羅針盤戦争〜天使の群は艦載機
●幕間
「滑走シャトル、『発艦機』に装着完了! 発艦クルーはピットに待避せよ!」
「カタパルト圧力上昇……70、80、90……オール・グリーン!」
「『艦載機』射出準備完了! Good Luck. Go!」
ここは『舵輪』ネルソン提督が指揮する、クレマンソー級空母の発艦デッキ。しかし、カタパルトオフィサーの合図と共に『発艦』するのは、一般的な感性で言う所の『航空機』では無い。
翼はある。しかしそれはジュラルミンで鎧った金属の翼では無く、羽毛の生えた生物的なそれである。ランディングギアは持たず、代わりに二本の脚がある。腕があり、背中に翼の生えた胴があり、そしてその肩の上に頭がある。その顔(かんばせ)は美しく、気品に満ちていた。
要するに……一般的感性で言う所の『天使』達こそが、この艦の『艦載機』なのだ。
天使達の足首に、専用の滑走シャトルを噛ませ。複数人を纏めて射出離陸を行う。
艦首甲板とアングルド・デッキに1基ずつ装備された蒸気カタパルトは、15~20トンの航空機を、一瞬にして最大110ノットまで加速させて射出離陸させられる。爆雷を抱えて尚、キログラム単位の射出対象など、小石と一緒だ。
投げ出された空中で編隊を組み、目標へ向かい飛翔する。文字通り『死の天使』達。その光景を艦橋で見やりながら、艦長にして司令官たるネルソン提督が呟く。
「中々に面白い物だな。『空を制する』という戦略構想も」
彼自身が本来、慣れ親しんでいたのは『海域を制する』という『面を制する』物だった。しかし彼の指揮センスが『三次元的に戦域を制する』事の有用性を、ネルソンに理解させていた。
「私は弱い。それは、私は指揮官であって戦闘要員では無いからだ。しかし……」
前髪を指先で軽く弄ると、ネルソンは徐ろに言を継ぐ。
「指揮官自身が、武器を取って戦わねばならない様なら。その戦いは既に負けだ」
指揮席から立ち上がった、英海軍の英雄は。その視線を遠くへ飛ばす。
「さて、猟兵とやら。私の指揮する天使共を相手に、何とする? 見事打ち破ってみせたなら、その際の景品は……私のこの命だ」
何処までも誇り高き軍艦乗りが、そこに居た。
●告死天使の指揮者
「皆さん。お集まり頂きまして、ありがとうございます」
グリモアベースのブリーフィングルームの一つ、立体映像投影機の前で。ノエル・シルヴェストル(Speller Doll・f24838)が、礼儀正しく一礼する。
「この度、皆さんにお伝えする依頼は……グリードオーシャンにおいて進行中である『羅針盤戦争』の一戦場であり、『七大海嘯』が一人『『舵輪』ネルソン提督』の討伐を、お願いしたく存じます」
今の所、占拠された島は無人島に過ぎないが……そこを足掛かりとして、有人島へ侵略の手を伸ばそうとしているのは、火を見るより明らかである。
戦闘による被害が、まだしも少なくて済む今のうちに。是非とも叩いてしまいたい。
尤も、ネルソン提督の率いる部隊は全て、大洋の上に鎮座しているのだが。
実のところ、ネルソン自身に戦闘力は殆ど無い。彼の武器は知性と優れた指揮能力、そして戦術及び戦略センスだ。それ故、彼自身の戦闘能力は大した事は無いが……彼の指揮する『航空戦力』は、気候などの問題で飛行や空間跳躍の類が著しく制限されるグリードオーシャンでは、著しい脅威となる。
基本的に、こちら側は地面を這いつくばるしか無いのに。敵はこちらの攻撃がマトモに届かない高高度から、一方的に攻撃できるのだ。普段、飛行能力や空間跳躍能力を駆使して戦うタイプの猟兵にとっては、これ程面倒な条件は中々無いだろう。また、状況によっては『天使による航空戦力』は、即座に『天使による海戦戦力』にもなりうる。海の中なら安全……という訳にはいかないのが、更に事態を面倒にしていた。
天使達が装備した爆雷も、単に海中でも起爆できる爆薬だけでなく。粘度と強度の高い樹脂を撒き散らし、艦体や機体に纏わり付いて機体性能を封じ損なう物や、高熱を発しつつ音波を撒き散らす、魚雷に対するジャマー的な代物も備えてあったりと。バリエーションも中々に充実している。
但し、攻撃を行う天使達の装備は充実しているが。空母自体の攻撃及び防御能力は無きに等しい。本来のクレマンソー級空母には、100mm単装砲を複数装備の上。八連装と六連装の短射程艦対空ミサイルが、それぞれ二基配備されている筈なのだが、この空母にはいずれの装備も搭載されていないのだ。つまり、天使達の熾烈な猛攻を潜り抜けることさえ出来たなら。敵は文字通りの丸腰だという事である。
これが、ネルソン提督の自信に由来する事柄か、或いは何かの妥協の結果なのかは、猟兵側の誰にも分からない。だが、これが重大な勝機である事は間違いない。是非とも天使達の苛烈な攻撃を凌ぎ切り、敵の本丸を叩き潰して頂きたい。
「世界の理には従わざるを得ないとは言え、序盤から難しい戦いを強いられる事となるかと思いますが……どうか、グリードオーシャンを救う為。奮戦して頂けます様、宜しくお願いしますね」
緑髪のミレナリィドールは、深く一礼すると。島々と大海とが支配する世界へと向かうゲートを開いた。
雅庵幽谷
初めましてor10度目まして。当シナリオ担当、雅庵幽谷と申します。
当シナリオOPを、ここまで読んで頂き。ありがとうございました。
10作目のシナリオは、グリードオーシャンにおける『羅針盤戦争』幹部の一人『七大海嘯『舵輪』ネルソン提督』の討伐を、お届けさせて頂きます。
尚、OP冒頭は趣味マシマシです。だから何だ感満載ですが(苦笑)
※当シナリオは『羅針盤戦争』専用シナリオです。
シナリオ自体は1章のみで完結しますが、『羅針盤戦争』の戦況へ影響を及ぼす、特殊なシナリオとなります。
●特殊条件
敵側の航空戦力『天使の群』は、カタパルトによる射出と自身の魔力加護により。大抵の攻撃が届かない高高度での飛行も可能ですが……猟兵側はグリードオーシャンの特殊な気候その他の影響で、飛行及び転移の類(瞬間移動やゲート移動、ワープ等)の使用に著しい制限を受けてしまいます。
基本的に地面や甲板に足を付けての対応を迫られますので、ご注意下さい。
但し『海面を歩く』類や『海中に潜る』事には制限はありません(それで有利になるか否かはプレイング次第ですが)
●プレイングボーナス
『敵の先制攻撃ユーベルコードに対処する』
敵のユーベルコードは、猟兵のあらゆる行動に先んじて発動します。また、猟兵の使用するユーベルコード(プレイングでセットされたユーベルコード)と、同じ属性のユーベルコードを使用します。
但し、猟兵側がユーベルコードを複数回、或いは複数種使用した場合。敵のユーベルコードの使用回数や使用属性種も、その分増加しますので、ご注意下さい。
尤も、例えばパーティ全員が同じ属性のユーベルコードを使用すれば、敵のユーベルコード対策も(余程おかしな事をやらない限り)ひとつの属性種で済みますし。全員で相互に支援し合えば、例え複数のユーベルコードを撃たれても、独りで挑むより有利になる可能性は充分あります。
パーティプレイを選ばれた場合は、上手く連携して立ち回ってみて下さい。
※今回は、プレイングの受付は2月3日(水)午前8:31からと、させて頂きます。
また今回は、シナリオの完結をなるべく急ぐ都合…青丸の数が必要数に達した後のプレイングは、採用できない可能性がございます。
どうかご了承頂けます様、お願い致します。
それでは…皆様のプレイング、お待ちしております。
第1章 ボス戦
『七大海嘯『舵輪』ネルソン提督』
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POW : 天使の行軍
【カタパルトで加速射出された天使の】突進によって与えたダメージに応じ、対象を後退させる。【他の天使】の協力があれば威力が倍増する。
SPD : 天使による高高度爆撃
【天使達が投下する爆雷】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【位置と予測される移動範囲】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
WIZ : 武装天使隊
召喚したレベル×1体の【透き通った体を持つ天使】に【機関砲や投下用の爆雷】を生やす事で、あらゆる環境での飛翔能力と戦闘能力を与える。
イラスト:シャル
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
片桐・公明
【POW】
バイク『赤兎』+海戦対応拡張パック『江東の虎』で海上から敵空母に接近する
敵UCの先制攻撃である天使の突撃はとにかく回避に徹する
可能であれば誘導弾で直接撃ち落とすが、無理であれば海面に打ち込み発生する水柱で相手の視界をふさぎ当たらないようにする
「うっとおしいわね。制空権が大事ってよくわかるわ。」
バイクごと突撃すること敵空母に乗り込む
追尾してくる天使は空母まで誘導して同士討ちを狙う
以降敵本体をUCで攻撃する
ついでに空母にも攻撃して沈めておく
(絡み、アドリブ歓迎です。)
天星・雲雀
「立体的な戦略は、何も空だけとは限りませんよ」
爆雷にも耐えてくれそうな鉄甲船の船底に[海遊装備]装着状態の[絶無]に乗ってぴったりくっついて移動。
敵の初撃は鉄甲船を上に下にと盾にしてやり過ごして、戦闘開始!
【行動】[海遊装備]を装着したUC嵐の投入部隊で、海底から空母の艦底に潜入して、推進機関と動力機関を破壊して敵を倒します!
原子力空母もしくはそれに相当する魔力動力なら、一発で海の藻屑になりますね。沈みなさい!
「ソナーを警戒して微速前進する潜水艦ならいざ知らず、小魚のごとく海中を飛ぶ様に進む絶無の群れに、海面から沈んでくる爆雷は当たらないでしょう?」
機雷も魚雷も水中機動力を持ってかわします。
神代・セシル
今まで読んだ本には、記録されていない船…天使さんが爆撃機役として活躍する事も初耳です。
まずはバブルワンドで暴風属性の泡を生成して、自分を保護します。暴風であれば、爆弾の軌道を影響できるはずです。UCを常時発動し、天使の爆撃を見切り、回避してみます。
一方暴風の泡を乗っで水上で空母へ接近します。
5キロメートル以内に接近できれば、スナイパーライフル【虚空】を召喚します。炎魔法装填し対物破壊光線を発射します。
「照準状況良好、目標:ブリッジ」
射撃直前に暴風の泡を解除
ネルソンはブリッジにいない場合は視力で位置を把握します。
「Hit where it hurts.ネルソン提督さんは知っているはずです。」
レイ・アイオライト
グリードオーシャンでは飛行できないから射出させて無理やり飛び立たせる…頭が良いんだか悪いんだか。
ネルソンに接近するまでに、爆雷に対処するしかなさそうね。
『闇ノ足音』で海面に立って、影をブースターとして駆け抜ける。
『雷竜真銀鋼糸』を上空に拡散させて、高圧電撃を放射してみましょう。
あたしに着弾するまでに爆雷が処分できれば上々…だけどそう簡単にはいかなそうね。
樹脂は電撃で焼き切り、高熱と音波は『影ノ傷跡』の影で『オーラ防御』してみるわ。
UC発動、爆雷の爆煙にわざと突っ込んで死んだと見せかけ、すぐに影憑きの力を使って潜伏するわ。(闇に紛れる・目立たない)
油断してる背後に忍び寄って『暗殺』を試みるわよ。
八乙女・櫻子
あの空に見える人影が全て爆弾を抱えた兵士とは!
不謹慎でありますが、ここが帝都で無くて本当に良かった…!
敵の攻撃は苛烈なれど、指揮官さえ討てば我々の勝利ならば、勝機はある!
まずは船に乗ったまま、出来得る限り敵艦に接近。
いよいよ爆撃が激しくなり、このまま進む事が困難になった所で船より飛び降ります。
泳ぐ?いいえ、秘技『蓮華渡り』にて海面すれすれを跳ぶ事で、爆撃を避けながら素早く敵艦に接近するのであります!
首尾よく接近できたなら、後は指揮官を討つのみ!
ネルソン提督……この海の平和の為、その首貰い受ける!
トリテレイア・ゼロナイン
SSWでは貴重なコアマシン確保の為に船に接近し侵入しての白兵戦戦法がありますが、相手のみ三次元的戦術が可能というのは中々に…
臆す理由にはなりませんが
(●防具改造で脚部にフロートを装着し●推力移動で水面を滑走)
爆雷落下軌道をセンサー情報収集と瞬間思考力で見切り、頭部、腕部、肩部格納銃器での乱れ撃ちスナイパー射撃で武器落とし
上空に●怪力で煙幕手榴弾を複数●投擲し炸裂
煙幕雲での目潰し
先制爆撃凌げばUC起動
ミサイル全弾発射し天使達を牽制しつつ水面滑走し空母へ肉薄
ワイヤーアンカーで飛び乗り
艦橋に突撃
大盾殴打で粉砕し侵入
ネルソン提督とお見受けします
御覚悟を
逃走時は艦橋設備破壊し空母機能に打撃
月影・このは
月影・このは、任務了承。これより敵艦へ攻撃を開始します
元より此度の予知により水中戦の備えは完璧…はい、必ずや達成してみましょう!
水中支援戦水機・暗光と合体!水中へ…そのまま出来るだけ深く潜り【深海適応】船へ接近を…
突っ込んでくる天使はバトルホイールを高速回転させ渦を…【衝撃波.吹き飛ばし】
これで勢いを殺し近づけないように…
+これで加速し更に船へ接近を…
そして船底に暗光の口より魚雷!発射!【爆撃】
あとはそのまま帰投、任務完了です
寺内・美月
アドリブ・連携歓迎
・当初、霊兵統帥杖の効果により、出来うる限りの高射部隊を早期に展開。
・高射部隊は展開しつつ段幕を形成し、落下する爆弾の迎撃を行う。この際、煙幕等により位置観測を阻害するなど徹底的に妨害を行う。
※使う兵器として『VADS、LPWS』等の爆弾や接近する天使等を打ち落とす近接装備、大口径高射砲・対空ミサイルによる高度防空装備等、考えつく限りの防空手段を使用。
・頃合いを見て指定UCを発動。対艦ミサイル部隊による総攻撃を行い目標を撃砕する。
・最悪の場合、サイキックキャバリアによる迎撃用ホーミングレーザーや特殊電磁投射器による『対空核攻撃』も発動。
東雲・深耶
どうやら、私は貴様の天敵のようだな。
そう言うと同時に迫り来る天使と爆雷が超高空で斬滅されて爆発する。
閃空の波紋によって割り出した天使達の座標を把握してそこに時空そのものを切断して距離座標を無視して対象を切断する斬擊が放たれる。
先制攻撃は凌がせて貰った。
ここからは剣豪として相手してやろう。
そう言って紫雨を構えて爆雷と突進を凌ぐ為に斬擊を放っていく。
本来私は遠距離から一方的に貴様を斬閃することが出来るが、その貴様には誇りがあるようだ。
故に『殲滅』ではなく『決闘』を挑もう。
そう天使の猛攻を凌ぎながら空母へ向かおう。
●禍き白翼は破壊と共に
「あの空に見える人影が、全て爆弾を抱えた兵士とは!」
双眼鏡を覗きつつ、八乙女・櫻子(若桜の學徒兵・f22806)が、いっそ感心した風で感嘆の声を漏らす。
「不謹慎でありますが、ここが帝都で無くて本当に良かった……!」
確かに聞き様によっては『不謹慎な言』であったかも知れないが、それを咎める者は誰も居ない。確かにサクラミラージュの帝都が、あんな多数によって爆撃を受けたなら。その大惨事の光景は想像だけでも充分、目眩を起こすに値する。
正しく、猟兵達が乗る鉄甲船へ向かい来る『天使』の群は、『雲霞の如く』という表現に相応しい威容を以て、まず心理面から痛撃を加えてきた。だがそれからあえて視線を外し、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、傍らの神代・セシル(夜を日に継ぐ・f28562)に話を振る。
「どうでしょうか? ここから、狙えますか?」
問われたセシルは、数秒間沈黙を保ったが……やがて首を小さく横に振った。ちなみに彼女、遠望鏡の類は一切使用していない。まだ敵空母まで、少なく見積もっても五キロメートルは離れているが。狙撃手として円熟した技倆を持つセシルは、視力もまた際立って鋭い。
「『虚空』で狙うなら。充分に、威力射程内ですが……邪魔が多すぎて。発砲しても多分、目標には当たりません」
その返答に、トリテレイアも首肯する。彼は彼で、光学センサの倍率変更など『生態』の内の、ほんの一機能に過ぎない。そしてトリテレイアの得た結論もまた、セシルの物と大差無かった。
「それじゃ、やっぱり『アレ』と。真正面からお付き合いするしか無いって事ね」
二人のやり取りを聞いて、レイ・アイオライト(潜影の暗殺者・f12771)は、軽く肩を竦める。
「グリードオーシャンでは飛行できないから、射出して無理やり飛び立たせる……頭が良いんだか悪いんだか」
確かにネルソンの取った方策は、世界を満たす法則と、猟兵の一般常識の双方の裏をかいてみせた。だが効果的には違いないのだが、何処か大雑把であざとい為に。どうにも真剣味或いは現実感に欠けるのだ。これも狙っての効果であれば、彼はとんだ食わせ物だが……おそらくそれは、買いかぶりの類だろう。
「上手く駆け抜けて、爆雷の雨を躱せたら良いんだけどね……ちょっと数が数すぎるかしら?」
海戦対応拡張パック『江東の虎』を装備した、愛車のバイク『赤兎』のアクセルを空吹かししながら、片桐・公明(Mathemの名を継ぐ者・f03969)もまた、空を見上げてぼやく。
本音を言えば機会があれば、一気に鉄甲船の縁から躍り上がって、海面を疾走したい所だが。それでは爆雷と機関砲弾のフルコースを、たんまり御馳走になるのがオチだろう。そうなれば如何に猟兵と言えど、間違いなく只では済まない。
機会を待つというのも、猟兵の重要な素養の一つである。
「『下』に居る方々は、もう配置済でありましょうか?」
櫻子が、些か珍妙な軍人口調で。誰にとも無しに呟く。
「そうですね。もうそろそろだと思いますよ」
その端言を拾ったトリテレイアが、皆を代表して、その言に応じた。
「立体的な戦略は、何も空だけとは限らないんですよね」
他の大半の猟兵達が乗り込んだ鉄甲船、その『下』つまり海中において。サイキックキャバリア『絶無』のコクピットに収まった天星・雲雀(妖狐のシャーマン・f27361)もまた、誰にとも無しに呟く。
確かに地面を踏んづけている限り、極小の例外を除けば『三次元的空間』と言えば空中を指す。だが、水中や海中へ潜水する事が叶うなら。そこもまた『三次元的空間』としてカウントされる。無論、大気中と比べて圧倒的に抵抗の大きい水中は、飛行行為と同列に扱う訳には行かないが。立体的機動を取れるというのは、大きな特徴である。
「はい。月影・このは、任務は了承しております」
緊張しているのか、他に要因があるのか。些か気負った口調で、月影・このは(自分をウォーマシーンと思いこんでいる一般ヤドリガミ・f19303)が、雲雀に応じる。
「元より此度の予知により、水中戦の備えは完璧……必ずや敵艦への攻撃、達成してみましょう!」
そう言う彼は戦闘スーツの上から、チョウチンアンコウ型の支援メカ『水中支援戦水機・暗光』と合体して、海中の環境に適応している。キャバリアである『絶無』に比するとサイズは圧倒的に小さいが、その分、小回りは利きそうな風体だ。
雲雀と、このはの二人は。今回の作戦における別働隊であり、敵空母を撃破する為の要でもある。そして敵の一部が、万一海中を潜行して来た場合。それを迎撃する役割もある。中々にやるべき事が盛り沢山だが、二人ならそれが出来ると見越しての布陣である。
何れの『可能性』が実現するかは、今はまだ分からない。適度な緊張感と共に、雲雀とこのはは、今はただ海中に漂う。
さて。現在、猟兵達が集っているのは。一隻の鉄甲船の甲板上だが……実はその船の他に二艘、鉄甲船が随伴している。それらの船には、寺内・美月(霊軍統べし黒衣の帥・f02790)によって、高射砲や対空ミサイルが甲板に用意され。その牙を研いでいる。勿論それらを操るには、相応の人員が必要だが。その人員は美月のユーベルコードで、熟練した砲兵達を招聘する事になっている。
「或いは、大袈裟すぎるかとも思ってましたが……どうやら、そうでも無さそうですね」
美月もまた、双眼鏡で『天使の群』を眺めやり。それなりに感嘆に値する速度で襲来しつつある敵との距離を、算出していく。
一方で、仲間の猟兵達と共に甲板上に居ながら。少なくとも一見、泰然として構えている者も居る。東雲・深耶(時空間切断剣術・空閃人奉流流祖・f23717)こそが、その人で。幾振りもの刀剣類を携えながら、ただ腕を組んで空を見やり、天使達の来襲を、ただ待ち受けている。
無論、今更怯懦に囚われている訳でも、自棄になっている訳でも無い。彼女にとって、少なくとも今回の戦いは『準備を行う必要が無い』のだ。そして他の猟兵達も、そんな彼女を咎める素振りすら見せはしない。極論すれば、猟兵達は『個人主義の集団』である。それぞれに、それぞれのやり方がある事を知っている。自分もまたそうだからだ。故に干渉したりはしない。ただそれだけの事に過ぎない。
――やがて、異様に長く感じる数分が過ぎ。『雲霞』がこちらを、正確に視認したのだろう。爆雷が雨あられとばかりに、猟兵達の乗る鉄甲船目掛け降ってきた。後手に回らざるを得ない猟兵達も、しかし手をこまねいているだけでは無い。各々の戦闘手段をもって、精々丁重に。お客様方の接待を行うのみだ。
●ENGAGE
静から動への移行は、あまりにも唐突だった。猟兵達が狼狽える事すら無かったのは、事これあるを正確に認識し、既に腹をくくっていたからだ。
故に猟兵達の反撃もまた、激烈を極めた。その先駆けになったのは、美月と深耶の二人である。
美月は、霊兵統帥杖を用いつつ放った自身のユーベルコードにて、亡霊の砲兵集団をを召喚すると。予め振り分けられていた砲門へ、亡霊将兵達は手際よく配置に就く。それから砲撃開始までの、僅かな時間を稼いだのが深耶であった。
「どうやら、私は貴様達の天敵の様だな」
そう嘯くと、爆雷やら機銃弾やらが引っ切りなしに降り注ぐ中。平然と刀身が紫色の輝きを帯びた刀『妖刀・紫雨』を鞘から払うと……次の瞬間、凄まじい質と量の爆発が、猟兵達の乗る鉄甲船の上方で巻き起こったのである。
当然ながら、どう見繕っても刀の切っ先が届く距離では無い。そして、衝撃波やら鎌鼬やらといった、比較的ポピュラーな刀剣による遠距離攻撃法でもない。
「第一魔剣。それは世界に実体ある存在ならば、全てを絶つ」
手にした妖刀を、血振りして鞘に収めつつ。深耶は再び嘯いた。
練達の剣士であれば、実際に剣を抜いて敵に斬りつけずとも『剣を抜いて斬った』という裂帛の気迫を相手に叩き付ける事で、当の相手に『斬られた』と思い込ませ。仮死状態或いは、そのまま死に至らしめる、という技を操る者も居るが……先だって深耶の放った技は、衝撃波の類よりむしろ、こちら側の技に近い。
つまり『斬った』という気迫、或いは意思その物を『相手』ではなく『一定の空間その物』に叩き付ける事で、空間に干渉してそれを引き裂き。三次元的な距離や物理的制約を飛び越えて、対象を斬断するのである。思弁上では、この世界に存在する全ての物質を、如何なる距離からでも斬断可能な技だが……そこはそれ。あらゆる存在をあらゆる距離から捕捉する事など、如何なる存在にとっても不可能な所業であるし。最強の矛があるならば、最強の盾も存在する。実際に両者が相見えたなら、勝負は時の運である可能性は、きっとそう低くは無い。
常人には不可能な技を以て、深耶が貴重な時間を稼いでいる間に。美月配下の亡霊将兵達の配置と射撃準備が完了した。当然と言ってよいであろうか、このグリードオーシャンでは入手はまず不可能な、近代兵器の展覧会状態である。だが今、この時に至っては。非常に頼もしい限りである。
「全打撃部隊に発令……『地獄雨』発動!」
先程までとは打って変わった厳格な言葉と口調で、美月が号令を下す。そして『霊兵統帥刀』を頭上に翳し――
「全砲門、撃ち方始め!」
指令と共に、真下に向けて統帥刀を振るう。その動作が終わるのと、旗下の砲門群が一斉に咆吼を上げるのは、ほぼ同時だった。深耶の第一魔剣によって巻き起こった物に比すれば派手さでは劣るが、代わりに無数と言って良い数の爆発炎が、鉄甲船の上空で発生しては消えていく。
そして無論、深耶も最初の一太刀で仕事を終えるつもりなど無く。弾幕がやや薄くなった空域を見出す都度、その空隙を埋める様に『空間への斬撃』を放ち。容易に鉄甲船への攻撃を許さない。
「今だ! 全艦前進開始! 突入隊、出撃せよ!」
覇気に満ちた発声で、美月は自身と深耶、海中組の雲雀とこのはを除いた四人に向けて合図を送る。自身と深耶とで船を護りつつ、五人の戦線突破を援護。海中組は、突入組が敵艦上陸を果たし、注意が其方に向いた時を見計らい。海中から船底や推進機器を破壊する。これが今回の基本プランだった。
……が。そのプランは早々に、修正を求められる事になる。
「くっ……敵の一部が、海中に突入!?」
「そうか! アイツら、自分達のプランと同じ事をやる気でありますね!」
レイと櫻子がいち早く、行動の意味に気付いて歯噛みする。とは言え、今の所。自分達に出来る事は、ひとつしかない。
「水中組、聞いてくれ! 敵の一部が海中に突入した! 敵艦への攻撃は延期して、今は鉄甲船の防衛を頼む!」
深耶が空間を幾重にも切り裂き、美月が通信機を使う暇を捻出し。その隙に彼は通信機に向かって叫ぶ。二人の了解の旨を聞き終えると、通信を切って宙を睨み付ける。
「どうする? 突入組も暫く、防空に専念する?」
公明が残る問題を拾い上げたが、流石に即答できる者はいない。が、何時までも答えを出さないでいる訳にいかないのも確かだ。意を決し、トリテレイアが口を開く。
「……いえ。このまま全員で船を護っていては、恐らくジリ貧になるでしょう。海上からの突入組は、予定通りに行動すべきだと思います」
結局、賛成多数と言うより反対者無しという事で。突入は予定通り行われる事と相成った。
●Hot Contest
最小限の慰めとして、敵空母との距離は地道に稼げており。残りの間合いは二キロメートル程まで縮まっていた。
「今まで読んだ本には、記録されていない船……そして天使さんが、爆撃機役として活躍する事も初耳です」
この『花火』の乱舞の中、セシルは何処かズレた感慨を漏らす。確かに中々見られる光景では無いが、しかし当事者のひとりが発するにしては、あまりに淡々としたその言は。或いは他人事を話しているかの様だ。
「SSWでは、貴重なコアマシン確保の為に。船に接近し侵入しての白兵戦戦法がありますが。相手のみ、三次元的戦術が可能というのは中々に……」
こちらも、今まさに爆雷の直撃を受けかけていたとは信じられぬ程の穏やかさで、トリテレイアは語ってみせる。
「まあ尤も。臆す理由にはなりませんけどね」
そう言を区切り、肩を竦める白騎士が如きウォーマシンに、レイも思わず肩を竦めかけ。それどころでは無い事を思い出し、軽く苦笑する。
「それ程、上出来な状況でも無いのに。結構余裕あるのね」
「全くね」
公明もまた、それらのやり取りを耳にして小さく苦笑した。その光景を見て、櫻子もニッコリ笑顔を浮かべる。
「『空元気も元気』と言いますが。苦笑も笑いのひとつ、という感じでありますな!」
櫻子の一言は、ある意味至言であったろう。そうやって、例え苦笑であっても笑っていられる事こそが。決して諦めない事こそが。猟兵の『強さ』の源泉であるのかも知れない。人は、希望があるから前に進めるのでは無く。前に進もうとする意思こそが、希望その物となるのだから。
「それじゃ、お先に失礼するわね」
レイが先陣を切って、鉄甲船の甲板から身を躍らせる。彼女の背中の、呪印が如き傷跡から『影』が滲み出て、レイの足下を覆い隠し。例え海面であっても自在に動き回れる靴『闇ノ足音』を形成する。更に『影』その物を増速機構として利用する。
続いてトリテレイアが、脚部のバーニアを噴かして海面に着水する。脚部に現地改修のフロートを装着した上で、バーニアによる推進力で海面を滑走しようという意図である。
機械仕掛けの白騎士に続くのは、『江東の虎』ユニットを愛車のバイク『赤兎』に装備した公明だ。勢いよく甲板の縁を躍り上がって、綺麗な放物線を描きつつ着水。そのまま勢いに乗り、スロットルを更に開けて一気に敵空母を目指す。
それに続くのは、櫻子だ。彼女だけは長距離を飛行する能力も、延々と海面を渡る能力も持たないが。彼女のユーベルコード【蓮華渡り】は、一度にある程度の回数までなら、海面も空中も霊力の足場を生成する事で、自在に跳ぶ事が出来る。回数を使い切りかけたら、公明のバイクかトリテレイアの肩を借りて、回数をリセットする予定だ。
最後に鉄甲船の甲板から降りたのは、セシルである。ただ正確には『浮かび上がった後に、ゆっくりと舞い降りた』と表現すべきかも知れない。彼女は様々な属性を持つ、人一人が入れる程の泡を生み出す『バブルワンド』を用い。周囲を暴風が吹き荒れる泡を生成し、その中に入る事で。暴風による障壁と浮揚能力を同時に得たのである。
「皆さん、お待たせしました」
泡の内部から、セシルがそう告げつつ頭を下げる。それに皆が軽く頷くと、それぞれの装備に応じた増速方法を採りながら、空母へ向かい加速を始める。
これより先、彼等がやるべき事は。まず各々が全速力で、空母目掛けて突っ込む事だ。
さて。今回の一連の戦闘に置いて、一番の貧乏クジは間違いなく。海中組である雲雀と、このはの二人だろう。
極論すると海中を静かに進み、機を見て空母の無防備な土手っ腹へ、攻撃を叩き込めば良いだけの筈であったのに。気付くと海中を突撃してくる天使の群が、こちらを体当たりで突き飛ばしに来たり。そのまま鉄甲船の土手っ腹に、体当たりで突っ込み自爆を敢行してきたりするのだ。某作品のクローンパイロットを乗せた赤く輝く特攻兵器が、この話を耳にしたならば。仲間だと握手を求めに来るかも知れない。
「あー、もう! なんて面倒臭い敵なんでしょーね!」
『絶無』のコクピット内で、若干キレ気味に雲雀が悪態をつく。実のところ、戦闘自体はそれなりに、順当に勝利に近づいてはいる。雲雀とこのは、それぞれが自身のユーベルコードを紡ぎ出し。このはは水中戦能力の強化を行い。雲雀は何と、八十八機もの『絶無』の複製を生成し。数の暴力と性能とで、無理矢理ゴリ押し出来ている結果である。
ただ、例え第三者的には順調に見えても。当事者達は青色吐息……という事態は、しばしば発生する。雲雀も、このはも。そろそろウンザリしてきていたのだ。幾ら倒しても倒しても、次から次へと沸いて出て来ては、自身の身体と命を武器にする、サイコな連中の相手をする事が。
追加装備で海中に適応した『絶無』のブレードが、天使達を数体纏めで薙ぎ払う。返す二の太刀で更に数体を切り捨て、ついでとばかりに足下へ近寄ってきた天使を思い切り蹴り飛ばす。その様な光景があちらこちらで展開され。このははこのはで、バトルホイールを高速回転させて渦を作り。それを叩き付ける事で相手の自由を奪い、『絶無』の複製体がトドメに斬り捨て、順調に戦果を挙げている。にも関わらず、ともすれば泣きそうな顔を時折見せるのは、雲雀の苛立ちの原因と軌を一にした物だ。
「ボク達、いつまで戦ってたら良いんでしょうか? そろそろ終わってても良さそうな気がするんですが……」
勿論『予測』という名にすら値しない、単なる『願望』である。しかし、そういった言葉で精神的な換気行動を取らないと、正直やっていられないのだ。『物量の怖さ』或いは『強み』は、此処にもある。
二人にとっては、拷問にも似た十数分であったが……しかし、何事にも終わりという物は存在する。そして『転機』とは、往々にして突然訪れる物だ。
唐突に、通信機が甲高い音で受信音をがなり立て。精神的余裕をすり減らした二人が、刹那の間苛立ちつつ通信を受ける。その通信は、美月からの物だった。
「二人とも、良くやってくれた。敵戦力が敵艦へ帰還を始めている。申し訳無いが、もう一働き『本来の任務』を遂行して欲しい」
その通信の内容が、脳内で解凍処理を受け、ようやく理解するに至った時。雲雀とこのはが喜びを爆発させたのは、無論の事である。
海中組が、精神的な苦戦に陥っていた頃。突入組もまた、苦戦への坂道へ転落しかねない程度には、厳しい戦いを強いられていた。こちらは船上組からの支援を貰えると言っても、本来この進軍形式こそが、敵が最も想定していた状況である。その分だけ、敵の手札が揃っている訳だ。
美月の亡霊軍隊の執拗な対空砲火と、深耶の空間断裂を持ってしても。撃墜しきれない爆雷やらは、どうしても発生してしまう。更にレイが頭上高く投げ上げて展開した『雷竜真銀鋼糸』による電撃網にて、信管を駄目にして起爆を阻止したり。セシルが自らを包む泡が纏う暴風を解放して、威力範囲外で爆発させたり。トリテレイアの上半身の各部に格納された内蔵銃器にて、撃墜して処理するが。それでもまだ、尚足りない。
「一体全体、あんなとんでもない数の爆弾やら弾薬やら。何処から持ってくるのでありましょーな!?」
至近に落下してきた爆雷の、爆発の威力範囲外まで何とか逃れつつ。ずぶ濡れになった櫻子が実に尤もな疑問を口にする。だが遺憾ながら、その問いに論理的な回答を示す事のできる者は、この場には居ない。結果、黙認という形で流されてしまい。櫻子にとっては実に気の毒な次第と相成った。
「皆さん、色々寒いでありますよ……!」
「はいはい。この戦いが終わったら、お風呂に入って暖まりましょうね」
切ない抗議の言葉も、年上の公明に軽く流されてしまうのであった。
そんな悲喜こもごもを挽き潰しつつ、五人は海面を疾駆していたが……やがて天使の攻撃方法に、新たなパターンが加わった。爆薬を抱えた状態での体当たり攻撃、つまり所謂ひとつの『カミカゼ』である。本来は艦船へ行う戦法なのだが、効率が悪いと言うだけで、別に機動力のある敵に使ってはいけない訳では無い。実際海中組は、この戦法のお陰で、余計な心身の消耗に晒されたのである。悪い意味一方で『夢よ栄光よ、もう一度』という訳である。
ただ、猟兵達に知る術などある筈も無かったが……実はこの『カミカゼ』は、ネルソン提督の指示では無かった。天使達が同族間で共有する、一種の生体情報ネットワークの蓄積によって、自分達で判断し進化した結果だったのだ。これを知ったネルソンは、珍しく見るからに不機嫌になり。指揮椅子に足を組んで座った後、苦虫をダース単位で噛み潰していた。
全行程の約半分を消化して、最初は肉眼では、針の親戚程度のサイズであった敵空母の全容が、大分分かり易く見えてきた。尤も裏を返せば、この距離で既にそこまで見える程の威容を、空母という存在は誇っているという事でもある。何せ、ちょっとした地方都市程度のサイズと施設を、体内に抱え込んでいるのだから。
「デッカいわねー、流石に。よく沈まずに、浮いてられるもんだって思うわ」
レイが、即席の電撃網を横に振るって天使に叩き付けつつ、感嘆の声を上げた。更に迫るもう一体を、今度は網で絡め取って投げ捨て。そこへ『魔刀・篠突ク雨』で斬りつけて屠る。
他方では公明が、咄嗟に引き抜いた『Mathem842』で三連点射を行い、天使が仰け反った所に必殺の蹴打を見舞って撃墜する。が、天使が抱えていた爆雷が中途半端に暴発。幸いダメージは無かったが、吹き上がった水柱をマトモに被ってしまい。すっかり濡れ鼠になってしまった。
「うっとおしいわね。制空権が大事ってよく分かるわ……」
目に掛かりそうになる前髪を強引に払いつつ、思わず悪態を吐く。その有様を見て、櫻子はしみじみ慨嘆する。
「セシルさんは、水を被らずに済みそうで。羨ましいですなー……へくちっ」
「でも、常に魔力で維持しないとならないので。結構疲れます」
慨嘆に対し、セシルは生真面目に反応して言葉を返す。ついでに急降下で襲い掛かってきた天使の機銃弾を、暴風の障壁で受け流し。返す一手で暴風に絡め取り、ズタズタに引き裂いた。更に左背後から襲い来たもう一体に、風を練る様にして生成した、濃密な大気の投槍を撃ち放ち。正中線を正確に貫いて撃破する。
今回の他のメンバーと比べると、やや練度に劣る櫻子だが。彼女も立派な猟兵でである。退魔刀を、身体の延長の様に自在に操り。天使を一刀の元に葬る姿は、周囲に決して見劣りしない。
(「そろそろ、良い頃合いでしょうか……?」)
トリテレイアは、残りの行程距離と敵の数。更にその分布や傾向を、各センサにて収集した後、意を決する。
「皆さん! これから特大の花火を撃ち上げます。私の後に移動して下さい!」
意を得たりと、トリテレイアの背面側に移動する猟兵達。特に、セシルの瞳はきらきらしく輝き。余程に期待している様だ。
「凄い花火、なんですか?」
彼女の問いに、珍しくトリテレイアがジョークで返す。
「ええ、取って置きの奴ですよ」
言い終わると同時に、全ミサイル発射口を解放。射程範囲内の天使へ照準固定(ロックオン)。全発射システム、オールグリーン。
「行きます……!」
その言と共に、かなりの数の多目的ミサイルが一斉に宙を舞う。初速だけで音速など軽々と突破する、ハイマニューバタイプの弾頭である。遮蔽用の煙幕弾頭も混じっているとは言え、かなりの大盤振る舞いだ。
「天使の反応、一時的に激減。スモークで目眩ましも効いている今のうちに、一気に取り付きましょう」
もし彼に表情筋があれば、会心の笑みを浮かべているであろう口調で。トリテレイアが皆を促す。だが、三人は即座に反応したのだが……何故かセシルの反応が鈍い。何があったか問う直前、彼女の言葉が聴音センサに届いた。
「花火じゃなくて、ミサイルでした……」
見た目にもションボリするセシルである。どうやら意外と本気で『花火』に期待していたらしい。
「慣れない事は、する物ではありませんね……」
空を見上げるトリテレイアのアイセンサーに、哀愁の光が瞬いて消えた。
●『海の漢』の矜持と共に
遂に突入組の五人――正確には、レイは影の中に隠れている為。現在の人数は四人だが――は、ニルソン提督が指揮するクレマンソー級空母、そのフライトデッキへへ辿り着いた。ある者はバイクでジャンプ、ある者は呪術的な方法で身を隠しつつ。ある者は空中に霊力の足場を張って跳躍し、別の者は魔術で織りなした泡で、他の者はワイヤーアンカーを打ち込んで。ここまで辿り着いたのである。
そして、彼等の眼前には。
「猟兵と言ったな。よくぞ我が軍団を退け、ここまで辿り着いた。敵ながら、敬意を払うに値する」
一見すると優男にも見える所為か、年齢の読み辛い男。しかし、猟兵達が今更見間違えたり、戸惑ったりする筈は無い。
眼前の男は『七大海嘯『舵輪』ネルソン提督』その人に相違なかった。
「まず……その、影の中に潜んでいる、君。出て来たまえ。折角、頭目自らが姿を晒しているのだ。その上で暗殺など、無粋ではないか?」
眼前の猟兵達から、視線を一切逸らす事無く。ネルソンはそう言ってのけた。戸惑う様な数瞬の静寂の後、意を決し。レイも姿を甲板の上に晒した。如何にも嬉しそうに相好を崩して、ネルソンはレイの姿を見やる。
「そうだ。折角『舵輪』ネルソンが、決闘を申し込もうというのだ。真正面からでなくては、美しくないし、楽しくも無い。どうせなら散り際くらいは、選びたいからな」
「それは、遠回しな自殺ではないのか? 死にたがりを手にかけて回る程、私達は暇でも、お人好しでも無いぞ」
新たな声と厳しい言葉が、その場の全員の鼓膜を叩く。
「船の方も、追い付いてきたか……」
ネルソンの言葉と予測は正確だった。その場に更に二人、人影が増え。それは美月と深耶のそれに相違ない。詰問めいた言は、深耶が放った物である。
「と、なると……海の中に居た者達も、そろそろ『仕事』を終える頃か」
またしても、彼の言は正確だった。本来有り得ない船体の揺れが、断続的に起こり。やがて艦体後部の下方から、爆発音が連続して響く。恐らくは、間違いない。雲雀とこのはが、船底から推進力や動力源を破壊したのだ。
「やれやれ……こうも徹底的に破れるとはね。全員集合まで、後少しか」
「……で? 結局私は、まだ答えを聞いていないのだが?」
ネルソンの独白に痺れを切らしたか、深耶の語調が鋭く固くなる。その姿に肩を竦めると、彼は改めて口を開いた。
「別に死にたい訳じゃ無い。だが、どうせ死ぬなら。死に様はなるべく自分で選びたい。君達の様な強者と戦い、敗れ。海の上で死ぬ。それがせめてもの、私の望みさ」
満足かい? そう言を締めくくり、ネルソンは深耶を見る。彼女の方も、無理に異論を挟もうとは思わなかった様である。
それより十数秒の後、『絶無』に搭乗した雲雀と、キャバリアの手に座したこのはとが、更に甲板の上に顔を揃える。これで、全員集合だ。
「揃ったね。それじゃ、始めようか。私の終わりの始まりを」
「良いんですか? 九対一、ですよ?」
ネルソンの言に、セシルが思わずといった風で、口を挟む。だが彼は咎めなかった。
「確かに私は、『七大海嘯』の中では最弱だ。だが流石に、君達と一対一で戦って勝てない程だと、侮られては困るね」
確かに幹部クラスのオブリビオンは、流石に『強さの格』が違う。頭の中から『七大海嘯最弱』の単語は、しばし切り離しておく方が妥当だろう。
「ならばせめて。先手は貴方に譲りましょう。私にも『猟兵の矜持』がありますから」
聞き様によっては、とんでもない事を。トリテレイアが言い出した。だが異論は出なかった。或いは皆が、同じ様な事を考えていたのかも知れない。ネルソンは、ニヤリと笑む。
「なるほど……私と同様、君達にも君達の矜持があるか。ならばその提案、受けさせて頂こう」
『舵輪』ネルソンの手にある武器は、小銃がたった一挺。それを即席の杖に見立てて構える。
「それでは、先手。頂くぞ」
次の瞬間。彼はトリテレイアの眼前に居た。その事実が見る者の脳に染み渡る前に、トリテレイアの巨体が吹き飛ぶ。思わず全員が、ネルソンの間合いを避けて飛び退っていた。状況的には、全員でネルソンを包囲している様に見える。だが実際は、今の所。完全にネルソンのペースだった。
「ま、流石に。これ位の事なら出来る、という訳だ。理解して貰えたなら、改めて――死合おう」
言と共に、ネルソンが軽くバックステップを踏む。それを追いすがる様に、櫻子、美月、深耶とが。それぞれの愛刀の鞘に手を掛け、柄を握りつつ、一気に踏み込む。同士討ちの可能性は、考えなかった。有り得ないと、何故か信じられたから。
剣閃が三つ閃き、それぞれがネルソンに、浅くない傷を負わせた。櫻子が右肩から胸にかけて、美月が胸部を横一線に、深耶は左肩から右脇へ抜ける傷を、それぞれ負わせている。ネルソンは反撃と、小銃を構えるが……傷の衝撃で、構えが一瞬遅れた。撃たれる所であった美月は銃弾を避け、飛び退る。
恐らくは傷の所為であろう、やや荒い息を吐きながら、ネルソンは軽く後ろへ跳び……咄嗟に小銃を、身体の前に翳した。そこへ着弾する魔力弾。撃ったのはセシルだ。だが銃で銃弾を止められたショックは無い。そのまま続けて一発、更にもう一発。ネルソンも二発目までは止めて見せたが、三発目は止めきれなかった。右上腕を撃ち抜かれ、痛みで思わず腕が下がる。が、構わず彼は、左手のみで小銃を発砲。今し方、自身に傷を負わせたセシルを狙う。発砲。が、セシルまで、その銃弾は届かなかった。彼女の眼前に楡の巨木が如く立つ、白いウォーマシンの大楯が。それを受け止めたのだ。
「復活、随分早いのだな。もう暫くは、動けないと踏んでいたが」
「騎士たる者、仲間の危機には駆けつけられませんとね」
応答しつつネルソンは、彼の肩や推進器に取り付けられていたミサイルポッドが消えている事に気付いた。おそらく除装したのだろうと、推測はつく。それ故、先より段違いに素早い機動が可能だったのだ。
そして、トリテレイアの巨体の影から、拳銃弾が連続して発射される。公明が黒と銀、双方の形見の銃を、それぞれカートリッジが空になるまで撃ち放つ。殆どがネルソンの小銃捌きによって防がれたが、右脚腿や右肩、左脇腹などに銃創がある。思わず片膝を付いた幹部提督。
その瞬間、風が動いた。更に、影が動いた。闇色の影その物が刃となって、ネルソンの首を狙う。咄嗟に身体を捻り、致命傷を避けるが。刃自体は避けきれず、左上腕に骨まで達する斬傷を受けてしまった。無論、この影使いとはレイの事である。
両腕を実質的に失いながらも、尚立ち上がろうとする『舵輪』ネルソン。しかしその身体は、自分の物と信じられぬ程、重く感じる。が……すぐに、それだけでは無い事に気付く。雲雀の繰る操り人形が、彼の動きを束縛して封じているのだ。思わず愕然とし、凍り付くネルソン。
「さあ、今ですよ。決めちゃって下さい! このはくん!」
決然として言を紡ぐ雲雀だったが、名指しされた側は驚倒した。思わず意味なく、左右を見回してしまい……そして気付いた。トリテレイアもまた、片膝を付いている事を。その彼が、ゆっくりと自分に頷いてみせる。その一事で、このはの腹も完全に据わった。
ハンマーアームを起動し、右手をしかと握り込む。大きく振りかぶりつつ、全速力で助走を付け。インパクトの一瞬に、最大限の運動エネルギーを乗算させて、その拳を撃ち込んだ。雲雀のからくり人形は、既に待避を終えており。その巨大な打撃エネルギーは、全てネルソンが引き受ける事となり……彼の胸には、巨大な大穴が開いていた。
誰がどう見ても、一目で分かる。致命傷だった。
●海に生きた漢の魂は、海と共に
「最後の一人だったんだがな……せめて全員分の攻撃くらいは、耐えられると思ってたんだが」
彼の胸には大穴が開いており。普通に考えたなら、声を発する事などできる訳が無い。しかし現実として。『舵輪』ネルソンは、臨終の言葉を紡いでいた。
「こちらも、一撃くらいは撃てると思っていたんですが……見通しが甘かった様で」
トリテレイアの言葉に、苦笑らしき物を浮かべ。『七大海嘯』と呼ばれた男は、甲板の上で大の字に寝転がる。既に足先から崩壊が始まっており、この男の最後の、本当に最期の時が迫っている事が、否が応でも伝わってくる。
「聞きたいんだけど……どうしてわざわざ、あたし達と真正面から戦ったの? 身も蓋も無い事言うと、避けようと思えば避けられたでしょ?」
「言った筈だぞ。お前達が、敬意を払うに値する敵だとな。そんな奴らと戦ったと、あの世で自慢したいなら。真正面から戦わないと、お前達の凄さが伝わらないだろ?」
「呆れた……」
バッサリ切って捨てたのは、公明だったが。言葉の割に語調の方は、必ずしも拒絶していない様にも聞こえる。
ネルソンはその姿勢のまま、首を巡らし。このはの顔を見つけると、その眼をしかと見つめ。
「坊主、良い拳だったぞ。強くなれ……私などより……」
ほぼ条件反射だったかも知れない。だが、このはは頷いていた。少なくとも、拒絶の意思は、抱いていなかった。
「ああ……海の上で、強敵達と戦って死ねる。良い機分だ……」
その言葉を最期として、七大海嘯『舵輪』ネルソンの身体は、完全に塵と化し。後には何も、本当に何も残らなかった。
大成功
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