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九龍魔窟奇譚

#サクラミラージュ #九龍

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#サクラミラージュ
#九龍


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 それは魔窟と呼ばれた違法建築の集合体である。
 政府の手の及ばぬ場所で無茶で無計画な増改築を繰り返し、最早何がどう折り重なっているのか内からも外からも解らない。日が当たる場所など屋上か外周部だけ。光を目指して高さを積み上げ、幾つもの建築物を一つに呑み込んだそこは、まるで巨大な怪物のようでもある。
 一度足を踏み入れれば、内部は迷宮と同じ。慣れぬ者が入り込んでしまえば、外に出られるのはさていつの日か。同じ場所に出られることはまずあるまい。住民の結束は固く、余所者に道を教えることなどないのだから。
 衛生状況はお世辞にも良いなどとは言えない。しかしそれは、そこがスラム街であると知れば当然のことと納得するだろう。阿片窟であり犯罪者の隠れ家であり、法に守護されぬ者たちが暮らす影の国だ。

 もう一度言おう。そこは世界に在って法の理から隔絶された人外境である。
 故にこそ、そこは「九龍魔窟」と呼ばれていた。


「你们好、皆様。さて、サクラミラージュの中國まで出張して欲しいのですが」
 煙管から鴉片の煙を漂わせ、ユエファ・ダッシュウッド(千死万紅・f19513)は艶やかに笑った。明らかに含みのある笑みだ。
 サクラミラージュに於ける帝都は世界を統一している。その直属の機関である影朧救済機関「帝都桜學府」も、必要とあらば世界中を巡り影朧に立ち向かっている。だが時折桜學府だけでは対応できぬ影朧が出現する時もあり、その時は超弩級戦力――即ち猟兵への依頼という形で解決を図る。今回は中國支部からの任務依頼らしい。
「影朧を使役する犯罪結社が存在するようですね。その拠点から逃亡した人物を保護したことで発覚しました。詳しいことは――、ボクには話して貰えなかったのですが」
 肩を竦めるユエファに、猟兵が首を傾げる。
「犯罪組織からの逃亡者ということで、ボクが呼ばれまして。とりあえず食事でもしながら話を聞こうかと保護した人物を連れてきたのですが、ボクは信用できないから話せないと言われまして。心外ですよねえ」
 心底心外そうに言うユエファだったが、詳しく話を聞くと桜學府に保護された人物を引っ掴んで高級中華料理店の特別室に連れて行き、明らかに堅気ではない強面の男を後ろに控えさせながら「さあ話せ」と宣ったらしい。
「場所が悪かったんでしょうかね。結社の拠点がある場所の目の前にある店に連れて行きましたから」
 その上、この中華兎ときたら爆弾のような発言をさらりと置いていった。
 口の端を引きつらせる猟兵に、ユエファはにこりと穏やかな笑みを浮かべるばかり。
「逃亡者の話は皆様に聞いて頂くとして、問題はその拠点の場所です。あれは魔術を一切使わない現代の迷宮。違法建築の集合体。一般人であれ猟兵であれ、まず迷うでしょうね」
 かつてUDCアースにあった世界最大のスラム。それと同じ九龍という名を戴くその魔窟も、似たようなものだと想像してもらえると良いだろう。問題はそこに巣食っているのがただの犯罪組織ではなく影朧を扱う組織であること。加えて、複雑すぎる内部構造がそこに辿り着くのをより難しくしているのだ。だからこそと、ユエファは口の端を吊り上げる。
「よくわからないのならば、当人たちに案内してもらうだけのこと。というわけで、皆様の出番というわけです」
 ユエファ曰く。
 逃亡者を連れて行った高級中華料理店には、既に数名の殺気を隠さない人物が入り込んでいる。状況から言って恐らく犯罪結社の構成員だ。秘密が漏れる前に逃亡者を消してしまいたいのだろう。そこに猟兵が接触すると、彼等は十中八九此方の出方を伺うだろうと予測される。
「周辺の電波妨害は完了していますので、まず拠点と連絡は出来ません。その中で猟兵がきたとなれば、犯罪者とて組織に情報を持ち帰るのが定石です。ですので皆様は、逃亡者を安心させて情報を聞き出しつつ、護衛し、話が聴けたタイミングで構成員を追って九龍魔窟へと侵入、追跡。拠点を発見して結社構成員及び首魁を逮捕するという流れになります」
 その上で2点、注意点があるという。
 まず1つは、魔窟を出来るだけ破壊しないことだ。
 九龍魔窟は法に守護されない者たちが暮らす地。貧しいながらも普通に暮らす人々も居る。だが建物は絶妙なバランスで維持できているに過ぎず、どこか一か所でも崩れたら連鎖的に建物全体が破壊される可能性がある。
 よって、戦闘は出来るだけ周囲に大きな被害を与えないよう留意する必要がある。
 そしてもう1つ。
「構成員を追う際には抵抗が予知されています――が。それが何であれ、決して手を鈍らせませんよう」
 そう告げたユエファの顔から笑みが消えていた。刃のように鋭い琥珀は、「決して」という言葉に重みをもたせる。
「今回の作戦は一度きりです。失敗すれば犯罪組織はより深い闇へと潜り、再び探し出すのは困難を極めるでしょう。何があっても手を、そして足を止めてはなりません。構成員を見失った時点で、この作戦は失敗なのですから」
 良いですね、と念を押す。場に暫しの沈黙が降りた。
 その間にユエファの煙管から姿を現した煙龍が咢を開き、龍門と成って彼の地への門を開く。
 カツリと靴を鳴らし、煙龍を緩く撫でると、ユエファは剣呑な光宿した瞳のままに穏やかな笑みを猟兵たちに向けた。
「ですが、腹が減っては戦ができぬと申します。まずは情報収集と逃亡者の護衛がてらに、食事でもどうぞ。サアビスチケットを手配しておきましたので、心行くまで中華料理を楽しんでから、魔窟に突入してくださいませ」
 褒美のつもりか、それとも報酬のつもりか。何であれ高級中華料理店とあらば、味の保証は確実にできる。

「さあ。いざ龍の魔窟へ」

 人の作りし混沌たる迷宮へ。


花雪海
 閲覧頂きありがとうございます。花雪 海で御座います。
 この度はサクラミラージュより、中國にあります魔窟へとご案内致します。

●第一章:極彩の館
 九龍魔窟を前にする高級中華料理店です。
 既に結社の人間が数名入り込んで、逃亡者の暗殺の機会を伺っています。
 逃亡者をさりげなく護衛しつつ、詳しい話を聞いて下さい。
 尚、中華料理はサアビスチケットにより食べ放題です。中華料理を楽しむだけでも勝手にお話は進みますので、気楽に、そして好きなようにご参加ください。

●第二章:『廃棄物』
 魔窟内部へと戻る結社員を追い続け、結社の隠れ家へと駆け抜けて頂きます。
 結社員が召喚する『廃棄物』を手早く片付けながら追いかけて下さい。
 なお建物に被害が出た場合、建物が崩れて後を追えない場合がありますのでご注意下さい。

●第三章:ボス戦
 純戦です。
 召喚された影朧を撃破し、犯罪結社の司令を逮捕して頂きます。

●プレイングに関しまして
 各章とも、プレイングの受付日時を設定しております。ご参加の際はお手数ですが、『マスターページ・各章の断章・シナリオタグ・お知らせ用ツイッター』などにて、一度ご確認下さりますようお願い申し上げます。
 期間外に届いたプレイングは、内容に問題がなくとも採用致しませんのでご注意下さい。
 ご一緒の方がいらっしゃる場合は『お名前とID』もしくは『グループ名』を明記して下さい。

●第一章は断章追加の後、【3/20(土)8:31~3/21(日)23:00】の受付期間を予定しております。

 それでは、皆様のご参加を心よりお待ちしております。
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第1章 日常 『極彩の館』

POW   :    細かいことは気にせず力いっぱい楽しむ。

SPD   :    その場に馴染めるよう気を使いつつ楽しむ。

WIZ   :    何かハイカラな楽しみ方を思いついてみる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 逃亡者が連れてこられた建物は、高級中華料理店だった。
 奇抜な建築家が設計した極彩色の建物は、されどこの場においては何の違和感もない。紅い壁、目映いばかりの金装飾。それを彩る極彩色の紋様。それらは絢爛たる中國文化に良く溶け合っていた。
 香辛料や唐辛子、中國独特の調味料の香りが店の中に漂い、小気味よい音を立てて弾ける油の音が食事への期待を高まらせてくれる。
 
 香辛料たっぷりのきりりと辛い麻婆豆腐。黄金に輝くフカヒレの姿煮。艶々の照りで魅了する東坡肉という豚の角煮。朱色に染まった大海老のチリソース煮。見た目も豪華な北京ダックや酢豚、一味違うレタスと蟹の炒飯。麺類には海鮮あんかけ焼きそばや、鶏肉とカシューナッツ炒めと、目もお腹も引き付けてやまないメニューがずらり。
 勿論食事の後の点心も充実している。
 餃子や海老焼売、桃饅頭に胡麻団子と充実しているが、矢張り忘れてはいけないのがこの店の名物小籠包。杏仁豆腐やマンゴープリンだって忘れてはいけない。

 超弩級戦力として知られる猟兵が訪れるとあって、店では総力をあげて様々な料理を作り上げていた。沢山の中華料理に囲まれて、客たちは皆幸せそうに食事を楽しんでいる。
 だが、この店にあって不釣り合いな人物が居る。
 一人は、店の奥のテーブルに独りで座っている逃亡者の青年だ。ボロボロの汚れた服装で、誰が見たってこの店で食事をする程に金銭を持ち合わせているとは思えない。固い表情は緊張か、不安か、それとも居心地の悪さ故か。いずれにせよ目の前の料理には一切手をつけずに、青年は強く拳を握り締めたまま円卓を見つめ続けていた。
 そしてその青年を観察する人影が、数人。あるいは店員で、あるいは客で。殺気を隠しもしない目は、グリモア猟兵から聞いた「犯罪結社の構成員」であることを物語っている。
 通信手段は何故か使えない。ここを訪れる猟兵の席を確保するため、店の扉は全て固く閉じられた。彼等に残された手段は、出来るだけ猟兵の動向を探りながら逃亡者を殺し、拠点に情報を持ち帰ること。

 猟兵たちに課せられた使命の一つ目は、逃亡者の青年から情報を聞き出すこと。そして青年を刺客から護衛することだ。
 青年と共に同じ飯を食べるのもいいだろうし、猟兵であることを喧伝するのもいいだろう。超弩級戦力の存在は青年を安心させるだろうし、刺客に取っては牽制になる。
 今は戦闘の時ではない。青年から情報を得、刺客に情報を流し、それを持ち返らせることが目的だ。
 中華料理を楽しみつつ、眸と神経を尖らせ、互いを牽制し合え。
立塚坂・葵
こんにちは
よろしければ席をご一緒しても?

エネルギー体の黒い羽をはためかせ、和風の黒い装束を纏った男は、青年を怯えさせないよう、ゆっくりとした動作で語り掛ける
物語を紡ぐ時の様に優しい語り口

君は、レタスと蟹の炒飯と麻婆豆腐どちらが好きですか?

青年にも食事を共にしようと顔を近づけてぽそりと自分は猟兵だと伝える

いやぁ、ははは
美味しそうだからと色々持ってきましたが、一人では食べ切れそうになくて

良かったらお話を聞かせてもらえませんか?
僕、猟兵をしながらも作家なので、話のネタになるかもしれませんから

手に持つ手帳に情報を
彼は無自覚だが、彼の手帳とペンで書いた文字は魔術となり、辺りに漂う

それが刺客の目に止まれば




 逃亡者の青年は身を硬くしていた。
 自分に突き刺さる殺気は気づいている。それがいつ、本物の刃を伴ってやってくるか、気が気ではなかった。
「こんにちは。よろしければ席をご一緒しても?」
 そんな時、突如掛けられた声に青年はビクリと身を硬くした。怯えた目でゆっくりと目線を上げれば、まず目に入るのはエネルギー体と思しき黒い羽をはためかせる、この周囲では見かけぬ服装の男。和装であることはわかるので、帝都の人間だろうか。
 男――立塚坂・葵(言ノ葉紡ギ・f32561)は青年を警戒させぬよう、ゆっくりとした動作で敵意がないことを示す。口調は物語を紡ぐ時の様に優しく穏やかだ。
 自分をすぐに殺す者ではなさそうだと、青年はひそり詰めていた息を吐く。ただ、相席に頷くにはまだ足りない。
「ええと、悪いけど……」
「君は、レタスと蟹の炒飯と麻婆豆腐どちらが好きですか?」
「え……」
 断ろうとした青年の声を遮って、葵は両手の皿を二つ差し出して見せる。青年の眼前に熱々の炒飯と麻婆豆腐。困惑する青年に、葵はさりげなく青年に顔を寄せる。
「僕は猟兵です。安心して下さい、あの店員には手を出させませんよ」
「……あっ」
 ハッとした青年が顔を上げれば、やはり葵は穏やかに笑っていた。先程から青年を殺気で差す店員から青年を隠す位置に立ち、言外に大丈夫だと頷いてみせる。そうしてやっと味方だとわかってもらえたようで、改めて皿を示すと青年は恐る恐るながらにレタスと蟹の炒飯を指差した。
「いやぁ、ははは。美味しそうだからと色々持ってきましたが、一人では食べ切れそうになくて。助かりました」
「そう、なのか」
 炒飯を取り分けて青年の前に置き、葵はその隣に座る。青年は演技には付き合ってくれたが、やはり料理には手を付けない。ただ俯き続けるだけ。
「良かったらお話を聞かせてもらえませんか? 僕、猟兵をしながらも作家なので、話のネタになるかもしれませんから」
 葵は手帳とペンを取り出して、にこりと笑う。青年はそんな葵を上目にじっと見つめる。迷うように唇が動いては、音を紡がないままに惑い。
「……猟兵は」
「はい」
「……たすけて、くれるのか」
 ほとんど聞こえないくらいに小さな声で、青年は言った。葵はしっかりと頷いて、同意を示す。
「ええ、君を保護するのが僕たちの仕事の一つですから」
「……こんなオレ、でもか」
「ええ」
「……オレも、犯罪者のひとりでも、あんたたちは、たすけてくれるのか」
 俯き、拳を強く握りしめ、ガチガチと歯を鳴らしながら青年は告げた。
 青年の言葉を手帳に書き写していた葵の銀の瞳が、すっと細められた。青年には見えぬが、葵が書いた文字は魔術となり辺りを漂い消える。
 青年の吐いた言葉は、猟兵と一部の人間の空気をぴんと張り詰めさせるには十分だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨・萱
【雨白雫】

よい薫りだの
活気溢るる人間の欲望が素直に出ていてまこと気持ちがよい

我は高級中華をたっぷり堪能してやろう
フカヒレの姿煮、北京ダック、つばめの巣のスープ、上海蟹の紹興酒漬け
ほ。贅を極めた食事はいいのう。重畳!
春野菜を包んだ春巻きか。健康を祈願してのものじゃな
桃饅も小籠包も愛らしいよな
応、好きなだけ頼めよ

でざぁとは杏仁豆腐──の、赤い実
それだけ注文しては店の売り子を困らせるかの。…まあよいか。山盛り頼む。
干したことで凝縮したこの甘味と酸味

──……好吃

鱈腹食べたら茉莉花茶は外せぬの
心の底から惜しいが…今回は酒は控えるか
仕事後の秘蔵之物(とっておき)じゃ


白神・ハク
【雨白雫】

美味しそうだね。
僕も中華は好きだよ。
特に好きな物は春巻きなんだァ、

この春巻きは僕のね。沙羅羅もいる?
餃子もフカヒレスープも天津飯も食べていいかなァ。
青椒肉絲も美味しそうだねェ。
お姉さんと沙羅羅の好きな中華はなァに?

この肉まん、美味しいねェ。
齧り付いたら肉汁が溢れてくるよ。
美味しいからあげるねェ。

僕にもいろいろ頂戴。
鱈腹食べたらデザートが食べられないね。
胡麻団子と桃饅頭、杏仁豆腐もいいなァ。
イチゴはある?
僕ね、イチゴがだァい好きなんだ。

お酒は少しだけにしておこっかな。
茉莉花茶ってどんな味がするのかなァ。
僕もお願いしようかな。
果実酒もいいねェ。僕はイチゴ。
お仕事が終わったら行きたいね。


夕時雨・沙羅羅
【雨白雫】

けんらんごうか、きらきらだ
きれいな場所で食べるおいしいもの、たのしみ

中華まんは食べたことある
パンダとか、ねこの顔してた
顔は無いけど、ここのもおいしい
ほかのは初めて見る
春巻き…春を巻いているの?良い名前
はくさんがさくりと食べる音が心地良い
茉莉花茶はお花のお茶?
僕もしゅえんさんとおそろいにしよう
あと、桃饅頭と、小籠包。かわいい
杏仁豆腐もおすすめ?白くてきれい
果物もおいしい
…自分で選ぶとデザートばかりになるな
他にもおすすめ、あるだろうか
とろりとして、さくりとして、香ばしい
中華料理、良いものだ

あ、果実酒もある
おしごと終わったら、今度はお酒といっしょに、食べに来よう
たのしみ、たのしみ




 目の前は異界に立つような魔窟のビル群。けれども逃亡者との話し合いに使われるこの高級中華料理店はと言えば、極彩色ばかりを集めたような煌びやかな建物で。そんな非対称性が並び立つ渾沌さもまた、中國という國なのかもしれない。
 ともあれ、今は中華料理店である。
「けんらんごうか、きらきらだ」
 夕時雨・沙羅羅(あめだまり・f21090)が、料理店の煌びやかさに驚いて。
「きれいな場所で食べるおいしいもの、たのしみ」
 そして入り口でも漂う、食欲をそそる香りが沙羅羅の心を湧き立たせていく。
「よい薫りだの。活気溢るる人間の欲望が素直に出ていてまこと気持ちがよい」
 その隣で、雨・萱(天華ウーアーリン・f29405)がゆぅるり目を細める。
「美味しそうだね。僕も中華は好きだよ」
 白神・ハク(縁起物・f31073)もまた、料理店の美味しそうな匂いを胸いっぱいに吸い込んで、楽しみを膨らませていた。
 どうせ食べるのなら美味しい物、そして好きな物がいい。その期待は十分に出来そうだと思えば、自然と笑みも浮かんでくるというものだ。

 席についた三人は、メニューに目を通しながら、それぞれに好きなものを頼む。まず、迷わずに注文したのは萱だ。
「我は高級中華をたっぷり堪能してやろう。というわけで、フカヒレの姿煮、北京ダック、燕の巣のスープ、上海蟹の紹興酒漬けを頼む」
 どれも中華の中でも所謂高級品と言われるもの。コース料理では一品ずつしか出ないような高級食材も、サアビスチケットのおかげで食べ放題。猟兵稼業様様だ。
「あ、僕にもいろいろ頂戴」
 ハクはと言えば、あれもこれも食べたいが故に良さそうなものを見繕い、ここぞとばかりにあれもこれもと注文している。勿論、その中には今日の大事なお目当てを含めるのも忘れずに。
 二人とは対照的に、沙羅羅はメニューを見ながら困り顔。今まであまり縁の無い料理だったか、料理名と料理が一致しないのである。
「ほ。贅を極めた食事はいいのう。重畳!」
 焼き立ての北京ダックを切り分けてもらい、薄餅に具材と共に巻いて。一口食べれば鴨とタレと野菜の味が複雑に混ざり合い、味も食感も変化を楽しみながら、萱はほうと息を吐いた。贅を極めた料理とは、即ち料理人の腕を極めた料理でもある。それを遠慮なしに食む贅沢は、まるで王族にでもなった気分。
 そうこうしていると、ハクの注文した料理が次々と届けられる。海老のマヨネーズ炒め。肉まん。春巻き。鶏肉とカシューナッツ炒め、酢豚に海老のチリソース炒め。五目前菜の盛り合わせ。小籠包に五目炒飯。
 店の定番と言えるものを持ってきてくれたのだろう。その量は三人全員で食べて丁度よいくらい。 
「この春巻きは僕のね。沙羅羅もいる?」
 ハクはひょいと春巻きを自分の皿に取る。まだ迷い中だった沙羅羅の皿にも問いつつ乗せれば、沙羅羅の綺麗な金色の目がぱちぱちと瞬いて。
「春巻き……春を巻いてるの? 良い名前」
「春野菜を包んだ春巻きか。健康を祈願してのものじゃな」
 春巻きは、立春の頃に新芽を出すものを具にしていたことから、春巻きという名になったという。また冬の間に身体に溜まった毒素を排出し、春の訪れを祝う食べ物として伝えられてきた。そう説明してくれる萱の言葉に頷いて、沙羅羅が春巻きを食めばパリリという小気味よい音とじゅわっと溢れる餡が口いっぱいに広がった。美味しいと、言葉にせずともその表情が語っている。
「僕、中華で特に好きな物は春巻きなんだァ。お姉さんと沙羅羅の好きな中華はなァに?」
 ハクも存分に好物を堪能して、にこにこ笑顔。美味しいものは人を笑顔にしてくれる。話のタネにと投げかけた問いに、沙羅羅は少しだけ考え込む。
「中華まんは食べたことある。パンダとか、ねこの顔してた。他のは初めて見る」
 沙羅羅の記憶にある中華料理といえばそれだけで。けれども、どれも愛らしい顔をしていたからよく覚えている。
「顔つきの中華まんか、可愛らしいの」
「ところでこの肉まん、美味しいねェ。齧り付いたら肉汁が溢れてくるよ。美味しいからあげるねェ」
 萱が上海蟹を食べつつかんらと笑った。既に肉まんを手にしていたハクは、沙羅羅に「これも」とおすそ分け。受け取ったその温かさとふかふかさは、沙羅羅の記憶のそれと同じもの。
「ありがと。……顔は無いけど、ここのもおいしい」
 そう言って、沙羅羅はそっと目元を和らげた。

 箸も会話も弾んで、いつのまにやら頼んでしまった料理はそろそろ片付いてしまう頃。けれどもハクのお腹はまだまだ余裕がある。
「餃子もフカヒレスープも天津飯も食べていいかなァ。青椒肉絲も美味しそうだねェ」
「応、好きなだけ頼めよ」
「鱈腹食べたらデザートが食べられないね」
 ハクがちらりと萱を見れば、何とも太っ腹なお言葉が返ってくる。サアビスチケットがあるお陰でどんな料理も食べ放題だ。今は遠慮する方が勿体ない。とはいえ食べすぎてしまっては、点心を前に腹が膨れてしまうのも事実で。仕方なくハクはどれも量を少なめに注文した。
 
「鱈腹食べたら茉莉花茶は外せぬの」
 デザートと言えば、食後のお茶も欠かせぬのが中華料理。油っこくなった口をさっぱりさせる中國茶、とりわけ食後は烏龍茶や茉莉花茶が定番だろう。
「お酒は少しだけにしておこっかな。茉莉花茶ってどんな味がするのかなァ」
「茉莉花茶は花の香りをつけとる茶じゃ。茶自体は緑茶や烏龍茶、白茶が使われるのが一般的じゃよ」
「茉莉花茶はお花のお茶? 僕もしゅえさんとおそろいにしよう。あと、桃饅頭と、小籠包。かわいい」
 注文を取りに来た店員に茉莉花茶を頼みつつ、メニューを眺めた沙羅羅がデザートもちゃっかり注文しておいた。丸くぷっくりとした桃饅頭と小籠包は、確かに可愛らしい。
「桃饅も小籠包も愛らしいよな」」
「胡麻団子と桃饅頭、杏仁豆腐もいいなァ」
「杏仁豆腐おすすめ? 白くてきれい。果物もおいしい」
「イチゴはある? 僕ね、イチゴがだァい好きなんだ」
 ハクと沙羅羅は、点心やデザートの項目を見ながら盛り上がる。けれどもはたと沙羅羅が気づく。
「……自分で選ぶとデザートばかりになるな。他にもおすすめ、あるだろうか」
 気になるものは点心やデザートばかり。他の料理は知らぬがゆえに仕方がないのだが、仕方がないままにしておくのも勿体ない。
「じゃあこの五目おこげはどう?」
 そんな沙羅羅に、ハクがすかさず提案する。
 注文して届けられたおこげに、二人の目の前で店員が熱々の五目餡をかけてくれた。じゅわっという音のダイナミックさと、とろりと絡んでいく餡が見た目にも美しくて楽しませてくれる。餡と絡めて食べたなら、それはもう絶品。
「とろりとして、さくりとして、香ばしい。中華料理、良いものだ」
「本当にねェ」
 満足そうに頷く沙羅羅に、ハクも深く頷いて同意した。
 そんな二人を穏やかに見守りつつ、萱もデザートを注文する。 
「でざぁとは杏仁豆腐――の、赤い実」
「クコの実だけ……ですか?」
 萱の注文に、店員が困惑した。それだけ注文しては店員を困らせるだろうかと思案はしたが、その思考も少しの間だけだった。どうせあるにはあるだろうから。
「……まあよいか。山盛り頼む」
「かしこまりました」
 否と言わぬがその証拠。
 ほどなくして届けられた山盛りのクコの実を、一つ摘まむ。嘗て中國の皇妃であった美しき姫も愛した果実がこれだ。干したことで凝縮された、この甘味と酸味。
「──……好吃」
 艶やかに、美しく。萱はほうと息を吐いた。

 鱈腹食べて、デザートも堪能して、茉莉花茶で口をさっぱりさせて。お腹一杯、すっかり満足した三人。
 ただ一つ、心残りがあるとすれば――。
「心の底から惜しいが……今回は酒は控えるか。仕事後の秘蔵之物じゃ」
 美味しい食事によく合う、美味しい酒の存在だ。
 特にしっかりと熟成されたという紹興酒がお勧めらしいのだが、流石に仕事前に酔ってしまうのはよろしくない。
「あ、果実酒もある」
 沙羅羅がメニューに見つけて指をさした。桂花陳酒に山楂酒、茘枝酒に杏露酒。果実酒も実はそれなりに種類豊富である。実に残念そうな深い溜息が、萱から漏れ出た。
「果実酒もいいねェ。僕はイチゴ。お仕事が終わったら行きたいね」
「おしごと終わったら、今度はお酒といっしょに、食べに来よう。たのしみ、たのしみ」
 今味わえないのなら、全て終わった時にまた楽しめばいい。そう笑うハクに、沙羅羅も頷いた。終わったあとの楽しみがあれば、仕事もまた頑張れるというものだ。
 注文するために何度か呼んでいた店員が、刺客であることは三人とも初めから知っている。青年の暗殺をする隙がないとさぞ気を揉んでいた事だろう。
 今はこれでいい。
 あとは、終わってからのお楽しみ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

個室に通されたならば一先ず店員の者におすすめを聞き頼んでみよう
鱶鰭の姿煮…燕の巣のスープ…?
甘味はないのだろうかと、胡麻団子と杏仁豆腐を追加で頼めば舌鼓を打ちつつ宵と食事を楽しもう
特に胡麻団子は一口で口内へ…と
…これは…、…!?
余りの熱さに冷たい茶を飲むも宵の声には大丈夫だと平静を装おう
…宵にはできる限り格好悪い姿を見せたくないからな
今度は一口大に千切り息を吹きかけ冷ました後宵の口元へと差し出そう
…熱くなければとても美味い故に
宵から差し出された杏仁豆腐を見れば当たり前の様に口を開こう
上品な甘みと香り高いそれはどこか宵の様でつい口元が緩んでしまうやもしれん
ああ、本当に美味いな、宵


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

このような場所で豪華な中華料理をいただくのは実にわくわくしますね
代わりに注文をしてくれたかれに礼を述べつつ
運ばれてきた料理にはすごいですねぇ、と目を輝かせて

ほかほかで極上の料理には満足げにもぐもぐと咀嚼しつつ
胡麻団子を口にしたかれが熱かったらしく慌てて冷茶を飲む様子に大丈夫ですか、と声をかけて
息を吹きかけられ冷まされた胡麻団子が差し出されたならそのままぱくりと
口の中にふわり広がる風味に目を細めて
美味しいですね、と笑みかけて
こちらからは杏仁豆腐をスプーンで掬い、かれの口元に差し出しましょう

ええ、美味しいですね
このような美味をきみと楽しめることが、とても嬉しいです




 案内人に通された個室は、やはり店内と同じく豪奢なものだった。
 落ち着き払った黒の壁と、そこに施された美しい金装飾。極楽鳥の描かれた壺。温かな木のテーブルを照らす、まあるいぼんぼり。一目で贅を尽したとわかる店内に、逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)は相好を崩す。
「このような場所で豪華な中華料理をいただくのは、実にわくわくしますね」
「ああ、そうだな。宵」
 嬉しそうに席に着く宵に、ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)もまたほくほくとした笑みを浮かべる。宵が嬉しければザッフィーロもまた嬉しい。それに、豪華な中華料理に期待を膨らませているのは二人ともなのだから。
「ご注文は如何致しましょうか」
「そうだな。おすすめはなんだろうか?」
 注文を聞きに来た店員に、ザッフィーロは問い返す。二人であれこれ頼むのもいいかもしれないが、やはり店のお勧めと言われるものも気になる。高級店であれば尚更、店員とのコミュニケーションは大切だ。
「そうですね。やはり鱶鰭の姿煮。それから燕の巣のスープでしょうか。北京ダックも当店自慢の品ですよ。丁度そういった料理を満遍なく食べられるコースが御座います。よろしければ、そちらは如何でしょうか?」
「ではそれで」
「かしこまりました」
 店員が恭しく礼をして退出していく。自分の代わりに注文してくれたザッフィーロに礼を述べつつ、宵の胸は先程から鼻腔を擽る良い香りに沸き立ってばかり。
 
 そうして運ばれてきた料理は、やはり高価な品をふんだんに使ったものばかり。花や飾り切りの野菜なども添えられて、見目も麗しい。
 釜茹でチャーシューやピータン、海月などの冷菜のに始まり、鱶鰭の姿煮スープ。キリリと辛い麻婆豆腐。海鮮料理には海老のチリソース煮やホタテ貝のXO醤炒め。肉料理には北京ダックや東坡肉。雲吞麺に五目炒飯。
「すごいですねぇ」
 点心の小籠包をレンゲの上で冷ましながら、宵は今まで届けられた料理に目を輝かせていた。どれも確かに美味だ。時にさくさくで、時にとろりとして、温かくて、身も心も溶かしてしまう程の美味。豪華なコースは二人の心もお腹も幸せで満たしてくれる。
 
 ザッフィーロはと言えば、甘い物を求めて胡麻団子と杏仁豆腐を追加注文。
 届けられた蒸籠を開けば、ころんと可愛い胡麻団子がふたつ。美味しそうに蒸しあがったばかりの胡麻団子を、あろうことかザッフィーロは一口で口内へと放り込み――。
「…これは…、…!?」
 余りの熱さに慌てて冷たい茉莉花茶を流し込む。蒸かしたてがとんでもなく熱いと知らなあったのだ。
「大丈夫ですか?」
 その一部始終をばっちり見ていた宵が、流石に心配して声をかけた。ザッフィーロが一気に飲み干してしまった茉莉花茶のおかわりをそっと注いでやりつつ、その表情を覗き見る。
「……いや、大丈夫だ。なんでもない」
 けれどもザッフィーロは何事もなかったような表情で、宵に注いで貰った茉莉花茶を口にした。確かに相当熱かったはずだが、ザッフィーロの胸の内はというと。
(……宵にはできる限り格好悪い姿を見せたくないからな)
 と、いうことである。
 やはり愛しき者の前では出来る限り格好いい自分でありたいと思うのだ。それが例えば虚勢かもしれなくても、舌は未だにひりひりしていたとしても、それが男心というものでもあろう。
 何事もなかったかのように微笑みつつ、ザッフィーロはもうひとつの胡麻団子を一口大に千切って、息を吹きかけ冷ます。そしてそれを、宵の口元へとそっと差し出した。
「……熱くなければとても美味い故に」
 そう言って宵を見るザッフィーロの表情は、はにかんでいるような、慈しんでいるような、そんな優しい瞳で。宵は遠慮なくそのままぱくりと口にする。程好い温かさと胡麻餡の甘さがふわりと広がって、宵はそっと目を細める。
「美味しいですね」
 柔い柔い笑みを浮かべ、今度はお返しとばかりに宵は杏仁豆腐を手に取る。スプーンで掬って、それをそのままザッフィーロの口元に運び。
「では、僕からはこれを」
「ん」
 それをザッフィーロもまた当たり前のように口にした。
 広がる上品な甘みと独特の香り高い風味が、どこか宵のように感じられて。つい、ザッフィーロの口元が緩んでしまって。
「ああ、本当に美味いな、宵」
「ええ、美味しいですね。このような美味をきみと楽しめることが、とても嬉しいです」
 互いに笑み合う。
 共に居る事。共に過ごして、共に美味しい食事をして。そのひとつひとつの、なんと尊いことか。
 心ゆくまで中華料理を満喫した二人は、幸せに食後のお茶を飲み干した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フェレス・エルラーブンダ
【荒屋】
派手な円卓が物珍しくて周囲を見渡す
立ち上る油と香辛料のにおいの中
真っ先に鼻についたのは

るい、ジャハル
たばこと、泥のにおいがする

《野生の感》と《聞き耳》用いて
結社員と思しき者が固まる卓と
脱走者と思しき怯える表情を浮かべた者を探し二人に伝え
耳は欹てたまま
でも、はらはへるから

あかいぞ
みそしるにはいっているしろいしかくがこんなすがたに

……あふい!からい!
でも手がとまらない
るい、しゅまいもたべる

えびがはいっているやつ、すき
ジャハルはどれがすきだ
らめん?

死にたくないと願うやつの顔はよくわかる
まるで鏡を見ているみたいだから
とっておいた蟹の唐揚げを突き出して

食え
いのちを繋ぐのに、いちばんかしこいことだ


冴島・類
【荒屋】
やることもあるけど
折角だし確り食べましょう!

沢山気配が入り混じってますね
食事に似つかわしくない気配、二人は感じたかな
自分も六感で感じたら、近い席で守ろうか

フェレスちゃんは辛いの平気?
ジャハルさんに拉麺いきますかと笑み
らーめんと点心いくつか頼み

あ、美味しい
豆腐は味付けで表情を変えるねえ
頬張るフェレスちゃん見てると和む
点心もどうだい
隣の小籠包の衝撃に気づき
興味本位に自分も食べ…熱…
そう言う衝撃か

しかし、口にしない彼を見たら勿体無くなり
点心を一皿持ち貴方も如何と声を
仲間と共に猟兵であること囁き
一夜の卓の縁、守りますよ
これから生きる為、食べません?

反応した者あれば
一葉を刺客の席に放ち追う布石に


ジャハル・アルムリフ
【荒屋】
うむ、千里の道とて先ずは腹拵えであるな

嗅ぎ慣れぬ芳香、あざやかな卓
入り交じる鋭い気配
或いは、此処の料理には似つかわしいのやも知れず

怯えた青年をそれとなく確認しながら
らーめん挙げる冴島の声に
もちろんだと力強く

赤、橙、酸味、辛味
食欲誘う皿に釘付けられ
うむ、辛い――美味い
しょう…ろん…?
不可思議な包みを一口にすれば
熱さに衝撃、しばしの無言
然し、やはり美味い
何が入っているのだろうか

艶々としたトーフの変化ぶりと
こちらも夢中なフェレスの様子に目元緩め
俺は、らーめんと海老と先程の…
困った、とても決めきれぬ
食後も控えているというに

青年へと頷き、冴島の後押し
進むには糧が必要だ
まるい食卓も縁と呼ぶのだろう




 極彩色の店構え。美しい金装飾。歩く黒い床は磨き抜かれ、扉を開けば嗅ぎ慣れぬ芳香と鮮やかな卓が否応にも気持ちを高めてくれる。
「やることもあるけど、折角だし確り食べましょう!」
 冴島・類(公孫樹・f13398)が両隣の二人に声を掛ける。フェレス・エルラーブンダ(夜目・f00338)は派手な円卓が物珍しくて、周囲をきょろきょろと見渡している。
「うむ、千里の道とて先ずは腹拵えであるな」
 ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は類の言葉に深く頷く。腹が減っては戦が出来ぬ。中國的に言うのなら「饿肚子是打不了仗的」。お腹が減っては何も出来ないのだ。
 
「沢山気配が入り混じってますね」
 席を選ぶためにゆっくりと店内を歩く三人は、楽し気な様子のまま瞳だけを油断なく見回す。入り混じる鋭い気配。或いは、此処の料理には似つかわしいのやも知れず。
「食事に似つかわしくない気配、二人は感じたかな」
 類の第六感に引っ掛かる殺気は複数。場所と餌を用意しただけで、ここまで喰いつくものか。ただし、その餌は喰わせるために用意したものではない。指一本触れさせない為に、猟兵たちは此処に居るのだ。
「るい、ジャハル。たばこと、泥のにおいがする」
 立ち昇る油と香辛料の匂いの中、真っ先にフェレスの鼻についたのは、この場に似つかわしくない異質な匂い。フェレスの持つ野生の勘と耳が、それを捉える。
「……あれが、脱走者。……あっちが、多分わるいやつらだ」
 結社員と思しき者が固まる卓を目線で示し、泥の匂いのする青年を、まるで空き卓を示すようの指で示す。それだけで、ジャハルと類もそれを察して頷いた。
 怯えた青年をそれとなく確認しながら、類とジャハルはフェレスを連れて青年の近くの席につく。その際、類は植物の葉に似た式を飛ばしておくのも忘れない。
 青年の様子に耳を欹てたまま、しかしお腹は減るもので。この香りに耐え続けて何も食べないというのも、サアビスチケットのお陰で食べ放題のこの状況では勿体なさ過ぎるので。
 いざ、腹ごしらえ!
 
 まずはメニューをそれぞれ手に、気になるものに目を通す。
「ジャハルさん拉麺いきますか」
「もちろんだ」
 笑いかける類に、ジャハルは力強く頷いて。それを微笑ましく思いつつ、類は麻婆豆腐に点心をいくつか、そして拉麺と海老のチリソース煮を注文する。 
 赤。橙。酸味、辛味。
 届けられた食欲誘う皿に、皆の心は釘づけだ。
 フェレスが最初に自分の器に取り分けたのは、真っ赤な麻婆豆腐。香辛料たっぷりの麻婆の中に浮かぶのが豆腐と知って、フェレスはぱちぱちと瞬く。
「あかいぞ。みそしるにはいっているしろいしかくがこんなすがたに」
「フェレスちゃんは辛いの平気?」
 UDC風に言うならば四川風、と言うのだろう。麻と言われる花椒の痺れ、辣と言われる唐辛子の辛さ。香と言われる牛肉と香辛料の芳ばしさ、燙と言われる食べ終えるまで温かいことが大切とされる。それらを忠実に守った麻婆豆腐は、所謂しび辛なわけで。
 まずは類が一口、それを食べてみる。
 舌が痺れる感覚があり、次いで辛さが来て、それが過ぎ去っていくとふんだんに使った香辛料の香りと豆腐のまろやかな味わいがつるりと喉を落ちていく。
「あ、美味しい。豆腐は味付けで表情を変えるねえ」
 人だったならば汗が噴き出る程の辛さだけれど、ただ辛いだけではなくてきちんと奥深い味がする。
 フェレスもまた、レンゲで掬って口にしてみると――。
「……あふい! からい!」
 まず飛び込んできたのは熱さだ。そしてびりりと舌が痺れたと思ったら辛さが襲ってきて、フェレスの尻尾の毛がぶわっと逆立った。
 けれども手が止まらない。辛いのに、痺れるのに、最後に広がる美味しさがもう一口と誘って来る。気づけば汗を一杯かいてしまっているけれど、いくらでも食べられてしまうのだ。
 そうやって頬張るフェレスを見て、類とジャハルは大変和んでいた。類はへにゃりと笑み浮かべ、ジャハルも目元が緩んでいる。やはり美味しいものを美味しそうに食べている姿というのはいい。
「うむ、辛い――美味い」
 そうこうしていると、ジャハルの注文した拉麺が届いた。正確には刀削麺という。字の通り、小麦粉の塊を刀で削って麺とする中國独特の麵である。此方も麻婆豆腐に負けず劣らずの辛さだが、やはり辛さの奥に潜む美味さに手が止まらない。
「なるほど、それがらめん」
「UDCアースで見たのとは、また違うんだな」
 フェレスも類も珍しそうに見る。まるでうどんのような柳葉の麺は初めて見るのだろう。

「点心もどうだい?」
 麻婆豆腐を食べ終えて、フェレスは烏龍茶で口の中を冷やす。辛さも痺れも強烈なのに、後を引かないのが助かった。そんなフェレスに、類は点心の入った蒸籠の蓋を開けて見せた。中には焼売、小籠包に桃饅、翡翠餃子に海老餃子といくつもの点心が宝物のように収められていた。
「るい、しゅまいもたべる」
「どうぞ。ジャハルさんも小籠包とかどうです? おすすめらしいですよ」
「しょう……ろん……?」
 フェレスに取り分けてやりながらジャハルにも勧めると、ジャハルは不可思議な包みに首を傾げる。知らぬならば是非と勧められたレンゲの上。蒸したてほかほかの小籠包は、食べようと思えば一口でジャハルの口に入ってしまう大きさだ。それ故、一口そのまま食べてしまった。
「…………!!」
 ジャハルの目が衝撃に見開かれた。
 美味い――よりも先に熱い。口の中で弾けて溢れ出したスープが広がって、熱湯の大洪水のようだ。この小さな包みのどこにこんなにスープが入っていたのかと、ジャハルの頭は一瞬「?」マークで埋め尽くされて暫し無言になってしまった。
 衝撃を受けるジャハルの様子に、類もまた気づいた。
「……然し、やはり美味い。何が入っているのだろうか」
 ようやくジャハルが口を開いた。もう一つ小籠包をレンゲに乗せ、今度は箸で包みの中を見てみようとしている。
 そんなに衝撃を受ける程に美味しかったのだろうかと、類もまた興味本位にひとつをぱくりと――。
「……熱……そう言う衝撃か」
 ジャハルと同様、口の中で溢れ出した熱々のスープの衝撃に、類は思わず口元を抑えた。とはいえ熱さや辛さを乗り越えた先にあるうまさが中華料理というものかもしれない。ほかほかの小籠包もまた、類の口元を笑みにしてくれるのだから。
「はー。美味しいですねえ。二人ともどうですか?」
「えびがはいっているやつ、すき。ジャハルはどれがすきだ」
「俺は、らーめんと海老と先程の……」
 デザートの杏仁豆腐にスプーンを差しいれながら類が問えば、フェレスからが即答する。ジャハルは食べた料理の中で好きだったものを挙げて、はたと気づいた。
「困った、とても決めきれぬ。食後も控えているというに」
 衝撃をジャハルに与えた小籠包も、海老も拉麺も、みんなみんな美味しかったから。一つに決められるものではないと正直に言えば、類もフェレスも笑った。きっと二人も似た気持ちなのだろう。

 すっかりと満腹になり、美味しい中華料理を堪能したところで――、類は逃亡者である青年を見た。怯え、緊張している彼は俯いたまま、目の前にある料理を何一つ口にしない。刺客が居る状況ではとてもそんな気になれないのはわかるし、余程恐ろしいことを体験して食欲が失せているのかもしれない。もしかしたら毒を警戒しているのかもしれないし、けれどもいずれにせよ彼の前にある料理は全て冷めてしまっているだろう。
 それが勿体無くて、類は点心を一皿持って席を立った。ジャハルとフェレスもそれに続く。そして突然の来訪者に震える青年を安心させるように笑みを浮かべ、類はそっと点心を差し出した。
「貴方も如何?」
「……え?」
 びくりと青年の肩が跳ねる。震えは止まらぬまま、恐る恐る顔を上げて点心と類の顔を交互に見つめる。けれども未だ手を伸ばさない。
「食え」
 そんな青年に、フェレスもまたとっておいた蟹の唐揚げを青年に突き出した。
「いのちを繋ぐのに、いちばんかしこいことだ」
 ――死にたくないと願う者の顔は、フェレスにはよくわかる。まるで鏡を見ているようだから。
 死にたくないということは、生きたいという気持ちだ。だが恐怖がそれと真逆の行動を取らせているだけ。生きたいのならば食べねばならない。生きるために糧を得て、活力とせねば恐怖に抗えない。真っすぐに青年を見つめるフェレスの目が、青年にそう言っている。
「僕らも猟兵です。一夜の卓の縁、守りますよ。これから生きる為、食べません?」
「……あんたたちも、猟兵……」
 虚ろな青年の目が焦点を合わせ始める。地獄の中に垂らされた蜘蛛糸を見つけたかのようだ。青年の言葉に頷いたジャハルは、屈んで青年と目線を合わせた。高きから見下ろすのは、こういう場合は逆効果だと知っているから。
「進むには糧が必要だ。まるい食卓も縁と呼ぶのだろう」
 生きるにも話すにも、力が要る。青年は猟兵と言う縁を得たのだ。あとは糧を得て力を取り戻すだけ。
「……食い方、知らないんだ。こんな高そうなモン、食ったことない……」
「かまうな。すきに食えばいい」
「誰も咎めん」
「マナーが気になるなら、僕らが壁になって隠しますから」
 フェレスがもう一度、ずいと蟹の唐揚げを突き出す。三者三様の優しさが、青年の心を揺さぶって。
 青年は涙をこぼしながらも、点心と蟹の皿を受け取った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榛・琴莉
Ernest、『情報収集』を
視線や態度、殺気、逃亡者を狙いやすい位置取りなどを手掛かりに刺客を割り出して
その結果をもとに、『武器改造』で分散、声帯を模倣したHaroldを配置します
刺客の近く、1人につき1体ずつ
気付かれないよう、それでいて貴方達の声がその人にだけ聞こえる位置に付いてください
くれぐれも、料理に釣られてボロを出さないように
後でいくらでも手配しますから
だからじっと待っていて
そして刺客が行動を起こそうとしたら、一言
何かお喋りしてあげなさい

こんにちは、と逃亡者さんに
温かいお茶でも飲みながらお話ししません?

(何してるの?)
(遊ぼう)
(アハアハアハ)
彼ら、何に驚いているんでしょうね?なんて


マナン・ベルフォール
●プレイング
【spd】おや、こちらでしたか

あえて猟兵である事を隠さず、青年に向けられる剣呑な視線も気がつかぬ新人のような隙すらみせつつ声をかけましょう

貴方を保護するようにと指示を受けまして
それと貴方からひm…(辺りを窺いつつそっと声を顰め)重要な話があるとか…

だ、大丈夫です
私たち猟兵が貴方を護りますから!
なんて私もまだまだ駆け出し、なんですけどね

ご安心を
私達は1人ではありませんし、これまでも沢山の世界を救っているんですから

なんて相手を安心させるようにそして同じく緊張していると親近感を持たせるような会話で情報の引き出しを試みましょう

勿論、本心から油断はしませんが、ね

アドリブ
絡み歓迎




 絢爛豪華な高級中華料理店は、色彩だけで熱気を感じさせる程に眩い。
 店に入った榛・琴莉(烏合の衆・f01205)は、まずはトイレに向かった。他に誰も居ないことを確認し、琴莉は声を潜める。
「Ernest. 情報収集を。視線や態度、殺気、逃亡者を狙いやすい位置取りなどを手掛かりに刺客を割り出して」
 元UDCであった戦闘用AIの仕事は早い。この世界にはない高度なテクノロジーで、あっという間に数名の「怪しい人物」を割り出してくれる。その結果を元に、琴莉はフードに隠れた水銀の鳥もどき――Haroldを呼んだ。此度のHaroldは小さく分散させた上で、声帯を模倣させておいた。
「気付かれないよう、それでいて貴方達の声がその人にだけ聞こえる位置についてください」
 そう言って小さな水銀と共にホールを覗けば、Haroldたちの目に真っ先に飛び込んできたのはほかほか湯気をたてる出来立ての中華料理の数々だった。そのあまりにも美味しそうな見た目に飛び上がった様子を見て、琴莉は思わず頭を抱えた。
「くれぐれも、料理に釣られてボロを出さないように、後でいくらでも手配しますから」
 今にも料理に向かって飛び出していきそうなHaroldたちに、呆れたように肩を竦めて宥める。
「だからじっと待っていて。そして刺客が行動を起こそうとしたら、一言。何かお喋りしてあげなさい。……さあ、おいき」
 主の声を合図に、小さな異形の鳥たちがErnestの示した人物へと飛んでいく。お喋りの許可と料理の期待が出来ることで、若干ウキウキしているように見えるのは――きっと気のせいだろう。

 さて、と視線を巡らせた琴莉は俯き続ける青年へと近づいた。既に先客も居るようだが、Haroldが着いていないことから敵ではなく猟兵のようだ。
「おや、こちらでしたか」
 その猟兵――マナン・ベルフォール(晴嵐・f28455)は、にこにことした笑みを浮かべながら青年に話しかけていた。
「貴方を保護するようにと指示を受けまして。それと貴方からひみ……」
 そこまで言って、マナンは急に辺りを伺いながら声を潜める。
「失礼。重要な話があるとか……」
「あ……えぇと……」
 青年はマナンの声に急に辺りを気にしだす。彼を射抜く視線が恐ろしいのだろう。青年の様子から剣呑な視線に今気づいたかのように驚いたマナンは、大仰な仕草で青年を庇う位置に移動する。
「だ、大丈夫です。私たち猟兵が貴方を守りますから! ……なんて、私もまだまだ駆け出し、なんですけどね」
 肩を竦めて笑っているが、マナンの目だけはずっと笑っていない。
 駆けだし猟兵を装うマナンだが、その実彼は全く駆け出しではない。わざとらしくならぬ程度の演技力で隙多く見せる様は、猟兵であることを見せつつも敵に大きすぎる警戒を抱かせない為だ。過剰な警戒は、情報を聞き出す前に暗殺を早めさせてしまう可能性もある。
「ご安心を。私達は一人ではありませんし、これまでも沢山の世界を救っているんですから」
 青年を安心させるように、そして同じく緊張しているという緊張感を会話に持たせながら、青年の安心を引きだそうと試みる。

 けれどもそれは、情報を流されている刺客にとっては不都合であった。
 不都合な情報が洩れる前に、逃亡者である青年を消さねばならない。刺客同士でさりげなく目配せし合い、それぞれが隠し持った武器に手を伸ばそうとし――。
 
(何してるの?)
「!?」

 何処からともなく、けれども明らかに近い位置から何かの声が刺客の耳に届いた。伸ばしかけた手がぴたりと止まる。

(遊ぼう)
(アハアハアハ)

 声はそれぞれの刺客の傍から一度だけ響いた。驚いてあたりを見回してみるも、刺客たちの目には何も見えない。彼等のすぐ傍で、水銀の鳥が笑っているとも知らずに――。
 
 刺客たちの驚きと混乱によって、一時的に殺意の視線が外れたことで、青年は顔をあげた。
「こんにちは。温かいお茶でも飲みながらお話しません?」
 何処か不思議そうな表情の青年の傍に、琴莉が近づき声をかける。そして未だ混乱する刺客たちを振り返る。
「彼ら、何に驚いているんでしょうね?」
 なんて、何食わぬ顔で近くの席に座る。その口調から、それが琴莉の仕業だとわかるのにそう時間はかからなかった。青年がマナンを見れば、大丈夫だと頷いてみせる。二人の様子に後押され、青年は少しだけ顔をあげた。
「……犯罪者でも、猟兵が、助けてくれる」
「ええ、そうです。そのために私たちは来ましたから」
「……オレ、九龍に住んでる、李静(リージン)。仕事は……」

「仕事は、運び屋。なんでも……運んでた。荷物も、手紙も……人も」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霑国・永一
【盗人と鴉】
いやぁ、豪勢な中華料理を楽しめるだなんて猟兵様様だねぇ
そう思わないかい、コノエ?
ははは、真面目だなぁ。仕方ない、それじゃ彼の近くの席取ろうか。護衛しやすいしねぇ。
では豚の角煮やフカヒレを取ろうかなぁ。コノエは何がいいかな?というか中華料理分かる?
うん、柔らかくて美味い。コノエも食べるかい?(あーん的餌付けの構え)
冗談だよ(笑)

さて、そろそろ彼に馴れ馴れしく話しかけるとしよう
やぁ青年、元気無さそうじゃあないか。俺達が相談に乗ろうか!(背中軽く叩きつつ狂気の間諜をさり気なくペタリ)
ああ、俺なんて猟兵だけど盗人でもあるからそういうの気にしなくていいさぁ。
さ、悩みを盗んであげよう(メモ片手


朱葉・コノエ
【盗人と鴉】
…永一様、高級料理に目が眩むのはわかりますが…此度は護衛の任務でこちらに参られたはずです
あまり浮かれる事のなきよう、行動は慎んだほうが。
…ひとまずは護衛対象であるあの方の動向を確認しましょう
…この手の料理は旅館でもお目にかかる事はありましたが…自ら食す機会は初めてです
山の外にはこのような料理もあるのですね…悪くない味です

…あまり遠くから監視するのも難しくなってきました
そろそろ傍に近づいて動向を見守ったほうが良さそうですが…
永一様のペースに任せるようにして、逃亡者についていきます
…永一様が話を伺っている間に、逃亡者と私達周囲の動きを注意深く観察するとしましょう




「いやぁ、豪勢な中華料理を楽しめるだなんて猟兵様様だねぇ。そう思わないかい、コノエ?」
 店内に入るなり、目に飛び込んでくる豪華な中華料理の数々。豪華な部屋、見た目にも華やかな皿。贅を尽くした料理に、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は機嫌が良い。隣に居る朱葉・コノエ(茜空に舞う・f15520)もまた目を輝かせてはいないかと見れば――。
「……永一様、高級料理に目が眩むのはわかりますが……此度は護衛の任務でこちらに参られたはずです。あまり浮かれることのなきよう、行動は慎んだほうが」
 帰ってきたのは冷淡ともとれる――けれどもその実誠実なだけの――の窘めのお言葉と見上げる赤の瞳。コノエは役割や仕事には忠実で誠実だ。永一はと言えばその答えにもまた楽しそうに、或いは飄々と笑った。
「ははは、真面目だなぁ。仕方ない、それじゃ彼の近くの席取ろうか。護衛しやすいしねぇ」
 店内を案内する店員に、護衛対象の青年の近くの席を頼む。陣取った席は青年の斜め向かいの席。青年からは少々離れているが、会話が聞こえない程ではない。
「……ひとまずは護衛対象であるあの方の動向を確認しましょう」
 メニューを開くふりをして、コノエはさりげなく視線を青年に送る。彼は今別の猟兵に話しかけられている最中だ。幾度かの暗殺の牽制を経て、青年は少しずつ猟兵に対し警戒を解いてきている。自らを傷つける人ではない、という理解はしてくれたようだ。
 だがちらりと聞こえてきた、「自分も犯罪者でも助けてくれるのか」という言葉が、あと一歩を踏み込ませないでいる。
 一先ず他の猟兵たちに任せていても大丈夫そうだと確認した永一とコノエは、今度はしっかりとメニューに目を通しはじめた。
「では豚の角煮やフカヒレを取ろうかなぁ。コノエは何がいいかな? というか中華料理わかる?」
「……この手の料理は旅館でもお目にかかる事はありましたが……自ら食す機会は初めてです」
 口水鶏に青椒肉絲。回鍋肉。麻婆豆腐に東坡肉。担々麺に小籠包。
 食堂のメニューとしても馴染みのある料理も多々あるが、口にする機会はなかった。味の予想がつかないこともあり、コノエは少々迷ってしまった。
 永一は彼女の答えを待ちながら、東坡肉という名の角煮を口にする。箸で簡単に切れてしまうくらいに柔らかく煮た角煮は、口の中でほろりとほどけていく。
「うん、柔らかくて美味い。コノエも食べるかい?」
 満足げに頷いた永一は、まだ決めかねているコノエに自らの箸で掴んだ東坡肉を、コノエの口元に差し出す。所謂「あーん」だ。あーん的餌付けの構えだ。その顔には悪戯心を隠しもしていない。
「……永一様?」
 何をしているんだと言わんばかりに、コノエはじっと永一を見る。
「冗談だよ」
 コノエの抗議に負け、永一は笑いながら箸を引っ込める。永一としてはこうして揶揄ったり構うのが楽しいのだろう。コノエへのお詫びに、永一はおすすめの中華料理をいくつかアドバイスして注文する。
「山の外にはこのような料理もあるのですね……悪くない味です」
 そうして届いた鱶鰭入りのあんかけおこげを、ゆっくりとコノエは楽しむ。さくさくで、とろりとして、熱々で。贅を尽くした美味に、コノエは静かに目元を和らげた。
 
 ある程度食事も済んで満足した頃。青年の周囲が一時空いた。
 ただそれだけで、青年の不安の度合いは大きくなっているかのように見える。刺客たちは店内に居る猟兵たちによってその行動を著しく制限されているはずだが、青年は傍で守ってくれている人物が居ないというだけで怯えた草食動物のようになってしまった。
「……あまり遠くから監視するのも難しくなってきました。そろそろ傍に近づいて動向を見守った方が良さそうですが……」
 コノエが困ったように告げる。脅威を見張ることは彼女の得意分野だ。だが、それも限界がある。
「さて、じゃあそろそろ彼に馴れ馴れしく話しかけるとしよう」
 まるで「散歩しにいこう」というような気軽さで。
 点心をたいらげた永一は、何の躊躇もなく青年の傍に歩み寄った。
「やぁ青年、元気無さそうじゃあないか。俺達が相談に乗ろうか!」
「えっ……アンタたちも猟兵、か?」
 急に近寄られ背中を叩かれて、青年がビクリと跳ねる。だが、相手が刺客であればその一撃で殺すであろうと思い当たり、無傷で済んだ青年の力が少しだけ抜けた。少々現状というものに慣れたのかもしれない。
 だがその油断故に、そして何より永一の磨き抜かれた盗みの手腕により、背に裏切りのエージェントが描かれたメダルが張り付けられたことには気づかない。
「……いや、でもオレ……助けてもらえるのか。オレ、犯罪者だぞ……」
「ああ、俺なんて猟兵だけど盗人でもあるからそういうの気にしなくていいさぁ」
「え? 猟兵って盗人でもなれるのか?」
「なってるねぇ」
 超弩級戦力の猟兵と言えば、正義の味方やヒーローのように思っていたのだろう。想像と現実の乖離に目を白黒させる青年を可笑しく思いつつ、永一はどかりと青年の隣に腰を下ろす。
「さ、悩みを盗んであげよう」
 永一が自分のペースに青年を巻き込んで話を聞いている間、コノエは青年と自分たちの周囲の動きを注意深く観察していた。殺気の視線がコノエの肌を刺す。余計なことを聞くなだとか、そういう類の意志をぶつけているのだろう。だが、その程度に臆していては猟兵などやれるものではない。コノエは殺気を跳ねのけて、青年を背に庇い続ける。
 永一に張り付けられたメダルの効果も相まって、青年は少しずつ口を開く。
「オレが犯罪者でも、助けてくれるんだ……ありがとう」
 青年は自らを李静(リージン)と名乗り、九龍で運び屋をやっていたと、ぽつぽつ話し始めた。
「兄貴と一緒に、ずっとやってたんだけど。……半年くらい前かな、声かけられたんだ。運んでほしいものがあるって。中身については聞いてもいけないし、想像してもいけない。でも上手くやったら、信じられないくらいの額の報酬をくれるっていうから……」
「引き受けちゃったわけかぁ。……当ててやろうか? それの中身」
 メモを片手に話を聞いていた永一は、にこりと笑みを深める。

「人でしょ」

 青年は顔を強張らせる。それが肯定の印。
 コノエの瞳がすっと細められた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

矢来・夕立
蛇さん/f06338

▼方針
交渉材料:高跳び用の資金
質問内容:逃亡の動機→何を知っているか

お話は蛇さんにお任せします。…金太郎飴みたいなツラですね。

オーダー通りの交渉材料をご用意しましたよ。
預金証書。
この世界で一番信用の置ける銀行のものです。
これだけあれば高跳びには充分でしょう。

あなたが持っている情報を話してくださるのなら、相応のリターンがあって然るべきです。
我々には、あなたの未来を保障する義務がある。
ご安心を。オレは相手が誰であれ、取引には誠実でありたいと考えています。

…と。マジメなフリはこんなもんでいいでしょう。ウソはついてませんよ。
あの紙一枚がホンモノだとも、ニセモノだとも言ってませんが。


バルディート・ラーガ
矢来の兄サン/f14904

いわゆる黒社会のお方から信頼を得る、とくらア
まずはカネですかね。利益を握らせりゃ、ガードも揺らぐでしょう。

兄サンのご準備なすった弾をチラつかせつつ、あっしは交渉の矢面に。
とはいえ向かいの席がデカイ蛇じゃア、却って気が立つンも無理はナシ。
つーワケでなるべく気弱そな人間の顔へと化けて参りやしょ。
【化け蛇の口伝】。変装みてエなモンですし、監視の面割れも防げて一石二鳥。
この顔なんか如何です、兄サン?エッどれも同じ?

事を荒立てねエよに誘導して喋り、安心さして情報を引き出す。
これぞ伝統の良き警官・悪しき警官メソッド。
ま、ひとつ脱皮すりゃこちらもワルモノにございやすが。ヒヒ!


丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎
服装等TPO厳守
_

店内を視線のみで素早く確認
逃亡者と思しき男、暗殺者の数、場所全てを頭に入れながら
瞬間的思考により逃亡者をいつでも護れる位置を特定、着席する

…随分な殺気だ。活力に満ち溢れている様で結構。そんな皮肉を面にも出さず
刺客ではない店員を瞬時に見極め温かな茶を一杯貰えば、逃亡者たる男に差し出しつつ
彼にしか聞こえない声で、だが確かに伝える
「よく、その勇気を振り絞ってくれた」
犯罪組織のその容赦のなさを俺は知っている。そして逃亡者の彼だって勿論知っているだろう
ならば俺のすることは一つだ。
彼の手を握り、真っ直ぐにその眼を射抜く。

「──任せておけ。お前のことは、必ず護る」




「いわゆる黒社会のお方から信頼を得る、とくらア、まずはカネですかね」
 店に入る前。九龍魔窟の異様を横目に、バルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)と矢来・夕立(影・f14904)は陰に紛れて密談を交わす。
「利益を握らせりゃ、ガードも揺らぐでしょう」
 そう言って、バルディートは指でカネを形作る。逃亡者の男が犯罪組織のどの位置に居たのかは知らないが、少なくとも自分が犯罪者だと言うからには後ろ暗いことがあるのは確かだ。そしてそういう時、下手な言葉よりもカネや利益と言ったものは単純で強い交渉カードとなる。
「オーダー通りの交渉材料をご用意しましたよ。預金証書。これだけあれば高跳びには充分でしょう」
 夕立が二本の指で挟んだ紙をバルディートに見せる。それはこの世界で最も信用の置ける銀行のものだ。ざっと見た限りではそれに疑いようはない。
「いいッスね。そんな矢来の兄さんのご準備なすった弾をチラつかせつつ、あっしは交渉の矢面に」
「お話は蛇さんにお任せします」
 喉を鳴らして笑うバルディートと、それに目を合わせる事なき夕立。得手不得手は心得ていて、怯えた逃亡者を安心させろというのならバルディートの方が愛想を振りまくのは得意なのだから。
「とはいえ向かいの席がデカイ蛇じゃア、却って気が立つンも無理はナシ。つーワケでなるべく気弱そな人間の顔へと化けて参りましょ」
 そういうなり、バルディートは己の顔を手で覆い。
 次の瞬間には人間の顔へと変わっていた。「化け蛇の口伝」。バルディートのユーベルコードだ。手間のかからない変装のようなものだし、監視の面割れも防げて一石二鳥。便利なシロモノだ。
「この顔なんか如何です、兄サン?」
 いくつか顔を変えてみたあと、バルディートは如何にも気弱そうな男の顔となって夕立に是非を問うてみる。中々会心の出来だと思うのだが。
「……金太郎飴みたいなツラですね」
「エッどれも同じ?」
 夕立の評価は冬風のように冷ややかだった。

「あなたが持っている情報を話してくださるのなら、相応のリターンがあって然るべきです。我々には、あなたの未来を保障する義務がある」
 そして李静(リージュン)と名乗った逃亡者の青年と相対した二人は、まず夕立の用意した預金証書を差し出した。
 その額は九龍暮らしの人間であれば見たこともないような額だ。李静に戸惑いが浮かぶ。
「ご安心を。オレは相手が誰であれ、取引には誠実でありたいと考えています」

(「……と。マジメなフリはこんなもんでいいでしょう。ウソはついてませんよ」)
(「あの紙一枚がホンモノだとも、ニセモノだとも言っていませんが」)
 矢来夕立とは嘘吐きである。嘘とはすべてへの近道であると考える彼は、必要であれば平然と嘘を吐く。道徳など無視だ。そんなものは遠回りだ。目的までの道のりは最短にいくのがベストだ。そして嘘を嘘と悟らせぬだけの能力が、夕立にはあった。
 だがそれだけでは李静の不信感を拭うには至らない。金に興味はあるようだが、踏み出すためのあと一歩が足りないのだ。
「大丈夫。あっしらは猟兵です。お宅さんを助ける為にここに来たんです。陥れるためじゃアねエですよ」
 だからこそバルディートの出番だ。
 カネで動いてくれるならば良し。そうでないのならば、カネをチラつかせながら安心させて会話を誘導する。それが二人の策である。
「……しかし、こんな額をなぜ……」
「そのくらい、お宅さんが持ってる情報ってのは重要なことなんでさァ。……逃亡してきた理由、教えちゃあもらえませんかね?」
 生真面目と悪の担当が夕立だとするならば、気軽さと正義の担当が今のバルディートだ。カネを警戒する心を、バルディートの気安さといかにも正しい言葉で一気に安心へと誘導する。
(これぞ伝統の良き警官・悪しき警官メソッド。ま、ひとつ脱皮すりゃこちらもワルモノにございやすが、ヒヒ!」)
 事実、李静は徐々に話す口が軽くなってきている。
 此処までは予定通り。情報を聞き出す為全て順調に進んでいる。 
(「なンて、まア。ぶっちゃけガチモンの刑事も来なすってたとは思いやせんでしたがね!」)
 バルディートのちらりと向けた視線の先には、ジャケットを着こんだ本物の刑事が居た。

「……随分な殺気だ。元気で結構」
 そんな皮肉を面にも出さず。
 店内を視線のみで素早く確認し、丸越・梓(月焔・f31127)は逃亡者の青年、そして暗殺者の数、場所を全て頭に叩き込む。暗殺者たちは青年の威嚇の為、ご丁寧に殺気を露わにしたまま。場所を特定してくれと言っているようなものだ。
 刺客ではない店員を瞬時に見極め、梓は温かな茶を一杯頼む。
 その時、客に扮した刺客の一人が動いた。隠し持ったナイフをポケットから閃かせ、口の紐を緩めた青年へと投擲しようとして――
「!?」
 夕立が折って忍ばせていた式紙・禍喰が一瞬刺客の視界を覆った。驚きにより投擲のタイミングを失った刺客は態勢を崩してしまう。そしてその刺客が倒れないように、さりげなく、梓がその腕を掴む。
「……大丈夫ですか」
「……ありがとうございます」
 言葉と視線が具現化出来るとするならば、二人の言葉と視線は鞘に入ったナイフと同じ。それを互いの首元に突きつけ合って牽制しているのだ。暫し梓を睨みつけていた刺客だったが、別の悪寒を感じて渋々と引き下がっていく。刺客の背を、夕立とバルディートの鋭い目線が射抜いていたのだ。三人の猟兵相手では分が悪すぎると悟れるだけの冷静さはあるようだ。
 引き下がっていく刺客を後目に、梓はゆっくりと逃亡者の青年に近づいた。青年の顔は真っ青だった。彼からも灯りに閃いた銀の光が見えたのだろう。
「よく、その勇気を振り絞ってくれた」
 だからこそ梓は青年にしか聞こえぬ声で、けれども確かに伝える。力強い声と落ち着いた態度は、青年の震える心を少しずつ宥めることが出来る。
 犯罪組織のその容赦のなさを、刑事であり猟兵である梓は知っている。そして逃亡者である彼だって勿論知っているだろう。この怯えようは、身を以て体験したと推測できるほどだ。
 ならば梓のすことは一つ。
 李静の手を握り、真っすぐにその眼を射抜く。
 自らを犯罪者と言い、それでも助けを求める彼を放っておけるような梓ではないから。
「――任せておけ。お前のことは、必ず護る」
 梓の言葉と目が。
 夕立とバルディートの交渉が。
 ここまで青年を守り、安心させ、話を聞こうとしてくれた猟兵たちが。
 その全てが、遂に逃亡者たる李静の信頼を勝ち得るに至る。
「……わかった。あんたたちを信じる」

「取引を提案してくれたあんたたちもありがとう。金も高跳びも正直有り難い。……けどその前に、あんたたちがあいつらをどうにかしてくれるのを見届けさせてくれ。オレはそれでいい。逃げたいけど、それよりも生きたいんだ……」
 金も高跳びも生きるための逃げだ。だが、生きる為には安心が必要だ。自分を殺そうとする相手がどうなったか知らぬままでは、逃亡先でも不安に震えて生きねばならない。それでは生きていけないのだ。
「……だから、知ってることは全部話す。多分狙われるから、守ってくれよ……」
 意を決した逃亡者李静はもう俯かない。

 そして彼は、ぽつぽつと語り出した。
 九龍で暮らしていた彼は、兄貴分の男と一緒に「運び屋」をしていたこと。運ぶものは選ばなかったこと。ヤバイものも生活の為に運び続けていたこと。
 一年ほど前から、九龍からぽつぽつと人が減っていたような気がしていたこと。けれども九龍とはもともと人の管理などしていないに等しい。誰が居て誰が居なくなったかなどほとんどの九龍の住人は知らないし気にしない。だから、その時は何も気にしていなかった。
 だが、半年くらい前。仕事をしている最中に李静と兄貴分は黒いフードで顔を隠した集団と出逢った。
「運んで欲しいものがある。中身については絶対に詮索しない。けれども上手くやったら破格の報酬をくれてやる」
 そうして李静たちは金に目が眩んだ。
 仕事は「何か」が入った袋の廃棄だ。九龍の地下には空洞があり、ゴミや都合の悪いものは皆そこに捨てられていた。李静たちが渡された袋も必ずそこに捨てるように言われた。
 重い袋を担いで廃棄場まで行くのは楽ではなかった。九龍の中は狭い通路と入り乱れる階段だらけ。荷台も使えやしない。
 廃棄には必ず一名、黒いフードの人間が着いてきた。監視だという。この仕事のことは他言することすら許されていない。李静たちは監視されながら袋を運び、捨て、それを確認した黒フードから報酬を貰う。そういったルーチンを繰り返していた。
 だが、問題は一昨日に起きた。
 いつも通りに袋を運び、捨てるだけの仕事。だが、今回いつもと違ったのは、袋を放り投げる兄貴分が疲れていた事だ。いつもは真っ逆さまに穴に落ちるだけの袋が、今回はたまたませり出していた鉄筋に引っ掛かったのだ。鉄筋は袋を裂き、中身を散らばらせていく。
 そして、李静と兄貴分は見てしまった。
 袋から零れ出す、手。足。長い腸。目玉。頭。
 子どものような小さなもの。老人のようにやせ細ったもの。
 しかしその全てが、『人間を構成するパーツ』だった。
 
 李静と兄貴分は一気に青褪めた。
 自分達が何かやばい物を運んでいるのはわかっていた。死体だろうなと思っていたこともある。
 だが、これはなんだ。
 一日置きに課せられる運搬と廃棄の仕事。
 そのたび運んでいたものが、全て『これ』と同じものだったのか?
 半年間ずっと捨て続けていたものが、人間のパーツ?
 九龍の中ですれ違ったかもしれない誰か。幼子の。或いは老人の。女の。男の。

 自分達は、いったい何に加担してしまったのだ。
 
 耳をつんざく絶叫は李静のものだったのか、それとも兄貴分のものだったのか。
 兄貴分は黒フードの人物を突き飛ばして逃げた。李静はといえば自分の吐瀉物で服を汚しながら、腰が抜けて動けなくなっていて。
 黒いフードの人物が起き上がって李静に近づいてくる足音が、死刑執行のカウントダウンに聞こえる。振り返ることも動くことも出来ず、震え続ける李静の肩に黒い手袋を嵌めた手が置かれる。
 そして地獄の底から響くような低い声で、その人物は言った。
 
「死にたくなかったら、明日も来い」

 黒フードの人物はそれだけ言い残して去って行った。
 
 その日の夜は震えて過ごした。兄貴分は遂に帰ってこなかった。きっと今頃は九龍の外に逃げてしまっているのだろう。李静はと言えば他言することも逃げることも出来ず、怖れで眠ることも出来なかった。
 
 次の日。
 李静は一人でいつも指定されている場所に行った。行かねば殺される。それしか考えていなかった。
 そこには黒フードの居て、その足元には。
 
「今日のゴミはこの廃棄物だ。お前がコイツを捨ててこい。お前もこうなりたくないならな」

 ――兄貴分の顔をした、異形の何かが蠢いていた。
 
「その後のことは記憶が断片的なんだ。多分、オレは……兄貴を捨てたんだと思う」
 ガタガタと震える体を自ら抱き締めながら、李静はそう語った。
 どうやって逃げてきたのかも覚えていない。気付いたら桜學府に保護されて、そして此処に連れてこられたのだと言う。
「……頼む、助けてくれ……」
 刺客の殺気に串刺しにされながら、李静は震えていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

柊・はとり
飯だ…!
拠点に帰ったら何も無いし食えるだけ食っとく
とりあえずコース料理注文して
追加で角煮5皿行っとくか

偽神兵器をこれ見よがしに置き
あからさまに普通の客ではないと解らせる
注目を集めた後は殺気を込めて睨んどきゃ
刺客の牽制には十分だろう

角煮食うか?少し頼みすぎた
緊張を解すために極力自然な感じで逃亡者に話しかける
あんた食欲ないのか
食わないなら持ち帰りだけでもしないと勿体ないだろ
残りそうな料理を容器に詰めつつ小声で素性を告げる

探偵だ
少なくとも今のあんたの敵じゃないだろ
まあ猟兵でもあるんだが
個人的にも犯罪組織は潰しておきたい
罪を改める気があるなら俺に依頼してみないか
大丈夫だ、俺は依頼人を守る
誰も死なせない


幸徳井・保春
よりによって、敵の本拠地の前に引きずり出して話をするか? 聞ける話も聞けなくなるぞ色んな意味で。

だがもう手遅れ。なら限られた手札の中でどうにかするしかない。こんな機会がなければ出張など出来ないしな。

ゆっくり味わいつつも、周囲を見回しておく。あちらからしてみれば少年は今すぐにでも殺したい相手、機会を伺い続けているはずだ。

頃合いを見て、殺気を隠しきれない刺客とみられる店員に便所の場所を案内してもらい、死角に入ったところで、地面に叩きつける。

相手が抵抗するなら【無刀取り】で得物を叩き落としてから捕縄で口封じ。

それ、2人目の証言者の出来上がりだ。便所に行きたいのは嘘、見破れなかった時点でお前の負けだ


スキアファール・イリャルギ
え、食べていいんです?
情報収集は皆さんに任せてメニュー一巡したい……(※痩せの大食い)
まぁ他愛の無いお話で緊張を解くお手伝いはしたいですね

どうも、こんにちは
こんな姿ですが私も猟兵ですよ
怪奇・影人間、スキアファールとお呼びください
お名前――コードネームでも構いません、お伺いしてもよろしいです?

うん、ここのご飯は美味しいです
善悪どちらであろうと食事は大事なもの
その時間を邪魔するのは些かマナーに欠ける――と思いません?
ねぇ? と敵に微笑みつつ、こっそりUCで見つめる
どれ程効果はあるかはわかりませんが牽制にはなるでしょう
まぁ、それでも何か仕出かすつもりなら……
こっそりスプーキーシャドウを操作し悪戯です




 逃亡者の青年の話は、静かにこの場に集った猟兵たちに伝えられていく。一般の客には伝えられぬ内容は、密やかに。
 ――その少しだけ前。
「飯だ……!」
 柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は密やかに拳を握り締める。
 しかもタダ飯だ。他人の奢りで高級中華料理だ。どう見てもコースだけで数万円(UDCアース換算)はふっとんでいきそうな店だ。拠点に帰れば食べ物などは何も無い。ならば食べられる時に食べられるだけ食べておくのがアポヘル魂。
「とりあえずコース料理注文して、追加で角煮5皿行っとくか」
「え、食べていいんです?」
 早速注文をするはとりに、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)もすかさず席に着く。念の為警戒に当たっていたスキアファールだったが、正直此処にいるだけで香りや音、料理の見た目で腹が減るわけで。
「情報収集は皆さんに任せてメニュー一巡したい……」
 その細い体のどこにメニュー一巡分も入るのだろうかと思うが、スキアファールは痩せの大食い。情報もある程度は出揃ってきたきたようで、急ぎ聞きに行くことも今のところはない。今のところ食事に時間をとっても問題はないだろう。
(「注目を集めた後は殺気を込めて睨んどきゃ、刺客の牽制には十分だろう」)
 がしゃん、と店内に大きな音がした。
 はとりが偽神兵器「コキュートスの水槽」を、これ見よがしに己の近くへと置いたのだ。巨大な武器の存在は、一般客を含めて店内をざわつかせる。だが、ざわつく一般人に店員が「猟兵のお客様がいらっしゃっている」と伝えると、そのざわつきは好意的なものへと変わっていった。猟兵という肩書は便利なものだ。
 そしてその逆、静かなままの客や店員がいる。突き刺す視線を跳ね返すようにはとりも睨み返せば、込められた殺気に相手がたじろぐ。これだけで刺客の牽制には十分だろう。
 刺客に対する警戒と牽制はしつつ、はとりとスキアファールは届けられた料理――前菜にあたる冷菜から料理を楽しみ始めた。

 料理を楽しみつつも周囲を見渡していた幸徳井・保春(栄光の残り香・f22921)は、静かに席を立った。情報が洩れているとあって、結社員は殺気だっていた。あちらからすれば、青年は今すぐにでも殺したい相手。その機会を伺い続けているはずだ。それ故、青年の近くには常に誰かが居た方がいいと判断した。
「よりによって、敵の本拠地の前に引き摺りだして話をするか? 聞ける話も聞けなくなるぞ色んな意味で」
 保春は逃亡者の青年の傍に行くと、小さく溜息をついた。此処に案内したグリモア猟兵のやることは、どうにも納得いかない。だがそう言ってももう手遅れだ。状況は開始されてしまった。ならば限られた手札の中でどうにかするしかない。それに、こんな機会でもなければ出張など出来なかったろうから。
「あんたは……桜學府の人か?」
「ああ。それと同時に猟兵だよ」
 青年が保春の服装に気付いて顔を上げる。桜學府は今や世界中にある。九龍の者とてその姿煮は見覚えもあるのだ。保春自身の身分がそのまま青年の安心に繋がって、青年は怯えたまま、けれども少しは落ち着いた様子で保春を見る。
「オレも最初はなんでここにって思ったよ。でも、今思えば仕方ないんだ。オレ……あんたたちを案内出来ないから。だから向こうから出てきやすい状況を作るしかなかったんだと思う」
 少しだけ手を付けた点心を眺めながら、青年は言う。――案内は出来ないと。
「もともとオレと兄貴はいつも決められた場所に決められた時間に、廃棄物を取りに行ってたんだ。その場所は知ってるけど本拠地とかは知らない。何より……」
 青年の手が震えている。彼は死の恐怖を味わったばかりで、今も殺気に晒されている。ただの一般人が耐えられるものでは、ない。
「オレ、もう怖くて、九龍には戻りたくないんだ……本当は兄貴を穴から探したり、弔ったりしなきゃならないんだと思う。でも、怖いんだ……」
 青年の膝を雫が汚す。
 どうしてこうなってしまったんだろうと、青年は思う。
 悪事だと判りつつも、それを悪事と思わず手を貸したからだろうか。ヤバいものを運んでいる自覚はあった。けれども、その「ヤバさ」を図り損ねていたのだ。
 
「角煮食うか? 少し頼みすぎた」
 深刻な顔をして黙り込む青年の前に、豚の角煮、東坡肉の皿が差し出される。青年はゆっくりと顔をあげてはとりの顔を認識したが、首を横に振った。肉は食べたくない、と。
「あんた食欲ないのか。まあさっきの話通りなら、そりゃそうか」
 ようやくはとりたちにも青年の話した内容が伝わったのだろう。ヒトの死体、そのバラバラになったパーツを見た直後では、食欲が湧かないのも無理はない。少し考え、はとりはYシャツ襟を正した。見なくてもいいものが此処にある。
「でも食わないなら持ち帰りだけでもしないと勿体無いだろ」
 そう言って、残りそうな料理を容器に詰める。食べることは生きることに直結する。死にたくないのならば、生きたいのだろうから。
「俺は探偵だ。少なくとも今のあんたの敵じゃないだろ。まあ猟兵でもあるんだが」
「探偵……?」
 ひょいひょいと料理を容器に詰めながら、小声で素性を告げる。
「個人的にも犯罪組織は潰しておきたい。罪を改める気があるなら俺に依頼してみないか」
「……金は九龍の家に置いてきちまったよ、今は一銭もない」
「金なんかいらない」
 必要なのは金じゃない。はとりの根底には強迫観念めいた祈りがあって、それが氷彩の眸の奥でずっと青く燃えている。柊はとりという人間が探偵を名乗り続ける以上、その根底が覆ることはきっとない。被害者が居て、探偵がいて、犯人が居るのなら。あとは依頼人がただ一言、探偵に告げればいい。
 
「うん、ここのご飯は美味しいです。善悪どちらであろうと食事は大事なもの。その時間を邪魔するのは些かマナーに欠ける――と思いません?」
 その時、ひょこりとスキアファールが顔を出した。ある程度メニューを制覇して満足したのだろう。高級中華、大変美味だった。だから、今度は仕事の時間だ。
「どうも、こんにちは。こんな姿ですが私も猟兵ですよ。怪奇・影人間、スキアファールとお呼びください」
 だからまずは自己紹介をと、思ったのだが。
 己が素性を端的に話した時、青年の瞳が驚愕と怖れで見開かれた。
「……怪奇、人間……?」
「……はい。もしかして珍しいですか」
 初めて見た、という程度の驚きでないことはすぐに理解出来た。ガクガクと震え冷や汗をかく青年の尋常ではない様子からも、それは明らかだ。だが理由が理解できずにいると、青年は勢いよく立ち上がってスキアファールの腕を掴んだ。
「あ、あんたどっから来たんだ! もしかして九龍か!? あそこから逃げてきたのか!?」
「おい、あんた落ち着け」
 あまりの勢いに、保春が青年を嗜める。だが、その声が聞こえているのかいないのか。青年はスキアファールの腕を掴んで大声で問い続ける。
「どうやって逃げてきたんだ、ここに居てもいいのか、なあ他のやつらは大丈夫なのか、ごめん、ごめんな捨て続けてきてごめんな、ちゃんと弔いもせずにあんなゴミみたいに捨てちまってごめんな、ごめん、ごめん、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
 青年はスキアファールの腕を掴みながらも、ずるずるとくずおれていった。必死にせき止めていた感情が遂に決壊したような有様だった。
「……落ち着いて下さい。私は九龍から来たんじゃありません。猟兵として、あなたを助けに来ました」
 何かを勘違いしている青年をなだめるため、スキアファールは出来る限り穏やかに声をかける。勘違いしていることも罪悪感に駆られていることもわかる。ただそれが「怪奇人間」という単語に反応して、ということを、三人は聞き逃すわけにはいかなかった。はとりと保春は互いに顔を見合わせ頷き合う。
「……怪奇人間と九龍、なにか関係あるのか」
 保春の言葉に、青年の周囲の殺気がビリリと強まった。「言えば殺す」と言外にも伝わってくる。それをはとりがコキュートスと殺気を込めた眸で、そしてスキアファールが怪奇の目の視線で牽制しつつ、保春が青年を宥めながら問う。
「……い、言ったら殺される、もう殺される……」
「大丈夫だ、俺は依頼人を護る。誰も死なせない」
 コキュートスの柄に手をかけたまま、はとりは力強く告げた。青年の手を握りながら、スキアファールもまた頷いて。
「……頼む。多分とても大事なことだ」
 保春が膝をついて、俯いた青年の顔を覗き込む。大丈夫だと、必ず助けると繰り返し伝え、青年の目の焦点を合わせる。そうして青年は、声を絞り出した。

「あいつ……兄貴、あんな風になった時、言ってたんだ……」

 ――これは崇高な実験だ。我々は自らの手で怪奇人間を作り、その完成を経て我々は人工影朧を作り出す。コイツは何にも成れなかったゴミだ。貴様もこうなりたくなければ、粛々と働くんだな――

「……なんだと?」
 はとりの眉が跳ね上がった。
 出来る出来ないは別として、聞き捨てならない言葉が並んでいた。つまるところ、九龍魔窟に住む人間は、誰にも知られぬままにその実験に巻き込まれ、日々命を消費しているということだ。一日置きに、廃棄物の袋がいっぱいになる程に。
 
「お名前――コードネームでも構いません、お伺いしてもよろしいです?」
「……李静(リージュン)」
「そうですか、話してくれてありがとうございます李静さん。お陰でたくさんのことがわかりました」
 スキアファールが静かに笑みを浮かべて、青年に穏やかに語り掛ける。はとりもまた、青年の肩に手を置いた。
「もう充分だ。桜學府の人が来てる。俺達が行ったらすぐ保護して貰えるから、そうしたらそこで待っててくれ」
「犯罪組織は必ず潰してくる」
 保春もまた力強く告げて。

 これで情報は出揃った。この逃亡者たる青年、李静が知っていることは全て。
「……そろそろ状況を動かそう。もう皆たらふく飯食ったろ」
 はとりが立ち上がった。手には偽神武器。牽制の時間は終わったのだ。
「わかった」
 頷いた保春は、周囲の猟兵とも目配せをする。全員が頷いたのを見て、保春は柱の陰に隠していたそれを、店内に引き摺り出した。
「それ、2人目の証言者の出来上がりだ」
 店内の床に転がされたのは、捕縛された客の一人。
 猟兵も、そして周囲で殺気を放っていた刺客たちもそれが誰か知っている。
 ずっとずっと、青年の近くで一番強い殺気を放っていた男だ。
「案内してもらいましょうか、アジトまで」
 スキアファールの合図で、全ての扉が開け放たれる。その瞬間、刺客は引き時と知って一斉に扉や窓から外へと躍り出た。
 それを追って、猟兵たちも駆けだす。
 
 舞台は遂に、九龍の肚の中へと移るのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『『廃棄物』あるいは『人間モドキ』』

POW   :    タノシイナァ!アハはハハはハハハハハハハハハ!!
【のたうつような悍ましい動き 】から【変異した身体の一部を用いた攻撃】を放ち、【不気味に蠢き絡み付く四肢】により対象の動きを一時的に封じる。
SPD   :    ミてイルヨ、ズットズットズットズットズット……!
自身の【粘つくタールが如き何かが詰まった眼窩の奥】が輝く間、【歪んだ出来損ないの四肢】の攻撃回数が9倍になる。ただし、味方を1回も攻撃しないと寿命が減る。
WIZ   :    アソボうヨ!ネエ、ネエ、ネエ、ネエ、ネエ……!
【嫌悪や憐れみ 】の感情を与える事に成功した対象に、召喚した【自身と同じ存在達】から、高命中力の【執拗な触腕による攻撃】を飛ばす。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 中華料理店の扉が開け放たれた瞬間、店に居た刺客たちは一斉に外へと飛び出した。逃亡者の青年を桜學府の者に任せ、猟兵たちもその後を追う。
 
「通信は!?」
「電波、魔術共にまだ使えません!!」
「该死! 嵌められた、やはり超弩級戦力は伊達ではないか!!」
「どうします!?」
「九龍に誘い込む! そこで巻いてしまえば奴らは決して我らを探せはしない!!」
「道具でも住人でも、あるものは全て使え! 廃棄物共もだ、それくらいならば我らでもすぐに召喚出来る!」

 刺客たちは怒りを滲ませながら、九龍魔窟の中へと逃げ込んでいく。
 此処までは計画通りだ。巻いてしまえばいいとバラバラになった刺客たちも、煙に巻ききれない、自分達では手に余ると判れば、いずれアジトへと足を向けざるを得なくなる。なまじ普通でない戦力を持ったばかりに、自分達で手に負えぬと知ればより強い戦力を置く本拠地へと足を向けてしまう。力を持ってしまった者の驕りだろう。
 
 刺客たちを追って九龍へと足を踏み入れた猟兵たちは、その内部の状態に少なからず目を瞠った。
 まず、九龍の内部は暗く狭い。外光が届くのは外周のみで、内部はまるで真夜中のようだ。電灯の頼りない灯りが照らす内部は薄汚い。常にどこかしらから水がぽたぽたと零れている為、滑りやすく脆くなったコンクリート。錆だらけの看板。配線とパイプだらけの天井。あちこちにゴミが散乱し、じめっとした空気と匂いが纏わりつく。
 そして当然、此処に暮らす人々が居た。
 彼等の多くは一般人だ。犯罪者も逃亡者も、阿片窟でしあわせな夢を見ている者も見せている者も、今猟兵たちが追うべき影朧を扱う犯罪組織の者ではない。
 
 その中を、刺客たちは駆けていく。
 住人を突き飛ばし、椅子を転がし、階段を上り、今度は下りて、猟兵たちを九龍の迷宮の中に置き去りにしようと駆けていく。だが、猟兵も追い縋る。
「チッ! 来い、廃棄物ども! 最期くらい役に立って死ね!!」
 一向に縮まらない猟兵との距離に痺れを切らし、刺客たちは魔法陣が描かれた手袋を猟兵に向けた。
 その魔法陣が起動すると同時に、ぬるりとした異形が猟兵たちへと飛び出す。
 
 ――廃棄物と、刺客は呼んだ。
 
 それが何を指すのかは、先程の逃亡者の話からも明らかだ。
 それらは九龍の住人であったものの成れの果て。人工的に怪奇人間を作り出そうとした実験の産物。
 それは最早人ではない。人であった何かだ。
 人間を模した肌色の異形の体。タールを零したような目と口。腕や足だったものは最早原型を留めず、粘つく触腕となって地を這う。
 
「死ぬまで猟兵共を足止めしろ! 死んでも足止めしろ、廃棄物ども!!」

 そう言って刺客は先を往く。そこに住人が居ようとおかまいなしだ。彼等にとって九龍の住人はただの実験体でしかない。
 
 猟兵たちが犯罪組織のアジトに辿り着く為には、刺客たちを迫る勢いで追い続けなければいけない。
 その為の絶対条件が、「足を止めないこと」だ。
 
 突き飛ばされた住人を助ける暇はない。
 薙ぎ倒されたテーブルや看板を直してやる暇はない。
 差し向けられた「廃棄物」と悠長に戦っている暇もない。
 幸い「廃棄物」は弱い。猟兵の慈悲なき一撃で倒せる程に、それは脆い。
 だが情けを掛けていてはいけない。
 手加減して勝てる程に弱いわけではないのだ。加えて、ここまで変異してしまったものを助けることは不可能だ。破魔も浄化も意味をなさない。悍ましき怪物に成り果てた者は、殺してやる以外に止める手段はない。
 まして今は追撃の真っ最中。迷いや葛藤は判断を鈍らせ、結果として刺客との距離を開かせるばかり。住人の被害も増えていく。
 また、攻撃の際は建物に被害が及ばないよう細心の注意を払わなければならない。違法建築の塊である九龍は、一か所が崩れるだけで全体が崩壊の危機を孕んでいるのだから。
 それ故に、「廃棄物」は迷いなく一撃で葬り去って、その亡骸を置いていくしかないのだ。
 
 今猟兵がすべきことは、九龍に住む人々をこれ以上命の危機に晒さないよう、迅速に犯罪組織を潰すこと。
 龍の深淵に潜む闇へと辿り着きたいのならば、正義も倫理も、慈悲も迷いも葛藤も、全て今は置いていけ。
 
 その覚悟が、貴方にはあるか。
霑国・永一
【盗人と鴉】
いやぁ、盗人な俺が追う側になるだなんて新鮮だなぁ。コノエはそういう立場だろうけど。
ははは、コノエに追われるのは面白もとい御免だからねぇ、今は悪さしないでおくよ。

では狂気の透化使って追いかけるとするかぁ。速く動けるし、味方以外からは視認できなくなるし、もってこいさぁ。
俺は視えないのいい事に廃棄物は脇を通ってスルーしてくけど、どうしても通れないとかコノエに邪魔入りそうならダガーで切り付けて生命力盗むとしよう。
……ってやっぱ単純な高速近接戦はコノエのが俺より凄いや。手伝いは不要だったかな、お嬢さん?(笑)

しかし、これが元住人とは皮肉でなくいい趣味だと思うなぁ。狂気は心地がいい。


朱葉・コノエ
【盗人と鴉】
…どんな手を使ってでも、向こうは私達から離れたいようですね
警備を任される者としては追う事には慣れてはおりますが…
…永一殿も、追われる立場にならぬよう心得ておく事です

…向こうは手段を選ばないあたり、焦りを見せている
…であれば、とにかく今は最短で駆け抜けて追いつくとしましょう
【早業】と【先制攻撃】を駆使し、紅颪流・数霧で廃棄物を一撃で仕留めましょう
…私はただ、自分の責務を全うしたまでです。
無駄口を叩く暇はありませんよ

…仕方ないとは言え、勝手なまでに姿形を変えられた住人を無差別に斬っていくのは…あまり気分のいいものではありませんね。




 狭く暗い通路に派手な音が響く。
 刺客がゴミ箱を薙ぎ倒し、進路の邪魔になる住人を突き飛ばして逃げ続けている為だ。
「……どんな手を使ってでも、向こうは私達から離れたいようですね」
「いやぁ、盗人な俺が追う側になるだなんて新鮮だなぁ。コノエはそういう立場だろうけど」
 朱葉・コノエ(茜空に舞う・f15520)はゴミ箱を飛び越え、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)は突き飛ばされた住人の横をすり抜けながら、刺客の後を追う。
 紅の瞳は宵闇に似た暗さの中でも刺客を見失いはしない。それは或いは、常に見張りという役目を追ったコノエにとっては日常に近きことなのかもしれない。これ程に狭く人がいる場所での逃走劇でも、その足は衰えないのが良い証拠だ。
「警備を任される者としては追う事には慣れてはおりますが……」
 軽薄に笑う永一を、コノエはちらりと流し見る。
 彼は盗人である。それを隠しもしない。本来であれば永一とて追われる立場の人間だが、此度その役目は刺客へと配されている。「悪人を追う」という役割の新鮮さを面白がっている永一だが、逆に言えばそれが新鮮な程に「追われる」ことにも慣れているということだ。
「……永一殿も、追われる立場にならぬよう心得ておく事です」
「ははは、コノエに追われるのは面白もとい御免だからねぇ、今は悪さしないでおくよ」
 だからこそ釘を差す。くるりと役割が反転しないように。
 「今は」という言葉の危うさにコノエが目を細めたが、永一は面白そうに笑うだけ。

 だが、追うことを疎かにしているわけではない。
 二人はもう建物の外なのか中なのかわからない九龍の内部で、刺客から一定の距離を保ったまま追い続けている。刺客は今も人を飛び越え、階段を駆け下り、路地に紛れようとしながら廃棄物を放ってくる。
「さて、どう見る?」
「……向こうは手段を選ばないあたり、焦りを見せている。であれば、とにかく今は最短で駆け抜けて追いつくとしましょう」
「だねぇ。では狂気の透過使って追いかけるとするかぁ」
 コノエの見立てに同意して頷いた瞬間、永一の姿がすうっと消えた。
「アハ、アハハハハ!! アソボ、アソぼ……アレ? アレ? アレ?」
 ――否、消えたように見えているのは永一が敵と認識している刺客と廃棄物だけだ。動揺する刺客を嘲笑うように、永一は強く壁を蹴った。
 このユーベルコードは敵から視認出来ぬ姿になり、スピードと反応速度が爆発的に増大する。逃亡する刺客を追うのにもってこいだ。
 永一は見えないのをいいことに、惑う廃棄物の脇を通ってスルーしていく。永一がスルーした廃棄物に、一刃閃く。

「一瞬千斬、微塵と成せ」

「――……!!」
 一閃と思われた太刀筋は、その実超高速の数多の連撃である。
 数多と降り注ぐ雨のように、コノエの刃が廃棄物を微塵切りにした。その刃に躊躇いはない。故にこそ、一撃で葬って先を急ぐ。
「……ってやっぱ単純な高速接近戦はコノエのが俺より凄いや。手伝いは不要だったかな、お嬢さん?」
 くつくつと喉で笑いながら、永一もまた枯れ木のようになった廃棄物を無造作に振り払う。コノエを狙って触腕を打ち下ろそうとしていた個体だ。永一がダガーで切り付けた箇所から一瞬で生命力を盗まれ、廃棄物は枯れるように絶命していた。
「……私はただ、自分の責務を全うしたまでです。無駄口を叩く暇はありませんよ」
 賞賛を喜ぶでもなく、素っ気ない態度でコノエは階段の手すりを飛び越える。ただ。賞賛を喜ばないのではなく、喜ぶ気になれなかったという方が正しいかもしれない。
「……仕方ないとは言え、勝手なまでに姿形を変えられた住人を無差別に斬っていくのは……あまり気分のいいものではありませんね」
 刀に付着したタール状の何かを払いながら、コノエはそっと眉をひそめた。
 彼等の命があまりに軽い。実験体として体を弄られたことも、その結果廃棄物と断ぜられたことも、今こうして使い捨てられることも。山では全ての命に価値があった。彼等にだってあったはずなのに、これではあまりに命を無碍にしている。
 仕方のない事とはいえ胸に沸き上がる感情もまた、どうしようもないことだ。
 ただ、コノエがそう思うのとほぼ同時。共に駆ける盗人は軽薄な笑みをフードの中で浮かべていた。
「しかし、これが元住人とは皮肉でなくいい趣味だと思うなぁ。狂気は心地がいい」
 コノエとは正反対の思考。自らを「普通」と称す永一だが、その「普通」にはどれ程の信憑性がある。狂気に蝕まれた世界に在って、最早狂気とは身近ですらあるのか。
 心底心地よさそうに目を細め、永一は刺客を追って駆け続けた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

立塚坂・葵
僕が堕天使で良かったよ
だって《空中浮遊》で彼らを追いかけられるだろう?

彼らが生み出した廃棄物とやらも【召喚:物語ヲ紡グ為ノ、犠牲ト祝福】の執筆にいい題材だしね

僕は、物語を紡ぐためならどんなものでも受け入れるさ
廃棄物、なんて言われるような君たちにも、輝かしい未来があったはずだろう?

だから、刺客を追いかけるのも、彼らを薙ぎ払うのも、全て僕の物語の糧にしかならない
嗚呼、嗚呼――素晴らしい、素晴らしいよ!

僕の描いた物語は、不思議と人の周りに漂うんだ
だから、どんなに引き離そうと、君たちを追いかけられる

さぁ見せてくれ!
君たちの物語は悲劇かい?それとも喜劇かい?

物語への執着を宿した瞳は、刺客に向けられていた



● 
 世界最大級のスラム街である九龍には、不思議な魅力がある。
 衛生状況も治安も、決して良いとは言えない。住めと言われて住む者は、余程でない限りは居ないだろう。
 だが、そこの生活はまるで異世界だ。住む人々の生活様式も、その内に潜むものも、普通ではまず見られない建築物の様式も、全てが違う。
 人は自分達とは違うものに惹かれやすい。それ故に、そこは創作の対象としても十分な魅力を備えているのだ。
 
 狭い九龍魔窟の通路を縫うように、立塚坂・葵(言ノ葉紡ギ・f32561)が宙を翔ける。自分が堕天使で良かったと思う。なぜなら、「飛べる」ことは追跡戦に置いて大きなアドバンテージとなるからだ。人を押し退けながら駆ける刺客の邪魔はさして入らない。人も物も障害にしようとしても、飛んでいる者が相手では刺客の労力の方が大きいのだ。
「ちっ、廃棄物共!!」
 刺客が魔法陣から廃棄物を召喚する。
『アハ、は、ハハ!! アそボ、ネエ、ネエ、ネエ……!』
 人を冒涜したような外見で、廃棄物と呼ばれたものが笑う。笑いながら泣いている。泣きながら、周囲を気にせず葵に向けて触腕を振るわんとする。
 その触腕は嫌悪や憐れみを感じた相手に、同じ廃棄物たちと狙いを合わせて執拗に攻撃するもの。集団から狙われれば、飛んでいる相手とて叩き落せる――はずだったが。
「僕は物語を紡ぐためならどんなものでも受け入れるさ。廃棄物、なんて言われるような君達にも、輝かしい未来があったはずだろう?」
 葵の表情には、そのどちらの感情もなかった。
 彼の目には、いや、彼の心には己が物語の為の探求心と好奇心しかないのだ。だから刺客を追いかけるのも、廃棄物と呼ばれた彼らを薙ぎ払うのも、全て全て葵の物語の糧でしかない。
 刺客は何を以てその組織に居るのか。目的や動機に興味が尽きない。
 廃棄物たちの奪われた未来。奪われた人としての生。そしてこれから奪われる命と生み出される悲しみや憐れみ、そして怒り。それらを間近で感じ、物語に書き起こしたならば、どれほどのリアリティが生まれるだろう!
「嗚呼、嗚呼――素晴らしい、素晴らしいよ!」
 だからこそ、葵に浮かぶのは狂気にも似た歓喜の笑みなのだ。
 
「嗚呼、まだ――まだ、書き終わらない、終われない。僕はまだ、書き足りない!!」
 ペンが走る。物語が綴られる。だが足りない。もっと、もっとだ。
 廃棄物を呪文が薙ぎ払い、それには目もくれずに刺客と葵は九龍を駆け続ける。葵の書いた物語は不思議と人の周りに漂う。目印はそれで十分だ、自らの書いた物語を葵は決して見失わない。
「さぁ見せてくれ! 君たちの物語は悲劇かい? それとも喜劇かい?」
 物語への執着を宿した銀の瞳は、刺客へと向けられている。
 その唇に、三日月を描いて。

成功 🔵​🔵​🔴​

榛・琴莉
視界は『暗視』モードで問題ないとして
廃棄物…廃棄物ね、ふぅん
(ぐにゃ)
(おわぁ)
(イヒイヒ)
(君もなる?)
(なるなる?)
(アハァ)
…戻らないのがいると思ったら、なんか引っ付いてってません?
まーたなんか言ってる

勝手は困りますが、今回は結果オーライですね
『鳴管』で電脳空間を展開。Ernest
Haroldの声を拾えていますね?追跡して
それから、彼らを一撃で葬れるよう最も効率の良い軌道の計算を
並行作業ですが、貴方なら容易いでしょう

(真っ直ぐー)
ええ、真っ直ぐに
阻む彼らを打ち抜いて、Harold
…それと、貴方たちは黙ってなさい
ErnestがあちらのHaroldと聞き間違えるとは思いませんけど、念の為




 氷雪の傭兵――榛・琴莉(烏合の衆・f01205)が、ガスマスクを身に付け駆ける。暗く狭い九龍の通路も暗視モードのおかげで問題はない。視界には全力で逃げる刺客。時折此方の足を止めようと人を突き飛ばしたりするが、それもガスマスクに住む戦闘用AI「Ernest」のお陰で難なく躱すことが出来る。問題があるとすればそれは。
「廃棄物……廃棄物ね、ふぅん」
 静かな言葉に滲むのは嫌悪か、憐れみか。刺客によって差し向けられるそれは、確かに人だったと断ずるにはあまりに冒涜的な姿をしている。琴莉は静かにアサルトライフルのセーフティを外した。
 ――と、その時。
 刺客が何かに驚いて飛びずさるのが見えた。
(おわぁ)
(イヒイヒ)
(君もなる?)
(なるなる?)
(アハァ)
「なんだ!? 誰なんださっきから!! クソッ!」
 何処からか聞こえるナニカの声に、刺客が必死の形相で滅茶苦茶に腕をふるう。声の正体にも居場所にも気づけずに、刺客はただただ気を散らせてしまうばかり。
 だが、琴莉はその声の正体に気付いている。
「……戻らないのがいると思ったら、なんか引っ付いてってません? まーたなんか言ってる」
 先程中華料理店で刺客の傍に付けておいたHaroldたちだ。回収したつもりだったが、数匹戻らずに引っ付いたままで居たようだった。
「勝手は困りますが、今回は結果オーライですね。Ernest」
 小さく溜息ひとつ。けれども今は好都合だ。Haroldに気を散らして、刺客は足が鈍っている。
「Haroldの声を拾えていますね? 追跡して」
 そして何より、おしゃべりのHaroldが引っ付いているお陰で追跡が用意になった。

 とはいえ、走ることばかりに注力してもいられない。既に廃棄物たちは解き放たれているのだ。出来そこなった、或いは壊れてしまった四肢をを鞭の如くしならせて、琴莉の動きを阻もうと廃棄物が飛ぶ。
「アハ、ははハハハ! トめる、コロス、ころ、コロ、し」
 言葉を遮るように、歪んだ下肢を氷の銃弾が撃ち抜いた。下肢から凍り付いた廃棄物は、落下の勢いのままに床に叩きつけられて砕け散る。
 その上を琴莉は走る。
「それから、彼らを一撃で葬れるよう最も効率の良い軌道の計算を。並行作業ですが、貴方なら容易いでしょう」
 主たる琴莉の信頼に応え、1秒に満たぬ速度で青い鳥が胸を張るスタンプが押され。同時に琴莉と廃棄物たちの位置関係によって常に最適化し続ける軌道を描き出すのだった。
 
(真っ直ぐー)
「ええ、真っ直ぐに。打ち抜いて、Harold」
 楽しげな笑い声をあげて、琴莉の傍に居たHaroldが一羽飛び出していく。Ernestが描いた軌道通りに弾丸の速さで飛んだ水銀の鳥は、琴莉の道を阻む廃棄物を一撃で葬り去っていく。
(やったー)
(びしゃびしゃあ)
 ただ、声帯をつけたおかげで急に琴莉の周囲が賑やかになってしまった。図らずも眉間に皺が寄る。
「……それと、貴方たちは黙ってなさい」
(ええー)
「ええーじゃない。ErnestがあちらのHaroldと聞き間違えるとは思いませんけど、念の為」
 階段を駆け上がる刺客は、まだ片手を振り回している。そこのところの気持ちだけは、なんとなく理解出来た。

成功 🔵​🔵​🔴​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

確りと繋いだ宵の手を引き逃げる敵の後を追おう
人を斯様な物に変える等…否、今は追う事が先決か
そう眉を寄せ異形達へ唇から【罪告げの黒霧】を放ちながら手にしたメイスで敵や住人以外の障害物を『なぎ払い・地形を利用』しつつ進んで行こう

途中住人が居たならば繋いだ手を引き『怪力』にて宵を抱き上げんと試みた後確りと宵を抱きしめながら『念動力・空中浮遊』にてそれらを飛び越え先を進もうか
…宵、手を離すなよ?
そう己へと回された腕へ視線を向け声を投げながらも耳朶に届いた言の葉には思わず笑みを
…ああ、そうだな。俺も例え朽ちたとて離さぬゆえに
そう笑い宵を抱く腕に力を込めつつ先を進んで行ければとそう思う


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

強く握ったザッフィーロの手に引かれつつ
崩れくる瓦礫などがあれば「オーラ防御」で2人分の「結界」を張って弾きます

ええ、今はただあの忌々しい方々を追いかけることのみです
かれの声に篭もる心情をしのびつつ
行く手を阻んだり攻撃してくる敵を「高速詠唱」「属性攻撃」「部位破壊」をこめた【サモン・メテオライト】で迎撃します

できうるかぎり攻撃の精度を高めつつ
抱え上げられれば瞬時に察し、かれに腕を回ししがみつき
空中で襲ってくる敵に対しては「衝撃波」で建造物の崩れる心配のない方へ「吹き飛ばし」ます

ふふ、ご心配は不要ですよ
きみのこの手は、とわに離さぬと決めていますからね……!




 狭い九龍の急な階段を、ザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)が逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)の手を強く握って引き駆け上がる。こんなところで逸れるわけにはいかない。愛しいつがいを残して征ける二人ではないから。
 刺客は階上を必死に駆けあがっている。刺客自体は普通の人間のようで、影朧のような特殊な身体能力を有しているわけではなさそうだ。だが強迫観念にも似た執念で、刺客は足を止めない。
 そも、ホームグラウンドである九龍に誘い込んだ時点で、彼等は半ば勝ちを確信していた。九龍の内部は外見からは判断できぬ程に複雑だ。猟兵たちが自分たちを見失えば、そう簡単にアジトには辿り着けぬと知っている。だからこそ目くらましでもなんでもして、彼等は必死に猟兵の足を止めようとするのだ。
 刺客が階上から瓦礫を落とし、二人を足止めしようと試みる。だがそれを視認した瞬間、今度は宵がザッフィーロを追い越して前に出た。二人を包むように張った星の結界が瓦礫を弾き飛ばす。お互いが一つのような連携は、長く共に戦ってきたが故の賜物だ。二人は傷一つなく、刺客を視界に捉え続ける。
「ちっ、ゴミ共行け!!」
『イヒ!!! イヒひヒあハハアハはハハ!!』
 瓦礫や物による妨害が出来ぬと知るや、刺客は手に描いた魔法陣から「廃棄物」を数体召喚した。奇怪な笑い声をあげた奇怪な成れの果てが、ずるりとその姿を表す。
「人を斯様な物に変える等……」
 廃棄物を視認して、ザッフィーロが眉根を顰めた。ザッフィーロは本体の特性上、人の様々な罪や穢れに触れてきた。その身の内にヒトの穢れを引き受けてきた。だが、これ程までに悍ましい穢れがあっただろうか。人が人を貶めた結果として、これ程にヒトを冒涜することが出来るのか。
「……否、今は追う事が先決か」
「ええ、今はただあの忌々しい方々を追いかけることのみです」
 臍を噛む思いでメイスを揮うザッフィーロに、宵が強く手を握り締めながら頷いた。ザッフィーロの声に篭る心情は、誰より宵が一番理解できる。誰よりもザッフィーロの近くに在り、誰より彼の言葉と想いに耳を傾けてきた。短い言葉とその表情でも、彼の心中は理解できるつもりだ。だからこそ、宵は強く手を握る。その手で伝えたい想いがある。
 言葉にせずとも宵の想いや熱が伝わってきて、ザッフィーロは静かに頷いた。唇から身の内に溜め込んだ穢れの黒霧と放ちながら、弱った「廃棄物」を手にしたメイスで薙ぎ払いながら駆けてゆく。
 何を思うも今ではない。今だけは、悲哀も躊躇いも怒りも置いていかねばならないから。

 追走劇には思わぬ手間があった。往来の住人の数が多いのだ。
 騒動は既に九龍の中では日常なのか、手際よく離れる者も居れば我関せずと日常を続ける者もいる。九龍というもの自体が既に異様である。
 差し向けられる廃棄物を葬る為、出来うる限り攻撃の制度を高めて宵が小さな隕石を放つ。建物を傷つけぬよう細心の注意を払っているが、住人にも注意を払うとなると否応にも集中に時間をかけてしまう。
 一々避けていては間に合わぬと踏んだザッフィーロが、宵の手を強く引いて抱き上げた。
 飛ぶ気だ。
 すぐさまそれに気づいた宵が、ザッフィーロに腕を回してしがみつく。交わした目線に宿るのは心の底からの信頼。
 ザッフィーロが宵を抱えて強く床を蹴った。
 住人を飛び越え、壁を蹴って、まるで宇宙空間のように重力から解き放たれて二人は刺客に迫る。
「……宵、手を離すなよ?」
「ふふ、ご心配は不要ですよ」
 ちらりと自分に回された腕に視線を向けつつ、それでも前だけ向いて。そう言ったザッフィーロに、宵は当然とばかりの自信の笑みで返す。空中で襲って来る「廃棄物」を、建物が崩れる心配の無い方へと衝撃波で吹き飛ばして、宵は不敵に笑う。
「きみのこの手は、とわに離さぬと決めていますからね……!」
 心配の必要はない。絶対と言える程に強い誓いが宵にあるから、永久と口にしよう。悠久の時間を持つヤドリガミならば、永久は現実にもなり得る。
 耳朶を打つ力強い言の葉に、ザッフィーロは思わず笑みを浮かべた。
「……ああ、そうだな。俺も例え朽ちたとて離さぬゆえに」
 素直に嬉しかった。
 笑いながら宵を抱く腕に力を込め、ザッフィーロは壁を蹴った。
 二人ならば、きっと永遠にだって手が届く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フェレス・エルラーブンダ
【荒屋】
《暗視》を用いてふたりのしるべになるべく疾駆する
わたしの武器は小振りだ、派手な動きをしなければ周囲を壊しはしない
だからこそ先陣を切って
這い回る『それ』を、鈍らせるのがわたしのやくめだ

纏うぼろ布を脱ぎ捨て更に自らの速度を上げる
絡み付かんとする四肢が此方に伸びるよりも早く《先制攻撃》を
脚を、腕を削ぎ、翔ぶ
甲高い笑い声を上げる『なれのはて』を踏み台にして飛び越える
討ち漏らしてもいい、振り向く必要はない

――ジャハル!るい!

二人を信じて地を蹴った
躊躇うな、追い続けろ、匂いを、靴音を、その、背中を
自身に何度も言い聞かせ走り続ける

痛くないのに、涙が滲んだ
爆発しそうな心臓の鼓動は、聞こえないふりをして


ジャハル・アルムリフ
【荒屋】
――止まるな、振り返るな
灼き付ける覚悟は一瞬

速いな、フェレス

急ぎ追い付き、並び駆けて背を護る
「暴蝕」にて喚び出す黒霧めいた蟲竜の群れ
心殺して駆ける子が目にするものを
僅かでも遮られるよう

…肉だ
残さず、喰らえ

零れた生命力は吸収
進む糧と、ただ忘れぬ為
せめて、その無念の欠片だけでも連れて参ろう
障害を蹴倒し踏み越え
布状のものは目眩ましに投げ
階段を一足跳びに

傍ら往く萌黄色は
嘗て、ひとの形ではなかったという
…ひと、とは
どこからどこまでが
そう呼べるのだろうな
問うでもなく問うて

返る響きに
返事の代わり速度を上げる
知らず鋭くなる竜の眼は九龍城の奥
戯れの果て、かれらを廃棄物だと
もはや要らぬと定めづけた連中へ


冴島・類
【荒屋】
材料なんかじゃ…ないんだけどね
刺客の吐き捨てた暴言と彼ら見
覚悟は刹那

変容させられた彼らを
早く眠らせると先陣切る君
背護り忘れぬとする貴方
ふたりの疾走を追い

流石に早いね!2人共
漏らされる笑い声の輪唱を
かき消すよに

攻撃は周囲破壊しない為に
短刀と瓜江のみ使い
伸びて来る四肢を見切り、踏み込み
頭繋ぐ部位や、庇う位置を斬り先へ

フェレスちゃんに四肢が追い縋ることなどさせぬと
瓜江は掴み地に投げ
竜達から逃れよと彼らが周囲の建物に当たることなきよに
後ろを走る分動き見て弾き

使われる為に生まれた者などいるものか
終わらせる
一瞬でも早く

ひとでなしは
ひとを物とする側ですよ
誰ともない問いに、漏らし

彼らの声は胸に
大元へ




「材料なんかじゃ……ないんだけどね」
 刺客の吐き捨てた暴言と、「廃棄物」だと断ぜられた成れの果てへと冴島・類(公孫樹・f13398)は視線を注ぐ。
 同じひとであろうに。
 彼等と犯罪結社の人間の、どこにそんな差異があるというのだ。

 ――止まるな、振り返るな。
 
 類とジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)、そしてフェレス・エルラーブンダ(夜目・f00338)の三人は、刹那の内に自らに覚悟を焼き付ける。
 
 纏うぼろ布を脱ぎ捨てたフェレスの足が、更に加速する。
(「わたしの武器は小振りだ、派手な動きをしなければ周囲を壊しはしない」)
 だからこそフェレスは先陣を切る。這いまわる『それ』を鈍らせるのが、自身の役目と心得ている。
 
「速いな、フェレス」
 
 先陣を往くフェレスに急ぎ追い付き、ジャハルは小さな背を護る。その為に呼び出すのは「暴蝕」。黒い霧めいた蟲竜の群れ。
「流石に早いね! 2人共」
 「廃棄物」から漏らされる笑い声の輪唱をかき消すよに、言葉にいつもの調子を混ぜて類がふたりの疾走へと並ぶ。
 変容させられた彼らを早く眠らせると、先陣切る君。
 背護り忘れぬとする貴方。
 ならば類の役目は、その二人を護ること。そして――彼等の怒りを正しき相手にぶつけること。
 その為に類は縁の糸を手繰り、半身と共に駆ける。

 黒霧を纏ったジャハルと類は、階段を一足跳びに駆けあがる。途中目に着いた布を、刺客の目眩ましにと投げれば、それを突き抜けて冒涜の化身が三人に――、その先頭に居たフェレスへと襲い掛かった。
 
「ネエ、ネエ、ミてルヨ、ズットズット! ネエ、アソぼ、コロそ、ネエ、ボクを、コロ」
 絡みつこうとする四肢がフェレスに伸びるよりも早く、フェレスのダガーが閃いた。擦れ違いざまに足を削ぎ、止まらずに翔ぶ。
「イヒヒヒハハハハハハハ!!!」
「……っ」
 それは悲鳴なのか、歓喜なのか。
 甲高い笑い声をあげる『なれのはて』を踏み台にして、フェレスはその後方に居た「廃棄物」を飛び越える。
 討ち漏らしてもいい、振り向く必要はない。

「――ジャハル! るい!」

 二人を信じてフェレスは地を蹴った。
 
「……肉だ。残さず、喰らえ」
 ジャハルの言葉を合図に、飢え乾いた黒き小竜の群れが「廃棄物」へと食らいつく。黒い霧は心を殺して駆ける子が目にするものを僅かでも遮られるようにという、ジャハルなりの配慮だ。
『イ、ヒ、ヒ、あ、コロ……アリ……ガ……』
 小竜の咀嚼音に混じるノイズのような声。けれどもそれもすぐに掻き消える。
 零れた生命力はジャハルが吸収した。それは進む為の糧と、ただ忘れぬ為。顔も知らぬ誰かの無念も悲しみも、せめてその欠片だけでも連れて参ろう。
 障害にしようと刺客が投げ飛ばしたテーブルを蹴倒し、瓦礫を踏み越えてジャハルは駆ける。
「瓜江、そちらは頼むよ!」
 先を往くフェレスに追い縋ることなどさせぬと、出来損ないの四肢を振り回す「廃棄物」を瓜江に任す。飛び出した瓜江は片手で「廃棄物」の下肢を捉え、そのまま地に投げた。叩きつけられた「廃棄物」を黒霧たる竜たちが捕食する。そこから逃れようとした「廃棄物」に短刀を差し、また駆ける。また、小竜たちから逃れようと「廃棄物」たちが周囲の建物に当たることがないように、類は後ろを走る分動きを見て弾くことも忘れない。
 だが覚悟は決めていても、胸のうちにどこか捨てきれない想いがある。悔しさのような、怒りのような、虚しさのような。
「……使われる為に生まれた者などいるものか」
 住人達にだって未来も家族もあったはずだ。少なくともこんな風に浪費される人生ではなかったはずだ。
 それを思えば、類たちに出来ることは一瞬でも早く、これを終わらせることなのだろう。

 ちらりと、ジャハルは類を見る。
 傍ら往く萌黄色――類は嘗て、ひとの形ではなかったという。それは彼がヤドリガミという種族であることからも明らかだ。だが、時がモノに魂と意志を与え、ひとの姿を為して彼は今、ひとの姿で此処にいる。
「……ひと、とは。どこからどこまでが、そう呼べるのだろうな」
 問うでもない、それはジャハルの独り言のようなもの。
 本体はひとではないヤドリガミ。
 ひとを真似た姿をしているドラゴニアン。
 獣の耳と尾を持つキメラ。
 ひとのひとでないものの境界は曖昧だ。世界に在るひとの数だけ、認識は異なるだろう。
 だから或いは。
 異形となったこの哀れな「廃棄物」で「ヒトモドキ」ですらも、もしかしたらまだ「ひと」なのかもしれず。
 
 ――躊躇うな。追い続けろ。匂いを、靴音を、その、背中を。
 二人が自分を信じてくれているのをひしひしと感じるからこそ、フェレスは止まらない。自身に何度も何度も言い聞かせて走り続ける。
「……」
 だが、どこにも怪我などしてないのに。痛いことなんてないはずなのに、フェレスの金に涙が滲んだ。爆発しそうな心臓の鼓動は、今は聞こえないふりをして。そうしなければ走れなくなってしまう気がしている。

「……ひとでなしは、ひとを物とする側ですよ」
 誰ともない問いに、類が静かに言葉を零す。その返事の代わりにジャハルは速度を上げた。フェレスは止まらずに駆け続け、追い続ける。ちらりと見えた雫に知らず鋭くなく竜の眼は、未だ見ぬ九龍の奥へと向けられている。
 戯れの果て、かれらを廃棄物だと、もはや要らぬと定めづけた連中へと。
 
 刺客が飛び込んだ扉に、三人も間を置かずに飛び込む。
 肚の奥へと誘うように、闇に階段が続いていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

矢来・夕立
蛇さん/f06338

▼方針
ラーガ:経路の確保
矢来:障害の排除

どれだけ必死に生きてようが死体と変わんないでしょ。
なんなら巻き込まれて死んだ方が幸せだと思いますが。
…ま、おかしな感傷に浸るトカゲさんじゃなくて助かります。

それじゃあ、お仕事を振りましょう。
「輩どもに追いつくための最短ルートを調べてください」。

得られた情報に従って先行。
目の前にあるものを斬り殺す。他に為すべき目標もなく、走り続ければいい。
【竜檀】。
廃棄物だろうが、飛んでくる瓦礫だろうが、何かの死体だろうが、斬ります。
場合によっては細かめに斬るかもですね。街に影響が出るといけないんで。

誰が生きようが死のうが、なんの因果もありませんよ。


バルディート・ラーガ
矢来の兄サン/f14904

……ヒヒ。ちとイヤーな敵だなア。
対面をお任せできる協力者の有難みが染み渡りやすねエ。
勿論、もはや手遅れの命を引きずるよな真似は致しやせン。
あっしは情にもろいなり、情に訴える仕事をこなすのみ。

【伎倆の寸借】。オーダー、しかと承りやす。
九龍城塞、違法ながら固定電話は引かれてございやしょう。
識者……九龍住民らと衛星電話を繋ぎ、迷宮の案内や情報提供をお願い致しやす。
借りる伎倆は
「索敵」「情報収集」「世界知識」「追跡」「逃走阻止」「悪路走破」
てなトコですかしらン?

やア、流石の迷い無き太刀筋。見事なお手並みにございやすねエ。
回り回ってやっこサンらの救いにもなりやしょう、きっと。




 九龍の中は狭く暗い。往来なのか通路なのかもわからない、ネオンだけが極彩色と謳う安い街並みを駆け抜ける。住人は訝し気な目で此方を見ながら通路を開けるか、これも日常と騒動を気にも留めない者の二種類。だがそれも、先を駆ける刺客が「廃棄物」と呼んだ異形を解き放ったことで悲鳴に変わった。
『フ、ヒ。イヒヒ。イヒ、あハ、はハハハアハはは!! いたい、イタイノ、あげる!』
 のたうつような悍ましい動きで『それら』が矢来・夕立(影・f14904)とバルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)を目掛けてにじり寄る。
「……ヒヒ。ちとイヤーな敵だなア」
 バルディートから零れる笑みの残滓。あれが元・住人。現・ヒトと冒涜したナニカ。込み上げる感情に、バルディートの笑みはすぐに消えた。
 その間にも出来損ないの触腕を鞭のようにふるって、バルディートを叩き伏せようと「廃棄物」が飛んだ。
 だが、その触腕はバルディートに触れること叶わず、一刀両断された。
「対面をお任せできる協力者の有難みが染み渡りやすねエ」
 チン、と鯉口が鳴る。
 遠慮など一切ない冷徹の刃をふるった夕立が、刀を鞘に納める。感情は、基本的に読み取れない。
「どれだけ必死に生きてようが死体と変わんないでしょ。なんなら巻き込まれて死んだ方が幸せだと思いますが」
 刃と同じように、夕立の言葉もまた冷徹だ。心の一端も掴ませぬ程に取り付く島もない。だが慈悲をかけている時間も意味もないと、夕立は断ずる。その上で、緋色がちらりとバルディートを見遣った。
「もしかしてこういうのに躊躇する性質です?」
「いやいや。勿論、もはや手遅れの命を引きずるよな真似は致しやせン。あっしは情にもろいなり、情に訴える仕事をこなすのみ」
 バルディートは諸手を挙げて首を横に振る。
 感情で現実を誤認する程に、バルディートは無垢でも子どもでもない。29歳という年齢と彼の経験は、現実と感情を切り離す術を身に付けるに足る。だから己の出来ることを知っているバルディートは、携帯電話を取り出した。
「……ま、おかしな感傷に浸るトカゲさんじゃなくて助かります」
 彼に問題なさそうだと知り、夕立はゆるく目を閉じた。そして再び視線を向けるのは、先。
 廃棄物を放った刺客が、角を曲がって視界から消える。今から追っても良いが、一度視界から消えたことで、追走の難易度がぐっと上がっている。故にバルディートは携帯電話を持ち、夕立を促すのだ。
 バルディートには他者からの命令を承諾することで使えるユーベルコードがあるのだから。
「それじゃあ、お仕事を振りましょう。輩どもに追いつくための最短ルートを調べてください」
 その名を、「伎倆の寸借」。
「オーダー、しかと承りやす」
 口角挙げて承諾した瞬間、バルディートの携帯電話に突然数字の羅列が打ち込まれた。

「九龍魔窟、違法ながら固定電話は引かれてございやしょう。識者は……まあ当然九龍住民ってことになりやしょうかね」
 下されたオーダーは、刺客に追いつくための最短ルートの調査。
 九龍のことは九龍の者に聞くのが一番だ。そして敵を探す術、犯罪組織の情報、九龍の知識、逃走ルート、そしてその阻止方法。悪路を走破する為の術。その辺りの調査だ。
 数度のコールの後に、ガチャリという随分古臭い音がした。
「もしもし? 迷宮の道案内や情報提供をお願いしたいンですがねエ」
 軽い調子で、バルディートは電話口の相手に経緯を説明する。このユーベルコードを使う限りは、下手な交渉も不要。猟兵の名を出すだけで、電話口の相手もまた簡単に協力を申し出てくれた。
「というわけで、思い当たるところはありやせんかねエ?」
『……九龍の上は、龍の頭のみ』
「うん?」
『龍に巣食う魔へと辿り着きたいのなら、九龍の底へ行け。誰も降りぬ穴の縁に隠された新月の扉を見つけたなら、龍の肚の奥へと行ける』
 バルディートの目が、静かに細められた。

「……成程ねエ。有難う御座えやす。……矢来の旦那。九龍の底、誰も降りぬ穴の縁に新月の扉、だそうですよ」
「なんです、それ」
「逃亡者が言ってた、廃棄物を捨てる穴のことでしょうなア。穴まではそう面倒な道のりじゃあありやせん。あっしが案内出来そうです」
「そうですか、じゃあお願いします」
 頷き合うと、二人は同時に床を蹴った。
 
「この通りを突きあたったら、左に下り階段があるって話でさア」
「了解です」
 バルディートが得た情報に従い、先行するのは夕立だ。
 人の多い往来を抜け、突き当たった先に情報通りの狭い下り階段があった。駆けおりる音がやたらと響く。
 最早ここが九龍のどのあたりなのか想像もつかない。此処は地上なのか、地下なのか。中心なのか、端なのか。どうでもいいかと思いながら、階段の終わりに現れた扉を蹴破った。

 そこに現れたのは巨大な穴だった。
 九龍の建物自体が、この穴を取り囲むように配置されている。無秩序に作られた九龍の建物も、この穴には一部たりともせり出したりはしない。まるで巨大な円柱でくりぬかれたかのように、ぴたりと同じ大きさで穴が空いていた。天を仰げば、建物の天井で屋根のようなものが穴を覆っている。外からではその存在がわからないように細工されているのだろう。
「……おや」
「きっ、貴様らどうやってここまで……!」
 そしてその穴の縁にある通路に、先程まで二人が追っていた刺客が居た。刺客は慌てて「廃棄物」を放つ。その上で、瓦礫やそこらに転がっていた死体も二人に投げつけてきた。
 
 だが、そんなもの。竜檀してしまうだけ。

 廃棄物だろうが、飛んでくる瓦礫だろうが、何かの死体だろうが。
 そのどれも、夕立の太刀筋を鈍らせる理由になりはしない。全て容赦なく真っ二つに斬って捨てるのみ。
「やア、流石の迷い無き太刀筋。見事なお手並みにございやすねエ」
 穴の中に落ちていく死体を横目で見遣りながら、バルディートが黒焔の手を叩く。どうやって音が鳴っているかは少々謎だが、きちんとパチパチと音がしていた。
「回り回ってやっこサンらの救いにもなりやしょう、きっと」
 大穴の闇に呑み込まれて消えていく「廃棄物」を、バルディートは目で追った。少なくとも、異形として自我もなく生き延びるよりならば、これが救いになることもあるだろうから。
「誰が生きようか死のうが、なんの因果もありませんよ」
 だがそんなバルディートの祈りにも顔色ひとつ変えずに、夕立は刃に付着したタールを払った。黒き大穴に、黒い雫が飲み込まれて消える。

 死とは即ち――こういうものだろう。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

柊・はとり
アポカリプスヘルじゃねぇかよ
の一言で済むのが忌々しい
不衛生な環境、崩れた倫理
こんな物に慣れている自分に反吐が出るが
そこで絶望しちゃいられない

追跡なんかそれこそ探偵の十八番
修羅場は生きてる時だって何度も潜ってる
俺達探偵は全能の神じゃない
『俺が』救えなかったなんて言う程思い上がってねえよ
後悔は事件を解決してからする事だ

敵はゾンビを斬るように無心で斬る…が
寧ろ手加減が苦手だ
コキュートス、セーフモードにしろ
『機能がロックされています』?
…ああそうかよ
お前は俺を苦しめる為にいるんだったな

【第五の殺人】で封印を一段階だけ解除
単純な切断やなぎ払いで敵を瞬殺

おい
探偵に喧嘩売ると死ぬぞ
余裕あれば恫喝で刺客を牽制




 九龍の中に入ってすぐ、心に思い浮かんだのは既視感だった。
「アポカリプスヘルじゃねぇかよ」
 柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は舌打ちを隠しもせずに毒づいた。だが、一番忌々しいのは、その一言で済んでしまうことだ。
 不衛生な環境、崩れた倫理。サクラミラージュにあって異端とされる九龍の現状は、確かにアポカリプスヘルによく似ている。こんなものに慣れている自分にこそ反吐が出るが、そこで絶望してはいられない。この場所がどんな場所であれ、今はとりの目の前で逃走を図る犯人一味の一人が居るのだ。
「追跡なんかそれこそ探偵の十八番。修羅場は生きてる時だって何度も潜ってる」
 ならば今はこんな思考は不要だ。此処であの刺客を逃がしてしまえば、はとりはきっと自分を殺したくて仕方なくなる。だからこそ、全力で走るのだ。
 
(「俺達探偵は全能の神じゃない」)
 
 はとりに向けて召喚された「廃棄物」は、最早人間の出来損ないと言えた。歪な四肢。ぞろりと蠢く触腕。眼窩には淀んだタールしかなくて、そこには人間性や意志があるようには見えない。これが、犯罪結社が行った実験の果て、怪奇人間にもなれなかった者たちが「廃棄物」と呼ばれる影朧になっもの。
 救えるものならもっと早くに救いたかったと思う。
 だがそれは、はとりが与り知らぬところで行われた犯罪だ。探偵とて、世界中全ての事件を未然に防ぐことが出来るわけもない。だから――。
「『俺が』救えなかったなんて言う程思い上がってねえよ」
 忌々し気に眉を跳ね上げながら、はとりは偽神兵器「コキュートスの水槽」を振り上げる。
 後悔は事件を解決してからする事だ。まだ何も解決していない。その糸口を見つけただけ。今はとりがすべきことは、その糸口を引き寄せて解決への扉を探ることだ。まだそこに辿り着いていない以上、余計な感傷は今は全て捨てて追いかけるのみ。
 
 召喚された「廃棄物」を、まるでゾンビを斬るように無心で斬っていく。血のかわりに飛び散るタールのような黒い液体が、はとりの服を黒く汚していく。
 割り切ってしまったから、こうして敵を斬っていく分にはいい。だが、むしろ手加減が苦手だ。このままではやりすぎてしまう。
「コキュートス、セーフモードにしろ」
 淡々と「廃棄物」たちを斬りながら、はとりはコキュートスに内蔵されたAIに操作を要求する。だが――。
『機能 が ロック されています。セーフティーモード は 起動 出来ません』
「……ああそうかよ。お前は俺を苦しめる為にいるんだったな」
 返ってきた返答はその名の通りに冷たいものだった。
 この大剣は道具ではあっても味方ではない。氷の大剣はそれを振るう力をくれるが、そのエネルギー源は使用者の苦痛だ。余計な苦痛は追跡にも支障が出てしまう。それでも、これを振るわねばならないから。
 はとりは舌打ちをすると、その封印を一段階だけ解除した。そのまま下段から斬り上げれば、階下から昇ってきた「廃棄物」が真っ二つに裂けてぐしゃりと落ちる。心が、体が、苦痛を感じていた。
 
「おい」
 触腕の攻撃をコキュートスで薙ぎ払うと、階下に刺客の姿が見えた。階段を飛ぶように駆け下りながらも、はとりは叫ぶ。
「探偵に喧嘩売ると死ぬぞ」
「はっ! ただの一職業だろうが!」
「……そう思ってんなら、お前は探偵ってもんを何もわかっちゃいない」
 コキュートスとはとりの瞳が、凍てついた青で刺客を睥睨する。
「探偵に喧嘩売った犯人はな、逮捕されるか死ぬか。どっちかしかないんだよ」

成功 🔵​🔵​🔴​

マナン・ベルフォール
おやおや、元気なことで

逃げる彼等を足を止めずに追跡
その際、適度に油断を誘う様に速度などを密かに調整

案内役の仕事を奪っては可哀想ですから

妨害に放たれた失敗作に対してはあまり時間をかけてもいられませんからね
【見切り】【功夫】【暗殺】を活かして可能なら一撃で片付けておきたいところですね
後片付けも大変そうですし、ね

周囲の建物などに影響が無いよう留意する事も抜かりなく
【結界術】

苦戦している者がいれば場合によっては手助け

憐憫?躊躇?
それが何の役に立つと?
この場合、終わらせてやることが、再発防止をする事が「優しさ」でしょう?
とにっこり

アドリブ
絡み歓迎




「おやおや、元気なことで」
 九龍の中を逃げる刺客たちを、マナン・ベルフォール(晴嵐・f28455)は足を止めずに追跡する。ぐねぐねと行き先を変え、此処が九龍のどの辺りなのかは既にわからない。だが、総じて彼等は「下」を目指していると判断してよさそうだ。上った階段よりも、下る階段の方が多くなっている。
 天を目指した龍かと思っていたが、その実は伏龍だったのだ。だからこそ、目覚めさせてはいけない。
 
 速度をひそり調整しながら、マナンは適度に刺客の油断を誘う。緩急つけた追走劇は今やマナンの掌の上だ。最終的には逮捕するが、まずはその前に役目を一つ果たしてもらおう。案内役という役割を奪うのは、可哀想だろうから。
 くつり、マナンの唇が半月を描く。
 その笑いに覆いかぶさるように、甲高い笑い声が響いた。
『アハはハハはハハハハハハハハハ!!』
 刺客が召喚した影朧。「廃棄物」と呼ばれたヒトの成れ果てだ。悍ましい動きで地をのたうち、触腕をしならせてマナンに飛び掛かってくる。まるで、遊んでほしいと言わんばかりに。
「やれ、あまり時間をかけてもいられませんからね」
 勢いよく振り下ろされた触腕を見切り、するりと廃棄物の背後を取ると、マナンは一切の躊躇なく手刀をその背に突き刺した。手刀は廃棄物の体を貫通し、その指先からは血の代わりにどす黒いタールのような何かが零れ落ちている。
 びくんびくんと痙攣する廃棄物を、手刀を抜きざまに刺客に向けて投げ返す。勢いよく飛んだ廃棄物の死体は、刺客の鼻先を掠めて壁に叩きつけられた。ぐしゃりと響く音。一瞬だけ刺客の足が止まる。
「憐憫や躊躇もなしか……。猟兵ってのは優しくないんだな」
「憐憫? 躊躇? それが何の役に立つと?」
 皮肉を込めて言っただろう言葉にも、マナンは動じない。それどころか、呵々と可笑し気に笑う。その笑みに底は見えない。
「この場合、終わらせてやることが、再発防止をすることが『優しさ』でしょう?」
 違いますかと言わんばかりに、マナンはにこりと笑みを浮かべる。
 笑っているが、細められた目の奥の瞳は剣呑な色を宿している。なかなか見えぬマナンの本心が、垣間見えていた。
 憐れみも躊躇も、したい者がすればいい。
 けれども今は進むことが最重要。ならばそれを妨げる障害は排除すべきだし、既に手遅れである者を助けるために葛藤する時間はない。
 マナンは温和な笑みとは裏腹に、効率的で冷徹だ。重要な仕事をこなすために不要な感情は抱かない。
 己よりもよっぽど豪胆かつ割り切れてしまう相手だと悟った刺客は、冷や汗が流れるのを感じながら駆け続ける。
 自分の手には追えない。
 そう感じた瞬間から、刺客の足は無意識にアジトへ帰投することへと切り替えられた。それこそがマナンの、ひいては猟兵の狙いとも知らずに。

成功 🔵​🔵​🔴​

スキアファール・イリャルギ
……李静さんは優しい方だ
己が今迄捨ててしまった人たちに謝罪していた
勘違いとはいえ、怪奇人間たる私を心配してくださった……

UCで躰を影にし進む
これなら狭い通路も通りやすいし
障害物も……"敵"の攻撃も、回避はしやすい筈
姿は闇に紛れつつも存在感は増幅させ
刺客に己の存在を認識させ続ける
何だったら怨声を吐き散らしますか
恐怖の鬼ごっこの開幕だ

"敵"は私に触れた瞬間に雷(属性攻撃)を一気に流し込み振り払う
……私も、あなたたちの様になっていたかもしれない
幸運だった――なんて、言えません
……ごめんなさい、今は……

……赦せない
何が崇高な実験だ
九龍の人々をゴミ扱いしやがって
怪奇人間を兵器みたいに扱いやがって――!!




 九龍の中をどれくらい走っただろう。
 安いネオンの光る街を抜け、怪しい肉屋を通り過ぎ、九龍の闇へと近づいていく傍ら、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の意識には先程の中華料理人に居た逃亡者の姿がまだちらついていた。

「……李静さんは優しい方だ」
 だって彼は、己が今迄捨ててしまった人達に謝罪していた。勘違いとはいえ、怪奇人間たるスキアファールを心配してくれた。ひとの心の温かさを感じられた。
 今回体験したことは、彼にとっては辛い体験だろう。だが、それでも優しさをまだ口にすることが出来るのなら、彼は罪を犯したかもしれなくても悪人ではない。いつかは立ち直れることを祈って、スキアファールは彼の背を見送った。
 
 駆け抜ける刺客を追って、スキアファールもまた走る。ただし、ひとの姿ではない。ユーベルコードによって現した「影人間」の姿である。無数の目と口を持つ、耳聡い不定形の影。悍ましく冒涜的な“恐怖の影”だ。それが、影人間としてのスキアファールの怪奇。
 不定形の影の姿ならば狭い通路も通りやすく、障害物も――“敵”の攻撃も回避はしやすいはずだ。ただ、それを“廃棄すべきもの”として呼ぶことだけは躊躇われたが。

 薄暗い九龍の中では、影の姿は闇に紛れやすい。ともすれば追われていないと勘違いしてしまうかもしれず、だからこそ刺客を焦らせるための存在感だけは増幅させた。
「ウゥ……ウゥゥゥゥルルルル……」
「ひっ!? なんだ、どこだ!?」
 ついでとばかりに怨声も吐き散らせば、刺客は勝手に焦ってくれる。――否、この怨みは誰のもの。姿は大して見えぬのに、存在感だけが異彩を放って刺客を精神的に追い詰める。恐怖の鬼ごっこの開幕だ。
 
「くそっ、クソッ、お前ら、廃棄物共、足止めしろ!!」
 見えぬ恐怖に追い詰められて、刺客が魔法陣をスキアファールに突き出した。術式が起動すると同時に手の甲の魔法陣からずるりと「廃棄物」たちが這い出して来る。何体も、何体も。
 「廃棄物」は皆笑っている。タールの詰まった眼窩には意志や自我はない。皆、人から怪奇人間の成れの果てに。そして影朧の依り代となり、ヒトモドキの怪物と成り果てた。
 影の瞳が悲し気に伏せられる。その触腕が影であるスキアファールを捉えようと、触れた瞬間。
 
 ――バヂッッ!!!

 スキアファールに触れた瞬間、高電圧が一気に「廃棄物」を襲った。あまりの電撃に触れた「廃棄物」が一瞬で黒く焼け焦げて離れていく。
「……私も、あなたたちの様になっていたかもしれない」
 勝利の余韻などというものはない。
「幸運だった――なんて、言えません。……ごめんなさい、今は……」
 憐れみとも違う。
 これはきっと、
「……赦せない」
 彼等に己を重ね合わせた、影人間の慟哭。そして、咆吼。
 
「何が崇高な実験だ。九龍の人々をゴミ扱いしやがって」
 影の身体中の目が一気に全開する。ぎょろりと、全ての目玉が影の中で刺客を見定め。
「怪奇人間を兵器みたいに扱いやがって――!!」
 全ての口で咆吼した。
 刺客を追って飛び出した先は、九龍の「穴」と呼ばれる巨大な縦穴の縁。その外周に、他とは違う作りの扉が見えた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雨・萱
【雨白雫】

湿り気はあれど心地よくはないのぉ
ごみごみとした地に足を付けるのも嫌での。空をすべるように移動するとしよう

廃棄物とやらに哀れみは感じぬ
我が創ったものでもなければ
我に所縁あるものでもない
そのような姿になったのも過ぎたこと
向かってくるのならば葬るまで

【紫煙】からくゆる煙で攪乱し、近きものどもは【颯】で打ち据える
数が多いのぉ。面倒じゃ
UC【咒】を発動させ我の雨を降らせよう
打ち付ける雨は生命力を吸収する
これらを力と変えてより一層早く移動

くふ。ハクの刃は優しいの。切れ味鋭く迷いない。
沙羅羅の雨はなんと心地よいものか
噫。折角の馳走の味を忘れそうじゃ。
早く終わらせて再び楽しまねばならんな。


夕時雨・沙羅羅
【雨白雫】

おしごと、おしごと
いつもは花の森やお菓子の町に囲まれているから、目新しい光景は新鮮
だが、きれいではないな

僕が大切なのはアリスだけ
僕が憎むのはオウガだけ
おしごと中の障害物、邪魔ならただどかすだけ

倒すより進むが優先なら、攻撃をかわした方が早い
【雨】たちを呼びだして、オーラ防御で庇ってもらおう
通路を先行させて、道案内の助言をもらうのも良いだろうか
雨の防波堤を越えてくる相手がいたら、氷の刃持つ魚【唄】や透明な水の心【空】で払うとする

…やはり、楽しみは最後に取っておくに限る
でも、しゅえんさんのきれいな雨も、はくさんの激しいけど優しい刃も、こういう時でないと見られないだろうから
がんばろうって思う


白神・ハク
【雨白雫】

こんなにいるのにのんびりしてちゃダメみたいだねェ。
ここにいる奴ら全部廃棄物?
廃棄物さんにもイイコトを齎してあげる。
僕は優しい白蛇だから、廃棄物になってもイイコトを齎すんだよォ。

身丈以上ある再生の刃で薙ぎ払うよォ。
僕の再生の刃はイイコトを齎すんだァ。
僕らは急いでいるんだよね。道を開けてくれないかな。僕が先陣をきるよォ。
廃棄物ってなんで廃棄物なんだろうねェ。
僕が来たから廃棄物にも絶対にイイコトがあるよォ。

お姉さんと沙羅羅も凄いねェ。とっても頼もしいよ
きれいな雨だねェ。みぃんな喜んでいるよォ
僕も早く次のご馳走に有り付きたいなァ
さっきのご馳走も凄く美味しかったからね
次は何を食べようかな




「おしごと、おしごと」
 夕時雨・沙羅羅(あめだまり・f21090)と雨・萱(天華ウーアーリン・f29405)、そして白神・ハク(縁起物・f31073)の三人は、九龍へと足を踏み入れる。
 アリスラビリンス出身の沙羅羅は、いつもは花の森やお菓子の町に囲まれている。ゆえに雑多で狭く、安いネオンに溢れた九龍は目新しくて新鮮だ。だが――。
「だが、きれいではないな」
「うむ。湿り気はあれど心地よくはないのぉ」
 美しい景色などここにはありはしない。美しい世界の外側の、昏い世界の体現が九龍だ。加えてボロボロの配管から零れる水滴がコンクリートを濡らし、不快な湿気が肌を包むだけ。此処が肌に合うのは自身がそういう属性を持ち合わせた、影の中を歩き続ける者だけだ。
 こんなごみごみとした地に足をつけるのも嫌で、萱は空を滑るように移動する。触れたら穢れてしまいそうで。
 事実、此処は穢れが多い。場所も水も、そしてヒトも。更には今三人が追う刺客が放った敵も。三人に追われるのは不利と悟ったか、手の甲の魔法陣から召喚した「廃棄物」は十を越える。
「こんなにいるのにのんびりしてちゃダメみたいだねェ。ここにいる奴ら全部廃棄物?」
「じゃろうな。みな一様に悍ましい姿をしておるわ」
 床をのたうつ「廃棄物」はヒトの成れ果て。そして影朧の依り代。タールが詰まったような眼窩にはもうヒトの意志や人格などは感じ取れない。あれはもう、「敵」だ。
「じゃあ廃棄物さんにもイイコトを齎してあげる」
 そう言って、ハクは身の丈以上もある「再生の刃」を構える。
「僕は優しい白蛇だから、廃棄物になってもイイコトを齎すんだよォ」
 だってハクは、偉い神様の使いだから。優し気な笑みを浮かべながら、ハクは襲い来る触腕を薙ぎ払った。
 再生の刃は使用者にイイコトを齎す連鎖の刃。
 与えられた傷は癒えることなく、次々と発生する幸運がハクの動きをアシストする。斬りつけた「廃棄物」が苦悶して暴れ、結果滅茶苦茶に暴れ回る触腕が別の「廃棄物」の行動を制限する。刺客が投げつけた椅子が薙ぎ払われて吹っ飛んだ「廃棄物」とぶつかり、別の「廃棄物」を下敷きにする。ハクはただ一度斬りつけるだけでいい。強力な幸運が、ハクの刃を助ける。まるで、神懸かりのように。

「数が多いのぉ。面倒じゃ」
 ぽた、ぽた。ぽたた。
 九龍の中に雨が降る。
 雨漏りでも配管の故障でもない。雨をもたらす二人が、二つの異なる雨を九龍に降らせている。
 生命力を吸収する呪いの雨を降らすのは萱。雨を避けることは難しい。雨粒に打たれる程に、廃棄物が地に伏せて動かなくなっていく。
「廃棄物とやらに哀れみは感じぬ」
 呪いが奪った生命力を己が力としながら、萱は無感情に言の葉を吐いた。
 萱が創ったものでもなければ、萱に所縁あるものでもない。九龍の住民がそのような姿になったのも、既に過ぎてしまった過去だ。
 そしてそれは沙羅羅もまた同じ。
 沙羅羅が大切なのはアリスだけ。沙羅羅が憎むのはオウガだけ。
 従って、沙羅らもまた「廃棄物」たちに所縁なく、今までの「敵」となんら変わりない。
 萱にとっても沙羅羅にとっても、あれは仕事中の障害物。向かって来るならば迎え撃つまで。そこには如何な感情も無い。

 倒すことより進むことが優先と、沙羅羅が召喚するのは林檎サイズの浮遊する雨。呼び出した雨のうち四分の一を先行させて、刺客の追跡と道案内の助言を頼む。そして残りの雨たちは、雨の防波堤を作って沙羅羅たちを庇ってもらう。
「僕らは急いでいるんだよね。道を開けてくれないかな」
 ハクが先陣を切り、沙羅羅が護り、萱が雨に流す。
 友の連携は水を流れるように滑らかで、波濤のように襲い来る「廃棄物」たちをものともしない。白蛇と雨に流された後に立つ「廃棄物」はおらず、その様子に刺客が焦りを見せていた。
「廃棄物ってなんで廃棄物なんだろうねェ」
 執拗な触腕の攻撃を雨の防波堤に隠れて防ぎ、飛び出して刃を振るうハクが首を傾げる。ハクの笑みと「廃棄物」の張り付けられた笑みが交差し合い。
「僕が来たから廃棄物にも絶対にイイコトがあるよォ」
 擦れ違いざまに、まるで豆腐を斬るようにするりと刃が「廃棄物」を撫で斬っていく。真っ二つに割れる「廃棄物」を沙羅羅の防波堤が弾き飛ばし、打ち付ける萱の呪が命の灯火を消していく。

「ああ、きれいな雨だねェ。みぃんな喜んでいるよォ」
 建物の中にあって心地よい雨に濡れながら、ハクが天を仰いだ。配管だらけの天井にかかる薄雲は、二人の雨をしとしと降らせて火照った体を冷やしてくれる。
「くふ。ハクの刃は優しいの。切れ味鋭く迷いない」
 宙を滑りながら萱が袖で口元を覆いしゃなりと笑った。「廃棄物」にとって死は救いである。もう、戻れないのだから。一撃で斬り捨てるのは慈悲だ。
「沙羅羅の雨はなんと心地よいものか」
 林檎のような雨粒をつんと萱が突けば、隣を滑る沙羅羅もそっと目を細めた。
「お姉さんと沙羅羅も凄いねェ。とっても頼もしいよ」
 友で、頼もしき仲間。戦場を駆けるのにこれ以上の信頼はない。
 
「……やはり、楽しみは最後に取っておくに限る」
 ぽつり、沙羅羅が呟いた。
(「でも、しゅえんさんのきれいな雨も、はくさんの激しいけど優しい刃も、こういう時でないとみられないだろうから」)
 最後に残した楽しみの為に、二人と共に駆けるため、がんばろうと沙羅羅は思うのだ。
「噫。折角の馳走の味を忘れそうじゃ。早く終わらせて再び楽しまねばならんな」
「さっきのご馳走も凄く美味しかったからね。次は何を食べようかな」
 まだ鼻腔の奥で、先程味わった中華料理の香りが残っている。これが消えてしまう前に、全て終わらせてしまおう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

突き飛ばされてきた女性を片腕で受け止め
これ以上巻き込まれぬよう隠れていろの意味を込めてその背を柔く押す
それでも足は止めず、けれど転がされたテーブルたちさえ壊さぬように──きっと誰かの大事なものであるだろうから──軽々飛び越え避けて追跡する

『廃棄物』と称された彼らを前にしても怯むことなく
然し刃は無用
絡みつく四肢に、幼子が抱きつくようなその仕草にフと淡く笑み零して
「──もう、おやすみ」
子どもをあやすよう、優しくその背を撫でる

異形だろうと関係ない
『廃棄物』だなんて思わない
苦しいことも、悲しいことも、
今は全てを置いてゆっくり休むといい。
──大丈夫、
俺が全て、持っていくから。




 もうどれくらい走っただろう。
 往来を抜け、狭い通路を駆け、上った階段を今度は飛び降りる。おかげでもう此処が九龍の何処なのかわかったものではない。さて、終わった後はどう帰ったものか。
 前を駆ける刺客は、もう随分疲れているようにも見える。追跡は刑事としても何度も経験している。加えて普段から鍛えているおかげもあって、丸越・梓(月焔・f31127)は難なく刺客を追い続けられている。
 見失わない程度の距離を追い続けられると、刺客にとっては精神的負荷が大きいだろう。加えて体はどんどん疲れてくる。判断能力は低下し、自分には手に負えないのならば手に負える者のところへ行こうと無意識に思う。刺客は焦っていた。
 通路でぶつかった女性を、好機とばかりに刺客が突き飛ばした。突き飛ばした先は階段だ。落ちる――。
「大丈夫か?」
 だが宙に浮いた女性を梓は大きな手で受け止めた。これ以上巻き込まれぬよう隠れていろという意味を込めて背を柔く押せば、女性は何度も「謝々」と行って逃げて行った。
 女性を助けながらも、梓は決して足を止めない。だが、転ばされたテーブルや椅子すらも壊さぬよう、軽々に飛び越え避けて追跡を続ける。
 きっとそれらも、誰かの大事なものであるだろうか。
 
「ああああクソォォ!! 足止めしろ、廃棄物共!!」
 自棄になった刺客が、手の甲の魔法陣から「廃棄物」たちを召喚するのももう何度目だろう。回数を重ねるたび、召喚する「廃棄物」の数が減っていく。召喚できる数に制限があるのか、それとも召喚に使う魔力が尽きているかは知らないが好都合だ。
 此度召喚されたのは三体だけ。
「クソッ、クソッ、切れた、なくなった、クソッ!!」
 わかりやすい悪態をついて、刺客が扉へと消える。
 刺客の背を追う前に、「廃棄物」たちが梓を拘束しようと四肢をの触腕を広げた。
 その異様にも、梓は決して怯むことはない。だが同時に、佩いた刃に手さえかけなかった。
 廃棄物たちの四肢が梓に絡みつく。
 まるで幼子がぎゅうっと抱き着くような仕草。力はその比ではなくとも、そうとしか思えぬ仕草に梓はフと淡い笑みを零して。 
「――もう、おやすみ」
 その背を優しく撫ぜた。
 まるで子供をあやすように、優しく、優しく。
 その瞬間、「廃棄物」を影朧たらしめていた何かが、パキリと砕けた。

 異形だろうと関係ない。
 『廃棄物』だなんて思わない。
 彼等は人だ。人だったのだ。
 それを身勝手に弄られて、挙句に不要とされた出来損ない。召喚した影朧を宿すことしか出来ぬ異形となってしまっただけ。
 彼等が人であった証拠に、梓の腕の中で異形の肌色が溶けて崩れていく。そこから垣間見えたのは、きっと女の子だった。

「……苦しいことも、悲しいことも、今は全てを置いてゆっくり休むといい」
『……ゥ、ァ……爸爸、妈妈……』
「――大丈夫、俺が全て、持っていくから」

 だからもうおやすみ。
 大切な家族に、その魂が出逢えるように。
 
 事切れた廃棄物――否、女の子を寝かせて、梓は再び強く地を蹴った。
 刺客が飛び込んだ扉を蹴破って、長い長い下り階段を駆け抜けていく。その階段の終焉に、九龍では見たことが無い程に頑丈で立派な扉を開けようとしている刺客の姿があった。
 猟兵たちは遂に、龍の底へと辿り着いたのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『黯党戦闘部隊『深闇』将校』

POW   :    凸式戦闘術
【闘気を纏った】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【同胞】の協力があれば威力が倍増する。
SPD   :    死霊術式戦闘術
【銃剣】で武装した【同胞】の幽霊をレベル×5体乗せた【装甲車】を召喚する。
WIZ   :    「貴公らはこの欺瞞を棄ておくのか!」
対象への質問と共に、【冥府】から【亡き同胞】を召喚する。満足な答えを得るまで、亡き同胞は対象を【生前の得物】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は国栖ヶ谷・鈴鹿です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 九龍の上には頭のみ。龍に巣食う魔へと辿り着きたいのなら、九龍の底へ行け。誰も降りぬ穴の縁に隠された新月の扉を見つけたなら、龍の肚の奥へと行ける。

 猟兵の調べ上げた情報に、そんなことを言った情報屋の話があった。
 それを証明するかのように、猟兵がそれぞれ追っていた全ての刺客がある一点へと収束していく。わざと捕らえるのを先送りし、差し向けられた「廃棄物」たちを撃破し、追いかけながら辿り着いたのは、等しく九龍の大穴であった。
 九龍の大穴。
 それは、逃亡者の青年李静が言っていた、九龍のゴミ捨て場。ありとあらゆるゴミ、不都合なもの、そして、李静とその兄貴分が結社の「廃棄物」を捨てていた場所。
 九龍という無秩序な場所で、唯一この大穴にだけは建物がはみ出さないように作られている。まるで、この大穴自体を怖れるかのように。
 
 猟兵たちが追っていた刺客は、猟兵というものが己の手に負えないとわかった途端、皆ここを目指した。己の手に余るならば、手に負える者に託す。ヒトの命を簡単に弄ぶ結社員たちであっても、自らの命は惜しいのだろう。
 大穴の外周に出た刺客たちが、ある一つの扉を潜っていく。新月の意匠が彫られた鉄の扉だ。猟兵たちもそこに飛び込めば、長い長い螺旋を描く下り階段があった。その先に、この九龍では見たこともない程に頑丈な扉が見える。
 猟兵全員が、そこだと確信した。
 
 扉の前で集った刺客を全員昏倒させ、捕縛する。
 そして全員頷き合い、重い扉を開いた。
 
 淀みを溜めたような、重い空気が漂っていた。
 灯る赤の光は亡霊ラムプか。仄暗い赤に照らされた室内は異様の有様だ。
 錆びた匂いの手術台。そこに描かれた曼陀羅と、壁一面に張られた複雑な紋様と漢字が並べられた札。いくつもの培養層。隅のやけに臭うゴミ箱。
 そしてその最奥にある、明らかに呪いの類であろう巨大な札のかかった祭壇に、人影がひとつ。
「……見つかってしまったか。忌々しい猟兵共め」
 振り返ったのは初老の男だった。血走った眼は狂気と怨嗟に塗れ、この場所の空気のように酷く濁っている。男の手には、足が握られていた。誰のものとも知れぬ足だ。他にも男のいる祭壇の横には、山のように人体の部品が積み上げられている。
 悍ましい、と、誰かが呟いた。
「全ての実験体を使い切ってしまった。怪奇人間にすらなれぬゴミ共だが、足止めにすらならなかったとはな。つくづく役に立たない者たちだ」
 持っていた足を無造作に捨て、男は祭壇に触れる。
「お前達を此処で殺して実験体にするのもいいが、既に情報が共有されているかもしれんな。となれば、お前達を殺して此処を放棄するよりなし、か。ああ、忌々しい。忌々しい、せっかくの龍脈の地を廃棄せざるを得ないとは――!!」
 男は一人激昂する。もうまともな精神状態ではない。ちりりとした緊張の糸が張り詰める。たったひとつ、何かきっかけがあるだけで断ち切れる糸だ。それを切るタイミングを、猟兵たちは計る。
 
「ああ、忌々しい、忌々しい! 死ね、死ね、死んでせめて我らの実験の糧となれ!!」
 男は咆哮と共に祭壇を力強く叩いた。
 途端、其処に描かれていた紋様符と曼陀羅に赤いエネルギー体が走る。何かの術式が起動しようとしている。
「ここで使われた全ての命、ここで捧げた全ての供物を喰らえ、龍よ!! 天元行躰神変神通力!! 九龍の脈と命を喰らいて来たれ、影朧! 我らの悲願を叶える為に!!」
 切られた九字は逆さまで、つまり意味の逆転。魔を祓うのではなく魔を呼び込む禁断の印――!!
 
 地から赤いエネルギー体が祭壇の符と曼陀羅に吸い上げられていく。周囲に積み上げられたヒトの残骸を通り、赤はドス黒いエネルギーとなって符の上で練り上げられ――。
 
 ドンッッ!!!!!!!
 
 エネルギーが弾けた。
 衝撃で吹っ飛んだ男は、壁に叩きつけられて気を失う。だが猟兵の誰も、そんなものに目をくれてはいられなかった。
 たった今此処に現れた存在が、猟兵の心に警鐘を鳴らしている。それは過去より出づる闇だと叫んでいる。
『憎し……憎しや、帝都。憎しや、桜學府。その欺瞞、その思い上がり、矢張り終わらせてやらねばならぬ……』
 怪奇人間を作り、その完成を以て影朧すら作り出してみせると、この犯罪結社は掲げていた。馬鹿馬鹿しい夢物語だ。論理の飛躍もいいところだ。だから、本来ならばどれほど犠牲を払ったとしても影朧など作り出せるはずもなかったのだ。
 だが何の因果か――呼び出すことにだけは成功してしまった。
 数多の命を使い、地のエネルギーを使い、数多の怨み、痛み、憎しみ、悲しみの感情を閉じ込めたこの部屋で生まれたのは、憎しみの権化。帝都に、桜學府に強い強い恨みを抱く死霊軍人。
 その将校の姿をした影朧は、どす黒い力を纏って猟兵たちを睥睨した。
 
『……貴殿らが、猟兵。私の、敵。……ならば』

『殺す』

 血に塗れたサーベルと、刃よりも尚鋭い眼光が猟兵たちを突き刺している。
 龍の肚の底で、戦いの幕が開く。
霑国・永一
【盗人と鴉】
いやぁ、なんだかあちらさんお怒りのようだけど、俺達何か悪いことしたっけ、コノエ?美味しい中華料理食べて、腹ごなしの運動で走り回っただけなのになぁ。参った参った

おやぁ、装甲車にあんなに武装幽霊が。狭苦しそうだなぁ
ふむ、確かに。それにコノエが貴重にも俺にお願いと来た。よぅし、あのラジコンは盗むとしよう!(狂気の使役発動)
さて、装甲車はあの将校に突撃だ。交通事故御免ということで。或いは召喚物同士ぶつけ合っておこう。コノエの道は開けておくのさぁ

俺は操りついでに銃撃で援護しておくとして…うお、眩しい雷閃
鴉の素敵なお嬢さん。此度の俺のエスコートは如何だったかなぁ?(笑)
ははは、素直で何よりさぁ


朱葉・コノエ
【盗人と鴉】
…死の匂い。どうやら敵も大きく手を打ってきたようですね
あの将校の男…只ならぬ殺気を放っています
一体どれだけの負の感情を吸い上げたのかはわかりませんが…
私達に並々ならぬ恨みを抱えてるのは間違いないでしょう

…敵はどうやら多くの同胞を召喚できるようですね…あの装甲車は少し厄介です
永一様、召喚された群れの始末をお願いできますでしょうか。
その隙をついて…私が一対一で将校の相手をします

召喚された装甲車を始末した直後、一気に相手に詰めて剣戟を入れていきましょう
…一瞬でも隙への道が開けばこちらのものです。
…最後まで気が緩いのはどうかと思いますが…先程の援護は悪くありませんでした




『こぉぉぉ……』
 敵である将校がこんなにも穢れた空気の中、サーベルを構えて呼気を研ぎ澄ましている。
 赤い部屋の中に淀んだ空気。ゴミ溜めの底にある悍ましいゴミの吹き溜まり。そう思えば、この場に漂うこの空気にすら納得もいく。此処には、「生」の息吹はない。
「……死の匂い。どうやら敵も大きく手を打ってきたようですね」
 朱葉・コノエ(茜空に舞う・f15520)は静かに眉根を寄せる。
 ここに在るのは死の気配ばかりだ。生きている者の気配を搔き消してしまう程に濃厚な、悍ましい死の匂い。
「いやぁ、なんだかあちらさんお怒りのようだけど、俺達何か悪いことしたっけ、コノエ?」
 だが、霑国・永一(盗みの名SAN値・f01542)にとってはそんな空気すらも何処吹く風。怖れも嫌悪も何もなく、ただからからと楽し気に笑ってコノエを見る。
「美味しい中華料理食べて、腹ごなしの運動で走り回っただけなのになぁ。参った参った」
 言葉程にも参っていない軽い様子で、永一は眼鏡の奥の琥珀色を細める。敵の出方とコノエの出方。両方を見比べながら、次の一手を考えている。コノエもまた、戦いの時と刃を抜いた。
「あの将校の男……只ならぬ殺気を放っています。一体どれだけの負の感情を吸い上げたのかはわかりませんが……私達に並々ならぬ恨みを抱えているのは間違いないでしょう」
 肌を刺すのは殺気だ。だがそれだけではない。
 痛み。恨み辛み。怒り。悲しみ。ここで生まれたありとあらゆる負の感情を呑み込んで、一つの刃として打ったような敵。その恨みは全て帝都、桜學府、ひいては猟兵たちへと向けられている。そして将校である男は慢心も油断もせず、怒りに滾りながらも冷徹な思考で判断を下す。
 超弩級戦力とて少数。ならば、数で押す。

『来たれ、我が同胞。敵を殲滅せんが為』

「おやぁ、装甲車にあんなに武装幽霊が。狭苦しそうだなぁ」
 相も変わらずののんびりとした様子で永一が笑う。
 将校が召喚したのは、銃剣で武装した沢山の将兵を乗せた装甲車だ。その数5つ。その全てに10体以上の将兵が搭乗している。確かに狭苦しそうではある。
 だが問題は、その狭苦しさを敵が意に介していない事だ。どうやらうまく位置調整が出来ているらしい。
「……敵はどうやら多くの同胞を召喚できるようですね……あの装甲車は少し厄介です」
 数多くの将兵に加えて、加えて鉄の装甲車が二人の前に立ちはだかる。永一やコノエが排除できないわけではないが、将校と戦いながら片手間で撃破出来る程には易くない。
 そう判断したコノエが、傍らの永一に静かに語り掛ける。
「永一様、召喚された群れの始末をお願いできますでしょうか。その隙をついて……私が一対一で将校の相手をします」
「ふむ、確かに。それにコノエが貴重にも俺にお願いと来た」
 コノエの目は、真っ直ぐに将校を見据えている。その道を遮る装甲車は、確かに邪魔だ。
 だが何より、普段素っ気ないコノエが永一に頼み事である。
 それだけで、何だか面白くなってきた――!
「よぅし、あのラジコンは盗むとしよう!」
 すっかりやる気を出し、永一は金の瞳に装甲車を映す。此度盗人が盗むのは、敵が召喚した装甲車の主導権――!!

『なに?』
 突如自らの操作の内を離れた装甲車に、将校の眉が跳ね上がった。その隙をついて、永一はまるで指揮者のように腕を振る。
「さて、装甲車はあの将校に突撃だ。交通事故御免ということで」
 浮かんでいるのはどこまでも楽し気で、だからこそ軽薄で薄い笑み。金の目に映す装甲車も、その後ろに居る将校も、もしかしたら永一にとっては遊び相手に過ぎないのかもしれず。
 指揮棒に見立てた指を一本、ついと将校に向けた。
 その途端、主導権を奪った装甲車のうちの一台がアクセルを全開にして将校に突っ込んでいく。このまま跳ね飛ばせれば良し、とも思ったが。
 将校は自身に向かって来る装甲車にも顔色を変えず、サーベルを上段から振り下ろした。途端、装甲車が真っ二つに裂ける。将校の両脇をすり抜けた装甲車が、将兵を乗せたまま祭壇の両脇の死体の山に突っ込んだ。
 将校は永一をねめつけながら、静かにサーベルを構える。
「はは、駄目か。じゃああっちはコノエに任せて、召喚物同士ぶつけ合っておこう」
 もともとこの程度で倒せるとも思っていない。
 永一はすぐさま操作を他の装甲車に切り替えると、今度は装甲車同士をぶつけ合う。アクセルは常に全開。衝撃で跳ね跳んでいった将兵は、別の装甲車で轢き潰す。それでも零れた将兵は、銃で撃ち抜いて。
 悲鳴とタイヤが床を切る音、装甲車同士の衝突音と銃の発射音。デタラメなコンチェルトを指揮をする姿は上機嫌で、まるで子供が玩具で遊んでいるようですらある。

「……一瞬でも隙への道が開けばこちらのものです」
 そうやって開けた、コノエの為の道。
 今、コノエと将校を遮るものは、ない。
「帰命無量寿如来南无不可思議光……」
 居合の構えでコノエが立つ。
 詠唱するたびに帯電されていく刀はバチバチと青白い光を発している。限界まで帯電されて今すぐにでも抜き放たれたいと鯉口を鳴らす「凩」。
「貴公らはこの欺瞞を棄ておくのか!」
 暗い瞳に滾る憎しみに龍の力を得て、将校は自らの影を冥府の扉と為す。影からずるりと這い出るように、かつて彼の同胞であっただろう影が現れる。サーベルを抜き、将校の前に壁を作り、コノエを喰らわんと襲い掛かる。
「貴方は何を言っているのですか」
 だが、影など何するものぞ。
 過去の亡霊が何するものぞ。
 今を生きる鴉天狗の娘には関係ない――!!
「……疾風貫き、迅雷と成せ」
 コノエが床を蹴った。
 過去の亡霊たちとすれ違いざま、コノエは雷纏いし凩を抜いた。

 ――強い白光と落雷に似た轟音が室内を満たした。

「……うお、眩しい雷閃」
 目を焼くような強烈な光と衝撃波を、操っていた装甲車を盾にしながら目にする。装甲車どころか新たに召喚された影、そして奥の将校すら巻き込む雷は、あの小さな鴉天狗が放ったものだ。
「鴉の素敵なお嬢さん。此度の俺のエスコートは如何だったかなぁ?」
 横転した装甲車の上に飛び乗って、にんまりと永一が笑う。笑いながら、銃を構え引鉄を引いた。
 着弾した弾丸は技を放った直後のコノエに襲い掛かろうとした将校を掠め、一旦引かせることに成功する。
 あれだけの雷を受けて、ジリジリと焼け焦げる匂いを漂わせながら、それでもまだ将校には余裕があった。
「……最後まで気が緩いのはどうかと思いますが……先程の援護は悪くありませんでした」
「ははは、素直で何よりさぁ」
 戦いは開幕したばかり。
 楽には倒せぬ相手に、盗人と鴉天狗は再び武器を構えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

立塚坂・葵
ほう、これが強烈な憎しみというものかい
僕も少なからず向けられたことはあるがここまでは初めてだ

ならば、僕は君に問おう【縛ルハ言ノ葉、汝ノ身】で
多少の攻撃は《オーラ防御》や《継戦能力》で凌ぐよ

なぜ――なぜそこまで怒る、なぜそこまで悲しむ、なぜそこまで憎む?
死して尚、憎しみを抱いて蘇った軍人よ――答えよ

葵は相手の答えを聞けば直ぐにまた問う
止めどない好奇心、探求心
そのためならば彼は自らの命をも厭わない
それで素晴らしい物語が書けるのならと異常な執着を顔に浮かべて

はは……ははは!
君をそこまで動かす同源力である憎しみ!
それはこんなにも苛烈で、悍ましく、面白い!

けれどこれは依頼だから――残念だが君とはお別れだ




『嗚呼……憎し、憎しや。殺さねばならぬ。正さねばならぬ。我らが怨敵を倒すが為……』
「ほう、これが強烈な憎しみというものかい。僕も少なからず向けられたことはあるがここまでは初めてだ」
 雷に焼かれつつも衰えぬその感情とその姿。研ぎ澄まされた刃のような将校に、立塚坂・葵(言ノ葉紡ギ・f32561)は、むしろ興味をそそられたとばかりに瞬いた。
 憎しみを向けられたことはあっても、殺意となんら変わらない憎しみ――それも自らに覚えのない強烈な憎しみを向けられたことははじめてだ。向こうに何かしらの理由があるにせよ、葵に浮かぶのは理不尽な憎しみへの疑問と好奇心。好奇心を削って恐怖心を足したならば、ミステリー小説の被害者の気持ちになれるかもしれない。それはそれで、葵にとっては是非もない収穫である。
 物語を紡ぎたい。
 その欲求にこそ突き動かされる葵にとって、影朧の将校すらも物語を彩る一登場人物。人物の核心に迫ることは、物語という舞台で役者を動かす為に必要な行為。ならば――!
「ならば、僕は君に問おう。なぜ――なぜそこまで怒る」
「愚問! 帝都の欺瞞にだ!」
「なぜそこまで悲しむ」
「愚問! 帝都の世界統一によって消えた国家の悲鳴が聞こえぬか!」
 矢継ぎ早の質問という攻防を、将校と葵は繰り返す。
 ただし猟兵と影朧という立場は、ただの言葉の遣り取りだけには留まらない。魔術書を手にした葵が質問を紡ぐたび、心理ノ言ノ葉なる縄となって将校を攻撃する。
 ――言葉は、時に呪縛であるという。
 言葉を得た人だからこそ得た呪縛だ。自ら口にした言葉に縛られ、時に鼓舞され、時に傷つき、時に救いになり、時に殺す。
 そんな言葉を、葵は手繰る。将校に何度言葉の縄を弾かれても、その合間を縫って突き出してきたサーベルを纏ったオーラで防ぎながら。
「なぜそこまで憎む? 死して尚、憎しみを抱いて蘇った軍人よ――答えよ!」
 止めどない好奇心と探求心。素晴らしい物語が書けるのならば、葵は自らの命すら厭わない!!
「愚問!」
 だが、将校もまたそれに押され続けてはいない。物語への執着と復讐への執着。その炎は負けてはおらぬとぶつかり合う。
「帝都に殺された思想と国家の為!! 憎しみとは潰えぬ熱! 火は消えても燻ぶり続け、火種を得ればまた燃え盛る。我が此処に在るのがその証拠!」
 将校が召喚した装甲車を切り裂き、それに乗っていた銃剣の亡霊を引き裂いた心理ノ言ノ葉を、将校がサーベルで弾き返す。
 
「はは……ははは!」
 訪れた一瞬の静寂。
 それを破ったのは、葵の笑い声だった。片手で顔を覆い、笑っている。
「君をそこまで動かす原動力である憎しみ! それはこんなにも苛烈で、悍ましく、面白い!」
 浮かび上がっているのは、物語への異常な執着。そして好奇心を満たす回答への礼のような、歓喜の笑み。
 ――だが。その喜びは、一瞬で冷めたものへと変わってしまった。
「けれどこれは依頼だから――嗚呼。残念だが君とはお別れだ」
 これが「取材」であったならどれほど良かったろうか。
 だが、葵は決して本来の目的を忘れてなどいなかった。だから葵の好奇心を満たしてしまった段階で、この物語はあとは終局へと導かれるだけなのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

マナン・ベルフォール
ふむ…
これはなんとも
(面白みのない事だ)

過去より甦った軍人は確かに恐ろしくもあるのだろうが。
溢れる怨嗟の念は確かに恐ろしいと感じるものだろう。
だが
それだけで。
龍の腹の底まで来た割にはなんとも面白みのないもので

どこか冷淡な感想を抱きつつ冷静に油断なく

相手の装甲の薄い所や繋ぎ目を狙い攻撃を仕掛けましょうか
鞭状にした武器が相手のバランスを崩せば礫のように死返玉が敵を撃つ
【見切り】【功夫】【スナイパー】【不意打ち】【鎧無視攻撃】

随分と感情に任せているようですが、練度が足りないのでは?

なんて挑発も交えつつ

基本的には視野を広く保ち相手の動きを受け流しつつ生まれた隙を突くように

アドリブ
絡み
歓迎




 龍の肚の底には毒がある。
 清廉潔白な龍ではないことは、九龍という場所を見れば明らかだ。だが、まさか本当に、街の底に龍を飼っていたとは。
 住人が知ってか知らずか、この九龍は眠る龍の上に出来た街だ。
 もしかしたら、もともとは龍を封じるための役割もあったのかもしれない。まるで龍の巣穴のようなあの大穴と、その天井を封じるような屋根がその名残かもしれない。
 だが、マナン・ベルフォール(晴嵐・f28455)にとっての驚きとはそこまでだった。
「ふむ……これはなんとも」
 面白味の無い事だと思った。
 龍の眠る地。それはよかった。
 だが龍の巣穴のような大穴は、今はただの不都合な物の為のゴミ捨て場。住民に龍への畏敬は感じられないし、それどころか龍とは最早名ばかり存在と同じ。その底で何をしていたかと思えば、龍脈の力を盗み使い、いかがわしい方法で人体実験を繰り返していただけ。それを指揮していた人物が、見るからに小物だ。やっていたことは邪悪でも、巨悪とは言えない。
 それに、過去より蘇った軍人は確かに恐ろしくもあるのだろう。溢れる怨嗟の念は確かに恐ろしいと感じるものだろう。
 だが。それだけだ。
「龍の肚の底まで来た割には、なんとも面白味のないもので」
 もう少し期待していたのに。
 どこか冷淡な感想を抱きつつ、マナンはすっと構えた。功夫の構えに対し、将校が取ってきた行動は仲間の亡霊を乗せた装甲車の召喚だ。マナンの功夫に付き合う気は一切ないらしい。それはいかに合理的に敵を叩き潰すかに特化し、結果として誇りよりも効率化に重点を置く軍人らしい策。
「……はっ」
 舐められたものだ。
 薄い笑みと呼気を吐き出しながら、マナンは床を蹴った。
 襲い来る装甲車に蹴りを放てば、アンクレットとして装備されていた道返玉が鞭状に変化して装甲車のタイヤをギャリギャリと切り裂く。途端に制御を失った装甲車と滑り込むように擦れ違って、無造作に腕を振ればブレスレットなっていた死返玉が礫のように影を穿った。能力を解放された神器に鎧などという概念は通用しない。ものの数秒で装甲車一台をゴミクズにしてみせたマナンが、ゆらりと立ち上がる。
「随分と感情に任せているようですが、練度が足りないのでは?」
 振り返ったマナンには薄い笑みが浮かんでいる。わかりやすい挑発だ。だが、瞳に纏う龍の覇気は間違いなく本物である。だがそれも当然だ。マナンは正しく龍神であった。
『……減らず口を』
 将校は未だ健在な5台の装甲車と、それに乗る影を差し向ける。
 マナンの口の端がつり上がった。
 龍を楽しませるに足る相手か、試してやろう――。

成功 🔵​🔵​🔴​

榛・琴莉
お疲れ様です、Harold。戻りなさい
声帯の模倣も解除して。…嫌じゃない、しなさい

申し訳ありませんが、こちらも仕事でして
目的が、願いが何であれ、貴方の憎しみは此処までです

迎え打ちます。Harold、真っ向から当たって
Ernestは彼の同胞に《ハッキング》を
だいぶ降りましたし、地下かもしれませんが…貴方ならやれますね?
どちらも、止められずとも多少動きを鈍らせれる事が出来れば上々
氷の《属性攻撃》《全力魔法》で撃ち抜きます

貴方の思いも、過去も分かりませんけど
そうして憎み続けるのも疲れると思うんですが、どうでしょう?

(つんつん?)
(いえー)
イエーイじゃない。解除しろと言ったでしょう
お爺さんもつつかない




 長い長い下り階段を降り切った先にある、犯罪結社のアジト。
 案内も終わったし、刺客たちも全員捕縛した。もうHaroldを刺客に引っ付かせておく必要もない。
「お疲れ様です、Harold. 戻りなさい」
(はーい)
 榛・琴莉(烏合の衆・f01205)が呼べば、刺客たちを突いていた異形の鳥――Haroldたちが戻ってくる。Ernestに数も確認してもらったから、流石にもう取りこぼしもあるまい。
「声帯の模倣も解除して」
(えー)
(やだー)
「……嫌じゃない、しなさい」
 ついでにやかましかっ……役に立った声も、もう必要はない。というのに、この子たちと来たら声が出せることが余程気に入ったのか、まさかの拒否である。
(つんつん?)
(つんつん)
(いえー)
「イエーイじゃない。解除しろと言ったでしょう。お爺さんもつつかない」
(だめー?)
「駄目」
 琴莉はガスマスク越しに頭を抱え、深いため息をついた。まるで言うことを聞かない自由な子供たちを大量に抱えたみたいだ。
(「まだ19歳なんですけど……」)
 琴莉はもう一回、深い深い溜息をついた。
 仕方なしに有無を言わせぬよう強い語気で促してみたら、文句を言いつつもその声が減っていく。
 ようやく周囲が静かになって一息ついた琴莉は、その顔を影朧である将校へと向けた。
 影朧は猟兵を見据えているようでいて、何処か焦点があっていないように感じられた。だが、それでも琴莉を見ていないわけではない。敵として認識していることは確かだし、影朧と猟兵はそもそもに相容れない。
『猟兵は我らが、敵……!』
「申し訳ありませんが、こちらも仕事でして。目的が、願いが何であれ、貴方の憎しみは此処までです」
 将校が闘気を練り上げた。すぐにでも来る。
「迎え打ちます。Harold、真っ向から当たって」
 名を呼ばれたHaroldが琴莉の肩から飛び立つ。
「Ernestは彼の同胞にハッキングを。だいぶ降りましたし、地下かもしれませんが……貴方ならやれますね?」
 龍の肚の底というからには、おそらく地の底なのだろう。あの長い階段を思えば電波の有無も微妙な線だ。だが、微弱でもそれを拾いオーダーに応える能力がErnestにはあると琴莉は信じている。そして、Ernestはその信頼にずっと応えてきた――!!
 
 闘気を纏った将校が、稲妻程の勢いで琴莉に突進する。あと数センチでサーベルの切っ先が琴莉に届くといったところで将校を抑えたのは、水銀の鳥だ。鳥の異形の形を捨て、複数枚から成る幕を形成して将校の突進を食い止める。
 亡霊のサポートがあれば将校も突破出来たかもしれないが、何故か亡霊のコントロールが将校の手から離れてしまっている。Ernestがやってくれたのだ。
「貴方の思いも、過去も分かりませんけど」
 その間に距離を取った琴莉が、同時に弾道の軌道計算をしていたErnestの照準通りにアサルトライフルの狙いを定める。
「そうして憎み続けるのも疲れると思うんですが、どうでしょう?」
 そして遠慮なく撃った。
 3点バーストのフルオート斉射。加えて弾丸は尽きる事のない氷の弾丸。押し返し串刺しにするのは此方の方だと言わんばかりの全力斉射だ。
『笑止! 疲れなどあるものか。この身を焼き焦がす復讐の炎がある限り、我らは止まりはせぬわ!』
 氷の弾丸に身体を貫かれながらも、決して衰えぬ気迫で将校は叫ぶ。
 ――きっとこの将校には、言葉は通じないのだろう。
 彼の憎しみは過去にある。その相手は此処に在って此処に無い。召喚された意図などお構いなしに、彼は此処を出たら帝都を焼き尽くしに行くだろう。
「……つくづく面倒ですね」
 だがその目的や願いが何であれ、それを止める為に琴莉たちは此処に居る。
 再び構えなおした銃に、凍てついた弾丸が装填された。

成功 🔵​🔵​🔴​

ザッフィーロ・アドラツィオーネ
宵f02925と

あの狂人には罪を償わせねばならんが
先ずは殺気を放つあれから、だな
…宵、背は任せたぞ

前衛にて『怪力』でメイスを振るいつつ【狼達の饗宴】にて宵の攻撃が通りやすい様足止めを試みるも
俺が動き易い様放たれる宵の攻撃に思わず笑みを浮かべよう
通じ合うとはこの様な事を言うのだろうな

敵の問いは
俺も改心せぬまま罪が赦されると思う人々や赦しを与えながらも罪に塗れた聖職者達を見てきたからな
確かに人間の世は欺瞞が溢れて居るのだろう
だが…正しく生きる人間も居ると識って居る故に
人の世の欺瞞は、斯様な人々が正すべきだろうとそう答えよう
…骸の海から蘇ったお前が、すべき事ではないのだ
さあ、大人しく還るがいい


逢坂・宵
ザッフィーロ(f06826)と

ええ、その通りですと頷いてから
かしこまりました、ザッフィーロ
前はお願いしますねと、杖を構えましょう

ザッフィーロが動きやすいよう、かれの動きに合わせて「衝撃波」で敵を「吹き飛ばし」ながら
「高速詠唱」「多重詠唱」で魔法を紡いでゆきます

敵からの問いには、かれの答えを聞き頷き
正しきものが欺瞞に負けることもあります
欺瞞の世に涙で頬を濡らす正しき人もいます
ですが、正しきものの灯は消えません
ひとに心がある限り

さぁ、いざや出でよ星辰の圏 ―――宵の口と、まいりましょう
意図せずとも敵を抑えてくれるかれに笑み
練っていた魔法を「全力魔法」「属性攻撃」「一斉発射」し、敵を撃ち抜きましょう




 何がその男をこんな実験に駆り立てたのか。
 他者の命を軽視し、巻き込み、弄び。その果てに求めた理想は、一体何のためだったのか。
 全て今はわからない。わかることと言えば、犯罪結社のリーダーへと堕ちた初老の男は、許されざる罪に手を染めて狂ったことだけ。
「あの狂人には罪を償わせねばならんが、先ずは殺気を放つあれから、だな」
「ええ、その通りです」
 罪に慈悲を。苦しみに救いを。
 それはザッフィーロ・アドラツィオーネ(赦しの指輪・f06826)という指輪に課せられた願いであり呪いだ。罪や穢れには赦しがあるべきだと思うのは、彼に染みついた聖職者としての思考なのかもしれない。だが同時に、罪は償われなければならない。償いと改心の果てに本当の救いはあるはずだ。
 ――とはいえ、今は男に改心を説く暇もない。獰猛な殺気を放つドーベルマンのような将校が、眼光だけで射殺そうするが如くに睨みつけている。
『貴公らはこの欺瞞を捨ておくのか!? この欺瞞に満ちた帝都支配の世界を!』
 将校が叫んだ。
 既に何人もの攻撃を受け、氷の弾丸に貫かれた箇所を影で補修したり、召喚した物を倒されることでの魔力の損耗が見える。だが気迫だけはより研ぎ澄まされて行っているかのようだ。それほどに、彼の憎しみは根強いのだろう。
 逢坂・宵(天廻アストロラーベ・f02925)が、ザッフィーロと背を合わせた。背中越しに伝わる感触と温もりが、此処に居ると伝えている。
「……宵、背は任せたぞ」
「かしこまりました、ザッフィーロ。前はお願いしますね」
 手は繋がなくたって構わない。心が通じ合っているのだから。
 
 将校の問いが冥府より将校の同胞たちを呼ぶ。影の兵士となった者たちは、それぞれにサーベルや銃剣を構え、一斉にザッフィーロと宵に襲い掛かった。
 影たちは数に物を言わせて四方八方から二人を攻め立てる。前に居たザッフィーロが襲い掛かる影を強き力を込めたメイスで打ち据え、返し様に横薙ぎの刃を払う。ザッフィーロの背後を狙おうとした影は、既にそこで杖を構えていた宵と真正面から対峙した。杖を払って衝撃波を生み、宵は襲い掛かる影ごとその後方の影までも吹き飛ばす。
「……俺も改心せぬまま罪が赦されると思う人々や、赦しを与えながらも罪に塗れた聖職者達を見てきたからな。確かに人の世は欺瞞が溢れて居るのだろう」
『然り! 故にこそ全ての欺瞞の元を断たねばならぬ!!』
 何処か肯定するようなザッフィーロの答えに、将校が吼える。その激昂に後押しされるように、影が波となって襲い掛かった。
「だが……正しく生きる人間も居ると識っているが故に」
 けれどもその波は、飢えた狼に似た炎に止められた。狼たちから滴り落ちるのは、その炎をも蝕む身の穢れである。それはザッフィーロが癒しを与える指輪として蓄えてきた「ヒトの穢れ」に他ならない。身に穢れを宿した狼が、影たちの穢れを喰らっていく。
「人の世の欺瞞は、斯様な人々が正すべきだろう」
 その先で、ザッフィーロは真っすぐに将校を見つめていた。
 銀細工のような銀の瞳は、いっそ憐れみすらも込めた目で、将校を見ていた。
 それが――我慢ならなかった。
『我らの憎しみに行き場はないとでも言うのか、猟兵!!!』
 将校自ら影を引きつれてザッフィーロを強襲する。下段から唸りを上げて振り上げられた刃が、ザッフィーロに届く、その瞬間。
「そういうことではありませんよ」
 避けようとしたザッフィーロの動きを妨げないよう、彼の動き方に合わせて宵が前に躍り出た。宇宙を切り取ったかのような美しい杖から放たれた星が、将校たちをまたも弾き飛ばす。
 ザッフィーロが動きやすいよう、宵は彼の動きに自らを合わせていく。まるでもともと一つだったかのように、言葉などなくとも二人の動きは流れるようにスムーズだ。通じ合っていると確信できる動きに、ザッフィーロは柔く目を細めて笑った。こんな時だとわかっていても、嬉しいものは嬉しいのだ。
「正しきものが欺瞞に負けることもあります。欺瞞の世に涙を濡らす正しき人もいます」
 宵もまた、ザッフィーロの言葉を聞いて頷いていた。
 世に正しいものばかりがあるわけではないと、きっと誰もが知っている。世界を統一した帝都政府が必ずしも清廉潔白だったかなど、異邦人の二人にはわかるはずもない。
 けれど――。

「ですが、正しきものの灯は消えません。ひとに心がある限り」

 静かに笑って、宵は言った。
 旧きヤドリガミは人の世の移り変わりを見てきた。正しいことばかりではなかった。けれども、正しく生きるものだって必ず居るのだ。
 それは特別ではなくて、当たり前に。
「だから……骸の海から蘇ったお前が、すべき事ではないのだ」
 笑う宵の隣に、影の攻撃を捌ききったザッフィーロが立つ。
 たとえその憎しみが正しくても。
 たとえその怒りが正しくても。
 影朧として歪んでしまった過去の存在ではなく、今を生きる者たちが正すべきだから。

 終わりにしよう。
 
「さぁ、いざや出でよ星辰の圏。――宵の口と、まいりましょう」
 宵の詠唱の間にも、ザッフィーロは敵を抑える。言わなくたって伝わっている。それが嬉しいから、宵も静かに微笑んで。
 流星群を呼んだ。
「さあ、大人しく還るがいい」
 過去は過去へ。
 過去が今を蹂躙すべきではない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

白神・ハク
【雨白雫】

んふふ。怖いねェ。恨みだってェ。
ここは怖い場所だねェ。
僕のイイコトより恨みの方が強いね。
あのお兄さんは強いかな。僕だけじゃ無理そう。
また力を合わせて戦おうよォ。

僕の連鎖を命中させるには動きを止めないとねェ。
お姉さんに沙羅羅、あのお兄さんの足止めできる?
僕の刃は大きいから避けられちゃうかも。
命中をしたらお兄さんにイイコトを齎すよォ。
イイコトを受け取りすぎたら不幸になるけどねェ。
どこを狙おうかなァ。腕がいいかな。強そうな腕だもん。

お兄さんの恨みは僕の力で跳ね返すよ
僕はイイ蛇だからねェ。お兄さんの力を跳ね返す事も出来るよォ

美味しいもの万歳だねェ
次は何を食べようかな。動いたから沢山食べれそう


雨・萱
【雨白雫】

あの爺は出涸らしだの。捨て置いていいだろう。
其れに比べてどうじゃ。深闇のなんと芳しいまでの恨み。
併し澱むものは焦げ付いてきておるの。
そうじゃの。雨に流すために。また手を携えようではないか。

では初手に。
UC【大雨天】で雨を降らして視界不良にして力を削ってやろう。
いくら増えても同じ事。
嗚、嗚。雨はよいの。我には潤いを齎すもの。
我にはその恨みをも糧となる。ちと芳し過ぎるがな。
おぬしの恨み辛み。われが喰ろうてやろうぞ。
骸の海に還る前に少しは荷を下ろして逝け。
あとは沙羅羅の抱擁とハクの幸運が導いて呉れよう。

そうじゃった。此の後はお預けしていた美味いものの出番じゃの。
我まだまだいけるぞ!


夕時雨・沙羅羅
【雨白雫】

どろどろ、淀み、濁り
水の行き着く先、そこの流れが滞るなら、溜まっていくもの
淀む感情に染まる、わかる気持ちだ
敵は、オウガは、全て滅ぼしたい
だけど、そればかりでは報われない
雨で流して、幸せなハッピーエンドを迎えなくては

動きを止める、か
僕の唄を聴いてくれたら良いんだが、耳を傾けてくれるのか
器用な細工は苦手だし…ばしゃんと呑み込んでしまえば良いだろうか?
【水】となって、おおきなさかなのそのくちで
しゅえんさんの雨の後、溺れさせてやろう
はくさんの幸運が、きっとお前に…お前のいつかの先に、齎されますように
なんて、物語にはそう願う役割も必要だろう

僕らは直ぐに幸運を享受しよう
おいしいもの、ばんざい




 どろどろ、淀み、濁り。
 この九龍に於いての水の行き着く先。そこの流れが滞るなら、ただ水は溜まり、濁り、腐っていくもの。
 九龍という地の底には龍が眠っていた。この地はもしかしたら、龍を起こさぬ為に建てられた街だったのかもしれない。だがそれもいつしか忘れ去られ、残ったのはゴミ捨て場になった大穴と無秩序な街だけ。あらゆる理由が複雑に絡み合い、此処の水は淀んでしまった。それが結論だ。
「淀む感情に染まる、わかる気持ちだ」
 そう言って、夕時雨・沙羅羅(あめだまり・f21090)は一度静かに目を閉じた。
 敵は、オウガは、全て滅ぼしたい。
 それが沙羅羅の裡にある想いだ。アリスがもう怖がらないように、アリスが安心できるように。
 けれども沙羅羅も分かっている。「そればかりでは報われない」と。
 全て滅ぼした先にどんな未来がある。悲しみの巨大なうねりを自らで作り出すようなものなのに。
「……雨で流して、幸せなハッピーエンドを迎えなくては」
 憎しみという名の悲しみの種は、こんなに淀んだ場所に根付くべきではない。だから雨で一度流してしまわなければ。種がいつか太陽の下で大輪の花と咲くような、そんな幸せな未来へと流れ着くように。

 そんな沙羅羅の隣で、白神・ハク(縁起物・f31073)の笑みは絶えない。
「んふふ。怖いねェ。恨みだってェ。ここは怖い場所だねェ」
 その言葉程にも怖いと思っていなさそうな放胆な笑み。だがその実、敵である将校と己の力量さを計っている。大胆不敵であることと、無謀であることは違う。
「あの爺は出涸らしだの。捨て置いていいだろう」
 二人の間で空を浮遊していた雨・萱(天華ウーアーリン・f29405)はと言えば、視線を犯罪結社の男に向けていた。自らが召喚したものによって壁に叩きつけられた、哀れな狂人。己が力と業を全て捧げ、それでも飽き足らずに他者の命と絶望を捧げ、最後に龍の力を吸い上げて、ようやく影朧の召喚に成功した幸運な者。だが、それもただの一度だけのこと。全てを絞り尽くしてしまった男が、もう何も出来まい。逮捕してほしいとのことだったので、戦闘に巻き込まれぬようにだけ気をつければいいだろう。
「其れに比べてどうじゃ。深闇のなんと芳しいまでの恨み」
 雨の空色の萱の瞳が、今度は将校を捉える。既に幾度かの攻撃を受けて傷ついてはいるものの、その眼光は衰えを知らない。己が内から湧き上がる憎しみで、心と体を焼いて、焼いて、焼いて。そしていつしか死んで、今再び蘇りしもの。
「併し澱むものは焦げ付いてきておるの」
 燃やし続ければいつかは焦げてしまうもの。そうして使い物にならなくなっていく心を、あの影朧はどうしてゆくのだろう。
「んー。僕のイイコトより恨みの方が強いね。あのお兄さんは強いかな。僕だけじゃ無理そう。また力を合わせて戦おうよォ」
 力量差を測ったハクが、あっさりとその実力を認める。どうでしょと言わんばかりに萱と沙羅羅に目線を送れば、返ってくる頷きが二人分。
「そうじゃの。雨に流すために。また手を携えようではないか」
 この地の淀みを、洗い流そう。

『貴公らもこの世界の欺瞞を捨ておくのか。正さねばならぬ、正さねばならぬ……!』
 召喚を終えたのであろう将校が、影の兵を三人に差し向ける。その数はこの部屋を埋め尽くしてしまいそうな程に多い。まるで影の塊が押し寄せるかのようだ。
 影の集団に対し、まず駆けだしたのはハクだ。大きな刃を振り回し、襲い来る影を次から次へと薙ぎ払う。
 それを援護するのは萱。
 呼ぶのは雨。全て洗い流す大雨天。此処が地下など関係ない。此処が室内など関係がない。萱が希えば雲さえないこの地ですら雨が降る。
「いくら増えても同じ事。鳴、鳴。雨はよいの。我には潤いを齎すもの」
 雫を手に恍惚と呟く萱の声は、反響する雨音に遮られて敵へは届かない。萱の雨は将校たち影の視界を遮り、その飛沫によって力を削ってゆく。
 雨は激しかろ。
 雨は冷たかろ。
 憎しみの炎は何処迄雨を受け入れる?
「我にはその恨みをも糧となる。ちと芳し過ぎるがな。おぬしの恨み辛み。われが喰ろうてやろうぞ」
『なんだと?』
 冷えて凍えてその刃をふるう力すら奪ってみせようと、仙であり悪霊である萱が笑った。 
 雨に濡れる髪をかき上げて、ハクが将校を見据える。影の兵士は片付いたか力を奪われて地に伏している。最早それらを気にする必要はないが、将校だけは未だ油断ならぬ動きで駆けてはハクたちへと刃を振り下ろし首を狙う。
 幸いにしてハクの刃が長く大きなものであるが故に防げている。だが、逆にハクの攻撃を当てるとなると存外に将校は素早いことを痛感させられていた。
「お姉さんに沙羅羅、あのお兄さんの足止めできる? 僕の刃は大きいから避けられちゃうかも」
 だがハクとて一人で戦っているのではない。頼もしき友が一緒なのだから、一人では為せぬこともきっと為せる。
「動きを止める、か」
 その信頼に応え、沙羅羅が身構えた。自分の唄に耳を傾けてくれたらいいと思うが、あの様子では耳を傾けもしないだろう。かと言って、沙羅羅には器用な細工は苦手だ。となれば、出来る事は一つ。
「ばしゃんと吞み込んでしまえば良いだろうか?」
 言うなり、沙羅羅の体がおおきな水の魚へと変じた。まるで鯨のようにも見えるオンディーヌは、淡く光る飛沫を纏って雨を泳ぐ。 
 そしてぱくんと、魚の口で将校を呑み込んだ。将校は驚いてサーベルを振り回すも、水を斬れるはずもなし。影朧であるが故溺れはしないようだが、それでも水の中というのは動きを緩慢にさせてしまうものだ。
 仕掛けは整った。
 萱と沙羅羅の目配せを受けて、ハクが再生の刃を構えて駆ける。将校がなにかを叫び、水の中でサーベルを突き出そうとするがもう、遅い。
「さあお兄さん。イイコトをアゲル」
 緩慢なサーベルを深く沈み込むことで難なく躱し、ハクは握り締めた刃の行き先を定める。
「どこを狙おうかなァ。腕がいいかな。強そうな腕だもん」
 その目の先には、水の中で態勢を無理したおかげで、伸びきってしまった将校の右手。そんな恐ろしいものは、落としてしまうに限る。
 鋭く振り上げた刃が、サーベルを持つ手ごと将校の右腕を一撃で斬り落とした。
 
 途端、その傷口から齎されるのは幸運だ。
 その身に余る程に次々と齎される幸運に、将校は途端に胸をかきむしり出した。「過ぎる」程に与えられ、受け取り過ぎてしまう幸運は逆に不幸にもなり得る。何事も「過ぎ」てはいけないのだ。今、将校の胸の中で憎しみの最も深い部分。焦げ付いてもう落ちなくなってしまった根源が、確かに外されていった。それが将校にはわかる。わかってしまう。
 おおきな魚の中で、将校の口が「やめろ」と動いた。
 それでもハクも、萱も、沙羅羅も手を止めることはない。
 影朧は骸の海に還さねばならない。過去に割くリソースは、どの世界にだってないのだ。けれども、ただ無常に還すだけが救いではないだろう。
「骸の海に還る前に、少しは荷を下ろして逝け」
「はくさんの幸運が、きっとお前に……お前のいつかの先に、齎されますように」
 物語には敵へ幸運を送る者も、焦げ付いて取れなくなった憎しみを取り込む者も、いつかの幸せを願う役割も――きっと必要だろうから。

 雨は止み、沙羅羅もまたおおきなさかなからいつもの姿に戻る。
 将校はまだ胸を抑えている。三人がそれぞれ与えた攻撃により、もうだいぶ弱っているはずだ。
 ――ふと、沙羅羅がお腹を押さえた。
「けど僕らは、すぐに幸運を享受しよう。おいしいもの、ばんざい」
「美味しいもの万歳だねェ。次は何を食べようかな。動いたから沢山食べれそう」
「そうじゃった。此の後はお預けしていた美味いものの出番じゃの。我まだまだいけるぞ!」
 終わりは近い。誰もがそれを悟っている。
 けれどもそれを未だ受け入れられぬ過去の亡霊が、ひとり。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

矢来・夕立
蛇さん/f06338

終わった後が面倒なのは逃げた側だけではありません。
責任を被る人間が必要で、ちょうど良いのがさっき吹っ飛ばされたおじさん。
彼の身柄がお金になります。司法、私刑、どんな形であってもね。

▼方針
矢来:可能なら結社リーダーを保護
ラーガ:そのための時間稼ぎ

蛇さんが影朧を抑えてくださるそうですよ。
【紙技・真奇廊】。箱の中にしまう。
他に保護したがる方がいるなら諦めましょう。金蔓を手放すのは残念ですが…
…蛇羹て。また心にもないこと言ってるし。

こちらのシゴトは楽なものですから、蛇さんが苦しそうなら援護します。
別にしてないなら働きぶりを見てます。ご苦労さまでした。


バルディート・ラーガ
矢来の兄サン/f14904

フーム?つまりあのヘッドをとっ捕まえて、取引のカードに仕立てるちゅー寸法ですかい。
カネになるってンならば是非もございやせン、あっしは影朧どもを請負いやしょう。

頭から尾まで目一杯「かばう」、被弾を肩代わり致しやしょ。
サーベルを受けりゃ、厚い皮でも流血沙汰は避けられず。
あわや当地名物・蛇羹の具の出来上がり……

……ヒヒ、油断めされンな。
地の底より来たるは【驕れる者の足枷】。龍脈とやら、同じ鱗の誼で力貸してくれねエかしら。
輩はスラムを底辺なぞと嘯きやすがね、コレも立派なヒトの生きる領域にございやす。
ヒトならざる亡者どもはもひとつ下、地の底の冥府へとお還り下さいまし。ヒヒ!




 この全てを企てた男は、自らが召喚した影朧が放った衝撃波によって壁に叩きつけられ気を失っている。生きているだけで幸運と言えるが、そこを喜ぶ――もとい利用しようと考えるのは、やはり悪党だと言えるだろう。
「終わった後が面倒なのは逃げた側だけではありません」
 影朧ではなく、犯罪結社のリーダーへと足を向けたのは矢来・夕立(影・f14904)だ。
 ヒトの世界は単純ではない。
 九龍自体は法から隔絶された無法地帯であっても、そこから一歩外に出れば社会がある。社会があれば義務と権利があり、自由と責任がある。それに縛られる世界がある。つまり。
「今回の件について責任を被る人間が必要で、ちょうど良いのがさっき吹っ飛ばされたおじさん」
「フーム? つまりあのヘッドをとっ捕まえて、取引のカードに仕立てるちゅー寸法ですかい」
 バルディート・ラーガ(影を這いずる蛇・f06338)が炎の腕を組んで首を傾げる。本来ならばあんな男など気にも留めないのだが、金が絡むとなると話は別だ。
「そういうことです。彼の身柄がお金になります。司法、私刑、どんな形であってもね」
「ヒヒ。カネになるってンならば是非もございやせン」
 取引後に結社のリーダーの身がどうなるかなどは、夕立にもバルディートにも関係がない。ただこの身柄がどんな額になるのか。重要なのはそれだけ。綺麗な言葉や正しい行動を正しくあるべき姿なのだとしても、世の中においては結局金が物を言うこともまた事実なのだ。

「それじゃああっしは影朧どもを請負いやしょう」
 さっくりと役割分担を決めたバルディートは、結社リーダーの男と影朧の将校との間に滑りこむ。
『猟兵……我らが怨敵……我が憎しみまで奪うか……』
 将校の目がバルディートへと向けられた途端、ぞわりと黒い炎が粟立った。弱っているはずなのに、全く衰えを知らぬ殺気を向けられたのだと知る。体の銃痕も飛ばされた右腕も影で補っているが、その影が奇妙な赤い光を宿して揺らめいている。将校を此処に留めているのは、恐らく彼を召喚する時に使われた龍脈の力なのだろう。
『貴公らはこの欺瞞を捨ておくのか』
 敵だと見定めたバルディートに向けて、将校は問い共に冥府から亡き同胞の影を召喚する。手にはサーベル、もしくは銃剣。それを構え、影たちは一斉にバルディートに向けて駆けだした。
「さァて。一介の蛇にゃア知ったことじゃねエですよ」
 サーベルを振り上げた影に、黒炎の蛇鞭が絡みついて投げ飛ばす。銃剣を振りかざした影には、黒炎の蛇がその牙を突き刺す。バルディートをすり抜けて夕立へと向かいかけた影を尾で払い除け、自ら蛇と名乗る龍は喉を鳴らして笑った。
 
「それじゃ、おじさんはこちらへ」
 その間に、夕立は床に倒れ伏している結社のリーダーへと近づいた。
 汚らしい男だ。だが、使い道があるのだからと仕方なさに息を吐く。無駄に暴れたりせぬよう縛りあげた後、夕立は手にした四角い入れ物をリーダーに押し当てる。
 それは小さな千代紙の立方体だ。だがそれも、折り紙を扱う忍の手にかかれば技となる。
 ――紙技・真奇廊。
 立方体に触れたリーダーの体が、そこから忽然と消えた。立方体の中に作ったユーベルコードの世界へと誘われたのだ。
 どこまでも果てがなく、誰もおらず、星だけが見える街。
 人によっては恐慌をきたしかねない世界も、気を失って寝ているのだからその心配もない。他の猟兵が保護したがる様子もないので、このまま金蔓にさせてもらおう。
 
 その間にも、バルディートは一人影と戦っていた。所詮召喚された影程度。一体一体は大したこともないが、なにせ数が多い。庇うことに重点を置いていることもあり、一気に攻め立てられては防ぎきれない部分も出てくる。
 硬く厚い鱗もサーベルを受ければ斬れてしまう。危うく尻尾を膾切りにされかけたところを、バルディートは刃が半分めり込んだところでギリギリ尻尾を逃がした。
「おおっと。危ねえ危ねえ。あわや当地名物・蛇羹の具の出来上がり……」
「……蛇羹て。また心にもないこと言ってるし」
 尻尾を抱え、傷の様子と流血の量を見定めつつバルディートが肩を竦めれば、それを聞いていた夕立もまたこれ見よがしに息をついた。バルディートの顔にはまだ笑みがある。まだ余裕がある証左だ。
 
『猟兵……猟ォォ兵ィィィ……その程度か……』
 攻撃を部下の影に任せ、静かに様子を伺っていた将校が口を開いた。音に聞こえた猟兵とてこの程度かと、言葉尻に僅かな慢心が見える。
 その時を、バルディートは待っていた。
「……ヒヒ」
 床に手をつく。その瞬間、床が割れた。
 地割れのように真っすぐに将校に向けて罅が走り、床が裂ける。
「油断めされンな。あっしなんざのコトより、自分の足元に用心した方がいいんじゃねえですかい?」
『!?』
 裂け目を避けて跳躍した将校の足を掴むものがあった。それは影だ。だが将校が召喚した者ではない。割れ目から伸びる影の触腕。
 それはどこか、蛇に似ている。
「輩はスラムを底辺なぞと嘯きやすがね、コレも立派なヒトの生きる領域にございやす」
 影の兵士も将校も、全て割れ目へと引き摺り込みながら、蛇が笑う。
 この地の底に龍脈とやらがあるのなら、同じ鱗の誼で力でも貸してくれはしないだろうか。例えばこの影朧を、地の底に呑み込む為に。
「ヒトならざる亡者どもはもひとつ下、地の底の冥府へとお還り下さいまし。ヒヒ!」
 
「さて、こちらの仕事は楽なものですが」
 裂け目を避け、ぽんぽんと紙風船のように千代紙の立方体を弄びつつ、夕立はバルディートの様子を観察していた。苦戦しているのならば加勢しようかとも思ったが、今のところそんな様子もない。
「別に苦戦してなさそうですし、じゃあオレは働きぶりを見てます。ご苦労さまでした」
 あっさりと高みの見物を決め込むと、夕立は瓦礫の上に腰を下ろす。
 将校たちを呑み込んだ裂け目は閉じかけている。
 案外あっさりと終わってしまった――そう思いもしたが。
『帝都の欺瞞を正すまで……我らは止まらん』
 その裂け目を飛び出した影が、サーベルに赤い光を反射させて天井を蹴った。上段から振り下ろされた刃を、夕立は咄嗟に抜いた雷花で受けた。ギリギリと赤と黒が一瞬だけ交錯し合う。
「討ち漏らしてますけど」
「なかなかしぶといですねエ」
 鞭のようにしなる蛇の尾の一閃を避け、将校は再び床へと飛びずさる。
 無理矢理影の手から逃れたのだろう。銃痕に右手、そして今度は左足をも切断し、影で補っている。肩で息をする将校の体で、赤いエネルギーがバチバチと猟兵たちを威嚇していた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

柊・はとり
は…ゴミ共にはお似合いの職場だな
探偵と犯人の対決にも
自滅してりゃ世話ないが

癪だが奴らも『誰も死なせない』の対象だ
黒幕達にも気を配っておく

被害者達の無念
罪に加担した奴の罪悪感
そもそも此処で暮らさざるを得ない人間の
凝り固まったどす黒い感情…
影朧が今現れた理由がそこに在るなら
『解決』を聞いて貰うぜ

UC【青薔薇学園】発動
本体も同胞も全員行動不能にする
俺も攻撃はしない

このクソ剣嬉しそうに光ってんだろ
今から95秒後に俺は死ぬ
あんた達『被害者』が武器を捨てない限り解除はしない
桜學府の連中に手を貸した覚えはない
俺はただの『探偵』
その誇りが欺瞞でないと証明する

ほら、早くこんな穴出てけ
次の人生は上がるしかないだろ


フェレス・エルラーブンダ
【荒屋】
積み上げられたそれに、背筋が粟立つ
嫌悪か、恐怖か
込み上げる酸と涙を飲み込んだ

どうして、
どうして、こんなことができる

ふたりの声に僅かこころが凪いだ
だいじょうぶだ
こわいけど、こわくない

これがこたえだ
――だから、たたかう!

ふたりが守ってくれるから、迷わない
身体を極限まで高め
残像交えた二回攻撃で本体を追い詰める

もう、ねむれ
うらみも、いたみも
ぜんぶ、もらってやる

戦闘後はわるものを捕縛
せめて犠牲者を弔ってやりたい
きっと、さむいだろうから

土を被せていくたび
どうしてか、涙が止まらなかった

るい、ジャハル
……泣くは、かっこうわるい?

こんなふうにしぬやつが、いなくなればいい
だから、……だから、まだ、たたかう


冴島・類
【荒屋】
己が望みの為ならどこまでも
減らないな、こう言う手合い
腹の奥に気持ちは沈め

フェレスちゃんの様子に
側で静かに声を
大切にしたいもなの違いかな
呪詛に
芯を揺らさせてはならないよ

ジャハルさん
恨む先を誤ってる方は
お帰りいただかないと、ですね

瓜江に風の魔力降ろし防御強め
手繰る彼で2人へ向かう攻撃の守護を

破魔の力を刀に満たし
相手が多数なら、集わせず削ぐ
罠から漏れたものから狙い薙ぎ
陣を整えさせず、本体へ攻撃の隙を作る
連携なら、負けぬと

その恨み…貴方のか、彼らのか
使われるのは、終わりにしましょう

後は、弔いを出来る範囲で
静かに、眠れるよう

格好悪くないさ
あの場で飲んだ雫
心のままにと、手拭いを渡し
それを忘れないで


ジャハル・アルムリフ
【荒屋】
企てるは頭ではなく肚、か
――ならば中から喰らってやろう

短剣に己が血纏わせておき
血振りと見せ掛け敵の方へと広く、散らす
仕掛けたるは<竜域>の罠

ああ
お前が恨みを向けるべき相手は此処には居らぬ
…お前と同じ、勝手に定められたものばかりだ

故に、これは弔い
進む前列が罠に掛かれば種は知れよう
後は只の攻撃手段として使い
フェレスの背を守る陣形を取り
冴島の方まで近付けぬよう短剣用い応戦
罠待つ方へと蹴り飛ばし敵の連携を乱す
仲間連れなのは其方だけではないぞ

何より
影朧よりも
さきの老人のほうが、余程、


――空の遠いこの場所でも
龍脈が彼らを運んでくれるだろう

…ひとのために泣いてやれるのも
また、ひとの証だと
そう聞いた


丸越・梓
アドリブ、マスタリング歓迎

_

何が、貴方をそれ程までに掻き立てた。

気絶した男へ、眼前の死霊軍人へ思う。
男のしたことは許せない。だが行った実験を怒れど、男自身を責め立て憎むつもりもない
そもこの結果に至る理由さえ聞いていない。
ならば
瞼の裏に過るは先程の「女の子」
…あの子の思いを、心を、願いを
そしてこの男が護りたかったものを
この死霊軍人が護りたかったものを
生きたかった、この世界を
──喪わせない。これ以上血に穢させない
傲慢だと言われてもいい
これが俺の意志だ

この一閃に、全てを背負う


_

気絶している男を気にかけ
この犯罪組織を放置にもいくまい
二度とこんな実験が起こらぬ様
罪ない人が犠牲にならぬ様
後片付けに尽力する


スキアファール・イリャルギ
……執念が影隴を呼んだ、か
色々とあの初老の男を問質したり怒りをぶつけたくはありますが……
それは桜學府の方々に任せましょう

"欺瞞を棄ておくのか"、ですか?
……そうですね
正直私は帝都や桜學府全てを信頼しきっているわけではない
疑っている部分も多少は在りますよ
私を怪奇人間に変えた者が――桜學府の者かもしれないから

……それでも私は
私を救ってくれた先生に恩を返す為に
この世界を護る為に、この力を振るうと決めた
――判断はその後でもいいでしょう?
怪奇人間は短命ですが……私はまだ、負の遺産ではない
まだこうやって、生きているのだから

影手を呼び呑み込みましょう
冥府からの同胞たちも、この部屋に満ちる負の感情も




「は……ゴミ共にはお似合いの職場だな。探偵と犯人の対決にも自滅してりゃ世話ないが」
 皮肉に眉根を寄せて、柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)が吐き捨てる。九龍がアポカリプスヘルに似ていたとして、それでも此処は最底辺の場所だと言えた。地脈の近く。龍の寝床の底。淀んだ水と感情とゴミの掃き溜め。そんなところにアジトを構えれば、自らも淀み濁り狂うのもまた必定か。
 『誰も死なせない』というはとりの誓いには、『犯人』だって含まれていた。既に捕らえられた犯罪結社のリーダーは良いとして、心から癪だが部屋の外に転がしておいてある刺客もまたその対象。一応そこに被害が及ばぬよう、はとりは入ってきたドアを背にしてコキュートスを構える。
「……執念が影朧を呼んだ、か」
 影人間の姿を解除したスキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)が、のそりと立ち上がる。人工的に怪奇人間を作り出すと嘯いて、九龍の人間を切り刻んでいた男は、今は猟兵に捕縛されて千代紙の箱の中。
「色々とあの男を問質したり怒りをぶつけたくはありますが……」
 ちらりとその箱を見る。だがどのような方法であるにせよ、それが法の下に届けられるのならば、然るべき断罪は社会と政府が行うだろう。影朧に手を出していたと知れば、まず桜學府が黙ってはいまい。この世界の法を犯した者は、この世界の者によって裁かれるべきだろう。
 己の怒りを仕方なしに割り切って、スキアファールは改めて祭壇の両脇の遺体のパーツの山に目を向ける。
 ――ああなっていたのは自分かもしれないと。
 ぞわりと波立つ感覚に、スキアファールは知らぬうちに唇を噛んでいた。 
 
「望みの為ならどこまでも。……減らないな、こう言う手合い」
 そう呟いた冴島・類(公孫樹・f13398)は常よりも低い。声音を温度とするならば、まさしく今、類の腹の奥は沈めた気持ちで冷え切っている。
 祭壇の両脇に無造作に積み上げられた、人のパーツ。切り貼りしようとでもしたのか、それとも何かの実験の為に切り刻んだのか。どちらにせよ、ただのゴミと変わらぬ様に捨てられたそれに、フェレス・エルラーブンダ(夜目・f00338)の背筋が粟立った。
 嫌悪か、恐怖か――きっとどちらもだ。
 反射的に込み上げる酸と涙を飲み込んだ。
「どうして、」
 その代わりに絞り出したのは、悲しみか、怒りか。――きっとどちらもで。
「どうして、こんなことができる」
 これがヒトのやることか。
 零れ落ちそうになるものを必死に飲み込んで、フェレスは拳をぎゅっと握る。その様子に、類もジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)も守るようにフェレスの傍に寄る。
「大切にしたいものの違いかな」
 影朧である将校の様子を注意深く見据えながら、類は静かに言葉を紡ぐ。
「呪詛に芯を揺らさせてはならないよ」
 真っすぐに生きるフェレスには、きっと辛い光景だ。だからこそ、類もジャハルも彼女を守りたいと思うのだ。その真っ直ぐな心が折れてしまわないように。
「……フェレス」
 ジャハルも静かにフェレスの名を呼ぶ。言葉でその背を支えるように。
 二つの優しい声が震え、揺れるフェレスの心に響いていく。波紋に揺れる心に当てられた優しい手が、優しく波紋を相殺して凪へと導いてくれるから。
「……だいじょうぶだ。るい。ジャハル。こわいけど、こわくない」
 だからもう、俯かない。
 恐ろしくて悍ましくて、悲しいものが見えても。フェレスの潤む瞳に決意が宿る。

「何が、貴方をそれ程までに掻き立てた」
 丸越・梓(月焔・f31127)の問いは、気絶したまま捕らえられた犯罪結社のリーダーに、そして眼前の死霊軍人へと向けられている。
 犯罪結社のリーダーとして初老の男がしたことは、刑事という身分としても梓本人としても到底許されるものではない。
 だが行った実験に怒れども、男自身を責め立てて憎むつもりはない。なぜなら、未だこの結果に至る理由さえ誰も知らないのだ。理由を知れば許されるというものでもないが、少なくとも事件だけを見て人を見ない刑事にはなりたくない。
 そういった意味では、死霊である将校に関しても同じだ。
 彼は既に傍目にも満身創痍であった。身体にある銃痕。失くした右腕と左足は影で補い、利き手ではないだろう左手でサーベルを握ったまま。憎しみに染まった魂の底、もっとも黒く焦げ付いた部分を雨と水に流され、幸運を願われても。
 それでも、将校は未だ瞳をギラつかせている。まだ闘志は燃えている。まだ殺意は立ち昇っている。
 言葉尻から、帝都や桜學府とそれに組する者たちに強い恨みを抱いているのはわかる。影朧とは、傷つき虐げられた者たちの「過去」から生まれたオブリビオンだ。つまり、彼等の存在は即ち虐遇の過去があり、それが彼を影朧にまで堕としてしまったことも推察は出来る。だが、推察だけだ。
『なにが、だと……?』
ゾロリと血走った眼球が、梓を射殺さんばかりに睨みつける。
ゆぅらり、将校が立ち上がった。サーベルの切っ先で床を斬りつけながら、一歩、また一歩、将校が歩いてくる。冥府の海と繋げた己の影から、一人ずつ、影の同胞を呼び出しながら。
『ただの一人の王に、世界の全てを統治できるものか。如何に不死であろうと、その目は世界の隅から隅までを見渡せない。その言葉は一瞬で世界の隅々には届かない。だから、』
 ――瞬間、将校が消えた。
 
『 だ か ら 私 の 家 族 は 死 ん だ の だ !!!!』

 咆哮と赤い稲妻が梓に詰め寄るのは同時だった。咄嗟に防御態勢を取った梓の刀の鞘に、将校のサーベルが激しい音と共にめり込む。
『たった一人の人間に、世界などというものは手に余り過ぎる!! 繁栄する都の傍らで跋扈する政治的な不正、格差! 搾取される人々を桜學府も政府も救えない!! 何が帝だ、何が帝都だ、あまりにも不遜だ!!』
 それは慟哭と変わりない叫びだった。
 角度も変えて何度もサーベルを打ち据える将校に、はとりがコキュートスを刺突の構えで突き出す。それを避けることでやっと梓から離れた将校は、それでも尚赤い電流を纏いながら叫んだ。
『貴公らは知っているか!! この世界は欺瞞に満ちている!! それを捨ておけるのか
!! 捨ておいていいのか!!』
 将校は己が持つ全ての力を開放し、己が影をめちゃくちゃな法陣と化して召喚できる全てのものを召喚する。同胞が乗った装甲車。嘗て死んでいった将校の同胞の影。数多と召喚されるそれらは暴力の津波のようだ。将校自身もまた己を龍脈から得た力で強化したのか、満身創痍とは思えぬ程に気迫に満ちている。
 だが、明らかに力の制御が出来ていない。最早力に突き動かされるままに暴れる竜巻と変わらない。
 
「ジャハルさん。恨む先を誤ってる方はお帰りいただかないと、ですね」
 類が糸を手繰る。傍には風を纏いし瓜江。指に繋いだ糸は縁の証。
「ああ。お前が恨みを向けるべき相手は此処には居らぬ。……お前と同じ、勝手に定められたものばかりだ」
 故にこれは弔いの為の戦いだと、ジャハルは己が内を定める。
 頭ではなく肚で企てられた結社の悪事も、勝手に定められた者たちの定めも中から喰らってやろう。それがジャハルに出来る弔いならば。
「ぎまんなんて、むずかしいことは私にはわからない。けれど」
 ふたりが守ってくれると信じている。そう分かっているからフェレスは迷わない。
 人々の生きたいという願い。
 此処に満ちる嘆きと苦しみ。
 そして、かつてあった筈の明日を夢見る希望。
 それを宿したフェレスは、
「――だから、たたかう!」
 夢も希望も現実も纏って、フェレスが飛び出した。
 フェレスの動きに合わせ、ジャハルが己が血を纏わせた短剣を振った。血振りに見せかけて敵の方へと広く散らして仕掛けるは、竜域の罠。
 飛び出したフェレスの行く手を阻むように、影を乗せた装甲車が唸りをあげる。だがそれがフェレスへと届く前に、床から黒銀の棘が生えた。
 装甲車が串刺しにされて横転する。先程ジャハルが撒いた罠が接触により発動したのだ。発動によって種が知れてしまっても、室内という場所では分かっていてもその場所を避けて戦うのは困難だ。通常の攻撃手段としても十分に使える。
 横転した装甲車から襲い掛かる影とフェレスの間には、黒き鴉面が滑り込む。暴風の如き蹴りで影を蹴散らして、鴉面の男――類の相棒である瓜江はフェレスとジャハルへと向かう攻撃から二人を守る。
 フェレスの背を護るように、ジャハルと類、そして瓜江は陣形を整えながら駆ける。
 襲い来る影を黒銀の棘で串刺し、罠から漏れた者は類が片端から破魔の刃で薙ぎ払う。相手が多数ならば、集わせずに削ぐだけだ。陣を整えさせる暇など与えない。
「仲間連れなのは其方だけではないぞ」
 短剣を用いて応戦し、銃剣を弾き飛ばした影を罠待つ方へと蹴り飛ばし。ジャハルという竜が静かに吼える。
「その恨み……貴方のか、彼らのか。いずれにせよ、連携なら負けないよ」
 瓜江と背合わせに影を蹴散らしながら、類もまた二人を護るため刃に魔を破る力を込め続ける。
 そんな二人が、心も体も守ってくれるから。
 フェレスはただまっすぐに生きて、駆けて往けるのだろう。

「欺瞞を棄ておくのか、ですか?」
 朱殷の蓮華咲き乱れる痩せぎすの影手を操りながら、スキアファールは無数の敵の津波にも静けさを乱すことなく応える。
「……そうですね。正直私は帝都や桜學府全てを信頼しきっているわけではない。疑っている部分も多少は在りますよ」
 一呼吸分だけ、言葉を切る。
「私を怪奇人間に変えた者が――桜學府の者かもしれないから」
 一瞬だけの沈黙。
 何がスキアファールを怪奇人間に変えてしまったのか。それをスキアファール自身は知らない。生まれてよりのものだったかもしれないし、そうでないかもしれない。その心に消えない心的外傷を与えた者たちの本当も知らない。だから、世界が美しいばかりではなくて欺瞞にそこらに掃いて捨てる程に転がっていることも、スキアファールは知っている。
『ならば!』
「……それでも私は」
 言い募る将校を言葉も体も影の手で薙ぎ払って、スキアファールは思いを吐き出す。
「私は、私を救ってくれた先生に恩を返す為に。この世界を護る為に、この力を振るうと決めた」
 闇の中にも救いはある。
 絶望に差す光はある。
 そんなことだって、スキアファールは知っているから。
「――判断はその後でもいいでしょう?」
 「まだ」は否定の言葉ではないと、将校に届いただろうか。
 知らぬことを知らぬまま断ずることは出来ない。全てを見届けてからだって遅くはない筈だと、スキアファールは思うから。
「怪奇人間は短命ですが……私はまだ、負の遺産ではない。まだこうやって、生きているのだから」
 ほんの少しだけ、スキアファールは笑った。
 生きているから未来へ行ける。自らを負の遺産とするのもきっとまだ早い。
 未来は、まだ決まっていない。今を変えるのは、今を生きている者の特権であるはずだから。
『おのれ、猟兵!! 我らでは為せぬとほざくか!!』
「わかんねぇのか、その通りだよ」
 スキアファールの影手が不帰への拘引を行う中、それから逃れ続ける将校が影の数体を犠牲にしながらスキアファールへと突進する。だがサーベルは影人間の体よりも先に氷で出来たような大剣とぶつかり合っていた。
 激突音にしては高く澄んだ音が響く。
 割って入ったのははとりだ。「誰も死なせない」という信念がはとりを突き動かす。たとえその力の代償を己に刻み込んだとしても。
 はとりが差し込んだコキュートスの水槽を将校のサーベルが滑り、鍔でギリギリと競り合う。
「クッソ重いな、あんたの剣……!」
『愚問! この剣は我が信念の剣。小僧如きに折れるものか!』
 至近距離で二人が吼え猛る。
 単純な力勝負でなら、鍛え上げられた軍人将校相手でははとりの分が悪い。徐々に膝が床について、押し負けそうになる。それでもはとりがその場を逃げぬのは。
「悪いがこっちも一人じゃないんだよ!!」
 はとりが強く床を蹴った。将校の額に自らの額をぶつけて叫ぶ。
 奪うのは一瞬の注意と視界。
 ――それだけで。
「十分です」
 朱殷の蓮華咲き乱れる痩せぎすの影手が、将校の両手首を取った。スキアファールの影手だ。其は攻撃を呑み込む手。途端、影で補っていた右手が掻き消える。いくら軍人とはいえ、片手程度の力ではとりを抑えきれるはずもない――!
 
 被害者達の無念。罪に加担した奴の罪悪感。そもそも此処で暮らさざるを得ない人間の凝り固まったどす黒い感情。
 それは影朧である将校が叫んだ不条理に良く似ている。
 政府の手が届かなかったが故に助けられなかった人々が、この九龍にいる。
 影朧が今現れた理由がこの九龍という場所自体にも在るのなら、
「解決を聞いて貰うぜ」
 コキュートスが急速に冷えた光を放ち始める。青白い光が部屋の赤い光と混じり合って、部屋が紫に染まった瞬間。
 コキュートスから氷の茨が放たれた。
 無数の茨は瞬く間に将校と、将校が召喚した装甲車、そして影の同胞たちを絡め取って行動の一切を許さない。
『……くっ、この、程度……!』
 将校が身を捩るが、茨は氷の棘を深く体に突き刺して抜けはしない。そも、今もスキアファールの影手が次々と召喚した影たちを不帰へと誘っている。その手は将校自身にも纏わりつき、龍脈から力を得た途端に無に帰している。大きな力が出せる状況ではない。
「このクソ剣嬉しそうに光ってんだろ」
 青白く光るコキュートスを見せつけるように床に突き刺しながら、はとりは立ち上がった。だが何故か、コキュートスから伸びた茨は使用者であり発動者であるはとりをも侵食していってる。
「今から95秒後に俺は死ぬ。だが、あんた達『被害者』が武器を捨てない限り解除はしない。」
 なぜ氷の茨が抜けないのか。
 根本はもっと単純だ。使用者の命を使って実行されるユーベルコードだからだ。将校のみならず、周囲の猟兵の視線がはとりに集まる。だが、はとりは気にせず、将校から目線を逸らさずに続ける。
「桜學府の連中に手を貸した覚えはない。俺はただの『探偵』。その誇りが欺瞞でないと証明する」
 事実だけを見れば、桜學府の要請によりはとりたちは今此処にいる。だがはとりは初めから、『探偵』としての立場を崩さずに居た。彼の矜持、でもあるのだろう。『探偵』は政府に使われる存在ではない。『探偵』はただ、そこにある事件を解決するのみ。
『武器は捨てろ、だと?』
「ああそうだ」
『断る!!』
 将校は足掻くことをやめない。氷の茨がどれほど深く己に食い込もうとも、影手がどれほど己の力を無効化していっても、まだ将校の意志が折れていない。
『我らが憎しみや恨みは止められん!! 貴様は誇りある男かもしれん。だが貴様が死ぬまで、この武器決して離さぬ!!』
「……そうかよ」
 何処か苦々しい声で、その答えを受け入れる。
 救えぬ者もいる。諦めぬ者もいる。決して交わらぬ、平行線のような者もいる。
 きっともう言葉は、その信念は、此度は最期まで交わらないだろうから。『探偵』が出来ることは、その信念を受け入れて終わりに導くこと。
 
「頼んだ、刑事さん」
「心得ている、探偵の少年」
 黒い風が駆け抜ける、その擦れ違いざまに交わしたのは一言だけ。
 突っ込んだ梓が渾身の力で将校のサーベルを払う。
 がら空きになった将校の胴。
 
 ――瞼の裏には先程の「女の子」が過っていた。
「……あの子の思いを、心を、願いを」
 想いを馳せれば踏み込む足に力が漲る。
 ――あの男が護りたかったものを。
 何かあったのかもしれない。それが狂気と犯罪へと駆り立てたのかもしれない。
 ――そして、この死霊軍人が護りたかったものを。
 ――生きたかった、この世界を。
「……喪わせない。これ以上血に穢させない」
 傲慢だと言われたっていい。綺麗事と一蹴されたっていい。
 それが。
 梓の意思だ。
 
 放たれた覚悟と意志の一閃に、全てを背負い。
 
 神速。そして静謐の一閃。
 
 鞘から抜かれた音。――否、既に終わった音。
 将校が真っ二つに分かれた。上半身が下半身を置いて飛ぶ。それでもと振り上げたサーベル。
 だが将校の目に映ったのは、三人の姿。
「使われるのは、終わりにしましょう。貴方の恨む相手は、此処には居ないのだから」
 破魔の刃満たした類の刃と、風の力を一点に集中させた瓜江の蹴りが。
「勝手に定められたお前を、もう解き放て」
 赤い光反射する黒曜の短剣を閃かせたジャハルが。
「もう、ねむれ。うらみも、いたみも。ぜんぶ、もらってやる」
 泣いているような声音で、二振りの牙に夢を纏ったフェレスが。
 
「ほら、早くこんな穴出てけ。次の人生は上がるしかないだろ」
 静かに笑ったような、悲しんでいるような、はとりの言葉が。
 
 将校を影朧という呪縛から解き放った。
 
 ふぁさり。
 床に落ちたのは、将校が顔にかけていた布だけ。
 辺りを静寂が支配する。
 だが突然、地響きが猟兵たちを襲った。身体を強く上下に揺さぶられるような揺れは、「生き埋め」という単語を連想させるに足る。
 ここは九龍の大穴、巨大な廃棄場の底。天井が崩れて下敷きにされてしまえば、いくら猟兵とて無事では済まない。
 事後に関してそれぞれに思う事があったが、猟兵たちは一度アジトを脱出した。扉の前に捕縛しておいた刺客全員を引っ掴み、長い階段を駆け上がる。その間も地響きは止まらない。このままでは九龍すら崩壊してしまいかねない程に強い揺れだ。
 その揺れが最高潮に達したのと、猟兵たちが大穴の外に出る扉へ辿り着いたのは同時だった。
 そして、猟兵たちは見た。
 
 地の底から飛び出すように現れた赤いエネルギーの塊。
 衝撃で空気を振動させ、九龍全体と共鳴して高い鳴き声を上げながら。
 穴の底に堆積した全て巻き込んで九龍の大穴を駆けあがり、天を貫いて昇るモノ。
 
 それは確かに、龍だった。
 
●收尾.
「……っ」
 急速に意識を取り戻したはとりが、跳ね起きる。
 視界が眩しい。恐らく外なのだろう。状況を把握しようと辺りを見回すと、スキアファールが直ぐ傍にいた。
「あ、目が覚めましたか。よかった」
「事件はどうした?」
「全部終わりました。今は事後処理中です。と、ちょっと待って下さいね。……丸越さん、目を覚ましましたよ」
「わかった、今行く」
 スキアファールに呼ばれて、桜學府の者たちと話していた梓が此方に歩み寄る。
「大丈夫か、少年」
「お陰様で。……で、俺が寝てる間に何があったんだ」
 今生き返ったばかりですぐに事態を把握しようとするのは、『探偵』として染みついた癖なのかもしれない。梓とスキアファールは、かいつまんで今の状況を説明した。
 犯罪結社のリーダーと刺客たちは桜學府に引き渡したこと。
 あの時見たエネルギーの龍のようなものは、恐らく影朧に使われていた龍脈の力が暴走し、解き放たれたと推測されていること。
 大穴を龍が駆け抜けたことで、大穴に降り積もっていたゴミは全て燃やし尽くされたこと。
 なのに何故だかこの犯罪結社のアジトは無事で、被害者たちの遺体も変わらぬままそこに在ったこと。
「犠牲者の遺体は、今他の方が弔いにいってくれています。九龍の住人を埋葬するところがあるんだそうで」
「今は二度とこんな実験が起こらぬよう、罪無き人々が犠牲にならぬよう、このアジトの調査と後片付けをしているところだ」
 刑事の本領はこういったところでこそ本領を発揮される。梓の手際はよく、現場の桜學府の者たちにも上手く指示を出している。梓に任せておけば問題ないだろう。
 横に置いてあったコキュートスを支えにして、ゆっくりとはとりが立ち上がる。それに合わせるようにスキアファールも立ち上がり、三人で何となく空を見上げた。
 あんなにも真っ暗だった部屋なのに、今は大穴の天井が無くなってしまったおかげで随分明るい。
「これからどうなるんでしょうね、九龍」
「いずれ解体されるだろうな」
 ぽつりと零したスキアファールの呟きを、はとりが拾う。
「そうだな。こういった事件もあったし、遠くない未来にきっと此処は無くなる。政府にとっても、こういった場所はあまり残しておきたくないはずだ。政府の手が届いていない象徴のようになってしまうからな」
 梓も同意する通り、遠くない未来にこの九龍は解体される。人々は政府の援助を受け、やがて普通の暮らしに溶け込んでいくだろう。
 帝都の目の届かないところで、不正や格差はまだあるのかもしれない。けれどひとつひとつ、解決してゆけたなら。
 それが今を生き、未来に進む、ということなのだろう。
 

 実験の犠牲になった人々は、結局身元はほとんどわからなかった。
 九龍の住人には戸籍がある者は殆ど居ない。それに加え、バラバラにされてしまった遺体では、人の見分けがつく部位すら稀だった。
 龍脈の龍――としか思えぬ龍は、膨大なエネルギーの塊であったにも関わらず、彼等の遺体だけは残していってくれた。弔いを許された気がして、フェレスと類、そしてジャハルは遺体を墓地へと運んだ。
 九龍で生まれた者は皆、最期はその墓地で眠るのだという。所謂共同墓地だ。場所は九龍で唯一光が当たっていた中庭にあった。
 弔ってやりたいと最初に言いだしたのはフェレスだった。
「きっと、さむいだろうから」
 その言葉に、類もジャハルも否と言うはずもない。
 穴を掘って、遺体を安置して。
 土を被せていくたびに、フェレスの瞳からぽろぽろと涙が零れた。一度溢れた涙は止まることを知らず、フェレスはただ無言で土をかけ続ける。
「るい、ジャハル」
 上擦りそうになる声を必死に抑えながらも、フェレスは優しい友を呼ぶ。
「……泣くは、かっこうわるい?」
 顔をあげられないのは、涙を止められないから。そんな顔を見られてはいけないような気になって、フェレスは俯いたまま。けれど土を雫がぽたぽたと濡らしていく。
「恰好悪くないさ」
 それを即座に否定して、類はしゃがんでフェレスと目線を合わせる。真っ赤になった目は、いったい何時からだったろう。ずっとずっと、我慢していたんだろう。
「あの場で飲んだ雫だ。どうか今は心のままに。そして、それを忘れないで」
 柔い笑み浮かべ、類は手拭いを差し出す。
「……ひとのために泣いてやれるのもまた、ひとの証だと。そう聞いた」
 だから泣いても良いのだと、ジャハルはフェレスの小さな肩に手を置く。
 格好悪いというのなら。悍ましくて悲しいというのなら。
(「何より、影朧よりも、さきの老人のほうが、余程、」)
 ジャハルは静かに瞼を伏せる。
 影朧はある意味で真っすぐであった。それに比べれば、人の道を外れて歩くあの老人は、果たしてヒトであったのだろうか。人を人たらしめるもの。それはひとつでも簡単でもないとジャハルは知った。
 肩に触れる大きく温かな手を感じながら、フェレスは手拭いで涙を拭った。柔らかな手触りは渡してくれた類の言葉に似る。ふたりの優しさが、ほんの少しフェレスの涙を温くしてくれた気がした。
 全て埋葬し終わって、簡素ながらに墓石を置く。黒い墓石には九龍の者たちが文字を掘った。九龍の住人もまた墓地に手を合わせ、そして日常に戻っていく。
 三人もまたそれに倣い、墓に手を合わせた。
「――空の遠いこの場所でも、龍脈が彼らを運んでくれるだろう。……もしかしたら、迎えに来たのかもしれない」
 天に昇り消えた龍が、空へと魂を運んでくれたかもしれない。
 事実はわからないけれど、そう願うくらいはいいだろう。
「こんなふうにしぬやつが、いなくなればいい」
 まだ手を合わせたまま、泣き腫らした目に決意を宿して。フェレスはその墓をじっと見ていた。
 願う。祈る。
 生きたいという願いが果たされますように。
 嘆きと苦しみが無くなりますように。
 明日を夢見る希望が胸を満たしますように。
「だから……だから、まだ、たたかう」
 
 前を向いて、未来を掴み取る。その未来を護る。
 その為にこそ、今を生きる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月22日


挿絵イラスト