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やくそくのひ

#カクリヨファンタズム #茶まろわんこ #彷徨う白猫『あられ』

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#カクリヨファンタズム
#茶まろわんこ
#彷徨う白猫『あられ』


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●なみだ
 天燈が灯した火の色に染まり、少しずつ膨らんでいく。
 手を離されれば、ふわり、ふわり。クラゲが漂うようなやわらかさで昇り始めた天燈に、一つだけ飛ばした妖怪たちが「飛んだ飛んだ」「これなら本番も上手くいくよ」「どんな約束するか決めた?」と笑い合う。
 ――それを。彼らから離れた場所、岩の陰で聞いた白猫の耳がぴくりと揺れた。
『やくそく』
 にぃ。
 小さく鳴いて『ごしゅじんさま』と呼びかけた白猫に答える声はない。
 白猫の二股の尾がそうっと揺れて、力なく下ろされた。
『ごしゅじんさま。あられ、ここだよ』
 けれど返事はない。誰も、やって来ない。
 ぽろり。ぽろ、ぽろ。
 子猫の目から雫がこぼれ落ちて、小さな水たまりになっていく。
『あられ、やくそく、おぼえてるよ』
 おそと。みせるって。
 ねえ。やくそくした。やくそくだったのに。
 どうして、あられはひとりなの。
 どうして、ごしゅじんさまはいないの。
『……にぃあ、にーい』
 ぽろぽろ。ぽろ。潤んだ蜂蜜色から雫がこぼれて、こぼれ続けて。少しずつ大きくなっていった水たまり。そこに一匹ぽっちの白色を見た瞬間、白猫はその場から駆け出した。
『いらない、やくそくなんて、いらない……!』

●やくそくのひ
 そうして幽世から“約束”が消失し、かの世界は緩やかに滅びへと向かい始めた。
 なぜ約束の消失で滅びの危機を迎えるのか。向けられる疑問に、汪・皓湛(花游・f28072)はゆるりと答える。
「日々の中で何気なく決めた物事。定めた目標。未来に大きく関わる誓い。……オブリビオンの願いによって消えた“約束”とは、“約束と捉えられる全て”なのです」

 明日の朝食はこれにしよう。
 ――あれっ、何をしようとしてたんだっけ。

 あれを買う為に頑張って働くぞ!
 ――何の為に働くんだ? 止めだ止め、今日は寝よう。

 この腕輪は、ずっとずっと友達だっていう誓いの証!
 わかってる! 絶対に外すなよ!
 ――何であいつ、同じ腕輪つけてるんだ?
 ――何だあいつ、俺の真似して。気持ち悪いなあ。

 一番強い妖怪になるんだ。
 ――どうして妖術の教本なんて持ってるんだろう。売っちゃえ。

 死が二人を分かつまで、共に生きよう。
 ――あなた誰? 何で私の家に?
 ――待って、ここはどこ? 君は誰?

 内容。交わした相手。誓いの印としたもの。
 約束が消えたそこは空虚となり、別の約束も消えて、消えて、消え続けて。やがて世界全てが空っぽになってしまうのだ。
 しかしその始まりである『あられ』という白猫に悪意は無い。いつかの時代、ご主人様と呼ぶ誰かと交わした約束がいつまで経っても叶わぬこと。そしてひとりぼっちの現在に疲れ果て、“いらない”と世界から“約束”を消してしまったのだ。
 そしてあられが抱く尽きぬ寂しさと悲哀は、似た境遇の骸魂を呼び寄せた。
 妖怪たちに取り憑いた骸魂。愛らしい子犬の姿をした彼らもまた、今も忘れられぬ日々を過ごした『誰か』を探して彷徨い続けていた魂だという。
「滅びを防ぐには彼らを還さねばなりませんが、約束の消失は皆様にも及ぶでしょう。 どの約束が消えるのか。消えた事で、どう影響を受けるのか。それは幽世に降り立つまでわかりません」
 ある程度は抗えたとしても、『あられ』を還さない限りは、猟兵であっても約束が消えゆくことだけは止められないと花神は告げ――、
「彼らの心を、救って頂けませんか」
 オブリビオンとなったあられと子犬たちが願ったのは、世界の滅びではなく、約束の実現。叶うならもう一度、という願いだ。結果幽世は危機に陥ってしまったのだけれど。
「全てが手遅れとなるには、まだ時間が掛かります。皆様ならば、滅びを止められましょう。それと……」
 皓湛は微笑みながらグリモアを咲かせ、約束が戻った暁には、と指先から紡いだ光で空中に天燈を描き出した。
 あられが見た、一つだけの天燈。あれはリハーサルで試しに飛ばされた一つらしい。
 祭り本番になれば、一つどころか無数の天燈が数多の約束や願い、誓いと共に夜空を昇っていく。やわらかに天へと向かう燈は、それはそれは幻想的な光景を生むそうだ。
「屋台も多く在るようですから、楽しまれては如何でしょう?」
 心を救って。
 世界を救って。
 そして見る光景は――夜空舞う約束の燈はきっと、格別だろうから。


東間
 交わした約束は何でしたか。誰と、交わしましたか。
 ほのぼのともふもふに心情を絡めて天燈祭へとご案内。東間(あずま)です。

●受付期間
 タグ、個人ページ冒頭及びツイッター(https://twitter.com/azu_ma_tw)でお知らせ。プレイング送信前に一度ご確認をお願い致します。

●一章 集団戦『茶まろわんこ』
 約束やそれに類するもの、関する誰か・何かの記憶を失くした or 失くしつつある中での戦いと書いてもふもふタイム。
 約束を一つ失うとまた一つ、という具合に失くしていきます。
 消失のペース・内容、消失して狼狽えるのか「何だっけ?」とあっけらかんとするか。反応含め、お好きに。

 わんこたちも『誰か』を忘れ、『誰か』が何のことかよくわからないまま遊んで遊んでとじゃれてきます。わんこの個性もどうぞご自由に。
 めいっぱい遊んだり撫でたり抱きしめたりと、一緒に過ごしてあげれば満足し、取り憑いていた妖怪から離れ、還ります。

 触れ合い・心情メインの章なので戦闘面はUC活性化のみで大丈夫です。
 逆に戦闘メイン・ガチ戦闘プレイングは採用を見送る可能性が非常に高まります。

●二章 ボス戦『彷徨う白猫『あられ』』
 ひとりぼっちの白猫。
 理想の世界、大事な人、一時蘇生させた死者。約束したことで生じる様々な痛みをユーベルコードで現し、抵抗してきます。詳細や補足は二章開始時に。

●三章 日常『天燈祭』
 天燈(ランタン)祭です。天燈を飛ばしたり、屋台で買ったものを食べながら空へと昇る天燈を眺めたり。この章のみの参加も大歓迎。
 詳細や補足は三章開始時に。
 プレイングでお声がけ頂いた場合のみ、汪・皓湛もお邪魔します。

●グループ参加
 一章と二章は【二人】まで、三章は【四人】まで。人数の変動にご注意下さい。
 同行者がいる方はプレイングに【グループ名】の明記と【プレイング送信日の統一】をお願い致します。送信タイミングは別々で大丈夫です(【】は不要)
 日付を跨ぎそうな場合は翌8:31以降だと失効日が延びますので、出来ればそのタイミングでお願い致します。

 以上です。
 皆様のご参加、お待ちしております。
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第1章 集団戦 『茶まろわんこ』

POW   :    スペシャルわんこアタック!
単純で重い【渾身の体当たり】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    おいかけっこする?
【此方に近寄って来る】対象の攻撃を予想し、回避する。
WIZ   :    もちもちボディのゆうわく
全身を【思わず撫でたくなるもちもちボデイ】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●いっしょ
 ちょっと前だったのかなあ。ずうっと前だったのかなあ。
 おやすみ、またあした――って言われたの。
 “おやすみ、またあした”ってなんだろう?
 他にもいっぱい言われたの。
 えっと、えーっと……うーん……なんだっけ?
 あれれ、誰だったっけ?
 わかんなくなっちゃった。えへへぇ。

 ぷぴぷぴ鳴るボール。
 長くてかっこいい棒。
 ごろごろしたくなっちゃう水たまり。
 ひらべったくて丸いやつ。

 たくさんのおもちゃ。たくさんのぼくら。
 一緒にワンワンおしゃべりして、かけっこもできる。
 でも、ちょっとちがう。あとひとつ、なにかひとつが欲しくって。
 でも、なんだっけ? それをなんでか、ずうっとさがしてる。
 
 あっ、誰か来た!

 ねえねえ! はじめまして! はじめまして!
 ぼくはいぬです! ぼくはいぬで、げんきです!
 君はだあれ?
 もしかしてあそんでくれるの?
 ぼくね、いっぱいはしれるし、ジャンプもできるよ!
 あっ、なでてもらえるかもしれない。
 だっこもしてほしいな。おひざにものりたいな。

 だれかわかんないけど、うれしいな。
 どうしてかわかんないけど、うれしいな。

 ねえねえ、あそぼう。
 いっぱい、いっしょに、あそぼうよ。
 
フカヒレ・フォルネウス
アドリブも即席の連携も歓迎です。

約束、契約、誓約。あえて破るのもワルく、悪魔らしいのかもしれませんが。
そういう決め事は、順守する前提があって初めてワルに使えるのです。
僕は貴方たちの『誰か』ではありませんが、寄り添うことで和むのであれば力をお貸ししましょう。


……何しに来たんでしたっけ。
毛玉共が群がってきてますが……、おっと(なめられたりのしかかられたり)
ひとまず鮫でも呼んでおきましょう。……おや?(鮫との召喚契約を忘れている)
ふむ。無力な髑髏柱しか出てこない……ここは身一つで対処するしかない、と。よろしい、かかってきなさい!

ははっ、こやつらめ。
(無心で撫でまわし、抱きしめて、スキンシップします)



 先端がくるりん、とした尻尾がずっと左右に揺れている。
 ぷりぷりぷりぷりぷりぷりぷりと、ずっとずっと揺れている。
 いつ止まるんでしょうかと眺めていたフカヒレ・フォルネウス(鮫の悪魔の四天王・f31596)だが、全く止まる様子がない為、くるりん尻尾に留めていた視線をするすると手前へ動かした。途端目が合ったくるりん尻尾の主――茶色い子犬が黒豆のような目を輝かせてキャワッと嬉しそうに鳴く。
『あそぼ!』
 遊びに誘われた。
 “頷けば”、“それ”が了承の証となる。契約や誓約といったものと同じだ。
 くすりと笑めば子犬の中で期待値がギュンと上がったらしい。足踏みするように前足をぱたぱたさせてキューキュー鳴き始めた。
(「あえてそれを破るのもワルく、悪魔らしいのかもしれませんね」)
 しかしフカヒレは頭を横に振るのではなく、こくんと上下させた。
 自分は子犬が願う『誰か』ではない。もしかしたら自分が、なんて可能性もない。子犬に鮫の悪魔な知り合いなんていないに決まっている。けれど――寄り添うことで小さな魂が和めるのであれば、力を貸そう。
 ところで、だ。
 力を貸すべく子犬の背丈に合わせ屈んだまではいい。
「……何しに来たんでしたっけ」
 なんて呟いても返ってくるのはとっても元気で愛らしいワンワンきゃんきゃん大合唱。――そう、大合唱だ。群がってくる毛玉軍団もとい様々な犬種の子犬たちを見ながら、フカヒレは「えーと」と考えた。その数秒の間に、毛玉軍団は尻尾をぷりぷりさせながら自分目がけぴょんぴょこ跳ねてやって来るわけで。
『あそぶの!? あそぶの!?』
『ぼくもあそぶー!』
「おっと」
『こんにちはこんにちは!』
『わぁいわぁい!』
「おお、」
 足元に駆け寄り膝に登りそこから顔へのダイレクトペロペロアタックを食らってしまった。無邪気に背中を登頂している気配もあるのでひとまず鮫でも、と杖に手を伸ばしたフカヒレだが、ふいに何かがこぼれ落ち――鮫が、喚べない。
「……おや?」
 出てきたのは無力な髑髏柱だけ。その髑髏柱も骨登場に歓喜した子犬たちのガブガブアタックの前ではあまりにも無力で儚い。となると今使えるのはこの身ひとつだ。
「よろしい、かかってきなさい!」
 覚悟を決めた男のOKサインに子犬たちは大興奮。毛玉が鳴いて飛び跳ねてと小さな嵐のよう。そのど真ん中、フカヒレはというと。
「ははっ、こやつらめ」
 撫で回し、抱きしめて――子犬たちが満足して還るまで、鮫の悪魔は無心でスキンシップし続けたのであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

彼岸花・司狼
記憶を忘却し、させてきた猟兵のため、無くすこと自体には特に戸惑いはない。
意識も出来ないほどに完全に「宿敵の討滅」に対する理由をなくしている状態で、ひいては護るために殺すこと、オブリビオンを終らせる事への積極性が下がります。

今回は何かを無くしたわんこと、戯れを。
UCにより、攻撃を【見切り】つつ、あえて直撃しない程度に食らうことでじゃれ合いを。
たまに【目立たない】ように気配を消して【残像】で避けたり、
わんこが満足するまで【継戦能力・限界突破】技能をフルに使って遊び倒す。

無くすことは…亡くすこと
綺麗に忘れてしまったら、もう還ってこない物さ。
捨てきれなくて、嘆き続けるのとどちらが不幸かは、判らんがね。



 グラスに残っていた最後の氷が、水にとけた時のような。
 蝋燭の先端、炎とも呼べない赤い熱がしぼむようにして消えた時のような。
 そんな風にして自分の中から何かが消えたと気付いた彼岸花・司狼(無音と残響・f02815)だが、表情、呼吸、脈拍全てにこれといった変化のないまま、やる気満々で真っ直ぐ駆けてきた子犬を――躱した。
 司狼へ飛びつくつもりだった子犬は、そこから転げるようにしてユーターンした。両目はそれはそれは楽しそうに煌めいている。舌を覗かせた口は笑うようにヘッヘッヘッ! と元気な呼吸を刻んでいて、司狼に一直線のつぶらな瞳からは真っ白きらきらお星様がこぼれ落ちる勢い。
 わあい鬼ごっこだぁ! ――なんて声が聞こえそうな子犬の突進を、今度は衝撃をやわらげるように受け止めた。
『だあれ? 遊んでくれるの?』
「……まあ、そうだな」
『わあ、わあ! ふふふふっ、うーれしーいなっ!』
 子犬が飛び跳ね、くるくる回る。
 嬉しそうなその子犬が口にした“だあれ”――何かを無くしているのに目の前の誰か“で”夢中になる様は、無くせど一切の戸惑いを見せない司狼と似ているようで、少し違っていた。
 子犬は無くした何かを目の前の誰かで埋めた。司狼は、無くした時はそれを意識したがそれだけだ。そのままだ。何が消えたのかと必死に問うことはない。消えないでくれと狼狽えることもない。
 無くしたものが宿敵の討滅であっても、これまで自身の記憶を忘却し、させてきた司狼の在り方が、自身から消えたものへの執着をひどく希薄なものとしていた。それは護る為に殺す――オブリビオンを終わらせる為の行動をも、無くしたものと共に薄れさせていて。
「なあ。無くすことは、何だと思う」
 声はするのに煙が消えたかのように見えなくなって。かと思えば、後ろにいて。司狼がリードしての遊びが心底楽しいのだろう。子犬は子ヤギのように跳ねながら司狼を追いかけ、ようやく捕まえた喜びのまま『わかんない!』と笑顔で声を弾ませた。
「亡くすことだ」
 司狼はそう言って子犬の頬を両手で包み、揉みほぐすようにわしゃわしゃとする。子犬はくすぐったそうにしながらもニッコリ笑って――うれしいなあ。うっとりとこぼしたその体がほわほわと光り、薄れていった。
「それは、綺麗に忘れてしまったら、もう還ってこない物さ」
 両手に残るのは子犬と同じくらいの体格をした、小さな妖怪だった。丸くなって眠る妖怪をふかふかとした芝生の上に下ろし、司狼は空を見る。
「捨てきれなくて、嘆き続けるのとどちらが不幸かは、判らんがね」

 ――遠く。
 どこかで、ちりん、と。鈴の音を聞いた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

比良坂・彷
煙草吸いつつ
黒犬、大柄な奴がいい
おいで
はは…真っ直ぐにくんだもん、犬って
猫たァ違うねホント
約束
意識して見ないフリしてた
だって遠すぎる昔だし…そもそも俺の事かどうかわっかんねぇし
「死ぬな」って
唯一の大切な人を亡くした俺に無茶苦茶言うんだもんあの人
…あー…あの人って、誰だ
きょとりと見つめ返してくる眼差しへ埋もれる
…お前といると、なんかほっとするや
お礼に遊んでやるよ
雀牌を投げようとしたら噛まれる
あ、こら!てめぇ、痛ぇじゃねぇかよ
すーぐ食いついてさ
唯一の大切な人って、誰?
忘れちゃったから死んでいいよねぇ
…だって、誰もいねぇんだもん、俺の隣に
近づいてもつかの間だ
お前だってつかの間で還さなくちゃだもん、ね



 ほとりと浮かんだ赤い色。星のように浮かび上がったそこから白い帯がうすらと伸びて、ふんわり広がりながらどんどんほどけて――消える。しかし煙の味わいはなかなか薄れず、比良坂・彷(冥酊・f32708)は赤い瞳をゆるりと細めた。
(「さァてと」)
 どいつがいいか、なんて考えながら巡らせた赤い視線。
 遊ぶなら――そうだな、黒。黒犬。それも大柄な奴がいい。
 思い浮かべたそれへ応えるように丁度似合いの犬が目に入る。黒い毛並み。しっかりとした体格。茶色の双眸は彷と目が合った瞬間、ぴたりと留まっていた。
「おいで」
 に、と笑って告げた途端、真っ黒な犬はドッと駆けてきた。あまりの勢いで三角耳がぴろんと倒れたほど。
 それ以上に彷を驚かせ、短いとはいえ笑い声をこぼさせたのは、背にある白というには少々汚れている翼――煙草の匂いが染み付いてるだろう自分に、迷わず飛びついてきたこと。
(「や、たしかにおいでっつったけどさぁ」)
 思わず両手を伸ばして、飛びついてきた黒犬の前足を受け止めていた。
 立ち上がるとこれまた大きさに磨きがかかる黒犬は、彷を見つめたまま尻尾をぶんぶん振り続けている。
「猫たァ違うねホント」
『俺は犬。おいでって、言った』
「ハイハイ、言った言った」
 適当に返しながら受け止めていた前足を下ろさせ、自分もその場にしゃがんだ。
 ――あれが。あの「おいで」が。この黒犬と自分を結ぶものとなったのか。
 彷は、世界が約束と呼ぶその単語から視線を外していた。
 わざとだ。意識して、見ないフリをしていた。なにせ自分にとってそれは遠すぎる昔の――そもそも自分のことかどうかもわからないものだ。何がって、そりゃあ。
「死ぬな、ねぇ。唯一の大切な人を亡くした俺に無茶苦茶言うんだもんあの人」
 そんな状況で。
 そんな自分に。
 普通、「死ぬな」だなんて約束をぶつけてくるだろうか。
「……あー……」
 咥えたままだった煙草がぷらぷらと上下に踊る。煙もちょっぴり踊る。
 煙草が香る。それから。
「あの人って、誰だ」
『?』
 目の前できょとりと見つめ返してくる眼差し。右目と左目、ふたつぽっちなのに彷だけを贅沢に映すそこへ埋もれていくのが、意外と悪くなかった。煙草を咥えた口と赤い目が、に、と笑う。
「……お前といると、なんかほっとするや。お礼に遊んでやるよ」
『!』
 遊びの気配は興奮マックスへの近道らしい。黒犬が全身を使ってソワソワし始めたので、よーし待ってろこいつでと彷は雀牌を手に――がぶっ。
「あ、こら! てめぇ、痛ぇじゃねぇかよ。たく、すーぐ食いついてさ」
 ヴゥ、クウン。謝罪の気配がする鳴き声ごと顔中を揉みくちゃにして――真っ直ぐな目を両手で隠すようにして、笑う。
 唯一の大切な人? 誰よ?
 忘れちゃったから死んでいいよねぇ。
 ヒトデナシのロクデナシだから? 違う違う。
(「……だって、誰もいねぇんだもん、俺の隣に」)
 近付いても束の間の繋がりだ。
 今、目の前にいる黒犬だって、そう。
 ああ、でっかくてぬくいけれど――束の間で、還さなくちゃ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
【空桜】
コノハさん(f03130)

忘れたくないこと、約束
そういうものは
やたら多いような
ひとつしかないような

かわいー!
ふわふわだねぇきみ達
そっか、いぬは元気でえらいなぁ
…ん?おれ?
いやいやいやこの尻尾はあの子限定商品で

まぁいっか
あの子も、きっとそうしろと言うから
しょうがないなぁ(ふわふわ狼尻尾差し出す

うれしそうな、仮初のいのち達
眠くなったら寝ていいんだよ

ところで店長はいつまでお触りを
揉まれている…
あの子は顔をうずめるのがすきで

あれ

あの子って、誰のことだ

なんだか妙に胸が痛くて
うっすら吐き気すらするようで

おれは、おれだ
それは間違いない
でも自分の名前なんかより

もっと絶対に大切なことが
ぽっかり抜けている


コノハ・ライゼ
【空桜】
なびちゃん(f02050)と

もとより気紛れに生きてちゃ
約束ナンてあやふやなモノ
けど、ずっと引っ掛かってるナニカってのは身に覚えがあって

あらま、なびちゃんにも負けないもふもふネ
ミンナ元気で可愛らし
犬用クッキーあるケド食べる?
ソッチのコは遊び疲れたのか眠そうねぇ
コレは立派なもふもふ枕が必要!よね?なびちゃん!
(きらっきらの眼差し)

わあいなびちゃん太っ腹ぁ!
もふいぬチャンを尻尾にくるませて、オレはソレをまるっともふもふ&むにむに
ふふ、幸せそうねぇ

過ごす内薄れる店の事、誰かを笑顔にするという事
この紫雲の髪は、はてナゼ染めたのか

なびちゃんは、なびちゃんだわ
ソレは分かるのに
オレは、一体「ナニ」?



「かわいー! ふわふわだねぇきみ達」
「あらま、なびちゃんにも負けないもふもふネ」
 おいでおいでと笑顔を見せれば、気ままに遊んでいた犬たちは大喜び。揺歌語・なびき(春怨・f02050)とコノハ・ライゼ(空々・f03130)の周りは、一瞬でワンワンキャンキャン大賑わい。
 手を伸ばせば撫でてと頭からアタックする犬と、はじめましていぬですかまってくださいと猛烈ペロペロアタックする犬がいて、その間――つまり右手と左手を逃したけれど顔の真下ポジションを取った犬は、お目々をキラキラさせてびよよんびよよんとジャンプし続けている。
『ぼくは! げんき! だよ!』
「そっか、いぬは元気でえらいなぁ」
「うんうん、ミンナ元気で可愛らし。犬用クッキーあるケド食べる?」
『あっ、ク、クッキー!? 食べる、食べるぅ!』
 無邪気な可愛らしさになびきはふにゃりと笑い、頭も体も尻尾もえらいえらいとあたたかく撫でていく。コノハは日々のキッチン捌きで鍛えた手つきで、撫でる間にクッキーを取り出しハイドーゾ。
 目をぴゃぴゃーっと輝かせて整列したとってもいい子な他の犬にも、二人手分けしてクッキーをあげて。追いかけっこして。撫でて。とってこいをして。――気付けばまだまだ元気な犬の中に、とろんとした目つきの犬がぽてりと座り込んでいた。
「ソッチのコは遊び疲れたのか眠そうねぇ」
『ん……くぁ、あ』
「ま、凄い欠伸。コレは立派なもふもふ枕が必要! よね? なびちゃん!」
 サッと向けられたきらっきらの眼差しから少し遅れて、「ん?」とご指名に気付いたなきびは考えた。なびちゃん、と言われる前に聞こえたもの。えーっとそうそう、立派なもふもふ枕が必要って。――枕?
「おれ?」
「なびちゃん」
『なび、ちゃ』
 ああ、眠そうなもふもふ犬の上瞼と下瞼がくっついている。眠気を頑張って我慢している。可愛い。可愛いが、なびきは顔の前で片手をぱたぱた揺らした。
「いやいやいやこの尻尾はあの子限定商品で」
 ――とは言ったものの。
「まぁいっか」
 あの子も、きっとそうしろと言うだろうから。
「しょうがないなぁ」
「わあいなびちゃん太っ腹ぁ! じゃ、早速なびちゃんのふわふわ尻尾へご案内~♪」
 ひょいっと持ち上げられた犬の毛並みと自分の狼尾。二つのもふふわがくっつくとこうもあったかいんだなぁ、なんて思いながら、なびきは自分の尾にくるまれて緩やかに尾を振る犬に目を細めた。
「眠くなったら寝ていいんだよ」
『んん、うん』
「ふふ、幸せそうねぇ」
 コノハはくるむついでに犬ごと尻尾をもふもふ、むにむに。
 ああ、けれど。こうして過ごすうちに自分の中から薄れゆくものがある。
 店のこと。誰かを笑顔にするということ。――視界に入る紫雲の髪の、ワケ。
 はて。
(「ナゼ染めたの」)
 この色じゃなかったデショ。
 微笑みながらも静かになっていく薄氷の向かい。いつまでお触りを、とされるがままでいたなびきの目が細められる。ああしょうがないなぁ。だって見ていると胸があたたかくなる。重なるものがある。
 あの子は顔をうずめるのがすきで、
(「あれ」)
「……なびちゃん、どうしたの」
「……いや、あの、」
 あの子。そう言いかけた口をなぜか指先で押さえていた。
 ――あの子?
(「あの子って、誰のことだ」)
 知らない。“あの子”は、知らない。
 そう、知らないだけだ。別にいいじゃないか。
 なのに妙に胸が痛い。“誰のことなのか考えていること”が、うっすら吐き気すらするようで――気付けば喉元を掻くように手が動いていた。
 そこを掘ったところで何が出るっていうんだ。自分の血と肉じゃないか。
 そこにあの子は。ああ。だからあの子って、誰だよ。
「ねえ、コノハさん。おれは、おれだよね」
 それは間違いない。
 けれど、『揺歌語・なびき』なんかよりも忘れたくない――ことが。
 自分というひとつの中でやたら多く在るような。けれど、ひとつしかないような。
 獣が爪を立ててでもしがみついてしまうような、そんなもっと絶対に大切なことが、ぽっかり抜けている気がして。そこにぴたりとハマる形が、わからない。
「なびちゃんは、なびちゃんだわ」
 ソレは分かるのに。
 ああ。欠けていく。消えていく。
 もとより気紛れに生きてきた存在だ。約束なんて、契約書にでもしない限り形の無いあやふやなモノ。――そう言って笑ってしまえるだろうに、ずっと引っかかっているナニカが、その形がわからないのに、どうしてだか身に覚えがあって。
(「じゃあ、オレは、一体『ナニ』?」)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
約束と一緒に、ここまで歩いて来たのに
嬉しいも楽しいもなくて
苦しいも辛いもない
全部空っぽになった気分だ

黒いコートに拘る理由――半分だけ血の繋がった家族も
五十年後に一緒に飲むとか、一緒に頑張るって言った友達も
……懐に入ってるライターの贈り主も
何にも思い出せない

犬、おいで
撫でてやろう。構ってやろう
私が思い出せない誰かにしてもらったみたいに、優しく撫でてやろう

……なあ、犬
私、何にも思い出せないよ
何にも感じないのに、胸の奥だけ凄く痛いんだ
だから一緒に遊ぼうな
少しは紛れる気がするんだ
――お前たちみたいに

撫でても、遊んでも、構っても
……思い出せない誰かに、そうしてもらいたいって、思うばっかりだけど



 足を前へ動かす。進む。――歩く。歩いて、いる。
 なのに、これまで当たり前にしてきたその歩みに、在ったものがない。
 それだけでニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)からは嬉しいも楽しいもなく、苦しいも辛いも消えていた。長駆の中身全てが、ニルズヘッグ・ニヴルヘイムを成す何もかもが空っぽになった気分だった。
 かすかな風で黒いコートがはたはたと揺れる。
 ――このコートに拘る理由。半分だけ地の繋がった家族。
 ――50年後という数字。交わした言葉。
(「……50年後に一緒に、」)
 一緒に? 誰と? 何を?
 それから、なぜか懐にライターが入っていた。買った覚えがない。
 なら、貰ったのか。いつ? 誰から? なぜ?
(「何にも思い出せない」)
 空っぽだ。自分はここに居るのに、ここまで歩いて来た何かと一緒にあったものが消えただけで、こんなにも空っぽになっている。
 自分の意志ではない。消えた。欠けた。失われた。なのに、その状況に陥って感じるだろう感情も感じない。
 自分の心を傍から眺めているような奇妙な心地のまま、ニルズヘッグはふいに目が合った犬を暫し見つめる。ふりふり、ふり。尻尾を振る勢いは控えめだが、丸い目はニルズヘッグにだけ注がれていた。
「犬、おいで」
『……! い、いいの?』
「ああ」
『……撫でてくれる?』
「ああ」
『構って、くれる?』
「ああ」
 キャウ、と聞こえた鳴き声は歓声のようだった。
 たたたっと駆け寄ってきた小柄な犬を両腕で受け止め、抱きしめる。爆発しそうな嬉しさを時折ぶるるっと震わせ発散する頭を撫で、走り回らないよう頑張ってジタバタするに留めている体も、何度も何度も優しく撫でた。
 ――それは、空っぽになった向こう側のもの。
 思い出せない誰かにしてもらったように、ニルズヘッグは飛び込んできた犬を優しく撫で続けた。腕の中はどんどんあたたかくなるけれど。
「……なあ、犬」
『なあに?』
「私、何にも思い出せないよ。何にも感じないのに、胸の奥だけ凄く痛いんだ」
 肩に乗っていた犬の頭がハッと持ち上げられる。
『痛い? 痛いの?』
 ニルズへッグの顔を見て、胸を見て、また顔を見て。感情をそっくり映す豊かな表情が、耳と耳の間にぽんっと置かれた手でくしゃりとなる。
「だから一緒に遊ぼうな。少しは紛れる気がするんだ」
 ――お前たちみたいに。
 何かを失くして、誰かを忘れて。そこへやって来た別の誰かで、欠けたピースを少し埋めるだけ。撫でれば温もりを。遊べば笑顔と声が咲く。構ったなら、心は安らぐだろう。それでも。
(「……誰なんだろうな」)
 撫でて、遊んで、構っても、目の前の犬が抱える欠けたピースは埋まらない。
 どうしたって隙間が出来てしまう。
(「思い出せない誰かに、こうしてもらいたいな」)
 自分に顔を擦り寄せ、尻尾を振りながらクゥクゥ鳴く。
 この愛情を受けるのは、何も感じず、ただ、胸の奥に痛みを抱えた自分ではないのだと――その優しさを乗せた掌が、やわらかな毛並みを撫で続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】

ゆぇパパ!
わんこさんよ!かわいい!

パパ?どうしたの
うん、なでたい!
本当ね、ちょっと黄色くて
あの花みたいでかわいい
……?パパ?

黒いふわふわしたコが近づいてきて
パパの周りを一緒にぐるぐる追いかけっこ
あの子みたい……あの子って?

アナタは誰かを忘れてしまったの?
大切な誰かと何か、約束を?
ルーシーもね、
昔、大事なひとと約束をしたのよ
後をお願いしますって……

――だれに、なにを?
ごめんね、**って……あれ

何だっけ
わたしのもう一つの名前
忘れてしまえたらと何度も思った
いえ、名前が二つなんてそんな訳が

パパ、ゆぇパパ
だいじょうぶ?
ルーシーはへいき

あなたを忘れていない事に安堵して
忘れ物を隠して
身を寄せ微笑むわ


朧・ユェー
【月光】

ルーシーちゃん、可愛らしい犬が居ますよ
可愛いですね
犬と楽しく遊ぶ姿、あの子も犬と一緒に遊んでましたねぇ

あの子?ルーシーちゃん以外に誰だったでしょうか
何か話して、願いを…言ったはず…
スリスリと足元をすり寄る犬
どうしましたか?淋しいのでしょうか?
ひょいと抱き上げて優しく撫でる
ルーシーちゃんも一緒に撫でますか?
この犬は少し黄色な毛が混じった子ですね
まるであの花の様
おや?あの花とは何だったでしょうか?

もふもふとした毛並み
何かを忘れている気がするでも思い出せない
ルーシーちゃん?この子をまだ覚えている
この子も何か忘れているのでしょうか
笑ってる顔に安堵しつつも何処か我慢してる顔
大丈夫ですよと微笑んで



 ぴょこぴょこと歩いて、跳ねて、走って。
 ぴこぴこと耳を、尻尾を揺らして、振って。
 幽世で出会ったのは、オブリビオンというのが不思議なほどに可愛らしい犬ばかり。
「ルーシーちゃん、ほら」
「うん、ゆぇパパ! ……わ、わんこさん。おいで」
 ドキドキを滲ませながら開かれたルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の腕に、キャオンッと一匹が嬉しそうに飛び込んだ。
 わぁ、と明るく淡いブルーの瞳が輝いて、かわいい! と笑顔で振り返ったルーシーに、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)は穏やかに頷きながら金色の瞳を細める。
(「あの子も犬と一緒に楽しく遊んでましたねぇ」)
 頬を紅潮させて、目をきらきらと輝かせて。
 瞳を閉じずとも思い浮かぶあたたかな風景が――小さな引っ掛かりとなってユェーの微笑を、ほんのいっとき停止させる。
(「あの子?」)
 ルーシー以外に? そんな気がする。でも、誰だろう。
 思い出そうとしても朧気にしか浮かばない。けれど誰かが、何か、何かを話して――口が、動いて。声を、言葉を――そう、願いを、

 キュウン。

「……おや」
 足元にスリスリと体を擦り寄せる一匹は、ユェーの視線に気付くと尻尾を振り始めたが、その振り方は緩やかというか穏やかというか――少し遠慮がちのよう。もしや。
「パパ? どうしたの?」
「この子は淋しいのかもしれませんね。ルーシーちゃんも一緒に撫でますか?」
「うん、なでたい!」
 ユェーとルーシー、二人にそうっと撫でられていくうちに心がほぐれて――そして、淋しさが薄れたのだろう。先端だけ揺れていた尻尾が、だんだんと尻尾全体を使ったものに変わっていく。
 ゆるゆる、ふりふり。ぷりぷり。ぶんぶんぶんぶんっ。
 元気になった様子にルーシーが笑えば、犬とルーシー両方を見てユェーも微笑んだ。
「この犬は少し黄色な毛が混じった子ですね。まるであの花の様です」
「本当ね、ちょっと黄色くて。あの花みたいでかわいい」
 おや、待った。
 あの花――とは、どの? 名は?
 ぱちりと瞬きをした瞳に、パパ? と少女の心配そうな声が向いて――そこへトコトコやって来たのは黒いふわふわ毛並みの犬だった。二人に撫でられていた犬と一緒にユェーの周りを駆け始め、ぐるぐる、ぐるぐる。追いかけっこを楽しむ様子はまるで、
(「あの子みたい。……?」)
 あの子って? ルーシーの疑問はルーシーの中でぴちょんと波紋を生んで――そのまま広がり続け、見えないところまで行ってしまった。
『どうしたの?』
『おなかすいたの?』
 いつの間に追いかけっこを止めたのだろう。自分を見上げるつぶらな瞳にルーシーは「ううん」と首を振り、二匹と目線の高さを同じにする。
「アナタは誰かを忘れてしまったの? 大切な誰かと何か、約束を?」
『んっと、んっと……ん~……そうかも、しれない』
「そう……あのね、ルーシーもね、昔、大事なひとと約束をしたのよ」

 “後をお願いします”

 でも。
(「――だれに、なにを?」)

 “ごめんね、**”

「……あれ」
『どうしたの?』
 首を傾げ、きょとりと見つめてくる二匹に返事が出来ない。
 だって、出てこない。何だっけって、思ってしまった。自分の、もう一つの名前なのに。ああでも、忘れてしまえたらと何度も思ったじゃない。――待って、なにが? 名前が二つあるの?
(「そんな訳が」)
「パパ」
 小さな唇からこぼれた声を、見上げる瞳をユェーは見る。
 その傍らには、黒色のもふもふとした毛並みの犬がくっついている。見ていると何かを忘れている気がして――でも、“思い出せない”。“それが”、
「ゆぇパパ。だいじょうぶ?」
「……ルーシーちゃん」

 ああ、この子をまだ覚えている。
 よかった、あなたを忘れていない。

 まだ在ったもの。揺らがず、心の内で響いた音色。そのことに安堵して、忘れ物はそうっと青色の内に隠して、ルーシーはユェーに身を寄せ微笑んだ。
「あのね、ルーシーはへいき」
(「……この子も、何か忘れているのでしょうか」)
 自分だけでなく、大切に想うこの子にも同じ現象が?
 無いと言い切れない可能性があるという事実に、思考が静かに凍りそうになる。けれど花のような笑顔にユェーは安堵して――少女が形作ったものと同じものを浮かべてみせた。
「ええ、大丈夫ですよ」

 大丈夫。
 大丈夫。

 今はまだ――この胸に、残っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
わんこ達に逢えれば
おいでおいで、と一緒に遊びます

…約束
色々な約束の中、姉と交わした約束が
少しずつ、消えていく

『君もご飯を食べるんだ』
わんこに携帯食のクッキーをあげて
この為に持っていたのだと理解
栄養は、森や精霊達が与えてくれるものだから
私が口にする事は、ないから

『眠る時間は取れ』
わんこを膝に招いて
ゆったりと撫でて寝かし付けます
穏やかな姿は微笑ましくても
私がつられる事は無く

最期の約束…
『生きて』
撫でて、もふもふしても…還さなくては
わんこ達が願う人に、夢の中で逢えます様に
良い子にしていた、と沢山褒めて貰えます様に

涙が落ちても
どうして
こんなに悲しいのか、淋しいのか
空っぽの私が、生きているのか
分からない



 泉宮・瑠碧(月白・f04280)の訪れに、最初に気付いたのはどの魂だったろう。
 あっ、と聞こえた幼い声。ぷりぷりと振られ始めた小さな尻尾。ぴかぴか輝くまん丸お目々。並んでくっついて、ドキドキそわそわとこちらを見るわんこたち。
 誰かな、誰かな。
 あそべるかな。
 ひそひそと聞こえた可愛らしい声の持ち主たちへ、瑠碧は優しく笑いかける。
「おいでおいで」
『!!』
 穏やかな所作と共にかけた言葉で一斉に笑顔が灯った。瑠碧を目指して真っ直ぐぴょんぴょこ、愛らしい猛ダッシュ。真っ先に飛び込んできた子犬が、「ずっとずっとこうしたかったの!」とぴょんぴょん飛びつきながら満面の笑みで言う。
「では、たくさん遊びましょう」
『うん!』
 えへへと笑って瑠碧の掌へと頭をぐいぐいくっつける魂には、“どうしてそう願ったのか”はもう残っていないのだろう。おいでと笑いかけてくれた瑠碧とそうするのだと――頭の中は、出会ったばかりの誰かと遊べるという嬉しさでいっぱいになっている。
(「……約束」)
 瑠碧の中には、まだ在った。けれど幽世で起きた約束の消失は、瑠碧の中からもそれを消し始める。これまでに交わしてきた約束たちを――瑠碧の中に大きく深く根ざす記憶をひとつずつ、無音で。

“君もご飯を食べるんだ”

 そう言って自分を見つめた瞳の表情。差し出されたもの。
 ふいに浮かんだ風景が、自分の目の前で瞳を輝かすわんこたちに重なった。
 ああ。携帯食のクッキーはこの為に持っていたのだ。自分には必要ない。だって栄養は森や精霊たちが与えてくれるから自分が口にすることはない。だから――。
 だったら。あの言葉は、誰だろう。


“眠る時間は取れ”

 くぁ、あ、と欠伸をしたわんこが一匹、二匹。ぷるぷるっと頭を振って眠気を払おうとした二匹は、顔を見合わせると口を開けてのカミカミ勝負を始めた。もっと遊ぶという意地に瑠碧は笑み、自分の膝をそっと叩く。
「少し、休憩しませんか?」
『きゅうけい……?』
『うん、きゅうけい、なら』
 とことこやってきて、ぽて、ぽてり。膝の上に寝そべった温もりふたつをゆったりと撫でてやれば、クッキーでぽっこり満ちたお腹が上下し始めて。穏やかな眠りに抱かれた姿は微笑ましく――けれど、瑠碧はそれにつられない。だって、自分には――必要ない。 

 そして。


“生きて”


 指先がかすかに跳ねた。それを不思議に思いながら、瑠碧は想いを籠め、祈る。
 願う人に、夢の中で逢えます様に。
 良い子にしていた、と沢山褒めて貰えます様に。
 この子らは既に生き終えた生命。せめて二度目の旅立ちは穏やかであります様にと祈り、願い――還さなくては。
 だから、分からない。
 頬を伝って落ちたもの。還った子らの宿る先となっていた妖怪の頭で、ぽつりと跳ねた滴が一つ、二つ。止まらない。悲しいのも、淋しいのも、分からない。それに。
「空っぽの私が、なぜ、生きてるんでしょうか」

 どうして。

 今にも消えそうな声に、風が寄り添った気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フィッダ・ヨクセム
万年筆
俺はいつからこれを持ッてるんだろう
魔力を通して実体化する使い方は覚えてる
ただ、対の万年筆を誰かに贈ッたような…

それに、この毛玉(兎)も俺様が飼ッてるわけ?
妙に親しげで、肩にへばりついてて頬に顔押し付けてくるんだが
……いや、誰かに託された押し付けられた、とは思うんだ
名前……、悪い、わからないよ

だんだん何かが欠けていくような気がする
兎の名前も、兎を押し付けられた思い出も、対があったはずの万年筆も
……この二年間にキッカケがあッたはず
短い人生の、唯一の思い出だッたのに

……(溜息)

ちッこいモフども、俺様と遊ぼうぜ
俺様は"落トシ物"に慣れてる気がする
覚えてないのは今は諦めて、遊びに熱中する方がいいわ



『それなあに?』
 ずぼっと腕の下に入り込んできた温いもの。
 適当な場所、歪んだバス停を隣にいわゆる“ヤンキー座り”しながら犬たちの相手をそれなりにしていたフィッダ・ヨクセム(停ノ幼獣・f18408)は、手にしていた万年筆から、話しかけてきた犬へと視線を移す。
 ニコニコ笑っているように見える顔をした犬は、興味津々といった様子で万年筆の匂いを嗅いでいる。噛むなよ、と言ってよく見えるように持ち直した。
「万年筆だ。見るの初めてか?」
『多分! きれいだね、わくわくするね』
(「これ使ッたら滅茶苦茶ウケそうだな……」)
 魔力を通して使えば、書いたものも描いたものも実体化する万年筆だ。おそらくはまだ子犬だろう犬たちの前で使えば、実体化させたものはいい玩具になるだろう。ただ、今は使う気になれなかった。
(「……俺はいつからこれを持ッてるんだろう?」)
 当たり前のように持っていた。手にしていた。――使い方を、覚えていた。
 それがわからない。いつからだ?
(「対の万年筆を誰かに贈ッたような気も……」)
 奇妙なことといえば他にもある。

 もふ。

「……」
『……』
 そう。これだ。肩に乗っているこの毛玉だ。この兎らしき毛玉――あまりにももふもふしいので一瞬迷うが――この毛玉も自分のものなのか? つまり、“飼っているのかどうか”が、わからないのだ。しかし兎を肩から下ろそうとするとしがみつくわ、頬に顔を押し付けてくるわと妙に親しげで。
『なかよしさんだぁ!』
「……いや、誰かに託された押し付けられた、ような」
『ねえねえ、そのふわふわさんのおなまえは?』
「名前?」
 じ、と見る。兎もフィッダを見てきた。もふもふの下から、小さな赤い目が覗く。
「……、悪い、わからないよ」
 この兎の名前も。この兎が自分のもとにいる経緯も。これひとつだけではなく、対が在ったように思える万年筆のことも。
(「……この二年間にキッカケがあッたはずだ」)
 自分の一部が、何かが、段々と欠けていく気がした。それを“そうだ”とも“そんなことはない”とも言えないのは、何だ。わからない。わからなくなってきている。
 それらは、『フィッダ・ヨクセム』の短い人生の、唯一の思い出だったのに。
「……」
 はああと落とした溜息にくっついていた犬以外も寄って来た。おなかぺこぺこなの? わかるよ、ぺこぺこだとハアァ~ってなっちゃう! ミルクほしいなあ、ぼくもぼくもとお喋りを始めた小さな頭をフィッダはわしわしと撫でた。
「違え、腹が減ッてるんじゃない。おい、ちッこいモフども、俺様と遊ぼうぜ」
 ニヤリ笑って向けたお誘いに、キャンキャンワンワン、あそぶあそぶと喜びの大合唱が起こった。よし、いい食いつきだ。フィッダは笑い――近くに落ちていた枝を拾い上げる。
(「俺様は“落トシ物”に慣れてる気がする」)
 だから“覚えていないこと”は今は諦めて、
「取ッてこーい!」
 キャワワンと歓声上げて走り出した犬たちと、遊びに熱中する方がいい。
 慣れている気がするのだから――多分、拾えるだろう。

 その根拠の理由も、分からなくなってきたけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​

駒鳥・了
わたくしは記憶容量も管理保存にも不自由しておりません
気紛れに忘却の体験をしてみようかと
肝心要はサブセット人格たちに預けてあります
問題ありません

用意した犬用のおやつを膝に広げ待ちましょう
栄養価は高いですね
スラムの子らより余程…
(袋を読んでいるとふと膝に感じる重さ
いらっしゃい、お好みのものはありますか?

大人しい子を撫でたり、他のおやつを開け乍ら
さてわたくしは何を忘れたのか
そういえば随分昔にスラムの視察をしましたが
…ええと、何を見たでしょうか
成程、これはもどかしいですね
誰かと会って話した気もしますが
良いです、もう街は丸ごとありません

蝶を手元に喚びましょう
UCはアキの物ですが…
そろそろおやすみなさい



 “約束”を消され、滅びを迎えつつある幽世の世界に降り立った駒鳥・了(Who Killed Cock Robin・f17343)は、ひどく淡々とした眼差しのままストン、と膝を下ろし、用意してきた物を取り出した。
(「わたくしは記憶容量も管理保存にも不自由しておりませんが、忘却を体験してみましょうか」)
 メイン人格でありながら普段は『スミ』『アキ』『サト』の三人に全てを預け眠っている『リョウ』が、表に出た理由は単純明快。“気紛れ”だ。
 しかしその気紛れで“約束”――その記憶を忘却して大丈夫なのかというと、全くもって大丈夫なのである。なぜなら肝心要の部分はサブセット人格らに預けている為、忘却したことによって何が起きようとも一切問題ない。万が一の備えは十全。
 故に、リョウは幽世の現状と己の記憶に起きるだろう現象を客観的かつ冷静に見つめ、用意してきたもの――犬用おやつを膝の上へと広げていった。
 一つ封を開けてみれば、ぴり、と開いたそこからこぼれた匂いを彼らは一瞬で感知したようだ。リョウの視界は、あっという間に犬たちの笑顔と期待いっぱいの空気で埋め尽くされる。
 明るく積極的なタイプには手際よくおやつを開けて、差し出して。
 遠慮がちなタイプや控えめなタイプには、声をかけてこちらから。
 用意してきたおやつは順調にその数を減らしていき、くるりとパッケージの裏を見ればなかなかの高栄養価。味も栄養も重視しているそれは評価するに値する。それに。
「スラムの子らより余程……」
 ふと膝に感じた重みで言葉が途切れた。あ、と小さな声をこぼした子犬が、しゅんと耳を倒して膝に乗せかけた前足をどかす。かなり遠慮がちなタイプとリョウは一目で見抜き、いらっしゃい、と声をかけながらおやつを見せれば、倒されていた耳がぴょこりと立ち上がった。
「お好みのものはありますか?」
『え、えとね、とりさんのおにく……』
「ではこちらですね。どうぞ」
『! あっ、ありがとう……!』
 ぴこぴこ、ぴこ。振られる尻尾は控えめだが、おやつを食べる子犬の目はどんどん輝いていく。
 別のおやつもそろそろ出番でしょうか、とリョウは手を休める事なく子犬たちに様々なフレーバーを振る舞って――さて、と己の内を探った。自分は、何を忘れたのか。そうして辿り着いたのは随分昔のこと。
(「そういえばスラムの視察をしました」)
 視察なのだから当然、現地の状況を見て、現地の人々と話をした。
 したのだが。
(「……ええと、」)
 視察したことは覚えている。誰かと会って、話をした気もする。しかし視察の中身だけが水に濡れた色のようにどんどん滲み、無色になっていくようだった。
 成る程、これが忘却なら――もどかしい。
(「ですが、良いです。もう街は丸ごとありません」)
 無いものは無い。
 そして忘却への備えは、崩れない。
 リョウはアキの力を引き寄せる。
 ふわり現れた蝶が、“おやすみなさい”と共に子犬らを包み込んだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわぁ、わんちゃんですよ、わんちゃん。
カワイイですよね。
ほら、アヒルさんも一緒に遊びましょうよ。
あ、そうです、わんちゃんもお菓子を食べますか?
もう、アヒルさんどうしたんですか?
ずっと考え事をして、せっかくわんちゃんと遊んでいるのに台無しですよ。
ふぇ?私達はここへ何をしに来たのかって、わんちゃんと遊ぶ為ですよねぇ。
さぁ、わんちゃんといっぱい遊ぶお仕事です。



 あっちでワンワン鳴いて、こっちでコロコロ戯れて。
 どこのドッグランに迷い込んでしまったのかという様に、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は「ふわぁ、」と口を開けて周りを見る。普段はおどおどしている目も、今だけはほんの少し穏やかだ。
「アヒルさん、わんちゃんですよ、わんちゃん。カワイイですよね」
『うん、わんちゃんだよ! ねえねえ、何してあそぶ?』
「ほら、誘われてますよ。アヒルさんも一緒に遊びましょうよ」
 そう言ってフリルは尻尾をぷりぷり振っている犬と一緒にアヒルさんを「ほら、」と手招くのだが、アヒルさんはフリルを見て、犬たちを見て。それから、クチバシに翼を添えて『クワァ』と――まるで、うーん、と考え込んでいるような。
 何の遊びをしようか考えてるんでしょうか?
 フリルはきょとりとしながら、あ、と思い出す。ポケットから取り出したのは犬が食べても安心安全のお菓子だ。あっ、と子犬が期待で目を輝かせ、尻尾を更に強く振る。
「わんちゃんもお菓子を食べますか?」
『くれるの!?』
「はい、どうぞ」
『わああ! ありがと、ありがと!』
 嬉しさのあまり、ぴょんぴょん跳ねながら食べるという食べ方を披露されてフリルは「ふぇっ」と目を丸くするも、すぐに表情をやわらげた。どうしてだか、丁度いいお菓子があって良かった。それにしても。
「もう、アヒルさんどうしたんですか? ずっと考え事をして、せっかくわんちゃんと遊んでいるのに台無しですよ」
 アヒルさんは、ずっと考え込むような仕草をしている。
 フリルが取り出したお菓子を横からサッと取ってしまうことも、フリルより先に枝や玩具を使って犬たちとパーッ! と遊ぶこともない。今度はさっきとは逆に首をこてん、と傾げた。
『……クワ? クワワ?』
「ふぇ? 私達はここへ何をしに来たのかって……」
 アヒルさんは何を訊いているんだろう。
 フリルはきょとんと首を傾げ、周りを見る。
「わんちゃんと遊ぶ為ですよねぇ」
 さっきお菓子を食べた犬だけでなく、他の犬も遊ぼ遊ぼと尻尾を振ってやって来ている。恐る恐る手を伸ばせば、ジャンプして飛びつかれたり、キュンフン鳴きながら舐められたりと大歓迎されて――さぁ、とフリルは両手でぐっと拳を作った。
「わんちゃんといっぱい遊ぶお仕事です……!」
 アヒルさんは――。
『クワァ?』
 まだ、首を傾げていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
約束かー
最近はそんなに約束してないな
ガキの頃のが色んな約束いっぱいしたもだんだよ
…何でだろ?
(相棒の鸚鵡ユキエに話し掛け)
『そんなのユキエ知らない。それよりわんこいるよカワイイ』(羽を広げ足踏みしてテンション上々)
あ、ほーんと
やたらと人懐こいな
うりうり(首とおでこ搔き)
お腹を見せればわしわし+肉球もみ
外套にじゃれ噛みされたらそのままくるんで布越しにもきゅ
寝転んでわんこ持ち上げいぬ高い高い
(自分が猟兵になったのと大事なミサキを殺めた事を忘れ、わんこと鸚鵡と遊ぶ)
あ、いっけね毛だらけ
ミサキも来るかな
来たら毛だらけにして!ってお小言だろーな

UCは春だし、と手品のように菜の花をわんこに見せて

アドリブ可



「約束かー」
 幽世から消え、自分の中からも消えると言われたもの。
 それを口にしてみた鹿村・トーゴ(鄙村の外忍・f14519)には、発見があった。
「最近はそんなに約束してないな。ガキの頃のが色んな約束いっぱいしたもだんだよ。……何でだろ?」
 腕に止まっていた相棒、鸚鵡のユキエが足の鋭い鉤爪をカシカシと動かしながら首を傾げた。鮮やかな黄色いトサカが少し開く。
『そんなのユキエ知らない。それよりわんこいるよカワイイ』
「あ、ほーんと」
 地面に降り立ったユキエを目で追えば、足踏みをしてご機嫌に歌い出しそうなユキエの向こうから、トーゴとユキエに気付いた犬たちがやって来るのが見えた。
 左右にぷりぷり振られる尻尾。真っ直ぐ向けられる瞳。元気に地を蹴る足。
 そのまま突っ込んでくるかと思えば周りをぐるぐる駆け回る犬や、手前で減速してしっぽを振りながらトーゴを見上げる犬、頭を低く伏せてユキエに遊ぼう遊ぼうと話しかける犬と、やって来た子らはやたらと人懐こい。
 トーゴはパチッと目が合った犬にニッと笑いかけた。途端その犬の顔が『遊んでくれる!』という予感でぱああっと笑顔になって。
「うりうり」
『わぁっ!』
 首、額。わしっと捕まえられてそこを掻かれた犬が、尻尾をぶんぶん振りながら、トーゴからのスキンシップにつられて足をバタバタ動かした。その場でスキップするような動きは、ワンッ! と響いた元気な声と一緒にどたっとその場に横たわる。
『おなかも! やって!』
「お、そっちもか。いいぞ」
 舌を覗かせた満面の笑みと元気いっぱいのリクエストには応えねば。
 トーゴは見せられたふかふかのお腹をわしわしと撫でた。チョコレート色の肉球もちゃっかり揉んで――くいっ、と外套を軽く引っ張られたのは、じゃれついて噛み始めたと気付くのに少しばかり遅れたせい。
「やったなー!」
 外套くるくるの刑だ! と犬の体をくるめば布越しにキャッキャと笑い声。ずぼっと中から出てきた顔は笑っていて、そこに羽の音が加わった。
『ユキエも、ユキエも遊ぶ!』
「よし、まとめて相手してやるよ」
 今度はトーゴが寝転んだ。外套でくるんだ犬と外套に止まったユキエを一緒に“高い高い”すれば、鸚鵡と犬の笑顔が仲良く添う。
 それを何度繰り返しただろう。
 気付けば外套だけでなく、今着ているものも犬の毛だらけになっていた。
「あ、いっけね。お前もしかして換毛期ってやつか? すっげーな」
『すごい? すごい?』
 なんかわかんないけど褒められた!
 尻尾をぱたぱた振る犬の額をもう一度掻いてから、トーゴは外套をパンパンッと振るってみる。犬の毛がふわふわ飛んだが、綺麗にするにはこれでは無理だろう。
(「……ミサキも来るかな。来たら『毛だらけにして!』ってお小言だろーな」)
 ミサキ。
 幼友達で、人間の少女で――その最期を誰よりも知る筈のトーゴは、そろそろ送ってやらないとなと、武器に手を添え笑った。

 せめて旅立つ瞬間は、冷たい刃ではなく。
 陽射しのように明るい、あたたかな春の花を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

約束は私をつないでくれた赤い糸
そして、私という神を示すもの
きみと私を絆ぐ大切な

約束をおとして、とりもどせなくて
苦しんだあの日のことを思う
だからもう喪わないと
落とさないと決めたのに

一緒に──、──

噫、大切な約束が解けていく
私ときみをつなぐ
いとがとけていく

やめてくれ
うばわないで
約が厄になっていく

大切な何かを忘れた犬たちと戯れて──噫、嫌だ
こんな風に成りたくない
犬達の無邪気さが苦しい
苦しみながら、触れて撫でる
大切な約束(きみ)を忘れて笑うなど
したくない
そなた達だってきっと忘れたくなかったろう

大丈夫とサヨが笑ってくれる
きみはいつも通り無邪気で可愛くて
頬を包む掌があたたかい
サヨ
私は私でいれている?


誘名・櫻宵
🌸神櫻

かぁいらし
無垢なわんちゃん達がはしゃいでいるわね
カムイ
怯えるあなたに咲む

約束は縛るもの
絆ぐもの
無くしたそれは寂しくて
心の中に寒風が吹き抜けるようだから
柔い毛玉で暖をとる
あなた達は無くしてなお無邪気だこと
無くしたからこそなのかしら
柔い心に触れるよう、頬を擦り寄せふかりと愛でる

──、─旅を──

はらりと零れた魂に受け継いだ大切な
御魂を約したいとが弛んで解けていく

カムイ、カムイ
縋るように名を呼んで忌避に怯える約束の神の手を握り、笑みを贈る

怖くないわ
カムイ
例えば約束をおとしても
私達はつながっているの
そうしてまた結びましょう
お頬を包んで、大丈夫と諭し笑む

カムイはカムイのままよ
私のかぁいい神様のまま



 言葉。書面。盃。指切り。
 様々な形で交わされ結ばれる“約束”は、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)にとっては己をつないでくれた赤い糸だ。たった一色、たったひとつのその糸が在るから、己は今此処に居る。
(「そして、私という神を示すもの。きみと私を絆ぐ大切な」)
 サヨ。
 その名を唇には乗せず心の内で紡いだなら、キャウキャウと鳴いて甘える犬に囲まれ、あらあらと笑っていた誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)がやわらかに振り返った。甘く細められる瞳にカムイも目を細め、笑むけれど。


“一緒に──、──、”


 約束をおとし、取り戻せず苦しんだあの日のことを覚えている。喪った痛みを。届かぬ悲しみを。だからもう喪わない、落とさない。あの瞬間を迎えまいと、そう、決めた。決めたのに。
(「噫、」)
 風もなく音もなく、花が散るように、大切な約束が解けていく。
(「私ときみをつなぐ、いとが」)
 とける。とけてしまう。

 やめてくれ
 うばわないで
 約が、厄に――

 キュウン、とか細い声がした。ハッとして声の方を見れば、ボールや枝を咥えた子犬らに見上げている。目が合った子犬らは、尻尾を振りながらカムイの周りをトコトコ歩いたり、ぴょんぴょんと跳ね始めた。ボールからプピッと音が跳ねる。
『あのね、このボール、たのしいよ』
『ぼくがみつけた枝で遊んでもいいよ?』
 これはとっても素敵だから。これで遊ぶと、楽しいから。
 だから、そしたら元気になれるかな。
 カムイは小さな魂たちの気遣いと無垢な好意に手を伸ばす。けれど心の内で立ち始めた波はおさまらない。

 ――噫、嫌だ
 こんな風に成りたくない
 大切な何かを忘れていくのに、どうして

 子犬らの眼差しが、心が苦しい。そっと触れ、撫でてみても、その苦しさは消えてくれなかった。消えてほしくないものは、静かにほどけ、とけていくのに。
「かぁいらし」
 銀朱が黒に染まりのまれゆくような一瞬を巫女の声がすくい上げる。
「無垢なわんちゃん達がはしゃいでいるわね。カムイ」
 こちらを見る大切な約束。
 きみを忘れて笑うなど、したくない。
(「そなた達だってきっと忘れたくなかったろう」)
 あたたかで、柔らかな毛並みを幾度撫でても、矢張りカムイの内から苦しみは消えなかった。胸に浮かんだものを、言葉にできない。
 櫻宵は指先で子犬の喉を擽りながら、途切れ途切れに子犬を撫でるカムイに咲む。カムイは言葉にしていないが、怯えているのがわかった。
 カムイの巫女として、誘名・櫻宵として、櫻宵は約束がどういうものかよく心得ている。約束は縛るものであり、絆ぐもの。それが――自分たちが交わしたものが、隣に居る神にとってどれだけ大きな意味を持つものかも。
 無くしたそれは寂しくて――心の中で、寒風が吹き抜けていくような心地がする。
 櫻宵は足元でお腹を見せて転がっていた子犬をそっと抱き上げた。
『だっこしてくれるの?』
「ええ、そうよ」
 指を、掌をふわふわと温める毛並みは、心を映したように柔らかい。抱きしめ、頬を擦り寄せる。ふかりとした柔らかさが頬を優しく撫で、ぽわぽわとした温もりが広がるようだった。
『ふふふ。おはなの、やさしいかおりがする』
「あなた達は無くしてなお無邪気だこと」
『なくした? なにを?』
「何かしら」
 もしかしたら。無くしたからこそ、こうも無邪気で在れるのだろうか。
 櫻宵は柔い心へ触れるように、もう一度頬を擦り寄せて。


“──、─旅を──”


(「あ、」)
 はらりと零れた魂に受け継いだ、大切なものが。
 御魂を約したいとが弛んで解けていくのを感じた瞬間、櫻宵は片手に子犬を抱いたまま、すぐ傍の存在を探すように目線を上げていた。
「カムイ、カムイ」
「――っ、」
 縋るように名を呼んだからか。目を瞠ったカムイの唇が、“サヨ”、と動く。
 噫、自分の神がこんなに怯えている。
 櫻宵は空いていた手でカムイの手を握った。自分と同じように、ひとの形をした手。そして、大切な大切な、約束の神の手だ。その手から視線を上げれば、いつも自分を見てくれる龍瞳がある。
「怖くないわ。カムイ」
 花が咲くように。春の訪れを告げるように。
 櫻宵は龍瞳へと笑みを贈る。
「例えば約束をおとしても私達はつながっているの。そうしてまた結びましょう」
 もう一度。
 何度でも。何度だって。
 だから。
「大丈夫よ、カムイ」
(「……噫、」)
 告げられた言葉は、頬を包む掌と同じくらいあたたかい。贈られた笑顔はいつも通り、無邪気で可愛くて。ぐるぐると蜷局を巻き始めていた厄が、穏やかに鎮まっていく。
「……サヨ。私は私でいれている?」
 頬を包む掌に己の掌を重ねて問えば、くすりと咲う音がした。
「カムイはカムイのままよ。私のかぁいい神様のまま」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

小結・飛花
わすれるものはあったかしら。
忘れ物はあったでしょうか。

あたくしはなにもかも思ひ出せないのです。

……初めまして。

あたくしは小結。名を飛花と申します。
そちらさんはいぬと申すのですね。
いぬさん。よろしくおねがいいたします。

水鬼の手は、水で御座います。
いぬさん。あなたは水が、おきらいですか?
何をして遊びましょう。
忘れるものなどございませんから、思う存分あそびましょう。

何を忘れてしまったのかわかりません。
それすらも忘れているのかもしれませんね。

いぬさん。走るのはおすきですか?
あたくしは苦手です。
ですがいぬさんの走る姿は見てみとうございます。

よろしいでしょうか?



 今日の幽世を訪れたら忘れてしまうもの。それはとある白猫が“いらない”と思った“約束”だと、小結・飛花(はなあわせ・f31029)は幽世へ来る前に聞いた話を思い出し、艶やかな袖を口元へと添えて考える。
(「あたくしにわすれるものはあったかしら」)
 それとも、忘れ物はあったのだろうか。
 ぱたり、ぱたり。赤い鼻緒の草履で静かに歩く音がじゃれ合う子犬らの声に混ざれば、足音に気付いた子犬が振り返る。
 飛花を見た途端に眩しい笑顔になって駆けてきた子犬はもう、忘れているらしい。
 そして忘れたことすら忘れて、“誰かと会えた”ことを喜んでいる。
 何もかも思い出せない自分と、忘れるものがあり、それを忘れた子犬。飛花はゆるりと歩みを止め、やって来た子犬を見下ろした。小さな尻尾がぷりぷり振られる。――自分は、この小さき犬が本当に望むだろう誰かではないというのに。
『はじめまして!』
「……初めまして。あたくしは小結。名を飛花と申します」
『ひかさん! ぼくはね、いぬです!』
「あゝ、そちらさんはいぬと申すのですね。いぬさん。よろしくおねがいいたします」
 “よろしく”。その響きに子犬がえへへぇと笑って、尻尾を更に元気よく振る。
 そのまま飛花の前でちょこんとお座りをしてじっと次の会話を待つ子犬へ、飛花は着物の袖、その下にある自分の手を思い浮かべた。飛花は水鬼。水鬼の手は名が示す通り、水だ。
「いぬさん。あなたは水が、おきらいですか?」
『すき! 水たまりでゴロゴロしてね、水でっぽうはガブガブするの』
「水溜りに、水鉄砲でございますか」
『でもね、お風呂はいや』
 ほんの少しだけ耳を伏せた。水溜りで転がるのと同じようで、子犬の中でこの二つは全然違うらしい。――となると。
「では、いぬさん。何をして遊びましょう」
『わ、あそんでくれるの?』
「ええ。あたくしには忘れるものなどございませんから、思う存分あそびましょう」
 かすかに頷いた飛花の髪が揺れれば、艷やかな黒髪そのものが緩やかに波打つ水のよう。あゝ、もしかしたら。底の見えない流れになにかを落としてしまったから、忘れるものが無いのだろうか。
(「それすらも忘れているのかもしれませんね」)
 物憂げにも見える眼差しが、ゆらり。何気なく向けていた空中から子犬へ移る。
 子犬はその場でくるくる向きを変えたり、ぱたぱた足踏みしたりと、遊んでもらえる喜びを表していた。動き回るその足を飛花は静かに見つめる。
「いぬさん。走るのはおすきですか?」
『だいすき!』
「あたくしは苦手です」
 この着物でも走ろうと思えば走れるのかもしれないが。子犬がキュウンと悲しげに鼻を鳴らすが、飛花は表情を変えすに続けた。
「ですがいぬさんの走る姿は見てみとうございます。よろしいでしょうか?」
 一緒に走ることは出来ないけれど、笑顔で駆け回る姿を見る誰かには、なれる。
 飛花の言葉に子犬がきょとりとして――キャワンッ、と嬉しそうな声が響いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
ごきげんよう、いぬさん
ええ、遊びましょと両手拡げて
首元をわしゃわしゃもふり

約束と聞いて想うのは
帰るお手伝いが出来たアリスの事
ヒーローへ戻って往く彼の背は、
大きくてキラキラしてみえた
でもね
どうしても…さよならは言えなくて
『またね』『あいに行く』って言っちゃった

いぬさん聞いてくださる?
ティーカップを買って待ってると言ってくれたの
それは『約束』って思って良いのかな
本当に訪ねても、困らないかな

さよならはさびしくて
いつも、いつも『またね』になるの
それも『約束』なのかしら

ざわつくキモチ鎮めたくて
撫でてたふわふわを抱っこして
アナタも『   』を贈ったコはいる?

『 』?
あれ、何だっけ
ううん、次は何して遊ぶー?



 出会ったなら、まずはご挨拶。
 城野・いばら(茨姫・f20406)が笑顔でカーテシーをしての「ごきげんよう」に、犬たちからも『ごきげんよお!』が元気に返った。そんな風にして挨拶を終えた犬たちの頭の中はもう、“たのしい”“うれしい”でいっぱいらしい。
『ねえねえ、あそぼうあそぼう!』
『おもちゃね、いっぱいあるの!』
「ええ、遊びましょ!」
 つかまえた! いばらは声と笑顔を輝かせ、一匹の首元をわしゃわしゃっともふる。きゃーっと嬉しい悲鳴を上げた犬が、もふられながらぴょんぴょん跳ねて、他の犬もキャウキャウと楽しげな声を上げながら周りを駆けたり、いばらに飛びついたりと賑やかだ。
『わたしもやって!』
『ぼ、ぼくも』
「はい、順番に!」
 元気にわしゃわしゃ、もふもふ、ぎゅーっ。
 待ち望んだ瞬間の――その、代わりかもしれなくても。いばらは両手でめいっぱい、一匹ずつ可愛がった。
 口からはふはふと舌を覗かせて笑う犬たちの瞳は眩しい。失くしたものがあると感じさせないのは、失くしたこともわからなくなっている為だろう。失くしたものは、
(「……約束」)
 帰る手伝いが出来たアリスは今頃どうしているだろう。
 今もあのトレンチコートを翻しているのだろうか。
 扉を見つけ、危機を乗り越えてヒーローへ戻って往くあの背中は、大きく、キラキラして見えたのを覚えている。けれど――。
『どうしたの? おなかすいた?』
「……ううん、違うの」
 別れを前にした時を思い出して、いばらは唇に笑みを浮かべながら、犬の頬を両手で優しく包み、撫でていく。
「いぬさん聞いてくださる?」
『うん!』
「いばらね、アリスを見送る時に『またね』『あいに行く』って言っちゃったの」
 どうしても――さよならは言えなかった。
 そんな自分に、彼は“ティーカップを買って待ってる”と言ってくれた。
「それは『約束』って思って良いのかな」
 ビールは自分が用意しておくと言ったけれど。“ごきげんようアリス、あの時約束したお茶会をしましょ!”なんて――ビール瓶を手にして本当に訪ねても、困らないかなと。そう、思うのだ。
「さよならはさびしくて、いつも、いつも『またね』になるの」
「『またね』に?」
「ええ」
「……それも『約束』なのかしら」
『?』
 こてんと首を傾げた犬が話し出すより先に、いばらは撫でていた犬を抱き上げる。嬉しそうに『ふふふ』と笑った温もりをぎゅっと抱きしめれば、ざわつく気持ちを鎮められる気がして。
「ねえ、いぬさん。アナタも――」


『   』を贈ったコはいる?


「あれ、何だっけ」
 いばらは指先で唇に触れ、首を傾げた。唇は確かに動いたと思うのだけれど、悪戯な透明ペンキで塗られたようにして音だけがどこかに――ううん、音だけじゃなくて――。
『どうしたの? やっぱりペコペコ?』
「ううん」
 彼らが還るのに必要なのは、このひととき。
 満たされるよう、触れ合い、遊ぶこと。
 だからいばらが続けて口にしたのは『   』ではなくて、
「次は何して遊ぶー?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
小動物には好かれないから、怖がらせないといいけれど、と進む足は少しずつ

大きく尻尾を振ってじゃれつく無邪気な素振りに瞬いて
遊んでほしいの?怖くはない?
ならおいで、可愛い子
撫でて抱き締めて、その温もりを頂戴な
ねえ、アナタは誰かとした約束があったでしょう
ワタシは忘れてゆく約束なんて、…?

…痛いわ
小さく呟いて呆けてしまうのは、自ら課して身に馴染み過ぎた痛みを堪える約束を忘れたせい
温かい子を抱き締めても痛いまま、落ちて行くのは涙ばかり
けれど痛みもまた、消えてゆく

痛いのは嫌い
けれどそれもワタシのものよ
それがなければ存在している証もないの
…それは駄目よ、お傍にいたいの
だからアナタもどうか、忘れてしまわないで



 なぜだか、小動物には好かれない。
 忍だから? それとも、別の理由?
 考えてみても答えは見つからず、宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)はくたびれたぬいぐるみを咥えてはぶんぶんと振ってぽとり落とす、という一人遊びを繰り返す犬のもとへと少しずつ足を進めていく。
(「怖がらせないといいけれど」)
 あれはどういう遊びだろう。狩りごっこだろうか。
 観察しながら静かに歩んでいけば、ようやく“誰か来た”と気付いた犬がぬいぐるみを咥えたままキュウン! と鳴いた。タタッと駆けてきた犬の尻尾は、誰が見てもわかるほど――大きく振られていて、ぬいぐるみを咥えているせいで不明瞭な『こんにちは!』と一緒に、後ろ足で立っては前足をぱたぱた躍らせる。
 千隼は橙の瞳をほんの少し丸くした。
 これは――嫌われては、いないようだけれど。
「遊んでほしいの? 怖くはない?」
 犬がぬいぐるみを咥えたまま、ぷるぷるっと首を振る。
 尻尾は相変わらずだ。パッタパッタと扇のように元気よく振られていた。
「ならおいで、可愛い子。撫でて抱き締めて、その温もりを頂戴な」
『!』
 キャフンッ。嬉しそうなひと鳴きの後、しゃがんだ千隼が広げた腕へと、犬がぴょんぴょん跳ねるようにして飛び込んでくる。千隼は求めたままに犬の頭から首、背中と繰り返し撫で、抱き締めた。
 ――あたたかい。
 こんな風にして誰かがこの温もりを愛したのだろう。
「ねえ、アナタは誰かとした約束があったでしょう」
『?』
 犬がパチリと瞬きをしてぬいぐるみを下ろした。首を傾げ、橙の瞳を見つめ返す。
『だれかと? ……だれと?』
 不思議そうに答えた犬は、自分を抱き締める腕の温もりに、千隼に、すりすりと体を寄せて笑う。嬉しそうな――傷ついた様子のない無邪気な様に、千隼は橙の瞳をそうっと伏せた。
 交わしたもの。交わした誰か。
 失くしたことすら忘れるのに、どれくらい時間がかかったのだろう。一瞬なら悲しみは覚えず、涙はこぼれず。今向けられているような笑顔のまま、こうして自分と会ったのだろう。そう思えば胸の内に湧く痛みは――、
(「ワタシは忘れてゆく約束なんて、……?」)
 
 ずきり

「……痛いわ」
 小さく呟いたのは自分自身。なのに、千隼は呆けていた。
 覚えた痛みは止まない。これが、自ら課して身に馴染み過ぎた痛みだと解っている。しかしどうして、いつもより痛い、と思うのだろう。
 まるで、深く馴染んだ痛みを今まで堪えて――それに、慣れていたかのような。
『いたいの?』
「……ええ」
 温もりを抱きしめていても、これは温もりと別のものなのだと改めて主張するように痛みは失せぬまま。橙の瞳から、ぽろり、ぽろりと涙ばかり落ちていく。けれど。
『まだ、いたい?』
「……いいえ」
 消えていく。消えてしまった。
(「痛いのは嫌い」)
 けれど。
「それもワタシのものよ」
『?』
 それがなければ存在している証もない。
 証がなかったら――、
「……それは駄目よ、お傍にいたいの。だから」
『なにが? わぁ、』
 ぎゅう、と強く抱き締められた犬がパチパチと瞬きを繰り返し、えへ、と笑って体を擦り寄せる。パタパタ振られ続ける尻尾は、こぼれるばかりの涙で滲んだ視界でも見えていたけれど。
「アナタもどうか、忘れてしまわないで」

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『彷徨う白猫『あられ』』

POW   :    ずっといっしょに
【理想の世界に対象を閉じ込める肉球】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
SPD   :    あなたのいのちをちょうだい
対象への質問と共に、【対象の記憶】から【大事な人】を召喚する。満足な答えを得るまで、大事な人は対象を【命を奪い魂を誰かに与えられるようになるま】で攻撃する。
WIZ   :    このいのちをあげる
【死者を生前の姿で蘇生できる魂】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠香神乃・饗です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ねがう
 あられ。あられ。
 いつか、いつの日か、お前の好きな外を、見せてくれる?
 人の私が見た外ではなく、お前が見てきた外を、お前と一緒に見てみたい。

 ――うん、うん!
 ――ごしゅじんさま、やくそく、やくそく。

“あられといっしょに、おそとへいくの”


 ――ごしゅじんさま? またおひさまがでてきたよ、おきて。
 ――ごしゅじんさま、ごしゅじんさま。
 ――にぃ。ごしゅじんさま、とってもねむいみたい。
 ――じゃあ、あられも、いっしょにねてあげるね。

“おやすみなさい、ごしゅじんさま。またあした”


 でも、もう、いいの。
 だって、ごしゅじんさまはどこにもいない。
 よんでも、へんじをしてくれない。
 ないても、あられってよんで、だっこしにきてくれない。
 ごしゅじんさまがねてからとずっと、あられと、やくそくだけがのこってる。
 こんなのあられ、ほしくない。いらない。いらない。

 なのに、いらなくないっていうこえが、きこえてる。


『……どうして?』
 竹林の中、ぽつんとそこにいたあられが二股の尾を揺らす。
 あられは困ったように、悲しそうに金色の目で猟兵を見上げ――かさり。自分へと歩み寄ろうとする音にハッとして身を翻した。竹林の奥へ小さな白猫が逃げていく。
『いらない、やくそくなんて、もういらない!!』
 泣き叫ぶような声と一緒にあられから溢れた何かが猟兵たちの記憶に触れた。

 それは、求めた世界を広げるだろう。
 それは、大事な人を現すだろう。
 それは、二度と会えぬ死者の魂を喚ぶだろう。

 現れたものは逃げるあられを隠すように、滅びゆく世界に猟兵を留めようとする。
 待つのは心躍る歓喜や甘い幸せだ。心が、魂が震えるほどの想いが湧くかもしれない。このままでいい、これでいい、と。
 けれどそれは失くしたからこその幸福であり、もう届かないからこその痛みも心に刻みつけてくる。
 だからあられは、約束はいらないと願う。失くしたままでいいという。
 それに抗うのなら、必要になものは現れたものを越える心と――ひとりぼっちの魂への、言の葉だろう。
 
フカヒレ・フォルネウス
【失われた都・上流階級】

ここは……
『かつてのフカヒレ・フォルネウスの故郷。その王国の謁見の間』
『逆光で顔は見えないが。左右には将軍や参謀、多くの悪魔たちが居並ぶ』
『そして玉座には、仕えるはずだった魔王が座す』
なるほど。これが僕の未練、望んでいたこと、ですか
『王が問う。忠誠を誓うかと。王が告げる。我らと共に覇道を為そうと』
……フッ
見くびらないでいただきたい

僕は鮫の悪魔の四天王、フカヒレ
僕は今の魔王様に、魔王国に忠義を誓った身!
かつての栄光に縋り付く無様など晒さない
勇者となり、己が国を滅ぼした偉大なる王よ
何れ巡り合う時があろうとも、僕は貴方に屈しないと誓おう!

『王が笑ったのは、幻か、それとも……』



 いらないと叫んだ白色へ「待ちなさい」と声をかけ追おうとしたフカヒレだが、次の一歩が地面に触れるまでの刹那、竹林だった世界が別世界へと鮮やかに塗り替えられた。
「ここは……」
 無意識のうちに呟いていた。足が止まる。
 ここは――覚えている。まだ、忘れていない。かつての故郷だ。
『……』
 言葉を途切れさせたフカヒレを多数の目が見つめる。
 口を開く者はいない。許可されていないからだ。
 彼らの表情はわからない。逆光で見えないのだ。
 ここは故郷たる王国の謁見の間。左右に居並ぶ多数の悪魔――将軍や参謀らは、仕える王の言葉をただじっと待ちながら、フカヒレに視線を向けているようだった。
 フカヒレは彼らへ視線を向けず、玉座にいる存在を見る。
(「これが僕の未練、望んでいたこと、ですか」)
 なるほど。
 浮かんだそれをフカヒレは怒りも落胆もせず、すんなり受け入れた。
 なぜならこれは、由緒正しい四天王の跡継ぎとして生を受けたフカヒレが迎えるはずだったものだ。謁見の間で、多数の悪魔の前で、玉座にいる国の統治者たる魔王と会う。その、はずだったのだ。
『フカヒレ・フォルネウス』
 魔王の声が謁見の間に響き、
『忠誠を誓うか』
 問われ、
『我らと共に覇道を為そう』
 告げられて。そうしてフカヒレはこの場所でこの瞬間を迎え、あの魔王の配下となるはずだったのに、そうはならず猟兵となった。叶わなかった未来は確かに未練となるだろう。“いつか”と願う理想になるだろう。だが。
「……フッ。見くびらないでいただきたい」
 フカヒレは玉座にいる王に跪かなかった。
 魔王を堂々と見上げ、誇りと共に胸を張る。
「僕は鮫の悪魔の四天王、フカヒレ・フォルネウス。僕は今の魔王様に、魔王国に忠義を誓った身! かつての栄光に縋り付く無様など晒さない!」
 今の自分が従う存在はあの魔王では――否。
 フカヒレは不敵な笑みを突きつける。
「勇者となり、己が国を滅ぼした偉大なる王よ。何れ巡り合う時があろうとも、僕は貴方に屈しないと誓おう!」
 謁見の間全体に響いたフカヒレの宣言で、世界は鮮やかに塗り替わる。
 過去の理想を映した謁見の間から、元いた竹林へ。
 響いた声は風に揺れる竹林の音へ変わり、謁見の間が完全に消える直前。王が笑ったように見えたのは幻だったのか、それとも――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふわぁ、わんちゃんといっぱい遊べて楽しかったですね。
アヒルさんはずっと考え事をしてましたけど、何か思い出せましたか?
ふえ、ね、猫さん?
白い猫さんの肉球がおでこに当たりました。
白い猫さん、いえ、あられさん、何か思い出せそうな・・・。
ふええ、突然風景が変わりましたけど、ここは家ですか?
急いでお夕飯の準備をしないとパパと子供たちのご飯が間に合わなくなっちゃいます。
そうです、戦いや冒険がない平和な家庭が私の理想の世界なんですね。
あ、みんなが帰ってきたみたいです。
おかえりなさ・・・い?
ふええ⁉なんで私の理想の旦那さんがアヒルさんなんですか。



 全ての犬が還った後は驚くほど静かだ。けれど満ち足りた笑顔を思い出せば同じような気持ちになれる。竹林を行くフリルはいつもより明るい表情でアヒルさんと歩いていた。
「ふわぁ、わんちゃんといっぱい遊べて楽しかったですね。お菓子も喜んでもらえてよかったです。アヒルさんはずっと考え事をしてましたけど、何か思い出せましたか?」
『グァ……』
「ふえ、まだ思い出せないんですか? それは困りましたね……」
 “アヒルさんが何かを思い出せないでいる”ことへの不安からか、フリルの表情がいつものようにおどおどしたものへなり始めた時。近くでカサッと草の鳴る音がした。
 フリルはビクッと肩を跳ねさせ立ち止まるも、アヒルさんは何だ何だと興味津々でそちらへと向かう。ふええ、待って下さい――何度やったかわからないいつものやり取りに、ぱっと飛び込んだのは綺麗な白色と鈴の音だった。
「ふえ、ね、猫さん? どうしたんですか?」
『クア! クワワ!』
「アヒルさん?」
『やだ、あっち行って! あられ……あられ、もういらないもん!』
「ふええ、何がですか? あっ」
 翼を広げてぴょんぴょん跳ね始めたアヒルさんと、なぜだか泣いているように見えた白い猫。挟まれたフリルはワケもわからないまま、ふにっとやわらかな何かで額を押され――白猫の名を思い出した。
 『あられ』。あの白猫はあられだ。それから他にも何か、思い出せそうな――。
「ふえ?」
 気付けばフリルは竹林ではなく家の中にいた。
 家? 首を傾げたフリルは次の瞬間慌て始める。ぼんやりしている場合じゃなかった。
「ふええ、急いでお夕飯の準備をしないと、パパと子供たちのご飯が間に合わなくなっちゃいます……!」
 ここに戦いや冒険はない。おはよう、いってらっしゃい、お帰りなさい。そんな平和な家庭がフリルの世界。今日も家事をこなす中、玄関の鍵が開く音がした。みんなが帰ってきたとフリルは廊下へ顔を出し――固まってしまう。
『クァ、ガァガァ』
「ふええ!? なんで私の理想の旦那さんがアヒルさんなんですか……!?」

 あれ?
 結婚相手なら“なんで”なんて驚いたりするんでしょうか?

 浮かんだハテナは理想から目覚める鍵へ。
 そして、フリルを囲っていた家は竹林へと戻っていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

小結・飛花
あゝ

やくそくは縛り付けるものでしたね。

…あたくしはしばりつけるだけでは無いと思ふのです。
あたくしは、あたくしは、

想ひ出がございません。
大切な御方がいたのでしょう。
それすらも思ひ出せないのです。薄情でしょうか。

霞がかつた景色でした。ひとの形をした影が見えるのです。
あたくしの大切な御方でしょう。

約束をしていた事もわかりませんが此処にあらわれたのなら
あなたはあたくしの大切な御方なのでしょうね。
あられ。
約束はわるいものではございませんよ。
あたくしもこうして出会えたのですから。
なくしたままでよいと
侘しいことはいわないでおくんなまし。
約束の主まで否定をしているようではございませんか。



 ――にぃ、にぃ

 猫の、悲しげな声がする。
 どれほど待っても叶わない約束に泣く、白猫の声が。

 ――あゝ

 泣き声にそっと触れた声から一拍遅れて、あられが顔を上げた。まん丸とした金色の目からとろりと溢れ落ちていく雫は、幼い言葉を紡ぐ白猫の心を代弁するかのようで。それを、飛花は自分たちの間にある距離を保ったまま、ぽつり呟いた。
「やくそくは縛り付けるものでしたね」
『……にあ』
 瞬きをしたあられの目から、雫がまたひとつ溢れていく。
 それを見た飛花の唇から吐息が音もなくこぼれた。
「……あたくしはしばりつけるだけでは無いと思ふのです」
『……どうして、そう、おもうの?』
「あたくしは、」
 飛花の視線があられから外れる。
「あたくしは、」
 飛花の手が、衣に隠れた水鬼の手が、胸元に添えられる。
「想ひ出がございません」
 艶やかな衣の下。肉体の内。心。魂。
 探れども探れども――感じるのは、出てくるもののない己の形ばかり。
「大切な御方がいたのでしょう。それすらも思ひ出せないのです。薄情でしょうか」
 ねえ、あなた。
 飛花が問いかけた先、霞がかった景色に誰かが居る。ひとの形をした、影が在る。
 けれど名前がわからぬ。顔も、髪や目の色もわからぬ。
 声も。眼差しも。何もかも。
 わかるのは、あそこに居るのはひとの形をした誰かだということだけだ。
「あゝ――想ひ出のないあたくしの記憶からいらした、あなた。あなた、あたくしの大切な御方でしょう」
 自分は、かの人物とどのような約束をしていたのだろう。
 それもわからぬ飛花だけれど、此処に現れたのならば、やはりあの人物は自分の大切な誰かなのだと捉え――ほんの少しだけ、かすかに目を細めた。
「あられ」
 ちりん。少し驚いたのかあられが身じろいだ。そこから走り出さないのは、飛花が一歩も動いていないからだろう。
「約束はわるいものではございませんよ」
『! ……どう、どう、して? どうして?』
「あたくしもこうして出会えたのですから。なくしたままでよいと、侘しいことはいわないでおくんなまし」
 知りたがる幼子のように繰り返された言葉に飛花はそう返し、薄れ始めた霧の世界、その中に佇む誰かへと眼差しを向けた。暫し朧な影を見つめた後、再びあられを双眸に映す。
「それでは、約束の主まで否定をしているようではございませんか」
 “約束なんていらない”と泣いて叫んだ白猫の耳が、ぴんっ、と揺れた。
『あ、あられ、あられはごしゅじんさまのこと……!』
 あられが後退る。耳がぺたりと倒れて、たっと駆け出した。
 再会を願い続けるほど“誰か”を慕う魂は、縛られたまま。けれどそれは、“今はまだ”なのだろうと。水鬼の娘は、遠ざかる後ろ姿をただただ静かに見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

戀鈴・シアン
【狼硝】

隣でレンが笑ってる
少し顔立ちが年相応になったかな
大切な人達も俺達の周りにいて
何処かの未来ではありえたかもしれない光景

こんな未来は無いかもしれないのに
泣けてくるぐらい理想の世界だ

けれど叶わなくたって大丈夫
『やくそく』したから
俺もハクもレンを忘れない
俺達が、きみを色褪せさせることなく全部抱えていくよって
――ね、レン
きっとレンも同じものを見たよね
やわく笑いあう今を噛み締め

きみもそうだよ
約束に囚われてしまわないで
大切に抱えてあげてほしいな
その約束は、きみとご主人を繋ぎとめているものなんだから
もう果たすことができなくたって、そのねがいは忘れないであげて

友達が前を向いてるから
俺も真っ直ぐに前だけを


飛砂・煉月
【狼硝】

永久の理想
隣のシアン成長してるのが微笑ましい
大切な人達と笑って別れの無い世界

――けど、
知ってる
そんなものが無いのは
知ってる
願わずに居られないのも
でも叶わなくても大丈夫
オレ達は『やくそく』したから
残される側はきっと辛い
憶測なのはオレが…置いてく側だから
でも憶えててくれるなら褪せないよ
だってオレはきっと、約束の中で生きてるからさ
シアンが呼ぶ響きに
…うん、きっと同じだったって目尻緩めて

ねぇ、キミのご主人だって約束の中に生きてるんだ
忘れられて想い出すら失くなっちゃう方がオレはやだな
だから、
やくそくは――要らなくない
大好きな人と繋がる魔法の言葉をどうか捨てないで

緋色が滲みかけたとて
眸逸らさず前を



「ねえ、レン」
 隣からかけられた声は、記憶にあるより少し低いだろうか。
 戀鈴・シアン(硝子の想華・f25393)の外見は、あの頃よりずっと大人びている。けれど声にあらわれている心根の優しさは、出会った頃からずっと変わらない輝きを宿していた。
「何だ、シアン?」
 名を呼んだ時から楽しそうにやわらいだ飛砂・煉月(渇望の黒狼・f00719)の緋色の目が、シアンを見てきらきらと笑う。親しくなった頃は人懐こい青年だったのが、今ではすっかり――いや。少し、年相応になっただろうか。

 成長した自分たちが、大切な人たちと一緒にひとつの思い出を紡ぎながら笑い合う。
 そこに別れなど無い。自分たちは明日も明後日も、一ヶ月後も――一年、また一年と、共に思い出を、世界を描き続けていく。

 けれどそれは、“何処かの未来ではありえたかもしれない光景”だ。

(「知ってる」)
 人狼病に罹っている自分にそんなものが無いことなど、レンは十分知っている。
 そしてあんな世界を――未来を願わずに居られないことも。
 “こんな未来は無いかもしれない”と解っているシアンも、その世界を見つめていた。
(「……泣けてくるぐらい理想の世界だ」)
 いつか来る別れとは無縁の、自分の大切な人皆が笑顔で過ごすあたたかな世界。
 それは心の奥底が震えるくらい眩しいけれど――二人は理想の世界へ縋り付きはしなかった。理想の世界の自分たちではなく、今此処に居る存在を互いの目に映して、どちらからともなくふわりと笑う。
(「残される側はきっと辛い」)
 置いていく側であるレンの憶測は、いつの日か現実になるかもしれない。それでも自分を見て笑う瞳を、友人を見ていると、胸の内に標のような光が宿る気がした。


 俺もハクもレンを忘れない
 俺達が、きみを色褪せさせることなく全部抱えていくよ


(「憶えててくれるなら褪せないよ。だってオレはきっと、」)
 『やくそく』の中で生きている。
「――ね、レン。きっとレンも同じものを見たよね」
「……うん、きっと同じだった」
 何を、なんて言わなくても伝わる。
 レンは目尻を緩め、声に光を灯して。シアンは呼んだその響きに輝きを浮かべた。
 理想が叶わなくとも、届かなくとも、『やくそく』したから大丈夫。
 やわく笑い合う今を噛み締めて、シアンはその微笑みをレンとは別の存在に向けた。
「きみもそうだよ」
『……っ』
 消えゆく理想の外側。高く伸びる竹の後ろから、密かにこちらを見ていた一匹の白猫。びくりと尻尾を揺らしたあられの首、蝶々結びしている後ろ側で、ちりん、と鈴が鳴った。
「約束に囚われてしまわないで。大切に抱えてあげてほしいな。その約束は、きみとご主人を繋ぎとめているものなんだから」
『にあ……あられと、ごしゅじんさま、を……?』
 金色の目を小さく震わすあられへと、シアンは優しく頷いた。
 あの時、いらないと泣き叫ぶ声を聞いた。それでも――いや。だからこそシアンは微笑み、遠い過去に交わした約束を捨ててしまわないでと言葉を捧ぐ。
「もう果たすことができなくたって、そのねがいは忘れないであげて」
『にぃ……でも……』
 果たせないまま抱え続けるのは辛いだろう。
 それでも。
 ねぇ、と、レンも優しく声をかける。
「キミのご主人だって約束の中に生きてるんだ」
 あられが『ごしゅじんさま』と交わした約束は、今は会えなくなってしまった存在が、別れの時から長く過ぎた今も存在出来る唯一の場所。もし、この幽世だけでなくあられからも約束が消えてしまったら――。
「忘れられて想い出すら失くなっちゃう方がオレはやだな」
 だから、
「やくそくは――要らなくない」
 真っ直ぐ見つめてくる緋色に、まあるい金色がじわりと潤んだ。
『にあ……でも、あられ、あられ』
 ちりん。ちりん。
 小さく身じろぐのに合わせ、鈴が鳴る。探しても探しても見つからない旅路の中、鈴の音をずっと聞いていたのだろう。けれどそれを結わえた誰かが、まだ、あられの中に存在しているのなら。
「大好きな人と繋がる魔法の言葉をどうか捨てないで」
 どうしたって変わらず、変えられず。そして、抗えないものは在るけれど。
 約束というその言葉が、ひとつの命を褪せることなく輝かせるものになる。

 滲み始めた緋色は逸らされず、前を見る。
 隣に立つ青い硝子色もまた、友と同じように真っ直ぐ、前だけを――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルーシー・ブルーベル
【月光】
手袋に包まれたお父さまの手が首に絡まる

あの時
あなたは死んでしまった本当の娘の所に居たくて
約束を置いて逝ってしまった
でももし
わたしの命で彼女が戻るなら今の様に
…多分、迷わず

例えわたしの命を奪ってもあの子は戻らない
与えられたとしても同じ所に居られないよ

それでもいいよって
前なら言ったでしょう
でも今はだめ

だって、わたしね
約束が増えたの
傍にいるとか忘れないとか
とても温かいの

明滅する視界でパパの姿を探して
害するものへ友だちを放つ
開放されて
温かさに包まれて
ええ、へいき
パパが来たもの

白猫さん
約束は繋がりよ
大事な人は約束を遺すことで
あなたに忘れないでほしかったのじゃないかな
ね、本当にいらないって思う?


朧・ユェー
【月光】
真っ白な世界。
何も無い、何も感じる事の無い世界。
嗚呼、ここに居れば僕も無になれる?誰も傷つける事もない
いいえ、それは嘘
誰かじゃなく自分が傷つきたく無いだけだ
このままここにいても変わらない
そう、変わらない

変わらなければ約束を果たしたいのなら

あの子の苦しむ声、あの子の光
屍鬼
彼女の首を絞めた幻想な男をパクリと呑み込む
大丈夫ですか?彼女の駆け寄り抱き上げる

えぇ、白猫ちゃん
いらないのならどうしてそんなに哀しい顔をするのですか?
そんな顔したら大切な人も哀しみますよ
だって君に笑ってほしいと願ったのはきっとその人の幸せだから
君もその人に笑っててほしいでしょう?



 にーあ

 ぽろり落ちた雫と共に聞こえた泣き声。とん、と触れてきた小さな温もり。
 大丈夫と心の内で唱え寄り添っていた二人の世界が、分かたれる。


 気付けばユェーの世界は真っ白だった。
 どこまでも続きそうだった夜の青に抱かれた竹林の姿も、色も――何も、無い。
(「……何も、感じない」)
 ここなら。何も感じることのない、この世界なら――。
(「嗚呼、」)
 ユェーの口からこぼれたのは、安堵だったか。歓喜だったか。
 どちらであったのかすら、この世界ではわからない。だからこそ、ユェーの心は目の前に広がる真っ白な世界に注がれていた。
(「ここに居れば僕も無になれる?」)
 無になれば、誰も傷つけることもない。
 それはユェーの願い。
 ユェーの理想。
 ――そう思う心に、何かが“いいえ”と異を唱えている。“それは嘘”と、真っ白な世界から掬い上げようとしている。それが何かは、ユェー自身が誰よりも理解していた。
(「違う。誰かじゃなく自分が傷つきたく無いだけだ」)
 その想いも、この世界なら叶うのだろう。
 だがそれは、このままここにいても何も変わらないのと同じだ。
(「そう、変わらない。今の僕と、変わらない」)
 変わらなければ。
 変わって、どうするのか。
 何が、したいのか。
 抱いていた理想とは別のもの、ぽつりと生まれた想いが、白色のみの世界に別の色を滲ませていく。それが白に近い色だとしても、今のユェーはそれを見失いはしない。
(「あの子と交わした、約束を」)
 大丈夫と花のように笑ってみせた、あの子との間に紡いだものを果たしたいのなら、変わらなければ。確かな彩となって浮かんだ想いが火種のように胸の内に宿った時、真っ白だった世界に射し込んだのは――、



「……ぅ、」
 白く細い首に手袋に包まれた手が絡まる。包み込む。沈んで、いく。
(「お父、さま」)
 まるで、あの時みたい。
 じわじわと苦しくなる中、ルーシーの記憶に残る一頁が甦った。
 ルーシーの父は“喪った本当の娘の所に居たい”と、約束を置いて逝ってしまったあの時。でも。もしも。今、首を絞めている少女の命で、喪った娘が戻るとしたら?
(「……多分、迷わず」)
 無抵抗だった、下ろされたままの腕が震えつつ上がる。小さな手は自分のものよりも大きな手に触れ、だめ、と掠れた声を紡いだ。一つだけの青い目が、父親を映す。
 例え自分の命を奪っても、本当の娘は――あの子は、戻らない。
 与えられたとしても同じ所には居られないだろう。
 それでもいいよと、以前のルーシーなら言っただろう。
「でも、今は、だめ」
 触れただけの小さな手に、ぎゅ、と力が入る。
「だって、わたしね。約束が増えたの」
 傍にいる。
 忘れない。
 言葉にしても文字にしても短いのに、それらはとても温かくて――、
(「ゆぇパパ」)
 世界が明滅する中でも、きっと、見失わない。


 ――ぱくりっ


 一角獣の愛らしいぬいぐるみが駆けた瞬間、少女の首を絞めていた男の姿が黒鬼に呑まれて消えた。解放された気道から一気に酸素が巡る瞬きの中、駆け寄ったユェーの腕が崩れ落ちかけたルーシーを抱き上げる。
「大丈夫ですか?」
「……ええ、へい、き。パパが来たもの」
 だからもう、大丈夫よ。
 ルーシーは今度こそ花のように笑い、そっと立ち上がる。襟元を綺麗に整えて、自分たちを窺っていたあられを見ながらしゃがみ込んだ。距離はそのままに、目線の高さを近づける。
「白猫さん」
『に、にぃ……なあに……?』
「あのね。約束は繋がりよ」
『……つな、がり』
 辿々しいオウム返しに、ルーシーは「ええ」と頷いた。
「大事な人は約束を遺すことで、あなたに忘れないでほしかったのじゃないかな」
 置いて逝ってしまうあられへ、ひとりぼっちになる白猫への、最期の贈り物。それはあられにとって孤独を突きつけるものになっていたけれど。それだけだったろうか。
「ね、本当にいらないって思う?」
『にーあ……』
 力なく尻尾を揺らしたあられの目は、ルーシーの隣で膝をついたユェーを映す。
「えぇ、白猫ちゃん。いらないのならどうしてそんなに哀しい顔をするのですか? そんな顔したら大切な人も哀しみますよ」
『にぁっ……!』
 ハッと前足で頬を押さえた様にユェーはくすりと笑った。あられはすぐ前足を元に戻してしまったけれど、反射的にした行動は今も約束の主を想う証であり、あられに笑ってほしいと願ったのはきっと約束の主の幸せだから。
「白猫ちゃん。君もその人に笑っててほしいでしょう?」
「だから、約束をしたのではないの?」
 二人の言葉でパチパチッと素早い瞬きをしたあられが、無言のまま背を向け駆け出した。二人はそれを追いかけず――寄り添ったまま、白猫の行く先を見つめ続ける。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
目の前に広がったのは、色とりどりの紫陽花の園
幼い頃、ずっとここにいたいと願った隠れ場所
…ただいま
真ん中に行けば、真白い紫陽花がある
一番好きなその花に、いつもこうして迎えて貰ったのだわ
追いかけて来る人はいなくて、殺そうとしてくる人もいない
身を苛む痛みもないから、泣く必要だってないけれど

――あの花園はもうどこにもない

ワタシが壊したの、憎いものごと
知っているからこんなにも痛む
許されなくて構わないわ
命さえ失った痛みも憎しみも、ワタシだから
…ただいまを言いたい場所は、もう此処じゃない

あられ、アナタがその約束を失くしたら
大切な人といたことすら失くしてしまうわ
いつかアナタのことを呼ぶひとの声に気付けるように



 淡く。清楚に。鮮やかに――。
 桃花。牡丹。白藍。勿忘草。紺碧。青藤。桔梗――。
 気付いた時には目の前に広がっていた別世界。橙の右目に映るのは無限に続きそうな竹林ではなく、紫陽花の園だった。
 小さな花をふかふかと集めて作ったような紫陽花はどれも美しい。しかし、千隼にとってここはただ美しいだけの園ではなかった。物言わぬ紫陽花だけがあるこの場所は、幼き日々の中で安らぎを得ていた隠れ場所。ずっとここにいたいと、幾度思っただろう。
 様々な色に染まるそんな紫陽花の園の真ん中に行けば、千隼を迎えたのは何色にも染まらぬ白紫陽花だ。
「……ただいま」
 おかえりなさい、なんて声は聞こえない。幼い千隼を迎え続けてくれた紫陽花は、喋りはしない。けれど逆に、何も言わぬ白紫陽花は自分が“ここに居る”ことをそのまま受け入れてくれた。
 ここには自分を追いかけて来る者はいなくて、自分を殺そうとしてくる者もいない。
 身を苛む痛みも、ない。
 だから、泣く必要だってないけれど。
「――この花園はもうどこにもない」
 一番好きな真白い紫陽花も。他の色を宿した紫陽花も。皆。
「ワタシが壊したの、憎いものごと」
 普段はかすかな気配すら残さない忍の女が口にした告白は、はっきりとした音となって紫陽花の園に落ちた。幼い自分を迎え、守ってくれた水無月の花を自らの手で手折った。それを知っているから、傷もないのにこんなにも痛むけれど。
「許されなくて構わないわ」

 どうして?

 どこかからか声がした。幼く感じる声だった。
 “どうして”?
「命さえ失った痛みも憎しみも、ワタシだから」
 問いかけに答えた声はいつものように、しんと冷えて。けれど、雫をこぼし続ける橙の目には、遠き花園にはいない存在への想いでかすかな熱を宿していた。
「……ワタシがただいまを言いたい場所は、もう此処じゃない」

 蝶が舞う。光が躍る。
 紫陽花の園は真白い羽ばたきに包まれて――、


 夜風で揺れる竹林の音が千隼の耳をくすぐった。さらさらと音を立てる風で、白磁の髪が山裾を流れる雲のように揺れる。それを見上げるあられの尾は、体に添うようにくるりと前へ巻かれていた。その理由を語るように、金色の目が不安げに揺れている。
 あられ。
 そっと名を呼べば、にい、と小さな返事があった。
「アナタがその約束を失くしたら、大切な人といたことすら失くしてしまうわ」
 だから失くさないで。
 手放さないで。
「失くしてしまったら、大切な人と会えた時、きっと困るのだわ」
 いつか自分を呼ぶひとの声に気付けるように――。
 ぽろりぽろりと溢れる雫を止められないほど、悲しくても。寂しくても。
「その約束は、アナタとアナタの大切な人がただいまを言える、大切なものよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

フィッダ・ヨクセム
黒いマフラーを靡かせる
銀色の獣耳と尾を揺らす軍服姿の人狼の少年を見た
俺様より大きな背丈
同年代の学生…お前、誰?

今ではなく器物時代の想い出なんてそれこそあやふやなんだ
おい…能天気そうに笑ッてんじャねえ!

「君の(本体の)生成に立ち会った俺は創造主だよ?他の誰かの役に立つことは願ったんだよ?まあ、君には酷く苦労させたみたいだけどね」
誰がこんなに歪ませて…じゃねえよ

ああ、じャあお前は知りたかッた俺様のはじまり
ハハ、一房違う髪が白いのは…お前のせいか

「俺と帰ろう?」
気安く誘うな、誘うくらいなら手放すなよ!
お前が大事にしてたらヤドリガミになッてねえ
創ッた張本人が存在意義を覆してんじャねえよ!
怒るよ、…俺は



 涙で瞳を濡らした白猫に訊かれた。

 どうして、いらなくないの?
 くるしくても、それでも、いらないってしないの?

 “どうして”? “どうして”だ?
 その質問を受けたフィッダの前で、黒いマフラーがひらりと靡いた。
「お前……」
 銀色の獣耳と尾。纏うは軍服。年の頃は――少年の範囲。背丈は自分より大きい。だが顔立ちや雰囲気から、同年代の学生だと見当がつく。しかし。
「……お前、誰?」
 ふいに現れた、恐らくは人狼であろう少年が誰なのかわからない。
 今。この二年間。そのふたつに対し、器物であった頃の想い出などそれこそ“あやふや”なのだ。その為、フィッダはこの少年の名前だけでなく、どういった人物なのかすらわからない。
 だというのに、少年はきらきらと明るい色をした青い目を細め、へらりと笑った。
「おい……能天気そうに笑ッてんじャねえ!」
 しかし声を荒らげれば少年が更に笑う。
 一体何が楽しいッてんだ。
 苛立ちを隠さないフィッダに少年は困ったように肩を竦め、口を開いた。
「君の生成に立ち会った俺は創造主だよ?」
「はァ?」
 創造主。飛び出た単語に目を丸くする間に、創造主だと言った少年は「まあ聞いてよ」と話を続けていく。
「君が他の誰かの役に立つことは願ったんだよ? まあ、君には酷く苦労させたみたいだけどね」
 ああ、誰がこんなに歪ませて――。
 がっくりと肩を落とす芝居がかった仕草に声。
 フィッダは色々と湧き上がるものをぐっと押さえ、長く、長く息を吐いた。
「……ああ、じャあお前は知りたかッた俺様のはじまりか」
「そういうこと」
「ハハ、一房違う髪が白いのは……お前のせいか」
 紫の髪に唯一ある白色。染めたわけでもねェのにと不思議だったが、ようやく納得出来る理由を見付けた。――理由というより原因かもしれないが。
「じゃ、俺と帰ろう?」
「気安く誘うな、誘うくらいなら手放すなよ!」
 本体の生成に立ち会ったというが、立ち会ったならなぜそのまま所持しなかったのか。生成後も少年の所有物としてあったなら、初対面という再会なんて起きなかった筈だとフィッダは少年をギロリと見る。
「お前が大事にしてたらヤドリガミになッてねえ……創ッた張本人が存在意義を覆してんじャねえよ!」
 創っておいて手放すなど、それではまるで、忘れているみたいじゃないか。
「怒るよ、……俺は」

 にぃ、にーい

 猫の鳴き声と一緒に、ちりん、と鈴の音がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
仔ねこの気持ちひとつで世界が消えちまうのか…
追いかけようとしたけど

アレ?ここ…郷の菜の花畑じゃん
ミサキと最後に逢った場所だ
…最後?
『そうね、最期。覚えてる?
あ、ミサキ
久々に会うなー元気なん?
『元気でない時にわざわざあんたの顔見に来ると思う?
えー思うよ
元気でなくてもオレに姉貴面したいんだろ
『可愛くないな
でも今は気分が良いからずっと一緒に居てあげる


(今の違和感に溜息をつき
…その約束
オレが反故にしたよね?
『やぁね思い出した?(苦笑い

鳥路を渡る鳥を喚び
肩に乗った鸚鵡ユキエとミサキを見送る

あられがいたらそっと撫で
大事な約束だったんだな?
解ってても納得するのは、難しーよねェ…
櫛羅で無痛の毒を

アドリブ可



 世界各所に滅びの理由というものは数多あるけれど、仔猫の気持ちひとつで消えかかることはそうないのだろう。
 幽世が滅んでしまう前にとあられを追いかけようとしたトーゴは、奇妙な感覚に包まれた。足元が朧になるような、浮遊と落下がごちゃ混ぜになったような――その感覚の後、ぱち、と瞬き一回を挟んだ目の前には見覚えのある風景が広がっていた。
「アレ? ここ……郷の菜の花畑じゃん」
 明るくやわらかな黄色が一面に広がるそこでミサキと逢ったのを覚えている。
 最後に会ったミサキは――、
「……最後?」

 さいごって。
 なんだ、それ。

 自分の全く知らない何かに触れてしまったような、何ともいえぬ感覚だった。
 トーゴは首を傾げながら菜の花畑の記憶を掘り返そうとして、

『そうね、最期。覚えてる?』

 黄色い花ばかりだったそこに現れた声。花の向こうからやって来た姿を見た瞬間、「あ、何だ。いたんじゃん」なんて気楽な空気がトーゴの中へパッと入り込んでくる。
「久々に会うなー、ミサキ。元気なん?」
『元気でない時にわざわざあんたの顔見に来ると思う?』
「えー思うよ」
 元気でなくてもオレに姉貴面したいんだろと笑えば、可愛くないなとミサキが言う。
 おっとこれはゲンコツが来るか? 笑いながら身構えてみせれば、ミサキもくすりと笑っていた。春風に撫でられて揺れる菜の花が、変に明るい。
『でも今は気分が良いからずっと一緒に居てあげる』
 言われたそれに、おかしな所はない。
 ない筈なのにトーゴの中で違和感が生まれ、生まれたそれが確信に変わる。
「……」
 自分がついた溜息は、どれくらいの重さだったろう。
「……なあ、ミサキ」
『何?』
「その約束、オレが反故にしたよね?」
『やぁね思い出した?』
 忘れないでよね
 苦笑いと共に告げられたその意味は、何に対するものだったろう。
 トーゴは鳥路渡る鳥を喚び、肩に乗ったユキエと共にミサキを見送った。夢の中での“二度目”を終えれば、菜の花畑が広がる前に起きた感覚が再びやってきて――ちょこんとお座りをしてこちらを見るあられに気付いた。
 一歩近付く。逃げない。
 もう一歩。大丈夫。
 トーゴはあられのすぐ近くまで行き、そっと肩を撫でた。ふわふわとした白い毛並みはやわらかく、鈴がちりちりと小さく鳴る。
「大事な約束だったんだな?」
『……うん』
「大事な約束じゃあ、解ってても納得するのは、難しーよねェ……」
 だからせめて、その旅立ちに痛みが伴わないように。
 トーゴは指輪に潜めたものを、そうっとあられに刻みつける。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
なあ、猫
返してくれよ、私の大事なもの

白い花畑と、世界が終わるみたいな夕陽
まだ人の気配がある頃の
とっくに燃えた故郷の光景さえ
一緒に見たかった奴も、生きてて欲しかった奴も、案内したかった奴も思い出せないんじゃ
……大事だと思えないんだ

約束があるから辛い
その気持ちが分からないわけじゃない
約束がなければとっくに死んでて
未練なく死んじまえば、苦しさもありやしない

――だけど
今苦しいのは、この約束が大事だからだ
辛いのと同じくらい、約束と一緒に生きてたいって思ってるからだ
どれだけ辛くたって
叶う望みが薄かったって
私は、生きる理由も死ぬ理由も、捨てたくないんだ

な、猫
――お前だって、本当は同じなんだろ?



 いらないという叫びは、願いは、偽りのない想いなのだろう。
 けれどそれを是とは出来ない。良しと受け入れることは出来ない。
 ニルズヘッグにとって、あられが消してしまったものは“いらない”と放り投げられるものではない。例え、覚えていた筈のものを言葉に出来ずとも、“思い出せないならしょうがないか”なんて、手放せやしないのだ。
「なあ、猫。返してくれよ」
 それは――私の大事なものなんだ。

 自分の内から遠ざかるものへと手を伸ばすようにこぼした声。ニルズヘッグの言葉が終わらぬ内に、青と碧、そして夜の黒が不思議ととけあった竹林は、燃えて輝くような雲が流れる夕空と白い花畑になっていた。
 真っ白な花弁は透き通った金とオレンジ色の夕陽を浴びて、ほのかに染まっていた。静かに揺れる白い花は、花冠をどれだけ作っても尽きぬのではと思うくらい咲いている。この花畑なら、花冠だけでなく、花の指輪や腕輪を好きなだけ作れるだろう。
(「……ああ。世界が終わるみたいな夕陽だ」)
 この花畑も、この夕陽も、知っている。
 まだ人の気配がある頃の――とっくに燃えた故郷の光景だ。
 けれどニルズヘッグの胸の内は欠け、空っぽのまま。
「一緒に見たかった奴も、生きてて欲しかった奴も、案内したかった奴も思い出せないんじゃ……大事だと思えないんだ」
 故郷を訪れ、共にこの風景を見て、感じて、何かを喋って――そんな風に過ごしたいと思える誰かが居た筈なのに。思い出せないから、空っぽのままだから、何の思いも浮かんでこない。
「猫。お前の気持ちが、分からないわけじゃないんだ」
 やくそくなんて、もういらない。
 あられのあ叫びが。約束があるから辛いという、その痛みが。
 自分も、約束がなければとっくに死んでいただろう身だ。未練なく死んでしまえば苦しさも在りはしないだろう。――だが。
「今苦しいのは、この約束が大事だからだ」
 夕空を流れる雲のスピードが、ふいに早まった。
「辛いのと同じくらい、約束と一緒に生きてたいって思ってるからだ」
 風が吹く。花畑が揺れる。
「どれだけ辛くたって、叶う望みが薄くったって」
 雲を染める金色が広がった。彼方へと沈む筈だった夕陽が再び昇り、世界が終わるようだった夕陽が目の覚めるような黄金の空に変わって――、


「私は、生きる理由も死ぬ理由も、捨てたくないんだ」


 ぱぁんっ、と黄金の空が弾けた。蛍が一斉に飛ぶ瞬間めいて光が散り、その向こうから竹林の風景が戻ってくる。
 空へ上がりながら消えゆく光の欠片を目で追うあられの瞳は、目線を前へ戻せばたちまち雫がこぼれそうなほど潤んでいた。その様は、白猫の想いを言葉で聞くよりも明確に示しているけれど。
「な、猫。――お前だって、本当は同じなんだろ?」
『……にぃ、にぃあ。にぃあ、にゃあ……!』
 ニルズヘッグの問いにあられが泣く。
 こぼれた雫は、緑の上で水晶のようにきらきらと流れていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

六道・橘
顕現は前世双子の兄
ぼやけ顔
片翼

兄に首を絞められている
ああ『俺』が歪めた『兄』はなんて穢ないんだろう

劣等感の余り兄を拒絶
…そんな俺を殺そうとしてくれたら
そうやって歪んだ弟を厭える―まともな精神の兄ならば
魂は『橘』としてまっとうに転生し
『わたし』はこんなにも囚われる事はなかったでしょうね

わたし、兄さんが嫌いじゃなかった
1つでいいからあなたより秀でた上であなたを大切にしたかった
恐怖に気付き護りたかった
…これで答えになるかしら?

あられちゃん
ご主人様は新しい躰であなたを探しているかもしれないわ
わたしみたいに
今度こそ約束を護りたいって
此処で迷い続けても逢えないから
会えるかもしれない可能性へと送り出したいの



 風に揺れた竹林がさらさらと歌う。
 足元は名前のよくわからない背丈の低い葉に覆われている。
 その上を歩いてやって来る『兄』を、六道・橘(■害者・f22796)は見つめていた。
 ぼやけ顔。片方だけの翼。ゆるりと兄の目が――前世では双子であった兄が、自分を見る。兄の手が、伸ばされる。久しぶりだなんて握手をするのではなく、切り揃えられた髪がくすぐる首を掴む為に。
 触れてきた指先が温かいか冷たいかなんて橘は考えていなかった。
 ただ自分の首を絞めてくる兄の様に瞳を歪め、ああ、と笑った。
(「『俺』が歪めた『兄』はなんて穢ないんだろう」)
 この男は双子の兄弟だった。
 だが、前世での橘が兄に抱いていたのは強い劣等感だった。
 だから前世の橘は、劣等感の余り兄を拒絶した。
(「……そんな俺を殺そうとしてくれたら」)
 例えば、この瞬間のように。
(「そうやって歪んだ弟を厭える――まともな精神の兄ならば」)
 そうであったならきっと、今とは違う風に。
(「魂は『橘』としてまっとうに転生して、」)
 そうして、『わたし』はこんなにも囚われることはなかっただろうに。
 人でなしのような理性と共に、赤い瞳が斬る先を求めることもなかっただろう。
 口からこぼれた息は笑っていたのかどうか、自分でもわからない。
 ただ、わかっていることもある。

「わたし、兄さんが嫌いじゃなかった」

「一つでいいからあなたより秀でた上であなたを大切にしたかった」

「恐怖に気付き護りたかった」

 前世では言わなかった。言えなかった。
 転生した自分から前世の兄に手向けた言葉は、答えのひとつ、またはその中の欠片となったらしい。締められていた首が解放されて空気を自由に吸えるようになり、兄の姿は――煙のようになって、ほどけながら消えていった。
 兄だったものが完全に消えたそこに広がるのは竹林だけ。
 その中にぽつんといる猫が持つ白と金は、暗闇に浮かぶ灯りのよう。橘は数回の呼吸で息を整えると、おかっぱ髪を揺らしてあられへと向く。
 白猫が慕う魂が今何処にいるかはわからない。けれど、此処で迷い続けても、きっと逢えない。だから橘は標を作る。あられが此処ではない何処かへと行けるように。会えるかもしれない可能性へ、送り出す為に。
「あられちゃん。ご主人様は新しい躰であなたを探しているかもしれないわ」
『にあ……あたら、しい……?』
「ええ。わたしみたいに。そして、今度こそ約束を護りたいって」
 再会出来ぬまま過ごした時間は長かろう。寂しかろう。
 けれどそれは自分だけではないと――愛しいひとも同じなのだという言葉に、涙に濡れた金色の瞳が輝いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
【空桜】
コノハさん(f03130)

ぽかりと抜けたものが
そのままするりと現れたようだった

春が過ぎても降る雪の姿
名前が喉まで出かかって靄はかかったまま

だけど鮮烈に、きみが居る
どうしてこんなに大事なこと
忘れてたんだろう

あのね
秘密にしてたけど、愛してるよ

「ほんとうに?」

きみが思っているより
ずっとずっと
うんと誰より、狂うほどに

だけど、これ以上の言葉は
本物のきみに言おうと思うんだ

ねぇ、あられ
きみを縛ったひどい人のこと
おれもすきじゃないな

だけどわかるんだ
あられのことが、すきだったんだろうなって

コノハさんのような優しさは与えてやれない
手向けの花畑を咲かせる以外

(コノハへ
ねぇ
きみはきみのこと、思い出せそうかい?


コノハ・ライゼ
【空桜】
なびちゃん(f02050)

髪を染めぬ己と瓜二つの、あの人が生きて笑う
ソレが何より望んだ世界

なのに忘れちゃいけない事を忘れている
あられの所為じゃなく、あの人が居なくなってからもうずっと
だからせめて約束だけは手放したくない
生きて、思い出す為にも

約束は、ヒトを、ココロを縛るよネ
果たされない約束は、いつまでだって辛く悲しい
ケドだからこそ越えられる事もある
交わした約束は存在の証
否定しちゃ、悲しいヨ

あられが望むなら彩儡で「ごしゅじんさま」に為る事も出来る
やくそくは叶えられない偽物だけど

なびちゃんの言葉に曖昧に笑う
そうね、思い出せないってコトを思い出したわ
(オレはオレだナンて、いつか言えるのかしら



 ただの夜の竹林だったそこに現れたのは、なびきの中からぽかりと抜けたものそのままの形。春が過ぎても降る穢れなき雪の姿だった。
「……きみ、」
 真っ直ぐで大きな瞳が、雪と硝子の光をちりばめたように自分を見ている。
 けれど名前が喉まで出かかっているのに、靄が晴れない。出てこない。だけどそこに居る。何よりも鮮烈に、『きみ』が居る。“ああ、自分が失くしたのは『きみ』だったんだ”と、一切の迷いもなくなびきは感じていた。胸の内が豊かに満たされて、苦しいくらいの幸いが溢れていく。
(「どうしてこんなに大事なこと、忘れてたんだろう」)
 自分の名前よりもずっとずっと大事な名前。大切な存在。そう言ったらきっと、きみに叱られるのだろう。――自分は、そんなきみが。きみのことが。
「あのね。秘密にしてたけど、愛してるよ」
 黒色としか思えぬくらい抱えていたものを、不思議なほど、やわらかに言えた。
「ほんとうに?」
「ほんとうに」
 瞬きもせず自分を見る瞳を見る。
 そう、愛してるんだ。きみが思っているより、ずっと、ずっと。
 うんと誰よりも――狂うほどに。
「だけど、これ以上の言葉は……本物のきみに言おうと思うんだ」

 きみは俺の大事な人だけど、あの子じゃ、ないから。




 名前を呼ばれる。笑顔を向けられる。
 『あの人』が見せる笑顔にコノハも笑えば、そこに合わせ鏡が生まれたよう。
 だってあの人の顔は、髪を染めていない自分と瓜二つ。
 ――ソレが、コノハが何よりも望んだ世界だ。
(「そのハズ、だってのに」)
 笑ってみる。
 ――どうにも満たされない。
 両手のひとさし指で唇の端を上げてみる。
 ――胸の内は空虚なままだ。
(「……わかってる。理想の世界にいるのに、忘れちゃいけない事を忘れている所為」)
 それはあられが約束の消失を願った所為ではない、ということもわかっていた。
 これは、あの人が居なくなってからもうずっとずっと、自分の中に在る。だからせめてと願うのだ。縋るのだ。まだ残っているこれだけは――約束だけは、手放したくない。
 目の前に広がる世界で、生きて笑うあの人が振り返って、何かを言う。
 そして笑顔のまま前を向いたあの人が、穏やかな足取りで先へと行く。
 その背中を追いかけて、隣に並んで、一緒に歩いて、笑って。
 そんな風に出来たらと思いもするけれど――どれほど眩しい理想がそこに在っても、こればかりは手放せない。だって自分は、“まだ”なのだ。
「……忘れていても、手放せないものってあるのよ」

 だから自分は抱え続ける。
 生きて、思い出す為にも。




 風景と同化した見えない壁がじわりと滲み、消えた。その向こうから現れたコノハの薄氷色と、それを見たなびきの桜色が無言で視線を交え、ほんの少しだけ唇に弧を描く。
 ちりん、とした音は、二人の様子にあられが首を傾げたからだ。淋しげで不安そうな表情は残っていても、強い拒絶はそこにはなくて――ああ、色んな言葉と想いを向けられたんだなと、なびきは狼尾を静かに揺らした。
「ねぇ、あられ。きみを縛ったひどい人のこと。おれも、すきじゃないな」
『にっ』
 驚いて小さな声を出した白猫分の尻尾も、ぴんと反応した。すぐに何でもない風を装った白猫の精一杯のフリに、なびきもコノハも、何も言わず――こんなあられを、今みたいに見ていた誰かを思い浮かべる。
「だけどわかるんだ。あられのことが、すきだったんだろうなって」
 眠った後会えなくなってしまったけれど。約束を交わしたそのひとはきっと、あられのことを好きなまま、長い長い眠りについてしまっただけなのだ。そしてあられもまた、『ごしゅじんさま』のことが好きなまま彷徨い続けていた。
 深く繋がっていたからこそのあられの今に、コノハの薄氷色がゆるやかに細められる。
「約束は、ヒトを、ココロを縛るよネ」
 果たされない約束はいつまでだって辛く、悲しい。約束という空っぽのフレームだけが、いつまでも残るのだから。 
「ケドだからこそ越えられる事もあるの」
『こえられるもの……?』
「そう。ね、今日までずっと探してこれたのは、どうして?」
 ――あ。
 あられの口から、小さな声がこぼれ落ちた。瞠られる金色の目が潤んでいく。
「ね。だからサ。否定しちゃ、悲しいヨ」
 ――それか。
 コノハが指先へと静かに紡いだ黒色に、あられが首を傾げる。
『……それ、なあに?』
「そうねぇ。魔法の影、ってトコかしら。アナタが望むなら、これで『ごしゅじんさま』に為る事も出来るわ」
『!』
 どうする? そう問いながら、コノハはあられが何と答えるか既にわかっていた。
 ふるりと横に振られた白色と、わかったわとだけ答えたコノハ。手向けの花を咲かそうかと指先同士を擦り合わせていたなびきは、内へと戻されていく優しさからコノハへと視線を移す。
「ねぇ。きみはきみのこと、思い出せそうかい?」
「そうね、思い出せないってコトを思い出したわ」

 オレはオレだよ――なんて。
 生きていたら、いつか言えるのだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
あら?竹林にいた気がするのに
…此処もしかしてヒーローズアース?
高い建物並ぶ珍しい街並み
飾られた店の看板達
何時の間にって不思議だけど
来たかった世界だから嬉しい

でも…ピザ…コーラ?
その単語が何だか気になって
またざわつく胸押さえた瞬間
浮かんだ

――楽しみにしてる
そう笑った彼の姿

ダメ、いかないで!
消えてしまう大きな背に、叫んで我に返る
確かに、来たかった世界
なのに…何かが足りない

悲しいも寂しいも無い
でもねあの時交わした
嬉しいも楽しみも全部失って
…その方が苦しい

あられ、
約束もご主人さんとの思い出でしょう
貴方が消してしまったら
その時の大切な想いも
ご主人さんも失っちゃうのよ

約束は未来へ繋ぐ希望
どうか、負けないで



 ぱちり、ぱちり。
 ごしごし、ごし。
 瞬きを何回しても、目を擦ってみても、やっぱりそこは竹林ではなくて。いばらは数秒置いた後、「あら?」と首を傾げた。
「……此処もしかしてヒーローズアース?」
 周りに聳え立つのは青々とした竹の群れではなく、竹以上にのっぽさんな建物が並んでいる。ところどころ建物と建物を区切るようにある看板たちは、そこを彩るように飾っていて――。
「何時の間に……?」
 いばらはやわらかな髪を揺らし、右を見て、左を見る。不思議、という気持ちは消えないけれど、それ以上に来たかった世界に居るという嬉しさが勝っていた。でも。
「あれが『ピザ』のお店で……あのチカチカしている看板の飲み物が、『コーラ』?」
 この世界のポピュラーな食べ物と飲み物。
 それだけなのに、どうしてだかその単語が気になった。
 どうして気になるのだろう。胸のざわつきは何だろう。問いかけるように、抑えるように胸へと指先を添えて、


 ――楽しみにしてる


 浮かんだ姿。忘れもしない笑顔。
 ハッとした視界にその『彼』が居た。
 でも向こうの通りだ。遠い。こちらに背を向けている。きっと気付いていない。
 ああ、行ってしまう。消えてしまう。
「ダメ、いかないで!」
 大きな背を引き止めたくて精一杯の声で叫んで――我に返った。
 此処は間違いなくヒーローズアースだ。来たいと思っていた世界だ。なのに。
(「……何かが、足りない?」)
 何が? その疑問に答えたのは、胸へ添えたままの指先、その奥から伝うものだった。
「……無い……」
 “悲しい”も“寂しい”も、見当たらない。いかないでと叫んだ自分の中に在る筈のものがない。それは“痛い”と“苦しい”になる種だから、ない方がいいのかもしれない。
 でも。
 あの時交わした“嬉しい”も、“楽しみ”も、全部失っていたことが。
「……その方が、苦しい」
 在ったものを探すように、いばらの手が、きゅうと服の胸元を握り締める。
 皺になってしまうという気持ちは、出てこなかった。
「あられ」
『……にぃあ』
 返事は後ろからだった。そっと振り向けば裏道へと向かう建物の角――消え始めたそこに、白い猫がぽつんと居る。瞳は悲しげで――まだ失ってないあられの傍へ行き、静かにしゃがむ。
「約束もご主人さんとの思い出でしょう」
『にゃあ』
「貴方が消してしまったら、その時の大切な想いもご主人さんも失っちゃうのよ」
『……にぃ』
 下を向いたあられの表情はわからないけれど、きらりと落ちた雫が見えた。
 小さく丸い白色の頭へと、いばらはそうっと指先を伸ばして撫でる。
「ねえ、あられ。約束は未来へ繋ぐ希望よ」

 だから――どうか、負けないで。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

約が厄となり雁字搦めになり縛られるその様は
まるで嘗ての己をみるようだ
諦められないのだろう
叶わない約束であっても
手放そうとしても手放せない

瞬くうちに蘇るのは吹雪く薄紅の中、夏空に花火が咲き誇る─優しく微笑む桜龍の君
イザナ
咲き誇る光に照らされた花灯の微笑みは何より美しくて焦がれてやまなかった

君を縛り付けたくて約を求めた
廻りかえってきたらまた友になろうと君は、私に約してくれた
ずっと待ったよ
約束を守ってくれた
やっと会えたんだ

だから過去に縋らない
君はそこに居ない

サヨ、サヨ……!
私のきみよ
抱きとめた桜色は優しい愛のぬくもり
もう離さない

アラレ
約は守られる
どんな形であれ、きっとね
そなたはひとりではないよ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

かぁいい猫ちゃんね
約束に縛られているの?
要らないのに逃げられないのは、希望のいとに縋るように心のどこかでまだ信じているからよ

結んだ絆、約束──廻る命の輪廻

黒い神が
私の師匠が笑っていてくれる
いつもの様に優しく撫でて
いつもの様に私の名を呼んでくれる
優しい梔子の香りにぬくもり
師匠、神斬
分かっているわ
あなたは約束を守ってくれた
また逢えた
忘れない
私はいつまでも師匠が大好き

苦しいから
届かないからこそ
忘れてはいけない
幸せだった心まで否定することは無い

カムイ!駆けて、その腕の中に飛び込む
優しい梔子の香り

一緒に旅をして
色んな世界を観に行くの

繋がる約束は命だって繋いでくれる
ひとりじゃないのよ

あなたも、私も



『にぃ……にぃあ……』
 夜に閉ざされた緑の上を、白猫の足が踏んでいく。小さな一歩はほんのかすかな音しか立てない。その代わり、ちりん、ちりん、と鈴の音がきらりと響いて――それも、止んだ。
『にゃあ……』
 あられが立ち止まる。下ろされた尻尾が地面に触れて、何かを探すようにきょろきょろと周りを見た。すん、と聞こえた音は鼻をすする音。金色の瞳は潤んでいる。けれど、泣き叫んだ時と比べると――噫、そうね。まるで、小さな何かを見付けたよう。
「かぁいい猫ちゃんね」
 ハッとして自分を見たあられへ、カムイの隣で櫻宵はやわらかに微笑みかけた。
「約束に縛られているの?」
『に……』
 こくり。あられが頷いた。
 要らない、と泣いて叫んだ。そして世界から消して――けれど、逃げられない。
「それは、希望のいとに縋るように心のどこかでまだ信じているからよ」
 優しく語りかける声と、櫻宵。ふたつへと気持ちを向けているあられの姿が、カムイの中であるものと重なり映る。
(「……まるで嘗ての私のようだ」)
 交わした約束が厄となり、雁字搦めに縛られた魂。
 あられは、どれほど時が経っても諦められないのだろう。
 叶わない約束であろうとも、手放そうとしても手放せない。
「……あられ。そなたは、それ程までにかの者を想っているのだね」
 向けられるふたつの春の彩。
 並ぶ優しい眼差し。
 約束を手放そうとしない心。
 これまでにいくつも見て感じてきたものに、あられの目からぽろりと雫が落ちて。
『……どうして、あられに、やさしくしてくれるの?』
 問いかけがこぼれた瞬間、カムイの“中”から甦った桜龍が竹林に顕現した。
 あの日。吹雪く薄紅中、夏空に花火が咲き誇り――カムイを見た瞳が咲う。優しい微笑に心が照らされる。
「イザナ」
 夜空に咲く光に照らされた微笑みは花灯。
 何より美しいその微笑に焦がれてやまなかった自分を、覚えている。
 そしてカムイはイザナを縛り付けたい想いで約束を求めた。求めた桜龍の君は、“廻りかえってきたらまた友になろう”と、約束してくれた。
「ずっと待ったよ」
 イザナが微笑む。あの日のように。
「そして君は約束を守ってくれた」
 桜龍が頷く。あの頃のままに。
 噫、やっと会えたんだ。
 喜びと幸いが春のように満ちていくのを覚えながら、カムイは咲った。
「だから過去に縋らない。君はそこに居ない」
 隣を見る。自分を見て笑う櫻宵が居る。
 そのことが、あの日の花火や花灯とは同じようで違う、唯一の灯になって――。



 ――サヨ。
 ――サヨ。

(「……噫。呼んでる」)
 呼ばれている。
 櫻宵は緩やかに瞼を開いた。
 明るいけれど今は何時かしら。そんな疑問は自分を見て笑う黒い神――師匠の笑顔を見ていると、後でいいわと思えてしまう。だって、この笑顔がとても愛おしい。
「どうかしたのかい、サヨ」
 いつものように優しく撫でてくれる手も。
 いつものように自分の名を呼んでくれる声も。
 傍へ行けば優しい梔子の香りに包まれて、黒い神のぬくもりが受け止めてくれる。
 そんな日々が。世界が。――神斬が。櫻宵は好きだった。
「師匠、神斬」
「何だい」
「分かっているわ。あなたは約束を守ってくれた」

 “廻り帰ってきた、その時も――”

 そしてその約束通り、また逢えた。
 帰ってきてくれた。
「忘れない。私はいつまでも師匠が大好き」
「サヨ。……私もだよ」
 結んだ約束が叶わず、心に絆いだものがほどけぬままなのは苦しい。
 けれど苦しいからこそ忘れてはいけない。
「幸せだった心まで否定することは無いのよ」
 凛と春の声を紡ぎ、櫻宵は黒い神の元から駆け出した。
 夢の世界が花びらとなって晴れ、その先に見えたのは――。



「カムイ!」
「サヨ、サヨ……!」
 広げられた腕の中に飛び込んだ瞬間、蕾が開くように優しい梔子の香りがして。抱きとめた桜色から、優しい愛のぬくもりが光を灯すように広がっていく。
 櫻宵は梔子の香りを胸いっぱいに吸い込んで、ぎゅうと自分を抱き締めるカムイを見上げて咲った。
「カムイ。私達は一緒に旅をして、色んな世界を観に行くの」
「噫、約束だ。もう離さない」
 きっと新しい世界へ行く度に約束が増えて、結んだ約束は自分たちを絆ぐ糸になる。
 あられの『ごしゅじんさま』も、そんな想いで約束を交わしたのではないか。
「アラレ」
『に……にぃ……』
 遠慮がちに離れて、けれど逃げ出さずこちらを見ている。そんなあられにカムイは変化を感じ取りながら、やわらかな微笑みを向けた。
「約は守られる。どんな形であれ、きっとね。だから、そなたはひとりではないよ」
『……ひとりじゃ、ない? ほんとう? ほんとに?』
「本当よ。繋がる約束は命だって繋いでくれる」
 カムイの腕の中で、櫻宵も潤んで煌めく金色へと微笑んだ。
 交わした約束は、輪廻の旅路をゆく命を求める場所へと導いてくれる。
 だから自分たちは、こうして互いのぬくもりを感じている。
「ひとりじゃないのよ。あなたも、私も」
 そして今はまだ会えない『ごしゅじんさま』も。
 見えない糸は約束と共に繋がっていて、いつの日か必ず、結ばれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

駒鳥・了
他の猟兵の労を減らす事にもなりますから
UCであられの行動を止めましょう
眠り速度を技能で低速とする対抗もします

多くの人影も見えますが
顔に覚えがあるだけの十把一絡げの他人
人間らしい約束をした事もありません
わたくしはその意味で自由で哀しみもありませんが、喜びもありません
適切な計画を立て、淡々と演算をこなして行くだけです

あられ、あなたはそんなわたくしを羨ましいと思いますか?
あなたの今の望みは、そんな生き様です

弱いながらも降霊を試みましょう
幽かなお姿だけで構いません
どんな顔をされているでしょう

蛇足ですが、流石に、己の人生が良いものでなさそうなのは承知しています
学習のためにサブセット人格を作ったのですから



 目は潤んでいるが、会っても逃げず、こちらを遠慮がちに見る表情。

 あられの中で変化が起きつつある。

 一目で見抜いたリョウは、失礼と一言告げてあられに手を伸ばした。喜ばしい変化のようだが、後続の仲間の為にも、可能な限りあられの行動を止められるよう。自身の念より作り出した不可視のプログラムであられの心に干渉すると、くすぐったいのか時々小さく短く鳴いては耳をぴっと動かす。
『おねえさんは……あいたいひと、いるの?』
 そこに悪意はなかった。ただ“知りたい”だけが宿った純粋な想いが、リョウと関わりがある死者の魂を幽世へと招き寄せる。そしてそれはリョウを夢の世界へといざなうものでもあった。
 リョウは忘却だけでなくそれへの対策もしていたのだが、最初はかすかだった眠気が緩やかに深まっていく。眠気に対抗しながらさり気なくあられの動きを封じていたが。
(「今のわたくしですと、現状抗えるのはここまでですね。仕方がありません。しばしお付き合いするとしましょう」)


 忘却の中にあっても、リョウは己の人生が良いものでなさそうだということは承知していた。故に学習すべくサブセット人格を作り、これまで過ごしてきたのだが。
「人影は多い。ですが、顔に覚えがあるだけの十把一絡げの他人ですね」
 夢の中で会った彼らを眺め、そう告げた。
 人間らしい約束? したこともない。
 自分はその意味で自由も哀しみもないが、喜びもない。適切な計画を立て、淡々と演算をこなし実行するのみ。故に彼らとの再会に何か特別な感情が湧くこともなく――、


 その場に座り、眠っていたらしい。目を開けると、自分の膝にあられが頭を載せ耳をぺたりと倒していた。あられもリョウの夢世界を見たのだろう。ならば。
「あられ、あなたはわたくしを羨ましいと思いますか?」
 過去の繋がりを過程を経た結果とだけ捉え、それを何とも思わぬ自分を。
「あなたの今の望みは、そんな生き様です」
 にぃ。小さな鳴き声と共に白猫が首を振る。体勢の影響で駄々をこねられてるような気分だが、あられの心は確かに変わりつつある。リョウは思案の後、意識を集中させ――上手く行きませんねと呟いた。
『にあ?』
「降霊……一時的にでも、あなたの主人の魂をここに呼ぼうとしたのです」
 幽かな姿でいい。どんな顔なのか。一瞬でも邂逅が叶えば白猫の心はきっと、と思った時、あられがバッと跳ね起き周囲を見る。
「どうしました?」
『……ちょっとだけ、うれしいにおいがしたの』
 リョウにはあられのいう“うれしいにおい”はわからない。だが、幽かに現れたそれは、これまで繋げたものと共にあられの中に積み重なっている筈だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

彼岸花・司狼
どれだけ涙を流そうと、狂える程に願おうと
無くした物は返らない、亡くした者が帰ってきてはならない。

どれだけ生前を再現しようと死人が動き回るなんて、
そんなもんはただのゾンビだ、死人への冒涜でしかない。
無理矢理歪んだ骸を再現するくらいなら、ヒトとして逝かせてやるべきだ。
…人は死んだら、死ぬものだから。

「死者は安らかに眠るべき」の信念に従い、
夢の中で蘇った死者には追悼を込めて一太刀を入れる。

きっとその約束が大事だったから大事だから哀しさに溺れたんだろう。
だが、そんな想いに囚われるくらいなら、その大切な思い出に浸って眠れ。

慰めにもならない、救いにもならない
それでも同系統のUCで一時の追憶を白猫に捧ぐ。



 還った犬たちと、彷徨い続けていたあられが願った“もう一度”。
 司狼は彼らがそれを願うことは理解出来たが、同意は出来なかった。たとえ流した涙で泉が出来ようと、過去の欠片となるほどに願おうとも――絶対のものが、ある。
「無くした物は返らない、亡くした者が帰ってきてはならない」
 目の前に広がるのは竹林ではなく夢の世界。
 瞳に映るものは生前を姿で蘇った魂。死者という名の生者。
 だが司狼はこの死者が誰なのか判らない。これまでに忘却してきた中にいた誰かなのだろう。ならば今この瞬間は、綺麗に忘れ、還ってこない筈の存在との再会になる。
 それは奇跡だろう。
 しかし司狼は得物へと手を伸ばした。
「どれだけ生前を再現しようと死人が動き回るなんて、そんなもんはただのゾンビだ、死人への冒涜でしかない」
 再現された存在が笑ったとしても。
 思い出を語ったとしても。
 死んだという事実は、時を戻して結果を変えない限り覆らない。
 たとえ蘇らせた死者の心臓が脈打っていたとしても、だ。
「それに、無理矢理歪んだ骸を再現するくらいなら、ヒトとして逝かせてやるべきだ。……人は死んだら、死ぬものだから」
 死んだのに死なせてもらえず、再び生かされる。
 そんな存在を、『人』と呼べるだろうか。そのカテゴリに、置けるだろうか。
 だから司狼は得物を、刀を抜く。“死者は安らかに眠るべき”という、自分の中に残る信念に従って、刀を手に距離を詰めて――斬る一瞬に追悼を籠める。
 その一太刀を手向けとした瞬間、太刀筋そのままの形で世界がやわらかに裂けた。それはふんわりと開くように広がっていき、視界いっぱいに白い光が溢れていく。そして――、


 ちりん。
 お座りをし直したあられの首の後ろで鈴が鳴った。
 泣き叫んでいた白猫の瞳からこぼれる雫はない。まだどこか淋しげなあられは、じっと司狼を見つめている。何か言うのを待っているようだ。
 おそらく、夢の世界のどこかで司狼を見ていたのだろう。そうやって確かめようとするくらい、あられは多くの言葉と想いを向けられてきたのだろう。そして今も、その心には誰かとの約束が強く残っている。
(「きっとその約束が大事だったから、大事だから哀しさに溺れたんだろう」)
 だが。
「なあ。そんな想いに囚われるくらいなら、その大切な思い出に浸って眠れ」
『ねるの? ごしゅじんさまみたいに?』
「……多分な」
 自分のこれは、慰めにも、救いにもならないだろう。それでも、抱え続けた淋しさや哀しみに抱かれるより、いっときの追憶に包まれたなら――次へ進む灯りくらいにはなれるだろう。
「やるよ」
 司狼が想いと共に捧げた花香る風。
 ふわりと全身を撫でられたあられから、にあ、と嬉しそうな声がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
…あられ…
死が、分からないのですね…

不要な筈の眠りへ落ちて
居たのは
淡い金の髪の…姉様

懐かしさと切ない気持ちが一杯で
涙が止まらない
次いで
深い罪悪感と悲しみ

『ルリはよく泣くようになったな』
気持ちが、あるので
『ああ、良い事だ』

ぱっと笑う姉は記憶のままで

私が此処に居て
姉を縛ってはいけないのは勿論
姉にも起きろと言われそう

起きる前にごめんなさいと告げて…
『 』
よく聞こえなかったけれど
白い影の手が触れた気がする

…あられもこうして
ご主人様に逢えれば、良かったのに

…あられ、今でもご主人様が、好きなら
約束は棄てないでと、思います
叶わなくても
痛くても
ご主人様との繋がりで、あられへの想いだから
独りぼっちじゃ、ないから



 竹林の中で、あられは丸くなって眠っていた。
 真っ白な腹部は静かに穏やかに上下している。
 いらないと泣き叫んで駆けていった時とは違った雰囲気に、瑠碧はほっとした。起こしてしまわないよう、そっとそっと近付いて――、
(「……あ、」)
 閉じられた瞼から頬にある雫の痕。そこへ新しい現れた小さな雫が伝い落ちていくのが見えた。にぃ、とかすかな寝言も聞こえ――ごしゅじんさま、とこぼれた言葉に瑠碧の目からも雫がこぼれていく。
「……死が、分からないのですね……」
『んに、ぃ……』
 あられの体が、もぞ、と動いた。
 夢の影響か。それとも、人の――猟兵の気配でか。
 瑠碧が「あ、」と思った瞬間、足元がふわりと無くなったような。静かな海へ落ちていくような感覚で全てが包まれて――それが不要な筈の眠りだと気付いた時、瑠碧の前には淡い金髪を持つ少女が居た。
「……姉、様」
 姿を見た瞬間から懐かしさと切なさで胸がいっぱいになってしまった。止めようとしても無理だった。涙になった想いがこぼれ続け、それを見た姉が笑むのを見て、また、涙が出る。
『ルリはよく泣くようになったな』
「気持ちが、あるので」
『ああ、良い事だ』
 ぱっと咲いた笑顔は記憶のまま。
 沢山の言葉をかけてくれた存在のかたち、酷く朧気になっていた姉の姿がハッキリわかる。けれどそれは、自分が此処に居て姉を縛っている所為にも思えて――そしてそれをいけないことだと、瑠碧は当然のように感じていた。
(「起きろと言われるでしょうか……」)
 姉から貰ったものの数々は欠けたまま。それを知られたら、きっとそう言われるのだろう。瑠碧はこぼれる涙を拭うともう一度姉の顔を見た。
 ああ、また涙が出そうになる。
 最期の言葉はこの夢の世界でも思い出せないけれど、姉の最期は、覚えている。
「……姉様」
『うん』
「――……ごめんなさい」
 姉が笑った。
 唇が動く。


『   』

「――え?」



『にぃ。にぃあ、にゃあ』
 頬をふにふにと押す、小さくてやわらかくてあたたかな――ああ、これは肉球だ。
 瑠碧はそっと体を起こし、頬に残る感触を確かめるように手を添えた。夢から覚める前。あられの前足とは違う、白い影の手が触れた気がする。
(「……あられもこうして、ご主人様に逢えたのでしょうか」)
 涙の痕。寝言。自分よりも先に夢から覚めたらしいあられの目は、少し潤んでいた。良い夢を、見られたのだろうか。そうだったらいい。
「……あられ。今でもご主人様が、好きですか?」
『にあ。……あられ、ごしゅじんさまのこと、すきだよ』
 金色の目をきらりと見せていたものが、先程よりも少しばかり増えた。
 好きだから、約束した。
 好きだから、会えないのが悲しい。淋しい。辛い。
 それは――あられの中に、まだ残っているけれど。
「あられ、約束は棄てないでと、思います」
 叶わなくても。
 痛くても。
「それはご主人様との繋がりで、あられへの想いだから。……あなたは、独りぼっちじゃ、ないから」
『…………にぃ』
 瑠碧を見上げる金色の目はどんどん潤んでいった。透明な水が目をすっかり濡らして――とうとう雫がこぼれ出す。ぽろぽろとこぼれて、白くふわふわとした頬を濡らして、緑の上に落ちていく。
 けれどあられの耳は倒れていなかった。
 二股の尾は地面ではなく、竹林をゆく風を確かめるように立っていた。 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『天燈祭』

POW   :    天燈に夢や願い、祈りを書いて飛ばす。

SPD   :    夢や願い、祈りを口にして天燈を飛ばす。

WIZ   :    天燈に夢や願い、祈りを籠めて飛ばす。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●あられ
 思い出と約束と、大好き。それを胸に歩き続けていた白猫の中に、悲しみと淋しさと孤独が生まれていっぱいになった。真っ白な心には、唯一のものでしか塞がらない傷が出来ていた。
 そして“もういい”という諦めの心も生まれた時。
 あられの心から世界を変えるほどのものが溢れた時。
 あられの中からは、他のものも“約束”と共に流れていた。

 名前を呼ぶ声のやわらかさ。
 撫でて、抱き締めてくれた掌のあたたかさ。
 自分を映した、目のかたち。
 やさしい香り。
 見守られながら食べたもの。遊んでもらった玩具。
 一緒に過ごした季節の中にあった、いとおしさ。

 もう一度という願いと、いつか会えるという希望も。

 けれど見せられたものが、向けられた言葉が、贈られた想いが、溢れて流れていったもの全てを掬い上げた。悲しみのあまりに忘れていたものを蘇らせた。乗り越える強さと希望を、愛しいひとへの道標を与えた。
 独りぼっちで鳴いていた白猫は、もう、居ない。

『あられ、ごしゅじんさまにあいたい。ごしゅじんさまとのやくそく、かなえたい』
 忘れたくない。諦めたくない。手放したくない。棄てられない。
 世界から約束を消した白猫は、約束も何もかもをしっかりと抱いて、真っ白な体と同じ色の光を淡く放ちながら笑っていた。
『それでね、ごしゅじんさまに会えたら……さいしょに、“だいすき”っていうの』
 夏の陽射しのように。秋の雲のように。冬の雪のように。春に咲く、花のように。あられの体は真っ白な光とひとつになり、薄れていく。白い光が消える直前、チリンと鈴の音がして――、

 ごめんなさい
 ありがとう

 最後に聞こえたかすかな声。
 彷徨い続けていた白猫は約束の旅路へと還り――幽世に、約束が戻ってくる。
 
●ともす
 滅びの危機を迎えることは日常茶飯事だからか、天燈祭会場が賑やかになるのにそう時間はかからなかった。
 運営側がテキパキと確認を済ませ、天燈配布所も屋台も準備万端。
 会場へ来た幽世の住人たちは、十分な数の天燈が用意されていることを知っている為、まずは屋台へという者が多かった。
「見ろよ、カラフル綿飴の屋台今年も出てる!」
「去年はドがつく緑食べたよね。色はドギツイのに鈴虫の音がしておかしかった!」
「おお、お前ら今年も来たか。今のうちに何色にすっか考えとけよ~? 食べてびっくりの新作を用意したからな!」
 目で色を、食べて音色を楽しむカラフル綿飴屋の店主がニヤリと笑えば、揃いの腕輪をつけた少年たちは期待のあまりに瞳と笑顔を輝かせる。
 それを見かけた青年が綿飴かあと呟いた。
「がっつり食べたいし綿飴はデザートだな。メインは……うーん」
 悩める青年を誘惑するのは、食べる間目の前で蒸気が動物をかたどって躍る炭焼きチキンや、ピカピカ発光するちょっぴり眩しい焼きトウモロコシ(皮膚の薄い種族は頬が光る)。
 買うと後ろや周りをふわふわ泳いでついて来る鯛焼きは、中に詰められるものが餡子にチョコにカスタード、ホイップクリームにツナマヨと種類も豊富で捨てがたい。
 老いた魔女がやっているかき氷屋は、氷が美味しいのは勿論、小さな煌めきを宿すシロップが美しい。魔法の宝石を砕いて混ぜてるんだという噂に魔女はヒッヒと笑うだけなので、真相は一切不明というオマケ付き。
 他にも屋台は沢山並んでいて。
「……とりあえず全部食おう。で、腹ごしらえが済んだら天燈を貰うか」

「天燈ください」
「くださいな」
 並ぶ妖狐の少女と、少女より遥かに大きいトロールの青年。
 二人が先に天燈を貰いに来たのは、飛ばす天燈に行う下準備の為だ。
「はい、どうぞ。作業スペースはあっちね」
「はあーい」
 少女が受け取った天燈は本人の胸から頭まで。トロール青年の天燈も胸から頭まである。示された方へ向かう道すがら、少女が気にするのは青年が天燈に籠めるものだった。
「ね、ね。何書くの?」
「去年とおんなじ。天燈飛ばしてる、きみとぼく」
「じゃあ私はご飯食べてるあたしたちにする!」
 ふふふと笑いあった二人の体と天燈の大きさはだいぶ違うけれど、抱く願いは同じのようだ。二人は作業スペースにあった筆を手に取り、力作にしようよと、また笑い合う。


 約束。願い。誓い。夢。
 火を宿すまで紙の角筒であるそこに、何を籠めようか?
 
フリル・インレアン
あ、思い出しました。
なんで、私はこんな大事な約束を忘れていたのでしょうか?
ふええ、どうしましょう。
今日の猟兵としてのお仕事の約束を忘れていたなんて、勝手にわんちゃんと遊ぶお仕事と言っていたり、助けなければいけないあられさんが目の前にいたのにアヒルさんとの新婚生活の夢を見ていたりして、どうしましょう。
えっと、あられさんが無事ご主人さんの元へと旅立てたからめでたし、めでたしということで・・・。
やっぱりダメなんですね。
アヒルさん、許してください。



 内に火が宿り、火の黄色と橙が寄り添う。すぼんでいた紙が膨らんでいくにつれ、天燈を掴んでいる手が上へ引っ張られる感覚が増す。やがて天燈の表面がぴんと張れば準備は万端。
 せーの、で手を離した妖怪たちから上がった歓声は、一斉に昇り始めた天燈と同じようなまろやかさで夜空を目指し始めた。
 集まっていた天燈の光がほろほろと解けるように昇る様を、フリルは少し遠くから眺め――あ、と大きな目をぱちぱちさせる。
 思い出した。
 思い出したけれど。
「ふええ、どうしましょう」
『ガァ』
 びくっ。
 大事な約束を忘れていたことを思い出したフリルは、アヒルさんの方を見られない。ただただ、頭の中で“なんで、私は”と繰り返し、オロオロおどおどするばかりだ。
(「今日の猟兵としてのお仕事の約束を忘れていたなんて」)
 最初に会った可愛い子犬たち。今日の仕事を、勝手に“わんちゃんといっぱい遊ぶお仕事”と言ってしまった。ユーベルコードの影響とはいえ、ひとり彷徨い続けていたあられが目の前にいたというのに、アヒルさんとの新婚生活の夢を見ていた。
(「どうしましょう」)
 今日の自分の仕事ぶりを思い出したフリルは、両手をぎゅっと拳にして口を押さえる。こうしないと口癖の「ふええ」が飛び出して、アヒルさんに全部バレてしまいそうだ。
「……」
『……』
 じぃーーーっ。
「……」
『……』
 じいぃーーーっ。
「……」
 覚悟を決めるしかない。
 フリルはそーっと手を下ろし、恐る恐るアヒルさんの方を向く。

 ふえっ。

 声が出そうになった。だってアヒルさんが物凄くこっちを見ている。
「え、えっと……あられさんが無事ご主人さんの元へと旅立てたからめでたし、めでたしということで……」
『クワァッ!』
「ふええ、やっぱりダメなんですね……!」
 ぴょーんっとジャンプして翼をバタバタ。アヒルさんからの喝にフリルはツンツクされる頭を庇いながら逃げ、もう一つ、大事なことを思い出した。そういえば、アヒルさんは“何か忘れてるような”としきりに考えていた――!
「ふええ~~、アヒルさん、許してください~~」

 逃げるフリル。追うアヒルさん。
 走り回る二人のずっとずっと頭上で、無数の天燈がふわふわ踊っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鹿村・トーゴ
行ったか…
あの仔猫はご主人と会えたかねぇ
ユキエ『ちゃんと探して見つけるよ、儚げなのに頑固な猫だったわ』
頑固って。愛着の強さでしょ、お前そういうとこ辛口ー(ユキエのおでこを掻いて宥める)

屋台でふわふわ浮くたいやきを二つ
なんかヘンに可愛いから食うのためらうわ(言っといて二つに割る)
『中身は?』
つぶあん。ユキエには尻尾の生地のとこあげるよ
『もう一個はユキエにくれないの?』
だめ、夢で会った愛しのミサキさんにあげるからねー(空にたい焼きを飛ばして天燈と一緒に昇るのを見る)
鳥路はあの世への近道ってね
『ミサキ?』
そ。あいつ甘い物好きだろ
あっちでも機嫌よく過ごして欲しーわけ
夢でも会えて嬉しかったしさ

アドリブ可



 あられは約束を叶える為の旅路へと向かって行った。
 もしかしたら、夜空を昇る天燈の上をぴょんぴょん跳ねて向かっているかもしれない。耳も尻尾もぴんと立てて、目をキラキラさせて。にぃにぃ、にゃあにゃあ鳴いて、呼んで。そして――。
「あの仔猫はご主人と会えたかねぇ。……いや、再会するにしてもちょっと早いか?」
 そう思ったトーゴだが、早く会えるに越したことはない。あまり時間がかからないといいのだが、と昇りゆく天燈を眺めるトーゴの肩でユキエが大丈夫と明るく鳴いた。
『ちゃんと探して見つけるよ、儚げなのに頑固な猫だったわ』
「頑固って。愛着の強さでしょ、お前そういうとこ辛口ー」
『辛くないし、これは褒め言葉よ』
「そーかぁ?」
 むすっとしたユキエの額を掻けば、ぼぼぼと立った羽毛がふわふわと落ち着いていく。
 ――さて。天燈祭は無事開催したわけだが。
 トーゴは夕焼け空のような明るい目をあちこちに向ける。やはり祭といえば屋台。どこにすっかなーと吟味し始めた視線を射止めたのは、目の前を泳いで過ぎた鬼と鯛焼き御一行。
「おっちゃん、二つちょーだい」
「あいよ! こいつら泳ぐけど袋に包むかい?」
「あー、そうだなぁ。一応お願い」
 差し出された袋を受け取れば中でガサガサ動く熱。封を開けて覗き込むとまさかの鯛焼きと目が合った。音に反応して上を向いていたようだ。
 顔をどかしてやると、ほかほか鯛焼き二匹――いや、二つ? がひゅるーんと泳いで出てくるものだから、本当に泳ぐんだななんて思ってしまう。そして。
「……なんかヘンに可愛いから食うのためらうわ」
『そう言いながら二つに割ってるじゃない。中身は?』
「つぶあん。ユキエには尻尾の生地のとこあげるよ」
『もう一個はユキエにくれないの?』
「だめ、夢で会った愛しのミサキさんにあげるからねー」
 出来たてだから外はカリっとサクッと、中はふわふわで温かい。生地と餡子が贅沢に香るのをしっかり味わう傍を、もう一つの鯛焼きがくるくると泳いで空へと昇り始めた。
 貰った尻尾部分を片足でしっかり掴んだまま、ユキエが首を傾げる。
『ミサキ?』
「そ。あいつ甘い物好きだろ。あっちでも機嫌よく過ごして欲しーわけ」
 ずっと一緒にという約束は、あの日自分自身の手で叶わぬものとなり、今日、思わぬ再会を果たした。それは現実でのことではなく、夢の中での再会だったが――それでもトーゴは、天燈と共に遠ざかる鯛焼きを見送りながら笑う。
「夢でも会えて嬉しかったしさ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

城野・いばら
ふわわと昇るひかりは綿毛さんみたい
でももっと高く見上げて驚いた
キラキラ沢山
お星さんに負けないくらい輝いてるから

いつもさよならは言えなくて
『またね』になるの
でもね
寂しいからだけじゃなく
未来でまた逢いたいって想いも籠めてるの
笑顔咲かせる未来のあなたに、また

『またね』と見送ってきたみんなの
往く先が、素敵なものでありますように
願いを天燈に灯して、空へ

あられ、いぬさん達も
またね
いってらっしゃい

グリモアのアリスにあえたら
素敵な所へ連れて来てくれたお礼を
それとね
ピザをご存知なら
お好きな具材教えてほしいな
ホイップたっぷりのは作った事あるのだけど
大人のアリスはチリペッパーの方がお好みかしら…
ね、ね、どうおもう?



 上へ、上へ。たまに、ほんのちょっぴり右へ左へと揺れて、ふわわ、ふわ。
「ふふ、綿毛さんみたい」
 一足先に春の夜空へと旅立つ天燈たちに、いばらは自分の天燈を手に笑みをこぼす。
 さあ、いばらも。そんな思いでもっと高く見上げたその視界、丸くなった新緑の瞳いっぱいに天燈の光が映り込んだ。星空にも負けない沢山のキラキラを浴びた瞳はまあるくなり、口もちょっぴり開いてしまう。
 キラキラ輝く全てに宿る約束や祈り、誓い。
 あの中に、誰かが自分と同じ『またね』を籠めているかもしれなくて――まあるくなっていた瞳が、ゆっくりと細められていく。
 いつもさよならは言えなくて、『またね』になる。
 今回もそうだった。
(「でもね」)
 くすりと笑う心に浮かぶ、尻尾をぴんと立て旅立っていった白い猫。
 『またね』と言ってしまうのは“寂しいから”だけじゃない。たった三つの音には“未来でまた逢いたい”という想いも籠めている。だからいばらは遠ざかる天燈の空を愛おしげに見つめ、小さく微笑んだ。
 笑顔咲かせる未来のあなたに、また。
 そして、『またね』と見送ってきた皆の往く先が素敵なものでありますように。
(「あられ、いぬさん達も」)
 またね。
「……いってらっしゃい」
 そ、と手を離す。あたたかな色と願いに染まった天燈の出発が、いばらの双眸にとろりと映って――ふわわ、ふわわ。静かな夜空で、他の天燈と一緒に上へ上へと昇っていく。
 暫く彼らの旅路を見守っていたいばらだけれど、流石にどの子かわからなくなってしまった。夜空から地上へと視線を戻して――同じように見送っていたらしい、覚えのある姿を見付けて「あ、」と目をまあるくした。

「グリモアのアリス。今日は素敵な所へ連れて来てくれてありがとう」
「御礼を言うのは此方も同じです。皆様のお力で、多くが救われました」
 カーテシーと拱手。互いに礼を伝え、くすりと笑顔も交わした後、いばらは「それとね」と両手の指先をくっつけて、小さくトントンと触れ合わす。
「アリスは、ピザをご存知? ご存知ならお好きな具材教えてほしいな」
「存じておりますが……ピザの具材、ですか?」
「ええ」
 いばらが真剣な顔で頷くと、皓湛もつられて真剣な面持ちに。
 ピザの具材について話している筈が、なぜだか空気は秘密の会議めいてくる。
「いばらね、ホイップたっぷりのは作った事あるのだけど、大人のアリスは何がお好みかわからなくって……大人のアリスは、甘いピザよりチリペッパーの方がお好みかしら……」
「ふむ……」
「ね、ね、どうおもう?」
「……そういえば、左右で異なる味のピザがあると聞いた事が」
「それなら両方とも用意出来るわ……!」
 あ、でもホイップたっぷりとチリペッパーを?
 やはりどちらかにすべきでしょうか?
 でもどっちを?
 悩める二人のピザ具材会議が躓きかけたその時、「あっちにピザの屋台あったぞ!」と少年たちが駆けていった。みどり色をハッとさせたのは、どちらもだ。
「いばら殿、此処は専門職の意見を仰いでみては如何でしょう?」
「ええ、そうしましょう!」
 『またね』の先に美味しい笑顔が咲くように。
 いざゆかん、ピザの屋台へ!

大成功 🔵​🔵​🔵​

ソウジ・ブレィブス
【停狐】
フィッダ君(f18408)と

甘い匂いに惹かれて着ちゃった
綿飴食べる?買ってきたから一つあげるよ
腰に袋で複数吊るしてあるから全然大丈夫
僕はお祭りだと6つ以上食べるから!

当然のように隣で天燈を飛ばすのをみてるだけ
「ふうん。だから怒ってるんだ」
僕とその記憶の彼は別の人だけど
まあ彼が僕に理不尽に怒る原因は分かるんだ
……多分、彼をモノ時代に落トシた原因、僕だから
彼が知るまで言う気はないけどね
超甘い物好きな所とか
髪も目も僕と似てるのにわかんないなんて不っ思議

じゃあ僕は君にこれをあげる
うん、君に必要かなって思ったよ
道を切り拓くには、バス停だけじゃ無理でしょう
――ヒトをする君は、意外に優しい子だからね


フィッダ・ヨクセム
【停狐】
毛玉(f00212)と

綿飴は押し付けられておく、甘いのは凄く好き
何故か付いてくるんで、過去を見た苛立ちに任せて怒るけど
どうせ去らないだろうし良い大きさの天燈を貰いに行く
こいつと会うとなんか苛々するんだよな…

毛玉のドローSPICAを借りて天燈に描くのは蒼のインクで
縁を繋ぐ
達筆に太めに描こう

俺様が大事にしたいもの、これは願い
……いつも突然無くなッてしまうから、続くと良い、って想うんだ

あげると渡されたのは武器、蒼天牙撃
なんで今?俺が刃物系持たないのを馬鹿にしてるか?
なんかムカつくな、天燈を飛ばして見届けたら
――蒼天牙撃の最初の犠牲者にしてえ
どうせこいつのことだから、笑いながら躱すんだろうけど



 作ってもらったばかりの綿飴に顔を近付け、深く息を吸う。温かく甘い匂いのふわふわを一口齧ると、もこっとした食感の後にじゅわっと口の中でとけていった。うん、なかなか美味しい。
 惹かれてつい来ちゃったけど他のも美味しそうだよね、いやー来て良かったー、なんてソウジ・ブレィブス(天鳴空啼狐・f00212)は笑い、齧ったものとは別の綿飴をフィッダに差し出した。
「食べる? 一つあげるよ」
「……」
「腰に袋で複数吊るしてあるから全然大丈夫。僕はお祭りだと六つ以上食べるから!」
「……」
 フィッダはソウジの腰でぽわんぽわん揺れる綿飴袋を見て、ソウジの笑顔と差し出された綿飴も見る。その間もソウジはニコニコ笑っていて――はい、と押し付けられた。
 甘いものは嫌いではない。寧ろ好きだ。凄く好きだ。
 だから押し付けられておくけれど。
「なに付いて来てんだ」
「まぁまぁ気にしないでよ」
 ずっと自分の後ろや隣を歩きながら綿飴袋をぽわんぽわんさせている。過去を見た苛立ちに任せ怒ってみせるが、予想していた通りソウジは笑顔のまま付いて来る為、フィッダは苛立ちを抱えたまま天燈を貰うとスタスタと作業スペースへ移動して。
「へえ、こっちも賑わってるね」
 どうせ去らないだろうと思っていたがまだ付いて来るとは。
 フィッダは思わず舌打ちをして――ふと思った。
(「こいつと会うとなんか苛々するんだよな……」)
 いや、それよりも今は天燈だと眼の前の天燈に意識を向ける。
「毛玉、それ貸せ」
「いいよ。はい」
 ほの青く輝く硝子ペンから溢れる蒼のインクで描くのは、フィッダが大事にしたいもの。“縁を絆ぐ”という願いを達筆に、太めに描いて――願いを籠め終えた天燈を前に短く息を吐く。
 縁というものは気付けば生まれていて、気付かぬ間に変化するものだから。
(「……続くと良い、って想うんだ」)
 幽世の住人たちに混じって、火を宿し膨らんだ天燈から手を離す。
 飛ばす様を当然のように隣で見ていたソウジは昇りゆく天燈を見て「ふうん」とこぼした。
「だから怒ってるんだ」
「あ?」
「何でもないよ」
 明るく笑うと舌打ちされた。しかしソウジは気にせず次の綿飴袋を開けて食べ始める。
 自分と記憶の人物は別の存在だけれど、フィッダが自分に対し理不尽に怒る原因は分かるから、怒りや苛々を向けられても、それを弾き返すことはしないのだ。
(「……多分、彼をモノ時代に落トシた原因、僕だし」)
 だからといってフィッダが知るまでそれを伝える気もなかった。
 伝えなくとも分かりそうなのに、という思いもあるからだ。
(「超甘い物好きな所とか、髪も目も僕と似てるのに。わかんないなんて不っ思議」)
 だから伝えない。
 けれど、何もしないわけではない。
 綿飴片手に一声かけてジロッと睨んできたその目の前に、ずいっと片手で差し出した鮮やかな色。蒼穹を思わす蒼に染まった青龍刀にフィッダの両目がぱち、と瞬きをした。蒼天牙撃って言うんだと伝えれば、今度は「は?」と返される。
「君にこれをあげる」
「なんで今? 俺が刃物系持たないのを馬鹿にしてるのか?」
「君に必要かなって思って。道を切り拓くには、バス停だけじゃ無理でしょう」

 ――ヒトをする君は、意外に優しい子だからね

 にっと笑って綿飴を一口ぱくり。ふわっと甘いそれを陽気に味わう様も、いきなり刃物武器を渡してきたことも、何というか正直言ってムカついたフィッダだ。しかしまずはと飛ばした天燈の行き先を見届けることにして、その天燈が無数の光、そのひとつとなってから蒼天牙撃の柄を握り締める。

 ――蒼天牙撃の最初の犠牲者にしてえ

 いきなりやって来て、付いて回って、武器を渡してきて。
 けれどとフィッダは渡されたものを収めた。
 どうせソウジのことだから笑いながら躱すのだろう。
 それを想像したらまた苛々してしまい、ふんッと不機嫌な心をひとつこぼすだけにしておいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フカヒレ・フォルネウス
アレンジとか絡みとかOKです。

ふむ。今回は、さして力添えできた気がしませんね。
犬と遊び、勝手に自分の過去と決別しただけで、あられという猫への対処は他の方に任せてしまいましたし。
……まあ。自覚してなかった未練を自覚させてくれたことには感謝しますとも。
嫌な過去で記憶に蓋をしていても、煌びやかな思い出はあるということです。その逆もしかり。
……フッ、一人で考え込んでいても仕方ないですね。

天燈を受け取って、飛ばしましょう。随伴に燃える鮫を添えて。
口にせず、書きもせずにただ誓うだけですが。
ヤンチャにはしゃぐのは子どもの特権。
僕は四天王の座に恥じぬ振舞いをしなくては、ね。

夜空を覆う灯を見上げて、忠勤を誓う。



 目線を普通にしていても明るい夜だと思った。
 屋台の灯り。幽世の住人たちの声。そして空を見れば、更に明るい夜がフカヒレの視界いっぱいに広がっている。
 遠い星々のように見える天燈は、タイミングを合わせ最初に放たれたものだろう。周りでは思い思いのタイミングで天燈を飛ばす住人たちがいる。周りに広がっている明るさに、フカヒレは改めて“全て終わったのだ”と感じた。
 それは、喜ばしいことなのだけれど。
 フカヒレは顎に指先を添え、ふむ、と思案する。
(「今回は、さして力添えできた気がしませんね」)
 まず犬と遊んだ。物凄く遊んだ。
 次に、理想の世界に行った。そこで自分は勝手に自分の過去と決別しただけで、あられという白猫への対処は他の猟兵に任せてしまった。
(「……まあ。自覚してなかった未練を自覚させてくれたことには感謝しますとも」)
 嫌な過去で記憶に蓋をしていても、煌びやかな思い出はある。
 その逆もしかり。
「……フッ、一人で考え込んでいても仕方ないですね」
 思考を笑みと共に外へ出すことで一度楽にした数分後。フカヒレは光を灯した天燈から、そうっと手を離した。天燈には何も書いていない。籠めるものを、口にもしない。ただ――。
「わあっ! 父ちゃん見て見て、炎のサメだ!」
 天燈の随伴を務める燃える鮫。最初に気付いた子供の声を切欠に、他の子供も歓声を上げて集まってきて一気に賑やかになる。犬に囲まれた時と似ている気がするのは、多分、気のせいではない。
「ねえねえ、あれ兄ちゃんがやったの?」
「ええ」
「すっげー!」
「うわー!」
「カァッコイイなあ、いいなあ……!」
 自分だったら何をお供にする? 狼だ、ドラゴンだ、何かこうブワーッてしてピカピカでドシューンッてやつ! などなど。盛り上がる子供たちの後ろでは、保護者たちが一人で楽しんでる所を邪魔してしまったと思っているのか、すまなそうな笑みでペコペコしていた。
 フカヒレは「構いませんよ」と、余裕の笑みを浮かべ対応する。
(「ヤンチャにはしゃぐのは子どもの特権。僕は魔王様に仕える者として、四天王の座に恥じぬ振舞いをしなくては、ね」)
 夜空を見れば、広い空を覆うような灯の群れ。
 改めて誓った忠誠は、どこまでも続くような天燈の空にも負けない光となって、フカヒレの心に宿り続けるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

駒鳥・了
準備の整う勢いを半ば呆れて眺めてしまいます
住人達の何と逞しいこと
サブセット達の記憶である程度の前知識はありましたが
何とでたらめな世界でしょう

もし物心ついた後にこの世界に放り込まれていたら
このでたらめさ加減に発狂していたでしょうか
それとももっと別の、もう少し頭の柔らかい人格に成長していたでしょうか

今までの人生に、特に未練や後悔というものはありませんが
これまで考えようのなかった可能性というものは
何といえば良いのでしょうね
他人格はどのような言葉を当て嵌めてくれるでしょうか

今のわたくしには籠めるものがありません
わたくし達の髪色とお揃いの綿あめを口にしながら
人の飛ばす天燈を見送りましょう



 あられが旅立ち、住人たちが目を覚まし、そして天燈祭の準備が整っていく。
 その過程を眺めていたリョウの顔は、半ば呆れていた。
 滅びは回避された! よし天燈祭だ! という思考。あっという間に準備を終えた勢い。
(「何と逞しいこと」)
 サブセットたちの記憶で幽世についてはある程度の前知識はあったが、知識として得た時と実際目にした時とでは、大なり小なり感じ方は変わる。何より、知識には現場の空気そのものはないのだから。
 そして実際それに触れたリョウは、こう思わずにいられないのだ。
(「何とでたらめな世界でしょう」)

 もし、物心ついた後にこの世界に放り込まれていたら

 ふいに浮かんだそれが現実となったパターンを考える。
 滅びを回避したことに喜び、それを噛みしめるという非日常の続きをするのではなく、当たり前のようにすぐ日常を再開するというこのでたらめさ加減に発狂していただろうか。
 それとも、もっと別の――もう少し頭の柔らかい人格に成長していただろうか。
 今までの人生に特に未練や後悔というものがないリョウだが、そういうことを考える――願うような人生を送ったとは思っていない。ただ、“これまで考えようのなかった可能性”というものを何といえば良いのか、よくわからないだけなのだ。
(「他人格はどのような言葉を当て嵌めてくれるでしょうか」)
 アキ。スミ。サト。
 それぞれの服装が違うように、サブセットたちはそれぞれ違う言葉を挙げるだろうか。
 問えば答えるだろうとは思うが、リョウは静かに回りを見つめた後にすたすたと歩き出す。向かう先は天燈祭を彩るもうひとつ。皆の心や腹を満たす屋台たち。
「一つ頂きたいのですが」
「あいよ。何色にすんだい?」
「……こちらを」
 パレットのように色が並ぶメニューを指差すと、あいよっ! と明るい返事と共に店主がパララッとざらめを投入し、串をくるくるくるくる。ひらりと浮き出てきた色は始めはボンヤリしていたものの、すぐに鮮やかな色へと変わっていって――、
「毎度あり!」
 買ったのは、自分たちの髪と揃いのピンクがかった明るい薄茶色だ。食べるとまろやかな甘みと共に、生き物のものなのかよくわからない『ホニャ』という音がした。リョウは、世界もでたらめなら綿飴もなかなかのでたらめ具合のそれを口にしながら上を見る。
(「今のわたくしには籠めるものがありませんけれど」)
 今という人生を謳歌する彼らが飛ばす天燈の旅路を、暫し見送るとしよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】
白猫さん、とても幸せそうでしたね
きっと御主人様と逢えますね。そんな気がします

おや、美味しそう食べ物がありますね
もふもふ綿飴美味しそうですよ
どうですか?

天燈もらいましょうか?
ルーシーちゃんは何を書きますか?

僕は…
白い世界に…
黄色花を咲かせる約束

皆を守るという誓い

そして、彩が増え、この子や皆の笑顔を傍で見れる夢
それが僕の願い

えぇ、たくさん咲きますね

ルーシーちゃんの願いはきっと叶うよ?
おやおや、自分じゃなくて僕の願いだけなのかい?
ありがとう、優しい娘


ルーシー・ブルーベル
【月光】

うん
白猫さん、きっと会えるわよね
だいすきってごしゅじんさまに言えるといいな

忘れものが蘇る
もう一つの名前も
どうして二つあるのかも

…う?もふもふなワタアメ?
うん、食べる
…もふもふして、あまい
ふふ…おいしいね

ええ、ほしい
天燈くださいな
何を書こう…パパは?

――黄色い、はな
って、ヒマワリ?
咲いてほしいな…いえ、咲くよ。たくさん!
そしてきっと
白い世界を埋め尽くす程に彩が咲くわ

ルーシーの願いは
パパの約束が咲きますように
皆を守るパパを守れますように
笑顔に囲まれたパパが笑っていられますように
それがわたしの願いだよ
小さな天燈に黄色の絵具で記す

ええ、いいの
だってこれがルーシーの願いだもの
絶対、叶うよね?



 沢山の天燈が夜空を彩り、夜空も地上も、ふんわりとあたたかに照らしていく。
 あの光の大地の上で、尻尾をぴんと立てて進んで行く白猫あられ。そんな光景が見えてもおかしくないくらい、誰かの願いや約束でいっぱいの夜空もひとつの地上のようだった。
「白猫さん、とても幸せそうでしたね」
「うん。白猫さん、きっと会えるわよね」
 旅立つ直前のあられが笑顔で口にしたものを思い出すと、ルーシーの胸は色んな気持ちでいっぱいになる。ずっと会えなかった存在と再会したあられはきっと、彷徨っていた時間全てを籠めたものを伝えるのだろう。
「だいすきってごしゅじんさまに言えるといいな」
 繋いだ手に小さくきゅっと籠められた力。旅立ったあられを想うルーシーへとユェーは優しく微笑み、歩幅を合わせてそうっと歩き出す。
「白猫さんはきっと御主人様と逢えますね。そんな気がします」
 その言葉に、ぱっとルーシーの顔が向く。金糸のツインテールがふんわり踊り、ほのかにふくらとさせて笑った白い頬が染まる様に、ユェーも笑みを浮かべながらしっかりと手を繋ぎ直す。
 繋いだのとは逆の手で、ルーシーは胸元に触れた。
 ぽろりとこぼれ落ちていた忘れものが、蘇っている。
(「ルーシーの、もう一つの名前」)
 戻ってきた。どうして二つあるのかも。
「おや、美味しそう食べ物がありますね」
「……う?」
 ユェーの指が示す先を見ると、『もふもふ綿飴』と愛らしい字体が綴られている屋台がひとつ。
 行ってみましょうかと微笑む声に、うん、と小さな声。
 どれくらいもふもふ? お味はどんな? ふわふわと出来上がっていく綿飴を見つめていたルーシーの瞳に、どうぞ、とユェーの微笑と綿飴が一緒に映り込んだ。
「い、いただきます」
 はむ、と小さな口が綿飴にちょっぴり沈んだ――筈なのだけれど。
「どうですか、ルーシーちゃん」
 ぱち、と瞬きをした瞳がにこりと笑う。だって、一口目が思った以上に多かったのだもの。それもこれも、綿飴が屋台の名前通りだったせい。
「……もふもふして、あまい。ふふ……おいしいね」
 パパもどうぞと差し出せば、雲のようにもふもふとして甘い幸せが広がって――繋いでいた手は、天燈を前に暫し離すことになる。今から二人で行うのは、この中へ火を灯す前の重大かつ大切な作業。
「ルーシーちゃんは何を書きますか?」
「何を書こう……パパは?」
「僕は……」
 ユェーが紡いでいくのは、ほんのいっとき忘れていた約束。
 白い世界に――黄色い、花を。
「ヒマワリ?」
「ええ」
 黄色い花を咲かせる約束。
 皆を守るという誓い。
 そのふたつを籠めたユェーは、多くを願う。
(「彩が増え、この子や皆の笑顔を傍で見れる夢。それが僕の願い」)
 目の前で描かれていくユェーの想いに、ルーシーの瞳がきらきらと輝いた。
「咲いてほしいな……いえ、咲くよ。たくさん!」
「おや、たくさんですか?」
「そうよパパ。そしてきっと、白い世界を埋め尽くす程に彩が咲くわ」
 ルーシーの言葉は、ぎゅっと作られた拳と同じくらい確かな音だった。
 小さな掌に籠められた熱が知らず届いたかのように、ほのかな熱と一緒にユェーの中に刻まれて――ああ、早速願いが叶っていく。
 だからといって、ユェーはこの一回だけで“ああ良かった”と満足してお終いになどしない。今までのように、今日のように。自分はずっと、この子や皆の傍で夢を見続けるのだから。
「えぇ、たくさん咲きますね。ルーシーちゃんは、どんな願いを?」
「ルーシーの願いは、パパの約束が咲きますように。皆を守るパパを守れますように。笑顔に囲まれたパパが笑っていられますように。それがわたしの願いだよ」
 迷うことなく小さな天燈へ記した黄色の願いに、おやおやとユェーの双眸が二回ほど瞬きをして、天燈を見て、ルーシーを見て――いいの? と優しく笑った。
「自分じゃなくて僕の願いだけなのかい?」
「ええ、いいの。だってこれがルーシーの願いだもの」
 問いへの返しは、願いを紡いで記した時と同じように、迷いなく。そんなルーシーは真っ直ぐ咲く夏の花のように、きらりとしていて眩しくて――そこに在る優しさが、真っ白な世界を照らして染めていくようだった。
「ありがとう」
 あたたかく細められた金色の瞳に、鮮やかなブルーも笑む。
(「絶対、叶うよね?」)
 この天燈はきっと彼方まで行って、そして見えなくなる。それでも形を持たない想いそのものが消えないように、願いは彼方の未来でも心に灯っていて――いつかきっと、二人の華が世界に咲く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【月風】

お疲れ様
…大丈夫だった?
じーっと覗き込み
そっと頭なでようと

おー
瑠碧姉さん上手じゃん
猫?
俺のは…
あんま上手くないから見んなよ
夕焼け空に手を繋いで並ぶ人影を描いた
提灯位の天燈を照れ臭そうに隠し
それはそれ!

上げるの俺やろうか?
大丈夫?と首傾げ
触れられ頷き

天燈見送る様に立上り
側に居るって約束しただろ
…瑠碧
少しだけ強く手握ろうと

(俺は師匠みたいに
いなくなったりしない
…生きるんだ
一緒に)
誓う様に
遠くなった天燈をもう一回見上げ

屋台いいな
俺は綿飴と焼きトウモロコシかな
やっぱかき氷か
表情緩め
じゃあ先かき氷行こうぜ
俺は青系がいいな
ブルーハワイなのか?
黄色も綺麗じゃん
こっちも食う?
じゃ交換こだな
柔らかく笑み


泉宮・瑠碧
【月風】

理玖の確認には、多分?
と曖昧に小さな笑み

理玖と描いた天燈を、飛ばします
私は…蔓草模様に、白猫を抱く人影の天燈で
理玖のは
…上げたら、見えますよ?

火は、怖いので…
上げるのは、お願いして
せめて、手は理玖に添えます

此処の空に、姉様は居ないから
…あられや、還ったオブリビオン達が
安らかにと
願いを籠めて、空へ

理玖の天燈も共に見上げ…
手の感触に握り返し
…約、束
涙を堪えて頷き
理玖と一緒に天燈を暫し見送り

…屋台、行きましょうか

理玖は、何処が良いですか?
私は、魔女のかき氷屋は、行きたいです
バレていて、少し照れつつ
…檸檬とか、あるでしょうか
ブルーハワイ、とは…?
理玖も、私の食べます?

…姉様
約束、守ってます、よ



 あられが旅立ち、祭は天燈の光と屋台で賑わっている。
 だからもう平気なのだろうけれど、自分の中に在った“約束”という記憶が消えるという体験は、多分、気楽なものではないだろうから。
「お疲れ様。……大丈夫だった?」
「……多分?」
 じーっと覗き込んだ陽向・理玖(夏疾風・f22773)の確認と頭に触れてきたあたたかな手。瑠碧はことりと首を傾げ、曖昧に小さな笑みを浮かべた。何もなかったわけではないけれど――だからこそ自分は今、こうして此処にいる。
 そんな二人の前には天燈が一つずつ。
 理玖は、瑠碧の天燈を覗いて「おー」と空色の目を丸くした。繊細な蔓草模様が彩るように描かれていて綺麗だ。それに、もうひとつ。
「瑠碧姉さん上手じゃん。猫?」
「はい。理玖のは……」
「俺のは……あんま上手くないから見んなよ」
 体の後ろへ隠したそこに描いていたのは、夕焼け空に手を繋いで並ぶ人影だ。照れくさそうな様子に瑠碧はきょとりとしてから、ええと、と少し迷ってから、でも、と呟く。
「……上げたら、見えますよ?」
「それはそれ! ……なあ、瑠碧姉さん。上げるの俺やろうか?」
 火は天燈を飛ばすのに欠かせないものだけれど、瑠碧にとって火は多くを失った記憶と繋がるものでもある。大丈夫かと首傾げた理玖へ瑠碧は少しだけ瞳を震わせ、お願いしますと頷きそっと手を添えた。
 ――火を内包したものに触れるのは、怖いけれど。
(「せめて、」)
(「一緒に」)
 頷きと視線を交わして見上げた夜空には、一足先に旅立った無数の光が咲いている。
 あの空に瑠碧の姉は居ない。夢の中で逢えたけれど、居るとしたら故郷だろうか。
 瑠碧は理玖の手に添えた手から天燈へと、今日出逢った命たちへの想いを籠めていく。
(「……あられや、還ったオブリビオン達が安らかでありますよう」)
 理玖の手が二人の天燈を離す。
 ふわんと浮き上がった天燈は宿した火の熱で漂うように、やわらかに上昇を始め――理玖が立ち上がると、ほんの数秒だけ旅路に乗った天燈との距離が縮まった。そして深い空色の目は夜空へ向かう天燈に。手は、さっきまで添えられていた白い手へ。
「側に居るって約束しただろ。……瑠碧」
 自分は此処に。側に、居る。
 触れた手で少しだけ瑠碧の手を強く握ろうとした手を、瑠碧の手が握り返した。
「……約、束」
 届いたあたたかな手の感触。刻まれた言葉。じわりと青い瞳潤ませたものを堪えて頷いて、一緒に見送る天燈の空は光がほろほろと優しく揺れて、あたたかい。
 潤んだ瞳に無数の光が映っている。理玖はじっと天燈を見送る横顔から夜空へと顔を向けた。自分の天燈はいつの間にか遠くなっているけれど、描いだ夕焼け空はすぐに見付かった。
(「俺は師匠みたいにいなくなったりしない……生きるんだ。一緒に」)
 誓いを再び刻んで、暫し。
 ほ、と息をついた瑠碧の手が理玖の手を引く。
「……屋台、行きましょうか」
「屋台いいな。行こうぜ」
 向かう先には聞いたことのあるものないもの盛り沢山。どの屋台も賑わっていて、二人は並ぶ屋台と少し距離を空けたまま話し合う。理玖が気になっているのは綿飴と焼きトウモロコシだ。
「私は、魔女のかき氷屋は、行きたいです」
「やっぱかき氷か。じゃあ先かき氷行こうぜ」
 どうしてバレているんでしょう。
 瑠碧はほんのり顔を赤らめ、瑠碧の手を引く理玖の表情は少し緩んでいて。夜空彩る天燈と同じくらいあたたかな心地のまま、魔女のかき氷屋へ向かう。
 俺は青系がいいな。檸檬とかあるでしょうか。どんなかき氷にしようか話しながら並ぶ列に加われば、不思議で美味しいかき氷は老若男女問わず人気とすぐにわかった。魔女の手際が良いのか二人の順番はすぐにやって来て――。
「あの、理玖」
「ん?」
「ブルーハワイ、とは……?」
 理玖のかき氷。真っ白に煌めく氷を染める青色は明るく鮮やかで、こちらも不思議と煌めいている。一口目を行こうとしていた理玖は手を止め、故郷である世界と、そことよく似た別の世界には同じ名前の大人気観光地があって、そこの空――いや、海――あれ、どっちだ? ――じゃなかった。
「つーか、黄色も綺麗じゃん。こっちも食う?」
 無事あった檸檬味。きららと輝くシロップも、理玖の青と同じく本当に宝石を使っているように美しい。けれど鼻を寄せれば、檸檬特有の甘味と酸味がとけあった匂いがする。
「理玖も、私の食べます?」
「じゃ、交換こだな」
 やわらかな笑みと一緒に差し出したブルーハワイに檸檬が近付く。
 互いのスプーンをそれぞれにしゃくりと入れての交換こ。檸檬は爽やかかつ甘く。ブルーハワイは――瑠碧には、ちょっぴり不思議な味だったけれど。
(「……姉様。約束、守ってます、よ」)
 これからも色々なものを食べて――生きて行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

硲・葎
【星月夢】
※アドリブ歓迎
わ、とても綺麗。まわりの人達も楽しそう。
この筆で書くのか。
うーん、何を書こうかな。あ、なら四字熟語に
しよう。
「天衣無縫」
いつまでも純粋無垢な気持ちで、みんなを助けていけたら。
それから、このあたたかな気持ちを教えてくれた
あの人に。そのままの私でずっと一緒にいれたなら。きっと、私はもっと強くなれる。
そんな気持ちを込めて。
「ふふ、蓮夢ちゃんは絵なんだね。ユエさんは
どんなの?」
ユエさんの「幸いあれ」も素敵。

飛ばすのがとても楽しみだね。ちょっとだけ
寂しいけど、この祈りたちが聞き届けてもらえますように、と想いを込めて。


桜宮・蓮夢
【星月夢】
※アドリブ歓迎

ここに描いて飛ばすんだよねっ
僕は絵を描くのだ!
用意されている筆で黒一色で描くよぅ

せっかくだから僕たちを……
でも、人って難しいのだ
僕たちをイメージするものでもいいかなっ

僕は桜
これでも桜の精だからね、ふふん
ユエさんは音符
この前一緒に唄ったけど、すごく楽しくて
葎さんは剣
何時も傍に持ってて、印象に残ってる!
もっともっと仲良くなれますように

用意が出来たら次は飛ばすのだ!
手許から離れるのは少し寂しいけど
また描けばいいよねっ

……綺麗だなあ
ふたりはあの天燈に何の想いを込めたんだろう
言葉の意味は分かっても、本心まではわからないや
いつか、言葉にしなくても分かる日が来るといいなっ


月守・ユエ
【星月夢】
アドリブ歓迎

わぁ…本当。とても綺麗だね
これに想いを綴ればいいんだね?

…おや、蓮夢ちゃんは可愛い絵を描いてるんだね
それがお空にあがったら素敵だろうなぁ
葎ちゃんは言葉なんだね?
天衣無縫…どんな気持ちがここにあるんだろう?
でも、何となく葎ちゃんらしさが見えるや

…僕は何にしようかなぁ
天燈を見つめ、暫しの思案の後に綴ったのは――

”幸いあれ”

ただその一言のみ
それは無邪気に
純粋に強かに
願いを込める隣の2人の願いにも
僕の大切な人にあてても…
祈りが成就する糧となるならば

この想いよ、空へ飛んで往け
どうか、私の聲を届けてください
優しき燈…



 それは、真下から星空を間近に臨むようだった。
「わ、とても綺麗……!」
「わぁ……本当。とても綺麗だね」
 天燈舞う夜空を見上げた硲・葎(流星の旋律・f01013)の笑顔が、いつも以上に明るく輝く。満天の燈は月守・ユエ(皓月・f05601)の持つ月色の双眸にもとけるようにして映り、そこから胸の内へと染み込むようだった。
 これから自分たちは、その中のひとつとなる天燈を作るわけだけれど。
「これに想いを綴ればいいんだね?」
「で、描いて飛ばすんだよねっ」
 ユエにうんうん頷いた桜宮・蓮夢(春茜・f30554)も夜空を見て、躑躅めいた色の瞳に無数の燈を映した後、用意されていた筆をしっかりと握りしめる。
「僕は絵を描くのだ!」
(「蓮夢ちゃんは絵か……うーん、私は何を書こうかな」)
 葎も筆を手にして目の前の天燈を暫し見つめて――あ、と金色の瞳がきらり。
 何かを書くのなら四字熟語にしよう。それも、ただの四字熟語ではない。一画目は真っ直ぐ横に。そこから二画目、三画目と、葎はゆっくりと文字を綴りながら一画ずつに気持ちを籠めていく。
(「いつまでも純粋無垢な気持ちで、みんなを助けていけたら。それから、このあたたかな気持ちを教えてくれたあの人に」)
 まだ火をつけていないのに、何か熱を持って輝くものが宿るような気がしたのは気持ちと共に綴っているからか。そんな心地を胸に綴った祈りは、『天衣無縫』。
(「そのままの私でずっと一緒にいれたなら。きっと、私はもっと強くなれる」)
 ことりと筆を置いたその隣では、いざと描き始めようとしていた蓮夢がちょっとだけ、ちょっとだけ、むむむと考える顔をしていた。
 選んだ色は黒一色。折角だから自分たちをと頭の中で構図を練ってみたのだけれど、人を描くということの難しさにちょっとばかり手が止まってしまったのだ。
(「あ、僕たちをイメージするものでもいいかなっ」)
 まずは桜。これは自分だ。黒一色で描いたというのにふんわりやわから? ふふん、これでも桜の精だからねと蓮夢は出来栄えにぐっ、と握り拳。
 続いて描いた音符はユエだ。一緒に唄ったのはこの前のこと。あの時の思い出すだけで心はふわっと楽しく染まる。葎を思って描いた剣は、葎がいつも傍に持っていて印象に残っているから。
(「もっともっと仲良くなれますように」)
 夢もしっかりと籠めれば、つい、ふふと笑顔も咲く。
 そんな蓮夢からぽかぽか漂い始めた楽しそうな空気につられて目をやったユエは、蓮夢の天燈を見ておやと表情を綻ばせた。
「蓮夢ちゃんは可愛い絵を描いてるんだね」
「え、ほんと? 嬉しいな!」
「それがお空にあがったら素敵だろうなぁ。……あ、葎ちゃんは言葉なんだね?」
 天衣無縫に籠められたのはどんな気持ちなのか。けれど何となく彼女らしさが見えて、ユエは月のような髪を揺らして素敵だねと笑う。
「でしょう! なかなかいい感じに書けたと思うんだ。ふふ、蓮夢ちゃんは絵なんだね。ユエさんはどんなの?」
「まだ考え中なんだ。……何にしようかなぁ」
 筆を指揮棒のように揺らしながら天燈を見つめる。今はまっさらなそこに、自分なら何を紡ごうか。暫しの思案の後、ふいにユエは筆を動かした。
「“幸いあれ”? 素敵だね」
「ありがとう、葎ちゃん」
 ただ一言に籠められているのは、無邪気で純粋で、強かなもの。
 これは願いを籠めていた二人の願いにも向けた、ユエの祈りだ。自分の大切な人に宛てても――祈りが成就する糧となるならば、それはきっと幸いなこと。
 用意が出来たら作業スペースからいざ出発。少し離れた場所で、三人は火をつけてもらった天燈を手に空を見る。
「手許から離れるのは少し寂しいけど、また描けばいいよねっ」
「お、名案だね」
「そうだね。ちょっとだけ寂しいけど……」
 この祈りたちが聞き届けてもらえますように。
 葎は想いを添えて手を離した。
 ユエは彼方の光を目に祈りを籠め、手を離す。この想いが、無事、空を飛んで往くよう。そしてどうか――。
(「私の聲を届けてください」)
 ふわり、ふわわ。夜空を目指し始めた二つの天燈に蓮夢の天燈が追いつき、一緒に昇っていく。優しい燈は夏に並んで輝く星のよう。
(「……綺麗だなあ。ふたりはあの天燈に何の想いを込めたんだろう」)
 二人が綴った言葉の意味は分かったけれど、本心まではわからない。
 けれど蓮夢は寂しいと思わなかった。だって自分たちは今、こうして同じ時間を過ごしている。だからいつか、いつの日かと、心の中にあたたかな夢が生まれていく。
(「いつか、言葉にしなくても分かる日が来るといいなっ」)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

彼岸花・司狼
「遠くから天燈祭を眺める」

ある意味、うらやましくはあるんだ。
あの子のように激情を生む源泉になれるほどの記憶も、思い出も。
こうやって気軽に明日を信頼出来るほどの平穏も。

一時抜け落ちていた約束を取り戻し、その宿敵を狩る理由を思い出し
それでもただいまは平穏を甘受する。

ヒトは皆、光の中で暮らしたいと思っている。
ソレを選べるか、選ぶかは別として。
いつかはダークセイヴァーでも、それを選べる日が来ると良いよな…先生。



 最初に上がった天燈は、開いた蕾から溢れていく次世代の命のようだった。
 約束、願い、誓い、夢、希望。
 様々なものを抱いた天燈の中には、嬉しいや楽しい、好き、喜びといったものが籠められた天燈もあるのだろう。
 それからずっと、司狼は天燈が夜空へと昇っていく光景を眺めていた。遠くから眺めている為、天燈の火が絶えることなく昇っていく様がよく見える。
 この光景を閉ざしかけた白猫は、天燈祭当日、誰よりも先に夜空へと願いを抱いて昇って行った。あられが最初に見せた涙と言葉を、そして最後に見せた笑顔と言葉が、胸に浮かぶ。
(「ある意味、うらやましくはあるんだ」)
 自分は、あられのように激情を生む源泉になれるほどの記憶も、思い出もない。
 滅びが回避されたからと早速祭を始めたり、天燈を飛ばしたり、屋台で買い物をしたり、その屋台でものを作ったり売ったり――幽世に生きる彼らのように、ああして気軽に明日を信頼出来るほどの平穏も、ない。
 司狼は、一時自分から抜け落ちていた約束を取り戻した。
 宿敵を狩るその理由も、思い出した。
 それでも、呪われし者であった少年は――猟兵・司狼は、ただ今は平穏を甘受する。始まった祭の風景に背を向けるのではなく、過ぎゆく時間を見つめ続ける。
 ああ、また新たに生まれた光が夜空へ昇り始めた。
 その旅路はひどく穏やかで、旅が終わるまでにはかなりの余裕がありそうに思えたけれど、もしかしたら、ひとによっては思ったよりも早く叶って、旅が終わるのかもしれない。
 そこから更に上には、先に旅立った天燈が無数にある。やわらかな金色に見える天燈の群れは、煌々と夜空に現れる星の帯にもなれそうで――あの中に入ったらきっと、無限に続きそうな光に包まれるのだろう。
 そういう場所は――世界は、ヒトというものが願う空間だ。
 大抵のヒトは、光の中で暮らしたいと思うものだから。
(「……まあ、ソレを選べるか、選ぶかは別として」)
 司狼の胸に常闇の世界が浮かび上がる。
 夜と闇、異端の神々に吸血鬼。かの世界を覆う闇は、朝という時間を迎えても他世界のような明るさはないけれど。
(「いつかはダークセイヴァーでも、それを選べる日が来ると良いよな……先生」)

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
――あァ、気を付けて
もう何もなくさないようにな

さて、カクリヨもすっかり元通りか
少しばかり屋台でも見て回って
土産になりそうなものでも探すとするかな
泳ぐたい焼きを五匹ばかり
とうもろこしは私用に一つと……
――何だよ蛇竜、お前も食うのか?
ならもう一つ、腕に巻きつく蛇竜のためにも
おー、お前のことも思い出せたよ。大丈夫だから拗ねないでくれ
全く、レディのご機嫌取りは楽じゃあない

それで――目玉がこの天燈って奴か
込める誓いも約束も、ありすぎるほどあって
だけどそのどれも、自分で守って叶えるって決めてるから
私は見てるだけで良い
空に登ってく誰かの光に向けて、一つ祈りを込めたら、それで
――ひとがしあわせでありますように



 最後に聞いたありがとうとごめんなさいは、いってきますの代わりのようで。

 ――あァ、気を付けて
 もう何もなくさないようにな

 白猫の旅路に胸の内で餞別を送った後、ニルズヘッグは天燈祭で賑わう会場内を気ままに歩いていた。
 今日が世界の最期となるかもしれなかったと思えない賑わいは、幽世がすっかり元通りになった証だ。屋台を切り盛りしている店主に、目当ての屋台に並ぶ幽世の住人たち。彼らのタフさを目にしながら少しばかり見て回れば、土産になりそうなものが順調に見付かっていく。
「美味そうだな店主。五匹くれ」
「おっ、毎度!」
 目の前からふわふわ昇る生地の香りで顔を撫でられながら迎えた五匹が、店主の笑顔と一緒にニルズヘッグへと泳いでいく。くるると顔を周りを飛ぶ五匹に危ないぞと言えば、まるで理解しているかのようにスイーッと一列になり、顔の横を泳ぎながら付いて来た。
「よしよし、良い子だお前達」
 さて次はと向かった先は、明るい黄色に美味をぎっしり詰めていそうなトウモロコシ屋台。これは自分用に一つ買って――と腕に何かが巻き付いてきた。
「――何だよ蛇竜、お前も食うのか?」
 ワインのような赤色を孕んだ黒い蛇竜が瞬き一回を挟み、更にぎゅっと巻き付いてくる。ならもう一つ、と店主に向け指一本を立てて追加で購入する間も黒い蛇竜は巻き付いたまま。それはニルズヘッグがトウモロコシを差し出すまで続いていて。
「おー、お前のことも思い出せたよ。大丈夫だから拗ねないでくれ」
 ほらと差し出して漸くほどかれる。古来よりレディのご機嫌取りは楽じゃないというが、それは種族問わず言えることのようだ。
 やれやれなんて心は欠片も見せず、あ、と口を開けて鮮やかな黄色い園に齧りつく。口の中でぷちんと皮が破れて、閉じ込められていた豊かな味わいが甘く広がって――それとよく似た色が、夜空いっぱいを漂いながら昇っていた。
「目玉がこの天燈って奴か」
 機嫌を戻した蛇竜の真っ赤な瞳が顔を覗き込んできた。飛ばさないのかと問うような視線に、ニルズヘッグはいいんだと笑みを浮かべて夜空を見る。
 あそこに込める誓いも約束も、自分にはあり過ぎるほどある。だったら天燈を沢山用意してその全てを飛ばして、なんてやってもいいのだろうけれど。
「そのどれも、自分で守って叶えるって決めてるから。私は見てるだけで良い」
 これから往く道がどういうものであろうと、誓いも約束も抱えて生きていく。
 だから今は、あの空を昇っていく誰かの光に向けて一つ、祈りを込めるだけ。
 いつ叶うかわからない遥かな旅路、そこに苦難が幾つあろうとも――、
(「ひとがしあわせでありますように」)

大成功 🔵​🔵​🔵​

宵雛花・千隼
いってらっしゃい
微かに聞こえた鈴の音と、天燈の導のように消えてゆく光を見送って
戻り来る約束と痛みに静かに目を伏せる
こんな痛みもない夢は、とても優しいけれど
夢で叶う願いほど、叶わないものはないから

気づけば賑わいを増す周りから隠れるように夜に紛れて
飛ばされる灯が一番美しく見えるところを探しましょうか
眺めの良い、静かで人の少ない場所と
皓湛を見つけることができたなら、良い夜ねと声を掛けて

…仕事でお顔を覚えているから、初めましてと言うのも可笑しいかしら
アナタは、願い事をされる?
ワタシは今は願うより、身に余る夢より夢のような幸福を受止められるよう
願いの灯が空へ燈るのを見つめて

綺麗ね
約束は、果たされたかしら



 旅立つ白猫の“いってきます”は、鈴の音と同じ、夜にそっととけるように微かで。それに千隼も“いってらっしゃい”と微かな音を紡ぎ、あられを見送った。
 消えゆく真白の光は天燈の導のようだったから、最初に彼方へ至った天燈は、にぃにぃにゃあにゃあと迎えられたかもしれない。どこかで分かれるまで沢山の光を連れた旅路は寂しくなく、あたたかいのだろう。

「……痛、」
 戻ってきた約束と痛みで夜空を見上げていた目を静かに伏せる。
 ふわりと白い前髪が垂れてきて、その色にあの花園が重なった。
 自分の手で自らに課した約束と共に消えていた痛みがないあの夢は、幼い心に刻まれた頃と同じ、とても優しいものだった。
(「けれど、わかっているの」)
 夢で叶う願いほど、叶わないものはない。
 だから千隼は戻ってきたものを抱えたまま、瞳からこぼれる涙をそのままに歩いて――気付けば、光と賑わいを増していく周囲から隠れるようにして夜に紛れていた。
 屋台の照明も遠いそこは、声と音と、光と。何もかもが静かだ。夜空をゆく灯も見えるここからなら、一番美しく見える場所もあるだろう。そう考え、少し歩いて到着したなだらかな丘めいた場所がそうだった。
 同じようにやって来たのだろうか。開けたそこにぽつりぽつりと人影があり、空には無数の天燈があれどその光はここまで降ってこない。互いの顔が見えない距離感と静けさは心地よく、その中に皓湛もいた。
「良い夜ね」
「ああ、これは……お疲れ様です」
 声をかけ向けられた拱手に、アナタも、と千隼は微かに頷く。
「……仕事でお顔を覚えているから、初めましてと言うのも可笑しいかしら」
「そういえば、こうしてお話をするのは初めてでしたね……」
 橙と淡い花緑青はパチリと瞬きをし、ほんの少し目を丸くした。
 現地へと運ぶ案内人として、戦いに赴く猟兵として顔を合わせていたけれど、会話に興じるというのはこれが初めての筈。
 顔も声も知っているだけに不思議な心地のまま見上げた夜空には、時折ほのかに輝きを震わせながら天へと向かう灯が数多。昇っていくあの全てに誰かの何かが籠められているけれど。
「アナタは、願い事をされる?」
「……しようと、思ったのですが」
 上手く纏まらず食に、という花神の片手には空の皿とその上で揃えられた箸。
 はにかんだ花神から貴方はと問われた千隼も、ふるりと首を振って示す。その理由を問う声はない。彼方、天空を漂う灯の群れがそれぞれの瞳へと花園めいて映り込む。
(「ワタシは……」)
 千隼が帰りたいと願い、想う場所はひとつだけ。
 だから今は願うより、身に余る夢より夢のような幸福を受け止められるよう。白猫が旅立った時のように、誰かの願いを宿した灯が星のように燈る様を見つめて――ぽつり、呟いた。
「綺麗ね。約束は、果たされたかしら」
「いずれはと、そう思います」
 こうして世界が在る限り、遥かな旅路は途切れないだろうから。
 ひとりだった白猫が最後に見せた光も、天を漂う灯も。いつかきっと、誰かの幸せになる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
【空桜】
なびちゃん/f02050と

屋台!もーお腹ぺこぺこ
チキンはじめ串物やお惣菜系を片っ端から
鯛焼きはツナマヨにチーズクリーム、変わり種を一通り全部ネ
あ、かき氷はキラキラだからオレも気になる!

……ってなびちゃんホント甘いの好きねぇ
ナンて茶々入れつつもちゃっかりチョコ増し増しゲット
ふふ、オレは狩りみたいで楽しいケドと子供のように鯛焼き追い燥ぎ

つられて視線上げれば空埋め尽くす灯火
うん、キレイねぇ
問われれば意地悪くにぃと笑い
ダメよ、アレは誰かが託した想いナンだから

あの子の事デショ?
そうよ全部なびちゃん次第、だから
願うなら飛ばしに行かなくちゃ!
そしたらオレはなびちゃんの願いが届くように飛ばしてアゲル


揺歌語・なびき
【空桜】
コノハさん(f03130)

屋台巡り食事を
おれはねぇホイップとチョコマシマシたい焼き
ほんとに泳いでる…かわいいねぇ
あ、わたあめとかき氷も食べたいな、甘いのはあるだけ食べたい

~♪(よくばりセットを抱えて鼻歌
ん?まぁ糖尿病にさえならなければ(もぐ
コノハさんもたい焼き食べない?まだあるよ(もぐ
泳いでるのをひょいぱくするのはちょっと可哀想だけど

食べ歩きながら空を見れば
やわらかい天燈の彩が綺麗だった
あの子もすきな風景だ

あれ、全部誰かの願いごとなんだね
見てるだけでも効果あると思う?

言えるかは、願わない
それはおれ次第だから
ただ、

…嫌われないといいなぁ(ぽつり

…うん、ありがと
灯り、飛ばしにいこう(へにゃ



 夜空を天燈たちがきらきらぽかぽかと彩るその遥か下、地上にもきらきら眩しいものは沢山。あられが旅立ち、約束も世界も無事の今、コノハとなびきは、そんな地上のきらきらに視線も意識も一直線だ。
「もーお腹ぺこぺこ。幽世グルメ制覇と行きましょ、なびちゃん!」
「さんせーい! おれはねぇホイップとチョコマシマシたい焼き食べたいな」
「あらイイわね。チキンに串者、お惣菜系も片っ端からよ」
 コノハチョイスの鯛焼きはツナマヨにチーズクリームと変わり種を一通り全部。
 出来たてほかほかの鯛焼きは一足早い鯉幟のようにコノハの隣で列を作り、たまになびきの傍を泳ぐ鯛焼き(中身ぎっしり、ちょっぴりぽっちゃり)にも、ふよふよと泳いで寄って、空中でくるくるじゃれるように泳いでいる。
 こんなに懐こい鯛焼きは当然なびきは初めてで、かわいいねぇと桜色を細め、ふわんと漂う生地の匂いにちょっぴりじゅるりとして――見かけた別の屋台に、あ、と目を輝かせた。
「わたあめとかき氷も食べたいな、甘いのはあるだけ食べたい」
「あ、かき氷はキラキラだからオレも気になる!」
 グルメハンターとなった二人が歩けば屋台グルメが増え、一つ減ればまた増えてと祭ならではの大賑わい。鼻歌紡いで狼尾を揺らすなびきの腕は『よくばりセット』で満杯で、蒸気アニマルのダンスとチキン両方を堪能し終えたコノハは、ぱちりと瞬きをしてすぐにくすりと笑った。
「なびちゃんホント甘いの好きねぇ」
「ん? まぁ糖尿病にさえならなければ」
 そこは重要よネと言いつつチョコ増し増しをゲットした手腕に、今度はなびきがふふっと笑う番。もぐ、と口に入れていた分を飲み込んで。
「コノハさんもたい焼き食べない? まだあるよ」
 そういって再びもぐっとしながら、はいどうぞ。
「泳いでるのをひょいぱくするのはちょっと可哀想だけど」
 けれど食べ物を粗末にすることは、きっと、あの子は嫌がるだろうから。
「ふふ、オレは狩りみたいで楽しいケド」
 コノハが子供のように鯛焼きをイタダキマスして、なびきも食べれば、二人の周りを泳いでいた鯛焼きはやがて美味しくさようなら。甘い物の次はしょっぱいのと味変もした最後は、キラキラ輝く冷たいかき氷。
 舌の上で冷たく甘くとろけていった氷と、彩っていたシロップ。えっ、これ本当にかき氷? と、今食べたもので上書きされてしまいそうな衝撃で二人はパッと顔を見合わせる。
「ねぇコノハさん、後で他のシロップも買わない?」
「賛成。かき氷も全制覇しなきゃ、絶対後悔するわコレ」
 頭がキーンッとならないように食べ進め――ふと空を見たなびきの視界が、天燈が生み出すやわらかな彩でいっぱいの夜空で染め上げられる。それはとても綺麗で、そして、あの子もすきな風景で。
 つられて視線を上げたコノハも夜空を埋め尽くす灯火で薄氷色を染めて笑う。
 同じものでうすらと染められているかき氷を、しゃく、と一口掬ってぱくり。綺麗なものを眺めながら美味を食すひとときは、心も体も一緒に満たしてくれる。
「うん、キレイねぇ」
「あれ、全部誰かの願いごとなんだね。見てるだけでも効果あると思う?」
 子供のようにどこか無垢な訊ね方に、コノハは意地悪く、にぃ、と笑った。
 ダメよ、と言ってかき氷をもう一口。冷たく甘いもので舌を更に染めて夜空を見る。
「アレは誰かが託した想いナンだから。――あの子の事デショ?」
「……うん」
 ずっとずっと抱えて隠してきたものを言えるかは。願わない。
 それはおれ次第だからと、なびきは夜空から地上へと視線を映して、手元で煌めくかき氷の残りを見つめる。目で見るよりも、じわりとぼやけた天燈の光がちらちらと映っていた。
「ただ、……嫌われないといいなぁ」
「わかってるじゃない。そうよ全部なびちゃん次第、だから」
「だから?」
「願うなら飛ばしに行かなくちゃ!」
 ぱっと隣で輝いた薄氷色と軽快に歩き出した後ろ姿を、え? と桜色を瞠ってから追いかける。飛ばしに行くのと確認する声に、そうよ確か配布所ってアッチよねと、からりと気持ちのよい声が応じる。
「そしたらオレは、なびちゃんの願いが届くように飛ばしてアゲル」
 ほんとうを伝える怖れ。今と変わってしまうかもしれない、二度と前に戻れないかもしれないという怖れ。願った先で訪れる“失う怖さ”に負けないように。無限の燈が、灯るように。
「ホラ、行きましょ」
「……うん、ありがと。灯り、飛ばしにいこう」
 へにゃりと浮かぶ笑顔。並んで歩く後ろ姿。
 そのずっとずっと上空で、ふわわ、と天燈が踊った気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

ただいま、サヨ
可笑しくない
約は私だ
私を紲いでいてくれる
きみの優しさに溺れそうだ
あの猫の約もいずれ巡り叶うだろう

結ばれた掌がまるで私達の紲のようで自然笑みが浮かぶ
サヨの好きなものを食べよう
共に過ごせるこのひと時の倖を味わうように

鯛焼き…後を付いてくるな…気になる
サヨ、捕まえたよ
分け合おうか
?!
……(照れながら食べ
味など分からないくらいだが美味だよ
では私のもサヨ、口を開けて

?!?!(真っ赤になる

きみはすぐそういう事を
照れ隠しに桜色の綿飴を啄む


美しい燈だ
そうだね
きみの願いは私が叶える

私達が再開したのもこの幽世だ
きみがどこにいても私は捜し
見つけてみせる

私は誓いを籠める
分たれる事無く共に生きる、と


誘名・櫻宵
🌸神櫻

世界に約束がもどったのね
おかえりなさい、カムイ…というのは変かしら
あなたは私の約束なの
壊れやすくて無くしやすくて
ともすれば厄となる約を
正しく優しく結んでくれる

小指と小指結んでから手を絆ぐ
変わった食べ物が沢山ね!
まずはどれから頂きましょうか

泳いでる鯛焼きを捕まえて半分こ
分け合いましょう
カムイ、あーんして
私のはクリームよ
カムイのは……餡子だわ!
童子のよう、頬に付いたクリームを舐めとってあげる
照れた顔もかぁいらし
次は黒と赫の綿飴を
あなたを食べているようだわ

天燈に籠める願いは決まった?
私が願うのは天ではなくカムイよ
私の神様
だから、燈には感謝を籠めるの
再び、あなたと出逢わせてくれてありがとう、て



 夜空に数多の燈が揺れる。地上には幽世の住人たちの声と、笑顔。
 世界に約束が戻った証が、実感が、櫻宵の心に宿っていく。
「ただいま、サヨ」
「おかえりなさい、カムイ……というのは変かしら」
 夜風でそよいだ髪をそっと押さえて咲った櫻宵へ、カムイは迷わず可笑しくないと微笑みかける。
「約は私だ」
 約束というものが永遠に喪われれば、約の神である自分はこうして愛しい巫女へ『ただいま』を伝えられなかったかもしれない。だから、ただいまも、おかえりなさいも決して可笑しくないと、カムイは朱砂の彩に尽きない愛を宿して笑む。
「……そうね。カムイ、あなたは私の約束なの」
 壊れやすくて、無くしやすくて。
 ともすれば厄となる約を、正しく、優しく結んでくれる。
 白い桜のような頬に春の色がさす。
 そんな櫻宵と自分は約を結び、命を繋いで。そして――。
「私を紲いでいてくれる、きみの優しさに溺れそうだ」
 どこまでも自分を深く囚えて離さない、桜の燈。
 自分にとって櫻宵がそうであるように、あられが再会を願う存在がそうなのだろう。ならばあの猫の約もいずれ巡り叶うだろうと告げたカムイの声は、舞う花のように優しくて。
「あなたが言うなら間違いないわ。カムイ、私のかぁいい神様」
 小指と小指を結んで、手を絆ぐ。
 結ばれた掌は交わした約のように自分たちを結ぶ紲のよう。自然と笑みが浮かんだカムイに櫻宵がふふっと少女のように笑って、ねえ、と周りを見る。
「変わった食べ物が沢山ね! まずはどれから頂きましょうか」
「では、サヨの好きなものを食べよう」
「あらいいの? カムイの食べたいものからじゃなくて?」
 カムイはこくりと頷いた。共に過ごせるこのひとときの倖いを味わうように――そしてそれは、一緒に旅をして、色んな世界を観に行くと結んだ約束が叶い、思い出として綴られていく瞬間なのだから。
 しかし、何から食べるのだろう?
 カムイの疑問への答えは泳いで後を付いてくるほっかほかの鯛焼きだ。ひとの手で作られた甘味だというのに泳ぐ存在は、幽世らしいとはいえ、やはり気になるもの。
「サヨ、捕まえたよ」
「じゃあ分け合いましょう。私のはクリームよ。半分こにするなら……こうね!」
 ぷつつ、と上手く縦に――左右に分けられた一つをカムイは受け取ろうと手を伸ばす。しかしそこに鯛焼きは乗せられず、おや? と小さく首を傾げた次の瞬間。
「カムイ、あーんして」
「?!」

 “あーん”!?
 巫女の――サヨからの!?

 衝撃で目尻をかっと紅く染めたカムイだけれど、口を小さく開けて――あーん。しっかり噛んでみる。あたたかい。縁は若干ぱりっとして、中はとってもほかほかしている。けれど。けれども。
「味など分からないくらいだが……美味だよ」
「ふふ、かぁいい」
「では私のも。サヨ、口を開けて」
 お返しの“あーん”を、ぱくっ。出来たてほかほか食感が訪れた瞬間、餡子の味わいも一緒に広がって櫻宵は目を輝かせた。
「カムイのも美味しいわね! ……あら、付いてるわよ」
 ほら、と指先で頬に触れる。童子のようねとやわらかに笑み、頬に付いたクリームを舐め取れば、先程よりもずっとずっとカムイの頬が紅くなった。
「きみはすぐにそういう事を」
 照れ隠しに桜色の綿飴を啄んで聞こえた鈴の音に意識を向けようとするけれど、白い頬を広く染める紅色は隠しきれない。
 照れた顔もかぁいらし。
 櫻宵は囁くように紡いで、黒と赫の綿飴を食む。
 まるであなたを食べているよう――綿飴に唇を添えたまま神を見れば、さしていた紅がひいた神と目が合って。けれど、まだ照れがあるのだろう。少しばかりカムイの視線は彷徨って、夜空に向く。
 放たれる天燈は未だ絶えず、宙の星にも負けぬほどの光が浮かんでいる。
 その美しさに見惚れる隣に、櫻宵は寄り添った。
「天燈に籠める願いは決まった?」
「きみは?」
「私が願うのは天ではなくカムイよ。私の神様」
「そうだね。きみの願いは私が叶える」
 今までも、これからも。
 自分たちが再会し、再び思い出を紡ぎ始めたのもこの幽世だ。
「きみがどこにいても私は捜し、見つけてみせるよ」
「ええ、約束よ」

 ――再び、あなたと出逢わせてくれてありがとう
 ――分たれる事無く共に生きる

 受け取った天燈に櫻宵は感謝を籠め、カムイは誓いを籠めて。
 向かい合い、微笑みを交わし合う間も、魂にはかけがえのない喜びが満ちていく。
 唯一のぬくもりを互いの目に映す二人の手から、天燈がそっと旅立って――向かう旅路は夜空の彼方、未来へと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

戀鈴・シアン
【狼硝】

これが幽世のお祭りかぁ
本当、俺達の常識なんか通じない
可笑しくって笑みが溢れる

綿飴、一つ貰おうかな
自然と選ぶようになった緋色を手に
……え、今これ、喋った?
レンのも何か鳴ってるよ
なんだろう、ものすごく食べづらい…
きょとんとしている友達からの視線
…いただきます

天燈には俺たち三人の顔でも描いてみよう
ふふ、結構力作かも
みんな笑ってて楽しそうでしょ?
レンのは…あ、俺の似顔絵
ふは、本体の花瓶まで
完璧じゃん、レン
最後にさっきの猫も描き添えて
向こうでご主人に逢えるといいね

……忘れちゃうのは、悲しいよな
もし俺の中からまたきみが抜け落ちることがあっても
何度だって取り返すからさ
心配しないで
それもまた約束。ね?


飛砂・煉月
【狼硝】

幽世のお祭りってさ、何か面白いよね
常識がズレててワクワクしちゃう的な?

オレも綿飴ひーとつ
選んだ蒼を手に
シアンのは喋ってる、おもろー
オレは…何の音?
いーや食べれば同じ…ってハクもう食べてっし!
悩むシアンに二種の緋色をぱちくりさせて
食べないの?って首傾ぐ

天燈にはシアンの似顔絵と花瓶
いっとう楽し気なキミ
ねーオレのも中々イイ感じぽくない?
シアンが描いてくれた絵に機嫌良さ気な音零し
オレもあられが主人に会える様に書き足そ

忘れちゃうのは悲しい
忘れられるのは寂しい
でも何度でもキミは取り返すだろうから
心配はないんだ
…ん、やくそく
オレもキミの中に残るよ
どんな形でも
其れでもしまた会えたら…
続く音は天に融けて



 周りを行き交う存在。東洋と西洋の妖怪、よくわからない妖怪、竜神。
 並ぶ屋台。泳ぐ鯛焼き、凄い色をした綿飴、光る焼きトウモロコシ。普通の屋台も少々。
 まだまだ賑わっている天燈祭は、シアンと煉月の瞳にぴかぴかと映っていた。
「これが幽世のお祭りかぁ」
「幽世のお祭りってさ、何か面白いよね。常識がズレててワクワクしちゃう的な?」
「本当、俺達の常識なんか通じない」
 そう言って目を合わせ――可笑しくって、ぷっ! とついつい笑みがこぼれてしまう。
 けれど、こういうのも悪くない。
 折角の祭だ。それも、幽世の。だったら楽しまなくちゃと二人は悪戯っぽく笑い合い、どの屋台からする? あれは? あっちは? と楽しく屋台吟味。その栄えある一番目は。
「はいよっ、毎度あり!」
 ニカニカとした笑顔で差し出された綿飴を、二人それぞれ受け取った。
 シアンは自然と選ぶようになった緋色、煉月は綿飴なのにどこか澄んだ蒼。
 それじゃあ、と二人は目配せして口を開けて――はむっ、とふわふわ綿飴を齧った口元から音がした。シアンから聞こえた音は、何と言えばいいのか。例えるなら、指先よりも小さな存在がモジモジしながら――……。
『とびきり、おいち。たべて、たべて?』
「……え、今これ、喋った?」
「シアンのは喋ってる、おもろー」
「レンのも何か鳴ってるよ」
「ホントだ。……何の音?」
 耳をすましてみる。

 んきゃぷ

 何の音だろうと考えるシアンは真面目なシアンらしい。
 しかし、本当に何の音なのか。生き物のような音だけれど本当に生き物の音なのか。
 そして、んきゃぷ、とは。
 真相を確かめるべくジャングルに飛ぶ手段はないし、そも、どのジャングルかもわからない。だから煉月はさくっと決断した。
「いーや食べれば同じ……ってハクもう食べてっし! オレの分まで食べるなよ!?」
 とっても賑やかな隣にシアンは暫し呆けてから自分の綿飴を見る。
 そっとつついてみた。
『おいち、よ』
 おいしいよ。そう聞こえた。見ているうちに顔が見えてきそうだ。
(「なんだろう、ものすごく食べづらい……」)
 そんなシアン心、煉月とハク知らず。二種の緋色がぱちくりとして、食べないの? と揃って首を傾げた。きょとんとした視線のダブルアタックに、空色硝子の瞳が、う、と揺れて。
「……いただきます」
『ぅわあい』

 摩訶不思議な綿飴を楽しんだ次は、祭のもうひとつのメイン――天燈へ。
 シアンは時々煉月とハクを見ながら筆を動かしていた。髪型はこう、顔立ちはこう。翼はこんな感じで――と、目の前にモデルがいるからか筆の進みは非常に良く。
(「ふふ、結構力作かも」)
「あ、それ」
 モデルたちが気付いた。そう、と笑ってよく見えるように向きを変える。
「みんな笑ってて楽しそうでしょ?」
 描いてくれた絵は火を得る前からあたたかい。煉月は機嫌良さ気な音をこぼし、ハクも嬉しそうに翼を広げ一声鳴いた。そんな煉月の天燈には、ふたつのものが描かれている。
「ねーオレのも中々イイ感じぽくない?」
「あ、俺の似顔絵……ふは、本体の花瓶まで?」
「そ!」
「完璧じゃん、レン」
 いっとう楽し気なシアンを描いたから、モデル本人にそう言われるとまたご機嫌な音がこぼれてしまう。
 では、これで完成?
 いやいや、もう少し。
 シアンの筆が最後に白猫を描き添え、それを見た煉月も尻尾をぴんと立てた白猫を描き足して、最後の最後に、願いを籠める。
(「向こうでご主人に逢えるといいね」)
(「あられが主人に会えます様に」)
 あられとあられの主人が迎えた、大切に想う存在別れは、誰しもいつか経験すること。
 そう解っていても、いなくても、その時を迎えたら心は痛むだろう。けれど。
「……忘れちゃうのは、悲しいよな」
「ああ。忘れちゃうのは悲しい。忘れられるのは寂しい」
 シアンの声に煉月は静かに返し、描いたものへと指先を伸ばす。
 もしその時が来て。
 忘れてしまったとして。
 ――それでも。
「もし俺の中からまたきみが抜け落ちることがあっても、何度だって取り返すからさ」
 必ず見つける。掬い上げる。
 忘れたままになんて、しない。
「心配しないで」
(「ほら、な」)
 その時が来て、その時に自分が居なくても、何度でも取り返すとわかっているから。
「ああ。心配しない」
「それもまた約束。ね?」
「……ん、やくそく。オレもキミの中に残るよ。どんな形でも」
「うん」
「其れでもしまた会えたら……」
 その時は。
 続く音は天にとけて――いつかの時へと二人を繋ぐ、魔法の言葉になる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月29日
宿敵 『彷徨う白猫『あられ』』 を撃破!


挿絵イラスト