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雨の向こうのかえりみち(作者 しばざめ
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#カクリヨファンタズム  #募集:1/20(水)8:31~1/23(土)22:00 


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#カクリヨファンタズム
#募集:1/20(水)8:31~1/23(土)22:00


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 ごしゅじんに出会ったのは、雨が降る日だった。
 ぼろぼろの段ボールに押し入れられた猫を拾って、頭を撫でてご飯をくれた。それだけでごしゅじんが大好きになって、ごしゅじんも大好きだと言ってくれた。
 そうして――。
 猫を置いて逝ったごしゅじんがいた。
 ごしゅじんのところに帰る道を見失った猫がいた。
 猫とごしゅじんは離ればなれになった。
 そういう猫が沢山集まって、ルーサンというものは生まれた。集まって不明瞭になったごしゅじんの顔を、それでも覚えて、今日も街角に座っている。
 迎えに来てくれるかも知れないからだ。この辺りはもう、とっくの昔に探し終えてしまった。毎日歩き回っても見つからないから、きっとすれ違ってしまっているのだろう。ごしゅじんが探してくれているのなら、自分はここで待っているべきだ。
 幾年待ったのか、猫のかたちをしたものは、よく覚えていない。
 何年でも変わらなかった。目の前にそのひとが現れて、懐かしい手を伸ばしてくれただけで、会えなかった時間のことなどどうでも良くなってしまったから。
 あの日のように差し伸べられた腕に、今度は自分から飛び込んだ。かえりみちはようやく見つかった。
 ――ただいま、ごしゅじん。
 猫の声は、雨の音に烟って消えた。


「時よ止まれ、お前は美しい」
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)の声が淡々と紡ぐ。
 グリモアベースはそれで崩壊したりはしない。しかし破滅を齎される世界がある――というのは、予知が成った時点で自明の理だ。
「世界破滅の呪文にしては綺麗な響きだな。まァ、お陰でカクリヨはまた大変なことになってるわけだが」
 迷い猫の魂の集合体が、そのうちの一つを迎えに来た主人に呑まれた。
 とうに骸魂となってしまった主人との再会を喜ぶあまりに、世界を壊す呪文が口を衝いたのだろう。映し出される世界には止まぬ雨が降り注ぐのが見える。
 叩き付けるようなそれとは遠く、けれど視界を烟らせるような雨だ。降り続ければじきに水底に沈むのは目に見えた。
「このままじゃあ、世界は追憶と洪水に呑まれて破滅する。心苦しい話だが、早いところ引き離してやって欲しい」
 ――さりとて、雨は猟兵の邪魔をする。
 地を叩く音が聴覚を奪うだろう。視界は霧めいた雨粒に邪魔をされ、既に溜まり始めた水が足の動きを阻害する。傘を差したとて、覆いきれぬ服が濡れれば体は重くなるだろう。そうでなくても、水は刻々と体温を奪っていく。
「だが心配することはない。ヒント――というか、行く先は分かっているんだ」
 かえりみち。
 ――子供のような字で記された看板が、そこかしこに立っている。示す方向を追っていけば、道に迷うことはないだろう。
 だが。
「先に言っておくと、悪意はないんだ。骸魂としての性がそうさせるというだけで――あァ、間怠っこしいな。つまり――」
 看板を辿った先に見えるのは、己の原風景だ。
 或いは喪われた帰途かもしれない。とうに消えた場所かもしれない。帰りたくて届くはずのない――届いてはならないものかもしれない。
 そうでなければ。
「二度と帰りたくないと思った日のこと、とかな」
 優しいものにしろ――恐ろしいものにしろ。
 心に一番強く浮かぶ、今の己が己となるために必要だったものの全てだ。
 足を止めなければ、雨に映る原風景の中で、見慣れぬ猫が待っている。
 全てが終われば雨は止むだろう。そうすれば、曇天の向こうに冬の澄んだ星空が見えるはずだ。
「折角だ。星でも見ながら、ゆっくりしてはどうだ。どうせなら、寂しい思いをしているであろう猫に声を掛けるのも良いかもな」
 雨上がりの星は美しいと相場が決まっているであろう――。
 笑った男の手の内で、グリモアが瞬いた。





第3章 日常 『天体観測』

POWわいわいと楽しむ
SPDしっとりと眺める
WIZ流れ星を探す
👑5 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 降り止んだ雨のあわいから、月光が差し込んだ。
 割れるように晴れ渡った空には雲一つもない。救世のしるしを察知した妖怪たちは、俄に外へと繰り出してきた。騒がしくなる雨に濡れた通りの真ん中で、一匹の猫が項垂れている。
 ――ごめんなさい。
 多分、最初の一声はそういう鳴き声だっただろう。
 この子が此度の原因かと妖怪は集まるが、然れどもそこはカクリヨファンタズム。この程度の天変地異など日常茶飯事とみえて、元凶が誰であれ、彼らは大して気にも留めていない。戻って来られて良かったなあ――などと声を掛ける者もいるあたり、その胸中は察するに余りあるというところかも分からない。
 ――そうして、ささやかな星見の宴は始まった。
 濡れ鼠の猟兵と猫にはタオルが渡された。道もまたすっかり濡れているが、立っている分にはさしたる問題もない。どこかで体を休めたいと願うなら、気前の良い妖怪たちが軒先を貸してくれるだろう。簡単な軽食くらいなら出してくれるかもしれない。
 大通りはどうやら低い土地だったらしく、周囲の路地から流れ込んだ雨水で、一晩限定の大河となってしまったらしい。屋根の上から見下ろす妖怪曰く、水面に映る月と星の川は、これはこれで美しい――そうだ。望むなら、影もまばらなそこで静かに過ごすことも出来るだろう。
 飲み物の類いは頼まずとも向こうからやってくる。紅茶に珈琲、ジュースもひとそろい。当然ながら、星見の酒は大人限定の楽しみだ。
 『ごしゅじん』と逢えた気持ちは、ルーサンの中にいる全ての猫たちが共有していた感情らしい。自分の意志で打ち払ったとはいえ、その寂しさもまた、全ての猫たちの心の底にはあるようだ。複雑な感情――というところなのだろうか。
 猟兵たちにひととおり謝り倒し、再会の喜びと二度目の別離に心揺らされ、いわゆる土下寝の格好でしょぼくれている猫に声をかければ、きっと喜んでついて来るだろう。この祭りの喧噪を楽しめば、その心も晴れるかもしれない。
 とまれ今の任務は――一晩限りの宴を、存分に楽しむことだ。
朱酉・逢真
ダチと/f28022
行動)水濡れはダチにまかせちまって。鳥ンなって空高くゆこう。屋根にのぼった妖怪らァも見えるようにさ。ゆるゥくしゃべくりながら景色ながめて、テキトウなとこで《小路》拓いて帰るよ。
心情)地上の"天の川"ねェ…。俺にゃとんと良さがわからんが、それを楽しむ"いのち"らはステキさ。ん? 赦すぜ。確かにあの一戦納得いかんが、それは《あの女》に向けてのくすぶり。お前さんにゃア思うとこないのさ。なに考えてそォしたンかわからんが、どんな理由でも俺は肯定し赦すよ。


オニキス・リーゼンガング
友と/f16930
行動)凍気で帯びた水気を凍らせ。ままに互いヒトのカタチを排せば、表面上の薄氷など砕けて散ります。
龍のカタチで友と語らい、地上の夜空をながめて帰りましょう。
心情)明確な解決方法の存在しない依頼は難しいものですね。
ですがあの川は実に美しい。喜ぶ妖怪たちも愛らしくて、凍らせたくなってしまいますね。
…答えはわかっていますが、言葉にしてほしいので問います。
"何を"とは申せませんが。赦してくれますか?
…ありがとう。わたくしもうまく言語化できていないので、助かります。
(この安堵と苛立ち入り混じる信頼を、友情と呼ぶのなら)
帰りましょうか、友よ。



 上空を過る二つの影を見上げて、妖怪たちは俄に歓声を上げた。
 そのざわめきすらも遙かな空の上には遠い。頭上にあるのは尚届かぬ星ばかりのものだ。天地を埋める星空の中、二つの月の間を翔るように、朱酉・逢真(朱ノ鳥・f16930)とオニキス・リーゼンガング(月虹に焦がれ・f28022)は翼を並べた。
 元より人を遙かに超越した領域の存在だ。差し出されるタオルを丁寧に断って、オニキスが魔力を巡らせれば、身を滴る水は全て凍る。そのまま人のかたちを捨ててしまえば、氷の裡より生まれる龍と酉とが天に舞い上がるだけだ。
 タオルを差し出していた妖怪たちは声を立てて手を叩いた――超常現象を前にしても喜んでみせる辺りは、成程この世界の住民らしいというものである。
 さりとてそれも地上に置き去ってきた話。翼を撫でる風の前では、過去の思い出話と差して変わりない。
「明確な解決方法の存在しない依頼は難しいものですね」
 オニキスの声が穏やかに響く。感慨というよりは些か感想に近い音だった。眼下で手を振る妖怪らのさなか、どこかしょぼくれた調子で歩く猫が、誰ぞ猟兵に声を掛けられているのが感ぜられた。
 意識を外して川に遣る。空をそっくりそのまま映し取り、煌めく大河と成したそれに、龍神は上機嫌に声を零す。
「ですがあの川は実に美しい」
 逢真とオニキスを見上げる子供たちは楽しげだ。今宵ばかりは少々の夜更かしに文句を言う大人もいまい。はしゃぐ声も姿もいたく愛らしくて――。
「凍らせたくなってしまいますね」
「そォかい?」
 言い遣りながら、多眼の酉が眼下を見た。人間のかたちでいうのなら、片眉を持ち上げた――とでもいうべき所作だ。
 大河といえども流れのあるものとは幾分違う。本来ならば川の流れに乱されるであろう眼下の星空は、巨大な水溜まりに静謐な映り方をする。軒から零れ落ちる水滴が波紋を揺らがして、それもまた妖怪たちにしてみれば趣らしい。
「地上の“天の川”ねェ……」
 ――逢真にしてみれば、天地が逆向きになっただけの光景である。
 良さを解することは出来ないが、それが命らにとってみればひどく珍しく美しいものであるのは、反応を見ていれば分かる。寧ろ喜ぶ命らの方が、彼にとっては魅力的に映った。
 等しくまた赦さんとする横顔を――。
 ふと一瞥して、オニキスが声を紡いだ。
「……答えはわかっていますが」
 風の音だけが耳に残る。残響を引き摺ったような僅かな間は、しかし緊張というには静謐だった。
「言葉にしてほしいので問います」
 緩やかな世間話の延長のように長閑なのは、果たして二人とも同じだっただろうか。
「“何を”とは申せませんが。赦してくれますか?」
「赦すぜ」
 間髪すら入れない、いつも通りの声だった。
 元より逢真は闇である。暗がりは平等だ。光の下にあれば見える差異など全てを覆い隠し、白日を厭う罪も罰も、或いは迷い込んだだけの無辜も、一緒くたにして囲い込む。
 闇の中に在る限り――それが命で在る限り、ひとつの違いもない。
 だから、闇が燻るならばそれは光に対してのみ。己を焦がし、或いは己に飲まれる――唯一の『ちがい』の在処だけで――。
「お前さんにゃア思うとこないのさ」
 納得がいかない。だがそれは『彼女』を睥睨するが故の感情だ。他の何もを彼は赦す。他の何もと同じように。
「なに考えてそォしたンかわからんが、どんな理由でも俺は肯定し赦すよ」
 ――オニキスが吐いた息は、どこか何かを押さえつけるような響きで揺らいだ。
「……ありがとう。わたくしもうまく言語化できていないので、助かります」
 確かに安堵している。だが赦さぬと言われるのとどちらがましだったかと言われると、彼には答えが出せない。
 揺らがず、震えず、瑕疵の一つもない。全にて一なる闇、或いは一にて全なる陰――その性質を分かっていても、或いは分かっているが故、どうしようもなく心が逆立つ。
 確かに信を置く。だがその片隅にて震える思いもまた事実。感情を飲み下すような息すらも咎められはせぬ。
 この感覚を、友情と呼ぶのなら。
「――帰りましょうか、友よ」
「そォするかい」
 翼が切り拓いた道を示す逢真の声は、どこまでも凪いでいた。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

黒鵺・瑞樹
○◇SPD

猫を見かけたら軽く頭をなでて礼を言おうか。
決して忘れたわけじゃないし、ちゃんと覚えていたけど。
けど、あの彼岸花の月夜の光景は俺にとってやっぱり始まりだったなって実感できたから。

屋根の上で川面の月星を眺め思い返す。
猟兵になって二年。たった二年されど二年。
その間いろいろあって、年末近くには器物の破損という自分の死も見えてしまった。だからその時に備えて未練とか抱えないように、やり残したことがないように。
どうせ摩耗して自壊するのなら、戦えるうちは自分のなにもかも使い切る。
そう思って動いてきた。
あの光景はそれが間違ってないって思わせてくれる。
塵芥であろうとも何かしらできる事があるって。



 所在なさげな猫を呼び止めて、そっと屈み込む。
 もう一度謝るように鳴いた猫の頭に、黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)はゆっくりと手を伸ばした。危害を加えるつもりはないと示すようなその手つきに、おずおずと寄ってきた猫がすり寄る。
「ありがとう」
 零した声は、ひどく穏やかだった。
 ――どうして? ひどいこと、しちゃったのに。
 顔を上げた猫が問う。耳を垂らしてみせる姿はやはり寂しげで、瑞樹はゆっくりと首を横に振った。
 かえりみちを映されて――。
 あの雨の中に見たのは、燃える命の如き彼岸花と、降り注ぐ柔らかな月光だった。
 今、空に浮かぶ月を見上げながら、彼はふと目を眇める。
「あの光景は。俺にとってやっぱり始まりだったなって、実感できたから」
 小首を傾げた猫は、その言葉の意味をしっかりと理解は出来なかったようだ。それでも頭を撫でてくれる手には喜んで、すこしでもやくにたったならよかった――と鳴いた。
 猫と話したい猟兵は他にもいようと、立ち上がって向かう先は屋根の上だ。
 天地を星空に囲まれたそこは、まるで空に浮いているかのような錯覚を齎した。川面の星々を数えながら、瑞樹に巡る胸懐がある。
 ――猟兵として戦い始めて、二年が経った。
 それは器物としての時間からいえばひどく短くて、けれど無視出来るほどの短い年月でもない。様々な出会いがあり、別れがあり、戦場があった。
 己の死を見たのは年末だ。ヤドリガミの身は頑健なようでいて脆い。己の心臓である器物を壊されてしまえば、たちどころにその命は終わってしまう。まして彼は、戦いの道具であるのだから――尚のこと、垣間見た死の気配は色濃く感ぜられた。
 覚悟を決めるとは、断ち切ることだ。
 水面の月が穏やかに揺れる。それを見遣りながら、そっと息を吐き出した。
 やり残してしまった後悔のないように。未練のないように。思うよりもずっと近いかもしれないそのときに、何も遺さず逝けるように。
 いずれ摩耗して自壊する運命だ。ならば己の身にあるものを全て使い切り、ただ戦場に立とうと決めてきた。そうして進んできた道が正しいのかどうか、定めたはずの心に僅かな揺れが走ることとてあったけれど。
 あの光景を垣間見て――。
 それが、決して間違いではないということを知った。
 命を見守る月光の如くにはなれずとも。揺れる彼岸花の如き燃え立つ命にはなれずとも。
 塵芥と定めたこの身にも――出来ることはあるのだと、教えてくれるようだった。
 ゆっくりと顔を上げる。月光の煌めきが雨上がりの空を照らして、煌々と瞬いていた。 
大成功 🔵🔵🔵

琴平・琴子
○◇

お空と地面、どちらにも月と星があるのですねえ
まるで星に囲まれているみたい

暖かい紅茶を頂けますか?
それと、あったら金平糖を

暖かな紅茶の中に金平糖を落として、くるくるかき混ぜ
新たな星空を一つ作り上げながら
かじかんだ指先を温める

賑やかなのも嫌いではないけれど
今はただ静かに過ごしたいの

あの人に似た
太陽の次に明るい星を探してみる

そしたら次は
その星の近くにあるはずの、いるはずの星を探して視れど見つからず
(あの人に寄り添うお姫様は、やっぱり見えないか)

その存在を知っているから見えなくても良い
私はその存在を知っているから

金平糖を落とした紅茶を掲げ
星が並んでる様にしてみて

――ねえ、私も輝けてますか?



 空も地面も星空で、まるで宇宙に来たかのようだ。
 煌めく翠いろの眸に空を映して、それから水面を映して、少女は綻んだように笑う。タオルを貸してくれた妖怪に礼を告げながら、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)はその光景に息を吐いた。
「まるで星に囲まれているみたい」
「だろう? こいつもあの猫と、あんたたちのお陰だな」
 長い妖生の中でも初めてだよ――などと豪放に笑った男は、そのまま飲み物の種類を問うた。暫し沈黙を挟んで、琴子の脳裏に浮かんだのは、美しい星空を閉じ込める、苦くて甘い柔らかな味だった。
「暖かい紅茶を頂けますか? それと、あったら金平糖を」
 要望はすぐに叶えられた。
 何でも、酒に金平糖を浮かべたものを星見の酒と称しているらしい。その材料の少しを分けてもらって、ノンアルコールの星見紅茶の完成だ。
 薄く色づいた暖かな海へ、そっと小さなとりどりの星を浮かべてみせる。もらったティースプーンを使ってくるりと回せば、星海はかたちを変えた。
 天地の空を切り取ったカップは、中の紅茶の熱を伝えて暖かい。最初は痛いほどに熱を伝えたかじかむ指先も、少しずつほどけていく心地がする。
 そっと見上げた夜空は静謐だ。見渡せばこの区画には子供たちの数もまばらで、辺りは淑やかに大河を楽しむ妖怪たちの、静かな安らぎに満ちている。
 ――このくらいが丁度良い。
 賑やかなのだって嫌いではないけれど、ずっとはしゃいでいたのでは疲れてしまうから。今は、ただ静かに、夜空をなぞりたい。
 誰にも邪魔されぬ空間で、琴子の指先がそっと星を向いた。探すまでもなく見付かるのは、太陽の次に明るく輝く恒星だ。
 ――あれは、あのひと。
 そう心の中で唱えてみれば、ふと口許が緩んだ。そのまま指先を空の黒板に滑らせて、その近くにあるはずの寄り添う星を探してみる。
 ゆらゆらと漂う指は、けれど寄り添う姫星を見失った。或いはそこにないのかもしれないそれに、少しだけ眉尻を下げて――けれど、琴子の顔に浮かんでいたのは穏やかな笑みだった。
 知っている。
 在るということを分かっているから、見えなくても大丈夫。
 そっと引っ込めた指先でカップに触れた。暖かな夜空を持ち上げて、満天の星空に並べてみる。紅茶の水面に映る星の煌めきが、このカップの中にも落ちてくるように感ぜられた。
「――ねえ、私も輝けてますか?」
 誰にともなく零した言葉に返事はなくても、知っている。
 琴子の心の裡に響く声は、彼女を優しく迎え入れて、決して途絶えたりはしないこと――。
大成功 🔵🔵🔵

太宰・寿
【ミモザ】
屋根の上に登るなんて初めて
英の言葉に頷いて落ちないよう静かに腰掛けて眼下の星を眺める
猫さんたち、きっと元気になれるよね

英はあったかいね
優しくてまっすぐ、素直じゃないところも今ではすっかり可愛いと感じてしまう
体温の話じゃないよ、寒くないから大丈夫
英は平気?上着、ありがとうね

私、期待に応えないと見てもらえない気がしてた
私は私でしかないと思いながら、取り繕っちゃう
そんな事しても仕方ないのにね
英になら話せる気がして、少しずつ言葉にしていく

私のかえるところも、英のところなのかも
なんてね、ってへらりと笑って

もっと英といろんなもの見たいなぁ
ひとりで見るより、うんときらきらして見える気がするよ


花房・英
【ミモザ】
屋根から星の川を見る

落ちないように気をつけろよ(隣に腰を下ろす)
そうだな

俺の体温は低いだろ、手だって機械だし…寿、体が冷えたんじゃないのか?
違うのか…大丈夫ならいい、俺も平気

いいんじゃないの?それも寿なんだろ
取り繕いたくなる気持ち、今ならちょっとわかる気がする

がっかりされたくないとか、嫌われたくないとか
そういうの、なんとなくだけど
他人にならどう思われるかなんてたどうでもいいけど

…そっか
それ以上はなんて応えたらいいのか分からなくて黙ってしまう
なんか不思議な気持ち、ちょっと落ち着かない
多分、嬉しい

まぁ、誘ってくれれば付き合ってもいいよ
ひとりで見るより世界が違って見えるのは、俺もそうだから



 屋根の上に登るなんて、初めてだ。
 生まれ育った世界では危ないから駄目なことだった。確かにこれは駄目って言われるかも――なんて、太宰・寿(パステルペインター・f18704)が思ったのは、想定より足場が不安定だったからだ。
「落ちないように気をつけろよ」
「うん」
 けれど、寿を置いて先に進むことも出来るであろう花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)が傍にいてくれるから、心に不安はない。
 そっと腰掛けたのは天辺あたり。元より平らに近い屋根へと登っているから、ここなら落ちる心配もないだろう。
「猫さんたち、きっと元気になれるよね」
「そうだな」
 隣に腰を下ろした英に向けた声は、疑問というよりは確信に近かった。今も猟兵に呼ばれてそちこちへ顔を出しているらしい猫は、きっと寂しいと思う暇もないくらい、穏やかな時間を過ごせているだろう。
 タオルを被ったままの青年と、青年の上着を被ったままの女性は、暫し眼下の星空を眺めた。ただ地面に星が映っているだけなのに、足が浮いているような不思議な感覚がして、くすぐったい。
 ――戯れに英へ身を寄せて、寿は笑った。
「英はあったかいね」
 ぶっきらぼうで鋭いように見えて、本当は心の優しいひと。
 不器用なくらい真っ直ぐで、不器用だから素直じゃない。そういうところまで可愛いと思えてしまうのは、過ごした時間が長いからだろうか。
 今だって、寿の方を見て少しだけ目を見開いている。瞬いた眸に浮かぶのは、ただ純粋な疑問符だ。
「俺の体温は低いだろ、手だって機械だし……」
 言って、彼は己の手を見た。
 人のように発熱はしない。精々が排気や動力で少しばかり暖かい程度で、それだってオーバーヒートを起こさなければ人の体温を超えたりはしない。
 はっとしたように身じろぎした英の眸が、彼女のそれを覗くように見る。
「寿、体が冷えたんじゃないのか?」
 あまりにも純粋な心配の念が見えてしまって――。
 思わず、寿は小さく笑声を立てた。
「体温の話じゃないよ、寒くないから大丈夫」
「違うのか……」
 ほっとしたような声がするから余計に喉を鳴らしてしまう。何だよ――と問われるから、何でも――と答えた。
「英は平気?」
「俺も平気」
「上着、ありがとうね」
「ん」
 言葉少なな返答が、ゆっくりと染み渡るように広がっていく。しんどいときはしんどいって言えよ――と、先の言葉が頭を巡って、寿はぽつりと声を漏らした。
「私、期待に応えないと見てもらえない気がしてた」
 誰も居ない部屋が、ずっと心の中にこびりついている。
 鍵を回す虚しさ。ただいまの声だけが響く暗がりの冷たさ。それに駄々を捏ねて泣くほど分別のない子供ではなかったけれど、それでも心の奥で、時折あの冷えた扉が開く。
「私は私でしかないと思いながら、取り繕っちゃう」
 ――そんな事しても仕方ないのにね。
 今だって、そう言った声に繕うような笑顔を乗せてしまう。きっとすぐにでも、ごめんねこんな話して――なんて言ってしまうのだろう。
「いいんじゃないの? それも寿なんだろ」
 寿が口を開くより前に、英が言うから。
 はたりと動きが止まった。こちらを見遣る彼の眸をじっと見る。
「取り繕いたくなる気持ち、今ならちょっとわかる気がする。がっかりされたくないとか、嫌われたくないとか」
 ――他人にどう思われたところで、英は気にしない。
 そんな感覚に心揺らされるのは、ただ一人を相手にしているときだけだ。今となりで見上げる、彼女。
「そういうの、なんとなくだけど」
「そっか――」
 ――その肯定が、うれしい。
 今度は心の底から笑って、寿は改めて英の目を見上げた。そこにいてくれる彼が、心の底で開き続けていた冷たい扉へ入ってきてくれたような――そんな気がする。
「私のかえるところも、英のところなのかも」
 なんてね――。
 冗談めかした声からふいと視線を外す。当惑とも違う揺れが、心の中にじわりと広がるのを、青年は感じていた。
「……そっか」
 多分、嬉しい。
 ――けれど、それ以上の言葉が続かない。据わりが悪いような、落ち着かないような、不思議な感覚だ。
「もっと英といろんなもの見たいなぁ。ひとりで見るより、うんときらきらして見える気がするよ」
 何だか顔を見られないまま、寿の声を聞いている。その言葉もまた追撃のように心を揺さぶるから、一つ息を吐いて――。
「まぁ、誘ってくれれば付き合ってもいいよ」
 ――零したのは、心を埋める本音だった。
「ひとりで見るより世界が違って見えるのは、俺もそうだから」
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

楠木・万音
渡された手巾がすり抜けて
濡れた身を気遣う影にされるが儘
滴り落ちる雫は次第に減ってゆくわ

視線はにゃあ、と鳴く声の方へ
項垂れた姿の何と小さい事
此方へお出でなさい
濡れた儘では凍えてしまうでしょ。
その身に含んだ水気くらいは除いてあげるわ

手にした手巾が水を吸って重々しい
ほら、綺麗になった。
ティチュも喜んでいるようだわ

待ち望む事、後を追う事
何方もあたしには関わりの無い事
奇跡を叶える事が出来たとしても
胸に空く空白を埋める事は出来ないから
この手は小さな身体を抱き上げて
すっかり乾いた和毛を撫でるだけ

一夜限りの大河に映る月と星
あんたにも見える?
交わす言葉は決して多くは無いけど
天と地の境。今はその二つの景色を眺める



 タオルを渡そうとする妖怪たちに礼を言って、手を差し伸べる。
 けれど楠木・万音(万采ヘレティカル・f31573)の手にそれが収まる前に、後方からゆるりと伸びた黒が受け取ってしまった。
「気にしないで。私の使い魔よ」
 思わずといった風に声を上げる妖怪たちへ言ってみせれば、魔法も変化も存在する世界の住人たちは、すぐに納得したようだった。手を振る彼らを見送って、影がそうするのに任せて体を拭かれる。
 ひとりでは拭きにくい背中まで丁寧に滑る布の感触が、少しずつ滴る雫を拭っていく。ずぶ濡れの姿から水が零れなくなった頃、納得したらしいティチュがタオルを絞るのと同時、猫の声が耳へ届く。
 ――見詰めた先に、項垂れた灰色がいる。
 その姿はあまりにも小さい。先に見たときよりもずっと丸くなってしまった背中を持ち上げるように、万音は声を上げた。
「此方へお出でなさい」
 おずおずと、それでも警戒することはなく、近寄ってくる足取りを見る。
 ティチュが差し出すタオルを受け取ればそのまま屈み込んで、抱き込むようにして猫へと被せた。
 小さく鳴き声を漏らした猫の毛を拭いてやる。絞ったタオルは充分ふかふかで、灰色の毛を冷やしていた雫を拭い取った。
「濡れた儘では凍えてしまうでしょ」
 まずは背中。それから腹。顔を拭いてから、少し触られるのを嫌がる尻尾。泥にまみれた四本の足は最後だ。
 ――そうして白いタオルがずぶ濡れになる頃には、見違えるようにふわりと乾いているだろう。
「ほら、綺麗になった。ティチュも喜んでいるようだわ」
 知らぬ響きに首を傾げる猫へ、この子よ――と紹介してみせる。影は深々とお辞儀をするような形を取って、釣られて猫も頭を下げた。
 すっかり元気になった猫は、腕を差し出せば喜んで飛び乗ってみせた。やさしいひと――と鳴らす喉を撫でながら、ティチュに押し上げられて家の屋根へと登る。
 ――満天の星空が、万音の眸に映り込んでいた。
 そのひとつひとつが人の魂だと言った者もあったという。そうして心を慰めているのだとも。
 万音には掴めない感覚だった。待ち望む相手はなく、その後を追って命を捨てるような者もない。これから先、現れるとも言えないだろう。その想いを奇跡と紡ぐことこそ、魔法を咲かす魔女の在り方であり――けれど、中核となる祈りは、万音には何らの関わりもない心だった。
 奇跡を咲かせ、魔法を成す。星に願いを込めるような慰めは、心に空いた大きな穴を、真に埋めることは出来ない。
 だから。
「あんたにも見える?」
 言葉少なに問うた魔女に、猫は腕の中で応じた。
 天と地を埋める星の海。大河を流れ渡る願いの結晶を見据えながら、交わす言葉は多いとは言えず。けれど撫でる手の優しさと暖かさへ、猫は確かに擦り寄っていた。
大成功 🔵🔵🔵

リア・ファル
幸い少し段差があって、無事だった駄菓子屋の軒先を借り
プラスティックのベンチに腰掛ける

脇では、件の猫に『ヌァザ』が何事か話しかけていた
(動物と話す)
ボクがアレコレと拙くやるより、ヌァザの方が適任かもしれない
瓶ラムネを飲み、軽く唇を濡らしつつ、夜空を眺める

世界は異なれど、星海はソコに在った

舞い上がる前に宇宙から墜ちた実兄は、遠くグリードオーシャンの地で
骸の徒として相見えた
なら、双子はどうだろうか
どこかの世界の星海で、或いは……

……よそう
今考えても詮無きこと
「いる」なら逢えるさ、何処の世界でだって
あの子達の輝きは見失わないから
その時は、おかえりなさい、と
ちゃんと迎えられるように
ボクも微笑んでなきゃね



 数多の家々の入り口を沈めた大河も、大通りだけだ。
 そこから少し離れた路地に行けば、少しの浸水で済んだ家や店もある。星の川を横目に、少しばかりの段差のお陰で商品共々無事だった駄菓子屋へ辿り着いて、リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は備え付けのベンチに腰掛けた。
 どこか昔懐かしい、古びたプラスチックのそれは、しかしリアの体重程度では軋まない。やってきた猫を捕まえて、ころころとじゃれ合っているヌァザが乗っても同じだ。
 にゃあにゃあと声がする。楽しげなそれが会話のように聞こえるから、リアはそっと――囁くような声で、己の猫を呼んだ。
「友達になったのかい?」
 ――にゃあん。
 満悦の声音でヌァザが鳴いた。追随するように一声上げた灰猫も、すっかり気を許しているらしい。はしゃぎながら声を交わす二匹を見遣れば、もう心配はないように見える。
 リアが言葉や気遣いを掛けるよりも、そうして友人同士戯れている方が、余程救いになろう。
 慰めや共感ばかりが心を救うわけではない。はしゃいでいることが心を軽くすることだって――沢山ある。
 店主から手渡された瓶のラムネはよく冷えていた。弾ける甘い感触を舌の上で転がしながら、彼女は空を仰いだ。美しい月と星々のさなか、彼女の駆けた星海は、確かにそこに広がっている。
 ――飛び立つことすら出来なかった兄がいた。
 未だ搭載される体すら未完成のままに底へ墜ちて、全てが掌握される前に自ずから命を絶った彼は、真実海の底から蘇った。嘗て抱いた希望を骸の徒の絶望と塗り替えて――だからリアは、この手で別れを告げたのだ。彼が宿した想いを、捻じ曲げさせたままでいないために。
 彼が戻って来たというなら、或いは双子のきょうだいもまた、どこかで――。
 不意に膝に感じた重みに、リアははたと我に返った。見下ろした先でヌァザが鳴いて、その横では膝に手を置いた灰猫がにゃあと鳴く。
「ヌァザ。君も」
 撫でた指先に二匹分の温もりが擦り寄った。まるで気遣うような二匹の動きに、思わず唇が綻ぶ。
「――大丈夫だよ」
 あるかどうかも分からない再会を空に映したとて、詮無いことだ。分からぬ未来を見通そうとすることも、己の想いの投影に打ち沈んでしまうことも。
 いるならば逢える。必ずだ。
 空と海を埋める星々の瞬きにすら負けない輝きを知っている。誰より近く、同じ想いを宿して生まれた二人の煌めきを、リアが見まごうはずはない。
 だから。
 今すべきは、二人を空に映すことではない。
「ボクも微笑んでなきゃね」
 ――おかえりなさい、と腕を広げて、二人をちゃんと迎えられるように。
大成功 🔵🔵🔵

シキ・ジルモント

雨に濡れ過ぎたか
タオルで体を拭いてもまだ少し寒い
酒でももらって、冷えた体をあたためる事にする

酒をもらって一息ついたら、あの猫を探してみる
塞ぎ込んではいないか気掛かりだ
世界の為とはいえ、目前の幸せを手放させてしまったのだからな

猫を見つけたら声をかけつつ、きちんと体を拭けているか確かめる
冷えているなら白湯でももらってくるか、しかし猫なら熱いものは苦手か?
寂しいと感じる暇が無いように誰かが側にいた方がいい、煩くない程度に世話を焼く

…いや、一人になりたくないのは俺の方かもしれない
あんな幻影を見たから、一人になれば余計な事を考えてしまいそうで
気にかける相手がいて程よく騒がしいこの場所が、今は都合がいい



 水滴は拭ったはずだが、風が冷たく感じる。
 身を覆う冷えは、冬の夜には拭いきれなかったらしい。かじかんだ指先を暖めるならばと、シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)が頼んだ酒には、小さな金平糖が浮いていた。
 星々を溶かし込んだようなそれを、星見の酒として出しているらしい。口に含めば、幾分かの甘さが疲弊した体に染み込んだ。思わず息を吐いて、小さな星空を楽しむのもそこそこに、シキの足は街道を辿る。
 ――猫が気がかりだった。
 ぽつんと謝る姿は余りにも小さかった。塞ぎ込んでいる姿を思えば足は急く。
 世界のため――とは言えども。
 目の前に現れた幸いを取り上げてしまったのは、猟兵だ。
「おい」
 目当ての姿を見かければ、一つ届くように声を投げかけてみせる。ぴくりと耳を揺らした猫が顔を上げて、周囲を見渡した。
 どうやら反響しているらしい――。
 故に、シキの方から近付いた。人狼の姿を認めれば、猫は少しだけ申し訳なさそうに一声鳴いて、おずおずと彼を見る。
「こっちに来ると良い」
 伸べた手に携えたタオルで包み込んだ体の、未だ拭き足りないところに手を伸ばす。くすぐったそうに身を捩りながら、にゃあにゃあと鳴く猫を軽く押さえて、けれどそれすらも遊びの一種らしい。大喜びで身を擦り付けている猫の体の様子は、だからこそよく分かった。
「――冷えているな。白湯でももらって来るか」
 和毛は乾いたとはいえ氷雨の影響は抜けきってはいない。この寒さであれば尚のことだろう。体力を消耗してしまうより先に、暖めた方が良い。
 シキの提案に、猫は少しだけ怖じ気づいたような顔をした。鳴いた声の理由はすぐに分かる。
 ――あつすぎるのは、のめない。
「ああ、確かに猫には辛いか。ミルクの方が良いな」
 大好物の名を上げられて、猫の耳がぴんと立つのを見遣る。自然と僅かに綻んだ口許で頭を撫でて、その姿を連れたまま歩き出す。
 表は大河に飲まれてしまったが、裏通りには活気が溢れている。猫を連れていればミルクをもらえるのもまた必定で、温かなそれを舐め取る姿を、シキはじっと見遣った。
 ――独りにしない方が良いと思ったのは、事実だ。
 だがその実、救われているのは己の方なのかもしれないとも思う。雨の音を裂く靴音と怒号は、未だに心を苛む罅割れだった。それを眼前に写し取られ、突きつけられたのだ。静謐に包まれていれば、また余計なことを思い出してしまう。
 妖怪たちはシキにも猫にも親切だった。入れ替わり立ち替わり現れては、猫用のおやつやらシキのための軽食を置いていく。その合間に鳴く猫の声を聞いていれば、自然と雨音は遠ざかる。
 だから。
 もう少しだけ――。
 あの冷たい日を沈められるまでの間、この騒がしさに浸っていたいのだ。
大成功 🔵🔵🔵

榎本・英
○◇

土下座の格好をした猫を撫でてやる。

たいしたことは無いのだよ。
君が無事で良かったではないか。

哀しい猫。
ひとりぼっちは寂しいだろう。
一緒に身を休めるかい?
君の仲間も此処に居る。ナツもこの幽世の猫なのだ。

私は星見の酒を頂こう。

君も何かいるかい?
それとも、私の膝上に来るかい?

懐はナツ専用でね、此処に入れることは出来ないのだが
無理にとは云わないさ。君さえ良ければだよ。
私の膝の上はあたたかいよ。

星見の酒は美味しいね。
あちらに持ち帰って、定期的に飲みたいくらいだ。

しかしこれは此処で飲むからこそ意味のあるもの。
嗚呼。とても美しい景色だ。

……ひとりぼっちだった猫の君。
君はもう、寂しくないかい?



 丸まった猫に近寄る。
 長閑な足取りに危険は感じなかっただろうが、視界の端に足を認めた猫は、びくりと震えるように身を強ばらせた。
 そっと屈み込んだ影が手を伸ばす。ますます震えるその体へ優しく触れて――ゆっくりと手を動かす。
「たいしたことは無いのだよ。君が無事で良かったではないか」
 榎本・英(人である・f22898)の声にようやく顔を上げた猫は、泪混じりの表情で、にゃあ――と鳴いて笑った。
「ひとりぼっちは寂しいだろう。一緒に身を休めるかい?」
 二度も主に置いて逝かれてしまったというのなら、その寂しさは如何ばかりだろう。計り知ることも出来ぬ哀しみを抱えた猫へ手を差し伸べれば、懐の使い魔もまた誘うように鳴いた。
 ひょこりと顔を出したナツを見て、灰猫は何かを感じ取ったようだ。ぴんと立った尻尾に向けて、英は笑った。
「君の仲間も此処に居る」
 ――幽世を出身地とする使い魔はといえば、己と同郷の猫に興味津々だ。みゃうみゃうと立てる仔猫の声は、話し相手を催促するかのよう。
 結局――。
 猫は、大河となった大通りを見下ろす屋根の上に、英とナツと共に腰掛けている。
 男の手の中には酒があった。金平糖を沈めて星空を再現したというそれを本物の空へ翳して、彼はゆるゆると隣の猫を見る。
「君も何かいるかい? それとも、私の膝上に来るかい?」
 突然の申し出に――。
 猫の耳がぴんと立った。どこか緊張したような様子で周囲を見渡す姿にちいさく笑う。
 懐に入り込んでいるナツの方はといえば、膝を許された友人を牽制するようににゃあと鳴いた。懐は特等席だ。他の誰もが侵犯することを、この仔猫が許さないのである。
「無理にとは云わないさ。君さえ良ければだよ」
 私の膝の上はあたたかいよ――。
 その誘惑に負けたか、猫はゆっくりと英の膝へ手をかけた。意を決したように飛び乗ると同時、懐の友人が近付いたことに嬉しげな顔をして、言葉通り暖かな膝で体を丸める。
 ちいさな頭をゆっくりと撫でながら、英は手にした酒に口をつけた。すっきりとした酒の味に、金平糖の甘やかさが溶けている。用意されたばかりのこれは、まださっぱりとした味わいだが、星々の溶ける具合によってはより甘くなるのだろう。
 移り変わるその味に舌鼓を打つ。出来ることなら常飲したいくらいだが――。
 ――見下ろす大河の星々あってこその味だとも思うのだ。
「……ひとりぼっちだった猫の君」
 変わってゆくのは、酒の味だけではない。その心も、この景色も、不変のように思えて――存外に簡単に、変わっていくものだから。
「君はもう、寂しくないかい?」
 問うた声に、猫は穏やかに一声鳴いた。
大成功 🔵🔵🔵

片羽・サラ

猫さん、気にしなくていいんだよ
すれ違いざまに声をかけて
家族に逢いたい気持ち、僕は凄くわかるよ

高い場所に登って、星空を見上げる
夜が、澄み切った星空が大好き
煌めく星に手を伸ばす……届かない
この世界のどこかに、逢いたい皆はいるのかな?
どこかで具現化してくれてるのかな?
自由に電脳世界に出入り出来れば、とも思うけどそんな方法は知らない

ふわりと、傍に居てくれている星空蝶々が寄り添う
あれ、珍しいね
呼んでないのに来てくれる
私のこと心配してくれた?
肯定するように寄ってくれる羽を優しく撫でながら
君といると落ち着くね
まるで相方といるみたいだ

旋律が零れる
ねえ、ねえ、皆
私はここにいるよ
ずっと待ってるから
逢いに来てね



 ふわりと金の髪が駆ける。
 屋根の上を目指す足取りは、けれど視界を妨げもしない。妖怪たちが騒ぐ通りを抜けるあわいに灰色の姿を見かけて、片羽・サラ(星空蝶々・f29603)が小さく声を上げた。
 誰かに呼ばれているのだろうか。足早に前へと歩く猫の眸に、憂いはない。あまり長く足を止めさせるのも忍びなく思えて、彼女はすれ違いざま、こそりとその姿へ声を掛けた。
「猫さん、気にしなくていいんだよ」
 足を止めて、猫が振り返る。立った耳で声の主を探す姿が愛らしくて――それでいて、心に飼った寂しさが過る気がして。
「家族に逢いたい気持ち、僕は凄くわかるよ」
 もう一つだけ言葉を残して、彼女は軽やかに地を蹴った。
 目指すはいっとう高い屋根の上だ。傾いた送電塔のようなそれに昇って、見上げる空に煌めく星々が映る。
 澄み渡る藍色に、小さな光がよく映えた。心の底から込み上げるものに従って、ぐっと手を伸ばしてみるけれど、届くことはない。
 ――まるで、あの幻影に見た皆のよう。
 この世界のどこかにいるのだろうか。サラと同じように体を得て、こうして夜空に手を伸ばしているのだろうか。
 せめて電子の世界にいっときでも戻れたのなら、あの日へ帰ることも出来るのだろう。けれど方法など知らぬまま――探したところで分からぬままだ。
 星を掴むように、強く強く手を伸ばす。祈るような仕草でそうする視界を、ふわりと蝶が掠めた。
 それで、手を下ろす。
「私のこと心配してくれた?」
 夜の色を映すそれを、サラが呼んだわけではないから。
 心に浮かんだ問いをそのまま口にすれば、肯定するように周囲を飛び回る翅がそっと手に触れた。肩へ止まったそれを、そっと撫でるように指を動かす。
 そうしていると、心の奥から込み上げる寂しさが、暖かく変わっていくような気がして――。
 このやわらかな感覚を、どこかで知っているような気もして。
 サラの唇は、そっとやわく言葉を紡いだ。
「君といると落ち着くね。まるで相方といるみたいだ」
 過る面影に、くしゃりと顔が歪む。笑っているようにも、泪を堪えているようにも見える表情のままで、彼女はそっと空を見上げた。
 ――ねえ、ねえ、皆。
 零れ落ちる旋律は哀歌のようで、けれど希望を秘めた音でもあった。
 どうしても逢いたい人たちがいる。再び飛び込みたい腕がある。家族と呼んでくれたひとたち。家族と呼んだひとたち――。
 ――私はここにいるよ。
 探す手は未だ何も掴めずとも、きっといつか。
 それは祈りに似ていた。同時に、柔らかな決意でもある。零れる音だけが夜空を彩って、サラのちいさな願いは、夜のあわいへそっと溶けた。
 ――ずっと待ってるから。
 ――逢いに来てね。
大成功 🔵🔵🔵

ニャコ・ネネコ
○/SPD
にゃんこに近寄って、ごめんなさいするにゃ
…さっきはぱんちして悪かったのにゃ
それと…ひとときでも、にゃあも、
おばあちゃまにもう一度会えてうれしかったにゃ
だから、ありがとうにゃ

ひとは、死んだらおほしさまになる、って
そういういいつたえは、あちこちでよく聞くにゃ
もしかしたら、このおそらにも
おまえのごしゅじんがいるかもしれないにゃ

さみしいけど、今はそばにいないけど
でも…そんな風にこいしくなるぐらい
きっと、おまえとごしゅじんは仲良しだったはずにゃ
そのおもいでは、ずっといっしょにゃ

あ、ながれぼし
……にゃあもおまえも、ほしになったら
おばあちゃまの、ごしゅじんの、そばのほしに、なれるといいにゃあ



 黒と灰色は、再び出逢った。
 しょんぼりと肩を落としてもう一度謝るルーサンに、ニャコ・ネネコ(影色のストレガ・f31510)もまた、居心地が悪そうに耳を垂らした。
 謝らなくてはいけない。
 もっと、言わなくてはいけないこともある。
 だから呟くように、けれどはっきりと、黒猫は口を開いた。
「……さっきはぱんちして悪かったのにゃ」
 ――こっちこそ、ごめんなさい。
「にゃ。気にしてないにゃ。だって――」
 ほんの少しだけ俯いたニャコが眸を伏せる。映る景色も、膝の温もりも、今ここにあるように描くことが出来るのだ。
 だって――。
 あの冷たい雨の中で、確かにここにあったから。
「……ひとときでも、にゃあも、おばあちゃまにもう一度会えてうれしかったにゃ」
 それが幻影であることを知っていても。
 もうここにない大切なものに抱かれることが――この心に灯したのは、痛みだけではなかった。
「だから、ありがとうにゃ」
 先に交わした言葉通り、ニャコは笑った。釣られるように笑う桃色の眸は、確かに凜と声を放つのだ。
 ――こっちこそ、たすけてくれて、ありがとう。
 二匹が並んで目指した先は、猫らしく屋根の上だった。二匹で隣り合って腰を下ろせば、そこいらを歩いて行く野良猫たちの姿も目に入る。
 その向こう、輝く星空に――人は死者の魂を見るらしい。
 死んでしまったら星になって、皆を見守るのだという。どの世界にも、どの場所にも共通する価値観だ。
 だから。
「もしかしたら、このおそらにも、おまえのごしゅじんがいるかもしれないにゃ」
 ――そうだといいなあ。
 零れたルーサンの声は寂しげで――ニャコもまた、それに静かに寄り添った。
 お別れはさみしい。傍にいないことが、こんなにも胸を締め付ける。
 けれど、それはまた――傷になるほど深くまで、そのひとが根付いていた証でもある。
「……そんな風にこいしくなるぐらい、きっと、おまえとごしゅじんは仲良しだったはずにゃ。そのおもいでは、ずっといっしょにゃ」
 ――きみと、おばあちゃまもね。
「そうだにゃ――ずっといっしょにゃ」
 尾を揺らしてふくふくと笑う。胸の裡にあった傷跡から溢れ出した暖かさが、少しの切なさと一緒に胸へ満ちた。その感覚がくすぐったくて顔を見合わせる二匹の目の前で、星空を横切るひかりが見えた。
「あ」
 流れ星。
 願い事を三回言えば叶うと言うけれど、間に合うような早さではない。それでもゆっくりと、夜空をほつほつと流れていく光を見上げながら、ニャコは唱えずにはいられなかった。
「……にゃあもおまえも、ほしになったら――おばあちゃまの、ごしゅじんの、そばのほしに、なれるといいにゃあ」
 ――なれるよ。
 そっと顔を見る。その先で、ニャコに教わった不格好な笑みを浮かべて、ルーサンは鳴いた。
 ――みまもってくれてるんだから。
大成功 🔵🔵🔵

ロス・ウェイスト

んふ、んふふ…月と星が映る川、きれーやなぁ!

なぁ、ねこ、ねこ
ね、寝とるん?起きとるん?起きとるんやったら、そ、そのままでええから聞いてな
傷つけてもうてごめんな、おれ、おれはこれしか出来へんから
なかなおり、してくれるんやったら一緒に星、見よ!

お、おれも屋根の上、のぼってええ、かな!のぼる!
寒かったから、あったかいのみもの、ください
コーヒーは飲めへんから、あまいのがええ

なあ、ねこ
おれはまだ自分のことで精一杯で、誰かの面倒見てやる余裕、ないから、ねこの「ごしゅじん」にもなったられへんけど
今夜だけ、いっしょにおろな

んふ、ねこ、腹んところにおったらあったかいなぁ
ずっと、さむいことなくなったらええのにな



「なぁ、ねこ、ねこ」
 ぱたりと伏せたままの猫に、そっと声が掛けられる。近寄ってきた靴をちらりと見る桃色の眼差しの前に、しゃがんだ声が訥々と言葉を紡いだ。
「――ね、寝とるん? 起きとるん? 起きとるんやったら、そ、そのままでええから聞いてな」
 凜然とした面持ちは、少しばかり気弱げなそれに戻っていた。ロス・ウェイスト(Jack the Threat・f17575)の指先が、猫の頭の辺りをゆらゆら迷う。
 撫でようか、それとも起こしてしまったら可哀想だろうか。言葉を選ぶように、彼の眸は星空を彷徨った。
「傷つけてもうてごめんな、おれ、おれはこれしか出来へんから――」
 戦って、倒して。ロスの人生にはそればかりがある。それが大事なものを守ったこともあるし、そうでなかったこともあった。
 けれど――だからこそ、そうして傷付け合ってしまった後にも、出来ることがあると知っている。
 惑うような指先をそっと引く。あのな、と漏らした声にようやくおずおずと顔を上げた猫は、腕をいっぱいに広げて笑うロスを見ただろう。
「なかなおり、してくれるんやったら一緒に星、見よ!」
 ――迷いなく飛び込んできた猫を抱えて、屋根の上へと登っていく。
 先客の妖怪たちは、猟兵と猫を見るなりにこやかに笑った。目の前に出された飲み物たちの中を迷った視線は、猫と分け合うホットミルクを見遣る。
 苦いのは苦手で――今は、暖かいものが良い。仲直りしたばかりの猫と一緒に分け合えるなら、尚のこと。
「きれーやなあ!」
 まさしく星海のさなかとでも言うべき光景だった。ロスを挟む大河と夜空は、およそ現実感のないような満天を湛えて、静かに光を注いでいる。
 猫用の平皿になみなみ注がれたそれと同じものを口へ運びながら、晴れやかに声を上げた。どこか幼くも聞こえるその台詞に、同じような声で鳴いた猫は、膝に飛び乗って撫でる手を甘受する。
「なあ、ねこ」
 和毛の感触を味わって、ロスの声がゆるりと零す。
「おれはまだ自分のことで精一杯で、誰かの面倒見てやる余裕、ないから、ねこの『ごしゅじん』にもなったられへんけど」
 ――本当は。
 そうなってやれれば良いのだろうとは、思う。さみしいを他人に与えることを躊躇ったこの猫を、自分と、自分と共にいる彼の元へ連れて帰ってやれたなら。
 けれどそうしたところで、今のままではいずれ苦しくなるだろう。それを知っているから、彼はその身を連れて行くことはしない。
 その代わり――。
「今夜だけ、いっしょにおろな」
 ――にゃあ。
 分け合う熱が、少しでも、さみしい夜を埋めるように。鳴いた猫が擦り寄るから、抱え込むように撫でる指先を、もう一度動かしてみせる。
「んふ、ねこ、あったかいなぁ」
 そうあれば良い。この先もずっと、この温もりを失わずにいれば良い。
「ずっと、さむいことなくなったらええのにな」
 穏やかに零すロスの声に、猫はただ、ゆっくりと擦り寄った。
大成功 🔵🔵🔵

月舘・夜彦
【華禱】
倫太郎と屋根の上で過ごします
体が冷え切ってしまわないように甘酒を頂きます
それから……外套の中へどうぞ?
少し濡れておりますが寄り添っていた方が温かいですからね

下も上も美しい夜空、普段ならば笑い合って眺める景色ですが
あの猫のことを考えると素直に喜ぶことは出来なくて
それに気付いたのか、彼が体を押し付けてくれば静かに笑う

通りかかったルーサンを見つければ、そっと近づく
思い出は温かく、時に冷たいもの
大切な人に逢えないという貴方達の寂しさを私も良く知っております
……悪いことではないのです
時折押し潰されそうになってしまう人が居るだけ
ですが、それを癒してくれる人にきっと出会えるはず
私もそうでしたからね


篝・倫太郎
【華禱】
屋根の上で静かに
雨に冷えた身体に温かい甘酒が沁みる
酒のが温まるけど、今日は甘酒にしとく

夜彦の外套の中、寄り添って
互いの熱を分け合って過ごす

頭上の夜空と水面の夜空
どちらも二人で堪能する

堪能するけど
夜彦の気配が少しばかり浮かない気がするのは
多分、きっと、気のせいじゃないはず

寄り添っていた身体を
甘えるようにぐいぐいと押し付けて

あんたがちゃんと隣にいる事を体感してる

行動でそう示す
伝わっても伝わらなくても
それはそれ

通り掛かったルーサンに声を掛ける夜彦
その言葉に耳を傾けて

別れの悲しさや寂しさに特効薬なんてなくて
多分、時間だけが癒すものなんだろう

そう思うけど、口には出さず
夜彦とルーサンに笑んで返して



 屋根の上へと登れば、猟兵の姿は歓待を受けた。
 あれよあれよと用意されるタオルと、目の前に並べられた数多の飲み物。にこやかな妖怪の淑女を前に、月舘・夜彦(宵待ノ簪・f01521)と篝・倫太郎(災禍狩り・f07291)は顔を見合わせた。
 ――冷たいものから温かいものまでさまざまある。先に手を伸ばした夜彦が取ったのは、徳利に入れられた甘酒だった。
「では、甘酒を」
「あ、俺も同じの」
「それなら、杯を二つ頂きましょう」
 徳利一つに揃いの杯を二つ。本当は酒の方が温まるけれど――と、倫太郎は寄り添い座った想い人を見上げた。
 こうして二人、同じ酒を飲むことが、芯を暖めてくれる気がするのだ。
 一つ息を吐いたのは同時だった。目を合わせた夜彦が、少し悪戯っぽく微笑んでみせるのも。
「外套の中へどうぞ?」
 広げられたそれの中は、タオルに拭いきれなかった水滴で少し濡れている。それでも確かに感じる互いの熱は、その感触を越えて心を包んだ。
 注ぐ酒と、体温と、星が彩る空と大河を分け合って――。
 二人の間に、言葉は必要なかった。静かに寄り添いながら、身と心を温め癒やす時間を楽しむ。普段であれば、一つ二つと零れる笑声を交わしあうのだろうけれど――今は、これで良い。
 夜彦の眸が愁うように沈むのを、倫太郎は見逃してはいない。
 ――優しい彼はきっと、あの猫のことを考えている。
 主人を亡くし、待ち続けて。ようやく出逢えたと思えば引き離されてしまった。例えそれが世界のためであったとしても、そこにある悲しみや痛みに決着がつくわけでもないだろう。
 それでも己の非を認め、謝る猫の姿を見てしまえば――。
 猫の想いを打ち砕いて生まれた美しい光景を、素直に喜ぶことは出来ない。
 打ち沈む夜彦の気配へと、倫太郎が出来ることはそう多くなくて。ただちいさく笑って、ぐいぐいと体を押しつけた。
 甘えるような仕草に、ふと顔を上げた剣士は、愛しい彼の肩へと手を回す。受け止めるように抱き寄せてみせるけれど、それに本当に安らぐのは、夜彦の方だった。
 ――あんたが、ちゃんと隣にいる事を体感してる。
 ただそれだけの想いを、全霊で示す倫太郎が愛おしい。静かに笑んだ眸の揺らぎは、それだけでなりを潜めてしまうのだ。
 今度は真っ直ぐに、夜彦の眸も天へと向いた。瞬く星々のあわいに愁いの影を映せども、先の俯く視線よりは穏やかに、その光景を受け止めていた。
 不意に――。
 猫の鳴き声がして、寄り添う体を少しだけ離す。どこかの猟兵の元へ行っていたのだろうか、きょろきょろと辺りを見渡す猫は、先に見たときよりもずっとしっかりとした顔をしていた。
 一度視線を合わせた二人の考えは一緒だ。体を起こして、落ちぬようにと手を繋ぎ、そっと行き場を探している猫に声を掛ける。
 振り向いた灰色が一声鳴いた。躊躇なく寄ってくる足が軽やかなのは、もしかすると何匹かの魂は、別の猟兵に懐いたが故だろうか。隣に座ったそれの頭を撫でて、夜彦と倫太郎も再び腰を下ろした。
「思い出は温かく、時に冷たいもの。大切な人に逢えないという貴方達の寂しさを私も良く知っております」
 零す声は穏やかだ。月を見上げる夜彦の言葉に、猫は寄り添うように耳を傾けていた。
 ――亡くすことを知っている。
 永い命は、生まれたときから大切なひとの亡失に晒されていた。主の想い人を真似たこの体には、まるで宿命がついて回るかの如く、儚い生命たちの最果てが刻まれている。
 けれど――。
 拳を握って首を横に振る。
「……悪いことではないのです。時折押し潰されそうになってしまう人が居るだけ」
 浅く吐いた夜彦の息に、猫の声がちいさく応じた。倫太郎はただ、手を握ったまま目を伏せて、その言葉へと耳を澄ませるだけだ。
 ――亡失の特効薬なんてものはない。
 あるとするなら、それは時間だ。遅効性の薬は少しずつ身を巡って、痛みを懐かしい傷跡へ変えていく。そのときにこそ、人は前を向けるのだと――。
 そう、思うけれど。
「ですが、それを癒してくれる人にきっと出会えるはず」
 夜彦の言葉に目を上げる。真っ直ぐに倫太郎を射貫く眸が、満天の星と、その中に座る愛しいひとを映している。
 きっと、そう言ってくれるから――。
「――私もそうでしたからね」
 倫太郎はただ、愛するひとと仔猫へと、笑んで返すのだ。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

鷲生・嵯泉
……己に何を云える訳も無い
懐いた想いは本人だけのもの
気の済む迄、裡へと仕舞って置けばいい

離れた場にて、紫煙の向こうに星を眺め
嘗ての……そして今と未来の、帰るべき場所を想う

全て、終わったなら
迷わぬ様に――逸れぬ様に、手を伸べて
――家へ帰ろう、ニルズヘッグ


●
 燻る紫煙の向こうに、星空を透かし見る。
 淀みのない大河は静謐に夜空を写し取っていた。どこからか響く猫の声と、恐らくはそれを呼ぶ誰かの声を耳朶に宿して、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は深く息を吐いた。
 登る煙を猫に見せるつもりはなかった。元より口の上手い方ではない。剣の如く斬り裂く弁舌はあれど、慰めや共感を滑らかに示すのを得手とはしていない。
 ――想いは当人のものだ。
 誰かが代わりに背負えば済むものでもない。ああして八方に呼び出されていれば、猫とて寂しさを感じている間もあるまいから――今はそれで良い。
 何れ己のものとなったそれを、呑み込んで抱えて生きて行けるまで、裡に仕舞っておけば良いのだ。
 肺へと落とす煙の感触は慣れたものだ。それでもあの頃は、こうして煙草などを咥えることになるとは思っても見なかった。
 口寂しい――と、煙草呑みはよく言ってのける。
 結局のところは、満たされぬ何かを埋めるために紫煙に手を伸ばすのだ。己もそうだった。帰るべき場所を喪い、あまつさえ復讐すら為らぬとばかりに弾き飛ばされて、護る力を得て――それからだ。この煙に身を沈めたのは。
 皮肉な話だ――と、少しばかり唇が歪む。
 護るものを喪った後で、力だけが残ったとて意味もあるまい。
 それでも為せるものがあるというのなら刃を握る――嵯泉はどうしようもなく守護者だった。渡された言葉を、交わした約を、違えられない。
 触れた胸元に秘めた碧玉を確かめる。その柔さも、暖かさも、己の裡を埋める遠のいた光だ。
 風に揺れる灰の武器飾りが、いつかのように導を示すようだった。
 嘗てそこに在った帰るべき場所を、忘れることはない。それが歳月の裡に褪せたとしても、この心は亡くした幸福を刻み続ける。
 それから――。
 近付いてきた気配を紛うはずもない。振り返らぬままに紡いだ声は、幾分柔らかな音を孕んだ。
「良いのか」
「大体回って来たし、大丈夫」
 並んだ竜が笑う声がする。視線を遣れば、いつも嵯泉に見せる笑みがそこに在る。
「煙、見えたから。そうかなって思って」
 ――合ってただろ。
 主人を探し当てた犬のような顔をする。猫に負けず劣らずの寂しがり屋に、しかし嵯泉は穏やかな笑みを刷いた。
 待つ者の在ることを幸福だと思う。二度と得るまいとしていたそれを、今にも――未来にも、護ると誓った。
 二度と繰り返さない。今度こそ――灰へ帰させたりはしない。
 だから、立ち上がって差し伸べる手に迷いはない。この寂しがりの竜と、迷わぬように――伴に辿る家路で、決して逸れぬように。
「――家へ帰ろう、ニルズヘッグ」
 伸べられた手を取って、竜はいたく幸福そうに笑った。
大成功 🔵🔵🔵

レティシア・ヘネシー
良かった。無事で何より

ずぶ濡れの猫を拭きながら

折角だし、何か食べよ?焼き魚とかならあなたも食べられるかな?
飲み物は猫の分だけ用意してもらって、レティは自前のカクテル(※ガソリン)を飲むよ

猫と共に晩酌をしながら、静かに夜景を楽しむ

別れたり、見送ったりするのって、大変だよね。また逢いたい気持ちも、凄くわかる。さっきレティも懐かしい人をいっぱい見てきたから尚更。

世界の滅亡を救うっていうコッチの都合で邪魔しちゃってごめんね?

ご主人はもう居ないけど。それでもあなたにはあなたを待ってくれる相手がここにはいっぱい居るみたいだからさ。きっと大丈夫

見送った先の猫を見て、少しだけ羨ましいな、なんて気分になりながら



「良かった。無事で何より」
 猫を出迎えた声は、いたく晴れやかなそれだった。
 賑わう妖怪たちを横目に、レティシア・ヘネシー(ギャング仕込のスクラップド・フラッパー・f31486)の手は優しく猫を拭く。ずぶ濡れの和毛から滴る雫は次第に減って、ふるふると本人が払ったのなら、もう元通りだ。
 屋根の上から見る星の景色は美しい。絢爛と煌めく宝石のようなそれを見遣りながら、未だ冷える冬の風に、レティシアが笑声を乗せる。
「折角だし、何か食べよ? 焼き魚とかならあなたも食べられるかな?」
 ――おねえさんは、なにをたべるの?
「レティ? レティはこれ。カクテルだよ」
 懐から取り出した携行缶の栓を抜く。鼻を衝くにおいに少しだけ顔を顰めた猫に、動物にはキツいのかな――と苦笑した。
 レティシアは機械だ。
 その燃料はヒトガタを取っても変わらない。満たされたガソリンを飲み込めば、随分と走った気がする体の倦怠感が、染み渡るように消えていく。
 人心地ついて見下ろす大河に、揺らめく星々が見える。人は空の星になるのだと言うけれど――ならば、そこには誰かが映るのだろうか。
「別れたり、見送ったりするのって、大変だよね」
 零れた声は、少しだけ沈んでいただろうか。
 彼女もまた――愛しいものを見てきた。もうここにはいないひとたち。彼女が彼女となるために必要だった数多は、突きつけられてしまうとひどく離れがたい気持ちになる。
 けれど、それで良い。
 もう一度己の心に刻むようにして、手にしたカクテルを握る。レティシアはこれから、彼女の道を歩んでいくのだから。
 ふと猫の方を見遣る眸には、もう憂えたような色はない。
「世界の滅亡を救うっていう、コッチの都合で邪魔しちゃって、ごめんね?」
 ――ううん。
 ――せかいをこわしちゃったら、ぜんぶ、こわれちゃう。
「そっか。うん――そうだね」
 思い出も。
 そこにあったことも、全部――世界と一緒にあるのだ。
「ご主人はもう居ないけど」
 それを知っている猫に、安堵した思いだった。吐いた息が白く掠れて消える。枕元で語るお伽話のように、レティシアの声はふと遠くを見遣った。
「それでも、あなたにはあなたを待ってくれる相手が、ここにはいっぱい居るみたいだからさ。きっと大丈夫」
 目を向けた先で、猫を呼ぶ声がする。
 ミルクを用意して笑う妖怪がいた。手招きをする膝が空いている。おいで――と呼ばれれば、返事をした猫は、一度だけレティシアの方を振り向いた。
 ――ありがとう。
「いいえ」
 首を横に振ったレティシアが笑う。
 駆けていく後ろ姿に、帰る場所のある足取りに――ほんの少しの羨望を抱きながら。
大成功 🔵🔵🔵

佐那・千之助

クロト(f00472)、ただいま
猫といっぱい遊んで来た

本当は一緒が良かったが。
さびしがりがついて来なんだ…
いつも私に置いてゆくなと言うのに(よよ(酔

道中酒を振る舞われてな。
はいクロトのぶん
あれ濡れてる
拭いてやろう、綺麗綺麗
綺麗にされるのも慣れなさい
元から綺麗じゃけど

流れる星の川
明日にはなくなる輝き

どちらかが先に逝く
私が先でも
私の幻に移り気しては駄目じゃよ
生者ならよし

さあ、どうかな
酔っ払いらしく澄まし笑い
綺麗な星

こんな話をするのは
彼の平穏が、共に過ごせる間だけなどでは物足りぬから
彼の未来までずっと、どうか光溢れる道が続くよう願う

あ、生返事
何考えてる?教えてと
彼のこと大好きな生き物が一匹懐く


クロト・ラトキエ

千之助(f00454)が
嬉しそうだから、いいか

死で血で裏切りで穢れ切って
警戒ばかりして
お陰か生き物にはほぼ嫌われる
土下寝で全速後退とかされたら流石に凹むし
…置いてゆくなと言ったって
置いてゆくと、仄めかすのはいつも君なのに

酒は有難く受け取って
河辺に座って見てたから?
汚れても別に、慣れてるし…
って子供扱いかっ

話だって…
ほら、また、いつもの
…骸の海から一本釣りでもしろってのか

じゃあ…
どんな形であれ、僕が先だったら
悪人の事など過去に
後は真っ当な人と幸せになってよ
…そういう事でしょう?
こちとらワクなんで

ひかりを失くせば、永劫の夜
…星は
奪った幸せの数に似てる
綺麗…だね
うん


さあ、何でしょ
細やかな意趣返し



 己の名を呼ぶ声がして、クロト・ラトキエ(TTX・f00472)が顔を上げる。
「クロト、ただいま」
「おや、もうよろしいので?」
 頷く佐那・千之助(火輪・f00454)は、今しがた猫と散々戯れてきたばかりだ。ふくふくと笑う姿に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける気がしたのは、何故だろう。
 けれど大型犬のような陽の色は、すぐにその表情をくるりと変えた。大袈裟なほどに顔を隠して俯く仕草の合間から、いっそ分かりやすいくらいにクロトをちらりと見ている。
「本当は一緒が良かったが」
 ――そんなことを言ったって。
 血と死と穢れの匂いがこびりついている。穏やかな仮面の奥には剥き出しの警戒感があるから、動物には好かれない。幾ら情緒に疎い獣とて、土下座の姿勢のままで後ずさりなどされた日には、流石に落ち込むというものだ。
 クロトの胸中などつゆ知らず、千之助は尚も背を丸めてみせる。
「さびしがりがついて来なんだ……いつも私に置いてゆくなと言うのに」
 よよよ、と頽れんばかりの、冗談めかしたその言葉に――場違いに胸が痛む気がする。
 こういうときばかり。
 ――置いてゆく己の像を端々に乗せるのは、いつだって彼の方なのに。
 それを口にすることは叶わない。代わり、見遣った眸が仄赤く煌めくのを知る。だから、千之助と同じような調子で、それをつついてやるのだ。
「――飲んだ?」
「道中、ちょっと」
 はいクロトのぶん。
 しれっと差し出される酒には金平糖が浮いている。受け取った小さな夜空をしげしげと見詰める黒髪から、はたりと雫が零れたのを、今度は千之助が見逃さない。
「あれ濡れてる。拭いてやろう」
「河辺に座って見てたから? 汚れても別に、慣れてるし……」
「ほれ。綺麗綺麗」
「って子供扱いかっ」
「綺麗にされるのも慣れなさい。元から綺麗じゃけど」
 はしゃぐというよりも、翻弄される――とでも言うべきか。
 ともあれ賑やかな時間を過ごして、二人はようやっと腰を落ち着けた。眺めやる天地の星と共に、空を閉じ込めた酒を味わう。
 明日には消える、儚い景色だという――。
 さやりと頬を撫でた風に任せて、ほつりと零した千之助の声は、ひどく穏やかだった。
「どちらかが先に逝く」
 ――ほら、また、いつもの。
 俯けば視界にかかる黒髪は都合が良い。表情を隠して酒を見遣るクロトは、知っているのだ。
 そこにはいつだって、千之助の方が先だとでも言いたげな響きが揺れていること。
 ――骸の海から一本釣りでもしろってのか。
 拗ねたような悪態は言葉にならない。代わりに落ちた沈黙を掬い上げて、二藍の声が続く。
「私が先でも、私の幻に移り気しては駄目じゃよ」
 生者ならよし――などと、明るく言ってみせるけれど、その言葉の意味を分かっているのだろうか。それが余計に、クロトの胸を深く突き刺すことも。
 けれど渦巻く心根を言葉にするのは、どうにも長けなくて。浅い息と共に、無理矢理に絞り出した。
「じゃあ……どんな形であれ、僕が先だったら」
 ――今度は、千之助が動きを止める番だ。
「悪人の事など過去に。後は真っ当な人と幸せになってよ」
 そういうことだ。
 千之助が言うのは、それと同じだ。そうして欲しいと思うのに、傷付いてくれとばかりに吐き出してしまうのは――きっと同じだけ、そうして欲しくないから。
「――……さあ、どうかな」
 酔っ払いの澄まし笑いに乗る色は、果たしてどちらだっただろう。分からぬままに見遣るクロトの方は、一つだって酔ってなどいないのに。
「綺麗な星」
 釣られて見上げた夜空には、美しい星と月が瞬いている。光を失えばすぐに鎖す宵闇は、きっと永劫の夜へと続くのだろう。
 照らす瞬きも、穏やかな月も。
 ――奪ってきた幸せに似ているだなどと思うのは、きっと、あんなものを見たせいだ。
「綺麗……だね。うん」
「あ。生返事」
 聡い男はすぐに機嫌を傾ける。ぐいぐいと懐く大きな体に傾きながら、クロトはじっと星空を見た。
 永劫などない。
 知っている。
 識っているけれども――。
「何考えてる? 教えて」
「……さあ」
 杯を傾けながら笑ったのは、きっと細やかな意趣返しのためだった。
「何でしょ」
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

リゼ・フランメ
猫の傍へ
大事なひとを思い続ける心の傍で、物静かに星を眺めるわ

流石に濡れた髪は拭いて乾かしつつ
言葉をゆったりと投げかけていくわ


溺れる程の雨で、洗い流されてしまったからかしら
空が澄んでいて、星は綺麗
ね、泣いてしまったほうが、心に残った澱みと残滓が消えるらしいって聞いた事があるかしら
涙を堪えず、零し尽くしてしまった方が純粋な自分の思いに気づけるって

「冷たくて、寒いから、抱き締めてくれるひとの暖かさに。言葉のぬくもりに気づける」

そして、今は世界を取り囲む星の輝きと、賑やかな声
猫のように気紛れに、鼻歌を口ずさみましょう

いずれ、いずれ、と
流れた時を、流れる星のように美しく思える時が来ると、唄を乗せて



 一人星を眺める猫の隣へ、そっと焔蝶が舞った。
 先に見たその煌めきを、猫は忘れていない。目を移した先、歩み寄るリゼ・フランメ(断罪の焔蝶・f27058)が隣に座るのを、拒むこともなかった。吹き抜ける風が、心地良く頬を浚っていく。
 濡れた髪にはタオルを被せて来たが、ともすれば風だけでも乾くかもしれない。思いながらも、散る水滴をそっと拭って、リゼは星空を見遣った。
 紡ぐのは、己が裡へ向き合っているのだろう猫への言葉であって――同時に誰に向けたものでもない。独りごちるような声にこそ、心地良い静謐が宿るのだと、知っているから。
「溺れる程の雨で、洗い流されてしまったからかしら。空が澄んでいて、星は綺麗」
 こんなにも美しい星空は、そうそう見られるものではない。
 満天の星々は、その光量を問わず輝いている。それが見えるということ自体、もっと文明の発達した世界では、そうあることではない。
 それもこれも――きっと、淀みを全て、雨が浚ってくれたからだと、リゼは思う。
「ね、泣いてしまったほうが、心に残った澱みと残滓が消えるらしいって聞いた事があるかしら」
 猫が顔を上げたのが、視界の端に見えた。
 尾が揺らめいているのは興味からだろうか。星空から視線を移さぬまま、彼女はそっと目を伏せた。
 泪を堪えるばかりがやり方ではない。押し殺した悲しみは、それでも心に宿ったまま、どこかで己を苛み続ける。そういう澱が積み重なって――ひとは、どうしようもない苦しみに落ちてしまうことがある。
「涙を堪えず、零し尽くしてしまった方が純粋な自分の思いに気づけるって」
 先に、全てを洗い流してしまうこと。
 笑うことも必要だろう。いつまでも下を向いていても、どうにもならないことだってある。それでも、ふたたび笑うためには、深い傷を癒やさなくてはいけない。無理矢理に縫い付けても余計に深まるだけのそれが、血を流さなくなるまで。
 流星がちらりと夜空を横切った。一声鳴いた猫は、もう気付いているだろう。そこにある当たり前の尊さに。それは決して、なくなったりはしないのだということに。
 思い出はときに冷たい刃だ。けれど――故に、いまを捨ててはいけない。いずれ温もりを取り戻すそれを、新たな未来に芽吹くそれを、喪わないために。
「冷たくて、寒いから、抱き締めてくれるひとの暖かさに。言葉のぬくもりに気づける」
 ――だから、リゼは唄おう。
 賑わう妖怪たちの声。子供たちが指さす星空。その全てを包む静寂のやさしさに、融かすように。
 流れた時を。
 亡くしたものを。
 いつか、いつか――あの流星のように、美しく思える時が来るのだと。
大成功 🔵🔵🔵

夜明・るる
○アドリブ、アレンジうれしいよ

猫ちゃん、良かったね
おいで、おいでと手招き
来てくれる子がいれば抱き上げてよしよし

寂しかったね
ひとりは寂しいね
私もわかるよ
誰からも忘れられて寂しかった
だから、貴方たちがご主人のこと覚えている事は、
悪いことじゃないよ

ね、みんな、いいこ、いいこ
きみ、うちの子になる?
あのね、私の友達、楽しい人がいっぱいなの
うちに来たら楽しいよ

…でも、きみはこの子達と一緒にいたいかな
きみがもし良ければ、一緒に行こ。



 沢山になっている。
 零れた猫の魂たちが、にゃあにゃあと鳴いているのが見えた。めいめい自由気儘に過ごすそれらは、いつかどこかで主人とはぐれた迷い猫のひとつだ。
 その集団を眺めやりながら、夜明・るる(lost song・f30165)はそっと手招きをした。
 おいで、おいで――あえかな少女の声を聞きつけたハチワレが一匹、振り返って歩いてくる。人懐こいその子を抱き上げて、るるの指先はそっとその背をなぞった。
「猫ちゃん、良かったね」
 ――戻って来られたと言うことは、ごしゅじんへの道は鎖されなかったということでもある。
 一声鳴いて擦り寄るハチワレの、今度は頭を撫でてやった。心地よさそうに喉を鳴らす姿に目を細めて――零するるの声は、少しだけ愁いに沈む。
「寂しかったね」
 ――にゃあ。
「ひとりは寂しいね。私もわかるよ」
 誰からも忘れられてしまうということ――。
 いつの間にか、失われてしまったのだ。誰かの心にも、現実にも、るるの居場所はなくなってしまった。身を埋められる苦しみよりも、もう誰も己を見てはいないのだということが、辛かった。
「だから、貴方たちがご主人のこと覚えている事は、悪いことじゃないよ」
 きっとごしゅじんも浮かばれる。
 思い出が心にある間、本当は、ずっと一緒にいられるのだ。どこにも思い出がなくなってしまったときに、そのひとは本当に消えてしまう。それはとてもこわくて、つらくて、くるしいことで――けれど、そのときには誰にも声が届かなくなっている。
 だから、寄って来た皆の背を順に撫でるのだ。いつまでもごしゅじんと一緒に生きていることを、とても、とても――尊いことだと思うから。
 腕の中のハチワレが鳴いた。見上げる眸をそっと見下ろして、ひとつ、心に浮かんだことを口に出してみる。
「きみ、うちの子になる?」
 きょとんと目を見開いたその子が、るるの顔をじっと見ていた。
 この子を救ったそのひとのことを――忘れてほしいわけではなくて。ただ、そうしたいと思ったことだけれど。
「あのね、私の友達、楽しい人がいっぱいなの。うちに来たら楽しいよ」
 ふと目を遣った先の猫たちも、めいめい楽しそうにしている。あの子たちはこの子の大事な友達のはずだ。もし一緒にいたいというのなら、るるが無理強いをする気はなかった。
 だから、見下ろした丸くて綺麗な双眸に、少しだけ遠慮がちな言葉をあげるのだ。
「きみがもし良ければ、一緒に行こ」
 ――にゃあん。
 快諾のしるしは、腕に擦り寄る和毛の感触だった。
大成功 🔵🔵🔵

岩元・雫
【あめいろ】


溜息が零れる
星のうつくしさにでも、月の悍ましさにでも無い
己すら届かぬ夢を強いた現実にだ
自嘲の笑みが吐息と混ざった

ねこ、
名も知らぬおまえを呼ぶ
おまえは間に合って良かった
此様な手で好ければ、慰みのひとつにでもしてよ
狭い額を、頬を撫ぜんと

そうして居れば
見上げた先に知らぬ顔、知った顔
失礼な兎に
ひとり頷く女に溜息ふたつ
始まる会話と連なる名に、諦めて相槌を打つ
あゐに、ティアね
はいはい、付いてゆくから
まどかの好きにすればいい

――またいつか
何時かおれも過去になる
其の時までの別れの詞
唯ひとつだけ掛けて
もうねこには振り向かない

……ココア。
甘いものなぞ何時ぶりだろう
記憶の中の甘味に笑み綻ばせ
ゆらり、游ぐ


ティア・メル
【あめいろ】

んにー
出逢えてるといいねー
うんっ
ココアココア…っとと
円ちゃん、どうしたの?

しずくくん?かじゅーのおねーさん?
円ちゃんの知り合いかな
んふふ、初めまして
わたしはティア

ふみふみ
しずくと藍って言うんだね
どうぞよろしくなんだよ

一緒に行こう行こうっ
温かいココアを飲みたいね
2人も体冷えてない?だいじょうぶ?

かぁいい猫ちゃんがしずくの所でもふもふしてる
ぼくも撫でていーい?
あう
猫パンチされたんだよ

藍も猫触ってみない?
んにに
猫パンチ仲間だね

円ちゃんに懐く猫をじい
ぼくの円ちゃんなのに
拗ねちゃうよ
えへへへへーうん、あいしてるよん

ひとしきり遊んでから
ココア、ココア
生クリームいっぱいのにしよー


歌獣・藍
【あめいろ】

まぁ、ねこ
猫の前に…さかな?
おさかなさん
猫は魚を食べるのよ
早くお逃げなさ…あら。人?
しずく。というのね

私は…
まぁ!まどか!
それとそちらは…?
んにに?ふみふみ?
てぃあ…?
ふふふ、可愛らしい子ね
私はあゐ
どうぞよろしくね。
しずくにてぃあ!

まぁまぁ、大丈夫?
猫の爪は鋭いから
気をつけて
私も?
じ、じゃあ…ひゃんっ!
私もぱんちを
されてしまったわ…
ねこぱんち仲間…素敵ね!

ふふ、てぃあは
まどかを『あゐ』しているのね
その気持ち、とっても分かるわ
私もねぇさまがそうだったら…
いいえ、何でもないわ

ここあ…確か寒いと
恋しくなる飲み物ね?
私もご一緒していいのかしら
じゃあ、ご遠慮なく…!


百鳥・円
【あめいろ】

最後にはちゃあんと出逢えたんですかねえ
ふうー、おじょーさんお疲れさまでした
ココア飲んで帰りましょ……
って、あんれれー?

ばったり出くわしたヒトガタには覚えがあります
偶然ですねえ、しずくくん!
あなたも此処に来てたんですかー
幽世ですしひとり納得です。うんうん

そしてそしてー……あー、やっぱり?
かじゅーのおねーさん!
んふふ。お知り合い大集合でにっこりですよう

紹介しますねー!
ってひとりずつ紹介していきましょ

おじょーさんとココア飲もーって話をしてたんです
猫ちゃん構い倒したら行きませんかー?
あらら、おじょーさん大丈夫です?
足元に擦り寄った猫と遊びましょ
んふふー、かーわい

わたしも甘めのがいいですねえ



 星空を楽しむには、似つかわしくない息だった。
「ねこ」
 呼べば猫はすぐに応える。灰色から零れ出た魂のひとつ、鯖虎の擦り寄る指先を、岩元・雫(望の月・f31282)は茫洋と見遣った。
 ――心に鎌首を擡げるのは、感嘆でも安堵でもなく、憂鬱だ。
 この手は夢には届かない。されど現実はそれを赦さない。突きつけられた朧月の如きそれをまともに見て、雫の声は僅かに沈む。
 けれど、指先に纏わる温度だけは、よくと感ぜられた。
「おまえは間に合って良かった」
 名も知らぬその子の頭へ手を伸ばす。嬉しげに鳴いた和毛を撫で遣れば、少しばかりの笑みが唇を彩った。そのまま額をくるりと撫で上げて、頬へと指を滑らせる。
「此様な手で好ければ、慰みのひとつにでもしてよ」
 ――あえかな時間に、不意に響いた靴音に、雫は顔を上げた。
「おさかなさん」
 澄んだ声の女が立っている。空の雫をいっぱいに吸い込んだような藍色の眸が、雫を真っ直ぐに見詰めて瞬いた。
「猫は魚を食べるのよ。早くお逃げなさ……あら」
 思わず眉根を寄せた彼の顔は、それこそひとの表情をしていただろう。
 だから、彼女もまたゆっくりと、首を傾いだのだ。
「魚じゃない」
「――人?」

「最後にはちゃあんと出逢えたんですかねえ」
「んにー。出逢えてるといいねー」
 しみじみと漏らされた声は、ふたり並んで星空を見上げていた。
 ティア・メル(きゃんでぃぞるぶ・f26360)と百鳥・円(華回帰・f10932)の手は繋がれたままだ。幾度か頷いた二人が顔を見合わせれば、そこに憂いは何もない。
 今は快哉の空よりも、もっと重要なことがある。
「ふうー、おじょーさんお疲れさまでした。ココア飲んで帰りましょ……って」
「うんっ! ココアココア……っとと」
 不意に――。
 足を止めたのは円の方。はたりと瞬いた色の違う双眸が、きょとんと見開かれて一点を見る。
「円ちゃん、どうしたの?」
 思わずと覗き込んだティアの視線もまた、その先を手繰るようによろよろと彷徨った。その先には、見覚えのない二つの姿と――。
 耳元で上がる頓狂な声が、はっきりと映るのだ。
「あんれれー?」

「しずく。というのね」
 ゆったりと頷いた歌獣・藍(歪んだ奇跡の白兎・f28958)に短い返事を投げる。
 ――失礼な女だ。
 雫の感じた第一印象はそんなところだ。視線を外しながらちいさく吐いた息は、果たしてその向こうから駆けてくる、聞き覚えのある声に遮られた。
「偶然ですねえ、しずくくん! あなたも此処に来てたんですかー」
「まどか」
「そしてそしてー……」
「まぁ! まどか!」
「あー、やっぱり? かじゅーのおねーさん!」
「しずくくん? かじゅーのおねーさん?」
 どうやらこの場にいる全員が、円の知り合いであるらしい。流石は円ちゃん交友が広い――なんてことを思いながら、円と手を繋いだままのティアが全員を見渡した。
 この場においてその顔を知るのが一人だけとなれば、視線は自然と円へ集まる。それぞれ色の違う双眸に見詰められて、大方の状況を理解した彼女は、ひとり頷くとくるりと前へ踊り出た。
「紹介しますねー!」
 ぱっと掌を差し向けたのは、まずはここまで共に道を辿った飴いろだ。
「まずはー、こっちがおじょーさん!」
「んふふ、初めまして。わたしはティア」
 よろしくね――と溌剌に続ける台詞には、彼女独特の癖が乗る。それに小首を傾いでみせた藍は、けれどちいさく笑った。
「可愛らしい子ね」
「でしょー? こっちのおねーさんが、かじゅーのおねーさん!」
「私はあゐ。どうぞよろしくね」
 軽く頭を下げると、ゆらり白い髪が揺れる。最後に円の掌を受けたのは、ふみふみ頷くティアの前、膝に猫を乗せたまま自己紹介を聞いていた少年だ。
「そしてそしてー、しずくくんです!」
「はいはい」
 これ以上の言葉は不要だろう――とばかりの仕草を気にする者もない。見付かってしまったからには諦めるしかなかろうと、彼は一つ、密かな溜息を漏らした。
 彼と裏腹、円の眸はさも楽しげに煌めいていた。隣のティアとアイコンタクト、そのまま悪戯めいて向き直れば、藍がこてりと首を傾げる。
「おじょーさんとココア飲もーって話をしてたんです。猫ちゃん構い倒したら行きませんかー?」
「ここあ……」
 ――繰り返す言葉に聞き馴染みはなくて、けれど断片的な知識はあった。まだ見ぬその飲料を想起して、藍がはたはたと瞬く。
「確か寒いと恋しくなる飲み物ね? 私もご一緒していいのかしら」
「よくご存知で!」
「藍も一緒に、行こう行こうっ」
「じゃあ、ご遠慮なく……!」
 ぱっと顔を輝かせた藍の表情に、ティアがにこりと笑みを返す。
 はしゃぐ二人から少し離れた位置にいる少年に向けて、円の声がにこやかに飛んだ。
「しずくくんも行きましょーよ」
「分かったよ、まどかの好きにすればいい」
 喜んだような、満足げなような、或いは目論見が上手くいった小悪魔のような――。
 実に夢魔らしい表情で笑った円に息を吐く。すっかり藍と仲良くなったらしいティアが足早に向かって来るのも、吐息の理由のひとつではあったのだが。
「二人とも冷えてない? って、あっ。かぁいい猫ちゃん」
 ぴしりとティアが指さしたのは、すっかり雫の膝――或いは鰭と言うべきか――に乗って寛いでいる鯖虎だ。
 突然賑やかになった周囲を見渡す眸をじいっと覗き込んで、彼女は少年に問いかける。
「ぼくも撫でていーい?」
「どうぞ」
 ――わたしの猫じゃないし。
 撫でていた手をどけて、煌めく飴いろの方へと方向を変える。目を丸くしてじっと見詰める鯖虎に、迷いなくティアの手が伸びて――。
「あう」
 いい音を立てた肉球が掌にヒットした。爪を出していないのは牽制が故だろうか。警戒心を露わにする猫にしょんぼりした様子で、彼女はひりひり痛む自身の手を押さえる。
「あらら、おじょーさん大丈夫です?」
「まぁまぁ、大丈夫? 猫の爪は鋭いから気をつけて」
「うう……ありがとなんだよ」
 柔らかな手を円が握る。ちちんぷいぷいのおまじないを掛けられるまま、ティアの眸がきらりと藍を見た。
「藍も猫触ってみない?」
「私も?」
 ゆっくりと、藍いろが猫を見る。雫の上でじっと見詰める眸としばし視線を交わしてから、藍の手がそっと伸ばされた。
「じゃ、じゃあ……ひゃんっ」
 だめ――と言わんばかりの攻勢に、思わず彼女は自分の手を握る。自分の二の舞となってしまった彼女の姿をわらって、ティアもまた、同じおまじないをかけようと藍の手を握った。
「んにに。猫パンチ仲間だね」
「ねこぱんち仲間……素敵ね!」
「――素敵か?」
 ぽそりと零す雫のツッコミは届かない。そっと撫でた鯖虎は、彼には何やらよく懐いているらしい。
 ふと別の猫が寄ってくる。三毛が懐くのは夢魔の足許だ。しゃがみこんでそっと撫でてやれば、にゃあん――と満更でもなさそうな声を上げる。
「んふふー、かーわい」
 そうして猫と戯れる円をじっと見て、少しだけ機嫌が斜めに傾く少女がひとり。頬を膨らませて見るのは、猫と仲良しの彼女への羨望ではなくて、むしろ猫に向けられた嫉妬だ。
「ぼくの円ちゃんなのに。拗ねちゃうよ」
「ふふ」
 ――その愛らしい姿にちいさく笑ったのは藍だ。
 その感情に覚えがある。そうして頬を膨らませる仕草に滲む想いまでも、彼女には少しだけ、分かるのだ。
「てぃあは、まどかを『あゐ』しているのね」
 くるりと振り向いたティアが瞬いた。
「えへへへへ――うん、あいしてるよん」
 ごく真剣な眼差しで頷く彼女の言葉を受けて、藍もまた眦を緩めてみせる。
 ああ――彼女は、とても。
「その気持ち、とっても分かるわ。私もねぇさまがそうだったら……」
「んに? ねぇさま?」
「――いいえ、何でもないわ」
 ゆるり、首を振って追い払うような仕草。心に浮かぶ笑顔を、最後に交わした言葉を、もう一度刻むようにして――藍は胸に手を当てた。
 そこにあるものを、ティアもまた、少しだけ悟った。初めて声を交わしたばかりの彼女の傷に触れぬよう、それ以上は言及しない。
 たっぷり時間が経って、毛並みの感触と――たまに猫パンチを味わって。はたと見上げた空は、いつの間にか月の位置が変わるほどの時間を示していた。
「円ちゃん、ココア、ココア」
「おっと。もうこんな時間ですか。皆さん行きましょー」
 呼ばれた円の号令に皆が立ち上がる。足許で鳴いた鯖虎を見遣って、それからめいめい己らを見送る猫らを見遣って――。
 雫は、ほつりと声を零した。
「――またいつか」
 いずれ還るべき海の底で、再び逢う日まで。
 隠した意味が通じたのか否か。猫は一声鳴いて、追いかけようとしていた足をそっと止めた。
 だから、雫も――もう、振り返らない。
「生クリームいっぱいのにしよー」
「わたしも甘めのがいいですねえ」
 きゃらきゃらと声を交わす女性たちの後を追う。姦しいそれに、けれど少しだけ唇を緩めたのは、懐かしい甘みの感触が舌に戻るからだった。
「……ココア」
 独りごちる言葉は少しだけ弾んで。
 三つの足とひとつの鰭が、星海の中を歩いて行く。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

朧・ユェー
【月光】

おやおや、濡れてしまったね。
これでは風邪を引いてしまう
タオルをルーシーちゃんの頭へ覆って拭いていく
ルーシーちゃんは猫さんを拭いてあげてくださいね
おや?僕も、ありがとう御座います
拭きやすい様に屈んで

えぇ、屋根だと月と星が綺麗にら見えますね
身体も冷えてはいけませんから
温かい紅茶、それとも珈琲かな?淹れましょうね
珈琲を淹れて彼女に
実はクッキーをこっそり隠してたんですよ
濡れてないから大丈夫
皆さんにもおっそわけです

ふふっ、ルーシーちゃんしょんぼりしてる猫さんを呼んで来てくれるかな?
あの子用のクッキーも用意してるから
美しい星を眺めながら一緒に食べましょう
彼女と猫さんの頭を撫でながら


ルーシー・ブルーベル
【月光】

月だわ

呆けてると
ふわりあたたかいタオル
ありがとう
ゆぇパパ

ねこさんもだけど
パパも拭かないとダメよ
同じく頭を拭こうと…
と、届かないから屈んで?

猫さんも拭いてあげる
ごめんなさいが言えてえらいね
みんな帰って来れて良かった

屋根の上から
水面にうつる月と星が見えるのですって
行ってみない?

冷えて
そういえば指が震えて
コーヒーがいいな
まあ、パパったらいつの間に
カップから伝わる熱が燃えるようで
クッキーの甘さが染みるよう
…おいしい
おいしいわ、パパ

うん、猫さんおいで
どげね?してる猫さんを手招き
真っ白で
黄と青のオッドアイのコ
膝に乗せてクッキーをあげて、なでて
頭はパパに預けて

キレイ
あったかい
息をはく

ありがとう、パパ



 ――月が出ている。
 ぼんやりと見上げた金色のひかりが、同じいろの髪を照らしていた。茫洋とした隻眼が、青い眸いっぱいにそれを映している。
「おやおや、濡れてしまったね。これでは風邪を引いてしまう」
「わ」
 意識を引き戻すように――。
 ルーシー・ブルーベル(ミオソティス・f11656)の髪を優しく拭いた朧・ユェー(零月ノ鬼・f06712)が笑う。ふわふわとしたタオルの感触もあたたかいが、それよりも心をあたためる温度をそれ越しに感じて、ルーシーはちいさく笑った。
「ありがとう、ゆぇパパ」
「いいえ。ルーシーちゃんは猫さんを拭いてあげてくださいね」
 離れたタオルを手渡されて、少女はじっとそれを見た。それから視線を持ち上げれば、金色のやわらかな光と目が合う。
 銀色から滴る雫が見える。濡れ鼠なのは誰もが一緒だから、ルーシーはずいと両腕を広げた。
「ねこさんもだけど、パパも拭かないとダメよ」
「おや、僕もですか?」
 ありがとうございます――なんて笑う頭へ届かせようと、少女の爪先が必死に地を押した。無理矢理持ち上げた踵も虚しく、しなるタオルは精々肩まで届けば良いところだ。
「――と、届かないから屈んで?」
 愛らしいおねだりに応じて身を屈める。ユェーの髪を懸命に拭く感触が離れて目を開ければ、今度は猫たちの番だ。
「ごめんなさいが言えてえらいね。みんな帰って来れて良かった」
 柔らかな感触を与えながら、ルーシーの唇が声を紡ぐ。にゃあ――と鳴いた声音は、申し訳なさそうな、それでいて嬉しそうなそれ。一匹ずつ丁寧に水を拭い去ってやった後、月光いろの少女はそっと立ち上がった。
 ――くるりと振り返った先には、笑うユェーがいる。彼と一緒に、足許の猫たちも誘うように、言葉をかけるのだ。
「屋根の上から、水面にうつる月と星が見えるのですって。行ってみない?」
「えぇ、屋根だと月と星が綺麗に見えますね」
 もっと空が近いから――。
 見上げた金色の眸に後押しされるように、たくさんの足が空へ近付く。ルーシーを引き上げたユェーと、しなやかに屋根に飛び乗る猫たちは、星の海を眺める特等席に座り込んだ。
 いつの間にやら用意されたティーパーティーのセットがある。簡易的なそれは、けれどユェーの手に掛かれば魔法のお茶会に早変わりだ。
「身体も冷えてはいけませんから、温かい紅茶、それとも珈琲かな? 淹れましょうね」
 ――そう言われて。
 初めて気付いたように、ルーシーは己の手を見た。かじかんで凍えて――もしかしたら心の底もそうなのかもしれないけれど――指先が震えている。
 それをじっと見詰めたままで、彼女はぽつりと声を零した。
「コーヒーがいいな」
 望み通りのものが出て来るまでに、そう時間は掛からなかった。
 カップに添えられたお茶菓子には見覚えがない。はたりと瞬いた隻眼が見上げる先で、悪戯っぽく笑うユェーがいる。
「パパ、これは?」
「実はクッキーをこっそり隠してたんですよ。濡れてないから大丈夫」
「まあ」
 ――パパったらいつの間に。
 思わず綻んだ唇に、それなら遠慮なく、と菓子を運ぶ。指先に抱いたカップの熱が、冷え切った指に燃えるような温度を宿せば、さくりとした触感と一緒に、柔らかな甘さが口の中に広がった。
「……おいしい」
 思わずと見開いた眸をいっぱいに輝かせて、ルーシーがユェーを見る。その色があまりに愛らしいから、彼もまた、同じように笑みを咲かせた。
「おいしいわ、パパ」
「良かった。ほら、味の保証は出来ましたよ」
 皆さんにもおすそわけです――言いながらユェーが手を広げれば、我先にと集う猫が夢中でクッキーに口をつける。口々においしさを表現してみせる和毛たちが可愛くて、それを眺めていたルーシーの方を、はたりと金色が見遣った。
「ふふっ、ルーシーちゃん」
「なあに?」
「しょんぼりしてる猫さんを呼んで来てくれるかな?」
「うん」
 ――目を移した先に、白が丸まっているから。
「猫さん、おいで」
 振り向いたのは黄色と青のオッドアイ。おずおずと近寄るその子に膝を譲り渡して、クッキーを一枚渡したなら、ルーシーの手は慈しむように背中を撫でる。
「美しい星を眺めながら、一緒に食べましょう」
 やさしく零したユェーの手が、ルーシーの頭へ触れた。梳くように髪を撫でる感触に身を委ね、ちいさな少女はようやく、真っ直ぐに星空を見る。
「きれい」
 ――預けた体も、あたたかい。
 もう、寒くないから。
「ありがとう、パパ」
 掠れて零したちいさな声を知るのは、彼女と彼と、白猫だけ。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

鏡島・嵐
飲み物を貰って星を眺める。気分的に、温けぇのがイイかな。

祖母ちゃんは、今夜も星を眺めてるかな。ちょうど、今おれがこうやって星空を見上げてるみてーに。
……親父とおふくろも、もし元気なら同じようにどこかで星月夜を迎えてんのかな。

大切な人。大切な絆。
遠く離れているときは、それを想って少しだけ涙することもあるけれど。
でも、確かにこの胸の中にそれはあって。
暗闇を一人彷徨う時も、冷たい風の夜を越えてゆく時も、心を温めて行く末を照らしてくれる。
……うん。おれが今こうして旅を続けてられるんは、おれが大切に想ってるのと同じくらい、おれを大切に想ってくれる誰かが居るからなんかもしれねーな。



 ――もしかしたら、同じような星月夜を見ているのだろうか。
 そのときには二人が並んでいれば良いと、満天の星空を眸に映す鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)が、ふと息を吐く。
 体と心を温める珈琲が、手の中でゆらりと波紋を立てた。凍えた指先を温める感触は、いつか手袋をして、星を見上げた日を思い出させる。
 見上げる嵐の横には誰もいないけれど、心の底にありありと浮かぶ面影が、彼と共に星を見詰めている。
 或いは祖母が、もしかすれば今もこうしているかもしれないということ。
 或いは父と母が――もしも元気に暮らしているのならば、同じような空の下にいるかもしれないということ。
 星々はめいめいに瞬いている。寄り添う星もあれば、ひとつでいっとう輝いているものもある。人々の生に似たその煌めきは、けれどきっと――皆で夜空を照らしているのだ。
 大切な人がいて。
 その絆を、心から大切だと思う。
 父が教えてくれたこと、母が語ってくれたこと、祖母が支えてくれたこと。記憶の中にある全てが嵐をかたちづくって、そうして彼はここにいる。
 ――傍にいないことが、いたく胸を刺す日もある。
 ただ頭を撫でて欲しいと願った日も、その温もりに触れられないことを悲しんだ日もある。そういうとき、いつでも勝手に浮かんだ涙が零れ落ちてしまうのだ。遠く離れた面影が、いっとう恋しくなってしまうときが――。
 けれど、それは。
 裏を返せば、それほどまでに強く、嵐の中に根付いているという証拠でもある。
 どこまでも続いているかのように見える暗闇に、心を折られそうなとき。吹きすさぶ冷たい風に向かっていかなくてはいけない夜を歩く心に、恐怖が芽生えて揺れるとき――。
 一人歩いていくということは難しい。旅を続けていくということも――きっと、ひどく難しいことなのだ。
 けれど――嵐はそっと、己の胸に手を当てる。
 笑う顔がありありと浮かぶ。語ってくれた思い出話が脳裏に蘇る。あの日の夕暮れに駄々を捏ねて泣いたのも、彼へと交してくれた優しい約束も。
「……うん」
 全てが、この心に灯る光となって、行く先を照らしてくれている。
 嵐が心を傾けて、いつでもその脳裏にふと誰かを描くように――きっと、誰かがまた、嵐のことを不意に思い出すのだろう。その確信が揺らがぬ焔を心に灯す。
 だから歩ける。
 だから、前に進んでいける。
 どれほどに恐ろしいことがあろうとも。どれほどにこの身が傷付こうとも。彼はきっと、足を止めることはないのだ。
 掲げたカップに星空が映り込む。その暖かな煌めきを呑み干して、嵐はそっと、唇に笑みを描いた。
大成功 🔵🔵🔵

雲失・空
【雨空】

(物の見事な濡れ鼠。くすぐったそうに、それこそ動物のように受け入れつつ)
わはは、まるで私も猫みたいな扱いだなウルル~~
一緒だなあ猫ちゃん。私らもう仲間みたいなもんだね?あはは!
うん、大丈夫大丈夫。私そんなに寒がりじゃないし
ありがと、ウルル

ん、ああ……
(確かそう、ウルルは雨がないと駄目なんだった
視えるそれは、この子にはどう映っているのだろう)
これも一種の雨の形ってやつ。ああこら、触っちゃだ~め。おいで
どう?猫ちゃん。君の目には、どんな色で見えてるのかな

ん?なぁにウルル
あは、もっちろん
猫ちゃんは、何がいい?
えっ、同じやつ?う~んどうなんだろ……
えぇ平気?ほんとかなぁ……


ウルル・レイニーデイズ
【雨空】

(たくさん雨に打たれたきみ達だ、
雨慣れしてるぼくと比べたら随分寒い思いをしたんじゃないだろうか
そう思いつつねこくん一匹とカラをタオルでごしごししてる)

……ん

もうだいじょぶ?……そう。

(虹雨を魚の群れに替え、きみ達には害なきように
ぼくの周りだけを遊泳させる。
雨が止んでいてもこうしていれば息苦しさは紛れる)

……さわっちゃ だめだよ?
(興味を惹かれてるねこくんに、ひそり
――星空にきらきら飛んでシャボン玉のように消えてく魚の群れは
綺麗で、けっこう好きかも)

……ね、カラ あのね

……紅茶淹れてっていったら いれてくれる……?……やった。

……ねこくんも 一緒の。

……カラも、一緒 ……ね?



「わはは」
 くしゃくしゃと髪が拭かれる。
 ウルル・レイニーデイズ(What a Beautiful World・f24607)の少しぎこちないような手つきが、猫の一匹と雲失・空(灯尭シ・f31116)を一緒くたにかき混ぜた。雨に慣れきった自分は兎も角、慣れない二人は寒い思いをしているんじゃないか――なんて、心優しい気遣いから為されるそれを、濡れ鼠たちはくすぐったそうに受け容れている。
「まるで私も猫みたいな扱いだなウルル~~」
 動物のようにくしゃくしゃにされて、けれどあしざまには感じたりしない。むしろその手つきがどこか心地いい気がして、猫も空もじゃれるようにしてしまうのだ。
「一緒だなあ猫ちゃん。私らもう仲間みたいなもんだね? あはは!」
 ――にゃあん。
 至極嬉しげに鳴いた猫は、表面積の問題で空より先にふかふかになっていた。その和毛を今度は空がくしゃくしゃにし始めるから、ウルルはそっとタオルを離した。
「……ん。もうだいじょぶ?」
「うん、大丈夫大丈夫。私そんなに寒がりじゃないし。ありがと、ウルル」
「……そう」
 それなら良かった、と言わんばかりの息が揺らぐ。傘の中の戯れが終わったら、次は星見の時間だ。
 傘はきっと邪魔だから――。
 ウルルの周囲の水滴が、そっとかたちを変えて魚に変わる。虹の魚群が漂うように彼女の周囲を旋回すれば、生命維持には問題が出ない程度で済む――少しだけ、清浄な空気の息苦しさを、感じてしまうけれど。
 それをじっと視て、空は少しだけ目を眇めた。彼女も知っている。ウルルは雨がなくては生きていけないこと。それも、生命にとっては有毒でなくてはいけないこと。
 だから何も言わない。騒ぎに乗じて膝に乗った猫が興味深そうにそれを眺めるのに、そっと説明を添えてやるだけ。
「これも一種の雨の形ってやつ」
 ――そうなんだ。
 きらきらとした眸で、ゆらりと尾を揺らすその子は、果たして聞いているのか否か。今にも飛びかかりそうなお尻をがっちり捕えて、空は心配そうなウルルにアイコンタクトを取った。
「ああこら、触っちゃだ~め。おいで」
「……さわっちゃ、だめだよ?」
 二人から同時に言われてしまえば仕方がない。大人しく見詰めるだけにした猫は、それでもその光景を、輝く眸で見詰めている。
「どう? 猫ちゃん。君の目には、どんな色で見えてるのかな」
 ――にじいろ。
 そう言う鳴き声と同時に、虹の魚が天へと昇る。シャボン玉のようにぱらぱらと弾けてはまたかたちを作って、夜空を自由に泳ぐそれは、ほんのいっときの小さなショーのようでもあった。
 ウルルの目にも、それは綺麗に映る。すこしだけ唇を緩めた彼女が、ふと隣の女性を見た。
「……ね、カラ。あのね」
「ん? なぁにウルル」
 返る声は快活だ。晴れやかな空に似つかわしい友人の言葉に、彼女はそっと問いかける。
「……紅茶淹れてっていったら、いれてくれる……?」
「あは。もっちろん」
「……やった」
 可愛らしいオーダーに応えるべく、空はそっと猫を置いて立ち上がった。その双眸を見詰めて、彼女が首を傾げる。
「猫ちゃんは、何がいい?」
「……ねこくんも、一緒の」
「えっ」
 ――猫に人間の飲み物はまずいんじゃないだろうか。
 当猫より先にウルルが応じる。思わず空が見遣った先の猫は、随分と嬉しそうだけれど――。
「う~んどうなんだろ……」
 ――へいきだよ。
 灰色の猫が自信満々で鳴くものだから、空の眸がますます難しげに歪む。万が一にでも毒になってしまってひっくり返ったら、それこそ大騒ぎになってしまうだろうし――そんなことはしたくない。
「えぇ? ほんとかなぁ……」
 スマートフォンがあれば調べられるのだろうか。生憎とそんなものは持ち合わせていない。だいいち、少々時代遅れのガラケーでないと、空は感覚が掴めない。
 唸りながらも準備を進める彼女に寄り添うように、傘を手にしたウルルが見上げる。その眸へ目を合わせれば、じっとこちらを見詰める気配がありありと感ぜられた。
「……カラも、一緒」
 ね――なんて言われてしまうと、どうにも断る気にもなれなくて。
 結局、猫とウルルは、空の淹れた紅茶に、無事に舌鼓を打ったのだった。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

祇条・結月
屋根の上から天地に広がる空を眺める
手には温かいココア
騒ぎに混じる気分になれなくて、タオルを被ってひとり、静かに

いつの間にか少し離れた隣にいる猫に目を向けて
君は悪くない。気にしなくていいんだよ、って苦笑
いろいろ考えちゃうのは、僕のせい
タオルを掛けてあげて、ごめんって
そうやってしばらく一緒にいるよ

わかってても別れは寂しいよね
でもこんな風に謝りに来てくれるだけ、強いよ
僕より、ずっと

……僕は未だに怖がってる
ほんとはわかってるのにね
足踏みしてても過ぎた日は取り返せないし
明日だってこない、って
せめて。皆が信じてくれる自分を僕も信じるって、胸を張ればいいのに

小さくくしゃみ
風邪だとやだな……
気を付けないと、ね



 何となく人目を避けるように来てしまった。
 救世の騒ぎに巻き込まれるのも、普段ならば楽しいことだけれど――今はそういう気分にはなれなくて、暖かいココアを一杯もらって、すぐに屋根に昇った。
 天地を埋め尽くす星の海と、まばらな人影だけがある区画だ。祇条・結月(キーメイカー・f02067)は、タオルを被ったままじっとしている。
 そうしていると、とめどなく詮無いことが流れていく。浮かんでは消えて、消えそうになっては浮かんで、緩やかに明滅するどれもが、彼の心を少しずつ沈めていく。
 ――にゃあ。
 思わず息を吐いたとき、ふと声がした気がして、結月は顔を上げた。
 猫がいる。心配そうな顔をして、少し離れたところに座っている。気遣わしげなその姿は、まるでさっき謝っていたときのようで――。
「君は悪くない」
 ――でも、いやなもの、みせちゃったかも。
「気にしなくていいんだよ」
 苦笑が浮かぶのは、どうしてだっただろうか。別れを経験したばかりの猫にすら気遣われる己に、また否定的な思いが擡げるからだろうか。
「――いろいろ考えちゃうのは、僕のせい。ごめん」
 そっと距離を詰めたのは、結月の方だった。ちいさな体をタオルで覆って、そのまま隣に腰掛ける。
 暫しの沈黙を壊すために――手にしたココアに口をつけて、切り出す。
「わかってても別れは寂しいよね」
 猫の尾がゆらりと揺れた。俯く眸は、それでも先よりは寂しさを紛らわせているようだ。結月を見詰める桃色に、彼はゆるりと笑う。
「でもこんな風に謝りに来てくれるだけ、強いよ」
 僕より、ずっと――。
 零れ落ちた本音が、大河に揺らぎを作って消えた。
「……僕は未だに怖がってる」
 ――ごめんなさい、すること?
「それも――かも」
 頭では分かっているのだ。ここで足踏みをしていたって、何にもならないことも。
 過ぎた日は、二度と戻ってこない。蹲ったり、躊躇したりするたびに黎明は遠のいて、ずっとそうしているなら明日も来ない。それでも宵の中に取り残されてしまうのは、ただ――。
「せめて。皆が信じてくれる自分を僕も信じるって、胸を張ればいいのに」
 ――口にしてしまえばとても簡単なことに思えるそれが、いつまでも出来ないせいだ。
 それなのに届かせたい手はあって、全く侭ならない。
 擦り寄る猫の和毛をタオル越しに撫でると、小さくくしゃみが零れた。冷えすぎただろうかと洟を啜って、心配げに鳴いた猫に大丈夫だよ――と声を差し出す。
「風邪だとやだな……気を付けないと、ね」
 同意するように鳴いた猫に寄り添うままで、結月はそっと、星空を見上げた。
大成功 🔵🔵🔵

エコー・クラストフ
【BAD】
雨って冷たいけど、結構好きなんだ
色んな所が光って綺麗だし、人通りが少なくなって静かだし
……猫か。別にもう殺そうとはしないよ。無害になったならどこにでも行くといい
どうしたのハイドラ。はは、別にくっつくのに理由はいらないんだけどね

……ボクが強くいられるのはハイドラがいてくれるからだよ
あの時だって、ハイドラと会ってなかったボクだったら、沈まずにいられたかわからない
ハイドラがいる所だから戻りたいと思ったし、戻れたんだと思う。ボクだって本当は寂しがりやな方なんだよ?

死んじゃダメだよハイドラ。今暖めるから……って言っても、ボクの体は暖かくないけどね
……ちょっと温かいかも。ありがとう、ハイドラ


ハイドラ・モリアーティ
【BAD】
ウーン、良い月。あと酒
謝るようなことじゃァないだろ
終わりよければってやつだ
祭りを楽しんでおいで、にゃんこ。
――あー、さむ。エコー、こっちきて
ひっつかないと暖が取れないんだよ
……まあ、それはただの口実で

あのさ
お前はやっぱ強いよな
俺なんか、お前の家族が沈むところ見て
泣いちゃうし
……あの猫……のかたまりみたいな気持ちも
妙にわかっちゃうくらい、寂しがり屋だった
ね、上着で俺の事くるんでよ
寒くて凍えて死んじゃいそうだから
嘘嘘、冗談。でも、あったかいでしょ
最近ちょっと覚えたんだよな、炎の魔術の応用みたいな
……せめてお前を温められたらなって思って
気に入った?
――寂しくない? ほんとに?
なら良かった。



 冷たいものが好きなわけではないけれど、雨は好きだ。
 すっかり降り止んだ空を見上げて、エコー・クラストフ(死海より・f27542)は雨の名残のにおいを追った。大河へと続く傾斜で、猫が震えているのも目に入ったけれど。
「別にもう殺そうとはしないよ」
 ――エコーが斬るのはオブリビオンだけだ。今や普通の妖怪であるそれに、手出しをする道理もない。
「謝るようなことじゃァないだろ」
 それでもぺこぺこと頭を下げる猫へ向けては、ハイドラ・モリアーティ(冥海より・f19307)の上機嫌な声が飛んだ。酒を片手にすっかり星見を――寧ろそちらは酒飲みの理由付けの可能性が高いが――楽しんでいる彼女はといえば、ほろ酔いの表情を隠しもせずに笑う。
「無害になったならどこにでも行くといい」
「そうそう。終わりよければってやつだ。祭りを楽しんでおいで、にゃんこ」
 ――ありがとう。
 声を残して去って行く猫を尻目に、二人も屋根の上へと登っていく。寄り添い合う二人が多い区画は静かだ。倣うように並んで腰掛けた二人の間に、僅かな沈黙が落ちる。
 これみよがしに――。
 白く息を吐いたハイドラが、少しだけ開いたふたりの肩の距離を見た。
「――あー、さむ。エコー、こっちきて」
「どうしたのハイドラ」
「ひっつかないと暖が取れないんだよ」
 ――なんて。
 ただの口実だ。こうやって二人で寄り添いあうための、ほんの少しのタテマエというものだった。
 の――だけれど。
「はは、別にくっつくのに理由はいらないんだけどね」
 素知らぬ顔で、けれどエコーは見透かしたようなことを言う。敵わないな――と思うと同時に少しだけ息が止まって、ハイドラは寄り添った低い体温へ頭を預けた。
 低い体温に安心する。
 ――なんて、そんな奴、世界でも俺しかいないかもね。
「あのさ」
 そこに在る温度に声を零した。顔は見えない。見なくても良いと、少しだけ思っている。
「お前はやっぱ強いよな。俺なんか、お前の家族が沈むところ見て――泣いちゃうし。……あの猫……のかたまりみたいな気持ちも、妙にわかっちゃうくらい、寂しがり屋だった」
 ずっと寂しかった。
 歪んだ家族はそれでも家族で――けれど欲したのは普通の愛情で。もらえなければ寂しくて、己が嫌いになって――。
 そういうものだ。弱くて脆いのは体だけではないのだと、少しの苦笑に織り交ぜた。
 それをじっと見遣って――。
「……ボクが強くいられるのは、ハイドラがいてくれるからだよ」
 エコーもまた、偽らざる心を差し出すのだ。
「ハイドラがいる所だから戻りたいと思ったし、戻れたんだと思う」
 そうでなければ――沈んでいたのかもしれない。その可能性を否定できないくらいに、あの日は彼女の心に深く爪を立てていた。
 隣に寄り添ってくれる温度がなかったら。こうして言葉を交わす相手がいなかったなら――誘惑に負けていた己すら、容易に脳裏に描くことが出来る。冷たい水の底に沈んで、皆と同じ骸に変わってしまえたら、もう何も感じなくて済むから。
 それを嫌だと思ったのは、ただ――隣に分かち合いたい相手がいるからでしかない。
「ボクだって本当は寂しがりやな方なんだよ?」
 冗談めかしたように括る声がうれしくて、うれしくて――。
 胸の中の熱に殺されそうな気がした。唇が思わず綻んでしまうのを堪えて、ハイドラはそっと、もうひとつおねだりをする。
「ね、上着で俺の事くるんでよ。寒くて凍えて死んじゃいそうだから」
「え。死んじゃダメだよハイドラ」
 今暖めるから――ああでもボクの体は暖かくないけど――。
 慌てて上着で包めてくる手が愛おしい。思わず喉を鳴らしてしまったから、種明かしはすぐだ。
「嘘嘘、冗談。でも、あったかいでしょ」
 ――炎の魔術を覚えた。
 裡に宿せば周囲は燃えないけれど、代わりに己の温度を上げることが出来る。それだって救世のためだとか、そういうご大層なものではない。
 ただ、彼女の世界で一番大切なものに、冷たさを味わって欲しくないだけ。
「……せめてお前を温められたらなって思って」
 ぽつりと零された言葉に、今度はエコーが目を見開く番だった。はたはたと瞬いて、自身の上着の中にある体温へと触覚の全てを傾ける。
 果たして、元より温度に差のある体では、大きな違いを感じ取ることは出来ないけれど。
 何よりも――その心があたたかくて。
「……ちょっと温かいかも、ありがとう、ハイドラ」
 その声に体を起こしたハイドラが、目を輝かせて声を上げる。
「気に入った?」
「うん」
「――寂しくない?」
「ハイドラがいるからね」
「ほんとに? なら良かった」
 笑い合うふたつの影を、星々だけが照らしていた。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

鳴宮・匡
屋根の上から、眼下の“夜空”を見下ろした

思い出すのは、いつかの夜
胸の裡に浮いた、呑み込みきれなかった感情を
彼女が掬い上げてくれた日

利己的に繋いできただけの命を、無駄でも間違いでもないと言ってくれた
生きたかった自分を認めてもいいんだと

その上で、ここに生まれたものに向き合っていくべきだって

あの日から
きっと辿り着きたい場所は決まっていて
それでも、見えた景色はあの戦禍の中で

少しだけ、安心した

俺の原風景はずっとあの場所で
それが変わらなくても、前を向けるって

何一つ、捨てなくてもいいって
わかった気がして

近づいてきた猫をそっと撫でる
大丈夫
また見つかるよ
いつか、大切だって思えるひとが

俺だって、そうだったんだから



 屋根の上からは、何もかもがよく視える。
 対岸ではしゃぐ子供たちの声も、酒を飲んで笑う妖怪たちの声も。けれどその全てよりも先に、鳴宮・匡(凪の海・f01612)が視線を向けたのは、眼下の星空だった。
 軒先から零れる雫が、時折写し取った夜空を揺らす。その波紋を見下ろしながら、胸に抱えたのは、いつかの夜のことだった。
 ――隣に藤色の灯火があった日だ。
 ずっと殺してきた。殺していけるはずだった。ないのだと思い込んできたそれを、殺しているのだとすら思っていなかった。それでもあの日、堪えきれずに零れた歪む心の一滴を、細い指先は丁寧に掬い上げてくれたのだ。
 ただ、利己的に生きていた。
 匡の命は、奪ったもので出来ている。数多の屍に何の感情も抱けず、そのくせ奪い去った世界の上にしか成り立たぬそれが、どうしても肯定出来ずにいた。
 けれど、彼女は。
 擦り切れて尚も他者から奪い続けるこの手を、無駄でも間違いでもないと言って、笑った。
 そうまでして歩いてきたのは、そうまでしても生きたかったからなのだと。その命を抱えていることは、決して誤ったことではないのだと――。
 認めた上で、芽吹いてしまった歪な芽に、向き合っていくべきなのだと言った。
 ずっと、目指していたのは沈んだ楽園だと思っていた。
 けれどきっと、進む先は変わっていたのだ。あの日から――変わり始めていたのだ。
 それでも、雨の帳に映し出されたのは、彼女の声ではなかった。己に初めて差し伸べられた手。何も知らない子供に、何もかもを教えてくれたひとの、忘れ得ぬ姿。
 少しだけ安堵の息が漏れたのは、この胸懐の全てを、捨てる必要がないと示された気がしたからだった。
 変わらない。
 何を手にしても、目指すべき道を違っても。鳴宮・匡のはじまりはいつだって、あの日に己を拾い上げた手に戻るのだ。
 過去を手にしたまま未来を向いても良いのだと、いつも己を導いた声に言われた気がした。痛みを抱いたままでも進める。悲しみを手にしたままでも喜べる。苦しみに藻掻きながらでも――安らぐ心は、変わらない。
 だから――。
 そっと擦り寄ってきた猫に手を伸ばす。ぎこちなく撫でる指先をねだる姿に、そっと息を吐いた。
「大丈夫」
 未来はひとつではない。
 亡くしたものはもう戻らない。だからといって何も抱けないわけではないのだ。空いた両腕に、それを抱き締めることを――己に許せるかどうかというだけで。
「また見つかるよ。いつか、大切だって思えるひとが」
 許させてくれるひとがいるだろう。忘れずとも、痛むままでも。
「――俺だって、そうだったんだから」
 言いながら見上げた満天の夜に、匡はいつかの星空を映した。
大成功 🔵🔵🔵

朱赫七・カムイ
⛩神櫻


雨が止んだ
美しい星空が微笑む頃に
いとしい櫻にそうと触れる
触れる熱は奇跡のようで
其れは正しく私達が歩み培った軌跡であるから
ただいまときみが笑うなら幾度だって迎えたい
けれど
いってらっしゃいときみを送り出すことなんて
考えたくもない
この腕の中きみをとらえたい
…何て願うのは
神として間違っているのかな

瞬く星に桜の温もりを重ね

逢えてよかった
謝ることは無いのだと猫に告げて伏せる毛並みを優しく撫でる
瞬く星の一つ一つが魂ならば
流れる星は地へ戻る御魂かもしれないね

サヨ
なにか飲む?
星見の酒…きみは酒に弱いのに
今宵は特別だ
酔って甘え絡む巫女の世話をするのも神の役目

可愛らしいと頬が緩む

水面に映る月
噫、月が綺麗だね


誘名・櫻宵
🌸神櫻


星灯が帰り道を照らしてくれるかのよう
何時だって
おかえりと迎えてくれる神の腕のいとあたたかさ
あなたが居る世界に
あなたに再び逢うために『私』はかえったのだと受け継ぐ御魂の秘密をしっている
私の御魂
居場所はここにある
触れた手を撫で

猫ちゃんったら謝り方までかぁいらし
お顔をお上げ
空を見なさいな
瞬く星は天へかえった命の瞬きだと聞いたことがあるわ
流れ星にのってかえってくるなんて素敵

うふふ
やっぱり星見酒が良いわ
カムイが一緒だから大丈夫だもん
星空映す酒はまるで宙を飲み込むよう
飲み干せばぽわんと熱くよい心地
猫のように神に甘える
私の神様
私達の神様
だーいすきな、

空を照らす月をみる
ええ
あなたと一緒に観ているから



 帰り着く先はいつだって決まっている。
 己を抱き留めた腕の温かさを、誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)はよくとその身に刻む。抱き留める体の温度を、朱赫七・カムイ(約倖ノ赫・f30062)もまた強く確かめた。
 雨は止んで、美しい星空が広がっている。笑むような月光に照らされて、カムイの指先がいとしい頬にそっと触れた。
 大切なものを守るような、或いは愛おしむような――その指さきに擦り寄る櫻の、どんなにか胸を締め付けることか。こうしてひとたび触れあえることにすら、永い長い時間がかかってしまった。
 どれほどの奇跡なのだろう――思えば思うほどに、熱はこころを震わせる。けれどそれこそが、彼らが紡いできた永き歴史の涯に結ばれた軌跡であるのだ。
 だから――。
 そっと撫でられた手に、カムイはゆるゆると目を細める。
 ただいま、とわらう櫻宵を、いつだって迎えたいと思っている。
 けれど、噫――この心は矛盾と蟠りを抱えている。手を振る彼の姿を、いってらっしゃいと笑って見送ることなど、考えるだけでも寒気が走る。触れている熱の分だけ、つめたい水が迫って来るようだ。
 ――いっそ。
 いっそこの腕の中に閉じ込めて、離さずにいられたら。
 誰より喪えないいとしごを、とらえてしまえたのなら――。
 そう思ってしまう。心に落ちた波紋が大きくなっていく。ともすれば、それは到底神らしくなどない、澱のような感情だと知りながら。
 神の愁いを、巫女は知らない。
 けれど櫻宵の眸に揺らぎはなかった。いつだって、星空が照らす帰る先はここにある。あたたかな指さき、やさしく迎えてくれる腕――。
 知っているから。
 ふたたびそこに戻ってくるために、櫻宵の魂は巡ったこと。この身に受け継ぐ御魂の秘密を、靡く櫻だけが識っている。
 揺るぎなく、櫻宵の居場所は――この手に触れる、いとおしい温度だ。
 互いの温度を分け合って、二人は伏したままの猫を見遣った。その頭をそっと撫でてやるカムイを見遣り、櫻宵がわらう。
「猫ちゃんったら、謝り方までかぁいらし」
「謝ることは無いよ」
 優しい二つの声に誘われて、おずおずと猫の目が上を見る。窺うような視線に、凜と櫻宵の声が笑った。
「お顔をお上げ。空を見なさいな」
 ――満天の星空が、見えるだろうか。
「瞬く星は天へかえった命の瞬きだと聞いたことがあるわ」
 それは、心慰めるお伽話かもしれないけれど。
 確かに櫻宵はここに戻ってきた。ならばそれだって、きっと嘘ではないのだ。ほつりほつりと流れる星々を見上げて、頬を撫でる風に目を伏せる。巫女のうつくしい横顔を見詰めて、カムイもまた、ゆるゆると笑みを描く。
「瞬く星の一つ一つが魂ならば、流れる星は地へ戻る御魂かもしれないね」
「あら。流れ星にのってかえってくるなんて素敵」
 ――ごしゅじんも、かえってくるかなあ。
 ゆらりと尾を揺らした猫に頷いて、その背に手を振って。
 そっと腰を下ろした二人の前に、天地を埋める星の大河がある。瞬く星々のひかりをいっぱいに映す桃色へ、カムイの双眸が問うた。
「サヨ、なにか飲む?」
 すこしだけ――。
 考えるような仕草をしてから、櫻宵がわらう。
「やっぱり星見酒が良いわ」
 眉根を寄せたのはカムイの方だ。困惑したようなその表情には、きっといっぱいの心配が見て取れる。
「きみは酒に弱いのに」
「カムイが一緒だから大丈夫だもん」
 そう言われてしまうと――カムイは弱い。
 今宵は特別だ、と、言葉だけは少し厳しく。けれど声音も唇も柔く緩んでしまっては意味もない。
 金平糖を浮かべた酒を手にすれば、映り込む星と相まって、小さな夜空を手にしたようだ。宙を飲むような心地に酔いしれて、その温度が身を巡る感覚がふわふわと宙に浮く心地をもたらしてくれる。
「私の神様。私達の神様」
 だーいすきな――。
 言いながら擦り寄ってみせる巫女のさまは猫のよう。愛らしい仕草を手で撫でてやるのも神の仕事――と思いながら、けれど唇に笑みを浮かべてしまうのは、決して使命感ばかりではなくて。
「噫」
 いとしい温度が隣に在って、見下ろす星空のなんと穏やかなことだろう。
「月が綺麗だね」
 声音に釣られて見上げる櫻宵の眸が緩む。
「ええ――」
 沢山のうつくしい景色が、いっとうの宝物になるのは――。
 ――きっと。
「あなたと一緒に観ているから」
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

橙樹・千織
○◇

あらあら、何のことかしら
猫からの謝罪にきょとりとした後
タオルを片手にほわほわ微笑み、そっとその背を撫でてみましょうか

下を向いていてはせっかくの星空が見えないではありませんか
星見酒、お付き合いいただけませんか?
ゆるり尻尾を揺らし、お誘いを

ふふ、屋根に上ったら怒られてしまうかしら
妖怪達から軽食とお酒をもらって屋根の上へ

ん、美味しいですねぇ
美しい星空に見とれ、暫く舌鼓を打っていれば
飽きてしまった颯が猫に遊んでとじゃれついて
そんな二匹を見てまた笑みが零れる

幸せな時も、辛い時も
時は止まってくれない
それは今も昔も変わらぬこと

だからこそ…
一瞬、一瞬を大切に過ごさないといけませんねぇ



「あらあら、何のことかしら」
 きょとりとした顔で小首を傾ぐ。
 瞬く橙の眸でしゃがみ込んだ先、ぺたりと地に伏した猫の仕草の意味は理解している。それでも、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)は素知らぬ顔で笑った。
 謝られるようなことは、何もされていない。
 いっときの喜びに全てを忘れてしまうことが、ない者もそう多くはあるまい。それが世界を滅ぼしかけたのだって過ぎた話だ。あの雨と一緒に押し流してしまえば良い話である。
 それに――。
「下を向いていてはせっかくの星空が見えないではありませんか」
 優しく背を撫でる感触に、猫がおずおずと顔を上げた。その先にいる千織の笑顔はどこまでも屈託がない。
 ゆらりと尾を揺らして、その手がタオルを広げた。おいで――招くような仕草にぱっと顔を輝かせた猫を抱き留めて、彼女はにこにこと笑んで見せた。
「星見酒、お付き合いいただけませんか?」
 上へと昇るのに労はない。先客たちに迎え入れられながら、彼女は腕の中の温もりへ、悪戯っぽく囁きかける。
「ふふ、屋根に上ったら怒られてしまうかしら」
 ――だいじょうぶだよ。
「そうですねぇ。今日は特別ですもの」
 丁度焼きたてなのだと渡されたのはシュガートースト。甘いそれに合わせるためにと用意されたのは、少し辛口の赤ワインだ。些か不思議な組み合わせではあるけれど、口にしてみると存外にバランスが取れている。
 手渡された金平糖を酒に浮かべてみれば、星空を模したそれとなるらしい。何とも変わった食べ合わせに、それでも千織は甘えてみることにした。
「ん、美味しいですねぇ」
 舌鼓を打ちながら、ゆっくり飲み込む酩酊のかおりの何と幸福なこと。まして目の前にこれほどの展望があれば、もう言うことはない。
 不意に風が頬を撫でて、千織の眸はゆるゆると隣を見る。あさやけ色が猫の姿をして、桜の眸と桃の眸をかち合わせた二匹がぱたぱたとじゃれ合っていた。
 風情も景色も静寂の楽しみも、溌剌を愛するその子にとってみれば退屈と同じこと。すっかり遊び回る子供のような二匹に、思わずと唇が持ち上がる。
 ――幸いも苦しみも、いずれは巡るもの。
 時は止まらない。どこまでも前に進んでいくそれは、時に残酷に、過去を過去としておいていってしまう。
 けれど――だからこそ。
「一瞬、一瞬を、大切に過ごさないといけませんねぇ」
 昔も今も変わらぬそのことを、再度と裡に刻んでみせて。
 千織の橙灯の眸は、天を埋め尽くす星空を、じっと見上げていた。
大成功 🔵🔵🔵

蘭・七結
【苺華】○

潤む和毛が拭かれてゆく姿を眺む
その言葉は不要だわ
わたしたちは――わたしは
したいことをしただけだもの

あいらしい子。触れてもよいかしら
はたりと瞬きを刻んで
驚かさぬように手を伸ばす
……こうで、合っていたかしら?
嗚呼、よかったわ
あなたの笑みと言葉に安堵するよう

此処に三毛猫のあの子が居たのなら
あなたにそうと触れていたのかしら
今日は、ロイさんはいらっしゃる?

ご機嫌よう、ロイさん
此度もお元気そうな姿を見られてうれしいわ

やわい身体を毛並みに添って
そうと、そうと撫ぜて
雨に攫われなかったぬくもりに
いのちの宿す温度に眦が緩んでゆく

かえりみちは、どうかお気をつけて
わたしたちも帰りましょう
皆さんが待っているわ


歌獣・苺
【苺華】

(猫の身体をタオルで拭きながら)
謝らなくてもいいんだよ
そうなっちゃう気持ち
わかるもん

すごいよなゆ!
猫になる依頼で教えたこと
ちゃんとマスターしてる!
大正解っ♪

ロイねぇ…?
それならさっきまで一緒に…

『ちょっとアンタたち!!!
そっちの猫より
アタシの身体拭きなさいよ!!!
びっしょびしょよ!
毛が!アタシの美しい毛が!』

わわ!ロイねぇそこにいたの!?
びしょ濡れ過ぎて
違う猫さんと思ってたよ…!
今拭くね!

『ぎゃ、ちょ、
もっと丁寧に拭きなさいって
いつも言ってんでしょ!』

はいはい大人しくしててね~!
っと、よし。おっけー!

それじゃあね、ねこさん
迷ったらまたおいで
いつでも助けてあげる

そうだね、帰ろう
手を結んで



 ぽふりと被せられたタオルは、まるで子供を包むように柔らかかった。
「その言葉は不要だわ」
 まろやかな声に顔を持ち上げる猫が、蘭・七結(まなくれなゐ・f00421)の眸を見詰めている。はたりと瞬いた紫水晶が、ゆるゆると咲うようないろを孕んだ。
「わたしたちは――わたしは、したいことをしただけだもの」
「そうそう」
 タオルの上からやさしく包む込む歌獣・苺(苺一会・f16654)の繊手が、背を撫でるようにして猫の水滴を拭う。その掌に擦り寄るようにする和毛に向けて、彼女はゆっくりと声を上げた。
「謝らなくてもいいんだよ。そうなっちゃう気持ち、わかるもん」
 さみしい気持ちも、逢いたい気持ちも、よくと分かる。亡くしたものをふたたび手にする機会を見付けて、そうなったことを誰が責められよう。
 すっかりと乾いた毛をふるふる振った猫に近寄って、七結がふと手を伸ばす。
「あいらしい子。触れてもよいかしら」
 ――いいよ。
 瞬き刻む眸に、猫が一鳴きで応える。言葉に甘えて伸ばした指さきが、ぎこちなく灰色の毛に沈んだ。
 やさしく、やさしく――。
 撫でやってから、七結の眸は不安げに苺を見上げた。
「……こうで、合っていたかしら?」
「すごいよなゆ! ちゃんとマスターしてる!」
 長く猟兵を続けていれば、猫になる機会のひとつくらいある。
 そのときから苺は七結の先生だ。動物の扱いに長けているのは黒兎の方なものだから、ついその力を借りてしまう。
「大正解っ♪」
「嗚呼、よかったわ」
 満面の笑みにほっと胸をなで下ろして、七結は灰猫を見た。
 ごろごろと喉を鳴らしながら懐く猫を見詰めていると、ふと七結の脳裏を過るものがある。三毛の猫がここにいたなら、このさみしい子に触れていたのだろうか――。
 今日は現れていない――或いはその主と一緒にいるのだろうか――猫の使い魔を思い出しながら、彼女はもう一匹いるはずの姿を探して瞬いた。
「今日は、ロイさんはいらっしゃる?」
「ロイねぇ……?」
 見上げられたままの苺が、きょろきょろと見渡す。不思議そうな眼差しは遠くを見、右を見、左を見。
「それならさっきまで一緒に……」
『ちょっとアンタたち!!!』
 ――劈くような声に、ぴゃっと苺の耳が跳ねた。
『そっちの猫よりアタシの身体拭きなさいよ!!! びっしょびしょよ! 毛が! アタシの美しい毛が!』
「わわ! ロイねぇそこにいたの!?」
 呂色の美猫はご立腹。ふくよかでやわらかい和毛はすっかり濡れてボリュームを失い、綺麗に艶があったはずがぼさぼさだ。逆立てている背中がすっかり見えてしまえば、足許にいるその子も全く別の猫に見える。
 ロイと呼ばれた猫にタオルを被せて大慌ての苺が、タオルを持って彼女へ被せる。にわかに騒がしくなる一人と一匹を見遣って、七結は長閑にふわりと笑った。
「ご機嫌よう、ロイさん。此度もお元気そうな姿を見られてうれしいわ」
『あらご機嫌よう。そっちこそちゃあんと――ぎゃ、ちょ』
 澄ました声音はすぐに悲鳴に変わる。見ればごしごしくしゃくしゃ、苺の手は思い切りロイの体をさすっていた。
『もっと丁寧に拭きなさいっていつも言ってんでしょ!』
「はいはい大人しくしててね~!」
 ぎゃんぎゃんと吠えるような抗議もいつものこと。黒兎は全く動じない。手つきは緩まず、猫は吠え――その毛並みが艶を取り戻した頃に、ようやくロイは解放された。
「っと、よし。おっけー!」
『酷い目に遭ったわ――』
 上機嫌な一人と不機嫌な一匹のしぐさにくすくす笑声を漏らして、七結の指はそうっと灰色を撫でる。冷え切ってしまった体の奥にも確かに熱を放つそれがいとおしい。雨に攫われ、その帳の向こうへ消えていくことがなくて良かった――胸に満ちる安堵と同時、立ち上がった苺を見て、一緒に身を起こした。
「それじゃあね、ねこさん」
 ――うん。
 鳴いた猫は少しだけさみしげで、けれどもう、揺らぐような色はなかったから。
「かえりみちは、どうかお気をつけて」
「迷ったらまたおいで。いつでも助けてあげる」
 猫が見えなくなるまで、ふたりはその背に手を振っていた。夜空のひかりばかりが照らすようになった道で、合わせた眼差しはどちらともなくやわい笑みを描く。
「――わたしたちも帰りましょう。皆さんが待っているわ」
「そうだね」
 ふたりの居場所に。
 皆が待つ彩りの館へ。
「帰ろう」
 掌の温もりを結んで、咲って――。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

風見・ケイ

夏報さん(f15753)と

こんばんは……ん、お誘いありがとう
こんな夜に包まれて飲むお酒は、きっと格別でしょうね

(空と水面に月二つ。贅沢な月見酒だ)
(幽世の月の模様は、よく知るものと同じような、違うような)
ええ、子どもの頃はよく追いかけて――今でも仕事で追いかけているな
……飼ったことはないんです
(きっとこれからも――私自身、いつどうなるかわからないから)
夏報さんは?

そうだね……可愛いね、あの子
(でも、どこか寂しそうで……何があったのかは知らないけど、あの感情は知っている気がする)

そっか……そんな夜もあるよ
それなら、また朝まで飲んじゃう?
……私にもそんな夜が来たら、そのときは
君を呼んでもいいかな


臥待・夏報

風見くん(f14457)と

突然呼び出しちゃってごめんね
なんだか君が好きそうだと思ってさ
星は綺麗だし、猫も可愛いし、きっとお酒も美味しいよ

(ぼんやり並んでお酒を飲む)
(星の話でもしようかと星座を探してみるけれど、幽世の夜空は知ってるものとは違う気がする)
……猫、確か好きだったよね
飼ってたこととかあるの?

僕も飼ったことはないかな
猫が特別好きって訳じゃないけど、こうして眺めてると可愛いなとは思うよ
そのくらいがちょうどいいんだろうね
何かしてあげられるわけでもないし――

ありがとね
何にも聞かないでいてくれて
本当はさ、今夜一人でいるのがちょっと怖かったんだ

……ふふ
そう言ったからにはちゃんと呼んでね
約束だぞ



 雨の向こうに開けた空は、それでもやはり、少し寒い。
 吐いた白い息に冷えた体を晒して、臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)は町並みを見渡した。少しばかり人間とは違う妖怪たちのさなか、待ち合わせの相手の姿を探す。
 果たして――。
 すぐに見えた黒髪に、軽く手を持ち上げた。
「風見くん」
「こんばんは、夏報さん」
 緩やかに笑む風見・ケイ(星屑の夢・f14457)の吐息もまた白い。異色の眸を瞬かせる彼女を先導して、夏報の足はゆっくりと、目的地への道を辿り始めた。
「突然呼び出しちゃってごめんね。なんだか君が好きそうだと思ってさ」
「ん……お誘いありがとう」
 町の中に賑わいが戻ってから――。
 何となく、夏報の頭に浮かんだのが、ケイの顔だった。歩を並べて声を交わしていれば心が落ち着く気がする――と、その目論見はあながち外れてもいない。
 酒を手にして登った屋上には先客が多い。妖怪らの間に座る場所を見付けて、吐息の昇る空をゆっくりと見上げた。
「星は綺麗だし、猫も可愛いし、きっとお酒も美味しいよ」
「ええ――こんな夜に包まれて飲むお酒は、きっと格別でしょうね」
 天地を埋める星に囲まれている。ぼんやりと金平糖の浮いた酒に口をつければ、仄かな甘みが口に残る。
 ――話をしようか、と考えていて。
 知っているはずの星座をなぞる夏報の目は、僅かに狂った空に遮られた。同じように月を見たケイも、その表面に浮かぶ模様を何と表現すれば良いのか、よく分からなくなる。
 だから――想定よりも少しだけ長く、沈黙が続いた。
「……猫、確か好きだったよね」
「ええ、子どもの頃はよく追いかけて――今でも仕事で追いかけているな」
 夏報の視線を追って、ケイの眼差しも灰色の猫を見た。少しだけ苦笑したのは、思い出した追走劇の記憶ゆえだろうか。
「飼ってたこととかあるの?」
 問われて――。
 ケイは少しだけ俯いた。明日も知れぬこの身は、命に対する責任を取れそうにない。置いて残してしまったときのことを考えれば、どうしても――猫に限らず、命を預かる領分にはいられない。
「……飼ったことはないんです」
 零した声音が揺らぐ前に、色の違う眼差しが持ち上がる。瞬いたそれに銀の髪を写して、彼女は笑った。
「夏報さんは?」
「僕も飼ったことはないかな」
 無責任なのは、あまり好きではない。
「猫が特別好きって訳じゃないけど、こうして眺めてると可愛いなとは思うよ」
「そうだね……可愛いね、あの子」
「そのくらいがちょうどいいんだろうね」
 何かしてあげられるわけでもないし――。
 零れた声に揺らぐものは、ケイの目に映る猫が背負う感情に、よく似ていた気がする。彼女もまた良く知るそれに、何かを返せるわけでもない。
 再び零れた沈黙は、夏報の穏やかな声に遮られた。
「ありがとね」
 ――何にも聞かないでいてくれて。
「本当はさ、今夜一人でいるのがちょっと怖かったんだ」
 何のせいだったのか、分かっているような気もする。
 けれど言葉にすることはなかった。代わりに酒の入ったグラスを両手で握り、映り揺らぐ己の顔を見詰めている。
 その横顔から視線を外して、ケイの眼差しがそっと空を見た。
「そんな夜もあるよ」
 大河に零れる雨の残滓が、ほんの少しの音を揺らがせる。先より穏やかな沈黙に、ふいに視線を戻したケイが、悪戯を提案するように言うのだ。
「それなら、また朝まで飲んじゃう?」
「いいね」
 じゃあ――乾杯。
 掲げられたグラスを打ち付けるより先に、ケイの指が止まる。だから夏報も動きを止めて、彼女の眼差しをじっと見詰めていた。
「……私にもそんな夜が来たら、そのときは」
 それは、先の可能性を語ると言うには、すこしだけはっきりした声で。
 不確定な約束と言うには、確信じみた台詞だった。
「君を呼んでもいいかな」
 夏報が瞬く。見開いた金色の眸いっぱいに、夜空とケイが映り込んでいた。
 ゆっくりと――。
 その眦が緩む。
「……ふふ」
 思わずといった風に漏らした声は、多分、思うよりも嬉しそうに聞こえたのかもしれない。
「そう言ったからにはちゃんと呼んでね。約束だぞ」
 軽く打ち付けた硝子の中で、星の海が波打った。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

アストリーゼ・レギンレイヴ

ダン(f17013)と

お疲れさま、ダン
折角だもの、一杯付き合わない?
これが目当てだったのよ――なんて
ふふ、見透かされてしまうわね、流石に

だけれど、すごいわね
町の中をゆく星々の煌めきは
思わず目を奪われてしまいそう

――ねえ、ダン
もう、寂しくはないかしら?

なんとなく、そう聞いてしまったの
少し前に、星空を眺めて泣いている子の幻を見たのを
ふと、思い出してしまったから
それが、いつか、
星空に孤独を覚えると云った彼の言葉と、重なったから

――そう
それなら、よかったわ
(――よかったのかしら)(わからないけれど)

あたし? 
あたしは、いつだって平気だわ
今日は、尚更ね
(貴男が、いるから)
(それは、言葉に出さなくとも)


壇・骸

アスト(f00658)と

アスト。お疲れさんだ。
色々と世話になったな。……お前がそう思わずともなったんだよ。

では、同伴にあずかるとしよう。
ハッ。報酬目当てで動けるほど、器用な奴かよお前は。

こう見ると壮観だな。
いつも目にしているはずの景色ではあるが。
より、輝いている気がする。

――ああ。
星空が、見えるからな。

珍しく、素直に
むしろ、自然と口がそう答えた
星空には思い出がある
いつかの日にも。傍らのこいつと、共に見た記憶が
故に。一人で膝を抱える子供は、もういない

――お前は。
逆に、問うてみる

――お前は、どうなんだ。
幻を知っている
祝福の呪いを受けた幻を
その姿が寂しく覚えて
毅然と佇む彼女に、何故か面影を見たから



 並び歩く町並みは、きっといつもより活気を帯びているのだろう。
「アスト。お疲れさんだ」
「ええ。お疲れさま、ダン」
 猫からの謝罪を受け取ったアストリーゼ・レギンレイヴ(闇よりなお黒き夜・f00658)と壇・骸(黒鉄・f17013)は、特段の目的地なく歩いている。夜更かしの特別感にはしゃぐ子供たちを横目に歩く街はどこか浮かれた空気で、二人を取り巻く空気も少し、地に足をつけていることを忘れさせようとしてくるようだ。
 けれど、骸の声は揺らがない。
「色々と世話になったな」
「何のことかしら」
「……お前がそう思わずともなったんだよ」
 素知らぬ顔で言った女に、男の方は幾分と不満げな顔をした。じゃあ、そうね――続いたアストリーゼの声は、対価を差し出すように響く。
「折角だもの、一杯付き合わない?」
「ああ――では、同伴にあずかるとしよう」
「ありがとう。これが目当てだったのよ」
 ぱちりと片目を瞑った。茶目っ気を前面に――少々わざとらしいほどに――出した仕草に、骸が鼻を鳴らす。
「報酬目当てで動けるほど、器用な奴かよお前は」
「ふふ、見透かされてしまうわね、流石に」
 肩を竦めたアストリーゼが笑った。そのまま振り仰いだ満天に、己の片目と同じ金色が浮いている。
 それをじっと見詰めて――彼女の唇は、思わずと台詞を紡いでいた。
「だけれど、すごいわね」
 歩く町並みを照らす星は、まるで灯火のようだ。周囲の家々は皆電気を消して、きっと妖怪たちは外に出ているのだろうに、街灯のない路地だとは思えぬほどに明るい。或いは、煌々と輝く月のせいでもあるのだろうか。
「ああ。こう見ると壮観だな」
 骸もまた、目を細めるようにして空を見た。いつとて見上げればあるものが、これほどまでに美しく見えるのは、この世界が現代とは違う時間を過ごしているからだろうか。
 それとも――。
「――ねえ、ダン」
 不意に紡がれた言葉が、穏やかな響きを孕む。
 見下ろした先にアストリーゼの顔があった。じっと見詰める眼差しに、少しの寂寥と多くの真剣さを交えて、彼女の唇が問う。
「もう、寂しくはないかしら?」
 ――見たことがある。
 世界樹に出来た迷宮の中、星空を見上げて泣く子供の幻影を。ひとりぼっちで膝を抱える姿が、何故か隣の彼に重なって見えた。
 暫し――。
 流れる風が二人の間に沈黙を落とす。吹き抜ける感触に身を委ねれば、骸の唇が小さく声を紡いだ。
「――ああ」
 珍しいほどに素直な声になった。
 驚くほど自然と口を衝いた言葉が、一拍遅れて心を巡る。彼女と共に見たように、見上げた先の夜空には確かに思い出があって――だから、それが見えているならば、骸が膝を抱えている必要はない。
「星空が、見えるからな」
「――そう」
 揺らいだアストリーゼの声は、安堵ともつかぬ曖昧な色を湛える。
「それなら、よかったわ」
 そう言えども――。
 それが本当に良かったのか、分かりはしないのだけれど。
 首を横に振る彼女を一瞥した男が、掠れるような息を吐き出した。乗る声は少しだけ、低いような響きを帯びる。
「――お前は」
 果てなく重いものを託される誰かを、彼もまた、あの日に見ているから。
「――お前は、どうなんだ」
 零れ出た問いは、アストリーゼにその面影を見ていた。己の中でも何故かは分からない。それでも、祝福の呪いを受けて立ち上がる幻が、彼女に重なって止まない。
 暗闇の中に立つ姿は、どうしようもなく決意と覚悟に満ちていて。けれどそれは、ひどく寂しげにも見えたから――。
 問われる言葉に、アストリーゼが唇を緩めた。背負うものなど少しもないかのように。雨の帳の向こうに見た、暗渠の道なき道など――そこに映し出された己の感情に、知らぬふりをするように。
「あたし? あたしは、いつだって平気だわ」
 そうすると誓った。そうすると決めた。揺るぎない覚悟と共に闇を歩む足は、生半可なことでは揺らがない。
 揺るぐはずのない――ものだ。
 けれど――。
「今日は、尚更ね」
 ――貴男が、いるから。
 呑み干した言葉を孕んで、ふたいろの眼差しは満天の宙を見た。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

ルパート・ブラックスミス
直接星空を見上げずに、高所からルーサンの傍で雨水の大河を見下ろす。

雨は、一晩限りとはいえ河を築いたな。
それは事実だけを見れば大通りを塞いだだけだが、
こうして見下ろす者がいれば、月と天の川を映す美しい水面だ。

一先ずだが、これがお前があの雨を抜けたからこそ見えたもの。
これも『ごしゅじんの猫』たるお前と、記憶なしのリビングアーマーの俺では感じるものも違うだろう。
同じ部分もあるやもだが。

進め。時は止まらない。雨の向こうは、まだまだ続く。

それにお前は独りでもないのだろう。
自分(るーさん)でさえ沢山いるのだ、淋しがってばかりも可笑しな話だろうさ。



 空よりも遠くに見えるような気がした。
 誰もいない高台で、ルパート・ブラックスミス(独り歩きする黒騎士の鎧・f10937)は地に出来上がった満天を見る。一夜限りの大河は、もうこれ以上は増水しないだろう。元凶の雨は晴れ、今は月と星ばかりが地を照らしている。
 ルパートの傍らには、彼から漏れ出る青白い光を見遣る灰色の猫がいる。ただ彼について来て、今も隣にいるその猫に、彼はゆっくりと声を投げかけた。
「雨は、一晩限りとはいえ河を築いたな」
 ――にゃあん。
 この景色を美しいと思わぬものはないだろうと、鎧騎士は思う。上空からの空など、滅多に見られるものではない。遠く揺らぐ大河の水面が、星々と月を少しだけ歪めて、緩やかにどこかへと流れていく。
 それもまた――。
 あのまま、雨の帳に鎖されていては、見えなかったものだ。
「一先ずだが、これがお前があの雨を抜けたからこそ見えたもの」
 猫の尾がゆらりと揺れた。耳を澄ませる仕草を一瞥して、ルパートは厳然と――しかし、どこか穏やかに言葉を紡ぐ。
「これも『ごしゅじんの猫』たるお前と、記憶なしのリビングアーマーの俺では感じるものも違うだろう」
 ――或いは同じところもあるのかもしれないが。
 少なくとも、この光景を美しいとは思っているだろう。見られて良かった――とも、思っているのかもわからない。
 そうして――。
 思う心を分け合えるのもまた、互いに雨の帳を抜け、肩を並べているが故なのだ。
「進め」
 未来はここにある。
 どれほどに苦しもうとも、どれほどの悲しみと寂しさに心が悲鳴を上げようとも――世界は続いていくのだから。その先にある全てを、過去の泪雨に鎖してしまうことを、してはいけない。
「時は止まらない。雨の向こうは、まだまだ続く」
 覆う曇天の向こうで、星空が煌めいていたのと同じだ。足を止めていては見えぬものがある。先に進めば――己だけが感ぜられるものと、誰かと分かち合えるものがある。
 猫は、それに納得したように、一声だけ鳴いた。ゆらりと揺れる尾へ目を遣ったルパートが、ふと息を漏らす。
「それにお前は独りでもないのだろう」
 身の裡に宿った迷い猫たち。零れ落ちて誰かに懐いたものもいるだろうが、その大半は残ったままだ。ごしゅじんと逸れ、或いは亡くし、別離を悲しんでいるのは――決して、ただ一匹だけではない。
 ならば背負っていけるだろう。共に生きるものが、沢山いるのだから。
「淋しがってばかりも可笑しな話だろうさ」
 己の身を見遣った猫が、にゃあ、と鳴く。ひどく嬉しそうに距離を詰めた灰色は、鎧の手に、そっと寄り添って空を見上げていた。
大成功 🔵🔵🔵

水標・悠里
濡れてしまったのでタオルに包まりながら天と水面の星を見る
良かった、ご主人様に会えたんだね
今日の星はとても綺麗で、誰かと見て、この時の感情を共有できればな、と思った

一人になると決めたのに、僕は結局孤独になれない
誰かといる幸せを知り、肌身で感じ
それがあまりにも心地よかったから
どうしようもなく求めてしまう

もう、どうしようもなくて
あの日の、戻りたかった自分には戻れない
僕はただの蝶にはなれなかった
羽ばたくには余りに知りすぎて
地に足をつけて
人に甘えて、優しさに縛られていたいと思ってしまったから

やっと、貴女の祈り願ったことがわかった気がする
なんて身勝手で我が儘で
馬鹿な二人なんだろう

帰ろう
待ちくたびれてるかな



 ――ご主人に会えて、よかった。
 タオルに包まりながら、見据えた先の猫にそう思う。静かに見上げる星空の美しさに包まれながら、しかしほんの少しだけ、水標・悠里(魂喰らいの鬼・f18274)の心は誰かを探した。
 天地を埋めるこの星々を、誰かと見たい。
 胸の裡に生まれるこの震えるような揺らぎを、誰かと分かち合いたい――。
 生まれ出でる衝動は、もう押さえつけるには大きくなりすぎていると自覚していた。孤独でありたい、独りになりたい、誰かと一緒にいるのは怖い――そう繰り返しながら、けれどそれに耐えがたい痛みを感じていることも、今はすんなりと胸に入り込んでくる。
 誰かの温もりに触れて、孤独の痛みを知った。
 独りでないことは代え難い幸福だ。あまりにも心地の良いぬるま湯のようで、それに浸り続けていることに警鐘を鳴らす己すらも溶かしてしまうほどに抗いがたい。
 どうしようもなく――悠里は、分かち合う誰かを求めている。
 冷たい独りの夜に戻りたかった。戻りたいと思っていたはずだった。そうするべきだと思っていた。思えているはずだった。少しずつ、あの日から離れていく己に、見て見ぬ振りをした。
 魂を乗せて運ぶだけの蝶。いずれ過去の海に沈み逝くこの身は、空っぽの器でありさえすればいい。
 けれど――そうはなれなかったということが、強く胸に響いている。
 余りにも多くを知りすぎた。この世界の彩りも、誰かの手の温もりも、縋り泣ける場所が齎す光明も。もう、この儚い翼で飛ぶには重すぎる。
 甘えていたい。
 地に足をつけたままで、己を縛る優しさに身を委ねて――ここにいたい。
 痛切に胸を締め付けるのは、なれなかったあの日を想っているからだろうか。それとも、遠からぬ未来にこの身を浸す冷たい水が恐ろしいからか。そうでなければ――ようやく認めた感情に、湧き上がる面影があるからだろうか。
 ずっと、疑問だった。
 姉が何を思ってあんなことをしたのか。悠里を独り遺したのか。けれどその祈りの一片が、今ようやく、実感を伴って掌に戻ってくる。
 身勝手だ。
 我儘だ。
 そう責め立てたい。泣いて喚きたい。けれど。
 己も同じだけ――そうだ。
 だから、悠里はゆっくりと立ち上がる。真っ直ぐに、星空を眸に焼き付けて。この日の思い出を、明日にも誰かに話して聞かせられるように。いっぱいに吸い込んだ光の渦があることを――分かち合えるように。
「――帰ろう」
 待ちくたびれてるかな。
 思い浮かぶ姿が鮮明に思い浮かぶことを、幸福だと思った。
 ――少年はそれを、惑いなく受け止めていた。
大成功 🔵🔵🔵

花剣・耀子
○◇
……おつかれさま。おかえりなさい。

ねこさんは、元気になったかしら。
きっと、あたたかく迎えて貰えると思うけれど。
まだしょんぼりしているようなら、のみものを差し入れましょう。

あたしもねこさんも、お酒は飲めないものね。
せめてあたたかくしましょう。
あたしも、今日はあたたかくしたいきもちなのよ。
ミルクにあまい蜜を垂らして、ゆびさきをあたためながら、すこしだけ待ちましょう。
……ちょっとだけ猫舌なの。ひみつよ。

月が昇って、夜が更けて、きっとまた明日が来るのだわ。
生きているうちは、生きていくしかないもの。
終わってしまった時間がさみしくても、過ごした時間は、なくならない。
いつか、宝物になるといいわ。



「……おつかれさま」
 不意にかけられた声はやさしかった。
「おかえりなさい」
 顔を上げた猫の前に、ホットミルクを手にした花剣・耀子(Tempest・f12822)が立っている。やわくかすかな笑みを刷いた彼女は、揃いの液体が入ったカップを持って、そっと隣に腰を下ろした。
 氷雨のつめたさはまだ身に残っている。それはきっと猫も同じで、そのこころのさみしさは、まだ拭いきれてはいないようだったから――。
「せめてあたたかくしましょう」
 互いに酒は飲めない。
 星見をしながら飲むものは、格別なのだと妖怪が言っていた。それを確かめられるのも、とうぶんは先の話だ。
 だから、今は、カップにも熱を伝播させるようなミルクを一杯。
「あたしも、今日はあたたかくしたいきもちなのよ」
 言いながら持ち上げた星映すカップへと、とろり黄金色の蜂蜜をこぼし入れる。揺らしたカップがゆびさきに熱を伝えて、冷え切ってかじかんだそれを暖める。
 血を巡らせる感覚を感じるまま、口をつけない耀子に向けて、猫が不思議そうな顔をした。
 ――のまないの?
 問われれば、耀子は眼鏡の奥ですこしだけばつが悪そうな顔をした。唇にひとさし指をあてがって、囁くように漏らしたのは、ちょっとした弱点だ。
「……ちょっとだけ猫舌なの。ひみつよ」
 ――じゃあ、おそろいだ。
「ええ。いっしょね」
 猫もまた、自分の皿には口をつけていない。ひんやりとした風が頬を撫でて、すこしずつ高すぎる温度を冷ましてくれている間――。
 ほんのすこし落ちた沈黙を拾い上げて、耀子の唇が紡いだ。
「月が昇って、夜が更けて、きっとまた明日が来るのだわ」
 ミルクの表面に映る星空に、少女の顔が映っている。すこしかき混ぜるように揺らしたカップは、その表情を見えないように攪拌してくれた。
 そのまま――耀子は、息を吐くように続けるのだ。
「生きているうちは、生きていくしかないもの」
 黎明が見えるかぎりは。かえりたい場所にかえれなくても。
 紡がれるものを抱き締めていくしかない。未来に向かって踏み出していくしかない。時に強いいたみを伴って胸を締め付けるそれは、けれど決してわるいものではない。
「終わってしまった時間がさみしくても、過ごした時間は、なくならない」
 時が流れる限り、すこしずつ褪せていくのだとしても。
 忘れない。
 ――なくさない。
 抱えて生きていくものは、きっとこのこころを支えてくれる、大切なものに変わっていくのだ。
「――いつか、宝物になるといいわ」
 猫と共に見上げる夜空には、燦爛と星が煌めいていた。
大成功 🔵🔵🔵

クック・ルウ
妖怪たちはさっぱりしたものらしい
気持ちの良い者たちなのだな
私も酒と、食べ物を分けてもらおう
きっと何を食べてもおいしい

猫の名はルーサンというのだったな
ごめんねと謝る様子はしゅんとしていて慰めたくなる
私も妖怪たちに倣ってカラリと笑おう
ありがとう、おかげで懐かしい景色を見た
この夜空を映す川もとても美しい

宴はきっと和やかで
そうした空気に触れていると
じんわりと心の中に満たされていくものがある
涙を流したあとだから尚の事なのだろう

星を眺めて今は懐かしい日々を思う
銀河の故郷は胸の中にあるのだと感じながら
師匠、クックは今日も生きているよ



 快哉と空を見上げるさまは、清々しいほどに輝いていた。
 妖怪たちにとっては慣れっこのものともなれば、世界の滅亡という危機に瀕してなお、その性根がさっぱりしているのも頷ける。金平糖を浮かべた酒を右手に、ナッツを盛った皿を左手に持って、クック・ルウ(水音・f04137)は上機嫌に屋根の上を歩いた。
 適当なところで腰を下ろせば、天地を逆さまにしたような――或いは鏡映しにしたような光景が、はっきりと目に映る。きらきらと輝く星の美しさがタールの体までもを埋め尽くすようだ。
 ああ、こんな星空の中で食べるものは、きっとなんだって美味しい――。
 けれど、隣には誰かがいた方が、もっと美味しい。そのことを、クックはよく知っている。
 しょんぼりとした様子の猫を招いた。確かルーサンというらしいその子は、未だに罪悪感を抱いているらしい。しょんぼりとした様子はどうにもいじましくて、慰めてしまいたくなるが――。
 ここはひとつ、妖怪たちに倣おう。
「ありがとう、おかげで懐かしい景色を見た」
 からりと笑ったクックの表情は、いたく晴れやかだった。その顔と声に顔を上げた猫の頭をそっと撫でてやる。それから誘うように下を向いた指先を、猫の視線はじっと追った。
「この夜空を映す川も、とても美しい」
 軒から零れる雨の名残が、時折水面に波紋を作る。そのたびに映し出される夜空が揺れて、新たな角度で光が見える。猫もまたその光景に目を輝かせて、にゃあ――と一声鳴くものだから、そのまま穏やかな宴が始まった。
 クックの掌が猫の和毛を撫でる。誰からもらったのか、ミルクを口まわりにつけたままの灰色を拭いて、彼女も金平糖が溶ける星見の酒に口をつける。
 ――ああ、やっぱり美味しい。
 美味しい食べ物に、酒。美しい夜空と、一夜限りの星映しの大河。隣でごろごろと喉を鳴らす温もりが、じわりと胸にあたたかな波紋を広げていく。
 胸を締め付けるような、けれど決して痛くはない。そのやわらかな喜びと幸福が、いっとう強く感ぜられるのは――きっと、クックが存分に泪を零したからだ。
 食卓を囲む誰かが隣にいた日。優しく懐かしい、穏やかな日々が、今もこの胸に焼き付いている。ありありと浮かぶその幸福が、ひやりとした風に揺れる灯火になって、この心へと灯っている。
 目を伏せて顔を持ち上げれば、指先に感じる和毛の熱だけが、より鮮明に伝わってくる。
 ――師匠。
 遠くあるそのひとを想う。まなうらに描いたその表情を、ゆっくりと開いた目に飛び込むいっぱいの星空へ映して、彼女はそっと唇を緩めた。
 ――クックは今日も生きているよ。
大成功 🔵🔵🔵