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歌姫は歌わない

#サクラミラージュ #幻朧戦線 #籠絡ラムプ

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#サクラミラージュ
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#幻朧戦線
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#籠絡ラムプ


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●喝采せよ
「誓いますか」
「誓います」
 百や二百ではきかないくらい繰り返したやりとりだ。誓いの言葉は絵空事。聖歌隊の歌声も、微笑む神父も、目の前の新郎も、歩いてきたヴァージンロードも、見上げる薔薇窓もとてもよく出来た偽物だ。此処は神の御前なんかではない舞台の上で、これはよく練習されたお芝居だから。心地よい予定調和は前座としては最高だ。
 これみよがしに新郎と暫しの間見つめ合った後、私はご機嫌にアリアを歌い上げるのだ。皆が待ちかねたメインディッシュ。ラヂオで流れ、レコオドも出版されたこの曲を聴く為に足を運ぶファンも多い。

 胸に手を当て、私が歌い始めると同時に、しかし、絹を裂く様な悲鳴が上がる。負けじと声を張りながら、振り向けば血飛沫。神父役の俳優の首が足下に転がった。流石にこれは筋書きにない。
 視界の隅に硬質な光が閃いて、また一つ血の花が咲く。雑に、新郎役の俳優が裂けた。波打つ様に断たれた様は、斬られたと言うほどに整然としてはいないから、裂けた、で良いのだと思う。彼に向けていた半身に臓腑の欠片と温い血潮を浴びながら私は事態を理解した。
 役者たちが逃げ惑う。逃げる端から首が飛ぶ。観客たちはもう舞台になんて見向きもせずに非常口に押し寄せた。
 狂騒をよそに私の足は導かれるように舞台の真ん中へと向かう。悲鳴のひとつ上げても良いものを、この喉は未だ朗々とコロラトゥーラを披露している。伴奏は阿鼻叫喚のオーケストラ。
 観客たちが逃げおおせ、舞台の上の血の海に動くものが絶えて無くなった頃にようやく歌を終える。息苦しくて、糸が切れたように私はその場にへたり込む。咳くと少しだけ血の味がした。
 眼下には無人の客席。カーテンコールは望めない。
 沈黙。

 耳元で声がした。
「大丈夫。私たちがずっと主役よ」

●まず物語は舞台の下で
「お芝居って、お好き?」
 グリモアベースに集まった猟兵たちに、白い少女ーーエレニア・ファンタージェンは首を傾げた。おもてなしのつもりなのか、傍らで香炉が甘い煙を燻らせている。
「或る劇場で暴走した影朧が、主演女優以外の劇団員を皆殺しにするわ。なかなか残虐よ」
 嫌よね、怖いわ。それこそ芝居のあらすじの話でもするかのようにエレニアはころころと笑った。
 曰く、それは遠からぬ未来のことだ。薫子と言う名の主演女優はその高い歌唱能力で最近名前が売れ出した。この彼女がどうやら籠絡ラムプを所持していて、その恩恵に与っているらしい。だがしかし影朧はじきに暴走する。実にお約束の展開だ。
「何もここまで派手にやらかさなくても……と思うけど、とは言え、今なら未遂で止められるから、影朧を転生させるかどうかは任せるわ。それよりまずは薫子さんについて少し調べて欲しいの」
 白手袋に包まれた指先で少女が差し出したのは一枚のブロマイド。カメラ目線で微笑む女性は整った顔をしているのに、その印象は華よりも影が先に立つ。ありていに言えば幸の薄そうな女と言ったところか。
「最近はずいぶんとましになったそうだけど、元々長い休暇が多くて、稽古も休みがちみたい。ね、なかなか闇が深そうよね?」
 後で彼女のケアも必要になるだろうから、情報はあるに越したことはない。尤もケアについては、人の心に疎いこの少女の口からはついぞ語られることはないのだけれども。

「劇場の前に広場があるわ。この時期は桜に積もる雪が美しくて、夕方からライトアップされているの。幾らか出店もあって賑わっているし、情報収集がてら遊ぶのに良いと思うの」
 年中幻朧桜を拝める帝都とはいえ、雪で薄化粧した桜は今の季節の風物詩。依頼はさておき、ひと目見て損はないだろう。一方、劇場の前という場所柄、劇団のファンや故ある人々も多い。特に今夜は、桜学府の働きかけで公演が急遽中止となった為に劇団関係者も出歩いているという。
「甘酒を片手にベンチでお花見……いいえ、雪見かしら?そんなの、素敵ではなくて?」
 ……緊張感のない少女にはあまり理解出来ていないようだが。
 エリィにもお土産を頂戴ね。冗談めかして赤い瞳を細めて少女は笑う。

 香炉から立ち上る香気を指で混ぜれば、甘い煙は渦巻いて緩く広がってゆく。
 揺らぐ紫煙の向こう側、舞い落ちるのは雪か桜か。
「お気をつけて行ってらっしゃい」


lulu
初めまして。luluと申します。
未熟ながら皆様の冒険を彩るお手伝いが出来ればと存じます。

●登場人物
薫子
幸薄そうな女優。
籠絡ラムプに依存しているようです。

●第1章
劇場近くの広場で雪見と花見。ちょっとした屋台がありますので、遊びながらついでで薫子の情報を集めてください。
甘酒はいかが。おでんもあるよ。

薫子に直接の接触はまだできませんが、逃げ隠れはしないので居場所はそんなに探さなくて大丈夫です。

●第2章
影朧と戦って頂きます。
可憐なお嬢さんですが、きっと気性は激しいでしょう。
討伐か転生かはプレイング次第。

●第3章
ラムプを失った薫子のケア。

初執筆となりますのでペースや作風は非常に未知です。ごめんなさい。ご了承くださいませ。
でもたぶん土日の夜間に執筆すると思います。
1章は特に定めず募集を開始。
2章3章は断章を入れるかもしれません。

宜しくお願いいたします。
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第1章 日常 『雪と桜』

POW   :    美味しい食べ物、飲み物を楽しむ

SPD   :    仲間たちとの愉快な雑談を楽しむ

WIZ   :    幻想的な雪桜と澄んだ空気を楽しむ

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

黒川・文子
おでんを食べながら情報収集を致します。
わたくしめは大根が好きなのです。
おでんの大根は味がしっかりと染みておりますから。
すみません。少々お伺いをするのですが、薫子様はどのようなお方なのでしょうか。

わたくしの御主人様が最近お気に入りの方なのですが、メイドであるわたくしめもその方の事をしっかりと理解しておかねばならないのです。
どのような事でも構いません。
わたくしめは薫子様の事が知りたいのです。

大根追加で。
わたくしめはブロマイドの彼女しか知りませんから。
あのブロマイドも素敵でしたね。
もう一つ大根をいただけますか?
影のある顔がお美しいでしょう。

それから他にはどのようなお話が?



 雪と桜の舞う冷えた夜気に、いかにも温かそうな湯気が白くたなびく。しかもその湯気と言うのが、かつおと昆布の合わせ出汁に、甘辛い醤油の香り。まだ肌寒い夜には殊更に悪魔的な誘惑だ。
 簡素な椅子を数席備えるおでんの屋台に、メイド姿の女ーー黒川・文子(メイドの土産・f24138)はふらりと立ち寄った。彼女の瀟洒な佇まいはたとえば由緒ある貴族の屋敷だとか銀座あたりのパーラーだとか、華のある場にこそ似合えども、ゆえにこうした屋台には妙にちぐはぐだ。寒空の下に待っていたはずの列の一部が道を譲ったのはここだけの話。貴人の遣いや場所取りと思われたのか、何なのか。
 純喫茶に勤める彼女は普段は給仕をする側で、ちなみにパフェを作らせれば絶品だ。ゆえにと言う訳ではないけれど、人が作って供する料理と言うのはまぁ悪くないものである。
「わたくしめは大根が好きなのです」
 何故ならおでんの大根はしっかりと味がしみている。問われずとも口をついて出た独白はややふくよかな屋台の女将の微笑を招くには十分なものだった。殊にこの屋台のおでんは関東風であり、濃い醤油の色に染まった具材はこっくりと濃厚な味を染ませて、食欲をそそる湯気を立ち上らせた。
 よく煮込まれた大根は、煮崩れはしない絶妙の煮加減で、まるで刃を入れるかのようにすんなりと箸を通してふたつに割れる。さらに半分に割ってから、その一欠片を文子は口に運んで咀嚼した。飲み下して、至福。彼女をよく知る者でしか気づけぬほどにほんの僅か、端正な口の端が緩む。
「今日は少し濃くなりすぎやしなかったかと心配したんだ。大丈夫かい?」
 行儀良い所作に目を取られていた女将が、鍋と狭いカウンターとを越して、目を細めた。2人を隔て、四角い仕切りのある鍋では様々な具材が煮えている。邪魔にはならぬ湯気が昇る。
「美味しいです。……少しお伺いしても宜しいですか」
「レシピなら企業秘密だよ」
 冗談めかして女将が笑う。文子は別段媚びるでもなく微笑んで、彼女の瞳を見据えてみせた。黒い眼帯に覆われていない左の瞳が、緩やかに瞬いた。
「レシピ……は、大丈夫です。今日は休みになってしまった公演の、薫子様という方は、どのような方なのでしょうか」
 ……メイド曰く。彼女の主人は薫子という女優が最近気に入りで、ゆえにこのメイドも彼女を知らねばならぬ。たとえ些事でも構わない。この場に合わせたそんな設定を尤もらしく語るのに、文子には何の躊躇もない。
「薫子様のことが知りたいのです」
 若いメイドの真摯な様子に、女将は大層わかりやすく感銘を受けたようだった。
 あら若いのに感心ねえ、私の娘くらいの歳なのに。なんて立派なことだろう。女将は他の客には見えないように文子の手元の皿を引き寄せ、新しい具材と出汁を足す。具体的には大根と巾着、それにふわふわのはんぺんだ。まだ彼女がお代わりを頼みもしない内のことである。
「ありがとうございます。そして大根を追加でお願いします」
「だいぶ好きだね」
 女将が笑い、大根を追加してくれた。それも二つ。
「薫子さんはね、昔はよくこのお店にも来てくれていたんだよ。舞台の上とは違ってとてもおとなしい人だよ」
 彼女もここのおでんは好きなんだよ。そんな他愛無い話から、文子はよく頷いて聴く。著名人の舞台の下の姿を知って語るのは楽しいのだろう、喋り好きの女将の話は右往左往した。たしか、出身はどこか田舎のほうだった。雪と花見のこの時期はよく来てくれていた。最近は見かけないけれどきっと舞台が忙しいのだろうか。
「そういえば今、何年目だろう。彼女は結構長いんだ。今でこそ売れているけれど、鳴かず飛ばずの下積みが本当に長くて、割と遅咲きだと思う。ようやく報われたんだねえ」
 むかしは泣きながら劇場から帰る彼女をよく見かけたという。理由を女将は語らない。
「ブロマイドは拝見いたしました。影のあるお顔が美しい方でした」
 ようやく目当てに近づいた確信を得た文子のそれは巧妙な誘導だ。その影の訳を教えろと言外に含め、首を傾げる。
「影なんて、ないほうが良いに決まっているよ。」
 女将の言葉は歯切れが悪い。視線が泳ぐ。嗚呼、まだ喋りたいことがあるだろう。
「それから他にはどのようなお話が?」
 だから文子は単純な誘導を重ねた。そしてそれは過たない。
「実はーー……」
 いじめられていたんだよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

劇場は楽しむ為の場所だもん
惨劇の舞台になんてさせないよ!

おでんを楽しみつつ周りの人を観察
『まずはあの人に聞こう!』
ちょっと待ってね、メボンゴ
おでんが熱くて……はふはふ

薫子さんってどんな人?
長くお休みしてたって聞くけど体調が悪かったの?
それとも他の理由が?
経歴や近況等を劇団関係者に尋ねる

余裕があればファンにも
いつから好きなの?
最近観た舞台の様子はどう?
もし不審がられたら身分を明かす

籠絡ラムプの力で人気者になって嬉しいのかな
そこまで切羽詰まる気持ちがあるのかもしれないけど、私は嫌だな
自分の力で楽しませたいもん
影朧も舞台女優だったのかな
できれば転生させてあげたい
全員救いたい
頑張らなきゃ!



『あの人にしよう!そうしよう!』
「うん、うん。わかったよ。でもちょっと待ってね、メボンゴ。おでんが熱くて……」
 器によそったばかりのおでんは想像以上に熱かった。たとえばたっぷりと汁気を含んだがんもどきだなんて、もはや凶悪だ。しかしお水で流し込んだら負けた気がするのは何故だろう。はふはふと吐息で熱を逃しつつ、逸るテンションで近くの人間に絡もうとする兎の人形を何とか押し留め、ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)は、しばらくしてからようやく深く息をつく。
 同じ屋台の近くの席で、主人の好みを口実に件の女優の聴き取りをする女があるのは別の話。兎の頭の人形はそこに絡もうとはしゃいだけれど、
「せっかく薫子さんも最近はお元気そうなたのにね」
 反対側の席から聞こえた会話に、長い耳をぴんと立てた。ジュジュの膝から机の上へとよじ登ったメボンゴはてちてちと机を歩いてそちらの方へ。
『薫子さんって言ったね!お姉さんたちも薫子さんのファンなの?』
「あら、可愛らしい!」
「今の、この子が喋ったの?」
『メボンゴはメボンゴだよ!』
 話をしていた女性たちが、黄色い声で応えた。歳の頃は二十歳そこらであろうか。身なりこそ普通に装っているものの、いずれも心なしか濃いシャドウと目尻の長いアイラインに何処か染み付いた舞台メイクの残り香がある。黒髪の女性と金髪の女性。おそらく劇団関係者だ。
 可愛い可愛い。はしゃぐ彼女らにはメボンゴの変わった名前もいっそハイカラとすら映るらしいが、それはさておき。
「いきなりすみません。私たち、薫子さんのファンなんです」
『今日は舞台が見れなくなって残念だね!楽しみにしてたのにね!』
「うん。ところでさっきのお話が気になって……薫子さんはこれまであまりお加減が良くなかったの?」
 怪しまれないようにとジュジュが咄嗟に繰り出すアドリブに、メボンゴも上手く合わせてくれた。あぁ、としたり顔でふたりの女性は頷いた。
「最近はもう劇団も隠してないから良いかなぁ。薫子さんはあんまり体が強くないよ。お稽古も来られないことがよくあるし」
「ね。でも、それであの演技と歌声だもんね。天才って言うか、持ってる人ってやっぱり違うわね」
 ジュジュとメボンゴの人選はだいぶ的確だったらしい。放っておいてもかしましく盛り上がりそうな彼女らは、聞けば薫子の後輩らしい。ご病気なの?とジュジュが振れば、彼女らは実によく喋る。
「たしか、肺病をされたのよ。数年前に。台詞なんかはまだ良いけど、歌にはずいぶん苦労したみたい。息が苦しいって、声が出ないって」
「もう辞めてしまえと言われてたって言うじゃない?それがこの一、二年、というか、今じゃもうあの人気でしょう。お加減も良さそうだし、神様はきっと見てるのね」
「わかる、それこそ劇にでもしたら良いと思うもの。夢があるし、あたし好きよ」
 彼女らが朗らかに話すのを聞くに、どうやら薫子は後輩からの心証は悪くないらしい。しかし彼女らが讃える才能や築いた地位は単なる努力によるものでなく籠絡ラムプの力なのにと、それは言わずに黙って少し冷めたおでんを齧るのはジュジュなりの優しさだ。女性たちの話題はやがていま人気の劇作家からデパアトの春のコスメへと飛んだ。
 形は異なれどジュジュも舞台に立つ人間だ。そして自分の力で人を楽しませて来た自負があり、それでこそ意味があると考えている。ゆえにラムプの力に頼る薫子の気持ちは正直解らない、けれど何かしら切迫詰まったものがあるのだろうとは考えていた。
 ……歌えなくなった歌姫はどんな気持ちで籠絡ラムプを手にしただろう。
 理解しようとしてしまう優しさはジュジュの美点のひとつだが、ゆえに非情にはなりきれない。
 冷めたおでんがもうあまり美味しいとは思えない。
『大丈夫だよ、皆救おうね』
 物思いを察したように、膝の上に戻って来たメボンゴが赤い瞳でこちらを見上げた。
「うん!」
 にっこり笑ってジュジュは頷く。人を笑顔にする為にまずは自身が笑顔でなければならぬ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

新海・真琴
(マントを翻し、長靴の足音も軽やかに)
闇の深そうな薄幸の美女が、己以外の劇団員を総て惨殺とな
(ふーむ、と顎に手を当てつつ。ミステリー小説の前半部のようだなと思いながら、雪と桜を見上げて)

よっし、食べながら考えようそうしよう
腹が減っては戦が出来ぬ、というしね!
おでんは餅巾着をちょっと多めに貰おうかな。牛すじも

「あなたも観劇に?」
たまたま隣になった人に話しかけつつ、薫子女史の話をそれとなく振ってみる
「……ああ、私はたまたま通りがかっただけでね、公演中止ってのはさっき聞いたんだ」
って言わないと訝しがられるよなぁ
彼女が売れっ子になる前、その劇団で同じポジションにいた女優さんはいるのか聞けたらいいな



 淡い灯りに照らされてどこか浮つく空気の広場を、その麗人は颯爽と横切った。月のない日の夜空のような黒いマントを翻し、靴音も高らかに。顎に手をやり何かを思案する横顔の眼光は鋭く、纏う空気は怜悧そのもの。たとえば舞い落ちる桜の花びらさえも彼女には寄りつけぬような印象を見るものに与えていた。
(闇の深そうな薄幸の美女が、己以外の劇団員を総て惨殺とな)
 彼女――新海・真琴(黒耀銀嵐・f22438)は雪見花見と言うような物見遊山で来たのではない。ミステリー小説の冒頭さながらの惨殺事件を阻止すべく目的を持ってこの場所に居る。言うなれば今も仕事の最中だ。今この時も、犯人となるはずの件の女や、その動機、後ろにいるであろう影朧について思案を巡らせている最中だ。
 広場の隅で、花を見上げる。何のヒントも見当たらない。視線を下げる。おでん屋がある。
「よっし、食べながら考えようそうしよう」
 腹が減っては戦が出来ぬ。腹ごしらえも仕事の内だ。ちょうど空きのあるカウンターの様な机の隅、石畳に置かれた椅子は安っぽくぐらつくが、長居をしないなら問題はない。注文は、と尋ねた女将には好きな餅巾着を多めに頼み、牛すじも欲しいと告げた。既に食事を終えた様子でひとりお猪口を傾けていた隣の席の老婦人が、くすりと小さく笑みを零した。感じの悪いものでなく、若いわね、とでも言いたげに。彼女は対話を拒むまい。
「あなたも観劇に?」
 女将からおでんの皿を受け取りながら、真琴は問うてみる。派手ではないが老婦人の身なりはなかなか悪くない。と言って気合が入りすぎたものでなく、通い慣れた観客ではないかとあたりをつけたのだ。
「ええ、ええ。今上演されているお話が好きなのよ。今日の上演がなくなって、残念よね」
 大正解。
「ああ、公演中止なんだね。私はたまたま通りがかっただけでね、知らなかったよ」
 後々の為の予防線は本題の前に。訝しがられては面倒だ。
「でも、あの……主演の女優は知っているよ。薫子女史と言ったかな」
「そう、そう。ソプラノの本当に綺麗な歌姫よ。そこはやっぱりご存知なのね」
 そして、無知で興味を持つ者に、愛好家は語りたがるものだ。上演中の劇の配役、みどころ、問えばいかにも嬉しそうに老婦人は教えてくれた。十分に場を温めながら、二つ目の餅巾着を食べ終えた頃に真琴は最も知りたいことを尋ねてみる。
「彼女が売れっ子になる前は、誰が劇団の顔だったのだろう」
 その誰かがどう消えたのか、そこに影朧は絡むのか。
「当時のプリマドンナと言うか……売れっ子はもうよそに行ってしまったのよ。」
「どうして?」
「ファンの中でも有名なほど、プライドの高い人だった。薫子さんに負けたのが許せなかったのではないかしら」
 言葉を選びつ若干躊躇いがちに手酌をしようとした老婦人の徳利を取り上げ、真琴は酒を注いでやった。徳利が空く。元は熱燗だったのだろうが、酒は既に温かった。
「その二人には、確執が?」
「あったと聞くわ。前のプリマドンナが薫子さんをいじめていただとか、実力をつけた薫子さんが報復に彼女を追い出したのだとか、色んな噂がやっぱりあるわ。外野にとってそういうのって、スキャンダラスで楽しいでしょう」
 品が良いとは思わないけどね。小さく肩を竦めて見せて、老婦人はひと息に日本酒を煽る。
「ねえ、ありがとう。楽しかったわ。それに舞台を見ているように眼福だったし」
 女将に紙幣を渡しながら、彼女の分も、と老婦人が告げる。真琴が止める間すら与えない。
「今度、公演を見てみて頂戴ね。きっとお気に召すと思うの」
「ありがとう。次は感想会をしよう」
 ……ただ、その時にはプリマドンナはまた変わっているのだろう。老婦人の背を見送りながら、真琴はまたも顎に手を遣り思索に沈む。

大成功 🔵​🔵​🔵​

プラシオライト・エターナルバド
友人が初めての予知をしたと聞いて
お役に立てれば幸いです

屋台では、桜の花びらが飾られたイチゴ飴を二つ購入
宝石のようなスイーツは、お留守番しなければならないエリィ様へのお土産

この美しさはどのような言葉で表せば伝わるのでしょうか
土産話もお届け出来るように
この目とクロスで見た雪桜の景色を記録します

勿論仕事も忘れてはおりません
雪花見の客の中で、劇団のファンや関係者がいないか
聞こえて来る会話から探ります
必要ならクリスタライズで姿を消して接近

薫子様の心のケアをする際、
彼女を知らなければかける言葉を選べません
籠絡ラムプが巣食った闇、彼女の影を知りましょう
感情は動かさず、静かに静かに

アドリブ歓迎



 劇場を臨む広場には、今しか見られぬ景観を楽しみに来た人々が行き交う。縁日ほどではないけれど、幾つかの屋台も立ち並ぶ。
「イチゴ飴を二つ、頂けますか」
 りんご飴を売る屋台の店主はいかにもテキ屋というような強面の中年だ。しかし慇懃に注文を述べた客に対して、まるで稀少な宝石でも献上するかのように丁重に商品を手渡した。ルビイのような赤い飴に桜の花弁をひとひら閉じ込めたイチゴ飴は、化石を封じた琥珀さながら。けれど宝石と言うならば、それを受け取る彼女――プラシオライト・エターナルバド(かわらないもの・f15252)の指先こそ、補色の真っ赤な飴に対して実に対照によく映えた。
 すぐ傍らの劇場で悲惨な事件が起きるのだと、彼女の友人は初めての予知をした。留守番だからと無邪気に土産をねだった彼女に渡すのに、春らしく見目好い飴はちょうど良い。モノだけで済ますつもりも無論なく、春爛漫、夜空に広げた枝を満開に彩る桜と、稀有な冬の名残の雪との共演は土産話に最適である。だがしかし様々な事象を記録し続けた彼女の語彙を以てしてどう表すか悩むほど、この景色は美しい。この美しさはどのような言葉で表せば伝わるだろう。片やエメラルド片やアメジストの瞳、それから額のクロスで記録しながら、プラシオライトは考えた。
 勿論、土産を探す為だけにここに居るという筈もない。まずは仕事をしに来ているのだ。故に、景色を記録しながらも、耳朶は周囲の会話を敏感に拾う。

「やっぱりダメだよ。薫子に謝っとこうよ」
「今更すぎるよ。ヤブヘビでしょ……」
 それはまさに意中の名前。ひそめた声は明らかに人目を憚る色がある。劇場の裏手、関係者らしき男女は抑えた声に切羽詰まった色をにじませていた。ブロマイドで見た薫子よりも、4、5歳ばかり彼らの齢が上であろうか。人に聞かれたくなさそうな話にはきっと、猟兵たちが暴きたい歌姫の闇もあるのに違いない。
 明らかに人目を気にする彼らに臆さず近づけるのはプラシオライトの特権だ。クリスタライズで姿を消した彼女は、物音にさえ注意を払えば、一般人にはまず存在を気取られるようなことはない。
 
「でも、あの子をいじめた人たち辞めているじゃない」
「なにも辞めさせられたわけじゃないだろ。皆たまたま辞めただけだよ」
「それでもだよ。あんただって、薫子にあれだけ辞めろ辞めろって言っといて」
「あの当時なら仕方がないし、彼女だって異論ないだろう」
「そうよ。でも今は、今日の休演だって、見たでしょう?支配人、あれだけ渋ったくせに、あの人が頷いた途端に了承だなんて……」
 要約すると彼らは売れっ子になる前の薫子にきつく当たっていたらしい。それが、薫子が実力で名を売って力を持ち始めたことで慌て始めた。しかし不安がる女に対し、男はさして重大に事を捉えていないらしい。それが相手の力と自分の咎とどちらを過小に評価してのものかはわからない。
 彼らが悔い改めるべきだとも、責められて然るべきだともプラシオライトは思わない。ただただ静かに全てを記録しながら、その感情は凪いで揺るがない。記録をすべき対象の彼らは聖人でもなければ君子でもない、ただの市井の人間だとよく理解している為だ。そしてそうした彼らの人臭さもまた、長く記録係を務めて来たからこそプラシオライトは理解している。だからこそ人同士のそうした感情の触れ合いに、影が生じると予想も立てた。
 他の猟兵との情報とも照らし合わせるに、影朧につけこまれたと思しき薫子の闇をおおよそ把握して、宝石人形は音もなくその場を離れる。何かを感じたかもしれない劇団員がふとその場所に視線を向けても、降り積もる桜の花弁が緩やかに風に舞うだけだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
甘酒飲みて〜……
おでんはね。卵派。蛇だから
ああ、奢ってやるからお前は財布しまっときな
いーのいーの、どーせあとで経費にすっから

仕事ついでにちょっとベンチでおしゃべりしよーぜ、円
ムチャカワな俺たちがこーんなエモい場所で雪見なんてしてみろ
きっと喋りたがりのお暇なおにーさんとかがちょっかい出してくるさ
爆売れの女優のこと知らなァいってすっとぼけて
ニコニコしときゃ、ツラツラ喋ってくれンだろーし
ついでに奢ってもらえばいい
話聞いた代金みてぇなもんさ。タダで俺らと喋れると思ってるのが大間違いだし

にしても、写真一枚でも金になりそーな女なのにね
なーんでうさんくせぇのにハマっちまったんだか
――もったいな。


百鳥・円
【MAD】

甘酒もおでんもいただきましょ
おやや、おねーさんもです?一緒〜
じわっと味染み大根も好きですの
お言葉には素直に甘えますよう
代わりに美味しいお酒の情報がありますの
日本酒はお好きです?

んふふ、違いないですね
いっときの愛嬌ならばお任せあれですよう
最高にキュートでチャーミングにしーましょ
最近演劇にハマっているんです!
オススメな情報があれば教えてくださいなっと

相手の話の癖
重ねる相槌のタイミング
無知な乙女の微笑は可愛いモノでしょう?
最後にはちゃあんと共感と賞賛です
甘酒のおかわりが欲しくなってきました

残虐劇に至る経緯は知りやしませんが
漬け込むほどの何かがあるんでしょうねえ


ね、
美しくて哀しい世界でしょう



 昼の桜は健全なのに、夜闇に朧なライトアップとなると何故だろう。広場は爽やかな昼の姿と顔を変え、幾らかの色気を帯びた。たとえば恋人達のデートの目的地にはちょうど良い。そして、恋人やそれに準じる何かを目当てに異性に声をかける男だとかにも、明るすぎないエモい雰囲気は便利だったりするものだ。……そういう男を釣る女にも。

「おでんはね、卵派」
 蛇だから。そんな補足を言外に、ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)はおでん屋のテイクアウトでまず品書きを見もしないままそう告げた。卵がないおでん屋なんてあるはずもないのだから構わない。
「おやや、おねーさんもです?一緒~」
 百鳥・円(華回帰・f10932)は傍らで指先を嚙み合わせながら、大鍋を覗き込んで華やいだ声を上げた。
「じわっと味染み大根も好きですの」
「よし、じゃあそれもお願い。で、甘酒二つね。ああ、奢ってやるからお前は財布しまっときな」
 どうせ経費にするからとスマートに会計を済ませるハイドラと、素直に甘える円の間では最近流行りの奢る奢られる論争だとか、会計前のダサい問答は無縁である。
「代わりに美味しいお酒の情報がありますの。日本酒はお好きです?」
「大歓迎。それレアい?そうじゃないんなら、今日の帰りに角打ちで早速試してみても良いかもね」
「あら、素敵」
 軽口を叩きながら、おでんと甘酒を手に彼女らは広場を行く。雪と桜だなんて折角映える光景が映える感じでライトアップまでされているのなら、鑑賞しながら外のベンチで美味しいものを口にするのが贅沢というものではないか。まぁもっと言えば、ハイドラ風に言うならば、ムチャカワな俺たちがこんなエモい雪見なんてしている、それだけで喋り好き且つお暇なお兄さんがたが放っておくはずがないのである。つまりは仕事の一環だ。
 事実、ベンチにつく前から、袴姿の清楚な女学生と、妖艶に白い肌を覗かせた黒衣の美少女の二人組は周囲の視線を総攫い。ハイドラがベンチに座って足を投げ出し脚線美を曝け出したなら、盗み見るどころか露骨な視線を集めて仕方ない。
 隙なんて、作り、与えるものだ。そして二人連れと言うのもまた声をかけやすく、かけられた時に御し易い。自身の魅力と見せ方を熟知した二人にしてみれば、
「ご一緒しても良い?」
――声をかけて来た二人組の若い男はもはや、声を「かけさせてやった」と言うほうが相応しい。この程度の一般人が相手なら、視線の合わせ方、外し方、そういう小手先のあれやそれやで十分だ。
 痩せた長身に、決して高くはなさそうながら瀟洒な服を纏う彼らは垢抜けていて、凡そ仕事の検討はつく。水商売か俳優か、しかし場所柄目当て通りの後者だろう。
「お代わりをご馳走させてよ」
 どうやら女性の扱いも最低限はわきまえている。話は早い。これだけの美女二人を前にしてタダで喋れると思う頭の悪い男なら対話すら願い下げだから。
 どこから来たの、何をしてるの、誰も得しない問答は礼儀というか様式美。軽くいなして雑談に移る。
「最近演劇にハマっているんです!オススメな情報があれば教えてくださいな」
「なんか爆売れの女優がいるとか言うじゃん。知らなァい?」
 無知な乙女の微笑というのは実に何者にも代えがたい。決して彼らを傷つけず、与えられた情報に喜び、共感し、惜しみない賞賛を与えて呉れることが半ば約束されている。自尊心をくすぐってやれば彼らは易く口を開くと、二人はようく理解していて、それは真理だ。
「爆売れ……あぁ、薫子さんのことかなぁ」
「知ってる?実は今日もお花見誘ったんだけど、断られちゃったんだよね。舞台でお稽古するとか言ってさ」
 そうだ、その情報だ。今現在の居場所まで喋ってくれるとは有り難い。
「まぁ!薫子さんとお二人は仲良しでいらっしゃるのですねえ」
「仲良し……に、なれたら良いんだけどねえ」
 煽れば何が出てくるだろう。気持ちよく相手を喋らせる、いっときの愛嬌に関して、円にはだいぶ自信がある。
「一時期はそうだったと思うんだけど、最近ちょっと付き合い悪くてさ。でもまぁ何だか綺麗になったし恋人でも出来たんじゃないかなーって噂だよね」
「お前それ言ったらダメなやつなんじゃない?」
「あ、ごめん!今のなかったことにして」 
 安い秘密は、ほら、この通り。
 ちなみにいつからかと聞けば、売れ始めたその頃からだと。――では、「恋人」が影朧だろうか。ハイドラと円は互いに視線を交わす。
「甘酒のおかわりが欲しくなって来ました」
「俺はおでん。卵お願い」
 二人はにこやかに男たちに告げた。嬉々として従う彼らをハイドラは冷めた瞳で眺めやる。
 自分の魅力を知る女が賢しくワガママに生きるのは生物として当然だ。そして資本主義にしてみたって美しさは金になる。ブロマイドで見た薫子は、そうすることも出来たはずの類の女だ。なのに何故胡散臭い籠絡ラムプなんかにはまってしまったのだか、
「ね、美しくて哀しい世界でしょう」
 ハイドラの思惟をどこまで知ってか、円が薄く微笑んだ。
「――もったいな。」
 他人事だけど。頭の中で算盤を弾いてハイドラは肩を竦めた。

 薫子がいると言う劇場に視線を向ければ、まるで彼らを手招くように、今の今まで消えていたエントランスの灯りが灯る。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『狂嵐の恋歌アルテミシア』

POW   :    ラブ・ハリケーン
【自在に伸び縮みする鞭剣による斬撃】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    ボルカニック・ダンス
【ダンスを踊るような華麗な足技】が命中した対象に対し、高威力高命中の【フランケンシュタイナー】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
WIZ   :    ディア・マイ・ヒーロー
【鞭剣の柄にあるマイクで増幅された歌】を披露した指定の全対象に【アルテミシアへの強い保護欲と恋慕の】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ヒューベリオン・アルカトラズです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●狂嵐恋歌

 誑かされていたと言われれば決して否定はし切れない。
 ラムプを拾った私は彼女の歌を耳にして、この上もなく心酔したのは確かだからだ。
 だからと言って歌のせいだと思いたくはないけれど、私は、彼女が好きだった。
「私、世界征服を目指していたのよ」
 勝気な彼女はさらりとそんなことを言ってのけ、泣いてばかりいた私の悩みをどれもくだらないと笑ってくれた。
「貴方の歌ごとき、別になくても良いじゃない。私が何とかしてあげるわ」
 肺病が進んで徐々に歌えなくなっていった私に、偽とは言えどユーベルコヲドを授けてくれたりだとか、
「まっすぐ顔を上げてなさい、豚共に何を言われても無視なさい。今に見返してやれば良いのよ……ダメなら何とかしてあげるから」
 先輩たちにいじめられていた時に、唯一支えてくれたりだとか。
 現実に救済があろうがなかろうが構わなかった。彼女の自信に満ちた物言いも、底抜けな明るさも、いつも眩しくて、ただそれだけで嬉しかった。だのに、彼女はいつも本当に全てを解決してくれたのだ。
 
 思えば別に、人たらしな悪の華の気まぐれだったのかもしれない。こんな私でもいつか何かの役に立つかと、手懐けていたのかもしれない。
 それならそれで構わない。
 ただ、彼女が好きだった。自由で、天真爛漫で、私の憧れるものを何でも持っている。わがままなところも、ちょっぴり意地悪なところも、堪らなく愛くるしくて魅力的だった。
 こんなことを伝えたら、きっと、気持ちが悪いと笑われるのだ。
 だから言わないし、でも、それで良い。私はずっとファンで居る。


●歌姫

「いつかこう言う日が来るのだと、解っていました。解っていたのに、でも、どうしても駄目だったのです」
 まるで溜め息のようなのに、無人のホールにその声はよく響く。
 誰もいない舞台の上、上演中止となった舞台の主役の白繻子のドレスを纏い、薫子は幽鬼の様に佇んでいた。酷く蒼褪めた顔色に、おそらく泣いていたのだろう。目の縁が酷く赤かった。
「これまでの地位も、稼ぎも、全てお返しいたしますし、私は引退いたしましょう。でも……それでも見逃してはくださらないのでしょう?」
 縋る様に猟兵達を見詰めつつ、守る様に抱きしめるのは籠絡ラムプ。そして猟兵たちが答える前に、ラムプから顕現するのは件の影朧だ。
「何を勝手に弱気なことを言っているの?こんな豚共、私の相手にもならないでしょう?」
 桃色の髪の美少女は猟兵達と薫子の間に位置取りながら、剣を構える。命のやり取りを目の前にしているとは思えないほどに、余裕の笑みを見せつけて。
「アルテミシアさん……」
「気安く呼ばないで頂戴。貴方は邪魔にならない場所でせいぜい震えていると良いわ、仔豚ちゃん」
 終わったら呼んであげるから。泣き出しそうな薫子に向け、シッシッと空いた手で払う仕草をして見せて、影朧……アルテミシアは口の端を釣り上げた。
「さて、貴方達が猟兵ね。会いたかったわ。何故かしら。嗚呼、でも、なんだか面倒だから……跪きなさい」
 アルテミシアは好戦的な微笑を猟兵たちへと向けた。さながら牽制するように、鞭の様にしなる蛇腹の剣で床を打つ。

――さあ、舞台を始めよう。
ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎
共闘可

口は悪いけど薫子さんを守ろうとしてるよね
少なくとも薫子さんの心を救ったのは『本当』だよね
……でもこのままじゃいられない

生まれ変わった貴女の、ユーベルコードじゃない本当の歌で世界を魅了したらもっと楽しいと思うよ
薫子さんは大丈夫
貴女が今まで薫子さんの傍にいて励ましていたことが未来の彼女の力になるよ

星の幻想劇で攻撃力重視の強化
ショーなら負けないよ!
風属性付与した衝撃波(メボンゴから出る)を2回攻撃
歌声の伝播を少しは阻害できるかも

鞭剣を振るう手の動きや足の踏み込み等、攻撃の予備動作から攻撃を見切る
オーラ防御(+範囲攻撃で仲間の方にもオーラを広げる)で弾くと共に後ろへ跳んで衝撃を逃がす



「ショーなら負けないよ!」
『メボンゴたちもプロだもんね!』
 元気よく名乗りを上げて舞台に駆け上がるのは白い装いの一人と一匹。足元を掬おうとした鞭剣をかわして跳んで、アッサンブレの軽やかさで着地を決めれば白いサーキュラースカートがふわりと咲いた。ジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)はウサギ人形のメボンゴと共に、ここでビシッ!とそれっぽいポーズを決めるくらいの茶目っ気と余裕がある。
『星の魔法をここに!』
「此度の演目を彩るは星の輝き!」
 高らかに告げれば、揃えて向けたジュジュの指先から、白いウサギの瞳から、星と光の魔法が溢れ出る。極小の銀河等というものがあったなら、こうして白く輝度高く煌めくだろうか。星の幻想劇(スターライトファンタジア)の上演だ。流れる様な光の粒の向かう先は敵でなく彼女ら自身。髪の毛の一房に至るまで星の輝きが満ちてゆく。
「なるほど、悪くない演出よ」
 攻撃であればそのしなる刃で防ごうとしたのだろう、鞭剣を高く構えながらアルテミシアは眩し気に目を細めた。構える間際、一瞬、背後を気にする素振りを見せたのをジュジュは見逃していなかった。アルテミシアは口は悪いが最初からその立ち回りは一貫して薫子を守ろうとしているらしい。
 その隙を捉える様に、メボンゴを構えて接敵する。のは、陽動。反対の手で薔薇の彩る銀のナイフを投げる。星の魔法を纏って威力を増したナイフは易くアルテミシアの左肩から血を流させた。薫子が嗚咽交じりに何か叫んで、アルテミシアは顔を歪める。
「よくも……っ」
お返しとばかりに襲い来る無数の刃は、ジュジュの肌には届かない。ジュジュが咄嗟に後ろに跳んだ為もあるけれど、それでも届く筈の刃を押しとどめたのは、オーラを纏って展開された操り糸。途切れ得ぬジュジュとメボンゴの絆。わずかな膠着を、近い距離で睨み合う。
「貴女が薫子さんの心を救ったのは『本当』だよね。薫子さんの為に貴女は力を注いだ」
「薫子の為なワケがないでしょう。私が歌いたかったのよ。私が舞台に立ち続けていたかったのよ」
 鼻で笑うようにアルテミシアは吐き捨てた。ねえ、アンタにも聞かせてあげる。鞭剣の柄に唇を寄せれば、狂嵐の恋歌は放たれた。愛しき英雄に向けての恋慕を歌い上げる声は猟兵であるジュジュの精神にさえ干渉する。耳朶から鼓膜へと深く侵されるほどに、目の前で歌う彼女の可憐な唇から目が離せずに、その珠の肌にどうして自分は傷をつけることなどしたのだろうか、今すぐに癒し守らねばならないという様な気すら起きるのだ。無論、理性の部分ではそれが単なるまやかしであると、抗わねばならぬと警鐘が鳴る。
『ジュジュ、目を覚まして!!』
 白馬の王子の代わりに助けに来たのは白ウサギ。お目覚めのキスの代わりに、突風の様な衝撃波。音速を超える振動はホールじゅうに響いたはずの歌姫の声を明らかに阻害した。間髪いれず、もう一度。歌を邪魔されたアルテミシアが振り上げた鞭剣すら風に流れるほどの勢いで。その間に間合いを取りながらジュジュは体制を立て直す。
「素敵な歌だったよ」
「当然よ」
「生まれ変わった貴女の、ユーベルコードじゃない本当の歌で世界を魅了したらもっと楽しいと思うよ」
 動機はあくまで自分の為だと主張した影朧の先の言葉に、ジュジュは応えた。あの主張を信じたわけでもないけれど、決して否定はしないのは彼女の性分か。ただ尊重して肯定をした。虚をつかれたアルテミシアが答えに窮し、ジュジュが言葉を重ねる。
「薫子さんは大丈夫。貴女が今まで傍にいて励ましていたことが未来の彼女の力になるよ」
「何よ……アンタ良い人なの?」
 アルテミシアが怒ったように声を荒げる。
 腹立たしいわ、と小さくつけ加えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

新海・真琴
薫子。君は肺を病んで……
(目を伏せる。自分が生まれる前に死んだ父は長患いしたまま戦い続けたと聞いているから)
すまない、話は後だ。あっちの彼女の後で
大丈夫。ただ倒すだけじゃないから

鞭剣による斬撃は、はなきよらの刃や柄を使って防御
手も武器も塞がっているから攻撃できない。なんて思った?
(片手でも怪力で防御態勢を維持する。首からかけた月季星彩に、上着越しで手を当て)
来いッ、ブリュンヒルデ!
精神顕現体の放つ雷と氷――オーロラの霊力でアルテミシアの鞭剣を止める

私は力押しの戦法しか出来ないヤツだけど、君が転生の路につくというならその道案内くらいはできるさ
桜の精だからね、これでも

アルテミシア、君はどうしたい?



 幾ら元凶とは言えど一般人を戦いに巻き込む訳には行かぬのだ。新海・真琴(黒耀銀嵐・f22438)は他の猟兵の戦う内に薫子を舞台の袖に連れ出して、動かぬようにと言いつけた。
 薫子は黙って頷いて、小さく咳いた。口元にやる手は鮮やかに赤く染まるのに、蒼褪めた顔には驚きもなければ苦痛の色も見られない。舞台ではマイクもなしに歌っていたことからして、全てが酷く歪だ。
「薫子。君は肺を病んで……」
 自分こそ胸が痛んだような気がして、真琴は銀灰の瞳を伏せた。思い起こしたのは父のこと。病魔に侵された身で長きを戦い続けたという父親は、ついには真琴と生きて顔を合わせることすら叶わなかった。ふわり浮き上がるように首をもたげた死者への想念は、不意の懐かしい香が齎す回顧の様に、刹那で、鮮やかで、強引だ。
「……いや、後にしよう」
 頭を振って、感傷を払う。
「アルテミシアさんに酷いことをしないで」
 後ろから袖を引かれる。振り向きはせず、これも払った。
「大丈夫。ただ倒すだけじゃないから」
「誰が誰に倒されるって?」
桜花と退魔の力とを纏う長柄の洋斧――はなきよらを片手に舞台へ戻る真琴へと、鞭剣が風を切り、唸る。単調な鞭の動きで真横から首を狙った斬撃を見切ることなど難くない。躱し、間合いに入っての一閃を見舞うつもりで身を屈めた。
 ――違和感。
 歌姫の唇が弧を描く。
 鞭剣は物理法則を無視して突如軌道を変えて、避けたはずの先にて真琴の華奢な首を襲う。咄嗟に返した洋斧の柄で真琴が刃を防げたのは、彼女が戦いを宿命とする一族であるがゆえの勘と反射のおかげだろうか。

「意外とやるのね、学生さん」
「たかが学生と、舐めてくれるなよ?」
「じゃあ全力で可愛がってあげる!」

 アルテミシアのユーベルコード、ラブ・ハリケーン。恋の嵐が雨と振り注がせる斬撃を真琴ははなきよらの刃で柄で受ける。斬撃はもはや鞭のそれともかけ離れて無軌道に降り注ぎ、読み難い。
 切り結ぶと言うには遠すぎる距離で足止めされての防戦は、捌き損ねた凶刃で真琴が左手に傷を負ってから一層に不利が増す。あまつさえ、洋斧の柄をしなる鞭剣に絡め取られては尚更だ。ぎりりと張り詰めた鞭剣に得物を持って行かれぬように真琴は右の片手で引き返す。床を濡らすほどに血を流す左手は今添えたとて無力だろう。
「貴方が男の人だったら跪かせてあげたかったわ」
 綺麗な顔をしているものね。勝ちを確信したアルテミシアが悠然と微笑した。次の一撃で仕留めようとでも言うように、彼女が剣の柄を両手で握り締めたところで、
「そこいらの男より腕に自信はあるけどね」
「え……っ?!」
 既に張り詰めた鞭剣を力任せに強く引かれて、武器を奪われまいとしたアルテミシアはつんのめる。目の前の女子學徒の細腕の、それも片手のどこにそんな力があるのだろうか。戸惑い顔を見せながら引き寄せられて体制を崩す彼女を、転ばぬ様に、斧を持つ腕で真琴は受け止めた。
「……優しいのね」
 しおらしく頬を染めながらも、歌姫の手にする鞭剣は真琴の洋斧から解けて、伸びて、彼女の背後から襲いかかろうとして――……いるのを予想もしない真琴ではない。
「手も武器も塞がっているから攻撃できない。なんて思った?」
 血を流す左手を自身の胸元へ。上着に隠れて見えないが、そこには月と星の名を冠した薔薇石英の勾玉がある。
「来いッ、ブリュンヒルデ!」
 満ちる霊気に薄香色の髪が靡く。勇ましく呼ばう声に応えて召喚されるのは戦乙女の精神顕現体だ。優美に差し伸べた指先からは雷と氷が迸る。織りなされた光の襞は冷たい遊色に煌めいて、――オーロラの霊力はここに舞い降り、アルテミシアの鞭剣を止めた。

「嗚呼、いけずだわ!その手の傷から計算のうち?」
「どうだろう。ただね、私は力押しの戦法しか出来ないヤツだけど、君が転生の路につくというならその道案内くらいはできるさ」
 桜の精だからね、これでも。オーロラに妨げられて身動きの取れない彼女を正面から見据え、真琴は問いかける。

「アルテミシア、君はどうしたい?」

 その問いは何も強いずに、ただ純粋に希望を問うた。相手は影朧であるというのに。
 銀灰の瞳を真っすぐ受け止めて、アルテミシアは答えを探す。
「私は……」
 金の瞳が逃れ、流れる。向けられた先は観客席。じきに野次馬に溢れるにせよ、今は人を払われ誰もない。それでも何かを求めるように、歌姫は暫しそちらを見やる。
 常なら幾百のファンが詰めかけるその場所に、探す面影は何だろう。
「嗚呼、誰を、何故かしら。ふふ、わからない。わからないわね」
 ピシ、ピシりとオーロラが徐々にひび割れ、千々に砕け散る。解放されたアルテミシアはその瞬間を過たず、ふらりふらりと猟兵たちから距離をおくように後ずさる。
 顔を上げれば、勝気な笑みを取り戻して。

「でもね、ずぶ濡れの同情なんて欲しくない。どうなったって、それは私が選んだことよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
オイ、今日の舞台はSMレズプレイだって説明ど~こに書いてたんだよ
俺が見落としてた?場所間違えたか?
ジョークだよ。はァ~……
なんつーチープな人生劇場だ

あんた病気なんだってね
お気の毒。マネージャーとかいなかったの?
俺がマネージャーなら
「美人薄命」で売り出してやンのに
病んだ女優ってのはみ~んな薬物か、ヤバいものに手ェだすのがオチだ
凹む気持ちはわからんでもないぜ。だが
――あんた、スポットライトに当たるにしちゃ
ちょいと根暗すぎる。あと女見る目もないね
もうちょい人生勉強して
売り方を考えな。素材は悪くないんだから

さて、円
イイ女の在り方ってのを魅せてやんな
皆様、どーぞ――【CONFINEMENT】


百鳥・円
【MAD】

まあまあ、ふふふ。随分と仲の宜しいことで
互いに無い部分を埋めあっているというか
なーんだか不思議な繋がりですねえ

果敢ないですね
悲しいですね
哀しいですね
そんなひとつの人生も愛おしい

嘘偽りナシの本音ですとも
わたし、必要最低限の嘘しか付かないんです
キレーなお顔立ちなのに勿体ないですね

“わたしたち”に怯えて過ごす日々は疲れたでしょ?
全て手放して楽になりなさいな
あなたが抱いた強い羨望と夢
それだけはちゃあんと残してあげますから

はーい、ハイドラのおねーさん
眩いスポットライトと烈しいエフェクトを浴びて
いざやいざや、まどかちゃんの活躍の時ですん
ステキな舞台で踊りましょう!

タイトルは【獄双蝶】で如何です?


黒川・文子
わたくしめの聞いた話ですと、イジメがあったそうですね。
イジメはどの世界にも御座います。
わたくしめも目の当たりにしたことがあります。

美しいブロマイドでしたね。
わたくしめもあのブロマイドが欲しくなりました。
嫉妬に狂う女ほど鬱くしく、惨めなものはございません。
彼女への声掛けは後ほど行いましょう。

理不尽な舞台は終わらせましょう。
立てないと仰るのでしたら無理に立つ必要はございませんもの。
足を掴むより前に鞭剣を掴みます。
そのまま引っ張りましたら敵を此方に引き寄せます。
バランスを崩した相手の足を掴み、びったんびったんです。

お行儀が悪いですよ。
わたくしめが作法をお教えしましょう。



 あらぬ噂を流されたり、台本が破られるなんて、まだ優しい方だった。本番を間近に衣装が裂かれていたり、言いがかりで役を取り上げられたりだなんていうことも日常的にあったという。その当時頭角を現し始めた薫子に嫉妬した当時のプリマドンナが主導したものだ。
 文子の聞いた話では、薫子はいじめを受けていたらしい。内向的な性格も災いして、それはエスカレートして行った。
 けれど、身体の不調を理由に少し長い休みを取った彼女は、やがて実力で誰もを黙らせる程の歌姫として舞い戻った。そうして今に至るのだと、おでん屋の女将は美談がましく話をそう結んだのだった。
 黒川・文子(メイドの土産・f24138)は美しいブロマイドを思い起こす。自分も欲しいと思える一枚だった。
(イジメはどの世界にも御座います)
 そう思うし、無論、文子自身も目にしたことはある。可憐で華やかなパーラーメイド達の多くは、自分たちをそうと自覚した女たちである。そんな女が集ったところに妬み嫉みの種でも落ちれば、それは一気に増幅し、歯止めの利かないものとなるのは必然だ。
「嫉妬に狂う女ほど鬱くしく、惨めなものはございません」
 たとえば誰が……とは考えまい。薫子には後で言葉をかければ良い。どのみちやることは一つなのである。嵐の様な歌姫に呼びかける。
「理不尽な舞台は終わらせましょう」
「何よ、アンタも私に説教するの?もうたくさんよ」
強がるように歌姫は殊更に口の端を釣り上げて鞭剣を唸らせる。
 間合いの外から襲い来る鞭剣を、文子は愛剣・九を抜くこともせずに背負った儘に見据えた。耳元で、風切り音。文子の白い頬にはたと血が散った。
「正気じゃないわ……!」
 悲鳴を上げたのは歌姫のほう。鞭剣の刃を手掴みにした文子は、手から流れる血もものともせずにそれを力任せに手繰り寄せるが、
「でも、二度目よ」
そう、アルテミシアは先ほど別の猟兵にしてやられたのだ。ゆえに今度は対策が取れた。体制を崩して引き寄せられるより自ら接敵することを選んで、彼女は駆ける。駆け寄りざまに発動するのはボルカニック・ダンス。くるり、ピルエットさながらの回転で勢いをつけ、しなやかに上がる右脚は文子の首を正確に狙う。さらりと揺れた黒髪の下で、赤い左の瞳が冷静にそれを眺めていた。
「これも、二度目ですね」
首元でその足首を掴んで、止める。片足立ちになったアルテミシアが今更足掻いても、力持ちである文子の手から逃れられよう筈もない。スカートの裾を気にする彼女に、文子は囁いた。
「お行儀が悪いですよ。わたくしめが作法をお教えしましょう」
「なっ……?!」
 歌姫の体が宙に浮く。文子が彼女の片足を掴んで振り回した為だ。ユーベルコード、びったんびったん。怪力を更に強化して、掴んだ敵を叩きつける力業である。それは作法のレッスンだの躾だのと言うにはあまりにスパルタだ。
「あ……がっ……」
 しなやかな体が容赦なく舞台に何度も叩きつけられる。格闘技の心得があるらしいアルテミシアは受け身を試みたようだが、如何せん体勢が悪い。骨の折れる嫌な音がする。
「そのくらいおとなしい方がエレガントです」
 投げ出す様に彼女から手を離して、文子が涼やかな顔で告げた。投げ出された勢いで舞台の端まで滑り、アルテミシアは何とか落ちぬよう踏み留まる。身体を起こしつつ、血の混じる唾を吐き捨てて忌々し気につぶやいた。
「やっぱり殺すわ。この豚共」



「オイ、今日の舞台はSMレズプレイだって説明ど~こに書いてたんだよ」
俺が見落としてた?場所間違えた?
舞台の真ん中で女王様が他の猟兵とお戯れになるのを横目に、ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)は呟いた。もっと言うと女王様こと影朧の少女が今や猟兵に散々痛めつけられていたりするのだから、何かのプレイにだとしたら何ともレベルが高すぎる。
舞台裏から舞台袖へ来た目的はひとつ、全ての元凶であるもう一人の歌姫がラムプを抱き締めてそこに居る為だ。
「来るなって言ってるでしょ!」
アルテミシアの不利に居てもたっても居られずに彼女の方へと近寄ろうとした薫子を、満身創痍の彼女は鞭剣で床を鳴らして牽制した。薫子が居て戦闘の邪魔になるのは、猟兵の方であるはずだ。
「まあまあ、ふふふ。随分と仲が宜しいことで」
ゆえに薫子の後ろ姿を温く微笑んで見守る百鳥・円(華回帰・f10932)である。彼女らの関係性はさしずめ互いが持たぬ部分を埋め合っていると言ったところか。互いに気遣い、互いがそれを知る関係は、その健気さが何一つ実を結ばぬとしても賞賛に値する。だがしかし所詮は籠絡ラムプが齎す歪な繋がりだ。釦の掛け違えのひとつもなくとも、歪みは時と共に広がって、最後に待つのは破滅ばかり。
「果敢ないですね。悲しいですね。……哀しいですね」
そうして、そんなひとつの人生も愛おしい。それは散る花を愛でる様にも似ていよう。散った後には何も残らず、けれど確かに咲いた姿を、散り行く様を見届けて、その一時の輝きを惜しんでやるのだ。――それは嘘偽りのない本音である。円は必要最低限の嘘しかつかない。
そんな彼女の隣で対照的にハイドラはうんざりと言った風情である。
「はァ〜……なんつーチープな人生劇場だ」
反吐が出そうだ、と顔をしかめる。此処は帝都の一等地。粋なルネサンス様式の建築で、高い天井、広い舞台。客席は二千までもは数えぬがすべて紫の布張りだ。さぞかし多額の金をかけて、多額の金を生み出すはずのこの劇場で、演目がまるで掛小屋の三文芝居よりも拙いのだから馬鹿らしい。隣の円がにこにこと楽しげにして居るからまだ良いものの、仮にチケット代を払っていたならそろそろ金を返せと野次の一つも飛ばすところだ。だが実際は、金を受け取る側だから、せめて報酬分は働いてやろう。
「あんた病気なんだってね」
固唾を飲んで戦いを見守っていた薫子は、声をかけられて漸く後ろに人がいることに気づいたらしい。ラムプを守る様にして一歩、後ずさる。
取らない取らない、と手を振って安心させてやりながら、どこがと明確に名状し難いが、もうこの時点で面倒くさい。何となく一生友達になることのないタイプの女だとハイドラは内心で独り言つ。
「……そうですね。もう隠しきれなくなってしまいました」
「お気の毒。あんたマネージャーとかいなかったの?俺がマネージャーだったら『美人薄命』で売り出してやンのに」
 ハイドラが不躾どころか露骨に値踏みする気で眺めた薫子の顔は、やはりブロマイドで見た印象通りに造作は悪くない。ただ、血の気を感じない肌と、目の下に濃く張り付いた隈はいかにも健全と程遠い。――病んだ女優というやつはどうしてこうもお約束みたいにヤバいモノに手を出すのだろうか。
「最近はそんなお話もありました。……けれど、誰かにあまり深く、私……私たちを知られたくなかったから」
 薫子は目を伏せたまま、呟く様にそう答えた。ハイドラも円も、未だ彼女と視線が交わらない。
「“わたしたち“に怯えて過ごす日々は疲れたでしょ?」
 誰に知られたくなかったか、それは何を恐れてか。問わずとも理解している円が畳み掛けながら、微笑んだ。薫子が、ハッと顔を上げる。
「凹む気持ちはわからんでもないぜ。だが――あんた、スポットライトに当たるにしちゃちょいと根暗すぎる。あと女を見る目もないね」
 ハイドラは言葉を選ばない。この舞台女優の選択はハイドラの目から見ていちいちどれもが合理的には思えない。
「全てを手放して楽になりなさいな。あなたが抱いた強い羨望と夢、それだけはちゃあんと残してあげますから」
 円の言葉はどこまでも優しく、そして無責任だ。花を観るにせよ愛でるにせよ、そこに責任は伴わない。
「嗚呼――でも……」
 この二人の言葉の意味は分かるのに、薫子の精神は理解を拒むのだ。無論、二人はそれさえ理解して言っている。
「もうちょい人生勉強して売り方を考えな。素材は悪くないんだから」
 ゆえにこれはハイドラなりの慈悲である。だからお手本を見せてやろう。
「さて、円。イイ女の在り方ってのを魅せてやんな。皆様、どーぞ――」
 【CONGINEMENT(オシズカニ)】。
ハイドラが指を鳴らせば、舞台へと放たれたガジェットが眩く光を放つ。磁場と電流を思う様操りながら、この舞台に酷く殺伐としたスポットライトを齎した。
「いざやいざや、まどかちゃんの活躍の時ですん」
 長い髪を揺らして、応える様にそのただ中に躍り出るのは円だ。彼女の周りにはおよそ百にも上る炎と氷の蝶たちが飛び交い、煌めいた。
「タイトルは【獄双蝶(アレキサンドライト)】で如何です?」
 拒否権等ない。舞台袖の歌姫――薫子は悲鳴を上げて、舞台上の歌姫――アルテミシアは強引にその演舞に巻き込まれるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
【春嵐】

嗚呼。とても勝気な娘だね。
君がかの舞台女優を唆した影朧かい?

君の声は確かに彼女の力になったのだろう。
だから彼女はこうして此処に立っている。

何があろうとも戦って、その役を勝ち取るのが舞台女優と聞くよ。

嗚呼。本当に嫌で堪らなくて
女優を諦め、一般人として生きたいと云うのなら、私は止めないのだよ。

ラムプの君は如何かな?

此処は白紙の舞台だ。筆は用意したよ。
演ずるならば、幕が降りるまで。
いや。開けるまでだね。
此処が舞台上であるならば、私も君も舞台役者だ。

なゆ、君は出来るかい?

あかい文字を降らせ、私は今日を描こう。
ラムプの君。君の役名は――…。


蘭・七結
【春嵐】

あなたが彼女の支えとなっていたのね
如何なるかたちであれど
互いが互いを埋めあっていた、のかしら

まばゆい光を浴びる役者
その背後に潜む影の、すべてを識らない
憧憬を懐いたまま沈むひともいるでしょう
そのなかで、あなたは此処に立っている

あなたが歩みたい道を知りたいわ
正も邪も振り払って
ほんとうに往きたい道を選べばいい
その背を見送りましょう

白紙の頁、ひとつの舞台
わたしたちを演ずるならば
蘭七結という役者は、あかい彩を添えましょう

淑やかなカーテシーをひとつ
共にあかい花嵐を巻き起こしましょう
どうぞ、その眸にてご覧あれ
あなたたちの舞台も見せてちょうだいな

確と眸の奥へと焼き付けて
その演技を、姿を忘れないでしょう



「嗚呼、とても勝気な娘だね」
骨折に流血に、もはや足元さえ覚束ない有様のくせをして、未だ戦意と刃を向けて来るアルテミシアに榎本・英(優誉・f22898)は端的な感想を告げた。手の中の煙草が半ばまで灰になるほどの間、舞台脇から戦いを眺めた後の事だった。
「君がかの舞台女優を唆した影朧かい?」
吸殻は持ち運びの灰皿へ。推理要らずの自明の事実を敢えて問うたのは純粋にまずは対話を試みたからに他ならない。
「だとしたら何だって言うの?」
「あなたが彼女の支えとなっていたのね」
対するアルテミシアの返答には険があるものの、心得たようにふわり受け止めるのは英の隣に立つ少女。蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は煙る睫毛をゆるりと瞬き、紫の瞳でアルテミシアと、その向こうに佇む薫子とを映す。
「如何なるかたちであれど、互いが互いを埋めあっていた、のかしら」
ーーそれは彼女たちが好むと好まざるとに関わらず。
スポットライトこそ点いてはないが、この今も遥か頭上で照明が燦然と輝きを放つ。
この場所でまばゆい光と観客たちの喝采を浴びる役者は確かに華やかだ。しかし光ある所に闇がある。光のうしろ、誰もが口を噤んで蓋をする影は果たしていかばかりだろう。七結は決してそのすべてを識らないけれど、想像をすることは出来るから、薫子を見遣る。
「叶わぬ野心もあるでしょう。憧憬を懐いたまま沈むひともいるでしょう。ーーそのなかで、あなたは此処に立っている」
「何があろうとも戦って、その役を勝ち取るのが舞台女優と聞くよ」
丸い眼鏡を押し上げながら、英が重ねる。いつだか執筆した小説で、女優についてそんな取材をしたかもしれない。薫子は首を横に振る。
「私……お芝居が好きでした。でも、ただそれだけなんです」
歌がそんなに好きでもなければ、有名で居たいとだって思わない。端役でだって構わないから、舞台に立っていたかっただけ。まるで告解でもする様に薫子は言う。徐々に嗚咽が混じる声音に、英は小さく首を傾げた。
「嗚呼。本当に嫌で堪らなくて、女優を諦め、一般人として生きたいと云うのなら、私は止めないのだよ」
人の幸せはそれぞれで、時によっても異なることを英は知っている。
「あなたが歩みたい道を知りたいわ」
七結も、過去には関心がない。尋ねたいのはこの先だ。
「正も邪も振り払って、ほんとうに往きたい道を選べばいい」
ーーその背を見送りましょう。
七結は紫水晶の瞳を、この間にも息を整えつつあるアルテミシアへと流す。
「ラムプの君は如何かな?」
意図してか否か、此処での英の問いかけは牽制として上々だ。アルテミシアが身構える。
「どう答えたって私に死ねって言うじゃない?ゴメンだわ」
「大丈夫、此処は白紙の舞台だ。筆は用意したよ」
英は文豪だ。懐から出した万年筆を片手でくるりと回し、もう片手では勧進帳さながらに文庫本の適当な頁を開いて告げるのだ。演ずるならば、幕が降りるまでーー否、開けるまで。
「此処が舞台上であるならば、私も君も舞台役者だ」
ゆえにここからは対等だ。無用だろうと理解はしつつ、英は隣同士の彼女に問う。
「なゆ、君は出来るかい?」
「わたし達を演ずるならば、蘭七結という役者は、あかい彩りを添えましょう」
英の意図を深く知る七結は微笑む。
「宜しい」
ならば彼女の役も決まりだ。躊躇う理由はもはやなく、ーーあかい文字を降らせ、私は今日を描こう。
若い文豪が手にした本の頁が風もないのに捲れてゆく。その合間から波紋の様に世界が揺れて、どことも知れぬ頭上からゆらりゆらりと文字が降る。赤いインクの万年筆で原稿用紙に綴った様な、整然とした筆跡で英の言葉が文字となり、今は白紙の役割を与えられた舞台に滲む様に吸い込まれて行く。
「ラムプの君。君の役名は――…」
厳かに告げれば、アルテミシアの傍らに、歌と姫との二文字が、降った。
英のこの権能が、役に従えば加護を与えるものであることを彼女は本能で理解して、ゆえに我が目を疑った。敵に塩を送る様な役付けを何故……戸惑う彼女の目の前で、七結がスカートの裾を摘んで小さく膝を折る。淑やかなカーテシーは観客でなく、歌姫に向けたものだった。
「共にあかい花嵐を巻き起こしましょう」
一時と言えど同じ舞台に立つものとして、最期に敬意は忘れまい。
「あなたたちの演技も見せてちょうだいな」
「誰が……なんでアンタたちの頼みなんて!」
意地か、自棄か。彼女が歌う為に設えられたこの舞台で、しかし、歌姫は歌わない。あんなにも狂おしい恋の嵐を歌ではなくて刃に乗せて、英と七結に浴びせかける。
嗚呼、なんて素直でないのだろう。こんなにも恋に患う乙女には慰みに花占いのひとつでも処方するのが良いだろう。ーーゆえに七結はくれなゐの牡丹一華を風に舞わせた。私たちを演ずるならばと七結が微笑んでみせた通り、英の配役に応えていかにもくれなゐの彼女らしいこの御業は常にも増して力を得ている。無数に散った紅はひらりはらりと無力な様でいて、迫る刃を拒み、いなして、七結の白い肌には届かせぬ。
血を流すのはアルテミシアだ。たかが花弁と侮らずとも今の彼女では避けることはもう能わなかったことだろう。赤い花弁の触れた肌に、"あけ"が咲く。牡丹一華の花弁は見目からは想像だに出来ぬ毒を孕んで、傷口から蝕んでゆく。花の嵐の向こうから七結は慈しみ深く見守るのだ。
「ーーその演技を、姿を忘れないでしょう 」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

プラシオライト・エターナルバド
記録係はこの影楼を知っている
けれど違う
貴女はきっと貴女だけなのでしょう

UCの歌を聞き、効果は【指定UC】で相殺
他の攻撃はトリックスターやエレノアの浄化弾で防いで
薫子様と影楼と話す

薫子様、最期に彼女へお伝えしたい言葉はございますか
彼女が彼女で在れるのは、もうこの一時だけ
心身共に辛い時期を耐えた末、彼女と出会って
何を教えてもらいましたか、貴女様の御心は何か変わりましたか
秘めるのも選択の一つですが…

誰かをお探しでしたか?
観客席に彷徨う視線は恋に焦がれる乙女の其れ
『Dear my hero』の歌詞、心のままに叫ぶといい
同情ではありませんよ、ただ知りたいのです
薫子様と出会った貴女が選ぶ結末を

アレンジ歓迎



 牡丹一華の赤い花弁が散らばる舞台に同じほどの血痕を散らして、アルテミシアは肩で息をしていた。ただの剣の形態に戻した鞭剣を杖代わりに、それでも舞台に立ち続ける。
舞台袖で薫子が嗚咽するのが聞こえる。そちらへと足を引きずりながら、アルテミシアの視線は客席を彷徨った。
「誰かをお探しでしたか?」
 慇懃に声を掛けるのはプラシオライト・エターナルバド(かわらないもの・f15252)だ。
「こっちが教えて欲しいわよ」
 
 記録係の宝石の瞳はかつてこの影朧を見たことがある。額のアメジストの聖痕に記録を収めたことがある。前の「彼女」の最期はどんなものであったかと記録を参照し掛けてーー否、姿かたちが同じであれど彼女は彼女だけだろう。そして転生を選んでも選ばずとも、彼女が彼女で在れるのはもうこの一時だけなのだ。
 精霊銃の銃口は下げた儘、プラシオライトは尋ねる。記録をしたいことがある。
「薫子様、最期に彼女にお伝えしたいことはありますか」
「何を勝手に……」
 最期にするなとアルテミシアが眉根を寄せる。
「何を教えてもらいましたか。貴方様の御心は何か変わりましたか」
 彼女の抗議に取り合わず、プラシオライトは問いを重ねる。薫子は困ったように眉を下げた。

「教えて貰ったのも、変えて貰ったのも、……全てです」
「全て?」
「歌……は当然、素晴らしかった。私はもう自分では歌えないから」
 薫子がぽつりぽつりと語り出す。
「でもそれ以上に、私もこんな風になりたいって……他のかたが仰いましたけど、スポットライトを浴びるには私は根暗すぎるから」
 政治力どころか社交性すらない身では劇団に味方のひとり作れなかった。実力がない内は足手纏いと疎まれて、なまじ実力を備えたところで用心の為に摘まれる対象にしかなれずにいた。
「アルテミシアさんが友だちでいてくれて、叱ってくれて、これでもマシになったから……」
「私は……アンタを利用しようとしただけよ」
  過去形で言いながらアルテミシアは視線を逸らす。すっかり毒気を抜かれた様を見て、プラシオライトは持ち掛ける。
「歌を聴かせていただけますか。歌の歌詞を」
「それ、本気?」
 驚いたようにアルテミシアが
「同情ではありませんよ。ただ知りたいのです……私は記録係ですから」
 怪訝そうな顔をしながらもアルテミシアが歌い始めれば、胸の詰まる様な恋慕がプラシオライトの内にも湧いた。常の無表情は変えぬまま、それでも歌声に拐かされて精霊銃を向けることが躊躇われ、辛うじて小瓶に入った薬を散らす。歌姫にきらきらと降ったアメグリーンの薬液は配合番号09、カラーチェンジはここに成された。その効能は事象の停止。
 ユーベルコードとしての異能を奪われて、アルテミシアが歌うのはもはやただの歌。それを彼女も気づいていていながら、歌うのをやめることはない。
 夢でも構わないからと愛しき彼の面影を恋う。生まれ変わっても会いに行きたい、私のことを見つけて欲しい。ーーそれは、そんな、ただの一人の少女の恋の歌。

 自他の血で汚れたアルテミシアの頬をひと筋、ふた筋、涙が伝う。今張り上げる声に伸びはなく、喉を詰まらせながら歌う様は無様な筈なのに、ユーベルコードとして披露した時よりよほど美しかった。
 泣き崩れそうになる彼女にそっと薫子が寄り添って、背を撫でる。余計な言葉をかけることなく、彼女たちの出す答えをプラシオライトは待った。
「思い出したわ。……ごめん、薫子、」
「大丈夫です。アルテミシアさんが決めたことなら」
 暫くの後に、漸く顔を上げたアルテミシアに、薫子は首を横に振る。皆まで言わせずとも心を決めたアルテミシアの面差しが全てを教えてくれた。
 黙って見守るプラシオライトへとアルテミシアは振り向いて、彼女の手にする銃を指す。
「記録係と言ったわね。転生してあげる。ただし、その様も、その後のこともずっと記録していてちょうだい」
 その後、が指すのは薫子か。
「承りました。」
 頷きでなく、小さく礼を返すのは彼女の選択への敬意から。宝石の指先が精霊銃の引き金を引けば、銃口からは光が溢れた。光に包まれたアルテミシアの体はほどける様に桜の花弁へと変わり、抱きしめようとした薫子の腕をすり抜ける。何処からともなく吹き付けた風に舞い上がり、桜の精の癒しを受けて、いつか来る転生のときを待つ。
 桜を舞わせた風がラムプの昏い火を吹き消して、
「……ありがとう」
 薫子が呟く様を、プラシオライトは額の十字架に静かに記録し続けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『籠絡ラムプの後始末』

POW   :    本物のユベルコヲド使いの矜持を見せつけ、目指すべき正しい道を力強く指し示す

SPD   :    事件の関係者や目撃者、残された証拠品などを上手く利用して、相応しい罰を与える(与えなくても良い)

WIZ   :    偽ユーベルコヲド使いを説得したり、問題を解決するなどして、同じ過ちを繰り返さないように教育する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 戦いを終えた猟兵たちに、カメラのフラッシュが降り注ぐ。いつの間にかエントランスへと続く大扉が開いていた。
 人払いをされていたホールだが、歌姫と超弩級戦力たちの不穏な空気に誘われて、扉一枚隔てた向こうには野次馬たちが押しかけていたようだ。危険が去ったと知った今、彼らがホールにどっと雪崩れ込む。
「影朧がどうとかって、聞こえたけど」
「どういうことですか、薫子さん!」
「これまでの活躍は嘘だったの?」
 記者なども混じっているのであろうか。舞台の上、両手で顔を覆って立ち尽くす薫子に、矢継ぎ早に野次と質問が飛ぶ。

「……隠していてごめんなさい」

 酷く枯れたその声が誰のものだか、野次馬も猟兵たちも一瞬わからない。
「そんなつもりではなかったんです」
 ラムプの力を失った為か、薫子は一層弱弱しい有様で声を絞り出す。
「本当はもうずっと長いこと、私は歌えなくなっていました。けれど、応援してくれる皆様を裏切ることだとわかりながら、それでも皆様の声に応えたいと思ってしまったのです」
 そうして口元を手で覆いながら、はらりはらりと涙を零す。細い肩が震えていた。
「私 ……なんてお詫びをしたら良いのか……」
 お詫びで済むと思うのか。経緯を詳しく。病気とは何か、いつからか。各々が好き放題に声をあげる。だから……と、薫子は痛む喉で声を張る。
「今回のことの責任をとって、私は故郷に帰ろうと思うのです。ごめんなさい。それで足りると思わないけれど、どうか私のことは全て忘れてくださいまし」
 しん、と水を打ったように場が静まった。
 ごめんなさい。涙を流しつつ、たとえば死を間近にした者だけが持つような諦観混じりの穏やかさで、薫子は儚げに微笑んだ。ざわめきは声高に彼女を糾弾するものから低い戸惑いへと代わり、様子を伺うようである。
 けれど薫子の目に先程までとは異なる光があることに猟兵たちだけが気づいていた。

 ーーすべて演技だ。

 アルテミシアが消える前、記録係の猟兵に告げていた。後のことも記録をしてくれと。
 だから薫子は心配性の彼女に応えることにしたらしい。歌は確かにラムプの力だったが、演技は、大衆の魅せ方は確かに薫子のものであるがゆえ。

 やがて誰かが口火を切ればまた彼女を非難する声が上がる。薫子が猟兵たちに視線を向けた、ような気がした。

 彼女の最後の舞台が始まる。
ジュジュ・ブランロジエ
アドリブ歓迎

この先も舞台に立てるよう援護
私も演技は得意なの
本心と真実も混ぜればきっと完璧

辞めちゃダメ!
確かに影朧の力を借りたけど、それより前からずっと薫子さんは努力してきた
いじめられても、病気になっても、ずっと頑張ってた
その努力は嘘じゃない
薫子さんの頑張りを知っていて応援してる人もいるよ
だから辞めないで
歌以外だって道はあるよ

説得の態で薫子さんの良さをアピール


ねえ、皆さん
私達が転生させた影朧はいじめられてた薫子さんを救ったんだよ
辛かった薫子さんは彼女の手を取ったけどそれはそんなに悪いことかな?
断罪されるべき?
私はそうは思わない
どうか彼女の夢を断たないで!

分かり易い美談に纏めて涙ながらに熱く訴える


プラシオライト・エターナルバド
薫子様の記録を続けましょう

野次馬や記者が彼女を物理的に傷つけようとするなら
念動力で反らして守ります
心無い言葉も飛び交うでしょう
ですが、彼女は自分の力で、演技で乗り越えようとしている
必要ならフォロー致しますが、基本的には見守ります

私の薬でも彼女の体の芯まで巣食った病魔を取り除くことは難しい
強過ぎる薬は毒になってしまうから
貴女様にはもう、新しいラムプ(偽りの幸せ)は不要でしょう

だから、私は彼女の舞台を最後まで静かに見届けるだけ
「確かに記録致しました」
と称賛を込めて彼女に礼

外の桜は変わらず美しい
誰かが舞台を降りても世界の物語は続いていく
避難させておいた苺飴を取り寄せ
土産を待つ友人の元へ

アレンジ歓迎


黒川・文子
……これがあなたの本当の気持ちなのですね。
いいえ。これは演技です。
わたくしめは貴女の本当の気持ちが知りたかったですね。

貴女は立派なスタアでしょう。
度重なる虐めに耐える事が出来なくなってしまったのですか?
そのような方々を鼻で笑いながら、貴女自身が汚れる覚悟はなかったのでしょうか。
舞台の上の女優とはわたくしたちメイドよりも厳しい世界だと存じ上げております。
ですがそのような方々のせいで貴女の夢が潰れてしまうのは悔しくはないのでしょうか。

わたくしめは演技ではない本当の気持ちが知りたかったです。
舞台から降りた貴女にはどこで会えるのでしょうね。


新海・真琴
(カメラやメモを持つ新聞記者だからカストリの回し者だか分からん連中を制止しつつ)
あー、桜學府がここは預かるから帰った帰った!
(「分からず屋」がいるようなら、牽制として持ち前の怪力でカメラを片手で握り潰す)
な?怪我はしたかないだろ?今日は帰っておやすみ

……薫子さん、ようやくきちんと話せるね
私は貴女のしたことを責めもしないし追及もしないさ
肺を病んでるのに、制止も聞かないで戦い続けて死んだ野郎の娘だからさ、私は

君の病、もう治らないとしたら最後の隠棲先は決めてるのかい
空気も綺麗だし、意外と便利からね。軽井沢なんかオススメだ
それとも、終わりまで立ち続けるかい
君の選択がなんであっても、私は君を肯定するよ


ハイドラ・モリアーティ
【MAD】
騒げて金になりゃァなんでもいいンでしょ
まあ、これで涙を流す奴が真のファンなんじゃね
ファンって金づるの愛称だし

愉しんでンねぇ円
いや俺も退屈はしなかったが――ああそうか
こういうのを魅せたかったってことかもしれねぇな
まあ、静かにしとくよ。俺みたいなおしゃべりがしゃしゃり出ると台無しだ

人生劇、ねぇ。そんな大層なもんかね
「こんな星はいくらでもある」ぜ
宇宙を見てみろよって話。夜空見たことないんじゃないの
――見えるわきゃねえか、フラッシュと照明の世界じゃ
まあ、見届けるよ
見始めた物語の終わりは気になるからさ
だが尻切れトンボはごめんだ。三文芝居もね
――楽しませてくれよ。悲劇のヒロインちゃん


百鳥・円
【MAD】

眩しッ……
んもう!野次馬は勝手なんだから
まあまあ気持ちは分からなくはないですけれどね
日和見は結構
彼女のファンたちは何を思うんでしょうねえ

一歩二歩と下がって遠目にーー
群がりを混じえて全体が映せるように眺めましょ
あら不思議、
何時しかわたしたちは舞台の観客です

間近で観られる人生劇
眺めはS席、ってところでしょーか
んふふ、そりゃあもちろん
こういう光景は何時だって愉しいですもの

ひとりの女優が燃え尽きてゆく
まるで、ひとつの星ですね
おねーさんの評価は嫌いじゃあないです
広い視野で見られたなら、きっとそうですもの

おしまいが近いようですね?
ちゃあんと憶えておきますよ
悲劇を演じる、果敢ないひとりのニンゲンを





「ファンに向けて一言お願いします!」
「今のお気持ちは? どんなつもりで影朧の力を?」
「薫子様!信じていたのに!」
「主役の座を奪ったことに罪悪感は?」
「嘘だって言って、薫子さん……」
過去の記録と言い目の前のこの光景と言い、囲み取材というやつはどうしてこうも騒々しいのだろうか。更にファンたちも叫ぶものだから実に収集がつかないのだ。記録者として常人らしい感情を見せることのない、プラシオライト・エターナルバド(かわらないもの・f15252)の秀麗な眉目が曇ることこそないものの、そのかしましさを心地良く感じていよう筈もない。

記者だけではない野次馬も徐々に数を増やしていた。さらには場所が場所である。劇団の関係者も多く、ともすればただの野次馬よりタチが悪い。たとえばそれは同僚だとか、
「やっぱりよ! あんたなんかにそんな実力あるはずないと思ってた!」
「おい、やめろって……!」
……見るからに好意的でない方々だとか。記者たちをも掻き分けて薫子に詰め寄るのは、薫子よりも少し歳かさの女性である。一緒に居たらしい男性は引き止める素振りを見せるも、さして本気には見えない。プラシオライトは彼らを知っている。この舞台を訪れる前に広場で記録をしていた対象である。彼らの方は、クリスタライズで姿を消していたプラシオライトのことを知る由もないけれど。
「やっぱりあんたなんか居なければ……!」
 喚いた女性が薫子に向けて右手を振り上げて、薫子は逃れようとはせずに、ただきつく目を閉じた。
――沈黙。
 女の手は、動かない。
 叩かれることを覚悟して目をきつく閉じた薫子が、なかなか訪れない痛みに、おそるおそる目を開ける。間近で直前まで鬼の形相を見せていた女は今、震えるほどに力んでいるのにぴくりとも動かない自らの右手を戸惑いながら眺めるばかりだ。
「あ、れ……?」
「暴力はいけません」
不安げな周囲のざわめきの中でも、プラシオライトの静かな声はよく通る。緩やかな歩みで、薫子と女性の間に割って入る。女性が動けぬのはプラシオライトの念動力の為だった。
 怯えた瞳を向けてくる女性にプラシオライトが視線を返せば、唐突に念動力を解かれた彼女はバランスを崩し、つんのめる。辛うじて転びはしなかったものの、そのまま振り向くこともなく、連れの男性の袖を引き、逃げる様にして人込みの中へ消えて行った。その人込みさえ、プラシオライトの超然とした空気に気圧されて先程までよりやや遠巻きにしている感がある。
プラシオライトは逃げた女に一瞥だけをくれてやり、薫子に向き合った。宝石の双眸は記録と、そして観察をする。簡易な診断ではあるが、彼女の病状、現在の様子を記録の中の病人たちと照らし合わせて行ったなら、おおよその状態と予後についての見当はつく。
そして治癒の力を持つ彼女だからこそ、治せぬもののこともよく解る。薫子に深く巣食った病魔は、プラシオライトの配合したアメグリーンの薬によって緩和することは出来るかもしれない。しかしそれは対症療法の域を出ず、根本の治癒には至らない。強すぎる薬は毒となり、生かさず殺さず蝕んで行くこともある。
「あの……ありがとうございます」
プラシオライトが目を伏せれば、薫子が唐突に礼を述べた。先の女性の狼藉を止めた件でもあるまい。ここまでの間、プラシオライトの表情にこれと言う変化はなかったけれど、その十分な沈黙と逸らす瞳は、彼女が強いて何かを言わない選択をしたことを推し量らせるに十分だった。
「貴女にはもう新しいラムプは不要でしょう」
プラシオライトは言葉を選ぶ。そんなものは所詮偽りの幸せだ。短い言葉の含意を薫子は汲んで、微笑んだ。
「ええ。私、もう十分過ぎるくらいに照らしていただいたと思うのです」
ラムプにしたって、スポットライトにしたって、そうして今また光るカメラのフラッシュにしてみたって。アメジストの瞳を、記録を続ける聖痕を真っすぐ見据えて、薫子は頷くのだ。
「だから、記録していてくださいね」
 それはアルテミシアから記録係への最後の依頼。そして記録係としてのプラシオライトの務めであれば、無論頼まれるまでもない。
「確かに記録致します」
 彼女の決意の様なものにプラシオライトは敬意を表して、小さく一礼をした。
 今回の依頼をして来たグリモア猟兵へのお土産を渡しに帰るのはまだ少し先になりそうだ。

「眩しッ……」
人だかりから少し離れて、それでも刺す様なフラッシュに目を眇めるのは百鳥・円(華回帰・f10932)だ。
「んもう!野次馬は勝手なんだから。まあまあ気持ちは分からなくはないですけれどね」
花の唇を尖らせて、聞かせる気のない苦言を呈す。傍らでハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)は欠伸を噛み殺しもせずに思い切り伸びをした。仰いだ天井にもまた煌めくシャンデリアの眩さが、いっそしつこくて疎ましい。
「彼女のファンたちは何を思うんでしょうねえ」
「まあ、騒げて金になりゃァなんでもいいンでしょ。これで涙を流す奴が真のファンなんじゃね」
同じ涙は涙でも此方は欠伸の名残で潤む視線を向けてやったなら、いるいる。集まる野次馬たちの中で人目を憚りもせずに顔を覆って泣くものだとか、嗚咽を漏らしたりする輩。あれ一人が幾らの金を落とすだろう。ファンなどというものは所詮は金づるをごく耳あたりよく美化した愛称にすぎない。
暫し人だかりを眺めた後に、ひらりスカートの裾を咲かせて、円がその場でいちど回って見せた。何か閃いたように悪戯っぽく微笑んで、先と変わらず野次馬どもを見据えたままに、腰の後ろで手を組んで、一歩、二歩、ゆっくりと後ずさる。その瞳の輝く様に、ハイドラが笑う。
「愉しんでンねえ、円」
「んふふ、そりゃあもちろん。こういう光景は何時だって愉しいですもの」
 薫子は未だマスコミに囲まれていて、その外に野次馬たちがいる。そうしてその遥か向こうに、エントランスへの大扉だの、そこから様子を窺ったりまだまだ増える野次馬だとか、それを止めようとする係員だとか、離れれば全景が実によく見える。円が瞳を細めた。
「間近で観られる人生劇……眺めはS席、ってところでしょーか」
「人生劇、ねぇ。そんな大層なもんかね」
円と違ってハイドラがその光景に向けるのは流し目ひとつで十分だ。さして興味を抱かない。確かに退屈はしなかった……し、あの幸薄そうな歌姫はこういうのを魅せたかった可能性もある。それで幾らの金になるのかと思えば到底共感は出来ないものの、強いて邪魔をしたところで自分の金になるワケでもない。ゆえに余計なことをするでなく、言うでなく、しゃしゃり出ることはしないで黙っていてやるのだけれども。黙るお口のご褒美に煙草の一本咥えて居られたならば申し分はないけれど、ポケットの中で指先が箱を探し当てたところで我慢した。円もいるし、何よりこういう気取った場所は大体禁煙だ。
「ひとりの女優が燃え尽きてゆく。まるで、ひとつの星ですね」
傍らの円は同じ景色を眺めているのにうっとりと、ハイドラとはまるで異なる感想を述べる。
「『こんな星はいくらでもある』ぜ」
ハイドラはハイドラで、歯に衣着せず忖度もなく、己の思ったままを言う。価値観が異なること等とうに知っている。ハイドラにしたって円にしたってそれを許容出来ない性格だったならそもそも此処にこうして隣り合わせて立っているはずがないのだから。
「宇宙を見てみろよって話。――見えるわきゃねえか、フラッシュと照明の世界じゃ」
「おねーさんの評価は嫌いじゃあないです。広い視野で見られたなら、きっとそうですもの」
そうして二人して仰ぐ照明の眩しさにもおそらく異なるものを見出しているのだろうか。
視線を戻させたのはざわめきだ。
「おしまいが近いようですね?」
「まあ、見届けるよ」
ハイドラにとって、見始めた物語の終わりというのは気になるものだ。たとえ駄作であろうとも、続きを自ら放棄するのはそれまでに割いた時間を思えば若干コスパも後味も悪い。殊に終わりが近いのならば猶更だ。
「ちゃあんと憶えておきますよ」
円にしてみれば、端から終わりを見届けに来たつもりである。悲劇を演じる果敢ないひとりのニンゲンの有様は、円の好きな宝石糖に喩えたならば何色だろう。そこに求めるのは個としての質よりも、数多の彩りであり、所詮多数のうちの一つに過ぎない。集めることに意味があり、個々に執着は持ち得ない。馴染まなければつまらなければ捨てれば良いのだ。
「尻切れトンボはごめんだ。三文芝居もね」
薫子本人に届かせる気もないハイドラの言葉は虚空に消えた。円が弱き者を無責任に愛でる一方でハイドラはそうした存在に苛立ちすら禁じ得ない。それはきっと要領の悪さだとか、そういうものに対してだ。ゆえに、
「――楽しませてくれよ。悲劇のヒロインちゃん」
それは皮肉めいているようで、せいぜい精いっぱいに足掻くことを期待した彼女なりの慈悲で、祝福だ。

「それがあなたの本当の気持ちなのですね」
黒川・文子(メイドの土産・f24138)は薫子の言葉に苦々しく返した。一連の不祥事を詫び、責任を取って舞台を降りると述べた女優は喉を詰まらせながらも、紡ぐ言葉に澱みはなく、わずかに見せた躊躇いも観衆を待たせすぎない程度のものだった。
故に文子は理解した。彼女の涙も、殊勝な言葉も、そして態度も。
「――いいえ。全て演技ですね。わたくしめは貴女の本当の気持ちが知りたかったですね」
ここへ来て何の為の演技だろうか。どうせ退くならばと有終の美を飾る為?だとしてそれは誰が得をすることなのだろう。
 文子には、解せぬのだ。いかに終わりを飾ったところで、薫子の振る舞いはどうしてもただの泣き寝入りに見えてしまうから。それを文子が集めた情報と突き合わせてみれば、益々納得が行かぬから。
「貴女は立派なスタアでしょう。度重なる虐めに耐える事が出来なくなってしまったのですか?」
語る言葉に力が入ることを文子自身も自覚していた。悪いのは虐めた側であり、目の前の女を責めている訳では別にない。ただ、それを差し引いても彼女にも若干腹がたつのは何故なのか。
「私……」
「そのような方々を鼻で笑いながら、貴女自身が汚れる覚悟はなかったのでしょうか。」
 舞台の上の女優の世界とは自分たちメイドのそれよりも厳しい世界だと文子は理解している。無論パーラーメイドたちの集った女の園も、常の世よりも「多少」濃厚な妬み僻みと女の情念に満ちていること差し引いてもだ。……今の文子ならば、多少のことは怪力で黙らせられるが、たとえそれが無かったとしても明確に言える。自分が選んだ居場所なら易く譲り渡してやる気などない。
「そのような方々のせいで貴女の夢が潰れてしまうのは悔しくはないのでしょうか」
「その人たちのせいで諦めたわけではないんです」
薫子が真っすぐに文子の瞳を見詰めて告げた。気丈に微笑みながらその瞳が潤んでいることに気づかない文子ではない。真意がどこにあるのかと言えば、きっと、ここではない。
「舞台から降りた貴女にはどこで会えるのでしょうね」
――演技だからだ。ここが舞台の上で、周りに野次馬やマスコミまでもいるからだ。文子は飾らない言葉を投げて、薫子の言葉を待った。
「お伝えします。……誰にも言わないでくださいましね」
 暫しの沈黙の後に、思いつめた顔をして、薫子は、文子に凭れる様に身を寄せた。指先で文子の黒い御髪を梳く様に触れてから、少し躊躇い、唇の動きさえ周りの誰にも読まれぬように、その片方の耳朶に両手を添えて囁くのだ。
「……諦めていません。本当は私、降りたくないと思ってしまっているのです」
 だから、助けてくださいますか?
囁いてから、照れたように文子にだけ微笑んで見せたその顔は、演技を挟まぬ薫子の素の表情であったのだろう。存外素直な回答に目を瞬いて、けれど文子は頷いていた。
「それでは、わたくしめは貴女の健闘を祈ります」

薫子がパーラーメイドに何を告げたかと、記者たちが再度色めきたった。それは当人に聞くのが手っ取り早いのだ。新聞記者だかカストリの回しものだか、商売だから野次馬よりもタチが悪い。各々メモやカメラを片手に行儀悪く群がる連中に溜め息をつく女性がひとり。先刻から落ち着く気配もないこの有様にはいい加減うんざりだ。
「あー、桜學府がここは預かるから帰った帰った!」
新海・真琴(黒耀銀嵐・f22438)は二度、手を叩いて注意を惹いて、関係者然と声をかける。しかしすぐ傍らで一瞥をくれたマスコミ風の男は、構えたカメラを下ろさずに、ファインダーに視線を戻すのだ。學徒だからと女だからと真琴を甘く見たのが彼の運の尽きである。
「おや、聞こえていなかったかな?」
 男が覗いたファインダーは、突如黒に塗りつぶされたことだろう。それはそれは友好的に、いかにも朗らかに告げながら、まるで麩菓子でも握り潰すような容易さで、真琴がカメラを握り潰したのだ。それも片手で。
「な?怪我はしたかないだろ?今日は帰っておやすみ」
 周りの者たちも、ただ茫然と眺めていた。言葉も出ない彼らに向けて、真琴が今はガラクタと化したカメラ片手に首を傾げて微笑んでやったなら、皆が等しく蒼褪めて、居住まいを正しつつ後ずさる。おとなしく逃げ帰るものもいれば、足が動かないのか、この場に留まるものも多い。いずれにしてももはやカメラを構えたりメモを片手に野次めいた質問を投げるほどに勇気のあるものはないようだ。
「……薫子さん、ようやくきちんと話せるね」
 カメラだったものを投げ出して、真琴は薫子へと振り向いた。
「アルテミシアさんのこと、ありがとうございました。この度は色々と、ご迷惑をかけてしまって……」
「私は貴女のしたことを責めもしないし追及もしないさ」
 長い謝罪が始まる前に、ひらりと片手を振って遮る。
「肺を病んでるのに、制止も聞かないで戦い続けて死んだ野郎の娘だからさ、私は」
 茶化したような物言いであっけらかんと喋ってみせる真琴だが、先の戦いの最中、彼女が見せた憂いの眼差しを薫子も知っていた。
「立派な方だったのでしょう」
「どうだろうか。君の病、もう治らないとしたら最後の隠棲先は決めてるのかい」
 薫子が触れた父の話を、そんなのは済んだことだと言わんばかりに真琴は話を切り替えた。無論、父のことを嫌いな訳でもなければ話したくない訳でもない。顔も知らずとも誇りに思うし、思い起こして感傷が去来した程度に情もある。単に、今も仕事の最中であればこそ、ここで感傷に浸るのを真琴は良しとしないだけだ。
 だから宛ら世間話の様に続けるのだ。
「空気も綺麗だし、意外と便利だからね。軽井沢なんかオススメだ」
「ええ、それも良いと……」
「本当に?」
 ……世間話の様に続ける、筈で。卒なく調子を合わせようとした薫子に、真琴は唐突に問うた。嘘をつく者にこそ虚をつく問いは強いがゆえに。
「それとも、終わりまで立ち続けるかい」
 飄々とした調子はそのままでありながら何もかも見透かす様な銀の瞳に、薫子がたじろぐ。真琴は別に薫子が文子に囁いた言葉を耳にはしていないものの、女の勘でおおよその見当はつく。もっと言うならば、そこの見当をつけずとも、薫子の本心が言葉と別の場所にあることくらい明らかだ。
「君の選択がなんであっても、私は君を肯定するよ」
 別に彼女の病に父を思わずとも同じことを言っていただろう。幼少のみぎりから尚武の心意気と武門の矜持が骨身に染みていればこそ、目の前のこの弱き者を否定してやることもない。
「私は――……」
 薫子が困った様に周りの群衆を見やる。その先を、もう口にしても良いのだろうか。それとも。迷った薫子が当てもなく助けを求めた視線をひとりの猟兵が受け止めた。

「辞めちゃダメ!」

 叫んだのはジュジュ・ブランロジエ(白薔薇の人形遣い・f01079)だ。
(――嗚呼、やっぱりそうだった)
ジュジュは心の中で小さくガッツポーズを決めていた。最初の薫子の目配せで、彼女が何かを心に決めて、芝居を打っているのは理解した。助けを求めていたことも。
 それは単に、残す名だけでも美しくと有終の美を飾りたいが為のものかもしれない。それとも、ひたすらしおらしく深く反省を伝えることで、生き残る為の道を探ったものなのかもしれない。
 ジュジュは直感で後者だと感じて、結局それは正解だ。
「辞めちゃダメだよ、薫子さん!」
再度声高に叫んで、今はもうすっかりおとなしくなったマスコミも野次馬も纏めて自分の観客にしてしまう。
「確かに影朧の力を借りたけど、それより前からずっと薫子さんは努力してきた。いじめられても、病気になっても、ずっと頑張ってた。その努力は嘘じゃない。」
自らも舞台に立つ身としてジュジュは演技に自信がある。無論、演技すなわち嘘ではない。言葉に乗せるは本心と事実。ただ、その語気を、表情を、ほんの少しだけ飾るのだ。……真実をより効果的に伝える為の手段としての演技の威力をジュジュは知っている。
「ねえ、皆さん。私達が転生させた影朧はいじめられてた薫子さんを救ったんだよ」
多数の観衆聴衆の心を動かすのは何時だって「わかり易い」美談である。世界を脅かす存在として影朧の印象が悪ければ悪いほど、こういう話はウケが良い。
「辛かった薫子さんは彼女の手を取ったけどそれはそんなに悪いことかな?断罪されるべき? 私はそうは思わない」
真っすぐに語り掛けながら、感極まった様に声が上ずり、翠の瞳が涙に濡れる。彼女の相棒――兎の頭のフランス人形・メボンゴも肩を震わせながら両手で顔を覆って泣いている。
この純真な少女が涙ながらに訴えれば、糾弾していた記者も野次馬も自分の方が悪者のように思えて仕方ない。
「ラムプの力を用いたことに問題はあるかもしれません」
 あと一押しの空気を読んで助け船を出すのは文子だ。想定される批判を先回りして提示することで、反撃を防ぐ。
「ただ、その力で復讐をしなかっただけまだ良かったとは思いませんか。わたくしめが彼女であれば……」
 じっくりと間をおいて、文子は手近な人々の顔を眺め渡した。
「……いえ、やめておきましょうか」
 赤い右目を狭めて微笑めば、沈黙が示す凶事を想起させるにも、観衆を震えあがらせるにも十分だ。動揺という隙をついてジュジュが畳み掛けることも容易い。
「どうか彼女の夢を断たないで!」
 ダメ押しとばかりにジュジュが悲痛に声を上げれば、流れは決した。
「私たちも、薫子さんのこと応援してる」
「薫子さん、辞めないで」
 おずおずと声を上げる若い女性たちは薫子の後輩か。
「これからも薫子様のお姿を見られるなら、それで……」
「取材の内容、歌姫の半生に変えさせて頂いても……?」
 ファンもマスコミもこの通り。ざわめきからは敵意が消えていた。人々は野次馬からただの群衆へ、そうして今や観衆となっているのだから。
「ね、薫子さん。続けよう」
「……でも、私、もう歌えません」
眉を下げた薫子が致命的な欠点を口にするのも、ジュジュには既に織り込み済みだ。だから飛び切りに明るい笑顔でこう返すのだ。
「大丈夫、歌以外だって道はあるよ」

 長い長い、前振りだ。
 ここまでのお膳立てを受けたなら、薫子も漸く望んだ台詞を口に出来る。観衆に向かい、希うのだ。

「もしもお許し頂けるなら、私にチャンスを頂けますか」

 ――それは猟兵たちが作り上げた、予定調和。



暗闇の奥で映写機が回り、フィルムがモノクロに濾した光を銀幕に投げていた。
銀幕にカメラ目線で微笑む女性は整った顔をしているのに、その印象は華よりも影が先に立つ。しかし、殊に儚げな微笑みはそうした自身の印象をよく心得ている者のそれであると、見る者が見ればわかるかもしれない。

――結局薫子は歌を失くして、劇場の舞台から降りた。ラムプの力を失った後、蓋を開けてみればもう台詞で声を張ることすらも危うくなっていたから、妥当な判断だったろう。
ただ、隠棲することも芝居を辞めることもなく、活動の場を移したのだ。無声の映画であるならば、暫くは続けられるとそう踏んで。
猟兵たちの働きで籠絡ラムプの一件は適度に美談となった。あの日押しかけたマスコミのうち薫子に同情的な者たちが書き立てた記事は彼女を悲劇の歌姫として持ち上げて、ファンを増やすに至ったという。
 引退騒ぎのあの日から薫子自身がそう振舞ったこともある。それが「もっと売り方を考えろ」と一人の猟兵から受けた助言に従ってのことだとは永遠に世に知られることはないのだが。

「華やかな舞台の裏の闇。歌を失くした歌姫を、魔性を灯すラムプが導く先は天国か地獄か」
銀幕の脇で活動弁士が語る。
「それではご覧頂きましょう。大舞台から銀幕へ、影に翻弄された元歌姫の数奇な生涯の記、彼女の最期の主演作……」

銀幕に映し出されたタイトルをアメジストの瞳が記録していた。

「『歌姫は歌わない』」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月25日


挿絵イラスト