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蜃仰のイド ~水底からの呼び声~

#UDCアース

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#UDCアース


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●契/閉
 ――私達はいつも一緒。
 ――そう、いつも一緒だったのだ。生まれてから、今までの間。

 この町唯一の産院で産まれた。同じ時期の同じ部屋。ベッドは隣、カーテン開けて。母同士が入院中、仲良くなったものだから。彼女達だからこそ出来た試み。
 ベッドを近付け、手を繋いで。そうして私達は産まれたのだ。

 おなじ、月の美しいよる。まるで双子そのものみたいに。

 ――だから、

「ねえ、やよちゃん」
「なあに? あいちゃん」
「やよちゃんとあいはなかよしこよし。だから、わたしたちはいつもいっしょよね、」
「うん、あいちゃんとやよはいつもいっしょ」

 そんなことばを、ばかみたいに信じていた。

「ずっといっしょ?」
「うん、ずっとずっといっしょ!」
「ずっとずっとずっといっしょ?」
「うん、ずっとずっとずっとずっと、ずーーーっといっしょ!」

 疑うことすら、想像すらも、することのないまま。ずっと。

「あいちゃん。中学はあそこに行くんだよね?」
「うん、もちろん!」
「そこしか行くとこないもんね」
「そうそう。だって行くとこないし。あはは!」

 ずっと。

「やよ。高校はあそこを受けるの? まあ、そこ以外だと町を出ることになるからあれだけど」
「うん、もちろん! 隣町とか考えもしなかった」

 ずっと。

「やよ。大学はあそこを受けるの? なら、私もそこにいく」
「うん、もちろん。隣町だし、通いやすいから」

 ずっと、

「うちからも一番近いし、やよは人混み苦手だもんね。都会のは、私達はテレビでしか見たことないけど――でも、隣町のお祭りの人混みすら苦手なやよがもしも都会に行っちゃったら、どうなっちゃうか! ……うう、想像するのも恐ろしいよ」
「うん、あの時は手を握ってくれたよね」
「初めは幼稚園の時だっけ? お母さん達に連れられてさ。懐かしいなあ」
「うん、なつかしいね」
「それからずっと、お祭りの時は手を繋ぐのが恒例だもんね。湖に行った時も、水に落ちるのが怖いからって、ずっと」
「そうだね。あの時は嬉しかったよ。ありがとう」
「ふふ、どういたしまして!」

 ……ずっと、ずっと、

「……ということで、つまりは大学でも一緒だね! 嬉しい。これからもよろしくね」
「うん、来てくれるなら私も嬉しい。……よろしく」

 ――ずっと。
 そんなやくそくを、莫迦みたいにしんじていた。

「ふふ。私達、本当にずっといっしょだよね」
「……うん、そうだね」

「これはもはや運命? なんちゃって!」
「はは、」
「じゃあ、乾杯しよう。丁度、私達のずっと好きな苺オレ飲んでるし」
「……うん、」
「これからもずっと、ずっといっしょにいようね。永遠の友情に乾杯!」
「うん、かんぱい」

 ――えいえんに。

●解/開
「永遠なんてものはない」
 そう唐突に、述べたのは。ジェラルディーノ・マゼラーティ(穿つ黒・f21988)――黒衣の案内人、その人だった。
 彼は集まった猟兵達に、挨拶の流れでこう言ったのだ。
 ――やあやあ、諸君、お集まりいただきありがとう。早速依頼の説明に入りたいところだが……ところで、永遠なんてものはあると思うかい? と。
 そして。
「永遠なんてものはない」
 全員の答えを待たずして。そう唐突に宣ったのだ。
「――嗚呼勿論、君達の答えを否定するつもりはないよ。ただ、僕はこう思うと言ってみただけさ」
「そしてこれも勿論なんだが、永遠というものが続けばいいなと思うこともなくはない。まァ不変はつまらないし変化は楽しいものだけど、それはそれとしてね。“それ”を目指す気持ちも解るし、続くものだと信じる気持ちも、これまたとっても尊いものさ」
「……でもね、そうは簡単にいかないんだ。我々の現実だと、大抵はね」
 そんな規模の希望や夢は、まさに夢と幻だ。
「だからこそ僕らは夢掴むため、一生懸命頑張るわけだけども。そういう望みや努力や期待は、残念ながら見るも無惨に――完膚なきまでに打ち砕かれることも、まあ、ままあることだ。……わかるかい?」
「さて、君達の持論や想いも、是非とも一人一人訊いてみたいところだけど――つまりは、こういうことさ」

 ――ゆめときぼうのものがたり。
 ――これはそういう、おはなし。

「舞台は、UDCアース。山が連なる田舎まち。少女の夢と希望を媒介として、邪神が顕現したみたいだ」
 ――いや、これは邪神というより邪神の欠片と言う方が正しいかな? まあそれは兎も角として。
 件の少女は睦月・藍里。何やらその町唯一の小学校に、一人きりでいるみたいだけど……。
「実はその子、もう大学生になるんだよね」
 今年で高校を卒業するみたいだ。UDCの日本だから三月だね。などとジェラルディーノは補足する。
「もうじき大人となる子がどうして、そんなところにいるのかだけれど。それにもやっぱり、夢と希望が絡んでるみたい」
 ――もしかしたら、大人になりたくないのかもしれないね。
 慈愛のような哀憐のような。老齢の声はそっと落ちる。
 しかしそれも一瞬のこと。未来ある猟兵を見渡しつつ、その先の説明を続けてゆく。
「肝心の邪神はその近くにいる。移動の可能性までは不明だけども、現時点で悪影響――どころか、少女にとってはかなり危険な状態だ」
 少女の心は苗床となり、既に種が芽吹いている。此度の邪神の性質上、顕現したということは。狂気の枝葉は少女の身体を既に殆ど埋めつくし、侵食間近といったところだと容易に推定できるだろう。
「けれど、安心してくれたまえ。ここで一つ……いや二つかな。良いお知らせだ」
「この小学校は閉校してて、もはや廃墟となってるんだ。田舎ということも相俟って、周囲には人の気配はない……はず。たぶん」
 何やら微妙に口ごもりつつも。
 ――とはいえ、良い情報だろう?
 口角を上げ首を傾ぐ。
「そして、こっちが本命、」
「少女は一応、救うことができる」
 一応? と問う声に。後遺症は残るからね、と黒衣の男は応えてみせた。
「でも、まだ死んでない。生きていて、命がある。それだけで希望はあるじゃァないか」
 腕を広げて、微笑んで。
「だから、何とかかんとか、頑張ってきておくれよ。絶望の淵にいる少女に、夢と希望を届けに、さ」
 そうは上手くは、いかないかもだけども。希望を持つのは大事だよ、と。
「嗚呼、そうそう。何かそういう思念からか、いやこれはある意味真逆……? 兎にも角にも、相手に希望を持たせてからの絶望を贈りつけ、補食する。そういう類いの悪魔みたいな、全くもって可愛くないマスコットも呼び寄せられてるみたいだから。呑まれないように気を付けてね」
 甘い言葉に惑わされて、或いはその見目に騙されて。契約など、してはいけない。彼らの与える夢と希望は、終いには必ずや幻となり、絶望となって還るのだから。
「それと、これは余談だけれど。全て無事に終わったら、彼女“達”の思い出の湖を覗かせてもらうのも良いかもね」
 凍ってるわけではないけども、標高のせいでまだ肌寒いから。それにもついでに気を付けてね、風邪とか引かないようにね、と添え。
「きっと夢のようにうつくしい光景だよ」
 ――あ、縁起悪い?
 ゴホン。

「――さて、と。準備はいいかい?」
 グリモアが、起動する。

「春は出会いと別れの季節」

「道が交わり、離れる季節」

「その道はどこに行き着くのか、とは。きっと友にも、神にも問うてはならないのさ。――そう、」

 ――ただひたすらに、 進め。


七夜鳥籠
 出会いと別れの季節ですね。七作目はUDCアースより――どうぞみなさま、夢のようなひとときを。
 七夜鳥籠と申します。どうぞ宜しくお願いいたします。

●第一章
 集団戦。
 ――夢をみて。

●第二章
 ボス戦。
 ――さらに堕ちて、深淵へ。

●第三章
 日常。
 ――微睡みながら、うつくしきにて。
 醒めぬままでも、醒めてしまっても。
 どうぞあなたの想うまま。
 たとえそのまま、帰らずとも。

 三章のみ。お声掛けいただけましたら、ジェラルディーノもご一緒させていただきます。

 採用人数は未定。再送が発生する場合があります。
 また、当シナリオは全ての者に救いがあるとは限りません。予めご了承ください。
 全章、詳細は断章やマスターページにてお知らせいたします。受付期間につきましても、そちらでお知らせいたします。お手数おかけいたしますが、その都度ご確認いただければと存じます。

 それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
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第1章 集団戦 『『都市伝説』魔法少女マスコットの怪』

POW   :    証拠隠滅
自身の身体部位ひとつを【対象を丸呑みする怪物】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD   :    『ほらほら敵が出てきたよ!』
いま戦っている対象に有効な【魔法少女を屠り去る敵】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ   :    『これで契約成立だよ』
【対象を魔法少女に変える種】が命中した対象にルールを宣告し、破ったらダメージを与える。簡単に守れるルールほど威力が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●あさきゆめみし
 廃墟となった小学校。その廊下を猟兵達は手分けし各々探索していく。
 教室、階段、窓の外――。黄昏色の橙は、郷愁を誘うかのような――何処か懐かしい色をもって全てを染めあげ、包み込む。
 其処は山の連なる田舎。暖かい日差しは少し遠く、肌寒い日々が続いている。ならば景色も相俟って、人恋しくもなるのかもしれない。
 さて。手分けをするとなれば。自然、少人数での行動となる。或いは独りで黙々と、歩む者も在るかもしれない。
 然れば軈て、時と共に。人の気配は薄くなる。
 黄昏時の公園のように。子供が帰った後のように。
 静けさがしん、と充ち満ちて。世界に取り残されたのだ――そんな錯覚にも陥りかける。
 けれどそれでも、構わずに。猟兵達は進むだろう。先へ先へ、奥へ奥へと。いつの間にやら境界線を――夢現の境を越えて、足を踏み入れているとも知らずに。
 そうして夢の奥へと進み、されど未だ浅き処を彷徨うように歩いていると。

 ――キミに夢はあるかい?

 ふわり。マスコットめいた動物のぬいぐるみが何処からともなく下りてくる。

 ――願いは? 望みは?

 くるり、くるり。
 覗き込んだり、回り込んだり。

 ――ボクが叶えてあげるよ!

 にこにこ。
 両手をぱっと広げて、わさわさ。
 最後にきゅるんと眸が瞬き、可愛らしい声で鳴く。

 ――だからボクと、

 ――契約しておくれ!
 
 かわいそうなうつしよのきみ。
 夢見る魔法はいかが?
揺歌語・なびき


永遠が存在しないのは
ようく知ってる
夢と希望が、簡単に潰えてしまうのも
だからおれ(UDC職員)みたいなのが居るんだけど

黄昏色の微睡みの中をゆく
あの子には小学校を経験させなかったけど
中学と高校と、きっと似たようなもんだろう

きみはかわいくないなぁ
三十路の男を魔法少女に変身させたいワケ?
趣味が悪すぎて笑えるな

これは
誰かに叶えてもらえるような望みじゃない
叶えられちゃいけない

吐きだす訳にはいかない獣慾が、此方を見上げる

(あの子が、彼と、
別れちゃえばいいのに)

くそ

思考を振り払って血桜を撒き散らす【呪詛
愚かな考えを読み取られる前に
ひどいことになるのは目に見えてる

(あの子がぜんぶ、
おれの中に在ればいいのに)



●廻り
 そんなこと、よく“わかって”いる。
 生温い色をした微睡みのなかで、唯一のアオを探していた。
 永遠が存在しない、なんてこと。
 ようく、知ってる。
 春の彩を歪ませて、揺歌語・なびき(春怨・f02050)は独り往く。
 冬の名残りは惜しまれず、皆春を待ち遠しむ。
 出逢いと別れを繰り返し、過去は忘れ去られていく。
 あれ、あの子、なんて名前だったっけ。
 隣の席のあの男の子、どんな目元をしていたっけ。
 溢れんばかりに青々とした、若さも、記憶も、冴えざえとする銀も。
 いつかきっと、遠くなり、己の手元から離れていく。

 ――キミに夢はあるかい?

「きみはかわいくないなぁ」
 三十路の男を魔法少女に変身させたいワケ? 趣味が悪すぎて笑えるな、なんて。
 “彼女”には決して見せぬ笑みで、それと同じくらいに歪みきった“妄想”の欠片を振り払うように。
 頭を振って、地を見詰める。“前”を向かずに、見ないふり。
 ついと逸らした視界の端には、ましろとは似ても似つかぬ灰と、塵の山が積もっていて。
 
 一度も経験させなかったはずの、小学生姿のあの子が見える。
 ――春の蒲公英みたいな帽子と、身体に合わぬ、ランドセル。
 己には決して見せぬはずの、照れたような瞬きが見える。
 ――“それ”を向けられる資格はないのに。
 誰かに笑う、あの子が見える。
 ――その“誰か”は、ダレ?

 “器”に合わぬ、見合わぬ夢を。
 抱いているのは。どこの、だれ?

 ああ、嗚呼。見詰めてはならぬ。
 考えてはいけぬと、目を閉じる刹那。

 ただ眸だけを爛爛とかがやかせて。あの子とは違うかがやきで。
 吐きだす訳にはいかない獣慾が。頭を擡げ、此方を、見上げた。


 ――あの子が、彼と、

 ――別れちゃえばいいのに。


 嗚呼、くそ。
「吐き気がする」

 舞い散るは、血反吐染みた臓物のアカ。
 裡なる慾の、代わりにと吐く。
 夢の欠片が、降り積もる前に。
 桜の花で、覆い隠して。

 ――獣慾の色と、似てるんだね?

 染まり散りゆく間際に届いた、冴えた風には気付かないふり。
 あの子以外の、色はいらない。あの子じゃない、冬はいらない。
 冬こそあの子と云うのなら。

 春なんか、来なければいいのに。

 血は軈て黒くなり、死体は朽ちて腐り果てる。
 赫に這え。淦に蠅。
 水は澱むべきではないけど。


 ――あの子がぜんぶ、おれのなかに在ればいいのに。


「……ほんと、」

 かわいくないし、趣味わるすぎ。


●井戸の中
 私たちは、海を知らない。
 あの広大な、景色を知らない。
 閉じられた世界で、生きていた。
 廻らぬ世界で、二人きり。

 今になって、気付いたのだ。
 ……いいえ、ただ。見て見ぬふりをしてただけかも。
 あいちゃんももう、気付いてるかな。

 ――湖とプールと、私たちは。

 あまりにも、似ているってこと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
よーし、かわいこちゃんには挨拶代わりに銃弾一発だ
……まだ息があるかあ、しぶといな
お話がしたい?
それがルールってやつ?

願い事ねえ
何事もない毎日がずっと続いてほしい気もするし
突然全部めちゃくちゃになれば楽だとも思うよ
その時の気分次第じゃない?
女なんて少女の死骸にすぎなくて
つまんない大人の言うことなんてそんなもんだよ
がっかりした?

あえて言うなら、変わることのない本当の自分ってものが知りたかったりはする
でもそれを君から与えられたって、きっと納得はできないよ
こんな詭弁を並べて生きていくんだ
もしくは今日死ぬかもね、それで十分

急がないとな
それが彼女の願いなのかはさておいて
この先で、睦月藍里はまだ息をしている



●環り
 臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)という女は、矛盾を抱えた女である。
 ――よーし、かわいこちゃんには挨拶代わりに銃弾一発だ。
 寄ってきたわんころを撫でるみたいにわらったくせに致命傷。
 ――……まだ息があるかあ、しぶといな。
 残念がるようにその唇を尖らせたくせに想定内風。
 ――お話がしたい? それがルールってやつ?
 面倒臭そうに片眉を、上げてみせたにも関わらず。なんだかんだと世話好きみたいに、その辺に転がっていた棒切れを拾って付き合ってみせたりしてしまうのだ。
 “仕方ないなあ、ちょっとだけだよ”と。
「……で、何だったっけ? 嗚呼、願い事?」

 願い事ねえ。
 何事もない毎日がずっと続いてほしい気もするし、突然全部めちゃくちゃになれば楽だとも思うよ。
 その時の気分次第じゃない?
 女なんて少女の死骸にすぎなくて、つまんない大人の言うことなんてそんなもんだよ。

「がっかりした?」

 ぶうぶう文句を言う彼らに、ははっと乾いた笑みひとつ。
 ひどい? さめてる? つまらない?
 悪い意味で大人だって? 浪漫の欠片もないだって?
 夏報さんに訊く方が悪いんだ。だってこれはカジュアル・ロマンス。
 終われない夏休みを生き続ける悟っただけの少女みたいな――死骸みたいなひとりの女の、ただの戯言。一夜の夢。
「だから、そんなこと訊いても全部無駄だってこと」
 ほら、女心と秋の空っていうじゃない? なんて、友達に笑いかけるみたいに。
 ――あれってさ、本来は“男心と秋の空”だったらしいよ。 一夜どころか、一夜にして七回も変わるとかなんとか。
 ――つまりはさ、一夜の夢も魅せてあげられないってこと。そもそもまだ夜じゃないしさ。
 くるくるくるくる。口だけはいつもよく回る。
「残念だったね」
 今日はついでに棒切れも回す。塵と灰のキャンバスに描くは線が不格好に繋がった円。
 ……そんな隙を突こうとしてか、テディベアは切り裂き攻撃。コードに対して抵抗の叶った唯一の個体だったそれは、一人で完結してしまった女を鋭い爪で真っ二つに――、
「え?うるさいって? もう、仕方ないなあ」
 繰り返される“仕方ない”。そこまで気になると言うのであれば、ロマンス度を上げてやろう。
 片足その場でくるりと回って、チャンバラみたいに弾いてみせる。十分に距離を取ってから、ぶきっちょな環を俯瞰する。
「――あえて言うなら、」

 変わることのない本当の自分ってものが、知りたかったりはする。

 自然と顔は俯いて、けれど直ぐに“君”を見る。
「でもそれを君から与えられたって、きっと納得はできないよ」
 所詮、夢も希望もない死骸だもの。“ああ言えばこう言う”を繰り返しに繰り返し、詭弁を並べて生きていくんだ。
「もしくは今日死ぬかもね、それで十分」
 丁度消えゆき灰となる、一夜のダンスも持たないロマンスをただ薄情に見詰めていた。
 ――鐘が鳴るのはちょっとだけ、お相手の方が早かったみたいだ。

 挨拶代わりにというわりには先に銃弾は放たれて。そのくせ敵に寄り添って。
 気軽な感覚で話すふりして、その実ただの時間稼ぎ。
 自分だか相手だかのタイムアップ――迫る死へのカウントダウンをただ静かに待っているだけの、燃え滓みたいな一人の“ナニカ”。
 “靴”を片方失った女。

「……急がないとな」
 それが彼女の願いなのかはさておいて。
 この先で、睦月藍里はまだ息をしている。


●イドとエゴ
 道徳の授業は、嫌いだった。
 他人への思いやり、だとか、社会のルールやモラル、だとか。
 それそのものというよりも。
 そういったものを、説教臭く垂れてくる大人たちが嫌いだった。
 まして、や。
 自分が“何者か”。だなんて。アイデンティティ、だなんて。
 よくわからなかった。

 でも、本当は。
 わかりたくもなかった……のかもしれない。

 ねえ、あいちゃん。
 あいちゃんはもう見つかった?

 私は――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

葬・祝
×

私の願いを叶える?
君たち如きが?
ふふ、面白いことを言うんですねぇ
叶えられるはずもないのに

私の望みは私が叶えます
私の願いはあの子が叶えてくれます
有象無象の出る幕なんて何処にもありませんよ

生まれて初めて未来を願うようになったばかりだ
× × ×ではないものになりたい
あの子の隣に当たり前に立てるものになりたい
誰に憚ることなく、誰に邪魔されることなく、愛しいものを愛しいと言い続けたい
神であるあの子と同じ時を、傍らで共に

永遠なんてない、なぁんて、そりゃあそうですよ
神だって妖だって永きを生きれば何かは変わるんです
その永遠は、ただの停滞の言い換えでしょう

【斬撃波】で細切れにして腐蝕させて終いにしましょうかね



●徼り
 ――ちりぃん、。
 かすかに鳴る鈴の音は、果てなき夢に終末を。
 災厄の化身はただ嗤い、哀れな子らに相対す。
 そのモノの名は葬・祝(   ・f27942)。
 黒の着物に身を包んだ、少年のカタチを“今”はしていた。

「……さて。君たちの主張を整理しましょう」
 整理するまでもないですが。
 ほろり零れた毒の雫をゆうるり覆ってしまうが如く、真白の繊手隠す袖は淑女の仕草で唇へ。そうして、
「私の願いを叶える?」
 さも不思議そうに、こてり。頸を傾いでみせるさまは。
 端から見れば純なものと。よもや、と思わせる何かさえ、振り撒くようであったかもしれない。
 けれど、それはほんの一瞬。まさに夢、幻で。
 その後に続いた、ひとつの言霊。
「――君たち如きが?」
 ……によって、銀の眸と共に、ぱちり、と。泡沫潰えて消えるよう、淡く弾けて瞬いた。
 次に表に現れるのは。ふふ、と弧を描く、三日月。気紛れとばかり闇から出で。
「面白いことを言うんですねぇ」
 艶やかないろを見せつけながらそう宣ってみせるものの。その上の二つの銀月は、さして興味もないとばかり。つめたいいろを隠しもせず、叶えられるはずもないのに、と続く。
「私の望みは私が叶えます」
 その色は怒りではなく。
「私の願いはあの子が叶えてくれます」
 その色は哀しみではなく。
「有象無象の出る幕なんて、何処にもありませんよ」
 ただ、ただ。有象無象。道端の蟻を眺める、いろ。
「――さあさ、おわかりになりました?」
 ちりり、再び鈴の音は鳴り、不吉な報せを予感させ。
 然れど、然れども厄災は。小さきものにも降り注ぐ。
 気付いた時にはもう手遅れ。後ろの正面だぁれ。

 取り出したる蒼紫。羽扇をはらり、斬撃波。
 柔いけものは傷を負い、飢餓を感じつ腐れ落ちる。

 廃墟に積もる塵芥。それらと見分けもつかなくなりゆく、見分けるつもりもなかったものども。
 欠伸の出そうな状況故か、気紛れは二度、起きて語る。
 冥土の土産に教えてあげましょう、と。
「× × ×ではないものになりたい」
 ――生まれて初めて、未来を願うようになったばかりだ。
「あの子の隣に当たり前に立てるものになりたい」
 誰に憚ることなく、誰に邪魔されることなく、愛しいものを愛しいと言い続けたい。

 ――神であるあの子と同じ時を、傍らで共に。

 色彩のなき世界に注ぐ、橙(ともしび)のような橙いろ。
 燃えるような赤にも、耀く金にも足らざる景色は。
 然れど何故か、愛し子と重なる。

「……嗚呼、もしかして聞こえませんでした?」
 間に合ったか、否か。そんな些事は神のみぞ知る。
 鏡面の眼をついと戻し、見遣る虚空の奥は知れず。
 紅葉にも似た世界の中、それが届かぬ昏きを覗く。
 天だか地だか海だかに還った、覚える気もないものよりも。
 既にまなこは此度の元凶。この先に待つなにかを見ていた。
 ゆめときぼうのものがたり。そうと嘯き振撒く厄災……?
 永遠を、永久を良しとして。それを救いと齎す災厄……?
 姿も形も気配さえ、今はまだ見えねども。

 ふと思い出すは誰かの言葉。歳を重ねた何かの言葉。
 ――永遠なんて、ものはない。
 思わずくすりと笑みがこぼれた。何を今更、当然のことを。
「永遠なんてない、なぁんて、そりゃあそうですよ」
 底知れぬ闇にも臆しもせず、ぽつねんと立つそれは云う。
「神だって妖だって、永きを生きれば何かは変わるんです」
 “葬”と“祝”の名を持つそれは、最後にふと、目を細め。
「――その永遠は、ただの停滞の言い換えでしょう」
 薄いまなこを茜にさらし、誰にともなく囁いた。

 近墨必緇、近朱必赤。
 黒は全てを呑み込むけれど。
 朱に交じわれば、赤くもなるやも。
 それはきっと、神とて同じ。
 概念に近し、ナニカだって。

 からん、とひとつ、下駄が鳴る。
 ちりり、かすかに鈴のおと。

 からころ、ちりり。ふぅわり、ふわり。
 音と共に歩き往くのは――、。


●信仰
 私は彼女を、信じていた。
 いつからか、どうしてかはわからない。
 はじまりなんて、わかりっこない。
 記憶なんてない頃からずっと。ずっと、一緒だったのだから。

 でも、きっと。それは、あの瞬間に強まったのだ。
 あの日の、あの出来事によって。
 それだけはきっと確かなのだと、今では思う。

 あいちゃんを、信じていた。
 疑いようもなく。信じきっていた。

 ――嗚呼、そうだ。
 私は。信仰さえ、していたんだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朧・ユェー
【月光】

ここは小学校?
ルーシーちゃんならランドセルというカバンを背負って登校したら可愛いでしょうね
えぇ、登校するとは一緒に行きますよ

彼女の手を握り、危ないですから離れないように

おや?ぬいぐるみ??
願いを叶えて下さるのですか?それはありがとうございます。
でもお断りします
願いとは誰かに叶えてもらうものじゃありませんし

ありがとう、ルーシーちゃんの願い事嬉しいですね
えぇ、大丈夫。その願い事は僕が叶えてあげたいですから

それに可愛くない方たちと契約は嫌ですね
この子のぬいぐるみのララちゃん達の様な可愛い子なら歓迎ですがとにっこりと微笑んで

大食い
悪いぬいぐるみ達は一つ残らず喰べてしまいましょうね

僕の願いはこの子が大きくなってそれを傍で見守れる事
この子がツライ時に誰よりも駆けつけて助けられる
この子のヒーローの様な父親に
おや?そうかい、ありがとうねぇ
でもヒーローはもっとカッコ良い姿を魅せたいだよ?


ルーシー・ブルーベル
【月光】

ここは学校なのね
ランドセル、確か背負うカバン、だったかしら
一度通ってみたかったかも
ゆぇパパと手を繋いでね、
いっしょに学校までの道をいくの
今みたいに!
うん、離れないわ

ぬいぐるみさん達、ごきげんよう
ルーシーの夢は、願いは…
在る、わ
問われれば自然と浮かぶ想い

パパの娘として、傍でいきていくこと
パパといっしょに、たくさんの思い出をつくること
パパに、たくさん幸せって思ってもらうこと

けれど、それらを誰かに預けようとは思わないの
だって叶うのなら
叶える事が出来るのなら、それはわたし自身がいい
うん、そうよね
わたしと、パパとで叶えるの!

まあパパ、ありがとう
ララもそう言って頂けてうれしいって!
親友の水色兎のぬいぐるみをぎゅうっと抱き

ふわふわなお友だち
あの種を包んで、止めてしまって
パパに害なす前に

ふふー、
パパはもう、とうにルーシーにとって最高のヒーローなのだけど?
まあ。もっと?
ルーシーのヒーローは頼もしいわ!



●循り
 登校する親子のような、一組の影が校門に伸びる。
 廃墟に似合わぬ二人ぼっち。いつものように手を繋いで。
「小学校……。ルーシーちゃんなら、ランドセルというカバンを背負って登校したら可愛いでしょうね」
「ランドセル、確か背負うカバン、だったかしら」
 金髪の幼い娘の方――ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は長身の彼へと視線を向け、確かめるように首を傾げ。
 銀髪の男――朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)はそんな彼女を愛おしげに、目を細めて見遣りつつ。えぇ、とひとつ頷いた。
 もう間もなく日の沈む、暗く静かな空間だけれど。二人でいれば怖くないから、少女の声は軽く弾む。
「小学校、一度通ってみたかったかも」
「ゆぇパパと手を繋いでね、いっしょに学校までの道をいくの。今みたいに!」
 それは夢のひとかけら。ささやかであたたかなイフの日常。
 今からでも叶えてあげたい。そう思うのが親心。
「なら、一緒に登校しましょう」
 男は気分を盛り上げようと、大げさに腕を振ってみせて。
 でも、危ないですから離れないように、と心配性を覗かせた。
「うん、うんっ。離れないわ」
 ぱあ、と咲かせる笑顔の後、るんるんとして少女は言う。
 離れるはずがないとばかりに、ぎゅっと掌に力を込めて。


 腕を振りつつ校門を抜け、暫く進んでからのこと。
 願いを叶えてあげる――なんて、怪しい不審者の誘惑には。
「ぬいぐるみさん達、ごきげんよう」
 丁寧に挨拶はしたけれど。
「――その言葉には、ありがとう、と言わせてね。でも、あなたたちの助けは必要ないの」
 幼い身ながらしっかりと、己の言葉でノーと示す。
 父親の方も慣れたように。
「それはありがとうございます。でもお断りします」
 などと、冷静に対応してみせた。
 とはいえ。
「……願いも、夢も、キミたちにはないの?」
 しつこい不審者というものは、その程度では諦めないもの。意地悪と解って返された言葉に、少女はつい願いを紡ぐ。
「ルーシーの夢は、願いは……在る、わ」

 ――パパの娘として、傍でいきていくこと。
 ――パパといっしょに、たくさんの思い出をつくること。
 ――パパに、たくさん幸せって思ってもらうこと。

 それは、自然と浮かぶ想い。
 けれど。
「……けれど、それらを誰かに預けようとは思わないの。だって叶うのなら、」
「叶える事が出来るのなら、それはわたし自身がいい」


 ――嗚呼。
 男はあまりの感動に、幼い我が子のその姿をしかと網膜に焼き付けてから。
「ありがとう、ルーシーちゃんの願い事嬉しいですね。……えぇ、大丈夫。その願い事は僕が叶えてあげたいですから」
 誘惑にも負けず立ち向かった、愛しい子へは甘い言葉を。
「――それに可愛くない方たちと契約は嫌ですね。ララちゃん達の様な可愛い子なら歓迎ですが」
 周りを飛ぶ悪い虫には、にっこりと微笑んで毒を贈る。
「まあパパ、ありがとう。ララもそう言って頂けてうれしいって!」
 一方此方の愛娘。善良な方のぬいぐるみ――本人お手製、水色兎のララ――をぎゅうっと抱いて喜ぶさまは。頬を赤らめ笑むさまは、何と愛しいことだろう。
「うん、そうよね。わたしと、パパで叶えるの!」
「えぇ、そうです。僕と、ルーシーちゃんで叶えましょう」
 そうして二人は微笑み合う。父と娘の間には、誰も入れはしないのだ。

「――ふわふわなお友だち。あの種を包んで、止めてしまって」
「――悪い悪いぬいぐるみ達は、一つ残らず喰べてしまいましょうね」
 パパに、愛娘に害なす前に。
 考えることは二人とも同じ。
 ふわふわ兎と、暴食グール。
 少女の親友であるぬいぐるみと、大喰らいの化け物は。
 それぞれ綿と、無数の口で、ぶさいくなぬいぐるみを覆い尽くした。
 娘が自力で拒否出来ようが、対処法は変わらない。
 誘惑する時点で害なのだ。不審者はないないしてしまおうね。


 そうして不穏な影が消え、二人きりに戻ったあと。
 男は再び手を繋ごうと、娘に掌を差し出して言う。
「僕の願いを聞いてくれるかい?」
 悪い虫には明かさなかった、己の本心を。と。
「うん、うんっ。ぜひ聞かせて」
 迷いもせずに手を握って、お話をねだる愛娘に。語って聞かせる、父の願いは――。

「僕の願いはね。ルーシーちゃんが大きくなって、それを傍で見守れる事」
「ルーシーちゃんがツライ時に誰よりも駆けつけて助けられる、ヒーローの様な父親になる事」

 親であるなら誰もがきっと、想っていいはずのこと。
 ささやかで、あたたかな。イフにはさせたくない未来。

「ふふー。パパはもう、とうにルーシーにとって最高のヒーローなのだけど?」
「おや? そうかい、ありがとうねぇ。でもヒーローはもっとカッコ良い姿を魅せたいんだよ?」
「まあ。もっと? ルーシーのヒーローは頼もしいわ!」
 金糸と銀糸が寄り添って、手を繋いだ影ひとつ。終わりの見えない道行きに、長く長く伸びてゆく。


●親交
 何もかも、好みが一緒。
 本来それはありえないことだし、その必要もないはずだ。
 けれど、同じでなければいけない。同じでなければ、仲良くしてはいられない。
 そう思い込んでいたのだろう。

 何かある度に乾杯して、重なって、クロスに交わる紙パック。
 大好きだった苺オレ。
 その甘いピンクを、甘すぎる、と感じてしまったこと。
 苦みのある珈琲を、美味しいと思うようになったこと。
 ……結局、言えなかったな。

●進行
 そう。実は最初から、私たちは違っていた。
 嫌いなものも、恐ろしいものも、違うことには気付いていたのに。
 容姿も、特技も……趣味だって、違うことを知っていたのに。
 どうして進む道だけは、同じだと思い込んでいたんだろうね。

 ずうっと一緒、なんてことは。どんなに親しくても難しい。
 本物の、双子でさえ。
 でも、私たちは。それにだけは、ずっと気付かないでいたんだ。
 ……気付かないふり、だったのかな。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

風見・ケイ
◎▲
集中しているつもりだったけど、ふと子どもの頃を思い出してしまう
気になったらすぐに冒険するのが好きだった
猫を追いかけて集会所にお邪魔してみたり、知らない路地裏の奥に何があるのか確かめてみたり
今になって「夜の学校を冒険する」なんて願いが叶うなんてね

(罅割れた殻が剥がれ落ちて15のわたしが顕になる)
ここは夢の世界、明暗境界線の向こう側
大人《私》が剥がれて子ども《わたし》になっても不思議じゃない

夢も願いも、きみに叶えて貰う必要はないんだよね
それに先約があるから(胸を、瞬く右手で指差す)きみと契約はできないな

夢の中なら、少し祈れば黄昏に暗幕が降りるでしょう
そしたら自分で願いを叶えるとしようか

きみが星こそ
怖い怖い悪徳業者さんがいなくなりますように
(『星屑』が流星雨となってぬいぐるみに降り注ぐ)
――さよなら



●躔り
 黄昏色は、郷愁を誘ういろだ。
 所々蔦の這う壁は、過去を覆う“いま”。葉脈の流れは茎へと渡り、軈てそれは土へと。根源へと辿り着く。
 過去は全て現在(いま)と繋がり、一度進めば引き返せない。
 ……嗚呼、でも。
 人はつい、“もしも”を想ってしまうものだ。
 あの頃にまた戻れたら、とも。
 風見・ケイ(星屑の夢・f14457)はそんなことを、歩みながら夢想していた。
 か細き脈を指で辿りつ、思い出す過去の一欠片は。小学校という場所からか、それともそういう質だからか。今よりもずっと自由だった、儚いほど遠い、子どもの頃。
 猫を追いかけて集会所にお邪魔してみたり。知らない路地裏の奥に何があるのか確かめてみたり。
 冒険するのが好きだった。気になったら一直線に、たかたかと駆けて行ってしまうほど。
 それを無謀というのか、はたまた勇気というのかは、その時の自分が決めるだろう。
 多重人格であるからして、“自分”の中でも意見が割れるやもしれないが。
 ……何にせよ。今のこの状況を、過去の自分は喜ぶだろう。
 まさか、今になって。夜の学校を冒険する――なんて願いが叶うなんて、と。
 そうして屋上へと到った時。勇敢なる冒険者は、このステージのボスと遭遇する。
 学校での冒険なら此処がゴールだ、と達成感と共に扉を潜ったというのに。
 待っていたのは邪魔者のいない空間でなく。せめてもと思った大ボスですらなく。ただの中ボス、ぬいぐるみとは。
 大はずれも大はずれ。残念な結果となった冒険の終わりに勇者は一つ溜息をついて、現実のケイへと思考を戻し。その元凶である中――小ボス? を、冷めた目で見据え言った。
「棄てきれなかった願いが叶う瞬間は、些細なものでも嬉しいものだ」
「――だから、邪魔しないでもらえるかな」
 思考は今に帰れども、現るるは幼き自分。
 我儘を通す子どものように、近づく獣と距離を取り。
 そうして大人の風見ケイは、“殻”を破り本質を曝す。

 ぱり、ぱり。
 罅割れた殻が剥がれ落ちて、裡なる何かが顕になる。
 ――15の“わたし”が、顕になる。
「ふふ、驚いた?」
 surprise‼
 悪戯っ子みたいに笑って、控えめなれどくるりとターン。
 それはまさに、魔法少女の変身バンクかのようであった。

 ……ならば、少しくらいは許されるだろう。
 突然のことに混乱し、動きを止めたものどもへ。
 “夢と希望”の使者たちへ、説明しよう、と語るくらいは。
「ここは夢の世界、明暗境界線の向こう側」
 現実なる世界では、良く言われることだろう。殻を破って大人になる、などと。
 けれど微睡む世界なら。夢と希望を謳うなら。
「“大人(私)”が剥がれて“子ども(わたし)”になっても、何ら不思議じゃないでしょう?」
 真なる姿でケイはわらう。夢と希望が詰まったからだで。
「でも、だからといって、きみたちとわかりあえるとは思わない」
 ……いや、だからこそかな。
 平行線は、交われぬとばかり。紡ぐは敵との境界線。
「わたしは冒険したい派なんだ。道を切り拓くなら、自分の力で」
 その先に何があるか、決まりきった道筋なんて。辿っても、退屈なだけだ。
「……だから。夢も願いも、きみに叶えて貰う必要はないんだよね」
 それに、と。瞬く星を映す宙――の如く変質した右腕で、自身の胸を指し示し。
「先約があるから、きみと契約はできないな」
 魅力的なお誘いとは思えないし、そもそもこの身は予約済みだと。
 デートの誘いを断るように、“プレイボーイ”をあしらってみせた。

「――さあ、」
 そしたら、自分で願いを叶えるとしようか。

 この場こそが夢であるなら、少し祈れば願いは叶う。
 黄昏に、暗幕が降りる。夜のヴェールが覆い尽くす。
 辺りはより昏くなり、然れども星は、きらきら瞬き。

「きみが星こそ」

 怖い怖い悪徳業者さんが、いなくなりますように。

 少女の願いを宙は受け入れ、幾つもの星が瞬きを増す。
 浮かび煌めく光の粒は瞬く間に宙を離れ、地へと落ちゆく星屑の軌跡は“流星”と呼ばれる奇跡となり。
 偽りの夢と希望を語った、悪の使いへ降り注ぐ。
「――さよなら」
 彼らにとっては皮肉にも。それはまたもや、魔法めいて。
 “私”や“わたし”、なる彼女にとっては――。

 過去の夢想以上の“それ”。
 “流星群の降る美しい夜にて、学校を冒険する”。
 そんな夢みたいな瞬間が、訪れたひとときとなったのである。


●深更
 だあれもいない、真夜中に。
 ボートを出して、湖の真ん中。
 ふたりっきりで寝転がるの。
 すごくすごく楽しかったね。

 まるで世界でふたりきり。
 ふたりぼっちみたいでさ。
 空も、月も、星も綺麗で。

 あの時だけは、泳げないこと。
 ――昔、溺れかけたこと。
 足の付かない、底が怖いこと。
 嘘みたいに忘れられたんだよ。

 今もそれだけは変わらない。
 またあなたと、浮かべたら良いのに。

 夢も現実も、忘れて。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●浅
 そして猟兵は屋上へと到る。けれど、夢はまだまだこれから。

 あさきゆめみし――浅い夢を見てしまった。……などと、目覚めるには早いのだ。

 黄昏色は、既に藍色。朝は遠く、来る気配もない。
 お天道様がいなければ。地へといざなうものも出る。

 空の果てと同じように、水底の果ては見えないから。

 ――思うままに落ちておいで。
 入口が見えなくなるくらいに。
 ――想うままに堕ちておいで。
 出口を探すのを忘れるほどに。

 それは甘く蕩ける夢。そこは望みの叶う世界。
 夢と希望の詰まりに詰まった、あなたに優しい沼の底。

 だから、ほら、怖がらないで。
 ふかきゆめみじ――なんて言わず。

 ゆっくりおやすみ。命果てるまで。


第2章 ボス戦 『愛すべき『わたしたち』』

POW   :    『心』
【『わたしたち』】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
SPD   :    『夢』
【『おかあさま』の力】を籠めた【夢魔たる能力】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【夢を喰い、心に満ちた希望】のみを攻撃する。
WIZ   :    『狂気』
【関心】を向けた対象に、【"狂気"を齎す幻覚を、脳内へ直接送ること】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は百鳥・円です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●蜃仰
 標高の高い森の中。円を描くような湖。
 水溜まりのように完結して、流れの止まったような場所。
 そこの、ちょうど真ん中に。一隻の小さな船があった。
 そして更にその中には、これまた小さな子どもが二人。
 年の頃は、十かそこらか。それにも満たぬ年齢か。
 空と水との境界線に、二人ぼっちで浮かんでいた。

 会話は此方には聞こえずとも、親しげに話している様子の二人。
 良くも悪くも隔絶された、平和な空間のはずだった。
 ――けれど。

 徐に二人は木製の、船のへりを両手で掴んで。
 身を乗り出し下の境を、水面の方を覗き込む。
 興味本位だったのだろう。好奇心からの行動だろう。
 だってそこには丸い月。
 ほら、触れそう! なんて、腕を伸ばしただけに見えた。
 あまりにも綺麗な、鏡の水面。きらきら輝く蜂蜜の誘惑。
 まるでそこにあるかのような、触ってと言わんばかりの月だった。
 ……そう、つまり。子どもにはとても抗えないものだった。
 だから、ここまでは責められない。きっと運が悪かったのだ。
 それか、もしかするとだけれど。
 湖の女神に愛されてしまって、引き摺り込まれたのかもしれない。
 ……なには、ともあれ。

 片方は月に触れられたというのに。
 もう片方は勢い余って、そのまま湖へ落ちてしまった。
 慌てた片方は迷いもせず、更に身を乗り出して。
 めいいっぱいに腕を伸ばして、沈む片方の指を掴む。
 それはささやかな繋がりだった。けれど確かに命を繋いだ。
 溺れた少女は一縷の望みで、黄泉の入り口から引き上げられた。

 ――こうして。
 夢みたいな泡沫世界。真に隔絶された世界。
 当時の娘らには天国の、新たな地獄は始まった。
 元より彼女に依存していた、溺れかけた方の少女は。
 更に、更に、深く、深く。片方に縋り付くようになってしまった。
 引き上げられたというのに、皮肉だ。彼女の心は沈んでしまった。
 それは恋とは呼べぬ感情。愛ともつかぬ、重い想い。
 近いものといえば、まるで。神に対するそれのような……。

 ――そう、まさに、信仰だった。




●ゆめうつつ
 学校の屋上に着いて直ぐ。扉を潜り今が夜だと認識した刹那のこと。
 夢の中で猟兵が視たのは、蜃気楼のような幻だった。
 憐れで儚い内容そのものも、蜃の魅せる幻覚のよう。
 二人は細く歪んだ糸で繋がっていたとも言えるのだから。

 浅い夢の最奥で現実に目覚めた猟兵たちは、か弱い気配が一人分、増えていることにふいに気付いた。
 声を掛けられてから漸く、物陰から姿を現したのは。夢で見た子の面影残る、一見大人しげな少女だった。
 すっかり成長した姿は、幼少期よりも堂々として見える。
「……その表情。皆さんもきっと、“視た”んですね」
 何かを察したように一度、目を瞑って、開いてから。
 どこか見覚えのある彼女は、お辞儀をして静かに言った。
「現実では――それとも、夢では、でしょうか」
「どちらにせよ、初めまして。紺郷弥生(こんごうやよい)と申します」

 それは、溺れた方の少女。
 ――紺郷・弥生、その人であった。



●夢の面影/現の肖像
「――そう、それは、信仰のようでした」
 あの異常なまでの依存心を、信仰のようだと弥生は言った。
 どうやら今は泥沼からは抜け出せたらしいと推測できる。
 ……現在。事件の関係者の出現により、事情聴取の真っ最中である。

 一連の事件や現象に動揺した様子ではあるものの。紺郷・弥生は比較的冷静、かつとても協力的であった。
 まず、此処にいる理由。
「あいちゃん――友達の睦月・藍里に呼ばれた気がしたからです。学校に来て、って」
 件の彼女の状態と居場所。
「……分かりません。私も探してて、屋上へは皆さんたちより少し早く着いただけで、」
「思い出の場所は真っ先に思いついて探そうとも考えたんですけど、何となく……何でしょう、本当に何となく、此処へ来た方がいいような気がして」
 思い出の場所について。
「あの、湖のことです。さっきの幻みたいな……皆さんも見たんですよね?」
「え? 来る途中、思念のような何かも流れた?」
「……お話を聞く限りでは、たぶんぜったい、それ私ですね……」
「……少し――いや、だいぶ恥ずかしいですけど……。私たちの関係については、大体流れてきた通りです」
「……はい。ちょっと、おかしな関係でした。上手く説明できないというか、何と言ったらいいのか分からないですけど、」
「依存というか、執着というか……」
「――そう、それは、信仰のようでした」

 手掛かりはこの場で途絶えていたため、聴取は暫くの間続いた。
 湖の場所は当然として。他の心当たりについても纏めて訊いておいた方が、手分けして探すのに効率が良いと判断してのことである。

 場所か事象が悪さしたか、携帯の電波は通じなかった。
 けれど会話の流れの中で、見せて貰った特別な一枚。
 夜空と湖とを背景に映る、二人の笑顔が微笑ましい写真は。
 夢でも現実でも見ていない、中学生程の姿でありながら。
 やはり夢で見た面影を、残したままの肖像であった。


●此境(こきょう)
「――好きなことといえば、そうですね。私が溺れたことがきっかけで、あいちゃんは水泳を始めて、」
 弥生への聴取は暫く続き、睦月・藍里の趣味や特技、部活の話にまで至った時。
「だから湖はやっぱり早めに探した方がいいと思うんですけど、他の心当たりといえば、例えばプール……、――あいちゃん!?」
 彼女の視線は突如、猟兵たちの背後を見詰めた。
 振り返ると、屋上のフェンス。
 その向こう側に、睦月・藍里らしい人影がある。
 危機的な状況は間違いないが、少女の様子はどこかおかしい。
 恐怖の欠片もないような背中はどこか夢遊病患者を思わせ。
 けれどそれだけではない異常を、猟兵ですら感じ取った。
 そして少女が動いた時、違和感の正体は明らかとなる。
「――……、」
 弥生の声に反応してか、顔だけ此方を向いた藍里は。
「……あい……ちゃん……?」
 とても大学生とは思えないような。幼すぎる造形をしていた。
 ……それこそ。先程見た写真のなかの――中学生の頃のような――。

 驚愕に、時が止まる。
 そして。
「――っ、!」
 彼女は、その場から飛び降りた。

「っ、あいちゃん!!」
 猟兵も、友に取り残された少女も。走ってフェンスの元へ寄る。
 少女がフェンスの網目に縋る、ガシャン、という音が響いて。
 恐る恐る下を見ると――、
 ――けれど、どうしてか。想像していたものはなかった。
 その代わり。
「……プー……ル……?」
 先程話に出たばかりの、件のプールなのだろう。学校の設備であるそれが、不気味に広がっているだけだった。

 しかし、そこにも彼女はいない。
 水に落ちて無事であろうと、そんなに直ぐには陸に上がれず。
 更に言えば、落ちた名残。水飛沫や波紋のひとつも、そこには存在しなかったのである。
 少女が頼りなげな金属の糸――此方と彼方を隔てる境を思わずきつく握りしめれば、キシ、と切なく鳴く音だけが、先に落ちて沈んでいく。
 ――夜空と星とを映す水面。不思議と底の見えない器。
 目を凝らして、見ていると。

「わたしが、いったの」
 ――背後から。
「水底へ沈めば、楽になるわ、って」
 水紋めいて涼やかな声が、無防備な背に投げられた。


●邂逅
 それは、タンザナイトの妖精も斯くや――と思わせる程のなにかであった。
 黒髪の少女のような造形。けれど髪の内側には宙と星屑を飼っており。
 背には朝焼け色の翅が――端は闇色に染まっているものの――あえかに光って、ぼんやり照らす。
 眸は昏く沈んでいて、光を映さぬような夜。頭上には不完全な光輪が、それでも墜ちずに浮かんでいた。
 白い衣服に身を包む、素足で佇む可憐な少女。
 無害そうにも見えるなにかは、明らかに人外。――恐らく、オブリビオン。
「あの子は無事よ。……まだ、だけれど」
 猟兵たちのからだは重く、思うように動けずにいた。
「夢の中に入ったの。此処も夢ではあるけれど」
 ――もっと、もっと、深いところへ。冥く、光の届かぬところへ。
 漣のような水紋の声は、聴いているだけで微睡みを誘う。
 既に、“それ”の領域内。更に不意打ちに注がれた力。現と同じく動けたのは、振り返って“それ”を見るまでのこと。例え話を出すならば、夢の中で走れない――その事象とよく似ていた。
「現へは戻りたくないんですって」
 言葉を紡ぎ続ける“それ”は。
 ――かのじょ、と。昏きふたつの夜を、“取り残された”子へと向け。
「彼女が自分を“取り残して”、一人だけ先に行ってしまったから」

「――彼女だけが、“目覚めて”しまったから」

 感慨もないようなかんばせで、玲瓏に響く声色で。
 独りで寂しく墜ちた少女を、包み込むように憐れんだ。


「……ねえ、あの子を助けたい?」
 突如として、風向きが変わる。
「“溺れた”彼女を、救いたい?」
 責めるかのような言葉は変わり。
 “それ”の慈愛と憐憫は、“取り残した方”にも降り注ぐ。
「――なら、」
 指し示すは、境界線。
 手前に隔たるそれではなく、その向こうの、奥にある――。
「あの時と同じように。落ちて、沈んで、掬ってみせて」

「……でも、」
 “此方側”の少女は俯き、水鏡を再び覗く。……あの時と同じように? 全然違う。寧ろ真逆だ。
 落ちたのは、そうだけれど。自ら落ちたわけではなく。
 落ちる勢いで掬ったのは“あの子”で、“わたし”ではないのだから。
「こわい?」
 胡蝶が首を傾いで問う。底の見えぬ深きが映す。
「でも、あの子も怖かった。沈むあなたを掬うのも。一人で浮かぶあなたの姿を、底から見ているしかなかったのも」
 “あの子”の名前と似た彩が、ひたと見据えて夢へといざなう。

「――あなたも、おいで」

「“そこ”は、あの時の“底”とは違って、寂しくも、冷たくもないところ」

 そうして胡蝶は朧と消えゆく。猟兵たちを映しながら。
「あなたたちも、ともにどうぞ」

「わたしの夢に涯はなく、わたしの裡に涯はなく」

「おかあさまのおなかみたいに、やわらかくて、ぬるくて――あたたかなところだから」


 ……そうして、意思は委ねられる。
 蜃気楼めいた“それ”が消えれば、重いからだも軽くなる。
 ――と。
 何時からいたか、何処から来たか。浮世離れの青い蝶が、ふわりふわりと水面へおりて。
 水の中へ、とぷり沈んだ。

 ――さあ、ここまでおちておいで。
 ――怖がらないで。愛させて。
 ――こころに狂い、ゆめに咲いて。
 ――落ちて、墜ちて、堕ちて――、

 ともに聞こえてきた声は、夢渡る胡蝶のものと同じ。
 謳う囁きは子守歌に似て。いざなうように紡がれる。

 ――めぐり、まわり、かさねましょう。

 ――あまねくすべてに、終焉(ゆめときぼう)を。




●彼境(ひきょう)
 一度、からだが重く沈んで。それが元に戻ったなら。
 身も心も自由だと、普段通りと錯覚する。
 けれど、ここは夢の世界。もう既に“まれびと”なのに。
 別世界へと続くような水鏡を越えてしまえば、ほんとうに、別の世界――深い夢へと沈むのだ。

 潜らなければ、すくえない。
 然れども潜ればすくわれる。夢に足元を掬われて、良くも悪くも心さえも、救われてしまうやもしれない。
 だれの意思も、かれの意志も、軽石より重く沈むだろう。
 水切り遊びが得意であろうと、ここでは誰もが平等だった。

 けれど準備体操は大事。各々にそれは任されるから、潜る順番というものはある。
 或いは既に重症で、考える間もなく落ちる子も出てくるやもしれないが。
 何はともあれ、勇敢か無謀か。
 “いちばんのひと”が彼此の境(ひしのさかい)へ、不思議な水面へ飛び込んでゆく。

 とぷん、と沈み。潜って、落ちて。
 ――落ちて、墜ちて、堕ちて。

 “そこ”でかれが見たものとは。
 “そこ”にだれを見たのかは。

 これより先の、深淵にて。


 ――はじまりが終わり、終わりがはじまる。

 ゆめときぼうの終焉(ものがたり)は、きっと夢のようにうつくしい。
風見・ケイ
(屋上、誰かに見られる前に夢の中の夢から覚めた)
――また、夢を見ていたようだ
よく思い出せないけど、懐かしさだけが胸に残っている

紺郷さんは無理せず大人に頼って欲しいな
屋上から飛び降りるなんて怖くて当然だもの
……私は二度目だから問題ない
学校じゃなくてビルだったけど

――だあれもいない、ふたりきりの夜
空も、月も、星も綺麗な空を見上げて
でも、私にとって一番輝いているのは
隣にいる――

いい夢を見せてくれてありがとう
でも私はいつも夢見が悪くて……こうしてすぐ目が覚めるんだ

眠れぬ夜の鼓動
狂気は胸の痛みで相殺
プールの水を吸い込み吐き出し、激しい水流をUDCに放つ
反動で移動して、睦月さんを保護できればいいのだけれど



●夢見/奔流
 ――また、夢を見ていたようだ。
 風見・ケイ(星屑の夢・f14457)は空を見上げる。夜も星も、屋上だって。大人になっても良いものだ。
 酒の肴に持ってこい……なんて、今は言える心境ではないが。
 ……それは時を遡った、ほんの少し前のこと。はじまりは終わってしまったけれど、終わりははじまる前のはなし。
 他の猟兵が辿り着く前。しばし一人でこの瞬間を、この光景を独り占めしていた。
 つい先程見ていた夢――夢の中の夢の内容。それは残念ながら……嗚呼、よく思い出せない。けれど、どうしてか懐かしさだけはこの胸に残っていた。
 そして、それから時は進み。紺郷・弥生と邂逅する。
 睦月・藍里が現れ、消えてゆき。夢渡る胡蝶も、瞬く間に消えて。
 夢であるからこその美しさを放つ――プールであったはずのそこを、二人して見詰めていた。
 ――紺郷さん。
 声を掛ける。
「無理せず大人に頼って欲しいな」
 たとえ泳ぎが上手かろうと、この高さは怖いだろう。
「屋上から飛び降りるなんて、怖くて当然だもの」
 それは“逃げ”ではないのだと、想いを伝えて。
「……ケイさんは、」
 唇を嚙んでいたのをゆるめ、弥生が小さく言葉を発する。
「……怖く、ないんですか?」
 水面から視線を逸らし、赤と青の眸を見詰めて。
「……私は二度目だから問題ないよ」
 ――学校じゃなくてビルだったけど。
 だから大丈夫なのだ――と。安心させるように目を細めて。
 そうして迷うことのない様子で。勇敢か無謀か、飛び込んだ。

 ビュオッ――、

 風を感じて、寒さも感じて。
 そうして。
 ――とぷん。と落ちて、夢をみる。
 深い夢のなかで、ゆめを。


 ――だあれもいない、ふたりきりの夜。
 空も、月も、星も綺麗な空を見上げて。
 でも、私にとって一番輝いているのは。
 隣にいる――、


 ――、
 ――、。

「――いい夢を見せてくれてありがとう」
 目を、開けた。
 目覚めてしまった。

 傍で様子を見ていたのだろう。夢の胡蝶は意外だったか、緩慢にぱちり、瞬きをする。
「……お気に召さなかった?」
「ううん。とても、いい夢だった」
 首を振って、素直にこたえる。
「でも私はいつも夢見が悪くて……こうしてすぐ目が覚めるんだ」
 たとえ目覚めたくない夢でも。深く沈んでいたい夢でも。

 ――眠れぬ夢の鼓動。
 それは、“深くは眠れぬ者”からの意趣返しめいていた。
 微睡む名残も見せないで、眸は紫に輝いて。
 急な発動。急な反撃。
 胡蝶から注がれる狂気すら、胸の痛みで相殺し。
 異界と化したプールの水を吸い込み、吐き出し、夢の奔流を胡蝶に放つ。
 敵の反応は、遅れた。呼吸ができているとはいえ、そういった類の攻撃をするとは思いもしていなかったのだろう。
 暴流ともいうべきそれに夢渡りとて制御が利かず。どんどん遠くへ流されていき……。
 しかしケイは深追いはせず、攻撃の際の反動を活かしてその隙にと泳いでいく。
 どこかで深く、眠っているはずの。睦月・藍里のいそうな方へ。
「……必ず、助けるから」
 ――私だって、夢渡りの真似事ぐらい――、
 できるはず、と。
 ハッピーエンドで終わらせたいから。自身にそう、言い聞かせて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

揺歌語・なびき
溺◎

飛びこむ前
弥生ちゃんに投げた言葉

きみが何を選んでも
おれはきみ達を助けるよ
そういう仕事をしてるんだ

…なんて、言ったくせにさ
都合のいい夢が待ってる気はしたんだ

天蓋付きのベッドはお姫様のものだった
ねぇちゃんと服着てる?
そういうの、きみは絶対着ないでしょ

こんな風にわらうんだっけ
そんな風になくんだっけ

おれはそんな姿のきみを、知らないから

こんなのぬるま湯だ
三月の陽だまりだ
雪の彩に蕩けそうで
獣慾が首をもたげる

いつまでも
ふたりで冬眠できればいい気がした
だけど

「ずっとここにいて《彼女達をすくって》」

うん

六月の彼女はおれによく似ている
取り戻さなきゃ

春華の萌芽をこぼす
宙飼う娘に届くように

ねぇ
泣かないで、おれの



●耽溺/萌芽
 ――きみが何を選んでも、おれはきみたちを助けるよ。
 ――そういう仕事をしてるんだ。

 ……なんて、言ったくせにさ。
 春の彩を持つ獣――揺歌語・なびき(春怨・f02050)は自嘲めいて、目を細めつフッ、とわらう。
 ……都合のいい夢が、待ってる気はしたんだ。
 だって、おれはこんなにも、彼女を――、


 ――落ちて、墜ちて、堕ちた先。
 そこで見たのは。そこにあったのは。



 天蓋付きの、ベッドだった。

 夢見る乙女の好むような、わたあめみたいなひとつの部屋。
 淡く儚い春いろの、柔らかい質感と雰囲気の寝具。それはまさしく、お姫様のものだ。
 既にいやな予感がする。
 けれど。
 “いやな予感がする”とは思っていたのに。“見てはいけない”とは思っていたのに。
 向こう側の見えそうで見えない、薄い幕に手をかけ、――覗いた。

 ――その恰好、なに。
 自分でも意外だが。第一声はそれだった。

 かわいらしいレースにまみれて、ふわふわのフリルに包まれて。
 ――そういうの、きみは絶対着ないでしょ。

 首を傾げる“きみ”を見る。
 きみはとても不思議そうに、雪彩の瞳をぱちり、ぱちり。きらきらと瞬かせるばかりで。
 ――なにをいっているのか、――にはさっぱりわかりません。
 そう音を鳴らしたけれど。その声色はやっぱり、いつもと違って甘くやわくて。
 そして。
 ――……嗚呼、そんな。
 なびきの喉がこくりと鳴り。ようやく出した声は震えた。
 なぜ、って。

 かのじょはそうした言葉のあとに。
 蕩けるように、わらったのだ。
 さら、に。


「なびき。だいすき」

「――あいしてます」


 鼓膜が揺れる。
 脳が、揺れる。
 電気信号がおかしくなる。シナプスか何かがバチバチ弾けて火花を放つ。
 脊髄も延髄も何もかも痺れる。指先や喉が震えてる。
 大脳も小脳も海馬も脳幹も蕩けて――脳髄がぐわん、ぐわん。酩酊する。
 陶酔。陶然。狂酔。泥酔。
 惑溺。耽溺。沈溺。溺没。
 ――溺死。

 ――、。


「――……ね、ぇ、」
 かすれて声とはいえぬ音を、ようやっと、ならした。

 ――こんなふうに、わらうんだっけ。
 ――そんなふうに、なくんだっけ。

 問う言の葉は、声にはならず。
 ただ、ひゅう、と空気の音が。
 あの子が“愛”と、ないたとき。その瞬間(とき)と、同じように。
 ただちいさくなさけなく、鳴った。

 ……嗚呼、どうしてこんなことに。
 どうして、そんなふうに。
 ――おれはそんな姿のきみを、知らないから。

 どうしようもなく、溺れてしまう。



 天蓋付きの、お姫様ベッド。
 ピンクのヴェールに覆われたきみは、あいもかわらずわらってる。
 頬を赤らめ、雪彩の眸をきらめかせて。
 わたあめみたいに、ふうわり、わらう。
 ――まるで、

 ――まるでだれかに恋した、乙女みたいに。

 儚い淡雪は完全に溶け、蕩けきってしまっていた。

 ――“だれか”に恋して、春に――おれに、染まりきってしまっていた。

 その“事実”は、歪んだ獣から声を奪った。
 声帯を、失くしてしまった。

 きみのかおを見るための目は、まだ機能していたけれど。
 きみのこえを聴くための耳は、ぴんときみを向いていたけれど。
 きみの名を呼ぶためだけに、発する声を。
 きみの名を啼くためだけに、鳴らす音を――。


「――……、」
 こんなの、ぬるま湯だ。
 三月の陽だまりだ。
 雪の彩に蕩けて。
 獣慾が首をもたげる。

 ――このくちをおおきくあけて、のみこんでしまってもいい?
 そうきいたら、きっと。いまの“このこ”なら。
 どうぞ、好きにしてください。なんて。
 ゆるり猫みたいに寝転がって、おれを待ってしまうのだろう。
 腹を無防備に見せつけて、腕をひろげて、首を傾いで。
 抵抗なんて知らないみたいに、するりと受け入れてしまうのだろう。

 ……そうしたら、ふたりでひとつ。ふたりきりの、ふたりぼっち。
 おたがいにもとめあって。ふたりはやがて、ひとつになって。
 あたたかいおれのなかで。あたたかいきみのなかで。
 ふたりで冬眠できる気がした。

 こうして物語の幕は閉じ。
 いつまでも、いつまでも。
 ふたりはしあわせにくらしました、なんて。
 ――いつまでも、ふたりで冬眠“できればいい気がした”。


 ――だけど、。

 雪彩の“きみ”は、さいごにはこういうんだ。

「ずっとここにいて《彼女達をすくって》」


「……うん」
 愛を囁くように、応えた。

 ――そうだ、きみはいつだって、だれかをすくうヒーローだ。
 ヒロインに、お姫様に、収まってくれる器じゃない。
 おれはいつも、すくわれている。
 そんな“きみ”だからこそ、すくわれている。

 こんな展開じゃあ、
 めでたし、めでたし。
 ……で、締めてくれるはずはないんだ。

 きらめきかたが変わったような、雪彩をもう一度だけ見詰めてから。
 上も下もわかなぬような深い深い夢のなかで。間違えることなく。
 ――そらを、仰いだ。

 ――“彼女”はおれに、よく似ている。
「……取り戻さなきゃ」

 獣の牙の矛先は変わる。
 鋭い爪は敵へと向けよう。“このこ”を傷つけてしまう前に。
 印を刻んでしまう前に。

 春華の萌芽をこぼす。
 宙飼う娘に届くように。

 永遠に続く冥い闇に、囚われてしまいかけたけれど。
 どろどろの底なし沼に、嵌ってしまいかけたけれど。
 春の息吹は。桜の根は。
 きっと今に、届くから。
 ……だから。

 ――ねぇ、

 泣かないで、おれの――、。

大成功 🔵​🔵​🔵​

イージー・ブロークンハート

姿を見る前に自分の眼を潰す。
流れた血を対価と変えて
UDCは硝子片どもの敵の自動追尾に任せたい。
声を聞く前に鼓膜も破りたい。
自分の「いちばん」を知りたくない。
愛しい女と故郷の家族、どっちだろう。
愛しい女なら、今帰らじを決めてる家族は捨てられるってことで。
故郷の家族なら、今大事なあのひとへの想いは二番目だってことだ。
今を突きつけられて、意識を流されるのが嫌だ。
あのな。
変わらなかった(おちた)あんたも、取り残してる。
せっかく伸ばしてくれた指を掴み損ねてる。
留まる水は腐っちゃうよ。
こわかったの?
想いを溜めたプールじゃなくて
喋って流れる小川のようにゆけよ。
別れてもまた会えばいいだけ。
きっと、できるよ。



●漂流/縒糸
 うわっ、怖っ、……なんて言っていたのはどこの誰だったか。
 フェンスの手前で逡巡していたくせ、水に潜って直ぐ、イージー・ブロークンハート(硝子剣士・f24563)は己のまなこをたやすく潰した。
 硝子剣はよく切れる。流れた血は対価と変えて、能力を発動する。
 血肉を一生失う代わりに硝子剣の封印を解き、浮遊する硝子片とする、“人間離れ”した能力。男はいつも人間らしく、常人らしく振舞うが。“そういうところ”だけは、どこか歪で、おかしかった。
 ……あと、もう一つ。男は所謂、“硝子男”だ。その特徴は最早人間とは言えぬものであったけれど、“今回”においてはそれはあまり重要ではなかった。
 とかく、ここに記すべきは。
 男の正体が何にせよ。自己犠牲のようでそうでもないような、よくわからない精神性の持ち主であるにせよ。
 “中身”の大部分においては、男は未だ、“ただの普通の人間”であるということだ。

 ……さて。ただの普通の人間なら、願いや望みは何を見る?
 何を希望として生きて、何を夢として死にゆくのだろう。
 例えば、自分の将来のこと? 大切な人が無事であること?
 恋人と一生、添い遂げられますように? 喧嘩別れをしたままの家族と、仲直りできますように?
 そう。男の願いや望みも、“人間らしく”、それに近しいものだった。
 眼孔を抉った痛みのなか、男はありえる二つを想う。
 愛しい女と故郷の家族、どっちだろう。……と。
 大切なものは、二つあった。
 なら、登場するのはやはりそのどちらかなのだろう。
 ……しかし。この男にとっては。それらの誘惑に溺れるか否かより。
 自分の“いちばん”を知るのが、何より恐ろしいことであった。

 ――愛しい女なら、今帰らじを決めてる家族は捨てられるってことで。
 ――故郷の家族なら、今大事なあのひとへの想いは二番目だってことだ。

 そういった弱さもまた、もろい人間らしさ、と言われればそうであるとも言えるのだろう。
 ――で、
 結局どっちだったか、って?

「――ッ、!」

 息を呑むような音の響きは、それにしては苦痛の色が濃く出すぎているものだった。
 愛しい女と故郷の家族。選べないはずの天秤が、傾いたのを認識したから?
 どちらでもないはずの“どちらか”を、知ってしまったからだろうか。
 或いは、その衝撃の上。“それ”の誘惑があまりにも甘美で、抗いがたいほど強かったから……?

 ――否。

 そのどちらかを知る前に、自身の鼓膜を破ったからだ。

 ……そう。眼を潰した件についても。
 そこまでして、何を得たのか――? そんな必要があったのか――?
 誰かがこう問うたなら。男はこう答えるだろう。
 “これで自分のいちばんを、知る必要がなくなった”、と。
 ……或いは、誤魔化し逃げるかもだが。


 ……恐ろしいものからは、誰でも逃げたいと思うのが普通だ。
 けれど逃げるためにここまでのことをするのは“普通”か?
 問う人間もいなければ、答える人間もこの場にはいない。
 ただ、男は“それが普通”とばかりにたやすく血を流している。
 そして、男は“今”を突きつけられ、意識を流されるのが嫌でもあった。
 こちらの“理由”はどうだろう。それは、果たして恐れか否か。弱さやもろさ、“逃げ”なのか。
 やはり、問う人間はいなかった。
 たとえこの場にいたとしても、そもそも耳が聞こえないのだ。
 聞こえなければ、答える必要もない。――そういうことに、できるから。“今”の彼に何を問うても、意味のないことだろう。
 ……何にせよ。
 結果的には確かに、効率的ではあったのかもしれない。
 もう一つの成果である硝子片には敵への追尾を任せつつ――小さい破片は鼓膜も破ける。まあ、なんて便利でしょう――己は“なにかの気配”を無視して、その場からさっさと逃れてゆく。
 触れられる前に、逃げてしまおう。硝子のハートは繊細なのだ。


 視覚も聴覚も使えぬまま。右も左も上下も、全然わかりっこなかったけれど。
 感覚と勘を頼りにして、堕ちるように泳いでいく。
 それでなくても硝子のからだ。夢の中の水であっても重いそれはよく沈んだ。
 そしてこれは、夢の中であるからだろうか。
 いまだ眼孔から流れる血は、不思議と途切れず赤い線を細く細く伸ばしていく。
 それはまるで、赤い糸を紡いでいくかの如くであり。
 そしてまるで、アリアドネの糸か。天へと繋がる蜘蛛の糸のようでもあった。

 無意識のうちに生み出した“成果物その三”は置いておいて。
 こわいこわいミノタウロスが、勇者たちにより倒された頃。
 別の能力により眼と耳とを回復させる作業をしつつ、様々な意味で迷子となった少女を男は捜し続ける。
 そしていずれ、もろくはかない人間を、幸運にも見つけたなら。
 男はきっと、こんな言葉を贈るのだろう。

 ――あのな。
 ――変わらなかった(おちた)あんたも、取り残してる。
 ――せっかく伸ばしてくれた指を、掴み損ねてる。
 大人になりきれぬ少女にとっては、ザクリ、すごく“痛い”のと。

 ――留まる水は腐っちゃうよ。
 ――想いを溜めたプールじゃなくて、喋って流れる小川のようにゆけよ。
 ちくっ、ちょっと痛いのと。

 ――別れてもまた会えばいいだけ。
 ――きっと、できるよ。
 あたたかく包み込むような。そっと背を押すような。柔らかく、優しいのとを。

 ……でも。はじめに投げる言葉は、もっと別の類のものだ。

 ――こわかったの?

 それは、共感。
 或いは、問い。
 男もまた、もろく、はかなく、臆病な“人間”であるからこそ。
 既に埒外であるとはいえ、常人に近い感覚をいまだ有しているからこそ。
 そして、何より。

 同じ、“迷子”であるからこその。


 ……けれど、今回ばかりは。

 ――……あの、後ろ、なんか赤いの出てますけど。
 ――……えェ!?

 縁の糸――赤い糸を辿って、元の“居場所”に帰れそうだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

燈乃上・鬼利丸

永遠、ねえ

永遠に続けば良いなって思う時もありゃー今すぐに終わってくれーって思う時も…あ?無い?

俺ァさ、永遠ってのは無いと思っててさ、物は劣化して壊れるし、人は変わるし、死ぬぜ
だからこそ今を懸命に生きるってヤツも居るだろうしさぁ~……変わるって悪い事じゃねーと思うのよね
変化?進化?進歩?なんつーの
現状維持も大事だけどさ、そのままだと成長しねーのよ、人間
ぬるま湯に浸かってるのも気持ち良いけどさ、ぬるま湯じゃん、冷めてくんの、そんままだと風邪引いちゃうじゃん?たまには熱い湯に入ろうぜ?…(間)…言葉って難しいな!言いたい事纏まらんわ!
ちょっち行ってくんね!

(飛び込む前の準備運動)
(本当は怖いの、足震えちゃう)
(でも飛び込まなきゃ、だって俺はヒーローになるんだから)

とりあえずあの子引き上げてくっからさ、話し合い?ちゃんとしなね
思ってるだけじゃ察せねえからさ
友達ならきっと通じっから



夢かあ、俺の夢は……

いい夢見せてくれんのはありがてーけど
夢で叶っても仕方ねーんだわ
さっさと返してもらうぜ



●泡沫/白花
 ――永遠、ねえ。
 屋上。フェンスの手前にて。
 燈乃上・鬼利丸(ないたあかおに・f22314)は“下の星空”を覗き込みつつ呟いた。
 仲間である猟兵たちが、近くで同じく俯くような紺郷・弥生に声を掛け、続々と飛び込んでいった後の話である。
「……?」
 此方を見遣る彼女に気付けば、片眉を上げて笑ってやる。ふにゃっとした表情は、安心感を与えるよう。
「いや、オニィサン思うわけ」
 鬼だけに、という駄洒落には苦笑で返されてしまった。ちくしょう。
「永遠に続けば良いなって思う時もありゃー今すぐに終わってくれーって思う時も……あ?無い?」
 先んじて眉をきゅっとさせれば、苦手な科目の授業の時とかですかね、と返された。
 そうそう、そんな感じ、と細かく頷く。
「俺ァさ、永遠ってのは無いと思っててさ、物は劣化して壊れるし、人は変わるし、死ぬぜ」
 早口気味かつ短くストレートな物言いは、元来の性格故か、はたまた。人生は泡沫のようであると、お兄さんぶって年下に言う。
「だからこそ今を懸命に生きるってヤツも居るだろうしさぁ~……変わるって悪い事じゃねーと思うのよね」
 気楽な調子で言いながら、両腕を上げて後頭部で組む。そうすれば、あくまで雑談ですよーな雰囲気へと早変わり……となるはずだ。少なくとも少女から見れば、赤髪の奇抜さも相俟って、リラックスしきったかのように見えた。……喋るスピードは落ちていないが。
「変化? 進化? 進歩? なんつーの」
「現状維持も大事だけどさ、そのままだと成長しねーのよ、人間」
 腕を伸ばして伸びをする。んー、と目も瞑っちゃう。成長というワードだけに、180cm台まで伸びちゃったりするだろうか。
 そうして、ぱっ! と目を開ければ再び少女のまなこを覗き――、
「ぬるま湯に浸かってるのも気持ち良いけどさ、ぬるま湯じゃん、冷めてくんの、そんままだと風邪引いちゃうじゃん? たまには熱い湯に入ろうぜ?」
「……」
 ――何故か一息で言った後、不可思議に間が空いて――口も目も開いたまま、数瞬フリーズしていたが――、
「……言葉って難しいな! 言いたい事纏まらんわ!」
 さっぱり諦めわははと笑う。それからニッと歯を見せ笑い。
「ちょっち行ってくんね!」
 すちゃっと片手を挙げてから、慌ただしく動きだす。それは飛び込むためにする、準備体操の仕草であった。


 ――……。

 誤魔化せただろうか。
 いっけんいかつめな“鬼いさん”は、ほんとうはものすごくこわかったのだ。
 なにせ、この赤鬼どん。
 アダ名は“泣いた赤鬼”である。

 つらつらと喋り続けたのは、緊張しているせいもあった。
 言葉は本心からのもので、掛けたい言葉はたくさんで、これでも“掛けきれなかった”と思うのも、本当のことではあるのだが。
 隣の少女と――人間と同じく。敵も、飛び込みも怖かったのだ。
 いよいよその時近付けば、がくがく足が震えてくる。
 心臓の鼓動も速くなるけど、そういった動揺は無理矢理にでも、準備体操の動きで誤魔化す。
 ほっせ、ほっせ、おいせ、おいせ、と。まるで何でもないかのように。
 そうして身体が温まったなら、フェンスの上へとよじ登る。先程よりも高い場所から遥か下を覗き込んだ。

「うわっ、すんごい眺めッ。星がきれーで、夜んなかに飛び込むみたいじゃん」

 ――怖い。

「とりあえずあの子引き上げてくっからさ、話し合い? ちゃんとしなね」
 少女の方へと振り向いたのは、最後に顔が見たかったのが半分、現実逃避も……たぶん半分。
「思ってるだけじゃ察せねえからさ」

「――友達ならきっと通じっから」

 ――怖いけど、飛び込まなきゃ。だって俺はヒーローになるんだから。

 そう自分を奮い立たせ、闇と同化する黒のマスクを慣れた手つきで装着する。
 白い線で笑顔のカタチ――ギザ歯めいたモチーフを描くそれで覆ってしまったなら。
 ほら、頬が引き攣ったって、もう誰にもバレやしない。
 もう一度だけ振り返れば、目を細めつひらり、手を振り。
 何でもないことのように、水鏡へと向き直る。……やはりちゃんと笑えていた。

 刈り上げヘアーの赤色が、吹く風にさら、と軽く揺れて。
 そうして“笑顔の赤鬼”は、星空へとダイブした。



 ――、――、
 ――、――ッ!

 思わず息を止めてしまって。限界が来ると共に、ぶはァ、と口を大きく開けてしまう。
 誰かに教えてもらっていたけど、臆病と癖で、つい……。
 何故か自分に弁明してから、息はできるようだと安心。ほっと息をつく心地で呼吸を整え終えたなら。
 次に思うは、
「――夢、かあ、」
 願ってやまない夢や望み。その内容についてだった。
 ――俺の夢は……、
 夢想しながら。更に、深く、深くまで。

 ――落ちて、墜ちて、墜ちて――、


 ――そして。赤鬼は、夢を見る。


 ――、――、
 ――、――。

「……うん、まァ、」
「いい夢見せてくれんのはありがてーけど、夢で叶っても仕方ねーんだわ」

 そこはブレない赤鬼は、ベルトに装備されたインク瓶を取り出し盛大に豪快にぶち撒けてゆく。
 間違っても“それ”に染まらぬよう、先に塗り潰してしまおうと。


 軈て異変を察知してか、音なく現れた夢胡蝶にも。

「おう。来たなッ、大ボス!」

 ギザトゲ茨の“白い花”は春爛漫と咲き誇り。

「囚われのお姫様、さっさと返してもらうぜ!」

 ビシッ! と武器を構えながら、堂々大見得を切ってみせた。

 台詞も相俟り振る舞いはまるで、籠城戦を攻略する勇敢な王子様かのよう。
 ……ただしその“武器”とは、刃物ではなく絵筆である。

 筆を染める色彩は、煌々輝く白一色。
 何にも染まらぬ意思を込め。地獄めいた冥き底をも照らして魅せんと意志を込め。
 ――染まらぬ、なら。黒のがよかった?
 ノンノン、それはナンセンス。
 だって白は黒とは違って、可能性を込めた色でもあるのだ!

「それに紅白は縁起がいいしな!」

 ……伝わったかは、兎も角として。
 夢を渡る昏き蝶は、不思議そうに首を傾げる。
 ――その武器で戦うの?
 確かに疑問には思うだろう。
 幻影までは倒せても、夢魔本体は難しい――そう推測に至るも無理ない。
 けれど“燈(ひ)”の名を持つ彼は、へへんッ、と明るくどやってやるのだ。

「お、なんだ、知らねーのか?」
「言うじゃねぇか、」


 ――ペンは剣より強し、ってな!


 さあ、何もなき寂しいところに。

 きれいな花、咲かせましょ。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●覗
 ――ああ、みんな、
 なんて勇敢なんだろう。

 浅き夢にて、少女は思う。
 最初の一人から最後の一人まで、みんなみんな、勇敢だった。
 猟兵は、特別な存在。
 そうは、いうけど……。

 網目に手を掛け、覗き込む。
 元より覗き込んではいたから、もっと、ぐっ……とからだを預けるかたちになる。
 このフェンスを越えられたなら、どんなによかったことだろう。
 この境を越える勇気を、持ち合わせていたならば――。
 沈んでしまったあいちゃんを、一人で掬う勇気があったら――。
 ……もう、無謀と言われたっていい。
 そこまでは、思えてるのだけど……。

 ぎゅっ、と手指に力をこめる。
 無意識のうちに、寄りかかる。
 ミシ、ギシ、と音が鳴るけど。
 ――この“壁”は、高くて、厚い。
 ――到底私には越えられっこない。
 そう思い込んでいた。

 ――と、。


 ふ、と。突然。フェンスが、消えた。


「――ぇ、?」


 ――真っ逆さまに、落ちていく。


●――落、
「――わ、あッ――」

 ビュオッ、と風がこの身を襲う。
 向かい風の状況になって、冷たい暴風に息が詰まる。
 口も喉も圧迫されて、全然、息が、できない……っ!
 思考回路は既にショート。パニックで何も考えられない。

 それでも、怖いもの見たさだろうか。
 見えない方が、怖かったのか。
 ――薄く目を、開いてしまった。

「――ッ!」

 みなもが、みえる。
 そらが、みえる。
 おちて、おちて、おちていって――、


●墜、
 みなもが、みえる。
 そらが、みえる。
 おちて、おちて、おちていって、

 ほしのうみが、どんどん、どんどん、

 どんどんこっちに、むかってきて――、


 ――とぷ、ん――。



 紺郷・弥生は、こうして――、
 浅き夢から姿を消した。

 それは夢見の胡蝶が弱って、消えかかっている頃の話。
 皆が皆それぞれに、奮闘している頃の話。

 少女の新たな冒険がはじまる。
 ――これぞまさに、終わりのはじまりの物語であった。



●――堕、。
 衝撃は思ったより軽かったから、ほんのすこし安心する。

「……え、でもどうしよう、これっ、」
 ――水の中なら、息が、できない――ッ!?

「……いや、できたわ」

 息を止め、ぶはァ、と吐き出す前に、既に。
 脳内の台詞を口に出して喋ってしまっていた。……ばかだ。

 けれど息ができると知れば、冷静さも戻ってくる。
 更にすこし、安心して――そうして。


「……あいちゃんを、さがさなきゃ」

 ――この私が、見つけてあげなきゃ。

 ――落ちて、墜ちて、堕ちてゆき。
 潜った先は、深き夢。
 暗く、昏く、冥いそこ。
 つめたいようで、あたたかくて。夢みたいに、不思議なところ。
 ただでさえ、暗いのに。
 この広い空間に、ひとりきり。
 生き物の気配すらなくて。あの湖とは、全然違って。
 すこし……いや、
 ――すごく。ものすごく、こわい場所だったけれど。

 ――目的と、目的地だけは、とっくのとうに決まっていた。


 そして、肝心の彼女の行き先。
 “目的”の、居場所については。


「――ああ、」

 そこに、いるんだね。


 ――水底(みなそこ)からの、呼び声がきこえる。


「いまいくから、」
 ――待ってて、あいちゃん。

 もう私は、迷わない。




●水底からの呼び声

 ――、――ょ、
 ――やよ、
 ――やよちゃん、

「……うん、うん、」
「あいちゃん。あいちゃん、」


 ――やよ、

 ――やよ、たすけて!


「――うん! 待ってて!」

「助けに行く! 私が、やよが、あいちゃんを救/掬うから!!」

 深い水がこわい、なんて。
 もうすっかり忘れていた。


 泳いで、泳いで、

 潜って、泳いで、


「――見つけたッ」

「あいちゃんッ――!」


 手を伸ばす。指を繋ぐ。
 つめたい掌をぎゅっと握って、もう絶対離さぬよう。

 ……近ず離れずといったところに誰かがいた気がしたけど。
 私の目にはあいちゃんしか見えない。
 もうあいちゃんしか、見えていない。

 肌が触れて、指先触れて。
 ゆびさき、てのひら、繋いだ瞬間、
 光が満ちて、眩しくて。思わず目を瞑ってしまう。

 でも、もう、離さない。
 もう絶対、離さないんだから!


 ――、
 ――、


「……?」

 おそるおそる、目を、開ける。


 ――ここ、は――、


第3章 日常 『月光の下で』

POW   :    大地から景色を眺める

SPD   :    舟を漕ぎ湖へ

WIZ   :    樹上から星達へ手を伸ばす

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●はじまりのばしょ
 結んで、結わいて、繋いで、握って。
 ――眩しくて、目を閉じて。

 おそるおそる、目を、開ける。


「――ここ、は――、」


 ――嗚呼、そうだったんだね。


 小さな小さな、船のなか。
 湖のなかで、ふたりきり。

「そっか、ここに繋がってたんだ」

 ――おもいでの、ばしょだもんね。

 泣き笑いのような表情に、なってしまっているとおもう。
 それをからかう“彼女”はいなくて、彼女の声はきこえなくて。
 すこし、寂しさを感じつつも。
 彼女はいま。“ここ”に、いる。
 存在しているのだと、噛み締めるように実感していた。
 ――その、あかし。
 膝に乗った小ぶりな頭に、そっと指先で触れてみる。
 こわれものを扱うように。またこわれてしまわぬように。
 慎重に、しんちょうに――、

「――……、」

 いちど、触れてしまったなら。
 その髪の、柔らかさに。
 あえかに伏せる睫毛の長さに。
 どこか懐かしさを、かんじて。

 ……なにより。
 すぅ、すぅ、と。きこえる寝息に。
 思ったより穏やかな、その様子に。

「……ふふ、いきてる」

 すごく、すごく、あんしんして。
 黒く美しい糸の束を、
 ずっと、ずっと。撫でていた。

 ……今は肌が青白くて。眸の色は、まだ見えなくて。
 本当は他に心配なことも。まだたくさんあるけれど。

 たぶん、きっと、だいじょうぶ。

 ――だから、 ねぇ、


「おかえり、」

 あいちゃん。


 あきもせずに。
 ――ずっと、ずっと。





●深
 深き夢から、のぼっていく。
 空を、天を、
 仰ぐように。
 上へ、上へとのぼっていく。

 ――おちていったときを含め、道中は色々あったけれど。
 今となっては、きっと、たぶん。
 いい思い出となるでしょう。

 ――纏めると、こんなかんじ。

 みんな幻を夢に見ました。夢や願いを、幻に見ました。
 うつくしき夢渡り、夢見の胡蝶――夢魔である大ボスには。
 それぞれが別のタイミングで逢い、頑張って消耗させました。
 奔流が、萌芽が、硝子片が、色彩が――その他、色々、いろいろと。
 記しきれない攻撃や、戦いも当然あったでしょう。

 赤い糸がおりていって、白い花が咲き乱れて。
 胡蝶の翅が複数捥がれ、自由に飛べなくなってきた頃。

 硝子の子が“あの子”を見つけて、まずはじめに声を掛けて。
 ……説得にとても、苦労する。
 嗚呼、彼を責めないであげて。あの子はとても、頑固だから。
 夢の中の夢を見る程、絶望してしまっていたから。

 それでも共感を示されたあの子の、“心の壁”は薄くなり。
 それはそれとして“お留守番”の、もう一方の方の子の。
 あの子への想いはひとりでに、どんどん強くなっていって。

 胡蝶の“夢をつくる”力が、ひどく弱まったことによって。
 高く丈夫な“境”がひとつ、消えてしまったというわけです。

 そしてどぼん、とその子のはなし。
 お留守番役がお留守番じゃ、なくなってしまって冒険譚。
 その子が深き夢へと潜り、迷子のあの子を捜す間。
 あの子への説得はやはり、続く。
 でも、その子が落ちてからは、展開は割と早かった。
 そのわけは、もちのろん。
 その子が境を飛び越えて、あの子の近くまで来てくれたから。
 まだ、逢えておらずとも。
 二人の“心理的”距離が縮まった結果、あの子の精神も安定して、
 心身の回復スピードも、急激に速まっていったのでしょう。

 そうして。
 あの子は説得に応じ。
 というかたぶん、応じようかなーと思いはじめたタイミングで、
 その子の気配を敏感にも、感じ取っては先に気付く。
 あとはかんたんなおはなしだ。運命が転がっていくように。
 赤い糸が、繋がるように。
 あの子の想い、思いのままに、その子を求めて、名を呼んで。
 ――そして猟兵たちの活躍により、心を開いていたものだから。
 あの子はその子に、ようやっと、
 素直に“助けて”という言葉を言えるようになったのでした。

 これらの解説、種明かしは。
 この事件に詳しい者――、
 一部のUDC職員などに、詳細を求めれば得られるでしょう。

 さてさてこれにて、めでたし、めでたし――、
 ――というわけでも、今はないので。
 ちょうど“今”の時系列へと、おはなしを戻すこととしましょう。
 でも、きっと期待していて。

 ――ハッピーエンドは、もうすぐだから。


 深き夢から、のぼっていく。
 空を、天を、
 仰ぐように。
 上へ、上へとのぼっていく。

 そうして夢から醒めたなら――。



●覚/醒
 そうして夢から醒めたなら。
 猟兵たちの、現のお話。

 勿論、その場所の舞台となるのは――、


 標高の高い森の中。円を描くような湖。
 水溜まりのように完結して、流れの止まったような場所。
 そこの、ちょうど真ん中に。一隻の小さな船があった。

 二人きりの、二人ぼっち。
 デジャヴのような光景だった。

 でも、きっと、大丈夫だろう。
 二人はもう、“大人”であるし。
 何より二人は、“目覚めた”から。

 ――あの夢や、湖の中から、
 “浮かび上がれた”事実があるから。


 そう、ここは現の世界。
 UDC職員や案内人らが、無事を確かめに寄ってくる。

 最低限の報告を終えれば、休憩に入っても構わない。
 それならこの場に集まった、苦労を共にした猟兵たちも。
 しばし、
 ――“夢のようにうつくしい光景”、を。堪能してみるのもいいかもしれない。

 草木も眠る、丑三つ時。
 夜はまだ明けぬから。

 ――朝が来るまで、微睡んで。
カイム・クローバー(サポート)
『俺の手を貸りたい、だって?──言っとくが俺は高いぜ?』

アドリブ・連携歓迎

二丁銃と魔剣を使って戦う猟兵。
お喋りで軽口や皮肉な言い回しを好み、常に余裕を持って問題に当たる青年。UDCを主に活躍の拠点とし、『便利屋Black Jack』として何でも屋紛いの事をしている。
不要の人殺しは一切せず、オブリビオンであろうと女性や同情できる相手には甘い場合もあるなど、口は悪いが根は悪人ではない。

猟兵やUDCのフォロー、邪神の討伐、情報収集、必要に応じて動きますので、状況に応じてどうぞ。シリアス&ギャグのどちらも参加できますが、エッチ系な依頼はNGです。
基本的にはお任せで大丈夫です。宜しくお願いします。



●小休止
 銀髪が、そよぐ風に僅かに揺れる。
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は船を借り、星宙を見上げていた。
 星が瞬き、月が煌々と輝いている。ごろんと寝ころんでみれば、景色を独り占めした気分になった。
 無事に浮かび上がれた二人は、きっともう大丈夫だろう。意識のある方は勿論のこと。UDC機関もついているし、未だ意識不明らしい方も、何とかなると思いたい。
 初対面であろうとなかろうと、善良な一般人――それも女性のバッドエンドなんてカイムは絶対に見たくなかった。ゆえに今回の結果には比較的満足していたし、現へと戻ってきた事実を知った時は思わず、ほっと息をついてしまった。
 とはいえ彼女らの無事は己自身でも確認しておきたかった。だから声を掛けるつもりだったが――何だか二人きりの世界みたいでお邪魔そうであったので、やめておいての、今である。
「……いや、寒いな」
 肌寒いのが難点だったが、この景色はうつくしい。
 こんな機会なんて滅多にないだろうし――もう暫くは、この雰囲気を堪能しておこうか。
 何でも請け負う便利屋だって、たまには休憩を取りたいものだ。
 物語がハッピーエンドに終わったなら、尚更余韻に浸っていたい。

 銀糸が月光に照らされて、きらきら、きらきら、きらめいて。
 皮肉屋だけど実は優しい、一匹狼は、こうして。
 予想外の報酬となった――、
 ゆめみたいな星月夜を。思う存分、享受した。

成功 🔵​🔵​🔴​

揺歌語・なびき


小舟で寝ころび、宙を見る
会わせる顔がないから
たった今すぐには、あの子の元に戻れなかった

あー
なんか、なんにもできなかったな
自分のことで精いっぱいで
びっくりするほど駄目な大人だった
これでエージェントなんだから笑える

…本当に、最低で笑える

月はぎりぎり欠けていて
まだぞわぞわと背筋が震える程度
どうせこのあと満ちるから、隠れ家に篭れば暫く会わずに済む

夢でよかった
あれが現であったなら
きっときみを傷つけてたんだ

浮かびあがれた二人のように
おれは、ただしく形づくっていられるだろうか
あの子のために、おれは獣を殺し続けられるだろうか

三月の湖上は冷たい
なのにもうすぐ、また春が来る
なんだかひどく眠い

やっぱり
会いたいなぁ



●冬籠り
 湖は、不思議なほど靜かだった。
 揺歌語・なびき(春怨・f02050)は疲れたような、何ともいえぬ表情で。小舟のなかに沈むように底へと身を横たえた。
 木製のボートであるけれど――だからこそかもしれないが、肩や背中、尾骶骨に、水の冷たさが伝わってくる。しかしこうして寝ころんでしまえば、宙が目の前いっぱいに広がり。自分ひとりだけがこの場にいる――そんな感覚になって心地よかった。
 ……いいや、ぜんぜん心地よくなんかない。いくらか、僅かに、気が静まるような……そんな気がするだけで。ただ、現実逃避ができている。それだけのことだった。
 現に戻れて、良かったはず。夢から浮かべて、良かったはず。
 なのに、いまと、もうしばらくは。“現実”には、戻りたくなかった。
 ……だって、あの子に会わせる顔がない。あの子に見つけてほしくない。だから山の奥の方の、孤立したような湖の、棺みたいな砦のなかに――今は隠れて、引き籠ってしまおう。ちょうど、景色も“ゆめみたいに”きれいだから。現実から逃れたい者には、絶好の場所であった。

「……あー」
 ――なんか、何もできなかったな。
 苦痛にあえぐように喉を鳴らす。そういえば声帯は無事なようだ。けれどそれだけのことでは、今は特に安堵も喜びも感じられない。

 ――自分のことで精いっぱいで、びっくりするほど駄目な大人だった。
 ――これでエージェントなんだから笑える。

 ――……本当に、最低で笑える。

 顎を僅かに上げて仰ぐと、空気が澄んでいるからだろうか――いつもよりはっきり見える月は満月のようでいて、しかし、ぎりぎり欠けていた。
 どうせこのあと満ちるから、そのまま隠れ家に籠ってしまえばあの子に暫く会わずに済む。すぐに帰らぬ理由になるから、あの子も誰も疑わない。またちょうどいい点を見つけてしまった。
 ……嗚呼、背筋がぞわぞわする。人狼ゆえの、その感覚。背筋の辺りが震えるような。脊髄の辺りが、冷えるような。
 けれどそれらを自覚していながら。考えるのはこれから襲い来る月一の苦難のことではなく、雪彩のうつくしいあの子のことばかりであった。
 なぜなら。

 ――夢でよかった。
 ――あれが現であったなら――、

 ――きっときみを、傷つけてたんだ。

 そう。雪彩の“赤ずきん”を、あと一歩でめちゃくちゃに喰らいつくしてしまっていた。
 掌に頬を摺り寄せてきたあの子の体温はホンモノで、やわらかくてもちもちの肌だって、ウソみたいにホンモノだった。
 我慢できたのが不思議なくらいだ。――それともいっそ、夢であるなら。ウソになるなら、喰らってしまえばよかっただろうか。

 ――……嗚呼、
 眉を寄せて目を瞑る。やめやめ。いけない。“味見”なんて、いけないことだ。
 飢えに飢えた獣のまえに、とつぜんおいしい好物を見せつけたらそうもなる。自然なことだ。
 けれど、それはいけないことだ。あの子はまさに、己にとって甘く熟した“禁断の果実”だ。
 ……嗚呼、“獣”はまだ鎮まらない。これらのいけない思考により、それをまざまざと実感する。
 動揺も衝撃も抜けきってはいないとはいえ、こんな調子で大丈夫だろうか。今後も“やさしいおにいさん”として、“無害なおにいさん”として、うまくやっていけるのだろうか。

 浮かびあがれたあの二人――冬と春の名を持つあの二人のように。おれは、ただしく形づくっていられるだろうか。

 ――あの子のために、おれは獣を殺し続けられるだろうか。

 危うい己の現状は、皮肉にも今の状態と似ていた。
 木の板でぎりぎり沈まないでいられるように。“現状”も、たった一枚の“境界線”で、まだ堕ちないでいられている。しかも“この境”は、ひどいことに透明だった。
 “この境”はもろくはかなく、獣の爪ならひどくたやすく破けてしまうものであって――実際にそうしてしまったなら、その境よりももっともろく、神聖ではかないあの子のからだを、やわくてぬくいこころとたましいを、壊してしまうことになるのだ。

 雪を、ぐしゃりと握り潰す――、
 うつくしい雪の結晶を、掌の温度で溶かしてしまう――。
 ――そんな想像をしてしまった。

 心の臓が冷えた気がして、ぶるりとちいさく身震いした。
 三月の湖上は冷たくて、からだが冷えていくのを感じる。
 なのに、もうすぐ、また春が来る。
 “冬眠”から目覚めなければと、一応思ってはいるのだけど。
 それが、とても名残惜しくて。あの子を手離したくなくて。
 冬のあの子のあたたかさに。雪のあの子のやさしさに。ずっと、甘えてしまっている。

 ふと、ぼんやり目を開けたけど。もうすこしだけ、――あとすこしだけ。目を閉じていたかった。
 ――なんだか、ひどく、眠い。
 星宙はとてもきれいだった。けれど、視界はぼやけていく。何かを隠す霧みたいに星月夜の輪郭がぶれていく。
 瞼がすごく、すごく重くて。抗えずに睫毛を伏せれば、また暗闇へと戻っていく。
 そうして春を、埋めてしまい。ひとり、孤独なくらきそこ。眠りに落ちる前に思うは。

 ――やっぱり、会いたいなぁ。

 ここは、冬に近いから。
 もうすこしだけ、冬眠させて。

大成功 🔵​🔵​🔵​


●現/道
 ――人というものは。
 離れては近付き――また離れ。
 時には交わる道のように、人生を生きてゆくのだろう。

 そして分かれ道というものは。
 一見離れてしまったようでも、いつかどこかと繋がって、続いていくもののはず。
 ならばきっと。人も、人生も、それと同じだ。

 ――だからどうか、怖がらないで。
 朝が来て、夢からまた目覚めるように。
 道は再び交わって、縁の糸は繋がって。

 いつかまた、出逢えるから。

最終結果:成功

完成日:2021年12月30日
宿敵 『愛すべき『わたしたち』』 を撃破!


挿絵イラスト