21
涅槃で待つ

#アックス&ウィザーズ #戦後

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#アックス&ウィザーズ
🔒
#戦後


0




●水葬と花送り
 雪解け水で雪いだ月白の薄衣を着せ、木製の小舟に乗せて。
 花々を添えて、夜の海へと送り出す。
 身体を燃やさないのは、あちらの世界でいずれ蘇ると考えられているからだ。
 海へと送り出された小舟はやがてあちらの世界に辿り着いて、死者は街外れの海岸で目を覚ます。
 そうしてあちらの世界――死者が集う港街で、新しい生活を始めるのだ。
 古くから水葬が慣習として根付いている、とある港町での言い伝え。

 そして嘘か誠か、今まで送り出された小舟や死者の身体、乗せられていた花に至るまで。
 ――一片たりとも、見つかってはいないのだと云う。

●月白の港町
「死後の世界って、存在するのかしらね?」
 アックス&ウィザーズの世界。その一部地域の地図を広げながら、ハーモニア・ミルクティー(太陽に向かって・f12114)は疑問を口にする。
 何処の地域や世界でも在ると考えられている、死後の世界。その存在を。
「今回は、死者の世界――もとい、死者の街が信仰されてる港町からの依頼よ。花送りの時を狙って襲ってくる魔物を退治して欲しいって」
 依頼を出した港町では古くから水葬が慣習として根付いており、港町で亡くなった者たちは原則として海の向こうへと送り出されることになる。
 小舟に揺られて辿り着いた先には死者たちの集う港街があり、街外れの海岸で息を吹き返した死者は、そこで新たな生活を始めるのだと。
「死者を海に送る水葬以外に……。この町では年に一度、死者の街に向けて花を送る風習があるの」
 それは年に一度、新たな年が訪れて間もない頃――過去と現在の境が曖昧になると考えられているようだ――に決まって行われる。
 手の先から肘ほどまでの小さな小舟に沢山の花を乗せて、水葬と同様に海の方へと送り出す。人によっては、花の他に手紙を乗せたり、贈り物を乗せたりする者も居るという。
 さざ波に揺られて大海へと漕ぎ出した小舟たちは死者の街へと辿り着いて、それを死者たちが拾い上げるのだ。
 なんてことはない。生者が過去や死者を想い、近状を知らせるための、何処にでもあるような慣習だ。
「小舟が沈まないように、町の魔法使いたちが小舟に魔法をかけるの。他にも魔法で花を咲かせたり、灯りを用意したりってそれなりに忙しそうなのよね。
 その魔法使いの人たちが、毎年魔力を好む魔物の格好の餌になっているみたいなのよ……」
 とはいえ、魔物自体に対した力はない。精々齧られて歯型が付くくらいだ。
 それでも無用な痛みは勘弁だと、魔法を掛けながら逃げ回る魔法使いとそれを追いかける魔物たち――水葬と花送りの他に、ある意味もう一つの迷物だろう。
「それで本題に入るけど、今年の魔物はちょっと特別らしいわ」
 群竜大陸の影響か、偶々魔法の匂いに吸い寄せられたのか。
 今回は普通のモンスターに紛れて、実はオブリビオンである存在も港町に姿を見せるらしい。
 それを猟兵たちに退治してもらいたいと、ハーモニアは告げる。
「襲ってくる魔物は『エレメンタル・バット』って言う魔力を好む蝙蝠よ。魔力は身体の中心のコアに蓄えられるから、狙ってみるのも良いかもしれないわね」
 エレメンタル・バットのコアは良質な魔法石となる。倒した後で回収するかは、猟兵たちの自由だ。
「でも、不思議よね? エレメンタル・バットは海の向こうから飛んでくるの」
 港町は地図の端の方に在る。当然、その先は地図に載っていない。載せる意味もない。ただの海原が続くばかりなんだから。
 ――海岸の先はずっと海が続くばかりで、大陸や島はおろか、街すら存在しないのに。蝙蝠たちは何処からやってくるのだろう。
「まあ、それは些細な問題……でもないのかしら? なんにせよ、蝙蝠退治をお願いするわね!」
 嘘か誠か。真実は現場に行けば分かることだろうから。
 にこやかな笑顔を浮かべ、ハーモニアは手を振って猟兵たちを送り出すのだった。


夜行薫

 旧年中は大変お世話になりました。
 本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。
 はじめましての方もそうでない方も、よろしくお願いいたします。夜行薫です。

 現か幻か。今回はA&Wでの、静かで不思議なお話を一つ。
 心に想う人が居る方も、そうでない方も、一夜を楽しんでくださいましたら幸いに思います。
 シナリオ内時刻は始終夜を想定しております。
 毎章断章を投稿します。プレイング受付/締め切りはMSページとタグでお知らせします。

●第1章『花筏に溺れて』
 『エレメンタル・バット』を迎え撃つべく、大海に向かって歩き出しましょう。
 頼めば港町の魔法使いが、魔法で水面を歩けるようにしてくれます。泳いだり飛翔したりして移動することも可能です。
 なお、海には港町の人々が死者に向けて送った沢山の小舟や花々が海上を揺蕩っています。
 蝙蝠襲来まで時間もあり急ぐ必要もないので、花送りに参加して小舟を海に送り出したり、花の乗った小舟を眺めながら追憶に耽ったりすることも可能です。
 ご希望の花の種類があれば、魔法使いが咲かせてくれます。(割と有能かもしれない魔法使いたちですが、残念ながら戦闘力としては期待できません)
 ――地図にないその先へ。

●第2章『エレメンタル・バット』
『エレメンタル・バット』と海上での集団戦となります。
 何故か海の向こうから大量にやってきます。
 ――何処から来たのだろう。

●第3章『摩訶不思議な夜に』
 何れ此処に至るであろう君を待っている。
 詳細は第3章公開時に。
 ――一夜の夢。それは現か幻か。
90




第1章 冒険 『花筏に溺れて』

POW   :    花びらや水飛沫を跳ね上げながら渡る

SPD   :    花びらの合間をたゆたうように泳ぐ

WIZ   :    ゆらゆらしてる花筏を眺める

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●花、嵐す。されど溺れぬ、花筏
「……お。オマエらか? 依頼を引き受けてくれた冒険者たちってーのは」
 港町の外れ、白骨を挽いて砂にしたかのようなきめ細かい砂が地面を覆う、真白い浜へと転移した猟兵たちを出迎えたのは、軽薄そうな青年だった。
 砂浜にしゃがみ込んだ青年は猟兵たちの方をちらりと一瞥しただけで、後は視線すら寄越さない。ただ細かい砂を握って地面に落とす。それを繰り返しているだけだ。
 サラサラと掴んでは開き、開いては掴み。風に吹かれて舞い上がる砂が、欠け始めた望月の光を受けて仄白く輝いている。青年が嫌々案内役を押し付けられたのは、その様子を見れば尋ねるまでもなく明白なことであろう。
「此処に来た以上、オマエらにも少しは想う過去や心に浮かべる存在がいるんだろ? いや、ないからこそ此処に来たのか? ま、どっちだっていーけどよ。ヨロシク頼むぜ」
 ヘラヘラと笑ってみせる青年だったが、その瞳は猟兵たちを見ていない。何処か遠くの原風景を捉えてさえいるようで。
 そのままポツリと、昔話を零す。
「……オレにも居たから、オレは此処にいるんだけどな」
 ――アイツは、悠久の時を生きる冒険者だった。
 神秘的なのがエルフ連中の魅力だというのに、妙に俗物的なヤツだった。酒や煙草、色事にひいては賭け事。時には人に言えない犯罪紛いのあくどいことまで。生きるためなら何でもやった。
 何十年、或いは何百年昔か。アイツがまだ青い駆け出しの冒険者だった頃の話だ。組んでいた仲間たちに手酷く裏切られてから、アイツは人という存在を信じることはなくなった。決して、だ。
 それが何の因果か。スリに盗み、お貴族サマへの罵詈雑言に――クソガキの手本みたいな孤児だったオレのお守を引き受けることになったんだ。今までアイツが働いていた悪事には目を瞑るっていう、自警団からの交換条件でよ。
 オレは人間でアイツはエルフ。いつかオレがアイツを置いて逝くとばかり思ってたさ。
 だが、ある時死んだ。何十年も、自分を裏切った仲間たちへの復讐心だけを拠り所に生にしがみついていたヤツとは思えないくらい、呆気ない幕切れだった。
「ま、好い性格してたとはゼッテー言えねぇが、不思議と一緒に居て気楽だったな。いつか世界見て回ろーぜって、そう約束したのによぉ」
 果たせなかった約束が青年を此処に繋ぎ止めているのか。或いは、約束を果たしたからこそ此処に来たのか。それは、彼にしか分からぬことだ。
「ま、アイツほど花が似合わないヤツは他に存在しねぇだろうな。こういっちゃ不謹慎だが、花に埋もれたアイツを見て笑いそうになったのは、ココだけの話だ」
 これで話は終わりだと言わんばかりに、青年はそこで言葉を切り上げる。
 後は、「小舟流すヤツはあっちで小舟貰って、魔法使いに用があるヤツらはこっちだ」とおざなりに説明を付け加えただけだ。
 説明とさえ言えない補足未満の何かを終えると、これで仕事は果たしたと言わんばかりに、青年は軽く手を振って波打ち際の方へと向かっていく。
 過ぎ去る青年を見送ると、猟兵たちもまた思い思いに目指す場所へと散っていった。

 素っ気ない青年の態度。でも、そのくらいが丁度良いのかもしれない。
 あのくらいの距離感の方が、他者に邪魔をされず自分と――或いは、過去や想い人と、対等に向き合えるのだから。
 砂浜にはそれなりに人々の姿が見られたが、人気の割に砂浜には静けさが漂っていた。
 皆、思い思いに流れ去る小舟を見つめ、或いは静かに思い出話を語り、また或いは小舟を追いかけて浅瀬へと走り出し。そんな人々の後ろで、魔法を掛けながら奔走している魔法使いの姿も見える。

 花を乗せた小舟は波間を漂いながら海の向こうへと消え、小舟から零れ落ちた花弁が夜の海に彩りを添えていく。時折、小波が小舟へと襲い掛かるが、小舟が波に呑まれることは決してなく。
 小舟と花々の流れる先を辿ると――海の碧と天上の蒼が混ざり合う、ずっと向こうの地平線が見えた。
 大海に向かって歩き出すか、花を送るか、流れていく小舟を眺めるか。魔法使いの手伝いをするか。
 蝙蝠襲来まで時間はある。少しくらい寄り道をしても、結果は変わらないだろう。
この砂浜で何をするか。全ては、君たちの自由だ。
旭・まどか
◆□

お前が向かった青の果ては此処とは違うけれど
もしこの海の向こうと繋がっているならば
お前も彼の地で新たな“生”を、過ごす事が出来るんだろうか

――なんて
そんなものは、ただの慰め

遺された者が寂しさを埋める為に思いついたでたらめに違いない
ただの、迷信

解る
わかって、いるけれど、

どうか、と願う事くらい、今だけは、


水面を征き
小舟の前で咲かせてと願い差し出すは日光を好む夏の花
お前の頭に咲いていた淡橙と薄桃が綻ぶ

冬の夜だと云うのに
陽を好む明るい色はやけに眩しくて


――嗚呼、嫌だな
目の奥が、こんなにも痛む

権利の無い事だと理解しているけれど、今夜だけは
感傷に浸る一夜を、赦して



●最果てに還る
 過ぎ去りしあの日、お前が向かった青の果て。
 そして今日という日、目の前に広がる碧の果て。
 照らすは黒月、踏みしめるのは夜凪の浜辺。旭・まどか(MementoMori・f18469)の双眸が写し出す世界に、あの青の果てと同じものは一つとして写らなかった。
(「お前が向かった青の果ては此処とは違うけれど、もしこの海の向こうと繋がっているならば」)
 ――お前も彼の地で新たな“生”を、過ごす事が出来るんだろうか。
 問いかけに答はなく、ただ、子守唄のようなさざ波の音だけが響いている。
「――なんて、」
 そんなものは、ただの慰め。
 遺された者が寂しさを埋める為に思いついたでたらめに違いない。
 久遠に道別れた者を想いながらも、遺された者が生きていくための支えに過ぎない。
 先往く彼らが、彼らとの思い出が、褪せないように。それでも、遺された者が過去に縋らぬように。
 ただの、迷信。ただの、言い伝え。
 海の向こうにはきっと、何もない。
(「解る。――わかって、いるけれど、」)
 どうか、お前が。
 お前がこの海の向こうの果てで。青の果てと碧の果てが交わるその波止場で。
(「どうか、と願う事くらい、今だけは、……今だけは」)
 一握の、名付けられぬままの感情を胸に、水面を往けば静かに波紋が広がった。
 きっとこの感情を抱く権利など、自分にはない。それでも両手で手放しそっと送るは、夏の小舟。
 先ほど魔法使いに「咲かせて」と願い差し出し、返ってきたのは固くその身を閉ざした未熟な蕾だった。それが早くも綻び始めている。
 宵闇を包み込む優しき陽光の色。お前の頭に咲いていた淡橙と薄桃。酷く懐かしい、まどかにとっては見覚えのあるであろうその花姿。
 青白い月光を受けながら、ひらりと、また一片。花弁が綻んでいく。そうして、夜を照らし出して往く。
(「――冬の夜だと云うのに」)
 陽を好む明るい色はやけに眩しく、目に焼きついて離れない。
 今でも鮮明に思い出せる、陽光を纏う夏の色。忘れるはずもない。確かにお前の頭に咲いていた、あの花の色。
 夏の陽光を抱いた小舟は、小夜風の助けを受けてゆっくりと海上を滑り始める。
(「――嗚呼、嫌だな。目の奥が、こんなにも痛む」)
 見送るが追わず、遠のいていく小舟の背。
 遠のいていく小舟に視界の端が滲んだ気がした。気がしただけだ。
(「権利の無い事だと理解しているけれど、今夜だけは」)
 どうか、お前が。彼の地で。
 どうか、お前に。この夏纏いの花々を。
 どうか。どうか、と――感傷に浸る一夜を、赦して。
 お前に縋ってしまう事を、赦して。

成功 🔵​🔵​🔴​

草守・珂奈芽
【ウミホタル】

死んだ先でまた生きて、人は何度も生きて死ぬのかな
再来――生まれ変わりかもしれないわたしも…?

ねえシェキザくん、本当にあの先で死んだ人は生きてると思う?
今ここにいるキミんとこのゴーストさんもいつかあの先でさ
…ふふ、どっちにしても幸せであればいいよね

そっか、それはすごく綺麗なんだろうね
きっとこの花みたいにもさ
後は今まで見たことない顔に、大事そうな想いを感じて、静かに横で見送るのさ
…友達同士でも分かち合えない想いも、あるんだね
せめてその想いを大事にしたいから、今は側で見守るのさ
彼の想いが届くよう、祈るよ

いなくなるかあ…忘れないでおくのさ
同じ後悔になるならしておくよ
自分に正直でいたいから


シェキザ・シップスキャット
【ウミホタル】
死の先かァ
ゴースト連中とは付き合いも長ぇが、
去った後のこたァとんとわからねぇ

「向こうで豊かに暮らしてりゃいい」と思うし、
苦しむゴースト達を見てっから、
「向こうじゃ静かに眠ってりゃいい」とも思う
ま、オレら海賊は、穏やかな死後なんてのァ縁遠いモンだろうが(カラカラ笑う)

魔法使いにゃ紫のカンパニュラを頼んで、舟で流す
こっち来るずっと前にさ
一人だけ、同じフェアリーに会ったのよ
これはそいつが好きな花でさ
……海みてぇな、本当に綺麗な目をした子だったよ

なァ珂奈芽
もし気になる奴がいたら、言いたいこたァ早めに伝えとけよ
ほんの少しの間に、相手がいなくなっちまうこともあっからさ
(舟を見つつ静かに笑い)



●想いの灯火
 何処の世界の人々が考え抜いてもその結果、未だに解の出ない問いがある。
 魂の行く末や、一般人にとっては縁遠い存在である、ここではない世界のこと。輪廻転生に、死後の世界に至るまで。
 きっとその問いに「正解」なんていう解はなくて、一人一人が微妙に異なった想いを抱いていて、だからこそ難しいのだ。
「死んだ先でまた生きて、人は何度も生きて死ぬのかな。再来――生まれ変わりかもしれないわたしも……?」
 もしも輪廻転生が真実ならば、街で奉る草化様の再来と囁かれているわたしにも例外なく当てはまるのかな、とか。またそれを繰り返していくのかな、なんて。
 そんな気持ちを胸中で抱きながら、草守・珂奈芽(意志のカケラが抱く夢・f24296)の視線は、先ほどから花の過ぎ去る碧の果てに釘付けだった。
 あの果てはどうなっているのだろう。考え出したらきっと、キリがない。
「死の先かァ。ゴースト連中とは付き合いも長ぇが、去った後のこたァとんとわからねぇ」
 欠け始めた望月が優しく浜辺を照らす中、シェキザ・シップスキャット(セントエルモの灯は踊る・f26310)の淡く光る一対の翅を灯火に、いつも通り集ってくるのは青白い光のゴーストたち。
 ゴーストと聞けば身構えてしまうのが一般の反応だが、シェキザの翅に集うゴーストたちに、不思議と怖さは感じられなかった。珂奈芽も見慣れている手前、二人にとっては何てことの無い日常風景なのだ。
 それでも、ゴーストである彼らがこの灯火から去った後、どうなるか、なんて。彼らに一番近い存在であるシェキザですら、与り知れぬこと。
「ねえシェキザくん、本当にあの先で死んだ人は生きてると思う? 今ここにいるキミんとこのゴーストさんもいつかあの先でさ」
「どうだろうなァ。『向こうで豊かに暮らしてりゃいい』と思うし、苦しむゴースト達を見てっから、『向こうじゃ静かに眠ってりゃいい』とも思う」
「……ふふ、そうだね。どっちにしても幸せであればいいよね」
 ゴーストたちそれぞれが安らぎに満たされていれば、それで良い。
 言いきったシェキザの言葉に、珂奈芽もふんわりと柔らかい微笑みを零す。彼らが幸せなら、それが一番なのだから。
「――ま、オレら海賊は、穏やかな死後なんてのァ縁遠いモンだろうが」
 先ほどまでの会話を明るい調子でカラカラと笑い飛ばしてみせるシェキザ。何でもない事の様に言ってみせる彼の表情に、少しだけ寂しさが滲んでいる気がして。
 だから、珂奈芽は何も言わずに、そっと静かに見守るだけにしておいたのだ。

 それから暫くの間、薄い沈黙の幕が二人の間に降り立って。
 シェキザが漸く口を開いたのは、紫のカンパニュラを乗せた小舟を流す。その瞬間だった。
 小さな鐘の形をした紫の花は、連なり合って静かにその身を風に任せている。鐘の音の代わりに、ふわりと淡い黄色の花粉が星明かりを反射させながら宙へと散っていった。
「……こっち来るずっと前にさ。一人だけ、同じフェアリーに会ったのよ」
 これはそいつが好きな花でさ。
 紡がれるシェキザの声と共に、珂奈芽の視線は足元の紫から、果ての青の方へと移り変わる。
「……海みてぇな、本当に綺麗な目をした子だったよ」
 あの子の小さな瞳の向こうには、大きな海が広がっていた。
 今、目の前に広がる海みたいで――海の先からあの子がこちらを見つめ返しているような。でもきっと、それは錯覚だろう。
「……そっか、それはすごく綺麗なんだろうね。きっとこの花みたいにもさ」
 珂奈芽の前に広がっている、紫のカンパニュラと穏やかなマリンブルー。
 きっとそれはとても綺麗で、優しくて。
(「……友達同士でも分かち合えない想いも、あるんだね」)
 今まで見たこともない、柔らかく、しかし寂しそうな彼の表情。
 きっと、彼の胸を満たしているのはとても大切な――彼だけの想い出だ。
(「どうか、彼の想いが届くように」)
 だからこそ、珂奈芽は緩く両手を組むと、そっとその瞼を下ろす。
 今まで見たことない横顔に、大事そうな想いを感じたから。
 せめてその想いを大事にしたいから。彼の想いが届くようにと、静かに海へと祈りを捧げるのだ。
「――なァ、珂奈芽。もし気になる奴がいたら、言いたいこたァ早めに伝えとけよ」
 ほんの少しの間に、相手がいなくなっちまうこともあっからさ。
 人の、さほど大きくもない両手で受け止められる数は、最初から決まっている。
 足を止めた一瞬のうちに、大切なモノが掌をすり抜け、水底に沈み込み――もう二度と、なんて。
 そんな事が無いように。隣に立つ友が、同じ後悔を重ねぬように。
「いなくなるかあ……忘れないでおくのさ。同じ後悔になるならしておくよ」
 自分に正直でいたいから。
 静かに、それでも揺らがぬ声音で呟かれた珂奈芽の声に、遠くなる舟影を見つめながら、シェキザは静かに笑いを零す。
「そうか。……珂奈芽なら、大丈夫かもしれねぇな」
 想っているだけでは、伝わらない。
 想いを言葉に、形に。それだけで、世界が姿を変えるかもしれないのだから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

月見里・美羽
――少しの間、小舟を眺めるのもいいかな

ボクの両親は、小さいときに相次いで亡くなった
二人の写真はホログラムに入れてあるけれど
あまり見返したりはしてこなかった
ボクは、一人になった途端、電脳空間に引きこもってしまったから

今、こうして改めて「死」と向き合えるようになった自分を
少し成長したのかなって思う

親不孝な娘で、ごめんね
あなた達の死を悼んでこなかったボクを許して

一輪だけ、花を送ろう
どうか、安心して眠ってほしい
ボクは、もう大丈夫

魔法使いさん、水の上を歩きたいんだ
魔法をかけてくれますか

アドリブ歓迎です



●星を追いかけて
(「――少しの間、小舟を眺めるのもいいかな」)
 流れるカンパニュラに、惑うネモフィラ、アヤメと桜が仲良く去ったかと思うと睡蓮が来て、マーガレットに至る。
 小舟も、花々も。似たような想いの結晶は二つとしてなく。
 海上を揺蕩う小舟一つ一つに色々な想いが込められているんだと考えるだけで、胸が少し締め付けられるような、喉がつっかえるような。そんな複雑な感覚を月見里・美羽(星歌い・f24139)は覚えていた。
「少し、成長したのかな――なんて」
 美羽の両親は、美羽が小さいときに相次いで亡くなった。
 美羽がまだ幼き頃に見た姿そのままでホログラムに閉じ込められた二人の写真は、あまり見返されることはなくて。
 突然訪れた二つの「死」と向き合うには、あの時はまだ早過ぎた。だから――美羽は一人になった途端、電脳空間に引きこもってしまった。
 現実を受け入れきれなくて。両親の写真すら、思うように見返せないまま。
 見返したら最後、残酷な現実を突きつけられるような気がしたから。
「親不孝な娘で、ごめんね。あなた達の死を悼んでこなかったボクを許して」
 過去、両親の「死」と向き合えず顔を背けた自分。
 今、こうして改めて「死」と向き合えるようになった自分。
 その分の差だけ、少し成長したのかなと。そんな気がしたから。
 改めて、二人の死に。
「どうか、安心して眠ってほしい。ボクは、もう大丈夫だから」
 一輪だけ花を送ろう。想いを込めた花を、一輪だけ。
 そう思った美羽に魔法使いが差し出したのは、白いカサブランカだった。
 小舟に横たえられた一輪の白百合は、俯き加減でその場に在るだけだった。他の花々の様に激しく自己主張することもなく、ただ美羽のことを見守っているように――何も言わなくとも分かっている、という様に。
 ゆらゆらと大海に旅立った美羽の小舟は他の小舟たちの中に紛れ、あっという間にその姿が遠くなる。
 それでも、沢山の小舟に紛れていてもなお、白百合の小舟が何処にあるのか、不思議と手に取るようにして分かっていたから。
「魔法使いさん、水の上を歩きたいんだ。魔法をかけてくれますか」
 美羽の声に、魔法使いは勿論と頷いてみせる。
 キラリと魔法使いの施した魔法を受けた美羽は、両足でぎゅっと水面を踏みしめた。
 波を受けて揺ら揺らと揺らめく不安定な足元はまさに水のそれ。それでも体重をかけるとガラスみたいに安定した感覚がして、それがまた不思議だった。
 両親に捧げた一輪、短い間にどこまで先を流れていったのだろう。
 追いかけるのは、先を泳ぐ白き一等星。二人の面影を追いかけて、今、美羽も海の先へ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シル・ウィンディア
【Wiz】
ベルカさん(f10622)と一緒に

死者の街にお花を送る、か…

睡蓮のお花を手に取ってから小舟に乗せて
小舟を見送っている間は黙とうするよ

お母さん…
わたしは元気でやってます
隣には素敵な人がいてくれるの
それに、笑顔を忘れないでって言うのも覚えてるから
だから、心配しないでね

願いが叶うなら会いたいな
さみしいもん
でも、それはかなわないから
だから、お花を送るね

抱きしめられたら
その温かさに泣いちゃうかも
「届くかな?届いてほしいな…」

ぎゅっとされてしばらく後に…
涙を拭いてから、ベルカさんのほうへ振り返って
「うん、大丈夫っ!それじゃ、行こうかっ!」

少し無理した笑顔かも…
約束したからね、笑顔忘れないってね


ベルカ・スノードロップ
【WIZ】
シル(f03964)と共に

シルは花を贈るみたいですし、街の人々が花を送るというのは素敵な行事です

私の出自は神官なので、シルや街の人々の想いが、ちゃんと届く様にと【祈り】を捧げます

シルの隣で流れていく小舟を眺めてもいいのですが
シルの横顔が、寂しそうなのでシルの後へ移動
顔の高さをシルに合わせ、優しく抱きしめて、手を繋ぎます

シルの小さな願いの言葉に
「届きますよ。想いも一緒に」
と答えます。シルには笑顔でいて欲しいですから

振り返ったシルの涙の跡を拭って
「はい。行きましょう」
シルだけではなく、人々の小舟に乗せた想いも街の平穏も
来たる襲撃から護りきると、自身に誓います



●想いを胸に抱いて
 花々の数だけ生まれていった惜別と永訣。この町がまた一つ年を重ねる度に増えるそれは、未来永劫決して減ることは無いだろう。
 今年もまた、流るる小舟の数だけ、旅立った死者の事を思い出す人々の存在がある。
(「死者の街にお花を送る、か……」)
 その中の一つ、美しい睡蓮を抱いた分だけ重みを増した小舟は、それでも淀むことなく水面にその身を滑らせていた。
 シル・ウィンディア(光刃の精霊術士・f03964)が先ほど睡蓮を手に取り、そして母へと送り出した小舟だ。
 薄く遠く霞んでいく睡蓮の薄桃色を瞼の裏に描きながら、完全にその薄桃色が闇に紛れてしまうまで、シルは黙祷を捧げるつもりでいるのだろう。
(「街の人々が花を送るというのは素敵な行事ですね」)
 毎年、死者のことを思い出し、祈りと共に花を送る。
 故人に想いを馳せながら、昔話に花を咲かせる。
 それはきっと、素敵なことだ。少なくとも――人々から忘れ去られ、いずれ存在すらも無かったことになってしまうよりは、ずっと良い。
 神官を出自に持つベルカ・スノードロップ(少女を救済せし夜の王【中将】・f10622)は、一言も発さぬまま黙祷を捧げるシルの横で、彼女を見守るように祈りを捧げていた。
 どうか、彼女や町の人々の想いがちゃんと届きますように、と。
 小舟が迷うことなく、花々が想う人へと辿り着きますように、と。
 ベルカの眼差しの先で、シルはぎゅっと両手を小さく組む。その横顔に影が落ちているのは、きっとベルカの見間違いではない。
(「お母さん……わたしは元気でやってます」)
 隣には素敵な人がいてくれるの。
 それに、笑顔を忘れないでって言うのも覚えてるから。
 だから、心配しないでね。
 一度堰を切った言葉の雨は、止まるところを知らず。シルからお母さんに伝えたい言葉は溢れるばかりで。
 睡蓮は何処まで流れてしまったのだろう。分からないけれど。
(「願いが叶うなら会いたいな。さみしいもん。でも、それはかなわないから……だから、お花を送るね」)
 もしも願いが叶うなら、またお母さんに逢いたかった。
 こんなに大きくなったんだよと、いっぱい伝えたい事があったから。
 でも、それは叶わぬ夢物語。だからこそ、言葉の代わりに、睡蓮の花を。
 お母さんへと溢れる想いを重ねる度に、寂しさを増していくシルの横顔。
 それを放っておくことなんて出来なかったから、ベルカはそっとシルの横から後ろに移動すると、ゆっくりしゃがみ込み、小さな彼女と視線を合わせた。
 そのまま優しく胸元へと抱き寄せて、手と手を緩く繋げれば、ベルカからシルへと温かい温もりが伝わっていく。
 自分を包み込む温もりに、つい、シルの視界も滲んでしまって。
「届くかな? 届いてほしいな……」
「届きますよ。想いも一緒に」
 微かな輝きを反射させながら、頬を伝う雫。声が少し霞むのを自覚しながら、それでも発せられた声に、ベルカは優しく肯定を返す。
(「シルには笑顔でいて欲しいですから」)
 何よりも、無邪気な笑顔を浮かべる彼女が一番彼女らしい。
 安心させるように、ゆっくりと微睡むような速度でとんとんと背中を摩りながら。
 それから暫くの間、ベルカはシルを抱きしめていた。

「うん、大丈夫っ! それじゃ、行こうかっ!」
 水連はきっともう、ずっと遠くまで流れてしまった頃だろう。
 悲しみに浸るのはもうお終い、と区切りをつけるように、シルは勢い良く俯かせていた顔を上げる。
 涙を少しだけ雑な動作で拭い去って、泣き止むまでの間ずっと傍で見守ってくれていたベルカの方へと振り返った。
「はい。行きましょう」
 勢い任せに拭われた涙は、まだ彼女の瞳の端に寄り添っていた。だから、ベルカはそれを丁寧な動作で拭いとる。
 彼女から涙を拭い去ってしまえば、そこに居るのはいつもの元気な笑顔を浮かべるシルの姿だ。
 ――少しだけ無理をした笑顔を浮かべているように見えるのは、きっとベルカの気のせいだろう。
 時には見ない振りを決め込むのも優しさで、ベルカは普段通りの態度でシルに接するのだ。
「足元が不安定ですから、気をつけてくださいね」
「うん、気を付けて行くね」
 ゆらゆらと揺れ動く波につられて動く不安定な水面。重みをかければ安定するが、慣れるまでは少し時間がかかるだろう。
 先に水面へと歩き出したベルカが、シルに手を差し出した。シルは差し出された手を握り返して、ベルカと共に海上を歩き出す。
 約束したからね、笑顔忘れないってね。だから、ベルカに向ける笑顔も満開の花のように明るくて。
 シルの笑顔を隣に、目の前のシルだけではなく、人々の小舟に乗せた想いも街の平穏も、来たる襲撃から護りきると。
 ベルカは人知れず、自分自身に誓いを立てていた。
 決して忘れない約束を胸に、決して違えない誓いを標に。点々と水面に生まれる波紋は二人の足跡。
 生まれた波紋は重なり合って、打ち消し合って。
 そうして、大海の向こうへと続いていくのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄雪月花
ヴォルフと共に「この足で」歩む

思い出すのは今は亡き故郷
昔、裏で領土を支配する吸血鬼が、わたくしを娶りたいと言った
わたくしは「家族も領民も『皆で幸せに』暮らしたい」と願った
彼はその願いに怒り、家族も領民も皆殺しにした

そして去年「水葬」の言葉と共に、魂に刻まれた傷痕
別の吸血鬼に記憶を消され
救世の願いも夫への愛も全て穢され貶められ
死と破滅へ誘う歪んだ悪夢に囚われた

誰も泣くことのない幸せな世を願うほど
それを嘲笑うように悪意はその願いを踏み躙る
お前の過ぎた望みが災厄を齎したのだと
愚かな小娘に何が出来る、と
わたくしは間違っていたの?

流るる花舟に咲いた想い
…ああ、ヴォルフ
共に往く伴侶が貴方で良かった


ヴォルフガング・エアレーザー
❄雪月花

共に歩くヘルガの様子がおかしい
死者を弔う儀式に触れ、辛い過去を思い出しているのか

傍を流れる花舟
これまでに多くの死と悲哀を看取ってきた彼女を思い
俺が魔法使いに頼んで咲かせてもらった

彼女の髪と同じミスミソウに寄り添い咲くのは
白と青の勿忘草
白は「私を忘れないで」
青は「真実の愛」
お前に出会うまで、俺は花の美しさも人の優しさも知らなかった
みんな、お前に教えてもらったものだ

全ての命と願いを掬うことが叶わずとも
それでも確実に救ってきた命や心はあったはずだ
他の誰がお前を責め苛んだとしても、俺はお前を守り抜く

今は辛くとも必ず雪解けの日は訪れる
お前の祈りが、流した涙が報われる
その願いが叶うことを信じて……



●寄り添い咲くは、
 海面に流るる花々と小舟たちが、進むべき方角を示していた。
 花と小舟が作り出す海上の道へと一歩足を踏み出せば――ふわりと微かな花の香りが鼻腔を擽った。
 これはジャスミンの香りだろうか。きっと、誰かが想い人に送ったものに違いない。
 歩みを進める度に浜辺と人々の微かな話し声が遠くなり、代わりに見えてくるものは、天上と足元に広がる二つの星空と、流れていく花と小舟の姿だ。
 大海へ、海の果てへ。
 花々に小舟――死者へと捧げられた想いが作り出す流れにその身を委ねながら、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)は今は無き故郷のことを思い出していた。
 領主の家に生まれ、「天使の歌声を持つ歌姫」として大切に育てられていたヘルガ――彼女の存在に目を付けた吸血鬼が、ヘルガを娶りたいと言いだすも必然的なことだったのだろう。
 裏から領土を支配する吸血鬼がその支配をより強固なものにするために、そしてそれを抜きにしても、ヘルガは美しかったのだから。
だが。
(「……わたくしは「家族も領民も『皆で幸せに』暮らしたい」と願った」)
 吸血鬼はその願いに怒り、家族も領民も皆殺しにした。そしてヘルガは、故郷を喪った。
 ヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)と出会ったのは、丁度その頃だ。
 行動を共にするうちに、次第に唯一無二の存在となっていったふたり。幸せを傷付ける者は居ない。そう信じたかったのに――……。
(「救世の願いも、夫への愛も……」)
 記憶を消され、魂に刻まれた傷痕。それは決して癒えることはなく。
 理想を語る度に、幸せを祈る度に。それを手折る、何者かが現れる。
(「お前の過ぎた望みが災厄を齎したのだと、愚かな小娘に何が出来る、と。わたくしは間違っていたの?」)
 自分は間違っていたのだろうか。
 考えたところで、答えは出ない。
 浜辺から遠ざかるほどに俯き、暗い表情を浮かべるようになった彼女の異変に、隣を歩むヴォルフガングが気づかなかった訳がない。
(「ヘルガの様子がおかしい。死者を弔う儀式に触れ、辛い過去を思い出しているのか」)
 ヴォルフガングの少し前を歩くような速度で流れていくのは、彼が魔法使いに頼んで咲かせてもらった花々が乗った小舟だ。
 これまでに多くの死と悲哀を看取ってきた彼女への想いを一身に抱き、その小さな花を夜風に揺らすのは白と青の勿忘草。
 その隣に、ヘルガの髪に咲く花と同じミスミソウが寄り添うようにして咲いている。
(「白は『私を忘れないで』。青は『真実の愛』だったな」)
 小舟が歩幅を合わせているのか、自分たちの歩幅が無意識のうちに合っているのか。
 着かず離れずの距離を保ちながら、ゆっくりと流れていく小舟を見たのち、ヴォルフガングの視線はヘルガの横顔へと辿り着く。
 そして、長い乳白色の髪に顔を隠したまま俯く彼女に向けて、優しく語り掛け始めるのだ。
 自分がいかに彼女に救われているのか。そのことを。
「なぁ、ヘルガ。お前に出会うまで、俺は花の美しさも人の優しさも知らなかった。みんな、お前に教えてもらったものだ」
 聞き慣れたヴォルフガングの声に、微かだが、ヘルガが顔を上げた。はらりと流れる髪の間から覗く、彼女の青い瞳とヴォルフガングの視線がかち合い――一つに混ざり合っていく。
「全ての命と願いを掬うことが叶わずとも、それでも確実に救ってきた命や心はあったはずだ」
 人は……万能たる神様になることはきっと、出来やしない。
 願いを掬えた一方で、反対に目の前で零れ落ちる命に遭遇することがあるだろう。
 右か左か。どちらかを天秤に掛けなければならない時が、来るときもあるのだろう。
 それでも、確実に彼女が救ってきた命や心はあったのだと。それも、決して少なくない数を。
「他の誰がお前を責め苛んだとしても、俺はお前を守り抜く。だから、」

 だから、        。

 紡がれた言葉の続きは、きっと、ヘルガにしか聴こえない。
 ヴォルフガングとヘルガしか知らない、二人だけの秘密なのだ。
 一人で何もかもを背負い込み、人知れず悩み込む彼女のことを。
 ヴォルフガングは、守ると決めたのだから。
「今は辛くとも必ず雪解けの日は訪れる。お前の祈りが、流した涙が報われる。その願いが叶うことを信じて……」
 二人の足元を中心に、じゃれつくようにゆらりふらりと流れる小舟に咲く、ミスミソウ。
 雪のなかでじっと耐え続け、春が訪れると他の植物よりも一際早く雪を割るようにして芽吹き、花を咲かせる――そんな、春を告げる花のように。
「……ああ、ヴォルフ。共に往く伴侶が貴方で良かった」
 ヘルガは、無意識のうちに止めていた息をゆっくり吐き出し――そして、彼に向かって微笑みかけた。
 ミスミソウの傍らに咲くは、勿忘草。
 何があっても、決して互いの存在を忘れることは無いのだと。
 二人の進む先を導くように、寄り添い合う小舟が少し先を流れていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

小結・飛花
彼の人の話は聞きました。
あたくしにはその様な者は御座いません。

花が。
花が美しかったのです。
それだけでは理由にはなりませんか?

血も涙も無い鬼の子とは良く云うでしょう。
あたくしは水鬼ですから。

幽世にも、似たような祭りがあります。
花ではなく、灯りを流すのです。
あたくしたち妖怪は、そうして故人を偲ぶ人間を
数えきれない程、見て来ました。

彼等はあの灯火に何を思うのでしょうね。

魔法使いの咲かせた花の美しきかな
あの花を好む御方だったのでしょうか。

骨よりも白い砂浜で、あたくしは小舟を見送ります。
どの方々も、良き旅になりますように
そう願っております。



●花と成る
 海上を揺蕩い、一つの場所を到達点に大海へと旅立つ花筏。
 時折舟からはらりと零れ落ちる花弁に、波に喰まれ、それでも次の瞬間には何事も無かったかのように再び水面に顔を見せる小舟の群れ。
 水飛沫を受けて濡れた花弁は、欠け始めた望月の明かりを受けて硝子のような光沢を放っていた。
 ちゃぷりちゃぷりと、浜辺に響くのは波音だけ。人々の話声は、微かにしか聞こえない。
 足元を覆う白骨の粉のような真白い砂は、圧をかけた分だけその身体が沈み込んだ。
(「彼の人の話は聞きました。ですが、あたくしにはその様な者は御座いません」)
 また一つ、海上に浮かぶ小舟の姿。去る一方の花々と小舟を見送りながら、小結・飛花(はなあわせ・f31029)が思い起こすのは、案内役であった青年のこと。
 幸か不幸か、解を述べる者によって解釈の異なるであろうそれ。
 飛花には、彼の人のような存在が居ない。だが。
「花が。花が美しかったのです。それだけでは理由にはなりませんか?」
 遠くを眺める飛花の視線。唇から悠々と紡がれるのは、純粋な問い。
 咲いたばかりの流る花々は一等美しかったから。想う誰かは居なくとも、きっとそれだけで十分な理由と成る。
(「――あたくしは水鬼ですから」)
 血も涙も無い鬼の子とは遥か昔から良く云われること。
 それは水鬼でもある飛花にとっても、当てはまること。
 水面に咲き乱れる花々を目に、そうでしたと飛花が思い出す話が一つ。
「幽世にも、似たような祭りがありますね」
 花ではなく、灯りを流す。何百、何千という薄橙の灯りが川を彩る光景は、圧巻の一言に尽きるのだ。
 人間よりも、遥かに長い時間を生きるのが飛花たち妖怪という存在。
 一般の人々から妖怪の姿は見えない。けれど、木陰や物陰からそうっと。そうして故人を偲ぶ人間を数えきれない程、見て来たのだ。
「彼等はあの灯火に何を思うのでしょうね」
 あの灯火に、あの小舟に。
 何を思うのかは、本人にしか分からぬ話。
 ひょっとしたら、本人すらも分からぬ話。
 想いを抱いた花々は、籠められた想いの一説すらも語らずに、ただ静かに流れていく。
「あの花を好む御方だったのでしょうか」
 宵闇に韓紅が爆ぜた。見事なシャクヤクを乗せた小舟の隣を、別の小舟から零れ落ちたダイヤモンドリリーが追い越していく。その隣に流れるのは、望月を見上げる向日葵の花だった。
 季節の違う花々が咲き流れる海の姿は、此処でしか見られぬ光景。
 シャクヤクを好む人が居たのだろうか。向日葵が似合うと手向けた人が居るのだろうか。
(「どの方々も、良き旅になりますように」)
白骨よりも白い砂を踏みしめて。ひっそりと願いを込めて、飛花は去り往く花々を見送った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
舟に故人への想いを乗せて流すのですね。お盆に灯篭を流すようなものでしょうか。私の村でもお盆に川に灯篭を流して竜に一緒に天に昇ってもらうという言い伝えがありましたし、少し懐かしい感じがしますね。
海に浮かぶ様々な花と灯りはとても幻想的で思わず見とれていしまいますね。海の上を歩けるようにしてもらえるようですし、海の上で舞うのも一興でしょうか。海の向こうまで届くよう鎮魂と感謝を込めて踊りましょう。
アドリブや絡みは自由にしていただいて大丈夫です。



●花と舞ふ
 花へと想いを籠めて、舟へと伝えたい言葉の数々を託し。
 花弁は零れ落ち、されど、贈り物や手紙は決して溢れず。
 そっと送り出す小舟に、祈るは一つ――どうか、あの人に届きますように、と。
「舟に故人への想いを乗せて流すのですね。お盆に灯篭を流すようなものでしょうか」
 静かに祈りを捧げ、或いは想い出話に花を咲かせる人々を眺めながら、豊水・晶(流れ揺蕩う水晶・f31057)は似たような慣習があることを思い出していた。
 こちらは花で、あちらは灯篭。主な違いはそれだけで、籠められる想いの数々や、祈りを捧げる人々の姿は何処の世界でも変わらぬ事なのだろう。
(「私の村でもお盆に川に灯篭を流して竜に一緒に天に昇ってもらうという言い伝えがありましたし、少し懐かしい感じがしますね」)
 晶の脳裏に浮かぶのは、故郷の言い伝えを元に、送り盆の日に一斉に送り出される灯篭の灯り。ふわりと川面を照らしながら、ゆっくりゆっくりと下って往く。
 灯された灯りは魂を導く標となり、先導する竜と共に天に昇って往くのだと。
 流れていく小舟に故郷の灯篭の面影を重ねながら、晶は暫しの間、花と灯りに酔いしれていた。
「異なる季節の花々が、こうも一斉に綻ぶとは――」
 時間も、季節さえも飛び越えて。凍てつきそうな冬夜に花々は彩りを添えていく。
 冬の夜に咲くは、夏の朝に咲くはずの朝顔。蔓の端で水に触れながら、重なり合った青と紫は夜の闇へと溶け出した。
 揺れ動く海面につられるように、その身を揺らすのは鈴蘭の花。揺り籠のような小舟の揺らぎに身を委ねる小さな白い釣り鐘からは、リンリンと鈴音が今にも聞こえてきそうで。
 花と想いと人々が集って築き上げた、一夜の夢。人々の想いと魔法使いの力が合わさったからこそ、見られた光景だ。
「そうでした。海の上を歩けるようにしてもらえるようですし、海の上で舞うのも一興でしょうか」
 思い立ったが即実行。浜辺の魔法使いへと声をかければ、二つ返事で魔法を掛けてくれる。
「海の向こうまで届くよう、鎮魂と感謝を込めて――」
 ひたりと大海へ足を踏み出せば、思いのほか不安定な足場が晶を出迎えた。
 寄せては返す波に足を取られ、覚束ない足取りに縺れそうになりながらも、次第に晶の舞は優雅なモノへと成っていく。
 手を伸ばし、裾を翻し、水飛沫を蹴り上げて。
 軽快な足取りで、それでも決して花々や小舟の行く手を遮らずに。晶は舞う。
 ひらりと鮮やかな一回転と共に風を起こせば、舟から零れ落ちた花弁が掬い上がり、空の彼方へと飛び立った。
 花吹雪に乗せて――海の向こうまで、鎮魂と感謝が届くように。
 晶は想いを籠めながら、次のステップを踏み出していく。

成功 🔵​🔵​🔴​

エンティ・シェア
小舟に花を載せて流すのか
それなら魔法使いに水上を歩けるようにしてもらって…
あぁ、ついでに、橘も出してもらえたらありがたい
…頼んだ瞬間、意外そうな声が内側から聞こえる
そりゃそうだろうな。橘は、あんたの象徴だ
俺は相変わらずあんたのことは嫌いだけど…
花の方は、嫌いじゃねーんだよ
分かったら黙って見てろっつの

流れてく小舟を、暫く追ってみる
死者の街、ね…
そんな所があるんなら、一緒に行ってやれりゃ良かったんだがな
…ちゃんと手を取って、連れてってやれば
お前は、向こうで幸せに歌えてたのかな

…いや、たられば言っててもしゃーねーわ
決めた。会いに行く
お前の歌を、聞きに行くよ
満足するまで歌ったら
今度こそ、一緒に眠ろうな



●星に歌声
 白骨を砕いて粉の様にした真白い砂浜へ。
 エンティ・シェア(欠片・f00526)がサクリと心地良い音を立てる浜辺に一歩踏み出せば、突然一際強い風が吹き抜けた。
 びょうぉうと吹き付ける強風に、小舟から零れ落ちた花弁が巻き上げられ、渦を巻いてエンティの目の前を右から左へと舞い流れていく。海の向こうへと、吸い込まれる様に。
 手を伸ばせば触れられそうな距離で踊る花の竜巻に誘われるようにして――手を少しだけ花の渦に向けると、それだけで数枚の花弁が右手に纏わりついた。
「小舟に花を載せて流すのか」
 竜巻の駆け抜けた方向へと目を向ければ、海の果てとそこを目指して流れていく小舟の姿が目に入る。
「あぁ、ついでに、橘も出してもらえたらありがたい」
 小舟を流すのならばと、魔法使いに水上を歩く魔法を掛けてもらうついでに頼んだところ、二つ返事で了承の意が返ってきた。
 晩春から初夏にかけて咲く橘の花を頼んだ瞬間、エンティの内側から心底意外だと言いたげな声が響く。
「そりゃそうだろうな。橘は、あんたの象徴だ」
 小さな星のようなこの花は、あんたの象徴だった。俺の象徴ではないのだが。
「俺は相変わらずあんたのことは嫌いだけど……。花の方は、嫌いじゃねーんだよ。分かったら黙って見てろっつの」
 まだごにゃごにゃと何やら言いたそうな声の主を強制的に黙らせて、俺は白い星の集う小舟を受け取った。
「死者の街、ね……。そんな所があるんなら、一緒に行ってやれりゃ良かったんだがな」
 近く、遠く。瞬いて。海面を滑る小さな星々の姿を、俺は暫くの間追いかけていた。
 この舟を辿れば、そこに往き着くのだろうか。
 両手で抱えられるほどの小さな舟に落とし込んだ星空は、天上の星空に負けぬほど、淡く白い光を纏っていて。
 暗闇でも見失うことは無いだろう。
「……ちゃんと手を取って、連れてってやれば」
 繋いだ手を離さずに。この両手でお前のことを導いて。
 そうすれば、お前は、向こうで幸せに歌えてたのかな。
 星を追いかけながら、俺の意識は徐々にお前の方へと。お前のことを。
 お前の歌が途切れて久しい今――手を取らなかったらこうなったのか。手を取っていたら、何かが変わっていたのだろうか。
「……いや、たられば言っててもしゃーねーわ」
 過去を悔いても仕方のないこと。でも、未来なら。
 そうとなれば、俺の決断は早かった。決めた。会いに行く。
「お前の歌を、聞きに行くよ。満足するまで歌ったら――今度こそ、一緒に眠ろうな」
 俺の足元を照らし出すのは、小さな白き星の空。
 白い星々を導にすれば、恐らくお前の元に。
 お前の姿を、歌声を、もう一度。

成功 🔵​🔵​🔴​

ウィリアム・バークリー
水上異界の類ですね、これ。海の彼方に、死者の棲まうネクロポリスがある。
……ぼくらは実際に、骸の海から舞い戻ってくるオブリビオンを討滅する側ですから、気分は複雑です。
こんな話は同じ猟兵仲間にしか話せませんが。

思い返すのは、戦争という形で戦ったオブリビオンたち。
白騎士ディアブロと銀河皇帝。ドラゴンテイマー。魔軍将にして猟書家、上杉謙信や、陰陽師安倍晴明。アルダワの大魔王に群竜大陸の帝竜たち。オウガ・オリジン。

いずれも強敵でした。彼らは何を思ってこの時代へ現れてくるんでしょう。
いつかぼくも、剣に斃れたらオブリビオンとなって大切な人達を傷つけるのかな?

骸の海さえなければ、還ってくる人もいなくなるのに。



●死者と過去と
 天界に地の果て、空中に浮かぶ大樹の島に、海の彼方。或いは、大きな鳥居の向こう側。
 古今東西、言い伝えられる地域によって死者の世界はガラリと姿形を変える。
「水上異界の類ですね、これ。海の彼方に、死者の棲まうネクロポリスがある」
 これはその言い伝えの中でも水上異界の類だと呟いたのはウィリアム・バークリー(“聖願(ホーリーウィッシュ)”/氷聖・f01788)だ。
 流れる小舟を追えば、その街に辿り着くのだろうか。その真実を知る者は、恐らく居ないのだろうが。
(「……ぼくらは実際に、骸の海から舞い戻ってくるオブリビオンを討滅する側ですから、気分は複雑です。こんな話は同じ猟兵仲間にしか話せませんが」)
 死者の世界が言い伝えだけならば、何も心配することは無かった。それが、実際に蘇ってくる過去――オブリビオンの存在がある。
 過去は何れ現在を飲み込み、未来ごと世界を崩壊させる以上、討伐するしか方法がない。
 決して砂浜へとは舞い戻らずに。海へと進む一方の小舟たちを眺めながら、ウィリアムが思い返すのは、戦争という形で戦ったオブリビオンたち。
 銀河皇帝や魔軍将にして猟書家、上杉謙信やアルダワの大魔王に群竜大陸の帝竜たち。オウガ・オリジンに――。
(「いずれも強敵でした。彼らは何を思ってこの時代へ現れてくるんでしょう」)
 彼らは何を思うのか。
 それは生前の未練かもしれないし、長年に渉る怨恨かもしれない。
 強敵を挙げだせばキリがなく、また、彼らのような存在は今後も現れ続けるのだろう。
 それを止めるのが猟兵の務め。だが。
(「いつかぼくも、剣に斃れたらオブリビオンとなって大切な人達を傷つけるのかな?」)
 もし、オブリビオンとの戦いに敗れることがあったのなら。
 いつか蘇る瞬間に怯えながら、眠り続けなければならない日が来るのか。
(「骸の海さえなければ、還ってくる人もいなくなるのに」)
 そうすれば、オブリビオンとして過去にウィリアムが戦ってきた者たちも、安らかな眠りについたままで居られただろうに。
 死者が蘇る話はきっと――言い伝えや御伽噺程度が丁度良い。
 言い伝えや御伽噺を寄る辺に、或いはお守り代わりに。人々は何れ歩き出すのだから。
 それを、オブリビオンのように実際に蘇って生前の様に振舞われては――きっと、運命を狂わせられてしまう人が出る。
(「これ以上悲しみを増やさないためにも、蝙蝠を止めないと」)
 灰色の瞳に、鋭い光を宿して。ウィリアムがじっと見抜くのは、碧の果て。
 蝙蝠襲来に思いを馳せながら、ウィリアムは真白い砂浜に新たな決意を刻み込んだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

エリシャ・パルティエル

こんな不思議な夜には
過去と現在
生者と死者の境目が
曖昧になるのもわかる気がするわ

小舟に乗せるのは荒野で咲くミルトスの花
あの人が一度だけあたしにくれたことがあったの

死後どうなるかはたくさんの考え方があるけれど
こんな風に死者の街で新たな生活を送っているというのなら
どこか救われる気がするわ
それは遺された者の願いなのかもしれない

でもこの花があの人に届くかはわからない
だってあの人はいなくなったけど
亡くなったかはわからないから
あたしがそう信じたいだけかもしれないけど

日に日にあの人の顔と思い出が曖昧になっていく気がして
もう待つだけは嫌だから
可能性があるのならと
夜空を映す煌めく水面へと
一歩前へと足を踏み出すの



●色褪せぬように
 何時だったのだろう。思い出にも限りがある。そのことに気が付いたのは。
 あの人の無事を祈り、帰りを待つ日々。月日が経つにつれて、記憶が薄れて。
 確かに、幸せだったはずなのに。
 それで、気付いたの。思い出せる記憶にも、終わりがあることに。
 あの人と過ごした日々以上の事は、どうしても思い出すことができない。だって、それ以上のことを経験していないのだから。
 だから――。
(「こんな不思議な夜には、過去と現在――生者と死者の境目が、曖昧になるのもわかる気がするわ」)
 季節も場所も、時間さえも捻じ曲げて。海面に咲き零れ、小舟を彩るのは様々な想いが込められた花の数々。大海へと遠い旅に出た小舟を照らすのは、優しい月明かりと魔法使いが用意したふわふわとした柔らかい光の玉。
 幻想的で、言葉さえ忘れてしまいそうな光景に、瞬きもせず魅入ってしまって。
 エリシャ・パルティエル(暁の星・f03249)が漸く短く息を吐き出すと、先ほどこの手で海に流した小舟が少し遠くに揺らいでいる姿が目に入った。
 エリシャが小舟に乗せたのは、荒野で咲くミルトスの花。
 あの人が一度だけエリシャに贈ってくれた、二人にとっての想い出の花。
「死後どうなるかはたくさんの考え方があるけれど、こんな風に死者の街で新たな生活を送っているというのなら」
 それだけで、どこか救われる気がするわ。
 エリシャが紡いだ小さな言葉の旋律は、柔風に乗って、海の向こうへと流れていく。
 死後の世界。それは遺された者の願いなのかもしれない。
 けれど、その願いが先立った者に届くと信じて。
「でも、この花があの人に届くかはわからない」
 この舟々のあて先は、死者の街だ。死者以外に届くかどうか、それは分からないことで。
(「だってあの人はいなくなったけど、亡くなったかはわからないから」)
 ……あたしがそう信じたいだけかもしれないけど。
 突然居なくなったあの人。生きているのか、死んでいるのか。
 それすらも、エリシャは知る術を持たない。
 祈りと思い出を胸に、あの人の帰りを待つしか、エリシャに出来ることは無い。だけど。
(「日に日にあの人の顔と思い出が曖昧になっていく気がして」)
 いつの間にか、顔や想い出すら記憶の水底に深く沈んでしまうような気がして。
 色褪せるだけの記憶、でも忘れられる訳がない。叶うのならば、鮮やかな記憶のまま憶えていたいのに。想い出さえも、散ってしまうのならば。
 もう待つだけは嫌だから。可能性があるのなら、と。
 夜空を映す煌めく水面へ、エリシャは一歩前へと足を踏み出した。
 海面に映りこむ眩い星空を踏みしめて。この足で、あの人に逢いに行くために。

成功 🔵​🔵​🔴​

呉羽・伊織
【花守】
(蒲公英、白詰草、菫
時に雑草と見向きもされぬ様な――日陰や道端でひっそりと、然れど根強く咲く小さな草花達

――“あの人”は其すらも愛し慈しむ人だった
だから――そんな小さな彩を咲かせて貰い、いつか“あの人”に教えて貰った通りに編上げ、花冠を

舟に乗せて送り出そうと、浜に向かえば)

お、奇遇だな
良いぜ
ま、今宵はお互い語らう事もそうないだろうが――偶にはこんな時間も、な
(見知った顔へいつも通りへらりと笑顔向けるも、言葉はそれきり――想いは舟に乗せて送り出して
海の彼方へと向けた眼差しは何処か遠く、真摯な色を滲ませて)

(有難う
貴方のお陰で、俺は――小舟の様に時に波に飲まれかけても、ちゃんと進めてるよ)


百鬼・景近
【花守】
(紅、白、黄――何かと縁深き曼殊沙華達と、竜胆に鬼灯――今は亡き“彼の娘”と良く楽しんだ花々を咲かせてもらって、花筏に

……俺の自己満足でしかないと解ってる
けれど、今宵はそういう習わしならば、乗るぐらいは赦してほしい――此処に彼女自身が居たならば、きっと同じくこうしていただろうから――
なんて、噫、また有り得ぬ泡沫の夢想を――

一度目を伏せ、顔を上げれば、見知った姿が目に入り)

……今晩は、伊織
邪魔でなければ、隣、良いかい?
うん、まぁ――語らわずとも、考えてる事は大体、ね
今宵は唯静かに、小舟を見守るのも良い

(沈みかけた想いを引き上げ、同じく花と共に舟へ

――どうか君が、安らかに在るようにと)



●想いを編む
 蒲公英、白詰草、菫――散歩の最中にふらりと訪れた道端や土手に咲く、季節の野花達の姿がそこに在った。
 個々に名があることも忘れられ、時に雑草と一括りにされて。鮮やかで派手な品種を好む者たちからは見向きもされぬ様な野花達。それでも、見向きされずとも、例え踏み潰されたとしても。
 ひっそりと根強く咲き、こっそりと人々の生活を見守る、人々の暮らしの一等身近に在る草花達。
(「――“あの人”は其すらも愛し慈しむ人だった」)
 蒲公英が綿毛を飛ばしたこと。菫の花が綻んだこと。道端を彩る小さな花々の変化にも気付く、聡く優しい人だった。
 編み上げる花冠に想い込めるは、“あの人”のこと。呉羽・伊織(翳・f03578)は、魔法使いに咲かせて貰った掌の中の小さな彩を優しく編み上げていく。
 指先に宿る小さな生命を潰してしまわぬように、緩く摘まみ、茎を潜らせて。また一つ茎を花冠に絡める度、“あの人”のことを思い出す。“あの人”との日々が、伊織の記憶に彩を差していく。
 花冠の編み方は数多在り、然れど伊織が花冠を手繰る手先は、いつか、“あの人”に教えて貰った通りの編み方だ。
 そうして出来上がった野花の花冠に、嘗てあの人が手本として編み上げてみせた花冠の面影が重なり合ったのは、一瞬の事。
 出来上がった花冠を柔く抱えると、伊織は小舟に乗せようと、浜に向かって歩いて行く。

●想ひ出の欠片
 夕暮れ空に烏が飛び。紅色集いて咲き誇る様は、爆ぜる線香花火の様。夏の暮れ、それを彩る曼珠沙華。そして自分と、何かと縁深い紅の色。
 未だ去らぬ入道雲を背景に、秋空を目指して背を伸ばすは竜胆の花。来たる秋本番が待ち遠しかった様な、そうでは無かった様な。
 隣を歩く長く伸びた彼女の影法師に隠されたのは、橙色の実と小さき花弁。
 そして今宵、宵闇を切り裂くは、紅、白、黄――花々の色彩だ。想い出の断片だ。
 百鬼・景近(化野・f10122)にとっては見覚えのある、しかし今は遠き原風景。その一部にひっそりとその花弁がちらついていたのを、今でも憶えている。
 自身と縁深き曼殊沙華達と、竜胆に鬼灯――今は亡き“彼の娘”と良く楽しんだ花々。
 それを咲かせてもらって、花筏にし。
 海に、流す。
(「……俺の自己満足でしかないと解ってる」)
 そう、これは己の自己満足でしか無い。
 遺された者達の自己満足でしかない、花送り。
 けれど。
(「けれど、今宵はそういう習わしならば、乗るぐらいは赦してほしい――」)
 此処に彼女自身が居たならば、きっと同じくこうしていただろうから――。
 己の隣に立ち、流る花筏を見送る彼女の姿。
 去る花筏の背を見送りながら、在りし日の想い出話に花を咲かせるのだ。
(「なんて、噫、また有り得ぬ泡沫の夢想を――」)
 己の中に生じた甘美な夢想を否定するように景近は一度目を伏せ、ゆるゆるとその頭を振る。
 そうして己の中から夢想を追い出し顔を上げれば、視界に見知った姿が目に飛び込んできた。
 見間違えるはずもない。波打ち際に佇むのは、景近と交流のある伊織の後ろ姿だ。
「……今晩は、伊織。邪魔でなければ、隣、良いかい?」
 伊織の斜め後ろから近づき、景近がそぅっと声をかければ、伊織はゆっくりと振り返った。伊織の眼差しが、碧の果てから景近の方へと移り変わる。
「お、奇遇だな。良いぜ」
 短く帰ってきた了承に、景近は伊織の隣へと歩みを進めた。
 遠い様な、近い様な。そんな絶妙な間を取って、二人で眺めるのは碧の果て。視線が射抜くは、己が送った花筏。
「ま、今宵はお互い語らう事もそうないだろうが――偶にはこんな時間も、な」
「うん、まぁ――語らわずとも、考えてる事は大体、ね。今宵は唯静かに、小舟を見守るのも良い」
 景近へ――見知った顔へいつも通りへらりと笑顔向けるも、伊織の言葉はそれきりだった。
 何でも無いかのように振舞いながらも、心は此処に在らず――心と想いは舟に乗せて送り出して。
 海の彼方へと向ける眼差しは何処か遠く、真摯な色が滲みだし。伊織は静かに、海の果てを望む。
(「有難う。貴方のお陰で、俺は――小舟の様に時に波に飲まれかけても、ちゃんと進めてるよ」)
 向かい来る小波に呑まれたかのように思われた、伊織が流した花冠の小舟。しかし、数秒後には花弁の一片も零さずに小波の壁を乗り越えてみせた。
 伊織の隣に佇む景近もまた、言葉無く自身の想いを託した舟を眺めていた。
 在りし日の記憶。沈みかけていた想い。それを引き上げて、彼女と良く楽しんだ花々に抱かせて。
 送り出した小舟は、海の果てを目指してゆっくりと航海の旅に出た。此処には二度と、戻らぬだろう。
(「――どうか君が、安らかに在るように」)
 静かにそう祈りを込めて、景近は去る小舟の影を見送るのだ。
 隣り合う影二つに見守られながら、二つの小舟は大海を目指して、進んでいく。
 二人が心に描く、その人の元へと。この花を、届ける為に。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『エレメンタル・バット』

POW   :    魔力食い
戦闘中に食べた【仲間のコアや魔法石、魔力】の量と質に応じて【中心のコアが活性化し】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    魔力幻影
【コアを持たないが自身とそっくりな蝙蝠】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ   :    魔力音波
【コアにため込んだ魔力を使って両翼】から【強い魔力】を放ち、【魔力酔い】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●辿るは花筏、迫るは闇夜
 一早く大海へと歩み出した者、花筏に想いを込めて小舟を流した者。死者や過去に想いを馳せ、祈りを捧げた者――。
 名残り惜しいが、時間が迫ってきた。浜辺で一時を過ごしていた者たちも、それぞれ蝙蝠を迎え撃つべく大海へと歩み出し。

 猟兵たちは今、2つの星空の境界線上を歩んでいた。
 頭上を照らし出すのは途方もない距離の闇を超えて、地上へと降り注ぐ星明かりの雨。
 地表へと降り注ぐ星明かりは、光さえも過去のものだ。あの光を放つ星々が今、既に死んでいるのか、今も生きているのか。
 それさえ、分からぬこと。

 足下を流れ、道を作っていくのは死者へと手向けられた花々や小舟の数々だ。
 踏み出した片足を中心に水面が波打ち、海の中へと落とし込められた星空がゆらゆらと揺らめいている。
 足音に釣られるようにして跳ね上がった水飛沫の中にすら、星が閉じ込められていた。キラリと光を放ったかと思うと、再びポチャリと音を立てて足元の星空と一つになる。
 見渡す限りを星空と海で覆われ、少し気を抜けば方向感覚さえ朧げになるだろう。 下手をすれば、未来永劫空と海の狭間を彷徨い歩く羽目になるのかもしれない。
 それでも、現在位置を見失わないのは、ひとえに花々や小舟のお陰だった。
 流れていく花々や小舟が進むべき方角を示してくれる。連なり合って、一筋の道を作り。地平線の向こうに吸い込まれるように、同じ場所を目指して。
 闇の向こうへと消えていく。
 
 夢ではないかと疑ってしまいそうになるが、これは現実だと向かってくる闇夜が教えてくれる。
 花々と小舟たちの流れに逆らうようにして、こちらに向かってくるのは星のようなコアを身体の中心に宿した蝙蝠の群れ。魔法の掛かった小舟に吸い寄せられたのか、海の果てから近づいてくる。
 コア一つ一つの輝きは星よりも眩く鮮やかだというのに、その光の中に微かな気味の悪さを感じられた。
 魔力の残り香が漂う小舟や花々に興味は無いのだろう。彼らが欲しいのは、その本体――魔法使いたちの魔力だ。ここで蝙蝠たちを食い止めなければ、浜辺の人々に被害が及んでしまう。
 魔法使いのかけた魔法は暫くの間、効果が切れることは無い。
 足元の星空を踏みしめると、猟兵たちは各々戦いの構えを取った。
シル・ウィンディア
【シルベルカ】
静かな夜を汚さぬように…

「コウモリさん、魔力食べるのかぁ…」
「相性悪いけど頑張らないとね」

純粋な魔力放射系だとパワーアップされそうだから
今回は攪乱中心かな?

【高速詠唱】で《指定UC》

「それじゃ、いってきまーすっ!」

UC発動後は
【空中浮遊】と【空中戦】で空に舞い上がって
【フェイント】や【残像】を駆使して
ベルカさんの攻撃しやすい位置へ誘導だね
急制動や方向転換はUCで空中を蹴って対応だね

攪乱しつつ、
遠距離は腰部の精霊電磁砲
近接は風精杖での直接攻撃で対応

応対しているコウモリ達が全部倒せたなら
ベルカさんの所に戻るよ

「ただいま、そしてお疲れさまっ」
言いながらベルカさんの腕にぎゅっと抱き着くね


ベルカ・スノードロップ
【シルベルカ】

「下手な魔法は喰われそうですね」
【戦闘知識】【世界知識】で情報分析
【鎧砕き】の技術を転用して
「コアを破壊するのが良さそうですね」

【足場習熟】で水上の足場を安定させ
《選択UC》でコア砕きに適した武具を召喚

大好きなシルの動きを目で追いながら
シルの魔力に寄せられるエレメンタル・バットに対して
【スナイパー】で狙い【投擲】
【おびき寄せ】ることが出来る程度の魔力を帯びさせ
避けるどころか食いつかせる【誘導弾】にして【串刺し】
コアを【破魔】と【鎧砕き】で砕く
【だまし討ち】です


【視力】【暗視】で本物と偽物は【見切り】
本物だけを撃ち抜く

戻って来て抱きついてくれた愛おしいシルの事を抱きしめ返すよ



●星を射る
 頭上と足元、煌めいていた二つの星空を迫りくる闇夜が覆い隠していった。黒と紫が絶妙に揺れ動く闇夜の中で、大小無数の極彩色が煌めいている。
 美しく、しかし、何処か気味の悪さを感じられるそれは、蝙蝠達が持つ魔力を溜めるコアだ。
 一体一体は恐らく、それほど強くはない蝙蝠たち。しかし、大群となり一斉に進行されては厄介の一言に尽きる。
 闇夜の始まりは見えるが、終わりが見えず。海の果てから次が来る。バサバサと空気を打つ羽音は、一陣の風と成って海面を進む小舟の列を微かに後退させていた。
 静かな夜を汚さぬように……。
 星月夜を覆う闇を晴らすように……。
 夢のような一夜に飛び込み参加を果たした蝙蝠達には、早急にお帰り頂くつもりだ。
「下手な魔法は喰われそうですね」
 目の前の蝙蝠の特徴と、自身が持つ魔物の知識を照らし合わせ。そして、猟兵として経験した戦闘での知識を活かし、冷静に情報を分析してみせたのはベルカ・スノードロップだ。
 蝙蝠達が魔法使いの魔力を狙い海の果てから現れたのだとしたら、猟兵たちの魔力や魔法も恐らく、彼らにとっては滅多にありつけない御馳走だ。ベルカの読み通り、下手な魔法は喰われてしまうだろう。
「コウモリさん、魔力食べるのかぁ……」
 魔法による戦闘を主とするシル・ウィンディアは残念そうに肩を落とす。シルの強力な魔法も、コウモリさんたちにとっては最高級デザートのようなもの。
 魔法を放ってコウモリさんたちに群がられては敵わないと複雑そうな表情を浮かべるシルを、ベルカが困ったような苦笑いを浮かべて見守っていた。
「相性悪いけど頑張らないとね」
「例え相性が悪くても、シルなら大丈夫ですよ。コアを破壊するのが良さそうですね」
「コアだね。分かった! それじゃ、いってきまーすっ!」
 純粋な魔力放射系だとパワーアップされる可能性がある。今回は攪乱中心でベルカさんの援護かな? と。心の中で作戦を立てながら、シルは風を纏わせて蝙蝠たちへと飛び込んでいく。
 凍てついた空気の漂う空中を蹴り上げて、ひらりと舞う姿は風の精霊のよう。風よりも軽い身のこなしで自由に空を舞う小さな舞姫は、蝙蝠たちの注意を一身に集めていた。
「さて、こちらも動きますか」
 あっちへひらり、こっちへひらり。フェイントをかけ、残像を紛れさせながら空踊るシルを視界の端に捉えながら、ベルカは水面をしっかりと踏みしめた。
 刺突剣に、短槍、矢――。ベルカが召喚したのは、その数凡そ千に近い武器の数々だ。蝙蝠のコアを打ち砕く目的で選ばれたその武具たちは、蝙蝠の合間から見え隠れする月光を受けて、切っ先の鋭い光を静かに乱反射させている。
「ベルカさん、今だよ!」
「分かりました」
 纏う仄かな魔力におびき寄せられて、バサバサとシルを追う蝙蝠たちは食事のことで頭がいっぱいなのだろうか。
 仄かな魔力は自分たちをおびき寄せるための罠でしかなく、また、地上から自分たちを狙う猟師がいることなど全く気が付いていないようであった。
 星月夜に突如現れた巨大な流星――精霊電磁砲から放たれた魔力砲弾が、一斉攻撃の合図になる。
 コアを持たぬ分身諸共、魔力砲弾は本体の蝙蝠を打ち抜いて。海上に大きな水飛沫を打ち上げた。
「魔力ばかりに気を取られていて、防御が疎かになっていますね」
 打たれた仲間のことなど露知らず、シルへと向かう蝙蝠たち。しかし、その牙が彼女に触れるよりも早く、銀色の雨と化した武具が蝙蝠たちに降り注いだ。
 縦横無尽に飛び交う刺突剣や槍、しかし、それらは的確に蝙蝠のコアを打ち抜き、粉々に粉砕してしまう。
 蝙蝠たちをおびき寄せられるだけの魔力を纏った武具に、自ずから飛び込んでいく蝙蝠の姿。両の翼から魔力を放つよりも早く貫かれ、また一体、足元の星映す海に力なく落ちていく。
 パラパラと舞い落ちた極彩色の星の欠片――蝙蝠たちのコアが、波に攫われて海の深くへと飲み込まれ。
「ただいま、そしてお疲れさまっ」
 シルが自身を追いかけてた最後の一体を風精杖でホームラン宜しく星空に飛ばし、ベルカが疎らに残っていた蝙蝠たちの本体のみを撃ち落とす鈍い音が、戦闘の終わりを告げた。
「おかえりなさい。ケガはありませんか?」
 後に残るのは、本体を失った分身のみ。本体が倒されたことによって、急速に姿を消していく分身の合間から、すっかり元の星空が覗いて見える。
「うん、大丈夫!」
 「ただいま」を言い終わらないうちにぎゅっと自分に抱き着いた愛おしい少女の存在を、ベルカは優しく――しかし、しっかりと抱き留めて。
 暫しの間抱きしめ合う二人の存在を、星空が優しく見守っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウィリアム・バークリー
いよいよ来ましたね、蝙蝠達。せっかく物思いに耽っていたのに。
どれがいわゆるモンスターで、どれがオブリビオンか。――見れば分かりますね。何にしろ両方殲滅しますが。

頭上を取られるのは面白くありません。おいで、ビーク!
グリフォンのビークに「騎乗」して「空中戦」です。

一度突っ込んで蝙蝠の群を攪乱したら、ビークの手綱を一時放し、「高速詠唱」「全力魔法」複合属性の「属性攻撃」「範囲攻撃」「衝撃波」のChaostic Worldを派手にぶちかまします。
蝙蝠の数が増えても、この術式の前には大差ないです。

術式で大部分を蹴散らした後は、ビークの「二回攻撃」とルーンソードで残敵掃討です。
夜闇に怪しい光は要りません。



●大空の覇者
 夜凪の大海はただ、小舟と花々が連なり一筋の道を示すのみ。
 風の騒めきも人々の喧騒も無く、物思いに耽るには絶好の星月夜の散歩道。
 思考の海に深く潜り込むことを邪魔するモノは、ここには居ない――そのはずだった。先ほどまでは。
 花に嵐とは、誰が喩えたことだったか。海の果てから迫りくる蝙蝠達は、思考の海を泳いでいたウィリアム・バークリーの意識を半ば強制的に現実まで一気に浮上させた。
「いよいよ来ましたね、蝙蝠達。せっかく物思いに耽っていたのに」
 来るとは分かっていても、招かれぬ招待客にはそのままお引き取り願いたかったところ。どうやらそれは難しいことだと、ウィリアムは戦闘の準備に入る。
 向かってくるモンスターのうち、どれが普通のモンスターで、どれがオブリビオンであるかは手に取るように分かるが――浜辺の平和を乱す以上、両方殲滅するのみだ。
「頭上を取られるのは面白くありません。おいで、ビーク!」
 ウィリアムには、蝙蝠達よりももっと遠く高く飛ぶことの出来る頼もしい相棒が居る。
 呼び掛けに応じたグリフォンのビークが力強く翼を羽ばたかせながら現れると、ウィリアムは軽い身のこなしでビークに飛び乗った。
「ビーク、行きますよ!」
 ウィリアムの掛け声に、甲高い鳴き声をあげて了解の意思を示すと、ビークはそのまま蝙蝠達の群れの中心へと勢い良く飛び込んでいく!
 まさかいきなり突っ込んでくるとは思ってもいなかったのだろう。強大な捕食者から逃げようと、蝙蝠達は四方八方バラバラに逃げ始める。
 そして、蝙蝠達に生じた決定的な隙を見逃すウィリアムでは無かった。
「堅き大地よ、移り行く水よ、爆ぜる火よ、駆け抜ける風よ、留める氷よ、迅き雷よ、万物照らす光よ、遍く喰らう闇よ。我が敵を虚無に還せ!」
 ちりじりになって逃げる蝙蝠の群れの中心で、混乱に乗じたウィリアムは飛びきりの派手で強力な一撃を放つ。
 地、水、火、風、氷に雷、そして光と闇――各属性を帯びた球の弾幕が、凄まじい光を伴って蝙蝠達を穿っていく。
 直視できない程に眩く、ウィリアムの周囲だけ朝が来たかのよう。眩む視界に、方向感覚を失った蝙蝠が海へと墜落した。
 苦し紛れに蝙蝠達が放つ分身も――衝撃波の濁流に呑み込まれ、一瞬で見えなくなる。
「夜闇に怪しい光は要りません」
 そうして太陽のように眩い閃光が去った後。端に追いやられていた夜が再び舞い戻る時に、周囲に残っていたのは動きの鈍った蝙蝠が少しだけ。
 後は残党狩りだけだと、ウィリアムは手放していたビークの手綱を再び握ると、ルーンソードを携えて残敵掃射へと赴いていく。
 宙を支配する覇者とその主とのコンビネーションに、蝙蝠の大群は成す術も無かったようだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

旭・まどか
◆■

此の先を、進めば良いんだね
それが正しい道であるならば迷う余地など無い

不思議と頬を打つ海の夜風に鋭さは感じ無いし
幾度踏みしめようとも潮水が滲んで来ない靴底には
瞠るものがある

この魔法の邪魔をしないでくれる?

こんな時期に濡れ鼠になるなんて真っ平御免
寒さを紛らわす術を重ね掛けされているならば尚の事

僕は暑いのは勿論だけれど
――寒いのも、嫌いなんだ

一瞥をくべる毎に核を見据えて一体ずつ確実に撃ち落とす
一掃出来れば手間が無くて楽なのだけれど
あまり派手に動く事は好ましく無いように思えた

理由なんて、態々口にはしないけれど

音波を発動しそうなものや
魔力を溜め込んでいそうなものを優先的に
あとはまぁ彼らの近くのものを



●凍て空と流れ星
 揺ら揺らと揺らめき合って、彩り溢るる花々と小舟が作り出すは、一筋の道筋。
 海の果てを目指して、何処までも続いている。人々の想いを乗せて、彼らの想い人の元へと。
 一見すると目的なく延々と道が続いているかのよう。しかし、長き旅路にも、終着点は必ずある。もはやそれは、何処か確信めいた予感として胸底に存在していた。
「此の先を、進めば良いんだね」
 それが正しい道であるならば迷う余地など無い。
 水面に敷き詰められていた星々を波打たせながら、旭・まどかは花と小舟が示す方向へと歩みを進めている最中だった。
 年が明けたとはいえ、まだ冬は長い。寒さが夜さえも氷漬けにして支配する季節だと云うのに、不思議と頬を打つ夜風に鋭さや冷たさは感じられなかった。
 まどかの背を少しだけ後押しするような心地よい速度で吹き抜ける夜風に、靴底が跳ね上げた水飛沫が攫われていく。
 幾度踏みしめようとも――なんなら踵で軽く星空を踏み抜いたって潮水が滲んで来ない靴底には、目を瞠るものがあった。
 しかし、夢のような散歩道に水を差す邪魔物の影が。
「この魔法の邪魔をしないでくれる?」
 不思議と寒さを感じない海上の空気が少しだけ、凍った気がした。
 まどかが不機嫌な声音を滲ませようにも、知ったこっちゃないと此方に向かって行進を進める蝙蝠の群れ。このままあの群れと乱戦になろうものなら、多少海水を浴びることになるだろう。
 こんな時期に濡れ鼠になるなんて真っ平御免なのは言わずもがな。
 寒さを紛らわす術を重ね掛けされているならば尚の事だった。
「僕は暑いのは勿論だけれど――寒いのも、嫌いなんだ」
 星空と海と、小舟と花が支配するこの空間。遮るものの無い海上では、遠くからでもコアがよく目に映る。それが狙ってくださいとばかりに光り輝いているのなら猶更だ。
 まどかがひょっとしたら氷よりも冷たい視線で蝙蝠のコアに一瞥くべる度、宙の彼方から降り注ぐのは流れ星。
 夜空に白い光の軌跡を残しながら、闇夜を焼き焦がし蝙蝠達に迫りくる。音波を放とうと身構える直前の蝙蝠を飲み込み一際強く輝いた星は――次の瞬間には、無数の煌めきと成って散っていく。
(「理由なんて、態々口にはしないけれど」)
 派手に動くのは好ましくない気がしたから。だから、一体一体撃ち落とすのだ。
 先も見えず、終わりも無く。まどかの傍を流れていくのは、花々と小舟たち。理由なんて、態々口にする気はないのだけど。
 強いて言えば、この魔法を邪魔する奴らが気に食わなかったから。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヘルガ・リープフラウ
❄雪月花

水平線の遥か彼方、花筏が導く先を見据え

ええ、わたくしが今成すべきことは、未来への希望を守ること
死者への花を手向け魂を慰めるはずの自分が沈んだ顔をしていては
彼方で待つ人々の魂に顔向けが出来ないわ

だから……必ず守ります
ここにいる皆さんも、そして港町の人々も
ここから先へは、邪悪なるものは決して通さない

祈りを込め歌うは【涙の日】
敵の魔力酔いには、精神を集中しオーラ防御を張り巡らせて浄化し
どんな困難にも立ち向かう覚悟を決めて
ヴォルフや仲間、魔法使いさんたちには限りない癒しと加護を
そして彼らを傷つける魔物たちには神罰を

いつか必ず、流した涙が報われる日が訪れる
その希望を信じて、わたくしは歌う……!


ヴォルフガング・エアレーザー
❄雪月花

遥かな海の彼方から近づく魔物たち
「骸の海」から甦ったのか……
死者の安らかな眠りを妨げ、生者たちの命をも脅かすならば
俺は決して容赦はしない
ヘルガも、人々も、命を懸けて守り抜く
それが俺の生きる意味
そして……人々の笑顔こそが、俺たちが共に望んだ幸せなのだから

あのコアが奴らの魔力の源か
ならばそこを狙い「鎧砕き」の力を込めて破壊しよう
【守護騎士の誓い】を胸に、ヘルガや魔法使いたちを庇うように立ち回り
敵の攻撃を引きつけ激痛耐性、呪詛耐性、覚悟で耐える
ヘルガの与えたダメージで敵が怯んだ隙を突いて鉄塊剣でなぎ払い

ここから先は一歩たりとも通すものか
貴様のあるべき場所へと還れ……!



●いつか、辿り着く場所
 現在から過去へ。そして、現在から未来へ。
 受け継がれる想いと祈りが合わさり合って、一つの道を描き出す。
 小舟と花が目指す長き航路の終着点は、今見えている水平線の向こう側。
 そこに何があるのか。今は星空を覆う闇夜に隠れて少しの姿さえ見えないのだけれど。
 闇夜を晴らせば、旅の終わりが見えると信じて。
「『骸の海』から甦ったのか……」
 ヴォルフガング・エアレーザーが見晴らす先に居たのは、何百という蝙蝠の大群。 過去と現在が曖昧になると云う、夢のような一夜に乗じて、呼ばれても居ないのに過去から甦った存在だ。
 過去から甦った蝙蝠達は、魔力を辿り浜辺に向かわんと、休むことなくその羽をはためかせている。
(「ええ、わたくしが今成すべきことは、未来への希望を守ること」)
 死者への花を手向け、祈りを捧げ。魂を慰めるはずの自分が沈んだ顔をしていては、海の彼方で待つ人々の魂に顔向けが出来ない。
「だから……必ず守ります」
 ここにいる皆さんも。そして、港町の人々のことも。全てを。
 ここから先へは、邪悪なるものは決して通さない。彼方で待つ彼らに想いを届け、港町の人々の安寧を守る為にも。
 ヘルガ・リープフラフは顔を上げ、強い意思を宿した双眸で隣に立つヴォルフガングと共に蝙蝠を見上げた。
 自身の隣に立つヘルガを守るように、ヴォルフガングは一歩前に歩み出す。
「死者の安らかな眠りを妨げ、生者たちの命をも脅かすのならば――俺は決して容赦しない」
 最愛のヘルガも、人々も。命を懸けて守り抜く。
 それがヴォルフガングが騎士として生きる意味そのものであり、
(「そして……人々の笑顔こそが、俺たちが共に望んだ幸せなのだから」)
 ヴォルフガングとヘルガ。二人の胸に宿る願いはただ一つ――最愛の存在が、人々が、笑い合える幸せな世界の為に。
「あのコアが奴らの魔力の源か。ならばそこを狙うまで」
 守護騎士の誓い――愛する者や無辜の民を守護するという誓いを胸に抱き、ヘルガや町の人々を守る為に鉄壁の壁と成るヴォルフガング。
 蝙蝠を一体でも通したら、歩いて来た先にいる浜辺の魔法使いや人々に被害が及んでしまう。浜辺に集う彼らは、今この時も死者との一時に想いを馳せているはずなのだから。
 最前列の蝙蝠と切り刻み、こっそりと群れから抜け駆けしようとする蝙蝠の間に割って入り。ヘルガたちを庇う様に立ち回る。
 ――と、ヴォルフガングが討った蝙蝠のコアの欠片を取り込んだ数体が、先ほどよりも強力な一撃を放ってきた。魔力の溜められたコアを輝かせながら、竜巻と成って自分たちに立ち向かう騎士を飲み込まんと襲い掛かる。
「主よ。御身が流せし清き憐れみの涙が、この地上より諸々の罪穢れを濯ぎ、善き人々に恵みの慈雨をもたらさんことを……」
 そこへ、ベストのタイミングで響いて来たのは、祈りを込め紡がれるヘルガの旋律だった。
 どんな困難にも立ち向かう覚悟を歌に乗せ、宙に浮かぶ星空を揺らしながら、波紋の様に大海へと響き渡っていく。
 ヴォルフや仲間、魔法使いさんたちには限りない癒しと加護を。
 そして彼らを傷つける魔物たちには神罰を。
 背中を押すように吹き抜ける夜風に乗せて、浜辺に海の果てに。水平線の向こうまで、ずっと届くように。
 直撃すれば歌声さえ途切れそうな強い魔力酔い、それをヘルガは精神を集中させ聖なるオーラで浄化させる。
 蝙蝠の強い魔力程度では、ヘルガの歌声は途絶えない。否――例え何があろうとも、この歌声は途絶えない。
(「いつか必ず、流した涙が報われる日が訪れる。その希望を信じて、わたくしは歌う……!」)
 仲間には加護と癒しを、敵には神罰を。
 天より来たりし白き光の数々が、蝙蝠達の攻撃を受けて傷ついていたヴォルフガングの身体を瞬く間に癒していく。
 同時に、ヴォルフガングを取り巻いていた蝙蝠達をも白い光は貫いた。
「ここから先は一歩たりとも通すものか。貴様のあるべき場所へと還れ……!」
 白き光のダメージを受け、或いは直接的な傷は無くとも強烈な光に平衡感覚を失った蝙蝠達。ヴォルフガングがその隙を付き、鉄塊剣で一気に薙ぎ払った。蝙蝠達の身体を斬る、鈍い手ごたえが伝わってくる。
 ヴォルフガングにトドメを刺された蝙蝠達は、コアだけを水面に残して靄の様に消えていった。
 二人の息の合ったコンビネーションに、その後も蝙蝠達の勢力は削られる一方で。
 一体たりとも通さずに、ヴォルフガングとヘルガはこの場を、浜辺を、人々を守り抜いたのだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

エンティ・シェア
水面を歩けるとは不思議な術だね
こんなにも広い星空を見るとは、圧巻だ
――さて、思い耽る君には悪いが、変わろうか
海上での対空戦であるならば私のほうが都合がいい

彼らはどこから来たのだろうね
出どころへ向かえば何かがあるのかな
興味は尽きぬが、星を映した大海に煌めくには、その光は些か明るすぎる
どのみち仕留めて歩かねばならないしね
華断で、橘の花を
追憶の花を、闇夜に閃かせよう
行く手を遮るように舞わせて
そのまま、断ち切ってしまおうか
小舟が沈んでしまうのも忍びないからね
できるだけ静かに穏やかにと努めたいところだ

魔力に酔うのも悪くはないが、私はどちらかと言うと雰囲気に酔いたい
ほら、風雅な花吹雪に、君達も酔いたまえ



●夜に舞う華吹雪
 いち、に、さん……。
 星の数を数えようにも、夜が明けるのと天空に瞬く星を数え終わるのと、果たしてどちらが早いのだろう。きっと、特別な技術でも使わない限り、半分も数え終わらないうちに太陽が起き出してしまうだろう。
 夜空は今、大小無数の星で満ちていた。時折キラリと尾を引いて流れる流星が、エンティ・シェアの頭上を通り過ぎていく。
「水面を歩けるとは不思議な術だね。こんなにも広い星空を見るとは、圧巻だ」
 興味と好奇心をお供に、海上を歩めばそれだけ強くなる星々の存在。
 海上を歩ける不思議な術も、広々とした星空にも興味が惹かれるが、生憎舞台は開演の時間が迫っていた。
「――さて、思い耽る君には悪いが、変わろうか」
 海上での対空戦であるならば、私のほうが都合がいい。
 四の五を言われる前に、君の手を取って観客席へ。そして君の代わりに、私が壇上へと。
 一度鮮やかな緑が瞬けば、今この場にいるのは私となる。
「彼らはどこから来たのだろうね。出どころへ向かえば何かがあるのかな」
 無から突然有が現れるなんて在るはずがない。花と小舟が指し示す道を辿れば、きっと出所に辿り着く。島なり町なり、洞窟なり。きっと何かが待ち受けているのだろう。
 興味は尽きぬが、星を映した大海に煌めくには、その光は些か明るすぎる。
 どのみち仕留めなければならず――ならば、断ち切るのみ。
「追憶よ、刃たれ」
 白紙の本に刻むは歴史。言の葉を紡げば、ひらりと開いた書物が風に吹かれて捲れていく。はらりはらりと飛び立つ白紙の頁は、独りでに舞い上がると優しい翠を纏いて花と成り。
 蝙蝠達の行く手を阻むように舞い吹雪くそれは、追憶の名を冠する花吹雪。
 静かに――然れど、強く、鋭く。
 蝙蝠達を優しく包み込んだ花吹雪は、そのままその身を断ち切って。空舞う白花の隙間から、星空が顔を見せている。闇夜がまた少し、在るべき場所へと還っていく。
「小舟が沈んでしまうのも忍びないからね。できるだけ静かに穏やかにと努めたいところだ」
 私に静かな夜を嵐す趣味は無い。
 出来るだけ、静かに穏やかに。花と小舟の作り出す道を壊してしまわぬように。
 魔力に酔うのも悪くはないが、私はどちらかと言うと雰囲気に酔いたい。
 白花が舞い踊り星空が上空と足元を彩って、花と小舟が道を作る。目の前で繰り広げられている幻想的なこの光景の様に。
「ほら、風雅な花吹雪に、君達も酔いたまえ」
 くらりとした酔いの元は、魔力か雰囲気か。どっちだって構わない。
 目の前の花吹雪が美しいことに、変わりはないのだから。君達が花吹雪に見惚れているうちに、ほら、終演だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

月見里・美羽
◆■
…こんな綺麗な花葬の場にオブリビオンは似合わないよ

思い出したんだ、両親のこと
電脳世界に逃げ込んで知った歌の素晴らしさ
だから、キミたちにも歌をあげる

【シングオーダー】を使って【ゲード・オブ・サウンド】を起動
そのままUCを歌うよ
召喚するは赤色の精霊銃
水の上だからね、火で勝負を挑もうか(【属性攻撃】)

【全力魔法】の火の弾丸
射抜いてあげる、一匹残らず
増えたところでまた撃ち抜けばいいだけ
他の方もご一緒のときには【援護射撃】を

口ずさむ【歌唱】で敵を【誘惑】
さあ、こちらを見て
――狙いは、外さない
一匹残らず、海へと還って



●華に旋律
 道示す花と小舟は、生者が託した想いの数。改めて伝えたい想いも伝えられぬままの想いも、等しくその身に抱き込んで。
 天に瞬く星の数と負けぬくらいの花筏が、死者への想いを乗せて遠い航路を往っていた。
「……こんな綺麗な花葬の場にオブリビオンは似合わないよ」
 伝えぬまま散っていった想いのせいか、託された想いの強さを感じるからか。冬月の下に集う百花繚乱の花筏は――言葉では表せないほどに美しい。
 言葉にする方が、何かに喩えてしまう方が。野暮に思えてしまうくらいに。
 そんな花の葬送を邪魔する影がひたり、と。海の果てから迫ってくる。
 花抱く夜には似つかわしくない、闇夜の群れ。漆黒を纏う、蝙蝠達だ。
(「思い出したんだ、両親のこと。電脳世界に逃げ込んで知った歌の素晴らしさ」)
 鍵は開いた。閉じ込めていたはずの思い出が溢れて散った。両親のことを受け止め、少しだけ広くなった視界で月見里・美羽は蝙蝠達を見上げている。
 逃げ込んだ先の電脳世界で運命的な出会いを果たした歌の存在も、彼女を大きく成長させていた。
 ヘッドセット型のマイクに声を紡いで眼鏡型端末で電脳世界への扉を開けば、馴染みの光景が美羽を出迎えてくれる。
「いつか散ると知りつつも 鮮やかな花咲かせてみせるの」
 これから夜に咲くのは紅色の大輪。和の旋律を力強く響かせて、海の果てまで届くように。
 星空へ世界へと飛び立った歌声に、召喚された赤色の精霊銃を構えたらショーの始まりだ。美羽は歌声と共に軽やかにステージと化した海面を駆けていく。
「水の上だからね、火で勝負を挑もうか」
 まずは一体。穏やかな星明かりを抱いていた夜の世界に、鮮烈な火華が散った。
 夏の宵に咲き乱れる百日紅のようなそれは、花として生命は一瞬。だけど、その刹那に全てを刻み込むように瞬いて、散っていく。
「射抜いてあげる、一匹残らず」
 続いて、行進の前方で身構えていた数体に焦点を当てる。蝙蝠の核を穿ってもなお威力を失わない緋色の魔弾は、闇を焼き焦がす火球と成り落下した。
「さあ、こちらを見て」
 ――狙いは、外さない。外すものか。
 一匹残らず、海へと還って。美しい花葬の続きを始めるために。
 夜凪の音無き世界に突如響き渡った魂の調べ。過去さえも虜にしてしまう美羽の歌声に囚われてしまったのなら、それが最期だった。
 散れば咲き、緋色が降る。蝙蝠達を惹きつける歌声に、骸の海へと引導を渡す火華の華葬。
 想いを謳う美しき葬送は、美羽の頭上を覆い隠す闇夜が晴れるまで続いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シェキザ・シップスキャット
【ウミホタル】◆
※!は使わない

……色んな流れを読むのに魔力を使ってる身としちゃあ、魔力酔いはちィと厄介だぁな
翅も頭もクラクラ来やがる
ああクソ、まだ酒も飲んだことねぇってのによ

――んでも、そりゃオレらだけってぇ時の話だ
ありがとさん珂奈芽、草化の媛さんよ
朝日浴びた時みてぇな気分だぜ

さァ、やられたモンは返さねぇとな
錨を上げな、野郎共(UC発動)
オレらとヤツら、どっちが「奪う者」かわからせてやらぁな
浮いてっから心配ねぇと思うが、花にゃァ手ぇ出すなよ
ああそうだ、ヤツらのコアは良い魔法石(たから)になるらしいぜ?

さァて、オレだけボケッとしてるワケにもいかねぇ
珂奈芽狙うヤツ目掛けて、舵輪ブン投げてやっかぁね


草守・珂奈芽
【ウミホタル】


魔力酔いってのは初めてだけど、なまら気持ち悪い…これきっついなあ
でもシェキザくんはもっと辛そうだし、まずわたしが頑張ろう…!
だから精霊さん、草化媛、力を貸して

草化媛が紡いだUCの糸で魔力を打ち消しながら蝙蝠達を絡めとるよ
酔いが少しでも覚めてきたら一匹ずつ〈念動力〉でしっかり〈グラップル〉
糸を切られないよう確実に封じていくのさ
えっへへ、いい目覚めになった?
ならその勢いでドーンとやりかえそう!

後は数が多くてもシェキザくん達がいるからね
海の荒くれさんたち、おっかないけど頼りにしてるよ!

わたしはその間もどんどん糸の波で相手を飲み込むのさ
精霊さん達、この海の凪を取り戻すためもっと力を!



●海を統べるは
 蝙蝠達が両翼から一斉に放ってきたのは、強力な魔力による一撃だった。
 くらくらくらと眩む足元に、回る視界。三百六十度見渡す限り海と夜空が広がるばかりで、足元と頭上に広がるそっくり二つの星空も相まって、方向感覚を失ったらあっという間に何処が上なのか下なのか、それすらも分からなくなってしまう。
 風を読み、天候を読み。魔力を元に繊細な変化も機敏に感じ取るシェキザ・シップスキャットに、強い魔力は毒だった。
「……色んな流れを読むのに魔力を使ってる身としちゃあ、魔力酔いはちィと厄介だぁな」
 翅も頭もクラクラと揺らめき、掴まるべきものがない分、下手な嵐よりも性質が悪い。
「ああクソ、まだ酒も飲んだことねぇってのによ」
 海賊仲間と共に酒を交わす前に、まさか酔いという現象を体験する日が来ようとは。
 陸に上がれば浴びるように酒を飲む同業者たちは、きっとこれを日常的に体験しているに違いない。千鳥足になりながらも自らの船へと帰ることのできる彼らを尊敬すべきかは――別問題だが。
 複雑な心境になりながら、シェキザはどうにか真っ直ぐに飛んでいた。
「魔力酔いってのは初めてだけど、なまら気持ち悪い……これきっついなあ」
 ふらふらしているシェキザの後ろで、草守・珂奈芽も光を遮るように額に手を当てながら、遅いかかる酔いを耐えていた。
(「でもシェキザくんはもっと辛そうだし、まずわたしが頑張ろう……!」)
 魔力を読みに使うシェキザくんよりも、恐らく自分の方が酔いが軽いはず。
 珂奈芽は酔いを気合と気持ちとその他諸々をかき集めて、水面を踏みしめると蝙蝠達に向き直った。
 水面を踏みしめた衝撃で散った水飛沫の冷たさが、少しだけ珂奈芽の酔いを醒ませてくれる。
「だから精霊さん、草化媛、力を貸して。草化媛、縫封印式精製! 奏でよ漣、満たすは平静の調べ。凪の底へ沈め、万障の澱みよ!」
 珂奈芽の詠唱が終わると同時に、夜色に染まっていた海上に流れ込むのは白の大波。
 事象否定を混ぜ込んだ、紡がれし数多の白糸が蝙蝠達へと真っ直ぐに伸びて、蝙蝠達の翼と身体を絡めとっていく。朝日のような純白の光沢が闇夜を吞み進める度に、珂奈芽とシェキザの周囲を覆う強い魔力が晴れていった。
「糸を切られないよう確実に封じていくのさ」
 酔いが軽くなるにつれて、身体の自由も利くようになってくる。空に渡した糸の隙間を縫って逃げられる前に、珂奈芽は一体ずつ念動力でしっかりと捕縛した。囚われたのなら最後、白い糸から逃げることは敵わない。
「えっへへ、いい目覚めになった? ならその勢いでドーンとやりかえそう!」
 この場を支配していた魔力が薄くなるにつれて、シェキザを襲っていた酔いも引潮のように引いていく。
 シェキザとゴーストたちだけならば、なかなか酔いも醒めず長期戦を強いられたかもしれない。でも、この場には頼もしい友の存在が在った。
「――んでも、そりゃオレらだけってぇ時の話だ」
 自由に動けるようになったシェキザは、珂奈芽に向かって礼と共ににっかりと笑いかける。
「ありがとさん珂奈芽、草化の媛さんよ。朝日浴びた時みてぇな気分だぜ。――さァ、やられたモンは返さねぇとな。錨を上げな、野郎共」
 シェキザの反撃の合図と共に、ふっと黒い影が二人を覆い隠す。実態を帯びてシェキザの背後に姿を現したのは、巨大な幽霊船だった。カトラスや銃を振り回し、待ちきれぬと船首に集うは人間や巨人等種族様々な海賊のゴーストたちだ。
「オレらとヤツら、どっちが『奪う者』かわからせてやらぁな。浮いてっから心配ねぇと思うが、花にゃァ手ぇ出すなよ」
 ――ああそうだ、ヤツらのコアは良い魔法石(たから)になるらしいぜ?
 何でもない体を装って。付け足すようにぼそりと呟かれたシェキザの声が、海賊たちの興奮を最高潮に盛り上げた。
 目の前に何百と広がる蝙蝠――もとい、空飛ぶ宝の群れ。換金すれば、一体金貨何百枚になるのやら。
 勿論、この場で唯一の花に手を出す不届き者は存在しない。
「さァて、オレだけボケッとしてるワケにもいかねぇな」
 シェキザも珂奈芽を狙う蝙蝠を目掛けて、舵輪ブン投げる。ゴツンと小気味良い音を響かせながら、舵輪がクリティカルヒットした蝙蝠は気を失い海へと落下した。
「海の荒くれさんたち、おっかないけど頼りにしてるよ!」
 数は多くても、シェキザくん達が居てくれるから。
 海上で乱戦を繰り広げる蝙蝠とゴーストたちを見守りながら、珂奈芽は白糸の波の侵攻をより一層激しいものにさえていた。
 うねらせ撓ませ、或いはピンと張り巡らせて。蝙蝠だけを器用に絡めとり、糸の大波纏めて攫いあげて。珂奈芽の繰り出す白糸の波は、戦場一帯を白で染め上げていく。
「精霊さん達、この海の凪を取り戻すためもっと力を!」
 そうして白き嵐が海上を支配しきった後。その場にいるのは、珂奈芽とシェキザと、大量の宝を抱えたゴーストたちだけだったと云う。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
風情ある景色に黒い影が群を成してくる様というのは、些か不気味というか生理的な嫌悪感を懐いてしまいますね。
的が小さいですし数も多いので、UC[ゴホウノヒカリ]で宝石を撃ち抜いていきます。技能(弾幕)(範囲攻撃)で牽制などできれば良いですね。



●光抱きて
 星空を侵略するのは、黒き影。群れと成り、闇夜と成り。
 想いと願いの軌跡を辿りて浜辺に至らんと、その侵攻を進めていた。
「風情ある景色に黒い影が群を成してくる様というのは……」
 本能として、比較的小さい物体の集合体には大なり小なり嫌悪感を抱くもの。
 それが害ある存在となれば、尚更に。
 その例に漏れることなく、豊水・晶も折角の風情ある景色に黒い染みを零して台無しにする不届き者に、冷たい視線を向けていた。
「やはり、些か不気味というか生理的な嫌悪感を懐いてしまいますね」
 わさわさと群れて迫りくる蝙蝠達の様相は、台所辺りに出る黒光りする彼らに似ているようで。
 闇夜に光輝く悪趣味な色とりどりのコアも、不気味さに拍車をかけている。
 食欲一辺倒で、風情も分からぬ不届き者には即座に退場願いたいと、晶は天竜護法八大宝珠を構えて食欲の権化を見据えた。
「我らが敵を捉え、穿て」
 的が小さく、数も多い。この中に石を投げ入れば、必ず一体には命中するだろう。
 密度と数共に一斉掃射が出来れば片付くのは早い。
 不浄なるものを成敗せんと、蝙蝠達に向かいて雨あられのように降りかかるのは、光の弾幕だ。
 天竜護法八大宝珠から放たれし光線が、夜空をに白銀の軌跡を刻み、光よりも早い速度でコアへと一直線に飛んでいく。
 また一体、光線に穿たれた蝙蝠が羽ばたきを止め落下した。
「中途半端な攻撃で、私を足止めすることは敵いませんよ」
 仲間が天翔ける光の群れに撃たれてもなお、進行を止めぬ蝙蝠達。
 先の晶の攻撃で穿たれた仲間たちのコアを食べ、負けじと両翼から強い魔力を放ってきたが、晶はそれをオーラを展開させることで乗り切った。
 先よりも光輝き活性化したコアから放たれる攻撃は、確かに力強く、数となって掛かってくることも併せて厄介の一言に尽きる。
 しかし、それでも晶の抱く想いに蝙蝠達の威力が勝るはずもなく。
 人々を守るため。想いを込め、祈りを込め。より一層強く光を抱くようになった光線で、蝙蝠達が放つ魔力ごと押し返し、コアを打ち砕き――辺り一帯が、眩い光の激流で白く染まっていった。
 そうして無音が少しの間辺りを支配して。光の霧が晴れると、晶の周囲に動く蝙蝠は一体も居なくなっていた。
「どうやら、終わったみたいですね」
 周囲には戦闘前と同じような風情ある光景が広がっている。そこに群れで襲い来る不届き者の大群は、何処にも見当たらないのだった。 

成功 🔵​🔵​🔴​

呉羽・伊織
【花守】◆
さて、と――追憶と情景に浸る時間は、もう十分に貰った
此処からは仕事の時間だな――この夜が不穏に沈まぬように、誰もが心穏やかに過ごせる未来を掴めるように、進むとしよう

早業でUC放ち先制攻撃
属性は夜陰に溶け込み避け難いであろう闇+部位破壊齎す毒に絞り、翼やコアを狙って音波阻害
以降も景近と連携し手早く手広く2回攻撃重ね、隙を与えぬ立ち回りを
第六感で特に強い魔力察せば其方を優先撃破

しっかし、過去と現在の境が曖昧となると云われてるとはいえ、本当にオブリビオンまで滲み出てくるとはな
過去の存在たるお前達は、今此処に在ってはならぬもの――ああ、骸の海へ、送り出そう

――此の海には、優しい星の光のみを


百鬼・景近
【花守】◆
ああ、そうだね――彼方への追想は、もう済んだ
俺達は今を生きる身である以上、過去に沈んで止まったままではいけないし、ね
折角の夜……静かに想いを馳せる人々や時間を乱す連中は、別の海――在るべき彼岸へ、お還り願おうか

伊織と合わせ早業でUC
特に翼やコアを重点的に狙って燃やし、音波を放てぬように、この先に飛べぬように牽制
防ぎ切れぬ時は己と伊織にオーラを回して被害軽減
連携してより多くを阻害しつつ、手早く数減らしを

(ちらりと彼岸――花筏が向かう先と、自分達が来た此岸を一瞥して)
オブリビオン――君達が進むべき道は、其方ではないよ
君達も安らかに眠れるよう――彼方へ、送り届けよう



●境界を歩む者達
 花を送り、星空を歩み。
 波音が響くだけの穏やかな夜は、思考に耽り、過去や己と対話するだけの十分な時間を与えていた。
「さて、と――追憶と情景に浸る時間は、もう十分に貰った」
 星明かりを遮り、その代わりに自身のコアを星の代わりに瞬かせ。迫りくる蝙蝠の大群に、呉羽・伊織は此処からは仕事の時間であると意識を切り替えていた。
 過去を憂うのは、仕事が終わってもできるだろうから。今は、港町を守るための行動を、と。
「ああ、そうだね――彼方への追想は、もう済んだ」
 伊織の呟きに、百鬼・景近もまた静かに同意を示す。
 過去への後悔や感傷、想いや憧憬は積もれど――何時までもそれに浸っている訳にもいかない。
 自分たちは、生ある身。過去を振り返りながらも、現在を生き未来へと歩みを進むことのできる存在なのだから。
 過去に浸りながらでも、きっと未来は訪れるだろう。でも、それは刻の濁流に独り取り残されることを意味するのでは無いのだろうか。
 今隣に居る存在を、忘れぬ為にも。二人は歩み出す。
「俺達は今を生きる身である以上、過去に沈んで止まったままではいけないし、ね」
「ああ。此処からは仕事の時間だな――この夜が不穏に沈まぬように、誰もが心穏やかに過ごせる未来を掴めるように、進むとしよう」
「折角の夜……静かに想いを馳せる人々や時間を乱す連中は、別の海――在るべき彼岸へ、お還り願おうか」
 星月夜に瞬くのは、二つの灯火。
 一つは闇夜を照らし、もう一つは闇夜に隠れ。蝙蝠達へと。
 伊織が放ったのは夜陰に溶け込む――ひっそりと音もなく蝙蝠達へと忍び寄る、死の誘い。
 星に眩み、闇を纏い。避け難いであろう闇と部位破壊を齎す毒を宿した暗器の雨だ。
 翼やコアに狙いを定め、音波阻害を目的としたそれは的確に蝙蝠達の急所を抉り、彼らを元居るべき骸の海へと還していく。
 突然音もなく事切れた仲間たちに、何事かと蝙蝠達の大群が少しずつ騒めき始めた。
 浜辺を目指して一直線であった彼らの行進が乱れ始めた隙を付き、彼らに向かうのは――景近の放った、狐火だった。
 火を纏い、敵を惑い。勢い良く燃え上がる火球の波に、混乱気味の蝙蝠達は逃げる間もなく吞み込まれた。
 数体を焼き尽くしてもなお、次を求めて進み続ける火球の侵攻は止まらない。
「しっかし、過去と現在の境が曖昧となると云われてるとはいえ、本当にオブリビオンまで滲み出てくるとはな」
「そうだね。こうも数が多いと、厄介だ」
 姿見えぬ敵を探せば火球に穿たれ、火球に警戒すれば闇を纏った暗器に墜とされる。
 過去と現在の境が曖昧になるとはいえ、オブリビオンまで滲み出てきて夢のような一夜を邪魔されては敵わないと伊織は緩く頭を振った。
 景近と会話しながらも、攻撃の手は止めない。敵の後方から強い魔力を感じれば、そこを目掛けて毒を孕んだ闇を向かわせ。
 悲鳴のような短い鳴き声が聞こえると同時に、先ほどまで感じていた強い魔力が少しだけ小さくなった。
「――来るよ」
 端的に告げられた言葉と共に、景近が伊織にオーラによる防御を展開する。
 と、オーラが二人の身体を覆った瞬間、襲い掛かってきたのは強力な魔力による姿の見えない大津波。
 オーラ越しに感じ取る振動に、まともに食らっていたら魔力酔いで暫くの間は動けなかったであろうことを感じ取る。
 長引く分だけ、港町の人々が襲われる危険性も増えていく。ならば、ここで一気に、と。
 顔を見合わせて頷き合う。蝙蝠達への攻撃を、より一層強力なものにして。
「オブリビオン――君達が進むべき道は、其方ではないよ。君達も安らかに眠れるよう――彼方へ、送り届けよう」
「過去の存在たるお前達は、今此処に在ってはならぬもの――ああ、骸の海へ、送り出そう」
 向かわせるは、葬送の一手だ。闇が身体を蝕み、焔がその身を焼き焦がし。
 蝙蝠達の数を見るに、これが最後となるだろう。
 一つに成りて闇夜の全てを飲み込む流星群を視界の端におさめながら、景近はちらりと彼岸――花筏が向かう先と、自分達が来た此岸を一瞥し。
 それでも、一瞬振り返る以外のことはせず、居るべき場所へと還る蝙蝠達を見送った。
(「――此の海には、優しい星の光のみを」)
 そうして、星空を海の果てを覆う最後の闇夜が晴れたあと。伊織がぐるりと見渡した先には、果てなき二つの星空が広がっている。
 そこにはもう、今を蝕む過去の気配は感じられなかった。きっと、自分たちが在るべき場所へと還ったのだろう。
 それにしても、蝙蝠達と交戦している間に、随分と遠くに来たらしい。
 いつの間にその場に姿を現していたのか。
 先ほどまで海の果てを覆っていた蝙蝠達のせいで詳細な時期を伺い知ることは出来なかったが――二人の目の前には、何処となく見覚えのある、それでも何処か出発点である港町とは纏う雰囲気が異なっているような。
 真白い浜辺と、月白の建物が。夜だというのに活気に溢れる魔訶不思議な港街が。広がっていた。
 流るる花筏たちも、少し速度を上げたような。
 花筏に誘われるようにして、道の先へ。終着点へ。二人は足を、踏み入れていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 日常 『摩訶不思議な夜に』

POW   :    竜の骨付き肉、大海蛇の串焼き。一風変わった料理を食べ歩く。

SPD   :    揺蕩う星が浮かぶ街並みや川。幻想的な風景を見に行く。

WIZ   :    お喋りな本、勝手に動くペン。摩訶不思議な魔法具店に行ってみる。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●朽無しの花筐
十年後か、二十年後か。もしかしたら、百年後かもしれない。
ひょっとしたら、君は別の新天地を目指し、此処には来ないのかもしれない。
でも、それでも。何れ此処に至るであろう君を待っている。
 浜で拾い上げた花を籠に詰めていたら、随分と積もっていることに気が付いた。
 この籠がいっぱいになって花が溢れてしまうのと、君が此処に辿り着くのと、果たしてどちらが早いのだろう。
 願わくは、前者でありますように、と。

●月白の港街
――ちゃぷりちゃぷりと、寄せては返すさざ波の音が聞こえる。

……いつの間に戻ってきたのだろうか。いいや、辿り着いたのだ。途方もない旅の終着点に。
真白い浜を超えた先に広がる港街は、依頼を受けて降り立った港町とは――規模が違った。
灯る灯りの数が、建物の大きさが、空気が、人が、違う。
 浜辺からちらりと見えただけだったが、あの港町はこれほど大きくなかったはずだ。
 港としての機能も良くて地方の漁港止まりで、異国情緒漂う大船がひっきりなしに行き来している様な、国の出入り口を担うような立派な港ではなかったはず。
 それになにより、走り回る魔法使いの姿もなければ、姦しいが一応は案内役である青年の姿すら見えない。
蝙蝠たちが残していった魔力の影響か、幻でも見ているのだろうか。
 それでも、足元に漂う数えきれないほどの花々と小舟がこれは夢ではないのだと――そうだ。小舟と花々が、港街へと足を踏み入れた猟兵と共に波打ち際に打ち上げられている。まるでここが、目的地であるというように。
 浜へと打ち上げられた花々と小舟たちは待ち人を待つかのようにその場に佇んでいた。不思議と、波に誘われても再び沖に戻ることはなく。
嫌がらせの如く花々がてんこ盛りなった小舟を複雑そうな表情で拾い上げるエルフのすぐ横を、花を担いだフェアリーが通り過ぎていく。
 浜辺に面した大通りでは食べ物や魔法具の市場がひしめき合っていて、竜の骨付き肉、大海蛇の串焼、深海魚のソテー――一風変わった料理の香りが鼻腔を擽った。
 食べ物の他にも、独りでに文字を紡ぐ羽ペンやお喋りな本に花を咲かせるランタンと言った、摩訶不思議な魔法具が売られている。
 川や海の浅瀬を、ゴンドラがゆったりと往く。今いる浜辺や大通りから枝分かれした無数の細い通りでは、星が浮かぶ街並みや川を眺め、のんびりと過ごす人々の姿が見えた。
 こうして見ると街を行き交う人々の姿は、一見するとごく普通の人々のようで――しかし、ふとした瞬間に、その姿が透明になったり、影が纏わりついていたりするように見えるのは、気のせいだろうか。

 ――もしかしたら、港街を歩む人々の中に、懐かしい面影を見るかもしれない。
 追うも追わぬも、声をかけるも見守るも。全ては君の思うがままに。

 きっとこれは一夜の夢。
 一夜限りの安寧を与える波止場でしかない。
 此処に蝙蝠達のようなオブリビオンの姿はなく、ただ、何かの残り香が漂うのみ。
 舞い戻った港町のことを港街と錯覚しているのか、蝙蝠達が残した魔力に酔い、海の上で夢や幻でも見ているのか。
 はたまた――本当に、死者の街なるものが存在するのか。

 後ろを振り返れば、変わらずに二つの星空が静かに猟兵たちのことを見守っているばかり。
 そうして後ろを向いている瞬間にも、次から次へと、花々と小舟たちが流れ着く。
死者へと手向けられる想いには終わりがなく。恐らく、想いが途切れるその瞬間まで、この港街はここに在り続けるのだろうから。
 きっと、港街の正体を探ることは野暮なこと。一夜の奇跡と、そう思うくらいがきっと、丁度良い。
 それにほら、こうしている間にも時間は過去へと過ぎ去っている。
 後悔の無いように歩いて往けよと、誰かの声が響いてきた気がした。
 星抱く幻想的な街並みと花溢れる浜辺、水面滑るゴンドラ。風変わりな食べ物を売るテントの群れに、珍しい魔法具店の数々。
大盛り上がりの酒場に、星を削りだしたかのような美しいアクセサリーを売る店。そして――懐かしい君の面影。
今見えている港街の顔もきっとごく一部だけで、探せば絶景のスポットや、食べ物や魔法具の他にも珍しい品々を売る店が見つかるのかもしれない。
同じように過ぎ去るのならば、どうか、より良い一時を――。
月見里・美羽

不思議な街…
この街で聞こえる曲はどんな曲なんだろう
魔法具のお店などを覗きながら耳を澄ましてみるよ
どんなメロディも逃さないように

ふと見知った男女が連れ添って歩いているのを見て
息を止めるんだ
あれは、ホログラムの中で笑ってる父と母の顔…そっくりだった
これは夢?
夢だとしても、嗚呼どうか

二人を別の道から追い越して先回り
花屋を見つけるよ
花束を作ってほしいんだ、お金は払うからここを通る二人連れに渡して
渡すだけでいい ボクの名前もいらない
ただ、幸せであれ、と

父さん、母さん、ボクは元気だよ
どうか、二人も安心して過ごしてほしい
この街で、幸せになって

これが一夜の夢ならば、なんて切なく温かいんだろう



●永久不変の旋律
 たった十二個の音の並びが、この港街に広がる数多もの音楽を創り出している。
(「不思議な街……。この街で聞こえる曲はどんな曲なんだろう」)
 きっと、忘れていたって覚えてる。記憶は無くたって、心の奥底に眠っている。
 月見里・美羽は露店に並ぶオルゴールを眺め、その旋律に耳を傾けていた。曲が進むごとにゆっくりと一枚ずつ花弁が綻んでいく、不思議な花のオルゴールを。
 うんと小さい頃に両親と聞いたかもしれない。電脳世界で耳にした電子音楽の中に在ったのかもしれない。ふと立ち寄ったお店で流れていたのかも。
 何処か耳に馴染みのある旋律に誘われて。暫しの間眺めていたオルゴールから視線を上げた美羽は――ふと、見知った男女が寄り添って歩いているのを見かけて。
(「――これは夢?」)
 足を止めた。息が詰まった。
 先ほどまで美羽の周囲に溢れていたはずの音色が、急にその音を沈めた気がした。
 視界に捉えたのは例え一瞬だとしても、見紛うはずがない。
 あれは、ホログラムの中で笑ってる父と母の顔……そっくりで。
(「夢だとしても、嗚呼どうか」)
 月白の石畳を打つ、乾いた足音。耳に響く吐息は短く乱れて。それでも、美羽は走ることを止めない。
 人で賑わう露店市。そこをゆっくりと歩む二人を追い越すために、裏路地に回り込んで。足が縺れて転びそうになりながらも、駆けて。
「あれは……花屋?」
 手を膝に置いて、冷たい夜の空気を吸い込むこと数秒。
 息を整えながらも顔を上げた美羽の視界に飛び込んできたのは、優しい色彩を湛えた花屋の存在だった。
「花束を作ってほしいんだ、お金は払うからここを通る二人連れに渡して」
 渡すだけでいい、ボクの名前もいらない。今はまだ、秘密のままで良い。
 不思議な、それでも柔らかな雰囲気を纏う花屋の店員に話しかけて美羽は開口一番、そう切り出した。
 想い願うはただ一つ――幸せあれ、と。それだけで、でも、それほどで。
 二輪のカサブランカと複数のブルースター、沢山のカスミソウ包まれていく過程を眺めながら、祈りを捧ぐ。美羽にとってはそのただ一つが、とても大事な願いなのだから。
「父さん、母さん、ボクは元気だよ。どうか、二人も安心して過ごしてほしい」
 もしもが赦されるのならば。どうかが届くのならば。
 そろそろ花屋の前を通りかかる二人から隠れるように、美羽は建物の陰へと姿を隠す。
 此処からでは、直接二人の表情や顔色を伺うことはできないけれど。花屋の店員と何かを話す、微かな喋り声が海風に乗って耳元まで運び込まれている。
「この街で、幸せになって」
 喋り声、沈黙、短く息を吐く音。それから――ありがとうの5音。先に紡がれた言葉よりも柔らかい感じのするそれから、言葉の主たちが微笑んだことを感じ取る。
 普通の暮らしを送っていたのなら、決して再会するはずのない二人だった。
 これが一夜の夢ならば、なんて切なく温かいんだろう。
 でも、再会を喜ぶのはきっとまだ早い。いつか、もっと沢山の刻が流れた後で。
 その時に。両手から零れ落ちるほどの想い出と数えきれないほどの曲を抱えて、二人に逢いに行こう。二人が知らない曲を歌って、経験した全てのことを話して。
 そして、今日この一夜のことを、笑ってネタ晴らしするんだ。実は、ボクからの贈り物だったって。
 その時、二人はどんな顔をするのだろう。それを知るのは――その時のお楽しみだから。
 だから、今はまだ。
 気が付けば、どう歩いて来たのだろう。あまりよく憶えてないけれど。最初に二人を見かけた露店市の通りへと戻ってきていた。
 両親を目にする直前まで眺めていたオルゴールに目を向けると、丁度曲の終わりに辿り着くところで。
 少しの間静かになったかと思うと――花がゆっくりと閉じ、また最初から、その音色を刻み始める。
 そして、これからも刻んでいく。何年何十年経っても変わらない音色を。色褪せぬままに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ウィリアム・バークリー
同行:オリビア・ドースティン(f28150)

埠頭にて、彼女の訪れを待つ。オリビアさんの姿が見えたら手を振って呼びかけ合流。手を差し伸べて陸地へ引き上げる。

いらっしゃい、オリビアさん。
さて、色々お店が開いてるようだけど、どこへ行こうか?

まずは服屋さんかな。
既製服を何着か選んで試着してもらおう。ひらひらのドレスなんていいかな?

次はアクセサリを見繕おうか。
ペンダントトップに出来そうなものを選んで、お互い贈り合おう。
ぼくは銀製の兎型を選ぼう。目がガーネットなのがチャームポイント。

さて、魔法の夜が明ける前に、この幻の港街から立ち去ろうか。
まだ海面を歩けるね。
さすがにもう、流れ着いてくる小舟は少ない。


オリビア・ドースティン
【同行者:ウィリアム・バークリー(f01788)】

「ウィリアム様はお誘いありがとうございます」
埠頭で合流したらデートに向かいましょう

まずは服屋ですね
「このドレスも素敵ですね、普段着るものとは違いますし試着してみましょうか」
店員に許可を得たらオールワークスで試着してウィリアム様に見てもらいます
「私的にはよく似合うと思うのですがいかがでしょうか?」(微笑みつつ問いかける)

次はアクセサリーですね
「お互いに贈り合うのもいいですね、私からは・・・」
選んだのはサファイアの鳥です
綺麗に透き通った青がウィリアム様には似合いますよね

では二人で帰りましょうか
綺麗な夜空の下で海面を歩いて帰るのもロマンチックですね



●解けぬ魔法を
 埠頭から眺める海に、港街の灯りが映り込んでいた。
 水面に降りた星屑は寄せて返すさざ波にとって絶好の玩具のようで、右へ左へと揺れ動いて、さざ波に弄ばれている。
 のんびりと待ち人を待っていたウィリアム・バークリーは、そろそろだろうかと顔を上げたところで、丁度海からこちらへと歩いてくる存在に気付いた。海風に稲穂のように美しい金髪が流れる――ウィリアムの待ち人、オリビア・ドースティン(西洋妖怪のパーラーメイド・f28150)その人だ。
 オリビアの姿に気が付くや否や、ウィリアムは大きく手を振って彼女のことを出迎えた。
 オリビアもウィリアムの存在に気が付いたようで、水面を歩む彼女の足取りが少しだけ足早なものへと変わる。オリビアの跳ねるような足取りに飛び散った星屑が、キラリと宙を流れていく。
「ウィリアム様はお誘いありがとうございます」
「いらっしゃい、オリビアさん」
 埠頭からウィリアムが差し出した手に、ウィリアムよりも少し小さなオリビアの手が重なれば、それがデート開始の合図と成った。そのままウィリアムがオリビアを陸地へと引き上げると、彼女の視界に月白の街並みが飛び込んでくる。
「さて、色々お店が開いてるようだけど、どこへ行こうか?」
「それなら、服屋はどうでしょうか」
 重ねた手をそのまま緩く絡めて。今はこの一瞬さえも、時間が惜しい。二人で過ごす夢のような一夜は、あっという間だろうから。
 アクセサリーの露天商に、賑わいを見せる酒場、それから、香ばし匂いの漂う食べ物のマーケット。
 何処も一風変わった品々を扱っているようで興味は尽きないけれど、その中でもまずは服を見ると決めたのだ。
 三階建ての一階部分に店舗を構えるアパレルショップに足を向けると、少し風変わりなドレスたちが二人を出迎えた。
「沢山あってどれも捨てがたいね。そうだ。このひらひらのドレスなんていいかな?」
「ええ。このドレスも素敵ですね。普段着るものとは違いますし、試着してみましょうか」
 夜空の星屑をそのまま糸にして織ったかのように優しい光彩を抱くドレスに、綻んだり閉じたりをゆっくり繰り返す花のコサージュが所々に散った美しいドレス。
 既製品とは思えないほどの出来に圧倒されながらも、ウィリアムはオリビアに似合うであろう数着を見繕ってくる。
 一着ずつ試着をしていたオリビアの視線は、やがて、ウィリアムが選んできた一つに吸い込まれた。
 ガーネットにカーマイン、それからワインレッド。たっぷりのドレープがあしらわれたスカート部分は、光の当たり加減によって色合いを絶妙に変えていた。真紅のドレスに、白銀レースのサッシュが全体を引き締めている。
「私的にはよく似合うと思うのですがいかがでしょうか?」
「そうだね。オリビアにとても似合っていると思うよ」
 試しに着替えてみると、不思議と自分の身体にぴったりと合っていて。
 くるりとゆっくりその場で一回転してみれば、床に届かないくらいの長さのトレーンがふわりと優雅に翻った。沢山の布が使われているというのに不思議と全く重さを感じず、軽やかに動くことが出来る。
 微笑みつつ問いかけたオリビアに、ウィリアムははにかみながらも率直な想いを口にした。
 普段の彼女も可愛らしいが、目の前の姿もこれはこれで魅力的だったから。
「ドレスが決まったら、次はアクセサリーだね。ペンダントトップに出来そうなものは――」
 高級感溢れるケースを眺めていたところ、ふとガーネットの瞳と目が合った気がした。
 硝子ケースの中からウィリアムを見上げていたのは、スターリングシルバーの兎だ。両目に宿った深い赤色の輝きは、そのまま兎のチャームポイントになっている。大事そうにサファイアの星を抱きしめて、澄んだ瞳でウィリアムをじっと見つめていた。
「僕からは、これにしよう」
 運命的な出会いを感じたウィリアムは、店員に頼のんで銀製の兎をケースから出してもらう。
 柔らかいクッションの上に置かれた小さな兎は隔てる硝子が無くなった分、より透明な輝きをウィリアムに向けていた。
 その様子は何処となく、オリビアに似ている気がするようで。
「お互いに贈り合うのもいいですね、私からは……」
 ウィリアムの横で同じようにケースを眺めていたオリビアもまた、気になるペンダントトップを見つけ出していた。
 大空に飛び立ったかのように翼を大きく広げていたのは、透き通った青いサファイアをその身に宿した鳥の姿。ガーネットで作られた花を咥え、翼広げ空を飛ぶその様は、何処かの国で有名なお伽話の幸せを運ぶ青き小鳥のよう。
 鳥に宿ったサファイアと同じ透き通った青が、ウィリアム様にはよく映える。
だから、オリビアはウィリアムに贈るペンダントトップはこの鳥だ、直感的にそう思っていた。
「ウィリアム様、よくお似合いです。綺麗に透き通った青がウィリアム様には似合いますよね」
「ありがとう。オリビアも、ガーネットが綺麗に映えているね」
 お揃いのネックレスチェーンにペンダントトップを通せば、贈り合った兎と鳥が二人の首元を彩った。
 まるでそこが在るべき場所であるかのように、前からそこに在ったかのように。首元を彩ったばかりの兎と鳥は美しい煌めきを放っている。
 これで離れていても、きっと傍にお互いの存在を身近に感じられるから。
「さて、魔法の夜が明ける前に、この幻の港街から立ち去ろうか」
 アパレルショップを後にすれば、来る時に仰ぎ見た天頂の星々は、ゆっくりとながらもかなりの距離を移動していたようだ。
 夢のような時間はあっという間に過ぎてしまう事を肌に感じつつ、二人は再びさざ波の押し寄せる水面に降り立った。
 大切そうにドレスの入ったバッグを抱えたオリビアをウィリアムがエスコートしていく。
「まだ海面を歩けるね。魔法はかなり保つみたいだ」
「これなら、途中で魔法が解ける心配もないでしょうか。綺麗な夜空の下で海面を歩いて帰るのもロマンチックですね」
 街を去る頃には今日が昨日になり、明日が今日になっていた。
 夜も更け、さすがに流れ着く小舟の数も少なくなっている。
 行きは一人で、帰りは二人で。ゆっくりと歩く二つの星空は行き道と変わることなく輝いていた。
 一度だけ、どちらからともなく後ろを振り返ったが――先ほどまで居た摩訶不思議な港街は、夜靄に紛れ、忽然とその姿を消していた。あれほどの灯りを抱く大きな港街なら、靄に阻まれてもなお、光くらいは届きそうなのに。
 ふわりと海の果てに消えてしまった月白の港街。それでも、お互いの胸元を彩る赤い兎と青い鳥が。オリビアが抱えるバッグに入ったドレスが。
 あの一時がただの夢ではないことを、物語っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シル・ウィンディア
【シルベルカ】
【SPD】
あ、さっきの睡蓮のお花の小舟が…

会いたいと思ってた
でも、もう会えないとわかってた

でもでも、ここならもしかしたら…
見つけたら…

伝えたいことがあるの、お母さん

わたし、好きな人ができました
だから、心配しないで
一緒に歩いていくから

妹もいれば大切な人も隣にいる
だから大丈夫

うれしい報告なのに
涙止まらないね



気がづいたら腕の中
ベルカさんの視線を追ってみるけど…

「ベルカさん、どしたの?」
不思議そうに見上げるの

「なんで涙が?」
夢だったのかな?

それでもいい
また、会えたのだから
ベルカさんの腕の中だけど
ぎゅっと抱き着くよ

「隣にいてくれて、ありがと…」
「もう、大丈夫だからね」

笑顔でそう答えるよ


ベルカ・スノードロップ
【シルベルカ】
【SPD】

ここに在るのに実在しない
不思議な街ですね

いつの間にか腕の中で眠ってしまったシルを抱き寄せて
街を行き交う人々を眺めます

(どんな夢を見ているのでしょうか)
シルの髪を優しく撫でていると
目の前に人と目が合う
シルの髪を長くして大人になった様な女性の姿
『娘のことをよろしくね』の口の動きが見えて
そのまま、消えてしまいました

目覚めて不思議そうに見上げてくるシルに
あった事を話します
「シルを託して貰えたみたいですね」
シルの目尻に浮かんでいた涙を優しく拭いながら
シルを悲しませないと誓いを自身にたて
「シルの事、ずっと離しませんからね」
妻となってくれた少女が抱きついてくれたので抱きしめ返します



●夢で逢えたら
 浜辺に流れ着いた沢山の花々と小舟と、想いと祈りの数々。
 海を往く途中で見かけたものや、自分たちよりも先にこの港街に辿り着いたのだろうか。初めて目にする小舟もあった。
 真白い色はそのままに、それでも港町の砂浜とは違う箇所が一つだけ。星を砕いて混ぜたかのように、青白い光を放つ綺麗な小石が骨のような砂と混ざり合って、砂浜全体がぼんやりと光を帯びたように輝いているのだ。
「あ、さっきの睡蓮のお花の小舟が……」
 顔も知らぬ沢山の人々が海に託し、此処に辿り着いた小舟から、シル・ウィンディアは自分が流した小舟を見つけ出していた。
 その場に縫い留められたかのように睡蓮の小舟をシルが眺めている間にも、一人、また一人と波打ち際を訪れ。魔訶不思議な存在に導かれたかのように迷いなく目当ての小舟を拾い上げると、思い思いの場所へと戻っていく。
 こんなに人々が居るから、きっと、シルが再会を切望しているお母さんとも。
 会いたいと思ってた。でも、もう会えないとわかってた。
 死者は蘇らない。それは分かりきったこと。覆すことの出来ない、絶対的な世界の理。
(「でもでも、ここならもしかしたら……。見つけたら……」)
 夢か現か、幻かさえも確かじゃない。一夜限りの逢瀬なら、神様もちょっとだけお目こぼししてくれるのかも。
 お母さんのことを見つけたら、その時はどうしよう。
 笑って「約束憶えているよ」って、そう伝えたいけれど。泣いちゃうかもしれないから。
「そういえば、ベルカさんは……?」
 ふと、先ほどまで隣に居たはずの存在が居ないことに気が付いて。
 辺りを見渡すけれど、行き交う人々は見知らぬ人ばかり。この人波に呑まれ、気付かぬうちにはぐれてしまったのかもしれない。
 キョロキョロと彼の姿を探すうち、こちらに向かって歩いてくる女性の存在に気が付いた。
「――あ。おかあ、さん……?」
 丁度睡蓮の小舟の前でしゃがみかける所だった、お母さん。シルの記憶そのままに、変わらぬ姿で此処に居る。
「伝えたいことがあるの、お母さん」
 駆け足でお母さんへと向かって行って。此処に居るはずの無いシルの存在に気付いたお母さんは、驚いたように小さくその瞳を見開いた。けれど、次の瞬間には笑ってシルを迎え入れてくれる。
 最初の声は震えてしまったけど、続けられた言葉ははっきりと口にすることが出来た。
「わたし、好きな人ができました。だから、心配しないで。一緒に歩いていくから」
 妹もいれば大切な人も隣にいる。一人じゃないし、幸せだから。だから、大丈夫。
 うれしい報告なのに。とても嬉しい報告なのに。
(「涙止まらないね……」)
 頬を伝う雫は溢れる一方で。
 目の奥が熱くなって、溢れる雫に滲んでぼやけて、お母さんの姿も涙に遮られて。
 それでも、お母さんの声ははっきりと耳に届いた。
 そうだね。お母さん。だから――……。
 
●託されたもの
(「ここに在るのに実在しない。不思議な街ですね」)
 広場の端に設けられた石造りのベンチに腰を下ろしながら、ベルカ・スノードロップは街を行き交う人々を眺めていた。胸の中でいつの間にか眠ってしまったシルを、その腕で抱き寄せながら。
 この街の浜辺に辿り着いた頃にはもう何故か夢現の状況だったから、眠ってしまうのも時間の問題だったのだろう。浜辺に足を踏み入れるまでは、あれほど元気で眠気の存在は少しも感じられなかったのに、不思議なこともあるようだ。
 最も、この街にしてみれば、突然湧いて来た眠りへの誘いも些細な不思議のうちに収まってしまいそうで。
 本当に地図に載っていないのか、それさえも疑いたくなるほどの、大きな街。
 それでも街を行き交う人々は、何処かその存在が朧げなもののように感じられた。確かに存在しているのに、此処には居ないような。
(「どんな夢を見ているのでしょうか」)
 安らかな寝顔でも、目元には微かな涙をためて。
 ベルカの腕の中で柔らかな微睡みの海を揺蕩う少女は、どんな夢を見ているのだろう。
 悲しいものなのだろうか。それとも、嬉しいものなのだろうか。
 どれほど近くに居たって、同じ夢までは見ることができないから。
 夢の話は、彼女の目が覚めた後でしよう。幸い、時間はたっぷりとあるのだから。
 ベルカがシルの髪を優しく撫でていると――ふと、視界に影が差して。
 突然訪れた人の気配に顔を上げると、優しく微笑む女性と目が合った。
「あなたは――」
 髪を伸ばして成人を迎えたら、シルはきっと目の前の女性のような感じになるのだろう。今、ベルカの腕の中で眠るシルの姿をそのまま大人にしたかのような、女性の姿。
 それでもシルとは少し違う雰囲気を纏っているようにも感じられて。
 ベルカの前に佇む女性は何も言わずに、ただ。

『娘のことをよろしくね』

 声は聞こえずに、口の動きだけ。それだけだったが、ベルカは女性が伝えたい言葉をはっきりと受け取っていた。
 短い言葉に全てを詰め込んだのだろう。それだけを告げると、女性はすぅっと街中に溶け込むように姿が薄くなって。
 そのまま、霞のように消えてしまった。
 広場を行き交う人々は女性が消えたことすら気づかずに、何事も無かったかのようにそれぞれ目指す場所へと歩いて行っている。
 白昼夢でも見ていのだろうか。いいや、とベルカは思う。
 確かに彼女は此処に居たのだ。
 ベルカはもう一度腕の中のシルへと視線を落とすと、そっと髪を撫でていく。シルが目を覚ます、その瞬間まで。

●共に歩む
「ベルカさん、どしたの?」
 視界が涙いっぱいだったのに。それに、お母さんは?
 夢から覚めたシルは自分がベルカの腕に抱かれていることに気付く。
 ベルカが見上げる視線を追ってみたけど、そこにはもう、誰も居ない。
「なんで涙が?」
 さっきまでお母さんが居たのに。夢だったのかな?
 それでもいい。また、会えたのだから。
 ベルカの腕の中、優しい温もりに包まれたまま、シルはぎゅっとベルカに抱き着いた。
「――シルを託して貰えたみたいですね」
「そうなんだね……。隣にいてくれて、ありがと……」
 不思議そうに自分のことを見上げながら抱き着く少女の髪をゆっくりと撫でて、ベルカは先ほどあったことを話した。
 シルの目尻に浮かんでいた涙を優しく拭って。
 託されたシルの母親の為にも。シルを悲しませないと、沢山の笑顔が咲くように。
誓いを自身に立てて。
「シルの事、ずっと離しませんからね」
「うん、ありがとう。もう、大丈夫だからね」
 これからは自分が、彼女のことを幸せにしていくから。抱き着いてきたシルを今一度抱きしめ返して、柔らかく微笑めば。
 腕の中のシルも、にっこりと笑顔を浮かべた。
 これからは、一人じゃない。共に、同じ道を歩んでいくのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シェキザ・シップスキャット
【ウミホタル】◆
※!は使わない

ああ、いい港町だ
夢か本当かわかったモンじゃあねぇが
ここが死の先かもしれねぇってんなら、
ちったァ気分も軽くならぁなァ

……もし、ここが魂の去る先なら
幻だったとしても、そういう場なら
――ああ、そうだよな

紫のカンパニュラを抱えた、フェアリーの女の子
金の髪に、海のような目をした――
……"カンパニュラ"
名前を知ることも、ふれあうこともなかった
思い出だけを遺していったあいつ

……ハハ、導き手だってのに、オレ自身迷っちまってる
あえて何も言わずいなくなったあいつに、声をかけても、いいモンかな

今しか……か
そか。……そだな。ありがとさん、珂奈芽
そんで悪い。少し、話してくらィ(そう笑って)


草守・珂奈芽
【ウミホタル】


ホントにたどり着ける場所があったんだ
生きてるときと同じくらい活気があって感動しちゃう
こやって幸せに過ごせるならなるほど安心なのさ

あれ、あの子が話してた子?
花みたいにキレイで、うん、シェキザくんの言ってた通りなのさ

…気遣ってくれたのかもしれないね
でもキミの思い込みかもしれないよ?
名前とか、分かってないこともまだあったくらいだしさ
だから話そうよ、言いたかったことは会えるうちに言わなきゃ
海へ出る前、キミがそう言ってたんだからさ

わたしの勝手な願いかもだけど、真剣に伝えるよ

ん、よく言ったのさ!
なーんも気にしないで、観光でもするからさ
手を振って見送るよ
…二人に、今だけは幸せがあれますように



●口に出して、声にして
 入り組んだ月白の港街。建物の数は数えきれず、通りの両端にある露店市では、風変わりな品々を取り扱っているようだ。
 海の果てにこれほど活気溢れた街が存在するとは思わなかったけれど、緑色の髪を揺らす夜風やさざ波が上げる水飛沫の冷たさが、これがただの夢ではないことを物語っている。
「……ホントにたどり着ける場所があったんだ」
 驚きと好奇心をちょうど半分ずつ宿した金色の瞳で、草守・珂奈芽はぐるりと港街を見渡していた。
 一日あっても回りきることが出来ない大きさの街に、露店市にならぶ商品はそのどれもが真新しく珍しい。何より活気に満ちていて、飽きを覚えることはなさそうだ。
「生きてるときと同じくらい活気があって感動しちゃう。こやって幸せに過ごせるならなるほど安心なのさ」
「ああ、いい港町だ。夢か本当かわかったモンじゃあねぇが」
 もしかしたら、生きているとき以上に活気があるのかもしれない。そんな思いをそのまま声にして吐き出せば、珂奈芽の真横を飛んでいたシェキザ・シップスキャットも珂奈芽の言葉に相槌を打った。
 夢か現か。存在が不確かであっても、死後の世界で一人どんよりと過ごすよりはずっと良い。
「ここが死の先かもしれねぇってんなら、ちったァ気分も軽くならぁなァ」
「さすがに、地獄みたいなところは勘弁なのさ」
 どうせならば、死後も穏やかに笑い合って過ごしたいし、何よりそちらの方が遺された人々も心穏やかに居られるだろうから。
 ――遺された人々にとって、港街の存在は確かな救いになるのだろうから。
(「……もし、ここが魂の去る先なら。幻だったとしても、そういう場なら」)
 夢であっても、幻であっても。もう一度を願ってしまうことは、きっと当たり前のことで。
 シェキザが自分と同じように空を飛び移動するフェアリーの中に、彼女の存在を探してしまうのも、仕方のないこと。
 それを弱さと捉えるのか。同じ後悔を重ねぬための祈りと捉えるのか。それは、その人次第だ。
(「――ああ、そうだよな」)
 そこには確かに、小さな海が存在していた。
 あの日からシェキザを捉えて離さない、深く澄んだ海の色が。
 紫のカンパニュラを抱えた、フェアリーの少女。
 時折花の重さにふらつきそうになりながらも、決して落ちることは無く。彼女もまた、何処かを目指して飛んで行っている。
 風に泳ぐ金色の髪に、シェキザの良く知る、海のような目をした――。
「……"カンパニュラ"」
 そうだ。彼女で間違いない。間違うはずもない。
 名前を知ることも、ふれあうこともなかった。
 思い出だけを遺していったあいつ。海を見る度に、彼女の瞳のことを思い出す。
「あれ、あの子が話してた子?」
 突然黙り込んでしまって、それでも視線だけは彼女から逸らさずに。じっと目線だけでフェアリーの女の子を追い続けるシェキザに、珂奈芽も彼女が件の女の子であるということを感じ取ったのだろう。
 シェキザと同じ高さに目線を合わせると、一緒になってフェアリーの行く先を追い始めた。
「花みたいにキレイで、うん、シェキザくんの言ってた通りなのさ」
 フェアリーの女の子は、確かにシェキザくんの言っていた通りだった。
 カンパニュラの花が大好きな――海みたいな目をした、綺麗な彼女のことを。
「……ハハ、導き手だってのに、オレ自身迷っちまってる」
 折角、彼女に出会えたのに。シェキザはその場に佇んだまま、動けなかった。
 このままでは、彼女はそのうち人波に紛れて、姿を追うことも難しくなってしまうだろう。
 分かってはいるのに。
 それでも、彼女の想いを知っていたからこそ。シェキザは彼女に話しかけることが、出来なかった。
「あえて何も言わずいなくなったあいつに、声をかけても、いいモンかな」
 あえて何も言わず、自分の前から姿を消したあいつのこと。
 此処で話しかけても良いのだろうか。あいつの想いを反故にすることに、ならないのだろうか。
「……気遣ってくれたのかもしれないね」
 名前を教えなかったのも。何も言わずに居なくなったのも。
 その全ては――。
 視線の先はフェアリーの女の子を見つめたまま、動けないでいるシェキザに珂奈芽は優しく語り掛ける。
 優しく、それでいて、真剣さを孕んだ静かな声色で。
「でもキミの思い込みかもしれないよ?」
 これからが楽しみで、だから次に会った時の為に。名前を伝えることを楽しみに、あえて伝えなかったのかもしれない。
 もっと話したいと思いながら、それでも離れなければいけない事情があったのかもしれない。
 他者になることは出来ない。他者の心情は想像することしかできず、想像の答え合わせを行うには、直接尋ねる以外に方法は無いのだから。
 全てはカンパニュラの彼女にしか分からないことで、きっとシェキザが考え込んで心配し過ぎてしまうことを、彼女も望んではいないだろう。
 それに、それは珂奈芽だって望んではいないこと。悩む暇があったら、話しかけてしまえば良い。それからのことは、その時に考えれば良いのだ。
「名前とか、分かってないこともまだあったくらいだしさ」
 もう二度とが、もう一度だけに変わった。チャンスは今しかないと、珂奈芽は告げる。
 話せる今のうちに。その姿を捉えている、今のうちに。
「だから話そうよ、言いたかったことは会えるうちに言わなきゃ。海へ出る前、キミがそう言ってたんだからさ」
 そう、その言葉はシェキザ自身が海に出る前に言っていたこと。
 少し前に言われた言葉を、珂奈芽はそっくりそのままシェキザへと返した。
 思っているだけでは伝わらない。伝えない限り、何もなかったことになってしまう。
 言葉にしてこそ、気持ちは初めて伝わるのだから。
 だから、シェキザの想いが無に帰してしまう前に。珂奈芽は友人の背を押すのだ。
 「今しか……か。そか。……そだな。ありがとさん、珂奈芽」
 何も言わず、少しの間考え込んでいたシェキザが、珂奈芽の方を見た。
 答えが、出たようで。
「そんで悪い。少し、話してくらィ」
「ん、よく言ったのさ! なーんも気にしないで、観光でもするからさ」
 にかっといつものように快活な笑みを浮かべたシェキザの背を、珂奈芽は勢いのままに押して送り出す。フェアリーである彼にとっては少し力が強かったかもしれないが、きっと気のせいだろう。
「いってらっしゃい」
「ああ。行ってくるよ」
 カンパニュラの彼女を追いかけたシェキザは程なくして、彼女に追いついた。珂奈芽の所まで会話は聞こえてこないが、2、3言葉を交わした後、二人揃って翅を広げ――何処かへ落ち着ける所へ、場所を変えるようだ。
 その様子を、手を振って見送っていた珂奈芽。
(「……二人に、今だけは幸せがあれますように」)
 二人に祈りを送ると、彼女もまた、観光の為に街の中へと消えていく――。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヘルガ・リープフラウ
❄雪月花


辿り着いた港街
行き交う人は皆幸せそうで
もし本当にここが「魂の還る場所」ならば

ふと目に留まる二つの人影
忘れもしない、忘れてはいけない懐かしい顔
行かなくては
言えなかった言葉を伝えるために

ごめんなさい……お父様、お母様
わたくしのせいでみんなが……
取り返しのつかないことをしてしまった……

涙零すわたくしに、目の前の二人は穏やかに微笑んで

私たちこそお前に辛い思いをさせてしまった
許しておくれ

良き伴侶を見つけたのね
今度こそ幸せにおなりなさい

願いを殺してしまってはいけない
お前はお前の信じる道を行きなさい

二人の手の中にあるその花は
ああ、先刻の花筏と同じ

ありがとう
どうか安らかに
そして、今度こそ皆に幸せを


ヴォルフガング・エアレーザー
❄雪月花


群衆の中に認めた人影を追って駆け出したヘルガに寄り添う
実際に顔を見るのは初めてだが
それが彼女の両親であろうことは分かる

誰のせいでもない
「みんなで幸せに暮らしたい」
それは誰もが夢見る理想、永遠不変の願い
悪いのはただ一人、その願いを悉く踏み躙ったオブリビオン
人の願いを歪め、裏切り、食らいつくして
絶望の淵で這いつくばる姿を嘲笑う醜い欲望
その悪意を砕き、失われた希望を取り戻すことが
今の俺の使命なのだと

誓います
あなた方が愛した娘を、愛した世界を守るために
俺は全身全霊かけて力を尽くすと

ふと遠くを見やれば
俺達を見守るように
銀の毛並みを持つ雌狼の影が一つ

ああ、俺にもあったのだ
温かく確かな「絆」が



●永遠に途絶えぬ絆
 長き航海の果てに、辿り着いた港街。
 港街を行き交う人々は花を腕に抱いたり、並んで歩いてお喋りに花を咲かせたりと皆幸せそうで。
 此処にはきっと、彼らの安寧を侵す邪な存在は、誰一人として存在しないのだろう。
 幻でも、現であっても。それはきっと、とても幸せなことで。ヘルガ・リープフラウは、暫くの間港街の人々を眺めていた。
(「――もし本当にここが『魂の還る場所』ならば」)
 もしも、言い伝えが本当ならば。
 もしも、二人が此処に居るのならば。
 そんな思いでヘルガが人々を眺めていたところ、ふと目に留まる二つの人影の姿があった。
 忘れもしない、忘れてはいけない、懐かしい顔。
 ずっと記憶の奥底で、ヘルガと共に在った懐かしい二人の顔を。
(「行かなくては」)
 それはほとんど、反射的な動きだった。弾かれたように、二つの人影に向かって走り出すヘルガ。
 その後ろから、街を眺めるヘルガの隣で何も言わずに居てくれたヴォルフガング・エアレーザーが慌てて追いかけてくる足音が響く。
 そうだ。行かなくては。言えなかった言葉を伝えるために。
 二人に直接、この言葉を届けるために。
(「――ヘルガの両親か」)
 群衆の中に認めた人影を追って駆けだしたヘルガに、数秒の間をおいてヴォルフガングも追いついた。
 そのままヘルガに寄り添うようにして隣に立ち、人影を眺めれば、二人が彼女の両親であることを直感的に理解する。
 顔を見るのは初めてだったが、見間違うはずがない。何処となく、彼女と面影がそっくりなのだから。
「ごめんなさい……お父様、お母様」
 ヘルガの呼び止める声を聞き、振り返った両親を前に、堰を切って溢れ出したヘルガの言葉は――懺悔だった。
「わたくしのせいでみんなが……。取り返しのつかないことをしてしまった……」
 わたくしのせいで。
「皆で幸せに」
 あの時、そう願わなければ。故郷の皆が死んでしまうこともなかったのではないかと。
 わたくしさえ道を誤らなければ、もう少しマシな結末が在ったのかもしれないと。少なくとも、両親や民が死んでしまうことには、ならなかったのではないかと。
『私たちこそお前に辛い思いをさせてしまった。許しておくれ』
 ヘルガにとっても、両親にとっても、それは苦渋の決断で。
 それでも、故郷の民を守る為に愛娘を差し出さなければならず。命を握られたからといって、おいそれと娘を差し出す両親が何処にいるのだろうか。
 顔を俯かせて、涙を流すヘルガに――二人は優しく顔を上げるように言い聞かせて。そっと、ヘルガの頬に触れた。
 長らく見ることの無かった、両親の顔。ヘルガを見て優しく微笑んだ後、二人は穏やかな声音で言い聞かせる――きっと、誰も悪くないだ、と。
(「そうだ。誰のせいでもない」)
 ヘルガの両親の言葉に、三人の様子をそっと見守っていたヴォルフガングも、静かに頷きを示す。
「みんなで幸せに暮らしたい」
 それは誰もが夢見る理想、永遠不変の願い。何処の世界でも、何処の時代でも誰かが願い――そして、多くは叶うことなく散っていく、儚い想い。
 平和の二文字を実現することの、何と難しきことか。
 ヘルガの故郷のことだって、誰も悪くはない。平和と幸せを祈るのは、何らおかしいことではないのだから。それが、吸血鬼に支配された闇の世界となれば――当然のこと。
 悪いのはただ一人、その願いを悉く踏み躙ったオブリビオンだ。
 ヘルガも、両親も、故郷の民も。誰も悪くない。それでも、人である以上責任を感じてしまい――邪なオブリビオンは、そこに付け入るのだ。
 人の願いを歪め、裏切り、食らいつくして。絶望の淵で這いつくばる姿を嘲笑う醜い欲望。
 彼らを討ち、ヘルガと共に闇の世界に真の意味での平和と幸せを齎すことこそが。
(「その悪意を砕き、失われた希望を取り戻すことが今の俺の使命なのだ」)
 ヴォルフガングの使命でもあり、誓いでもある。だから。
「誓います。あなた方が愛した娘を、愛した世界を守るために。俺は全身全霊かけて力を尽くす」
 ヘルガの両親へと、ヴォルフガングは真っ直ぐに向き合い。ハッキリと二人に対して、そう告げた。
 何があろうと、これ以上彼女を悲しませないために。愛した娘を、幸せにするために。
 ヘルガの両親は暫くの間、驚いたように顔を見合わせていたが――やがて、ヴォルフガングとヘルガに向かって、温かい笑顔を向けて微笑んだ。
『良き伴侶を見つけたのね。今度こそ幸せにおなりなさい』
 それは、最初で最後で、最愛の祈り。
 一度全てを失ったからこそ、次こそは、と。娘の幸福を祈る、両親からの愛の言葉で。
「何があろうとも、絶対に」
 ヘルガの両親の想いを反故にさせないためにも、ヴォルフガングは先の一言に想いの全てを込めて。
 今一度、両親へと誓いを立て、頭を下げた。
『願いを殺してしまってはいけない。お前はお前の信じる道を行きなさい』
 何があっても、私たちはあなたの味方なのだからと。
 ヘルガの背を押す両親からの言葉に、再び彼女の頬を涙が伝う。
 その時、ふと気が付いた。
 二人の手の中にあるその花は――。
(「ああ、先刻の花筏と同じ」)
 少し前に、二人で流した想いの小舟。花に祈りを抱かせて、どうか届きますようにと。
 ちゃんと届いていたのだ。しっかりと、想いを受け取っていたのだ。
「ありがとう。どうか安らかに。そして、今度こそ皆に幸せを」
 あちらで犠牲になってしまった分、どうかこの世界では。
 両親との別れを惜しむヘルガを見守っていたヴォルフガングは――ふと、誰かに見守られているような、懐かしい視線を感じた気がして。
 感じる視線を辿ると、遠くからヴォルフガング達を見守るように銀の毛並みを持つ雌狼の影が一つ。
 銀の雌狼は、ヴォルフガングの視線に気が付くと――一度だけゆっくり瞬きを返して、去っていく。
 まるで、何も言わなくても分かっていると、伝えるように。
(「ああ、俺にもあったのだ。温かく確かな『絆』が」)
 そうだ。ヴォルフガングにだって、確かに存在していたのだ。
 温かく確かな絆が。いつだって自分を見守ってくれている、大切な存在が。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

豊水・晶
たとえ一時の夢だったとしても、このような素晴らしい場所に出会えた幸運に乾杯。
花が咲き誇る浜辺を見ながら不思議な料理とお酒に舌鼓を打つ。幸せですね。
ふと近くの席に目をやると一組の家族が誕生日をお祝いしていました。嘗ての宮司と巫女でした。
ああ、本当になんと幸せな日なんでしょうね。少し飲みすぎてしまったのでしょうか。ウェイターさんに件のテーブルへの差し入れをお願いして、酔いを醒ますために夜風に当たりに行きましょう。



●この一夜に杯を
 例え、一時の夢だったとしても。明日の朝には何事にも無かったかのように、泡と帰してしまうのだとしても。
 今日というこの日が良き日であることに変わりはなく、この港街が素晴らしいことにも変わりはない。
 豊水・晶は浜辺が一望できるレストランのテラス席で、ゆったりとグラスを片手に海を眺めていた。
「――このような素晴らしい場所に出会えた幸運に乾杯」
 浜辺に向かって「乾杯」とグラスを掲げれば、晶の合図に応えるかのように、一際大きく波が押し寄せる。
 グラスを少し傾けてみれば、シュワシュワときめ細かな泡が星空を目指して上っていった。今は淡いピンク色を抱くこのシャンパンも、時間が経つにつれて深いレッドに変わっていくと云うのだから不思議だった。
 シャンパンと相性抜群なレストランの料理も、一風変わったものばかり。先ほど出されたメインディッシュは、一見すると香ばしい味付けを施されたお洒落なソテーなのだが――実は海竜の肉だというのだから、驚きだ。
「料理は美味しいですし、景色も美しい――幸せですね」
 少し深いピンク色に染まりつつあるシャンパンを少しずつ傾けながら、晶はデザートをゆっくりと味わう。花に見立てたマカロンや小さなケーキに、オレンジソースと金箔で描かれるのは夜空の星たち。この港街をモチーフにしているのだろう。
「お誕生日祝いでしょうか、おめでたい――あら、あの方々は」
 誕生日を祝う明るい歌声に誘われ、ふと近くのテーブルに目を向けると一組の家族が誕生日をお祝いしている最中であった。
 仲良く一曲の歌を歌い終えた彼らは、とても仲の良い家族なのだろう。見ているこちらも暖かい気分になると、そこまで考えたところで、晶は彼らと何処かで会っているような気がして。
「嘗ての宮司と巫女、ですね」
 そうだ。嘗て、自分の存在を信仰していた村で宮司と巫女をしていた二人だった。彼らと別れて長い年月が経てど、晶がその存在を忘れたことはない。
 港街での思わぬ再会に驚きつつ、晶はウェイターを呼んで彼らへの差し入れをお願いする。善き一年になりますようにと願いを込め、偶然の再会を祝うための数品の料理と、とっておきのお酒を。
 彼らの好む味でありますようにと祈りながら、しかし、自分の名前は伏せておいて――信仰していた竜神様からの差し入れなんだと知ってしまったら、きっと卒倒してしまうだろうから。
(「ああ、本当になんと幸せな日なんでしょうね。少し飲みすぎてしまったのでしょうか」)
 少し酔いが回ってきたのかもしれない。ポカポカと火照る頬に、冷たい夜風が丁度良い。
 酔いを醒ますためにも、晶は夜風に当たる為にテラスの端の方へと足を運んだ。
 テラスの柵に身体を預けながら眺める浜辺は、平和の二文字そのもので――こんな時間がずっと続けば良いですね、と。晶はそんなことを考えながら、花々と小舟の揺蕩う海上に想いを馳せる。
 と、一際大きなはしゃぎ声が晶の耳に飛び込んできた。振り返ってみると、差し入れをした宮司と巫女の一家のテーブルからだ。
 「とある方からです」と、テーブルに並べられる料理に家族は大盛り上がり。どうやら、とても喜んでもらえたようだ。
 家族の反応に微笑みを零しつつ、晶は再度、夜の浜辺に目を向ける。
 海に揺蕩う想いと祈りの多きこと。自身を信仰していた村の者達も、平和を愛し、祖先を敬っていた。
「今度こそは、守るべきものを守りたいですね」
 だからこそ。次こそは守り抜くのだと、晶は決意を胸に抱き。
 後方から聞こえてくる一家の明るい話声をBGMに、晶は暫しの間、浜辺を見つめてゆったりとした時間を過ごすのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

音海・心結
【はぴぺい】

浜にたくさんお花がありますよ
綺麗でどこか儚い
……不思議な街に辿り着いてしまったのです

とりあえず、ご飯を食べましょうか?
お腹が空いては冒険もできないのです

初めて見るお肉に興味津々
食べ歩きに適したお肉を購入した後、街を散策

人が透けたり、影が蠢いたり
まるで生きているのに生きていない気分
もしかして夢だったりして

もし夢なら
こんな話をしても許されるのでしょうか

……ママはみゆを産んですぐに亡くなったと思うのですよ
みゆはママのお顔を見た記憶が一度もありません
ここに来てから、ずっと
ママのことを考えてしまうのです

でも、寂しくはありませんよ

みゆはこうして生きて
みんなに出逢えて

いっぱいいっぱい幸せですから


神楽木・由奈
【はぴぺい】のみんなと参加!
メンバー:みゆさん、ソフィアさん、マギアさん、あたし(由奈)

A&Wに来たのは、帝竜戦役以来かも。
でも、そのときとも違って、この島は独特な雰囲気がある。
初めてきたのに懐かしい感じだよ!

美味しそうなお店が沢山あるね~!
どこから食べようか!
うん、マギアさん、いい匂いがするね!
みゆさん、そのお肉、食べるんだ! あたしも食べてみよう~!

あたしは幸せだな~!
家族もみんな元気だし、あたしの大好きな人たちはみんな、幸せだもんね!
あたしも大好きな友達と一緒に過ごせて幸せ!

……うん? ソフィアさん、どうかした?
みんな、ぼーっとしててどうかしたの?
早く早く! 美味しいものを食べに行こう!


マギア・オトドリ
【はぴぺい】

着いた先が、此処、なのでしょうか。
輪転する運命は、動きを止めたのでしょうか。
或いは一本の鎖の如く、此処はその終端なのでしょうか。

それはそれとして、良い匂いが……!
こほん。
と、とりあえず、一緒にきたお友達に、どうしましょうかと目配せを。

見た事もない料理に齧り付きつつ、皆と街中を散策、です。
語りだした友達の話には、しっかりと聞けるように、耳を其方に集中、です。

だからこそ、ふと思い出します。
……あの施設で居た、私じゃない『私』
硝子の中に漂う『誰か』

私は救われました。
それでも影の中から誰かの目線は感じます。
あれはきっといつかの私。
だからこそ、今を生きる私は、しっかりしないと、と思います。


ソフィア・シュミット
【はぴぺい】の四人で参加

どこか厳かで不思議でしんとした
自然と息を潜めて見てしまいます
祈りを捧げたいような

はっとして一緒にいる三人にほほ笑みかけます
よく一緒に行く人達といる
ここはどんなところなんでしょうか
いろいろ見てみましょう
見たこともない食べ物もたくさんあるのです
お肉お肉、お魚もあります?
そして、みなさんの話に耳を傾けます

大切な人。ふと、頭に思い浮かぶ故郷の闇の中の鮮烈な炎の赤が思い浮かびます
そして、「向かわせて欲しい」と、涙混じりの自分の声
首を振って消そうと、努めて笑顔を作る
さみしくありません
みんなと一緒ですもの



●明日も笑えるように
 港街の浜辺が近くなるごとに、海上を覆って行くのは花々と小舟たちの姿だった。
 数え切れないほどの灯りが灯る月白の港街と、ぼんやりと薄明りを放つ浜辺。そして、浜辺に打ち上げられた花と小舟たち。
「……不思議な街に辿り着いてしまったのです」
 幻想的で綺麗で、どこか儚いような雰囲気も漂う街ですね、と音海・心結(瞳に移るは・f04636)は辿り着いた港街を見上げながら、少し後ろを歩く三人を振り返って見た。
「A&Wに来たのは、帝竜戦役以来かも。初めてきたのに懐かしい感じだよ!」
 アックス&ウィザーズの世界を訪れたのは、帝竜戦役が引き起こされた去年の五月以来だというのは神楽木・由奈(小さな願い・f24894)だ。
 如何にも「竜と戦う王道の冒険譚です」と雰囲気の漂っていた群竜大陸と違って、この島は独特な雰囲気が感じられる。
 二人に続いて真白い砂浜を踏みしめたソフィア・シュミット(邁進を志す・f10279)もまた、どこか厳かでしんとした雰囲気を纏う港街に自然と息を潜めて魅入っていた。
 思わず祈りを捧げたくなるような、そんな不思議な魅力がある。
「着いた先が、此処、なのでしょうか。輪転する運命は、動きを止めたのでしょうか」
 思い思いの感情を抱きながら街を眺める三人の後ろから、ゆったりとした足取りで歩いて来たのはマギア・オトドリ(MAG:1A・f22002)だった。何処か雰囲気のある語りと共に、マギアもまた視線は港街――ではなく、大通りの露店市の方へ釘付けだ。
「或いは一本の鎖の如く、此処はその終端なのでしょうか」
 運命は此処を終着点だと定めたのか。鎖の終端があるのなら、始端は何処にあるのだろうか。考え出したらキリはないけれど。
 まずは、それよりも。
 浜辺まで届く程のスパイシーな香りに、客を呼び込む店員の声、賑わいを見せるテントの数々――。
「それはそれとして、良い匂いが……!」
「うん、マギアさん、いい匂いがするね! 何が売られているのかな?」
 死角と聴覚にダイレクトアタックを決めてみせた、露店の一風変わった料理たち。それに真っ先に反応してみせたマギアは、先ほどまでの神秘的な雰囲気が一瞬で海の彼方へ。
 失言を隠すように、マギアはこほんとワザとらしく咳払いしたけれど――心結と由奈の視線もまた、港街の全景から誘惑パラダイスの露天市の方へ吸い寄せられていて、バレてはいないみたいだった。
「ええ、ここはどんなところなんでしょうか。いろいろ見てみましょう」
「そうと決まれば――とりあえず、ご飯を食べましょうか? お腹が空いては冒険もできないのです」
 心結と由奈から遅れること一拍。ソフィアもはっと我に返って、マギアのどうでしょうかと言いたげな視線に肯定を返すように、三人に微笑みかけた。こうして眺めているのも良いけれど、街中も気になるのだから。
 全員の総意を纏めた心結の言葉を食べ歩きのスタート代わりに、四人は仲良く露店市の方へ。
「美味しそうなお店が沢山あるね~! どこから食べようか!」
 遊びたい盛りに食べ盛りの十代だ。それにそもそも皆食べることが好きで――大通りの両端に軒を連ねるテントの数々に天国に来てしまったのかなと、そう思いそうになるほど。
 大通りへと真っ先に飛び出したのは、由奈だった。
 良い感じに焦げ目の付いた竜の骨付き肉に、大海蛇の串焼き、怪鳥の焼き鳥に――。
「お肉、とても大きいですよ」
「みゆさん、そのお肉、食べるんだ! あたしも食べてみよう~!」
 心結は初めて見るお肉に興味津々。キラキラと瞳を天頂の星空に負けないくらい輝かせて、真っ先に目に付いた竜の骨付き肉を早くも両手に持っている。
 由奈も心結の両手から漂うスパイシーな香りにつられて、数秒後には同じ骨付き肉に齧りついていた。塩コショウだけのシンプルな味付けだからこそ、素材の美味しさが引き出ている。焼きたて熱々のお肉は弾力があって、病みつきになってしまうそうなほど。
「見たこともない食べ物もたくさんあるのです。お肉お肉、お魚もあります?」
「海竜は――お肉? お魚? どっち、でしょう?」
「美味しければ、どちらでも……!」
「お魚とお肉の、良いとこ取り――かもしれない、です」
 巨大な魚と竜の中間のような見た目をした海竜の看板がででんと大きく、テントの上に横たわっている。一際目を引く看板雄の存在に、ソフィアは思わず首を傾げた。ソフィアの視線に気付いたマギアもまた、同じように看板をじっと眺めて。
 気になったのなら体験してみるのが一番だと、二人は看板に導かるまま「海竜の塩焼き」を一口。
 魚のようにあっさりしていて、でも、溢れ出す肉汁はお肉のようで――マギアの言った通り、魚と肉の良いとこ取りだった。
「それは……いわゆる『マンガ肉』ですか?」
「みゆのこれです? 確かに、マンガでよく出てきそうな形をしているのです」
「あっさりしてるけど、濃厚? お魚とお肉の間ってあるんだ~!」
「私もあるとは思わなかった、です」
 竜の骨付き肉や海竜の塩焼き以外にも、オバケ林檎飴や、クラーケン入りの焼きそば、怪鳥卵しようのカステラまで。それぞれ食べ歩きのお供を手に、四人は食べ物のテントが軒を連ねる露店市を散策していく。
 一見すると、ごく普通の大きな港街の賑わう只の露店市。それでも「これが夢かもしれない」と思ってしまうのは、すれ違う人々の一部か透けたり、影が蠢いていたりするせいで。
(「もし夢なら、こんな話をしても許されるのでしょうか」)
 もしも夢なら、普段話すことを躊躇ってしまう話も出来るかもしれない。
 それならと、最初に話し出したのは心結だった。
「……ママはみゆを産んですぐに亡くなったと思うのですよ。みゆはママのお顔を見た記憶が一度もありません」
 先ほどまでは明るかった心結の表情に、影が落ちる。
 マギアは食べ物に齧りついたまま、しっかりと耳は話を捉えていて――ソフィアも由奈もまた、こくこくと相槌を打って話を聞いていた。
「ここに来てから、ずっとママのことを考えてしまうのです」
 この街に来てから、気になっていたこと。
 みゆのママは、どんな人だったのでしょうか。もしこの街に居たら、どんな表情でみゆたちのことを見ているのでしょうか。
「でも、寂しくはありませんよ」
 それでも、と心結は三人に向かって微笑みかける。
「みゆはこうして生きて、みんなに出逢えて。いっぱいいっぱい幸せですから」
 今、こうして生きていること。亡き母の分まで、と。父に沢山の愛情を貰って育って。
 珍しい料理に舌鼓を打ちながら、何処か幻想的な雰囲気を抱く港街で食べ歩きをして。
 こうしている間にも、皆との思い出が増えていくから。
 幸せだと目を細める心結の言葉に、由奈が大きく頷いた。
「みゆさんと同じで、あたしも幸せだな~! 家族もみんな元気だし、あたしの大好きな人たちはみんな、幸せだもんね!」
 由奈の両親は元気そのもので、これからもずっと元気で居て欲しいところ。友達も沢山いて、今日みたいに皆で遊びに行くことも珍しくはない。
「あたしも大好きな友達と一緒に過ごせて幸せ!」
 だから、明日も明後日もその先も――こんな日々が続きますようにと、由奈は思いながら骨付き肉をもう一口。
 美味しい料理も、大好きな人たちと一緒に食べれば、もっと美味しく感じるから。
 思い思いに語られていく話に耳を傾けていたマギアは、友達それぞれの過去や想いに――ふと、つられるようにして過去のことを思い出していた。
(「……あの施設で居た、私じゃない『私』。硝子の中に漂う『誰か』」)
 ヴィラン達に拉致され、改造するために連れてこられた施設。
 分厚い硝子の中から、外の世界をじっと見続けている――。
(「私は救われました。それでも影の中から誰かの目線は感じます」)
 ヒーローたちに救われたから、私は今此処に居る。
 でも、今このときも影の中から誰かがじっと自分のことを見ているような……。
 そうです、あれはきっといつかの私。
「だからこそ、今を生きる私は、しっかりしないと、と思います」
「はい。しっかりと、ですね」
 過去の自分の分まで、幸せになる為に。
 しっかり生きて、しっかり楽しんで、それから――しっかり食べて。
 しっかりと。返事をしながら、不意にソフィアの頭に浮かぶのは故郷の光景。
(「大切な人、ですか」)
 闇に支配された世界。闇すらも焦がしてしまいそうな鮮烈な炎の赤。
「向かわせて欲しい」と、涙混じりの自分の声。炎の先、伸ばした手は届かずに……。
 脳裏に浮かびかがってきた光景を消そうと、ソフィアは努めて笑顔を作った。
「さみしくありません。みんなと一緒ですもの」
「……うん? ソフィアさん、どうかした?」
「何でもありませんよ」
 由奈の少し心配そうな問いかけに、ソフィアは何でもないと笑って答える。
 皆がいるから寂しくないと、そう言い聞かせて。
「みんなも、ぼーっとしてどうしたの? 早く早く! 美味しいものを食べに行こう!」
 物思いから完全に戻りきらない心結やマギア、ソフィアを現実に引き戻すのは由奈の声。
 いつの間に食べ終えたのか、早くも空になった両手は新しい食べ物を目指してふらふらと宙を彷徨い始めている。
 そうだ。過去に浸りつつも、今この時も楽しまなくては、きっと損だから。
「そうですね。せっかくですし、物珍しい料理にもチャレンジしてみましょうか」
「それなら、この――『激辛! 巨大イノシシのフライ』はどうなのです?」
「少し考え、ませんか。真っ赤、です。フライの色をしてない、です」
 かりっとした美味しそうなキツネ色。そんなフライの色は何処へやら。真っ赤な衣を纏うソレを怖いもの見たさで覗き込む視線があれば、それとなく止めようとする声もあって。
 四人一緒なら、友達がいるのなら。きっと何があっても、乗り越えて行けるだろうから。
 仲良し四人組の夜は、ワイワイと賑やかに。食べ物を携えた街歩きと共に更けていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エリシャ・パルティエル

不思議な街…
でも流れ着いたこの花たちはみんなの想いの形
ここにあの人はいるの?
見上げた星空に問いかけてみても
もちろん答なんてないけれど

不思議な夜になら奇跡が起こるかもしれないと
懐かしい顔を求めて街を歩くの
けれどどれほど歩いてもあの人の姿は見えなくて
歩き疲れて飲み物を買って休んでいると
自分に似た女性を見つけて

あれは…母さん?
あたしが幼い頃に病気で…
父さんが贈った三日月のイヤリング
そうよ間違いないわ

声はかけずにそっと見守る
母さんの記憶はほとんどないけれど
温かい気持ちになる

…この街にあの人はいない
きっと生きているの
あたしはそう信じるわ
今は会えなくてもいい
あなたが信じる道を生きているなら…それでいいの



●祈りと星見、再会を夢見
「不思議な街……」
 サクリと足元の真白い砂を踏みしめれば、細かな砂に紛れて仄かな明かりを放っていた星屑のような石が、ぼんやりと一際明るい光を放ち始めた。衝撃に反応して発光する性質があるのだろうか。
 エリシャ・パルティエルが一歩ずつ歩みを進める度、足跡の形に点々と光が浮かび上がった。少し行ったところで振り返ってみれば、石の薄明りに照らされて、流れ着いた花々や小舟がぼんやりと浮かび上がってみえる。
 流れ着いたこの花たちは、みんなの想いの形。
 溢れ出たものも、綺麗に纏められたものも。それぞれが想いを形にして送り出した結果で。
 エリシャが送り出した小舟も、この中にあるだろうから。
 ――でも。
「ここにあの人はいるの?」
 便りは届かず、行方すら掴めない。
 生きているのか、死んでいるのか。それさえ分からないあの人のこと。
 見上げた星空に問いかけてみても、星々は静かにエリシャを見つめ返すのみで、もちろん答なんてないけれど。
「でも、今夜なら……もしかしたら」
 それでも、今夜は夢と現が曖昧になると云われている特別な一夜だ。
 不思議な夜になら奇跡が起こるかもしれないと、浜辺を後にして。
 エリシャは一人、懐かしい顔を求めて月白の港街を歩いて行く。
 小舟を拾い上げる人たちの顔をざっと見て回って。人で賑わう大通りの露店市を潜り抜けて。
 星空を抱く川とその川に架かる瀟洒な橋の上から周囲を見渡し、尻尾が2本に分かれかけているような黒猫を追いかけて裏路地を散策しても。
「……あの、」
 あの人かと思って声をかけようとしたところで、相手が振り返り――後ろ姿がよく似ただけの、別人だったこともあった。
 どれだけ歩いても、どこを探しても。あの人の姿は見えなくて。
 よく似た人は居るのに、一番会いたいあの人だけが居ない。
(「少し、休もう……」)
 さすがにエリシャも歩き疲れて、星空のよく見える広場に備え付けられたベンチに座り込んだ。
 途中で購入した飲み物を乾いた喉に流しこめば、少しだけ生き返ったような心地に慣れる。
 ぼんやりと星空を眺めることにも首が痛みを覚え始めて――そのままゆっくりと下したところ、エリシャの視界に自分によく似た女性の姿が入ってきた。
「あれは……母さん? あたしが幼い頃に病気で……」
 でも、またよく似ただけの別人かもしれない。期待と投げやりな感情がごちゃ混ぜになったまま、女性の行く先を目で追っていると、耳元に一際大きな輝きを放つ何かがあった。
 よく目を凝らしてみると、三日月のイヤリングが星明かりを受けてキラリと輝いている。
 あれは、父さんが贈った三日月のイヤリング。
(「そうよ。間違いないわ」)
 エリシャは声をかけずに、母が広場から去るその時まで、母の様子を少し離れたベンチからそっと見守り続けた。
 ひょっとしたら、父やエリシャの平穏を祈っていたのかもしれない。何かを願う様に空を見上げていたエリシャの母は、暫くの間広場に佇んでいたのち、そっと踵を返して街の中心部へと歩いて行った。
 エリシャに母さんの記憶はほとんどない。けれど、よく父さんが母さんのことを話してくれたから。
 父から聞いていた話と全く同じ雰囲気を纏っていた、母さんのこと。家族のことを考えるだけで、温かい気持ちになれた。
 会えるとは思っていなかった母さんに逢えたのだから、きっとあの人がこの街に居たのなら。とっくの昔に逢えていたはず。
 だから、と。自然と導き出される結末は一つだけ。
「……この街にあの人はいない。きっと生きているの。あたしはそう信じるわ」
 言い伝えを信じるのならば、ここは死者の街。あの人が生きているのなら、逢えなくて当然のことだった。
 だから、今は会えなくてもいい。無事で居てくれるのなら、今も、幸せでいるのなら。
「あなたが信じる道を生きているなら……それでいいの」
 もうあの人の帰りを待つだけのあたしじゃない。
 あの人を探して歩き出すことも、自由に出来るのだから。
 歩いて、歩いて。疲れたら少し休んで、また立ち上がって。そして――いつかあなたに辿り着く、その時を夢見て。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
思ったより普通に街だな
死者の街って感じには見えないけど…
…あぁ、本当にこんな場所に辿り着くんなら、いい事か
とりあえず散策するかね
ふらふらと街を見て回る
こういう場所のモンって食って良いものか…
まぁ、良いか。食べ歩けそうな串物でも買ってこう

――あれ
あの後ろ姿…団長に似てんな
…つーか、サーカスの連中に…
…会いたいやつはこっちに来てないと思って油断してたわ
あ?追わねーよ。まるで俺がアシュリーを置いてこっち来たみてーじゃん
あの人らに挨拶するのは、ちゃんとあいつの手を取って、二人で来た時だ
それより、あんたらの知り合いも探しゃいるんじゃねーの
何なら代わるけど
…冗談だよ
見つけても会う気がないのは、お互い様だろ



●カーテンコールはまだ早い
 数多の店や露店に並べられるのは、一風変わった品物ばかり。大通りを通れば、自慢の商品とやらを片手に何人も店員が寄ってくる。少し裏路地に入れば逢瀬を楽しむ初々しい恋人の姿が在って、屋根を歩く猫たちの姿だって視認できた。
 すれ違う人々の姿が少しばかり曖昧なことを除けば、一見すると何処にでもあるような街そのものだ。
「思ったより普通に街だな。死者の街って感じには見えないけど……」
 とりあえず散策か、とエンティ・シェアは港街のあちらこちらを見て回る。
 パッと目の引かれる大通りに、一般人なら行こうとは思わないであろう、入り組んだ路地の行き止まりまで。
「……あぁ、本当にこんな場所に辿り着くんなら、いい事か」
 果たしてそれは、幸か不幸か。普通の街と違いない。港街を隅々まで散策するほど、抱く印象はその一つに絞られていく。
 まぁ、生前とさほど変わらない生活が送れるのなら、いい事か。そんなことを考えながら、俺は食べ歩けそうな串物を露店で購入する。
「そういや、こういう場所のモンって食って良いものか……。まぁ、良いか」
 世界や時代、地域を問わず、死者の国で何かを食べると二度と戻ってこられないという類の話は広く言い伝えられている。
 それほど有名な話なのだ。しかし、「戻ってこられない」のなら、話すら広まらないはずである。話を広める当人が、帰って来られないのだから。
 さほど気に留めるものでもないだろうし、万一その類が真実だとしても、何とかなるだろう。
 大きなクラーケンの足焼きに齧りつきながら散策を再開すれば、早くも思ってもいなかった知人の姿と出会うことになった。
「――あれ。あの後ろ姿……団長に似てんな」
 見慣れた背丈に、覚えのある後ろ姿。始めは記憶との共通点からの、もしかしたら、という既視感だった。俺の中に芽生えた微かなもしかしてという思いも、後ろ姿が近くになるにつれて、確信に近い物へと変わっていく。
「……つーか、サーカスの連中に……」
 見覚えのある姿は団長だけではない。よくよく大通りを観察してみれば、思い思いに大通りに散らばるサーカスの連中の姿があった。
「……会いたいやつはこっちに来てないと思って油断してたわ」
 来るはずもないだろうと呑気に街を散策していたところ、突如として現れた知人の姿。
 これではロクにこの先の大通りを歩けたものではない。ちょっと覗き込んだ先の店先でバッタリと、なんて。何が何でも避けたい最悪の再会だ。
「あ? 追わねーよ。まるで俺がアシュリーを置いてこっち来たみてーじゃん」
 サーカスの連中を確認した瞬間からさほど間を置かず、飛んできたのは内からの問い。
 俺がアシュリーを置いてこっちに来たと誤解されたら、その先はどうなるのか。考えたくもなければ、想像もしたくなかった。
 無愛想に返事をしながら、くるりと踵を返して元来た道を歩き出す。今はまだ、その時ではない。
「あの人らに挨拶するのは、ちゃんとあいつの手を取って、二人で来た時だ」
 今は空いているこの手に、あいつの手が重なってから。あの人らとの再会は、二人一緒でないと叶わない。挨拶するのは、それからでも遅くないだろう。
「それより、あんたらの知り合いも探しゃいるんじゃねーの。何なら代わるけど」
 食べ終わった軽く串を振りながら、俺の用事は終わったが、僕や私はどうなのかと問いかけて見れば、返事はすぐに帰ってくる。
 俺もあんたらも、探す気もなければ、会う気も無い。それは分かりきったことなのだから。
「……冗談だよ。見つけても会う気がないのは、お互い様だろ」
 お互い様で、それだけの話。軽く手を振って話題を流し、俺は再び街の散策に戻っていく。
 後ろにはあの人らが変わらずに大通りをブラついていて、今からでもその姿を見ることが出来たのだろうが――俺は一度として振り返らなかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【花守】
(懐かしい声が、聞こえた気がした
でも今は、これで良い

追うでも無く、見守るでも無く――人気無き高台から、静かに花と星を眺めた儘、唯気楽に過ごす

いつかこの背を押してくれた、恩人の言葉
遠くに聞こえた様な其に、大丈夫と応える代わり、一瞬だけ目を細め)

…なぁ、行かなくて良かったの?
なんて野暮か

しかし改めてこう見ると――折角の浪漫溢れる夜に、オレ達は侘しい野郎二人でぽつんと、何してるんだろーネ
(冗談めかして遠い目をしてみれば――丁度自分が流した花筏を、誰かが拾った、様に見えた)
いや――そーだな
この選択に、後悔はないさ

(今は花を手向けに届けるのみなれど――いつか全てを果たした時には、きっと顔向けを)


百鬼・景近
【花守】
(恋しい姿が見えた気がした
愛しい声に呼ばれた気がした
だけど振り向かない――振り向けない

今は出来ない
例え一夜の奇跡が夢現の逢瀬を許すのだとしても――
此迄に幾度も夢幻の中で邂逅こそすれど――
今はまだ、俺が俺自身を赦せはしないから
またこの手で、君の平穏を奪ってはいけないから

高台で天地を眺めて、一つ息をはき、それからふと隣の男を見て)

――伊織こそ
と、此処はまぁ、お互い様だね

…何急に現実に返ってるのさ
それでも、悔いてはいないんだろう?
(和ませようとしているんだろうと察して、小さく笑い返しながら再び浜を眺めれば、嗚呼――)

(今は花筏を届けるのみ――だけど、何れは必ず、俺も君の元へ行けるように――)



●刻が満つるまで
 ――それの正体は、何だったのか。
 彼の人の呼び止める声か、風の慟哭か。遠く聞こえる潮騒か。それとも雰囲気に呑まれた故の、幻聴か。何であろうと構わない。今はまだ、
 街の中心部から去り行く呉羽・伊織を呼び止める、懐かしい声。
 久しく聞いていないはずの声が、聞こえた気がした。
(「――でも今は、これで良い」)
 追うでも無く、見守るでも無く――ただ、その場から離れるのみ。振り返る素振りすら、見せぬまま。
 そうして足を運んでいたところ、ふと見つけたのは街外れの高台だった。人気無き高台から望むのは、地上の花々と天上の星々の共演だ。
 静寂に支配された舞台を眺める観客は、伊織を除けば行動を共にしていた男のみ。静かに花と星を眺めた儘、唯気楽に過ごすだけ。
 伊織の脳内に静かに木霊するのは、いつかこの背を押してくれた、恩人の言葉。
 遠くに聞こえて過ぎ去った様な、或いは未だに響いているような。恩人に大丈夫と応える代わりに、視線は舞台を見つめたまま、伊織は一瞬だけ目を細めた。
「……なぁ、行かなくて良かったの? なんて野暮か」
「――伊織こそ」
 伊織が短くそう問えば、隣に佇む百鬼・景近から同じく短い返事が返ってくる。
 問いながらも、お互い共に此処に居る。明白な答えを示さずとも、自ずとそれが己の解へと成っているのだから。
 平静を装って伊織に問い返せど、景近とて何の葛藤も無く己を呼ぶ声を振り解けた訳ではない。
(「今はまだ、俺が俺自身を赦せはしないから。またこの手で、君の平穏を奪ってはいけないから」)
 だから、今はまだその時ではない。振り返るべきではない。
 確かに街中で、此方を見ている恋しい姿が見えた気がした。気付いて欲しいと、愛しい声に呼ばれた気がした。
 だけど振り向かない――振り向けない。
 後ろを向く。ただそれだけのこと。だがそれは、恋しい姿が絡まぬ時の話だ。
 今は出来ない。俺が再び、君の平穏を奪わぬ為にも。
 今はまだ。恐らくそれが、双方にとっての幸いなのだから。
(「例え一夜の奇跡が夢現の逢瀬を許すのだとしても。此迄に幾度も夢幻の中で邂逅こそすれど――」)
 俺が俺自身を赦せた時に、再び相まみえられるのなら。
 高台で天地を眺めながら一つ息をはき――それからふと景近は隣の伊織に目を向ける。
「と、此処はまぁ、お互い様だね」
 恐らく、此処はお互い様なのだろう。共に呼ぶ者が居ながらも、振り返らずに来たのだから。
 高台から見下ろす港街には、数多もの人々が行き交う姿を眺めることができる。各々の感情交じりに一夜限りの逢瀬に浸る同業者の姿に、花筏を拾い上げ、送り主を思う港街の住民の姿。
 形は違えど、それぞれが思い思いにこの一夜を過ごしている。
「しかし改めてこう見ると――折角の浪漫溢れる夜に、オレ達は侘しい野郎二人でぽつんと、何してるんだろーネ」
 星が降り、花が溢れ、露店が軒を連ねる。川に落ちた星を左右に押しのけながら進んでいくのは街と同じ月白のゴンドラで――それなのに、何故侘しい野郎で人気の無い高台に佇んでいるのだろうか。
 これが生き別れた親友やら兄弟やらなら多少ドラマチックな悲劇にもなるのだろうが、そんなはずもなく。
 とはいえ、この言葉も本意ではなかった。この場を和ませようとして吐かれた、優しい嘘。
 現に伊織は、冗談めかしてそうは言ったものの、その視線は遠くを見ており――その瞳が微かにだけ、見開かれたようにも見えた。
 丁度伊織が流した花筏を、花冠を、誰かが拾った、様に見えた。それが誰か、尋ねるまでも無い。
 花冠を手に、思い起こされる人物は一人だけなのだから。
「……何急に現実に返ってるのさ。それでも、悔いてはいないんだろう?」
 伊織の言葉と共に急に押し寄せた現実に、温度差で風邪でも引くのではないか。こんな寒空の下だ、悪化して暫く寝込むのは勘弁だ。
 和ませようとしているんだろうと察して、景近も小さく笑い返しながら、再び浜へと視線を向ければ――。
 見紛うはずはない。己が流した己の象徴でもある曼珠沙華と想い出の花々。数多漂う花筏の中から、迷いなく近づいていき、よく楽しんだ想い出のそれを、愛おしそうに手に取るのは――。
(「今は花筏を届けるのみ――だけど、何れは必ず、俺も君の元へ行けるように――」)
 今は花筏を届けるのみ。それでも、いつかは必ず。花筏を辿って、君の元へと行くその日まで。
 花筏はいつか来たる再会の為の、導と成るだろう。
 だから今は遠く見守るだけだ。
「いや――そーだな。この選択に、後悔はないさ」
 伊織もまた、隣の男と同じ想いを抱き、浜を後にする人影を眺めている。
 花筏を送るのみ。それでもその選択に、悔いはなく。
(「今は花を手向けに届けるのみなれど――いつか全てを果たした時には、きっと顔向けを」)
 花筏だけではない。全てを果たした時には、面と向かっての顔向けを。
 区切りがついた時に顔を見せ――その時、どのような表情を見せるのだろうか。
 今はまだ、想像するしか出来ぬけれども。願わくは、直接の再会が近いことを祈って。
 直接伝えられぬからこそ。各々が花筏に託した想いや気持ちを、きっと受け取っているだろうから。
 高台から見守る港街の夜は、静かにひっそりと過ぎていく。

●月白の港町
「おーい! オマエら、こんなところに居たのか。蝙蝠のヤロー、そんなに大群だったのか?」
 ふと、自分たちに向けられる大声で気が付いた。
 余裕を持って港街を後にした者も、日の出まで留まっていた者も――何時の間にやら、大海へと向かって歩き出したあの浜辺に戻ってきているようだった。
 浜から響く大声の発生源を辿ると、いつぞやの――殆どサボっていたに等しいが、一応は案内役係であった青年の姿が飛び込んでくる。
「いつまで経っても戻ってこねぇと思ったら、朝までラッシュのちょー大量発生かよ。お疲れサン! 報酬弾んどくよーに、自警団のクソだんちょーに言っとくからな!」
 青年と言えば、猟兵たちの話に少しも耳を貸さず、転移時と変わらずに勝手に自己完結して話を進める一方だ。
「そーだ、町でちょっとした祭りがあるんだ。ひ弱なまほー使いの連中がメッチャ感謝してたから、良かったら寄ってけよ! アイツが愛した町だし、トクベツに案内してやらぁ」
 いつの間に戻ってきたのだろう。
 意識は未だにあの月白の港街の中に在るようで。夢現の境界がはっきりしないままに、それでも朝から煩く手招きする青年の方へと、猟兵たちは波打ち際から浜へと足を踏み出していく。
 ふと誰かの背中を押す声が聞こえた気がして――でも、後ろを振り返っても、後には何も残っていない。
 静かな朝凪の浜辺が広がり、猟兵たちが波打ち際から浜へと歩いた足跡が残るだけ。
 大きなあの月白の港街も、何故か湧いて出てきた蝙蝠の大群も、昨夜、小舟から零れ落ちた花の一片すらも、終ぞ見つけることはできなかった。
 蝙蝠たちが集めていた大量の魔力。月白の港街はそれが見せた幻だったのかもしれないが――手にした魔法石やあの港街で手に入れた品々は、変わらず手元に存在していた。
 真実はきっと夜明けの向こう側だ。日の出と共に沈んでしまって、今や振り返ることすらできやしない。
 きっと、それで良い。猟兵たちは海の果てを背に――前を向いて、進んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年01月28日


挿絵イラスト