●
――ゥオオォ――……ン。
遠吠え。縄張りを主張し、家族を呼ぶ声。だが、その声に応える者は居ない。
んぎゃあ、ぎゃあ。
赤子が泣く。庇護を求め、母を呼ぶ。だが、雌狼は自分達の母ではなかったようだ。狼は自分達に見向きもしない。ならば、誰が。誰が自分達を愛してくれるのか。
オオオ……ン。
寂寞たる森は濃霧に満ち、空は変わらず厚い雲に覆われている。狼の声は哀哭に似ていて、もしここに生きた者が居れば、寂寥感に苛まれている事だろう。
私の赤ちゃん。今、何処に居るの?
お母さんはここに居るよ。
ずっと、ずっとあなたを待っているよ。
私の愛しい子――……
●
『狂えるオブリビオン』なのだと、二本木・アロは言った。
「霧で覆われた森ん中にいる、狼の女神サマ。異端の神々ってヤツの一柱だな。それがどーゆーわけか、雌狼のオブリビオンに憑依して肉体を得てるらしい」
オブリビオンが縄張りを侵しでもしたのだろうか。経緯はわからないが、ヴァンパイア達ですら辺境の支配を断念するくらいだ。獣のオブリビオン一体の肉体を収奪するくらいわけないだろう。
「当然こんなトコに人は住んでねーし、森の近くに街の跡はあるけどとっくに放棄されてる。放置しといても今の所は問題ねえ……が、『ヴァンパイアの領土ではない土地』。そこに価値がある」
濃霧に覆われた森は人が暮らすには不向きだが、考えようによっては隠れ住むのに適している。この森を狂えるオブリビオンから解放すれば、ヴァンパイアの支配下に無い居住地が作れるかもしれない。
「で、森の奥にいるヤツを倒してきて欲しーんだけど、問題が視界を遮る霧の他にもう一つ。『声が聞こえる』んだ」
狂えるオブリビオンの声が聞こえる。たかが狼の鳴き声の何が問題なのかと疑問を呈した猟兵に、アロは首を横に振った。
「確かに鳴き声だ。でも人語じゃねーのに、あたしらヒトが言葉として理解出来る声が聞こえてくるカンジで。そうだ、確か」
私の赤ちゃん、と。そう聞こえたのだとアロは言う。
「異端の神々が子供を産むとは思えねーが……、ま、正気じゃねー神サマの言葉だしな」
その狂気を孕んだ声を聞き続けた者は、家族に焦がれ、孤独に苛まれる。寂寥感から狂気に陥れば、その後の戦闘に少なからず悪影響を及ぼすだろう。
「ちなみに、狼の前に狂えるオブリビオンの狂気に惹かれた連中と戦うコトになる。こいつらは……見た目に思う所があっても躊躇うなよ。躊躇ったら群がられて身動きが取れなくなる」
個体で見れば猟兵の足元にも及ばぬ脆弱な敵だが、数が多い。油断はしないでくれとアロは念を押した。
「そいつらを倒したら、最後に狂えるオブリビオンだ。こっちの言葉を理解するだけの知能はあるらしいから、言葉で揺さぶりをかけるくらいのコトは出来そーだな。対話が可能かは微妙だけど。じゃあ気を付けてな」
よろしく頼むと深々と頭を下げたアロは、「そういえば」と何かを思い出したように顔を上げる。
「森の近くにあった街の跡がそうかはわかんねーけど。昔、あの辺りを治めてた人間の領主は元捨て子で、森で狼に育てられたって伝承があるらしーぜ。狼に育てられたっつー話、他の世界でも聞くけど定番なのか? 嘘くせーけど、今となっちゃあ確かめようもねーな」
何せ人が治めていたのは百年以上昔の事だ。アロは小さく笑い、猟兵達を見送った。
宮下さつき
ダークセイヴァーのシナリオを出していない事に気付きました。宮下です。
狂えるオブリビオン討伐です。
●世界
ダークセイヴァーです。ヴァンパイアの支配下にない辺境の森です。
●第一章
『常に狂えるオブリビオンの声が聞こえる』という追加ルールが発生しています。
孤独感が増幅されて狂気に陥りますが、何らかの対処が出来ればプレイングボーナスを差し上げます。
森は霧に包まれていますが、オブリビオンの能力等ではなくただの自然現象です。
それではよろしくお願い致します。
第1章 冒険
『五里霧中』
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POW : 大胆に行動する
SPD : 慎重に行動する
WIZ : 冷静に行動する
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
リグ・アシュリーズ
霧にまかれるのも構わず、先を急ぐわ。
私だって生まれた世界に、人の生きられる土地を取り戻したい。
それに――どうしてかしら。ひどく胸騒ぎがするの。
一人足早に駆けるけれど、遠吠えが聞こえて足を止める。
違う。そんなはずないわ。
聞こえる声に心乱されそうになり、張り詰めた声で叫ぶ。
だって、あなたは私がトドメを刺したもの……!
無意識に叫んだ言葉にはっと我に返り、
予感と知識が頭の中で結びつく。
そう、よね。何度だって蘇る。
あなたたちってそういうものよね。
周囲の景色ごと決意に塗り固めるように、錆鉄の雨を降らせるわ。
あなたを堕とした赤い月が、今は私にこんなにも呪われた力をくれる。
ケリをつけましょう。家族、だものね。
一面の白。視程は数メートルも無く、唐突に現れる木々を持前の反射神経で躱しながら駆ける。ややもすれば障害物に足を取られるであろう環境で、リグ・アシュリーズは更に足を速めた。
不意に鋭い小枝の先が腕を掠め、リグは焦燥を自覚する。
(「私だって生まれた世界に、人の生きられる土地を取り戻したい」)
人ならざる者が支配して久しい故郷は、叛意が芽吹き始めた。後押ししたいと思うのは当然の事だろう。
「でも――どうしてかしら」
嫌に気が急いている理由は。これは予感だ。この先に居るのは。
オオオォオン!
考え事をするリグを現実に引き戻す、呼び声。透き通った遠吠えが鼓膜を突くのと同時、リグは心臓を鷲掴みにされたような錯覚を覚えた。「違う」と反射的に否定の言葉を発するが、気のせいだと済ませるには余りにも記憶と合致していて。
「だって、あなたは私が」
何かに突き動かされるように働いていた両の脚が、縫い留められるように動きを止めた。さりとて引き返すなどという選択肢が存在するはずもなく、弾かれるように上げた顔にいつもの快活な笑みは無い。
「私がトドメを刺したもの……!」
彼女が張り上げた声は悲鳴にも似ていた。ァオオー……ン。呼応するように吠えた狼は、変わらず我が子を呼んでいる。
私の赤ちゃん。
あなたの帰りを待っているよ。
「そう、よね。何度だって蘇る。あなたたちってそういうものよね」
そういうものだと理解も納得もしている。ただ、少しばかり気持ちが追い付いていなかっただけだ。ぐ、と拳を固めた彼女の周囲に、雨が降る。彼女の頭上には――赤い月が上った。
(「あなたを堕とした赤い月が、今は私にこんなにも呪われた力をくれる」)
錆鉄の雨に濡つ木々の合間で、リグは前を見据えた。
「ケリをつけましょう。家族、だものね」
成功
🔵🔵🔴
シキ・ジルモント
視界が悪い分慎重に音や匂いも頼りに先を確かめ進む
子を求める声…この声は、異端の神と狼のオブリビオン、どちらのものなのだろうな
孤独感や寂寥感はよく覚えのある感覚だ
それをよく感じていた昔、どうやってやり過ごしていたのだったか記憶を辿る
家族にも等しい人、子供だった俺を拾って戦い方を教えてくれた、ハンドガン・シロガネの前の持ち主と死に別れた後
…確か、彼に代わって今度は俺が戦うんだと、自分を奮い立たせていたのだったか
為すべきことを意識し、弱い気持ちを振り払っていた
孤独感に支配されないよう、昔のように使命感に置き換えてみる
声の主を骸の海に還す、あの人のように戦い仕事を成し遂げる
足を止める暇など無い筈だろう
腐りかけた落ち葉と、生乾きの枯れ枝の匂い。闇に覆われた世界で生物の存在を感じさせてくれるそれらは、不快ではない。一定のリズムを刻む足音と狼の声を除けばほぼ無音で、不意に襲撃を受けるような事はなさそうだ。
視覚が当てにならずとも、狼特有の鋭い嗅覚と優れた聴覚が周囲の状況を伝えてくれる。耳をそばだてていたシキ・ジルモントはすんと鼻を鳴らし、眉根を寄せた。
ォオオー……ゥ。
「子を求める声――この声は、異端の神と狼のオブリビオン……どちらのものなのだろうな」
そう呟いてから、シキはいつになく感傷的な自身に気付く。孤独。寂寥。よく心に穴が空いたようなという表現を耳にするが、どちらかと言えばひびに近いかもしれない。満たしてもいつしかじわじわと漏れ出し、ふとした弾みに喪失感を自覚する。
(「果たしてどうやってやり過ごしていたのだったか――」)
無意識のうちにジャケットの上からホルスターに納められた銃に触れ、シキは微かに口元を緩ませた。前の所有者は直接的な血の繋がりは無かったが、戦い方を教えてくれた師であり、家族であった。
「……確か」
言いようのない虚脱感を最初に覚えたのは、彼と死に別れた後だ。
(「確か……彼に代わって今度は俺が戦うのだと、自分を奮い立たせていたのだったか」)
弱い気持ちを、使命感に置き換えて。孤独を忘れずとも良い。無理に受け止めずとも良い。支配さえされなければ。『あの人』の姿を思い出し、顎を上げる。
私の赤ちゃん。
ずっと待っているの。帰っておいで。
いつから待っているのか。恐らくこの狂気を齎す彼女は、孤独に支配された母親の成れの果てだ。声の主が異端の女神であろうと過去の獣であろうと、シキの為すべき事は決まっていた。
「もう待たなくていい。骸の海に、還してやる」
大成功
🔵🔵🔵
朧・紅
《紅》人格で
アドリブ歓迎
あかちゃん
迷った子をお探しなのかなぁ?
それとも
迷っているのはこの声の主の方?
かぞく…
おかーさんってこんな感じなのでしょうか
堕ちてもなおおかーさん
あいじょう
僕にはもうよくわかりませんが。
大切なのはね、わかるのですよっ
みつかると…見つけて貰えると良きですね
ねぇ朧?
カタワレ無反応
当然ですが興味0
一人で二人の僕らに効き目は薄いよう
けれど足は少し重くて…
無意識に鞄に手を触れた
ブックカバーノートやスマホ、ハーモニカ
部屋にはマグカップに物語も
初めての贈り物たち
お友達が出来たのです
僕ってば、今はもう独りじゃないのですよっ
マフィン頬張れば
歩いた道に花が咲く
気付けば僕の心はぽかぽかです
赤ちゃん。あなたは何処に居るの?
「あかちゃん」
確かめるように、だが然したる意味も無く、復唱した少女の声は霧に溶けた。
迷った子をお探しなのかなぁ? それとも――、遠吠えが朧・紅の疑問に答える事は無く、茫漠たる闇に消えていく。
「かぞく。おかーさんってこんな感じなのでしょうか」
堕ちてもなお、『おかーさん』。狂っても変わらぬ愛。或いは、愛するが故の狂気。
「あいじょう」
反芻するように呟き、こてんと首を傾げた。よくわからない。わからない、が。子を求む声がひと際高く響き、紅は微笑んだ。
「大切なのはね、わかるのですよっ」
寂しい。それは誰かを求める気持ちだ。負の感情と括るのは、何か違う。そう思うとこの遠吠えも不快ではなく、母狼が報われる事を願う気持ちすら沸いてくる。
「みつかると……見つけて貰えると良きですね。ねぇ、朧?」
朧が答える事は無く、紅もそんな片割れの態度を気にする事は無く。散歩でもするように、湿った土の上を行く。
「……?」
紅は妙に肌寒い気がして、細い肩をふるりと震わせた。気温は変わらず、長らく歩いた事で体は温まっている。ならば、何故。
ァオオー……ゥ。
物悲しい声が、胸にじくりと響く。これは家族への思慕なのだろうか。いくら思い返せど紅の記憶に母の姿は無くて、糸を手繰るように鞄を自分の身体へと引き寄せた。それ自体は何の変哲も無い鞄だが、触れると不思議と温かいような気がした。
ブックカバー。スマホ。ハーモニカ。戦場に持ち出せないものは部屋に。それぞれ少女の髪色と同じ紅赤であったり、黒猫をあしらっていたり、贈り主達が彼女を想って選んだ事が伺える。
――お友達が出来たのです。おもむろに鞄から取り出したマフィンを口に運べば、口の中でほろりと崩れ、ホワイトチョコレートの甘さが広がった。
「ふふ」
美味しい。紅が顔を綻ばせると、彼女の足元で花が綻んだ。早回しの映像のように緑が芽吹き、森の中に花の小道が出来てゆく。
「僕ってば、今はもう独りじゃないのですよっ」
成功
🔵🔵🔴
大豪傑・麗刃
声が聞こえるなら、聞き耳をたて、声がする方角が分かれば、そちらに向かえば良し。わからなくて直接脳内に響いてくるとかだったら……流れで。
ここで狂気への対策。
毒をもって毒を制すという。ならば狂気を制するのは別の狂気か。
変態のレッテルを張られているわたしだが恥という概念は知っている。そっち方面の変態とはジャンルが違うからだ。だがここは狂気に踏み込むべく、そっち方面にあえて足を踏み入れよう。
相手がお母さんと名乗っているので、それは認めよう。その上でこちらの要求を大声で叫ぶ。
ママ!!
麗ちゃんママのおっぱ(R15)
赤ちゃんプレイ。まさに狂気。
狂気で狂気を抑え込み、あとは流れで。
なおリアルでは母上と呼ぶ。
風は無く、霧が動く様子は無い。ダークセイヴァーの闇よりもなお濃い濡れ羽色が、静かに垂れている。
「声は……あちらだな」
髪と同じ色で縁どられた瞼が開き、男の鋭い眼光が声の主が居るであろう方角を捉えた。
私の赤ちゃん。人の世になど、返さなければ良かった。
帰ってきて。お母さんはここに居るよ。
何処までも響き渡るような澄んだ声が、聞いた者の心をざわつかせ、搔き乱す。満たされていたはずの心を毟り取るように、身体の中を這い回る。
「『お母さん』と名乗っている以上、それは認めよう」
相手が狂っていようがオブリビオンであろうが、彼女の愛を否定する程鈍感ではない。かといって受け入れるがままにすれば、その先にあるのは狂気だ。
――それがどうした。にやりと口元が歪み、鮫のような歯列が覗いた。
「毒をもって毒を制すという。ならば狂気を制するのは別の狂気か」
悪手である事は否めない。それでもその不利すらも活かしてみせるだろう、この男は。
「……変態のレッテルを張られているわたしだが、恥という概念は知っている。だが、ここはあえて『そちら側』の狂気に踏み込もう」
突如、変態というワードの登場で雲行きが怪しくなってきた。だが、無理も無い。何故ならば彼は。
「ママ!! 麗ちゃんママのおっぱ――」
以下自主規制。彼は、大豪傑・麗刃。奇人と名高い大豪傑家次期当主の行いを、シリアスに綴る事など到底出来やしなかった。
「赤ちゃんプレイ。まさに狂気!」
オ゛オ゛オ゛ンッ!!
「ええ? なんか怒気孕んでない? 麗ちゃんドキドキしちゃう……あ、わかったのだ。母上!」
リアルの呼び方に準えてみたが、恐らくそういう事ではない。陰鬱な静けさは何処へやら、要求を叫び散らす麗刃と狼の遠吠えで、森は俄に狂乱へと陥った。家族の、周囲の愛と期待の詰まった『麗刃』の名を携えて、彼は森を駆け抜ける。
「ママ上ー! 今向かうのだーッ!」
成功
🔵🔵🔴
クラウン・メリー
【繋】
霧がどんどん周りを覆っていく
まるで心を閉ざすかのように
エルル、大丈夫?前見える?
足元に注意しなきゃだね
時折聴こえてくるのは酷く悲しくて苦しい声
誰かを求めてる声?わからないけれどなんだか寂しい
例え寂しさに埋め尽くされても
一人孤独になったとしても
大好きな友達の笑顔が
俺に向けてくれたみんなの笑顔がここにあるから
エルルに笑いかけて
だから俺は前に進めるんだ
でも、今その大切な友が助けを求めてる気がして
君が悲しんでいる気がして
俺は手を貸したいと力になりたいと思う
間違った行動をしてたら違うよって止めたいな
ね、俺達なら前に進めるよね!
ふふ、お歌とっても上手!
また聴こえてきた声に答える
大丈夫、一人じゃないよ
エール・ホーン
【繋】
大丈夫だよ
真っ白でも、ボクらには見えるもの
ね。そう君の左胸に触れて
この想いはちゃんと繋がってるはず!
笑い合えば前を向く
進もう、大好きなあの子が歩んだ道を
声は未だ響いてる
ひどく懐かしい感覚を覚えたけれど
ボクには良く分からなかった
きらきらと光る波が打ち消していく
いつもの感覚、いつものボク
心が歌い出す
今すぐあの子を抱きしめたいって!
クラウの言葉に頷き天を仰げば
赤く光る月をさして
うん、ぜったいぜったい大丈夫!
――るるら、ららら
ふふ、寂しいことを考えちゃう時は
こうして歌うんだよ
クラウの手をとり歌うように進んでいこう
ちょっとくらい躓いてもいいのだ
だって顔を見た時に
笑って「来たよ」って言いたいんだから
果たして霧とは斯様に重いものであったか。せめて風でも吹いてくれれば少しは違ったであろうが、四方を木に囲まれているというのに葉擦れ一つ聞こえず、遠吠えだけが白い壁を通り抜けてくる。
――まるで、心を閉ざすかのようだ。積もりに積もった澱のようなそれを見やり、クラウン・メリーは口角を上げたまま、ほんの少しだけ眉尻を下げた。
「エルル、大丈夫? 前見える?」
ああ、そこに木の根が。微笑みは絶やさないが、その声色には心配が伺える。彼の気遣いが嬉しくて、エール・ホーンは口元が緩むのを感じた。
「大丈夫だよ。真っ白でも、ボクらには見えるもの」
「見える?」
きょとんとした彼の左胸に、エールはそっと手を添える。慰撫するように触れた指先に、とくりと温かな鼓動が一つ。
「ね」
エールが言わんとしている事を理解して、クラウンは破顔した。
「でも、足元には注意しなきゃだね」
ほら、そこにぬかるみが。ミルク色の毛並みが汚れなかった事に胸を撫で下ろし、小さく笑い合う。さあ行こうと歩み出したその時、絞り出すような遠吠えが二人の耳朶を打った。
ァオオオー……ン。
私の赤ちゃん。あなたにもう一度会いたいの。
お母さんは、ここに居るよ。だから、どうか。
空気を震わせる狂気は祈りに似ていて、だが一体『神』が何に祈るというのだろうか。
(「なんだか、寂しい」)
(「ひどく、懐かしいような――」)
ある種のノスタルジアとでも呼ぶべきか。泡沫のように、たくさんの人達の顔が浮かんでは、消え。
どちらからともなく、大切な者へと手を伸ばす。繋がりを探るように。繋がりに縋るように。そっと伸ばされた指先が触れ合い、二人は弾かれるように顔を見合わせた。その様子がおかしくて、クラウンとエールはひとしきり笑い合った。
「――進もう。大好きなあの子が歩んだ道を」
「うん」
ふと、大切な友人の顔が浮かんだ。いつも真夏の花のように明るく笑う、大切な。
(「きっと、大丈夫。大好きな友達の笑顔が。俺に向けてくれたみんなの笑顔が、ここにあるから」)
(「きらきらと光る、波のよう。いつもの感覚、いつものボク」)
――だから、俺は前に進めるんだ。
――心が歌い出す。今すぐあの子を抱きしめたい……って!
荒れ狂う感情の波はスコールのように過ぎ去り、今の二人には友への想いに勝るものは無い。――その友人が今、助けを求めているような気がして。あの笑顔が、悲壮な表情になっているような気がして。
「俺は手を貸したいと……力になりたいと思う。間違った行動をしてたら、違うよって止めたいな」
クラウンの言葉を自分の事のように喜び、エールはこくりと頷いた。彼女が躑躅色の瞳を細めて指差した天には、霧に遮られても鮮やかに輝く赤い月が浮かんでいた。
「うん、ぜったいぜったい大丈夫!」
「ね、俺達なら前に進めるよね!」
あの月の下に、友が居る。絶対的な自信と共に、二人は歩み出した。遠吠えに晒されながら、それでも足取りは幾分か軽い。
「るるら、ららら」
「ふふ、お歌とっても上手!」
場違いな程に明るく笑い、ぱちぱちと手を叩くクラウンに、エールはふふんと胸を張った。
「ふふ。寂しいことを考えちゃう時は、こうして歌うんだよ」
クラウもさあ、お手をどうぞ。悪戯な笑みを浮かべて彼の手を取れば、エールはリズミカルに足を踏み鳴らす。惜しむらくは湿り気のある土が蹄の音を吸収し、小気味よい音を打ち鳴らせない事だろうか。
(「ちょっとくらい躓いてもいいのだ。だって」)
――笑って「来たよ」って言いたいんだから。エールは再び口を開く。
「ららら」
異端の女神の哀哭に、少女の柔らかな歌声が重なった。奇妙に調和したそれに耳を傾けながら、クラウンは赤い月を見上げた。
「大丈夫、一人じゃないよ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
館野・敬輔
アドリブ歓迎
指定UCは演出
…この声は、一体何を求めている?
霧で見通しが悪いのは厄介
「視力、暗視、地形の利用」で慎重に移動
だが狂気の声に孤独感が増幅され、足が止まる
思い出すのは、家族と里の民を全て失い孤独になったあの日
里を滅ぼした吸血鬼は全て討った
死した民は丁重に葬り、吸血鬼化した民は解放した
吸血鬼と化した俺の家族も…そのうち見つかるはず
だが、全て討っても誰一人戻らない
俺は復讐者のまま孤独に朽ちていくのか?
指定UCが勝手に発動
黒剣に宿る魂たちが白靄となって現れ
孤独じゃないと訴えてくる(鼓舞、優しさ)
その声を聞いて孤独感を振り払う
この魂たちは…俺と復讐の意を同じくする者
独りじゃないと改めて実感
――異常なし。古木の根元に屈んだまま、進行方向に顔を向け、目を凝らす。木の状態を確認し、地質の状態を見定め、地形を把握する。
館野・敬輔はそれなりに重量のある板金鎧を身に着けていながら一切の音を立てず、進むべき方角を見失わぬよう遠吠えにすら耳を傾けた。この視界不良にも順応しつつあったが、その歩みは慎重を期した。
ァオオー……ゥ。懇願するように。啼泣するように。時折、後悔を滲ませて。獣の鳴き声というものは存外感情表現が豊かなのだなと漠然と思い、無意識のうちに呟いた。
「……この声は、一体何を求めている?」
私の赤ちゃん。会いたいよ。寂しいの。
お母さんは、どうしたらあなたに会えるの?
「……っ」
――俺は、何故足を止めている。敬輔が自覚した時にはじくじくと古傷が痛み、未だ忘れえぬ喪失ばかりが思考を苛んだ。
(「里を滅ぼした吸血鬼は全て討った」)
だというのに、まだ終わらない。吸血鬼と化した家族を探した所で、あの愛しき日々は戻らない。今となっては復讐に生かされているようで、その事実がただただ空虚だった。
(「全て討っても、誰一人戻らない」)
いっそこの遠吠えに身を委ねて、狂ってしまえれば良いものを。それとも復讐に身を焦がす自分は、既に。
「俺は……復讐者のまま孤独に朽ちていくのか?」
見て見ぬふりをしてきた疑問が、口を衝いた。当然答える者など誰も居ない――はずであった。
「え……?」
数多の血を啜ってきた黒い剣から、光が溢れた。ふわり。光の一つが敬輔の鼻先を掠め、それが妙にこそばゆい。蛍のように儚く、陽だまりのように温かいそれらは――『彼ら』は、狂気から守るように敬輔を包み込んだ。
「……そうか」
この白露は、黒剣に宿る魂。そして、復讐の意を同じくする者。いつの間にか身体は自由を取り戻しており、敬輔は再び前を向いた。
「俺は、独りじゃなかったな」
成功
🔵🔵🔴
西塔・晴汰
【晴ル】
足元も危うい深い霧に、惑わしの声
視覚も聴覚もあてにできないっすね
なら嗅覚勝負っす!
これでも人狼の子っすからね、鼻もいい方っすよ!
普通の獣の匂いと違う、やばそうな匂いを追っかけりゃ近づけると思うっす
生憎とオレは父さんのほうが狼なんっすよね、母さんは狼じゃないんっすよ
どっちも尊敬する最高の両親、いるんだから大丈夫…のはずだけど
じわじわ侵食してくるような寂寥感が気持ち悪いっす
…そだ、ルーナは大丈夫っすかね?
ルーナ、しっかりするっす――オレの手ェ取るっすよ
目も耳も使えない中でも、この手で支える事が出来るはず
それにオレも、何より確かなこの手の繋がりがあるんだから
こんな声に惑わされたりしないっす!
ルーナ・オーウェン
【晴ル】
晴汰は狼さんだもんね
鼻、きっと頼りになるからお願い
私も探索は得意
戦闘用のフラスコチャイルドだったんだから
お化けになっても、平気
霧の先の気配へと、声の聞こえる方へと
気配も分かる、音も聞こえる
それなら出どころを探るのは簡単
母を名乗る声がする
培養槽で産まれた私に母はいない
研究所はもうない
研究員も、戦闘員もいない
生き残りは妹分が一人だけ
……家族
お母さんがいたら、その胸に飛び込めたら
きゅっと手を握る感触
その先には友人、はっきりと香るオレンジ
大丈夫
ひんやりした私の手をあっためてくれる、その手の感触があるから大丈夫
私は私、お化けのルーナ
声になんて惑わされないから
ありがとうね、晴汰
「足元も危うい深い霧に、惑わしの声」
つまり視覚も聴覚もあてには出来ない、と。西塔・晴汰が顎に手を当て考える様子は少年探偵さながらで、そんな彼をルーナ・オーウェンは期待に満ちた眼差しで見つめていた。
「なら嗅覚勝負っす! 普通の獣の匂いと違う、やばそうな匂いを追っかけりゃ近づけると思うっす」
「晴汰は狼さんだもんね」
ルーナに頼りにしていると言われて、悪い気はしない。晴汰が任せろと胸を張ると、ルーナも長い袖の中できゅ、と小さな握りこぶしを作った。
「お化けになっても、平気」
「それは頼りにしても良いんっすかね……?」
至極真面目な顔で言う少女がおかしくて、晴汰は笑いを噛み殺す。
「大丈夫。気配も分かる、音も聞こえる。それなら出どころを探るのは――」
――オオ……ン。続く言葉は、懇願に掻き消された。
もう一度あなたを抱きしめたい。
私の赤ちゃん。お母さんはここに居るよ。
「……生憎と、オレは父さんのほうが狼なんっすよね」
この『ただの人間』を自称するにはやや鋭すぎる感覚は、晴汰の父親譲りだ。母は母で人ならざるものではあるが、声の主とは一切関係がないと分かり切っている。照れ臭くて本人達に言う事はそうそう無いが、どちらも尊敬出来る最高の両親だと思っている。
(「だから、大丈夫」)
しかし晴汰の想いに反して、心の中に寒々しい空間が生まれ始めた。まるで胸の中を満たしていた温かいものが少しずつ萎んできて、すきま風が吹き始めたような。
(「じわじわ侵食してくるような寂寥感が気持ち悪いっす」)
それでもこうやって理性的に考えていられる程度には、耐えられる。
「……そだ、ルーナは大丈夫っすかね?」
霧でぼやける彼女に顔を近付け、目を凝らす。――何処を見ているのかわからないガラスのような瞳と、微かに戦慄く小さな唇。
「ルーナ!」
(「母を名乗る声がする」)
母体を介さずに生まれた自分には、関係の無い事だ。ルーナの記憶にあるのは揺り籠代わりの培養槽で、だというのに何故こんなにも自分は声に惹かれるのか。
あえて家族と呼ぶならば、研究所の職員達がそれに当たるだろう。もう研究員も戦闘員も居なければ、生家も既に瓦礫と化しているけれど。唯一の生き残りは、妹分と呼べるフラスコチャイルドが一人だけ――……
(「……家族」)
異端の女神が奏でる狂気の、なんと甘美な事か。
(「お母さんがいたら、その胸に飛び込めたら」)
詮無い願いだ。手指の感覚が薄れてゆく。――寒い。
じわり。ルーナの指先が柔らかく包み込まれ、温かなぬくもりが伝わってきた。
「ルーナ!」
顔を上げれば、意思の強そうな瞳が自分を心配そうに覗き込んでいた。彼から香るオレンジは、確か実家から送られてくるのだったか。オレンジが愛と繁栄のシンボルであるように、きっと愛に溢れた家族なのだろう。
「ルーナ、しっかりするっす。オレの手ェ取るっすよ」
このぬくもりは。友が、自分を支えてくれていたようだ。
「大丈夫」
――どうやら縋るものを間違えていたようだ。自分を引き戻してくれた熱が嬉しくて、ルーナは晴汰の手を握り返す。
「ひんやりした私の手をあっためてくれる、その手の感触があるから大丈夫」
「オレも何より確かなこの手の繋がりがあるんだから――こんな声に惑わされたりしないっす!」
(「私は私、お化けのルーナ」)
子を求める声は未だ続いていて、何も感じないと言えば嘘になる。けれど。
(「私も、声になんて惑わされないから」)
家族ではないけれど、この手の繋がりも唯一無二だ。もう違えない。
「ありがとうね、晴汰」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
リーヴァルディ・カーライル
…家族に焦がれ、孤独に苛まれる狂気、ね
…例えそれがどのような感傷から来たものであれ、
あの狂信者の母様に焦がれるなんてごめんこうむるわ
UCを発動して"飛翔、御使い、韋駄天、獣化、
動物会話、狂気避け、破魔、狩人"の呪詛を付与
…待っていなさい。今、貴方の赤子を探してあげるから
全身を●破魔の●オーラで防御して●狂気耐性を強化
森の近くの街跡で●サバイバル知識を頼りに領主の遺物を探す
…赤子を探す狂神に、狼に育てられた領主
…今の段階では関係があるか不明だけど、探ってみる価値はありそうね
●野生の勘や●動物と話す事で目的の物が手に入ったら、
●空中戦を行う"血の翼"を広げ鳴き声が聞こえる森の中に●ダッシュで向かう
ォオオー……ン。
霧に満ちた森を隔ててなお、物悲しい声が耳朶を震わせた。
「家族に焦がれ、孤独に苛まれる狂気、ね」
異端の女神が放つ狂気はここまで届くというのか。瓦礫の中に立つリーヴァルディ・カーライルは小さくかぶりを振り、突っ撥ねるように呟いた。
「……術式換装」
転瞬の間に彼女の纏う呪詛が書き換えられ、精緻、かつ状況に最適な術式がリーヴァルディを覆った。
(「例えそれがどのような感傷から来たものであれ、あの狂信者の母様に焦がれるなんてごめんこうむるわ」)
――自身の信仰の為とはいえ、娘を生贄に差し出せる母親など。家族の情など抱こうものなら、その先に自分の未来は無い。もっとも、その母ももう居ないのだけれど。
「今、貴方の赤子を探してあげるから」
破魔の力でその身を覆い、彼女は森から視線を逸らした。リーヴァルディが今居るのは、森の近くに残っているという街の跡だ。目的を持って来たものの、原型を留めている建物は一つもなく、探索は難航している。
「……赤子を探す狂神に、狼に育てられた領主――」
リーヴァルディにはそれを与太話だと断ずる気にはなれなかった。瓦礫の質と量から領主館と思しき位置に当たりを付け、重点的に調査する。
「……これは」
羊皮紙の一片。街の歴史の、ほんの一部。記されていたのは、疫病の蔓延と領主家の断絶、再興。
「家系図のようなものがあれば――」
偶然か、真実を解こうとする彼女の想いが通じたか。一度だけ、遠吠えの調子が変わった。
私の赤ちゃん。あなたは今しあわせ?
本当は、あなたを捨てた人の世になど返したくなかったのに……
「再興――捨てられたのは、庶子?」
望まれぬ子を森に捨てた後に病で後継を失い、生存が判明した子を連れ戻したとしたら。
永い時を生きる神にしてみれば、たとえ成人しても人間など赤子のようなもの。
「辻褄が合う……」
直後、リーヴァルディの背から血色の魔力が噴出した。韋駄天の如き脚で地面を蹴り、風の補助を受けて空を舞う。向かう先は森の奥、狂えるオブリビオンの元へ。
「……待っていなさい」
大成功
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ライラック・エアルオウルズ
【花結】
先往く心は知れずとも
今は唯、君の心に添うて
仲間の為に駆けてゆく
家族の記憶は、父だけだ
母も居らず、友も居らず
病気がちな僕のためにと
父は寂寥を遠ざけるよう
たくさんの素敵な物語と
『影の友』を与えてくれた
だから、寂しくはなかった
貴方を失うときまでは
満ちていたからこそ
欠ければ、酷く寂しくて
孤独、になることが
怖ろしくて、仕方なくて
だけれど、添う君が
“ふたり”で生きるのだと
永遠を誓ってくれたから
信じて、手を握り、柔く笑む
離しはしないと、伝わるよう
失くしたものは、埋まらずとも
幸足すようにゆけたなら
ね、もう、寂しくはないよ
綴り手として、導いて
君の手を引いてゆこう
逸れず傍にあるように
僕も共に、“いきたい”
ティル・レーヴェ
【花結】
先駆ける友を
決意秘めた様子の彼女を想い
添う彼と共に森へ入る
主に飼われ請われ謡い
造られた神聖で民に崇められる
そんな籠の鳥たる嘗てしか無い
家族無き
母も知らぬ己を
霧に響く聲は蝕むようで
妾の母たる人は
この聲の様に妾を探したの
それとも自ら彼へ捧げたの
今もどこかで生きてるの
それとも……
巡る思考に囚われた足が鈍るけど
恒に、そして永遠に
妾とあなたは“ふたり”だと
孤独など決して感じさせぬのだと
伝え添うべく繋いだ手の先
握り返す温もりと笑みが己を支える
母にも父にもなれずとも
家族になら、なれると
そう紡いでくれた
あなたの言葉が聲が蘇る
あなたの其の手で
幸せ綴るその手で
どうか妾の手を引いて
あなたと共に“いきたい”の
「……見えぬのぅ」
先行した友の背が。霧による視界不良という事もあるが、彼女の身体能力を思えばやはり容易に追い付けるものではなさそうだ。
「ただならぬ様子じゃった。無理もなかろうが……」
べっ甲色の瞳に決意を湛え、駆けて行った友人を想い、ティル・レーヴェはその藤紫を伏せた。
「心配かい?」
降ってきた声に顔を上げ、こくりと頷いた。
「――僕も心配だよ」
彼女も、君も。続けようとした言葉は飲み込み、ライラック・エアルオウルズは前を向いた。今は、隣の少女に添うだけだ。
ァオオォー……ン。
――幾多の悲嘆を浴び続け、感覚がおかしくなってしまったのだろうか。二人は遠吠えが鼓膜ではなく胸を震わせたような錯覚を覚えた。これは狂った母親への同情か、それとも。
私の赤ちゃん。もう一度会いたいよ。
お母さんの所に帰っておいで。
ふと霧のスクリーンに何者かの影が映った気がして、ライラックは速度を落とした。敵意どころか気配も無く、訝しげに目を眇める。
すると影は骨張った手の形になり、ぴょこりと跳ねるウサギになり、狡猾なキツネが現れ、鳥になって空に逃げ――くるりくるりと影絵は物語を紡ぎ、回り灯籠のように目を楽しませた。
(「父はいつも、病気がちな僕の為にたくさんの素敵な物語と『影の友』を与えてくれた」)
だから、寂しくはなかった。――貴方を失うときまでは。物語にはいずれ終わりが来る事は知っていて、だが読み終わる事を惜しむ事はあれど、読後感を愉しめる程に成熟してはいなかった。詰まるところ、あの時に感じたのは喪失。それだけだ。
(「満ちていたからこそ……欠ければ、酷く寂しくて」)
代わりのもので満たしても、気付けば無くなっている。掬った水がいつの間にか掌から零れ落ちているように。
(「孤独、になることが……怖ろしくて、仕方なくて」)
けれど、今は。目元を緩ませ、ライラックは手を伸ばす。
(「妾の母たる人は」)
この聲の様に妾を探したの、それとも自ら彼へ捧げたの。いくら手繰れどティルの記憶に『母』なる存在は無く、己のルーツを主が語る事も無かった。
(「主に飼われ請われ謡い」)
あくまでも愛玩の対象であり、家族という枠組みには入らなかっただろう。
(「造られた神聖で民に崇められる」)
偶像。彼らが慕わしく想ってくれていたのは間違いないが、それ以上でもそれ以下でもなくて。
(「母は」)
今もどこかで生きてるの? それとも――……
再び、狼の声がした。物悲しい響きを心地よく感じ始め、だというのに胸の痛みと空洞は増していく。嗚呼、食まれているようだ――。陽の差さぬ森が暗澹たるものに思えて、逡巡が生じた。
「疲れたかな?」
顔を上げると、葵色の瞳とかち合った。
『母にも父にもなれはしないけれど。君の……家族になら、なれるから』
そう言って微笑んだライラックが、いつの間にか手を引いていて。ティルは思わず顔を綻ばせた。ふるり。首を横に振り、軽やかに大地を蹴る。
(「添う君が“ふたり”で生きるのだと、永遠を誓ってくれたから」)
失くしたものは埋まらずとも良いのだと。幸足すようにゆけたならと。自身の手にすっぽりと納まってしまう小さな手を握り、ライラックは囁いた。
「ね、もう、寂しくはないよ」
(「恒に、そして永遠に妾とあなたは“ふたり”だと」)
誰かの代わりにはしたくない。『父』でも『母』でもなく、『あなた』が良い――。きゅうと握り返し、ティルは目を細めた。
「どうか妾の手を引いて。あなたと共に“いきたい”の」
「奇遇だね。僕も、君と共に“いきたい”」
成功
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アン・カルド
【子狼たち】として。
オブリビオンですら愛しい我が子のために泣くものなんだ、全く羨ましい。
僕が出て行ったときの家族の安堵した顔、今でも忘れられないよ。
おっと…すまないね夜刀神君、強く握りすぎてたみたいだ。
ま、そっちの方が気付けにもなるだろう…とりあえずまともなうちに【子猫】を。
半狼半猫、君たちもロラン君の群れに入り手足となってほしい。
これでよし…群れの運用は僕よりロラン君の方が向いている、後は待つだけさ。
…遠吠えがもう一つ聞こえる、母狼に答える子狼の遠吠え。
どうやら先が分かったようだ、早く行こう夜刀神君…ここでじっと遠吠えを聞いているとどうしても家族を思い出してしまう。
ロラン・ヒュッテンブレナー
【子狼たち】
遠くから聞こえるの
ぼくを呼ぶ声が…
ぼくの中の音狼が、反応してるの
待ってみんな
【第六感】を頼りに音とにおい(【聞き耳】)で探ってみるね(【情報収集】)
霧が濃くても、狼の耳と鼻なら、平気だから
魔力も探知して、霧に反響する呪詛を分析するね
UCを発動させて狼(生後10か月程度の子狼)に変身
みんなを導くように遠吠えなの
(仲間に”魅了”の満月の魔力で精神に【ハッキング】して孤独を誘う”呼び声”を中和しようとする)
ぼくは、”群れ”のアルファだから
みんながいれば、ぼくは一人じゃない
鏡介おにいさんの声が聴こえる
アンおねえさんと子猫もいる
ひとりじゃ……ないの…
音狼、きみも、いるもんね…
夜刀神・鏡介
【子狼たち】
子供を思う、親の声か……ああ、懐かしい声が聞こえる。あの人達の事を忘れた事はないが……俺には、ちゃんとした家族がいる。だから、今はそれに囚われて、立ち止まる事はない
目を瞑り、アンと繋いだ手に集中して精神統一し、オブリビオンの声を振り払う
ロランの遠吠えにあわせて、UC:連の型【絆魂】を発動。大丈夫だ、俺達は誰も孤独じゃない
さあ、みんなで此処を乗り越えるぞ。ロランも、アンも、それに子猫も頼んだぞ
改めて手を握り直して頷き、ロランについていこう
しかし、ロランは落ち着いて先導してくれているようだが、どうも違和感があるような……。少し、気にかけておいた方が良さそうだ
「待って、みんな」
深い霧を前に、ロラン・ヒュッテンブレナーは仲間を呼び止めた。既にロランの鋭い聴覚は狼の声を拾っており、仲間を誘導する為に偵察を行う事を提案する。
「霧が濃くても、狼の耳と鼻なら、平気だから」
三人が分散するのは拙いが、かといって長居はしたくない状況だ。闇雲に歩き回るよりは良いだろうと話せば、
「良いんじゃないか? 適材適所だ」
「実際、群れの運用は僕よりロラン君の方が向いているしね」
特に反対する理由もない、と。アン・カルドと夜刀神・鏡介はロランの案に賛意を示した。
「行って大丈夫だ。俺達も対策くらいしている」
鏡介がアンの手を取り、顔の前に掲げて見せた。孤独を感じぬよう互いに手を握ったといった所であろう。ロランは頷き、駆け出した。
「任せたよ。……さて、とりあえずまともなうちに『子猫』を喚ぼうか」
アンが魔導書を開くや否や、何もない空間からひょこりと子猫達が顔を覗かせた。
『みゃあ』
とん。一匹が地面に降り立ったのを皮切りに、次々と猫が、――否、猫の顔をした狼、それとも狼の足をした猫なのだろうか。上半身と下半身で異なる特徴を持つ生物が数十も現れ、二人の足元で愛らしく鳴いた。
「……これはまた、不可思議な」
「可愛いでしょう」
面食らった様子で子猫達を眺める鏡介に、アンは幾分か誇らしげにへらりと笑む。
「これでよし。後は待つだけ――……」
ァオオー……ン。
遮るように。劈くような声に、二人は顔を顰める。
「大丈夫だ、繋いだ手に集中するんだ」
――ロラン。
――ロランくん。
霧の中に消えていった小さな背中を想い、二人は繋いだ手に力を込めた。
私の赤ちゃん。
あなたを見つけられないの。
ねえ、どうか。お母さんの所へ帰ってきて。
「……呼んでるの」
群れの仲間を、家族を呼び戻そうとする声に『応えたい』と思ってしまったのは、ロランが宿した音狼の本能か、それとも少年の豊かな感受性か。
(「まずは魔力を探知して……」)
やるべき事はわかっていて、だというのに遠吠えを耳にする度に心はざわざわと搔き乱される。
(「これは、呪詛だ。霧に反響する呪詛を分析すれば、中和出来るかもしれないの」)
自身の魔力で霧を照らし、解析を急ぐ。出所を。性質を。だが逸る気持ちとは裏腹に、読み解く指先は震え遅々として――。
「ぼくは、『群れ』のアルファ、だから……っ」
――解いた。見上げれば厚い雲が覆っていたはずの空に、先行した猟兵が作り出した赤い月が上っていて。ロランは狼に変じ、吠えた。
――ほぉぉぉぉぉぉ……ん。
未成熟な身体でありながら、完成された遠吠えが響き渡った。
「……子供を思う、親の声か」
それは、望郷の念が引き起こした幻聴か。鏡介は懐かしい声を聞いた気がして、異端の女神の声に耳を傾けた。
(「あの人達の事を忘れた事はないが……俺には、ちゃんとした家族がいる」)
だから囚われてしまう事などない、はずだ。そうは思えど声は深く沁み渡り、雑念が入り込む。心を静めようと鏡介が目を瞑ると、繋いだ手にぎちりと強い圧迫感を感じた。
「オブリビオンですら愛しい我が子のために泣くものなんだ……全く、羨ましい」
人は、理解が及ばぬものを目にした時、酷く恐れるものだ。それは重々承知していて、けれど彼らは理解しようと努める素振りすら無かった。要は、拒絶された。
「僕が出て行ったときの家族の安堵した顔、今でも忘れられないよ」
家族の穏やかな表情が孤独を加速させるなどと。唇を戦慄かせ、その繊細な手の何処にそのような力があったのか、アンは握り潰すように鏡介の手に縋る。
ぎゅ、と。その手が、力強く握り返された。
「おっと……すまないね夜刀神君、強く握りすぎてたみたいだ」
「気にするな。むしろ、助かったかもしれない」
「気付けになったなら何よりだよ」
笑い合ったその時、雌狼よりもずっと高い遠吠えが届いた。異端の女神と比べると随分とか細い声であったが、じわじわと蝕む声を塗り替えて、す、と耳に心地よく馴染んだ。
「どうやら先が分かったようだ。早く行こう、夜刀神君……ここでじっと遠吠えを聞いていると、どうしても家族を思い出してしまう」
「そうだな。さあ、みんなで此処を乗り越えるぞ。ロランも、アンも、それに子猫も頼んだぞ」
繋いだ手を握り直し、群れは子狼の下へと足を速めた。
(「しかし、ロランは落ち着いて先導してくれているようだが、どうも違和感があるような――少し、気にかけておいた方が良さそうだ」)
「……ふ」
息を整えるロランは、急に力が漲るのを感じた。
『大丈夫だ、俺達は誰も孤独じゃない』
鏡介の声が聞こえた気がして、これが彼のユーベルコードの効果だと気付く。
「……みんながいれば、ぼくは一人じゃない」
鏡介おにいさん。アンおねえさんと、きっと子猫も連れてきてくれる。
「ひとりじゃ……ないの」
音狼、きみもいるもんね。――もうすぐ、群れが合流する。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
泉宮・瑠碧
闇でも、光届かぬ深い森に似て
私には怖いものでは、ありません
濃霧も、水の精霊や植物の精霊へ願い
進む事に、難は無い様に
独り、閉じ込められて、育ちましたので
孤独は、慣れています
ただ…聞こえる声は、寂しく、悲しい
…両親と、いうものは…一度も逢った事は、ありませんが
母も、私の命を軽んじ、喜んで贄に差し出したと
…そう、伝え聞いています
私が産まれてから、ずっと傍に居た精霊達と
ある程度長じてから逢った、実の姉が
私には、母の様なもの、なのでしょう
…聞こえる声に、同じ事を言われたらと思っても
苦しく辛い気持ちは、湧きます
でも…この声に
私以上に、辛い気持ちを持つ方が、居ますから
…私が友達、と呼べる方を追って、進みます
(「闇でも、光届かぬ深い森に似て――私には怖いものでは、ありません」)
既に幾人もの猟兵が神を討滅すべく森に足を踏み入れていたが、ここで初めて霧そのものに動きが見られた。視界不良くらいしか害が無かった為、大いなる自然が引き起こす現象をある程度は受け入れている者が多かったようだ。
力を貸して。水を司る精霊達は泉宮・瑠碧のささやかな願いを聞き入れた。頑なに道を隠していた霧が、彼女を避けるようにゆらゆらと揺蕩う。
道を開けて。瑠碧が植物の精霊達に頼めば、風も無いのに枝葉が大きく揺れ、藪は人の手が入ったかのように堵列を成した。怖いものではない。それが誇張でない事を示すように、彼女の行く手を阻むものは無い。
とはいえ、瑠碧が意のままに出来るのは精霊の影響下にある事象だけだ。表情には出さなかったが、青金石のような瞳が微かに揺らいだ。
(「孤独は、慣れています。それなのに」)
ァオオオォ……ゥ。透き通った遠吠えが身体を通り抜ける度、寂しくて、悲しくて――。幽閉されていた頃の記憶が、彼女を苛んだ。
私の愛しい子。
どうかもう一度、あなたを抱きしめさせて――。
幼い頃の瑠碧の世界は、酷く狭かった。傍らに精霊達が添うてくれてはいたけれど、命ある人として接してくれたのは守役に就いていた姉だけだった。思えば一度も逢った事の無い両親よりも、余程母らしかったと言える。
(「私の母は。喜んで贄に差し出したと」)
それすらも伝え聞いただけで、真偽は不明で。今更確かめようもない。
(「……苦しい。でも」)
早鐘を打つような左胸を押さえ、瑠碧は顔を上げた。思い浮かべるのは、先行した猟兵の顔。
「この、声に。私以上に、辛い気持ちを持つ方が、居ますから」
友達と呼べる人の下へ。必ず駆けつけるのだと瑠碧は決意の滲む声ではっきりと言った。
「進みます」
成功
🔵🔵🔴
第2章 集団戦
『未来を歩み出せなかった者達』
|
POW : 血の羊水へと引き摺り込む
【攻撃に躊躇する者に愛情を求め群がる赤子】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[攻撃に躊躇する者に愛情を求め群がる赤子]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
SPD : 広がる悪夢
【ゆっくり広がる血溜まりから生える赤子の腕】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【が血の池と化し広がり、赤子が這い出す】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ : 悲劇が繰り返される
自身が戦闘で瀕死になると【血溜まりとなり、血溜まりから無数の赤子】が召喚される。それは高い戦闘力を持ち、自身と同じ攻撃手段で戦う。
イラスト:カス
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
森がやや拓けた場所に出た時、猟兵達が感じたのは生臭さだった。
戦場で嗅ぎ慣れた血臭に似てはいるものの、妙な甘ったるさと饐えた匂いが入り混じり、風が無く滞留しているのが何とも不快だ。
『……ふぇ』
引きつるような、吸気音。何者かの存在を知覚し、猟兵達は身構える。
『ふえ、ほえ』
『に゛ゃあ、ぎゃぁ……あ!』
『んぎゃあ、ぇあ゛あ』
騒擾。地面から染み出すように朱殷が膨れ上がり、いくつもの顔が、小さな手が、ぼこぼこと生えてくる。
それは、温もりを求め、血溜まりへと引き摺り込む赤子たち。
望まれなかった命が、蠢いていた。
大豪傑・麗刃
その、なんだ。完ッ全に読み違えていた。
オブリビオンの狂気に惹かれた連中云々は確かに聞いてた。でもねえ。正直
母性を求めて赤ちゃんプレイに走ったいい大人
みたいなのが来るものとばっかり。
温もりがほしいのか。よろしいせめてもの慈悲だ。温めてあげよう。
ただし、ちと温かすぎるかもしれないが。
気合いを入れ燃える男と化す。
右手の刀、左手の脇差(にしては大きすぎるバスタードソード)、そして我が身を炎のオーラに包む。これはきみたちを荼毘に付すための炎だ。
そして両手の刀を振るい、あるいは炎のオーラをもって、敵を燃やし尽くす。せめて我が身を襲う炎の苦痛を、敵が味わってきた痛み苦しみと思う事で供養に代えさせてもらおう。
ごぼりと音を立て、湧き水のように赤が噴き出した。血溜まりは大地に染み込むでもなく、どろりと水飴のように広がっていく。
『ぎゃあ、あ゛あ』
這い出た赤子は、自分達を見下ろす大豪傑・麗刃に掌を向けた。まだ反射でしか物を掴めないような未熟な手だというのに、必死に伸ばされたそれには意思を感じられた。
「温もりがほしいのか」
返答などあるはずもなく、けれど答えはわかっていて。
「よろしい、せめてもの慈悲だ。温めてあげよう」
ただし、ちと温かすぎるかもしれないが。二振りの刀に手を掛け、麗刃は咆えた。
「おおおおおおおッ!」
気迫。熱が迸り、炎が燃え上がる。同時、血の池に飛び込むように跳躍し、煌々と燃える刀を振るった。
「――これは、きみたちを荼毘に付すための炎だ」
斬り飛ばされた腕も這いつくばった小さな身体も、等しく炎に包まれる。返す刀で二体目を、翻って背後から忍び寄る三体目を。渦巻く炎は麗刃をも焦がし、それでも刀を振るう腕は止まらない。
(「せめて我が身を襲う炎の苦痛を、敵が味わってきた痛み苦しみと思う事で供養に代えさせてもらおう」)
貧弱な赤子と違い炎にも痛みにも耐えうる肉体ではあるが、火葬の代償に呪のように肌が引き攣れ、血が滴り、じりじりと熱が身体を侵す。葬送をやり遂げた時には、麗刃も満身創痍であった。
「……その、なんだ。完ッ全に読み違えていた」
刀を納めた彼は、懺悔のように呟いた。
「オブリビオンの狂気に惹かれた連中云々は確かに聞いてた。でもねえ。正直……」
そこはかとなく居心地が悪そうに、至極申し訳なさそうに。
「母性を求めて赤ちゃんプレイに走ったいい大人――……みたいなのが来るものとばっかり」
なにそれこわい。
成功
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リーヴァルディ・カーライル
…子を呼ぶ狂神の声に惹かれて迷い出たのね
…残念だけど此処は貴方達が居て良い世界じゃないの
…産まれ出でる者は無垢でなければならない
貴方達が何か罪を犯す前に葬送してあげるわ
空中戦を行う"血の翼"を維持して手が届かない上空を飛翔し、
吸血鬼化した自身の生命力を吸収し魔力を溜めUCを発動
…来たれ。世界を調律する大いなる力よ
未来を歩み出せなかった悲しき嬰児達に、慈悲の光を…!
吸血鬼が光の力を使う傷口を抉るような反動の痛みに耐え、
聖光のオーラで防御を無視して敵群を浄化する"光の風"を放つ
…ごめんなさい。私の力では貴方達を救う事はできない
…次こそ祝福されて産まれてくる為に…
今は骸の海にて眠りなさい。安らかに…
シキ・ジルモント
これが、オブリビオンの狂気に惹かれた者だな
…そうか。いくら惹かれても、求めるものは得られなかったか
群がろうとするものから射撃で反撃、接近を阻みつつ数を減らして集団行動を妨害
しかし、こうも数が多くては一体ずつでは埒が明かないな
あえて数の多い所へ踏み込んで、血溜まりに引きずり込まれる前にユーベルコードを発動
範囲攻撃を行い、周囲の敵を一掃する
悪いが、そちらに行ってやるわけにはいかない
攻撃の手を休めず、容赦なく撃ち抜いて行く
撃ち抜いたものが何なのか、耳に残る泣き声が何を求めているのか、全て理解しながら
それでも躊躇はしない
求めるものを与えてやることは出来ないと割り切って、取るべき手段は一つだと判断を下す
伸ばされた稚き指先は赤銅色に染まり、彼らのような過去が産み落とされた経緯を見せつけられたようであった。
「……子を呼ぶ狂神の声に惹かれて迷い出たのね」
「そうか、これが」
リーヴァルディ・カーライルとシキ・ジルモントの視線の先で、赤子たちがぴちゃりぴちゃりと音を立てて這っている。目も開いていないというのに、どのように知覚しているのか。顔はしっかりと猟兵を向き、何かを訴えかけるように口を開いた。
『ん゛あ゛ぁ』
「――いくら惹かれても、求めるものは得られなかったか」
首も座らぬ幼子達が、大地をずいと押しやるようにして前に出る。四つ足の獣のように速く力強く、猟兵達へと迫る。
(「……残念だけど、此処は貴方達が居て良い世界じゃないの」)
ぱん、と銃声が響き渡り、物思いに耽るリーヴァルディの意識を引き戻した。赤子の頭部が爆ぜて血よりも粘り気のある赤が散るが、赤子達の行軍は止まらない。
「しかし、こうも数が多くては」
埒が明かない、と呟いたシキに、リーヴァルディも頷いた。
「……少しの間、引き付けていられる?」
「任せろ」
血の翼を広げ空へと逃れたリーヴァルディに対し、シキは逆に血溜まりへと踏み込んだ。まるで獲物に集る蟻のように、赤子達は彼へと殺到する。このままでは圧し潰されると不安の色を宿したリーヴァルディに、シキは安心させるように目配せをした。
「心配するな。受けたからには、完璧にこなす」
無理はしなくて良いと言おうとしたリーヴァルディに先んじてシキは宣言した。目を眇めて静かに突き出した右腕には、銀色に輝く拳銃が握られていた。
『んぎゃあ、ぅ』
「悪いが、そちらに行ってやるわけにはいかない」
一瞥。シキが一人ひとりを視界に捉えたのはほんの一瞬で、だがその弾丸は正確に彼らを撃ち抜いた。彼一人に任せても問題ないと判断し、リーヴァルディは魔力の蓄積に集中する。
(「産まれ出でる者は無垢でなければならない」)
彼女の左手から迸るオドの極性に引き寄せられるように右手のマナが収束し、複雑に絡み合う。左右の力が強固に結ばれ、紫電が生じた。
「貴方達が何か罪を犯す前に葬送してあげるわ」
彼女の振るう吸血鬼の力――即ち『過去』は、精霊という自然の力に因って排出される。――世界の外へと。
「……来たれ、世界を調律する大いなる力よ。未来を歩み出せなかった悲しき嬰児達に、慈悲の光を……!」
光芒。本来目に見えぬはずの風は光を伴って顕現し、戦場を眩く照らした。光の奔流は赤子達を押し流す。光の川が流れ着く先は――海だ。
「……ごめんなさい。私の力では貴方達を救う事はできない」
リーヴァルディは歯噛みし、苦悶の表情で彼らを見やる。聖光を扱った半魔の肉体はとうに悲鳴を上げていたが、彼女は強靭な精神力で踏み止まり、彼らの旅立ちを目に焼き付ける。
『ぅあ゛ぁ……ん』
『あ゛あ、あ゛あ』
それでも幾体かは流れに逆らうように、じりじりと。小さな掌が大地を掴み、前へと歩み出る。吹き荒ぶ風の中でもシキの聴覚は赤子の声を拾い、また一つも聞き逃すまいと耳を傾ける。何を撃つのか。それらが何を欲しているのか。全て刻み付けた上でなお、銃口を向けた。
「お前たちが求めるものを――与えてやることは出来ない」
そこに世界を害そうという悪意は感じられず、ただ救われたい一心で這っているかのようなそれに。引き金を引く。
「……次こそ祝福されて、産まれてくる為に……今は骸の海にて眠りなさい」
どうか、安らかに。二人に見送られ、泣き声が遠ざかってゆく。森に一時的な静寂が訪れた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
朧・紅
《紅》人格
アドリブ歓迎
あの声が探してた赤ちゃん
ではない感じ?
痛いです?怖いです?…寂しいのですか?
でしたらココに居てはだめなのです
死の先へ、逝かせてあげるですねぇ
魂は生まれ変わるらしいですよ
躊躇はない
だって僕はもう壊れているの
僕に刃向けた優しいおとーさんとおかーさん
どうして?わからない
気付けば赤く染め上げて
僕(殺人鬼)は一人になって壊れたの
何も感じず涙一つ流れずに
それより前の記憶も消えちゃった
死ぬと寂しいと知っていて
死んだ者に心動かない
きっと
優しい皆は心傷めると思うから
僕に送られてくださいね
僕から噴き出る血潮たちが鎌首擡げ喰らいつく
集まる前に【生命力吸収】
僕の『紅血』は貪欲なので
全部ぼくのもの
リグ・アシュリーズ
誰もが望まれて生まれるわけじゃない。
わかっていても、目にすると心は締め付けられる。
でも、私もこの大地の生まれなのね――心が慣れるより早く、剣を握れてしまう。
友だちが近くにいる気がするの。
斬られて頂戴。皆が深く、傷つく前に。
真の姿と共に黒剣の力を解放。オーラを付与し、刃をはやすわ。
駆け抜け様に敵を斬り、這い出すより早くねじ伏せる。
ただの刃なら逆効果でしょうけれど、
生命力を吸いとる、奪命の刃。
少しずつ力を削げば、いずれは小さくなり無力化できるはず。
さあ、早く斃れて。
できるだけ触れさせたくないの。
私の友達は優しい人ばかりで、あなたたちを目にすればきっと。
皆、直視して向き合おうとしてしまうだろうから。
血溜まりの表面にごぶりと泡が浮かび、弾けた所に小さな掌が咲いた。赤い花は日の光を求めるように伸び、リグ・アシュリーズの前に這いずり出る。
「……誰もが、望まれて生まれるわけじゃない」
それは何もこの世界に限った話ではなくて、ただこの世界では然して珍しい話ではないというだけで。
(「私もこの大地の生まれなのね――」)
締め付けられる心の痛みから目を逸らし、剣を握れてしまう。心はいつまで経っても慣れぬというのに、身体は自然と反応するようになってしまった。もっとも、慣れたいとも思えないのだけれど。
ぐるる、と凡そ人ならざる音が、口から漏れる。愛らしく悍ましい腕がリグに届くより先に、彼女は駆けた。鉄塊から削り出したような剣に刃が生じ、赤黒い塊を切り裂いてゆく。
『ぁぎゃ、んぎゃ』
「……友だちが、近くにいる気がするの」
刃を振るったのはリグで、斬られたのは赤子のはずだ。だが奪命の刃を振るえば振るう程、苦し気に顔を顰めるのは彼女の方であった。
(「斬られて頂戴。皆が深く、傷つく前に」)
焦燥。けれど悲壮な決意は手放さず、リグは剣を振るう。
「あの声が探してた赤ちゃん……ではない感じ?」
『だぅ』
だとしたらこの子達は何処の子だろう。こてんと首を傾げた朧・紅に敵意が無いと思ったのか、赤子達は手を伸ばす。彼らの目が見えているのかはわからないが紅は視線を合わせるように屈み、そっと手を差し伸べる。
とぷん。小さな手と手が触れ合う瞬間は訪れず、赤子の姿が血潮へと沈む。彼らが塗れた朱殷より鮮やかな、真紅が舞った。じぃと指先で踊る血を眺めながら、紅は一切の躊躇が無かった自身を顧みる。
(「だって、僕はもう壊れているの」)
優しいおとーさんとおかーさん。……僕に刃を向けた、おとーさんとおかーさん。
血溜まりに転がる両親を見ても心がことりとも動かず、それ以前の記憶が無い事に気付いた。――記憶が消えたから涙一つ零れないのか、悲しさの余りに記憶を消してしまったのか、今となってはわからないけれど。
ふと顔を上げれば見知った姿が駆けていて、あ、と明るい声が漏れた。
「早く、斃れて……っ」
既に十数体を斬っているが、未だ血の池は枯れずに残っている。
(「私の友達は優しい人ばかりで、あなたたちを目にすればきっと。皆、直視して向き合おうとしてしまうだろうから――」)
その時、死角から生えた腕に僅かに反応が遅れた。リグは避けられぬと悟り身構えるが、
「リグさんみっけ、なのです」
街中で偶然会ったかのような調子で、紅が赤子を叩き落とした。
「……くーちゃ、」
「きっと、優しい皆は心を傷めると思うから」
僕に送られてくださいね。ふわりと笑んで血を操る少女に、リグの眉尻が下がる。まさか同じ事を考えていた、などと。
『おあ゛ぁ、おあ゛ぁ』
「痛いです? 怖いです? ……寂しいのですか? でしたらココに居てはだめなのです」
わらわらと集まりだした幼子達に、言い聞かせるように。一人ひとりの顔を見やり、紅は告げる。
「死の先へ、逝かせてあげるですねぇ」
鮮血が鎌首を擡げ、牙を剥く。沈みゆく赤子達から視線を外し、紅はリグの顔を見てにこりと笑った。
「魂は生まれ変わるらしいですよ」
「――、そっか。そうよね」
『優しい皆』を気遣う少女が優しくないわけがなくて、それでも口に出す事はせずにリグは黒剣を握り直す。
「……後ろは任せるわね」
「はいです!」
赤い月を背負い、リグは再び大地を蹴る。月光に照らされ、銀色に輝く毛並みが風に揺れた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ大歓迎
望まれなかった命…
ここで蠢いている者が全て、そうだというのか
…吸血鬼の圧政に喘ぐこの世界なら
何らかの理由で口減らしを行っても不思議ではない
だが、それでも、これは…
もはや理由はわからないけど
せめて…苦しまないよう一思いに葬る…
…否、弔うのみか
指定UC発動
「2回攻撃、属性攻撃(炎)、なぎ払い、吹き飛ばし」+UC効果の衝撃波で黒剣から絶えず炎の衝撃波を撃ち出し、吹き飛ばしながら焼き払う
腕は「視力、見切り、第六感」でその挙動を見極めながら避けつつ「カウンター」で黒剣で斬り飛ばし
血の池はUC効果の高速移動と「地形の利用」で踏まぬ様走り回りながら避ける
…今度はせめて、望まれるように
『ふえ゛ぇ、あ゛ぁ』
『あ゛、あ』
喃語とも呼べぬような発声は、新生児特有の。つまり彼らは産まれてから間もなく、もしくは産まれる事すら叶わずに、未来を閉ざされた赤子達。
「望まれなかった、命……」
――我ながら、随分と低い声が出たものだ。館野・敬輔は衝撃よりも憤りを多分に含んだ自身の声に、少しばかり驚いた。
「全て、そうだというのか」
そう言いつつも、吸血鬼の圧政に喘ぐこの世界ならと納得している自分も居た。事実、口減らしがあったという話も聞いた事がある。結局失われてしまったけれど、自身の故郷とてそうならなかったとは断言出来ない。
「だが、それでも――これは」
折り重なるようにして蠢く赤子の、なんと多い事か。気が滅入りそうな光景にかぶりを振り、敬輔は黒剣を構えた。
(「もはや理由はわからない、が」)
遊びを強請るように無造作に伸ばされた腕を払い除け、敬輔は真上に跳んだ。彼の立っていた場所から次々と生えた腕は空を掴み、次の瞬間には真っ赤な池と化していた。敬輔は頭上の枝を掴むと身体を揺らして勢いをつけ、離れた所に着地する。
――くちゃ。想像以上に湿り気を帯びた土の感触に、考えるよりも先に身体が動いていた。汚泥が小さな手を模った時にはその軌道を既に見切っており、敬輔は身を捩って躱す。その勢いのまま振り返りざまに剣を振るえば、炎が弧を描いた。
「せめて……苦しまないよう、一思いに」
弔うのみだ。熱風が巻き起こり、血溜まりから這い出した赤子達を吹き飛ばした。
『ぎゃあ、うあ』
彼らの泣き声を耳にする度に心がざわつくのは、黒剣が宿す魂に同調しているが故か、自身も割り切れていないのか。答えは出ないが、今はこの子らを送るしかないのだ――。赤々と燃える刀身が、仄暗い森の中で幾度も輝いた。
「……今度はせめて、望まれるように」
敬輔の呟きは泣き声に紛れ、誰が聞くでもなく森に消えた。
成功
🔵🔵🔴
クラウン・メリー
【繋】
哀しくて哀しくて、切ない声
この子達の手を取るのは赦されないのかな
エルル――
声を掛ける前に血溜まりへと進む彼女に駆け寄って
彼女が赤子に触れればずぶりと血に染まる
声を掛けながら抱き締めても
赤子は癒えることなく彼女を沈めてく
それが酷く悲しくて寂しくて
俺は見てることしか出来なかった
……俺達の手で終わらせて
この子達に『未来』を与えたい
そして、こんな悲劇二度と起きないように俺達で止めないと
ね、エルル
いっしょに、と手を取り笑顔を向けた
自分の花びらをひらりと降らせて
甘く心地よい風を吹かせる
ふふ、綺麗かな?もう少しの辛抱だよ
黒剣を取り出して斬りかかる
少しでも温もりを
少しでも安らぎを
この子達に伝わると良いな
エール・ホーン
【繋】
優しいクラウにきっとそんなことないと笑う
迷わず血溜まりへ手を伸ばす
醜いとは思わない
手を握れば伝わるかな
頑張ったねえらいねって
撫でれば抱きしめれば癒える何かがあるかな
向けられる殺意も憎しみも哀しみも関係なくて
知らず作り変えられた核が
ある感情を殺したことには気づくことはなくとも
ちゃんと分かってるんだ
君たちを倒さないと前へ進めないこと
ボクも、君たちも、それから――
越えていこう
守るんだ、ぜんぶっ
だから心は痛まない
これは過去を未来に繋げるための一歩
美しい花びら
クラウ、きれいだね
クラウの暖かい花びらが
彼らの一歩を彩ってるみたい
さぁ、踏み出そう
蹄で空を駆ける
翼も使って素早く、高く
剣を手に一撃を送ろう
蓮の花が咲くように、赤い池から伸びた腕が小さな小さな掌を広げた。一つ、二つと花が咲く度に産声が上がり、這い出る赤子が増えてゆく。
(「哀しくて哀しくて、切ない声」)
この世に生まれ落ちた喜びを一切感じさせない慟哭に、クラウン・メリーは立ち尽くした。
「この子達の手を取るのは赦されないのかな」
たとえ人ならざる者であっても等しく喜ばせたいと思うのは、驕りだろうか。クラウンが赤子から視線を離さぬまま漏らした呟きに、エール・ホーンはかぶりを振る。
「きっとそんなことないよ」
ずいと歩み出たエールに、クラウンは反応が遅れた。それほどまでに彼女の行動は、想像だにしないものであったから。エールは血溜まりの前に屈み、赤い花に掌を差し伸べた。
「エルル……?!」
(「醜いとは思わない。――手を握れば伝わるかな」)
クラウンの心配そうな声を背中越しに聞きながら、エールは小さな手を取った。ぎちりと握り返され、骨の軋む音がする。エールは痛みに顔を顰めるが、その手を振り払おうとは到底思えなかった。
「……頑張ったね。えらいね……っ」
抱えるように赤子を腕に招き入れ、そっとその背を撫ぜる。新生児特有の反射と呼ぶには強過ぎる力で掴んでくる赤子からは殺意を感じられなくて、ただ救われたかったのだと知る。
「エルル――」
ぞふりと形を変えた血溜まりは縋り付くようにエールに絡みつき、彼女を飲み込もうとぽっかりと口を開けている。けれどクラウンは知っている。きっと彼らは癒されない。彼らの望む母の愛は何処にも無い。それが、酷く寂しくて。
クラウンは彼女の傍に駆け寄ったものの、絞り出すように発せられた声は酷く情けなくて、せめて自分の笑顔がぎこちないものになっていない事を祈った。
「……俺達の手で終わらせて、この子達に『未来』を与えたい」
彼の言葉に応えるようにエールは愛(かな)しげに微笑み、赤子達に向き直る。
「ちゃんと、分かってるんだ。君たちを倒さないと前へ進めないこと。ボクも、君たちも、それから――」
「ね、エルル」
もう、このような悲劇が二度と起こらぬよう。過去を未来に繋げる為の第一歩を。いっしょに、と手を差し出したのはどちらからだったか。互いに手を取り合い、剣を握る。
「越えていこう。――守るんだ、ぜんぶっ」
エールを立ち上がらせたクラウンは恭しく頭を下げ、声を張り上げる。
「さあ、ショーの時間だよ」
はらはら、ひらひら。色とりどりの紙吹雪とはいかないけれど、鮮やかな黄色が一面に舞う。春の訪れのように、甘やかな風が頬を撫でる。ひゅうと風と共に刃が通り過ぎ、ぱしゃりと音を立てて赤子が朱殷に消える。
「ふふ、綺麗かな? もう少しの辛抱だよ」
「クラウ、きれいだね。クラウの暖かい花びらが、彼らの一歩を彩ってるみたい」
クラウンの手を離したエールはひとひらの黄色を捕まえて、きらきらと輝く剣と共に空へと駆け上がった。血溜まりに花びらと共に白い羽が落ち、じわりと沈む。
「ね、もう一つの花言葉知ってる?」
空中で踵を返し、エールははにかんだ。
「あのね――『天上の愛』!」
彼女に釣られてクラウンも相好を崩し、曲芸を披露するように黒剣を振るう。
(「少しでも温もりを。少しでも安らぎを」)
この子達に少しでも伝わるだろうか。そう言った彼の隣に降り立って、エールはペガススの剣を振り抜いた。
「伝わってるよ、きっと。――さぁ、踏み出そう!」
はらはら。ひらひら。絶え間なく降り注ぐ王冠百合は、まるで赤子達の道行きを祝福しているかのようだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アン・カルド
【子狼たち】として。
ああ…うんざりするよ本当に、これはあんまりじゃあないか。
…皆には悪いが僕はやりたいことしかやらない主義でね、積極的な攻撃は控えさせもらう。
戦闘が激しくなる前に一人抱き上げて…【書換】。
悪いね、少し痛かったろう?
もう大丈夫だ、これから先痛みを感じることはない…君達の痛みは塗りつぶしたから。
さ、仲間のところへ行っておいで。
体の痛みがなければ己が瀕死であることには気づけない、心の痛みがなければ救いを求める手も鈍る…こんなのはただの建前、本当はあれが哀れだから。
僕がやりたいことは済んだ、後は皆に任せるよ。
大丈夫、次はちゃんとやる…行こう皆。
…ロラン君?
エルザ・メレディウス
【小狼たち】
同行させて頂きます、ロランさん。
あなたの『先生』として、決して私はその手を離さない。。。
■戦闘■
私は後方で状況を確認しながら動きます。
【集団戦術】【情報収集】を駆使しながら...仲間の位置取りを確認。
チームワークに乱れが生じそうな時は声掛けで対処。
もしも仲間の誰かが強力な魔術や技を使い隙が生まれ、敵に襲われてしまいそうな場合は、仲間のもとへ駆けつけてUCで敵を撃退したり、【槍投げ】で未然に防ぎます。
…仲間が大技に集中できるように。
敵を斬るのに、躊躇いも恐怖もあります...。
それでも、自らを【鼓舞】して、刀を振る。
彼らの爪が私の体を切り裂くのはむしろ罪に対する救いなのかもしれません。
ニーナ・アーベントロート
【子狼達】
暗闇から喚ぶ声に、厭な予感がして
森の中捜し出した声の主を見遣る
全く同情しないわけじゃない
でも、君たちと一緒には生きられないから
…猟兵として、すべき事をするだけだね
魔術用の口紅で呪文の効果を強めて
口遊むのは子守唄の代わり
ここに留まるべきではない者たちへの餞
時が巡って、生命は循環するんだよ
【Walpurgisnacht】の歌唱で支援しつつ
戦闘知識と第六感で赤子達の動きを予測し味方に報せる
万一避けきれない場合は早業で
オーラ防御と形成時の衝撃波で退けるよ
苦しげな呻きに目を見張る
ちょっとロラン、大丈夫?
…どこの『母親』にも、身勝手なとこがあるのかもね
骸の海に消えた自分の母を思い出して、苦い顔
夜刀神・鏡介
【子狼たち】
歩み出せなかった、か。同情しよう、哀れみもしよう。だが――深呼吸しながら鉄刀を抜く事で精神統一。『覚悟』を決めて躊躇いを断つ
俺は今、戦う為に此処にいる。悪く思うな……等と言う気はない。恨むがいい
仲間の傍から離れすぎないよう、護衛を軸に立ち回る
援護も受けられる、多少の被弾は覚悟の上、特に大技の準備中のロランの周辺には気を払う
【飛燕】の一閃で『切り込み』攻撃、可能な限り頸を『切断』する事で一撃で倒し後続の召喚を防ぐ
せめて苦痛は少しでも少ないように
さて、そろそろ親玉のお出ましだろうが……ロランの様子も含めてどうも嫌な予感がする
直感的に鉄刀を仕舞い、神刀を抜けるよう手にかけておく
ハロ・シエラ
【子狼たち】
出遅れましたが、ここからこそが私の出番の様ですね。
ロランさんにあまり無理をさせられません、ここは速攻をかけます。
さて、攻撃も援護も十分に手が足りている様子。
それなら私は皆さんから少し離れて他の敵を叩き、戦闘の終結を早めます。
離れる際に少しでも敵を【おびき寄せ】たいですね。
敵を見るに、おいで、とでも優しく言えばついてくるでしょうか。
十分味方から離れたら後はユーベルコードで【破魔】の炎を放って【焼却】し、血溜まりが出来ても蒸発させてしまいましょう。
【だまし討ち】みたいな事をして申し訳ありませんが、私には今共に生きる方々が大事ですから。
時間がかかりました……ロランさん、大丈夫でしょうか。
ロラン・ヒュッテンブレナー
※開始時からUC発動継続
【子狼たち】
すごい匂いと呼び声なの
悲しくて、さみしいんだね
なんだか、分かる気がするの…
縛られたままなんて、ひどいから
待ってて、今、解放してあげる
みんな、力を、貸してね
【高速詠唱】
月光を槍に変化させ刺した相手に【ハッキング】して【精神攻撃】で眠らたまま骸の海に返すルナ・レイの人狼魔術を【範囲攻撃】【全力魔法】で【乱れ撃ち】なの
できるだけ多くを、苦しまないように、全部ぼくが、力の限りで、眠らせてあげるの
送ってあげるから
次は幸せに生きてね
きっとこの世に戻って来て
力の使い過ぎで苦しくなってきたの…
一回解除を……できない?
音狼、どうしたの?
狼の女神がいる方向へ唸り声を上げてるの…
『んぎゃあ』
仄暗い森の奥で耳にするはずのない声がして、ニーナ・アーベントロートは柳眉を寄せた。厭な予感がする。そう呟いて、仲間の背を追う飴色の瞳が揺れた。
直後、彼女の予感は的中した。足を止めた猟兵達の前では、暗い朱に塗れ、か弱い存在が無秩序に泣いている。いっそ霧が覆い隠したままでいれば良かったものを。
「……っ、すごい匂いと呼び声なの」
人間ですら顔を顰めるような状況だ。狼に変じたままのロラン・ヒュッテンブレナーにはさぞ辛かろう。
(「悲しくて、さみしいんだね」)
――なんだか、分かる気がするの。我が事のように心を痛める少年の隣に、エルザ・メレディウスは無言で寄り添った。それは師としての責任か、騎士としての信念か。何にせよその手は離さぬと、確固たる誓いを胸に赤子達を見据える。
「ああ……うんざりするよ本当に、これは」
対し、何処となく厭世的に呟いたアン・カルドは、嫌悪や憤りといった感情を隠そうともせず、眉根を寄せて赤子達を見下ろした。
「これは――あんまりじゃあないか」
アンの心情を反映するように銀の羽はだらりと重く垂れ下がり、彼女はそれ以上の歩みを止める。代わりとばかりにハロ・シエラがレイピアの柄に手を掛け、前に歩み出た。
「出遅れましたが、ここからこそが私の出番の様ですね」
仲間との合流を果たしたハロはちらとロランを見やる。獣化してからどれほどの時間が経過したかはっきりとはわからないが、決して負担は小さくないはずだ。
「歩み出せなかった、か。同情しよう、哀れみもしよう。だが――」
深く息を吐き出し、夜刀神・鏡介は刀を抜いた。よく使い込まれた刀は手入れが行き届いており、赤い月の光を跳ね返し冴え冴えとした光を放っていた。
『あ゛、ぅ』
光に惹かれたのか。ろくに目も見えぬような赤子が、玩具を欲するかのように手を伸ばした。それが合図だった。
赤い水面が波立ち、いくつもの腕が生えた。溺れる者が救いを求めて手を伸ばすように、稚き指先が蠢いている。
「……皆には悪いが、僕はやりたいことしかやらない主義でね。積極的な攻撃は控えさせてもらう」
アンの言い分を咎める者は、この場には一人も居ない。むしろ誰もが目の前の敵に対し何らかの想いを抱き、その上で得物を手にしていた。寄せては返す波のように朱殷は猟兵に群がり、斬撃が、魔法が飛び交う。
(「全く同情しないわけじゃない。でも」)
つ、と紅差し指を唇に這わせ、ニーナは口を開いた。
「君たちと一緒には生きられないから」
猟兵として、すべき事を。ニーナは高らかに歌い上げる。新たな季節の到来を祝福する歌を。生者にしか共感出来ぬ、その歌を。
慕わしい姉の声に一時の安らぎを得て、ロランは赤子へと向き直った。彼らは歌に耳を傾けるどころか変わらず泣き声を上げていて、もう季節の移ろいに心動かされる事は無いのだと――彼らの時間は止まったままなのだと痛感させられる。
「縛られたままなんて、ひどいから……待ってて、今、解放してあげる」
遠吠え。戦場全体に響き渡る音を媒介に、ロランは魔術を行使する。力を貸して。ロランの願いにエルザは素早く周囲に視線を巡らせる。
「……っ、敵数が増えています。挟撃に警戒を!」
彼女は咄嗟に自身の背丈を優に超える槍を投げた。槍は地面に突き刺さると同時、周囲の汚泥諸共赤子を吹き飛ばす。猟兵達に向かってその範囲を広げていた血溜まりが撓み、赤子の行軍が遅滞する。
「大丈夫だ、ここは抑える」
鏡介は踏み込むと、片手で斬り上げた。その刃筋に躊躇いは無い。
「俺は今、戦う為に此処にいる」
そして背後には、ロランが控えている。彼が詠唱を終えるまでは一体たりとも通さぬと、鏡介は真っ直ぐに赤子達を見据えた。
「さて、攻撃も援護も手は足りている様子ですが」
乱戦は免れない。そしてそれは、ロランの負担を思えば好ましい状況ではない。ならば。ハロは武器を構える事なく、出来る限り穏やかな声を心掛けた。
「――おいで」
遊びに誘う姉のように。幾体かが釣られ、集塊が崩れた。ハロはそのままじりじりと距離を取り始め、仲間から引き離していく。赤子達は数は多いものの、統率が取れているわけではないようだ。彼らは徐々に、着実に、分断され動きを制限されていく。
『ほえ゛ぇ、ふげぇ』
ぴちゃぴちゃと水遊びをするように、血溜まりの中で赤子が手足をばたつかせている。その様が藻掻き苦しんでいるようにも見えて、アンはそっと抱き上げた。
『んぎゃあああ! ……あぅ、あ』
「悪いね、少し痛かったろう?」
赤子は彼女の腕に納まった瞬間だけは火が付いたように泣き出したが、それもすぐに収まった。
「もう大丈夫だ、これから先痛みを感じることはない……君達の痛みは塗り潰したから」
さ、仲間のところへ行っておいで。再び湿った地面に降ろされるが、赤子は自身の身に何が起きたのかわからないといった様子であった。残されたのは漠然とした違和感だけで、アンの手に因って魔術的な書き換えが行われたなどとは知る由もない。
(「体の痛みがなければ己が瀕死であることには気づけない、心の痛みがなければ救いを求める手も鈍る……なんて」)
まるで弁解するように理屈を捏ねている事に気付き、アンは小さく笑った。
『ぅぎゃあ、ぉぎゃ』
「ああ、やはり」
エルザは妖刀を振るいながら、思わずと言った様子で呟いた。たとえ敵であろうと、斬るという行為には躊躇いも恐怖も生じてしまう。ましてや弱い存在に刃を向けるなど、染み付いた騎士道が良しとしない。足元に群がる赤子がエルザにしがみ付きよじ登り、薄い爪が肌に食い込んだ。
(「彼らの爪が私の体を切り裂くのは、むしろ罪に対する救いなのかもしれません」)
すぐにニーナの歌声が癒しを齎してくれたが、エルザはしばしひりつくような痛みに意識を向けていた。
「ですが、私は」
意を決したように、一閃。斬られた赤子が、炎の中に沈んでゆく。
「思った通り、炎は有効なようですね」
離れた所から一部始終を見ていたハロは、足元へと視線を戻した。自分に向けられた小さな掌は、無邪気に遊びを強請っているようで。
「これを玩具にすると――火傷しますよ」
細い刀身が炎を宿し、燃え上がる。破魔の気配を察したか、手を引っ込めた赤子にハロはほんの少しだけ眉尻を下げた。
「だまし討ちみたいな事をして申し訳ありませんが、私には今共に生きる方々が大事ですから」
ごうと音を立て、ハロを中心にして炎が円を描く。地表を走る炎は赤子を焼き尽くし、血溜まりをも飲み干してゆく。
かろうじて炎に巻かれなかった赤子達が、鏡介を見上げて泣いた。アンによって痛覚を消失してはいるけれど、それでもこの熱は違う、と。求めたぬくもりではないのだと、訴えるように泣き声を上げていた。
「悪く思うな……等と言う気はない。恨むがいい」
悪いのは親か、治世か、吸血鬼か、それとも。赤子達の行き場のない想いすら受け止める覚悟で、鏡介は鉄刀を握り直す。
ひゅんと風を切る音がした。次いで赤子の頭がゆっくりとずれ、胴体から離れて血溜まりへと落ちた。せめて苦痛に思う事の無いようにと。鏡介は洗練された剣術で、一刀の元に斬り捨てた。
『ふえ……う゛、え』
『え゛え、あ゛ぐぇ』
『ぎゃあ、んぎゃあ』
残された赤子が、そして新たな血溜まりから現れた赤子が一斉に泣き始め、辺りは再び騒然となる。一体どれほどの幼子が犠牲となっていたのだろうか。
だが、誰一人慌てる事は無かった。月光が、強い輝きを放っているからだ。魔術が発動した。
「送ってあげるから、次は幸せに生きてね」
ロランのその一言が引き金となり、月光が槍となって降り注ぐ。光の驟雨を浴びた赤子は眠りに落ち、そのまま二度と目を開ける事は無かった。
泣き声が次第に遠ざかり、ニーナの歌声が明朗に響き始めた。賑やかな祭りの前夜を。大きなかがり火を。光と太陽が戻る刻を。
(「時が巡って、生命は循環するんだよ」)
子守歌の代わりになれば良い。この子達の道行きの、餞になれば良い。戦闘がひと段落ついても、ニーナは歌を紡ぎ続けた。
「さて、そろそろ親玉のお出ましだろうが……」
「大丈夫、次はちゃんとやる……」
「――アンだって、ちゃんとやってただろう」
俯いていたアンを労っていると、鏡介はふと違和感を感じた。無意識のうちに、もう一振りの刀に手を掛ける。
「……ロラン君?」
それはアンも同じだったようで、振り返ればハロがロランの顔を覗き込んでいる所であった。ただならぬ様子に、ニーナも屈んで視線を合わせている。
「ちょっとロラン、大丈夫?」
「う、うん」
大丈夫だよ。ロランは心配させまいと努めて明るく振る舞うが、仲間の表情は浮かない。
「何かあれば仰ってください。ね?」
エルザに念を押され、頷いた。
(「力の使い過ぎで苦しくなってきたの……」)
一旦解除をしようにも上手くいかず、ロランは音狼に呼びかけた。
(「音狼、どうしたの?」)
答えは無く、唸り声だけが聞こえていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
泉宮・瑠碧
子を求める母と
母を求める子と…
引き寄せて、しまったのですか
あの赤子達は…
己の望みや本能で、求めているだけ、なのですね…
でも、あのまま泣いて、誰を引き摺り込んでも
…苦しみも、淋しさも、終わりません
私は静穏帰向で、小さな精霊達へ祈り
小さくも優しき力を寄り集め、人の形を模して
その腕に抱き締めての、浄化を願います
力の結集だから、実体が無くても良い
ただ、少しでも
あの子達の望みに近い形で、還れるように
安心して眠れるように…力を貸して
自身でも、浄化を籠めた子守唄を
痛み無く、苦しみ無く…悲しみ無く
またいつか、産まれ出でる日まで…眠りましょう
寝かし付ける様に、願いを乗せて歌います
どうか、穏やかに
…おやすみなさい
『え゛えぇええ……、あ゛ぁあ……』
声帯の未発達な泣き方は、その子の生きた時間が幾許も無かった事を示していた。或いは、生まれる前に。泉宮・瑠碧は御空色の瞳に水の膜が張るのを感じ、暗い空を仰いだ。
「子を求める母と、母を求める子と……」
森の奥深くで、未だ雌狼は咆えていた。両者ともに求めるものは同じようでいて、決定的に違っていた。どちらも、誰も応えない。
「引き寄せて、しまったのですか」
二つの声は何処までも平行線で、決して交わらない。それが、ただ遣る瀬ない。
『ひぃ……あ』
ぴちゃん。伸ばされた手から垂れた雫が、血溜まりに波紋を作る。瑠碧は伸ばされた手を取ってやりたい衝動に駆られるが、望まれるままに引き摺り込まれた所で赤子らが救われない事を知っている。
「誰を引き摺り込んでも……苦しみも、淋しさも、終わりません」
血溜まりの手前で立ち止まり、両の腕を広げた。噎せ返るような血臭の中に、水と土と草木と――自然の匂いを、精霊の気配を嗅ぎ分ける。
(「この子達を、帰したい……」)
一つ、二つ。瑠碧の願いに賛意を示した精霊が、ぽつりぽつりと姿を現した。七つ、八つ。どうやら精霊達も、彼らの存在に困り果てていたようだ。静かな森に戻して欲しい――、理由は違えど瑠碧の願いは精霊達にとっても望む所で。
弱くとも膨大な数の精霊が腕の中で収束し、一人の赤子の姿を象った。彼女はそれを抱き、慈しむように浄化を謡う。
「痛み無く、苦しみ無く……悲しみ無く」
怖いものなどひとつも無いと。安心して良いのだと。
「またいつか、産まれ出でる日まで……眠りましょう」
還りましょう。我が子を迎えに来た母親のような声で、瑠碧は母親の代わりに連れてゆく。子守歌を聞きながら、とろりと瞼を閉じた赤子が血溜まりの中に身体を横たえた。どうか、穏やかに。赤子達に、そっと囁いた。
「おやすみなさい」
成功
🔵🔵🔴
ティル・レーヴェ
【花結】
愛を温もりを求む聲が
未来を得れなんだ聲が強く響く
手を伸ばしたくなれど
求む其れに
代わりは無きものなのね
なればこそ為せるは一つ
哀しき今を終わらせて
静かな眠りへその先へと誘うが
この鳥に出来る事
集う友の為と
変じ駆ける彼女
その身も裡も助したいがこそ
優しき寝物語を子らへと語り
己をも繋いでいてくれる
彼が傍にいるからこそ
妾は唄う事を選べる
夢と終を
白き彼岸の花を手向けられる
染まりても戻れると信じられるから
意を決し嘗ての歌を囀れば
身も嘗てへ巻き戻る
秘色の髪は天鵞絨へ
笑む唇でわたしは唄う
寂しいのね
哀しいのね
さぁさ
お眠りなさい
求む人もぬくもりも
夢の中で待ってるわ
そうして
ねぇ、その先へ
わたしが連れて行ってあげる
ライラック・エアルオウルズ
【花結】
嘗てあった、母の温もり
それしか知らないが故に
捨てられた身でも、尚
先より母に縋る子は
余りに悲しいものだな
此処に探す母は居ない
留まらずに先にお行き
其処にこそ、望むものも
知らないものもあるから
集まる友に駆ける友
共と添う彼女の為と
子の為に、幸を紡ごう
穏やかに眠りゆけるよう
寝物語を語り語ろう
語るは『巡る夜の物語』
夜が訪れ、朝が来る
冬の兆しが、春を呼ぶ
そうして、巡りゆくならば
今はまるで芽吹かぬ種も
いずれは綻び咲くだろう
花影に【眠り】添え放ち
夢見る先を想うように
恒とは違う彩を眺め見る
花影を良く見てごらん
鈴蘭、沈丁花、勿忘草
彩は違えているけれど
本当の彩を、僕は忘れない
安心して唄っておいで
優しい子守歌を
たとえば生木を炙ると断面がじくじくと滾るように。赤い水面は不規則に泡立ち、漏れ出した蒸気のようにか細い泣き声が耳につく。
「聲が」
愛を、温もりを求む聲が。未来を得れなんだ聲が。それ以上の言葉を続けられずに言い淀んだティル・レーヴェを支えるように隣に立ち、ライラック・エアルオウルズは目を伏せた。
「――……先より母に縋る子は、余りに悲しいものだな」
見る限りではまだ感情が発達していない月齢で、つまり彼らの望みは本能的なもので。そこに代わりなど、充てがう余地は無くて。
「……求む其れに、代わりは無きものなのね」
伸ばしかけた手は行き場を失い、ティルは祈るように胸元で握り込んだ。友の下に馳せ参じたいと気持ちは逸るが、まずは彼らを。この子らに道を示さねばなるまい。掛けるべき言葉を探すティルに代わり、ライラックが先に口を開く。
「此処に探す母は居ない。さ、留まらずに先にお行き」
望むものも知らないものも、其処にこそあるからと。ぱらり。頁を捲る音がした。
夜が訪れ、朝が来る
冬の兆しが、春を呼ぶ
そうして、巡りゆくならば
今はまるで芽吹かぬ種も
いずれは綻び咲くだろう
ライラックの語る寝物語が、『巡る夜の物語』が進むにつれ、花を象った影が咲いた。恐らく彼らは眩い朝日も暖かな春も知らなくて、けれど今は本物を見せてあげる事は出来なくて。
「花影を良く見てごらん。鈴蘭、沈丁花、勿忘草……彩は違えているけれど」
せめてもの慰みにと咲かせた花に本来の色は無いが、それでも初めて触れた物語を気に入ったのか、赤子達の泣き声が和らいだ。――ライラックの低く落ち着いた声に眠気を覚えた可能性も否定出来ないが。
「本当の彩を、僕は忘れないよ」
ライラックは赤子達から目を離さず、だがその言葉は確かにティルに向けられていた。
「安心して唄っておいで。優しい子守歌を」
――嗚呼、この人には敵わない。まるで見透かされているようで、けれど決して不快ではなくて、ティルは顎を上げた。
(「彼が傍にいるからこそ、妾は唄う事を選べる」)
ふわりと靡いた髪は淡い青磁から深藍(こきらん)へと色を変え、垂れ下がる金鎖がしゃらと鳴った。囀るは嘗ての歌で、嘗て人々を導いていた聖女がそこに居た。
寂しいのね
哀しいのね
さぁさ
お眠りなさい
求む人もぬくもりも
夢の中で待ってるわ
(「そうして――ねぇ、その先へ。『わたし』が連れて行ってあげる」)
そうして手向けるアルビフロラは、彼らへ贈るメッセージ。哀しき今を終わらせれば、その先があるのだと信じて。『また』があると信じ、ティルは赤子達の頭上を舞う。
(「――恒とは違う彩だ」)
眩しいものでも見るかのように目を細め、ライラックは上を見上げた。その色彩も美しいと素直に思ったものの、口に出す事はしなかった。乙女心はわからない。そう嘯くだけに留めた。
ぱしゃん。血溜まりに飛沫が上がり、赤子が横たわる。ごく普通の、遊び疲れて突然眠る幼子のように、赤子達は眠りに落ちてゆく。
「行こうか。――戻っておいで」
ライラックが空に手を差し伸べる。信じたその大きな掌にそっと手を重ね、ティルはふわりと笑むと地上に降り立った。
影が咲き乱れる花園で、降り注ぐ白い花びらの毛布に包まって、赤子達は優しい夢を見た。小夜啼鳥に誘われ、死出の旅へと発って行った。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
西塔・晴汰
【晴ル】
確かに血生臭いけど、変な違和感あるっすね
……何っすかコイツ…赤子!?
気味悪いっすけど、数で押してくる相手ってのは油断したらやばいって決まってるっすからね
油断なくいくっすよ――……ルーナ…?
オレが切り込むよりルーナのほうが早くて
血が飛び散っていく
悲鳴が響く
ルーナ
待った、待って、
……ルーナ。ルーナ!
もういい、いいんだ――止めるんだ!
そんな辛そうなトコ、見てらんないから
これ以上ルーナに手を下させないために、オレは躊躇わない
一撃で血溜まりの地形ごと吹き飛ばしちまえば、増殖はできないはずだから
……これ以上ルーナに、殺させないでくれ
……見てらんないんっすよ
本当に平気なら……そんな顔はしないっすから
ルーナ・オーウェン
【晴ル】
血の香り、でも何か違う
晴汰、気をつけて
何か周りにいっぱいいるみたい
血でできた赤子?
……望まれなかった、命
そっか
私は兵器だった
何度も作られて、何度も死んで
同じような子たちも何人もいた
だから、使いつぶされた命
似てるけど、負けられない
晴汰、私は大丈夫
『不帰舞』を使用
人としての心を封印
速度を生かして背面に回って【不意打ち】
腕に捕まらないよう一撃離脱
湧きだした子たちもすぐに銃や飛刃で刈り取っていく
悲鳴を聞いても平気
手に伝わる感触は慣れてる
この飛沫も、もちろん同じ
だから、平気
平気、平気
平気よ、晴汰
兵器だから、私は
平気なのに
大丈夫なのに
どうして、そんなに頑張るの?
どうして、私は……手を止めたの?
赤黒い水溜りは大地に染み込むでもなく、どろりと広がっていた。異臭を放つ汚泥に顔を顰め、二人は足を止める。
「血の香り。でも、何か違う」
「確かに血生臭いけど、変な違和感あるっすね」
もしそれが血溜まりならば、持ち主が居るはずで。この森に入ってからというもの、その夥しい量の血液に見合うような大型の動物は見ていない。不自然でしかない。観察するように眺める西塔・晴汰に、ルーナ・オーウェンは注意を促した。
「晴汰、気をつけて。何か……周りにいっぱいいるみたい」
ごぼ、ぴちゃ。二人の目の前で朱殷が揺れ、生き物の形を成した。
「……何っすか、コイツ……赤子?!」
『んぎゃあ』
その産声を呼び水に、血溜まりから小さな腕が次々と伸び、這い出る赤子は無尽蔵に増えていく。晴汰は薙刀を構え、にじり寄る赤子を睨みつけた。
「気味悪いっすけど……数で押してくる相手ってのは油断したらやばいって決まってるっすからね。油断なくいくっすよ、ルー――……」
晴汰が言うよりも先に、ルーナは飛び出していた。た、た、た、と短機関銃が火花を散らし、赤子をただの血溜まりへと変えていく。新たに生まれた赤子が、産声を上げるよりも早く暗器の類を叩き込まれる。
「血でできた赤子」
増えるのであれば、その増殖する速度を自身の処理能力が上回れば良い。ルーナの導き出した答えは単純明快で、またそれを可能にする手段を自分は持っている。
「……望まれなかった、命」
ルーナは憐れむでもなく、ただ噛み締めるように彼らの境遇を口にした。「そっか」と納得したように呟いて、人らしい心に蓋をする。
(「――私は兵器だった。何度も作られて、何度も死んで」)
似た境遇の兄弟姉妹はたくさん居て、果たして使いつぶされた命はどれくらいあっただろうか。
「……ルーナ、」
「晴汰、私は大丈夫」
心配そうにかけられた声に振り返る事なく、ルーナは足元から伸びた腕を躱した。背面に回り込めば、血溜まりから這い出ようとする姿勢で首の後ろ――急所が曝け出されている。たん、と銃声が一つ。
「ルーナ」
ぎゃあ、と喧嘩をする猫の鳴き声に似た悲鳴が上がり、苦無の刃をその首に当てた。
「ルーナ! 待った、待って、」
身を翻し、新たに伸ばされた腕を斬り飛ばし――、
「ルーナ!」
銃口を向けた所で晴汰が割って入り、ルーナは動きを止めた。
「平気よ、平気」
うわ言のように繰り返すが晴汰は取り合わず、ルーナを後ろ手に庇ったまま、覇狼の楔を薙いだ。
「平気よ、晴汰。――兵器だから、私は」
「もういい、いいんだ――……」
そんな辛そうなトコ、見てらんないから。その晴汰の言葉が理解出来ず、ルーナは目を瞬かせた。平気なのに。大丈夫なのに。何を言おうと、彼はその場所を譲らない。
(「これ以上ルーナに手を下させないために」)
黄金色の覇気を纏い、晴汰は赤子の群れを見た。ややもすれば自身を喰らいかねない氣が迸り、楔の先に収束する。
「これ以上……ルーナに、殺させないでくれ!」
摺り足で踏み込み、一点集中の突きを繰り出した。純然たる力の塊が爆ぜ、赤子諸共地表を抉り取った。
泣き声が止み、森は静けさを取り戻した。後は遠吠えの主の下へ向かうだけだと歩き出した晴汰を呼び止め、ルーナは尋ねる。
「どうして」
どうしてそんなに頑張るの。どうして私を止めたの。どうして私は手を止めたの。様々な疑問が込められた「どうして」に、晴汰は真摯に向き合った。
「……見てらんないんっすよ。本当に平気なら……そんな顔はしないっすから」
「顔?」
見返せば彼の黄褐色の瞳に自分が映っていて、けれど彼の言っている事はよくわからなかった。そんな彼女の様子に、晴汰は少し困ったように笑った。
「ルーナは、もう少し自分の事を顧みてもいいと思うんっすよ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
第3章 ボス戦
『暴威をふるうもの』
|
POW : アッシュ・ローズ
単純で重い【粉塵と鋭い砂礫を広範囲にまき散らす爪】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD : 赤月の残響
【出血と聴覚異常をもたらす魔性の咆哮】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 永遠の断絶
全身を【敵を斬り刻み攻撃を阻む漆黒の旋風】で覆い、自身が敵から受けた【あらゆる行動(治療行為含む)】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
イラスト:Kirsche
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠リグ・アシュリーズ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
艶やかな灰色の毛並みを持つ巨狼が、悲し気に吠えている。
訪れた猟兵達など眼中に無いかのように、ただ、吠えている。
私の赤ちゃん。お母さんはここに居るよ。
猟兵の一人が、話に聞いた街の跡の調査を終えた。
領主家は疫病により後継を失い、一度は森に捨てた庶子を再び迎え入れていた。
異端の女神は、森に捨てられていた人の子を我が子として慈しんでいた。
決定的な証拠では無かったにせよ、狂えるオブリビオンの呼ぶ『赤ちゃん』の正体が、とうに放棄された街の領主である事は想像に難くない。
私の赤ちゃん。あなたを見つけられないの。
この雌狼が身体を貸してくれたから、何度もあなたに会いに行こうとしたの。
でもね、あなたが何処にも見当たらない。
私の愛しい子。あなたは今、何処に居るの?
ヴァンパイアに支配権を奪われて、早百年以上が経っている。
それがどういう意味を持つか。永きを生きる異端の女神には、わからなかったようだ。
シキ・ジルモント
探す『赤子』は領主として立派に生きたんだろう、今も伝承として残る人物なのだからな
…理解を得られるかは分からないが
人の寿命はそれほど長くないこと、子はもう生きてはいないことを、戦闘の合間に伝える
倒す相手と分かってはいるが、異端の神も狼も、このままにはしておけない
ユーベルコード発動
咆哮以外の攻撃を受けないよう増大した反応速度で回避しつつ、射撃で反撃を試みる
出血と聴覚異常で戦闘に支障が出ても動ける限り交戦を続ける
動きを鈍らせるなり、隙を作るなり…
この場に居るのは俺だけではない、今は出来る限りを、次に繋げる為に
しかしオブリビオンが他者の為に身体を貸すとは驚いた
この狼も、かつては母だったのかもしれないな
朧・紅
あなたの赤ちゃんはもうここには居ないのです
…なんて
言葉でわかるのでしたらこうはなっていないのですね
ねぇ
あなたは赤ちゃんに逢って
何をされるのです?
抱きしめるのです?その爪で
口づけるのです?その牙で
狂えるオブリビオンのそのお姿で
ご自分が子どもを傷つける存在になってしまっていたなら
どうするですか?
おかーさん
狼さんダメですよ
その優しさの使い方は人を傷つけるものです
優しく逝く手助けするですね
赤ちゃんがいるかもしれないその先に
それでも暴れ狂う時は
力づく
瞳は金へ
少女は殺人鬼へ
でも朧どうか痛み無く逝かせてくださいね
耳がダメなら目鼻と第六感で補うゼ
溢れる血は血糸で操りうるせェ口を塞ぎ
愉しげに嗤い刃を贈ッて殺ル
応える者無き呼び声が虚空に消える。
「あなたの赤ちゃんはもうここには居ないのです」
ただ虚しい残響を大人しく聞いている義理も無ければ道理も無く、朧・紅は諭すように事実を伝えた。空を仰いでいた瞳が、おもむろに猟兵達に向けられる。
グォオオ゛ォオンッ!
発せられた声は突如として質を変え、実体を持ったかのように猟兵達を叩いた。周囲の音が遠くなるのを感じるが早いか、紅の眼前に爪が迫る。
「……なんて」
言葉でわかるのでしたら『こう』はなっていないのですね。紅はすんでの所で身を捩り、ころりと地面を転がって衝撃を和らげる。雌狼は彼女が起き上がるより先に牙を覗かせたが、紅と狼を隔てるように張られたワイヤーが遮った。
「……探す『赤子』は領主として立派に生きたんだろう、今も伝承として残る人物なのだからな」
ワイヤーを巻き取りながら、シキ・ジルモントは改めて雌狼を見やる。倒すべき相手と知っていて、掛けてやる言葉は無意味に終わるかもしれなくて、それでも捨て置けぬと牙を剥く。日頃抑え込まれている獣性が、目を覚ます。
唸り声を上げながら、雌狼の鋭い爪が薙ぐように振るわれた。ごぽり。避けようと身体を動かした二人を、まるで水中に居るような、水が耳の中に入ったかのような不快感が襲った。
だが、聴覚異常如きで平衡感覚まで失うような軟な身体はしていない。爪が届くよりも早く地面を蹴り、後方へ跳びながらシキは引き金を引く。弾丸は爪を弾き、軌道を逸らした。めきり。跳ね上げられた爪を紅の血糸が絡め捕り、強く締め付ける。
「ねぇ。あなたは赤ちゃんに逢って、何をされるのです?」
私の、赤ちゃん。獣から発される言葉は、疑問の答えにはほど遠い。
「もう『赤ちゃん』ではないがな」
女神にしてみれば、人間などいくつになっても赤子同然なのかもしれないが。ぶちぶちと血の拘束を引き千切る雌狼を、シキは連射で牽制する。自由を取り戻しても攻めあぐねる雌狼に、紅は続けて問う。
「抱きしめるのです? 口づけるのです?」
その爪で? その牙で? 人の子など容易く屠れる武器を携えて、どう愛すると言うのだろうか。
「ご自分が子どもを傷つける存在になってしまっていたならどうするですか? 『おかーさん』」
おかーさん。果たしてそれは誰を指しているのか。紅がいくら問うても答えは無く、とうに説得出来る段階に無い事を悟る。
「この狼も、かつては母だったのかもしれないな」
オブリビオンが他者の為に身体を貸すなどと。シキの微かな呟きが耳に届き、紅は小さく首を振った。
「その優しさの使い方は人を傷つけるものです」
再度、咆哮。耳への負荷が増し、首筋に血が伝う。その遠吠えは猟兵達の声を掻き消そうとしているかのようだった。眼光鋭く睨み付け、シキが叫ぶ。
「もう気付いているのだろう? ――人の寿命が、神々のそれと比べて著しく短いと!」
雌狼は答えない。繰り返し、我が子を呼ぶ。耳の障害をすり抜けて、猟兵達の耳朶を打つ。
「――うるせェ」
呼ンでも来ねェよ。紅は――『朧』は言い捨てて、耳から滴る血を指で掬った。ついと指し示した先に血が伸びて、雌狼の口吻を縛り付ける。
「子の居る場所に、逝ってやれ」
牙を封じられた瞬間を見逃すはずもなく、シキが駆けた。雌狼も爪で応戦を試みたが、振るった腕が触れる直前に男は跳躍する。着地は、雌狼の背に。どう足掻こうが、獣の腕では背にしがみついた男を払う事は出来ない。
「今だ、送ってやれ」
シキに羽交い絞めにされた雌狼が、無防備な腹を晒した。でも朧、どうか痛み無く逝かせてくださいね――紅の声が聞こえた気がして、誰に言ってるんだとばかりに朧は嗤った。
「ンな事ァ言われなくとも!」
目に見えぬ程に細く撚られた血の糸が、触れた。その血が飛沫を上げるまで、雌狼は自身が斬られた事に気付けなかった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
ニーナ・アーベントロート
【子狼たち】
「私の愛しい子」?
…違うよ、お生憎さま
あたしは産んでくれた母をこの手で葬った
あんたの大事な我が子は、ここにいないよ
その子が狂おしい程に愛しいなら
はやく、会いに行ってあげな
ロランの変化に気付くが止められず
…寿命削るのがずっと怖くてさ
これ、初めて使うんだ
魔力の封印を解きリミッター解除
『血統覚醒』で真の姿に
ダッシュにジャンプ、残像と
戦闘知識で攻撃を見切りながら
仲間の後に続く形で接近
母狼には早業で炎の属性攻撃
更に2回攻撃で仲間がつけた傷口を抉る
ロランは怪力で身体を押さえ込み
自我が戻るまで呼び掛ける
皆もあたしもロランを失いたくなくて
本気で向き合って、手を伸ばしてる
…だから、戻ってきてよ
エルザ・メレディウス
共鳴しあっているの、ロランさん...。
でも、そちらに完全にいってはダメ。
『先生』はその手を放しません...。
暴走したあなたを助けてみせます
■戦闘
演説内容:ここに集まった皆様は、私以上にロランさんをよく見知った方々。私達の想いは一つ...さぁ、ロランさんを救い、異端の女神の魂を救済しましょう
☆『集団戦術』に意識して、全員が上手く連携↑
→暴威をふるうもの、暴走ロランさんの攻撃に対して相互に上手く、防御がとれるように
・UCと共に『鼓舞』を行い、全員を奮い立たせます
☆暴走ロランさんへ
私は攻撃は控えて、声を届けることに専念。
…ここにはあなたの家族も、友人もいます。
だから戻ってきて、ロランさん...?
夜刀神・鏡介
【子狼たち】
ロランの暴走か……?こんな事になるとは、嫌な予感ほど良く当たる
そんな姿はらしくないだろ、ロラン。だから俺も全力を以てお前を止めよう
神刀の『封印を解く』と共に【鬼哭】を発動、黒の剣気で戦闘力を強化
敵に対しては近距離なら直接『切り込み』遠距離は『切断』の『衝撃波』で咆哮ごと斬り裂く
ロラン動向に注視して、動きと力の流れを『見切る』
UCの制限時間を『限界突破』で僅かに伸ばし、最後の一閃はロランに向けて
『リミッター解除』で神刀の力を引き上げ、相打ち上等の『カウンター』
暴走するロランの力のみを断ち、暴走を抑える
いい加減に目を覚ます時間だ、ロラン
だが、俺はそろそろ時間切れ……悪いな、後は任せた
アン・カルド
【子狼たち】。
残念だが僕は君の赤子じゃあない…ま、愛してくれるならなってもいいけどね。
…意味のない話だ、赤子が誰でもいいならさっきの子達はいなかった。
だからさ、起きようロラン君…君もあれの子じゃないんだ。
【骰子】。
バズバグ…運命を捻じ曲げ、牙と爪から僕らを遠ざけろ。
二人の狼の…牙と爪から。
…戦いが終わるまでロラン君が止まることは、恐らくない。
だからせめて、その間皆を傷つけることがないように、そんなことは望んでないはずだから。
傷ついても皆は許してくれるだろう、ただロラン君自身がそれを許すことができない、彼はいい子だから…僕と違って。
大丈夫…起きても誰も傷ついちゃいない、君は正しくやり遂げたんだ。
ハロ・シエラ
【子狼たち】
あまり良い状況とは言えませんね。
オブリビオンを迅速に倒し、ロランさんを止める事に注力しなければ。
ここはロランさんと協力して戦いましょう。
私自身が【ダッシュ】で誰よりも速く動き、ロランさんを【おびき寄せ】た上で【敵を盾にする】様に動きます。
エルザさんの祝福があれば【瞬間思考力】で爪を【見切り】、回避しながらユーベルコードでロランさんと同時に攻撃を仕掛ける事も出来るでしょう。
砂礫は【オーラ防御】でしのぎ、粉塵で視界を奪われても【第六感】で何とかします。
ロランさんはその後【グラップル】の要領で組み付いて止め、ニーナさんを手伝います。
私の大切な友達……必ず取り戻して見せます!
ロラン・ヒュッテンブレナー
(引き続き即UC【静寂を慈しむ音狼の加護】発動)
【子狼たち】
呼び声の主…
この狼の女神に、なにがあるの?音狼
なんでそんなに、「壊したい」の?
みんな、最後なの
がんばろ
近づいて遠吠えの音撃魔術で攻撃なの
苦しいけど、あと、もう少し…
相手の遠吠えが音狼を強く、大きくしていくの
封印の陣が、壊れてる?
(UC【狂狼顕現】発動)
あ、だめ、音狼……
母狼に敵意むき出しで敵味方見境なく暴れる
強固な【オーラ防御】と様々な魔術、牙と爪で攻撃
狼の敏捷性で動き回る
ぼくを封じてるの?音狼
でも、ぼくは、一人じゃないんだよ?
キミの封印を破る力が
ぼくを支える手が
呼ぶ声が、ぼくを待ってる
だから、大好きなみんなの所に帰るんだ
……ただいま
先陣を切った猟兵が雌狼を斬りつけたが、致命には程遠い。異端の女神が持つ力も然る事ながら、依り代となった雌狼もそれなりに力のある存在であるようだ。自身の負傷など然して気にも留めず、我が子を呼ぶ。
私の、赤ちゃん。
「違うよ、お生憎さま」
「そうそう、残念だが僕たちは君の赤子じゃあない。ま、愛してくれると言うのなら――」
ニーナ・アーベントロートは即座に否定を口にし、アン・カルドは軽口を叩くように口の端を上げたが、言葉は続かなかった。詮無い話だ、重々承知している。
(「赤子が誰でもいいなら、さっきの子達はいなかった」)
私の赤ちゃん。……ここにも居ない。
戦場で感傷に浸る間などあるはずもなく、雌狼の目が猟兵達を捉えた。いち早く気付いたハロ・シエラが細剣を抜き、仲間へと注意を促す。
「来ます!」
ハロの言葉とほぼ同時に大地が爆ぜ、雌狼を中心に数メートルにわたって陥没した。身に纏ったオーラで降り注ぐ土塊を弾き、ただならぬ気配を察し目を凝らして砂塵の向こうを見やる。――雌狼に飛び掛かる、ロラン・ヒュッテンブレナーの影があった。
「ロランさん?! 今突出するのは……」
エルザ・メレディウスの制止を振り切り、雌狼の真正面に立ったロランが吠えた。魔力の乗った音は激しく空気を震わせ、雌狼を強かに打つ。
「っ、嫌な予感ほど良く当たる……ッ」
少年を守るべく、そして連れ戻すべく夜刀神・鏡介は駆け出すが、直後雌狼の発した声に打ち据えられ、足を止めた。魔性の咆哮はいつまでも耳に残り、感覚を狂わせる。
(「音狼」)
仲間達がざわつく中、ロランは平静さを欠いてはいなかった。だと言うのに自身は立て続けに魔術を行使しており、精神と肉体の乖離を自覚する。
(「この狼の女神に、なにがあるの? なんでそんなに」)
――『壊したい』の? 衝動の源に問い掛けるが、音狼は答えない。体が妄執に支配されているかのようだった。
「共鳴? それとも……」
エルザは考えを巡らすがこの現象に答えは出ず、ならば最善を尽くすのみだと声を張り上げた。遠吠えが引き起こした酷い耳鳴りが続いているが、構ってなどいられない。
「ここに集まった皆様は、私以上にロランさんをよく見知った方々。私達の想いは一つ……さぁ、ロランさんを救い、異端の女神の魂を救済しましょう!」
「承知しました」
ロランが猟兵に向ける視線は仲間に対するそれではなく、下手を打てば三つ巴になりかねない。既に彼を含めた戦術は瓦解しており、固執する必要もない――ならばいっその事、利用してしまえば良い。エルザの言わんとしている所を理解し、ハロは即座に最適解を叩き出した。
「ロランさん、こちらです!」
誰よりも速く駆けたハロは、予想通りロランの視線を奪う。魔術式が展開されたタイミングで身体を倒し、スライディングで雌狼の胴の下を潜り抜ける。雌狼の側面で、魔法が炸裂した。
ガアアアアアア゛ッ!
怒号。矛先は自身を盾にしたハロに。彼女が体勢を立て直すより早く振り上げられたその爪を、アンの召喚した悪魔が受け止めた。
「そうだ、バズバグ。運命を捻じ曲げ……牙と爪から僕らを遠ざけろ」
誰の、とは言わなかった。ロランが仲間を傷付ける可能性など、口にするのも嫌だった。
(「せめて、皆を傷つけることがないように。……彼はそんなことは望んでないはずだから」)
アンは魔導書を掻き抱き、二匹の狼を睨みつける。いつでも運命に介入出来るように。
ゴオォオ゛オー……ン!
悪魔のガードを崩し切れなかった雌狼が、再び吼えた。その場に居る全員を叩き伏せる音の暴力に膝を折りそうになりながら、鏡介は歯を食いしばり踏み止まる。
「……剣鬼、解放ぉ!」
鏡介の『無仭』を取り巻いていた神気が霧散し、視認出来る程に禍々しい剣気が噴き上がる。鞘という頸木を解かれた刀身が空気を撫ぜれば、その先に居る雌狼の毛皮が裂けた。――咆哮すらも斬り裂く、衝撃波。
「ぐるる……」
鏡介の一撃を目の当たりにしたロランが唸りを上げる。本能のままに剥き出しとなった闘争心に、ニーナの瞳が揺れる。
「ロラン……っ」
「――あなたに祝福があらんことを」
未だ踏み出せぬ足に唇を噛む彼女の背が、そっと押された。振り返ればエルザが静かに佇んでいて、呂色の瞳がこちらを見ていた。その視線が力強くて、ニーナは義弟に向き直る。
「……寿命削るのがずっと、怖くてさ」
ずっと封じていた力だ。だが、天秤に乗せるまでもない。自分の命より遥かに重いものの存在を知り、ニーナは秘めていた血統を曝け出した。夕焼けは、より紅く。雌狼の振るう暴威に屈さず、彼女は突き進む。
大地は割れ、木々は薙ぎ倒され、未だ暴威は止まらない。赤子を求めて嘆き悲しむ声が上がる度に音狼は怒り狂い、心優しい少年の面影を掻き消してゆく。
「そんな姿はらしくないだろ、ロラン」
元はと言えば年の割に思慮深い少年だ。八つ当たりにも等しい感情で敵に向かうなど、あってはならない。爪と爪が交差する乱戦の中、鏡介の刃は正確に雌狼だけを捉えた。雌狼は斬りつけられながらも、刀を振り抜いた直後の無防備な一瞬に反撃に転じ、牙を剥く。
「あんたの大事な我が子は、ここにいないよ」
水平に構えた槍の柄で牙の覗く口を押し留め、ニーナは雌狼を見つめ返す。愛情深い声とは裏腹に凶悪な牙を剥いており、それが酷く悲しかった。
「その子が狂おしい程に愛しいなら、はやく……会いに行ってあげな!」
ぎりぎりと鍔迫り合いのように押し合う力が、僅かにニーナが上回った。ぐらり。拮抗が崩れたと見るや否や、ハロは踏み込んだ。鋭い刺突が前足を捉え、雌狼がじりと後退する。
槍の柄から口が離れ、自由となった仔竜をニーナは大きく振った。穂に宿った炎が傷口を焼き、怯んだ所に鏡介が斬り込む。息も吐かせず繰り出される連続攻撃に、とうとう雌狼が後背へと跳躍した。距離を空け、両者は睨み合う。
猟兵側が押している。確信が生んだ、ほんの小さな緩み。そこに、狂狼が割り込んだ。
「うぉォおん!」
自分の獲物を取られるとでも思ったのか。闘争本能は、明確な敵意へと化す。
(「だめ、音狼」)
封印の陣が壊れている。ロランは自身に成り代わろうとしている狂狼に、手を伸ばす。
(「ぼくを封じてるの? 音狼。――でも、ぼくは、一人じゃないんだよ?」)
ロランの自信を裏付けるかのように、仲間達へと飛び掛かろうとした狂狼の前に、悪魔が立ち塞がった。
「やあ、酷使して悪いね。けれど……今一度、馬車馬のように働いて貰おうか」
ここで仲間が傷付く事を許してしまえば、誰が許そうとロランは自身を許さない。そういう子なのだ――、アンは自嘲を込めて笑い、魔導書を広げた。
「骰子なら幾らでも振り直そう、運命の神が裸足で逃げるくらいにね。だからさ、」
起きよう、ロラン君。アンの言葉に頷き、鏡介が駆けた。霊力を消費し続けた身体はとうに限界を迎えていて、だが気力のみで意識を繋ぐ。
「いい加減に目を覚ます時間だ、ロラン」
一閃。神刀は逆袈裟にロランを撫で、放たれた神気が狂狼を断った。抗おうと藻掻く彼に、ハロが組み付いた。普段の少年からかけ離れた強靭な人狼の肉体に臆する事なく、全身で抑え込む。
「私の大切な友達……必ず取り戻して見せます! ――ニーナさん!」
(「あたしは産んでくれた母をこの手で葬った。今度は、この手で弟を」)
呼びかけに顔を上げ、ニーナは飛び込んだ。諸手を広げ、腕に弟を招き入れる。
(「守る」)
抱擁と呼ぶには乱暴で、攻撃と呼ぶには優しすぎる行為だった。厚い毛皮を隔て、じわりと染み込むように伝わる、熱。
「皆も、あたしも、ロランを! 失いたくなく、て。本気で向き合って、手を伸ばしてる。……だから、戻ってきてよ……っ」
力任せに抑え込まれるだけの状況に困惑を滲ませ、視線を泳がせた狼はエルザと目が合った。戦意の欠片も無い凪いだ瞳が、狂狼の困惑を加速させる。
(「『先生』はその手を放しません」)
師として。年の離れた姉のように。それでいて対等な仲間として認める、その瞳で。狂える狼と化そうとも、エルザは変わらず見守っている。
「ここにはあなたの家族も、友人もいます。だから戻ってきて、ロランさん……?」
(「ほら、ぼくを待ってる」)
仲間達の声が、すとんと胸に落ちる。音狼に手が届き、ロランはするりと入れ替わる。
(「だから、大好きなみんなの所に帰るんだ」)
静止した狼はその小さな手に抗えず、居場所を――身体を明け渡した。
「……ただいま」
獣化の解かれたロランの声に、ニーナの拘束する腕の力が増した。ぎゅうぎゅうと抱き締める義姉に戸惑い、助けを求めるように視線を向けたロランに、ハロは口をへの字にして言い放つ。
「心配させたのですから、そのくらい甘んじて受け入れるべきです」
視線を動かせばエルザの肩に凭れる鏡介の姿が目に留まり、表情を曇らせるが、
「大丈夫……力を使い果たしただけだよ。君は正しくやり遂げたんだ」
アンが補足し、ロランは胸を撫で下ろす。その時、遠吠えと共に黒い風が吹き荒れた。
――赤ちゃん。私の、愛しい子……。
旋風は雌狼を守るように取り巻き、猟兵達を拒絶する。
「撤退しましょう」
エルザの判断は早かった。戦闘不能者を抱えての継戦は望ましくない。幸い後続の猟兵が戦場に到着し、中には縁故を持つ者も居るようだ。
「因果を断てる方に任せましょう」
「では、私が殿を」
ハロの提案に頷き、猟兵達はすぐに行動を開始する。背後では満身創痍でなお我が子を呼ぶ母狼の声が、絶えず響いていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴
泉宮・瑠碧
…直接、聞いた訳では無く
友達の様子や、言葉で察するだけ、ですが
依代の狼は、きっと、彼女の…
子を想う女神の気持ちが、よく分かったのでしょうか
…優しさは、母娘お揃いなのですね
女神様…
どんなに求めても、貴方の子は、居ないのです
居るであろう処へ、還りましょう
私は浄化を籠めて歌う事で清祓道標
郷愁を誘う様な、穏やかな唄を
彼女が後悔と痛みへ、沈まぬよう
女神が安らぎの中で、眠れるよう
依代の方も…心残りの無いように
女神様はいつか、形を変えて、お子様に逢えますよう
狼さんは…何か、小さくても、一つでも良いのです
どうか彼女に…リグリグに、応えてあげて欲しいと、願います
三者三様の、でもどこか繋がる悲しみが
晴れますように
館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎
狂えしオブリビオン…否
狂えし女神に憑かれたオブリビオン、か
…母の愛、という共通点でもあったのか
我が子同然だった子を、百年以上も探しているのか
だが、その子は、もう…
…いや、神々に時間は関係ないな
オブリビオンであれ、狂った女神であれ
俺らと相容れることはないだろう
狂っている以上言葉は届くまい
なら…我が子のところへ送ってやる
赤月の残響は投擲用ナイフを開いた口に「投擲」しつつ耳を塞ぐ
出血の痛みは「激痛耐性」で耐え
聴覚異常は「視力、第六感」で補えれば
隙あらば「ダッシュ」で一気に懐に切り込み「2回攻撃、怪力」+指定UC発動
18連撃で一気に斬り刻む
…願わくば、骸の海で会えることを
黒い颶風が止んだ。目鼻を守る為に掲げていた腕を下ろし、館野・敬輔は止めていた息を吐く。
「狂えしオブリビオン――否、狂えし女神に憑かれたオブリビオン、か」
どちらにせよ俺らと相容れることはないだろう――、そう言って黒剣を構え直す敬輔の隣で、泉宮・瑠碧は睫毛を震わせた。
「……子を想う女神の気持ちが、よく分かったのでしょうか」
どういう事かと問うような敬輔の視線に気付き、瑠碧は顔を上げる。
「直接、聞いた訳では無く……っ、友達の様子や、言葉で察するだけ、ですが。依代の狼は、きっと、彼女の……」
「猟兵の縁故か」
――グオォオ゛オオゥッ!
激しい咆哮が、空気を揺さぶった。敬輔は咄嗟に瑠碧を後ろ手に庇い、吹き飛ばされそうな衝撃の中で目を凝らす。遠吠えとは異なり、何かを吐き出すように大きく口を開けている。――喉、即ち急所が晒されていた。敬輔はナイフを投げる。
「母の愛、という共通点でもあったのか」
女神、雌狼、赤子を繋ぐ縁は、誰も幸せにはしなかった。投擲用のナイフは不幸な縁も魔性の咆哮も斬り裂くように一直線に走り、雌狼の鼻先へ。だが刃先が狼に届く事は無く、雌狼は喰らい付くようにしてナイフを受け止めると、頭を二、三度振り吐き捨てた。
私の赤ちゃん。何故。どうして何処にも居ないの。
「百年以上も探しているのか。だが、その子は、もう……いや」
神々に時間は関係ないな、と小さくかぶりを振る。ナイフは雌狼に傷を負わせる事こそ出来なかったが、咆哮を中断させ隙を作り上げた。踏み込んだ敬輔が、黒剣を振り下ろす。
ジ、ジジッ!
突如渦巻くように生じた風が、刃を阻んだ。命を喰らわれているかのような脱力感が、敬輔を襲う。
私の、赤ちゃん。何処なの?
雌狼の独り言は、猟兵達と会話が成り立たないというよりも、猟兵達の言葉を聞きたくないという印象を受けた。薄々気付いているのではないだろうか。――雌狼は、もう赤ちゃんが存在しないと知っていただろうか。雌狼を見つめ、瑠碧は眉尻を下げる。
(「……優しさは、母娘お揃いなのですね」)
狼の色に友人を重ね見て、瑠碧は祈るように指を組んだ。清祓の祝詞を高らかに歌い上げる。優しい記憶を。穏やかな日々を。どうか思い出して欲しいと祈りを込める。
(「女神様……どんなに求めても、貴方の子は、居ないのです。居るであろう処へ、還りましょう」)
猟兵達を拒むように吹き荒んでいた風は徐々に勢いを失い、歌から逃れようと雌狼が暴れ狂う。反して敬輔は奪われていた力を取り戻し、向けられる爪を尽くいなした。
(「彼女が後悔と痛みへ、沈まぬよう。女神が安らぎの中で、眠れるよう。依代の方も……心残りの無いように」)
共鳴。同調。瑠碧の強い願いに引き寄せられるように、雌狼の視線が彼女に向いた。その目には変わらず狂気が宿っていたが、ほんの一瞬、時間が止まったかのように動きを止めた。
「……何か、小さくても、一つでも良いのです。どうか彼女に……リグリグに、」
応えてあげて。瑠碧の声が女神に届いたかどうかは不明だが、狼の身体を覆っていた旋風が掻き消えた。その瞬間を見逃す事なく、敬輔の右目が天色に輝いた。
「我が子のところへ、送ってやる」
下段から振り上げようとした剣を爪が弾くが、敬輔は加えられた力に逆らわず回転し、薙ぐように腕を振るう。回避の為に後退した狼に肉薄し、返す刀で前足を斬りつけ、手首を返して刺突。
流れるような十八連撃は敬輔の身体に負担を強いたが、瑠碧は癒しの唄を紡ぎ続けた。
「三者三様の、でもどこか繋がる悲しみが晴れますように」
「……願わくば、骸の海で会えることを」
猟兵という送る側の立場ではあるが、物語のような救いを願う事くらい許されるはずだ。暴威をふるうものの身体に、着実に傷が増えていく。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
大豪傑・麗刃
きみきみ!
お母さんを名乗っているなら狼の身体を借りるのは大失敗だった!
なぜならお母さんキャラを演るには今のきみには
バブみ
がまったく足りていない!
具体的には豊満なお(略)
(シリアスな場面のセリフとしてあまりにひどいのでやり直し)
ひとつだけ言える事がある。子供はいずれ親から離れ独立するものなのだよ。きみに必要なのは子離れだったのだ。
だが武人にできるのは剣を振るうことのみ。ならばきみの愛情、熱情、母性、そして狂気。そういったものを全てこの剣で受け止めようではないか。
今回はバスタードソードを両手で構える。
相手の爪の一撃に対して全力で剣を振るって合わせ、武器受けする。そして2回目の攻撃で敵本体を斬る。
幾人もの猟兵と対峙し深手を負いながら、未だ暴威をふるうものは倒れない。雌狼と大豪傑・麗刃の間に緊張が走る。
「あー……きみきみ! お母さんを名乗っているなら、狼の身体を借りるのは大失敗だった!」
仲間達もこの雌狼に呼び掛け続け、ただ斃すのではなく何らかの救いを与えようとしていた。たとえ結果が芳しくなかろうと、麗刃も言ってやらねば気が済まない事がある。
「なぜならお母さんキャラを演るには今のきみには――『バブみ』が! まっ……たく! 足りていない!」
それはそれは、力いっぱい言い放った。
「具体的には豊満なお――ぐぱぁいっ!」
麗刃の立つ地面ごと抉り取るように爪が振るわれ、彼は土塊と共にきりもみ回転しながら吹き飛んだ。――『シリアスな場面のセリフとしてあまりにひどい』、とは彼の言。雌狼にしてみれば知ったこっちゃないが、彼は自らやり直しを望んだ。
そうこうしているうちに麗刃は初めての邂逅を無かった事にし、二本差しにするにはやや大きすぎるバスタードソードを手に雌狼に向き直る。
「ひとつだけ言える事がある。子供はいずれ親から離れ独立するものなのだよ。きみに必要なのは子離れだったのだ」
悠久を生きる神に赤子の成長など瞬きに等しい。易々と理解を得られぬ事くらい、麗刃も承知していた。
「だが武人にできるのは剣を振るうことのみ。――ならばきみの愛情、熱情、母性、そして狂気。そういったものを全てこの剣で受け止めようではないか」
両者が動きを止め、しばしの静寂が訪れた。一枚の絵画のように静止し、時間だけが流れてゆく。
勝負は、一瞬。どちらからともなく動き、爪と刃が交わった。大地をも砕く爪が振り下ろされ、それを真っ向から受け止めるようにバスタードソードが全力で振り抜かれる。きぃんと鋭い音が響き爪が跳ね上げられたその瞬間、全体重をかけて踏み込んだ。
剣刃一閃。雌狼に、刃が届いた。
成功
🔵🔵🔴
リーヴァルディ・カーライル
…貴女に悪気がある訳じゃないのは分かっている
…貴女が抱くのは恐らく"母の愛"と呼ばれる物なのでしょう
…だけど、その愛が今を生きる人々にとって脅威となる以上、
このままお前の存在を見逃す訳にはいかない
吸血鬼化した自身の生命力を吸収してUCを発動し、
限界突破した"闇の重力"の魔力を溜めて肉体と融合
…今一度来たれ。この世界を覆う大いなる闇よ
我が身に宿りて、万象砕く力を与えよ…!
…真っ向勝負よ。その百年の妄執ごと打ち砕いてあげるわ
敵の攻撃を反重力のオーラで防御して受け流し懐に切り込み、
超重力で強化した怪力の拳を残像が生じる高速で乱れ撃ち、
体内で重力属性攻撃の魔力を解放して傷口を抉る2回攻撃を放つ
幾度も振るわれた爪は破壊の限りを尽くし、今日一日で森の地形は大幅に変わってしまった事だろう。攻撃自体は躱したものの砂礫に足を取られ、リーヴァルディ・カーライルは顔を顰めた。――あまり戦闘を長引かせない方が良さそうだ。
「……貴女に悪気がある訳じゃないのは分かっている」
世界に害をなそうという意思が無い事は、対峙してみればすぐに分かった。今こうして戦っているのも、自身に向かってくる者を排除しようとしているだけなのだ。
「貴女が抱くのは恐らく"母の愛"と呼ばれる物なのでしょう」
ただ、かつて慈しんだ我が子に会いたいだけ。執着から狂気へと形を変えようと、元を辿れば純粋な願いだった。
「だけど、その愛が今を生きる人々にとって脅威となる以上、このままお前の存在を見逃す訳にはいかない」
女神の意思がどうあれ、世界の敵であるという事実は覆らない。迫る牙を狼の届かない高さまで跳んで躱し、リーヴァルディは眼下を見下ろした。――危険を承知で、限界を超えて闇の重力を宿す。
「今一度来たれ。この世界を覆う大いなる闇よ。我が身に宿りて、万象砕く力を与えよ……!」
直後、リーヴァルディは隕石のように速度と重量を以て降下した。暴威に引けを取らない一撃に、破砕音が轟く。雌狼も即座に反撃に転じ、少女へと爪を振り下ろす。
だが、爪は届かない。十分に速度の乗った攻撃は目に見えぬ何かに弾かれ、逆にその隙を突かれた。リーヴァルディの拳は彼女の繊細な体躯からは想像も付かない程の威力で繰り出され、厚い毛皮を隔ててなお小さくないダメージを与えている。
それこそが反重力と超重力。既に手放しかけた理性の中、リーヴァルディはほぼ反射に近い形で重力を操り、雌狼を圧倒する。
「……真っ向勝負よ。その百年の妄執ごと打ち砕いてあげるわ」
猟兵達による度重なる攻撃で出来た傷に、抉るように更なる打撃を加える。みし、と骨が軋む音がした。
成功
🔵🔵🔴
西塔・晴汰
【晴ル】
元々オブリビオンなのは分かってるっすけど
それでも寂しそうな狼の鳴き声ってのはあんま良い気はしないっすね…
果てのない探しものはここまでっすよ
力ある咆哮は厄介
耳を潰されるって事は声を掛け合う事もできないわけで
それでもどう動くかさえ分かってりゃやれるはず
耳がダメなら鼻が頼り
異端の女神の匂いに向かって槍から火矢を放つ
金色の炎が燃え盛る箇所を目印にしてもらえりゃ
聴覚が使えないっつー不慣れな状況でも目標捕捉の助けになるはず
撹乱して飛び回るルーナの合間を縫っての火矢と
意識がルーナに向く隙をついた突撃
目標を片方のみに向けさせない様にしてやるっす
出血がやばいレベルにならないうちに
一気に畳み掛けるっすよ!
ルーナ・オーウェン
【晴ル】
狼の見た目、でも本当は違う
探し続けて見つからないのはとてもつらいことだと思うから
ここで終わらせよう
晴汰、一緒にお願い
厄介な咆哮、音を防ぐのはとても難しい
聞こえなくなっちゃったら、連携を取るのも大変
でも、大変だけど
晴汰の動きはよくわかるから
言葉はなくても、きっと通じるから
だから大丈夫
『縮地法』で死角に入り込んで攻撃
一撃離脱戦法で、どこにいるか掴ませにくくする
晴汰の方へ注意が行ってたら、積極的に攻撃して
こっちに注意を向けたいな
隙が大きければできるだけ深手が入るように狙う
大丈夫、太陽の炎が見えてるから
見失ったりは、しない
私は血は大丈夫だけど
晴汰に無理はさせられないから
全力で、狙うよ
戦いの最中にあっても、雌狼は子を呼ぶ声を発する事を止めなかった。呼び続ければいつか応えてくれると信じているのだろうか。――もう真実に気付き始めていて、それを認めたくなくて吠えているようにも思えた。
「……元々オブリビオンなのは分かってるっすけど」
過去の残滓だと理解はしていて、けれどそれを受け止める感情は別だ。
「それでも寂しそうな狼の鳴き声ってのはあんま良い気はしないっすね……」
身近に人狼が居るから、なおの事。西塔・晴汰の呟きに、ルーナ・オーウェンも頷いた。
「探し続けて見つからないのは、とてもつらいことだと思うから」
ここで終わらせよう。それはこの世界に生きる人々の為でもあり、この女神の為でもあった。いつまで留まろうと、報われる事は無いのだ。
「晴汰、一緒にお願い」
それでも、女神は抗った。現実から目を背け、温かな日々に縋りつく母親は、救いの手を拒むように吠えた。
グオ゛ォオオオゥッ!
至近距離で爆風を浴びたようであった。質量を持ったかのように音が二人の全身を叩き、人体が許容出来る音圧を遥かに超えた吠声を拒絶するように耳は音を拾うのを止めた。周囲の音が消えたにも関わらず耳鳴りだけは響いている、不快感。
厄介な状況だ、と二人は思う。だが、やりようはある。
(「耳がダメなら鼻が頼りだ」)
視界が不鮮明であろうと、足音を聴き取れなくとも、晴汰には父譲りの嗅覚がある。ただの獣とは異なる女神の匂いはわかりやすく、辿る事は容易だった。牙を剥いて飛び掛かってきた雌狼を地面に転がって躱し、長柄を構え直す余裕は無くとも切っ先だけは敵へと向けた。放たれる、火矢。
(「声が聞こえなくて、連携を取るのも大変。でも」)
晴汰の放った炎は燦燦と輝き、雌狼の表皮を舐めるように走る。雌狼も湿った土の上を転がり炎から逃れようとするが、火の回りが早い。小さな火種が何処かしらに残り、火の粉を散らす。
「光と、熱と、……おひさまの匂い。大丈夫。見失ったり、しない」
ヴ……ン。機械の起動音にも似た雑音と共に、ルーナの姿が空間へと溶ける。肉体を構築する霊物質が変質した事で、雌狼はルーナの生命活動に関わる一切を知覚出来なくなった。直後、雌狼の頭上に振り下ろされる鉈。
グルルッ!
完全なる不意打ちから跳ねるように退けたのは、狼の持つ野生の勘か。優れた瞬発力で体勢を立て直すが、既に眼前にルーナの姿は無い。その横面を叩くように、再び撃ち込まれる晴汰の炎。
「オレも居るっすよ」
声を掛け合えずとも、ルーナは自分の意図を理解してくれている。その信頼から晴汰は雌狼の前に姿を晒し、挑発的に楔を構えた。雌狼は力強く蹴り、少年の喉元を目掛けて一息に跳躍する。
雌狼の身体が完全に地面から離れた瞬間、ルーナは大地を背に姿を現した。雌狼の真下、無防備な獣の腹の正面。風を切る、苦無。既に空中に居る狼は、身を捩れど避け切れぬ。
黒塗りの苦無が突き刺さり、雌狼は身体をくの字に曲げた。その瞬間、晴汰は覇狼の楔を手に駆ける。
「果てのない探しものはここまでっすよ!」
鋭い突きが、雌狼の胴体を捉えた。炎に包まれた獣が地面へと落ちる。
――私の、赤ちゃん。お母さんは、ここに――
「……流石っすね」
それは執念か。炎の中、暴威をふるうものは再び立ち上がる。
「……晴汰に無理はさせられないから、次こそは決める」
ようやく音が戻り始め、最初に耳に入ったルーナの言葉に、晴汰は苦笑する。
「ルーナも無茶は無しっすよ」
「……私は、血は大丈夫だけど?」
「それでもっす」
再び雌狼が威嚇するように吠え、晴汰とルーナが戦場を縦横無尽に駆け回る。その後二人が出血による限界を迎える時には、雌狼もまた満身創痍であった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
エール・ホーン
【繋】
君が何に立ち向かおうとしているのか
ボクには分からなかった
でも、君が必死なことは分かる
そして強く優しい君はきっとひとりでも乗り越えられる
ボクはそう思っている、信じてる
それでもボクは、君の傍らで…
心細いとき、泣きたいとき
凍えそうな手を手を握って、前を向く身体を抱きしめたい
だから、ボクは――
彼女に振るわれる攻撃のその先へ
クラウ、と視線を交わし
彼を背に乗せて、行くんだ
リグリグ、来たよっ
これはボクのエゴなのかもしれない
でも、誓ったんだ
ね、おぼえてるっ?
『リグリグが困っていたら、どんな時でも駆けつける』って!
クラウの言葉に頷いて
一緒に戦わせて欲しいな
力になりたんだ
あのね、だって
大好きだからっ
クラウン・メリー
【繋】
狼さん、赤ちゃんはここにはいないよ
きっと先に向こうで待っていると思うな
だから迎えに行ってあげて
俺達もお手伝いしてあげるから
リグリグ、あの時言ってたよね
意地っ張りだから誰にも頼らずに一人で解決しようとするって
そして、一人で駆け出したら掴まえてって
だから俺は君を追い掛けるよ
何度だって君の手を取るよ
君の力になりたいんだ
エルルの背に乗って君の元へ
リグリグ、頼ってって甘えてって言ったでしょ
君は一人じゃないんだ
全部一人で抱え込まないで
――だから、ね
いっしょにやろう!と手を伸ばす
ハンドベルをチリンと鳴らして
さあ、最後のショータイムを愉しもうっ!
動物さんと言ったら火の輪潜り!
あちちな輪に君は潜れるかな?
リグ・アシュリーズ
私が、倒さなきゃ。
姿で確信し、静かに黒剣を抜き放つ。
相手の挙動に被せ、奪命の力宿す剣で斬りつけるわ。
負傷は厭わず、致命打だけ回避を試み。
でも私、まだまだね。
破砕の爪は躱せず、飲まれそうになり。
……!
響いた友だちの声に、顔をあげ。
言葉も、割って入る姿も、胸を衝くものばかり。
巻き込みたくない、なんて思いはにじむ涙に流されて。
お願い、一緒にいて。
大好きな皆がいてくれたら、絶対負けないもの!
ずっと使わないでいた細剣を覚悟と共に取り出し、
爪を掻い潜り懐へ、まっすぐに滑り込ませるわ。
ね、見えるかしら?
私、元気でやってるわ。こんなに素敵な友だちもできたの。
先に、今度こそ眠ってて。
おやすみなさい――お母さん。
ライラック・エアルオウルズ
【花結】
成す為に、駆けたのか
雌狼に向かう友の姿は
恒とは、異なるもので
その裡の決意を想う
女神に身を貸したのは
想いを同じとしたから?
雌狼も子に逢いたいと
強く、願ったのだろうか
友の銀尾を眺め見れば
察するもので、僅か俯く
その身を救えず、とも
決意の妨げにならぬよう
彼女の刃で、終えるため
僕は心だけを穿とう
友の決めたことなら
如何な結末も受け止めるが
願わくば幸多き終わりを
添う君の想いも、届けたい
爪の至る前に、兎を放つ
戒めと温もりが届いたならば
心の霧も晴れるだろうか
貴方の子は、天へ還ったよ
地を探しても見つからない
さあ、追って、そして、返して
今為し得る再会のためにも
再会の詞も、別離の詞も
その身が語るべきだから
ティル・レーヴェ
【花結】
傷だらけで我武者羅な姿
決意に満ちた瞳
対峙する雌狼殿に向ける
友の覚悟は並々ならなくて
彼女の髪色と種
対する狼殿が重なるの
このもしもが本当だったなら
過ぎる思いに
救う術は為せることはと裡巡り
けどこれは
彼女の覚悟を否定するエゴ?
其れでも
可能性を生みたい
ひとつでも多く
異端と呼ばれし女神も子の元へ
その心汲みし優しき雌狼殿も
在るべき場所へ
その真なるゆき先は
妾にはわからぬけれど
其処に辿りつけるよう
その身傷つけることなく
送り届けるよう
在るべくが永遠の眠りなら
その結末は添い見届けようとも
けど、もしも
歪みなく繋ぎ止められるなら
母子邂逅の時を
叶う限りと生めるなら
聖痕の痛みが
どれ程この身襲うとも
為せる限りの癒しを
――私の、愛しい子。
幾度も猟兵が立ち向かった。幾人かは捨て身に近しい方法を用いてでもその刃を、拳を届けた。雌狼の身体に幾重にも刻まれた傷はその証左で、だが雌狼は意に介さず我が子を探す。
そんな女神の依り代となった雌狼に、リグ・アシュリーズは覚えがあった。乾いた血が鎧のように所々を覆ってはいるが、銀にも見える艶やかな灰の毛並みは。
「私が、倒さなきゃ」
猟兵として、一人の人間として。決着を着けねばならなかった。リグの視線に気付いたのか、雌狼がこちらを見た。
転瞬の後、二つの影が重なる。今にも喰らい付こうと圧し掛かる雌狼の牙を黒剣で受け止めたリグは押し返そうと試みるが、巨狼に体重を掛けられている分、分が悪い。一歩下がろうとしたところで、爪が振り下ろされる。
――ドォオオオオッ! 黒剣を咥えられて身動きが取れぬまま、リグの足元が割れる。脳天まで突き上げるような振動に揺さぶられ、瞬間的に呼吸すらままならなくなった。
「――っは! 私、まだまだね……ッ」
微かに口の端を上げたのは自嘲か、虚勢か。間髪を入れず爪が繰り出されたが、リグは動体視力が優れているが故にあえて避けなかった。致命打でなければ、攻撃を優先する。奪命の刃を振るう。
ねえ、と。ティル・レーヴェは遠慮がちにライラック・エアルオウルズの服の裾を引いた。戦場を目前にして、介入する事を躊躇ったのだ。
「彼女の髪色と種――対する狼殿が、重なるの」
相対する友が並々ならぬ覚悟を抱いている事には気付いていたが、傷だらけになりながらも鬼気迫る表情で立ち向かう彼女を見れば、話は別だ。どれだけ鈍くともその関係性に気付くだろう。ライラックもまた友の銀尾を見やり、目を伏せた。
(「女神に身を貸したのは、想いを同じとしたから? 雌狼も子に逢いたいと……強く、願ったのだろうか」)
「このもしもが本当だったなら……」
救いたい。けれどそれは彼女の決意に水を注す行いではないか。友を想うが故に踏み出せぬ少女の背を、ライラックはそっと押した。
「友の決めたことなら、如何な結末も受け止めよう。けれど、僕は添う君の想いも、届けたい」
「背を押してくれるの、ね」
嗚呼でも甘やかさないでねと眉尻を下げるティルに、ライラックははぐらかすように小さく笑った。
「もしも僕がめくらとかげなら、自ら目を差し出してしまうかもしれないね」
(「君が何に立ち向かおうとしているのか、ボクには分からなかった」)
友の戦う音がする。肉を切らせて骨を断つような――彼女らしからぬ戦い方だ、と耳を傾けていたエール・ホーンは思った。
(「強く優しい君は、きっとひとりでも乗り越えられる」)
最早エールの中では確定事項だが、それというのも絶対的な信頼を寄せているからこそだ。
「それでもボクは、君の傍らで――」
心細いとき、泣きたいとき。凍えそうな手を握って、前を向く身体を抱きしめたい――、まるで全身全霊で支えると言い出しそうな調子で話すエールに、クラウン・メリーはくすりと笑った。自分も、大概だ。
「……リグリグ、あの時言ってたね。意地っ張りだから誰にも頼らずに一人で解決しようとするって。そして、一人で駆け出したら掴まえてって」
今がその時だ。何度だって君の手を取ろう――心を決めたクラウンの顔を、エールが覗き込む。
「ね、クラウ」
「決まりだね」
天翔る白馬の姿へと転じたエールの背に、クラウンはひらりと飛び乗った。
リグは使い慣れたくろがねの剣が重くなったような錯覚を覚えた。少しばかり身を削り過ぎたのかもしれない――、ほんの一瞬だけ右手の先に意識を割き、その一瞬があった為に反応が遅れた。視認出来ぬ程の速度で繰り出され、そのくせ酷く重い爪が、眼前に迫る。轟音。炸裂した土塊が降り注ぎ、砂塵が濛々と煙る。
だがいつまで経っても訪れない衝撃に、リグは顔を上げた。そこには見覚えのある盾が――一角獣の盾が、彼女の前に展開されていた。
「リグリグ、来たよっ」
白い翼にパステルのたてがみを靡かせて、まるで絵本から抜け出てきたかのような姿のエールが笑いかける。
「ね、おぼえてるっ? 『リグリグが困っていたら、どんな時でも駆けつける』って!」
それは、誓い。絵本の配役としてではなくて、他ならぬエールがリグへと捧げた宣誓だ。
「リグリグ。頼ってって、甘えてって言ったでしょ?」
エールの翼の後ろからひょこりと顔を出したクラウンは、おどけたような呆れたような表情で、だが声は何処までも優しかった。
「君は一人じゃないんだ。……全部一人で抱え込まないで」
「……っ!」
目頭が熱くなり、リグは空を仰いだ。空には赤い月が浮かんでいて、しかしこの涙は悲しみに由来するものではなくて。
ぐるる、と唸り声がした。雌狼は盾を破れぬと悟り、咆哮を上げるべく口を開ける。三人が身構えたその時、新たな闖入者が現れた。
「女神様。貴方の子は、天へ還ったよ」
影兎がぴょんと一つ跳ね、雌狼の口へと飛び込んだ。突然の事に雌狼は声を出せず、頭を二度三度と振っている。ライラックは自著をぱらりと捲り、異端の女神に希う。
「さあ、追って。……そして、返して」
その傍らで、ティルは静かに腕を広げた。慈しむような眼差しは心を、雌狼の中に居る女神を捉える。叶うならば女神を子の下へと送り届け、肉体を今一度雌狼へと返したい。
――駄目。
うわ言のように我が子を呼んでいた女神が、初めて猟兵達に向けたと思しき声を発した。
――この雌狼は、暴威をふるう事しか出来ないから。
自分の事もわからなくて、破壊の限りを尽くしてしまうの。
それを悲しんでいたの。苦しんでいたの。
だから、貸してくれたの。
だから、私はこの身体で。私は、赤ちゃんと。私の、赤ちゃん……
言葉は再び狂気へと沈み、女神は我が子を求め続ける。
「……もしも、歪みなく繋ぎ止められるならと思えども」
「彼女の刃で、終える事になりそうだね」
二人は友の顔を見て、決意は揺るがないのだと悟った。
(「……巻き込みたくない、なんて」)
これは自分の因縁だからと一人で飛び出してきたというのに、友は次々と駆け付けてくれた。
(「私、恵まれてるわね」)
目元を拭い、リグは黒剣を鞘に納めた。代わりに取り出したのは、一振りのスティレット。
「お願い、一緒にいて。大好きな皆がいてくれたら、絶対負けないもの!」
力強く言い切ったリグに、クラウンは掌を差し出した。
「その言葉を待っていたよ。いっしょにやろう!」
「ボクもリグリグの力になるよ! あのね、だって――大好きだからっ」
クラウンはリグの手を引き、エールは守るように翼を広げる。雌狼へと向かってゆく三人に、ライラックとティルは穏やかな眼差しを向けた。
「在るべくが永遠の眠りだと言うのなら。……妾は添い見届けよう」
「――願わくば、幸多き終わりを」
硬質な爪を。鋭い牙を。撒き散らされた砂礫を。その尽くから、エールは星の光を宿した盾を操り、リグを守り抜く。今日は王子様を導く白馬ではなく彼女の騎士なのだと胸を張る。攻撃が届かぬ事に焦燥を覚えた雌狼が突進してくるが、
「さあ、最後のショータイムを愉しもうっ!」
ちりん。クラウンがハンドベルを鳴らせば、雌狼の進路上に燃え盛る輪がいくつも出現した。
「動物さんと言ったら火の輪潜り! あちちな輪に君は潜れるかな?」
戦場でもパフォーマンスを繰り広げる彼に自然と笑みが零れ、リグは雌狼を真っ直ぐに見つめた。
「……ね、見えるかしら?」
雌狼は炎を前にして、たたらを踏んだ。生じた隙に、リグは加速する。
「私、元気でやってるわ。こんなに素敵な友だちもできたの」
細剣を抜く。あまり使っていないというのに古びてしまっていて、手入れを怠っていた事を思い出す。そこは反省点だろうか。
ぐ、と身体を縮め、全力で地面を蹴った。低い姿勢で弾丸のように飛び出したリグは雌狼の懐に入り込み、その勢いのまま細剣を突き出した。――確かな手応えがあり、狼の背から細い刃が生える。
私の赤ちゃん。――そんなところに居たの。
雌狼はあらぬ方向をじっと見つめた後、ゆっくりと倒れた。地面の上に身を横たえると、静かに目を閉じた。
「先に、今度こそ眠ってて。おやすみなさい――お母さん」
囁くようなリグの呟きに、ぴくりと尖った耳が動く。ゆるゆると頭を起こし、一度だけ吠えた。
――ゥオオォ――……ン。
異端の女神の声ではなかった。それきり、雌狼が吠える事は無かった。
大成功
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最終結果:成功
完成日:2020年12月30日
宿敵
『暴威をふるうもの』
を撃破!
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