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桜の花を献れ

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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●母と子
 あのね、わたくし、このおはな、だいすきよ。
 ――かあさまよりも?
 ううん、ううん、かあさまもだいすき、どっちもだいすき。
 ――そう。かわいい子。
 ――かあさまも、あなたとあなたの好きなものがだいすきよ。

 病に痩せ細った痛々しい幼い腕が、零れ落ちる桜の花弁を掴み損なった情景を、まるで一葉の写真の様に憶えている。
 かあさま、と私を呼ぶ愛らしい鈴色の声が、少しずつ枯れ窶れて死を恐れる様に啜り泣いていた事を、宛ら蓄音機の如くに思い返す。
 どうしたって治せない病だった。
 どうしたって生かしてやれない娘だった。
 先立った夫が私にくれた、とても大切なあなた――背負うその不治の病が宿業であるのなら、私が代わってやれたらと何度祷った事だろう。
 毎日毎日、山から手折った桜をひと枝、あなたの枕辺に飾っていた。
 おはなきれいね、と笑う頬だけが血色を灯して色づくから。あなたがそうして、生きて笑ってくれるから。ひと枝、ひと枝、幾日も。
 陽が沈む度、連れて往かないでと彼岸へ渡った夫に幾度も願った。
 陽が昇る度、どうか置いて逝かないでと眠る娘のしろい頬を撫でながら冀った。
 それでもあなたは、死んでしまった。

 ――だから、今度こそ私が護ってあげなくちゃ。
「かあさま」
 幼く微笑む。甘い声が鈴を転がす様に私を呼ぶ。
 小首を傾げて私を待つ、『それ』はあの子にとても良く似ていた。

 膝に招いて頭を撫でてやれば、素直に甘えて『それ』は私に懐くのだ。
「……あなたが、」
 黒髪をそっと梳いてやる。絹糸の様な触り心地だった。耳の上に飾る様に、今日も手折ってきた桜をひと枝、挿してやる。
 あの子と一緒だ。
 ――嗚呼、還ってきたのだ。私の許へ。
「あなたが何であれ、私はもう――」

 母だった。
 どうしようもなく、ただの、我が子を愛してやまない――弱い母だった。

●咲き初むる、花をひと枝
 猟兵たちを呼び集めた斎部・花虎の後ろには、爛漫の春と花とが咲き誇る。
 言われずとも解る、永劫の桜を誇るかの世界――サクラミラージュ、その風景に相違ない。
「死した娘が還ってきたと、彼女はそう思う事にした」
 淡、と花虎は言う。あいも変わらずその表情には感情らしきものは読み取れない。
「が、死した者は生き返らない。当然だ。察しが宜しい皆ならば解るだろう、……そう、影朧だ」
 把握している事を伝えよう、と花虎は眼差しを伏せる。
 女の名は三枝・聖子と云い、資産家だった亡夫の遺した屋敷で慎ましく日々を過ごしているらしい。
 不幸な事故で夫に先立たれ、続いて娘まで病で失い、一時期は酷く憔悴し切っていたようだ。
 花の手折られる如く、いつ倒れてもおかしくないその様子に、彼女の許に残った数人の使用人達も気を揉んでいた――だが。
「少し前から、屋敷の中に少女の声が響く様になったと云う。……同時に、三枝夫人の表情が明るくなったとも」
 そうして屋敷の外に出掛けては、娘の好物だった甘味や、少女向けの装飾品を買い求めて来るのだと。
「……娘に成り済ましているのだろうよ。そういう影朧だ。誰かの愛を得る為に、誰かの望む儘に姿を変えるものだ」
 訥々と案内役としての務めを果たす。
 ふ、と息を吐いてから花虎は顔を上げ、くるりと猟兵達を見回してから浅く首を傾いだ。
「屋敷の所在も解ったが、どうにも一筋縄では行かなさそうだ。屋敷は小さな山の上に在るんだが、この山――どうやら、仕掛けが施されている。……恐らく三枝夫人が、影朧を護る為に細工をした様でね」
 背景が揺らぎ、件の山の風景が映し出される。
 溺れる程に咲き誇る、見事な薄紅色がそこに在る――山には桜の木が敷き詰める様に植えられており、決して高くはないその頂上に、古めかしい佇まいの洋館がひとつ見えた。
「通いの商人や使用人達が麓の街と行き来をしようとしても、必ず迷ってしまう、らしい。皆口々に云うんだ、……懐かしいひとに呼ばれた気がした、と」
 なつかしいひと、と吟味する様に繰り返した猟兵が首を傾ぐが、それを見遣って花虎は緩慢に首を左右に振る。行ってみないと解らない、の意思表示だ。
 とは言え、と切り替える様に彼女は少しだけ声を張る。
「猟兵たるおまえたちで在れば、如何様に惑わされるとも桜の迷宮如き、突破は容易いだろう?」
 信頼しているよ、と瞬く花虎の手に、燐光を帯びてグリモアが発動する。
 それからもうひとつ、と前置きが在ってから、彼女の唇がごく僅かに薄っすらと笑んだ。
「麓の街では可愛らしいお祭り事がある様だ。恐らく三枝夫人も出てくるだろうから、彼女に怪しまれない程度に接触してみるのも良いし――仕事前の息抜きとして、愉しんでしまうのも良かろうよ」
 想う人がいるのならば尚更だ、と柔い声で次を継ぐ。
「街の彼方此方にね、リボンを並べる出店がたくさん並ぶのさ。色合いも太さも様々、金の縁取り銀の縁取り、極彩色の刺繍糸で縫いとる意匠もまた千変万化――これぞ、と思うものに出逢えたら、」
「――出逢えたら?」
 笑う誰かがほら早く、と促す様に続きを尋ねる。
 グリモアの燐光の向こう側には、サクラミラージュの匂やかな春がすぐ傍らに在る――背景の投影ですら馨り出しそうなその様に、今度は猟兵たちが飛び込む番だ。
「想う誰かに、贈ると良い。親しき友でも、愛しきひとでも、……今はもう、亡き誰かでも」
 そうしてふと口を噤む。
 穏やかな沈黙が少しだけ降りてから、花虎は告ぐ。
「幾らその面影を影朧に視たところで、夫人の娘御はもう還らない。――それだけは、揺るぎない事実だ」
 括る様にいってらっしゃい、と声音を重ね、案内役は猟兵たちの背を押した。


硝子屋
 お世話になっております、硝子屋で御座います。
 ご覧頂き有難うございます、サクラミラージュでのお仕事です。

 お恥ずかしながらブランクがある為、様子を見つつ書かせて頂ければと思います。
 OP公開後に雑記にてお知らせ致しますので、プレイングの送付はそれまでお待ち下さい。

 ・第1章:サクラミラージュ、爛漫の春にてリボンのお祭り。
 ・第2章:桜の迷宮の探索、及び突破。
 ・第3章:影朧戦。

 !第1章について!
 こちらのみの参加も歓迎しております。お気兼ねなくどうぞ。
 行動例はあまりお気になさらず、お好きな事をなさって下さい。
 時刻はお昼前後、綺麗に晴れ上がった春の青空です。
 おひとり、或いはおふたり程度の少人数での参加をお勧め致します。
 誰かとご参加の場合には、はぐれないよう必ずお名前とIDをお互いにお書き添え下さい。

 全体的に雰囲気と心情重視です。
 アドリブが強めに入るかと思います。ご了承頂けますと幸いです。

 それでは、ご参加をお待ちしております。
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第1章 日常 『きみに飾るわたしの彩』

POW   :    友愛の彩を結ぶ

SPD   :    愛情の彩を結ぶ

WIZ   :    感謝の彩を結ぶ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●彩織りなすは浅春の
 サクラミラージュでは珍しくない、よくある街並みのひとつと言ってしまえばそれまでの、そんな平凡で長閑な田舎の街だ。
 それでも今日ばかりは街並みに極彩色が棚引いて、春風の流れを泳ぐ魚の如くに踊っている。
 老若男女の別け隔てなく、皆が皆、趣向を凝らした出店を冷やかし歩いて探している――これぞと思える様な、そんなたったひとすじのリボンを求めて。
『いつもありがとう』
 ――真紅の天鵞絨で出来たシンプルな大判のリボンを手に取った老紳士は、傍らに連れる老婦人のまとめ髪へと、不器用な手付きで結わえ飾って。
『愛してるよ』
 ――白い絹地に金の縁取りを施した細いリボンを手に取った青年は、少し照れ臭そうな面持ちで、愛しい恋人の手首へそっと。
『ずっといっしょ』
 ――真っ青な細いリボンに黄色いステッチを施したそれは、いとけない少女ふたりの小指にお揃いで。

 職人たちがこの日の為に織り、或いは縫い上げたリボンを眺めつつ歩けば、ひっそりと街の片隅へと、疎らに散る人影にも気付く事が在るだろう。
 彼ら彼女らもリボンを手にしている――けれどそれが誰かの身を飾る事は無く、自ら燃して灰を空へ還す、そんな光景に瞬くやも知れない。
『いなくなってしまった人へ、渡したのね』
 店の売り子か行き交う街の民か、そんな風に零した言葉が胸の澱を揺らしもする。
 リボンは誰に渡したって良い。
 家族へ感謝を込めて、恋人へ愛を込めて、親友へ友情を込めて、――今はもう居ない誰かに、届かない思いを籠めたとて。

 賑わう街並みの中には、件の三枝夫人も見付ける事が叶うだろう。
 表情に翳りは見えないものの、顔色はあまり良くはない。影朧に魅入られている所為だろうか。
 声を掛けずとも、恐らく何事もなく日用品を買い足し、リボンを眺めてから屋敷へ戻っていくのは間違いない。
グウェンドリン・グレンジャー
……なんだか、他人事、だと、思えない
(二本のリボンを手に、無表情のままとぼとぼと歩いていると……誰かにぶつかってしまった)

(顔を上げれば三枝夫人)
あっ、ごめん、なさい……
ちょっと、両親に、贈るリボン、考えてたら、ぼーっと、しちゃって
(彼女の買い物の荷物や鞄などで、落としてしまったものがないか確認しつつ。あれば拾って渡す)

えーと、英国人、珍しい?かな?
倫敦から、来た。この、お祭り、聞いて、来て、みたいなって

私は、生まれつき、心臓、とても悪くて
医者の父、が、頑張って、治してくれた、けど、その後、父も、母も、いなくなった、から

あっ、初対面の、人、こんなこと、話して、ごめんなさい
引き留めて、ごめんー



●似ているからこそ
 風が吹く度に嵐の如くに舞い散る桜は美しく、遠くの小さな山をも霞ませる――そこに在る真実も、嘘も、全てを。
「……なんだか、他人事、だと、思えない」
 春の祝祭は華やかにその両腕を広げて横たわっていると云うのに、そこを歩くグウェンドリン・グレンジャーの足取りは芳しくない。
 視線を山から引き剥がし、引き摺る様にとぼとぼ歩く。
 恐らくはそんな風に歩いていた所為で、唐突に柔らかな衝撃と共に足許が蟠った。
「あっ、ごめん、なさい……」
 余所見とは得てしてぶつかるものだ。斯様な賑わいの中でなら尚更の事。
 グウェンドリンが謝りつつ慌てて顔を上げれば、ぶつかったと思しき女――三枝夫人が、眉尻を下げてこちらを覗き込んでいた。私の方こそごめんなさいね、ぼんやりしていたみたい、と彼女もまた、おっとり頭を下げる。
 いいえ、とグウェンドリンはちいさく首を左右に揺らしてから、改めて夫人を覗き込んだ。
「ちょっと、両親に、贈るリボン、考えてたら、ぼーっと、しちゃって……あ、いけない」
 落としてる、と日用品らしき紙箱を拾い上げて夫人に手渡す。
 ――珍しいお客様ね、外の方かしら、とはそれを受け取りながらの夫人の言だ。
 グウェンドリンはあかるい金の眸を瞬かせる。
「そう。倫敦から、来た。この、お祭り、聞いて、来て、みたいなって」
 ――そう、そうなの、楽しんで貰えると良いわ。それじゃあね。
 夫人はそう微笑んで踵を返す。足早なのは、恐らく用事の途中か帰路を急ぐかのどちらかなのだろう――待って、と声を掛けるのを躊躇う一瞬の間が在ってから、グウェンドリンは唇をひらいた。
「私は、生まれつき、心臓、とても悪くて」
「――……、」
 夫人の足が、ぴたりと止まる。その背は振り返らない――振り返れないのかもしれない、とグウェンドリンは思った。
 他人事だと思えない。
 そう私が思ったのと、同じ様に。
「医者の父、が、頑張って、治してくれた、けど、その後、父も、母も、いなくなった、から――……」
 グウェンドリンの声に、終ぞ夫人が振り返る事はなかった。
 けれど確かにそれを聞き届けてから、足早に彼女はその場を後にする。
 華やかな着物の背が何かから逃げる様に去ってゆくのを、暫し、グウェンドリンは眺めていた。
 春の陽射しだけが、暖かかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

森乃宮・小鹿
いつでも咲いてる桜の花に、長閑だけど鮮やかな街並み
相変わらず、この世界は綺麗っすねぇ
ふふ、お仕事前にこの景色をしっかり楽しませていただきましょ

リボンに想いを込めて、贈る
なんだかロマンチックで、どきどきっす
ボクも団の仲間達のために選びましょう
口であれこれ言うのは恥ずかしいけど、まあ、たまにはね

金の縁取りのリボンを、七色七つ
みんなに似合う色を思い浮かべながら選びましょう
……喜んでくれるといいんすがねぇ

買い物が終わったらお祭りの様子を観察しましょ
件の夫人をお見掛けしたら、盗むときの要領で荷物へ予告状を仕込むっす

『今宵、春望の彼方より 手折れぬ忘れ花を頂きに参ります』
……ええ。必ず、盗んでやりますとも



●とりどり、なないろ
 麗らかな春が視界いっぱいを満たしては、その端々で光を燦めき弾いて転がり落ちる。
 何処からか――或いは何処からでも降り注ぐ桜の花弁をひとつ摘んで、森之宮・小鹿は満足気に唇の端を持ち上げた。
「相変わらず、この世界は綺麗っすねぇ」
 この匂やかな春に、景色に溺れる事が叶うのは、仕事前のほんのひと時。
 解っているからこそ、人の波間に紛れての漫ろ歩きにだって眼差しが先行してしまう。あちらの老女が出している店は? 嗚呼それとも、向かいで頑固そうな男性が広げている絨毯の上は?
 ――今日この日に並べられるリボンはどれも、籠められる想いを待っている。
「なんだかロマンチックで、どきどきっす」
 ふふ、と擽ったげに肩を竦めてささやかに笑う。
 口であれこれ言うのは恥ずかしいけれど、偶にはこんな風に、愛しき団の仲間達へ示すものがあったって良いだろう。
 当て所無く歩く最中にふと傍の出店を覗き込めば、艶やかな色彩の奔流がそこに踊る――否、奔流だなんて荒々しい。リボンはどれも繊細な仕上げで愛くるしく、様々な色合いのどれにも、金の縁取りが丁寧な刺繍で施されていた。
「わ、凄い! これ全部、色が違うんっすか?」
 萌ゆる春を宿す様な双眸が煌めくのを見て、出店の女性は気を良くしてあれこれ紹介してくれるだろう。
 これぞ、と思うものを小鹿の靭やかな指先が選り分ける。
 贅沢な七色。
「……喜んでくれるといいんすがねぇ」
 面映い響きで紡がれるその小声に、出店の女性は朗らかに笑って頷くに違いない――喜んでくれるに決まっているわ、あなたが誰かの為を想って選んだのだもの!

「――さて、」
 買い物を終えて辺りを見回せば、探していた人影を見つけて小鹿の眼差しがつと、狭まる。
 見定める様なそれはほんの瞬きひとつ分、人影――三枝・聖子とすれ違いざまに、既に仕事は終わっているのだ。
『今宵、春望の彼方より 手折れぬ忘れ花を頂きに参ります』
 ――密やかに袂へと忍ばせられた“予告状”に彼女が気が付くのは、もう少し先の事。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鴇巣・或羽
さて、俺はどうしようかな。今回の「予告」は任せてあるし……ん?

やれやれ。『怪盗』の審美眼に叶うなんて、随分上等なリボンだよ。
見た目はこんなにシンプルなのに……「あの宝石」に似た、深紅だからかな。
折角だし、ここの風習に倣おう。
相手?
残念ながら空の上さ。俺が向かうのは、人気のない街の片隅だよ。

――「オネイロスの微睡」は、俺が必ず盗り返す。
貴女が確かにそこに居た、その証として。
どうか安らかに。
貴女の助けは要らないし、見ていなくても構わない。
俺はただ、俺の為にそうするだけです――母上。

……亡くした人への想いに、正否など無い。
それでも、三枝夫人。
やはり俺達は――その愛を、貴女から盗むしかないようだ。



●深紅の
 袂に予告状を忍ばせた夫人が歩く傍らを、擦り抜ける様にして雑踏に紛れるのは、けれど夫人に目を呉れる事なく錦色の氾濫を矯めつ眇めつする鴇巣・或羽だ。
 怪盗ご自慢の審美眼は、今日この時ばかりは絵画でも宝飾品でもなく、愛くるしいリボンの海とその波間に向けられている――砂粒から砂金を見つけ出す様に、或羽の眼ならば容易い事だ。
 現に、望む“それ”は宛ら奇跡の如く、品揃えをひと嘗めしただけの深い藍を捕らえて離さない。
「やれやれ。『怪盗』の審美眼に叶うなんて、随分上等なリボンだよ。――失礼、手に取っても?」
 きっとこれが本業の職人なのだろう、店番の無骨な顔の男は椅子に腰掛ける儘にひとつ頷く。
 店先の庇の端から零れ落ちた僅かな光すら残さぬとでも言いたげに、滑らかな手触りのそれは貪欲に燦めきを呑んで畝る。心地良いその手触りは、素材ではなく緻密に織り上げられた絹糸が為すものだと気付けるだろう――滴る様なビジョン・ブラッドの深紅が、或羽の掌中で微睡んでいた。
「――成程、これは……」
 余計な飾りは何もない。
 ただ恐ろしく丁寧に織り込まれた糸の束と染め色が、その幅広のリボンの全てだった。
 それでも眼を惹かれてしまうのは、記憶の片隅で輝き続ける『あの宝石』に良く似た深紅の所為なのだろう。
「折角だし、ここの風習に倣おう」
 品物の遣り取りの最中、店主らしき男はちいさく尋ねた。相手は。きっとこの街の人間ではなく観光だろうに、誰も連れていない事に気が付いたからだ。
 或羽が浅く肩を竦めて首を傾ぐ。
 笑ったその眼差しと指先が、ひらりと軽やかに空の上を示した。

 街の片隅では小さく細く、今にも消えてしまいそうな煙が棚引いている。
 誰かの流した涙の様だった。或いは悔悟を示す物差しの様でもあった。
 或羽もまた、その情景にひとつ煙の線を書き加えるのだ――深紅のリボンを薪として、それはちいさくぱちりと爆ぜる。
「――『オネイロスの微睡』は、俺が必ず盗り返す」
 貴女が確かにそこに居た、その証として。
 どうか安らかに――その言葉の色が懺悔なのか決意なのかだなんて、きっと周囲の誰にも解らない。母への想いは胸の底に降り積もり、自分の為にそうするのだと蓋をする。
 ふと、先程すれ違った、予告状を携えているのだろう夫人の姿を思い出す。
 亡者への想いに正否など無い。それでも俺達は、――その愛を、盗むしかない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

旭・まどか
其処彼処に咲き乱れる誰かの為の彩は綺麗で
素直に賛辞の言葉が零れる

色んな感情を託されて贈られる其が届けるのはきっと
想いだけじゃあ無い
そんな気がする

通りから掛かる誘いには頭を振り
探すは三枝夫人ただひとり
贈りたいものも贈りたい相手もいないなら
この先の為に動くのは当然の事

すれ違い様
偶然を装って肩をぶつけ
ごめんなさい、と慌てて頭を下げいとけない子どもを演じよう

好きな子に贈る為のリボンを探してるんだ
頬を薔薇色に染めて続ければ、彼女の気が引けるかな

特別な一品へのアドバイスを貰いがてら
貴女の大切な人はどんな人?
“彼女”について話が聞ければ僥倖
そうじゃなくても、他人の口から語られる“一等”の印象には興味がある



●愛しきへ
「きれい、」
 艶やかな春を燈す旭・まどかの双眸は、ほんの少しだけ瞠られて景色を眺める。
 柔らかな青空から吹く甘い東風が、子供の悪戯めいて樹々を揺らす度、薄紅色の花弁が踊りながら散り消えてゆく――幻想的なその袂には、今日だけの極彩色が通行人達の視線を捕らえて離さない。
 其処此処に咲き乱れるその彩は、どれもが誰かの為を想ってひとの手に渡ってゆくのだろう。
「(でも、贈られる其れが届けるのはきっと、想いだけじゃあ無い――)」
 この日の為だけに作られたリボンを自慢気に軒先に並べる店主達は、こぞって客引きに余念がない。勿論まどかだって例外ではないが、そのどれもを少しだけ微笑んで丁寧に辞す。
 まどかは通りを進んでゆく――贈りたいものも贈りたい相手も居ないのならば、この先の為に動くのは当然の事。

 少し行けば、巾着を下げた三枝夫人がどこか覚束ない足取りで歩いているのを見付ける事が叶うだろう。
 幾つもの出店に心惹かれた風体で、まどかの身体が彼女の横で蹌踉めく。
「あ、――ごめんなさい!」
 態とぶつかった等と思いもさせぬ素振りで、まどかは慌てて肩を引き、夫人に向き合って頭を下げる。
 まあ、とおっとり夫人は瞬いて、それから相手が子供だと解れば和やかに首を左右へ振った。
「私こそ、余所見をしていたみたい。ごめんなさいね、怪我はない?」
 品の良い物腰の、けれどどこにでも居そうな女性だ。
 立ち去られる前に、とまどかはいとけない子供を演じる儘、大丈夫だと頷きながら彼女を見上げて口を開く。
「お店ばかり見ていた所為で……好きな子に、リボンを贈りたくて」
 まあ、そうなの、と夫人が瞬く。
 言葉通り必死に探していたのだろう、と彼女はまどかの薔薇色に染まった頬を見て思う――子供の頬はそうやって染まるのだったと、思い返すひとときも在ったのやも知れない。
 それならあそこの辻に店を構えている、紫の敷布の出店を覗いてみると良いわ、と夫人はおっとり紡いだ。レースの組み合わせが可愛いものがあるのよ、とも添えて。
 そうして踵を返そうとするのを見遣って、まどかは礼を告げながらもうひとつ、声を重ねた。
「――貴女もリボンを贈るの? 大切な、人へ。……どんな人?」
 呼び止める様なまどかの声に、夫人が肩越しに振り返る。
 穏やかな笑みはその儘に、けれど何だか曇っている――まどかはそんな印象を受けた。
「とても、とても可愛い子だったわ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
祭りを見学している旅人を装って街を歩く
リボンを選ぶように眺めながら、三枝夫人を探して声をかける

会話の取っ掛かりとしては、こういう物を選ぶ機会があまりないからどんな物が良いのか分からず困っていると、相談の体がいいだろうか
そちらは贈りたい相手は居るのかと、警戒されない程度に影朧について探りを入れてみたい

勧められたり気になる物があれば怪しまれない為にも購入するが、さてこれをどうしたものか
俺がリボンを贈りたいと思ってしまった相手は、子供の頃に病で亡くした妹だった
もう居ない者に贈り物など柄でもないが…
…貧しかったあの頃はリボンの一つも買ってやれなかった
それに対する後悔が、無意識の内に在ったのかもしれない



●もう居ない誰かへ
 ふと視線の先にひとつの店が留まったのは、そこが甘やかな花の刺繍を施したリボンばかりを取り扱う、そんな店だったからなのだろう。
 三枝夫人はその店先に佇んだ儘、じっと商品を見下ろしている。
「――あんたも、ここの物を?」
 自分もまた視線を店先のリボンへと落としつつ、彼女の傍らに立ったシキ・ジルモントはそう尋ねた。
 声を掛けられた事に少しだけ驚いた様な風貌は見せつつも、ええ、と夫人は肯いた。
「あー……、……贈り物を選びたいんだが、見ての通り、こういう物には馴染みも縁も無くてな。どう見繕ったもんか、と」
 頬を掻いて困ったように次を継げば、夫人はきょとんと瞬いた後、そうね、確かに、と笑ってみせる。
 こういった意匠のリボンを考えるくらいならば、お相手は女性かしら――お好きな色や、モチーフはご存知? 此方のお店はお花の刺繍が綺麗に入っているのよ――いらえる声は、手許に影朧を匿っている様には聞こえない。
 影朧を娘の様に想い、扱っているからだろうか。怪しまれない程度にちらと横目で夫人の顔を盗み見てから、シキは小さく息を吐いた。
「助かる。――嗚呼、あんたはどうだ。誰に、どんなものを贈りたい?」
 指先でリボンの刺繍の具合を確かめる素振りをしつつ、何気ない声色でシキが問う。
 問われた瞬間に夫人が浅く息を呑んだのを、彼の耳は聴き逃さなかった。
「……あ、私、は――……、……娘に、」
「そうか」
 言い淀むその様子を、双眸眇めて見遣る。それでもそれを問い質す事はしなかった――しない方が良いのでは、と、何となくシキはそう思った。
 恐らくは、躊躇いが在るのだ。
 影朧を娘と言い張る事か、影朧の演じる娘もどきにリボンを贈る事か、――それともリボンを燃すか、持ち帰るか。
 真実は夫人の胸中の裡、語られる事はない。
「有難う。参考になった」
 買い物客同士、話し込むのも訝しまれるだろうと判断して、シキはそれだけ言い残す。

「さて、これをどうしたものか」
 あれだけ聞いて買わないのも可笑しな話だと、流れの儘に買ったリボン。ましろい細い布地に、蒼い小花が艶めく糸で縫い留められている――勿忘草の意匠のそれ。
 天へと発った妹に、贈りたい、と思ってしまった。
 もう居ない者に贈り物など柄でもない。
 ――それでもあの頃はリボンひとつ買ってやれなかったと、過去を思い返すこの郷愁に似たむず痒い気持ちを、恐らく後悔と呼ぶのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

逢坂・理彦
煙ちゃんと(f10765)
大切な人を立て続けに亡くしたんだ憔悴もする…けれど影朧では根本的な解決にはならないから…。
(時々三枝を目で追いながら)

でも、今日は大事な人と一緒だからね。
まずはそちらだ。
リボン…煙ちゃんに贈るなら…
(いろいろなリボン見ながらこれと決めたのは紅色に金の縁取りのリボン)
煙ちゃんが俺に似合うて言う赤牡丹と俺の目の色…これが良いな。

煙ちゃんも気に入ったのがあった?
それじゃあ大切な人に愛情を込めて。
(そっと髪に触れて結び髪の上からきゅっとリボンを結んで)
煙ちゃんは俺の手首。ふふ、目に入るたび嬉しくなっちゃうな。
(実は煙ちゃんのリボンも俺からはよく見えるよなんて)


吉瀬・煙之助
理彦くん(f01492)と
さすがサクラミラージュだね、満開の桜…
とっても綺麗だね、理彦くん
リボンのお祭りかぁ…うん、理彦くんにお願いを込めて選ぼうかな

すごいね、色とりどりのリボンがいっぱいだ
僕の探してるリボンも見つかりそうだね…
理彦くんに送りたいのは、翡翠色の刺繍が入った細い白色リボン
ちょうど手首に結べるくらいの長さで

購入したら理彦くんの手首に結びながら
『いつも無事に帰ってきてくれますように』
たくさん依頼にいく理彦くんが怪我なく居られるように
願いを込めて…

理彦くんからリボンを送られて
髪を結ってもらうのは嬉しいけどちょっと照れるね…
ちょっと僕から見えないのが残念だけど、すごく嬉しい



●願い結び
 出迎える満開の桜が彩る歩道は、道の端々を極彩色のリボンの店が彩っている。
 氾濫する綾なす錦に、けれど溺れる事はない。
 連れ立つふたりには目的が在る――互いに互いを彩る、これぞと思えるリボンを撰ぶ事。
 故に視界の端を、此度の事件の中心人物たる夫人が掠めたとて、逢坂・理彦は視線でその背をちらと追うだけに留めておいた。
 ――だって今日は、大事な人と一緒だから。
「すごいね、色とりどりのリボンがいっぱいだ」
 サクラミラージュの幻惑的な風景に、色と云う色が犇めく光景は中々無い。
 理彦の傍らを歩きながら、吉瀬・煙之助もその眦を綻ばせて肯いてみせた。
 僕の探しているリボンも見つかりそうだ――そんな風に零す連れ合いの表情をちらと覗き見ながら、理彦もまた、自分の求めるリボンに想いを馳せる。
「(煙ちゃんに贈るなら……)」
 歩幅を、歩調を合わせてふたりで歩く。
 あれは? ――だめだ、色合いが少し違うな。じゃああちらの店のそれは、……いやいや、もっと似合うものがある気がする。
 店先にはどれも上等な品が、誰かの手に取られるのを今か今かと待ち侘びながら微睡んでいる。
 それらを真剣な眼差しで吟味する理彦の横顔に少しだけ視線を獲られながらも、煙之助もまた、同じく店先に翡翠の眼差しを据えるのだ。
 贈るならこういうものを、と云う理想は既に在る。
 籠める願いだってもう決めている――だから、それに遇うものを。
「随分熱心に見ているね、煙ちゃん。お目当てがあったりする?」
 傍らから柔く笑う様に声が降る。
 理彦に言われて、初めて自分が結構な目付きで品定めをしてしまっていた事に気付く。少しだけ気恥ずかしげに視線を揺らして、煙之助はまあね、といらえた。
「それを言うなら理彦くんもだ。自分がどれだけ真剣に探してたか、気付いてないのかい」
 だからお互い様だ、と浅く笑う。
 全くその通りで言い返せない。言い返すつもりもないのだけれど。理彦もまた口許を綻ばせて、行き交う人々の群れとぶつからない様に顔を上げ――その視界の向こうに見掛けたリボンに、あ、と声が零れ落ちる。
 ――あれだ、と思った。遠くからでも直ぐに解った。
「煙ちゃん、こっち」
「理彦くん?」
 人の流れが多いから、逸れてしまわない様に軽く手を引く。
 流される様に、或いは人波を泳ぐ様に辿り着いた店先に並んでいたのは、深い色合いの落ち着いたものを扱っていると思しき品揃えだ。
 理彦はその中のひとすじを躊躇わず手に取る。掌から零れ落ちる様に垂れるそのリボンはあざやかな紅色をしていて、太い金の色でしっかりと縁に刺繍が施されていた。
「――煙ちゃんが、俺に似合うて言う赤牡丹と、俺の目の色」
 これが良いな、と囁く横顔は満足気だ。
 見つかって良かった、と店主と遣り取りをする理彦を眺めて煙之助は思う。待つ間に手持ち無沙汰に近くの店をひらと覗いて、――あ、と声がまろび出た。
 細いリボンに繊細な刺繍で意匠を縫い取る、そんな品揃えの店だ。
 煙之助の指先がひとすじ、撫でる――真白い細身のそれに、翡翠色で紋様が縫い込まれている。
 おまじないの模様なの、と、店番らしき若い娘がにこにこして喋る。あなたがいつも健やかでいられますように、って云う意味なのよ。

 店構えの居並ぶ目抜き通りを少し外れて、雑踏の影にふたりで入る。
 それぞれの手許にはこれぞと思うリボンが握られていて、だからなんとなく、面映い。
「それじゃあ大切な人に――、愛情を込めて」
 何処か恭しい響きで以て理彦はそう口にし、煙之助の背後に回る。
 煙色した長い髪に、触れる紅色のリボンはもう滲みている――結髪の上からそれを結わえれば、思う通りの仕上がりに理彦の眦に喜色が宿った。
 擽ったげに煙之助が髪を揺すれば、それに合わせてリボンもひらりと空を泳ぐ。
 向き合うかたちに姿勢を戻しながら、彼もまた、白に翡翠のリボンを手に取りながら理彦を見遣った。
「髪を結ってもらうのは嬉しいけど、ちょっと照れるね……」
 自分で見えないのは残念だけど、凄く嬉しい。
 穏やかにそう声を重ねて、煙之助の手が理彦の手を取る。擡げてて、と告げながら、その手首に白いリボンをそっと結んだ。
 籠めた想いも、共に結ぶ――いつも無事に帰ってきてくれます様に。
「理彦くんは、たくさん依頼に行くからね。怪我なく居られる様に」
「有難う、……ふふ、目に入る度に嬉しくなっちゃうな」
 言葉通りに声音へ喜ぶそれを滲ませて、理彦は笑う。
 交わす約束も想いも、しっかり結わえる事が叶ったから――きっと、大丈夫。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

暁無・蘭七
困りましたね。夫人に少しでもお話を、と思ったのですが
こんなにも色鮮やかな光景を見せられたら、つい惹き寄せられてしまいますね
けど、ちょうど逆ですね。夫人は娘を失って、私は

……記憶にはほとんど残ってない。お母様
一族のため、家族を守るために最期まで戦い続けた勇敢なひと
ああ、でも。その勇敢さを冒涜なんてしたくはないけれど
立ち向かうだけが全てだったんでしょうか
全て連れて、責務から逃げていたら、今頃皆で笑っていられたんでしょうか

いけませんね。考えたって応えるの出るものじゃないのに
どのみち、もう亡き方。聞いたって答えは帰ってこないし…きっと困らせちゃいますね
丁度いいですし、綺麗な紫のリボンでも探しましょうか



●紫水晶
 かのひとは娘を失ったと云う。
 頼りない足取りで人波の中を歩いていく三枝夫人の後ろ姿から視線を剥がし、その金色双つを極彩色の群れへと向ける――惹き寄せられる様に、抗い難いリボンの坩堝。
 肉親を亡くした夫人に少しだけ思い馳せ、暁無・蘭七はふとその唇の端に追憶を忍ばせた。
「――けど、ちょうど逆ですね。私は――……、」
 頬を、髪の房を慰撫してゆく桜風はうすら寒くて暖かい。花冷え孕む、春だった。
 愛しげに撫でてゆく風に促される様に、或いは五感を春に委ねる様に、瞑目する。
 ――母の記憶など、蘭七には殆ど遺っていやしない。
「(勇敢なひと。あなたは最期まで戦い続けた――我が一族の為、家族を守る為)」
 ほんの僅かなその行為を、もしかすれば黙祷と呼び得たのかもしれない。
 押し上げた目蓋の向こう側には、相変わらず爛漫の春が唄っている。
 桜の袂ではこの日の為に用意された綾なす錦のリボンが居並び、家族と恋人と友人と、そんな風に誰かと仲睦まじく贈り合うものを見定めていた。
 ――匂やかなこの景色の中、彼らと変わらぬ様に母と並び歩き笑う、そんな居もしない自分の姿を幻に視る。
「全て連れて、責務から逃げていたら――……、」
 綻ぶ蘭七の唇が、浅くそう紡ぐ。その先を押し止める様に、ちいさく結んだ。
 勇敢への冒涜なんてしたくはない。
 それでも、立ち向かうだけが全てだったのだろうかと――ふと反芻する自らもまた、否定出来ない。
「……いけませんね」
 折角のお祭りなのだから、と一歩を踏み出す。
 目抜き通りを賑やかすリボンの店々は、眺めているだけでも鮮やかで愉しい。
 ――そう、どうしたって、もう亡きひとだ。応えてくれる筈もない。
 それにきっと、困らせてしまうから。

「ねえ、宝石みたいな髪した美しいお嬢さん!」
 思考の外から、明るい客引きの声が蘭七へと投げ込まれる。
 双眸を向ければ、恐らく親の居ない間の店番なのだろう、十を数えたかどうかの年頃の少年がにこにこしながら、リボンをひとすじ蘭七へと掲げて見せていた。
 ――綺麗に染めてあるでしょう、きっと君に似合うと思うな!
「成程」
 見せられた品物をとっくり眺めて瞬いた後、ふ、と気抜けて蘭七は笑った。そうしてそちらへつま先を向ける。
 誇らしげに掲げられたそのリボンは、光沢のある貴紫に染め抜かれていた。
「丁度、私も綺麗な紫のリボンを探そうと思っていた所です」

大成功 🔵​🔵​🔵​

岩元・雫
噎せ返る程の薄紅色
終らぬ桜は、好きじゃない

けれどね
おれにも、出来る事が有ると
思ってしまうから

子に先立たれたという母親に、早々合せる顔は無い
今は唯、ふらりと街を眺むだけ

何かを込めて、誰かへ届ける
相手のひとつ、思い附かない
燃ゆる景色を見映せば
噫、遣るべき事は此れだろか

居ない人へと還すものなら、おれは贈られる側だろう
何の因果か変わり果て、命繋ぐを父母は識らない
早くに死んだ親不孝者
覆らない過去の罪

――せめて
感謝を伝えたかった
御免なさいと言いたかった
其れは、蛇足
もう叶わない夢物語
情を殺める毒足る行為
其様な事を、遣りはしない

青藍色の天鵞絨リボン
薔薇花弁の如き其れを、
おれの『産まれた』――隠の海に、沈めよう



●花没む
 見上げれば噎せ返るほどの薄紅色が、穏やかな佇まいで視界いっぱいに春を満たしていた。
「(――好きじゃない、)」
 終わりを識らぬ永劫の桜からふいと視線を逸らし、岩元・雫は桜の海を泳ぐ様に脚めく尾鰭を揺らめかせる。
 見目引くその麗しい容姿に、客引きの声が掛かるのは遅かれ早かれ当然の事だったのだろう。
 ――海と月のはざまめく、そこに内包するのが悍ましいものであるとも識らぬ儘。
 暢気で陽気な中年の男が、軒先から朗らかに手を振りながら雫に笑い掛ける――お嬢さん、見てってよ、あんたに似合いそうな逸品やまほど揃えてんだ。
「――……あら、」
 色香の隨に微笑んで、雫は男をちらと見る。
 いまを生きる、どうしようもなく生を謳歌するひとの馨。自分がそうだから相手もそうだと思っている、それが当然だと思っている幸せな人間。
 嫌いだ。
「贈る相手が決まれば、また」
 リボンを贈る相手ひとつ思い付かない癖をして、つらりと息吐く様に嘘を重ねて誘いを往なす。
 黄梔子宿る双眸がついと伏せられて、行く先を探す様に情景を濯う――視界の端に誘う様に揺れた細い煙に導かれ、ふと、忘れていた呼吸を取り戻しては息を吐いた。
「(――、噫、)」
 ちりりと音立て燃える艶やかなリボンは、その糸を端から煙に変えて春霞む青空へと旅立ってゆく。
 空へ還しているのだ。もう還らぬ人へ、贈る為に。
 ――あの行為がそう云うものならば、おれは贈られる側だろう。
 そうねと誰かの同意が在る訳でもなし、けれど柔く耳許を掠めていった穏やかな風が、雫の留紺をあえかに揺らした。優しい誰かが肯く様に、慰める如く指背で頬を撫でる様に。

 命は確かに一度潰えた。
 それでも何の因果か変わり果て、潰えた筈の命を拾い繋ぎ留め、こうして居る事を父母は識らない。
 先立ってしまった親不孝者。
 過去の罪は覆らない。
「(それでも、――せめて)」
 感謝を伝えたかった。
 御免なさいと言いたかった。
 足掻きにも似たそれは蛇足に違いなく、叶う筈など在る訳もない夢物語――情を殺める、毒足る行為。だから。
「(遣りはしない、)」
 白魚めく雫の指先は、胸元でそっと大事そうに両の五指を重ねて結ばれている。
 いずれ綻びるのならば、咲く様に匂やかなリボンが零れ落ちるのだろう――青藍色した薔薇の花弁の如き其れ、天鵞絨のリボン。
 おれの『産まれた』――隠の海に、沈めよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雲失・空
◆雨空

(──おや、
ああ、そうか。気を遣ってるんだね。
本当に、優しい子だ。)
ねぇウルル、桜、綺麗?
(自分の周りを泳ぐ魚の群れが、信頼の証のようで。愛おしい)

あれっ、そうなの?
絶対似合うとおもうけどなぁ~~~……
(とは言ったものの、リボンってどこか少女趣味っていうか…女の子感が強すぎるっていうか……
ウルルはともかく、私は───)
えっ、どれどれ………ああ、いいね。
(色は視えないけれど、君が選ぶなら、きっとそうなのだろう)

じゃあ私も…おばあちゃん!この子によく似合う色、見繕ってくれないかな?
そ、とびっきり綺麗なやつがいいな。
はい、お返し。これでお揃いだね?あははっ!


ウルル・レイニーデイズ
◆雨空

(この雨空をぼくの雨で汚すのも、偲びない。
そう思ったから、きらきら光る【魚雨】のさかな達を連れて行く。
小さな魚の群れから自分に必要な生存環境を創り出す。
カラなら一緒でも平気かな。
二人の間を、くるくると魚たちを旋回させながら、歩いてく。)
……うん。

……りぼん。 あまり、つけた事ない……
(髪の装飾とかあまりした事がないんだよね、ぼく。
ぼやきつつ歩いていれば、ふと目に明るい空色のそれが目に留まって)

……あ、これ。……カラみたい。
(きみに送るなら……髪よりは、別の所かな。
手首にきゅっと巻いてみる)

……ゎ。きれい……

……えと。
(折角だから、髪を括るように結んでみて)
…………ありがと、カラ。



●りぼんをふたりで
 宛ら傘の下はちいさな水族館だった。
 歩く度に風に揺れる、長い白髪に纏わり付く様なきらめくさかな達――否、じゃれているのかも知れない。
 傍らを歩くウルル・レイニーデイズのそんな様子を見遣って、雲失・空は、おや、と目許に柔らかな笑みを刻む。
 優しい子だ。気遣いの証の様なそのさかな達が今の彼女の命を繋いでいると、空は識っている。
 ウルルと、それから空の間とを楽しげに旋回し泳ぐそのさかなの姿がそのまま、ふたりの間の信頼なのだろう。
「ねぇウルル、桜、綺麗?」
 愛おしい。
 それを言葉にせずとも、きっと伝わってしまうに違いない。
 だって尋ねる声色は、こんなにも暖かで甘やかだ。
「……うん」
 控えめな声色で、眼差しを擡げたウルルがほんの僅かにはにかんで笑んだ。つられて空も笑み返し、ふたりの間に心地良い沈黙が幾許か在る。
 通りに犇めく屋台や出店の軒先には、どれも所狭しと極彩色のリボンが並んで壮観だ。
 傘をくるりと回して漫ろ歩きを愉しみながら、ふとそんな祭りの様相を眺め、ウルルの唇がそっと綻ぶ。
「……りぼん。あまり、つけた事ない……」
「あれっ、そうなの?」
 聞こえてきたその声に、数度瞬いて空はまじまじ彼女を見詰めた。
 意外だ。こんなにも似合いそうなのに。
「髪の装飾とかあまりした事がないんだよね、ぼく」
 空の眼差しに照れる様に少しだけ肩をきゅっと竦め、照れ隠しめいて熱心にリボンを見る振りをしつつ、ぼやく様にウルルがいらえる。
「絶対似合うとおもうけどなぁ~~~……」
 確固たる確信を以て空は唸る。
 その指先がフォトフレームを模す様に四角く型どられ、ウルルの方へと向けられた。白い髪、群れるちいさなさかな達、時折フレーム・インする桜の雨。中々の出来栄えだ。
 見えずとも視える。そのくらい解る。
 シャッター気取りで空がぱちんと片目を瞑ると、もう、と少しだけ頬を染めた被写体がはにかんだ。
「――あ、これ。……カラみたい」
 指先フレームの向こうでウルルがはたと足を止める。漸く手を下ろして、空も何を見つけたのかと彼女の手許を覗き込んだ。
 パステル・カラーのリボンを扱っているらしい軒先だった。どれもこれも華やかで愛らしく少女めいていて、空は瞬く。
 きっとウルルなら間違いなく似合うだろう。
「(けれど、私は――……)」
「カラ?」
 不思議そうに小首を傾ぐ仕草に、何でも無いよと笑って見せた。
 改めてウルルの細い指が、これ、と示すリボンを間近に見る――眼にも明るい空色のそれだ。柔らかな素材で出来ている所為か、くしゃりと皺が入れば影が入り混じって色合いが変わり、複雑な表情を見せてくれる様な逸品だった。
「どれどれ……、ああ、」
 導かれる儘に空の指先もそのリボンへと伸ばされる。触れてそれを確かめれば、口端に笑みが上った。
 たぶん、全部杞憂だったのだ。
 ――君が選んでくれたのだから、きっとそうだ。
「いいね」
 彼女がそう肯くのを見て、うん、とウルルも浅くこくりと首を振る。
 どんなに雨が降っていたとして、きみはいつも晴れているから――だから明るい、空の色を。
 空色のリボンを買い求めてそのまま、ウルルの指先がそれを空へと結わえて結ぶ。
 手首へそっと、信頼を重ねて。

 じゃあ私も、と空が華やかな笑顔を浮かべるのに、ウルルが頷き返すのが早いか彼女はその笑みを店主の老女へも向けていた。
「おばあちゃん! この子によく似合う色、見繕ってくれないかな?」
 よしきた、任せておくれよと小柄な老女はにこにこして店頭のリボンをあれこれ示す。
 ――どうしようかね、折角の白い髪だ、映える様な綺麗な色が良いかい? フリルやレースの細工はお好き?
「そ、とびっきり綺麗なやつがいいな」
「え、あ、……え、選んでくれるものなら、何でも――」
 ふたりの勢いの流されそうになりつつも、向けられた眼差しには幾度か肯いて見せる。
 ――そう、選んでくれたものならば、きっと何だって嬉しい。
 やがて老女が幾本か置いたリボンの中から、空の指先がたったひとすじを掬い上げる。
 瞳に良く似た艶やかな赤いいろ――その両端には、控えめな小ぶりのレースがあしらわれている。細身であるのに決して控えめ過ぎず、結わえれば人目を惹くだろう。
「はい、お返し。これでお揃いだね?」
「……ゎ。きれい……」
 陽の光を受けて、リボンはきらきらと燦めいていた。
 掌に齎された真昼の星の様なそれをそっと広げて、折角だからとウルルは髪を結わえる事にする。空の手もそれを手伝えば、あっという間に華やかなハーフアップの完成だ。
 面映い。
 くすぐったい。
 胸の内が、ふわふわする。
「…………ありがと、カラ」
 自分の裡を満たす奇妙な、けれど幸せなむず痒さに口許を綻ばせながらウルルは囁く。
 きっと一緒だ。
 だって空も、同じ様に口許をふんわり緩めて笑っていたから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エンジ・カラカ
賢い君、賢い君、キレイダネー。ネー。
桜がたーっくさん。

相棒の拷問具の賢い君と一緒に見て回る。うんうん。
君は話さないって知っているケドコレは君と話す話す。うんうん。

あのリボンを賢い君にあげよう。そうしよう。

君はもういないケド渡す渡す。
君にリボンは、あまり似合ってなかったなァ。うんうん。

リボンよりも糸が似合っていた。

賢い君、賢い君。
君は赤がよーく似合っていたいた。
コノリボンを届ける。

薬指の傷を噛み切り、拷問具の賢い君を起動させる。うんうん。
君の炎で燃やして、空にいる君に届けるサ。
アァ……空じゃなくて海?それとも灰…?

どこにいるンだろうネェー。



●赫
 桜眩まし――麗日な春の日和に多少異質なものが紛れ込んでいたとして、吹雪く桜と祭りに浮き足立った気配たちが、丁寧にそれを周囲の景色へと塗り込んでくれる。
 エンジ・カラカもそれに漏れない。
「賢い君、賢い君、キレイダネー。ネー」
 目眩のする様な目抜き通りの両端、桜並木を見上げながら、まるで連れ合いの誰かに話し掛ける様に暢気に喋るその声の――けれど向ける先は人でなし。
 それでも誰も気にしない。
 皆自分の事ばかり、連れ合う誰かの事ばかりだ。そうして誰かを想いながら歩くと云う枠組みの中にも、エンジは漏れない。
「賢い君はどういうの好き? いっぱい色々あるよネー、うんうん」
 相棒からの返事はない。まあ、口が無いのだから仕様がない。
 返事が無いだなんてそんな些事はちっとも気にする素振りもなく、尋ねては勝手に相槌を得、肯いては納得する。別にそれで困りもしない。
 君は話さないって知ってる。
「あっ赤いリボンだ賢い君。見て見てホラ見て、アレにしようしよう」
 如何にもベーシックな真っ赤なリボン。ひらひら幾筋も店先に並ぶ。
 ワァー、と素敵なものを見つけてしまって笑みが溢れた。にこにこ眺めてコレ下さい貰う貰う、と指先で示すと、奇妙な客にも店主の老婆はおっとり対応してくれた。
 受け取ったリボンを握り締めて礼を告げ、足取り軽やかに軒先を離れる。

 ――このリボンを賢い君にあげよう。そうしよう。
「君はもういないケド渡す渡す。嗚呼でも君にリボンは、あまり似合ってなかったなァ。うんうん」
 唄うように機嫌よくひとりで囀る。
 独り言ちて追憶してはまた得心して、握る掌から零れ落ちる赤いリボンの切れ端を、ひらと春に揺らすのだ。
 ――リボンよりも糸が似合っていた。
「賢い君、賢い君」
 少し往けば、建物と建物のちいさな隙間で足を止める。そこだけ少し、薄暗い。影の所為で陽気が届かず、ひやりと重たい。
「君は赤がよーく似合っていたいた」
 赤い舌先がちらと覗いて、けれど次にはもう薬指の傷を噛み切っている。
 拷問具たる賢い君をそうして起動させれば、満足気にその月色宿す双眸を眇めて笑った。
 赤いリボンを掲げて、ぱっと手を離す。堕ちていく。
 ――堕ちきる前に、端から燃える。
「君の炎で燃やして、空にいる君に届けるサ。アァ……、空じゃなくて海?それとも灰……?」
 どうだっけ。
 どっちだっけ。
「どこにいるンだろうネェー」
 いいか、と口端に笑みが留まった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鳴宮・匡
そこかしこに並ぶ出店の店先に揺れる彩を見遣る

目に留まったのは、夜空みたいな藍色のリボン
夜に浮かび上がるような紫花の刺繍に
一等大切なひとの姿を思い浮かべたから

涯てまで続くような青い花海の中で
約束を交わした日を思い出す

終わりを希求する想いはなくならなくても
きっとあの頃とはお互いに変わっていて
それでもこの手が届くには、まだ遠くて

前は、それがもどかしくて
急かすように言葉を紡いでは、困らせてたけど

今は不思議と、焦る気持ちはなくなって
この距離感もいとおしく思える
一歩ずつ近づけている、ような
それを許してもらえている、ような
そんな気がするから

このリボン、買います
大切な――
……好きなひと、への
贈り物に、したくて



●お前に
 記憶の向こうで夜が鮮やかに蘇る。
 涯てまで続く青い花海、それを渡る風の音と匂いが還ってくる。
『忘れても、いいヨ?』
『――忘れないよ』
 あの日交わした約束の色も温度も、だって忘れようがない。
 鳴宮・匡は瞬いて、一瞬の追憶行の引鉄となったリボンを見下ろした。
 夜空めくふかい藍色のリボンは光沢があって、少しだけ幅広だ。恐らくそれは、この緻密な刺繍を施す為のものなのだろう――夜色の生地には生き生きと、浮かび上がる様に紫花の刺繍が為されている。
 ちいさく可憐でも、夜のただなかにひとたび立てば輝かずには居られない――そんな姿を、この針跡に垣間見る。
 自分の眼差しをそこへ導く、灯りの如くに。
 自分の一等、大切なひとを。
「気に入ったかい」
「あ、――不躾に、申し訳ない」
 にこにこしながら気の良さそうな店主の老爺が笑う。
 声を掛けられ、初めて自分がそこまで見入っていた事に気付いた匡が少しだけ身動ぐと、いいさと彼は穏やかに首を振った。そうやって選んで、これぞと持って帰って貰うのが嬉しいのだから、と。
「……このリボンに似た雰囲気の、そんなひとを、識っていて――」
 矯めつ眇めつしてしまった理由をそんな風にそっと明かして、匡は頬を掻く。
 言葉にしてしまえば、自分の中で型に嵌った気がする。そう、確かにこのリボンに、この刺繍に彼女を重ねた。
 ――終わりを希求する想いはきっと、無くならない。
 けれどそれでも、この手がまだ遠い、と――距離を測れる様になったのだと自覚を出来るくらいには、あの頃とはお互いに変わってしまっているのだ。
「このリボン、買います」
 柔らかな沈黙を、老爺は心地良く待ってくれていた。
 有難う、良き人に渡せて僕も嬉しいよ、と笑いながら、ちいさな包みにしてくれる。そうする間に、好奇心を宿すちいさな眼が匡を見遣って問い掛けた。
 ――どなたに渡すんだい。聞いても良ければ。

 距離を、もどかしいと思った事だって在った。
 急かす様に言葉を紡いで、困らせた事だって在ったに違いない。
 今は不思議と焦る気持ちは無くなって――この距離感も、いとおしく思える。
 ひとつひとつ、一歩ずつ、丁寧に近付けている、ような。
 それを許して貰えている、ような――そんな気が、するから。
「大切な、――……」
 そうやって自分の中で解く様に折り合いを付けて、漸くこの言葉が出てくるだなんて、我ながらなんて面倒臭いと匡は笑う。
 別にそれでもいいかと考え直した。
 返答はちっともスマートではなかった。
「……好きなひと、への。贈り物に、したくて」

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャト・フランチェスカ
円/f10932

わあ、凄いや
人混みはちょっと苦手
…袖、皺になっちゃうよ
手を繋がせて?

ここに居る人の数だけ
贈りたい想いがあって
それぞれに物語があるって思ったら
わくわくしてきたよ

人間模様に色とりどりのリボン
目が回りそう
人間観察って悪い癖かな

円も理想の一本を見つけた?

よかったら
受け取ってくれるだろうか

天鵞絨を思わせる手触り
紫檀色に金の縁取りが施された幅広のリボン
両端に真赤な宝石飾りが揺れる

きみの洋服にはこんな色合いかなって
小物にも気を遣う、お洒落な円だもの

綺麗だね
雨上がりの大好きな花みたい

きみとまた桜の下を
いいや、もっと色んな世界を歩けますよう

ポニーテールが見てみたいなあ、なんて
結んでも構わないかな


百鳥・円
シャトのおねーさん/f24181

人酔いは大丈夫です?
良ければ振袖を掴んで…
んふふ、わあい
手袋を外して手を繋ぎましょ

夢や憧憬を求めて
あちこちへと視線を向けます
職業病ですねえ
おねーさんもおんなじでしょうか

もっちろーん!
観察をしつつちゃあんと見つけましたとも

薄紫を要に
片や水色へ
片や桃色へ
移ろう色彩は紫陽花
花びらのようなレースも愛らしい

この透け感がステキでしょう?
これからの季節にぴったりですの

わたしからおねーさんへ
縁を繋いで下さってありがとうと
あなたの夢が叶いますようにと思いを込めて!

ステキなリボン!
繊細な装飾にうっとりです
早速使いたいなあ

ふふ、結んでくださるんです?
上機嫌に両耳が動いてしまいますよう



●物語を寄す
「わあ、凄いや」
 溢れるひと、ひと、ひと。
 その隙間を縫う様にして色彩もまた溢れ、負けじと頭上からはとこしえ桜が降り注ぐ――サクラミラージュの春の祝祭は、爛漫の晴れ空に抱かれて盛況だ。
「人酔いは大丈夫です?」
 感嘆を漏らした彼女――シャト・フランチェスカがそれを少しだけ苦手に思っている事を識っているから、百鳥・円は柔くそう尋ねて片手を差し出す。
 振袖を、と勧める円にシャトの指先が少しだけ躊躇ったのは、その麗しい着物に皺を作ってしまうのを慮った所為だ。
「手を、」
 繋がせて、と。
 仄かに口端に笑みを乗せて密やかに覗えば、円はんふふと満足気に笑って、自らの手袋をするりと抜き去った。

 溢れるほどのひとの波間に、新たな色彩がふたつ増える。
 華やかに靡くミルクティ色と、淑やかに揺れる紫陽花色――ふたりの間の指先はあえかに繋がれて、けれど解かれる事はない。
 桜と色彩に満たされた路を征けば、眸の端々に艶やかな物語が、人の数だけの想いが引っ掛かっては過ぎ去ってゆく。
 きっと皆、誰かに想いを贈りたくて撰ぶのだろう。それはひとりひとつ、掛け替えのない彼ら彼女らにしか紬げぬ物語だ。
 きっと皆、そのちいさな胸に仕舞い切れないほどの夢と浪漫と憧憬を秘め、それを顕現せしめるリボンひとすじを求めて歩くのだろう。誰にしも譲れないものが在る。
「職業病ですねえ」
 そんな風に円の声色は笑う。
 おねーさんも、と言いたげに此方を窺う眼差しを受け止めて、そうだねとシャトも笑んでは肯いた。
「きっと誰もがそれぞれに、想いに纏わる物語を持っているんだ。わくわくしてきたよ」
 成程、と円の双眸が瞬く。
 繋ぐ手を年上の彼女に甘える様に揺らして、尋ねるかたちで小首を傾ぐ。
「おねーさんは?」
 え、と、今度は問われたシャトが瞬く番だ。
 どこかで誰かたちを虜にしてきた円の魅惑の眼差しが、きゅうと愛らしく眇められる。
「それならきっとシャトのおねーさんにも、物語があるのでしょう?」
 少しだけ逡巡する間が空いて、そうだね、とシャトは呼気を春の気配に揺らしてみせた。
「けれど今日のリボンは、きみの為のものだから――物語を託すならそれだって、きみの為のものが良いなあ」
 色とリボンとそこに籠める願いと想いと、そんなもので周囲の人間模様は彩られている。
 目眩く――目が回りそうだと穏やかな語尾が括れば、ふふ、と少しだけ擽ったげに円が笑った。
「わあい、嬉しい! わたしもね、ちゃあんと探しているのですよう」
 幾重にも折り重なる極彩色のリボンの中、人の感情で溺れそうな目抜き通りの海の中、花降るなかで手に取るのはたったひとすじ――傍らにいるあなたの為に。
「円も理想の一本を見つけた?」
 少しだけ通りを逸れて日陰へ入れば、ひやりと涼しい気配が熱持つ頬を、耳許を宥めてくれる。
 シャトがそう語尾を上げれば、もちろん、と華やかな声音がいらえて肯く。
 ならば、とそうしてシャトのその掌が恭しく、ひとすじのリボンを示して見せた。
「よかったら、受け取ってくれるだろうか」
 とろりと光沢持って微睡むのは、天鵞絨めく手触りの紫檀色のリボンだ。
 幅広のそれには金の縁取りが贅沢に緻密に施され、両端には真赤な宝石飾りが揺れている――きみに添うものをと探し当てた、彼女の物語に寄り添う為の小節めく。
「きみの洋服には、こんな色合いかなって」
 円が小物にまで気を遣うお洒落さんである事は、シャトは勿論よくよく知っている。
 差し出されたリボンを受け取って、円はわあ、と感嘆をその唇から零してはにかんだ。ステキ、と蕩ける様な夢見心地で囁く――繊細な装飾は、彼女の眸を惹き付けてやまない。
 それをそっと胸元に抱いてから、今度は円の手許がすいとシャトへ差し出される。
「これは、わたしからおねーさんへ」
 示されたのは涼やかなリボンだ――薄紫を要として、片や水色、片や桃色へと朝ぼらけの様に色合いが揺らぐ。宛ら紫陽花の如くと思えるのは、あしらわれた愛らしいレースがまるで花弁の様にも視えるからなのだろう。
 壊れ物を扱う様に、シャトの指先がそれをそっと懐く。
 綺麗だね、と囁いた。
「雨上がりの大好きな花みたい」
「でしょう? 縁を繋いで下さってありがとうと、あなたの夢が叶いますようにと思いを込めて!」
 誇らしげに頬を緩める円を見詰めて、夢、とシャトが口中でちいさくその音をなぞる。
 きみとまた桜の下を――いいや、もっと色んな世界を歩けますよう。
 浮かぶそんな願いをそっと畳んで、裡の大事な部分に仕舞い込む。
 それから、朗らかに小首を傾げて見せた。
「ポニーテールが見てみたいなあ、なんて」
「ふふ、結んでくださるんです?」
 返答の代わり、いらえる様に円の両耳が機嫌良くはたりと揺れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
深尋(f27306)と

すごーい!本当にリボンがいっぱいね
桜もとっても綺麗
深尋、折角だからあたしに似合うリボンを選んでくれる?
あなたに選んでほしいの
とびきり素敵なのをお願いね!

あたしも深尋に贈るリボン探し
リボンに限らず何かを贈るって素敵なこと
だって贈る物にも相手にも
それぞれ想いを籠めるんだもの

あなたを想って選ぶのは
星空みたいな深い青
金糸で縁取られた滑らかな手触りのそれを手首に
綺麗な蝶々結びにはならないけれど
あたしの祝福付きだもの
悪いものからあなたを守ってくれるはずよ

あなたの掌に招かれて、差し出されたリボンに瞳が輝く
早速しあわせになれたわ、ありがとう!
髪に結んで、きっと、とびきりの笑顔を浮かべてる


波瀬・深尋
キトリ(f02354)と

すごい数のリボンだな
俺が選んだもので良いのならキトリにあげるよ
元々最初からそのつもりだったし
俺が贈るのは、お前以外に居ないからな

今まで誰かへの贈り物なんて
考える機会もなかったけど
──悪くはないのかもしれないな

星空みたいな深い青を見て瞬きひとつ
綺麗な結び方でなくてもいい
手首で輝くリボンに双眸を細め
ありがとう、とやさしく紡ぐ

ほら、キトリ、おいで
手のひらを上に向けて呼びかける
君を想って選んだのは
暗い夜を照らす一等星のような金の縁取りに
何もかもを包み込む夜みたいな青藍のリボン
針の糸みたいに小さいから
俺には結んであげられないけど
代わりに想いは込めたよ
しあわせが舞い降りてくるように



●夜の階
「すごーい! 本当にリボンがいっぱいね」
 両のアイオライトを輝くばかりに煌めかせながら、春と色彩に浮かれる目抜き通りの只中で、キトリ・フローエは感嘆を上げた。
 声音に合わせ、彼女の背の翅が震える様子を愛らしく見遣りながら、傍らの波瀬・深尋も同意を示す様にちいさく肯く。
「すごい数のリボンだな」
 賑やかに客引きの声を上げる店も在れば、物静かに品物を並べるだけの店だって在る。
 多種多様な出店の軒先の、そのどれもに共通するのがリボンしか並んでいない――それだけだ。
 春の最中、色彩の渦、籠めた想いを繋ぐもの。すてきね、とじゃれる様に囁くキトリの眼の前を遮る如くひらりと桜がひとつ舞い落ちていって、その擽ったさにまた笑う。
 ね、と彼女は悪戯めかしてその双眸を眇め、肩越しに彼を覗き見た。
「深尋、折角だからあたしに似合うリボンを選んでくれる?」
 勿論、と迷う事なく深尋は口端を持ち上げる。
「俺が選んだもので良いのなら、キトリにあげるよ」
 元々最初からそのつもりだったし、と軽口めく語調で深尋が紬げば、相槌を返す代わりにキトリの翅がふるりと震えた。
 丁度ひらりと降り来る花弁をひとつ捕まえて、戯れの様に口許を隠す――まるで貴婦人がそうする様に。
「あなたに選んでほしいの」
 とびきり素敵なのをお願いね、と菫青石を懐く双眸が笑うかたちでついと流される。
 ちいさなレディのその申し出に、深尋は喉奥を揺らして少しだけ笑った。だってあんまりにも可愛らしい。
「うん、」
 行こうか、とエスコートする様に通りの向こうを眼差しで浚って、それから柔くくすませる。
「俺が贈るのは、お前以外に居ないからな」
 歩き出せば、無数の誘惑が引く手数多でふたりを待ち受けているのだろう。
 あちらに見える華奢な刺繍は? 少し違う気がする――ならばあちらの贅沢な生地使いの大振りなものはどうだろう、然しこれもまたピンと来ない――リボンを矯めつ眇めつしては、傍らにある相手の顔をちらと見遣ってううん、と唸る。
「リボンに限らず、何かを贈るって素敵なことだと思うの」
 むう、と撰びかねて難しい顔をしたまま、キトリは独り言めいてそう零した。
 同じく真剣味を帯びる横顔で出店を眺めていた深尋は、彼女のそれを聞いて瞬きながら顔を上げる。
「そうだな、確かに。今まで誰かへの贈り物なんて、考える機会もなかったけど――」
 悪くはないのかもしれないな、と穏やかに括る。
 お互いがお互いへ贈り合うプレゼント探しを間近で見守る、と云うのはほんの少し面映い。
「素敵なのだけど、やっぱり難しいわ。だって、想いを籠めるんだもの」
 贈る物にも相手にも、それぞれ大事に想いを籠める――だからこそ、難しい。
 彼女の細い横顔にも、自分と同じく真剣さが宿っている。それがなんだかとても嬉しくて、深尋は彼女に知られない様にそっと破顔した。
「じゃあ、もっとゆっくり見よう。付き合うよ」
 ゆっくり眺めて歩く方が、彼女もきっと撰びやすいと思ったからだ。
 けれどほんの少しで良いから、この穏やかできらきらした時間が続きます様にと密やかに願ったのもまた、本当だった。

 満足気な顔をしたキトリは、そのちいさな掌で大きなリボンを掲げる様にひらりと揺らす。
 否、彼女にとって大きいだけで、実際はもっと細身で華奢だ。きっと彼なら、深尋なら手首に結わえれば丁度良いだろう。だからちかちかと翅を瞬かせて跳ね、全身で頑張る。
「あなたを想って、選んだの」
 あたしの祝福付きよ――少しだけ誇らしげにそう言い添える。
 星空めく深い青地は滑らかで、華やかな金糸が両側を縁取っている意匠のそれは、少しだけ不格好に深尋の手首へと蝶々結びで贈られる。
 ――悪いものから、あなたを守ってくれますように。
「ありがとう、」
 やさしい声音が、キトリへ向けてそんな風にそっと紡ぐ。
 星空を染め込んだみたいな深い青――覗き込んで瞬く。きれいだ。結び目が不格好な事なんて、微塵も気にならない。
 そうして深尋は、おいで、とその片手を彼女へ差し出し手招いた。
「ほら、キトリ」
 掌を上に向けて誘えば、ふわりとちいさな体躯がそこに収まる。
 深尋の指先が摘んで示すのは、細い金の糸めく妖精のリボン――否、金色ばかりではない。金の縁取りこそキトリから贈られたものに良く似ているけれど、落とし込まれた青は別物だ。
 何もかもを包み込む夜の気配、青藍のそれ。
 ――君を想って、選んだんだ。
「俺には結んであげられないけど――代わりに、想いは込めたよ」
 妖精向けのサイズのリボンを、そんな台詞と共にそっとキトリの掌へ落とす。
 そうして深尋は柔く口端を擡げ、祈る様に囁くのだ。
「しあわせが、舞い降りてくるように」
 降る様に受け取ったリボンを、キトリがじいっと見詰めて眸を輝かせる。
 それからそろりと結わえていた髪を解き、代わりに高い位置でひとつに纏めた――勿論、貰ったばかりのリボンで。
「ね、ほら」
 結わえたばかりのポニーテールを凛と揺らし、キトリはとびきりの笑顔を深尋へ向けた。
「早速しあわせになれたわ、ありがとう!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

酒崎・憇
※アドリブ歓迎です

リボンのお祭り……とても華やか。
職人が手掛けた一品もの、お気に入りは見つかるかな?

一つと言わず、色々と見て回ろう。
髪を飾るものは、いくらあっても困らないから。

灰となって空へ昇るリボンを目で追い、ふと思う。
遠い遠い昔、別れた人たちにも届くだろうか。

長いこと眠っては覚めての繰り返し。
出会っては別れて、時の流れに移ろって。

顔も思い出せない人も、ぬくもりを覚えている人もいる。

お別れは済ませているけど、
たまには何か送るのもいいかもしれない。

リボンなんて柄じゃない人もいるけど、
いくつか見繕って、私も空へリボンを届けよう。

あの子には矢絣のものが、
彼にはリボンタイなどいいかもしれない。



●彼方へ
 この街の春と色彩がひとところに寄り集まったかの様な風体の目抜き通りは、誰にでも歓迎する様にその両腕を広げてそこに在る。
「すごい……とても華やか」
 時折悪戯に吹く若い薫風に髪を乱される。
 豊かな金髪を抑えて双眸を眇め、繰り広げられる色彩の渦めく祭りに酒崎・憇は感嘆を零した。
 春の匂やかな気配も相俟って、自然と浮き足立ってしまうのを諌めながら――だって、折角ならゆっくり見て回りたいもの――憇は通りを進んでゆく。
「――あら、」
 華やかな刺繍が施されたリボンを取り扱う出店に視線を取られ、憇が立ち止まる。
 店番らしき青年はすかさず、やあ綺麗なお嬢さん、うちは縁起物の意匠の刺繍が得意でね、なんてセールストークを滑らかに繰り広げる――貴女みたいな綺麗な髪の人にはきっと似合うよ、どうだい?
「そうね、それじゃあ……」
 自信満々に品物を勧める様子に違わず、並ぶそれらは確かに腕利きの名品揃いだ。
 ゆっくり眺めてみようとそちらに爪先を向けた所で、視界の端を掠める“それ”に眼差しが惹かれる。
 ひとすじ、リボンが舞ったのかと思った――けれど、違った。
「――、あれは……、」
 憇の見つめる先に気付いて、ああ、と店番の青年が何でも無い様に零す。あれはね、もう居なくなってしまった人へ贈っているんだ――そういう風習が、あるんだよ。
 灰色の煙が震える様に燻る。街の片隅でそうやって、穏やかにリボンを燃すひとが居る――空へ昇ってしまったひとへ、想いを籠めて贈る煙のみちすじ。

 ごめんなさい、と断って店先を離れ、憇は再び歩き出す。
 ――遠い遠い昔、別れた人たちにも届くだろうか。
「(顔を思い出せない人も、ぬくもりを覚えている人もいる……)」
 長いこと眠っては覚めての繰り返し。出逢っては別れ、時の流れに移ろって――いつしか、皆と擦れ違ってゆく。
 それは長い長い命もつ自らの宿業だ。
 嘆く事も後ろめたく感じる事も無いのだけれど、でも。
「ねえ、何色が良い?」
 ふ、と口端で笑って憇は独りごちる。
 別れはきちんと済ませてきた。
 それでも偶には――こんな時にくらい、なにか贈るのも良いかもしれない。
 ――ねえ、何色が良い?
 あの子には矢絣が良いだろうか、あの彼にはリボンタイ――もっと見てみよう、もっと合うものが在るかもしれない。
 そうやって、私も空へリボンを届けよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネムリア・ティーズ
叶(f07442)と

――病弱で眠ってしまった女の子
浮かぶ記憶にぼんやりしていると
とりどりの彩が飛び込んできた

わあ…リボンがいっぱいだ
すごいね、想像よりずっときれい

叶、ボクたちもリボンの交換をしよう?
ふふ、それならボクもとっておきを選ばないとだ

軽くなった足取りで次はこっちとキミを呼ぶ
選んだのは柔らかに花拓く、淡い桜絲のリボン

ねえ、手首をかして?ふれないように気をつけるから
そっと、そうっと
左手首に春を結ぶ
いっしょに見た春を贈りたいと思ったの

ボクの右手首には煌めく星空がひらりと舞って
…ありがとう叶
ほんとうだね、照れちゃうの
溢れる嬉しさに小さく咲う

あのね、…はぐれないように
リボンになら、ふれてもいい?


雲烟・叶
ネムリア(f01004)と

ネムリアのお嬢さんと来ようと思ったんです
誰かを想う涙ならお前が適任ですから

おや、思ったより華やかなお祭りですねぇ
構いませんよ、お嬢さんならどのリボンもお似合いでしょうし気合いを入れて選ばないといけませんね

目に付いたリボンは、濃紺の絹に細い金のステッチが星空のようで美しかった
星のようなこの娘には、きっと良く似合う

触れないようにと言ってくれたから、信じて差し出した手首に飾られる柔らかな花の色
……ありがとうございます
ふふ、何だか照れますね
お嬢さんには、夜空を彩る星の煌めきを

……そうですねぇ
ええ、リボン越しに、繋いで歩きましょうか
これなら、直接でなくともお前に触れられますから



●つないで
 想いを馳せる。
 病弱で、眠ってしまった女の子――重なる様に、記憶の深部が鳴動していた。
 澱積もる水底の感触に、ネムリア・ティーズは少しだけぼんやりする――けれどそんな彼女を春へと引き戻す様に、目抜き通りに足を踏み入れれば極彩色が渦巻いていた。
「ネムリアのお嬢さんと来ようと思ったんです」
 共にその色彩の坩堝を視界に納め、双眸を眇めて笑む色を滲ませ、雲烟・叶はネムリアに向けてそう告げた。
 誰かを想う涙なら、彼女が適任だと思ったから。
 言葉でいらえる代わりに甘く笑み返して、ネムリアは肯く。改めて視線を街の目抜き通りへと抜ければ、活気と色彩と春とが犇めき渦巻く様子に圧倒されてしまいそうだ。
「おや、思ったより華やかなお祭りですねぇ」
「すごいね、想像よりずっときれい」
 たくさんのリボンに出迎えられて、各々に感嘆を零す。
 通りの、或いは街のそこかしこでは、買い求めたばかりと思しき煌めくリボンを手に手に、老若男女がそれを贈り合っている光景も見て取れた。皆が皆嬉しげに――偶に少し緊張した風に、恭しくリボンを相手に捧げている。
 いいな、と胸の中が疼くより先に、ネムリアの唇から言葉が零れ落ちていた。
「叶、ボクたちもリボンの交換をしよう?」
「構いませんよ」
 可愛らしい願い事を断る理由も意思もない。勿論、と首肯して叶は申し出を受け取った。
 そうして笑って続ける。
「お嬢さんならどのリボンもお似合いでしょうし、気合を入れて選ばないといけませんね」
 軽口に釣られてネムリアも微かに笑う。
「ふふ、それならボクもとっておきを選ばないとだ」
 口調は軽やかなれど、時を経た器物に宿るふたりなれば、“もの”を見定める審美眼だって備わっていようもの。
 たったひとすじ、気に入るものを――そんな決意を胸に見渡せば、リボンの海たる目抜き通りにだって、眼差しを捕らえて離さないものがひとつ、ふたつと見えてくる。
 叶が足を止めたのは、まるで漣の様な店先だった――否、違う。夥しい数のリボンはどれも、色合いの異なる青で染め抜かれているのだ。
 ――如何ですか。空から海まで、どんなお色も御座いますよ。店番の女が微笑んでいる。
「ならば、星空も? ――嗚呼、本当だ」
 手袋に覆われた叶の指先が、そろりと商品の空を撫ぜて捜す。ぴたりと留まるその先にはひとすじの夜空だ。
 濃紺の絹には細い金のステッチが施され、宛ら星空の如くに煌めいていた。
 贈り先の少女を思う。星の様なあの娘を――今日は傍らで輝く星を。きっと良く似合うだろう。
 店番と一言二言遣り取りを交わしてリボンを手にした所で、こっち、と可愛らしく呼ぶ声が聞こえた。星の声だった。
「何を選んだんです?」
 買い物を終えて戻って来たらしいネムリアの、その手に持つ包みをちらと見て叶は尋ねる。
 ふふ、と彼女はあえかに笑んで小首を傾いだ。
「内緒」

「――ねえ、手首をかして? ふれないように、気をつけるから」
 叶の事をよくよく識っているからこそ、慮る様に付け加えられたその心遣いと言葉が心地良い。
 ネムリアがそう言ってくれたのだからと、それを信じて叶は素直に手首を差し出す。手袋に覆われない白い肌が、春の陽射しを雫の如くに照り返していた。
 ありがとう、と小さくネムリアは囁いて、その左手首にそっと結ぶ――大事そうに、そっと。春を、結ぶ。
「いっしょに見た春を、贈りたいと思ったの」
 内緒話が開花する。そっと、そんな風に本音を囁く。
 はなひらく春の桜絲、細いリボンは花弁の如くに密やかな佇まいで揺れていた。共に過ごしたこの日を想い出にして贈りたくて、これを選んだ。
 花咲く様に飾られたそれを見下ろして、叶は少しだけ口許を緩める。
「……ありがとうございます、何だか――」
 照れますね、と。最後のひとつは小さな声音で添えられる。
 そうして叶が、ひらりと手招く様に掌を上に向けて見せた。こちらへ、と云う意思表示にネムリアは眸を眇めて、彼女はそろりと右手を差し出す。
 お返しの様に、彼女の右手首には夜が結ばれるのだろう――夜空を彩る星の煌めきは、彼女の細腕には良く似合っていた。
 揺れる星空をひらりと舞わせ、ありがとう、とネムリアは頬を緩める。
 そうして少しだけ間が空いて、陶磁器の様な白い頬に薄っすらと桃色が透けた。
「ほんとうだね、照れちゃうの」
 冷たい記憶を沈めた底から喜色が溢れて、そうだ、嬉しいのだ。
 花咲く様に笑う儘、ネムリアはあのね、と叶を見上げてそっと尋ねる。
「はぐれないように、――リボンになら、ふれてもいい?」
「……そうですねぇ」
 思案の色はけれど浅い。叶もまた彼女の暖かな笑みを見遣って、ええ、と息を吐く。
「リボン越しに、繋いで歩きましょうか」
 これなら、直接でなくともお前に触れられますから――と、添えられた台詞にネムリアの頬がまた染まる。
 春の咲き溢るる寧日に、ふたりの背が再び歩き出すのだろう。
 リボンのあわいに繋がりを結んで、色彩を征く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
f01543/イアさんと

此の世界は絶えず桜の降るという
終わりなき花の代であるのに
儚く目に映るのは
郷愁と呼ばれるものを胸に誘うからなのか
継ぎしいのちも無き宿神の己にまでも

――えぇ
溺れてしまいそう

イアさんの澄んだ声音も
花へと伸ばした透き通る指先も
春にとけゆく幻みたい

翻る彩りで彼の指を結んだなら
現に、傍らに、
留めることが叶うだろうか
そんな胸中の白日の夢に零す吐息は
私だけの秘密

あなたには青をみるかしら
銀絲の縁取りの青が良い

風に游ぐ青のリボンに指を伸ばしかけ、
問いへ幽かに首を傾いで柔らに笑んで

忘れた想いがいつかあなたに還るように
いっとう耀くふたつの星の色は如何

「君」と呼ばれた誰かの眸は
何色だったのかしら


イア・エエングラ
f01786/綾と

まあ、桜の花の降るねえ
白い花弁に溺れるようね
彩追い掛ける足取りで
振り返りはするけれど
目瞬きの間に融けそうね

ちればこそだけども
やあ、一緒に溺れてくださるの
掌で撫でれば視線も游ぶ
光の透くよなリボンをひらり
貴方に、綾に、結うなら何色かしら
埋もれず抗わず、貴方へ添うなら
束ねる程透き徹る白の薄紗かしら

君に贈るなら、何色だろか
籠める意味も、忘れてしまって
――贈るなら、何色が良いと思う?

枝垂れる枝追い見上げる眸は
穏やかで陽に透く葉のようねえ
そかそか、それも、良いかしら
沢山あるもの、見繕うのは楽しかろ
そんでもね、ほんとうは、
だれにも結わう、気くてねえ
溺れる前に、返しましょうな



●色の隨に
 降り頻る桜の雨を宛ら海に喩えたならば、溺れる、だなんて台詞がふと浮かぶ。
 たぶん、互いにそう思っていた。本当に、雨の如くに桜が降るから――花が積もって、波散る様にあなたの顔を隠すから。
 儚い、と声にはせずとも唇が言葉をなぞる。都槻・綾の視線の先には花弁の向こう、光がひとつ、ひとのかたちをして此方を振り返っていた。
「白い花弁に溺れるようね、」
 イア・エエングラはあえかに笑む。
 色彩にいっとき背を向けて、綾をひたと見据えた。融けそう、なんて言葉は胸の抽斗に仕舞い込む。
 縁薄い郷愁なんてものを胸に懐いた心地で以て、綾もまた、いらえる様に喉を鳴らす。
「――えぇ、」
 溺れてしまいそう、と、声無く唇が音を結んだ。
 春の陽射しが視線の先に、変わらずひとのかたちを結んでいる――イアと云う名の彼を。
 透き通る指先が光を溢れ零して瞬く度、眸が囚われて離せなくなるのを自覚していた。
 春にとけゆく、幻だった。

 ――どうぞ御手に取って、綺麗なあなた。
 店番の穏やかな老女が、その皺だらけのふくよかな掌で店先を指し示す。華奢で繊細な細工のものばかりが居並ぶそこは、ひっそりと息を止めてしまいそうな程に美しい。
 イアがそっと恭しい手付きで摘み上げるのは、光を透かす程に薄い紗のリボン――白い糸で細かな意匠が縫い込まれている。
 持ち上げただけでひらりと不安定に風に揺れ、よくよく視ようと擡げる程に視界をひらついて悪戯ばかりだ。
 光の輪郭に融け消えそうなリボン越し、イアの眸が瞬いて彼を見る――傍らの綾を。
「一緒に溺れてくださるの、」
 ふと口の端に笑う色がじゃれついた。白いリボンはきっと波間だ。
 あたたかな真昼に観る夢とは、こんな心地なのだろうかと綾は思う。夢を観る――光のあいまにその隙間に、柔く踵を返す誰かの背を。
 ――この春に翻る彩りで彼の指を結んだならば、留めることが叶うだろうか。
 現に。
 この、傍らに。
「――……、」
 胸中に滲み出る様にして浮かぶそんな夢を、白日の夢に散らして秘してしまおう――これは、私だけの秘密だ。
 そんな裡に仕舞い込んだものを識ってか識らずか、再びイアの唇が綻ぶ。
 謳う様に尋ねる様に、けれどきっと詮無い独り言だ。
「貴方に、綾に、結うなら何色かしら」
 埋もれず抗わず、貴方へ添うなら。
 色彩の海、春の隨にふたりの視線がいちど、はたと重なり合う。似合う色を見定めている気もしたし、違うものを探ろうと、或いは掴み取ろうとしていた気もする。
「束ねる程透き徹る――白の薄紗」
 如何、と浅く首を傾ぐと共に眼差しが綾を仰ぐ。
 ならば、と呼気と共に緩く笑って、いらえる様に彼はイアの頬ちかくへと袖を寄す。そこには艶やかな青い色が在って、映え様がよく見えた。
「あなたには青をみるかしら――これならば、そう、銀絲の縁取りの青が良い」
 ただの青だけでは物足りない気がした。きらめきが、目眩く何かが。
 柔い匂やかな陽射しは青の色味を少しずつ照り変えて、イアの横顔に華をつくる。
 目配せひとつと口端の笑みだけ絶やさずに、けれどイアはふいとそこから躰を引いた。厭うそれの仕草ではなく、ただ別の何かに惹かれてそうするのだ。
「君に贈るなら、何色だろか」
 ね、と聞きたがる様に語尾が丸みを帯びている。
 籠める意味すら手放して――忘れてしまって、けれど貴方に似合う色を、ずっと考えている。
「――贈るなら、何色が良いと思う?」
 問われて綾の、風に游ぐ青のリボンを徒に追い掛けていた指先がひたりと止んだ。
 吟味する如くに、幽かに首が傾げられる。柔く口端に滲む笑みは、そう問うてくれた彼ひとりへ向けるものに相違ない。
 そうして少しだけ、青磁色の眸を眇めた。
「忘れた想いが、いつかあなたに還るように」
 たぶん、祷る様な心地でいた。
「――いっとう耀く、ふたつの星の色は如何」
 甘やかな沈黙は、少しだけ雪の様にしとやかでおもたい。この春の陽気におかしな事だ。
 そう、“君”と呼ばれた誰かの眸は何色だったのかしら――続く言葉は何となし、喉奥へと飲み下した。
 聞いた所でどう思うだろう。それもまた蒐集したいと考えるだろうか。己が香炉へと。
 優しい無言の幕をそっと引くのは、ふと眼差しを下げるイアの声だった。
「……そかそか、それも、良いかしら」
 慎ましやかにそんな所作をするのは、かのひとの眸を覗き込んでしまったからだ。
 穏やかで陽に透く葉の様ないろをしている――枝垂れる枝を追うその眸を、追い掛けてしまう。
 綾錦、粧す彩りはそれこそ千紫万紅で、見繕うのは楽しかろう。
 ――それでも。
 ――ほんとうは。
「だれにも結わう、気もないの」
 囁きは喧騒と云う名の漣から、そっと綾へと寄せられる。
 潮の満ち引きに拠ってそうなる様に、幻めく春の海が明けてゆく――目抜き通りが、還ってくる。
 綺麗なものを砕いて鏤めたかの様な声が、それでも耳朶を擽った。
「溺れる前に、返しましょうな」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
りゅうこ(f28178)と

姿形こそ捉える事は叶わないが
見渡す限りの薄紅の彩が視えて居るのだよ。

りゅうこは人波が得意そうだね
逸れてしまわぬ様に真横を歩もう
其の為に呪符を貼り付けて来たのさ。

不思議な催事が行われている様だ
結び紐……ああ、リボンと云うのだね。
此れを大切な人物に贈るのかい。
りゅうこは――おや、私に呉れるのかい?
誠に光栄な事なのだよ。

私は……そうだね
此のリボンとやらを、受け取ってお呉れ。
君は私の、数少ない友人だからね
贈るのならば、君へと贈りたいのさ。

くすんだ視界でも見映せる彩り
白地に金の装飾をあしらったひと品さ。
不器用故に、小指には結わう事は出来ずとも
君の手首へとぎこちなく結び付けようか


片稲禾・りゅうこ
かくり(f28103)と

うっはは!すごいぞかくり!どこに行っても桜が満開だ~~~!!
おっとかくり、手を繋ごうぜ!これで安心だろ?
ほらほら、なんかあっちは人がすごいぞ~~~!

ふむふむ、りぼんを贈るのか………
りゅうこさんは~……そうだなあ~……
大切な人なら、やっぱりかくりだろう!トモダチだからな!
かくりは誰に贈るんだ?
えっ!?いいのか!?
…ふふ、いやいや!うれしいなあ!

そうだなあ……かくりと言えばやっぱり灰色の……
──いや、贈り物の色としては微妙だなあ
それにほら、着けても分かりにくいのは嫌だしな!
さ、これでどうだ?りゅうこさんと同じ青漆だ!
小指に巻いて……よし!トモダチの証だ!



●小指に燈す
 春の気配が匂やかに花開き、その嫋やかな両腕でふたりを出迎えている。
 見渡す限りの薄紅が、爛漫と咲き誇るその彩りが、揺・かくりにだって視えている――呪符のちからを借りて地を歩みながら、彼女は連れ立つ片稲禾・りゅうこの傍らにそろりと立った。
「うっはは! すごいぞかくり! どこに行っても桜が満開だ~~~!!」
 りゅうこが朗々と声を上げ、花にも負けない満開の笑みで目抜き通りを一瞥する。
 進み出そうとしたところで、おっと、と彼女の掌が軽やかにかくりの手を取った。
「手を繋ごうぜ! これで安心だろ?」
「りゅうこは人波が得意そうね」
 繋いだ手は、春の陽気の許でも尚暖かい。
 ぽかぽかと温もりの伝わる掌に、そして向けられた言葉と配慮とに少しだけ目許を緩めて、そっと柔くに握り返しながらかくりは囁く。
 逸れてしまわぬ様に真横を歩もう――その為の呪符だ。
「ほらほら、なんかあっちは人がすごいぞ~~~!」
 先導する様にりゅうこが手を引く。
 浅く顎を引いて頷き返しながら、ふたりの娘が春の只中へと泳ぎ出して行った。

「結び紐……ああ、リボンと云うのだね」
 不思議な催事だと瞬けば、彼女らを観光客と見た売り子の少女が、きららかな笑みで以て祭りの趣旨を説明するだろう。
 思えば通りの出店には、どこもリボンばかりが居並んでいる。成程これか、と綺羅びやかなそれらを矯めつ眇めつするかくりの横で、りゅうこもまた興味深そうに店先を覗き込んでいた。
「ふむふむ、りぼんを贈るのか……」
「此れを大切な人に贈る様だね、りゅうこは――」
 周りを見回せば、自分たちの様に誰かと連れ立ち祭りを訪う者は、皆誰もが互いに互いのリボンを撰び合っている風だ。
 りゅうこもまた贈り先に悩んでいるのだろうか、とかくりはちらと窺う様に眼差しを向ける。
 その返答を聞く前に、たぶん、掌の方が雄弁だったのだ。
 ぎゅう、と繋ぐ手を握る力が少しだけ強まった。
「大切な人なら、やっぱりかくりだろう! トモダチだからな!」
 晴れやかな笑みを浮かべて、りゅうこは迷わずそう告げる。
「――おや、私に呉れるのかい?」
 触れた膚が熱を帯びてちりりと響く。心地良くて、とっくの疾うに喪った何かが裡にあたたかなものを燈す気さえした。
 繋ぐ指先を少しだけ揺らして、語尾のかたちを柔くする。
 光栄な事だと、そう思った。
「かくりは誰に贈るんだ?」
 繋ぐ手はそのままに、りゅうこは首を傾げてかくりに尋ねる。
 琥珀を焦がした様なりゅうこの眸の見つめる先で、彼女は思案する様に眼差しを店先へと落とす。
「私は……、そうだね」
 ほつりと零して、何かを捜す様にかくりが少しだけ先を征く。
 おや、と瞬いたりゅうこは手を引かれる儘にその傍らに続いた。何だ何だとかくりの横顔を覗き込めば、真剣味を帯びる眼差しで居並ぶリボンを吟味している。
 程なくして彼女は立ち止まり、その店の店番とひと言、ふた言交わしてひとすじ、リボンを手に取った。
 くるりと振り返る。
 春を透かして彼女の髪がきらめき游ぐ。
「此のリボンとやらを、受け取ってお呉れ」
 差し出したのは上品なリボンだ――耀く様な白地のそれには、金の糸で装飾が緻密にあしらわれている。
 かくりのくすんだ視界に見出した彩りを、映したそのひと品を、りゅうこへ贈ろうと――そう思った。
「えっ!? いいのか!?」
 リボンとかくりとを交互に見詰めて、ぱちぱち瞬きりゅうこが自分を指差して問う。
「勿論。君は私の、数少ない友人だからね」
 いらえたかくりの告げた言葉に、ふにゃ、とりゅうこの口許が緩んだ。
 うれしい。
 笑ってしまう。
「……ふふ、いやいや! うれしいなあ!」
 嬉しかったから、勿論それを言葉にして伝えもするのだ。
 そうして、はた、と気付いて顔を上げる。今度は自分の番だと意気込んで、繋ぐ手を引き再び目抜き通りを進んでゆく。
 彼女に、かくりに似合う色は何だろう。
「そうだなあ……かくりと言えばやっぱり灰色の……、――いや!」
 贈り物なんだ、とひとりで首を左右に振る。
 それにもっと映える色が良い、そう思った。着けても分かりにくいのは嫌だ。
 むむ、と悩みながら出店の並びを一瞥すれば、まるで出迎える様に出逢うのだ――少し幅広の綺麗な絹地、染めは上等な青漆。
「りゅうこ?」
 連れられる儘になっていたかくりが首を傾ぐその前で、店員と遣り取りを終えたりゅうこがリボンを手に取りひらりと振り返る。
 満面の笑顔がとても眩しかった。
「見つけた、かくり! これでどうだ? りゅうこさんと同じ青漆だ!」
 いそいそとりゅうこはかくりの小指にリボンを巻き結ぶ。
 柔らかな陽射しの袂で、それを照り返し煌めく色が艶やかだった。
「トモダチの証だ!」
 春が、色彩が、かくりの胸中にも忍び寄る。
 頬を僅かに綻ばせ、うん、とちいさくいらえて見せた――それから、貸して御覧、とかくりはそろりと手を解く。
 そのままりゅうこの手首を取って、ぎこちない動きでリボンを結わえよう。
 不器用故に、小指に結ぶ事は出来ないけれど――でも、ほら。
「おかえし」
 穏やかな声が、そっと零す。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
無意識に選んだのは、赤いリボン
贈る宛は沢山あって
誰かに――と言われたら、迷うような気がしていたのに
浮かぶ面影は一つしかない

琥珀の日輪。あいつ自身はあんまり身につけないけど
赤が似合うような気がして
……まあ、お互いリボンが似合う図体じゃないけど
飼ってる竜とかに巻いてもらえたら嬉しいかもな

――この感情の名前は知らない
友情っていうには深いらしくて
だけど沢山読んだ本に書いてあるような、恋慕ってのもピンとは来ない
……まあ、何でも良いか
想う誰かって言われて一番に思い付いて
これを選んじまったんなら
きっとそれが、私の中の本心なんだろうから

でもやっぱり、あいつにリボンは似合わないよなあ
逆にちょっと、見てみたいけど



●何時か識るまで
 指が触れた先には赤が在った。
 それを自ら撰んだ気もしたし、偶然に触れて、偶然に視線の落ちた先がそれだったのかもしれない。
 兎角、この色彩喧しい目抜き通りの無数のリボンから、自分が手に取ったのはその赤いリボンだったのだ――店主に断りを入れてから、ニルズへッグ・ニヴルヘイムはそれを掌に掬い上げる。
 贈る宛は沢山あった。
 その中から誰かに――なんて言われたら、迷うような気がしていた。
「(……それでも、浮かぶのは)」
 脳裏に思い描くは影ひとつ――そう、たったひとりだけ。
 琥珀の日輪が、自らの裡で凛と佇まう。
 彼に贈るならと赤を見出したのは自分だが、あまり身に着けている印象はないな、とふと思う。
 ――贈られる方は、赤がお好きなのですか。
 穏やかな声音でニルズヘッグにそう尋ねたのは、店主の老婆だ。
「嗚呼、いや――赤が、似合うような気がして」
 艶のある匂やかな生地には、深紅よりも尚ふかい赤が鮮烈に染め抜かれている。きっとこの老婆の仕事だろう、とニルズヘッグは何となくそう考える。
 ――左様ですか。喜んで頂けますよ、きっと。誰かに似合うと言われたら、嬉しいもので御座いますから。
 皺の奥に笑みを湛えて彼女は続ける。
 礼の代わりに小さく肩を揺らして、ニルズヘッグも口許を持ち上げていらえる。
 そうして老婆の手許に品代を置き、ありがとうと告げて店先を離れてから、ふ、と零す様に呼気が笑った。
「……まあ、お互いにリボンが似合う図体じゃないけど」
 それでも手許に置いてくれたら嬉しい。きっとそうだ。
 あれは確か竜を飼っていたなと思い出す。
 竜にも赤は映えるだろうなと、そう思った。

 ――この感情の名前は知らない。
 手に入れたばかりの赤いリボンを、戯れにひらりと春風に揺らす。薄紅の嵐に映える、滲み入る赤。
 似合うと思った。贈りたいと思案した。
 友情と呼ぶには深すぎる。
 けれど恋慕と呼ぶには手触りが違う。
「……まあ、何でも良いか」
 吐いた息には明るい諦念が入り混じる――いつかその感情の名を思い知る日が巡るのかもしれない。でもそれは今ではない、それだけだ。
 想う誰かを、と言われて真っ先に、一番にその横顔を思い出して撰んだのだ。
 ――だからきっと、それが私の中の本心なんだろう。
「でもやっぱり、あいつにリボンは似合わないよなあ」
 赤いリボンをしっかり握り締めて、浅く笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
リボン、……別に誰に渡したいとか特にないんですがねぇ
だって、あの子に今更改まることもないですし、死者なんぞに想いもありませんし
そもそも私が死者なんですよねぇ

ま、見て回るだけでも華やかですし
死者のための涙、なんて私には分からない話ですが……あの子なら、分かるんでしょうか
思い出すのは、自分が死んだと聞いて傷付いた顔をした山神の顔
確かに死にましたけど、結局悪霊化して生きてますし……それは同じことにはならないんでしょうか
朱蛺蝶まで使って必死に魂を楔に繋いで、自分を思い出して死を留まってくれなかったのかと言ったあの子

……分かりません、ね
鮮やかな赤い髪に映える、黒いリボンをつい、そっと手に取っていた



●解く黎
 春の目抜き通りは浮き足立って囂しい。
 極彩色のリボンを手に手に、賑やかに人々は行き交い歩く――その只中に、葬・祝も下駄をからころ鳴らして入り混じっていた。
 リボン。誰に贈ろう、どんな祷りを籠めよう。
 そわつく彼ら彼女らの囁きを耳に拾い聞いては、流す眼差しが一瞥する。
「……別に、誰に渡したいとか特にないんですがねぇ」
 んん、と考え込む様に小さく零す。
「あの子に今更改まることもないですし、死者なんぞに想いもありませんし……」
 そもそも自分が死者なのだ。瞬く。
 ――死者。そう、死者だ。
 疾うに死んでいて、この世に非ざる者だ。
「死者のための涙、なんて――」
 わからない噺だ。
 独りごちる。
 その愛らしい唇が不穏な台詞を連ねるのを、周りの者達が聞き咎めよう筈もない――春の祭りは賑々しく、だからだあれも聞いてなんか居ない。
 桜の海を征く。樹々の漣に導かれる様に、追憶に浸る。
 記憶の裡から引き上げるのは、いつか目の当たりにしたあの顔だ――傷付いた顔をしていた。
「確かに死にましたけど、結局悪霊化して生きてますし……」
 同じことにはならないのだろうか。
 はた、と足を留めて少しだけ、麗しい眉間に皺を寄す。
 それからふるりと首を振ったのは、詮無い事だと自分の中で判じたからに相違ない。幾ら考えた所で、当人ではないのだから正解だなんて掴める訳も無いのだ。
 向けられた言葉を思い出しては双眸を伏せる。あの子は、――あの子は。
 浅く喉を鳴らして、再び下駄の音がかろんと響いた。

「……分かりません、ね」
 わからない筈だ。その筈だった。
 だと云うのに、祝の下駄の音がふつりと途切れる。
 たったひとすじを見つけた誰かの如くに――贈るに相応しいリボンを見初めた、祭りに浮かれる誰かの様に。
「――きれい」
 闇より尚ふかい、けれど翳せば光透かす柔い黒。手に取ったリボンはそんな色を湛えて微睡んでいる。
 艷やかな生地は風に揺れる度に表情を変え、碧い陽射しをさやかに跳ね返しては燦めいている。きれい、とは感嘆にも似た声色だった。
 映えるだろうな、と祝は思った。
 ――鮮やかな赤い髪に映えるだろうなと、そう想った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エコー・クラストフ
【BAD】
リボン、かぁ
じゃあボクからもハイドラに。わかりやすく、赤色のリボン
ハイドラって黒か青っぽい服よく着てるからさ。これなら目立つし、その……綺麗だと思う

結んでくれるの? そうだなぁ……髪とか、結んでみてもらっていいかな
ボクも昔は髪長かったからさ。リボンとかも結んでたんだけど……今は切っちゃったし、短いままだから
結んでみたら、ちょっと昔の感じが思い出せるかも……ってね

ハイドラが死んだら? ……うーん……
仮定の話をするなら、会いたいとは言えないかな
もし死後の世界が素敵なところだったら、連れ戻すのは気が引けるし
でももし会いたかったらハイドラの方から来てね
そしたらまた、髪にリボン結んであげるから


ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
エコー、リボンつけてあげる
お前も俺にちょうだい?
このあと桜の迷宮に挑むんだったらお互いの目印になるし
俺からは金の縁に、青い生地のやつ
どこにしよっかな――エコーのリクエストは?
ん、じゃあ髪の毛ね、カチューシャみたいにしたげる
短くても、ほら。ヘアアレンジに早変わり

インチキだな~って思うよ
死んだ奴に遭えるなんてさ、都合よすぎる
よくある新興宗教の謳い文句みたいだもん
もう遭えないから大事にするんだろうにね、普通は
気持ちはわからないでもないけど
エコーは?まあ俺は死ねないけど、例えば
俺が「死んだら」、また逢いたい?
あは、うん
俺も、死んでらんないかもね
――お前のいない世界なんて、天国でも地獄だからさ



●死生
「エコー、リボンつけてあげる」
 笑う様に呼気が霞んで、そんな言葉がエコー・クラストフの耳朶を擽った。
「お前も俺にちょうだい?」
 エコーの返事を待たず、尚も彼女――ハイドラ・モリアーティは言い募る。
「リボン、かぁ」
 言葉を転がす様に吟味して、エコーはふむと瞬いた。
 爛漫の春に浸る目抜き通りは祭りに浮かれ、所狭しと出店する出店の舞台にはリボンばかりが居並んでいる。祭りを訪う老若男女の皆が皆、それらをつぶさに見詰めてたったひとすじを探しているのだ。
「このあと桜の迷宮に挑むんだったら、お互いの目印になるし」
「……嗚呼、それで」
 成程、と合点して肯く。それを許可と受け取って、ハイドラは機嫌良く笑ってみせた。
 そうしていつの間に買い求めていたのか、掌に乗せたリボンをエコーへと示して見せる――ひとこと、青と呼ぶには鮮やかで深度のふかい青色に、金の縁取りが縢られているものだ。
 どこにしよっかな、とハイドラの視線がエコーを上から下まで眺め回す。
「エコーのリクエストは?」
「結んでくれるの? そうだなぁ……、」
 リクエスト、がリボンの結び先を尋ねるものだと云う事だなんてすぐに知れる。ずっと一緒にいるふたりだから。
 リボンだなんて暫く縁の無かったものだ――刻々と考え込んでから、その眼差しを擡げてハイドラを見る。
 ――返答を聞く前に、その視線を受けてハイドラはふと口許を綻ばせた。
 きっと似合うだろう、そう想う。
 手許のリボンの青色は、こちらを見つめる彼女の眸によく似ていた。
「髪とか、結んでみてもらっていいかな」
 伝わっていなくても良いし、伝わっていたって良い。目印になるのは本当だし、その為に結わえるのだって本心だ。
 そんな風に少しだけ双眸を眇めてから、エコーの返答に首肯する。
 エコーはその短い髪先に自ら少しだけ触れながら、昔は髪が長かったから、と唇をひらく。
「リボンとかも結んでたんだけど……今は切っちゃったし、短いままだから」
 ――結んでみたら、ちょっと昔の感じが思い出せるかも……ってね。
 柔く括られるエコーの台詞に、ん、と軽やかに音を投げてハイドラはリボンを掲げた。
 優しい指先が、するりとエコーの髪にそれを結わえてゆく。
「短くても大丈夫。カチューシャみたいにしたげる――ほら、」
 ヘアアレンジに早変わり、と愉しげに添えた。
 エコーの胸中が、少しだけテンポを早くする。うれしい。
 むかしのこと――楽しかった頃の記憶、生者の追憶。生ける死者と成り果てたこの身には、縁遠い事。
 少しだけ齎された郷愁が、エコーの目許に色だって燈すやもしれない。
「じゃあ、ボクからもハイドラに」
 ふとちいさく息を吐いて、エコーは語尾を幽かに緩めた儘、そう呟く。
 目に留まって撰んだのは赤色のリボン――燃える様な真赤なそれは、良く目立つ。ハイドラが普段身に纏う、黒や青のスタイルの中であればきっと、もっと目立つだろう。
 想像した。
「その……綺麗だと、思う」
 ハイドラが擽ったげにちいさく肩を竦める。
 ありがと、と囁く様な声が続いた。

「死んだ奴に遭えるなんてさ、都合よすぎる」
 インチキだ、よくある新興宗教の謳い文句だよ、とハイドラはぼやく。
 件の屋敷へ向かうついで、緩やかな足取りで祭りを流す――人混みは激しく、だから肩を寄せ合う様にくっついて征く。ちかい距離で時折触れる互いの指先が、非日常で心地良い。
「もう遭えないから大事にするんだろうにね、普通は」
 口先では否定をしながらも、ハイドラの心中はそれを理解できないとは言い切れないのだ――葛藤は表情に、その眦にも滲んでいる。
 エコーがちらと垣間見る彼女の横顔にも、それはありあり見て取れた。
「エコーは?」
「え?」
 唐突にそう矛先を向けられ、問われたエコーは瞬く。
「まあ俺は死ねないけど――例えば、俺が“死んだら”、また逢いたい?」
 つい先程まで横に見ていたハイドラの双眸は、じっとこちらを見詰めていた。
「ハイドラが死んだら? ……うーん……、」
 視線は逸らさなかった。彼女の事を考えるから、彼女を見て考えたかったのかもしれない。
 銀と青とが重なる。交差するその一瞬を越えて、エコーの声が結論を紡ぐ。
「仮定の話をするなら、会いたいとは言えないかな」
 ハイドラはまだ、何も言わない。
「もし死後の世界が素敵なところだったら、連れ戻すのは気が引けるし――でも、」
 銀の眸が、ずっとエコーを貫いている。
「……でももし会いたかったら、ハイドラの方から来てね」
 ――そしたらまた、髪にリボン結んであげるから。
 死んだところで離れ離れになる事はない様な気がした。道標はきっと、幾らだって在るだろうから。
「――あは、うん」
 そうして、気抜ける様にハイドラは笑うのだ。
 張り詰めていたものを融かす如くに、彼女はまた同じ歩調で歩き出す。
「俺も、死んでらんないかもね――お前のいない世界なんて、天国でも地獄だからさ」
 目眩く春をふたりで征く。
 触れ合う指先がほんのひととき、小指を結んでまた離れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セラ・ネヴィーリオ
【くれいろ】

(現地の服を纏い)
ご縁逃げちゃわないようにね!れっつごー!

(花波と煙、市井の賑わいを横目に)
うん、明るくて柔らかくて
平和に見えて
(亡くなった子、ここで生きたんだねえ)思い

うん?何々ドッキリー?茶化し屈み
ひゃっ擽ったいよー!
「…ねえねえユキさん。巻いた?リボン巻いた??」
触れるも遊ぶ絹は視界外
笑みに負けじと
「もー…じゃあはい、おかーえしっ」
密かに迎えたリボンは春の夕霞映す艶地
生地に踊り伸びるエンドレスノットは淡雪
薄焦茶の影が縁取るそれを彼女の手首にきゅっと
結うは蝶

(解けても、何度だって結ぶから)
(ひかりを掲げたら 風に乗って来てくれる?)

思い伏せ「で、僕の背中の柄はー?」花の笑み


ユキ・パンザマスト
【くれいろ】
(並ぶ出店、現地装)
リボンが捌けないうちに見てきましょ!
夜桜も好きですが
日なたの桜も晴れ晴れとオツですねえ
(焚かれた煙が視界の端
還れましたか、渡せましたか)

おや
(表は夜色、裏は桜色
白糸で五線譜の刺繍を入れた、
結べど余る長さのシルクリボン
お迎えして、にふ、と手招き)
ねえ、セラ
ちょいと後ろを向いて
屈んでくれると嬉しいやも
ふふ、辛抱ですよう
(余裕を持たせ首に巻く
背にリボンの端を靡かせれば
夜と朝
あわいに揺蕩うは
視界の端を横切る
忘れじの旋律)
っし
出来ました!

あはは、こそばゆいすよ!
わ、良い柄
(無限と有限の柄に彩られ
手首に遊ぶ蝶
円翅に鼻先をふれさせ)
そいつぁ帰ってからのお楽しみで!
(嘯く夕風)



●喋る代わりに結わうの
 春風がひとつ、緩やかに吹き抜けた。
 否、その様に視えた――祭りを行き交う数多の人々の眼には、そう視えたのだ。
 景色に良く馴染むサクラミラージュの装いを翻し、ふたりの春風が仲睦まじく駆けてゆく――征こう、リボンの波間へ。極彩色の漣打ち寄せる、春の祭日へ。
 ご縁の逃げてしまわぬ様に、お目当てのリボンが捌けないうちに!
「夜桜も好きですが、日なたの桜も晴れ晴れとオツですねえ」
 春風がひとり、ユキ・パンザマストが朗々と笑う。
「うん、明るくて、柔らかくて――平和に見えて」
 もうひとりの春風たるセラ・ネヴィーリオがいらえて綻ぶ。
 綺麗な空は柔和な霞む青色を為していて、それは春の特有だ。
 曇らせるもののない筈の青一色は、けれど時折くすんで見えた――どうして、とユキが瞬いて眼差しを凝らせば、それが嫋やかに揺らぐ煙の果てだと気付くのは容易だ。
 死者に贈ったのだろう。
 今は居ない誰かに想いを預けたのだろう。
「(――還れましたか、渡せましたか)」
 声なき声が尋ねた所で、応といらえる誰かが居る訳でもないのは解っている。
 それでも祷らずにはいられなくて――傍らのセラも、それは矢張り同じ事なのだ。
 ここを訪う切っ掛けとなった顛末に想いを馳せる。幼子がひとり死んだと云う。
「(亡くなった子、ここで生きたんだねえ……)」
 余韻がほうと爛漫の春に散って滲み入る。
 空はよくよく晴れていた。

「――おや、」
 ふとユキが眸をうっすら瞠る。
 その視線はとある出店の店先に注がれていて、迷う事なくそれを手に取った――艷やかな生地が上品な、シルクのリボンだ。
 表と裏とで染めの違う繊細なつくりで、表には見事な深い夜色が映し出されていると云うのに、裏には儚い桜色が艶々と在る。白い絹糸で縫い取られているのは五線譜の刺繍だった。
 ――これだ、と思うよりも早く、ユキは店主に声を掛けて遣り取りを交わす。
 快く売り渡してくれた事に礼を述べてから、にふ、と口許を笑うかたちに撓ませて、他の店を物色していたらしきセラに声を投げた。
「ねえ、セラ」
 おいでおいでと手招きひとつ。
 甘やかな緋色の眸がおやと揺れて、彼は素直にユキの許へとやって来る。
 笑う儘、ユキは少しだけ声を潜めて次を継いだ。内緒話だ。
「ちょいと後ろを向いて、屈んでくれると嬉しいやも」
「うん? 何々ドッキリー?」
 あは、と軽やかに笑いながら、セラは警戒する様子もなくくるりと背を翻す。
 ついとその焦げた色合いの猫眸を眇めてから、ユキのほそい指先が恭しくリボンを掲げた――無防備な背中がいとおしいだなんて、言ってあげない。
 するりとリボンが首に触れれば、ひゃあ、と思わずと云った風情でセラの細い肩が跳ねた。
「擽ったいよー!」
「ふふ、辛抱ですよう」
 靭やかな手付きがセラの首にリボンを結わう――余裕を持たせ仕上げても、長いリボンの先は背に垂れる。夜と朝のあわいに揺蕩う忘れじの旋律、視界に奏でるいとしの音色。
 満足だ。
 耀く様に笑ってその背にそっと触れて言う。
「っし、出来ました!」
 姿勢を戻しながら、首に優しく触れてセラは瞬く。
 自分の視界にはまだ音色は届かず、すべらかな生地の感触が伝わるだけだ。
「……ねえねえユキさん。巻いた? リボン巻いた??」
 じっと見つめるものの彼女は笑っているだけだ。成程そっちがそうなら、とセラの口端もまた子供めいて持ち上がる。
 もう、と文句を始める様に声を漏らすけれど、それが文句じゃない事だなんてふたりともよく識っている。
「じゃあはい、おかーえしっ」
 ――ひら、と春風にリボンが舞った。セラの指先が、それを掲げる様に翳している。
 ユキが何処かのリボンに夢中になっている間に、そっと買い求めた逸品だ。春の夕霞を染め取った様な艶めく生地に、淡雪が踊り伸びてはエンドレス・ノットを象っている――薄い焦茶が影落とすそれは、きっと彼女に似合うと思った。
 ユキの為に撰んだ、ユキの為のリボンだ。
「ほら――ね、」
 敬う手付きで以て、セラはそっとユキの手首に結わえて笑う。
 ひらりと揺れる蝶結びに、こそばゆい、と彼女は笑った。そうして結ばれたそれに眼差しを寄せ、わ、と瞬くのだ。
 挨拶めかして、その華やかな蝶の翅にユキは鼻先を触れさせる。
「良い柄、」
 燦めき宿してリボンを見つめるそのかんばせに、セラの目許が笑う様に綻ぶ。
 ――解けても、何度だって結ぶから。
「(ひかりを掲げたら、風に乗って来てくれる?)」
 言葉にするのは容易だと思った。
 でも伏せておく事にした――リボンに織り込んで、共に結わえてしまったもの。
「……で、ボクの背中の柄はー?」
 まだ聞いてないよ、と花の様に笑ってセラはユキの表情を覗き込む。
「そいつぁ帰ってからのお楽しみで!」
 夕風は艶やかに嘯くのだ。
 春征くふたりはまだ止まない――結わえたリボンが解ける日など、きっと来ないのと同じ様に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

子を想う母の抱く愛とはかくも強いものなのか
呪のように絡みつき
祝いのように満たしていく
手を伸ばし、サヨの背に触れる
私の愛しきいっとう、この巫女の魂(身)にもまた母の愛たる呪が刻まれている

その愛を
──私は越えられるのだろうか


大丈夫だよ、サヨ
私を案じてくれる可愛い巫女の頬を撫でて指先を絡める

サヨ、数多なるリボンの中から私達を絆ぐひとつを選ぼう
かれの枝垂れ桜の翼に結ばれている赤いリボンはひとつの愛の結び

──では、私は戀の結いをきみに

私達の御魂を繋ぐのは赫いいと
私は愛しきに、如何なるいとを結べるだろう?

約束の証たるリボン
美しい桜枝の角に願いと共に結ぶ黒紅

愛しているよ、サヨ
戀焦がれてる、ずっと前から


誘名・櫻宵
🌸神櫻

母の愛
私はよく分からない
愛してれば何してもいいの?
しくりと蠢く愛なる呪いに触れるぬくもりに顔を上げる

どうしたの?
かぁいい私の神様の頬を撫でる
結ばれた指先の温度にあなたの存在を確かめて
桜舞う街を歩みましょう

リボン
色んなのがあるわね
お洒落で繊細なものにかぁいいの
此方はシンプルでカッコイイ

結ぶのならば愛がいい
絆ぐのならば戀がいい
真っ赤な愛に、深紅の戀に、どす黒いほどに赫い、戀くるう彩もまた、いとし

如何なる彩を私にくれる?
カムイになら幾ら結ばれても構わない
桜に冀うよう結ばれた黒紅は
いとし「あなた」の宿す彩

蕩ける愛に戀願う
あなたの愛する桜色
神の手首に結びつける

乞うているわ
あなたにずっと
戀うている



●櫻結び
 愛とはほんの一匙加減を間違えただけで呪いに転じる。良く良く識っていた。
 母の愛――肉親の愛。血で繋がれているからこそ、最も浄く最も恐ろしい。
 ――愛してれば何してもいいの?
 誘名・櫻宵の裡に、病む様に疼く感情が発露する。
 桜風舞う目抜き通りの真ん中、少しだけ足許の蟠るその細い背を支えたのは優しい掌だ。
「(――私は越えられるのだろうか)」
 自らを振り仰ぐ櫻宵の眼差しを受け止めて、掌の持ち主たる朱赫七・カムイは微笑みながらもそう思う。
 この巫女の魂に、躰に刻まれる母の愛たる呪を――越えられるだろうか。
「どうしたの? かぁいい私の神様、」
 ふ、と蕩ける様な甘い声色で櫻宵は小首を傾いだ。
 そっと伸ばしたしろい指の背で相手の頬を撫でれば、お返しの様にカムイも指の腹でそっと頬をあやしてくれる――掬う様に指先を絡め取られてしまえば、繋いだ先から知れる熱が、心地が、快く胸の裡を満たしてゆく。
 大丈夫だよと柔く告げて、カムイは櫻宵の歩く速度に合わせながら漫ろ歩きを再開する。
 爛漫の春は麗日にその馥郁たる両腕を伸ばし、招く如くにふたりを迎え入れていた。
「サヨ、数多なるリボンの中から私達を絆ぐひとつを選ぼう」
 目抜き通りには所狭しと出店が溢れ、そのどれもの店先には極彩色の波間が臨める。天鵞絨、絹、レース、或いは複雑な色合いに染め抜いた麻――唸る様な刺繍、ビーズ飾り、挙げてゆけば切りが無い。
 そんな中からたったひとつを見付ける事が叶うなら、とカムイは口端に優しい笑みを滲ませる。眼差しの先には傍らを歩く櫻宵の背の翼――かれの枝垂れ桜に結わう赤いリボンは、ひとつの愛の結びに他ならない。
 こんな風に願いを、誓いを重ねる事が出来たなら。
「――リボン、色んなのがあるわね」
 つと櫻宵の双眸が眇められて、仔猫の様ないろを湛えて三日月に笑った。それを悪戯っ気と云うのだと、その視線に射られてカムイは思い出す。
「お洒落で繊細なものにかぁいいの。嗚呼でも、此方はシンプルでカッコイイ」
 繋いだ手を揺らす。少しだけ先を歩く。その背に愛の結びを飾って、彼は謳う様に囀り零す。
 天女の如くに裾に風を孕ませ征けば、春を壽ぐ様な出で立ちに、出店の中の店番達も行き交う人々も、皆が皆見惚れてしまうのだ。
「結ぶのならば愛がいい――絆ぐのならば、戀がいい」
 振り返った桜色の眸は戀に揺れ愛に染まり、――嗚呼、とカムイは吐息を零す。
 ――この愛しき巫女に、何を結ぼう。
「真っ赤な愛に、深紅の戀に、どす黒いほどに赫い、戀くるう彩もまた、いとし」
 ――如何なる彩を私にくれる?
 カムイがそっと離れた分だけ惜しむ様に距離を詰めれば、どうしようもなく鼓動が跳ねて堪らなかった。
 幾ら結ばれたって構わない――口にはせずとも、きっと伝わってしまっている。
「――では、私は戀の結いをきみに」
 当然の様にカムイはそれを口にする。
 愛も結わえたのなら戀も結わえよう、それが愛しき巫女の願いで在ると云うのなら。
「(……いや、違うな)」
 艶やかな春風に櫻宵の髪が乱れ、その絹糸めく桜鼠が彼の顔を邪魔してしまうのを厭ってそっと払ってやる。
 そうしてちいさくカムイは喉を鳴らした。
 願いはふたり分に相違ない。
 望んでいるのは此方も同じ事だった。

 導かれる様に出遭ったのは、黒でもなく紅でもなく、けれど他の何色でもない見事な染めの絹地のリボンだ。
 麗しく美しい、けれどどこかおそろしい――黒紅のそれを約束の証として、カムイの両の指がそっと、櫻宵の桜枝の角に結わえられる。
 私達の御魂を繋ぐのは赫いいと――私は愛しきに、如何なるいとを結べるだろう?
 ふとそんな風に考えて、カムイは否、と瞑目する。
 どのようなものとしても、そこにどんな願いと記憶が籠められたとして、ふたりを繋ぐいとの形が変わるだけの噺。
 いついつまでも末永く、番っていられる事には違いないのだ。
「……、」
 どちらともなく、言葉はない。だってぜんぶ、識っている。
 自らの桜に冀う様に結ばれた黒紅――いとし「あなた」の宿す彩。
 とろりと眼差しを手許に落とせば、細い櫻宵の指先には艷やかな桜色が纏わり付いている――絹地に美しい染めの、端には螺鈿で桜の花弁がちらと煌めく。
「乞うているわ」
 甘い声音が馨って、その桜色は神たる彼の手首へと結わえられるのだ。
 蕩ける愛に戀願う――冀う。
「愛しているよ、サヨ」
 いらえてあえかにカムイの声が耳朶を擽る。
「戀焦がれてる、――ずっと前から」
 わたしも、と、甘く語尾の掠れた声音がカムイのそれに重なった。
「あなたにずっと、戀うている」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天音・亮
琴子ちゃん(f27172)と

子を失った母親、か
ツキンと響く胸の痛み
嬉しそうにリボン眺める三枝夫人を気付けばぼーっと眺めていて

見上げる瞳と目が合えばいつもの笑顔で
ううん、なんでもない!
首を振った

色んなリボンがあるね
行こう琴子ちゃん!
言うなり小さな手取って駆け出すんだ

目移りする程沢山並ぶ中から選ぶ鮮やかな黄色のレースリボン
きみが選んだのも確認したら再び手を取り座れる場所へ

少しじっとしててね
そう言ってきみの髪を一房手にとって
サイドに細く緩く編んだ三つ編みに添えたさっきのリボン
うん、思った通りかわいい!
琴子ちゃんにあげる
芽吹く蕾が花咲かせたような姿に大満足

きみがくれた橙に、私もとびきりの笑顔を返すんだ


琴平・琴子
亮さん(f26138)と

優しい嘘だと思う
だけど何時まで持つのでしょう
きっと還さなくちゃいけない

亮さん?
ぼうっとする亮さんの袖を引きじいっと見上げる
見慣れた笑顔に安堵しつつ
無理してなければ良いけれど

ええ、行きましょう!
沢山のリボンに目移りしながら手を握り返して
駆け出す足に着いて行く

選べました?
私はこれ、橙色のサテンリボン
陽に当たって輝きを増すこれはきっと亮さんに似合うだろうから

何をするんだろうと背筋が真っ直ぐになって
出来上がった髪型に目を輝かせる
あっ有難うございます…可愛い、でしょうか

あのね亮さん、お礼みたいになっちゃうけど…
これ、似合うと思って
受け取ってくださる?

とびっきりの笑顔を貴女に



●陽色に橙、暖かな
 優しい嘘だと、そう思う。
 けれどそれはきっと永遠には続かない――きっと、還さなくてはいけない。
 天音・亮がどこか遠くを見つめる様にして眺む、その先に居る女を同じく見遣ってから、琴平・琴子はちいさく息を吐いた。
「亮さん?」
 だから彼女のその袖を引いて、じいっと見上げる。
 そこで漸く、自分が暫し立ち止まっていた事に気付いた亮は瞬いて、袖を摘む琴子の方へと眼差しを落とす。三枝夫人を見ていた時の胸の痛みは、今は甘く遠い場所に在る様な気がした。
 視線が絡む。いつもの様に笑って見せた。
「ううん、なんでもない!」
 首を振る様子は良く識っている亮のものに相違ない。
 ほっと胸を撫で下ろすものの、無理をしてなければ良いけれど、と心配は尽きない――それでもきっとあなたは、あかるく笑ってくれるのでしょうね。
 少しだけ患う様に昏いところへ想いを馳せる、そんな琴子の上にひらりと影が落ちる。身を捩って目抜き通りを見回す亮のそれだ。
「色んなリボンがあるね」
「本当に。目移りしてしまいそうです」
 穏やかな春に優しく抱かれたその通りには、犇めき合う様に色とりどりのリボンが待ちかねている。
 感嘆と共に呟かれた亮の台詞に、同意を添えて琴子も肯いた。
 そうして、どこから周りましょうか、なんて尋ねる為に唇を開きかけて――それよりも早くに手を取られる感触に、わ、とちいさく声を上げる。
 亮の暖かな掌が、琴子のちいさな手を包んで握り締めていた。
 惹かれる様に、手を引かれる。
「行こう、琴子ちゃん!」
 笑って言うが早いか、亮が駆け出す。
 児戯めいた遣り取りがうれしくってたのしくて、擽ったい心地で琴子も足を踏み出した。
「――、ええ、行きましょう!」

 目抜き通りのどよめきの中にはリボンの品定めをする誰かの声が頻繁に入り混じり、そのどれもが賑々しく華やいでいる。これぞと思うリボンを求めて皆が皆、真剣に店々を渡り歩いているのだ。
 その人々の群れの只中に、亮と琴子もまた、同じ風体で身を投じている。
「目移りしちゃうなあ……」
 悩ましげな声で亮が零す。目の前には明るい色のリボンがずらりと居並んでいた。
 琴子に贈るなら、きっとこういう色合いだ――視線を惹かれ足を留めたこの店先で、そう直感した。
 暫し悩んで、これだと思うものを手に取る。店主は快くそれを売り渡してくれた。
「亮さん、選べました?」
 通りの向こうの店でリボンを選んでいた琴子から声が掛かる。人波に揉まれつつ彼女がこちらへ戻るのを見て、うん、と亮は肯いた。
 その小柄な身体が流されてしまわぬ内にとまた手を取れば、すぐ傍の影に置かれているベンチへと誘って腰掛ける。
 影はひやりとしてきもちが良い。
「少しじっとしててね」
 柔く声を掛けると、はっとした様子で琴子の背がしゃんと伸びた。可愛らしい、と口許が綻んでしまう。
 亮の指先が、絹糸の様な琴子の髪に触れる。壊れ物を扱う如く丁寧に、頬の横の一房を掬い取ってそっと編んでゆく。
 細めの三編みはそれだけでは華奢だったけれど、リボンを添えればまた別物だ――陽光受けて煌めく髪に、陽のひかり色を落とし込んだ様な黄色のレースリボンがひとすじ。
 思った通りだ。ふ、とくしゃりと顔を崩して亮が笑む。
「――、かわいい! 琴子ちゃんに、あげる」
 出来がった髪型を崩して仕舞わない様に、恐る恐る琴子の指先がそこに触れた。
 編み込まれた髪に添えられた、滑らかなレースの手触り。
 ちいさな手鏡を取り出して覗き込めば良く映えて、琴子の双眸が煌めいては亮を見遣る。
「あっ、有難うございます……可愛い、でしょうか」
 尋ねてしまったのは、鏡の中の自分がまるで慣れぬお姫様の様に見えた所為かも知れなかったし、単純にもう一度、亮に可愛いと肯いて欲しかっただけかも知れない。或いは、どちらとも。
 勿論、と亮は屈託なく笑う儘に囁き首肯した。
 伸ばした指背で彼女の頬を擽る――芽吹く蕾が今まさに花ひらいた様な、かわいいきみ。
 大満足だ。
「あのね亮さん、お礼にみたいになっちゃうけど……」
 そっと切り出す琴子の手には、煌めく何かが見えた。
 何だろう、と琴子は瞬いて眼を凝らす――光零す“なにか”は、艶めく様な橙色のサテンのリボンだ。
「――受け取ってくださる?」
 両手にそれを掲げて、そっと願う様に琴子が差し出した。
 指先の隙間から溢れるひかりは、艶めく生地が照り返すものだ――陽に当たって輝きを増すリボンは、
「きっと亮さんに、似合うだろうから」
 ささやく様に、そう告げて。
 彼女の目許に、朗らかな頬に浮かぶとびっきりの笑顔も含めて、それらは全て彼女から亮の為にと贈るものだ。
 ――勿論、と応える代わりに、亮も笑う。
 とびっきりの笑顔をひとつ、橙に見合う太陽の如くに。
 ――笑顔の種が、ほら、芽吹く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
【理解しがたい】

私は妹とお出かけできて嬉しいですわ
もしかして褒めてくださっているの?
もう素直じゃないのですから
手を引いてお祭りへ

牡丹は誰に贈るのかしら?
…そう…では、お父様は?
お父様にお逢いしたことはありませんの?
…忙しい方でしたものね

(大名家である千桜家の当主が
政略結婚の道具である娘たちにかまけている暇なんて…
けれど、)

とても優しい方でしたわよ

(母に叱られた私に優しくしてくれた父の思い出
それは娘の教育から遠い場所にいる故の
無責任さでもあるけれど…
複雑な想いは彼女の大切な思い出の手前
口にはせずに)

…初めて呼んでくれた名に眸を瞬かせ
ええ、約束しましょう
微笑めば
桜色のレェスのリボンを牡丹の小指へ


毒藥・牡丹
【理解しがたい】

なんでまたあんたとこんな場所に……
はぁ……せっかくの綺麗な桜もあんたのせいで見劣りするわね
勿体ない……こんなに──っっはぁ!!??ほ、褒めてないわよ!!!
そういう意味じゃないったら!!
あっ、この、引っ張らないでよ!

リボンを大切な人に……?
あたしは、もちろんお母──(…本当に?)
えっ、あっ…な、なんでもないわよ……
へ……?おとう…さまに……?
で、でも、お父様との思い出なんて───

大きいのに、華奢な指。
柔らかく、優しく頭を撫でながら
『────』
名前を、呼んでくれた。ような。

気づけば、梅の髪飾りによく似たリボンを手に。そっと髪に結わえて

ねぇエリシャ
お父様の話、今度聞かせなさいよ



●想い出蕾
 頻りに舞い散る薄紅色の花弁と良く似た唇のあわいから、少女の溜息が淑やかに漏れた。
「せっかくの綺麗な桜も、あんたのせいで見劣りするわね」
 未だ俗界の穢れを識らぬ様な居住まいで、艷やかな濡れ羽色の髪を揺らして彼女――毒藥・牡丹はちらと自らの傍らを見遣ってそう呟く。
「もしかして褒めてくださっているの?」
 まあ、と花ひらく様に可憐に微笑んで、千桜・エリシャは牡丹へ向けてそう返す。
 ぴっとり彼女の横に寄り添って、誰をも蕩かすその花のかんばせを綻ばせる様相からは、喜色がよくよく滲んでいた。
「――っはぁ!!?? ほ、褒めてないわよ!!!」
 そういう意味じゃないったら、と可愛らしい声音で吠え立てるのなど何処吹く風で、エリシャは小首を傾ぐ。
 可愛い妹だ――本当に。
「もう、素直じゃないのですから。ほら、行きましょう?」
 艶やかな声で誘えば、その細い指先がするりと牡丹の指先に絡んで淡く握る。くん、と柔く引っ張って、ふたりの爪先が祭りの渦中へと向けられた。
「あっ、この、引っ張らないでよ!」
 抗えようと思えば簡単に振りほどけるその拘束は、けれどそうされる事なく甘やかに姉妹ふたりを繋ぐ儘だ。
 憎まれ口が心地良い。
 素直な返事は指先に留まって、ほんの僅かに熱を帯びる。

「リボンを大切な人に……?」
 目抜き通りを埋め尽くす勢いで居並ぶ出店には、どれも色鮮やかなリボンが据えられている――極彩色の波間からたったひとすじ、そんな風に自分の持ち主が訪うのを微睡み待つ。
 大切な人に贈るのだと云う。
 大切な、ひと。
「牡丹は誰に贈るのかしら?」
 不意に物思いに没む様に牡丹の眸の色が烟るのを見て、その横顔を覗き込んだエリシャが尋ねる。
 声を掛けられてはっと瞬く間が在ってから、牡丹はつんと装う様に胸を張った。
「あたしは、もちろんお母――……」
 本心だった筈だ。それはきっと、本心だった。
 けれど――ふと、胸の裡の水面が揺らいだ気がした。
「(――……本当に?)」
 自分で自分の澱を掻き混ぜた癖に、小石を投げてしまった癖に、牡丹の心中で波紋が鎮まらない。
 唇をうすく開く儘に言い淀み、噤んでしまった牡丹をじっと見詰めて、エリシャの指先がやんわりと繋ぐ手に力を籠める。
「どうしたの?」
 言葉を重ねて橋を架けられる程の距離ではないと、理解している。弁えている。
 それでもその溝の淵にいま立っているのは自分なのだと、そう伝えたかったのかもしれない――エリシャはもう一度、絡めた指先をこどもの様に揺すって遊ぶ。
 あ、と小さな吐息が牡丹の喉奥から漏れた。
「えっ、……な、なんでもないわよ……」
 エリシャがふと笑う。そう、と穏やかにいらえた。
「では、お父様は? ――お父様にお逢いしたことは、ありませんの?」
「へ……? おとう、さまに……?」
 差し向けられた水の流れる儘に、牡丹の意識が母から父へと逸れる。
 追憶の中に父の背を探せども、ぱっと思い浮かぶ情景が見つからない。
 唇が戦慄く様に震えるのを、噛み締めて隠す。
 どうして震えたのかも、どうしてそれをエリシャに見せたくなかったのかも、いまの牡丹にはまだ、解らない。
「で、でも、お父様との想い出なんて――」
「……忙しい方でしたものね、」
 いちど柔く吐息で以て言葉を区切り、エリシャは慎ましやかに牡丹から視線を外す。
 大名家である千桜家の当主――偉大な父の姿。けれどそうで在るが故に、政略結婚の道具でしかない娘たちにかまけている暇など在りはしなかったのだろう。
 ――けれど。それでも。
 記憶の向こうでちいさな牡丹の伸ばした手が、父の面影に届いた――そんな気がした。
「おとう、さま……」
 牡丹の唇が戦慄く。今度はそれを隠しはしなかった。
 憶えている。確かに、憶えている。
 大きいのに華奢な指、その掌で慈しむ様に頭を撫でてくれる優しい所作。
 今はもう遠い過去として過ぎ去った向こう側で、陽炎めく父の口許がぼんやりと蠢く――嗚呼、あたしの名前を、呼んでくれた、ような。
 エリシャがそっと、微笑み囁く。ざあ、とつよい風が一陣渡って、桜の花弁が雨の如くに降り頻る。
「とても、優しい方でしたわよ」
 憶えている。エリシャもそうだ――憶えている。
 母に叱られ落ち込む私に、優しくしてくれた父の声を、その姿を。
 思う所がない訳ではないけれど、それを牡丹の前でいま暴き立てるのは、きっと無粋の極みだ。だからきれいなものだけ、掬い上げて想い出す。
「あら、」
 はた、と少しだけ驚いた様にエリシャが声を上げたのは、牡丹がいつの間にやら髪飾りめいたものをその手に携えていたからだ。
 よくよく眼を凝らして、違う、と識る。髪飾りは梅を模していて、それは美しいひとすじのリボンだった。
 ぎんいろの眸が、真っ直ぐにエリシャを見詰めて口にする。
「ねぇ、エリシャ」
 名前を呼ばれて、彼女は瞬いた。だって初めてだったのだもの。
 双眸瞠るエリシャの艷やかな髪に、リボンがそっと結わえられる。
 それを約束の徴として括る様に、牡丹の声が落ちるのだ。
「お父様の話、今度聞かせなさいよ」
 甘え下手な声だった。
 ちょっとだけ笑って、エリシャの指先もまた、桜色のレースが華やかなリボンを手に取る――ひらり春の気配に游ぐそれを、愛しい妹の小指へ結わえて微笑むんだ。
「――ええ、約束しましょう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒江・イサカ
夕立/f14904と



うん、うん、咲きっぱなしの桜と言えどもやっぱり春に見るのは格別だね
風の綺麗な祭だな


……まあ、お洒落だと思われてるのは嬉しいけど
君が妙に楽しそうだと、ぼかあ嬉しくてどきどきしちゃうんだな
まさか、心配のどきどきじゃないってえ ハハ
かわゆいリボンにしてね、ゆうちゃん

しかし、夕立にも首の包帯の替えでも買ってやろうかと思ったけど、どうせあいつ「折角イサカさんがくれたのに血で汚れちゃう」って使わねえでしまっておくでしょ
目隠しに使うやつって買ったら本当に絞められそうだし、かの娘御にさしあげるのでもひとつ買っておくとしようかな

そう、何せ僕はフリにちゃんと答える男なのさ
あれが件の三枝夫人かあ


矢来・夕立
イサカさん/f04949

デートです。本日はよろしくお願いします。
天気もいいし、お祭り日和ですね。

いつも紐で括ってるでしょ、髪。ひとつ選んであげます。
おしゃれなくせに髪のことは雑なんですから。
一番よいものを探しますから勝手にどこか行かないでくださいよ。フリじゃないから。

幅が細いリボンを、長めに頂きます。色は赤かな。
これをみつあみに編み込むんです。
あのひと自分でそういう凝ったことはしないんで。
オレに頼ったり、見るたび思い出したりしてもらえるでしょう。
…どんな記憶にだって、勝ってみせます。

だからフリじゃないって言った…ああ。
ちらと見えたアレですか。
存外普通でしたね。人間そういうものですけれど。



●背中合わせに互いを見る
「デートです」
 デートらしかった。
 彼が定義から入るのは自分の所為だろうか、と黒江・イサカはちょっとだけ考える。
「本日はよろしくお願いします」
 視線をイサカから逸らさぬ儘、矢来・夕立は折り目正しくそう括った。
 うん、と相対するイサカの口許から力が抜ける。笑う様なかたちで崩れた。
「咲きっぱなしの桜と言えども、やっぱり春に見るのは格別だね」
 目抜き通りを霞む様な乳色の青空が覆っている。等間隔に規則正しく並べられた桜の樹々からは雨霰の如くに花弁が降り頻り、永劫の春に侵される視界の向こうには極彩色の燦めきが手招いていた――颯々と、隙間を縫う様に風が舞う。
 風が綺麗だ。
「いつも紐で括ってるでしょ、髪」
 並んで歩きながら、雑踏の甘やかな会話を聞き流す。ひとすじ、リボンを見出し想いを託して贈る素敵な物語。
 ふと夕立が声を挟むのは、そんな春らしく浮かれた空気の只中だった。赤を焦がした様な双眸がついと擡げられ、横顔を覗く様にイサカを見詰める。
「ひとつ選んであげます。おしゃれなくせに髪のことは雑なんですから」
 浅く喉奥でイサカは笑う。
「……まあ、お洒落だと思われてるのは嬉しいけど、――……」
 そうして慮る様に、そっと口許を掌で覆う。思案の姿勢にも思えたし、口を噤むそれにも見えた。
 イサカの声が不意に途切れた事に、怪訝さを覚えて夕立は少しだけ片眉を押し上げる。沈黙はちっとも不愉快ではなかったので、まあいいか、と次を継いだ。
「一番よいものを探しますから、勝手にどこか行かないでくださいよ」
 そうして進行方向に視線を戻しかけて、またぱっとイサカを振り返る。
「フリじゃないから」
 念押しされた。
 普段よくよく見ている彼と重なる様で重ならない、非日常のレイヤーを透かし見た気がしてイサカは緩く肩を震わせる。口許を覆う掌の向こうで唇がにやけて、つい漏れたのは笑い声だった。
「アハ、」
「……笑いました?」
 夕立の眼差しがつんと尖りを帯びる。探るような声色は、根っこがどこかを捜している。
「いやそうじゃなくて。君が妙に楽しそうだと、ぼかあ嬉しくてどきどきしちゃうんだな」
 解ける様に落ちたイサカの掌の向こうには、存外に素直な微笑みが在って、夕立は少しだけ視線をそちらに持って行かれた。
 目が離せない気がした。たぶん離したくなかった気もする。
 隙を作る様なだんまりを嫌って、夕立の唇がうすく開いた。
「――それは、どう受け取れば良いですか。心配で?」
「まさか」
 心配のどきどきじゃないってえ、と笑うイサカの表情は暢気だ。
 ただその悪びれない黒い眸だけが、どこか読み切れないものを孕んで夕立を見詰めていた。
「かわゆいリボンにしてね、ゆうちゃん」
 いらえる代わり、夕立の白い布地の下が息を嚥む様に拙く上下した。

「この、幅が細いのが良いな。長めに頂けますか」
 眼を惹かれて夕立が覗き込んだ出店は、シンプルながら丁寧な仕立てのリボンを幾通りも、何色も並べる場所だった。宛ら色の洪水の様な有様の店先で、店主と思しき老爺がてきぱきと使い込んだ鋏を出してくる。
 ――うちのはね、ほつれないのが売りなんだ、しっかりしてんだよ、で、あんた、何色が良いんだい。
「色は赤かな、――髪に編み込んでやろうと思って」
 だから解れないのは良いですね、と相槌を打つ。指先は濃淡の違いのある赤い波間の上で少しだけ迷って、これ、と示した。居並ぶ中でいっとう眩い、鮮やかな赤だった。
 鋏がちょんと小気味良い音で断ち切って、丁寧に包んで渡される。どうも、と代金を渡し礼を告げ、滑る様に店先を離れた。
「(――これを、みつあみに編み込んでやろう)」
 あのくらい色の髪に、鮮やかな赤はきっと映える。普段そんな凝った事をしないひとだから、一層に。
 ――オレに頼ったり、見るたび思い出したりしてもらえるでしょう。
 胸の裡、うすぐらい所から沸き立つその感情を肯定して、リボンに託そう。夕立はそう考える。
 許される筈だ。
 オレは赦した。
「(……どんな記憶にだって、勝ってみせます)」
 視線の先、通りの向こう側には見慣れたイサカの背中が見えている。
 駆け寄るよりもあちらが先に気付いて夕立を見、こっち、と言いたげにちいさく片手を挙げていた。
 足早にそちらへ寄る――近付いてくる夕立から視線を離さぬ儘、イサカはついと双眸を眇めた。
 衣服の隠れる様にして、その首筋には変わらず白い包帯が巻かれている――替えでも買ってやろうかと思ったけど。
「どうせあいつ、『折角イサカさんがくれたのに血で汚れちゃう』、って使わねえでしまっておくでしょ」
 誰にも聞かせる気のない呟きが、口端から漏れて雑踏に散り消えた。
 かと言って目隠しに使うやつ、って買ったら本当に絞められそうだなとも思う。それはそれで多分愉しいだろう気もしたが、今回はまあ止めておこう。
「かの娘御にさしあげるのでも、ひとつ買っておくとしようかな――て、」
 傍まで戻った夕立に、はっしと衣服の裾を掴まれて瞬く。
「フリじゃないって、言ったでしょう」
 そう言やそうだとイサカは思い出した。確かに言われた。
 ハハ、と笑って引っ張られる儘に歩き出す――視界の端にすれ違う不幸そうな面構えの女を、ちらと見遣った。
 夕立も勿論それに気付いていて、特に感慨もなく小さく呟く。
「存外普通でしたね。人間そういうものですけど」
 そうだね、とイサカも肯く。
 そういうもの同士、春の向こうへ歩いてゆく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヒマワリ・アサヌマ
【まいご】

わあ~~~~っっ!!!
見て見て!すごい桜~~!!
ここだとこれが普通なの!?すっご~~~~い!!
毎日お花見出来るねぇ~~!
あっ、向こうすごい賑やかだよ!いこいこ~~~!!

わあ~~~っ!いっぱいあるねぇリボン!
大切な人への贈り物……
ん~~~~~じゃあ私はこれっ
ほら、可愛い黄色で私みたいでしょ?えへへ……
これを~……はいっ、ジョウくんにあげる!
理由?それは───
(ああ、でも、まだ
この気持ちは、しまっていた方がいい気がするから)
やっぱり内緒♡

でも大丈夫大丈夫!ほら、こうやって小指に結んで──
約束。いつか、ちゃんと伝えるから。 ね。

えへへ、おそろいだね。


ジョウ・デッドマン
【まいご】

…死人が帰ってきて良かったねなんてさ
なるわけないじゃん
バッカじゃねーの
(ほら、やっぱりろくなことにならない)

(ヒマワリの声にも上の空)

……うっるせーんだよ!(でもいられなかった)
引っ張るな!

(何時でもその笑顔が、僕を現世に引き戻す)

(白い指に結ばれた黄色
生きてるみたいにきれいだ)
…アンタは他にあげるやつ幾らでもいるだろ
(もう僕には無い真っ赤な血の色を、お返しに結ぶ)
貰いっぱなしは趣味じゃない。そんだけ。
大切なもの、僕にはないし
…約束なんて勝手に結んでろ。

(何でこんな死人に構うんだ
マジで僕が死んでるのに気づいてないのか)
(言い出せない僕も、僕だ)



●きみ照らす
 目抜き通りの向こうには、ちいさな山が見て取れる。
 件の屋敷が在る山だ――溺れる程に咲き誇る、薄紅色がその山一帯を染め上げていた。
「……死人が帰ってきて良かったねなんてさ、なるわけないじゃん」
 ――バッカじゃねーの。
 視線を山から引き剥がし、ジョウ・デッドマンは悪態を零す。
 心の裡では、自分の姿をした誰かが頻りに声を荒げるのだ。ほら、やっぱりろくなことにならないじゃないか、なんてそんな風に。
「わあ~~~~っっ!!! 見て見て! すごい桜~~!!」
 その傍らで、真反対に明るい声が春空を衝かんばかりに響き渡った。
 瞠る右眼も左の向日葵もを輝かせ、ヒマワリ・アサヌマは目抜き通りを見渡し感嘆を零す。
「ここだとこれが普通なの!? すっご~~~~い!! 毎日お花見出来るねぇ~~!」
 ねえねえ見て見てジョウくん、とヒマワリの指先が遠慮なくジョウの袖を掴む。
 けれど賑やかなはしゃぎ声など何処吹く風で、ジョウは上の空にぼんやりと霞む様な春の青空を眺め上げるばかりだ。
「……、……」
「あっ、向こうすごい賑やかだよ! いこいこ~~~!!」
 別に気を使ってはしゃいでいる訳でもなく、ヒマワリは本当に心からはしゃいでいたし、ぼんやりするジョウの方など全然気付きもしていなかった、それだけだ。
 さあ行こう早く行こうと満面の笑みでヒマワリは歩き出す。
 勿論ジョウの袖も元気良く引っ張りながら。
「……、……ッ、うっるせーんだよ! 引っ張るな!」
 上の空が根気良く続く訳もなかった。
 彼女のいっとう明るい笑みが、自分を現世に引き戻す――押し留めている。良く良く識っていた。
 だからいつも、折れた振りをしてその背を追うのだ。

「いっぱいあるねぇリボン! 大切な人への贈り物かあ……」
 祭りを歩きながら周りを見回せば、大勢の人々が誰かと一緒に祭りを訪っている様に見えた。
 その中には、見つけ出したリボンを贈り合っている姿だって在る――わあ、とヒマワリの眸が燦めくのをちらと横目に見て、ジョウは何となく居心地が悪くて身動ぎする。
 ――こんな死人でなくたって、明るい賑やかな祭りに一緒に来る相手だなんて、彼女には他にも居ただろうに。
 こんなにも暖かな陽の射す春の寧日に、傍らに太陽みたいな少女が居ると云うのに、ジョウの裡には昏く淀んだ水が満ちている。水を抜こうにも底の栓は澱が積り見えもせず、そも、水を抜こうとも思えないのだ。
 茫、と見つめる視線の先で、ヒマワリは真剣味を帯びた眼差しでリボンを順繰りに見詰め、たったひとすじを捜している――たくさんの人が行き交う大賑わいだと云うのに、その姿だけがやけに鮮明に映った。
「これを~……はいっ、ジョウくんにあげる!」
「っ、え、」
 唐突に何かとても明るいものを差し出され、思考から引き揚げられたジョウは面食らって瞬く。
 差し出されたヒマワリの掌に乗せられていたのは、艷やかに光を照り返す黄色いリボンだった。
「ほら、可愛い黄色で私みたいでしょ? えへへ……」
「――、……なんで……」
 照れた様な可愛らしい仕草で頬を掻くその姿に、どうしたって最初に漏れ落ちるのはそんな台詞だ。
 疑問を向けられたヒマワリの方が今度はぱちぱちと瞬いて、そうしてちいさく小首を傾ぐ。
「理由? それは――、」
 ヒマワリが――私が、ジョウくんにリボンをあげたい理由。
 口にするのはきっと簡単だった。胸から溢れてしまいそうなこの気持ちを、感情を、ただ素直に声にしてしまえば良いだけだ。
「(ああ、――でも、まだ)」
 浅く唇がはなひらく。
 それでも言葉を飲み込んで、ヒマワリはその口端を持ち上げた――この気持ちはまだ、しまっていた方がいい気がするから。
 だからただ、いつも通りにあなたを見つめて、あなたに笑おう。
「やっぱり内緒?」
 軽やかな甘い声音で封をして、約束の徴めいてジョウの小指にリボンを結ぶ。
 大丈夫大丈夫、だなんておまじないの様に言葉を添えた。
「約束。いつか、ちゃんと伝えるから。――ね、」
 そっと結わえられた黄色いリボンは、ふわりとその翅を広げてジョウの小指に優しくはためく。
 仕立ての良いリボンはまるで生きているみたいにきれいで、だから余計に喉が詰まりそうな心地になるのかもしれない、とジョウは思った。
「……アンタは他にあげるやつ、幾らでもいるだろ」
 逃げる様に視線を彷徨わせた先、店先のリボンに眸が留まる。直感的に“その色”を撰んだのはきっと、もう自分にはないものだからかもしれない。
 店主からそれを貰い受け、不思議そうに佇むヒマワリに向き直る。
「貰いっぱなしは趣味じゃない。そんだけ」
 呟きながら、真赤な深紅のリボンをお返しに結わう。
 ――何でこんな死人に構うんだ。僕が死んでるのに気付いてないのか。
「(言い出せない僕も、僕だ)」
 わあ、とヒマワリが嬉しそうにそのリボンを見つめるのを見ない振りをしながら、ジョウはいちど瞑目する。
 ひかりが強くて、目眩がしそうだ。
「大切なもの、僕にはないし。……約束なんて、勝手に結んでろ」
 うん、と笑顔から喜色を溢れさせ、ヒマワリが明るく肯いた。
 おそろいだね、と告げる彼女の顔が、声が、ジョウの記憶から暫く、夏の日の残影の様に離れなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

松本・るり遥
【没了】

…………、
……フツーが滅多に見れないってソレ、本気で言って、ないよな?

え、いや俺は、あんま、考えてなかった。
こんな洒落たの柄じゃねえし、見てるだけでーーお前ほんと息をするように失礼だな!!!!物好きでもないと無理なのはほんとそうだけどさあ!!!!!

でも、
(青と銀)どうしよう。(友。己の他人格。心当たりはあれど。)親に、贈るのは、アリ、か。

あーーーうるせ
うん
泣くかもなあ
(肉塊の怪物になってしまった親に、こんな程度の親孝行しかできないやるせなさ、に)

そうゆうお前は。
誰に贈るんだよ。
…………ガキみたいなタッパで照れ隠しすんなよ恥ずかしいな!


ジン・エラー
【没了】

ホッヒャラハハハ!!
見ろよるり遥!こォ~ンな景色滅多に見れねェ~~ぞォ~~~
ンだよノリ悪ィなァ~~……フツーなのがいィ~ンだよ、フツーがな

ほォ~~リボンをねェ~~…
この場どころかこの世にいねェヤツも?ふゥ~ン………
るり遥は誰に贈ンだ?家族にダチに……おっと、知らねェうちにコレでも出来──
ま、お前はそォ~~だろうなァ!!相当の物好きじゃねェと!!ヒヒヒャハハ!!

いィ~やいやいや、いいじゃねェか親宛ては
親孝行な息子だっつって、泣いて喜ンでンぞォ~~~!!

(自分はこいつでいいかと 藍と金糸のリボンを手に)
オレ?オレはまァ~~~~………
……お前にゃまァ~~だ早ェ~~よ、ガキ。クケキャハ!



●大事なひとには変わりない
「ホッヒャラハハハ!!」
 穏やかな春空には似付かわしくない哄笑が、機嫌良く響く。
「見ろよるり遥! こォ~ンな景色滅多に見れねェ~~ぞォ~~~」
 哄笑からトーンが変わらぬ儘、ジン・エラーはその夜色の髪で陽光を弾き返しながらぐるりと振り返る。視線の先にはもうひとり居て、それは怪訝そうに眉間に皺を刻んでジンを眺めていた。
 こんな穏やかでごく普通の景色が、彼にとっては驚嘆に値するらしい――マジでかマジかよ、と松本・るり遥は頭を掻く。
「……、……フツーが滅多に見れないってソレ、本気で言って、ないよな?」
「ンだよノリ悪ィなァ~~……フツーなのがいィ~ンだよ、フツーがな」
 振り返った先でるり遥も同じ様に景色に眸を輝かせているかと思えばちっともそうでなく、ジンは異彩を眇めて唇を尖らせた。尤もマスクがごわごわ蠢いただけだ。
 ふたりの先には春の気配と祭りの色彩が燦めき渦為して、おいでおいでとその両腕を広げている。
 るり遥はちらと横目でジンを見て、あー、と小さく唸る様に呟く。区切りの様なものだ。
「じゃあ、まあ、行くか」
 お、とジンはちょっとだけ瞠目してるり遥を見遣る。
 先導する様に先に一歩を踏み出す積極性は、ノリが悪いと言われた事に対するバツの悪さか、それともこの景色を珍しがった自分への慮りか――どちらにせよクソ面白ェなとジンは思った。
 面白かったので聞いてみる。
「手ェつなぐ?」
「つながねえよ!!」
 食い気味に断られた。

 扠、目抜き通りのリボンで出来た色彩の海を泳ぎ歩くうち、祭りの趣旨だなんて否が応でも幾度か耳にする事が叶うだろう。
「ほォ~~リボンをねェ~~……」
 成程なァと顎を擦ってジンは呟いた。普段の自分には縁遠い行事で物珍しい。
 ふと視界の片隅に、どこからか漂う白い煙がひとすじ這う。あれが既にこの世に亡い誰かへ贈るリボンだと云うのは、同じ様にここに至る迄に耳に挟んだ話だ――ふゥんと吟味する様にじろじろ見るうち、傍らのるり遥がどこか遠いものを見る様に、その煙を見送っている事に気付く。
「るり遥は誰に贈ンだ?」
 気楽にそう尋ねると、え、とるり遥の両肩が驚きに跳ねて揺れる。
「いや俺は、あんま、考えてなかった」
「へーェ?」
 ジンの眼差しが面白そうに光る。
 顔を向ける先ではるり遥が、周囲の綺羅びやかなリボンの坩堝に気後れする様に、やや背を丸めて重たい歩幅で歩いていた。
「こんな洒落たの柄じゃねえし、見てるだけで――」
 待て待てとでも言い出しそうな身振りで、ジンが人差し指をるり遥の顔の前に立てる。
「誰か居ンだろォ~~家族にダチに……おっと、知らねェうちにコレでも出来、」
「お前ほんと息をするように失礼だな!!!!」
 立てる指が小指に摩り替わった所でるり遥が吼えた。
 下品な声で心底愉しげにジンは嗤う。これだから揶揄を辞められなくて困る。いや困ンねェけど。
「ま、お前はそォ~~だろうなァ!! 相当の物好きじゃねェと!! ヒヒヒャハハ!!」
「物好きでもないと無理なのはほんとそうだけどさあ!!!!」
 噴火するるり遥を見て、ジンは満足げににやにや笑う。
 その顔めちゃくちゃ腹立つな、と一瞬だけぶすくれた顔をしてから、るり遥は気を取り直す様に咳払いを挟んだ。
「ったく……、――まあ、でも」
 双眸を眇めてジンの方を一瞥してから、るり遥はふと、漸く背筋を伸ばして目抜き通りを見晴るかす。
 渡る春風は心地良く、誰も彼もが笑っている――誰かへの想いを籠める為に、たったひとすじを捜して幾らでも歩く。そこに満ちる優しいにおいが特別に赦してくれる様な気がして、それならいいか、なんて何となく思った。
 ふと視線を向けた店先に並ぶ、青や銀の冴えた色合いのリボンに眸が惹かれる。
「……どうしよう」
 友人。
 己が裡に棲む他人格。
 贈ろうか、と思えば贈り先は幾つか在ったけれど、でも。
「――親に、贈るのは、アリ、か」
 一滴、溢れてしまった様に呟きが漏れる。
 勿論ジンがそれを聞き逃す筈もなく、笑うかたちの目許の儘、首を傾ぐ様にしてるり遥の顔を覗き込んだ。
 なんだよ、と視線から逃れ様と身を捩るるり遥の肩を、ジンの掌が軽快に叩く。
「いィ~やいやいや、いいじゃねェか親宛ては! 親孝行な息子だっつって、泣いて喜ンでンぞォ~~~!!」
「あーーーうるせ、……や、……――うん、」
 ――泣くかもなあ。
 澱は少し身動ぎするだけで簡単に浮上し舞い上がり、水を濁らせ呼吸をしづらくしてしまう。濁った水底から、肉塊と化した両親のどこが眼とも解らぬ眼が、じっと見詰めている様な気がした。
 やるせなさごとそこから顔を背けて、るり遥は唇をひらく。
「そうゆうお前は」
「オレ?」
 言われてばかりにはならないとばかりに顔を上げ、ジンに向かってそう尋ねた。
「誰に贈るんだよ」
「オレはまァ~~~~…………、」
 ジンの細い指先が、気紛れにリボンへと伸ばされる。壊れ物を扱う様なその所作は、リボンを贈る誰かに宛てたものだろうかなんて――詮無い事を、ほんの少しだけるり遥は考えた。
 指先が撰ぶのは、藍と金糸で織り上げられた麗しいリボンだ。滑らかに掌に絡むそれに、ジンが双眸を眇めて見下ろす。
 聖者の異彩にどこか人めく優しさが宿るのは、誰が知り得る事だろう。
 リボンを口許に引き寄せ、流す眼差しでジンはあえかにいらえた。
「……お前にゃまァ~~だ早ェ~~よ、ガキ。クケキャハ!」
「…………ガキみたいなタッパで照れ隠しすんなよ恥ずかしいな!」
 速攻でばれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アパラ・ルッサタイン
藍(f28958)と

此れ程のリボンが集まると壮観だ
全てに愛や願いが編まれているのだろうね

なあ、藍
ちょいと提案
貴女にこれという一本をお贈りしても?
郷に入っては郷に従えってね
祭りに参加したくなっちまってさ
あたしにも?あは、そりゃ嬉しい

早速探そうか
直感に任せ歩み
品々を流し見

ふと目に留まる
深い藍色の幅広なリボン
縁は銀糸の刺繍
華あれど落ち着いた印象の撓やかな品
うん、此れが好い

貴女の探しものが見つかりますようにと
願いを込めて

選んで頂いた一本はうつくしいな!
早速髪に結わうよ
お揃いに近づいたかな?

そのリボン
長い付き合いみたいだが良いの?
隠す仕草は掘り下げずに笑んで
そう
よく似合ってる

有難うよ
あたしも、大事にする


歌獣・藍
あぱら(f13386)と

本当ね、どのリボンも素敵…!
この子達に込められた『アイ』はどんなものなのかしら…!

なぁにあぱら。
えっ、私に…?嬉しいわ!
それなら交換こしましょう
私も貴女に見合う1本を
送らせて頂戴

共に歩けば
とある1本に目がいく

ゆらゆら揺れる度
宝石の遊色効果の様に輝くリボン
色は…そうね
青や黒に近い髪色だし
パッと映える白なんてどうかしら
私の髪とお揃いよ

貴女の輝きが衰えること無く
永遠のものとなりますように

まぁ!凄くお似合い!

貰ったリボンは…そうね
随分古くなった
手首のリボンと交換しましょう
(手首の傷を隠しながら付け替えて)
構わないわ
丁度、新調したいと思っていたの

ありがとうあぱら!
大切にするわ…!



●貴女のたからもの
 春の寧日に横たわる、極彩色の祭りの絢爛さは眼にも艶やかで壮観だった。
 既に誰かのたったひとすじとして貰われていったもの、未だ微睡み店先で主を待つもの、その全てに愛や願いが編まれているのだろう――そんな風に思って、アパラ・ルッサタインはそっと口端に笑みを浮かべる。
 その傍らで同じ様に双眸を煌めかせ、祭りを臨む女もまた、それらに籠められた『アイ』を手繰ろうと胸をときめかせる――歌獣・藍の名に“アイ”を戴く、それと同じ様にして。
「なあ、藍」
「なぁにあぱら」
 いらえる藍に向け、ちょいと提案、と続けてアパラは口端を薄く擡げた。
 郷に入っては郷に従えってね、と意味有りげに囁いてから、その本題を口にする。
「貴女にこれという一本をお贈りしても?」
 ぱち、と藍が瞬く。それから直ぐに頬が薄っすらとばらいろを得て、少女めいたあまい微笑みで肯いた。
 うれしい、だなんて声にするとっくの前に、きっと伝わってしまっている。
「ね、それなら交換こしましょう。私も貴女に見合う一本を贈らせて頂戴」
 折角のお祭りだ。折角ふたりで訪ったのだ。
 貴女が私に願いを架けてくれると云うのなら、私だって貴女に願いを託したい。
「あたしにも? あは、そりゃ嬉しい」
 照れたように少しだけ鼻先を擦って、アパラも喜色を滲ませ頷き返す。
 それじゃあ、ほら――差し出されたその掌がひらりと揺れて、春の向こうへと藍を誘う。
「はぐれないように」
 児戯めく行為の言い訳は、楽しげに浮つく声二色が重なって紡いだ。

 ――あぱらに贈るなら、どんなリボンが良いかしら?
 ――藍ならどんなリボンが似合うだろうか。
 相手に贈るもの、と云う前提で捜していると、どうしたって彼女と店先のリボンとを見比べたくなってしまう。ふたりともがそうしていたら、何れ何処かのタイミングでそうなるのだ――ぱち、とちいさな音が弾ける様に、ふたりの眼差しがお互いを見つめる様に交差する。
「ねえ、だめなの、あぱら。迷っちゃうわ」
「おや奇遇だ。あたしもだよ」
 そんな些事がおかしくて、ふたり内緒話を転がす様に密やかに笑い合う。
 それでも巡り合わせと云うのは在るものだ――桜の木陰に佇む様にしてある慎ましやかな出店の軒先に、アパラのオパール零す眸が吸い込まれる。
 彼女を呼び寄せたのは、深い藍色宿す幅広のリボンだ。斑の無い染めは見事なもので、縁には銀糸の刺繍で縢ってある。決して華がない訳ではないのに落ち着いた印象で、撓やかな逸品だと思った――同時に、これが自分のたったひとすじだ、とも。
「――うん、此れが好い」
 自然と口端には微笑みが滲む。
 佳き日を、と言祝ぎと共に手渡してくれた店番に礼を告げて踵を返せば、ねえ来てあぱら、と楽しげに藍に腕を引かれた。
「ぴったりなのを見つけたの!」
 どうやら自分が買い物をしている間に彼女もまた、たったひとすじと出逢っていたらしい。
 ほら、と掲げる手許を覗き込めば、ちらりと揺れる不思議な色合いがまず視線を攫っていくのだ――遊色効果、と真っ先にその言葉が出てきたのは、自分の特性がそれだからと云うのも勿論在る。
 生地と染めの兼ね合いで、春の陽射しを照り返すリボンは藍の掌中でゆらゆらと麗しく色味を変えていた。私の髪とお揃いよ、と嬉しげに藍が囁く。その通りの艶やかな白だ。
 雑踏を少しだけ離れて、桜の袂にふたりで向かい合う。
 芳しい春のにおいが、頬の輪郭を零れ落ちる陽のひかりが、酷く心地良い。
「――貴女の輝きが衰えること無く、永遠のものとなりますように」
 謳う様に告げる願いをリボンに籠めて、藍の指先がアパラの掌にそっと宝石めくそれを恭しく載せる。
 木漏れ日を受けてちらちらと表情を変えるそれを矯めつ眇めつして、うつくしいな、とアパラは感嘆を零した。そのまま慣れた手付きで髪に結わえ、どうだろう、と藍を見遣る。
「お揃いに近付いたかな?」
「まぁ! 凄くお似合い!」
 すてき、とはにかむ藍をいとしく見詰めて、アパラの手がそっと彼女の方へと差し出される。音なく解けば、零れ落ちる様に藍色がしろい掌に届くのだろう。
「――貴女の探しものが、見つかりますように」
 藍の言葉はない。
 ただ、ちいさく息を嚥む様な音が在った。燦めく眼差しが、手許のリボンを夢見る様に眺めているのを見えた。それでいいな、と思う。
 藍は少しだけ考える仕草を見せてから、そっと手首に巻いてあったリボンを外し始める。その下に在るだろうものを隠す様子に、特段の追求はしない。彼女が隠したいのなら、それを尊重したいから。
「そのリボン、長い付き合いみたいだが良いの?」
「構わないわ、」
 穏やかにアパラが尋ねると、藍は微笑んで浅く首肯する。丁度新調したいと思っていたの、と括った。
「そう。――よく似合ってる」
 付け替え終えた手首を掲げて、藍は凛と胸を張った。誇らしげに、唇の端が持ち上がる。
「ありがとうあぱら! 大切にするわ……!」
 藍のその、屈託のない笑みが曇らなければいいなとアパラは想う。
 有難う、と肯いてから、アパラも咲った。
「あたしも、大事にする」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

麟・雪蘭
小蘭◆f32882
アドリブ◎
服装は深いスリット入りロングチャイナ
髪は下ろす
鈴蘭の髪飾り

何百年と生きて薄れた記憶の中サクミラを訪れた事思い出す
小蘭を抱え上空から光景を見る
羽で飛ぶ
光の魔術で輝く光花を舞わせ
彼の上着借りる

游ぐ彩の魚がまぁ綺麗だこと
人の子らは本当にお祭りが大好きねぇ
斯く言う妾もだが
そろそろ参ろうか
小蘭、おいで

手を引いて出店へ

楽しんでる?小蘭
妾に選んでくれるかい?
…君は最高の愛い子だよ
私からはこれを
小蘭は娃しいから

ルビィの様な赫と銀月色を編んだ鈴リボンを巻く
リボンに口付け
具体的な色や巻く所お任せ

一人では輝けない月
溺れ抱いて
私の為に

込める願いは
永遠に私のもの
さすれば歪(あい)を捧げましょ


恩・蘭明
麟・雪蘭(f31577)と参加
アドリブ◎
服装はいつもと同じ、ちょっとしたジャケットと黒いTシャツと革のパンツ
鈴蘭の匂いは忘れない

……母さんは凄いですね。
今は、僕の方が背が高いのに。
夜空は、寒くないですか?
僕のを着てください。

……お祭りは、区切りですから。
騒がしいと思うことはあっても、嫌う人は居ないんじゃないですか?
……僕も、昔は好きでした。……今も、嫌いじゃないですが。

ええ、母さん。

サファイアのような碧色に、太陽の如く煌めく金色を編んだ、鈴の付いたリボンを彼女へ
巻く場所はお任せ

離れないように。二度と、離さないように。

母さん、貴女は僕の、太陽ですから。
たとえその身を焦がそうと、僕は貴女とともに。



●きれいでいびつな
 懐かしい記憶だった。
 幾年、幾百年と重ねた追憶のどこかに栞の様に挟まれた、それは確かにこのサクラミラージュの光景だ――訪れたのは一体いつだったろう、もう忘れてしまった。懐古に目許を和らげて、麟・雪蘭は少しだけ浸る。
「……母さんは凄いですね」
 ふと響く声は、その細い腕に抱えられた青年から向けられたものだ。
 彼を――愛し子である所の恩・蘭明を見遣って、雪蘭はそっと口端に微かな笑みを刻んだ。
「君が大きくなろうとも、妾の愛し子に変わりないからね」
 その背の羽根が大きく羽ばたけば、もうひとつ上空へと舞い上がる。
 戯れに仕掛けた光の魔術はきらきらと犀利に乱反射して、無数の耀く光花と為りて舞い散り消えてゆく――夢の様なその光景を雪蘭の腕の中なら見詰めながらも、ふと気付いた様に蘭明は気遣う様な眼差しを母へと向けた。
「寒くないですか? 僕のを着てください」
 春とは云え空の上は地上よりずっと寒い。
 翔んでいる彼女が身体を冷やしてしまわないかと危惧して、蘭明は自分の纏うジャケットを脱いで彼女の細い両肩へと羽織らせる。優しい心遣いにまた薄っすら笑んで、有難う、と雪蘭は告げた。
 そうしてその緋色の眼差しが、眼下に広がる祭りの景色を一瞥する。
「游ぐ彩の魚が、まぁ綺麗だこと。――人の子らは本当にお祭りが大好きねぇ」
 人ならざる者であるからこその物言いは、けれど穏やかに括られささやかな笑い声が添えられた。そんな事を言っておいて、自分だって祭り事を好ましく思っているのは、自分自身が一番良く解っている。
 春風の奥に揺れるは誰かのリボンだ――この場に無い色だなんて無いのではと思えるくらいの、彩織り為す夥しい魚の群れ。
 蘭明の視線も同じ様に、眼下の春風と云う川に游ぐ魚を見詰めていた。
「……お祭りは、区切りですから」
 少しだけ逡巡する間があって、訥、と密やかな声がそう零す。
 人々の営みを慈しむ様な、そんな声だ。
「騒がしいと思うことはあっても、嫌う人は居ないんじゃないですか?」
「君は?」
 促す様に雪蘭に尋ねられ、ほんの僅かに蘭明の黒い眸が揺れた。
 内包する複雑な感情は、けれどもう子供ではないのだから簡単に溢れ出たりはしないのだ。
「……僕も、昔は好きでした。――今も、嫌いじゃないですが」
 そう、と柔い母の声が慰撫する様に囁く。
 参ろうか、と彼女は継いだ。
 言葉でいらえる代わりに、その身体に触れる手に少しだけ力を籠める――小蘭、おいで、と笑う呼気が耳朶を擽った。

 賑々しい雑踏を、ふたりは静謐に進んでゆく。
 人の世から外れた者同士、たったふたりの親子同士、繋ぐ手の指先に宿る感情は昏くて歪かもしれない。それでも蘭明は母たる彼女が大好きだった。今も、今迄も。
「妾に選んでくれるかい?」
 歩く傍ら、穏やかにそう声を向けられる。
 それがリボンを指すと云うのは言われずとも知れた。母の緋色は目抜き通りの両脇を固める出店をひらひら渡り、興味深げに眺めていた――そうしてその眼差しは、最後に蘭明へと留まる。
「ええ、母さん」
 断る理由なんて無い。
 だから蘭明はふいと人波の流れに逆らい、視界の端に見初めた店の前へと足を運ぶ。
 撰ぶ様に触れたリボンにはサファイアが宿る――眼の醒める様な碧色には、陽の光を撚った様な金色が編み込まれていた。風が吹く度揺らす度、端に下がる鈴が愛らしくちりりと鳴り響く。
「離れないように。二度と、離さないように」
 店主からそれを受け取れば、蘭明は恭しく母の手を取りそっとその手首にリボンを結わえる。結わえながら、そう祷る。
 祷りではなく呪いかもしれない、とは自覚していた。それでも願いを籠めるのなら、それしか考えられなかったのだ。離す気もなく離される気もないのだと、貴女は受け入れてくれるだろうか――蘭明が窺う様にそっと母を見遣る。
 彼女はうつくしく微笑んでいた。
「……君は最高の愛い子だよ」
 雪蘭は甘やかな声音でそう紡ぐ。
 人の路を外れたる愛しき子。いいえ、妾が外れさせた。機嫌良く口端を擡げて、いつの間にかその掌に握り込んでいたリボンを蘭明の前へと示してみせる――ルビィの如き赫を懐く、編み込まれるは冴える銀月めいた糸の、鈴揺れるリボン。
 丁度、今結わえられたものと対になる様な。
「私からはこれを。――小蘭は娃しいから」
 その妖艶なくちびるが、そっとリボンに落とされる。微かな衣擦れと鈴の弾ける音だけを引き摺って、雪蘭の指先が蘭明の手首へと赫いリボンを柔く結わえた。
 一人では輝けない月。溺れ抱いて――私の為に。
「貴女は僕の、太陽ですから」
 籠められた母の願いを識ってか識らずか、蘭明が恐れを知らぬ声で告げる。
 たとえその身を焦がそうとも添い遂げるのだろう。雪蘭の頬に、穏やかな喜色が滲んで染まった。
 リボンに籠めた願いを愛と云う。
 永遠に私のもの――さすれば歪(あい)を捧げましょ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵鍔・千鶴
【耀累】

春風に靡いて揺れた
通り縋るリボンに
少しの既視感は見ない振り

菫、店にも色々あるし
見に行かない?
きみの柔らかな翠に似合うリボン…
着飾ってあげるは
人形相手に慣れてるけど
反応が返る相手には少し緊張する
惹かれたのは
シフォン生地の太めの薄紅色リボン
菫、少しだけ髪に触るよ、これで結わえてもいい?
ねだる様子に目許緩ませ
はらりと艶髪を指先で大切に束ねて薄紅リボンで結ぶ

…うん、想像通り
桜が咲いたみたい
揺れる色に
ああ、いつかもこんな風に
髪を結んであげていた気がする
ずっと、ずっと
遠い昔の記憶になってしまったけれど

腕に結んでくれたリボンの彩は確かにきみと繋がるふたりの
菫とまた、縁を結べたねって
あえかに咲うんだ


君影・菫
【耀累】

解いて風に攫われる髪がふうわり揺れて
隣が何か見ない振りをしたのを知らない振り

うん、店行こ
きょろり沢山のリボン映して
おとーさんが
ちぃが選んでくれたんはシフォン生地の太めの薄紅
ふふ、うちに触れるのも慣れてくれてええんよ?なんて
結うて結うてと
童女が親にねだるように眸輝かせ
菫色の髪飾りの代わりに結んでなあ

はら、ほんま?
うちに桜が咲いとるならうれしい
嬉しげにくるりとリボン靡かせ

キミの紫に宿る想い出のいろ
何を思い出しとるんやろと浮かべながら
薄紅から紫に移ろうキミ色
けれどふたり色のリボンをちぃの手首にゆるり結ぶ
想い出重ねて何時でも映せるように

絆ひとつ結んでまた縁ひとつ
あえかに咲う顔はきっとキミと同じ



●さくら、さくら
 薫風と呼ぶには季節は浅く若い、けれど匂やかな甘い風が渡ってゆく。
 徒に揺らされた通りすがりのリボンに、彼の――宵鍔・千鶴の視線がひととき攫われた事に、君影・菫は気付かない振りをした。
 否、少しだけ違う。彼がそれを既視感ごと見ない振りをしたのを、知らない振りをして見せた。
 少女めいた慎ましやかさを映す様に、翠の煌めきがふうわり風を孕んで揺らされる。
「菫、店にも色々あるし、見に行かない?」
「――! うん、店行こ」
 千鶴から掛けられた声に、ぱっと菫が笑って肯く。
 風に広がる翠色は一房ごとに光を照り返し艶めいて、まるでそれ自体がきらきらとした何かの様だ――思わず指先を伸ばしかけて、いけない、と慌てて千鶴は指先を柔く握り込む。
「似合うリボン、どんなのが在るだろう。人形相手なら慣れてるけど……」
 反応が返る相手であれば、矢張り緊張が抜け切らない。
 菫の柔らかな翠にはどんなリボンが似合うだろうかと、千鶴の眸がじっと向けられるのが少しだけ擽ったい気がして、やん、と可愛らしい声を上げて菫がころころと笑う。
「おとーさん……、ちぃが選んでくれるなら、何でも好きになれると思うけどなあ」
 誰かが心を籠めて自分の為に選んでくれるものならば、何でも嬉しい。
 それがだいすきな『おとーさん』であれば、尚の事だ。

 ふたりで目抜き通りをそぞろ歩くうち、ふと視線が惹き寄せられる様に端に向けられる。小ぢんまりとした出店は控えめな佇まいだったけれど、軒先から覗く鮮やかな染め色が心を掴んで離さない。
 運命の出会いなんてものは、案外何処にでも転がっているものだ――そう、こんな風に。
「菫、こっち」
 おいで、と彼女を誘って、件の店の前まで歩を進める。
 春風にふわふわと游ぐ様に店の先で漂うのは、シフォン生地と思しきリボンの花々だった。薄い紗の如く繊細なそれらは、けれど絶妙な染めで艶やかな色彩を與えられている。
 店主と声を交わして遣り取りを終え、千鶴が手に取ったのは薄紅――頭上に咲く桜と同じ色だ、と菫は瞬く。
「菫、少しだけ髪に触るよ、これで結わえてもいい?」
「ふふ、うちに触れるのも慣れてくれてええんよ?」
 紳士な申し出にちいさく笑って、ちらと横目で彼を見る。なんてね、と冗談めかして片目を瞑ってから、従順な子供の様に菫はくるりと背中を向けた。
「ほら、結うて結うて」
 おねだりは愛らしい。丁度、ちいさな童女が親にそうする様な所作だ。
 自前の菫色の髪飾りを解き放てば、ふわりと翠が春の野の如くに千鶴の眼前に広がる。その光景と菫のねだる様子との両方に目許を緩ませ、うん、と千鶴は浅く顎を引いていらえた。
 優しい手付きが、その指先が、そっと壊れ物を扱う様に菫の髪に触れる。
 柔く梳いてから大切に束ねられる感覚は心地良く、菫はとろりと双眸を伏せた――うん、想像通り、だなんて千鶴の声が聞こえてきて、つい瞬いてしまうけれど。
「桜が咲いたみたい」
「はら、ほんま?」
 桜、と聞いて何となく嬉しい気持ちになるのは、きっとさっき自分もこのリボンに対して同じ感想を抱いたからに違いなかった。
 くるりと身を翻らせればそれにつられてリボンも揺れる。うちに桜が咲いとるならうれしい、とははにかむ様に小声で添えられた。
 それから、ねえ、と千鶴を呼ぼうとして、菫の双眸がふと薄く瞠る。
 ――この身を透かして、キミがどこか遠いとおい記憶を覗き込んでいた様な、そんな気がしたから。
「ああ、いつかもこんな風に、髪を――……」
 結んであげていた気がする。誰かの髪を。ずっとずっと遠い昔、どこかの記憶のその裡で。
 唇から零れ落ちる記憶の欠片を留められぬ儘、千鶴はそう囁いた。優しい記憶だ。手放してしまった様な気もするし、底の底に残っている気もした。
「――ね、ちぃ」
 そうやって追憶するのもそこから抜け出すのも、結局は菫が切欠なのだ。
 彼女に呼ばれると共に、手首に柔らかな感触を受けて、千鶴はこの桜舞う今へと引き戻される。
 手許へと視線を落とせば、菫のほそい指先が、お返しの様に千鶴の手首へとリボンを結わえている最中だった。
「何を思い出しとるんやろ、って、ちょっと気になるけど。……想い出は、幾つでも」
 ――キミの紫に宿る想い出のいろ。
 撰んだリボンには薄紅から紫に移ろう繊細な染めが施されている。キミ色でもあるし、ふたり色でもある。だからこれを撰んだの――想い出は幾つでも在ったって構わないから、重ねて何時でも映せる様に。
 結び終えた菫の手が離れがたくそこに蟠る。
 引き留める様に、或いはありがとう、と伝えたがる風体で、千鶴の掌がそれにそっと重ねられた。
「また、縁を結べたね」
 菫の髪に翻る桜がひとつ。
 千鶴の腕にはためく重ね色がひとつ。
 内緒話の様な呼気を紡いで、そっと擡げた紫の眸が菫を覗き込む。
 あえかに咲う。優しく。
「絆ひとつ結んで、また縁ひとつ」
 嬉しげにいらえる菫の表情にもまた、彼と同じ笑みが咲いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
決して戻らぬもの、と
知っている事と、解かっている事は違う
……自ら目を閉じたとあらば猶更だろう

こういった祭り事には馴染みが悪い……今一つ落ち着かんが仕方ない
――宛てもなく歩く先、ふと目に留まる物が1つ
真っ白なリボンの上、同じ白で刺繍された桔梗が仄かに浮かび揺れている
其の花に重なり思い起こされる、柔らかく笑んだ面影
そうか、既に亡い者へと渡す事も叶うのだったな

人の気配の無い街外れへと足を運ぶ
揺れる白へ、黒符に点した火を移し
風に乗り、空へと消えて行く灰を見送る
焔の内に喪ったものへ、焔を橋渡しに贈る事に為ろうとはな

誰よりも何よりも大切だった
もう、直に其の手へと渡す事は出来ないが
――届いたろうか、君の元へ



●桔梗を供える
 熱を帯びた様に囁きあいながら路を行き交う少女たちに、互いしか見えていなさそうな若人ふたり連れ、手を引き引き漫ろ歩きを楽しむ人の波――大凡普段馴染みのない祭り事の空気に、どうしたって落ち着かない感覚を携えて鷲生・嵯泉は息を吐く。
 仕方がない、と自分自身に言い聞かせては、陽気に浮かれる春の匂いを潜り抜けてゆく。
「――……、」
 慣れない場所だからこそ、視線を彼方此方に遣るが故にそれに気付いた。
 否、眼に留まったと云うべきか――宛てもなく歩く先で見つけた、それは真っ白なリボンに見える。良く良く覗き込んで、少し違うな、と嵯泉は緩慢に瞬いた。
 真っ白なリボンに、更に同じく真っ白な糸で何か刺繍が施されている――桔梗、とはその意匠に気付いた時の感嘆めいた吐息だ。
 無骨な指先で、それを愛でる様にそっと撫ぜる。
 ――傷付けぬ様にとそんな手付きで触れたのは、勿論それが店にとっての大事な売り物であるからだ。けれどそれだけではないのも確かで、嗚呼、と嵯泉は柘榴の隻眼を眇めてみせた。
 追憶の向こうで、桔梗に重ねたかのひとの面影が柔く微笑んでいる。
「そうか」
 ちいさく呟く。
 滲むのは得心だった。
「既に亡い者へと渡す事も叶うのだったな」

 決して戻らぬものなのだと、知っている事と解っている事は違う――自ら目を閉じたとあらば猶更に。
 譲り受けたリボンを手に街外れへと足を運びながら、嵯泉は詮無い事の様にそう想う。
 だから自分は、燃して贈ろう。
 黒符に宿した炎が、若い春風に煽られゆらりと揺らめく。気紛れに見えたその炎は、けれど揺れる白へと近付けてやれば呆気無く燃え移った。
 長くもないリボンはそう時間を掛けずに燃え落ちるだろう――端からその身を黒く染め、灰と為し、空へ舞い上がって還ってゆく。
「焔の内に喪ったものへ、焔を橋渡しに贈る事に為ろうとはな」
 皮肉が効いている、と嵯泉は浅く喉奥で笑って肩を揺らす。
 春に燃え尽きた桔梗の行方は杳として知れずとも、煙は確かに空へ空へとひとすじ、真っ直ぐ昇って行ったのだ。
 ――誰よりも、何よりも大切だった。
 幾度も触れたその手に、直に渡す事などもう出来やしないけれど。
「――届いたろうか、君の元へ」
 声が返る筈もない。
 ただ、遠くで桜の樹々がざあ、と啼いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
リボンを渡す相手なんて決まってる
藍色から青へ変わる金縁のリボンを手にアレスを見る
なんだアレスもくれるのか?
髪に結んでくれるってんなら
お前が好きに結ってくれよ
…アレス好みのがわかるかもなんて下心は隠したまま
大好きな優しい手にごきげんに

元の髪型に戻されたら
似合わなかったかと小首を傾げ
そうかよ…
真っ直ぐに告げられる言葉が照れくさくって
顔を赤らめ目をそらす

ならさ、小指に結ぼうぜ
約束って感じがするじゃん
アレスの手をとり
見せつけるようにきゅっと結ぶ
ついでに少し長くなったリボンの端同士を結んだら
もっと近くなった気がするな

きっとアレスは知らねぇんだろうけど
運命の糸…みたいだなって
嬉しくなった


アレクシス・ミラ
【双星】
アドリブ◎

贈る相手は決まっているんだ
選んだのは藍色から青へ変わる金縁のリボン
セリオスを見れば…おや
ああ。贈らせてくれるかい?
君の髪にも似合いそうだ
彼の言葉にきょとん
僕が…?
…分かった。やってみるよ
真剣に一つに結ったり、編んだり
艶めく黒髪はどの髪型も似合う
でも…

結局元の髪型に戻す
どの君も素敵だったけど
この髪型が一番君らしくて…僕は好きだな
笑顔で伝えるよ

約束か…それはいいね!
彼の手を取り
誓いも込めるように小指に結ぶ
と…
繋げられたリボンが
まるで、運命の糸のようで…
…セリオスはそれを知ってるのかな
ああ、でも
このまま繋がったままでいてほしい…なんて想ってしまって
…なんでだろ
頬にほんのり熱を感じた



●運命を縒る
「――あ、」
 声はふたり分だった。
 リボンをどれにしようかと連れ立ち歩く目抜き通りの、足を留める店先が一緒だったタイミングで一回目。
 そうしてこれが、そこで同じものに指先を伸ばして触れ合ったタイミングでの、二回目。
 そんな事が重なれば、とうとう堪え切れなくなって顔を見合わせては笑い合う。セリオス・アリスは傍らのアレクシス・ミラを愛しげに見上げ見つめて、そうだな、と穏やかに口を開いた。
「リボンを渡す相手なんて決まってる。アレスもそうだろ」
「勿論。贈る相手は決まっているんだ、たったひとりにね」
 相手の事を想えばこそ、お互いに撰んだと云うのに贈るべきリボンは互いに同じ、たったひとすじを色彩の海から見出していた。
 深い藍色から鮮やかな青へと揺らめく様に色の移る、艷やかなリボン――端には金の糸が緻密に縁を縢り、青と金とのコントラストが眸に眩い。
 この身はとっくに彼のものだったし、彼の身だって自分のものだ。
 だから結わえるのなら、同じリボンが良かった。
「君の髪にも似合いそうだ」
 包んでもらうのを待つ間、アレクシスはセリオスの髪を見遣ってそう呟く。絹糸の様な黒髪に、青と金のリボンはきっと良く良く映えるだろう。
 それを聞き届け、そうだな、とセリオスは肯こうとしたけれど、それよりももっと良い事を思いつく。
 にま、と唇が緩く弧を描いた。
「髪に結んでくれるってんなら、お前が好きに結ってくれよ」
「僕が……?」
 セリオスの提案に、アレクシスがきょとんと瞬く。意外そうな顔で、連れ合いの顔をまじまじ見返した。
 何事か考える様な間が少し空いてから、わかった、と解ける様にその頬が笑む。
「やってみるよ」
「へへ、やった」
 機嫌良く笑うセリオスの、その心の裡に隠したもうひとつの本心は大事に仕舞っておくのだ。
 ――アレスの好みがわかるかも、だなんて、下心めいた気持ちは。

 少し歩いて、陽向から少し外れた物陰に入り込む。
 祭りの喧騒と春のにおいが光の向こうに少しだけ遠ざかれば、何となし、ふたりの距離が近くなった気がして心臓が跳ねた。歩いている時と、そう距離に変わりはないのに。
「貸して、」
 アレクシスの小さな声に、セリオスは素直に背中を向けてリボンをひとつ渡す。
 大好きな彼の優しい掌が、梳く様にセリオスの髪へと通される――その感覚が心地良くて、蕩ける様に双眸を伏せた。
 柔らかな沈黙の澱が、ふたりの間に暫し降り積もる。
「セリオスは、何でも似合うな」
 ふと笑う様にアレクシスの呼気が揺れて、そんな風に彼は口にした。その間にも、あれこれ試しているのだろう感触が頭の方から伝わってくる。
「――、でも」
「アレス?」
 解く様に髪から手が離れてゆく。
 未だ結われていない髪は元通りにふわりと広がって真っ直ぐに落ち、その感覚に瞬いたセリオスが振り返ってアレクシスを仰ぐ。矢張り似合わなかったのだろうかと首を傾ぐけれど、そうじゃないよ、とアレクシスは笑った。
 そのまま、笑顔で真っ直ぐに囁く。
「どの君も素敵だったけど、この髪型が一番君らしくて……僕は好きだな」
「――……、そうかよ……」
 好意はいつでもそうやって真っ直ぐだ。
 その声が、言葉が、どれほど自分に突き刺さって抜けないか、こいつはきっと識らないに違いない――赤らんだ頬を隠す様に頬を手の甲で擦り、セリオスは眼差しを逸らす。どうしようもなく、照れ臭かった。
 ならさ、と切り出すのは、そんな恥ずかしい所作を誤魔化す含みが無かったとは言えない。
「小指に結ぼうぜ。約束って感じがするじゃん」
 ひらりと片手を持ち上げて見せる。アピールする様に立てた小指をぴこぴこ揺らせば、吊られる様にアレクシスが相好を柔く崩した。
「約束、か……それはいいね!」
 紳士めいた優しいアレクシスの指先が、言うが早いかセリオスの片手を攫ってゆく。
 愛しい壊れ物を扱うかの如き手付きで以て、セリオスの左の小指に金と青が絡みつく――指輪よりもたちが悪いかもしれない、と見下ろしてセリオスはそう思う。
 わかりやすい約束の徴。誰かのものだと知れる証。揺れる度にリボンの端が膚を擽って、その存在を伝えて来る。
「ほら、おかえし」
 身体の裡が帯びる熱を振り払う様に、今度はセリオスからアレクシスの手を取った。彼の右の小指に、同じ様に見せつける如くにリボンを柔く結わえてしまう。
 それだけでは何となく物足りなくて、セリオスは長く垂れたリボンの端同士を摘み上げた。ちら、と上目遣いにアレクシスを見遣って悪戯めかして微笑んでから、摘んだそれを軽やかに結ぶ。
 もう、離れる事のない様に――ふたりの距離が、離れて仕舞わぬ様に。
「(――まるで、運命の糸だな)」
 繋げられたリボンを見下ろして、アレクシスはひとり喉奥を低く鳴らす。
 彼は――セリオスは自覚をしているだろうか、と目眩がしそうになる。離れがたいその暗喩を、繋げてしまう行為の罪深さを。
 このままずっと繋がっていれば良いのになんて、アレクシスは浅ましい自分の欲を恥じた。
 頬が熱い。
「(運命の糸……みたいだな、って)」
 結わえたばかりの結び目は真新しく、緩みようもない。満足気にそれを見つめて、セリオスは密やかにそう想う。
 自分がそんな事を胸中に秘めているなんて、きっと眼前の彼は知り得ようも無いだろう。
 もう暫く解けません様に、と、子供みたいにセリオスは願った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴォルフガング・エアレーザー
❄花狼

出店に賑わう街並みを、ヘルガと二人連れだって歩く
すれ違う人々を見れば、出店で買ったリボンをつけて
その表情の何と微笑ましいことか
愛する人と絆を結び、共にある喜びを満面に浮かべている

あんな風に妻が喜ぶ顔が見たくて
目に留まったのは、白いレース地に銀糸を織り込んだリボン
銀の糸は、昼は日の光を、夜は月明かりを、或いはガス灯の光を受けて
星のようにお前の髪を彩るだろう

購入したそれを、ヘルガの髪に結んでやって

……ああ、やはりお前に良く似合う
春風と共に舞う桜吹雪に彩られたお前は春霞の精のようで
得も言われぬほどの美しさだ

……俺にもくれるのか?
ありがとう、大切にする
これからも二人、この絆を紡いでゆこう


ヘルガ・リープフラウ
❄花狼

出店に並ぶ色とりどりのリボン
どれもとても素敵ね
人々の想いが溢れてくるよう

……これをわたくしに?
繊細なレースの織り目はそれ自体がひとつの芸術のようで
そこに織り込まれた銀糸の煌めきは小さな星々ようで
愛らしくも優美なデザインにとても心惹かれて
それを優しくわたくしの髪に結んでくれるヴォルフがとても愛しくて

ありがとう、ヴォルフ。とてもうれしいわ
わたくしからもお礼がしたいの。受け取って

シンプルな白いサテンのリボンを買い、彼の長く伸びた後ろ髪を纏め結う
男の人が結んでもおかしくないように、華美な装飾はないけれど
いつもそばにいてあなたを見守りたいというわたくしの願いを込めて
この絆と想いは、あなたと共に



●とこしえに
 匂やかな春の気配が目抜き通りを包む様にして満ちていて、だから行き交う人々は皆楽しげに笑っているのだろうか、とヴォルフガング・エアレーザーは考える。
 ――否、少し違う。誰かと連れ立ち歩く人も、ひとりで買い物を楽しむ人も、どこかにリボンを携えているのだ――髪飾り、腕輪代わり、指に結ぶひとも居れば、小袋に包まれているのだろうそれを大事に抱え歩くひとだって居る。
 誰かに想いを馳せ、願いを籠めてリボンを撰ぶ――だからこそ彼ら彼女らは、楽しげに笑っているに違いなかった。
「どれもとても素敵ね。リボンのお店もそうだし、それを見ている人たちだって」
 傍らで柔らかな声が響く。
 ヘルガ・リープフラウは夫と繋ぐ手を時折揺らして遊びながら、春の祝祭に集うリボンを、人々を眺めてそう囁いた。
 人々の想いが溢れてくるよう、と謳う様に継ぐ。
「お前にも、きっと似合うものが在るよ」
 繋ぐ指先を握り返して、ヴォルフガングは穏やかにいらえる。
 街を行き交う人々の、穏やかで幸せそうな愛しい微笑み――愛する妻にも、そんな風な顔をして貰いたい。
 いこう、とエスコートの様相でヘルガの手を引く。
 風が吹く度に舞い散る桜に歓迎される様にして、ふたりはゆっくりと色彩溢れる喜色の坩堝へと爪先を向けた。

 ヘルガに似合うたったひとすじとは、どんなものが在るだろう――世に生きる男性の殆どがそうである様に、ヴォルフガングもまた、女性の装飾品に敏感な訳では勿論無い。
 それでも彼女の、ヘルガの喜ぶ顔が見たかった。原動力なんて、たったそれだけで充分だ。
「お前はどんなものが好みだ。色だとか、形だとか――」
「まあ、あなたにそんな事を聞かれるだなんて」
 ふふ、と楽しげにヘルガが頬を緩め、鈴を転がす様な声で愛らしく笑う。
 向き合う夫の鼻の頭に指先でちょんと触れて、それから蕩ける様に目許を和らげた。
「あなたが一生懸命わたくしの為に選んで下さるなら、何だって」
「……本当だな?」
 妻の笑みに吊られぬ夫が居ない訳もなく、そうやって戯れめいて語尾を上げながらもヴォルフガングの鋭い眼光が柔らかさを得る。
 とは云え見付かるのだろうか、と果てしなくも見える店の並びに視線を戻した所で、ふとその端に吸い寄せられる様に眸が釘付けになる――偶然とはきっと、そんな風に仕組まれているのだ。
 歩み寄った店先には、レースで仕立てたリボンが幾筋も綺羅びやかに並べられていた。
「――ヘルガ。これにしよう、」
 そのうちのひとすじを迷いなく撰ぶ。
 眼にした瞬間、これしかない、と脳裏で自分自身が決めていた。店主は快くリボンをヴォルフガングに譲り渡し、佳き日を、と朗らかに礼を告げた。
 ヴォルフガングは受け取ったリボンを、そのままヘルガの前へと掲げて見せる。
「……これをわたくしに?」
 ぱち、と瞬いて、ヘルガはそれをとっくり見下ろす――白いレース地は星の様に明るく、ちらちらと煌めいて見えるのは織り込まれた銀糸の様だ。昼日中の陽光に負ける事なく、それを弾き返してさんざめいている。
 リボンはそのまますいと持ち上げられて、ヴォルフガングはヘルガの背後へと回る。長く艷やかな絹糸めく髪をそっと一房手に掬って、敬う様な所作で以てレースのリボンを結わえてみせた。
「あれだけ光の中で燦めくものだ。星のようにお前の髪を彩るだろう」
 星の様にきらめくもの。
 ヴォルフガングが自分を想って撰んだリボンをそんな風に呼ぶ事に、ヘルガは胸を甘くときめかせて吐息を零す。
 うれしい。嗚呼、なんて、いとおしい。
 ばらいろに頬を染めた妻を見初める様に見つめて、ヴォルフガングは戯れにその髪へと唇を寄せて囁いた。
「……ああ、やはりお前に良く似合う」
 桜吹雪に彩られる、その姿は春が己の手許へ寄越した春霞の精にも想えた。
 美しくて、心から愛しい。
「ありがとう、ヴォルフ。とてもうれしいわ」
 わたくしからもお礼をしたいの、と続く声が震えていたのは、その胸が堪らないよろこびでいっぱいになってしまっている所為に相違ない。
 彼女が撰んだのは、シンプルな白いサテンのリボン――それでも生地は上等なもので、緻密な織り目は艶々と光を得て輝きが移り変わる。余計な装飾のないそれは、故に誰にだって臆面なく添えられるものだ。
 ――だからきっと、いつもあなたの傍に居られるの。
 ――わたくしの代わりに、あなたを見守っていられるの。
「願いを籠めて――この絆と想いは、あなたと共に」
 密やかに音にしてそう編み込む。リボンで結わえる彼の髪に、自分の願いも託してしまう。
 ありがとう、と低く優しい声が降る。
 照れ臭さを滲ませた、はにかむ様なヴォルフガングの返答だった。
「これからも二人、この絆を紡いでゆこう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
嗚呼、ほんとう。かわいらしいおまつりね。
気ままに出店を覗いて回りましょう。
これといって心に決めたものがあるでもないのよ。
折角の良い陽気なのだし、こういう時はご縁を辿るのがたのしいもの。

いろとりどりにゆれるリボンの間を歩いて行くと、
ここが少しばかり現実ではないように見えてきてしまう。
まるで彼岸に迷い込んでしまったみたい。
縁の糸、蜘蛛の糸。リボンだけれど。
見つけて手繰れば、いつかたどり着けるのかしら。

目に留まった、花を織ったリボンを手にしましょう。
……、長いものがあったら頂けます?
お土産にしたくて。

これは、生きているひとたちの手に。
もういないひとたちへの花束に。
おもうのは、おなじ重さ。
わすれない。



●花束
 霞む様な乳色の青空は誰の上にも覆い被さっていて、春のにおいは芳しく辺りを包んでいる。
 見晴るかす視界に溢れるとりどりの極彩色は、店先のそれであったり誰かの髪を、腕を飾るそれで在ったり――変わりないのは、端から端までリボンだと云う事。
「かわいらしいおまつりね、」
 緩める様に呼気を紬げば、花剣・耀子の唇からはつい、そんな風な独り言が零れ落ちる。
 髪を揺らして、風の吹く先に爪先を向けた。
 こんなに天気の良い日は、ご縁を辿るのがたのしいのだ。

 行き交う人々が皆愉しそうに笑ってはしゃぐ、綾錦の異国――暖かな若い薫風は、時折その向こうの花冷えも共に誘って来る。
「橋を、渡ってしまったのかしら」
 ふと笑う様に囁いた。
 非日常は少しだけ現実でない方に傾いていて、まるで彼岸に迷い込んでしまった様な心地になる。
 どうするのだったっけ。そう、縁の糸を手繰るのだ――蜘蛛糸を伝って、還りゆく。
 糸じゃなくてリボンだけれど。
「――見つけて手繰れば、いつかたどり着けるのかしら」
 密やかな独り言は、きっと誰の耳にも留まらない。
 けれどその時、確かにそれにいらえる様にして、不意に視界が拓けた。そんな気がした。
「あら、」
 丁度買い物を終えた少女が駆けて行ったからだとか、雲が流れて陽の射し具合が変わったからだとか、理由はそんな些細なものに違いない。
 吊られた様にそちらを向いた耀子の眼鏡に、花の色彩がちらちらとひかる。
 歩み寄って瞬いて眸を凝らせば、丁寧な花が織り込まれたリボンが幾つも幾つも、その店を花畑とする様に並んでいた。
「……、長いものがあったら頂けます?」
 声を掛けると、ちいさくちょんと奥に座った老女がにっこり微笑んだ。あるよ。任して。
 ――あんた、自分の分?
 問われて、耀子はううんと首を左右に振る。そうしてちょっとだけ笑って見せた。
「お土産にしたくて」
 きっと喜んでくれるさ、と老女はにこにこしながら手早く包み、リボンを耀子へと託してくれた。
 礼を告げて店先を離れる。相変わらず目抜き通りは非現実的だったけれど、胸に抱いたちいさな包みが、何となし、道標の代わりになってくれる様な気がした――糸ではなくて、このリボンが。
 これは、生きているひとたちの手に。
 もういないひとたちへの花束に。
 託す願いも想いも、おもうのは、おなじ重さだ。
「わすれない」
 前を向く。
 紬いだ言葉は、暖かな風があっという間に攫って散らしてしまった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『影法師を追いかけて』

POW   :    ただひたすら追いかける

SPD   :    現われそうな場所に先回りする

WIZ   :    もう一度現われるのを待つ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●桜に霞むは追憶の、或いは隣人の
 街から屋敷へと上がってゆく路には、狭いながらも石畳が敷かれ、車輌一台程度であれば充分通る事が叶うだろう。
 だからいつも、行商のために通う際にはそこを歩く。寧ろこの路一本しか整っている部分はないのだから、態々脇道に逸れる必要もない。
 山には桜が植えられている――路から逸れればあっという間に桜の森で、その光景は息を呑むほど美しい。石畳をのんびり歩きながら見事な薄紅を眺めるのも、この屋敷を訪う際の楽しみのひとつだ。
 その日もいつもと変わりなく、そうやって石畳の路を登っていた――その筈だった。
『あなた』
 ふと細い声で呼ばれた気がして、行商の男はぱちぱち瞬き辺りを見回す。すっかり白く、寂しくなった男の頭を撫でる様に風がひとつ渡って、男はつられる様に風の袂へと視線を遣った。
 その向こう、桜の森の木陰に誰かの影を見る。よくよく目を凝らせば、線の細い嫋やかな女だとすぐ知れた。
 それが誰であるのか、男が見間違える筈もない――つい一昨年に亡くしたばかりの最愛の妻が、いつか遠い昔に出逢った時の背格好そのままで、そっと佇んでいたのだから。
「おまえ、何故……」
 震えるように男が腕を伸ばす。
 石畳の路を外れ、蹌踉めく足が彼女の方へと迷いなく歩む。
 逢いたかった。
 もう一度、逢いたかった。
 まだ伝えたい事が、たくさん、たくさん在ったんだ。
『あなた、』
 女が微笑む。私はここよと言いたげに、両腕を広げて待ち兼ねている。
 夢だろうか。幻だろうか。
 何でも良かった。
 もう一度逢えるなら、何だって良かった。
「待ってくれ、いま――……」
 いま行くから。
 けれど男が漸く女の許に辿り着いた、その手が届いたと思った瞬間、ひときわ強い風がざあ、と樹々を揺らして駆け抜けてゆく。
 突風にも似た勢いに桜は乱れ視界が塞がれ、うわあ、と男は悲鳴を上げる。
 慌てて頭を振るって目蓋を押し上げるが、確かに目の前に微笑んでいた筈の女の姿はどこにも無くなっていた。幾度も名を呼びながら捜し回るが見つからない。甘く自分を呼んでくれたあの声が聞こえる事は、二度と無かった。
 途方に暮れて、夢でも見たのか、或いは狐狸の類にでも化かされたかと冷や汗をかく。
 白昼夢の所為にして、とっとと仕事を終えて帰ってしまおう――そう思って男は石畳に戻ろうと来た方を振り返るが、確かに歩んできた筈のその路がどこにも見当たらない。
 そう離れてはいない筈だ。何故、どうして。
 突風で方向が解らなくなってしまったのかと歩いてみるも、視界を塞ぐ桜の樹々で何とも進めている気がしない。
 日も暮れかけた頃合いに、漸く麓の方へと降りられたものの、もう一度上ろうと云う気力は男には最早残っていなかった。

 後日、行商仲間に話してみた所、少し前からあの屋敷へは誰も辿り着けていないのだと云う。
 曰く、皆が皆、そうやって『なつかしいひと』に呼ばれるのだと。
 応えてそちらへ行ってしまったら最後、戻る事など出来ないのだと。
 どんな真面目な商人も、抗いようもない心地にさせられてしまうのだそうだ。
 恐ろしいね、と誰かがぽつりと囁いた。

●マスターより
 第2章は、屋敷のある小さな桜の山の攻略となります。
 麓の街から屋敷までは素朴な石畳の路が敷かれており、通常であればこれを辿るだけで迷わず目的地に辿り着けますが、三枝夫人が影朧を護る為に細工を施した為、それが叶わなくなっています。
 石畳の路を進むうち、猟兵たちはどこかで誰かに呼ばれます。既に亡くなった人、かつての友達、恋人など、誰でも構いません。猟兵にとって『懐かしい』『もう一度逢いたい』と想う人の幻影が顕れます。
 幻影は皆、蠱惑的に猟兵を招き、欲しい言葉や態度を示してくれるでしょう。
 誘惑に負けてそちらに手を伸ばしてしまったが最後、延々と桜の迷宮を迷わされ、最終的には麓へ還されてしまいます。猟兵であればもう一度上り直す事は可能ですが、【第3章にて疲労状態での戦闘参加】となります。
 誘惑を振り払って迷わず石畳を進む事も、猟兵には可能です。その場合には【第3章にて通常通りの戦闘参加】です。
 疲労はバッドステータスのようなもの、とお考え下さい。詳細は第3章開始時に記載します。

・アドリブが大変強めに入ります。大事な設定を勝手に解釈されたくない、という場合は第2章へのプレイング送付をお控え頂くか、迷わず進む方をお勧め致します。(後者は多少アドリブが入るかとは思います)
 第2章への参加がない場合でも、第3章へは問題なくご参加頂けます。迷わず進んだ、という扱いになります。
・シナリオ参加者ではない別の猟兵がモチーフになっていると思しき幻影は描写しないか、大変ぼやかした表現になります。
 判断に迷う場合はプレイングを採用しませんので、ご留意下さい。
・1名及び2名程度での、少人数での参加を推奨致します。
 2名参加時はそれぞれ見る幻影が違っていても、同じ誰かの幻影を見ても構いません。迷うも迷わないもそれぞれでご選択頂けます。
・選択肢にある様に、自分から幻影を捜しに行くプレイングも大丈夫ですが、その場合には【疲労より強めのバッドステータス付与】の可能性が御座います。プレイング次第です。

 受付期間、及び諸注意は雑記に準じます。
 それでは、ご参加をお待ちしております。
森乃宮・小鹿
本当なら目立つのを避けるべきでしょうが今のボクは怪盗で猟兵
桜の森を眺めながら舗装された道を行くっす

ふいに懐かしい声で名を呼ばれた
『ディア』と、ボクの本当の名を
目を向けたなら戸惑うでしょう
故郷にいるはずの親戚のお兄さん
ボクなんぞの許嫁にされかけたあなたが、赤い瞳で見つめてくる

『仕事は終わったんだ。帰っておいで、ディア』
『愚痴ならいつでも聞くぞ?ほら』
優しく問われても首を振ります
だって、ボクは望んでここにいる
……それに、今は素敵な仲間がいる
あなたの膝で泣いてたわたしはいませんよ

何より、ボクには新たな仕事がある
予告状を出した怪盗が屋敷に辿り着けないなんてプロ失格っす

なので失礼
怪盗バンビは先へ行きます



●優しいあなた
 懐かしい声がボクを呼ぶ。
『ディア』
 久しく聞いていなかった名だ、と森乃宮・小鹿はその翡翠色を擡げてそちらを見遣った。
 足許の舗装がちいさな音を立てる。まるで、見てはいけない、と些細な警告を発する様に。
「……ぁ、――」
 警告は間に合わない。小鹿の眼差しは桜の木立の向こうへと、既にその姿を見出している――ディア、と本来の名で自分を呼ばう、懐かしいひとの姿を。
 故郷にいる筈だ。
 許嫁の話はご破産になったのだから、あなたはここに居る筈がないのだ。
 自らの親戚たる彼がそこに居る事実を否定する様に幾つも理由を捜すけれど、小鹿の視線は搦め捕られる儘に逸らせない。だってそう云う幻影だ。
 ――だって、彼の赤い瞳だ。
『仕事は終わったんだ。帰っておいで、ディア』
 心のやわくよわい部分を、慰撫してそっと寄り添う様に彼は囁く。
 あの頃と寸分違わぬ、低く優しいその声で。
『愚痴ならいつでも聞くぞ? ほら、』
 おいで、と言いたげに此方へと彼の手が述べられる。
 赤い瞳は慈愛に満ちていて、優しい微笑みが小鹿ただひとりに向けられていた。
 ――手を伸ばして重ねてしまえたら、どんなだろう。きっとそれを望んでいた。
 でも、それでも。
「……、――いえ。いいえ、」
 小鹿が首を振る。否定の形で、左右に。
 いまは望んでここにいる。それは誰に強制された事でもなく、抗いようもない自分自身の、――ボクの意志だ。
 居場所に還れば素敵な仲間だって待ってくれている。掛け替えのないたからもの。
「あなたの膝で泣いてたわたしはいませんよ」
 堪える様に一度だけ両の拳を握り締め、小鹿は真っ直ぐ彼を見つめて笑み返す。それが最後だ。
 手を振り解く代わりに視線を逸らして、舗装された石畳の路を征く。
 今度こそ迷わず、真っ直ぐに。
「予告状を出した怪盗が屋敷に辿り着けないなんて、プロ失格っす」
 独り言ちて、唇が咲う。
 そうだ、新たな仕事はもうこの身に馴染んでいる。
「なので失礼――怪盗バンビは先へ行きます」
 顔を上げて囁いた。薄紅の桜が滲む空は、透き通る様に夕に暮れ泥む。
 その向こうに、ほんとうの赤い瞳を垣間見た気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

逢坂・理彦
煙ちゃんと(f10765)
屋敷へ向かう道…なつかしい人の幻を見るって話だね。
なつかしい人か…俺だと親父殿だったかと思うけどこの間会って話ができてしまったばかりだし…

視界に過るのは鮮やかな赤い着物
優しく知的そうな容貌
位の高そうな遊女の少女

これは俺の知る人じゃない。
となれば隣に居る煙ちゃんの。
そう思うと同時に煙ちゃんの手を取っていた。

「ごめんね、煙ちゃん…これは幻なんだ」
俺は何度か経験した事はあるけれどなつかしい人の幻に煙ちゃんはきっと慣れてなんかいない。
「俺がいるよ」

だから行かないで。


吉瀬・煙之助
理彦くん(f01492)と
この山の上にお屋敷があるんだね…
理彦くんの足を引っ張らないように頑張るね

……あれ、いま理彦くん呼んだ…?
誰かが呼んだ声が聞こえた気がして

見える幻覚は元の持ち主である花魁の朱音太夫
名前の通り朱色の艶やかな着物姿で、
優しく微笑んで呼ぶように手招きをしている
思わず昔を思い出し、真の姿になって駆け寄ろうとする

と、理彦に手を引かれてハッとして振り返り
「…ううん、理彦くん。引き止めてくれてありがとう」
優しかった彼女は、もうオブリビオンに堕ちてしまったのだったと
今まで思い出さないようにしていた恐怖に、理彦の手を震えながら握り返す

今は依頼に集中しないとね
理彦くん、行こう



●桜の裾に燃ゆる君
 幻影を視るのだ、と云う話は勿論しっかり理解していた。この桜の迷宮へ挑む上で、いちばん大事な話だ。
 だからそういう会話をふたりで交わしながら歩いていたし、足を引っ張らない様に頑張らねば、とも思っていたのだ。
「……あれ、いま理彦くん呼んだ……?」
 誰かに呼ばれた気がして瞬き、吉瀬・煙之助は傍らを歩く逢坂・理彦へ向けてそう尋ねる。
「煙ちゃんを?」
 ――そう、幻影を視る、と云うのは理解していた筈だ。だから、理彦の不思議そうに上がる語尾に、きょとんと瞬く眸に、その可能性をいち早く察するべきだった。
 だった――そう、過去形だ。もう遅い。
 煙之助の視線には既に、懐かしいあのひとを捉えてしまっていた。
「あ……、ぁ、」
 喉の奥が少しだけ震える。
 振り返った理彦の肩越し、路を外れた桜並木のその向こう――優しかった彼女の姿だ。この煙を、煙管を愛し大事に慈しんでくれた朱音太夫。
 滲み入る様なあざらかな朱色の花魁姿を、この自分が見間違える筈も無かった。
「誰だ、」
 対して鋭く零し、彼女を矯めつ眇めつするのは理彦の方だ。
 自分の記憶にないその人影は、けれど煙之助の良く識る人物であるらしい。ならば彼が視ている幻影を、彼に同調して自分も視ていると云う事なのだろう。
 鮮やかな赤い着物を纏う女の姿をしたそれは、優しく知的そうな容貌で微笑みそこに在る。着ているもの通りに遊女なのだとすれば、そうそうお目に掛かれる様な位の低い身分ではなかったに違いない。
『さあ、おいで』
 女の声が、甘やかす様に煙之助を呼ぶ。
 滲む優しい微笑みは、過日の記憶と変わらない。呼び招く艶やかな声を、どうして聞き間違えよう。
 懐かしい声だ。
 そう思っては居らずとも、今の生き方に不満も不服も無くとも、きっとどこかでそれを求めていた――もう一度。たった一度だけで良いから。
 瞬きひとつすれば、目蓋の裏に走馬灯の様に優しい過去が浮かんで流れる。
 その追憶に背を押される様にして、煙之助は衝動的にその姿を変じさせようとする。
 彼女と共に在った時の、本来の姿へ――優しい香りのする郷愁へ飛び込もうとして、けれどそれは為されない。
「ッ、――煙ちゃん!」
 軛が穿たれている。
 理彦の骨張った暖かな掌が、力強く煙之助の手首を握り締めていた。万力のそれでは無いけれど、決して離さぬと云う気配が透けて見える様な、そんな。
 ――この手を離してしまえばきっと、取り返しが付かないと思った。
 駆け寄る事を赦してしまえばきっと、彼の中に膿んだ傷痕を増やしてしまうに違いないと、そう思った。
 この仕事に関して言えば、戻ってくる事は叶うのだろう――それでも彼はきっと、幻影に惑わされてしまった事を悔やむのだ。自分を責める傷痕が癒えぬ事など、想像に難くない。
 そんな事には、させやしない。
「俺がいるよ」
 煙之助の眸が、痛々しいほどに見開かれて理彦を振り仰いでいた。普段は穏やかに笑うところばかりを見ていた気がするから、何となく不思議だな、だなんて場違いに穏やかに考える。
 そうして、その眸を覗き返す。
 手首に籠める力を、一層強くした。
「だから、行かないで」
 たぶんそれは、祷りの形に良く似ている。
 理由だったし切望だった。過去に惹かれて置いていって欲しくないと、心底想ったのだ。
 手首を握る儘に、強引にならない程度に理彦は煙之助を引き寄せる。空いた片手を彼の頬に添えたのは、彼の眸がきれいな硝子玉の様に見えもした所為だ。どこか遠くを見ていると思ったから、自分へと引き戻したかった。
「ごめんね、煙ちゃん……これは幻、なんだ」
 眉尻を少しだけ下げて囁く。
 空気を求めて喘ぐ様に煙之助の唇が戦慄いて、それで漸くその眼差しが理彦を見詰めた。
「――理、彦、くん……」
 眼前で自分を覗き込むその姿を見遣り、漸うその名を口にしてから、はた、と縛めから解き放たれた様に煙之助は瞬く。
 思わず肩越しに桜並木を向こうを振り返ろうとして、けれど、止めた。
 煙之助は緩く首を左右に振り、少しだけ強張っていた身体から力を抜く。
「……ううん、理彦くん。引き止めてくれてありがとう」
 きっと振り返れば、まだ彼女の幻影が優しく微笑みそこに居るのだろう。
 けれど違うのだ――違うものだと、理彦が気付かせてくれた。優しかった彼女は疾うにオブリビオンに堕ちてしまったのだと、苦い事実を直視して思い出す。
 浮ついていた足許が据わってしまえば、滲み出るのは底知れぬ恐怖だ。指先がつめたい。震えて仕舞うのを堪える様に、煙之助は理彦の手にそっと縋る。
「大丈夫?」
 気遣う様に、理彦が低い声音でそう問うた。それと共に、支える様に暖かな掌で指先を包まれ、握り込まれる。
 煙之助は音なく肯いた。
「理彦くん、行こう」
 繋いだ手が離れないのならきっと大丈夫だと、そう思った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
深尋(f27306)と

あたしには逢いたいと思うような
もう逢えない人はいないから
きっと一人だったら迷わず進んでいた
たとえあたしの記憶にいない誰かに呼ばれても
その誰かがあたしを知っていたとしても
…でも、彼は?

…深尋?
不安になって名前を呼んだら
あたしの声は聴こえていないみたい
視線の先には女の子
深尋にとっての、懐かしいひと
…でも、あなたを連れて行かせるわけにはいかないの
深尋っ
少し大きな声でもう一度名前を呼んで

…行っちゃだめ
わたしを置いていかないで

あなたの言葉が、名前を呼んでくれたことが嬉しくて
撫でてくれる指先があたたかくて
つい零してしまったのは、きっと強がり
…わたし、そんなに不安そうな顔だったかしら?


波瀬・深尋
キトリ(f02354)と

それは、懐かしい声だった

『みーちゃん』

銀鼠の髪、青藍の瞳
思い出したばかりだから
その少女の姿は、よく覚えてる

お前、は、──

名前も知らない
コイツが誰なのか俺は知らない
でも、

思わず手を伸ばし掛け
その手首に結ばれたリボンが見える
不格好な蝶々で思い出すのは、

キトリ?

此処へ共に来た彼女の名を呼ぶ
俺の名前を呼んでくれた君の声が
確かに俺にも届いたから

まぼろしの少女に背を向けて
向かい合うのは、たったひとりの君

置いていかないよ
俺は、キトリの傍に居る

だから、そんな不安そうな顔するなよ
抱き締めてあげたいのに、それは叶わなくて
代わりに指でそっとキトリの頭を撫でた

ひとりぼっちになんて、させないから



●重ねて結ぶ、貴方との
 ちいさな彼女の――キトリ・フローエの煌めきちらつく翅が些細に震えるのは、底知れぬ感情が拭い切れない所為だ。
 ――きっと一人だったら迷わず進んでいた。だってあたしには、もう逢えない誰かに逢いたい思いなんて無い。
 たとえあたしの記憶にいない誰かに呼ばれても、その誰かがあたしを知っていたとしても。
「(……でも、彼は?)」
 胸中に宿るその感情の名を、拭い切れぬ残滓を何と呼べば良いのか、キトリに囁いてくれる者は誰もいない。
 つと、眼差しを捧ぐその横顔――波瀬・深尋は、用心深く周囲に気を配りながら桜道を征く。
 けれど肩の辺り、キトリのちいさな双つのアイオライトが揺れるのに気付いて、深尋は柔く頬を緩めて見せた。大丈夫だと、そう告げたくて唇がうすく開く。
 ――花の波間のしじまを誰かの声が打ったのは、その瞬間だった。
『みーちゃん』
 端の暮れ泥む空の向こうから、声を反芻させる如くにざあと風の鳴る。
 桜が揺れて儚く散りゆき、ひととき、視界を霞ませる。
 大丈夫だと――そう告げる筈だった深尋の唇が喘ぐように戦慄くのは、夢か現かの堺も知れぬその声に、確かな懐古を嗅ぎ取ったからだ。
『ねえ、みーちゃん』
 懐かしい声だった。
 銀鼠の髪だろう。
 瞳は青藍の筈だ。
 思い出したばかりだから、その少女の姿はよく覚えている。
「お前、は、――……」
 名前も知らない。
 コイツが誰なのか、俺は知らない。
「(でも、)」
 迷う様に、それでも幽鬼めいてゆら、と深尋の指先が持ち上がったのを、キトリの視線が捉えた。
 胸の裡で少しずつ膨らんでいた名も知れぬ不透明なものが、ひといきに膨れ上がって呼び名を得る。
 ――嗚呼そうか、あたし、不安だったんだわ。
「……深尋?」
 ちいさな胸を占める靄めいたそれは確かに不安と云うのだと、漸く飲み下してキトリは彼の名前を呼ぶ。
 さっきまで自分を見ていたその眸が、再び此方へと向けられる事を望んで。或いは彼の擡げられるその指先が、正気を取り戻して収められるのを願って。
 窺う様なキトリのささやかな声音に、けれど深尋は応えない。
「ッ、」
 震えそうになる喉奥を堪える。声が届いていないのだとすぐに解った。
 深尋の視線の先を辿れば、そこにはひとりの少女の姿が在る――彼にとっての、懐かしいひと。
 きっと深い縁が結ばっていたのだろう。知らぬ過去がそこに降り積もっているのだろう。
 ――それでも、あなたを連れて行かせるわけにはいかないの。
「深尋っ」
 すう、と息を吸って、意識して大きな声を出す。
 このちいさな身体で、ありったけの声を紡いであなたを呼ぶ。
「……行っちゃだめ」
 難しい事を考えるのをやめて、ただ、ただそう願うだけ。
「わたしを――」
 ――わたしを、置いていかないで。
 言葉は音として渡せただろうか。
 否、或いはそうせずともそれ以上に真っ直ぐ彼を、深尋を貫いたのかも知れなかった。
 迷いを捨てきれないかたちで、けれど確かに見知らぬ少女へと伸ばされていた深尋の指先は、そこで漸く違和感に触れた様に鼓動めいて震える。
「――――、」
 呼吸を初めて思い出したかの様に、どっと周囲の空気が深尋の喉を通る。
 桜の香り、草いきれ――道なす土の匂い、そうして焦点を得る視線の先、その視界に揺れる鮮やかないろあい。
 伸ばした己が手首に宿る、不格好な青に金の色粧す蝶々。
 翔ばずとも導くのだ――祈りを翅に籠めた蝶々が、記憶の先へと連れ戻す様に。
「キトリ?」
 確かめる如くに名前を呼ぶ。だって、確かに届いたんだ。
 道を違えそうになった俺の名前を呼んでくれる、誰あろう君の声が。
「――置いていかないよ」
 ちゃんと聞こえていたからそう返す。
 名も知らぬ懐かしき少女をまぼろしの向こうに追い遣る様に背を向けて、たったひとりに向かい合う。
 春の残照が夕暮れを取り込んで、まばゆくふたりを切り取っていた。
「俺は、キトリの傍に居る」
 夕陽を背負う深尋をキトリが仰げば、その人影の際から光を溢し輪郭を得、まるで星みたいと何となく思う。
 きっと夜空にひとつ、いちばん最初に燦めく星だ。帰り道を指し示して共に帰路を歩める様な、きっと、そんな。
「……だから、そんな不安そうな顔をするなよ」
 緩めるかたちで吐息して、深尋の指先がそっとキトリの頭を撫でる。
 抱き締めてあげたいけれど叶わないから、その分だけ想いを寄せて、そっと。
「……わたし、そんなに不安そうな顔だったかしら?」
 ふ、と柔く微笑むキトリの唇から零れたのは、きっと強がりと呼べる部類の言葉だ。
 ――だって、あなたの言葉が名前を呼んでくれたことが、嬉しくて。
 ――だって、撫でてくれる指先が、あたたかくて。
「ひとりぼっちになんて、させないから」
 贈りあったリボンを揺らすキトリに向けて重ねた深尋の言葉は、それこそリボンの結び目が解けぬ様に囁かれる。
 結び目を譬えるのなら、きっと約束と呼ぶに違いなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
現れた影は、良く知る人狼の少女
「お兄ちゃん」と呼ぶ懐かしい声は記憶の中の妹と同じだ
妹は病を患っていたがリボンどころか薬も買ってやれず、10歳にも満たない歳で逝ってしまって…

…ああそうだ。先に手に入れた、蒼い勿忘草が刺繍されたリボンを手に取る
これを目の前の『妹』の銀の長い髪に結んでやれば、きっと似合うだろうと思う
何の為にここにいるのかも考えられず、懐かしい声に抗えずにゆっくりと近付いて、そのまま手を伸ばす
この手が届けば、また一緒に居られるのではないかと

『妹』が消えて失態に気付き、しまったと思うがもう遅い
遅れを取り戻す為に足を速める
失ったものは戻って来ないと分かっていても…それは夫人も同じだろうか



●甘い夢
 ――リボンも買ってやれなかったんだ。
 それはいつかの悔悟だった。
 どうしようもなかった過去を振り返っては悔やんで偲ぶ、たちの悪い追悼だ。
『お兄ちゃん』
 けれど、――けれどもしも、もう一度『彼女』に遭う事が出来たなら?
 シキ・ジルモントの眼前には、十にも満たない様な幼い少女が佇んでいる。
 お行儀よく、或いは久し振りに会う兄の姿に照れているのか、身体の後ろで手を組んではじいっと此方を眺めていた。
「……、――」
 吐息が漏れる。嘆息とも溜息ともつかぬ、ただ胸中に満ち足りてゆくものに押し出される様にして。
 その姿に、記憶と違わぬ所など無い。逝ってしまったあの頃の姿の儘でいとけなく微笑む、愛しい妹がそこに居た。
 自分と良く似た人狼のその姿に、春の残照が宿っている。長い銀髪が桜色を帯びてきらきらと耀り、まるでそれ自体が輝くものの如くに彼女を現し世へと描き出している。
 ――病を患っていた妹だった。
 ――リボンどころか、薬も買ってやれなかった。
「(……ああ、そうだ)」
 不意にシキは思い出す。そうだ、懐には確かリボンがある筈だ。
 先程祭りで買い求めたばかりの愛らしいリボン――ましろい生地に艷やかな刺繍糸で縫いとられた、蒼い勿忘草の意匠。
 あの子にきっと似合うと思った。
 だってあの子に贈りたくて買ったんだ。
『お兄ちゃん、』
 鈴を転がす様な声で『彼女』が――否、妹が微笑む。
 間違えようもない、それは妹だった。
『ずっと会いたかったの』
「そんな――、そんな事は、……俺だって、」
 悔いていた。
 後ろめたく思っていた。
 やり直せるものではないと理解したから、諦めがついた。
 そう思っていたのに、妹はあの頃の儘にここに居て、無邪気に笑んでこちらを見ている。揺れる銀の長い髪、蒼い眸、幾度夢に視た事だろう。戦いに明け暮れながら、とうとうその優しい追憶こそ手放せなかった。
 けれど今は夢ではない――けれど、思考に靄が掛かっている気がする――駄目だ、忘れてはいけない何かが思い出せない――嗚呼、でも、眼前のあの子は確かに今ここに存在する。
 優しい幻影の中で足掻く様に、シキの呼吸が真実を求めて喘ぐ。
 見つめて、妹は瞬いた。そうして微笑んで、そっとその細い両腕をシキへと差し伸べた。
『さみしかったんだよ』
 箍はそうして外される。
 そうとは識らず促される儘、シキは妹へと手を伸ばした。差し伸べられた彼女の腕を取る為に、それから今度こそ贈り物を渡す為に。
 ――抱き締めた、と思った。確かに跪いて、甘やかな矮躯を包み込んだ筈だった。
「……、ッ、あ……」
 ざあ、と桜の鳴る。
 それが合図の様にして、夢幻はこの黄昏のひとときから拭い去られる――些細な邂逅を、どこか嘲笑うかの如くに。
 いいえそれとも、泣きたくなるほどの同情の色をして。
「――失ったものは戻ってこない、……か」
 ちいさく呟いて、シキは立ち上がる。確かに登り進めていた筈の周囲の景色は、山に立ち入る前の麓のそれに様変わりしていた。
 失態を返上すべく、思っているより疲労を覚えた脚で再び山に立ち入る。遠く桜の向こうに見える目的地――かの夫人の住まう屋敷に向けて、シキは緩く双眸を眇めた。
 ――失ったものは還らない。
 それは夫人も同じだろうか。

成功 🔵​🔵​🔴​

アパラ・ルッサタイン
藍(f28958)と

うつくしい路だ
花見は未だだったし丁度良い
藍はした?花見
お、いいなァ
けぶるような桜枝の隙間
余りに似合わぬ姿が目を引く

太く頑強な体躯の鉱山夫
煤塗れの寡黙そうな顔立ち
黒曜の目が此方を見て手を差し出す
「仕事に行くぞ」
「お前の灯が要る」

…や、ケイ
あたしの最初の灯火
また会えて嬉しいよ
けれど
歩み寄る事はせず

―さ、藍
行こう

あたしさ
灯火が増えたの
だからもう居ない貴方の手を取らずとも
歩んでいけるのさ

去り際
真一文字の唇が微笑んで見えて
ま、勘違いかもね

そ?近況報告出来て良かったなァって…『オカシラ』?
あは!其れも捨てがたいが
今は『トモダチ』のが良いな
なんてね

…お強いのは貴女さ、藍
ほーら置いてくぞう


歌獣・藍
あぱら(f13386)と

ほんと、綺麗ね…!
実は私もまだなのよ
行く約束は
あるのだけれど…あぱら?

立ち止まる貴女が見つめる先に
一人の男性を捉える
何だか彼が貴女を
連れて行ってしまいそうと
不安に思うのもつかの間。
貴方は力強い言葉を返し
歩き始めた

…あぱらは強いのね
やっぱりあぱらは
私の『オカシラ』だわ!

着いていくフリをして
そっと後ろを振り返れば
男性と目が合う

あぱらは灯火を
分け与えることも出来るのよ!
…私も貰ったの。
だからついて行くし
護ってみせるわ。

あぱらは私の『あかり』だもの!
…大丈夫、安心して頂戴。

そう微笑んで
カーテシーをひとつすれば
再び振り返って

ーーまってあぱら!
そう言って『あかり』を頼りに
走り出した



●灯りはともされた
「藍はした? 花見、」
 気を引き締めなければいけない最中であると勿論理解はしているが、矢張り視界を覆い尽くす桜の群れには心が上擦る。
 今年の花見は未だだった事をふと思い出して、口許を綻ばせたアパラ・ルッサタインは傍らを歩く歌獣・藍にそう尋ねた。
「実は私もまだなのよ」
 行く約束はあるのだけど、と内緒話の様にして、問われた藍は密やかに微笑む。
 いいなァ、なんてアパラは笑み返した。非日常の最中だと云う事を忘れた訳ではないのだけれど、その中に在ったとして、彼女の頬がそうやって綻ぶのは華やかで愛らしい。
 その薄紅の花が盛りであるのは、この土地だと通年の事だ――けれど粧し込む様に十重二十重と花弁を装う枝ぶりに、どうしたって眼差しが惹かれてしまう。
 そうして、――惹かれた先に、貴方が居た。
「……あぱら?」
 途切れた言葉とちいさく呑まれる呼吸の気配に、瞬いた藍がその名を呼ぶ。
 アパラが見つめる先を辿る様に窺い見て、漸くそこに、ひとりの男の姿が佇んでいるのに気が付いた。
『仕事に行くぞ』
 太く頑強な体躯を誇る、その出で立ちは鉱山夫だろうか――煤塗れの寡黙そうな顔立ちが、唇を引き結んでアパラを見つめている。
 黒曜の眸だ。全部、ぜんぶ吸い込まれてしまいそうな。
 仕事に磨かれた無骨な掌が、アパラへ向けて差し出される。
『お前の灯が要る』
「……や、ケイ」
 それは最初の灯火だった。
 まぶしい、と今でも思う。懐かしい。ケイ、といつか呼び慣れた名を久方ぶりに紡げば、忘れていた記憶の味が舌先で弾けた気がした。
「また会えて嬉しいよ」
 それが喩え意志のない、夏の日の陽炎めいた存在だとしても、その感情と言葉に偽りはない。
 眼差しを擡げ、アパラは真っ直ぐに彼を見つめ返す。差し出された掌は下ろされる事なくそのままに、アパラの指先が乗せられるのを待っていた。
 煌めく眸を眇めて微笑む。
 会えて嬉しかった。本当だ。
「――さ、藍。行こう、」
 躊躇わずに彼の姿へと背を向ける。
 満ち足りる様な心地が手足をじんと痺れさせて、アパラの喉が浅く鳴る。
「あたしさ、灯火が増えたの」
 振り返る事なくアパラは紡ぐ。
 いつか共に歩んだ、貴方へ向けて。
「だからもう居ない貴方の手を取らずとも、歩んでいけるのさ」
 とっくに手は離れているのだから、差し伸べられた手を受け入れる必要だってもう、無いんだ。
 それでも少しだけ堪え切れなくて、最後の最後に肩越しに彼を振り返る――惜しむべき名残を探す様に垣間見た貴方の唇が、微笑んでいるみたいに見えた気がした。
 緩める様にアパラが笑う。
「(……ま、勘違いかもね)」
 祷る如くに両手を組んで、藍はじっと彼と彼女とを見つめていた。
 ――本当は。
 ――本当は、あぱらが行ってしまうんじゃないかって、ちょっとだけ不安になってたの。
 ――だって彼、貴女を連れて行ってしまいそうじゃない?
 藍の胸中に溢れる言葉は声を為す事もなく、一握の不安と共に思案の水を濁らせていた。見知らぬ男が当然の様に伸べる手は屈強で、アパラの片腕など簡単に囚えてしまえそうに見えたから。
 けれど心中を曇らせていた霞はひといきに散り消える。
 この名を呼んで、彼へと背を向けてくれたから。
「……あぱらは強いのね」
 熱を帯びた声で藍は囁く。
「やっぱりあぱらは、私の『オカシラ』だわ!」
 そうして歌う様に次がれた台詞に、アパラは楽しげに笑って『トモダチ』が良いな、なんて軽口を返す。
 強かな清さを滲ませて歩き始めたアパラの傍らへ駆け寄り、その手を握ろうと指先を伸ばしかけて――、止めた。
 それからくるりと、藍は未だぽつんと佇む男の方を振り返る。
 じいっと見遣ると、彼もまた眼差しを返してくれた気がした。
「あぱらは灯火を分け与えることも出来るのよ!」
 私も貰ったの、と藍は囁く。まるで自分の事の様に誇らしげに、そんな風にして。
「だからついて行くし、護ってみせるわ」
 貴方の代わりに、と告げるのはきっと傲慢だ。
 彼はきっとアパラの中で、代わりのないたったひとりだった――藍だってきっとそうだ。彼女の中で輝くたったひとりに相違ない。
「あぱらは私の『あかり』だもの! ――だからね、……大丈夫」
 ――安心して頂戴。
 括るように捧げられたその言葉は、酷く優しい響きで以て陽炎の道程に添えられるのだろう。
 微笑みと共に、藍の優雅な所作でカーテシーが贈られる。
「(……お強いのは貴女さ、藍)」
 夕暮れと桜の気配に紛れ、密やかに取り交わされたふたりのそれをそっと窺い見て、アパラはふと、そう思う。
 そうして今度こそ山頂へ向けて再び歩き出す為に、アパラは軽やかに声を投げた。
「ほーら置いてくぞう、」
「――まって、あぱら!」
 衣服の裾を花の如くに翻して、藍が駆け出す。
 宛ら美しい獣が、健やかに灯るあかりを頼りにするかの様にして。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

暁無・蘭七
……なつかしいひと。もう会えないひと
嗚呼、確かにその通りですね。とても懐かしくて、もう二度と会えない
あれは私。子供の頃の私のすがた

末っ子だったし、家族は多かったからよく遊んでもらえていたけれど
攫われる危険があったせいで、外に出て自由に遊び回るという夢だけは果たせませんでしたね
当時の私がここを見たら、目を輝かせて飛び跳ねたでしょうけど
だからこそ、今こうして私に遊ぼうと誘いかけてる

楽しいでしょうね。けど、もう
だから小兎ちゃん。我儘を言ってはいけませんよ
決めたでしょう?皆を護るって
ちゃんと、我慢するって
私は今もこれからも、あなたとした約束を守ります
だから、あなたはお母様の所へ、先に行っていてください



●ちいさな兎はもういない
 その姿を見て、嗚呼、確かにその通りだ、と暁無・蘭七は思う。
 なつかしいひと。
 もう会えないひと。
 ――あどけなく微笑んでは、その子供特有の大きな双眸を輝かせ私を誘う、かつての私のちいさな姿。
『ねえ、遊ぼ!』
 甘い声音に聞き覚えがあって、無邪気に向けられたその言葉に蘭七は笑った。
 末っ子だったし、家族は多かったから一族の中では可愛がって貰った方だと云う自負はある。それでも攫われる危険が切り離せず、同じ年頃の子供の様に外で自由に遊ぶ願いは聞き届けられなかった。
「……そうですね。当時の私がここを見たら、目を輝かせて飛び跳ねて――」
 目の前に誰かに、遊ぼう、と躊躇いなく声を掛けたのだろう。
 それこそいま、この私の眼前に佇む子供の様にして。
『どうしたの?』
 邪気なく笑って、少女はそのちいさな両手を懸命にこちらへと伸ばしていた。
 霞む桜の合間に見ゆる、其は確かに幻影で――明確な敵意を持った誰かに操られる、自分たちへの罠だ。幾らそこに郷里を透かし見ようとも、あの頃に叶わなかった希みを見出そうとも、その手を取ってはならない。
「楽しいでしょうね。けど、もう――……」
 囁いて、蘭七は言葉をふと途切れさせる。
 ――決めたでしょう? 皆を護るって。
 ――言い聞かせたでしょう? ちゃんと、我慢するって。
 嘗ての自分が自分に課した、それは決して甘くない誓いと約束だった。
 忘れただなんて言わせない――言える訳もない。
 だってあなたは、私でしょう?
「だから小兎ちゃん。我儘を言ってはいけませんよ」
 手に入らないものを求める様に伸ばされる、その小さな手は取ってやらない。
 代わりに少しだけ背を屈めて、蘭七はいつかの自身へと柔くそう言い聞かせる。
「私は今もこれからも、あなたとした約束を守ります」
 緩慢な所作で立ち上がる。
 洗練されたその仕草は、見違えるほどに成熟した女性のそれだ――過去に置いてきた小兎へと背を向けて、蘭七は改めて山路を歩き出す。
「だから、あなたはお母様の所へ、先に行っていてください」
 誰に宛てるでもない囁きがひとつ、夕暮れの桜並木だけが聞き届けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

酒崎・憇
※アドリブ歓迎です

「よりによって、貴方、なの?」

振り返れば確かに懐かしい、でも二度と見たくなかった姿。

ああそうか。リボンを贈ろうと思った彼やあの子なら、
私は偽物に靡くことなんてない。でも…

「そんなことを言って。実はもう一度僕に支配されたいから
こうして呼んだんじゃないのかい?」

斃そう。この挑発には応じざるをえない。

気障ったらしい金髪赤目の西洋妖怪。
男なのにやたら麗人ぶった顔立ちにも今は苛立ちを覚えるだけだ。

あっさりと挑発に乗り、戦いに負けて、
情婦扱いされたのは私の未熟だ、仕方ない。

だけどしっかり落とし前はつけたのだから、
もう化けて出ないでもらえるかしら。

再び彼を斃す為、私は髪の刃を振るった。



●訣別
「――よりによって、貴方、なの?」
 声色は絶望に似ていた。
 否、軽蔑の色さえ孕んでいたかもしれない――過去の記憶へ、『彼』から受けた屈辱への。
 掛けられた声に振り返ってしまった酒崎・憇は、その豪奢な金の髪を夕暮れの気配に靡かせて、そこから眼を逸らせないでいた。
『そんなことを言って、』
 男が嗤う。
 気障ったらしい金髪に、沁みる様な赤い眸の西洋妖怪――男だと云うのにあまりにも美しい、麗人ぶった顔立ち。
 忘れもしない。
 忘れられない。
『実はもう一度、僕に支配されたいから――こうして呼んだんじゃないのかい?』
 ――斃そう。
 憇は躊躇いなくそう決意する。軽やかなそれはけれど決して翻る事なく、挑発に応じる如くに彼の方へと向き直る。
 拭い切れぬ、雪ぎ切れぬ過去は今も尚、この身と記憶とを蝕んでいる。
 ――あの時もそうだった。
 あっさりと挑発に乗り、けれど為す術もなく敗北を喫して、情婦扱いを受けたのは他でもない、私の未熟だ。仕方ない。
「だけどしっかり落とし前はつけたのだから、もう化けて出ないでもらえるかしら」
 憇の語調も声色も、幾歳を経て艶を含み、けれどずっと勁くなった。
 挑発に乗った自覚もなく敗けたあの日と、挑発に乗ろうと決めた今日このときと、違うならばそこなのだろう。
 だからもう――もう、大丈夫だ。
 再び彼を斃す為に、美しい金の髪が転じた刃の雨が降り注ぐ――誘い込めない、と理解した幻影はやがて、融け消える様に夕焼けのあかがね色を映す桜の波間に霞みゆく。
「さようなら、」
 ちいさく紡ぐ、訣別の声はごく短い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

麟・雪蘭
アドリブ捏造◎

・幻影
偉大なる魔女
嘗て仕えてた一人
情愛を抱いてた
己が今仕える主人を拾った張本人
己が欲しくなったその主人が母と慕う彼女が邪魔になる
嫉妬から自ら殺す

(祷り…いえ、呪いをあの子が私にねぇ)
少し意識が逸れ
気付けば一人

この私が惑わされたのね
…ふふ、面白い嗜好だこと

路を進み
喚ぶ聲に目を向け

まぁ
また逢わせてくれるなんて
ご機嫌麗しゅう

彼女へ敬意を評しお辞儀

嬉しい
私も貴女様を尊敬しておりましたのよ
魔女としての力も申し分無く
貴女様の許は居心地も良く
何より、愛していましたわ
でもいけませんの
私には貴女様が拾ったお子…ご主人や小蘭がおりますので(鈴蘭の飾りとリボンに触れて
後は総て私に任せて
お休みになられて



●情愛、嫉妬、いいえそれとも
「(祷り――いえ、呪い)」
 ――あの子が私にねぇ。
 ひとり桜路を登りゆけば、次第に辺りは暮れ泥み、日没の様相を呈している。
 考え事をしながら歩くには丁度良かったのだ――麟・雪蘭は花のかんばせに思案を滲ませ、手首に結わえた鈴鳴るリボンをちりりと揺らす。
 多分、それが引鉄だった。
「……おや、いけない」
 意識が逸れた瞬間に、違和感を覚えてちいさくそう溢した。
 膚に感じる幻影の気配、絡め取ろうとする惑わしの罠――この私が惑わされた。
 喉奥で浅く笑って、気配の方へと身体を向ける。
 この身を呼ぶ聲に応える様に、そうしてやる。
「――、まぁ。また逢わせてくれるなんて――」
 視界に収めるその姿に、思わずと云った風体で漏れたのはそんな台詞だ。
 佇むは偉大なる魔女、嘗て仕えたその一人――いつか自分の手で弑したその時と変わらぬ美しい姿がそこに在り、じっと雪蘭を見つめている。
「ご機嫌麗しゅう、偉大なる貴女様」
 鈴振るような華やかな声音で雪蘭は告げた。
 そう、嫉妬していた――この魔女の庇護下に在り、魔女を母と慕っていた愛しきひとを手に入れたがった故に。
 けれど確かに彼女自身を愛おしくも想っていたのだ。
「嬉しい――だって貴女様の事、尊敬しておりましたのよ」
 抱いていた感情はきっと情愛と呼ぶに恥じぬものであったと自負しているし、それに嘘偽りなど在ろう筈もない。
 それでも結論は揺るがない。
 雪蘭はその手で以て、彼女の命を奪い去った。
「だって貴女様の力は申し分無く、貴女様の許は居心地も良かった――何より、愛していましたわ」
 朗々と謳い上げる言葉は軽やかで流暢で、伸びやかに彼女への愛を綴る。
 幻影だと識っている。これが罠だと違わず理解している。
 それでも尚、逢えて嬉しかったのだ。
 ――本当よ?
「……でも、いけませんの。私にはほら、貴女様が拾ったお子――ご主人や小蘭がおりますので」
 意志を受けた様に鈴蘭が揺れる。
 指先を這わせてリボンに触れれば、どこかで誰かが掛けた祷りが応える様にちりりと跳ねた。
 ふと、そのうすい唇に微笑みが融け浮かぶ。
「後は総て私に任せて――お休みになられて」
 ね、と括る言葉だけはどうしたって優しい。ええ、だって、愛していましたもの。
 機嫌良く返した踵が振り返る事は、二度と無かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
まただ
また私を呼ぶんだな――姉さん

金髪に紫の瞳、死んだ十四の頃そのままで笑う片割れ
私を誘うんだ
「アッシュ、こっちにおいで」
「私が愛してあげる」ってさ

おかしな話だな
最期まで名前も教えてくれなかったおまえが
私に父親を透かし見ていたおまえが
――私の大事なものを全部燃やして、おまえ自身も燃えて
私の全部を否定した、おまえが
今更、私が欲しかった言葉ばっかりくれるんだ

騙されたりしないよ
姉さんは私を呪ってる
苦しんでる私を見て笑うのが、姉さんの愛なんだから
甘くて優しい言葉しかくれない姉さんなんか
望みを叶えてくれる姉さんなんか
……私には、いない

先に進もう
戻らないものに縋ったら、私みたいになるって
言いに行かないと



●焔灯せし黄昏の
 呻く様におまえを視る。
 或いは喉奥から獣の如くに漏れたこの呼吸を、嗚咽と呼ぶのかもしれなかった。
『アッシュ、こっちにおいで』
 夕暮れの風に泳ぐ豊かな金の髪が、黄昏のひかりを吸っては孕み、歪曲した輝きを撒き散らしている。
 紫の瞳に確かな故郷を垣間見る――変わらない。死に別れたあの時の儘、十四で永久に散った片割れのそれ。
 ――また私を呼ぶんだな、姉さん。
『私が愛してあげる』
 ――私を誘う。
 眩暈めいた甘い畏れが胸の裡を満たしていた。
 おかしな話だ。
 ――最期まで名前も教えてくれなかったおまえが、私に父親を透かし見ていたおまえが。
 彼女を眼前にして、視界は溺れる様な夕焼け色に染まっている。それを引鉄の様にして、脳裏に炎が蘇る――私の大事なものを全部燃やして、おまえ自身も燃えてしまった。そうだった。
「(私の全部を否定した、おまえが)」
 甘く誘う言葉はどれも今更だ。
 求めていたのはあの時の私だった。確かにその言葉を欲しがっていた――本当に、今更の話だ。
「騙されたりしないよ、」
 自嘲めいた言葉と共に、諦念とも憐憫ともつかない曖昧な感情が唇に乗る。
 識っているのだ――姉さんは私を呪ってる。
 苦しんでる私を見て笑うのがこの姉の愛なのだと、もうずっと前に思い知った。
『どうしたの? ずっと待っていたのに』
 鈴振る聲が淑やかに紡ぐ。招く様に嫋やかにひらかれる両腕を求めていたのはいつだったろうか、と詮無いことを考えた。
 ――騙されたりしない。
 ――甘くて優しい言葉しかくれない姉さんなんか、
 ――希を叶えてくれる姉さんなんか、
「……私には、いない」
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイムは背を向ける。
 嘗ての自分が確かに欲した誘惑から、幻影から目を背け、それを虚と断じて踵を返す。
 眩むほどの泥む残照があって良かった、とどこか他人事の様に思う。桜の波間に消えゆく幻影を覆い隠すには丁度良かった。
 戻らないものに縋れば私みたいになるのだと、この先に居るのだろう人物に言わなければならない。
 ――そう、思った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
惑う筈も無い道で惑わせる程の細工、か
心とは思う通りにならぬものが故に可能なのだろうが
――面倒な真似をしてくれる

逸れる事無く道を往く
届くだろう声は……ああ、矢張りそうか
焔の内に焼け落ちた故国
喪った、誰よりも何よりも愛おしかった、君の声
柔らかな笑みも嫋やかな繊手も記憶に在る侭に
帰りましょう、と誘う
――有り得ないと知っている
解っていても、無意味な幻を見せて寄越すものだと呆れが滲む
纏わり付いた灰の、こびり付いた血の、葬った土の匂いすら忘れていない
命の灯が尽きる瞬間迄も、此の手に今も在ると云うのに
騙される訳がなかろう

生憎と惑わされて遣れるほど暇では無い
一瞥のみで振り切る
帰る場所は――今は、別に在るが故に



●まがいの幻
 面倒な真似をしてくれる――そう考える男の耳朶を打つのは、“その”聲だ。
 惑わしの路をそれと識って征く、鷲生・嵯泉もけれどどうしたって、その聲には歩みを止めざるを得なかった。
「……ああ、矢張りそうか」
 得心に違和感はない。きっとそうだろうと思っていた。
 燃える様な夕暮れに幻視するのは焔だ。記憶の裡、遥か遠くにすら感じられる過去のなか、故国は幾度でも追憶の度に焼け落ちる。
 共に燃え落ちた君の聲が、夢の端の如くに揺らめいていた。
『――おかえりなさい』
 疾うに喪った。
 ――誰よりも何よりも愛おしかった、君の声。
 振り返れば、嘗てと寸分違わぬすがたの彼女がそこに、桜の波間に穏やかな佇まいでこちらを見つめていた。
 柔らかな笑み、嫋やかな繊手――自分を誘う様に伸ばされるその手は、向けられる微笑みは、いっそ苦々しい程に瑞々しくあの頃の儘だ。
『帰りましょう』
「――……、」
 喉が浅く鳴る。
 ――有り得ないと知っている。
 漏れた音は笑みと呼ぶのがいちばん近いのかもしれない。解っていても、無意味な幻を見せて寄越すものだ――そんな呆れすら滲む色で。
 纏わり付いた灰の帯びる熱を識っているか。
 こびり付いた血が、いつまでも染みの様に落ちない事すら覚えがないだろう。
 葬った土が物悲しく死の匂いを燻らせていたのを、忘れはしまい。
「騙される訳がなかろう」
 断じる嵯泉の声はごく短い。
 命の灯が尽きるその瞬間までもが、その手に今も宿っている。
 誰にもくれてやる気は無いが故に、眼前の幻影が些細な価値もない事を、よくよく理解させてくれた。
 いつか旅立った“君”を模したその影に、くれていた一瞥を引き剥がして路の先を見据え直す。
「生憎と、惑わされて遣れるほど暇では無い」
 独り言ちて歩き出す。
 ここは過程だ。何事もなく、通り過ぎていくべきものだ。
 帰る場所は――今は、別に在るが故に。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺・かくり
【竜幽】

貼り付けた呪符が途切れつつ在るのか
石畳を進む度に、歩む脚が重々しく感じる
ああ、誠に重たいね。
まるで――波間を潜り抜けて居る様だ。

しゃら、と鼓膜に届いた音
其の軽やかさは私の、君の物でも無く、

『  』

此の身の、『わたし』の縁者
見知らぬ筈の貌、聴き憶えの無い声音
私には縁無きもの――然れど、此の魂が憶えて居る

君が……そうかい。契りを交わした者なのだね。
逢いたかった、逢いたく無かった
其の何方も、私の口で告げる事は出来ない。

私は『  』では無くて
私としていきるのだと、決めたのだよ。
既に没した屍人、停滞する殭屍なれど
君が、友がいきていると、告げて呉れたから。

何時も、先導して呉れるね
有難う――りゅうこ


片稲禾・りゅうこ
【竜幽】

『竜神様』
随分と、ひどく懐かしい声だと思った
それは今やもう全く呼ばれなくなった呼び方で
かつての民草の声だ

またそうやってお堅いなあ~みんな
なんだよみんなして。またりゅうこさんの力が必要?
ふは、なあんてね
残念、もうりゅうこさんにはみんなの知ってるほどの力はないんだ
それにね、りゅうこさんは、そっちには行かないよ
大事なトモダチが待ってるんだ

ほら、このりぼん。すごく綺麗だろう?
贈り主もこれに負けないぐらい綺麗なんだぜ。別嬪さんだ
ああ、せっかくだからみんなにも見せたかったなあ
でも、ここでお別れだ
そのうち、そっちにいくよ。またな、みんな。

お待たせ、かくり。迎えに来たぜ。



●あなたが示しあなたと往こう
 歩む脚が重たいのは、貼り付けた呪符が途切れつつ在るのか、それとも――そんな詮無い事を考えかけて、ちらと揺・かくりはかぶりを振った。
 頬を撫でていく筈の心地よい夕暮れの風が、なんだか絡み付く様な気がして喉を浅く上下させる。
 嗚呼、まるで波間を潜り抜けて居る様だ――なんて、どこか他人事に思考するかくりの耳朶を、些細な音が擽ってゆく。
『  』
 しゃら、と、まるで美しい装飾品が触れ合う如くの音が鼓膜に届いた。
 その軽やかさは私のものではないし、隣を征く筈の君――片稲禾・りゅうこのものでもない。
 そも、音が聞こえた瞬間に隔てられた様な感覚すら在ったのだ。
 それはきっと、私にしか届かない。
『――……、――』
 それは、『わたし』の識らぬ音。
 それは此の身の、『わたし』の縁者。
 見知らぬ筈の貌、聴き憶えのない声音、私には縁遠きもの――然れど、此の魂が憶えて居る。
 さり、と微細な音を立てて爪先をそちらへと向ける。言葉にし難い綯い交ぜの感情が、それを言い表すものすら持てずに胸中に蟠っていた。
「君が……そうかい。契りを交わした者なのだね」
 逢いたかった。
 逢いたく無かった。
 ――だって私は、『  』では無いもの。
 ――いつか君が慈しんでくれたかもしれないこの躰は、とうに成れ果てたのだもの。
「私としていきると、決めたのだよ」
 私の意志を口にして、音としてかのひとに告げる事など出来ない。だって、私は望まれている者ではない。
 それを詫びる気も無かったから、だからそういらえた。
 既に没した屍人であり、停滞する?屍なれど、私を――かくりをそれとして親しく呼び、いきているのだと告げて呉れたから。

 ――彼女が誰かに相対しているのだと気付いたのは、傍らをちいさくも確かな歩幅で着いてきていたその足音が、ふと止んだからだ。
 かくり、と声を掛けようとする前にりゅうこの許へと届いたのは、彼女以外の誰かの音だった。
『竜神様』
 喩えるならそれは、水にひとしずく、濃い藍色の印矩が落ちたような。
 呼ばれた瞬間に胸中に広がる懐かしさは、そんなものに良く似ていた。
 今ではもう、そんな呼ばれ方をする事も無くなってしまった――だから誰が呼んでくれたかだなんてすぐに解る。かつての民草たちの声。
「――またそうやって、お堅いなあ~みんな、」
 ふは、と緩く息を吐くと共に笑って囁く。
 向き直った先に夕暮れの黄金を受けて佇む、その影はひとりにも見えたし大勢にも見えた。誰、と区別するでもない――あの頃、我が身を竜神様と呼び慕ってくれた愛おしきひとびと。
「なんだよみんなして。またりゅうこさんの力が必要?」
 尋ねるけれど、返ってくる声は無い。
 ただ、此方へ来てほしそうにじっと見つめていた。肯定も否定もなく、ただただ誘う様な熱を帯びた眼差しが在る。それは幻惑特有のものだとも思えたし、竜神と云う身に課せられた期待とも取れた。
 ――なあんてね、と前置くのは、ひとつ整理を付ける為の階でもあるのだろう。
「残念、もうりゅうこさんには、みんなの知ってるほどの力はないんだ」
 求められているものは喪って久しい。
 それに、とりゅうこは笑う。
「そっちには行かないよ。大事なトモダチが待ってるんだ」
 軽やかに宣うりゅうこの手首に、暮れ泥む残光を受けてきらりと光るものが在る――綺麗な、とても綺麗なそのりぼん。白に金糸刺繍、君が見出してくれたもの。
 ――ああ、せっかくだからみんなにも見せたかったなあ。この綺麗なりぼんの負けないぐらい綺麗な、別嬪さんの贈り主を!
「そのうち、そっちにいくよ」
 でも、ここでお別れだ。
「――またな、みんな」
 踵を返す。あかるく前向きに訣別を果たして、りゅうこはそのままの足取りでかくりの傍へと走り寄る。
 屍人の身を誰のものでもなく自身のものだと定義を得たかくりもまた、その音に導かれる様に顔を上げるのだ。
 気紛れな春の夕風が渡ってゆく――かくりの小指に揺れる青漆の揺れるリボンが、指し示す様にその先端を贈り主へと向けてはためかせる。
「何時も、先導して呉れるね」
 かくりの声は囁やけども、確かな喜色が端に滲む。
 招く過去に手を振って、前だけ向くのに眩しすぎると云う事もない。
「お待たせ、かくり。迎えに来たぜ」
 華の笑みがぱあっと咲いて、だからかくりもつられて笑った。薄く艶やかに、咲き初む如くに。
「有難う――りゅうこ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウルル・レイニーデイズ
◆雨空

(いくつかの声。
甘やかな、身近だった 同じフラスコから産まれた姉妹……おねえちゃん達の声が、桜の向こうから聞こえる。
一番遅く産まれたぼくを、ウルル、ウルルと呼んで可愛がってくれていた。
懐かしく感じない訳じゃ、ない。――――けど)

……行こ、カラ。

(赤色のリボンを結わえた髪を揺らしつつ、空色のリボンを結わえた方の手を取って。)

……なつかしくても
もう、巣立った場所だから
……戻るつもりも、ないの。

(ぼくの帰る場所は、もう、そこじゃない……そう信じてるから。桜と虹の雨が降る中を、二人。相合傘のようにして先に進む)


雲失・空
◆雨空

嗚呼、その聲
全てを自分の物に出来ると思っている
全てを自分の思い通りに出来ると思ってる
歪んで、耳障りな聲

嗚呼、そんな聲で私の中を掻き回さないでくれ
疵をつけないでくれ
只々、穢らわしくて、堪らない
もう、喋ってくれるな

けれど、ただ一人だけ、違う聲
………先生?
聴き違えるものか、視間違えるものか
私に青い空を説いてくれた、あの家でたった一人の──
老け顔、変わってないね。先生。
自分で言ったんじゃん、四十過ぎたら老人だって
でも、そっか、うん
ありがと。来てくれて
言われなくても、そっちに手は出さないよ
まだ約束、果たせてないしね

ん、行こっか、ウルル
……そっか。
私も同じ。

二人で帰る為に、二人で往こう。



●雨は降れども
 甘やかな声が、群れる様にさやさやと謳っている。
「(おねえちゃん達の、声)」
 ウルル・レイニーデイズは桜の向こうにそれを垣間見る。
 声はひとつだけではない。同じフラスコから産まれた姉妹は幾人か居て、だから皆、そこに在るのだろうとウルルは思った。
 惑わす為の幻は、はっきりとした形を取らずにゆらり、ゆらりと揺れている――瞬きをする度に造形が違う様な気がした。些細な変化かもしれない。否、いっそ全員同じ影かも知れなかった。
「(一番遅く産まれたぼくを、ウルル、ウルルと呼んで可愛がってくれていた……)」
 懐古は胸中をこそばゆく満たしてしまう。
 桜の樹々の向こう側、誘う様に差し伸べられる手と声と。すべてに背を向けてしまうのは何となく、後ろ髪が引かれないとも言い切れない。
 だって、どうしても懐かしい。
 フラスコの底では皆一緒だった。柔く暖かな、陽を受けて泥濘んだ地面みたいな居場所だった。
 ――けれど。
 ウルルは緩慢な仕草で瞬いて、くるりと傘を回し視線を向ける――共にここへと至った、もうひとりの彼女へと。

 雲失・空は辟易していた。
 聞こえる聲は耳障りでしかなく、歪み切って傲慢だった。
「嗚呼――、その聲」
 地を這う如くの囁き声には抑え切れない苛立ちが滲む。
 いつかどこかで聞いた聲――全てを自分の物に出来ると思っているのでしょう? 全てを自分の思い通りに出来ると思っているのでしょう?
「(そんな聲で、私の中を掻き回さないでくれ)」
 耐え難い苦痛を耐える為に、胸を抑えて爪を立てる。
 そうでもしないと、内側から疵をつけられてしまう様な気さえした。
 穢らわしくて堪らない――どうか、どうかもう喋ってくれるな。
 呼吸を浅くする空の耳許に、けれどただひとつ、違う聲がそれに入り混じって響くのだ。
「……先生?」
 信じられないものを聞いた気がして、目醒める様に空の眸が瞠られる。盲たこの眸に映らずとも、すぐに知れる。
 いいえそれでも、聴き間違える筈のない。
 顔を擡げたその先には、満開の枝を広げる桜の下に、たった一人の貴方が佇んでいた。
「――老け顔、変わってないね。先生、」
 あれほど胸中を占めていた苦しさなんて、あっという間に霧散した。
 ――私に青い空を説いてくれた、あの家でたった一人、たった一人の――……嗚呼、なんて事だろう。
 その口許がちいさく動いて、何事か喋る。優しい聲。呼び水の様にひとときで溢れる、嘗ての大切な記憶。
 そっか、と得心した様に空は密やかに呟いた。
「ありがと。来てくれて」
 話したい事はたくさん在って、伝えたい気持ちだって飽きるほど抱えていた。
「言われなくても、そっちに手は出さないよ」
 それでもまだ、その膝下に向かう為の時は満ちない。
「まだ約束、果たせてないしね」
 桜の下の幻は、どこまでも優しく揺れている――さざめいている。
 溢れるものを飲み下して、空は漸くもうひとりの彼女の方へと視線を戻した。
「……行こ、カラ」
 瞬きをすればあっという間に周囲の風景が、夕暮れの気配を取り戻す。
 存外すぐ近くで待ってくれていたウルルの姿に、空はゆっくり瞬いてからちいさく笑ってみせた。
 そうして、空の眼差しがウルルの向こう、彼女が見出した幻の姿へと向けられる――すぐにその視線は戻されるけれど、空の言いたい事だなんてウルルにはすぐに解ってしまうのだ。
「……なつかしくても、もう、巣立った場所だから」
 穏やかにウルルは紡いでいらえる。涼やかに渡ってゆく春の夕風が、そのましろい髪を攫っては散らす。
 勿論、艶やかに結わえられた赤いリボンだってそうだ。
 残光を弾いてきらめくその光景に、空は少しだけ眸を奪われる。そうしている間に片手だって掬われた――明るい空を染め込んだ如くのリボンが結わう、その手をそっと。
「……戻るつもりも、ないの」
「ん、そっか。――行こっか、ウルル」
 全部聞かなくたって、ウルルの言いたい事だなんて空にはすぐに解ってしまう。
 繋いだ手を引き合って、愛しき記憶に背を向けて――桜の路を、前へ歩こう。
「私も同じ」
 内緒話の様に落とされた空の言葉に、ウルルの口端がほんの少し緩む。そうして最後に一度だけ、肩越しに姉妹を振り返った。
 ――ぼくの帰る場所は、もう、そこじゃない。
 ふたり、相合い傘で進んでゆく。
 二人で帰る為に、二人で往こう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雲烟・叶
ネムリアのお嬢さん(f01004)と

声が聞こえた
己が狂わせ殺し合わせた育て親の、優しい老夫婦の声
けれど振り返る気もない
彼らには他の依頼でも逢っていたから、幾分か心構えが出来ている

それよりも相手の様子が気になった

……お嬢さんの仰っていた、大切な方ですか
そっとリボンを絡め直して手を繋ぐ
何処にも行くな、なんて言えない
自分こそ何時か居なくなる
なのに、己の手首のリボンも引かれたのが分かって苦笑めいて柔く微笑う
ずっと。そう願われて、瞳を閉じた
それを願って許されるのか、今もなお分からない

でも、

それでも、

許されるの、ならば

心配なさらずとも、君のネムリアは大丈夫ですよ
強く、優しい子ですから
……自分も、居ますから


ネムリア・ティーズ
叶(f07442)と

桜、近くで見るともっときれいだ
すごいね、と叶を見上げると
どうしてか鼓動が落ち着かなくて
そっと目を逸らす

やわらかな声に、名前を呼ばれた気がした

艶々した黒髪と、あおい瞳
それ以外はボクとおんなじ姿をした女の子が、
幸せそうに笑って手を差し出す

……あの子がいる
桜の森を見つめたまま呟く

うれしい
なんてあまい、――夢なんだろう
ボクが目覚めた日にあの子は眠った
この姿も、名前も、あの子は知らない

そこに在るすべてが、うれしいから
ぜんぶぜんぶ幻なんだって分かるんだ

桜色のリボンに指先を絡める
あの子が幻だからじゃない
いまボクが手をとりたいのは…叶だから

一緒に、行こう?

いかないで
キミはずっと、そばにいて



●むすんで
 柔らかな青の端から暮れ泥む夕暮れが滲み、山際から黄昏色に色付いてゆく。
 立ち並ぶ桜の樹々もその黄金色のひかりを受けて、にぶく色を変えさざめいていた。
 遠くから見るのと、近くまで来て見上げるのでは矢張り違う――ネムリア・ティーズはその美しさに眼差しをひととき囚われて、それから傍らの雲烟・叶へと視線を流す。
 すごいね、と桜への感嘆を分かち合いたいだけだったのに、どうしてか彼を見上げると鼓動が落ち着かない。
 何となし、見つめては居られなくて夜の滲む眸を逸らした。
『――……、』
 やわらかな声に、見透かされた様に名を呼ばれた気がしたのは、そんな瞬間だ。
 声の主を捜す様に、ネムリアはそちらへと身体を向ける。
 そうして視界に入れたその姿に、柔くすべてを嚥む様に声を詰まらせる――艶々した長い髪、細い体躯。その髪が豊かな黒である事と、眸が抜けるようにあおい事を除けば、ネムリアとそっくり同じ姿を持つ少女が、そこに粛々と佇んでいた。
 ――今は亡き貴女。嘆いていた美しいひと。
「……あの子がいる、」
 陶然と、それを見つめる儘にネムリアは囁く。
 この身たる涙壺を手放せなかった貴女の俤には、いつも物悲しさが漂っていた――だと云うのに、今この眼前に現れた少女のかんばせには、幸せの色すら感じ取れる微笑みが並々と湛えられている。
「(――うれしい、)」
 なんて、なんてあまい、――夢なんだろう。
 ――ボクが目覚めた日に、あの子は眠った。
 ――この姿も、名前も、あの子は知らない。
 廻り逢う筈の無かった邂逅が、それがたったいちどの夢なのだと、そう解っている筈だった。

 声が聞こえた気がして、叶はふと歩みを止める。そうして、ほんの僅か瞑目した。
 慈しみ育て上げてくれた、いつかの暖かな老夫婦の声だ――優しいひとたちだった。けれど、狂わせてしまった。
 肩越しに振り返れば、きっとあの穏やかな立ち姿を再び見る事が叶うのだろう。でも振り返る気はなくて、叶はちいさく息を吐く。
 こんな風に、心の柔らかな部分を悪質に突いてくる敵意と云うものには過去にも縁があって、その分、心構えは出来ているつもりだ――少なくとも、自分は。
「(けれど、)」
 彼女は、ネムリアはどうだろう。
 自分にあの声が聞こえたという事は、彼女もまた、同じ様に過去の幻影にその後髪を掴まれている筈だ。
 黄昏の光が氾濫するなか、その姿を捜す。遠くに行くまでもなくネムリアはすぐ近くに居たけれど、その眼差しはどこかを見つめて動かない。
 嗚呼、と気付いてその先を追えば、ネムリアがもうひとり佇んでいて暫し瞬く。わかりやすい違和感にはすぐに気付いて、もうひとりの彼女が面立ちの良く似た誰か他人である、と云う事実にはすぐに辿り着いた。
「……お嬢さんの仰っていた、大切な方ですか」
 控えめな声音で叶がそう尋ねると、ネムリアの細い両肩が些細に跳ねた。
 そっとリボンを絡め直す――その夜が解けてしまわぬ様に、夕暮れへと滑り落ちてしまわぬ様に。手袋越しに手を繋げば、少しだけ眉尻を下げたネムリアが、切なげに表情を変えて叶を仰ぎ見た。
「ぜんぶ、……ぜんぶ幻なんだって、分かるんだ」
 その視線の先を少女へと向けて、ネムリアは独り言めいて囁く。
「だってそこに在るすべてが、うれしいから――」
 眼前の少女は幸福そうな微笑みを保つまま、そっとその両手を差し出してネムリアを招く。
 あまい夢だ。
 きっと叶う筈の無かった邂逅だ。
 うれしいから、幻だと知れてしまう――ネムリアの心中を推し量って、叶の眉宇が僅かに曇る。
 ――何処にも行くな、なんて言えやしない。
「(自分こそ、何時か居なくなる)」
 押し黙った叶の裡を覗き見たのかそうでないか、それは解らなかったけれど、促す様にネムリアの細い指先が手首に結わう桜色へと絡められる。
 祷る様に結び目を整える――この現と夢のあわいにて、解け見失って仕舞いませんように。
「あの子が幻だからじゃない、」
 ネムリアの声はちいさくとも、確かに叶の耳朶を打つ。
「いまボクが手をとりたいのは――叶だから、」
「……――」
 それは彼女の、ネムリアの確かな意志だった。一緒に行こう、そう聞こえた気さえした。
 見透かされた様な気がして、或いは自分自身に対して苦笑めいた柔い笑みが、叶の目許に、唇に薄く滲む。
 結わえあったリボンを互いに結び直して、だからもう前を見る時間が来たのだろう。
 春の最中に垣間見た優しい幻は、どこまで行けども幻の儘だ。ただ甘く、ただ匂やかに、慰撫の下にはきっと跡の残る疵口が在る。
 ――いかないで。少しだけ震える声で紡いだのは、ネムリアだ。
「キミはずっと、そばにいて」
 ――ずっと。
 願われて、叶はそっと眸を閉じる。
 それを願って許されるのか、今もなお分からない――でも。それでも。
「心配なさらずとも、君のネムリアは大丈夫ですよ」
 手を繋いで、歩き出す。優しい幻に背を向けて。
 ――嗚呼それでも、許されるの、ならば。
「……自分も、居ますから」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジョウ・デッドマン
【まいご】
(同級生たちより少し白髪の多い
穏やかな笑顔の、お父さんとお母さん)

『おかえり、譲』
『待っていたのよ』

…いなくなって、
死んじゃって、ごめんなさい

『いいんだよ』
『いいのよ』
『だって、お前の兄さんと何も変わらない』

……。
(嬉しい、ほっとする筈なのに
二人が大事にしてた遺影を思い出す
僕が生まれる前に死んだ、知らない兄の顔)
……僕は、あれと一緒なの?

(誘われかけた手の先に、リボン)
────。
(誰かが、全身で、声の限り、僕を呼んでる)
(そんな声は、両親だって上げてくれなかった)

(くだらない幻に背を向けて)
…うるっせーっつってんの!
(あの光に向かって僕も叫ぼう)
聞こえてんだよ、バカ!!


ヒマワリ・アサヌマ
【まいご】

──え?あれ?
……ママ?
(鮮やかな緑色の髪。長くて、ふわふわで。
いつも白衣に似合わないって笑っていて
でも、私はそれが、大好きだった)
ママ……ママ!
何から話そう、何を話そう
あれも、これも、たくさん……たくさん……

──でも、ああ、
やっぱり、いいや。
だってママ、いつも聞いてくれてるもんね。
ほら、ほっとけない男の子がいるって話、覚えてる?
迎えに行ってあげなくちゃ
だから、ママ
──ばいばい。

あっ!そうだ!
ママ!私ね!話してなかったんだけどね!

────好きな人が、出来たの。

今から呼ぶ人が~!その人の名前~!
何回も言うから~~!覚えて~~~!

せ~~~のっ!!!



●君が光でみちしるべ
 桜の小山に満ちる黄昏は、夕陽の眩しさは、確かにジョウ・デッドマンの見知らぬものであった筈だ。少なくとも、ほんの数秒前までは。
 ふと視線を流した向こうに、酷く懐かしい影を見た。
 同級生たちのそれより少し白髪の多い、穏やかな笑みを浮かべた二人の影――お父さん。お母さん。
『おかえり、譲』
『待っていたのよ』
 その姿を、見てしまった。その声を、聞いてしまった。
 ただひといきのその瞬間、周りを満たしていた情景はすべて、すべてが過去に繋がってしまう――影の伸びる夕暮れ、家から漂う夕餉の香り。おかえり、といつもの声音で出迎えてくれる、なんでもない両親の声。
 有り触れた日常がいちばん尊いだなんて、そんな解りきった事は誰が最初に言い出したんだ?
「……いなくなって、死んじゃって、ごめんなさい」
 ジョウの喉が少しだけ震える。
 もう叶わないと背を向けていたものを、嘗ては確かに大切にしていた筈のものを唐突に示された時、人間と云うのは面白いほど動揺するらしかった。
『いいんだよ』
『いいのよ』
 両親はおおらかに微笑んで、優しく全てを肯定する。
 父の大きな掌だって、母の暖かな膝上だって、同じ様に優しかったのを思い出す――仕舞い込んでいた筈の郷愁が、譲と云う十二歳の少年の姿を取って、ジョウの隣で笑っている気がした。
『だって、お前の兄さんと何も変わらない』
 ほっとした。
 ほっとした、そう思い込んだ。その筈なのに。嬉しい筈なのに。
 ――どうして今僕は、二人が大事にしていた遺影を思い出しているんだ?
 ――僕が生まれる前に死んだ、知らない兄の顔の遺影を、思い出しているんだ?
「……僕は、あれと一緒なの?」
 蹌踉めく振りをして足を踏み出す。一歩、二歩、片手を挙げて伸ばせばすぐに父母に手が届くだろう。彼らは相変わらず穏やかな笑みで両腕を広げ、さあおいでと待ち兼ねている。
 けれど掲げた手の先に触れるものがあって、ジョウはふとその感触に気を取られた。
 小指に結わうリボンの先が、風に揺れて膚を擽っている――目が醒めるほどの、艶やかな黄色。向日葵色。
「――――、」
 息を呑む。
 酷く耳に馴染む聞き覚えしかない声が、おおきく自分の名を呼んだのは、丁度その時だった。

 ヒマワリ・アサヌマがぱちぱち瞬いて足を止めたのは、ジョウが桜の木立に両親を見出す、その少し前だ。
 あれ、――あれ? 桜色の樹々の中に佇むその影はどうしたって鮮やかで、だからよくよく目に付いた。
「……ママ?」
 緑色の髪はふわふわと長く伸び、黄昏の穏やかな風に散ってきらきらしい。
 白衣に似合わない、なんていつも冗談めかして笑っていたのを良く覚えている。
 ――でも、私はそれが、大好きだった。
「ママ……ママ!」
 ぱあ、とヒマワリの頬に花が咲いた様に血色が滲む。上気した頬は母への慕情が溢れていて、母の姿をしたその影もまた、嬉しげに応じる様に頷くのだ。
 思わず、といった風情でヒマワリが駆け出す。喜色に染まった吐息が軽やかに弾んだ。
「あのねママ、話したい事があれも、これも、たくさん、……たくさん……、」
 大輪の花めく笑みはけれど、途中でふと抜け落ちてしまう。
 駆け寄っていた筈の足取りも、ママと慕う彼女に辿り着く数歩手前で緩やかに止まった。
 弾む吐息だけはその儘に、ヒマワリはゆっくりと瞬きをして顔を上げる。
 ほんの少し、ほんの少しだけ心地良い沈黙があって――それから、ヒマワリはううん、と首を柔く横に振ってみせた。
「やっぱり、いいや。だってママ、いつも聞いてくれてるもんね」
 知ってか知らずか、ヒマワリはいつものように笑い返して彼女を真っ直ぐに見つめてそう告げる。
 ちら、とその眼差しがいちど離され、ヒマワリは肩越しに同行者――ジョウの方を窺い見る。その更に向こうにはぼんやりと影が見えて、彼もまた、自身に潜むものと相対しているのだろうと直ぐに解った。
「ほら、ほっとけない男の子がいるって話、覚えてる?」
 眼前へと視線を戻し、ヒマワリはへへ、と少しだけ照れた様に頬を掻いた。
 だってその子の話はたくさんしたもの。
「迎えに行ってあげなくちゃ。……だから、ママ」
 ――ばいばい。
 はにかむ様に口許を緩めて、ヒマワリはちいさく手を振った。
 それからくるりと踵を返し、今度はジョウの方へと走り出す――寸前に、あっ、とひときわ大きな声を上げて急停止した。
 もう一度、くるんと鮮やかに身を翻す。
「ママ! 私ね、話してなかったんだけどね!」
 頬は薄紅色に上気していた。母に逢えた時と、同じ様に。
「――――好きな人が、出来たの」
 母と娘の内緒話は、ごく密やかにそれだけ告げる。きっと充分だ。
 改めてジョウの方へと走りながら、肩越しに振り返って大きく告げた。
「今から呼ぶ人が、その人の名前~! 何回も言うから~~! 覚えて~~~!」
 せえの、と吸い込んで、恋に色付いたみたいな桜の樹々のはざまに呼ぶ。
 彼の名を。ひときわ大きな声で、届きますようにと心の底から。
 呼ばれた先でぐっと俯いたジョウがひとり、勢いよく幻に背を向けたのが良く見えた。その小指に結わう、黄色いリボンが揺れるのも。
「……うるっせーっつってんの!」
 今なら手すら厭わず繋げる気がしたので、ヒマワリを出迎えるかたちでジョウはその指先をぐい、と引っ張ってやる。
 光に向けて、ジョウも叫んだ。
 自棄っぱちだった。
「聞こえてんだよ、バカ!!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒江・イサカ
夕立/f14904と

――― 矢来夕立くん
そっちに行ってもいいけれど、僕も混ぜてくれるかい?

やれやれ、ちょっとはぐれたと思ったら誰と逢ってたの?
…なんて、見当はつくけどね
別に言わなくたっていいだろう 泣いちゃうかもしれないし
だけどさっき言ったことは本当さ、別に行ってもいいよって
麓まで帰されるだけみたいだしね
彼と一緒に桜を見たって、それが残るなら悪くない

…いいの?行かなくて なら行こう、上に
石畳の桜並木で好い道じゃないか 手を繋いでいこうよ

……僕?ああ、さっき女を見た
僕のおかあさんのひとり 死んだけど、殺し損ねた女
刺したら消えちゃったんだよね

幻:殺そうと思ってたのに自殺された、母親代わりだった女


矢来・夕立
イサカさん/f04949
幻:死んだ友達 花見へ行く約束をしていた

来るのが遅い。
UDCアースの桜はとうに散りましたよ。
この世界の花も豪勢で悪くありませんが
…?いつ集合場所が変わったんだ…まあいいや。
もう一人も大遅刻ですね。
待つ間によい場所を探しに行きましょうか。
名といい髪といい、桜の中では迷彩みたいな――…ちょっと。離してください。あっちに用事が、

――…イサカさん。
ご面倒をおかけしました。大丈夫ですよ。行けます。

そちらは無事でした?…そう。
手を繋ぐ。いいですね。戻りたかない、はぐれたくもありません。

イサカさんには、思い出すような昔がたくさんあるんですよね。
…少しだけ妬きそうです。



●約束ごと散り落ちた
 そう言えば花見へ行く約束をしていた、とその事実をふと思い出したのは、知った顔を桜の木立の合間に見つけたからに他ならない。
「来るのが遅い」
 何か考える前に、矢来・夕立の唇はそんな風に文句を告げていた。
 全く、と嘆息めいた呼吸を溢して、迷いのない足取りでその人影へと歩み寄る。
「UDCアースの桜はとうに散りましたよ。この世界の花も豪勢で悪くありませんが、……?」
 言い掛けて、ふとその先を噤んだ。待ち合わせはこんな辺鄙なサクラミラージュの山中だったろうか、否、確かにここだと桜は通年、見頃ではあるのだけれど。いつの間に集合場所を変えたのだったか。
 まあいいや、と細かな事を思案するのを止めにして、夕立は気軽な所作で顔を上げた。
「もう一人も大遅刻ですね。待つ間によい場所を探しに行きましょうか」
 集まるまでに随分――随分長い時間が掛かった気がする。
 桜の時期がすっかり過ぎてしまった、と世間話がてらに言い掛けて、やっぱり止める。だって桜は満開だ。間に合ったのだ。目の前にこいつも居る事だし。
 どこか覚束ないような、曖昧な印象が拭いきれないが、きっと久し振りに逢うからだろう。
「名といい髪といい、桜の中では迷彩みたいな――……、」
 言いながら歩き出す。
 佇む影と肩を並べようとした所で、手首を強い力で掴まれて夕立はつんのめった。怪訝な皺を眉間に深く刻んで、肩越しに彼を――黒江・イサカを振り返る。
「――ちょっと。離してください。あっちに用事が、」
「矢来夕立くん」
 イサカはそれを聞き流して、ひとまず相手を呼び戻す。どこか茫とした、或いはくすんでいた様な夕立の眸に、呼ばれた事で意志が戻る。
「そっちに行ってもいいけれど、僕も混ぜてくれるかい?」
 掴んだ手首を起点にして、言い聞かせるような所作で彼の身体を自分の方へと引く。丁度そうだ、犬の首輪を引いて躾けるような、そんな。
 半歩踏み入ってしまった幻惑の罠から引き摺り出すには、きっとそれくらい乱暴な方が快い。
「やれやれ、ちょっとはぐれたと思ったら誰と逢ってたの?」
 イサカの声音ばかりが甘やかす様に柔らかい。
 そう尋ねてはみるものの、本当はとっくに見当なんてついている。指摘しないのは、夕立が泣いてしまうかもしれない、だなんて僅かでも引っ掛かってしまった所為だ。
「……イサカさん」
 応える夕立の声はどこか輪郭が崩れていて、いつものそれではない、と云うのは容易に知れた。
 それでも彼が自身で、ああ、そうか、と得心する様に零すのにつれて、次第にいつもの調子に戻ってゆくのを膚で捉える。
「例の幻か。――ご面倒をおかけしました。大丈夫ですよ」
「……いいの?行かなくて」
 呼吸をひとつ、ふたつ、眼鏡の位置を直すと共にすっかり自分を調えた夕立がそう言うのに浅く喉奥で笑って、イサカはそういらえた。
 捕まえていた手首の戒めを緩めると共に、指先でその内側を引っ掻く。痛みと云うほどの痛みもない程度の、ただでそれを離す事に対するちいさな吝嗇だ。
 ――別に、行っても良かった。口にした言葉は本意だ。
 誘惑に乗った所で麓まで返されるだけの事だと云うし、登り直す体力と引き換えに彼と一緒に桜を見た事実が残るなら、悪くない。
 問われた夕立は首を振りも肯きもしない。ただ、そのあかい眸でじっとイサカを見つめ返す。
「行けます。先へ」
「そ。なら行こう、上に」
 骨張った肩を軽薄に竦めて、イサカは継ぐ。
 唇をひらきながら、掬い取る様に夕立の指先を自身のそれで絡めて繋いだ。
「石畳の桜並木で好い道じゃないか。手を繋いでいこうよ」
「……いいですね、」
 少しだけ瞠目する様な間が在って、夕立もまた、それを甘受する。受け身だった彼の指先がそこで漸く、居場所を見出し直して握り返された。
「戻りだかない、はぐれたくもありません。――そちらは無事でした?」
 暮れてゆく陽射しが黄昏の金と紫を孕んで、桜の並木を綺羅びやかに影と共に描き出している。
 頂上の邸へと向け、互いの足裏が調子良く砂利を踏む些細な音を背景に、夕立は控えめにそう尋ねた。
「ああ、さっき女を見た」
 イサカのいらえる声はいつも通りにごく軽い。
「僕のおかあさんのひとり。刺したら消えちゃったんだよね」
「そうですか」
 連ねられた言葉は台詞に見合わずやっぱり軽やかで、だから夕立もそうですか、なんて変わらない調子で相槌を返す。
 夕立の手を引き引かれ、繋ぐそれを気紛れに揺らしながら、イサカは少しだけつい先程の光景を思い返す――桜の樹々の群れる中に佇んでいた、幸薄そうな女の姿。
「(また、殺し損ねた)」
 先に死なれてしまっては、殺したくとも殺しようがない。
 殺そうと思っていたのに自死を撰んだ、母親代わりの女――記憶から這い出た幻は、言葉通りに刺したら消えた。残念だ。自分の理からまた逃した。感触は手に残らなかった。
「イサカさんには、思い出すような昔がたくさんあるんですよね」
「ん?」
 傍らを征く彼の声で、桜の小山へと意識を引き戻される。
 表情の薄い彼の横顔を眺める下方で、夕立の爪先が少しだけイサカの膚に食い込んだ。甘噛みの様な仕草で。
「……少しだけ妬きそうです」
 耳朶を打つ夕立の声に、イサカが低く笑って返す。
「少しでいいの、」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千桜・エリシャ
【理解しがたい】

もう名前で呼んでくださらないの?
ではお姉ちゃんでもいいのよ?ふふふ

…誰、ですの?
牡丹のお母様…この方が…

私たちは半分しか血の繋がっていない姉妹で
あの家にいた頃は牡丹の存在すら知らなかった
だからこの子の母に逢うのも初めてだと
ずっとそう思っていたけれども
…嗚呼、この方は覚えがある
本妻の娘である私を妬み睨めつける眸
幼心に初めて触れた悪意を忘れるはずもなく

――この人は駄目

母親から隠し
見せつけるように牡丹をぎゅっと抱きしめる
この子は私の妹よ
あなたには渡さない
行きましょう
腕を組みその場から離れて

…泣いているの?
そっと頭を撫でる
まだあの家に囚われているのね
それは彼女に言っているのか、それとも


毒藥・牡丹
【理解しがたい】

は、はあ?だから、もう呼ばないってば!
いつもそうやってすぐ調子に乗って──ッあ、

駄目だ。厭だ。
聞きたくない。聞きたくなかった。
その声を、もう一度だなんて
心臓を貫くような、底冷えした声音
軋む首を回してしまう
その瞳に映してしまう
恐ろしくて堪らないのに、そうしてしまうのは
逆らってしまった時が、もっと恐ろしいから

───え?
微笑んでいる。あの母が
一度も、そんな
私のことを愛しているだなんて
あの、お母様、私は、わたし、は──

なっ、ちょっ、ちょっとあんた何を!?
は、離しなさい、このッ……!
うるさい!だって、だって……!
はじめて…………

……うるさい、泣いてないったら
見ないでよ、バカ。



●血族
 少女ふたりの鈴を転がすような賑やかな声は、夕焼けに身を染める桜の小山によくよく響く。
「ね、もう名前で呼んでくださらないの?」
 千桜・エリシャは残念そうに甘く唇を尖らせて、傍らを歩く可愛い妹――毒藥・牡丹の肩を突付いた。
「は、はあ?だから、もう呼ばないってば!」
 突付かれた牡丹はその頬を薄く上気させ、エリシャの手を振り払う様に身体を引いてぷいとそっぽを向く。
 リボンと共に心の深い部分も少しずつ覗き合えた、そんな気さえしていたのだけれど――花も恥じらう様な仲良し姉妹への道程はまだ遠そうだ。ふふ、と姉らしい余裕を滲ませた微笑みでエリシャは応じる。
「ではお姉ちゃんでもいいのよ?」
 思わず笑みを溢しながら悪戯っぽく囁けば、折角逸らした顔をまた此方へ向けて牡丹が僅かに頬を膨らませる。
「っ、いつもそうやってすぐ調子に乗って――、」
 確かにその眼差しは、エリシャへと注がれていた筈だ。
 けれど不意にそれがつとずれて、エリシャの肩越しに一点を凝視する。あ、と追い掛ける様に零れた音は、牡丹が何かに気付いた事を報せるには充分だった。
 瞬間、神経を張り詰めさせてエリシャも後ろを振り返る。美しい景色で満ちているとは言え、猟兵として足を踏み入れた山中だ。何が起ころうと不思議ではない。
 直ぐにも動ける様にと鳩尾を引き上げて、――けれどエリシャもまた、『それ』を目にして瞬いた。
 佇んでいたのは、敵意も何も感じられない女ひとりだった。ただただ美しい女が桜のはざまに立ち尽くして、じっとこちらを眺めている。
「……誰、ですの?」
 それでも警戒は解き切らぬ儘、エリシャは声を顰めてちいさく零す。半ば牡丹に向けて問うかたちではあったけれど、いつまで経っても彼女からの返答は無い。
「――ぁ、あ、あ……」
 美しい妹の表情は、あからさまな恐怖にべったりと塗れていた。
 まるで油を差し損ねたオート・マタの様に、軋む音すら聞こえてきそうなぎこちなさで、牡丹はゆっくりと女へ真っ直ぐに眼差しを据える――先程までエリシャしか映していなかった眸の中に、女の姿を取り込んで。
 ――駄目だ。
 ――厭だ。
 女の唇がもの言いたげに蠢くのを、どこか他人事めいて牡丹は見つめていた――拒否感ばかりが募ってゆく。聞きたくない。
 聞きたくなかった――その声を、もう一度だなんて。心臓を貫く様な底冷えしたあの声音は、幼心に突き刺さった母の声は、忘れようと思って忘れられるものではないのだ。
 おかあさま、と呻く様に牡丹の唇が戦慄くのを、傍らのエリシャが見届ける。
「牡丹のお母様……この方が、」
 姉妹の血は半分しか繋がっていない。
 所謂、腹違いと云うものだ。あの家に居た頃は牡丹の存在すら知らず、だからこの子の母に邂逅するのも初めてだと、今の今までそう思っていた。
「(――嗚呼、この方は、)」
 覚えが在った。
 肚の底から冷やされる様な感覚に、エリシャはそっと牡丹へ身を寄せながら身体をちいさく震わせる。
 ――本妻の娘である私を妬み、睨めつける眸。
 あまりにも悍ましくて記憶の底に封じていた、幼心に初めて触れた他人の悪意。
 そんな女が母だと云うのだ。いったい牡丹は、どんな環境にその幼い時分を奪われていたのだろうか。けれどせめて今は私が隣に居るのだから、とエリシャは唇を引き結んで母たる女に対峙する。
 彼女が此方へ向けたその顔に、その表情に、まず揺らされたのは他でもない牡丹だった。
「――――、え?」
 惚けた様な声が漏れる。
 母の姿をした女は、その恐ろしいほど美しい顔を花の様に綻ばせ――麗しく微笑んで、娘たる牡丹を見つめていた。
 ――微笑んでいる。あの母が。
『あいしているわ、かわいい牡丹』
 甘い声音が、耳朶を優しく擽ってゆく。
「一度も、そんな……私の、ことを、」
 蹌踉めく様に牡丹が一歩を踏み出して、撓る細腕を女の方へと差し伸べる。
 脳裏に目眩く思い起こされるのは、冷たく昏い生家の記憶だ。母はいつも恐い顔をして、冷たい声で私を苛んだ――けれど逆らおうなんて出来る筈も無かった。母の意志に背いた時の方が、余程恐ろしかったから。
 母とはそんな女だった――だと云うのに、眼前の彼女はどうだ。見たことのない優しい笑みを浮かべて、聞いたことない声で、嗚呼!
 あんなに欲していたのに、一度も言って下さらなかった!
「愛している、だなんて……」
 もしかしたら。
 ――もしかしたら、普通の母娘として、やり直せるのかもしれない。
 こんな風に愛してくれるのなら。
 こんな風に、微笑んでくれるのなら。
「あの、お母様、私は、わたし、は――」
「駄目、」
 伸ばした牡丹の手は、けれど届く事はない。
 ふたりの間へと割り込む様に牡丹の前を塞ぐエリシャが、その腕ごと彼女の身体を抱き竦めたからに相違なかった。
「――この人は、駄目」
 それは両者へ告げた台詞かも知れなかった。渡さないし、往かせない。
 母から牡丹を隠す様に、或いは彼女へと見せ付ける様にエリシャは牡丹をぎゅう、と抱きしめる。
「なっ、ちょっ、ちょっとあんた何を!?」
 腕の中で慌てた牡丹の声が聞こえるけれど、今この時ばかりはその文句も聞かない振りをさせて貰おう。
 だって、この子は可愛い私の妹だ。
「あなたには渡さない」
 エリシャの眸に、黄昏が射して黄金色のひかりを帯びる。
 遍く魔を祓う様なその眼差しに、どこか怯む様に女の影が少しだけ揺らいだ気がした。
「行きましょう、」
 言うが早いか、エリシャは身体を離すついでに牡丹の腕を絡め取って引き摺るように歩き出す。
「は、離しなさい、このッ、……! はじめて、はじめて……ッ、」
 震える様に途切れた牡丹の声に、エリシャは細く嘆息する。その先の言葉も今の彼女の表情も、容易に想像がついた。
 そろりと手を伸ばし、その頭を撫でてやる。
「――見ないでよ、バカ」
 泣いているのと尋ねたら、泣いてないと返すのだろう。それくらい、聞かずとも解る。だって姉妹だ。
 あやす様に、エリシャは囁く。
 姉妹ふたりを、宥める様に。
「――まだ、あの家に囚われているのね」
 桜咲く茜色の小山に、独り言だけがちいさく散った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎
参考シナ:id=9973

リボンで繋いだ小指はそのままに
…覚悟は出来ている

懐かしい呼び声の先には
生前の姿の…セリオスのお母さんと僕の母さん
…僕が最後に見たのは吸血鬼に首を刈られた姿と
返り討ちされた僕を庇う姿だった

…僕も母さんに謝りたい
セリオスのお母さんに伝えたい事だってある
でも…今は…
彼の手を繋ぎ、止めて
母達の背へ想いと誓いを叫ぶ
セリオスは、僕が幸せにするから
僕がセリオスとセリオスの幸せを守るから!

伝えたい事は彼にも
…セリオス
僕の幸せなら…いつも感じているよ
今だって、そうだ

彼の言葉に
胸に温かい鼓動が響く
気づけば繋いだ手を引き、抱き込んでいて
…我ながら衝動的だ
けど…嬉しかったんだ


セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎
過去をみた依頼→善良

はぐれないようにアレスと歩く
繋いだ小指はそのままで
きっと出てくるのは死んだ故郷の奴らだから
覚悟をきめて、前へ

…と、懐かしい声が呼ぶ
振り返った先にいたのは
母さんとアレスの母さん
最期にみたのはその首と
そして依頼で見たアレスの過去
息子を庇うその姿

ああ、覚悟をきめても
その背を追いたくなる

俺のせいで死んだような母さんにごめんって
アレスの母さんにも…言いたいことがあって

でも、繋いだ手に引き留められる
なら、せめて…
アレスは、俺が幸せにするから!
安心して貰えるように
去っていく背に大声で

アレスが言うのが嬉しくて
泣き笑いのような表情で
俺も…幸せだ
なら、きっと
安心してもらえるな



●R.I.P
 小指はリボンで繋いでしまった。もう離れる事のない様に。
 誓いと共に結わえたものの名を覺悟と呼ぶのだと、それをそうと識らぬ儘にふたりは征く――セリオス・アリスとアレクシス・ミラは、今や本当にふたりでひとつなのだから。
 燃える様な春の夕暮れが、桜の小山を満たしていた。
 時折弾ける様にひかる黄金色が、爆ぜる火の粉の如くに視界のあちこちを灼いていた。あたたかな黄昏は烈しくも優しくて、だからどこか懐かしい、と思ってしまったのだ。
 その『声』を聞いてしまえば、尚の事。
『おかえりなさい』
 ――嗚呼、知っていた。解っていた。きっと出てくるのは、死んだ故郷の奴らだと。
 声はひとりのようにも聞こえたし、ふたり分の気もした。
 アレクシスの掌が、熱を帯びてセリオスのそれを絡め取る。指先をしっかりリボンごと繋ぎ止めて、だから揃って呼ばれる儘に声の方を仰ぎ見た。
 咲き誇る桜の狭間に佇む、麗しの花二輪――かあさん、とちいさくセリオスの唇が戦慄く。
 相対するは、ふたりの母だった。
「母さん、」
 堪らず声に出したのはアレクシスだったかも知れないし、重ねたセリオスだったのかも知れない。
 アレクシスには生々しい記憶が――セリオスには垣間見てしまった追憶が、それぞれあざらかに蘇る。眼前で穏やかに寄り添い微笑む姿からは想像も出来ない様な、凄惨な最期。
 まるで花を摘む如くに首を刈られたセリオスの母と、それに逆上し斬り掛かるも、返り討ちにされたアレクシスを庇って斃れたその母と。
 酸化し黒ずんだ血で汚れてしまったあの姿を、どうして忘れられようか。
 ――もう二度と目にする事の叶うまいと思っていた彼女らの穏やかな姿を、どうして追い縋らずに居られようか。
「……アレクシス、」
 眼差しを母たちから外さぬ儘、訥、と落ちて染み入る様な声色でセリオスは片割れの名を呼んだ。
 いらえる代わりに、アレクシスの指先がつよく、結び直される。言いたい事なんて、言わずとも解る。
「……僕も母さんに謝りたい。セリオスのお母さんに伝えたい事だって、ある」
 母の姿は幻影だ。そんな事、ふたりとも承知の上だった。
 今ここで全てを悔いて懺悔した所で、虹の彼方へ渡った彼女たちへは届かぬのだろう。
 郷愁と愛情に突き動かされてその膝に駆け寄った所で、この山の麓へ還され現実を突き付けられるだけだ。
 解っていても尚、ふたりはそこから動けなかった。
「ああ。覚悟を決めても、その背を追いたくなる」
 セリオスもまた、アレクシスの声に同調する様に呟いた。
 桜色の夕陽が、久方ぶりの邂逅を祝福する様に母たちの影を縁取っている――見え透いた悪質な罠は微笑んで、ただ優しさだけを湛えてそこに在る。
「俺のせいで死んだような母さんに、ごめんって」
 そのセリオスの細い喉がちいさく震えたのを、アレクシスは見逃さなかった。
「アレスの母さんにも……言いたいことが、あって」
 アレクシスは一度、強く瞑目する。
 言葉で彼に応える代わりに、リボンごと繋ぐ彼の手を揺らして、再びしっかり繋ぎ止めた。
 瞑目は黙祷だ。鎮魂歌は捧げられないけれど、代わりに誓おう。
「――セリオスは、僕が幸せにするから」
 今の行為は彼女らの姿を墓標に見立てているだけなのだと、勘付かぬほどセリオスもアレクシスも幼くは無いのだ。
 彼女らの知らぬ内に大人になって、居なくなったから成長して、喪ってしまったから強くなって、――ふたりになったから、幸せになれた。
「僕がセリオスと、セリオスの幸せを守るから!」
 セリオスの夜を染め抜いた様な見事な黒髪が大きく波打ち棚引いたのは、彼がぱっと顔を上げてアレクシスを仰いだからだ。
 息を嚥むようなちいさな音がひとつ挟まって、それから緩慢にセリオスも母たちの方へと顔を向ける。
「アレスは、俺が幸せにするから!」
 ――悔悟を赦されぬのならば、せめて。
 幻の向こうに透かし見るサクラミラージュの黄昏の、更に向こうの何処かに死者の園が在るのなら――そこに居るだろう本来の彼女たちに安心して貰える様に、そこまで届く様に大きな声で。
「……セリオス」
 渾身の誓いを全身で受け止めて、多幸に溢れたアレクシスがちいさく笑って片割れを呼ぶ。
 そうして彼の耳朶へと唇を寄せ、彼にしか聞こえぬ声で囁いた。
「僕の幸せなら……いつも、感じているよ。――今だって、そうだ」
 惑わしの幻影に聞かせてやるには勿体ないなら、だからセリオスだけにそう告げる。
 じっとアレクシスを見つめるセリオスの頬に、夕陽のそれではない色がうすくはなひらく――今にも泣き出しそうなのに、どうしようもなく嬉しくて、だから笑い返した。うまく出来ていると良いなと、他人事みたいに遠くで考える。
「俺も――……、幸せだ」
 目標は、その願いは、とっくに叶っていたらしい。
 眩暈にも似た幸福に胸中が甘く締め付けられて、アレクシスは鼓動の赴く儘にセリオスの細い体躯を腕の中に抱き締める。
 我ながら衝動的だ、と自嘲気味に笑うけれど、それを咎める気なんて毛頭無いのもまた、事実だ。
「嬉しい、」
 宥める様にセリオスの掌が、アレクシスの背を撫ぜる。
 ならきっと、安心してもらえるな――なんてささやかな安堵が、桜の樹々を抜けていく涼風に散って舞った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

美しい桜の森だね
知っている?桜は時にひとを惑わすのだって
桜の樹の下には─秘密が眠っているのだと

隣を歩む愛し子に手を伸ばした時、視界を掠める影に息を飲む

──『君』は、イザナ

懐かしい桜色の双眸、桜咲く枝角に、桜鼠の髪が桜風に揺れて……私の方を見て笑う桜竜神の姿がある
噫…嘗て禍神であった『前世』の私の親友
サヨの前世でもあるイザナだ

『共に行こう、神斬。ずっと待っていたぞ』
かけられる声は昔のままだ
懐かしさに胸が熱くなるけれど
…首を横にふり
サヨの手をとり繋ぐ

本当の君は、サヨだ
私は神斬ではなく、カムイだ

大丈夫だよ、イザナ
私はちゃんと歩んでいく
約束をまもるよ

サヨ、いこうか
共に旅をするのだ
私ときみの二人で


誘名・櫻宵
🌸神櫻

美しいものは何だって
ひとを惑わすの
桜の樹の下に眠る秘密をカムイは起こしたい?

問に問いを返して言葉で戯れ遊び合う
伸ばされた手を取ろうとした時
赫いあなたの向こう側、黒い影を見た

──噫、師匠…神斬

赫を孕む闇夜の髪と深紅の三つ目
柔らかく微笑む厄災司る禍津神
私の大好きな師匠
…カムイの前世であるあなた

『サヨ、おいで。一緒に遊ぼうか』

優しい声はあの頃のまま
私の心を擽ってくる
でも、けれど──いけないわ
カムイの手をぎゅうと握る

本当の師匠は、カムイとなって
今も私の隣にいてくれるのだから
師匠、大丈夫
私、負けずに生きるわ
カムイも、あなたも見守っていてくれるから

行きましょう、カムイ
色んな世界を見に行くのだものね



●うつしよの君
 その黄昏は桜色を帯びていた。
 無論、周囲に厭と云うほど咲き誇る桜の樹々の、その色を孕んでいるのも在るのだろう――けれど彼がこの場に居るのもまた要因のひとつなのではないかと、朱赫七・カムイはそんな風に思いを馳せる。
「美しい桜の森だね、」
 氾濫めいた黄金のひかりに呑まれながら、それでも輝きを失わない桜のあいなかを、同じく桜をその身に宿す竜と征く。
「知っている? 桜は時に、ひとを惑わすのだって」
 独り言めいてカムイがそう零す。
 そのくせ眼差しは傍らを同じ速度で歩むもうひとりへと注がれていて、彼の口ぶりより雄弁なその眸に擽られる様に、彼――誘名・櫻宵は鈴を転がす如くに笑ってみせた。
「美しいものは何だって、ひとを惑わすの」
 桜も美しいものも、それが単純に周囲を埋め尽くす樹々を指しての言葉だけでない事を、ふたりはよくよく把握している。
 慰撫する様な言葉遊びが心地良い。じき夜の来るこのひととき、一瞬だけの豪奢な黄金を浴びたこの身を見つめるカムイの柔らかな眼差しの、その根底に滲むものの膚触りの良さに櫻宵は双眸を眇めた。
 微細な表情の変遷を見た、カムイが囁く。
「桜の樹の下には――秘密が、眠っているのだと」
 まるで舞台の一幕の如く、謳う様に櫻宵もまたいらえるのだ。
「桜の樹の下に眠る秘密を、カムイは起こしたい?」
 ささめく色をした笑い声が、密やかな空気を満たしてゆく。
 カムイは櫻宵へとその指先を伸ばしかけて、けれどそれは彼に届く前に驚いた様に跳ねて留まる。視界を掠めた影を見定めようと視線で追い掛けて、カムイはちいさく息を呑んだ。
 春をそこだけひとのかたちに象った様な、或いは異界の桜がひとの姿を得て降りたかの様な――恐ろしいほど美しい、それは『前世』の我が親友の影に他ならない。
 桜色の双眸に潜む懐かしさ、桜咲く枝角に揺れる桜鼠の髪――カムイの方を見つめて微笑む、それは確かにいとしき桜竜神だった。
「――『君』は、イザナ」
 夢見る如くの響きで以て零されたカムイの言葉に、けれど櫻宵は反応出来ない。
 彼もまた、眼にも鮮やかな赫いカムイの姿の向こうに、いとしくも懐かしい黒い影を見つめていたのだから。
「――噫、師匠……、神斬」
 花ひらく様に唇から溜息が溢れ出る。
 赫を孕む闇夜の神、赤よりも尚赤い深紅の三つ目――柔らかく微笑むその笑みだけは忘れる事など出来る筈もない、厄災司る禍津神。
 大好きな師匠――カムイの前世であるあなた。
『サヨ、おいで。一緒に遊ぼうか』
 優しく低い声音はあの頃の儘だ。
 櫻宵の耳朶をその誘いが擽るのなら、カムイの耳許にはあえかな游びが届くのだろう。
『共に行こう、神斬。ずっと待っていたぞ』
 かけられる声はただただ懐かしかった。あの頃と変わらない、昔のままだ。否、追憶から影を得て抜け出て来たのだから、そのものに相違ない。
 懐古が胸を熱くする。全てを置き去りその手を取って、自由に駆けたあの日々を忘れた事など無かったとも。
 櫻宵の向こう側から、イザナの影はカムイへと躊躇いなく手を伸ばす――靭やかな指先が、あの日々を呼び起こす。
 ――それでも。
 それでも、その手を取れはしない。
 首を横に振り、カムイは代わりに櫻宵の手をそっと握った。
「――……いけないわ、」
 甘い声が響くと同時、カムイの手もまた、櫻宵に握り返される。
 櫻宵もまた、カムイの肩の向こうにかつての愛の影を見出していた――優しい声は記憶の根底にあるそれと寸分違わず、時を幾年経たとて心の柔らかな部分を擽ってならない。
 でも、けれど、だから――いけない。
 いけないと解っているから、迷わない様に貴方の手を握るのだ。
「本当の君は、サヨだ。……私は神斬ではなく、カムイだ」
 カムイの囁きが、包み込む様に櫻宵の耳許に落ちる。
 そうね、と嘆息めいた密やかな響きでそれにいらえた。
 あれは我らを惑わす幻影の罠――本当の師匠はカムイと成り、今もこの隣に居てくれている。この手を優しく繋いでくれている。
「師匠、大丈夫」
 柔く身動ぐ。櫻宵の眼差しが、それでも親愛の情だけは拭い切れずに嘗ての師匠たる影を仰ぎ見た。
「私、負けずに生きるわ」
 見守っていてくれる。
 きっとこの影ではない何処かから、陽となり風となり影となり、そしてすぐ傍らから。
「大丈夫だよ、イザナ」
 カムイもまた、麗しい影に別れを告げるべく眼差しを擡げた。
 繋いだ手が暖かい。
 それだけで、たぶん、充分だ。
「私はちゃんと歩んでいく。――約束を、まもるよ」
 いこうか、とはどちらからともなく言い出した。
 惹かれ合う様に手を繋ぎ、導く様にどちらをも先導しながら歩き出す。
 桜が咲いている――黄昏を埋め尽くす様に、或いはこのひとときを過去からの一歩と認める様に。
 いとしき追憶に、いまはひとたびの訣別を告げて、ふたりで旅に出よう。
 ――色んな世界を、見に行くのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

イア・エエングラ
f01786/綾と

花の帳に手をのべて
掬った欠片ははらはらと
ひとつ、貴方に差し上げたくて
閉じ込めた花もぱらりと落ちた

やあ、君も、きていたの
随分綺麗な、花でしょう
海の底へ沈んだ君は
きっと見たことなんてなかったろ
星の光と沈めた君は
地上に咲く花など知らずにいたろ

僕も一緒に、ゆきたかったの

ここが海の底ならば――、
白く眩んだ花の香りは
石の畳を鳴らした靴は
確かな音を紡いだ声が
僕の縋る手を阻むに十分で

ほんとは君といきたかったの
同じ姿と影した君と、なんて、
裾の花を摘んで振り返る

やあ、や、綾のお声はよく響くねえ
僕はとても好きよ
貴方も、花の嵐は見たかしら
紛れてしまっては大変だもの
その手を貸して、くださるかしら


都槻・綾
f01543/イアさん

世界を彩る満開の薄紅
花嵐

あなたが風に攫われてしまわぬように伸ばした指先
掴んだのは、虚空

名を呼ぼうとして
けれど
口を突いて出たのは、

…、

懐かしい、主の名
もう二度と声にすることも無い筈だったのに

…理由など考えるまでも無し、

此処は
幻影が拐かす森だと
理性は
いっそ残酷なまでに
夢に溺れさせてはくれない

花紗へと
よくよく目を凝らせば
遠く近く
薄い濃い
様々な奥行きが見えてくる

そう、此れが路

迷わずに踏み出す一歩
今度こそ確かに連れの名を呼びかけながら進もう

繋ぐ指先
あなたのまみえた景色は
優しかったでしょうか
私は、

いいえ、見ていないの

今は望まぬものだから
だって私が「もう要らない」と全てを毀したのだもの



●こぼして、ひかる
 花の帳はどこまで見晴かしても途切れる事なく、けれど行く手を遮る訳でもない。
 征く路を見遣れば確かにそこだけ彩る程度に控えめになっている気もしたし、ふと視線を逸らした瞬間にそれを見失ってしまうほど、見境のない気もした。
 すべてが曖昧に思えるのは、刻一刻と散りゆく癖に、いつまでも同じ景色が絶えない感覚の所為なのやもしれない――その華奢な掌に花弁のひとひらを掬いながら、イア・エエングラは確かに傍に居るであろうひとを振り返った。
 振り返った――その筈だった。
「――やあ、君も、きていたの」
 溜息の様にイアは囁く。花の隙間のその影は、そうと知って尚、懷かしい。
 柔く指先で綴じ込んだ花弁は、誰に向けられる事もなくぱらりと落ちる。
 落ちたそれは夕暮れの風に煌めく様に舞い上がって運ばれて、ふわりと誰かの頬を撫ぜる様に擽るのだ――少しだけ先を征く、都槻・綾のその頬を。
 世界を彩る満開の薄紅を、その花嵐めく世界を滔と眺めていた綾は、頬を慰撫するその感覚に導かれる様に眼差しを寄せる。傍に居るであろうひとが、風に攫われてしまわぬ様にとそのまま指先を伸ばして――けれどその指先もまた、届く事は叶わない。
 虚空を掴む。
 優しい夢幻が、追憶の中よりいでてそこに居た。
「――……、」
 指先を伸ばした先、そのひとの名を呼ぶ筈だった音は、けれど喉奥で詰まってしまう。
 零す様に落ちた響きはただ懷かしい――影を得てこの眼前に現れ佇む、過去の主の名だ。
 もう二度と、この声で呼ぶ事もないと思っていた。
 この姿を得た自分の声で、呼ぶ事など。
「……理由など考えるまでも無し、か」
 思考を声にしたのは、自身に言い聞かせる側面も確かに在る。
 幻影が拐かす森だと事前に聞かされていた。優しい夢が穏やかに笑み、欲しい言葉をくれるのだと。叶わなかったあの頃を、そのひとときだけ本物以上に演じてくれるのだと。
 ――溺れる事が出来たなら、どんなにか。
 綾の目許が僅かに歪む。笑ってもいたし嘆いてもいた。
 この身に理性在る限り、いっそ残酷なまでに夢に溺れさせてはくれないのだ。
「――夢の隨に彷徨う事の叶うなら、どんなにか」
 それこそ、香炉からくゆる馨の残滓の如くに。
 写し鏡めくその姿から伏せる様に視線を逸らし、花紗の鎖す路を見遣る。よくよく眼を凝らせば、進む為のそれは変わらずそこに在る――惑わされぬ者だけが征く事の出来る、遠く近くへ緻密に隠さる真実へと貫く往路。
 けれど足りない。まだ行けない。
 この手はただのひとりも連れられず、傍らに居た輝石はいま、夢の狭間に相対していた。
「僕も一緒に、ゆきたかったの」
 イアがそう、耐え切れず吐露するのは内面の結晶に他ならない。
 罪でもなく願いでもなく、ただ積もり積もったものが美しいかたちを得て、とうとう唇から零れ落ちる。
 桜はただ愛らしく咲くだけだった――幻のすがたにそれを重ねてしまう、その邂逅までは。重ねてしまったから、花を君へと見せたくなった。
 ――海の底へと沈んだ君は、きっと見たことなんてなかったろ。
 ――星の光と沈めた君は、地上に咲く花など知らずにいたろ。
 想いは花ひらき、花弁を十重二十重にかさね累ねて、終ぞ揺らいでしまったのだ。
「ここが海の底ならば――……、」
 花の香は奥ゆかしく白く眩む。
 その向こうから石の畳を靴裏が鳴らすのを、イアはどこか遠くに聞いていた。
「イア」
 縋る様に君の影へと指先を伸ばす、その手を阻むたったひとつの声が呼ばう。
 指先が跳ねるのを他人事みたいに見下ろして、ぱち、とイアは瞬いた。
 ――嗚呼、夢が醒めてしまったみたいに。
「……ほんとは君といきたかったの」
 あえかな響きは別れの気配をひたと含む。眼前の君へ向けた気もしたし、いいえ、名を呼び引き止めてくれた人を前を向きたい気だって、そう。同じ姿の影した君と、――なんて。
 滑らかな所作でイアの傍らへと辿り着いた綾が、もう一度その名を呼んでから、そっと壊れ物の様に指先を握る。
 繋いだ箇所に熱が灯る――それを引鉄にしたかの如く、周囲はしんと静まり返った。
 夕暮れのおとが桜を揺らして嗤っている。眩む様な花の群れは鳴りを潜め、上までの路を従順に示していた。
「やあ、や、綾のお声はよく響くねえ」
 ふふ、と柔く微笑んで、イアは自身を繋ぐその手に指先も行き先も委ねてしまう事にする。
 どちらからともなく足先を小路へと向けながら、密やかな声で綾は問うた。
「あなたのまみえた景色は、優しかったでしょうか」
「僕はとても好きよ」
 貴方も、とイアがその双眸を擡げる。花の嵐は見たかしら、と燦めく声にそう尋ねられ、綾はほんの一瞬だけ息を呑んだ。
 溺れる事の叶わなかった淡い夢、優しい嘘、甘やかな幻――今は、望まぬもの。
「――いいえ、見ていないの」
 だって私が全てを毀した。『もう要らない』と、全てを。
 少しだけ強くなった手を繋ぐ温度に、イアは何もいらえない。
「紛れてしまっては大変だもの」
 ただ、同じ強さでその手を握り返した。
 いつか何かを毀した手だって、繋ぎ導き、ともに先を示す事が叶うのだから。
「その手を貸して、くださるかしら」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジン・エラー
──ああ、随分と久しぶりだな。
最初にそう思った。

よォ~~~、こンなとこで会うたァな。
今はなンだ?太夫か?夫人か?
ま、なンでもいいか。

その顔は髪で深くまで隠すくせに、やけに扇情的な着物を着て
海底に眠る宝石を思わせる艶やかな唇と
見せつけるように露出する白肌と長い脚
耳朶を擽るやや間延びした声音
どれを取っても、"お前"だな。

前に、媚びッ媚びの声が嫌いだっつったンだけどな
男受け?自分らしさ?
どうでもいい。

ア?ンだよお前も吸いたいだァ?
気でも狂ったか?
オレがさンざ誘っても吸わなかったクセによ

オイオイ、そりゃァ
オレ好みだな。

だがよ
心までは媚びないンだろ?
救ってくれる聖者サマにすらよ。

出直せ、クソアマ。



●酩酊
 ――ああ、随分と久しぶりだな。
 美しいその顔は、絹の緞帳の様な髪で深く貞淑に隠す癖に、その身に纏う着物ばかりがやけに扇情的だった。
 まるで海底に眠る宝石めいた、艶やかな唇――見せ付ける様にあられもなく露出する、白い柔肌に長い脚。
『おひさしぶり、』
 耳朶を擽る甘い声音は間延びして、それ自体がたちの悪い毒のような気さえする。
 ジン・エラーは喉奥で低く笑い声を潰して、下卑たかたちに唇を歪ませた。
「よォ~~~、こンなとこで会うたァな」
 黄昏の桜吹雪、迷い惑う罠の小路。
 仕掛けられたそれがどんなものであるのかは、事前にジンも聞かされている――故に、これがそうかと双眸を眇める。懐かしきもの。嗚呼確かにその通りだ。
「今はなンだ? 太夫か? 夫人か? ――ま、なンでもいいか」
 美しいばかりのおんなは応えない。
 ただ微笑むばかりでそこに在る。
 自らを餌に仕立てて男を誘い喰らって漁る、あさましく美しいお前。
 ――どれを取っても、“お前”だな。
 幻影と成り果てたところで、変わりやしない。
『ね、煙草ってどんな味がするの? 味見をさせておくれよ』
 媚びた甘ったるい声音は何かに良く似ている気がして、ジンは片眉を跳ね上げる。
 そうだ、アレだ。融けかけのキャンディ、キャラメル、チョコレート。
 とびきり甘くて美味しかったのに、融けてしまえば汚らしい。
 ――その媚びッ媚びの声が嫌いだっつったンだけどな。
「ア? ンだよ、気でも狂ったか? オレがさンざ誘っても吸わなかったクセによ」
 猥雑にジンの口許が笑う形に捻れてゆく。。
 煙管ばかりを蒸していた。これの方が男受けが良いのだと嘯いて、男の快楽を手玉に取る淫らで細い指先が、そうするかの様に螺鈿の細い柄を弄んでいたのを思い出す。
『染めておくれ、その煙で――その唇で。溺れる位に、狂う位に』
 吐き捨てる様にジンが嗤った。
「オイオイ、そりゃァ――オレ好みだな、」
 女はじっと待っている。ジン・エラーと云う名前の獲物が巣に掛かるのを。
 良く出来た張りぼてだ。
 幻影がそうさせるのか、それとも記憶の底に居座る女がそうしていたのか、ジンにはもう区別が付かなかった。
「だがよ」
 べえ、と赤い舌が伸びる。
「心までは媚びないンだろ?」
 しみったれた感傷なんざ在りはしない。
 聖者に救いを求めない様な、つまらない存在など、ジンには結局必要無いのだ。
「出直せ、クソアマ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
目に入るのは、上背のある姿。欠けた角に、刀傷。
耳に入るのは、穏やかな声。
……、リボンを空へ還さなかったのは、届かないと知っているからよ。


『疲れたでしょう』

いいえ。

『休憩したらどうです』

遠慮します。

『茶菓に桜餅を買いましたよ』

……それは少し惹かれるけれど。

『おれが話し相手になって欲しいんです』

――師匠のそういうところ、きらいよ。


やさしいのは、あたしを試しているとき。
我が侭を言うのは、あたしを甘やかしているとき。
そんな癖は百も承知。

成すべきことを見失うな。足を止めるな。俯くな。忘れるな。
生きているなら、立って歩きなさい。
そう教えてくれたのだって、師匠、あなただもの。
――誘われてなんて、あげないわ。



●回帰
 リボンを空へ還したところで、それが届かない事など疾うに解っていた。
 だからそうしなかった。
 ――薫風が渡る。
 遠くに星の散り始めた黄昏の中、それでもまばゆく薄紅に輝く桜を薙ぐ夕暮れの風の麓に、あなたが立っている。
『疲れたでしょう』
「いいえ」
 穏やかに差し伸べられたその声に、花剣・燿子はただひとつの否を返す。
 眼前にひとり、懷かしい姿が佇んでいる。
 上背のある姿だ。欠けた角には刀傷があって、けれどそれがあなたらしくて。記憶の中と、違いない。
 ――リボンは空へ還さなかった。
 だって届かないって、知っているからよ。
『休憩したらどうです』
「遠慮します」
 素気なく誘いを突き放すと、微細に周囲の空気が揺れて、困った様に笑う気配が在った。
 よくできた幻影だ。燿子はそう思う。
 この心の裡を、記憶の檻の底を渫われ幻影に写し取られているのかと思うと、余りぞっとしないな、とは考えた。
 ――けれど本当に、よくできた幻影だったのだ。
『茶菓に桜餅を買いましたよ』
「……それは、少し惹かれるけれど」
 返すまでに一瞬の間が空いて、それを咎めるでもなく喉奥を鳴らすあなたの仕草が、どうしようもなく優しかった。
 でも、識っている。
 ――やさしいのは、あたしを試しているときだ。
『おれが話し相手になって欲しいんです』
「――師匠のそういうところ、きらいよ」
 片眉が少しだけ持ち上げられて、窺う様にかのひとの眼差しがこちらを見つめる。
 変わらない。
 いいえ、変わらないのではなく、褪せないのだ、と燿子は思考の向こう側で気付く。だってこれは単なる影で、このひとにこんな言動を望んでいるのは、あたしに他ならない。
 なんだか少しだけ恥じらいがちりつく。
 だって、――我が侭を言うのは、あたしを甘やかしているときだもの。
 そんな癖はずっと前から、百も承知だ。
「……成すべきことを見失うな。足を止めるな、俯くな、――忘れるな、」
 ふ、と意識して呼吸をすると、すとんと手足から強張りが解けた。柄にもない、とちいさく口端が愉快に撓む。
 唇が諳んじる言葉は、いつかの日に師匠が教えてくれた事だ。
 ――生きているなら、立って歩きなさい。
 子供に教え諭す様に説いてくれたその指標は、今でも大切にこの脚の軸に眩く灯っている。
 そう教えてくれたあなたが――師匠本人が、あたしの歩みを止めようと、こんな所に迷い出てくる筈が無いでしょう。
「――誘われてなんて、あげないわ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鴇巣・或羽
さて、屋敷までは迷わずに済みそうだ。
……そうさ、俺は【迷わない】。

やあ。誰が来るかと思ったが……君か、クラリス。
――俺がまだ、王子だった頃の婚約者。
もっとも、国を捨てる直前、婚約は破棄されたんだが。

君とはしょっちゅう喧嘩ばかりだったな。
お転婆な君と、プライドの高い俺。
飽きもせず、顔を合わせば張り合って……楽しかったよ。

彼とは、仲良くやれているだろうか。
君が選んだのは彼だ。そのことに文句はない。
まっすぐな彼なら君を、きっと幸せにしてくれているだろう。
俺は、それで満足している。

だから――こんな幻では、俺の足は止められないのさ。

さあ、行こうか。
予告時間は、近い。ここからは怪盗の出番だ。



●故郷の君へ
 赤き怪盗が、空の端に夜の訪い始めた桜の小路をひとり往く。
 屋敷までは迷わずに済みそうだ――路は一筋、どこに逸れよう筈もない。
 けれどひとり、その行く手を阻むでもなく路の傍に佇む影が行く手に在る。
 誰だ、とその顔をよくよく検めるまでもない――この桜の小山に潜む幻影の噺は、鴇巣・或羽だって勿論、把握している所だ。
「やあ。誰が来るかと思ったが……君か、クラリス」
 桜の袂に控えめに佇み微笑む、その顔を認めて或羽は懐かしさに声色を緩ませそう声を掛ける。
 微笑む仕草も、その口許に浮かぶ艷やかな感情も、そのどれもが記憶と遜色ない。
『ね、一緒に行きましょう』
 愛らしい声までそっくりそのままだ。
 無邪気にこちらを誘う台詞に、或羽は足を止めて瞑目する。
 ――俺がまだ、王子だった頃の婚約者。懐古の礎たる魔都ヴェトレアはふたりの庭みたいなものだったし、故郷を慈しむ感情にはいつも、クラリスの気配が寄り添っていた。
 尤も国を捨てる直前に、婚約はご破産になってしまったのだけれど。
「……君とはしょっちゅう、喧嘩ばかりだったな」
 誘いには頷かない。
 迷わないと決めていた――だから、少しだけだ。
 少しだけ歩みを止めて、翼を休めて、遠くへと過ぎ去った筈の過去に想いを馳せる、――そんな風な。
「飽きもせず、顔を合わせば張り合って。……楽しかったよ」
 小首を傾いで或羽をじいと見つめる、その俤にお転婆だった彼女が居るのだ。
 成程良く出来た幻影だと、喉奥で薄く笑って息を吐く。
 ――お転婆なお嬢さんだった君と、プライドの高かった俺と。
 煌めかしく当たり前だった日常を、こんな風に思い出す日が来るだなんて、あの頃はきっと思っていなかった。
『どうしたの?』
 ――だって、俺は識ってるんだよ、クラリス。
 君が選んだのは俺ではなく、彼だったって事。
 まっすぐな彼なら君を、きっと幸せにしてくれているだろうって事。
「……、」
 彼とは仲良くやれてる? 君が選んだのは彼で、その事に文句は無いんだ。
 ――言いたい事はそうやって、長い時間を掛けて胸の中身にたくさん降り積もっているのに、どうにも綺麗に言葉にならなかった。きっと出口が錆びてしまったに違いない。
 でも、だからこそ。
 俺は、それで満足している。
「だから――こんな幻では、俺の足は止められないのさ」
 じゃあねとちいさく囁いて、或羽の爪先が前を向く。
 予告時間はほど近く、夜の階が空の向こうに掛かり始めていた。
 ――ここからは、怪盗の出番だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

松本・るり遥
(振り払って進む)

声だ。

声だ。本当は最近少し忘れかけてた声だ。
両親の声がする。
ぶっきらぼうな父と、優しい母だ。
うめき声や肉が水を吐く音じゃなくて、ちゃんと呼んでほしいと心のどこかで思っちまってる。

逢いたかった?
いや、いつも逢ってるじゃん
伝えたかった?
うーん、いや。割と、伝わってると、思うよ、目で。
でもやっぱこの声を否定するのはキツいな。そりゃそうだ、自分が聞きたいと思ってる声なんだから。

でも
俺、親孝行できなかったけど
あなたたちが、そうなっても
俺の事、間違った方向には呼ばないって
ちゃんとわかってっから
せめて、ちゃんと、進む

きっつ
ああ、おえ、
あのひとたちを無視すんの吐きそう
呼ばれた方が楽だったかも



●往くも戻るも結局地獄
「声だ」
 気抜けた声でぽつんと呟く。
 本当は最近少し、忘れかけていた。だってずっと聞いてなかったから。
 でもその声が、本当はずっと聞きたかった、多分そう思う、そんな声が聞こえた。
『ここまで登ってくるの、大変だったでしょう』
『少し休んでいきなさい』
 両親の声がする。
 ぶっきらぼうな父と、優しい母だ。
 呼吸が浅く早くなるのを、自分でも自覚してちいさく喘ぐ。
 ――両親の声がする。
 呻き声や、肉が水を吐く不快な音じゃなくて、ちゃんとした声で我が子を労るそれが――自分がちゃんとそうやって呼んで欲しい事をあざらかに示す、揺るぎない証左である事を突き付けられた気がした。
『逢いたかったのよ』
「いや、いつも逢ってるじゃん」
『伝えたかったんだ』
「うーん……や、割と、伝わってると、思うよ。目で、」
 優しく穏やかな人間の声で紡がれるそれらに、間髪入れずに応えるのはきっと、柔らかな落とし所を探していたからに相違ない。
 或いは、自分を守る様な行為に等しかった。
 それでも否定には変わりないし、否定し続けるのはいずれ心が軋んで割れてしまいそうだった。罅がひとつ、増えるだけかも知れないが。
 ――そりゃそうだ、自分が聞きたいと思ってる声なんだから。
「でも、」
 ず、と洟を啜る。
「あなたたちが、そうなっても」
 ――親孝行はできなかったけど。
 けれど、わかってる。
「俺の事、間違った方向には呼ばないって」
 だから間違った方へ誘おうとする、このふたりは絶対に本物ではなく、美しい嘘なのだと。
「ちゃんと、わかってっから」
 せめて、ちゃんと進もう。
 勇気と愛情を搾り滓になるまで振り絞って、嘘まみれの優しい両親に背を向けた。
 それでも矢張り――嗚呼、矢張り両親は両親なのだ。
 喩えそれが、歪んで歪んで歪み切って、偶然捻れが治った様な願いの写し鏡なのだとしても。
『『るり遥』』
 淋しげに呼び慕う声が、松本・るり遥の丸まった、ちいさな背中を追い掛けて引っ掻いた。
「ああ、」
 ばし、と音を立てて掌が自身の喉元を締め上げる。
 そうでもしないと、穢いものを吐き散らかしてしまいそうだった。
「おえ、」
 きっつい。あのひとたちを無視すんの吐きそう。
 乱雑な感情と、言葉にも出来ないちいさな絶望と後悔が、声に疵付けられたるり遥の背中を丸めてひしゃげる。
 呼ばれた方が楽だった。多分きっとそうだった。
 それでももう、るり遥は戻れやしない。

 ――眼前には桜がひらけて、正解たる屋敷が漸く顔を見せている。
 甘く優しい誘いを振り払った正しき者だけが至れる、此処がそうだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『像華『面映』』

POW   :    アナタの望むままに
全身を【相手の逢いたいと願うものの姿】で覆い、自身が敵から受けた【欲望】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
SPD   :    アイしてあげるから
自身が【慈しみや憐み】を感じると、レベル×1体の【肉体を侵食する綿胞子】が召喚される。肉体を侵食する綿胞子は慈しみや憐みを与えた対象を追跡し、攻撃する。
WIZ   :    目蓋を閉じて、身を委ねて
【ハナミズキの花弁】【甘い芳香】【影の枝の揺籠】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠四辻・鏡です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●仏には、桜の花を献れ
「……お引取り頂けませんか」
 幻惑の小路を突破し、頂上に開ける土地に据わる屋敷の前に至った猟兵達を出迎える様に、三枝・聖子はそこへ佇んでいた。
 屋敷を――或いはその中に居るものを護る様に、背筋を伸ばして。
「あの子はなにも、悪いことは致しておりません」
 青白い顔で、痩せ細った身体で、震える声を張り上げて三枝夫人は訴える。
 その姿がとっくに影朧に魅入られきっている事など、猟兵達には容易く解る事だ。
「本当です。ずっとこの屋敷におりますもの。私がずっと、傍についていますもの」
 それでもその願いを聞き届ける事は叶わない。
 匿われているのが影朧だと解っている以上、猟兵達にはそれを処理する義務が在る。
 遅かれ早かれいつかこの三枝夫人を喰い荒らし、それには飽き足らず屋敷の外へ、麓の賑やかな街へと至るのだから。
「あなた方もご覧になった筈です、亡くした誰かの姿を、遠く離れて逢えぬ誰かの姿を、あの山で……」
 蹌踉めく足取りで夫人は一歩、二歩と、居並ぶ猟兵達に歩み寄る――帰ってくれないのならばと言わんばかりの、気迫を備えて。
「いとおしいと、お思いになりませんでしたか。もう離れたくないと、少しでもお考えになりませんでしたか」
 それでももう、限界が近かったのだろう。
 否、とっくに限界など超えていたに違いない。彼女はただの人間で、猟兵に準ずる力を身に着けている訳でもないのだから。
「お願いです、どうか、どうか――私からあの子を、取り上げないで――」
 ――その痩身がゆっくりと、桜の風吹く中に倒れ込んだ。
 崩れ落ちた彼女を保護しようと猟兵達が動くより早く、きい、と幽かな音を立てるものが在る。
『もういいよ、おかあさん』
 大きな玄関扉の蝶番を軋ませ姿を現したのは、ちいさな少女の姿だった。
 絹糸の様な黒髪を肩下で切り揃え、その片耳の上には桜の花がひと枝、飾られている。
 赤い着物は色とりどりの花柄で、品の良い良家の娘といった風体だ。
 ――そう、その外見だけは。
『みつかっちゃったんでしょう? でも、だいじょうぶよ』
 花の様に微笑むその俤に、人間らしいものが見当たらずに戦慄する猟兵も居るだろう。
 その姿かたちは、夫人の亡くなった娘を模していたのだろう――ぐにゃりと身体の稜線が歪んで、影朧の――面映、と呼ばれるその個体の、本来の姿へと変じてゆく。
 足許に倒れ伏す夫人の身体を躊躇いなく足で乗り越え、影朧は猟兵達に対峙した。
『――全員始末すれば、ぜんぶ元通り』

 空には星が瞬いている。
 春の夜が帳を下ろすその場所で、神に召された少女の影を脱ぎ捨てた悪意が、とびきり悪辣に嗤ってみせた。

●マスターより
 純然たる戦闘となります。
 時刻は夜になったばかりの頃合いですが、暗闇はフレーバー程度にお考え下さい。判定には影響を及ぼしません。
 敵の背後には三枝夫人、及び屋敷がありますが、敵は猟兵がひとりでも居る限りそちらへ向かう為、人質や建物破壊、建物内部への逃走は懸念しなくても大丈夫です。
 事前のお知らせの通り、この断章投稿を以てプレイング受付開始となります。
 章達成となる成功度を満たせる数+α程度のプレイングが集まり次第、プレイング受付を終了致します。

・バッドステータス『疲労』について
 必ず敵に先制を取られる状態、及びユーベルコードの成功率の低減となります。
 プレイングに対策の記載があれば、後者は回避する事が可能です。(先制は取られます)

 それでは、宜しくお願い致します。
ネムリア・ティーズ
【星想】
もう離れたくない、そう思う気持ちはよくわかるよ
そのかなしみを癒せるように寄り添うのがボクの役目だ

でもいまは、

…叶も気をつけてね
互いへ月光のオーラ防御を纏わせ前に
冷えた心に呼応して、月の魔力が青く染まる

【学習力】で相手の動きを覚え、攻撃を【見切り】
高速移動を活かして回避
避けきれなければ、冱てる光の奔流で押し流すように動きを阻む

叶と連携して隙を狙い【属性攻撃】【2回攻撃】
月の魔力を纏った脚での蹴撃
逃げても風の刃が背を追うから

大切な姿を傷つけるより良かったかもしれないけれど
あの人の前で、想い出を歪ませるように姿を変えたのが…許せなくて

伝えたい、キミの愛する子は
まなうらに、心に、いるはずだって


雲烟・叶
【星想】

嫌ですねぇ。人の心に漬け込むオブリビオンなんぞ、ろくなものじゃねぇですよ
倒れた母親を心配せず跨いで乗り越える娘が、何処に居ます?
……残された優しい記憶と面影すらも食い尽くされてしまう前に、早く倒してしまいましょうね
母親のケアはそのあとです
念のため、【結界術】で覆って流れ弾からの安全だけは確保しておきましょうね

おいで、お前たち
管狐たちはネムリアのお嬢さんと連携を
ついでに【誘惑、恐怖を与える】で敵を惹き付け、お嬢さんに向かねぇようにしておきましょうかね
敵の攻撃が此方に向いたら【カウンター、呪詛、生命力吸収】

失ったものは戻らずとも、時間を掛けて心を癒しながら先に進むことは出来るはずです




「嫌ですねぇ」
 嘆息ひとつ、気怠げに雲烟・叶はそう零した。
 ――人の心につけ込むオブリビオンなぞ、碌なものではない。
「倒れた母親を心配せず跨いで乗り越える娘が、何処に居ます?」
 冷えた眼差しが、影朧たる娘の方をじっと見る。
 彼女はまさにその姿を自在に変えながら、母と呼んだ女を気に掛ける事もなく、曖昧に微笑みながら猟兵達へと距離を詰めていた。
 そこには既に、短すぎる天寿を全うしたちいさな娘の俤など無い――叶の横に控えるネムリア・ティーズは、それを認めて密やかに一度、瞑目する。
 ――もう離れたくないと、そう思う気持ちはよくわかる。
 そのかなしみを、癒せる様に寄り添うのが涙壺の化身たるネムリアの役目だ。
「……叶も気を付けてね」
 それでもいまは、とその言葉ごと感情を呑み込んで、ネムリアは影朧を見据えて叶へと声を掛けた。
 彼女が何を想ったか――或いは何を言わんとしたか、結局音にはならなかった。けれど何となく窺い知れるものが垣間見えて、叶もまた、いらえる代わりに囁くのだ。
「――残された優しい記憶と面影すらも食い尽くされてしまう前に、早く倒してしまいましょうね」
 ばちりと空気の爆ぜる音がして、結界術が起動する。
 術が鳴いたのは影朧を警戒してか、それともその肥大した力が共鳴したか――叶のそれに追従する様に、ネムリアの指先が空に軌跡を描く。
 月光を撚り集めたかの如きひかりを鎧って、花冷えを得た春の夜を胸に吸い込んだ。
『可哀想。アイがわからないのなら、――アイしてあげましょうか』
 影朧が耳障りな声でくすくすと笑う。
 偽物の愛を振り翳して、それを苗床に醜悪たる綿胞子が幾重にも芽吹く。ふう、と品を作る様な所作で影朧が息を吹くと、ばらりと散ったそれがネムリア目掛けて飛来した。
「わからない? ――わかってないのは、キミの方だ」
 頭が、身体が、芯から冷えてゆく感覚が在る。
 冷えゆく心に呼応するかの如く、ネムリアの身に宿る月の魔力が青く染まる――軽やかな足捌きで影朧の差し向ける綿胞子を躱し、押し込める様に光の奔流が冱てついた。
「――ほら、阻む者は一人とは限りませんよ。……おいで、お前たち」
 霞む様な春の夜の、その空気に滲み出る如き煙が凝って管狐のかたちを取る。
 主人の命に従い素直に追従する管狐たちの幾匹かは、ネムリアの方へと駆け寄って彼女の闘いに力を添えるのだろう。
 叶の手許に残る管狐達の、その姿が影朧の方へと跳ねて呪詛を編む――呪いを孕む炎がその細い四肢に絡み付き、喉を締め上げ呼吸を奪い、ネムリアの方へと向けられていた眼差しを、引き摺るように叶へと惹きつける。
『この、小賢しい……!』
 憎悪が瞬く。
 花水木の花弁が叶の方へと散り掛かるも、膚に触れるより早く炎に燃え落ち、呪いに腐り落ちた。
 劣勢を悟った影朧は距離を取り態勢を立て直そうとするが、それを赦す訳もない――ネムリアの華奢な脚が閃いて、月の魔力を帯びるそれが風刃を生む。
 不可視の刃が影朧の背を切り裂くのを、それでもネムリアはほんの僅か、顔を顰めて眺めるのだ。
「……そうだね、大切な姿の儘だと、こんな風に傷付けてしまうのを躊躇っていたかもしれない――でも、」
 消耗した夫人の前で、容易く娘の姿を脱ぎ捨てたその行い。
 眼前で想い出を歪ませる様なその行為を、どうしたって許せなかった。
「――失ったものは戻らずとも、」
 警戒は解かぬ儘、叶がネムリアの傍で低く紡ぐ。
「時間を掛けて、心を癒しながら先に進むことは出来るはずです」
 そうだね、と音なくネムリアはいらえる様に微笑んだ。
 ――あのひとが目を醒ましたなら、伝えられるだろうか。
「(キミの愛する子は――まなうらに、心に、いるはずだって)」
 まばゆいばかりの春の夜明けまで、あと少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アレクシス・ミラ
【双星】アドリブ◎

セリオスからの目線には頷きで応える
大丈夫。君に合わせるよ
君と繋いだリボンが解けないように、ね
脚鎧に光の魔力を充填
光を爆ぜさせその推進力で彼と共にダッシュ
夫人も巻き込ませない為に
そしてセリオスが全力を出せるよう支える為に
攻撃を盾で防ぎながら敵を惹きつけよう

…夫人もただ逢いたいと
おかえりなさいと娘さんに言うのを願っただけなのだろう
…夫人が願った娘さんとの日々は還ってこない
だけど、貴様の言う元通りだけは絶対にさせない
…夫人がおかえりなさいといつの日か言うべき相手は
願いと心を狙い、踏み躙ろうとした貴様ではないからだ

庇うようにセリオスの手を引き
【聖護の盾】に風属性を纏わせ花弁達を防ごう
ー守ると誓ったんだ
たとえ幻だとしても、母達に
防いだ攻撃を盾で押し返し
セリオスが悪意を断ち切る為の隙を作り出そう!

(…せめて、夫人が夢で本当の娘さんに逢えるように
浄化の光に祈りを込めて)


セリオス・アリス
【双星】アドリブ◎

歌で身体強化し
靴に風の魔力を送って旋風を生成
アレスに目線を送れば意図は伝わったんだろう
ついてきてくれんなら、遠慮はいらねぇ
炸裂した旋風を動力にダッシュで先制攻撃だ
全力で打ち込むには位置が悪ぃ
注意をひいて、戦いやすい位置を取る
こちらもあちらも攻撃が夫人に当たらない場所を

元通りになんざ、なるわけねぇだろ
追加で光刃を飛ばしつつ影朧を睨む
倒れた相手に寄り添う気持ちも持てねぇヤツが
姿かたちだけ真似てよく言ったもんだ
冗談も大概にしろよ

死者を想うことを否定する気はさらさらねぇが
その気持ちを利用して留める事を肯定する気はなおさらねぇ

アレスを舞する歌を歌い支えつつ
全力の魔力で力を溜める
押し返した攻撃に合わせて【蒼牙の刃】
その悪意を、全部全部叩き斬ってやる!




 春の真夜中に歌が響く。
 セリオス・アリスの艷やかな黒髪が、音圧と魔力とを孕みぶわりと夜にその裾を広げていた。
 両脚には風を履く――旋風をヒールに据えて、アレス、と彼の方を見ずに片割れの名を呼んだ。
「大丈夫。君に合わせるよ」
 アレクシス・ミラは当然の様に淀みなくいらえる。互いを結わえるリボンを解く気だなんて毛頭無く、それを絶たれる心配すらふたりの間には見当たらない。
 彼が征くなら、己もその傍についていくだけの話だ。
「――、」
 セリオスの口端が浅く笑うのを見た、それが声なき合図だった。
 編んだ旋風を足場代わりに蹴り上げて、弾ける様に飛び出すセリオスと共に、アレクシスもまた自らの脚鎧に眩むばかりの光を纏う。爆ぜるその助けを借りれば、何もかもを置き去りにする勢いのセリオスをひとりにしない事など造作もない。
「ふざけるなよ、」
 低く唸る様な獣めいた声は、彼が怒っている特有のものだとアレクシスはすぐに思い当たる。
 影朧に動く暇すら――否、判断する思考の隙間すら与えぬ速度で躍り掛るセリオスは、それでも理性を喪わない。
 出鼻を挫かれ焦る影朧を、まずは倒れ伏す夫人の傍から引き剥がすべくふたりは動く。セリオスがそうやって能動的に煽るのならば、とアレクシスは影朧の攻撃を防ぐ為に盾を掲げた。
「元通りになんざ、なるわけねぇだろ」
 爆ぜる。
 ばちりと灼き切れそうな音がするほどの、明滅する魔力――烈しい感情を剥き出しにして、セリオスは影朧と対峙する。
「倒れた相手に寄り添う気持ちも持てねぇヤツが、姿かたちだけ真似てよく言ったもんだ」
 ――元通りに、なるわけがない。
 その言葉に籠められたものは、きっと素直に影朧に向けた意味合いだけではないのだろう。
 桜の山で『それ』を見た。決してこの手に戻り得ぬ、優しい過去を。優しい母ふたりを。
 壊れてしまったものが元通りになる事など、無い。咆哮と怒りには自身へ向けたものもあるのだろうかと、アレクシスは少しだけ眉宇を曇らせる。
「……夫人が願った、娘さんとの日々は還ってこない」
 愛するものに先立たれた弱い女ひとり、もう一度逢いたい、と願う事を誰が咎められるだろう。
 おかえりなさいと、きっとただそんな風に娘に言うのを願っただけなのだ――胸の奥に苦いものが広がる感覚に、アレクシスはちいさくかぶりを振った。
「――だけど、貴様の言う元通りにだけは絶対にさせない」
 鈍い音と共に、白銀の大盾を構え直す。
 強い語気には明確な意志が宿る――夫人がもう一度と願い、出迎える事を望んだのは、決して眼前で悪意を振り撒くこの影朧ではないのだから。
 激情を伴うふたりに圧倒され、影朧の細い脚が蹌踉めく様にたどたどしく地を踏む。
 それから、ふふ、と口許ばかりは清楚に笑んで見せた。
『……イイわ。アナタたちにも、みせてあげる――』
 ――望む儘に。望まれる儘に。
 影朧の全身が、またぐにゃりと稜線を歪ませ姿を変える。
 变化はすぐに、セリオスとアレクシスにも見て取れるだろう――ふたりの前に現れ出たその姿は、ふたりの女がぴったりと手を取り合い身を寄せ合う、そんなかたちで保たれている。
 美しい女だった。
 ――優しい母だった。
「……、ハ、」
 そう、美しく優しい母たちだった。
 夕暮れの中に看取った母ふたりが今ふたたび、悪夢の様に柔らかな微笑みでそこに居る。
 でも。
 けれど。
 だって。
「セリオス」
 嗤うセリオスを支える様に、アレクシスが傍に寄る。
 ――もう、惑える訳がない。
 ――だって、ふたりで幸せになるのだと、確かに誓ったのだから。
「やっぱりお前、姿かたちの真似しか出来ねぇんだな」
 惑える訳がない。
 だからもう、惑わない。
 背筋を伸ばして真っ直ぐに影朧を見据えるセリオスが、清々しくそう告げた。
 ふたりの様子が変わらない事に、そこで漸く影朧も違和感を覚えたらしい。美しい母親たちの顔が醜悪に歪んで、花水木の花弁が、毒含む甘い芳香が、ふたりを害そうと差し向けられる。
「――歌って、セリオス」
 アレクシスは、促す様に柔和に囁いた。序に指先を絡めて、甘える様に強く握った。
 まだ時の向こうで微睡む暁光を呼び醒ます如く、アレクシスの眼前に光を凝った障壁が立ち塞がる。鋭い花弁も悪意の枝も、春風纏うそのひかりが遍くすべてを跳ね返す。
 ――守ると誓ったんだ。
 自分たちが望んで向き合った、あの幻の向こうに透かし見た、虹の麓の母達に。
「勿論だ。……アレスがそれを、望むなら」
 きっとそれが、自分の望みに相違ない。
 闇の中で光に抱かれ、黒い鳥が粛々と囀る。リボンの絡む甘やかな檻のなか、うたう鳥の声はアレクシスに確かな守護を齎してゆく。
 ――束の間、夢をみた。
 あの桜の中で、叶わぬ儚い夢をみた――振り払って進むと決めたのは、他でもない自分たち自身だ。だからもう、惑わない。
 歌が、力が、折り重なって編み上がる。
「――その悪意を、全部全部叩き斬ってやる!」
 吼える様なその声が引鉄となり、練り上げられた力を纏った月光色のそれが放たれる。
 朝の光よりなお白いそれは何となく、浄化のものめいていて――周囲を灼き尽くす程のその中で、母だった姿を融かす影朧を見遣りながら、アレクシスが喉奥を鳴らした。
「(……せめて、逢えると良い。あのひとが、夢の中で――本当の娘さんに、)」
 独白の名を、祷りと呼ぶのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
疲労で動きが鈍るなら、真の姿を解放
ユーベルコードの発動を補助したい

エンチャントアタッチメントを銃に装着、炎の魔力を宿した銃弾で胞子を焼き払う
多少攻撃を受けても身を守るよりも攻撃を優先する
連射によって射線をこじ開け、影朧へと届くように

…ここまでの道に、愛しい姿があった
再び共に在りたいと過りもした
しかし幻は幻だ
そんなものにこれ以上縋っては、本当のあいつが拗ねてしまうかもしれない
だから幸せな幻がもう見られないとしても、ここで影朧は倒すべきだと考えて、俺はここに来た

夫人へ、買ったリボンは燃やそうと思うと伝えてみる
声が届くかは分からないが
失ったものを再び望んだ者が出したひとつの答えとして、伝えておきたい




 猟兵達の攻撃を受け、影朧はもう這々の体と言って差し支えなかった。
 それでも彼の――シキ・ジルモントの姿を眼前に見つけて、嗤いながら力を編む。
 あの山中で、女の張った罠に掛かった甘い男――幻惑に堕ちるような程度なのだから、と高を括って。
『もう一度、醒めないユメはいかがかしら?』
 擽るように影朧は囁く。
 その姿が頭の上から蕩ける様に崩れ、別のものへと変じてゆく――銀の長い髪、幼い少女の四肢、人狼の。
『ね、お兄ちゃん』
 誘う様な甘い声に、けれどシキは低く嗤うだけだ。
 疲労した身体では、その伸びてくる両腕を拒めない――触れた箇所から命の残滓を吸い上げられる様な不愉快な感触に、舌打ちをひとつ零す。
 呻く様に続く呟きは、或いは自分に宛てたものだったのかも知れなかった。
「夜は明けるさ、」
 春の夜には月が在る。
 銀の髪が月光を弾き返すそのあわいに、ぴんと跳ねる耳が在る――同じく銀を撚った長い尾が、感覚を得る様に左右に振れた。
 冴え冴えとした青い眸が、影朧を捉える。
「……ここまでの道に、愛しい姿があった」
 その解放を『真の力』と呼ぶのだと、果たして影朧たる彼女は識っていただろうか。
 兎角ただならぬ気配を感じて訝しげに眉を顰め、寄せていた身体を離して後退る。背中を見せて我武者羅に逃げていけるほど、影朧の体力はそう多く残っていない。
 悪態と共に变化が解け、同時に綿胞子がふう、と吹いて飛ばされる。
「再び共に在りたいと過りもした――しかし、幻は幻だ」
 炎が蟠っていた。
 アタッチメントの補助を得て、シキの携えるそれが爆発的な威力を得る。
 狙い澄まされた様な射撃は弾道が狂う事を知らぬかの如く、胞子のひとつひとつを打ち抜き燃やし尽くしてゆく――射線がひらけた瞬間を見逃す筈もなく、影朧の身体にも炎纏う弾丸が雨の様に降り注いだ。
『ッ、あ、ア、あァ――……!』
 断末魔は呆気ない。
「――幻なんかにこれ以上縋ったら、本物のあいつが拗ねるかもしれないからな」
 銃口から、薄く煙が揺蕩う様に昇ってゆく。
 幾ら幸せでも、幻は幻だ。影朧は斃すべきだし、起こり得た過去は変えられない。あいつがもう居ない、その事実も、勿論。
 ――だから、ここへ来た。
「……先にリボン、燃やした方が良かったか」
 シキがぼやく。
 硝煙が彼女の許に届くのは、何となく気が引けた。

 ――やがて夜明けも近い頃、三枝夫人は猟兵達の助けも在って、無事に意識を取り戻すだろう。
 今はまだ混乱や困惑が強いが、周囲の助けを得て、少しずつ元の生活に戻っていく筈だ――娘を二度喪った悲しみも、時がきっと慰撫するのだろう。
 ――買ったリボンは、燃やそうと思う。
 別れ際にシキがそう伝えると、夫人は曖昧にそっと、頼りなくも薄っすら微笑んだ。
「私も、そうします」
 その横顔に、きっとずっと背負っていくのだろう悲しみを、春と共に淡く粧して。
「――あの子はもう、還ってきませんから」

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年12月02日


挿絵イラスト