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春よあなたは儚くなった

#サムライエンパイア #猟書家の侵攻 #猟書家 #『刀狩』 #妖剣士

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 雪の降る音を深々と書くが、胸の裡で叫んでやまぬ声すらも、この冷ややかな真白には黙せよと諭されるのみだと、私は初めて知り得たのだった。風雪は村を囲む林にかき消え、ここにはもう、誰もいない。
 鉄塊めいて怠さを増す躰は別人のそれのように重い。己の死骸を引き摺るようにして、血腥い家から外へ這い出る。土はすべて白い雪に覆い隠されていた。雪の上に、唯ひとつ足跡が残されている。私はその終点を知っている。
 なにもなかった。
 そう、手繰った糸を切り離して雪に埋めてしまいたいのに、ちりばめられた紅が私を拘束して離さない。

 足跡は村の丘に続いている。丘の上に一本だけ立っている大きな桜は、老いた枝に哀しくも雪化粧を纏い、共に強く在ろうと誓ったあの日と変わらず、私『達』を見ていた。
 大樹の根元で、娘がひとり、仰向けに倒れている。白い雪。白に咲いた、花のような赤。その頬にも、唇にも、生気はひとかけらも残っていない。
「弥重、」
 気づけば私は刀を握っていた。――いや、はじめから持ってきていたのだろう。
 思い出す。私はここで、弥重を斬った。
 ともに切磋琢磨した、かけがえのない友を斬った。
 彼女のみで留まればまだ良かったろう。両親も、年老いた祖父母も、隣家の子供も家畜も、ひとり一匹残さずに斬ってしまった。
 なにもなかった。
 そうしてまた、ふりだしに戻る。父の遺体が、私の行為を否定しようもなく土間に転がっていた。

●scene
 今朝も弥重と稽古の約束をしていた。さめざめと未練たらしく降る雪が、私の刀にばかり纏わりつくものだから、些か面妖であると考えてはいた。
 刹那、全身の血が凍ったように心が白んで、私は疑いなく弥重の胸を突いた。白い心は透明で尖っていた。弥重には私の凶弾を防ぎようがなかった。
 弥重の胸に穴が空いたときも、どうとも思わなかったのを覚えている。人を斬るのも雉を撃ち殺すのとなにも変わりない、『これが正しい』という肯定感すらあった。
 ああ、そうだ、こうに違いないと、やけに合点がいって、村中の人々を撫で斬りにした。そうして最後に――何故か、あの咲いてもおらぬ桜を眺めに行ったのだ。そこでただ茫としていた。
 背中から胸にかけ、冷たい杭のような塊が私の躰を貫通していった。
 死に損なった弥重が最期の力を振り絞り、私を斃さんと差し向けた刃であった。

「……芳野、どうして、」
「どうして……? ……ああ。ああ、何故私は、」
「――私達は呪われてなんかいない!!」

 凍った心に刻みこまれた爪痕が疼いた。
 爪よりもっと鋭利な刃物で、幾重にも斬りつけられてきた傷だった。
 私はたまらず、息も絶え絶えの弥重を斬り捨てた。確かに隣を歩んできた娘の笑みはすっかり消え失せて、私の胸に空いた穴から、血の代わりにどす黒い影が漏れた。

 因果はわからぬ。ただ己が言い伝えの通り怪物と化したことを、私は初めて知り得たのだった。
 世界に白があふれた。弥重の死体だけが、消えない。

●warning
 その山奥の寒村に暮らす羅刹達は『呪われた一族』である。
 なんでも先祖が狂って焼き討ちに加担しただの、妖に憑かれ虐殺を繰り返しただの。信憑性の乏しい由来には事欠かず、自ら外部との交流を断ち、閉鎖的な社会で生きてきた者達だ。
 当の本人達が『呪い』なんてものを信じているのが問題だと、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は鴉に餌を撒きながら言った。彼はオカルトの類には厳しいらしい。

「猟書家の『刀狩』が討伐されたのは知っているかな。あの子の遺志を継ぐオブリビオンの仕業みたいだよ」
 芳野という妖剣士の男は、村の長の子息であったらしい。代々一族に受け継がれてきた妖刀『雪代』を先日拝領したばかりであったが、その矢先に悲劇は起きた。
 妖刀に憑いた黒幕に操られ、一族を根絶やしにしてしまった芳野は絶望し、餓蒐という名の鬼と化した。餓蒐は殺した者達の屍を取りこみ、更なる力を得ようと動いている。ただ、弥重という娘の遺体だけを、如何しても喰らうことができずにいるようだった。
「芳野さんの手から『雪代』を取り落とさせれば、オブリビオンの洗脳は解けるし、黒幕も出てくる。……と、口で言うのは簡単だけど、注意してね」

 それは、この地が呪われているから。
 等という眉唾な話ではなく。
「問題の本質はもっとシンプルだよ。妖剣士はとても強いんだ」


蜩ひかり
●ご連絡
 タグが【プレイング受付中】となっている時のみプレイング受付中です。
 それ以外の時はほぼ流れますので、予めご了承願います。
 当方の都合により再送になる可能性もございます。
 恐れ入りますがご承知置きください。

 2章は1章で採用済の方のみ受付の予定です。
 ご縁がございましたらよろしくお願いいたします。

●プレイングボーナス……正気に返った妖剣士と共に戰う(第2章)
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第1章 ボス戦 『餓蒐』

POW   :    屍山脈脈
全身を【掴み攻撃を行う数多の腕】で覆い、自身が敵から受けた【ダメージや、向けられた感情】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
SPD   :    定離斬
【刀を使った連撃と、それに伴う衝撃波】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    凶夢の呪い
【右目に嵌まった鳴らない鈴】を向けた対象に、【動けなくなる程の深い悪夢】でダメージを与える。命中率が高い。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は藏重・力子です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●1
 土間に転がしてあった父の遺体を、異形の腕がずるりと呑み込んだ時、胸のすく思いを覚えた。誰よりも村の因習に固執していた父は、七つの時『お外にいきたい』と口にした弥重を鬼の形相で殴り、三日三晩門前に正座させ晒し者にした。弥重の両親は、愚かな娘をただ蔑んだ目で眺めるのみであった。
 家族であれば無条件に愛されるなど、勘違いも甚だしい。
 私も長子として、いずれこの『雪代』を継ぐためだけの触媒だった。
 父は私を愛していなかった。
 私も父を愛してはいなかった。

 弥重は好奇心の旺盛な娘で、度々狩りに出ると嘘をついては、村の者には内密で私を連れて、城下へ繰り出した。彼女は学習はしたが、反省はしなかった。弥重に対する度を過ぎた折檻は、外界にふれた私達に、里の異常性を伝えただけに過ぎなかった。
「いい、いつか芳野があの呪われた『雪代』を守る番になったら、あれを持って出奔するのよ。それで何も起こらなければ、父上や母上だって考え直してくれる筈だわ」
 ……その『いつか』が来た時。
 郷里からの追手にむざむざと斬られる訳にもいくまい。村を守る為と嘘をつき、私達は剣術の稽古に励んだ。集合場所は決まってこの桜の下だった。
 ふたりで背丈を比べあって刻んだ傷が、激しい打ち合いで刻まれた傷が、木の幹をよく観察すれば今でも見える。
 背比べはいつからしなくなったのだろう。私達はもう二十歳になっていた。

 そして、妖刀『雪代』は。……私は。
 弥重を斬った。斬ってしまった。
 何故斬れたのかが未だにわからない。
 弥重は……、

 弥重は、そもそも私より優れた妖剣士であった。
 長い黒髪が、血を吸った雪上に広がっている。
 彼女の強き力と真っ直ぐな想いさえ得られれば、この新たな躰も一層自由に使えよう。
 それなのに。ただ、それだけなのに。
 なにゆえ、この手は届かないのか。

●補足
・芳野は丘の上の桜の木の下にいます。雪が積もっていますが、見晴らしのよい開けた場所です。
・村にあるのは弥重の死体のみです。他はすべて餓蒐に取り込まれました。
・一章終了まで芳野が『雪代』を手放すことはありません(腕を狙われる等してもオブリビオンが離させません)。
・洗脳は説得によって解除されるものでもありません。
・基本的には普通に戦闘して頂ければOKです。各自有効と思われる行動をご自由にお取りください。
逢坂・理彦
『妖刀』と言うのはそもそも好まれない。
振るうたびに命を削る刀だからね。
他人の命だけじゃない自分の命さえ。
だから扱いに慎重になる。
堅苦しい掟は若い子には苦痛だろうが。

自分も妖刀を扱う身。
自身の『妖刀』には愛着はそれなりにあるし同じ『妖刀使い』を利用されるのは腹立たしい。
だからこそー

使う刀は退魔刀・翠月【破魔】を纏いて撃ち合いに望む培ってきた【戦闘知識】で攻撃を【見切り】つつ【早業】で攻撃

距離をとってUC【狐火・椿】使用。
敵UCに過去の里の壊滅と今の大事な人の死を見るが自身を【鼓舞】し乗り切る


鎹・たから
いけません、それ以上は
あなたが泣いているから
たからはあなたを、すくいます

遠くから手裏剣二振りを時間差で放ち
弾かれるのは承知の上
その瞬間、たからは彼の前から姿を消します
【2回攻撃、早業、忍び足

素早く駆けて懐に飛び込みます
例え体を掴まれたとしても
本人の肉体に辿り着けば問題ありません
これ位、痛くありません
【ダッシュ、残像

雪が赤く染まっても
もう、芳野の傍に誰もいなくても
…いいえ
居るはずです
心に、彼女が

あなたを取り戻せるなら
たからは諦めたくありません

斬られようと殴られようと
彼の体に魔鍵を突き刺す

目を覚ましてください!
あなたが弥重を弔わなければ
誰が弥重を想ってやれるのですか!
【祈り、暗殺、優しさ



●2
 そもそも好まれないのだ、『妖刀』という曰くのついたものは。
 妖剣士たる逢坂・理彦(守護者たる狐・f01492)は、身をもって理解していた。妖刀『朱月丸』を抜けば、この凶刃は誰だろうが斬り捨ててしまうに違いない。それどころか、主である理彦のいのちすら貪欲に貪るだろう。
 ――狐の命は長すぎる。いつか、誰かを置いて歩きだしてしまうかもしれぬ程に。
 それでも、軽々しく抜く訳にはいかなかった。理彦は指にはめた翡翠の指輪を一瞥すると、朱月丸ではなく、『翠月』と銘打たれた退魔の刀にその手を添える。
「おじさんはもう慣れちゃったけどさ。堅苦しい掟は若い子には苦痛なんだろうね」
「そういうものですか」
 そう、口先では若干の自嘲を交えながら。
 円熟した視線の先は、まさに若き力へ。今、ともに未来を拓こうと動く宝へ注がれていた。

 ※

 雪が飛んできた。
 芳野は雪の結晶を目にしたことがなかったが、『こういう形をしているらしい』という知識はあった。村に代々伝わる古文書を通し、厭というほど見せられた形状とほぼ同じだった。そして直感的に思った。これに触れてはいけない、と。
 操られるように、妖刀『雪代』を横薙ぎに振るう。結晶らしきものは硬質な金属音をたてて弾かれ、雪の上に刺さり、そのまま動かなくなった。これは雪などではない。暗器だ、と芳野は気づく。
「……忍びか。小細工は通じぬぞ。姿を見せよ」
 誰かを打ち損じたに違いないと思い、全方面に殺気を向ける。然して、手裏剣の主は姿を現した。
 同じように角を生やしてはいるものの、記憶にない顔だった。些か風変わりな装束の少女である。しかし、その眸と角に刻まれたうつくしい雪の紋様が、どうしようもなく芳野の心をざわつかせた。

「いけません、それ以上は。あなたが泣いているから」
「私が、泣いて……?」
 芳野は己の目許をぬぐった。乾いた肌に、冷え切った指の冷たさが凍みた。

「戯言を言う。この殺戮は全て私の意志によるものだ。悲しみはない」
「鎹・たから(雪氣硝・f01148)です。たからはあなたを、すくいます」
 まっすぐに立った少女は、一方的に名乗りをあげると、雪の華を模した手裏剣を再度投擲した。
 弧を描いて飛ぶ結晶を弾こうと、芳野が動いたタイミングで、反対側からもう一投。小癪な、と声がして、返す刀でそちらも退けられる。
 距離を詰めようと芳野が一歩踏みだした、その瞬間。
「……消えた?」
 視線の先に居た筈のたからが消えていた。いや……速すぎて視えなかった、が正しい。芳野の眼が微かにたからの残像を捉えた頃には、既に彼女は懐の内に入っていた。
「ぐ……っ!」
 腹部に強い衝撃を感じ、芳野はたまらず仰向けに倒れこむ。腰を落とし、直線的に突っこんできたたからの勢いを受けきれなかった。彼女は瞬きもせずに芳野を見下ろしたまま、なにかを構えた。
 ――ソレヲ受ケルナ。
 『雪代』がおぞましい声を発する。芳野が『これはいけないものだ』と認識した瞬間、全身から血で染まった影の腕が数多突きだした。影の腕はたからの腕に、脚に、首にからみつき、華奢な身体をへし折ろうと激しく絞めつけてくる。
 ……この腕は、どうやら向けられた感情に比例して力を増すようだと、芳野も気づいていた。
 だが。だとしたら。いったい何なのか。
「これ位、痛くありません」
 顔色ひとつ変えず、ただ己に得体のしれない武器を突き刺そうと、一心に向かってくるこの少女を動かしているものは。
 まだたからの想いを知らぬ芳野は、彼女を脅威だと感じた。同時に、この娘も取りこんでやろうとも思った。この強さは、弥重。いとしくも忌々しい、おまえに似ている。

「よいしょ、っと。ちょっと通るよ。ごめんね、もう一人いるんだ」
 澄んだ翠色のひかりが、やわらかな太刀筋とは裏腹な冴えをもって、たからを束縛する影の腕を断ち斬った。完全に意表を突かれた芳野は、驚いて目を見開く。
 一見するとどうにもぼんやりした印象の、中年の狐がそこにいた。こちらも芳野には見覚えがない。桜の裏に隠れて死角から接近していた理彦が、長年の戦闘経験で培った勝負勘を活かし、芳野が全く周りを見なくなったタイミングで攻撃を仕掛けたのだった。
「たからちゃん大丈夫? 怪我はない?」
「あとすこしで骨が折れていたかもしれません。でも大丈夫です。たからは負けません」
「無理はしないでねー。さて……若い子達が頑張ってるんだ。おじさんもちょっと真面目にいくよ」
 芳野は慌てて立ち上がり、理彦へ咄嗟の一突きを繰り出したが、単純な攻撃は容易く見切られている。理彦は上体を半歩ずらして突きを避け、まだ形を整えていない芳野へ打ちかかる。
「……!」
 芳野は間一髪、翠月の刀身を自らの妖刀で受けとめた。刃がかち合った瞬間、ざわりと胸を灼くような感覚が理彦を襲った。この『雪代』には確かに、何か良からぬものが宿っている。そう思わせるに充分な手応えがあった。
 そして、その『何か』……オブリビオンが、翠月の宿した破魔の力へ、激しく抵抗しているのを感じる。

『邪魔をしないでッ!!』

 芳野のものではない声が響いたのは一瞬。青年がぐるりと白目を剥き、今までとは比較にならない速度で乱れ斬りを放ってきた。理彦は斬撃のひとつひとつを落ち着いていなしながら、オブリビオンの邪気を少しずつ削ぎ落としていく。
 ――この子は、この刀をどう思ってるんだろうねぇ。
 若い二人にとって因習の象徴であったこの『雪代』は、この事件を通して、更に忌まわしきものになってしまうのだろうか。
 それが妖刀の宿命であろうと、自身の『朱月丸』にそれなりに愛着を持つ身としては、少々寂しいものがある。同じ妖刀使いをこのように利用され、腹立たしい思いもある。
 だからこそ――『刀狩』の残滓は、見過ごす訳にはいかない。

 打ち合いから退いた理彦の周囲を、無数の狐火が包んだ。雪景色を彩る椿のかたちをした炎は、はらはらと戦場へ散っていく。芳野の右目に嵌まった鳴らない鈴が、理彦をぎろりと睨んだ。
 理彦は思わず立ち尽くす。
 芳野の足元に寝かされていた弥重の黒髪が、見慣れた灰色に見えたから。
「――ちゃん!」
 理彦は大切なひとの名を叫んだ。只事でないその様子に、幾分数の減った腕と格闘していたたからも気を向ける。
(幻影を見せる類のユーベルコードですか)
 たからの眸にうつるのは変わらぬ寒村の風景だ。けれど、理彦は異なるものを見ていた。とうに壊滅した村。守護者たる己が、まさしく守れなかった村。己を責め、二度と幸福など望むまいと科していた頃の感情が、理彦の歩みを鈍らせる。
 ――ちゃんは……あの時、里の皆と一緒に死んだ?
 自分が殺めてしまった? いや、それは目の前の若者の話だった筈だ。これは只の幻だと、理彦は己に言い聞かせようとする。たからは渾身の念力を放出し、纏わりつく影の腕を振りほどいた。今度は、こちらが助けになる番だ。

「雪が赤く染まっても。もう、芳野の傍に誰もいなくても……いいえ。居るはずです」
 心に、彼女が。
 その言葉を口にした瞬間、『何か』から凄まじい憎悪を向けられた気がした。
 たからの接近を阻もうと掴みかかる腕を引き摺りながら、幾度となく殴られ痣をつくりながら、それでも前進を続ける。
「貴様……我らには無関係だろう。何故諦めぬ!」
「あなたを取り戻せるなら、たからは諦めたくありません!」
 ――届いた。
 雪を象った魔鍵が芳野の胸に刺さる。回せば、かちりと音がした。ああ、やはり彼はかなしんでいるのだ、という感触があった。ひとは誰もが善良であり、しあわせであるべきだ。その切実な祈りは、ただ、あたたかな雪解けだけを願っている。

「目を覚ましてください! あなたが弥重を弔わなければ、誰が弥重を想ってやれるのですか!」
 そうだ。
 目を覚ませ――たからの声は、悪夢に蝕まれる理彦にも届いた。茶色の耳がひくり、と動く。
 己の心を震わせ、斃れている人物をしっかりと直視する。あれは……違う。弥重という娘の遺体だ。悪夢に打ち勝った理彦は、漂っていた狐火を直ちに一点へ集める。
「伝えてください。あなたはいま、悲しくて泣いているのですと。芳野のこころに、ひかりを。灯してあげてください」
「うん。たからちゃんの声、おじさんにも届いたよ。一瞬熱くなるけど、勘弁してね」
「大丈夫です。たからは我慢できます」
 芳野を支配する『何か』はその時、必死の抵抗を試みた。己の頭上に――芳野とたからの真上に、巨大な炎の椿が咲こうとしている。何故だ。まるで施錠されたように、全身がぴくりとも動かない。

 おのれ、と恨みがましい声が響くとともに、椿は落ちた。
 迸る炎が鬼を焼き、血を焼き、影の腕を焼きつくす。たちまち一帯を覆った紅色のなかで、桜と横たわる弥重のからだだけが何者にも侵されず、ただ、静かにそこに在った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ナギ・ヌドゥー(サポート)
普段はなるべく穏やかで優し気な感じで話してます。
……そう意識しておかないと自分を抑えきれなくなりそうなので。
それでも戦闘が激しくなると凶悪な自分が出てしまいますね。
オブリビオン相手なら最初から素で対峙し、手段を選ばず殺しにいきますよ。

探索行動の時は第六感などの知覚に頼る事が多いです。

日常的な行動は、寛ぐ事に慣れてないから浮いた存在になるかもしれません……

武器は遠距離ではサイコパーム、近距離では歪な怨刃、
痛みや恐怖を与える時はソウルトーチャーを使います。

己は所詮、血に飢えた殺人鬼……
それでも最後の理性を保つ為に良き猟兵を演じなければ、とも思っています。
どうぞ自由に使ってください。



●3
 ナギ・ヌドゥー(殺戮遊戯・f21507)は直感した。咎人殺しであり殺人鬼たる、生粋の殺人者であるがゆえに。
 あの芳野という男は、けして里の人間を殺したくて殺した訳ではない。
 恐らく、すべてはあの『雪代』という妖刀に宿ったオブリビオンの仕業だ。常日頃は温和で無害な人物を演じ、その実誰でもいいから殺したくて殺したくてたまらない自分とは明確に異なる。
「何とも皮肉なものだ」
 周囲に誰も居ない事を確認し、独りごちる。ナギは鬼の憑いた妖刀など無くても、常にあの狂った妖剣士と同じ存在だというわけだ。そんな事は今更、いちいち確認するまでもなく、よく自覚しているが。

 さて、何をすべきか。
 ナギは己に残ったわずかな理性と向き合い、問いかける。あの男は一時的に鬼と化してはいるが、殺すのはまずいだろう。今回の目標はあくまで、妖刀を取り落とさせることだと聞いている。妖剣士はのちの戦力にもなるので、腕を斬ってもいけない。
 率直に言って、非常に難しいと思った。己の専門は確たる敵へ痛みと恐怖、そして死を与えることだ。この依頼で必要とされているものとは恐らく真逆であろう。
 ――だが、それゆえに、やれることはやろうと考える。
 この行為が『良き猟兵』である証明となるならば、ナギは己の裡に渦巻く狂おしい殺戮衝動を抑えつけることができた。

 炎に包まれ、悶え転がっている芳野という男に忍び寄り、虚飾暗行を発動する。この状態でも刀は手から離れないらしい。些か哀れではあった。
「芳野さん。ぼくの目を見て下さい。あなたは今、その刀に操られているだけです。あなたは里の者達を殺したくはなかったはずです」
「……誰だ……違う、私はこの村が憎かった。女でありながら、私より強き力を持つ弥重が憎かった。これは全て私がやった事だ!」
「黙れ」
 ナギは目を見開いて、芳野を――その先にいる何某かのオブリビオンを睨みつけた。
「アンタはオレとは違うだろう。目を覚ませ。……これが嘘吐きの眼に見えるか?」
 芳野の視線が、確かにナギの眼を見た。
 底冷えのする銀の中に渦巻く、純粋で暴力的な殺意と、それを抑え込もうとする強靭な精神を捉えた。
 そうだ。そのまま堕ちてこい。ナギは催眠と幻惑の力を更に強める。
 この力は本来、敵を嘘で陥れるためのものだ。けれど、今改めて叩きこんでやっているものは、虚構ではない。ただの、たまたま見えてしまった本当のことだ。
 
 これ以上手を加えすぎないように、ナギは身をひいた。
 己は所詮、血に飢えた殺人鬼である。どれ程の効果があったかは分からない。だが、妖刀を握る男の握力は、わずかに弱まっているように感じられた。

成功 🔵​🔵​🔴​

杜鬼・クロウ
アドリブ負傷◎

先日、刀狩の最期を見届けたと思えば
此度も一足遅かった(歯軋り
また奴は人の心を踏み躙る行為を…ッ

赤に染まる白に目閉じ開く
親指噛み【蜜約の血桜】使用
雪の中、剣に灯すは揺らがぬ炎
抱くは同情?否、彼の真の救いは何か求めて抗う
複雑な想い総て力に込め
迷い無き正義を

その妖刀で斬り伏せて
初めて村の呪や悪しき因習から解放された
そう思ったか?

(皆が皆、強くはない
例え逃げたくとも
何の柵も無い
只の芳野と弥重なら─)

弥重を喰えねェのは
僅かでも自責の念があるからだろ
芳野、目ェ覚ませや
大事なのは、これからお前がどう生きてゆくかだ
美事な剣筋、鍛錬の賜物か
本来何の為にその力を揮うつもりだった?
死なせねェ

柔桜で包む


戒道・蔵乃祐
落花枝に返らず、破鏡再び照らさず。

されど…、ただ一振りの妖刀。人の世に仇なす人斬りが残るのだけなのは、あまりにも、見逃し難く

妄念、妄執。血に刻まれた執念が、代々の何れ程長き研鑽を積んだのか。
それを以てすら御すには至らなかった、悪意と企みが1つの歴史を終わらせた

しかし、だとしても
此処から先は譲れない。譲るわけには、いかない
故に。押し留める。


闘法黄金律を発動

定離斬を侍刀で迎え撃ち、衝撃波の斬風を潜り抜けるダッシュ+切り込み。懐に飛び込み餓蒐と切り結ぶ

連撃を早業+ジャストガード。読心術で『雪代』の奥義を見定め
武器受け+見切りでその間隙を見出だした瞬間
スナイパー+残像で戦輪を投擲し
芳野の腱を断ち切る



●4
 まだ真新しい雪の上に、点々と赤が咲いている。
 痛々しい戦禍の痕を目の当たりにした杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は、夕赤と青浅葱の二色に彩られた瞳を静かに伏した。否が応でも瞼のうらに甦るのは、未だ鮮烈なる過日の記憶。大いなる龍の姿を保っていた頃の『猟書家』刀狩――あの邪竜に自ら引導を渡してやった時の手応えすら、覚えている。
 目をひらく。
 奇しくも、そのとき滅ぼされた村の光景が、寒気深々と染みとおる戦場に重なって見えた。

「野郎……骸の海へ還ったんじゃねェのかよ。また、奴は人の心を踏み躙る行為を……ッ」
 クロウは歯をぎり、と噛み、感情の置き所を求めて雪を踏んだ。此度も一足遅かった。本体が消滅してなお、刀狩の弄した策――と呼ぶにはあまりに残虐なばかりの行為が、連鎖を続けていることが悔しかった。
「落花枝に返らず、破鏡再び照らさずと申します。されど……、」
 戒道・蔵乃祐(荒法師・f09466)も理解を示すように浅く瞑目し、犠牲者達の魂の安寧を願う。この村にもこの村なりに、平穏な日々があったろう。すべては無残にも蹂躙され、残されたのはただ一振りの妖刀と、狂気に苛まれるひとりの若者だけ。
「……人の世に仇なす人斬りが残るのだけなのは、あまりにも、見逃し難く」
 そのような非道が、此処にまかり通らんとするならば――破戒せねばなるまい。
「全く同感だぜ。これ以上はやらせねェ……!」
 クロウは義憤をこめ、強く親指を噛んだ。懐に忍ばせた御守から滲みだす、常夜桜の残香――蜜約の証はクロウの血肉を喰らい、季節外れの桜となって、黒を纏う指先からしたたり落ちる。蠱惑的な春の香りが辺りに満ちた。
 対して、蔵乃祐が発動するは闘法黄金律。悪路をものともしない脚力、相手の出方を見定める動体視力、そして確実に仕留める集中力。鍛え抜かれた金剛の肉体は、如何なる状況下に於いても戦闘に最適化し、形を変えていく。
 今しがた、桜の周囲に巨大な炎がひろがったのを見た。味方が放った超常の炎は、桜や弥重の遺体を焼くことなく、何者かに憑りつかれた芳野だけを攻撃しているようだ。その彼は雪を纏い、なんとか消火を試みている。
 精神に訴えかける攻撃により、刀を握る力もいくらか弱まっているように見えた。奇襲を仕掛けるなら今だろう。
 二人は駆けだした。何もかもがつめたい雪に覆われたこの地に呑まれぬよう、心に揺らがぬ炎を。その想いをこめ、クロウも愛刀『玄夜叉・伍輝』に炎を纏わせる。
 静かに、だが熱く燃ゆる火種は、同情などではない。
 ただ、彼にとって真の救いとは何なのか。それを求めるため、過ぎ去りし過去に抗う。
 抗う道を示せるのは、猟兵だけなのだから。



 厳寒に耐え忍ぶ桜は、春先の華やいだ装いにまだ遠い。ただ一本、届かぬ場所で咲き誇るその姿が鮮明に浮かぶのは、きっとこの常夜桜の残香が、どこまでも己の心を捕らえて離さぬからだろう。
 戀とは呪いのようだ。あの芳野という男にも、どこか通じるものがあるような気がした。いや、それよりも――。
「……」
「杜鬼さん、如何致しましたか。何か気掛かりな事でも」
「いや。迷いはねェよ。ただ、あの妖刀……っつか、アレに憑いてる野郎から『何となくイヤな感じ』がしたモンでな」
 直感的に汲んだそれは、恐らく、今クロウが抱いた想いと深く関わっている。その複雑ささえ力に変え、一直線にひた走る。総てはただ、己の信じる者と、正義の為に。
「やはりあの刀……心得ておきます」
 芳野が此方に気づいた。妖刀『雪代』も輝きを増し、彼を再び闇へ引き摺りこもうとしている。
 繰り出された斬撃は、どちらかというと『刀が自ら動いて芳野を引っ張っている』ように見えた。この男に触るな――そう言わんばかりに放たれる無秩序な斬撃が、今の蔵乃祐にはスローモーションで視えている。
「ふんッ!」
 異世界の遺失技術に鍛えられた侍刀、『百八式山本五郎左衛門』が力強く振るわれ、雪代の斬撃を払う。体格で劣る芳野は足に体重をかけて踏みとどまるが、じりじりと押されていく。
 ならば、と後ろに飛び退いて蔵乃祐達から距離を取り、芳野は刀から生じる衝撃波で遠隔攻撃を試みた。しかし、クロウも魔剣に宿した炎を解き放ち、衝撃波を相殺していく。
 炎を潜り抜けた斬風がクロウの肌を裂いたが、これすらも、今は力となるだけだ。
「今だ、やっちまえ!」
「応! 疾きこと風の如く。 そして、」
 ぶつかり合う二つの力。その隙間に生じる僅かな道を走り抜け、蔵乃祐は再度芳野に肉薄した。懐に切りこみ、狙うは刀を握るその腕一本。
「蝶のように舞い、蜂のように刺す!」
 斜めに打ち上げられた刀の切っ先が、ひとすじの線を描いて芳野の腕に当たった。本来なら腕が千切れていてもおかしくない致命傷だ。
 しかし、鬼の妖気と刀の怨念で強化された芳野の肉体は、鋼のように硬い。浅い斬り傷が刻まれたのみだ。
「貴様……!」
 反撃も見越していた蔵乃祐は、太刀筋が見えぬほどの速さで芳野の斬撃を止める。しかし、芳野も負けてはいない。蔵乃祐の早業に追いつくように、追いこすように、だんだんと反応速度を上げていく。
 クロウも弥重の遺体を背に隠しつつ、打ち合いに加わるが、荒々しい攻撃は二人を圧倒まではせずとも、充分に捉えてくるようになっていた。
 見事、いや、美事とさえ称賛したくなる、その剣筋……彼は今も鍛錬を積み、成長しているのだ。この戦闘中に。
 そこにかつて芳野と弥重が過ごした日々を重ね見て、クロウは再びやるせない想いを抱く。
 二人のみではない。
 持ち主と共に研鑽に研鑽を重ね、代々受け継がれてきたというこの刀は、彼ら一族のすべてを背負うてここに在る。
 妄念。
 妄執。
 血に刻まれた執念。
 『呪い』と称されるそれを以てすら、刀狩の悪意と企みを御すには至らなかった。かの者の置土産が、またひとつの歴史を滅ぼし、終わらせたのだ。
 一撃。
 また一撃。
 重みを増す手応えから、蔵乃祐もその事実を感じ、憤懣やるかたなく思う。
 しかし。
 だとしても――。

「その妖刀で斬り伏せて、初めて村の呪や悪しき因習から解放された。……そう思ったか?」
 クロウがそう問うた瞬間、芳野の太刀筋が乱れた。その僅かな隙を逃さず、魔剣の纏う炎を雪代に叩きつける。
「……ああ、そうだ。この閉ざされた村以外の世界を知らずにおれば、或いは己を知らぬまま、ただ茫洋と、贄として生を全うする事が出来たやもしれぬ。だが、私は知ってしまった。自由を、世界というものを知ってしまった。己と世界を隔てる柵を破壊せずにはいられなかった――!」
 妖刀を握る芳野の手が震えている。それが干渉と新たな鍛練の果てに、目覚めはじめた彼本来の心であると、語っているかのようだった。
 己の生まれや故郷を疎ましく感じていたことは真実だろう。だが、芳野自身も、自らの行動の矛盾に疑問を覚え始めているようだった。

 ならば、なぜ、他ならぬ弥重を。
 無二の友であった彼女を、真っ先に殺した――?

「弥重……あ、ああ、私は、わ、ワタシハ……ワタシハ……!」
 ――ワタシノ邪魔ヲスルナ。コノ男ハ、ワタシノ――!
 再び、芳野のものではない声が響く。今度ははっきりと、女の声が聴こえた。恐らく雪代に取り憑いたオブリビオンの声だ。
「……ッ! おまえは誰だ!」
 芳野もようやく『何者か』の存在を自覚した。己の裡から溢れ出る異形の腕が、クロウに掴みがかるのを目にし、今はじめて気づいたかのように驚いている。
 無数に蠢く影の腕は、めいめいに雪代の影を握り、いよいよ鬼気迫る様子で二人に斬りかかってきた。
 超人的強化を受けた蔵乃祐の肉体は、それすら見極め、受け止めることを可能としたが、直接動きを封じられているクロウには斬撃の嵐が降り注ぐ。
 妖刀雪代が研ぎ清まされた氷のように、つめたく輝いた。
(秘められし力が目覚めたか)
 蔵乃祐の中に流れこんでくる殺意は、芳野のものではない。
 妖刀に憑いた鬼が、三人もろとも殺してやろうとしている。いや、芳野だけは助け、より絶望させるつもりかもしれない。いずれにせよ、腹は決まっている。

 先程の刃の重みを、感じた怒りを思い出し、集中を極限まで高める。
 此処から先は譲れない。譲るわけには、いかない。
 故に。押し留める。
「妖刀『雪代』が奥義、ここに見定めて候。いざ参られよ!」

 雪代の刃から、それはそれは美しい、雪と桜が舞った。
 一瞬でも気を抜けば、蔵乃祐であろうと桜吹雪に拐われてしまいそうなほど、切なく幻想的な――しかし、今の蔵乃祐にその技は通用しない。
 駆け込んできた芳野が、いや、『雪代』が、もらったとばかりに首をはねようとした刹那、蔵乃祐の残像は消滅する。
「!? そんな、馬鹿なことが……!」
「破ァ!」
 逆に桜吹雪の中へ姿をくらませた蔵乃祐が、完全な死角から戦輪を投擲した。鋭利な棘のごとき刃が、芳野の足と手首に命中し、腱を断ち切る。芳野もたまらず膝をついた。

 彼自身の流した血で、妖刀が滑り落ちようとしている。
 皆が皆、強くはない。
 例え運命から逃れたくとも、逃げ出せなかった者もいるに違いない。
 何の柵も無いただの芳野と弥重がここにいれば、すべては変わっていたのかもしれない。
 ――常夜桜の香りがいっそう強さを増す。クロウを此処へ縛りつけ、逃さぬように。
(この雪見桜も悪くねェ。だが、俺にとっては、)
 続く言葉は胸の内に飲み下して。いま見るべきものへ、目を向ける。
「弥重を喰えねェのは僅かでも自責の念があるからだろ。芳野、目ェ覚ませや……大事なのは、これからお前がどう生きてゆくかだ」
 自らの凶行に巻き込まれ、血塗れになりながらも、クロウは真摯に、諭すように語りかける。男気に満ちたその姿を見た芳野は、今にも泣きそうな目をして、こう懇願した。

「殺してくれ」
「――死なせねェ、」

 知っている。それは、この世界に育った侍らしい美学であると。
 けれど、クロウは思い出してほしかった。残酷な十字架と、呪われた宿命を背負い、それでも負けずに生きてほしいと願った。
「なァ、芳野、」
 ――本来、何の為にその力を揮うつもりだった?

 クロウの流した血がふわりと宙に舞い、桜よりもずっと紅い、血桜の花弁となる。美しくも禍々しき花の刃は嵐となりて、目の前の男のいのちを食らいつくしてしまう。
 はずだった。
 やわらかな桜の雨に包まれた芳野が見たものは、かつて弥重と共に過ごした、懐かしい日々であった。また来年も桜が咲くのを見ようと、他愛なく話していた日々。もう二度とは果たせぬ、そのちいさな約束だった。
「弥重……すまぬ、私は、」
 芳野の瞳から、あたたかい涙がこぼれ、雪代に降りかかったそのとき。
 まるで雪がとけるように、妖刀はするりと、彼の掌からこぼれていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『人斬り小町』

POW   :    絶剣の見切り
【一手秒先の未来を見てきたかのように】対象の攻撃を予想し、回避する。
SPD   :    悲恋百刀
予め【刀剣を無数に周囲に展開 】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
WIZ   :    哀歌剣刃舞
【哀しみを込めた剣の舞 】が命中した対象を切断する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠堂崎・獣明です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●5
 羽蟲がいっせいに飛び立つように、桜が舞った。
 芳野が取り落とした妖刀『雪代』から滲み出た妖気の花弁は、やがて人のかたちを成し、ひとりの女をこの世に産み落とした。
 女は、長い黒髪に隠れた顔をゆっくりと上げる。白いかんばせは哀しげであったが、瞳の底には冷えた湖のような執心が、膜を張っているように思われた。
「弥重、」
 芳野は絶句していた。彼が正気を取り戻したと見て、駆けつけてきた猟兵達も、過去から這い出た女と弥重の死体を見比べた。
 ……よく似ている。他人とは思えぬ程に。
 そして、女は心より哀しそうに芳野の頬を撫で、言ってみせたのだった。
『ようやくよ。ようやく……またこうして巡り会えたのに。どうして何も思い出してくれないの?』

「……違うな。おまえは、弥重ではない」
 芳野は女の手をはたき落とし、断言した。弥重が死んだのは、芳野がこのオブリビオンに憑かれた後の筈である。
『そうよ。あの女ではないわ。遠い昔のあなたの恋人』
「記憶にない。そんな事実はない」
『……でしょうね。だって、今のあなたの名は、芳野というのでしょう。あの人ではないわ』
 ――あの人は私を置いて、戦で斃れてしまったのだから。

 女の話は支離滅裂であった。
 哀しみで気が狂った女は、多くの魂を集めれば喪った恋人が戻ってくるに違いないと思いこみ、多くの命を斬り捨て、果てに処断されたようだった。その業と妄執は、彼女を過去からの怪物へ仕立て上げるに足りうるものだった。
 永い歴史の中で、幾度となく骸の海へ還され、また戻ってきた女は――此度、ついに見つけた。
 当時の恋人と瓜二つの姿をした、この芳野という妖剣士の男を。

 満願が成就したと、女は思った。
 たとえ鬼と化しても、今生こそは戦場にて添い遂げそうと、そう思った。
 弥重は邪魔だった。だから、真っ先に殺してやった。
 それだけだ。だけれど、女にとっては切実なことだった。

 芳野は震える声で問いかけた。
 おまえの名は何と申すのか、と。
 果たして女は答えた。
『私の名は、雪代。ユキヨというわ。……あなたのその刀、名前は無かった筈だけれど。今は、ユキシロと呼ばれているのね』

●まとめ
・ボス戦です。正気を取り戻した芳野と協力して戦うことで有利になります。
・この戦闘中のみ、芳野は猟兵並の戦力となり、下記のユーベルコード相当の技で戦います。

『自身に【溢れ出る血の妖力】をまとい、高速移動と【幻惑効果を持つ桜吹雪】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。』

・村の『呪い』についての明確な答えは用意していません。各参加者様の解釈に委ねる形となります。特に気にせず戦闘してもOKですので、フレーバー程度にご認識ください。
・進行はゆっくりになりますので、恐らく再送が(場合によっては数回)発生します。問題なければ、お手数ですがご協力をお願いいたします。
・進行が停止した場合、サポートをお借りして終了する可能性がございます。ご了承ください。
逢坂・理彦
『ユキヨ』に『ユキシロ』か…。
輪廻転生に宿縁。そう言ったものを望む時はあるけれどね。君はーーやり過ぎた。
あまりに多くを犠牲にし過ぎた。
まぁ、そんな風に諦観できなるほど俺も若くはなかったみたいだけど…。
願いが叶うなら俺も同じようにしたかもなんて思わなくもない。
けれどね。今は芳野と弥重の時代だった。
それを君が壊した。
君が引き裂いた。
大事な人と引き裂かれる痛みを知るはずの君がまた同じ思いをさせてる。
俺はそれが悲しいよ。

芳野。弥重さんの仇を討とうか。
俺が援護するから。
さらに桜を重ねよう。
UC【墨染桜・桜吹雪】


戒道・蔵乃祐
失伝した呪いの根本、千載一遇の宿縁
だとしても、貴女の想いの成就は能わず

芳野殿
無念を背負うか、剣以外の道を切り開くか
貴方自身の選択を僕は尊重したい

ですが、この一時。今一度雪代を振るうことを強いることになろうとも
どうか、宿怨を断ち切る御助力を願いたく
あれなるは、骸の海に囚われた憐れなる過去の残滓
決して叶わぬ情念を、魂鎮めを以て祓う
それが今日まで。一族が在った証明なれば…!

芳野殿にとっての弥重殿の死を、無意味なものにしたくない


小町の間合いに侍刀で早業+切り込み
『絶剣の見切り』で小手を打たれ、刀を取り落とす

その未来の先へ!
激痛耐性+グラップルで小町に気絶攻撃+破魔の灰燼煉獄衝を打ち込み、芳野に繋げる



●6
 輪廻転生。
 千載一遇の宿縁。
 失伝した呪いの根本。
 幾星霜の時の果てに、同じ『雪代』の名を持つ『ユキヨ』と『ユキシロ』が、ここに相対した。
 この数奇なる因縁を前にして、猟兵達がそういった言葉を思い浮かべるのも自然であろう。
 逢坂・理彦には、このような運命とも呼ぶべきものにすがりたい時があったし、戒道・蔵乃祐は一介の僧であった。芳野らと同様に故郷を離れようとし、戒律を捨てた身であるとはいえ、師に学び、門弟らと共に励んだ日々を、教えの根底を忘れたことはない。
 ……ただ。
「君はーーやり過ぎた」
 退魔の刀『翠月』を手に、じり、と、理彦が一歩を踏み出す。その言葉が全てであった。
「貴女の想いの成就は能わず」
 蔵乃祐もまた、同様に侍刀を握り間合いを計る。大柄な二人の男剣士と芳野に対し、『ユキヨ』と名乗った人斬りの女も、一歩も引かない構えを見せる。その眼は、再び芳野を絶望させ、身も心も連れ去らんとする恐るべき執念に満ちていた。

『猟兵……そう、貴方達は猟兵。知っているわ。なぜかしら。初めて出会った気がしないの……良くない意味で、ね。あくまで私の念願は果たすまいと、そう言うのね』
「そうだよ。君は……あまりに多くを犠牲にし過ぎた」
『彼さえ居れば良かったの。他はみな取るに足らないものだわ。弥重も、この村の者たちも、お前たち猟兵も……。……臆病なのね。なら、こちらから行くわ』
 瞳の底に秘められた哀しみが刀に宿り、澄んだ刃が冷たさを増す。ユキヨの手に握られている刀は、確かに芳野の持っていた『雪代』に見えた。ただ、時を経てきたゆえだろうか――未だ拾われず転がっている芳野の妖刀のほうが、より神妙にうつる。
 ただ、ユキヨが振るう無銘の刀は、鋭い。理彦を狙って放たれた剣舞は蔵乃祐をかすめ、研がれた切っ先が鋼の肉体に浅い傷を刻む。
「見事な手前。ですが……心の乱れが表れています」
「うん。流されず、落ち着いて対処していこう」
 蔵乃祐も理彦に加勢しながら、芳野の様子を窺う。彼はあまりに多くを傷つけた妖刀雪代を、再び握ってもよいものか、まだ迷っているようだ。
 蝶のように舞い、蜂のように刺す。
 ユキヨの繰り出す激しくも美しい五月雨突きは、先程蔵乃祐が発したその言葉をなぞるようだ。捌ききれない攻撃は、理彦の張った破魔の結界で凌ぎながら、蔵乃祐は芳野の心を奮い立たせる言葉を探る。

 迷いはない。
 目の前に迷える者の姿あらば、寄る辺となり、ゆく先を照らす。
 それが、仏の御心と共に歩む者の務めなれば。

「芳野殿。無念を背負うか、剣以外の道を切り開くか。貴方自身の選択を僕は尊重したい。ですが……」
『芳野。すべてを喪い、人斬りに堕ちたあなたが何を為すというの。それでも、私だけはあなたを愛しているわ。ともに、地獄へ往きましょう』
 蔵乃祐の行動を読んだように、ユキヨが言葉を被せてくる。芳野の心を折るための甘い刃を突きつけながら、刀の切っ先は獣の如く邪魔者の喉笛を狙っている。それはまさに、唯一人の為に百人を撫で斬りにした、悲運の女の狂気が成せる技であった。

 今は、二人がかりで何とかユキヨを抑えるのが手一杯だ。
 だが、この場にはもう一振りの刀がある。正統なる使い手がいる。
 蔵乃祐は頭を垂れる心持ちで、若き剣士に訴えた。
「この一時。今一度雪代を振るうことを強いることになろうとも。どうか、宿怨を断ち切る御助力を願いたく!」

 三人の攻防を食い入るように眺めていた芳野は、己も雪代を握ろうと、柄に指先を触れ――そこで、止まる。
「……恐ろしいのだ。これを握れば、私は再び狂気の人斬りと化してしまうやもしれぬ。身を尽くして私を止めて下さった貴方がたを裏切り、牙を向いてしまうかもしれぬのだぞ!」
 こめかみから汗が伝い、手が震えている。弥重が最期の力で空けた胸の傷から、涙のような血が溢れている。
 弥重を刺したときの鮮烈な情景が、村の者を撫で斬りにした時の悪夢めいた感覚が、未だ残っているのだろう。だが、蔵乃祐はその苦悩も汲み、強く首を振ってみせた。
「あれなるは、骸の海に囚われた憐れなる過去の残滓。貴方とは異なる異能の鬼」
「骸の……海……?」
 芳野は、里の外を知らぬ。
 猟兵や骸の海についての仔細は無論のこと、幕府の将軍の顔すらも知らぬ。
 だが、目の前で戦う彼らの勇姿を眺めていると、不思議と己の許されざる罪にも、絶望的な気運にすらも、向き合おうという気がしてきた。弥重が、隣でこの背を押してくれている気がした。
「決して叶わぬ情念を、魂鎮めを以て祓う。それが今日まで。一族が在った証明なれば……!」
『叶わぬ情念ならば、叶えてみせるまで。お前たちなどに私の想いを断ち切れるものか!』
 いっそう激しさを増す剣の舞が、弥彦の張った魔除けの結界にひびを入れる。不安げに眉を寄せる芳野へ、ふと視線を向けると、理彦は大丈夫だと笑みを浮かべてみせた。
 理彦は、妖刀を抜かない。
 芳野の抱いた恐怖を受けとめ、同じ妖剣士として、その恐れを肯定する。
「わかるよ。妖刀というのは、一度抜けば自分も周りも危険に晒してしまうからね。でも、おじさんは君のその、躊躇う心というのはとっても大事だと思うんだ。力の扱いに慎重であることは、必要なことだよ。だから、」
 ――君はきっと、良い剣士になれると思う。

「理彦殿!」
 芳野が叫ぶ。ユキヨの一閃が結界の裂け目へ入り、霊力の壁が硝子のように砕け散った。
 この一瞬が分水嶺であろう。芳野にとっての弥重の死を、無意味なものにしたくない――その一心で、蔵乃祐はひと思いに自らユキヨの間合いへ斬り込んだ。
 だが、ユキヨは研ぎ澄まされた剣士の勘で、蔵乃祐が踏みこんでくるであろう事を見切っている。斬撃の入る角度を予測し、小手を打たれるほうがわずかに速かった。金剛の皮膚が裂かれ、骨まで食いこむ打突の衝撃が、蔵乃祐に刀を取り落とさせた。
「く……」
『命が要らぬと見えるわね』
 ユキヨは冷酷に、蔵乃祐の首めがけて名も無き刀を振りかざした。だが、芳野は必ず妖刀を握ってくれる筈だ。そう信じ、蔵乃祐は仁王の如く立ちて激痛に耐える。
 首に刀が通りかけた刹那、蔵乃祐の左腕がユキヨの頭部へ伸ばされ、顔面をわし掴みにした。
『!? い、痛……!』
 そのまま五指に渾身の力をこめ、ユキヨの頭蓋骨を強く絞める。刀が通らないのは折りこみ済みだ。蔵乃祐の目的は超至近距離まで近づき、まず灰燼拳を叩きこむこと。
 達人の女とて、さすがに二手、三手先までは読めまい。彼女が一瞬気を失っている間に、上位技の灰燼煉獄衝を放ち、繋げる――!
「吽!」
 突き出した右手がユキヨの胴に入った瞬間。
 すべての力がその一点に集束され、火花が弾けるような勢いで、ユキヨの身体が後方に吹き飛んだ。何が起きたのかわからぬ女は、白眼を剥いて丘の上から転がり落ちていく。そのまま膝をつきながらも、蔵乃祐は叫んだ。
「どうか……その未来の先へ!」
 ユキヨはすぐさま起き上がると、とどめを刺すべく猛然と丘を駆け登ってくる。しかし、彼女が因縁の地へ至る道筋を、夢のような桜吹雪が遮った。一瞬、遥か昔に見たような、懐かしき風景に心奪われそうになるも――なにが起きたのかを察し、女は泣きそうに顔を歪める。
『その男の心は完璧に折ったはずよ……なのに、何故』
 芳野が。
 あの妖刀『雪代』を握って、立っていた。
「遅参誠に申し訳なく。これより、私も貴方がたと共に過去を討ち果たさん!」
 二人の奮戦が、芳野の傷ついた心へ届いた。蔵乃祐は流した血に塗れながらも、口元に笑みを浮かべる。
 その隙に理彦も蔵乃祐が落とした刀を拾い、彼に投げ渡して体勢を立て直す。防御に手を回したぶん霊力は消耗しているが、大丈夫だ。まだやれる。……。

(まぁ、本当のことを言うと、)
 ユキヨの瞳から涙がこぼれ落ちていた。
 そのさまを、哀れに感じなくもないのだ。どこか、己の生き様を重ねてしまう。
 ひとつ間違えていたら、この女は己の末路であったかもしれないと、理彦は考えてしまう。

(やりすぎだとか、願いは叶わないとかさ、)
 ――そうやって諦観しきれるほど、俺も若くはなかったみたいだ。

 立ち尽くす女へ向かって、理彦は翠月を振るった。翠色の煙とともに花嵐が巻き起こり、この地に充つる邪気も、胸の迷いも払おうと吹き荒れる。
 先の悪夢が、理彦の脳裏をよぎっていた。
 数多の命を奪えば、ほんとうに願いが叶うというなら。
 それで、喪った故郷の人々が戻ってくるならば。たいせつな人にまた出逢えるなら。
 俺もこのユキヨと同じように、人斬りに身を堕としていたかもしれない――なんて、思わなくもない。
「……けれど、ね。……芳野。弥重さんの仇を討とうか」
「はい。貴方の仰る良き剣士となれるかは、分からぬが。未熟なれど、尽力致す所存……少なくとも、弥重の想いを、ここで潰す事は私には出来ませぬ」
「うん、いいね。じゃあ俺が援護するから、さらに桜を重ねよう」
「桜を……?」
 墨染桜・桜吹雪――理彦がそう唱えると、彼の手に握られていた退魔刀が、やわらかな春の陽光とともに、墨染桜の花びらへかたちを変えて、空へ散っていった。

 あぁ、綺麗だねぇ――。
 戦の最中にもかかわらず、理彦はゆるりと呟いていた。
 芳野も、蔵乃祐も、ユキヨも、その花を見ていた。
 喪に服し、薄墨に染まる桜。芳野の放つ赤みの強い花とは、すこし色味が異なる桜。
 故郷を守れなかった者。故郷と因習を捨て去りし者。
 同じ剣士、同じ過去を持つ者が、同じ戦場にて同じ花を咲かせる。
 これもまた、運命であるのかもしれない。……なんて、思ったりもしただろう。

「ユキヨ。なぜ君の想いは成就しないのか、わかるかい」
『……わからない。どうして、どうして、やっと逢えたのに私達敵同士なの』
「わからないか。今はね、芳野と弥重の時代だった。それを君が壊した。……君が引き裂いたんだ」
『引き裂かれたのは私のほうだわ。何も知らずにあの女と楽しそうに話している芳野を見て、私がどう思ったと思う……? ねぇ狐、お前には、大切な人はいないの? お前にはこの哀しみがわからない!?』
 理彦は一瞬、考えて。
 だけれど、首を振った。
「わからないな。大事な人と引き裂かれる痛みを知るはずの君が、また同じ思いをさせてる。俺は――それが悲しいよ」
 弥重も、理彦のたいせつな人も。きっとそのような事は望まないだろう。
 薄墨と、紅と、雪が、あたたかな風のなかで混ざりあって飛んた。
 冬と春のはざまで優しく吹雪く桜の波は、とおい過去から寄せては返すように里を覆い、はかなく、はかなく、あらゆる哀しみへ降る。この花がどうか、傷ついた男と女の心へ届くようにと、理彦は祈らずにはいられなかった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

徳川・家光(サポート)
『将軍なんだから、戦わなきゃね』
『この家光、悪は決して許せぬ!』
『一か八か……嫌いな言葉じゃありません!』
 サムライエンパイアの将軍ですが、普通の猟兵として描写していただけるとありがたいです。ユーベルコードは指定した物をどれでも使いますが、全般的な特徴として「悪事を許せない」直情的な傾向と、「負傷を厭わない」捨て身の戦法を得意とします。
 嫁が何百人もいるので色仕掛けには反応しません。また、エンパイアの偉い人には会いません(話がややこしくなるので)。
よく使う武器は「大天狗正宗」「千子村正権現」「鎚曇斬剣」です。
普段の一人称は「僕」、真剣な時は「余」です。
あとはおまかせ。よろしくです!



●7
 ゆらめく炎を着飾る姿は、火の神の使いを思わせる。優美なる白馬がひとりの青年を乗せ、真白の積もる山道をいっしんに走っていた。
 青年の額には五本の黒曜。赤き瞳は、丘の上に立つ一本桜を見すえている。剣と剣の交わる耳になじんだ音が、とおくまで響いてくる。
 青年は白備えを冬の風になびかせ、墨染桜の名残がはらはらと落ちる道を、疾風迅雷と駆けた。馬上で千子村正権現を抜き、オブリビオンの女の背後より斬りかかる。女は――ユキヨは、その一閃を読むことができない。
 青年の刀が首をさらっていく寸前、馬の蹄が鳴る音をかろうじて耳にしたユキヨは、とっさの判断で左に避けた。馬の走力が加わった重い斬撃はユキヨの右肩に当たり、鮮血の代わりに、血のようにあかい桜の花が散る。
「ふぅ、何とか間に合いましたね。『刀狩』の意志を継ぐ者よ。悪事はそこまでです」
「あ、貴方は一体……?」
「僕の事はお気になさらず。ただの通りすがりの猟兵ですよ」
 サムライエンパイアに暮らす者ならば、誰もがその名を耳にしたことがあろう。
 一見すると優しげな風貌をしたこの青年の正体は、かの徳川・家光(江戸幕府将軍・f04430)であった。
 しかし、芳野という妖剣士の青年の反応は鈍い。随分閉鎖的な山村の生まれだと聞いている。ここでは己の顔も、名すらも知らぬ者がいても、おかしくはないだろう。家光にとっては願ってもないことだった。
 なれば、ただ一介の剣士として――無双と称された師の教えを胸に抱き、この死合いに臨むまで。
「奇縁なるに、余も羅刹の妖剣士。此度の悪行許すまじ。これより助太刀致す!」

『何故かしらね……お前を見ていると、無性に斬り果たさねばいけない気持ちになるわ』
 そりゃ嫁が何百人もいますからね、とはさすがに返せなかった。今日も日が暮れる前に帰らねば。
 ただひとりの男を一途に想い続けてきたユキヨは、言葉に尽くせぬ恨みと哀しみを籠め、無数の刀剣を空へと放つ。使い古され、刃こぼれした無銘の刀もあれば、名刀と思わしき見事な業物もあった。
 家光は、刀のひとつひとつへ想いを巡らせる。かつて刀を握っていたであろう使い手を想った。この女にいのちを奪われ、無念の最期を遂げた民たちの事を想った。
 想いは心に正義の火を灯す。その蛮行、太平の世を生きる者として、けして許せぬ。
「身は空、心は虚にて、柳流鉄を穿つ……来るがよい、人斬り小町よ。汝の情念の剣、受けてしんぜよう。余は逃げも隠れもせぬ!」
『言ったわね。あの世で後悔しなさい!』
 家光は、千子村正権現を――血の重責と呪縛の象徴たる刀を、手放した。
 無数の刀がまるで生き物のように、いっせいに家光をにらんだ。
「おい、どうした! 防御の構えをとれ、本当に死ぬぞ!」
 敵の視界を遮ろうと吹雪く桜の向こうに、芳野の焦る声がわずかに聞こえた。心を空にし、呼吸を整え、風と同化する心持ちで全身の筋肉を弛緩させる。
 見せようではないか。
 力を抜くには、本気がいる。未来を切り拓く道は、その矛盾の向こうにしかありえないと。

 無数の刀が、銃弾のように一点へ向かって跳んだ。
 誰かの叫ぶ声がした。
 桜吹雪が晴れる。そこには、無傷で立つ家光の姿があった。
 柳生新陰流、奥義――無刀取り。

 なぜ、と驚愕を隠せぬ芳野らの視線をよそに、家光は左掌をユキヨに向けた。先程この身で感じた数多の剣士の無念。それをそのまま、この不義の鬼へ、そっくり叩き返してやる。
「我が剣技の極意は活人剣。『人』を『活かす』剣よ……この家光、奪うのみの剣では折れぬわ!」
 家光の一喝とともに、想いを乗せた剣の雨が降りそそぎ、ユキヨの手を、脚を斬りつけていく。あるじの無念を晴らした無数の刀剣たちは、かつての誇りを取り戻したように、冬空に凛ときらめいて。
 そのまま長い雲のあいだへ昇り、すうと消えていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

鎹・たから
何を犠牲にしてでも会いたかった
その気持ちは確かでしょう

ですが誰かのいのちが犠牲なら
あなたの愛する人は喜びません

断言します
だって芳野は、喜んでいないでしょう?

この身に幽鬼を宿します
どの代償も構わない
芳野が妖刀をこわく思うなら
たからもマガツの力と共に在ることを証明します

弥重が見ています
正しい想いで振るう力は
芳野が芳野のままで扱えます
【勇気、鼓舞

芳野の攻撃に合わせ、刀剣と幻の桜吹雪の中
足音を立てずに素早く雪代の元へ
【忍び足、残像

雪代を刀剣の群れごとセイバーでたたっ斬る
【暗殺、切り込み

たからは桜がすきです
だけど、この花の色はかなしい

どれだけ遠い未来であっても
雪が融けて、いつか
芳野が笑えると信じています


スピネル・クローバルド(サポート)
『お姉ちゃんに任せておいてね♪』
 妖狐のクレリック×アーチャーの女の子です。
 普段の口調は「女性的(私、あなた、~さん、です、ます、でしょう、ですか?)」、兄弟姉妹には「優しい(私、~君、ね、よ、なの、なの?)」です。

 ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、
多少の怪我は厭わず積極的に行動します。
他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。
また、例え依頼の成功のためでも、
公序良俗に反する行動はしません。

性格は温厚で人に対して友好的な態度をとります。
滅多に怒る事はなく、穏やかです。
怖そうな敵にも、勇気を持って果敢に挑む一面もあります。
 あとはおまかせ。よろしくおねがいします!



●8
 己の重ねた罪業がはね返り、己の刀によって手足を斬られたユキヨは 、傷口から赤い花弁をはらはらと散らし、震えるほどの悲憤慷慨をあらわに猟兵たちを睨みつけた。
 己の障害になるものを憎らしく思うのは、ひどく身勝手なことだ。しかし鎹・たからの澄んだ心は、死して鬼と化した彼女のかんばせに、なぜかひとの体温を感じてやまぬのだった。
 なにを犠牲にしてでも、会いたい。
 たからの正義が、そのような利己的な愛を選びとる時はないだろう。だが、その気持ちが確かなことを否定すべくもない。ユキヨの流した涙までも悪と断じてしまうほど、この少女は冷ややかではないのだった。

「争いの跡……なんて悲しい景色なんでしょう」
 支援に駆けつけたスピネル・クローバルド(家族想いな女の子・f07667)は、村の惨状に胸を痛めた。ここでどのような殺戮が行われたのかは、道や民家に点々と残る血飛沫から察することができた。
 もしもわが身に同じことが起こり、弟をはじめとした大切な人々を手にかけてしまったら。想像するだけで恐ろしく、足がすくむ。騒乱の元凶であるらしいユキヨというオブリビオンの女は、この先の丘の上にいた。
 彼女の形相から、スピネルはただならぬ事態を察する。相当の使い手であろう事も見てとれた。どうにか説得できぬものかと思うが、あの情念は簡単に揺るぐものではないだろうとも感じるのだった。
 丘の上の一本桜を目ざし、スピネルはそろりと戦場へ近づく。
「ですが、」
 たからは、ユキヨへなにごとかを告げようとしていた。
「誰かの命が犠牲になるなら、 あなたの愛する人は喜びません」
『……』
 正しき言葉だ。たからの言を聞いたユキヨは、みずからの刀を支えになんとか立ち上がる。やり場のない憤りを再び悲恋百刀と変え、強きまなざしで此方を見つめる羅刹の少女をぐるりと囲ませる。
『どうしてお前のような小娘にそんな事が言えるの? 彼のことなんて何も知らないくせに』
「 断言します。だって芳野は、喜んでいないでしょう?」
 たからはすこしも間を置かずに言うと、今度は芳野の顔をじっと見つめた。どうやら、意見を求められているらしい。
「ああ。喜ぶものか。ユキヨ、おまえは……哀れだ。だが、私の全てを奪っていった者を愛してやることはできぬ」
 ユキヨは黙った。
 この女に僅かでも理性があるならば、当然感じていただろうことを突きつけられた。
 しかし、とうに正気を失ったユキヨの頭は、『なぜ』という疑問符で溢れかえっていた。ここまでしたのに、どうして芳野はすべてを忘れているのか。なぜ、再会を喜んでくれないのか。たとえ花道が血にまみれていても、ユキヨの中では幸福な春が訪れるはずだった。
『それは。それは……お前たち猟兵が!! 私の邪魔をしたからでしょう……!』
 ユキヨは般若の如き形相を浮かべ、たからの四方から刀の雨を降らせた。桜の影に隠れていたスピネルは聖なる弓を引き絞り、たからを狙って飛ぶ刀を次々に撃ち落としていく。
『……また新手が来たの。許さない。お前たち全員殺してやる!』
「ゆるしません。芳野も、ほかの人も、誰ひとり連れていかせません」
 たからは本数の減った刀の攻撃をかいくぐりながら、 禁術を発動した。
 おおきな瞳にうつるのは、幽鬼と化した人々の魂であった。みな、額に黒曜の角を生やしている。この里で生まれ、育ち、無念を抱いて死んでいった者たちが、たからを依代としてユキヨを討とうと集まっているようだった。
 中には、まだ幼いこどもたちの姿もあった。
「たからは」
 たからの中で、非道への怒りが燃えあがる。どのような代償も厭うものか。
「あなたをほろぼします」
 悲しくもないのに、頬を熱いものが伝った。あかい雫が腕に落ちてはじめて、たからはそれが血の涙だったと知った。



「そなた。たから、と言ったか。如何したのだ、その涙は」
「たからは今からとても強くなりますが、その代償です。芳野が妖刀をこわく思うなら、たからもマガツの力と共に在ることを証明します」
「なっ……」
 大丈夫なのか、と芳野が続けるその前に、たからは強化された念力で周囲を漂う刀の動きをぴたりと止める。その力は、先程芳野と戦った時の比ではない。もはやユキヨの思い通りには動かぬ刀たちは、戦意を喪失したように大人しく地へ落ちる。
(二人とも、なんて強い意志……怖そうなお姉さんが相手ですけど、私も頑張らないといけませんね)
 怒ることも、争いも不得手なスピネルにとって、この戦いに介入することは相当な覚悟がいる。それでも一歩踏み出し、立ち向かわねばならぬと思った。スピネルも芳野の傍へと駆け寄り、弓を構えて敵対姿勢をとる。
『隠れていたのはお前ね……』
「あわわ……わ、私も一緒に頑張ります。だから芳野さんも勇気を出してください!」
「弥重が見ています。正しい想いで振るう力は、芳野が芳野のままで扱えます」
「弥重が……」

 芳野は。
 誇り高き少女らの姿に、数年前の弥重を重ね見た。
 稽古で勝てず不甲斐なさに打ちのめされる己を、いつも励ましてくれた弥重。
『芳野、勇気を出して。私達がいつか正しい未来を切り拓くの』
 ああ――確かに、弥重が言いそうだ。

「……そうか。ならば、信用致そう。そなたは強いのだろう?」
「そうですよ。たからは強くてかっこいい正義の味方です。だから、呪いには負けません」
 その言葉で、芳野は泣きそうになった。
 己は弱い。妖刀に思いを傾けるたび溢れる血が、流れだすいのちが、ほんとうは今も恐ろしくてたまらない。だが、同じように血を流しながら、歩みを止めぬたからの背を見ると、芳野も立ち止まってはいられぬと強く思うのだった。
「刀狩、狩ってみせます。援護は私に任せてください!」
 スピネルが地に手をかざすと、淋しく佇んでいた一本桜がつぼみをつけ、満開の花を咲かせた。ハーミット・イン・フォレストーーその力は雪に覆われた戦場を、一瞬で広大な桜の森へと変える。
 この光景が夢かうつつか、誰にも判断がつかない。無限に続くかに思われる桜並木の迷宮にとらわれたユキヨは、己の居場所を完全に見失った。敵の姿も見えない。どこからか、仄かにあかい桜の花弁だけが、戯れる蝶のように吹きよせてくる。
 その血桜は、妖刀雪代に秘められし奥義。
 芳野が咲かせる幻惑の桜吹雪に身を重ね、たからはユキヨの元へと駆ける。ユキヨの視界は、満開の桜で満たされていた。わずかな足音さえも耳に届かぬまま、幾人ものたからが万華鏡のように瞳に映った。混乱したユキヨが放った刀剣は、幻覚めいた残像を散らすことすら能わず、ただ空を切る。

 万華鏡に佇み、血の涙を溢すたからの一人と、目があった。
 右手に握られた透明な硝子剣が、真っ赤な血のいろにかがやいていた。
「たからは桜がすきです。だけど、この花の色はかなしい」
 かなしい。
 そうか。かなしいのだ。だからきっと、この血は瞳からあふれている。
 芳野が吹かせる血桜も、ユキヨの流す桜の血も、まるで彼らを縛りつけているようで。

 瞳に宿る雪の結晶。強くあたたかい光。これが本物だ――ユキヨがやっと気づいた時、硝子のつるぎが淡い桜の色に変わった。
 断ち斬る。
 どれだけ遠い未来であっても、雪が融けて、いつか芳野が笑えるように。切なる願いを籠め、剣を振り抜く。
「たからは信じています。芳野も、負けません」
 まっすぐに伸びた背が、ほんとうに弥重に似ていると、芳野は思った。
 愛のひかりで出来たつるぎは、たからの渾身の一閃で膨大なエネルギーに変わり、所在なく漂う刀剣たちとユキヨを呑みこんだ。絹を裂くような女の絶叫が、与えた衝撃の大きさを物語っていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

杜鬼・クロウ
アドリブ負傷◎

敵の女を訝し気に見る

テメェ…雪代は
芳野が自分の恋人の生まれ変わりだと
願いの末路だと
そう思ってるのか

…巡り廻って邂逅した話は聞いたコトはある
だがもしそうだったとしても
芳野が選んだのは弥重だ
テメェじゃねェ
芳野が歩む人生を雪代が決める権利はねェし止めるコトも赦されない
お前は過去だ
愛が業に変わった時点で其れは最早別物
哀は俺達が弔う

UC使用
体中を紫電纏う
行動が読まれるなら更に疾く
敵の攻撃撥ね返して搔い潜り
これ以上苦しまぬ様に一刀に総て込め

村の呪いは当事者同士で解決しないと今後も同じ
後は芳野に託す

芳野
此処でその命の炎を燃やすのはやめろ
お前には未だ他に為すべきコトがある筈だ
揮うなら剣の腕のみだ


アリステル・ブルー(サポート)
「この状況、さてどうしたもんかな」
僕は、周囲をよく見て状況を判断して行動するよ。

基本的に黒剣を細身の剣にして戦うね。
UCはその場の状況に合わせて、攻撃/回復問わずどれでも使うね!
でも人狼咆哮だけは味方や保護対象(NPC等)を巻き込まない様にします!出来るだけ使わない方がいいかな?

状況の好転とか、僕が有益だって判断すれば多少の怪我は厭わず、積極的に行動するよ。

もしも連携してくれる猟兵さんがいるならば、相手のサポート(UC発動までの時間を稼いだり、囮になったり)にまわるね。
仲間の誰かが指示を出してくれるなら、僕はそれが有益である限り従います。

(アドリブ連携すべておまかせします、お好きにどうぞ!)


戒道・蔵乃祐
迷い 振り払えるか
呪い 祓えるか

芳野殿の出した答えを。決意を。そして雪代に纏わる物語の結末を
最後まで、見届けられたら

念動力+除霊で熊野牛王符から神通力を引き出し、自己治癒力を活性化
傷口から入り込んだ小町の呪詛を浄化して再起。戦場(いくさば)に戦線復帰します


大戦輪轢殺暴風圏を使用
3倍に巨大化した大戦輪を、ハンマー投げ競技の要領でジャイアンスイング

限界突破!!

3倍の重量×回転力×遠心力。加速した大戦輪を投げ飛ばす怪力+投擲で、
芳野殿の行く手を阻む【悲恋百刀】の刀剣を纏めて凪ぎ払い
『小町』雪代に重量攻撃を放ちます

芳野殿!貴方に筋道を立てました!
全ての想いを乗せた乾坤一擲を!
どうか遂げてください!!



●9
 桜色の閃光が丘の上を包み、春の幻影が散った。まぼろしが晴れたあとに残されていたのは、髪が乱れ、着物を裂かれ、ぼろぼろになり倒れている女の姿だった。
 杜鬼・クロウは傷を負いながらも、ユキヨのもとへ早足で歩み寄る。 先程大打撃を喰らった彼女は、立ち上がることもままならない。それでも己を見下ろすように立つクロウの顔を、骨髄に徹する恨みをこめ、睨みつけてくるのだった。クロウが訝しげに眉を寄せると、ユキヨの視線は一層突き刺すように細められた。
「立てよ」
 クロウはユキヨの襟首を掴んだ。それでも、鬼と化した女は怯まない。
「雪代、テメェ……芳野が自分の恋人の生まれ変わりだと、願いの末路だと、そう思ってるのか」
『そうよ。違いないわ。でなければこんなに似ているはずがない』
 すこしの迷いもなく語られる言葉を聞き、クロウは小さくため息を吐いた。吐息は冬の深さにまみれて白かった。
 猟兵達も、芳野も、おそらくは弥重も、ユキヨの恋人の顔など知らない。
 すべてがこの哀れな女の狂言であったなら、みなどれほど楽であろうか。

 ――迷い 振り払えるか。
 ――呪い 祓えるか。

 先程ユキヨの攻撃で深手を負った戒道・蔵乃祐は今、再び立ち上がろうとしていた。そこへ、一羽の青い鳥が飛来する。
 小鳥が『大丈夫か』『いま主人を呼ぶ』という旨のことを人語で喋ったので、蔵乃祐は少々驚いた。果たして小鳥の言葉通り、主人であるアリステル・ブルー(果てなき青を望む・f27826)が、急ぎ駆けつけてくるのが見えた。
「ユール、ご苦労様。これは酷い傷だね……待ってて、今治療するよ」
 幸いにも、アリステルはクレリックである。癒しの術に長けていた。一縷の望みをかけ、ユールと共に生存者を捜索していたが、やはりグリモア猟兵の予知は絶対のようだ。今なお吸血鬼に支配されている故郷と、この村を重ね、アリステルは無念の思いを抱く。
 どれだけ圧政や因習に虐げられようと、命さえ繋がれば望みはある。だが、終わってしまえばそこまでだ。世界は違えど、刀狩の無情な殺戮を看過することは、アリステルにもやはりできなかった。
「ご助力感謝します。決戦はじき天王山を迎えるでしょう。僕は自力でもある程度の治療が可能ですので、アリステル殿は力の温存を」
「わかった、役に立てるならなによりだよ。風よ、友を癒やしておくれ」
 アリステルは医療を司る杖を振るうと、清浄なる癒しの風を呼び、蔵乃祐の消耗した霊力を回復させる。そして、蔵乃祐は熊野牛王符に誓約をかけることで、自己治癒力の活性化をはかった。
 芳野の出した答えを。
 『雪代』に纏わる物語の結末を、必ず最後まで見届けると。
 神札はその願いに応え、腕や首に刻まれた傷を塞いでいく。この誓いを破れば、蔵乃祐は喀血死して地獄に落ちる。それほどの覚悟を伴い、蔵乃祐は宿命の戦さ場へ復帰することを望んだのだった。



『あの人を返して』
 女は狂っている。疑いようもなく。
 クロウは端正な顔を哀しみに歪ませると、このまま一発殴ってやりたい気持ちを抑え、ユキヨを解放した。
 殴ったところでこの女の妄執が醒めることはなかろうし、それではクロウの怒りも晴れない。つとめて冷静に眸を伏せ、否定の意をこめて首を振る。後方に控える芳野をかばいながら、クロウはユキヨへ語りかけた。
「……巡り廻って邂逅した話は聞いたコトはある。だがもしそうだったとしても、芳野が選んだのは弥重だ
。テメェじゃねェ」
 ――お前じゃない。
 先程、羅刹の娘にも突きつけられたばかりだ。『芳野は喜んでいない』という事実を。
 ユキヨは半狂乱になって叫びながら、なかば八つ当たりのようにクロウへ斬りかかってきた。技巧など投げ捨てた情念の一刀は、クロウの肩を斬り裂く。
『どうして? 約束したのよ、次の桜が咲く頃になったら、私達一緒になろうって。彼は、彼はそのまま、帰ってこなかった……でも、私の望みは叶ったのよ。彼は、約束を果たしに帰ってきてくれた。後はお前たちがいなくなればいいだけ……!』
「ッ……だから聞き分けろっての。テメェは弥重じゃねェ、芳野はその男じゃねェ!」
 動くと傷が痛む。だがクロウは魔剣を握る腕に力をこめ、ユキヨの刀を打ち払った。
「芳野が歩む人生を雪代が決める権利はねェし、止めるコトも赦されない。お前は、過去だ」
『私が……過去……』
 ユキヨは言葉を失い、立ち尽くす。
 彼女がどこまで己の存在を正確に理解できているのかはわからない。ただ、クロウのその一言には、ユキヨを芳野から突き放す決定打となるだけの威力があった。
 先の戦闘での負傷が響いている。クロウも、まだ立っていられるうちに奥の手を発動した。刺突痕からあふれる血潮が引火して、紫電の火花を弾けさせる。
 もたらされる効果は単純で、だが強力な、筋肉量と運動力の飛躍的上昇。クロウはひとりの剣士として、この沸血の業火に己の正義を賭した。
『ならば……ならばお前たちを殺めてでも、私が≪今≫になるッ!!』
 ユキヨもまた、己の願いを諦めない。感情のまま、満身創痍ながらも、刀を握りしめクロウに振りかざす。精彩を失った一撃一撃は、今のクロウには届かない。女の太刀筋を確りと視てから足を動かすだけで、クロウはいとも簡単に空振りを促すことができた。
「俺達を殺してでも……か」
 重すぎる愛は、愛ではなく、もはや粘り気を伴う業だった。未練が執着に変質してしまえは、それをもう、うつくしい愛で語ることはできない。
 だが、理解できる。クロウには出来てしまう。
 ユキヨの苦しみを、哀しみを、あいを、愛を、哀を。すこしなら、解ってやることが出来てしまう。
 だから――願う。これ以上、誰も苦しむことがないようにと。

「芳野」
「……如何された、クロウ殿」
「哀は俺達が弔う。だが、この村の呪い云々はお前らの間で解決しないと、またいつか同じ事が繰り返されるだけだ。コイツを……雪代を見りゃ、解るだろ」
「にわかには信じ難いが……そうだな。私の宿命には、私自身が決着をつけねばなるまい」
「俺達も力を貸す。だから、後は芳野に託す。頼んだぜ」
「……承知仕った」

 神妙に頷く芳野の目の色が変わったのを見て、ユキヨはいよいよ己の悲恋を泣き叫びながら、百の刀を地獄より繰り出した。その刀が芳野を連れゆこうとするのを許さず、蔵乃祐が立ち塞がる。
「待たれよ!! 芳野殿の往く道、いざ切り拓かん!」
 荒れ狂い、砕き、挽き千切れ――大戦輪轢殺暴風圏。
 神通力を与えられ、通常時の三倍に巨大化した大戦輪を両の拳で握り、強靭な筋肉を活かしてその場で駒のように回転を重ねる。重量、回転力、そして戦輪にかかる遠心力。すべての力が三倍となり、掛け合わされ、それはまさに掟破りの威力を叩きだす。
「ふんッ!」
 蔵乃祐は限界まで力を加えた大戦輪を、芳野に向かってくる刀剣めがけて放った。ただ手放すだけでそれは恐るべき弾丸となり、すでに崩れかけた刀剣の群れをまとめて弾き飛ばした。
 ユキヨは、その巨大な重量を防ぐすべを持たない。刀で防御しようと試みるも、受けた衝撃が大きすぎた。
『そ……そんな馬鹿な! 私の、刀が……折れっ……ぐぅッ!』
 ついに刀は粉々に粉砕され、大戦輪を喰らったユキヨは勢いのまま、戦輪もろとも遠くに弾き飛ばされた。
 とおい未来で妖刀と呼ばれる刀は、ただの鉄の欠片となって、雪の中に散って隠れた。
 それは――刀以前にユキヨの心が折れたゆえ、だったのかもしれない。

「芳野殿! 貴方に筋道を立てました! 全ての想いを乗せた乾坤一擲を! どうか遂げてください!!」

 蔵乃祐が叫ぶ。クロウと芳野は、因縁に決着をつけるべく走りだす。
「芳野」
 妖刀を構える芳野へ、クロウが再び声をかける。
「此処でその命の炎を燃やすのはやめろ」
「……。そうか。読まれていたか」
 芳野は自嘲するような笑みを浮かべてみせた。呪われし宿命に終止符を打つには、己の命をもってこの女を道連れにするしかあるまいと思っていた。だが芳野の願いもまた、成就しなかった。
 血のにおいが溢れた戦場を、清浄なる風が駆ける。アリステルの杖から巻き起こった癒しの風だった。祝福の風はアリステルの疲労と引きかえに、傷ついた仲間たちを高速で癒していく。これ以上誰かが傷つく姿を見るぐらいなら、アリステルは己が多少疲れることなど何の苦にも思わなかった。
「芳野さん。あなたはこの里から解放されて、自由になるべきだ。辛いだろうけど、自分の可能性を諦めちゃいけないよ」
 芳野の流した血は――力の源は、止められてしまった。いや……これで良かったのだ。きっと。
「そうだ。お前には未だ、他に為すべきコトがある筈だ。揮うなら剣の腕のみだ」
 もしも宿命というものがあるならば。
 きっとすべてが、初めからこうなるように動いていたに違いなかった。

 大戦輪の下敷きになり、動けずにいるユキヨの傍らへ、クロウと芳野がそれぞれに立つ。
 ユキヨは、一手先になにが起きるかを読んでいた。
 だが、その一刀に込められたすべての想いを、阻むことができなかった。
 ユキヨが渾身の力で大戦輪を持ち上げた刹那、クロウの魔剣が彼女を袈裟斬りにする。
 女が再び倒れゆくその前に、芳野の持つ『雪代』が、ユキヨの胸をまっすぐに突いた。

『ああ……あ、あ』
 人斬りに堕ちた女は口から血桜を吐きながら、言葉にならぬ声を発す。
『……もう、いいわ。芳野。お前なんか、地獄に落ちればいいんだわ』
 彼女はそう吐き捨てると、なぜだか一本桜のほうへと這っていった。それが、『人斬り小町』ユキヨの最期の姿となる。結局女はそこまで辿り着くこと能わず、指の先から真っ赤な桜の花弁に姿を変えて、骸の海へと還っていったのだった。

●10
 弥重の死に顔は安らかで、まるで眠っているように見えた。
 せめて弥重だけでもきちんと弔ってやりたいという芳野の願いに応え、猟兵達は桜の下に彼女を埋葬するための穴を掘っていた。土の中からは粗末な棺桶が見つかり、中には男性のものらしき骨と、着物や日用品がいくつか入っていた。それを見て、蔵乃祐はすべてを察したように合掌する。
「小町は……あの雪代という女性は、最後にここを目指していたのでしょう。芳野殿ではなく、彼の元へ帰ろうと……」
 芳野は押し黙る。彼女の犯した罪の重さを考えると、せめてあの世で逢えればなどとは言えなかった。
 弥重の墓は反対側に作ることにする。別所に移すことも考えたが、想い出のこの場所で弥重を弔いたいという強い意向は、ここで『雪代』にまつわる因縁を断ち切るという芳野の決意の表れだった。
 蔵乃祐が二人のために経を唱え、居合わせた仲間たちも静かにその声に耳を傾ける。
 芳野は、ただ泣いていた。
「……みな、本当に世話になった。貴方がたの力がなければ、私はあの女とともに鬼として生きるか、ここで己の生を手放していただろう。罪は雪げぬ。だが、この国にはまだ戦うべき敵がいると知った。私になにが成せるのか……暫し外の世界を巡り、考えてみるとしよう」
 ――ありがとう。
 願わくはいずれ、また戦場にて。

 宿願を果たすため、ひとりの妖剣士が、ただ一振りの刀を携えこの地を発つ。
 その名は雪代。呪われし刃。だが、今はもう怖くはない。

 己を知り、恐れを知り、いつか強き妖剣士になると。
 正しき心を持ち、いつか笑える日まで未来を見据え続けると。
 それが友の願いであるならば、まだ共に強くなれるだろうと。
 八重にかさねた想いは芽吹き、いずれ花開く春が来る。
 その花が桜のようにはかなく散らず、とわに咲き続けるようにと、誰もが祈り、願っていた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2021年02月03日
宿敵 『餓蒐』 を撃破!


挿絵イラスト