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夕闇に君を探す

#UDCアース #外なる邪神

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#UDCアース
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#外なる邪神


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●黄昏と東雲
 はじまりは、空から降り注いだ『色彩』だった。
 宇宙より訪れたそれは、外なる邪神の肉片とも呼べる恐ろしきもの。
 その色彩は周囲を巻き込んで殖え続けるという。奇妙な色彩が拡がっていけば、やがて世界そのものが発狂するだろう。

 永遠に続いていく夕闇。
 東雲町という片田舎の町は今、異空間に取り込まれている。
 暮れゆく景色は儚くて美しくもありながら、異様な光景でもあった。隔離された世界に蠢いているのは幾つもの影。どれもはっきりと顔が見えず、子供であったり大人であったりと形も様々だ。
『かくれんぼしましょ』
『おにごっこしましょ』
 無機質な声で笑うそれらは普通の影ではない。様々な色彩を宿して発光する人影だ。紫と赤と黒が混じり合い、黄色と青が揺らめき、桃色や黄色が煌めく。そのような蠢く色は綺麗というよりもおどろおどろしい。
『みつかったら負け』
『つかまったら負け』
 色彩の影は口々に語り、夕闇の町を駆け回っている。
 町は現実とは切り離され、東雲という名とは反対に町は夕暮れ時が終わらない世界となっているようだ。其処は地形や建造物までもが発狂した世界であり、それらは絶えず蠢き、膨れあがりながら弾けている。
「嫌だ! 化け物になりたくない!」
「俺は楽園に行きたかっただけだ! なのにどうして!?」
「ここは地獄よ! ああ、ああ……影が来る!」
 異空間に取り込まれているのは、この街で活動していた邪神教団の者達。逃げ惑う人々は色彩の影に捕まり、ひとり、またひとりと異様なる影に変貌していく。
 影が増える度、西の空に浮かぶ夕日が妖しく揺らめいた。

●おともだち
 色彩を纏う悍ましい影。
 そんなものばかりが闊歩している異空間で唯一、人の形を保っているものがいる。
 夕日に照らされた金の髪。其処に飾られたボンネット帽子。ゴシックロリータを思わせるドレスを身に纏う少女だけが、元の形から変わっていない存在のようだ。
 だが、それは人形だった。
 少女人形は邪心教団の教祖だった女性に抱えられている。ふらふらと異空間を彷徨っている女は何かを呟いていた。
「この呪いの人形がなければ、こんなことにはならなかったのに……!」
 女は既に奇妙な影に変貌していた。
 それでもまだ意識はあるらしく、焦った様子が見える。
「はやく捨てなきゃ。これをどうにかすれば世界は元に戻るはずだから。私達はこんな世界を望んでいたのではない……。ただ楽園が欲しかっただけなのに。誰か、誰でもいいわ、この人形を壊し――」
『あら、駄目よ』
 異形の影になった女の言葉に重ねて、少女人形が喋った。
 ひ、と声をあげた彼女に対して人形は『あなたとはお友達になれないわ』と告げる。そして、人形は影になった女の身体に入り込んだ。
『この身体があれば、私もお友達を見つけられるかしら』
 やがて、彼女を乗っ取った人形は人間と見間違うほどの背丈になっていく。少女は夕暮れの空を見上げ、くすくすと笑った。
 夕闇は歪んだ彩を満ちさせていく。
 それは――世界を壊して狂わせる、邪神の色彩。

●外なる邪神と呪いの人形
「レッド・アラート! 最優先対処事項だ!」
 非常警報。或いは緊急非常態勢。
 そうとしか呼べない事態が起こっているのだと告げ、UDCエージェントのディイ・ディー(Six Sides・f21861)は仲間達に現場への急行と事態の解決を願った。
「UDC組織が所有する古文書に、宇宙より降り注ぐ色彩という記載がみつかったんだ。それは『外なる邪神』と総称されるUDCの肉片らしくてな。人間、動植物、自然環境……つまり、この世の全てを発狂させるものだ」
 今回、その『色彩』がある物品に宿った。
 ある邪心教団が儀式のための呪物として所有していた人形。それは教団会館があった町内を異空間に変えてしまった。
「現場は東雲町と呼ばれる区域だ。そこは一度入ると出られない結界があって、終わらない夕暮れが続く異世界になっているらしい」
 内部では色彩の影が蠢き、中に取り込まれた人間をアンディファインド・クリーチャーに変えていっている。異世界に囚われたのは件の会館にいた人間、つまり邪心教団に属していた者達だ。
「教団は楽園に導かれたい願望がある奴らが集う所だ。呪物を収集して、その力を儀式で反転させて楽園への道を開く、という何とも怪しい集団だったらしい」
 ディイは肩を竦める。
 異変によって教団は壊滅した。そして、彼らはもう救えない。
「騒ぎの中心になっている人形は教祖だった女が持っている。しかし、彼女は深い階層にいるようでな。先に内部の影やUDCをどうにかしないと辿り着けないだろう」
 其処から彼は今回の任務の手順を語る。

 まずは追いかけてくる影との隠れ鬼ごっこだ。
「お前達、友達はいるか? たとえば、もう会えなくなった奴とか――」
 色彩の影と呼ばれるモノは、対する相手の『友達』の形になって追いかけてくる。
 それは長年会っていない友人であったり、一度しか遊んだことのない友達だったり、或いは想像上の友達だったりと相対する者によって様々。
「当たり前だが、それは本物の友達じゃねえ。捕まったら負け……つまりはUDCの支配下に置かれちまうから、とにかく全力で逃げろ」
 戦ってはいけない。触れた瞬間に取り込まれてしまうからだ。
 町内には様々な路地や公園、公民館、邪心教団の会館などがある。
 建物や遊具、塀の影に隠れてやり過ごしても良い。見つかったら走って離れて影を撒き、一定時間を逃げ続ければいい。
「誰にも触れられなかった影は消滅する。だが、周囲は絶えず歪んで地面も変な色彩が渦巻いてやがる。気をやられないように気をつけてくれ」
 これは狂気と戦う隠れ鬼だ。
 それが終われば、UDCに変貌した者達との戦いが待っている。
「楽園を目指す教団だったからだろうな。UDCはしきりに楽園に誘ってくる」
 されど楽園など何処にもない。
 色彩を放つ化け物になった教団員はどうあっても元には戻せないので、葬ってやることこそが救いになる。苦しい戦いになるだろうが頼む、と告げたディイは仲間達を真っ直ぐに見つめた。
「教団員を倒した後は、おそらく例の人形が現れる。どうなっているかは俺にもよく分からねえ。ただ、友達を探してるってことだけは視えた」
 どんな理由があるにしろ、意思を持った人形は世界に害を成すものだ。
 歪んだ色彩が齎すのは破滅と混沌のみ。
 色彩の影に取り込まれてしまわぬように。そして、外なる邪神の力を必ず滅してきて欲しいと願い、ディイは皆を送り出した。


犬塚ひなこ
 今回の世界は『UDCアース』
 宇宙より降り注ぐ色彩、「外なる邪神」と呼ばれるものが出現して呪いの人形に宿りました。この世の全てを発狂させる力を持ってしまったものを破壊することが目的となります。

 プレイング募集状況などはタグやマスターページにてご案内します。
 お手数ですが、ご確認いただけると幸いです。

●第一章
 冒険『夕闇鬼ごっこ』
 一章はお一人様でのご参加推奨です。
 場所は永遠に終わらない夕暮れが続く異世界。一般的な日本の住宅街です。
 空は夕色ですが、地面や建物などは歪んだ虹色に包まれています。

 ここでは『あなたの友達の声と形』をした色彩の影が現れます。
 顔は見えませんが友人そっくりに思えます。友人の影は奇妙なことを語りかけながらから追いかけてくるので逃げ続けましょう。
 隠れたり、全力で走ったりと得意な方法でどうぞ。
 ご友人の口調(外見、年齢など)がわかるプレイングだと描写がしやすくなりますので、ご協力頂けると幸いです。
 また、トラブル等の防止のため、実在している別のPCさんを指定して影として登場させることはご遠慮ください。

 特定の友人が居ない方や、記憶がなくて分からない方などはお任せ頂いても大丈夫です。お任せの場合はプレイングに『👣』をご記載ください。
 友人っぽいけど知らない何か、というホラーな存在をこちらで用意します。

●第二章
 集団戦『楽園の鳥』
 歪んだ色彩の世界で変貌したUDCと戦うことになります。
 『楽園』に心捕らわれ、住民を増やすために行動する者です。食べた存在に変化できるため、人を襲い食べる事に執着しています。
 元の異変の影響か、この敵も全身から色彩を放っています。

●第三章
 ボス戦『お友達』
 誰かにとっての、人形のお友達だったもの。
 元は髪が伸びる呪いの人形でしたが、UDCの力を得てから教祖の女の身体を乗っ取り、人間サイズになっています。お友達が欲しいと言って人間を求め、嘗て人形として過ごしてきた思い出の力を呪詛として扱います。
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第1章 冒険 『夕闇鬼ごっこ』

POW   :    全力ダッシュで逃げる

SPD   :    カーブを曲がって逃げる

WIZ   :    ちょこまか逃げる

イラスト:シロタマゴ

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

牧杜・詞
逢魔が時っていうし、
不思議なことが起こっても納得できちゃう時間ね。

わたしを追いかけてくるとしたら、あの2人かな。

わたしを壊し、わたしが殺した。
でも、最後までわたしの側にいてくれた姉妹、

身寄りがなくなり、森に捧げられたわたしと、
最後まで友人としていてくれたのは、あの2人だけだもの。

わたしと同い年で、ちょっとおっとりした妹と、
2つ上でしっかりものの姉。

最後にあの2人に刃を突き立てたときの感触は、これからも忘れることはないでしょうね。

とはいえ、今回は殺せそうにないわね。
逃げるだけというのは、ちょっと性に会わないけれど、
殺せないのではしかたがないか……。

ここは追いつかれないように、逃げることにしよう。



●夕暮れの隠れ鬼
 逢魔が刻。
 黄昏を表すもうひとつの言葉を思い出し、牧杜・詞(身魂乖離・f25693)は空を見上げた。此処は既に異空間の最中であり、夕闇が何処までも広がっている。
「不思議なことが起こっても納得できちゃう時間ね」
 詞はちいさく呟いてから頭を振った。
 そうした理由は、この場所が本当の黄昏時を迎えているわけではないからだ。
 異空間に入る前は確かに昼間だった。だが、危険だと伝えられていた町内に入ったとき、世界は色を変えた。
 空は夕暮れになり、周囲は発狂するように歪んだのだ。
「目が回りそう……」
 見上げた空から視線を落とすと、決して綺麗とは呼べない色彩が目に入る。膨らんでは弾けている奇妙な色彩は狂った景色を作り出していた。
 不意に其処に誰かの声が聞こえはじめる。
『――!』
『……!』
 声は二人分。はたとした詞は後ろを振り返り、声の主を探る。
 其処には色彩の影があった。近付いてくる二人の姿がだんだんと顕になっていく。顔は見えず、声もまだ遠い。
 されど、詞にはそれらが誰であるか分かっていた。
「……捕まっちゃいけないのよね」
 肩を竦めた詞は双眸を静かに細め、異空間の先へ駆け出す。
 閉じられた世界はループしているらしく、先程と同じ景色が目に入った。そのことには構わずに詞は足を動かし続ける。
 自分を追いかけてくるとしたら、あの二人に違いないだろう。理解しているからこそ敢えて逃げ出すしかない。
(わたしを壊し、わたしが殺した――)
 けれども、ずっと詞の側にいてくれた姉妹だ。その二人を模った偽物の影はぐにゃりと歪みながら、この状況では決して言わない言葉を駆けてくる。
『おにごっこをしよう』
『かくれんぼはどう?』
「あの二人は、そんなことは言わないわ」
 徐々に二人の声が近付いてきたが、詞は振り返らずに走り続けた。辺りの景色は狂っていて目がチカチカしたが、詞は止まらない。
 彼女たちは、身寄りがなくなって森に捧げられた詞と最後まで友人でいてくれた。
「わたしの友人は、あの二人だけだもの」
 影はただの偽物だと口にした詞は、本当の彼女達を思い返した。
 詞と同い年で少しおっとりした妹と二つ年上でしっかりものの姉。最後にあの二人に刃を突き立てたときの感触は、これからも忘れることはない。
「とはいえ、今回は殺せそうにないわね」
 その気になれば再び殺すことも出来るが、触れたら発狂すると言われている影に敢えて挑むつもりはない。
「逃げるだけというのは、ちょっと性に会わないけれど……」
 殺せないのでは仕方がない。
 詞は曲がり角を越え、只管に走った。その声が聞こえなくなるまで。異空間に生まれた力が弱まって消滅するまで――ずっと。
 過去の呪縛を振り払うかのように、少女は夕闇の最中を駆けていく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
👣

嗚呼。君は誰だったかな。

顔のない少女。
正確には顔を覚えていない少女。

けれども私と君は友人ではなかった。
それよりももっと複雑で、絡まり絡まった関係だった。
そう記憶しているよ。

ならば君は誰だい?

逃げて逃げて逃げて逃げて
これは危険なものだと頭の中で警報が鳴り響く。
あの少女と同じように貫く事は出来ない。

足が縺れても、息が切れても
これからは逃げなければならない。

嗚呼。黄昏の地を逃げ惑うなど、あまりにも久しい。
数多の手から逃れるように、走って帰宅したあの日。

今ここに安寧の地はない。
躓いても転んでも私は逃げ続けなければならない。


嗚呼。もう疲れてしまったよ。


そろそろ良いかい。



●知っているもの、知らないもの
『――遊びましょ』
 誰かの声が耳に届き、榎本・英(人である・f22898)は振り返る。
 眼鏡の奥の瞳に映っているのは夕闇が滲む空。そして、歪んでは膨らみ、弾けては再生するという色彩に侵された景色。
 その奥から少女が駆けてくる。厳密に表すならば少女の形をした影だ。
「嗚呼。君は誰だったかな」
 十数メートル先にいる彼女に向け、英は素っ気ない言葉を掛けた。
 それは顔のない少女だった。正確には顔を覚えていない少女であるゆえに、きっと見えたとしても誰であるかなど分からなかっただろう。
『ねえ、先生。忘れちゃったの?』
 少女は親しげに英を呼ぶ。
 近付いてくる彼女に対して踵を返し、英は頭を振る。それから彼は夕闇に沈む色彩の町を駆け抜けていく。一歩、また一歩。決して早くはないが、追ってくる少女に触れられないように英は進んだ。
「さあね。けれども私と君は友人ではなかったよ」
 英は後ろを軽く見遣りながら、町内の曲がり角を越えた。その途端、景色が大きく揺れたかと思うと最初の路地に戻ってきてしまう。
 一度入れば、東雲町からは出られない。
 そう聞いていたことを思い出した英は肩を竦めた。景色に思いを巡らせることは無駄でしかないのだろう。その代わりに英は少女の姿を探す。
 すると、今度は十字路の向こう側から影が追ってきた。
『待って、先生。お友達でしょ?』
「待たないよ。友人ではないからね」
 英はきっぱりと断りながら、自分達の関係は友というものよりも更に複雑で、絡まり絡まった関係だったのだと語った。少なくとも自分はそう記憶しているので、此処にいる影が語ることは受け入れられない。
「ならば君は誰だい?」
『わたしは、わたしよ』
「知らないね」
『いいえ、知っているでしょう?』
 捕まらぬように身を翻しながら、英は少女の影と言葉を交わした。
 どちらも譲らぬ会話は成立していない。ただの言葉遊びに過ぎないと感じながらも、英は逃げて逃げて、逃げて、逃げ続けた。
(――嗚呼、これは危険なものだ)
 言の葉を重ねる度に、語り合ってはいけないという警鐘が頭の中で鳴り響く。
 本当は知っている。しかし、知らないふりをするしかない。何故なら、あの少女と同じように貫く事は出来ないのだから。
 英の息が上がってくる。元より肉体派ではないので疲労はすぐに訪れた。
 それでも止まらない。足が縺れても、息が切れても、逃げなければならない。黄昏の地を逃げ惑うなどあまりにも久しい。感傷めいた思いを抱き、英は思い返す。
 数多の手から逃れるように、走って帰宅したあの日。
 逃げ切った、と感じたあの日のような安寧は、今のこの地にはない。たとえ躓いても、転んでも、終わりまで逃避し続けるだけ。
 そして、英は夕闇に包まれた公園に辿り着いた。遊具の前で立ち止まった英は荒くなった呼吸を整え、振り返る。
「嗚呼、疲れてしまったよ。そろそろ――もういいかい」
『……もういいよ』
 英の瞳に少女の影が映った。すると影は周囲の景色に溶けるように消えていった。無事に逃げ切れたのだと感じた英は大きく息を吐く。
 影が最後に遺した言葉に何の意味が込められていたのか。それは、誰も知らない。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


_

「──…お嬢様」

久方ぶりに口にしたその言葉は無様に掠れ
眼前の貴女は生き別れた幼い時の姿のまま
豊かな淡い金髪、碧を主軸とした虹の虹彩
二目と見れぬまこと美しいその姿で、無垢に微笑む
あの頃と同じように

彼女は、俺が幼い頃使用人として働いていた家にお生まれになり
俺は赤子から知っている
生憎俺はこの黒色を纏い生まれたが故に『悪魔』として虐げられ育ったが、どうしてか彼女は俺によく懐いてくれた
最後に遊んだのは、

『かくれんぼしましょ、──』

「梓」じゃない、俺の本当の名前を呼んで
同じ口調で
同じ顔で
けれど『これ』は彼女じゃない
──こんなに禍々しいお方では、ない


フと不敵に瞳細め
畏まりましたと
あの時と同じ言葉を返す



●過去と今
 狂った色彩の波がうねり、夕闇が揺らぐ。
 閉じられた狂気の異空間に足を踏み入れ、出会ったのは少女の影。
「――……お嬢様」
 丸越・梓(月焔・f31127)は一歩だけ後ずさった。辺りの景色がおどろおどろしいことよりも、夕暮れの空がどんよりしていることよりも、顔の見えない色彩の影が彼女の形をしていることが恐ろしいと感じてしまう。
 決して本物ではない、ただの影だというのに彼女だと分かってしまった。
 久方ぶりに口にした言葉。梓は自分でも無意識に紡いでいた呼び名を確かめるように口許に触れた。しかし、その声が無様に掠れた理由は――。
『……ねえ、』
 少女が呼び掛けてくる。あの時のまま、あの日々に聞いた越えそのままで。
 眼前の彼女は生き別れた幼い時の姿のままだった。双眸を細めてしっかりと見ようとしても、この異空間に現れた彼女は影でしかない。
 それでも見える気がした。
 豊かな淡い金髪。碧を主軸とした七色の虹彩。
 記憶の中の少女は、はっきりと梓の心の中に浮かんでいる。梓は二度と見られぬと思っていた彼女の形を視線でなぞった。
 脳裏に蘇るのは、まことに美しい姿で無垢に微笑む過去の少女。
 彼女は梓が幼い頃、使用人として働いていた家に生まれた子だ。生誕のときからずっと知っているので馴染みも深い。
(お嬢様……)
 もう一度、梓は過去を思い返す。
 梓はこの黒色を纏い生まれたが故に『悪魔』として虐げられて育った。だが、どうしてか彼女は嘗ての梓によく懐いてくれていた。
 最後に遊んだのは、と考えた時、影が少女と同じ声で誘ってくる。
『かくれんぼしましょ、――』
 あの頃と同じように触れられたなら良かった。あの時の彼女のように、本当に笑ってくれていたら近付いていたかもしれない。
 何故ならあの影は、本当の名前を呼んでくれたから。
 だが、梓は決して自分から近付くことはしない。『これ』は彼女ではない。
 ――こんなに禍々しいお方ではないのだから。
 フ、と不敵に瞳を細めた梓はただ一言、恭しく返した。
「畏まりました」
 あの時と同じ言葉を、同じ仕草で以て。それから梓は踵を返した。あれ以上の言葉を聞かずともどちらが鬼で、どちらが逃げる側かは分かっていた。
 隠れ鬼らしく数をかぞえはじめた少女の影から視線を逸し、梓は駆け出す。やがて梓は公園に辿り着き、大きな遊具の後ろに身を隠した。
『もういいかい』
「……まだ。まだです」
 遠くから聞こえた声。それに対して梓は自分にしか聞こえない声を返す。
 未だ、何も。
 心の中だけで呟いた梓は胸に手を当てる。このまま見つからずに隠れていると決めたので、もう少女の影を見ることはないだろう。
 胸の奥がずきりと痛んだ気がしたが、梓は敢えて無視した。
 遊具の影から見上げた夕暮れの空は妙に昏く、歪みゆく世界は更なる色彩を宿す。そして――友を探して呼び掛け続けていた少女の声は、いつしか完全に消え去った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
夕焼けに反射して金にも見える茶髪が視界に入る
誠一郎、今の僕が、お前と会うのは2度目だ。
自分が嫌になるなあ、僕は誠一郎の何を見てるんだろう。

いや、今は君に付き合おう。
昔みたいに、鬼ごっこしよう、誠一郎。

『巴、待てよ!』
待たない。
角を曲がって突き当たりまで走る

『話したいこと、あるんだって。』
聞かない。
外に置いてあるゴミ箱を踏み台に塀を超え屋根の上へ

『もう一度お前と』
僕とお前の間にもう一度は無いよ。
少し遠くに聞こえる声を無視してさらに走る。屋根から飛び降りて別方向へ

やめろ
言って欲しかった事を言わないで
言いたかった言葉を求めないで

誠一郎は笑顔で彼女と行った
もう月に行ったはずなんだ

僕の誓いを破らせないで



●遥かなる月
 空からは夕日が射している。
 月は見えない。何故なら此処は世界から切り離された異空間だからだ。
 五条・巴(月光ランウェイ・f02927)は双眸を細め、歪んだ景色を眺める。その先には或る人影が見えていた。
 夕焼けに反射して金にも見える茶髪。色彩の影は全く違う色を宿しているが、そういったものが視界に入った気がして、巴は溜息をついた。
「誠一郎か」
『……巴』
 彼の名を呼べば、ただの奇妙な影でしかない青年は巴の名を呼び返す。顔の見えない相手は偽物だとわかりきっているが、声だけは彼と全く同じだ。
「今の僕が、お前と会うのは二度目だね」
 こんな狂った世界でまで彼を思うのは何だか可笑しい。
 自分が嫌になるなあ、と呟いた巴はもう一度、大きく息を吐いた。己は誠一郎の何を見ているのだろうか。ぐにゃりと揺らいだ影は、決して彼ではないというのに――。
 しかし、巴は気を取り直した。
 この空間に彼の影が現れたならば受け入れるしかない。
「いや、今は君に付き合おう。昔みたいに、鬼ごっこしよう、誠一郎」
 言うやいなや、巴は駆け出す。
 影はその後を追ってきた。誠一郎、と呼び掛けたことでまるで本当に過去に戻ってきたかのような感覚に陥るが、巴は感慨には耽らない。
『巴、待てよ!』
「待たないよ」
 巴はそのまま路地を駆け抜けた。先に見えた角を曲がって突き当たりまで走れば、後ろから彼の声が響いてくる。
『話したいこと、あるんだって』
「……そう」
 掛けられた言葉にはそっけなく答える。聞かないし答えない。幻の中で作り出された彼が言うことなど本当ではないと分かってしまっていたからだ。話したいことは、巴自身が聞きたいことに過ぎない。
 行く先は行き止まりだったが、巴は置いてあったゴミ箱を踏み台にして跳躍した。塀を超え屋根の上へ移ると、その足場もまた歪む色彩に包まれる。
『もう一度お前と』
「僕とお前の間に、もう一度は無いよ」
 屋根の下から声が掛けられたが、巴は冷たく言い放って屋根から屋根に飛び移った。彼の影はまた何かを言ったようだが、無視して更に走る。足場から飛び降りた巴は別の路地に降り立ち、駆けていった。
(やめろ)
 紡いでいた言葉は冷静に聞こえても、巴の内心は揺らいでいた。
 言って欲しかった事を言わないで。言いたかった言葉を求めないで。綺麗事でしかない言の葉は聞きたくはない。それを偽物になど語って欲しくはなかった。
「誠一郎は笑顔で彼女と行ったんだ。もう、月に行ったはずなんだから……」
 影との距離を突き放しながら巴は願う。
 ――僕の誓いを破らせないで。
 やがて、影は消滅したらしい。声が聞こえなくなったことに安堵した巴は何気なく空を見上げてみた。やはりこの場所からは何処にも月は見えない。
 昏い夕闇が、狂った世界の中に滲んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミュゲット・ストロベリー
(アドリブ等大歓迎)

ミュゲは作られた存在。過去なんて存在しないわ。……勿論、友達も。
なのに、何故か懐かしさを感じさせる貴方は誰? ミュゲのこと知ってるの? ……ん、違う。貴方はニセモノ。こんなこと聞いても無駄よね。

…ん、思い出せないけど、ミュゲと同年齢くらいの男の子ね。
ビルや建物の影に隠れつつ、隙を見て逃げるわ。細い路地裏なんかも利用しつつ上手く撒くわ。

……ミュゲの過去に『友達』なんて居ないわ。それなのに、この感じは何…? それにその白衣…。……! まさか……



●少年と白衣
 暮れ泥む空。歪む景色。
 町内一帯が不可思議で奇妙な色に満ちており、とても不気味な雰囲気だ。
「変なの……。これが、『色彩』?」
 赤と緑が混じり合い、黒になって紫に変わる。
 とても綺麗だとは言えない狂気の色彩を眺め、ミュゲット・ストロベリー(ふわふわわたあめ・f32048)は周囲を見渡す。その際に彼女は嫌な予感を覚えていた。
 誰かがいる。
 まだ姿は見えないが、何処かからじっと見つめられている気がした。
「ミュゲは作られた存在だもの。過去なんて存在しないわ」
 だから大丈夫だと自分に言い聞かせるミュゲットは警戒を強める。此処では友達という存在がキーワードになっているらしい。
「……勿論、友達も」
 そんなものはいない。それゆえにもしミュゲットが追いかけられるのだとしたら、誰でもない誰かが来るはず。だったら怖くはないはず。
 そのように考えて慎重に進んでいくミュゲットだったが――目の前に現れた影はそうではなかった。顔の見えない色彩の影は行く手を遮りながら、ぽつりと呟く。
『遊ぼうよ』
「……ん、誰? 貴方は誰なの?」
『知ってるはずだよ』
 ミュゲットは影に問いかけてみたが、相手は曖昧な返事をしただけ。それだというのに何故か懐かしさを感じさせる影だった。少年のような姿かたちをしているそれはゆっくりと歩み寄ってくる。
 捕まってはいけない。触れられてはいけない。
 そのことを思い出したミュゲットは後ずさりながら、影を見つめた。
「ミュゲのこと知ってるの?」
『うん』
 影は言葉少なだったが、こくりと頷いている。もしかしたら知らない過去の中で出会った誰かなのかもしれない。ミュゲットは言い知れぬ感情を覚えた。
 しかし、その影が奇妙に揺らめいたことではっとする。
「……ん、違う。貴方はニセモノ。こんなこと聞いても無駄よね」
『それはどうかな。無駄じゃないかもしれないよ』
「ううん、もう何も聞かないわ」
 ミュゲットは影から離れ、反対方向に駆け出した。思い出せない。それでもあの声はなぜだか知っている気もした。
 待ってよ、と少年が追いかけてくる。
 全速力で走っていくミュゲットは自分と同年齢くらいらしい少年から逃れるため、ひとまず物陰に隠れる。ある家屋の門の影が大きくて丁度良かったのだ。
 息を潜めて様子を建物の影に隠れつつ、ミュゲットは少年の影が走っていく様を見送った。おおい、と呼ぶ声が聞こえたが絶対に答えたりしない。
 そして、隙を見て違う方向に逃げる。細い路地裏に入り、彼を上手く撒いたミュゲットは考えを巡らせた。
 きっと、もう暫くすればあの影も消滅するだろう。
「……ミュゲの過去に『友達』なんて居ないわ。それなのに、この感じは何……?」
 よくよく思い返す。
 あの影は白衣を纏っているようなシルエットをしていた。
「まさか……」
 妙な予感がする。まるで過去の扉が開いていくような、不思議な予感が――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネムネ・ロムネ


ひどい事になってますね
楽園には程遠いのです
楽園なんて見た事ねーですけど、せめて静かに眠れるように導いてあげなくちゃです

さて

パラケルスス
あの男が現われる前まではネムも人間だったのです
その時はネムにも同じ年頃のお友達が居たのですよ
幼馴染の男の子
黒くて短い髪の活発な子
大人しかったネムとは対照的
彼はネムの手を引いて澄んだ小川や自然豊かな山の秘密基地
色んな冒険へと連れ出してくれたのでした

あれから7年
この声を聞いて当時の記憶が蘇るのです
懐かしい
戻りたい

違う
ネムは戻りたいんじゃねーです
先に進まなくちゃダメ
精神が汚染される前にさっさとケリをつけなきゃですね
幸いネムの足は早い方なのですよ



●幼き憧憬
 世界は歪み、空の色は揺らめき、色彩が躍る。
 異空間となった町に降り立ち、ネムネ・ロムネ(ホワイトワンダラー・f04456)は周囲を見渡してみる。
 此処は正常な世界ではない。発狂したと表すに相応しい景色は奇妙極まりなかった。
「これは何ともひどい事になってますね」
 ネムネが落としたのは素直な感想。
 聞く所によると、この町には楽園を求める教団があったという。そのせいでこのような事態が引き起こされたのだが、この場所は楽園には程遠い。寧ろ対極に位置するのではないかと思うほどの様相だ。
「楽園なんて見た事ねーですけど、せめて静かに眠れるように導いてあげなくちゃです」
 ネムネは色彩の世界に踏み出していく。
 歪む色のうねりはおどろおどろしいが、それにも構わずネムネは進んだ。
「さて、行きますか」
 永遠に続くという夕暮れの空を軽く見遣り、ネムネは或る人物のことを思い出す。
 ――パラケルスス。
 ネムネがドクターと呼ぶ彼が現れる前。ドールの身体に移植される以前はネムネも人間だった。あの頃を思ったからだろうか、ネムネの前には或る影が現れている。
「何だかお久しぶりですね」
『よう、元気だったか?』
 ネムネの前には片手を上げる少年がいた。厳密に言うならば少年の形をした色彩の影ではあるのだが、その声は記憶のままだ。
 人間だった頃の眠ねと同じ年頃の幼馴染。それが彼だ。
 影の髪が夕暮れの風を受けて揺れる。少年の影には色彩が混じり合っていたが、それは一瞬だけ黒髪になったように見えた。
 大人しかったネムネとは対照的に活発だった少年はきっと笑いかけてくれている。
 影になっているので見えないが、ネムネにはそう思えた。
「なつかしーですね」
 偽物だということはネムネにも分かっていたが、どうしても重ねてしまう。
 声を聞いて当時の記憶が蘇ったのだ。
 彼はネムネの手を引いて、ちいさな冒険へと連れ出してくれた。澄んだ小川や自然豊かな山の秘密基地、季節の花が揺れる草原。どれも懐かしい。
『遊ぼう! 追いかけっこ勝負だ』
 そういって、少年は自分が鬼だとネムネに告げた。
 あれからもう七年が経っている。彼も成長しているはずだというのに、姿はあの頃のまま。まるでネムネまでもが人間だった当時に戻ったかのようだ。
 懐かしい。戻りたい。
 ネムネの胸裏にそんな思いが過ぎった。
 掌を握り締めたネムネは首を横に振り、踵を返して駆け出していく。あの影に捕まってしまったら何もかもが終わりになることは理解していた。
「違う、ネムは戻りたいんじゃねーです」
 ネムネは夕闇の路地を駆け抜け、背後から聞こえる足音から意識を逸らした。
 今だけは逃げることが先に進むことになる。少年が自分を呼ぶ声がしても、ネムネは決して振り返らなかった。
 あの影は精神を汚染するだけの存在でしかない。
「さっさとケリをつけなきゃですね」
 一度だけ、影を見遣ったネムネは曲がり角を抜ける。少年は子供のままだが、今のネムネはあの頃とは違う身体を得ていた。いつかは人に戻りたくとも、今のネムネはまだ方法を探している最中。
「幸いネムの足は速い方なのですよ」
『――!』
 遠くなっていく声はもう聞かないようにした少女は全力で駆けた。やがて完全に声が聞こえなくなり、ネムネは立ち止まる。
 もう誰も追いかけては来ない。歪む世界にたったひとりだけ取り残されてしまったような感覚があったが、ネムネはそのまま歩き出した。
 取り戻せない過去ではなく、まだ見ぬ未来に進んでいくために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
夕暮れ、黄昏
わたしに話しかけてくるあなたはだぁれ?

その声は確かによく聞く声で
そのあだ名は貴女がつけたもの
学校の、所謂『埒外』ではないオトモダチ
わたしが守るべきオトモダチ

普通の女子中学生で、異能なんてなくて
可愛いイマドキのオトモダチ
顔に味噌なんて塗られていない可愛い顔で
わたしをゆず味噌って馬鹿にするんだ
なんにも苦労をしてないだろう彼女

でも、それを守るのが
埒外たるわたしのお仕事
走って振り切って
公園の遊具の中で膝を抱える
鞄の中からくまさんとうさぎさんを出して
額をくっつける
……わたしには、あなたたちがいるもん
……大丈夫、大丈夫

狂った世界でわたしは狂ったようにぬいぐるみに話しかける



●オトモダチ
 夕暮れ、黄昏、逢魔が刻。
 壊れて歪み、滲んでは消えるものが此処に満ちている。色彩とたった一言で表わせば聞こえはいいが、辺りに広がっているのは奇妙な光景。
「世界が壊れたら、きっとこんな風に――」
 続く言葉は紡がずに、御園・ゆず(群像劇・f19168)は不思議な色彩に染まった自分の影を見下ろしていた。
 そのとき、淀んだ色を映す路地の向こう側に誰かの気配を感じた。
『……!』
 何かを呼ぶ声が聞こえる。どうやら此方に話しかけてきているようだ。目を凝らしたゆずは、声に出さずに視線で問いかける。
 ――わたしに話しかけてくるあなたはだぁれ?
 すると気配が近付いてきた。景色が歪んだかと思うと、其処に色彩の影が現れる。
『優澄! ううん、ゆず味噌!』
 自分の名前とあだ名を呼ぶ少女の声が、はっきりと聞こえた。
 その声は確かによく聞く声だ。呼ばれた名も彼女がつけたもの。みそのゆず。だからゆず味噌ね、と言われたときのことはよく覚えている。
 彼女はゆずが通う学校の友人。所謂、『埒外』ではない普通のオトモダチ。
「確かにそっくりだね」
 独り言ちたゆずは緩く頭を振った。声は同じでも彼女は本物ではない。こんなに学校から遠く離れた町にいるはずもなく、異空間で平然としているはずがないからだ。
(わたしが守るべき……)
 友達、とはどうしてか続けられなかった。
 極普通の女子中学生である彼女には異能なんてない。
 怪異など知らずにイマドキの流行を好んでいる。世界が危機に晒されていることなど微塵も思わずに青春を謳歌する学生。それに顔に味噌など塗られていない可愛い顔で、ゆずを見て明るく笑う。
 あだ名を酷いなどとは思わず、馬鹿にしてくる。そんな普通の女子。
 なんにも苦労をしていないだろう彼女に思うことはたくさんある。羨ましいと思ったことも、ああならなくて良かったとも考えてしまう自分がいた。きっと彼女だって知らないところで悩んでいるのだろうが、戦いに赴くことを使命付けられた埒外とは違う。
 ゆずは自分の頬に触れ、少しだけ俯いた。
『遊ぼうよ。子供みたいに鬼ごっこや隠れんぼってのもいいでしょ?』
 彼女が近付いてくる。
 ゆずはじりじりと後ずさり、影に触れられないように距離を保った。複雑な思いが巡っているが、それでも――普通の人達を守るのが仕事。
「遊ばない」
 ゆずはそれだけを告げると踵を返し、友人の影から逃げ出す。待ってよ、という笑い声混じりの呼び掛けが聞こえたが、あの影にまともにとりあっても取り込まれるだけ。懸命に走って振り切って、公園へと辿り着く。
 ドーム状の大きな滑り台には、その下に潜れる出入口があった。
 遊具の中で膝を抱え、身を隠したゆずは唇を噛み締めた。そして、鞄の中からくまさんとうさぎさんを出してぎゅっと額をくっつける。
『もういーいかい。ゆず味噌、どこー?』
「……わたしには、あなたたちがいるもん」
 くすくすと笑う声が近付いてきていた。声を潜め、更に身を縮こまらせたゆずは気配を探る。どうやら向こうは此方を見つけられていないようだ。
「……大丈夫、大丈夫」
 すると、もう平気だよ、とくまさんが言ってくれた。もうあの子は違う場所に行ったみたいだよ、とうさぎさんが教えてくれる。本当はそれは自分自身の声でしかないが、ゆずはそうすることで心を平静を保とうとしていた。
 狂った世界でひとりきり。
 偽りのオトモダチの影が消え去るまで、少女はぬいぐるみを強く抱きしめていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
👣

手招くように拍を打ちましょう
お出で、此方へお出で
わたしを追わう鬼。あなたはだあれ?

かつ、こつ鳴らす靴音の心地よいこと
追うも追われるも、何方も好ましい
鬼ごっこはすきなのよ

みいつけた、を告げられないのが惜しいけれど
後ろ髪を引かれぬように
この足を挫かれぬように
先を、その先を目指して駆けて往きましょう

伸ばされた手を掴んだのならば
わたしは何処へとゆくのでしょうね
危ないのかしら
愉しいのかしら
帰れないのかしら
探求のこころは沸き立つばかり

ひいらりと番う蝶が舞う
嗚呼、けれど。だめね
帰れなくなってしまうのは、だめだわ

夕闇を眺むのは久方ぶりかしら
かつてのひと時を、思い出すかのよう

鬼の指が触れぬうちに、黄昏の先へ



●誰かが呼ぶ声
 ――鬼さんこちら、手の鳴るほうへ。
 童歌を紡ぎ、手招くように拍を打つ。駆けてくる足音を背にして、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)は夕闇の町をゆく。
『待ってよ、ねえ。待って』
 耳に届く声は知らないもの。けれども何故か懐かしいと思える声でもある。
 歪んで弾けた奇妙な色の地面を飛び越え、七結は追いかけてくる鬼をふたたび呼んだ。
「お出で、此方へお出で」
 歌うように、七結はその影を誘う。
 事の始まりは『遊ぼう』という声を掛けられたことから。良いとも嫌だとも答えなかった七結だが、影は構わずに追ってきた。その影は少女の形をしている。顔は見えず、狂気の色彩に包まれた幼い少女は七結だけを追いかけてきていた。
「わたしを追わう鬼。あなたはだあれ?」
『知っているはずよ。思い出して』
「しらないわ。思い出せないの」
 追い掛けられ、追って、逃げて、手伸ばす。
 ちいさな笑い声が狂った世界に響いた。かつ、こつ、と鳴る靴音が今は何故か心地よく思えている。追うも追われるも、何方も好ましいのは自分もまた鬼だからだろうか。
 七結は路地の曲がり角に差し掛かる。
 ちらりと振り向けば、影は付かず離れずついてきていた。まるで少女の影もこの時間を楽しんでいるかのようだ。
『ねえ、なんだか“あのとき”みたいね』
「鬼ごっこはすきなのよ。まだまだ続けましょうか」
 影は不思議なことを言って気を引こうとしたが、七結とて捕まる気はない。
 ただひとつ、みいつけた、を告げられないことが惜しい。それでも七結とて影に取り込まれるのは望んでいない。それゆえに後ろ髪を引かれぬように、この足を挫かれぬようにただ先を目指す。
 歪み続ける色と夕闇の中を七結と影は駆けていく。
 その際にふと思う。
 伸ばされているあの子の手を掴んだのならば、と。
(わたしは何処へとゆくのでしょうね)
 この町にあった教団が求めたように、楽園に連れて行ってくれるのか。果たしてそれは危ないのか。それとも愉しいのか。或いは、もう帰れなくなるのか。
 探求のこころは沸き立つばかりだが、そのとき。
 七結を導くように、ひいらりと番う蝶が舞った。自分が考えていたことを見透かされていたように思い、七結はゆっくりと頭を振る。
「嗚呼、けれど。だめね」
 帰れなくなってしまうのは、だめ。
 蝶と共に夕闇の町を進んでいく七結はいつかの夕暮れを思い出した。あのときとは違う、傍にいてくれるものを思いながら七結は進み続ける。
 鬼の指が触れぬうちに、さあさ黄昏の先へ。
 お出で、お出で。
 歌い紡ぐ声が夕色に滲み、色彩の影は駆けてくる。されど七結は振り返らずに駆けていき、やがて――影はいつの間にか狂った世界にとけていくように消えていった。
 立ち止まった七結は自分の影を見下ろす。
「まだ、そこにいるの?」
 問いかけてみても答えはなかった。そうして、世界がまた歪んでは揺らぐ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード
友だちと聞いて浮かぶのはやっぱり
3体の機人達

ノッポの執事役の君が言う
「貴方だけが彼女の側に居続けるのは不公平であると思考します」

気の強いメイド役の君が言う
「ノイだけずるい!私達置いていかれてすっごく悲しかったんだから!壊されちゃってすっごく痛かったんだから!」

まん丸のコック役の君が言う
「君がキャロットケーキを作ったって食べてくれないんだろ?なら、僕が」

『だからこっちへおいでよ』


違う、違う
君たちはそんな事言わない
ぼくだって君たちとずっと一緒にいたかったよ
でも君たちは彼女をぼくに託した
ぼくらだけが解る暗号通信で、最期の会話をした

今その通信に君たちは応えない
だから君たちは嘘だ

ルー!全力で逃げるよ!!



●間違いだらけの世界
 あの頃、世界はきっと幸せに満ちていた。
 君が居て、みんなが居て、それぞれの役割を忠実に守っていた頃。
 どうしてか嘗ての日々が思い起こされ、ノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)は夕闇の景色を双眼に映した。
 空は夕暮れの色だが、地面にはこれまで見たことのない奇妙な色彩がある。まるですべての絵の具をぐちゃぐちゃに混ぜている最中のような色だ。
 ルーを抱いたノイはその中を駆けている。
 声が聞こえていた。
『貴方だけが彼女の側に居続けるのは不公平であると思考します』
 あれはノッポの執事役の機人の音声だ。
 だが、その声の主はあの頃の姿をしていない。そっくりな形をしているが、混ざりあった色彩に包まれた影のようになっていた。
「ごめんよ、不公平でも今はぼくしかいないから」
 ルーを守れるのは、と返したノイは夕闇の町を駆けていく。
 すると、次は執事の横に現れた気の強いメイド役の機人が語った。
『ノイだけずるい! 私達置いていかれてすっごく悲しかったんだから! 壊されちゃってすっごく痛かったんだから!』
「そうか……。でも、悲しかったのはぼくもだよ」
 ノイは彼女の声に答えながら頭部を緩く振る。それでも彼は決して足を止めず、ルーを強く抱きしめながら路地を進んでいった。すると次に、まん丸のコック役の機人がノイ語りかけてくる。
『君がキャロットケーキを作ったって食べてくれないんだろ?』
「ああ、ルーは満足していないのかもしれない」
『なら、僕が』
 コックの機人はノイに変わってほしいと願った。だが、ノイは何も答えない。三人の影は尚も此方を追ってくる。
 そして――三人の機人の声が重なった。
『だからこっちへおいでよ』
 ノイは速度を上げ、三人を引き離していく。
「違う、違う。君たちはそんな事を言わない。言うはずがない」
 追い掛け続ける影には振り返らず、ノイは否定の言葉を紡いだ。かれらがあのような言葉を選ぶはずがないと知っている。
「ぼくだって君たちとずっと一緒にいたかったよ」
 でも、とノイは先を目指す。この歪んだ町は恐ろしいけれども、偽物に捕まってルーごと取り込まれてしまう方がもっと怖い。
 それに彼らは彼女をノイに託した。自分達だけが解る暗号通信で、最期の会話をしたから。先程からずっと通信を試みていたが、影の三人はひとつも答えやしない。
「君たちは嘘だ」
『…………』
 ノイが宣言すると、影達は何も言わなくなった。もしノイが人であったとしたら黙り込んだかれらの姿にぞくりとした悪寒を覚えたかもしれない。されど、機人であるノイは構うことなく曲がり角の向こうに駆け出した。
「ルー! 全力で逃げるよ!!」
 きっとルーだって怖くて怯えているに違いない。彼女を守る。本当の三人の願いを無駄にしないために、ノイは影が消えるまで逃げ続けることを決めた。
 そうして、影を撒いたノイは町の奥へと消えていく。
『“それ”は違うよ、彼女じゃない』
 三つの影が彼の後ろ姿に向けて何処か寂しげに言い放った。しかし、ノイがその言葉を聞くことはなく――。
 世界を包む夕闇は奇妙に揺らぎ、狂った色彩は永遠に躍り続ける。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
友達:世一(主(弥彦)の息子。着物を着た幼い少年)

友達を探す人形……自分も人形だから、その気持ちは分るような気がします。でも…

「かぁい」
懐かしい世一の声
弥彦と同じように、人形だった私を大切にしてくれた子

かくれんぼもやりました
弥彦が私を家の中に隠して、世一が探し回る遊び
私を見つけて嬉しそうに笑う顔も覚えている

振り返ったらきっと立ち止まってしまう
捕まってはいけない
でも声は聞いていたい

駄目だ、自分のやるべき事を忘れるな
【ダッシュ】で遊具の隙間をぬって、追いつかれないように走る。
近づかれたら【花嵐】を発動
桜の花びらを周囲に散らし、目くらまして離れます

決して振り返らずに走ります
呼ぶ声が聞こえなくなるまで



●夕暮れの隠れ鬼
 この異空間を作り出したのは外なる邪神。
 そして、齎された狂気の色彩は或る人形に宿ったのだという。
 異空間と化した町を包む夕闇。揺らめく色彩が奇妙に蠢いては膨らむ最中、桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は思いを巡らせる。
「――友達を探す人形か……」
 自分も人形であるからか、その気持ちは分るような気がした。だが、友達が欲しいという理由で世界を巻き込むのは違う。
 意思を得た人形はその善悪すら意識することなく動き回っているのだろう。
 そのとき、カイの前に着物を纏う幼い少年の影が現れた。
『かぁい』
「……!」
 同時に懐かしい声が耳に届く。世一の声だ、と認識したときカイは一歩後ずさる。
 彼は主の弥彦と同じように人形だった自分を大切にしてくれた子だ。しかし彼は今、歪む色彩に包まれた影になっている。
 一見すれば、とてもおどろおどろしいものだが、何故か嫌なだけのものだとは思えなかった。これもこの空間の魔力なのだろうか。
『かくれんぼしよう』
 世一の影はあの頃と変わらぬままの声色でカイに呼びかけてきた。そして、前みたいに、と無邪気に語る。
「そうですね、かくれんぼもやりました」
 懐かしいと感じたのは、かつてのことを思い出したからだ。弥彦が当時のカイを家の中に隠して、世一が探し回る遊びをしたことがある。
 世一はカイを見つけては嬉しそうに笑ってくれた。そのときの顔も覚えているが、今の影は顔など見えない。
 ただ、笑っていることだけは分かった。理解出来てしまったことで、ぞっとした。
 死んだはずの彼が此処に居るだけでもおかしなことだというのに、それが奇妙に変異して遊ぼうと呼び掛けてくるのだから当たり前だ。
 だが、やはりその声は彼と同じで――どうしても面影を重ねてしまう。
 自分が鬼だと語った世一の影から離れ、カイは駆け出す。きっと振り返ったら立ち止まってしまうだろう。
 それゆえにもう影は見ない。捕まってはいけない。
 だが、あの声は聞いていたかった。
『もーういーいかーい』
 世一の声が夕闇に響く。それと同時に地面が不気味に蠢いた。一瞬だけ声に聞き入りそうになったカイは全力で駆けることでそれを振り払う。
(駄目だ、自分のやるべき事を忘れるな)
 そう自分に言い聞かせながら公園に入ったカイは、遊具の隙間をぬっていった。追いつかれないように、見つからないように、大きなドーム方の遊具に身を隠す。
『かぁい? かーい?』
 近付いてくる世一の声は無視をして、カイは自分がいる遊具とは反対方向に花嵐を解き放った。桜の花が周囲に散らされ、遊具とは別の方に影が走っていく。
 その間にカイはその場から離れた。
 それから、彼は一度も振り返ることなく走り続ける。
 呼ぶ声が聞こえなくなるまで。奇妙な影の姿が見えなくなるまで。そして、過去への思いが何処かに紛れて消えてしまうまで――ずっと。
 夕闇は昏い心を包み込むかのように、不可思議に揺らめき続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝日奈・祈里
暮れなずむ町を横目に深呼吸
色彩が?追いかける?
やだなー、どんな奴が来るんだろ

耳朶を打つ声に驚いて振り返ると
かつての友の姿
……リオンくん。
やめろ、やめろ。
その声で呼ぶな。●●って言うな

適当なドアから座標を指定してワープする?
いや、この異空間だ
何処に飛ばされるかわからん
くうに書いた魔法陣から杖を引っ張り出してまたがる
全速力で引き剥がす

やめろ、その彩で来るな
汚さないでくれ、その紫を

ねえリオンくん
ぼくが紫の魔導水晶を作らない理由教えてなかったよね
どんなに綺麗に作っても
きみの眸の紫には敵わなかったからだよ
黒曜の髪も、紫水晶の眸も
すごく羨ましかった

だから、やめろ
そのいろを汚さないでくれ

僕、キミ、だよ



●キミのいろ
 暮れ泥む空の色はずっと変わらない。
 普通であるならば宵色になっていくはずの空模様は永遠に続いているかのよう。
 夕陽に照らされた町もまた通常とは違う。絵の具を滅茶苦茶に混ぜ込んだような町を横目に深呼吸をしてから、朝日奈・祈里(天才魔法使い・f21545)は歩き出した。
 町には誰もいない。
 正確に言えば、誰かがいるようなのに何処にも見えない。しかも此処では色彩が追いかけてくると聞いていた。
「やだなー、どんな奴が来るんだろ」
『――●●』
 祈里がちいさな言葉を落としたとき、背後から呼び声が耳に届く。
 はっとした祈里は声の方に振り向いた。其処にはかつての友が――否、その姿を形取った色彩の影が現れている。
「……リオンくん」
『ねえ、僕と遊ぼうよ』
 その名を呼ぶと、少年の影は手を伸ばしてきた。
 楽しかったあのときみたいに。キミが僕に冷たくなる前のように、ほら。
 そういって彼は祈里の真名を何度も呼んだ。遠慮などなく、敢えて祈里を動揺させるように呼び掛けているように思える。
 祈里は気付けば駆け出していた。元より影に捕まってはいけないと聞いていたこともあり、その手を取ってはいけないと分かっている。
 だが、それよりも先に恐ろしさと焦燥感のようなものが体を衝き動かしていた。
「やめろ、やめろ。その声で呼ぶな」
『どうして? キミはキミなのに』
 リオンを模した影は偽物だというのに、本物のように語りかけてくる。声が同じであるからか、それとも祈里の深層意識がそう思わせているのか。
 祈里は駆けながら影から逃れる方法を考える。周囲に見える家屋に入ったと見せかけ、適当なドアから座標を指定してワープするか。
(いや、この異空間だ。何処に飛ばされるかわから――)
『その通りだよ、●●』
「……!」
 考えを巡らせる中、背後から少年の声が耳朶を打つ。思考が読まれていることが恐ろしかった。宙に描いた魔法陣から杖を引っ張り出し、其処に跨った祈里は夕闇の空を全速力で翔けていく。
 されどリオンの影はふわりと浮いて追ってきた。その影は奇妙な紫色に滲んでいる。
「やめろ、その彩で来るな」
 汚さないでくれ、その紫を。その色だけは。
 祈里は追い縋ってくる彼を見ないまま、声だけを返していく。
「ねえリオンくん。ぼくが紫の魔導水晶を作らない理由教えてなかったよね」
『そうだったかな。どうして?』
「どんなに綺麗に作っても、きみの眸の紫には敵わなかったからだよ」
 黒曜の髪に紫水晶の眸。
 それがすごく羨ましかったのだと語った祈里は、もう影には語りかけていない。独り言のように落とした少女は頭を緩く振り、長杖に魔力を込めていった。
 あの影は違う。だから、やめてくれ。
 そのいろを汚さないでくれ、と願った祈里は歪む空を翔け続ける。その影が跡形もなく消えてしまうまで、休むことなく――。
 いつしか、誰にも触れられなかった影は歪みの中で消滅していく。
 最後に一言だけ彼が少女を呼んだ。
 返事をすることなく長杖から下りた祈里は足元を見下ろす。影の残滓はまるで、世界に解けて消えるかのように弾けて散った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
👣

わー!ヨル、急げー!
でも置いてかないで、待ってよー!
何かに追いかけられて必死に游ぐ
ヨルはとても速い
呼びかけてくるその声は、知っているような知らないような
またないよ
待てないよ!

でもでも
白の鱗も夕闇色に染まる黄昏の中で
置いていかないで遊んでよと呼ぶ声が切ないや

君は誰?
匣舟の仲間だろうか?
でも僕に友達なんていなかった
座長は僕に友達が出来ることを許さなかった
いいや
僕は、興味がなかった

君と遊べたら良いのにな
でもとまるわけにはいかない
公園にぽつりと空いていた匣のような遊具の中に隠れる

もういいかい
まぁだだよ

逃げないで避けないで
怖くないよ
ねぇ
一緒に遊びましょ

君は寂しいのかなと思うけれど

僕は負けられないんだ



●水槽の向こう側
 空には夕闇、地には色彩。
 不可思議な世界の最中を游ぎ、リル・ルリ(『櫻沫の匣舟』・f10762)は追い掛けてくる影から急いで逃げていた。
「きゅー!」
「わー! ヨル、急げー!」
 慌てた様子でぺたぺたと地面を駆けていく仔ペンギンと、その後ろを泳ぐ人魚。
 背後からは子供のかたちをした影が付いてきている。影は何事かを呟きながら、リル達を捕まえようと追ってきた。
『……リル……ノアさま――』
 途切れがちな声は不気味だ。それに加えて周囲の建物や地面が奇妙な色に染まっては弾けて揺らぐ。どちらも恐ろしいのか、ぴょんぴょんと飛んだヨルは速度をあげた。
「きゅきゅう!」
「置いてかないで、待ってよー!」
 はやくはやく、と呼んでくれたらしいヨルを追ってリルも懸命に尾鰭を動かす。
 あの影は誰なのか。
 呼びかけてくる影。それは知っているような知らないような曖昧な声色だ。リルとヨルが曲がり角に差し掛かったとき、影がはっきりとした言葉を落とす。
『待って』
 一瞬、ぞくりとした感覚が走った。縋るような声だったが今は構っていられない。
「またないよ」
『置いていかないで、遊んでよ』
「待てないよ!」
 リルは少しずつ影との距離をひらいていく。異空間に満ちる色彩は尚もぐにゃりと揺れては奇々怪々な様相を作り出していた。
 白の鱗も夕闇色に染まる黄昏の中で、声は響き続けている。
『待ってよ、ねえ。お願い、リル・ルリ』
 呼ぶ声が切ない。
 自分の名前を知っているらしい子供の影は懸命に走ってきていた。その顔は見えないが、何故か知っている気がした。
「君は誰?」
『あなたのおともだち』
「匣舟の仲間?」
『ううん、あなたの水槽をこっそり見に来ていたの。覚えていない?』
「……わかんない、けど」
 鬼ごっこの最中、リルと影の言葉が交わされていく。影は友人だと言ったが黒耀の都にいたときのリルに友達などいなかったはず。座長は友達が出来ることを許さなかった。それにリル自身が興味などなかったからだ。
 そのとき、ふと思い出した。
 いつか誰かが水槽のある部屋に忍び込んできたことを。
 あの頃のリルは気にしなかったが、あの子は――少女はずっと水槽のリルを見つめてうっとりしていた。けれども何度目かの時に少女とノアが鉢合わせた。それから、彼女が訪れることはもう二度となかった。
「そうか、君は……。君と遊べたら良いのにな」
 ノアが彼女に何をしたのか。少女の末路がどんなものだったかは想像に難くない。
「でも、とまるわけにはいかないんだ」
「きゅきゅ!」
 リルはヨルを抱き、屋根を飛び越えて少女の影を撒いた。その先にあった公園にぽつりと空いていた匣のような遊具の中に隠れ、息を潜める。
『もういいかい』
(――まぁだだよ)
『お願い、逃げないで避けないで。怖くないよ。ねぇ、一緒に遊びましょ』
(――だめだよ)
 遠くから聞こえる声に対し、リルは心の中だけで答えた。
 きっとあの子は寂しいのだろう。だが、絶対に捕まるわけにはいかない。
「僕は負けられないんだ」
 過去に囚われて未来に進めなくなるのは嫌だから。
 やがてリルを呼ぶ声は聞こえなくなっていく。匣の中から見上げた空は暮れ泥み、揺らめく闇が夕陽の向こう側に見えた気がした。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
嫌だわ…気味が悪い
狭間の時間は好きじゃない
ひたひたと追いかけてくる
捕まったら帰れなくなる

櫻宵

名を呼ばれる
ゾッとして駆け出した
あの声
しってる

─櫻宵君
今日から俺が櫻宵君の兄だ

そうよ
あの男
神贄になる私の代わりにと分家から連れてこられた養子
背の高い金髪の炎竜
私は友達になれると遊んで貰えるって
嬉しくて

─可哀想に
お前は贄になる為に生まれてきたんだね

カラコロ必死に駆け巡り
途中で邪魔な高下駄は脱ぎ捨てる
逢いたくない
友なんかじゃない

─要らない子だなんて酷いね
本当の事を言うなんて

嘲笑って
父上に可愛がられて
散々哀れんで言葉で突き刺して

でももう居ない
彼は私が喰ったから
…大蛇の贄、一の首

疼く
速く
逃げなきゃもっと遠くに─



●忍び寄る影
 夕闇に滲む色彩は歪んでは膨らみ、弾けては消える。
 元は普通の住宅街だったであろう場所は今、狂った世界に変貌していた。
「嫌だわ……気味が悪い」
 誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は夕暮れの空を見上げる。地面も建物も淀んだ色をしているというのに空だけは美しい夕色を映していた。
 しかし、狭間の時間は好きではない。
 それに加えて、背後からひたひたと追いかけてくる何かの気配を感じていた。あれこそが捕まったら帰れなくなるという影なのだろう。
 構ってはいられないと感じて、櫻宵が一歩を踏み出そうとすると――。
『櫻宵君』
 名を呼ばれ、ゾッとした櫻宵は思わず一目散に逃げ出した。
(あの声、しってる)
 あれは此処にいるはずがない人の声だ。路地を抜け、曲がり角を越えて、公園の傍を通り過ぎてから更に違う路地に入る。
 その際に思い起こされていたのは、声の主との過去。

 ――櫻宵君。
 今日から俺が櫻宵君の兄だよ。
 
 初めて会ったとき、彼はそう言った。
 まだ年若かった櫻宵は兄という存在を嬉しく思って喜んでいた。それがどのような意味か知らなかった時分の櫻宵は無邪気だった。
『待ってよ、櫻宵君。あのときみたいに遊ぼうか』
 影は逃げる此方を追い掛けてくる。穏やかな声ではあるが、奇妙な感覚が櫻宵の裡に巡っていいた。兄との再会を素直に喜べなどしない。何故ならあれは色彩に包まれた影でしかないうえ、もう二度と会えないはずの存在だからだ。
(そうよ、あの男――)
 彼は神贄になる櫻宵の代わりにと分家から連れてこられた養子。
 記憶の中の彼は背の高い金髪の炎竜だった。当時の櫻宵が彼に感じていたのは、兄というよりも友達という感覚に近かった。
(嬉しかったわ。遊んでくれることが。楽しかったわ。束の間の日々は……)
 櫻宵は影の呼び掛けには答えず、夕闇の世界を駆け続ける。
 
 ――可哀想に。
 お前は贄になる為に生まれてきたんだね。

 嘗て、彼がぽつりと零した言葉が櫻宵の脳裏に過ぎった。
 過去の記憶だったのか。それとも追い掛け続けてくるあの影が言葉にしたのか。どちらかわからなくなりながら、櫻宵は決して振り返らずに必死に進む。
 夕暮れの中でカラコロと高下駄の音が響いていく。だが、音すらも邪魔だと感じた櫻宵はそれを脱ぎ捨てた。
『櫻宵君、ねえ、櫻宵君』
「逢いたくない。あなたは友なんかじゃない」
 後ろから掛けられる声が恐ろしい。優しく思える言葉は嘘だったから。

 ――要らない子だなんて酷いね。本当の事を言うなんて。

 彼は嘲笑っていた。
 そして父上に可愛がられていて、散々哀れんで言葉で突き刺してきた。友達でも兄でもない。そう思いたくなどなかった。
「でも、あなたは……」
 もう居ない。彼は櫻宵が喰ったから、居るはずなどないのだ。
 そう――彼こそが大蛇の贄、一の首。
 彼の存在は自分の裡から這い出てきたのだろうか。ぞくりとした櫻宵は影になど絶対に捕まらないと誓った。だから、と櫻宵は沈まぬ夕陽に向かって駆ける。
 疼く。速く。
 逃げなきゃ。もっと、もっと遠くに。誰も手の届かない果てに。
 きっと、そうすればあの影も消えてくれる。
 ひたり、ひたりと素足が立てる足音が黄昏の世界に響く。それはまるで、別の何かが櫻宵に迫って来ていることを表すような不穏な音のように思えた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
👣

誰ソ彼時は嫌いじゃない
少し寂しいけれど…
カグラ?!
カグラが私の手を掴んで走り出す

誰かが追ってくる
誰だ?
追われる覚えは何もない
心当たりがありそうな『私』は…誰もが厭う厄災だ
イザナ以外の友と呼べる存在などいなかった
桜姫は同志だ

君ときみだけだ
それでよかった

カグラ、何処へ逃げるの?
逃げるなんて本当はしたくないけれど
君に手を引かれ駆けるのも何故だか楽しくなってくる
童子が遊ぶ
鬼ごっこのようだ

次は右に曲がろう
塀を飛び越えるのはどうかな?
カグラ、あちらの桜の下に隠れよう


何か、言っている
何を言っているの?
解らないよ
わかりたくない
しらないと声を振り払う

カグラ!はやく行こう!
君は今、どんな表情をしているのかな



●いつも世界はふたりきり
 夕闇、黄昏、誰ソ彼。
 たった一瞬で過ぎゆく時刻には様々な呼び名がある。広がる世界は永遠の夕暮れが続くという異空間で朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)は空を見上げていた。
 この時間は嫌いではない。
 ただ少し寂しいだけ。もっとも此処は地面や建物が色彩に覆われているので落ち着いた場所だとも言えないが――。
 だが、そのとき。
「カグラ?!」
 カムイの傍にいたカグラが腕を引っ張ったかと思うと、手を掴んで走り出した。
 はたとしたカムイは彼が危機を察知してくれたのだと気付く。共に掛けながらちらりと後ろを振り返ると、奇妙に揺らめく影が現れていた。
『かみさま、ねえ、かみさま』
 背後から掛けられた声は聞き覚えがないように思えたが、何処かで聞いたことがあった気もする。しかしどうしても曖昧な感覚しか巡らなかった。
「誰だ?」
 此方を神様だと認識して追い掛けてくる影に心当たりはない。それでも、声は妙に親しげにカムイを呼んでくる。
 追われる覚えは何もなく、それらしい過去もない。
 唯一思い当たるのは、前の『私』。されど以前は誰もが厭う厄災であったし、イザナ以外の友と呼べる存在などいなかったはずだ。桜姫は同志であり、それ以外の関わりなど無いに等しいはず。
 カグラは尚もカムイの手を引き、近付いてはいけないと示している。
 そう、これでいい。
(君ときみだけだ。それでよかった)
 昔も今も、たったふたりでいい。カグラと巫女。同志は桜姫と人魚。ふたりだけで良いと感じていたが、カムイを呼ぶ声は更に響いてきた。
『待って、あなたが好きなの』
「……私を?」
『そうよ。わたしのことを覚えていない?』
 謎の影はカムイを慕っているように思えるが、やはり覚えなどなかった。向こうは知っているが如く語るが、もしかすればただの出任せなのかもしれない。そうやって影はカムイの気を引き、立ち止まらせようとしているだけなのだろう。
「カグラ、何処へ逃げるの?」
 自分を呼ぶ者を置いて逃げるなんて本当はしたくない。けれども彼に手を引かれ駆けるのも何故だか楽しくなってきた。影の物言いは気になるが、本当の友と駆けゆく時間の方に興味が向いていく。
 これはまるで童子が遊ぶ鬼ごっこのよう。
「そうだ、次は右に曲がろう」
 気付けばカムイは逆にカグラの手を取り、自分から先に進むようになっていた。頷きが返ってきたことでカムイは駆けていく。
「塀を飛び越えるのはどうかな? それから、あちらの桜の下に隠れよう」
 カムイとカグラは影を撒き、示した場所に向かった。
 言葉通りに樹の裏に身を隠したふたりは息を潜め、気配を消す。
『……! ――?』
 此方を見失った影が何かを言っている。声がなんと言っているかはもう聞こえない。遠ざかっていく声と影から意識を逸したカムイはカグラを見つめた。
 解らない。わかりたくない。しらない。
 あのような影など取るに足らぬものだと思い、カムイは傍らのカグラをいざなう。
「カグラ! はやく行こう!」
 少し離れたところに巫女の気配があった。早く逢わなければ、と急ぐカムイの後をカグラがついていく。
 顔布に隠された彼が今、どんな表情をしているのかは窺い知れない。
 ただ、昏い夕闇がふたつの影を作り出していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜
◎👣
終わらない夕暮れ、と言われても落ち着かないですね
すぐに夜が来て、今にも暗闇になってしまいそうで

このハレルヤにあなたのような友人がいましたっけねえ
まあ、本当に捕まえたいのならばどうぞご自由に

見つかってもすぐに近付かれないような高所で、相手を監視しながら身を隠します
もし接近を許してしまっても、躱して、走って逃げるまでです
素早さには自信しかありませんからね
しかし狭い所は暗いので、そこに隠れるのだけは無理ですね
流石のハレルヤでも泣きます

やはりあなたはハレルヤの友人ではないでしょう
本当に私の友人ならば、今ごろ如何なる手を使ってでも私に触れている筈です
私の友人は皆ハレルヤに対して遠慮しないですからね



●夕焼けと偽彩
 昼間と夜の狭間。それが黄昏時。
 普通なら数刻も経たずに暮れていくが、この空間の夕闇はずっと続いている。
 終わらない夕暮れ。永遠に続く時間という奇妙な世界に変異した場所で、夏目・晴夜(不夜狼・f00145)は空を見上げた。
「落ち着かないですね」
 すぐに夜が来て、今にも暗闇になってしまいそうだというのに、いつまでもそれが訪れない。何とも不思議な感覚だ。
 そのことに加えて、足元は絵の具をぶちまけて混ぜたような色彩に満ちている。
 渦巻くのは地面だけではなく辺りの建物までもが狂気に染まっていた。二階建ての家が膨らんでは弾け、何もなかったかのように元に戻る。
 気が狂いそうだと呟いた晴夜は、後ろに気配を感じて振り向いた。
『遊ぼうよ』
『そうだな、隠れんぼでもするか』
『キミも遊ぶでしょ?』
 複数の影が此方に呼び掛けてきている。それも妙に親しげに。まるで元から友人であったような物言いと雰囲気だ。
 だが、その姿もまた滅茶苦茶な色彩に覆われていた。
「このハレルヤにあなた方のような友人がいましたっけねえ」
 晴夜は不敵に笑み、踵を返して駆け出す。誘いに乗ったわけではないが、あの影に捕まってはいけないことは知っていた。
 だが、晴夜は少しばかり動揺していた。
 何故なら影の中にちいさな子犬のような影があったからだ。あれは紛れもない友達だったが、違う。ただの偽物に過ぎないと言い聞かせた晴夜は平静を保つ。
「まあ、本当に捕まえたいのならばどうぞご自由に」
 決して表には焦りの感情など出さず、晴夜は路地の向こう側を目指して駆けた。其方に行けば曲がり角があり、影達を撒けるはずだ。
 しかし、次の瞬間。
「――?」
 晴夜は浮遊感を覚えた。曲がり角を通ったはずなのだが、前も後ろも直線の路地だ。おそらくはこの町内の領域の端に辿り着いてしまい、景色がループしたようだ。
 影はいつしか前からやってきていた。
 その中には子犬の影もあり、晴夜は困ったような表情を浮かべる。だが、すぐに近くの家屋に目を向け、地を蹴って跳躍した。
 そのまま屋根を伝って影を引き離した晴夜は、次々と家屋を飛び越える。
 やがて晴夜は大きな会館に辿り着いた。
 三階建ての屋根へ軽やかに登った晴夜は下を窺う。
 これで影に見つかってもすぐには近付かれないはずだ。まず人影が駆けていき、晴夜に気付かずに違う方向にいった。
 このまま時間を稼げば影はいずれ消えるだろう。晴夜が息を潜めていると、次に通り掛かった子犬の影が上を向いた。
 きゅうん、とちいさな声が響く。気付かれたと察した晴夜はその場から離れた。別の影も子犬の影の鳴き声を聞いて戻ってきたが、躱して走って逃げるまでだ。
「追っても無駄です。素早さには自信しかありませんからね」
 途中で公園を見つけた晴夜は何とか隠れようとも思ったが、其処にはドーム型の狭い遊具しかない。頭を振った彼は公園を無視して更に駆けていく。
「駄目ですね、あれは流石のハレルヤでも泣きます」
 後ろを振り返ると、子犬の影が弾けて消滅していた。きっと時間切れになったのだろう。されど人影の方はまだついてくる。晴夜は息を吐き、少しの安堵を覚えた。
「やはりあなたはハレルヤの友人ではないでしょう」
 自分の友人は皆、遠慮しない性質だ。もし本当に友人なら今頃は如何なる手を使ってでも触れているだろう。
 そのように宣言したとき、影はゆっくりと萎みながら消えていった。
 全てが偽物であったのだと改めて確かめ、晴夜は天を仰ぐ。いつまで経っても終わらぬ夕暮れの彩が、その瞳に映り込んだ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
👣

うわぁ…
夕暮れめっちゃ綺麗
けど…
ぞくっとする

師匠に助けられる前の記憶は奪われてる
猟兵になる前にも
学校の連中とは友達らしい付き合いはしてない
けど
じゃああれは…誰だ?

知ってる気がする
けど色んな意味で
あれには絶対捕まっちゃいけない気がする
振り切るように残像纏い全力でダッシュ

鬼ごっこした記憶もないから
こんなんじゃなかったら
楽しめそうなもんだけど

本気で走ったら追いつかれるとは思えない
だけど…怖ぇ
多分…目が覚めれば何も覚えてない悪夢で
聞いた気がする声だ

ジャンプや衝撃波で目くらましもし
更に限界突破
絶対に足は止めない

知りたくない
思い出したくもない
今は…まだ

来るんじゃねぇ
俺に
陽向理玖に
猟兵以外の友達はいねぇ



●見知らぬ友
 空には沈まない夕日がある。
 何処までも続く橙色の天涯は美しいと思えた。永遠の夕暮れという言葉が相応しい空の色は何だか感慨深い。
「うわぁ……夕暮れめっちゃ綺麗」
 けど、と首を横に振った陽向・理玖(夏疾風・f22773)は視線を下ろす。普通の住宅街だったはずの景色は今、奇妙な色彩に包まれていた。
 ぞくりとした感覚が背に走っていく。美しいのは空だけ。辺りは世界から切り離された異空間と化しており、夕闇までが蠢いていくかのよう。
「……誰だ?」
 そのとき、理玖は背後に誰かが歩み寄ってくる気配を感じた。警戒を強めて振り向くと、歪んだ色彩の中から奇妙な影が現れる。それは幼い少年のように見えた。
『ねえ、遊ぼうよ』
 その声を聞いた理玖は一歩後ずさる。まるで友達のように接してくる影の顔は見えないゆえに恐ろしい。歪む色彩に包まれた少年に心当たりなどもなかった。
 何故なら、理玖には師匠に助けられる前の記憶はない。猟兵になる前に通っていた学校の者達とは友達らしい付き合いはしていなかった。
 もしかすれば、奪われた過去の中で出会った存在なのだろうか。
「お前は……」
 誰だ、と再び問おうとしたが理玖は踵を返した。影がぱたぱたと駆けてきたことで距離を詰められそうになったからだ。
『鬼ごっこ? いいよ、僕が鬼だね』
 影は無邪気に笑っていった。その声は何だか知っている気がする。
 だが、理玖には思い出すことが出来ない。そもそもあの影は友達などではないのかもしれない。そのように振る舞っているだけの化け物か。それとも、本当に忘れてしまった過去に友達だった存在の影なのか。
 駄目だ、いけない。
 心の中で警鐘が鳴っている。色んな意味であれには絶対に捕まってはならない。
「捕まってたまるか!」
 理玖は過去への思いを振り切るように、全力で異空間を駆けていく。すると後を追ってくる少年の影は楽しげに笑った。
『あはは! すごく速いね。あのときみたいだ!』
「あのとき……?」
 影は尚も理玖の気を引くような言葉を掛けてくる。だが、理玖には幼い頃に誰かと鬼ごっこをした記憶もなかった。もしこのような狂った世界の中でなければ楽しめたかもしれないが、今は違う。
 様々な色彩が揺らめく地面を蹴り、逃げ続けた理玖は公園に辿り着く。
 本気で此処まで走ってきたので追いつかれる気配はなかった。影は撒けたようだが、胸の奥に不思議な気持ちが巡っている。
「……怖ぇ」
 知らない誰か。覚えていない友達。けれども聞き覚えがある気がする声。
 そういったものが心に不安を与えているのだろう。それでもきっと、これは目が覚めれば何も覚えてない悪夢のようなもの。
 理玖がブランコの傍で息を整えていると、遠くから呼び声が聞こえた。
『どこにいったの? ねえ、いなくならないでよ!』
「まだ追って来やがるのか」
 溜息をついた理玖は再び走り始める。限界を突破しても良い。次は絶対に足は止めないと決めた理玖は狂った世界を駆け続けた。そうすればいずれ、あの影も消える。
 たとえあれが過去の残滓だとしても、今の理玖は何も求めていない。
 知りたくない。思い出したくもない。
 今は、まだ。
「来るんじゃねぇ。お前なんて知らねぇ」
 頭を振った理玖は拳を握り、胸中で自分のための宣言をする。
 陽向理玖に猟兵以外の友達はいない、と――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
👣

色彩ってこんなにうるさいものだったんですか
ヴェールを被って、自分の『夜』で狂った『夕暮れ』を隔絶する

これと言った友人はないけれど
長い間に共に過ごした『彼ら』に似てる気がする

とりあえず走って逃げる
飛ぶ…は、この空間では無理みたい
曲がりとかで、相手の視界から出たら、道端の茂みや住宅の庭の裏、公園の遊具の後ろとかに隠れて、やり過ごすのを待つ
隠れても、いつでも逃げ出せるように退路を確保、そして警戒も怠けない
【狂気耐性】と【時間稼ぎ】で、正気を保ちつつ、一刻でも長く隠れ続ける

永遠に終わらない夕暮れ…でも、鬼ごっこは永遠に終わらないわけではないね
時間まで逃げ延びられれば、こっちの勝ち――



●狂気の世界
 まるで絵の具をすべて混ぜたような色彩。
 そう表すしかない色が、辺りから切り離された世界に広がっている。ぐにゃりと歪んだ地面を見下ろしたレザリア・アドニス(死者の花・f00096)は肩を竦めた。
「色彩ってこんなにうるさいものだったんですか」
 ひとつずつの色が独立していれば、きっと幻想的な景色だったのだろう。
 見上げた夕空は美しい橙色をしていたが、今はただの不気味な光景にしか思えない。まるで空までが汚されていくかのようで、レザリアは瞼を閉じた。
 そして、彼女はヴェールを被る。
 ずっと見ていると目が痛くなり、自分までおかしくなってしまうような景色を見つめ続けないために、自分の『夜』で狂った『夕暮れ』を隔絶する狙いだ。
「これで少しはマシになりました」
 周囲を改めて見渡したレザリアは狂気の世界を歩いていく。
 すると其処に幾つもの影が現れた。
 行く手を阻むように揺らめく影は複数。されどレザリアは驚くことはなく、すぐに踵を返して元の道に戻っていった。
 此処では友人の姿をした影が追ってくるのだと聞いていた。
 戦うことも不可能ではないが一瞬でも触れてしまえば此方の負け。それゆえに捕まったり、触れられたりすることは絶対に避けなければならない。
 レザリアは軽く振り向き、影を見遣る。
 自分にこれと言った友人はいないが、思い当たる者達はいた。追ってくる影は長い間に共に過ごした『彼ら』に似ている気がする。
 だが、それらは偽物だ。
 色彩に覆われたものなど、本物であるはずがないのだとレザリアは知っている。
 レザリアは路地を駆け抜けていく。
 夕闇の影。色彩の影。建物が作り出す薄暗い陰。
 それらを掻い潜り、呼ぶ声すら無視をしてレザリアは進み続ける。この地域の地理には詳しくないが、とりあえず走って逃げるだけでいいはずだ。
「面倒だから、飛ぶ……?」
 魔力を巡らせようとしたレザリアだったが、すぐにこの空間では無理だと気付いた。どうやら彼女とこの場の相性があまり良くないらしい。
 曲がり角に差し掛かったレザリアは、一気に相手の視界から出る。
 その際に此方を呼ぶ声がまた聞こえた。
 だが、やはり反応はしない。そのまま道端の垣根に潜り込んだ彼女は住宅の庭の裏に隠れた。走っていく影を見送り、別方向に移動したレザリアは次に公園を見つけた。
 大きな遊具が見えたことで、彼女はその後ろに身を隠した。
「このまま、やり過ごせそう……」
 呼び声は既に聞こえなくなっている。されど退路を確保することも警戒も怠らない。歪む景色は狂気を呼ぶものだが、ヴェールを被り直したレザリアは正気を保つ。
 此処にあるのは永遠に終わらない夕暮れ。
 こんなものに取り込まれるなど、絶対にお断りだ。
「……でも、鬼ごっこは永遠に終わらないわけではないはず」
 時間まで逃げ延びられればそれでいい。
 暮れない夕暮れという矛盾した世界の中で寄り添ってくれるのは死霊だけ。
 そして――いつしか追ってきた影は完全に消え去り、レザリアの勝利が訪れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
👣
ふええ、あなたはいったい誰なんですか?
なんで、私を追いかけて来るんですか?
また、私が覚えていない誰かなのでしょうか?
ふええ、覚えてなくてすみません、でもどうしても思い出せないんです。

それにしても、ずいぶん長い時間追いかけられていますけど、まだまだ走れるのはアヒルさんに散々追いかけられてきたからでしょうか?
アヒルさんは誇らしげにしてないでください。
全然いいことじゃないですから。



●知らない誰かと鬼ごっこ
 歪む色彩。滲む夕焼け。
 建物が奇妙に揺らぎ、地面は不気味に光る。異空間としか思えない世界の最中を駆け、フリル・インレアン(大きな帽子の物語はまだ終わらない・f19557)は声をあげた。
「ふええ!」
『待ってよ、ねぇ。遊びましょう』
 帽子が落ちないようにぎゅっと強く縁を握りながら逃げるフリル。その後ろからはぐにゃりと歪んでいる色彩の影が追ってきている。
 まるでフリルの旧知の友人如く振る舞うのは少女のような影だ。
「あなたはいったい誰なんですか?」
 逃走する足は決して止めず、フリルは影に問いかけてみる。曲がり角を通過したところで更に速度を上げたが、相手は尚もついてきた。
『忘れたの?』
「わかりません、ごめんなさい」
 息が切れそうだが、何とか気力を保って更に路地の先に走る。
 影は逆に問い返してきたが、何を忘れたのかもわからないフリルには心当たりなどひとつもなかった。
『お友達なのに。ひどいわ』
「ふえぇ。お友達ならなんで、私を追いかけて来るんですか?」
『あなたと遊びたいから。それと鬼ごっこをしているからよ』
 揺らめく色彩の影は悲しげに呟く。しかし、フリルにこんな友人はいなかったはずだ。いくらアサイラムに居た時の記憶がないとしても、あの場所におどろおどろしい影など絶対に存在していなかった。
 それでも、あの影の元になった誰かはいたのかもしれない。
(また、私が覚えていない誰かなのでしょうか?)
 駆けることを止めぬまま、フリルは考えを巡らせた。以前にも似たようなことがあったが、誰の顔も覚えていなかった。そういえば、今の影の声はあのときに幻の中でお茶会に誘ってくれた少女のものに似ている気がする。
 けれども、やはり記憶にない。
「ふええ、覚えてなくてすみません、でもどうしても思い出せないんです」
『じゃあ思い出させてあげる。ほら、こっちに来て』
「ふぇ……駄目です、捕まっちゃいけないそうですから」
 影が手招いてきたが、フリルは首を横に振って逃げ続ける。景色がループしたような気がするが今はそんなことには構っていられない。
 公園を抜け、路地を越えて、大きな建物の傍を通り過ぎて――。
 そんな中でふとフリルは気付く。
「それにしても、ずいぶんと長く追いかけられていますが……」
 呼吸を整えたフリルは、自分がまだまだ走ることができそうだと感じていた。はっとした少女はあることに思い至った。
「これはアヒルさんに散々追いかけられてきたからでしょうか?」
 もしかすれば持久力がついたのかもしれない。
 フリルの大きな帽子の上に乗っているアヒルさんは、そうだと頷く仕草をした。
「アヒルさんは誇らしげにしてないでください」
 全然いいことじゃないですから、と帽子をてしてしと叩くフリル。そのとき、これまで追い掛けてきた影が消えた。
「ふぇ……タイムリミットですか?」
 ぽつんとひとり、少女は夕闇の中で立ち止まる。
 呼び掛けても誰も答えてくれない。心淋しい景色が広がっていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

珂神・灯埜

郷の童がよく遊んでいた
捕まれば鬼に喰われるのだろう?
それなら捕まるわけにはいかないな

ボクも真似事をしたことがあったね
決まり事も分からずあの子と
そう、オマエとしたんだ
ただの追い掛けっこだったけど

友達じゃない
家族じゃない
姉妹じゃない
同じ神から創られた片割れ

月のように明るい金色の眸
己の白縹と対照的な薄桜色の髪
ボクが殺めた片割れの少女、灯環

「あの時の続きをしよう?
わたしが鬼、灯埜が餌
逃げ切れなかったら
わたしと交換ね」

いいよ。ボクは負けない
あの時もオマエには負けなかった
ちゃんと数えて来てね

とん、地面を蹴り眩い世界を駆ける
家々の影に隠れ見つかれば空を飛んでまた駆ける

嗚呼、あの頃みたいだ
懐かしいね、灯環



●あの子の声
 ――遊びましょ。
 不意に誰かの声が聞こえた。
 その声の主と自分以外には誰も居ない町の夕暮れは何処か寂しくて、妙に不気味だ。それに加えて地面や建物が奇妙な色彩に包まれている。
 これが恐ろしくないといえば嘘になってしまうが、珂神・灯埜(徒神・f32507)は怯える様子などひとつも見せずに影に問う。
「郷の童がよく遊んでいたな。捕まれば鬼に喰われるのだろう?」
 灯埜は目の前に現れた影を瞳に映した。くすくすと笑った影は頷く仕草を見せた。肯定しているのだと理解した灯埜は、次に路地の先を見つめる。どちらに道が続いているのかを確かめるためだ。
「それなら捕まるわけにはいかないな」
 向こうが鬼だというならただ逃げるだけ。そういえば、と灯埜はふと思い立つ。
「ボクも真似事をしたことがあったね」
 決まり事も分からず、あの子と。
 そう、オマエと。
 顔の見えない影は確かにあの子のように思える。もっとも灯埜はそれが偽物だと知っており、あのときにやったのはただの追い掛けっこだったことも覚えている。
 この空間では友達のふりをした影が現れると聞いていたが、あの子は違う。
 友達ではない。
 家族でもなく、姉妹などでもない。
 同じ神から創られた片割れであるものが、今は偽の影となっている。灯埜はゆっくりと影を見遣った。揺らめく色彩のせいでただのシルエットになっているが、思い起こされる記憶から彼女の姿が影に重なる。
 月のように明るい金色の眸。灯埜が宿す白縹とは対照的な薄桜色の髪。
 彼女こそが――。
(ボクが殺めた片割れの少女、灯環)
 胸中で灯埜が呟くと、追い掛けてくる影は思考を呼んだかの如く呼び掛けてきた。
 ねぇ、と紡がれた声はやはりあの子のものだ。
『あの時の続きをしよう?』
「いいよ。ボクは負けない」
『わたしが鬼、灯埜が餌。逃げ切れなかったらわたしと交換ね』
「あの時もオマエには負けなかった。ちゃんと数えて来てね」
 言葉を交わした刹那、とん、地面を蹴った灯埜。幾つかの数が眩い世界を駆ける灯埜を追いかけ、影もまた同じように地を蹴る。ふたつの影が夕闇の中で揺れた。
『絶対に捕まえてあげる』
「捕まらないよ」
 灯埜は家々の影に隠れ、偽物はその後をすぐに追って見つける。
 この隠れ鬼は見つかっても逃げれば捕まったことにはならない。灯埜は空を飛んではまた駆け、影を引き離していった。
 公園を通り、会館めいた建物に隠れ、歪む色彩を目にしていく。
 狂気に満ちた世界でふたりきり。追って、追われて、逃げて――。過去と現在が交差しているかのような感覚が走った。
 曲がり角を通った際に灯埜は軽く振り返り、影に語りかける。
「嗚呼、あの頃みたいだ。懐かしいね」
 だが、其処に影は見えなかった。あの声も何処からも聞こえない。
「……灯環?」
 灯埜は彼女の名を呼ぶ。されどいつまで経っても足音すら響いてこなかった。影が消え去ったのだと知り、灯埜は足元を見下ろす。
 揺らめく色彩は悍ましく蠢き、世界は奇妙に歪み続けていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
ただ立っているだけで目が回りそうな景色ね

少し、意外でした
影が貴方になるなんて
濃藍と銀が混じる長い髪
額に黒檀の角
肌に八重桜の紋を咲かせた
無愛想な青年

友人…といえばそうなるのかしらね
幼い頃、遊んでくれた鬼らしき青年
彼がどう思っていたかは別として
記憶が曖昧なため、確証は無いけれど
恐らくあの時の私は彼を友だと思っていた…のだと思う

本当の貴方であれば
色々聞きたいこともあったのだけど…
残念…
男は袴、私は着物の裾をはためかせ街中を駆ける

はてさて
さっきから何が言いたいのやら
空中戦よろしく、飛んで屋根に登っても
十字路で急に曲がっても追ってくる

これでは文字通り鬼事ねぇ
まぁいいでしょう
時が来るまで遊びましょうか



●鬼と桜
 此処はただ立っているだけで目が回りそうな景色だ。
 揺らめく色彩と永遠に続くという夕闇を見遣ってから、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は路地の向こうを目指して駆けていく。
 既に鬼ごっこは始まっている。
 この空間に降り立ってからすぐ、その影は現れた。千織を追ってくる影は『遊ぼうか』とだけ告げて走ってきている。
 それに捕まってはいけないと聞いていたゆえに千織は逃げ続けていた。
「少し、意外でした」
『何が?』
「影が貴方になるなんて」
 追い掛けられ、追い掛けながら双方の言葉が交わされる。
 影は色彩に包まれているが、千織にはそれが誰なのか知っていた。顔は見えずとも、髪が蠢く奇妙な色になっていても、長髪であることはちゃんと分かっている。
 本来は濃藍と銀が混じる長い髪。
 額に黒檀の角があり、肌には八重桜の紋を咲かせた無愛想な青年。
 今はただの影である彼は千織の知り合いだ。友人といえばそうなるのだろう。幼い頃に遊んでくれた鬼らしき青年は今、こうして千織と遊ぼうとしている。まるであの頃に戻ったような感覚が巡る。
 されど思い出せるのは僅かな出来事のみ。千織自身の記憶が曖昧なため、確証は無いけれど――おそらく。
「貴方がどう思っていたかは別として、私はそう思っているのね」
 確かに友達だった。
 だからこそ千織の心を反映した影は彼の形を成したのだろう。自分の中にある思いを反芻した千織は公園に差し掛かる。
 遊具の合間を縫うように駆けて影を撒いた千織は息を吐く。
 ずっと逃げ続けているので息が上がりそうだ。しかし、こんなところで足を止めてなどいられない。公園を抜けた千織は軽く振り返る。
 影は千織が公園内にいるのだと思っているのか、まだ其処に留まっていた。
(本当の貴方であれば、色々聞きたいこともあったのだけど……)
『……そっちか』
 千織が身を翻そうとすると、青年の影は更に追ってくる。
「本物ではないものね。残念……」
 此方に向かってくる男は袴を、千織は着物の裾をはためかせて街中を駆けた。千織は空中戦よろしく、飛んで屋根に登っていく。されど影はしつこく追ってくる。十字路で急に曲がってもついてくるものだから千織も速度を上げた。
 次第に千織と影の距離はひらき、彼が紡ぐ声も聞こえなくなってくる。
『……、……、――』
「はてさて、さっきから何が言いたいのやら」
 これでは文字通り鬼事。
 何だか虚しいと感じながらも千織は夕暮れの異空間を駆け続けた。
「まぁいいでしょう」
 さあ、時が来るまで遊びましょう。
 あの影に終わりが訪れるまで。この夕闇もきっと永遠には続かないだろうから。
 まだ咲いていない桜の樹の横を通り抜け、千織は進む。

 ――鬼さんこちら、手の鳴る方へ。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
言葉少なで物静かな声の、友
攫われてきた10歳前後の少女を
果たして友と呼んでも良かったのかは分からないが
それでも話相手になってくれたのは彼女だけだった

戦うなと言われるとなかなか困るものだな
…殺せと言われても、躊躇いが出るのは分かりきっているが
基本的には屋外のみで隠れやり過ごす
隠れる際には袋小路に入り込まないようにすることと、近づかれたらすぐに気づけるような場所を選んでいこう
持久力があるわけでも足が早いわけでもない――安全に行きたいところだが
あの姿…呼吸が浅くなる

真っ直ぐな長い髪を揺らしてくるのは『彼女』であって彼女じゃない
もう、お前はいないだろう
お前がこと切れる瞬間まで私は確かに見ていたのだから



●遠い記憶と夕焼け空
 果たして、あの子を友達と呼んで良いものか。
 滲む夕暮れの色が奇妙な色彩と混じりあっている異空間で、尭海・有珠(殲蒼・f06286)は背後の気配を確かめる。
 此処は世界から切り離されてしまった狂気の空間。有珠の周囲にあるのは決して綺麗ではない色彩が蠢く悍ましい景色だ。
『…………』
 其処に今、影が現れている。
 声を掛けられたわけではないが、有珠には気配で分かった。振り返ってもただ色彩の影があるだけだろう。見てもいないのにあの子であることが理解できているのは、この異空間の特性なのかもしれない。
(――懐かしいな)
 有珠は肩を竦め、過去を思う。彼女は言葉少なで物静かな子だった。
『……遊ぼう』
 そう、確かこのような声だ。有珠は振り返り、その影の形を確かめる。攫われてきた十歳前後の少女。当時は友だと呼ぶことすら考えていなかった。今だって、ずっと疑問が巡っているようにどう呼べばいいか分からない。
 それでも、話相手になってくれたのは彼女だけだった。その子の形を模した影は近付いてくる。隠れ鬼をしよう、というそっくりの声が有珠の耳に届いていた。
 偽物だと分かりきっている。
 それゆえにこんなものは蹴散らしてしまえばいいのだが、今は違う。
「戦うなと言われるとなかなか困るものだな」
 有珠は影から距離を置き、路地の先に駆けていく。すると影も追い掛けてくる。
 あれに少しでも触れられてしまえば取り込まれるのだという。おそらくは殺傷力のある能力がない代わりにそういった力が特化しているのだろう。
(……殺せと言われても、躊躇いが出るのは分かりきっているが)
 有珠は頭を振る。
 散らすことも出来ぬのなら、やはり逃げ切るしかない。角を曲がり、大きな家屋の門扉を見つけた有珠は塀の裏に滑り込んだ。
 その動きに気付けなかった影は門扉に見向きもしないまま先に賭けて行った。
『どこ……?』
 声が再び、有珠の耳朶を擽る。その声はとても不安気だったが出ていくわけにもいかなかった。息を潜めて気配を消し、有珠は辺りの様子を探った。
 どうやら影は近くを行ったり来たりしているようだ。
『あれ、行き止まりだ』
(あちらは袋小路か。ならば向こうだな)
 声が聞こえた方向から道を予測した有珠は、影とは逆方向に走った。隠れ鬼ではあるが、たとえ見つかったとしても触れられなければいい。
 有珠は自分に持久力があるわけでも足が速いわけでもないと分かっている。安全に行きたいところだが――。
「あの姿……」
 呼吸が浅くなる。ゆえに見ないようにしたかった。
 真っ直ぐな長い髪が揺れる。ただの影でしかなく、あれは『彼女』であって彼女ではない。そう自分に言い聞かせた有珠は追ってくる影に向け、冷たい声を落とす。
「もう、お前はいないだろう」
 何故なら――お前がこと切れる瞬間まで、私は確かに見ていたのだから。
 その瞬間、影が消失した。
 僅かに目を見開いた有珠がはっとする。おそらく誰にも触れられなかったことで形を保つことができなくなって消えたのだろうが、どうしてか胸が痛んだ。
「ひとまずは私の勝ちか」
 勝利を得たとて嬉しい気持ちなどひとつもなく、ちいさな溜息をつく。やがて訪れる怪異との戦いを思い、有珠は夕闇に包まれた空を振り仰いだ。
 永遠の夕暮れ時。
 こんな狂った時間など、早く終わらせてしまうために――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『楽園の鳥』

POW   :    楽園においでよ、一緒に歌おう♪
自身の身体部位ひとつを【食べた人間】の頭部に変形し、噛みつき攻撃で対象の生命力を奪い、自身を治療する。
SPD   :    楽園はすてきだよ、苦しくも悲しくもないよ
【夢と希望に満ちた『楽園の歌』を歌う】事で【高速で空を飛ぶ戦闘モード】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    楽園にいこう、体寄越せ寄越せ寄越せ寄越せ
【おぞましい叫び声】【楽園を賛美する演説】【食べた対象の知性を真似た声でのお願い】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。

イラスト:まつもとけーた

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●嘗てヒトだったもの達
 猟兵達を追う影はすべて消え去り、跡形もなく滲んでいった。
 されど周囲の景色は夕闇と狂気の色彩に包まれたまま。友達を名乗る不気味な影から逃れても、事件が解決したわけではない。
 猟兵達はそれぞれに異空間と化した東雲町を歩いていく。
 すると不意に、何処からか鳥の鳴き声のような甲高い音が響いてきた。

 ――ラクエンハステキナトコロダヨ!
 ――ラクエンニツレテッテアゲルヨ!

 その声は『楽園』という言葉を何度も繰り返す。
 声は次第に猟兵達に近付いていき、やがてその姿をあらわした。
 まず見えたのは後ろ向きの頭。色彩に包まれた人影の後頭部には鳥の嘴が宿っており、先程の声は其処から紡がれているらしかった。
「楽園に……理想郷に……」
 明後日の方を向いている人間体の方は虚ろな瞳で何かを呟いていた。
「私達の願う夢の世界には、遠い……」
 ぐるりと不自然に首を揺らした人影が振り向く。楽園に行くには賛同者が必要だ。
 だが、まだまだそれには足りないのだという。おそらくは教祖がそのように騙って信者を集めていたのだろう。教団員だった人間は少気を失いながらも、楽園への思いだけは強く持っているらしい。
 或る者は楽園の歌を紡ぐ。また或る者は楽園を賛美する言葉を並べる。
 更に或る者は肉片のようなものを食らっている。
 だから。それだから。そういって虚ろに呟き続ける信者――否、化け物達は身体から奇妙な色彩を放ちながら此方に迫ってきた。
「体を寄越せ。寄越せ、さあ」
「寄越せ寄越せ、寄越せ寄越せ――!!」
 心と身体を捕らわれた者達はもう手遅れだ。楽園という幻のために行動するUDC――アンディファインド・クリーチャーに成り果ててしまった。
 彼らを救うには最早、手立てはひとつしかない。
 戦って葬る。
 ただそれだけが、迷える彼らを導くための方法だ。
 
ネムネ・ロムネ
ん。
そーですね
行きましょーか
“楽園”に

貴方の叫び
聞き届けるのです
縋ってしまう事は生きてるネムたちの性ですから
だから貴方が“楽園”を願って弱みを見せてしまった事をネムが受け入れるのです

賛美を聞き届けたのです
辛かった貴方が切望した世界観をネムにも共有させて下さい
それはとても素敵な所ですね

残念ですがここまでです
貴方の願いを聞き届ける前にネムの“交渉”が先なのですよ
ネムは貴方を元通りにはしてあげられねーです
でもひょっとしたら“楽園”へ送ってはあげられるかも
だって今まで貴方はこんなにも頑張ってきたから
だからネムが送り届けた先は
きっと貴方が安らげる場所
だいじょーぶ
ネムに任せてください
仇は取ってやるですよ



●道導
 楽園を求め、楽園を夢見て、楽園を探す。
 彼らが語る理想郷とは一体どんなものなのだろうか。ただ繰り返されるだけの楽園という言葉を聞き、ネムネは琥珀色の瞳をゆっくりと瞬かせた。
 ネムネの前にいるのは女性の姿をした異形のモノ。
 ヒトだったものとしか呼べぬ影は揺らめき、手を伸ばしながら迫ってくる。
「楽園にいきましょう、一緒に……」
「ん。そーですね」
 ネムネはその手をすり抜け、くるりと身を翻した。鬼ごっこはもう終わりだということを示したネムネはディファレンスエンジンの機能を起動させていく。
「だから寄越せ、寄越せ」
「行きましょーか、“楽園”に」
 手招く影を見つめ返し、ネムネは身構えた。寄越せと言い始めた化け物は妖しく揺らめく。そして、その声は次第におぞましい叫び声となっていく。
「――寄越せッ!!」
 空気を裂くような声は後頭部の嘴から紡がれており、聞くに堪えないものだ。されどネムネは動じることはなく、真っ直ぐに声を受け止めた。
「貴方の叫び、聞き届けるのです」
 体内動力から発生する高負荷のエネルギーを纏ったネムネは、決して彼女の言葉を聞き流すようなことはしなかった。
 何かに縋ってしまうことは、生きとし生ける者の性。
 ネムだって、とちいさく口にしたネムネは更に力を巡らせていく。
「だから貴方が“楽園”を願って弱みを見せてしまった事をネムが受け入れるのです」
 ネムネは楽園を否定しない。
 それゆえに続く楽園への賛美すら聞き届けてみせる。そうすれば次は嘴ではなく、女性の口から楽園への思いが紡がれていった。
「教祖様は仰っていたわ。楽園は素晴らしい、楽園は諍いなどない、楽園は……」
 影は殆ど一方的に語る。
 信じていた人に見捨てられたという苦しみ。ひいては世界への絶望。影に取り込まれる前、人間だった頃の彼女はひどく苦しんでいたのだろう。
 そーですか、と返したネムネは先程よりも強い共感を混ぜていた。
「辛かった貴方が切望した世界観をネムにも共有させて下さい」
「人が多ければ多いほど、楽園へ向かう力は強くなるの。絆が必要なの」
「それはとても素敵な所ですね。ですが……」
 残念ですが、と続けたネムネは首を横に振った。影の彼女はネムネが楽園に向かうための仲間になると思っているが、ネムネにはそんな気はない。
「ここまでです。貴方の願いを聞き届ける前にネムの“交渉”が先なのですよ」
 ネムネが語ったのは武力行使のこと。
 これまでは相手の話と力を受け止めていただけだが、これからは交渉や説得と称した戦いの時間が訪れる。本当は乗っ取られた人間も助けてあげられればよかったのだが、手遅れだということは理解できていた。
「ネムは貴方を元通りにはしてあげられねーです」
 けれども――ひょっとしたら“楽園”へ送ってはあげられるかもしれない。
 ネムネが口にした言葉を聞き、彼女は一瞬だけ不思議そうな仕草をした。
「え?」
「だって今まで貴方はこんなにも頑張ってきたから。だからネムが送り届けた先は、きっと貴方が安らげる場所です」
「違う、違うわ……身体を、あなたの身体を寄越し、」
「だいじょーぶ」
 困惑する影の言葉を遮ったネムネは拳銃を構えた。その銃口は影の胸元を捉えている。
 はっとした影よりも先に動いた彼女は銃爪を引き――。
「ネムに任せてください。仇は取ってやるですよ」
 刹那、響く銃声。
 夕暮れの彩と狂気の色が揺れ動く町の最中で、最初のひとりが楽園に導かれた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミュゲット・ストロベリー


…ん、哀れな犠牲者達。
ありもしない楽園へ導かれるくらいなら、せめてミュゲが貴方達を解放してあげるわ。

ーーーCode : Mystletainn・解放
この教団がどんなことしてたのか、ミュゲは詳しく知らないけど、元凶はミュゲ達が必ず仕留めるわ。だから、貴方達は少し我慢しててね…。

【リミッター解除】と【空中浮遊】【空中戦】で飛び回る彼らを各個撃破。第参術式のUC最大出力で確実に刈り取るわ。もうこれ以上苦しむ必要なんてない…。


レザリア・アドニス
うるさい色彩に、うるさいやつ…

ヴェールを被って色彩と狂気を隔絶し、夜のオーラで少しだけでもその声を抵抗する
残念だけどこちらに先約があるから、お前らなんかには渡さないの

体内の死霊を呼び出し、【全力魔法】で魔力を捧げて、普段より巨大な蛇竜に変化させる
自分の周りに巻いて、守りつつ化け物を喰らったり、【範囲攻撃】で横薙ぎしたりするように戦わせる
一匹でも近づかせないように

お前らにとって、楽園はどんなものかは知らないけど
少なくとも、私にとってはこの歪んだ空間ではない
鬼ごっこが既に終わった
ならば、次はこちらの、可愛い子の、狩りの時間です――



●何処にもない場所
 ――ラクエンハステキナトコロダヨ!
 ――ラクエンニツレテッテアゲルヨ!
 けたたましいと呼べるほどの甲高い声が辺りに響き渡っていた。
 色濃い夕陽と狂気の色彩が混じり合う十字路。ミュゲットとレザリアは複数で現れた色彩の影の存在を知り、その場で身構えていた。
「うるさい色彩に、うるさいやつ……」
「……ん、哀れな犠牲者達」
 二人は目の前でケタケタと笑っている嘴を見遣り、其々の感想を落とす。
 相手は複数で登場したが、此方だって一人きりではない。押し負けることはないと考え、ミュゲットは右の敵に向かった。同時にレザリアは左の方にいる敵に狙いを定め、互いの背を守りあう形で布陣していく。
「楽園はすてきだよ、苦しくも悲しくもないよ」
 すると右の影の人間部位が穏やかな声で喋りはじめた。
 そうして、夢と希望に満ちた楽園の歌が紡がれていく。両腕を広げた楽園の鳥はその場から飛び立ち、高速で空を舞っていく。
「その場所が、どんなにいいところなのかは知らないわ。でも、ありもしない楽園だってことはミュゲにもわかるの」
 こんな場所から繋がる楽園などない。
 ミュゲットが宣言すると、レザリアもこくりと頷いて同意を示した。
「そうね。お前らにとって、楽園はどんなものかは知らないけど。少なくとも、私にとってはこの歪んだ空間ではありません」
 ヴェールを被ったレザリアは色彩と狂気を隔絶し、夜のオーラを纏う。
 甲高い声は尚も響いており、少しだけでもその声に抵抗するためだ。寄越せ、寄越せと繰り返し語り続ける声は悍ましい。
 人の形をしていても、最早かれらはただの化け物なのだろう。そんなものに身体を明け渡すことなど出来るはずがない。
「楽園に、いこう?」
「残念だけどこちらに先約があるから、お前らなんかには渡さないの」
 レザリアは相手からの呼びかけを拒絶した。
 そして、体内に宿る死霊を呼び出していく。全力で巡らせた魔力を捧げる彼女は死霊を普段より巨大な蛇竜に変化させた。
 宣言通りに相手に自分を奪われぬように、蛇を己の周りに巻いてゆく。レザリアはそうやってミュゲットも同時に守りつつ、死霊に攻撃を願った。
 ミュゲットはレザリアの守護に礼を伝えてから、一気に攻勢に出る。
「そんなところへ導かれるくらいなら、せめてミュゲが貴方達を解放してあげるわ」
 ――Code : Mystletainn・解放。
 霊剣ミストルティンの擬似神装に施されたルーン魔術の封印が解除されていく。ミュゲットは己の生命力を削りながら、素早く刃の力を解放していった。
 十字路に響く楽園の歌は次第に悍ましいものに変わる。
 最初は夢と希望を謳っていたのだが、歌が進む度に不穏な意味合いを持つ言葉ばかりが並べられていった。
 それはきっと、化け物の元になった人間が世間や他者に抱いていた不満のあらわれなのだろう。不安定だった心に与えられた楽園という存在。
 信者が縋ったものは偽りだが、彼らにとっては唯一の希望だったに違いない。
 そう思うと言い表せない気持ちが巡った。
 レザリアは敵を見据え、ミュゲットも果敢に立ち回っていく。
「教団がどんなことしてたのか、ミュゲは詳しく知らないけど、元凶はミュゲ達が必ず仕留めるわ。だから、貴方達は少し我慢しててね……」
 ミュゲットは心を痛めながら、霊剣を振るい続けた。
 相手からの攻撃も重ねられているが、リミッターを解除しながらの空中浮遊で避け、空中戦に持ち込む。飛び回る彼らを各個撃破していくミュゲットは、第参術式を最大出力で以て戦っていった。
「確実に刈り取るわ」
「鬼ごっこが既に終わったならば、次はこちらの、可愛い子の、狩りの時間です――」
 ミュゲットに続き、レザリアも死霊に力を注ぐ。
 蛇竜は化け物を喰らい返し、その尾で横薙ぎにして敵を穿つ。たった一匹でも逃さない。近付かせぬと語るが如き死霊はとても頼もしかった。
 一体、また一体と化け物が色彩に沈む。
 その姿を見送りながら、レザリアは死霊と共に何処までも進むことを心に決めた。
「終わりにしましょう」
「もうこれ以上苦しむ必要なんてない……」
 彼女の言葉に首肯したミュゲットは最後の一体に狙いを定める。そして、刃はひといきに振り下ろされ――楽園を求める鳥が地に落ちた。
 揺らめく色彩はおどろおどろしく、倒れた人影を飲み込むように蠢く。
 地面に降り立ったミュゲットは俯き、死霊を元に戻したレザリアも消えていく楽園の鳥を見下ろしていた。
 彼らが求めた楽園など、やはり何処にもない。
 空を染めていく夕暮れの色の下で、少女達は狂気から逃れるように進んだ。
 きっとこの先に異変の元凶となったものがいる。そんな予感を覚えながら、二人は夕闇の先を目指して歩いていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

牧杜・詞
『楽園』『理想郷』そんなものがあればいいのだけど、
わたしの知っている限りではないわね。

どこかにはあるのかもしれないけれど、
他人のものを奪っていけるところなんて『楽園』とは言い難いんじゃないかしら。

それにね……。
何かを奪おうとするっていうことは、奪われる危険もあるってことよ。
いまさら手遅れみたいだけれど、ね。

でも命はあるみたいだし、命があるなら殺せるわね。

【新月小鴨】を構え、
迫ってくるUDCを【見切り】を使ってゆらりゆらりと躱しながら、
すれ違いざまの【カウンター】に【命根裁截】で切りつけるわね。

わたしが連れていってあげられるのは『楽園』ではないけれど、
いまよりは安らかに眠れると思うわ。



●眠りへの一閃
 少女のような影が詞の前に現れた。
 夕日を受けて揺らめく影の頭には、悍ましい嘴がくっついている。それは彼女がもう元の人間には戻れないということを示す烙印のようなものだ。
「らくえん、に……あなたも……」
 少女の形をした影はぽつり、ぽつりと呟いている。
 その声を聞きながら、詞は白鞘から短刀を抜き放った。新月小鴨の名を宿す刃が夕陽を受けて煌めく。
「そうね、『楽園』『理想郷』そんなものがあればいいのだけど」
「あなたも、信じているの?」
「いいえ、わたしの知っている限りではないわね」
 少女の影から問われたことに対して詞は首を振ってみせた。邪神教団がどのような教えを説いていたのかは分からないが、少なくとも詞は知らない。
 すると少女は詞に背を向けた。
「いっしょに歌おう」
 次に声が紡がれたのは頭の後ろについている嘴からだった。
 共に歌えば楽園に行ける。楽園は良いところで、素晴らしい場所だ。そう語る化け物は背を向けたまま近付いてきた。
 距離を詰められないように後ずさった詞は攻撃の機を窺う。おそらく、あの化け物は此方のことも取り込んでしまうつもりだ。
「どこかにはあるのかもしれないけれど、他人のものを奪っていけるところなんて『楽園』とは言い難いんじゃないかしら」
「ふふ……さあ、歌いましょ」
 少女の声を真似ている嘴は、此方の話など聞いてない様子で語りかけてきた。
 次の瞬間、影の腕が大きく歪んだ。詞に向けて振るわれた腕は、なんと少女の頭部に変化していく。恐ろしい光景だと感じたが、詞は怯まなかった。
 一撃を回避した詞は反撃に移っていく。地を蹴り、色彩を纏う影に近付いた詞はひといきに刃を振り上げた。
 命根裁截。
 思念を込めた新月小鴨で一閃した直後、刃を切り替えして二撃目へ。それと同時に化け物に自分なりの思いを伝えていく。
「それにね……」
「なあに?」
「何かを奪おうとするっていうことは、奪われる危険もあるってことよ」
 首を傾げる仕草をした影に向け、詞は凛とした口調で告げた。更なる一撃が迫ってきたが、刃でいなした詞は直撃を避ける。そして、相手を一瞥した。
「いまさら手遅れみたいだけれど、ね」
 ゆらりゆらりと躱しながら、身を翻した詞は影と楽園に取り込まれぬように果敢に立ち回っていく。いつしか嘴から紡がれる声も途切れがちになっていた。
 もうすぐ倒せると察した詞は、何度も迫ってくる敵の動きを完全に見切る。
「でも命はあるみたいだし、命があるなら殺せるわね」
 新月小鴨を構え直した詞は駆けた。
 そうして、すれ違いざまのカウンターからの鋭い一閃で以て急所を突く。それはたった一瞬のこと。相手が気付いたときには何もかもが終わっていた。
「あ……う……ぁ――」
「わたしが連れていってあげられるのは『楽園』ではないけれど」
 詞は少女の影がその場に倒れた音を聞きながら、そっと背を向ける。じわりと地面に融合していくように消えゆく彼女に向け、詞は最後の言葉を送った。
「いまよりは安らかに眠れると思うわ」
 歪んだ色彩は夕陽と混じり合い、更に奇妙な世界を作り上げていく。
 楽園とはまったく正反対の場所で空を見上げた詞は、ヒトではなくなったモノの冥福を祈りながら刃を鞘におさめた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

フリル・インレアン
ふええ、楽園ってあの楽園ですか。
絶対に嫌ですよね、アヒルさん。
これまでいろいろな楽園をオブリビオンさんに見せられてきましたが、どれも理想すぎて全然いいものではありませんでした。
だから、私は楽園に行かず、こうしてここにいるんです。
その耳障りな声は全部、恋?物語で大雨に流してしまいましょう。

それに自分にとっての楽園は自分で見つけ出さないといけませんからね。



●夕立の先に続く道
 謎の影から逃げた先には、まだ見ぬ楽園を求めるモノがいた。
 ――ラクエンハトテモイイトコロダヨ!
 囀るような声が響き渡る袋小路。其処に追い詰められたフリルは、ブロック塀に背を預けていた。鬼ごっこは終わったが、次はこの影達との戦いだ。
 人影の後頭部に宿る嘴はけたたましさを感じさせる勢いで語っていく。
 ――ラクエンニオイデヨ!
 その声は耳を劈くかのようで、何度も聞きたくはないものだった。フリルは帽子をぎゅっと両手で掴みながら自分に迫ってくる楽園の鳥に問う。
「ふええ、楽園ってあの楽園ですか」
「ええ、そうよ」
 すると次は嘴の方ではなく、女性の方の口が喋りはじめた。前と後ろでそれぞれに違う声を出すものは最早、人間などではない。
 あのような姿になってしまった者に思うこともたくさんあった。だが、フリルは同情や恐怖などは抱かずに気を強く持つ。
「楽園に行くなんて絶対に嫌ですよね、アヒルさん」
 フリルが帽子の上にいるガジェットに問いかけると、アヒルさんが同意を示す鳴き声をあげる。確かにこれまで、いろいろな楽園をオブリビオンに見せられてきた。言葉通りの理想郷ならば良いのかもしれないが、フリルにとってそれらは違和感のあるものばかりだったのだ。
 全てが叶う優しい世界と、理不尽で冷たい世界。
 一概にどちらが良いとは言えない。だが、思い通りになることばかりではきっと飽きてしまうし、理不尽な世界にも良いことのひとつやふたつだってある。
 そう思うとやはり理想郷は遠慮したいものになってしまう。
「あなたは、楽園に興味がないの?」
「少しはあります。ですが……」
「楽園に不満でもあったのかしら」
「どの夢も楽園も、理想すぎて全然いいものではありませんでした」
「どうやらあなたと私は考えが違うようね」
 異形の女性とフリルは視線と言葉を交わした。どちらも思い描くものが違い、考えも全く別のものだ。相容れないのだと知ったフリルはそっと頷いた。
「はい。だから、私は楽園に行かず、こうしてここにいるんです」
 フリルが宣言した直後、溜息をつくような仕草をした女性は此方に背を向ける。
 そして、後頭部の嘴が大きく開かれた。
「だったら……その体を、寄越せ。寄越せ寄越せ寄越せ、寄越せぇッ!!」
 途端に耳障りな声が辺りに響き渡った。
 一瞬はびくっと身体を震わせたフリルだったが、すぐに魔力を紡いでいく。
「そんなお願いも声も全部、恋?物語で大雨に流してしまいましょう」
 フリルは空を見上げた。
 夕闇が広がるばかりだった其処に魔力の雨雲が現れ、突然の大雨と雨宿りが齎す力が一気に巡っていく。大量の雨によって楽園の鳥が洗い流されていった。
「それに――」
 その姿を見送りながら、フリルは自分の思いを言葉にする。
「自分にとっての楽園は自分で見つけ出さないといけませんからね」
 フリルは帽子から下りてきたアヒルさんを抱き、色彩が歪む景色を見つめた。
 夕暮れの色が滲む向こう側に誰かの影が見えた気がして――導かれるようにして、フリルはその先へと進んでいった。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

五条・巴
未だ夕焼けに反射した淡い茶髪が、視界にちらつく気がする。
落ち着かせるために見上げた空に月が見えないと、少し息苦しく感じる。
ああ、僕も縋ってたんだ。成りたいものに、縋るなんて。

寄越せと煩い口に矢を放つ
「楽園」というならそれはきっと君達にとって素晴らしい所なんだろうね。
でもごめんね、僕にとっては違うみたい。

別に楽園を求めているわけではない
僕の”進む”先に楽園はきっとない

君達も、月に送ってあげるね。
今は黄昏時
あと少ししたら夜になる。
良い子は眠る時間だ。
夢の中で、楽園に向かうといい。
それに、月には誠一郎がいるよ。
元気すぎるからいっぱい遊んであげてね。
僕の知ってる誠一郎は、そういう男

さあ、おやすみ



●月は未だ其処に無く
 偽物の影は過ぎ去り、記憶は裡に沈んだ。
 それでも未だ夕焼けに反射した淡い茶髪が、視界にちらつく気がした。
 夕闇に覆われた空を見上げた巴は双眸を細める。どれほど確認しても、どんなに視線を巡らせてみても、やはり月はなかった。
 自分の気持ちを落ち着かせるために天を仰いだというのに胸が痛む。
 息苦しさまで感じてしまうのは、たとえ幻でも彼の声を聞いたからだろうか。
 夕闇の中で彼の幻影は自分を探していた。偽の存在でしかないそれは気に留めてはいけない。だが、巴はあることに気が付いてしまった。
 すると、巴の行く手を阻んでいる楽園の鳥が喋りはじめた。
「楽園にいこう」
「ああ、楽園にいきたい……」
 異形に成り果てたものはそんなことばかりを語っている。
 彼や彼女は楽園に縋っている。彼らにとっての楽園は、自分にとっての月と同じ意味合いを持つのかもしれない。
(ああ、僕も縋ってたんだ。成りたいものに、縋るなんて)
 思いは言葉に出さず、巴は肩を落とした。
 彼らと自分がまったく同一だとは思わないが、根本は似ている気がする。人の心というものの作りを思えば似ていて当然なのかもしれないが――。
「ヨコセ、ヨコセ」
「寄越せ、寄越せ、その体を」
 異形の後頭部についている嘴と、人間体の口が同時に言葉を紡いだ。あんなものと一緒ではないのだと自分に言い聞かせた巴は銃を構える。
 其処に雷の力を纏わせ、寄越せとしか言わない煩い口に彗星の如き一閃を放った。
 矢となって戦場を翔けた一閃が歪む色彩を裂く。
「う、あァ……!」
「楽園というなら、それはきっと君達にとって素晴らしい所なんだろうね」
 呻く異形の鳥が呻き声を上げる中で巴は身を翻した。悍ましい叫び声を聞かぬようにブロック塀を飛び越え、楽園を賛美する演説など無視して死角に回り込む。
「ラクエンを……楽園、を――」
「でもごめんね、僕にとっては違うみたい」
 追ってくる敵に狙いを定め、巴は再び彗星の矢を解き放った。
 自分は別に楽園を求めているわけではない。そう言い切れるのは、己が“進む”先に楽園はきっとないと考えているからだ。
 月がそうであるのかと問われれば、曖昧に首を振るだろう。
 もっとも、目の前の者達は巴にとっての月が何であるかなど知るはずがない。問うこともしない。それゆえに巴も何も答えないままだ。
「君達も、月に送ってあげるね」
 この異世界では永遠に夕暮れが続いていくようだが、自分達が訪れたからにはいつかは終わる。黄昏時が過ぎれば、あとは夜になるだけ。
「良い子は眠る時間だ」
 夢の中で、楽園に向かうといい。
 静かな声を落とした巴は明けの明星を描くようにして敵を貫いていった。東雲に黄昏、明星。町の名前と並んだ言葉や情景を思いながら、巴は最後の一体に止めを与えた。
 自分以外の者が倒れ伏している路地の中心で、巴は空を見る。
「それに、月には誠一郎がいるよ」
 彼は元気すぎるからいっぱい遊んであげて。
 僕の知ってる誠一郎は、そういう男だから。
 狂気の色彩に飲まれていく者達を見下ろした巴は、最後の言の葉を贈った。
「――さあ、おやすみ」
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ノイ・フォルミード
楽園ってどんな所なんだい
ぼくにとっての楽園はあの館、あの庭だ

ぼくはまだキャロットケーキを食べて貰えない
友だちだって居なくなってしまった

それでも種をまいて土を耕せば、花は咲いてくれるから
ぼくが出来る事を只管やって
ルーがいつか目覚める時に周りを花でいっぱいにしてあげるんだ
そうしてとっておきの一輪を

君たちの言う楽園は、
少なくともルーにとって幸せな所では無さそうだね
勿論、ぼくもルーも身体は渡さない
そもそもぼく、美味しくないと思うよ?

――いきます、【ラーウム】
飛び回る君たちの軌道を予測し、レーザー放射
空へ逃げられてもレーザーなら届く筈だ

苦しくたって、悲しくたっていいよ
彼女が居るこの世界がいいよ


珂神・灯埜

楽園とはなんだろうか
争いがない場所
負の感情や苦しみがないのか?
それなら受け入れることはできないな

ボクは未だ解らない
けれど感情というものはとても面白い
生きる者が持つ原動力と言っても良いものだ
其れが善悪どちらの感情であろうと見ていて飽きない
それに解らないからからこそ
ボクは識りたいんだ

白々明けの光を宿せ
刀を抜き刃に手を添え神力を込めて斬撃を放つと同時に距離を詰め
噛みつかれるようであれば刀で受け流そう

神力が宿ったものでも美味く感じるか?
ならば喰うが良い
オマエが喰らう最期の食事になろう

こうして刀で斬り、葬ることでオマエは解放されるのだろうか
しかしあのままでいるより良いだろう
次は天寿を全うできるといいな



●感情と現実
 理想郷、桃源郷、楽園。その呼び名は多々ある。
 それは何も心を害するものがなく、己が抱く理想が叶っている世界。
 夕闇と歪む色彩の最中に現れた鳥のような影は、そのように語った。其処に居合わせたノイと灯埜は同時に疑問を言葉にする。
「楽園とはなんだろうか」
「楽園ってどんな所なんだい」
 神と機人の声が重なり、二人は顔を見合わせた。同じ猟兵であるからか、楽園が其処にあると語られても簡単に聞き入れることなどない。
 すると、二人の前に立っていた異形の鳥が背を向けた。
「ラクエンハステキナトコロダヨ!」
 頭の後ろから生えている嘴が、甲高い声で先程と同じ言葉を繰り返す。
「其れは争いがない場所で、負の感情や苦しみがないのか?」
「そうだよ」
 次は人間体の方の口が灯埜の質問に答える。対する灯埜は返答を聞き、首を横に振ることで拒絶してみせた。
「それなら受け入れることはできないな」
 そうだろう、と傍らのノイに灯埜が視線を向ける。静かに頷いたノイは、鳥が語る楽園と自分が望む世界は全く違うものなのだろうと考えていた。
「ぼくにとっての楽園はあの館、あの庭だ」
 ノイは懐かしむように語る。
 その声を聞いた灯埜は、彼には大切な場所があるのだと察した。その間に二人を阻む楽園の鳥は両腕を広げていく。
 相手から放たれる害意を感じ取り、ノイと灯埜は戦いへの思いを抱いた。
 ノイは自分が望む世界を思い、双眼を明滅させる。
「ぼくはまだキャロットケーキを食べて貰えていない。友だちだって居なくなってしまったから――戻れるなら、戻りたいよ」
「ジャアソノラクエンニツレテッテアゲルヨ!」
 鳥の嘴はノイの声に対して無責任極まりない言葉を返した。ノイが話した内容すら理解できていないまま即答していることが奇妙で仕方がない。
「いいや、遠慮するよ」
「キャハハハ!」
 ノイが丁重に断りを入れると、狂気の色彩に塗れた鳥は空に飛び立った。夢と希望に満ちた楽園の歌を紡ぎながら、高速で飛び回ることで此方を翻弄する気なのだろう。
 その姿を目で追い、灯埜は警戒を強める。
 だが、鳥が語った理想や楽園の歌の意味はうまく感じられないでいた。
「楽園を求める気持ちというのは、ボクは未だ解らないんだ。けれど――」
 滑空してきた影を見切り、灯埜は神力が宿った護神刀を構える。刃に手を添え神力を込めれば、其処に力が宿った。
 感情というものはとても面白い。
 そう告げた灯埜は、敵の翼を宵之月欠で切り裂いた。その瞬間、白縹の髪に飾られた雪結晶の簪が揺れる。
 ギィ、という悲鳴をあげて着地する影の鳥。同時に人間体の方の表情も歪んだ。
 其処に見えた感情もまた、灯埜にとっては興味深いものだ。
「感情は生きる者が持つ原動力と言っても良いものだ。其れが善悪どちらの感情であろうと見ていて飽きないよ」
 それに――解らないからこそ。
 着地して体勢を立て直す楽園の鳥に向け、灯埜はもう一撃を叩き込む。
「ボクは識りたいんだ」
 先程の一閃も今の一撃も、邪心と闘争心のみを裂いていった。見事に敵を怯ませた灯埜に続き、ノイも攻勢に出る。
「妙な楽園は要らないよ。種をまいて土を耕せば、花は咲いてくれるんだ」
 望む世界はあれど誰かに与えられるものではない。
 今は自分が出来る事を只管にやっていく時なのだと宣言したノイは、腕に抱いている少女人形――ルーを守る。
「ルーがいつか目覚める時に周りを花でいっぱいにしてあげるんだ」
 そうして、とっておきの一輪を。
 ノイは高温の蒸気を纏い、楽園の鳥の目眩ましにしていく。
 ルーと呼ばれた子を見た灯埜がはたとしたが、敢えて何も言わないでおいた。そして、二人は色彩を放つものを切り裂き、穿っていく。
 周囲には戦闘音を聞きつけて集まったらしい別の個体の姿も見え始めていた。
「白々明けの光を宿せ。其の意思を砕き、雪ぐ灯となれ」
 灯埜は斬撃を放つと同時に敵との距離を詰め、噛みつこうとしていた相手の一撃を刀で受け流してゆく。
「クワセロ、ヨコセ!」
「神力が宿ったものでも美味く感じるか? ならば喰うが良い」
「寄越せ、寄越せ寄越せッ!」
「これがオマエが喰らう最期の食事になろう」
 そして、灯埜は騒ぎ立てる鳥に止めを刺した。その場に倒れ込んだ元人間だったものは地面で揺らぐ色彩の中に飲み込まれる。
 巡るのは悍ましい光景。けれどもルーが眠ってくれていてよかった。そんなことを考えているノイもまた、敵に終幕を齎す準備を整えていく。
「君たちの言う楽園は、少なくともルーにとって幸せな所では無さそうだね」
「その機械のカラダでもいい、寄越せ……!」
「勿論、ぼくもルーも身体は渡さない。そもそもぼく、美味しくないと思うよ?」
 人間体と鳥の声が混じり合った怒号が響いた。
 だが、ノイは冷静に力を解き放つ。
「――いきます」
 蒸気を再び満ちさせると同時に、飛び回る異形達の軌道を予測する。それから解き放ったレーザーは次々と鳥の翼を貫いていった。
 叫び声が夕闇の町に木霊していき、おどろおどろしい空気が更に深くなる。灯埜とノイを睨みつけた影は恨めしそうに呟いた。
「どうして……この世界は苦しいこと、ばかりなのに……」
 どうやら最後の一体である者には邪神教の信者としての記憶が色濃く残っているらしい。灯埜は瞳を伏せ、ノイは首を横に振る動作をしてみせた。
「苦しくたって、悲しくたっていいよ」
 彼女が居るこの世界がいい。
 ルーを抱き締めてはっきりと告げたノイは、灯埜に視線を送る。その眼差しの意味を悟った灯埜は倒れ伏した楽園の鳥に近付いた。
「こうして刀で斬り、葬ることでオマエ達が解放されることを願おう」
 きっと、このままでいるより良いだろうから。
 次は天寿を全うできるといい。
 最期を送る言葉を紡いだ灯埜は刃を振り下ろし――そして、この場で巡った戦いは終わりを迎える。滲む夕闇は未だ深く、次なる戦いに誘うように色彩が揺れた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖


楽園なんか在りはしない
世界は楽しい事ばかりじゃない
でも
どんなに辛くったって
生きてりゃ絶対いい事あるってのに

…分かってる
今更遅いって

ああ
胸糞悪ぃ

龍珠弾いて握り締めドライバーにセット
変身ッ!
衝撃波撒き散らし残像纏い手近な敵にダッシュで間合い詰めグラップル
拳で殴る

人の形してんなら
急所は一緒か?
暗殺用い戦闘知識も用いて急所狙い
一気に倒す
それしか出来ねぇなら
せめて出来るだけ苦しまずに逝けるように

そうやって化けたって
今更揺らがねぇ
覚悟は決まってんだよ
変形見切り
噛みつきは直前で腕の龍珠で武器受け
同時にジャストガードでオーラ展開し吹き飛ばし
面倒臭ぇ
一気に決める
UC

楽園なんか誰が行くか
生きていくって決めてんだ



●生を繋ぐ
 少年は知っている。
 楽園など在りはしないこと。世界は楽しいことばかりでないことを。
 心に傷を刻むのはいつだって苦しいことや、悲しいことや痛いこと。負の感情は楽しいことを掻き消してしまうほどに強い。
 楽園を夢見て、理想郷を望む者達はそのような感情に負けたのだろう。
「でも……」
 目の前に現れた鳥めいた異形を見遣り、理玖は何とも言えない表情を浮かべる。
 どんなに辛くても生きていれば絶対に良いことだってあるはずだ。彼らには言えない言葉が理玖の胸裏に過ぎっていく。
「楽園においでよ、一緒に歌おう」
「楽園は素敵だよ、苦しくも悲しくもないよ」
 元は信者だったという者達は今、既に人間ではないものに変貌している。理玖の前に立ち塞がった彼、或いは彼女は同じ言葉を繰り返していた。
「……分かってる。今更遅いって」
 理玖が呟いた言葉は信者達だけではなく、別のことにも向けられている。生きてさえいれば、と思うことは多々あった。
 死んでしまえば終わり。だから、せめて生を繋いでくれていたら、と――。
 渦巻いた悪い思考を振り払い、理玖は虹色の念珠を弾いて握り締める。そして、いつものようにその勢いで龍珠をドライバーにセットする。
「――変身ッ!」
 鋭い声が夕闇の中に響き渡った刹那、理玖の姿が装甲に包まれた。
 変身と同時に周囲に衝撃波が散り、正面に居た楽園の鳥が穿たれる。態勢を崩してよろめいた相手に向け、残像を纏った理玖は駆けた。間合いは一瞬で詰められ、振るわれた拳が異形のものを貫く。
「……ぎっ! いや、嫌だ……痛い……!」
 呻き声は鳥の嘴ではなく、人間体の方から聞こえてきている。
 やり辛ぇ、と呟いた理玖だったが攻撃の手は緩めなかった。生かしておくよりも此処で引導を渡した方が彼らのためになることを彼は理解している。
「なるほど、人の形してんなら急所は一緒か」
 一撃目でそう判断した理玖は素早く身を翻した。そのまま拳を引き、振り返ると同時に相手の急所を突く。人間体の方の鼻っ柱だ。
 男性だったらしいそれは、くぐもった声を上げながら倒れ込む。
(それしか出来ねぇなら、せめて出来るだけ苦しまずに逝けるように――)
 容赦などせずにひといきに倒すだけ。
「イタイ、イタイヨ!」
 すると嘴の方が甲高い声で鳴いた。情に訴えかけようとしているらしい。だが、理玖は少しも怯むことなく二撃目を叩き込みに向かった。
「そうやって化けたって今更揺らがねぇ」
 覚悟は決まっている。
 鋭い眼差しで以て敵を捉えた理玖は地を蹴った。
 此方に噛み付こうとしていた敵の一撃を見切った彼は、相手を直前まで相手を引きつけ、腕の龍珠で受け止める。敢えて受けたのには理由がある。
「面倒臭ぇから一気に決める」
「……ッ!?」
 腕からオーラを展開した理玖はひといきに敵を吹き飛ばした。路地の塀に叩きつけられた楽園の鳥の嘴が潰れると同時にその身が色彩に包まれて消える。
 そのとき、戦いの音を聞きつけた新手が理玖の前に現れた。
「ラクエンニオイデヨ!
「ラクエンニツレテッテアゲルヨ!」
「楽園なんか誰が行くか」
 けたたましく鳴く嘴の声を一蹴した理玖は再び拳を握り締める。鳥達が語る楽園など偽りのものに違いない。狂気の色彩に満ちた地を強く蹴りあげ、理玖は凛と宣言した。
「――生きていくって、決めてんだ」
 その一閃は深く、重く。
 夕暮れが作り出す影の中で、楽園の鳥達は断末魔を響かせて消えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
楽園へいざなう耳障りな歌
苦しくも悲しくもない世界
きっと、そこはとても都合の良い場所なんだね

そんな場所、わたしはごめんだ
わたしはわたしの世界で、綺麗な風景を見るんだ

腰後ろのホルスターからFN Five-seveNを抜く
居もしない神様に祈りながら引鉄を引いて
……捉えましたよ
喪うまで逃しません

左の袖中から鋼糸を繰り出し、地上へ引き摺り下ろしましょう
いざないましょう、楽園へ
わたしが送ってさしあげます

片手で弾丸をぶっ放し、弾切れしたら速やかにマガジンチェンジ
……嗚呼、ヒトの形をしているのに
なんでこんなに淡々と殺せるのだろう
引鉄を引くたび、わたしはバケモノになっていく
日常から乖離した
わたしはバケモノだ



●楽園なんて探さない
「おいでよ、一緒に歌おうよ」
「楽園はすてきだよ、苦しくも悲しくもないよ」
「一緒に楽園にいこうよ、ねえ、ねえ、はやく」
 男の声、女の声、少女の声、少年の声。様々な声が入り混じり、楽園へといざなう歌声が夕闇の中に響き渡っていく。
 人間だったモノの後頭部に宿る嘴までもが歌い出した。甲高い声が耳障りだと感じたゆずは、楽園というものについて少しだけ考える。
 苦しくも悲しくもない世界。
「きっと、そこはとても都合の良い場所なんだね」
 世界はいつも理不尽で、世間はいつだって冷たい。しかし、楽園と呼ばれる場所ではそんなことを感じることはないのだろう。
 穏やかで平和で、何も怖くなくて楽しくて、幸せで――。
「そんな場所、わたしはごめんだ」
 ゆずは楽園の鳥達が語って謳う世界を否定した。どれほど幸福だったとしても、其処は今のゆずが居て良い場所ではない。きっと辿り着けもしない。
 ゆずは歌う鳥達を見据え、腰の後ろに装着したホルスターに手を伸ばした。
「ラクエンハステキナトコロダヨ!」
「ラクエンデウタオウ!」
 煩いほどの声が嘴から紡がれたが、ゆずはそんな言葉など一蹴する。
「わたしはわたしの世界で、綺麗な風景を見るんだ」
 だから、楽園なんて求めない。銃器を抜き放ったゆずは引鉄に指をかけた。元は人間だった者をこのままのさばらせてはいけない。
 居もしない神様に祈りながら、ゆずは銃爪を引いた。
 先ずは一発。飛び立とうとした楽園の鳥への牽制として、鋭い銃声を響かせる。
「――!」
「……捉えましたよ」
 驚く相手の様子になど構わず、ゆずは更に二発目を解き放った。
 喪うまで逃さない。
 夕暮れ時の薄暗い光と、狂気を引き起こす色彩が入り混じっていく。胸を撃ち抜かれた異形の鳥が地に落ち、色彩の中に飲み込まれるように消えた。
「いざないましょう、楽園へ」
「楽園、は……」
「わたしが送ってさしあげます」
 蠢く色彩に沈んだ相手が何かを言ったが、ゆずは構わずに宣言する。そして、左の袖の中から鋼糸を繰り出した彼女は次の敵に狙いを定めた。
 既に空中を飛び回っていた個体へと糸を解き放てば、それが翼に絡まる。そのまま腕を引くことで敵を地上へ引き摺り下ろしたゆずは、すかさず銃弾を叩き込んだ。
 そのとき、あの子のことが脳裏に過ぎる。
 先程まで追い掛けられていたオトモダチのことだ。普通の女の子として生きている、本当のあの子はこんなことはしない。そもそも戦うことなど知らない。
 それなのに。
 ゆずはこうして人間だったものの命を完全に終わらせている。
 弾丸をぶっ放して、弾切れになったら速やかにマガジンチェンジ。普通であったら生涯で一度もやらないはずのことを難なく熟していける。
(……嗚呼、ヒトの形をしているのに)
 なんでこんなに淡々と殺せるのだろう、という思いがゆずの中に巡る。
 ゆずは表情を変えぬまま、飛び交う化け物達に銃口を向け続けた。そうやって銃爪を引くたびに、人の形を保ったままのバケモノになっていく気がする。
 日常から乖離したもの。
 普通じゃない。普通とは違う。普通には戻れない。
 ――わたしはバケモノだ。
 言葉にしない思いを秘め、少女は夕闇の最中で銃弾を撃ち放ち続けた。本当は楽園なんてなくて、幸せなど遠くて、世界はどうしようもないものだと示すように。
 ただ、只管に。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

夏目・晴夜

私は貴方達のような輩が嫌いなんですよね
頭のおかしい、もはや害悪でしかない狂った信者という存在が

つまらない演説ですが、つまりは楽園に行く為にハレルヤの体が欲しいんですね
ああ、はいはい。わかりましたよ
でもこの体を差し上げる前に、そのご立派な話を『彼ら』にも聞かせてあげて下さい
皆も楽園へ行きたいと、救いを求めているようですから

『芥の罪人』で召喚した数多の霊を敵へ嗾けて
尚も縋り付いてくる敵は霊ごと妖刀で切り裂きます
体はあげません。解放もしてあげませんよ
私の糧になる事以上の幸せなんて無いのですから
このハレルヤこそが楽園そのものである、と
ハレルヤこそが救いの糸そのものである、と
皆早く気付けると良いですね



●即ち、其れを望むことこそが
 賛美の声が聞こえる。
 想いを謡い、理想郷を描き、楽園を称賛する。耳障りな愚かしい声だ。
 夕闇が揺らぐ世界の最中、晴夜は目の前に現れた者達を見遣った。彼の視線は冷たく、侮蔑が混じっているかのように見える。
 裡に渦巻く負の感情を隠さぬまま、晴夜は悪食の刃を握り締めた。
「私は貴方達のような輩が嫌いなんですよね」
 楽園にいきたい。
 楽園が欲しい。
 楽園においでよ。
 そのような言葉ばかりを紡いで此方まで引き込もうとしてくる鳥達。もう人間とは呼べないものを見据えた晴夜は、溜息交じりに先程の言葉の続きを告げていく。
「頭のおかしい、もはや害悪でしかない狂った信者という存在が」
 すると翼を広げた一体が囀り始めた。
 喋っていると感じなかったのは、後頭部にある嘴の方が語り出したからだ。
「ラクエンハスバラシイトコロダヨ!」
 そのような始まりから繋がっていく楽園の鳥の演説擬き。それは晴夜にとって退屈極まりないものだった。どれも筋が通っていない話ではあったが、とても利口な晴夜は相手の意図を読んだ。
「つまらない演説ですが、つまりは楽園に行く為にハレルヤの体が欲しいんですね」
「ソウイウコト!」
「ああ、はいはい。わかりましたよ」
 演説などせずとも向こうの狙いは分かりきっている。人間の身体に付いている嘴が開いては閉じられる様を軽く見てから、晴夜は刃の切っ先を敵に差し向けた。
「でも――」
 次の瞬間、妖刀が貪ってきた悪しき魂から成る数多の霊が彼の周囲に現れる。
「この体を差し上げる前に、そのご立派な話を『彼ら』にも聞かせてあげて下さい」
 悪霊を示した晴夜は一歩後ろに下がった。
 その代わりに霊達は、まるで救いの糸を求めるかの如く楽園の鳥に群がっていく。それは一瞬のこと。腕を伸ばした悪霊達は相手の肉を引っ掻き、噛み付いては食い千切る。
「ほら。皆も楽園へ行きたいと、救いを求めているようですから」
「ヤメテ、ヤメテ!」
「止めて、止めて……!」
 後頭部の嘴と、人間体の方の口が同時に悲鳴をあげた。
 悪食から次々と顕現していく霊はそんな言葉など聞かず、善行には程遠い術で以て鳥の翼を毟っていった。
 その間に晴夜は路地のブロック塀の上に跳躍した。塀伝いに一気に敵の背後に回り込んだ晴夜は刃を振りあげる。楽園の鳥となった者の前後には霊が張り付いていたが、晴夜はそれすら纏めて切り裂いていく。
「――!」
「先程はああ言いましたが、体はあげません。解放もしてあげませんよ」
 悲鳴が元人間だったものから放たれても晴夜は動じない。断末魔すらあげられなかったものを斬り捨て、更に次の敵へと向かう。
「私の糧になる事以上の幸せなんて無いのだと、教えてあげます」
 そんな状態で生き続けていたとしても、楽園になど辿り着けやしない。
 ハレルヤこそが楽園そのものである。
 そう、このハレルヤこそが救いの糸そのものであるのだから。
 狂気の色彩に飲み込まれ、消えていく信者達を見下ろした晴夜は薄く笑んだ。その瞳の奥は夕闇よりも深い色に染まっている。
 やがて、夕暮れの路地には晴夜以外に立っている者はいなくなった。
 もう終わりですか、と呟いて周囲を見渡した彼は肩を竦める。霊達も悪食に戻っていき、周囲に静けさが満ちる。
「皆早く気付けると良いですね。楽園なんてものは……」
 悪食の刃に付着していた血を振り払った晴夜は、それ以上の言葉を紡がなかった。そうして彼はひとり、ずっと沈まない夕日を目指してゆっくりと歩き出す。
 この先で、更なる戦いが巡るのだと感じながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

…あの影は何を伝えたかったのだろうね、カグラ
カラスは何処にいったのかな

サヨ、櫻宵……!
どうしたの、こんなに震えて
噫、恐ろしいものに追いかけられたのだね
もう大丈夫だよ
怖いものは皆、私が斬るから
厄も呪いも……だから、ね?
リル!よかった、そなたも無事で
リルもいてくれるよ、サヨ

強がる姿が痛ましい
きみは何を見たのだろう
心配だ
まさか、大蛇が…


カグラはヨル達を守る結界を
心も身体も渡すわけがないだろう?
ひとつだって、あげないよ
楽園を夢見るそなたらは幸福なのだろうか

─厄神ノ微笑

私の巫女を傷つける全てを厄し、斬る

楽園とは如何なる世界なのだろうね
私にとっての楽園は何時だって
きみが、隣で笑っていてくれる世界だよ


リル・ルリ
🐟迎櫻


愛しい彩を見つけて急いで泳ぎよる

櫻!カムイ!
櫻が随分と揺れている
かれは不安定になると弱い
きっと良くないものを見た

大丈夫だよ
僕もカムイもいるんだから
三人でなら怖いのなんてないよ
強がってるなぁ
でも櫻の強さを信じて笑う

そうだね
カムイ
幸福な楽園を夢見る鳥達のようだ
この舞台は君達にはあげられない
ヨル、カグラの所で応援よろしく
ヨルは応援隊なんだ

櫻とカムイを守るように泡沫を広げ
歌う「魅惑の歌」
偽物の楽園を歌う歌なんて蕩かしおとしてあげる

吹雪く桜に厄災の微笑みに
僕は知らない過去を見た気がする

楽園っていうのは
理想が叶うことを言うのかもしれない
二人が何処か焦ってるように見えて
落ち着いてと二人の手を繋ぐんだ


誘名・櫻宵
🌸迎櫻


人を食べるなんて
そんなの
そんなのまるで
私自身を突きつけられるよう

ひとを食べても人にはなれない
どんどん化け物になっていくだけ
なのにどうして

食べてしまうの

違う
私は護龍

必死に逃げた先
名を呼ばれて抱きすくめられる
カムイ!リル!
大丈夫と撫でられる
柔い優しさに逃げ込む
二人だって追いかけられていた筈なのに
もっと強くならなきゃ
笑みを浮かべ強がる

リルの前で折れられない
カムイったら心配しすぎよ

愛する二人や皆を傷つけない為
ちゃんと立ち向かい咲けるようになるの

五月蝿いとなぎ払い
巡る神罰の桜嵐で命を喰らう
春爛漫
喰われる気持ちは如何
全部桜と咲かせてあげる

楽園なんてない
あるのは現実
あなた達と生きる世界が私の楽園よ



●楽園の在り処
 夕闇は未だ其処にある。
 暮れない紅のいろが滲む空を振り仰ぎ、カムイはちいさく呟く。
「……あの影は何を伝えたかったのだろうね、カグラ」
 そして、カラスは何処にいったのか。夕焼け空には烏が飛んでいそうではあるが、当たりは静まり返ったまま。
 頭を振って、何も伝えたいものなどなかったはずだと示したカグラは先を示す。
 曲がり角の向こうに影が見えていた。
 あの影の主こそが巫女だと察したカムイは、急ぎ駆けていく。
 その頃。
 櫻宵はその場に立ち竦んでいた。必死に逃げた後、影は消えたが不安は残ったまま。
(――嫌。人を食べるなんて。命を喰らうなんて)
 そんなの、そんなのまるで。
 自分自身を突きつけられるような感覚に陥り、櫻宵は俯いた。
 ひとを食べても人にはなれないと知っている。どんどん化け物になっていくだけであるのに、どうして。何故、食べてしまうの。
「違う、私は護龍で……」
「櫻! カムイも!」
 櫻宵が自分の影を見下ろしていると、頭上からふわりとリルが舞い降りた。同時に駆けてきたカムイが櫻宵の元に辿り着く。
「サヨ、リル! よかった、きみとそなたも無事で」
 二人共、愛しい彩を見つけて泳ぎ、走ってきた。彼らに両側から抱きすくめられた櫻宵は安堵を抱き、その名をしっかりと呼ぶ。
「カムイ! リル!」
「サヨ、櫻宵……! どうしたの、こんなに震えて」
「櫻、平気……?」
 彼が不安定になると弱いことはカムイもリルもよく知っていた。きっと良くないものを見て、恐ろしいものに追い掛けられたのだろう。
「もう大丈夫だよ」
「大丈夫だよ。僕もカムイもいるんだから」
 カムイの掌が櫻宵の額に触れ、リルの腕が肩に回される。櫻宵は撫でられる感覚と触れる柔い優しさに逃げ込みながら心を落ち着けた。
 二人だって追いかけられていた筈なのに、こうして自分のことを考えてくれている。
 そう考えると、もっと強くならなきゃ、という思いが浮かんできた。笑みを浮かべて強がる櫻宵に向けて、カムイはそうっと伝えていく。
「怖いものは皆、私が斬るから。厄も呪いも……だから、ね?」
 それにリルもいてくれる。
 カムイの言葉に続けてリルも優しく微笑んだ。
「三人でなら怖いのなんてないよ」
 櫻宵が強がっていることすら二人にはお見通し。笑む櫻宵の表情は痛ましくも感じられたが、リルは信じている。
 されどカムイは彼が何を見たのかが気になってしまう。
「心配だよ、サヨ。まさか、大蛇が……」
「カムイったら心配しすぎよ」
 櫻宵は頭を振って、リルの前では折れられないのだと示す。
 愛する二人や皆を傷つけない為にちゃんと立ち向かって咲けるようになりたい。櫻宵が抱いた思いは決して嘘や誤魔化しなどではなかった。
 するとそのとき、三人の前に楽園の鳥達が訪れる。狂気の色彩を振りまくように翼を広げた者達は口々に叫んだ。
「寄越せ!」
「その体をヨコセ!」
「寄越せヨコセ、寄越せッ!」
 その声を聞いたリルは後ろに下がり、ヨルに応援を頼む。カムイもカグラに皆を守る結界を張るように願い、喰桜を鞘から抜いた。
「心も身体も渡すわけがないだろう? ひとつだって、あげないよ」
「ええ、奪われたりもしないわ」
 続けて櫻宵も屠桜を振り抜き、煩いわね、と敵を一蹴する。じりじりと距離を詰めてくる相手との間合いを計りながら、カムイはふとした思いを零した。
「楽園を夢見るそなたらは幸福なのだろうか」
「そうだね、カムイ。かれらは幸福な楽園を夢見る鳥達のようだ」
 だが、この舞台は彼らにはあげられない。
 リルは櫻宵とカムイを守るように泡沫を広げていき、花唇をそっとひらいた。
 魅惑の歌が響き渡り、夕闇を揺らがせる。
 彼らが語り、騙っていくのは偽物の楽園の歌。どれほど素敵で素晴らしいと謳われようとも、そんなものは人魚の歌が蕩かしておとしてゆく。
 其処にカムイと櫻宵の力が巡っていった。
 黒桜を纏う厄災に重なるように吹雪く桜。その微笑みを通して、リルは知らない過去を垣間見た気がした。だが、その間も楽園の鳥達は騒ぎ立てる。
「ラクエンハステキダヨ!」
「ラクエンニオイデヨ!」
 甲高い声は敵の後頭部にある嘴から紡がれているようだ。櫻宵は五月蝿い口を黙らせるために一気に刃を薙ぎ払い、巡る神罰の桜嵐でその命を喰らっていった。
 その様子はまさに春爛漫。
「喰われる気持ちは如何? 全部、桜と咲かせてあげる」
「私の巫女を傷つけるならば全てを厄して、斬るよ」
 櫻宵の桜となって咲きゆく鳥。
 其処へカムイが施していく、縁や幸福、生命力を奪いながら不幸を齎す力。呼応し合う力は瞬く間に楽園を語る者達を消していった。
 二人の背を支え、鳥達を歌で包み込んだリルは色彩の世界を見つめる。
 そうして、彼らの前に現れた者達は狂気の中に沈んだ。その残滓を見下ろしたカムイは何気ない疑問を言葉にする。
「楽園とは如何なる世界なのだろうね」
「どうなんだろう。楽園っていうのは、理想が叶うことを言うのかもしれない」
「それなら楽園なんてないわ。あるのは現実だもの」
 リルが答え、櫻宵は俯く。
 それから櫻宵は思い直したように顔を上げて、リルとカムイを見つめた。
「あなた達と生きる世界が私の楽園よ」
「私にとっての楽園は何時だって、きみが、隣で笑っていてくれる世界だよ」
 カムイは口許をだけを緩め、櫻宵に答えてみせる。しかしリルには二人が何処か焦ってるように見えてならなかった。落ち着いて、と告げたリルは二人と手を繋ぐ。
「……櫻、カムイ」
 いこう、と告げて先を見据えたリルは夕闇の向こう側を瞳に映した。
 黄昏を越えたときのように此度も何かが巡るのだろうか。ずっと沈まない夕陽は今も三人を照らしている。
 其処に出来た影は昏く、揺らめく色彩は不穏に歪んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

橙樹・千織
楽園……ね
本当にそんなモノがあるのか疑わしいけれど
ぼうっとしている暇は無さそうね

糸桜のオーラを纏い
刃に破魔と浄化を付与する

体を寄越せと言われて
はいそうですかと渡すわけないでしょう
UCを発動させ、なぎ払いによる衝撃波を放つ

楽園が無いとは言わない
けどね
少なくとも
他人を死に追いやって作る物は楽園とは呼ばない
攻撃は見切って躱し、噛みつこうとする頭部には結界を噛ませておきましょう
その間に切断で斬捨てる

神を信じるのは自由だけれど
自分を見失ってはいけない
ものには限度というものがある
物事の分別がつく程度にしておくべきだったわね
空中戦を交え、傷口を狙い刃を振るって畳み掛け

どうか
少しでもその呪が薄れますように



●柘榴の荊
「楽園……ね」
 騒いでいる楽園の鳥の声を聞きながら、千織はぽつりと呟く。
 ただ良いことばかり並べられても信じられはしない。その声色からは語られた楽園への猜疑が感じられた。
「本当にそんなモノがあるのか疑わしいけれど――」
 ぼうっとしている暇は無さそうだと感じた千織は即座に身構える。
 相手は元人間であると聞いていたが容赦など出来ない。それらを倒すべきものだと認識している千織は糸桜のオーラを纏った。
 そして、刃に破魔と浄化の力を付与していく。
「さあ、寄越せ。寄越せ」
 千織に向けて翼の腕を伸ばす影。色彩を纏う異形の鳥は、その体が欲しいと強請った。
「体を寄越せと言われて、はいそうですかと渡すわけないでしょう」
 ――内なるものを刺し留めるは柘榴の荊。汝を縛りて断ち切らん。
 千織はユーベルコードを発動させ、薙ぎ払いによる衝撃波を放っていく。それによって敵は穿たれ、ギィ、という醜い声をあげた。
 身を翻した千織は更に刃を振るう。
 楽園、ラクエンと囀り続ける後頭部の嘴は、常に甲高い声を響かせていた。
「ラクエンハステキナトコロダヨ!」
「楽園が無いとは言わないわ」
「ラクエンニツレテッテアゲルヨ!」
 会話にすらなっていない言葉を交わし、攻撃を躱しつつ千織は首を横に振る。
「けどね、少なくとも他人を死に追いやって作る物は楽園とは呼ばないの」
 凛と宣言した千織は地を蹴った。
 尚も地面は歪んでいて、揺らめく色彩が膨らんでは弾けていた。
 そんな中でも千織は相手の攻撃は見切って躱し、噛みつこうとする頭部には結界を噛ませておく。そうすることで動きを止める狙いだ。
 そうして千織は、その間に切断の力で相手を斬り捨てていった。
「まだ、まだ足りない……」
「ラクエンヲユメミヨウ!」
 人間体の口と、頭部の嘴が同時に不可解な言葉を喋り始める。楽園への道筋を開くには多くの賛同者が必要だ、と邪神教団の教祖は語っていたらしい。
 だが、千織には分かる。
 それはただ教団員を増やして、お布施を増やすためだけの方便だということが――。
 ゆえに千織は相手の言葉に答えること無く、己が抱く思いを紡いでいった。
「神を信じるのは自由だけれど、自分を見失ってはいけない」
 ものには限度というものがあるのだと告げた千織は、一気に敵を切り裂く。影に取り込まれてしまった人間に向ける慈悲はない。
 ただ只管に刃を振るい、相手の翼を散らす千織は次々と力を振るう。
 破魔に呪詛、催眠術。それらによって行動や術に不可欠な神経とエネルギー回路を断ち切り、相手を地に伏せさせていくのみ。
「物事の分別がつく程度にしておくべきだったわね」
 千織は空中戦を交え、自分が相手に刻んだ傷口を狙い刃を振るった。畳み掛けていく千織は最後まで油断せずに戦い、そして――。
「どうか、少しでもその呪が薄れますように」
 色彩の影に沈んでいく楽園の鳥を見送り、千織はそっと刃を下ろした。
 揺らめき続ける夕闇。
 本当なら移り変わるはずの空の色は未だに、深い橙色を映していた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
楽園に行けば幸せになれると信じていたんですよね
……なのに、どうしてこんな事になったんでしょう…

どんなに皆さんが語る素晴らしいところであったとしても
私の楽園は弥彦や世一がいたあの屋敷でした
どんなにささやかでも、幸せだと思える場所があれば
そこはきっと楽園なんだと思います

……色々な色(思い)が混ざって、分らなくなったのかもしれませんね
一度白く戻しましょう

【焔翼】で自分も飛びつつ、【見切り】で攻撃をかわします
そして【援の腕】発動
問いは『「あなた」の楽園はどこにありましたか?』
「私達」ではない「あなた」が幸せだと思えた場所へ
かえりましょう
遠くなんてないですよ、きっとあなたの側に楽園はありますよ



●浄化の光
 楽園、ラクエン、らくえん。
 カイの目の前に現れた者達は口々に理想郷への思いを紡いでいる。
 それがどういった場所なのか。どのような所であるのか。語る者によって違うそれは、聞いているだけでただの幻想でしかないことが感じられる。
「楽園に行けば幸せになれると信じていたんですよね」
 理想を追い求めるだけならば、悪いことなどひとつもなかった。
 だが、今の彼らを見ているとそんなことは思えない。何故なら、楽園の鳥と化した者達は異形の化け物に成り果てているからだ。
「……なのに、どうしてこんな事になったんでしょう」
 カイがぽつりと零した疑問に答える者は何処にもいなかった。
「ラクエンハステキナトコロダヨ!」
「キミモラクエンニツレテッテアゲルヨ!」
 相手はただ同じ言葉を繰り返しているだけ。それも人間の方の口ではなく、後頭部にくっついた嘴が喋っているらしい。
「どんなに皆さんが語る素晴らしいところであったとしても、私の楽園は弥彦や世一がいたあの屋敷でした」
 先程に現れた影を思い出したカイは、ゆっくりと頭を振った。
 あれは偽物。懐かしい記憶を思い起こさせる切欠にはなったが、本当の彼ではないのだということは理解している。
 カイは身構え、化け物でしかない者達に視線を向けた。
「たとえどんなにささやかでも、幸せだと思える場所があれば、そこはきっと楽園なんだと思います」
「そんなもの、どこにもない!」
 すると人間体の方が叫んだ。自分には幸せだと思えることがない。だから楽園が欲しいのだと語った相手はカイを睨みつけていた。そして、相手は飛び上がった。
 それは果たして元の人間が抱いていた思いだったのか。
 それとも異形となってしまった故に錯乱してしまったから紡いだのか。カイは僅かに肩を竦め、焔翼で自分も飛ぶ。
「寄越せ、ヨコセ、その体を!」
 異形は尚も叫び続けた。
 楽園にいきたい。幸せが欲しい。そうして、故にカイの身体が欲しいのだ、と。
「……色々な色が混ざって、分らなくなったのかもしれませんね」
 一度白く戻しましょう、と告げたカイは敵の動きを見切って躱した。そして其処から援の腕を発動していく。
 その際に投げかけた問いは――。
「『あなた』の楽園はどこにありましたか?」
「ない、ない! そんなものなかった!」
「『私達』ではない『あなた』が幸せだと思えた場所へ、かえりましょう」
「ナイッテイッテルデショウ! ダカララクエンガホシイ!」
 すると、次は後頭部の嘴が囀り始めた。相手は人間だった頃から邪神教団に縋るしかなかった者だ。帰る場所などないと否定し続ける声や姿は哀れだ。きっと本当にそういったものがないのだろう。
 幸せも。戻る場所も。楽園への道筋も、何も持ってない。どれもが遠いものだと言う化け物は暴れていた。
 それでも――自分の思いを伝えたいと願ったカイは、そっと告げていく。
「遠くなんてないですよ、きっとあなたの側に楽園はありますよ」
 そして、カイの両腕から浄化の光が解き放たれる。
 此処であなた達を照らそう。真っ直ぐに。迷わず、あなた達が向かうべき先の、道しるべになるように。
 対象を包み込む優しい光は狂気の色彩を抑え、彼らに終わりを与えていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

尭海・有珠
楽園なら私も行きたいものだな
お前達のいう楽園とは似ても似つかなさそうだがな
きっとどこにもいけなくなる場所なんだろう

うわっ、と、こっちに来るな
距離を開けつつ、威力を高めた炎の≪憂戚の楔≫で
順に近い敵へと突き刺していく
お前らにあげるものは何もないさ
体も心ももう、とうに師匠にあげてしまった
かろうじて此処に残っているものは、そうだな、私が楽園に行く為のものではあるかもしれないが
これもその先であげてしまうものだから、やはりお前らにはやれんな

体を貫いて、一つ一つ丁寧に燃やし尽くそう
楽園にはいけないかもしれないが
楽園への願いをうわ言のように繰り返し、何処にもいけない侭の君たちを
解放することは出来るだろうから



●理想からの解放
 騒ぎ立てるように囀る鳥達。
 路地の向こう側に立ち塞がる形で現れた影を見つめ、有珠は双眸を鋭く細めた。
 楽園に行こう。
 楽園においでよ。
 其処は素晴らしいところで、何も苦しみなんてない。
 そんなことを語って翼を揺らす異形の人影は、狂気の色彩を纏っていた。
「楽園なら私も行きたいものだな」
 有珠は感じたままの言葉を返し、ゆっくりと瞼を閉じる。すぐにひらいた瞳には尚も変わらぬ狂気の色彩が映っていた。
 ただし、かれらの語る楽園と有珠が思い描くものは全く違う。
「お前達のいう楽園とは似ても似つかなさそうだがな。それはきっと、どこにもいけなくなる場所なんだろう」
 おそらくそれは楽園という名の地獄か牢獄だ。
 有珠は海昏の剣柄に触れ、大きく翼を広げた敵の動きを警戒する。次の瞬間、腕を人間の頭部に変化させた悍ましい鳥が迫ってきた。
「うわっ、と、こっちに来るな」
 咄嗟に距離を開けた有珠は海昏から魔力を巡らせ、威力を高めた炎を解き放つ。
 其処から現れたのは魔法の杭。憂戚の楔の力を解き放った有珠は一番近くの敵に狙いを定め、集中攻撃を行っていった。
 杭が突き刺さり、翼を縫い止める。それによって狂気の色彩が揺らいだ。
「寄越せ、ヨコセ!」
「体を! 楽園を!」
 楽園の鳥は更に騒いでいく。耳障りな声だと感じながら、有珠は更に力を紡いだ。
「お前らにあげるものは何もないさ」
 元より異形に与えるものはない。それに体も心ももう、とうに師匠にあげてしまったのだから。有珠はちいさく呟き、ゆるりと瞳を伏せた。
 されど敵から意識は逸らさない。
 今此処にかろうじて残っているものは――。そう考えた有珠は鳥達に告げていく。
「そうだな、私が楽園に行く為のものではあるかもしれないが、これもその先であげてしまうものだから、やはりお前らにはやれんな」
 そして、有珠は次々と魔法の杭を打ち放っていった。
 人間ではなくなったモノの体を貫いて、ひとつひとつ丁寧に。燃やし尽くして滅ぼす。
 彼らはきっと楽園にはいけないかもしれない。
 語られていた場所など何処にもなく、ただの夢物語でしかないからだ。
 だが、楽園への願いをうわ言のように繰り返しているだけの存在であるよりも、此処で終わらせてやった方が絶対に良いはず。
「何処にもいけない侭の君たちを解放することは出来るだろうから」
 さあ、終焉を。
 鋭利な氷柱が迸るが如く楔は打ち込まれる。葬送の一閃が止んだ時、有珠の周囲にはもう生きている者はいなくなっていた。やがて、倒れ伏した楽園の鳥達はすべて色彩に飲み込まれて消えてしまう。
 歪んだ狂気の色彩が揺れた。沈まぬ夕日を見上げることはせず、有珠は踵を返す。
 まだ戦いは終わっていない。
 有珠は先に進む。この夕暮れの向こうにあるものを確かめるべく――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

丸越・梓


身体を寄越せと迫ってくる彼らを見て
瞳に睫毛の影を濃くするも、それは刹那
常と変わらぬ、静かな視線を向け

そっと──手を差し伸べる。

嘗て、「ひと」であったと言うのなら──刃を向けるのは、刑事として筋違いだというものだろう。
助け、護り、導く。それが己の目指すべきところであり、使命であると考えているから。
差し出した手に噛み付かれ、その痛みに一瞬眉根を寄せるも
不敵に瞳細めその身体を抱きしめる

──俺の身体はお前たちにはあげられない。まだ、為すべきことがある。
お前たちを"楽園"には行かせてやれない。俺を存分に恨んでいい。
せめて彼らが骸の海で安らかに眠れるよう願いながら
あやす様、その背を優しく叩く。



●其れはきっと慈愛と呼ぶもの
 体を寄越せ。ヨコセ。
 寄越せ寄越せ寄越せ、寄越せ。
 何度も何度も、けたたましい鳴き声のような声が梓の耳に届いていた。少女に少年、男性に女性。様々な姿をした鳥めいた化け物は次々と迫ってくる。
 彼らすべてが楽園を求める教団の信者だったのだろう。そういったものに縋るしかなかった故に、こうなってしまったことは不幸でしかない。
 幸せを求め、不幸を手に入れてしまった。それが今の彼らだ。
 鳥達を見た梓は瞳に睫毛の影を濃くしたが、それも一瞬のこと。
 梓は常と変わらぬ静かな視線を彼らに向けて巡らせ、身構える――と思いきやそっと手を差し伸べた。
「そうか、お前達は……」
「楽園にいこう」
「お兄さんもいっしょに、さあ」
 楽園の鳥達は縋るように翼を伸ばし返す。
 それらが嘗て、『ひと』であったと言うのなら。梓は問答無用に刃を向けることはしたくなかった。そうすることは刑事として筋違いというものだろう。
 助け、護り、導く。
 それこそが己の目指すべきところであり、使命であると考えているからだ。
 だが、彼らは梓の差し出した手に噛み付いた。その痛みに一瞬だけ眉根を寄せるが、梓は不敵に瞳を細めた。そして、一番近くにいた少女の身体を抱きしめる。
 されど鳥は梓の身体に喰らいついた。
「ホシイ、ホシイ!」
「チョウダイチョウダイ!」
 その様子に気づいた他の鳥達も梓に群がって来る。
 生命力を吸い取り、梓の体を奪い取ってしまう勢いで噛み付いては啄んだ。それゆえに梓は抱きしめた少女の鳥を離すしかなかった。
 このまま、体が欲しいと強請るそれらに食い尽くされてしまうわけにはいかない。
 それに既に手は打ってある。
「――俺の身体はお前たちにはあげられない」
 梓は首を振り、すまない、と告げる。
 あげられない理由は簡単だ。まだ、為すべきことがあるゆえ。
「お前たちを“楽園”には行かせてやれない。俺を存分に恨んでいい」
 だから、と梓は願いを籠める。
 先程に抱きしめたこと自体が彼の狙っていた行動だった。それはオブリビオンたらしめる根源だけを消し去るものとなっていた。
 それによってオブリビオンでいられなくなった者達が倒れていく。
 深い色彩に飲まれていく楽園の鳥達を見送り、梓は俯いた。地面の色彩は狂ったように脈打ちながら信者だった者を覆い尽くしている。
 せめて彼らが骸の海で安らかに眠れるよう願いながら、梓は最後に残った個体にもう一度手を伸ばした。そして、あやすようにその背を優しく叩く。
 刹那、それは霧散していった。
 この世に存在できなくなったものとして、静かに消滅した子達に梓は言葉を向ける。
 ――おやすみ、と。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

朝日奈・祈里
楽園とやらは、随分と血生臭い所のようだな?
いいよ。骸の海という楽園へ送ってやろう

迷えるUDCを導くのもまた、天才の責務だ
来い、イフリート!
ぜんぶ燃やしちゃえッ!

噛みつかれないように距離を取って
炎を操り倒していこう
空も飛べるみたいだし、ぼくが飛ぶのは得策じゃない
建物を上手く使って動線を制御
大丈夫、ぼくさまのフィールドだ

チラつく紫が忌々しい
ぼくの知ってる紫は、もっともっと綺麗な色だった
燃やせ、燃やし尽くせ!
ぼくの好きを上書きさせてたまるかよ!

おまえらの言う楽園はわからんが
ぼくの理想郷はそこじゃない
この手で、この目で、この足で
いつか辿り着いてやる



●その手に掴み取る未来
 一緒に歌おう。
 体を委ねて、共に進もう。其処には苦しくも悲しくもない世界があるから。
 歌うように紡がれる誘いは甘く、優しく響いていた。されどそれは見かけだけのものであり、本当は恐ろしい。
「楽園とやらは、随分と血腥い所のようだな?」
 目の前に現れた者達を見遣り、祈里は長杖を構えてみせた。祈里の前にいるのは少女の姿をしたものだ。邪神教団に親が属していたのだろうか。経緯は知れないが、彼女もまた楽園を謳うモノになっていた。
「一緒に歌おう♪」
「イッショニウタオウ!」
 少女の口と後頭部に生えた嘴が同じことを語る。
 片方はあどけない声。もう片方は耳障りな甲高い声だ。重なった声に不気味さを感じながらも、祈里はしかと相手を捉えた。
「いいよ。骸の海という楽園へ送ってやろう」
 迷える者であるアンディファインド・クリーチャーを導くのもまた、天才の責務。
 ――コード:イフリート。
 祈里が魔力を紡ぐと赤いメッシュがふんわりと浮かんだ。其処から現れた焔の精霊を呼んだ少女は楽園の鳥達に杖先を向けた。
「来い、イフリート! ぜんぶ燃やしちゃえッ!」
 魔力と血液を喰らって顕現したイフリートは紅蓮の焔を解き放っていく。
 祈里自身は相手に噛みつかれないように距離を取った。炎を操り、敵を躱していけば一体ずつ相手が倒れゆく。
 何体かは祈里を追って空を飛んできたが、素早く駆けて塀の後ろに回り込む。
 ちいさな少女であるゆえに狭いところに潜り込むのも容易だ。建物や遮蔽物を用いることで動線を制御していく祈里は上手く攻撃から逃れていった。
「大丈夫、ここだってぼくさまのフィールドだ」
 祈里は自信を持って戦い続ける。
 だが、脳裏にチラつくのは紫の色。周囲に渦巻く狂気の色彩の中にその紫が見えた気がして、何とも言えない気持ちが巡る。
 違う、と呟いた祈里は色彩の紫から視線を逸した。
「こんなんじゃない。ぼくの知ってる紫は、もっともっと綺麗な色だった」
 されど、あたりを包む色彩は常に揺れ動いている。目を逸らしても否応なしに視界に飛び込んでくる色は実に忌々しい。どうあっても消えないならば消してやればいいと考えた祈里は、再び精霊を呼ぶ。
「……やれ、イフリート。燃やせ、燃やし尽くせ!」
 ――ぼくの好きを上書きさせてたまるか。
 狂気が滲む色を見据え、祈里の力を受けたイフリートは炎を散らしてゆく。その間もずっと楽園の鳥達は理想を語る歌を紡いでいた。
「楽園においでよ」
「ラクエンニイコウ」
「楽園はすてきだよ」
「ラクエンハスバラシイヨ」
 どれもが熱に浮かされたような曖昧な言葉だ。祈里は頭を振り、そんなところには行きたくないとはっきり宣言した。
「おまえらの言う楽園はわからんが、ぼくの理想郷はそこじゃない」
 凛とした声で告げた祈里は炎を巻き起こし、周囲の化け物達を葬っていった。
 理想は己で描いていくもの。
 楽園は自分で見つけるもの。
 この手で、この目で、この足で――いつか辿り着いてやるものなのだから。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

蘭・七結
誘い惑わす声は
わたしを追わう声は何処に?
知らぬ間に振り切れてしまったよう
残り香ひとつ感じやしない

嗚呼、とても残念ね
何方もすきとは述べてみたけれど
やはり鬼ごっこは、背を追う側が好ましい


いびつね


その楽園とやらは何処に存在をするの
誰も彼もが笑い合うしあわせの空間
理想郷なぞ、あるのかしら

心も体も絡め取られて
なんと嘆かわしいのでしょうね

ほんとうの救いなんて、存在しない
わたしが、わたしの思うままに
わたしが思うとおりに成し示すのみ

歪に繋がった身を、縁を絶ちましょう
現に留めるいとは不要でしょう
その姿も声も、すべて憶えているわ

つがう白蝶がはためいている
見守るあなたは、語る言葉を持たない

これで、よかったのでしょう



●夕闇に君は
 それは楽園への呼び声。
 幼い声が響いたかと思うと、急に大人の女性の声になる。更には野太い男性の声が聞こえ、それが少年の声に戻っていく。
 ――楽園においでよ。
 そういって誘い惑わす声が次第に近くなってくる。
 その声は聞き覚えのあるものではなく、誰か知らない人のものばかりだ。
(わたしを追わう声は何処に?)
 七結は振り返り、影を探す。もう何処にも居ないそれは知らぬ間に振り切れてしまったようだ。残り香ひとつ感じやしないことがどうしてか心淋しい。
 そう感じるのは、鬼ごっこが完全に終わってしまったことを実感したから。
「嗚呼、とても残念ね」
 何方もすきとは述べてみたけれど――やはり鬼ごっこは、背を追う側が好ましい。
 七結は自分の心の在り方を改めて確かめ、そうっと呟いた。
「いびつね」
 それは己に向けるものでもあり、目の前に現れた楽園の鳥達に対する言葉でもある。
 ――楽園は素敵なところだよ。
 知らない少女の声がそのように語り、翼の腕を差し伸べてきた。しかし、七結はそれらに近付いたり手を取ったりなどしない。
 ねえ、と静かに呼び掛け返した七結は鳥達に問いかけていく。
「その楽園とやらは何処に存在するの」
 かれらの言葉が本当なら、其処は誰も彼もが笑い合うしあわせの空間だ。所謂、桃源郷だとか理想郷と呼べる場所だが、いつだって夢物語だとされるものに過ぎない。
「そんなところなぞ、あるのかしら」
「アルヨ! アルヨ!」
 すると七結の言葉に対して、相手の後頭部にある嘴が無責任に答える。それにつられて人間体の方も喋りはじめた。
「あるよ。楽園は、あるの。きっと何処かに……」
 その声は虚ろだ。少女の声をしたそれはどうやら操られているらしい。無理矢理に楽園への称賛を声にさせられているのだと感じて、七結はじいっと彼女を見遣る。
「心も体も絡め取られてなんと嘆かわしいのでしょうね」
 あれでは生きているとは呼べない。
 ほんとうの救いなんて、存在しない。少なくともあの状態では死んでいるも同じ。
 救いとは他に求めるものではない。七結が黒鍵の刃を差し向けると、相手は震える声で問いかけてきた。
「楽園は、何処にあるの? あなたにとって、それは――」
「ラクエンハアルヨ! オイデヨ!」
 質問は途中で止まってしまった。その理由は後ろの嘴が声を遮ったからだ。対する七結は刃を振り上げ、一気に地を蹴る。
「わたしが、わたしの思うままに、わたしが思うとおりに成し示すのみ」
 彼女はそれを質問への答えとして、いとを断つべく駆けた。
 これは歪に繋がった身を、縁を絶つもの。貴方達を現に留めるいとは不要だから糸を切るように素早く。そうして、彼女は相手に終わりを齎した。
「その姿も声も、すべて憶えているわ」
 だから、おやすみなさい。
 七結が黒鍵の刃を振り下ろせば、楽園の鳥達は次々と倒れていく。
 やがて周囲に誰も居なくなったとき、不意につがう白蝶がはためいた。見守る彼は語る言葉を持たない。何も語られやしないが、七結はそれでも構わないと考えていた。
「これで、よかったのでしょう」
 七結は刃を仕舞い、蝶が舞う夕暮れ空を見上げながら静かに歩き出す。
 そして、その向こう側には――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『お友達』

POW   :    あなたも誰かの特別なのね
【恨みの言葉】が命中した対象を燃やす。放たれた【敵対者はあらゆる手段を以っても消せない】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
SPD   :    私はここにいるわ
【共に過ごした思い出】【忘れ去られた事実】【誰かにとっての特別になりたいという欲求】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    思い出して
自身が【かつて友と交わした言葉を呟いて】いる間、レベルm半径内の対象全てに【裏切られたのではという強い疑念】によるダメージか【楽しかった頃の思い出】による治癒を与え続ける。

イラスト:ぬる

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠斬断・彩萌です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●夕闇にあなたを探して
 あの子は結婚して、子に与えられた。
 あの子は一緒に灰となって逝った。みんな、みんな、誰かの特別になった。
 それなのに。
 私は誰にとっても『特別』じゃないまま。だから、悔しくて寂しい。
 お友達が欲しい。お友達を探さなきゃ。ねえ、誰か。私とずっと一緒にいて。
 
 猟兵達が辿り着いた先。
 永遠に続く夕暮れの中で影が揺れていた。
 公園のブランコに腰掛けているそれは、人間の身体を得た人形だ。彼女は髪が伸びる呪いの人形として怪しいオカルトショップに置かれ、長年埃を被っていた。それはやがて邪神教団に買い取られ、儀式の道具として使われていたものだという。
 人形とは本来、誰かの友達であるべきものだ。
 嬉しいときは一緒に喜びを分かちあい、悲しいときは寄り添う。そういったものだと少女人形は考えている。
「……あら?」
 少女人形は猟兵達の到来に気付き、ブランコから立ち上がる。
「あなたたち、隠れ鬼をしていた子達ね。おいかけっこは楽しかった?」
 くすくすと笑った人形は猟兵達のことを不思議な力で視ていた。そして、この空間に永遠に留まるのに相応しい相手として、猟兵を甚く気に入っていたらしい。
 人形は語る。
 あなたたちが黄昏時に垣間見たのは、無意識に望んだお友達の姿。
 影の君。今此処にいる君。
「――夕闇の中で『君』を探していたのは、本当はどっち?」
 ねえ、教えて。
 人形は尚もくすりと笑いながら問いかけてくる。まるで、その答えを知れば友達を得られるのだと思っているかのように。外なる邪神の影響を受けてしまった人形もまた、狂気に染まっているようだ。
 このままでは猟兵はこの夕闇の世界に閉じ込められたままになり、まだ異空間に取り込まれていない領域までもが次第に侵されていく。
 そうなる前にこの人形を屠り、発狂した世界を元に戻す。それが猟兵の役目だ。
 そして、人形は笑みを深める。
「誰か……ううん、そこのあなた。私と遊びましょ――」
 ずっと、ずうっと。永遠に。
 
牧杜・詞
だれかの『特別』になりたかった、友達になりたかった、というのは解るわね。
だから、『永遠に』というのは無理だけれど、遊んで欲しい、というのなら構わないわ。

そう言うと【鉄和泉】を構えて【識の境界】を発動させ、ひと息に【切り込】むわね。
大振りの攻撃ではさすがに防がれそうだけど、遊んであげる、って言っちゃったしね。
「『災魔の遊び』というなら、こういうことでしょう?」

相手は力ある災魔。まさか一撃では終わらないだろうから、たくさん『遊び』ましょう。
でも殺してしまう相手なのだから『永遠に』はありえない。

あなたが人形であったときに出会えていたなら、
お友達にはなれたかもしれないけどね。そこは残念だわ。



●有り得ない永遠
 夕日を背にした人形が此方に視線を向けてきている。
 詞は人形の瞳を見つめ返した。硝子玉のような左右非対称の双眼は夕闇の色を映し込んでおり、妙に妖しく光っている。
「あなたは私とお友達になってくれる?」
 人形からの問いかけに対し、詞は真っ直ぐな眼差しを向けたまま答えていく。
「だれかの『特別』になりたかった、友達になりたかった、というのは解るわね」
「そう、だったら――」
 嬉しげに人形が微笑んだ。そして、詞は言葉を続ける。
「だから、此処で『永遠に』というのは無理だけれど、今この時に遊んで欲しい、というのなら構わないわ」
 詞はそう言うと鉄和泉を構えた。
 人形はくすくすと笑い、片手を伸ばしてくる。
「今だけ? でも大丈夫。もう少ししたらずっと遊んでいたくなるはずよ」
 何故か自信満々に人形は語った。おそらくはこの場所に長く居すぎると狂気に陥るからだろう。猟兵達が狂ってしまえば人形の思うまま。
 だが、それを友達と呼べるかどうかは怪しいものだ。やはりこの人形は正しいことや道理の通ったこととは正反対の位置にいる。
 そう感じた詞は識の境界を発動させていった。衝動を解放することで殺人鬼モードに移った彼女はひといきに切り込む。
 すると、対する人形はふわりとした微笑みを見せた。
「以前にね、あなたに似た子に遊んでもらったことがあるの」
 振るわれた鉄和泉を後ろに下がることで躱した相手は、更に語っていく。
 髪が伸びたから切ってあげる、と言われてハサミを持ち出された。切られた髪が地面に落ちていく様を硝子玉の瞳に映していたのだと話した人形は楽しげだ。
「……それから?」
「ええ、それっきりよ。髪は切られたままギザギザで……整えてもらえなくて」
 詞が問いかけると、人形は忘れ去られた事実を告げた。
 誰かにとっての特別になりたいという欲求が叶えられなかったのだと相手が語ると、その周囲に奇妙なオーラが纏わりつき始めた。
 その間に詞がもう一閃を叩き込む。
 大振りの攻撃ではさすがに防がれそうだと予想してはいたが、先程に遊んであげると言ったばかりだ。
「ほら、『災魔の遊び』というなら、こういうことでしょう?」
「災魔? いいえ、今の私は邪神」
 詞の言葉に対して人形は、自分が外なる邪神の一部であることを示した。
 呼び名などどちらでも構わないけれど、と告げた人形は詞に迫ってくる。詞は油断せず、相手が力ある者だと認めている。
「そうね、まさか一撃では終わらないだろうから、たくさん『遊び』ましょう」
「もっと、もっと遊びましょう!」
「でも殺してしまう相手なのだから『永遠に』はありえないわ」
「あら? 私はあなたを殺さないわ」
 二人の攻撃が交錯する中、言葉も交わされていく。だが、会話は噛み合っていない。詞は人形を殺す気でいるが、人形は倒されることなどひとつも考えていなかった。それゆえに自分が詞を殺すはずがないと語っているのだ。
 何処までも平行線なのだとかんじながら、詞は鉄和泉を構え直す。
「あなたが人形であったときに出会えていたなら、お友達にはなれたかもしれないけどね。そこは残念だわ」
「今でも遅くないの。さあ、お友達になりましょ」
 人形は再び手を伸ばす。
 この世界に猟兵達を閉じ込めて、永遠の友達にするために。
 滲む夕闇と色彩は未だに世界を侵している。そうして、戦いは続いてゆく。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

フリル・インレアン
ふぇ、そうなんですね。
記憶をなくして、アヒルさんと作ってきた思い出を大事にして生きてきましたけど、当然私にも記憶をなくす前の世界に友達がいるんですよね。
そして、その人達からしたら、今の私は裏切りものなんですね。
ふええ!?アヒルさんどうしたんですか。
邪神に取り込まれるなって、でも本当のことじゃないですか。
ふぇ?記憶をなくしている今の状態で謝られたって、意味がないって、そうですね、ちゃんと記憶を取り戻してから、ちゃんと謝りましょう。
ガジェットショータイムで今の想いを残しておきましょう。



●思い出のかたち
 夕闇の彩がずっと空にある領域は暮れない。
 本当に永遠が続いていきそうだと感じながらも、フリルはこの空間から抜け出すための戦いに挑んでいた。その中で人形は不思議なことを語る。
 ――ねえ、教えて。
 そのような言葉で締め括られた問いかけに対し、フリルはハッとした。
「ふぇ、そうなんですね」
 記憶の欠片を探していたのは自分かもしれない。
 忘れてしまっていて思い出せない嘗ての友人。その子が影になって現れたのだとしたら、無意識下で友達を探していたのはフリルの方になる。
 なるほど、と頷いた彼女はアヒルさんを見つめた。
「記憶をなくして、アヒルさんと作ってきた思い出を大事にして生きてきましたけど、当然私にも記憶をなくす前の世界に友達がいるんですよね」
 そして、フリルは思い至る。
 アヒルさんは小首を傾げる仕草をしていた。どうしたのかと問いかけるような視線が返ってきたので、フリルは思ったままのことを言葉にする。
「その人達からしたら、今の私は……」
 あちらは覚えているのに、こちらは忘れ去ってしまっていること。これは即ち裏切りとなるのではないか。目の前にいる人形は忘れられた側であり、そのことに悲しみを覚えているという。
 だからこそあんなに友達を求めるのだろう。人形としての嘗ての友人にはもう会えないと分かっているゆえに新たな友を探している。この人形――オブリビオンは今、フリルが永遠に遊んでくれる友達になれるかどうかを試しているらしい。
 フリルはぞくりとした感覚を抱いた。同時に憐憫めいた気持ちも浮かんでくる。
 そのとき、フリルの傍に居たガジェットが動いた。
「ふええ!? アヒルさんどうしたんですか」
 帽子の上からフリルを激しく突付くアヒルさんは少し怒っているようだ。どうやら、惑わされるなと言っているらしい。
「邪神に取り込まれるなって、でも本当のことじゃないですか」
 フリルは首を横に振った。
 忘れてしまった友達に謝りたい。覚えていないからといって逃げてしまったことにごめんなさいを言いたい、とフリルが話すとアヒルさんは更に頭を突いた。
「ふぇ? 記憶をなくしている今の状態で謝られたって、意味がないって……」
 謝りたくなったのはおそらく人形の放つオーラのせいだ。
 誰かにとっての特別になりたいという欲求が状態異常――つまり、狂気となってフリルに襲いかかってきている。そんなものに負けないように気をしっかりと持ったフリルは真っ直ぐに前を見つめた。
「そうですね、ちゃんと記憶を取り戻してから、ちゃんと謝りましょう」
 ――ガジェットショータイム。
 フリルが召喚したのは変な形をしたカメラだ。せめてこの一瞬を切り取って、今の想いを残しておくためにシャッターを切る。それが今のフリルに出来ることだ。
 そして、ガジェットが動き始める。
 夕暮れの町に巡るシャッター音は何処か切なく、戦いの終わりまで響いていた。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

ミュゲット・ストロベリー


…ん、おいかけっこは楽しかったか……ね。ええ、すごく。でもお遊びはもう終わりよ。ミュゲ達はここを出ていく。だから……わかるわよね?

最後にミュゲが、遊んであげる。
数ある擬似神装の術式の一つ、ミュゲの得意とする霊剣ミストルティンと聖盾アイギスで、さあ、遊びましょ。
…ん、騎士さんみたいでしょ。貴方はさながら、騎士さんに成敗される悪党、といったところね。なかなか絵になるわ。

楽しい? だけど、ミュゲは貴方の『友達』じゃないわ。
もう遊びは終わりよ。ミストルティンの術式を全て解除し、UCを発動。
…ん、それなりに楽しかったわ。ありがと。
ーーーでもお別れよ。



●友達ではない子
 夕闇の世界は未だ続いている。
 ミュゲットはその中でそっと頷き、人形から紡がれる言葉や問いかけを聞いていた。
 隠れ鬼は楽しかったか。探していたのは誰だったのか。
 そういって様々な言葉を一方的に告げてきた相手だったが、ミュゲットはしっかりと答えを返していく。
「……ん、おいかけっこは楽しかったか……ね。ええ、すごく」
「だったら、ずっと遊びましょ」
 対する人形は嬉しそうに一歩ずつ、ゆっくりと歩み寄ってくる。
 しかし、ミュゲットは頭を振りながら人形から一歩分だけ遠ざかった。
「でもお遊びはもう終わりよ」
「どうして?」
「ミュゲ達はここを出ていく。だから……わかるわよね?」
 硝子玉の瞳とミュゲットの左右非対称の瞳。色は違えど少しだけ似ている双方の視線が交差したとき、戦意が巡った。
 どうやら人形は力尽くでも猟兵達を引き止めるつもりらしい。
 この領域の夕暮れは終わらない。夜はもう訪れない。つまりは遊んでいられる時間が永遠に続くということだ。
「だめよ、出て行かせない」
「最後にミュゲが、遊んであげる」
「いやよ、最後なんて……!」
 せめてもの慈悲だというようにミュゲットが語ると、人形は声を荒らげた。
 折角ヒトと同じ形になったのに。折角こうして遊べる領域を作ったのに。
 ぶつぶつと呟いている人形は、もう忘れられたくないのだと語っていく。それによって、人形の憎悪が織り成すオーラが強くなっていった。
 対するミュゲットは即座に防御に入る。数ある擬似神装の術式のひとつである霊剣ミストルティンと聖盾アイギスを構えた彼女はオーラをしかと受け止めていなした。
「これがミュゲの得意とするものなの。さあ、遊びましょ」
「嫌、いや、イヤよ!」
 人形は駄々を捏ねるように首を振り、狂気を宿す力を巡らせる。その一閃はひらりと避け、ミュゲットは盾を構えてみせた。
「……ん、騎士さんみたいでしょ」
 盾を相手に見せたミュゲットは瞳を逸らさない。
 人形もまた、此方をじっと見つめ返していた。そうしてミュゲットは最後になるであろうごっこ遊びの内容を伝えていく。
「たとえるなら……貴方はさながら、騎士さんに成敗される悪党、といったところね。なかなか絵になるわ」
「私、悪役は遠慮したいの。もっと楽しい遊びがいいわ!」
 人形は我儘を言いながらミュゲットをこの領域の狂気に落とそうとしてくる。だが、そのような力に屈する彼女ではない。
「楽しい? だけど、ミュゲは貴方の『友達』じゃないわ」
「そう……」
 ミュゲットが言い切ると、人形は悲しげに肩を落とした。それ以上は何も語らなくなった人形は、此方とは友達になれないことを知って諦めたのだろう。
「もう遊びは終わりよ」
 其処からミュゲットはミストルティンの術式を全て解除していく。発動した力によって霊剣から聖穹となった得物は鋭く迸った。
 人形は激しい衝撃を受けながらも何とか身を翻し、別の猟兵の元に駆けていく。
 その後ろ姿を見送ったミュゲットは敢えて相手を追わなかった。
「……ん、それなりに楽しかったわ。ありがと」
 ――でもお別れよ。
 別離を告げる少女の声は、もうすぐ終わりを迎える夕暮れの狭間で静かに響いた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
◎△
人に笑っていて欲しい、悲しんでほしくない
成長する姿を見守っていきたい
……だからこそ、人を閉じ込めてはいけないんです

……はい、一緒に遊びましょう
でも、日が暮れたら家に帰る時間です
だからこれが最後のおいかけっこです

【アルカナ・グロウ】発動
今度は私が鬼です。
公園内の【地形の利用】や早さで攻撃を回避
【破魔】の力をのせた薙刀で攻撃します

つかまえました。これで追いかけっこは終わりです

たとえ討たなくてはならなくても、少しでも遊んだ記憶がのこるように。
今度はどうか大切にしてくれる人と出会えますように



●ヒトへの思い
 人に笑っていて欲しい、悲しんでほしくない。
 成長する姿を見守っていきたい。そう語ったカイは人形を瞳に映した。まったく同じとは決しては言わないが、自分だってあの人形と似た立場だった。
「……だからこそ、人を閉じ込めてはいけないんです」
「閉じ込める? ううん、みんなきっと自分からここにいたいって言うわ」
 カイの呼び掛けに対して人形は首を振る。
 どうやら此方の言っていることを注意や助言として受け取ってはいないらしい。目の前にいるのは友達になってくれそうな相手だという認識で人形は動いている。
 そして、人形は呼び掛け返す。
「遊びましょ」
「……はい、一緒に遊びましょう」
 人形の誘いに対してカイは頷いて答えた。すると相手は穏やかに笑いながら、カイに歩み寄ってくる。
「何をして遊ぶ? あなたはどんなことが好き?」
「でも、日が暮れたら家に帰る時間です。だからこれが最後のおいかけっこです」
「大丈夫よ。ここではずっと日が暮れないの」
 カイの言葉に対して人形は語る。夕暮れが終わらない。つまりこの遊びは最後にはならない。そう告げたいのだと察したカイは、相手に話が通じないことを理解した。
 それならば、と身構えたカイはユーベルコードを発動していく。
 発動、アルカナ・グロウ。
 審判のアルカナを、強い意志で正位置に戻す。そうすればアルカナの持つ力が運命を切り開く力へと変わっていき、カイの反応速度が爆発的に増大していく。
 そのとき、声が聞こえた。
(一時一時の、心の強さに、その優しさに、力を貸しましょう)
 ただし、これは解除するまで寿命を削るものだ。あまりゆっくりと時間は掛けられないとして、カイは駆け出した。
「今度は私が鬼です」
 公園内の地形を利用した彼は増大した速さで以て素早く人形に追い縋り、破魔の力を乗せた薙刀を振るう。逃げ遅れた人形は穿たれ、後ろに仰け反った。
 その姿を捉えたカイは凛と告げていく。
「つかまえました。これで追いかけっこは終わりです」
「いやよ、終わらないわ」
 対する人形は傷ついた身体を抑えながら、するりとカイの元から逃げ出した。私が鬼になりたいのに、という言葉を紡ぎながら彼女は駆けていく。
 その後を追い、カイは薙刀をしかと構えた。
 たとえ相手がただ友達を求めるだけのものであったとしても、邪神の力が其処にあるのならば容赦は出来ない。
 それに――たとえ討たなくてはならなくても、少しでも遊んだ記憶がのこるように。
「今度はどうか大切にしてくれる人と出会えますように」
 最後への思いを言葉にしたカイは人形の背を見つめた。戦いが終わりを迎えれば、この夕闇も消えてしまう。それも時間の問題だと感じながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
裏切られることも楽しい思い出もほとんどなかったなぁ…
死霊は、自分の半身であって、魂の半分であって、裏切られるとも思えない
かつて『家族』と呼んだ存在には、裏切られた、というより、捨てられた
…ので、そんな言葉を囁かれても、首を傾げるのみ
…ごめんね、あなたのその感情は、あまり理解できないの

理解できない…とはいえ
友達は強要で出来るものではない、これぐらいはわかる
こうして無理やりに人を捕らえては、永遠に本当の友達を作れないの
そして…
ずっと一緒、とはどれぐらい重い言葉か
あなたはわかるか?

死霊を解放し、騎士には自分を守ってもらい、蛇竜に彼女を攻撃させる



●理解と不可解
 暮れない景色の中、人形は駆けていた。
 まだ倒れるわけにはいかないというように攻撃を仕掛ける猟兵から逃げている。
 その前に立ち塞がるように凛と佇んでいるのはレザリアだ。夕闇が滲み、色彩が揺らぎ続ける領域はもう見飽きてしまった。
 この景色を終わらせるため、レザリアは人形を阻む。
「裏切られることも楽しい思い出もほとんどなかったなぁ……」
 思うのは人形が抱くという裏切りや記憶のこと。
 先程に他の猟兵へと人形が語っていたことを聞き、レザリアは考えていた。
 死霊は己の半身であって、魂の半分でもある。それゆえに裏切られるとも思えない。そして、かつてレザリアが『家族』と呼んだ存在には、裏切られたというよりも捨てられたと表す方が近かった。
 そのことを人形に告げたレザリアは、首を傾げてみせた。
「……ので、そんな言葉を囁かれても分からない」
「そうだったの。あなた、悲しい生き方をしてきたのね」
 レザリアの境遇を聞いた人形は感想を言葉にする。しかし、レザリアはそのような哀れみなど受け取らなかった。
「悲しいかどうかは自分で決めるから、大丈夫。でもごめんね、あなたのその感情は、あまり理解できないの」
「そう……。理解できなくたっていいわ」
 人形は首を振り、あなたとは友達になれなさそう、と呟いた。
 彼女は自分を大事にしてくれる相手を選ぼうとしているらしい。それから、人形はかつて友と交わした言葉を呟いていく。不明瞭で聞こえ辛いが、此処には居ない誰かと話しているかのような声が響いていた。
 レザリアはその言葉を聞かないようにしながら、静かに身構える。
 やはり理解はできない。とはいえ、友達になることを強要できるものではないということくらいは分かっていた。
「こうして無理やりに人を捕らえては、永遠に本当の友達を作れないの」
「いいえ、いずれはみんなこの場所の素晴らしさに気付くはずよ」
 言葉を交わす二人の意見は噛み合わない。
 静かに沈んだ狂気に陥った人形と、正気を保っている猟兵。双方の話はきっといつまで経っても平行線のままだろう。
「そして……ずっと一緒、とはどれぐらい重い言葉か、あなたはわかっている?」
「重い思いも、想いになれば……そうすれば私は――」
 特別になれるの、と人形は叫んだ。
 されどレザリアは相手からの疑念の力をいなし、死霊を解放していく。
 騎士には自分を守ってもらい、蛇竜には人形を攻撃させた。そうすれば人形の力は徐々に削られていき、戦いは少しずつ猟兵の有利に傾いていく。
 夕暮れは物悲しい。
 終幕の時間が近付いている空間で、レザリアはじっと敵を見つめ続けた。
 その先に穏やかな夜が続いていくことを識りながら――。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

五条・巴
ここで遊んだら君は誰かの特別になれるのかい?君が特別にするの?特別にしてもらうの?
ずっと一緒にいるからって、特別にはなれないよ。
人によっては家族や友人とは別に「特別」と思えるものがあるかもしれない。

…僕にとって誠一郎は特別だけど、誠一郎の「特別」が僕であったかはわからないよ。
それと同じ。

君の望みは僕の望みと近いね。
──誰かの特別になりたい

ぼくは、誰かにとって永遠の、忘れられない存在になりたい

でも僕は誰かの特別にはなれない、きっと。
だって、誰かひとりの特別よりも、多くの記憶(記録)を望んだから。

たった1人の、君から貰う「特別」に、僕は僕の「特別」を返せないよ。
ごめんね。

僕は皆の月になりたいんだ



●特別という意味
 公園の奥にあるブランコが影を纏い、ゆらゆらと左右に揺れていた。
 夕暮れに佇む彼女――人形が語る言葉には違和がある。疑問を覚えた巴はいきなり攻撃などはせず、先ず問いかけてみることにした。
「ここで遊んだら君は誰かの特別になれるのかい?」
「ええ」
「君が特別にするの?」
「そうよ」
「それとも特別にしてもらうの?」
「その通りよ」
 巴が並べた疑問に対して、どれも正解だと告げた人形は微笑む。
 此処には永遠の夕暮れと色彩が呼ぶ狂気が満ちている。その色に染まれば何の疑問もなく楽しく、ずっとずっと此処で遊んでいられるのだという。
 人形の言葉を聞き、巴は首を横に振った。
「ずっと一緒にいるからって、特別にはなれないよ」
「そんなことはないわ」
「人によっては家族や友人とは別に『特別』と思えるものがあるかもしれないけれど」
「絶対に仲良くなれるわ、私達」
 巴に対して人形はにこやかに話しかけてくる。
 一歩近付かれたが、巴はわざと人形との距離を開けた。違うんだ、と話した巴は自分の場合を語っていく。
「……僕にとって誠一郎は特別だけど、誠一郎の『特別』が僕であったかどうかはわからないよ。それと同じ」
「同じ? 私は誠一郎ではないのに……同じにするの?」
「そういうことじゃないよ」
 きょとんとした人形に再び頭を振ってみせ、巴は肩を竦めた。彼女に例え話や説得めいた言葉は通じないようだ。もしかすればまともな会話さえ不可能かもしれない。
 すると人形は妙案を思い付いたといって、くすりと笑む。
「そうだわ。私にその名前を付けて。少し変だけど誠一郎って名前を、」
「駄目」
 だが、すかさず巴が言葉を遮った。
 人形は瞼をぱちぱちと瞬かせ、残念そうに瞳を伏せる。わかったわ、とだけ呟いた人形は巴と友人になることを諦めたようだ。
 懸命だと答えた巴はそっと誓いを立てた。月になるという思いが巡ると同時に彼は真の姿に変身していく。
「君の望みは僕の望みと近いね」
 ――誰かの特別になりたい。
 きっとそうなのだと感じた巴は己の思いを声に乗せた。
「ぼくは、誰かにとって永遠の、忘れられない存在になりたいんだ。でも……」
「でも?」
 人形は首を傾げ、巴の次の言葉を待っていた。巴は人形の周囲に炎が現れていくことを感じながらも凛と立ち続ける。
「僕は誰かの特別にはなれない、きっと」
「どうして?」
「だって、誰かひとりの特別よりも、多くの記憶を望んだから」
 記憶は記録。
 それは即ち、彼女の思いには応えられないということ。
「たった一人の、君から貰う『特別』に、僕は僕の『特別』を返せないよ」
 ごめんね、と一言だけ謝った巴は人形を拒絶した。其処から巡る戦いの中で、彼は確固たる信念と理想を掲げていく。

 だって、誓ったから。
 僕は皆の月になりたいんだ、って――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

珂神・灯埜

あの鬼事が楽しかったか解らない
でも懐かしかった
灯環が生きていた時を思い出した

探していたのはボクかもしれない
あの日々を取り戻したくて
でも取り戻せない
ボクが壊したから

鞘から刀を抜いて一閃振るう
使えるものは何でも使う主義でね
ボクには手足や鞘もある
綺麗な戦い方は合わないんだ
攻撃が入ればUCの鎖で拘束しよう

ボクたちを創った男の戯れに二人で馬鹿のように踊ったさ
刀を振るい神力を放ち
傷付き傷付けられて血色を流した

裏切りも慣れてるさ
ボクは戦神として創られた
ただ勝利を求められ畏怖され続けた神
信じるのは積み重ねた己の力のみ

オマエの友達にはなれない、今はね
巡り廻ってまた逢えたら
次はオマエと一緒に鬼事でもしようか



●神として
 隠れ鬼が楽しかったか、否か。
 人形から問われたことについて考え、灯埜は軽く首を傾げてみせた。彼女の口から零れ落ちたのは素直な感想だ。
「解らない」
 あの鬼事を楽しいとは言い切れない。けれども懐かしかったのだと語り、灯埜は灯環が生きていた時を思い出したのだという旨を人形に伝えた。
「それはあなたの大事なひと?」
「そうだな、探していたのはボクかもしれない」
 無意識に灯埜があの子を呼んだから、影となって現れたのだろう。
 あの日々を取り戻したくて。あの日々を思い出してくて。
「でも、取り戻せないんだ」
 ボクが壊したから。壊れてしまったものを元通りには出来やしないから。
 灯埜はそのように告げてから、鞘から刀を抜いた。其処から一閃を振るうことで人形を斬り付け、遊ぶことは出来ないと主張した。
「……!」
「ボクは使えるものは何でも使う主義でね」
 後退した人形に向け、灯埜は追撃を仕掛けていく。自分には手足や鞘もある。綺麗な戦い方は合わないのだと話した灯埜は更なる一閃を見舞った。
 ――地を這い、其のこうべを差し出せ。
 鎖縛之灯の力が揺らぎ、地面から伸びた数多の鎖が人形を縛り上げる。人形も抵抗しているが灯埜は容赦などしない。
「ボクたちを創った男の戯れに二人で馬鹿のように踊ったさ」
「何……?」
 人形は灯埜が過去を語っているのだと知り、じっと視線を向けてきた。その間にも灯埜は刀を振るい、神力を放つことで人形の力を削っていく。
 傷付き、傷付けられて血色を流した。
「裏切りも慣れてるさ。ボクは戦神として創られたからね」
「そうなの……」
 ただ勝利を求められ、畏怖され続けた神。信じるのは積み重ねた己の力のみだ。
 人形は何も言えずに拘束されている。だが、彼女が抜け出す機会を窺っていることは灯埜にも分かっていた。更に鎖の力を強めようとしたところで人形は腕を外して其処から擦り抜ける。
「あなたとはお友達になれなさそう」
「そうだね。オマエの友達にはなれない、今はね」
 人形は敵意が宿る眼差しを灯埜に向けた。対する灯埜は真っ直ぐな視線を返し、意味深な言葉を人形に送る。
 今は猟兵とオブリビオンという関係だ。
 しかし、もしその関係が崩れることがあるなら。
「巡り廻ってまた逢えたら、次はオマエと一緒に鬼事でもしようか」
「あら、こちらからお断りするわ」
 すると人形はお返しだとばかりに冷たい言葉を返した。自分には来世など無い。そのように言っているのだと理解した灯埜は肩を竦める。
「そうか、それなら……」
 灯埜は鎖縛の力を強く巡らせ、重力付加と締め付けによる衝撃を人形に与えた。
 ならば最期まで敵対するのみ。今という時に全てをかけ、灯埜は戦い続けていく。
 過去は過去、今は今でしかないと密かに証明するために――。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

橙樹・千織
アドリブ歓迎

探していたのは…
どちらだろう、と想う
聞きたいことがあったのは確かだけれど

…何故それを知っているの
落とされた言の葉に揺らぐ
「またな」
一方的に告げて彼は消えた
思い出したのはつい最近だけれど
あれ以降、彼を見た覚えは無い

彼は嘘を吐いたの?
何のために?
そもそも彼は何者?
橙樹に縁が?
もし、あの出会いが悪しき縁を呼ぶ原因になっていたら?
疑念と幼い自分と遊んでくれた時の記憶
正と負の感情に目眩がする

考えても答えは出ない
本当の答えは彼に聞かなければわからない
だから今は…
考えを祓うように首を振り敵を見据える

私には帰る場所がある
やらねばならないこともある
護りたい人と護りたい場所がある
だから、ずっとは無しよ



●椿の彩
 探していたのは――。
 どちらだろう、と考えて千織は立ち止まった。あのときに影として現れた彼に聞きたいことがあったのは確かだけれど、探していたのかと問われると分からないまま。
「……何故それを知っているの」
 千織は落とされた言の葉に揺らいでいた。
 またな、と一方的に告げて彼は消えていったから。思い出したのはつい最近だけれどあれ以降に彼を見た覚えは無い。
 千織の心は酷く揺れ動いていた。
 揺らめく夕暮れと色彩は尚も狂気を齎そうとしてくるからだ。
 千織は正気のままでいるために色彩を見ないようにして、空に視線を移した。
 その間にも疑問がぐるぐると回っていた。千織が攻撃を行わないからか、人形は他の猟兵を相手取っていく。おそらくはその方が彼女にとって都合がいいからだろう。
 もし千織が迷い、狂気に侵されたなら何もわからなくなる。そうすれば人形は千織を友達として迎えるはずだ。
 されど千織は決してそれを受け入れない。巡る思いに胸を抑えながらも心の内に忍び寄る狂気と戦っている。
 
(彼は嘘を吐いたの?)
 ――何のために?
(そもそも彼は何者?)
 ――橙樹に縁が?
 
 疑問だけが千織の中に廻り続けている。誰も答えを持っていないし、自分が辿り着けるものではないと分かっていた。それなのに考えてしまう。
(もし、あの出会いが悪しき縁を呼ぶ原因になっていたら?)
 疑念が浮かぶ。
 幼い自分と遊んでくれた時の記憶は正と負の感情を交互に連れてきた。思わず目眩がしてしまい、千織は近くの遊具に手を掛けて均衡を取る。
 やはり考えても答えは出ない。
 本当の答えは彼に聞かなければわからない。偽物や影ではない、彼本人に。
「だから今は……」
 顔を上げた千織は声を発した。
 これまでの考えを祓うように首を振り、敵を見据えた千織は力を紡ぐ。其処から椿を模した灼熱の炎が生まれ、狂気の色彩を打ち消していった。
「私には帰る場所がある。やらねばならないこともある」
 そして、護りたい人と護りたい場所がある。
 それだから。
「ずっとは無しよ」
 永遠なんて此処にはない。夕暮れはいずれ夜に変わり、朝が訪れる。
 世界はそういった廻りの中でこそ正しく動くのだから、人形の我儘を受け入れる未来など絶対に訪れない。
 剣舞、燐椿。
 千織は力を解き放ち、拒絶の意思と共に人形に炎を浴びせかけていった。この夕闇の向こうに見たいものがあるのだとして、強く放つ力には容赦がない。
 周囲に浮かぶ椿の華は幻想的だ。
 しかし、それは瞬く間に妖しき灯となって夕暮れに新たな色を宿していった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

リル・ルリ
🐟迎櫻

僕の望んでたお友達─そうか
友達になれればよかった
僕が違ったら
あの子は今も笑っていたのかな

なぜだかあの子が黒薔薇の聖女と重なる
裏切られたと嘆く声はいつかの夢でみた
幼い姉弟の声のよう

否定するのは簡単で
赦し愛するのはこんなにも難しい
……けれど
身に巡る白はきっと僕に告げている

暮れ始めた夜よりも
夜明け前が一番昏い
僕は夜を超えて往く
白い鳥が本当に伝えたい事はきっとその先だ

心を濁らせない
前を見て歌う
「月の歌」

櫻は強いよ
だから越えられる
今までみたいに超えなきゃいけない

カムイ、焦らないで
君が本当に斬るべきものはきっと呪では無い
難しいことわかんないけどそう思う

大丈夫だよ!
僕らで切り抜けて、桜の館に帰るんだ


朱赫七・カムイ
⛩迎櫻

永遠に続く黄昏─いけない
此処は巫女の障りになる

あの影が願いならば
私は好かれたかったのかな
…厄災の愛など毒になると知っていながら
毒になってなお離れられなかった誰かのよう
そなたは孤独であったのだね
孤独は魂を蝕む
過去を思い出した私にカグラが寄り添ってくれる
同情するな
しっかりしろと

私はサヨが心配だ
苦しむかれを支える
噫、きみは
きみを縛るものは罪なのだね
サヨは優しい龍だから
独りではない
きみは私の特別だ
罪も罸も一緒に背負うよ
そばにいると伝う

私は友を守る
リルとサヨを庇うように前へ
駆けて焔ごと切断する
その厄は約されていない

リル…私の斬るべきは
私は何が見えていないのか
夕闇を斬り裂いて
みつけてみせる

きみの為に


誘名・櫻宵
🌸迎櫻

私が望んだ友だなんて
そんな訳ない
…そんなこと

私は友達だと思ってた
ここにいると示す声が呼ぶのは私が親愛をよせた彼ら─贄になった七つの人柱との日々
私は捜していたの?
見つけたって苦しいだけなのに
特別になりたいわけじゃない
ただ

あいされたかった

こんな所にいたくはない
かえろう
カムイ、リル
人形の首などはやくはねて

リルが私を信じて真っ直ぐに歌う
カムイが私を案じ守ろうとしてくれる
カグラがみている
師匠だってきっと

私だってこのままではいけない
立ち上がって戦わなきゃ
生きる為に
本当に向き合うべきは私
私が重ねた罪と罸
愛する人を傷つける前に
見つけるの

私はここにはいられない
狂った世界の中の真を取り戻す
春暁はここにある



●黄昏から暁へ、再び
 夕闇に現れたそれぞれの影。
 それはただ此方を取り込もうとするものではなく、無意識下に生み出された友達というものへの希望の欠片だという。
「僕の望んでたお友達――そうか」
 リルはふと思う。あの子と友達になれればよかったのだ、と。
 もし過去の自分が興味を持って彼女と接していたら、あの子は今も笑っていたのかもしれない。初めての友達として何かが始まっていたのだろう。
(どうしてかな)
 なぜだか人形が黒薔薇の聖女と重なって思える。裏切られたと嘆く声はいつかの夢でみた幼い姉弟の声のようだ。
 そうやって否定するのは簡単なのに、赦して愛するのはこんなにも難しい。
 夕暮れの色はたくさんのことを教えてくれた。けれど、と呟いて顔を上げたリルは思いを巡らせた。この身に巡る白はきっと告げている。
 暮れ始めた夜よりも、夜明け前が一番昏い。
「僕は夜を超えて往くよ」
 白い鳥が本当に伝えたい事はきっと、その先にあるはず。リルが人形を見据える中、カムイは不規則に揺らめく黄昏を見つめていた。
 此処には永遠に続く彩がある。
 あの影が願いだとするならば、自分は好かれたかったのだろうか。厄災の愛など毒になると知っていながら、毒になってなお離れられなかった誰かのようだ。
「そなたは孤独であったのだね」
 カムイは人形に呼び掛けていた。
 孤独は魂を蝕む。その気持ちが分かる気がしたが、過去を思い出したカムイにはカグラが寄り添ってくれている。そして、カグラは同情するな、しっかりしろと告げていた。
「――いけない」
 此処は巫女の障りになるとカムイが感じた通り、櫻宵の心には荒波が立っている。
 櫻宵はずっと俯いたままだ。二人に会って大丈夫だと言い聞かせていたことが、人形の言葉によってかき乱されている。
「私が望んだ友だなんて、そんな訳ない。……そんなこと」
 過去の自分はあの人を友達だと思っていた。
 ここにいると示す人形の声に、先程の彼の声が重なって聞こえる気がする。更にひとつ、ふたつと声が増えていく。櫻宵を呼ぶのは私が親愛をよせた彼ら――贄になった七つの人柱との日々。
「私は捜していたの?」
 自問しても答えが出てこない。見つけたって苦しいだけなのに。特別になりたいわけじゃないのに。ただ、ただひとつ願いを言えるならば――。
 あいされたかった。
 心の中で叫ぶ櫻宵の思いを察し、カムイは腕を伸ばす。苦しむかれを支えたカムイはやさしい龍に自分の熱を伝えた。
「噫、きみは――きみを縛るものは罪なのだね」
 独りではない。きみは私の特別だ。
 カムイがしっかりと告げると、櫻宵はゆっくりと視線を前に向けた。
「こんな所にいたくはないわ。かえろう、カムイ、リル」
「櫻は強いよ。だから越えられる」
 今までみたいに超えなきゃいけないんだとリルが真っ直ぐに語る中で、カムイは櫻宵を抱き寄せた。そうして、すぐに腕を離したカムイは櫻宵に視線を送った。
 人形の首などはやくはねて、戻るべき場所へ。
 櫻宵は屠桜を、カムイは喰桜を抜き放ち、リルは歌を紡ぎはじめる。
 邪神を宿した人形は此方を惑わそうとしてくるが、決して心は濁らせない。前を見続けるリルが歌うのは、暮れない夕闇に夜が訪れることを願う月の歌。
 ――月は囀り泡沫散らす。
 歌い出しの旋律が夕暮れの中に響き渡る。リルが自分を信じて歌ってくれていることを感じ取り、櫻宵は隣にいてくれるカムイと共に駆けた。
 彼は櫻宵を案じて守ろうとしてくれる。それにカグラがだってみている。姿の見えないカラス――師匠だって、きっと。
 カムイはリルと櫻宵を庇う形で前へと進み、一気に敵との距離を縮める。
 襲い来る焔ごと切断する勢いでカムイは刃を振るった。
「その厄は約されていないよ」
「あなたも咲かせて、散らせてあげる」
 櫻宵も続けて朱華の一閃を解き放つ。自分だってこのままではいけないのだと解っている。此処から立ち上がって戦わなければ、大切なものと一緒に生きて行けない。
 その為に、本当に向き合うべきは自分。
「私が重ねた罪と罸。愛する人を傷つける前に、見つけるの」
「サヨ……。罪も罸も一緒に背負うよ」
 櫻宵のためにずっとそばにいると誓える。カムイが思いを言葉にしていく中、リルはやはり二人の姿に不安めいた何かを覚えていた。
「カムイ、焦らないで。君が本当に斬るべきものはきっと呪では無い」
 リルがそっと告げると、カムイはゆるりと頭を振る。呪いではないのならばどうすればいいのか、幼い神にはまだ分からぬことが多くあるようだ。
「私の斬るべきは……私は何が見えていないのか」
「難しいことはわかんないけど、そう思うんだ」
「ならばこの夕闇を斬り裂いてみつけてみせる」
 何が自分達にとって正しい道なのか。何が過ちとなってしまうのか。カムイにも櫻宵にも、リルにも全てが未知のままだ。
 それでも、リルは明るく笑ってみせた。
「大丈夫だよ! 僕らで切り抜けて、桜の館に帰るんだ」
「そうね、私達はここにはいられない」
「帰ろうか。私達と……それから、きみの為に」
 リルは歌い、櫻宵は夕暮れを終わらせるための一閃を振るう。そして、カムイは櫻宵を支える立ち回りに徹していく。
 狂った世界の中の真を取り戻すことこそが今の彼らの役目。
 そう――春暁は、ここにある。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夏目・晴夜

ちいさな子犬と、妙に親しげな複数の影
このハレルヤが無意識に望んだ友達の姿が、あれですか

……ああ、そう言えば嘗ての少年はあんな友人を欲しがっていた気もしますよ
初めての友達である子犬とも一緒になって遊んでくれる、優しい友人達が
嫌ですね。まるで今も過去を引き摺っているみたいで

こんな感情を抱かせる貴女の事が腹立たしくて仕方がないです
こんな所に永遠にいるつもりはない
貴女と遊ぶ気すらない
疑念なんて下らない
私の友人がハレルヤを真に裏切る筈がないのに
不快な気持ちにさせる相手と友達になれる訳ないでしょうが

誰かの特別になりたいのなら
自身のみが楽しいだけの行動は改めるべきでしょうね
来世の参考にでもなさってください



●拒絶の蹂躙
 夕闇の中で思い返す。
 此処に訪れた時、晴夜を追ってきた影のことを。
 ちいさな子犬。そして、妙に親しげな複数の影。あれらはこの領域の主である人形が勝手に作り出したものではなく、猟兵達の深層意識から作られたものだ。
「このハレルヤが無意識に望んだ友達の姿が、あれですか」
 晴夜は態とらしく溜息をつく。
 表には出さないものが、ああして顕現してしまった。それに彼らなど友人ではないと断じたばかりだ。それなのに、あれが自分の探していたものだと言われてしまうと言葉を返すことが出来なかった。
 しかし、そこで黙り込むような晴夜ではない。
「……ああ、そう言えば嘗ての少年はあんな友人を欲しがっていた気もしますよ」
 乗り越えたはずの過去。
 連れて行くと決めたもの。
 それらを思いながら、晴夜は人形を見据えた。
 初めての友達である子犬とも一緒になって遊んでくれる、優しい友人。そんな人達が居ればいいと思っていた。
「嫌ですね。まるで今も過去を引き摺っているみたいで」
 己の中にまだそんな感情が残っていたのだと感じて、晴夜は拳を握る。だが、元はと言えばこのような領域を展開した人形のせいだ。
「ふふ、何だか憎々しいって顔ね?」
「ええ。こんな感情を抱かせる貴女の事が腹立たしくて仕方がないです」
 人形は晴夜の様子を察したらしく、くすくすと笑っていた。
「あら、じゃあ私と喧嘩してみる? そこから始まる友情もあるって聞いたわ」
「遠慮します。こんな所に永遠にいるつもりはないので」
 喧嘩も遊ぶこともしない。
 貴女と戯れる気は少しもないのだと告げ、晴夜は鋭い視線を向けた。じわり、じわりと心を蝕むように人形に拠る精神攻撃が放たれている。疑念なんて下らないものだと断じた彼の真横にはニッキーくんが控えていた。
「私の友人がハレルヤを真に裏切る筈がないのに」
「そうね、友達には裏切ってほしくはないわ」
 人形はニッキーくんを警戒しながら晴夜に眼差しを返した。其処には確りとした敵意が浮かんでいる。晴夜がからくり人形に目配せを送ると、巨体が動き始めた。
「不快な気持ちにさせる相手と友達になれる訳ないでしょうが」
「じゃあ喧嘩、やめる?」
「喧嘩とすら呼びたくないですね、こんなもの」
 晴夜が冷たく言い放つ同時にニッキーくんが地を踏み締める。力を溜めて跳躍した巨体の脚が人形を穿った。蹂躙するような激しい攻撃がからくり人形から放たれていく。
「か、はっ……!?」
 あまりにも勢いのある攻撃に対応しきれなかった人形が地に転がる。
 だが、晴夜は攻撃の手を緩めないようにとニッキーくんに願った。晴夜は絡繰と人形が相対する光景を見つめながら語りかけていく。
「誰かの特別になりたいのなら、自身のみが楽しいだけの行動は改めるべきでしょうね」
 報われない運命を辿るものもいる。
 目の前のそれがそういうモノなのだとして、晴夜は静かに告げた。
「もう遅いですから、来世の参考にでもなさってください」
「……私には、そんなもの、」
 ない、という言葉はニッキーくんの脚撃によって掻き消され、そして――。
 誰の友達にもなれずに果てていくであろう人形を見下ろした晴夜。その瞳には、揺らぎ続ける夕闇の色が映り込んでいた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ネムネ・ロムネ


ネムが探していた、です?
あの時の想い出を?
確かに思えばあの日々はネムにとっての楽園だったのかも知れません
小さな冒険へと連れ出してくれたあの日々が

『待ってろ!俺が必ずネムネを助けてやる』

間違って崖から落ちてしまったその時
そう言ってくれましたですね
でも結局来てくれなかった
裏切られた?

なんてね
人にはそれぞれ事情とゆーものがあるのです
そちらの言い分はわかりました
あーテステス
聞こえるです?
お友達になりたいのですか?
ざんねん
ネムの探し者は過去にはねーのですよ
だから
ネム達は敵同士です

もしも
違う形で会うことができていれば
ひょっとしたら良いお友達になれてたかもですね
こー見えてお人形さんと遊ぶのは大好きですから



●ひとつのさがしもの
 夕日に照らされた人形は不可解なことを問いかけてきた。
 邪神が宿っている相手がまともな話をするとは思えなかったが、ネムネの心に少しだけ引っかかるものがある。
「ネムが探していた、です?」
 幼馴染との記憶を。そして、あの時の想い出を。
「望まない人は現れないはずよ。見た目は少し怖かったかもしれないけど」
 ふふ、と笑った人形は夕闇に現れた影のことについて語った。
 あの影は深層心理や心の奥に隠された望みや願いのあらわれ。邪神の力を受けて色彩の影にしかならなかったが、そういうものなのだという。
 ネムネは頷き、己の中にあった思いを認めた。
「確かに思えばあの日々はネムにとっての楽園だったのかも知れません」
 彼が小さな冒険へと連れ出してくれたあの日々。
 楽しくてわくわくして、少しだけ普通と外れたことが大きな特別に思えた。
 けれども、あのとき――。
『待ってろ! 俺が必ずネムネを助けてやる』
 誤って足を踏み外して崖から落ちてしまったネムネに、少年は力強く告げてくれた。それからネムネは彼をずっと待っていた。
 信じていた。必ず、と言ってくれたから待ち続けた。
 それなのに――。
「そうでした、結局来てくれなかったのでした」
「あなたは友達に裏切られてしまったのね。可哀想」
「裏切られた?」
 人形は此方を惑わすような言葉を掛けてくる。首を傾げて見せたネムネは疑念を抱き、心を痛めたかのように思えた。
「だったら、ねえ。私とお友達になってずっと遊びましょ」
 人形はネムネに手を伸ばして誘う。
 だが、彼女は双眸を軽く細めるだけで人形の手を取らなかった。
「なんてね」
 確かにあの日、少年はネムネの元に訪れなかった。それを裏切りと呼んでしまうことは簡単だが、それでは想像力がなさすぎる。ただの少年が崖の下まで来ることが出来るだろうか。出来ない可能性の方が大きい。
「人にはそれぞれ事情とゆーものがあるのです。信じている、なんてのは自分の希望でしかねーですし……それに、そちらの言い分はわかりました」
「あら、動じていないなんて」
 強いのね、とくすりと笑った人形に対してネムネは更に言葉を向けていく。
「あーテステス。聞こえるです? お友達になりたいのですか?」
「ええ、あなたにその気があるのなら」
 人形はネムネの意思を感じ取っていたようだが、敢えて笑む。ネムネも少しだけ口許を緩めて人形を見つめ返した。
「ざんねん、ネムの探しものは過去にはねーのですよ。だから――」
「そう、わかったわ」
「ネム達は敵同士です」
 人形は此方が言い切る前に頷き、ネムネもそれなら話が早いとばかりに首肯する。
 そして、次の瞬間。
 機械仕掛けの巨大飛行船が夕闇の世界に現れた。照準器で以て人形を捕捉したネムネは追尾レーダーを向ける。
「何よ、あれ!」
 驚いた人形に飛行船からの砲撃が容赦なく、遠慮の欠片すらなく放たれていった。
 その攻撃を見つめるネムネは人形への思いを言葉にしていく。
「もしも、違う形で会うことができていれば」
 それは有り得なかった話。
 しかし、ネムネはもしもの可能性として語ってゆく。
「ひょっとしたら良いお友達になれてたかもですね。こー見えてお人形さんと遊ぶのは大好きですから」
 ざんねん、と二度目の言葉を落としたネムネはそっと心に決める。
 この人形の末路を確りと見届けよう、と。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

ノイ・フォルミード


……――そう、かもしれないね。
ぼくはずうっと、彼らに逢いたかった
彼らと、ルーと、皆でまた一緒に過ごす事が出来たらって
それこそ永遠に

でも一個体が同じ状態で永遠を過ごすのは難しいと思うよ
君も、機人のぼくだって
イノチが廻るっていうヒトだって……ルーだってこの通り、
眠ったままなんだもの

ただ『特別になりたい』って気持ちは、良く分かる
ぼくにとって、いや
「ぼくら」にとって、ルーは特別で
ぼくらは彼女の特別になりたくて
眠る今だってそれは変わらないんだ

だから永遠とはいかないけれど
いいよ、遊んであげる
君、少しルーに似ているし

いくよ、【ラーウム】

ぼくは今も探してるんだ
ぼくの3体の友だちと、以前の様に笑ってくれる君を



●人の形をしたもの
「……――そう、かもしれないね」
 夕暮れの中で行われた隠れ鬼。その中で相手を探していたのは影の方ではない。
 ノイは人形の問いかけから自分なりの答えを導き出した。この事実に反論することなど何もなく、素直に認めてしまえばいいことだ。
 自覚した思いを確かめるように、ノイは浮かんだ言葉を音にした。
「ぼくはずうっと、彼らに逢いたかった」
 彼らと、ルーと。
 それからノイ自身。皆でまた一緒に過ごすことが出来れば他に何も要らない。
 それこそ永遠に。
 理想だけを語るならば、ずっと願ったことが続く世界が望ましい。しかし、ノイは何にでも終わりがあることを理解していた。
「でも一個体が同じ状態で永遠を過ごすのは難しいと思うよ」
「そう?」
 ノイがそう語ると、人形は不思議そうに首を傾げる。
「君も、機人のぼくだって」
「ここでは終わりなんてないわ。そういう世界だもの」
 人形と自分を交互に指差したノイは更に言葉を続けた。しかし、人形はふるふると首を横に振っている。
 だが、ノイはオブリビオンによって作られた世界が脆いことも分かっていた。
「イノチが廻るっていうヒトだって……ルーだってこの通り、眠ったままなんだもの」
 そして、彼は抱いているルーを示す。
 するとルーを見た人形はきょとんとした表情を浮かべた。
「眠っている? ねえ、その子……少し前の私と同じじゃないの?」
「同じ?」
 少し前とはどういうことだろうか。ノイの思考回路にノイズが走った。不可解なことを言う相手だと感じたノイはそれ以上を追求することを止め、人形に歩み寄る。
「ただ『特別になりたい』って気持ちは、よく分かるよ」
 自分にとって――否、『ぼくら』にとってルーは特別だから。
 機人達は彼女の特別になりたくて頑張っている。ただ笑ってほしくて、大好きだと言ってほしくて、傍にいるという変わらぬ幸せを感じてほしい。
 ノイは自分が抱く思いを人形に伝えていった。
「眠る今だってそれは変わらないんだ」
「その子、眠っていないわ」
「だから永遠とはいかないけれど……いいよ、遊んであげる」
「ねえ、私の声を聞いて。ねえ、」
「君、少しルーに似ているし」
 人形が何かを言っていたが、ノイには殆ど聞いていなかった。ただルーのために。ルーに危害を加えられないように。ルーのことだけを思っている。
「……あなた、可哀想」
 人形はノイに聞こえないくらいのちいさな声で呟いた。そして、ノイは戦闘用のコードを発動させていく。
「いくよ」
 ――カラーコード・ラーウム。
 高温の蒸気を纏うノイは人形へと鋭いレーザーを放っていった。対する人形は防御力を高めることで対抗していく。
「気付いてないのね、あなた。ううん、気付かないふりをしているのかしら」
「何を? ぼくは今も探してるんだ」
 三体の友だちと、以前の様に笑ってくれる君を。
 ノイが語ったことを聞いた相手は不敵に笑った。そして、人形は無慈悲に告げる。
「そのルーって子、ただの人形よ」
「――?」
 ノイの思考回路が一瞬だけ真白になった。されど解き放ったレーザーは止まることなく、目の前のオブリビオンを灼いていく。
 夕闇は酷く不気味に、狂気の色彩と共に揺れ動いていた。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

朝日奈・祈里
……あー、お前な
お前が黒幕な?
UDCアースは呪いで満ちてるな

どっちだろうな?
それ聞いたら満足して消える?
……違うよな、呪いの人形だもんな
それを倒すのが猟兵の責務
かかって来いよ

ルーンソードに音を乗せて
ハルモニアの加護を受けた剣だ
まずその“言葉”を切ってやる!
音に音をぶつけて相殺!
そのまま斬りかかる
避けた?残念!この音からは逃げられないぜ

そのままルーンソードで横薙ぎに払う
剣先からソニックブームを人形へ
命中率にチューンしてるからな
避けられんだろ、Q.E.D

ハルモニアのクスクス笑いが聞こえる
……友達はもう、懲り懲りだ

お前は人形としての責務を果たせなかったか
いいよ、天才がその責を負ってやる
安らかに、な?



●ただ、友達と呼びたかっただけなのに
 夕暮れ時の公園。
 お別れの時間が迫るひとときに見える其処には、さよならなど訪れない永遠があった。されどこれは狂気を宿す邪神が作り出した偽物の世界だ。
「……あー、お前な」
「なあに?」
「お前が黒幕な?」
 祈里は肩を竦め、この世界は呪いで満ちていると実感していた。人形は首を傾げながら祈里の様子を見つめている。その中で祈里は先程に問われた言葉を思い返していた。
 君を探していたのは――。
「どっちだろうな?」
「ふふ、どちらでも良いの。お友達になってくれるなら、ね?」
「それ聞いたら満足して消える?」
 くすくすと笑っている人形に向け、祈里はひとまず問いかけてみる。しかし人形は不思議そうな声を返すだけ。
「あら、消えることなんてしないわ」
「……違うよな、呪いの人形だもんな」
 たったそれだけで還ってくれるような相手ではない。厄介な運命に雁字搦めになった相手を倒すのが猟兵の責務であり、今の祈里が果たすべきことだ。
「かかって来いよ」
 宣戦布告をした祈里はルーンソードに音を乗せていった。それは精霊ハルモニアの加護を受けた剣であり、音に関するものを切り裂くことができる。
 対する人形は静かに笑み、恨みの言葉を向けてきた。
 それは炎となり、猟兵達に襲いかかってくる。祈里は身を翻しながら炎を避け、一気に刃を振り上げた。
「まずその“言葉”を切ってやる!」
 音に音をぶつけて相殺すれば、これ以上の炎が紡がれることもないだろう。
 そのままひといきに斬りかかった祈里は言葉の一部を切り裂いた。人形もひらりと身を躱して刃の直撃を避ける。
「まあ、お上手ね。けれど私だって心得くらいはあるわ」
「残念! この音からは逃げられないぜ」
 人形は余裕を保っているようだが、祈里の一手はこれだけで終わらない。口許を薄く緩めて笑った祈里は、そのままルーンソードを横薙ぎに払った。
 その剣先から顕現したのは空気の刃。
「なっ……!?」
 驚く人形の身体にソニックブームが真正面から命中した。祈里は素早く構え直しながら相手を瞳に映す。
「当たるようにチューンしてるからな。避けられんだろ」
 ――Q.E.D.
 永遠など此処にはない。そのことを証明する為の一閃が再び空気を震わせた。その際にハルモニアがクスクスと笑う声が耳に届く。
(……友達はもう、懲り懲りだ)
 言葉にしない思いを胸に秘めた祈里は頭を振った。そして、自分を取り巻く事柄は意識しないように努めていく。
「お前は人形としての責務を果たせなかったか」
「果たしたかったわ」
「いいよ、天才がその責を負ってやる」
「友達にはなってくれないのに?」
 祈里と人形の言葉が交錯する。彼女は未だ恨み言を呟こうとしているらしく、祈里は更に刃を差し向けた。友達にはなれない。なれるはずがない。
 表には出さない思いを抱き、祈里は最期を与えるために強く地を蹴る。
「安らかに、な?」
 夕闇の最中、少女と少女の影が再び交差した。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

陽向・理玖


変身状態維持

そもそも
曰くつきで生まれちまって
買って貰える訳がない
友達なんか出来るはずない

どうしてだろ
…少しだけ
猟兵になる前の自分を思い出す

普通じゃない自分
だから普通の友達なんて出来る訳ない
そんなもんは望んでない

だから恨みの言葉は届かない
ほんの少しだけ分かる気がするから

けど
あんたの友達にはなれねぇ

俺にはもう
特別なもんが沢山あるから

だから
このままここには居られねぇ

フェイントに衝撃波飛ばし
声も炎も振り払うようにダッシュ
限界突破で更に加速し
残像纏い一気に間合い詰めグラップル

振り切れなかったとしても
無事を願ってくれる人がいるから熱くないし
これ位痛くもねぇ

もうかえる時間だ
あんたも
俺もな
追い打ちでUC



●重なる境遇
 愛されなかった人形。それは誰とも友達になれなかった物。
 誰でもない影を見た理玖には人形が問いかけてきた言葉は響かなかった。理玖は人形を見据え、突き放すように告げる。
「そもそも曰くつきで生まれちまって買って貰える訳がない」
「そうね」
「友達なんか出来るはずねぇだろ」
「ええ、だから探しているの。以前とは違う私になれたんだから!」
 人形も左右非対称の瞳に理玖を映した。
 冷たくも聞こえる声を向けてはいるが、理玖はその言葉の中に自分を重ねている。どうしてか少しだけ、猟兵になる前の自分を思い出していたからだ。
 人形と理玖は全く違う。
 今も人形はぶつぶつと恨みが籠もった言葉を繰り返していた。私はここにいるのに。私の友達になってくれないなんて酷い。私の――と、永遠に続きそうな言葉だ。
 それだというのに彼女が紡ぐ思いが引っ掛かって仕方ない。
 普通ではなかった少年に普通の友達など出来る訳がなかった。渦巻く思いがないと言えば嘘になってしまうが、理玖は強い言葉で思考を振り切る。
「そんなもんは望んでない」
 だからこそ人形が声にしはじめた恨みの言葉なんて届かない。
 ほんの少しだけ分かる気がするからこそ、真に受けたりなどしなかった。
「お友達が要らないってこと? どうして?」
「……そうじゃねぇ」
「じゃあお友達になりましょ! ねぇ、良いでしょ?」
「けど、あんたの友達にはなれねぇ」
 理玖は視線だけを人形に向け、はっきりと言い切る。人形は尚も理玖に友達になってと願ったが、受け入れることは出来なかった。
「俺にはもう特別なもんが沢山あるから。だから、このままここには居られねぇ」
 永遠に続くものなどない。
 ずっと続いて欲しいと願うものはあるが、いずれ夕闇が夜に閉ざされるように、何もかも終わってしまう。それをいつか受け入れることこそが今は正しいことのはず。
 理玖は人形から距離を取ると思わせておいてフェイントを掛け、其処から衝撃波を飛ばしていく。もう相手の声も炎も受けたりなどしない。全てを振り払うように掛けた理玖は限界を突破していった。
 これまで以上に疾く加速した理玖は残像を纏い、相手を惑わせながら一気に間合いを詰めた。容赦なく拳を叩き込んだ彼は人形を吹き飛ばす。
「なんで、どうして……?」
 震える声で呟いた人形は体勢を立て直していた。哀れにも見える姿をしているが、相手が放つ炎は更に激しく巡っていく。
 それらが理玖に襲い掛かるが、理玖は果敢に耐えた。
「無事を願ってくれる人がいるから熱くないし、これくらい痛くもねぇ」
 理玖は強く宣言してから、もう一度だけ人形に呼びかける。
「もうかえる時間だ」
 ――あんたも、俺もな。
 二言目は自分にも言い聞かせるように、強く。夕闇の中で突き放たれた拳は人形に宿る邪神の力を削ぎ取り、戦いを終わりに導いていった。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・ゆず
そうですね
無意識のうちに彼女を望んでいたのかもしれません
わたしの、日常のために

いいですよ、遊びましょう
永遠に、は駄目ですが
日が暮れたらさようなら
ばいばいの時間ですよ

疎ましく思っているひと房の銀髪が輝き始める
こんなチカラ欲しくはなかった
けれど、このチカラのおかげでみんなを守れる
お友達も、オトモダチも

小さな瑠璃色のナイフで少しだけ掌を切って
縁(よすが)を得たから、わたしは元の世界に戻らないと
スコーピオンで邪神の彼女を撃ちます

もう日が暮れるから、帰らないと
さようなら、いつかの世界で特別になれるといいですね
楽園へと至る道標で貴女を刺します
……友達と別れるときは、笑顔、ですよ
じゃあね、ばいばい。



●夕闇に瑠璃
 ――夕闇の中で『君』を探していたのは。
 人形から問われた言葉を、ゆずはずっと考えていた。意識さえしていなければあの子の声が聞こえるはずがない。何も気にしていなければ違う人が現れたのかもしれない。
「そうですね」
 ゆずはそっと頷き、己の中にある感情を認めた。強く求めているものではないにしろ、ああしてオトモダチが現れたのは紛れもない事実だ。
「無意識のうちに彼女を望んでいたのかもしれません。わたしの、日常のために」
「日常? あなたのそれは少し複雑そうね」
 ゆずを見遣った人形は、素直に友達だと呼べない関係であるのだと察した。だが、人形が求めているのはそういったものではない。それなら自分と友達になってほしいと語った人形はゆずに手を伸ばした。
「ねえ、私とずっとずっと遊びましょ」
「いいですよ、遊びましょう」
「ふふ、嬉しい! 誰も遊んでくれないんだもの。あなたは話がわかる子ね」
 ゆずが素直に答えてくれたことで人形は喜びをあらわす。
 されど、それが普通の遊びではないことはゆずも分かっていた。
「永遠に、は駄目ですが――日が暮れたらさようなら、ばいばいの時間ですよ」
「いいえ! 日は暮れないの。お別れの時間は永遠に来ないから大丈夫」
 ふたりが言葉を交わす最中、ゆず自身が疎ましく思っているひと房の銀髪が輝きはじめる。背を丸めそうになったゆずだが、今だけはしゃんと背筋を伸ばすときだ。
 こんなチカラ、欲しくはなかった。
 けれど、このチカラのおかげでみんなを守れる。お友達も、オトモダチも、みんな。
 ゆずは小さな瑠璃色のナイフを取り出し、少しだけ掌を切った。
「何をしているの?」
「縁を……よすがを得たから、わたしは元の世界に戻らないと」
 首を傾げた人形に答えたゆずはナイフを握り締める。
 橙色と闇が入り交じる景色の中で、瑠璃の色だけが正しい色のように思えた。人形はゆずが自分以外を思っていると気付き、声を荒らげていく。
「だめよ、戻らないで。私はここにいるのに! ねえ、私と縁を繋いでよ!」
「……いいえ」
 はっきりと拒絶の意思を示したゆずはガトリングガンを構えた。
 そのままスコーピオンで以て邪神である彼女を撃てば、華奢な人形の身体が大きく揺らいだ。ぐっと堪え、倒れることを何とか耐えた人形はゆずを睨みつける。
「どうして? 何で誰も友達になれないの!?」
「もう日が暮れるから、帰らないと」
「暮れないの、ねえ、まだ帰る時間じゃないわ!」
 喚くと表していいほどに人形は叫び続けた。されどゆずは動じず、弾を撃ち切ると同時に銀のプッシュダガーを手にする。
「さようなら、いつかの世界で特別になれるといいですね」
 其れは楽園へと至る道標。
 一気に人形との距離を詰めたゆずは容赦なく彼女を刺した。いや、いやよ、と呟きながら目を見開いた人形は泣き顔になっている。ゆずは少し歪な笑みを形作り、人形にそっと語りかける。
「……友達と別れるときは、笑顔、ですよ」
 じゃあね、ばいばい。
 耳元で囁き、地を蹴ったゆずは終わりが近いことを感じ取っていた。そして、夕闇の異空間は不自然に歪んでいき――。
 戦いは間もなく、終結する。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​

丸越・梓


君は、きっと特別だった。
嬉しいときは一緒に喜びを分かちあい、悲しいときは寄り添う。
今は君の隣にいなくなってしまったとしても
君はその子たちの友だ。願いを、心を受け取って、君は今
──生きている。

炎に飲まれても瞳の光は翳らず
その炎さえ受け止め受け入れて、手を差し出す
……ほら、遊ぼう。
君の手をとるのに刃はいらない
鬼ごっこでもかくれんぼでも、何でも。
沢山遊んで、ゆっくり休もう。
そうして次に目が覚めまた出会えたときには

君の名前を、教えてくれ。


_

(夕闇の中で、探していたのは
俺だったかもしれない)

(…けれど)

(お嬢様…『あの子』の、もういいかいと呼ぶ声がどこか寂しそうだったのは)

(きっと──気のせいだ)



●誰そ彼に君の影
(夕闇の中で、『あの子』を探していたのは俺だったかもしれない)
 けれど。
(お嬢様の、もういいかいと呼ぶ声がどこか寂しそうだったのは、きっと)
 ――気のせいだ。

 梓は人形から問われた言葉について考えながら、巡る思いを振り払った。巡る戦いは激しく、邪神の力を宿した人形は次々と力を放っていく。
「どうせ、あなたも誰かの特別なのね」
 夕暮れの世界の最中、人形は恨みが籠もった言葉を落とした。それは揺らめく炎となって猟兵達に絶え間なく襲いかかって来ている。
「どうして誰も、私のお友達になってくれないの?」
 人形は恨み言を呟き続けていた。
 炎を避け、狂気の色彩が揺らめく領域内を駆けた梓は人形の様子を窺っている。
「私はここにいるのに。私は……、私の……」
 硝子玉の瞳が夕陽を映して鈍く煌めいている。其処へ更に淀んだ色彩が映り込み、濁った色に変貌していった。
 その彩はきっと彼女の心のあらわれそのものなのだろう。
 炎から逃れた梓は人形の視界に入るように立ち回り、自分なりの思いを伝えていく。
「君は、きっと特別だった」
「……だった?」
 すると人形は訝しげな声で疑問を零した。そっと頷いた梓は人形の在り方を示す。
 嬉しいときは一緒に喜びを分かちあい、悲しいときは寄り添う。言葉はなくても傍にいる。それが人形というものだ。
「今は君の隣にいなくなってしまったとしても」
「そうね、誰もいないわ」
「君はその子たちの友だ。願いを、心を受け取って、君は今」
「……」
 人形は恨み言を止め、じっと梓の次の言葉を待っていた。彼が真剣なことは分かるゆえに言葉を遮るようなことはしたくないといった様子だ。
 そして、梓は最後の言葉を伝えた。
「――生きている」
「いいえ」
 だが、人形は首を横に振る。梓の言葉を拒絶したわけではないが、違うのだと語る人形は寂しげな瞳をしていた。
「教えてあげる」
 そういって人形は自分が辿ってきた半生を話していく。
 何処か遠い場所。ドールショップに置かれていた人形は或る少女の贈り物として購入された。だが、その少女は人形に興味を示さなかったという。
 部屋の隅に置かれ、埃を被った人形はずっと孤独だった。或日、少女が人形を抱き上げた。やっと遊んでくれるのだと思ったら、人形の髪を切り始めた。それは少女に取っての遊びだったのだろう。
 しかしその後、人形はざんばら髪のまま倉庫に放り投げられた。
 そして、そのまま数十年。
「頑張って髪を伸ばせば、あの子がまた切ってくれる。遊んでくれると思ったわ」
「そうか……」
 梓は静かに俯く。
 そうして、倉庫から取り出された人形は気味悪がられて処分された。それが巡り巡ってオカルトショップを経て今に至る。
 それまで名前など与えられなかった。友達と呼べる相手などいなかった。
「だから願いも心もないわ。特別だったことなんて一度もないの」
 其処から人形は激しい炎を解き放ってきた。梓は炎に飲まれたが、その瞳の光は翳らずに人形を映し出している。彼はその炎さえ受け入れ、手を差し出した。
「……ほら、遊ぼう」
 君の手をとるのに刃はいらない。鬼ごっこでもかくれんぼでも、何でも。
「遊んでくれるの?」
「ああ。沢山遊んで、ゆっくり休もう」
 梓がそう告げると人形は戦うことをやめた。おそらくはもう稼動限界を迎えていたのだろう。猟兵達が刻んだ傷が人形の狂気と邪神の力を削いでいったのだ。
 梓は夕陽を背にして立つ彼女を見つめる。
 そうして、次に目が覚めてまた出会えたときには。
「君の名前を、教えてくれ」
「……――」
 人形は何も答えなかった。
 その代わりに疲弊した身体を公園の遊具に預け、そのまま座り込む。それから瞼を閉じた彼女は薄っすらと口元を緩めながら猟兵達に告げた。
「私が鬼。あなた達は隠れて、逃げてね」
 いーち、にーい、さーん。
 数をかぞえる声を聞きながら、梓は人形に背を向けた。


●巡るは彼は誰時
 そして、人形は夕闇に沈んでいく。
 おそらくは人形本人も今の自分が鬼の役を務められるとは思っていなかっただろう。けれども、せめて最後は遊びながら――。
 そんな思いを感じ取った猟兵達は、夕日の向こうに向かって駆け出した。
 人形が倒れたことで夕闇の空間も閉じられていく。その終幕は静かで穏やかだった。

 やがて人形の声が聞こえなくなった頃。
 猟兵達は空が夜の色になっていることに気が付いた。路地の電信柱に東雲町と書いてあったことから、異変が終息したと分かる。
 猟兵達は夜空を見上げ、空の端に見える夕闇の名残を瞳に映す。日が落ちた後は宵を越えて、夜が来て朝が巡るもの。
 当たり前の時間が今、此処にある。
 こうして――歪な夕暮れは終わり、世界は正しき形に戻った。
 

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年04月02日


挿絵イラスト