢えて敵の刃を受けたばかりだ。その場面を直接見られたわけではないというのに、汐種にはお見通しらしい。
「……敵わないな、汐種には」
 弱く笑んだ梓は肩の力を抜き、橋の欄干に凭れ掛かった。
 同様に汐種も梓の隣に並び、其処に咲いていく桜の花を見遣る。最近はどうだ、あの店はまだやっているか、などの世間話が暫し巡った。
 梓は彼から求められるままに、近況をぽつぽつと話していく。
 しかし、梓が伝えたかったのはそういった報告ではない。此処に訪れたのは、彼にどうしても告げておきたいことがあったからだ。
「……汐種」
『どうした?』
 梓の声が真剣なトーンになったことで、汐種も近況を問う言葉を止めた。
 それから、梓は彼に向き直る。隣同士だったこれまでとは違い、真正面から汐種を見つめた梓はどうしても伝えたかったことを言葉にしようとする。
「護れなくて、――」
 すまない、と震える唇で紡ごうとしたが、伝えきれなかった。
 何故なら唇に、確かに温度が触れたからだ。
「――!」
『言わなくていい』
 淡い霊蛍の光に照らされた濃い藍色の瞳が、これまでと比べてずっと近い。それ以上の言の葉を並べることができなくなった梓に対し、汐種は静かに告げた。
『……俺も、お前に伝えたかったことがあるんだ』
「汐、種――?」

 だから、また逢おう。

 気付けば橋には朝陽が射しており、蛍もいつしかいなくなっていた。笑ったまま消えていく汐種を見送ることしか出来なかった梓は、片手で唇に触れる。
 まだ少し、あの仄かな温度が残っている気がした。
 想い人に逢える場所。
 それは猟兵から見てか、彼ら故人から見てなのか。否、両方だ。
 そんなことを考えながら、梓は花が咲きゆく橋を暫し見つめていた。またな、と伝える証であるかのように一輪の藍色の花が其処に咲いて、消えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーファス・グレンヴィル


昔から傍に居るのはナイトだけ
だから故人での大切なヤツなんて
オレには居ないと思っていた

けど、

おにいちゃん、と笑う姿は、
赤い髪の灰の瞳で、同じ黒曜石の角で、
幼さそのままに屈託なく笑う、その姿を、

…──オレは知っている

ナイトが嬉しそうに、
その子の元に擦り寄って、
昔と同じように戯れている

昔? 同じ?
なんでそう思ったのか分からないけど
確かにお前は、オレの妹なんだろ?

なあ、

オレはお前の名前も知らないのに、
橋の上でナイトと遊んでる姿を
よく知っている気がして目が離せない

やがて、朝が来る、その前に、
お前の名前だけでも知りてえよ

…──オレにも、家族が、居たんだな

🔥



●兄と妹
 記憶に残っているのは戦場ばかり。
 気付けば戦いに身を投じており、昔から傍に居るのは黒竜のナイトだけだった。相棒はまだ健在であるし、想い人だって傍にいてくれる。
 だから、亡き人に逢えるという幻の橋に訪れても何も現れないと思っていた。
 気紛れか興味か。
 半信半疑のような気持ちで橋にルーファスは今、少し驚いている。
『――おにいちゃん』
 故人としての大切な相手など自分には居ないと思っていた。だが、目の前には自分を呼ぶ少女の姿がある。
 あいたかった、と無邪気に笑う彼女はぱたぱたと駆け寄ってきた。
 赤い髪に灰色の瞳。ルーファスと同じ黒曜石の角を宿した少女は、見知らぬ誰かなどではなかった。幼さを残したそのままに屈託なく笑う、その姿を。
(……――オレは知っている)
 どうしてか動けずにいるルーファスは既視感を覚えていた。
 ナイトはというと少女に向けて飛び立っている。少女に擦り寄った黒竜は嬉しそうにしていた。彼女もまた、ナイトに腕を伸ばして戯れている。
 どちらも、昔と同じように。
(――昔? 同じ?)
 自然に浮かんだ思いに疑問を浮かべたルーファスは少女達の元に歩み寄った。
 どうしてそのように思ったのかは分からないが、懐かしいという気持ちは本物だ。ナイトが尾を振り、早くルーファスも来いというように誘っている。
『おにいちゃん、おおきくなったね』
 少女は少し不思議そうな顔をしながら、自分とルーファスを見比べた。その姿はやはり何処となく自分に似ている。
「なあ、確かにお前は、オレの妹なんだろ?」
『ふふっ、なんでそんなこと聞くの?』
 少女はおかしそうにくすくすと笑っていた。どうやらルーファスが冗談を言っているのだと勘違いしているようだ。だが、ルーファスは首を横に振った。
「覚えてねえんだ」
 悪い、と告げて頬を掻いたルーファスを見て、少女がはっとする。しかしすぐに微笑みを取り戻し、ふわりと眸を細めた。
『それじゃあ、わたしがナイトと遊んでる間に思い出してね』
 なぞなぞ遊びもきっと面白いから、と語った少女は黒竜と一緒に橋の上で追いかけっこをはじめた。燃えるような紅い彼岸花が咲いては消える欄干に背を預け、ルーファスは肩を竦めた。
「オレはお前の名前も知らないのに……」
 橋の上でナイトと遊んでいる姿は、やはりよく知っている気がして目が離せない。
 寧ろ微笑ましくなってくるほどにいとおしくも感じた。夜の狭間で遊ぶ少女と竜は無邪気にはしゃぎ、今しかない時間を楽しむように駆け回る。
 ときおり少女が手を振って、おにいちゃん! と明るく笑った。
 呼ばれることはくすぐったいが妙にあたたかい。ルーファスが彼女に手を振り返すと、楽しげな笑い声が返ってきた。
 やがて、おおいにはしゃいで遊び疲れたナイトと少女が此方に戻ってくる。
『答え、わかった?』
 妹は期待の眼差しを向けてきたが、ルーファスは頭を振ってみせた。
「いいや」
『残念……。でもおにいちゃんが答えられなかったから、わたしの勝ち!』
 少女は答えられなかったことなどまったく気にしていない様子だ。そろそろ朝が来る頃だと感じたルーファスは、お前の勝ちだよ、と素直に認めた。
「なあ、お前の名前だけでも知りてえよ」
『いいよ。わたしはね――』
 それから少女は、ルーファスに少し屈んで欲しいと願った。彼の耳に口許を近付けた妹は、兄だけに聞こえるようにそっと囁く。

 ――『    』だよ。

 もう忘れないでね、と付け加えた少女はやさしく微笑んでいた。
 ルーファスは妹から伝えられた名前をしっかりと心に刻む。そうして彼は心の底から溢れた、穏やかな笑みを湛えた。
「……オレにも、家族が、居たんだな」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
此処が境か

桜焔が舞い上がる
憎らしく狂おしい程に想い滅ぼすもの

愛呪
その人柱たる化身

憎悪に染まった瞳が私を射抜く
私が知るのは嘗て身に捕えた四つ首のみ
目前の女が誰かまでは知り得ない

煮えたぎる憎悪
私を喰い滅ぼしそうな其れに耐え問う
あの子が救いたがるものの心を知りたくて

何故あの子を苦しめる?
守りたいなら何故
生命を蝕む?

あの子の御魂から退いてくれ
もう苦しめないで
愛しているなら蝕まないで
厄を齎さないでくれ
私がサヨを守る

女は嘲笑う
あの子の厄災は私ではなくお前だ、と

荒れ狂う拒絶と憎悪
私の存在の否定

誠の愛呪が何方かだなんてそんな事…
私はサヨの厄に
呪になりたくない

お前では私には勝てないと笑う声が朝日を連れてくる

🔥



●蛇と呪
「――此処が境か」
 カムイが黄泉と繋がる橋に訪れた時、唐突に桜焔が舞い上がった。
 此処では想い人に逢えるというが、思いのかたちはひとそれぞれ。其処に現れたのはいとしい相手ではなく――カムイが憎らしく狂おしい程に想い滅ぼすもの。
 愛によって生まれた呪神。
 その人柱たる化身である女性、華蛇そのひとだ。
『禍神よ、何ゆえに此方に?』
 彼女の憎悪に染まった瞳から向けられる眼差しがカムイを射抜く。その声は聞くだけで凍りつきそうなほどに冷たく鋭い。
 カムイが知るのは、嘗て身に捕えた四つ首のみ。
 目前の女が誰かまでは知り得なかったが、今は解る。其処にあるのは煮えたぎる憎悪ばかりで、視線だけでカムイを喰い滅ぼしてしまいそうなほどだ。
 しかし、カムイは其れに耐えて問う。
 今は戦う気などない。ただ彼女と語り、訊いてみたいだけだ。
 あの子が救いたがるものの心を――その在り方を、知りたくて。
「何故あの子を苦しめる?」
『苦しめてなどおりません。誰にでも苦境はあり、すべてはあの子の為なのです』
 カムイの問に対して彼女は撥ね付けるように答えた。
 息子を守りたいだけだと示す華蛇を見据えたカムイは、其の重圧に耐え続ける。
「守りたいなら何故、生命を蝕む?」
『お前風情に語ると思っているのですか』
 彼女はぴしゃりと告げ、それ以上を語ろうとしなかった。だが、カムイは決して引かないと決めている。
「あの子の御魂から退いてくれ」
『……』
「もう苦しめないで」
『煩い』
 二人の会話は成り立っていない。呼びかけるカムイを一蹴した彼女は背を向け、橋から去ろうとする。されどカムイは追い縋った。
「愛しているなら蝕まないで」
『黙りなさい』
「厄を齎さないでくれ、私がサヨを――」
 守る、と言葉にしようとしたそのとき、華蛇が振り向く。
 この世の憎しみをすべて身に纏ったような笑みが其処にあった。そうして、女はカムイを見て嘲笑う。
 お前はそんなことを言える立場なのかと云うように、彼女は冷たく告げてゆく。
『あの子の厄災は私ではなくお前だ、禍の神』
 その口調は刺々しく、彼女の周囲に揺らめく魂の波動が悪意を帯びている。
 荒れ狂う拒絶と憎悪。
 此方の存在すら否定するほどの強い眼差しが向けられ、カムイは思わず後退った。
 そのときはもう、彼女の姿は消えていた。
 後に残ったのは薄紅色に燃える焔の残滓だけ。
 待てとも違うとも告げられず、カムイは暫しその場に立ち尽くしていた。
「誠の愛呪が何方かだなんて、そんなこと……私は――」
 いとしい巫女の、櫻宵の厄にも呪にもなりたくないというのに。たったひとりで佇むカムイの背に薄い朝陽が射してきていた。
 ――お前では私には勝てない。
 そのとき、華蛇の嘲笑が聞こえた気がした。
 古き仕来りと今の世界の仕組みを全て憎む愛呪の化身。愛し子と彼女を縛り、囚える愛と呪との決着は屹度未だ、遠い。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ひいおばあ、さま…

茶目っ気があって優しくて
時には厳しくて
私にとって
とても大きく頼もしい
そんな人

昼は四季彩の庭で二人内緒のお茶会をして
月夜には月咲の神の話をしてくれた

前世の記憶に揺らぎ
孤立する私を
『しゃんとしなさい。月咲の巫女でしょう』
叱咤し、背を押してくれた

ね、曾お婆様
私はこのまま…
彼らといてもいいのかしら

八重桜を模った藍色でガラス細工の髪飾りを手にする
『千織、貴女は間違いなく私の可愛い曾孫、愛しい家族。忘れないで』
優しく柔く笑む曾祖母がくれた物

秘めたままではいられない
いつかは話さなきゃとは思う
けど
あの日の繰返しになったら…って
そればかり

日に日に増す
愛おしさと不安

どうしたらこの不安は…

🔥



●迷い路を照らす光
「ひいおばあ、さま……」
 花が咲きゆくまぼろしの橋の上で、千織はそのひとを呼んだ。
 故人に逢えるというこの場所に立っているのは間違いなく彼女だ。静かに微笑む彼女の周囲には柔らかな光を宿す霊蛍が飛んでいる。
 千織は光を目指し、曾祖母に駆け寄っていった。
 嬉しくて堪らない。また会えるだなんてことはこれまで思っていなかった。
 彼女は茶目っ気があって優しくて、時には厳しい面もある人だった。千織にとってとても大きく頼もしい、大好きな人。
 昼は四季彩の庭にて、二人で内緒のお茶会をした。
 月夜には月咲の神の話をしてくれて、その声に耳を傾けた。
 けれども、亡くなってしまったからもう二度と会うことは出来ない。そんな人が今、確かに目の前にいる。
『千織、おいでなさい』
「はい、曾お婆様」
 いざなう声も仕草も、千織が覚えているあの頃のままだ。
 懐かしくて、少しだけ切なくもあったが再会の時を台無しにはしたくなかった。涙を堪えた千織は曾祖母の傍に立ち、お久しぶりです、と告げる。
『大きくなりましたね、千織』
「曾お婆様はお変わりなく」
『ふふ、変わっていたら貴女が驚くでしょう』
 共に過ごしたあの日々と変わらぬ笑みを浮かべる曾祖母。その笑顔を見つめる千織の心に淡い花が咲いていく。
 そんな心に呼応するように橋の欄干に不思議な桜の花が咲いていった。
「曾お婆様、少し甘えてもいい?」
『ええ、存分に甘えなさい』
「よかった……」
 千織は子供の頃に戻ったような感覚になり、そうっと曾祖母に寄り添った。皺が刻まれた手が千織の頭を撫でてくれる。
 やさしい感触を確かめながら、千織は過去を思う。
 前世の記憶に揺らぎ、孤立する自分。そんな千織に彼女はいつもこう言ってくれた。
『――しゃんとしなさい。月咲の巫女でしょう』
 心が迷う時には叱咤し、とても心強い言葉で背を押してくれた。今も昔も彼女には甘えてばかりだが、今宵はどうしても聞きたいことがあったのだ。
「ね、曾お婆様」
『どうしたのかしら、千織』
 撫でられたまま、ゆるりと語りかける千織は今の状況を語っていった。
 その言葉を曾祖母は黙ってしっかりと聞いている。そうして、千織は思い悩んでいることを告げていった。
「私はこのまま……彼らといてもいいのかしら」
『それは私が答えることではないと、貴女も知っているでしょう?』
「……はい」
 対する曾祖母は千織の心を理解していた。もし曾祖母が別れるべきだと言っても聞けやしないだろう。そのままで居なさいと告げたとしても、不安は取り除けない。
 ただ聞いて欲しかっただけだ。
 千織を見つめた彼女は静かに微笑んだ。
 そして、千織は八重桜を模った藍色の硝子細工の髪飾りを手にする。それは優しく柔く笑む曾祖母がくれた物だ。
 髪飾りに触れて心を落ち着ける千織に向けて、曾祖母は思いを告げていく。
『千織、貴女は間違いなく私の可愛い曾孫、愛しい家族』
 忘れないで。
 その言葉と共に朝が巡り、彼女の姿は淡い光に包まれながら消えていった。
 僅かに残ったぬくもりを確かめるように目を閉じ、千織はそっと微笑む。
「――ありがとう、曾お婆様」
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜

久しぶりです、ニコラス兄さん
あれ、そんな可愛くない顔でしたっけ

いや可愛くないどころか怖っ
ああ、でも今思えば顔も喋りも完全にギャングのボスでしたよね…
あ、ギャングとか知りませんか
兄さんより博識な大人になったという事です
褒めて下さい

…なんて笑うのは不謹慎ですよね
私が人間不信でないのは、故郷を出て最初に出会ったのが貴方だったからなのに
なのに私は、保護していた子供達を庇った時の首のない姿しか覚えていなかった
幼い私より遥かに大きくて優しかったのに

ハグはやめろって痛いんですよそれ!
はい朝です!お終い!

やれやれ…帰りますよ、ニッキーくん
立派だったでしょう、お前のモデルになった人は
顔は可愛くないですがね
🔥



●抱擁
『――おい、お前。ハレルヤか?』
 幻の花が咲いては消える黄泉の橋の上から声が聞こえた。
 晴夜は声の主が誰であるかを察し、彼が立っている橋の中央に歩みを寄せた。其処に立っているのは筋骨隆々の柄が悪そうな男性だ。
「久しぶりです、ニコラス兄さん」
 相手が故人であるということを思わせないほどの軽い口調で、晴夜は片手を上げる。彼も死者らしくはなく、まるで生きている人間のように振る舞っていた。
『よォ、元気だったか……と聞かなくとも分かるな』
 晴夜を見つめた彼は、返事は要らないと言って笑う。今の晴夜を見て色々なことを察したのだろう。
 そんな中でふと、晴夜が疑問を抱く。
「あれ、兄さん」
『ん? 変な顔してどうした』
「ニコラス兄さんってそんな可愛くない顔でしたっけ」
 兎のように可愛らしかったはず、と晴夜が呟くとニコラスは「はァ!?」と驚きながら凄んだ。ガンを飛ばされていると感じた晴夜は思わず後退った。
「いや可愛くないどころか怖っ」
『これがいつものオレだろうがよォ。トチ狂ったか、ハレルヤ』
「ああ、でも今思えば顔も喋りも完全にギャングのボスでしたよね……」
『んん?』
 ニコラスは首を傾げ、橋の欄干に凭れ掛かった。大きな体の周りに百合の花が咲いていく様が何だか不釣り合いで、過去の記憶と今の彼の姿が晴夜の中で重なる。
「あ、ギャングとか知りませんか」
『ああいうのを、ぎゃんぐっていうのか……?』
「兄さんより博識な大人になったという事です。褒めて下さい」
『ははッ、お前も成長したな! 偉いぞ、ハレルヤ!』
 ニコラスは豪快に笑って手を伸ばし、晴夜の頭をわしわしと撫でた。幼かった頃にもこうやって撫でられたことがあり、褒められることの嬉しさを知ったのだ。
 ふふん、と胸を軽く張った晴夜はそのまま褒められていた。
 しかしすぐに肩を落とす。
「……なんて笑うのは不謹慎ですよね」
『別に今更だろ。オレだって、自分が死んだことくらい分かってるからな』
 晴夜とニコラスは橋の手摺に腕をかけ、穏やかに流れる川を眺めた。水面の上を舞う霊蛍に導かれて、彼は気付けば此処に居たという。
 晴夜は過去を思う。
 あのような生い立ちを経て来た今の自分が人間不信でないのは、故郷を出て最初に出会ったのがニコラスだったからだ。
 伏し目がちで暗く沈んだ子供を厭うことなく、明るく豪快に、ときには厳しく接してくれた。彼はハレルヤという名を抱いた自分の心を育ててくれた恩人だ。
(――なのに私は、保護していた子供達を庇った時の首のない姿しか覚えていなかった)
 幼い自分より、遥かに大きくて優しかったのに。
 晴夜の思考が沈みかけたそのとき、大きな腕が迫ってきた。
『なに悩んでんだよ! 顔あげろや!』
「あっ、いたたた! ハグはやめろって痛いんですよそれ!」
『気にすんな、怪我はしねえ。存分にアニキに甘えておけ』
「あああっ、ギブです、ギブアップ!! ほらほら、はい朝です! お終い! ニコラス兄さん!」
『おっと、もうそんな時間か』
 次第に朝陽が射し始めた頃、彼は腕を離した。
 きっと別離の時が近いと知っていて別れのハグをしたのだろう。
 じゃあな、はい、という別れの挨拶とやりとりは意外とあっさりとしたもので、晴夜は彼をそっと見送った。

「やれやれ……帰りますよ、ニッキーくん」
 晴夜は橋の袂に待たせていた絡繰人形に呼びかけた。三角座りをしていたニッキーくんの身体つきは、今しがた消えていったニコラスによく似ている。
「立派だったでしょう、お前のモデルになった人は」
 顔は可愛くないですがね、なんて小さく笑った晴夜達は橋を背にして歩き出した。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
黄泉
あなた達はそこにいるの

桜焔と懐かしい鈴の音
柔らかな黒髪と優しい菫色の眼差しの柔和な女性
大切そうに膨らんだ腹を撫でるあなたは
─美鈴様
父の側室
私が母のように慕った女性

水獄の底の様な冷たさを宿す実母より
優しい陽だまりの如き彼女に懐いていた

腹の中には私の妹がいる
兄になるのだと喜び伝えた幼い己を思い出し俯く

生まれてくる日を楽しみにしていた
名前は美珠にするのだと
いつも笑っていた

─お久しぶりね、櫻宵

あの頃と変わらない声
優しい声などかけないで
赦されない方が救われる

美鈴様も妹も一緒に喰い殺したのは私
生まれることなく死んだ妹は母親ごと愛の呪の贄となった
憎まれても仕方ない
憎まれるべきだ

暁を迎える前が一番昏い

🔥



●願う鈴の音
 現世を越えた幽世。更にその先に在る、黄泉。
「――あなた達はそこにいるの?」
 櫻宵が問いかけると、まぼろしの橋の上で影が蠢いた。霊蛍が舞う川のせせらぎの音が次第に遠くなるような感覚がして、櫻宵は橋の中央を見つめる。
 揺らめく桜焔。それから懐かしい鈴の音。
 其処に現れたのは柔らかな黒髪と、優しい菫色の眼差しをした柔和な女性。
 膨らんだ腹を大切そうに撫でる彼女は――。
「美鈴様」
 櫻宵がその名を呼ぶと、彼女はゆっくりと視線を此方に向けた。
 彼女は父の側室であり、幼い頃の櫻宵が母のように慕った女性だ。
 厳しい愛しか知らなかった幼少時の櫻宵。水獄の底の様な冷たさを宿す実母より、優しい陽だまりの如き彼女に懐くのも当然と言えるだろう。それに、彼女の腹の中には櫻宵の妹になる命が宿っていた。
 兄になるのだと知ったとき、喜びを伝えた幼い己を思い出した櫻宵は俯いた。
 美鈴は子が生まれてくる日を楽しみにしていた。
 名前は美珠にするのだといって、いつも笑っていた記憶がある。櫻宵もその日を今かと待ち侘び、彼女の腹を何度も撫でさせて貰っていた。
『――お久しぶりね、櫻宵』
 美鈴は櫻宵を見つけ、あの頃と変わらない声で語りかけてくる。
 本当の母がこうであったらいいのに、と思ったままの優しい声だ。
『如何かしましたか』
「……如何も思わない筈など、ないでしょう」
 櫻宵は震える声を絞り出し、美鈴に答えた。俯いたまま視線を向けない櫻宵は今、罪悪感めいた感情を抱いている。
『――櫻宵』
 美鈴が呼ぶ声は変わらず穏やかなまま。
 優しい声などかけないで。赦されない方が救われる。詰ってくれればどれだけ救われただろうか。よくも、と怨嗟の声を掛けてくれれば向き合えたかもしれない。
 だが、彼女の心は荒れてはいない。
 あの頃のまま、櫻宵のもうひとりの母として居続けてくれる。そのことは今の櫻宵にとっては苦しいことでしかない。
 何故なら、櫻宵は――。
「美鈴様も生まれるはずだった美珠も、一緒に喰い殺したのは私なのに」
 妹になるはずだった子は、母親ごと愛の呪の贄となった。
 憎まれても仕方ない。
 否、憎まれるべきだ。
 それだと云うのに美鈴は微笑んでいる。顔を見ずとも櫻宵に眼差しを向け続けてくれていることが分かってしまう。
「私は、どうすれば……貴女達に、」
 赦されるの。
 憎まれたいと願った思いとは裏腹に、反対の言葉が櫻宵の花唇から零れ落ちた。
 その声を聞いた美鈴は櫻宵に腕を伸ばし、その手を取る。
「美鈴様……?」
『櫻宵、私達の魂を解放して。あの愛の呪から私達を――いえ、この子だけでも』
 彼女は櫻宵の掌を自分の腹に当てさせた。
 とくん、と鼓動が聞こえた気がした。櫻宵が密かに携えていた白の脇差が僅かに動いた気もする。そう感じただけで実際は何もなかったのかもしれない。
 しかし、美鈴からは子を想う母としての意志が感じられる。
『どうか――』
 立ち尽くす櫻宵は何も答えられなかった。
 僅かに顔を上げたとき、美鈴が静かに微笑む口許が見えただけ。

 ――噫、暁を迎える前が一番昏い。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

紅呉・月都
見覚えがある
ってのは変かもしんねえ
だが
そうとしか言い様がない銀狼の女

銀髪に紅いメッシュ
藍のリボンで結んだ腰丈の襟足
青藍の瞳が此方を向く

…よお
アイツはこの姿を知らねえ
俺はアイツが死んでから人の形になった
知ってるはずが、ねえ

ーん、こんばんは。君は?
月都だ。紅呉月都
ー紅呉月都…そっか、君が

懐かしそうに俺を見る

ーありがとう、私と一緒に闘ってくれて
まさか、お前
ーあはは、何その顔。そりゃね、一応君とその刀の元持ち主ですから
マジかよ

信じらんねえ
アイツは俺が何なのかわかってる

ーね、刀弄ったでしょ
おぅ、メンテも兼ねてな
ー魅せて。それと聴かせて。君が見ていた世界を

仕方ねえ

今日くらいは許されんだろ
なあ?俺の主?

🔥



●銀と紅
 橋の上に立っていたのは見覚えがある人影。
 しかし、そのように表すのは変かもしれない。月都は妙な感覚を抱いていたが、どうしてもそうとしか言いようがなかった。
 その影は銀狼。
 銀の髪に紅いメッシュ、藍のリボンで結んだ腰丈の襟足。
 青藍の瞳をした彼女は月都の方に振り向いた。
「……よお」
 月都は花が咲いては消える橋の上に歩み寄り、片手を上げた。月都は彼女のことが誰であるか分かっているが、向こうは此方を知らないはずだ。
(アイツはこの姿を知らねえ。俺はアイツが死んでから人の形になったんだから――知ってるはずが、ねえ)
 複雑な思いが胸の内に巡っていく。
 月都は彼女を見つめ続けることができず、欄干に咲く幻の花を見るふりをして視線をそらした。そうすると彼女の方から月都に声を掛けてくる。
『ん、こんばんは。君は?』
「月都だ。紅呉月都」
『紅呉月都……そっか、君が』
 知らないはずだと断じたはずの相手が物知り顔で月都を見ていた。その眼差しは懐かしそうで、なるほどね、と呟いた彼女は月都を青藍の瞳に映している。
「俺が誰だか分かるのか?」
 月都は思わず問いかけ、彼女を見つめ返した。
 うん、とちいさく頷いた銀狼の女性は静かに微笑む。その顔が仄かな月明かりと、飛び交う霊蛍の灯に淡く照らされていた。そうして、彼女は月都に微笑みかける。
『――ありがとう、私と一緒に闘ってくれて』
「まさか、お前」
 月都が何とも言えない顔をしていることに気付き、彼女は笑った。
『あはは、何その顔』
「だって、俺のことなんて知らないと思ってた、から」
 途切れがちに言葉を紡ぐ月都は困惑していた。そんな思いもお見通しであるのか、彼女は知っている理由を告げる。
『そりゃね、一応君とその刀の元持ち主ですから』
「マジかよ」
 信じらんねえ、と言葉にした月都は驚いていた。通りすがっただけの間柄で終わってしまうのかと思いきや、彼女は自分が何なのかわかっている。会えれば僥倖だと思って、話したいことも考えていなかった月都はどうしていいか戸惑う。
 すると彼女は月都を手招き、隣においで、と誘った。
 欄干に背を預けた彼女の隣で月都も橋にもたれかかり、二人は言葉を交わしていく。
『ね、刀弄ったでしょ』
「おぅ、メンテも兼ねてな」
『――魅せて』
「構わねえぜ」
 手を伸ばした彼女に、月都が斬禍炎焼『紅華焔・燼』を手渡す。そっか、こうなってるのか、と刀の具合を眺めていた彼女の横顔を、月都は暫し見ていた。
 やがて顔を上げた彼女は刀を返し、月都にそっと願った。
『それと聴かせて。君が見ていた世界を』
「仕方ねえ」
 月都と彼女は朝が訪れるまで、互いのことを語り合う。これまでのこと、今までに辿ってきた道や困難、様々な記憶。
 妙に饒舌になってしまったが、月都は思うままに話を続けていく。
 故人と生者が交わる黄泉の橋の上。
 邂逅は偶然でありながらも必然であり、きっと必要なことでもあるのだろう。
 月都は空を振り仰ぎ、静かに笑う。もうすぐ夜が明けるが、後悔などひとつもない。
「こんな時間も、今日くらいは許されんだろ」

 ――なあ? 俺の主?
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
🔥

月に霊蛍、それから橋
朧と現れる姿をみとめて

やあ今晩は、父さん
貴方の影に逢えるのは
黄昏振りになるのかな
此度は夜半のさなかで
想い出に違わぬ柔い容

――今晩は、ライラック
君に会えるとは、素敵な夜だな

金糸の髪が夜風に揺れて
菫の眸が細まり、微笑う
父と再び詞を交わすこと
まぼろしでも、嬉しくて

本当は墓前で語りたいが
未だ面映ゆくあってね
少し練習させてくれる?

僕にも、愛しい恋人が
大切なひとが出来たよ
護りたいと、傍に居たいと
想い出を共にと願うひとが

これから、共に暮らして
家族になるつもりなんだ
貴方の様にはなれないが
必ず幸せにするからさ

見守って、いてね

囁くように祈れば
歓喜と祝辞の詞は温かく
幼子染みて、景が滲んだ



●報せ告げる詞
 月に霊蛍、それから花とまぼろしの橋。
 朧と現れる姿をみとめ、ライラックは橋の中央に歩を進めていった。
「やあ今晩は、父さん」
『――今晩は、ライラック』
 息子の姿を瞳に映した彼は、呼ばれた通りの存在。父親の優しい眼差しを受け、ライラックは昔に戻ったような感覚を抱いた。
 彼の影に逢えるのは黄昏振りになる。あの日は夕暮れのさなかだったが、此度は朝を待つ夜半のさなか。想い出に違わぬ柔い容貌をした父は、穏やかに微笑んでいた。
「父さん、話に来たよ」
『君に会えるとは、素敵な夜だな』
 まるで物語が始まる最初の頁のようだと彼は語る。そうだね、と答えたライラックは彼の姿を暫し見つめた。金糸の髪が夜風に揺れて、菫の眸が細まっていく。その双眸には月と蛍の光が淡く映っており、ライラックも彼に合わせて微笑う。
 父と再び言葉を交わすことは、たとえまぼろしでも嬉しくて堪らない。
 本当は、本物の彼が眠っている墓前で語りたい。けれども、と言葉にしたライラックは父にそうっと願う。
「未だ面映ゆくあってね。少し練習させてくれる?」
『練習が本番になってしまうけれど、いいのかい?』
「……?」
 父の不思議な物言いにちいさな疑問が浮かんだ。しかし彼は、わからないままでもいいものだと、と告げてライラックをくしゃりと撫でる。
 此処は黄泉と幽世を繋ぐ橋。
 幻影だとばかり思っていたが、この場所に現れるひとは、もしかすれば――。
 ライラックはふと浮かんだ思いを胸の奥底に閉じ込め、父の隣に佇む。父と息子は沈丁花が咲いていく橋の欄干に腕を掛け、川を眺めた。
『話したいことはある?』
 何でもいってごらん、と父はライラックに問いかける。実は、と前置きをした彼は伝えたいことを声にしていった。
「僕にも、愛しい恋人が、大切なひとが出来たよ」
 花のように淡く優しい。
 護りたいと、傍に居たいと、想い出を共にと願うひとが今、傍に居てくれる。
 ライラックがゆるりと語っていくと、沈丁花の間にリラの花が綻び始めた。何とも滅茶苦茶な咲き方ではあるが、ライラックにとっては喜ばしいものだ。きっと此処に立つ者の心を反映しているだろう。
『なるほど。それで、その子とはどうなんだい』
「これから、共に暮らして家族になるつもりなんだ」
『……そうか。良かった。本当に、良かった』
 喜ぶ父にライラックはその子が花と咲って春を歌う子なのだと伝えた。それは一度会いたいものだと話した父は少しだけ目を伏せる。会えないと分かっているからこそ、残念だと感じたのかもしれない。
「貴方の様にはなれないが、必ず幸せにするからさ」
 見守って、いてね。
 囁くように祈れば、歓喜と祝辞の言葉が告げられていく。
『おめでとう、ライラック。どうか――君達の行く先に、さいわいあれ』
 その詞はあたたかくて、何処までも優しい祝いに満ちていて――。
 ライラックは父の姿をもう一度、然と見つめる。どうしてか今の心境は幼子じみていて、不意に景色が滲んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐那・千之助
『サラ』享年18
ローズブロンドの長い髪、藍の瞳
私を出産して命を落とした母

肖像画で
骸の海から甦った姿で
よく知っている母

だけど彼女にとっては
初対面同然の見知らぬ男
『此処、どこ?…あんたは?
『えらい見覚えのある顔(父似
故郷の方言で問われ

一晩語らうのが仕事なのに
情けないことに
溢れるのは泪ばかり
ずっと、逢いたかった
ほんとうのお母様

『え?
がっしと両頬を掴まれる。ちょっと痛い
『この目ぇ、わたしとあのひとの…
(父は紅眼の吸血鬼
『そない泣いて…
『可哀相。まだ、つらい世界?
『一緒にいく?
『来ぇへんの。
『…ははあ。ええひとおるん?お母さんそれ知らんでぇ

そら言えんし
順応早いし
自分も段々同じ口調に戻り
一晩は短すぎて
🔥



●邂逅
 薄紅色の薔薇が咲くまぼろしの橋の上。
 其処に現れたのはひとりの女性の影。吹き抜けていく風が、彼女のたおやかなローズブロンドの長い髪を揺らしている。
 ぱちぱちと幾度か瞬かれた藍の瞳が、飛び交う霊蛍に向けられている。
『どうしたんやろ、急に景色が変わって知らんとこに……。でも、綺麗やなぁ』
「おかあ、さま……?」
 千之助は彼女が自分の母だと確信していた。
 あのような無垢な姿の母には会ったことがない。何故なら彼女は、十八という若さで千之助を出産して命を落としたからだ。
 彼女はその名をサラという。
 肖像画で、或いは骸の海から甦った姿でよく知っている母。
 千之助にとってはよく知った相手だが、子の成長すら見守ることが出来ずに死を向かえた彼女からすれば、自分は見知らぬ男でしかない。
 相手にとって初対面同然でしかない現状、千之助はどう声を掛けていいか分からずにいた。戸惑いがちにサラに視線を向けていると、彼女がちょいちょいと手を振ってきた。どうやら千之助に此方に来いと言っているようだ。
「……は、はい」
『此処、どこ? ……あんたは?』
「その……えぇ、と」
 緊張している千之助は上手く言葉を紡げないでいる。骸の海ではなく、幽世から繋がる黄泉から訪れた彼女に危険な雰囲気は感じられない。母に感じるのは、まるで初恋の人にでも会ったかのような高揚と気恥ずかしさ。
『えらい見覚えのある顔やなぁ』
 父似である千之助をまじまじと見つめるサラは何だか上機嫌だ。
 彼女が使うのは故郷の方言。そのことに懐かしさを感じてしまった千之助の心は、周囲を漂う霊蛍のふわふわとしていた。
 此度にこの場所に訪れた理由は、故人と一晩の間だけ語らうこと。それが仕事であり使命だと分かっているのだが、情けないことに溢れるのは泪ばかり。
『そない泣いて……』
 大の大人の泪を見てしまい、少し困った様子のサラはおろおろしている。
 対する千之助は何とか泪を拭き、伝えたかったことを言の葉にした。
「ずっと、逢いたかった」
 ――ほんとうの、お母様。
 千之助がそう告げたとき、サラはきょとんとした。
『え?』
 そしてすぐにがっしりと千之助の両頬を掴む。少しばかり痛かったが、母が触れてくれている今という時間が妙に嬉しい。
『この目ぇ、わたしとあのひとの……』
「お母様、私は――」
 父、つまりサラの伴侶でもあった彼は紅眼の吸血鬼だった。そのことでぴんと来たらしいサラは千之助を抱きしめる。
 その優しい抱擁がとてもあたたくて、千之助は更に泣いてしまった。
『えらい大きくなって……でも、可哀相に。まだ、つらい世界?』
「…………」
『一緒にいく?』
 千之助は首を振る。対するサラは朝が来たら自分と一緒に黄泉に逝かないか、という旨を問いかけてきた。そうすれば辛いことからは逃れられる。されど千之助はもう一度、首を横に振ってみせた。
『来ぇへんの』
 息子の泪を拭ってやりながら、サラはふと気付く。
『……ははあ。ええひとおるん? お母さんそれ知らんでぇ』
「そら言えんし。ていうか順応早いし」
『それなら聞かせてもらおか。息子の恋バナなんてお母さんわくわくや。で、お相手は可愛らしい子? それとも凛々しい眼鏡の子やろか』
「な、なんで分かったん?」
 母も年頃の女性だからだろうか。妙に勘が鋭いのはさておいて、千之助も段々と同じ口調に戻っていく。
 これから母と息子の時が巡る。
 語り合うには一晩は短すぎた。それでも、このひとときは宛ら宝物のようで――。


●黄泉の忘れ路
 深い夜の刻が終わりを迎え、新しい朝が訪れる。
 一夜限りの幻の橋の上で咲いた花が消えゆくように、邂逅の一時も終わっていく。
 たった一晩という時間であっても、此処で巡った縁は大切なもの。たとえそれがどんな形であろうとも、現世に遺る記憶と意志があった。

 ――忘れじの、ゆくすゑまでは難ければ、今日を限りの命ともがな。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月18日


挿絵イラスト