羅針盤戦争〜防衛ライン
●
この海が戦場となっている。
そう言って、戦える者たちは皆船で戦いに行った。この海は恐ろしくもあるが、島の者たちに恵みを与え続けてきた海だ。それが荒らされることは、島の誰もが許し難かった。
朝、出航する者たちが無事に帰ってこられるよう祈りを捧げ、水平線に消える船を見送って。それからはいつも通りの生活をしていた。漁の為に網を繕ったり、料理をしたり、畑を耕したり。この戦いが終わったら何をしよう、父たちが帰ってきたら何をしようと、子供たちが楽し気に笑って駆けていく。
海賊として、戦える者たちが何日も帰ってこないことはよくあることだった。だから皆慣れっこで、けれど戦争なんて何処か遠くに感じていて。だからこんな島には何事だってあるはずがないと、思い込んでいたのかもしれない。
――だが。いつだって理不尽は唐突にやってくる。
「ふしゅぅるるるるるる……」
何かが空から飛んできて、恐ろしい勢いで砂浜に着地した。
轟音と共に巻きあがる砂埃の内から、奇怪な音が聞こえる。それはやけに高くから響いてきて、砂浜で遊んでいた子供たちは戦慄した。
止めておけばいいのに、子供たちはそれの正体を見ようと声が聞こえた方に恐る恐る目線をあげていく。そうして真っ赤に滾った瞳と、目が、合ってしまった。恐怖が一気に込み上げてきて、子供たちは声にならぬ叫び声と共に必死に駆けだす。
「……腹減った」
暴食と残虐の化身がそこにいた。
●
「すまない、至急の案件だ。手を貸せる人は今すぐ貸して欲しい」
珍しく急いた様子で、ディフ・クライン(灰色の雪・f05200)がグリモアベースに駆けこんできた。到着するなりすぐにゲート展開の準備をしながら、集まってくれた猟兵たちに向き直る。
「悪いことは重なるというけれど、今回はその体現だ。七大海嘯『鮫牙』ザンギャバス大帝がとある島を急襲する」
『鮫牙』ザンギャバス大帝。
身の丈7mの巨体で、そこらのコンキスタドールどころか七大海嘯の幹部に足る者たちですら一瞬で葬ることが出来る程に強力な敵だ。それが空より襲来した。
「悪い点は三つ。一つ目。襲撃地点となる島、ナビエ島。此処には今、戦える者たちが居ない。皆戦争に協力に出ていて、島に居るのは女性や子供たち、そしてお年寄りたちだけだ」
理不尽と不幸の数を示すように、ディフは一本指を立てる。けれど、それで終わらない。
「二つ目。ザンギャバス大帝は『無敵』だと予知されている。どんな攻撃を受けたとしても、現状倒す術がない。そして彼は今空腹だ。コンキスタドールですら喰らうザンギャバス大帝が、戦えない者しかいない島に来てしまったら……。あとは想像できるね」
口にするのも悍ましいようなことが起きる。起きてしまう。
あとに残るのは静寂と虐殺の後だけだ。
「三つ目。ザンギャバスはもうナビエ島についている。島民の避難は、これからだ」
重い沈黙が、ディフと猟兵たちの間に流れた。
雪華のゲートは未だ構築中だ。ディフの顔が常より厳しく見える。
けれど、と。軽く息を吐いて、重い空気を払拭するようにディフが声を和らげる。
「光明が無い訳じゃない。ザンギャバス大帝は無敵だけれど、長時間暴れると飢餓状態になり、獅子のような姿になって撤退するという弱点がある。更に、彼はあまり頭が良くないようだね。そこを突こう」
物事をあまり深く考えるのは苦手らしい。それ故少々の挑発にさえ乗ってくるだろうし、策を弄するのも有効だ。だがそれでも尚、慢心出来るような相手ではない。そもザンギャバス大帝は、並み居るコンキスタドールすら一撃で葬るような力を持っているのだ。
「いいかい。現地での避難誘導はオレがやる。貴方方にお願いしたいことは、ザンギャバス大帝の注意を貴方達の方に引き続け、全力の攻撃を以てザンギャバス大帝を消耗させて撤退させて欲しいということだ」
これは消耗戦だ。
逃げる無力な一般人への興味の移動を許さず、無敵のザンギャバスを全力で足止めし、注意を引き続け、その上で消耗させて撤退させなければならない。
また、島のあちこちには尽きることのない魔法の矢が装填されたバリスタが設置されている。大したダメージにはならないだろうが、注意を引くことは出来るかもしれない。
「貴方達に無理を頼んで申し訳ないと思う。無傷で成し遂げられる保証もない。それでもやらなくちゃならない。……頼んでもいいかい」
ディフは静かに皆の顔を見渡した。
雪華のゲートが構築を完了して、淡い光を放つ。あとは此処を潜るだけ。
飛び込んだその場所が、最終防衛ライン。
「行こう」
花雪海
閲覧頂きましてありがとうございます。花雪海と申します。
此度は【羅針盤戦争】が一舞台、ザンギャバス大帝の襲撃と防衛へとご案内致します。
※このシナリオは戦争シナリオです。
一章で完結し、結果は戦況に影響を及ぼす特殊シナリオとなります。
また下記に記載しておりますプレイングボーナスとなるような行動をプレイングに記載すると、行動に対してボーナスが付与されます。
●当シナリオについて重要なお知らせ
このシナリオでは、【成功や大成功であっても怪我をします】。
フレーバーですが。そういうことです。
傷つきながら戦う皆様が書きたいという欲望に忠実になりました。
怪我がNGという方は、プレ冒頭に「×」とお書き添え下さい。
また、負傷具合や血の流れ方などは指定できます。
●プレイングボーナス……島の装備やユーベルコードを駆使し、ザンギャバスを消耗させる(ザンギャバスはパンチや蛇・獅子・山羊・竜の部位を作っての攻撃をします)
ナビエ島には、尽きることのない魔力の矢が装填されたバリスタが無数に設置されています。
大したダメージにはなりませんが、注意を引くことは出来るでしょう。
また、ザンギャバス大帝はあまり頭がよくありません。軽い挑発にも反応し、策を見抜く力はほぼありません。
これらの状況を上手く使って下さると、戦いを優位に進めることが出来るでしょう。
●プレイング受付・締め切り・採用について
当シナリオに断章はありません。
受付は【2/16(火) 8:31~20:00まで】を予定しています。
また当シナリオは戦争シナリオである関係上、完結優先で執筆致します。
【再送はお願いせず、締め切りまで書けるだけ書く】というスタンスですので、【全採用はお約束が出来ません】。
目安としては、大体【15名様前後の採用予定】です。先着順ではなく成功数で計上致します。
プレイングに問題がなくともお返しすることも十分にあり得ますので、その点ご了承頂けますと幸いです。
また受付時間外に頂いたプレイングは、一律採用致しません。受付期間にどうぞご注意下さい。
それでは、皆様の熱いプレイングをお待ちしております。
第1章 冒険
『ザンギャバスに立ち向かえ!』
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POW : 全力の攻撃をぶつけ、敵の注意を引き付けて侵攻を食い止める
SPD : 防御と回避に徹し、敵に攻撃させ続けて疲弊を誘う
WIZ : 策を巡らせ、地形や物資を利用した罠に敵を誘い込む
👑7
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
メアリー・ベスレム
あなたとの追いかけっこもこれで何回目かしら?
殺せないクセにしつこくて
どれだけ食べて暴れても、満足なんてしやしない
もういい加減ウンザリよ
だからって人喰いをさせるつもりなんてないけれど
ほら、今度こそアリスを捕まえてご覧なさい?
そう【誘惑】してみせて
【野生の勘】で身を躱し
付かず離れず【逃げ足】活かして立ち回る
もう飽きる程に戦ったんだから
今度も上手くやれるはず
そう油断していた所為かしら
足元掬われ捕まって
肉の一片、血の一滴
それとも手足の一、二本?
食べられてしまう無様なアリス
【激痛耐性】耐えながら
ああ、だけれどこの痛み
復讐するにはちょうどいい
【食べ物の怨み】を胃の中、口の中
厭になる程味合わせてあげるから!
●
潮風と共に聞こえてきたのは、子供たちの悲痛な悲鳴だった。
足場の悪い砂浜を全力で駆けていく子供たちの真後ろに、ザンギャバスが腕から伸ばした蛇が迫っていた。今すぐにも追い付かれ、子供たちは牙に捕らえられる。
その未来をザンギャバスが確信した瞬間――、蛇の横っ面を小さな人影が思い切り蹴飛ばした。
「あなたとの追いかけっこもこれで何回目かしら?」
腰に手を当てて憤慨する少女は、ザンギャバスに比べてとても小さかった。けれども彼女――メアリー・ベスレム(WONDERLAND L/REAPER・f24749)は決して臆さず、むしろ呆れを隠しもせずにザンギャバスを睨みつける。
「どれだけ食べて暴れても、満足なんてしやしない。もういい加減ウンザリよ」
「やわっこそうなチビ……アァ、まァたテメェかァァァ!!!」
「あら、覚えてたの」
そんなこと期待もしていなかったとメアリーが笑う。その挑発的な笑みに、すぐさまザンギャバスが食いついた。
「だからって人喰いをさせるつもりなんてないけれど。ほら、今度こそアリスを捕まえてご覧なさい?」
「クソチビが、今度こそ喰ってヤルゥゥァ!!!」
あからさまと言えるくらいの挑発にも、ザンギャバスは易々と乗ってくる。丸太のような太さのパンチを勘ですり抜け、噛みつこうと首を伸ばす蛇を掻い潜りってメアリーは笑う。
蠱惑的な笑みで誘惑して、暴風のような攻撃を持ち前の勘で身を躱し。自慢の脚力を活かして付かず離れずの位置を死守する。
メアリーは今まで幾度となくザンギャバスの前に立ちはだかった。暴虐を許さず、無敵のザンギャバスを幾度となく消耗させ撤退させてきた。その数は既に片手を超えている。
(「もう飽きる程に戦ったんだから、今度も上手くやれるはず」)
――そういった油断が、メアリーのどこかにあったのかもしれない。
「あぁぁぁぁウゼェェェェ!!!」
怒りを爆発させたザンギャバスが、激昂と共に獅子の顔を生やした。あまりに急速に生成された獅子はまともな頭ではなく、けれども獰猛な口だけは何よりも早く生まれ――。
「あっ……!!」
その牙が、ザンギャバス自身を踏み台に飛んだメアリーの左腕を捕らえる。
赤が迸った。
腕の肉がズタズタに噛み裂かれたのを知ったと同時に、強烈な熱と痛みがメアリーを襲う。
「ハッハァ!! 食った、食ったゾ!!!」
肉の一片、血の一滴。それでも足らない。手足を寄こせ、もっともっと肉を寄こせ!! 無様なアリス!!
激痛を耐性だけで耐えるアリスに、ザンギャバスの笑い声が圧し掛かる。痛みには耐性があっても、腕を焦がすようなこの熱がひいてはくれない。それが傷の深さを物語るようで。
けれども左腕を押さえながら、
「ああ、だけれどこの痛み」
不敵に口の端を持ち上げて、
「復讐するにはちょうどいい」
メアリーは笑った。
考えたことはあるだろうか。
食べ物の怨みは恐ろしいという。ならば食べられた方の怨みは、もっと恐ろしいのではないか――?
「グッ、ガァ……ッ!?」
ザンギャバスから生えた獅子の口内で、呑み込んだ胃で、その怨みが弾けた。それは一度だけではない。
「厭になる程味合わせてあげるから!」
何度も何度も、メアリーの力が尽きる迄!!
無敵だなどと関係ない。ただ、止めるだけだ。
成功
🔵🔵🔴
ナターシャ・フォーサイス
WIZ
罪なき生けるものへ、暴虐を尽くさんとするとは…
使徒として、彼らを護らねばなりませんね。
敵は七大海嘯が一人、そして無敵。
となれば、我らが光を以てしても傷を与えることは能わないでしょう。
ですが、抑えろと言うことならば…それならば。
結界を張り、島民の皆様を反射の加護で護りましょう。
出力は島民の皆様を護るために割きますから、此方の防御は薄くなりますが…
【オーラ防御】で埋め合わせましょう。
天使達で陣を敷き、遅滞戦闘に努めるのです。
彼は幸いにして一人。
天使を指揮、【催眠術】を併用して地形に上手く追い込めば、負けることもないでしょう。
遅滞にして飽和。これを基本骨子といたします。
●
ザンギャバスと猟兵の消耗戦が開始された。
先鋒として向かった猟兵がザンギャバスの注意を引いている間に、ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)は天使を引き連れて翼を広げる。
「罪なき生けるものへ、暴虐の限りを尽くさんとするとは……使徒として、彼らを護らねばなりませんね。お逃げなさい、此方へ来てはなりませんよ。必ず護りますから」
パニックに陥った子供たちとザンギャバスの間に割って入ったナターシャは、すぐさまその場に守護結界を展開した。
安心させるように子供たちへは笑みを向けるけれど、敵へと向き直ったその表情は常よりも険しい。
「敵は七大海嘯が一人、そして無敵。となれば、我らが光を以てしても傷を与えることは能わないでしょう」
そう、相手は無敵だ。
如何な攻撃を以てしても、あれを倒すことは出来ないと断言されている。それ故の消耗戦。追い返すしか出来ない現状が歯がゆい。けれど。
「ですが、抑えろと言うことならば……それならば」
やるしかないのだ。どんなに不毛であっても、暴虐の犠牲となった本当の意味で哀れな魂を楽園へ導くことは悲しいから。
決意という芯を心に一本打ち立てたナターシャは、子供たちを護る結界を更に広げる。広く、広く、島民全てを守れるように反射の加護を拡大する。その出力は主に島民全員をカバーするために使われる為、ナターシャ本人の防御は限りなく薄い。
「ですが、それがどうしたというのです……!」
己に結界がないのなら、自らの身は自らで守るのみ。
「アァ? なンだコリャ、邪魔だナァァァ!!!」
ナターシャの結界に阻まれて手を弾かれたザンギャバスの眉が跳ね上がる。素早くそちらに視線を走らせたナターシャが、周囲の地形を確認する。誘い込めそうなのは入り江か。
「天使達よ、遅滞戦闘に努めるのです。彼は幸いにしてい一人。遅滞にして飽和。これを基本骨子といたします」
素早くナターシャが飛んだ。その先鋒を天使達が担う。暴れるザンギャバスに握り潰され、山羊の角に突き刺されても、天使達は怯まずにザンギャバスを入り江へと誘い込んでいく。
「アァァウゼェェェェ!!!」
「今です、天使達よ!」
「テメェもウルセェんだヨ!!!」
陸が途切れて海に落ちる、その瞬間を狙って天使達に合図を放つ。ザンギャバスを思い切り押して、海へと叩き落すのだ。ザンギャバスがバランスを大きく崩し海へと倒れ込む。その時に見えたナターシャの姿に、赤い瞳が滾った。投げ出された足から急速に竜の頭が生える。形成が完了したのと、ナターシャがそれに気づいたのは同時だった。
逃げるのが一瞬遅れた。
竜の頭が放った焔のブレスが、天使達諸共ナターシャを巻き込む。
そのままザンギャバスが海へと仰向けに落ちていく。だが再び浮上するまでに然程時間はかかるまい。
「……防御しきれませんか」
避けられぬと知ってオーラによる防御を展開したものの、ザンギャバスの放った焔の熱はそのオーラの上からナターシャを焼いた。
ズキズキと痛む肌を押さえながら、ナターシャはそれでも油断なくザンギャバスが沈んだ海を睨む。
島民は必ず守る。そう、約束したのだ。
成功
🔵🔵🔴
木常野・都月
【狐々】
不死の敵…厄介だ。
まずは風の精霊様に頼んで、クロムさんと俺の空気抵抗を減らしてもらう事で、速度をあげよう。
敵の動きは[野生の勘、第六感]で[情報収集]しながら立ち回ろう。
敵の攻撃は[高速詠唱、カウンター]で対処したい。無理なら[激痛耐性]で凌ごう。
UC【精霊おろし】を。この島に居る俺より強い誰かをおろしたい。
!?
クロムさんの様子がいつもと違う?
クロムさんに攻撃が集中しないよう[範囲攻撃]で援護しつつ、死角に回り込んで[属性攻撃、全力魔法]で攻撃しよう。
魔力が切れたらダガーとエレメンタルダガーに持ち替え応戦しよう。
必要があれば精霊の石も使って、少しでもクロムさんの負担を減らさないと。
クロム・エルフェルト
【狐々】
――させるものか
子供達を喰わせる訳には行かない
都月くんの風を纏い、意識を自分に曳き付ける
[カウンター]交ぜ[残像]曳く[早業]の抜刀術で強襲
脳裏に翻る、断片の映像
無敵大帝に親しい人達を蹂躙され、慟哭するダレカの姿
――させる、ものか!!
UC発動、焔を纏ってトップギアまで加速
「流水紫電」、最大励起
ヤツの体表、僅かな皺を[足場習熟]し
[騙し討ち]を織り交ぜた縮地([ダッシュ])で駆け上がる
例え尾千切られ胸元をざくりと抉られ様と
心の臓が無事ならば
――魔を穿て、憑紅摸
ヤツの片目に刀突き刺し
UCのもう一つの力、火災旋風を切っ先中心に起爆する
如何に無敵と言えど
眼窩を焼き潰せば戦意・体力共に消耗する筈
●
「不死の敵……厄介だ」
木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)が呻く。
海に落とされようが起爆されようが、その敵は不死であり無敵である。あらゆる攻撃は致命傷に足りえない。その不毛さに臍を噛む。
「――させるものか」
都月の隣で、怒りを隠さずにクロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)が空を蹴った。
子供が狙われている。無慈悲に、理不尽に喰われそうになっている。
そんな暴虐、許せるわけがない――!!!
「…っ、風の精霊様!」
飛び出したクロムを支えるように、都月が風を希う。
彼女の脳裏には、いつかの、何かの映像の断片が映っていた。
あったかもしれないいつか、そして起こり得るかもしれない何か。
眼裏に映る、無敵大帝に親しい人達を蹂躙され、慟哭するダレカの姿。
「――させる、ものか!!」
人はそれを、怖れと言う。
「クロムさん!?」
都月の風を纏い、常よりも張り詰めた顔でクロムが急加速する。焔纏い一気にトップスピードまで加速したクロムには、今はザンギャバスしか映っていない。隣にいるはずの都月すら置いていってしまった。
ザンギャバスの真正面に辿り着いたクロムは、仙狐式抜刀術の要とも言える足捌の秘奥を最大に隆起させる。足下に紫電を纏い、ザンギャバスの体表、その僅かな皺をも足場として駆け上がる。
「なんだテメェ、ちょこまかとオレの体の上をよォォ!!」
ザンギャバスが自らの体に獅子や山羊の頭を生やす。噛みつき引き裂き串刺しにする気だ。
「……いけない!」
都月もまた急いで飛び出した。
明らかにいつものクロムではなかった。獅子頭に噛みつかれて尾を千切られ、飛び掛かった喉元から生えた山羊の角に胸を抉られようと、彼女は止まらない。その姿は都月に焦りを抱かせるには十分すぎる。
クロムのそれは強迫観念にも似た恐怖。
いつか、誰かの、遠い何かの届かなかった記憶。救いの手を取れなかった苦い苦い後悔が、クロムの胸を焼いてやまない。あんな思いはもう沢山だと言う怖れが、もう二度と繰り返してなるものかと怒りを呼ぶ。
「例え私の体がどうなっても」
怒りは痛みを麻痺させて、焦点をただ一つに引き絞る。そこに己の身体が入る隙間など、ない。
「心の臓が無事ならば!!」
「クロムさん!!」
さりとてそれを容認できる都月ではない。友を失ってなるものかという想いは都月だって同じだ。
友に攻撃が集中しないようザンギャバスの死角に回り込み、この地で最も力のある海の精霊を宿した魔法を叩きつける。少しでもクロムから気を逸らさねばならない。鞭のようにしなる蛇が都月を殴打し吹き飛ばしても、足を止めてはいけないと都月は知っている。
叩きつけられて軋む体を叱咤し、ダガーと海の精霊を宿したエレメンタルダガーを構えた。更にそこに精霊石を使い都月がザンギャバスへと仕掛ける。
「あぁぁぁさっきからウゼェ!!!」
あちらこちらに気を割くのが面倒になったか、ザンギャバスが全ての頭を一度に生やして無茶苦茶に腕を振る。牙も爪も角も焔も腕も、触れれば全てが都月とクロムの致命傷になり得る。
だが、怒りで視野が狭まればそれは好機!!
「――魔を穿て、憑紅摸!!!」
痛みを無視し、都月の協力を得て駆けあがったクロムが、焔纏いし刀をザンギャバスに突き刺した。
「ギャアアアアアアアア!!!!!!」
「まだだ、如何に無敵と言えど眼窩を焼き潰せば…!!」
灼落伽藍・敷火。
突き刺された刀の切っ先から火災旋風を起爆した。
バァァァァァァァンッッ!!!!!
業火の竜巻がザンギャバスの眼窩で破裂する。
それを間近で受けたクロムもまた火傷を負って吹き飛ばされるが、地に叩きつけられる直前で都月がなんとか受け止めることに成功した。
「ありがとう……あいつは!?」
クロムが慌てて身を起す。
その視線の先で、
「アヂィ……イテェな、クソが……」
――暴虐の化身は未だ健在であった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ジャスパー・ドゥルジー
可能なら建造物なんかへの被害も最小限に抑えてえとこだ
島とは反対方向の海上で奴を迎え撃つ
召喚した相棒に騎乗して挑発
何の力も持たねえ奴らを大量に喰らったって大して意味ねェだろ
俺の身体にゃこんな龍なんかを呼べる血が無尽蔵に流れててな
高カロリーで食べ応え抜群だと思うぜ、試してみるか?
相棒の炎や俺自身のナイフ投擲で迎撃
継戦の為相棒の翼への被弾だけは全力で避ける
なァに、全部ハッタリってわけじゃない
腕の一本二本くらいは食らわしてやってもいいぜ
どーせまた生えてくるし
あんたぐらいの化物相手じゃねェと味わえねえ快感だ
全身を巡る痛みにテンションはフルマックス
食らわせた分を上回るぐらい
消耗させちまえばいいんだろ?
青和・イチ
急ぎだね、了解
全力で行く
ディフさん、避難任せた
到着後すぐ攻撃開始
1秒でも早く島民から注意を逸らす
【玖星】で攻撃し、重力で動きを阻害
なんだ、無敵って聞いたけど…ただデカイだけ?鈍そう
挑発しながら*空中浮遊
小虫の様に飛び回り、攻撃&*第六感で*見切って躱し…を繰り返す
更に、空中を移動しながら戦い、目線を上げさせ…
はい(UCの影響で砂浜に空いた)大穴にご案内
多少足止めになるかな
無傷で帰れるとは思ってない
*オーラ防御は張るけど、死なない限り戦う(*激痛耐性*継戦能力
体の痛みも血にも無頓着
…こういうのは、痛くないから
くろ丸は地上からサポートを
ピンチの時に敵の気を逸らして
負傷流血どんとこい
連携アドリブ歓迎
●
「急ぎだね、了解。全力で行く。ディフさん、避難任せた」
そう言ってゲートを潜った青和・イチ(藍色夜灯・f05526)は、気負いなく戦場へと飛び込んでいく。
避難を任せ、イチは到着後すぐに地を蹴った。一秒でも早く島民から注意を逸らさねばならない。目の前で罪のない人が死ぬなんてまっぴらだ。
巨体であっても注意力が高いわけではない。ザンギャバスの背後に回り込んだイチが叩きつけるのは玖星という名の崩壊星。またの名を、ブラックホール!!
「その巨体でも、支えられないよ」
超重力を内包したサイキックをザンギャバスの背に思い切り叩きつけた。衝突の瞬間に解放された重力が一気に圧し掛かり、その巨体を押し倒す。
「なんだ、無敵って聞いたけど……ただデカイだけ? 鈍そう」
あっさりと後ろを取れたことに、イチがゆるり瞬く。無論これは挑発だ。これでどうにかなる相手ならば無敵などと言われない。現に、放った玖星が消滅したと同時に、足下から生えた蛇がイチの頭を狙って素早く襲う。
油断なくそれを見切って躱し、イチは空を飛んだ。図体の割に素早い拳を勘で掻い潜り、ザンギャバスの周囲を小虫のように飛び回りながらヒット&アウェイを繰り返す。
その動きに、ザンギャバスの怒りのボルテージが見る間に上がっていく。
「単純で助かるよ」
誘い込まれているとは夢にも思わない。視線を上に固定されていたお陰で見えるべきものが見えていなかったし、元より周囲に注意を配る知恵もないのだ。
イチが初めに攻撃した玖星で出来た大穴に誘い込まれたザンギャバスが、足を滑らせる。ダメ押しとばかりにイチは玖星をザンギャバスの上半身にもう一発。巨体がバランスを維持できずに、無様に地に叩きつけられる。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛クソガキャァァァァ!!!!!!」
衝撃波が走った。倒れたザンギャバスと共に獅子と竜の頭が咆哮した為だ。その鋭い風が穴から舞い上がり、地でイチをサポートしていたくろ丸が不意に吹き飛ばされる。
「くろ丸!? ……ッ!!」
相棒の安否に一瞬気を取られた隙を、ザンギャバスは見逃さない。強くしなる蛇が鞭となって、イチを正面から捉えた。
例えるならばトラックを猛スピードで叩きつけられたようなものだ。咄嗟に身を護るオーラを張ったが、それでも勢いを殺しきれなかった。意識を飛ばさなかったのは意地と幸運だが、吹っ飛ばされた体は勢いよく岸壁に叩きつけられる――その直前で。
イチの体は高速で飛ぶ赤い影に攫われた。
「ギリギリセーフ!! イチ大丈夫か?」
「……ジャスパー、先輩?」
全身の骨が砕けたような痛みと熱を覚えながら、イチが目を開く。そこには、悪魔のような外見で、天使の様に明るく笑う男がイチを抱えていた。ジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)だ。
抉り取られた腹から溢れる血で染まったような魔龍に乗り、けれどその痛みなど意に介した様子もなくジャスパーはいつも通りだ。
「イチも来てたんだな。まだイケるか?」
「はい、問題ないです。……こういうのは、痛くないから」
さりとて傷から流れる血も体の痛みも頓着しないのはイチも同じ。不敵に目を細めたジャスパーとイチは、魔龍の上でザンギャバスを俯瞰する。
「イチどうする?」
「くろ丸が心配なんで、一度合流したいです」
「よっしゃ。じゃあその間は俺に任せろ」
頷いて、魔龍の背からイチが飛んだ。すぐさまくろ丸へと駆けるイチを背にしながら、魔龍ジャバウォックを駆るジャスパーが高く笑う。
「何の力も持たねえ奴らを大量に喰らったって大して意味ねェだろ」
「アァ?」
「俺の身体にゃこんな龍なんかを呼べる血が無尽蔵に流れててな。高カロリーで食べ応え抜群だと思うぜ、試してみるか?」
「ヒョロガリが食べ応え抜群だぁ? 大口叩く程度には歯応えあるンだろうナァ!!?」
大きな図体の割には素早い身のこなしで、ザンギャバスがジャスパーを追い始める。建物への被害も最小限に抑えたかったジャスパーにとっては、これも策の内。島を離れた海上を戦いの場と定める。
生やした竜の首からの焔ブレスは相棒たる魔炎龍ジャバウォックの黒炎で相殺する。その隙に驟雨と降らせたナイフの雨には、ザンギャバスはびくともしない。肉厚の巨体に阻まれて、大きな傷とはならないのだろう。だが、手が届かぬ距離から降り注ぐ黒炎とナイフは、ザンギャバスの怒りを爆発させるには十分だった。
「テメェが、邪魔だァァァ!!」
脂肪の塊のように見える体のどこにそんな力があったのか、ザンギャバスが高く跳んだ。7Mもある巨体が飛び、突き出した拳に山羊の頭が急速生成される。ジャバウォックの翼を山羊の角で貫く気だ。
「おっと、俺の可愛い相棒に穴開けんじゃねえよ! 喰うなら俺にしとけって!」
襲い来る山羊頭に、ジャスパーは躊躇いなくジャバウォックの背から飛んだ。ナイフを構え、山羊頭に着地したと同時にその眉間をナイフで思い切り抉る。悲鳴をあげて暴れる山羊頭に振り回され、ジャスパーが宙を舞う。その行く先で、いつの間にか生成されていた獅子が大口を開けていた。
「相棒!」
獅子が勢いよく噛みついた。
鮮血が獅子の顔に飛び散る。
だが、そこにジャスパーの姿はなかった。あるのは腕の一本だけだ。
「そいつぁ手土産だ。そのくらいは食らわしてやってもいいぜ。どーせまた生えてくるし」
体全体を喰われる前に、ジャバウォックがジャスパーを助け出したのだ。左肘から下を失いながら、まだジャスパーは笑っている。
久しく感じていない快感だ。全身を駆け巡る痛みが背筋を震わせる程に愛おしい。
嗚呼。
愉しい――!!
「はは。あんたぐらいの化け物相手じゃねェと味わえねえ快感だ」
恍惚とした笑みは艶やかな程に。
さあ。大帝を消耗させる間に、あとどのくらい痛み《カイカン》を味わえる?
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
栗花落・澪
島の中なら空も飛べる
【空中戦】で少しでも高い位置から【指定UC】を発動
すぅっと思いっきり息を吸い
ザンギャバスのばーかばーか!
こっちだよー、僕を捕まえてみろー!
叫んだ言葉を声量に比例したサイズの文字として物理的に具現化し
ザンギャバスにぶつけるように
或いは囲むように落として壁のように
動きたいなら頑張って全部壊すんだね
僕が喋り続ける限り終わらないけど!
【聞き耳】で動きを察知し回避行動
【高速詠唱】で氷魔法の【属性攻撃】
足を凍らせ足止め
接近戦に持ち込まれると弱い僕だから
突破されれば怪我は免れない
でも、僕の存在すらも足止め役になれるなら構わない
物理文字での反撃は頑張るけど
犠牲は出さない
絶対に!
●
異常気象により海上の飛行が不可能なグリードオーシャンだが、島の中ならば話は別だ。栗花落・澪(泡沫の花・f03165)が柔らかな翼をはためかせれば、その体が軽々と宙に舞う。
ザンギャバスと離れすぎず、けれども少しでも高い位置からそっと澪はユーベルコードを発動する。そしてすぅっと思い切り息を吸うと――、
「ザンギャバスのばーかばーか!」
ものすごく単純で、だがそれ故に直球で頭にきやすい挑発を思い切り叫んだ。しかも叫んだ言葉が声量に比例したサイズの文字として物理的に具現化し、聴覚的にも視覚的にも物理的にもザンギャバスにストレートに激突する。
「……、誰がバカだこのクソガキャァ!!!」
「どこみてんのさ! こっちだよー、僕を捕まえてみろー!」
致命的な語彙力の無さを露呈しながら、ザンギャバスが叫び返した先に澪はもういない。既にその頭上に回り込んでいる。そして再び具現化した挑発を、今度はザンギャバスを取り囲むように落とす。それを壁とすることで、ザンギャバスの動きそのものを封じるのだ。
「邪魔だ、この、ウゼェなこの文字よォ!!」
巨腕を振り回し、叩きつけ、狭く不自由な中でザンギャバスが暴れる。
「動きたいなら頑張って全部壊すんだね。僕が喋り続ける限り終わらないけど!」
「つまり……」
声に閉じ込められたザンギャバスが、ギロリと澪を睨みつける。赤く滾る目が、獰猛な肉食獣を連想させた。
「テメェを叩き潰せば黙るってことだよナァ!!」
ザンギャバスが蛇、竜、獅子、山羊の全ての頭を生やす。山羊は角で、蛇はしなる体全体で、竜は焔のブレスで、獅子は獰猛な牙で、そしてザンギャバス自身が丸太のような腕を振り回して一気呵成に言葉の檻を破壊しにかかった。
まるで暴風雨だ。澪もめいっぱいの声量で檻を追加していくが、確実に一歩ずつ、ザンギャバスが澪に迫る。
檻の形成に集中していると、時折竜が焔のブレスを放ってくる。それを音で察しては回避し、氷の魔法で足を凍らせてザンギャバスの足を止める。だが、喋り続けなければ檻は生まれない。1対1の構図に見えて、それぞれ別に稼働する頭がある分ザンギャバスは単純な1ではない。絶えずザンギャバスの身体から生える何かの頭に対処しつつ、ザンギャバス本体の攻撃も避けつつ、声や魔法で動きを封じ続けるのは至難の業だ。いつのまにか澪とザンギャバスの位置が近づきつつあった。
ザンギャバスが伸ばした腕から蛇が急速生成されて澪へと迫る。気づいた時には、既に蛇の牙が眼前にあった。
「ヤバ……っ!!」
慌てて飛びずさるも間に合わなかった。深々と蛇の牙が澪の足に突き刺さっている。
「……この、離せ……っ」
咄嗟に放った氷魔法を蛇に叩きつけ、口が開いた瞬間に澪が飛びずさる。
牙の傷は思ったよりも深い。毒がなさそうなのは幸いだが、ドクドクと脈打つように流れる血が熱かった。
それでも、構わないと思った。
自らの存在すらも足止め役になれるなら構わないと。
その時間の分、島民が逃げる時間が増えるのだから。
「犠牲は出さない。絶対に!」
決意を音にし、文字としてザンギャバスに叩きつける。
怪我をしつつも、澪は見逃していなかった。
ザンギャバスの呼吸が乱れはじめていることを。
成功
🔵🔵🔴
アリス・ランザデッド
戦場なら行かねばならない
急がねばならないものなら、尚更
記憶がない身ではあるが――戦えない者が犠牲になるのは、言葉に出来ない気持ちになるから
【傷を、痛みを、その一撃に】で包帯を解きながら加速しながら攻撃をしながら挑発する
あら、その程度?
遅すぎてあくびが出るわ、ノロマさん
≪見切り≫で攻撃を避けながら≪目立たない≫などで、注意が逸れれば
再度同じユーベルコードを使用し、疲弊するまで繰り返す
どんなダメージを負っても≪激痛耐性≫で怯みはせず、また顔にも出さない
負うダメージは、包帯を外せば外すほど、元からある傷が肌に現れ流血する
『こころ』はない筈なのに、思うのだ
――こどもたちは、島のひとは、死なせない。と
●
ザンギャバスの息が乱れ始めている。
その情報は素早く猟兵たちに共有された。消耗してきている証拠だ。今は出来る限り畳み掛ける気運!
その機に、海風に鉄錆の匂いを混ぜた島に少女は降り立った。
戦場なら行かねばならない。急がねばならないものなら、尚更。
記憶がなくとも心が叫んでいる気がする。
――戦えない者が犠牲になるのは、言葉に出来ない気持ちになるのだ。胸の奥がざわついて落ち着かない。
だからこそアリス・ランザデッド(死者の国のアリス・f27443)は戦場を駆ける。
「ザンギャバス」
「アァ? 新しい餌か?」
体の各所に巻かれた包帯を解きながら、アリスは巨魁の名を呼んだ。本体のみならず、その身体に生えたいくつもの頭の目が、アリスを串刺すように睨みつける。それを意にも介さず、アリスは包帯を解ききった。その瞬間、アリスが更に加速した。
無造作に繰り出された拳を飛んで避け、身軽にその上に着地するとそのまま腕を駆けあがる。
「あら、その程度? 遅すぎてあくびが出るわ、ノロマさん」
アリスの手にしたダガーナイフが勢いよく振るわれる。
首を狙って一閃されたナイフがザンギャバスの首を鋭く切り裂く。
「あぁぁイテェなこの……!!!」
「痛いのは、私も同じ。容赦はしない」
首に竜を生やしアリスに食いつこうとした頃には、彼女は既に地の上。まるで白兎の駆け足のようだ。
ナイフの感触が悪いことに、アリスは気づいていた。無敵であることに加えて肉が厚過ぎるのだ。幽霊船のマストよりも貫通は難しいと知る。
けれど、それがどうした。
アリスは攻撃の手を緩めない。例え獅子や蛇の牙、山羊の角やザンギャバス自身の攻撃など、全てを避け切れずに新たな傷を増やしたとしても。新たな傷の他、包帯を外せば外す程、元から彼女の肌に刻まれた傷が現れ血を流したとしても。
それでもと、彼女は駆ける。
「なんだテメェ、勝手に血塗れじゃねぇか、おもしれェなァ!」
「黙って」
愉快そうに笑うザンギャバスの拳を掻い潜って、もう一度アリスはザンギャバスを狙う。急速生成された獅子がアリスの体を吹き飛ばす。それでも。
駆けあがる場所に生成された山羊の角が、アリスの腹を突き刺す。それでも!!
『こころ』はない筈なのに、アリスは思うのだ。
(「――こどもたちは、島のひとは、死なせない」)
「だから、あなたはここで、止める――!!」
アリスは止まらない。何度でも、疲弊するまで繰り返す。
ダガーナイフが銀色に閃いた。
大成功
🔵🔵🔵
リン・イスハガル
【心境】
ザンギャバス、ザンギャバス。わたしは、負けない、立ち向かう。
【行動】
初手は魔力の矢が装填されたバリスタを使ってザンギャバスの気を引く。
その際に挑発は忘れない。
「図体だけ、デカくて、動きはのろま。わたしに、追いつける、かな」
ザンギャバスの注意を引けたら、『空中浮遊』で接近してユーベルコードを使用。『傷口を抉る』に『2回攻撃』をのせちゃう、よ。
つまりは、真正面から、殴り合う。
怪我は激痛耐性で耐えるよ。痛いのには、慣れが大事。
もちろん、戦闘中も挑発は怠らないよ。
頭弱いやつ、単純だから。
「私に負けるのこわい?わたし小さいけど、やる時は、やるよ」
辰神・明
妹人格:メイで参加
アドリブ歓迎、大怪我OK
お兄様に、アキラおねえちゃんに
大切な友達に……助けてもらって、ばかりだけど
でも……メイは決めたの、です
今度はメイが、ぜったいに、守るの……!
バリスタを、見つけたら
おっきな敵に向けて……うちます、です
すぐにそこから、はなれる、けれど
メイの足だと……間に合わないかも、しれない
足が、震える
それでも、走らなきゃ
避難の邪魔は、絶対にさせない
メイの中で、アキラおねえちゃんも、応援してくれる
敵が、メイの姿を見失ったら
ふーちゃんにお願い、するの、です
【全力魔法】【高速詠唱】を乗せて
視界をさえぎる様に、UC:桃花遊覧
らんぼーしたり、ぼーりょくは
めーっ!なの、です!
●
『鮫牙』無敵大帝ザンギャバス。
身の丈7Mを超える巨体と暴虐の限りを尽くすその姿は、幼子には恐怖を植え付けるに足る。
けれども、それでもと立ち塞がる者がいるとすれば、それは――決意を抱える者。
例えば、辰神・明(双星・f00192)。
「お兄様に、アキラおねえちゃんに、大切な友達に……助けてもらって、ばかりだけど」
たった8歳の少女が、それでもと言う。
残虐の権化を前に、立つ。
「でも……メイは決めたの、です。今度はメイが、ぜったいに、守るの……!」
守られているばかりの自分はいやだ。
大切な人ばかりが傷つくのも、自分のせいで痛い思いをするのも容認したくない。仕方ないのだなどと言いたくは――ない!!
小さな体でメイは走る。目指すは島に設置されたバリスタだ。
大人が居ない間にも子どもが身を護れるよう、バリスタの形状はやや小型である。弦に設置された魔法石から生まれる魔力矢を飛ばし続ける装置だ。それ故に弦を引く力は然程なくても構わない。
一瞬震える指を堪えて、メイはバリスタをザンギャバスに向けて発射した。
魔力矢は真っすぐにザンギャバスの後頭部へと突き刺さる。
「…………あぁん?」
ゆっくりとザンギャバスが振り返る。
魔力矢に大した攻撃力はない。せいぜい気を引くのが精一杯。だが、それで十分だ。ザンギャバスはメイを視認した。意識が避難する島民からメイに向く。それでいい。
「……っ」
メイはすぐさまバリスタを降りて走る。次のバリスタの場所まで少し遠い。必死に走るが、幼子の足であることは元より、巨体故の大きな歩幅の差が災いした。ザンギャバスが一歩歩くごとに、メイとの距離がどんどん縮まっていく。
メイの足が震える。
(「それでも、走らなきゃ」)
怖い。怖いに決まっている。あれは死の体現だ。絶望が音を立てて迫っているのだ。
けれど、それでもとメイは言う。
避難の邪魔は絶対にさせないと誓った。
島民の為、友の為、そして自分の決意の為に、メイは怖くても逃げ出しはしない――!
互いの距離を確認しようと、メイがちらりと後ろを振り向く。
その時薄紅の眸いっぱいに、大蛇が大口をあけて迫りくる姿が映った。
「きゃ、あぁ……っ!!」
ザンギャバスの体から生成された蛇が、メイの体を咥えあげた。口の端から鮮血が滴る。誰のものかなど一目瞭然だ。メイが苦痛に顔を歪めて身をよじる。大蛇が口にゆっくりと力をこめる。ザンギャバスは笑っている。このままでは――。
「ザンギャバス、ザンギャバス。その子、離して」
消え入りそうな儚い声と共に、魔力矢が蛇に連続して蛇に突き刺さる。そのうちの一本が蛇の目を突き刺し潰した。
声にならぬ悲鳴をあげて身を捩り、蛇がメイを吐き出す。勢いよく地に転がったメイの前に立ち塞がるように、リン・イスハガル(幼き凶星・f02495)はじっとザンギャバスを見つめていた。
「大丈夫? わたし、注意ひくから。ちょっと、休んでるといい」
一言一言区切るように、リンはゆっくりと言葉を口にする。その目は濁っていながらも、敵と定めたものを確りと写していた。
「ガキがもう一人増えたか。はは、ツマミが増えた」
「つまみじゃない。わたしは、負けない、立ち向かう」
リンが音もなく空を飛ぶ。
煮え滾る溶鉱炉のような赤と濁り切った緑の瞳が真正面からぶつかりあう。
「図体だけ、デカくて、動きはのろま。わたしに、追い付ける、かな」
「ハッ! 簡単に捕まえてやるよォ」
ザンギャバスの拳と、リンの影から現れた異形の腕がぶつかり合った。右が駄目なら左と繰り出される拳も、異形の腕が弾き飛ばす。リンは至近距離でぶつかり合う気なのだ。
たった9歳の少女がザンギャバスと真正面からやり合うなど、まともではない。空を飛んで回避行動もしているが、ザンギャバスの皮膚を這うほどの近さで纏わりついている。使用するユーベルコードが至近距離でなければ使えないものであるからだが、まるで自殺行為のようでもある。
ザンギャバスは全身のどこからでも獅子や竜の頭を生やせる。その全ての攻撃を避けられるわけもなく、牙に肉を抉られ、角がアメジストの髪を砕き、焔のブレスがその身を焦がす。
それでもリンは痛みに顔を顰めることもない。痛いのには慣れが大事だとリンは言う。その点、彼女は確かに慣れていた。
リンは傷つきながらも異形の腕を使い、ザンギャバスの注意を引き続ける。噛みつかれた足が特に酷いが、空を飛ぶのには支障ない。
「アァァ!! ちょこまかとウゼェなお前ェェェ!! 邪魔だ、どっか行け!!」
「わたしに負けるのこわい? わたし小さいけど、やる時は、やるよ」
「黙れ!!」
リンの挑発はよく効いた。頭が弱いやつは単純だ。リンはそれを知っている。
怒りで思い切り振り上げたザンギャバスの拳が、異形の腕とぶつかり合った。その勢いに一本の異形の腕が折られ、もう一本が耐える。だが、ザンギャバスの顔は一つではない。腹に生えた獅子がリンに噛みつこうとした、瞬間。
「らんぼーしたり、ぼーりょくは、めーっ! なの、です!」
そんな声と共に、櫻や桃の花弁が嵐となってザンギャバスの全ての顔の視界を遮った。牙に貫かれた腹を抑えながら、メイが放った桃花が二人の間に割り込んだのだ。その隙に、リンは一度ザンギャバスから距離を取る。
――メイ、頑張れ!!
メイの中で姉のアキラも応援してくれている。
リンの目にも、負けずに立ち向かう気概が消えてはいない。
いくら幼子であろうとも、己が内に決意があるならば。
二人は未だ、引きはしない。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
火霧・塔子
無敵と聞けば、勝つ気で臨むが叛逆者の心!
大帝にUCの四射【一斉発射】を放ちます!
UCを使いきったら、EP変形機構でムーンシャイナーをバリケード形態に変形させて私はこっそり脱出
連続攻撃を食らわせてきた機体、きっとあちらは怒りのままに攻撃を向けてくるでしょう
乗り捨てられたただの硬い壁をガスガスと殴って消耗してください!
その隙に私は大帝の周囲を囲むように火を付けていない火炎瓶と重油を配置する【破壊工作】です!
肥太った大帝よ! その身の油を燃やして、島を荒らしたことを後悔してもらいます!
バリスタで火炎瓶を着火、さらに魔力を追加の燃料にして、大帝を炎の檻に閉じ込めて火炎と熱による【焼却】攻撃を行います!
●
「無敵と聞けば、勝つ気で臨むが反逆者の心!」
いっそ無邪気な程に不敵に。火霧・塔子(火炎瓶のヤドリガミ・f16991)が自身のキャバリア――規格上正確にはキャバリアではないのだろうが――の全砲門を開いた。ザンギャバスが此方を見ていようがいまいが関係ない。
「私の嚆矢は城壁だって貫きますよ!」
貴方はどうですと言わんばかりの笑みと同時に、ムーンシャイナーから炎の矢を一斉に発射した。
「!? アヂィ!!!!」
狙い能わず、全弾がザンギャバスに命中しその肉を焼く。燃焼材を使い切るまで炎の矢を発射し続け、それが切れたと同時に搭子は素早くムーンシャイナーをバリケード形態に変形させた。さらに大帝がまだ炎に巻かれている間に、見つからぬようひそりとムーンシャイナーから脱出して物陰に隠れる。
「ア゛ァ゛ァ゛ァ゛ァ゛!!!!」
塔子が身を隠した瞬間、激昂したザンギャバスが炎の矢を振り払った。腕を振り回して炎の矢を全て抜き捨てる。だが、その肌に目立った外傷が見当たらないのは、流石無敵と言ったところか。大したダメージがないことだけが塔子の計算外だったが、怒り狂ったザンギャバスがバリケード形態となったムーンシャイナーへと一直線に向かって行く様子に口角をあげる。
ダメージは然程ないかもしれないが、炎の矢というものは相当に邪魔だったはずだ。身を焦がす炎の熱。燃焼材が尽きる程に何発も撃ち込まれた嚆矢。それだけでも十分に、この単純な巨魁を怒り狂わせるに足る。
バリケード形態となったムーンシャイナーに飛び掛かり、ザンギャバスは全力の拳を連続で叩きつける。中に誰か居るのかなど、そんなことは気にもしない。ただ、己の歩みを邪魔するやたらと硬い塊を粉砕することにのみ躍起になっている。
その好機に、搭子はすばやくザンギャバスの周囲を囲むように、着火前の火炎瓶と重油を配置していた。工作が終われば塔子はバリスタに飛び乗り、その矢先に炎の魔力を籠める。
そして、あどけない少女は満面の笑みで反逆を高らかに叫んだ。
「肥え太った大帝よ! その身の油を燃やして、島を荒らしたことを後悔してもらいます!」
宣言と同時に発射されたバリスタが、火炎瓶に火をつけた。
重油と共に撒かれたそれは爆発を伴って一気に着火し、大帝を炎に撒く。しかしそれで終わらない。更に塔子自身の魔力を追加の燃料にして、文字通り炎の檻を組み上げる。粘っこい火炎と熱、爆発と爆煙による焼却攻撃。如何に無敵といえど、苦しくないはずがない――!!
「オオォァァァァァァァァァ!!!!!!!!」
大帝の絶叫は断末魔に似る。
故に、誤認した。
それが断末魔ではなく、怒りの咆哮だったことに。
「どうです、いくら大帝と言えどこの炎の檻に、は……」
炎の檻を突き破り、自らを燃える弾丸と化したザンギャバスが塔子に飛び掛かる。燃え盛る腕で塔子を鷲掴みにする気だ。
「……っ!!」
ムーンシャイナーを咄嗟に動かしたことで、ザンギャバスが引っ掛かって転ぶ。その隙に飛びずさったことで鷲掴みにされることだけは避けたが、指が掠めた右足が嫌な音を立てて焼け焦げた。
黒く焦げた足が見るに堪えない。痛みなのか熱なのか、込み上げるものがわからない。けれど塔子の視界で、ザンギャバスは明らかに肩を上下させて呼吸を乱していた。
完全に消耗させるまで、きっと、あと少し。
大成功
🔵🔵🔵
曙・聖
哀しむ人は少ない方が良い
消耗戦には、私が
次期当主としては不適格な長男ですし
誰も哀し……そうでも無い、のかな
暗愚な……いえ、分かりやすく言いますと『肉ダルマの愛すべきおバカ』でしょうか【挑発】
首はどこに存在しているのです?
反応の良い言葉を【情報収集】
注意をこちらに
挑発しながらUC発動のため
【多重詠唱】で【高速詠唱】を同時に
【魔力溜め】と避難の少々の【時間稼ぎ】にはなるでしょう
相手きたら、【先制攻撃】で【属性攻撃】の【全力魔法】を
[斬撃]属性の[花嵐]を【傷口をえぐる】ように放ち【継続ダメージ】で足止めを
相手の攻撃は【激痛耐性】と【オーラ防御】で、できる限り耐え抜きます
……【覚悟】など、今更
リュカ・エンキアンサス
事前にざっと地形を確認
その後ザンギャバスが現れ次第全力で灯り木を撃ち込んで
狙撃ポイントが割れる前に移動
場所を変えて見つからないように心がける
のが、基本行動
100%見つからないのは難しいだろうから、見つかったときだけうたいの鼠で麻痺攻撃
なるだけ早めに離脱出来たら
確実に仕留められそうならダガーを使って早業で回り込んで暗殺するけど
出来そうな気がしない
だって色々、鈍そうだし
馬鹿は予想外の行動をするので嫌い
…計画通りにいかないのが世の常だから
後は臨機応変に対応するよ
(おじいさんになるまで死なないと決めているので
無謀等せず安全に行動しようとしますが
別に自分が大事ってわけでもないので負傷しても淡々としてます
●
明らかに、ザンギャバスは消耗してきている。
無敵という鎧で覆われていても、その実生物である以上体力は無尽蔵というわけではない。走らされ、転ばされ、猟兵の全力の攻撃に対処し、自らも攻撃し、更に怒り、吼える。これで消耗しないわけなどないのだ。
「あと少し、かな。とはいえ、油断できなさそうだ」
リュカ・エンキアンサス(蒼炎の・f02586)が建物の影に隠れながら呟いた。むしろ手負いであるからこそ油断出来ない。怒りでまともな判断が出来ない相手は、何をしでかすかわからないものだ。
油断なく地形を確認し、それを頭に叩き込んでから、戦場を糧としてきた少年は慎重に行動を開始した。ザンギャバスが灯り木の有効射程に入る迄、あと少し。
「あぁぁぁ邪魔だ邪魔だ邪魔だ!! 腹が減ってんだよオレは!!!」
「暗愚な……」
「どういう意味だァ!!」
「分かりやすく言いますと『肉ダルマの愛すべきおバカ』でしょうか」
「……テメェ、喰ってヤる!!!」
ザンギャバスが暴れ狂う。
その足元を駆け抜けながら、曙・聖(言ノ葉綴り・f02659)は溜息と共に目を細めた。大暴れする様は暴風と変わらないが、その姿はまるで駄々をこねるガキ大将だ。膨れ上がった力と自尊心に見合うだけの知能がないのだから、致し方ないのだろうが。
「そういえばあなた、首はどこに存在しているのです?」
「見ればわかるだろうがよぉ!!」
とはいえ乱暴な動きの全てが、当たれば致命傷足り得るもの。必死に駆けながら、聖は花弁の刃を嵐としてザンギャバスに纏わりつかせる。詠唱は多重に、そして高速に。一片の花弁が作った傷を、次の花弁が次々と抉り広げる。決してその傷を癒しきる暇を与えぬよう、聖は詠唱を重ねた。
消耗戦とわかって此処に来た。
哀しむ人は少ない方が良い。ならば己が適任と、聖は己からここに来たのだ。
曙家の次期当主としては不適格な長男だと、聖は自身を評価している。惜しい身ではない。
「私に何かあったとて、誰も哀し……」
一瞬だけ、誰かが「違う!」と叫んだ気がした。それはよく聞きなれた声だったような気がして。
「……そうでも無い、のかな」
少しだけ笑みが零れる。この身など惜しくないと思っていたけれど、少しだけ、それは違うかもしれないと思えたから。
――だが。
くらり、視界が揺れた。
一瞬だけの目眩。己が身体に刻まれた体質が、聖の足を地へと縫い付ける。
その瞬間をザンギャバスは見逃さなかった。
瞬間、まるでトラックに跳ねられたかのような衝撃が、聖の全身を襲う。ザンギャバスの拳が唸りをあげて聖を殴り飛ばしたのだ。痛みへの耐性も身を護るオーラも整えていたから意識が飛ばなかっただけだ。
「かはっ……」
内から込み上げた鮮血が口から飛び散る。
次の瞬間には地に叩きつけられて、ゴロゴロと道を転がる。そんな聖を追い、ザンギャバスが足をあげた。そのまま踏み潰す気なのか。衝撃の残る体を必死に起こそうとしながら睨みつける。
――覚悟など、今更。
「お兄さん、頭あげないでね」
歯を食いしばった聖の耳に、少年の静かな声が届いた。
次いで銃声と共に真昼の流星が駆け抜ける。
弾丸はザンギャバスの足を貫き、その衝撃でザンギャバスの体勢を崩してよろめく。その間に、聖はその場を急ぎ脱した。建物の陰に逃げ込んで、態勢を立て直そうとする。その間に、何処からか身を低くした少年が近くの塀の後ろに滑り込んできた。リュカだ。
「大丈夫だった?」
「えぇ、なんとか。助かりました……」
「そっか。無理しないでね」
それだけ言うと、リュカは再び身を低くして移動する。此処で狙撃して、敵に負傷した聖を見つけさせるわけにはいかない。
「どこから撃ってきてやがる!! クソガァァ!!」
一発狙撃しては、狙撃ポイントが割れる前に移動して。すぐさま場所を変えることで自分の居場所を悟らせないように、リュカは動き続ける。ザンギャバス自体に見つかる気はしていない。あれは暗愚だ。狙撃されたポイントを探し回ることはあっても、その先へは目が届かない。1対1ならば、野戦に慣れたリュカの位置は見つかることはないだろう。
だが、問題はザンギャバスが体に生やした五つの頭だ。ザンギャバスと合わせて六対の目を掻い潜ることは楽ではない。
そして何度目かの狙撃時、遂に蛇と目が合ってしまった。
シャアァァァァァ!!!!
敵の所在を知らせるように、蛇が鳴く。そしてそのまま、蛇は全身をバネのようにしてリュカへと飛び掛かった。
「……っ」
全速で駆けたが、蛇の方が速かった。リュカの足に深々と蛇の牙が突き刺さる。
鼓動に合わせて痛みが脈打つ。おかしな感覚がないので毒はなさそうだなと冷静に判断しながら、リュカはうたいの鼠をすぐさまホルスターから抜いた。頭だけでリュカの体の半分もあろうかという蛇だ。足を噛まれたままでは首を落とせない。故に、込める弾丸は麻痺の力。
効果が出る迄連続で引き金を引く。この場に置いて出し惜しみは無しだ。何故なら、本体が両腕を突き出しながら迫っている。
「そぉこかぁぁぁクソガキィィ!!」
「うるさいな……」
決して浅くはない負傷にも淡々としているのがリュカらしい。
叩きつけた弾丸は7発、そうして漸く麻痺が効いて蛇の口が緩む。だが、そこから足を外す前にザンギャバスが迫っている。
その時、ザンギャバスの顔を桜嵐が覆った。
「早く! 今のうちに!」
建物を支えに立つ聖が、リュカに向けて叫んでいた。
声を聴くや否や、無理矢理に牙を外してリュカが駆ける。痛みも流血もこの際無視だ。
「なんだコレ、あぁぁクソォ!!」
顔を覆う桜嵐を、ザンギャバスは必死に振り払う。呼気荒く、その腕の動きも随分鈍い。再び建物の影に滑り込んだリュカは、適当に裂いた布で手早く足の傷を覆うと、再び灯り木を構える。
「ありがとう、お兄さん」
「さっきのお返しですよ」
頷いたリュカが、そっとザンギャバスを覗き見る。今ならば隙だらけだ。確実に暗殺出来る好機に見える。
「……いつもなら、回り込んで暗殺するんだけどな。出来そうな気がしない」
「無敵だから、ですか?」
「それもあるけど。だって色々、鈍そうだし」
視線の先のザンギャバスは、肥え太り過ぎた巨魁だ。それ以外にも多々、実際に鈍い。馬鹿は予想外の行動をするから嫌いだと、何も言わぬリュカの目がありありと語っていた。
「あとちょっとかな」
「恐らくは」
「じゃあ、もうちょっと頑張ってくる」
計画通りにいかないのは世の常だ。ならば臨機応変に対応するのみ。かと言って無茶無謀をするわけでもなく、少年は淡々と戦場へ戻る。
その頼もしさと危うさを少しだけ自身に重ねながら、聖も再び駆けだした。身を捨てて戦うのではなく、無茶無謀をはき違えるのでもなく、哀しむ人を少なくする為に。
聖は己の身を防御効果のあるオーラで覆いながら、再び桜嵐を手繰った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーシー・ブルーベル
【月光】
※負傷具合お任せ
島の人達は日常を過ごしているだけ
理不尽に蹂躙させる訳にはいかないわ
ゆぇパパ
絶対に守ろう、ね?
ルーシーの様な子供がひとりで逃げていたら注意をひけるかな
そうと頭が撫ぜられる
…ありがとう
島民のフリをして
石を投げて
どうして?どうしてこの島へ?
あっちへいけ!!
注意を引けたら逃げながらバリスタとパパの居る所まで誘導
聞き耳と第六感を働かせ
何の攻撃が何処から来るか予想し避ける
避けられ無いならめて致命傷を避け
痛みは耐えればいいわ
パパの姿が見えた
と思った瞬間
眼前にはパパの背
今よ
罠とパパに合わせて
全力で『 勇敢なお友だち』
早くパパのケガの手当をしないと
だめよ
別にわたし痛くないもん
怖く、なんか
朧・ユェー
【月光】
*負傷具合はお任せ
島の方たちは何も悪くない
日常を奪うのはいつもこういうヤカラだ…
えぇ、そうですね
守りましょう。
正直、彼女を囮になる事を止めたかったが
この子も一人の戦う者、きっと止めても行くのだろう
気をつけてとそっと頭を撫でて見送る
彼女がこちらに向かってくるのを直ぐに腕を掴んで引っ張り自分の後ろに
ベラーターノ瞳の瞳で敵の動きを予知し
彼女に攻撃を当たらせない
食べられる側はどうかな?
屍鬼
暴食グールが鬼へと変化して全力攻撃
えぇ、でもまずは小さな勇者からですよ
頑張りましたねと微笑み撫でる
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多くの猟兵の攻撃によって、ザンギャバスは疲弊していた。
傍目には傷一つないのが無敵である証拠だが、その身に溜まる疲弊は何一つ癒せぬまま。補給となるようなものは何もない。当初よりも随分勢いを落とした攻撃も、荒い呼気も、全てが「あと少しだ」と語っている。
だからこそ、その幕引きを少しでも早める為に、朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)は往く。
「島の人達は日常を過ごしているだけ。理不尽に蹂躙される訳にはいかないわ」
「えぇ。島の方たちは何も悪くない。日常を奪うのはいつもこういうヤカラだ……」
ユェーが眉を顰める。
猟兵たちの活躍によって、島民の避難はある程度は完了していた。それでもまだ万全ではない。あれは人をも食う怪物。ザンギャバスを撤退させない限り、この島の脅威は去ったとは言えないのだ。
「ゆぇパパ。絶対に守ろう、ね?」
「えぇ、そうですね。守りましょう」
日常という尊さを知っているからこそ、守るべきものの価値の大きさがわかるのだから。
ザンギャバスは何かを探すように彷徨っている。その足取りは重いが、ギラついた目が糧となるような人々を探しているのは一目瞭然だ。
「ルーシーの様な子供がひとりで逃げていたら注意をひけるかな」
その様子を冷静に観察し、ルーシーが呟く。あのまま進ませるわけにはいかない。避難が完了した地域にザンギャバスを縫い付けておく必要がある。
ただ、それに対してすぐに頷く事は、ユェーには出来なかった。
正直に言えば止めたい。こんな小さな女の子が、あんな暴虐の権化の囮になるなど頷けるものではない。
――だが、それでも彼女は行くのだろうという確信もまた、ユェーの胸にはある。
ルーシーもまた、一人の戦う者。きっと止めても行くのだろう。己を父と慕う娘を引き留めかけた手が、ゆっくりとルーシーの頭を撫ぜた。
「……気をつけて」
「……ありがとう」
胸の内の葛藤も、心配も、全て全て飲み込んで、ユェーは小さな背を見送った。
コツンと、ザンギャバスの肌に何かが当たる感触。ただの一つなら無視したそれも、甘やかな香りを引き連れてくるなら話は別だ。ザンギャバスは残忍な笑みを浮かべた。
「どうして? どうしてこの島へ? あっちへいけ!!」
島民のふりをしたルーシーが、必死に石を投げる。ザンギャバスは愚かだ。区別がつくはずもない。ザンギャバスにとって今のルーシーは無謀にも捕食者の前に姿を現した兎でしかない。
「どうしてだァ?」
自分を捕食対象としか見ていない目に、一瞬だけルーシーが怯む。怯えたように見えるその様がザンギャバスにとっては可笑しくて、凶悪な笑みを更に深め――、
「理由なンざネェよ!!」
ザンギャバスが飛び掛かった。それと同時にルーシーも踵を返して駆ける。
注意は引けた。ザンギャバスが余所見をすることはない。だが、それと同時に迫るのはルーシーの危機だ。いくらザンギャバスが消耗しているとはいえ、7Mという巨体とのたい格差は歴然としている。歩幅の差がそのままルーシーのタイムリミットを示していた。
勘と聴覚をフルで働かせて、ルーシーは一目散にユェーの居るところまで走る。
「ギャハハハハハハ!! そぉら追い付いちまうぞ!!」
ザンギャバスは遊んでいた。何処から攻撃が来るか予想して避け続けるルーシーをいたぶるように、攻撃の手を休めない。けれどもそれを好機とルーシーは思う。すぐさま距離を詰められなかったことは僥倖だ。走る猶予がある。
だが油断なく走っていても、僅か8歳の少女の足が7mを超す巨体の足にいつまでも追い付かれないはずがない。ザンギャバスの繰り出した拳から、山羊の頭が急速生成される。その角が、ルーシーを貫いた。
「……っ!!」
角はルーシーの肩を貫通していた。ギリギリで致命傷を避けたおかげで、まだ走れる。激痛に耐えながらルーシーは角から肩を引き抜き、肩を抑えて走る。
遂にユェーの姿が見えた。そう思った瞬間、ぐいと強く引かれる感覚があったかと思うと、いつの間にかルーシーの眼前にユェーの背があった。
外套が翻る。ルーシーには伺うことの出来ぬ金の眸が、ギリとザンギャバスを睨みつけている。
「これ以上の暴虐は、許しはしない」
「許さなかったらなんだってンだ!!!」
ザンギャバスとユェーが真正面からぶつかり合う。
突き出される拳を軽く飛んで躱し、焔のブレスを吐く竜の頭を蹴り上げて軌道を逸らす。ベラーターノ瞳と名付けられたユェーの眼鏡には洪水のように未来予測が流れていく。ザンギャバスの攻撃軌道を予測したその数値は、全てルーシーに攻撃が当たらぬように対処していく。
襲い来る蛇の頭を叩き落し、避け切れぬと判断した山羊の角は己が身を以て受け止める。いくら血を流そうが、突き刺されようが、噛み裂かれようが、ユェーは一歩も引かずにザンギャバスの攻撃を抑え続ける。
負傷した娘にこれ以上攻撃は当たらせないという気迫が、ユェーの瞳に燃えていた。
「……アァァァァ!! 腹減った、腹が減ったァァア!!!」
遂にザンギャバスが焦り始めた。今まで多くの猟兵とぶつかり合い、ルーシーに誘導されて駆け、ユェーを真正面からぶつかりあった。体力が遂に底を突きかけているのだ。もはやその目にほとんど理性の光はない。
そして二人がその好機を見逃すはずが、ない――!!
「屍鬼」
ユェーは流れる紅血の雫を代償として、『暴食のグール』の封印を解いた。血液を飲み込んだ暴食グールが、狂気暴食の巨大な黒キ鬼へと変ずる。
「今よ。おねがい、行って」
ユェーの攻撃に合わせ、ルーシーもまた勇敢なお友だちを召喚する。それは大きな角持つ羊のぬいぐるみ。ルーシーの合図に合わせ、羊のぬいぐるみが蹄を鳴らして突進した。
「今までさんざ食べてきただろう。 今度は食べられる側はどうかな?」
暴食の鬼と羊のぬいぐるみがザンギャバスを押し潰す。
力には力を。暴虐には暴虐を。ユェーの目がすっと細められる。
「一度味わってみるといい」
ギャアァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!
絶叫が島中に響き渡った。
一瞬の静寂。
だが、それを突き破ったのは、暴食のグールを引き剥がして現れた獅子のような怪物だった。翼をはためかせたそれは空へと舞い上がり、遥か水平線の彼方へと飛んでいく。
無敵と言われたザンギャバスが、遂に飢餓状態へと陥ったのだ。
ようやく島に静寂が戻ってきた。ナビエ島にはもう脅威は居ない。
それを確認したルーシーがすぐさまユェーへと駆け寄る。
「早くパパのケガの手当てをしないと」
ルーシーを護りながら戦い続けたユェーは、全身に多くの傷を負っていた。特に腹部が酷い。獅子に脇腹を噛み裂かれ、今も血が止まっていない。
「えぇ、でもまずは小さな勇者からですよ」
それでもユェーは穏やかに笑ってルーシーを座らせる。
父として、子を優先するのは当然というように。
「だめよ。別にわたし痛くないもん」
ルーシーはふるふると首を振る。
ユェーの怪我に比べれば、己の怪我など一つだけだ。
自分よりずっとずっと、ユェーの方が痛そうなのに。
――なのに。
「怖かったでしょう。もう大丈夫ですよ」
「怖く、なんか」
ユェーがそっとルーシーと目線を合わせ、穏やかに微笑む。その言葉を否定して、ルーシーはやっと己の手が震えていることに気づいた。いつからだったのだろう。初めからなのか、追いかけられた時なのか、肩を負傷した時なのか、それとも――。
ユェーが傷ついていくのを、見た時か。
「……頑張りましたね」
そんなルーシーを安心させるように、ユェーは優しくルーシーを抱き締めた。ユェーの温かさを感じた瞬間、ルーシーの目に透明な光が溢れた。
猟兵たちの全力の防衛によって、島民には一人として被害が及ぶことはなかった。
脅威が去ったことを知ったナビエ島の住民たちが、皆救急箱や治療セットを抱えて駆けてくる。
守られた命に感謝して。
海は穏やかに幾重と波を寄せている。
大成功
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