銀河帝国攻略戦⑥~家族の為に
●家族のために
何の変哲もない日常を大衆食堂で謳歌していた人々は、降って湧いた戦いの気配に戸惑いを露わにした。
「い、いったい何が起きているんだ?」
「解放軍……? 銀河帝国と戦うというの?」
ざわつく食堂で、遅い夕食をとっていた整備士の女性は、思わず腕をさする。
整備用の工具ぐらいしか、持ったことが無い。いざ船で戦闘が起これば、きっと真っ先に死ぬのは自分だろう。そう彼女は想像してしまった。
生まれたばかりの赤子を抱えた男性は、ふくふくとした子の頬を撫で唇を引き結んだ。
戦争を知らぬ幼子たちを連れた老婆は、デザートに夢中な子らをぎゅっと抱きよせる。
「安心してください、皆さん!」
突如、食堂内へ男の声が明瞭に響いた。
解放軍への合流を促す映像に釘付けになっていた人々の意識は、一瞬で声へ向く。
ダリスさんだ、ダリス市長の声だ、と疎らに囁きが零れた。
「この船は、皆様の日常を脅かす暴挙には出ません!」
艦内放送から聞こえる言葉は、一音一音がはっきりとしていて、いかにも意欲に満ちていると知れる。
「ご存知の通り、宇宙は広いのです。わざわざ帝国の傍へ近づく必要も無いでしょう」
やや力の入った声で、人々にダリスと呼ばれた男は放送を続ける。
「この船が銀河帝国に蹂躙された過去は、ありますか?」
男の投げた問いに、はっとした顔で若者たちが顔を見合わせる。
帝国のニュースを耳にする機会は多くても、この宇宙船が巻き込まれたことはない。
戦で家族や友、恋人を失った者は多い。
そんな彼らもここに来てからは、平穏に過ごしていた。
「……そう! 無かったのです。そしてこれからもありません!」
まるで、放送越しでも拳を握り緊めているのが判るかのような演説だ。
「解放軍と名乗る者たちは勇敢です。ですが、皆様まで立ち上がる必要はないのです」
武器を扱った経験のある数少ない警備員たちが、放送を聞いて複雑そうな息を吐いた。
一方、かつて得物を手に戦った老人たちは、食堂の片隅で武勇伝に興じる。
「ご安心ください。皆様は私にとって、大切な家族です」
憎らしいほどに平然と、放送の声は決意を紡ぐ。
「私は皆様を……家族を戦いに巻き込みはしません! 決して!」
放送を終えた男――ダリスは部下に後を任せて、放送設備のある役所の一室を出た。
「これで、解放軍へ合流しようと唱える者は出ないだろう」
整えた金色のヒゲを得意げに撫でて、男は痩せた頬をあげる。
「この船にいるのは弱腰な連中ばかりだ。帝国の栄光を脅かせはしない」
くつくつと喉の奥で笑いを殺して、男は念を押すため、人々が集う施設を回り始める。
そして去り行く男の背を見つめる、ひとりの少年がいた。
平和に思考を沈めた船内の空気に耐えられず、彼は観葉植物の影に隠れている。
少年は、どうして、と繰り返し呟いた。
拙い文字で『ノエル』と名を書いたおもちゃの銃と、両親の遺影を抱いて。
「ぼく、あいつらをやっつけたいのに……どうして、みんな……ッ」
滂沱の涙を知る者は、少年の他にない。
●グリモアベース
「お願いがあるの。仲間を増やしてきてほしいのよ」
集まった猟兵たちを見回して、ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)は話を始める。
銀河帝国の息がかかった人間は、様々な宇宙船に潜む。
ホーラが今から転送する船も、例外ではない。
そしてその人間は、自分の所属する船が解放軍に加わらないよう、工作を始めている。
「元々、戦闘経験の浅い人が多い船なの。戦いを知らない子もいるわ」
しかし戦いたくない者ばかりとは、決して言えない。そうホーラは告げた。
銀河帝国に大切なものを奪われた人々は、心に何かしらの蟠りがある。
だが圧倒的な反戦の空気、それを助長するダリスの演説により、自然と心傾いている。
「そもそも、その宇宙船の市長……ダリスという男が、帝国と通じているのよ」
どんな得があってダリスが帝国に味方しているかは、予知できなかったと彼女は言う。
ダリスの裏切りを暴き民衆を説得するなどして、この宇宙船を解放軍に合流させる。
それが猟兵たちの目的だ。
「平たく宇宙船といっても、住むご家族は様々よ」
三世帯や大所帯で暮らす家庭。
身寄りのない人たちで同じ苗字を名乗り、助け合っている家庭。
赤ん坊が生まれたばかりの若い夫婦。戦でむかし子どもを失った老夫婦など。
説得するにしても、反参戦の旗印を掲げた対象を押さえるにしても、住民に反意をより抱かせるような強引な方法よりも、少しずつ彼らの心を傾けていく方が良いはずだ。
「……ぜんぶ自分ひとりでやろうとしないでね。そのための仲間よ」
ひとりが背負える大きさには限界もあるだろうと、ホーラは話す。
説明を終えると、ホーラは穏やかに目を細めた。
「さ、転送準備にとりかかるわ! 用意ができた方から、声をかけてちょうだいね」
棟方ろか
このシナリオは、「戦争シナリオ」です!
1フラグメントで完結し、「銀河帝国攻略戦」の戦況に影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
当シナリオでは『⑥裏切りを暴け!』を攻略します。
お世話になります、棟方ろかと申します。
シナリオの主目的は『宇宙船を解放軍に合流させること』です。
宇宙船の中は、小さな街だと思って頂ければ大丈夫です。役所や映画館、小ホールなどの施設や広場、公園ももちろんあります。
得意な能力値に頼るも良し、アイディアや言葉重視で行動しても構いません。
どんな人に、どう接し、どのように動くのか、大事な要素になります。
情報はオープニングをご参照くださいませ。
●ご友人と一緒に行動なさる方へ
プレイング冒頭に【お相手のID】か【グループ名】の記載をお願いします。
それでは、皆様のプレイングお待ちしております!
第1章 冒険
『⑥裏切者を暴け!』
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POW : 多くの市民の集まるイベントに乗り込み、情熱的な演説等で『解放軍』参加への機運を盛り上げます。
SPD : 銀河帝国派の政治家の事務所などを捜索し、汚職や銀河帝国との内通に関する証拠を見つけ出し、公開します。
WIZ : 反戦集会や公開討論等に乗り込み、銀河帝国の息を受けた反戦派政治家の意見を論破します。
👑11
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
シホ・イオア
輝石解放、アクアマリン。おいで、シホの友達。
友達にはダリスの追跡をお願いします。
猟兵たちが活躍すれば密かに帝国とつなぎを取ると思うので
その監視だね
シホはダリスや政治家たちの事務所を捜索かな
鍵は……他に手段が無ければ物理で……
情報収集・動物会話などを駆使しての聞き込みもして
得た情報は他の猟兵と共有・公開をする
芦屋・晴久
【WIZ】アドリブ、連携歓迎
さて、行きますかね。
他の皆さんも各々の方面で攻めている事でしょう。
私はそのダリス氏本人を崩す為の【情報収集】を致しましょうか。
【水舞転身環】、姿を隠す術にて氏の近辺を探ります。
裏で行われているであろう取引は勿論ですが、何を持ってして彼が帝国側についたのか情報が欲しい所。
何故ならば恐らく話を持ちかけられたのは彼だけでは無い筈なのでね。
帝国が何処から、何の情報を得てダリス氏に持ちかけたのかの大元が分かれば他で同様な事が起こった時の対策にもなるかと。
時間を掛ける物でもありません、早々に終わらせましょう。
鈴木・志乃
(静かに口ずさみ【歌唱】するのは故郷の歌
骸の海にいる愛する人々への【祈り】)
……失礼しました 驚かせてしまって申し訳ありません
警備員の方々でしょうか
突然の訪問、失礼致します
解放軍のシノ、と申します
(【礼儀作法】で丁寧に振る舞う
【漆黒のドレス】はまるで喪服のようだろうか)
私の故郷は……皆さんの言うところの船は、もうありません
静かに暮らしていたところを、一瞬で滅ぼされました
この戦争には参加しないつもりでしたが
気が変わりました
私は行きます
私と同じ物を、皆さんに見せたくないから
参加してくれとは言いません
【勇気】がいるから
……
それでももし、協力して頂けるなら
この命を賭けて、私は戦いましょう
【UC】
遠呂智・景明
アドリブ、他の参加者との連携絡み歓迎
SPD
さて、口はうまく回らねぇし帝国と繋がってるってんならその証拠を探させてもらうかね。
市長と市長に近しい政治家に目星をつけて証拠探し。
【見切り】で大体の部屋の目星をつけつつ【忍び足】【迷彩】【目立たなさ】を用いて部屋の捜索だ。
証拠がみつかりゃ、そこら辺を主戦派の連中に渡すかね。俺らが振りかざすより、そっちの方が効果的だろ。
んで、それが終わったらほかの猟兵連中の支援だ。演説するヤツらの邪魔されねぇように反戦派の連中を妨害しよう。
戦いたくねぇ気持ちはわかる。だが、戦わなくても滅ぶってんなら、話は別だからな。
悪いが覚悟決めてもらうぜ。
レザリア・アドニス
ここは、宇宙…スペースシップと言うところですか…
初めて来たのでちょっと不思議な感覚で見物
公開討論に潜んで、民の声を聞く
蹂躙された過去がなくても、今後にもない、とは言い切れないよね…?
誰が未来のことを保証できるのか?
家族想いの、優しい人ですね(軽く嗤い)
ただ…巻き込まれた時はどうする?
解放軍の背中に隠れても、孤軍奮戦の彼らが倒れたら、誰が貴方達を守られるか?
ああ逃げる、逃げるね…
でも、宇宙は無限でも、資源は有限である
全てを侵食された時には、どこに逃げられるんですか?
(真剣に)
大切な家族のためなら、全てを他人に頼るじゃなくて、自ら戦う、守るべき
自分の宝物、自分の運命を、自分の手で守るしかないのよ
ゼイル・パックルード
あんまりこういうのはガラじゃねぇ、やりたいヤツがやればいいってのはまぁ反対はないね。
本当にそれでいいと全員が思ってるなら、だけどな。確かめさせてもらう。
イベントに炎を演出に乱入(炎症させないけどな)
マイクとか使って、自分への反発心を抱くよう挑発するみたいに言う。
それが帝国への反抗心に移り替われば面白いがね。
市長の言う通り、戦いに参加する必要はない。
大切な何かを奪いかねない…いや、奪ってきた帝国が勝とうともどうでもいいならな。
何?戦いの知らない子供だっている?そうかい、帝国に従属して自由の知らない子供を作りたいのか。過去を見ずに未来を捨てるのかい?
とか言っといて、鼓舞するのは他のヤツに任せるさ
ソラスティベル・グラスラン
ラジオなど放送系イベントに乱入!
彼らは勇気が無いのではなく、勇気を奮う機会を奪われているだけ
全力の【勇気と鼓舞】で、今一度皆さんに!
今、宇宙に住むあらゆる人々が解放軍として戦っています…
帝国によって多くを失った人々が…
そう!全てはこの宇宙で自由を掴む為!
己と同じ境遇の人を、これ以上生まない為に!
この船は帝国に襲われたことはありません
ですが解放軍が敗れれば、いつか必ず帝国の脅威が迫る!
皆さん、今こそ反攻の声を上げ、立ち上がるのです!
直接戦わずともできることはあります
先の見えない恐怖に怯える事なく!わたしたち自らの勇気で!明日を、未来を勝ち取るためにッ!
最後に勝つのは……勇気ある者なのですッ!!
犬憑・転助
俺のユーベルコードは超嗅覚、キナ臭さだってかぎ分ける
ダリスって野郎が帝国と繋がっている証拠を見つけてやる
もし論破する奴がいるなら、そのトドメになるかもしれねーしな
着物&笠姿で【目立たず】【忍び足】でダリスの私室に潜入
護衛の気配を超嗅覚で感知して回避
怪しい証拠がある場所は超嗅覚で怪しい場所に目星つけて探す
敵に囲まれたら<殺気>を解き放って機を作った瞬間、範囲(峰打ち)攻撃で気絶させる。殺さない
俺の鼻が怪しいって言ってんだよ
(くんくん)おい、そこに入ってるのは何だ?
コロ助が傷だらけ&苦労人的ポジションは望むところです。
出身世界でないので珍しい物には感心しまくる
アドリブは好きにお願いします!
ナイ・デス
それが世界の破滅を招くとしても
それでもと、ちゃんと考えて、戦いたくないと、戦わないことを、選ぶというのなら
……それもあり、なのでしょう。残念、ですが
ですが……いえ、なので?
帝国と通じている人がいる状態では、ちゃんと選んだ結果と、思えないので
証拠、暴いて、晒して
それで、あとはこの船の人と、仲間に任せたいと、思います
ハッキングで、情報収集
船の全体像を把握
地形の利用、証拠を隠すならどこがいいか
第六感に従って
迷彩、忍び足で入手に向かい、見つけられたら、公開か、仲間に渡します
……自分で、よく考えて
後悔のない選択を、してほしい、です
●乗船
宇宙船は、無限の空間を浮遊する巨大な塊だ。けれど閉鎖的な空間でもあった。
外界との交流も断っているであろう民間船は、戦の最中だというのに至って平穏に見える。戦の情報が入ろうとも住民たちの暮らしに支障はなく、娯楽も充実しているためか、やはり閉ざされた世界だ。
漂う雰囲気がゼイル・パックルード(火裂・f02162)の骨身に沁みる。
白を基調とした街並みは美しいとも呼べるが、帝国との熾烈な争いが続く宇宙に於いて、あまりにも淡泊だ。この船で市長を務める男ダリスが、民心を誘導しているからか。この船の人々が元来そうなのか。
巡る考えが絡まりかけて、ゼイルは後頭部を掻いた。
いずれにせよ戦力を得るため、彼ら猟兵が為すべきことは決まっている。
――ガラじゃねぇな、こういうのは。
靴の向かう先はそれぞれ分かれ、ゼイルも他の猟兵から離れていく。
戦いたい者が戦う。逃げたい者は逃げる。
人の心は面の如し。選択肢があるという贅沢を理解した上で択ぶのであれば、ゼイルにも反対する理由はなかった。
――本当にそれでいいと思ってるなら、だけどな。
燎原の火のような見目に沿わず、彼は冷静に物事を見る。
そしてゼイルは、イベントのスケジュールや会場を確認するため、街へと繰り出した。
芦屋・晴久(謎に包まれた怪しき医師・f00321)もまた、帽子を手の平で押さえ、歩き出していた。
彼が調査するのは市長ダリスの身辺。本人を足元から崩すために、とにもかくにも情報が要る。
――宵ノ刻。
歩きながら胸裏に浮かべたのは、落日を見送った世界。
すると踏み出した晴久の足先から、姿が宵色に溶けていく。
――水舞転身環。
晴久は瞬く間に、総身を世界から晦ませた。
歩む仲間たちと同じように、遠呂智・景明(さむらいおろち・f00220)の視線は、見慣れぬ建物を次から次へと追っていた。船内の床をはじめとする眩い白の建材。ちかちかと明滅を浴びた感覚に陥る。
至るところに植林されているため、緑もそこそこある。だが、とにかく無機質で平坦な白が目に痛む。道も広く動きやすいのに、どこか息苦しい。
――言っちゃ悪いが、長居したかねぇな。
宇宙に浮かぶ船への関心よりも、土や竹の匂いに包まれた世界への恋しさが募る。
早めに事を成すべく、景明は市長に近しい存在を探すため動き出した。
そうして足早に消えていく猟兵もいれば、ゆったりと歩きながら眺めている猟兵もいる。レザリア・アドニス(死者の花・f00096)も、そのひとりだ。
白い壁や床に映える双翼と黒髪が、気も漫ろな彼女の動作に合わせて揺れる。思わずふらりと、湾曲した窓へ近寄っていく。
「あれが、宇宙……。ここは、スペースシップと言うところですか……」
死霊と共に夜をゆくのが常だったレザリアにとって、船外に広がる果てしない夜は、地上で見るのと違う美しさを醸し出していた。
頭上を見ても足元を見ても瞬く星の群れ。地上なき夜を進みゆく宇宙船。
はじめての不思議な感覚は、しばらく船を歩いてみても拭えない。
やや覚束ない足取りのレザリアとは別に、しっかりと立つ少年が広場にいた。案内端末を操作するナイ・デス(本体不明のヤドリガミ・f05727)だ。
民間船とはいえ、各種娯楽施設まで備えた巨船だ。船の全体像を把握するのが、悪事へ辿り着く近道だろうとナイは考える。
しかし一度ふれてみて解った。老若男女問わず扱い易い案内端末は、そのシンプルさゆえに、関係するデータを取り出すのみの仕様だ。
保管してある情報からは、基礎となるメインコンピュータまで辿れない仕組みになっている。ハッキングもお手の物のナイには、それが瞬時に判断できた。
そのため彼は、一般向けに配信されていた船内図をゴーグルに受信する。あとはゴーグルが生み出す地図を自らの足で辿れば良い。
――地図と、見比べていけば……きっと。
配信しているのは一般向けの案内図だ。職員やスタッフといった、俗にいう『関係者』専用の区画については、殆ど表記されていない。
目指すべき場所が把握できたことで、ナイの歩調も些か速まった。
同じ頃、高ぶる心を超嗅覚に集中させて犬憑・転助(孤狼の侍・f06830)は建物が並ぶ一帯を進んでいた。
建物の壁や屋根は白く、採光が不要だからか窓も殆どない。居住区に並ぶ家々は、丸みを帯びた形状が多い。
まるで雲のように大きい雪玉だ、と転助も意識せず仰ぎ見た。
よく晴れた日に聳えるふっくらした雲を整えて住処にしたら、恐らくこのような見目だろう。いや待て、と転助の脳内で静止が入った。雲にしてはだいぶふっくら感が足りない気がする。
脳裏に浮かべていくうちに、転助はもうひとつ、切り抜きのようにまろいものを思い出した。
――月。月だ。
音にして零すまでもなく転助は、蘇った情景と共に言葉を呑み込む。
ふるふるとこうべを振って意識を引き戻すと、彼は再び鼻をひくつかせる。
悪事を働く存在の名は、疾うに知れている。
――なら、ダリスって野郎が帝国と繋がってる証拠を見つけるだけだ。
雪玉を連想させる家々を抜けた先、今度は四角い建物に辿り着く。転助の鋭い嗅覚は、そのうち一軒へ彼自身を導いた。
入口に掲示されていた電子看板も、建物名を示すパネルも、転助の目には入らない。ただ只管に、きな臭さを嗅ぎ分ける。
笠を傾け顔を伏せつつ、転助は着実に目的地へと近づいていた――市長ダリスの私室だ。
「用心棒のひとりもいねーのか」
少し肩透かしを食らった気分で、ぽつりと呟く。
部屋へ着くまでの道中、人影や気配こそあれど転助を発見する者も、ましてや咎める者もいなかった。そのうえ護衛を担う人員も配備されておらず、侵入は容易だ。
けれど彼は、かえって何も無いのでは、と疑いはしなかった。
己の鼻が告げているのだ。転助の超嗅覚は、確かに今いる部屋を標的にしている。
――どこもかしこも臭うな。悪者の臭いだ。
うんざりするほど好まぬ空気を吸い、棚や引き出しを開けていく。
鼻先を四方八方へ向ける彼の表情は、真剣さを損なわない。
「おい」
転助が本能が赴くがまま呼びかける。
声を放った先に生物は存在せず、当然、返答も無い。だから転助は腕を伸ばす。
「そこに入ってるのは、何だ?」
彼がこじ開けたのは、周到にねじ留めされていた壁の片隅。一見すると通気口の痕跡と見紛うが、転助の嗅覚はごまかせない。
そうして転がり出てきたのは、見慣れぬカード。
首を傾いだ転助は、厚みのあるカードの裏表を確認すると、懐へ入れて部屋を後にした。
人が集まる大衆食堂に、透き通る歌声が響く。
鈴木・志乃(ブラック・f12101)が静かに口ずさむのは故郷の歌だ。わずかな記憶の欠片を掻き集めた、どこかの街の歌。骸の海へ、愛する人々への祈りを紡いだ歌は、志乃の双眸を揺らす。
突如として現れたドレス姿の歌い手に、食堂の利用者は眼を丸くした。艶めくことを知らない漆黒に濡れたドレスは、志乃が秘める底なしの歌声のように、深い。
彼らはしかしどよめきはせず、歌を阻まぬよう話し声を窄めた。黙り込む者もいれば、耳打ちしあう者もいる。
パフォーマンスだと思ったのか、怪しむ素振りもなく耳を傾ける人々ばかりだ。
戦中とは思えない、穏やかな空気。志乃のことすら、反乱分子や侵入者だと疑いもしない民の様子。
薄く閉じた瞼の裏で、志乃は思う。
――平和な証拠、ですね。
視線と好奇心が肌身を刺し、志乃は徐に喉を閉ざす。
そしてゆっくりと、深い琥珀を思わせる二粒を瞬かせて会釈した。
「……失礼しました。驚かせてしまって申し訳ありません」
礼を失したと詫びた志乃が、ひとつのテーブルを占拠する一団へ視線を投げる。
同じ衣装を纏った男女は、この宇宙船の警備員のようだ。腕章を一瞥した志乃は、穏やかに話し掛ける。
「警備員の方々でしょうか」
着席していた男女が目を丸くしたのにも構わず、志乃は言葉を続ける。
「突然の訪問、失礼致します。解放軍のシノ、と申します」
「か、解放軍……!?」
思いがけない珍客に、警備員たちの表情が強張った。
条件反射できょろきょろした彼らに、志乃はゆるくかぶりを振る。
「大丈夫、この食堂に居るのは私だけです」
見咎められたのではと警備員たちに気遣わせるのは、志乃の本意ではない。だからすかさず答えた。
慌てず騒がず、礼儀正しく接する正装の女性に、警備員たちも次第に浮きかけた腰を落ち着かせていく。
少しして、志乃の気色を窺うように、居住まいを正した女性警備員が口を開いた。
「……こんな人の多いとこに単身乗り込んでくるなんて。どうして?」
直球な質問にも動じず、志乃は微笑んだ。
「お話をしたいのです。皆さんと」
一方、シホ・イオア(フェアリーの聖者・f04634)は市長ダリスの行方を追っていた。
――見つけたっ!
小柄な身を活かし人工植物の葉に隠れたシホは、背広姿の男たちと話すダリスを、枝葉の隙間から覗き見る。
距離があるため会話も聞き取れない。
「……輝石解放」
すぐさまシホは、両の手に包んで輝石を解放する。
きらめく石はシホの想いを写した鏡のように、淀みも濁りもなく、淡い光でシホの両手を彩る。
「おいで、シホの友達――アクアマリン」
大いなる海の聖霊へ助力を求めれば、ちゃぷん、と水が跳ねる音を立てて熱帯魚が空を泳ぎだす。
シホはすぐに、発見が困難となる熱帯魚をダリスの背へ飛ばした。
熱帯魚に五感を繋ぎ、彼女は耳をそばだて瞼を閉ざす。
「……残るタカ派はどれぐらいだ?」
ダリスが静かに問い掛けていた。同行していたひとりの男が、携帯端末を彼へ見せながら、口を震わす。
「判っただけで9名。先刻の放送の効果もあり、時間の問題でしょうな」
「最後まで油断は禁物だ。口にせず燻っている者も少なくなかろう。で、次は?」
金の髭を撫でつけながら、ダリスは質問を重ねた。
すると別の男が、ドーム型の施設を顎で示す。男たちの態度に、媚びる気配は見受けられなかった。市長に心服しているわけでもなさそうだと、シホは感じる。
「次は市民ホールでの演説です。人もだいぶ集まってますよ」
ふむ、と唸ったダリスは、男たちに導かれるまま目的の施設へと消えていく。
――最後、まで……?
シホの耳にひっかかった単語は、ただただ彼女の首を傾げさせた。
慎重に動き、あるいは尾行する猟兵たちがいる一方で、ソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)は堂々と放送局へ乗り込んでいた。
娯楽施設が整った船とはいえ、放送局はいくつも持たないだろうと踏んで、案内表示を頼りにめがけてきたのだ。
予想通り、船内各所のモニターに流す番組を取り扱っている放送局はひとつのみだった。しかも建物自体、大きくない。
生放送中の番組があると街角で知ったソラスティベルは、これならばと指を鳴らし挑んでいく。
観覧者でも迷子でもない闖入者に、スタッフは戸惑うばかりだ。トラブルにあまり慣れていないのだろうか。そんな彼らをよそに、ソラスティベルはカメラの前へ躍り出た。
「聞いてください! 今、宇宙に住むあらゆる人々が、解放軍として戦っています」
先刻この船の民が耳にした、帝国との宇宙戦争について、躊躇いなくソラスティベルは口にする。
「帝国によって、多くを失った人がいます。大事なものを壊された人がいます」
清らかな空を瞳に宿し、勇気の炎を示すかのような橙の髪を靡かせて、彼女は英雄譚を語るがごとく声を張る。
カメラを止めろと叫ぶスタッフもいれば、そのまま回せと揚々と拳を振るスタッフもいる。このスタジオひとつとっても、主戦派と和平派が混在しているのだろう。
食い違う意見が行き交い、カメラマンは決定打に踏み切れずにいる。おかげで、カメラはそのままソラスティベルを撮り続けた。
「そう! 全ては、この宇宙で自由を掴む為!」
ソラスティベル自身も、恥じらいなど微塵も抱いていない。
手を掲げ、時には胸の前で手を重ね、表情豊かに想いを綴る――彼女にはわかっていた。この船の人々は、勇気を持たないのではない。勇気を奮う機会を、根こそぎ奪われているだけなのだと。
「己と同じ境遇の人を、これ以上生まない為に!」
だから彼女は、ありったけの勇気を訴える。
情感あふれる言葉の連なりが、迷いなき彼女の様子が、番組の視聴者を釘付けにしていることなど、当人は知る由もない。
●捜査
面妖な一味がいる。
それを認識したのは、市長に近しい政治家に目星をつけ捜査していた景明だ。
徒党の見目は住民と大差ないのに、纏う空気が異様だ。加えて、すれ違う家族連れや老夫婦などが、まるで目上の人にするかのような会釈をしていた。明らかに、近隣住民や友人へ向ける雰囲気ではない。
背広姿の一味はビルの前で立ち止まった。互いに何事かを確認し合いながら腕に巻いた通信媒体で、どこかと連絡を取り合っている。
ビルの影で様子を窺う景明は、彼らが中へ入っていくのを見送ってから、屯していた場所へ近づく。
入り口には、階ごとの貸借人情報を表示した電子看板が直立していた。
「副市長に市民生活部部長に事務局長……偉ぇ肩書か?」
まじまじと覗き込み、ビルの使用者がいずれも市政に関わる人物だと景明は知る。
すべての役職が集っているわけではないらしい。振り向けば、似た高さと形の建物は他にも数軒あった。
――差し詰め、奉行所ってとこか。
しっくりくる言葉で考え直して、景明は建物の裏手へ回る。
裏にもドアはあるが窓は無い。冷たい壁に耳をつけても、屋内の音が漏れてくることはなかった。
少しばかり唸ったあと景明は細く長く息を吸う。意識から惑わすものを払い、乱れを失くした動作は密やかに、景明の姿を空気へ潜ませた。
以降に露出するのは、景明自身が起こした物音と体温だけ――これぞまさしく、陰の如く。
調えた状態のまま、景明は忍び足でビルへ踏み入る。
――さあ、隠密行動させてもらおうか。
訪問するのは、肩書を持つ人物たちの執務室だ。
人は居ても、透明になった晴久を咎める者は無く、悠々と船内を進む。
ダリスを追う道中、見かける光景はどれも同じだった。人々の間で、銀河帝国や戦争が話題に上がっても長くは続かず、他愛も無い会話に戻る。
この船なら安心だ、市長の選択は正しいといった発言が耳に入ってくる。
宇宙船が徹する日常は一様に明るく、迫る暮色を知る由もない。だからこそ晴久の歩みは軽かった。
――何も知らないんですねえ、此処の方々は。
のさばる悪事の存在すら、人々の頭には思い浮かばないのだろう。悪巧みに走る人間にとって好都合な船でもある。
そう考えて、晴久は帽子を目深にかぶり直す。あくまで口端に笑みを湛えたまま。
やがて、ひと気も失せ、張り詰める緊張感が肌を這う区域へ出た。
ダリスが閉ざされたドアを抜ける間際、横に設えた機器へ手を触れるのを、晴久は見逃さなかった。
ドアがあいている裡に晴久も通り抜けて、そこで足を止めた――市長のダリスが、壁に備え付けてある鏡の前で立ち止まったからだ。
晴久はゆっくり辺りを窺う。他に一般人も見当たらないこの細い通路は、どうやら限られた人物しか通れないところらしい。
ドア上部や通路の途中には、球状のカメラが完備してある。日常風景に満ちた他の場では、あまり見かけなかった機器だ。
――職員専用通路にしても、妙に物々しいですね。
晴久は喉の奥で感想を紡ぐ。
不意に、服装と髪の乱れを整えていたダリスが口を開く。
「まだ時間はあるかね?」
人影のないところで誰に問うたのかと一瞬、晴久が息を止めた。
だが緊迫感に駆られるまでもなく、すぐに事態を呑み込む。通路の横道に、誰かいる。
「はい。慌てなくて大丈夫ですよ」
ダリスではない誰かが答えた。男の声だ。
男を確認したいが晴久はそれ以上近寄らず、息を潜めて待機した。透明化しているとはいえ、気取られる可能性があるからだ。
男の答えに、ダリスが露骨な溜息を吐いた。
「これから保育施設とはな。ガキどもの相手は、より疲れるんだが」
躊躇無きダリスの言い草に、暫しの辛抱です、と淡々と応じる声。
「親のことは子に聞くのが一番ですから。それに、園児は素直でお喋りが多い」
そんな男の回答に一頻り笑ったダリスは、男と一緒にそのまま通路の先にあるドアをくぐっていく。その際に晴久は男の姿を捉えた。晴久の勘だが、背広姿の男は善人の枠に収まりそうにない顔をしている。
そしてちらりと覗いたドアの向こうは、別の建物の裏側へ繋がっていた。
――わざわざ話をするために此方へ?
晴久が改めて見回しても、決して広くはない区画だ。先ほどのやりとりが、人目を避けて話す内容だったと考えるなら、調べる価値もあるだろう。晴久は顎を撫でる。
二人分の気配がドアの向こうへ消えてから、晴久は背広姿の男がいた通路へ逸れた。しかし通路は長く続かず、すぐに壁へ突き当たる。
真っ白な壁面に三方を囲まれた晴久は、ふむ、と吐息だけで唸った。するりと指の腹で壁をなぞっていく。
しゃがんで撫でていくと、やがて指に引っかかる箇所を感じた。押してみると、四角く刳り貫いたかのように一部分だけ開いた。
覗き込んでみれば配管でもダクトでもなく、小物をしまう棚になっている。そしてそこには、小さなカード型の電子媒体が置かれていた。
電子媒体をそっとしまい込んだ晴久は、すぐにその場から離れた。
同じ頃、執務室を調べていた景明だが、大当たりだと胸を張れる証拠は得られずにいた。
部長や事務局長の執務室は有人だった。部屋の主が部屋を離れた隙に、迷彩を装い潜入したものの、あからさまな証拠は残していない。あるいは別の場所に隠してあるのか。
部屋の主が戻る気配を察し、ダクトを通った景明が次に侵入したのは副市長室だ。
一瞬、気配を感じ身構えたものの、猟兵の姿を発見して息を吐く――シホが、ひと足先に副市長室にいた。
フェアリーの小柄を存分に生かして、家具と壁の隙間や裏側など、彼女は隈なく探す。
「お散歩してたワンちゃんに聞いたんだよ。このビルの人たち、好きじゃないって」
現場へ来るまでの間に、動物たちと話をしてきたとシホは伝える。動物の勘は侮れない。
直後、シホと景明は同時に「あっ」と声をあげた。
シホは戸棚を隠すカーテンの内側、ひだに貼り付けてあった小さな――シホにとってはやや大きめの――電子媒体を。
景明は、靴ベラと同化していた、腕に巻く形状の電子媒体を、それぞれ発見した。
「シホが見つけたの、カードだね。んー、中身あるのかなぁ」
腕に装着してみた景明は、少し古いのか傷や汚れも多く、使い方もわからぬまま突起画面を撫でてみる。
「こっちは……おっ、なんか出てきた」
すると画面に地図らしき絵が浮かんだ。壊れているのかところどころ歪で、映ったり消えたりを繰り返している。あまり長くはもたないのだろう。
今まで通ってきた街の景色を思い出して、景明は感付く。関係者しか入れない場所が、この船には多いようだ。
奥の通路へ潜り込むつもりだと話した景明に、シホは羽をきらきらと揺らして同行を申し出る。
次の行き先も定まった景明とシホは、人目につかぬようダクトからビルを脱出した。
食堂の随所に設置してあるディスプレイも、番組へ乱入したソラスティベルの呼びかけを映していた。
警備員たちと向かい合っていた志乃は、自分自身と、そして仲間の言葉に耳を傾けている食堂の人々を眺めて、胸の奥に希望を滲ませる。
「私の故郷……皆さんの言うところの船は、もう、ありません」
一度は閉ざした唇で、振り返りたくない過去を語りはじめる。
「静かに暮らしていました。……なのに一瞬で滅ぼされました」
音で奏でて、言葉で模ると、どうしても情景が浮かんでしまう。聞き手である人々も同じだった。
故郷を失った人の多いこの民間船は、似た境遇の者ばかりいる。だからこそ手を取り、寄り添いあって生活してきたのだろうと、志乃にも感じ取れた。
嘘か真かダリスが放送で市民を『家族』と呼んだのも、彼らにとっては嬉しい言葉だったのかもしれない。
「私は行きます」
短い決意を乗せた言の葉は、警備員をはじめ食堂に集う人々の間を流れて伝わる。
「参加してくれとは言いません。私と同じ物を、皆さんに見せたくないから」
とても勇気のいることだからと、志乃は睫毛を伏せて、生まれながらに持つ光を滲ませる。黒のドレスも光の粒を鏤め、細く色の白い腕からは雫のように零れゆく。
きれい、と警備員の女性は微かに頬を緩めた。そして不思議そうに、志乃の顔を覗き込む。
「どうして、そんなに強くいられるの?」
純粋な疑問を口にしたらしく、女性の眼差しに悪意も謙遜も無い。
だから志乃も、曲げずに答えた。
「いつかまた、帰る日のために」
そう思い続けている。志乃は一度たりとも忘れたことがない。
帰る日。周囲にいた人々が、同じ音を繰り返し呟く。まるで内に眠る想いを確かめるかのように。
「……もし、協力して頂けるなら」
考えれば考えるほど、彼らも分からなくなるのだろう。
志乃は堪えきれなくなって、呼びかけた。
「この命を賭けて、私は戦いましょう」
警備員たちの顔つきは、すでに晴れやかだ。
色褪せていた頬に微かな輝きが生まれ、赤みを帯びる。
立ち上がる必要はないと、男は言った。
日常を脅かす暴挙には出ないと、男は言った。
その発言者が、レザリアの前に居る。
各施設を回り弁舌をふるってきた市長ダリスは、より多くの民衆が集える市民館のホールに立った。ここで発言する内容は、放送と同じものだ。
潜んで声を聴き、機会を窺っていたレザリアは、舞台にあがった当事者を見上げ、唇を引き結ぶ。
――なんてこと……。
人々の思想を、意欲を、上に立つ者が抑制しているようにしか思えなかった。
導きもせず、考えさせるでもない。民衆に選ぶ権利を与えたくないのが透けて見える。
レザリアは立ち上がった。
小柄で繊細な身なれど、彼女には立ち上がる足も、主張する声もある。
市民ではない存在に気付くはずもなく、市長ダリスは叫び続けた。
「帝国の魔の手から逃れてみせます! ですから皆さん、何の心配も要りません!」
「どうだかなぁっ!」
会場に響き渡った、愉快と痛快を形にしたかのような大音声。
人々の視線が彷徨い乱れ、一斉にざわつく。群衆の間を、レザリアは潜り抜けていく。
直後、ホールの二階部分にあたる手摺が燃えた。ダンッ、と魔法で編まれた靴で手摺に乗り上げたのはゼイルだ――彼の足に宿るのは、己の身より噴出する地獄の炎。
一般人を巻き込まないよう、細かい調整が為されたとは想像もつかない火勢と明るさで、ゼイルはホールを照らし出す。
そしていつの間にか機器と接続していたマイクを握って、彼は炎の音をも自らの声に乗せる。
「本心を確かめさせてもらうぜッ!」
彼が指を突きつけた先はもちろん、市長のダリスだ。
ああそうだ、と思い出したようにゼイルはニッと笑って見せて。
「俺ばっか注視してると足元救われるぜ?」
ゼイルに気を取られていた市長や市民は、レザリアが舞台の目の前まで近寄っていたことも、知らずにいた。
備え付けられた板マイクを手に、あどけなさの残る少女が問う。
「全てを侵食された時には、どこに逃げられるんですか?」
帝国ある限り、逃げる場所など無いのだと、レザリアが真実を突きつける。
「……宇宙は無限でも、資源は有限です。必ず限界がきます」
想定外の事態に慌てふためく職員も多い中、ダリスは咳払いで息を整えた。
「資源も食料も、参戦したときの方が過酷になる。だからこそ!」
論戦に挑むレザリアは、恐らく民衆にとって異質なのだろう。
状況がすぐには理解できず驚き茫然と見つめる者や、怪訝そうに見つめる者も多い。それでも。
「家族であるこの船の皆さんを、戦いに向かわせたくないのです!」
息巻くダリスを仰ぎ見て、レザリアは吐息に嘲りを含んだ。
「……家族想いの、優しい人ですね」
薄らと浮かべたレザリアの嗤いは、市長の表情を凍りつかせる。
制止を試みた職員を押し返して、ゼイルも矢継ぎ早に、そしてやや軽い声音で言葉を紡いだ。
「ああ、ああ、そうだな、市長の言う通り、戦いに参加する必要はない」
炎纏う靴のまま手摺から飛び降り、舞台へ着地したゼイルは混乱の渦中にいる民衆へ向け、マイクを震わせた。
「相手は大切な何かを奪いかねない……いや、奪ってきた帝国だぜ?」
消えぬ火が弾け、ゼイルの瞳をより濃い金に輝かせる。
「その帝国が勝とうと、どうでもいいならな」
挑発じみたゼイルの発言に一瞬、民衆の空気が凍り付いた。
●暴露
装った迷彩と忍び足で職員用通路への潜入が叶ったナイは、天井裏に陣取り、得手とするハッキングで情報を収集し始めていた。
民間船であれば、武器庫など物騒な部屋も無く、隠し部屋も多いとは思えない。ならば帝国と繋がっている証拠を隠すのに、どこが最適か。
それをデータベースから抽出するため、配線をいじり、一から十までの情報が自らのゴーグルを経由するよう仕向ける。
その傍らで手を動かし、ナイは船内の疑わしい箇所にある各端末を覗き込む。
――それが、世界の破滅を招くとしても。
選択した結果が『戦わない』ことなら、それもありなのかもしれないと、ナイは考えを過ぎらせる。
家族や故郷を知らず、たったひとりで世を渡り歩いてきた彼にも、強大な敵を前に「戦いたくない」という人心は理解できる。
それが、彼らの意志で考えられ、彼らの決意で生まれたものならば。
だからこそナイには見過ごせなかった。
扇動された住民の気持ちは、彼らが心から考えて望み選んだものではない。
不意にナイは、燃えるような赤い眼を、ぱしりと瞬かせて。
「……この先……あっ」
各種コンピュータを覗くうち、とある映像に目を奪われた。
別の職員用通路をゆく、シホと転助の姿だ。機器には映り込んでいないが、どうやら他にも仲間と一緒にいるらしい素振りをしている。
通路への侵入は無事果たせたようだが、行き止まりにある部屋はロックされている。
ナイはそろりとマイク端子を繋げ、ドア横に設置された入退室用の機器から、音声を発する。
「あの、私、ナイです。今、あけます……」
相手側の声はこちらに届かないが、音を鳴らしたドア横の機器へ向け、シホが片手を緩く振るのは映った。
眦をほんのわずかに緩めて、ナイは手際よくドアロックを解除した。
遠隔からの手引きにより、シホと景明、そして途中で合流した晴久、転助が入室したのは、「関係者以外立ち入り禁止」と見落とすはずもない大きさで書かれた職員用通路の奥だ。
景明の拾った電子端末が示した地点で、猟兵たちにとって未調査の区画でもあった。コンテナやディスプレイなどの機器が積まれていて、実際の面積よりも狭く感じる。
猟兵たちの拾得したカード型の記録媒体が使えるコンピュータも、この部屋にあった。
見慣れない機器を前に景明が呻き、転助は低いところにあるコンテナを、そしてシホは身軽さを活かして高所にあるコンテナや通気口を見てまわる。
その隙に、晴久が記録媒体をふたつのコンピュータへ吸い込ませていく。
持ち寄った記録媒体は3枚。
晴久は一枚ずつ丁寧に差し込み、読み取っていった。
「早々に終わらせましょう」
収録データを開くのは、驚くほど容易かった。
いざ読み取れても、厳重に保護されて簡単には開けないと思いきや、どうやらカードが物理的に隠されていただけで、特殊な操作やパスワードは不要だった。
晴久は、ディスプレイに止まず表示された収録内容を確認する。
「明確な物証になりそうか?」
コンテナの山に飽きたのか、ふわふわと尻尾を揺らしながら転助が舞い戻ってきた。
軽く読み終えた晴久は、サングラスを押し上げ不敵に笑う。
「……ええ、当たりでしたよ」
彼に促されて、転助とシホはディスプレイを覗く。
そこには、銀河帝国側についている内通者――すなわちダリスとその協力者の情報、そして帝国との送受金記録が、几帳面に保存されていた。
――話を持ちかけられたのは市長だけでは無い筈。そう思っていましたけども。
予測が当たったことを晴久が素直に喜べないのは、その人数だ。
直接、帝国から話を持ち掛けられた人数は、表示されているメンバーより少ないことを願いたい。なぜなら、ここにはダリスを含め、十数人もの名が挙がっているからだ。
そしてもう一枚のカードには、さきほど発見した協力者たちの名前と、役職名らしき言葉が併記され、まとめてあった。
「戦務幕僚、兵站幕僚、情報幕僚、研究開発……なんだこりゃ、冗談だろ」
読み上げながら目を丸くさせた景明の横で、晴久もまた眉間を押さえて。
「帝国軍に所属でもしたいのでしょうか、明け透けですねえ」
市長のダリスが帝国側についた理由を、晴久は知りたがっていた。集まってきた情報から嫌な予感を覚えたものの、込み上げてきた情はおくびにも出さない。
そもそもオブリビオンである帝国軍に、こういった役職があるのかさえ怪しい。
そしてもう一枚のカードに収録されていたのは、この船の住民に関する事細かなデータだ。
保存されているのは子どもと若者の情報が中心だった。添えてある詳細も、名前と全身図、加えて健康状態や手先の器用さといった項目でレベル分けまで為されている。
おまけに送信した痕跡もあった――送信先は言わずもがな。
シホは、やや引き攣った頬で唸った。
「これ作ったの市長かな? なんか……マメなひとってことは、わかったね」
「キナ臭ぇな、これはこれで」
神妙な面持ちの転助が、眉間に皺を寄せる。
よし、とそこで膝を叩いたのは景明だ。
「とりあえず証拠を主戦派に引き渡すか。俺らが振りかざすより効果的だろ」
解放軍に参戦しようとする人々へ渡すべく、コンピュータから外したカードを手にする。
そのとき。
「……あ、あの……」
恐る恐るといった様子の声が、彼らの耳に届く。
機械を通し雑音が微かに混じった声の主はナイ――先ほどドアロックを解除してくれた、別所でハッキング中の猟兵だった。
「そちらに、人が向かって、ます」
人に慣れずとも伝えたいものは決まっている。
端的に告げたあと、ナイはコンピュータに監視カメラの映像を映す。
この部屋へと繋がる長い廊下を、数人の男が歩いている。それも足早に。
「穏やかじゃねーな」
言いつつ、転助が刀へ手を添える。準備は万端のようだ。
「よほど、隠したかったんでしょう」
猟兵たちは素早く顔を揃え、軽く打ち合わせる。
物証は住民へ手渡そうと決まった。それとは別に、映像で状況を船内に公開しようと、ディスプレイ越しにナイが告げる。
「せっかくだ。派手な演出で流してやってくれ」
景明の一言に、ナイがディスプレイ越しでもわかるほど遠慮気味に頷いた。
ぷつん、と千切れたような音を立てて、ナイからの通信が切れる。
一旦、静けさを取り戻した部屋だが、問題は残っていた。迫りくる男たちのことだ。
部屋には窓も、別の場所に通じる扉も無い行き止まりだ。辛うじて小さな通気口はあるが、フェアリーであるシホでも厳しい狭さだ。
「……主戦派の件は任せた。ヤツらは俺が撒く」
爛々とした双眸で転助が仲間を促す。じっとしていられなかったのか、ぴんと立った耳も小刻みに動き、尻尾はゆらりと靡く。
「安心していいからな、殺しはしないんでね」
「ほどほどでお願いするね」
そう告げたシホへこくりと頷き、転助はドアセンサーに身を寄せた。
ドアが開くと同時、瞬発力を活かして転助が廊下を駆ける。
突然飛び出してきた白い塊に驚き、職員のひとりが転倒する。壁をも蹴りあげ彼らの頭上を飛び越えた転助は、着地と同時に振り返る。
そして挨拶代わりに男たちへ贈ったのは、怖いものなしと言わんばかりの一笑。
「し、侵入者……いったいどこから!?」
「何者だ、待て! 逃げるなッ!」
半ば混乱しながらも、職員の男たちは逃亡した転助を追走していく。
室内を確認しに来る気配もなく、物陰で息を潜めていた猟兵たちは、頃合いを見計らって部屋を出た。
ソラスティベルによる番組は、今も進行していた。
「この船はたしかに、帝国に襲われたことはありません。ですが……」
適度な抑揚は、ソラスティベルが生み出す雰囲気をより強固なものにする。
奮い立たされる感覚を、視聴者も、スタジオにいるスタッフも味わいつつあった。
「解放軍が敗れれば、いつか必ず帝国の脅威が迫る!」
演説も盛り上がってきたところで、放送局が俄かに騒がしくなる。
何が起きたのかと一瞥したソラスティベルの視界には、背広姿の男たちが映った。
「今すぐ放送を止めなさい! 今すぐに!」
番組を制止しようと、強硬手段を採ったのだ。
だが押しかける男たちを抑え込んだのは、猟兵ではなかった――志乃の説得により、同調した警備員をはじめとする住民たちが駆けつけたのだ。
放送中止を求める男たちにとっては、多勢に無勢だ。警備員たちを味方につけた志乃の眼が光っている裡は、進行を中断させることも侭ならない。
防音ガラス越しに、志乃とソラスティベルは視線を重ねた。
言葉は無くとも通じる。頷いた志乃に、ソラスティベルはぐっとサムズアップで応え、放送を続けた。
「皆さん、今こそ反攻の声を上げ、立ち上がるのです!」
ソラスティベルの熱い姿と言葉は、映像となって船内の人々の眼に焼き付けられる。
「武器を扱うだけが戦いではありません」
広げた腕は、目に見えぬものをやさしく抱き寄せた。
胸に灯る勇気も、膝を折っても立ち上がる強さも、すべてを包み込むように、彼女は顔を上げる。
「想いを籠めて見送ることが。傷ついた者への支えが、帰るべき場所を守り保つことが」
ブースの外で起きている攻防には目もくれず、ソラスティベルは喉を嗄らして言い切った。
「……そのすべてが戦いなのですッ!」
どさり。
追走してきた職員の男たちは、刀の背に叩かれ呆気なく気を失った。
放出した殺気に狼狽え、動きが止まったほどだ。悪事に加担していたらしき職員も、やはり戦闘経験が浅いか、殆ど無いのだろう。
そう考えながら、別行動中の仲間が向かったはずの方角を見遣る。
――うまくやってくれてるとは思うけどな。
短く息を吐き、姿勢を正す。
そんな転助の耳朶を打ったのは、何処からか響く騒がしさだ。嗅覚に引っかかる匂いから察するに、大勢がそこに集まっているようで。
転助は真白の狐耳を受信装置のように動かして、距離を測る。
「……っし、行くか!」
納刀したのち、転助は底なしの体力で地を蹴った。
●
顔は赤く茹だっている。噴出しそうなのは怒りか、焦りか。本人ですら気付かず、ただダリスは歯を食いしばっていた。
泥船にでも乗ったような顔に、脂汗が浮かんできている。退く気配が微塵もないゼイルとレザリアに、気圧されているのだろう。
「何と言おうと、この船は蹂躙されません! 今までそうであったように!」
断固として無いと言い張るダリスに、ゼイルも肩を竦めた。
「おかしいな、過去を見ずに未来を捨てるのかい?」
「今後もない、とは言い切れないよね……?」
ゼイルとレザリアの仕掛けた鋭利な舌戦が、市長ダリスにじわじわと疲弊感を与えている。
もはや、ダリスはまともにレザリアたちを見ることができない。外したい視線をどうにか堪えているだけだ。
しかし当のレザリアは、始終ダリスの顔から目を離さずにいる。
「ありません。私が市長として蹂躙を断固阻止します! そのために参戦しないのです!」
「巻き込まれた時は、どうする? 解放軍の、背中に隠れる……?」
似た答えを繰り返すダリスへ、レザリアは詰め寄る。ひと欠片も容赦はない。
悪意をも射貫く緑の瞳は、逸れない。心の奥まで覗き込むかのように、真っ直ぐダリスを捉える。おかげでダリスは、目許がひくひくと痙攣していた。
「孤軍奮戦の彼らが倒れたら、誰が貴方達を守るの?」
問うレザリアの面持ちは真剣だ。説き伏せるためではなく、船の人々へ伝えたいがために。
憂う白は薄汚れ、遠い過去となってしまった家族の記憶も、灰色で塗りたくられていく。決して消えはしないのに、今となっては掴めないものが、レザリアにはあった。
「大切な家族、なんでしょう?」
くるりと向きを変えて、レザリアは集まっていた市民へ投げかける。
「全てを他人に頼るんじゃなくて、自ら戦う……守るべき」
心が揺れているのか、民衆の表情は困惑に満ちていた。
「未来ある子らを、戦いを知らない清き子らを、戦禍で痛めつけようというのですか!」
諦める気配の無いダリスの一言に、今度はゼイルが口を開く。
「まあ、帝国に従属して、自由を知らない子を作りたいってんなら、話は別だ」
揺らめく炎を連想させる静けさで、ゼイルは笑う。
さりげなく言い放ったゼイルの指摘に、ダリスはぴくりと片眉を動かす。ゼイルはそれを見逃さなかった。
――もしかして本当にそうなのか?
湧きかけた懐疑心が、ゼイルの眼差しに宿る。ダリスをねめつけてみるものの、反論はない。
自由。従属。相反するワードが、人々の胸に不安を抱かせた。状況を理解できない幼子もいれば、善悪の分別がついた年頃の子もいる。それぞれが違う表情で、言葉による戦いを、意見の衝突を見守っていた。
だからレザリアは続ける。強くなりそうな語気を抑えて、最後には淡々と募る想いを声にした。
「自分の宝物、自分の運命。自分の手で守るしかないのよ……家族のためにも」
民衆が、しんと静まり返った。
それは人々が噛みしめて、呑み込んで、腹の底で溶かして受け入れるまでの時間。
ひとに任せて戦わない道へ、違和感を覚えた若者がいた。
我が子の仇を取りたいと、かつて覚えた悲しみや悔しさを思い出した老夫婦がいた。
解放軍という希望に縋り、また解放軍を支えたいと考えるひとがいた。
ともだちや母親を守るため、おもちゃの銃や剣を抱き締めた子どもがいた。
そうして沈黙のひとときは、レザリアとゼイルにも、そしてダリスにも、平等に訪れる。
静寂を切り裂いたのは、ホールへ飛び込んできた転助だ。
間に合ったな、と乱れた着物を整える暇も捨てて転助が突きつけたのは、市長ダリスへの言葉の刃。
「ここで油売ってる場合じゃねーと思うけどな」
「な、なんだ、急に……」
動揺するダリスの心境など微塵も考慮せず、突然、船内に設置されたすべてのディスプレイに、舞台にいる彼らの様子が映った――ナイが操作したのだ。
自らの鼻を指差した転助の表情は、平時となんら変わり無い。だが耳と尾は雄弁に彼の心情を物語って、揺れていた。
「鼻には自信があってね。キナ臭さも嗅ぎ分けちまうのさ」
状況を察したレザリアとゼイルが、ダリスの行く手に立ちふさがる。
転助も仁王立ちしたまま胸を張り、喉を開く。
「なあ、帝国の内通者さんよ」
漂う沈黙の次に訪れたのは、市民によるどよめきの波だ。
転助が放り投げた爆弾は大きく、突然のできごとに脳の処理が追いついていないのか、観衆の反応も賛否が分かれだす。
「え、市長が……?」
「まさかそんな、ダリス市長に限ってそんなこと。でたらめだろ」
民衆の反応に、ふん、とダリスが転助を睨みつけたまま鼻を鳴らす。
「皆さん! これこそ解放軍の陰謀です! 皆さんを参戦させ、傷つけようという……」
演説を再開したダリスにも、転助たちは構わない。慌てふためく素振りのない猟兵の姿に、ダリス本人が困惑を露わにした。
だが制止や否定が無ければしめたものだと、彼は口角泡を飛ばす。
「蒙昧な輩の発言を鵜呑みにしてはなりません! 私たちは、私たちの平穏を……」
「そりゃないぜ市長さんよ」
不意に、別の声がかかった。柱に背を預け演説を聞いていた景明の声だ。
そんな彼の後ろからは、険しい顔つきの住民たちがぞろぞろと舞台へ上がってくる。
彼らの顔に覚えがあるのだろう。ダリスの顔が強張り、みるみるうちに青ざめていく――先頭に立つ青年が、何を手にしているのか気付いてしまったからだ。
「お、おまえ……それは……っ!」
「目を通させていただきました。市長、これはどういうことですか?」
カード型の電子媒体を突きつけた若者の声が、震えている。
「帝国との送受金。個人情報の送信。そして不戦への誘導。……説明してください、ダリス市長」
彼らもまた、悪事の証拠を突きつける。
「すべて……すべて帝国のために行ったのですね、あなたはッ」
行き場を失ったダリスの視線も手も、言葉さえ、誰ひとりとして掬おうとしない。後退るダリスの後背にはホールの壁しかなく、逃走経路は猟兵と舞台へ上がってきた一団によって潰されている。
「仲間に助けを求めようなど、無駄なことはやめた方が賢明ですよ」
遅れてホールへ登場した晴久が、舞台へは近づかずに、縄を掴みながら忠告した。
帝国へ連絡を取る可能性があると注意を払っていたのは、シホだ。
彼女の助言により、シホと番組を終えたソラスティベル、志乃と志乃に手を貸してくれた警備員や食堂の常連たち総出で、内通者全員の捕縛を成功させていた。おかげで船から逃走した者もいない。
眼前に広がる絶望的な光景を自覚して、ダリスはとうとう、膝を折った。
――市長、どうして。
そんな嘆きが、ホールの外にまで溢れている。
市民に好かれた市長であるのは、間違いないのだろう。積み重ねてきた言動は、嘘を吐かない。だからダリスも、人々に受け入れられていた。
それほどまでの慎重さで日頃から動き、市民の声に耳を傾けてきたというのに。
「……何が、そうさせたの」
レザリアがぽつりと零す。
連行されていく直前、ダリスは俯いたまま一言だけ吐き捨てた。
帝国の栄光は揺るがない。皇帝陛下の元でこそ我々は生きていけるのだ、と。
「言い方だけなら、心酔しているようにも聞こえました。でも……」
そんな感じではないようにも思えて、志乃は相変らず真白に聳えたつ建造物を見上げた。
結局ダリスは、相手がオブリビオンであることを何処まで理解していたのか。それすらも、わからない。
聴取を受けている頃だが、口を閉ざしたダリスがどこまで語ってくれるのかも不明だ。
いずれにせよ、市長と彼の仲間は全員連行された。収集した情報を精査するため、緊急会議も行われるという。
「解放軍の皆さん!」
話を交えつつ歩いていた猟兵たちのもとへ、ひとりの青年が駆けてくる。
息を切らしてやってきたのは、先ほどダリスへ証拠を突きつけていた青年――解放軍と合流しようと考えていた一団のリーダーだ。
「たいへんお世話になりました。……それと、戦況は聞き及んでおります」
20代半ばといった風貌の溌剌とした青年は、真面目な顔を崩さず話を続ける。
「この船には戦闘経験の無い者ばかりです。やれることは多くありません。けど……」
猟兵ひとりひとりの顔を見て、彼は背筋を正した。
「私たちなりのやり方で、戦わせていただきたいのです。あなた方と共に」
最後には、よろしくお願いしますっ、と気合の籠ったお辞儀をされ、猟兵たちは何気なく顔を見合わせてしまう。
こうして、一隻の宇宙船が解放軍に加わった。
巨大なディスプレイには未だに、ソラスティベルが乗り込んだ番組が映っている。
参戦の準備もあり、また内通者の件が落ちついていない今、民衆へかける言葉があっても良いだろうと、彼女の熱弁が再放送されていた。
「そうです、最後に勝つのは……勇気ある者なのですッ!」
街頭をにぎわす映像は、しばらく続きそうだ。
積まれたコンテナに座っていたナイが、ぶらぶらと足を揺らす。子ども特有の無邪気な揺らし方ではない。持て余した感情の行き場がわからず、遊ばせるしかない弾み方だ。
ひと仕事を終え、ナイは住民の反応をゴーグル越しに見下ろした。ゴーグルに映った人々の感情や動線を、流れるように目で追う。
欠けていたはずの気迫が埋まる者もいれば、動揺を隠せない者も多い。高所からでもひしひしと感じる。モニター越しに見るよりも、断然説得力があった。
帝国と通じている者が暗躍していた、かつての状況下。それはナイにとって、意思を持ち選んだとは思えぬものだ。
だからこそ、転換期を迎えたこの船に馳せる想いがある。
「……自分で、よく考えて、後悔のない選択を、してほしい、です」
呟いた言の葉は、ナイ自身の胸に返る。
「おぉーい! ナイくーんっ!」
突如として耳朶を打ったのは、聞き慣れた声。
ぱちりと瞬いて視線を落とすと、いつの間にか広場へ来ていたソラスティベルが、ぴょんぴょん跳ねていた。
「こっち来ましょーよ! いっしょに皆さんのお手伝いして帰りましょーっ!」
身だけでなく声も弾ませたソラスティベルの誘いに、ナイは大きく頷く。
そしてゆっくりとゴーグルを外す。
降り注ぐ照明の眩しさが、じんわりと眼に沁みた。
大成功
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