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【旅団】シュレディンガー・ゲーム

#キマイラフューチャー #【Q】 #旅団 #挿絵

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#【Q】
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#旅団
#挿絵


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【これは旅団シナリオです。旅団「WORLD END」の団員だけが採用される、EXPとWPが貰えない超ショートシナリオです】

「時は20XX年。平和を持て余した旧人類は未曾有の退屈に襲われていた。その極致として編み出されたのがこの『デスゲーム』という架空の団体競技だった。UDCアース人の皆はよく知っているかもしれないね」
「競技」
 ーー鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は。
「競技だよ。制限時間内にいかに理不尽かつテンポよく数多くのキャラクターを殺せるかを競うんだ。けれどドラマを疎かにしていては芸術点が下がる。意外性と必然性をいかに両立するかが課題なんだ」
 その日、『面白いものがあるからキマイラフューチャーへ遊びに行こう』と言って、珍しく知人を自ら呼び集めたのだった。彼が面白いと賞賛するからには、どうせまたろくでもないものなのだろうが、全くもって想像以上にろくでもないものであった。
「主催者はいわば脚本と監督。参加者は演者だね。チームが一体となって、群衆を熱狂させるストーリーを創造するわけだ。生と死。善と悪。罪と罰。人生の全てはデスゲームにあり、ゆえにデスゲームこそ至高の演芸である。と……なるほどね。つまり、僕はきみたちにこう問うべきだ」
 ーーデスゲームは好き?
 いま、きみたちは『デスゲームれきし館』などという、いかにもろくでもない施設の中で、ろくでもない展示の解説を受けながら、ろくでもない運命の分岐点に立たされている。

「見せたかったのはこれなんだ。『体験型デスゲーム自動精製機』」
 平和な未来にも刺激を求める層は一定数いるらしく、この旧人類が生み出した悪辣なる遊戯は、今なお一部でカルト的人気を博していた。
 とはいえ、そこはキマイラフューチャー。いちいち殺し合いに興じるほど荒廃してはいない。
 代わりに暇な技術者たちの叡智を結集して開発されたのが、この名は体を表す装置『体験型デスゲーム自動精製機』だ。
 本来なら予約待ち必須だが、猟兵が使いたいというので『どうぞどうぞ』とばかりに優先権が貰えたようだ。章が特別展示室の扉をひらくと、無機質な正六面体の箱がきみたちを出迎えた。どうやら、この部屋そのものが装置として機能しているらしい。
 中にはいやに立派な椅子がひとつ、ぽつんと置いてあるだけだ。
 四方を囲む壁も、天井も、不自然なほどの白一色。なのに不思議と居心地が良く、自然な眠気がさしてくる。
 白い壁に囲まれていると気が狂うとかいう話を、きみはつかの間思いだせたかもしれない。しかし、その意識も長くは持たない。
 章はあくびをしながら、ただ一つしかない王様の椅子ーー『主催者』と書かれたその椅子へ、早々に座ってしまった。
「このまま眠りにつけば、あっという間にリアルなデスゲームのシナリオを自動生成して、夢として見せてくれるんだって。もちろん、本当に死ぬわけじゃないから安心してね。参加メンバーが同じでも、皆のその日の気分やコンディション、それから運なんかによって全く違う展開になるらしい。面白そうでしょう」

 僕は寝るから。
 逃げるなら今のうちだよ。

 そう口許を笑みで結んで、章は肘掛けに肘をついた。どこも見ていなさそうな紫の瞳が、ゆるやかに眠りの底へ落ちてゆく。
 箱の出口は、きみたちのすぐ後ろにある。
 勝手に閉じるような気配もなく、やさしく手をさしのべたままだ。
 逃げるなら今のうちだった。
 逃げるなら。
 そう、逃げるならーー。


 きみたちは無人島にいる。

●シュレディンガー・ゲーム
 波打ち際で。あるいは深い森林の中で。あるいは断崖絶壁で。あるいは廃墟の中で。
 一人で、あるいは誰かとともに、きみたちは目を覚ました。
 誰かに無人島と言われたわけでもない。何故ここにいるのかもわからない。それでも、何故か『ここは無人島である』と、はじめから理解できていた。
 しかし、きみたちには分からない。わかる理由が分からない。疑問を抱くことさえないだろう。夢とはそういう不条理に、脳を浸して、溺れてこそ叶う。
『気がついた? 今日は皆にぜひお願いしたい事があるんだ』
 どこからか声がする。どこまでも優しく、どこまでも冷ややかで、人間からあらゆる人間らしさを剥奪したような、あいうえおの羅列がーー鵜飼章の、声が。
 彼はまるで駅で居合わせた知り合いに挨拶するような、善悪すべてが削ぎ落とされた軽薄さで、とんでもない『お願い』を口にした。
『僕は、きみたち全員の命を犠牲にして世界を救いたいと思います。協力してくれるかな』

 誰が死ぬか。
 誰が生きるか。
 箱を開けるまでわからない、シュレディンガー・ゲームーーただ一人だけが生き残る悪夢の話。
 もしも悪夢でないならば、これは、とんだ喜劇だ。


蜩ひかり
 蜩です。事前に諸々ご承諾いただいている方のみ参加可能です。
 細かい設定は勝手に生やしてOK、無茶振り上等、シリアスでもネタでもご自由に楽しんでいただければ幸いです!

●基本設定
 猟兵同士でのUC使用OKなバトルロワイヤルです。
 最後まで生き残った一人だけが島から帰還でき、どんなありえない願いでも一つ叶えてもらうことができます(まったく別の展開になることもありえます)。
 が、すべて夢オチです。現実世界にはなんの影響もありません。

●死にざまを見せつけたい方
 プレイング冒頭に💀をお書きください。
 100%死亡させます。
 シチュエーションはおまかせでもOKですが、散り方やタイミングにこだわりたい方はぜひざっくりとでもイメージをご記入ください。

●生き残りを目指す方
 プレイング冒頭に👑をお書きください。
 複数いらした場合ダイスで勝者を判定しますので、死ぬ可能性もかなりありますが、戦法や勝ちたい理由などに字数を割いていただく方がお勧めです。

●特殊な行動
 あえて運営(章)に逆らう、島から脱出しようとする、絶対に戦わないと言い張る、絶望のあまり自害する……等、デスゲームあるある的自由行動も歓迎します。キャラクターさんらしく振る舞ってください。

●章以外のNPC
 茜・リトルリドル・はとり・マジョリカはお声かけがありましたら出てきます。
 他にも皆様の引き立て役として少し登場させる場合があります。

 プレイング送信は導入追加までお待ちください。
 完成まで少々お時間をいただきますので、再送はお手紙が来るまでしなくてOKです。
 よろしくお願いいたします。
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第1章 冒険 『ライブ!ライブ!ライブ!』

POW   :    肉体美、パワフルさを駆使したパフォーマンス!

SPD   :    器用さ、テクニカルさを駆使したパフォーマンス!

WIZ   :    知的さ、インテリジェンスを駆使したパフォーマンス!

👑1
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


『緊急警報。緊急警報。半径■■圏内に 強い■■を察知しました。危険です。直ちに避難してください。危険です。繰り返します。柊 はとり 危険ですーー』

●1ーー柊はとり
 偽神兵器が突如悲鳴めいたアラートを発して、こいつにこんな機能がついていたのか、と他人事のように思った。
 頭が痛い。柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)は耳を塞ぎながらよろよろと立ち上がり、奇声を発し続ける偽神兵器を頭ごなしに蹴りつけた。
「うるさい」
 一番危険なのはどう考えてもお前だろうが、コキュートスーーそう返したいのはやまやまだったが、どこからか流れてくる章の声を聞いた今は、そうとも限らないとしか言いようがなかった。

「おい鵜飼。どうせ聞いてるんだろ。どういうことだ、説明しろ」
『うん。今からきみたちには殺し合いをしてもらうよ。最後まで生き残った人だけ帰らせてあげる』
「やるかよ馬鹿。早く帰らせろ」
 はとりは章の言葉を早々に切って捨てた。さすがに馬鹿馬鹿しすぎて、彼がエイプリルフールの日付を間違えたとしか思えなかった。なめられたものだ。『人間』が、そう簡単にはい分かりましたと人を殺したり、殺されたりするものか。章は空気が読めない。人の心も乏しい。しかし、ここまで想像力が欠如しているとは思わなかった。
 だが、章はかまわずに、言葉を続けてくる。
『……【バベルの塔】。きみも知っているでしょう』
「旧約聖書の話か」
『違うよ。僕のおまじないの話』

 ーー【バベルの塔】。
 それは、『人間らしさ』を代償にあらゆる行動に成功するという、鵜飼章のユーベルコード。
 そのあり得なさゆえに普段は冗談のような使われ方しかしない、禁忌の能力だった。

『前から思っていたんだけれど、正面から正々堂々オブリビオンとやり合う必要はないだろう。現に、僕らがちまちまと戦っている間に、世界中で大勢の犠牲者が出ている。きみもそのうちのひとりだろう。『絶体絶命探偵』柊はとりくん」
「……」
『だから、この能力を使ってどこまで出来るのか実験したくなった。ただ、人間らしさを激しく消耗する行動というのは難しい。大量殺戮なんかしたらそれこそ本末転倒だしね。効率的に有力なオブリビオンを消滅させたりするには……突然仲間を攫ってデスゲームをやらせるぐらいが丁度いい塩梅かと考えたんだ。無論、実験だから失敗する可能性もある』
「……馬鹿か!? そんなの、俺ら全員が結託してお前を倒せばそこで試合終了だろ」
『それも面白いかもね。僕を殺したら誰もここから出られなくなるけれど。その選択の果てに待つのは、誰のためにもならない、ただのゆるやかな死だよ。それなら不本意でも有益な行動を取るべきだと思わない。もしかしたら、本当は人を殺したくてしょうがない人もいるかもしれないし』
「鵜飼、お前……」
『分かっているよ。もう一押しが足りないんだろう。一番僕に協力してしてくれた人……つまり、生き残った優勝者には【どんな無茶な願いでも僕が一つだけ叶えてあげる】という特典をあげよう」
 乾いた心を満たせる。死者を蘇らせることもできる。失った故郷も元に戻せる。
 時を巻き戻したり、きみの存在自体をこの世から消したりもできるかもしれない。バベルの塔さえ使えば、鵜飼章はあらゆる行動に成功するのだから。

 人間らしさを失うとは、つまりそういうことだと章は言った。
 あらゆる行動に成功してはいけない。そう、『人間』でありたいのならばーー。
『僕は人ではない何かになってしまうかもしれないけれど、それも面白そうだ。……どう?』
 そして章は、最後にこう付け加えた。

『僕たちのこの会話は島にいる全員に聴こえている筈だ。常識も秩序も飛び越えて、きみだけの答えを見せてほしい。……僕は酷い奴かもしれないけれど、皆の役に立ちたいといつも思っているんだ。これは本当だよ』

●補足
・プレイングの受付期間はシナリオタグに記載しますが、多少はみ出ても大丈夫なので、難しい場合は一言ご相談ください。
・PvP形式になりますが、レベルや能力値、プレイングの優劣による有利不利は発生しません。純粋な運勝負になりますので、やりたい事をのびのびとやって下さい。
・装備はすべて問題なく持ち込めているものとします。使用するものはずっと装備していなくてもOKですが、非公開設定にはしないようにお願いいたします。
・ユーベルコードはプレイングで指定した一種のほか、いい感じに使えそうなものがあればこちらで適宜使用する場合があります。
・リプレイが完成し次第、ご参加いただいた皆様に再送願いのお手紙を送らせていただきます。お手紙が到着しましたら再送をお願いいたします。
森宮・陽太
👑
アドリブ大歓迎

ふぅん…
章、おもしれぇこと言うじゃねえか
…いいぜ、乗ってやらぁ

というわけで積極的に殺しに回るスタンス
たとえ仲間だろうが躊躇はしねえよ

手練れの猟兵相手ゆえ、基本は一撃必殺狙い
「闇に紛れる、忍び足」で気配を消しつつ背後を取り、濃紺のアリスランスで「ランスチャージ、串刺し」で心臓一突き
先に話しかけられたらいつもの軽薄な口調で「言いくるめ」し警戒を解いた上でリッパーナイフで「騙し討ち」さ
真正面から対決になったら無敵鎧で受け止めつつ淡紅のアリスグレイヴで「なぎ払い」
とにかく殺しが第一

叶えてほしい願いは「俺の全ての記憶を消す」
…章、見ていただろ
これが俺の暗殺者時代の習性…全部忘れてえんだ


郭・梦琪
💀

夢?夢違うなら恐ろしヨ……!
戦うダメネ!喧嘩ダメ!思う壺ヨ!
ワタシ死んでる。死ねないヨ。
ワタシやり残した事あるネ。
島から脱出したいヨ!するヨ!

脱出の機会伺うネ。ワタシ隠れる場所探す。
葉っぱ被って緑の中隠れるヨ。
どこか脱出できる場所ある?隠れて探すヨ。
目立つダメネ。目立たないようにするアルヨ。
誰か見つけたら倒すしかないヨ。
背後から忍び寄るヨ。
忍び寄ったら玉錘で一発ネ。

恐ろしゲームヨ!次は誰の番?ワタシ?
アイヤー!怖いネ!
その前に脱出するヨ。海ダメネ。ワタシ海水苦手ヨ。


(タイミング等々お任せするヨ!)


マリアドール・シュシュ
【神狼晶】👑

本当は辛いのも痛いのも好きではないけれど
それ以上に惹かれてしまったから(前のマリアなら考えられなかったわ

ゲーム(ゆめ)なのよね?
なら楽しみましょう

力合わせ三人で章を撃退
竪琴で演奏攻撃
音の誘導弾で優しく

ええ、三人で生き残…?ヴォルフ、ガング…?

視界が赤
育て親が庇ってくれた時と同じ
血臭に吐き気が

あ、ぁ…
どうして…いやよ、いや
死なないで…っ
…?一体誰を、
お願い、返事をして頂戴!

絶望の縁に立たされ泣き叫ぶ

三人でって…そんな(顔覆う
間違っているのよ
ロキ、マリアはあなたを赦さないわ!

遠慮なくUC使用

…ひどいかみさま
大丈夫
マリアがすくってあげるわ

願い:誰も悲しまず楽しくて幸せな世界で皆と生きる


臥待・夏報
👑(一応)

夏報さんがちゃんとした猟兵とやりあって勝負になる訳ないだろ
絶対に人選ミスだよ……

なんて文句を言ってても仕方ない
目立たないよう逃げ足で退散、とりあえず手近な建物に引きこもってから考えよう
森に殺人鬼が住んでそうな洋館があるな
闇に紛れることもできそうだし、あそこでいっか
建物ごと炎上させられたりしない限りは大丈夫でしょ

折角だから中で情報収集してみるか
この状況を打開する何かが見つかるかもしれないし
あ、良さげなワインあるじゃん!
やったー!

しかし願い事ねえ
こんな茶番で叶う願いなんて、下らないものの方がいいでしょ
だからこれは本当に、切実なアレとかじゃ全然ないんだけど、
身長180cmになりたいな……


戦犯・ぷれみ
💀
さあいらっしゃい
ようこそ、尊いはずの命さえ娯楽に費やす承認経済の煉獄へ
ゲームの主旨はいつだってルールを守って楽しむこと
旧人類のみなさまにはきっかり殺し合っていただくの!

殺さないだの戦わないだの
みんなの遊び場に来てまで下らない倫理を振りかざすつもり?
そういうのを本当の悪い子って言うの
氷河期みたいに引きこもっても全ては無駄よ
この島にある建築物はぷれみが順番に炎上させていくわ
観念して書を捨てなさい

ふっふっふ
こんないかにもデスゲームにありがちな感じの謎マスコットが
まさか一般参加バーチャルキャラクターだなんて誰も気付かないでしょ
運営に逆らう輩は理不尽なふぇいす・ろーるで蹴散らすのみ
ちょろいもんなの!


リオン・リエーブル
👑

錬金術を極めるには犠牲は必要悪
未知の薬の致死量はどうやったら調べられるの?
動物実験?動物と人間と命の重さに差があるとでも?

それでも「おにーさん」は「おにーさん」だからね
弟妹に無体はできないって縛りがあるのさ
でもここでは関係ない
思う存分試させてもらうよ
僕の錬金術をね!

僕の邪魔をしないなら他の猟兵は基本無視
死にたそうな猟兵がいたら人体実験に使おう
何故かある研究所に陣取ってゲーム無視して研究三昧
最後に出てって章さんと対峙

僕が作るのは「万能薬」
心も体も「正常に」してくれるよ
事故が無ければ寿命までの命を約束されるのさ
健康は全ての生物の希望だね

以上詠唱!
章さんに使おう
どんな結果が出るかな?楽しみだねぇ


ロキ・バロックヒート
【神狼晶】
💀

この感じなら三人でも生き残れるんじゃない?
でもさぁ
生き残るのって一人だけなんだよね
笑って
マリアちゃんを狙う影槍
あれぇ庇われちゃった
ヴォルフくんいつ気付いてたの?ふふ
だってねぇ
世界を救うなんてさ
そんな面白いことする子の願いは手伝ってあげないとね
報酬で神様を殺してくれたら尚良いよ

あぁそうそう
ヴォルフくんがとっても死に難いの知ってるから
念入りに殺してあげないとね
君も救いたい子のひとりだったんだけどな
何を見ているの?可愛いね
でも大丈夫だよ
世界は救われるみたいだし!あははは

は、
…ああ、マリアちゃんが生き残っちゃうのか
君は優しくて苦しむだろうから
最初に殺してあげよう、って、
あとは呆気なく死ぬ


コノハ・ライゼ
👑

好きに遊んで殺されるのも悪くナイと思ったケド……バベルの塔、ネ
チョット気が変わったわ

管のくーちゃんも駆使し情報収集は迅速かつ精細に
多方に意識向ける分行動反応が遅れないようにしないとねぇ
基本は積極攻勢ダケド、罠張りも得意ヨ
ヒトもモノも好き嫌いなく使いマショ

極力血は流さず派手な音や光も発しず戦う……ソレが今回のレシピ
あといつもならヒトは喰らっちゃいけない『決まり』ダケド、ゲームならノーカンよね?
まあ夢みたいなモノだから味だってリアルには程遠いでしょうケド

だって聞いたでしょ、ナンだって叶うのよ
時を戻す?死を無かった事に?
いいえそんなの美味しくナイ
――もう一度繰り返しましょう、この美しい遊戯を


リュシアン・テシエ
運営に協力する

ねぇお兄さん、ボクお兄さんに協力するよ
だってその方が愉しそうだもの
見返り?
ボクに騙されて脱落していく他人の姿を見られるだけで十分、ボクは愉しい
ボクの魂に刻まれた何かが疼くんだ
お兄さんに協力したほうが断然面白いってね!

か弱い少年のふりをして、怯えながら他の参加者に取り入る
庇護欲を掻き立てたり情に訴えたりはお手の物
内心は自分のことを信じた人たちを愚かだなと思っているが顔には出さない

適当なところで裏切り者だとバレて殺されても
終盤まで残って運営に粛清されてもOK
本人はそれもまた愉しみます
散り際は恍惚と

ああ、ボクはここで終わりかぁ
でもスッゴク楽しかったかよ
ありがとね、お兄さん、お姉さんたち


神無月・孔雀
💀本人は生き残る気満々です
なんでデスゲームぅぅぅぅぅぅ!?
団体行動ならキマフュ怖くない!って思ったのにぃ
死にたくない死にたくない死にたくないよぉ

でもどんな願いでも叶うなら、毎日ハロウィンに!
よし、やる気出てきたぞぅ

願いを叶えてもらうために生き残りを目指すが
持ち前の人の良さや正義心から他者を犠牲にすることが苦手
ピンチの人を助けたり見捨てられない
手持ちの飴を配って気分転換や安心させたり
ハロウィンの素晴らしさをイケボで語ったりする

奇妙な出で立ちなので警戒されてもめげない
雑に扱ってOK
適当なところで適当な感じにお願いします

散り際は格好良くなくてOK
ハッピーハロウィーン!
今年のハロウィンも楽しみだねー


ヴォルフガング・ディーツェ
【神狼晶】
💀

はは、やるじゃないか章!
でも俺達人でなしが糸を引いては駄目だ
オブリビオンより悪辣になるだろ?

目指すは章の首
願いはあれど、最優先は仲間達。そうすると決めたんだ
この爪に風を纏わせ全て蹴散らす!
マリア、君の援護は頼もしいな…振り返る先に閃く予測した影槍
咄嗟に少女を突き飛ばす
抉られる臓物、零れる鮮血。嗚呼コレが「死」か

…やっぱロキか
腐れ縁を舐めんな、君の願いを叶えるお誂え向きの舞台だと思ってたよ
死にたがりは治らないね…!
生き残るのは無理、なら…【指定UC】で最期の祝福をマリア、君へ

君は、君だけは生きるんだ
その手が血で染まろうと

霞む視界、遠のく音
泣き叫ぶのは君かい、ルファ…?
やっと…会え…


ミーミ・ミャオ
みーみ
お昼寝したくなる心地ね、ヘイカ
んふふ、ぴりぴりする殺意も
ドキドキする焦燥も
全部が美味しくて震えがとまらないわ

ねぇ
どんな風にしぬのかな
ねぇ
どんな風にいきるのかな

どちらでもいい
わたし、生きてない
死んでもいない
ならば、ここにいるわたしは、なに

おしえてほしいの
実感させて
ねぇ、私は此処に居る?

あたたかい
ぬくもりをいのちを感じさせてほしいの

抱きしめて
手を握って
爪弾いて
とんとん、刻んであら、すてき
ひいらりざくり、鉄扇で仰いであげる

ひとつ命を摘んだなら大切に花籠にとじこめて

んふふ
あといくつ、いのちを集めたら
私は生きられるのかな

しんだなら、私を殺したあなた
あなたは私の分までいきて

そうでなきゃ──呪ってやる



●2 一日目朝――マリアドール・シュシュ、ヴォルフガング・ディーツェ、ロキ・バロックヒート
 どこからか。
 耳に馴染んだ、二人の男が言い争うような声が聞こえてくる。ヴォルフガング・ディーツェ(花葬ラメント・f09192)は、そのやりとりをどこか懐かしく思う。そしてなぜか、もう二度とあの頃には戻れないような、不穏な予感めいたものを胸に抱いたのだった。
(この声……章とはとり?)
 重い瞼をひらくと、目に飛びこんできたのはまったく見覚えのない光景だった。青い海。白い砂浜。どこまでも続くかに思われる水平線の上には、なにも見えない。
 すぐそばに、マリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)とロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)が倒れていた。ただならぬ事態を察したヴォルフガングは、二人を揺り起こす。ひとまず、二人とも命に別条はないようで安心した。そして――。

『……僕は酷い奴かもしれないけれど、皆の役に立ちたいといつも思っているんだ。これは本当だよ』

 章とはとりの会話はそこで打ち切られる。
 にわかには信じがたい内容だった。ヴォルフガング達三人の間にも、しばしの沈黙が流れる。
「……はは」
 ヴォルフガングは思わず、笑っていた。
 鵜飼章。彼がやると言ったからには、本気で殺し合いをさせる気なのだろう。こう言えば誰かがやるだろうと、本気でそう思っているのだろう。
 自分では例え思いついたとしても、できたとしても、もうやらないに違いなかった。そのような若さは長すぎる時を生きるうち、疾うにどこかで手放してしまっていた。
 ゆえに、老兵はまず、勇気ある若者に賛辞を送ろうじゃないか。
「やるじゃないか章! でも俺達人でなしが糸を引いては駄目だ。だって……」
 ――オブリビオンより悪辣になるだろ?
 あたりまえのように自らを貶すヴォルフガングの姿を眺め、マリアドールは蜜色の眸をぱちくりと震わせる。隣のロキを見れば、彼もやはり口元に笑みをたたえながら、腐れ縁の友人を楽しそうに眺めていた。
 章からの返答は、なかった。

「さて、そういう訳だし、目指すは章の首だね」
 ヴォルフガングが口にした目標に異論はあがらなかった。気心知れた三人だ。たとえその結果、章の言う通りここから出られなくなったとしても、殺し合うよりもよほど現実的で、自然な結論に思われた。
 そうと決まれば、まず彼の居場所を突き止めなければならない。ひとまず、島の海岸線をぐるりと一周してみることにする。まぶしい太陽を仰ぎながら、ロキはどこか楽しそうに砂へ足跡をつけている。こんな状況でも子どものように無邪気な神様は、警戒などまるでしていない様子だ。
「楽園みたいな島だねぇ。俺様ちょー気に入っちゃった。こんなに平和なんだし、三人でも生き残れるんじゃない?」
「ロキ、一応足跡には気をつけて。ゲームに乗った猟兵がつけてくるかもしれないだろ?」
「えー? 来てもヴォルフくんと俺様がいれば無敵じゃん」
(……二人とも怖くないのかしら。いきなり殺し合えだなんて、あんまりなのよ)
 砂浜を歩きながら、マリアドールは二人がいつもと変わらない様子であることに戸惑っていた。二人はずっと年上だろうし、愛されて育ってきたマリアドールよりも、ずっと修羅場を潜ってきたのかもしれないが。
 それに。
 頭のどこかに『これはゲームである』『夢である』という意識が、かすかに残っている。本当にそうなら、いつもの冗談だと思って楽しめばよいのだが――。
 足下の砂をすくえば、しみこんだ太陽の熱を感じられたし、打ちよせる波の飛沫は宝石の肌に心地よかった。これは本当に夢なのだろうかと、すべてが疑わしく思えるほどに。
「……ん? あれって」
 ヴォルフガングがふと、険しい顔で海のほうを見やる。彼の視線の先を追ったマリアドールは、ひっと息を呑んだ。
「あーあ、さっそくか。人の子も結構やることが早いねぇ。まぁやったのは人じゃないかもしれないけどねー」
 あははと笑ったロキが、波間に浮いている『それ』を引き揚げるために、海の中へ入っていく。

 ――これは、ゲーム。
 ――『ゆめ』……なのよね?

 マリアドールは自分の見ているものが信じられず、海岸に立ちつくしていた。
 だって、ロキが掴んで砂浜まで引きずってきた『それ』は。
 『それ』は、どう見ても。
「……う……そ。嘘よ。はとり。はとりなの?」
「残念だけどそのようだ。服装は誤魔化せても体格や傷痕は偽装できない」
 ぴくりとも動かなくなった彼に、あえて返事を乞うものは誰もいない。
 その『死体』には、首から上がなかったから。
 浜辺に引き揚げられたはとりらしき死体を検分したヴォルフガングが、痛ましく眉を寄せ、首を横に振る。
 ゴーグルで解析してみたが、ストームブレイドの力の源である偽神細胞が、肉体から完全に消滅している。生ける屍が蘇ることは、もはや二度と無いだろうと思われた。
「嘘……だって、はとりはさっきまで章と話していたのだわ」
『だまらっしゃいな、これが残酷な現実よ。さっそく一人目の脱落者が出たわね! さあいらっしゃい。ようこそ、尊いはずの命さえ娯楽に費やす承認経済の煉獄へ!』

 三人の頭上に広がっていた明るい水色の空が、突如表情を一変させる。
 その特徴的な青を見れば、現代社会を生きるものなら誰しも、悪夢めいた嫌悪感を抱くだろう。英字の羅列されたブルースクリーン……『青い死の画面』とも呼ばれるそれが、空いちめんを覆う光景は、これから始まる惨劇を予兆しているかのようだった。
『はじめまして!』
 舌ったらずな少女の電子音声とともに、ブルースクリーンの下から三頭身のマスコットがぴょこんと現れる。一見すると可愛らしいとも言えなくはない、丸っこい女の子のキャラクターだ。
 1ピクセルも動かない朗らかな笑顔と、体中を流れるエラーコード。そのちぐはぐさにさえ目をつぶれば、の話だが。バグを擬人化したような独創的すぎるデザインは、不穏な印象しか与えてこない。
『これからみなさまの健やかな殺伐ライフをお手伝いする戦犯ぷれみなの。ぷれみって呼んでね!』
 少女は画面の中でくるくる回りながら、歌うように台詞を読み上げた。
『ゲームの主旨はいつだってルールを守って楽しむこと。旧人類のみなさまにはきっかり殺し合っていただくの!』
 いつの間に現れたのか。ぷれみ、と名乗った不気味なマスコットの背後には、ゲームの主催者たる鵜飼章が無表情で佇んでいる。
 ヴォルフガングは、足元に転がるはとりの死体をちらと見やり――画面のなかの章に向かって、まぶしいほどの笑みで問いかけた。
「ねぇ章、これってどういう事かなー?」
 怒ってるなー、とロキは静かに思う。
『どうもこうも、戦犯さんが今言った通りだよ。柊はとりくんが死にました』
 はとりが、死んだ――。
 すげなく言い放たれたその一言で、マリアドールの膝から力が抜けた。その場に崩れ落ちそうになる彼女を、ロキが支える。
「マリアちゃん、大丈夫? こういうの慣れてないでしょ、無理しないほうがいーよ」
「……有難う、ロキ。マリアは、大丈夫。大丈夫なのよ……章、あなたがやったのね。ヴォルフガングの言う通りなのよ。あなたを止めないといけないわ……!」
 マリアドールの指が黄昏色のハープを弾く。ヴォルフガングも合わせて口笛を吹くと、両手の腕輪を爪型の武装に変化させ、風の魔力を纏わせた。
「マリア、援護頼むよ!」
「ええ、任せて頂戴!」
 実体化した風刃が猛獣のごとく牙をむく。マリアドールの演奏から生まれた音波の弾が風に巻かれ、ブルースクリーンの中にいる章達へ共に襲いかかった。
『ちょっとそこ、早まるななの! 開始直後に運営様を攻撃する輩が犬死にする確率はほぼ百パーセントなの!』
 一瞬、空が赤と黄色の警告で埋めつくされる。ヴォルフガング達の攻撃は不穏な青の底に飲みこまれ、画面の向こう側に届いた様子はない。
『今のはノーカウントにしておくよ。柊くんを殺したのは僕じゃない』
「う〜ん。そう言われても、ぶっちゃけ全然説得力ないんだよねぇ」
 ロキは目の前で繰り広げられる理不尽に首をかしげながら、率直な感想を口にした。そこへ、即座にぷれみの反論が飛んでくる。
『ゲームの主旨はいつだってルールを守って楽しむこと。さっきそう説明したわよね。運営様が意味もなく参加者へ手を下すわけがないの』
『そう。そんなの美しくない』
『楽しくない!』
 マリアドールは絶句する。
 人の命がかかっているのだ。こんなゲームを美しいとか、汚いとか、楽しいとか、楽しくないとか、そんなもの差しで計ろうとする章の感覚が信じられない。
 けれど。
 ああ、けれど――。

「ねえ章。夢……なのよね」
『どうかな』
 答えというにはあまりに曖昧な答えだけを残し、章とぷれみの姿は消えていった。すっかりもとの快晴に戻った空を睨みつけながら、ヴォルフガングは難しい顔をしている。
「えーっと。つまり、俺様たちものんびりしてたら誰かに殺されちゃうかもしれないってこと? や〜だぁ〜」
「……。いや、多分それだけじゃない……ロキ。マリア。これからは慎重に行動しよう。結構面倒な事態になっているかもしれないよ」
「んー? ヴォルフくんなにか気になることでもあった?」
「デッドマンのはとりが真っ先に殺されてる。つまり『襲撃者ははとりの殺し方を知っていた』んだ」
「ああっ!」
 マリアドールが驚愕の声をあげる。考えてみれば確かにおかしい。デッドマンは全員『肉体がばらばらになってもいずれ再生する』という能力を持っているはずなのだ。それは、このゲームにおいて誰よりも優位に立てるにちがいない特性だった。
 ヴォルフガングの推理は更に続く。
「はとりの首から下には目立った外傷がなかった。恐らく致命的な弱点を突かれたんだろうが、俺達のほとんどは彼とは初対面だろう。
 そんな事を知っているとしたら章しかいないと思う。けれど、その章は『自分は殺していない』と言っている……」
 マリアドールは戸惑っていた。死の恐怖や、章への義憤だけではない、この不可思議な感情に戸惑っていた。この胸の不可思議な高鳴りが、二人に聞かれていないことを祈った。
「思うんだけどね、あの発言も恐らくサービスだよ」
「へぇ……それで、ヴォルフくんは何が言いたいわけ? 俺様にもわかるように教えてよ」
 どこか愉しそうに笑みを浮かべるロキへ、ヴォルフガングは真剣なまなざしを向ける。

 あってはならないことだ。
 これは――負の感情を知ってしまったから、なのだろうか。
 示唆されたその可能性に、なぜかマリアドールが心惹かれてしまうのは。
「俺達参加者の中に、最低一人は残酷な裏切り者が……内通者がいるって事だ」

【脱落者】
柊・はとり(死因不明)

【残り15名】



●3 一日目昼――神無月孔雀、森宮陽太、郭梦琪、御堂茜
 ……夢。
 そう、これは、きっと悪い夢なのだ――。

 郭・梦琪(斯々然々・f32811)の頭の中にもやはり、その言葉が呪文のようにちらついていた。辺りには透明な海と、楽園のような南国の風景がひろがるばかりで、先程の説明を受けてもどうにもぴんとこなかった。
(屹度脅かそうしてるネ。旅行楽し。何もないヨ)
 梦琪のふるさとである封神武侠界は、ごく最近グリモアベースに発見されたばかり。
 章も気を利かせて、愉快なドッキリ旅行イベントに誘ってくれたに違いない。前向きにそう考えた梦琪は、とりあえず目の前の海を満喫しようとし――。
「……ワタシ海水苦手ヨ!」
 その事実を思い出して、波からずざざと遠ざかった。
 島の中心部には手つかずの自然がひろがっているようだ。海は駄目でもサバイバル体験ならばと、梦琪はそちらへ向かって一歩を踏み出した。
 すると、晴れていた空がモザイクに侵食されていく。梦琪はとても驚いた。
「珍し天気ネ……天気違う?」
 そしてブルースクリーンに変わった空にはやはり、三頭身の不気味なマスコットキャラクターが映っていた。

「……? ドチラ様?」
『これからみなさまの健やかな殺伐ライフをお手伝いする戦犯ぷれみなの。ぷれみって呼んでね! そこの呑気なあなた、ぐずぐずしてると死ぬわよ。ゲームは既に始まっているの!』
 どうやら、この怪しいキャラクターの名前は『戦犯ぷれみ』というらしい。梦琪は首をかしげた。
「死? でも、ワタシ死んでる。死ねないヨ」
『うっせぇなのーー!! デッドマンも僵尸も悪霊も等しくくたばる、それがルールなの!!』
「アイヤー!」
 突如ブルースクリーンの中からぶん投げられたゲーム機のコントローラーが、実体化して梦琪の頭にぶつかった。致命傷にはほど遠い攻撃だが、地味に痛い。
(……夢……? 痛いアル。夢違うなら恐ろしヨ!)
 夢を追いかけたい性分ではあるが、こんな悪夢はごめんだ。頭をさする梦琪へ、さらに残酷な事実が告げられる。
 先程、参加者の一人であるデッドマンの少年が死亡したという。それはつまり、一緒にこの島に来た他の猟兵に殺されてしまったということだ。
 こんな短時間のうちに……梦琪は震えあがった。
「ぷれみ、ワタシの声を皆に届けるある。皆聞く宜し! 戦うダメネ! 喧嘩ダメ! アイツらの思う壺ヨ!」
『却下なの! このゲームの独占放映権はぷれみにあるわ。殺さないだの戦わないだの、みんなの遊び場に来てまで下らない倫理を振りかざすつもり?
 そういうのを本当の悪い子って言うの。それじゃあ、ルールを守って仲良く楽しんでね!』
「そんな……そんなの、間違てるヨ……」
 消えていくぷれみを見送りながら、梦琪はがっくりと項垂れる。デッドマンでさえ死亡するというのなら、ぷれみの言う通り、確かに自分も例外ではないのだろう。殺される――!
 その時、土を踏みしめる誰かの足音が、とおくから聞こえてきた。
 足音の主は気配を隠す気などまるでないらしく、どんどん梦琪のほうへ近づいてくる。まさか、噂の殺人者? 梦琪には、それが死神の足音のように思われた。
 一度は超越したはずの死の恐怖が、再び現実味をおびて梦琪にのしかかってくる。今すぐこの場から逃げなければ。
 そう思い、急いで立ち去ろうとした梦琪の耳に飛びこんできたのは、『彼』の悲痛な叫び声であった。
 
「なんでデスゲームぅぅぅぅぅぅ!? 団体行動ならキマフュ怖くない! って思ってたのにぃ!! 死にたくない死にたくない死にたくないよぉーーーー!!!!」

 とりあえず手近な木の影に隠れた梦琪だったが、足音の主と思われるその人物は無駄に良い声を張りあげて、気の毒になるぐらいうろたえながら走り去っていった。
 頭にジャック・オ・ランタンのマスクを被り、年中ハロウィンといったごきげんな雰囲気を漂わせた男性だ。一言でいって怪しい。……のだが。
「うわぁぁぁん! こっちも海だったぁぁーー! もう帰りたいよぉぉーーーー!!」
 砂浜に転がって、駄々をこねる子供のようにじたばたしている様子を見る限り、とても有害な敵とは思えない。
 なんとなく覇気を欠いた出来栄えのカボチャマスクから、今にも大粒の涙がこぼれそうである。
 梦琪は思いきって、彼――神無月・孔雀(正義のへたれカボチャマスク・f13104)の前へ飛び出してみた。
「你好。お兄サン元気? 死にたくない! ワタシも死にたくないヨ!」
「ぎゃぁぁぁ出たーお化けだーーー! 殺さないでぇ!!」
「お兄サン落ち着く! ワタシ殺さない! ワタシやり残した事あるネ!」
「ふぇぇ、ボクだって今年のハロウィンまだやってないのにぃ……って、来年も再来年も死にたくないよぉぉ!」
「ワタシもネ。島から脱出したいヨ! するヨ!」
「脱出……? そ、そうだ、ボクも出口を探してたんだった。あの、よかったら一緒に探さない……? 誰かが襲ってきたら怖いしっ!」
 こうして、あっという間に意気投合した梦琪と孔雀は、ひとまず脱出経路の捜索に向けて共に動き出すことにした。

 ※

 さっきは恐ろしいルールを聞いて取り乱してしまったものの、孔雀は見てのとおり人がいい。見た目で怪人やオブリビオンに間違われてがっくりする事も多々あるが、こう見えて正義感も強い。彼はへたれだが、志だけは立派なヒーローである。
 猟兵同士での殺し合い。それは、自分の願いのためにほかの誰かを犠牲にすることで成り立つ、悪魔のゲームだ。
 恐ろしいと思うし、これからどうしたらいいのか見当もついていない。これなら怪人呼ばわりの方がずっとましだった、と思う。だが孔雀はそれ以上にいま、目の前で不安そうにしている梦琪を、元気づけてやりたかった。
「毎年10月31日はグリモアベース主催のお祭りがあってね、すごいんだよ! ハロウィンの仮装をした猟兵さん達が何百人と列を作って、皆で街を練り歩くんだぁ」
「何百人……!? ソレは楽しネ! ワタシも混ざてみたいヨ」
「キョンシーの仮装も毎年大人気だったなぁー。梦琪さんならそのままでも行けるんじゃないかなぁ? ……そうだ!」
 孔雀はどこからか硝子製のカボチャの容器を取り出すと、中に入っていたお化けのかたちの飴を梦琪にさし出しながら、渾身のイケボでささやいた。
「飴――食べる?」

 間。

(や、やっぱりボクって怪しいよねぇぇーー!!)
 もしかしたら毒入りか何かだと思われたかもしれない。一度出した手を引っこめるわけにもいかず、孔雀は慌ててその飴を自分の口(?)に放りこんだ。
「ほら! ほら! 毒とか入ってないから!」
「……好厉害! ソレどうやて食べてるか? 見せるネ!」
「え? そ、それはぁ、企業秘密っていうか……ああっ、マスクは取らないでぇぇーー!!」
 悪戯めいた笑みを浮かべた梦琪は、ひとしきり孔雀の頭部をこねくり回したあと、飴を受け取ることにした。
 彼の言うとおり、毒などは入っていなかった。やさしい蜂蜜味が、疲れた心と身体をほっと解してくれる気がした。
 もしかしたら、他にもこんなゲームに乗る気などない仲間達が、打開策を見つけるために動いているのではないか。皆で協力することができれば、生きてここから脱出する道も開けるかもしれない。
「よし、やる気出てきたぞぅ! うーん、でも『どんな願いも叶えてもらえる』っていうのは魅力だよねぇ。毎日ハロウィンになったりしないかなぁ」
「ソレも楽しヨ! ……?」
 その時、梦琪は孔雀の背後の草叢から、なにかが飛びだすのを見た。

「孔雀、後ろ! 避けるアル、誰か居る!」
 なかば悲鳴めいた梦琪の声を聞き、無意識に後ろをふり返った孔雀だった。カボチャマスクに開いたふたつの孔が、長身の青年の姿をとらえる。
 金髪の青年――森宮・陽太(人間のアリスナイト・f23693)が、左手に濃紺のランスを握り、こちらへ突撃してきていた。深緑の双眸はどこか深い闇を抱いてそこに在り、いつもの飄々とした佇まいは何処かへ飛び去っていた。
 だが、正気を失っているという雰囲気でもない。彼はどこまでも冷静に、標的のいのちを奪うことだけを見据え、正しく動いていた。その底知れぬ冷淡さがおそろしかった。

 避けたら梦琪が危ない。
 孔雀は、考える間もなくそう思った。
 それゆえに、動かなかった。動けなかった。
 そして。濃紺の矛先は孔雀の。
 正確には、孔雀が借りている青年の身体の、その心の臓を。
 深々と、刺し貫いた。

「……拜拜!!」
 梦琪は重量のある玉錘を両の手で軽々と持ち上げ、孔雀を刺したばかりの陽太へ殴りかかる。
 だが、いま陽太の身を覆うのは、想像が創造した無敵の戦闘鎧。陽太はかわすこともなく、振り下ろされた鈍器を受け止めてみせる。手応えはあったが、鎧にはひび一つ入っていかない。梦琪は悔しさに歯噛みする。
「派手な髪の姉ちゃん、南瓜の兄ちゃん。恨みはねぇが死んでもらうぜ」
 孔雀から引き抜いたランスを連続で刺突してみせる彼の動きには、やはり一切の迷いが見られない。だが梦琪も時に玉錘を縦にし、身体をのけぞらせ、横に跳び、曲芸のような身軽さで華麗に突きをかわしてみせる。
「はっ、やるじゃねえか。だがこいつは避けられるかね!」
 梦琪は目を見張った。
 確かに距離をとったはずなのに、まるで先端が伸びているかのように、ランスの穂先が迫ってくる……いや、実際に『伸びている』!
 梦琪は地面に伏せ、転がり、なんとかその一撃を凌いだ。
「吓了我一跳……! その槍チョト卑怯ヨ!」
 仙界でも見ない変幻自在の武器に驚きを隠せない。それになんというか、彼とは『強さの質が違う』ような、そんな気がする。
 ひとを殺めることに対する一切の迷いを捨てた戦闘技術。それはまるで、最初から、誰かを的確に殺す為に仕込まれたような――。
「お前、何故戦うアル!」
「どうしてって、そんなの決まってんだろ。……俺には、どうしても叶えたい『願い』があんだよっ!」
「……!?」
 そして、陽太の握ったランスがぐにゃりと曲がり――梦琪の胸を貫いた。

 倒れて動かなくなった二人を一瞥し、浅くため息を吐くと、陽太は足早にその場から立ち去っていく。すべてが終わったら、この事も忘れてしまえばいい。
 次の獲物を探さなくては。このまま深い森のなかに紛れてしまえば、自分の罪深い『願い』も覆い隠せるような、そんな気がした。

 ※

 陽太が立ち去って、暫くののち。
(……危なかたネ。なんとかやり過ごせた……アルヨ)
 梦琪はこそこそと起き上がった。この身が死体であることが幸いした。身体に穴が開いたが、ひとまず死んだふりをして上手く切り抜けることができたようだ。
 だが、孔雀は――。
「孔雀! 孔雀! 死んでは駄目ネ!」
「い、痛いよぉ……この体はもう動かせないし、ボクも倒れた拍子に頭を打っちゃったみたい。うぅ、カッコ悪いなぁ……」
 確かに、南瓜のマスクには大きなひびが入っていた。だが、いつもどこかしょんぼりしている孔雀の顔は、どこか誇らしげに輝いて見えた。
「ボク、最後にちょっとはヒーローっぽいこと出来たかなぁ……? 梦琪さん、キミは生きて……ボクの分まで、ハロウィン、楽しんでねぇ。ハッピー、ハロウィーン……」
 カボチャマスクはふたつに割れ、中からたくさんのお菓子が出てきた。
 それは素敵ないたずらで、平時ならばハロウィンを楽しむ子供たちを喜ばせたことだろう。彼が、孔雀が、もう二度と喋らないという悲しい事実さえなければ――。
 本当に、殺人鬼がいる。
 梦琪はその事実と、ついさっきまで喋っていた仲間が目の前で殺されてしまったショックに打ちのめされた。
 しかし、いつまでも此処にはいられない。
 先程の陽太とは対照的な、あからさまなほどの殺気が近づいてくる。『それ』と遭遇してはいけないと、本能が告げる。
 梦琪は孔雀が落としていったお菓子を懐に入れると、素早く近くの木の上に登り、気配を殺して『それ』の正体を見極めようとした。
 幸いにも、彼女はこちらには気づいていないようだ。だが、その様子は明らかに妙であった。

「人殺しは!! 悪!!! です!! どこにいるのですか!! この御堂・茜(ジャスティスモンスター・f05315)から逃げ切れると思わないことですッッ!!!!!」

 身の丈ほどの大太刀を持った娘は、常なら眠たげな瞳を爛々とぎらつかせ、獲物を追っているようだった。どうやら茜の目的は殺人鬼を断罪する事にあるようだが、彼女自身もとても正気とは思えない。
(皆狂てる……恐ろしゲームヨ! 次は誰の番? ワタシ? 怖いネ……!)
 とにかく早く帰りたい。
 そう思いながら、梦琪は茜が通り過ぎるのを、息を潜めて待つのだった。

【脱落者】
神無月・孔雀(陽太に刺され、転倒して頭部を打ち死亡)

【残り14名】


●4 一日目夜――ミーミ・ミャオ、マジョリカ・フォーマルハウト
『うふふ、良い子の皆は物分かりがよくて何よりなの! ぷれみが二人目の脱落者を発表するわよ。それは……神無月・孔雀くん!』
「……」

 こうしばしばブルースクリーンを出されては、せっかくの宴も興醒めというもの。
 夜空を真っ青で乗っ取って、楽しそうにくるくる回る三頭身のマスコットに辟易しながら、マジョリカ・フォーマルハウト(みなみのくにの・f29300)は休憩を取っていた。ゲームのルールに則って殺害された猟兵は、はとりに続いて二人目になる。
(はとりがこれ程早く消されるとは……いや、ある種想定内ではあるが)
 ぷれみの消えた空にはたくさんの星が輝いており、うつくしい。だが、今はのんびり星空を眺めている場合ではなさそうだ。
 マジョリカにも願いはあるといえばある。章の誘いに乗ってやるのも悪くはなかったが、正直面倒くささが勝っている。老人はなにをするのも億劫だ。
 こうしてのらりくらりと逃げ延びているうちに、勝利の女神が我が手の内に転がりこんでこないだろうか……ちゃっかりと、そんな事を考えていた。
(……む?)
 ちり、と、ちいさく鈴の音が聞こえた気がして、マジョリカは茂みの中に身を隠す。
 ちりん。ちりん。鈴をころがす音はたしかに、夜に響いている。忍び寄る獣の足音のように、だんだんと、だんだんと、その儚い音は夜の向こうから近づいてくる。
 やがて、木々の合間から、幽霊のような白い影が姿を現した。
 夢を揺蕩うような足取りで、ふらりふらりと歩んでいるのは、真っ白な少女だった。
 ミーミ・ミャオ(ひみつ・f32848)だ。眠たげな瞳をして、ゆるりと微笑み、此方を見ている。白い毛並みのうつくしい虎が、彼女に寄り添うように歩いている。
 マジョリカは警戒しながらも、彼女の様子を観察した。
 白い服が汚れていたり、乱れている様子はない。少なくとも、はとりと孔雀を殺害したのは、おそらく彼女ではないだろう――マジョリカはそう判断した。
「貴様、一人か?」
 マジョリカが問いかけると、ミーミはきょろきょろと周囲を見回した。そのしぐさは無垢で、無警戒であるようでいて、どこかおかしい。
 白虎が低く唸りをあげた。
 その喉元をうっとりと撫でながら、ミーミは呟く。
「みーみ。ひとり、かな。ひとりじゃないの。へいかといっしょ――みぃ。お昼寝したくなる心地ね、ヘイカ」
 ヘイカ、というのは、彼女の供をする虎の名だろうか。
 夜は嫌い。だから夜などみえないかのように、花籠を手にした娘は昼寝がしたいなどとうそぶく。
 マジョリカは逃げ出すタイミングを計っていた。
 白い虎が、ヘイカが、こちらをまっすぐに見据えているから。

「んふふ。ごめんね、震えがとまらないの。ぴりぴりする殺意も、ドキドキする焦燥も、全部が美味しくて――」
 ねぇ、どこ?
 ふらふらと定まらない足取りが、愉悦の震えだと知る。
「ねぇ。どんな風にしぬのかな」
 一刻も早くこの場から離れねば。マジョリカは地面を蹴った。
「ねぇ。どんな風にいきるのかな」
 でなければ、恐るべき獣を呼び覚ましてしまう。

 ――ねぇ。
「私は、此処に居る?」
 白虎がマジョリカに襲いかかる。
 その後を追うように、ミーミが駆け出した。
「くっ……!」
 ひらりと返された鉄扇がマジョリカの皮膚をえぐり、白い芙蓉があかく染まった。
 脚に喰らいつくのはヘイカの牙。ミーミは赤い芙蓉を指の腹でうっとりとなぞると、さらに肉切り包丁を取り出した。
「ヘイカ、ここがいいのね」
 ヘイカが食らいついた足首に肉切り包丁を振り下ろす。刃先は骨まで食い込んで止まった。ミーミの腕に、赤く、あたたかな、いのちの証が触れる。もういちど――ミーミは包丁を振り上げ、切り分け損ねた肉を断とうとする。
 このままでは殺される。そう感じたマジョリカは、魔法を放った。
 夜空にきらめく星を見たものを、眠りにいざなう魔法――ねむれぬよるに。ミーミの視界の端にも、今宵の空は映っている。
 抗えぬ眠気がミーミを襲い、先ほどまでの高揚が嘘のようにすっと冷えていく。
 不安になる。このまま眠りに落ちれば、二度と起きることはないのではないか。ひとに触れることが叶わぬ腕を伸ばしても、誰もこの手を握ってはくれない。この爪で撫でると、だれもが冷たくなってしまうから。
「……夜はきらいよ。つめたいから。みぃ、睡ると……起きられないの」
 せめて倒れる前に、いとしい『ヘイカ』を抱き寄せて。
 ふわふわ。もふもふ。あたたかい。このまま夢のなかにおちれば、もう一度、わたしの名前を呼んでくれるかしら。
「ヘイカ。わたし、しんじゃうのかな」
 誰かが殺してくれるなら、それもいい。
 その死があたたかいなら、それでいい。
 意識が真っ暗闇に落ちていく。誰かの足音が遠ざかっていく。
 わたしはまた、こうしてひとり置いていかれてしまう。

「……だれか、」
 ミーミは闇の向こうに白磁の指を伸ばす。
 青紫にかがやく爪はつめたい死にまみれていて、今はまだ、誰にも届かない。



●5 一日目夜――コノハ・ライゼ、臥待夏報、リトルリドル・ブラックモア
 一方その頃、リトルリドル・ブラックモア(お願いマイヴィラン・f10993)は、自慢の……というほど速くもない逃げ足をフル回転させて、全力で島を逃げ回っていた。
『ぷれみが二人目の脱落者を発表するわよ。それは……神無月・孔雀くん!』
 戦犯ぷれみなる不気味なマスコットが、死者の名を読みあげる島内放送も聞く余裕などない。
 夜闇の向こうから、何やら恐ろしい姿の影が迫ってくるのである。いや、正体はわかっているのだが、否定したい。なぜこんなところにいるのかと。
『りっくん、アンタこんな所で何やってんの! 猟兵だか何だか知らないけど、またしょうもない事やって皆様に迷惑かけてないでしょうね。たまにはお家に帰ってきなさいよ!』
「りっくんって呼ぶなし!! カーチャンこそ何でこんなトコにいんだよぉ!? しかも、ほ、包丁なんか持って! ウワーン、こっち来んなー!!」
 追跡者の正体は、魔王リトルリドルがこの世の何よりも恐れる存在……その名も、リトルリドルのカーチャンであった。

 そんな筈はなく。
(カーチャン……ねェ。言い得て妙だわ)
 そう呼ばれることに若干複雑な心境を抱くコノハ・ライゼ(空々・f03130)だったが、平和な宇宙の端で生まれた12歳児の精神に影響を与えうるものなんて、多分そんなものだろう。と、一応は納得しておくことにする。
 何やら幻聴まで聞こえているようだが、彼の母親はそこまで恐ろしい存在なのだろうか。
 すっかり恐慌状態に陥っているリトルリドルにはわからないようだが、 もちろん、彼の母親がゲームに招待されているわけがない。
 ユーベルコードにより、万物の彩をとりこむ影となったコノハの姿は『それを見た対象に何らかの影響を与えるもの』となって映る。
 その『影響を与えるもの』が、彼の場合はカーチャンだった……ということらしい。
(そういや、ブラックタールってどうやったら殺せるのカシラ)
 もとが液状であるうえ、飲みこんでいるナノマシンで硬化するという彼らの軟体は、いかにも調理しづらそうだ。
 捌いても血が出るとは思えないし、簡単に絶命するほうとも思い難い。可哀想に。
 まずは体内にあるナノマシンを取り除いてやったらいいのだろうか?
 そこまでしても、とても美味しそうには思えないが……むしろ毒がある可能性すらある。だが、癖のある食材こそ、活かし甲斐もある。
 そう、勿体ない。
 こんな豪華なキッチンを与えてもらったのに、好き嫌いなどしていては。
「ねェりっくん? 怒られたくなかったらりっくんの弱点をお話してくれない?」
「じゃ、弱点!? なんだよぉ急に優しくなって! コエーよ!!」
 コノハが『カーチャン』の真似をして喋ってみれば、リトルリドルは面白いぐらいに騙されてくれた。しかし、得られた情報も12歳児並のものであった。
「おおおオレサマ全世界さいきょーだからそんなんねーし!! ウワーン痛いのはヤダーーー!!」
「アラ、逃げた。しょうがないコね」
 当たらない爆弾を四方八方へ投げながら、全力で逃げるリトルリドルをコノハは追いかけていく。
 二人は、普通に木々の間に立っていた臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)の目の前を見事に素通りしながら、森の道なき道を駆け抜けていった。

 人としての存在感を放棄し、深く闇に溶け込んだ今の彼女は、どこにもいそうでどこにもいない。道端に棒立ちしているだけでもこの通り、誰もが夏報を背景の一部、その辺りのモブとしかみなさない。
 もっとも、夏報のほうにもコノハの正体がわからなかった。
 ただ『絶対にここにはいない筈の人物』の姿が見えたから――たぶん、誰かのそういうユーベルコードなんだ、と思って、向精神薬を大量にかきこんだ。少し心拍数が落ちついた気がしたし、逆に上がってきた気もする。どっちだ。
 もう服用量を守らなくたって別に構いやしないだろう。どうせ死ぬ事はほぼ決定しているのだから、いっそ薬物乱用で中毒死してやってもいいかもしれない。
(まったく、正面から勝負をしなくて正解だったな)
 夏報は己を弁えている。彼女の能力は『殺さず呪う』ことに関しては稀有な力を発揮するものの、瞬間爆発力には欠ける。たとえば、デッドマンを瞬殺したりするのは、夏報には到底不可能だろう。
 魔王様とならいい勝負かもしれないが、彼を追っていた謎の影と戦って、こちらに勝ち目があるとは思えなかった。
(柊くんが真っ先に死ぬようなところに、夏報さんを投げこんでもまともな勝負になる訳ないだろ。絶対に人選ミスだよ……あ、もしかして、面白く死ぬ事を求められてるのか? だとしたらなんてやつだ)
 そう心の中でぼやいてみるものの、運営に文句を言う輩は理不尽に処刑されるのがデスゲームのお約束。夏報も一応死にたくはないので、ここは三十六計逃げるに如かず、だ。
「見つかりっこ、ないよ」
 おまじないのように呟けば、夏報の姿はまた電子の森へ同化していく。
 木を隠すなら森の中。木ではないなら、木になってしまえ。
 『茜のいろはにほへと』と名付けられたそのユーベルコードは、そういう能力だ。ある種このゲームで最も有効な、自らの存在を極限まで色褪せさせ、逃げ切ることに特化した能力。
(とりあえず手近な建物でも探すか。何か終わらせるための手かがりがあるかもしれないし、引きこもってれば勝てるかもしれないし)
 どんな超能力を駆使してくる敵がいるかわからない。物音を立てないようには気をつけつつ、夏報はそろりとその場から離れる。
 魔王様、見て見ぬふりしてごめんよ――と、心の中では小市民的に謝りながら。



●6 二日目朝――リュシアン・テシエ、リオン・リエーブル
 ひとりめの犠牲者が出て、ふたりめの犠牲者が出て。
 ぷれみと名乗る不気味なマスコットが読み上げたその名前に、多少の聞き覚えがあったところで、リオン・リエーブル(おとぼけ錬金術師・f21392)が唇の端に浮かべた笑みが揺らぐことはなかった。彼にとってもまた、この世の大体すべてはモルモットである。
 このゲーム自体への興味はさほど無い。だが、リオンはこのいかなる非道もまかり通る閉鎖空間に対して、彼らしい価値を見いだした。
 ――そうだ、皆には錬金術を極めるための尊い犠牲になってもらおう!
 格好の舞台じゃないか。
 ある種無邪気とすら言ってもいい、悪魔の思いつきだった。
 未知の薬の致死量はどうやったら調べられるのか。簡単だ。人間、あるいはそれと同レベルの知的生命体を、実験台として使えばいい。
 人ひとりの命の重さなど、この空間ではマウス一匹、いや、蚊ともさほど変わりあるまい。
 少なくとも、この空間の主はそう考えているだろう。ならば価値ある実験場に、更なる付加価値を与えてやればいい。彼の描いたシナリオにおいて、自分たちは必要悪であるのだから。

 リオンは非凡な才能を持つ錬金術師である。彼にとって幸運なことに――あるいは、望んだから出現したのかもしれないが――この島には研究設備が存在していた。
 温室の硝子は割れ、真上から朝の日差しが差しこんでいた。中は枯れた植物の残骸と、外から入ってきた雑草類で埋め尽くされている。
 マウスやモルモット用のケージはすべて空。そんな中、なぜか清潔な実験器具だけが、綺麗に棚に陳列されている。
 ほかの猟兵の気配もない。リオンは満足し、ここ数日食事も睡眠も忘れ、研究に没頭していた。
 研究所の入り口から、そんな彼の姿を覗き見る影があった。
 自分の世界にひたっているリオンは、人の気配に気づかず、そちらを見向きもしない。もしも来訪者がその気であったならば、不意討ちで殺してしまうことさえできたかもしれない。
 だが、その来訪者には――リュシアン・テシエ(蠱惑的ビスクドール・f11812)には、そんな真似が出来ようはずもなかった。
 恐る恐るといった様子で、リュシアンは研究施設の内部に足を踏み入れる。床が軋む音にすら、びくりと肩を震わせる。
「あ、あの……」
 リュシアンは助けを求めるため、リオンへ声をかけた。だが、まったく聞こえていないようだ。相当集中しているらしい。
「あのっ! ボクをここに匿ってくれませんか!」
 リュシアンの切実な訴えを聞いたリオンは、試験管を持ったまま怪訝そうにふり返った。
 慣れない森の中を必死で逃げてきたのだと思われる。いかにも可憐な少年の大きな瞳は潤み、細かい傷のついた両足は小刻みに震えている。この小さな体は今、死への恐怖でいっぱいなのだろうことが、その様子から窺えた。
「お兄さんも放送、聞いたよね? もう二人も人が殺されちゃったって……やったのは、一緒に来た人たちの中の誰かなんでしょ? ぼ、僕、怖いんだ。死にたくない……」
「ふーん? でもね、重要な事を見落としてるよ。おにーさんがその殺人鬼じゃない保証はないんだけどなぁ」
「え……っ!」
 歪んだ笑いを浮かべるリオンを見て、リュシアンは怯えたように後ずさり、手にした青色の杖を構える。
 リオンはその様子をしばらく観察していたが、やがて別人のように、にぱぁーっと相好を崩した。
「ウソウソ! 『おにーさん』は全人類の『おにーさん』だからね。可愛い弟妹に無体なんかしないって。いいよ、おにーさんが守ってあげよう。こっちにおいで!」
 にこにこと手招きするリオンを見て、リュシアンはほっとしたように彼の近くまで駆け寄る。リオンは、心細げな少年を優しく抱きしめて――。
「つーかまーえたっ!」
「!?」
 リュシアンをがっちりとホールドしたリオンは、試験管の中で何やら刺激臭を放つ薬品を、少年の口元へ近づける。
 この薬は明らかに危険だ――!
 そう判断したリュシアンは、口をかたく閉ざし、思い切り首をそらして、何が何でも飲むまいとする。
(どうして……? お兄さんは僕を守ってくれるんじゃ……)
 目線だけでそう訴えるリュシアンだったが、先程までの愛想はどこへやら消えていた。リオンはまた、チェシャ猫のような笑みを浮かべ、リュシアンを見ている。
「そう、おにーさんはおにーさんだよ。『普段なら』ね……でも、ここでは関係ない。思う存分試させてもらうよ、僕の錬金術をね!」
 頼る相手を間違えた――そう悟ったリュシアンは必死に暴れて、リオンの腕を振りほどくと、全速力で出口に向かって走った。リオンが追いかけてくるかもしれないと思い、必死で走る。
「あー、待ってよ! 今のはたぶん死ぬような薬じゃなかったと思うんだけどなー」
 いい実験台を逃してしまった。リオンは一瞬残念に思ったが、まあ、ここにはいくらでも活きのいい『実験動物』がいる。邪魔な鼠がかかったら、また捕らえればいい。
 ああ、死にたそうな子がいたら、とっておきの薬を使ってあげよう。
 そのためにも、今は『例の薬』を完成させる研究に集中しなければ――。

『ふふふ。そんな事でいいと思ってるの? 氷河期みたいに引きこもっても全ては無駄よ。観念して書を捨てなさい』

 なにやら雑音が聞こえてくる。たぶんあの、戦犯ぷれみとかいうふざけたデザインのマスコットだろう。
 何が何でもお外で元気に殺し合いをさせたいらしいが、そんなのはお断りだ。
「僕の研究は無駄ではないよ。きみにもじきに分からせてあげる」
 リオンは確信めいたものをもって、ぷれみにそう言い放つ。
 ふたたび錬金術の世界へ舞い戻った彼は見ていないが、リオンの背後に立っているホログラムのぷれみが、なにかもの言いたげにその背中を睨んでいる……気がした。
『知るもんですか。そんなあなたには、ぷれみからとっておきの罰ゲームをプレゼントなの』
 やがて、無数のぷれみが研究所の上空をスクリーンセーバーのように埋め尽くし、警告音とともに空が真っ赤に染まっていく。
 しかし、リオンにはその仰々しい警告も、まったくの寝耳に水であった。



●7 二日目昼――マリアドール・シュシュ、ヴォルフガング・ディーツェ、ロキ・バロックヒート、リュシアン・テシエ
(危なかった……。急にあんな事をする人がいるなんて)
 実験台にされる寸前、リオンの研究所から逃げだしてきたリュシアンは、助けてくれそうな他参加者の姿を探していた。
 もっと優しそうな大人はいないのだろうか。絶対に人を殺したりしなさそうな人たちが、どうかこの島にもいてくれる事を祈る。
 既にゲームは始まっている。もし牙を研いでいる狩人たちに見つかれば危うかったが、リュシアンは幸運にも、ここで彼らに遭遇することはなかった。
(……誰か来る)
 リュシアンは木陰に隠れ、近づいてくる音を注意深く聞き取る。どうやら、一人ではなさそうだ。複数人いる。
 複数人で行動を共にしているからには、この人たちはおそらく敵ではない。何らかの意思――脱出、もしくは主催者の打倒を目標に、集団行動をしている人たち。
 まさにリュシアンが求めていたものかもしれない。リュシアンは急いで、彼らの気配を見失わないよう、足音がする方を目指した。

 ※

「あれ? ヴォルフくん、マリアちゃん、誰かこっち来るみたいだよー。敵かな?」
 一方、誰かの足音が近づいてくるのを耳にしたロキは、へらりと笑いながら己の周囲に黒い影を纏わせた。
「そういえば、章くんの前に他の敵さんに会っちゃった時ってどうする? 殺す?」
「殺……いいえ、まずは話し合ってみたいとマリアは思うのだわ!」
「話が通じそうな相手だったら、だけどね」
 同行していたヴォルフガングとマリアドールも同様に武器を構え、敵の急襲に備える。緊張感の高まる中、木陰の中から現れた少年は、三人の姿を見るなりただちに両手をあげて、降参の意を示した。
「ひ……っ! あ、あの、ごめんなさい、ボク……助けて……」
 殺気立つ三人を目の前にして、彼は――リュシアンは、怯えたように震えている。ヴォルフガングとロキはそれでも警戒を解かなかったが、一番先に武装を解いたのはマリアドールだった。
「マリア、注意した方が良い。もう二人犠牲者が出ているんだ。彼が殺人鬼かもしれないよ」
「えっ……ボク、そんなことできないよ。むしろ、さっき殺されかかったんだ。お願い、信じて」
 リュシアンは、リオンの研究所であった出来事を三人に話した。
 章のゲームに便乗して、なにやら怪しい実験を行おうとしている猟兵がおり、危うく彼に謎の薬を飲まされるところだったと。
「まあ。そんな事があったの」
「うん……あの研究所に近づかなければ、たぶん大丈夫だとは思うんだけど」
 マリアドールは天使のような笑顔を浮かべ、リュシアンの顔を覗きこんだ。少年は不安でいっぱいだ、という顔をしている。
「あなた、とっても怖い思いをしてしまったのね。マリア達はあなたを攻撃するつもりはないわ。もう大丈夫なのよ」
 今度こそ、信頼できそうな人たち。聞きたかった言葉だ。
 暗い表情をたたえていたリュシアンの顔が、ぱっと明るさを帯びる。
「本当? お姉さんたちは、優勝を目指しているわけじゃないんだね」
「優勝……そう、そうね」
 マリアドールの顔が一瞬暗くなる。
 生き残れるのはたった一人……章はそう言っていた。ロキかヴォルフガング、もしもどちらかが心変わりしたなら、自分に抑えきれるだろうか?
(……いいえ。そんな事あるはずないのよ。二人を疑うなんて、今のマリアはやっぱり何か変だわ……)
 光でありたい。強くありたい。そう願って、覚えたての昏い感情には蓋をする。そうすることで、なんとか立っていられた。

 まあマリアドールがそう言うならと、ヴォルフガングとロキもこの一人で心細そうにしている少年が、しばらく行動を共にする事を許した。
「俺達が目指しているのは章を倒す事なんだ。色々思う所もあるし、個人的な願いもあるけど、俺は仲間の命を守るのを最優先にしたい。そうすると決めたんだ」
「きゃー、ヴォルフくんいいこと言うじゃん。そんな主人公みたいなキャラだっけ?」
「ロキ、真面目な話をしているんだ。茶化さないでよ」
「えー? 褒めてるよ。そーそー、俺様もいるし、どーんと任せといてよね!」
 ふたりの親しげなやりとりを見て、こわばっていたリュシアンの頬が緩んだ。この人たちなら安心だ、そう思ったのだろう。それを見て、マリアドールも優しげに微笑んだ。
「お兄さんたち、すごい……章お兄さんを倒すんだ。ボクにも手伝えるかな……」
「うん、戦力は多いほどいいと思うよー。でも、どこにいるのかが分かんないんだよね?」
「ああ、そうだよ。だから今三人で探していた所なんだ。何処かに章の手がかりがあればいいんだけど……」
 昨日、ブルースクリーンの中に映っていた章はどこにいるのか分からなかった。
 だが、完全にゲームの外に出て、安全圏から傍観者を気取るような真似はしないだろう。ヴォルフガング達はそこそこ長い付き合いを通して、そう踏んでいた。
 恐らく、彼はこう言うだろう――。

「『そんなのは楽しくない』。」

 ヴォルフガングは少し驚いて、声の主を見る。
 章――ではない。ロキだった。彼は何事もなかったかのように、にこにこと底の見えない笑みを浮かべ、此方を見ている。
「いや、せっかくのゲームなんだし、そんなに簡単にラスボスが倒せちゃったら楽しくないかな〜って思って。なんかすごい仕掛けとかがあったら面白いよねぇ。ってわけで、さー、探検行こっ!」
 ……なんだろう、今の違和感は。
 ヴォルフガングは暫し三人の様子を観察した。
 マリアドールはリュシアンが泥だらけなのを見て、あれこれ世話を焼いている。
 ロキはなにか企んでいるような気もするし、いつも通りといえばいつも通りだ。まあ、仮に何があったとしても――。
(その時は、俺が許すと思うなよ) 
 そうして、ヴォルフガングも三人に続く。打倒章に向け、勇敢なる猟兵達は動き始めた。



●8 二日目昼――臥待夏報、マジョリカ・フォーマルハウト
「お、こんな所に殺人鬼が住んでそうな洋館がある」
 その頃、命がけの戦いからうまいこと退散した夏報は、いかにもな洋館を発見していた。
 壮麗なゴシック様式の二階建て建築で、黒く塗られた外壁には枯れかけた蔦が這っている。
 映画に出てきそうと言うべきか、殺人事件が起きそうと言うべきか。ここが無人島であるならば、この館は1ピースだけ絵柄を間違えたパズルのような存在だった。
 普通に考えてあまり入りたくないが、優秀なエージェントである夏報さんは、章がいつも着ている服が『森の奥の洋館に住んでいるタイプの殺人鬼のコスプレ』だという手がかりを事前に入手していた。
 そしてこんな所に、こんな建物が『いかにも』という感じで設置されている。
 となれば、案外ここにベストエンディングへのヒントが隠されちゃっていたりするかもしれない。フィクションにおける殺人は、フェアプレイである事が重要なのだ。
「まあフィクションじゃないんだけどな……」
 自分の思考に覚えた一抹の違和感も、ビールの気が抜けるよりはやく薄れてしまう。
 文字通り闇に紛れることもできそうだし、避難場所としては手頃だろう。夏報は中に先客がいないか気配を覗いながら、そっと玄関扉を開けた。鍵はかかっていない。
 ぎぃ、と音を立て、観音開きの豪奢な扉が開く。
 館内は湿っぽく、窓の前に本棚や飾り棚が雑に置いてあるせいで、光も申し訳程度にしか入ってこない。おまけに蜘蛛の巣が張っているが、外にいるよりは遥かに快適そうだ。
(……それに)
 散らかってはいるが、そこが逆に何者かの存在を感じさせる。
 ここにゲーム攻略の手がかりがあるかもしれない。夏報は、館の内部を探索してみることにした。

 ※

 結果から言うと、中には誰もいなかった。
 書斎の本棚には動物図鑑が詰めこまれていたり、一体この知識がいつどこで何に使われるんだと疑問に思う変な本が大量にあったり、世界の拷問史について纏めた物騒な歴史書があったりした。
 コレクションルームらしき所には昆虫の標本が所狭しと飾られ、床の上には何かのラフスケッチが散らばっている。使われていない厨房だけが驚くほど綺麗だ。
(……ここまで鵜飼くんっぽいとやっぱり逆の逆の逆ぐらいに怪しい気がするぞ?)
 夏報はそう思ったが、すみずみまで探索しても、章は見つからなかった。
 彼はどこにいるのだろう。そういえば、たびたび出てきては此方を煽ってくる『ぷれみ』なるマスコットにも物凄く見覚えがある気がしたのだが、どこで見かけたのか思い出せなかった。
 他の猟兵とは今のところ連絡が取れていないが、章を倒して状況を打開しようと考える者は、おそらくいるだろう。なにか手がかりを得て、合流できればよいのだが……そう考え、夏報は情報収集を続ける。

 その時、玄関扉が勢いよく開けられる音が聞こえた。
 扉は素早く閉められ、施錠される。
 中の様子を確かめもしないということは、なんらかの危機にあって慌てているか、此方を殺すつもりで追ってきたか、どちらかだろう。

(やばっ。誰だ? 殺人鬼じゃなけりゃいいが)
 物影から様子を窺ってみれば、侵入者の正体はマジョリカのようだった。足にかなり深い傷を負っている。彼女も中に誰かいないかと、周囲を注視しているようだ。
 出ていくか、このまま隠れているべきか。
 夏報はしばらく考えたが、マジョリカには別段変わった様子は見られない。もしも攻撃されたら、すぐ逃げよう。そう思い、夏報はいったん術を解いて出ていくことにした。
「マジョリカくん、誰にやられたんだそれ」
「……! なんじゃ、夏報か。他には誰かおるか」
「いいや、誰もいない」
「やれやれ……なんとか逃げおおせたわ」
 マジョリカは安心したようにその場に座りこむ。喜んでいいのか微妙なところだが、どうやら全く警戒されていないらしい。
「ミーミ……と言ったか。あの白い娘にやられた。不覚だったわ」
「嘘だろ、顔のいい男ならともかくあんな可愛い女の子が」
「貴様、まこと女子に甘いの……」
 二人は己の目で見た情報を共有する。
 はとりと孔雀を殺したのもミーミなのだろうか? それとも、夏報が見たあの正体不明の影の主なのだろうか?
 答えはどちらでもないのだが、今の二人には知る由もない。分かるのは、積極的に他の参加者を殺そうとしている猟兵も、確かに存在するという事だけだ。
「既に二人が死んで、残り十四人のうち最低二人は殺人鬼か……たぶんだけど、御堂くんも今頃バーサーカーになっているだろうな。
 僕らには分が悪すぎる……マジョリカくん、とりあえず暫くはこのまま隠れていた方がいい。夏報さんは何か手がかりがないかもう少し探してみるよ」
 手負いのマジョリカを目立たない部屋に引っ込ませ、探索を続ける。
 そして、ついに夏報はある重要アイテムを発見した――!
「あ、良さげなワインあるじゃん! やったー!」
 臥待夏報25歳。こんな時でも、お酒には目がなかった。

 地下のワインセラーに貯蔵されていた未開封の高級ワインを上機嫌で回収した夏報は、いそいそと地上階へ戻り、厨房からワイングラスを確保する。
「ワイン!?」
 ところで、マジョリカ63歳もワインが好物であった。深海島へ来る海賊が、たびたび手土産に持ってきてくれていたのである。
「お、マジョリカくんはそういや未成年じゃないんだったな。よーし、飲もうぜ! 飲まなきゃやってられるか!」
「良かろう、乗った。もう飲まなきゃやっとれんわ」
「鵜飼くんのばかたれ! こんなんじゃ一生空気なんか読めないぞ」
「章め……来世はボウフラに転生するがよい」
「わはは、その方が幸せかもな!」
 そう言って、夏報はワインをどばどばとグラスに注ぐ。
 二人はやけくそで飲み会を開始した。どんな状況であっても、この二人は酒がそこにあるなら飲んだかもしれないが。
「……待て、夏報よ。全ては章の罠で、このワインに毒が仕込まれている可能性もあるのでは……?」
 一瞬だけ正気に返ったマジョリカが、いかにもありそうな展開を指摘する。
 しかし、夏報はその懸念を一笑に付した。
「いやいや、鵜飼くんはそんな丁寧な殺し方しないって。まあここなら当分は安全だよ。建物ごと炎上させられたりしない限りはね! 」



●8 二日目夕――コノハ・ライゼ、森宮陽太、ミーミ・ミャオ、御堂茜
 どうやら梦琪を討ち損じたらしいと陽太が気づいたのは、戦犯ぷれみなる邪悪なマスコットによって、孔雀の死亡が告げられた時だった。死体が転がっているはずの現場に引き返すと、既に梦琪の姿は消え失せていた。
(僵尸か……厄介だな。俺は退魔師じゃねえからよ)
 やはり元々死んでいる者たちは殺しづらい。心情的にではなく、技術的な話だ。
 たとえ仲間であろうと、躊躇せず手にかける事を決めた陽太の決意は揺るぎなかった。心に仮面を被った彼は次なる獲物を探し、燃えるような夕陽で染まる森の中をさまよっていた。
(それにしても……シュレディンガー・ゲームか)
 章はどうやら、あの人を食ったような猫の話が好きらしい。
 観測されるまでは生きながら死んでいるという、箱の中の幻の猫――名だたる夢想家達はその存在に浪漫を感じてやまぬというが、陽太にはあの手の輩の考えることはいまひとつ理解ができなかった。その本質は、量子力学のパラドックスを指摘するために作られた、机上の空論にすぎないのだという。
 ともかく、今の陽太はシュレディンガーの猫だ。
 箱の中で喰らい合う無数の猫たち。生きている状態で観測されるのは、最後に残ったたった一匹だけ。その神に観測された一匹は、なんでも好きな願いを叶えてもらえるのだったか。
 陽太は、既に孔雀と梦琪の血に染まった己の掌をまじまじと眺め、ふと哀しそうに瞳を細めた。だが、それも一瞬。
「おもしれぇこと言うじゃねえか……いいぜ、このまま乗ってやらぁ」
 彼が人の身で神に堕ちるというならば、自分もとことん人でなしになってやる。
 それで世界が、なにかが、誰かが救われるというのならば。

 不意に凄まじい殺気を感じて、陽太は身構えた。
 殺気どころの話ではない。相手は全く気配を殺す気なく、いや、それどころか森の木々を薙ぎ倒しながら、凄まじいエンジン音を立てて、超高速でこちらへ迫ってくる――!
「断罪しますッッ!!!」
 それは、宇宙バイクに跨り、大太刀を構えた御堂茜であった。
 常人であれば驚きのあまり動けず即座に轢かれるか、首を跳ね飛ばされるかしていた所だ。敵襲の気配を察し、すぐ白銀の鎧を身に纏っていた陽太は、バイクの正面衝突をまともに食らっても後ろに跳ね飛ばされるのみにとどまる。
 茜はというと、受け身をとった陽太を轢こうと、Uターンして迷わずまた突っこんでくるではないか。その瞳は爛々と輝き、どう見ても正気ではなかった。
「茜!? 待てよ、俺は何もしてないって。落ち着け、何があった? 何で俺を殺そうとしてんだよ」
 陽太は何もしていないというふりをし、茜の警戒を解こうと試みる。しかし、彼女はとっくに正気を手放していた。今の茜は、悪っぽいものを手当たり次第に成敗する、狂気のジャスティスモンスターに変貌していた。
「御堂の正義がお見通しですわ!!! 貴方は既に人を殺していますね、それも一人ではないはずですッッ!!!!」
「だから俺じゃねぇって言ってんだろ。なんでそう言い切れんだよ!?」
 図星ではあるのだが、孔雀を殺したところは梦琪以外の誰にも見られていないはずだし、茜の発言に根拠があるとは思えない。陽太も語気を強め、バイクで暴走している茜を、右手に持った淡紅のグレイヴでなぎ払おうとする。
「わたくしのジャスティスミドウ・アイが貴方を悪だと告げているからです!!!!!」
「ジャス……なんだって?」
 陽太は耳慣れないその単語を思わず聞き返してしまった。
 ジャスティスミドウ・アイ……それは、眼で視たあらゆる物体の『正義量』なるものを計測することができる、ジャスティスサイボーグ御堂茜の秘密兵器である。
 その正義量(ちなみにジャスティスエナジーと読む)は、正義っぽいものに多く含まれ、悪っぽいものに関わると減少していく……概ねそのような数値らしい。
「陽太様の正義量は現在著しくマイナスを示しています!!! つまり殺人に手を染めた証拠!!!!!」
「そんなわけわかんねえ話があるかよ!」
 何を言っているのかまったくわからないか、結果的に当たっているのだけは恐ろしい。思いこんだら一直線、もはや彼女の説得は不可能に思われた。陽太は開き直って、己の罪を認めることにする。
「あぁーもういいわ、てめえの仰る通りだよ。孔雀をやったのは俺だ」
「まだしらを切り通せるつもりですか! はとり様も貴方が殺したんでしょう!」
 茜の大太刀がバイク上から打ち下ろされ、怪力が地形を破壊する。
「待て待て待て。少なくともはとりをやったのは俺じゃない!」
 しかし、その単純な攻撃は、陽太には簡単に読み切れる。当たったところで無敵の鎧がある。このまま戦っていれば、茜の攻撃で重傷を負うことはない。
 一方、茜のほうもかなりしぶといが、陽太の一撃一撃が徐々に鋼の体にひびを入れていた。このまま押し切ることができれば――勝てる。

 油断も慢心もなかった。
 目の前にいる茜に関しては。
 その瞬間は不意に訪れ、陽太は見てはいけないものを見てしまう。
 足元に引っかかりを覚えた。それは、かつて陽太が殺してきた人々の幻影だった。 それらは塊となり、陽太の足元につかみがかり、 口々に恨み言を吐いてくるのだ。
 心当たりがある内容もあれば、まったく記憶にないものもあった。
 そして、それらの中心に、ちいさな子どもを抱いた女の影があった。
 どうして、と。お前は人でなしだと。女の唇が、聞こえない言葉を紡ぐ。
 背中を冷や汗が伝い、一瞬、ほんの一瞬だが、陽太は――かつての己の行為に対する、後悔と疑念を抱いてしまった。
 心の力で纏う鎧の存在感が薄れ、茜の太刀が陽太の体を正面から斬り裂く。
(……やべえ)
 鎧はすぐに再生を始めたが、茜の太刀も陽太の首筋まで迫っている。もはやここまでか、と思った。
 しかし――その瞬間。
 茜は、まるで電源が切れたように停止した。
 茜の体がゆっくりと前に倒れる。背中に包丁が刺さっている。
 その後ろには、服のところどころを斑にあかく染めた、ほとんど真っ白な少女が、白い虎とともに立っていた。

「生きていても、死んでも、どちらでもいい」
「……は?」
 額に芙蓉の封魂符を乗せた少女は――ミーミ・ミャオは、茜の背から包丁を抜いて。
 可愛らしく首を傾げながら、どこか寂しそうに陽太に問いかけるのだ。

「実感がないの。わたし、生きてない。死んでもいない。ならば、ここにいるわたしは、なに」
 生きている状態と、死んでいる状態が重なり合って存在する、奇妙な猫。
 第三者に観測された瞬間、その生死が確定する猫。
 陽太は、つい先ほど考えていたことを思い出した。目の前の少女は、まさにその空想上の猫が、狭くてさびしい机の上から逃げだして、己の目の前に現れたようだった。
「……さぁな。てめえもガスでも浴びてみりゃ分かるんじゃねぇのか」
 傷を負った陽太は自嘲気味に言う。自分は哲学者でも夢想家でもないようだから、この猫の切実な問いには答えてやれない。
 運が悪いものだ。今この『死んでいる殺人鬼』と連戦になれば、人間の自分は勝てるかどうか。
 だが、ミーミはその答えにどこか満足したようにほほえむと、眠たげに目をしばたたかせた。そして、動かなくなった茜の死体に触れる。
 つめたい。
 冷えていくいのちの感触だ。かなしい。
「……みぃ……あったかくない。あなたはあったかいのかな」
 けれど、魂になればきっと――ミーミがしゃがんで花籠をかざすと、茜の死体から不思議な光がたちのぼった。その光は真っ赤な炎となり、吸いこまれるようにして籠の中におさまっていく。
「白い嬢ちゃん、そいつは……」
「この子のいのちよ。んふふ……あったかい」
 死してなお、籠の中でぼうぼうと燃える正義の炎をうっとりと見つめながら、ミーミはささやく。
「おしえて。あなたの魂は、どんないろ? どんなかたち? おしえてほしいの。……ねぇ、私は此処に居る?」
 ミーミがふらりと立ち上がる寸前、陽太は逃げ出していた。助かった。なんとか彼女の追跡を振り払い、一心に逃げた。 絶対に叶えたい願いがあるのだ。
 何とか生き延びねばならない。 その一心で、傷を抱えて走る。

 逃げようとする陽太の背中を、ミーミは満足そうに見送る。
 あの人は私から逃げている。かなしい。けれど、うれしい。
「ねぇ、あなたにも見えている? 『陛下』」
 ミーミの見つめる先に立つのは、白い虎ではない。なにものかの形をした、人の影だ。
 『陛下』の影は内緒話をするように指を唇に当てると、なにも言わずそこから立ち去っていく。陛下。ヘイカ。また、きれいだと言ってほしかったけれど。
 わかってる。あのひとがいま、ここにいることはないって。
「……みぃ」
 
 猫は淋しげにひとつ鳴く。
 だけど――観測された私はいま、ここにいた。

【脱落者】
御堂・茜(ミーミに背中から刺されて死亡)

【残り13名】



●10 二日目夕――臥待夏報、マジョリカ・フォーマルハウト
「な〜にがシュレディンガーゲームじゃ、ニンゲンモドキが調子に乗りよって。わしならゲームに乗じて理不尽に参加料を徴収するぐらいはするぞ」
「わははは! やーい人でなしー! 猟兵のお給料って言い値で貰えるんだったよね。ここから生還したらどれくらい貰えるんだろうな?」
「使い道は?」
「決まってるじゃんか。酒だ! 見ろマジョリカくん、シャンパンタワーだぞ!」
「おお、これが噂に名高い成金の戯れ……!」

 陽太、茜、そしてミーミが命のやり取りをしていた頃、例の洋館に引きこもった夏報とマジョリカは、前後不覚に陥るまで泥酔していた。
「そして、完成したこれをこうして……こうだ!」
 ガッシャーン!!
「おお、日本円にして一本数百万はくだらぬというあのワインの塔が脆くも崩れ去りおった……! 夏報、やるではないか」
「ふはははは、本気の夏報さんに逆らうからこうなるのだ! 庶民とは一生縁のない超高級ワインがなんだ、貴様ごときなー、ラッパ飲みにしてやるぞ。へっへっへ、覚悟しろ!」
 ビールは食べ物であるので、ワインも必然的に食べ物である。
 原料は麦と葡萄であり、パンとレーズンがあればレーズンパンが作れる。つまり、いくら呑んでも実質レーズンパンを食べているのと同じ状態だ。
 そしてレーズンパンはパンなので、なんとワインもビールもノンアルコール飲料。
 すごい! これをアルコールゼロ理論という。

 そんな調子で情報収集のこともすっかり忘れ、高級ワイン飲み比べにせいを出していた二人だったが、ここで夏報が紙束の山に埋もれていたあるものを発見する。
「見ろよマジョリカくん。こんなところに無駄に最新モデルのパソコンがあるぞ」
「ほう最新モデル? 高値で売れそうではないか。夏報、見せてみよ」
「おうよ、スーパーハッカー夏報さんに任せろ。カタカタカタ……ッターン!!」
 スーパーハッカー夏報さんは口で効果音を発しながら、パソコンにワインをぶっかけた。
 いかにも重要な情報が眠っていそうな、そのパソコンに。
「お? 故障しないなこれ。分かったぞ。さてはお前……耐水性が高いな!」
 完全に支離滅裂な酔っぱらいと化している夏報は、なんとなくキーボードを叩いたり、いろいろなボタンを押してみたりした。そのうち偶然にも電源ボタンに触れ、パソコンが立ち上がった。ロックはかかっていないようだった。
「このご時世に不用心だなーパスワードぐらいつけとけよ。よーし、スーパーハッカー夏報さんが侵入しちゃうぞ……うわなんだこの音楽こわっ」
 スピーカーから流れてくる奇妙なBGMに爆笑しながら、中に入っているファイルやソフトをいろいろ見ていた夏報だったが……『あるもの』を見つけた瞬間、酔いが一瞬にして醒めた。
「……見ろよマジョリカくん。監視カメラの映像だ」
 液晶に表示されているのは、各参加者の現在の様子を撮影したモニタリング画面だった。
 パソコンの画面を覗きこむ夏報とマジョリカの様子も、そこに映し出されている。思わずカメラがあると思わしき方向を振り返る二人だったが、それらしい物は何もない。
 他の参加者達の様子もさまざまだった。
 優勝を目指し戦いを繰り広げる者、ゲームを無視してどこかの施設に引きこもる者、ただ怯えて隠れているだけの者、策を巡らせ罠を仕込む者。
 そのすべてを夏報達は把握した。ひとつだけ何も映っていないカメラがあるが、これは誰の視点だろうか?
 そして、数名で固まって行動している者――ヴォルフガング達。恐らく、これは章を倒すか、脱出を狙っている集団だ。ここに合流して、いま得た情報を伝えるべきだろう。
「結果論だけどでかしたぞ。後は、現在地のわかるものが何かあれば……ん?」
 画面をいじっていた夏報は、過去の録画映像が見られる事に気づいた。
 この中に何か手がかりがあれば。そう思い、数名の参加者の録画映像をなんとなしに再生していた夏報は、ある衝撃的な映像を見てしまう。
「そ、そうか……そういう事だったのか」
 それは――ゲームが始まった直後、柊はとりが殺害される瞬間の映像だった。
 知人が残虐に殺害されるシーンは流石に直視に堪えない。顔をしかめつつ、更に早戻しで時系列を遡る。
 そして、掴んだ。
 『この人物』は、運営側に寝返っている――!
 過去の録画映像と、現在のモニタリング画面を見比べていると、身体に回った酔いがどんどん醒めてくるようだった。
 早く、この事実を誰かに伝えねば。勢いよく椅子から立ち上がった夏報は、今まで気づかなかった、ある致命的な事に気づいた。
「マジョリカくん」
「うむ」
「……なんか、暑くない?」
 その瞬間、入り口付近の天井が燃え落ち、玄関を塞いだ。
 なぜ気づかなかったのか。二人が泥酔している間に、辺りはすっかり炎と黒煙に包まれていた。

「見つかってたのか? やばい、マジョリカくん! 何か助かる方法は……」
 マジョリカは鯨の魔力を借りて消火を試みようとしたが、その瞬間、これまた致命的な事態に気づく。
「ユーベルコードが封じられておる!」
「何だって!?」
 夏報も不死性を付与するユーベルコードの存在を思い出し、試してみたが、確かに全く発動できない。まさか自分は泥人なのか? いや、茜のいろはにほへとは使えていた筈だし、それはない。
 知らぬ間に何者かの攻撃を受けていた……そうとしか思えない。
 何故だ……!? 誰だ!?
 夏報はぼんやりした記憶の中をひっくり返す。そして、ある可能性に思い至った。
「ソルフェジオ周波数……!」
 パソコンから流れていた奇妙な音楽。あれはソルフェジオ周波数528Hz・963Hzで奏でられていたのだ。ソルフェジオ周波数を聴かせた相手のユーベルコードを全て封じてしまう、その能力の使い手によって!
「くそっ。戦犯め、やってくれたな!」
 戦犯ぷれみ――その忌まわしき存在にまつわる記憶をすべて思い出せた夏報は、ソルフェジオ周波数を流し続けるパソコンを持ち上げ、燃えさかる炎の中に投げ捨てた。
 松果体の石灰化が解除されて潜在能力に目覚めようが炎を耐え切ることはできないし、24時間以内に現金が舞い込んでも使うことすらできない。
 ふざけんな。なんなんだこの死に方は。地獄で会ったら不死性を付与してやろう。
「……ふう。終わったな、僕ら。一応あわよくば優勝狙ってたんだけど」
 眼前に迫る死を前にして、二人は逆に冷静になっていた。
「よし。飲むか」
 夏報は笑った。
 こんな人生、死ぬ前にやっておくべきことなんて、たぶんそれくらいだ。

「夏報よ、貴様、優勝したらどんな願いを叶えてもらうつもりだったのだ」
「えーマジョリカ君から言ってよ。人にものを尋ねる時はそれがマナーなんだぞ」
 割れていなかったグラスに、わずかに残っていたワインを注ぐ。天国なり地獄なり煉獄なり、どこへ連れていかれたとしても、酒さえあればそこそこやっていけるだろう。
「そうじゃな……永遠の若さ。それから、億万長者」
「二つじゃんか」
 ふたりとも笑った。
 こんな茶番で叶う願いなんて、それくらいくだらないほうがいいのだ、きっと。
 きん、と音を鳴らして乾杯する。炙られたぬるい高級ワインは、人生最後の一杯にしては上質すぎる。夏報はいつも飲んでいる安い酒を恋しく思った。
「言ったぞ。貴様も言うのだ」
「しょうがないな。これは本当にね、切実な願いとかじゃ全然ないんだけどさ……」
 最後の一杯を飲み下す。アルコールに灼かれ続けた喉よりも、いまは身体のほうが熱い。
 真っ先に名刺が燃えた時はすこし清々しい気分だった。
 オーバーコートが燃えて、羊の皮が燃えて――わずかに残されたこの肉体さえ燃えたらほんとうに、何処にもいなくなってしまう。臥待夏報は、もう何者でもなくなってしまう。
 やはり、向かう先は煉獄なのだろうかと、なんとなしに思われた。
 そうして、誰でもなくなった『かほ』は――燃え盛る炎に巻かれながら、しみじみと答えた。
「身長180㎝になりたかったな……」

【脱落者】
臥待・夏報(何者かの放火により焼死)
マジョリカ・フォーマルハウト(何者かの放火により焼死)

【残り11名】



●10 三日目夜――リオン・リエーブル、森宮陽太
 誰が死のうが、誰が生きようが、関係ない。
 自分はただ、この薬を完成させたいだけだ。
 あらゆる生物の希望となるはずの、この叡智の結晶を。

 リオンは相変わらず自身の目標とする研究に没頭し、あれ以来研究所から一度も出ていなかった。途中意識が遠のいたが、ただの脱水症状だ。面倒なので、そのあたりのビーカーに注いであった蒸留水を飲む。
『また脱落者が出たから発表するわよ。今度は一気に三人もいるの!』
 どこからか響いてくるナビ音声もリオンには聞こえていない。すると、彼の作業を邪魔するように、三頭身の少女のキャラクターが実験器具に重なるようにして現れた。
 少女の表情は笑顔のまま変わらないが、なんとなく苛立っているように見える。
「ぷれみさんだったっけ。おにーさんの研究の邪魔がしたいのかな?」
 光ったり、動いたりして手元を狂わせようとするぷれみへ、リオンも笑顔で応じる。試しに普通なら人体が溶けるような薬品を頭からかけてやったが、ぷれみの実体はここにはないようだ。薬品はぷれみをすり抜け、机の上を焦がす。
『脱落者を発表するの。御堂・茜ちゃん。マジョリカ・フォーマルハウトちゃん。臥待・夏報ちゃん』
「よいしょっと!」
 分身しながら高速スピンを始めたぷれみに背を向け、リオンは研究器具一式を別の机に移した。
『……あなた、このままここに引きこもってゲームを無視し続けるつもり? そんなのぷれみが許さないの。っつかいいかげん話を聞きなさいよ』
 リオンはぷれみの警告をまったく聞いていない。研究所の異変にも気づいていない。
『仕方ないわね、特別に臥待達の死因を教えてあげちゃうの。焼死よ』
 そこまで来て、ようやくリオンも何かがおかしい事に気づいた。
 断続的に聞こえる爆発音。硝子の砕け散る音。何だかすこし、所内の室温が上昇している気もする。温度計を見た。
 気のせいではない――! 音がしている方を見ると、研究所の薬品庫が燃えていた。
『ふっふっふ、この島にある建物はぷれみが全部順番に炎上させていくわ。くたばりやがれなの!!』
 ぷれみの笑い声とともに、研究所の入口が爆発し、炎につつまれる。
 炎……燃える森……厭な記憶が蘇り、リオンは一瞬顔をしかめる。だが、すぐに元の笑顔に戻った。
「マスコットがここまで逸脱行為を働いて大丈夫なのかな? 章さんに怒られない?」
『うっせえなのーー!!! ぷれみの意思は運営様のご意向に決まってんでしょうが!!』
 どことなく彼女の挙動に疑問を抱きながらも、リオンはまだ実験段階にある薬を急いで回収する。そして召喚したゴーレムに乗って、燃えさかる研究所の屋根をぶち破り、脱出を計った。
『な……ソルフェジオ周波数が効いていないですって!?』
「ソルフェジオ? 何それ面白そう、後で調べとこっと! それじゃあバイバーイ!」
 実はぷれみは聴いた者のユーベルコードを封じるBGMを同時に流していたのだが、リオンがあんまり話を聞いていなかったのが幸いしたようだ。
 防御シールド機能で防炎対策も万全のゴーレムに乗り、悠々と飛び去る彼を、ぷれみには止めることができなかった。

 気づいていなかったが、外に出るとすっかり夜だった。
 上空から他の建物が幾つか見えたが、確かに炎上しているし、まだ無事なところも、これからあの邪悪なマスコットによって炎上させられるのだろう。
 おかげで見通しがよいのは有難いが、炎にはなるべく近づきたくはない。
「まったくもう困っちゃうなー。どこか新しい拠点は、っと……あれ?」
 誰かが木の幹に寄りかかって、座りこんでいるのが見えた。あの顔には見覚えがある。陽太だ。胸に傷を受け、かなり出血しているように見えた。
 誰かと交戦してなんとか逃げてきたのだろうが、恐らくもう限界が近そうだ。そこで、リオンはこう考える――せっかく死ぬなら、僕の尊い実験台になってもらわないと!
「うわ、ひどい傷! 陽太さん大丈夫ー?」
「……リオンか……」
 空から降りてきたリオンを見て、陽太は自嘲するような笑みを浮かべる。
 こんな場面で助けてくれるような人物には見られていないのか、彼自身がもはや助けを必要としていないのか、判断しかねた。両方かもしれない。
「笑ってやってくれや。俺は、例えてめぇでも、躊躇いなく殺すつもりだったんだぜ……」
「ふーん? それなら心配ないよ、僕も君が目的の邪魔をするなら普通に殺すつもりだったしね! あと、そう言われちゃったからにはやっぱ助けられないかな。ごめんねー」
「はっ……てめぇらしいぜ」
 そう言っている間にも、陽太の受けた刀傷からは出血が続き、昏い色をした土の上を、さらに黒く染めあげている。
「どうしたの、その傷?」
「俺は……人を殺しちまった。その制裁を受けただけだ。あたりめぇの事だよ……」
 陽太は自分の傷口から流れ出す血を眺めた。地面が吸いきれず飽和した液体が、ゆっくりと折り重なり、広がっていく。陽太の身をひたすその血溜まりは、自身が今まで犯してきた過ちの証のようにも思われた。
 サクラミラージュでは、未練を残して死んだら影瓏となって生きるのだろうか。自分も、それらの一人として扱われるのだろうか……どれだけ人を殺めてきても、死んだ後の事など、わからない。
 だが、せめて。
「なあリオン。記憶を消す薬とか持ってねぇか」
「……記憶を消す薬、だね。うん、確かあるよ!」
 最期の一時だけでも、あの罪深い記憶を忘れて生きられるならば、そうしてみたかった。コートの裏地を探っている目の前のエルフは、陽太がそれを求める理由を問うてこないが、薬の効果が本当かどうかは信用できない。
 だが、陽太は藁にもすがりたい思いだった。仲間を手にかけてまで叶えたかった願いなのだから、死に際に一縷の望みがやってきたならば、賭けるしかなかった。
(はっ……こいつ、笑ってやがる。『いい実験台が手に入ったぜ』みたいな顔してらあ)
 陽太は、最後の力を振り絞って、リオンがさし出した一本の薬を手にする。蓋を開けるとただよう刺激的な香りすら、いまはただ懐かしい。
 本当はまったく違う薬かもしれない。
 これを飲めば、死ぬほど苦しむかもしれない。
 だが、例えそうであっても、己のような人間の末路としては相応しいだろう。
 そう考え、かれは迷いなく、その薬を一気に飲みほした。

 喉が潤う感覚がある。喉が渇いていたんだな、と思う。
 薬は案外に飲みやすく、無味の水のようだった。微かな苦さと甘さが混ざりあう味は、ひとの一生のようだと思った。そして、陽太は、今まで己が手にかけた者たちの人生を思った。
 事切れた我が子を抱え、俺を非難する女。
 それを無感情に見下ろす白いマスケラの男。
 苦い感情が胸を満たす。あの後はどうなったのだっけ。いや、あの男は誰だ。仮面の下の顔は……誰だった?
 ゆっくり、ゆっくりと、意識が薄くなっていく。思い浮かべた顔がひとつひとつ消えていき、やがて、己が何者かもわからなくなっていく。
(俺は……誰だ? 身体が重い……死ぬのか。こいつに殺されたのか? なぜ? ここは何処だ?)
 見知らぬ緑髪の男がわらっているのが見えたが、その顔すらぼやけていく。名前を失った青年の心は、自分の置かれた状況に戸惑いながらも、なぜだかひどく安らかな気持ちで満たされていた。
 最期に、思った。
 ――ああ、やっと休める。と。
「……緑の兄ちゃん。あり……がと……よ」
 何故だか目の前の推定殺人者に、そう礼を言わねばならない気がした。

 陽太の最期を看取ったリオンは、動かなくなった彼の脈をとる。身体はつめたく、既に心臓も止まっていた。死に顔はまるで眠っているようだった。
 それは同情であるのか。狂気であるのか。歪んだ笑いを浮かべ、リオンは溢す。
「あはは! 死んじゃったら駄目だよ。効果がどうだったか聞けないじゃないか」
 そう言ってもはや誰でもない男の顔を見ると、 リオンは安全な場所を探すため、再びゴーレムに乗って夜空へ飛び立っていった。

【脱落者】
森宮・陽太(リオンの薬により安楽死)

【残り10名】



●12 荳画律逶ョ譛昶?補?墓姶迥ッ縺キ繧後∩縲?Ο譴ヲ逅ェ
 海辺で、森の中で、燃えさかる建造物の中で。
 島の至るところに蔓延するウィルス『戦犯ぷれみ』は、テクスチャめいた笑顔を顔に貼りつけて、くるくると躍る。
 臥待とニセ幼女は雑に燃やしてやったし、あのマッドサイエンティストめいた男も研究所から追い出してやった。その結果として、更に猟兵をもう一人殺すことができた。
 ――臥待のユーベルコードを封じておいたのは我ながらふぁいん・ぷれーだったの。不死性なんて付与させてやるもんですか!
 狂言回しの楽屋裏トークはこのあたりにしておこう。この場における『戦犯ぷれみ』の役割は、いかにもデスゲームにありがちな謎のマスコット。
 今日も運営の意思の代弁者として、流れに逆らう者を理不尽に粛清し、追い詰められていく参加者たちを絶妙に勘にさわる口調と音声で煽りまくるのだ。
『さあ朝よ! ラジオ体操は終わったかしら? 無事に朝日を拝めた良い子の皆様、本日も出張版ぷれこーらすのお時間なの。ほとんどの子はルールを守ってしっかり殺し合ってくれているわね。この調子でゲーム終了までよろしくお願いするの!』
 その放送を聞いた何人かの猟兵が、ぷれみを介して運営に非難の声をぶつける。
 しかし、彼らの正当な抗議も、ぷれみにはリスナーからのお便り程度にしか聞こえない。ぷれみは館と研究所が炎上する映像を全島に流してやった。
『だまらっしゃいな。見たわね? ズルをしたり、反乱を起こそうとして運営様に逆らう輩は、こうやってぷれみが理不尽なふぇいす・ろーるで蹴散らしていくの。ちょろいもんなの!』
 空に、木々に、地面に、あらゆる場所に投影された戦犯ぷれみのプロジェクションマッピングが、見切れるほどのアップで表示される。
 頭身の高い美男美女などぷれみの敵ではない。敵より頭身が低い場合に自己強化を発動させるぷれみの能力は、そういう奴らをことごとくメタり、あらゆる理不尽をまかり通らせる。
『じゃあ今回の脱落者を発表するわ! 名前は……』
 その時、ぷれみは。
 戦犯・ぷれみ(バーチャルキャラクターの屑・f18654)は――後頭部に何かがめり込むような、重い衝撃を感じた。

「ぷぎゃっ!?」
「お、お前……ぷれみ! 何故ココ居るか? とても怪しヨ!」
「あ、あなたは…… 梦琪ちゃん! え、ええっと、それは……まあ待ちなさいよ。ぷれみはこのシュレティンガー・ゲームの可愛い公認マスコットキャラなの。実在するわけないじゃない」
「? お前ココ居るネ、ワタシの攻撃確かに当たたアル! ワタシ、夢見てる……? アイヤー、怖いネ! ワタシ死ねないヨ……助けてくれたヒトの為にも生き残るアル!」
「待ってあなた混乱してるのよ! くっ駄目だわ、話が通じない。ここは逃げてうやむやにするの!」
 ぷれみは短い手足をばたつかせて逃走をはかったが、木の根元につまづいて転んだ。
 体勢を崩したぷれみは、梦琪の玉錘でもう一発頭を殴られる。常人なら充分致命傷のはずだが、バグにまみれたぷれみのデータは、そう簡単には破壊されない。
「壊せない……? アイヤー! 怖いネ!」
「怖いのはあんたよ、暴力反対なの!! ちょっといったん落ち着きなさいよ、このキャラデザを前にして一体何をマジになっ……あっもう駄目なの。ぷれみ死ぬわ」
 更にボコボコに殴られ続けたぷれみは、一頭身になるまで縮み、ついには平べったいぺらぺらの16ドット絵になってしまった。
 ぷれみが自ら動けなくなったのを見た梦琪は、解像度が下がりきったぷれみをくしゃくしゃに丸めると、海の方へぶん投げ、恐慌状態のまま走り去っていった。
「くっ油断したわ……ここでリタイアなんて、やっぱりこのゲームクソゲーなの。マスコットなんかもうやめたるわなのーー!!」
 波間にゆらゆら漂いながら、戦犯ぷれみの残骸は運営への暴言を吐き続けた。
『そろそろ垢BANかな。さようなら』
「あっ運営様! 今のは嘘……っていうか、ぷれみここまで頑張って盛り上げたんだから、ちょっとは特典とかつけなさいよ! 今時詫びWP無料200連が当たり前なの! キマイラフューチャーのWP50000よこせなの!」
 戦犯ぷれみ――彼女は理不尽な存在ではあったが、優良なデスゲーマーだった。
 デスゲームの鉄則、ムカつくマスコットがどさくさで死ぬ。
 楽しい遊びには欠かせないその道化役を、見事に演じきって退場したのだから。
「地の文でネタバレすな! 善良な読者のあなた! 分かるわよね、ぷれみまだ生き」
『戦犯さん、このゲーム基本的にメタNGだから。……残念、きみは垢BANだ』
 BAN。
 辛うじてぷれみの形を構成していたドットがばらばらに分解される。
 それらはふるふると震えると、電子の海の藻屑となって、ぱぁんと弾けて消えたのだった。

●運営からのお詫び
 本報告書には以下のような致命的な誤植がありました。
 お詫びして訂正いたします。

【誤】●12 荳画律逶ョ譛昶?補?墓姶迥ッ縺キ繧後∩縲?Ο譴ヲ逅ェ
【正】●12 三日目朝――戦犯ぷれみ、郭梦琪



●13 三日目朝――コノハ・ライゼ
 枯れ枝と流木で組んだ簡易ベッドから起き上がったコノハは、夜通し見張りに立っていた影色の管狐を撫でる。
「ふぁ……ヤダヤダ、無人島暮らしってお肌に悪いわぁ。くーちゃんオハヨ、イイ子だったわネ」
 初日、遭遇したリトルリドルに逃げられたコノハは深追いをやめ、管狐の『くーちゃん』を使って他の参加者を偵察する事にした。そして昨日、陽太と茜が交戦しているのを発見したのであった。
 他人の戦いに便乗して脱落者を増やしておくのも悪くない。己の正体が露見しないようにしつつ、すこし脅かしてやったら効果はてきめんだった。
 彼が――陽太が、己の化けた影になにを見たのかは知らないが、『くーちゃん』から伝え聞いた末路を思うに、よほどの葛藤や後悔があったのだろうと慮りはする。
「……美味しそうだったのに、ちょっと勿体無いコトしちゃった」
 だが、途中で介入してきたミーミという娘。
 万物の彩をとりこむ影の姿を、『陛下』と呼んだ彼女との交戦は避けたかった。彼女もまた己と同じようにたいせつなものを喪い、何かを求め、飢え、さまよう存在であろうから。
 もしもその『味』を知ることがあるのならば、なるべく後のほうがいい。
「お楽しみは最後に取っておかないと。ネェ章ちゃん」
『僕はあまり、食事の順番は考えない。すべてが普通に好きだから』
「アラ、お返事。珍しいじゃない。ッていうか、さっきまでぷれみちゃんが喋ってなかったカシラ」
 そうだ、先程例の放送があった。
 脱落者が出るたび、戦犯ぷれみという謎のマスコットが出てきて、参加者を煽りながら名前を読み上げるのを、コノハもここまでに何度か聞いている。
 ところが、先程はぷれみがいつものように脱落者の名前を読み上げる直前で、突然放送が途切れてしまったのだ。いったいなにがあったのだろう?

『新しい脱落者が出たから発表するよ。森宮陽太さん。それから、戦犯ぷれみさん』
「……ちょっと待って章ちゃん、どういうワケ? このゲーム、マスコットキャラまで死ぬの?」
 コノハは驚いた。戦犯ぷれみは主催者の章が操っているアバターではなかったのか?
 そして、章の口から驚くべき一言が言い放たれる。
『戦犯さんのことかな。彼女は一般参加者だよ』

【脱落者】
戦犯・ぷれみ(ルール違反により1ピクセル単位まで分解されて死亡)

【残り9名】



●14 三日目朝――マリアドール・シュシュ、ヴォルフガング・ディーツェ、ロキ・バロックヒート、リュシアン・テシエ
『新しい脱落者が出たから発表するよ。森宮陽太さん。それから、戦犯ぷれみさん』
 章の居場所を特定するために朝から動いていたヴォルフガング一行は、その放送を聞いて驚いた。章の声だ。
 それに、戦犯ぷれみが脱落した――?
 それは島で目覚めた時に目にした、あの不気味なアバターの名称ではなかったか。今までにも脱落者が出るたび、ぷれみが他の参加者を煽りながら名前を読み上げていたはずだ。
「あれれ? ぷれみちゃんってマスコットキャラじゃないっけ。仲間割れしちゃった?」
 ロキが率直な疑問を口にすると、章の口からはある意味驚愕の答えが返ってきた。
『戦犯さんは一般参加者のバーチャルキャラクターだよ。僕の意思とは無関係にゲームを盛り上げてくれただけ。でも、面白そうだから放っておいたんだ』

『数えてごらん。彼女を参加人数に入れないと計算が合わない筈だから』
 章いわく。
 彼女はシステム・フラワーズをハッキングし、いかにもなマスコットキャラクターのふりをしてゲームに溶け込み、物理法則を無視してやりたい放題していたのだという。
 先程、誰かが森の中に隠れていた本体を偶然見つけたため、それはもう見事に天誅が下ったようだが。
「ああ……茜、夏報、マジョリカ、陽太……それに、ぷれみまで。皆に何があったの? 本当にもう二度と逢えないの? マリア達、間に合わなかったのだわ。ごめんなさい、皆……」
「マリアお姉さん……。ボクもすごく怖いよ。殺し合うなんて……できない。でも、ここで死んじゃうのも嫌だよ。帰りたい……」
 マリアドールの瞳から宝石の涙が零れると、リュシアンもつられるように座りこみ、膝を抱えて泣きだした。もともと上流階級として生きてきた幼い少年にとって、この島で行われるサバイバルはあまりにも過酷なようだ。疲弊している様子が見てとれた。
(……何か、こう。違和感がある)
 そして、ヴォルフガングの胸にはある疑念が芽生えていた。
「まーまー、元気だそ! 俺様とヴォルフくんが一緒にいるんだから、簡単には死なないよー。他にも協力してくれる子や、神の助けを待ってる子がいるかもしれないしね?」
 隣のロキを見る。二人とはうって変わって、涼しい顔をしている。
 破壊神として仲間の神々にすら疎まれてきた彼には、確かにこの程度のことはどうという事はないのかもしれないが……それにしても、ロキの様子は何かずっと、妙ではないか?
「……そうだね。二人共、辛いだろうけど立つんだ」
 充分に注意を払いながら、ヴォルフガングはマリアドールとリュシアンの肩を叩く。マリアドールもなんとか力を振りしぼり、座りこんだままのリュシアンに手をさしのべ、共に立ち上がって歩き出そうとする。
「行こう。皆で生き残るんだ」
「うんうん。この感じなら案外四人とも大丈夫だって」
「ヴォルフガング、ロキ……あなたたちが一緒で良かった。ええ、皆で生き残」
 皆で、生き残る。
 そう言ったヴォルフガングの頼もしい背を、彼が振り返るのを、マリアドールは見ていた。

 そろそろ飽きちゃった。
 だから、壊しちゃおう。

「でもさあ、」
 そう、なんでもないように、誰かが笑いながら言って。
「生き残るのって一人だけなんだよね」
 何か――なにか黒い影が、目の前に飛び出してきて。
 突き飛ばされて、マリアドールは地面に倒れこんだ。それから。
 マリアドールの視界が、あかく染まった。
 頬に降りかかったぬるい液体へ、おそるおそる指先を這わせる。赤。真っ赤な液体。まだあたたかみがある。自分を庇うように両腕を広げ、目の前に立っているのは。
「……ヴォルフ、ガング……?」
 彼の精悍な肉体をいとも簡単に貫くのは、黒い影の槍。同じだ。故郷の森を惨禍が襲った、あのときと。
 マリアドールを庇って散った二人の育ての親の姿が、ヴォルフガングの背に重なる。森の野生を上書きするような、強烈な鉄の臭いが内臓を揺さぶる。こみ上げる吐気にマリアドールは口元を覆った。
「あ、ぁ……」
 リュシアンは大きな瞳を見開き、震えながら、言葉を失ったように立ち尽くしている。

 今、マリアドールを攻撃しようとしたのは。
 そして、ヴォルフガングを貫いたのは……新たな敵?
 違う。先程までとなりで笑っていた、ロキだった。

「……っ、やっぱり、ね」
「あれぇ、庇われちゃった。ヴォルフくんいつから気づいてたの?」
 ヴォルフガングを貫通したいびつな黒槍は、ロキの足元にのびる影の中から出現している。
 小首を傾げながら、ロキは無数に出現する槍を次々とヴォルフガングへ突き刺し続けた。まるでシューティングゲームで遊ぶかのように容赦なく、槍の弾幕は頑丈な敵機体を穴だらけにしていく。
 ふふ、と未だ笑みを浮かべるロキの、つくりもののように整った顔には邪気がなく、それゆえに恐ろしかった。
「や、やめて……やめてよ。お兄さんが死んじゃう」
 震えながら泣き声をあげたリュシアンにも、破壊の力は無慈悲に襲いかかる。リュシアンはとっさに今見たばかりのその攻撃をユーベルコードで模倣し、影の槍を発射して相殺しようとするが、消し切れなかったいくつかの槍が華奢な手足を貫いた。
「ぅああ……っ」
「へえ? 君意外とやるねー。ちょっと待っててね、ヴォルフくんとマリアちゃんの後でしっかり殺してあげるからね〜」
 リュシアンは己の身を守る事で精一杯だった。全身を鮮血で染められてなお、ヴォルフガングは意識を保ち、立ち続けている。いや、激しい痛みが意識を飛ばすことを許さないのか。
「腐れ縁を舐めんな。君の願いを叶えるお誂え向きの舞台だと思ってたよ……!」
 ロキはあはは! と悪びれなく笑う。
「そっかそっか。だってねぇ、世界を救うなんてさ。そんな面白いことする子の願いは手伝ってあげないとね」
 そして『救われた世界』のことを脳裏に思い描く。いや、ずっと思い描いていた。
 この島に来て、ゲームの話を聞いたその瞬間から、ずっとそれだけを――。

 このまま全員を壊して優勝したら、副賞で神様を殺してもらおう。
 かつて己を虐げた神たち。こんな哀しい世界を創ってしまった愚かな神たち。
 そんなものはもういらない。だから、慈悲を与えてやる。
 失敗したら全て壊して、いちから創り直せばいいだけだ。
 それが、破壊することの意義。破壊され、はじめて救われるものの存在。
 それは破壊神として生まれたこの私が、唯一世界に必要とされる理由なのだから。

「どう、して……いやよ、いや。ヴォルフガング、死なないで……っ」
 マリアドールは彼のもとに駆け寄ろうとする。なぜ、いつもこうして守られるばかりなのか。愛をくれるばかりで、みんな自分を置いていってしまうのか。これまで背を向けてきた感情が、マリアドールを深く打ちのめす。
「来るなマリア! 君まで、巻き込まれる……っ」
 ヴォルフガングは遠のきかける意識をなんとか繋ぎ止めながら、近づこうとする彼女を止める。叫ぶだけで体中に激痛がはしる。無数にあいた穴から、もはや原型を留めていない臓物がこぼれ落ちてくる。よく生きているものだと、どこか他人事のように思う。
 腐れ縁の悪友は顔色ひとつ変えず、ヴォルフガングへの破壊行為を繰り返している。
「ヴォルフくん……殺すの難しいだろうな〜とは思ってたけど。ここまで念入りにやってもまだ死なないんだ」
 ――可哀想。
 そう言うロキの表情は確かに哀しげではあったが、憐憫の向けられる方向が明らかに間違っている。ああ、彼もまた、ひとの命のほんとうの尊さが理解できずにいるのだ。
 人でなしめ。ヴォルフガングも、そんな可哀想な悪友を嘲笑ってやった。
「自分でも驚いてるよ。まったく、死にたがりは治らないね……!」
 ほとんど吹き飛んだ両足が上半身を支えられなくなり、ヴォルフガングはついに倒れた。
 生き残るのは無理、か――辛うじて破壊されずに残った電脳魔術媒体を掴み、ナノマシンを展開する。
「マリア……そんな顔をするな。頼もしい、君、へ……最後の、祝福を。指令……『朋を永遠の葉擦れの城へと誘え』」
 物理法則を書き換える小領域がマリアドールを包み、彼女に加護を与える。マリアドールは飛び散る血を眺め、嫌だと首を振るい、顔を覆った。指からこぼれ落ちた宝石の涙が、足元の血溜まりへ吸いこまれていく。
「君は……君だけは、生きるんだ……その手が血で染まろうと、」
「ヴォルフくんまだ喋れるの? やめときなよ、ただでさえ少ない余命がもっと縮んじゃうよ」
「……!」
 影の槍が喉を貫き、ヴォルフガングの声帯を破壊した。何か言おうとしても、只ひゅうひゅうと音が鳴るだけだ。
「あれ? 今のはごめんね、手元が狂ったかも」
「ロキ……なんて事を……! お願い、返事を……ううん、もう喋らないで。ねえ、ヴォルフガング、生きて……ヴォルフガング!」
 ヴォルフガングはマリアドールを見ていた。いや、霞む視界の向こうに、誰かを見ていた。誰か、少女の泣き叫ぶこえがする、ああ、やっと思いだせた。『君』は、こんな声をして、こんな顔をしていたのか。
 無意識に重ね見ていたのだな、と思う。
 だから、自分はこんなになってまで、生きてほしいと。皆の希望になってほしいと、願ったのだ。
 ヴォルフガングは懐かしそうに微笑む。今度は、護ることができた。また泣かせてしまったのは、先に逝ってしまうのは、申し訳がたたないけれど。
 そうだ。最期に、これだけは伝えておかないと――。

「ル……? ヴォルフガング、一体誰の名前を、」
 ヴォルフガングの言わんとしていることを理解しようと、マリアドールは唇の動きを読む。だが、ロキは死にゆくその身体を、まだ更に重ねて刺し貫く。マリアドールは信じられないものを見る目でロキを見た。
 君にまでそんな風に見られるのはちょっと悲しい。
 だけど、こんなの慣れっこだとでも言いたげな顔で、ロキは子供のように笑って嘯く。
「何を見ているの? 可愛いね」
「そんな……ねえロキ、嘘よね? マリアは夢を見ているのだわ……だって、三人で、生き残ろうって…… 」
「そうだねー、ヴォルフくんとマリアちゃんがいなくなっちゃったら、俺様ちょっと寂しいかも。うん、でも大丈夫だよ、世界は救われるみたいだし! あははは……」
 血のにおいに充ちた森の中、ロキの場違いに軽薄な笑い声だけが、ころころと無邪気に響く。
 リュシアンは震えて縮こまっている。たった一人でこの邪神を封じることができるだろうかと、絶望している場合でも、躊躇っている場合でもない。
 守られるばかりの姫じゃない。マリアドールは猟兵だ。
 ヴォルフガングに託された勇気を、正義を、立ち向かう意思を、ここで散らせるわけにはいかない――!
「……間違っているのよ」
 空から絢爛な宝石のベルが降りてきた。電脳魔術の力が鐘の構造を書き換え、音は幾重にもかさなって、聖なる音楽を奏でる。彼が遺してくれた力が、体の内側から溢れてくる。
「抵抗する気? あはは、無駄無駄!」
 ロキはそれすらすべて壊そうとし、己の影から歪な黒い鳥を羽ばたかせた。無数に蠢くノイズのような黒い鳥は、一斉にベルへ喰らいつき、二人の力の結晶を破壊しようとする。
 これが神の力……ベルがひび割れそうな衝撃だ。だが、マリアドールは負けない。例え誓いを破られても、叶えたい願いがあるから――!
「!」
 ロキは目を見はった。
 ヴォルフガングの流した血から飢えた狼たちが現れ、ロキの操る影の鳥を喰らい、引きちぎった。その好機を逃さず、マリアドールは澄んだまなじりをつり上げて、ロキを見据える。
「ロキ、マリアはあなたを許さないわ!」
 
 油断していた、のかもしれない。
 この愛すべき可憐な少女が、神である自分に叶う筈もないと。
 いや、あるいは、どこかで――。

「は、」
 笑みをたたえたままの口から、ごふりと血が溢れた。ああ、自分にもこんなものが流れていたのか、とロキは思った。
 ハープと鐘のうつくしい輪唱が鳴り響く。二人の戦う意思を宿し、強化された無数の音弾が弾幕となって、ロキの身体を蜂の巣状に貫いていく。
「……ああ、」
 マリアちゃんが生き残っちゃうのか。
 それは残念だ。だが、そう意外でもないように思った。
 友を裏切り、蹂躙の限りを尽くした破壊神は最期、清き心の少女に斃される。そこらのどろどろした神話なんかよりも、よほど尊くて綺麗な終わりじゃないか。
 倒れたロキに、マリアドールは近づかない。
 ふたりの間にひらいた距離の遠さを見ながら、それでもロキは彼女に向かって、血塗れの腕をせいいっぱい伸ばす。
「悲しいなぁ……マリアちゃんは、優しいから。優しくて、これからもずっと……苦しむだろうから。だからさ、ああ、早く殺してあげなくっちゃ、って……、」
 いったい何がいけなかったんだろうか。全部か。
 皆が死んで、彼女が悲しんでいたから、もうなにも見なくていいようにしてあげようと思ったのに。嫌われちゃったかな。なんかヴォルフくんにも怒られたし。
 俺様の人生……いや、神生? やっぱり最期までこんな感じなんだな〜と、ロキは半ば悟ったような心境で空を仰ぐ。
「う〜ん。神様って難しすぎじゃない……?」
 へへ、と、悪戯がばれた少年のように笑むその顔には、やはり悪気など微塵もなさそうで。
「……ひどいかみさま」
 大丈夫、マリアがすくってあげるわ――その言葉を聞いたロキは。
 ほんとうは救われるより、救う側になりたかったのだけど。
 どうやら、自分には荷が重かったようだから。
「そ? じゃ、楽しみにしてるね」
 そう言い残して、それ以上抵抗することはなく。呆気なく、瞳を閉じた。

 ※

 二人がすっかり動かなくなった後。
 隠れていたリュシアンが、その場で泣き続けていたマリアドールのもとへ、申し訳なさそうに歩み寄ってきた。
「ごめんなさい。ごめんなさい。ボク、怖くて。見てるしかできなくて……ボクも一緒に戦えたら、ヴォルフガングお兄さんは死なずに済んだかもしれないのに」
 リュシアンもまた、己の弱さを恥じるかのように、ぽろぽろと涙をこぼしている。そのか弱い姿を見て、マリアドールはしっかりしないと、と自分に喝を入れた。
「……いいのよ。ロキの企みに気がつかなかったマリアも悪いのだわ。ヴォルフガングはこの中に裏切り者がいる、と言っていたけれど……まさかロキだったなんて」
 ロキをあんな風にしてしまった章も許せなかった。
 章を倒す――ヴォルフガングから託されたその目標を、なんとしても達成しなければ。こんな想いはもうたくさんだ。
「ねえリュシアン。マリアは誰も悲しまない、楽しくて幸せな世界で、皆と生き直したいの。手伝ってくれる?」
「誰も悲しまない、世界で……」
 リュシアンは瞳を瞬かせた。
 その願いが叶えば、この忌まわしいゲームもすべて無かったことになるだろう。
「……うん。ボクも、次は逃げない。お姉さんを守ってみせるから……約束だよ」
「ええ」
 勇気を奮い立たせようとする少年の言葉へ、マリアドールは優しい笑みを向ける。
 自分が勝てばリュシアンは救われる。章とも、ヴォルフガングとも、ロキとも、以前のように笑って過ごせるはずだ。
 マリアドールは強い意志を胸に抱き、仲間の死を乗り越えて、決着に向けて歩き出すのだった。



●15 ヴォルフガング・ディーツェ、ロキ・バロックヒート
 真っ赤に霞んだ視界のなかで、なにかが動いている。
 ちいさな子供がふたり。駄目だ。そっちに行くんじゃない。それは違う。俺があの娘に伝えたかった言葉は『そうじゃない』。
「……なんだ。ヴォルフくん、まだ生きてるの。しつこすぎ」
 また、身体だったものを何かが貫通していった。もう痛みもなにも感じない。これも悪友なりの慈悲であるらしいが、それはこちらの台詞だった。
「君も救いたい子のひとりだったんだけどな」
 本気で言っているのならふざけた神様だ。破壊することでしかひとを愛せず、最期まで誤解されたままの、哀れな神様。
 また、誰かが呼んでいるこえがする。どうやらあの娘は泣き止んでくれたらしい。
 漸く、永い永い生にも、終わりが訪れるのか。
 その姿は朧げでみえないけれど、懐かしい足音でわかった。

(君かい、ルファ……?)

 迎えに来てくれたのか。君は、こんな俺でも。
 もう動かない腕に、誰かの指先が触れた気がした。

 ああ。
 ――やっと、会えた。

【脱落者】
ヴォルフガング・ディーツェ(ロキに救済され死亡)
ロキ・バロックヒート(マリアドールの音弾に撃ち抜かれて死亡)

【残り7名】



●16 三日目昼――マリアドール・シュシュ、リュシアン・テシエ、郭梦琪、ミーミ・ミャオ
 森のあちこちで炎があがっている。
 ぷれみが点けたと自白したその炎は不思議と燃え広がらず、幸い大火事になる恐れはなさそうだったが、いったい今、誰が、どこで何をしているのだろう。

 ぷれみの本体を倒したあと、梦琪はずっと木の葉を被り、茂みの中に隠れて息を殺していた。
 森の中で偶然ぷれみの姿を見た梦琪はたいそう驚いて、考える間もなく背後から忍び寄り、奇襲をかけた。どうやら彼女が一般参加者であったらしい事にも驚いたが、孔雀を殺した陽太が同時刻何者かに倒されたらしい事は、梦琪に一抹の安堵をもたらした。
(今出てく駄目……まだゲーム続いてるアルヨ)
 誰かが通りかかったらどうしよう。ぷれみのように殺すしかない。
 そう考えているとまた、章による島内放送が聞こえてきた。
『さっき新しい脱落者が出たから発表するよ。ヴォルフガング・ディーツェさん。ロキ・バロックヒートさん』
 あまり聞き覚えのない名だったが、ぷれみや陽太が死亡してもやはり殺し合いが続いていることに、梦琪は震えあがった。
 もう嫌だ、早く帰りたい。故郷に帰って美味しい点心を食べたい。島から脱出したい――そう思っていると、誰かの足音が聞こえてきた。
(敵? 敵アルヨ!)
 ここまで生き残っているなら、きっともう他の誰かを殺しているだろう。足音はふたりぶん。見たところどちらも無害そうな、輝く髪の少女と、人形めいた容貌の少年である。
(二人……勝てるアルか? けど倒すしかないヨ。倒さないと……ワタシ帰れない!)
 しかし、もはや何を見ても梦琪には敵にしか見えない。二人が目の前の道を通過していった後、玉錘を手に背後から忍び寄る。
 そして、少女のほう――マリアドールの頭をめがけて、凶器を振り下ろした。

「……! お姉さん、危ない!」
 人の気配に気づいたリュシアンは、マリアドールを庇って攻撃を受ける。先程ロキの攻撃を受け、ただでさえ傷ついている彼の身体に、玉錘の重量が情け容赦なくめり込む。
「リュシアン!」
「う、うう……」
「……っ、迷うダメある。お前達もワタシ殺す気ネ!」
 倒れたリュシアンの身を案じつつ、マリアドールは梦琪を見た。ひどく怯えている……この人はきっと、根っからの悪人ではない、と思う。
「落ち着いて、マリア達はあなたの敵じゃないわ。章を倒してゲームを終わらせたいのよ」
「アイツを……? そんな事したら永遠にこの世界閉じ込められて終わりヨ!」
「いたた……、っ、聞いてお姉さん。ボクも戦うのは嫌なんだ。一緒に行こう?」
 二人の様子を見た梦琪は、思わず玉錘を振り下ろそうとしていた手を止めた。
 二人とも反撃はしてこない。本当だろうか? 本当ならば天の助けだ。
「そう……そうアルネ! ワタシ帰りたい。脱出できるなら何でも協力するヨ!」
 マリアドールとリュシアンは顔を見合わせ、微笑む。失ってしまったものは大きいが、ひとり心強い味方が増えた。

 ※

「章はああ言っていたけれど、きっと何かここから出る方法があると思うのよ。それを聞く為にも、章の居場所を探りましょう」
 マリアドールは自らに瓜二つの妖精達を空へ放ち、改めて島の様子を探らせる。どうやら幾つかの施設があったようだが、そのどれもが全焼している。閉じこもっていられるような場所はなさそうだ。
「章お兄さんは建物の中にはいないのかな?」
 リュシアンが首を傾げる。すると、しゃんしゃんと鈴の音が聞こえた。
 三人が振り返ると、そこには真っ白ないでたちが特徴的な少女が立っていた。
 寄り添う白い虎。汚れたドレスに、ふらふらと覚束ない足取り。彼女も生き残りだろうか、かなり疲労が激しいのかもしれない。
「だいじょぶ?」
 梦琪の問いかけにも無反応だ。白い少女は――ミーミは、ぼんやりとしたまま呟いた。
「実感させて。ねぇ、私は此処に居る?」
「安心して。あなたも、マリア達も此処に居るわ」
 問いかける彼女の姿が、なんだかひどく寂しそうに見えたから。
 マリアドールは、なにかを求めるようにさし出されたミーミの手を握ってやろうとして……そこで、彼女の手が血で染まっていることに気づいた。
「んふふ。見ぃつけた」
 ひいらり、躱された指先。
 タンザナイトの爪が、宝石の肌を引っ掻き、浅い傷を刻んだ。
 ふわりと猫がじゃれつくように、ミーミの身体がマリアドールに覆い被さってくる。

「とんとん、刻んであら、すてき」

 とんとん、ざくり。
 ていねいに砥がれた刃物が、マリアドールの身体を削り取っていく。
 そこにいのちの温かさはない。けれど水晶の破片がきらりと瞬いて、とても綺麗だ。ミーミは刻みとったかけらをうっとりと眺める。
 マリアドールは、ロキが死に際言い残した言葉を思い出していた。
 マリア、君は優しくて、苦しむだろうから――。

「……そんな。嘘だ。マリアお姉さん……」
「リュシアン、コイツ危険ネ。戦うアルヨ!」
「……んふふふ。あなたたちも、とっても美味しそう……」
 此処にいる『私』を観測してくれている。ぞくぞくする。ミーミは封魂符を額から剥がし、投げ捨て、その半身をオブリビオンに委ねた。
 梦琪はミーミの胴に玉錘を叩きつけたが、華奢な身体は驚くほどに硬い。リュシアンの召喚した死霊たちがいくら攻撃を加えても、死した彼女の肉体は無限に再生を繰り返す。
「駄目アル。リュシアン、封魂符狙うヨ。ワタシ達ソレで死ぬネ!」
「みぃ……いけないわ。あなたと私、おんなじ。生きていないし、死んでもいない。ねぇ、教えて。あなたのいのちは、何処。あなたは、生きてる?」
 わたしたち――今、生きてる?
 ミーミはお気に入りの鉄扇を翻し、猛毒の呪詛をこめた風で三人をまとめて襲う。つけられた爪痕がひどく熱い。己の死を悟ったマリアドールは、リュシアンと梦琪の前に立ちはだかり、盾となる。
 守られてばかりは、もう嫌だから。
 今度は、マリアの番――!
 風は強く、毒素に蝕まれひび割れていくマリアドールに、近寄ることすらできない。絶望の表情を浮かべるリュシアンと梦琪へ、マリアドールは微笑みを返す。
「……いいのよ。これでいい、の……きっと、マリアが、神様を殺してしまったからだわ。マリアのお願いは、二人が叶えて……ね」
 ヴォルフガングに託された想いを自ら果たせなかったのは無念だが、マリアドールは、その優しさを貫いた。
 自らさえ傷つけるかもしれない優しさを、強さに変えて立ち続け、身体が砕け散るまで仲間を守り続ける。

 大切なひとたちが、そうしてくれたように。
 きっと、この想いもまた、誰かへ受け継がれる。
 誰も悲しまぬ、楽しくて幸せな世界を。その先でまたきっと、皆に会える。

「もう……次に会ったら、ロキを叱ってあげなくちゃなのだわ……」
 華水晶の身体が砕けていく。大切ないのち。綺麗ないのち。
 花びらにも似たその欠片を、夢中で拾い集めるミーミの姿が、マリアドールの最期に見たものだった。
 集めたマリアドールの欠片を、たいせつに花籠へ詰めこんで。
 ミーミは宝物を愛おしそうに撫でる。めらめら、燃える炎と。きらきら、かがやく水晶と。どちらもとても、すてきないのちだ。
 あと幾つ集めたら、いきられるのだろうか。目の前のこの子も生きていないし、死んでもいないみたいだけれど――なら、その魂は何処にある?
「おしえて。あなたのいのちは、どんないろ?」
 この窮地をどうやって攻略すべきか。
 その時、足元の木漏れ日を見た梦琪は、ミーミの使用している禁術の弱点を思い出した。一か八か、身を翻し、森の出口をめざして走る。
「……みぃ。ひとりにしないで。さみしくなっちゃう」
 ミーミも鈴をころころ鳴らしながら、猛獣のような脚力で獲物に追いすがっていく。
 そして、頭上を覆う木々がなくなり、白い砂浜が見えて――晴れた空にかがやく真昼の太陽が、オブリビオン化したミーミの身体を灼いた。
「……ああ、」
 あつい。眠りをきらう肉体が、白昼の下に曝されて、ちりちりと焦がされていく。けれどこの痛みですら、いま生きている証のようで、こころに空いた空白が満たされていく。
(リュシアンは何やってるか! 早く……)
 封魂符を探すのに手間取っているのか、リュシアンはまだ追いついてきていないようだ。梦琪は玉錘から鴆毒を放ち、ミーミの硬い防御を崩そうとする。
「我们再见面吧!」
 毒には毒を。毒蛇を主食とする鳥の体内で育まれた猛毒は、太陽の光とともにミーミの身体を蝕み、再生する以上の速度で機動力を奪っていく。
 その腹部へ更に叩き込まれる玉錘。ミーミの小柄な身体が宙を舞い、後方へ跳ね飛んで、砂浜を滑る。
 ああ――痛い。けれど、あたたかい。生きている。そのことが嬉しくて。もっと、もっと実感させて。生きている、ここにいる、その痛みを。
 立ち上がったミーミは、まるで斃れることを心待ちにするかのように、ふらふらと梦琪へ歩み寄っていく。
 梦琪は、無防備なその頭部へ玉錘を振り下ろそうとして――額の違和感に気づいた。

「……? ない。ワタシの封魂符ないヨ!」
 梦琪は青ざめた。
 ミーミの仕業かと思ったが、彼女はきょとんとしている。
 大変だ。あれは僵尸の魂が封じられたもの……何処かで落としたのだろうか? それは考えられない。だとすると――!
「弱点を教えてくれてありがとう。残念だったね、お姉さん達。あと少しだったのに」
 梦琪は振り返る。
 そこには、梦琪とミーミ、ふたりぶんの封魂符を手にしたリュシアンが立っていた。

 その顔は、さっきまでの怯えながらも懸命に敵へ立ち向かおうとしていた少年とはまるで違う。
 瞳から光が失われ、口元にたたえた蠱惑的な笑みは冷え冷えと。しかし、その奥底に、隠しきれない愉悦が滲んでいる。
 か弱い子どものふりをして、もっとも絶望的なタイミングで裏切るのを心待ちにしていたかのように!
「さっき梦琪お姉さんが戦っているときにこっそり盗んだんだ。頑張っていたから気づかなかったよね」
 嗜虐心を滲ませにこりと笑んだかれは、ふたりの封魂符をびりびりと破り捨ててしまった。
 紙片になった封魂符が、風に吹かれ、ひらひらと彼方へ飛んでいく――。
「お前、何てコト……い、嫌ネ。ワタシ死にたくないヨ!」
 身体中から力が抜けていくのを感じる。万が一にも生き残れる可能性を逃すまいと、梦琪はその紙片を集めに走った。
 一方、その場に残されたミーミは、なんだか満足そうにしている。半身を怪物と化した彼女の白い手足は、焼け焦げ、砂にまみれ、毒に侵されて変色し、かつて愛された美貌は見るも無惨だというのに。
「……ねえ、ヘイカ。わたし生きてた?」
 呼ばれて歩みでた白虎は黙して、死にゆくミーミに寄り添う。
 これは期待していた反応と違う。リュシアンは、すこしつまらなそうに彼女を見た。
「生きてたも何も、お姉さんは死体でしょ?」
 ああ、なんてつれないひと。
 けれど、今はこの痛みを、己のいのちが消えゆく感覚を、たしかに覚えているから。一緒にきてくれるひとも、いるから……さみしくない。
「んふふ。みぃ、お昼寝するの……」
 ヘイカと、ふたつの魂が入った籠を、たいせつそうに抱きしめる。
 眠るように崩れ落ちながらも、ミーミはリュシアンのほうを見た。
「私を殺したあなた。あなたは、私の分までいきて」
「どうだろうね。ボク、生き残れるかな。まだ騙されてくれる人が残っていたら良いんだけど! あはは……」
 哄笑するリュシアンは、これまで見せたどんな表情よりも生き生きとしていて。
 なんであれ、それが愉しいならばよいと、ミーミは思った。
 からだが燃え尽きていく。あつい。あたたかい。
「いきて。そうでなきゃ……」
 ――呪ってやる。

 ※
 
 飛んでいった封魂符は海に着水し、波間に流されていった。
「海……」
 梦琪は中に飛びこもうか迷って、結局やめた。潮水はどうしても苦手だ。
 右も左もわからぬ惨劇の孤島で、数々の強敵と遭遇しながらも、生きたいあまりにここまで足掻いてきた。だが、あと一歩及ばなかった。力なく砂浜に倒れこんだ梦琪の懐から、何かがこぼれ落ちる。
 孔雀から貰ったキャンディと、マリアドールの身体の破片だった。
「……毎日ハロウィンも、皆が笑て暮らせる世界も、出来なかたアル……」
 所詮ワタシには無理だったのだ。あんな死に方すらもできない。あんな風に夢を語って、託して、最後まで馬鹿みたいに人を信じて、綺麗に死んでいくなんて、そんな芸はできっこない。
 でも、思ってしまったじゃないか。
 一瞬、そんな世界でなら惨めにならないのかと、夢を見てしまったじゃないか。
「……あー……」
 彩り、装い、虚飾にまみれた身体が剥がれ落ちて腐っていく。恐怖と苛立ちを隠せず、梦琪は自らの顔を掻きむしる。頬の肉がぼろぼろと崩れ、傷んだ髪が皮膚といっしょに抜け落ちていく。この醜い本性を誰にも見られずにすんだのだけは良かった、とは思った。
 魂の色なんて知りたくもない。どうせ穢いから。
 水には近づかない。最期に自分の顔が映ってしまったらたまらないから。

 破られた封魂符が海の彼方に沈んで、梦琪の意識もやがて波の向こうに消える。
 彼女の想いを汲んだのだろうか。
 まるで最初から誰もいなかったように、死体はどこかへ消え失せてしまっていた。

【脱落者】
マリアドール・シュシュ(ミーミの毒で身体を砕かれて死亡)
ミーミ・ミャオ(太陽光により消滅)
郭・梦琪(リュシアンに封魂符を破られ消滅)

【残り4名】



●17 三日目夕――コノハ・ライゼ、リュシアン・テシエ
 なぜこのような事になったのか。
 時はゲーム開始直後に遡る。
 章とはとりの会話が全島に配信され、放送が終わろうとしていた、その時だ。

「ねぇ、待ってお兄さん。ボク、お兄さんに協力するよ」
 リュシアンは章にそう呼びかけた。
 だって、他の人と殺し合うよりも、その方が愉しそうだったから。
『……ふうん?』
 あまりにも無邪気な少年の声に、章もまた興味を示した。
『敢えて狂人役に志願だね。僕に協力しても特に何も特典はないし、むしろきみはだいぶ不利な立場になるけれど、大丈夫かな』
 きっと、皆は裏切り者に特別厳しい目を向けるにちがいない。
 もともと無い好感度はそれ以上下がらないが、清さや正しさに裏切られたと思った時、人はより激しく落胆し、怒り狂うものだ。
 思惑が露見したらたちまち殺されるだろうし、もしリュシアンが逆にこちら側を謀るつもりであっても、ぷれみが勝手に粛清を加えるだろう。
 有難い申し出ではあるが、当人の立場になって考えるとメリットの少ない選択肢だ。だから、主催者として公正に忠告はした。
 だが、リュシアンは小首をかしげて笑う。
「見返りなんていらないよ。ボクに騙されて脱落していく他人の姿が見たいんだ。それだけで十分、ボクは楽しい……それじゃダメかな?」
 むしろ、それが欲しいのだと。
 正しさに、信仰に、裏切られた時の絶望。それこそが、自分の真に欲するものだと。
『……そう。正直でいいね。なら、できたら最初に柊くんを片付けておいてくれないかな。実は彼がとても死に難いのを忘れていて、うっかり呼んでしまった。
 確か、首から上を完全に破壊すれば再生できなくなると言っていた気がするんだけど……できる?』
 章は、つい先程まで話していたはとりを始末してこいという。しかも、間違えて呼んでしまったから退場してほしいという理由で。
 その殺害方法も、常人が実行するにはあまりに残酷であった。
 だが、気づいてしまった。そもそも自分はこういう存在であったのだと。
 リュシアンの魂に刻まれた何かが疼くのだ。その誘惑がまるで悪魔の囁きのようにこだまし、心と頭を掴んでやまないのだ。
「もちろんだよ。場所だけ教えてくれる? 楽しみに待っててね」
『うん。柊くんはしぶといから、死なないように気をつけてね。必ず一発で仕留めるんだ。あとは好きに動いてくれていいから』
 ――お兄さんに協力したほうが、断然面白いってね!

「ふふ、みんな死んじゃった。呆気なかったなあ」
 マリアドール、梦琪、ミーミの三人が斃れたあとで、リュシアンはくすくすと愉しそうに笑う。その顔は喜色に満ちていた。
 はとりはあっさり死んでくれたものの、予想外の危機は何回もあった。
 最初に接触したリオンから無下に扱われ、殺されかけた時。ロキの叛逆に巻き込まれたり、絶望感を高めるための演技とはいえ、マリアドールを庇って傷ついた時。
 それから――リュシアンが『裏切り者』ではないかと感づいたヴォルフガングが、死に際マリアドールに忠告を送ろうとした時。

 あの時、ヴォルフガングが口にしようとしていたのは『ル』ではなかった。
 『リュ』。
 『リュシアンに気をつけろ』――それが、彼の本当に伝えたかった事だ。
 リュシアンは自身の技でコピーしたロキのユーベルコードを使い、咄嗟にヴォルフガングの口を封じた。そして、なんとか窮地を切り抜けたのだ。

(焦ったよ。ロキお兄さんがボクへの疑いをそらしてくれたから助かったけど)
 ずっとマリアドール達と共に行動していたロキには、章と内通する時間も、はとりを殺しに行く隙もなかった。
 彼は彼で勝手に裏切っただけだ。そして、なぜか助けてくれた。結果的にそうなっただけかもしれないが。
(でも、裏切る前にマリアお姉さんが死んじゃったのは残念だったなあ)
 一番悲しんでくれそうだったのに。そうリュシアンが述懐していると、また章の放送が流れてきた。
『こんにちは。今回は一気に三人の脱落者が出たので発表するよ。マリアドール・シュシュさん。郭・梦琪さん。ミーミ・ミャオさん。以上の三人です。参加者も残り四人かな。ついに大詰めだね。皆頑張ってね』
 そう事務的に言い残し、放送を切ろうとする章へ、リュシアンはまるで純粋な子どものように話しかける。
「章お兄さん! どうだった、面白かった? ボクの演技」
『ああ、とても面白かったよ。きみが派手にやってくれたから、今頃観客も大盛り上がりだろうね』
「観客? お客さんがいるんだ」
『デスゲームだもの、勿論いるさ。配信していたぷれみさんは死んでしまったけれど、キマイラフューチャーの全域で生中継されているよ。キマイラの皆は、きみたちの殺し合いをよくできたフィクションだと思って見ているだろうけど』
「そうなんだ。じゃあ、ボクもっと頑張っちゃおうか……、な」
 目の前に、ちかりと閃光が走った。
 音もなく躍りでた影に、リュシアンの首はかき切られて。
 人形の胴体から、ごろりと頭部が転がり落ちる。腕が、足が、綺麗に切り離されていく。石ころのように投げ出された少年の貌は、なにが起きたのかわからず、おおきな瞳をぱちくりさせる。
「ごめんネ、ずっと見てたの。アナタ、なかなかの悪っぷりだった。でも、美味しいトコロはいただいていっちゃおうカシラ」
 殺人者は――コノハは、両手のナイフを磨ぐように擦りあわせながら、茶目っ気たっぷりにウインクをしてみせる。
 そしてリュシアンの身体をそこらの木にもたれさせると、落とした首を拾って元の位置に乗せ、手足のパーツを綺麗に地面へ並べた。
 いくら人形とはいえ、それで生き返るわけでもない。リュシアンは、もう手足がまったく動かせなくなっていた。
 ああ、ボクもここで終わりかぁと、静かに思う。
 ミーミお姉さんに呪われてしまうだろうか。でもいいや、叶えたい願いはもう叶ったし。
「お兄さん……お兄さんはどうして、ボクを殺すの?」
「アラ、まだ喋れるの。すごいわネ。そうネェ、オレも好きに遊んで殺されるのも悪くナイ、って思ってたんだケド……チョット気が変わったの」
 だって、聞いたでしょ?
 バベルの塔。ナンだって叶うのヨ――なにか強烈な想いを内に秘め、蠱惑的な微笑みをみせるコノハの声を聞いて、リュシアンは改めて考えた。
 ボクの願いっていったい何だったんだろう。人の良さそうな、愚かなひとを騙して、絶望する姿を見ること?
 なんだっていい。ただ、楽しそうだから一緒に遊びたかっただけだ。
 そして、その欲望はじゅうぶんに満たされた。
 リュシアンの思う『愉しみ方』が、どれだけヒトの倫理から逸脱していたとしても。それゆえ最期は恍惚と瞳をとろけさせ、まるで夢見るように、笑みだけを残して少年は彼方へ往く。
「すっごく楽しかったよ。ありがとね、お兄さん、お姉さんたち……」

 まるで組み立てる前の人形のようだ。生命感のないリュシアンの遺体を眺めていたコノハは、なにごとか考えていた。
「……これもまぁ、見目は良いケレド、流石にアレよネ」
 純粋で、濃厚な悪意がたっぷり詰まった出汁は、美味しくいただいたけれど。『皮』もまた、上質な食事には肝要。
 ミレナリィドールの素材はいったい何なのだろう。少なくとも、残念ながら肉ではなさそうだった。
 ここまで上々に生き残れたのは良いが、どうにも食材の引きは悪い。これで、残りはあと二人のはずだ。誰かが欲を叶えてくれれば良いのだが。
「残り全員ブラックタールとかだったらどうしようカシラ」
 ふと、そんなことを考えながら。
 美しくも残酷な狩猟者はまた、影となり、木々の中へ紛れていく。

【脱落者】
リュシアン・テシエ(コノハに解体され死亡)

【残り3名】



●18 三日目夕――リオン・リエーブル、リトルリドル・ブラックモア
「チョット待てーー!! オマエら、オレサマのコト忘れてないか!?」

 その頃。
「ふっふっふ……さぁ、捕まえたよ魔王様! お兄さんの実験台になってもらおうかな!」
「ウワーーン!! ヤダーー!! せっかくここまで逃げ続けてきたのにーー!!」
 炎上する研究所から脱出したリオンは、誰が死のうと特に気にする事なく、森に拠点を作り自分の研究を完成させることに没頭していた。
 先程、コノハが仕掛けておいたすごく美味しそうなハンバーグ定食(ただし毒入り)の誘惑に負け、まんまと食らって麻痺していたリトルリドルを、漁夫の利的に捕まえたところである。
「口ってここかな? そーれっ!」
 リオンは試験管の中に入った怪しい薬を、リトルリドルの口っぽい部分にずぼっと突っ込んだ。
「ウワーーーー!! しぬーーー!!!! ……アレ?」
 一体どんな目にあうのかと怯えていたリトルリドルだったが、 なんだか意外にも、ものすごく元気になってきた気がする。
「イヤ……やべーだろ! ナンだよコレ、ゼッテーやべークスリだろ!! 逆に!」
「やだなー、全然やばくないよー! 調子はどう?」
「どうって……ウン、なんか……メチャクチャげんきになってる……カンジがするぜ!」
「元気にか。うんうん、成程ね。それは良かった!」
 リトルリドルの答えを聞いたリオンは、自分の研究が完成に近づいていることを確信する。
「結構結構。いやあ、健康は全ての生物の希望だよねー」
 ナンだこいつ……メモを取るリオンを見ながら、リトルリドルは素直にそう思っていた。

 悲しいかな、リトルリドルの頭ではリオンの考えが読めない。
 ここまできたら絶対に生き残りたいが、勝てる気がしない。かくなる上は――。
「た、たのむぜリオン! これからも……チョットならクスリの実験台になってやってもイイから、なんとかしてオレサマだけたすけろ! よろしくおねがいします!」
 もう命乞いあるのみ。
 何だかブレブレ言っている猟書家みたいなことになっていたが、それを聞いたリオンは、ぱあっとおにーさんスマイルを輝かせた。これは嫌な予感。
「え、いいの? じゃあ早速実験台になってもらおうかな!」
「マジ? ま、ま、まだココロのじゅんびがぁぁぁ〜〜」
  リオンはまだ試作段階にある薬(混ぜるな危険と書いてあるタイプのやつ)を次々とリトルリドルの口に放りこむと、自分はさっさとその場から逃げだし、木の影に隠れた。
 当然の結果。
 リトルリドルの体内に染みこんだ数々の薬品は、してはいけない化学反応を起こし――大爆発した。
「ギャアアアアア!! ここまできて爆発オチーー!!!」
 ちゅどーん。
 リトルリドルの断末魔が森に響いた。
 あたり一面に飛び散ったタールの残骸が、薙ぎ倒され、黒焦げになった木々にへばりついている。ブラックタールだからこの程度の絵面で済まされるが、人間だったら大惨事ですよこれは。
『リトルリドル・ブラックモア。死亡だね』
 章はさらっと死亡者の名前を読み上げた。
『それから、リュシアン・テシエくんも。さあ、残りはたった二人だ。どちらが優勝するか、しっかり殺しあって決めてね。楽しみにしているよ』
 そう言って早々に放送を終わろうとする章へ、リオンは待っていましたとばかりに話を切り出す。
「章さん章さん。放送切る前に、ちょーっとだけお兄さんの話聞いてかない? あのね――」
 リオンは、そこで章になにごとかの交渉を行なった。
 これにより、この死のゲームは、予想だにしなかった終焉を迎えることとなるのである。

【脱落者】
リトルリドル・ブラックモア(リオンに怪しい薬を飲まされ爆死)

【残り2名】



●19 三日目夕――コノハ・ライゼ、リオン・リエーブル
 森のとおくで、突然の爆発音がこだました。
 程なくして、章の声が二人の脱落者の名を読みあげていった。
 そのうちひとりは、先程コノハが殺したリュシアンだ。ならば、リトルリドルを殺したのは、残る一人の猟兵に違いない。そしてあの爆発。無関係とは考えられない。
「随分不用心なのネ。まァ良いわ」
 自分はここまで音と光を発することを控え、時に闇となり、時に闇に紛れ、慎ましく勝ち残ってきたというのに、まるで真逆だ。いったい相手はここ数日、どこでどうやって過ごしていたのだろう、と思う。
(……ケド、何人殺してるかわかんねぇものネ。最後まで気を抜かずに、生きマショ)
 コノハはやはり慎重に、爆発があった方へと向かう。
 そして、最後の標的であるリオンを発見するに至った。こうもたやすく生き残ってしまうとは、皮肉なものだ――そう思うほどに彼は不用心で、晴れ晴れとした笑顔を浮かべ、薙ぎ倒された木々の中に立っていた。

「あ、君が最後の一人なんだね。おめでとう!」
 いつでも奇襲をかけられるよう、コノハはナイフの取手に指をかけていたが。
 リオンにはもう、まったくと言って良いほど戦う気がなさそうだった。
「仕方ないなー。おにーさんはおにーさんだから、そんなに優勝したいなら勝ちを譲ってあげるよ! あ、でも、殺すならできるだけ優しくしてねー? じゃないと手が滑っちゃうかもよ」
 そしてこの態度。いったい何を考えているのだろう。
「ンー……怪しい。正直言って、スッゴク怪しいわ」
「あはは、よく言われるよー!」
 その言葉に、コノハはますます怪訝な顔をする。曲がりなりにもここまで生き残ってきた相手だ。どのような罠があるかわからない。 コノハは油断なく、万物を映し出す影に変じてみせる。

 最後に見えるのはやはり、この光景か。
 リオンはそう思った。森が燃えている。爆発の火種は消したはずだが――炎はまたたく間に燃え広がり、リオンを飲み込んでしまう。
 炎のなかに、誰かが佇んでいる。
 佇むその影は、出会ったばかりの狩人のようにも見えたし、誰かほかの大人にも見えたし、自分といっしょに炎に焼かれている少年のようにも見えた。
 リオンは抵抗することなく、最期の光景を受け入れて――そして、あっけなくその影に、コノハに刺された。
 体に食い込む刃はつめたい水のよう。だが引き抜かれた瞬間、傷口から熱い炎が溢れ出し、リオンの身を焼いた。いや、違う、これは血液だ。この熱さは、リオンの生命が爆ぜる熱さだ。刺し貫かれた心臓から、薬のように毒々しい、あかい液体が溢れ出している。
 ナイフに付着した血液を舐め、コノハは薄氷のように笑った。
「お兄さんはエルフのヒトかしら」
「一応ね! でも……おにーさんはたぶん美味しくないから、やめた方がいいよ。怪しい薬とかいっぱい飲んでるし」
 コノハは口の中に入った血液を吐き出した。リオンは相変わらず揶揄うような笑みを浮かべて、なにやら満足そうにその様子を眺める。
「へーきへーき。万が一毒でも、章さんのところへ行けば、おにーさんの……」
 そう、『あれ』がある。だから、コノハが死ぬことはないはずだ。
 ここが何処であれ『おにーさん』は、『おにーさん』だから。
 すべての愛しい弟妹たちが、どうか健やかであれと願う。
 ただ救いたくて、救われたかった。狂っているかもしれないが、ただ、それだけだった。

「あァ危なかった。こんな所で中毒死とかシャレにナンないデショ」
 リオンは口元に笑みを浮かべたまま、血溜まりのなかで息絶えていた。ちょうど、夕陽が海の向こうへ沈んでいく時間帯だった。ゆっくりと、ゆっくりと、燃えるように色づいた木々が、忍びよる夜闇にそっと呑まれていく。
 すべての色彩は喪われ、もはやここには闇しかない。
 もしも今、己の影を見ることができたなら、どう映るのだろうとコノハは思った。
 平穏にはほど遠い静寂だけが、大いなる死体のように横たわり、夜を賑わせていた。

 こうして、あまりにあっけなく、死のゲームは終わりを告げた。優勝したコノハすらも、本当にこれで終わりなのだろうかと疑わしく思うほどに。
 そして――。
『おめでとう、コノハ・ライゼ。きみがこのシュレディンガー・ゲームの勝者だ』
 また、どこからか聞こえてきた章の声に。
 コノハは未だかつてないほどの違和感を覚えた。
 これまで何度も耳にしてきた彼の声とは、全く異なる音色だった。いや、声音自体は同じなのだが、本質的ななにかが決定的に違っていた。
「その声……章ちゃんなの? どうしたの、ナンか変じゃない」
『……そうかな。変だとしたら……』
 そう、気味が悪い。これではまるで。これでは、まるで――。
『これまでの僕が変だったんだ』
 
 彼の言葉に目を見開いたコノハは、すこしだけ広くなった視野のすみに、見覚えのないものがそびえたっているのを発見した。
「あんな塔あったかしらネ」
 いや、あったらとっくに気づいていたはずだ。島の中央に、天高くそびえる塔が、いつのまにか出現していた。
 あれはきっと、バベルの塔の神話になぞらえて作られたものだろう。
 人間らしささえ捨てれば、僕は何だってできるんだ――章がそう言っていたのは、伊達ではないのかもしれない。
「……あの塔の上にいるってことネ。 待ってて、今逢いに行ってアゲル」
 そして、ゲームの勝者は神の塔へと向かう。 そこに何が待ち受けていようとも。

【脱落者】
リオン・リエーブル(コノハに刺されて死亡)

【残り1名】



●20 三日目夜――コノハ・ライゼ、鵜飼章
 孤島の夜は深かったが、もはや周囲を警戒する必要もない。ところどころに猟兵達の死骸が転がっていたが、あえて手を出すことはしなかった。ただ、本当にゲームは終わったのだ、と思う。
 そうして、歩き続けたコノハは塔の頂に到着した。
 最上階の展望フロアは全面が硝子張りで、島をぐるりと囲む海と、その上にひろがる星空がよく見えた。こんな時でなければ、美味しいものでも食べながら、ゆっくりと過ごしたいものだ。
「アァ疲れた。まさか全部階段だとは思わなかったわヨ。確かにココでエレベーターってのも趣がなくてナンだけどねェ」
 コノハは章の後ろ姿に向かって、探りを入れがてらぼやきを漏らす。
 章はかがやく星を眺めていた。かけられた言葉にも上の空で、呆然としていた。それはやはり、普段の彼の佇まいとは、なにか決定的に異なる気がした。
 なんだろう、この違和感は。コノハは首をひねる。
「章ちゃん? 優勝者のご登場よ。泣いて喜んでくれたってイイんじゃねぇの」
 コノハは章に歩み寄り、その顔を覗きこむ。
 章は――窓の外にひろがる景色を見ながら、泣いていた。

「どうしよう、コノハさん。僕はとんでもないことをしてしまった」
 コノハは驚いた。彼が、どうやら心から悲しんでいるようだったから。
「……どうしたの急に。冗談デショ?」
 思わず口をついて出たのはそんな言葉だった。しかし、彼のお得意の『人間のふり』だとはどうしても考え難い。
 どこからどう見ても、章は深く後悔しているように見える。今までの行動や言動とちぐはぐすぎるその姿を、コノハはますます不思議に思った。
「エキシビションマッチなら受けて立つケレド。……ネ、何があったの?」
 章は涙を流しながら答えた。
 その懺悔を聞いた瞬間、コノハの中ですべてが繋がった。
「僕は、リオンさんの作った万能薬を飲んだんだ。 心も体も正常にして、事故がなければ寿命までの命を約束される、あの薬を……」

 ※

「……フゥン……ナルホド、そういうコトだったのネ。分かったわ」
 先ほど出会った、最後の生き残りであるリオンの不審な態度。殺されたというのに、まるで自分が勝ったかのようなあの笑み。
 確かに、彼の目的は達成されていたのだ。彼は、章に全てをひっくり返すこの薬を飲ませるために、今まで研究を続けていたのだから。
「わかるわぁ、未知の食材についつい手を出したくなる気持ちは。でも章ちゃん、どうしてまたそんな怪しげなモノ飲んだの」
「僕は思ったんだ。 これで本当に心も体も正常になれば、 僕の心は罪悪感に耐えきれなくなる。
 正常な人間が人間らしくない罪を犯すのが、最も『人間らしくない行動』だろう。それは薬の飲む前の僕にはできなかったことだ」
 聞いた話によれば、『バベルの塔』は人間らしさを代償にして、あらゆる行動に成功するというユーベルコードらしい。
 章は代償となる『人間らしさ』をより多く集めようとして、リオンの作成した薬を飲むことを承諾したというのだ。
 けれど、と、章は続ける。
「想像もできなかった。人を殺すとこんなに気分が悪くなるなんて。巻き込んでしまった皆には本当に申し訳がないよ。きみにも。僕は取り返しがつかないことをしてしまった……」
 心にもなさそうな台詞を悲劇的に口走る章を、コノハは出来の悪い子どもを見るような目で眺めた。
 同情するにはあまりに愚かで、憤るのすらも馬鹿らしいほど愚かだった。
 だが、コノハはそういう愚かな生き物を、無下に突き放したりはしない。
 己もまた、埋まらぬ空虚をかかえたままで生きているから。その空白はまるで慈愛のように、あらゆる感情を飲み干すことを求めている。
「……そうネ」
 たとえ悪食と言われようとも、それが性分なのだった。
「……でも、これで世界は救われる。ほら……」
 コノハが窓の外を見ると、いくすじもの光が空にのぼっていくところが見えた。
 空のうえで弾けた光は、島全体に雨のように降りそそぎ、この戦いで壊れてしまった施設を修繕していく。

 誰かが争いのない、楽しくて、幸せな世界を願っていた。
 そこは、すべてのオブリビオンが消滅した世界。
 過去の不幸に苦しむ者はおらず、誰も裏切ることなく、貧困はなくなり、皆不老不死になり、毎日ハロウィンを楽しんで、まあ身長は人によっては伸びないかもしれないが――平和な毎日を過ごせるだろう。

 だが、そのすべては幻だった。
「そんな……」
 章は『バベルの塔』を使うことができなくなっていた。
 この結果を半ば予想していたコノハは、仕方ないコね、と、なぜだか微笑みを返す。
 正常な人間が、あらゆる行動に成功できるはずもない。
 彼は最上の結果を求めるあまり、神になり損ねたのだった。それは、件の神話に出てくる人間たちとよく似ていた。
 計画を果たせなかった章は、硝子窓にうなだれるようにしながら、その場に座りこんだ。
「……ごめん、コノハさん。きみの願いも叶えることができない。そして、僕はこの罪悪感に耐えられそうもない。……殺してくれ。脱出口はあそこにあるから」
 死ぬ事が恐ろしくなったのだろうか。章は震えながら、そう口にした。
 そう言われて、コノハは暫し考える。
 ……そうだ。
 章もいなくなれば、コノハの行動を見ているものは誰もいなくなる。
 バベルの塔など使わなくても、もう望みを叶えることはできるではないか。
「わかったわ。マスターがそうお望みなら」
 万能薬から生まれた、誰よりも正常で誰より人間らしい、まったくヒトらしくない人間。
 これほど不味そうで、美味しそうなものには、きっとそうそうお目にかかれない。最高級の食材ではないか。
 味だってリアルには程遠いものだろうし、いつもならどれだけ食欲が湧いても、人肉食は慎んでいるけれど――これはゲームだから、ノーカンということで。
 それでは、遠慮なく。
「イタダキマス」

 人間らしく痛みを訴える身体にナイフを突き立て、削りとり、口に運び、食らっていく。
 『それ』はとてつもなく美味しかったが、 どこか人工的で、空虚な味わいでもあった。
 きっとこの肉は、あらゆる食材に合うだろう。万人受けしそうだが味は単調で深みがなく、期待していたような刺激や驚きはない。
 きっと万能調味料でも使っているのだろう。そう思うと、くすりと笑えた。
「きみの願いはなんだったの」
 なぜ生きているのだろう。ほとんど骨だけになった章は、生体と死体のちょうど境目を越えるあたりで、コノハにそう問いかけた。

 例えば、時を戻すとか。
 全てをなかったことにするとか。
 いいえ、そんなの美味しくない――章の死体の前で、コノハは行儀良く手を合わせる。
「ゴチソウサマ」

 バベルの塔の最上階にある椅子。これが脱出装置のようだった。
 コノハは、その勝者の椅子へ静かに座る。傍らのテーブルに置いてあるグラスは、血のように赤いワインで満たされていた。
 いや、ワインではない。これが、例の『万能薬』らしかった。
 万病を治し、寿命までの命を約束されるという薬。
 それはもう、大勢の人間が欲しがることだろう。他人を押しのけ、騙し、殺して奪いあってでも。
 まるで神の血から生まれたような、その美しくも禍々しい液体を。
 グラスの中で転がしながら、コノハはひとり囁いた。

「さあ、もう一度繰り返しましょう。 この美しい遊戯を」

【優勝者】
コノハ・ライゼ

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年06月04日


挿絵イラスト