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きれいごと

#カクリヨファンタズム #捉月

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#カクリヨファンタズム
#捉月


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●あなたはここに
 ちゃぷ、ちゃぷ。
 揺れる水面に映るのは、お月さまのように煌めく髪。キンランドンスの尾鰭は、金魚のような鮮やかさ。嗚呼、それらは総て『あなた』のもの。
 けれども今は、そうでは在りません。
 残酷な運命の手によって別たれた“ふたり”は、時を経て漸く“ひとつ"に成ることが出来たのです。
 ひとたび唇から「ほう」と吐息を溢したなら、裡に秘めた幸福が金砂と化して。きらきらと、まるで星のように煌めきながら、水面へ零れ落ちて往きました。きれい、とくすくす笑ったなら。裡から湧き上がる楽しさが淡彩の小花と化して、水面に優しい彩を散らして往きます。
 ちゃぷ、ちゃぷ。
 穏やかに流れ往く花を横目に、水面に映る『あなた』へ手を伸ばすけれど。ゆびさきは虚しく水を掻いて、飛沫を周囲に飛び散らせるだけ。
 けれども、もう哀しくありません。己を掻き抱くことは、即ちあなたを抱き締めることと同義なのですから。

 だから、二度と離れたくない。

 満たされたこころの侭に呟く禁忌は、キンランドンスの翅を持つ蝶の彩をしていました。ゆびさきで蝶と戯れながら思い出すのは、あなたを喪ったあとのこと。消沈した『わたし』に、みな斯う云うのです。
 私のこころの奥底で、あなたは生きている。あなたはきっと遠い所で、私を見守ってくれている。だから前を向きなさいと。
 実際、そんな言葉を信じて生きてきました。けれど、今になって漸く分かったのです。それらは総て、凡て、『きれいごと』だったのだと。
 如何して“目に見えないもの”を、信じられましょうか――。
 沸々と湧き上がる想いの侭、『わたし』を、『あなた』を、抱き締めて。其の“かたち”を、何時までも慈しみましょう。
 世界が終わる、其の時まで。

●かたちのないもの
「感情や愛情が目に見えたらと、そう思ったことはないか」
 集った面々を見回した鋼鐵の男――ジャック・スペード(J♠️・f16475)は、徐にそんな問いを投げかけた。
「少なくとも骸魂に呑まれた妖怪は、かたちのないモノを信じられなかったらしい」
 ジャック曰く、カタストロフと隣り合わせの幽世が、また滅びの危機を迎えているのだと云う。
 ことの発端は、ひとりの“妖怪”とひとりの“骸魂”の再会だった。強い絆で結ばれていたふたりは、ひとつと成り、――涯には“オブリビオン”と成って仕舞った。
 問題は、その後にある。
 骸魂に呑まれた妖怪は満たされる侭、「時よ止まれ、お前は美しい」などと、滅びの言葉を囁いて仕舞ったのだ。
 その所為で幽世は滅びの危機に瀕し、世界は脚元から崩れ初めて仕舞った。更に悪いことに幽世は今、オブリビオンの居る場所を起点として、不可思議な迷宮に呑まれているのだと云う。
「無限に続く鳥居を抜けて、オブリビオンの許へ向かってくれ」
 其の迷宮は、幾千の階段と幾千の鳥居が続く坂道の様相を呈している。気が遠く成りそうな道程だが、真直ぐに進んで行けば軈てオブリビオンの許へと辿り着く筈だ。
「其処では、感情や想いに“かたち"が与えられるようだ」
 例えば、無限に続く鳥居に『不安』を抱けば、其れは怪物と化して進む者たちを阻むだろう。逆に『楽しさ』を抱けば、周囲にきらきらした星が飛び交ったり。『喜び』の感情を想い出しながら往けば、己の頭上から愛らしい花が舞い散ったりと。滅びに瀕した世界を、鮮やかに彩ることが出来るだろう。
「楽しいことを考えたり、嬉しかったことを想いだしたりして。どうか明るい気持ちで進んでくれ」
 或いは大事なヒトと、ふたりで進んでみるのも良いかも知れない。互いの想いを“かたち”として確かめ合える、良い機会に成るだろうから――。
 そんな言葉を重ねたのち、鋼鐵の男はグリモアを展開した。剣を模した其れがくるくる回り始めたら、いよいよ転送の合図。向かう先はノスタルジィに溢れた、絢爛豪華な妖怪の世界――カクリヨファンタズム。


華房圓
 OPをご覧くださり、ありがとうございます。
 こんにちは、華房圓です。
 今回はカクリヨファンタズムにて、友情譚をお届けします。
 あなたは「かたちのないもの」を、信じられますか。

●一章〈冒険〉
 幾千の階段に幾千の鳥居が続く迷宮にて。
 オブリビオンの影響で、周囲は『感情が“かたち”を得て、可視化される』不思議な空間と化して居ます。
 もしも無限に続く鳥居に「不安」や「恐怖」を抱けば、その感情は怪物と化して皆さんに襲い掛かるでしょう。
 しかし「楽しさ」や「喜び」、或いは「好意」などプラスの感情と共に進んだなら。世界はきっと、鮮やかな彩に包まれるでしょう。
 オブリビオンの許へ辿り着くまで是非、幻想的な光景を楽しみながら進んでみて下さい。
 抱いた感情が如何なる“かたち”を取るのかについては、皆さま次第です。OPの表現はあくまで一例ですので、ご自由な発想でどうぞ。

●二章〈ボス戦〉
 オブリビオン化した「骸魂」との戦闘です。
 呑み込まれた妖怪と骸魂は、嘗て強い絆で結ばれていたようです。
 余裕があれば、別離を厭う彼女たちに声をかけてあげると良いでしょう。

●三章〈日常〉
 宵空に浮かぶ寝待月を映す湖の畔で、穏やかなひと時を。
 変異の名残から、抱いた感情や想いは引き続き、「目に見えるもの」と成って世界に零れて往きます。
 湖に浮かぶ月を愛でながら、過去の噺や想い出を語り合うのも良いでしょう。或いは冷たい水面に足を浸して、世界に溢れた感情を眺めるのも面白いかも知れません。
 どうぞ思い思いに、幻想的な光景をお楽しみください。
 お声掛け戴いた場合に限り、グリモア猟兵のジャックが登場します。

●〈おしらせ〉
 世界に零れ落ちる感情のかたちや彩を楽しみながら、冒険したり戦ったりしよう、という趣旨のシナリオです。お楽しみ要素や、心情要素強めかもしれません。

 プレイング募集期間は断章投稿後、MS個人頁やタグ等でお知らせします。
 3章〈日常〉のみのご参加も大歓迎です。
 キャパシティの都合により、グループ参加は「2名様」までとさせて下さい。

 またアドリブの可否について、記号表記を導入しています。
 宜しければMS個人ページをご確認のうえ、字数削減にお役立てください。
 それでは、よろしくお願いします。
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第1章 冒険 『無間鳥居』

POW   :    鳥居ごと破壊し駆け抜ける

SPD   :    怪異の元を絶ちながら進む

WIZ   :    魔法で止まらぬよう細工して登る

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●かたちあるもの
 ひとたび足を踏み入れた其処には、荘厳な佇まいの赫き鳥居が在った。
 がらがらと崩れ往く地面に追い立てられるように、鳥居を潜り抜けたなら。今度は何処までも続く階段が、目の前には拡がって居る。
 逡巡する時間は無い。
 なにせ世界は今まさに、脚許から崩れ堕ちて居るのだから。一息に階段を駆ければ、また鳥居に辿り着く。今度こそ、と潜り抜ければ、其の先にはまた階段が――。
 只管に、此れの繰り返し。
 まるで無間の回廊ならぬ、無間鳥居に囚われて仕舞ったかのよう。夜の静寂と相俟って、迷宮は不気味なことこの上無い。されど、恐怖に足を止めること勿れ。不安を覚えること勿れ。
 怪物に、容を与えること勿れ。
 崩れ往く大地が迫り来ようとも、足取軽く弾ませて。涯無き路が続こうとも、巡り行く景色に胸を高鳴らせて。こころの裡から零れる鮮やかな感情で、崩れ往く世界を彩って遣ろう。さすれば無間と想われた迷宮も、あっという間に抜けられる筈だ。

 ――さあ、あの鳥居へ飛び込もう。

≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 ⇒どうぞご自由な発想でお楽しみください。

※ペアでご参加の場合
・内容によっては、リプレイの糖度が高くなる可能性があります。
 ⇒心配な方は、お二人の関係性をプレに記載して戴けますと幸いです。

≪受付期間≫
 4月26日(月)8時31分~4月29日(木)23時59分
キトリ・フローエ

どこまでも続く赤い世界
終わりが見えないのは少し不安
でも、ひとりじゃないから怖くはないわ
ベル、と手にした杖に呼びかける
ふたりで花を咲かせましょう

わたしがわたしとして目覚めたあの日
あなたと初めて出逢ったあの日から
一緒に色んな世界を旅してきたわね
今のわたしの中には、お星さまみたいにきらきらした
楽しい想い出や嬉しい想い出がたくさんあるわ
わたしが歩んでこれたのは
いつだってあなたが傍にいてくれたから
ひとりぼっちだったら、今のわたしはいなかった
ふふ、あなたも同じなのね

見上げればきらきらと星が輝いて、たくさんの花が舞っていて
これがわたし達の彩
…綺麗ね、ベル
精霊の姿に戻ったあなたの手を取って
進みましょう、先へ



●煌めく想い出に花を添えて
 終わりが、視えない。
 赫い鳥居を抜けて暫くすれば、また赫い鳥居に辿り着く。ずうっと、其れの繰り返し。キトリ・フローエ(星導・f02354)は、ほぅ、と零した溜息に微かな不安を滲ませる。己の影が一瞬だけ、騒めいたような気がしたけれど。直ぐにふるりと頸を振って、去来する不安を追い払った。
 ――怖くは、ないわ。
 だって、キトリは独りじゃないのだから。そうっと、花蔦が絡んだ杖に唇寄せた少女は「ベル」と、杖に転じた青と白の花精霊の名を紡ぐ。

「ふたりで花を、咲かせましょう」

 少女が“キトリ・フローエ”として目覚めた、あの日。そう、花妖精のベルと初めて出逢った、あの日から。ふたりは共に、様々な世界を巡って来た。魔法と自然に満ちた世界で過ごすひと時は、それこそ掛け替えのないもので。
「今のわたしの中には、楽しい想い出や嬉しい想い出が、たくさんあるわ」
 其れはまるで、お星さまのように、少女の胸の奥できらきらと輝いている。どんな苦難に、如何なる強敵に直面しようとも、己が歩んでこれたのは――。
「いつだって、あなたが傍にいてくれたから」
 少女のアイオライトの双眸が、親愛の情に揺らめいた。刹那、きらり、きらり。こころの裡から零れ落ちた喜びは星へと姿を変え、きらきらと彼女の傍で瞬き始める。
 もしも、独りぼっちの旅路だったら。きっと、今のキトリはいなかった。もしかしたら、宛ても無く彷徨う少女の旅路は、疾うに終わりを迎えて居たのかもしれない。
 その言葉に同意するかのように。彼女の腕のなか、愛らしい杖がほろほろと蒼彩の花を散らす。
「……ふふ、あなたも同じなのね」
 キトリが唇を弛ませた刹那、ふわり。
 不意に吹き抜けた涼やかな風が、双つに結った銀絲の髪を攫って行く。視界の端、舞い上がる蒼い花弁と煌めく金彩の行方を追い掛けて。少女は静かに、天を仰いだ。
「わ、ぁ」
 虚空には、風に攫われた金彩の星がきらきらと瞬いていた。それは、キトリから零れ落ちた、大切な想い出の証。其れだけではない。ベルから零れ落ちた沢山の花弁もまた、星空に彩を散らすかのように、空へと舞い上がっていた。
 鮮やかに世界を照らす此の光景こそが、キトリとベル、ふたりの彩。
「……綺麗ね、ベル」
 そうっと杖を手放せば、ベルは忽ち擬態を解いて本来の姿へ戻る。どちらともなく手を取れば、あえかなゆびさき絡め合って、互いの温もりを確かめ合う。
「さあ、進みましょう」
 がらがらと崩れ往く退路は振り返らずに、エルフと精霊は、煌めく想い出のなかを駆け抜けて往く。
 ふたりの道行を祝福するかのように、天からは蒼き花弁がはらはらと、いつまでも振り続けて居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

エドガー・ブライトマン

他人の感情が目に見えたなら、それは楽だろう
私、ひとの気持ちってよく解らないから

目に見えるものを信じるよう、幼い頃に父に教わった
私はそれを守っているし、それで正しいと思っている
私がひとの気持ちが解らないのは、そのせいではないとも思う
多分、私自身になにかが足りないんだ

どこまでも、どこまでも鳥居をくぐり抜けてゆこう
不思議な雰囲気のあるゲートだねえ、これは
見慣れないモノっていうのは楽しいな
あはは、なんだか辺りがキラキラしてきた

ごらんレディ、オスカー
そこらじゅう星がちかちかしている
このひとつひとつが私の“楽しさ”らしい
良いね、気持ちが手に取るように解る!

ずっとこうだったら、私は完璧な王子様になれるのに



●楽しさは煌めいて
 もしも、他人の感情が目に見えたなら、それはとても“楽”だろう。エドガー・ブライトマン(“運命“・f21503)は、赫き鳥居を潜りながらそう考える。
 きらきらと輝く金絲の髪に、涼やかな碧彩の眸。勇気と慈愛に満ちたこころに、どんな痛みにも屈さぬ強靭さ。それらを兼ね備えたエドガーは、立派な王子様であるけれど。ただひとつ、欠点があった。
 それは、ひとの気持ちが分からないこと。
 幼い頃に、父王は云った。目に見えるものを信じなさいと。故に彼は、ずっとそれを守って来た。そして其の教えは、正しいと思っている。治世者として、眼に視えぬ雑念に囚われていては、真実を見通す眸も曇りかねないから。
 そもそも、己がひとの気持ちを解せないのは、父の教えの所為ではない。もっと“ひと”として根本的な何かが足りないのだと、エドガーは薄々察していた。
「ちょっとだけ、ワクワクしてきたよ」
 “かたち”を得た感情を此の眸で見ることが出来れば、欠けたものが何であるのか、理解できるかもしれない。ほんの少し胸を弾ませながら、何処までも伸び往く階段を駆けあがり、大きな鳥居を再び潜る。何処までも、何処までも――。
「それにしても、不思議な雰囲気のあるゲートだねえ」
 神社に至る階段も、大きな鳥居も、薔薇の女神に護られた国で育ったエドガーには馴染みの無いもの。サムライエンパイアや、サクラミラージュの帝都では、たびたび見かけたことが在るけれど。実際に潜る機会はそう無かったような気がする。
「……見慣れないモノっていうのは、楽しいな」
 そんな科白を溢した刹那、きらり。エドガーの直ぐ傍で、ちいさな星が幾つも瞬き始めた。それは忽ち、宵闇に染まる世界を温かに照らし出す。
「あはは。ごらん、レディ、オスカー」
 崩れ往く大地が刻一刻と迫るなか、自らの傍では星々が呑気に煌めいている。其の光景が可笑しくて、エドガーは陽気な笑聲を溢した。すると再び、彼の周囲で星がちかちかと瞬き出す。
 或る意味で王子様にお似合いの、煌びやかな光景。
 されど、此のひとつひとつには、彼が抱く“楽しい気持ち”が十二分に籠められているのだ。
「良いね、気持ちが手に取るように解る!」
 エドガーは機嫌良さげに、整った貌に笑みを咲かせた。
 自分の気持ちも、この調子ならきっと他人の気持ちも、一目瞭然だ。なんて素敵なのだろう。もしも、世界がずっと、こうだったら。

「私は完璧な王子様になれるのに――」

 彼には、誰かの苦しみを振り払い、誰かの痛みを取り除く力が有る。されど、ひとたび其の感情を裡に隠されて仕舞っては、彼とて如何しようもない。だって、分からないのだから。
 皆が何に傷付き、何に悲しんで居るのか、其れが目に見えたなら。もしかしたら、傷付き悲しむ人々に、本当の意味で寄り添ってあげられるのかも知れない。そうしたら、もっと沢山のひとを救うことが出来る。
 ほんの少しの夢想を描きながら、幸福な王子様は無間の鳥居を潜り抜けていく。彼の軌跡には、零れ落ちた星の欠片がきらきらと、標のように瞬いていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

泡沫・うらら


抱いた感情が“かたち”になるやなんて、面白そ
奇々怪々で可笑しいねぇ

うちが抱くかたちは何やろか

興味の容
愉悦の容

彩取り取り
姿形も様々な其を裡に浮かべ
どれが来るやろと期待を胸に門を潜れば

――スノードロップ?

ふわふわ朱に混じり
降り注ぐは天使が雪の容を変えた花

開いた掌の上
落ちると共に希望の色は枯れ花の黒へと移ろいて

――嗚呼、そういう
こんな時ばっかりお喋りなんやから
いらんことばぁっかり

地上に――うちに近づく度、変わり征く死の色に染まり切る前に
生命の源を枯らして空に爆ぜ散らす


ちゃんと『楽しい事』、考えなあかへんね
白魚打ち、浮かばせ表すは“明るいかたち”

――嗚呼、なんて
……しょーもな


さぁ、先へと急ぎましょう



●白雪は希望の花
 ふわり。
 薄蒼の尾鰭を揺らし、人魚――泡沫・うらら(混泡エトランゼ・f11361)は、鳥居のなかへ軽やかに潜り行く。くす、と赫い唇から微笑が零れたのは、滅びゆく世界に拡がった奇々怪々な現象に、可笑しさを覚えたから。
「抱いた感情が“かたち”になるやなんて……」
 面白そ、なんて。ゆるり言葉を重ねた娘は、何処までも続く階段を何となく乗り越えて、またひとつ鳥居を潜る。迫りくる崩落は未だ、遠い。
「うちが抱くかたちは、何やろか」
 ぽつり、ぽつり。
 まるで泡沫の様に胸に浮かび上がるのは、彩とりどりの“感情”たち。其れは、此の奇怪な現象に対する興味の容であり、或いは、其れを甘受せんとする愉悦の容でもあった。
 興味も愉悦も、全く異なる感情だ。きっと、姿形も様々に違いない。世界に放つ彩すらも。さて、己が抱く如何なる感情が“かたち”と成って、世界に零れ落ちて来るのだろうか。そんな期待を裡に浮かべながら、娘はまたしても階段を登り切り、門をぐるりと潜り抜ける。刹那、
 ふわり――。
 世界にまるで雪の如く舞い降りるのは、真白のあえかな花弁たち。うららは思わず尾鰭の動きを止めて、昏く染まった天を仰ぐ。

「……スノードロップ?」

 ふわふわ、ふわり。
 楽園を追われた原初のふたりを哀れんで、天使が雪から容を転じさせた花。其れが、朱に混じりつつも綿雪の如く、優し気に降り注ぐ。
 娘のあえかな掌のうえにも――。
 されど、白花が溶け消えることは終ぞ無かった。彼女の掌に触れると同時、希望の彩は絶望の黒へと移ろい、忽ち枯れてしまったのだ。
 ふ、とうららの貌から感情が消える。冷えた翠の双眸は、黒く染まった花弁を靜に見降ろしている。
 嗚呼、そう、そういうこと――。
「こんな時ばっかりお喋りなんやから」
 ぐしゃり。
 軽く掌を握り締めたなら、枯れた花弁はいとも簡単に崩れ落ち、はらはらと其の残滓を崩れ往く大地に散らして行く。
「いらんことばぁっかり」
 徒に期待を抱かせておいて、結局は死を齎すとは。なんていけずな天使なのだろう。ぞっとする程の冷笑を溢しても尚、ふわふわと舞い散る白花は、うららの傍に舞い降りて、軈ては黒ずみ枯れて行く。
「もっと綺麗に彩ってくださいな」
 降り積もる花が軈て死の彩に染まり切る前。娘のゆびさきから放たれた雪の結晶が、白花を強かに撃ち抜いた。ぱりん、とスノードロップは爆ぜ散って。ばらばらに分かたれた花弁たちは、冬に鎖された侭、世界へはらはらと零れ落ちて往く。
「ちゃんと『楽しい事』、考えなあかへんね」
 白魚の尾鰭を打ち付けて、宙でくるりと一回転。気儘に游ぎながらも、世界に浮かばせ表すは“明るい”かたち。ぽこん、ぽこんと宙に出ずるのは色鮮やかな熱帯魚たち。彼等はまるで彼女に追従するかのように、迷宮のなかを軽やかに游ぎ始めた。
 嗚呼、なんて――。
「……しょーもな」
 醒めた聲で歯に衣着せぬ感想を溢しながら、うららは尾鰭を揺らす。ひらり、釣られて揺れるは、優美な白いレースの裾。
 気づけばもう、白花の雪は止んで居た。世界には鮮やかな彩だけが満ち溢れて居る。けれど、それが何だと云うのか。
「さぁ、先へと急ぎましょう」
 もはや、此の迷宮への興味は喪せた。ならば、猟兵としてやるべきことは唯ひとつ。別離を拒み、世界に破滅を齎す妖怪たちを、止めなければ。
 うららは只管に続く鳥居を、淡々と潜り抜けて往く。世にも鮮やかな熱帯魚たちを置き去りにして――。

成功 🔵​🔵​🔴​

榎本・英


鳥居を潜り抜け、階段を上る。
実に単純明快ではないか。

然し。ゆっくりと上っている暇はないようだ。

ナツ。走れるかい?
駆け上らなければ私たちも崩れ行く瓦礫と共に
嗚呼。一気に夜の中だろうとも。

ナツと共に階段を駆け上ろう。

懐かしい感覚だね。
一段飛ばして競争をした事もある。
今はもう一段を飛ばして駆け上るだけでも
こうして息があがってしまうようになった。

早くと急かす鳴き声に笑みが浮かぶが
残念ながら、私にはあの日のような体力は無い。

ナツ、先に行っても良いのだよ。
君は鬼ごっこが得意だろう?
私もすぐに追いかけよう。

なに、すぐに向かうさ。
あと少しでこの迷宮も抜けられる気がするよ。



●懐かしさは子猫の如く
 冒険譚と云うものには、とりわけ“迷宮”と名の付くものには、何らかの難解なギミックが付き物だが。どうやら、現実世界においてはそうでも無いらしい。
 赫き鳥居を潜り抜け、長い階段を上る。
「実に単純明快ではないか」
 ただ其れを繰り返すだけで、迷宮を踏破できると云うのだから驚きだ。尤も、其れは此の青年――榎本・英(優誉・f22898)が、文豪と云う或る意味で気の長い存在であるが故であるからこそ。
「……ゆっくりと上っている暇はないようだ」
 とはいえ、脚許は既に崩壊を始めて居る。此の階段を駆け登れなければ最期、奈落の底に真逆さま。幾ら文豪と云えど、夜に呑まれて仕舞えば流石に、筆を折るしかあるまい。それ即ち「死」を意味して居る。
「ナツ、走れるかい?」
 青年は己の懐に潜り込んだ愛猫『ナツ』へ聲を掛ける。にゃあ、と鳴いた仔猫は音も無く階段に飛び乗って。ひょいひょいと、軽やかな身のこなしで階段を登り、次なる鳥居へ駆けて往く。
「……懐かしい感覚だね」
 愛猫の後ろ姿を追い掛けながら、青年はぽつりと過ぎ去りし日々のことを想いだす。そんな場合では無いのに、彼の口許には自然と笑みが刻まれて居た。
 胸の奥から沸々と湧き上がる懐かしさに呼応するかの如く、彼の周囲にセピア彩に染まった原稿用紙が、ばさばさと散らばり出す。其処に綴られているのは、嘗ての己の作文のように視えた。

 其れは、幼い頃の想い出。

 嗚呼、確かこんな風に、一段飛ばしで階段を駆け上がって。果たして誰が一着を取れるのかと、競争をしたこともあった。もう、随分と遠い記憶だ。
 今は一段飛ばして駆け上るだけでも、はあはあと、息が上がって仕舞う。脚が鉛のように重く、酸素を求めて鼓動は酷く跳ね続けて居る。
 にゃぁ。
 早くと急かすかの如く、愛猫が鳴く。嗚呼、独りだけ上り切るのが遅く成って仕舞った時も、こんな風に急かされたのだっけ。
 迫り来る夜を背に感じながらも、青年の頬には笑みが浮かぶ。脳裏に飛来する想い出の総てが、なんだか懐かしい。
 ばさばさ、ばさり。
 抱いた其の感情は、色褪せた作文と成って、世界に軌跡を遺して行く。此のひと時も、興味深く愉快である。
 唯ひとつ残念なのは、自分にはもう、あの日のような体力が無いことだろうか。
「ナツ、先に行っても良いのだよ」
 君は鬼ごっこが得意だろう、なんて。諭すように囁きながら、英は愛猫へ微笑み掛けた。仔猫を安心させる為に、再び一歩ずつ、階段を上って往く。
「――私が、鬼になろう」
 愛猫のまあるい眸が、青年を心配そうに見つめて居る。未だ鼓動は落ち着かないが、英はほんの少し歩調を速めて見せた。 
「なに、すぐに追いつくさ」
 眼鏡の奥の紅い眸が、にっこりと笑う。其れをじぃと眺めた仔猫は、か細くひと鳴きすると、白桃の毛並みを揺らして風のように駆けて行った。
「あと少しで、この迷宮も抜けられる気がするよ」
 ばさり。
 背中越し、風に攫われた原稿用紙が一枚、闇に呑まれる音が聞こえた。それなのに、懐かしさは心地好く此の身に満ち満ちて往く。
 嗚呼、この心地が続くなら、幾らでも走り抜けられそうである。

成功 🔵​🔵​🔴​

浮世・綾華
黒羽/f10471◎

来ないと思った
だって、ねえ?
俺に見られたくないでしょ
…そーなの?
そう、そっか
様子を伺う様にしてくすり

後ろを歩く
時折確認に振り返るのは
お前だけは呑まれないように

恐れるのは何より其れひとつで
ただ滲む黒い靄よりも思うことがあって

素直じゃないお前の
なんと愛らしいこと

視えたお前のこころがどんな形をしていても
それを追うように歩いた
浮かぶ月が笑った気がして、ふと笑う

月も笑ってるよ
お前があんまり可愛いから

悪びれもせずに告げよう
溢れる彩はいつの間に意地悪く笑う声の傍ら
慈愛に満ちたように咲く

首傾げ緋を細めた
駆け寄るそれにくつくつと喉を鳴らす

それ以上は物言わず
戯れるお前の本当にやわり手を伸ばして


華折・黒羽
綾華さん/f01194◎

いちいち一言二言多いんです、あなたは
俺は別に
其処まで意地を張るほど意固地では…
(……無いとは言えないが)

むすりと愛想の無い表情も
この人の前では何時もの事
何故か素直でいられない

嫌いでは無い
只、強がってしまう
思ってしまう
負けたくないと

認めて欲しい──と

前見据え進み続ける階段
振り返らないのは
己から生まれているであろうものを見るのが憚られるから
けれど殊更に遊ぶ言葉を向けるものだから

子供扱いしないでくださっ…

思わず振り向く眸が映したのは
あなたの傍へと次々駆け寄る猫や烏の影彩
まるで並び立ちたいのだと示すように

……

くるり方向転換
無言の侭に再び歩き始めた歩幅は
きっと先ほどよりも僅か早い



●隠し切れない“ほんとう”の
 ゆるりと鳥居を潜り、続く階段を上る影はふたつ。片方はひとの容、もう片方は猫人の容をしていた。
「……来ないと思った」
 ひとの容を得たヤドリガミ、浮世・綾華(千日紅・f01194)は、己の前を歩く猫めいた獣人の背中を眺めながら、ぽつり。
「いちいち一言二言多いんです、あなたは」
 そんな彼の言葉を猫の耳に捉えたならば、華折・黒羽(掬折・f10471)の物言いも、ついついぶっきらぼうに成って仕舞う。
「だって、ねえ?」
 俺に見られたくないでしょ――なんて。あまりにも軽い調子で、彼が言葉を重ねるものだから。黒羽はほんの僅か、視線を宙に游がせた。
「俺は別に……」
「……そーなの?」
 其処まで意固地では無いと云い掛けて、少年は不意に口を鎖す。嗚呼、まただ。此のひとの前では何故か、素直に成れない自分が居る。
 むすり、不愛想な表情も、今に始まったことではないけれど。今だけは、彼に視られずに済んで良かったと、そう想わなくもない。
 黒羽は別に、綾華が嫌いな訳では無い。
 唯、何となく強がらずにはいられないのだ。負けたくない。認めて欲しい。こころから、そう想って仕舞うから――。
「そう、そっか」
 少年の後ろを歩く綾華は、それ以上なにも言わなかった。
 それでも、くすりと青年は人知れず微笑を漏らす。今更知らぬ仲でもない、背中越しでも様子を伺って居れば、少年の考えて居ることは何となく分かる。
 時折ちらり、綾華が後ろを振り返るのは、黒羽だけは迫り来る闇に呑まれることがないようにと、そう希って居るから。
 彼が恐れているのは、そのこと唯ひとつ。
 黒羽を案ずる想いの前では、己の周囲に滲む黒い霧など些細なこと。付き纏う其れを振り切るように、青年はほんの少し脚を速めた。嗚呼、然し。
 素直に成れぬ少年の、なんと愛らしいこと――。
 彼の裡から零れ落ちた“其れ等”が世界を彩る様を見て、綾華は穏やかに頬を弛ませる。宵空に浮かぶ寝待ち月も、世界に満ちた温かな彩に、ふわふわと笑ったような気がして。青年もふと笑みを溢しながら、少年の背中を、彼のこころの“かたち”を追い掛けて往く。

 一方の少年は、ただ前だけを見据えて進み続けて居た。一切後ろを振り返らないのは、己の裡から零れ落ちて容を得たであろうものを見るのが、憚られたから。
「なあ、月も笑ってるよ」
 少年の不器用なこころを知ってか知らずか、背中越し、綾華の悪戯な聲が響き渡る。まるで戯れる様な科白に、少年のこころは微かに騒めいて。
「お前があんまり可愛いから」
「子供扱いしないでくださっ――……」
 喩え相手にせずとも殊更に、遊ぶ言葉が降って来るものだから。思わず黒羽は、後ろを振り返って仕舞った。
すると蒼い双眸に忽ち飛び込んで来るのは、綾華の傍に駆け寄って往く愛らしい猫のかたちや、うつくしい烏のかたちをした影彩たち。
「ほら、可愛い」
 くつくつ、頸を傾けながらも愉し気に喉を鳴らす青年の意地悪さよ。然し、今ばかりは其れも何処か、遠くに感じられる。
 まるで、自分も其の隣に並び立ちたいのだと、そう主張するかのような彼等の姿に、少年は茫と立ち尽くした。
 されど、其れはほんの一瞬のこと。
「――……」
 くるりと回れ右をした黒羽は無言で、先ほどよりも聊か足早に、階段を再び上り始めた。微かに其の肩が震えて居るのは、きっと見間違いではあるまい。
 微笑ましい其の後ろ姿に、青年の緋彩の双眸がつぅと細く成る。気づけば何時の間にか、黒い霧は晴れて。その代わり、彼の傍には慈愛に満ちたような赫花が咲き始める。
 綾華はそれ以上何も言わず、戯れて来る影彩の動物たちへ手を伸ばした。少年から零れた“ほんとう”に、やわり。ゆびさきを重ねたならば、慈愛の花は益々鮮やかに色づいて行く。
 さあ、滅びゆく世界を彩に往こう。
 影彩の動物たちと、其れから。愛らしい“おまえ”と共に――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

花房・英
【ミモザ】◎
…不安?
そう。俺も頼りにしてるよ
笑ってる顔見て、少し安心する

手を握られるまま、首を傾げ
…分かんない
問に答えながら、どんな彩だろうかとそわり
冷たい感じじゃないといいなと思ってしまう
人からどう思われるか気にする様になるなんて、前まで考えられなかったけど

こういう感じなんだ
不思議な感じ、なんかくすぐったい
自分から出た彩と形は、淡い色彩のシャボン玉
寿の側は『あったかい』けど、いつかいなくなるんじゃないかって思ってしまうからだろうか

凧…確かに寿ってふわふわしてて、風に攫われてどっか行きそう
さぁ?日頃の行い振り返ってみたら?
意地悪だったかなと思ったけど、本気で振り返るのがおかしくて──


太宰・寿
【ミモザ】◎
不安になると怪物が出るのかぁ
ううん、怖いと思う事はあっても英と一緒なら平気だよ
いつも頼りにしてるんだよ
最近は言葉にしてくれて嬉しい

英の手をぎゅーっと握って
今から英の事を考えるよ。どんな彩が見られると思う?
楽しげに尋ねて、今まで英が庭で育てた色んな花が、優しい青や紫で降るのを見上げる
これは私の『大好き』っていう気持ち
本当の家族より、家族みたいに思ってる大切な子
またそういう事言う、って言われちゃうから言葉にはしないけど

英はどんな彩になるかな?
わくわくしながら見上げて

わ、シャボン玉だ
まさか、糸が切れた凧みたいなイメージを持たれてる…?
そんなにふわふわしてないよ?…してないよね?



●花と石鹸玉
 ふたり、手を繋ぎながら鳥居を潜り、無間の階段を上り行く。
 夜に染まった世界にぽつり、佇む赤き鳥居は幻想的であるけれど、何処か物寂しい感じがして。太宰・寿(パステルペインター・f18704)は、琥珀の眸を右へ左へ、落ち着かない調子できょろきょろと。
「不安になると怪物が出るのかぁ……」
「……不安?」
 寿の隣を歩く少年、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は、僅かばかり心配げな眼差しを彼女に注ぐ。されど娘は、ゆるりと頸を振って見せた。
「怖いと思う事はあっても、英と一緒なら平気だよ」
 いつも頼りにしているのだと、英に向かって穏やかに微笑む寿。出会った頃は不愛想で、口数も少なかった彼だけれど。最近は想いを言葉にして、ちゃんと伝えて呉れる。其れは、何よりも嬉しいことだった。
「そう。俺も頼りにしてるよ」
 一方の彼と云えば、微笑む寿の姿に聊か安堵した様子。表層に現れた彼の想いに、こころが温かく成って。想いの侭に寿は英の手を、ぎゅうっと握り締める。
「今から英の事を考えるよ」
 どんな彩が見られると思う、なんて。娘がそう愉し気に問い掛けたなら、英は靜に小頸を傾けて、答えを思案する様子。
「……分かんない」
 しばしの沈黙を経て、少年から紡がれた科白は聊か力なく響く。されど、彼のこころの裡では、好奇がそわりと手毬の如く弾んで居た。
 己を想う彼女から零れる彩は、いったい如何なる“かたち”をして居るのだろうか。希わくば、冷たいものでなければ良い。
 他人からどう思われているのか、其の眸にどのように映って居るのか。自分がそんなことを気にするようになるなんて、少し前までは想像すら出来なかったのに。
「ほら、見て――」
 寿がそっと天を仰げば、少年もまた促される侭に貌を上げる。はらり、はらり、崩れ往く幽世に舞い降りるのは、優しい彩の花々たち。淡い蒼や、紫に色付いた其れらは、今まで英が庭で大事に育んできたものと同じ“かたち”をして居た。
「こういう感じなんだ……」
 彼女と繋がらぬ方の掌をふと広げれば、ふわり。あの日咲いた朝顔が、彼の許へ優しく舞い降りて。少年は驚いた様に、瞬きをひとつ、ふたつ零した。

 ――これは私の『大好き』っていう気持ち。

 そんな彼の姿を眺めながら、寿はふふりと花唇を弛ませる。彼女にとって英は、本当の家族よりも“家族”らしく親愛を注いで居る、とても大切な子だ。仮にこんな科白を口に出そうものなら「またそういう事を言う」なんて、叱られて仕舞うから。あくまで、想うだけなのだけれど。
「不思議な感じ、なんかくすぐったい」
 何処か照れたように視線を游がせる彼を見つめて居ると、優しい花の雨は更に世界へ降り積もって往く。今から世界が滅びようとしているなんて思えない程、優しい光景がふたりの周囲には拡がって居た。
「英はどんな彩になるかな?」
「俺は……」
 わくわくした様子で此方を見上げて来る彼女を、困惑した様に見降ろしたのち。少年もまた、寿の手を握り締める。ゆびさきから伝わるのは、彼女の優しい熱。
 其れを“あたたかい”と思った刹那。
「わ、シャボン玉だ」
 寿の唇から鈴音の歓聲が聴こえて、英はふと空を仰ぐ。
 其処では、淡いプリズムに煌めく、あえかなシャボン玉がふわふわと、花雨の隙間を縫うように天の帳を揺蕩っていた。
 そう、寿の傍は確かに温かい。
 けれど不意に、不安に成って仕舞うことがある。このシャボン玉のように、彼女はいつか、ふわふわと何処かへ飛んで行き、ぱちんと泡沫の如く消えて仕舞うのでは無いかと。
「まさか、糸が切れた凧みたいなイメージを持たれてる……?」
 物思いに耽る彼を他所に、寿はおっとりと頸を傾ける。凧。己が抱いていたイメージとは異なる其の単語を耳に捉え、英は思わず寿の貌をじぃと見つめた。
「……確かに寿ってふわふわしてて、風に攫われてどっか行きそう」
「えっ、そんなにふわふわしてないよ?」
 慌てて反論するも、少年からの返事は無い。おかしい。寿はもう一度、かくりと頸を傾ける。
「……してないよね?」
「さぁ、日頃の行い振り返ってみたら?」
 彼女からの返事は、ない。
 流石に意地悪が過ぎたかと、ちらり横目で彼女の様子を伺えば。当の寿は難しそうに腕を組み、真剣に日頃の行いを振り返っていた。その様が可笑しくて、くつり。少年の口端に、微かな笑みが花開く。
 ゆるりと脚を勧めるふたりの後ろを、何時の間に現れたのだろうか、蒼い翅を揺らす電子の蝶が付いて行く。
 滅びゆく世界に今、数多の花と、シャボン玉がふわふわり――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ディフ・クライン

この景色が不安かと言われればそうでも無い
無限に続くというものはどうにも慣れっこらしい
それはこの身が壊れる迄感情というものを探し続けることを
もう随分前に覚悟してしまったからか

一人変わらぬ景色を歩み続ける、と思ったが
首元を冷ややかで柔らかな毛が擽って、存在を主張する
フードの中で寝ていた相棒の雪精、灰色のオコジョ

ネージュ、起きたの
そうだね、君が居るからオレはいつだって一人じゃない

君が生まれた時から一緒に居て
今も一緒で
まるで妹みたいだなって思えるんだ

…え、何で怒るの?
もしかしてオレの方が弟って言いたいのかい?
でも君の方が後に生まれたじゃないか

柔く零れる微かな笑み
いつのまにか景色は静かで温かい細雪の彩



●親愛は細雪の彩
 赫き鳥居が何処までも、何度でも現れては、ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)の姿を呑み込んで行く。其れでも、此の景色が不安であるかと問われれば、そうでも無い。
 ひとに造られた、ひとならざる此の躰は、そう容易くは壊れない。下手をすれば、此の生は一生つづいて仕舞う。故にこそ、“無限に続く”という概念には、疾うに成れて仕舞ったらしい。
 それに、青年はもう随分と前に、覚悟を決めているのだ。喩えどんな苦難が降り掛かろうとも、此の身が壊れるまでは“感情”というものを探し続けると。
 青年は独り、変わらぬ景色を歩み続けて往く――かと、思ったが。
 ひやり。
 頸許をふと擽る、柔らかな毛並み。黒衣に揺れるフードのなかで寝ていた相棒たる雪精――灰彩のオコジョが、その存在を主張しているのだ。
「ネージュ」
 起きたの、と聲を掛ければ灰彩の毛皮がふわりと頸に纏わりつく。嗚呼、そうだった。此の子が傍に居るから、自分はいつだって、独りじゃなかった。
「君が生まれた時から今まで、ずっと一緒に居るね」
 まるで妹みたいだ、なんて。双眸を弛ませて穏やかに笑い掛ければ、ネージュはぶわわ、と毛並みを逆立てる。まるで、何かに機嫌を損ねたように。
「……え、何で怒るの?」
 此の反応には、ディフも頸を捻った。彼女の気に障るようなことを言った心算は無いのだが。喩え精霊であろうとも、女心は難しいものだ。
「もしかして――」
 ちくちくと頸筋に触れる毛並みを撫でながら、青年はふと其の理由に辿り着く。“妹”と云う表現が、もしや気に障ったのだろうか。
「……オレの方が“弟”って言いたいのかい?」
 そう問い掛けながら頸許で寄り添うネージュに視線を注げば、彼女は「そうよ」とでも言いたげに、ふわふわり、彼の頸許へ柔らかな毛皮を絡ませた。
「でも、後に生まれたのは君じゃないか」
 なんて無茶苦茶なことを、と想わなくも無い。けれども、ひとたび己の手を離れ、杖から獣の容を得た彼女が見せて呉れる感情は。そして、ひんやりと寄り添う彼女の優しさは、青年のこころに温かな彩を灯してくれる。
 宥めるようにオコジョの背を撫ぜ続けるディフの口端で、微かな笑みが柔らかに咲いた。人形らしく整った相貌が弛むのは、珍しいことだ。ふ、と零れ落ちた吐息は、月夜に優しく響き渡って、滅びかけた世界にあえかな彩を刻んで行く。
「――ほら。雪だよ、ネージュ」
 ふと、冷たい頰に触れた、温かなひと欠片。
 其の感触に導かれ、青年はそうっと天を仰ぐ。いつのまにか、空からはしんしんと、あえかな細雪が降り始めて居た。
 此の“かたち”を取った“感情の名”を、ディフは未だ識らないけれど。
 馴染み深い彩を双眸に映した彼の足取りは、始めよりも軽やかで。纏う雰囲気すら、今は何処か温かい。まるで温もりを持つ“ひと”みたいに。
「さあ、先を急ごう」
 同意するように、オコジョの毛皮が青年の頬を優しく撫ぜた。細雪のなか、人形が溢す吐息に彩は無い。其れでも、ネージュは彼の傍に居て呉れる。彼がひとであるかどうかなんて、きっと彼女には関係ないのだろう。
 ふたりは穏やかに戯れながら、迷宮を進んで往く。階段を真白に染め往く其れに、確かな足跡を刻みながら――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロキ・バロックヒート


延々と続く道は怖くはないや
今まで歩んできた道を喩えるなら
たぶん似たようなものだから
足元を見ればとろりとしたものが纏わりつき
足を留めようとしている
――ああ、諦観ってこんな感じ?

悲哀だったらいつも聴いているけれど
喜楽はぜんぜん聴こえないから
目に見えるのならどんなものなんだろう
私が思い浮かべないといけないんだよねぇ
誰か連れて来たら良かったかな

そんな誰かを思い浮かべれば
可愛い、楽しい、面白い、そんな気持ちが花開く
眼前に咲いた彩りに眼を見開いて
かつてないほど――感動していた

ああ
こんな風に喜楽が聴こえたなら、見えたなら
どんなに良かったか――
眸からほろりと零れた雫は透明なまま
昏くなりも輝きもせずただおちる



●絵の具のように世界を染めて
 赫い鳥居に、長い階段。延々と続く同じ光景を目にしても、ロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)のこころに、恐怖の彩は浮かば無い。
 神たる彼はもっと永い時間、長い道程を歩んで来た。
 それに何より、今まで彼が歩んで来た道程を喩えるなら、きっと此の光景に似ている筈だ。ふと空虚な想いが胸に過れば、脚許にとろり、違和を感じて青年は立ち止まる。
 視線を落とした先に視えたのは、両脚に纏わりつく黒い泥。まるで彼の歩みを止めようとするかのような其れを見降ろして、ロキは「ああ」と溜息ひとつ。
 諦観とはまさしく、こんな姿をして居るのだろう――。
 滅びを司る神である彼の耳には、自然とひとが抱く悲哀の聲が流れて来る。その代わり、喜や楽と云った感情は全く聴こえて来ないのだ。
 普段はひとの仔が抱く昏い感情の機微を、面白がってすら見せる彼だけれど。明るくて温かな感情と云うものには、矢張り興味が有った。
 もしも、其れらの感情が目に見えるとしたら。一体どんな“かたち”をして居るのだろう。果たして其れらは、この滅びゆく世界への餞足り得るものなのだろうか。
「……でも、私が思い浮かべないといけないんだよねぇ」
 彼にとって、余り身近ではない感情を思い描くのは難しいもの。独りで迷宮に挑んで仕舞ったけれど、誰か、感情豊かな友人でも誘えば良かったかも知れない。
 青年は脳裏で、そんな“誰か”の姿を思い浮かべる。
 知れば知るほど可愛くて、一緒に居ると楽しくて、眺めて居ると面白い。そんな友の姿を想えば、ふわり――。
 彼の周囲で次々に大輪の花が開き、踊るように宙を舞い始める。眼前で咲いた其の彩に、ロキは思わず双眸を見開いた。
「ああ」
 こころの底から、感嘆の吐息が漏れる。嘗て経験したことが無いほど、彼は感動していた。
 ぱ、ぱ、と、次々に勢いよく咲き続ける花は、まるで昏い世界に絵の具を散らしたよう。赫、白、黄、どれも彩鮮やかでうつくしい。はらり、はらりと花弁を散らす様など、見惚れて仕舞いそうである。
 もしも、こんな風に喜楽が聴こえたなら。そして、其の旋律が斯うして眸に見えたなら、どんなに良かったか――。
 ほろり。
 蜂蜜彩の眸から不意に零れた雫は、透明だった。其れは黒く染まることも無く、かといって、きらりと輝くこともなく。ただ、彼の頰を伝って大地へと堕ちて往く。
 自分はいま、哀しいのだろうか。其れとも、嬉しいのだろうか。
 或いは、こころに満ち溢れた感動が、しずくとして自然と双眸から溢れ出て仕舞ったのだろうか。正解はきっと、彼にしか分からぬこと。
 気付けばもう、泥の戒めは解けていた。
 自由に成った脚で確りと階段を踏み締めて、ロキは前へと進んで行く。広げた掌上に舞い降りた花弁を愛おし気に包み込めば、青年の口許にも穏やかな笑みが花開いた。
 さあ、彩を灯しに行こう。
 昏いカンバスめいた、此の世界へ――。

成功 🔵​🔵​🔴​

リインルイン・ミュール

ずっと続く階段と鳥居、こうして見ると壮観ですネ! お祭りの音とか欲しくなりマス
さて、初めて見る光景を前にして既に楽しいのですが
折角ですから、他の気持ちも強く思い起こしていきまショウ

ワタシは多少ヒトの思念を読むことも出来ますが、直接読まなくても、信じるに値するものは沢山見まシタ
一緒に遊んだヒトの笑顔、共に戦ったヒトの心映した力。誰かを想う言葉、未来への希望、祈り
それらが嘘だったら、絶対に今は無かったと言えるだけの出来事を見届けてきました

勿論、悪意や嘘も同じように見てきてマス
それでも、よきものを見てきて、見えない心を信じられると言えることが
そんなヒトビトの為に力を振るえることが、ワタシは幸せです



●幸せは雫のかたち
 銀の籠手に包まれたしなやかな四つ足が、軽やかに階段を跳ねて上って往く。獣の容をしたブラックタール、リインルイン・ミュール(紡黒のケモノ・f03536)は、近付き往く大きな鳥居を仰ぎながら、仮面の奥でくつくつと笑った。
「こうして見ると壮観ですネ!」
 祭り囃子でも聴こえて来れば、其れこそ胸が躍ったであろう。嗚呼、足許からガラガラと、世界の崩壊が始まっているというのに――。
 初めて見る夢幻なる光景に愉しさを見出した彼女の周囲では、小花がふわりと花開き、大地に零れ落ちて行く。その様もまた、雅やかで見応えのあるものだ。
「折角ですから、他の気持ちも強く思い起こしていきまショウ」
 また、同じような迷宮に挑めるとは限らない。
 ゆえに、楽しさだけでなく、他の感情も想い描かねば勿体ないだろう。リインルインは軽やかに跳ねながら、己の裡に湧き上がる感情と向かい合う。

 リインルインは、ひとの思念を読むことが出来る。
 だからこそ、喩え眸に映らずとも“大切なもの”がこの世には存在すると云うことを彼女は信じられるのだ。けれども、もしも彼女がひとの想いを読めなかったなら、果たして其れ等を信じることは出来なかったのだろうか。
 ――答えは、否である。
 喩え思念を読まずとも、信じるに値すると感じられるものを、彼女は其の眸で沢山見て来たのだから。
 一緒に遊んだひとが咲かせてくれた、温かな笑顔。
 共に戦ったひとの、其のこころを映したかのような、不思議で大きな力。
 幾度となく紡がれて来た、誰かを想う言葉。
 未来へ繋いで行く希望に、こころからの祈り――。

 もしも、其れらが嘘だったなら。絶対に、今のリインルインは無かった。
 そう言い切れる程に、ひとが世界に零した感情を、彼女は見つめて来たのである。勿論、視えるのは綺麗なものばかりでは無い。悪意や嘘だって、同じように眸に映して来た。
 其れでも、よきものが放つ輝きを、其れらは決して塗潰せない。
 信じるに値するものを、沢山目の当たりにして来たこと。そして、眸には映らない“ひとのこころ”を信じられると、胸を張って言い切れることが。
「――ワタシは、幸せです」
 そんな尊いひとびとの為に、力を振るえることすら僥倖。だから、何処までも此の脚で駈けて行こう。此の世界を、救う為に。
 胸に溢れる幸福感は虹彩の雫となって、滅びゆく世界に優しく零れ落ちて往く。彼女が紡ぐ軌跡にはただ、ひとへの親愛と信頼だけが刻まれて居た。

成功 🔵​🔵​🔴​

乱獅子・梓
【不死蝶】◎
感情が形になる世界、か…
誰しも綺麗な感情ばかり持っているわけじゃない
「嘘も方便」という言葉があるように
相手のことを想うがゆえに、時には
後ろめたい感情を隠したり誤魔化したりすることもあるだろう
それらが一切許されない世界は正直息苦しいだろうなと思う

っと、そんなことを考えていたら早速
自分の気持ちを表したような黒い雲が周囲に
しっしっと追い払い

綾の周りに現れたやたらファンシーな蝶々
紅い蝶を纏う姿はよく見ているが
ピンク色だと途端に似合わないな…と
何だかおかしくて、自然と気持ちが和らぐ

綾はいつもニコニコとしていてなかなか本心を見せない
こいつが不安や恐怖を抱く時
それはどんなかたちを得るのだろうか


灰神楽・綾
【不死蝶】◎
んもう、難しい顔して難しいこと考えてるでしょ梓
出ちゃってるよー
梓の周りの黒いもやもやを指差して
まぁでも、梓はすぐに顔に出るから
こんなのが無くても俺は何となく分かっちゃうけどね

無限に続く鳥居って
UDCアースにもこういうのあった気がする
日本の観光地のどこだったかな
そこを観光していると思えば楽しい気持ちになってくるよ

俺の周りに現れたのは
おとぎ話にでも出そうな可愛らしいピンク色の蝶々の群れ
軽く手を伸ばして指先に留まらせてみたり
俺が蝶なら、梓にはピンクのドラゴンが現れたりしてね?

…もし抱いてる感情が
まだ見ぬ強敵との戦いへの期待や興奮だったならば
禍々しい赤黒い蝶々がやってきたのかもしれないね



●暗雲と蝶
 滅びに瀕した世界では、寝待ち月が夜の帳で静謐に輝いて居た。
 サングラス越しでも鮮やかに視える鳥居を潜り抜けながら、乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)は独り、物思いに耽る。
「感情が形になる世界、か……」
 誰もが、綺麗な感情ばかりを持っている訳じゃない。妬みや憎悪、嫌悪を裡に隠しながら生きるひとも、決して少なくは無いのだ。其の感情を暴くことは、果たして世界の為に成るだろうか。
 「嘘も方便」と云う言葉があるように、相手のことを想うがゆえ、時にひとは己を偽る。其の方が、世界は恙なく回ることを知って居るから。
 だから、後ろめたい感情を裡に秘めることも、見ない振りして誤魔化すことも。決して許されない世界など。
 ――……正直、息苦しいだろうな。
「んもう、難しい顔して難しいこと考えてるでしょ梓」
 思考の淵に沈む相棒の貌を、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)はひょこりと覗き込む。出ちゃってるよー、なんて。指差す先は、梓の傍ら。彼の心情を現すかの如く、黒い雲がもやもやと霧の様に立ち込めて居た。
「おっと……」
 此れ以上は、良く無い気がする。思考を振り払った梓は、しっしっと、掌で明後日の方へ雲を払い除ける。そんな彼の姿を、綾はにこやかに眺めていた。
「梓はすぐに顔に出るんだから――」
 故に、感情が“かたち”を得る世界では無くとも、彼は相棒の想いを察することが出来る。一方、梓の方は綾の本心が分からない時がある。
 彼は何時も、にこやかに笑って居る。その笑顔が時折、壁の様に感じられて。なかなか本心を見せてはくれないのだ。
 ――こいつが不安や恐怖を抱く時、其れはどんなかたちを得るのだろうか。
 サングラス越し、梓は綾へちらりと視線を向けるけれど。其れを知ってか知らずか、綾は呑気に周囲に拡がる光景を見渡して居る。
「無限に続く鳥居って、UDCアースにもこういうのあった気がする」
「この世界以外にも、こんな場所があるのか?」
「日本の観光地の……どこだったかな」
 兎に角、其処を観光していると思えば楽しい気持ちになってくる筈だと、綾は笑みを深めた。梓も改めて、周囲を見回してみる。崩れ往く世界であることを差し引けば、確かに、荘厳で雰囲気のある場所かも知れない。

「……あ、ほら見て」
 相棒の聲が不意に跳ね、梓の意識は其方へ戻る。彼の視界が捉えたのは、綾の周りでふよふよと羽搏く、愛らしいピンク彩の蝶の群れ。まるで、お伽話にでも出てきそうなファンシーな光景に、梓は思わず「ふっ」と噴き出した。
 彼が紅き蝶の群れを引き連れる姿は、よく見ているが。ピンク彩の蝶だと、途端に似合わなくなるのは何故だろうか。其れが無性に可笑しくて、こころの隅に燻ぶっていた靄が晴れて往く。
「俺が蝶なら、梓にはピンクのドラゴンが現れたりしてね?」
 されど、伸ばしたゆびさきに蝶を留まらせて遊ぶ綾は、涼しい貌で戯れを紡ぐ。ふよふよと揺れる蝶は、すっかり場の空気すら和らげてくれて居た。
「ピンクか……」
 梓は難しい貌をして、再び考え込んでしまう。
 確かに、自分はドラゴンをよく連れ歩いて居るけれど。ピンク彩は、正直どうなのだろう。可愛い竜も嫌いじゃ無いが、少しファンシー過ぎるような――。
 またもや黒い雲を招きそうな勢いで思案する相棒の姿を眺めながら、綾はそっと双眸を細めた。
 ピンクの蝶が現れたのは、彼が「楽しさ」を抱いたから。では、まだ見ぬ強敵との「戦いへの期待」や「興奮」を、裡に抱いていたのなら。一体、如何なる“かたち”が世界に零れ落ちたのだろうか。
「赤黒い蝶々が、やってきたかもしれないね」
 ぽつり。
 誰にともなく紡いだ言葉は、夜の闇へ溶けて行く。思えば、禍々しい彩が飛び出して来なかっただけ、“成長”出来ているのかも知れない。
 綾が悩む相棒を促せば、ふたりは再び足並み揃えて階段を上って往く。ピンクの蝶はあえかな翅を愉し気に揺らして、彼らの後を着いて行った。
 其の軌跡に、きらきらと煌めく春彩の鱗粉を降らせながら――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

荻原・志桜

暗い道をひとり
おばけが出たらどうしよう、なんて
わずかな不安が胸の裡で巣食い広がっていく

使い魔の白猫を喚び出し両腕で抱き上げ
その温かさに少し安堵する

何か違うこと考えよう
そしたら怖くなくなるもん
好きなものを、そう例えば――

魔法
自らの手で光を操って
星の雫のように輝きを生み出す光景
何度見ても飽きなくて楽しくて
綺麗だといつも思う

今度はどんな魔法を生み出そうかな
空にふたりの象徴を浮かべたときのように
あの人が喜んでくれる
すごいって笑って褒めてくれるものがいいなぁ
なにがいいかな、ノエル

不安はもうなくて
いとしい人を思い浮かべれば
傍にいなくても胸の裡に燈を灯してくれる

薄紅と天色
大切な彩で満たされた光景を楽しむ



●好意は天色と薄紅に染まりて
 妖怪変化の類が飛び出してきそうな昏くて長い階段を、荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)は独り、何処までも上って往く。
 ――おばけが出たらどうしよう……。
 彼女が恐れるのは幽世に住まう妖怪では無く、もっと概念的な怪異。此処では不安すら“かたち”を得ることになると、分かって居たけれど。胸裏に一度広がりだした感情を、留めることは難しい。嗚呼、寝待ち月に照らされた己の影が、不気味に蠢いて居るような。
「ノエル……」
 少女は堪らず、使い魔の白猫を迷宮へ招く。音も無く地上へ降り立った子を、両腕でそうっと抱き上げれば、掌に柔らかな温もりが伝わって来た。ただ其れだけで、何だか安堵して仕舞って。志桜は花唇から、ちいさな吐息を溢す。何か違うことを、もっと明るいことを考えよう。
「そしたら、怖くなくなるもん」
 そうだ、どうせなら好きなものを想い描こう。例えば、“魔法”とか――。
 あえかなゆびさきを宙へ伸ばしたならば、忽ち其処に淡い紅彩の光が集って来る。されど、其れは彼女の裡から溢れ出た魔法ではなく、彼女の好意が“かたち”と成ったもの。尤も、見目は殆ど変わらないけれど――。
 少女はゆびさきを自由気儘に振り回し、淡い光が遺す星の雫の如き軌跡を、愉し気に視線で追い掛けて往く。
 もう何回も繰り返した此の動作。
 其れでも、何度見ても飽きは訪れず、何時だって楽しい気分に成れるのは、少女が『魔法』にずっと憧れていたから。
「……綺麗」
 昏い世界に淡い彩を燈す其れを見つめながら、少女は自然と微笑んでいた。今度は、どんな魔法を生み出そうか。
 いつか、硝子の夜空にふたりの象徴を浮かべた時みたいに、あの人が喜んでくれるような。「すごい」って、笑って褒めてくれるような、――そんな彩にしたい。
「ねぇ。なにがいいかな、ノエル」
 腕に抱いた猫へ問い掛ける志桜の表情に、もう不安の彩は無かった。愛しいひとのことを思い浮かべたなら、次は彼女のゆびさきに、涼し気な天彩の光が集う。
 嗚呼、喩え傍にいなくても。彼は此のこころの裡に、優しい燈を灯してくれるのだ。溢れる好意の侭、少女はゆびを動かして宙に星雫の軌跡を遺して往く。
 戯れにハートマークを描いたなら、其れはいっそう鮮やかな輝きを放って。世界を恋する気持ちで染めていく。
「ふふっ」
 少女の足取りは、最初よりもだいぶ軽い。
 薄紅と天色、ふたつの大切な彩で満たされた光景を楽しみながら、志桜は無間に続く迷宮を真直ぐに進んで往くのだった。
 きっと、出口には直ぐに辿り着く筈だ。なにせ彼のことを想っていると、時間はあっという間に過ぎて行くのだから。
 嗚呼、幾ら時間があっても足りないくらい、彼への好意は止まらない。

成功 🔵​🔵​🔴​

無間・わだち

モバコ(f24413)
※ほっとけないだけ

いつでも崩壊の危機にある幽世は
危機に慣れてるんだろうか
ああ、妖怪も生物ですか

感情がかたちを得るなら
隣の彼女の想いも視えるのか

これだけの鳥居、初めて見た
どこまでも続くんだな
不思議とこわいとは思わない

あかい右眼がぱちりと動く
鳥居をくぐる度にあの子の熱が廻る

蓮の花だった
ようく知ってるその薄紅が
水面みたいに宙で咲いてうすらと消える

こぼれていく泡が
綺麗だと思ったから

綺麗ですね、それ

こぼした言葉にそれ以上の意味はなかった
だから彼女の問いにも
ふぅん、と

泥の中でしか根付かないなら
ある意味、人間みたいだ

その感情に彩がなくても
俺は綺麗なものを視られたから

花が
また咲いている


海藻場・猶予

わだくん(f24410)と
※この関係を恋と呼んでいるだけ

避けようもない危機に直面し続けると
生物は感情を動かすことを止めてしまうものです
或いは、この幽世の妖怪たちも

鳥居というもの自体を見慣れません
出入り口を示すものだと理解しておりますが
並んでいると意味合いが違って見えてくる

他愛のない話をしながら、綺麗な景色を、貴方と歩く
わたくしの身から溢れる『かたち』は、浮かんでは消える透明な泡ばかり
……こうして可視化されると恥ずかしいものですね
わたくしの語る言葉には感情の色がない
恥ずかしい、という言葉も、本来は感情であるべきなのでしょう

綺麗、ですかね
わだくんはご存知ですか?
綺麗な水の上には蓮が咲かないことを



●戀という名のもとに
 がら、がら――。
 背中越しに響き渡るのは、崩れ落ち行く足場が上げる断末魔。其の光景を振り返ることも無く、青年と少女は出口を目指して進んで往く。
「いつでも崩壊の危機にある幽世は、危機に慣れてるんだろうか」
 無間・わだち(泥犂・f24410)の口から、ぽつり。そんな疑問が零れるのも、きっと無理らしからぬこと。なにせ此の幽世は、カタストロフと隣り合わせ。たったひとつの言葉が、平穏と云う名の水面を揺らしただけで。ほら、こんなにも大事に成って仕舞う。
「避けようもない危機に直面し続けると、生物は感情を動かすことを止めてしまうものです」
 或いは、この幽世の妖怪たちも――。
 そう淡々と答える少女、海藻場・猶予(衒学恋愛脳のグラン・ギニョル・f24413)の貌にも、表情は全く無い。もしかすると彼女も、危機に情動を奪われたのだろうか。されど、真実は本人しか知らぬこと。
「……ああ、妖怪も生物ですか」
 一方のわだちは、猶予のそんな態度にも慣れっこらしい。ぼんやりと相槌を打ちながら、隣で海月めいたスカートを揺らす彼女の姿を見降ろして居る。
 ――もしも、感情が“かたち”を得るなら。
 彼女の想いだって、視えるのかも知れない。極めてフラットな猶予の裡から、果たして如何なる“かたち”が零れるのか。気に成らないと云えば、嘘に成る。されど青年は脚を止めること無く、淡々とした少女の隣を並び歩き続けるのだった。

 どれ位、同じ光景を繰り返しただろう。赫い鳥居はまるで、大きな口のように、ふたりの姿を宵闇へと呑み込み続けて居た。
「これだけの鳥居、初めて見た」
「そもそも、鳥居というもの自体を見慣れません」
 それが、出入り口を示す“門”のようなものであることは、重々理解しているけれど。それらが無間に並んでいるとなると、また違う意味合いを観出さずには居られない。
「どこまでも続くんだな」
 わだちは、またしても現れた鳥居を仰ぎながら、僅か嘆息を漏らす。不思議と恐怖は感じない。ただ、荘厳な光景に圧倒されるばかり。
 赫い門を通り抜ければ、本来は彼のものでは無い“赫い右眼”が、ぱちりと瞬いた。嗚呼、きっと気の所為ではあるまい。鳥居を潜る度に、“あの子”の熱が此の身に巡って行くのは――。
「あ……」
 ふわり。
 宙にふと、大輪の彩が咲く。其れは、隣を歩く彼女の髪彩を映したような、蓮の花。ようく識っている薄紅の花弁は艶やかに開き、まるで水面の上を揺蕩うように空中を彷徨って、軈ては薄らと消えて往く。
 其の様に見惚れるように、大きさの異なる双眸を揺らす青年。一方、彼の貌を見上げる猶予からもまた、感情の“かたち”が零れ落ちる。
 こぽり、こぽ。
 此処は水中でもないのに、透明な泡沫は天へ昇り行き。其れでも月に届く前に、儚く宵闇に溶けて仕舞う。其れは何処か淡々とした彼女らしい、無機質な彩。
「……恥ずかしいものですね」
 そう零す彼女の聲には、凡そ感情の彩が無い。ただ沈黙の間を縫うように、気紛れに、其の場に相応しい科白を紡いでいるだけ。
 本来なら「恥ずかしい」と云う言葉は、もっと“感情”で紡がれるべきなのだろう。もっと、花蜜の様な甘さと微熱を孕んだ、こころ揺らす情動で――。
「綺麗ですね、それ」
 平坦に響く彼女の聲彩を意に介すこともなく、青年は容の異なるふたつの眸で、泡沫をゆるりと追い掛ける。別に、気遣った訳ではない。彼女のこころの機微を、わだちは知る由も無いのだから。
 ただ、世界へ零れ落ちて、浮かんでは消える泡沫を「綺麗」だと思った。だから唇は、自然と音を世界に零した。
 詰まりは、其れだけのこと。
「――綺麗、ですかね」
 ちらり。
 少女は視線だけを動かして、青年の貌を盗み見る。視界の端にちらつくのは、咲いては消えゆく大輪の花たち。何れ消えゆく泡沫と踊る其れらは、本来なら有り得ないもの。
「わだくんはご存知ですか?」
 ほんの僅か悪戯に、猶予は聲を顰めて問い掛ける。だって、余りにも滅茶苦茶で、可笑しい光景が、目の前に拡がって居るから――。
「綺麗な水の上には蓮が咲かないこと」
「ふぅん」
 返って来たのは、素っ気無い返事。
「或る意味、人間みたいだ」
 泥の中でしか根付かないなんて、却って親近感すら抱いて仕舞う。そんな感想を溢して、青年は宙を揺蕩う花と泡沫を眺めるばかり。
 別にふたりは、戀などと云う不確かな熱で繋がって居る訳ではない。
 ただ、放って置けないだけ。ただ、この関係に「戀」と云う名を与えただけ。それだけの、或る意味では冷めた関係。
 それでも、わだちは構わない。
 ただ、綺麗なものが視れるなら。そして、此の赫い眸の主が、其れを喜んでくれるなら。其れだけで彼が“認識する”世界は、鮮やかに染まり行く。
「……また、咲きましたね」
「咲きましたね」
 他愛も無いことばを交わしながら、ふたりは淡々と階段を上って往く。
 彼らから零れた感情は、咲いては消えて、浮かんでは消えてを繰り返し。滅びゆく世界に、ささやかな彩を加えて行くのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

旭・まどか
あきら(f26138)と


事前に伝え聞いていた
先の――頂上の見えない鳥居は何処か、別の世界に繋がっていそうで
思わず足が竦みそうになる

けれど
弾む声と軽やかな足音
それに、早く、と手招く後ろ姿
いつの間にか渦巻く不安は何処かへ消えて

引かれる勢いに合わせ、踏み出す一歩
一本目の鳥居を潜ってしまえば――何てことの無い
ただ、同じ風景が続いているだけだ

慌てて転んでも知らないよ

気付けば口を突くいつもの憎まれ口
けれど君は笑って流すから
いつもの歩みで一歩、また一歩
朱の結界を潜り征く

軌跡を彩るは真白の新雪
空気に触れてすぐに無くなってしまうその儚さを
僕も、君も、気付けない
――其処に積もる“かたち”が、何なのかさえ


天音・亮
まどか(f18469)と


いち、にっ、さんっと
階段を登る脚にリズム合わせ紡ぐ声
長い階段も続く鳥居も、ひとりでなければ気持ちが沈む事もなく

まどか、こっちこっち
一本道なのに手招いて早く早く、と
きみと歩く道なら怖いことなんて何も無い

そういえば感情が形になるって言ってたっけ
でも、今のところ何も出てこないけどなぁ?
まあいっか!何事も無いに越した事は無いもんね
まどか、行こ!

きみの手を取る
その全身から薄淡く溢れる日向色
ふわり溢れてはきみに降り注ぐ
その“感情の容”に私は気付かない

隠さぬ想い、止まぬ愛
天音亮そのものがその“容”
日向色の雪はきみの新雪と共に優しく降り注いで
ふたり歩いた足下にはきっと想いが芽吹いてく



●きみも知らないこころのかたち
 事前に聴いていた通り、目指すべき頂すら見えぬ鳥居の群れが、世界にぽつりと佇んで居る。脚を踏み入れれば最期、何処か別の世界へ呑まれて仕舞いそうで。旭・まどか(MementoMori・f18469)の脚は、思わず竦みそうに成る。
 嗚呼、此処で止まって居たら、崩れ往く大地に足を取られて仕舞うのに。
「いち、にっ、さんっと――」
 そんな少年の裡に滲んだ不安を振り払うのは、傍らの天音・亮(手をのばそう・f26138)が紡ぐ、軽やかなリズム。彼女のすらりとした脚は、惑うことなく階段を上へ上へと昇って往く。無間に続く鳥居と階段は、何処かホラー染みていて不気味で怖い筈だけれど。独りじゃないから、大丈夫。
「まどか、こっちこっち」
 少年よりも何段か先を進み、軈て鳥居の前に辿り着いた亮は、ふと立ち止まって振り返り、立ち竦む彼を明るく手招いてみせる。一本道で逸れる恐れなんて無いのに、早く早く、なんて。ついつい、そんな科白が零れて仕舞う。
 彼とふたりで歩く道が、怖い筈も無かった。
「――仕方ないな」
 弾む聲と響き渡る踵の音に釣られ、手招くゆびさきに導かれるかの如く。少年は一歩、脚を踏み出した。気づけば、渦巻く不安は彼方へと消え喪せている。彼女は本当に、夜に染まった世界を照らす太陽のようだ。
「まどか、行こ!」
 漸く隣に並び立った少年の手を取って、亮は待ちきれないとばかりに鳥居のなかへ駆けて往く。惹かれる勢いに合わせて、また一歩、少年はあゆみ出す。
 ひとたび其処を潜り抜ければ、其の先に拡がって居たのは何てことない。ただ、長い階段が何処までも続いて行くような、――先ほどと同じ光景だった。
「慌てて転んでも知らないよ」
 恐れを忘れた少年は、何時の間にやら元の調子を取り戻し。花唇は無意識に、憎まれ口を叩き始める。それでも亮は、くすり、と其れを笑って受け流すだけ。
 咎めもしない、むきにも成らない。ただ、受容が其処に在る。だから、彼女と旅するひと時は、不快ではない。重なるゆびさきの、温もりすらも――。

「そういえば、感情が形になるって言ってたっけ」
「ああ、そんな話もあったね」
 一体幾つ、赫い鳥居を潜り抜けただろうか。いつも通り、確りと地面を踏み締めながら、ふたりはふと貌を見合わせる。右へ左へ、上へ下へ、視線を巡らせてみたけれど、其れらしいものは見当たらない。
「今のところ何も出てこないけどなぁ……」
「さあね、未だ感情が揺さぶられてないんじゃない」
 まどかから素っ気無い答えが返って来ても尚、亮は釈然としない様子で頸を捻っていたが。
「まあ、いっか!」
 何事も無いに越したことは無いと思い返し、それ以上思案するのを止めた。そうして、再び眼前に立ちはだかる鳥居へ向き直れば、ぎゅっと少年の手を握り締める。
「行こう、まどか」
 娘が一歩、脚を踏み出したなら。彼女の全身を薄く包み込む日向彩の膜が、ふわり。まるで雪のように零れ落ちて、少年の許へと優しく降り注ぐ。けれども、其の“かたち”に亮は勿論、まどかも気づかない。
 決して裡に隠した侭にはせぬ想い。そして、降り止まぬ愛。天音亮そのものが、そのふたつを現す器であり、“容”なのだから。
 少年もまた、無言で彼女の手を握り返す。彼もまた、気付いていない。恐らく、後ろを振り返らぬ亮だって、気付かない。
 脚を踏み出した彼の背中から、ほろり。ささやかに零れ落ちた、空気に触れたらいとも容易く消えて仕舞うような。そんなあえかな“かたち”が、有ったことに。
 ふたりの軌跡を、日向彩の雪と真白の新雪が、優しく彩って往く。軈て其の雪が溶けたなら、其処にはきっと温かな想いが芽吹くのだろう。
 まるで、世界に春が訪れたように――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シャト・フランチェスカ


ヘンペル
きみなら世界が崩れても飛んで往けるだろ
肩に乗せたアルビノの鴉に笑む

終わりのない途は
人生より悪辣な物語

かたちを得るのは輪郭の朧な
ヒト、ヒト、ヒト
あれらは登場人物だったもの
僕が著作のなかで
何らかの要因で命を奪った

くるるとヘンペルが唸る
きみにも視える?
怖がることはないさ

二律背反、自己矛盾
無数の魂が僕を怨んでも
僕は報復を受けることを良しとする
僕は終わりを受容し白刃を抱擁するつもりだ
此処では歓びは燦めきを得るという
だから、彼らは
もう一度果てるだけ
うつくしい星屑になるばかりで僕を呪えない

哀しいね
呟く瞳に憐憫と嗜虐

きみは鴉のパラドックスの反証
僕の窓辺に寄り付いたのは
こんな景色を見たかったからかい?



●悲願哀願パラドックス
 赫い鳥居を抜けた端から、先ほどまで立っていた大地が崩れて往く。
 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は、感慨無さげな眼差しで背後を振り返り、肩で羽を休める朋の名を呼ぶ。
「――ヘンペル」
 アルビノの鴉は、赫い眸で紫陽花の乙女のかんばせを見つめる。艶やかな白い羽根は、続くことばを待つように、ぱさぱさと揺れていた。
「きみなら、世界が崩れても飛んで往けるだろう」
 花唇を悪戯に弛ませても、ことばを持たぬ鴉は何も答えない。けれど、構わなかった。静寂もまた、嫌いでは無いのだ。嗚呼、それにしても。
 何処までも続く、先の見えない道程の、何と悪趣味なことか!
 涯の無き此の路は、いつか終わりを迎える“人生”なんかより、よほど悪辣な物語。ひと度呑まれて仕舞えば最期、永遠に夜の一部と化して仕舞うのだから。
 其れは、“苛立ち”だったのだろうか。或いは、“諦観”だったのやも知れぬ。彼女がそんな思考に沈む頃には、何処までも続く階段の至る所で、零れ落ちた感情が“かたち”を得始めて居た。
 それは輪郭の朧気な、人、ひと、ヒト――。
 どんな貌をしているのかすら分からないけれど、それでも。娘は彼等に、何処かデジャヴを感じて居た。彼等は“登場人物だった”者たちだ。
 作家、嗣洲沙熔は著作のなかで、数多のひとびとの命を奪って来た。彼等が死に至るには、何らかの要因が有ったのだろうが。生憎、其の凡ては出て来ない。
 くるる……。
 果たして、赫き眸にも彼らの姿が視えたのだろうか。肩に乗せた白き朋、ヘンペルが低い唸りを上げる。乙女は白いゆびさきで、優しく鴉の羽根を撫でてやる。
「怖がることはないさ」
 当のシャトは、醒めた眼差しで嗤って居た。
 嘗て此の冴えた頭が生み出した者たちに、いま此の身は狙われて居る。此れを二律背反、自己矛盾と云わずして、何と云う。
「怨んで良いよ」
 ふ、と乙女が微笑めば、数多のヒト型が輪郭を揺らめかせた。嗚呼、此処に集う無数の魂が、シャトを憎んで居るのだ。
「報復を受けてあげる」
 かつ、と踵を鳴らして、彼らの許へ近づいて行く。足許はがらがらと崩壊を続けており、もう引き返すことはできない。
「君たちの白刃と、抱擁を交わそう」
 “終わり”を受容する覚悟は、疾うに固めて居た。ほら、と両手を広げながら、乙女は物語の亡霊たちを甘く誘う。まるで其れは、甘い毒のよう。
 兎角、此の世は退屈だ。だから別に、シャト・フランチェスカと銘打たれた物語は、此処で終わっても構わない。寧ろ、希っても居ない僥倖だ。
 けれど、此処では“歓び”が燦めきを得ると云う。
 そして彼女のこころには、昏い喜びが湧き上がり始めている。だから、彼等は其の“かたち”を喪って、もう一度果てるだけ。
 そして、薄紅のうつくしい星屑へと、其の“かたち”を変えて往く。
「――哀しいね」
 彼等は所詮、虚構の存在。喩え“かたち”を得たとしても、シャトのことを呪えない。湿っぽく呟く聲とは裏腹に、紫水晶の眸には憐憫とひと匙の嗜虐が滲んで居た。
 乙女はもう一度、花唇から朋の名を紡ぐ。
 此の子は、“鴉のパラドックス”の反証。アルビノの存在により、権威を喪った帰納命題へのアンチテーゼ。矛盾を孕んだこの幻想には、何とも誂え向きな存在。
「僕の窓辺に寄り付いたのは、こんな景色を見たかったからかい?」
 そうっと白い頭に唇寄せて囁けど、鴉はことばを返さない。ぱさり、と擦れる羽根の音だけが、静寂の夜を満たして行く。
 シャトはくすり、と唇に微笑を滲ませた侭。終わりの見えない階段を、淡々と上って往く。幽世に零れ落ちる星屑はまるで、滅びゆく世界への餞の様――。

成功 🔵​🔵​🔴​

リュカ・エンキアンサス

旅は好きだ
未知の景色は心が躍る
新しい場所に行くのが好きなんだよね…ってことで
鳥居の景色も、楽しみながら進むよ
なんか鳥居に法則性がないか調べてみたり、景色を見たり。延々と歩くことは苦にならない
…とはいえ、性格上全く警戒しないってことは生まれてこの方どんな時でもないから、全く警戒しないわけじゃないんだけどね
と、いうわけでどんな景色でも探求心と遊び心をもって挑みたいと思います(どんな景色になるかはお任せ

見慣れないものを見つめたら、暫く観察して、大丈夫そうなら近寄って、できればつつく
勿論、見るからに怪しそうなものは観察するだけにとどめる(観察はする
そんな感じでそこそこ楽しみながら、進めたらとは思うよ



●好奇心は羽搏いて
 赫く艶めく鳥居を潜り抜ければ、次は長い階段が何処までも続いて居る。幻想的で、何処か不気味な景色。されど、リュカ・エンキアンサス(蒼炎の旅人・f02586)が、歩みを止めることは無い。
 旅は、好きだ。
「新しい場所に行くの、好きなんだよね……」
 未知の景色を目の当たりにすると、こころが躍る。喩え、表情に出なくとも――。ゆえに少年は、無間鳥居と階段が織りなす此の景色すら楽しんで居た。それに何より、彼の本質は“旅人”である。ゆえに、延々と歩くことは苦にならないのだ。
 未だ足元の崩壊が遠いことを確かめて、リュカは鳥居に近付いてみる。一見すると同じ鳥居に想えるけれど、何か法則性は無いだろうか。
「――新品みたい」
 ゆびさき触れれば、つるり、滑らかな感触が伝わって来る。歴史を重ねた神社の、ささくれだった鳥居では、凡そ有り得ない感触だ。成る程、自分は本当に迷宮に呑まれているらしい。
 改めて状況に納得しながら、大地の崩落が迫ってくる前に、少年は再び歩みを進め始めた。ずっと、同じような階段が続いて居るけれど。果たして景色の方は、如何だろう。
 ぐるりと視線を動かせば先ず、空に浮かぶ寝待ち月の姿が視界に飛び込んで来る。幾ら歩みを進んでも、同じ位置で輝いているのが不思議だ。
 少年はふと立ち止まり、ずっと其処にある月をしげしげと眺めてみる。かと想えば、不意に歩き始めて月が追い駆けて来ないかと、確かめてみたり。そんな動作を繰り返して、暫く月の観察を続けて居た。
 其の合間合間に、ちらちらと、碧彩の眸は後ろを振り返る。生まれて此の方、リュカは警戒を忘れたことが無い。
 色々な光景を眸に映すことは大事だが、やはり一番大切なのは己がいのち。うっかり崩落に巻き込まれて仕舞ったら、元も子も無いのだから。
 未だ危険が迫って居ないことを確かめれば、彼はもう一度月を仰いだ。刹那、ふわり――。宙から降る、蒼い鳥の羽ひとひら。
「何処から降って来たんだろう」
 地面にひらりと舞い降りた其れから目を離し、少年は視線をぐるりと巡らせる。幾ら探せど、何処にも鳥の姿は無かった。リュカは暫し、地面を彩る羽をじぃと見つめたのち、そうっと手を伸ばしてみる。
 柔らかい其れにゆびさきが触れても、何も起こる気配は無い。何となく拾い上げ、両手で包み込めば、ふわふわ、ひらり。
 まるで渡雪が散るように、世界に蒼い羽が舞い始めた。
「もしかして……」
 此れは、自分のこころから零れ落ちた、好奇心の“かたち”なのだろうか。
 雨でも雪でも無く、羽が降るなんて出鱈目だけれど。幻想的な眺めのなか、歩んで行くのも悪く無い。
 好奇心のひとひらを月に翳しながら、リュカはまた一歩、階段を上った。それにしても、此れは何の鳥の羽なのだろう。集めてみれば分かるかも知れない。降り注ぐ羽に、今度は躊躇う事無く、彼は手を伸ばす。
 ひらひら、ひらり。
 舞い散る羽は、滅びゆく世界を鮮やかな彩に染めて往く。少年の好奇心が尽きぬ限り、何時までも――。

成功 🔵​🔵​🔴​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】◎

鳥居か、なんだか懐かしいな
子供の頃、巫女として神様に仕えてたことがあって
その時のこと思い出すよ
もう随分と昔のことだけど

なつめも一応竜神様なんだよね
人間に信仰されてたこと、ある?

温かな気持ちを覚えていると
靴で踏みしめた地面から色とりどりの花が咲いて
それが足跡のように点々と続いていく
気が付けば虹も架かって

わ、綺麗…
そうだ、けんけんぱで5個先の鳥居まで競走しようよ
昔けっこう得意だったんだ

意気揚々とスタートしたらさっそく躓いて
引き寄せられる

な、なにするんだよいきなり!
びっくりして咄嗟に両手で突き放して
ふん、もたもたしてたら置いてくからな

ちょっとだけどきっとしたの
バレなかったよね


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】◎

へぇ…!お前が?すげーじゃん!
巫女って男でもなれンだなァ?
帰ったら詳しく聞かせろよ

いンや。俺ァ
この悪そーな見た目のせいか
あンま信仰とかされた事ねーかも
ま、困った時は助けてやろーとは思ってっけどよ

暖かな温もりを感じていれば
空に色鮮やかな虹が浮かび上がる

お、きれー…!

けんけんぱぁ?
…ヘェ、運動音痴のときじが
得意なんて珍しい
なら、やるしかねェなぁ?

ーーよぅい…ドン!…って危ねェ!

開始早々すっ転びそうになったときじの腕を間一髪で掴み自分の方へ強く引き寄せる

っぶね…大丈夫か?
…ときじ?…いてっ。ンだよ、ちょっとダサかったからって拗ねんなよォ!

そう言って訳もわからず足早に歩くときじを追いかけた



●虹と艶花
 行けども行けども出口へ辿り着けぬ、無間鳥居の迷宮。其れは不気味でありながら、何処か神聖さも感じられて。宵雛花・十雉(奇々傀々・f23050)は赫く艶めく鳥居を見上げながら、ぽつりと口を開く。
「……なんだか懐かしいな」
 彼の脳裏に蘇るのは、遠い昔の記憶。
 もっとも、崩落する大地が迫り来るような、物騒な世界の噺ではないけれど。まるで連れ合いに語り聞かせるかのように、青年はことばを重ねた。
「子供の頃、巫女として神様に仕えてたことがあって」
「へぇ……お前が?」
 唄夜舞・なつめ(夏の忘霊・f28619)は、意外そうに黄昏彩の双眸を瞬かせた。然し其の相好も直ぐに、人懐こく崩れ往く。
「すげーじゃん! 巫女って男でもなれンだなァ?」
 帰ったら詳しく聞かせろよ、なんて強請るなつめに十雉は僅かばかり照れた貌。なんだか落ち着かない心地に成って、半ば話題を逸らす様に問いを編んだ。
「なつめも一応、竜神様なんだよね。人間に信仰されてたこと、ある?」
「いンや。俺ァ……」
 白い髪を掻き上げながら、赫く縁取られた眸を竜神はそっと逸らす。別に今更気にしていないが、改めてことばにするのも何だか気が引ける。
「この悪そーな見た目のせいか、あンま信仰とかされた事ねーかも」
 鋭い目つきと云い、ギザギザとした牙と云い。自分はお世辞にも、“善良”な貌には見えないらしい。
「そっか」
「ま、困った時は助けてやろーとは思ってっけどよ」
 十雉が眉を下げながら相槌を返せば、なつめは心なしか彼を気遣うように、そんなことを付け加えた。信仰を得られなくとも、人間は別に嫌いでは無いのだ。
 ほんの少し表情を弛ませた十雉が一歩、階段を踏み締めれば、ふわり。足許から彩とりどりの花が、次々と咲いて行く。其のなかに白い梔子が混じっているのは、彼がこころに抱いた“温かな感情”が“かたち”を得た所以か。
 愉しく成って更に歩みを進めれば、彼が歩んだ軌跡にはまるで足跡のように、点々とうつくしい花々が咲き誇る。
「わあ……」
「お、絶景じゃん」
 滅びゆく世界を染める鮮やかな花々に、にぃと悪い笑みを咲かせた竜神もまた、十雉の許へ歩みを進めて往く。刹那、ふたりの間に虹がかかった。
「わっ」
「お……」
 きょとんと其れを見上げて、感嘆の聲を漏らすふたり。きらきらと七彩の粒子を散らして世界を照らし出す其れは、地上に咲く花と相俟って、此の昏い迷宮を楽園のように彩っている。
「キレー……」
「そうだ、けんけんぱで競走しようよ」
 どうやら、懐かしさに中てられて仕舞ったらしい。茫と目の前に広がる光景に見惚れる相棒へ、十雉は徒な提案を紡ぐ。
「けんけんぱぁ?」
 なつめが怪訝そうに眉を顰めたのは、提案した彼が運動音痴であることを知っていたから。十雉は彼が云わんとすることを察し、ふわりと穏やかに笑んで見せた。
「昔けっこう得意だったんだ」
「……ヘェ、珍しい」
 にやり、竜神は口端を吊り上げる。ならばこの勝負、引き受けぬ道理があるまい。幾ら神と云えど、男子たるもの勝負事には目が無いのだ。
 はてさて、終着点は五個先の鳥居。
 位置について、ようい――ドンッ!
「あっ」
 意気揚々と跳ねだすと同時、十雉の躰がぐらりと傾いた。早速、段差に躓いて仕舞ったらしい。落ちる、と思った其の刹那。
「危ねェ!」
 咄嗟に伸ばされた手に、細い腕が掴まれる。其の儘ぐい、と引き寄せられて、十雉の躰は無事になつめの腕のなか。
「っぶね……大丈夫か?」
 其れを認識した途端、彼の鼓動はどくりと高鳴った。「ときじ」と心配そうに貌を覗き込んで来るなつめの眸が、こんなにも近い。
「な、なにするんだよいきなり!」
「いてっ」
 驚きの余り、十雉の両手は無意識に彼の躰を突き飛ばす。逃れるように階段を駆け上がった青年は、彼と距離を空けたのち、くるりと後ろを振り返った。
「ふん、もたもたしてたら置いてくからな」
「……ンだよ、ちょっとダサかったからって拗ねんなよォ!」
 当たり前だが、抗議の聲が背中越しに聴こえる。
 良かった、気付かれてはいないみたいだ。ふたりの距離が縮まったあの時、つい胸が高鳴って仕舞ったことを。
 訳もわからず追い駆けて来るなつめの脚音が近づこうと、十雉は拗ねたフリして振り返らない。だって、赫く色付いた頰に気付かれて仕舞うから――。
 困惑と照れ、夫々の想いを裡に抱いた侭。色とりどりの花々を軌跡のように階段へ遺して、ふたりは迷宮を進んで往く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ルーシー・ブルーベル

【月光】

すごい
みて、ゆぇパパ
赤い門がたくさんある
フシギの国への入り口って感じするわ
手を繋いで進みましょう

パパはいつか言っていたね
ルーシーがパパはあたたかいって言った時に
あたたかさが分からない
どう渡せているか分からないって

こうしてお出かけをして
手を繋いでお話していたら
それだけでルーシーはポカポカするよ

ふわふわほわほわ
黄色い花が宙にいくつも咲く
一つ一つは小さいけれど
あざやかな……これは、タンポポ?

……ふふ!
みてみてパパ
これがルーシーのあたたかいよ
どう、ちゃんと見えている?

お花の周りがキラキラ光ってる
わ、お星さまたち楽しそうね
パパも楽しい?

恥ずかしいと笑うパパに笑って
ルーシーはとても、うれしいわ!


朧・ユェー
◎【月光】

確かに不思議の国のように
終わる事の無い鳥居にこの子は不安になってないだろうか?と心配に見つめる
キラキラと輝かせてる彼女に
手を繋ぎ微笑む

僕のあたたかさ?
嬉しそうに言う彼女
本当にそう思ってくれているのだろう
じゃ本当に僕は君にあたたかさを贈ってるのだろうか?

黄色い花が咲く
小さな小さな君の様な可愛い花
たんぽぽ?
嗚呼本当にあたたかい
えぇ、えぇ、見えてますよ
このあたたかさが幸せな気持ちになる
タンポポを包む様に煌めく様に星達がキラキラと輝いた

あたたかいと嬉しいと同時に
今とても楽しいという気持ちが現れる
こんな気持ちはまるで
子供の様にはしゃぐ僕の気持ち

娘の君に見られるのはちょっと恥ずかしいなと笑って



●温かな花、燥ぐ星
 宵闇に染まる世界に、ぽつりと佇む赫き鳥居。其れが無間に続く迷宮へ脚を踏み入れた少女、ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は、隠されぬ左眸を「すごい」ときらきら輝かせた。
「――みて、ゆぇパパ」
 真っ赤な門がたくさんある、なんて指差せば。パパと呼ばれた青年、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は、微笑ましそうに金の双眸を細めて見せる。
 終わることのない鳥居と階段に、不安に成って居ないか心配していたけれど。この調子なら、問題なさそうだ。
「フシギの国への入り口って感じがするわ」
 そう頬を弛ませる少女は、無邪気そのもの。
 謂われてみれば確かに、と肯いたユェーは、穏やかな微笑みを湛えた侭ルーシーのあえかな手を取って、ゆるりとした歩調で上へ上へと上って往く。
 ゆびさきから互いの温もりが伝われば、ルーシーは頬を僅か紅潮させながら、ふわりと微笑みを溢した。
「パパはいつか言っていたね」
 いつか、ルーシーが“パパはあたたかい”と口にした時。ユェーは、確かに斯う云ったのだ「あたたかさが分からない」と。「どう渡せているか分からない」とも云っていた。でも、
「こうしてお出かけをして、手を繋いでお話していたら、それだけで――」
 ルーシーはポカポカするよ。
 嬉しそうにそう語る少女を見降ろして、青年は意外そうに瞬きをひとつ、ふたつ。彼女は、自分が温かい人間であると、そう信じてくれている。其の言葉には、きっと嘘のひとつも無いだろう。
 と云うことは、自分は本当に、彼女へ温かさを贈れているのだろうか。
 そんなことを物想うユェーの傍ら、少女はぎゅっと彼の大きな掌を握り締めた。胸を温かな想いが満たせば、ふわふわ、ほわほわ。
 こころに抱いた“温かな想い”が黄色い花の“かたち”を得て、幾つも空に咲き誇る。其れは、あえかなたんぽぽたち。ひとつひとつは小ぶりであるけれど、まるでルーシーのように鮮やかで愛らしい。
「……ふふ!」
 くすくすと、少女の花唇から鈴音が転がり落ちる。無邪気に青年の手を引けば、裡から零れ落ちた“かたち”を自慢するかの如く、宙に咲く花をゆびで指し示した。
「みてみてパパ、これがルーシーのあたたかいよ」
 ちゃんと見えている、とちいさく頸を傾けて問う彼女に、ユェーは何度も首肯する。彼の双眸にも確りと、彼女の写し身の如き花の姿は映っていたのだ。
「……えぇ、えぇ、見えてますよ」
 嗚呼、なんと温かい彩のだろう。
 斯うして眺めているだけでも、充分に幸せを感じられる。青年がうっそりと、甘い吐息を溢した刹那。まるでタンポポを包み込むかのように金色の星々が現れて、宙できらきらと煌めき始めた。
「わ、お星さまたち楽しそうね」
 優しい彩で花を照らす星を見上げながら、ルーシーは喜彩を聲に滲ませる。そうして碧彩の左眸が伺うのは、大切なひとの貌。
「パパも、楽しい?」
 想わぬ問い掛けに、青年の眸はきょとんと瞬いた。
 確かに自分は今、温かな気持ちを感じて居る。其れは、“かたち”を得たルーシーのこころが、ユェーが彼女に温もりを与えられて居ることを教えてくれたから。だから、青年は嬉しかった。
 けれども、それ以上に。ルーシーと手を取り合って、たんぽぽに彩られた迷宮を進んで往くことが、とても楽しい。こんなにも“こころ”が飛んでは跳ねて、燥ぎまわるのは、きっと子どもの頃以来。
「ちょっと、恥ずかしいな」
 娘の君に見られるのは――。
 はにかみながらも、言外に肯定してみせたなら。少女の花唇からまたしても、ころころと鈴音の如き笑聲が転がり落ちた。
「ルーシーはとても、うれしいわ!」
 だって、少女もまた、彼と共に歩むひと時を楽しんで居るのだから。彼女も同じ想いと知れば、ユェーの貌にも優しい笑みが花開く。
 互いの温もりを確かめながら、何方ともなく手を引いて。ふたりは、無間鳥居を潜り続けて往く。
 涯の無い道程も、大事なひとと歩めばあっという間。楽しく談笑を交わしている内に、出口へ辿り着いて仕舞うだろう。いっそ、この時がずっと続けば良いと希って仕舞うほど、呆気なく――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

千桜・エリシャ
【桜瀬】◎

見慣れた光景ですわ
宿の裏山にある社の千本鳥居に似ていますもの

特に感慨もなく
一人歩んでいれば
…?誰ですの?
耳に馴染む恋しい聲
そんな、まさか――

振り向けば
本当にあなたがいらっしゃるなんて
色のない夜に鮮やかな満開の桜
それは驚きと嬉しさ
けれど長くは続かず
はらはらと散っていく
まるで戸惑う私の心のよう
私だってあなたのことを…
(…今更なにを言っているのかしら私は)
言葉は続かず静寂に俯いて

あっ!お待ちになって!
必死で彼の手を掴んで
とくとくと高鳴る鼓動は
追われているからか、それとも

撒きましたのね…
いつの間にか
涙が溢れ桜花となって
少し、時間をくださいまし
繋いで手の力が強くなる
(本当はもう離したくない)


杜鬼・クロウ
【桜瀬】◎

(感情が見えた所で…
誘える訳も無く)

夢幻の館での一夜(ベスプレ)から二月後
一人で鳥居潜る
沈めた想いは雨へ
黒鳥に常春桜舞う
鳥が飛ぶ先見て驚く

なンで…

(運命なンて綺麗事
一度は別れ
此度結び直す為の
そんな御伽噺があるのなら

見て見ぬ振りも出来た
けれど
新たないろで染めると決めたから
どんなカタチでも
受け止める)

…だーれだ

彼女の後ろから目を隠し
無理に笑う

こんな早く出逢うとは
俺が喚んじまったか
その彩花…
ハ、俺のコト大好きかよ(冗談で

俺は、愛してたよ

沈黙が気まずく
次第に鬼が此方を見て追う

ち…エリシャ、走るぞ

手は差し出すだけ

撒いたか

泣くなよ
泣かれたら(また
お前には笑顔でいて欲しいンだって(離したくない



●別れのあとで
 此の迷宮では、感情に“かたち”が与えられ、可視化されるのだと云う。
 けれど、其れがなんだと云うのか。杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は苦い想いを抱えながら独り、赫く艶めく鳥居を潜る。
 最期に夢幻の館でことばを交わしたのは、二月のこと。以来一向に忘れられぬ女を、今更誘える筈も無く。こころの裡に沈めた行き場の無い想いは、しとしと降る絲雨へ変わり行く。黒髪を塗らす其れは、此の身を冷やしてくれるけれど。不毛な感情を振り払おうとすればする程、女の貌を想いだし、絢爛の常春桜が夜に舞う。彷徨う情動は黒鳥へと姿を変えて、まるで自由を得たことを慶ぶかのように飛んで行く。青年は沈黙した侭、淡々と其の後を追うのだった。

 無間に続く鳥居と階段は、慰めに営む宿の裏山に在る社――其処に拡がる光景とよく似ている。故に不安は愚か感慨すら抱けず、千桜・エリシャ(春宵・f02565)は淡々と独り歩みを進めて居た。
 かつり。
 背中越し、不意に聴き覚えの或る靴音が響き渡り、娘はふと立ち止まる。靴音が、彼女を追い越す気配は無い。己の後ろに居る者もまた、立ち止まって居るのだ。
「――誰ですの?」
 此処は変異の渦のなか、故に後続の同胞が居ても可笑しくは無い。けれど、何か予感めいたものを感じて、その正体を問い掛ける。
 かつり。
 答えの代わりに、また靴音が響いた。ふたりの距離が、狭くなる。うつくしいかんばせへ伸ばされた腕は、男のもの。何処か覚えのあるような掌が、彼女の双眸を覆い隠す。
「……だーれだ」
 鼓膜を甘く揺らすのは、耳に馴染む戀しい聲。
 其れは、分れて二月経てども忘れ得ぬ、あの男のものに違いなく。嗚呼、そんな、まさか。
 悪戯な掌が離れるや否や、エリシャは恐る恐る、後ろを振り返る。其処には確かに、彩違いの眸をした黒髪の青年が佇んで居た。

 ――運命なんて、きれいごと。

 けれども、黒鳥の導きに依って一度分かれた筈のふたりは再び、出逢って仕舞った。切れた互いの絲を結い直す為に、誂えられたかのような此の舞台。
 前を往く女の姿を、見て見ぬ振りすることも出来た。
 されど、新たな“いろ”でお前を染めると決めたから。どんな“かたち”でも、受け止めて見せよう。
「こんな早く出逢うとは、俺が喚んじまったか」
 クロウは、無理に笑みを象った。見開かれたエリシャの櫻めいた眸には、驚愕と戸惑いの彩が揺れて居る。
「本当に、あなたが……」
 いらっしゃるなんて、夢のよう。
 ことばに出来なかった想いは、“かたち”と成って彩の無い夜に零れ落ちる。娘の傍らで絢爛に咲き誇るは、鮮やかな満開の夜櫻。
 彼と再び巡り逢えた娘が抱いた「驚き」と「嬉しさ」は、其れ程までに大きくて。彼女の想いを察したクロウは、苦笑めいた彩を口端に刻んだ。
「ハ、俺のコト大好きかよ」
 いつかの調子で戯れを紡ぐけれど、エリシャの花唇は動かない。こころ揺らした想いは長く続かずに、はらはら、はらり。櫻はあえかに、散って往く。まるで、戸惑う乙女のこころの様に。

「――俺は、愛してたよ」

 舞い散る絢爛の花弁が、何時かの去り行く彼女の姿と重なって。青年の口から不意に、秘めた想いの言の葉が零れ落ちる。誤魔化しも戯れも無い純粋な好意に、櫻めいた眸が、揺れた。
「私だって、あなたのことを……」
 嗚呼、今更なにを言っているのだろう、此の唇は。
 ことばは最期まで紡がれず、彼の貌を見つめることすら叶わずに。まるで内気な乙女の如く、エリシャは靜に俯くばかり。
 夜の静寂に紛れる気まずい沈黙に、クロウもまた眸を伏せた、刹那。
 がら、がら――。
 崩壊の時が迫って来たらしい。ふたりが佇む階段が、音を立てて崩れ始めて居る。此のまま立ち止まって居ては、夜の闇に呑まれて仕舞うだろう。ち、と青年は舌打ちひとつ。
「……エリシャ」
 女の名を紡ぎ、走るぞとことばを添える。大きな掌は、差し出すだけ。彼女の意思で取って貰わなければ、意味が無いから。
 かつり。
「あっ……」
 青年が靴音を敢えて響かせながら、一歩足を踏み出せば、弾かれたように娘は貌を上げる。
「お待ちになって!」
 我武者羅に伸ばした手で、エリシャは彼の手を掴んだ。其処からふたりは、駈ける、駆ける、何処までも。
 とく、とく。鼓動が高鳴る訳は、崩れ往く世界に追い立てられて居るからか。其れとも――。

「何とか、凌いだな」
 どれくらい走り続けただろうか。漸く安全な足場に辿り着いたふたりは、そうっと立ち止まる。
「凌ぎましたのね……」
 相槌を打つ娘の双眸から零れ落ちた雫が、はらり。あえかな桜花と成って、昏い夜にまたひとつ、うつくしい彩を添えて行く。
「……泣くなよ」
 慰める聲は、ひどく不器用に響いた。嗚呼、彼女に泣かれて仕舞ったら、また――。
「お前には、笑顔でいて欲しいンだって」
「少し、時間をくださいまし」
 溢れて已まない涙を止める為、そして、こころの裡を整理する為に。いまはただ、もっと時間が欲しい。エリシャは繋ぐゆびさきに、ぎゅっと力を籠める。クロウも応えるように、そっとあえかな乙女の手を握り締めた。

 もう、離したくない――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼

無限に続く鳥居の迷宮
永遠かと思える長い道は、未だ闇に閉ざされた故郷を救うという
果ての無い試練のように思えて

それでも
ヴォルフ、あなたがいればわたくしは何も怖くない
悪意に傷ついた時も、挫けそうになった時も、
あなたはわたくしを守り支え、勇気づけてくれた
いつか必ず世界に光を、希望を取り戻すと

その想いに呼応するように花開くミスミソウ
凍てつく冬の雪を割って咲く春告げの花
呼応するように、次々と春の花が咲く
スミレにレンゲ、タンポポに菜の花
可憐な鈴蘭に色鮮やかなアネモネ

それは命の息吹
精いっぱい背を伸ばし、生きようとする意志の力
どれ一つとして同じものの無い、かけがえ無き存在

ああ、世界はこんなにも美しい


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

ヘルガ、お前には俺がついている
何も恐れることはない

お前と出会う前の俺なら、一人でも乗り越えられると思っただろう
闇の中に敵を見出し、力で捻じ伏せていたかもしれない
だが今は違う
お前と出会って、俺は花の美しさを、人の温かさを知った
そしてそれを守り救いたいと願う気持ちを

春が終わっても、季節は巡り花は咲く
夏には清廉な白百合に梔子
陽の光浴びて咲き誇る向日葵にヘリオトロープ
秋には可憐なコスモスに撫子、凛として咲く桔梗にリンドウ
冬には白雪に映える紅椿

時は流れ、花は散るとも種を残し
そして再び命は巡る
喜びの讃歌は尽きることはない
みんな、お前が教えてくれたことだ

行こう
お前と俺が望んだ、祝福の花を咲かせるために



●想いは春を招きて
 無間に続く鳥居のなか、続く路には涯が無い。
 永遠に伸び渡るかの如き其れは、闇に鎖された故郷を救うと云う志を抱く己への、涯なき試練のように想えて。ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は一瞬だけ、躊躇う様に立ち竦んだ。それでも、
「ヘルガ、お前には俺がついている」
 何も恐れることはないのだと、夫のヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)が、背を優しく撫ぜてくれるから。彼女は改めて、鳥居の奥に拡がる闇を見据えた。
「あなたがいれば、わたくしは何も怖くない」
 愛しき夫の名を紡いで、娘は一歩、鳥居へ脚を踏み入れる。思えば、彼には助けられてばかりだ。悪意に傷ついた時も、挫けそうになった時も。ヴォルフは何時だって彼女を守り、其の背を支え、勇気づけてくれた。
 いつか共に、必ず世界に光を希望を、取り戻すのだと――。
 彼女の裡に湧き上がる愛しさと感謝は“かたち”と成って、世界へ彩を加えて行く。ふわり、周囲で花開くのは愛らしきカスミソウ。其れは、凍てつく冬が遺した雪を割り、あえかに、力強く咲く春告げ花。
 其れを皮切りに次々と、階段の上は彩とりどりの花で溢れて行く。紫の花弁を揺らすスミレに、薄紅が天を仰ぐレンゲ。そよそよと揺れるタンポポは可愛くて、菜の花は昏い世界を照らす灯のよう。スズランは可憐にしゃらしゃらと揺れて、アネモネは滅びゆく世界を鮮やかに彩ってくれる。

「お前と出会う前の俺なら、一人でも乗り越えられると思っただろう」
 妻が世界に咲かせた彩を見渡しながら、ヴォルフは静かに口を開く。もしも彼女と出逢わなければ、こんな光景を見ることは叶わなかった。きっと闇の中に敵を見出して、力で捻じ伏せていただろう。
 だが、今は違うのだ。
「お前と出会って、俺は花の美しさを、人の温かさを知った」
 それを守り、救いたいと希う、尊い気持ちも――。
 彼がことばを重ねる程に、世界に新たな彩が咲いて行く。春はいつか終わりを告げ、次の季節が廻り行く。そうして新たな、花が開く。
 夏に咲くのは、清廉な佇まいの白百合。嗚呼、幾重にも重なる花弁を持つ、梔子の上品さよ。
 秋に咲くのは、可憐なコスモス。過ぎ去りし夏を寂しく想うこころを、いとも容易く癒してくれる。撫子の柔らかな花弁はこころを和ませ、桔梗は凛と花開き、竜胆の力強さからは勇気を貰える。
 冬に咲くのは、紅椿。赫く艶めく其れは、白雪によく映える。まるで、燃え盛る焔のような華やかさ。

 迷宮を満たす“かたち”は、いのちの息吹。

 どの花も精いっぱい背を伸ばし、天を仰いで咲いている。其れは、生きようとする意志の力の賜物だ。同じ花でも“かたち”は其々に異なっていて、どれひとつとして同じものは無い。総てが、かけがえ無き存在である。時は流れ、花は散るとも種を残し。そして再び、いのちは巡り行く。何度でも、何度でも――。
 ヘルガは「ほう」と、感嘆の吐息を溢す。ああ、世界はこんなにも美しい。こんなにも鮮やかな彩で、満ち溢れて居る。
「喜びの讃歌が、尽きることはない」
 それも皆、愛しき妻が教えてくれたこと。ヴォルフもまた、彼女に救われているのだ。夫婦ふたり、支え合い、並び立ち、生きて居る。
「――行こう」
 ヘルガとヴォルフ、ふたりが望んだ祝福の花を、此れからも咲かせるために。
 花に、巡るいのちの喜びに満ちた世界を、ふたりは靜に進んで往く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

葬・祝
◎【彼岸花】

無限に続く鳥居って大体何時も通りですよねぇ
君のお社までの道も、……と、映りましたね
くふふ、何時も通りすぎて危機感なくなりません?これ

元より不安や恐怖なんてものは縁遠い性質ですが、今回のこれは、ねぇ……
ちょっと、嘘でも感じようがなくて
問題があるとすれば、無限階段をカフカが登り切れるかってことくらいですかね?
体力のない子ですからねぇ

…………あら、真っ赤
ふ、ふふっ、カフカったら……君が紅葉みたいですねぇ、可愛い
何時もの景色と咲く彼岸花
とても分かりやすい、この子の好きなもの
隠せなくて素直で、つい笑ってしまう

君に懐くよう、羽化したばかりのような無垢な白銀の小さな蝶が、たった一匹
ひらりと飛んだ


神狩・カフカ
◎【彼岸花】

色づく一面の紅葉
そこは己の社と大差ない光景で
これ、いつもと変わらなくねェか?

呑気な道行きだなこりゃ
おい、おれのこと馬鹿にしてンのか?
これくらいの階段…いや、結構長いな…
ま、まあ余裕サ

…最初からわかっていたが
はふりと一緒にいれば
どこだって変わらねェし
負の感情なんざ湧くはずがねェ
…口が裂けても本人にゃ言わねェが
いや、でもこれは
こうして目の前に彩として現れてしまった時点で…

自覚してしまえば顔が熱くなってくる
うるせェこっち見るな!
足元に彼岸花が咲く
はぁーあ…どうあがいても筒抜けか
勘弁しとくれよ…

ひらり飛ぶ蝶は見覚えのある色
思わずはふりの眸と見比べて
なンだ
お前さんだってわかりやすいじゃねェか



●隠せぬかたち
 黒と赫、対照的な彩を纏うふたりが、無間の迷宮をゆらり歩き往く。鳥居を潜って、階段を上り切って、また鳥居を潜る。ただ其れの繰返し。
「……大体何時も通りですよねぇ」
 ぽつり。
 黒を纏う少年、葬・祝(   ・f27942)がそんな呟きを溢したなら、赫を纏う神狩・カフカ(朱鴉・f22830)もまた、口許に僅かばかり苦い笑みを滲ませる。彼が住まう社まで続く道程にも、千本鳥居が続いて居るのだ。
 普段と代り映えせぬ光景に、不安や恐れなど抱ける筈も無く。怪異のひとつすら、出て来る気配は無い。されど、変化は唐突に訪れた。
「おっ……」
「映りましたね――」
 不意にふたりの周囲に色付くのは、赫々と燃ゆる紅葉。いよいよ、カフカの社と同じ光景に成って来た。
「これ、いつもと変わらなくねェか」
「何時も通りすぎて危機感なくなりません?」
 赫き神が眉を下げる一方で、黒き妖怪はくふふと、着物の袖で口許を隠しながら笑う。世界は滅びに瀕していると云うのに、緊張感は欠片もない。全く、呑気な道行と成りそうだ。
「今回のこれは、ねぇ……」
 妖怪である祝は元より、不安や恐怖とは縁遠い存在。とはいえ、戯れに怖がる素振りくらいは見せても良いかと想っていたのだ。然し、此の光景は眸に馴染み過ぎていて。嘘でも、そんな想いを感じようが無い。
「問題があるとすれば――」
 ちらり、銀彩に煌めく眸が赫き神を見る。切れ長の金の眸と視線絡めば、少年は分かりやすく溜息ひとつ。
「カフカが此の階段を、登り切れるかってことくらいですかね」
「おい、おれのこと馬鹿にしてンのか?」
 そんな祝を、カフカはじとりとした視線で睨め付ける。されど、当の本人は涼し気な相好を崩すこと無く、悪戯な聲を響かせるのみ。
「体力のない子ですからねぇ」
「これくらいの階段……」
 大したことは無い、と云い掛けて青年は口を紡ぐ。改めて仰ぎ見れば、本当に涯が無い。ただ延々と、路は続いて居るのだ。
「ま、まあ余裕サ」
 結構ながいな、と想ったことは秘密にしておく。元より、祝には見透かされている気もしているが。
 然し、不安のひとつすら抱かずに、よく此処を歩けたものだ。其の理由はきっと、祝が隣に居てくれるから。彼と一緒に居れば、此処が何処だろうと変わらない、関係ない。
 ――負の感情なんざ湧くはずがねェ……。
 尤も、口が裂けても本人には言って遣らない。また涼し気な笑みに揶揄われるだけだろうから。其処まで思案して、カフカは、はっと気づく。
 此の迷宮は、感情が“かたち”として顕れる。つまり、こうして目の前に紅葉の彩が現れてしまった時点で、もう――。
「…………あら、真っ赤」
 自覚した時には、時遅し。
 図らずも、彼に己の想いを曝して仕舞っていることに気付いたカフカの貌が、どんどん火照って行く。
「ふ、ふふっ、カフカったら……」
 祝が溢す笑聲はまるで、鈴音の如く世界に涼し気な響を滲ませていく。鼓膜が其の響に揺れる程、青年の貌は赤くなる一方で。
「君が紅葉みたいですねぇ、可愛い」
「うるせェ、こっち見るな!」
 眸を逸らして悪態を付くのが、今できる精一杯。照れ隠しのように再び歩みを進めれば、感じた想いは“かたち”を得て。青年の爪先触れた地面から、ふわり、満開の彼岸花が咲き始める。
「はぁーあ……」
 どうあがいても、筒抜けらしい。片手で赫く染まった貌を覆い隠しながら、カフカは小さく独り言ちる。
「勘弁しとくれよ……」
 そんな彼の背中を追い掛ける祝は相変わらず、くすくす、品の良い笑聲を響かせていた。嗚呼、なんと分かりやすい、この子の好きなもの。想いを隠せぬ素直な気性に、ついつい笑みが溢れて止まらない。
 ひらり――。
 祝が抱いた感情もまた、“かたち”を得て滅びゆく世界に零れ落ちる。まるで浮かしたばかりのような、透き通る白銀の翅を持つ無垢なる蝶。其のたった一匹が、少年が抱く感情のかたち。其れはあえかな翅を揺らし、カフカの許へと飛んで行く。
「……?」
 見覚えのある翅彩に、瞬きひとつ零したカフカは、思わず後ろを振り返る。そして、祝の眸と蝶を何度も見比べたのち。ふ、と緩い笑みを咲かせた。
「なンだ、」

 お前さんだって、わかりやすいじゃねェか――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

遙々・ハルカ

よしのりサン(f05760)と
『べつに』の関係

ウーワ
上んの?この階段?
下んのも疲れっけど
も~この時点で嫌じゃん、ウケる
ぱちり仄かな光が瞬いて消え

楽しいコトかァ
バレンタインに女と付き合い始めた男が三股しててまだ誰にもバレてねェ話はおもろかったよ
オチは若干見えてっけど
現実ってたまに想像超えてくっからなァ~
軽く出掛けるいつもと変わらない態度で笑えば
色の無い星が弾けて砕ける
硝子の砂のように

チカチカして鬱陶しーなコレ
色だの形だの手触りだの
変わるどころか欠けたり壊れたりすんのに
こういうの
必要なのはどうせ『かたち』じゃねェ~んだろな

口端上げれば瞬く星
“かたち”を嘲笑うように
ただ一度煌いては虚ろに消えていく


鹿忍・由紀

ハルカ(f14669)と
『べつに』
特別でも何でもない

階段って喜んで登りたくはないよね
楽しい事を考えれば良いって言われたっけ
昨日は天気が良かった
昼に食べたご飯が美味かった
ありふれた日常を思い返す度
頭上の星々が一度だけ煌めいて
さらさらと砂のように崩れ落ちる

最近何か楽しい事あった?
他愛無い話もそれなりに楽しい
情報がひとつ増えるにつれ星も増える
聞いたり聞いてなかったり
散歩みたいな足取りで登ってく

かたちは有った方がわかりやすいけど
ずっとそのままでいられるかは分かんないよね
縋りたい気持ちってのは難儀なもんだ

降り注ぐ星だった砂
掬うよう手を差し伸べれば
何にもなかったみたいに解けて消えた
感慨さえもどこにもない



●崩壊世界と星芥
 其の迷宮は、何処までも続いて居た。撚りにも依って、莫迦に長い階段が。
「ウーワ……」
 赫き鳥居を潜り抜けた黒髪の青年、遙々・ハルカ(DeaDmansDancE・f14669)は開口一番、咋にげんなりした聲を響かせる。
「上んの? この階段?」
 いや、下れと言われても疲れるけど。
 普段から幽霊や怪異を目にして居る彼としては正直、暝闇や無間鳥居なんかよりも、後から肉体に襲い掛かる筋肉痛の方が恐ろしい。
「も~この時点で嫌じゃん、ウケる」
 あらゆる意味で有り得ない光景に寧ろ、笑いと「可笑しさ」が込上げて来る。刹那、ハルカの傍らでぱちり。仄かな光が星のように瞬いて、消えた。
「階段って、喜んで登りたくはないよね」
 其の様を真貌で眺めながら、鹿忍・由紀(余計者・f05760)は、ぽつり。世界に静謐な聲を落とす。確か此の迷宮では、負の感情を抱いてはいけないらしい。
「楽しい事を考えれば良いって言われたっけ」
 遠足じゃないんだから、と想わなくもないけれど。由紀は取り敢えず、直近の記憶を辿ってみた。最近、楽しかったことは……。
 そういえば、昨日は天気が良かった。ベンチに腰を降ろして、茫と過ごすひと時も心地よかったような、気がする。あとは、昼に食べたご飯。なかなか美味かった。
 青年が有り触れた日常を脳裏に思い描く度、ぱちり、ぱちり。彼の頭上には星々が一度だけ煌めいて。けれども直ぐに、さらさらと砂の如く崩れ落ちて往く。
 まあ、ささやかな楽しみではこんなものか。そう想いながら、由紀はハルカへバトンを繋げて往く。
「最近、何か楽しい事あった?」
「楽しいコトかァ……」
 眼鏡の奥の眸が、思案するように宙を游ぐ。ハルカの脳裏に浮かぶのは、バレンタインに女と付き合い始めた、或る男の噺。
「三股しててまだ誰にもバレてねェ男の話はおもろかったよ」
「ふぅん」
 気の無い返事を紡ぐ由紀の頭上で、またひとつ、星がぱちり。他愛ない噺も其れなりに、楽しいものだ。喩え聞流して仕舞う様な有り触れた噺でも、耳が捉えた情報が脳に伝われば、其れだけで瞬く星の数が増える。
 そして、其のどれもが砂と成り零れ堕ちて往く。
「オチは視えてっけど、現実ってたまに想像超えてくっからなァ~」
 まるで其の辺を散歩して居る様な足取の由紀の隣で、いつもと変わらない態度で笑うハルカ。彼が面白がると、色の無い星が其の傍らでぱちんと瞬き。忽ち弾けて、砕け往く。さらさら、まるで硝子で出来た砂の如く――。
 互いに特別でも何でもない“ふたり"の間に流れる空気は、滅びゆく世界に居るとは思えない、軽く遊びに出かけている最中に流れる様な緩い其れ。

「にしても……チカチカして鬱陶しーなコレ」
 そうして緩い会話を楽しみながら歩くこと暫し。脚の限界よりも先に、感情を抱く度に浮かび上がる、エフェクトめいた星々に対する我慢の限界のほうが訪れた。
 感情に“かたち”を与えて、彩だの形だの、手触りだの、――そう云うものを知ったところで、一体何に成ると云うのか。
「変わるどころか欠けたり壊れたりすんのに」
「まあ、ずっとそのままでいられるかは分かんないよね」
 かたちは有った方が分かり易い。されど、かたちあるもの、何時かは儚く壊れて仕舞う。其れが世界の理なのに――。
 縋りたい気持ちと云うものは、そんなことすら忘れさせて仕舞うらしい。全く、難儀なものだ。
「必要なのはどうせ『かたち』じゃねェ~んだろな」
 にやり、ハルカが口端を上げれば、彩のない星がまたひとつ宙に浮かび上がった。そして其れは“かたち”を嘲笑うように、ただ一度煌いては、虚ろの闇に消えて往く。
 後に残るはさらさらと降り注ぐ、硝子めいた砂の雨。由紀は手を差し伸べて、掬うように掌で感情の残滓を受け止める。果たして感情の“かたち”だったものは、とろり。まるで何事もなかったかのように、忽ち溶けて消え喪せた。

 ――嗚呼、感慨さえも何処にも無い。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

狹山・由岐
◎△
隙間無く連なる朱塗りの柱
見上げれば想い起すのは
曾て彼女と訪れた花の都

先行く君が僕の手を引く
振り向き様に寄越す微笑みが
差込む柔い光を受けて
神聖で穢れ無きものに映った事
それはとても美しかった事

知らず虚空へ伸びる指先から
ふつり、浮き出るあぶく
硝子玉のような シャボン玉のような其れは
恋から愛へ 愛から欲へ
移ろう心の儘に色を変え形を変え
僕の世界を染めてゆく
もし君がこの光景を見たら
どんな反応をするだろう
笑顔で喜んでくれる?
羞恥で顔を覆ってしまう?
…引かれないと、良いけれど

泡のひとつが濁り、歪み
どろりと溶ける
指の間から溢れ落ちては
崩れる大地と消えてゆく

――嗚呼ほら、やっぱり
想いなんて視えない方が良いんだ



●泡沫は恋情に溶けて
 朱塗りの柱は隙間なく連なっていて、まるで霊験厳かな社のよう。佇む鳥居を靜に見上げる狹山・由岐(嘘吐き・f31880)の脳裏にふと、想い起されるのは――曾て彼女と訪れた、花の都の景色。
 記憶のなか、先行く“君”のゆびさきが由岐の手を引く。振り向き様、射し込む光を浴びた君が寄越す微笑みの、神聖であったこと。そして、美しかったこと……。
 穢れを知らぬ其の姿を思い起こして居れば、知らず知らずの内に。青年は虚空へと、ゆびさきを伸ばして居た。
 ふつり。
 宙へ浮き出るのは、ちいさなあぶく。硝子玉のように透き通っていて、シャボン玉のように儚げな其れは、次々に彩を、そして“かたち”を変えて、由岐の世界を染めて往く。
 淡い桃彩から、優しい薔薇彩へ。薔薇彩から、血のような赫彩へ。
 戀から愛へ、愛から欲へ。
 移ろう此の、こころのように――。
 嗚呼、もしも“君”がひとたび此の光景を目にしたなら。果たして、どんな反応を見せてくれるのだろう。そんな想いすら嬉しいと、笑顔で喜んでくれるだろうか。或いは、羞恥で貌を覆って仕舞うかも知れない。
「……引かれないと、良いけれど」
 ぽつり。
 零れ落ちた感情の“かたち”を前にした青年の独白が、静かな夜に響き渡る。そうっと、虚空に揺蕩うあぶくを掌に納めれば。先程まで透き通っていた泡のひとつが昏く濁り、輪郭すらも醜く歪み果て。

 どろり――。

 溶けた其れはゆびとゆびの間から溢れ落ちて、大地へぽたぽたと、水痕を遺した。不意に其処へ亀裂が入れば、青年は軽やかな身の熟しで数段上へと階段を上る。
 蕩けた感情の残滓と云えば、崩れる大地と共に宵闇へ呑まれて行った。
 こんな光景、戦場とは程遠い所に居る“君”には、決して見せられない。
「……嗚呼。ほら、やっぱり」
 想いなんて、眸に視え無い方が良い。
 此のゆびさきが、穢れなき泡沫を濁らせ、腐らせ落とす所なんて、叶うところなら視たくは無かった。そして此れからも、君には見せたくない。
 女たちの貌に化粧品と云う名の泥を塗り続ける、其のゆびさきを隠すように掌へ包み込みながら、由岐は物憂げな溜息ひとつ。
 視えない方が救われることだって、きっと……――。

成功 🔵​🔵​🔴​

コノハ・ライゼ


鳥居といえば狐よねぇ
ナンて独り言ちればするり現れる影の狐達
じゃあ一緒に行きましょか、と崩れる世界に追いつかれぬよう駆けるわ

目に見えないもの、ネ
あまり信じない性質ダケド……くーちゃん達はどうなの、と先行く黒を目で追って
ああ、こういう時に分かると便利ってヤツかぁ

さて、ならどのように彩られるのカシラ
抱くのは興味や好奇心、幾らかの期待

流れる空気が色付くような、霧に似た煌めき
きらきらと瞬く度に違う彩りで、虹の中を行くみたい
コレが形、と見遣れば少し大きな煌めきが近くで跳ねて弾ける
ふふ、くーちゃん達も楽しい?
目に見えた所で自分の好きなように解釈してしまうケド
楽しく行けるなら、咎められるモノでもナイわよね



●虹の橋を潜り抜け
 赫く艶めく鳥居が連なる其の場所には、僅かながら覚えがあった。コノハ・ライゼ(空々・f03130)は、聳え立つ其れを仰ぎながら何処か思案気な様子。
「鳥居といえば狐よねぇ……」
 ぽつり、言ちた科白は愛しの仔狐たちの耳にも届いたようで。するり、彼の影から現れるのは、其のかたちを黒く塗潰された管狐達。耳聡い眷属たちを前に、青年は「ふ」と微かな笑みを溢す。
「じゃあ、一緒に行きましょうか」
 崩れ往く大地は、コノハの許へ刻一刻と迫って居る。宵闇に呑まれぬよう、青年は仔狐たちを引き連れて、ひといきに階段を駆け上がった。

 どれだけ階段を上っただろうか。
 気づけば崩壊の脚音は遠く、彼らの足取りも次第に緩やかなものへ変わっていく。思案する余裕が生まれれば、想いを馳せるは眸に映らぬ“感情”のこと。
「――目に見えないもの、ネ」
 コノハはそう云う不確かなものを、あまり信じない性質である。そもそもとして、彼自体が真実をゆるりと煙に巻くような“嘘吐き”なのだから。
 ならば、眷属たる“くーちゃん"たちは如何だろう。薄氷の眸はまるで護衛のように己の一歩先を往く、影狐の仔たちへ集中した。されど、獣の容をした彼等は、黙して何も語らない。
「ああ、こういう時に分かると便利ってヤツかぁ」
 同じ立場に置かれてみると、“かたち”を必要とする者の心理がしみじみと感じられる。ならば、此処は己から零れ落ちる其れを、眸に焼き付けるしか無い。
「さて、どのように彩られるのカシラ」
 愉しみね、なんて。戯れるようにことばを紡げば、裡に抱いた「興味」と「好奇」、其れから幾何かの「機体」が“かたち”を得て、世界へ彩を与えて行く。
 其れは、霧に似た煌めきだった。
 流れ往く空気すら色付くように、きらきらと、オーロラめいた靄は眼前を流れて往く。瞬きひとつ零す度、違う彩が薄氷の双眸に映り込む様はまるで、虹のなかに居るようで。
 ――コレが、かたち……。
 思わず、コノハは脚を止めて、まじまじと其の煌めきを観察する。ふと、青年の傍らで大きな煌めきが兎のように跳ね、シャボン玉のように弾けて消える。
 不思議に思った彼が其方に視線を向けたなら、其処には煌めきのなかを跳ね回る影狐たちの姿が有った。
「ふふ、楽しい?」
 彼等はものを喋らないから、“かたち”が視えた所で、好きに解釈する他ないけれど。それでも、
「楽しく行けるなら、咎められるモノでもナイわよね」
 コノハは勿論楽しいし、影の狐たちも楽しい。ならば、何の問題も有りはしない。七彩の霧は未だ晴れそうに無いから、同じ景色に飽き飽きすることも無さそうだ。
 さあ、迷宮の出口を目指すとしよう。わくわくした気持ちを胸に、抱いた侭――。

成功 🔵​🔵​🔴​

揺・かくり
【竜幽】◎

両脚に呪符を貼り付けて
友で在る君の隣を往こう

此れは見事な景色なのだろうね。
弱視たる眸には紅の色が拡がって居る
全貌を見映す事が叶わずとも、
君の声を耳に、死した臓腑が弾む様だ

動きが儘成るひと時では有れど
一足一段を慎重に往こうか
転げ落ちた時には、宜しく頼むよ。

君は、此の光景に何を思うのだろうか
……そうかい。
りゅうこは懐古の情を抱くのだね。

胸裡に浮かぶのは恐怖や動揺では無く
何処か懐かしく、不可思議なもの
儘成らぬ筈の手を伸ばして仕舞いそうな
此れは、好奇の情だ

浮かび上がるのは数多の泡沫
其れは『わたし』の終わり、『私』の始まり
一つの泡を弾いて――

ああ、先へと往こう。
共に歩む脚を得て居るのだから。


片稲禾・りゅうこ
【竜幽】◎

おお~~~!すごいなあかくり!
どこまで上っても階段!どこまで行っても鳥居!
いやあ~~~不思議な場所もあるもんだなあ
もし疲れたらりゅうこさんがおぶってやるぞ!うははは!

そうだなあ~りゅうこさんにとっては懐かしいって感じかなあ
ほら、りゅうこさんは竜神様だろう?
りゅうこさんが関係ない場所でも、ちゃあんとヒトの子を感じられるのが好きなんだ
これを建てるのはヒトの子だからなあ
……ああ、そうだなあ
愛おしいってやつかもなあ

ん?お、見ろ見ろかくり!
一面稲だらけだ!もうそんな季節だったか?うっははは!!
うん、懐かしい。懐かしいなあ

さ、行こうかかくり!
なあに、留まるのはりゅうこさんらしくないだろう!



●空に泡沫、地には稲穂
「おお~~~!」
 滅びゆく幽世に生まれた迷宮に、感嘆の聲が響き渡る。赫く艶めく鳥居が連なる、ともすれば見事な光景に感激しているのは、片稲禾・りゅうこ(りゅうこさん・f28178)である。
「いやあ~~~不思議な場所もあるもんだなあ」
 何処まで上っても階段が続いて居て、何処までも行っても最終的には、赫き鳥居に辿り着く。まるで無限回路の如き迷宮に、娘の興奮は冷めやらぬ様子。
「すごいなあ、かくり!」
 そう聲を掛けられた色素の薄い娘――揺・かくり(うつり・f28103)は、黙った侭。ただ美しいかんばせに、穏やかな微笑みを湛えるばかり。嗚呼、彼女が言う通り。眼前に広がる其れはきっと、見事な景色なのだろう。
 弱視たる彼女の眸には、燃える様な紅の彩が拡がるのみ。然し、喩え其の全貌を見映す事が叶わずとも。喜ぶ友の聲を耳に捉えれば其れだけで、死した臓腑もわくわくと弾む心地。
 けれども、何時もと違ってかくりの躰は浮いていない。其の代わりに、あえかな両脚には呪符が張り付いている。友で在るりゅうこの隣を、歩く為の処置だ。
  其のお蔭で動きが儘成るひと時を過ごせるけれど、一足一段は慎重に。ぎこちなく脚を踏み出し、ぴょんっ。一段上の階段に飛び乗って、また脚を踏み出して、――只管に其の繰り返し。
「もし疲れたら、りゅうこさんがおぶってやるぞ!」
 ぎこちなく歩みを進める友と歩調を合わせながら「うははは!」と、豪快に笑う彼女が紡ぐ気遣いに、悪霊の娘は「ふ」と花唇を弛ませた。
「転げ落ちた時には、宜しく頼むよ」
 口ではそう云ったものの、胸裡に去来するのは「恐怖」や「動揺」などと云った負の感情では無く、何処か懐かしく、不可思議な感情ばかり。
 ゆびさきひとつ動かすこと儘成らぬ筈の手を、ついつい伸ばして仕舞いそうな――そう、此れはきっと「好奇」の情だ。
 ふわ、ふわり。
 かくりが其れを自覚した途端、数多の泡沫が宙に浮かび上がる。其れは『わたし』の終わりで、『私』の始まり。
 彩のないゆびさきで、一つの泡を弾いたなら――ぱちん。泡沫は跡形もなく消え喪せて、湖の馨ひとつ遺さない。
「君は、此の光景に何を思う」
「そうだなあ~」
 自身の裡から零れ落ちた泡沫から視線を逸らして、かくりは友へとそんなことを問い掛ける。響き渡る静謐な聲には、矢張り好奇の彩が滲んで居た。
「りゅうこさんにとっては、『懐かしい』って感じかなあ」
 暫し頭を悩ませたのち、りゅうこはそんな答えを紡ぐ。訳を問うように小首を傾げる屍人めいた娘の視線を受けて、彼女は更に思案する素振り。
「ほら、りゅうこさんは竜神様だろう?」
 竜神とヒトは、古来より距離が近しいもの。
 それに、りゅうこはヒトを可愛い存在だと想っている。故にこそ、喩え彼女に関係ない場所であろうとも、ヒトの子の存在を感じられるものを好まずには居られない。特に、鳥居。此れを建てられるのは、数多の生物のなかでもただヒトの子のみ。
「……ああ、そうだなあ」
 愛おしいってやつかもなあ――。そう締め括られた友の科白を聴き届けて、かくりの双眸がつぅ、と穏やかに細く成る。
「……そうかい」
 彼女が語った感情は「懐古」に「愛しさ」。それらがきっと、此の明朗な友を形作っているのだろう。そう想えば、何処か微笑ましい気分に成る様な――。
「ん?」
 不意に、りゅうこが何かに気付いた様子で頸を捻った。其の怪訝そうな貌は、忽ち喜彩に染まり行く。
「お、見ろ見ろ、かくり!」
「おや……」
 促される侭、彼女と同じ方向へ視線を向けたなら。いつの間に生えて来たのだろうか。まるで階段に沿うように、黄金の穂先を揺らす稲が実っていた。
「もうそんな季節だったか? うっははは!!」
 豪快に笑う竜神のこころの奥底で、蘇るのは過去の記憶。嘗て此の眸に焼き付けた光景が、滅びゆく世界に今こころの“かたち”として拡がって居る。
「懐かしいなあ……――」
 暫し感慨にふけるように眸を鎖したりゅうこは、ぱちりと目を開けいつもの調子を取り戻す。たんっと、一歩階段を踏み締めて、朗らかな聲で友を呼ぶ。
「さ、行こうかかくり!」
「もう、いいのかい」
 気遣う娘の聲に、彼女はふるふると頸を振った。結わえた髪も、頭と一緒にふわりと揺れる。
「なあに、留まるのはりゅうこさんらしくないだろう!」
「……ああ」
 ちいさく首肯して、かくりもまたぎこちなく脚を踏み出す。ぴょんっと、次の段へ飛び乗れば漸く友と並び立って、貌を見合わせ笑い合う。今のかくりには、彼女と共に歩む為の脚が有った。ゆえに、留まっていては勿体ないから。
「さあ、先へと往こう」
 泡沫が浮かんでは消える空の下、稲穂に彩られた階段を、ふたりは何処までも進んで往く――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

壱織・彩灯
【黒緋】


傍ら共にする頼もしい友とならば
愉しい景色しか識らんな
鳥居を潜る足も寧ろ逸るというもの

しと、しと
…おや、雨だ
天を仰いで手を伸ばし
凡ての音を消し雨が浚ってゆくのが好きだ
…泪さえも、な
ああ、往こうと笑うレンの貌に安堵し進む

雲間に光が差し込んで虹彩の橋
其方の胸の裡は天晴綺麗じゃ
凄いぞ、とよいこなわんこをわしゃわしゃ撫で

そのまた先にはらり零れる紅葉
超えれば雪原に落ちる赫椿
赫の世界は俺の視てきた世界
レンの星屑の瞬、ハクの花色は
俺には無いものだから

そうだな、ひとは千差万別
様々な彩を持っておるのが愛しいな
…何じゃ、れんれん
俺は口説かれておるのか?
粋で魅力的な言の葉嬉しいぞ
いつか、本物を其方と共に


飛砂・煉月
【黒緋】


隣の友達と居て感じるのは楽しいだけ
だから幾千の鳥居の先に行くのも愉しみで

ほら、優しく静かな雨が降る
彩灯は雨が好き?
倣って手を伸ばしては
もー、泪の件は秘密!なんて
へらり笑い進む、歩む
キミとハクとゆるり

雨の次は露残る路の上に虹橋
綺麗?って笑うと
わしゃり撫でられるからもう懐いたわんこ気分

続く鳥居の零れる紅葉に雪原の赫椿
これは彩灯の
きらきら降り注ぎ鏤む星
これはオレの
ならハクのは?と首傾げば
四季折々の花が咲くからお前も楽しんでんねって

ね、彩灯
感情が形になるって面白いね
彩…キミの名前と同じ物が見える
兄ちゃんみたいだけど偶に爺ちゃんみたいな
やさしい、キミの
あっは、口説いてないよ
でも、いつか本物をね



●雨降って虹掛かる
 夜が満ちた世界に、何時までも連なり行く赫き鳥居の無間迷宮。ことばにするだけでも不穏な其処に降り立つのは、ふたりの青年と一匹のちいさな竜。
 彼らの足取が何処か急いているのは、果たして不安からだろうか。否、頼もしき友と逍遥をするのに、そんな感情を抱く筈も無い。寧ろ「愉しい」景色以外は、視える気がしないのだ。
 酒呑の妖たる壱織・彩灯(無燭メランコリィ・f28003)と、人狼の飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)は、何処か胸を弾ませながら只管続く階段を上って往く。

 しと、しと――。

「……おや」
「あ、雨だ」
 ふと夜の静寂を切り裂いたのは、穏やかに降り注ぐ絲雨が大地へ零れ落ちた音。きっと、酒妖の青年が抱いた感情が“かたち”を得て世界に零れ落ちて居るのだろう。天を仰いだ彩灯は惹かれるように、そうっと慈雨へゆびさきを伸ばした。
「彩灯は、雨が好き?」
「ああ、好きだ」
 友に倣って天へ手を伸ばす煉月から紡がれた問いかけに、酒妖の青年はゆるりと首肯する。雨音は凡ての音を打ち消して、何処かへと浚って行く。其の静謐の調べは心地好く、好もしいもの。
「……泪さえも、な」
「もー、その件は秘密!」
 戯れるように紡がれた揶揄に、煉月は分かり易く膨れて見せた。されど直ぐにへらりと笑み咲かせ、軽やかな足取りで再び階段を上って往く。彼の傍らで羽搏く白竜『ハク』もまた、何処か楽し気だ。そんな彼の笑顔に人知れず安堵して、彩灯もまた、友の隣に並び立って進んで往く。
 ふと、煉月が溢した笑みに呼応するかの如く、雲間を割くように天から光が差し込んで来た。滅びゆく世界に、そして未だ露の残る地面へ忽ち掛かる、虹彩の橋。
「へへ、綺麗?」
「其方の胸の裡は天晴綺麗じゃ」
 凄いぞ、なんて。彩灯は子どもを甘やかすように、人狼の青年の頭をわしゃわしゃと撫でる。煉月と云えば、もうすっかりと懐いたわんこの気分である。
 ふたりで虹の橋を楽しみながら、新たな鳥居を潜り抜けた所で、不意に映る景色が移ろい始める。
 はらはら、ふたりの周りに零れ落ちるのは、艶やかに染まった紅葉たち。更に進み往けば、ぽとり、ぽとりと、赫き椿が何処からか零れ落ち。崩れ往く世界を赫彩に染めて往く。これは、――彩灯が抱いた感情が“かたち”を得た光景。
 次いで、ふたりの頭上へと、煌めく星の欠片がきらりきらりと降り注ぐ。これは、煉月が抱いた感情の“かたち”であろう。
「……ハクのは?」
 己の傍らを飛ぶ白竜へ人狼の青年が視線をやれば、ハクの周囲に四季折々の花々が咲き誇っては消えて往く光景が視えた。これがきっと、白竜が抱いた感情のかたち。
「お前も楽しんでんね」
 なんだかご機嫌に翼を揺らす子を撫でて、煉月はくつりと頬を弛ませる。普段、ひとのこころの裡に秘められたものが、斯うして“かたち”を得るなんて。
「ね、彩灯」
 面白いね、なんて。
 同意を求めるように紡がれた友の科白に、酒妖の青年は「そうだな」とゆるり首肯ひとつ。
「ひとは千差万別。様々な彩を持っておるのが、愛おしい」
「それもだけど、彩――キミの名前と、同じ物が見える」
 歳の近い兄のようでもあり、偶に祖父のようでもある。そんな優しい彩灯の名前と同じ、“彩”が双眸に映るなんて。得難い経験で、とても楽しい。
「………何じゃ、れんれん」
 口説いておるのか、と。紅の双眸をぱちぱち瞬かせる青年のことばに、煉月は可笑し気に肩を揺らす。
「あっは、口説いてないよ」
「ふふ、粋で魅力的な言の葉、嬉しいぞ」
 貌を見合わせ笑い合ったふたりは、雅なる“かたち”に彩られた世界で、こころ密に同じことを物想う。
 『本物』の彩を、此の眸に焼き付けよう。いつか、ふたりで――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

都槻・綾
f09129/ユルグさん


永い道中
石段や鳥居を数えるのも
独りなら飽きてしまうけれど
二人で往く道程は
自然と弾む足取りに

知らず口遊む旋律
虹の向こうを夢に描く歌詞

単調な色彩が続く景色を
七色へと塗り替えてしまいたくなったから、なんて
笑った途端に、ほら――

ふわり漂うのは
覚醒を齎してくれるような
爽やかな檸檬の香気

先導の如く飛び立つ、青澄の翼

石畳は軽やかな虹の橋となって
我々を運んでくれる
或いは其れは
風を孕み
虹色の竜の背中に乗ったようかしら

ねぇ、
素敵な幻ですねぇ

ふくふく肩を揺らして
降り立った地は
もう最後の鳥居みたい

おや
いけない
うっかり途中から数え損なってしまいました

そんな笑い話にもまた
花の幻想が咲くのでしょう


ユルグ・オルド
f01786/綾と


ふは、
崩れ行く世界の端に
まァ絶景だなと笑みも零れる
怖気づく前に駆け抜けたいネ

数えてたら日が暮れるわ
置いてくとばかりの先へ先へ
弾む音に合わせて一段、
虹を渡るように二段飛ばし

緋色を塗り替える夢心地に
知らない歌の旋律を追って
落ちる鳥の影まで踏み越えて
背にのって遠くまで、なンて

待ってらんねえでショ
ほら、と手伸べたら崩れる儘の自由落下
あるいはもう雲の上、それとももっとその先
昼と夜とが通り過ぎて

そうネ、そうそうお目にかかれねえ景色だわ
醒めるにゃ惜しいと見回す最後
花咲く心があると思うにゃ面映ゆい気も
喉奥で笑うには、
正解なんて知れやしないさ



●羽搏きは旋律に乗せて
「――ふは」
 無間に連なる鳥居を前に、ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)の口から笑聲が漏れる。此処は宛ら、崩れ行く世界の端だと云うのに。こんなにも見事な眺めが、眼前に広がって居る。
「まァ、絶景だな」
 遠く後ろの方では、がらがらと地面が崩れ始めて居た。さて、せめて脚が怖気づく前に、駆け抜けたい所だが。
「ひぃ、ふぅ、みぃ……――」
 青年の赫い双眸がちらり、流し目を呉れる先には、連れ立った朋の都槻・綾(絲遊・f01786)が居る。彼はまるで童のように、ゆるりと石段の数を数えて居た。
 永い道中、確かに戯れは必要だ。然し実際、斯う云うことを独りで続けて居ると、流石に飽きて仕舞う。其の点、ふたりで往く道程は良い。足取りも自然と、鳥の羽の如くふわり、ついつい弾んでしまう。
「数えてたら日が暮れるわ」
 置いてくぞとばかりに、ユルグは綾の隣を素通りして。先へ先へと、脚を進めて往く。弾む彼の靴音に合わせて一段、上へ。音が聴こえなく成ったら、まるで虹を渡るように二段飛ばし。
 一方の綾は本当に置いて行かれるとは端から思っていないようで、相変わらず石段の数をかぞえながら、機嫌良く歌なぞを口遊んで居た。其の旋律に乗せて紡ぐ詞は、虹の向こうを夢に描いたもの。
「なに、ソレ」
 聴き覚えの無い旋律が鼓膜を揺らせば、ユルグが怪訝そうに振り返る。此の眸に映る景色が余りにも単調で、と綾は僅か眉を下げた。
「此の景色を、七彩へと塗り替えてしまいたくなったから」
 藍の彩纏う青年が、柔らかに笑んだ途端に、ほら――。
 ふわり。
 微かに漂って来るのは、檸檬の馨気。まるで覚醒を齎してくれるような、爽やかな其れが世界に満ち溢れたなら。何処からか現れた青澄の翼が、ふたりを先導するように宵空へ飛びだって往く。石畳は忽ち軽やかな虹の橋へ染まり、いとも容易く彼等を運んでくれる。或いは、風を孕み、虹色の竜の背中に乗ったような心地。
 ユルグは緋色を塗り替える夢心地に身を委ね、知らない歌の旋律を追い掛ける。頭上に影を落とした鳥の容すら踏み越えて、虹彩の背に乗って何処か遠くまで――。
「ああ、でも」

 ――待ってらんねえでショ。

 零れ落ちた其の囁きは、何処か悪戯に響き渡った。ほら、と朋へ手を差し伸べたなら、彩のゆびさきが彼の掌に重ねられる。刹那、崩れる儘の自由落下。
 ふわり。躰が浮いた心地に成るのは、もう雲の上に居るからか。其れとも、もっとその先に辿り着いて仕舞ったからか。昼と夜とが通り過ぎて、世界はくるりと一回転。此れで凡ては、ほぅら、元通り。
「ねぇ、素敵な幻ですねぇ」
「そうネ、そうそうお目にかかれねえ景色だわ」
 ふたりが裡に抱えた「楽しさ」は、ひとつの幻想として、世界に零れ落ち鮮やかな彩を燈した。醒めるにゃ惜しいと、ユルグは最後にぐるり、視線を巡らせて――。
 視界が回転すると同時に、ふわふわとした心地は消えた。靴の裏から固い石畳の感触が伝わって来る。
 ふたり、何時の間にやら降り立ったのは、最後の鳥居の前らしい。其の身に降り掛かった夢のようなひと時の楽しさに、綾はふくふくと肩を揺らす。
「――おや、いけない」
 綾が唐突にそんなことを言うから、ユルグは何事かと彼の方へ視線を注ぐ。当の本人は朗らかな表情で眉を下げ、ただ一言。
「うっかり途中から数え損なってしまいました」
「どのみち正解なんて、知れやしないさ」
 くく、と。ユルグは思わず喉奥から、笑聲を溢す。其れは他愛も無い笑い話、されど、其のこころを揺らすには充分で。彼の周囲で次々と、大輪が花開いた。
 其の様を視界に捉えたユルグは、力ない溜息ひとつ。嗚呼、まさか自分にも、花咲く心があるなんて。何だか面映ゆい気はするが、悪い気はせず。涼し気な口許も、自然と穏やかに弛んで仕舞う。
 此の鳥居を抜けた先には、感情の“かたち”が見えない、普通の世界が拡がって居る。ほんの僅か名残惜しい気もするけれど、ふたりなら無機質な世界もきっと、面白おかしく彩ることが出来る。
 一欠片の恐れすら抱かずに、彼等は最後の鳥居を潜り抜けた。もう階段は続いて居ない。ただ、空に浮かぶ寝待ち月だけが、変わらぬ輝きを放っていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

シエラ・エンドワード
【路】◎

ノックでわたしは夢から醒める
目蓋より先に本の頁が開かれて
ひとのかたちで、あなたの傍へ

知らない世界の珍しさを抑え
御利口に爪先揃えて、見れば
あなたはとても難しい顔

おじさまは、不器用なひと
それは綴るあなたが一番
良く知ることのはずなのに

けれど、見せてあげるわ
物語を辿るひとみは
わたしたちの幸せだもの

先へ、先へ、リボンが伸びる
終わりは何処にあるかしら
辿れば終わりはあるかしら
いまは『探求』ばかりだけど

はじめのわたしは『希望』
先生がそう望んだもの
頁が真赤に染まっても
眩い星は隠れないのよ
あなたも、きっとそう

くすりと笑えば首を振って
物語がそうであるように
わたしたちは『唯一』よ
あなたの物語、どんな子かしら


ライラック・エアルオウルズ
【路】◎

涯無き鳥居に、息を吐く
魅入る眸を鞄と向ければ
本を手にノックをふたつ
旅の共、物語の君を呼ぼう

ごめんね、エシラさん
本棚から連れ出して

作家が想い籠める物語も
感情のかたちと言えようが
それらの美醜に関しては
僕にはね、解らないからさ

相手に悍ましいものを
贈っているのではと思うと
此処で知ることが怖ろしくある

だから、君の先生の
君の物語に籠められた
感情のかたちを知りたい
作家の感情を、知りたい

それは唯一で、僕とは異なる
けれど、勇気が欲しかった
眺めるものは眩くて
惹かれるよう、進めば

物語を愛しく想う心
甘い花が舞い上がり
ひらりと頬撫でて
温かな安堵に、柔く笑み

――、ありがとう
僕の綴る物語の子も
君のようであればいいな



●未完本は斯く語りき
 一歩足を踏み入れた迷宮には、涯が無い。何処までも連なる鳥居と、延々と続く階段はいっそ圧巻で。ライラック・エアルオウルズ(机上の友人・f01246)は、「ほう」と感嘆の吐息を溢す。リラの彩した魅入る眸を鞄へ向ければ、其処から本を取り出して、――コン、コン。
 ノックをふたつ響かせれば、旅の共、“物語の君”シエラ・エンドワード(停滞する物語・f09796)は、永い夢から醒める。
 目蓋が開かれるより早く、頁がぱらりと開かれて。ひとの“かたち”を取った物語は忽ち、ライラックの傍へと顕現した。
「ごきげんよう、おじさま」
 夢から醒めた其処は、知らない世界。まるでワンダーランドに迷い込んでしまったような、そんな心地。珍しさを抑えた良い子は、御利口に爪先揃えて、図書館の主へとカーテシーでご挨拶。
「ごめんね、エシラさん」
 本棚から連れ出して――。
 眉を下げながら詫びる彼は、何だか難しそうな貌をして居た。少女は黙して、作家の口からことばが紡がれる時を待つ。
「ここでは感情が“かたち”を得るそうだ」
「まあ、すごいのね」
 其処で初めて、シエラの兎のように赫い眸がきょろきょろと、幽世に拡がる景色を見回した。ライラックは折を見計らい、本題へと入って往く。
「作家が想い籠める物語も、感情のかたちと言えようが――」
 彼の著作はちゃんと“かたち”として認識されているのに。それらの美醜に関しては、彼は素人も同然だ。
「僕にはね、解らないからさ」
 作家は苦笑にも似た彩を、口端に刻み付ける。故にこそ、偶に考えて仕舞うのだ。己は相手にとって悍ましいものを、贈っているのではないだろうかと。もしそうだとしたら、裡から零れた其の“かたち"を、此処で知ることさえ恐ろしい。
「だから、君の先生の、君の物語に籠められた、感情のかたちを知りたい」
 希わくば、“作家の感情”を識りたい――。
 切々と語られる其の心境に、シエラは鈴音の笑聲をころころと転がした。少女特有の、透き通った響が夜の静寂に響き渡る。
「ふふ、不器用なひと」
 それは綴る彼が一番、良く識ることの筈なのに。けれども、其れが図書館の主の希いだと云うのなら。
「……見せてあげるわ」
 何より、“物語”を辿るひとみは、本にとって一番の幸せだから――。
 シエラが眸を鎖せば、石段のうえ、先へ先へと赫いリボンが伸びる。嗚呼、終わりは何処にあるかしら。辿れば何時か、終わりは訪れるかしら……。
 彼女は、言うまでも無く本のヤドリガミである。
 『終わり』だけを失くしてしまった彼女は今、残酷なる停滞に身を委ねて居た。ゆえに終わりを探す彼女のいまは、『探求』ばかりだけれど。はじめの彼女は『希望』に満ち溢れて居たのだ。
 だって、“先生”がそう望んだもの――。
 喩え頁が血で真赤に染まったとしても、其処に煌めく眩い星が。そして、インクに籠めた想いが隠れることは、決して無い。
「あなただって、きっとそう」
 赫い眸がじぃとライラックを見つめれば、彼は気弱に双眸を伏せる。彼女と云う物語に籠められた想いは唯一であり、己が著作に籠めた其れとは異なることなど、最初から分かって居た。けれども。

「勇気が、欲しかった」

 自身が綴った著作を、ひとに捧げる勇気が。
 何処までも伸び往くリボンは、何処か眩く煌めいていて。作家は惹かれるように、そうっと小さな一歩を踏み出した、其の刹那。
 ふわり。
 物語を愛しく想う彼のこころが“かたち”を得て、甘やかに馨る花々が空へと舞い上がる。ひらり、其の内のひとひらが頬を撫ぜる様はまるで、大丈夫だと自分自身を安堵させてくれるかのようで。胸の奥が、じわりと温かく成る。
「――ありがとう」
 柔らかく微笑みながら、作家は少女へ礼を紡ぐ。もう、難しい貌はしていない。常と同じ穏やかな表情が、彼の貌には浮かんで居た。
「僕の綴る物語の子も、君のようであればいいな」
「わたしたちは『唯一』よ」
 くすりと笑みを溢しながら、シエラは頸を横に振る。総ての物語がそうであるように、彼が綴る物語に籠められた“かたち”もまた、世界にひとつだけ。其れが、彼女と同じ個性を得る筈が無い。
「あなたの物語は、どんな子かしら」
 花唇から紡ぐことばに期待をにじませるシエラは、何処か大人びた貌をしていた。
 嗚呼、その子と会える日が、待ち遠しい――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


鳥居は神域への道標であったか

無間鳥居を巫女と手を結び歩む
何処へ?きみを他の神の元へなど行かせる訳がない
そうだよ
きみは私が守る
可愛い愛し子は何時だって愛おしい

染まりゆく春桜は私の心
私に心をくれた彩
君の魂と初めて出逢った夏の日を想う
桜華火が弾けて咲いて
きみと再会して
天へ廻ったあの日のような桜の導が満たしていく

きみが笑う世界でなければ意味が無い
きみが笑う世界を忘れられない

無邪気なきみが桜に攫われないよう
伝えよう

愛していると

八首の大蛇はきみの恐怖の化身
双眸を塞いで腕の中に抱く
大丈夫だよ
怖くない
そんな未来は約されていないのだ
安心させるように熱を伝える

行こうか
サヨ
私たちの旅路はまだ始まったばかりだ


誘名・櫻宵
🌸神櫻


鳥居とは神の域と此方を隔てる門だったかしら
永遠に続くかのような無間鳥居、如何なる神の元へ繋がっているのかしら…なんて

隣歩む私の神と手を絆ぐ
何処であろうと私の神様はあなただけよ
カムイ
あなたと一緒ならどんな場所でも怖くないの

綺麗……!
カムイが微笑めば倖が咲くように薄紅に染まり咲く
眩くてあたたかい桜彩と戯れるように
噫、なんと愛おしい
あなたが笑うと世界も微笑むようね!

こんなに倖で良いのかと怖くなるくらい
じわりと赫が滲む
這い出でるのは眞白の大蛇
桜焔に桜が焚かれて、全ての幸が喰われ壊れてしまいそうな──

こわい

気がつけば神の腕のなか
うん…大丈夫
美しい春倖が私を包んでくれる

行きましょう、カムイ
一緒に



●春倖に抱かれて
 永遠に続くかの如き無間鳥居は荘厳で、ぞっとする程にうつくしい。確か鳥居は、神域への道標であったか。若しくは、神の域と現世を隔てる門である。
 ――如何なる神の元へ繋がっているのかしら、なんて。
 見事な鳥居を仰ぎながら、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は、独りそんなことを物想う。そんな麗人のあえかな手を、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)はそうっと掬いあげた。何方ともなく、ゆびさきを絡ませて、互いの熱を確かめ合う。
 軈て夜の静寂に、ふたりぶんの足音と話し聲だけが響き渡った。
「何処であろうと私の神様はあなただけよ、カムイ」
 櫻宵のことばに応えるように、神は繋ぐゆびさきにぎゅっと力を籠める。此処に神が居る訳ないことなど、百も承知であるけれど。本音を言えば、神域の象徴たる場所に――それも寄りに依って他の神の――愛しき巫女を入れたくなかった。
「あなたと一緒ならどんな場所でも怖くないの」
「そうだよ、きみは私が守る」
 嗚呼、なんと可愛らしいことを言うのだろう。湧き上がる愛しさが胸中を染め往けば、滅びゆく世界にも、はらり。春の象徴たる櫻が、まるで雪の如く降り注ぐ。
 それは、春に染まり行くカムイのこころが“かたち”を得たもの。
 嘗て此の彩が、神に心を呉れたのだ。青年は櫻宵の魂と初めて出逢った、あの夏の日のことを想う。桜華火が弾けて咲く夜空のしたで、ふたりは再会して。そして……嗚呼。天へ廻ったあの日のように、桜の導が迷宮を満たして行く。
「綺麗……!」
 ひとたびカムイが微笑めば、まるで倖が咲くように花弁は薄紅に染まり咲く。麗人は其の眩くて温かな桜の彩と、ゆびさき伸ばして戯れて。
「あなたが笑うと世界も微笑むようね!」
 噫、なんと愛おしい――。
 舞い散る櫻の花吹雪と遊びながら無邪気に笑う櫻宵の姿を、カムイは微笑まし気な眼差しで見守って居る。
 きみが笑う世界でなければ、意味が無い。そして、きみが笑う世界を、忘れられない。だからこそ、無邪気な櫻宵が桜に攫われないように。
 いま、此処で伝えよう。

「愛している」

 櫻宵の眸が、揺れる。とくり、とくり、鼓動が騒がしく跳ねるのは、此のひと時が怖いから。我が身の幸福を想う度、麗人は疑問を抱かずには居られないのだ。
 ――こんなに倖で、良いのかしら……。
 じわり、視界の端に赫が滲む。麗人の影からずるりと這い出でるのは、八つの頸を持つ眞白の大蛇。櫻宵が抱いた「恐れ」が“かたち”を得たもの。嗚、櫻彩の焔に櫻が焚かれて仕舞う。全ての幸が喰われ、壊れて仕舞う。
 ――こわい。
 身動きひとつ叶わず其処に立ち竦む巫女の双眸を、カムイは大きな掌で塞ぐ。そうして、あえかな躰を腕の中へ抱き締めた。
「大丈夫だよ、怖くない」
 そんな未来など、櫻宵には約されていないのだから。そう安心させるように、自分は此処に居るのだと熱を伝える。
「うん……大丈夫」
 気付けば神の腕のなか、優しく抱擁されて居た。いつの間にやら大蛇は消え喪せ、倖の象徴たる春櫻がはらはら、ふたりの周りを揺蕩って居る。うつくしい春彩に包まれながら、櫻宵はそうっと双眸を弛ませた。
「行きましょう、カムイ」
「行こうか、サヨ」
 ふたりの旅路は、未だ始まったばかり。
 先ずはこの滅びゆく世界を、春彩で埋め尽くして仕舞おう。倖を約したふたりは、どんな困難でもきっと乗り越えられるだろうから――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

橙樹・千織
【千宵桜】


あら、鳥居…この先は神社なのかしら?
…はわ!?地面が!
千鶴さん急いで急いで!
咄嗟に手を掴んで引いて駆け上がり

ふたりの縁を結んだ薄紅色
そこに幾つもの色が、花が増えてゆく

あら、景色が…
いつかと同じ美しい月夜
水面の星と月を掬って笑んだ思い出

…ふ、ふふ
ちょっと楽しいかも
駆けて鳥居をくぐってを繰り返す内
くるくると変わる景色に小さく笑みを零す

流れる景色は思い出の欠片
あなたと過ごした色の数
そこに花笑む感情もあった

千鶴さんとこうして時を重ねること、
私は好きですよ
どのひとときも大切で誰にも譲れませんねぇ
いつからこんなに欲張りになってしまったのかしら?なんて微笑み
もっと?
ええ、ぜひ
ふふふ、とても楽しみ


宵鍔・千鶴
【千宵桜】


…鳥居が、ずっと続いてる…?
わ、千織…!
手を引かれるまま潜れば
果てなき先が視えるから
逸れないように手は繋いだまま

降り積もるのは薄紅花弁
雪原に落ちているのは紅椿
ああ、これは俺がずっと持っている、最初の記憶に焼き付けた花、欲した花

じゃあ、あの、山吹は…
千織の、かな?

更に進めば
空にきらり瞬く星と月が浮かぶ
いつかにきみとふたり舟を漕いでこの眸に映した景色に似てる

歩めば歩むほどに
きみと出掛けた思い出流れ
胸の裡に彩づいていた感情

俺も。千織と過ごす時はどれもかけがえ無い時間だったね。
ふふ、譲っちゃだめだよ?なんて。微笑んで
千織はもっと欲張って欲しい
まだまだ、数え切れない位
同じ景色を観に行こうよ



●想い出にかたちを与えて
 其処は、夜に鎖された無間鳥居が連なる迷宮。宵鍔・千鶴(nyx・f00683)は、行けども行けども形を現す鳥居を見上げ、困惑した様子で頸を捻る。
「鳥居が、ずっと続いてる……?」
「この先は神社なのかしら」
 一方の橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は、此の光景に多少馴染みが有る様子。涯なき道を覗き込んでは、何処に繋がって居るのかと思案していた。
「……はわ!?」
 そうこうしている内に、がらがらと音を立てて地面が崩壊していく。此れに呑まれて仕舞えば最期、如何な猟兵と云えどただでは済まない。
「千鶴さん、急いで急いで!」
「わ、千織…!」
 咄嗟に彼の腕を掴んだ千織は、其のまま手を引いて、階段を上へ上へと駆け上がって往く。鳥居を潜り抜けた千鶴の双眸には、涯なき先が視えるから。逸れないようにと、少年は彼女の手をそうっと握り返した。
 互いの温かさを感じて居れば、ひらり、はらり。
 滅びゆく世界に積り始める、薄紅彩の花弁たち。ふたりの縁を結んだ櫻に「懐かしさ」を覚えれば、其れを皮切りに幾つもの彩が、そして花が増えてゆく。
 ぽとり、ぽとり。
 石段の至る所に零れ落ちる、紅椿。これは、千鶴が抱いている「懐かしさ」が“かたち”を得たもの。何せ此の艶花は、少年がずっと持っていて。最初の記憶に焼き付けて欲した、鮮烈な花なのだから。
 ――じゃあ、あの山吹は……。
 ちらり、視界の端に黄金彩を捉えながら、少年はそんな疑問を抱く。山吹と来たら、矢張り千織の印象が強い。
 詰まりあの花は、彼女から零れ落ちた、感情の“かたち”なのだろうか。

 更に脚を進めれば、ふたりの頭上に星がきらりと瞬いた。空には相変わらず、寝待ち月が揺蕩って居る。
 此の空模様には見覚えがあった。
 もしも此処に湖が有ったならば、いつかふたりで舟を出し、水面の星月と戯れたあの日の光景そのものであると云えよう。
「……ふ、ふふ」
 少しばかり、楽しく成って来た。
 こころ躍らせる感情と共に千織が鳥居を潜り往けば、滅びゆく世界に彼女が抱いた感情の“かたち”が、新たな彩と化して降り注ぐ。
 歩めば歩むほど、ふたり出掛けた時の記憶の欠片が、そして其の時に彩づいていた感情が、世界へ“かたち”として零れ落ちて往く。
 石段は遥か遠くまで続いて居て、鳥居は次々と貌を出す。世界は夜に鎖された侭、寝待ち月は其の場からまんじりともしない。
 されど、ふたりで過ごした彩の数だけ降り注ぐ思い出の欠片は、そこに花笑む感情を鮮明に思い起こさせてくれるのだ。

「千鶴さんとこうして時を重ねること、私は好きですよ」
「千織と過ごす時はどれも、かけがえ無い時間だったね」
 素直に思いを伝えてくれる彼女に、千鶴は「俺も」と微笑んで同意を重ねる。其の答えを聴いて、千織は嬉し気にはにかんだ。嗚呼、ふたりで過ごすひと時は、何時だって大切で――。
「誰にも譲れませんねぇ」
 一体いつから、こんなに欲張りになってしまったのかしら。
 そう悪戯に微笑む彼女へ、千鶴もまた悪戯に笑う。戯れるふたりの間に今、想い出の薄紅が、はらはらと舞い落ちた。
「ふふ、譲っちゃだめだよ?」
 ささやかなひと時すら大切に想う気持ちは、お互い同じなのだから。彼女が遠慮をする必要は無いのだ。
「千織はもっと、欲張って欲しい」
 きょとん、と瞬きを繰り返す彼女の眸を、紫の眸が覗き込んだ。少年はうつくしい貌で、穏やかに微笑んで見せる。
「まだまだ数え切れない位、同じ景色を観に行こうよ」
「ええ、ぜひ――」
 とても楽しみ、なんて。聲彩を弾ませれば、その喜びも“かたち”と成って、千織の傍らに降り注ぐ。きらきらと煌めく星の如き其れらもいつかは、かけがえのない想い出の一欠片と成るのだろう。
 此れからのことに想いを馳せながら、ふたりは迷宮を進んで行く。降り注ぐ鮮やかな感情の“彩”と“かたち”に祝福されて――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジャハル・アルムリフ

師父(f00123)と

――暗き迷宮を良きものとして
うむ、師父とならば容易かろう

鳥居から鳥居へ
潜る序での他愛ない問答を
師父は幼い頃
夜道を恐れはしなかったのか

深々と頷き
ひとつ知れた過去の欠片に
また少し足取りは軽く
踏む傍から青く輝く小花が地に咲き広がる

…おお
此処は凄いぞ、師父

その花らごと地が崩れれば
師の手を取り石段を跳ぶ
切り抜けた高揚に
花火が如く弾けて踊る小さな星々

お前達、ひとが大燥ぎしているかの様に…
掴もうとするも叶わず
師の笑声から新たな星が咲く
そんなに変わっておらぬのか

星々が己のそれだけでないなら最早構うまい
手を取り輪舞する星々、無間の幻想
ともに鳥居を潜り、ひた駆ければ
闇の濃さも何時しか忘れて


アルバ・アルフライラ

ジジ(f00995)と
ふん、嗤わせてくれる
斯様な迷宮、恐るるに足らん
往くぞジジ――冒険の始まりだ

風の魔術で足取り軽く
宝石に明りを灯し階段を踏み締める
投げ掛けられる問答に一寸の間
若人は、恐怖を乗り越えて大人になるものだ
…ええい詳しく聞くでないわ!

如何したか、ジジ…視線の先
空と見紛う花々に瞠目
崩れる足元と、救い上げる逞しい手
いつしか立派になった図体
然し中身は全く変わっておらん
迷宮を彩り、弾ける星
…ぷ、っあはは!
ジジ、お前と云う奴は本当に…
これだから、お前の傍は飽きん
堪え切れぬ声を抑える事無く笑えば
世界は更に、輝きに満ち溢れる

ふふん、これならば寂しくなかろう?
ほれ、ぼさっとしないで先に進むぞ、ジジ



●綺羅星の輪舞曲
 迷宮の入り口には今、ふたりの青年が集っていた。
「暗き迷宮を良きものとする、か」
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は、此れから待ち構えるであろう試練に想いを馳せて思案貌。鳥居を潜る前から既に、此の迷宮は不気味なのだ。
「ふん、嗤わせてくれる」
 一方、彼の主たるアルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)は、腕を組みながら赫く艶めく鳥居の前に佇んで、余裕の表情を浮かべて居る。
「斯様な迷宮、恐るるに足らん」
「うむ、師父とならば容易かろう」
 固い絆と信頼で結ばれたふたりなら、宵闇に惑うことも無い筈だ。アルバは口端を軽く上げて、視線だけでジャハルを見遣る。
「往くぞ、ジジ」

 ――さあ、冒険の始まりだ。

 華奢な御脚に風を纏えば、足取りも軽く。寵愛注ぐ宝石に明かりを灯せば、迷宮の不気味さも幾分かは和らいだ。確りと踏み締めた脚は、従者と共に鳥居から鳥居へと渡り歩いて行く。
「師父は幼い頃、夜道を恐れはしなかったのか」
 それは、鳥居を潜る序のようなものだった。
 ジャハルが編んだ他愛も無い問いに、何故かアルバは沈黙を返す。ほんの一瞬だけ、夜の静寂がふたりを包み込んだ。
「……若人は、恐怖を乗り越えて大人になるものだ」
 詳しく聞くでないわ! なんて、響き渡る抗議は聴かなかったことにして。ジャハルは深々と、紡がれた答えに肯いて見せた。
 またひとつ、師父の過去を知ることが出来た。
 喩え欠片のように細やかなものであろうと、彼にとって其れは貴く煌めく宝物。裡に湧き上がる喜びに、自然と足取りは軽く成り。石段を踏み締めた傍から、蒼い煌めきを溢すちいさな花が、地面に咲き拡がって往く。
「おお……」
「如何したか、ジジ――」
 脚許に咲くいのちの煌めきに、ジャハルの口から思わず感嘆が漏れる。其れを耳に捉えたアルバもまた、彼の視線を追い掛けて。其処に咲く空の彩を映したような花々を視界に捉えるや否や、同じ彩の眸を想わず見開いた。
「此処は凄いぞ、師父」
 そう語るジャハルの聲には、喜彩が滲んで居る。そんな彼に、アルバが何か口を開き掛けた刹那。
 がらり。
 崩壊に呑まれ始めた石段が、煌めく花とアルバを巻き込みながら、音を立てて崩れ落ちて往く。

「師父――」

 何に手を伸ばすべきか、迷うことは無かった。アルバの白い掌が、ジャハルの大きな掌に確りと掴まれる。嗚呼、低い位置から見上げればよく分かる。
 従者の佇まいの、なんと立派なことか。
 ジャハルは主の手を取った侭、軽やかな身のこなしで石段を跳び、上へ上へと昇って往く。軈て次なる鳥居の前へと辿り着けば、安堵の溜息を溢すより先に、――ぱちぱち、ぱちり。
 難所を切り抜けた高揚感が、“かたち”と成って世界に零れ落ちた。まるで花火のように、弾けて宙を踊るちいさな星々は、張りつめた緊張を一気に弛ませる。
「お前達、ひとが大燥ぎしているかの様に……」
 己の裡から零れた感情へ抗議を紡ぎ、あまつさえ其れを捕まえようと腕を伸ばす。されど、ゆびさきは宙を掴み、星は夜空へ散らばって往く。
 其の一連の動作に、耐えられなかった。
「……ぷ、っあはは!」
 遠慮のないアルバの笑聲が、無間に鎖された世界にふと響き渡る。
 彼が笑えば笑うほど、からりからり。まるで金平糖のように煌めく星々が、崩壊間近の世界へ零れ落ちて往く。
「ふふ、中身は全く変わっておらんな」
「……そんなに変わっておらぬのか」
 未だ止まぬ笑聲交じりに紡がれたことばに、ジャハルは瞬きひとつ。見た目だけではなく、裡側も成長した心算だったが。
「ジジ、お前と云う奴は本当に……否。これだから、お前の傍は飽きん」
 くつくつとアルバが笑えば笑う程、瞬く星は其の数を増やしていき、滅びゆく世界は数多の煌めきに包まれる。ジャハルは、もう彼等を掴まえようとはしなかった。
 燥ぎ回る彼等が己のものばかりなら、聊か気恥ずかしかっただろうが。アルバが溢した感情の“かたち”もあれと同じなら、最早構うまい。
「ふふん、これならば寂しくなかろう?」
 天の帳で仲良く手を取り輪舞する星々を見上げながら、アルバはふふんと胸を張った。其の傍らで夜空を仰ぎながら、ジャハルは独り物思う。
 斯うも賑やかなら無間の幻想なら、悪くは無い――。
「ほれ、ぼさっとしないで先に進むぞ、ジジ」
 先程とは違い、今度はアルバに手を引かれて、青年は再び歩み始める。
 ともに鳥居を潜り抜け、石段をひた駆ければ、闇の濃さも何時しか忘れて。あっという間に、ふたりは迷宮の出口へと辿り着くだろう。
 滅びゆく世界の空では、星たちが尚も呑気に遊んで居た。あえかな煌めきで、ほんの僅か、暝闇を照らしながら。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 ボス戦 『捉月』

POW   :    ―――……来て、触れて。そしてひとつに。
自身の【周囲を飛び交う「月」】が捕食した対象のユーベルコードをコピーし、レベル秒後まで、[周囲を飛び交う「月」]から何度でも発動できる。
SPD   :    ―――……満ちては、欠けて。いつしかひとつに。
自身が【操作する「月」と共に呪歌を多重詠唱して】いる間、レベルm半径内の対象全てに【新月から生じる死の波動】によるダメージか【満月から生じる再生の波動】による治癒を与え続ける。
WIZ   :    ―――……願って、捉えて。やがてわたしのものに。
戦場全体に、【あなたが欲するもの幻を映し出す、水の帳】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は小泉・飛鳥です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●乙女たちの戯れ事
 月を映す広大な湖の畔に、其のオブリビオンは居た。
 金襴緞子の尾鰭に、水掻きめいた赫い手。まるで、人魚の様な佇まい。されど、配色は金魚にこそよく似て居る。慈しむように己を掻き抱く彼女の周囲では、あえかな花が咲いては零れ、湖に愛らしい彩を加えていた。
 彼女の名前は、捉月。
 親友の磯女を呑み込み、彼女とひとつに成って、再会の幸福を噛み締め続けて居る女妖である。

「満ちては欠ける、お月様。狂ったあなたは、可哀想」
(満ちては引いて、波の音。狂わぬあなたは、可哀想)

 水に映った月を捉えようとして、哀れにも身を滅ぼす――。
 嘗ての捉月は、そんな風に死した人々の魂を慰める、こころ優しき妖怪だった。されど伝承は歪められ、何時しか彼女は、ひとを死へ誘う妖怪として忌み嫌われて行ったのだと云う。
 そんな彼女が唯一こころを開いていた友人こそ、磯女のユヱであった。

 月に見惚れて、身を投げた――。
 磯女のユヱが妖怪に成った切欠は、そんなこと。されど、捉月は彼女を莫迦にすることも無く、魂を蝕む悲しみや苦しみに、ただ寄り添ってくれた。
 彼女が操るちいさな月で、ふたり一緒に御手玉をしたり。彼女の赫いゆびさきと、血の気の喪せた己のゆびさき絡ませて、月が揺れる湖を游いだり。重ねた月日の尊さと来たら、どれだけ言葉を尽くしても足りない程。
 其れ程までに、ユヱは捉月が好きだった。
 
「あなたのなかに、わたしは居ません」
(わたしのなかに、あなたは居ません)

 謳う様に淡々と聲彩を響かせて、ふたりは有り触れた慰めを否定する。
 喩えこころの中に、喪ったひとが生きて居たとしても、いったい誰が其れを証明できると云うのか。きっと誰も、こころの中身なんて可視化出来ない。

「聲すら届かぬ存在を、どうして信じられましょう」
(此の指届かぬ存在を、どうして信じられましょう)

 ことばを交わして、ゆびで触れて、互いの存在を確かめ合えないのなら。その存在は、居ないのと同じこと。
 だから妖怪は己を贄と差し出して、躯魂は其れを呑み込んだ。眸に映り、手で触れられる“かたち”を得て、互いの存在を確かめ合えるように。

「わたしは、あなた」
(あなたは、わたし)

 ふたりは漸く、ひとつに成った。
 喩えふたりのエゴによって、世界が滅びることに成ろうとも。優しい月と、澄んだ水と、何時までも戯れて居たい。

 もう、二度と離れたくない。

 死んだ“あなた”が空から見守って居るなんて。
 “わたし”のなかで、“あなた”が生きているなんて。
 嗚呼、流れ往く時間が“あなた”を忘れさせてくれるだなんて!

『そんなの総て、きれいごと――』

 ふたりの女妖の聲が、はじめて重なった。
 捉月が猟兵と向き合えば、彼女の周囲をくるくると、小さな月が廻り行く。どうやら彼女は、何処までも抗う心算らしい。
 幽世の滅びを止める為には、捉月を躯の海へ返さなければならぬ。
 オブリビオンさえ斃して仕舞えば、磯女は無事に解放される。つまり、彼女達の想いを鎮めようと、燃え滾る侭にしておこうと、結果は何方も同じこと。
 ゆえに、其の過程に拘る必要はない。
 幽世を救う為、猟兵たちは其々に得物を構える。対峙する女妖が滲ませた殺気は、ぽとり、氷の結晶と化して湖に沈んで行った。


≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・プレイングは心情よりでも、戦闘よりでも、どちらでも大丈夫です。
 ⇒なお、説得や声掛けは必須では在りません。
・リプレイは個別のご案内となる予定です。

・引き続き、感情が“かたち”を得ます。フレーバーとしてお楽しみください。
 ⇒ご希望の演出など有りましたら、プレイングにどうぞ。
 ⇒零れ落ちた“かたち”で、オブリビオンを攻撃することは出来ません。

≪受付期間≫
 5月3日(月)8時31分~5月6日(木)23時59分
琴平・琴子


決して離れないように呑み込んだとして
それで本当に良かったのでしょうか
だって、ひとつになってしまったら
会いたい時に会えなくて、触れたい時に触れられなくて
ずっと、寂しいですよ

私が欲しい物…何だろう、帰り路?
確かに帰りたい
その先に、お家があったならと手を差し延ばすけど
王子様とお姫様はそうじゃないって首を横に振ってくれる

水の跳ねる音
敵は何処にいるのか探してくれる?王子様

お転婆なお姫様
今だけ王子様の手で目を隠してあげるから
思う存分引っ掻いてらっしゃい
まるで揺蕩う金魚の尾鰭にじゃれる猫みたい
ああ拗ねないで、そんなお顔をも可愛いけれど

――ああ、本当の貴方と貴女にも会いたい
どうしたら、会えるの、かな



●郷愁
 水の帳に鎖された世界に響き渡るのは、エナメルの靴音のみ。琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、薄蒼の天幕を見回しながら女妖たちの選択に想い馳せる。もう二度と離れないように、親友に呑み込まれたのだとして。
 ――それで、本当に良かったのでしょうか。
 ふたりは、ひとつになった。
 自分を抱き締めることは即ち、相手を抱き締めること。自分の内心に語り掛けることは即ち、相手に語り掛けること。だから、好きな時に触れられて、好きな時にことばを交わせる。でも、其れは本当に?
「そんなの、寂しいですよ」
 幾らもう逢えない、触れられないからと云って、結局はひとりの世界に閉じ篭っているのと同じ。ひとりでふたりを演じるのは、ただの虚しい戯れのように想えて、少女はそうっと双眸を伏せた。

「私が欲しい物は……」
 何だろう、と思考した時には既に、眼前にはいつかの“帰り道”が拡がって居た。そう、確かに自分は家に帰りたい。其の先に、お家があるなら――。
 幻影へ手を差し延ばしかけたのは一瞬だけ。誰かから優しく肩を叩かれて、琴子はふと我に返る。其の王子様は、少女が喚び出した存在。逞しい其の肩には、脚の無いお姫さまを乗せて居る。彼女は余程シャイなのか、貌を両手で覆い隠して居た。
 少女がおずおずとふたりの貌を見上げると、彼らは「そうじゃない」と言いたげに頸を横に振ってくれる。
 ぴちゃん。
 何処からか、水の跳ねる音が聴こえて来る。あの湖の音だろうか。それとも、水の帳から滴る雫の音か。
「敵は何処にいるのか探してくれる?」
 そう強請れば、王子様はお姫様を肩に乗せた侭、勇敢にも彼女の前を歩み始める。幻にさえ魅せられなければ、迷路は容易に抜けられるようで。いつの間にやら、少女たちは出口へ辿り着く。

「希いを捉えて、わたしのものに――」

 出口で月と戯れる女妖を見れば、王子様は一息に駈けだした。彼の肩のうえで、お転婆なお姫様は、貌を覆い隠す両手を広げて臨戦態勢。そんな彼女へ、少女は淡々と語り掛ける。今だけは、王子様の手で目を隠してあげるから。
「思う存分、引っ掻いてらっしゃい」
 自分を乗せた王子様に目隠しされながら、剥き出しにした爪で捉月に赫絲刻む其の様は、まるで……。
「金魚にじゃれる猫みたい」
 ぽつり、そんな科白を溢したら、目許を隠されたお姫様が不服そうに頬を膨らませた。表情豊かな彼女へ、「拗ねないで」と琴子は口許を弛ませる。
 ――ああ、本当の貴方と貴女にも会いたい。
 こころの裡で想うのは、写し身ではない“本当”のふたりのこと。
「……どうしたら、会えるの、かな」
 呟きは冷たい夜に響き、軈ては泡沫と消えて往くばかり。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

ウン、そうだね。きれいごとだ
でも悪いね。私も『きれいごと』しか言えないみたい

私には彼女たちの気持ちが解らない
みんなに同じ気持ちしか持てないから
誰かひとりが特別だとか、なくてはならないとか
想像もできないや

(多分、レディなら解るだろうな。拗れそうだから話は振らないけど)

このままだと世界が滅ぶ。それは王子として見過ごせない
だからキミを討つ
私の気持ちは、それだけだよ

“Hの叡智” 攻撃力を重視
一つの存在を二つに離せるように切り払う

私の国では、死んだら魂は星になるんだよ
キミの嫌いな『きれいごと』だ
私の周りにあるのは相変わらず光る星のかけら

私がもうすこし彼女の気持ちが解ったら
違うかたちにでもなっていたかな



●崇高にして孤高
 湖は月光に照らされて、きらきらと煌めて居る。ただ、氷の結晶へと姿を変えた殺気が水面に堕ちる音だけが、ぽちゃん、ぽちゃんと響き渡る。
「……ウン」
 静寂を切り裂いたのは、エドガー・ブライトマンが溢した同意の聲。御伽噺の王子様のようにうつくしい彼の貌には相も変わらず、穏やかな微笑が滲んで居た。
「そうだね、きれいごとだ」
 寄り添って見せる其の聲彩こそ優しいけれど、何処か淡々とした調子なのは、エドガーと彼女たちが違う生き物だから。
 王族たるもの孤高であれと教わって来た彼には、お互いの空白を埋め合う様に求め合う、彼女たちの気持ちが解らない。
 エドガーにとって、他人はみな平等。
 施政者たるもの、憎悪や愛で動くべからず。其れは時として眸を曇らせ、国を崩壊へ導くもの。それゆえ、誰かひとりを特別に扱うことは赦されない。
 彼は、王子様なのだから――。
 女妖ふたりを此処まで狂わせる感情が何なのか、エドガーは想像すら出来なかったから。ちらり、自身の左腕へ視線を向けた。嫉妬深い薔薇のレディならきっと、彼女達の想いがよく解るだろう。尤も、彼女が登場すると益々話が拗れそうだから、問い掛けたりはしないけれど。
 彼に分かるのは、ただひとつの事実だけ。
「このままだと世界が滅ぶ」
 ひとびとに忘れ去られた妖怪たちは、此の幽世でしか生きられない。そんな彼らの安住の場所が奪われるなんて、王子として見過ごせない。遍くいのちは、尊ばれるべきだ。

「だから、――キミを討つ」

 エドガーが抱く想いは、ただ其れだけ。
 もしも、その想いに名前を付けるとしたら。其れはきっと「覚悟」と呼ばれるものだろう。彼の周囲できらり、星の欠片が闇夜を照らす様に瞬いた。
 王子は深く息を吸い込んで、ひとつ、ふたつ、瞬きを溢す。こころのなかで三度唱えるは、懐かしき祖国の名前。
「もう誰も、ふたりを引き離せはしないのです」
 捉月の周囲で、あえかな月がぐるぐると廻る。まるで彼女を護るように、或いは、獲物を待ち構えるように。
「キミたちにひとつ、教えてあげる」
 されど、エドガーは怯まない。
 薔薇を纏った細剣を抜き放つや否や、彼はひといきに女妖の許へと駆け出した。彼女の周囲に巡る月ごと、人魚めいた其の躰を横薙ぎに斬り払う。まるで、“ひとつ”を“ふたつ"に切り離すように――。
 其の鋭い剣技に月はぼとり、ぼとりと地に堕ち。捉月の躰からは、彼女の尾鰭よりも赫い雫が飛び散った。
「私の国では、死んだら魂は星になるんだよ」
 蹲る女妖を見降ろしながら、エドガーは努めて優しく語り掛ける。彼自身、其れが御伽噺の類であることは薄々識って居るけれど。
「……悪いね」
 他の妖怪たちと同じように、自身もまた『きれいごと』しか言えないらしい。けれどもし、彼女たちの気持ちを理解し、寄り添えたなら。
 ――違う“かたち”にでもなっていたかな。
 自身の周囲に煌めく星を横目に、エドガーはそんなことを物想う。されど、其れが如何なる“かたち”なのかは、矢張り想像できなかった。
 様々な想いが行き交う寂しい夜、ただ星の欠片だけが愉し気に瞬いては消えていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ

一面に映るたくさんの星
きらきら輝く五芒星
これがあたしの欲しいもの?
でも、幻は要らないの
迷宮を抜けてふたりの元へ

一人きりで残されて
想い出だけを抱えて生きていかなければならないのは
とても辛くて苦しいことでしょう
でも、あなた達が一緒に紡いだ時間や重ねた想い出は
形がなければ信じられないような
そんなちっぽけなものじゃない筈よ
きれいごとと言われたって構わない
あたし達は過去を還さなくちゃならないから

黎明の花彩を捉月に送りましょう
本当に大好きなら、愛しているのなら
未来を向けるよう背中を押してあげて
ユヱ、忘れる必要なんてないわ
過去が歪めたその子じゃなく
あなたの中にいる綺麗なままのその子を
どうか覚えていてあげて



●想い出
 ひんやりと冷たい空気が、白い頬を撫ぜる。鼓膜を揺らすのは、何処からか聴こえて来るせせらぎの細やかな調べ。
 水の帳に鎖された世界は、透き通って居てうつくしい。されど、キトリ・フローエの双眸に映る幻は、それ以上に煌びやかなもの。
 帳を埋め尽くす様に瞬くのは、たくさんの星。きらきら輝く五芒星は、手を伸ばしても届かぬ宝物。
「……これが、あたしの欲しいもの?」
 天を仰いだ少女は、ひとつふたつ、瞬きを溢す。其処に煌めく星々は、確かに魅力的だけれど。
「でも、幻は要らないの」
 あえかな翅を羽搏かせた少女は、ちいさな躰を冷たい風に乗せて、迷宮をひらひらと抜けていく。向かう先は、勿論――。

「あなたの願いも、やがて、わたしのものに」
 捉月は相も変わらず湖の畔で、幾つもの満月と戯れて居た。鈍彩の双眸が少女の姿を捉えれば、無邪気な唇がそうっと弧を描く。
 此の女妖がひとつに成ることに執着しているのは、歪められた伝承の所為か。それとも、幽世に遺した親友に未練が在る所為か。そして、その妄執をユヱが受け入れて仕舞ったのは、独りきりで残されて仕舞った哀しみに耐えられなく成った所以か。
 ふたりの女妖の内心に想いを馳せる程、少女の愛らしいかんばせにも影が滲む。想い出だけを抱えて、独りで生きていかなければならないなんて。きっと、とても辛くて苦しいこと。それでも――。
「あなた達が一緒に紡いだ時間や、重ねた想い出は、そんなちっぽけなものじゃない筈よ」
 世界よりも互いを撰ぶ程の情で結ばれたふたりの絆は、“かたち”がなければ信じられないような、そんな不確かなものでは無い筈だ。
「わたしたちは、想い出よりもかたちが欲しいのです」
 きれいごとばかり――。
 そう一蹴されたって、構わない。キトリは、信念をもって此処に立って居る。少女の掌中で、花蔦絡むロッドが淡い輝きを放った。

「あたし達は、過去を還さなくちゃならないから」

 捉月に杖の先端を向けるや否や、光り輝く花嵐が滅びゆく世界に巻き上がる。女妖の影から生まれ出ずる其れは、薄紅のカーネーション。慕情の証たる其の花弁は、捉月の白肌に赫絲を刻んで往く。
「本当に大好きなら、未来を向けるよう背中を押してあげて」
 其れは、先立つ者が遺された愛する者にしてやれる、唯一のこと。捉月は鈍彩の双眸を伏せて、苦し気に歯を噛み締める。
「――ユヱ」
 捉月のなかに居る寂しい磯女に向けて、キトリは更にことばを重ねてゆく。それは、嘗て彼女に掛けられた慰めとは異なるもの。
「どうか、覚えていてあげて」
 忘れる必要なんて、ない。
 言外にそう語るキトリに、捉月が僅か眸を瞠る。きっと、彼女のなかに居る磯女も。
「あなたの中にいる、綺麗なままのその子を」
 最期に視た大事な親友の姿が、過去に歪められた姿だなんて。そんなこと、余りにも哀しいから。ふたりの妄執を終わらせる為に、少女はもう一度ロッドを振う。
 紅に煌めくカーネーションは、鮮やかに邂逅の終わりを彩って往く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花房・英
【ミモザ】◎
きれいごと──
寿は俺がいなくなったら悲しんでくれる…?
それでも寿は未来を生きていけそうな気がする
俺は捉月みたいに世界よりも多分…
だって家族なんて知らない俺に情をかけてくれたのはこいつだけだから

生きてたら会える、側に居られる
でも、死んだら?
考えもしなかった
自分の死は考えても、相手の死なんて
ふわふわと飛ぶシャボン玉がぱちんと消えて
足が竦んで

幻だって映るのはひとつだけ
帰ればおかえりって聞ける場所
ただいまって言える、寿の隣

…寿と、同じ
瞳を見返すとはらはら落ちる花が綺麗で

ちょっと急に何、危ないだろ
手を掴んだら迷路の先を見据える

迷ってごめん、行こう
蝶を飛ばしてこの迷宮を抜ける


太宰・寿
【ミモザ】◎
溢れた呟き声が沈んでる気がして隣を見上げた

当たり前だよ、居なくなったら悲しいし寂しいよ
それでも考え込む英の顔を覗き込んで

ほら、見て。水の帳に英は何が見える?
水の帳に映し出された幻は、今そのままの私たち
私が欲しいのはずっと続く日常
私は両親じゃなくて英の隣がいいと思ってるみたいだね
笑って告げる
けど、この幻をまじまじと見られるのはなんでだろう恥ずかしい
そんな事を考えてたら、降る花の数が一気に増えたような…?

ま、待って!やっぱり見ちゃダメ!!
わたわたと英の視界を両手で塞ごうとするけど
叱られれば、はいと素直に手を下げるしかない

やがて真っ直ぐ前を見る姿に安堵して
言葉に頷き虹霓を握る



●当たり前の日々
 金魚めいた人魚の傍らで、まあるい月がくるくる廻る。歪められた伝承の通り、女妖の唇が密やかに囁くのは、破滅を招く甘い誘い。
「願って、捉えて、」

 ――やがて、わたしのものに。

 ふわりと辺り一面に拡がるのは、透き通った水の帳。世界はあわい蒼彩に鎖されて、幻影を映す迷宮と化す。
「きれいごと――」
 ひんやりとした水の膜に触れながら、花房・英は女妖たちのことばを反芻する。
 自分の死をイメージすることは、少なく無かった。けれども、相手の死を考えたことなんて、きっと無かった。
 生きてたらまた逢える、そして側に居られる。そんな“当たり前”が、壊れる日が来るなんて――。
 こころが騒ついて、息が苦しく成る。もう大地は崩壊していないのに、脚が竦むのは何故だろう。ひとたび抱いて仕舞った感情が、こころをじわりと侵食し始めたなら。彼の周囲でふわふわと、穏やかに揺蕩っていたシャボン玉が、ぱちん。壊れるように弾けて、消えた。
「寿は、俺がいなくなったら悲しんでくれる……?」
 彼の傍らの娘――太宰・寿は、何処か沈んだ調子で響く其のことばに、そうっと貌を上げた。琥珀の眸が、少年を優しく見上げる。
「当たり前だよ。居なくなったら悲しいし、寂しいよ」
 それでも、英は浮かない貌の侭、じっと考え込んで仕舞っている。
 自分が居なくなったとしても多分、彼女は未来を生きていける。けれども、英は如何だろうか。きっと捉月たちのように、世界よりも彼女を――……。
 だって、当たり前だ。
 家族なんて知らない自分に、温かな感情を注いで呉れたのは、寿ただ独りなのだから。
「ほら、見て――」
 思案に沈む少年の貌をふと、娘が明るく覗き込む。あえかなゆびさきが示す先には、幻を映す帳がゆらゆらと揺らめいていた。
「英は何が見える?」
「なにって……」
 帳へ視線を向けた少年は、其処に映る光景に思わず紫の双眸を瞠る。其処に映しい出された幻想は、いま其の侭のふたりの日常。
 家に帰れば「おかえり」って言ってくれて、「ただいま」ってことばを交わせる、そんなお互いの隣。ふたりが求めて居るのは、ずうっと続いて往く日常。
「私は両親じゃなくて、英の隣がいいみたい」
 そう微笑んで見せる彼女の頭上では、淡い彩の花弁がひらひらと舞っている。其の様がとても奇麗で、少年は暫し何も言わぬ儘じっと彼女を見つめて居た。
 寿はそこで、はたと気付く。
 此の幻想を英に視られるのは、恥ずかしいような――。自分の想いはなるべく口にして居るけれど、こうして絵として見せられると何だか照れて仕舞う。
 はらはら、はらり。彼女が抱いた恥じらいの分だけ、降り注ぐ花の数が増えて行く。それがまた、自分だけが変に意識しているみたいで恥ずかしい。
「やっぱり見ちゃダメ!!」
 今更遅いのは分かって居たけれど、わたわたと狼狽しながら寿は彼の貌へと手を伸ばす。然し、英の視界を塞ごうとしたゆびさきは、虚しく宙を切るばかり。
「ちょっと、急に何」
 危ないだろ、と叱る彼の掌中に娘の手頸はすっかり囚われていた。こうなるともう、寿は「はい」と頸を縦に振る他ない。英のほうに照れがないのが、却って恥ずかしい。彼は娘の手を掴んだ侭、水の帳で造られた路の先へと視線を向ける。
「……迷ってごめん」
 往こう、と彼女を促す其の姿からは、もう不安も迷いも感じられ無い。寿は安堵した様で肯きを溢し、ぎゅっと虹霓の絵筆を握り締めた。英が飛ばした蝶に導かれ、ふたりは迷宮を進んで往く。決して、立ち止まらずに。
 軈て出口に辿り着いたなら、待ち構えていた女妖へと毒を纏う蝶が一斉に群がって。寿が振うインクが、捉月が纏う金襴緞子の尾鰭を虹彩に染め上げる。
 ふたりの日常は、ふたりのもの。絶対に手放しはしない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

ゆぇパパと手を繋ぎ進む
幻に迷う必要は無いわ
欲しいものはもう、この手に
ぬくもりに

お二人の気持ちは少し分かるの
大切な人が手を繋いで下さる事の幸せ
失われた時の恐ろしさが

今のお二人は
目に見えない愛や悲しみを識っている事に他ならない、と思うわ

捉月さん
ユヱさんを忘れる必要ない
今のお姿に至る心こそ
お二人の裡に互いが居る証

でも世界が壊れたら
お二人の事、全部
無かった事になっちゃう
本当にそれでいい?

咲いて
ふたいろの花

タンポポが幾つも咲いて
綿毛が飛び
また咲く
タンポポの花言葉は幸せ
綿毛は…

パパ
ルーシーはどんな姿に
思い出になっても
約束通り、傍に
そっか
…約束は守りたい、な

ふふ、ありがとう
それなら帰って来れる、ね


朧・ユェー
【月光】

小さな手を握り進む
小さな小さな手、ぬくもり
えぇ、迷ってもきっとこのぬくもりが戻してくれる
その小さな手がいつか離れていかないか
いつまでも幸せに笑ってほしいと思うそれが僕の…

大切な人との別れ
それはとても辛く悲しい事
いつまでも傍に居たいと思う

そうだね、忘れる事は全てない
世界が無くなれば
想い出も無くなってしまうから

ルーシーちゃん
ありがとう
でもね、僕は思い出だけじゃ淋しいな
君が居るからこそ
その約束が果たされるから

獄導
その悲しみを地獄へとおくろうか

タンポポが綿毛になっても
キラキラと星が僕へと導いてくれるから



●綿毛は星の標を追って
 澄んだ蒼彩の薄膜が、彼方此方に張り巡らされて、世界は入り組んだ迷路のなかへと鎖された。水の帳に覆われた世界を、ルーシー・ブルーベルと朧・ユェーは、手を繋ぎながら進んで往く。水の迷宮はひんやりとして居るけれど、掌から伝わって来るお互いのぬくもりが心地好い。
「幻に迷う必要は無いわ」
「えぇ、迷ってもきっと――」
 繋いだ此のぬくもりがきっと、現へ戻して呉れる。欲しいものはもう、この手のなかにあるのだから。どちらともなく、結んだゆびさきに力を籠めれば、少女の周囲に花が咲き、青年の傍では星がきらきら瞬く。
 少女の掌はちいさくて墓投げで、いつか此の手を離れていってしまうのでは無いかと、ユェーは無性に不安を覚える。
 喩え、此の手を離れたとしても。叶うことなら、彼女にはいつまでも幸せに笑っていて欲しい。
 ――それが、僕の……。
 希い、なのだろうか。憂う様に双眸を伏せれば、傍らの星がちかちかと瞬いて。軈ては溶けるように、夜に消えて往く。
 一方のルーシーは、己の周囲に咲き誇る花を見つめて居た。それは、黄色と白、ふたつの彩を持つタンポポ。
 ライオンの鬣めいた花弁は、お日様のように明るく咲き誇って。軈ては雪のように白い綿毛へと姿を変えて、宙へふわりと飛んで行く。そうしてまた、彼女の周囲に黄色い花弁が咲き誇る。それの、繰り返し。
 タンポポの花言葉は「幸せ」なのだと云う。ならば、綿毛は……。
「――パパ」
 少女は堪らず立ち止まり、ユェーの手をぎゅっと握り締めた。
 時の流れは不可逆で、誰にも止められやしないから。蛹が蝶に成るように、少女も何時か大人に成る。それに、お互い戦場に立つ身ゆえ、何時まで生を繋げられるか分からないけれど。
「ルーシーはどんな姿に、思い出になっても」
 約束通り、傍に――。
 ぽつりと零したことばは、水幕に鎖された世界で静謐に反響した。喩え離れていても、眼には見えなくても、結んだ絆はそこに有るのだと信じて欲しい。
「ルーシーちゃん、ありがとう」
 彼女の真剣な表情を見たユェーは、双眸を優しく弛ませて笑う。これまで少女と重ねて来た時間が、彼女もまた同じ不安を抱えているのだと、ことばよりも雄弁に教えてくれて居た。
「でもね……僕は、思い出だけじゃ淋しいな」
 穏やかな眼差しで重ねる科白は、優しく夜に溶けて行く。手放したりはしないと安心させるように、彼もまた繋ぐゆびさきに力を籠めた。
「君が居るからこそ、その約束が果たされるから」
 だから、傍に居て欲しい。其れこそがきっと、ユェーが抱く本当の希い。「そっか」と相槌を打つ少女の眸に、ちいさな星が煌めいた。
「約束は守りたい、な」
「それに、タンポポが綿毛になっても――」
 青年が飛び交う綿毛へゆびさき伸ばせば、それに呼応するかの如く。綺羅星が降り注ぎ、綿毛を地上へと運んで往く。いつか、花を結ぶために。
「キラキラとした星が、君を僕へと導いてくれるから」
「それなら帰って来れる、ね」
 其の様に少女はふふり、と微笑んで礼を紡ぐ。ふたり貌を合わせて笑い合えば、何方からともなく、再び足を踏み出した。ふたり一緒なら幻に惑うこともなく、青年と少女はあっという間に、出口まで辿り着く。

「わたしたちは、ふたりでひとつ――」

 倒錯に酔う女妖の傍から零れ落ちるのは、あえかな花弁たち。其の彩は、淡く何処か寂し気で。
「お二人の気持ちは、少し分かるの」
 思わず、ルーシーはそう聲を掛けて居た。迷いの路を抜けて来たあとだからこそ、よく分かる。大切な人が手を繋いで居てくれることが、どれだけ幸せか。そして、そのぬくもりが失われることが、どれほど恐ろしいか――。
「今のお二人は目に見えない愛や、悲しみを識っている事に他ならない、と思うわ」
 かたちを求める彼女たちだが、其の起因と成ったものは、かたちのない「愛」や「哀しみ」という感情だ。其れを識ることが出来ただけでも、彼女たちは幸せだったのでは無いか。
 彼女を優しく見守る青年もまた、ふたりの女妖が抱いた痛みに想いを馳せる。いつまでも傍に居たいと、そう願う存在が出来たいま。大切な人との別れを想像するだけで、辛く悲しい気持ちに成るのだから。
「捉月さんを、ユヱさんを、忘れる必要はない」
 妖怪を呑み込んだ捉月が“オブリビオン”として世界に顕現するに至って仕舞った、その心こそ。そして、思わず滅びのことばを囁いて仕舞った其の事実こそ、ふたりの裡に互いが居る何よりの証なのだから。
「でも、世界が壊れたら――」
 少女の蒼い眸が人魚めいた女の姿を、真直ぐに見据える。彼女たちの選択は、世界だけでなく、彼女たちにとっても最善では無い。
「お二人の事、全部無かった事になっちゃう」
「世界が無くなれば、想い出も無くなってしまうからね」
 本当にそれでいいのかと小頸を傾げる少女の傍らで、青年もまた静かに首肯する。世界が滅びることは即ち、彼女たちの想い出も泡沫と消えることを意味するのだ。
「すべて“無かったこと”には、したくないだろう」
 だからこそ、ユヱは親友に己が身を捧げて。
 捉月は其れを呑み込み、斯うしてカクリヨに蘇ったのだ。
「わたしたち、無かったことに……?」
 手段の為に目的が水泡と化し掛けて居ることに気付いた女妖は、呆然とそう零す。彼女たちの“想い出”を護るため、ふたりは密やかに術を編む。
 花菱草と蒼芥子、ふたいろの焔花が咲き、赫き女妖に纏わりつけば、鱗に塗れた躰を焦がす。そして、ユェーが招いた地獄の使者が、飢えた無数の手を伸ばす。
 希わくば、其の痛みは焔に溶け、哀しみだけが地獄に送られますように――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英


綺麗事だね。虫唾が走るよ。
しかし、綺麗事に救われる者も、確かにいる。

時間の経過と共に、軈て忘れてしまう。
もっともだとも。
私は君の意見に同意をしよう。

風情のある決まり文句であるが
些か信憑性に欠ける

夢物語だ。

けれども同意を出来るからと云って
私は君を見逃す訳にはいかないのだよ。
君を綴るかどうかは、嗚呼。綴らないだろうね。

否。被害者として遺すのも良い。

桜の世界では君のような考えを持つ者は喜ばれるだろうとも。
月に見惚れて身を投げただなんて浪漫だよ。
そして、芸術的でもある。素晴らしいではないか。

却説。話はこれくらいにしておこう。

私の感情は、見るにも耐えないからね。
終いだ。



●世迷いて花と散らむ
 空に浮かぶ月は、いっそ冷たく世界を照らし付けて居る。赫く燃ゆる尾鰭を揺らして、掌中に捉えた月と戯れる女妖たちが纏うのは、紛うこと無き情念。世界すら壊してしまう程の――。
「……綺麗事だね」
 彼女たちの思いの丈へ耳を傾けた榎本・英は、「虫唾が走るよ」と肩を竦めてみせる。つぅ、と細く成る眼差しは、靜に友を呑んだ女妖を見つめて居た。
「そうでしょう」
「しかし、綺麗事に救われる者も、確かにいる」
 英はどちらも、否定しない。
 万人に受け入れられる理論など、この世の中には存在しないのだから。きれいごとに背を向けようが、それを受け入れようが、極論それは好みの問題だ。

 時間の経過と共に、軈て忘れてしまう――。

 だから、そんな科白に救われる者も居る。
 けれども目の前の女は、其のことばを受け入れられなかった。そして英は、何方かと云うと、彼女と同じ想いを抱いている。
「もっともだとも、私は君の意見に同意をしよう」
 其れは確かに、風情のある“決まり文句”で、ゆえにこそ巷に溢れ返った科白でもある。とはいえ、些か信憑性に欠けることは明白だろう。
「――夢物語だ」
「ええ、忘れられる筈が無かったのです」
 だから彼女たちは、斯うしてひとつに成った。
 もしも時の流れが傷付いたこころを癒してくれるなら、捉月がユヱの許へ現れることも、ユヱが捉月を受け入れることも、きっと無かった筈だ。
 夢物語の皮を被った欺瞞は結局、だれのことも救わなかった。
 成る程、同情すべき悲劇である。けれども、其れと此れとは話が別だ。彼女は現世に顕現したオブリビオンで、英は猟兵なのだから。
「私は、君を見逃す訳にはいかないのだよ」
 淡々とそう語りながら英が取り出すは、よくゆびに馴染んだ“筆”ひとつ。著作に彼女たちを綴るかどうかと問われれば、きっと綴らないだろう。嗚呼、否――。
「被害者として、遺すのも良い」
 其の方がきっとセンセーショナルで、エモーショナルだ。悲運を背負った儚げな乙女が、報われぬ侭いのちを落とすなんて。
「あなたも月の満ち欠けに見せられると良いでしょう」
 そして、やがては月とひとつに――。
 捉月の周囲でくるくると廻る月が、瞬く間に其のかたちを変えていく。満月は新月に、戯言は呪唄へ。揺れる月から零れた波動は、英に死を齎さんと不穏に広がり行くけれど。
「そう、そうだ。君のような考えを持つ者は、櫻の世界で喜ばれるだろうとも」
 文豪たるもの、着眼すべきは己の生死などでは無い。其れよりも、其処に有る情動にこそ、こころ惹かれるのだ。
「月に見惚れて身を投げただなんて、浪漫だよ」
 何処かの詩人も、水に浮かぶ月を取ろうとして、いのちを落としたのだと云う。嗚呼、なんと芸術的な最期なのだろう。全く、素晴らしいではないか。

 ――却説。

「話は、これくらいにしておこう」
 筆を持たぬ手には、著書が抱かれている。その主人公は、口が上手い青年で。ことばでひとを、斃してさえみせるのだ。はらはらと頁を捲ったならば、“獣”が其の隙間から飛び出して行く。其れは、英の“情念”がかたちを得た姿とも云える。まるで鬼の様な腕をした其れは、見るに堪えぬ。だから、もう。
「――終いだ」
 こんな出鱈目な現象も、女妖たちの悲喜劇も。
 総てに幕を閉じたら、靜かな世界で筆を執ろう。被害者は愛する者と分かたれた、哀れな乙女たち。そして、下手人は――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
【桜瀬】◎
髪は濡れた儘

…落ち着いたか?

前なら彼女の涙を拭うも今は待つだけ
片方の手重ね自らそっと離す
彼女は優しいから情で繋いでると思ってる
線引きは己が
敵の背景を知り自嘲の笑み

本当に綺麗事だわ
そうは思わねェ?エリシャ
慾しいのは、本当に首だけ?

(あァ、お前らも
世界でなく唯一を選べた者同士
俺は、救うコトは出来ても
共に堕ちてはヤれない
死ねない

俺とお前が歩む途は違うだけじゃァない
きっと核がズレていたから
俺が俺自身を曲げられなかったから

永遠の愛など信じてなどない
命は尽きる
だから美しい

本当は
俺が倖せにしてやりたかった(傲慢な))

硝子冠は砂に
新たないろには不必要

UC使用
月を桜で隠し盈ち虧けに
綺麗事を囀る喉を狙う


千桜・エリシャ
【桜瀬】◎

こくりと頷き返すも
解かれた手に胸が痛む
これが正しい形だとわかっていても…
また溢れそうになる涙を耐えて

そう、ね…綺麗事だわ
(私がしていることは何もかも
本当に慾しいもの
口にしてしまえば
彼の為と耐えたことはすべて水の泡
言えるわけがない)
血染めの桜が吹雪く
…首だけよ

彼がくれた硝子冠――愛慾
手をのばすも砂となり
…どうして?
嗚呼、溢れる言葉が抑えられない

ごめんなさい
本当は
歩む道が重ならずとも
世界の敵となろうとも
あなたの隣にいたかった
あなたに殺して慾しかった
紫苑と桜が咲き誇る

私は慾深な悪鬼
一つになんて絞れない
慾しいものは自分で手に入れるわ
それが赦されないことだとしても

幻ごと
その首を斬り裂きましょう



●戀し乞いして
 雨と化した想いの残滓が今も尚、杜鬼・クロウの黒髪から、ぽとりぽとりと滴り落ちる。女――千桜・エリシャと結んだ手から伝わる温もりは愛おしく、然し、だからこそ居心地が悪い。
「……落ち着いたか?」
 以前の彼なら、彼女の眸から零れる雫をそうっと、ゆびさきで拭って遣っただろう。けれども、今はただ雫が止まる時を待つだけ。軈てエリシャがこくり、ちいさく頷き返したなら、最期にクロウは結んだ手にもう片方の手を重ねて。そうっと、互いのゆびさきを解いて行く。彼女は優しいから、きっと情で繋いでるに違いない。だから、線引きは己がしなければ――。
 そう、あの日分かれたふたりにとって、これこそが正しい容なのだ。
 それなのに、自然と眸は離れ往く彼のゆびさきを追って仕舞って、ちくりと胸が痛む。また溢れそうになる涙を、羅刹の女は気丈に耐えた。
「――本当に綺麗事だわ」
 そんな彼女の頭上に、青年の科白が堕ちて来る。何処か自嘲めいた響きに、エリシャは躊躇うかの如く双眸を游がせた。
「なあ、エリシャ」
「そう、ね……」
 きれいごとだ。
 己がしていることは、何もかも。自覚をすれば居た堪れなく成って、女は虚な掌をぐっと握り締める。白肌に爪が喰い込むほどに――。
 総ては、彼の為だった。
 だからこそ、本当に慾しいものを口にして仕舞えば、耐え忍んだあの日々が、すべて水の泡と化して仕舞う。だから、言えるわけがない。
 あなたのためにと、誠を覆い隠した“きれいごと”以外は。
 ちくりちくり、甘い痛みに血を流す彼女のこころを現す様に。世界に赫い櫻の花弁が吹雪く。
「慾しいのは、本当に首だけ?」
 見慣れた鮮血の如き彩を前にして、クロウは静かに問いを編んだ。揺れる眸を長い睫に鎖したエリシャは、きゅっと花唇を引き締める。

「――首だけよ」

 沈黙は一瞬だけ。凛とそう答える気高さの、それでいて、諦めたように微笑む眼差しの、何とうつくしいことか。
 募る想いのやり場を探るように視線を巡らせた青年は、世界に張り巡らされた水の帳越し、月と戯れる女妖を眺め遣る。嗚呼、彼女たちもまた“世界”でなく、“唯一”を選べた者同士。
 ――……俺は。
 ぎり、と青年は奥歯を噛み締めた。握り締めた拳が、微かに震える。どうして自分たちは、あんな風に成れなかったのだろう。
 傍らの女を救うコトは出来ても、共に堕ちては遣れないし、死ねない。
 ふたりが歩む路はきっと最初から違っていたし、そもそも「核」がズレていたのだ。クロウが彼自身を、曲げられなかったから。ふたり、離れるしか無かった。
 永遠の愛など、端から信じていない。命は尽きる、素晴らしい時間はいつか終わる。だからこそ、想い出はうつくしい。
 ――俺が、倖せにしてやりたかった。
 なんて傲慢な独白なのだろう。内心で自嘲する青年の隣で、エリシャは硝子冠へとゆびさきを伸ばす。其れは、彼が呉れた愛慾。それなのに、ひとたび触れられた硝子は、瞬く間に砂へと容を変えて。大地へ零れ落ちて往く。
「……どうして」
 嗚呼、溢れる言葉が抑えられない。
 呆然とする彼女を見下ろすクロウと云えば、何も言わなかった。だって、新たないろに其れは不必要だと、分かって居たから。彼女に背を向けるように、彼は一歩前へと歩み出る。
 ――……ごめんなさい。
 其の背中に縋りつきたい気持ちを堪えるように、エリシャは双眸を伏せた。素直な気持ちはことばに成らず、こころのなかで虚しく反響するばかり。本当は、歩む道が重ならずとも、世界の敵となろうとも――。

 あなたの隣に、いたかった。
 あなたに殺して、慾しかった

 そんな情念が胸に過れば、紫苑と桜が、ふわりふわりと咲き誇る。こんな“かたち”を世界に溢して仕舞う程に、あなたを想っているのに。嗚呼、哀しいかな。己は慾深な悪鬼、ゆえに“ひとつ”なんて絞れない。
「慾しいものは、自分で手に入れるわ」
 喩え其れが、赦されないことだとしても――。
 エリシャがゆるりと大太刀を鞘から引き抜けば、クロウもまた闇夜に櫻を散らす。其れは寝待ち月を半分ほど欠けさせて、囀る女妖の許へと舞い散って往く。女が振う黒き刃もまた、幻ごと水の帳を切り裂いて、女妖の頸へと迫り来る。
 嗚呼、されど。
 ふたりがいっとう欲しいものは、きっと別の――……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

葬・祝
◎【彼岸花】

感情なんて人真似ですけど形になるんです?
……やっぱり分かりませんねぇ
カフカの周りをひらひらしてるこれがそうなんですかね
小さな白銀の蝶
(指で摘んだら簡単に潰せそうですね)
何もしませんってば
ちょっと不思議だなと見ていただけですよ
だって感情の具現とか言われても、人真似の私ですよ?

はいはい、お仕事しましょうね
好き勝手に問題を引き起こして世界ひとつ巻き込んだ心中をするくらいなら、勝手に後追いでもして死んでくださいよ
巻き込まれる此方は良い迷惑です

UCを【精神攻撃、催眠術、郷愁を誘う、恐怖を与える、誘惑】で強化
あとはカフカにお任せしますよ

…………私が死んで、この子が、後追い……?
どうして、……、


神狩・カフカ
◎【彼岸花】

まだ気付いてなかったのか
お前さんの感情ってのは可愛いもンだなァ
(おれがやった朱蛺蝶に似てるのは偶然か、それとも)
って、おいおい!何してやがる!
蝶を己の影に匿ってジト目
ったく、微笑ましく思ってりゃすぐこれだ
本当かァ?
好奇心で何やらかすかわかったもンじゃねェからな…

さて、奴さんが待ちくたびれちまう
相変わらずはふりは手厳しいねェ
おれがお前の後追いして世界を巻き込んでも
同じことが言えるのかい?
…なンてな
冗談サ
感情ってのは綺麗事で片付けられるほど
簡単なもンじゃねェってことだよ

へいへい任されましたよっと
悪ィが幻如きでおれの慾は満たせねェのサ
羽団扇を取り出し一振り
幻ごと斬り刻み吹き飛ばしちまおう



●かたち得ずとも
 水の帳に鎖された世界で、葬・祝は白いゆびさきを宙に遊ばせる。其れから逃れるように、カフカの許にひらひらと羽搏くのは、ちいさな白銀の蝶々。
「……やっぱり分かりませんねぇ」
 自分が抱く「感情」なんて、所詮は人真似に過ぎない。それなのに、“かたち”になることが有るのだろうか。
「まだ気付いてなかったのか」
 不思議そうに頸を捻る祝に、神狩・カフカが悪戯に笑う。にやり、口端を上げて零すのは、戯れるような科白。
「お前さんの感情ってのは可愛いもンだなァ……」
 されど、気に成ることも有る。
 祝が溢した感情のかたち――白銀の鱗粉を散らす蝶々は何処か、カフカが彼に贈った朱蛺蝶に、似ているような……。
「成る程、これがそうなんですかね」
「――って、おいおい!」
 あえかな翅を揺らす白銀の蝶々は、ゆびで摘んだらいとも容易く潰れそうである。何とも無しに手を伸ばす祝を見て、カフカは思わず蝶を己の影に匿った。何してやがる、なんて。ジト目を向けても、祝は何処吹く風と云った様子。
「……ったく、微笑ましく思ってりゃすぐこれだ」 
「ちょっと見ていただけですよ、何もしませんってば」
「……本当かァ?」
 伸ばした掌をひらひらとさせる妖怪を前に、カフカは未だにジト目を向けた侭。自分の感情でも無いのに、どうしてそう真剣に成るのか分からずに。祝はかくり、ちいさく頸を傾けて見せる。
「だって感情の具現とか言われても、人真似の私ですよ?」
「とはいえ、好奇心で何やらかすかわかったもンじゃねェからな……」
 すっかり警戒されて仕舞ったらしい。
「はいはい、お仕事しましょうね」
 こうなっては、話を逸らした方が良さそうだ。祝は銀の双眸を水の帳の向こう、湖の畔で月と戯れる女妖へと向けた。刹那、彼から溢れ出すのはどろりとした黒い瘴気。其れは捉月の許へと漂い、彼女の身を毒で蝕んで往く。
「まったく、いい迷惑です」
 妖怪の整った唇から零れるのは、呆れ切ったような吐息ひとつ。同じ妖怪としては、同乗よりも同族嫌悪の方が勝るらしい。
「世界ひとつ巻き込んだ心中をするくらいなら勝手に――」
 其の後に続かんとすることばを察し、カフカが彼を手で制した。相変わらず手厳しいと苦笑する彼は、祝の眸を見ながら諭すように問い掛ける。
「おれがお前の後追いして世界を巻き込んでも、同じことが言えるのかい?」
「……」
 此の子が、私の、後を――。
 予想して居なかった問いに、祝が呆然と眸を瞠った。そんな彼の反応に「冗談サ」と常の調子で笑って、カフカは水膜越しに女妖を見遣る。
「感情ってのは“綺麗事”で片付けられるほど、簡単なもンじゃねェってことだよ」
 己の感情に疎い彼が、どう受け取るかは分からなかったけれど。そんなことばを重ねて、朱を纏う神は羽団扇を懐から取り出した。
「さて、任されましたよっと」
 ぶんっ、と其れを一振りすれば、舞い上がる旋風。其れは世界に揺蕩う幻ごと、水の帳を切り裂いた。軈て遠く離れた女妖の許へと辿り着けば、彼女の白肌に赫絲を刻んで、あえかな其の身を吹き飛ばす。
「悪ィが幻如きで、おれの慾は満たせねェのサ」
 羽団扇で口許を隠しながら微笑む様は、将に「神」らしい荘厳な佇まい。一方の祝は、ただ茫然とカフカが紡いだ冗句を反芻していた。
 ――……どうして。
 自分が死んだあと、後を追うだなんて。神である此の子は、どうして、そんなことを云ったのだろうか。

 嗚呼、答えは未だ見つからぬ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜

きれい。月明りだけの世界に赤が映えて
花が咲くようにも見えるけど
まるで想いに身を焦がしてるみたいだね

離れたくない、離したくない
痛いほど解る気持ちだよ
逢いたい、瞳に映したいっていつも思うもの
時間が経てば、いとしい人を失くした心が癒されるだなんて
そんなこと、わたしも思えない

最期の時は置いていかないで連れていってほしい
ひとりで遺されるなんていやで
あの人をひとり置いていくのもいや
わたしの、わたしたちの終わりはふたり共に
彼が約束してくれたから

幻であろうと欲するものはただひとつだけ
花弁を周囲に舞わせていく

ごめんなさい、ごめんね
共に居たい気持ちが、アナタたちの想いが解るのに
それを叶えることをわたしはできない



●宿命
 ただ月灯だけを浴びながら、人魚めいた女妖は己の周囲で遊ぶ月と戯れる。其の様を翠の双眸に焼き付けた荻原・志桜は、ぽつり。
「――きれい」
 月に照らされた昏い世界に、赫い尾鰭がよく映えて。其れはまるで、大輪に咲いた花のようにも見えるけど。其れよりも、情念の焔に身を焦がしているよう――。
 もう二度と離れたくない。再び結んだ縁をもう、解きたくないと、彼女たちは我儘にもそう語って居る。そして少女はその気持ちを、痛いほど解って居た。
 ――……逢いたい、瞳に映したいって、いつも思うもの。
 脳裏に過るのは、愛しいひとの姿。彼と自分には、あとどれだけ共に過ごす時間が赦されて居るのだろう。答えは誰にも分からないけれど、離別の辛さだけは容易く想像できた。
「時間が経てば、いとしい人を失くした心が癒されるだなんて――」
 そのことばには、志桜とて同意できない。
 もしも、彼が自分より早く旅立つなら。最期の時はどうか、置いていかないで。一緒に連れていって欲しい。嗚呼、せめて、そんな我儘で困らせることを赦して。
 ひとりで遺されるなんて、いや。あの人をひとり置いていくのも、いや。
 ――わたしの、“わたしたち”の終わりは、ふたり共に。
 そう彼が約束してくれたから、志桜は幻を見せる迷宮に迷うことも無い。彼女が欲するものは、喩え幻であろうとただひとつ。優しい其の背中を視界に捉えれば、いつだって、彼女のこころは穏やかな熱を孕む。
 温かな其の感情に導かれるかの如く、少女の周囲にあえかな桜の花弁が、ひらひらと楽し気に舞い踊った。優しい春の馨を引き連れて、少女は水の帳で造られた迷宮の出口へと向かう。
 軈て辿り着いた其の先では、月と戯れる女妖が独り待ち構えていた。其の姿を視るなり、志桜の表情が曇る。此れから女妖たちに訪れる離別を想うが故に。
「ごめんなさい、ごめんね――」
 共に居たい気持ちが、彼女たちの想いが、痛いほど分かって居るのに。それを叶えることを、少女はできない。
 やさしさは雫と成って瞳から零れ落ち、吹き抜けた風がふわりと其れを攫って行く。燃ゆる桜の花弁たちは風に舞い上がり、金襴緞子の尾鰭を揺らす女妖を包み込んだ。
 焔に身を焦がされ、離れた友に胸を焦がす乙女たち。此の侭、想いまで灰と成って仕舞えば、彼女たちは苦しみから解放されるのだろうか。
 少女はまるで祈るような気持ちで、花嵐と踊る人魚の姿を見つめて居た――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀

ハルカ(f14669)と

二人の世界にしたいならどうぞご自由に
こっちも自由にさせてもらうから
心底どうでもいいみたいな気怠さで
一歩、二歩、あっという間に目の前へ
薙いだ一閃、また距離を取る
星が輝き弾けた

結局自分に都合の良い事しか見たくないんだね
望んだかたちになる確証なんてないのにさ

足元の影が不自然に歪む
光の在り方で形を変えて
闇に紛れて消える
どこにでもあってどこにもない

戦場に溢れる様々なかたちを他人事に
ハルカのかたちが視界の隅にチラつけば
ねぇ、これはどんな気持ち?
なんて軽口叩いて
俺もだよって再び敵と向き合った

ずっと離れたくないんだね
俺からすればその関係もきれいごとに見えるけど
だって、ここで終わるだろ


遙々・ハルカ

よしのりサン(f05760)と

まー、二人だけで一緒んなって
二人だけで滅んでくれんなら放置だったんだけどなァ~
カワイソーに
変わらず瞬く星が感情を表し砕ける
ひゅー
よしのりサンかっこい~
無責任な歓声も飛ばして

どうせ欲しかったのは相手のいる『確信』さ
この世に無いことを知ってて
尚信じることなぞ出来やしない
気持ちは解るなァ~
“そうだろ?”

重たく群れ羽搏く鴉の向こう側
昏く滲んだ破片が生み出された傍から砕ける
答なぞ、そも望んでいない
周囲で散る破片を痩せた手で除けながら
さァと片目瞑って
――オレはさっきよか愉しんでっけどね

てか
駄目だぜよしのりサン
こーいう時はこう言うもんよ

二人一緒に死ぬなら寂しくないね
……ってさ



●汚泥に凶刃は煌めいて
 彼女たちは、ふたりでひとつ。
 かたちもなかみも一緒に成って、もはやふたりを引き離すものは何も無い。喩え死神であろうとも。
「二人だけで滅んでくれんなら放置だったんだけどなァ~」
 遙々・ハルカはそんな女妖の姿を眼鏡越しに映し、くいと背伸びをひとつ。如何なる背景が有ろうとも、彼女たちが世界を滅ぼすと云うのなら、猟兵たちは黙って居ない。勿論、自分も――。
「カワイソーに」
 青年が淡々と感想を溢したら、其処に滲む感情を表すかのように、相も変わらず周囲で星が瞬いて、忽ち粉々に砕け散る。
「二人の世界にしたいならどうぞご自由に」
 こっちも自由にさせてもらうから、なんて言葉を重ねる鹿忍・由紀は、彼女たちが抱える事情など心底どうでも良さそうだ。気怠い調子でダガーを取り出せば、一歩、二歩、歩みを進めて。あっという間に、青年は敵と距離を詰めて居る。
 ――空かさず、横薙ぎの一閃。
 忽ち女妖の躰から赫が飛び散り、くるくると廻る新月を濡らして行く。其れを横目に由紀はバックステップを踏んで、軽やかに距離を取った。彼の傍らでは、ハルカと同じように星が輝いて、かと思えば「ぱちん」と軽やかに其れは弾け散る。
「よしのりサンかっこい~」
 ひゅぅ、と口笛混じりに飛ばす歓声は、聊か無責任であったかも知れぬ。されどそんなことで、不快を見せて呉れる程、由紀は気安く無いのである。
「結局、自分に都合の良い事しか見たくないんだね」
 月灯に煌めく刃から滴る赫を振り払いながら、そんなことを溢す彼は、何処までも淡々として居た。光の無い薄蒼の眸が、感慨ひとつ抱かぬ儘に女妖を射抜く。
「望んだかたちになる確証なんて、ないのにさ」
「どうせ欲しかったのは、相手のいる『確信』さ」
 にやり、片頬を上げるハルカもまた、金彩の双眸で赫く血濡れた鱗を揺らす人魚の姿を眺めていた。目に見えぬものを可視化したところで、問題は何も解決されない。
 大事なひとがこの世に無いことを知っていて尚、喪った彼女の想いを代弁するような“きれいごと”を、信じることなぞ出来やしないのだから。
「気持ちは解るなァ~」

“そうだろ?”

 ハルカの眸が不意に、妖しい輝きを放った。
 彼の脚許から伸びる影が、不自然に歪んで、蠢いて。軈て其処から現れるのは、重たく群れる鴉たち。汚泥に崩れ往くちいさな彼等は、捉月目指して羽搏いて行く。
 ――答なぞ、そも望んでいないのだ。
 だから彼等は、止まることなく彼女たちを汚泥に蝕んで往くだろう。世界が完璧に崩れ落ちる前に。
 鴉の群れと入れ替わるようにハルカの隣に戻って来た由紀は、己の影を見降ろしていた。其れは、光の在り方で形を変えるもの。ひとたび闇に紛れたら、消えて仕舞う。どこにでもあってどこにもない、不確かなかたち。
 彼の傍では、冷めたハルカのこころの“かたち”を現すように、昏く滲んだ破片がぽつり、ぽつりと宙へ零れ落ち、其の傍からひとつ残らずぱりんと砕け散って往く。視界にちらりと映った其の光景に、由紀は小頸を傾けた。
「ねぇ、これはどんな気持ち?」
 散ばる破片を、痩せて骨ばった手が払い除ける。きれいだなんて、欠片も思っていない。ただ、纏わりついて邪魔なだけだ。彼の問いに「さァ」と片目瞑ったハルカは、不敵に口端を弛ませた。
「――さっきよか愉しんでっけどね」
「俺もだよ」
 ふたり軽口叩きあえば、再び敵と向き合った。
 とん、と地を蹴り由紀が駈ける。掌中に握ったダガーを、物騒に煌めかせながら。
「ずっと離れたくないんだね」
「ええ、漸くひとつに成れたのですから」
「俺からすればその関係もきれいごとに見えるけど」
 どういうこと、と捉月が問いを編む前にはもう、由紀の姿は彼女の視界から消えて居る。

「――だって、ここで終わるだろ」

 獲物の前に軽やかに下り立てば、切々と語られた思いの丈ごと、人魚の躰を切り捨てた。飛び散る赫は、彼の傍らで瞬いては消える星を穢し、世界にいのちの彩を刻んで往く。
「駄目だぜよしのりサン、こーいう時はこう言うもんよ」
 彼の後方では、ハルカが明るい双眸で汚泥に崩れ往く人魚の姿を見守って居た。悪戯に弛んだ口許は、相変わらず軽口を紡ぐばかり。
「『二人一緒に死ぬなら寂しくないね』……ってさ」
 骸魂に呑まれた妖怪は、オブリビオンを斃せば最後、如何しても助かって仕舞う運命。其のことは承知の上で、青年は再び鴉の群れを女妖へと嗾ける。
 嗚呼、まるで焔のように赫い女の尾鰭が、どろりと汚泥に溶けて往く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

壱織・彩灯
【黒緋】


幾年の時代を超えようとも
月に焦がれ、…狂う者が居るのは
常なのだろう

――レンよ
喩え小さく儚き燈火で在っても
其の命の焔を懸命に燃やして往く子は
俺はすきだ
お前が厭う月、美しいと称賛される月
余程、お前の方が立派でうつくしい
噫、忘れぬ、失くさぬ
レンの生き抜いた証を

…きれいごと?
構わんよ
大事なのは己らしく生きていけるか、だろう
ヒトより永く生きた俺が伝うもの

滴る赫、先に視た椿と同じ彩
無茶をする主だこと、のう?ハク
赫狼に躊躇いなく語り
俺はお前に添うだけじゃ
振り向いた彼の笑みは変わらず屈託なく
向けてくれるから

さあ、俺もエゴを通そうか
好きなだけ騙り語るがよい
幾度月が満ち欠けようとも
紅椿がぽとり落ちるまで


飛砂・煉月
【黒緋】


噫――嫌だと思った
己が幽世の月に惑わぬ身でも
本来は満ちた月に狂う獣と識っているから

オレは永くは生きられない
けれど知ってる
憶えててくれる人がいれば
其処で生きられる事
隣のキミはそうしてくれるひとりだって事
ホント、褒め上手だね彩灯

きれいごとで構わない
今流す赫だって生きた証
残していく証
自身の手を割いて赫の華散らし
――ハク、
相棒を呼び白き竜を赫の狼へ
彩灯のオレの赫は綺麗?
赫狼になった白竜は酒吞に言の葉返す様ひと鳴きして

キミはきっとオレに添ってくれる
…でしょ、彩灯?
首だけ振り返る顔は狼よりわんこ側
キミの前ではそう在りたい

さぁ、エゴのぶつけ合いだ
オレの感情はどんなカタチ?
其れさえ証
他でもないオレの



●月に駈ければ
 噫、嫌だ――。
 骸魂に呑まれた妖怪の成り立ちに想いを馳せ、飛砂・煉月は眉を寄せる。今宵、空には寝待ち月。一部だけ闇に隠された其れは勿論のこと、幽世の月だけには何故か此の身が惑わされることは無き。其れでも、本来の己は満ちた月に狂う獣であることを、彼はようく識っていた。
 壱織・彩灯はそんな彼にちらりと視線を呉れて、ちいさく息を吐く。幾年時代を超えようとも、月に焦がれて身を滅ぼし、月灯に狂う者が居ることは変わらない。“リュネール”なる単語が世に存在するのも、なるほど頷ける。
「――レンよ」
 されど、傍らの青年には伝えたい。
 喩え其のいのちが、小さく儚き燈火の如きものであろうとも。
「命の焔を懸命に燃やして往く子は、俺はすきだ」
 煉月が厭い、世間一般からは“うつくしい”と称賛される「月」などよりも、余程。眩いばかりの輝きを放っていて。
「お前の方が立派でうつくしい」
 噫、誰が何と云おうとも。忘れぬ、失くさぬ、レンの生き抜いた証を――。
 真直ぐに紡がれたことばに、青年は眸を瞬かせた。けれども直ぐに、ふわり。何処かはにかむように破貌する。
「……ホント、褒め上手だね彩灯」
 人狼である此の身は、永く生きられない。
 けれども、煉月は知って居る。自分が生きて居たことを憶えていてくれる人が居るならば、死してなお其処で生きられることを。そして、隣の彼はそうしてくれる独りだということを。
「大事なのは己らしく生きていけるか、だろう」
 そんなことばを重ねられるのは、彩灯がひとよりも永く生きた存在だから。煉月は静かに首肯して、敵の姿を確りと其の双眸で見据えた。

 嗚呼、きれいごとでも構わない。

「――ハク」
 自身の掌を得物で真横に切り裂けば、其処から赫絲が垂れ流れる。然し、それすらも、生きた証だと想える。滴る雫は、彼が残していく軌跡。
 相棒の白竜に其れを注げば、ハクは忽ち赫い毛並みを誇る狼へと転じた。其れは、彩灯と煉月の眸と同じ、うつくしく燃え滾るいのちの彩。
「無茶をする主だこと、のう?」
 先に視た椿と同じ彩を双眸に映した酒呑の妖は、容を変えた赫狼に躊躇う事無く語り掛ける。何処か呆れたような其の響に、ハクは返事をするようにひと鳴き。
 矢張り、キミはオレに添ってくれる――。そんな信頼を胸に抱きながら、煉月は一歩前へと足を踏み出した。
「……でしょ、彩灯?」
 頸だけ、ぐるりと巡らせて。そう振り返る貌は、狼と云うよりは犬のよう。彼の前では、尻尾を振る“わんこ”で居たいから。敢えて、そう振舞って見せた。
 煉月の周囲で、きらきらとした星が楽し気に舞う。其れさえ、彼がいま此処に生きて居る証。他でもない“オレ”の――。
「嗚呼、俺はお前に添うだけじゃ」
 己に向けられた其の屈託ない笑みに釣られるかの如く、彩灯もまた、穏やかに口端を弛ませた。

 ――さあ、エゴをぶつけあおう。

 赫き狼が地を蹴って、捉月の許へと駆けて往く。其の雄々しき爪が人魚の肌を切り裂けば、赫い鱗が星のように宙を舞った。
「好きなだけ騙り、語るがよい」
 ざらり、と地面を踏み締めて、彩灯もまた女妖へと肉薄する。鬼棍棒を振り回せば、彼女の躰が更に赫く染まって往く。女妖の周囲を舞う月は、満ち欠けを繰り返して居るけれど。呪唄を紡ぐ為の聲を、彼女はいま持って居なかった。
 あえかな頸から生えた棘は、欺瞞を厭う彼女を何処までも苛んで往く。紅椿がぽとり、地面へ堕ちる迄――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リインルイン・ミュール

確かにそれらは綺麗事、しかし受け取る側次第でもある言葉デス
悲哀で澱むアナタの心が捉えた世界は、かたちが無ければそれまでなのですね


まずはUCの弾を当てなければ始まりませんネ
ダッシュで接近し剣で斬るフェイント、防御や回避を行った隙を狙いUCの光弾を発射
死の波動は砂丹の念でオーラ防御。出来そうなら波動を流すように受けて損耗を軽減

一度UCを当てて以降は感応による読心も使い、見切りや次のUC命中に活用
剣に加え拳での殴打も交ぜ攻撃回数を増やします
心を読み取れれば声をかけられるかもですが……悲しみも、共にいたい気持ちも否定は出来ません
それでも、滅びは見過ごせませんカラ。ヒトの明日の為に、倒させて頂きます



●曇り硝子の向こう側
 死んだ彼女は空から見守ってくれているでしょう。
 あなたのなかで、彼女は生き続けるのです。
 時間が経てば、きっと忘れられますよ――。

 呑まれた妖怪に掛けられたことばは、優しさと云う名のオブラートに包まれた、甘やかな毒のよう。
「確かにそれらは綺麗事、ですが――」
 リインルイン・ミュールは、何処か神妙にことばを紡ぐ。仮面に覆われた彼女の表情は計り知れないが、其の聲彩こそ真摯である。
「同時に、受け取る側次第でもある言葉デス」
 在り来りな慰めの科白であろうとも、磯女がもし前を向けて居たのなら。世界を滅ぼす科白なんて、零れ落ちたりはしなかっただろう。
「アナタの心が捉えた世界は、かたちが無ければそれまでなのですね」
 きっと、悲哀が彼女のこころを澱ませて居るのだ。滅びゆく世界を、彼女のこころを救うため、ブラックタールは四つ足で地を蹴って夜に駈けて往く。

「満ちては欠けて、ひいては満ちて――」
 捉月は呪唄を紡ぎながら、新月をくるくると己の周囲に廻らせている。思い切り跳躍したリインルインは、月を背尾いながら宙で真銀の尾を揺らす。
 ヒュン、と風を切った其れは、彼女が人魚の前へと着地するや否や、其の躰を穿とうとして。何も捉えられず、銀の刃は虚しく宙を斬った。
 尾鰭を軽やかに揺らして、凶刃を躱した捉月。だが、敵に肉薄を赦して居ることには変わりない。
 廻る新月から放たれる邪悪な波動をオーラで凌ぎ、受け流したなら。ブラックタールは素早く彼女に向き直った。そうして其の身に纏う丹色の念気を凝縮し、軈て其れを光の弾丸へと転じさせて。人魚めいた女妖へと一斉にぶつけていく。
「まわれ、まわれ――」
 それでもなお放たれる波動は、彼女のこころを読むことで、其の軌道を察知して難なく避けた。読んだ内心を頼りに返す刀で振るうのは、銀に煌めく尾剣だ。それに加えて、灰青の腕まで振えば捉月もやり返すこと能わず。ただ、赫に染まり行くのみ。
 ――声をかけても良いかも知れませんが……。
 鋭い攻撃を繰り出しながらも、リインルインは独り物想う。幾ら慰めのことばを掛けたところで、悲しみも、共にいたい気持ちも、止められないし。そもそも、誰かが感じた気持ちを否定するなんて出来ないのだから。
 それでも、世界の滅びを見過ごすことは出来ないから。四つ足のブラックタールは、月の下にて尾剣を振り翳す。
「ヒトの明日の為に、倒させて頂きます」
 それが、猟兵の運命であり、リインルインが戦う理由。
 真銀の剣は月光を浴びて、いっそぞっとする程にうつくしい彩を放っていた。世界は未だ、終わらない――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
あきら(f26138)と


そうだね
目に見え無いものは信じられない
――この手に触れられぬ、あやふやなものは、すべて

だから、僕はこの手に在るものしか信じない
右手から伝わる温もりは、君が確かに此処に在る事を伝えてくれるから

いってらっしゃい

繋いだ手が解かれ送り出す背中
けれど、繋いだ熱は、確かに此処に在るものだから

揺らいだ水が、僕の“望み”を映そうとも
その檻から逃れる事など容易

――だって、お前が此処に在って僕が其方に在るなんてこと
“お前”の望みでは無いのだから

揺らぐ月影に弾かれて戻るは大きな大きな泉の畔


――嗚呼、莫迦だね
永遠を願わなければ、ずっと共に在れたのに


天音・亮
まどか(f18469)と


嘆くきみの声を聴く
それに答えるきみの声を聴く
繋いだ手は離さぬままに

…忘れる必要、あるのかな?
ぽつり溢した
「辛い」も「哀しい」も「信じる」も
きみに心があるのなら避けられない想いでしょ?
心がなきゃ何の感情も湧かないはずで
触れる触れられないに関わらず抗いようもないものだと思うの

そりゃ、居なくなっちゃったら寂しい
触れられないのは辛い
…でも
だからって忘れられるはずないんだ
(だよね、晴翔)
揺れる水の向こうに笑うきみが浮かぶ

だから、私はきみ達を止めるよ
世界を終わりになんかさせない
……ごめんね。

繋いだ手を離す
いってきます!
咲って、高らかに、
この世界で
この想い抱えて

私は進んでいくんだ



●てのひら
 残酷なる運命に依って引き離された女妖たちは、捉月の聲で、磯女の悲壮を訴える。水の帳に鎖された世界で其れを聞き届けた少年、旭・まどかは、薔薇彩の双眸をそっと伏せた。
「……そうだね」
 此の眸に映らぬものは、信じられない。此のゆびさきで触れられぬ、あやふやなものは、すべて――。
 少年のささやかな嘆きは、傍らに佇む天音・亮の鼓膜を確かに震わせた。未だ繋いだ侭のゆびさきからは、彼の熱が伝わって来る。
「……忘れる必要、あるのかな?」
 思わず、ぽつりとそう溢していた。貌をあげた少年の眼差しが、彼女のかんばせへと注がれる。
「だって其れは、きみに心があるのなら避けられない想いでしょ?」
 『辛い』も『哀しい』も『信じる』も、凡て。こころが無ければ、湧き上がっては来ないもの。触れるとか、触れられないだとか、そういう“かたち”に関わらず、抗いようの無いものである。
「居なくなっちゃったら寂しいし、触れられないのは辛いけど」
 それでも、そう云う“感情”を忘れられる筈は無いのだ。
 ――……だよね、晴翔。
 揺れる水壁の向こう、笑う誰かの貌が浮かぶ。娘は其れに微笑み掛けて、前へと脚を踏み出した。其れに釣られるように、少年も一歩だけ、脚を踏み出す。
 右手から伝わる温もりは、彼女が確かに此処に在ることを、言葉よりも雄弁に伝えてくれている。
 ――僕は、この手に在るものしか信じない。
 繋ぐゆびさきに一度だけ、少年は力を籠めた。彼女のかたちは、此処に在るのだ。だから、信じられる。
「だから、私はきみ達を止めるよ」
 水の帳越し、湖畔に佇む人魚の姿を視界に映して。娘はぽつりと、花唇から決意を溢す。世界を終わりになんか、させない。
「……ごめんね」
 帳を伝う水音が、哀し気に囁かれた謝罪のことばを攫って行く。常のように背筋を正したなら、娘はただ前を向いて、何時もの様に明るい聲を溢すのだ。

「いってきます!」

 つないだ手が、そうっと離れて往く。けれど、繋いだ熱は未だ其処に。そう、大事なものは眸に見えずとも存在する。其れを証明する為に、ヒーロー『天音・亮』は、太陽の如き笑顔を咲かせて、迷宮を駆け抜ける。
「――いってらっしゃい」
 少年の優しい聲と、其の背に灯された月の雫に背中を押されて。ただ、前へ。滅びゆく此の世界で、揺るがぬ様々な想いを抱き締めて。

 彼女の背中が見えなくなった頃、まどかは揺らぐ水壁へと視線を向けた。其れが茫と映し出すのは、他ならぬ彼の“望み”。けれども、其の檻から逃れることは容易かった。『お前』が此処に在って、『僕』が其方に在るなんて。
「お前は其れを、望んでいないでしょう」
 ふと、水面に映った月影が揺らぐ。
 亮が敵の術を破ったのだろう。水の帳は瞬く間に、地面へ流れ落ちるただの水と化して、軈ては跡形も無く消えて往く。
「――嗚呼、莫迦だね」
 永遠を願わなければ、ずっと共に在れたのに。
 そう溢した少年の聲に潜むのは侮蔑では無く、其れよりもほんの少し、寂し気な彩だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス
ディフお兄さんf05200と

俺?
俺は、基本自分の目に映るものしか信じない
何で、聞こえなくても触れなくても見えてるなら信じるかな
見えもしないなら、俺に取ってはいないも同然だけど
俺の世界は、俺が決める。そんな曖昧なものに構ってはいられないよ

とはいえ、お兄さんの考え方は俺とは違うけれども嫌いじゃない。そういう関係もいいんじゃないかな
彼女も、彼女の考え方は別に悪くないと思うよ
ただ、道が被ってどちらかが退かなきゃいけないなら、圧し通るだけ
…まあ、世の中そう綺麗なものでもないから、綺麗ごとはあったほうがいいとは思うけどね

なんで、
基本は灯り木で攻撃
容赦はしない。圧し通る
あまり時間をかけずに、畳みかけよう


ディフ・クライン

リュカ(f02586)と

綺麗事は嘘かい?そうかもね
どう考えようと、それぞれの自由だけれど
友が居る世界を巻き込んで滅びることは、オレには容認しかねるかな

リュカはどうだろう
言葉も交わせず触れられない存在は貴方にとっても居ないと同じかな
オレはオレの躰全てであの人を感じるよ
あの人が居なくたって今を十分に動ける壊れぬ体に、オレを作ったあの人の想いを感じる
綺麗事と言われようと、オレはそれで十分だ

オレもリュカの考え方は好きだよ
それぞれの世界や想いなんて、違っていいんだ
その中で、ブレない芯を持つ貴方は強い

ダーツのように風切り羽根を飛ばそう
おいき、フォルティ

感情が形になるのなら
貴方達の感情は今、どんな形だい?



●譲れぬ想い
 寝待ち月を映した湖の畔で、人魚めいた女妖は欺瞞を厭い、凡ての慰めを「きれいごと」と拒絶する。そんな彼女の在り様に、ディフ・クラインは長い睫を伏せた。
「……そうかもね」
 或る意味で、彼女たちのことばは間違って居ないのだろう。喩え間違って居ようとも、考え方はひと其々であるけれど。
「友が居る世界を巻き込んで滅びることは、オレには容認しかねるかな」
 捉月がやろうとして居ることは、友を巻き込んだ世界との心中に他ならない。それは果たして、彼女たちの救いと成り得るのだろうか。
「オレはオレの躰全てで、あの人を感じるよ」
 青年は其の存在を確かめる様に、鼓動の無い胸に触れる。喩え『あの人』が居なくても、此の躰は十分に“いま”を生きて往ける。そんな壊れぬ丈夫な躰に、己を仕立ててくれた『あの人』の想いは、彼のこころに温もりとして息づいている。喩え、眸には見えずとも、“きれいごと”と謗られようと、彼にとっては其れが真実。
「リュカは、どうだろう」
「――俺?」
 青年に問い掛けられて、リュカ・エンキアンサスは碧い眸を瞬かせる。言葉も交わせず、触れられない存在は、『居ない』ことと同義なのだろうか。
「俺は基本、自分の目に映るものしか信じない」
 思案するように口許へ手を当てながら、少年はぽつぽつと答えを編んで往く。危険を伴う旅において、不確かなものを信じることは命とり。故にこそ、語るべきことばは決まって居た。
「聞こえなくても触れなくても、見えてるなら信じるかな」
 逆に云うと、此の眸に映すことも出来ないなら、自分に取ってはいないも同然だ。『俺』の世界は、『俺』が決める。そんな曖昧なものに構うには、人生は余りにも短い。
「……とはいえ、お兄さんの考え方も嫌いじゃない」
 少年の双眸が線の細い青年の貌を、じぃっと見つめる。もしも『あの人』の存在が、彼の拠り所なのだとしたら。そういう関係も、きっと悪くは無い。
「そう、彼女の考え方も別に悪くないと思うよ」
 人魚めいた女妖にも、ちらり。少年は観察するかの如き視線を投げかける。誰しも強く生きられる訳ではない。だから、己を安心させてくれる“かたち"を求めることは悪く無い。
 ただ、彼等と彼女たちの道は決して相容れない。譲ることも出来ず、どちらかが退かねばならぬなら、力尽くでも圧し通るのみ。
「――まあ、世の中そう綺麗なものでもないから」
 綺麗ごとは矢張り、あったほうがいい。
 これで答えに成って居るかと、少年が伺うような視線を向ければ、ディフは静かに双眸を細めて微笑む。
「オレもリュカの考え方は好きだよ」
 ひとりとして、同じ人間は居ない。だから、こころに想い描く理想の世界や、裡に抱く想いは、其々に違っていても良い。だからこそ、あらゆる価値観が混沌と渦巻く世界において、なお。
「ブレない芯を持つ貴方は、強い」
 真直ぐな眸で紡がれたことばに、リュカはくすりと口許を弛ませた。そして、アサルトライフルを両手で抱きかかえれば、改めて斃すべき障害へと向き直る。
「さあ、圧し通ろうか」
 トリガーをぐいとゆびで引いたなら、魔術と蒸気の歯車が複雑に絡み合い、軈て其の銃口から煌めく星の弾丸が放たれた。次々と飛来する其れは、容赦なく女妖が纏う金襴緞子の尾鰭を、鱗を、裡に抱いた幻想ごと剥がして行く。
「おいき、フォルティ」
 まるでダーツのように、ゆびさきから風切り羽根を、ひゅっと放つ。鋭い其の先端は乙女の白肌に突き刺さり、赫き飛沫を舞い散らせた。刹那、爽やかな風と共に舞い降りるのは、白鷲の精霊獣。
「貴方達の感情も、見せてくれないかい」
 其の鋭き爪が引き裂くは、女妖たちの白肌と絆。苦痛に喘ぐ捉月からは、彼女の痛みと嘆きを現す様に、きらきらと煌めく宝石のような雫が零れ。軈て其れは大地に墜落して、粉々に砕け往く。
 星の弾丸に打ち砕かれた、彼女たちの夢のように――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート


水の帳にはなにも映されない
なんにもない
でも本来なにかが描かれていて
それがきれいさっぱりなくなった後だ

ああ、そうだね
総てきれいごとだ
彼女たちの言葉はとてもよく解る
否、いつも聴いていること

失った哀しみと苦しみに打ち勝てる者は少ない
前に進める者だってひと握りで
それから先の時は哀しく苦しいものでしかない
ひとはそんなに強くはない

だから『私』は生まれたのに
すべての哀しみを拭い去って
等しく無くして救う
そう出来た筈なのに

さっき咲いた花弁のような
こんな綺麗な感情が確かに在ると知っても
本能めいた役目は変わらない
ひとつになった彼女たちを救済するのも

ああ
もういちど咲かせたいと想っても
影のようなモノが纏わりつくばかり



●あの色彩をもう一度
 空を、宙を、澄んだ水の帳が覆い尽くして行く。感慨ひとつ抱かぬ眸で其の様を眺め見たロキ・バロックヒートは、ただ無言で水の壁へと歩み寄る。
 其れは、心地好い音彩を響かせながら、涼し気に揺らめくのみ。
 そう、其処にはなにも映されない。なんにもない。まるで、此のこころを映したよう。けれども、完璧に「無」であった訳でも無いのだ。
 本来は、なにかが其処に描かれていて。でも、綺麗さっぱり拭き取られて仕舞ったような、そんな微かな痕跡が遺されている。
「……ああ、そうだね」
 別離を慰める様なことばなんて、総て“きれいごと”だ。女妖たちが溢した言葉に籠められた悲哀を、ロキはよく理解していた。否、理解せざるを得なかった。
 だって其れは、いつも何処かから聞こえて来る嘆きと同じなのだから。
 喪った哀しみと苦しみに打ち勝てる者が、果たして此の世にどれだけ居ると云うのだろうか。迷いなく前に進める者は、きっと一握り。
 ひとたび、喪失を味わって仕舞えば最期。其れから先に続く時間は途方もないほどに長く、哀しく、苦しいものでしかないというのに。
「ひとは、そんなに強くはない」
 だから『私』は生まれたのに――。
 凡ての哀しみを拭い去り、等しく無くし、世界を真っ更にして、哀れなひとの仔たちを救ってあげる。そんなことが出来た、筈なのに。
 青年の蜂蜜めいた眸が、縋るように宙を仰ぐ。幾ら眸を巡らせても、さっき開いた花弁のような彩は、もう何処にもない。あんなに鮮やかに、咲き誇って居たのに。
 見惚れてしまう程に綺麗な感情が、確かに自分のなかにも在る。
 其れを識ることが出来たのに、滅びの神が抱く本能めいた役目は何も変わらない。そう、“ひとつ”になった彼女たちを、救済するのもまた、彼に課された使命。
 いつもなら「可哀そう」って、ふたりを哀れみながらも、其の数奇な運命を笑う所だけれど。あの花のうつくしさを見た今と成っては、それも虚しいばかり。
「ああ」
 もういちど、世界に鮮やかな彩を咲かせたい。
 そう希えば希うほど、彼の影は歪に蠢いて行く。其れは己に纏わりついて、綺麗なものに焦がれる此のこころを嗤うのだ。
「救いを……――」
 与えてあげる。
 否、救ってほしい、私のことだって。
 不意に彼の躰から神々しい光が放たれる。其れは、纏わりつく影と世界に広がる水の帳を呑み込んで、凡てを無に帰して行く。
 されど、抱いた慕情は消えぬ儘で。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼

水の帳に映されたのは「人々が幸せに暮らす世界」
懐かしい故郷に両親がいて、領民たちがいて
そして今は、愛するヴォルフがいる
皆が笑顔でいられる優しい世界

でもそれは儚い夢
両親と領民は既に、吸血鬼の戯れに殺された
美しい田園は炎に焼かれ灰になった
その上ヴォルフまでいなくなったら…
後悔と逡巡が足を惑わせる

それでもわたくしには歌がある
母様から受け継いだ声と旋律を紡いで

かたちを得た歌声は足元に咲く命の花
どれひとつとして同じ形はなく
己の命を懸命に咲かす
花の道が標となってヴォルフのもとへ導いてくれる
「貴方は貴方の道を生きなさい」
そう勇気づけるように

歌に形はないけれど
魂を震わせ、癒し、鼓舞することは出来るから


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

ヘルガとの間に立ちはだかる水の壁
水の迷宮に彼女を閉じ込められて

死の波動が俺の心身を蝕む
人狼の俺は、恐らくそう長くは生きられまい
いつか彼女を独りにしてしまったら
或いは彼女を失い独りになったら
その怖れに、捉月の孤独と悲哀を理解する

この感情を…「愛」を知らなければ、俺は怖れを抱かずにいられたのか


ああ、ヘルガの歌が聞こえる
世界を癒す祈りの歌が
見上げれば、天にいっとう輝くのは白の星
戦いに明け暮れる孤独の中で、俺に愛の光をくれた人

このあたたかな感情があれば
呪詛も狂気も耐えられる
身体を蝕む傷はヘルガの歌が癒してくれる

ヘルガのもとに導くように命の花は芽吹き咲いて
お前の歌と光があれば、決して迷うものか



●導く聲
 ヘルガ・リープフラウと、ヴォルフガング・エアレーザー。ふたりの間を隔てるのは、透き通る水で造られた淡い帳。
 靜にせせらぎを響かせる水の迷宮は、愛しい夫と引き離されたヘルガに、あまい夢を見せる。
 流れ往く水の壁に映されたのは、人々が幸せに暮らす世界だった。
 懐かしい故郷に立ち込める暗雲は晴れ渡り、其処には緑豊かな自然と、うつくしい田園が広がって居る。領民たちは活き活きと日々を営んで居て、生家では笑顔の両親が穏やかに暮らしている。そして彼女の隣には、愛するヴォルフが居る。其れは、皆が笑顔でいられる優しい世界。
 ――儚い夢であることは、知って居た。
 両親と領民は、吸血鬼の戯れに殺された。うつくしい田園は、炎に包まれ灰と成り。いま彼女に遺されたのは、ヴォルフただ独り。
 この上、彼さえ喪って仕舞ったなら……。
 恐ろしい想像に、思わず脚が竦みそうに成る。ただの一歩すら、踏み出すことが躊躇われた。それでも、ヘルガには歌がある。すぅ、と息を吸い込めば、母親譲りの唱聲で、彼女は優し気な旋律を紡いで往く。

「そうして、ふたりはひとつに――」
 捉月が呪唄を紡げば、彼女の傍を巡る月が新月へと移り変わり、死の波動を戦場に響き渡らせる。歪な旋律に蝕まれながら、ヴォルフガングは独り、耐えるように唇を噛み締めた。
 人狼の自分は、恐らくそう長くは生きられぬ。きっといつか、彼女を独りにして仕舞うだろう。或いは、彼女を失い独りになることだって……。
 裡側から湧き上がる怖れに、彼は捉月の孤独と悲哀を理解する。嗚呼、この温かな感情を、「愛」と云うものを知らなければ、怖れを抱かずに生きられたのだろうか。
 脳裏にそんな後悔が過った刹那、愛しい妻の唱聲がふと、聴こえて来る。傷付いたひとびとを、そして世界を癒す、祈りの歌が。女妖が紡ぐ呪唄を祝福へと塗り変えて往く。
 不意に空を仰いだなら、いっとう輝く白き星が視界に入った。あれは、彼女だ。戦いに明け暮れ、孤独であった彼の人生に、愛の光をくれた――。
 喩え別れがつらくとも、温かな此の感情を抱けたことは無駄ではない。彼女を傍に感じられれば、其れだけで呪いの調べも耐えられる。死の波動に蝕まれた傷が、彼女の祈りに依って癒されていくのを感じながら、ヴォルフガングは剣を握り締めた。
 ヘルガの唱聲が戦場に満ちる程、脚許にはあえかないのちが芽吹いて行く。彩とりどりの其れ等は、まるで彼を導く標のよう。「貴方は貴方の道を生きなさい」と、そう勇気づけるように、花は凛と咲き誇って居る。
「お前の歌と光があれば、決して迷うものか」
 歌に“かたち”はないけれど。其の魂を震わせて、癒すことは出来る。湧き上がる生命力の侭、捉月に肉薄したヴォルフガングは、剣から重たい一閃を放つ。
 女妖が儚く崩れ落ちると同時、水の帳が開けて往く。
 咲き誇る花々に導かれるように、ヘルガは外の世界へ一歩、脚を踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
f09129/ユルグさん


永訣は命のさだめ故に
例え綺麗事であっても
慰めの言葉に罪は無し

ただ
其の虚しさも
苦悩も
今一つになったと思っているものこそが
偽りなのだと
奥底では御承知だからではないでしょうか

欠けた器の己にも虚がある
美しき彩を集めても
満ちず埋まらず

けれど、

辺りが淡く燈る
線香花火みたいに明滅し
消えていく色彩達の一瞬の美
此れは私の想いの形

綺麗事だけれど
今を生きる誰かに災いが齎されぬよう
骸は海へ帰らなくてはならないの

朋の為に世界を滅ぼすふたりもまた、綺麗事
きれいごとばかりの世の中

でも
どれもが
尊く美しく思えるからこそ、

指で空に描く七つ星
詠唱は躊躇いなく朗々

技封じの隙を作れたなら
美しき剣閃が
きっと咲く


ユルグ・オルド
f01786/綾と


月を眺めて水面を眺めて
一瞬燈った灯に触れて
溶けてく色を見送って
やっぱし綺麗なモンだなァと

優しくて残酷な綾の声を傍らに
常のよに抜いた刃のすぐ傍を
通り抜けた心は形にゃならない風のまま
踏み出す足元に雨後のように波紋ばかりが広がって
拾えぬ言葉を示せぬ先を、表すように滲んで消えた

そうネ、きれいごとだなんて笑ってしまえよ
どれほど汚くたって足掻いてごらんよ
残念だけど慰める言葉も色ももたなくて

きれいごとなんて俺も大嫌い
閃く星空の下を躊躇なく駆け抜ける

それでも、
それじゃあと捨て置けない男がいるって知ってるもんだから
譲れない同士ならあとは真っ向勝負しか、ないでしょう



●其の欺瞞はうつくしき
 永訣は、いのちのさだめ。ひととひとは、別れる為に出逢うようなものだ。故に、喩え“きれいごと”であったとしても、慰めのことばに罪は無し。
 磯女と捉月が抱く其の虚しさも、苦悩も、凡てはただ。
「奥底では疾うに、御承知だからではないでしょうか」
 漸く“ふたり”が“ひとつ”に成れたなんて、そんなことは、きれいごとよりも馬鹿々々しい、ただの欺瞞に過ぎないのだと――。
 涼し気にそう語る都槻・綾は、言うなれば欠けた器。片翼を喪った時に、そのこころにも、穴が空いて仕舞ったのだろうか。彼のこころには、虚があった。
 幾らうつくしき彩を集めようと、其れは満ちず、埋まらず。彼の裡にただ、留まり続けて居る。けれど、“想う”ことは出来るのだ。
 不意に、彼の周囲が淡く燈った。ぱち、ぱち。まるで線香花火のように、一瞬だけ鮮烈な輝きを放っては消えて往く色彩たちの、なんとうつくしいこと。
 此れこそが、綾の想いの“かたち”であった。
「やっぱし、綺麗なモンだなァ」
 傍らの朋から零れ落ちた其れを見て、ユルグ・オルドはくつりと喉を鳴らす。其れからふと寝待ち月を仰ぎ、其れを映す水面を眺め、零す吐息は感嘆の。喩え手を伸ばしたとしても、月にては届くまい。
 ならば、此方は如何だろうか。一瞬灯った輝きにそうっと触れたなら、ゆびさきに微かな冷たさが伝わった。忽ち其れは闇に溶けて、後には何も残らない。
 綾の優しい聲は、鼓膜の奥で未だ反響していた。彼が紡ぐ残酷な真実にことばを返すことも無く、青年は常のように刃をするりと引き抜いて、月灯にそうっと翳す。
 ふわり、通り抜けた風は、“かたち”を得られなかったこころの名残。たん、と脚を踏み出せば、雨後を想わす波紋ばかりが広がって、軈ては滲んで靜に消えた。拾えぬことばを、示せぬ先を、まるで表わすかの如く。
「そうネ、きれいごとだなんて笑ってしまえよ」
 困ったように眉を下げながら、ユルグは苦い笑みを口許に咲かす。残念だけれど、彼女たちを慰めるようなことばも、かたちも、彼は持って居ないから。
「どれほど汚くたって、足掻いてごらんよ」
 彼女たちが抱く想いを否定せず、かといって肯定することも無く、そう優しく語るほかは出来ないのだ。嗚呼、きれいごとなんて。
「――俺も、大嫌い」
 閃く星空のした、青年は躊躇なく地を蹴って、戦場を駆け抜ける。捉月の周囲を巡る月は、まるで主を庇うかのように彼へと纏わりつき始めるけれど。
「これも、綺麗事だけれど――」
 つらつらと綾が溢す科白と共に、宙に煌めいた七つ星が、其れ等の動きを封じて往く。口惜しさなど承知のうえ、せめて今を生きる誰かに災いが齎されぬよう。
「骸は、海へ帰らなくてはならないの」
 結局は、朋の為にと世界を滅ぼすふたりもまた“きれいごと”に酔って居る。厭になるほど、世の中はきれいごとばかり。それでも、どれもが尊く、うつくしい。
 青年のゆびさきが、虚空に再び七つ星を描く。朗々と詠唱紡げば、其の煌めきは宙を遊び、捉月の許へと降り立って、軈ては彼女の躰を戒める
「真っ向勝負といくしかないデショ」
 それじゃあと、捨て置けない男が居ることを知っているものだから、此の戦いは譲れない。とん、とユルグが人魚の前に降り立てば、美しき剣閃が咲いた。
 衝撃に剥がれた赫き鱗が、星のように宙を舞う――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


噫、そうさ
凡てはきれいごと

時は愛を忘れさせてくれない
忘却はこころをすくわない
喪失の傷口は塞がらない
花冷えに凍え朽ち堕つ心を識っている

…生まれ変わったきみはもう「きみ」じゃない

喪われればそれまで

かなしい
寂しい
嫌だ

いつか迎えるだろうサヨとの別れが怖い
ひとりきりをしっている
きみがいない恐怖をしっている

じわり闇が溢れるようにあえかな桜は黒く堕ちる
例え理を歪めたってきみを離したくないと蛇の如くとぐろを巻く赫縄がある
真の愛呪はどちらの神だ

サヨ…
きみは私を何時だって救ってくれる

もう二度と離れたくない─痛い程にわかるが故に
其れがエゴだというなら
私もエゴを貫く

サヨとの今を守るために
そなたらの今を斬り厄す


誘名・櫻宵
🌸神櫻


別れた親友の再会は離し難いわよ
愛する者の手をもう離したくない
私だってそうだもの
ねぇカムイ

実に美しくて美味しそうなふたりだわ
そう
この世の総てはきれいごと

前に進むために
あいを過去にして
痛み傷だらけの真実を悼み
綺麗な言葉を重ね着飾るの
それが生きるということ

這いずる赫縄はカムイの感情かしら
なんて愛らしい
嬉しくて堪らないと撫で
ひらひら歓ぶ桜が舞い何時かの華火が弾け彩る
大丈夫
あなたが望んでくれるなら

分かつものなど赦さない
あなた達が私達を分かつなら斬るまで
二人一緒、美しい桜と咲かせてあげる
桜化の神罰薙ぎ払い
生命を喰らって咲かせましょ
燃ゆる想いを抱いたままに

重ねた想いは継がれていく
…何てきれいごとよ



●赫い縄絲
 きれいごとを拒み、慰めを厭う女妖の唇から、呪わしき唄が紡がれる。彼女たちが溢した想いの丈を聞き届け、誘名・櫻宵はうっそりと微笑んだ。
「別れた親友の再会は離し難いわよ」
 自分だって、同じ痛みを識っている。だから、ようく理解るのだ。愛する者の手を、二度と離したく無い気持ちが。
「私だってそうだもの、ねぇ――」
 カムイ、と朱彩を纏う神の名を花唇が紡ぐ。さすれば、朱赫七・カムイは櫻彩の眸を伏せて、ちいさく首肯して見せた。
「噫、そうさ」
「実に美しくて美味しそうなふたりだわ」
 彼女たちが世界に滲ませる煮え滾る情は、そして破滅的なまでの妄執は、愛と呼んでも差し支えない程に甘美な馨がして、櫻宵は双眸を妖しく弛ませる。

 此の世の凡ては、きれいごと。
 前へ進む為に、嘗て抱いた「あい」を過去にして。痛んで傷だらけの真実を悼みながら、ただ綺麗なことばだけを重ねて、うつくしく過去を着飾らせて往く。
 其れが、生きるということだ。
 けれども、流れ往く時は愛を忘れさせてくれない。忘却は、穴の空いたこころを救うことも無く。喪失の傷口は塞がらず、拡がって往くばかり。
 花冷えに凍えて朽ち、堕ちたこころを識っているから。カムイの双眸には、哀し気な彩が滲む。
 ――生まれ変わったきみはもう「きみ」じゃない。
 喩え、顔貌がよく似て居ようとも。喪われれば、それまでのこと。だから、嗚呼。かなしい、寂しい、嫌だ。
 カムイは寿命を持たぬ神である。故に、いつか迎えるであろう、櫻宵との別れが怖い。独りきりの侘しさを、彼がいない恐怖を、識っているから。
 じわり。
 まるで闇が溢れるように、彼の傍らに咲いた愛情の証――赫き桜は黒く堕ちる。喩え、理を歪めることに成ったとしても「きみを離したくない」と、赫縄は蛇のように蜷局を巻いて居る。真の愛呪は、何方の神なのだろうか。
「……なんて、愛らしい」
 這いずる赫縄を見下ろす櫻宵は、嬉し気にくつくつと笑聲を溢す。カムイの髪を優しく撫ぜる白いゆびさきに、何処か熱がこもって居るのは、気の所為ではあるまい。
 ひらひら、ひらり。
 歓びを現す様に櫻宵の周囲では櫻が舞って、何時かの華火が宙でぱちんと花開いた。数多の彩が、世界を染め上げて往く。
「大丈夫、あなたが望んでくれるなら」
「サヨ……」
 傍を離れることは無いと、甘く囁く巫女に寄り添いながら、カムイはそうっと眸を鎖す。此の身に秘めた仄暝い想いを、櫻宵は何時だって受け止めてくれる。
「きみは私を何時だって救ってくれるね」
 穏やかに微笑む彼に優しく頷き返したのち、櫻宵はするりと太刀を引き抜いた。血桜が絢爛に舞い、月を覆い隠す。
「分かつものなど、赦さない」
 幽世は麗人の神にとって、故郷とも云うべき大切な場所。そして彼の神域を抱く場所でもある。ゆえに、乙女たちがふたりを分かつと云うのなら。いま、此処で斬り棄てるまで。
「二人一緒、美しい桜と咲かせてあげる」
 呑まれた妖怪には、疵ひとつ付けられぬことなど承知していたけれど。麗人は勢いよく太刀で風を切り、ひとつになったふたりを大きく薙ぎ払う。切り裂かれた女妖から零れ落ちるのは鮮血では無く、赫く染まった櫻の花弁。
「サヨとの今を守るために、そなたらの今を斬り厄そう」
 もう、二度と離れたくない――。
 其の感情は、痛い程に理解できた。ゆえに、彼女たちの行為が「エゴ」だと云うのなら。此方もまた、エゴを貫くしかないだろう。
 黒き櫻を纏った神は其の権能を開放し、ひとつに結び付いた乙女たちの縁の絲を、解いて行く。
「重ねた想いは継がれていく……何て、きれいごとよ」
 神罰に因ってもう直ぐ捉月の不浄は食らわれて、其の身は血染めの櫻と化すだろう。燃え盛る想いを、抱いた侭で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【千宵桜】

捉月が放つ詞、叫びは
他人事では無いよ
きれいごと
そうだね、失くしたものを
取り繕って
空から、心の中で、
或いは忘却を希うなんて
俺は嫌だったよ
喪失を認めてしまうのが
でも、

傍ら、未だ掌の温もりが残る其れを見詰めて
誰かと過ごした時間がかけがえ無いものなら
死しても誰かの胸に置いといて貰うことは悪くない
そう成れる自分で在りたい

千織と今視た巡る想い出
肉体は滅びても充分だ、と
きみへ咲って
そうだね、未だきっと其れは
増えて積み重なってゆく大切なもの

おもいのかたち、
月に似合いの俺達の花で
見送ろう


橙樹・千織
【千宵桜】

忘れたくない
誰かに奪われ忘れるなんてもってのほか
例えそれが時であっても
他人事と言えぬ想いに零す苦笑

それはうしなった者にしかわからぬ想い
一度思い出した“前の”記憶は消えず今も私の中に

忘れなくていいのよ
きっと
それだけ大切な人のこと
忘れられるはずがないのだから
言の葉が滑り落ちる

私自身は忘れられていい
そう思ってた
でも最近は少し欲張りになっていて
何かのきっかけで思い出してくれたなら…て
縛るつもりは無いけれど
記憶の片隅にいることを許してもらえたらどんなに嬉しいか

あら、もう少し増やしてくれるのでしょう?
増えてゆくであろう想い出を想い
こんな私に笑む貴方へ笑みを返す

ええ
月に彩りと
巡りへの祈りを添えて



●求めるは追憶
 ひとは本当に、大切な存在を忘れることが出来るのだろうか。
 ――忘れたくない。
 橙樹・千織は、こころにそう強く想う。愛情を注いだ存在を誰かに奪われ、忘れて仕舞うなんて、以ての外である。たとえそれが、“時間”の仕業であろうとも。だから、捉月が吐露する想いは他人事と切り捨てられず、千織は苦い笑みを滲ませた。
 其れはきっと、喪った者にしか分からぬ想いである。ひとたび思い出した“前の”記憶は、今も消えず己の中で確かに息づいている。
「……他人事ではないよ」
 宵鍔・千鶴もまた、口端に苦い笑みを湛えた侭、赫い尾鰭を揺らす人魚の姿を見つめて居る。彼女が放つことば、叫びは、よく分かる。
 失くしたものを取り繕って、空から、或いは心の中で、その存在が見守ってくれているなんて。或いは、忘却を希うなんて。凡ては“きれいごと”なのだ。
「俺は、嫌だったよ」
 愛おしい存在の喪失は、何よりも耐え難く。故にこそ、認めたくは無かった。未だ千織の熱が残って居たから、少年は己の掌に温かな眼差しを注ぐ。
 それでも、誰かと過ごした時間が何時か、掛けがえの無いものと成るのなら。死して尚、誰かの胸に置いて貰うことも悪くは無い気がする。――そう成れる、自分で在りたい。

「忘れなくていいのよ、きっと」

 ぽつり、静寂を切り裂くように世界へ滑り落ちたのは、千織の聲。其れは、捉月に、そして己自身に向けられた科白。
 当たり前だ。世界を滅ぼしてもいいとすら想える程、其処まで大切なひとのことを、忘れられる筈も無いのだから。
「私自身は忘れられていいって、そう思ってたけれど」
 最近はすっかり、欲張りになって仕舞った。何かの切欠で大事なひとが、自分のことを思い出してくれたらと、そう希わずには居られない。勿論、相手の人生を縛る心算は毛頭無いけれど。
「記憶の片隅にいることを許してもらえたら、どんなに嬉しいか」
「……肉体は滅びても、充分だ」
 そんな彼女に、少年は穏やかな笑みを向ける。先程の迷宮で彼女と視た、あの巡る想い出の数々は、何時までもこころに焼き付いているだろうから。
「――あら、もう少し増やしてくれるのでしょう?」
 こんな自分に微笑んで呉れる彼の厚意が嬉しくて、千織もまた、くつりと笑み返す。先程交わした約束を、忘れられる訳がない。そうだね、と少年も首肯ひとつ。
 ふたりきっと、未だ未だ想い出を積み重ねて往ける。そして其れは何よりも大切なものとして、こころで輝き続けるだろう。増えてゆくであろう想い出に夢を描き、ふたりは穏やかに笑い合う。
「捉月は、俺達の花で見送ろう」
「……ええ」
 ふわり。
 得物の影が花と揺らぎ、櫻と山吹の花弁が戦場に舞い上がる。其れは、月に似合いの雅なる彩。ふたりの想いを象ったような其れは、捉月を優しく包み込んで往く。
 巡りへの祈りを乗せて、花葬を――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

浮世・綾華
黒羽/f10471◎

生きてなんかいない
誰の中にも、どこにもない
あの時、あの場所にしかない

俺には留まったまま動けない心があって
けれどそんなことは口には出せなくて

今日もまた
『きれいごと』吐き、己を信じられなくなるんだろう

でも、それでいい

暗く落ちた、俺の知り得ぬ苦しみを受け止めるお前の
優しく、そして強くある姿に
眩しさに、目が眩みそうで
だからお前こそが

未来

自分がどんなに信じられなくとも
信じられるものが、ある

何も言葉にはしない
お前の前で嘘はつけないもの
ただ、ひとこと

――黒羽
お前がいてよかった

(ひとりだと、呑まれてしまいそうになるから)

寄り添う言葉は吐けない
ひとりの為に終わらすわけにはいかねーから
ごめんな


華折・黒羽
綾華さん/f01194◎

あなた達の言う事も、尤もなのかもしれない
触れられぬ
声も届かぬ
信じたい心が揺らぐ事も多くある

生きていると信じていたあの子は
もうこの世界には居ないと知った
辛くて、悲しくて、未だに心に空洞は空いたままだ
…けど、
形無いものとて
存在が居ないのと同じになったりはしないと思います

あの子とのあの日々が無ければ
きっと俺は今此処には居ない
ちらり、綾華さんを盗み見ては直ぐに目を逸らし
誰かと張り合うのも
幾つもの縁を結ぶ事も無いまま…

だから、俺は信じますよ
証明などいらない
俺の中にある大切な存在を

そして──

(綾華さん、あなたを)

最後は音にせぬままで
けれど届いた声には
今だけ
素直に笑顔を返そう



●信じるべきもの
 触れられない“あなた"は居ないのと同じ。聲も届かぬ“あなた”の存在を、“わたし”は信じることが出来ない。だから、ひとつに成りました。
「あなた達の言う事も、尤もなのかもしれない」
 淡々とそう語る女妖に、華折・黒羽もまた理解を示す。ゆびさきで触れられず、聲は鼓膜を震わせない。だから、眸に見えぬものを信じたい心が揺らぐ事は多い。
 生きていると信じていた『あの子』は、もうこの世界には居ない。
 其れを識ってからというもの、此の心には空洞が空いて仕舞った。辛さも哀しさも、未だ忘れられそうにない。此れからも、ずっと。
「……けど、存在が居ないのと同じになったりはしないと思います」
 喩え、其れを証明する“かたち”が無いのだとしても、少年のなかには想い出が有る。あの子と過ごした、あの日々が無ければ。
 ――きっと、俺はいま此処には居ない。
 ちらり、蒼い眸が盗み見る先には、浮世・綾華の横貌が在った。視線が絡まぬよう、ついと眸を逸らした黒羽は、口数の少ない彼にも思いを馳せる。
 もしもあの子と出逢って居なければ、斯うして誰かと張り合うことも、幾つもの縁を結ぶ事も無い侭、空虚な一生を過ごしたことだろう。
「だから、俺は信じますよ」
 『俺』の中にある、大切な存在を。
「そして、」

 ――綾華さん、あなたを。

 続くことばは音にせず、少年は招いた黒き獅子の背へと飛び乗った。かたちなど、証明など必要ない。自分だけが、其の存在を感じていれば、それで良い。
 少年を乗せた『黒帝』は、四つ足で雄々しく地を蹴り、人魚の許へと駆けて往く。鋭い爪は夜を裂くように、巡る月ごと女妖を裂いた。
 其の様を茫と見つめながら、浮世・綾華は物想う。
 記憶のなかの存在は、生きてなんかいない。誰の中にも、どこにもない。あの時、あの場所にしかない。彼のなかには、其の場で留まったまま動けない心がある。
 けれど、そんなことは口には出せず。此の口は今日もまた『きれいごと』を吐き、己を信じられなくなるのだろう。――でも、それでいい。
「ひとりの為に終わらすわけにはいかねーから」
 此の期に及んで、寄り添う素振りなど出来る訳もなくて。綾華はぽつりと、ことばを重ねた。其れしか、出来なかったから。
「……ごめんな」
 月と夜が連なる様な扇が、みるみる内に、白菊の花弁へと転じて行く。其れは人魚めいた女妖を包み込み、忽ち赫い鱗を白に染め上げた。
 割り切れぬ想いを抱えながら、彼は夜に駈ける朋の姿へ視線を注ぐ。黒羽が抱く苦しみが何たるかを、綾華は知らない。
 けれども、痛みを抱えて尚も優しく、そして強くある姿が眩しくて。目が眩みそうで。彼こそが、「未来」そのものなのだと強く想えた。
 自分がどんなに信じられなくとも、信じられるものが、其処にある。唇は何も紡がない。紡ぐことが、出来ない。黒羽の前では、嘘なんて吐けないから。
 その代わりにただ一言、少年の名を紡ぐ。
「――黒羽」

 お前がいて、よかった。

 ひとりだと、呑まれそうになるけれど。彼が居るから自分はいま、此処で猟兵として立って居られる。
 背中越し届いた聲に、少年は振り向いて。いまばかりは、素直に笑顔を返した。彼を乗せた黒獅子は、獰猛な爪で人魚の鱗を引き裂いた。
 儚げに宙を舞う赫き鱗はまるで、零れ落ちた愛の欠片のよう――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ


絆や想いまでは分からない
ケド呑み込み一つになった事に否とは言えない、言える訳がナイ
だから、邪魔したくはないンだけどネ

水の迷路に映るのは、己によく似た「あの人」
揺らめいても見間違えなどしない
染めぬ銀の髪、飾らぬ身形
ひとつにと希った訳では無い、ケド自らを差し出したあの人は?

幻だと痛いほど分かるから
進める歩は冷静に、気配と匂いを辿り出口へ向かう

右人差し指の指輪に口付け細剣と成し【霹靂】発動
捉われた心のみに斬りつけるわ

羨ましいとさえ思うから否定はしないヨ
ケド見て触れるモノだけに惹かれていたワケじゃあないでしょう?
「きれいごと」で世界は彩られていたンじゃねぇの
わがままに巻き込んで、壊すモンじゃあナイよ



●掴めぬもの
 そのひとが抱いた感情は、そのひと自身のものだ。ゆえに、他人には分からない。絆や、想いすらも――。
 水の帳で鎖された世界を、コノハ・ライゼはゆるりと歩く。想いを馳せるは、離別を厭い、ひとつと成ったふたりの女妖のこと。
「……邪魔したくはないンだけどネ」
 別れたくない一心で親友を呑み込み、ひとつになった捉月。そして、其の身を彼女に捧げた磯女のユヱ。彼女たちの選択に、否とは言えない。言える訳がない。
 水で造られた迷路のなかは、何処か涼し気で吹き抜ける風すら心地好い。流水に揺らめく薄青の壁は、まるで鏡のように見慣れた貌を映している。
 其れは、己によく似た「あの人」の姿。
 流水に其のシルエットが揺らいだとしても、決して見間違えなどしない。あの紫雲に染まらぬ銀絲の髪に、飾り立てぬ身形は……。
 女妖たちのように“ひとつ”に成りたいと、そう希った訳では無い。少なくとも、自分はそうであった。
 ――ケド、自らを差し出したあの人は?
 誰も答えを紡いでくれない。水壁に映る、あの人すらも。暫く己と似た貌と見つめ合っていた青年は、軈てゆっくりと歩みを進み始める。
 幻だと云うことは、痛いほど分かって居た。だから、何時までも留まっては居られない。敵の気配と匂いを頼りに、彼はただ出口を目指し、歩き続けて往く。

「わたしと、あなたは、ずっと一緒」
 もう離れることは在りません――。
 出口で待ち構えていた女妖は、夢見る眼差しで朗々とそう謳う。其れを聴き流しながら、コノハは右の人差し指に嵌めたリングへ口吻ひとつ。忽ち細剣と化した其れを握り締めれば、流れる様な動作で人魚の女妖へ斬り付ける。否、正しくは、捉われた妖怪のこころを――。
「羨ましいとさえ思うから、否定はしないヨ」
 紡ぐことばは、淡々と。大地に拡がり行く晴天の彩だけが、自棄に明るく爽やかだ。映した空の上に佇みながら、青年はちいさく頸を傾ける。
「ケド、見て触れるモノだけに惹かれていたワケじゃあないでしょう?」
 捉月とユヱはきっと、様々な感情を交わし合っていた筈だ。喩え、眸には見えずとも。嘗ての彼女たちは、それを信じていたに違いない。
「『きれいごと』で、世界は彩られていたンじゃねぇの」
 ふたりの想い出を彩るのもまた、彼女たちが厭う『きれいごと』だと突き付けて、青年は細剣を再び振う。
「わがままに巻き込んで、壊すモンじゃあナイよ」
 刃身に纏う雷が、ばちばちと物騒に迸った。
 甘い痺れが、乙女のこころを締め付ける。其の痛みはまるで、戀の如く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ


どうして僕らに抗えるの
どうして運命に逆らえるの
どうして幸せそうな顔ができるの
どうして世界を滅ぼせるの
どうしてきれいごとを否定できるの

それは報われない心を宥め
無理に納得させるための必死の息継ぎ
幾百、幾億繰り返された
さよならの言い訳なのに

壊れたものは
元に戻らないんだよ

氷漬けの桜がかたちを持って
煌めいたそばから割れ朽ちる

それなのにきみは
きみたちは再び巡り逢ったんだ
そんな幻想識りたくなかった
奇跡があるなんて思いたくない
僕はもう物語に裏切られたくない
何もかも
僕の筋書きで動いてればいいのに

【どうしてまた夢を見るの?】

自問でもあった言葉に
赫い絲は己が頸にも絡む

僕はまだ
自分が何者かすら、
識らないからだよ。



●メリーバッドエンド
 寝待ち月が揺れる空のした、ひとつに成った女妖は、嬉し気に月と戯れて居る。
 其の様に酷くこころを掻き乱されて、シャト・フランチェスカはすぅ、と息を吸い込んだ。そして、矢継ぎ早に問いを吐き出す。

「どうして、僕らに抗えるの」
 わたしたちは、お互いさえ居れば良いのです。
「どうして、運命に逆らえるの」
 ふたりはまた、斯うして巡り会う運命だったのです。
「どうして、幸せそうな顔ができるの」
 漸く、ひとつに成れたからに他なりません。
「どうして、世界を滅ぼせるの」
 流れ往く時に、耐えられなかったからでしょうか。
「どうして、きれいごとを否定できるの」
 わたしたちを、救っては呉れませんでしたから。

 まるで、浅瀬で溺れているような心地だった。
 焦がれて尚も報われぬこころを宥める為に、無理に納得させる為に。必死に息継ぎをするかの如く、問を編んでは連ねて行く。
 幾百、幾億繰り返された、さよならの言い訳なのに。其れを容易く、彼女たちは否定して、乗り越えて来る。
 ぐちゃぐちゃに搔き乱された胸を抑えながら、紫陽花の乙女が苦し気に紡ぐことばは、ただひとつ。

「壊れたものは、元に戻らないんだよ」

 そうじゃなきゃ駄目なのだとでも言いたげに、或いは、そうじゃないと狡いと駄々を捏ねる子どものように、有り触れた科白を吐いた。
 きらり、彼女の傍らに散る氷漬けの桜は、行き場の無い想いの“かたち”そのものだ。其れは煌めいた傍から、ぱりんぱりんと、粉々に割れ朽ちる。砕けたものは、二度と“かたち”を取り戻さない。それが世の定めなのに――。
「きみは、きみたちは再び巡り逢ったんだ」
 そんな幻想など、識りたくなかった。そんな都合の良い奇跡があるなんて、思いたくない。そんなものに期待なんて、絶対にしたくない。
「僕はもう、物語に裏切られたくない」
 嗚呼、何もかも。
 凡ては僕の筋書きで、動いてればいいのに!
 湧き上がる苛立ちの侭に、乙女は胸を掻き毟る。彼女の思い通りに成るのは只ひとつ。ぱりん、ぱりんと砕け往く、桜を秘めた氷だけ。

「どうしてまた、夢を見るの?」

 喉から低い聲彩で零れ落ちたのは、そんな問い。「これはゆめではありません」と、女妖が答えを編んだところで、其れに納得するようなシャトでは無い。
 彼女が取り出したるは、瑞々しく馨る紫陽花の花束。其処から現れた愚者《ルーシィ》は、女妖たちに赫い絲を巻き付けて行く。ぎりぎり、ぎりぎりと締め上げれば、人魚から苦し気な聲が漏れた。あいしあう彼女たちは、直に花と散るだろう。
 されど、彼女が編んだ問いは自問でもあった故に。シャトの頸にも容赦なく、赫い絲は絡み付く。其れに両のゆびさきを絡めながら、乙女は唇に自嘲を咲かせた。
「僕はまだ自分が何者かすら、識らないからだよ」
 どうして此処で生かされて居るのか。どうすれば此のこころが満ちるのか。そもそも、『シャト・フランチェスカ』とは何者なのか。
 其の答えを識りたくて、今日も彼女は地獄のような夢を見る――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

片稲禾・りゅうこ


お、あっちさんが悪い子?別嬪さんなのになあ
ま、事情がどうあれ戦わなきゃいけないなら、そうするさ
なによりさ、トモダチが傷つくのも、この楽しい世界がなくなっちゃうのも
りゅうこさんは嫌だからね

それじゃ、やろうぜお魚さん!
こう見えてりゅうこさん、強いぜ?
あっ、ちょっと怒るなよ~!だって名前知らないし!人魚さんが良かったか!?
でもそうやって怒ってるとさあ
──ほら、隙だらけだぜ

二人で一人、二つで一つとはよく言うけどなあ
あれは片々だからこそだぜ
くっついたら何も一緒に楽しめないじゃないか

うわなんだそれ!狡いぞ!りゅうこさんの槍!
──ああ、でも、りゅうこさんの技をいくら真似したところで
──我の方が早いなあ。



●穿つ竜槍
「――お、あっちさんが悪い子?」
 湖の畔に佇みながら月と戯れる金魚の如き人魚を視界に捉え、片稲禾・りゅうこは眸を瞬かせる。
「別嬪さんなのになあ……」
 それがどうして、こんなことに成って仕舞ったのか。彼女が背負う背景と孤独を想えば、同情をしないわけでもないけれど。
「ま、戦わなきゃいけないなら、そうするさ」
 なによりさ、とことばを重ねる彼女の脳裏、想い描くのは不器用な脚で階段を上り切った少女の姿。
 幽世と縁深い友人が傷つくのは勿論、此の楽しい世界がなくなって仕舞うのも――。
「りゅうこさんは、嫌だからね」
 ぽつりと決意を溢した竜神は、気合を入れるように、ぐっと背伸びをひとつ。そうして、手ぬぐいがはためく槍を掌中でくるりと回したのち、彼女は「にぃ」と口端を上げて見せる。
「それじゃ、やろうぜお魚さん!」
 こう見えて強いぜ、なんて。不敵に笑う貌は、神らしく余裕に満ちて居た。一方の捉月は、少しお冠な様子。あどけない頬を、ふっくらと膨らませて居る。
「わたしは、おさかなではありません」
「あっ、ちょっと怒るなよ~!」
 くるくると廻る月が襲い掛かって来たものだから、りゅうこは急ぎ槍を一振り。ただ其れだけで、満月は半月と欠けて地に墜落する。
「だって名前知らないし! あ、人魚さんが良かったか!?」
 捉月は無言で、再び月を嗾けて来る。
 くるくる廻る月はまるで、獲物を求めて彷徨う獣のよう。されど、竜神は飄々とした態度を崩さず、鷹揚に槍を構えて居た。
「でも、そうやって怒ってるとさあ」
 ひとつ、脚を踏み出せば、廻る月を横薙ぎに払い除ける。ぱらぱらと墜落する半月に視線ひとつ呉れぬ儘、彼女は音も無く捉月の懐に入り込んだ。

「──ほら、隙だらけだぜ」

 振り回した槍が、びゅんっ、と風を切る。鋭い槍頭に攫われた金絲が、はらはらと、星砂の如く地上に舞い落ちた。
「……っ」
 慌てて月を生み出した人魚は再び、獰猛な満月をりゅうこの許へ嗾ける。されど、竜神が慌てることは無い。
「二人で一人、二つで一つとはよく言うけどなあ。あれは片々だからこそだぜ」
 涼しい貌で迫り来る月を払い落し、りゅうこは一歩、二歩。捉月との距離を、少しずつ詰めていく。
「くっついたら、何も一緒に楽しめないじゃないか」
「それでも、遠く離れて居るよりは――……」
 僅かに聲を震わせながら、最期の悪あがきとばかリに、捉月は残る満月を彼女に投げつけた。再び振われた槍頭に、月がばくりと齧りつく。
「うわ、なんだそれ!」
「あなたも、月とひとつに――」
 漸く叶った反撃に、人魚は薄らと微笑んで見せる。勿論、敵と距離を取るのも忘れて居ない。竜神の技を捕食した月は、忽ち其の姿を金彩の槍へと転じさせ、凄まじい勢いで彼女へと迫り来る。
「狡いぞ! りゅうこさんの槍!」
 思わず抗議の聲を上げる竜神だが、其の軌道を見遣れば、にやりと口端を上げた。嗚呼、所詮は真似事に過ぎぬ。
 りゅうこは月の槍が我が身を穿つよりも先に、高らかに地を蹴った。真直ぐに槍頭を前へと向けて、勢いのまま捉月へと突撃する。

「──我の方が、早いなあ」

 其れ即ち、神速であった。
 あわれ人魚は其の軌道を視界に捉えることも出来ずに、槍に貫かれたのである。力を失くした月槍は、からりと虚しく地に堕ちる。
 女妖が纏う金襴緞子の尾鰭はただ、哀し気に跳ねるのみ――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺・かくり


水の迷宮とは、また。
死しても尚、水に縁が有る様だ

掻き分ける様に宙を游いで往こう。
弱視の眸には、望みの水面なぞ映らない
私の欲は――何だろうね。

やあ、人魚の君
離れ難い友が居た……否、居るのだね
二つを一つに重ねて、満足かい?

互いを盈たし合い、滅びを選ぶのは結構。
此の世を道連れとするのは、許容が出来ないな。

以前は、終えても構わないと思っていたさ
今は――留まりたいと思うものを得た。
私は屍人だが、いきて居る
友と語らう時間を、喪いたくは無いね。

ああ、此れが。私の望みなのだね。

黒い環が嵌る指先を伸ばし
漆黒の牡丹を、君たちへと差し向けよう。

互いを見て、触れて、言葉を交わすと良い
一つきりでは、出来ぬ事なのだよ。



●熱はなくとも
 世界は水の帳に隠されて、せせらぎだけが響き渡る。複雑に入り組んだ路を、右へ左へ。宙を掻き分けるように游ぎながら、揺・かくりは軽く息を吐く。
「水の迷宮とは、また」
 どうやら此の身は、死しても尚「水」と云うものに縁が有るようだ。幸か不幸か、弱視の眸には、水面に映る“望み”など見えやしない。
「私の欲は――何だろうね」
 誰にともなく零した呟きは、流水の軽やかな調べに攫われて行った。答えを探す様に、殭屍めいた少女は出口へと游いで行く。

「やあ、人魚の君」
 果たして、件の女妖は湖の畔で月と戯れて居た。喜彩を滲ませた銀の眸が、かくりへゆるりと視線を注ぐ。
「離れ難い友が居た……否、居るのだね」
 ふたつをひとつに重ねた姿、其れがいまの彼女なのだと云う。人魚めいた容をした彼女へ、少女はちいさく頸を傾けた。
「――満足かい?」
「ええ、これでもう離れられませんから」
 恍惚とした響が、かくりの鼓膜を揺らす。結構なことだ。互いを盈たし合い、滅びを選んだところで、彼女たちが救われるなら。ただ、ひとつ云うならば。
「此の世を道連れとするのは、許容が出来ないな」
 以前のかくりなら、此処で世界が終幕を迎えても構わないと、そう思って居ただろう。けれども今は、留まりたい。そう想わせてくれるだけのものを、彼女は得たのである。屍人ではあるけれど、かくりは確かに“生きて”いるのだ。
「友と語らう時間を、喪いたくは無いね」
 ぽつり、そんなことばを溢したのち。少女ははたと、己のこころの機微に気付く。ああ、そうか、此れが。
 ――私の、望みなのだね。
 ふ、と彩の無い唇が自然に弛んだ。
 幸い、女妖たちと違って、かくりは其れを叶える力を持って居る。少女は左手のゆびさきを、人魚に向けて靜に伸ばす。
 刹那、薬指に嵌められた黒き環が、妖しく光った。放たれるのは、漆黒の牡丹。朋と結ばれて、また分かたれる、そんな捉月への餞の。
「互いを見て、触れて、言葉を交わすと良い」
 一つきりでは、出来ぬ事なのだよ――。
 喩え永遠に結ばれたのだとしても、いまの彼女たちは、語り合うことすら許されぬ。こころはふたつ有ろうとも、唇はひとつしか無いのだから。
 女妖の赫い尾鰭が、鱗が、忽ち花片の嵐に呑まれて行く。頑なに塗り固められた、こころの鎧を剥がすように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・十雉
【蛇十雉】◎

前のオレに?
…そうかもしれない
彼女のこと、否定できないんだ

オレの言葉が彼女に届くかは分からないけど
相棒が任せてくれた
頑張るよ

オレもさ、大切な人を亡くしたことがある
悲しかったし、死という事実を受け入れたくなかった

確かに全部きれいごとだ
どれも無責任な慰めだよ

死んでしまった相手が戻らないのは確かで
二度と触れ合うことも声を聞くこともできない
けど忘れる必要はないんだと思う
誰だって大好きな人に忘れられるのは悲しいよ

相手が生きてたことも、死んでしまったことも君は知ってる
目に見えなくても、相手の遺してくれたものは必ず見つかる筈だよ
それを信じるかどうかは、君にしか決められないことだ

君に炎の花を贈るよ


唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】◎

なァんか、アイツ
俺に『本当の自分』を見せるようになる寸前ぐらいの
ときじみてーだな
纏ってる『嘘』が剥がれそうになるような言葉は全てきれいごと。
受け入れたくない。信じない。って言い聞かせてるような、そんなお前みたいだ

…俺よりお前の方がきっと
説得力あると思う
アイツに受け入れる事の大切さを
ぶつけてやんなァ
大丈夫、絶対に護ってやる
お前に傷なんて付けさせねェよ
俺を信じなァ

さ、ネーチャンよォ
きれいごとって思うのも
勝手だけどよ
そう思ってるうちは
結局その心は空っぽのまんまだ
大事なのはどれだけ信じて
受け入れられるか
そうすれば、2人で触れ合えたかもしれねぇのになァ
…俺の相棒みてーに。

『終焉らせてやる』



●そこにあるもの
 慰めのことばを総て、きれいごとと切り捨てて。ただ、大切なひとの面影と、その“かたち”だけを求め続ける金襴緞子の人魚姫。
 そんな敵の姿を前にすれば、何処か懐かしい感情が思い起こされる。唄夜舞・なつめは、ぽつり、想う侭にことばを溢した。
「なァんか、アイツ……昔のときじみてーだな」
 そう、彼女は相棒に似て居るのだ。自身に『本当の自分』を見せるようになる前の、宵雛花・十雉に――。
 己を護るかの如く纏った『嘘』を剥がすことばは全て、きれいごと。受け入れたくない。信じない。まるで、自分自身にそう言い聞かせて居るような。
「……そうかもしれない」
 十雉も想う所が在るらしく、月と戯れる女妖からつぃと視線を逸らした。なんだか、見て居られない。嘗ての自分も、相棒には斯う映っていたのだろうか。
「彼女のこと、否定できないんだ」
「……俺よりお前の方がきっと、説得力あると思う」
 黄昏彩に染まったなつめの眸が、十雉をじぃと見つめる。猟兵である自分たちに、彼女たちの永遠を叶えてやることはできないが。せめて、そのこころを癒してやりたい。
「アイツに受け入れる事の大切さを、ぶつけてやんなァ」
「オレに、出来るかな」
 十雉は不安げな貌で、相棒を見つめ返す。鎖されたこころの扉を開ける自信は、正直、余り無かった。本音を曝け出すことの恐ろしさは、ようく知って居る。
「大丈夫、絶対に護ってやる」
 お前に傷なんて付けさせねェよ――。
 相棒の掌が、ぽん、と優しく十雉の肩を叩く。頼もしい聲が、不安に沈んだ彼のこころを、掬い上げてくれる。
「俺を信じなァ」
「……頑張るよ」
 此の口が語ることばが、果たして彼女に届くか否かは分からない。けれど、相棒が任せてくれたから。彼を信じて、十雉は一歩、脚を前へ。
「オレもさ、大切な人を亡くしたことがあるんだ」
「あなたも――……」
 女妖の銀の眸が、ゆっくりと瞬いた。十雉はちいさく首肯しながら、其の時の心境を語る。暫くの間ずうっと悲しかったし、「死別」というものを受け入れられなかった。其の時に、周りから掛けられたことばときたら。
「どれも、無責任な慰めだよ」
 確かに全部、きれいごとだ。
 死んで仕舞ったひとは二度と、戻らない。触れ合うことは愚か、もう聲すら聴くことも出来なくて。ただずっと其のひとが居た痕跡だけが、こころの裡に遺り続けて、幾度も辛さが胸を苛むけれど。
「――忘れる必要は、ないんだと思う」
 十雉の夕焼け彩に染まった眸が、真摯に捉月を射抜く。諭すように語り掛けることばは、靜かな夜に優しく響いた。
「誰だって大好きな人に忘れられるのは、悲しいよ」
「だから、わたしたちは“ひとつ”になって……」

 お互いを、忘れないようにした?
 いいえ、そうでは在りません。
 わたしたちは、あなたは、わたしは。

「ユヱ、あなたと一緒に居たくて……」
「ネーチャンよォ」
 聲を詰まらせた女妖に、なつめもまた語り掛ける。慰めのことばを『きれいごと』と厭うのは、本人の勝手ではあるけれど。あまりにも、見て居られない。
「きれいごとだって、そう思ってるうちは、結局その心は空っぽのまんまだ」
 大事なことは、其処に居ないひととの“絆”を信じて、失くした事実を受け入れること。
 ――……そうすれば、ふたりで触れ合えたかもしれねぇのになァ。
 彼女たちとて、歪なかたちで希いを叶えることは無く。いまの相棒のように、こころ救われた未来があったかも知れない。だから、
「終焉らせてやる」
 先の無いふたりの関係に終止符を打つ為に、なつめは竜へと其の姿を転じさせる。竜神の降臨に戦場には夏雨が降り注ぎ、雷が強かに女妖を穿つ。
「相手が生きてたことも、死んでしまったことも君は知ってる」
 痺れに身動き取れぬ捉月に向かい合い、十雉は靜にことばを紡ぎ続ける。彼女のなかに居る、ユヱに向けて。
「たとえ眸には見えなくても。遺してくれたものは、必ず見つかる筈だよ」
「ユヱ、どうか聴かないで――」
「なにを信じるかは、君にしか決められないことだ」
 捉月の懇願は聴かない振りをして、十雉は己の周囲に蒼き焔を浮かび上がらせる。まるで花のように燃え広がる其れは、親友を呑み込んだ骸魂への餞。
 伝えたいことは、凡て言い切った。あとは彼女たち次第だろう。
 焔は骸魂を取り巻き、金襴緞子の尾鰭を焦がして行く。軈ては、其の妄執までも……。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

無間・わだち


知っている
喪ったひとが心で生き続けるなんて

きれいごと、でしょうね
あなた達の悲しみも痛みも
誰も救えやしない

疑神兵器を大剣に変形させ三度振るう
【蹂躙

死の波動は耐えられる
あの子のくれたいのちだ
【呪詛耐性、激痛耐性

俺の中にあの子は居ない
生きてなんかいやしない

だけど、この鼓動は
あかい瞳は
白い膚と肉は
あの子のものだ

この躰じゃあ、あなた達にきれいごとを伝える証明にはなれないし
世界の滅びを見逃すこともできない

だからせめて
俺はあなた達を忘れたくない
綺麗な願いだけで繋がるあなた達のことを
誰もが忘れてしまっても

ユヱさんだって、彼女を忘れたりしないでしょう?
それだけで
救われるかも、しれないじゃないか
【祈り、優しさ



●ハッピーエンド
 喪ったひとは、こころのなかで尚も生き続けている。
 在り来りなことばであるけれど、屍人である無間・わだちは、実感として其のことをよく識って居た。
「きれいごと、でしょうね」
 彼女たちが抱く悲しみは、そして別離の痛みは、誰にも救えやしない。
 ぽつり、そんな感想を漏らした青年は、疑神兵器を握り締める。瞬く間に大剣へと変形した其れは、月灯のしたで翠彩の輝きを放っていた。
「俺の中にあの子は居ない、生きてなんかいやしない」
 だけど、今もなお動き続ける鼓動は、大きな赫い瞳は、白い膚と柔らかな肉は。
 ――全部、あの子のものだ。
 其処に彼女の意思は無いけれど、それでも。あの子はわだちの一部として、いまも彼のいのちを繋ぎ留めて居る。ただ、それだけ。
「この躰じゃあ、あなた達にきれいごとを伝える証明にはなれないし」
 世界の滅びを見逃すこともできないのだと、青年は貌に刻まれた縫合痕をなぞりながら、静かにことばを編んで往く。

「せめて俺は、あなた達を忘れたくない」

 月と水に縁深い乙女たちを繋げるのは、うつくしい願いだけ。あまりにも純粋な其れを、ひとは愚かと謗るだろうか。きっと此の事件が解決したら、「そんなこともあったね」と笑い飛ばされる程度の、儚い反抗だ。
 だからこそ、わだちは彼女たちの姿を、希いをこころに刻みたいと希う。喩え、誰もが忘れて仕舞っても。
「ならば、あなたもひとつに」
 乙女の喉から呪唄が響き渡れば、彼女の周囲を巡る月が満月から新月へと移り行く。襲い来るのは、たましいを蝕む死の波動。
 ――……あの子のくれたいのちだ。
 耐えられる。否、耐えて見せる。
 されど、大剣は護りの為の道具ではない。ぐっと、ゆびさきに力を籠めた青年は、思い切り『夜叉』の剣を振り被る。
 果たして、其れはきっちり三度、振るわれた。
 一度目は金襴緞子の尾鰭を切り裂いて、二度目は赫き鱗を弾き飛ばす。そして三度目で、女妖のあえかな躰を強かに薙ぎ払った。
「ユヱさんだって、彼女を忘れたりしないでしょう?」
 地面に転がる捉月を見降ろしながら、わだちは彼女のなかに居る妖怪へと語り掛ける。其れだけの約束でも、骸魂は救われるかもしれないと、そう信じたかった。
 寝待ち月を映す女妖の眸が、迷うように揺れる。
 ひとつになったふたりのこころは、再び分かたれようとしていた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ


奇麗事を綴る作家には
胸の苦しくなる批判だな
だけれど、残念なことに
紡がずには、いられない

胸の虚を埋めるものが
優しいものであれば
そう願ってはいけない?
奇麗事では、いけない?

月に触れたくあるならば
水でなく、空に恋うべきで
触れられないと知りながら
ユヱさんは水に身を投げた

そんな、哀れな悲劇が
温かな物語となったのは
捉月さんに逢えたから、だ
死の悲劇は覆せないのに
奇麗事が優しいものとした

奇麗事は、救いはね
悪いものでは、ないよ

触れられなくとも
聲が届かなくとも
廻る先には、もう一度
そう、信じたほうが
救いがあるじゃないか

どうか見えない先を信じて
奇麗事を贈らせておくれよ
歪な路から、先導くように
親愛なる影兎を跳ねさせて



●ゆめを語りて
 駆けられた慰め総てを『きれいごと』と一蹴する人魚に、ライラック・エアルオウルズは眉根を下げて、戯れるように肩を竦めてみせる。
「奇麗事を綴る作家には、胸の苦しくなる批判だな」
 けれども、残念なことに、彼は其れを紡がずにはいられない。得てして作家とは、そう云う生き物なのだから。
「胸の虚を埋めるものがどうか、優しいものであればと、そう願ってはいけない?」
 奇麗事では、いけない? そう問い掛けたなら、女妖は靜に口を開く。己の周囲を巡る月と、ゆびさきで戯れながら。
「それは、わたしたちを救いませんでした」
 だから縋らないのだと、捉月はそう語る。彼女が編んだ答えに、作家は緩く頸を振った。勿論、横に。
「嘗てユヱさんは、水に身を投げた」
 月に触れたくあるならば、水でなく、其れこそ空に恋うべきだったのに。触れられないと知りながら、彼女は水面へ手を伸ばしたのだ。
「そんな、哀れな悲劇が温かな物語となったのは――捉月さんに逢えたから、だ」
「……わたし、に」
 想わぬことばに、捉月はぱちぱちと瞬いた。リラの彩をした作家の双眸は、穏やかに彼女を見つめている。
「死の悲劇は覆せないのに、奇麗事が其れを優しいものとした」
 妖怪と成った彼女は捉月と巡り会い、友誼を深め、互いに掛け替えのない存在となった。此れを救いと云わず、何と云おう。
「奇麗事は、救いはね」

 ――悪いものでは、ないよ。

 そう諭すライラックのこころのなかには、ただ創作への信頼だけが在った。夢物語を紡ぐ作家として、其れは一番喪ってはいけないもの。
 幸せな結末の物語はきっと、誰かの人生も幸せに出来る筈だ。そうでなくとも、誰かの不幸を拭えるのだと信じて居る。
 喩え、ゆびさきで触れられなくとも。
 其の聲が届かなくとも。
 いつか廻る先には、もう一度“あなた”が居る。
 そう、信じたほうが救いがあるではないか。物語としては勿論、分かたれるふたりとしても……。
「どうか、見えない先を信じて」
 奇麗事を贈らせておくれよ――。
 はらり、作家が腕に抱いた自著を捲ったなら。影兎が楽し気に、其の隙間から飛び出て来る。まるで歪な路から物語の先へと導くかの如く、ぴょんぴょんと軽やかに跳ねる兎は、自然な動作で人魚の懐に収まった。其れを見て、ライラックは柔く笑む。
「きれいごと、なんて……」
 拒む唇とは裏腹に、其の手が兎を払い除けることは無い。いつかの別離も軈て、“きれいごと”が救ってくれるなら。ふたり結んだゆびさきを、離しても構わないのだろうか。
 迷う様に伏せた乙女の双眸には、掌中に捉えたまあるい月が映って居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シエラ・エンドワード


それがあなたの『終わり』のかたち?
わたしが探すものとは、違うみたい
だって、それは、――『破滅』だわ

あなたが、捨ててしまったもの
きれいごと、なんてものではなくて
そうあればいい、と夢見る想いよ
あなたは夢を見られなかったのね

夢を見られたのなら、きっと
ずっと、しあわせだったのに
哀れに思う気持ちも、あるわ
ハッピーエンドを夢見る想いも

だけれど、ごめんなさい、ね
それを否定されてしまったら
幻想物語は消えてしまうから

てのひらで物語を招くように
わたしたちを喚びましょう
あなたの唇も、蜂蜜色の月も
舞う頁で覆い隠してしまって
歌を留めて、身を切り裂くわ

きれいごとを恋うときは
あなたの夢見るときには
やさしい物語を、贈らせて



●あなたの為の物語
「お喋りはもう、やめましょう。あなたはわたしを、わたしはあなたを、ただ感じて居ればいいのです。凡ては『きれいごと』なのですから――」
 寝待ち月に照らされて、人魚めいた女妖は廻る月とくるくる踊る。唇から、懇願めいたことばを散らしながら。
「それが、あなたの『終わり』のかたち?」
 シエラ・エンドワードは、そんな彼女の姿を視て、かくりと頸を傾けた。自分が探す終焉と彼女が齎す終焉は、だいぶ掛け離れて居る。だって、
「それは、――『破滅』だわ」
 大切な親友まで巻き込んで、世界を滅ぼして仕舞うだなんて。“破滅”以外に、なんと表せるだろうか。デウスエクスマキナよりも、よほど質が悪い。
「あなたが、捨ててしまったものは、そうあればいい、と夢見る想いよ」
 此の世から去った“あなた”が、空で見守ってくれていたら良い。
 “あなた”が“わたし”のなかで、生きて居てくれたらいい。
 彼女が拒んだ『きれいごと』は、即ち他ならぬ『希望』であった。
「あなたは、夢を見られなかったのね」
 もしも、ユヱが甘くて優しい夢を見て、希望を抱けていたのなら、きっと。
「ずっと、しあわせだったのに」
 互いに縋り合う彼女たちを、哀れと思う気持ちも、ある。ふたりが結ばれる、そんなハッピーエンドを夢見る想いすら。
 けれども、物語のヤドリガミとして、彼女たちを肯定することはできない。きれいごとを、夢を抱く想いを否定されて仕舞ったら。幻想物語は、忽ち消えて仕舞うから。
「ごめんなさい、ね」
 哀し気に双眸を伏せた少女は、てのひらで物語を招くように。自身の写し身を戦場に複製して行く。
「ユヱ、ユヱ。どうか拒んで。認めないで、そんな救いなんて――」
 紡がれることばを拒絶するかのように、捉月は懇願を紡ぎ、呪唄で世界を塗潰さんとする。彼女の周囲を巡る月が新月に至り、放たれた死の波動がシエラの躰を蝕むけれど。ばさばさと飛び交う頁が、人魚の唇も、蜂蜜彩の月すらも覆い隠して行く。
「いつか、きれいごとを恋うときは」
 そしていつか、夢を見るときには。
「やさしい物語を、贈らせて――」
 其の日が来ることを祈りながら、少女は飛び交う頁を一斉に嗾ける。聲を封じられた人魚に刻まれるのは、紙で裂かれた赫い痕のみ。
 高名な物語に綴られているように、彼女もまた、泡沫へ還るのだろうか。そしていつかは、天へ……。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ

師父(f00123)と

よく知っている
長い孤独を経て知ればこその恐怖
ひとつなら離れも忘れもせぬだろう
そう、思えども

師父、前は任せてくれ
壁となり回る月を剣で弾き牽制


…お前達、喧嘩はするのか
見送り迎える言葉は、あるか
相手の顔を、見たくはならぬか
返る言葉が如何なるものであれ
否定はせず只そのままに聞く

…俺は、矢張りああして
光の下で自由に笑う師を見ていたい
きれいごとで構わぬさ
持てる全てで、望んで成そう

師のいらえに肩竦め
宜しく頼むと尾と背で返す
――故にこそ、もう二度と間違いなど己に許さぬ

向かってくるなら【想葬】用いて
苦痛与えず弱体化させる
共に在るものを苦しめたくは、ないだろう


…やさしいのは、師父のほうだ


アルバ・アルフライラ

ジジ(f00995)と
やれ…お前は優しいな、ジジ
まあお前が何かしでかしおった時は
きっちり躾し直してやるから安心せよ

喪った者は二度と戻ってこない
貴様の云う通り、全ては綺麗事よ
故に、灸を据えに来たのだ
全く好き勝手やりおってからに
貴様もだぞ、ユヱ
捉月を友と慕うならば、何故斯様な暴挙を許した?
何故、友人に世界を壊させようとした?
全てを綺麗事と片付けて満足か?

たとえ閉じ込められようとも
我が魔術は迷宮を越え、貴様に届く
最大まで範囲を広げた【雷神の瞋恚】
…安心せよ、殺しはせん
云ったであろう――灸を据えに来た、と

優しい?
随分と冗句が上手くなったな、ジジ
何、彼奴等を見ていると
昔の誰かさんを見て嫌気がさすだけよ



●おもかげ
 湖の畔で、金襴緞子の尾鰭を揺らす人魚はただ、己を掻き抱いていた。既に朧と成りつつある、互いの感覚を確かめる様に。
「わたしとあなたは、ふたりでひとつ。もう、二度と離れはしない」
 ジャハル・アルムリフは其の光景を眺め、ほんの僅か眉を寄せる。交わって仕舞った者と引き離される恐怖は、よく識っていた。凡ては、長い孤独を経たからこそ。
 ――ひとつなら、離れも忘れもせぬだろうが。
 そう思えど、彼女たちの在り様が歪であることは明白だ。其れが救いのかたちであるなど、到底信じられぬ。
「どうか、わたしたちを放って置いて――」
 猟兵の訪れを拒むかの如く、廻る月がふたりの許へ襲い来る。師と慕うアルバ・アルフライラを護るように、ジャハルは一歩、前へと歩み出た。
「師父、前は任せてくれ」
 其の長躯で以て小柄な彼の壁となれば、影なる剣をするりと引き抜いた。そうして、構えを取るのもそこそこに、去来する月を剣身で弾き飛ばす。
「……お前達、喧嘩はするのか」
 靜に紡がれた雑談の様な科白に、捉月は思わず瞬きを溢す。ジャハルは答えを急かさずに、ただ彼女の反応を待って居る。
「――偶に、言い争いをします」
 ぽつり。軈て観念したように、捉月がことばを返した。そうか、と肯いた青年は、淡々とした調子で、次の問いを編む。
「見送り迎える言葉は、あるか」
「ええ、言葉ならこころのなかで交わせますから」
 彼の問い掛けに、小さく肯いて見せる人魚の女妖。ジャハルは矢張り、彼女の答えを否定しない。ただ、黙って耳を傾けて居る。
「相手の顔を、見たくはならぬか」
「それは……」
 最後に紡がれた問いに、女妖は僅かばかり言い淀んだ。ユヱは、焦がれた捉月の姿を、湖越しに見つめることが出来るけれど。捉月には、朋の姿が見えないのだ。他ならぬ彼女が、呑み込んで仕舞ったから。
「……俺は、」
 ややあって、ジャハルがぽつりと口を開く。黒い眸が、ちらり。背中に庇うアルバの姿を盗み見た。
「矢張りああして、光の下で自由に笑う師を見ていたい」
「――いつか、分かたれるとしても?」
 冷えた聲の問いかけに、青年は確りと頷きを返す。きれいごとと謗られようと、構わない。持てる全てで、望んで成そう。其れこそが、彼の本心である。

「それでも、“ひとつ”で居たいのです」

 ふわり、くるりと、人魚の周囲で月が巡った。獰猛な月は今か今かと、主の号令を待ち構えて居る。
「やれ……お前は優しいな、ジジ」
 一部始終を静観していたアルバは、ジャハルの背中越し呆れたような聲を響かせる。されど、其の表情は何処か穏やかだ。
「まあ、お前が何かしでかしおった時は、きっちり躾し直してやるから安心せよ」
 青年は振り返ることなく、ただ肩を竦めてみせた。竜の尾と凛と正した背によって、宜しく頼むと言外の伝言を。
 ――故にこそ、もう二度と間違いなど己に許さぬ。 
 こころの裡では、そんな決意を滾らせて。青年は再び、剣を構えるのだった。
 頼もしく育ったそんな背中を眺めながら、アルバは独り物想う。喪った者は、二度と戻ってこない。其れは、揺るがぬ真実であるけれど。
「貴様の云う通り、全ては綺麗事よ。故に、灸を据えに来たのだ」
 彼の背中越し、ひょこりと頭を覗かせれば、眉を顰めた貌が露わに成る。呆れたような態度を隠す素振りすら無い。
「全く好き勝手やりおってからに……」
 其の結果、崩れ往く階段から落ちかけたことは、記憶に新しい。大きなため息を吐きながら、アルバは捉月の中に居る磯女にも指摘を向ける。
「貴様もだぞ、ユヱ。捉月を友と慕うならば、何故斯様な暴挙を許した?」
 ふたりでひとつに成ることを選ばずに、彼女を拒絶できていたなら。カタストロフの引鉄が引かれることは、きっと無かっただろうに。
「全てを綺麗事と片付けて満足か?」
「ええ、世界だってそう。勝手に崩れ落ちて往くんですもの……」
 総ては『時よ止まれ』と零れ落ちた、滅びのことばが為したこと。自分たちはただ、月を見つめて居られたら其れで良いのだと、人魚は淡々とそう語った。
「だから、滅びの時までふたりはひとつに――」
 金襴緞子の尾鰭ごと人魚がくるりと宙を舞えば、アルバの周囲は水の帳に包まれる。其れと同時に、ジャハルの許へ月が群がって来る。獰猛な其れを剣で切り伏せた青年は、己が背から広がる闇で捉月を包み込んだ。
「共に在るものを苦しめたくは、ないだろう」
 此れ以上の抵抗は止せと、そう言外に青年は彼女を諭す。其れでも、人魚は最後の悪あがきとばかリに、弄ぶ月を彼へと投げつけた。
 刹那、雷鳴が轟く。
 天より穿たれた雷が、宙を舞う月ごと人魚の女妖を撃ち抜いたのだ。捉月が力なく倒れ伏せば、水の帳は忽ち消えて往く。
「安心せよ、殺しはせん」
 灸を据えに来たと云ったであろう、とことばを重ねるアルバの表情は、聊か不機嫌ではあるけれど。其の聲に温かさを感じ取り、ジャハルは小さく呟きを溢す。
「……やさしいのは、師父のほうだ」
「随分と冗句が上手くなったな、ジジ」
 涼しい貌で彼のことばを一旦は流そうとして、ふ、とアルバは口許を弛ませた。
「何、彼奴等を見ていると、昔の誰かさんを見て嫌気がさすだけよ」
 手厳しい彼の科白に、ジャハルは再び肩を竦めてみせる。
 斯うして対等に語り合えるのは、其々が個別の存在であり、互いに信頼で結ばれているからこそ。ふたりでひとつの関係では、絶対に得られぬ“かたち”である。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

狹山・由岐


身も心もひとつに成る
二人が掴んだ愛は文字通りの形

否定はしません
その選択も悪くはない
けれど僕には虚しく思えてしまいます
今の貴女達は『触れ合えない』から

例えば僕が彼女を取り込んで
僕の中に彼女が居るとして
鏡に映るのは、この手で触れるのは
所詮僕自身でしかない

白く繊細な指先
形の良い赤い唇
柔らかな栗色の髪
彼女を織り成す全てが愛おしい
その容を失うなんて恐ろしい事
僕には出来ません

ねぇ、貴女達は倖せですか
名を呼びあえない
肌を重ねられない
『ひとつ』しかない容れ物で
愛し合うことが出来ますか

忘れて仕舞ったのなら
もう一度思い出させてあげましょう

抱き合った時に聴こえるふたつの鼓動
その響きはとても、心地好いよ



●重ね合うのは
「大丈夫よ、ユヱ。わたしたちは、もう、離れられないのですから。だから、彼らのことばはどうか忘れて……」
 金襴緞子の尾鰭を揺らし、人魚は湖畔で妄執を謳う。相手のかたちを確かめるかの如く己を掻き抱く其の様は、いっそ狂気的ですらあった。狹山・由岐は、そんな捉月へ何処か興味深げな眼差しを注いで居る。
 ユヱと捉月、ふたりの女妖は身も心もひとつに成ったのだと云う。ふたりが掴んだ愛とは、文字通りの「かたち」なのだ。
「貴女たちの選択を、否定しません」
 月夜に響いた青年のことばに、捉月はそうっと貌を上げる。銀彩に煌く眸は、戸惑いに揺れて居た。
「けれど、僕には虚しく思えてしまいます」
「どうして……」
 わたしたちは、世界が滅びてもいいと想える程、こんなに満たされているのに。其れなのに、どうして。そんなことを言うのかと、女妖が言外に問い掛ける。
 対する由岐の答えは、余りにも簡潔なものだった。

「――今の貴女達は、『触れ合えない』から」

 例えば、彼が『彼女』を取り込んだとする。彼の中には確かに『彼女』が居るだろう。けれども、其れは精神的な実証に過ぎない。
 だって、鏡に映るのは、此の手で触れられるのは、自分自身でしかないのだから。
「そうでしょう」
 同意を求める聲に、赫き人魚は押し黙る。
 実際、彼女が頻りに己を掻き抱いて居るのは、満たされないからであろう。幾ら友と同化したところで、自分自身を抱き締めている事には変わりないのだから。
「僕は、彼女を織り成す全てが愛おしい」
 白く繊細なゆびさきが。かたちの良い、赫い唇が。そして、柔らかに波打つ、栗色の髪が。もはや彼女と云う存在を構成する“かたち”そのものが、まるで芸術のように想えて、尊くも愛おしいのである。
「その容を失うなんて恐ろしい事、僕には出来ません」
 ひとたび取り込んで仕舞えば最期、もう二度と其の“かたち”を目にすることは無くなるだろう。考えただけでも、嗚呼、不安な心地に成る。
「――ねぇ、貴女達は倖せですか」
 互いの聲で名を呼びあうことも出来ず、肌すら重ねられない、捉月とユヱ。彼女たちは、決して結ばれたわけではなかったのだ。
「『ひとつ』しかない容れ物で、愛し合うことが出来ますか」
「わたしたちは……」
 核心を突くような由岐の問いに、捉月は聲を詰まらせる。本当は疾うに、彼女たちとて分かって居たのだ。器をひとつにしたところで、ふたりはもう、元の関係には戻れないことを。

「それでも、一緒に居たいのです」

 絞り出すようにそう零して、人魚はふわりと宙を舞う。金襴緞子の尾鰭が揺れれば、世界に水の帳が拡がって往く。
「忘れて仕舞ったのなら、もう一度思い出させてあげましょう」
 青年は月彩のネイルポリッシュをゆびさきで揺らしたのち、徐に其れを人魚へ投げつける。捉月の赫い尾鰭が、鱗が、水掻きが、みるみる内に金彩に染まって往く。
「嗚呼……」
 自らの『終わり』を察して、捉月は思わず嘆きの吐息を漏らす。嗚呼、なんてこと。漸く、ふたりは結ばれたと思ったのに――。
「抱き合った時に聴こえるふたつの鼓動は、」
 不意に響いた青年の聲に、女妖はふと現に還る。人魚の魂は既に、磯女の躰から引き離され始めて居た。己を見上げる彼の蒼い眸と、不意に目が合う。
「その響きはとても、心地好いよ」
 促す様な彼のことばに、捉月はゆっくりと肯いた。別れの時は、刻一刻と迫って居る。嗚呼、早くしなければ。
 未だ、水掻きは動く。きっと此れは、最期の機会。
 捉月は磯女に手を伸ばし、其の躰をぎゅっと抱きしめた。ふたりの鼓動が重なって、ひとつに成る。
 本当の意味で、ふたりは漸く互いの“かたち”を確かめられたのだ。

「元気だしてね、ユヱ」

 最後に満開の笑みを咲かせて、金魚の様な人魚は泡沫と消えた。まるで、御伽噺のように。畔に伏して哭く妖怪のうえに今、ひらりひらりと、色鮮やかな花が舞う。其れはきっと、彼女が最期に遺した「親愛」のかたち――。

 掌にふわりと降り立った花弁を、由岐は柔らかに包み込む。こんな時にも思いを馳せるのは、愛しい戀人のことばかり。
 彼女が己に向けてくれる感情は、果たしてどんな彩をして居るのだろう。うつくしい彼女のことだ。きっと、世界に散らせる感情すらも、うつくしいに違いない。
 彼女が紡ぐ「おやすみ」の聲が、いまは無性に戀しかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『妖怪郷愁語』

POW   :    楽しい思い出を語る

SPD   :    甘酸っぱい思い出を語る

WIZ   :    ちょっと切ない思い出を語る

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●月に語らう
 斯くして、世界の均衡は保たれた。
 時期に異変は形を顰め、幽世には再び平穏が訪れるだろう。
 磯女は猟兵たちに頭を下げたのち、水のなかへと姿を消した。此処ではない、もっと遠い水辺へと往くのだろう。

 異変の残滓は未だ、世界に淡く漂って居る。
 うつくしい此の湖畔は、妖怪たちの憩いの場。故に湖を汚したり、荒らしたりしない限り、如何に此のひと時を楽しもうと思うが侭。
 こころの裡に感情を抱けば、其れは再び“かたち”を得る筈だ。胸中から零れ落ちた其れと、暫し戯れてみても良い。
 或いは、ひんやりとした湖に脚を浸しながら、世界に漂う誰かのかたちを、眺め見るのも愉快だろう。
 ともに過ごす相手が居るなら、過去の噺や想い出を語り合うのも一興だ。相手が秘めた想いに触れる、良い機会に成るだろうから。

●想いの残滓
 透き通る水面は相も変わらず、空に輝く寝待ち月を鏡のように映して居た。
 ひとたび手を伸ばしたら、ほら、ゆびさきが届きそう。
 
 ぽちゃん――。

 誰かが溢した感情が、靜かな水面に波紋を広げて行く。
 鏡映しの月がいま、笑うように揺らめいて。


≪補足≫
・アドリブOKな方はプレイングに「◎」をご記載いただけますと幸いです。
・本章のPOW、SPD、WIZは、あくまで一例です。
 ⇒どうぞご自由な発想でお楽しみください。

・引き続き、感情が“かたち”を得ます。フレーバーとしてお楽しみください。
・舞台は「月を映す湖(畔)」で「固定」です。周囲の光景は変えられません。
 ⇒自身の周辺にのみ草木が萌ゆる、などの演出はOKです!
・湖畔は妖怪たちの憩いの場です。きれいに、楽しく過ごしましょう!

≪受付期間≫
 5月11日(火)8時31分~5月13日(木)23時59分
千桜・エリシャ
【桜瀬】◎

…あなたには筒抜けね
口にせずともわかっているのでしょう?
けれど彼の心中だって私には筒抜けで
だから微笑んで見せる

だって私は悪鬼ですもの
本音は醜くて涯なき慾を抱えていて
あなたの前ではいい女でいたかったけれども
やっぱり私には似合いませんわね

否定も肯定もせずに黙して
新たな色…?
…っ!
鋭敏な角に触れられ肩が跳ねる
(これが最後の触れ合いかしら…)

私の中のあなただけの色…
…そう、ならば
“そのとき”が来たら
私を殺してくださる?
これが私とあなただけの色よ
私たちの道にはお似合いでしょう?

ふふ、ならば
そうならないように見張っていて
ずっと、ずっと――
約束よ?
(だって永遠に私をあなたに刻みつけたいのだもの)


杜鬼・クロウ
【桜瀬】◎
しおんとさくら
俺達の別名

…さっきの花、何だよ
今更…ッ!
(言えなかったのは
正道(おれ)と真逆を往く悪鬼(おまえ)は不釣り合いだから、だろ
知ってる
俺だって全部、慾しかった)

お前は総てを俺に寄越さねェ癖に?
慾に涯がねェ女

お前を充たせるのは、俺じゃねェ(俺でありたかった
愛慾は俺の意志で決めて既に沈めた
覆りも戻れもしない
いずれ俺達だけの…新たな色(あい)に染まれば

お前のそのいろだけは誰にも譲らねェ
俺のモノだ

彼女の角に触れて撫ぞり口付け
桜の色は未だ透明

…ッ俺はもう、夢だろうとお前を殺したくねェ
何で…嘗て愛した女の最期まで
絶対にそんな未来は来させねェ
何処まで離さねェ気だよ

(ずっと、は俺にとって重く



●盟約
 静寂と平穏を取り戻した夜の湖に、歪な月がゆらりと揺れる。千桜・エリシャはただ、其の光景を黙って見降ろしていた。
「……さっきの花、何だよ」
「あなたには筒抜けね」
 杜鬼・クロウから掛けられた科白が、熱を孕んで女の背にしがみつく。まるで絆されるように、そっと後ろを振り向いた彼女は薄く微笑んで見せた。
「口にせずとも、わかっているのでしょう?」
「今更……ッ!」
 ぎり、と奥歯を噛み締める彼の心中とて、女には御見通し。期待通りの反応に、エリシャは矢張り微笑を湛えた侭で。ふたりの時は暫らく止まり、彩の喪せた桜の花弁が、はらはらと世界に舞い落ちる。
「お前は総てを、俺に寄越さねェ癖に」
 ぽつりと零れ落ちた科白は、いっそ恨み言の如く世界に響き渡った。子ども染みた独占慾が、男の裡で駄々を捏ねる。自分だって、全部、慾しかったのだ。
「……慾に涯がねェ女」
 そんな女々しい想いはことばに出来ず、代わりに吐き棄てたのはそんな文句。されどエリシャは、諦めたように微笑むばかり。
「だって私は、悪鬼ですもの」
 うつくしいかんばせと着物で隠した本音は醜くて。どろりと濁ったこころの裡には、涯なき慾を抱えていて。
 嗚呼、けれど、叶うことなら。あなたの前だけでは、いい女で居たかった。
 ――……やっぱり、私には似合いませんわね。
 そんな感傷に浸るのも、真直ぐな彼の隣を歩くのも。悪鬼たる己には、分不相応。正道と邪道は、決して交わることなど無いのだから。
「お前を充たせるのは、俺じゃねェ」
 片方の掌で悔し気に覆い隠した貌、その隙間から、吐き出す様な聲が漏れる。其のこころを埋められるものが、他ならぬ己であったなら、どんなに良かったことか。
 裡に抱いた愛慾は疾うに、自らの意志で過去へと沈めた。故に其の感情は、事実は、覆りも戻れもしないけれど。ふたりのこれからを新たな彩、――愛に染め往くことは出来る。

「……誰にも譲らねェ」

 彼女がこれから抱くであろう“愛"という名の彩は。俺のモノだ、と熱に浮かされる如く零した男は、靜に女へ歩み寄り。悪鬼の証たる角へと、ゆびさきを触れさせる。そうして拒まれぬと見れば、ふ、と唇を寄せた。
「……っ!」
 エリシャのあえかな肩が、驚きに跳ねる。僅か見開いた眸が、感傷に潤んで、ふわりと揺れた。
 ――これが、最後の触れ合いかしら……。
 はらはら、此の世界に舞い散る桜の彩は、未だ透明。けれど其れが此れから先、“あなただけの色”に染まると云うのなら。
「……そう」
 ならば、と女は長い睫を伏せた。されど、其れはただ一瞬のこと。貌を上げた彼女のかんばせには、不敵な微笑が滲んで居る。

「“そのとき”が来たら、私を殺してくださる?」

 彼が此れから往く路も、此れまで来た路も、凡て、ふたりの彩に染めて遣ろう。血に濡れた其れは、さぞふたりに似合うだろうから。
「……ッ」
 次は、クロウが眸を瞠る番だった。行き場の無い感情に浮かされて、ぐしゃぐしゃと、整えた髪を掻き毟る。
「俺はもう、夢だろうとお前を殺したくねェ」
 如何して嘗て愛した女の最期まで、己が誂えてやらねばならぬのか。彼女は彼の愛だけではなく、人生すら、うつくしい其の掌中に納めようとして居るのだ。
「絶対に、そんな未来は来させねェ」
「なら、そうならないように見張っていて」
 そんな悪趣味な結末、赦してなるものか。決意を秘めた男の眼差しに射抜かれた女は、涼しい貌であまく、呪縛のことばを編む。
 ずっと、ずっと――。
「何処まで離さねェ気だよ……」
「約束よ?」
 呆れ貌のクロウへ、ふふりと微笑むエリシャ。あなたのこころに、永遠に「私」を刻み付けられるなんて。其れはとっても素敵なことだから。
 されど、彼にとって“ずっと”と云う響きは余りにも重い。其のことばは瞬く間に呪詛と化し、彼の身もこころも、甘く縛り付けるのだ。

 ふたりの世界が終わりを迎える、其の日まで。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

泡沫・うらら


静かな静かな夜の中
とても受け取れやしない彼女のかたち
遠目に眇め、心地良い水温に二足を浸す

交互にちゃぷちゃぷ水撥ね上げ
水面に閉じ込められた月を揺らす

世界に優しく注ぐは“誰かのかたち”
皆一様に裡に誰かを思い誰かを想う

あたたかなものであふれた其はきっと
――今のうちには一番、遠いもの


ねぇ、ジャックさん
あの人たちは幸せやったと思いますか

――それか、“どう”成れたら
幸せになれていたと、思いますか


偽りの足が水面を揺らす

どんなきれいごとを並べられても
解らない
貴方の考えも彼女達の想いも


だってだって
往き着く先は誰も笑ってへんのに
それがハッピーエンド、やなんて

恋に恋した愚かな人魚には
――ひとのきもちは、わからない



●温もりは遠く
 静けさを取り戻した夜に、骸魂が遺した“かたち”が、はらはらと舞い降りる。其れを眇めた視線だけで見送って、泡沫・うららは湖に二足を浸した。
 ひんやりとした水温は、海の生き物たる此の身に心地好い。ちゃぷり、ちゃぷり。あどけなく戯れるかの如く、交互に水飛沫を撥ね上げれば、水面に鎖された月がゆらゆらと愉しげに揺れた。
 色鮮やかな花弁だけではない。様々な煌めきが、世界に優しく降り注いで居る。其のひとつひとつがきっと、誰かが溢した“感情のかたち”なのだろう。
 皆一様に脳裏に誰かの姿を思い描き、こころの裡では誰かのことを想っている。そんな、“温かなもの”で溢れた其の彩は、きっと。
 ――……今のうちには一番、遠いもの。
 醒めた眸で其れを見遣り、娘は再び湖に脚を遊ばせる。自身の裡から溢れる想いもまた、こんな澄んだ彩をして居たら。少しは、救われただろうか。
 ふと、自身の真上に見慣れた影が落ちたなら、うららは表情ひとつ変えぬ儘、ゆるりと後ろを振り返る。
「ねぇ、ジャックさん」
 其処には矢張り、鋼鐵の男が居た。月にも似た金の双眸が、じっと彼女を見降ろして居る。マスクに隠された其の表情は、分からない。うららは、かくりと小首を傾けた。
「あの人たちは、幸せやったと思いますか」
「不幸だったとは思わないな」
 それは本人たちが決めることだが、とことばを重ねる男もまた、淡々として居る。硬質な聲に潜む彩は、明るくも無いし、暗くも無い。
「――では、」
 湖に浮かぶ月を遠くに見つめながら、うららは更に問いを重ねた。彼の回答は、彼女が理解するには未だ遠い位置にある。
「ふたり“どう”成れたら、幸せになれていたと、思いますか」
 ぱちゃん。
 偽りの双脚が、軽やかに水面を揺らめかせた。水飛沫が月の灯を浴びて、きらきらと、煌めきながら世界に彩を加えて行く。
「結末がどうであれ、ふたりが出逢えたことに意味は有ったと、そう想う」
 彼女の背中から目を逸らさずに、ジャックは静かに答えを返した。されど其の科白に、うららは矢張り失望するのだ。
 嗚呼、それもまた、きれいごと。
 どんな御託を並べられても、自分には解らない。冷たい鐵で造られた男の考えも、泡沫の甘い夢で結ばれた彼女たちの想いだって。だって、だって!
「往き着く先は、誰も笑ってへんのに」
 それが“ハッピーエンド”やなんて――。
 彩も温度も無い彼女の聲に、男は答えることばを持たない。表情を隠した儘、ただ彼女の傍に佇むのみ。其れが慰めに成るとも思って居ないけれど。
 ちゃぷ、ちゃぷ。醒めた乙女のこころと裏腹に、水音は相変わらず楽し気に響き渡る。水面に浮かぶ泡沫を見れば、凪いだこころがさざめいた。
 泡と消えることも出来なかった、恋に恋した愚かな人魚。そんな彼女に“ひとのきもち”は、きっと、分からない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エドガー・ブライトマン

ヤッホー、ジャック君
危機が去って、すこし平和になった世界
一緒にこの景色を眺めよう

私の周りには相変わらずの星のかけら
見て、ジャック君。コレが私の感情のかたちなんだって
キミの周りにはどんなものが現れるんだろう
私に解る感情だったらうれしいなあ

ココに辿り着いてから、いろいろあったけれど
結局ずっと、このかたちから変わらなかったんだ
私がもうすこし違っていたら、様々なかたちになれたのかな

星のかけらをひとつ掴んで、湖に投げ込んで
あはは、この遊びなんだか面白いかも!
水面に波紋が生まれて、鏡映しの月が揺らめいて

キミとは夜空を眺めてばっかりだから
今度は青空を眺めてみようよ
ジャック君となら、それもきっと楽しいだろう



●夜に星は瞬いて
 月灯に照らされた湖は、きらきらと煌めいていて、先ほどまでの騒乱がまるで嘘みたいに穏やかだ。湖畔をゆるり逍遥していたエドガー・ブライトマンは、湖の傍に佇む知った姿を見つけるや否や、気安い調子で聲を掛ける。
「ヤッホー、ジャック君」
「ああ、エドガー」
 ひらひらと手を振ってみせれば、鐵の男――ジャック・スペードも軽く手を挙げ、挨拶の代わりとした。彼の隣に並び立ったエドガーは、水面に揺れる月を眺めながら、整った貌ににこやかな笑みを咲かせる。
「危機が去って良かったよ」
「ああ、お疲れ」
 相変わらず破滅の危機は孕んで居るけれど、ほんのすこしだけ、此の世界は平和になったのだ。今はゆるりと、この景色をふたりで楽しむとしよう。
「ほら見て、ジャック君」
 ふと思い出したように、エドガーが腕を広げて見せびらかすのは、周囲に瞬く星の欠片たち。それらは相変わらず、きらきら、きらきら、輝いて。彼を王子様らしく彩って居た。
「コレが私の感情のかたちなんだって」
「……あんたらしいな」
 男の貌を覆うマスク越し、くつりと零れたノイズはきっと、笑聲であろう。よくよく目を凝らせば、ジャックの周囲では透明硝子の欠片が、きらりと煌めいている。
「キミの“楽しい”って、そんなかたちをしてるんだねえ」
 分かり易い感情に笑みを深めた少年は、もう一度、自身の周囲に煌めく星々に視線を向けた。彼らは明るくて楽し気で、キレイではあるけれど。
「結局ずっと、このかたちは変わらなかったんだ」
 そうなのかと頸を傾ける男に、ゆるりと肯くエドガー。不思議な鳥居を抜けてからと云うもの、色々な感情とぶつかって来たけれど。星の欠片は彩ひとつ変わらずに、ただ其処で煌めくばかり。まるで、はがねのこころを表しているように――。
「私がもうすこし違っていたら、様々なかたちになれたのかな」
 なんだか惜しい気がして、少年は僅かに眉を下げて見せる。そんな彼に沿う星々を、男は金の双眸でじぃと見つめて居た。
「闇夜を照らしヒトを導く、キレイな彩だと思うが」
 違うカタチが良いのか、アンタらしいのに、なんて。鐵の男が残念そうに云うものだから、エドガーの唇からもつい、ふふ、と笑聲が漏れた。
 徐に宙へと手を伸ばし、星のかけらをひとつ掌中に掴んだなら。大きく振り被り、湖へと投げ込んでみる。其れはまるで水切りの如く軽やかに水面を跳ねたのち、緩やかに水底へと沈んで行った。
「あはは、なんだか面白いかも!」
「上手いじゃないか、俺もやってみよう」
 釣られたジャックも煌めく硝子の欠片を掴み、ぶんっと湖に投げ入れるけれど。エドガーのように上手くいかず、直ぐ水底へと沈んで往く。凪いだ水面には波紋が生まれ、鏡映しの月もまたゆらゆらと揺らめいて――。
「ねえ、今度は青空を眺めてみようよ」
「そうだな、次はそうしよう」
 水面に揺れる月から目を離し、互いの貌を見合わせながら「次」の予定を語り合うふたり。思えば、夜空ばかりを見上げて居るのだ。偶には青空の下、生き生きと動き回るのも一興だろう。
「キミとなら、きっと楽しいだろうね」
 穏やかに笑みを咲かせたエドガーの傍らで、星の欠片がきらきらと、いっとう鮮やかに煌めいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

太宰・寿
【ミモザ】◎
わぁ……!
すごく幻想的で綺麗な景色
自分の世界では中々お目にかかれないかも
こんな時猟兵になれて良かったなって思っちゃう

英、英
彼の袖を引いて
シャボン玉出してほしいな、絶対この景色に似合うから
言い方…!でも、そうなるのかな?

あれ、今度は割れないね
つついてみるけどふわんと逃げるシャボン玉
捕まえられそうで捕まえられないね
えっ、私って本当にこういうイメージなの?

私は英の印象、会った頃より随分変わったけど
英は11才だっけ
最初何にも話さないから心配してた
ふふ、喋ったら毒舌だった。今は辛口くらい?
英も根っこは変わらないよ、ずっと優しい
だけど、うんと素敵になったよ

英、今楽しい?
なんとなくそう見えたから


花房・英
【ミモザ】◎
寿が楽しそうにしてると、自分も何となく満たされた気持ちになる
一体いつからだろう
分からないくらい自然にそうなってた気がする

出せって、寿の事考えろってこと?
別にいいけど
ころころ変わる表情を眺めて
ホント見てて飽きない

逃げるシャボン玉を見上げる寿を覗き込んで
分かってるじゃないか
寿、どっか行っていなくなりそうな時あるんだよ
でも、さっき見せてくれたからもう心配してない

何喋っていいか分かんなかったし
伝え方も…それは今も同じか
寿は変わらないな、誰にでも優しくて時々妙に頑な
俺にそんな風に言うの寿だけだ

楽しい?と笑って尋ねられたら
どうして?
つい尋ね返す
そう…寿にそう見えるなら、そうだと思うよ



●宙に揺蕩う泡沫の
 何処までも広がる空を映す湖は、月灯に照らされてきらきらと煌めいている。揺れる寝待ち月は、思わず手を伸ばしたく成る程のうつくしさ。世界に飛び交う誰かの“かたち”は、幽世を優しい彩に染めて往く。
「わぁ……!」
 見事に幻想的な光景を前に、太宰・寿の頬は赤く染まり、感嘆の聲が花唇から自然と漏れる。UDCアースではそれこそ、辺境の地でしかお目にかかれない夜の一幕。こんな時、彼女は猟兵になれて佳かったと、そう想うのだ。
 琥珀の眸を煌めかせる寿の横貌を見つめる花房・英もまた、こころが満たされるような感覚を抱いていた。一体、いつからだろう。殆ど自覚がない位、自然にそう成って居た気もするけれど。彼女が楽しそうにしてると、胸の裡に温もりが広がるのだ。
「英、英」
 燥ぐ聲と共に袖を引かれて、少年はふと我に返る。視線を下に降ろせば、煌めく眸で此方を見上げて来る寿の貌が視界に映った。
「シャボン玉、出してほしいな」
 絶対この景色に似合うから、なんて無邪気に燥ぐ様は微笑ましい。英は表情を変えぬ儘、ちいさく頸を傾けて見せる。
「出せって、寿の事考えろってこと?」
「言い方……!」
 改めてことばにされると照れが生じて、寿の頰に更に朱が増した。ころころ変わる表情を眺めて居れば、英のこころは益々温かく成る。本当に、見ていて飽きない。
「でも、そうなるのかな?」
「別にいいけど」
 きっと、返事をする前にはもうシャボン玉は浮かんで居た。ふわふわ、宙を揺蕩う其れは、おっとりとした此の娘のよう。先程よりも輪郭をはっきりとさせた其れは、楽し気に“こころのかたち”が溢れる此の世界を逍遥していた。
「――あれ、今度は割れないね」
 ゆびさき伸ばした寿は、つん、とまあるいシャボン玉を突いてみる。矢張り、其れは割れることなく。ふわん、と軽やかに空へと逃げて往く。
「捕まえられそうで捕まえられないね」
 ぽつり、そう零した後。寿は自分のことばを検めて反芻する。そもそも此のシャボン玉は、英から見た彼女“そのもの”だから――。
「えっ、私って本当にこういうイメージなの?」
「分かってるじゃないか」
 今更ながら其の意図に気付くと同時、少年が貌を覗き込んで来る。真直ぐな紫の眸と視線が絡めば、彼はぽつりと思いの丈を世界に溢す。
「寿、どっか行っていなくなりそうな時あるんだよ」
「そうかな……」
「でも、もう心配してない」
 水の帳に鎖された迷宮で、彼女が見せてくれた希い。其れは、ふたりで過ごす日常が何時までも続くこと。勿論、英が抱く希いもまた。だから、今は彼女との絆を信じよう。
「私は英の印象、会った頃より随分変わったけど」
「あの時は、何喋っていいか分かんなかったし……」
 寿と英が出逢ったのは、七年前のこと。何も話さない少年を、当時はいたく心配したものだ。然し今ではすっかり、軽口を叩き合える仲に。英の方は未だに、伝え方に悪戦苦闘しているけれど。反抗期の弟みたいで、其れすら何処か可愛らしい。
「ふふ、喋ったら毒舌だったよね」
 今は辛口くらいかな、なんて。戯れる寿の貌を、英はじぃと眺め遣る。もう七年の付き合いにも成るのに、彼女の方は。
「寿は、変わらないな」
 誰にでも優しくて、時々妙に頑で。そんな彼女だからこそ、自分と一緒に居てくれたのかも知れない。
「英も根っこは変わらないよ、ずっと優しい」
 だけど、うんと素敵になったよ――。そう重ねられたことばが擽ったくて、少年は逃げるように彼女から視線を逸らした。
「……俺にそんな風に言うの、寿だけだ」
 ぽつり、と呟きを溢したなら。彼の周囲にふわり、ふわりとシャボン玉が浮かび上がり、優しい夜に揺蕩って行く。
「英、今楽しい?」
「どうして?」
 貌に、出て居ただろうか。意外なことを尋ねられて思わず、そう問い返す。揺れるシャボン玉を見つめる寿の眸は、何処までも優しかった。
「なんとなく、そう見えたから」
「そう……」
 少年の紫の眸もまた、揺蕩うシャボン玉を追いかける。其れは“かたち”を保った侭、何時までもふわふわと逍遥を続けて居たから、何だか温かな気持ちに成って。少年は僅か、頬を弛ませる。
「寿にそう見えるなら、そうだと思うよ」
 月灯に煌めく泡沫を仰ぎながら、いまは絆を確かめ合おう。お互いが望む限り、きっとふたりの日常は、此れからも続いて行く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リュカ・エンキアンサス

ディフお兄さんf05200と
そうだね。俺は観光したい。
感情の形が見られるなんて、なかなかないから

と、いうわけであちこち見て歩く。感情がつつけそうならつついてみる。
ひとしきりあれこれ眺めたら座れるところを探して休憩して、
…ん、珈琲?
ありがとう、いただきます
そうだねえ。何となく好きなんだ、珈琲って
これは、どんな形の感情になるのかなあ

……うーん、なるほど?
確かに何でもわかるっていうのは、ちょっとおよろしくないかもしれないね
俺みたいなのには、楽でいいけど。そこまで派手に、感情は動かないし、喋って自分の考えを伝えるのは、上手くないし
お兄さんはロマンチストだ

…いいんじゃない。そういう考え方も
俺は好きだよ


ディフ・クライン

リュカ(f02586)と

少し歩こうか
皆が浮かべる感情の形を眺めて歩きたい

感情って様々だね
一つとして同じものはないみたいだ

倒木を見つけて腰を下ろそう
珈琲、好きだったよね
くるり指で描いた魔法陣から
取り出すのは携帯コンロと珈琲ケトル、マグ
淹れた珈琲を手渡しながら

オレは、これが常じゃなくてよかったと思うんだ
感情を学びたいと思っているけど
何もかもが目に見えなくたっていいと思う
世界は曖昧だっていい気がするんだ
いいじゃないか、派手に感情が動かなくても、喋って伝えるのが苦手でも
見て全部がわかってしまったら、貴方と会話する必要がなくなってしまう
オレはリュカがリュカなりに紡ぐ言葉や考えが好きだ
だから、いいんだ



●かたちなくとも
 静けさを取り戻した夜の湖畔に佇むのは、リュカ・エンキアンサスとディフ・クラインのふたり。戦闘の余韻は未だ其の身に付き纏っているのに、世界には再び、温かな彩が満ち始めて居る。
「――少し、歩こうか」
「そうだね」
 そう切り出したディフに、リュカはゆるりと肯いて見せた。
 空には寝待ち月が、世界には誰かの感情の“かたち”が、ゆらゆらと揺蕩っている。こんなものを見られる機会なんて滅多にないことだから、ふたりは暫し逍遥を楽しむことにした。
 歩めば歩むほど、誰かが溢した想いが鮮やかに視界に映し出される。
 彩り豊かな花だったり、ふわふわと浮かぶシャボン玉だったりする其れを、リュカはゆびで突いては、本物と違わぬ感触に「おお」と僅か感嘆していた。そんな彼を見守るディフの双眸もまた、穏やかに弛む。
「……そろそろ、休もうか」
「うん、ちょっと疲れたしね」
 大して傷を負ってはいないが、曲がりなりにも戦闘の後である。休息は取った方が良いだろう。湖畔の傍に倒れた木を見つけたふたりは、並んで腰を降ろす。
 くるり。
 徐にゆびさきで、宙に魔法陣を描く青年。すると其処から顕現するのは、ささやかなアウトドアキット。携帯コンロで火をおこし、珈琲ケトルを沸かしながら、マグの底にインスタントの珈琲を鏤める。
「珈琲、好きだったよね」
「そうだねえ、何となく好きなんだ」
 夜を明々と照らす焔を見つめながら、他愛も無い会話に興じるふたり。彼らのあいだに流れる空気は、淡々としてはいるが、何処か穏やかだ。軈て湯が沸いたなら、青年はマグカップにケトルを傾ける。忽ち、珈琲の芳香が辺り一面に広がった。
「どうぞ」
「ありがとう、いただきます」
 差し出されたマグカップには、艶めく黒い水面が揺れていた。其れを受け取った少年は、礼を告げて湯気の立つ珈琲を吐息で冷ます。そうして幾何か熱が引いたなら、淵にそうっと口吻けた。喉に流れ込む温かさ、そして鼻を抜ける芳ばしさに、こころも自然と安らぐ心地。
 ――これは、どんな形の感情になるのかなあ……。
 マグから口を離した後、ゆびさきを珈琲の熱で温めながら、少年はそんなことを物想う。彼らの眼前には、透き通ったシャボン玉がふわふわと揺蕩っていた。何となく、リュカは其れを突いてみる。されど其れは割れず、ふわり、何処かへ逃げて往く。
「……感情って様々だね」
 そんな少年を横目に視ながら、ディフはぽつりと独り言ちた。此の湖畔に溢れる想いの“かたち”は、ひとつとして同じもの等ない。喩え同じ想いを抱いていても、其れが如何なるかたちを取るのかは、ひとそれぞれなのだ。
「オレは、これが常じゃなくてよかったと思うんだ」
 少年の視線が、ディフに集中した。
 ひとの手で造られた存在である彼は、「感情」と云うものを学びたいと思っている。けれど、必ずしも其れは眸に映る必要など無いのだ。
「世界は、曖昧だっていい気がするんだ」
「……うーん、なるほど?」
 一方のリュカは、彼のことばを自分なりに噛み砕こうとしていた。いま此の幽世に溢れている「想い」は、温かくて鮮やかな彩ばかりだけれど。
「確かに何でもわかるっていうのは、ちょっとおよろしくないかもしれないね」
 ひとは妬み、恨む生き物だ。そんな想いがかたちを得て仕舞えば、大惨事に成りかねない。それに、誰にだって秘めたい思いは、きっとあるから。
「俺みたいなのには、楽でいいけど」
 とはいえ、合理的で淡々とした少年にとって、誰かの想いが眸に見える世界は、却って生き易い。其れこそ悪意や害意に備えやすくなるのだから。其れに何より、
「そこまで派手に、感情は動かないし、喋って考えを伝えるのは、上手くないし」
「いいじゃないか」
 だから、自分の気持ちも見えた方が楽だと語るリュカの不器用なこころを、ディフは穏やかに肯定する。
「見て全部がわかってしまったら、貴方と会話する必要がなくなってしまう」
 喩え、表わす感情の機微が僅かなものであろうと。紡ぐことばが、拙いものだとしても。其処には確かに、少年の想いが籠って居るから。
「オレはリュカがリュカなりに紡ぐ言葉や、考えが好きだ」
 だから、いいんだ。
 そう重ねることばは、こころから零れたもの。リュカは何度か瞬きながら、彼の貌をじぃと見つめて居た。
「……いいんじゃない」
 軈て返した答えは、矢張り素っ気無いもの。されど、決して冷たくは無い。現実的なリュカと違って、ディフはロマンチストである。考え方こそ、対照的なものではあるけれど。
「そういう考え方も、俺は好きだよ」
 ぽつり。
 そんな感想を溢した少年は、温かな珈琲を再び喉奥へと流し込む。夜空に揺れる寝待ち月は、穏やかに火を囲むふたりを優しく見守って居た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート


ひとも妖怪も居ないところへ行って
脚を湖に沈ませる
揺蕩う誰かの感情を眺めていた
星のような、花のような、なにかの細工のような
あれは喜び?楽しい?嬉しい?それとも、

きっとこの煌く感情こそが世界の希望と救い
そのどれもが触れ得なくて遠い
私には聴こえないもの

このきれいなもののひとつに成れないのだと
己が一番よく知っている

裡よりはらはらと零れ落ちるのは
『憧れ』の紫色のフリージア、ピンクのシクラメンなどの花弁
ひとのように嫉妬や憎悪が抱けたなら
こんなに苦しくはなかっただろうか
羨望もすぐに尽きて
諦観へと成り代わるのだろうけど

それでも私は
いびつできれいでうつくしくてやさしい
この残酷な世界を

どうしようもなく
愛している



●消えぬ想い
 ぴちゃん。
 喧騒から離れた場所で、ロキ・バロックヒートは双脚を湖に浸していた。ひとも妖怪も居ないから、此処はとても静かで心地が好い。脚を動かす度に飛び散る雫は、月灯を浴び、きらきらと輝いていて。嗚呼、とてもきれい。
 其れで充分だったのに、“かたち”を得た感情は相も変わらず、彼の前に揺蕩っている。これは、誰の想いなのだろうか。
 星のように煌めいていて、花のように鮮やかで、なにかの細工のようにうつくしい。其れは誰かの「喜び」かも知れないし、もしかしたら「楽しさ」かも知れない。或いは、「嬉しい」と云う気持ちなのかも知れなかった。
 きっと、こうして煌く感情こそが、世界の「希望」と「救い」である。
 されど、滅びの神であるロキにとって其れは、手を伸ばすことすら叶わぬ遠いもの。どんなに耳を澄まそうと、鼓膜を揺らすことなき歓聲。
 青年は世界に溢れる“かたち”から逃げるように、視線を伏せた。蜂蜜彩の双眸に映るのは、水面に揺れる寝待ち月だけ。
 この“きれい”なもののひとつには成れないことを、自分が一番知って居る。
 胸に渦巻く想いは、紫の花弁へとかたちを変えて、はらり、はらり。世界へ零れ落ちて往く。フリージアは『憧れ』の花、そして今、雪の如く降り注ぐピンクのシクラメンも、また――。
 もしも、ひとのように、嫉妬や憎悪のような感情が抱けたら。
 多分、こんなに苦しくなかった。尤も、燻ぶる羨望の念は直ぐに灰と成り、軈ては諦観へと成り代わるのだけれど。ちくちくと胸を苛む感情とは、一生付き合って行かなければならないだろう。ロキの本質は、永久に変わらないのだから。

 ――それでも、私は。

 伏せた視線を戻し、世界に揺蕩う彩を眸にただ焼き付ける。嗚呼、なんと鮮やかなのだろう。ひとの仔たちは愚かで、終末と云うなの救いを齎すべき存在なのに。彼等の裡から零れる感情は、如何して斯うもうつくしいのか。
 いびつで、みにくくて、けがれていて。けれども、きれいで、うつくしくて、やさしい。そんなアンバランスで残酷な「世界」を。
 ロキは、どうしようもなく愛していた。
 はらり。
 舞い降りた紫の花弁が、水面にささやかな波紋を巻き起こす。あえかな其れは、鏡映しの寝待ち月に寄り添うように、ゆらゆらと、楽し気に揺れて居た。
 沈んだこころもどうせ、時が経てばまた空虚に成る。だから今はただ、世界に溢れる彩を眺めて居よう。寂しい花弁の雨に、打たれながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子


ひんやりとした湖に脚を浸して
誰かのかたちは人の数だけキラキラしていて綺麗
星だったり、音符だったり
湖に映って多くのかたちが一層輝いて見える

使い魔の猫・市は湖に映ったかたちを触ろうとして手をちゃぷりちゃぷり
駄目ですよ、市。お前にそれは掴めませんよ
抱きかかえて制止しても不満げな顏

手で掬っても取れないそれを見せれば納得したように目を丸くして
――輝きは、いつだって手の平から通り抜けて
未だ届かない

そうね
そう簡単に届いてしまったらきっとこの足は歩みを止めてしまう
その足はどこに向けばいいのでしょうね
その行き先が分からないから、今は

今だけは、ただ輝きを追い求めていたいの



●かがやき
 夜空を映す湖へひとたび脚を浸したなら、ひんやりとした冷たさが伝わって来る。戦いの余韻を纏う身に、其の感触は心地好くて。琴平・琴子は、ほぅと小さく息を吐いた。
 絶え間なく視界を通り抜けて往くのは、誰かが世界に溢した感情のかたち。音符のように愛らしいかたちもあれば、星のように煌めくものもある。人の数だけ煌めく其れは、月灯に煌めく水面に映ればより一層、輝いて見えた。
 ちゃぷり。
 鼓膜を揺らす水音になにごとかと視線を降ろせば、使い魔の猫「市」が水面に映ったそれを触ろうとして、水を懸命に掻いて居る。
「駄目ですよ、市」
 お前にそれは掴めませんよ、と少女は慌てて猫を抱きかかえる。肝心の市といえば、不満げな貌で飼い主を見上げるばかり。溜息を吐いた琴子は掌で器を作り、水面をそうっと掬い上げて見せる。さらさらと、彩のない水はゆびの隙間を擦り抜け、湖へと零れ落ちて往くばかり。勿論、何も掬えていない。
 其の様を見届けた猫はようやく納得した様で、ふいとそっぽを向いた。一方の琴子は、水が擦り抜けた掌を、静かに見下ろして居る。
 そう、幾ら手を伸ばそうと。煌めきはゆびとゆびの合間を容易く擦り抜けて、未だ、触れることすら能わない。
 けれど、其れで良い。
 簡単に手が届けば、此の脚はきっと歩みを止めて仕舞う。立ち止まることは少女にとって、何よりも嫌なことだ。
 然し、同時に微かな不安に襲われるのも事実。どんな困難が往く手を阻もうと歩みを止めず、前へ進み続ける勇気があることは、琴子の美点であった。けれども、我武者羅に進むだけでは、目指す場所に辿り着けないことも知って居る。
 一体、此れから何処に向かえば良いのだろう。そして、何時に成ったら、あの輝きに手が届くのだろう。其れは未だ、分からないけれど。

 ――今だけは、ただ輝きを追い求めていたいの。

 少女は世界に溢れた“かたち”へと手を伸ばす。いつか、「輝き」に触れられることを希いながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜

湖に脚をちゃぷん、と浸しながら
使い魔の白猫を膝に乗せ
ぼんやりと想いが形となって彩る世界を眺め

想いの形は千差万別で
その彩もみんな違うんだね、とてもキレイ
ノエルもそう思うでしょう?
こうした想いの具現化って好きだもんね

きらきらしていて眩いぐらい
ほら、ノエル見て。あっちは花の形をしてる
向こうのはー……鳥かな?
誰かを想う花、大切な人の傍に飛んでいきたい鳥
どれもぎゅーって想いが詰まってるんだね
わたしの想いも負けないぐらい輝いているのかな

粉雪のように天色の灯が降り注ぐ
それを包み込んで胸に抱けばじんわり温かく感じられて

ふふ、なんか励ましてくれてるみたい
早く逢いたいなぁ
離れていても戀慕う、わたしだけのひとに



●きみ想う
 ちゃぷん――。
 冷たい水面に脚を浸せば、ささやかな水飛沫が舞い上がる。月に照らされ煌めく其れに双眸を弛ませながら、荻原・志桜は使い魔の白猫「ノエル」を膝に抱きあげた。柔らかな温もりを感じながら、翠の眸で茫と眺めるのは想いが“かたち”を得る世界。
 ふわふわと視界を通り過ぎて往く其のかたちは、千差万別。花弁だったり、星だったり、或いはシャボン玉だったりと、見ていて飽きない。
「みんな違うんだね、とてもキレイ」
 ノエルもそう思うでしょう、と膝に乗せた使い魔に語り掛ける。白猫もまた、同意するかの如く「にゃあ」と緩い鳴聲を返すのだった。
「こうした想いの具現化って、好きだもんね」
 ひとつとして同じ彩のない其れらは、月灯にきらきらと煌いていて、いっそ眩い程。猫の背を撫ぜながら、少女はきょろきょろと視線を巡らせる。
「ほら、見て」
 白いゆびさきで、ふと指し示すのは、ふわりと夜に漂う鮮やかな花。あれは、どんな感情がかたちを得たものなのだろうか。もしかしたら、誰かを想う気持ちが、花として咲き誇ったのかも。嗚呼、斯うして思いを馳せるのも、なんだか楽しい。
「向こうのはー……鳥かな?」
 更に遠く、空に近い場所を跳ぶ感情の“かたち”を見上げれば、少女の双眸は自然に細く成る。あれは、大切な人の傍に飛んでいきたい気持ちが、かたちを得たものだろうか。そう想うと、こころが温かくなった。
「どれもぎゅーって想いが詰まってるんだね」
 ふふ、と頬を弛ませながら、そんな呟きを少女は溢す。自分が裡に抱く彼への想いもまた、あの“かたち”に負けない位に輝いているのだろうか。
 そんなことを考えれば、ふわり。まるで粉雪のように、天彩の灯が彼女の頭上へと優しく降り注ぐ。掌で柔らかな其れを受け止めて、胸に抱けば、何故だろう。じんわりと、温もりが感じられた。
「なんか、励ましてくれてるみたい」
 いつでも、彼女のこころの中には天彩の輝きがある。その輝きが褪せぬ限り、志桜は独りではないのだ。
 あの眸に似た彩を包み込んだだけで、こんなにも“こころ”が晴れ渡るなんて。戀する想いはまるで、魔法みたい。
「――早く、逢いたいなぁ」
 もう少しだけ世界に満ちる彩を眺めたら、ノエルと共に帰るとしよう。どんなに離れて居ても戀慕う、“わたしだけ”のひとの許へ。
 話したいことも、受け止めて欲しい想いも、山ほどあるのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
◎【彼岸花】

湖畔に腰を下ろしカフカの翼をもふる
ぬくくて手触りの良いものは少し落ち着く
黙って考え事

喪失に堪えられないなら他者を巻き込まず自分が死ねば早い
どう考えたってその方が合理的だ

……でも、それを、この子が?
この子は神だ
そもそも死なない
私とは違う不変の生命だ
なら、あれは成立しない話だ
そもそも私はもう死んでいる

……ねぇ、カフカ
君、死なないじゃないですか
私はこれでも、もう死者ですよ
それに君には想い続ける姫君が居るでしょう?
なのに、……どうして?

(大切)
(分からない)
(分からない、……でも)

…………、……私も、君のことは、
……大切、なんだと、……思います

どうか薄っぺらく響かなければ良い
無意識に願った


神狩・カフカ
◎【彼岸花】

擽ったいがされるがまま
珍しく色々と考えてるみてェだし
口を開くまで見守る

考えてることなんざ聴かなくてもわかる
こいつは感情のことになると
途端に子どもみてェになっちまうからなァ
いつもと立場が逆転したみてェだ

やっぱりそのことか
ま、お前さんの仰る通りサ
おれァ死なねェし大切な姫さんもいる
けどな
感情つーのは
なんでも言葉で説明できるもンじゃねェのサ
おれがあいつらの立場だったら
同じことしちまうかもって
…そう思っちまったンだから仕方ねェだろ

それだけお前さんのことが大切だってことだよ
こっ恥ずかしいこと言わすなよ…

(お前は死んでも帰ってきてくれたけど
そうじゃなかったら
おれァ今頃どうなってたかわかンねェよ)



●ことば
 静まり返った湖畔に腰を降ろし、戦闘の余韻に浸るのは神狩・カフカと葬・祝のふたり。祝のほうは、カフカの腰から生えた柔らかな赫き翼に戯れていた。もふりとした其の感触は、白い掌を温かく迎えてくれる。お蔭でほんの僅か、こころも落ち着くようで。酒妖の青年は口を鎖した侭、物想いに耽るのだった。
 カフカとしては、そうも触れられると擽ったいのだけれど、今だけはされるが侭。珍しく考え事をしているらしい祝を、静かに見守って居る。彼が何を考えているかなど、聴かなくても分かって居た。
 ――こいつは感情のことになると、途端に子どもみてェになっちまうからなァ。
 其れこそまるで、欲しい玩具を与えられなかった子供のように。
 普段なら年長の彼の掌上で転がされて居る様なカフカだが、今日ばかりはいつもと立場が逆転したように想えた。

 ――喪失に堪えられないなら、他者を巻き込まず自分が死ねば早い。

 その方が合理的であると、祝はそう思って居る。
 実際、己は磯女にそう吐き棄てたのだ。当のカフカに阻まれはしたけれど。
 ――……それを、この子が?
 祝はちらり、傍らに沿うカフカの横貌を盗み見る。
 この子は、神だ。だから、死なない。妖怪である己とは違う、不変の生命である。ならばこそ、其れは成立しない話だ。
 そもそもとして、悪霊である祝は疾うに、死んでいる。
「……ねぇ、カフカ」
 漸く唇を開いた酒妖の貌を、赫き神が静かに見つめ返す。此方のことばを待って居るのだろうか。彼が自ら口を開くことは無かった。
「君、死なないじゃないですか」
 観念したように、そう告げる。だからといって、彼のことばを欺瞞と責める心算も無い。ただ、疑問だけが裡に渦巻き、胸の奥を重くするのだ。
「私はこれでも、もう死者ですよ」
「やっぱり、そのことか」
 はあ、とカフカは溜息ひとつ。彼の反応が如何なる意図によるか分からずに、祝は更に問いを重ねて往く。どうして、と。
「君には想い続ける姫君だって居るでしょう?」
「ま、お前さんの仰る通りサ」
 今度はカフカが、観念したように頸を振る番だった。揺れる赫い髪は、月よりも明々と夜に映えて、うつくしい。
「おれァ死なねェし、大切な姫さんもいる。けどな、」
 其れが叶わぬことだろうと、現実にはあり得ぬことだろうと。零したことばは嘘ではない。ことばに溢した想いこそ、本物なのだから。それに。
「感情つーのは、なんでも言葉で説明できるもンじゃねェのサ」
 だからこそ、女妖たちが抱いた希いは、世界にこんな夢を映した。ことばでは表し切れない思いが、ひとには余りにも多いから。
「おれがあいつらの立場だったら同じことしちまうかもって、……そう思っちまったンだから仕方ねェだろ」
 酒妖から視線を逸らしながら、カフカがぶっきらぼうに零したのは、嘗ての別れを想いだしたから。祝は、いのちを喪っても帰って来てくれた。
 けれど、もし、そうでは無かったら。
 今頃自分は、どうなっていたか分からない。それこそ禁忌のことばを吐いて、無意識に世界を滅びに導いていたかも知れない。あの磯女と、骸魂のように。
「それだけお前さんのことが大切だってことだよ」
 こっ恥ずかしいこと言わすなよ、なんて神が頭を掻く傍ら。祝は茫と彼のことばを、脳内で反芻していた。
 己のことを大切という、彼の気持ちは分からない。けれど、もしも彼が世界を巻き込んで後追いをしようとしたら、己は恐らく「死ね」とは言えまい。
「――……私も」
 ぽつり。
 酒妖が溢したことばが、静寂を切り裂いた。カフカは視線を彼に戻し、続く科白を靜に待つ。
「君のことは、大切、なんだと、……思います」
 どうか、このことばが、薄っぺらく響かぬようにと。
 酒妖は無意識の内に、そう希っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鹿忍・由紀

ハルカ(f14669)と

そういえば、ハルカも二人でひとつだったね
水面に映った姿を見て
血液型でも思い出したみたいに
大した事じゃない様子で語る

なりたくてそうなったわけじゃなさそうだけど
死ぬ時は寂しくないから良かったね
先刻の事を揶揄するように
冗談も皮肉めいて

上手くいけば便利な残機だ
俺は死ぬならひとりが良いな
寂しいかなんて
聞く相手間違えてるんじゃない

輝いては崩れ落ちる星々を
眺めるのにもとうに飽き
話半分、欠伸を噛み殺す

この前言ってた買い物、いつ行く?
なんて、終わった仕事への興味は失せた
周りのかたちなど目もくれず
不確かな日常へ戻るよう

煌めくこともなければ
崩れ行くこともない星が
紛れていたことにも気付かずに


遙々・ハルカ

よしのりサン(f05760)と

あ?
ア~そういやそうだわ
片割れをどうでもいい存在と言わんばかり
腰を下ろして拾った小石を投げ入れれば壊れる鏡像
弱い波紋が月まで届く

どうせならホントに二人ともヤっときゃ良かったな
明るい声と散らばる細かな星
オレは死ぬとき『アイツ』が身代りになんねーか試すけどね
なったら一回分得すんだけどなァ~
二本の指を立てながら

ひとりで死ぬのって寂しーと思う?
欠伸する横顔を映す眸
三日月めいた両目
どうせ皆ひとりなのにさ

徐に立ち上がって歩き出す
オレの授業少ない日に行こ
何曜かな~
あの教授が休みの日は確か…

必要なのは先の予定
拘泥すべき過去はない
湖畔の暗い緑の合間
落っこちた仄かな感情を置き去りに



●そして日常へ
 月に照らされ煌めく湖を、湖畔に座り込んだ鹿忍・由紀が、何とはなしに覗き込む。傍らの遙々・ハルカも彼に倣えば、水面に鏡映しの彼等がもう一組。
「そういえば、ハルカも二人でひとつだったね」
「あ?」
 まるで血液型でも思い出したみたいに、気安い調子でそう語り掛ける由紀。ハルカはそんな彼の科白に、虚を突かれたような貌をした。
「ア~、そういやそうだわ」
 されど、其れは一瞬のこと。他人の誕生日を忘れて居た時と同じ反応を溢した彼は、如何にもどうでも良さそうに言葉を返して湖畔へと腰を降ろす。傍らに落ちていた小石を流れる様な動作で拾えば、水面へと投げ入れた。
 すると鏡像は忽ち壊れ、じわり拡がる弱い波紋は軈て、月まで至る。
「死ぬ時は寂しくないから良かったね」
 ハルカが望んでそうなった訳では無いことは、何となく察していたけれど。先刻の科白を揶揄するように、由紀は皮肉めいた冗談を紡ぐ。なんのことはない、ただの意趣返しである。
「どうせなら、ホントに二人ともヤっときゃ良かったな」
 しかし、ハルカは何処吹く風。もしかしたら、その科白は彼のなけなしの優しさや慈悲から零れたのかも知れなかった。明るい聲と共に世界へ散らばるのは、彩のない細かな星屑たち。
「オレは死ぬとき『アイツ』が身代りになんねーか試すけどね」
 なったら一回分得すんだけどなァ~、なんて。冗談か本気か分からぬことを言いながら、ハルカは二本の指を立てて見せる。
「上手くいけば便利な残機だ」
 由紀もまるで、他人事のように言う。脳内では「俺は死ぬならひとりが良いな」なんて、ことばとは裏腹なことを考えながら。
「ひとりで死ぬのって寂しーと思う?」
「聞く相手間違えてるんじゃない」
 自分から振った話題であるというのに、青年は既に話半分。
 けれど、其れは視界の端で輝いては崩れ落ちて往く、星々の所為に他ならない。ずっと映り込む其れには、飽き飽きしているのだ。
「――どうせ皆、ひとりなのにさ」
 欠伸を噛み殺す由紀の横貌を映す眸が、つぅと三日月を描いた。相手が話を聴いて居ようが、どうだろうが、別に気にも留めない。其れが、ふたりの距離感。
「この前言ってた買い物、いつ行く?」
「オレの授業少ない日に行こ、何曜かな~」
 あの教授が休みの日は確か――なんて。次の予定を立て始めるふたりは疾うに、終わった仕事のことなど忘れている。
 何方ともなく徐に立ち上がれば、世界に煌めく感情の“かたち”にすら眼もくれず、ふたりは帰路に向けて歩き出した。彩のない不確かな日常へ戻るように。
 彼等に必要なのは先の予定であり、拘泥すべき過去など無い。故に後ろを振り返ることも無く、ただ自分たちの世界へと戻って往く。
 ぽとり。
 湖畔に茂る昏い緑、其の合間に落っこちたのは、彩の無い星の欠片。其れは紛れも無く、ふたりから零れた感情のかたち。
 煌めくこともなければ、崩れ行くこともない其れは、湖畔に置き去りにされた侭。温かな月の灯を吸い込んで、僅かな煌めきを放っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】◎

水面にうつる月
キラキラしてる
触れたいと手を伸ばす気持ちが良く分かる

!うん、うん
呼ぶパパのお隣に座るわ

裸足になって足先を水に浸す
冷たい!冷たいけれど……ふふふ、えいっ
ぎゅうっとパパの手をつないで
手と心がポカポカ温かいから大丈夫
とても気持ちいいね

足を動かせばパシャりと水音
なんて穏やかで安らぐんだろう
そうね、幾度もいっしょに戦ったりした
だってパパ、ご自身の事を顧みないんだもの
娘はとなりに居ないと心配です

――ウソよ
いえ、ウソじゃないけど
ルーシーが傍に居たいだけ

でも、うん
ルーシーもいっしょに、ゆっくり過ごす時間がだいすき
このままゆっくりと

わたしの周りにキラキラ星が舞う
今がとても幸せ、だからかな


朧・ユェー
【月光】◎

湖の上に映る月
ゆらゆら揺れてとても美しい
鏡の様に映る月も綺麗ですねぇ

水辺に座り
ルーシーちゃんもおいで

冷たいでしょうか?
裸足になってそっと触れる
ひんやりとでも心地良い
ふふっ冷たくて気持ちいいですね
ルーシーちゃんは大丈夫ですか?
確かに握る手はあたたかい
それなら良かった

穏やかな時間
ルーシーちゃんと出逢って一緒に闘う事も多くなりましたね。

おや、心配させてしまってすみません
えぇ、ありがとう。優しい子

こうやってゆったりと過ごす時間も大事ですね
ゆっくりとこのまま。
キラキラと輝く子はとても可愛いらしい



●しあわせは煌めいて
 月灯に照らされて煌めく湖は、空に浮かぶ月を鏡像の如く映し出していた。水面に浮かんでなお煌めく其の彩に、ルーシー・ブルーベルの眸は釘付けに成る。まるで誘うように、ゆらゆらと揺れる様はうつくしく、触れたいと手を伸ばすひとの気持ちが、良く分かった。
「ルーシーちゃん、おいで」
「! うん、うん」
 水辺に腰を降ろした朧・ユェーの聲にはっとした少女は、招かれる侭パパと慕う彼の隣に腰を降ろす。エナメルの靴を脱いで、裸足に成って爪先を水に浸したなら。
 ――冷たい!
 ひゃっと、思わずルーシーは脚を引っ込める。其れを見たユェーもまた、彼女に倣って同じく履物を脱ぎ始めた。
「冷たいでしょうか?」
 裸足になった爪先で、水面にそうっと触れる。忽ち、ひんやりとした感触が伝わって来て、なんだか心地良い。
「ふふっ、気持ちいいですね」
 頬を穏やかに弛ませたのち、青年は傍らの少女へと気遣うような視線を向けた。自分は平気だけれど、彼女が風邪でも引いて仕舞うと大変だ。
「ルーシーちゃんは、大丈夫ですか?」
「冷たいけれど……えいっ」
 徐に青年へと手を伸ばした少女は、ぎゅうっと、彼のゆびさきを絡めとる。固く手を繋いだら、すっかり冷たさも吹き飛ぶ心地。
「手と心がポカポカ温かいから、大丈夫」
「……良かった」
 微笑む彼女に安堵の吐息を溢して、ユェーもまた手を握り返す。ゆびさきから伝わる温もりは、確かにこの躰を温めてくれるようだった。
「ふふふ、とても気持ちいいね」
 少女が無邪気に足を跳ねさせれば、ぱしゃり、軽やかな水音が響き渡る。嗚呼、なんて穏やかで、こころ安らぐひと時だろう。
「ルーシーちゃんと出逢って、一緒に闘う事も多くなりましたね」
「だってパパ、ご自身の事を顧みないんだもの」
 となりに居ないと心配です、と頬を膨らませる少女。ユェーは眉を下げながら、そんな彼女の頭へぽふりと空いた方の掌を乗せた。
「心配させてしまってすみません」
「――ウソよ」
 髪を撫でる掌の心地好さに双眸を弛ませながら、少女はぽつりと呟きを溢す。心配して居るのは、本当だけれど。それよりも。
「ルーシーが傍に居たいだけ」
「ありがとう、優しい子」
 慈しむような眼差しを少女に注いだ青年は、優しく彼女の金絲をゆびさきで梳いてやる。穏やかに流れるひと時もまた、心地好いものである。
「こうやってゆったりと過ごす時間も、大事ですね」
「ルーシーも、パパといっしょに、ゆっくり過ごす時間がだいすき」
 うん、と肯いた少女の周囲で、きらきらと星が舞った。碧彩の眸に其れを映した彼女は、こころの裡から零れた“かたち”の鮮やかさに双眸を弛ませる。
 ――今がとても幸せ、だからかな。
 そう想えることが嬉しくて、ルーシーは再びゆびさきに力を籠める。頭上から穏やかに降り注ぐのは、ユェーの優しい聲。
「可愛らしいですね」
「うんっ」
 少女が笑みを咲かせれば、再びきらきらと世界に星が零れ落ちた。其れは月灯よりも明るく、ふたりの影を照らしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

白寂・魅蓮
【紫雨】
すっかり静まり返った湖畔で、レインさんと二人きり
彼女に言われるままに湖に足をつけてみれば、ほんの少し冷たさが身に染みる

ふと彼女の昔語りに耳をすませば、粉雪が舞い散る
そうか。君はずっと冬に捕らわれて…だからこそ春に恋焦がれたのか
まさか君の口から夢の話が聞けるとはね

確かにあの旅館は居心地が良い
けど僕もいつかはあの春を離れないといけない、そう思う事はある
そうじゃなきゃ、僕も長生きって夢は叶えられない
春は旅立ちの季節、とも言うから

もしまた旅に出ると言ったら、君はあの旅館を離れて着いてくるかい?
参考までに聞いたまでだよ
ただレインになら…隣で傘を差すのも悪くないとほんの少しだけ思っただけさ


氷雫森・レイン
【紫雨】
「水、綺麗よ。足を浸けてみたら?」

「…話してなかったなって。私の事」
ふわりと周りに粉雪が舞う
「物心ついたら常冬の国の石塔で妖精を研究する人間達に囲われてた」
「親も知らない。捨て子なのかとかも何も。名前も誕生日も言われたものをそうと呑んだだけ」
幽閉され、本の山があって尚死ぬ程退屈で
粉雪の無機質な白は当時の私の心そのもの
今に至る迄の話は…もういいかしら
「私は今の旅館の女将のものよ。でも…諦められないの。導くべき、ちゃんと私が力になれる人を得る夢を」
雪はやがて貴方と共有する多くの時間にもあった雨模様に
「…私に付き纏う雨の由縁も」
フェアリーらしく生きればそこでだけ親と繋がれる
「!魅蓮、貴方…」



●雪融けの雨
 戦闘の余韻は疾うに失せ、湖畔はすっかり静まり返って居る。寝待ち月の下でいま、白寂・魅蓮(蓮華・f00605)と氷雫森・レイン(雨垂れ雫の氷王冠・f10073)は、ふたりきり。
「水、綺麗よ。足を浸けてみたら?」
 ――ちゃぷん。
 己の肩上で翅を揺らす彼女に言われる侭、少年は湖に足を浸してみる。爪先から伝わって来るほんの少し冷たさが、自棄に身に染みた。
「……話してなかったなって、私の事」
 エルフの少女が花唇を震わせた刹那、世界にふわり、粉雪が舞い落ちる。少年の紫の眸は、自然と空を見上げていた。
「物心ついた時には常冬の国の石塔に居て、妖精を研究する人間達に囲われてた」
 そんな彼を眺めながら、レインは静かに身の上を語り始める。
「親も知らない、捨て子なのかどうかも」
「……そうか」
「名前も誕生日も、言われたものをそうと呑んだだけ」
 冷たい石の塔に幽閉されて過ごす日々は、本の山に囲まれて尚、死ぬほど退屈であった。眼前にちらつく粉雪の、いっそ無機質な程に白い彩は、当時のレインのこころの“かたち”そのものだ。
「だからこそ、君は春に恋焦がれたのか」
 彼女の聲に耳を澄ました魅蓮は、舞い散る粉雪から傍らの少女へと視線を移した。ゆえにこそ、春の彩に溢れた旅館はきっと、彼女にとって居心地が良いのだろう。
「今に至る迄の話は……もういいかしら」
 頷く少年の姿を双眸に映したレインは、ぽつり、ぽつり。雨が地面を濡らすように、こころの裡を溢し始める。
「私は今の旅館の女将のものよ、でも……諦められないの」
 ちゃんと私が力になれる、導くべき人を得る夢を――。
 ぽつ、ぽつ。
 世界へ柔らかに降る雪は軈て、雨と成る。彼と過ごした多くの時間にも降り注いで居た、あの雨に。
「……私に付き纏う雨の由縁も、そう」
 己のルーツとして分かって居るのは、ただひとつ。其れは、雨妖精の血筋であることだけ。フェアリーらしく生きることが出来たなら、きっと親とも繋がれる。
「まさか、君の口から夢の話が聞けるとはね」
 頬を塗らす絲雨を見上げながら、魅蓮は静かに口を開く。ふわりとした銀絲の髪からは、ぽたりぽたり、雫が滴り始めていた。
「確かにあの旅館は居心地が良い」
 脳裏に過るのは、絢爛の春に溢れたうつくしい旅館の佇まい。常春の彩は離れ難い程に温かく、其処に集う人々との交流も、賑やかで楽しいものだ。
「けど、僕もいつかはあの春を離れないといけない」
 少年は物思いに耽るように、静かに双眸を鎖す。春は旅立ちの季節とは、よく言ったものだ。櫻が艶やかに散るほどに、焦燥が胸をちりりと焦がすのだから。
「そうじゃなきゃ、長生きって夢は叶えられない」
 ひとのかたちを得た此の身は、病に侵されて居るのだ。だから、幾ら居心地が良かろうと。何時までも一所に、立ち止まっては居られない。
「もしまた旅に出ると言ったら、君はあの旅館を離れて、着いてくるかい?」
「!」
 意外な科白に、少女は大きく眸を瞠った。参考までに聞いたまでだよ、と微笑む彼の眸は、穏やかに彼女の貌を見つめて居る。
「レインになら――隣で傘を差すのも悪くないと、ほんの少しだけ思っただけさ」
「魅蓮、貴方……」
 果たして、彼女が如何なる返事を溢したのか。
 其れは、ふたりの頭上に優しく降り注ぐ、絲雨だけが知って居る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英


ナツ。楽しかったかい?
依然として、私の泥濘のような感情が形を成している。

こんなにも美しい景色なのに、私の感情が主張をする。
泥々とした沼よりも深く、そして身に纏わりついて離れないそれ。

走り疲れた仔猫は私の懐で眠っている。

嗚呼。ジャック。こんにちは。
このような綺麗な場所で君に会えるとはね。

此方には駄菓子もタバコも無い。
ある物と言えば、この泥々の感情だけ。
泉の美しさにも負けないだろう?
まさしく、以前話した絵画にも成り得る光景だと思ったよ。

美しい景色に、皮肉のように泥に塗れた塊。

それに題を付けるのであれば何と付ける?
私はそうだね――…。

「夜明け」



●其の表題は
 夜の帳に煌めく寝待ち月は、きらきらと世界を優しく照らしていた。
 うつくしい彩と“かたち”を得て、ふわふわと揺蕩う誰かの感情は、湖畔をより幻想的なものとしていた。それらとすれ違う度に吐息を溢すのは、榎本・英である。
「ナツ、楽しかったかい?」
 懐に抱くちいさな温もりに、英はそうっと聲を掛ける。崩れ往く階段を共に駆け上がった仔猫は、すっかり疲れて仕舞ったらしい。彼の着物に包まれて、すやすやと眠っている。青年の唇から、再び僅かな息が漏れた。
 あの人魚と向き合った時から、ずっとこうだ。依然として、こころに抱いた泥濘のような感情が世界に顕現し、其の“かたち”を成している。
 こんなにも、眼前に広がる景色はうつくしい。
 なのに、裡に抱いた此の「感情」が、主張を続けて已まないのだ。泥々とした沼よりも深い“其れ”は、其の身に纏わりつき決して離れることは無い。
「……嗚呼」
 青年の唇が、漸く音を発する。見慣れた鐵の男の姿を、湖畔に捉えたからだ。水面に影を落とす彼の背に向けて、英は事も無さげに聲を掛けた。
「ジャック、こんにちは」
「ああ、英――」
 振り返ったジャックは、其処で沈黙した。口よりも双眸は雄弁で、金の光がちかちかと明滅を繰り返して居る。
「このような綺麗な場所で、君に会えるとはね」
「確かに、謂われてみると意外だな」
 男の反応を気にも留めず、英がゆるりと雑談を続けるものだから。ジャックも彼が纏う其れには言及せず、気安い調子で相槌を打った。
「此方には駄菓子もタバコも無いからね」
 血のように深い紅が、世界をぐるりと眺め遣る。幻想的な光景のなか、紫煙はひと筋も見当たらず。ある物と言えば精々、この泥々の感情だけ。
「泉の美しさにも、負けないだろう?」
 泥の隙間から覗く眸が、にっこりと微笑んだ。一方の鐵の男は、其の姿をまじまじと見つめて居る。
「……それが、あんたのカタチなのか」
「まさしく、以前話した絵画にも成り得る光景だと思ったよ」
 女神でも舞い降りそうな美しい景色のなか、皮肉のように泥に塗れた塊が居る。其れはいつか美術館で視た、あのシュルレアリストの作品に通じる所があった。
「俺は、結構好きだな」
 脳裏で其の記憶を再生したジャックは、真面目な聲彩でそう肯定した。そっちの方が芸術的だ、なんて笑う男に肯いて、青年は問いを重ねて往く。
「題を付けるのであれば、何と付ける?」
「俺だったら……『ヒトのこころ』だろうか」
 眼前に広がる此の光景は正しくそうだから、と語る男に「成る程」と英は相槌を打つ。当たり前だが、彼と自分の芸術観は異なるらしい。深い紅の眸が、夜空をゆるりと仰いだ。
「私は、そうだね――……」

 『夜明け』

「そう、付けるよ」
 いつか観た絵画と同じ表題に、ジャックは感嘆めいたノイズを溢し、英に倣って空を仰ぐ。視界の端に映る青年の表情は、泥のようなかたちに覆われていて、終ぞ見えなかった。
 裡に抱いた泥の如き想いが果して、如何なる名前の感情であったのか。其の答えを知るのは、他ならぬ英のみ。寝待ち月はスポットライトのように、眼下に広がるシュルレアリスムめいた光景を、淡々と照らしていた。
 まるで此の身が、芸術そのものに成ったような心地である。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ

ふたりの彩を連れてベルと一緒に
ふわりと飛んで鏡映しのお月様に手を伸ばす
両手で掬った水も何だかきらきらしているように見えて
まるでお月様を拾ったよう

ジャックを見つけたらベルとご挨拶
あなたの心はこの世界でどんな形を描くのかしら
格好良い?…それとも可愛い?
どんな形でもきっと、とっても素敵であたたかなものに違いないわ

あたしはね、想いが目に見える必要はないと思っていたの
というより見えるかどうか考えたこともなくて
だからみんなの想いが形になって
こうして世界に溢れているのはとっても不思議ね
こんなにも綺麗な世界を見せてくれたあの子が
幸せに出逢えますようにって
願わずにはいられないの
綺麗事かもしれなくても、それでも



●彼方のきみに幸福を
 夜空を飛ぶ妖精、キトリ・フローエは、煌めく星と蒼い花弁を引き連れて。精霊の「ベル」と共に、ひらひらと、夜空を飛んで行く。ふわり、翅を揺らす彼女が辿り着いた先は、鏡映しの月の真上。水面に揺らめく其れは、本物の月灯を浴びていて。更にうつくしく煌めいているようだった。
 少女は惹かれる侭に、両の手を水面へ伸ばす。ちゃぷん、と水飛沫が跳ねると同時、水面に波紋が拡がって往く。次いで、ひんやりとした冷たさが、ゆびさきから伝わって来た。両手を器のようにして水を掬えば、何だか其れは、きらきらと煌めいているように見えて――。
「まるで、お月様を拾ったみたい」
 ふふりと頬を弛ませながら微笑む彼女の傍らで、ベルも優しく肯いた。煌めく水を湖に返しながら、キトリは頸を左右に巡らせる。
 ふと視界に入ったのは、湖畔に佇む鐵の男の姿。何となく翅を震わせた少女は、ベルを伴い、彼の許へと飛んで行く。蒼い花弁と、星を纏いながら。

「こんばんは、ジャック」
 マスクに覆われた貌の前、ふわりと舞い降りるフェアリーの姿に、ジャックは双眸を瞬かせた。 
「キトリか、それに……」
「こっちはベル、あたしの友達よ」
 男の視線が精霊に注がれていることに気付いた少女は、連れ添う精霊を彼へと紹介する。そうか、と肯いた男は帽子の鍔に手を掛けて、紳士ぶった挨拶を返す。
「ハジメマシテ、ベル」
 そんな彼にふふりと微笑んだキトリは、碧い眸でそわそわと男の姿を仰いだ。其の愛らしいかんばせには、好奇の彩が滲んで居る。
「あなたの心は、この世界でどんな形を描くのかしら」
「俺のはな――」
 ジャックが答えるよりも先に、きらきらと、鐵の周囲に透明硝子の欠片が煌めいた。聊か愛らしい其の“かたち”に、男は分かりづらく視線を彷徨わせる。
「こんな感じだ。当機からこんなのが出るなんて、可笑しいだろうか」
「いいえ。とっても素敵で、あたたかいわ」
 クリスタルのような煌めきを前にした少女は、男の問いにゆるりと頸を振って、優しい笑みを咲かせて見せた。
「あたしはね、想いが目に見える必要はないと思っていたの」
「そう、なのか」
「……というより、見えるかどうかなんて、考えたこともなくて」
 アゲハの如き翅をぱたぱたと動かしながら、キトリは再び、世界に満ちた彩を見回した。星だったり、泡沫だったり、花弁だったりする其れは、どれも伸び伸びと、世界を游ぎ回って居る。
「だから、不思議な気分ね」
 此処に居るみんなの想いが“かたち”を得て、斯うして夜に溢れて往くなんて。まるで、絵本の一幕のよう。
「あまり、落ち着かないか」
 気遣うようなジャックの問いに、キトリはふるりと頸を振って見せる。想像もして居なかった光景だけれど。実際に目にしてみると、こころは毬のように弾んだ。
「綺麗で素敵だと思うわ」
 だからね、と。密やかに言葉を重ねた少女は、憂う様に長い睫を伏せた。脳裏に過るのは、水のなかへ帰って行った磯女の後ろ姿。
「願わずには、いられないの」
 煌めく水面に、揺れる月。其れを掬った時のときめきは、幻想に溢れた此の空間だからこそ、得られたもの。故に、キトリは想うのだ。
「こんなにも綺麗な世界を見せてくれたあの子が、幸せに出逢えますようにって」
 きれいごとかもしれなくても、なんて。そう紡ぎかけた言の葉は、左右に揺れる男のゆびさきが、穏やかに遮った。ひとの幸せを祈る其のこころは、尊いものだから。
「あんたの優しい希い、きっと届くさ」
「……うん、届きますように」
 少女は祈りを捧げるように、そうっと双眸を瞼に鎖す。
 彼女の想いに応えるかの如く、夜空に星が煌めいて。金彩の軌跡を描きながら、其れは湖のなかへと流れて往った。
 彼女の希いは、女妖のこころを癒すだろう。いまは難しくとも、いつか、きっと――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フィロメラ・アーティア

ここでは想いが
カタチになるらしいですね
どんなものが見られるのでしょう、
楽しみですね

空に輝く月の光に
透き通った水面に
キレイ、ステキと感嘆を抱けば
小さな青い花が零れ落ちました
フィロメラは此の花と縁があるようですね
湖畔を歩いているうちに
花束がつくれてしまいそうです
それはそれで素敵なことかもしれませんね

立ち止まり、月を見上げれば
その様は何かを待っているようで
……嗚呼、もういちど出逢えたならば
足元に溢れた月の滴は、
泪であったのかもしれません

花に水を与えるように
枯れてしまう前に、
アナタと出逢えますように



●再会に思いを馳せて
 寝待ち月が揺れる湖畔に舞い降りたオラトリオの少女、フィロメラ・アーティアは、世界に満ち溢れた様々な彩におっとりと双眸を弛ませた。
「ここでは想いが、カタチになるらしいですね」
 ならば、周囲に揺蕩う其れこそが、誰かの想いの“かたち”なのだろう。果たして、己から零れる其れは、どんなかたちをしているのだろうか。
「楽しみですね」
 ぽつり。
 そんな呟きを溢したフィロメラは、ゆるりと夜空を仰ぐ。闇彩の帳で揺れる月は、温かな光で世界を照らして居る。透き通った水面は其の灯を反射して、きらきらと煌めいていた。
 キレイ。ステキ。
 そんな感嘆をひとたび抱けば、少女の傍からひらり。ちいさな青い花が、あえかに零れ落ちる。
「……フィロメラは、此の花と縁があるようですね」
 宙に揺蕩う其れを掌に捕まえて、少女は未だ見ぬ世界へ一歩、脚を踏み出した。

 ひらり、ふわり。
 彼女が歩みを進める度に、様々な彩が視界に飛び込んで来る。そして其の度に、こころは素直に感嘆し、青い花が舞い散るのだ。
「花束がつくれてしまいそうです」
 湖畔に沿って歩いているだけなのに、結構な数が集まって仕舞った。ちょっとだけ、驚いて仕舞うけれど。
「それはそれで、素敵なことかもしれませんね」
 温かな眼差しを両手に抱えた花々に注ぎながら、フィロメラはそう零す。ふわり、鼻腔を擽る甘い香りが、何とも心地よい。
「――……」
 ふと、少女は脚を止めた。
 ゆるりと再び仰ぐのは、空に浮かぶお月さま。僅かに暗雲が掛かった其れは、まるで何かを待っているようで。“アナタ”を待つ、自分の姿と何処か重なった。
「……嗚呼」
 もういちど、出逢えたならば。
 そう想った刹那、ほろり。足元に月の滴が、溢れ落ちる。其れはもしかしたら、彼女の“泪”であったのかも知れなかった。
 花に水を与えるように。そして咲き誇る花がいつか、枯れて仕舞う前に。
 嗚呼、希わくば。
「アナタと、出逢えますように――」
 世界に零れ落ちた聲は、僅かに震えて居た。
 ひらり、はらり。少女の頭上に青い花弁が、雨の如く降り注ぐ。まるで、寂しい其のこころを慰めるように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

狹山・由岐


欠けた月が水面に揺る
滸に游ぐ灯りが眩くて
つうと眸が眇まる

自身の周りは凪ぐ心の儘
淡い恋に染る沫も
愛欲に塗れた泡も
深い宵闇に仕舞い込んで蓋をする
唯一大切な者に触れる指先は
まっさらで在りたいと

あぁ、そういえば
彼女の想いはどんな容だろう
輝き、燦き、希望に溢れた
それはとても美しいものかな
子供みたいに飛んではしゃいで
見て見てって咲う愛しい姿が
閉じた目蓋の裏に映る

己が裡は秘めながら
君の心を覗きたいだなんて
酷く浅はかな僕だけれど
きっと柔く受け入れてしまうんだ

濁る青が見渡す此の世界に
君が居る筈もないのに

――会いたい。

不意に溢れた言の葉が
知らず形を成しては消えた



●寂しい夜に君想う
 静まり返った湖畔からは、疾うに戦闘の余韻など喪せて居る。宵彩に染まった帳の下には、水面をきらきらと煌めかせる、うつくしい湖が広がって居た。
 欠けた月が、ゆらゆらと水面に揺れている。自身の一部を失くしているというのに、いたく楽し気に――。
 ふわり。
 畔に游ぐ灯たちは、誰かが溢したこころの“かたち”だろう。其の眩さに、狹山・由岐の眸は、つぅと眇められた。
 そんな彼の周りは、凪ぐ心の儘で。なにひとつ、揺蕩わない。淡い戀に染る沫も、愛欲に塗れた泡も。宵闇のなか、深く、深く仕舞い込んで、開かぬように蓋をする。
 唯一大切な者に触れる此のゆびさきは、まっさらで在りたいから。
「あぁ、そういえば――」
 茫と世界を照らす彩を眺めていた青年はふと、想いだしたような呟きを溢した。どろりと滾る己の感情ばかりに気が向いて居て、今まで思いつかなかったけれど。
 ――彼女の想いは、どんな容だろう。
 脳裏に想い描くのは、誰よりも清らかな其の姿。
 熟考しなくても分かる。愛おしい彼女のことだ。きっと、抱く感情の“かたち”すら、とてもうつくしいのだろう。其れは、宝石みたいに輝いていて、星のような燦きを放ち、希望に溢れた彩をして居るに違いない。
 蒼い双眸を瞼を鎖せばより一層鮮明に、“君"の姿が浮かんでくる。
 子供みたいに飛んで、燥いでは波打つ栗色の髪を揺らし。赫い唇を弛ませながら「見て見て」と花のように咲む、愛おしい其の姿が。
 ――己が裡は秘めながら、君の心を覗きたいだなんて……。
 嗚呼、なんと浅はかなのだろうか。けれど、彼女はきっとそんな己のことを、柔く受け入れて仕舞うのだ。
 その優しいこころを、清らかな魂を、穢す訳にはいかないから。こころの裡でどろりと滾る情念を由岐は懸命に抑えつけ、綱渡りをする心地で平静を保っている。
 されど、禁じれば禁じる程、情熱は胸の奥で燃え上がるもの。
 嗚呼、慾に濁る蒼い眸が見渡す此の幽世に、君が居る筈も無いのに。そんなことは、分かって居るのに。

「――会いたい」

 ぽつり。
 抑えきれぬ想いはことばとして、世界にちいさく零れ落ちた。其処に滲んで居る感情は、ただ“君"のことを戀慕う純粋な気持ち。
 其れは、一等うつくしいシャボン玉のような“かたち”を得て、ふわりと空に舞い上がったけれど、伏せられた彼の眸に終ぞ映ることは無く。月へ届く前に、ぱちん、とあえかに弾けて消えた。
 寂しい夜に、君への想いは募るばかり――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶】◎
湖に足をちゃぷんと浸けてのんびり過ごす
隣に腰掛ける梓の肩に自分の頭を預け
気持ち良さそうにすいすい泳ぐ焔と零を
微笑ましく眺めているだけの穏やかな時間も悪くないけど
ちょっとお腹が空いてきたのもあって
こんなことを考えちゃう

こんなに綺麗なまんまるのお月様を見ているとさ
お団子とか、大福とか、どら焼きとか、パンケーキとか
食べたくなってくるよね~
あ~誰か作ってくれないかな~(チラッチラッ
作ってください神様梓様ー

やったぁ、楽しみにしているね
俺の感情を表したかのように
小さな花たちがふわふわひらひらと現れ舞い落ちる

その後、色違いの花が梓の周りにも
降ってきたような気がした


乱獅子・梓
【不死蝶】◎
綾の隣に腰掛け、自分も湖に足を浸ける
こいつらなら少しくらい泳がせても大丈夫だろうか
仔竜の焔と零をそっと湖に放つ
あんまりバシャバシャと泳いじゃ駄目だぞ

花より団子ならぬ、月より団子ってやつかお前…
しかも俺に作らせる気満々か
わざとらしい視線送ってないで
「作ってください梓様」とか言ってみろ
…そんな素直に言われると逆に
なんだかこそばゆいんだが…!

ったく、分かった分かった
今度の休みに作ってやる
そう言うと、綾の周りにひらひらと花が落ちてきて
心から喜んでくれているんだなというのが
伝わって少し照れくさくなった
感情が形になる世界なんて息苦しいと思っていたが
今は、こういうのも悪くないな



●月には甘味を
 ちゃぷん。
 きらきらと水面を煌めかせる湖に、脚を浸したなら。拡がる波紋がゆらゆらと、浮かぶ月を揺らめかせた。
 灰神楽・綾と乱獅子・梓は隣同士、ひんやりとした心地よさに暫し身を委ねている。彼らの傍らでは、子どもの焔竜と氷竜が興味津々に水面を覗き込んで居る。
「……こいつらなら、少しくらい泳がせても大丈夫だろうか」
「そうだね、少し遊んでおいでよ」
 にこやかに頷く綾に背中を押され、そうっと仔竜たちを湖に放てば、彼等は嬉しそうに湖を游ぎ始めた。
「あんまりバシャバシャと泳いじゃ駄目だぞ」
 そう聲を掛ける梓は、まさに保護者のよう。彼の肩にこてんと頭を預けながら、綾は微笑まし気な眼差しを焔と零に注ぐ。すいすいと游ぐ彼らの姿は、とても心地よさそうで。なんだか、和んだ気持ちに成って仕舞う。斯うして、穏やかな時間を過ごすのも悪く無い、けれど。ほんの僅かな空腹感が、綾の思考を明後日の方へと誘って行く。例えば、こんな風に――。
「こんなに綺麗なまんまるのお月様を見ているとさ」
「ん?」
「お団子とか、大福とか、どら焼きとか、パンケーキとか、食べたくなってくるよね~」
 徐に口を開いたかと想えば、そんな感想を漏らす相棒。風情のない、されど彼らしい其の科白に、梓はやれやれと頸を振った。
「花より団子ならぬ、月より団子ってやつかお前……」
「あ~、誰か作ってくれないかな~」
「しかも俺に作らせる気満々か」
 ちらちら、と甘える様な視線を向けられたなら、口から思わず溜息が漏れる。全く、困ったものだ。梓は大仰に腕を組み、綾をじとりと眺め遣った。
「わざとらしい視線送ってないで『作ってください梓様』とか言ってみろ」
「作ってください、神様梓様ー」
「そんな素直に言われると逆に、なんだかこそばゆいんだが……!」
 少しは逡巡するかと思ったものの、逆にノリノリでお願いしてくる綾。逆にそう云わせた梓の方が、照れて仕舞う始末である。
「――ったく、分かった分かった」
 今度の休みに作ってやる、なんて。観念したように首を振れば、いつもにこやかな相棒の貌に、更に喜彩が滲むよう。
「やったぁ、楽しみにしているね」
 綾が満開の笑みを咲かせた刹那。まるで彼が抱いた感情を表すように、ふわふわ、ひらり。赫い彩に染まった小さな花たちが、ゆっくりと世界に舞い降りて来た。
 嗚呼、きっと綾は心から喜んでくれているのだ。視覚を通じて、言葉よりも雄弁に伝わって来る彼の喜びに、梓は少し照れ臭い気持ちに成る。
 ――感情が形になる世界なんて、息苦しいと思っていたが。
 実際に眸にしてみると、相手の想いがよく伝わって来て、此方の感情まで揺さぶられて仕舞う。喜びが、新たな喜びを生み出すように。
「今は、こういうのも悪くないな」
 そう独り言ちた梓の周囲にも、ふわり。ほんの僅か、白い花弁が舞い降りたような気がして。其れを横目に眺めた綾は、益々笑みを深めるのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄花狼


ヴォルフと二人、湖の畔に座り
月に照らされた水面を眺める
傍らでは色とりどりの花が咲き、散ってはまた咲いて
終わりなき命の輪舞曲を奏でる

形あるものは皆いつか壊れる
それが闇に覆われた故郷の常だった
だから「形無き歌」に願いを託し
人々の想いを風化させぬよう受け継いで

いつの日かわたくしたちにも『終わりの日』が来るかもしれない
喪うことは辛く寂しいことだけれど
それでも、二人が生きて、愛して、紡いだ日々を
決して無駄にはしないように精いっぱい生きてゆけたら

いつしか二人を包むように
蔓を伸ばし絡みつく忍冬(スイカズラ)
その花の言葉は「愛の絆」

元の日常に戻っても
結んだ絆は決して解けない
もう少し、こうしていて


ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼


月明かりに照らされ咲き行く花の眺め
清廉な水面は、その命を潤すようだ
散りゆく命、生まれ来る命、沢山の思い出
喜びも悲しみも、皆お前と分け合ってきたかけがえのない日々だ

あの時俺が感じた「喪失への恐れ」をヘルガもまた感じていた
救世を願う優しき歌は
残酷な現実に抗う彼女なりの覚悟の形なのだと

ふと甘い香りを感じれば
二人を慈しみ包むように絡みつくスイカズラ
纏われるままに、結ばれるままに
ヘルガの細い躰を抱きしめて

決して忘れない
お前の温もり、お前の鼓動、お前の優しさ
お前と共に結んだ絆を

いつかこの身が朽ち果て土に還る日が訪れても
俺はお前の為に、お前の愛した世界の為に
大地に根差し、想いの花を咲かせ続けよう



●愛の絆
 戦いの余韻が去った湖畔には、ただ静けさだけが満ち溢れている。
 ヘルガ・リープフラウと、ヴォルフガング・エアレーザーの夫婦ふたりは、仲睦まじく並んで畔に腰を降ろし、月灯にきらきらと煌めく水面を眺めていた。
 彼らの傍らでは、彩り豊かな四季の花が咲き誇り。はらりと散っては、また咲いて。終わりなき命の輪舞曲を、絶え間なく奏で続けている。清廉に煌めく水面もまるで、巡り続ける命を潤すよう。
 ヴォルフガングは、ふたり歩んで来た路を感慨深く振り返る。沢山の想い出のなか、散りゆく命があれば、生まれ来る命もあった。
 形あるものは皆、いつか壊れる。
 それが、闇に覆われたヘルガの故郷の常。だから彼女は「形無き歌」に願いを託し、人々の想いを風化させぬよう受け継いで来たのだ。
 救世を願う優しき歌聲は、残酷な現実に抗わんとする彼女の覚悟の形であることを、ヴォルフガングはよく知って居る。
「喜びも悲しみも、皆お前と分け合ってきた――かけがえのない日々だ」
 ゆえにこそ『喪失への恐れ』は、ヴォルフガングとヘルガのこころから、消えることは無い。
「いつの日か、わたくしたちにも『終わりの日』が来るかもしれない」
 愛するひとを喪うことは、辛く寂しいこと。それでも、ふたりが共に生きて、愛しあい、大切に紡いだ日々を無駄にしないよう、精いっぱい生きて往きたい。
 そうすれば最期の時も、少ない後悔で逝けるだろうから――。

 ふと、ふたりの周囲に甘い馨が立ち込める。
 いつの間にか、咲き誇っていた雪白の花弁を揺らす忍冬が蔦を伸ばして、ふたりを優しく包み込んでいた。
 其の愛らしき花が象徴するのは、愛の絆。
 纏われる侭、結ばれる侭、ヴォルフガングは妻のあえかな躰を抱き締める。ヘルガもまた、彼の背中へぎゅっと腕を回し、甘く囁く。
「もう少し、こうしていて」
 温かな抱擁を交わしながら、ふたりはこころに誓うのだ。
 決して、このひと時を忘れないと。
 互いの温もりを、重なる鼓動を、そして、優しさを――。
 喩え、想いが眸に映らぬ元の日常に戻ったとしても。ふたりが結んだ絆は、決して解けることなど無いだろう。
「俺は、お前の為に。お前の愛した、世界の為に」
 彼女の白い髪を撫でながら、ヴォルフガングは静かにことばを重ねて往く。聲彩に確かな決意を滲ませて。
「大地に根差し、想いの花を咲かせ続けよう」

 土に還り、世界に廻る、其の日まで――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
f09129/ユルグさん


ぱしゃり
水鏡に照る月を砕いて揺らして

生まれた飛沫は
雨滴めいた波紋を描き
また湖に還る

水と戯れながら
何気なく問うのは
呟きのこと

どうして
「きれいごとが嫌い」になったの?

好きも嫌いもいずれ
心を震わす何かがあればこそ抱く想いなのだろうから

ほら
今宵は珍しく酒が無い
酔わずに尋ねる機会もそう無いでしょう?

なんて
流した眼差しに乗せる笑みは
冗談めかしているけれど

指先で遊ぶ水面に弾ける雫は、ありのまま
月影色の飛沫のまま
何の幻も偽りもない、想いのかたち

歩んだ日々が知りたいのだと
真摯な問い

ね、聞かせてくださいますか

あなたの身の裡にはいつも
雨が降っているのかしら
寂しいけれど
耀う帳はひそりと美しい


ユルグ・オルド
f01786/綾と


世界の終わる様はみたかったかも
崩れた月が戻るのを眺めつつ
瓦礫の破片拾って水面に走らせる
跳ねて、跳ねて

はん?
珍しいことを尋ねるもんだと振り返って
やァね酔っていたって聞けるだろ
同じ色で笑って返せたかしら

見えたままのがわかりやすいでしょ
なンてそれも嘘ではないけれど
柄に手をかけて吐くのは貝の息
触れた色彩が嘘でないと知っているから
繕う言葉でないなんて知っているから

揺らいで顕れさえしない影は
綾のみたいにやさしくてやわらかで残酷な
きれいごとを帯びていたのだと

模る景色は融けるように消えていく
しらしらと耀くように霧雨が降る
あんたに貰った紙の傘は懐に、
そっと布越しに触れただろうか



●雨模様
 ぱしゃり――。
 都槻・綾がゆるりと伸ばしたゆびさきが、煌めく水鏡に映る月を砕いたなら。生まれた飛沫は雨滴の如き波紋を描き、また湖へ還って往く。
 崩れた月も、また同じ。忽ち、元のかたちを取り戻す。
「世界の終わる様は、みたかったかも」
 壊れてもなお、元に戻り行く月のかたちを眺めながら。ユルグ・オルドも足許に落ちていた瓦礫の破片を拾いあげ、水きりの如く湖へと投げ入れる。
 其れは飛魚のように、水面を何度も跳ねて、跳ねて。軈ては力尽きたのか、途中で靜に水底へと沈んで行った。
「どうして、」
 再びゆびさきを水面へ浸し鏡映しの月と戯れながら、綾がゆるりと口を開く。何気ない調子で問うてみるのは、先ほど彼が溢した呟きについて。
「『きれいごとが嫌い』になったの?」
 好きも嫌いも、凡そ熱量と云うものを持たぬ彼にとっては同じこと。其れはいずれも、こころを震わす何かがあればこそ、抱く想いに他ならぬから。
「――はん?」
 意外な問いかけに、ユルグは思わず彼の方を振り返る。他人の事情に踏み込んでこない青年にしては、珍しいことを尋ねるものだ。
「やァね、酔っていたって聞けるだろ」
 そう冗談めかす己の貌は、彼と同じ彩で笑って居ただろうか。いつも通り穏やかな微笑を咲かせる彼の表情からは、如何にも窺い知れぬ。
「ほら、今宵は珍しく酒が無い」
 翠の双眸を弛ませながら、綾はぐるりと世界を眺めまわす。此処に在るのは、何処までも続く湖と、誰かが溢した感情の“かたち”のみ。
「酔わずに尋ねる機会も、そう無いでしょう?」
 友に流し目ひとつ呉れながら、整った唇にも柔らかな笑みを滲ませる綾は、如何にも冗談めかしている様子。彼のゆびさきが遊ぶ水面に弾ける雫は、有りの侭。ただ月影彩の飛沫が、世界に舞い散るだけ。
 其れは何の幻も、偽りもない、想いのかたち。
「――ね、聞かせてくださいますか」
 ただ、彼が歩んできた日々を、知りたい。
 甘えるように重ねた聲は、何処か真摯な彩を滲ませ夜に響いた。
「見えたままのが、わかりやすいでしょ」
 努めて常の調子を装って、青年は綾の追及をひらりと躱す。強ち其の答えも、嘘ではないけれど。銀彩の柄に手をかけて、ほうと吐くのは貝の息。鎖した唇は、そう容易には開かない。
 触れた色彩は、嘘でないと知っているから。
 繕う言葉でないなんて、知っているから。
 揺らいで顕れさえしない其の影は、綾が先ほど零した言の葉のように。やさしくて、やわらかで、残酷な『きれいごと』を帯びていたのだと――。
 茫と、視界の端で模る景色は、夜へ融けるように消えていく。そうして入れ替わりに、しらしらと、耀くように霧雨が降る。
「あなたの身の裡にはいつも、雨が降っているのかしら」
 頬を濡らす其れを見上げる綾は、翠の双眸に絲雨降らせる帳を映す。此れが友のこころの“かたち”と云うのなら、確かに寂しいものだけれど。
 星と月に耀う帳は、静謐に降り注ぐ雨絲と相俟って、ひそりと美しい。
 ユルグは答えを返さぬ儘、自身の懐へ手を伸ばす。其処に有るのは、紙の傘。布越しにそっと、其れにゆびさきを重ねてみる。刹那、意地悪な雨雫がぽつり、彼の頬を濡らした。
 まるで、堪え切れずに溢れた、一滴の泪のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天音・亮
まどか(f18469)と


浸した脚がひんやりと
戦いで火照った熱を浚っていく
ぱちゃり、片脚跳ねさせながら独り言の様にぽつり紡ぐ

きれいごと、かぁ…

呆けていた顔上げ
きみの視線とぱちんとぶつかれば
ふふ、と微笑んで

いや、やっぱり世間一般から見ればさっき私が言った様な口上は
綺麗事って認識されるものなのかなーって
ちょっと思っただけ

人の心はそんな簡単に割り切れるものでも
理解しきれるものでも無い
でもね、やっぱり私はこの目で見て触れられないものがあったとしても
それをなかった事になんかしたくない
ヒーロー、天音亮として
これからもきれいごとを声高らかに歌い続けるよ

…ね、まどか
帰ったら、聴いてほしい話があるんだ


旭・まどか
あきら(f26138)と


湖の畔に座し
息遣いさえ聞こえない程静かな世界はまるであの日のリフレイン
水音だけが此処に在るかの様

向けた視線の先
小さく言つ声と君の姿を見留め
ゆるやかな笑みに傾ぐ

どうだろうね
そう思う人もいるだろうし
そう思わない人もいるだろう

それこそあの「きれいごと」に救われた、
と取る人もいるかもしれない

言葉の裏にある感情は解らないから
ただ向けられた言葉を信じるしかない
――それが優しい嘘だと知っていても、ね

決意と共に下されたお願に応じるは承の言と頷きひとつ
それが何だとか、いつが良いだとか
そういう余計な言葉はいらない

不要を全て削ぎ落して
必要な言葉を伴って契った“いつか”が
もうすぐ、訪れるから



●信じること
 隣人の息遣いさえ聞こえぬ程、静寂に包まれた世界はまるで、あの日のリフレインのようで。湖の畔に座す少年、旭・まどかは服の袖を、無意識に握り締めた。
 ぱちゃり、ぱちゃん。
 そう響き渡る水音だけが、ただ此処に在るかのよう。されど、彼の隣には今、天音・亮の姿が在った。戦いで火照った熱を冷やすかのように、すらりと伸びた脚を湖に浸す彼女は、ぱちゃり。交互に片脚を跳ねさせながら、こころ此処に在らずと云った様子。

「きれいごと、かぁ……」

 ぽつり、世界に零れ落ちた呟きを耳に捉え、少年は娘へと視線を向けた。眼差しに気付いた亮は、ふふ、と明るい微笑を溢す。まどかは何も言わず、彼女の表情に緩く頸を傾けた。
「さっき私が言った様な口上は、綺麗事って認識されるものなのかなーって」
 ちょっと、思っただけ。そう眉を下げながら重ねられたことばに、少年は「嗚呼」と納得した様子。彼女は他人と分かり合うことを、決して諦めぬ娘なのだ。
「――どうだろうね」
 まどかは薔薇彩の眸を伏せ、思案する素振りを見せた。干渉を嫌う彼には、自分の気持ちしか分からない。他人がどう思うかなんて、凡そ関係の無いことだ。
「そう思う人もいるだろうし、そう思わない人もいるだろう」
 遠慮のない少年は、淡々と事実を紡いで往く。受け止め方は人それぞれ、誰かを救うことばが、他の誰かの救いに成るとは限らない。其々、歩んできた背景が異なるのだから。
 けれど、その逆も然り。
「あの『きれいごと』に救われた、と取る人もいるかもしれない」
 誰かを救えなかったことばが、他の誰かを救うことも、きっと有る筈だ。そして其れは、或る意味では受け取り手の問題である。
 言葉の裏にある感情は、誰にもわからない。
 故にこそ、ただ向けられた言葉を信じるしかない。
「それが、優しい嘘だと知っていても、ね」
 決めるのは、凡て「自分」だ。
 淡々としながらも、娘に導くようなことばを掛けて遣る少年は、矢張り優しいのだろう。亮だって、ひとのこころは、そう簡単に割り切れるものでは無いと知って居る。ましてや、完璧に理解しきることなんて……。
「でも、やっぱり私は――」
 此の眼で見ることも出来ず、ゆびさきで触れることすら能わぬものでも。其の存在を“なかった”ことになんか、絶対にしたくない。
「ヒーロー『天音亮』として、これからも『きれいごと』を歌い続けるよ」
 聲高らかに世界へ其れを響き渡らせたなら。きっと誰かひとりくらいは、救える気がするから。
 一方の少年は何も言わず、彼女が語る決意のことばへ耳を傾けていた。亮が自分で決めた道のりだ。自分には何も、言うべき事など無い。

「……ね、まどか」

 不意に、亮の視線が少年のかんばせに集中する。
 揺れる彼女の眸には、決意にも似た彩が滲んで居た。まどかは薔薇彩の眸で、彼女の虹彩に映る己の姿を静かに射抜く。
「帰ったら、聴いてほしい話があるんだ」
「……良いよ」
 少年はただ、頷きひとつ返すのみ。
 それが何だとか、何時が良いだとか。そういった余計なことばなんて、ふたりの間にはきっと要らない。不要なものを総て削ぎ落したなら、自ずと伝えるべきことは見えて来る。そうして、必要な言葉を伴って契った“いつか”が。

 もうすぐ、ふたりの許へ訪れる――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
綾華さん/f01194◎

見上げれば映る満天
そしてあなたの言葉
いつかの空を思い出す
随分と揶揄われたことを思い出して
自然、表情はむすり歪む

あの日
降り行く星に願いを託していれば
何かが変わっていたのだろうか
そんな世迷言を心に抱きそうになる

変わらないんだ
俺が星に願う事がこの先も無い事も
あの子がもう…居ない事も

炎が身を撫で前へと
…ああ、そうだ
例え辛い事実が変わらなくとも
この縁が俺を前へと進めてくれる
追いかける背が、あるから

綾華さんの、ですか?
…それは御免被ります
心労ばかり増えそう

返す言葉に反し尚
心の容たる影猫はあなたの足元
座して見上げる
あなたを
そして空を

──俺は好きじゃ、ありません

返すのは変わらぬ憎まれ口


浮世・綾華
黒羽/f10471◎

黒羽
ほら、空が近い
見上げずとも視界に広がる満天を緋で示す

星、見てるとあの日を思い出すよ
何時だか分かる?と笑み
歪む表情にはくつくつと

あの日の空の下
黒羽は星には願わないと言っていた
託せないと

今日のお前の強さが意味しているもの
分からないけれど、何となくだけ、分かる

乗り越えた何かが、あるのだろう
あの時とは違う。けれど
あの時と同じ、生意気で懐かない――可愛い猫だ

揺蕩う炎のひかりが
お前を導くように、護るように注ぐ
ひとつの真実は、お前を大切に想うこと

お前がうちの猫なら
一生甘やかしてやるのに
何でだよ
優しいよ、俺は

冗談のようで
本気のようで
返る言葉にまた笑った

俺、お前を揶揄うの、だぁいすき



●戯れあい
 夜の湖畔には、すっかり静寂が戻って居た。
 寝待ち月が揺れる空の下、浮世・綾華はにこやかに、少年の名を紡いだ。
「――黒羽」
 ほら、空が近い。
 そう語る青年は、満天の空を緋彩の眸で示す。見上げずとも、視界には金彩の煌めきが広がって居るというのに。
「星、見てるとあの日を思い出すよ」
 彼のことばに釣られて空を仰ぐ華折・黒羽に、「何時だか分かる」なんて悪戯に笑む綾華。其れは、いつかの空によく似ていた。あの日、自分は随分と揶揄われたのだ。それを想いだすや否や、少年の頰は自然とむすり、膨らんだ。
 そんな微笑ましい姿を見降ろして、青年はくつくつと笑聲を溢す。あの日、空の下で、此の少年は“星には希わない”と、そう言っていた。
 今の彼も、星には何も託さないのだろうか。

 ――……変わらないんだ。

 満天の空を前にするとつい、少年は世迷言をこころに抱きそうに成る。降り行く星に希いを託していれば、何かが変わっていたのかと。
 けれど、起きて仕舞った現実は覆せない。掌に温もりを呉れたあの子は、もう居ないのだ。だから、自分が星になにか希うことも、きっと無い。
 黒羽はぎゅっと、柔らかな掌を握り締める。
 あえかに、けれども真直ぐに佇む少年。其の姿を見つめる綾華の眼差しは、とても優しい。いま此処に居る黒羽の強さ。其れが意味する所は、分からないけれど。
 ――何となくだけ、分かる。
 尤も詳しい事情は、よく知らない。けれども、乗り越えた何かがあるのだと、確り伸ばされた少年の背筋が、そう告げている。
 あの時の黒羽と今の黒羽は、もう違う。でも、
 ――あの時と同じ、生意気で懐かない、可愛い『猫』だ。
 くす、と穏やかに微笑みを溢せば、暝闇に茫と焔が浮かび上がる。揺蕩う其の緋いひかりは、まるで導くように、護るように、少年へと注がれて行く。
 綾華が抱く、たったひとつの真実は、『黒羽』を大切に想うこと。
 ――……ああ、そうだ。
 優しくて温かい焔に身を撫でられ、少年は一歩前へと踏み出した。喩え、此の辛い現実が変わらなくとも。結んだ此の縁が、背中を前へと押してくれる。
 なにより、追いかけるべき背があるから。
「お前がうちの猫なら、一生甘やかしてやるのに」
「……それは御免被ります」
 気楽な調子で紡がれた戯れに、心労ばかり増えそうと少年はジト目を返す。されど青年は何処か嬉し気に、彼のことばに反論するのだ。
「何でだよ。優しいよ、俺は」
 相変わらず不機嫌な表情を返しながら、黒羽は青年の脚許をこそり盗み見る。少年のこころの“かたち”である影猫は、まるで寛ぐように綾華の脚許に座していた。塗潰された貌が見上げるのは、青年の姿。そして、何処までも広がる空。
「俺、お前を揶揄うの、だぁいすき」
 にっこりとした笑顔と共に、悪戯に紡がれるのはそんな科白。其れに何処か心地よさを感じながら、少年はいつものように憎まれ口を返す。

「――俺は好きじゃ、ありません」

 其のことばが、冗談のようにも、本気のようにも響いたから。
 綾華はまたしても、くつくつ、喉を鳴らして笑うのだった。足許に僅か、柔らかな温もりを感じながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ

師父(f00123)と

空と水面に双子月
揺れる片割れには手が届きそうで
師父、あの風の魔法を編んではくれぬか

師の手を取り
一歩、二歩、岸に近い水面を歩む
…つめたいな
進んだ分だけ遠ざかる水面の月
そう分かってはいたのだが

――師父
遥か空の月を目に独白めいて師へと問う

あの人魚と違い
望まぬ他者を、己がものとして
それを悔いているとしたら
…どう生きれば、いいだろうか

平静装うも我ながら情けない、力ない声
弾けた小さな星光も己の影に沈んでゆく

灯る答えと光は目映く
しるべと共にあれば
届かぬ月までも歩めるだろうか
…そうか
ありがとう

ところで…師父こそ
たまには昔話をしてくれてもよいのだぞ
なにせ、いつも俺ばかり恥を忍んで居る故な


アルバ・アルフライラ

ジジ(f00995)と
空の海、湖畔に浮かぶ月影
ぼんやりそれ等を見詰めていると――如何した、ジジ?
突然の申し出に瞠目しつつ
意図を察すれば自ずと緩む頬
…相分かった
宝石を触媒とし、風の魔術を足に纏わせ
転ばぬよう、緩慢に湖面を歩む
顔に出さずとも弟子の感情は分り易い
項垂れる尻尾に肩を竦め
沈みゆく星煌を拾い上げる様に屈む

そうさな…悔いているとするならば
悔いた儘で構わん
生き続けよ――それが其奴に出来る唯一の償いだ
暗がりで震える子を照らすべく
想いを一層煌く星へと姿を変えて
…何、礼なぞ不要だ

…そんなに、昔の私が気になるか?
全く、師の面子を保たせても良かろうに
羞恥はどの様な“かたち”を見せるか
ふふん、楽しみよな



●月を乞うて
 夜の帳に覆われた空と、きらきら煌めく水面には、一部が欠けた双子月。
 水面に揺らめく片割れには、ともすれば手が届きそうで。
「――師父」
 ジャハル・アルムリフは不意に、己の傍らで茫と湖を見つめていた、アルバ・アルフライラへと聲を掛ける。
「如何した、ジジ?」
「あの風の魔法を、編んではくれぬか」
 唐突に紡がれた申し出に、瞠目したのは一瞬のこと。彼の意図を察するのに、そう長い時間は掛からなかった。アルバのうつくしいかんばせが、自然と弛む。
「……相分かった」
 快い返事と共に寵愛の赫たる宝石へと魔力を注いだなら、風の魔術をあえかな脚に纏わせる。そうして転ばぬよう、慎重に足を一歩踏み出せば、水面にちいさな波紋が拡がって往く。ほう、とちいさく息を漏らしたアルバはふと後ろを振り返り、弟子へと手を差し伸べた。
「行くぞ、ジジ」
「嗚呼」
 ジャハルもまた、師の白い手を取って。一歩、二歩、水面へ靜に降り立った。刹那、彼の傍らで弾けるのは黄金に煌めく星のかたち。其の儘、ふたり繋いだ手は離さずに。岸辺に近い水面をゆるり、逍遥して行く。

「……つめたいな」
 煌めく湖上で、ジャハルは白い息を吐く。分かっていたことでは有るが、近付いた分だけ遠ざかって仕舞うのは、何処の月でも同じらしかった。
 水面に揺らめく黄金は、未だ遠い。手を伸ばせば、届きそうだったのに。
 不意に歩みを止めた青年は、水面から貌を背け空を仰ぐ。其処に揺れる月は、温かな彩で、世界を照らして呉れて居た。
「――師父」
 そう主を呼ぶ聲は、何処か独白めいた響き。
 脳裏に思い起こすのは、友を呑み込みオブリビオンと化した、金襴緞子の人魚のこと。少なくとも彼女は、同意の上で他者とひとつに成ったのだ。
 けれど。
「望まぬ他者を、己がものとして、それを悔いているとしたら」
 ぽつり、ぽつり。
 雨滴が水面へ波紋を広げるように、ジャハルはことばを重ねて往く。まるで、誰かに懺悔するように。

「……どう生きれば、いいだろうか」

 自分では、平静を装って居た心算だった。それでも、己が鼓膜を揺らしたのは、想像よりも力なき聲。嗚呼、我ながら情けない。尻尾はくてんと項垂れて、先程まであんなに元気よく弾けていた星光もまた、しおしおと、彼の影に沈んでゆく。
「そうさな……」
 そんな彼の姿に、肩を竦めて見せるアルバ。此の弟子は表情こそ変わらぬけれど、口ほどにものをいう尻尾を始め、何を考えているか分かり易い気性である。
 ジャハルの影に沈む星を拾い上げる様に屈みながら、アルバは静かに答えを紡ぐ。もしも、こころから悔いているならば。

「悔いた儘で構わん、生き続けよ」

 それが、其奴に出来る唯一の償いだと云い放ち、アルバは拾い上げた星を掌中に包み込む。暗がりで震える子を照らす為に。
 すると温かな想いを注がれた其れは、きらきらと眩い輝きを放つ綺羅星へと、忽ち其の姿を転じさせた。
「……そうか」
 師が紡いだ答えはまるで、暝闇を照らす灯のようであった。そして、彼の掌上で煌めく光は、迷い人を正しき路へと導く標星のよう。
 其の眩さに眸を眇めながらジャハルは想う。此のふたつの標と共に在れば、届かぬ月までも歩めるだろうか、と――。
「ありがとう」
「……何、礼なぞ不要だ」
 視線を交わし合うふたりの間に、穏やかな空気が流れる。何方ともなく再び足を踏み出せば、またしても月は逃げて往くけれど。もう、不安に惑うことは無い。
「ところで……」
 そうなると湧き上がるのは、ささやかな疑問。
 ジャハルは軽く頸を傾けながら、主へと視線を注いだ。何処までも、真直ぐに。
「師父こそ、たまには昔話をしてくれてもよいのだぞ」
「……そんなに、昔の私が気になるか?」
 一方のアルバは、何とも言えない貌で弟子を見つめ返して居る。
 歳若い姿をしているが、彼が歩んで来た時間は凡そ半世紀。若気の至りのひとつやふたつは、無いこともないのだ。
「いつも俺ばかり恥を忍んで居る故な」
「――全く」
 ふ、と口端を僅か弛ませる弟子に釣られて、アルバの頬も穏やかに弛む。「師の面子を保たせても良かろうに」なんて、紡ぐ文句すら何処か愉快気だ。
「ふふん、楽しみよな」
 なにせ此処は、こころが“かたち”を得る世界。
 果たして「羞恥」はどの様な“かたち”を見せてくれるのだろうか――。
 弾むこころを表すように、綺羅星がまたひとつ、ふたりの傍でぱちぱちと弾けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

君影・菫

シャト(f24181)を見つけて

ふと足運んでみたんやけど
シャトに会えるなんて
うれしいと零す音は素直
鮮やかはキミもやよ
うちの好きな色がほら湖面でも咲いとるもの

頷き隣に座って倣うように素足を水へ
時めき、ときめき
キミの綴は素敵やね
ひらりと紫の花びらに似た蝶のひとひらの名は識らぬまま
話してみたかったの、お揃いやねて

見えないもの
キミは信じたいん?
何でも文字に出来ても
文字に出来ん、したくない想いは無いんかな
小首傾げキミを稚拙ながらに手繰る、探す

うちはうち
簪も
今も
おんなじ
在り方が違うだけやよ

形はきっと些細
でもうちは言葉を交わせるほうが好きかなて

今確かなのはうちと話してるのは
他でもないシャトてこと
今が本物


シャト・フランチェスカ

菫(f14101)と

やあ
菫も来ていたの
水面に素足を浸けたまま振り返る
きみの彩は月影の下でも鮮やか

一緒にどう?と隣を示して
きらりと蒼い星屑めいた蝶が形を得れば
時めきとでも名前をつけようか
ふふ
一度のんびり話してみたかったの

想いが目に見える此処
段々怖くなってきたよ

元の世界の見えないものが
信じられなくなりそうで

物書きは好き勝手
文字にしてしまえるから

文字に、したくないこと?
考えたことがなかったかも

菫は
嘗てのきみと、今のきみ
「自分」ってなんだろうって
悩んだことはない?

僕は今もよく考える
僕は桜か、桜は僕か
そんなこと

そっか
うん、僕は確かに
今、きみの隣に在るんだね
本の中に菫は居ない
きみに逢えて嬉しい僕は
本物だ



●存在証明
 月灯に照らされた湖は、きらきらと煌めいて。まるで水底にももうひとつ、月が沈んでいるみたい。
 波紋と共に揺らめく寝待ち月を眺めながら、シャト・フランチェスカは茫と、水面に素足を浸して居た。
「――シャト?」
 ふと、背中越しに響いたのは、何処か聞き覚えの有る聲。上半身だけで振り向いた先には、君影・菫(ゆびさき・f14101)の姿があった。
「……やあ、菫も来ていたの」
「ふと足運んでみたんやけど、シャトに会えるなんて……」
 うれしい、と零す聲が素直な響をしていたから。シャトは頬を弛ませて、彼女の髪へと視線を注ぐ。其れは月夜にも映える、優し気な翠彩。
「きみの彩は、月影の下でも鮮やかだね」
「鮮やかは、キミもやよ」
 ほら、と菫は水面へ視線を落とす。其処には彼女の好きな色、薄紅櫻の彩が揺らめきながらも咲いていた。其のことばに益々頬を弛ませて、シャトは隣を指示す。
「一緒にどう?」
 紫の眸に喜色を煌めかせた菫は大きく肯いて、彼女の隣へ腰を降ろす。そうして倣うように、素足を水面へ浸してみた。ひんやりとした感触が爪先から伝わって来て、なんだか心地いい。
 きらり。
 ふと、ふたりの傍で煌めくのは、蒼い星屑めいた蝶。其れはきっと、彼女たちが感じた想いのかたち。
「この子には、時めきとでも名前をつけようか」
「時めき、ときめき――キミの綴は素敵やね」
 ひらり。
 自身の傍に舞う紫花の如き蝶を横目に、菫は感嘆の息を漏らす。此方の蝶が抱く名は、結局識らぬ儘に。
「ふふ、一度のんびり話してみたかったの」
「うちも、お揃いやね」
 ふたり穏やかにことばを交わし合えば、先ほどまで感じていた戦闘の余韻も、一気にシャトの中から喪せて行く。その代わりに込み上げてくるのは、不思議な感覚。
「想いが目に見える此処、段々怖くなってきたよ」
 元の世界では当たり前の『見えないもの』が、とうとう信じられなくなりそうで。其の不安を誤魔化すように、シャトは肩を竦めてみせる。
「見えないもの、キミは信じたいん?」
「物書きは好き勝手、文字にしてしまえるから」
 ゆびさきで、くるくるとペンを回す仕草をする娘を前に。菫はかくり、小首を傾けた。喩え、何でも文字に出来たとしても。
「文字に出来ん、したくない想いは無いんかな」
 シャトのこころの在処を探るように、拙いながらも問いを紡ぐ菫。一方のシャトは、双眸をぱちぱちと瞬かせている。
「――文字に、したくないこと?」
 文豪である彼女は、そんなこと、考えたこともなかった。果たして自覚したところで、文字にしないという行為が出来る否かは分からないけれど。自分とは異なる価値観を抱く彼女へ、シャトは何でもないように問い掛ける。
「菫は『自分』ってなんだろうって、悩んだことはない?」
 嘗ての菫は簪で、今の彼女はひとの肉体を得たヤドリガミ。彼女のなかには、双つの自分が存在して居るのだ。混乱したり、しないのだろうか。シャトなんて「転生」と云うひとつのプロセスを経験しているのに、未だ自分が分からない。
「僕は、今もよく考える」
 シャトは桜か、それとも桜がシャトなのか。其れは、正解の見当たらぬ問いである。されど菫は、顎に手を当てながら真剣に思案していた。友の疑問に答える為に。
「うちはうち、簪も、今もおんなじ。――ただ、在り方が違うだけやよ」
 そもそも、“かたち”というものは、きっと些細なことなのだ。
 ひとの肉体が無かった時から、菫の意識はずっと簪に宿って居た。それが、偶々ひとの肉体を得て、意識も其方へ引っ越して仕舞った。
 結局は、それだけのこと。けれども。
「うちは、言葉を交わせるほうが好きかなて」
 はにかむように微笑む菫を、シャトの眸がじぃと見つめて居た。其の真剣な眼差しに、ヤドリガミは優しく紫の双眸を弛ませる。彼女は彼女なりに、己の実存に不安を抱いて居るのだろう。
「今確かなのは、うちと話してるのは、他でもないシャトてこと」
 ゆえにこそ、いま眼の前にいる彼女が本物なのだと、菫は言外にそう紡ぐ。
「――そっか」
 ぱちゃん。
 彼女の答えを脳内で反芻しながら、シャトは脚を跳ね上げた。飛沫が宙に舞い、軈ては水面に波紋を咲かせていく。
「うん、僕は確かに今、きみの隣に在るんだね」
 そして、彼女が綴る本の中に、菫は居ない。何故なら、菫はいま、シャトの隣に居るのだから。確かなことは、ただ其れだけ。
「きみに逢えて嬉しい僕は、きっと本物だ」
 自身が何者なのかも、贋作たる自分の存在理由も、相変わらず分らないけれど。
 今はきっと、其れで良い。
 微笑み合う乙女たちの周囲を、紫と蒼の蝶がひらひらと飛び回っていた。星砂の如き鱗粉を、まるで祝福のように、世界へ散らしながら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ


ジャックちゃんに声掛けてイイかしら

情景に心浮き立たない訳がなく
くーちゃん達を自由に走らせ、月光色の輝き増した虹色を引き連れ歩く

行く先に見えたイケメンサンに月がキレイね、ナンて冗談じみた挨拶
もし見えたなら、ソレがアナタの「かたち」かしらと興味を隠しもせず覗きこんで

ねぇ、アナタはかたちのないモノが見れたらと、思う方?
アタシは結局自分の受け取り方次第じゃない、ナンて思ってたケド
それでも今日の「コレ」は楽しかったわ
だって悪い彩じゃあ、ねぇもの

……ソレに本来見えないモノを知るなら
単純に形を与えりゃイイってワケじゃあ、ねぇンじゃナイかしら、ナンてネ

ふふ、それに少し位秘密もなくっちゃ
人生楽しめないでしょ?



●人生のスパイスとは
 元来、キレイなものは好きなのだ。
 数多のきらめきに溢れた此の情景に、こころが浮き立たぬ訳もなく。コノハ・ライゼは、湖畔を独りゆるりと歩く。
 新たなこころの“かたち”とすれ違う度に、青年が引き連れる虹色は、月光の煌めきを増すばかり。おまけに彼の脚許では、影狐の「くーちゃん」たちが伸び伸びと駆けまわって居る。其の光景もまた微笑ましくて、青年の頰も自然と弛む。
「ジャックちゃん」
 ふと、湖の傍で佇む鐵の男を見つけて。コノハは背中越しに聲を掛ける。男は稼働音を響かせながら、ゆるりと後ろを振り向いた。
「コノハか」
「ふふ、月がキレイね」
 冗談じみた挨拶に、ジャックの眸がちかちかと明滅する。マスクの奥から、ふ、と笑うようなノイズが漏れた。
「……女子に言ったら喜ばれるだろうな」
 尤も、矢鱈めったらに使うものじゃないが。なんて続いたお小言は、聴き流して。コノハは男が纏う煌きへ、遠慮なく視線を向ける。其れは、硝子の欠片のようでもあり、透き通ったクリスタルのようでもあった。
「ソレがアナタの『かたち』かしら」
 青年の薄氷の眸には、隠せぬ興味の彩が滲んでいる。ジャックは「似合わないだろう」と気まずそうに視線を逸らしながらも、小さく首肯する。
「ふふ、キレイじゃない。……ねぇ、」
 青年の聲の調子がふと真剣に成ったから、鐵の男はゆっくりと彼の方へ視線を戻した。金の双眸と視線がかち合えば、青年は静かにひとつの問いを紡ぐ。
「アナタはかたちのないモノが見れたらと、思う方?」
「そうだな、キレイなカタチばかりなら良いが……」
 誰にだって見せたくない感情は有るだろう、なんて。肩を竦めてみせる男を見上げれば、コノハはくつりと楽し気な吐息を漏らした。
「アタシは結局、自分の受け取り方次第じゃない、ナンて思ってたケド――」
 薄氷の眸で見渡すのは、煌めく彩に溢れた世界。
 心地好さげに揺蕩う花や星や泡沫は、どれも誰かの大切な想いのかたち。其れはまるで、一日たりとも同じではない空模様とよく似ていたから。
「今日の『コレ』は、楽しかったわ」
 悪い彩じゃあ、ねぇもの――。
 青年が愛おしむように世界を見渡せば、彼が引き連れる虹彩が、再びきらきらと煌めきを放つ。ジャックは其の彩を、何処か眩しそうに見つめていた。
「……ソレに、本来見えないモノを知るなら。単純に『形』を与えりゃイイってワケじゃあ、ねぇンじゃナイかしら」
 ナンてネ、と。コノハはすっかり何時もの調子で、戯れるように片目を閉じて見せる。鐵の男もまた、納得した様に重たい頸を縦に動かし同意を示した。
「俺としては、言葉を重ねてこころを交わすことで、人の気持ちを知りたいな」
「ふふ、でも少し位秘密もなくっちゃ」

 ――人生、楽しめないでしょ?

 唇をゆびさきで封じながらそう笑う青年の背後で、数多の彩を纏った虹がきらきらと、うつくしく輝き出す。七つの彩は鮮やかに、寂しい夜を照らしていた。
 此の素敵な夜が、明けるまで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

唄夜舞・なつめ
【蛇十雉】

湖に足を浸して月を見上げた

にゃあご…♪だっけ?
ねこのお月見のときの
『月が綺麗』っていう時の鳴き声

…思い返せば
色んなことがあったなァ
猫になった後
本当のお前を知ったり
相棒になってすぐ
お前の手を傷つけて
誓って、約束して
互いの『ひかり』になった

いつだって
俺を照らしてくれるお前は
大切な存在だ
だから離れたくなくて
離したくなくて。

なのに
この動悸のような胸の苦しさは
何かわからなくて。
本当に大切に思っているのか
不安になる

本当の事なのにそう言われると何故か胸が痛んだ。悲しい感情に似ていた。

でも、それでも俺は
お前と隣同士で
立ち向かいたいと思うんだ

何かを怖がるように見えたときじ
お前は
俺の事どう思ってンだろな


宵雛花・十雉
【蛇十雉】◎

隣で足を浸して月を見上げる

はは、懐かしいね
うん、本当に色々あった
『ひかり』なんて大層なものになれた自信は今でも無いけど
そうだな、この空でいえばオレは向こうの星になりたい
月から離れたところにあるあの星
少しだけ大きくて丁度いい目印になりそうでしょう
目を離すと見失いそうになるくらいの…
それくらいでいいんだよ、オレは

ふぅん、胸が苦しいって
オレのこと好きなの?
…なんて、冗談だよ
ちゃんと分かってるから
なつめには再会を約束した大切な人がいるって
オレも応援してるし
手伝えることがあれば手伝うからね
だってオレたち相棒でしょ
どんな困難も乗り越えていける

この関係が変われば全て壊れてしまう
それが恐ろしいんだ



●ひめごと
 夜の静寂はすっかりと、戦闘の余韻を攫って仕舞った。湖に並んで脚を浸す唄夜舞・なつめと宵雛花・十雉のふたりは、その静けさを心地好く感じながら空を仰ぐ。夜の帳には寝待ち月がゆらゆらと煌めいていた。
「『にゃあご……♪』だっけ?」
「はは、懐かしいね」
 月を見ると想いだすのは、ねこの島でお月見をしたあの日のこと。『月が綺麗』と云おうとした時、代わりに確かそんな鳴き聲が零れたのだったか。あの時の可笑しさを想いだし、ふたりは貌を見合わせ笑い合う。
「……思い返せば、色んなことがあったなァ」
「うん、本当に色々あった」
 あの島で猫になった後、なつめは本当の十雉を知った。
 そうして、ふたりが相棒になって直ぐ、なつめは十雉の手を傷つけて。
 けれども誓いを交わし、約束して、ふたりは互いの『ひかり』になった。
「『ひかり』なんて、大層なものになれた自信は今でも無いけど――」
 十雉は口端に苦い笑みを浮かべながら、夜空に瞬く星を見上げる。自分は月や太陽なんて、きっと柄じゃないのだ。
「そうだな、この空でいえばオレは、向こうの星になりたい」
 軽い調子でそう紡ぐ十雉が指差すのは、月から離れた位置で煌めく、明るいオレンジ彩の星。
「少しだけ大きくて、丁度いい目印になりそうでしょう」
 相棒に向けてそう微笑む十雉は、疾うに気付いている。其の星は少しでも目を離すと直ぐに見失いそうになる程、ささやかな存在であることを。
「それくらいでいいんだよ、オレは」
「いつだって俺を照らしてくれるお前は、大切な存在だ」
 あんな星なんかじゃ足りないと、なつめは言外にそう告げる。だから、彼と離れたくはない。離したくなんて、ないのだ。
「なのに、この動悸のような胸の苦しさは、何かわからなくて――」
 如何してなのだろう。
 自分は本当に十雉を大切に思っているのかと、偶に不安になるのは。
「胸が苦しいって、オレのこと好きなの?」
 茶化すように微笑む十雉の眉は、ほんの僅か下がって居た。「冗談だよ」なんて重ねた言葉に、チクリと胸が痛む。
「――ちゃんと、分かってるから」
 なつめには、再会を約束した大切なひとが居るのだ。
 彼と大切なひとの再会を、邪魔してはいけない。
 やっと掴んだ『ひかり』の幸せを、奪うなんてことは、決して。
「オレも応援してるし、手伝えることがあれば手伝うからね」
 そう云って咲かせた笑みは、果たして上手く取り繕えていただろうか。
「ああ……」
 なつめは彼のことばに、寂し気に双眸を伏せる。
 彼のことばは、凡て事実だ。本来ならば、相棒に応援されることは嬉しい筈なのに。改めて口に出して言われると、何故だか胸の奥が痛んだ。此の感情は何処か「悲しみ」によく似ている。
 でも、それでも。
「……俺は、お前と隣同士で、立ち向かいたいと思うんだ」
「オレたち相棒でしょ、どんな困難も乗り越えていけるって」
 ふたり、秘めた想いに気付かぬ儘。交わすことばだけが、虚しく擦れ違う。本当は、こころの何処かで分かって居たのかも知れない。この関係が変われば、今まで築いてきたものが、全て壊れてしまうことを。
 それが、とても恐ろしくて。十雉は己の纏いを、ぎゅっと握り締めた。震えるゆびさきを、誤魔化すように。
 ――……お前は、俺の事どう思ってンだろな。
 何かを怖がるような相棒の横貌に、なつめは何も言えぬ儘。ふたりの間に、ぎこちない時間が流れて往く。
 光は直ぐ傍にあるのに、なぜか今は遠く――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


湖面の月に伸ばされる彼の手を絡めとる

綺麗事、か
私はきみが─(桜のように散ってしまいそうで怖い、なんて言葉は言霊になりそうで紡げない)
其れは約されない

櫻宵は綺麗だよ
呪蛇でも何でもいいんだ
私は、そのままの櫻宵がいい
全部を受け止め受け入れて愛する
私の路はきみと共に

そも櫻宵は堕ちてない
きみがいるところが天上だ

安心してサヨ
きみを離さない
私はサヨと生きる世界を選ぶ

愛をしらず
心を得なければ
離別の恐怖を孤独の意味をしらずにいられた

私に其れを咲かせた櫻は今も美しく咲う

百年後の月の美しさ─サヨ
きみと見る月ならば美しいに決まっている
共に観よう
百年後も千年後も

呪を祝に変えて
共に生きる明日を斬り拓いてみせるとも


誘名・櫻宵
🌸神櫻


湖面に映る月の面に、はらり桜を添えるのもいい
水面の月に伸ばした手を神に絡み取られ

カムイったら
大丈夫よ
何処にもいかない

カムイはほんに美しい神だ事
徳の高い穢れない清浄で無垢な心の
真っ直ぐできれいな神様

あなたに私は相応しくない
嘗てのあなたを堕した呪を抱く
巫女などと呼べぬ程に穢れた人喰い
…綺麗事よ、カムイ
私がその実、血に穢れた堕ちた呪蛇でも?
美しいあなたの権能だって穢す


救ってくれる
沈む私を掬って
私が世界に在る事を赦してくれる
愛しい神様

だから私はあなたといきたい

百年後に見る月も美しいのかしら
千年後なんて…欲張りね
私の神の願いは私が叶えなきゃね

綺麗事も悪くない
私の神様は
それだって真にしてくれる



●千年経てども
 はらり。
 寝待ち月が煌めく夜に、薄紅櫻が舞い落ちる。其れは水面に映る月の鏡像に寄り添って、湖にも春の彩を加えて行く。
 其のうつくしい光景に惹かれるかの如く、誘名・櫻宵は月へとそうっと手を伸ばす。されど、其のゆびさきは水に触れることは無く。朱赫七・カムイのゆびさきに、そうっと絡め取られて仕舞った。
「……カムイったら」
「私は、きみが――……」
 其の先は、謂えなかった。
 ゆびさきを囚われた麗人が、此方をじぃと眺めているというのに。なまじカムイは神であるものだから、「桜のように散ってしまいそうで怖い」なんて戯言すら、言霊を経て現実のものとなりそうで。そんなこと、約されないのに。
「大丈夫よ、何処にもいかない」
 繋いだゆびさきを、ぎゅっと握り締めたのは櫻宵のほう。赫い唇を優しく弛ませた彼は、まるで子供の様に怯える神の姿に、内心では抑えきれぬ高揚を覚えている。
 ――ほんに美しい神だこと……。
 カムイは如何な高僧よりも徳が高く、生まれてこの方穢れを知らぬ清浄な身の上だ。更に無垢なこころをした、真っ直ぐできれいな、櫻宵だけの神様である。
「あなたに、私は相応しくない」
 うつくしく着飾って居ても、此の身はカムイと違うのだ。過去となる前のカムイを堕した『呪』を抱く、『巫女』などと呼べぬ程に穢れた人喰い――。
 其れが、櫻宵の本質である。
「……綺麗事よ、カムイ」
 だから、私から早く手を引けと。櫻宵は儚げにそう微笑んで見せる。此の優しい神が、応と云わぬことなど承知の上で。警告をせねば、気が済まなかったのだ。
「櫻宵は、綺麗だよ」
「私がその実、血に穢れた堕ちた呪蛇でも?」
 こころの底では、薄々感じていた。裡に秘めた呪蛇はきっといつか、うつくしい此の神の権能すら穢して仕舞う。嗚呼、そうなる前に、終わりにしないと。
「私は、そのままの櫻宵がいい」
 けれども、カムイは彼が抱く呪を知った上で、頸を縦に振って見せる。呪蛇でも何でもいい。己は、此のうつくしき巫女を愛して居るのだ。
「私の路は、きみと共に――」
 全部を受け止める覚悟なら、疾うにできている。
 決意を溢す傍ら、神は結ぶゆびさきに、もう片方の手を重ねた。
「そも、櫻宵は堕ちてない」
 揺れる櫻宵の眸を見つめながら、カムイは言い聞かせるように言葉を重ねていく。此の巫女はどうして、そんなことを言うのだろうか。
 宵の櫻が咲くところこそ、天上であるというのに。
「安心して、サヨ」

 きみを、離さない――。

「私は、サヨと生きる世界を選ぶ」
 真直ぐに眸を射抜きながら紡がれた神の愛に、櫻宵のこころが揺れる。噫、彼は何処までも自分を救ってくれるのだ。泥の底へと沈みそうな此の身を、清らかな水上へと掬いあげてくれる。
 なにより、呪を抱いた此の「いのち」が、世界に在ることを赦してくれる。
 櫻宵の唇は自然と、愛しい神の名前を紡いで居た。震える聲で、きれいごとのなかに隠した本心を、曝け出す。

「私は、あなたといきたい」

 彼へと慈しむような眼差しを注ぐ神は、ゆっくりと肯いた。
 厄災の侭、愛を識らず、心を得なければ。きっと、離別の恐怖も、孤独の意味すらも、識らずに居られただろう。けれども今は、そんな感情すら愛おしい。
 うつくしく笑う櫻が、己に咲かせてくれた感情なのだから。

「……百年後に見る月も、美しいのかしら」
「きみと見る月ならば、美しいに決まっている」
 ふたり、固く指先絡めた侭。カムイと櫻宵は、空に揺らめく月を見上げていた。ぽつりと零れた櫻宵のことばを、神は次の約へと繋いで往く。
「共に観よう――百年後も、千年後も」
「千年後なんて……欲張りね」
 ふふり、と着物の袖で口許を隠しながら、櫻宵はちいさく笑う。不安の余りずうっと先を見据えて仕舞う此の神様は、本当に無垢で、可愛らしいこと。
「でも、私の神の願いは私が叶えなきゃ」

 きれいごとも、悪くない。
 櫻宵の神様は其れすらも、真にしてくれるのだから。
 裡に抱く『呪』を『祝』に変えて。共に生きる明日を斬り拓いて往こう。
 ふたりなら、きっと大丈夫――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

片稲禾・りゅうこ
【竜幽】◎

これにて一件落着だ!
お疲れかくり、怪我とかないか?
うん、そりゃあよかった
りゅうこさん?全然!だってりゅうこさんだぜ?

つめた〜っ!
でも気持ちいいぞかくり!ほら隣に来た来た
久しぶりに使ったからちょうどいいんじゃないか?なんてな!
……おっ、かくり笑った?にしし、可愛いじゃないか。

ほら、月も綺麗だなあ
ん?そうそう。ヒトの子は愛を伝える時そう言うらしいなあ
変わった言い回しだよな。りゅうこさんには出来ないよ
それにほら、直接そのまま言う方が話が早いだろう?

かくりと語らうこの刻が、りゅうこさんは大好きだからさ。
その体は生者でなくとも、君が楽しい刻がずっと続けば良いと願う。


揺・かくり
【竜幽】◎

君の気配を察知して、游ぎを進めよう
お疲れ様だよ、りゅうこ。
見ての通り無事なのだよ。……君は?

――ふ、そうだね。
頼もしい君の事だ、心配は無用だね。

君の隣、呪符を纏った脚を浸して
揺らりと揺らぐ水面を見遣る
心地好いかい?りゅうこ。

此の躯は、冷たさを感じはしないが
とても清らかで、安らぐ心持ちだよ。
微かに浮かぶ笑みは、無意識のうちのもの

月の形も朧げで、捉え切れはしない
茫と浮かび上がる輪郭は、美しいのだろう。
――月が、綺麗ですね。
言葉に込められた情は、真に眩いのだろうね。

私も、此のひと時が好ましい。
君と語らう時間は、とても楽しいと思う
此の幽世を、此処とはたがう現世を
君と歩めたのならば、嬉しいね。



●隣同志
 平穏と静寂が訪れた湖の畔に腰を降ろし、片稲禾・りゅうこはぐっと、大きく背伸びをする。斯くして世界は危機を脱し、当面の平和は護られた。
「これにて一件落着だ!」
「お疲れ様だよ、りゅうこ」
 満足気にうんうんと肯く彼女の許へ、ふわり、游ぎ来る影がある。其れは殭屍めいた姿の友、揺・かくり。
「お疲れかくり、怪我とかないか?」
「見ての通り無事なのだよ。……君は?」
「りゅうこさん?」
 友から投げ返された問い掛けに、竜神はぱちぱちと瞬きを繰り返した。まるでその反応を、全く想定して居なかったような貌である。
「全然! だってりゅうこさんだぜ?」
「そうだね、頼もしい君の事だ。心配は無用だね」
 当然のようにそう胸を張る彼女の反応に、殭屍めいた娘は「ふ」と双眸を弛ませる。彼女の豪快な気性は、さっぱりしていて心地が良い。
「つめた〜っ!」
 一方のりゅうこは、戦闘の余韻を冷ます為に履き物を脱ぎ、湖に脚を浸して居た。ことばとは裏腹に爽快そうな聲に、かくりは小さく頸を傾ける。
「心地好いかい? りゅうこ」
「気持ちいいぞかくり! ほら、隣に来た来た」
 促される侭、彼女の隣へ腰を降ろした娘は呪符を纏った脚を、ぽちゃんと湖へ浸す。途端に水面には波紋が走り、鏡映しの月が揺らいだ。
「久しぶりに使ったからちょうどいいんじゃないか、――なんてな!」
「とても清らかで、安らぐ心持ちだよ」
 もともと屍である此の躯は、りゅうこと同じ冷たさを感じない。勿論、疲労や痛みすら。其れでも、何となく心地好く想えるのは、傍らの友のお蔭だろうか。
「……おっ」
 無意識の内、かくりのかんばせには、微かに笑みが綻んでいた。其れを双眸に映したりゅうこは、遠慮なく彼女の貌を覗き込む。
「かくり笑った? にしし、可愛いじゃないか」
 当の娘は心当たりのないことばに、緩慢な瞬きを返すばかり。そんな彼女へ微笑まし気な眼差しを向けたのち、りゅうこは体ごと夜空を仰いだ。
「ほら、月も綺麗だなあ」
 其のことばに釣られて、かくりもまた空を仰ぐ。弱視の眸には月のかたちすら朧げで、決して捉え切れはしないけれど。茫と浮かび上がる輪郭は、うつくしい。
「――月が、綺麗ですね」
「ん?」
 何とはなしに、そう零す。
 双眸を眇めながら、かくりは友へと視線を注いだ。
「其の言葉に込められた情は、真に眩いのだろうね。」
「そうそう、ヒトの子は愛を伝える時そう言うらしいなあ」
 変わった言い回しだよな、と頸を捻るりゅうこの脚は、ぱちゃん、ぱちゃんと水を交互に穿って居る。飛沫の音が、小気味よくも心地好い。
「りゅうこさんには出来ないよ。それにほら、」
 直接そのまま言う方が、話も早いだろう――。
 くつりと笑う友の聲を間近で聴きながら、かくりもまた「そうだね」と眼差しを和らげて見せる。如何にも「りゅうこさん」らしい理由だった。
「かくりと語らうこの刻が、りゅうこさんは大好きだからさ」
 彩のない友の姿を眸に映しながら、竜神はこころ密かに希う。
 喩えその体が生者でなくとも、君が楽しいと想う刻がずっと続けば良いと。
「私も、此のひと時が好ましい」
 竹を割ったような性格の彼女は、静謐な彼女とは対極的だ。ゆえに、ふたりで語らう時間は、とても楽しい。
「此の幽世を、此処とはたがう現世を、君と歩めたのならば、嬉しいね」
「じゃあ、また遊びに行こうぜ」
 かくりが紡いだ感情に、りゅうこは優しく口許を弛ませる。次の予定を語らう娘たちの頭上で、寝待ち月は優しく煌めいていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

壱織・彩灯
【黒緋】


湖面に映る月を
指先だけ浸して
愛でてしまいたいが
ほら、揺らめいて
掴むことは叶わんなぁ

レンと逢ったのも、この地で
斯様に美しき宵の日
ふふ、なんぱされちゃった
まこと上手に隠すわんこは健在よ

どれ、爺の噺もひとつ
寝物語を聞いてお呉れよ
昔、小さな社を護る神は喰らわんとする悪鬼を諫め己が寂しさ埋めるため鬼を友と呼び囲った
可笑しな神はあっさり霄へ還ってしまったが
色々あり鬼にとっても捨て置けぬ友と成った
…今なら、彼奴の寂しさが解る
お前が愛した社の白椿が
水面にぽろり
泣いてるのか
笑っておるのか

置いて逝かれるのは
慣れてるが
噫、でも
レン、お前と過ごす時間が止まればよいのに
星屑瞬き、添う彼岸花へ
そっと願いは胸に


飛砂・煉月
【黒緋】


湖面に映り、宵空に浮かぶ黄金
幽世の月は変わらずオレを掻き乱さず静かなせかい
揺らめく水面を愛でてもイイんじゃない?
掴めないからこその佳さもきっと、有るから

うん、オレがナンパしたの懐かしいや
あっは、キミには全然隠せてる気はしないけど?
だって気づけばキミには秘密を預けてる

欹てるは爺ちゃんで友達の噺
…大切な友達がいたんだ
白椿は想い出の花?
彩灯が憶えてる限りは笑って
彩灯が寂しい時は泣くのかも

オレも何れキミを於いて逝く
解ってるけど今は…少し時間が止まって欲しいかな
でも此れからのキミに楽しさが煌めいて欲しくてほろほろ星屑が降り
合間に一輪、彼岸花がキミの手元へ
再会を楽しみに
何に向けた気持ちかは、秘密



●時間よ、止まれ
 湖面に映る月ほどうつくしく、こころ惹かれるものは無し。
 月灯できらきらと煌めく湖の畔に腰を落とし、壱織・彩灯は白いゆびさきを冷たい水面に差し入れる。されど、先程まで確かに其処に有った月は、揺らめいて忽ちかたちを崩して仕舞った。
「掴むことは叶わんなぁ」
「……イイんじゃない?」
 掴めないからこその佳さもきっと有ると、飛砂・煉月が静かに紡ぐ。湖面と宵空、両方に浮かぶ黄金彩。幽世の月は、病に蝕まれた此の身を掻き乱すこともなく。世界は相変わらず、平静を保っている。
「レンと逢ったのも、この地で。たしか、斯様に美しき宵の日だったか」
「……うん、オレがナンパしたの懐かしいや」
 冗談めかすような青年の返事に、妖怪はふふりと笑う。そうして、何ともない様な貌をして居る煉月に、ちらりと流し目ひとつ。
「まこと……上手に隠すわんこは健在よ」
「あっは、キミには全然隠せてる気はしないけど?」
 気づけばいつも、秘密を預けて仕舞って居る。今だってほら、此の難儀な躰のことを考えていたことに、きっと気付かれている。
「――どれ、爺の噺もひとつ」
 されど彩灯はそれ以上何も言及せず、代わりに畔へゆるりと腰を降ろす。そうして、紅彩の双眸をゆるりと細めて見せるのだ。
「寝物語を聞いてお呉れよ」
 煉月に否が有る筈も無い。彼は妖怪の隣に腰を降ろし、暫し彼の昔噺に耳を傾けるのだった。

 その神は昔、ちいさな社に祀られていた。
 或る日のこと、己を喰らわんとする悪鬼を神は諫めた。
 此処までは、良くある噺である。
 されど、神は鬼を「友」と呼び、あろうことか己の社に囲って仕舞った。
 きっと神も、寂しかったのであろう。
 紆余曲折あって、ふたりは段々と友誼を深め。
 鬼にとってもまた、神は捨て置けぬ友と成った。
 可笑しな神は、あっさりと霄へ還って仕舞ったけれど――。

「大切な友達がいたんだ……」
 彼の噺に耳を欹てていた煉月は、物寂しい結末に双眸を伏せた。そんな彼を横目に視ながら、彩灯は深い吐息を溢す。
「今なら彼奴の寂しさが解る」
 ほろり。
 苦い想いが“かたち”を為し、月の揺れる水面へふと、零れ落ちる。其れは“お前”が愛した白椿。社に咲き誇って居た、うつくしき花。
「――白椿は、想い出の花?」
 煉月の問いに、彩灯はゆるりと肯いた。寂し気に双眸を細めながら、やれやれと微笑む貌は、何処か苦し気だ。
「泣いてるのか、笑っておるのか」
「……彩灯が憶えてる限りは笑って、彩灯が寂しい時は泣くのかも」
 彼のこころに寄り添うように、煉月は優しくことばを重ねた。確証はないけれど、何故だかそう想える。自分もきっと、そうだから。
「オレも何れ、キミを置いて逝く」
「置いて逝かれるのは、慣れている」
 人狼はおしなべて短命で、妖怪の寿命は永い。
 だから片方が片方を置いて行くことなんて、互いに分かり切っている。嗚呼、されど。ふたりで過ごすひと時は、掛け替えのないものだから。

 ――時間が、止まれば良いのに。

 禁忌は決して口に出さず、こころのなかで反芻させる。
 出逢いに別れは付き物だけれど、置いて行かれた方の人生は未だ続いて行くから。
「キミのこれからに、楽しさが煌めきますように」
 煉月が溢した優しい希いと共に、ほろほろと星屑が降り注ぐ。煌めく其れはまるで金平糖のようなかたちをして居て、視るもののこころを躍らせた。
 煌めく其の光景を茫と眺めていた彩灯の掌に、ひらり。ふと舞い降りたのは、一輪の彼岸花。花言葉は、――再会を楽しみに。
 其れが何に向けた気持ちなのかは、煉月だけが知って居る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【千宵桜】


届きそうで、届かない
湖面を覗いて
静寂に柔らかな月が映る

こんなに近くに在るのにね
桜が寂しさ埋めるみたいに
はらり月の上に舞い落ち

千織と色々な景色も見て
辿った思い出は浮んでは
胸の裡に大切に
きみのことも
少し識れたかな?

『次』をきみと楽しみに出来る喜び
きっと、何処に言っても
楽しいし、空っぽだった自分にまたひとつ彩が足されるだけ

…あ、そうだ、
千織。今度、俺に料理を教えてよ
拙い部分を見せるけれど
きみと一緒にごはんも食べれる
偶には二人で何かを完成させるのも良いかなぁって

ふわりと傍らに咲いた花
無意識に当然の様に
小さく揺れる紫苑を見つけて
微笑んで


橙樹・千織
【千宵桜】


磯女を見送り
波紋が収まれば
次に広がるのは静寂

綺麗な月夜…
触れそうな月に降ってきそうな星
その中はらり舞い散る想いの桜花弁
あの時と同じようにそっと水を掬い上げ

思えば色んな所に行きましたねぇ
巡った想い出を振り返れば
この静けささえも心地良い

ふふ、今度は何処に行きましょうか
千鶴さんとなら何処でも楽しそう
小さく傍らに咲いた勿忘草をそっと隠して微笑めば
ゆらり尻尾が揺れる

料理、ですか?
私で良ければ喜んで
二人でご飯を作って食べる…
ふふふ、それもまた楽しそうですねぇ
最初は何を作ろうかしらねぇ、なんて

またひとつ
あなたのことを知れる
そんな期待を胸に
次の機会へ想いを馳せれば
機嫌良く尻尾が揺れた



●次の約束
 磯女を見送ったのち。波紋が収まり凪いだ水面を、橙樹・千織と宵鍔・千鶴は、そうっと覗き込む。飛沫の音が喪せ、次に広がるのは静寂だけ。
 湖には鏡映しの月が、こんなにも柔らかに煌めいているのに。幾ら手を伸ばしても、届きそうで届かない。
「――こんなに、近くに在るのにね」
 はらり。
 世界に優しく舞い散るのは、想いを秘めた桜の花弁。其れはまるで、寂しさ埋めるように、水面に揺れる月の上へと舞い降りた。
 千織は千鶴の傍らで、あの時と同じように、そっと水を掬い上げる。月明りに煌めく其れは、ゆびとゆびの隙間から、さらさらと流れ落ちて行った。其の様がなんだか砂時計みたいで、くすりと千織は頬を弛ませる。
「思えば、色んな所に行きましたねぇ」
「きみのことも、少しは識れたかな?」
 彼女のことばに千鶴もまた、整った貌へ微笑を滲ませた。ふたりの想い出を胸の裡で辿る度に、こころがふわりと温かく成る。先ほどまで感じていた静寂の侘しさも、何時の間にやら心地よさへと変わって居る。
「ふふ、今度は何処に行きましょうか」
 千鶴さんとなら何処でも楽しそう、なんて。微笑む彼女の傍らでは、ちいさな勿忘草が愛らしい花弁を揺らして居る。其れを着物の袖に隠す千織だが、揺れるヤマネコの尻尾は隠せて居ない。
 されど、喜びを感じて居るのは千鶴も同じ。彼女と過ごす『次』の機会へ思いを馳せられる喜びは、何物にも代えがたい。千織と一緒ならきっと、何処に行っても楽しいだろう。空っぽだった自分にまたひとつ、彩を足してくれるだろうから。
「……あ、そうだ」
 そんなことを考えて居たら、ふと良案が脳裏を過り、千鶴は千織へと視線を注ぐ。真面目な貌で頼むのは、こんなこと。
「今度、俺に料理を教えてよ」
「料理、ですか?」
 きょとり、彼女の橙の眸が瞬いた。千鶴は微笑みながら、ゆるりと肯いて見せる。初心者だから、拙い部分を見せることになるだろうけれど。
「きみと一緒に、ごはんも食べれる」
「ふふふ、それもまた楽しそうですねぇ」
「偶には二人で何かを完成させるのも、良いかなぁって」
 千鶴の提案に「喜んで」と色好い返事を紡ぐ彼女のかんばせには、明らかな喜色が浮かんで居た。
「最初は何を作ろうかしらねぇ……」
 次の約束に思いを馳せる程、尻尾は期待にゆらゆらと揺れて仕舞う。けれど、仕方のないことだもの。またひとつ、あなたのことを知れるのだから。
 嬉しそうな千織を眺める千鶴もまた、こころが温まる心地。すると、ふわり。少年の周囲に忽ち、鮮やかな花々が咲き誇る。そのなかで当然の様に小さく揺れる紫苑を見つけた千鶴は、一瞬だけ眸を瞠り。ふわり、花のように微笑んだ。
 此れからもふたり、沢山「次」の約束を交わして行こう。
 きっと、何年先までも――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ライラック・エアルオウルズ
【路】◎

水面を静か見遣る
両の主役が去った水景は
物語の終を飾る挿絵めいて
淋しいよな、嬉しいよな
余韻へと野暮に投げ掛ける

ちゃんと、ハッピーエンド、
――だったと想うかい?

隣人の詞に笑みは微苦く
然して、僕は恒に迷い子さ
美しいのか、幸せなのか
作家として悩むばかりだ
“親”である僕がこんな様子では
物語は堪ったものではないかもな

戯れ紡いでみせれど
続ける声音は、やわらかに

けれども、読者としてならば
そうであったと想うだろうし
願わくば、作家としても
そう想って信じていたい

今では欠けている月も
廻り廻れば、満ちるから
彼女の“月”も、何時かは
そう、奇麗事で結びたいよ

欠けた月を悼むよう
離れた魚を送るよう
月色の耀く花を映して


シエラ・エンドワード
【路】◎

泡沫となる人魚のあなた
その『終わり』は穏やかで
もう『破滅』では、ないから
自ずと安堵の笑み湛えて

――もう、おじさまったら
そんなこと、綴ったあなたが
ひと宛てに問うことではないわ
物語相手であるなら、猶更よ

安堵を沈めれば、眉を下げ
わたしが見せた物語のかたち
『夢』に『希望』に『教訓』にさえ
ならなかったのかしら、なんて
堪らず、拗ねてみせるけれど

続く言葉は、温かくて

そう、物語としてもね
この『終わり』は好きよ
わたしの探すものとは
矢張り違うもの、だけど
それでも、夢が残るから

御伽噺の人魚のように
精霊が迎えることはなくとも
あの子が迎えるなら、幸せね

探求のリボンを、贈り物として
この『終わり』を飾りましょう



●ふたりの噺にリボンを添えて
 騒乱が去った後、湖畔にはただ静寂だけが満ち溢れている。畔に佇むライラック・エアルオウルズは、凪いだ水面を静かに覗き込んだ。磯女と、金襴緞子の人魚。両の主役が去った水景色は侘し気で、此の物語の終を飾る挿絵のよう。
 彼の傍らで同じく水面を覗き込む少女、シエラ・エンドワードのかんばせには、安堵にも似た微笑が咲いている。
 やがて泡沫となる、人魚の捉月。大切な娘と別れの抱擁を交わした彼女の『終わり』は穏やかで、其れは『破滅』とは程遠いものであったから。喩え胸にちいさな痛みを遺したとしても、安心して頁を閉じることが出来るのだ。
「ちゃんと、」
 静寂を引き裂いたのは、ぽつり零れた作家の聲。読み耽った本の最後の一頁を閉じる時にも似た、淋しいような、嬉しいような、複雑な余韻を胸に抱きながら。作家としては余りにも野暮な科白を、未完の娘へと投げ掛ける。
「ハッピーエンド、――だったと想うかい?」
「もう、おじさまったら」
 物語の余韻を拭い去る様なひとことに、ふくりと頬を膨らませて見せるシエラ。彼もまた、此の物語を綴った数多の書き手の独りだというのに。
「そんなこと……綴ったあなたが、ひと宛てに問うことではないわ」
 物語相手であるなら、猶更よ――。
 ぴしゃりとそう重ねる聲は、如何にも手厳しい。ライラックの口許には知らず知らずの内に、微苦い笑みが刻まれていた。
「僕は恒に迷い子さ」
 登場人物たちの人生は、作家である彼のペン先に総て委ねられている。幾ら彼らが架空の存在であろうと、彼らが織りなす物語の結果には、責任を持たねば成らぬ。
「美しいのか、幸せなのか、作家として悩むばかりだ」
 “親”である自分がこんな様子では、物語は堪ったものではないかもな。なんて、戯れるように紡ぐ作家のことばを耳に捉え、シエラは哀し気に眉を下げた。
「わたしが見せた物語のかたちは、『夢』に『希望』に『教訓』にさえ、ならなかったのかしら」
「けれども、読者としてならば――」
 堪らずそっぽを向いて、拗ねてみせる娘。然し戯れに重ねるように降り注いだ科白に、ゆるり。兎の如き赤い双眸を、彼の方へと靜に戻した。
「そうであったと想うだろうし」
 願わくば、作家としても。
「そう想って、信じていたい」
 其れは物語の綴り手として、真摯に紡がれたことば。己の名を表す様な紫の眸で、ライラックは凪いだ水面に映る寝待ち月を、慈しむように見遣る。
「今では欠けている月も、廻り廻れば、満ちるから」
 優しくて温かな聲が物語るのは、そんな『きれいごと』である。けれども、其れは欺瞞などではなく、優しい祈りのようなもの――。 
「彼女の“月”も、何時かはそう」

 人魚の魂は廻りに廻って、きっと磯女の許へ辿り着く。
 その時ふたりは今度こそ、温かな抱擁を交わすのだ。
 きらきらと煌めく、満月の下で――。

「そんな、きれいごとで、結びたいよ」
 ぽっかりと躰の一部が欠けた月はまるで、捉月と引き離された磯女のこころのよう。其の有り様を悼むように、そして、幽世から離れた魚を送るように。
 ライラックは湖へと、月色に耀く淡いリラの花を映し出す。宙に舞い上がる其れは、金襴緞子の人魚の許へ、いつか辿り着けば良い。

「物語としてもね、この『終わり』は好きよ」

 世にも優しい花嵐を仰ぎながら、シエラはぽつりと想いを紡ぐ。
 其れは、彼女が探す『わたしの物語』の結末とは、矢張り違うものだけど。
「それでも、夢が残るから」
 御伽噺の人魚は風の精霊に迎えられて、遍く世界に花の馨を振り撒く務めを得た。其れは温かくも、何処か微苦い結末。けれど、捉月にはユヱが居る。
「あの子が迎えるなら、きっと幸せね」
 優しさと希望に溢れた夢を描いて、シエラはふわりとかんばせを弛ませる。そんなハッピーエンドが訪れることを、此の世界でふたり位は望んでも赦される筈だ。
 さあ、探求のリボンを贈物として、この『終わり』を飾るとしよう。
 温かな『きれいごと』によって、物語はひとつの救いを得たのである。


 🎀 Happily ever after. 🎀

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年05月17日


挿絵イラスト