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花晶遊戯~甘雨に恋う~

#封神武侠界 #花晶遊戯

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#花晶遊戯


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●水晶郷、招かれざる客現る
 桃の花咲き乱れる、美しき桃源郷。
 そこは美しいだけでなく、滞在した者の霊力をも高めてくれる地。
 そして、不思議な現象も起こり得る地でもある。

 ぽたり、雫が落ちた。
 ただひと粒の雫が、変化の合図。
 春の園があっという間に水で満たされてゆけば、それが桃源郷に稀に数刻のみ現れると噂の、幻の秘境の顕現。足首が水に浸かっていると気付く頃には桃花咲き乱れる常春の園からは一転、水晶の木々や花々が天落つる雫にキラキラと煌めいて。アと開いた唇のまま、呼吸さえも忘れさせる。あちらこちらに咲く大きな水晶の蓮には天から落ちてきた雫が溜まり、朝露の如く美しく煌めき、訪れる人々を誘う。
 ――あの雫は、甘そうだ。
 何と無しにそう思うのは、水晶の蓮が美しいからだろうか。
 それとも、惹かれる何かがあるからだろうか。

 そこへ、ひとりの薬師が現れた。
「噂には聞いていたアルが……本当にあったアルか……」
 噂がただの噂であったのなら良かったと言いたげな口調で口にした薬師は、徐に水晶の蓮に溜まった水を手ですくい、水面に自身の姿を映してから口にする。
 そうして、苦々しく眉を顰めた。
「だめアル、だめアル。こんなものはあってはいけないアルヨ」
 こんなものがあっては商売があがったりアル!
 溜まった水を手で払う。されど、雫は蓮へと緩やかに溜まっていく。
「……こんなものはなくしてくれるアル」
 懐から薬包を取り出すと――薬師はその薬を辺りにばら撒くのだった。

●星の導き
「ごきげんよう、みなさん。まおうのなかのまおうのエステレラ・ピスカピスカです」
 裾をちょんと摘んで綺麗にお辞儀をしてみせたエステレラ・ピスカピスカ(ぜったいくんしゅ・f31386)は、頭頂の毛をぴょんこと跳ねさせながら顔を上げた。
「こんかいみなさんにおねがいしたいことは、トーゲンキョーにはいりこんだオブリビオンのトーバツです」
 辿々しく話すエステレラの傍らで、羽のような眷属二体が紙を広げ、棒を持った一体がピッと紙を指し示す。紙には桃源郷らしき桃花や、狐、蓮の花等が描かれている。オブリビオンは狐なのだろう。眷属がシュッシュと翼を動かすと、狐に大きなバッテンが追加された。
 エステレラは辿々しくも、懸命に説明をする。
 封神武侠界にある美しき桃花の園、桃源郷。中国大陸のある『人界』から、洞穴を通って行ける『仙界』なのだが、その桃源郷のとある場所にオブリビオンが現れた。そこで悪さをする予知が見えたから、悪さをする前に倒して欲しいのだ、と。
「ひとつ、もんだいがあるのです」
 オブリビオンが、桃源郷の防衛システムを作動させたのだ。これは桃源郷を護るための結界で、元々桃源郷を悪人から護るシステムなのだが、入り込んだオブリビオンのせいで悪心を抱いていない人をも拒むようになってしまっている。
「おはながたくさんとんで、ワルいひとはぜったいにたどりつけないケッカイなのです。ふだんのケッカイならばなんなくトッパできることでしょう。ですが、たぶん……」
 きっとオブリビオンは何らかの手を打っているのだろう。わたくしがワルでなければ確認にいけたのですが、とエステレラは悔しそうな顔で拳を握った。ワルなエステレラは結界に弾かれる……と、思っているようだ。
 結界を抜けるには、悪意を持たなければいい。桃源郷を救いたい等の願いを胸に、花弁に惑わされることなく進み続ければ抜けることが叶う。
「オブリビオンはキツネのくすりやさんです。にがいおくすりをもっています。……にがいおくすり、わたくしはきらいです。あっ、いえ、まおうたるもの、にがてなものなんてないですよ。あくどいゆうしゃはすぐにジャクテンをねらいますからね!」
 こほんこほんとわざとらしく咳払いをしたエステレラは、説明を続ける。
 狐の薬師がいる場所は、『数刻だけ水晶の秘境が現れる』という噂のある場所だ。
「そのヒキョーはあまいみずがふるのだそうです」
 苦いお薬の天敵ですねと口にするエステレラの隣で、眷属が蓮の絵へと棒を向ける。
 水晶の秘境は、天落つる雫とともに現れる。春を唄う桃園はがらりと姿を変え、水晶の木々には琥珀糖の実が実り、水晶の花々があちらこちらに咲く秘境となる。そこの雫は、掬った者の想いに比例するように甘くなるのだそうだ。掬って誰かへ飲ませれば、想う気持ちをそのまま相手に伝えられる。
 甘いものが苦手な者が口にしても、それは嫌な甘さにはならない。好ましいと思える甘さに感じるのだとかで、恋い慕う相手や仲の良い友人たちと行ってみたいと仙女たちの中では噂になっている。
 予知が見えたのは、狐の薬師が秘境へ辿り着く所。今から向かえば、秘境が現れる前に薬師に遭遇することが出来、薬師が秘境に何かをする前に止めることが叶うのだ。
「それでは、よろしくおねがいするのです」
 キラキラと星を輝かせ、エステレラは綺麗に淑女の礼を取るのだった。


壱花
 壱花です。封神武侠界デビューします。
 想いで溢れる花、そして甘露降る水晶の秘境へご案内致します。

◇◆◇
 こちらは、吾妻くるるマスターとの合わせシナリオです。
 直接的な関係はないので、各シナリオご自由にご参加頂けます。
◇◆◇

 グループでのご参加は【3名まで】。
 のんびり進行なため、再送が度々生じたりします。
 受付・締切・再送等、TwitterとMS頁、タグにお知らせが出ます。
 送信前に確認頂けますと幸いです。

●第1章:冒険
 花降る結界を抜けて桃源郷へ向かいます。舞う花弁と一緒に薬が撒かれており、其れが体内に入り込むと『花吐き』が発症します。
 舞う花自体は悪いものではないため、浄化等で消し去ることは出来ません。「抜けるぞ!」「桃源郷を護るぞ!」等の強い意思を抱きながら、花を吐く苦しさに負けずに前へ進んでください。誰かが桃源郷に到達しすれば解除してくれるので、一緒に居る人へ言葉を届けられないもどかしさにくじけても大丈夫です。

・花吐き
 甘い気持ち(優しさだったり正しい気持ち、誰かを想う気持ち等)は花となり、唇から零れ落ちるは花ばかり。気持ちに反応して花が喉奥からせり上がってきます。想ったり案じたり、想いが甘ければ甘い程花を吐きます。
 一種類の花を吐きます。花の種類は各自ご指定ください。大きな花が小さくなったり等はしません。芍薬や月下美人等の大きな花は、ひとつでも呼吸困難になって倒れてしまうと思うので、喉を通る花でお願いします。
 想いは言葉にならず、全て花になります。
 あなたの心に咲く花は、なんですか?

【第1章のプレイング受付は、6/5(土)朝8:31~でお願いします】

●第2章:ボス戦『旅の薬師』
 桃源郷へ到着し、オブリビオンを倒してください。
 花吐きは継続しています。

●第3章:日常
 天から雫が溢れ落ち、桃源郷が姿を変えます。
 口から溢れていた花も、水晶の花に変わります。
 詳しくは断章で。

※3章日常につき、呼ばれた時のみエステレラが登場します。

●迷子防止とお一人様希望の方
 同行者が居る場合は冒頭に、魔法の言葉【団体名】or【名前(ID)】の記載をお願いします。また、文字数軽減用のマークをMSページに用意してありますので、そちらを参照ください。

 それでは、皆様の素敵なプレイングをお待ちしております。
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第1章 冒険 『花舞う結界』

POW   :    花と往く

SPD   :    花を見る

WIZ   :    花と知る

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●降る降る、花降る
 何の変哲もない洞穴。ここを抜ければ桃源郷――仙界である。
 一歩踏み入れれば、ぶわり、視界を桃花弁が埋め尽くす。
 穏やかに舞う花びらなのに、進もうとする足は重くなった。

 柔らかな花の香りに、微かに混ざる生薬めいた香り。
 口に微かに感じたのは、ぴりりとした苦さだろうか。
 あなたが喉に違和感を覚えて口を開くと、

 ――ぽろり。
 唇から花がこぼれ落ちた。
ルクアス・サラザール
陛下の御為に赴く真っ直ぐな心、まさか弾かれるわけがありますまい
陛下の手を煩わせる不届き者、この俺が必ず成敗して見せますとも
あぁ、それにしても花の舞う幻想的な光景、陛下と一緒に見たか…
…なんでしょう、喉に違和感が
花…?もしやこれが、オブリビオンの…
花を吐くだなんて、陛下の細い喉では危険すぎる
なんて恐ろしい場所なんだ…

それにしても次から次へと出てきますね
一体何の花なんでしょう
こんな時は陛下に問われた時にと用意した植物図鑑の出番です
進みながら調べましょう。仕事第一ですから
えぇと…ヘリオトロープと言うんですか
花言葉が、献身的な愛、と…
ふ、ふふ…
つまりこれは、陛下を思って咲いた花
あぁ、なんて
――愛おしい




 きりりと妙に自信たっぷりな眼差しで洞穴の入り口を見据えたルクアス・サラザール(忠臣ソーダ・f31387)は、意気揚々と洞穴へと歩を進めた。結界がなんのその。敬愛する魔王陛下へ向ける気持ちはいつも真っ直ぐ=すなわち清廉潔白な心な訳だし、陛下の手を煩わせる不届き者は必ず成敗してみせると正義心にも溢れている。結界を抜ける資格は充分に揃っているはずだ。
(陛下! あなたの忠実なる下僕が良い報告を持って帰りますからね!)
 敬愛する御方が望むのならば、叶えることこそが最優先で行うべき務めである。ゲートを潜る時の心配そうな表情を心のアルバムにしっかりと保存したルクアスは、それにしてもと舞う桃花を見上げた。
 桃色の花の舞う幻想的な光景だ。陛下には愛らしい桃色も似合うし、きっとキラキラと瞳を輝かせて見上げてくれることだろう。
(あぁ、陛下と一緒に見たか……ん?)
 喉奥に、何かを感じた。
 せり上がってくる感覚に吐き出せば、紫色の花が掌に落ちた。
「花……? もしやこれが、オブリビオンの……」
 結界には何らかの細工があるかもしれないと告げられていたが、まさかこれが……? あまり害はないような気はするが……と思いかけたところでルクアスはハッとする。
 花を吐くだなんて、陛下の細い喉では危険すぎる!
 何もないところでも転ぶのだ、花が喉に詰まる未来など想像に難くない。
 なんて恐ろしい場所なのだと身震いをする間にも、ルクアスの口からはポロポロと紫の花が溢れていく。
 それにしても、これは一体何の花なのだろうか。
 植物図鑑――デキる配下は主の要求に万全を期して応えねばならない。陛下がいつ『この花は何でしょう』と言っても良いように用意してある――をペラリと捲り、先へと進みながら調べてみる。
「紫の花、紫の……あった、これですね」
 ヘリオトロープ。花言葉は、献身的な愛。
 つまり、これは。
「陛下を思って咲いた、」
 言い切る前に花が喉をせり上がってきて、推測は確信へと変わる。
 陛下への愛ならば、息苦しささえも愛おしい。
 ルクアスは機嫌の良い足取りで洞穴の奥へと進んでいった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラファエラ・エヴァンジェリスタ
桃源郷、甘い水…
それはきっと善いものだろう
私も行ってみたい
道のりは長いだろうか
愛馬Tenebrarumに騎乗して行こう

舞う花を綺麗だと眺めていたのは束の間
息苦しさに口に手をやれば、吐き出したのは小さな白薔薇
…大輪の黒薔薇ではないのだろうか
戸惑いながら愛馬の身を案じれば一層花を吐く
(…助けて)
愛馬の首にしがみつきながら半ばパニックで、銀の鎧兜の騎士を喚ぶ
嗚呼、失策だ
傍らに馬を並べる彼の姿を認めれば一層息が出来ない
無言の彼が顔を向けるのを、花を吐きながら滲んだ視界で見た

馬が嘶く
嗚呼、まさか彼女も苦しいだろうか
ならば私がしっかりしなくては
この結界を抜ければ良いのだろう?
愛馬の首を撫でて励まし、唯進む




 かつり、かつり。硬質な音が洞穴内に響いた。薄紅の花弁が降るのを見上げる主の邪魔をせぬように、愛馬『Tenebrarum』は規則正しく蹄を鳴らして歩いていく。
 道のりは長いだろうかと愛馬に騎乗していくことを選んだラファエラ・エヴァンジェリスタ(貴腐の薔薇・f32871)は、黒いヴェールの下で瞳を和らげる。桃源郷、そして甘い水という響きに惹かれて来たものの、舞う薄紅の美しい様にそれだけでも来てよかったとさえ思った。美しく、綺麗で、そこを愛馬と楽しめるというのは、なんと幸せなことだろう。
 そう思った瞬間だった。
 突如感じた息苦しさ。喉奥を何かが圧迫し、せり上がってくる気配。生理的な衝動を止めることは難しく、咳き込みながら『何か』を吐き出した。
 掌に溢れたそれは咲き誇る大輪の黒薔薇――ではなく、陽の当たる愛らしい庭にこそ似合いの小さな白薔薇だった。
(何故……)
 何故、唐突に花なぞを吐いたのだろうか。
 何故、白薔薇なのだろうか。
 サイドサドルの鞍にしっかりと足を固定した体が不安定に揺れはしないが、心は不安にぐるりと渦を巻くようだった。
 ――愛馬は大丈夫だろうか。
 案じるとともに、喉が塞がれる。苦しさを伴って、花が溢れる。
(……助けて)
 不安に心が揺れる。
 愛馬の首にしがみつき、銀の鎧兜の騎士を喚んだのは失策だった。傍らに馬を並べる彼の姿を認めれば、一層息が詰まってしまう。ラファエラのために死んだ騎士団長が無言のまま、案じるように顔を向けてくるのを、苦しさで涙に滲む視界で見た。
 嗚呼、花が溢れて止まらない。

 ――ヒヒィィィィン!

 愛馬の嘶きに、息を飲む。彼女のことを案じればまた唇から花が溢れてしまうけれど、主として示す姿勢を思い出す。
 不安げな少女のように愛馬の首にしがみつくのをやめて、身を正す。傍らの騎士が、愛馬が、敬愛すべき主と仰ぐ姿であらねばならない。
「案ずるな。私がいる」
 愛馬の首を撫で、さあ行こうと手綱を引いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
SPD
水晶の秘境も花吐きという症状?どちらも気になります。
この花は体内のどこで生成されるのかしら?

人なんて醜い。そう思っても心のどこかで信じたい気持ちがあるの。
少なくともカクリヨでの戦争前までは人なんて信じられない生き物だと信じてた。
でもどうしてそんな人が住む世界を救おうと妖怪さん達が動けるのか信じられなかった。
そして苦しかったの。信じられる人が見えないのが悲しかったの。
私は自分で思う以上に人の事が好きで信じたかったんだわ。だってこの花の花言葉は「交流」「情熱」
でも小さい花で良かった。
それでも強くないとはいえ花の香りが鼻腔に来るのは少し、吐く以上に苦しいわね。

花はブバルディア。色はいろいろ。




 水晶の秘境に、興味があった。仙女たちが憧れる美しい場所はどんな場所なのだろうと、桃花が降る様を美しいと見上げながら、夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)はひとり歩を進めていた。
 桃源郷は美しい。結界でさえも、美しい。
 けれど人は、醜いもの。
 そう、思っていた。少なくとも先日の戦争前までは、人なんて信じられない生き物だった。自分と違うというだけで差別をして、いつだって無遠慮な視線と囁き声で責めてくる。
 けれど、カクリヨファンタズムに住む妖怪たちは違った。彼等を忘れた人が住まう世界を救おうと自らの身を差し出して奮闘した。人を助けたいと差し出して、自分たちのことは必ず猟兵たちが掬ってくれると信じてくれた。
 信じられなかった。どうして、そんなことができるのか。
 そして、苦しかった。信じられる人が見えないのが悲しかった。
(私は……)
 自分で思う以上に人の事が好きで、信じたかったのだ。
 人のことを、想う。
 その途端、喉奥に何かが詰まったような気がした。
 苦しさに目を瞑り、衝動のままに吐き出せば、手の上には桜色のブバルディア。
(ああ……私は、そうだったのね)
 ブバルディアの花言葉は、『交流』と『情熱』。
 何故唐突に花を吐いたのかは解らないけれど、心の内を花が代弁してくれているのだと、素直にそう想えた。
 人の事が、好きなのだ。好きだからこそ信じたいと思うし、裏切られれば悲しい。信じたいのに、踏み出せない弱い自分自身。
 それに気付いた藍は、はらはらとブバルディアを零すのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

彩・碧霞
【月霞】
聞いていた通りの容姿…多分、彼が
「ええと、佑月さん、でしょうか?」
本来この依頼に来ようとしていたのは私ではない
「私をご存知でしたか。ええ、貴方に会ったらよろしくと言われております。香鈴さんから」
不意に喉奥から来る感覚に抗えず口元を押さえてえずく
零れたのは服を飾るのと似た花…ミズアオイ
兎角、既に花吐き病患者たる彼女を来させなくてよかった
「体調不良の彼女は私の精霊をつけて帰しました。私は彩・碧霞と申します」
いい機会かもしれない
彼女を蝕む病も、眼前の彼のことも知れる
私から話せることもある

ずっと私の頼みで働いていた彼女の代理(ため)なら
「さて、桃源郷なる世界も守るといたしましょうか」
竜神らしく


比野・佑月
【月霞】
「ああ、もしかしてキミが店主さん?」
呼びかけてきた人物に見覚えこそなかったけれど。
香鈴ちゃん
花に纏わる世界で聞くよりも先によぎっていた名を聞いてアタリは付いた

しかしまあ、多くないとはいえ彼女との会話をこうも覚えている自分も相当かな
そんな思いと共に零れたのは自嘲でも笑みでもなくビワの花
一気に塞き止められ苦しくなる呼吸
…けれど、そんな状況でさえ。
病として同じ症状を抱える彼女のことをまた一つ知れた気がして嬉しくなる。
この胸のあたたかさを知ったからこそ感じる痛みなら、歓迎だとも誓っていた

体調不良をおしてまで香鈴ちゃんが守ろうとしていた世界
彼女と親しい人にイイトコも見せないとだし、頑張らなきゃだ




 ふわりと吹いた風とともに、桃花の花弁が顔へとぶつかった。思わず目を閉じてから目を守るように額に手を当て、前を見据えれば、ひらひらと舞ってはいたずらに吹き付けてくる桃花の薄紅色の向こうに黒が映えた。
「ええと、佑月さん、でしょうか?」
 見えた姿に、彩・碧霞(彩なす指と碧霞(あおかすみ)・f30815)はそう声を掛けた。『彼女』から聞いていた通りの姿の人が、そこに居たから。
 呼びかけられた声に振り返った比野・佑月(犬神のおまわりさん・f28218)は垂れ目がちの黒目をパチパチと瞬かせ、疑問を瞳に浮かばせた。見覚えのない人物が、自分の名前を知っている。
 誰だろうかと左右に瞳を彷徨わせる間もなく、佑月の犬耳がピンと立つ。ひとつ、心当たりがあったのだ。
「ああ、もしかしてキミが店主さん?」
「私をご存知でしたか。ええ、貴方に会ったらよろしくと言われております」
 共通の知人の名前を口にしあい近寄れば、綻ぶ心とともに喉に覚えるのは違和感。
 せり上がってくる異物感に思わず口元を手で塞ぐも、生理的な衝動に抗えず。
 うぐ、と嘔吐くと同時に口から溢れたのは、花。
 白のビワと、青のミズアオイ。
 溢れたそれらを見て思うのは、やはり『彼女』のこと。
 ――花吐き病患者たる彼女を来させなくてよかった。
 本来なら、この依頼へ来ようとしていたのは彼女であったのだ。
 花に蝕まれる彼女は、花が多く咲く季節は体調を崩しやすい。体調不良をおしてまで世界を護ろうとする彼女の心と、その体を案じて、代わりに来たのが佑月と碧霞であった。
「体調不良の彼女は私の精霊をつけて帰しました。私は彩・碧霞と申します」
「そっか、ありがとう。俺は比野・佑月だよ」
 直前まで彼女の側で案じていてくれた人が居てくれたことに安堵して。
 また、喉奥を花の香がせり上がってくる。
 喉が塞がれ、苦しくなる。
 けれどこの苦しみが、彼女の『いつも』なのだ。
 痛みを隠して、花を咲かせる自分のことを化け物だと自虐的に笑う彼女が感じている、苦しさ。
(……この苦しさを)
 彼女のことを、またひとつ知れた気がして嬉しくなる。
 想う度に喉が塞がれて苦しいのに、どうしたって彼女のことを想ってしまう。
(この胸のあたたかさを知ったからこそ感じる痛みなら、歓迎だ)
 花を吐き続ける佑月に、碧霞は何も言わない。何故花を吐くのか。その原因は解らないけれど、吐いた時の状況から察せるものもある。
 佑月の様子が落ち着いてから、碧霞は風に髪を遊ばせながらも前へ――桃花が吹いてくる方へと視線を向ける。いつも碧霞の頼みで働いてくれている彼女の代わりを勤めるために。
「さて、桃源郷なる世界も守るといたしましょうか」
「うん、そうだね。彼女のためにも頑張らなきゃだ」
 彼女が守ろうとした世界を護るために。
 そうして全てを終えたなら、共通の知人を持つ人のことを知ることが叶うだろう。
 そのためにも、今はただ、前へ進もう。
 佑月と碧霞のふたりは、花を吐きながらも、花舞う結界の中を進んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

張・西嘉

瞬殿(f32673)と
吐く花:桃

はは、そうだな、俺達は花に縁があるのかもしれんな。
(自分の世界の依頼に気合いを入れて花が降る結界を抜けるために歩を進めようと少し後ろを歩いているであろう瞬に声をかけようと振り返り)

瞬殿大丈夫か?
口を開けば溢れるのは言葉ではなく馴染み深い桃の花。
(瞬の口からも白い花が溢れさらに案じる言葉を口にしようともやはりこぼれるのは桃の花
それを見て瞬が笑った気がして首を傾げ)

(これでは埒があかないと強引に瞬の手を取って
これならばはぐれることもないし存在を近くに感じられるから安心だと一人納得して進む)


征・瞬
西嘉(f32676)と
花吐き『冬桜』

花の結界とは…つくづく花とは縁があるな
特に君と一緒の時はだが
……別に嫌だとは、言っていない
(寧ろ嬉しいのだと伝えようとして言葉にならず)

ああ…これが花吐きか
西嘉の心配するような視線に
少し苦しいが問題はないと返そうとするが言葉にならず
早く結界を抜けようと西嘉に目で合図を送りながら
西嘉の吐く花を見つめて

君は、やはり桃の花なのだな
そうだと思っていた
(予想通りの光景に嬉しく想い)
案じるような視線にも手を引かれることにも
優しさを感じて、これは溢れる花が止まらないな…




 ざり、と踏みしめた洞穴内は、桃花が降って。
 はらりひらりと舞う様に思わず瞳を細めてしまったのは、きっと、共に歩む彼と同じ気持ちを抱いたからだろう。
「花の結界とは……つくづく花とは縁があるな。特に君と一緒の時はだが」
「はは、そうだな、俺達は花に縁があるのかもしれんな」
 入口付近は穏やかに降るのみの桃花を掌で受け止めた征・瞬(氷麗の断罪者・f32673)がそう口にすれば、張・西嘉(人間の宿星武侠・f32676)が小さく笑った。
 ともすれば嫌味のように聞こえなくもない言葉だが、西嘉は気にせず己が故郷を護るために前だけを見る。奥へ――桃源郷へと向かえば向かうほど、舞い降る桃花は吹き付けるように勢いを増しているようだった。
(……嫌味に聞こえただろうか)
 気にするのは、瞬のみだ。寧ろ嬉しいのだと伝えたかったのだが、言葉というものは難しい。思った表面だけを口にしても伝わらない。
「……別に……ぅ……かはっ」
 嫌だと言ったわけではないのだと、寧ろ嬉しいのだと、言葉にしようとしたはずが、喉をせり上がってきた冬桜に身を曲げた。
 異変を感じ取った西嘉が振り返る。瞬殿大丈夫か、と告げるはずだった彼の唇からも、言葉は溢れない。桃の花を吐き出して、しかし我が身を案じるよりも瞬を案じて視線を送る。
 何故突然花を吐いたのか。
 何故吐いた花が冬桜と桃なのか。
 互いに原因は解らないが、苦しさはあるものの身体にダメージが及ぶものではない。
 それを告げようと口を開くも、やはり互いの口から溢れるのは花ばかり。無意識の内に互いの身を案じてしまっているせいだが、どんな気持ちを抱いているか伝えられぬのだから気付け無い。
 ――早く結界を抜けよう。
 ポロポロと花を零し、咳き込みながらも視線のみで西嘉へと告げれば、通じたのだろう。真っ直ぐに瞬を見つめた西嘉から深い頷きが返される。
 そうする間にも彼の口から溢れる桃色に、彼らしい花に、瞬は淡く笑みを浮かべた。常日頃から表情が固く、感情が表面に現れない瞬だが、感情がない訳ではない。変わらぬ表情の下で感情を露わにしていることなど、付き合いが長ければ微かにでも感じるものだ。
 瞬が笑った気がして首を傾げる西嘉へ、何でも無いと言うようにふるりと頭を振れば、また咳き込んで。
(……嬉しいという気持ちを伝えられないのは難儀なものだな)
(これでは埒があかない)
 西嘉の手が伸ばされ、瞬の手を強引に握る。
(これならばはぐれることもないし、存在を近くに感じられるから安心だ)
 手を引いて歩き出した西嘉の背を僅かに見開いた瞳で見つめた瞬の瞳が、まるで綻ぶ桃花のように少しだけ柔らかくなる。
 手に触れる暖かさ。手を引く頼もしさ。そして彼の心の優しさ。
 胸に咲く花が綻んでしまえば――。
 ああ、唇から溢れる花が、止まらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【鏡飴】
吐く花:血の様に赤い桜
誰かを想う気持ちにケジメつけた後は少し落ち着く
正しいと思う事を貫く感情は本物

甘さは俺にとっては毒だからなァ
今はこの世界を救うコトだけ考えて堰き止めるわ

ティアに想い人がいるのは認知済
クロッカス(おもい)の量に目細め
苦し気な彼女へ大丈夫か?と背撫で足止める

なァ、その花…
綺麗だな
それは想い人がお前の中に在る証拠だろ
だから
今のお前がいるンだろ
イイんだよ、忘れようとしなくて
俺はどのお前も受け止める
そう告げたハズだ

想い人
その単語から己の嘗ての想い人を連想
桜を吐き喉押さえ
予想より甘く多少酔う

ン…ティア
悪ィ…先、進もうぜ

(お前の傍にいるのも
今は俺だけだから)
指先から伝う熱の意味は


ティア・メル
【鏡飴】

クロウくん、甘いもの苦手って
言ってたけれど、だいじょうぶ?
んにー
好ましい味に変わるって話だったから
平気だといいなあ

はらひら口から舞い落ちるのは
紫の花びら
紫の、クロッカス

どうしてか刹くんの事を想い出す
ぼくの好きだった人
愛した人
初恋の喜びがせりあがって
また咳き込む

苦しさに思わず足が止まりそうになるけれど
この場所を抜けなくちゃ
クロウくんと一緒に

クロウくん?
辛そうな君の口からも花びらが
これは何の花だろう

桜の花
クロウくんの中に誰かがいる証

だいじょうぶ?って声にはならなくて
代わりに手を握る
一緒に居るよ
ぼくがついてるよ
今、君のそばにいるのはぼくだよ
声にならない想いを指先に込めて




「クロウくん、甘いもの苦手って言ってたけれど、だいじょうぶ?」
 桃花が舞う洞穴へ足を踏み入れてすぐ、ふと思い出したかのように口にしたティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)は、傍らの青年を見上げた。ゲートを潜る前に聞けば良かったのだが、今思い出したのだから仕方がない。
「甘さは俺にとっては毒だからなァ」
 向かう先にあるのだという秘境の雫が甘いという話はグリモア猟兵から聞いている。聞いてなお自分の意思で此処へと来たのだ。大丈夫だと笑ってみせる杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の表情は常よりも穏やかだ。何か、心境の変化があったのだろう。
 彼の顔を見上げて「んにー」と頬を緩めたティアは正面に顔を戻し、舞う桃花の奥を見つめるように歩を進める。舞い降る花弁のせいで、洞穴の奥は見えない。曲がりくねっているのか、平坦なのか、どこまで進めばいいのかさえも解らない。けれど傍らにはクロウが居て、彼と一緒なら大丈夫だろう。そう、思えた。――途端。
「……っ」
 けほっ。
 喉に感じた違和感が小さな可愛らしい咳とともに唇から溢れた。
 ひらり落ちる、紫。
 紫の、クロッカス。
「――あ」
 ――刹くん。
 どうしてだか思い出したのは、ティアの好きだった人のこと。嘗て愛した人のこと。今でも鮮明に思い出せる初恋の喜びが胸に溢れ、喉へとせり上がってくる。
(苦しい。突然、どうして)
 胸の内はパチパチとソーダの体が弾けてしまいそうに甘やかなのに、喉にせり上がってくるのは現実的な異物感。
 けほけほと咳き込むティアを振り返ったクロウが、彼女を案じて眉を下げた。ティアの背を撫でようと手が伸ばされるが――。
「っ!?」
 その手は慌てて自身の口を押さえた。
 案じる気持ちが、花となる。大丈夫かと言葉を発することも出来ずに、喉奥から花がせり上がってくる。掌に吐き出した異物は、血のように赤い桜の花だった。
「クロウくん?」
 彼が案じてくれたのが解って、苦しさに喘ぎながら彼を見れば、彼もまた、花を。
「なァ、その花……」
 綺麗だなと告げようとしたが、やはり言葉にはならなかった。美しいと、綺麗だと、慈しむ気持ちもまた甘いもの。
 何故クロッカスなのか。何故赤い桜なのか。
 吐く花の意味も、互いに何故花を吐いてしまっているのかも解りはしないが、それがどうにも己の胸の内次第であることにも薄っすらと気付き出す。
(この場所を抜けなくちゃ)
 互いに案じる気持ちは言葉にならなくて。
 それでも瞳と体とで、思いを伝えることは叶うから。
 ――ぼくがついてるよ。
 思うだけで、クロッカスが溢れる。
 けれど確かに、ぎゅうとクロウの手を握る。
 側に居る。大丈夫。一緒に行こう。
 ティアの手が、伝えてくれる。
「ン……ティア。わり……ぅっ」
 謝ろうとすれば、花がせり上がってくる。ごほっと吐き出して、クロウは小さなティアの手を握り返して顔を上げた。
「先、進もうぜ」
 声にならない想いを指先に込めて、ふたりは花舞う結界を進んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

白神・ハク
【幸】

お姉さんは桃源郷に行ったことはある?
僕はないよォ。神様のたくさんいる場所かなァ。
キレイな場所って妖怪たちは噂をしていたよ。
ピンクのキレイな花が咲いているんだって。早く桃源郷に行きたいなァ。
僕の言葉が花になっちゃった。
苺の花が言葉の代わりに出てくるんだァ。

気持ち悪いなァ。
どうせなら落ちた先から苺が実ればいいのにねェ。
桃源郷を想えば想うほど僕が喋れば喋るほど甘い苺の花が口から出てくるんだァ。

お姉さんの吐き出す花もキレイだねェ。
悠長なことを考えているんだけど僕はすごく気持ち悪いよ。
んふふ。僕の想いはどんな想いかなァ。
だァいじょうぶ。
口にしないよ。僕だけのひみつなんだァ。


雨絡・環
【幸】

桃源郷は以前別所へ一度だけ赴きました
ピンク色のお花は桃かしら?
うつくしい所でしたよ
その際は神様にお会いする事、叶いませんでしたが
今回はどうでしょう?楽しみですわねえ

ハクさんから白く小さなお花
まあ、可愛らしい
本当に苺がお好きですね
零れた花から実が……素敵、試しに植えてみます?
なんて、冗談の代わりに

ぽろと零れる苧環の花
嗚呼、わたくしの花は之ですの
なんと甘いこと
通る喉が焼けるようね
息苦しさと花の甘さに眩暈がしてしまいそう

この身満たす想いは唯一
それこそ苧環の如く幾重に渦巻き廻るもの
花は好きですが溢してしまうだけでは惜しいの

お加減は大丈夫?
そう、宜しゅう御座いました
同じく言葉を秘して、進みましょう




「お姉さんは桃源郷に行ったことはある?」
 桃色の花弁が降る洞穴に、白と黒。
 此処を越えたら桃源郷なんだってェと白を宿す男が口を開けば、黒を宿す女ははたりと首を傾げて傍らを歩む男の横顔を見上げた。
「桃源郷は以前別所へ一度だけ赴きました。ハクさんは?」
「僕はないよォ。神様のたくさんいる場所かなァ」
「わたくしはその際、神様にお会いする事は叶いませんでしたが、今回はどうでしょう?」
 楽しみですわねと笑う雨絡・環(からからからり・f28317)へ、白神・ハク(縁起物・f31073)も頷きながら笑みを向ける。
「キレイな場所って妖怪たちは噂をしていたよ。ピンクのキレイな花が咲いているんだって」
「ピンク色の。でしたら、桃の花かしら?」
 掌をそっと上に向ければ、降ってくる花弁が掌の上に乗る。桃の花弁だ。
「そうかも。きれ……っ、……?」
 綺麗だと口にしようとしたところで、喉に覚える異物感。
 言葉の代わりに喉奥からせり上げてくる『何か』に咳き込めば、口から溢れたのは白い小さな花だった。
 ――何故、唐突に花が?
 『何らかの手を打っているかも』とグリモア猟兵が口にしていたことを思い出せば、成程と思う気持ちもありはするが――ハクが覚えたのは不快感だった。
「気持ち悪いなァ」
 突然花を吐き出すなんて。
 不可解な現象ではあるが、苺はハクの好きな果実だ。その彼が吐いたのが苺の花であることに、環は穏やかに笑って――そうして唐突に喉へ覚えた違和感に、口元を手で覆い隠した。
 息苦しさを伴いながら、花が吐き出される。
 可愛らしいと思った心が花を生んだのだが、ふたりが気付く由はなし。
 紅を佩いた唇から溢れるのは、苧玉に似た薄紫の花。
 味はないが、喉を通るせいか香りを強く感じて、息苦しさと香りとに眩暈がしてしまいそうだった。
「お姉さんの花も、」
 綺麗だと慈しむ心もやはり、花を生む。言葉は綴られず、けほっと吐き出した白い花を見て、ハクは僅かに目を眇める。ああ、やっぱり気持ち悪いなァ。
「どうせなら落ちた先から苺が実ればいいのにねェ」
「零れた花から実が……」
 好ましく思う気持ちを抱く度に咳き込む。花が喉を圧迫する苦しさを覚えながらも、試しに植えてみますか? と冗談めいた囁きを。
 口を開こうとする度に、花が溢れてしまう。
 好ましい気持ちを抱けば抱くほど。
 桃源郷を想えば想うほど。
 幾重にも幾重に渦巻き廻る想いに身を満たすほど。
 ――お加減は大丈夫?
 ――だァいじょうぶ。
 相手を思う言葉は花になるため口にはできず、問う視線に視線を重ねて頷きあう。
 その身を苛む花吐きの病(やまい)は確実に体力を消耗させていくから、早く対処をしたほうが良さそうだ。
「進みましょう」
 黒を宿す女の白魚めいた細い指先が示す先を見て、白を宿す男は花を吐きながらも頷いた。
 ああ、早く桃源郷に行きたいなァ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
♢スミレ

花が口から…どうやら誰かを思うと反応するようでうね
弥彦、世一、冴、今までに出会った人達
目的は忘れてないけれど、みんなを思い浮かべては花を吐いていく

…馨子さん

想いがせり上がり、辺り一面に甘い香りのスミレの花
まるで今までの思い出が、幸せが、大量の花となったかのように

かつて扇のヤドリガミの人が教えてくれた
誰か一人に気持ちが動くのなら、その時になれば自然と生まれてくるものだと
分かったつもりだった言葉が、いま自分の中に実感として広がる
心の中の小さな芽-そばにいたい、自分を見てほしい-の答えがこの景色?

静かに胸の中で確かめるように答え合わせをする

…馨子さんが、好きです
答えはとても甘い花となって。




 桃花降る洞穴の中をひとりで歩んでいた桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、唐突にほろり、スミレの花を吐いた。勿論簡単に吐けるものではなく、唐突に喉に覚えた違和と、せり上がってくる生理的な衝動に咳き込みながら、だ。
(何故……)
 そう思ったのは少しの間。直前まで思い描いていたことを思い出せば、自分の思いが花を生んでいるのだと当たりをつけることが叶った。
 ひとりひとり今まで出逢ってきた人たちを思い浮かべてはげほごほと咳き込み、苦しみながら花を吐く。懐かしい気持ち、会いたいと願う気持ち、それから――恋い慕う気持ち。
 想い人を思い浮かべれば、一層喉奥が詰まるよう。
 盛大に咳き込んで、生理的な涙の滲む瞳を開ければ――想像以上に沢山のスミレの花を吐いていた。足元にポトポト落ちたスミレの花の多さが、カイの今までの思い出と幸せを現しているかのようだった。
(あなたを想うだけで、私はこんなにも)
 幸せなのだと、想う。それだけでまた、スミレが喉からせり上がってくる。
 息苦しさに頭がくらくらする中、思い出すのは扇のヤドリガミのひとが教えてくれたこと。
『誰か一人に気持ちが動くのなら、その時になれば自然と生まれてくるものだ』
 その言葉を解ったつもりでいたけれど、それが今、実感を伴って自身の中に言葉が広がっていくようだった。
(心の中の小さな芽――そばにいたい、自分を見てほしい――の答えがこの景色?)
 足元には、吐き出したスミレの花。
 何度も吐き出したそれが答えなのだろうか。
(……あなたが、好きです)
 答え合わせをするように口にすれば――ああ、スミレが溢れて止まない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セト・ボールドウィン
【千陽】

…わ、すげー
空を見上げれば、降りそそぐ花びら

綾華、心配してくれてんだな
――大丈夫。俺、頑張るから

そう伝えたいのに、口から零れるのは赤いゼラニウム
あ。これ思ってたよりずっと――キツいかも

背に当てられた手が温かくて、少しほっとする
うえぇ…俺、今すごくカッコ悪い
少しだけ滲んだ涙をぐっと手で拭って

言葉で伝えられない代わりに笑って見せる
だいじょーぶ。俺はだいじょーぶだから


心配なんてかけたくない

綾華は俺よりずっと大人で
カッコよくて
こんな風になりたいって、いつも

でもこうして優しくされるのは嬉しくて
心地よくて
兄ちゃんみたいだって、思って

花が止まらない
ああもう。何かぐちゃぐちゃだ

早く、ここを抜けなくちゃ


浮世・綾華
【千陽】

うん、きれーな?
こんな時でなければきっと楽しめたのに

セト
苦しくなったら、無理すんなよ?
髪をくしゃり
頑張らなくたっていい
本当はそう言いたかった

踏み出せばせり上がるような何か
零れた白の雛菊が手に

それよりと向けた緋の先
大丈夫かと問う前にまた白が零れ
嗚呼、ダメだ、と

言葉の代わり
背をさする

その笑顔に思う
進まなきゃ
一秒でもはやく

本当はセトに
ひとつだって苦しい思いをしてほしくなんかない
でも、純粋さも、直向きさも
愛おしくて共に在りたいくて
矛盾、してしまう

苦しさは押し込める
絶対心配させない
でも

白、白、
考えるほどに零れ、儘ならない
間違いなく小さな友人を想い溢れている

知ったら重いと思われるかな

多分、お前は




 洞穴と聞けば、薄暗いほら穴を思い浮かべるのに。
 一歩踏み入れて見上げたそこは、想像よりもずっと天井は高くて。
「……わ、すげー」
 見上げた視界いっぱいに、花弁がひらひらと降り注ぐ。それは小春日和に桜が舞う……というよりも、花の雨に近い。
「うん、きれーな?」
 目と口とを大きく開いたセト・ボールドウィン(木洩れ陽の下で・f16751)がひっくり返りそうなほどに花を見上げる様に、浮世・綾華(千日紅・f01194)も上向けた掌に花弁を乗せて薄く笑う。桜に似ているようで、少し違う。桃花だろうか。こんな時でなければきっと楽しめただろう花の雨は、奥に向かうにつれて嵐のように勢いを増しているようだ。
「セト」
 呼びかける声に振り向けば、案ずる綾華の顔。
 オブリビオンが結界に何か手を加えているかもしれないとは聞いているが、それがなんであるかは知らない。それでも目の前の少年は頑張りすぎな程に直向きに頑張ってしまうから――頑張らなくたっていい。そう口にしたいけれど、できない。負けず嫌いで頑張り屋な彼を否定したくはない。純粋さも、直向きさも愛おしくて共に在りたくて――矛盾、してしまう。
 まだ幼さの残る少年の頭へと手を伸ばし、髪をくしゃりと頭に手を置けば「心配してくれてんだな」と笑うセトの笑顔が眩しい。
「無理すんなよ?」
「だいじょ、」
 ――俺、頑張るから。
 言葉を発しようとして、笑顔が歪んだ。
 苦しげに歪んで、大きく咳き込んで。
 吐き出されるのは――赤。血ではない。赤い、ゼラニウムの花だ。
 セトを案じた綾華が彼へと一歩踏み出せば、ぐ、と『何か』が喉をせり上がる。ごほっと衝動のままに口から溢れた白は、雛菊。
 掌の上に咲いた花に瞠目するも、綾華の意識はすぐに切り替わる。
 ――セト。
 はく、と空気を食んだ口から白が零れる。大丈夫かと案じる心が花を生み、言葉となってはくれない。
(嗚呼、ダメだ)
 諦めめいた気持ちを抱いてしまうのは癖のようなもの。腹の底へと沈め、苦しさと不安とで涙をにじませる少年の背をさすってやった。
(――綾華)
 背に触れる熱が、案じてくれている。
 安堵を覚えながら見上げれば、彼だって花を吐いているのに。
 苦しいのは、一緒なのに。
(うえぇ……俺、今すごくカッコ悪い)
 ――笑え。心配なんてかけたくない。それなのに、心配させている。
 少しだけ滲んだ涙をぐっと手で拭って、無理矢理にだって笑顔を作る。
 だいじょーぶ。俺はだいじょーぶだから。
 だから、心配しないで。
(進まなきゃ)
 セトの苦しげな笑みに、胸が逸る。一秒でも早く此処を抜けて、セトから苦しみを取り除きたい。本当は、ひとつだって苦しい思いをしてほしくないのだ。
「行こう」
 花が溢れるから、言葉は短く。セトの手を引いて、先を急ぐ。
 花を吐く度にどうしても歪んでしまう顔を見せないように、そして彼の苦しむ顔を見ないように前だけを見ても、触れている手から彼の苦しさが伝わってきて、苦しい。白が、零れる。間違いなく小さな友人を想って溢れていることに気付くも、すぐに彼には伝えない。
(知ったら重いと思われるかな)
 浮かんだ考えに、すぐさま心が否やを唱える。そんな風に思う少年ではないことを知っている。
(……本当に、兄ちゃんみたいだ)
 手を引いて半歩前を行く綾華の顔は見えないから、引いてくれる手だけを見る。
 自分よりも大きな掌、何かあれば前に立って守ってくれて、導いてくれて、いつも優しくしてくれる。カッコよくて、こんな風になりたいって、いつも思って見上げていた。心配掛けたくないのに、今も心配してくれているのが嬉しく感じてしまう、矛盾。
(ああもう。何かぐちゃぐちゃだ)
 花が、溢れて止まらない。
 どろどろ煮詰まる魔女の大釜を抱えた心地で、ふたりは先を急ぐ。
 足跡のように、白と赤を残して。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】♢

喉をせり上がる息苦しさに眉を顰める
零れるのは赤い彼岸花
驚いて目を丸く、更に喉奥からほろほろほろほろ零れて行く花に思わず口を押さえ
唇が動くも声は出ない
何度も咳き込んでは沢山の花が落ちて行く

……グリモア猟兵は、何て言っていましたっけ
誰かへの想いが甘ければ甘いほど、花を吐く?
……想い?私が?

彼岸花
同じだけど、これ、私の花じゃありませんね
カフカの花……ですか
カフカが桜を零す様は案の定で、微笑ましく思えば余計に喉を花が塞ぐ

途切れることなく溢れる花、花、花
これが、この子を本当に、本当の心というもので想えているという証拠なら
悪くない、気がして

“大切”を学んだばかりで、まだ良く分かりませんけど、ね


神狩・カフカ
【彼岸花】♢

己の唇から溢れ
はらはらと舞い落ちていく桜の花弁
なんで桜かなんざ考えなくたってわかる
これはおれが恋してやまない姫さんの花だ
その命が巡る度に想い続けてきた桜の鬼姫
彼女への想いがこうして花になるのも納得のことで

はふりは?
彼岸花たァわかりやすいこって
けれど
喉詰まらせちまいそうで見てられねェな…

…?
あ、あれ…なんで
隣のはふりを心配した途端に
花がどんどんと溢れ増えていく
それはまるで
巡る度に想い続けた姫と
幼い頃から共にいる妖と
どちらへの想いが強いか
思い知らされているようで――

なンだよ、その視線…
微笑ましいだァなんだァ思ってンだろうな
人の気も知らねェで…
言葉の代わりにはふりの手を掴んで
先を急ごうか




 はらはら、はら。花が、溢れた。
 喉奥から苦しさを伴うそれは、まるで存在を主張しているようだった。
 洞穴内に降っている花弁と似ているようで違う花。
(――桜?)
 さくら。何故唐突に花を吐いたかよりも、その花を見て記憶が呼び起こされた。
(これは、おれが恋してやまない姫さんの花だ)
 その命が廻る度に、想い続けてきた桜の鬼姫。
 桜の季節が巡らずとも己が神域の桜を見上げても想う、姫のこと。近くて遠く、今なお胸裡に巣食う想いに、我ながら執念深いと神狩・カフカ(朱鴉・f22830)は自嘲した。
 けん、と響いた咳音が、けんけんと続く。
 傍らに居るはずの葬・祝(   ・f27942)だろう。大丈夫かと口にしようとしたカフカの喉を花が圧迫し、思いを焦がすように苦しくなった。
 ほろほろほろほろと、零れる赤。血とは違う、赤い彼岸花。
 息苦しさに眉を顰めた祝は、自身の口から溢れたその花を見て目を丸くした。
(――何故)
 確かに言葉を紡いだ唇は声を成さず、ただ花のみが零れる。口元を押さえても、次から次へと喉からせり上がって、生理的な衝動のままに咳とともに吐き出される。
(何故、私の花じゃない)
 グリモア猟兵が『何らかの手が打たれているかも』と言っていたため、唐突に花を吐いたのは敵の攻撃によるものだろう。敵の攻撃で花を吐くのはまあ良い。……苦しいから良くはないけれど、まあ良い。
 しかし、しかしだ。何故『この彼岸花』なのか。
 この花は――、
(カフカの花……ですか)
 ちらと傍らを見れば、愛し子が桜を零しながら案じる顔で祝を見ている。喉に詰まらせないだろうかとか、背をさすってやろうかだとか、そう思っている顔だ。
(何時まで経ってもお前はこどもなのですから)
 手に取るように解るのが微笑ましくて――嬉しくて。
 自然に灯る胸の暖かさに柔らかな笑みを佩きかけて、また咳き込んだ。ごほごほと大きく何度も咳き込んでは、たくさんの花を咲かせてしまう。
「――っはふ、っ!」
 慌てたのはカフカだ。ただでさえ細い喉。そんなに花を吐いてはいつか喉をつまらせてしまうに違いない。
 けれど言葉は、想いは声に成らず、桜花のみが溢れていく。
(……? あ、あれ……なんで)
 はふりを心配しただけなのに、零れ落ちる花が増えていく。途端、『何故』が『もしかして』に変わった。
 ――もしかして、想いに反応しているのか?
(それではまるで、)
 巡る度に想い続けた姫と、幼い頃から共にいる妖と、どちらへの想いが強いかを知らしめられているようじゃないか。
 愕然とするカフカを、祝は見つめ続けている。
「なンだよ、その視線……微笑ましいだァなんだァ思ってンだろうな」
 悪態は、するりと吐かれた。その後に続く想いは花となったけれど、くすくすと笑いながら祝が花を吐くものだから、強引に彼の手を掴んで歩き出す。
 この悪霊が簡単には死なないことは知っている。
 けれど苦しむ顔を見たいわけではないから、先を急ごうと引っ張った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リーベ・メル


……う、
喉奥に確かに感じる異物感に咳き込む
覆う手のひらにほろりと落ちた淡紫
花……
この花は、何だ
止めどなく零れ落ちる

一輪だけだとわからなかったけれど
こうして幾つも集まって漸くわかった
ボクの心に咲いているのは、ライラックだ
……ライラックの花に縁なんてなかった筈だけど
花言葉は何だったかな
苦しさで上手く記憶が手繰れない

ひどく苦しい
喉だけでなく、胸までも
この場に頽れてしまいたくなる

昔からそんな時に思い浮かべるのは薄紅のいろ
桜吹雪をたゆたう甘い雫
ボクの初めての友達、唯一人の幼馴染
あの子の桜は何時だってボクの心を護ってくれた
昔だって、今だって
……抜けなくちゃ、この嵐を!

――あ、
そうか
『恋の芽生え』、だっけ




「……桜?」
 薄紅色が舞う様に顔を上げたリーベ・メル(Anti Liebe・f27075)は瞳を瞬かせ、けれどすぐに違うと気付いて頭を振る。違う、これは桃花だ。桜は昔から側で見ていたから、違いがすぐに解る。リーベの初めての友だちで唯一の幼馴染のあの子とともにあるものだから。
「……う、」
 優しい色を思い浮かべた途端、喉奥に違和を感じた。食べ物など口にしていないのに、喉に張り付くような異物感。すぐに生理的な衝動で咳き込んで、口元を覆った手のひらの上にそれは吐き出された。
「花……」
 愛らしい色に、甘い香りを放つ花。
 一輪だけでは解らなかったが、ポロポロと次から次へと溢れていけばリーベの記憶の中にある花の名前が導き出されていく。
 その花の名は、ライラック。桜ならともかく、リーベには縁のない花だ。
(花言葉は……何だったかな)
 苦しさで上手く記憶が手繰れない。けほけほと咳き込んでは、次々とライラックが溢れていく。手のひらだけでは受け止められず、ポロポロと溢れて足元をも花が染めていく。
 苦しさに、喘ぐ。急いで呼吸をすれば小さな花を飲み込んでしまいそうで、ぜえぜえと荒い呼吸をしながらも心を落ち着けようと試みた。
 生理的な涙で滲んだ視界に映るのは、春の色。あの子の色。
 胸に生まれた暖かさに新たにライラックを吐くけれど、リーベは春の色へと手を伸ばし、あの子を想う。
(あの子の桜は何時だってボクの心を護ってくれた。昔だって、今だって……)
 やらないといけない事がある。そのためにはここで頽れてしまってはいけない。
 震える膝に手を当てて体を支え、気持ちを落ち着かせて前を見る。
 ――大丈夫、歩ける。
 時折咳き込みながらも、リーベは洞穴を抜けるために歩いていく。
 その道中、思い出したライラックの花言葉は――。

 ――『恋の芽生え』。

大成功 🔵​🔵​🔵​

吉備・狐珀
花吐きの花「風鈴草」

止めどなく降る花と舞う花弁は見ほれるほどですのに。
先ほどから体が重く、それに喉も…何かせりあがってくるような

喉の違和感に耐え切れず立止る。
口からポロリと零れ落ちたのは青色の花。
止めどなく零れを散る感謝告げる花。
私を優しく包んでくれる、共に前へ進もうと力強く手を引いてくれる、語さんに愛を―想いを告げる花。

いつも守られているだけでは嫌だから、語さんが辛い時には私が支えになりたくて。
その背に隠れるのではなく並んで歩きたいから強くなると決めた。

だからここで立ち止まっていられないんです。
この地をオブリオンから守るために前に進まないと。
語さんに胸を張って「ただいま」と言えませんから。




 はらはら、はら。桃花が降る。
 ふわふわはらりと降る花は、見惚れる程に美しい。幻想的に美しい光景ではあるが、これは桃源郷を護る結界。先程から重く感じる体が、その何よりの証拠だ。
「……っ」
 美しいと桃花を見上げながら洞穴を進んでいた吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)は、唐突に喉からせり上がってきた違和感に口元を抑えた。それでも気丈に前へ進もうとしていたが、耐えきれず、ついには足を止めてしまう。
 喉をせり上がってくる異物が、生理的な衝動によって吐き出される。
 咳とともに手のひらに落ちたのは、青色の花だった。
「花……?」
 口から出るはずのないものに疑問を抱くが――それよりも、物言わぬ花が物告げぬまま発する意味の方へと意識が向かう。
 青い、小さな鐘の形の花、風鈴草。
 花言葉は、『感謝』。それから、『誠実な愛』。
(ああ……)
 思い起こすのは、愛しい人の姿。
 狐珀を優しく包んでくれて、共に前へ進もうと力強く手を引いてくれる人。
(いつも守られているだけでは嫌だから、彼が辛い時には私が支えになりたくて。その背に隠れるのではなく並んで歩きたいから強くなると決めたのです)
 彼のことを想えば、その度に喉奥に花が生まれて苦しい。
 幾度も咳き込んで吐き出して、けれども花を見る度に愛おしさが増してしまう。零す花が増すばかりで膝をついてしまいそうだけれど、狐珀は小さく微笑んで前を向く。
 ここで立ち止まってはいられない。狐珀は彼の隣に並び立つのに相応しいくらいに強くなって、愛おしい彼に胸を張って『ただいま』を告げるのだから。
 そのためにも前へ進み、桃源郷をオブリビオンから守らねばならない。
(待っていてくださいね)
 私は確りと務めを果たして参ります。

大成功 🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
【仄か】
(赤のゼラニウム)

……ああ

きみの歓声が届いた
薔薇と夏草の混ざりあったような香りと苦み
花びらが喉から舌へ
体温を移しながら血潮を思わせ、赤く零れる

咄嗟に口元を片手で覆う
苦しさに傍らを見れば
可愛い丸い花にはしゃぐきみが楽しそうで
つられてほころぶ
喉の奥に花園ができたものな

──ラピタ
大丈夫、苦しくない? 
何もかも全部花に変わっては
とめどなく溢れて何度も咳いた
呼べない代わりに覆い手を離す
花の溢れたきみに触れれば、指と花びら同士が絡んだ
行こう、溺れてしまう前に

溢れ零れる赤は
命のよう、夢のように綺麗
けど、ラピタを呼べないのは寂しいな
桃源郷を待ち焦がれながら、手をつなぎ進む
うん、僕も見たい
きみを呼びたい


ラピタ・カンパネルラ
【仄か】
アセビの花)

ーーわ、あ

柔らかくてひんやりした花びら
少し苦い、食べちゃいけない味
次々溢れるそれが苦しくて、けれど少し嬉しい
白いころころした花だ、霞草よりは大きい
見てよカロン、鈴蘭かな。カロンの花は、どんなーー否、声と呼吸が花に埋もれる
大丈夫、と応じる事もできない
急がなきゃいけないの、花が生まれてきた事が嬉しくて、すぐに忘れてしまっていた

吐いた花が指に絡んだままの手を繋ぐ
カロンの赤い花が舞うのを、おぼろな視界で追いかける
綺麗、血を吐いているみたい
カロンから溢れる花なんてたまらなく綺麗。
摘みたい、触れたい、きっと潰したら指まで赤く染まる
……でも今は
行かなきゃ
だって僕ら、一緒に桃源郷が見たい。




 ――一緒に桃源郷を見に行こう。
 いつもどおり互いの手を取って、仲良く並んで踏み入れた桃花降る洞穴。綺麗だねと微笑みあって見上げて、桃源郷が楽しみだねと足取り軽く進んでいたラピタ・カンパネルラ(薄荷・f19451)と大紋・狩人(黒鉛・f19359)の足は、ぴたり。唐突に止まってしまう。
「ラピタ?」
 案じる狩人の視線の先では、足を止めたラピタが喉を押さえ、不思議そうに目を瞬かせていた。
 その顔が少しだけ苦悶に歪む。けんと咳をして、こほっと『何か』を吐き出した。
「――わ、あ」
 こほ、こほ。
 ツユクサよりも大きな、白いコロコロとした花が何故だか口から溢れたことが嬉しいのか、ラピタは咳き込みながらも表情を明るくする。
 柔らかくて少しひんやりとしているような可愛い花は、アセビの花。少し苦い、食べてはいけないと解る味と、喉奥を圧迫する苦しさを感じるのに、自分の体から花が生まれてきた事が嬉しくて、つい笑顔でラピタは狩人を呼んでしまう。
 ――見てよカロン。
 そう口にしたつもりだったけれど、喜びの発露は全て花となる。
 咳とともに鈴蘭にも満点星にも似た連なる花を吐き、生理的な涙に滲む視界に映るのは心配している君の顔。大丈夫と応じることもできず――ああ、でも。口にできたとしても、『綺麗』って言葉の方が先に転げ落ちていたかも知れない。
 唐突に花を吐いたラピタを案じた狩人だったが、喜ぶ彼女の姿を見れば安堵して。そうして狩人もまた、喉奥に違和を覚えて吐き出した。咄嗟に口元を覆った片手の上には、薔薇と夏草の混ざりあったような香りと苦みを伴い溢れた、血潮のような赤。
 喉奥からせり上げてくる花に呼吸と声が埋もれて苦しいのに、傍らの彼女が嬉しげにはしゃぐから、喉の奥に花園ができたものなと狩人もつられて綻んでしまう。一緒に喉に花園を持ってしまったね。
 ――ラピタ。
 案じる心が、ラピタを想う心が、花を生む。
 何度も咳いて、ほろほろと血のような赤いゼラニウムを零した。何度も何度も、とめどなく。
 声が届けられない状態で口元を隠していたら、きっと呼んでいることすら伝わらない。覆い手を離してラピタに手を伸ばし、吐いた花が指に絡んだままなのを気にせず手を繋いだ。
(カロン、綺麗。血を吐いているみたい)
 摘みたい、触れたい、きっと潰したら指まで赤く染まる。
 苦しさと喜びに染まる脳に、甘い痺れが走るようだった。彼の赤は、なんて魅力的なのだろう。カロンの赤が綺麗で、繋いでいない手を彼の口へと伸ばしたくなる。
 けれど、今は。
 ――行こう。
 君の指先が告げる。
 ――行かなきゃ。だって僕ら、一緒に桃源郷を見るのだから。
 花に溺れてしまう前にたどり着かないと。
 頷きあって、ふたりは花の帳を進んでいく。
 一緒に桃源郷を見るために。
 そして、きみの名前を呼ぶために。
 呼べないのはやっぱり、寂しいもの。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【双月】

この先に桃源郷があるんだね
舞う花弁が綺麗で
思わず見惚れて立ち止まりそうになるけれど
ユェーの手に引かれて進んでいく

ユェーはオレの夢に出てきた桜の木を一緒に探してくれるって言った
実際に色んな場所を探してきたし
でも本当は、あの木は存在しないって分かってるんだ
それでもユェーと色んな場所に行くのは楽しくて
これからもこんな風に、一緒に旅をしたいな…

なんて考えていたら
喉の奥から込み上げてくるものがあって
アセビの花を吐き出した

「あなたと二人で旅をしましょう」

呻きたくても口から出てくるのは花ばかり
苦しくて息が詰まりそうで
思わず膝をついた

運ばれながら見上げたユェーの顔
ああ、どうしよう
ユェーもすごく苦しそう


朧・ユェー
【双月】

十雉くん、何があるかわからないので離れないようにね
と手を握って進む

ぐっと喉から何がのぼってくる
口から出てくるのは、花?
声が出ず、花がパラパラと
その花は…胡蝶蘭
気持ちが花として出るというなら
あぁ、この花の花言葉は
私は貴方を……
桔梗なら誤魔化せたのに心の花は正直だ
彼に気づかれてはいけない
でもその前に
この花は気持ちと優しさで出てくる
と、優しいあの子の口からも

大丈夫かい?と心配するようにそっと頬に添えて、背中をさする

彼を抱き上げるとその場を一刻も離れなければ
自分の気持ちがバレる、苦しい
そんな事どうでもいい
彼の方の苦しみを取り除くの先だ

嗚呼、私が愛している
君が無事なら




「この先に桃源郷があるんだね」
「十雉くん、何があるかわからないので離れないようにね」
 ひらりはらりと降ってくる薄紅に瞳を奪われて、ともすれば歩む足を止めてしまいそうな宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)の手を取り朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は歩く。彼にその手を委ねておけば大丈夫だと信頼しているのだろう十雉は、舞う花弁を見上げながら、手を引かれるままに彼についていく。
 委ねてくれていることが解るからユェーは嬉しくて、手のひら伝いの熱へと意識を向けた――その時。唐突に喉へ覚えた違和が、ぐっと上ってくるような感覚を覚えた。
 十雉に気取られないように空いている片手で口を抑えて、いがらっぽい喉を正すような小さく咳払い。けれど出たのは咳だけではなくて。
(――胡蝶蘭?)
 手のひらの上にパラリと落ちたピンクの花に、密かに目を丸くした。何故突然花がという思いもあったが、花の持つ意味へと先に意識が行った。
 胡蝶蘭の花言葉は、『私はあなたを愛しています』。
 自身の胸に秘めていた言葉が、形となって現れたような心地だった。
(彼に気付かれてはいけない)
 花を吐いたことはきっとバレてしまうから、彼が花言葉に明るくないことを願う。色別の意味ではなく、胡蝶蘭全体的な花言葉の方だと思ってくれますように。
 そう思ったところで、やっと彼は大丈夫だろうかという考えに思い至った。結界に何かされているかもしれないという話は聞いていたため、これは敵の攻撃と見るのが正しいだろう。さすればその攻撃が自分だけに向くとは考えにくい。突然花を吐いたものだから、少し気が動転していたようだ。
(十雉くん……)
 振り返った先で、十雉が花を吐いた。
 小さな花だからすごく苦しいという訳ではないが、十雉も驚いた顔をしていた。
(どうして――)
 そう考えて花を見れば、物言わぬ花が悠然に語っている。
『あなたと二人で旅をしましょう』
(そうだ、オレは)
 薄紅の花を見上げていたから、思い出していたのだ。夢に出てきた桜の木を、ユェーが一緒に探してくれると言ってくれた時のことを。実際に色んな場所を二人で探した。……本当は、十雉は知っていた。あの木が存在しないのだと言うことを。十雉のまな裏にしかないことを。けれどユェーと色んな場所に行くのが楽しくて、これからももっとこんな風に旅をできたらと、そう思っていた。
(だから、アセビか)
 彼と一緒に旅がしたい。ずっとこの手を引いてもらいたい。
「うう……っ」
 喉をせり上がり、アセビの花がポロポロと溢れてくる。息が詰まりそうで喉を抑え思わず膝を付けば、背中に触れた熱が優しくさすってくれる。声は掛からない。涙に滲む視界で見上げれば、彼もまた咳込み、胡蝶蘭を吐いている。
 ありがとうと告げたいのに、告げられない。喉を花が埋め尽くす。
(一刻も早く離れなければ)
 自分の気持ちがバレるなどと怯んでいる場合ではない。十雉の苦しみを取り除いてやることの方が優先だ。
 苦しさに溢れた涙を指先で掬い、ユェーは彼の体をも掬い上げて抱き上げる。
(ユェー……)
 滲む視界が揺れる中、見上げたユェーの顔が苦しそうで、十雉は眉を寄せる。ごめんね、ありがとう、大丈夫? 言いたいことがたくさんあるのに、言えない。告げられないのが悲しくて、胸はひしゃげた花のようだった。
 十雉の視線に気付いたユェーが金色に十雉を映して、彼も苦しいはずなのに、花を吐きながらも安心させようと微笑う。
 ――大丈夫。私が愛している君が無事なら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


な、何と!
口から花が…なんと面妖な
同志リルの苦しそうな姿が痛ましい
そしてリルを労る巫女の姿のなんと愛らしいこと…私の巫女は聖女だったのか?
美しい姿に場違いにも見蕩れ──リルに案じる言葉をかけようとした時
込み上げてきたそれを必死に留める

いけない

美しい巫女の前でいけない!
リルだから鈴蘭を転がすのも愛らしいのだ
くぅ、息が!!窒息しても死にはしないが
はっ…サヨ、私のことまで案じて…
愛しさに花も満開で
くはっ…朱桜が溢れてしまう
お見苦しい

リルと目が合ったので同意の頷きを返す

サヨは桜を吐いても儚い桜の様に美しく愛おしッ…

必死に口元を抑えサヨに手を引かれて進む
早く抜けよう
之では巫女を愛でる事もできない


リル・ルリ
🐟迎櫻


わー!綺麗な花びらがたくさん、綺麗だーーへっくちぃ!
何かを吸い込んで、くしゃみと一緒に白い花を撒き散らす
うう、なんか変なのでてきた、なん……おろろろろん!!
ピィイ、櫻ぁ!
え?鈴蘭?僕の口からころころでてく…うっ!くるし!しゃくらぁ!
撫でてくれる櫻に感謝したいし好き好きしたいのに、益々鈴蘭が転がりでてくるばかり

カムイ!カムイは
みたら顔色がやばそうだった
僕を心配する巫女が可愛いとか思っちゃったんだろうな
視線で頷き合う

堪えてるといいつつ桜が満開だよ櫻!
カムイ!我慢して!

嗚呼…櫻に手を引かれてる
何だか、出会った頃みたいで懐かし…うっ
早くここをぬけよう
だってこれじゃあ、愛のひとつだって歌えない


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


リル……美しい絵面が、台無しよ!
これは、鈴蘭かしら?
ころころしててかぁいいわね*❀٭
リルったら…大丈夫?苦しくない?
背中を摩ってあげるわ……けひけひしててかぁいそなこと……
カムイは大丈──カムイ!!
ほっぺが何らかの花でいっぱいよ!
我慢しないで、ほら……
よしよし、苦しかったわね!赤い桜だと血のようでぞくぞくしちゃうわ……ふふふ*❀٭

*❀٭おっと
…ひらりと唇の隙間から優雅に咲きこぼれる桜*❀٭になるように堪えてんのよ!(口元を袖で隠す

如何なる絵面も美しくなるように*❀٭

鈴蘭と朱桜を咲かせまくるリルとカムイの手を引いてぐんぐん進むわ
甘い花が咲き零れるのはかぁいいけど
花より言葉で聴きたいもの




 一言で言えば、それは混沌(カオス)だった。
 最初からそうであった訳ではない。少し前までは桃花が咲く光景に綺麗だねとウフフアハハと優雅に微笑んでいた。微笑んでいたのだ。(大事なことなので二度言いました。)しかし悲しいかな、美しい光景というものは儚い。たったひとつの転機でいとも容易く崩れ去るのだ。
 美しい光景の滅びの呪文は『へっくちぃ!』であった。

 ――へっくちぃ!

 苦い何かを吸い込んだ、そう思った瞬間にリル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は盛大にくしゃみをし――何故だか白い花を同時に撒き散らした。
 くしゃみをしたと思ったら花が出てきたものだから、そりゃあもう大騒ぎだ。
「な、何と! 口から花が……なんと面妖な」
 これには神様も吃驚!
 どうすれば良いのかわからず、とりあえずくしゃみと一緒に出た鼻水を朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は拭ってあげた。
「うう、なんか変なのでてきた、なん……おろろろろん!!」
「リル……美しい絵面が、台無しよ!」
 なんて言いながらも誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)もリルの介護……介抱をする。背中をさすってやり、ほら落ち着いてと優しく声を掛けて、けほけほと咳き込みながら吐き出される花を見て、鈴蘭かしらと首を傾げた。
「うっ、しゃく……ううう!」
 背中を撫でてくれる熱が優しくて温かくて、嬉しいし感謝したいし好き好きって抱きついて頭をグリグリしたいのに、喉の奥から次々と花がせり上がってきてしまう。デキないことを出来ないのは、悲しい。
(リルを労る巫女の姿のなんと愛らしいこと……私の巫女は聖女だったのか?)
 片方の袖で口元隠しながらリルを介抱する櫻宵がこっそりと咳き込んでいる(袖に隠れていない顔半分は不動の笑顔だ!)ことに気付かず神は見惚れ、そして自分も同志たるリルに案じる言葉を掛けようとする。
 しかし。
(――いけない!)
 喉奥からせり上がってくる『何か』の気配に気付いたカムイは、慌てて口を塞いでそれをせき止めようとする。きっとこれは敵の攻撃のひとつで、自分もリル同様に花を吐くのだろう。しかし、しかしだ。リルが鈴蘭を転がすのは愛らしいが、自分は愛らしさとは無縁である。巫女はすぐにかぁいいと言うけれど、無縁である! そして何より、そんな姿を美しい巫女の前で見せるわけにはいかないのだ!
(くぅ、息が!! 窒息しても死にはしないが……)
 しかし、窒息に耐える顔も見苦しいのではないか? 花を吐くのと酸欠で顔色を変えるのは、どちらが見苦しい?
 神、カムイ。今生は悩むことがとても多い。
 そんな悩める神にも慈母の如き(とカムイが思っている)瞳が向けられる。何故だか櫻宵は言葉を発しないが、その視線は『大丈夫?』とカムイに問いかけてきている。
(私の巫女は何と慈悲深いのだろう!)
 心に満ちた朱桜が、リスの頬袋のように口内に押し留めていた花を押し流す。
 我慢していたせいで一気に溢れ出た赤い桜は、まるで鮮血のようだった。
 常人ならちょっと吃驚してしまうような光景なのだが、リルはけひけひと鈴蘭を吐くことにいっぱいいっぱいだし、櫻宵は――角の桜を満開にして喜んでいた。
 うっとりと愛おしそうに、愉悦さえ滲ませて、口からポロポロと赤い桜を零す神を見つめている、櫻宵。実は櫻宵も櫻宵で、大変なことになっていた。なっているのだが、それは全て袖で隠している。だってこんなに可愛いふたりの前に心を踊らせないわけがないし? しかも花を吐くとか可愛いとしか言えないのだから仕方ないじゃない?
 けれど櫻宵は『如何なる絵面も美しくなるように』と常日頃から気をつけている。盛大に咳き込む姿は見せない。時折小さくして一気に吐き出したい気持ちを抑えつつ口に溜め、袖の下でポロポロと落としていくのだ。
 ――噫、サヨは桜を吐いても儚い桜の様に美しく愛おしッ……ごほぉ!
 ――桜が満開だよ櫻! ああ、カムイ! 我慢して! うう、げほっごほっ!
 ――ふふふ。ふたりったらかぁいらし。
 言葉には、ならない。普段から愛に頭までひたひたと浸っているような三人だ。どんな姿を見ても案じるし、嬉しくなるし、楽しくなるし、想ってしまう。桜も鈴蘭も朱桜も、止まることはないだろう。
「しゃくりゃぁ、ぅえ、けほ」
 ぴぃぃんと涙混じりの声に櫻宵は袖を降ろしてふたりの手を掴み、力強くふたりの手を引き歩き出す。口元から袖を外せば花を吐いている姿が見えてしまうが、先頭を切ることでそれも少ないはずだ。
 ――早く此処を抜けよう。
 三人の気持ちがひとつに重なる。
(だってこれじゃあ、愛のひとつだって歌えない)
(之では巫女を愛でる事もできない)
(ふたりの声が聞こえないのは嫌だもの)
 甘やかな気持ちの花が咲きこぼれるのは可愛いけれど、矢張り花よりも言葉で聞きたい。
 愛の花を咲かせるよりも、愛を囀って愛らしい笑顔を咲かせたいのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【千宵桜】

楽園みたいに靜かに花が舞う
…こんなに、綺麗な景色なのに。
わるいくすり、とやらを
撒いた狐はお仕置きしなきゃ、ね

千織、きみは…大丈夫?
覗き込んで様子を窺えば
喉奥に違和感
咳き込めば、降る景色の花びらではない
はらはらと、くちから零れる桜花弁
きみも、綺麗な紫の花が

時を止めた心地
きみの名を呼ぶことさえ儘ならない程
止めどなく溢れる薄紅の
…は、(くるしい、厭だ)
辛うじて薄く呼吸し目許に自然、雫が溜まる
苦しいのや痛いのなんて
何てことないのに
吐いてしまう此の花に胸が軋む

(ちおり、)
はくり唇だけ動き、聲は届かない
――けれど
手を伸ばす、精一杯に
届いて繋がれば屹度、もう一度
俺は止めた足を動かせる


橙樹・千織
【千宵桜】

綺麗な景色ですねぇ
何事も無く、平穏に見ていられたらいいのに…
ええ、ええ。勿論
しっかり反省していただかなくては
散る花弁に手を伸ばして追いながらふわりと笑んで

…?
小さな違和感を感じ、首に手を添える
大丈夫、そう笑んで返そうと顔を上げたのに
声は出ず噎せ込んで
言の葉の代わりに落ちたのはライラックの小さな花
驚き千鶴さんを見れば同じ症状…

ち、づ……
驚いていられたのは一瞬で
次から次へと絶え間なく
こんなにも苦しいものかと
ままならない呼吸に涙が滲み、散る

涙で歪む視界に入った彼の手
その手をとったのはほぼ、無意識
(ちづるが、いる)
一人では無い、とぬくもりを確かめて
貴方と共に前へ




 ふわり、ふわり。桃花が降ってくる。これから向かう桃源郷もきっと、こういう風景なのだと何と無しに思える光景。美しくて、穏やかで、そして綺麗。そう思えるのに、この花は桃源郷を護る結界なのだ。微かにふたりを押し返そうとする気配を感じる。
「桃源郷へ入り込んだ狐はお仕置きしなきゃ、ね」
「ええ、ええ。勿論」
 件の狐が秘境へ薬を撒くのはまだ先だ。しかし、悪しき者――オブリビオンは桃源郷の招かれざる客だ。丁重にお帰り願わねばならない。
 グリモア猟兵は今から向かえば間に合うと告げていた。見惚れていないで急ぎましょうかと嫋やかに橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)が微笑み、桃花を視線で追いかけながらも宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は頷きを返した。
 歩きながらも花を愛でることは叶うから、千織は手のひらを上向けてそっと伸ばす。掠って落ちていくものが多いけれど、運良く手のひらに残る花弁もある。手のひらに乗れば、じんわりと喜びが広がった。
「……?」
 ふいに覚えた違和感に、喉に手を添える。最初は気のせいかとも思った。けれど確かに、『喉で生じた何か』がせり上がってくる気配を感じた。
 歩みを止めた千織を、千鶴が振り返る。
「どうしたの、千織。大丈夫?」
 そして訪れる、喉の違和。
 大丈夫と返そうと顔を上げた千織と、千織の顔を覗き込んだ姿勢で口元を押さえた千鶴の、咳の音が重なった。
 互いの唇から、桜と紫の彩。
 愛らしい桜と、ライラックが口元を染めていく。
 ――何故唐突に花が。
 ――千鶴さんは、千織は、大丈夫だろうか。
 驚きと苦しさに、オブリビオンが結界に何かをしたせいだと言う答えに思い至れない。
「ち、づ……」
 案じる気持ちが滲む言葉は言葉にならず、激しく咳き込んでしまう。
 原因はわからない。けれど原因が解っていたとしても、思う気持ちを、案じる気持ちを止められはしないだろう。千鶴も千織も、互いを案じるからこそ花を吐いていた。
「……は、」
 口を塞げば、喉を花が塞ぐ。待つのは窒息だろう。
 吐くのも苦しいが、それでも喘ぐ体が呼吸をしてくれる。
(くるしい、厭だ)
 きみの名を呼ぶことすら出来なくて。
 案じる気持ちを伝える事もできなくて。
 生理的な涙がふたりの視界を滲ませるが、滲む視界にふたりは互いを映していた。
(苦しいのや痛いのなんて何てことないのに)
 吐いてしまう此の花に千鶴の胸は軋むようだった。
 咳き込む度にはらはらと零れ落ち、手へと足元へと花の雨を降らす。このままではいけないと頭の片隅で警鐘が鳴る。
(ちおり、)
 互いの瞳に映る相手の姿。聲にはならないが、どうにか唇の動きだけで――告げる。
 苦しい。膝を付きそうだ。楽な姿勢を取りたい。
 ――けれど、手を伸ばす。真っ直ぐに、精一杯に。
 伸ばされた手を取る手もまた、精一杯。
(ちづるが、いる)
 手は、繋ぐためにある。熱を分け合い、存在を示すもの。
 ひとりじゃない。
 苦しさに冷えてしまいそうなこころにぬくもりを送り、ふたりは桃花舞う洞穴を駆けていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

孤児院の弟妹たちが喜びそうだと想像しては微か笑み
決して豊かではない暮らしの中、満足に甘いものを食わせてやれず、偶のご馳走として時折並ぶ程度で
…今はもういない
俺が護れなかった愛しい子達

「っ、」
瞬間、喉奥から何かが迫り上がってくる
重く咳き込めば
落ちるはヒースの花
堪らず僅かふらついて何度も酷く咳き込む
その度押し殺した心が溢れていくように花が落ち

『寂しい』なんて抱いちゃいけない
護れなかった俺の責任だ、抱く資格なんてないのに
息が苦しく涙が滲む
脚が重い
それでも俺は決して歩みを止めない、止めてなるものか
喪った彼らに報いる為に
そして、泣いている誰かを見過ごしたりなんかしたくないから




 柔らかな桃色が、はらはらと降り注ぐ。こんなに雨のように花が降ってきたら、あの子たちは飛び跳ねて喜ぶことだろう。一生懸命花を捕まえようとするかもしれない。飛び跳ねて、捕まえて、それから『はい、兄さん』と少しだけ誇らしげな顔で見せに来てくれることだろう。
 豊かな暮らしではなかった。彼等の年ごとの子供が喜ぶものを満足に与えてやれず、甘味とて稀のご馳走として食卓に並ぶ時があるかなと言った程度の生活だった。けれどそこにあったのは確かな幸せで、丸越・梓(月焔・f31127)は眩しげに目細め、優しい雨のように降ってくる桃花を見上げた。
「っ、」
 穏やかで、優しい気持ち。
 そこへ突如割って入る、不快感。喉奥に突然生まれた何かが、生理的な衝動でせり上がってくる。次々と湧いて出るような苦しさは、押し留めようとすれば窒息するかもしれないという焦りを生んだ。
 衝動に任せて咳きと共に異物を吐き出せば、ぽろり落ちるはヒースの花。
 げほごほと激しく咳き込んだせいか、足が蹈鞴を踏む。足元に増えていく花が、生理的な涙に滲む視界に映った。
 裏切り、孤独、寂寞。
(『寂しい』なんて抱いちゃいけない)
 今はもういない、梓が護れなかった愛しいあの子たちに、そんなことを想う資格は自分にはない。
 息が苦しい、心が軋む。
 前に進もうとする足が鉛のように重い。
(それでも、俺は)
 決して歩みを止めない。止めることは許されない。
 誰かが止めてもいいと言ったところで、喪った彼らに報いる為に止めるつもりもない。これ以上指の隙間から何かが零れ落ちるのは御免だから。泣いている誰かを見過ごしたりなんてしたくないから。

 ――兄さん。

 桃花が頬を撫でた時に声が聞こえた気がして、振り返る。
 けれど、誰もいない。いるはずがない。
 梓の足跡のように落ちたヒースだけがそこにはあった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヲルガ・ヨハ

むしの垂れぎぬを持込むは”おまえ”の為

常と変わらず
”おまえ”の腕にこの身委ね
花弁舞う、結界のうちへ
カクリヨとも異なる
絵巻物のよな
景色に視線を向ける

『なぁ、”おまえ”』 と
そう、告げた心算であったのだが

はらり

喉振るわす音の代わり
せりあがり落つるは白の小花
指先で摘まみ上げれば、山荷葉のそれと知る

嗚呼
言の葉が届かずとも
主命違えぬからくり人形の”おまえ”の脚は
われの望む通りに先へ進む

横顔を眺めてやる
するとせりあがるのは白の

なにもかも、思い出せないでいる
かぎろいのごとく
浅きゆめにも似た
この
胸に募る想いが何であるかすら、なにも

だが
そうか
これは、甘いのか

笑み溢れたことも
その理由さえも
われは知らぬのだけれど




 はらはらと舞うように桃花が降るのを、ヲルガ・ヨハ(片破星・f31777)はいつものごとく人形の――”おまえ”の腕に身を委ね、いつものごとく面紗越しに見上げた。
 美しい景色に美しいと思えども、龍の乙女の胸が熱くなるはいくさばのみ。
 いつものごとく凪いだ湖面のような胸ではあるが、視線をずらせば『いつもと違う』”おまえ”の姿が視界に入る。
 黒い衣は変わらずに、冠した枲垂衣の薄い布帛がサラリと揺れる。桃色を背景に揺れる様は、まるで絵巻物のようであった。
 うすら笑みを佩き、口を開く。
 ――なぁ、”おまえ”。
 音を吐いたつもりであったのに、零れ落つるは白の小花。胸元に溢れたそれを指先で摘み上げる間も、人形は真っ直ぐに洞穴の奥へと向かっていく。聲届かずとも主が望むままに、主命を違わず歩む人形は勝手が良い。
(山荷葉か)
 僅かに硝子めいて見える花。
 その花が何故唐突に口から溢れたのかをヲルガは知るすべをもたぬが、大方の予想はついている。オブリビオンの仕業だ。
(零れたのが一度ならば良いが――はて)
 可笑しな頃合いで喉をせり上げてこなければ、ヲルガにはあまり実害がないようにも思う。
(”おまえ”は吐かぬか――)
 涼し気な横顔に想えば、喉に覚える違和。せり上がる、白。
 この横顔に、己が何を想ったのかさえわからない。
 己が記憶は、食らい尽くした伽藍堂の胸に宿る、かぎろいのごとき浅きゆめ。
 たゆたいの狭間に揺れ、手を伸ばしても掴めやしない。
 花を吐く頃合いすらもわからぬが、不思議と胸に満ちるのは空虚さばかりではないような心地がして、ヲルガは知らず、面紗の下でふと笑みの形に花唇を綻ばせた。
 人形が運ぶ揺れに合わせ、胸からぽろり、白い花が地へと落ちていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ディフ・クライン
美しい景色を前に
灰色オコジョの姿で肩にいたneigeが全身の毛を逆立てている
ネージュ、今は精霊体に戻って隠れていて
君まで苦しい思いをすることはない
君を必要とした時に呼ぶからと念を押し
危険と知る桃源郷へと足を踏み入れ

花の香りに混じる薬の香り
途端込み上げる異物に思わず口を抑え
えづくなんてことも
吐き出すという行為もしたことがない
人形にそんな機能はない、はずだったのに

抑えた手に吐き出したのはスノードロップ
感情も心もほとんど無き身でも
せめて希望の真似事などを思い描いたその形だとでもいうのだろうか
吐き出す苦しさに時折身を折りながら
形がある想いに少しだけ嬉しくなった
オレにも心の兆しのような想いがあるのだと




 薄紅の花弁の降る美しい景色。そこをひとりで歩むディフ・クライン(雪月夜・f05200)の足取りは常と変わらぬ確かなもので――しかし、時折ちらりと自身の肩へと視線を向けてしまう。
 つい先刻まで、そこには灰色のオコジョの『ネージュ』が居たけれど、今は空席。結界内で何が起こるか知れないからと雪精を返したのは自分なのに、姿が無いのを見ると胸の奥に風が吹くように感じた。――それが寂しさであることにディフは気付かない。人形故に感情を知らなくて、それが芽生え始めている事に気付け無い。毛を逆立てるネージュが可愛いと思った事も、桃花降る景色が美しいと思ったことも、何よりネージュを案じたことも――全て感情からくるものであるのに。
 花の香りに、生薬めいた香りが混ざった。物言わぬ、糧も必要ともせぬ人形であったせいか、こういう時に行動が少し遅れてしまう。痛みを感じぬ者や命を落とさぬ者が防御や警戒を怠るように、己が身の危険にならぬのならと見逃してしまいがちだ。
 喉に覚えた異物感に、思わず口を抑える。人形の身なれば、嘔吐くことも、ましてや吐き出す等といった行為はしたことがない。
 抑えようもなく、異物がせり上がってくる。
(苦しい。何故――)
 咳とともに手のひらの上に吐き出された花を見て、何故と思う。何故花を吐いたかは敵の攻撃によるものだろうが、何故この花なのか。
 スノードロップ。――待雪草。春の訪れを待つ、花。
(オレにも兆しがあるのだろうか)
 心のようなものを持てるという兆しがあるのかと想えば、少しだけ嬉しくなった。
 嬉しく感じるのもまた心だと気付く余裕はない。
 ディフは体を折り、またいくつもの花を吐いた。
 こころが生んだ、想いの花を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティル・レーヴェ
【花結】

花降る景に眸煌かせ
繋ぐ手の先あなたを映せば
その唇からほろりと溢れた勿忘草
詞の代わりあなたが吐く花は
愛しくも多くの想いが籠る彩

己を伺う眸の色をも見れば
愛し想いと大丈夫を届けたくて
己が唇から零れるのは
甘い香り立つ沈丁花

想い出を護る白も
独占を示す赤も
甘い想いを宿す香りも
何より裡に灯る『永遠』も
全てを抱いて溢れゆく
あなたを想い
止めどなく溢れる愛の儘

喉を通る感覚も
不思議だけれど不快じゃない
時折詰まりそうな感覚ですら
溢れる想いに
胸詰まる其れと似ているから

溢れる花を掬う彼の手
其処に満つ花
唇に添え伝える仕草
あゝどれもが嬉しくて
吐く花が止まらない

微笑みに綻び返し
握る手で告げる
どこまでも、一緒よ
『永遠』に


ライラック・エアルオウルズ
【花結】

君の手を引いたまま
花降るなかを歩んで
添う君を愛しく想えば
ひらと零れる、勿忘草

詞以外が零れる唇は
不思議な心地だけど
それより、君が心配で
君を窺えば、花と容に
籠もる想いを知れば
安堵と愛慕が滲みゆく

けれども唇零れるそれが
何だか、少うし惜しくて
そうとてのひらに花掬い

これが、君の詞ならば
想いを裡に受けるべく
飲み下すも良いのにと
想う程に花零れるから
叶わなくて、残念だが

唯々『忘れないで』を
零す唇に君の花添えて
約束を確かめるように
誓いを重ねるように
永遠と君のものであると
そう伝えてみせたなら
君も安堵出来るだろうか

さあ往こうと微笑で告げる
その手に、また花は零れ
紡げずとも愛しているから
永遠の先も『忘れないで』




 はらはらと降る薄紅色に眸を煌かせたティル・レーヴェ(福音の蕾・f07995)の唇が感嘆のかたちに愛らしく開かれるのを横目に捉えれば、ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)の目元は知らず和らぎ弧を描く。
 降る花へと心が移ろえども、ふたりの心はいつでも結ばれ、綴られ、最初から揃いであしらえてあったかの如く、ひとつ。柔らかにその手を取って歩む爪先は、真っ直ぐに前へ前へと進んでいく。
 その足が止まってしまったのは、何のせい?
 黄色のレンガ道を赤い靴で歩かなかったから?
 それとも先導するウサギがいなかったから?
 答えは、全て間違い。
 こほっと寒空の下で零すような咳とともに溢れた、勿忘草のせい。
 乾いた咳に、ひらりぽとりと勿忘草。桃色に眸を奪われていたティルの視界も、自然とそちらへと向かう。
 ――何故突然花弁を。
 春めいた心に焦燥の荒波。心を綴る文字は乱れに乱れたことだろう。
 けれども案じる視線と交わる視線は『大丈夫だよ』と告げているようで、きゅうと眉間を寄せたティルもまた、喉奥への違和を覚えた。
 喉奥に生まれた『何か』が、生理的な衝動でせりあがる。慌てて口元を片手で隠し、こほこほと咳き込めば、手のひらの上には甘やかに香りたつ花がひとつ。集えば手鞠と咲く沈丁花。
 何故花弁を吐いたのかは解らないが、物言わぬ花には告げぬからこその言葉を宿している。
 勿忘草の『忘れないで』。
 沈丁花の『永遠』。
 草花に明るいふたりにはひと目見ればその意味が知れ、互いに笑みをこぼし合えば、また、花が。
 互いに吐く花が、互いの心を示しているようで、それが嬉しいと、愛おしいと感じてしまうものだから、零れる花は止まらない。想いが止めどなく溢れ、愛のままに溢れゆく。
 喉をせり上がる苦しみに濡れる眦に乾いた指が伸びて、すくい取ってくれるのも嬉しくて愛おしい。花溢るる喉の苦しみは、愛溢るる胸の苦しみにも似ていて、不思議と厭だとは思わない。
 『恋の芽生え』が穏やかに柔らげられ、ふいに伸ばされた指先が沈丁花を浚っていく。
(――あ)
 吐息零す間も無く『忘れないで』を零す唇に添えられる。
 それは約束を確かめるように、誓いを重ねるように儀式的で。
 『永遠と君のものである』と告げているようで。
(あゝ――)
 溢れる花を掬う彼の手、其処に満つ花、唇に添え伝える仕草。そのどれもが嬉しくて愛おしくて、吐く花が止まらない。
 ――さあ往こう。
 微笑みで告げることばに、握る手でことばを返す。
 ――えゝ、どこもでも、一緒よ。
 あなたとふたり、どこまでも一緒に歩み往く。
 ポロポロと足跡のように花を残し、ふたりの物語を綴っていく。
 永遠に、忘れないで。
 ハッピーエンドのその先までも。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『旅の薬師』

POW   :    三苦
自身の【薬や鍼を摂取した腕】から【POWUCすら完全粉砕できるほどの腕力】を放出し、戦場内全ての【POWステータスが3の倍数の猟兵の攻撃】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。
SPD   :    五言絶苦
自身の【薬や鍼を摂取した足】から【SPDUCを完全回避できるほどの脚力】を放出し、戦場内全ての【SPDステータスが5の倍数の猟兵の攻撃】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。
WIZ   :    七難八苦
自身の【薬や鍼を摂取した頭】から【WIZUCすら完封できるほどの思念波】を放出し、戦場内全ての【WIZステータスが7の倍数の猟兵の攻撃】を無力化する。ただし1日にレベル秒以上使用すると死ぬ。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠フォルティナ・シエロです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●商売人ですから!
「ククク、これでワタシの商売は安泰ネ」
 桃源郷を護るための花の結界へひと手間策を巡らせて、『旅の薬師』がにんまりと笑う。
 薬師が撒いたのは、花吐きを発症する薬であった。霊験あらたかな様々な種類の材料を丁寧に混ぜ込んで作るそれは、作るまでがかなり大変なものである。材料費は高いし、自力で探しに行かねばならないし……正直あまり使いたくないものではあるが、これの良いところは解毒薬を口にしなくては治らないということだ。大抵の生き物は優しい気持ちを持っているから、花を吐いて苦しがり、解毒薬を欲する。つまり、足元を見た値段で売ることが出来る。
「もし誰か来たら、ふっかけてやるアル。誰か来れたら、の話アルが」
 秘境に行けるのが先か、誰かが来るのが先か。
 さて、どちらだろうか。

 頭の中で算盤を弾いていた薬師は、洞穴を抜けた何者かが桃源郷へと入り込んだことに気付いた。甘い雫はまだ落ちてきていない。客の方が先であった。
「ヤヤ! こんなところにお人が来るだなんて!」
 ニコニコと人懐こそうな笑みとともに狐の薬師が振り返り、笑みの形に薄らと開いた瞳で猟兵たちを観察する。どの猟兵たちにも薬は効いているようだ。
「アイヤー! お客人たちどうしたアルカー!? 花を吐いてくるしそうアルヨ! しかしお客人たちはとっても幸運アルネー。なんと、ワタシ、こう見えて旅の薬師アル。お客人たちの花、止める薬も持っているネ!」
 両手をモミモミ、笑顔はニコニコ。
 カモがネギを背負ってきたように見えているのだろう。
「コレね、コレアル。コレはとぉーーーっても珍しい薬アル。お客人の病、コレでしか治らないアルネ。今なら何と――」
 小躍りしたい気分の薬師は薬がよく見えるように手のひらの上に薬を乗せ、高く掲げようとする。――それがいけなかった。上へと持ち上げる程に不安定になる手のひらの上、そこからポロリと薬が入った小袋が手から落ち、何とかキャッチしようと慌てて両手で小さなキャッチボールをするも……。(これもいけなかった。)
 小袋の封が解け、薬は宙に撒かれてしまった。

 哎呀ーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!

 薬師の叫び声とともに、桃源郷に満ちる『気配』のようなものが変わる。
 大気が動き、ふわりと風が起きた。
 そうしてポツリ、天から一粒の雫が落ちてきた。

======================
⚠ MSより ⚠
 花吐きは継続しており、二章では治りません。
 撒かれた薬は風に乗って空へと行き、桃花咲く桃源郷が完全に秘境に姿を変えた頃、天から落ちてくる雫に混ざります。

 桃源郷を守ろうとする気持ち、誰かへの気持ち、それは全て花となります。
 ですが、誰かを案じるわけではない怒りや、薬師への罵倒はすんなりと喉から零れてくれることでしょう。(「桃源郷を護るためにお前を倒すぞ!」的な気持ちは、正しいものなので花となります。)

・薬師のUC
 数値はプレイングを確認した時点でメモを取るため、送っていただいた日の翌日くらいにチェックします。数値の変更予定がある場合はそれ以降が宜しいかと思います。
 条件が合った場合、とても強力な効果が発生します、が。
 条件が合わなかった場合、薬師が自滅し、悶え苦しみ地面を転げ回ります。
 アイヤー。

 薬師が倒れる頃、足首まで水が満ち、水晶郷が姿を表すことでしょう。
 また三章の幕間にて描写が挟まれます。

 それでは、素敵なプレイングをお待ちしております。
======================
夜鳥・藍
ああなるほど。この方が。
なんでしょうか、妙に頭の芯が冷えるような感覚がします。冷静になるというより、さめると言いますか。気持ちこみあげる花の量も減ったような?
でもこの方は一度締めたほうがよさそうな気がします。……このまま放置しても自滅しそうですが。
ええ、はっきり言って腹立たしいのです。やり方もそうですけど、口元の布。薬師という職業柄なのかわかりませんが同じなんです、私のと。
よくよく見ると色とか模様とか違うんですけど、でも腹が立つのは変わりません。しめます。
神器の複製をし攻撃します。無力化結構。ならその代償も大きいものでしょう?
いつまでそれでしのげるのでしょうね。




 ――ああ、なるほど。この方が。
 ペラペラと喋って、そして叫んだ『旅の薬師』を見た藍の瞳が、スッと細くなる。
 何とも言えない心地を覚えながらもこほっと吐いた花がはらりと零れ、それを堺に喉に花が生じていないような気がするのは気のせいだろうか。
 妙にさめた感じであった。冷静になったと言うよりは、さめる――心が凪いだような心地だ。
(この方は一度締めたほうがよさそうな気がします)
 このまま放置しても自滅しそうではあるが、上向けた手のひらにポツリと当たった雫を思えば、やはり放置しておくことはできかねる。
 それに、なんだかこの薬師を見ていると腹の底が沸々と沸き立ってくる。
「ええ、はっきり言って腹立たしいのです。やり方もそうですけど、口元の布」
「……え?」
 心の声が口から出ていることに藍は気付いていない。
「薬師という職業柄なのかわかりませんが同じなんです、私のと」
 薬師は口元を抑える。え、まさかそんな理由で?
「ワタシはお揃いうれしいアルけど……若い女性に嫌がられると傷付くアル……」
 よく見れば色も模様も違うのだが、腹立たしいのには変わらない。
「――『轟け』!」
 藍が複製した数多の『鳴神』が薬師を包囲するが、慌てて自身にプスリと鍼を刺した薬師が全てを打ち消す。
 しかし、またすぐに藍は鳴神を複製する。ほぼ八つ当たりだ。
「しめます」
「アイヤー! オネエサン待って待って待ってオネエサンの方がゼッタイ似合うアル! 本当アル! ワタシ悪いキツネじゃないヨ!? 信じて欲しいアル!!!」
「うるさい、です」
「アイヤーーーーーー!!!!」
 薬師の声が美しい桃源郷の空に虚しく響くのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

征・瞬

西嘉(f32676)と
吐く花:雪桜

アレが、今回の元凶…か?
なんとも、はた迷惑なやつだ…
これ以上桃源郷をむちゃくちゃにされるわけにもいかん
西嘉、さっさと倒そう

【仙術】で【結界術】を使い西嘉を守りながら術でサポートする
西嘉に声をかけられないのはもどかしいが…
あの程度の敵に遅れを取る事はないだろう
西嘉の動きに合わせてUCを使用し、凍結させて敵の動きを封じる

普段から気持ちを言葉に出すのは苦手ではあるが…
それでも、西嘉には花ではなく言葉で気持ちを伝えたい
だから、貴様の身勝手な思惑は潰させてもらう

……いや、これを聞かれるのは少し恥ずかしい
やはり今は花で良かったかもしれん…


張・西嘉

瞬殿(f32673)と
吐く花:桃

まったく…薬師なら自分の持つ薬の扱いくらい気をつけろ(薬師への言葉には花が咲かない事に気付き)
そのおかげでなんとかなりそうだがそもそもこの事件を起こしたのもどうやらお前の身勝手な思惑の為の様だし一度骸の海にでも帰って反省するんだな。【威圧】

(瞬を後に【かばい】い声をかけようとすればまた花を吐き仕方なく無言で力強く頷いて見せて)

UC【宿星天剣戟】で連撃を叩きこむ

(普段は喋るのが苦手という瞬が自分には言葉を伝えたいと聞き返事をしょうとするも溢れる桃の花に苦笑しつつ『ありがとう』と口パクをして)




(アレが、今回の元凶……か?)
 狐が何やら楽しげにまくしたてたと思ったら、今はもう悲しみに暮れている。とても喧しい狐の薬師である。胡乱げに見てしまうのも無理もない話だが、グリモア猟兵も狐だと言っていたのだから間違いないだろう。
「まったく……薬師なら自分の持つ薬の扱いくらい気をつけろ」
「なんとも、はた迷惑なやつだ……」
 薬師なのに、薬の扱いがなっていない。そんな奴に苦しめられるなんていい迷惑である。口を開いても花を零すばかりなため口を閉ざしていたふたりでも思わず口を開いてしまう、そんな微妙な薬師。
 一呼吸分置いて、ふたりは顔を見合わせる。今、花を吐かずにしゃべれたな、と。
 どうやら薬師相手への何とも言えぬ呆れや苛立ちは声になるようだ。
「そもそもこの事件を起こしたのもどうやらお前の身勝手な思惑の為の様だし、一度骸の海にでも帰って反省するんだな」
「ひぇ……。いやいやいや、オニイサンたち待つアル待つアル!」
 体格の良い高身長強面のひと睨みに身を竦ませた薬師が手をブンブンと振る。
「ワタシ、悪いキツネ違うアルヨ!?」
「西嘉、さっさと倒そう」
「そうだな」
 瞬に攻撃を届けない為に西嘉は一歩前に出、宿星剣を構える。
 途端にこほりと咳とともに溢れてくる花と、同時に感じる瞬の結界術。
 顎を引いて視界の端に瞬を捉えれば、肩越しに花を吐いている彼と目があった。
 ただ、頷き合う。
 過ごす日々と想いは、積み重ねだ。
 他人同士が同じ時を共有して、違う気持ちを重ねて同じ道を歩んできた。
 解り合えることばかりではなく、解り合えないことだってあった。
 けれど今も、ともに在る。それが全て。
(西嘉には花ではなく言葉で気持ちを伝えたい)
 そんな風に普段なら思わないのは、きっと『声』が当たり前にあるものだったからだ。封じられて思いを口にすることが出来なくなって――普段の素っ気ない言葉の下に篭められた想いも乗せられなくなって、想いを伝えられる声が恋しくなる。
 言葉にならず、冬桜が零れる。零しながらも『氷黎扇』を振るい、鍼を打つのに失敗してゴロゴロと地面を転がりだした薬師へと氷の刃を差し向ける。
「ああああアイヤー! 変なところに打ったアル! 痛い痛……って、あああ、やめるアル! 冷気に弱い生薬があるアル! 救われる命、たくさんあるアルヨ!?」
「問答無用」
 瞬のサポートを受けた西嘉は真っ直ぐに駆け、防戦しか出来ぬ薬師へと宿星剣を撃ち込んだ。
「やめてやめ……アイヤー!?」
 素早い連撃に薬師の荷物が裂け、薬が盛大に飛び散る。咄嗟に袖で口元を覆った西嘉の頭にひらめくのは、やはり瞬のこと。彼は大丈夫かと素早く振り返れば――。
 彼の足元には、彼の隠した心の花が沢山落ちていて。
 思わず西嘉も、新たに桃花を零してしまうのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セト・ボールドウィン
【千陽】

口から花吐くのは相変わらずキツい
それに、綾華に心配してもらってばかりで
今日の俺はカッコ悪い

苛々してるからかな
狐の笑顔に、妙に腹が立つ


鍵刀。綾華はこうして、いつも俺のこと守ってくれる
無理すんなって心配してくれるけど
ごめんね
俺、ちょっと無理するかも

心配かけちゃう俺はどうしようもなく子供だけど
背伸びしなきゃ、ずっと追いつけないんだ

大切な友達で、兄ちゃんで、大好きだから
いつか肩を並べられるようになりたい
だから、ちょっとだけ無理させて

オーラで敵を狙い撃ち
捕縛出来たら、そのまま振り回して力いっぱい地面に叩きつける

綾華のこと考えると何かめっちゃ花吐くけど
すげー苦しいけど
大丈夫。頑張れる。頑張れ、俺!


浮世・綾華
【千陽】

数多の鍵刀を向かわせるのはセトへの攻撃
SPDにはPOW、POWにはSPDで効果的に対応できればと

自分が苦しい分には構わない
こんな時ばかり自分はひとではないからと言い訳染みた想いが過る
ひとで在りたい、自由に、思いのままに
そんな考えはあの日救われて以来掠れ、淡くなったから

今はそれよりと思うものばかり
傍らの小さな友人もその最たるひとり

よろける足で地を踏みただ
想う心にまた花が零れ苦しみを覚えても

嗚呼、守りたい護りたい
烏滸がましい?許せ

言葉はいらない
理由もいらない

俺は善人じゃないから
大切なものだけ守れればいい
醜い感情は心の底だけで沸々と
純粋に慕ってくれるお前に嫌われたくない
そんな弱さを消せぬまま




 ――綾華!
 咄嗟に彼の名を呼ぼうとしたセトの口から花が溢れ、ゴホゴホと咳き込んだ。
 口から花を吐くのには全然慣れなくて、何度吐いても苦しくてキツい。それは綾華も一緒なはずなのに、彼はそんな姿を見せなくて――だから、自分が余計にカッコ悪くて、まだまだ全然子供だって思えてしまった。
(カッコ悪い俺を綾華に見せることになった原因はアイツだって、それで、俺っ)
 腹の底からフツフツ沸き立つ怒りが、薬師の妖しい動作を見逃させた。そして、綾華はセトを庇って――。
(セト、許せ)
 彼が庇護の対象ではなく、ともに歩みたいと望んでいることを綾華は知っていた。戦場に肩を並べ、ともに力を合わせて困難に打ち勝ちたいと望んでいることを知っていた。知っていたから、そう思った。
 属性が違うUCではどうにも出来ないと知っていながら、どうにか出来ないかと鍵刀で足掻いたけれど、どうにもならなくて。けれどセトを傷つけたくないと、守りたいという想いが勝って綾華はその身でセトを庇った。
 振り上げられた何倍にも膨らんだ腕。
 セトを庇った背の痛みは、きっと肉が裂けている。
 けれど目を見開いたセトの瞳が大きく見開かれて揺れたから、綾華は大丈夫と花を零して、無理矢理にでも笑った。
(大丈夫だ、セト。だから、そんな顔をするな)
 ――自分はひとではないのだから。本体さえ無事なら大丈夫なのだから。
 こんな時ばかりそんな言い訳染みた想いが過ぎる。
 ――ひとで在りたい。自由に、思いのままに。
 そう願っていた綾華の気持ちは、あの日掬われて以来掠れ、淡くなった。
 よろける足で地を踏む。今にも膝をついてしまいそうだが、そんな姿を見せればセトが悲しむ。彼が望んでいないと知りながら守ったのだ。守りたいと願って、護りたいと行動した。これ以上、彼の望まない姿を見せる訳にはいかない。彼の望みを知ってなお己がしたいままにした行動を、綾華は悔いてはいないのだから。
 言葉はいらない、理由もいらない。ただ、守りたかった。
 大切なものだけ守れればいい。大切なものだけ側にいてくれればいい。
(こんな俺をお前は慕い続けてくれるのか……?)
 お前に、嫌われたくない。自分勝手な醜い思いに、彼が気付かない事を切に願う。
 そんな綾華の、セトの肩に置かれた手に熱が重なる。
 キュッと寄せられた眉の下の瞳が揺れて。
 けれどそれだけじゃない、何か決めたような色が森の木々の色に混ざっている。
(ごめんね。俺、ちょっと無理するかも)
 心配をかけるのは解っている。けれど守られてばかりではセトはいつまでも子供だから、少し無理をして、背伸びをしなくちゃ横に並べない。
 だから、ちょっとだけ無理をさせて。
(綾華は俺の大切な友達で、兄ちゃんで、大好きだから)
 庇うために肩に置かれた手をそっとどけて、綾華から離れる。
 たくさん花を吐いて苦しいけど、俺頑張るから。ちゃんと見ていてよ、綾華。
「綾華にひどいことした、お前はきらいだ!」
 成長途中の体に纏った竜の気を薬師へと飛ばし、セトは叫んだ。
 肩を並べられる存在になるために。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルクアス・サラザール
は?(圧)
俺の陛下への敬愛の証を簡単に治せると??
なるほどつまりこの狐をしばき倒せばよいわけですね
畏まりました、陛下

そうと決まればさっさと仕留めましょう
氷装剣舞で斬撃を放ち、凍らせてしまいます
なんだか謎の思念波が出ているようですが知ったこっちゃないですね
斬って斬って斬りまくるだけです

あぁ、それにしてもここに陛下がいなくて本当に良かった
優しい方ですから花を吐いて苦しむ者の姿を見たら
薬を買わずにはいられなかったでしょう
陛下相手に怪しい商品を売りつけようとするなんて…
この狐、不届きにもほどがありますね?
つまりは当然の報いというわけです
ほら、這いつくばってお逃げなさい
相応しい末路をくれてやりますよ




 ルクアスの前で語られるは、花吐きを治せる薬の話。きっとそれは、症状に困っている者には喉から手が出る程欲しい代物であろう。
 そう。困っている者には、だ。
(――は?)
 この狐は何を言っているのだろう。最初に狐を疑った。
(俺の、陛下への、敬愛の、証が、治せる?)
 しかも簡単に?
 この狐は何を言っているのだろう。ふたたび思う。
 ルクアスは治らなくてもいい。だってこれは、陛下への敬愛の証なのだから。
 しかし、待てよ? 陛下ならどう思われるだろうか。
 心優しい陛下は、花を吐いて苦しむ者の姿を見たら薬を買ってしまうだろう。そして陛下は配下への心配りも完璧だ。
(俺の苦しむ姿に心を痛めてしまうに違いない……! ああ、陛下! 何とお優しい!)
 ボロボロボロボロ、花が零れる。この苦しみもすべて、陛下への愛!
 ルクアスが考え(妄想)に浸る間に薬をばら撒くところまでいった薬師は、ふふっと聞こえた笑い声に思わず肩を弾ませる。
 何あの人、花を吐いて笑っている……? 正直怖い。
「あなたの罪を教えてあげましょう」
「ひぇ……」
「まず、陛下相手に怪しい商品を売りつけようとしたこと」
「し、してないアル……」
 腰から下げた剣を抜き放たれ、薬師は怯えた顔でブンブンと頭を振る。ていうか陛下ってどなた?
「次に、陛下への敬愛の証を消そうとしたこと」
「なんのことかわからないアル……」
 常春の桃源郷に薄ら寒い風が吹く。思わずブルルと身震いした薬師は、ピキピキと言う不思議な音を耳にした。
「あなたの罪は許されるものではありません」
「オニイサン待つアル! 冷静に話し合うアルヨ!」
 周囲の空気を凍らせながら、ルクアスは剣を手に微笑んだ。
 ――あぁ、心優しい陛下。今、あなたの忠実なる下僕が、この不届き者に相応しい末路をくれてやりますからね!
 ごほりと溢れた花が愛おしい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

吉備・狐珀
まあ、まあ…お薬が…。

UC【一獣当千】使用
攻撃を仕掛けるには絶好の機会ですね。
月代、ウカ、衝撃波を起こしてさらに薬を四方へ飛ばしてしまいましょう。
薬師殿が追い付けない程に飛ばしてしまいなさい。
オコジョさん!出番ですよ!
宙に撒かれた薬に気を取られた薬師殿をおもいっきり吹き飛ばして下さい!
ご褒美は平和を取り戻した桃源郷が水晶の秘境に姿を変えたとき、木々に実るという琥珀糖の実をオコジョさんのために分けてもらうつもりです。
秘境を眺めながら食べる琥珀糖はきっと絶品ですよ。

みけさん、薬師殿が大勢を崩したらすかさず追撃を!
桃源郷を荒らさないように注意を払う必要がありますが砲撃をお願いしますね。




 狐の薬師の悲鳴とともに、花吐きの病を治す薬は宙へと撒かれてしまった。
「まあ、まあ……お薬が……」
 思わず目をまぁるくして口元をそっと押さえた狐珀だが、たおやかな姿の裏で藍色の瞳がきらりと光る。これは、攻撃を仕掛けるには絶好の機会だ。
「月代、ウカ!」
「アイヤーーーーーー!?」
 狐珀の声に喚ばれてぴょんっと現れた黒狐のウカと月白色の仔竜の月代が、体を大きく振って薬を四方へと飛ばす。傷心の薬師にとっては、何とかかき集められないものかと頭を巡らそうとしていたところへの追い打ちである。有名の絵画のごとく両頬に手を当てて、高らかに悲鳴を上げた。
「オネエサン、何するアルカ!? 貴重な薬アルヨ!?」
「ええ、ええ。そのようですね。ですが!」
 オコジョさん! 出番ですよ!
 喚び出された可愛いもふもふたちは容赦しない。新たに喚ばれたオコジョがえーいっと尻尾を振ると強烈な風が巻き起こり、浮かび上がった薬師が飛んでいく。
 桃の木々はそこかしこに生えており、砲撃を加えては被害が出るため今日の『みけさん』は応援係。
 彼らのご褒美は、桃源郷が水晶の秘境に姿を変えた後。木々に実る美味しい琥珀糖の木の実を分けてあげますと狐珀に交渉されたオコジョは俄然やる気だ。
 みんなで琥珀糖を食べるため、悪い狐を遠くへえいっと飛ばすのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
……薬、飛んで行ってしまいましたね(花ぽろぽろ)
落ち込みたい気持ちは分かるのですが(花ぽろぽろ)「キツネのくすりやさん」、あなたがこの花を吐くようにしむけた当本人(花ぽろぽろ)
……話が進まないので、早く終わらせてしまいましょう!(花(略))

【想撚糸】発動
まずは糸を盾のように編み上げて、攻撃を食い止めます
そのまま糸を伸ばして網のように包み込んで、彼を捕らえます

どんなに暴れてもこの糸は…(花ぽろぽろ)、これも伝えられませんね……すみません何となく察してください……(花ぽろぽろ)




 アイヤーーーーーー!?
 盛大に薬をばら撒いた薬師と、ぶわわと飛び散った薬。
 大丈夫なのだろうかという思いがカイに新たな花を吐かせ、こほこほと咳き込みながらも薬師から視線は外さないようにと気をつける。
「あなたがこの花を吐くようにしむけた当本人――ごほっ、」
 落ち込みがっくりと項垂れた薬師は尾も耳もしょんぼりと垂らして、少しだけ可哀想だなと思ってしまう。『キツネのくすりやさん』がオブリビオンであることは識っていても、何とも憎めない薬師であった。
「……話が進まないので、早く終わらせてしまいましょう!」
「……お客人のせいアル」
「えっ」
「落としてしまったのはお客人のせいアル! 弁償してほしいネ!」
 どこからどう見ても八つ当たりである。
「絶対に私のせいではありませんよね!?」
 腕にぷすりと鍼を刺した薬師が向かってくるのを《想撚糸(ソウネンシ)》を編み上げた結界で食い止める。端からビリビリと裂かれていっているがそのまま糸を伸ばし、囲みこむようにして薬師を捕らえれば、簀巻きのように薬師が地面に転がった。
「どんなに暴れてもこの糸は……」
 薬師を見下ろせば、ごほっと花が零れ落ちてしまう。
 撚糸の糸はカイの精神力で強度が変わるため、こほこほと苦しげに咳き込めばほころびが生まれ……大きく咳き込んだ時、狐の薬師はそこにはなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラファエラ・エヴァンジェリスタ
ふぅん…なるほど、私は貴様に一服盛られた訳か
貴様のせいで無様を晒した
許さない

オーラ防御で敵の思念波を防ぎつつUC使用
「我が騎士よ。久々ではないか、狐狩りなど」
「だがしかし猟犬がおらぬ。貴公、狩って参れ。毛皮が欲しい」
…実際要らぬが
怒りに任せて命じれば意外と花も吐かぬものだな
嗚呼しかし、狐狩り等じつに懐かし…ごほっ

愛馬に騎乗し、狐を追いかけ回し「黒薔薇忌」を鳴らし
猟犬代わりの怨霊を嗾ける
…テネブレ、踏みつけ、蹂躙せよ
騎士から目を逸らしつつ、愛馬の手網を引くのに
それだけで花を吐くのだから、困る、嗚呼、腹立たしい
「気が変わった。毛皮は要らぬ、刻め」
「茨の抱擁」で茨に吸血させながら、騎士に命じる




「ふぅん……なるほど、私は貴様に一服盛られた訳か」
「や、や。一服だなんて! ワタシ悪いキツネじゃないアルよ!?」
「貴様に口を開く許可は与えていない」
 あまりにも冷ややかな視線に、薬にアイヤーしていたことも忘れた薬師はスッと身を正して弁明を図ろうとしたが一蹴され、「ひゃい」と身を縮こませた。何あのお客人、滅茶苦茶怒っているアルヨ~。
「我が騎士よ。久々ではないか、狐狩りなど」
 所在なさげに尾を抱えた薬師の耳がピンと立つ。今、狐狩りって言ったアル?
「だがしかし猟犬がおらぬ。貴公、狩って参れ。毛皮が欲しい」
「えっ、ワタシの毛皮!? ダメアルダメアル、コレは一張羅ネ!」
 実際にはラファエラは必要としていないのだが、ラファエラの言葉は薬師の心を揺さぶるのに覿面だった。ラファエラに命じられて駆けてくる騎士の霊に、これは本気だ! と悟った狐はぶわわと毛を膨らませ、慌ててうんうん唸って騎士を消そうとするが――騎士を護る主の守護によって弾かれてしまう。
 ひぃっと慌てて狐が逃げる。白馬を美しい姿勢で操る騎士がそれを追いかける。
 それは、在りし日の光景のようだった。あの時はちゃんと猟犬も居て――。
 手を伸ばしても届かぬ昔へと思いを馳せかけたが、こみ上げる苦しさがそれを中断させる。今はその時ではないと己を戒め、花を払い、愛馬に騎乗しラファエラも狐を狩るべく『狩り』に興じた。
「気が変わった。毛皮は要らぬ、刻め」
 ひゃあひゃあと悲鳴を上げながら駆け回る薬師を追い詰め、騎士に命じれば、こほり。騎士が視界に入るだけで零れる花が腹立たしい。
 記憶も、想いも、死してなお儘ならぬ。
 ふと逸してしまった顔を戻せば、脱兎もかくやの勢いで逃げていく狐の後ろ姿。
 追いますかと問うような騎士の視線から顔を逸し、ラファエラはテネブレを撫でた。
「興が冷めた。捨て置け」

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨絡・環
【幸】

商魂逞しいお方は何処にでもいらっしゃるものね
はい、気を付けます
騙されるより騙す方が好きですの
わたくしも、まだ
苧環がまたひとつ
想いとは儘なりませんね

まあ妙案
けれど…あいやあ?でしたかしら
不思議なお言葉ね、興味深いの
アレはもっと聞いてみたいわ

ハクさんが齎す幸運は不幸と背中合わせ
まるで量を違えば毒になる劇薬のよう
わたくしは
雪椿で薬師の掌に紅一線
『連鎖する呪い』
唯々不幸を齎します

幸と呪を封じようと?
それは困りますねえ
……薬の誤認摂取とは『不幸な事故』、ですわね?

花が零れ落ちるは収まらず
くらりとしそう
けれど唇は弧のままに
お背中擦りましょうか?
ハクさんに桃源郷の感想を伺うのは後の楽しみと致しましょう


白神・ハク
【幸】

胡散臭い商人だァ。あんなのに騙されちゃうんだよねェ。
お姉さんも騙されないように気をつけてねェ。
折角桃源郷に辿り着いたのにまだ気持ち悪いなァ。
お姉さんはどうかな。僕はまだ吐きそう。
苺は実らないのに僕の気持ちは膨らむばかり。
んふふ。困ったねェ。

胡散臭いやつを黙らせて誤魔化そっか。
その場凌ぎになっちゃうけど、ずっと気持ちよりかはましだよォ。
僕の攻撃は幸運の連鎖。イイコトをたァくさん齎す代わりに
すごォく強くて怖い不幸が襲って来るんだ。

わァ。僕の力が封じられちゃうかも。
お姉さんの呪いと僕の幸運でどうにかならないかなァ。
お姉さん。僕吐きそう。
白い花が口から出ちゃう。そろそろ勘弁してほしいなァ。




 狐の薬師は商魂たくましい。けれど、どこか抜けている。
 そんな印象を覚えたけれど、その抜けているところに人は騙されるのかも知れない。この人は少し抜けているから本当は悪い人ではないのかもしれない、とか。
「あんなのに騙されちゃうんだよねェ。お姉さんも――」
 気をつけてと言おうとして、こほっと咳き込み苺の花。
「まだ出るの。気持ち悪いなァ」
 うわ、ぺぺ。いやだいやだ。
 眉を寄せてまだ吐きそうと咳き込むハクを案じた環も、また。苧環をひとつ零し、困ったように微笑む。
 ――想いとは儘なりませんね。
 ――苺は実らないのに。
 膨らむばかりの想いと気持ちに、ハクも困ったねェと花を吐きながら笑った。
「胡散臭いやつを黙らせて誤魔化そっか」
「まあ妙案」
 八つ当たりかもしれないけれど、薬をばら撒いた薬師をどう痛めつけてやろうか……なんて考えていると、言葉はスルリと口から溢れた。花が出ないならちょうどいい。治す薬を飲まねば治らないとのことだからその場しのぎではあるが、花を吐き続けるよりはずっといい。
「……は! 申し訳ないアル、お客人。薬がなくなってしまったアル。でも、でもアルヨ? ワタシ優秀な薬師。他の薬を……」
「あの薬じゃないと治らないって言ってたよねェ?」
 ギクッ!
「そそそそそそそれはそうアルが……お客人たち、お顔怖いアルヨ……? 笑顔大事。打開笑門福自来ネ!」
「僕たちとォっても笑顔だけどォ?」
「ねえ、狐さん。先程の……あいやあ? でしたかしら。不思議なお言葉ね、興味深いの。アレはもっと聞いてみたいわ」
「急用を思い出したネ! 今日はもう店仕舞いさせてもらうアル! ――って、アイヤー!?」
 えいっと振り下ろされた『再生の刃』を慌てて回避……しそこねた薬師が少し怪我をする。
「いきなり何するアルかー!? ひどいアル! ワタシ悪い狐じゃないアル!」
「僕はただ、イイコトをたァくさん齎してあげようと思っただけだよォ」
「ではわたくしも」
 雪椿の蒔絵が描かれた懐剣で薬師の手の甲に紅一線。
「オネエサンまで何するアルカ! ひどいアル! もう客人扱いはしないアル! この薬を飲――げふぅぅぅ!?」
「あら? 薬の誤認摂取かしら」
「薬師なのにねェ」
「ちょ、ちょと間違っただけアル。……あ、あったアル。こっち――まっっっずいアル!」
 ハクが与えた《連鎖(イイコト)》と環の与えた《連鎖する呪い》を打ち消すための薬を探しては、『不幸な事故』が起きていく。
「お客人たち疫病神ネ! 近寄らないで欲しいアル!」
「逃げ足は早いねェ」
「旅をしていらっしゃるようですし、健脚なのでしょうね」
 大慌てで走っていった薬師をのんびりと見送れば、またふたり。
「……お姉さん。僕吐きそう」
 ハクがこほりと咳をすれば、あらともまあとも言えぬ言葉を最後に、笑みを佩いた女の紅い口からもこんこんと咳が続いて。
 甘やかに花が香る中、広い背中にそっと。
 白魚めいた手だけが添えられた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

比野・佑月
【月霞】
や、面白い小芝居を見せて貰ったとこで悪いんだけどさ
「黙れって言われてただろ、ちょーっと痛いお縄でも叫ぶなよ」

花吐きを発症させる薬
この男が心優しいあの少女の病の直接的な原因ではないにしても
お前のような奴のせいで彼女が苦しんでいるのだとすれば…

「そうそう、キミって尋問にキョーミとかある?お喋り好きだよね?
動くお口があるうちに必要なことだけ喋るのがオススメだ」
何か、何でもいいから。花吐きについて知っていることを引き出したくて
トラバサミを一つ一つ狐を嬲るようにけしかけ肉を抉らせる

どうせ有用な情報は掴めないだろうと知りながら
それでも僅かな可能性に縋ってしまう程、この気持ちはどうしようもないらしい


彩・碧霞
【月霞】
グリモア猟兵の予知がある以上、私達が敵を見紛うことはない
眼前で醜態を晒す狐風情
その振る舞いは傲岸不遜、言い分は実に不躾で
「黙りなさい、誰の前でその様な口を利いているのです」(UC発動)
気が短いつもりはなかったのですが
心が冷えていく
「佑月さん。私はあの子の病の原因は事故としか聞いておりません。ですが」
僅かでも花吐き病の少女を思い浮かべればえずく
けれど
「…この男が撒いた薬、もしくはそれに類するものが噛んでいる可能性は、あります」
今は少女への慈愛より憎悪を燃やそう
「今、貴方が何もしなければ私がこの男の首を刎ねますよ」
恐らく裁ち鋏に出番はない
あの子への想いがそのまま怒りになった人の方が強いから




 ペラペラペラペラと、狐の薬師が喋る。
 喋って、慌てて、悲鳴を上げて――たったひとりなのに狐はひどく『喧しい』。向けられる瞳が最初から冷ややかであることも、薬師が動く度にその温度が更に冷えていくことも、薬師は気付きもしなかった。
「黙りなさい、誰の前でその様な口を利いているのです」
 だから薬師にとっては唐突に――碧霞にとっては堪りかね――強烈な威圧を篭めた神威が放たれ、薬師は頭の先から尾の先までの毛をビリビリと震わせて地面へと顔を擦り付けた。
「ちょーっと痛いお縄でも叫ぶなよ」
 突然何が起きたのか解っていない顔で目を白黒とさせている薬師を、佑月が人懐こそうな笑みを酷薄なそれへと変えて見下ろす。
「……痛かったら叫ぶと思うアル」
「黙れって。そう、言われてただろ」
「理不尽アル……」
「――佑月さん」
 薬師を平伏させ、少しだけ冷静さを取り戻したのだろう。それでも冷ややかな視線を薬師へと向けたまま、碧霞が佑月へと声を掛ける。
「ん?」
「私はあの子の病の原因は事故としか聞いておりません。ですが」
 こほっ。
 『あの子』のこと。ふたりは同一の知人の少女を思い浮かべるだけで花を吐く。
 コホコホと咳き込むふたりの視界の端で、薬師が情けなくゴロゴロと地面を転がりだす。碧霞の神威では、拘束できる時間が短い。動けるようになった薬師はすぐさま精神を強めるツボを鍼で突いたようだが、その姿を見るに誤ったようだ。騒々しく、残念な薬師である。
「……この男が撒いた薬、もしくはそれに類するものが噛んでいる可能性は、あります」
「そうだね、聞いてみようか」
 『あの子』は花吐きの病に侵されている。その原因が事故としか聞いてはいないけれど、それが人為的な事故であったのならどうだろうか。例えば薬師が薬で花吐きを発症させたように、誰かのせいで佑月に優しくしてくれる少女が苦しんでいるのだとしたら? そして、それを治す薬があるのだとしたら?
 ふたりは、ひとつでも多くの情報を欲していた。少女への想いを、怒りへと変える。本当に怒りをぶつけたい先は薬師ではなく、少女を病へと貶めた原因だ。薬師が直接的な原因ではなく、これは八つ当たりだと知っていながら、それでも。ふたりは冷ややかに、痛みに悶絶してゴロゴロと転がっている薬師を見た。
「ねえ、キミって尋問にキョーミとかある? お喋り好きだよね?」
 黒鉄製のトラバサミを手に近寄った佑月が、えいっとトラバサミをけしかける。彼の足元にはいくつもの複製された『わんわんトラップ』が散らばっている。
「ア!? あぶないアル! キョーミないアル! 好きでもないアル! 営業トークネ! アナタたち何アルネ!? 黙れって言ったり喋れって言ったり、どっちかに統一して欲しいアル!」
 慌てて薬師が避ける。ガシャンとトラバサミが宙を噛む。
 けれどすぐに次のトラバサミが薬師へ向かい、お尻を齧られた薬師が「アイタァ!」と飛び跳ねた。
 薬師は避けきれなかったトラバサミに齧られる度に跳ね、そうしていくつかの知っていることを話し、トラバサミに追いかけられるままに何処かへと逃げていった。

 薬師が言うには、「薬学に強いとある仙人の秘伝書を『これは商売に役立つはずアル!』盗み見し、ワタシは書き写しただけアルから他は何も知らないアル!」とのことだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
♢【仄か】
(胡散くさいなあ!? お前元凶だろ!
騙されるのは勘弁だけど
きみの疑わぬ目に頷いちゃった
撒いたのは事故、と思っても言えない
ラピタ、花吐き楽しそうにしてたから
そのお代ならいいか
討伐相手でも対価は、あっ)

(手、もふい。握手しつつ、狐が少し気の毒
算盤がふいになったんだ、泣くよな……
悪事はそうできないってこと
これに懲りたら──ラピタ?
あっっ)

(あーーーいや結果オーライだこれーーー!!
ラピタ、狐さん逃がしちゃだめ
戦人の情けだ、【砂糖の火】の酩酊付与
藍焔えらいぞ!ラピタがんばったね

うん、大丈夫
きっと苦しんでないよ)

(わ、わ
香りの強い花だから気恥ずかしい
ラピタの花もころりとしてて
……かわいい、なぁ)


ラピタ・カンパネルラ
【仄か】

(すごく親身になってくれそう。肯定的な気持ちがわふわふお花をこぼす。カロンに同意を求めるような眼差し。もともと薄めな敵意が最早ゼロ。だって狐さん、お薬撒いてくれましたし)

(君と握手。わあふかふか、カロンカロン、気持ちいいよ)

(……狐さんの涙。薬を届けられる嬉し泣き、なんて。そんな君を討伐しなきゃいけないなんてーー、あ。【藍焔が哭く】が出た。)

(狐さん逃げてーーーいやでも討伐しなきゃ、そうだね逃しちゃダメだ。藍焔がんばってーー
あ、狐さんが倒れた音。あっ藍焔が追いついた。あっ焼ける匂い)

(うん
酩酊で気持ちよさそうだし
これで良かったかもしれない)

(はああ
花の香りかな
カロン、すごく
いいにおい)




(――わあ)
 狐の薬屋さんは明るくて楽しそうで、賑やかで。
 ソーダ水を飲んだ時みたいに、ラピタの心の底でチカチカと星が灯るよう。
 お話上手な薬屋さんは、きっと親身になってお話を聞いてお薬を処方してくれる。お花を止めるお薬だって、皆に何かあったら困るだろうって処方してくれたんだ。皆に行き渡るようにってお薬も撒いてくれた。
 ああ、なんてステキ。
(――いやいやいや!?)
 ふわふわとお花を吐いているラピタがすっかりと狐を信じ切っている顔を見て、狩人は思わず心のなかでツッコミを入れる。胡散くさい。胡散くさすぎる! どう見たってこの狐が元凶だろ!?
 それなのにラピタは『ステキな狐さんだね』って顔で微笑むから――狩人も思わず頷き返してしまった。優しい彼女の気持ちを否定して顔を曇らせるよりも、彼女が楽しそうにしているほうがずっといい。
(そのお代ならいいか)
 少しくらい苦しくたって、ラピタが優先。
(って、ちょっと待ってラピタ、どこいくの?)
 もともと薄めな敵意が最早ゼロとなっているラピタは、無防備にトコトコと狐の薬師へと近寄っていく。しゃがみこんで頭をワシワシとかきながら脳内の算盤を弾いて損益を計算しだした薬師も、突然目の前に来たラピタに「えっ」て顔をした。
「な、何アル……えっ、なっ!?」
 むぎゅ。ふわわ。
 きゅっと握ってみた狐の手はふかふかで、ラピタは嬉しくて楽しくて花を吐く。
 ――カロンカロン、気持ちいいよ。
 ラピタの笑顔の手招きに応じない狩人はいない。ラピタを倣って狐の手をむぎゅっと握れば、狐が泣いていることに気がついた。
(まあ、泣くよな……自業自得だけど)
 ほんの少しだけ同情してしまった狩人はこほっと花を吐いてラピタを見れば、ラピタは真っ直ぐに狐を見つめ――目をキラキラと輝かせていた。
(あっ)
 これは、『薬を届けられる嬉し泣き、なんて』と狐の心の美しさに感動している表情だ。本当は狐の薬師の心なんて、これっぽっちも美しくないのだけれど。
 こんなにも綺麗な心をもつ狐さんを討伐しなくてはいけない。
 こんなにもいいひとなのに――。
 ――ぷわっ。
(あ、)
(あっっ)
 ぷかりと藍色の炎が生まれた。ラピタの心に呼応して喚ばれる《藍焔が哭く(エンヴィ)》だ。藍焔は、ラピタが美しいと感じたものを焼いてしまう。
(狐さん逃げてーーーいやでも討伐しなきゃ、そうだね逃しちゃダメだ。藍焔がんばってーー)
 オブリビオンは倒さないといけないけれど、信じ切っているラピタの手前、どうしたものかと思っていた狩人は藍焔の出現に思わず瞳を輝かせる。結果オーライだこれーーー!!
 ラピタは狐を応援し、同じ熱量で藍焔も応援する。すばしっこい狐は大慌てで走りながら鍼を自身にプスリと刺し、うんうん唸って藍焔を消してしまった。
(あーーー藍焔ーーって、何かいいにおい?)
 くんくんすんすん。とってもいい匂いにけほこほこんと咳と花とを吐きながら香りを辿れば、出処はいつだって甘くて優しい君。
(わ、わ、ラピタ)
 酩酊状態の狐を放って良い香りを胸いっぱい吸い込み甘えれば、カプラも狩人も口から零れる花が止まらない。
 ――カロン、すごくいいにおい。
 ――ラピタ……かわいい、なぁ。
 花吐く君も。
 君の吐く、花さえも。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ティル・レーヴェ
【花結】
どこか憎めぬような薬師の様に
くすりと笑い零れるも花

隣から聞こえたあなたの聲
ぱちりと瞬き見つめる先
其れがどんな詞だろうと
あなたの聲が愛しくて
恋えばやはり零れるは花

あなたが喚ぶ友の美しき歌声に
本当は己が歌も重ねたい
けれど花吐く身では叶わぬから
おくすりちょうだいと願う儘
歌えぬ身が放つのも花

ふたりの唇から零れ落ちる愛し花達に
己の花を想いを尚と重ねるように
舞う鈴花が至る道を作りますよう

薬師の剛腕や思念波は
結界術で阻めるかしら
大事なあなたの友を守れるよう
願う力を幾重も編む
砕かれる様など
見たくも見せたくもないから

ぽつり頬に触れた天涙が優しい
あゝ想いを花で伝うもいいけれど
ねぇ早く
あなたに詞を届けたいわ


ライラック・エアルオウルズ
【花結】

雄弁な花零す君は愛しいが
そろそろ唇さえ恋しいから
溢れる花を堰き止めようか

ね、未だ薬があるのでは?
少し跳ねて、――なんて
薬師に零れ落ちた悪い詞
咳払いめいて、花零し

君に聞かれたくない詞だけ
聲になるとは、厄介過ぎる
此は暫し聲を預けようかと
燈籠を手に人魚を喚び

恒なら、伝える聲を失えば
もどかしさに身悶えるから
今は花の代弁に頼れる辺り
好い病でもあるようだが

風と舞う、鈴蘭の花唇
それが零れゆく沈丁花よりも
君の詞を想わせるものだから
薬を欲して、止まなくて

僕の聲、君の歌の代わり
人魚の喉の奏でる魅了で
薬師の粉砕/完封を阻害
花と戯れるよう、合わせ
海の刃を放たせ、貫こう

いとしい“花”の詞を
薬を早く、いただける?




 狐の薬師は喧しくて、騒がしくて。
 何かに似ていると思えば、ああそうだ。天幕張る夢の宝箱の道化じみているのだ、と気付いた。くすりと自然に零れた笑みは湧き上がってくる花に消されてしまうけれど、矢張りこの花は苦しさのみでは無いと知る。
「ね、未だ薬があるのでは? 少し跳ねてみなよ」
 常よりも冷ややかさを孕んだ声が降る、斜め上。
 それがいつもと違う意地悪な声だったから、驚きひとつ。
 どんなお顔で仰っているのと、好奇心がひとつ。
 そっと見上げ、恋唄う菫が合えば、少し驚いたような顔が咳払いで花を零し、バツが悪そうに苦笑を刻んで――君に聞かれたくはなかったとその顔が雄弁に語る。どうせ花が出ると思っていたのに、悪態は出てしまったものだから、仕方がない。
(そんなあなたも素敵)
 彼の声も表情も仕草も、どれも愛おしくて、ティルから零れるのは花ばかり。
 雄弁な花零す君は愛らしいが、吐くのはやはり苦しそうで――それに、唇も、聲も、恋しいと思うから。
(ひとたび君に預けよう)
 燈籠を手に、ライラックは麗しき人魚を喚んだ。常ならば、伝える聲を失えばもどかしさに身悶える心地だが、今は違う。代償としての効果も低いが、身悶えずに『友人』に逢えるひとときも心地好い。
 人魚の姿を見ればふたりは咳き込んでしまうけれど、同時に咳き込むそのひとときさえも愛おしい。
 君に花、僕に花。聲にならなくとも、想いが伝わって。
(本当は、妾も――)
 人魚の歌声に、歌を重ねたい。ともに歌えば屹度、彼の人が喜んでくれるから。
 けれど花吐く身では叶わぬから、ねぇ今度また機会をちょうだいと笑み花零し、紫水晶のペンを鈴蘭へと変えた。
 風にふわり、小さな白がのる。
(ああ、君の花)
 零れゆく沈丁花より、君の詩を、君の聲を、想わせる花。
 その花が届けられるのが狐の元だと知ると妬けてしまうような心地だけれど、そんなライラックのことでさえティルが愛おしげに瞳を和らげることを知っている。
 この身は、この心は、すっかり君色で、あなた色。
 絶え間なく零れる花は苦しくて、嬉しくて、恋しくて。
(――やはり、聲はあったほうがいい)
(聴きたい、けれどそれよりも)
 想いを見ることが叶い、嬉しくて、愛おしいはずなのに。
 あなたの聲を奪う花に嫉妬をしてしまいそうになるから。
 ――ねぇ早く、あなたに詞を届けたいわ。
 ――いとしい“花”の詞を。薬を早く、いただける?
 人魚の歌声は豪腕に粉砕されてしまうけれど、甘く香る鈴蘭は幸せのベルを鳴らすようにコロコロと転がり薬師へと届いた。
「アイヤー!? もう、何するアルネ! 薬、売ってあげないアル! 今日は店仕舞ネ!!」
 ゴロゴロと転がって、立ち上がったと思ったら薬師は荷物を抱えてバタバタと駆けていく。最後まで慌ただしい様子にティルがまたくすりと笑った時――。
 ぽつり。
 頬に触れた天涙に、天を見上げる。
 あなたに詞を届けるまで、もう少し。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

朧・ユェー
【双月】

十雉くんを抱きかかえたまま
彼を見る
やはり苦しそうだ、どうにかしなくては
と心配してると狐の姿?

どうやら彼が犯人の様ですねぇ
自分で花吐く薬を撒き解毒を買わす
おやおや、詐欺師の手口ですね
まぁ自分だけなら気にしないのですが
彼を苦しめたのはいただけませんね
どうお仕置きをしましょうか、ふふふっ
えぇ、大丈夫です。何もしませんよとにっこり笑って

頑張ってと、発する事無いでも心の声が聞こえた
ありがとう、君の応援が僕の力になる

嘘喰
貴方の嘘を喰べましょうか
地獄の花を咲かせ死の華を
彼を苦しめた対価を払ってもらいますよ

彼を抱き上げたまま目線を合わせて、心配する彼に大丈夫ですと微笑んで
僕こそ、君のおかげだ


宵雛花・十雉
【双月】

オレは大丈夫だよ
だからそんなに悲しそうな顔しないで…
なんて、心配かけたくなくてそんな言葉を

金儲けの為にこんなことしたの?
駄目だよ、そんなの
それに人を苦しませることに花を使うなんて悲しいな…
ううん、弱音を吐いてる場合じゃないよね
桃源郷を守らなくちゃ

ってユェー、怖い怖い
お仕置きは必要かもしれないけど、ほどほどにしてあげてね…

ユェーの力になりたい
足手まといにはなりたくない
ユェーだって花吐きで苦しいはずなのに…
「頑張って」と贈った『兵ノ言霊』はちゃんと届くかな

ユェー、大丈夫?怪我してない?
ならいいんだけど…
有難う
いつもユェーに助けてもらいっぱなしだな




 ――オレは大丈夫だよ。
 そう伝えたいのに、声が出ない。
 悲しそうな顔をしないでとユェーを想う気持ちは、ぽろぽろと全て花となる。
 こほこほと咳き込んで新しく花を吐く十雉の姿に、ユェーは困ったように眉を下げた。本当に彼は優しい。今は自分を案じてくれているのだと解るのが嬉しいけれど、でも彼に苦しい思いをさせたくなくて、ユェーは十雉を抱えて結界を抜けた。
 結界を抜けた先の桃源郷で出逢った狐が、騒がしい。よく舌の回る口は商売文句を口にして、それから何故だか勝手に自滅した。
「どうやら彼が犯人の様ですねぇ」
「金儲けの為にこんなことしたの?」
 信じられないと言いたげな声が震えながら薬師を非難して。
 けれど、駄目だよと諌めようとすれば、またこほりと花を吐いてしまう。
(人を苦しませることに花を使うなんて悲しいな……)
 こほこほと花を吐き続ける十雉の体を抱く腕に力が籠もる。それだけで、案じてくれるのだと解る。自身の弱さと彼の優しさに、花は止まらない。
 彼も花を吐いているのに大丈夫だろうかと視線を向ければ、ユェーの視線は薬師へと向けられていて。十雉にはいつも優しげに向けられる瞳が少しだけ意地悪そうに――楽しげに細められている。
「自分で花吐く薬を撒き解毒を買わす。おやおや、詐欺師の手口ですね」
 常ならば、騙されたほうが悪いとユェーは思う。付け入る隙きを見せた自分が悪いのだと。今回だってそうだ。結界に何か仕掛けられているかも知れない旨を聞いていて、此処へ来た。自分だけなら気にしなかった。
 けれど――。
(十雉くんを苦しめたのはいただけませんね)
 笑みが、深くなる。
「どうお仕置きをしましょうか、ふふふっ」
「っ、けほっ、ユェー、怖い怖い。お仕置きは必要かもしれないけど、こほっ」
「えぇ、大丈夫です。何もしませんよ」
 狐の薬師の自業自得だというのに、そんな相手のことでさえ案じる十雉は何と優しいのだろうか。十雉の背をさすってやりながら、彼を案じる気持ちでユェーも花を吐いた。
 ――頑張って。
 ああ、声が出ない。彼の力になりたいのに、言葉にならない。
 言葉にして相手の耳へと届けなければ、その力は発動しない。
 背中を押すことさえできずに、どうしても歯痒さを感じてしまう。
「十雉くん、少し揺れますよ」
 ――《嘘喰(マコトグイ)》。その技は、攻撃を当てねば発動しない。
 十雉を抱き上げたままツカツカと薬師へと近付いて――両手は塞がっているから――蹴りつける。
「アイヤー! 何するアル!」
「地獄の花を咲かせ死の華を彼を苦しめた対価を払ってもらいますよ」
「おカネが欲しいのはこっちアル……わ、何アルかコレ! いたたっ、痛いアル!」
 浮き出た紋様にワタシの毛皮が台無しアル! と叫んだ薬師は、現れた華に噛まれてギョッとして、薬売りで方方を歩く健脚を見せつける勢いで逃げていく。
「……いっちゃったね。ユェー……ごほっ」
 案じたいのに、労いたいのに、その思いは全てが苦しい。
 花を零して涙をも零した十雉を見て、ユェーも花を吐いた。
 君がいてくれるからこそ何だって大丈夫になるのだと、伝えたくとも声にならなくて。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

宵鍔・千鶴
【千宵桜】

狐が胡散臭いなんてよく識ってる
身内にも一匹居たんだ
嫌いだなあ、嫌いだ

姦しい鳴き声に指で耳栓をしながら
溜息吐きたいのに代わりに止まらぬ花がぽろり
苦しそうな君の横顔を視れば
憤りに「赦さない」と叫ぶ聲は届く前に
迫り上がる花に何度も咳き込む

下種狐には、俺の自慢の狐を、魅せてあげる
俺の痛み、苦しみを遠慮なく餌に

…お前達、千織を、護るんだ
2匹の大狐が向かい追いかける

きみの攻撃の花弁を視界に
噫、花は吐き出さず、愛でるもので
けれど、不思議と…
きみの口から零れる花も
美しいなって思ってしまうんだ
喘鳴と薄くなる意識の狭間で

…早く楽になりたいと希ってしまう


橙樹・千織
【千宵桜】

胡散臭い……狐っ、うるさ……
…自業自得、ね
止まらぬ花、一瞬の合間に悪態をつきたくもなる
耳障りなその叫びを聞けば更に顔をしかめ

犯した罪、その身で…償え
息絶え絶え
酸欠と涙で視界も不明瞭
直接刃を振るうには心許ないから
野生の勘を駆使し、散らした刃の花弁を向かわせる

狐と相対しながらも千鶴さんの様子を窺って
その存在に安堵し、心配しては花を零すのを繰返す

いい、加減に…しろ!!!
全力で、鎧を砕くほどの勢いでなぎ払う
その反動でふらつくのはこの際見て見ぬふり

…これ、いつ
止まる……の…?
ついには目眩と共に遠のく意識

あぁ…ちづるは、大丈夫かしら
朧気な視界の中で探すのは大事な人の姿




「胡散臭い……狐っ、うるさ……」
 よく舌が回る薬師がペラペラと捲し立てる言葉を聞いた千織は、思わず悪態をついた。その傍らの千鶴も深く頷き同意を示す。狐が胡散臭いなんてことは、千鶴はよく識っていることだ。
(嫌いだなあ、嫌いだ)
 身内にもいた胡散臭い狐と重ね合わせ、形良い眉が不快に顰められた。
 ふたりの眼前で機嫌よく話した薬師は、あれよあれよと墓穴を掘り、下手漫才や三文芝居でももう少しマシじゃないかと思えるような悲鳴を上げた。聞くに堪えず、千鶴は素早く指で耳栓をした。
「……自業自得、ね」
 ほろりと零れる花の合間に千織がまた悪態をつく。声を出せていることに気付いて喉に手を当てるが、傍らの彼と顔を見合わせればまたふたりで咳き込み花を吐いた。
 苦しい。――大丈夫?
 互いの顔に浮かぶ苦悶を見れば、やはり同時に案じる気持ちが浮かんでしまい、その度に苦しさが増して陸に打ち上げられた魚の気持ちとなる。
 こんな苦しさを与えた元凶が、眼前にあった。
 潤む紫水晶の瞳に敵意を点らせ「赦さない」と叫んだ声は、半ばで花に埋もれて消えてしまう。どうしても、千織を苦しめるなんて、と彼女のことを思ってしまうから。儘ならぬ心と体に、千鶴は何度も花を吐き出した。
「犯した罪、その身で……償え」
 酸欠に滲む涙。不明瞭な視界の中でも、千織は凛と咲く花のごとく。
 けれども直接刃を振るうには心許ないからと刃を八重桜と山吹とに解いて舞わせる千織に、千鶴が喚び出した従狐がするりと戯れるように寄り添う。
 ひとりではない、安心感。
 隣を見れば、君がいる。
 君が諦めずに立ち続けるのなら、一緒に立とうと、一緒に歩みを止めずに前を向こうと思えるのだ。
「……お前達、千織を、護るんだ」
 彼女を思えば花を零す。苦しい。……苦しいが、この苦しみは力となる。
 二匹の大狐以外を彼女の守りに残し薬師へと向かわせれば、千織の手が伸びて舞う花弁が大狐とともに薬師を追いかける。
「いやアルいやアル! 来ないで欲しいアル!!」
「いい、加減に……しろ!!!」
 敏捷っこく逃げ回る薬師に、焦れたように千織が大きく腕を振るう。全力で、鎧を砕くほどの勢いで叩きつけることを花へと命じ――その反動でふらつく体を、千鶴が残した小さな従狐たちが寄せ集まって、きゅうきゅうと小さく鳴きながら支えた。
 ありがとうと、零すこともできない歯痒さ。
 大丈夫かと、問えないもどかしさ。
 美しい射干玉が視界の端で揺れたから、千鶴の視線も薬師を追うのをやめてしまう。膝を折る千織に手を伸ばし、その度零れるのは、花、花、花。
(……早く楽になりたい。千織を楽にさせたい)
 噫、それなのに。
 互いの唇から溢れる花が美しいと思ってしまう。
(あぁ……ちづるは、大丈夫かしら)
 喘ぐ苦しさに意識を落としかけながらも、千織は大事な人の姿を探す。
 朧気な視界でも案じ合う貌は明瞭で。
 ふたりの頬にぽつりと落ちた雫が、涙のように頬を伝った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】♢

何度も咳き込んでは花が落ちて行く
もう死んでいても痛いも苦しいも感じるんですから、不思議。不便とも言いますけど

随分と愚かな敵も居たものですねぇ
至極くだらなくて、どうでも良いと言わんばかりに
それより、何だか機嫌の悪そうなカフカの方が気になるんですけど……さっきまでの流れに、この子が不機嫌になる内容ありました?
考えても分からない上、考えるほど余計に花が喉を塞いで咳き込む
が、もうずっと花は途切れも弱まりもしてくれないから今更かなと諦めつつある
そもそも、この子が隣に居るのに考えるなって方が無理ですよ

はいはい、ご機嫌斜めな子のためにも、さっさとお仕事するとしましょうか
精々苦しんで死んでください


神狩・カフカ
【彼岸花】♢

先程湧いた気持ちを否定するように敵と向き直れば
喉の違和感も幾分かマシになった
なンだったんだありゃ一体
…いや、本当はわかってる…気付きたくないだけで
頭を振る
こいつが元凶か
ッたく、面倒な薬撒きやがって
全部吹き飛ばしてやらァ

相変わらずはふりの花は多いままで
至極当たり前のように隣のはふりを案じれば
また喉からせり上がる桜の花弁
あーもう!考えないようにしてたのに!
べ、別に不機嫌じゃねェけど?
元はと言えばお前のせいだぞ!
他人事みたいな顔しやがって
こんな…こんな…気持ち…
気付く必要なかったのに…今更どうしろってンだ
自分の気持ちなのに判然としない
もやもやをぶつけるように羽団扇を振るう
さっさと失せろ!




(なンだったんだありゃ一体)
 祝とカフカの前で機嫌良さげに話した薬師がやらかすのをぼんやりと眺めながら思うのは、先程から苦しめてくる花吐きの病。
 こいつが元凶かと腹立たしい気持ちを薬師へと向けていれば花は止まるのに、何度もこほこほと咳き込む苦しげな音が気になってチラと祝へ視線を向けた途端に喉奥に生まれる花。
(……いや、本当はわかってる……気付きたくないだけで)
 祝を視界に入れれば、次々と花が生まれて苦しい。
 気付きたくない。癪だから。
 もし同じ答えに祝が辿り着いていたらと思うと、苦虫を噛み潰しまくったように眉間に皺がよってしまう。気付かれていないことを願いたい。
「随分と愚かな敵も居たものですねぇ」
 常と変わらぬ口調は、至極くだらないと、どうでも良いと告げるもの。
 祝にとって重要なのは眼前の狐などではないから、それも当然だ。
 いつだって気になるのは傍らの――大きく成長した愛し子のこと。
(この子、先程から何故か不機嫌なのですよね……)
 何やらチラチラと視線も送ってくるし……。
 こほりと咳き込む祝に合わせ、カフカもこほっと桜花を吐く。吐いたと思ったら、「あーもう!」なんて唐突に声を上げるものだから、祝の瞳が丸くなる。
 本当にどうしたのだろう、この子ときたら。反抗期? それとも癇癪? でももうそんな歳でもありませんよね?
 カフカのことを何と思っても、こほんと花が零れ落ちてしまって不思議だ。
「さっきまでの流れに、不機嫌になる内容ありました?」
「べ、別に不機嫌じゃねェけど?」
 すすすと気まずげに目が泳ぐ。
 ――怪しい。
「そうは見えませんよ?」
「……っ、元はと言えばお前のせ――っこほ、」
 そう口にしたところで、再度零れる桜の花。
 詰る言葉はポンポンと口から飛び出るのに、肝心のところで花が溢れてしまう。
 私が何? と瞳を向けた祝の口からも、彼岸花が溢れる。こほこほと咳き込む祝の姿は矢張りカフカの胸を締め付けて、苛立ちともどかしさを呼び起こした。
(元はと言えばお前のせいなのに、他人事みたいな顔しやがって……! こんな……こんな……気持ち……)
 気付く必要なんてなかった。気付きたくなんてなかった。
 けれど気付いてしまったのなら――どうすればいいのだろう。
 意地悪な悪霊へと問えば、きっと面白がる。
 いつまでたっても祝の手のひらで転がされているような気がして、面白くない。
「ッたく、面倒な薬撒きやがって」
 もやもやと沸き立つ気持ちは晴らすに限る。どこかきょとんとした顔で花を吐き続ける祝を片腕で支え、天狗の羽団扇をしっかと構えた。
「全部吹き飛ばしてやらァ!」
 元気良く天狗の羽団扇を振るうカフカに合わせ、祝も指先を薬師へ向ける。
「精々苦しんで死んでください」
「さっさと失せろ!」
 力強く、ふたりの声が、重なった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻


同志ーーー!!
同志リルがやられた……なんてことだ
なんという悲劇
なんという悲哀
くっ…私は同志を守れなかったのか?

先程から込み上げる朱桜も凄いが
ええいままよ勇ましく吐き捨て前を見る
私の巫女はこの程度で私を見限るほど、狭量ではないのだ

噫、サヨ
リルの仇をうとう
このままでは終われない
サヨの桜が何時もより増しである
之はやる気の象徴…噫、巫女の期待にも応えてみせるとも!
息が詰まる位どということは無い
同志を失った(生きているが)苦しみに比べたら!
サヨとリルを守るように結界を張り巡らせ
早業で先制攻撃を
斬撃派と不幸を約す神罰を叩きつけ
サヨと太刀筋を合わせ切断する

リル!息を吹き返して!
このままいこう、サヨ!


リル・ルリ
🐟迎櫻


歌は想いで紡ぐもの
愛を歌いあいを咲かせる──それがリルルリの歌

オロロロロロロン!!!!
スプラッシュ鈴蘭
もうだめだ、僕は歌えない
愛のうたを歌う人魚、歌えない!
僕の屍をこえていってくれ!櫻!カムイ!!

二人に支えられながらガクリと邪魔にならない位置に倒れ伏す
うう、2人ならできるよ
鼓舞のオーラをのせた水泡の防御を二人へ纏わせてせめての守りとしよう……

うろろろろん!!
鈴蘭は可愛いけど毒があるという
これはきっと僕に与えられた試練
なら、超えなきゃ!

櫻……カムイ……!
二人が苦しみながら戦ってるのに
棺の中には入れない

白の魔法「穹音」!

覚えたての魔法を放ち後ろから援護する

幸せが再び訪れるように
僕だって!


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


リ、リルーーーーーー!!
桜吹雪でモザイクしてあげるわ
いや、かぁいいけど!!

リ、リルがやられるなんて……何てこと
私の人魚に……なんてことを
八つ裂きにしてもまだ足りない
許せないわ!

カムイ……!リルの仇をとるわよ
堂々と朱桜を吐く姿に目を見張る
あなた適応力あるわね
男らしいわ!それでこそ私の神様
私は美しく花を散らすように吐く絵面を崩さないけど
舞い踊る桜吹雪に重ねれば目立たないわ
天才だわ私

随分と面倒な……衝撃波でなぎ払い、桜化の神罰を込めた斬撃で切り込み蹂躙するように生命力を吸収するわ
カムイの太刀筋に合わせ傷を抉って

艶華─美しい桜を咲かせてあげる

リル!魔法使えたのね?!
このまま行くわよ、カムイ!




 歌は想いで紡ぐもの。
 愛を歌いあいを咲かせる──それがリルルリの歌。
 けれど今は想いは全て花となり、歌は唇から零れやしなくて――。

 オロロロロロロン!!!!

 カメラが回っていたらキラキラ虹エフェクトを掛けられそうな勢いでスプラッシュ鈴蘭をキメた人魚は(元より白いが)真っ白になり、額に手の甲を当ててヒロインもかくやといった感じでふらりと倒れた。鈴蘭は花にも毒を持つため、相当に苦しいことだろう。
(もうだめだ、僕は歌えない)
(同志ーーー!!)
(リ、リルーーーーーー!!)
 すかさずカムイと櫻宵とが、その背を左右から抱き留める。何事もなければ麗しい空間であろうに、カムイと櫻宵も口から花をボロボロと吐いていて画的には……画的には、どうなのだろう。美しいと言えなくもない。……が、吐いている。カムイは眉を寄せ、櫻宵は袖でそっと隠した状態で。
 愛唄う人魚は愛で生まれた花に溺れ、陸地に打ち上げられた魚のように、ピチ……ピチ……と尾びれを震わせた。ホロリと溢れた涙が『僕の屍をこえていってくれ』と訴えている。
「リ、リルがやられるなんて……何てこと」
 私の人魚に……なんてことを。
 悲しげに眉を下げる櫻宵だが、その瞳の奥で『花を吐いて倒れるリル、なんてかぁいらしいのかしら』と思っていることを、知らないのは薬師だけである。えっととかあのとか言いながら、すごい勢いの三人に少し退いている。
「八つ裂きにしてもまだ足りない。許せないわ!」
 儚い桜はどこへやら。ゴゴゴと背後に背負う炎が見えそうな勢いで、ギュンッと櫻宵の瞳が狐の薬師へと向けられる。
「カムイ……! リルの仇をとるわよ」
「噫、サヨ。リルの仇をうとう」
(櫻……カムイ……僕はまだ死んでいない……でも、でも、うえええ……舌がビリビリするぅ)
 少し離れた場所へそっとリルを横たえたカムイは、男らしく朱桜を吐き捨てて、薬師をにらみつける櫻宵の隣に並ぶ。どんなにカムイが醜態を晒そうとも、櫻宵はカムイを見限ることはないと識っている。花を吐く姿を見せたところで巫女の気持ちは離れない。
(カムイって結構適応力あるのよね)
 流石私の神様、男らしい。
 彼のことを思えば気持ちは花となって声にはならないけれど、頭上も袖の下も桜吹雪が舞い踊れば、その気持ちは真っ直ぐにカムイへと伝わる。
(リル、見ていておくれ……)
 亡き同志(死んでない)を想い、カムイはスラリと太刀を抜く。こみ上げる咳と花で息が詰まるが、どうということはない。同志を苦しみから介抱するため、愛しい巫女の期待に応えるため、カムイは素早く結界をリルに張り、地を蹴った。
 飛び出したカムイ。そして彼に続く櫻宵に、普段にも増して更に弱々しいが、健気に水泡が纏わりつく。うろろろろん!! と倒れながらも吐き続けるリルの心も常に付いてきてくれているように感じて――ふたりは色違いの桜を仲良く吐いた。
「そなたに《再約ノ縁結(サイムスビ)》を与えよう」
「《艷華(アデカグラ)》――美しい桜を咲かせてあげる」
 飛び散る薬を切り捨てて、不幸を約す神罰を叩き込めば、舞う薬を吸った狐の薬師が盛大にむせる。其処へ艶やかに切り込む衝撃波。一息もつかさぬ連携攻撃で、桜の巫女と神は悪どい狐を蹂躙していく。
 ふたりは花を吐きながらも、リルのため、己が大事に思う存在のために勇敢に戦っている。咽る度に喉は苦しくて、酸素の巡らない頭は痛くて、ひとりだったらうずくまって泣いてしまいそうなのに――ふたりは絶対に、そうはならない。
(櫻……カムイ……!)
 ふたりの広い背中が、遠い。
 ふたりの側に居たいと願うのなら、守られているだけではいられない。
 ふたりを置いて、棺の中には入れない。
「響け! 《白の魔法「穹音」(ソラノオト)》!」
 幸せが再び訪れるように、僕だって! 僕だって、紡いで、繋ぐ!
 中空に浮かび上がった五線譜に、音符の如く並ぶ鋭い白い羽根。
 桜花のただなかへ白い羽根が飛べば、ふたりはパッと振り返る。
「リル! 魔法使えたのね?!」
「リル! 息を吹き返して!」
 まだ、息止まってません。が、ツッコミは不在なのである。
 あなたの魔法をもっとよく見たい気がするけれどと花を吐いた巫女が前へ向き直り、おお同志よと嬉しげに花を吐いた神が健気な人魚に背を向ける。
 カチャリと鳴る、揃いの刃に意識を集中させ――、
「このままいこう、サヨ!」
「このまま行くわよ、カムイ!」
 ふたりの声と斬撃と、歌えぬ人魚の魔法が重なった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓

マスタリング歓迎

_

機嫌の良い薬師に(彼の思惑を察して)苦笑浮かべるも
その小さなキャッチボールに瞳瞬き
やがて撒かれてしまった薬と、そんな薬師の表情と悲鳴に
…何だか可哀想になってきてしまった

彼の商売方法は賢いのかもしれないが
誰かを想う気持ちを抱く者を苦しめるのは、納得がいかないから
…それに、こんなことをしていたら薬師もいずれ酷い目にしてあってしまうかもしれない
それを見過ごすのは嫌だ
桃源郷も薬師も護りたい
──酷い咳と大量の花が溢れて、思わず背を丸め咳き込む
然し膝だけはつかず薬師の腕を掴み
苦しむよう地面を転がる薬師に慌てて手を差し伸べながら

(「ほら、もうこんなことやめて、共に水晶卿でも見ないか」)




 梓は、金の大事さも、有り難さも知っている。嘗て過ごした孤児院に、今自由にできるだけの金があったのなら、弟妹たちの笑顔をもっとたくさん見られただろうし、いい服だって買い与えてやれただろう。――そう考えてしまう事が時折ある。
 だからこそ薬師の思惑も何となく察せるし、彼の機嫌の良さもその後の慌てっぷりも――何だか可哀想だと同情してしまった。
(もしかしたら彼も――)
 薬師も、金に苦労して生きてきた者なのかもしれない。
 金に苦労していたから、食うに困っていたから、執着して。そうして執着し続けて、何のために金を求めたのか、大切なものが何だったのか、思い出せなくなる者も多い。
 しかし、これはいけないことだ。彼の商売方法は賢いのかも知れないが、だからといって他の者を苦しめて良い道理はない。
(……それに、こんなことをしていたら薬師もいずれ酷い目にしてあってしまうかもしれない)
 それを見過ごすのは、嫌だった。
 こほり、花が吐き出される。
(――桃源郷も薬師も護りたい)
 強く思えば、酷い咳が続いて思わず背を丸める。ごほごほとあまりにも大量に花を吐くせいか、薬師から戸惑いにも似た気配を感じた。
「オニイサン、大丈夫アルカ……? どうしたアル? オニイサン以外いないアルのに……えっ、もしかして、ワタシのこと心配して……?」
 そろりと伸ばされた腕を掴もうとすれば、バチリと電気でも流れたような勢いで薬師が跳ねて頭を抱えて苦しみだす。
 薬師はもう、忘れてしまっている。遠い昔に自分が何をして封神台に封されるに至ったかを。けれどどうしてか、触れられた途端に胸の奥をえぐられたような、頭の中をかき乱されたような、そんな心地となった。
 ――ほら。もうこんなことやめて、共に水晶境でも見ないか。
 手が差し伸べられる。
 長身の男が花を吐きながら手を差し伸べ、己をも救おうとしてくれていることが薬師には解った。
「……オニイサン、莫迦アルカ?」
 オブリビオン化で精神が歪んでしまった薬師が、ただ見るだけなんてことはもう出来ないのだから。
 だからこそ薬師は困った笑みを浮かべ、その手を取らずにはたいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヲルガ・ヨハ
♢♡

……成程
お前の仕業か?

口唇より落つるは言の葉のみ
不機嫌に言い放てば
忽ち狐めがけ、"おまえ"の脚が伸びる

とくり、胸を高鳴らせ
戦場を"おまえ"と踊る
……じゃれあう仔犬の如く転がる狐には
出鼻を挫かれた心地すれども

嗚呼、なれど
天からしたたる雫
恵みたるそれも
"おまえ"には猛毒
見遣れば咳き込み溢るる、山荷葉
雨具と煙が如きオーラ防御とで阻み

如何様な病かは知らぬが
心乱されるわれではない
だが
…………気に喰わん

肉薄した隙に
この手ずから"しるし"を授け
UC発動

面紗越しに微笑み
狐を指させば
下級神らが駆けゆく

ふりそそぐ
彗星のように
雨のように

(狐に殺到した白銀の幼龍神達が
どーんとたいあたりしたりじゃれたりきゃっきゃ)




「……成程、お前の仕業か?」
「アイヤーーーーーー!?」
 ぽつりと落とされた言葉と同時に、狐の薬師が吹き飛んだ。
 正確には、蹴り飛ばされた。
 蹴鞠よろしくてんてんころりと転がって、而して受け身は取れるのか、薬師はがばりと顔を上げるとすぐに口を開く。
「待って待って、お客人。待つアルヨ? 冷静になるアルヨ。ワタシどこからどう見ても怪しくない薬師アル。ワタシ悪いキツネじゃないアルヨ!? 落ち着くアル落ち着くアル! トンッ(痛っ)!」
「喧しい」
 ヲルガの不機嫌な声とともに"おまえ"の足が伸び、仔犬のようにキャンキャンと喚く薬師を容赦なく蹴り飛ばす。
 このまま下級神らを呼び寄せて遊ばせよかとも思ったが、ぽつりと天からしたたる雫を角先に感じ、ヲルガは天を見上げた。天からの恵みたるそれも"おまえ"には猛毒。こほっと咳き込み山荷葉を零しながらも、こちらを先に対処しなくてはなと袖を持ち上げた。
 くゆる煙が如きオーラで編んだ雨具があれば、"おまえ"は屹度大事無い。残るは眼前でそろりそろりと逃げようとしている狐への対処のみだが……はて。如何様にすべきであろうか。
 如何様な病であろうとも、ヲルガの心は乱されない。惑わされることなどない。
 狐を捨て置くこととて出来る。
 出来るが――。
(…………気に喰わん)
 手ずから"しるし"を授け、《星離雨散》を食らわせてやろう。
 神化衣から現れた下級神――白銀の幼龍神たちが、白魚が如き指先の命に従い駆けていく。新しい玩具を見つけた仔犬のように我先に天を駆け、彗星のように、雨のように降り注ぎ、狐の薬師を追いかけた。
 面紗の下の微笑みが「もうよい」と告げるのが先か。
 薬師が攻撃の届かぬところまで逃げ延びるのが先か。
 それは竜神さまの気分次第。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『貴方だけの物語』

POW   :    天から降る雫を掬う

SPD   :    水の地を歩む

WIZ   :    水晶の樹に触れてみる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●水晶郷
 天から落ちた雫が、桃源郷を満たしていく。
 涼やかな心地よい風が吹き、足首辺りまで水が溜まっていることに気付いたあなたは、そこが川となっていることに気付いて身を避ける。
 それを機に、桃源郷はガラリと姿を変えていく。
 先刻まで愛らしい桃色の花を咲かせていた木々が消え、雫を受け止めた地からパキパキと小さな音を立てながら水晶の木が生えていく。枝葉を伸ばし、水晶の花を咲かせ、終いにはポンと可愛らしい果実が成った。杏のような愛らしいものから、桃のような拳大までと大きさが様々ならば、色や形も様々な果実たち。美しくも愛らしいそれらが琥珀糖だと、近付けばすぐに解ることだろう。
 尾の長い鳥が天落つる雫の狭間で愛らしく鳴き、木の枝に止まり羽を休める。木に止まる鳥もまた、キラキラと輝く水晶だった。先程身を退いた川にはいつの間にか魚が游いでおり、その魚もまた水晶なのか美しく輝きを放ちながら水と戯れていた。
 川に、そして池には、水晶の蓮が浮かんでいる。その蓮に溜まっている雫は、天から落ちてきたままの、誰にも触れられていない綺麗な雫だ。
 あなたは何とは無しにこう思う。
 ――あの雫は、甘そうだ。
 花を吐いて疲れた喉を癒やすために、口にしてみるのもいいかもしれない。

●甘雨に恋う
 薬師の最期は、何とも呆気ないものであった。鍼や薬を服用しすぎ、自分のレベル秒以上経過してしまったがために、突然ウッと呻いて消えてしまった。
 困ったのは、残された猟兵たちだ。
 花吐きの病を齎しておいて、その解毒薬をも喪って退場してしまうだなんて。
 桃源郷が姿を変えてからも花吐きは治らないが、一点だけ変わったことがある。口から溢れた花も、水晶と変わるのだ。口の中では柔らかなのに、手のひらの上に転がる頃には硬質化している。折角だから、不思議な体験をした記念に持ち帰っても良いかも知れない。
 これからどうすれば良いのかと途方に暮れ、とりあえず花の吐き過ぎで疲れた喉を癒やすかと、ある猟兵が水晶の蓮に溜まった雫を掬い口にした。
「甘い……」
 グリモア猟兵が告げていたとおり、甘いものが苦手な彼でも不思議と不快に思わぬ甘さを感じる雫に、ほうと零れるのは安堵の吐息。
(ああ、でもこんなに柔らかな気持ちになっては、また花が……)
 喉を圧迫するであろう花に苦々しい思いを抱き手で喉を押さえたが、どれだけ待とうと苦しさが湧き上がってくることはなかった。
「これを飲めば、花が止まる……!」
 その声があなたに届いたか、届いていないかは、わからない。

 甘い雫は、あなたの想いを、心を、うつす。
 自分で掬って飲めば、誰かへの己の甘さを、あなたは識ることができる。
 誰か掬ってあなたが飲めば、己への甘さを、あなたは識ることができる。
 人々は甘雨に乞い、希い、恋う。
 想いを、心を、知りたくて。知って欲しくして。
 水晶の蓮花に、己を映した。

 時が経てば一時の夢だったかのように桃源郷へと戻ってしまうその秘境で、あなたはどんな時を過ごすのだろうか。
 さあ。一時の、甘露のような甘い時間を。
夜鳥・藍
SPD
どこの世界でもそうだけど、その世界ごとの理は改めてみると驚くばかりね。
そんな状態でも口から零れる花は水晶となるけど、一つ一つは1cm程度だしいくつか持って帰ろうかな。元の花同様、それぞれに色づいて綺麗ですもの。
そしていつまでも花を吐き続けるわけにも行きませんし、雫の味も気になるので一口いただきます。
ほのかな甘さはやっぱり情を捨てきれないからかしら。
情もなく無関心であればきっと何の味もしなかったでしょうから。
でもその甘さが同時に苦くて、理解と納得は別物なのだと思い知る。
何度目かしら「どうして自分は生まれてしまったの?」と問いかけるのは。
いくら考えても答えが出ないのもわかってるのに。




 ――どこの世界でもそうだけど、その世界ごとの理は改めてみると驚くばかりね。
 春めいた世界が揺らめいて、静謐さを湛えた世界へと煌めきながら変じていく。それは、サクラミラージュで生まれて過ごし、ずっと閉じこもっていては知ることの出来なかった景色だ。
 思わずほうと溢れた吐息に、こほんと咳こんで。
 やはり溢れた花までも、手のひらの上で水晶と化した。
 小さく、愛らしい水晶の花。水晶は藍とも相性が良いはずだし、持って帰ろうとハンカチーフに包んで胸元にしまい、「花が止まった」と口にした誰かの声を拾った藍も水辺へと向かった。いつまでも花を吐き続ける訳にはいかないから。
 蓮の花へと手を伸ばし、一口。
 涼やかに喉を通り過ぎた雫は、ほのかに甘い。
(この甘さはやっぱり情を捨てきれないからかしら)
 情もなく無関心であればきっと何の味もしなかった。けれど己には捨てきれない情が確かにあるのだと告げられているようで、その甘さが甘くて苦い。
 理解と納得は別物なのだ。それで良いとも思うし、けれどとも思う。
(どうして私は――)
 生まれてしまったのだろうか?
 何度考えたって、答えが出るわけでもない。
 それでも藍は幾度だって考えてしまう。
 ――どうして家族と同じ姿で生まれなかったの?
 水晶の蓮が、熱い雫を受け止めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

比野・佑月
【月霞】
「すごいな…」
一面の景色に感嘆の声と花とを零し、
以前なら何も感じなかった光景に動かされるこの心さえ
ここにはいない彼女がくれたものだとつくづく思い知る
「…ん、ありがとう」
店主さんに促されるまま甘い滴を口に。

神と妖怪
人の存在無くして己を保つことすら出来ない点では似た者同士だろうと思う。
だけど
「俺はさ、あの子が好きだよ」
ただ一人、個としての彼女がどうしようもなく。
だから…
「ほんの僅かでも可能性を見つけちゃったら、諦められないよなぁ…」
結晶化したビワの花(治癒・密かな告白)を見つめ独り言ちる。
彼女が慕うこの竜神の少女に誓うまでもなく
病から救う手段に手を伸ばす為なら何だって出来ると強く思うから


彩・碧霞
【月霞】
「何と…」
この世ならざるとはこの事かと思う身に誰かの声が届いて
ゆっくりと竜の足を折り、足元の川に咲く蓮の雫を掬って口にした
「…甘い」
清涼感すらある甘みが喉の奥に残っていた悪心を霧散させる
くどくないのに手放し難くなるのは不思議ですが…
「佑月さんも。楽になりますよ」

「持ち帰っても効力は失われそうですが…」
密かに持ってきた瓶に蓮の雫を集める
「…神力をほぼ失い、神として生きる事をやめる筈でした」
出来れば彼女に飲ませてあげたい
「けれどどうしたって愛しく守るべき人の子そのものの願いを拒めなかった。彼女は私にとって最後の巫女のようなものです」
嗚呼、彼が彼女に抱くもまた愛でしたか
人外に愛される子ですね




 ――すごいな……。
 ――何と……。
 美しい景色に開いた口。その唇から溢れたのは言葉ではなく、やはり花で。
 表情を変えたこの景色を美しいと思う気持ちさえ、与えてくれたのが『彼女』なのだ。思えば喉からせり上がってくる苦しさも彼女と同じなのだと、彼女への想いなのだと思えば、どこか愛おしさにも似た感情が水晶へと変じさせる雫のように胸を満たした。
 口から花を零しながらも黒い瞳に彩る世界を映す佑月の傍らで、誰かの声を拾った碧霞は竜の足をゆっくりと折って膝をつく。そっと手を伸ばすのは、足元の川で揺蕩う水晶の花。
「……甘い」
 掬い口にしたその味に、思わず声を零すも花は出ない。清涼感すらある甘みが喉奥を爽やかに流れ落ち、悪心を霧散させるようだった。
「佑月さんも。楽になりますよ」
「……ん、ありがとう」
 促されるままに佑月も口にして。
 は、と零れた吐息に花が混ざることはなかった。
「佑月さんも、大丈夫そうですね」
「ん、そうだね。そうみたい」
 違和感を覚えなくなった喉に手をやる佑月に笑んだ碧霞は、持ち物から小瓶を取り出し、蓮に溜まった雫を小瓶へと移していく。この現象は数刻のみのものだから、持ち帰っても水が甘いことはないだろう。解毒薬の効力も、きっと彼女の病とは違うものだから効かないのだろう。
 そう、頭の隅で碧霞は理解している。けれど、解っていても――。
「ほんの僅かでも可能性を見つけちゃったら、諦められないよなぁ……」
 可能性が少しでもあるのなら、それに縋りたい。
 そんな碧霞の気持ちが、佑月にも痛いほどよくわかる。
 佑月と碧霞は、違うようでよく似ている。
 妖怪と神。在り方は違うけれど、人の存在無くして己を保つことすら出来ず、そうして人の子である『あの子』を互いに想う、似た者同士。
「俺はさ、あの子が好きだよ」
 小さくポツリと落ちた声に、私もですと声が返る。
「……神力をほぼ失い、神として生きる事をやめる筈でした」
 けれど、彼女に出逢った。
 小瓶の中の水が増えていく。それが、希望が増えていくようにも思えて、碧霞の唇は柔らかな孤を描く。
「けれどどうしたって愛しく守るべき人の子そのものの願いを拒めなかった。彼女は私にとって最後の巫女のようなものです」
 佑月と碧霞の抱く愛の形が同じものかは解らないけれど、互いの間には愛おしさがある。結晶化したビワの花を見つめる佑月の瞳がとても優しいものだったから、その姿を見上げた碧霞は「あの子に一緒に届けましょうね」と微笑んだ。
 人外によくよく愛される、あの子の元へ帰りましょう。
 きっと案じてくれているはずだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

白神・ハク
【幸】♢

んふふ。桃源郷だァ。
せっかくの桃源郷を楽しみたいなァ。楽しめなさそうだなァ。
僕はお腹と喉の不快感を早くどうにかしたいよ。
そろそろ喉も痛くて喋れないな。あまァい水だァ。
僕は苺味がいいな。苺の味はするかなァ。

花が止まるんだって。お姉さんも飲もうよォ。
この一滴は僕の一滴だよ。
そっちの一滴はお姉さんの一滴だねェ。
僕は一滴飲むよォ。苺よりも甘いなァ。
お姉さんの一滴はどんな味がしたかなァ?
んふふ。ざァんねん。お姉さんは天国に行くんだねェ。
僕らの想いの味だねェ。

やっと止まったね。
甘い水のおかげで喉の痛みもおさまったよォ。
不快感がなくなったら桃源郷を散策しようよォ。
初めての桃源郷だねェ。たァのしい。


雨絡・環
【幸】

ええ、本当に
何処もうつくしい景色ですこと
とはいえ、この病が治まらなければ落ち着いて景色も楽しめませぬ
あの蓮の雫ですね?まあ、どんなお味でしょう
苺味だとよいのだけれど

頂きましょう
では、わたくしは此方の雫を

掬った一滴が喉を滑り落ちる
――嗚呼、あまい。あまい
わたくしのは、そうですねえ……天国へ発てそうなお味、かしら?
ふふ、苺味でなくて残念でしたね?
正に想いをうつした一滴で御座いました

まあ。本当に花が止まったわ
ハクさんのお加減も治って良かったですこと
花は綺麗だけれど
目で愛でるに限りますねえ

はい、折角です
とくと見て廻りましょう

辿り着いた桃源郷は如何ですか、なんて
ほほ、お聞きするまでも無かったよう




 穏やかな桃色が、どこか硬質で冷たげながらも美しい水晶へと変わっていく。
 美しい景色の一部のように溶け込んで、心ゆくまで楽しむ。
 ――ことは、まだ、できなくて。
 花を吐いて眉を寄せたハクは、天から降る雫へと手のひらを掲げた。
 ぽつり、ぽつん。落ちてくる雫は、甘い甘い天涙。
 どうせ甘いのなら苺味が良いのだが――きっとコレと解るような味ではないのであろうことは何となくだが解っている。
 誰かの声が耳に届いた環が、蓮へと視線を向ける。
「あの蓮の雫ですね?」
 環の声には、こほんと咳が返る。
 ハクはもう喉が痛いし喋りたくない気持ちで、真っ直ぐに蓮へと手を伸ばした。
「花が止まるんだって。お姉さんも飲もうよォ」
「頂きましょう」
 あちらこちらに咲くたくさんの水晶の蓮からひとつを選ぶ。
「僕はこっち」
「では、わたくしは此方の雫を」
 手で掬い、そっと口を寄せれば、甘露が喉を滑り落ちる。果実水のようなとろみも、添加物の独特な味がすることもなく、ただただ『甘い』と感じる味は清涼で。
「苺よりも甘いなァ」
「ふふ、苺味でなくて残念でしたね?」
「んふふ。ざァんねん。お姉さんの一滴はどんな味がしたかなァ?」
「わたくしのは、そうですねえ……天国へ発てそうなお味、かしら?
「お姉さんは天国に行くんだねェ」
「正に想いをうつした一滴で御座いました」
「僕らの想いの味だねェ」
 ペロと濡れた唇を舐めての言葉に、花は続かない。喉から花が生まれなくなったことに気付いて思わず喉を擦れば口端が上がった。
「やっと止まったね。甘い水のおかげで喉の痛みもおさまったよォ」
「まあ。本当に花が止まったわ。ハクさんのお加減も治って良かったですこと」
 環も喉に触れてみるが、先刻までそこにあった違和感こそが夢であったかのように、そこには痛みも苦しさも違和も、全てが綺麗に消えている。それが夢でないという証は、ふたりの膝の上に載っている苺と苧環の、水晶の花。
 指先でつまみ上げてくるんと回すハクを真似て摘んだ環は、花は目で愛でるに限りますねえと微笑んだ。食べて愛でるひともいるけれど、花精でもない自らの身から苦しみを伴って生むのは、妖怪でも愛でるのに難しい。
「さァ、お姉さん。桃源郷を散策しようよォ」
「はい、折角です。とくと見て廻りましょう」
「水晶だらけになったけど、桃の花はまた見れるのかなァ」
「そうですねえ。この場は一時のみのようですし、待てば戻って参りましょう」
 それじゃあのんびりと廻ろうか。
 美しいものを美しいと楽しんで、のんびりと歩を進めて見て回る。ひいらり飛んで水晶の蝶の後を追い、泳ぐ水晶の魚を目に映すハクの姿は楽しげで。辿り着いた桃源郷は如何ですか、なんて聞くまでもなく解ってしまう。
「たァのしいねェ」
「ほほ、そうですねえ」
 やがて訪れる『春の瞬間』も楽しめば、また瞳を輝かせることだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セト・ボールドウィン
【千陽】

促されるまま飲み干した雫は甘くて、優しくて
たぶん、俺のことすごい大切に思ってくれてんだなって嬉しくなる

頭に触れる手が心地いい
言いたいことはたくさんあるけど
(心配かけてごめん)
(怪我は大丈夫?)
ん-…何か違うな
――そうだ。守ってくれて、ありがと


綾華と一緒に居ると、俺はいつもすごい嬉しい
こうして一緒に戦って、遊んで、いろんな話して
そんで。いつか俺も綾華みたいになりたい

俺の想いも甘いのかな
ちょっと恥ずかしいけど。でも綾華には知ってて欲しい
だから、雫を掬って差し出す

あー…喉、まだ痛いかもじゃん。飲んで


水晶の花
ね。それ俺がもらってもいい?
そんじゃ、俺のは綾華にあげる。交換こしよ

散歩?うん、行く!


浮世・綾華
【千陽】

心配させまいと見た目だけでも自身を癒す

セトに怪我ないことを確認後
まず花を止めようと手を引く

ほら
雫掬い差し出せばきっと伝わってしまう甘い心
それでも構わないと改めて思う
むしろそれだけなら伝わった方が良い
どれだけお前を甘やかしたいかって
知って貰えた方が

花が止まれば告げるのはひとつ
無理してほしくなかったケド
何よりお前の気持ちを否定したくなかったから
――がんばったな
と頭撫で

返答に笑む
きっと救われているのは俺の方だった

セトからの雫
目を閉じて喉に通せば
…甘くて――
温かくて、苦しい

零れ落ちた最後の花
…これ、どーしよっか
?いーよ。はい
ん、じゃあ貰っとく

さぁと笑って踏み出そう
うつくしい桃源郷
少し歩こうかと




 狐の薬師へとセトが竜の気を当てるべく背を向けている。その間に自身に鍵を当て彼を心配させぬようにと傷を癒やした綾華は、少しだけ誇らしげな顔で戻ってくるセトを見て花を吐いた。たくさんの感情が渦巻いているのは、きっとお互い様だ。
 いくら見た目を取り繕っても、セトは綾華を案じてしまう。大丈夫かと花を吐きながら見上げてくる彼に、体を動かして大丈夫だと示した綾華は、この時ほど己の衣の色に感謝したことは無いのではないだろうか。羽織る着物は裂けてはいるものの流れた血は目立たず、常通りの動きさえ心がければ完全に癒えていると思わせられる。
 安堵したように眉を下げながらも花を吐いてしまうセトの手を引き、水晶の蓮の前へと誘い、掬った雫を「ほら」と促す。
 チロ、と見上げる視線は一度だけ。セトは素直に雫へと唇を寄せた。
 甘くて、優しい味。それは綾華の思いそのものだ。
(たぶん、俺のことすごい大切に思ってくれてんだな)
 そして、その思いを伝えてくれたのだ。
 自身も雫へと口を付けた綾華を見ると自然に笑みが浮かんでしまったが、新しく花は溢れなかった。
「あ、綾華。花が出ない」
 セトの声に自身の喉に触れた綾華の目が穏やかに和らぐ。セトの苦しさを取り除けたことに安堵して。
「――がんばったな」
 無理をしてほしくは無かったけれど、セトの気持ちを否定したくなかったから。
 綾華も出ないみたいで良かったと笑うセトの頭へ手を伸ばし、労いの言葉とともに撫でれば、驚くような顔と、柔らかな笑み。
「綾華――」
 続く言葉は、すぐには出てこなかった。
 ――心配かけてごめん。
 ――怪我は大丈夫?
 どちらも本心だけれど、今口にすべき言葉とは違うように思えて。セトは開いた唇を一度閉ざした。
(――そうだ)
「守ってくれて、ありがと」
「ん」
(きっと救われているのは俺の方だ)
 そっと穏やかに瞳を伏せれば、緩やかに上がる口角。
「綾華」
 穏やかな視線を向ければ、「ん」と掬った雫を差し出される。
 ぱちり、と瞬く綾華に、セトは「あー……」と少しだけ視線を逸して言葉を探した。けれど、飲んで欲しいと、自分の気持ちも知ってほしいと、気持ちは既に定まっている。
 遊んで話して戦って、一緒に居ることが出来ていつもどれだけ嬉しいか。いつか綾華みたいになりたいと憧れている気持ち。少しでもいいから、知ってもらいたい。
「……喉、まだ痛いかもじゃん。飲んで」
 真っ直ぐな瞳と、差し出される雫。瞳を閉ざして喉へと通せば――それはとても甘かった。胸を満たす温かさが、妙に苦しい。
「ね。それ俺がもらってもいい?」
 セトが指差すのは、彩華の衣に落ちずについていた花。
 水晶化してきらりと輝くそれを「欲しいの?」と不思議そうに摘み、はいと差し出せばセトが嬉しげに笑う。
「そんじゃ、俺のは綾華にあげる。交換こしよ」
「ん、じゃあ貰っとく」
 吐く時はあんなにも苦しげだったのに、水晶と化した花を見つめるセトの表情は楽しげで。綾華の花を宝物みたいに両手で包んでくれる彼が眩しかった。
「セト、少し歩こうか」
「散歩? うん、行く!」
 晴れやかな心地で、ともに歩む。
 楽しい、嬉しい。綺麗、美しい。
 様々な感情やひとときを、ともに感じる喜びを、さあ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ティア・メル
【鏡飴】

ふふふー綺麗だね
桃源郷を見回して、ふよんと笑う
水晶の蓮に近寄って、雫を両手で掬い上げる
これにクロウくんへの想いが溶けるのかな
クロウくんの傍は落ち着く
ずっと傍に居たくて、もっと近くにいきたくて
この気持ちはなんて呼ぶんだろう
気付いたらだめな気がするから、今は知らんぷり
この雫が心地良い甘さになってたらいいな

どうぞっ
んふふ、美味しいなら良かった
そりゃあね
クロウくんの事、大好きだもの
クロウくん相手だから言ってるのに

んに
クロウくんのも美味しいんだよ
かぁいいだけ?
好きって言ってはくれないの?

ありがとう
…ぼくは、ぼくだものね
ね、クロウくん
これからも一緒に居させてね
あの時声にならかった想いを告げて


杜鬼・クロウ
【鏡飴】
桜は持ち帰らず
甘さの余韻にふらつき気味
ティアの心情知らず近くに

この雫も甘いンじゃ…っの、分かったよ!(渋々飲む
(甘い、けど
何だろ…何か、心が…)
…美味しいぜ
お前に愛されてるからかねェ(冗談っぽく

ハハ、その台詞はちゃんと好きな人に言ってやれ(頭ぽむ
(危うく本気にするトコだったわ)

なら俺からも(雫飲ませ
美味い?そりゃァティアのコトは可愛いと思ってるしー?
エッ!

場面変換

なァ、さっきのティアの花…(今なら言える
それは想い人がお前の中に在る証拠だろ
だから
今のお前がいるンだろ
イイんだよ、忘れようとしなくて
俺はどのお前も受け止める
前にも告げたハズだ

…居るよ
今は俺だけが
お前の傍に

口の中の雫が一層甘く




 綺麗だと思う気持ちは花となり。けふんと吐いてしまったけれど、ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)は美しい景色に上機嫌にふよんと微笑った。
 けほけほと花を零してしまうけれど、足取りは軽く、心も軽い。沢山の蓮が咲く水辺に寄ってしゃがみ込み、足元をふらつかせる杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)をおいでおいでと手招いた。
 誰かが口にした言葉が正しいのならば、この雫を口にすれば喉を圧迫して苦しめてくる花は止まるはずだ。
(これにクロウくんへの想いが溶けるのかな)
 両手で掬い、チラリと覗き見るのは君の顔。
 花を吐くのが苦しいのか、顔色はよくない。
 彼の傍は落ち着く。落ち着くからずっと傍に居たくて、もっと近くに行きたくて。
 ――この気持ちはなんて呼ぶんだろう。
 ぼんやりと浮かんだ問いは、こほこほと吐いてしまう花たちが隠してくれる。
「どうぞっ」
 掬った水を差し出せば、クロウの顔があからさまに歪む。
「その雫は甘いンじゃ……っの、分かったよ!」
 甘い気持ちで零れる花と違い、雫は甘い。甘いものが苦手なクロウが警戒するのもやむなしだが、きゅぅーんっと効果音を背負いそうな小動物めいた瞳の攻撃からは逃れられなかった。
(甘い、けど。何だろ……何か、心が……)
 温かくなるとも蕩けるとも言えない、どこかしゅわりとソーダのよう。
「……美味しいぜ。お前に愛されてるからかねェ」
 冗談を交えながら素直に感想を口にすれば、んふふと微笑った口からはすぐに花がけほこほと溢れ落ちる。何かを続けて口にしようとしたようだが、その言葉は全て花となったようだ。
「っと、ティアも早く飲んだほうがいいぜ。ほら」
「んに」
 クロウが掬ってくれた雫へと唇を寄せればこくりと喉が上下に動いて、雫が涼やかに喉を通っていく。
「クロウくんのも美味しいんだよ」
「美味い? そりゃァティアのコトは可愛いと思ってるしー?」
「かぁいいだけ? 好きって言ってはくれないの?」
「エッ!」
「ぼくはクロウくんの事、大好きだよ」
「……その台詞はちゃんと好きな人に言ってやれ」
 好きには種類があるけれど、ティアの言う好きはどの好きなのかの判断がつきにくい。言われる度に本気にしそうになっては、無邪気そうな顔に『そういう』意図ではないのだろうとクロウは胸を落ち着けていた。
「なァ、さっきのティアの花……それは想い人がお前の中に在る証拠だろ」
「んに?」
「だから今のお前がいるンだろ」
 真っ直ぐに、飴玉みたいに甘そうなまぁるい瞳が向けられる。
「イイんだよ、忘れようとしなくて」
「ありがとう。……ぼくは、ぼくだものね」
 ぱちりと瞬いた瞳が、どこか悲しげに細められて。
 以前にも告げたことがある言葉を口にして頭を撫でれば、泡が弾けるようにぱちりとまた瞬いて、悲しい色は消えてしまう。
「ね、クロウくん。これからも一緒に居させてね」
「……居るよ。今は俺だけが、お前の傍に」
 花となって声にならなかった言葉を、やっと届けられる。
 声を届けられる位置に誰かがいること、声を聞いてくれる誰かがいること、その大切さが一等甘く胸に響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルクアス・サラザール
陛下への想いを治してしまうなんて…
躊躇いますが、陛下の御前に上がるのにこの症状のままではいけませんね
一口、頂いて
花を止めてから、陛下に御声掛けをしましょう

陛下、お疲れ様です
陛下が予知をしてくださったお陰様で、
この世界の美しいものが一つ、守られました
共に眺められたなら恐悦至極にございます
どうか一時、私に陛下のお時間を頂けませんか?

甘い雫を、陛下と共に味わえるでしょうか
貴方の甘さを知りたい気もしますが…
それよりも、俺の甘さを知ってもらいたい気もします
エステレラ魔王陛下
どうか一口、その甘さを確かめて頂けますか?
とびきりの甘露を、貴方様に
受け取って頂けることこそが、私への甘露となるのですよ




 花が止まったと告げる声を聞き、ルクアスははあと重くため息をついた。
(陛下への想いを治してしまうなんて……)
 はあ。ため息をつくたび、花がこぼれ落ちる。臣下として主の御前に上がるには、このままではいけないと解っている。解ってはいるけれど、折角視覚化出来ているのにと思わずにはいられない。
 けれど視界の端にゲートをくぐって現れた白を捉えたから、蓮から雫を口にして、全ての想いに一度蓋をする。陛下ガチ勢は、親愛なる陛下の心を悩ませはしない。
「陛下、お疲れ様です」
「ルア!」
 頭上のくるんと丸まった毛をぴょんこと跳ねさせたエステレラが振り返り、笑顔を見せる。探してくれていたことが解り、それだけでルクアスは胸がいっぱいだ。
「陛下の予知のお陰で、この世界の美しいものが一つ、守られました。共に眺められたなら恐悦至極にございます。どうか一時、私に陛下のお時間を頂けませんか?」
「ルアもよくがんばりましたね。とてもえらいです」
 勿論ですよと微笑むエステレラの手を引いて、暫し水晶郷を案内する。
 水晶の鳥に目を輝かせ、優雅に泳ぐ魚に微笑み、琥珀糖をジッと見つめるエステレラの表情をひとつたりとも逃さぬように追いかけて。辿り着いた水辺で、そっと跪いた。
「エステレラ魔王陛下。どうか一口、その甘さを確かめて頂けますか?」
 彼女からの甘さを知りたい気はするが、それよりも知ってもらいたい思いのほうが強い。どうぞと差し出せば、甘いのですよねと無邪気に喜んで口を付けてくれる。
 その甘さは如何ほどか。
 甘味が大好きなエステレラの幸せそうな表情を見れば、答えは解る。
 疑わずに受け取ってくれること、そして幸せそうな姿を見られること。
(それこそが、私への甘露となるのですよ)
 ああ、感無量である。
 しかし。
「ルアもどうぞ」
「へ、陛下!?」
 手ずから掬われた雫を、飲んで甘さを知るか、飲まずに家宝にすべきか。
 ルクアスは究極の選択を迫られることになるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
【花結】

消えた薬師に眉寄せど
変わる花には、眸瞬き

零れる煌めきを君が迎え
てのひらに収める、歓び
正に詞に出来はしないが
僕も懐に抱かせて頂こう
花は舞ってしまったもの

雫が薬と知れば安堵して
それを掬い、暫し見つめ
君の想いはさぞ甘い、と
恋うよに想像するけれど
己の想いは、如何だろう

君が知るより、愛も欲も
酷く深くあるものだから
心捉うような甘やかさに
酔い痴れるのなら、兎角
諄いと飽きなければいい

何て、味見終えた口直し
君の雫にくちづけたなら

――ああ、矢張り甘い
蕩ける甘露に眩く心地で
溺れゆくようであるのに
未だ物足りなくもあって
恋うまま、君に雫を注ぐ

詞紡ぐ、甘露に艶めく唇
其方も欲しいとする我儘
花より、容易く零れそう


ティル・レーヴェ
【花結】
薬師への彼の態度が
嫉妬からと知れたなら
悦びに吐く花が水晶に変じた

瞠る眸で彼を見れば
同じく煌く花と変わる様
あなたの内から生じた煌花
連れ帰らずには、と
愛しむ儘に手に迎う

甘雨の薬に歓ぶ儘
此の手で含み知る己の想いの味
とろりと舌を悦ばせる甘さは
乾く喉に奥深く迄染み込んで
もっと次を求めてと恋う我儘な味

あなたの味も教えて
ね、妾のも味わって
願う想いが花でなく音に乗る

差し出す此の手に唇寄せて
甘き想い飲むあなたの艶なこと
逸る鼓動を抑えられぬ儘
此の唇にはあなたの其れを

甘く深く心捉うその味に
くらりと酔う感覚をも覚えつつ
其れが心地良い
ねぇもっと
と恋うてしまうけど
零れる彼の我儘に悦び咲いて
応え重ねる唇こそ艶と甘い




 ――ねぇ、妬いてくださったの?
 花にも、薬師にも嫉妬してくれるあなたは可愛らしい。
 言葉にならなくても、心はいつだってあなただけに向けられていることを、伝えたい。聞いて欲しい。いつだって忘れずに、この気持ちを抱き止めていて欲しい。
 ホロホロと溢れた花が、水晶へと変わった。
 愛しげに見つめていた瞳も、この時ばかりは驚きに見開かれて。
 けれどあなたへの想いが、もっと美しいものへと変わったようで嬉しくて。
 互いに互いの煌花を、その手に迎えた。
 同じ気持ちに、同じ仕草。求めるものは同じく、『あなた』だけ。瞳に心に手のひらに、閉ざして想って綴りたい。
 持って帰ってどうしようか。一緒の硝子瓶に閉じ込めてもいいし、指に花を咲かせても、装いに花を咲かせても良い。あなたの想いの花がいつまでも傍にある幸せを噛み締めて、それを詞にして伝えられる幸せな日々はすぐそこに。
 ふたりだけの世界に唐突に齎される、花吐きが治ったと告げる、誰かの声。その声にふたりの視線は互いから外れ、水辺に浮かぶ水晶の蓮へと向けられた。けれど同じことを考えて交わされる視線に、くすり、笑みと花とが零れ落ちた。
 水際に近寄り、蓮から雫を掬う。心地よい冷たさを感ずるままに見つめるは、想いによって甘くなるのだと言われる煌めき。傍らの愛しい存在の気持ちは甘いだろうけれど、己はどうなのだろうかと考えれば答えは出なくて。けれど心に住まう愛しい存在を思えば、答え〈ハッピーエンド〉なんて最初から決まっていた。世は全て、君と僕との幸せを綴られる物語。
(――なんて、甘い)
 甘美な甘さは、恋の味。もっと次を求めてと恋う我儘な味。
(君が知るより、愛も欲も酷く深くあるものだから)
 心捉うような甘やかさに酔い痴れそうな味は、諄いと飽きられそうな気もして。
 けれど君はそれさえも望んでくれるだろうことは、もう識っている。
「あなたの味も教えて。ね、妾のも味わって」
 花が溢れず、音になる。言の葉が紡がれ、願う想いは真っ直ぐに。
 雫を掬い差し出された繊手。白い手首へとそうと手を這わせ、くちづける姿へと注がれる視線を感じながらも喉奥へと迎え入れれば――。
「――ああ、矢張り甘い」
 想像していたよりも、甘露に溺れてしまいそう。
 もっと飲ませてとねだってしまわぬうちに、求める視線に微笑み、お返しを。
 小鳥のようにくちづける様が愛おしくて、押さえている欲が深くなってしまうのを、君はきっと、まだ知らない。
「ねぇもっと」
 それなのに、君は恋う。
 どこか酔ったような濡れた瞳で見上げるから、瞳に、唇に、視線が奪われてしまい、其方も欲しいと我儘な欲を抱いてしまう。
 顔を寄せて、一呼吸。
 瞳を合わせて、閉ざされれば承諾の証。
 重なる雫に濡れた唇は、花よりも甘く。
 もっともっとと、悦びに咲いて――あゝ、あなたこそが一等の甘露。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
【彼岸花】♢

緋色の水晶と化した彼岸花がほろほろと落ちる
咳き込み続けて流石に苦しいですし、水を飲めば良いんでしたっけ

……っ!?
な、何、……なに、これ……?

甘い
ひどく優しくて、けれど何処までも甘くて

意識したことなんてない、あの子への想い
意識なんてしたくなかった、あの子への愛おしさ
ただ、ただ、愛おしくて堪らないのだと
本当は誰にも渡したくないのだと
何時かは手放さなければいけないのに
大切で、大切で

自分のものじゃなくなるなら、
見たくなんて、

呆然として、凍り付いたように動けなくなった手から水が貰われて行く
己の想いを思い知ってしまったせいで、掬って飲ませた判定になったらどうなるかなんて、考える余裕もなかった


神狩・カフカ
【彼岸花】♢

溢れた桜が水晶に変わる様をまじまじと眺める
まあ、これはこれで悪くないが
さっさと一息つこうぜ

…はふり?どうした?
今更何があっても驚かねェが
その反応はなんとなく憶えがあって
それははふりが未知の感情を識ったときの――

そんなにこの水が妙な味でもしたのか?
なんとなく
理由もなく
惹かれるままに
彼の手から水をいただいた

…甘い
先程の甘さとはまた違う
決して嫌な甘さではない
むしろ心地よい、けれども
とんでもなく強い酒を呑んだ後のような
酩酊感にくらくらする
それになんだか顔が熱いような…

はふりと水を交互に見れば
目眩で視界がぐるぐるする

この味の意味するところを
考えることを頭は拒否していた

…おれにどうしろってンだ




 涼やかに変わる景色とともに口から溢れた桜も水晶になり、これはこれで悪くないなんて思いながら傍らへと視線を向ければ、また祝が喉を押さえながらこほこほと咳き込んでいた。
 ほろほろと落ちていく彼岸花は口から零れ落ちたと同時に水晶と化すが、祝はそれには目もくれず早く楽になりにいきましょうとカフカの袖を摘んで引っ張った。
「……っ!?」
 水晶の蓮花が浮かぶ水辺に着き、手で掬って口にした祝の瞳が見開かれる。
(な、何、……なに、これ……?)
 思いによって甘くなるという雫は、甘く。
 ひどく優しくて、けれど何処までも甘い。
 想う相手は、言わずと知れた傍らの熱だろう。
 意識したことなんてない、あの子への想い。
 意識したくなんてなかった、あの子への愛おしさ。
 吐く花だけでもそれとなく感じてはいたが、味覚に直接訴えられれば自覚せずにはいられなかった。
(本当は、)
 いつかは手放さねばならない。――手放すと、決めていたはずだ。
 側にいるのは期間限定。その間に存分に愛でて、手放す。はずだった。
 それなのに、誰にも渡したくないと想うようになったのはいつからだろうか。
(自分のものじゃなくなるなら、見たくなんて、)
 ああ、いやだ。知りたくない。気付かないふりをしていたかった。
(こんなにもあの子が大切だなんて――)
「……はふり? どうした?」
 水を口にしてから動かなくなってしまった祝の顔を覗き込んだカフカは、その姿に憶えがあった。それは滅多にあることではないが、彼が未知の感情を識った時の――。
「そんなにこの水が妙な味でもしたのか?」
 祝が両手で掬った雫は、ポタポタと少しずつ量を減らしながらもまだその手の内にあって。一応「飲むぞ」と声を掛けたが、祝は反応を返さない。己の想いに捕われてしまっているのだろうことは見れば解るから、カフカは惹かれるままに、そのまま彼の手へと唇を寄せた。
 こくり、喉が鳴る。
 彼に掬われた雫は、とても甘かった。
 決して嫌な甘さではなく、心地良いと、美味だと思えるような味。
(これは……)
 天から落ちてきた雫。それが溜まったものであるはずなのに、とんでもなく強い酒を呑んだ後のような酩酊感を覚えるのは何故だろうか。
 酒にだって弱くないはずだ。それなのにこの雫は――。
(酔ってしまいそうだ……)
 ――どうして。
 心に小さな波がたつ。波に遊ばれた小舟が行き場をなくし、くるくると回る心地がする。くらりと揺れてしまいそうになる視界を保つのでいっぱいだ。
 ――どうしてこんなにも甘いんだ。
 祝と水とを交互に見れば、その意味を心が勝手に考えようとしてしまう。それを、頭が――理性めいたものが拒否をする。
(……おれにどうしろってンだ)

 これ以上、気付いてはいけない。
 これ以上、近付いてはいけない。
 でなければ、わるい悪霊に全てを奪われてしまうよ。

 心の奥底で警鐘が鳴る。
 もうとっくに、とらわれているというのに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

征・瞬

西嘉(f32676)と
吐く花:雪桜

蓮に溜まった雫で治るのか
ならさっさと治してしまおうと西嘉を見るが
口から溢れるのは言葉ではなく花で
慌てた様子の西嘉から口に雫を流し込まれる

とても甘い…
甘い物は好きだが、私でも甘すぎると感じるほどだ
普段からわかりやすくはあるが…
やはりこんなにも感じ取れるのは嬉しいな

と、私ばかり治っても仕方ない
君も早く治すといい
葉に溜まった雫を西嘉の口へと運んで

治ったなら早く帰るぞ
手の中に残った自分の水晶の花をどうするか…
ん、西嘉はこれが欲しいのか?
確かに思い出の品といえばそうだな

なら…君の花と交換なら、許す…


張・西嘉

瞬殿(f32673)と
吐く花:桃

(自分に水を飲めと言おうとして花を吐き咽せる瞬に慌て自身の手に水を掬って飲ませると今度は自分が飲むようにと掬った水を飲まされて)
想いが甘さになると聞いたが…
(後から後から甘味が増して甘さと強い想いに思わず手で口を塞いで)

瞬殿の想いか…

(これほど想われているのだと思うと照れ臭さもあるがやはり嬉しく。先程の花も想い故とならばあの苦しささえも愛おしく)

瞬殿…瞬殿の冬桜の結晶をもらってもいいだろうか?…その今日の思い出として。
おれのも?あぁ、もちろんだ貰ってくれ。

思い出の品と言う物をあまり持っていないからなぁ…大事にする




 雫を飲めば花が止まると、誰かが言った。
 その言葉を聞き止めた瞬は、直様傍らの西嘉へと視線を送る。彼の苦しみを取り除いてやれるのなら、迷う必要は一切ない。
 ――早急に治してしまおう。
 そう告げようと開いた口から溢れた桜が、口から離れた途端に水晶へと変じたものだから、瞬は驚いて咽てしまった。激しく咳き込んでしまったせいか西嘉が案じ、彼もまた桃花の水晶を生み出した。
 何とか落ち着かせ、水晶の蓮花が咲く水辺へと近寄れば――瞬がまた咽た。
(おれのことを案じたのだな)
 守られるべきは、瞬なのに。
 せり上がってくる花をそのままに、西嘉は素早く水を掬い、彼の口元へと運んでやる。半ば流し込むように含ませれば、こくりと確かに鳴った喉にハ、と短な吐息が溢れた。
(とても甘い……これが西嘉の……)
 その甘さは、甘いものが好きな瞬でも甘すぎると感じるほど。
 実直な彼の態度は普段から解りやすく、大事にされていることは知っている。
 常から態度で表されてはいるものの、こうして味わうというのはまた新鮮で。
 態度には表さないが、瞬でさえも心を弾ませるに充分の雫であった。
 歓喜に震えた心。しかし花は溢れない。
(嬉しく感じたなどと知られずに済んだか……)
 そっと喉を押さえた瞬を、大丈夫だろうかと案じる西嘉の視線。
 彼は時折花を吐きながらも、瞬のことを一番に案じてくれている。
「君も早く治すといい」
 声に出して告げれば、西嘉の表情が安堵に綻ぶ――が、咳き込む姿に「まったく」と呆れたように口にするのは照れ隠しだ。
 蓮に溜まった雫を掬い、彼の口元へと運ぶ。ゆっくりと喉が動いて飲み込むのを見守り、どうだ? と視線で訴えた。
(これが瞬殿の想いか……)
 喉を滑らかに通った清涼感は、次第に甘さを増していく。清涼感に隠れて後から後から甘さの増すその味は、本音を隠す彼そのものであった。
(これほどまでにおれを想ってくれているのか)
 胸に言いようもない嬉しさが満ちていく。
 思わず手で口を塞いだのは正解だった。手のひらで隠した口元が緩んでしまうのを抑えられず、先程までの苦しささえも愛おしく思える程であった。
 花は、想い。
 甘水もまた、想い。
 普段は言葉にしてくれない彼の気持ちを強く感ぜられた。
「治ったなら早く帰るぞ」
 話せるようになった瞬はやはり素っ気ない。
「瞬殿……瞬殿の冬桜の結晶をもらってもいいだろうか?」
「ん、西嘉はこれが欲しいのか?」
「……その今日の思い出として」
「確かに思い出の品といえばそうだな」
 水晶と化した花は、手のひらの上で煌めいている。
 想いの花だ。捨ててしまうには少し惜しい。
「……君の……」
「ん?」
 本当に本当に小さな声がぽつりと落とされたが、聞き取れずに西嘉は首を傾げる。
「……君の花と交換なら、許す……」
「おれのも? あぁ、もちろんだ貰ってくれ」
 互いの花を交換して持てるだなんて。
 それは、またとない申し出だ。
「思い出の品と言う物をあまり持っていないからなぁ……大事にする」
 穏やかに微笑んだ西嘉に、瞬は大事にしなくて良いと顔を背けた。
 花はもう、溢れない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

自身の花吐きの病などどうでもよかった
唯他の猟兵らのその病と、薬師だけが気掛かりで

…弾かれた手、薬師の最期の呻き声が脳裏に何度も蘇る
水晶郷の美しさだけが虚しく映って、残酷にさえ感じた

加え、花吐き病の解毒薬もない
それに代わる薬がないかと散策するうち
『花が止まる』と、やがて聴こえてきたその声
そのことには内心安堵の息を吐いた

苛む咳、溢れるヒース
硬質化し冷たい音を立てて落ちるそれは己が罪の象徴であり
己の弱さを体現化した様でもあった
…その罪全てを持っていく。そして、もっと強くなると心に誓いを新たにし花を握りしめ、砕き
その手で水を掬い飲む

──それは、この上なく甘かった。




 世界が、彩りを変えた。
 そこへ集う猟兵たちが感嘆し、そして花を零していた。
 それを何処か遠いもののように感じながら、梓はただ、己の手を見つめていた。
 弾かれた手。
 薬師の表情。
 最期の呻き声。
 既に変えることのできないそれらが、何度も脳裏に蘇る。
(――虚しい)
 救えない、護れない、寄り添えない。
 いつまでたってもこの手は、掴み取れない。
 指の隙間から、大切なものはいつだってポロポロとこぼれていくのみだ。
 彩りを変えた世界は美しいのに虚しく、残酷だとさえ思う。まるで彼の痕跡を洗い流したようだった。弟たちが好みそうな絵本にありそうな、悪役が滅んで世界が美しくなって、そしてハッピーエンド。悪役側のストーリーなんて誰も素人も知らず、ただ悪として世界から切り捨てられる。
 手を握る。掴みたかったものは、そこにはない。
 ふらりと踏み出した足で、当て所無く歩く。
 もしかしたら、花吐きの解毒薬に代わる薬があるかもしれないから。
 見つけたら、花吐きに苦しむ猟兵たちを救えるかも知れないから。
『これを飲めば、花が止まる……!』
 響いた誰かの声に、安堵の息を吐く。
 同時にこみ上げる花の気配。苛む咳に、溢れるヒース。
 手の隙間から溢れたそれは結晶と化し足元で硬質な音を立てる、梓の罪の象徴であり、弱さ。
(……その罪全てを持っていく)
 拾い上げた花を握りしめ、誓いを胸に砕いた。
 思う。想う。新たにヒースの花が溢れる。
 最後まで目をそらさずに、掬い上げた水にくちびるを寄せた。
(ああ……)
 それはこの上なく甘く、罪な味がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

吉備・狐珀
(薬師殿にご退場頂けたのは良かったですが、解毒薬がないのは困りましたね…)

このまま帰るわけにはいかずどうしたものかと考えながら、おこじょさんに約束した琥珀糖を渡す
私も食べてみたいと思うけれどこのままでは…
途方に暮れながら、とりあえず喉を潤したいと蓮に溜まった雫を口にする

優しい甘さは喉を潤すだけでなく疲れた体も癒してくれる気がして、気怠く重く感じた体も嘘のように軽く…花を吐かなくなった…?
雫を口にした時に感じた優しい甘さ、疲れた体を癒してくれる、そうまるでこれは―

甘いものが大好きな語さんに、お土産に琥珀糖を渡したら喜んでくれるでしょうか
水晶の蓮花を眺めながら甘い気持ちと共に琥珀糖を口へ運んで




(薬師殿にご退場頂けたのは良かったですが、解毒薬がないのは困りましたね……)
 花吐きが治らぬまま帰るわけにもいかない。眉を下げた狐珀は、ひとまず報酬にと約束をした琥珀糖を取りに水晶の木へと向かった。
 木にはいくつもの琥珀糖が成っていた。大きなもの、小さなもの……大きさが違えば色も違う。
(おこじょさんはどれが好きなのでしょうか……)
 好みを聞こうにもこほんと咳き込んでは花を吐いてしまう身ではどうしようもない。おこじょが食べやすそうな大きさの、小さな実をもぎとって与え、後から好みを聞こうと木を離れた。
 花吐きが治ったと告げる、誰かの声。
 蓮……と視線を向ければ水辺にたくさん浮かんでいるのを見つけ、狐珀も他の人を倣い口にしてみることにした。
 蓮に溜まった雫の、涼やかなこと。喉を滑らかに通った雫は優しい甘さで、喉の痛みも疲労も癒やしてくれるようだった。
「あ……」
 ほっと息を吐いても花がこみ上げてこないことに気付き、喉を抑える。
(それにしてもこの甘さ。これはまるで――)
 ――彼のよう。
 思い描いた姿を胸に、そうだと狐珀は顔を上げる。
 甘いものが好きな彼に、この琥珀糖をお土産にしてはどうだろうか。
「こんな大きな琥珀糖とか、きっと見たことがないでしょう」
 小さな琥珀糖を口へ運んでから、狐珀は楽しげに拳大の琥珀糖へと手を伸ばすのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【千宵桜】

柔い景色が
また趣が違う美しい結晶の世界へ
水に浸す脚の間を煌めく魚が泳いでる
千織と一緒に覗き込んでその眸すらちかちか瞬く

喉奥から湧く花びらが地へ届く前に転がる水晶華
…綺麗なんだけれど、でも
きみが咽る様子にそっと手を引き蓮の元
千織、呑んで?良くなるから
掬ってきみの口元へ

噫、甘い、
優しいきみが掬う雫、己を救う想いに
浸るように瞳臥せ
軈て止めどない花も落ち着いてゆく
止まった、ね

傍らで美しき鳥の羽ばたきを見送り
琥珀糖?これも甘い?
果実受け取り、口に広がる甘やかな初めて
ふふ、美味しいね

千織さえ良かったら…だけど
一緒に持ち帰ろうよ
同じく握った僅かな花の欠片を翳して
確かに想いを重ね降り積もる大切を


橙樹・千織
【千宵桜】

姿を変えた景色
水晶の世界にきょとりとして
いつの間に…と覗き込む

咽せれば零れるライラックの小花
掌にある数個の花水晶を見やり
(…紫丁香花……ぁぁ、もう見て見ぬふりは出来ないかしら)
想いの花に苦笑し、またけほりと

雫を飲めば…とまる?
差し出された雫
すん、と香りを嗅いで一口

ん、甘い
花…止まったみたい
ほっと息を吐き
優しい甘さにゆるりと尾が揺れる

千鶴さんも
掬った雫をそっと差し出して
…大丈夫ですか?

はわぁ、水晶の鳥…
不思議で、とても綺麗
あら!これ琥珀糖ですよ
ふふふ、おいし
千鶴さんもいかがです?

…持って帰ろうかしら
花水晶のひとつを空に翳しぽつり
一緒に?ふふ、ええ
そうしましょう
みとめた想いを大切に抱いて




 桃色に染まる春の景色が、静謐を湛えた美しい結晶の世界へと変じていく。
 瞬きひとつしている間にも、世界は彩りをガラリと変えてしまった。
 キラキラと水晶の煌めく光景に瞳を瞬かせて立ち尽くしていれば、水に浸された脚の隙間をコツンと触れる何か。見下ろせば水晶の愛らしい魚が、自分の進行を邪魔していると言いたげにツンツンと突いており、千織と千鶴は思わず顔を見合わせて笑みを零した。
 笑みとともに感じるのは、やはり喉奥の違和。美しいと、素敵だと、感性にあふるる心が花を生む。
 ふたりの手に溢れた桜と紫が、水晶と変わる。思わぬ現象に目を見開くも、やはり苦しげに咽る傍らの姿に、千鶴は千織の手を引いた。爪先は、蓮花浮かぶ水際へ。
(……紫丁香花……ぁぁ、もう見て見ぬふりは出来ないかしら)
 千鶴に手を引かれるままに足は動くが、千織の視線は自身の手のひらに落とされていた。そこに溢れる紫の小花。ライラック――恋の芽生えを告げる花。
「千織、飲んで?」
 誰かが治ったと告げていたから、試す価値はあると思うと千鶴は両手で掬った雫を千織の口元へと寄せる。自身も苦しいであろうに千織を先に救おうとしてくれる千鶴の優しさに、生理的だけじゃない雫がじわりと視界を滲ませた。
 すん、と香りを嗅いで一口。口に覚える清涼感と甘さ。
「花……止まったみたい」
 優しい甘さは飲みやすく、ゆるりと尾を揺らしながらほっと息を吐いて飲ませてくれた彼を見た。千鶴は、良かったと言わんばかりの顔で、けれど安堵したせいか咳き込んでしまう。
「千鶴さんも」
「ん」
 彼の背をそっと撫で、繊手で掬った雫をそっと差し出した。
(噫、甘い)
「……大丈夫ですか?」
 千織が齎してくれた甘さに瞳を伏せ浸ると、そわりと尾を揺らした彼女が覗き込んでくる。変な味はしなかったかと、少し案じるような顔で。
 その表情に大丈夫だと笑えば、花は零れなくて。
「止まった、ね」
「ひと安心ですね」
 二人揃って、ふふと同じ笑みを零した。
「ひゃ! はわぁ、水晶の鳥……」
 突然傍らで響いた音に顔を向ければ、木で羽を休めていた水晶の鳥が羽ばたき飛び去る後ろ姿。羽根が動く度にプリズムがキラキラと散っていた。
「少し散策しようか」
「そうですね。実は渡し、先程から色々気になっていたのですよ」
 咽ぶのが苦しくてそれどころではなかったのですがとはにかんで。
「あれは何でしょう?」
「木の? 寄ってみようか?」
「あら! これ琥珀糖ですよ」
「琥珀糖? これも甘い?」
「甘いお菓子ですよ。ふふふ、おいし」
 早速手を伸ばしてもぎ取って、ぱくり。シャリとした独特の歯ごたえと優しい甘さが口の中に広がった。
 千鶴さんもと手渡せば、彼は琥珀糖を口にするのは初めてなのだろう。マジマジと眺めてからそっと口へと運んだ。美味しいと花咲く笑みに、いくらでも食べれそうだと笑い合う。
「そういえばこの花……」
 捨てるのも勿体無い気がして手ぬぐいに包んだ紫の花水晶。
「千織さえ良かったら……だけど、一緒に持ち帰ろうよ」
「一緒に? ふふ、ええ。そうしましょう」
 そのひとつを摘み上げ空に翳す千織を真似た千鶴が、折角だからさと告げて。
 望んだことではないけれど、これは己の気持ちそのもの。
 結晶化して色褪せること無く、この日この時のこの気持ちは、永遠のものだから。
「綺麗」
「そうだね」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

大紋・狩人
♢【仄か】
綺麗!凄いよラピタ!
光に燃える花も
煌めき飛ぶ鳥も夢みたい
帰りは任せて
今日はうんと贅沢しよう!


ラピタのも
唇の縁の花を見せっこ
これならきっと花のまま
薄紅の上に咲く、丸い白花にどきまぎ
赤い瞳が擽ったい
きみの指が近づいて
鼓動、とくん
わぁっ
ぶわっと溢れる花!

はい、ラピタ
掌の水に蜜の重みの手ごたえを錯覚
普段からいっとう傍で甘えさせてばかりいる
それが幸せでたまらないから、と
とびきり甘いよな
ふふ、やっぱり
僕はきみの水がいいな

花晶を受けとめ
水面に口づければ
ああ
(薄荷の澄んだ甘さよりずっと強く
馨る蜜と微笑み
くるしい、嬉しい)
……甘い、なぁ

うん
居よう
二人旅の僕らで
ラピタとずっと一緒にいるのが僕の幸せだ


ラピタ・カンパネルラ
♢【仄か】
流星みたいに動く光が鳥、炎みたいに揺れる草!
帰りはきっと疲れてカロンを困らせるけど、眼に魔力を灯した
ぜいたくする日!

そうだ
カロンの花、見せて
どこまで出たら水晶になるの
僕の唇の上の花はまだ柔い
カロンの花は
君の唇をよく見たい
触れて確かめたい、
ーーぶわっと溢れた君の花におぼれた!わわぁあー

おいし
あまい
すごい、花のシロップ漬けみたい
カロンも飲んでごらんよ

ーー僕の蜜が
カロンと同じだけ甘い自信
本当は無い
だって僕は君に甘えてばかり
君の優しさに僕を埋めてしまいたいだけ
きっと搾取にも近い
だから
僕の蜜も飲んでびっくりした
あ、対等、

……僕、
君とずっと一緒にいるね。
溢れた笑みと花が、僕から溢れる最後の水晶。




「綺麗! 凄いよラピタ!」
 途端にごほごほと咳き込んでしまうけれど、嬉しそうな君の声に、ラピタの盲だ瞳に魔力が灯る。疲れて君を困らせてしまうから、これはとっておき。君が喜ぶとびきりを一緒に分かち合いたいから、とっておきを使ってしまう。――けれど本当はね、ラピタを甘やかすのが大好きな狩人は、これくらいじゃ困らない。ラピタが頼って甘えてくれるのは、いつだって嬉しいのだから。
 流星みたいに、鳥が飛ぶ。キラキラと煌めくプリスムを振りまいて、チカチカ囀るような煌めきを見上げるふたりの瞳に焼き付けて。
 煌めくのは、鳥だけじゃない。木々も、花も、魚も、みんな。
 美しく世界を彩る様に輝くラピタの瞳を、狩人はそっと見守る。狩人の一等の煌めきは、いつだってそこにある。
 嬉しくて、咳き込んで。たくさん花を吐いて苦しいけれど、それより勝る楽しさ。
 傍らに君が居てくれるだけで、幸せ。
 顔を見合わせれば、ラピタの唇に白いアセビの花。薄紅に咲く白に目を奪われてドキドキして狩人はまた花を零してしまうけれど、それでも君から目が離せない。
「あ」
 唇からポロリと落ちれば、花は水晶になった。
 ――どこまで出たら水晶になるの。
 湧き出た好奇心に、ラピタは狩人へと手を伸ばす。花を吐いて顔を上げた狩人の唇の端から覗く赤いゼラニウム。それはもう固くなっているの?
 ゆっくりと伸ばされた指先が、やわくくちびるへと触れる。
 ただ、それだけなのに。
「わぁっ」
「わわぁあー」
 とくんと跳ねた胸の鼓動に疑問を抱く前に、喉奥からぶわりとせり上がった花に溺れてしまう。ごほごほと咳き込んで、この花はしばらく止まりそうになかった。
「カロン、お水のも」
「ん」
 蓮の花が浮かぶ水辺まで君と手をつなぎ、水際にひざをつく。君を意識すれば咳き込んでしまうから、零さないようにとひととき呼吸を止めて雫を掬った。
 子猫がミルクを飲むように、君が手のひらの上の薄い水にくちづける。チロと覗いた赤い舌を見て、狩人はまた咳き込んでしまった。
「すごい、花のシロップ漬けみたい」
 狩人は普段から一等ラピタを甘やかしているから、ラピタが喜ぶ味であろうことは解っている。とびきりの甘さに君が嬉しげに笑うから、ああやはり、花が止まらない。
「カロンも飲んでごらんよ」
 告げられた言葉に、花で返事ができない狩人はラピタの手を取り動きで応える。
 ――僕はきみの水がいいな。
 正しく狩人の意思を読み取って、けれどラピタは少しだけ躊躇った。
(だって僕は――君の優しさに僕を埋めてしまいたいだけ)
 甘えてばかりで、君からもらってばかり。
 きっとこの関係は対等ではなくて、想いだって――。
「ああ……甘い、なぁ」
 薄荷の澄んだ甘さよりずっと強く馨るような味は、爽やかで苦しくて、嬉しい。
 掬った水から顔を上げて笑む狩人に、ラピタは瞳の奥で星が瞬くようだった。
(あ、対等、)
 ちゃんと甘さを感じてくれた。
 一方的な搾取ではなく、互いに思い合うことがちゃんと出来ていた。
「……僕、君とずっと一緒にいるね」
「うん、居よう」
 唐突に溢れたように思えるラピタの言葉を、狩人はしっかりと受け止める。
 ずっとふたりで肩を並べる二人旅。
 ともにあることが、僕らの幸せなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヲルガ・ヨハ

忽然と消えた狐を見届ければ

人形たる"おまえ"が濡れぬよう
むしのたれぎぬ(防具「疆」)をくいと引く

ころり、
溢れた山荷葉の花は
忽ち水晶となった
透き通るそれは雫に濡れたすがたのようで

手遊びに掌の上で転がして
それから"おまえ"の腕より経つ
自らの代わりに
武骨な掌の上に花を残して

己の手ずから掬い
飲み干す雫のあじはーー

なにもかもを喰らい尽くして
忘れられ、忘れた身なれど
嗚呼、これが

"おまえ"の髪を解き、指先で鋤く
勝色の髪を三つ編みに結っていく
珍しいとわれにも解る
……そういう気分なだけだ
人形に見えぬよう、ふふと笑う

きまぐれか、それとも?
御心知るは
そっと懐に仕舞いこんだ
水晶の花のみ




 狐の薬師が消え、彩りを変える景色の中で、ヲルガは人形の"おまえ"が濡れぬようにとむしのたれぎぬをくいと引いた。
 それは、寵愛だ。
 途端に喉奥に生じた花が喉を圧迫し、咳き込み咽ぶ。
 これだけ吐き続ければ、飽いてくる。面紗の下の唇はつまらなさそうな形を結び――けれどころりと硬質な何かが手のひらに転がる感触に、興味を覚えて手のひらへと視線を向けた。
 手のひらの上に転がるのは生花ではなく、水晶であった。雫に濡れたように透き通り、花弁を透けさせた水晶の山荷葉の花。
 摘んでかざして、手のひらの上で転がして。暫しの手遊びの後に「"おまえ"に呉れてやろうか」と"おまえ"無骨な手のひらの上に花を残してみたが、"おまえ"は何も返さない。ただ静かに、主の命を待っていた。
 花吐きが治ったと、誰かが口にした。その真偽は別として、試してみても罰は当たるまい。"おまえ"を水辺に向かわせ、蓮花を近寄らせたら、ヲルガは手ずから雫を掬った。
(――嗚呼、これが)
 喉を通った清涼感とともに感じた味。
 なにもかもを喰らい尽くして忘れられ、忘れた身なれど――その身に残るもの。
 だからだろうか、気まぐれに興じてみようと思ったのは。
 人形の髪を解き、指先で梳いた勝色の髪を、三編みに結わう。
「……そういう気分なだけだ」
 何も言わぬ"おまえ"に小さく告げてて、人形に見えぬところで小さく笑った。
 言い訳でも何でも無いことは事実だが、
(きまぐれか、それとも?)
 悪戯をする少女のようにヲルガは機嫌よく笑った。
 そのこたえは、花のみぞ知る。

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
解決…したようですね
せっかくなので、こぼれた水晶のスミレの花をいくつか持ち帰りましょう

周囲の反応を見ると、どうやらこの雫を飲めばいいようですね
…そして想いも伝わるようですね

もしこの雫を持って帰れたら……馨子さんに口にしてもらえたら、想いはきっと伝わる
きっと自分の言葉よりも雄弁に……

いや、それは駄目です
拙くてもきちんと伝えないと、精一杯自分の言葉で。

雫を口にする
甘い、そして何か伝わってくるものが……
自分の想いを味わうようにゆっくり口にしてみる

そして声にする
「あなたが、好きです」

答はどう返るかわからないけれど
それでも伝えたい想いが確かにここにあるのだと思うと
照れくさくて、でも誇らしい。




「解決……したようですね」
 こんと咳を零した唇から落ちた菫の花が水晶へと変わった。少し驚いたカイだったがそれを大事に懐紙で包み、持ち帰ることに決めた。
 割れないように懐にしまい顔を上げれば、誰かが花吐きが治ると告げた言葉にしたがって周囲に居る猟兵たちが蓮の花へと手を伸ばしていた。
(どうやらこの雫を飲めばいいようですね)
 この雫を飲めば、相手に想いが伝わる。
 どれだけ相手のことを想っているかが解るだけで、その真意が伝わるわけではないことも、持ち帰ってもその効果が持続するかどうかの確証はない。けれど、想い人に口にしてもらえたら……と考えてしまうのは恋に身を預けているからであろう。
(きっと自分の言葉よりも雄弁に……いや、それは駄目です)
 浮かんだ考えを、すぐに振り払う。その間も咳き込み花を吐き、苦しさを憶えながらも自分で伝えなくてはと強く思った。思いを知ってもらうのなら、拙くても自分の言葉で伝えなくてはならない。告げる行為の大切さを、カイは知っているつもりだ。
 両手で掬った雫を口にする。
(甘い……これが彼女を想う私の気持ち……)
 味わうように口にして、そうして口を開いた。
「あなたが、好きです」
 彼女がその言葉にどう返事をするかは解らないけれど、それでも思いを伝えたい。
 彼女に、想いを知ってほしい。
 どこか誇らしい気持ちで彼女を想っても、花はもう溢れなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ラファエラ・エヴァンジェリスタ
あの水を飲めば、花が…?
嗚呼でも、ここには盃も何も無いのに、まさか、手で?
…しかし背に腹はかえられぬ

愛馬より降りて、水晶の花に近づく

我が騎士は問題なかろうが、
テネブレ、おまえは大丈夫?
花を…吐いてはいないね
…良かった

水晶の蓮の花からおそるおそる、手で掬った水を不器用に口にしてその甘さに驚く
これは……どう表して良いのだろうか
私の、
……誰への甘さだと言うのだろう、これは
テネブレ、これを飲んでご覧
角砂糖よりも甘いだろうか?

花は止まった、息が出来る
ゆえに我が騎士を振り向いて、ゆっくり歩み寄る
(…あの雫の甘さは貴公のせいだろう?)
貴公、此度も世話をかけた
…また狐狩等して私と遊んでおくれ

…楽しみだね




「あの水を飲めば、花が……?」
 誰かが零した言葉に、ヴェールの下の視線を水辺へと向けた。
 楚々とした姿で咲く水晶の蓮の上には、確かに雫が溜まっている。けれど、盃がない。まさか手で? 他の猟兵たちの動向を窺って見れば、手で掬う者が多い中、水晶化した花で掬う者も居た。
 小さな白薔薇を見下ろす。水晶と貸してはいるが、器向きではない花だ。
(我が騎士に掬わせるよりはマシであろうか)
 愛馬から降り、労るように愛馬を撫でる。
「テネブレ、おまえは――」
 こほ、と新たな白薔薇が零れるも、馬の口からは花も泡も出ていないことに安堵した。
 水際へ寄り、蓮へと近付き腰を下ろす。
 レエスの手袋を外し、恐る恐る伸ばした指先に触れた冷たさに一度手を止めて。
 けれど意を決したように掬い上げれば、器用とは言い難い動きながらも雫を口にすることが叶った。
(これは……どう表して良いのだろうか)
 喉を滑り落ちた清涼感は、確かに甘かった。それも、角砂糖よりも。
 しかし、それが誰に対しての甘さなのか、ラファエラにはわからない。
「テネブレ、これを飲んでご覧」
 愛馬に手のひらを向けて飲ませてみれば、愛馬は美味そうにペロリと舐めた。甘いと感じているかは解らないが、愛馬にも美味しいと思わせる味のようだ。
 テネブレの首を撫でて労い、花が新たに生じていないことに気がついた。
 ハッと顔を上げ、不自然ではない速度を心掛けて立ち上がり、騎士へ体を向ける。
(……あの雫の甘さは貴公のせいだろう?)
 花が溢れないのをいいことに、歩み寄りながら心のうちで問いかけた。
 当然、答えは返らない。
 ――返っては、困ってしまう。
「貴公、此度も世話をかけた。……また狐狩等して私と遊んでおくれ」
 心をヴェールで隠し、臣下の礼を取る騎士を労えば、郷愁を憶えよう。
 だからだろうか。礼を尽くして消えゆく騎士が、仄かに笑ったように思えたのは。
「……楽しみだね」
 次があることを、願ってしまう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【双月】

彼を苦しめた敵が居なくなったのは良いのですが
大丈夫だろうかと抱きかかえたまま心配で見上げる
ダメですよ、君を水晶なんかにはさせません!
どんな解毒剤でも僕は作ってみせます

花が水晶へと変わっていく
君の花は誰よりも美しい
とても綺麗ですね
でも苦しさと疲れているはずどうにか
蓮に溜まった雫の甘い香り、そっと片手に掬って

もしかしたらと苦しむ彼を先に
十雉くんこれを呑んでください
彼が元に戻ってホッとする
自分も一口飲み、治った事を確認して

十雉くんの花水晶一つ貰っても?
えぇ、どうぞ。君とどんな事でも記念です

疲れたしょう?
帰ったら雫より甘い紅茶を淹れましょう
甘い甘い時間を溶かすように
えぇ、沢山話をしましょうね


宵雛花・十雉
【双月】

解毒剤が失われたことを聞けば
今までの疲れや苦しみもあって
このままここで死ぬのかも、なんてつい弱気になる
でも、誰もいないところで一人きりで死ぬよりはいいかな…
いっそこの花みたいに水晶になれたらいいのに

雫を飲ませて貰えば、広がる甘さ
なんだろう、なんだか優しい気持ちになれるみたいだ
…あれ、花吐きが止まった?
驚いてつい飛び上がって

有難う
ユェーが一緒じゃなかったらきっと駄目になってただろうな

花水晶を?
いいよ、記念って訳でもないけど…
それじゃあオレもユェーのをひとつ貰おうかな

うん、帰ろう
紅茶を飲んだらきっと温まるだろうし
館の皆にも今日のことを話したいな




「もう、治らないの?」
 ユェーの腕の中で、十雉が不安げに声を上げた。解毒薬は失われ、それを処方したという薬師もいなくなってしまった。いつまでたっても臆病なままで不安に揺れてばかりの心は、いつだって『最悪』ばかりを考えてしまう。
「このまま……死ぬのかな」
「……十雉くん、何を言って……」
「でも、誰もいないところで一人きりで死ぬよりはいいかな……」
 ユェーも一緒に居てくれるし、先程から何か言おうとしては咳き込むユェーの唇から零れる花みたいに綺麗な水晶になれるかもしれない。なれなくても、彼が生んだ水晶の花に囲まれて最期を迎えるのならそんなに悪くもないのかも、なんて。
(そんな事には、僕が絶対にさせません!)
 諦めたように腕の中でぐったりと瞳を閉じてしまう十雉を抱えたまま、ユェーは水辺へと近寄る。先程誰かが「花吐きが治った」と言っていたからだ。水を飲んだだけで治るだなんて信じがたい話では有るが、少しでも可能性があるならそれに掛けたい。
 蓮の花に手を伸ばして雫を掬うために十雉を下ろせば、十雉の口からぽろりと溢れた花が水晶へと変わる。それが美しくて、いつまでも見ていたいと倒錯的な気持ちを抱いてしまいそうになる前に顔を背け、雫を片手に掬った。
 どうか、彼の花が止まりますように。
 どうか、彼がこれ以上苦しみませんように。
 祈る気持ちが花を吐かせ、片手では咳き込む度に雫が溢れてしまう。けれど僅かに残った雫を彼の唇へと運べば、チロと薄く開いた瞳が雫を認め、舐め取るように口内へと迎えた。
(甘い……なんだろう、なんだか優しい気持ちになれるみたいだ)
 少し口にしただけなのに、心の奥がほっこりと温かい。
 まるで春の日の柔らかな優しい日差しに包まれているようだ。
 それなのに花が喉奥に生じないことに気付いたのは、一呼吸置いてからだった。
「……あれ、花吐きが止まった?」
 ユェーの片腕に預けていた背が、驚きで飛び跳ねるように離れた。
 十雉の無事を確認したユェーも雫を口にする頃には、十雉にも自力で立ち上がるだけの気力が戻っていた。
「十雉くんの花水晶一つ貰っても?」
「花水晶を? いいよ、記念って訳でもないけど……」
 それ、と長い指が指し示すのは、落ちずに十雉の服に引っ掛かっていた水晶化した花。これをどうするのと首を傾げながら差し出せば、それならとひらめく言葉があった。
「それじゃあオレもユェーのをひとつ貰おうかな」
「えぇ、どうぞ」
 君とならどんなことでも記念になりますと微笑みながら差し出された花を両手で受け取って、割れないように気をつけながら大事に握り込む。
 苦しくて大変だったけれど、喉元すぎれば熱さが気にならぬように、治ってしまえばこれもふたりの思い出だ。
「疲れたしょう? 帰ったら雫より甘い紅茶を淹れましょう」
「うん、帰ろう」
 雫より甘いってどれだけ砂糖を入れるの、なんて笑う気力も戻ってきている。
 いつもの空間に帰って、いつもの彼が淹れてくれる紅茶を飲んで、『いつも』へと戻ろう。
「館の皆にも今日のことを話したいな」
「えぇ、沢山話をしましょうね」
 眼裏には、おかえりと温かく迎えてくれるひとたちの顔。
 二人が体験した今日の出来事を、花水晶を見せながら話せば、仲間たちに囲まれるそのひとときまでもがきっと思い出になるから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年07月10日


挿絵イラスト