●こころはひとつ
五米の巨躯に、色違いの皮膚を繋ぎ合わせた腕が四本。
左右非対称に並んだ三つの目。
しかし一番の特徴を挙げるとするならば、よく喋る口が二つも付いていることだろう。
「オルチ兄! 猟兵どもだ!」
赤髭をたくわえた頭が快哉を叫ぶ。その視線の先にあるのは彼らにとっての敵であり、つまりは我が物にすべき宝の山だ。
「さすが、見た事もねえような格好の連中がわんさか居やがるぜ。……なあ、あの中から『奪る』ならどれよ!?」
「いや、焦るな兄弟!」
兄と呼ばれたほうの頭は、あくまで陽気に静止を放つ。年長者だけあって、弟よりも幾許か冷静ということであろうか。
「長年かけて集めに集めた俺達の肉体は最強だ! 敵う奴はそうそういねえだろうよ」
いや、――その隻眼は。
「だから、今狙うべき宝はひとつ。……この欠けた左眼を埋めるのは、『グリモア』以外にありえねえ」
戦場の向こう側を既に見据えて、狂気じみた欲望に蒼く輝いている。
「決めたからには奪い取る!」
「おうよ! 奴らの手足を捥いでやるのはその後だな!」
●数で勝負だ!
「多けりゃいいってもんじゃないよ」
七大海嘯が一員、『三つ目』のバルバロス兄弟――その在り様に対して、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)の述べた感想は普通に無難で凡庸だった。
ここに集まる面々とて、種族や来歴は千差万別。腕やら目やらの数にとやかく言うような者はいないだろう。……しかし彼ら自慢の肉体は、敵を殺して奪った部位を継ぎ接いたもの。とんだ私利私欲の産物だ。
「怖いねマッチョイズムって。……王笏討伐が再優先なのは変わりないけど、こっちはこっちで気になることも言ってるからね。三つ目島での決戦に挑みたい人は夏報さんとこによっといで」
いまいち緊迫感がないのはいつものこととして、状況説明は淡々と続く。
「夏報さんがみんなを送りこみ次第、敵はユーベルコードを使って先制攻撃をしかけてくるよ。そうと分かっている以上は対策を怠らないように。じゃなきゃ、相当厳しくなると思って」
ここまでは戦争慣れした猟兵であれば承知の注意点だが、今回はそれに加えてもうひとつ。
「弟のほう、ハイレディンの眼窩に嵌った『オルキヌスの瞳』――生物退化の能力を、島の中央部にある石碑から放つこともできるらしいんだ。その影響で、島全体の生物が退化しちゃってる」
そもそも退化してどうなるのか、という話だが。
「手足を退化させたお陰でクジラは速く泳げるし、地下や深海で生活するなら視力は無くったっていい。生物学的な『退化』っていうのは、よりスマートでコンパクトになる一種の進化なんだけど――話が逸れた。彼らの『生物退化ビーム』は、たぶん、その真逆。あらゆる生物は単純に進化の過程を巻き戻されて、『原始の魔物』へと成り果てる」
肉体はより大きく、あらゆる部位が数多く。正に彼らの主義主張を体現したような姿へと。
「そっちにも、十分注意を払ってね。今発生しているやつは……そうだな、水陸両用の巨大ムカデって感じのものが多いみたい。腕を増やしたい気分だったのかな? 全長で言えば数百メートルになるだろうけど、細長いし、知能もないし、やりようはいくらでもあると思うよ」
各々の準備が済んだ頃合いで、夏報はアルバム型のグリモアを開く。今まさに話題のお宝が、淡い光を放って猟兵たちを包み込む。
「しかし退化退化って、最終的には単細胞生物にでもなるのかな? だったら洒落が効いてるね。――ま、そうなる前に倒してきてよ」
八月一日正午
突然のほずみしょーごです。
システム上送信可能な間はプレイング受付中、完結優先なので全採用は確約できません!
プレイングボーナス条件は、敵の先制攻撃ユーベルコードと、「原始の魔物」に対処すること。
このシナリオが完結することで、七大海嘯支配下の島(舞台である三つ目島とは別のもの)をひとつ解放することもできます。
その他作風などの傾向についてはMSページをご参照ください。よろしくおねがいします。
第1章 ボス戦
『七大海嘯『三つ目』バルバロス兄弟』
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POW : フォーアームズ・ストーム
【四腕で振るった武器】が命中した箇所を破壊する。敵が体勢を崩していれば、より致命的な箇所に命中する。
SPD : 「オルキヌスの瞳」
【弟ハイレディン(左頭部)の凝視】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【肉体、精神の両面に及ぶ「退化」】で攻撃する。
WIZ : バルバロス・パワー
敵より【身体が大きい】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
イラスト:ちーせん
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
佐藤・和鏡子
敵の先制攻撃は救急車の運転技術で躱したり車体で受け流します。
原始の魔物は知能が無く巨大すぎる相手なので、躱して同士討ちさせたり静かに通行してやり過ごします。
敵のユーベルコードが体勢を崩さなければ致命的な場所に当たらないのなら、車体を安定させれば良いだけ。
私は正式な運転免許を持つ運転のプロ。それができるだけの技術がありますから。
牽引のユーベルコードでフックを引っかけて引きずり回した後、原始の魔物めがけて放り込みます。
知能の無い原始の魔物から見ればバルバロス兄弟もただの餌になりますから。
風見・ケイ
確かに、身長は私の三倍ほどあるし、その身体はいくつもの略奪品を継ぎ接ぎした物
どう見ても、私より身体が大きい……本当に?
ねえお二人さん
貴方達は、『星屑』より……『星』よりも、大きくて、重いと、言えるのかな
それに、私達は三人です
――なんて、至言と戯言の境界線に引き込んだとしても、私の力なんて1/3にも満たない
原始の魔物にも拳銃なんて効かないだろう
だから、星の力を借りて……【眠れぬ夜の鼓動】に、身を任せます
――『原始の魔物の足』
強い引力はやがてそれを引きちぎり、矢となって飛来する……巨人ならいい的だ
……ムカデの足を吸い込んだままなのは、ちょっと嫌だから
吸い込んだ分を吐き出せば、それもまた矢になるかな
●軽い女じゃありませんので
三つ目島、『原始の魔物』が蔓延る荒野を駆け抜けていく鉄塊がある。
年代物のアメリカ製、古傷だらけの救急車だ。
動いているのが不思議なくらいのボロではあるが、見せる走りは現役そのもの。あらゆる遺物が朽ちてしまうグリードオーシャンにおいては十分な値打ち品であり――警戒すべき未知の兵器でもあった。
「逃がすかよォ!」
よって、バルバロス兄弟が選んだ攻撃手段は距離を置いての投擲だ。
彼らの身の丈すら超える三叉槍が風を切る。救急車は最低限のハンドル操作でリアガラスへの直撃を避け、その矛先を車体の角に当てるようにして受け流す。
「ち、躱しやがるか!」
「しかしよ、ハイレディン。奴はさっきから逃げるばかりだぜ? 近付かなきゃ埒が明かねえよ」
「それもそうだなオロチ兄。――一丁仕掛けるか!」
あの箱を棺桶に変えてやろうと、男たちが笑う。
「く、」
振動。鈍い金属音。
日本車とは左右が逆の助手席で、風見・ケイ(星屑の夢・f14457)は自分の側のサイドミラーを覗き見た。長方形の小さな景色に、巨大な斧と異形の腕が一瞬映ってフレームアウト。……先程よりも、近くに来ている。
「大丈夫ですか……?」
「ご心配なく」
少女の体躯に合わせて改造された運転席には、佐藤・和鏡子(リトルナース・f12005)のいつも変わらぬ優しげな笑みがある。
バルバロス兄弟の質量と数に任せた先制攻撃、それに対して彼女の打った対応策は単純明快。――体勢を崩すことなく、致命傷を避けてひたすら耐えること。
「患者の命を預かるための救急車が、頑丈でなくてどうするんです?」
和鏡子にとっては数多の戦場を乗り越えてきた愛車、否、もはや相棒である。刻み込まれたキルマークは数多のオブリビオンを轢殺してきた証、安心と信頼の象徴だ。
今日は曲芸を封印して、徹底的な安全運転に努めている。ある程度のスピードこそ出しているものの、車体を安定させること、魔物たちを刺激しないことが最優先。
「私は正式な運転免許を持つ運転のプロ、それができるだけの技術がありますから」
「…………」
自国の正式な運転免許について一瞬考えるケイであったが、猟兵相手に些細な常識の枷など無意味であった。――今ここで重要なのは、命を預けることができるか。その一点。
「運転、お任せしますね。……そろそろこちらも仕掛けましょうか」
急所を外しているとはいえ、破損は積み重なっていく。敵もどうやら動きを変えた。そして何より、このまま防戦一方でいては無策と同じである。
「でしたら、ここで良いですか?」
「ええ」
ケイがシートベルトを外すと同時、和鏡子は左へハンドルを切る。
――助手席が右で助かったな。
開けたドアから車外へ放り出される時、受け身を取るのに右腕を使える。慣性を殺す過程でスーツと手袋は駄目になったけど、その中身には相変わらず大した痛みもない。
多少乱暴な送迎だが、これも打ち合わせ通りだ。彼女は、こちらを信用してくれている。それを弁えているからこそ、ケイは即座に次の行動へと移る。
身を起こし、走り去る救急車を庇うように立ち、無事な左手で拳銃を抜いて――迫る巨体へと、突き付ける。
「なんだ、女じゃねえか」
こうやって面と向かえば、その異様な存在感が嫌でも肌を刺す。冷たい汗が首筋を這う。
背が高いほうだと言われる自分と比べても、三倍ほどの身長はあるか。小数点なんて馬鹿らしくなるような割り算だ。巨人というだけでも空想じみているっていうのに――いくつもの略奪品を継ぎ接ぎした身体が、彼らの為した残虐な所業を物語っている。背後で蠢く蟲の胴体が、その不気味さに拍車を掛ける。
「気を付けろ兄弟、ちっぽけな女子供でも、猟兵は何をしてくるか分からんぞ」
「確かに、ね」
余計な感想を抜きにしたって、彼らは私より身体が大きい。そのシンプルな真実は――。
「……でも、本当に?」
いくらでも、書き換えようがある。
少なくともあの兄弟は、未知の存在を警戒するだけの脳を持っている。きっと二人分あるんだろうな。言葉を紡げば意味が通じる。沈黙が金だとか、雄弁が銀だとか。そんな至言と戯言の境界線に引き摺り込んでやればいい。
「ねえお二人さん」
開いた右手を掲げると、残った布地が滑って落ちた。……あらゆる元素を内包する恒星の輝きは、彼らにとっては金銀を超える財宝になるのだろうか。
「貴方達は、『星屑』より……『星』よりも、大きくて、重いと、言えるのかな」
「は、――随分と面白いもん持ってんじゃねえか」
もし欲しいって言われても、この重さだけはあげられないな。
瞠目する。二つの色を自分自身で見ることはできないけれど、気配は確かにそこにある。
「それに、私達は三人です」
――なんて口八丁が保つのは、相手が半信半疑の間だけ。
三人いるって言ったって、『慧』の力はそのうちの三分の一にも満たない。支給品そのままの拳銃なんかじゃ、原始の魔物一匹を殺せるかどうかも判らない。
だから、星の力を借りる。眠れぬ夜の鼓動――その代わりに心臓が寄越す激痛に、ちっぽけな身体を任せて、委ねる。
「? 何を……」
手のひらから何かが放たれるとでも思ったんでしょう。残念だけど、気にするべきはそっちじゃないよ。
万有でない引力の対象として選んだものは、貴方の背後――『原始の魔物の足』。強い重力に引かれたそれは、やがて胴体から千切れ、無数の矢となって飛来する。
「――ッあァ!?」
いい位置にあった数本が気持ちいいくらいに貫通した。どこにどの内臓があるのか知らないけれど、巨人であればいい的だ。矢の群れは、集中線を描いて右腕の中へ吸い込まれていく。
……まあ、元がムカデの足であろうとも、星屑の中で融かしてしまえば同じだし。
「ううん……」
やっぱりちょっと嫌だな。なんか生理的に無理だな。
そういう気持ちは大事にしよう。吸い込んだ分の質量をすぐさま吐き出せば、それもまた矢となってバルバロス兄弟を襲う。
「前か後ろって訳だ!」
さすがに正面からでは武器に弾かれて終わった。
「おう、種が解っちまえば何ともねえぜ! 女ァ調子乗ってっと……!」
彼ら兄弟にも七大海嘯の一角としての意地がある。攻勢へ転じようとする、その獰猛な笑みを――フック型の無骨な鉄が殴りつけた。
「横から失礼しました。では救急車で牽引しますね」
ギアを操作し、アクセルは全開。
これから五メートル超の巨体を引き摺り回すのだから、出力を確保するのも安全運転の一環だ。
……荒野にのさばる魔物は一見邪魔だけれど、知能と呼べるものが無い。過ぎた巨大さも仇となるから、撒くのは意外と簡単だ。胴体の横を静かに通行してやり過ごし、ときには誘い出した頭部同士をぶつけて共食いをさせつつ、――気取られぬようにバルバロス兄弟の死角を取る。
和鏡子ほどの運転技術をもってすれば、その程度のことは朝飯前だ。注意を惹きつけてくれる味方がいれば尚更の事。
「――ウオァァア――!?」
遠い悲鳴と、確かな手応え。バックミラーで確認すれば、全身に突き立った矢のようなものに牽引ロープがしっかり絡みついている。
「これなら安全そうですね。では……行きますよ!」
最初で最後の急ハンドル。
遠心力で積み荷を放り込む先は、腹を空かせた原始の魔物の眼前だ。敵味方の概念もない獣から見れば――たとえバルバロス兄弟であろうとも、ただの餌のひとつにすぎない。
「さて、身長五メートルでしたら、適正体重は約五百キログラムですが……」
牽引してみた感触からして。
「――もう少し、お痩せになってみては?」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
茜崎・トヲル
ふ、ふふふ。あははふ。退化するんだ。どこまで?
原始の魔物でとまるの? そこからさーらーにっむかしにもどるのかな。
たいじよたいじよなぜおどる……ふふは、あはは。
そんなにみないでーてれちゃう。てれるよーなことあった?
からだとせーしんの退化。つまり脳ごとからだが退化ってこと!
なら脳もふくめて肉体改造(技能ね)でていこーだ!おれのからだはすげーさいせいりょくだから。
それでー……むかで。わはー、でっけ! ふふ、おばかさんならまっすぐむかってくるでしょう。
あたまハンマーでガッツン!して、つかんでぶんまわして、巨人のひとにぶちあてちまおう。
おれ痛いとかねーから、からだの限界こえてパワーだせるからね。
ヴィクティム・ウィンターミュート
奪い取るだと?大言壮語は大概にしときな
まずは視線の対処だな
凝視が必要な以上、予備動作は分かりやすい
周囲を回るように【ダッシュ】しつつ、時折切り返しては視線を留まらせない 身体がデカい分小回りは利かないだろ ムカデを遮蔽にしてもいい
逃げ回りながらUCを発動──『運命転換』
水弾発射…ダメージは殆ど無いから、安心しな
さて、もう見られてもいいな
退化するんだって?じゃあそれが『反転』したら…『進化』だな
オブリビオンを殺しに殺し、ずっと研鑽し続けた先の進化は…強烈だぜ
ムカデの攻撃を躱しながら、自分の長い身体で結び目を作らせるように立ち回り、ハイレディンの頭を狙って、右の仕込みクロスボウを撃ち込もう
●時の果てから時の果てまで
「えらい目に遭ったなオルチ兄……」
「猟兵ども、何して来やがるか分からんな……」
原始の魔物の共食い現場からなんとか抜け出して、バルバロス兄弟は一先ず体勢を立て直していた。身体中に突き立ったムカデの足やら牙やらを、止血もせずに引っこ抜く。――無論、この程度の『痛い目』で自らを省みるような輩である訳もなく。
「しかしそりゃ、奴らの寝ぐらにゃ途方もねえ武器や宝が眠ってるって事でもあるぜ」
「だな!」
箍の外れた欲望が、彼らを衝き動かしている。
「そいつを根こそぎ奪い取るためには――そう、まずは『グリモア』だ!」
「は、奪い取るだと?」
兄弟の威勢の良さとは対照的に、少年の冷笑は乾いている。
「――大言壮語は大概にしときな」
ああいう部類の連中は、そもそも何かを手に入れることを目的としていない。略奪というパフォーマンスで自分を大きく見せたいだけだ。だから半端な計画を立て、聞いてもないのにベラベラ喋る。
せいぜい手札が揃う前にミスって終わりだぜ。
――なんて啖呵で舞台へと躍り出るような役どころは、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)の流儀ではなかった。
「ああん……?」
こちらの声の出処を探ろうとする三つの目――その中で最も注意すべきは、弟ハイレディンの有する『オルキヌスの瞳』。まずはその視線への対処だ。
ほんの一瞥するだけで生物退化の権能を発揮できるとしたら、今頃グリードオーシャン全域がB級映画と化している。わざわざ島の石碑を使う必要もないだろう。『凝視』が条件であるのなら、その予備動作を読めばいい。
――思惑通り。眼球より先に首の筋肉が、それより先に体幹が動く。初歩の画像解析で自動判別できるレベルのわかりやすさだ。電脳魔術の思考速度を以ってすれば、こんなものは暗算《ソラ》でも十分。
敵が睨んだ現在地から、その死角へと疾走する。
「そこか仔ネズミ!」
ネズミってのは見つけただけじゃ捕らえられないもんだろう。
巨体の周囲を回る軌道を描きつつ、弟側の目の焦点が合う瞬間に角度をつけて切り返す。あらぬ方向へ放たれた光線がヴィクティムの残像を焼く。視線すら追い付かないようじゃ、重たい武器も振り回しようがない。
「ちょこまかと! 男らしく姿見せやがれ!」
「これじゃあ男かどうかも判らんな!」
……うるさいな、そっちは身体がデカい分小回りが利かないだろ――安い挑発を聞き流す。反撃の準備が整うまでの時間を稼げばそれで勝ちだ。単純回避の繰り返しで足りないのなら、もうひとつ小細工も加えてやるか。
「ツイてるな」
ちょうど進行方向に、お誂え向きの遮蔽物がある。
「おおー!」
全長数百メートルの巨大ムカデが光線を受けてのたうつ絶景に、茜崎・トヲル(白雉・f18631)は無邪気な歓声をあげた。手近な巨岩にひょいと登ってまじまじと見る。あれが生物退化ビームなる頭ぱっぱらぱー攻撃の実物かあ。ふ、ふふふ。
「あははふ――退化するんだ」
老化じゃなくて? ざーんねん。でもなんだって面白いな。
「退化ってーどこまで?」
この島の生き物があの光を浴びて原始の魔物ってやつになる。お話を聞いてきたからそれは知ってる。けれどそいつがいつまでも光を浴び続けたなら一体どうなるだろう。
「原始の魔物でとまるの? そこからさーらーにっむかしにもどるのかな」
ほら、女性は太陽だったなーんて言って、雄と雌が分かれる前の太古まで。ひょっとしたら、太陽がぐちゃぐちゃだった頃にまで。――そんなトヲルの夢想を知ってか知らずか。退化の光はほんの数秒で掻き消えた。
まあ、彼の好奇心などバルバロス兄弟が知る筈もない。彼らの狙いは元より逃げ回るヴィクティムであり、先の巨大ムカデは遮蔽として利用されただけなのだから。
「気を付けろハイレディン、もう一匹ネズミがいやがる!」
「んだと!?」
そして、高所で何の警戒もなく目立つ振る舞いをしていれば――トヲルへと『凝視』が向くのは必定だった。
退化。
たいか。
いきものの進化のまきもどし。
そうは言ってもおれには進化したおぼえなんてないから、その逆が起こってもよくわからない。人間は生まれるまでに進化ごっこで息をするんだっけか。たいじよたいじよなぜおどる……このまま光のなかにいれば、おれにもその理由がきこえたりするのかな。
「……ふふは、あはは」
「オルチ兄……、あいつ、なんだか様子がおかしいぞ」
「お前の『瞳』をあれだけモロに喰らったんだ、イカれちまって当然だろ」
「そんなにみないでーてれちゃう、てれちゃう」
てれるよーなことあった? はずかしいってなんだっけかな。ずっとはじめのにんげんは、はだかのからだをかくそうとしてふくをきました。ほんとうに? 体……からだ。からだとせーしんの退化。
つまり脳ごとからだが退化ってこと!
さわってみると、手も足もてんでばらばらに退化しているみたいだった。おれのからだっていろいろだからなー。大きくてつよそーになってるところはべつにいーや。だめになってるところはいじって、てってーてきにていこーだ。
変なところに生えてきたなにかをもぎとって。
毛むくじゃらになりかけの肌をばりばりはがして。
脳……脳、なんかすっごく小さくなってる! ひどいかも。とりあえずこねてほぐしておこう。だいじょうぶ、そのうちなおる。おれのからだはすげーさいせいりょくだから――。
――霊符に、コードを走らせる。
『オルキヌスの瞳』の発動予知の準備は万全。思わぬところで二枚目が舞台に上がり、ムカデ一匹分以上の時間も稼いでくれた。ヴィクティムとしてはスラング混じりに口笛ひとつ贈っておきたいところだが、今は気配を消すのが優先だ。
「ハイレディン! これ以上あいつを見るな!」
「お、おうよ!」
継ぎ接ぎなんて屁でもない本物の『肉体改造』を前にして、バルバロス兄弟は明らかに狼狽している。――文句なしの好条件でこっちの手番《ターン》だ。
電霊幻想:運命転換《ザ・リバース》。
破魔の水弾に叡智を詰めて、赤髭の横っ面へと発射する。
「ッ、今度はテメェか!」
「……ダメージは殆ど無いから、安心しな」
物理的にはほぼ水だ。さて、――もう見られてもいいな。
「で、『退化』するんだって?」
何やら頭がハッピーになって、体のほうは毛の少ないサルにでもなるんだろうか。そりゃゾッとしない話だが――『三つ目』といくら睨み合っても、そんな現象は起こらない。
「クソ……お前はお前で、何平然としてやがる」
「じゃ、親切に解説してやるか。さっきの水にはユーベルコードの効果を『反転』させる仕掛けがあってな」
人間という動物の生存政略は、道具を使い技術を研鑽すること。
猟兵という埒外の存在意義は、オブリビオンを殺しに殺すこと。
「その先の『進化』は――強烈だぜ」
書き換わっていく遺伝子が、遠い未来を演算する。
――凝視どころか、認識すらもできない速度だった。
否。ヴィクティムは加速している訳ではない。敵の予想を外して動く立ち回りが、知覚すら能わぬ域に達しているのだ。様子のおかしい巨大ムカデが暴れ回り、長い身体が絡まって、藻掻く。三つの目には『視えない』ものが、その結果だけを寄越してくる。
「……それでー……むかで?」
そして、バルバロス兄弟が相手取るべき生命体はひとつではない。
「わはー! でっけ!」
概ね元のトヲルの形に整え直された『それ』は、原始の魔物より余程その称号が似合う何かだった。動くものには真っ直ぐ噛みつこうとする健気な節足動物に、子供のように笑いかけて。
「ふふ、おばかさんっ」
潰す。身の丈ほどのハンマーを、垂直にムカデの頭部へ叩き込む。辛うじて残った下顎を、両腕で掴んで抱え上げれば――それは、巨大な打撃武器と化す。
ひとまわり、ふたまわり、遠心力が加わって、腹部の結び目が鉄球のように宙に浮く。改造された筋繊維と、痛みという感傷の欠如が、肉体の限界を超えた所業を可能にする。
「ガ――ッツン! っとー、いく、よー」
「さ、避けるぞオルチ兄――」
当たれば最後、しかし相手の動きは大振りだ。そのようなことを言おうとしたハイレディンの頭部を――クロスボウの一射が貫く。計算し尽くされたタイミングで、致命の瞬間を作り出す。
目には目を。質量には質量を。
そう言わんばかりの大激突は、三つ目島の端から端まで地揺れとなって響き渡った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
カイム・クローバー
アンタ、左目にグリモアが欲しかったのか?止めとけ、止めとけ。
アンタ如き欲望塗れにゃ、アレは使いこなせねぇよ。
原始の魔物は【範囲攻撃】と紫雷の【属性攻撃】で銃弾を【クイックドロウ】でぶち込んで。…図体がそんなにデカイなら利用出来そうだ。
銃弾で魔物の注意を引いて、継ぎ接ぎ野郎の方向にも銃弾。コイツは当たらなくて構わない。原始の魔物をハイレディンに向かって突撃させる。
あの瞳は凝視する必要があるんだろ?数百メートルの魔物を盾にしたら俺の姿なんざそっくり隠れると思うぜ?
瞳を躱して、魔物の身体を踏み台に。ついでに太陽を背にすりゃ、瞳は封じられる。
UCで残った右目を撃ち抜くか。これで少しはバランス取れたろ?
●太陽に近付きすぎると
「なあオルチ兄。俺達さっきからずっとムカデのせいで敗けてねえか?」
そこに気付くとは天才か。島の生物たちを退化させたぶん、ハイレディンは日々進化しているのかもしれない。
「元々お前がその『瞳』でやったことだろが……」
「あー!? 俺のせいってか!?」
もちろんそんな訳もなく、バルバロス兄弟は普通に手負いであった。頭部を含めた全身に刺し貫かれた痕があり、トレードマークの腕の縫い目もほつれて肉の断面が覗いている。それでも動いて喋るのは、継ぎ接ぎの異形である故か。それとも骸の海から染み出した過去である故か。
「退化させた奴を支配したりはできねェのかよ」
「無茶言うな!」
――そんな前座の漫才を、物陰から伺う姿がある。
「なんだなんだ、もう仲間割れか?」
荒野に映える紺色のトレンチコートに、派手すぎないシルバーアクセサリー。そのこだわりつつも洗練された出で立ちは、舞台袖で出番を待つ俳優を思わせる。
「兄弟喧嘩って言ったほうが正しいか。そう思ったら可愛いモンだな」
これから始まるショータイムの主役には、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)のような男が相応しかろう。
満身創痍となって尚、バルバロス兄弟は油断ならない強敵である。
無策で突っ込めば痛手は必至。万全の構えで相対しようと考えれば――本能のままに動く『原始の魔物』の存在は、間違いなく邪魔になるだろう。
装填音。
迸る紫雷。
ポケットへ突っ込まれているかのように見えたカイムの両手は、次の瞬間には愛用の二丁銃を引き抜いている。
「まずは害虫駆除と行くか!」
景気づけとばかりに笑い、広範囲へと弾丸を撒く。
狙いを細かく定めなくとも、撃てば撃つだけどこかに当たる。何せ、全長数百メートルの巨大ムカデが、絡み合うように群れているのだ。面で制圧しないことには埒が明かない。
数えきれない足が折れ飛び、時折胴体の節が爆ぜる。
こうやって動きを鈍くさせてから、頭に弾丸をぶち込んでトドメを刺せば――。
「――いや」
図体がこれだけデカいなら、生かしておけば何かに利用できそうだ。
照準をほんの少しずらして、原始の魔物の鼻先あたりの地面を狙ってみる。……逃げようとするかと思ったが、むしろ音に反応して銃弾に喰らいつく始末だった。奴らにとって自分以外の全ては餌であり、外敵から身を守ろうと考える知能すら存在しないのだろう。
ならば魔物の注意を引くようにして、位置を変えながら数発。
最後に本命、継ぎ接ぎ野郎の方向へと一発。この銃弾は――当たらなくても構わない。
「ハイレディン、新手だ!」
「は、かすりもしねえな。手でも震えてやがんのか?」
――歯を剥いて踵を返したバルバロス兄弟を出迎えたのは、猟兵の姿ではなかった。
彼らの身長を以ってしても見上げるほどにそそり立つ、大口を開けた巨大ムカデだ。
「まーたクソムカデかよ!」
「お前が! 退化! させたんだろが!」
暴投の口論を再開しつつも、四つの腕は一心同体の動きで各々の武器を構える。七大海嘯の一角『三つ目』が、魔物一匹相手に敗北を喫する筈もない。が、――勿論それも織り込み済。
巨大ムカデの背側を、カイムは全速力で駆け上がる。
胴回りだけでも十メートルは下らない。この巨体を盾にすれば、細身の青年の姿なぞそっくりそのまま隠れてしまう。『オルキヌスの瞳』の初撃を遮蔽で躱して、魔物の身体を踏み台にして。
「気を付けろよ?」
ムカデの胴がサーベルで両断されると同時に跳躍。
「――直接見ると、目が灼けるぜ」
白昼の太陽を背に、『オルトロス』を発射する。
――猟兵らしき影が視えた瞬間、反射的に『凝視』を向けた。
「ぐァッ……!」
その即断即決が仇となった。海賊、ひいては船乗りにとって最大の禁忌のひとつ――太陽の直視である。
グリードオーシャンは常夏の世界、その光量と熱量は視神経を焼き切るほどに強烈だ。兄弟双方の視界が真っ白に眩み、――ハイレディンの残った右目に、衝撃と激痛が走る。
「これで少しはバランス取れたろ? お宝集めも程々にするんだな」
隻眼と、隻眼が、舞い降りる男のシルエットを睨む。表情は見て取れないが、くるりと銃を指で回して挑発していることは判る。
「……調子乗ってンじゃねえよクソガキが! 『目』なら、また奪えばいい……!」
「グリモアだろうと! ――太陽だろうと! 欲しいモノは何でも手に入れてやる!」
「ああ、アンタ、左目にグリモアが欲しかったんだっけか?」
止めとけ、止めとけ。……そう言って哀れむような余裕の笑みも、眩い逆光に塗り潰された。
実際のところ、カイムはグリモアのことをよく知る訳ではない。
そもそも眼窩に嵌められるようなものなのか? 知り合いの持つグリモアは色々な形をしているし、ちょうどいい大きさの球体も探せばあるかもしれないが。まあ、この場合はそれ以前の問題だ。
人を殺して奪おうだとか。
それで、誰かを支配しようだとか。
「――アンタ如き欲望塗れにゃ、アレは使いこなせねぇよ」
大成功
🔵🔵🔵
餅々・おもち
んぶ!!
『生物退化ビーム』を真正面から浴びるおもち。
おもちはまだ新米の猟兵、まずは周りの猟兵についていって戦闘や賢い行動を学習しようとした矢先の直撃である。
ケットシーの祖先とは何か。普通の猫である。
毛がけちゃけちゃになってしまったことはとても気になるし、無性に顔を洗いたいし、毛づくろいもしたい。ぺろぺろ。
そう、今の俺は普通の猫なのだから仕方ないのだ。
ケットシーのように不思議な力でサメを出して戦おうとか、そんな考えが浮かぶはずもない。
それよりも目の前にいる不細工な人間はどうして体がツギハギなのだろう。ツギハギ、とても剥がしてみたい。悪く思わないで欲しい、猫だから仕方のない欲求なのだ。バリバリ
ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!
転移する時は上空!上空がいい!
ヒャッホオーーッ!
●対策
しびびびっ!
わくわく、わくわく!
…?
ねー今どれくらい戻ったの?1万年?2万年?
全然変わんないんだけど!!
ってのは2割冗談!
魔物くんが増えても困るからUCで『退化ビーム』と『原始の魔物』だけ通さない[鉄球]くんを取り出し膨らませ島を覆う透明な結界を作る!
ごめんね、ちょっとさがってて?
んもー!
これじゃまるでボクがずっと昔からまるで進歩してないみたいじゃない!
95個の鉄球くんのうち94個の干渉対象を『バルバロス兄弟』に変更!
目方は大体一つ10トン?100トン?それを上からドーンッ!
足りなければどんどん"重ねて"いくよ!
●空の青さを知ったかぶる
「転移する時は上空! 上空がいい!」
ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)様たってのご要望により、グリモアは彼を『三つ目島』上空数百メートルの位置へと導いた。このあたりは飛行や転移が阻害される謎空間ではあるのだが、既に発見されている島の上空に浮くだけならば問題なかろう。
「すごく高い」
そんな彼の後ろ頭にしがみつくような肩車で、真っ白な毛玉――もとい、餅々・おもち(ケットシーの鮫魔術士・f32236)もまた地上を見降ろす。ロニの足元に届くほどに巨大なムカデの群れ、『原始の魔物』のひしめく景色が一望できた。
「すごく高いとどういった利点が?」
「ヒャッホオ――ッ!」
「成程……すごく高いとすごく楽しい。勉強になる」
海のように深い知性を湛えたおもちの瞳の美しさは、故郷であるペットショップでも評判だった。そもそも知性あるケットシーだという事実も最近になって判明した。
つまり、彼はまだ新米ほやほやの猟兵なのである。まずは周りの仲間にくっついて、戦闘や賢い行動を学習しようという――。
「んぶ!!」
「しびびびっ!」
そんな矢先の先制ユーベルコード直撃である。悲しいけどこれ戦争なのよね。
ハイレディンの持つ『オルキヌスの瞳』。生物退化ビームなるいかにも怪しい攻撃を、どうしてか受けてみたくなるのもまた魔性の力のひとつであろうか。
ロニはその手の欲望に正直なのが持ち味である。逆らう理由が全くない。『進化』だったらたくさん見てきたけれど、その巻き戻しを体験できる機会はなかなかレアものだ。
「わくわく! びくびく! わくわく!」
絶対にびくびくはしていない顔である。ビーム直撃の真っ只中で、溢れる光に負けじと瞳を輝かせて。
「…………???」
首を傾げる。
「ねー今どれくらい戻ったの? 一万年? 二万年?」
「にゃーん」
気持ちいいのでくっつけてきたモフモフの子に聞いてみても、眠そうな鳴き声が返ってくるばかり。……そういえば、さっきまで温かかった首のあたりがなんだかスースーするような。
「ってうわ! 完全に猫になってる!」
ケットシーの祖先とは何か。普通の猫である。人語など解するわけもない四足歩行の小型哺乳類である。かつておもちであった白猫は、ロニの頭上で呑気に丸くなっていた。
気品漂う顔立ちには知性の面影が残っているが、その実何も考えていない。猫だから。あえて言うなら潮風で毛がけちゃけちゃになってしまったことはとても気になる。無性に顔を洗いたいし、毛づくろいもしたい。心の中で思ったなら、その時既に行動は終わっている。ぺろぺろ。
「えーずるい! ボクだけ全然変わんないんだけど!!」
「にゃーん」
ロニの不満もどこ吹く風。掴もうとする指先をするりと擦り抜けて、手頃な巨大ムカデの身体を伝って、おもちは地上への散歩に出掛けることにした。猫だから。
……さすがに無力な小動物を放っておいたら危ないかも、なんて、殊勝なことをロニが考えたかは定かではないが。
「まあいいや、ここまでは二割冗談!」
そろそろ反撃の時間としよう。どうせ何億年か遡ってみたところで、本当のことは変わらない。変わるとしたら、そんなのはきっと、みんなうそだ。
天地創造なんかより、この島をいじって遊んだほうが絶対楽しいでしょ。
さあ、まずはあの魔物くんたちだ。やたらと大きくて足が多いのは、結構懐かしい感じがして個人的には嫌いじゃないけど――あんまり増えられちゃっても困るから。
「ごめんね、」
手のひら大の鉄球がロニの前に浮かんで、消える。……正確に言えば、消えてはいない。光や空気を含めたあらゆるものと物理干渉しないかたちで、確かにそこに存在している。まるで、人間からいないもの扱いを受ける神様みたいに。
そして、いないはずの神様は、罰を下すときだけ干渉してくるものだ。
「ちょっとさがってて?」
――島全体の『原始の魔物』が、一斉に周囲の海へと弾き飛ばされた。
彼らを『神罰』の対象に選び、島を覆う大きさにまで球体を膨らませたのだ。ついでにビームを防ぐ結界としても機能させている。
なんだか水陸両用ムカデらしいし、死んでしまうってことはないだろう。海の底で心ゆくまで進化をやり直してほしい。ビームを浴びただけの生き物に大した罪はないんだし。
「んもー!」
許せないのは、バルバロス兄弟とかいうやつだ。
「これじゃまるで、ボクがずっと昔からまるで進歩してないみたいじゃない!」
気に喰わないのはその一点だ。
「ああ!?」
「今度は何だ!?」
一方、『三つ目島』のバルバロス兄弟とはいえば、スケールの大きすぎる事態を全く把握できていなかった。
上空に敵の気配を感じてビームを放ったと思ったら、突然『原始の魔物』が嵐のように吹き飛んだ……としか表現しようがない。たかだか五メートル程度の身長など、神様の気まぐれを前にすれば矮小なものである。
そして今、彼らの見上げた空一面を――無数の鉄球らしきものが埋め尽くしている。大きさは目方で言えば十トン、百トン、そう考えるのも馬鹿らしくなるような光景だ。
ひとつ、ふたつ、鉄球が落下する。在るべき破壊も轟音もなく、吸い込まれるように地面へ消えていく。……それが、かえって不気味だった。
「ハイレディン……あれに当たるんじゃねえぞ!」
「おう!」
とてつもなく悪い予感がする。幻術か何かのようにも思えるが、おそらくあれに触れてしまえばデッド・エンドだ。七大海嘯たる戦士の勘が、かつてない生命の危機を告げている。
……幸い、敵はこちらの位置をさほど正確に狙ってはいない。
だったら死に物狂いで避けきってやる。こんなところで、グリモアの実物を拝むことすらなく、海に還ってたまるかよ――兄弟の心が再びひとつとなった、その瞬間。
「にゃーん」
猫が戦いに興味を持つのは、自分じゃない猫のにおいがする時だけだ。
まさかケットシーなんかじゃあるまいし、服を着ようとか、杖を持とうとか、はたまた不思議な力でサメを出そうとか、そんな高度な考えが浮かぶはずもない。そう、今のおもちは普通の猫だから仕方ないのだ。
それよりも、目の前にいる不細工な人間はどうして体がツギハギなのだろう。
千切れたところからぴょんと縫い糸が飛び出したりもしていて、ものすごく、そそる。ツギハギ――とても、剥がしてみたい。
「猫!?」
「どっから出てきやがった!?」
悪く思わないで欲しい。これは猫だから仕方のない欲求なのだ。箱があったら入りたいし、壁があったら引っ掻きたい。近付いてみると人間にしてはなんだか大きいし、もしかしたらこいつは壁なのかもしれない。
うん。たぶんそうだ。バリバリ。
兄弟が、足元の小動物に気を取られたほんの一瞬。
その隙に、鉄球たちは姿を消した。さもありなん、ロニが『こっちも透明にすれば完璧じゃん』と気付いてそうしただけのことである。もしも視線を外していなければ、目算で避けることも可能だったかもしれないが――彼らは、致命的な油断を犯してしまった。
――『バルバロス兄弟』のみに干渉するよう命じられた、大質量の鉄の雨。
断末魔を上げることすら許さず肉が潰れる。
四つの武器が、ひとかたまりの鉄屑と化す。
それら全てが、衝撃が重なるたびに混ざり合う。
……信念なき簒奪者には相応しい、猫の餌にもならないような最期であった。
「にゃーん」
明日のことはわからない。
昨日のことはおぼえていない。
三より大きい数なんて考えたこともない。そんな顔をした白猫が、『三つ目島』と名付けられた地面の上でぽつりと鳴いた。
満足そうに、丸くなる。この島の環境、適度に乾燥した気候は、ネコ科の生物やその祖先にとってはまさに快適そのもの。日向ぼっこにうってつけだ。ただそれだけで、おもちは十分幸せだった。
欲望の大海に咲いた無欲の勝利。
足るを知るとは、たぶんこういうことである。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴