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愛らしき仔ら、いつか焔を担うきみに

#クロムキャバリア

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#クロムキャバリア


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 クロム・キャバリアでそんな荒野は珍しくもなんともない。

 いちめんに広がるのは戦争で朽ち捨てられた鉄(かね)、赤銅(あかがね)、鋼(はがね)、合金(あわしがね)…。
 全てかつては役割を持っていたものたち。
 腕を、胴を、内臓を、頭脳をまもる鱗を、城を、砦を、子を匿う母を――担っていた、ものたち。
 今はどれがどれやら。
 なべて鉄屑、骸の原。
 えぐれた大地に歪な地形はかつて起きた戦争の激しさを偲ばせる。
 ……偲ばせるだけで、語り手はどこにもいない。
 指揮しあるいは乗りこなし存分に戦に滾り滾らせ謳歌しただろう者たちは皆去るか死ぬかした。
 なべて草の根、路傍の石……。
 時折そこに風が、かいぶつたちの奇怪なあばら骨や頭蓋骨を通り抜けて戦の骸の唄を歌い、亡骸を慰めあるいは笑う。
 ごう、ごおう。
 ごおお、ごおお…。
 いや。
 唸っている。

 風ではない。

 轟々、唸っている。

 た…える…かえる…。
 たた……かえる。
 たたかえる。
 戦える。
 戦える!
 戦えるッ!!!
 私たちは戦える!!
 わたし達はまだ戦える!
 ぼくたちはまだまだやれる!俺たちはまだ銃を撃てる!引き金を引ける!銃弾を発射できる!豪炎でもって生を焼き払い猛毒で持って死を塗り広げ光でもって刃でもってもってもってもってもって!!!!

 おお――、戦争、戦争よ。
 戦争!戦争!戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争戦争!

 敵はどこ?敵は誰?敵は何?敵は敵は敵は敵は敵は敵敵敵敵敵。

 せんそうを、しようよお。

 むくろの奥で、ほのおが、揺れた。

 ――そこか。

 一隻の船が、飛んでいた。

●おお、ゆりかごの担い手よ。
「ガキの面倒って見たことある?」
 イージー・ブロークンハートは可愛らしい赤子を模した子供向けの人形を抱いて君たちにそう問うた。ガラガラのおもちゃを鳴らしながら。
 背中には襷掛けしてもう一体人形を背負っている。「おー、よーしよーし」意外なことに結構さまになっている。
 ああ…そっか…とうとう……という諦めの思いとともに背を向けた君たちに硝子の剣士は食い下がる。「待ってちょっと待ってマジでまって違うの違うの!!ごめんごめんて!!」

「今回はまあ、危機じゃないって言えば、危機じゃないのかもしれない」

 彼はそう言って人形を片腕のみで抱き直す。君たちに人形の顔が見えるようにだ。手慣れている。
 寝かせていると瞼がおりるタイプのものらしく、ぱっちり開いた瞳がきみたちを見てくる。

「舞台はクロム・キャバリア。ある荒野のうえをゆく飛行船の護衛任務だ」
 君たちは眉を顰める。飛行船といえば少なからず人が乗るものだ。加えて運ばれる物資は誰かの生活に繋がっている。それの護衛をして危機ではないとは、どういうことだろう。

「運んでんのはキャバリアや戦車戦闘機などの『兵器』」
 君たちの表情から察した彼は事情の解説を続ける。
「こいつがある無人の荒野の上で襲撃されて――このままだと、ボカン!」
 イージーは抱いている人形の前髪を直し、その場で少し自身の背を揺すって背中の人形の位置をただしてやる。動きからしてどうも無意識のようだった。
 ここまで聴いた君たちは少々疑問に思うかもしれない。
「気づいた?」硝子剣士がにっと笑う。
 無人の荒野の上ならば兵器が落ちてもそう派手な危機ではない。
 ……それに彼は確か『子供の面倒』と言ったはずである。この話には子供の出てくる余地が見えない。
「危機だけど危機じゃない、って話はここからだ」
 イージーは片腕で抱いていた人形を君たちによく見えるよう両手で持った。

「その兵器たちには、生成されたての補助AIが搭載されてる」
 人形の右手をあいさつのように振って見せる。「キャバリアとかの補助をする、人格付き独立思考プログラム」
「なんで人格付きかっていうとパイロットや前線兵士たちのストレス緩和のためなんだって」……いつだって異邦人のこの男は、変なことにやけに詳しい。
「本当はデータが作成されたその場で学習完了すんだけど、理由あって工場ダメになっちゃって簡易兵器に入れて別んとこまで運んでるんだと」

 ……危機だけど危機じゃない、というのはつまり、被害者がこのAIだから、らしい。
「空中戦は得意?不慣れでも大丈夫。そいつらが補佐してくれる」
 あいつらかわいいぞ〜。男はどこまでも人の良い笑みを浮かべている。
「協力して迫り来る大群の兵器どもをブチのめし続けるだけ!」
 人形の腕を持ち、パンチの真似などをしてみせる。
「そうすりゃ、そいつらのボスが自然と出てくる。そいつも倒して――それでおしまい」
 ニコニコした笑みを、剣士はふと締める。「いいか」

「相手が何か気づいても、ちゃんとしてろよ」
 奇妙な、符牒。
 しかし硝子剣士は符牒の意味を語らない。
「戦闘が全部終わって目的地に着いたらさ、運ばれるまでにちょっと時間があんだって」
 代わりその先を語りながら、グリモアを展開する。
「あいつらになんか教えてやってよ」
 きみたちに向かいにっこり微笑む顔は、いつになく落ち着きに満ちて兄らしい慈しみがあった。
「戦い方でも、あいつらが絶対知ることがなさそうなことでも、あんたのことでも――なんでもいいから」
 砕けたガラスのひかり。
「魂はいったいいつ、どこからなら存在すると思う?」
 七人兄妹の三番目は人形を片腕に抱き戻す。
「きっとエゴだ。人間の、身勝手なエゴ」
 やさしく人形をあやしつづける。
 晴れた祝いの朝を思わせる光が降り注ぐ。
 誰かの生まれた日のような光。

「でも――やっぱ生まれたガキには、祝福のひとつもあっていいと思うんだよな」

 硝子片のようなグリモアは。
 ベッド・メリーのようにも、見えた。

「じゃ、よろしく」


いのと
 はじめまして。あるいはこんにちは。
 いのとと申します。
 今回は兵器のAIに関わるちょっとしたお話です。
 明るめのちょっと切ない爽やかな仕様です。
 ほんのりとした地獄があります。
 皆さんをそれぞれ「ママ」や「パパ」「まま」「ダディ」「マム」「ミスタ」「ミス」「サー」「せんせ」「教官」「せんぱい」などと慕う情緒豊かで無垢なAIが出てきます。
 これできみも今日からママ(パパ)だ!!!ヤッターーーー!!
 かつて生徒や弟子や部下や子供、被保護だったあなた。
 あるいは生徒や弟子や部下や子供がいて喪った保護者だったあなたに贈るシナリオです。
 あるいはひとりぼっちだったあなたにも。
 もちろん、それ以外のあなたも大歓迎です。
 断章公開後、一定数受付、お預かり後お返しとなります。

 第一章■集団戦:嗚呼焦がれし戦争!
 第二章■ボス戦:「死んだほうがいい」
 第三章■日常:「プリーズ・テル・ミー」

 ……魂の有無はいったいどこでわかたれるのでしょう?
 いずれ炎に消ゆることと、私たちに待つ死とどう違いがありましょう?
 それでは、闘争の野へと出でることにいたしましょう。
 ゆりかごを揺らす手を担いに。
 ご参加、お待ちしております。
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第1章 集団戦 『Coyote』

POW   :    RS-A『散弾砲』 / RX『ナイフ』
【至近からの散弾】が命中した対象に対し、高威力高命中の【ナイフ攻撃】を放つ。初撃を外すと次も当たらない。
SPD   :    RS『短機関銃』 / RS-S『ミサイルポッド』
敵より【ダッシュなどで高機動状態の】場合、敵に対する命中率・回避率・ダメージが3倍になる。
WIZ   :    『Coyote』
【他のCoyote】が自身の元へ多く集まるほど、自身と[他のCoyote]の能力が強化される。さらに意思を統一するほど強化。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●はい・はろー、まい――…

 きみたちは轟音の中まぶたを開けた。
 否、とどろくのは音だけではない。足場は揺れ、激しい風が吹き込んで船内をしっちゃかめっちゃかに吹き荒らしていく。見やれば後方ハッチの扉が吹き飛んでおり――君たちはそこから戦場を見ることができた。
 嗚呼――戦争だ。
 戦車、大砲、小型飛行機、ドローン――それから、数えるのも億劫になるほどの、キャバリアCoyote。
 オブリビオン・マシンたちの群れ。
 薄汚れ、黒ずみ、欠けた兵装。どこかのプラントの護衛か小国家の部隊らしいマーク・ペイントは機体ごとで異なるというのに。
 弾薬を、サーベルを、トラップを、ごまんと備え、サーチ・ライトをぎらつかせ今まさに敵を沈めんとする意思をありありと放って君達へ向かうそれは――ひとつの軍を成していた。
 舞台は歓喜で震えている。

 嗚呼、戦争だ、戦争だ、戦争だ!!
 いとし、いとしき、戦争だ!
 さあ破壊だ!壊滅だ!燼滅を!
 使命(オーダー)を!任務(オーダー)を!
 宿命(オーダー)を――いまひとたび、果たすのだ!

 ……敵方から受けるこの喜びようは、一体どうしたことだろう。
 疑問は残るが――これより君たちは、この船を守るために空中に飛び出し、戦わねばならない。
 君たちは空中戦の経験はあるだろうか?そも手段はあるだろうか?
 あったとしてこれほどの高度、果たしていつも通りの戦闘が叶うだろうか?
 逡巡する誰かもいるかもしれない。
 そんな――きみたちの後ろで、ぞろ、とひかるものがある。

 ・・・ ・・・ ・・・ ・・
 サーチ・ライトとカメラの群れ。

「「「「イェーガー!」」」」

 それらが、一斉に嬉しそうな音声を放った。

「イェーガ!!」「イェーガーだ!」「初めまして!」「こんにちわ!」「ごきげんよう!」「こんばんわかな?」「作戦時間ではこんにちわだよ!」「イェーガー時間ではこんばんわかもしれないじゃない!」
  
 それらは

「はじめまして!我々、戦場展開補助兵器用AI、Type-C:F-A・BSsシリーズでーーーーーーっす!!」

 兵器だ。

「「「こーーーーんにーーーーちわーーーーーー!!!!」」」

 サーフ・ボードにも似た強力なエア・ボード。吸盤付き四つ足のキャノン兵器。プロペラを掲げた機関銃砲台。君たちの倍ほどの高さを持つ攻城型95mm砲。小型群体を備えた球体小型空母、魚を思わせる形、腹に幾多と開いたパイプから薬剤を散布する回遊兵器。マシンガン付きエア・ホバー。もはやミラーボールのような探索機など、など、など…。

「お会いできて嬉しいです」「わあ〜〜〜映像以外で初めてスキャンした〜〜〜!!!」「よろしくおねがいしま〜〜〜す!!」「こっち向いて!!ピースピース!」
「ようこそ!クロム・キャバリアへ!」「ご事情伺っておりますですます」「きてくれてありがと〜〜〜〜」

「当機ら襲撃はすでにばっちりしっかり感知してありおりはべりいまそかりっ!」
 補佐AIだ。
「これより当機らは皆さんを仮上官として設ぇぇっ定っ!」
 無邪気な音声ではしゃぎ、
「襲撃対抗作戦にはいる次第でありまっす!!」
 楽しそうに戦禍へ飛び込むことを語る。
「ぼくら、戦争は初めてです」「で、でも機能は山ほど積んでるからね、頑張るからね」「データもたっぷりつんでるよぉ〜」「だから戦争を教えて!」「守られるだけじゃやだよ」「私たち兵器だもんね〜〜〜〜」「運用区域は戦場ですです!」「兵器が生きてる人に守られちゃうのは本末転倒だし」「猟兵なら安心だし!」「戦場に連れていかれる前に僕ら壊されちゃったら経費のロスですゆえ」
「そうそう」「だから」
「どうかおねがい」

「「「一緒に連れてって、イェーガー!」」」
 君たちを慕い、自らの機能を主張する。
 君たちはこの中からそれぞれ1機、補佐兵器を選び此度の戦場に同行させることができる。
 キャバリアや他兵器に乗るのであれば一時的にインストールし、狙撃などの補佐をさせることも可能だ。
 ……彼らが壊れてしまうことが心配?
 安心していい。君たちの実力ならば有益に使いこなし、破壊されることはないだろう。

 きみが合図をすると――兵器たちのうち一機がきみのそばへやってくる。
 他の兵器が、その一機を羨む音声を垂れ流す。

「どうぞよろしくお願いします、イェーガー」

 選ばれた一機のまあなんと誇らしげな声音!

「ところでなんとお呼びすれば?パパ?ママ?ミスタ?ミス?サー?ティーチャー?教官?
 ――こちらのスキャンから自由に選ばせていただくのであれば――…」
 
 どうやら、とんだ戦争になりそうだ!

●エネミー●

・キャバリア『Coyote』を始めとする兵器(オブリビオン・マシン)x多数

●舞台●

・某小国プラントから隣国との前線間平野部上空域
 ――かつて戦争の舞台となった、どこにでもある骸の原の上のひとつ。
 
■マスターからのご案内■
 受付はマスターページかタグをご覧ください。
 可愛いAIと一緒に空中戦その他どんぱちやりましょう。
 空中戦手段がなければAIの入ってる兵器がうまいことお手伝いするのでご安心ください。
・どんなタイプ(兵器の型など)(性格:礼儀正しい女の子など)のAIがいいか、
(ただしAIたちの年齢設定は若年となっています)
(兵器としての思考に問題はありません、ご安心ください)
・どんなふうに呼ばれたいか(パパ・ママ・ミスター・ミス、ティーチャー、せんぱい他)
(AIたちは此度の戦場であなた方を仮上官と設定するため、名前を呼ぶ権限を持ちません)(あなたがたが許可するのであれば別です)
 など、ご希望があればご明記ください。
 たまにちゃんと守らない子も出るかもしれませんが。
・例:銃器ドローン型大人しい女子
・例:呼称:ミス
 …全てを明記してもいいですし、呼称だけ、兵器タイプだけでも問題ありません。
 例はあくまでも例です、ご参考まで。
 明記がなければこちらで選択させていただきますのでご安心くださいね。
 字数をお大事に。

 では、参りましょう――戦場へ!
開条・セサミ
・心情
(符牒が、若干気になる所ではあるが……)
――また随分と、ロボットヘッドの俺にとっちゃ『他人』の気がしない連中だ
あぁ、そうだろうな……「兵器」なのに「守られる」ってのは、嫌なのはわかるさ
それじゃあ行くぞ!CGP-CC-001『ドン・キホーテC3』、出るっ!

・戦闘
空中戦の支援は『Type-C:F-A・BSs』達に任せて、こっちは攻撃に集中する!
【盾受け】で敵の攻撃を受け止め、【ランスチャージ】で接近してくる敵をぶちのめしつつ、ユーベルコード『ウェポンズ・トランスポート』でこの戦場に最適な武装を呼び出して、敵部隊にダメージを与えていくぜっ!!

・その他
アドリブ等は大歓迎だ!



■メモリ・ユニットいっぱいの誇り

 きゃーーーーーーーー!!
 人間風に仕上げるならばそれはそれは黄色い悲鳴が、開条・セサミ(カプセライザーGP・f30126)のデータ通信いっぱいに響き渡った。「すごいしゅごいしゅごおおおおおおおおいいいい!!!」注がれるの は12機一斉のシャウトだからこれにはセサミも沈黙するしかない。
 しかも
「開条・エンタープライズの兵器(さくひん)だーーーーー!!!!」
 こんな全力の賞賛で呼ばれては――反応も鈍るというものだ。
「キャーーーリアルリアルリアルリアルまじモンマジモンマジモン!!!」
 続いて礼儀も遠慮も容赦もへったくれのないスキャニングの集中放火がセサミへ注がれる。
「いやいやもしかしてもしかすると想定したんですけどやっぱドン・キホーテ!?どどどどドンキホーテ!?!?まじかーーーー!!」
 ……それらは12機でワンセット、小型自立飛行・索敵撹乱用ビットである。
「はっくへいせん!はっくへいせん!!」「きゃー有効射程の設定どう計算するぅ〜!?」
 小型と言っても全長0.5〜0.6mはある。尾のついた彗星をそのまま鉄で固めたような形をしたそれらがセサミの周囲を自由に飛んでいるさまは夢の魚か鳥の群れ、といったふうだ。
「ドンキホーテだ!」「ドンキホーテ!!」「あっ違うちょっと違うまってもしかして公式による改造版ですか表に出てないやつですかやったーーー!!」
 ここまで約1分30秒。お調子者でハイテンションな性格がベース設定のセサミではあるが、流石に相手の数が多い。
「つ、通信量をもう少し下げてもらっていいか?」
 なんとかまずは一つ提言に成功。
「俺の機密をやりとりしていないことを保証するための情報共有ラインへの編成だとは分かっているが、流石に」襲撃の大騒ぎの中でもガンガンにうるさいのは一体どうしたことなのか。
「イエス・ドン!」
 即座に12機がセサミの前に整列する。流石に素直。
 と思いきや。
「装甲の配合率スキャンしていいですかーーーーー!!!!?!?!?」
 シャウトするナンバー4。「スキャンしたーい!」続く5〜9。
 ………。
 これである。
「企業の機密ラインに触れない程度なら」
「ヒャッホーウ!!!!!!」
 再びやいのやいのとセサミの周りを飛び回るビットナンバー3〜9。
「ドン、今回はボクらがお供しますね〜、よろしお願いします〜」
 ビットナンバー2と10〜12が外の状況をあらゆるカメラで捉えたデータの結果とまとめをナンバー1が送りながらしずしずと申し出る。「うるさくてすみません」「ああ、流石に驚いたぜ…」データから最も近い外敵の位置と形態を確認・分析をしながらセサミは返す。
「Type-C、チャイルド型なのでどうしてもちょっと好奇心値が高めで」
 ハッチ付近を浮遊しながらナンバー1は通信を飛ばしてくる。
「そういうお前は落ち着いて見えるが…12機の人格は別なのか?」
 もっともな質問をセサミは問う。
「いえ、同じですね」
 やはり。なにせここまで別々に騒いでおきながら受け取る音声、もとい通信基質はほぼイコールだ。セサミがどうして区別をつけられるのかといえば、通信それぞれご丁寧にナンバー表示が付いているからにすぎない。「その割には」「ボク落ち着いてます?」くるくる、と周囲マップ、ナンバー1のアイコンが回る。「騒いでる子(じぶん)見るとちょっと冷静になるっていうか…基礎情報共有通信(コミュニケーション)取れてないのダメだからじゃあナンバー1(ボク)がしようかなって…」
 セサミの元にデータが届く。展開マップに重ねるタイプのものだ。
 許可するとナンバー1〜12のそれぞれのデータリンク状態が展開される。
「ボクらはひとつの人格をベースにコピー・ペーストして分裂、今一緒に編成させていただいてる専用ネットワークで常に情報共有してます」
 拡大すればそれぞれの現状が確認できた。オールクリア。ステータスもほぼ一致。
「一機が落ちても臨機応変に陣形を形成し続けるモデルです」
 サイコ・テレパスでつねに繋がった双子ならぬ12子、というのが一番わかりやすいだろうか。「Marcelino, Pan y Vino(穢れなき悪戯)」ナンバー10が添える。スペインつながりで12人の修道士が出てくる映画だ。「この兵器にインストールされた時にそうあったんでーす」兵器とAIは別のところで作成されたらしい。「だから元々知ってたドン・キホーテ、余計に気になってたんだよね」ねー。ナンバー10が振るとねー!いくつかのナンバーズが応える。
「目的は人手の削減か」
「その通りです」ナンバー1の肯定とともに全てのナンバーズのアイコンが飛び跳ねる。「優秀な通信分析士の保護のためですね〜〜」

――ああ。

 しみじみと、セサミは思う。
 またほんとうに、随分と。

――俺にとっちゃ『他人』の気がしない連中だ。

 セサミはナンバーズのデータを再度解析する。
 Type-C:F-A・BSsとはあの剣士が言っていたように兵器に搭載されるためのAI名(パッケージ名)なのだ。必要に応じ各兵器にインストールされ、自らの体と認識して適宜適応最適化されて活動をとる。

 彼らとセサミの違いは、カプセルヘッドがあるかメモリ・チップ移行されるデータなのか、という程度だろう。
 彼らの精神性はセサミのそれより柔らかく、もろい。彼のようにひとつの核膜(カプセル)を持たず、その全てはロードされた兵器により形を変える、変えるしかないのだ。

 飛行船がいまひとたび大きく揺れる。

「おっと」静かな感情に浸っていたセサミは思考を転換――ナンバー1と2、それから10〜12が現在進行形で報告してくるマップデータを再度展開する。
 
「おしゃべりの時間はおしまいのようだぜ、ナンバーズ!」
 呼び掛ければ共有ネットワーク上の全機がぴたりとおしゃべりをやめる。
「『兵器』なのに『守られる』ってのは、嫌なんだろ?」
 共有リンクネットワーク上でセサミは自分のアイコンをウィンクさせる。
「出撃しようぜお前たち――お望みの戦場へ!」
「イエス・ドン!」
 12にして1の声が答え
「穢れなき悪戯、これより作戦に入ります!」ナンバー1の報告。
 とりが、さかなが、あるいは星のかたちをしたものが――セサミの周囲を舞っていく。動いていく。
「対象:ドン・キホーテC3」ナンバー9「専用支援展開機構・構築済み」ナンバー3「構築適応、問題ナシ(オール・クリア)」ナンバー10。
 騎士道物語を読み過ぎた郷士が見た夢のように。
「支援開始しまっす!」ナンバー5、宣言「ドン!許可願います(プリーズ・コール・ミー)!」ナンバー8。

「もちろんだ」
 断る道理など、どこにあろうや。
 稚き後輩。守られるだけを良しとしない、根っからの兵器たち。
 ――『カプセライザー』開条セサミ、これを許可。
「許可受諾、やったー!」ナンバー6。
「陣形展開」ナンバー2。セサミの許可に合わせてナンバーズが陣形をとっていく。
「まずは対空出撃支援陣形」ナンバー11。
「4機1組(スリー・バイ・フォー)」ナンバー4。
 セサミをとりまくナンバーズの情報リンク図が変わる。
 4機1組――12機が4機ずつ3組に分かれる。

 1組(ワン・セル)ナンバー9〜12、脚部支援。セサミの纏うドンキホーテの脚部、その左右の踵に2機ずつ、4機、装着。
 1組(ワン・セル)ナンバー5〜8、背面支援。ドンキホーテの背面、2機ずつ縦列となり並行に並ぶ。
 
 そして残る、1組(ワン・セル)ナンバー1〜4。
 ――ハッチより先、外部展開。
 四機、四角形を構築――バリア展開――ただし、急降下の下り坂のように、だ。

「陣形展開完了」ナンバー7。
「ドン、いつでもいけます!宣言をばをば!」ナンバー12。
「ああ」セサミは肯く。「それじゃあ行くぞ!」ヤー!12機が吼える。

「CGP-CC-001『ドン・キホーテC3』――出るっ!」
 かくて騎士は宙へと躍り出る。
 12機全機がエンジンをフル稼働させる。

 背面一組、エアブーストを代理してセサミの背を押し上げる。
 きらめいたブーストの青い光が、騎士の外套(マント)のようにきらめき――飛び出したセサミを狙う砲撃を、セサミは安易と回避する。
「ヒャッハー!第一展開完了!」ナンバー3が叫んで、他ナンバーが拍手喝采する。
 たとい弾がホーミング・グレネードであろうと問題はない「背面1組・バリア展開!」背面1組、四機が四角形を結びバリアを展開する。風だけを通し、セサミをさらに宙へ上げる。
 この好機を見逃すセサミではない
「まず――一機ッ!!!!」
 ストライク・グレイヴを振り回し――今しがた砲火を浴びせてきたドローンを一機、貫き、そのまま振り回して落とす!「2、3、4……イェッフー!ドン!」ナンバー9が歓声を上げる。「今ので砲撃型ドローン3機の機関銃ドローン2機、合計5機撃破です!」ナンバー11が9の発言を補佐報告する。「おうともよッ!」
   ・・・
「――俺たちはこんなもんじゃないぜッ!そうだろお前ら!」
 ナンバーズのエンジンではセサミをそのまま維持するには出力がやや不足する。
「ヤーハー!」だが、何も恐れることはない。「背面1組次展開に入りまっす!」ナンバー5、宣言と共にドンキホーテの背面から外れる。
 降下――着地。
 どこに着地したか?
 ナンバー1から4が展開している、急降下の坂の元にだ。
 本来銃弾を弾く超高濃度バリアーは、ここでは騎士を舞わす舞台となる。
「右3時と2時から2機、左10時から1機!――オブリビオン・マシン・キャバリア『Coyote』迫ってます!」ナンバー10の冷静な報告。
 …元来ならば、このまま坂を降らねばならないだろう。
「うえええ速度異常!速度異常!!ドンこいつめっちゃはや〜〜〜い!!!」
 ナンバー6が悲鳴を上げる。
「問題ない!」セサミは吼える。「むこうは下から来てる――ならこのまま展開で問題ないッ!!」
 セサミは宣言しながらナンバーズが転送してきたCoyoteたちの解析データを飲み込み

「俺が撃破する!」
 ――コード、発動。

「負荷をかけるぞお前たち!歯ァ食いしばれ!!」
「ヤッハー・ドン!」
 続いて脚部一組が推進ブースターをマックスに上げる。
「おらおらおら道を退け退け(ヘイ・ヘイ・ヘイ・オープン・セサミ)〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!ボクらのドンのお通りだぞおらぁ〜〜〜〜〜!!!」
 ブーストのエネルギーで、バリアの坂を滑るように高機動で駆け抜けながら――
 未だ転送途中でありチェンジ途中のストライク・グレイヴに無理やりエネルギーを込める!
「俺の名は開条セサミッッ!!!」
 エネルギーを込めたストライク・グレイブの刃部分でまず左舷の胴を真っ二つにし
「かかって来い戦争屋ども!!」
 そのまま石突部分のビーム・ブレードを展開、返す勢いで右舷の一機銃を握る右腕を切り落とし

「CGP-CC-001『ドン・キホーテC3』とナンバーズが――お前たちの相手だッ!!!!!
 回転するように握り返して突き込み――右舷2機めの胴部分を縦に両断し。
 坂を降る機動を利用して、すれ違うように、3機、戦闘不能に叩き込む!

 ピピ、と音が鳴る。
 coyote機からだ。ノイズ混じりの通信がほえている。
「応!応、応応応!!」画像なし。狂気じみた叫びだ。
「撃ち落としてやる!撃ち落としてやる!」「粉微塵だ(バラック)!粉微塵だ(スクラップ)!破塵(クラッシュ)だ!押し寄せてやる!僕らが押し寄せてやる!覚悟しろ!!!」
 何人もの大合唱だ。男のようであり、女であり、老人、あれは、子供だろうか――。
 通信の名を開く。何人が喚いているのか気になった。無数のコードがある。戦場そのものが吠えているようだ。
 うち、ひとつに。
――Type-■:F-J・F・Nds
 思考の奥に引っかかっているあの符牒が不意に呼び起こされる。
「コード先に覚えは?」
 ナンバー11が応える。「同じ作成チームのシリーズAIですね〜」
「何か思うところはあるか?」「いえ特には!」「ライフ・ノイドたちでいうとこの出身地が同じくらいの感覚だよね〜!」
 ……。
 理由はわからない。理屈はわからない。
 しかし――奇妙な予感が這い上ってきた。
 捨てたコードの中に知らないソースが混じっていた時のような。

 いいか。
 相手が何か、気づいても。 
「やれるもんなら、やってみやがれッ!!」
 セサミは吠えて、通信を打ち切る。
 ちゃんとしてろよ。

「前方別coyote機のミサイル5発確認ッ」
 嫌な予感に対する思考を砕くかのように、ナンバー8の報告が上がる。
 相手がなにか、気づいても。
 俺たちの相手には――むこうに、何がいるのだろうか。
「防御陣形展開」ナンバー6。背面を外れていた5から8のナンバーズが四角くバリアを再度展開する。「あばばば」ナンバー7が小さな悲鳴を上げた。
「ごごごごごめんなさいドン、ちょっとちょっと5発全部はむり〜〜〜!!」
「任せておけよ」
 なんの問題もない。セサミは人間的表現でいうところの、力強い笑みを浮かべる。
「騎士(ドン・キホーテ)ってのはな」
 左腕、防御機構展開。
「盾くらいはたしなんでるもんだッ!」
 ガントレット・シールドで防ぎ漏らした1発を、叩き落とす!
「それより前方やや上だ」セサミは機関銃を構えたcoyoteどもを指示する。
 降るセサミを狙うために押し寄せている群体の、そのうちある一機を示す。
「あそこまで行くぞ、できるな?」
 高さとしては8メートルほどの上空だ。
 ストライク・グレイブはすでに形を変えている――この兵器を、あそこでぶちかますことができたのなら、一網打尽にできることだろう。
「イエス・ドン!」ナンバー1の応答。
「陣形展開、2機1組(シックス・バイ・ツー)」ナンバー12。
 再びリンクの陣形が変わる。2機1組。
 すなわち脚部左右にまずブースターの一組ずつ。
 セサミが左足を踏み込むのと同時に、左足の一組(ワン・セル)ナンバー3と4が勢いよくブーストを噴かす。
 これにより、坂を降る途中だったセサミは再度宙へ飛び出すことになる。
 そして脚部以外の残る2機1組は――
「侵攻路展開ッ!」ナンバー9と10が吼え――あいた右足が、宙で段差を踏む。
 宙に一時階段を展開――跳ぶように、駆け上り――、一躍。
 
 転送完了。
 望む一点に、躍り出たと共に、セサミのもとにコード完了の報告が上がる。
――きたか!
「わわわわドンなにそれなにそれなにそれ!!!」ナンバー3がはしゃいでいる。
 セサミが使用した機能(コード)の名は、ウェポンズ・トランスポート。
 敵を分析すると共に、最適な武器を転送・装備させるものだ。
 転送武器は、巨大なビームランチャーだ。
「そんなの開条のデータにナイナイナイ!!」ナンバー4が追随する。
「だろうな」セサミはかるく応える。
「兵器(漢)に秘密(ブラック・ボックス)はロマンだろ?」
 ビームランチャー、接続完了。
 ドンキホーテでは支えられないだろう巨大兵器は、しかし。

「陣形展開変更――12機1組(セット・オール・ナンバーズ)」
「イエス・ドン!」

 セサミの号令に、12機は1機構を構成する。
 すなわち、ライフル発射を支える脚から繋がる舞台そのものを。
 今ここで、ならば――可能なのだ。
 もちろん数分と持つものではない。強力である代償だ。
 だがそれでいい。
 引き金を引くには十分だ。

「今から出るのは――俺とお前たちの撃破数だ」
 引き金に指をかける。「きっちり数えとけよな」

「いっくぜええええええええええええええええッ!!!!」
「発射(ガン・ホー)!!!!!」
 巨大な一矢とさらに細分化して敵部隊を逃さず貫く光が、放たれるッ!

成功 🔵​🔵​🔴​

セプリオギナ・ユーラス
◆正六面体がころり
コクピットに落ちている
(常々思っているのです
何かの為に生み出されたものでも
その為に生き続ける必要はないと)

失礼、
貴殿には関係のないことを考えておりました
わたくしは雑務担当のセプリオギナと申します。
なんとお呼びになっても結構
適切と判断した呼称をデータベースから選んでお使いください。

……さて、
アシストをフルでお願いします、
(自分は自分でUCを使うので)(自分も兵器の扱いにはある程度慣れたものだが、自律するなら任せたほうがいいだろう)
試運転と参りましょう。

わたくしが先に少しずつ削っておきますからね。
マーキングされた的を攻撃するだけの
簡単なお仕事ですよ。

◆AIの詳細はお任せ



■有用性への或る考察
 
 ことん、と音を立てて、それは転がり落ちる。
 暗く沈んだキャバリアのコックピットの中。
 座席のシートの上――を、かるくはねて、その足元に、おちる。
 丁度座席シートを折り畳んだらそれぐらいになるだろう、正六面体。
 ◆、■と転がりおちる。
 転がり落ちて――その機体のデータ・ベースに接続する。
 コックピットは静まりかえっている。
 外(倉庫)の轟音も騒音も――ひとごとのように隔てた、箱のなか。
 其れは遠距離砲撃支援型キャバリアだ。複合装甲に覆われ前線に出る仲間のためにいかような状況であろうとも砲撃を続けられるよう行われたデザインは、防御と重量にメインを置き速度と回避性能を犠牲にしたことをありありと伝える形をとっている。床に片膝を立ててしゃがみこみ、腕を組んだ待機姿勢は、機体名・ブラック・コフィン(黒い棺桶)の名に違わぬ沈黙を漂わせていた。
 その、黒い箱を組み上げたような機体の中で、どんな黒より黒い正六面体――セプリオギナ・ユーラスは思う。
――これだけの強度と安定性の技術は、緊急患者の搬送車などにも利用できそうですね。
 ……せんこくの大きな飛行船の揺れも、ここには一切届いていない。
 あるいは緊急退避のシェルターにも利用できそうだ。機体が動かない場合は壁とするのもよいだろう。横倒しにすれば別の機体が銃を乗せる砲台としての役割にも、何度か耐えられるだろう。

 やはり。セプリオギナの中でも、雑務を担当するかれは思う。
 おそらく、と常々考えていたことだが、やはり――……。
 ブゥン、と低い音と共にコック・ピットの中にあかりが満ちる。
 画面には通常表示に加え――AI:Type-C:F-A・BSs。
『あ、あのう』
 おそるおそる、という調子で声が響く。
『もしかして…あの、接続、してらっしゃいます?イェーガー』
 セプリオギナも画面自体は見ていないが、機体に接続しているが故に確認できる。
 メイン・モニターにありふれたシンプルな顔文字が静かに、だが右へ、左へ、上へ、下へときょろきょろしている。ある程度の子供がかいた似顔絵に似ている。ぐるっとかいた丸のなかに目と口をてん、てん、てん、といった風合いだ。
「ええ、しておりますよ」
 セプリオギナは朗らかに声を上げる。
『あっ、やっぱり』顔文字はきょろきょろと動くのを止め――おそらく外部通信用の内臓カメラからコクピットの中を探っていたのだろう――モニターの真ん中、シートの前位置におさまる。『電源スイッチからのオンではない外部接続だったので、ハッキングかそれとも、間違いかなーと、思ったんですけど、よかったあ』
 にっこりと微笑みのかたちをうかべた。
『はじめまして、ブラック・コフィンへようこそ。わたし、この機にダウンロードされたAI、Type-C:F-A・BSsです』
 少ししたったらずな柔らかい調子は、のほほんとした少女といった様子だ。
「初めまして。ブラック・コフィンのType-C:F-A・BSs。わたくしは雑務担当のセプリオギナと申します」
『今回は、当機を、ごりようですか?』
「ええ」肯定する。「拝見しました中で一番良いと感じました」
『ありがとう、ございます。いっしょうけんめい、おてつだいしますね』
 ……到底、兵器の中で聞く音声ではない。
 リラックスさせるための設計であることはわかる。スナイパーや支援機は目の前で仲間が吹っ飛ぶことも多く、飛行機などから爆撃を受けることも少なくはない。死の中で踊るのではなく耐えるストレスは大きな障害を生む。
 例えばこの声がセプリオギナの病院の受付で響けば、またそれなりの効果をもたらすだろう。
 きっと、こどもや女性の相手など、よっぽどうまくやるに違いない。
 そうだ、そうとも。
 やはり。

――常々思っているのです。

 セプリオギナからちょっとした基礎的な個人情報(いわゆる、種族・職業・可能雑務・雑務のセプリオギナのちょっとした戦闘経験など)とF-A・BSsからブラック・コフィンの情報を受け取りながらセプリオギナは考えを深める。
 少女の様相であれ、この兵器用AIの処理能力は任務に対して十全であることは疑いようもない。
 嗚呼、これが兵器、などとは。

――何かの為に生み出されたものでも

 情報交換が終わり、ゆっくりとエンジンに熱がはいっていく。
 これから向かうのは外。轟々とあらしひびく、戦場だ。
 戦とは人間の病だ。
 そも人間の種としての強さとは多様性を維持し受容することによる生存、あるいはより多数をより良い状況で繁栄させるための社会の構成――思考の試行の連続性にある。
 戦は、それに真っ向から抗う否定行為だ。

――その為に生き続ける必要はないと。

 生み出された技術どもは、せっかく増やして育てた命を不必要に散らすための凶行のみに使われる。
 いくらでもどうとでも使いようはあり、それによって救えるはずの命も、あるいは命を救うための環境改善へのできる一手も指されることなく(あるいは指されても駆逐され)きえていく。
 もともと維持できてた状況を悪化させ、出さなくてもいい病を生み出し、あるいは負わせていく。
 あるのだろう。ないとはいえないだろう。
 たとえば、非人道的行為による新たな薬剤の判明などの、面も。

 だが、嗚呼。
 ふざけるな。怒りのかれがほえる。
 時間をかけて散るはずの犠牲を無理やり集中させることによる、飛躍的な速さにすぎない。
 戦争狂いどもめ。
 ただ、ただ――嗚呼、おろかだ。

『医師様(ドク)?』
 セプリオギナは引き戻される。
「――」なんだ、と、喉まで出かかった。
 正六面体には喉などないはずなのに。
「失礼」
 ・・・・
 正六面体は応える。
「貴殿には関係のないことを考えておりました』
 正六面体“が”――応える。
『あっ』F-A・BSsが声を出す。『しつれい、しました』
『データベースにあった“ドク”のほうかと』
 知らず知らず雑務のかれから医者のかれへ切り替わりかねないほどの、怒り。
 AIすら誤認させる、いかり。
『ええと…』いまだ戸惑い、呼称を探している。
 手をつくし、見届けるのは『医者』の役目だ。
 しかし――その後の、犠牲者の名前、通知、あらゆる『雑務』のかれもまた、それに触れ続けている。
 おなじひとつのいかりが、全くないといえば――うそになる。 
 そうとも、おお、戦争。耐え難き病よ。
 それに対する怒りが、“ふたり”のあいだにしずかによこたわっていた。
 名も呼ばれぬ死体(ジョン・ドゥ)をごまんとつめた六角形(ブラック・コフィン)のように。
「なんとお呼びになっても結構ですよ」
 セプリオギナはつとめて――そう、つとめてだ――穏やかな音声を出力すつ。「データベースから適切と判断した呼称をお使いください」
『では、看護師長様(リーダー)』
 全ての計器のあかりがともり、針が動き、数値を指し示す。
『準備完了です、ご指示を』
「アシストをフルでお願いします」
 権限の幾つかを移行する。
 まず機動。ペダルは踏まれもせず動きもしないというのにキャバリアは立ち上がりゆっくりと移動を開始する。胴部背面、空中移動用ホバーに火が入り、グライドブーストの排気口が開く。
 索敵、サーチ技能のいくつかが機動し、ハッチとその外、開始した味方機を捕捉し其れ以外をマーキングしていく。
 装備の幾つか。左右肩に背負ったミサイル・ポッドのうち左肩範囲焼夷弾型、左腕ハンド・ミサイルも使用権を譲渡。
『いいのですか、師長様(リーダー)』超重量機独特のあゆみのなかでAIが問う。
「何がでしょう?」『はいけん、しました戦闘データですと、師長様がメインで動いていただいても、じゅうぶん、かつどうに問題ないとおもいますが』
 ――……。
「あなたは自立型ですね?」
『はい、師長様』
「では、あなたにお任せしたほうがいい」
 こちらはこちらで――コードを使用する。『了解』
 ハッチへとたどり着く。
 見渡すかぎりの骸の原。
 クロム・キャバリアではありふれたもの。
 その上にはびこる、オブリビオン・マシン。
 死んで死んで死に尽くして、病んで病んで病み尽くして――なお飽きたらないものども。
 戦争を!戦争を!
 戦って戦って戦って戦い尽くして敵を滅ぼして滅ぼして滅ぼして滅ぼして滅ぼして滅びほろべほろべ――。
 風すらも、さけんでいるようだ。
 高速機動空撃機、地上からの固定砲台、そしてcoyoteども。
 分析。マークされたアラートが響く。ひい、ふう、みい、よ――尚、多く。
『師長様?』
 おお、戦争よ。
 だがどれほど激しい風も、この箱(コクピット)のコード一本すら、揺らすこと叶わぬ。
「たびたび失礼。問題ありませんよ、F-A・BSs殿」
 くろぐろとしたいかりが、嗚呼、うねっている。
「出てください。試運転と参りましょう」
 爆炎とまばゆいほどの暗愚のなかへ――飛び込む。

「わたくしが先に削っておきますからね」
 セプリオギナは右手、パルス・マシンガンの引き金を引く。
 高威力かつ弾速に優れるが空域ではめちゃくちゃに弾けておわりの電磁のそれに――セプリオギナはコードを乗せる。

 黒の意思。
 其はいかり。
 其は憤怒。赦し難きを決して許さぬもの。
 逃さぬもの。

 機動力それ自体ではcoyoteに劣り――集中砲火を浴びる想定を逆手にとる。
 あらゆるエネミーからのマーキング(標的)を、標的しかえす。
「焦らず、逸らず、丁寧に、確実に」
 電磁はひとたび軌道は整えられ、宙に美しい――致命の織物を描く。
 腕を、足を、肩を、頭部の一部を電磁が打ち払う。
 落とさなくていい。

 其は焔ではない。浴びせ消えあるいは自ら止まることもできず広がり続ける無謀の王ではない。
 其は液体である。ただし流れ消え大地に吸われるようなそれではない。
 喩うるならば、コール・タール。

「マーキングされた的を墜とすだけの、簡単なお仕事です」
 時と共に積み上げられた亡骸が地中で成り果てた、粘着性すら纏う意思だ。

『りょうかいです・師長様(コピー・リーダー)』
 F-A・BSsが応じ、左腕のハンドミサイルを撃ち放つ――低速だがホーミング機能の高威力爆撃。
 十全ならまだしも、電磁によりショックを受けているcoyoteどもには、避けることも叶わない!
 一機、また一機と、くろぐろとした――そう、タールのような煙の尾を引いて落ちていく。
 過去は過去に。沈黙に返っていく。
 そしてまた次々と標準(マーキング)がブラック・コフィンへ集中する。
「淡々と、平然と、確実に、着実に――事務的に」
 一機、また一機と落ちていった機体が画面端に撃墜記録としてきざまれていく。
『師長様(リーダー)』
 ミサイル・ポッドから広範囲焼夷弾を放ちながらF-A・BSsが問う。
『もしも(イフ)を、お伺いしても、いいですか?』
「どうぞ、F-A・BSs殿」
 爆撃音も、撃墜の煙も、爆炎のひかりも――コクピットには、なお静かで、とどかない。
『わたしは補佐AIです』「そうですね』
『焦らず、逸らず、丁寧に、淡々と、平然と、確実に、着実に――事務的に』
 墜とす。墜とす。墜とす。
『わたしがマーキングした的を攻撃するだけの、簡単なお仕事です、と』
 墜とす、墜とす、堕として、沈黙と、静寂と、静謐と、むくろとを、つみあげて、つみかさねて。
 くろぐろとだいちのそこでうねる――タールのように。
 
『わたしがそう言ったら――そのシートにいつかすわるだれかの恐怖を、やわらげることができるでしょうか?』

 おちていく。

「つらいのですか?」
『いいえ、師長様』
 おさないこえは、どこまでもすみやかだ。

『わたしは、くつうをやわらげて、戦闘を支援する、AIだから』

 だから――気になるのだと。

『せおわせたほうが、そのだれかのためになること、なのでしょうか?』

 ブラック・コフィンは中身を求める棺のように、戦場へ破壊を降りそそがせている。

 だれかのために、だれかのために。
 おもうすがたが、だれかとかぶる。
 だれと?
 それは、おそらくこちら(わたくし)のほうではないのに。
 だが、かれとおなじくらいちかくでみて、しっているので。

「わたくしは」

 嗚呼。
 そんなことを言ってどうなると言うのだろう。
 そも言うつもりも、なかったというのに。
 しかし、それでも。

「何かの為に生み出されたものでも、その為に生き続ける必要はないと――常々、思っているのですよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

チェスカー・アーマライト
人の顔見て泣き出すチビッコは苦手だが
AIなら大丈夫か

スタンディングモードの機体背部に接続する自律飛行ユニットを選択
名前長ぇな
BSs…ベスって呼ばせてもらうぜ
(子供っぽいAI。呼称お任せ)

パーティーと洒落込もう
数秒の起動シークエンス(手動)の後UC発動
(見た目変わんねーけど)
ビームの持続時間は約100秒
再起動に1分弱
お前の仕事は
本来なら接地しての機体固定が必要な反動を制御する事
そんで再起動中の回避機動だ
重労働だが頼んだぜ

(先日の戦争以降
AI未搭載の愛機と意思疎通が可能になった)
中々可愛いモンじゃねーか
お前も見習ったらどうだ、ビッグタイガー?
『手本が悪かった』だとぉ?
そりゃ一体誰の事だ? ええ?



●ようこそ、戦場へ。仔らよ。
 
 ぷっぷくぷー!とそれはそれは明るいファン・ファーレが鳴り響いた。
『ひょほほ〜〜〜〜〜〜〜〜〜いっっ!!!!!ちぇすちぇすちぇすねえ〜〜〜〜〜〜!!!立体高速軌道可能ブースター・システム完全接続・同期完了のおしらせでっす!!!!』
 
 チェスカー・アーマライト(〝錆鴉〟あるいは〝ブッ放し屋〟〝ディラハン〟・f32456)はおおよそ子供というものが苦手だ。

 騒がしいのが嫌いというわけではない。
 ぴいぴい言いやがる様は微笑ましいし、ばかみたいに単純な行動は見ていておもしろい。かわいいぐらい非力かと思いきや、時々狡賢いことを容易にやるから侮れなくて、カマされたときはヤリやがった!と讃えてやりたくなる時もある。ちっこい癖にどんな環境でも歯を食いしばったりあるいはなんてことないように伸び伸び育つところはなかなか見上げたモンだと思う。財布をスられたあの時はとっ捕まえてビタ一文まからず取り返して、ゲンコツと菓子やって、憲兵だなんだに突き出さずに解放してやるぐらいには――嫌いじゃない。
 嫌いじゃないのだ。苦手なだけで。
 なぜ苦手なのか?
 
 おおよそのガキというものは、人の顔を見てすぐ泣き出しやがるからである。

 拠点で出会うガキの多くがそんなものばっかりだからチェスカーは嫌になってしまう。
 人の顔見て泣くんじゃねえよ失礼なガキだな。やや腹を立てるのがまあ5割。
 へーへーすいませんでしたね悪人ヅラでよ。むくれるのが約3割。
 ……あたしの顔はそんなに極悪か?とまあ、ガラにもないが傷つくのが1割から2割の、変動性
  悪人ヅラかもしれない自覚はないわけではない。身長はともかく女にしてはがっしりしている…どころではない、男と並んでも見劣りしない体格だし、戦場キャバリア乗りに漏れず戦闘脳だし、クロム・キャバリアで食ってくにはそれなり楽しい楽しい傭兵稼業に精も出す。おっちゃんのお墨付きだって貰ってしまった。いや女扱いしろとは思わないが自分の弟子にあの言い分はどうよと今でも思わんでもないが。
 ともかく。
 チェスカーには自覚もそれなりにあるから、努力はしているのだ。これでも。常備してる飴玉とか。けれど笑顔で差し出せば差し出すほど激しい雷雨が耳にとどくのだからげっそりだ。

「おう、インストールご苦労さん」
 AIはその心配がないものだから、そりゃあ気楽だった。
 チェスカーは咥えたニンジンのスティックをゆらゆらとやりながらキャバリアの脚部ブースターから飛行ユニットのブースター回路接続の最後のボルトを閉め終える。
 百年もののビッグタイガーの起動源は今はやや珍しい、エネルギー・インゴットのみならずエチルアルコールも併用可能なリキッド・リアクターだ。飛行ユニットが酔っ払う、などということは備え付けられた装備機の負担を減らす自律EN動力補助装置とは接続をある程度組み替えておく必要があった。主には着地補助のストーム・ダンプの接続を思いっきり飛行ユニットの方に回す。
「アー…」
 チェスカーは名前を呼ぼうとし、はて、なんだっけか。
『Type-C:F-A・BSs!たいぷしー。えふ、えーび・びー・えすず!!!』
 すかさずAIが察して提言してくる。
「やっぱ名前長ぇな」素直なところを言いながらスパナの内側についた埃を拭う。
『じゃ、えふえびびーえす!!!』
「だから長ぇよ」
 響きもしないのに握ったスパナで飛行ユニットのはしをかつんと軽く殴る。
「BSs…ベスって呼ばせてもらうぜ」
『ウッヒョー!!!個別名!?識別名!?やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!作戦コードネームだーーーーー!!!!』
「うるせぇ」苦笑しながら再びスパナでカンと叩く。「飛行中はもっと短く叫べよ」
『おっけ、ちぇす〜〜〜〜〜!!!』
 普段はこっちを見れば泣きだすチビッコが、ちょっと騒がしいのに目を瞑れば従順にコミュニケーションをとってくるものだから、そりゃあかわいいもんだ。
 なるほど、そういやあったな、そりゃあ流行るな、と思い出す。
 今先ほど聞いた名称と、AI表示の傍の製品マークに見覚えがあったのだ。
 どこのメーカーだったか忘れた。が、限りなく人間に近い補助AIシリーズが一時期大流行りしていた。おしゃべりなAI。自ら棺桶に乗り込んで走り回るイカれどもにお供してくれる相棒の代弁者。あるいはそのものだとかなんとかで。おそらくあのシリーズの最新作か最終作だ。さんざんっぱら噂も聞いたし改竄だかコピーだかパチモンだかまで出回っていた。
 チェスカーも一度勧められたことがある。真っ黒いジャンク屋の親父が面白そうに純正品だと言って提示してきたものをチェスカーは鼻で笑って断った。興味がなかったし、結構なお値段がしていた。
 あの時見たのは確か…タイプなんだったかは忘れたが、少なくとも末尾はBSsではなかったような気がする。
「ビッグタイガーの奴とはうまくやれそうか?」
 スパナや道具一式を片付けながら問うてみる。
 チェスカーの愛機、ビッグタイガーはAI搭載機ではない。
 ではないが、何か言葉にはしきれない語りかけてくるものがあったし、語りかければ答えるものがあった。
『えへへへへ!!』「なんだァ?その笑いは」
『すご〜〜〜〜〜〜〜〜くやさしくてあったかいよ〜〜〜〜〜!!』
「ハッア〜〜〜〜〜〜ン???」
 チェスカーはニヤニヤ笑いながら口笛を吹く。キャバリアの胸部を開け工具箱ともどもコックピットに乗り込んて、すばやく操縦席に腰を下ろしながらハッチを閉める。『読み込み手伝ってくれてねえ!』その間もベスの嬉しそうな報告が続いてゆく。
『だまーって見ててくれてね!!間違いやすいところ教えてくれたんだよ!!首の後ろくわえてもらう猫ってこんなきもちかなあ!!!』
「ほっほ〜〜〜〜〜ォ?????」
 チェスカーの相槌にまず正面、コンソロールの排熱機が回転音を立てる。「照れんなよ、ビックタイガー」チェスカーはくつくつ笑いながら工具箱を座席下に放り込み、拳の後ろで右側の壁を鳴らす。「ベスが可愛いか」壁の向こう側のタービンが静かに唸らせてチェスカーの揶揄に意義を申し立てた。「あン?あたしだっていつも素直だろうがよ」ベルトをしめる。

「そこまで面倒見てもらったんならもう大丈夫だな?ベス」
『ヤー・ヤー・ヤー・チェスカー・アーマライト!いつでもいけるよ!!!』
「グッド」
 チェスカーは笑い、左右それぞれの腕で操縦桿を握り込み、移動ブースターのペダルを踏み砕かんばかりに入れる。
 飛行ユニット排熱口があまりの高温に青を滲ませたのは一瞬。

「それじゃパーティーと洒落込もう、Hoo-ah!?」
『HooooOOOOO-aaaahhhhhHHH!!!』

 刹那――轟音を立てハッチより虎は出撃する。
 威勢の良い返事にチェスカーはさらに笑いを深める。
 歯を剥き出して、そうとも、それこそ虎のような貌で。

「ジェネレーター出力限界解除」
 握り込んだレバー、右のとっときのギアを入れる。
 
『えっ????????????????????』
 ベスのど困惑を無視しチェスカーはそのまま思いっきりイン側へとブッこむ。

「戦車砲を内部動力源に直接接続」
『えっえっえっえっえっ????????』
 
 ベスの困惑も無理はない。
 それはチェスカー、もといビッグタイガーのとっておきの手段だ。
 文字通りエンジンと戦車砲を直接接続し、キャバリアに回るはずの起動にまわすはずの動力すら含めたエネルギーを、砲撃としてぶっ放し続ける。 
「オラァ内部動力接続できてんのかベス!確認!報告!」
『か、かかかか確認完了!接続おおおおおおオールグリーン!』
 虎が唸る。
 戦車砲のタービンが吹き飛びそうなほどに高速回転し、集まるエネルギー濃度にふるえる銃口を腕力のみならず期待全身で引きつけるかのように支える――自らを砲台とする。

 機体は宙へ躍らせてており、兵器どもが今まさに新たに参戦した一騎へと注を向けたばかりだ。
 coyote以外にも多くの機体があった。旧式キャバリア。防衛戦線で見た最新式のプロトと思しき機体。サイズも目的もさまざまなドローン。
 だが。

「ハッハ!見てみろよ、どいつもこいつも間抜けヅラしてお口あんぐりだ!」
 愉快痛快とチェスカーは吠える。

「覚えときな、ベス――ここをぶち抜かねえ手はねェんだよッ!!!」

 そうとも。注を向け、敵を認識した最初の一瞬。
 そこだけは、どんな最新兵器といえども無防備だ。
「答えな、ビームの持続時間は!」『ひ、ひゃくびょー!』「再起動は!」『いちびょー!?』
 期待通りの答えにチェスカーは笑い声を上げる。

 上 等 だ 
「Kicked・ass!!」

 目を爛々と輝かせながら左のハンドルをひねる。「Bチャンバー加圧開始!」
「なァらお前がすべきことは分かってるよなァッ――Right!?」
『はははっ発動間の機体固定代わりの反動制御とさささ再起動中の回避こおどおッ!!』
「Awesome!」
 賞賛と共にチェスカーは拳を掲げる。

「あたしとビッグタイガーの命をアンタに預けるぜ、ベス」
 目を細め、AIでもこちらの顔を認識できるだろうカメラに向かって、ウィンクを贈る。
『ぴえ』
 
「兵器ならいずれ通る道だ。重労働だが頼んだ。上手くやれよ、Baby」 
 発射ボタンを、叩きつけるように押す。
 砲音は、咆哮のようだった。

 その一撃は、分類としては…ビーム砲、なのだろう。
 だが果たして何人のキャバリア乗りがその砲撃をビーム砲と言うだろう。
 戦車砲からありったけのエネルギーで放たれ続けるビームは、もはや巨大な剣と言っても差し支えない。
「おらァアアアアアアアアア!!!!!!!」
 足場もないなか放たれるビーム砲は本来ならば噴出力となって機体を後退させてしまうだろう。
 しかし――チェスカーの期待通り、そうはならない!
「まァとォめェてッッッッ!!!!」
 チェスカーは機体を操作し思い切り身をひねる。大雑把な動きは剣のそれですらない。

「フッッッッッッ飛びッッやぁあああああああがぁあああああれぇええええええええええ!!!!」
 キマりにキマった最高塁打者のような、大振り!
 
 百秒の暴力が戦場を薙ぎ払う。
 そしてビッグタイガーに訪れるのはホームラン・ボールが配電盤を叩きわったかのようなブラック・アウト。
「Smashing!」チェスカーは爆炎の音を――そう、エネルギーの過放射で一時モニターやカメラすら見えなくなるので、それで認識するしかないのだ――ファン・ファーレにコックピットでガッツポーズをとる。「ヒィッハー!!見たか鉄クズども!」普段は握り続ける操縦桿を、爽快感で両手手放したまま左手で軽く叩く。
 そうとも。
 普段はたった一秒だが、永遠に等しい一秒、自身と相棒とで息を吐く間もない生死のはざまがある。
 だが、今は。
「見たか、ベス!?」
『みるまもないよおおおおおおおおおおおお!!!!』
 飛行ユニットによる自動回避行動により、飛び出し吠えた大虎をそのまま運ぶ風がある。
 たった今破壊されたキャバリアが直前に吐き出したはずのホーミング・ミサイルが、ビッグタイガーの後ろでぶつかり合って消える。
「アッハ!」チェスカーは笑いながらスティックを素早く一本取り出してくわえる。
「そりゃ悪かった、後で録画を何遍でも見ろ」
『ちぇすちぇすちぇすねえ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!』
 ベスが悲鳴のように泣き喚いている。『一秒って言ったじゃ〜〜〜ん!!!!!』
 一秒はとうに過ぎている。
「あァそうだった、悪ぃ悪ぃ」くすくす笑いながら操縦桿を握る。
「じゃあもういっぺん行くぜ」
『も、もういっぺん!!!!!!!?!?!?!?』
 高熱ナイフで切り掛かってくるcoyoteをベスがうまいこと交わしたので、戦車砲を構えたまま振り回してぶっ叩く。
 モニターもセンサーも回復していた――いける。
「な〜〜に、一度目も上手くできたんだ、二度目はもっとうまくできると思うぜ」
『そういう作戦なんだったらチェスねえさきにいってよおお〜〜〜〜〜〜!!』
「戦場はいつだって予想外だって学べるかなと思ってよ」
『うっそだああああああ!!』
 ブゥウ…ン、とコンソロールが唸る。
 チェスカーは笑って握った操縦桿をあやすように指先をかるくぱたつかせた。
 不機嫌そうに唸った虎の背をたたくように。
「へーへー、分かってる。冗談だ。ビッグタイガー」
 どこかのファンが唸り、電源系にエネルギーの走る音がする。
「ボンボン打ちゃしねえよ。そう怒んな」
 ささやく声は小さく、ベスにも――集音マイクも拾えないほどの音。
 それでも伝わる。
 道理はわからないが、ビッグタイガーとチェスカーはそうして会話できていた。
「中々かわいいモンじゃねーか」
 どん、と背もたれに身をぶつけるように預ける。
「お前も見習ったらどうだ?」
 どん、と背もたれが殴り返してきた、ような気がした。
 チェスカーは顔を顰める。
「『手本が悪かった』だとぉ?」ペダルを踏み込まない左足で角を蹴る。
「そりゃ一体誰のことだ、えぇ?」
 腹立たしいことにビッグタイガーは答えない。「てんめぇ…」
『ちぇすねえ!!』
 さらに言ってやろうかと思った折、ベスが遮る。

『エネルギーチャージ完了したけどどうするの!?」
「あ?」
『え??え???』ベスはおろおろとした声を出しながらチェスカーがしそびれた回避を引き継ぐ。

『もっかい撃つんじゃないの!?』
 ――…。
「ぶ、あっははははははははは!!!!」
 チェスカーの大爆笑がコックピット内に響いた。「聞いたか相棒!」ビッグタイガーも沈黙できたのはほんの数秒で、すぐに続いて笑い出す。『なに!?なになになあに!?ちがった!?』

「いいや」チェスカーは笑いながら体勢を前のめりに正す。

「違わねぇさ――なあ、相棒(ビッグタイガー)」
 キャバリアが、吠える。

「お前もただのガキじゃねえ、しっかり焔の子だって、それだけさ」

成功 🔵​🔵​🔴​

エスタシュ・ロックドア
ガキの面倒
見たこたあるが、
このパターンは初めてだわ

自前のキャバリア出すんで装備兵器型
BSフレイムランチャー、いたら来い
巨大人骨型レディのスーザンちゃんにもAI入っ
てるのか分からん
会話したこたねぇが多分相応の何かは入ってる
仲良くしてくれ
とりま腕部に接続
【メカニック】の腕が鳴るぜ
ここイイ感じに【武器改造】して良いか?
【操縦】するからにゃ調整しねぇとだろ?
ちなブラックボックスどこだ?(目キラキラ)

ユーザー名:Eustache Rockdoor
呼称は適当で、サーで良いか
それで、お前はなんて呼べば良い?

生身ならいざ知らず、キャバリアにゃ空戦技能は積んでねぇんでその辺頼むぜ
戦闘は肩部に付けた鴉ノ業で【制圧射撃】だがこれは牽制
一度に寄って来る敵の数を減らし、接敵数が少なくなるように立ち回る
敵が近寄って来たら【カウンター】
『群青業火』発動
ランチャーから火炎放射として噴出させて【焼却】
操縦室は燃やさねぇようにする
盗みと人殺しはしねぇ主義だからパイロットは救出してぇんだが、
これ、いつもと違ったりするか?



●ノック・ザ・ブラック・ボックス

「おっ……おねえさま…!」
「お姉様ァ!?!?」
 エスタシュ・ロックドア(大鴉・f01818)困惑の大絶叫。
 ガキの面倒なら見たこたあるが兵器というパターンが初めてなら、自前キャバリアがそんなときめきに満ちた声でお姉様とか呼ばれてしまうのを聞くのも初めてだった。エスタシュが今回連れてきたのはいい女(キャバリア)であることを否定はしないし胸も張るがこれは予想外すぎて寝耳に水どころか熱湯の衝撃である。
「は、はわわ…」
「おい待てお前スーザンちゃんと何話してんだお前!!」
 思わず持ったスパナで愛するキャバリア、スーザンちゃんの左腕に座らせ(装備させ)たBSフレイムランチャーの砲身をガンガン叩いてしまう。
「はわわわわ…おねえさま、はわわわ…!」
 再生ボイスが女子でなければちょっと急いで外しているところだった。
「おい通訳しろなんたらBSs!どういうことだ!」
 会話したことはないがスーザンちゃんにだって何かしがのAIは入ってるだろうまあ仲良くしてくれやと軽い気持ちの接続だったがなんだかとんだコスモの片鱗を見せられている。どうして小宇宙など見なくてはならないのだろうか、ここはクロム・キャバリアなのに。
「えっ、そん…そんな」BSsが震える声で尋ねてくる。
「い、いいんですか、お聞かせして、お、お聞かせしちゃっていいのおとうさま……っ!」
「ッいやいいッッ!!」
 なんだそ意味深な高揚ボイスは。
 エスタシュは思わず自分を抱きしめるように腕を回して後ずさる
「やっぱいいやっぱ話さんでいい聞かすなまずそのお父様をやめろさぶいぼ出たわ!!!」
 ことは今設置のためのハンガーの上でできないので軽く体を退く。「じゃあなんておよびいたしましょうか…!」「その意味深なときめきボイスもいらねえわ!!サーでいいサーで!!」「いえっさぁ…!」「声質ッッッ!!!」

「いやあ光栄ですぅー」
 出番はないと早合点して寝こけ(スリープモードに入り)かけていた兵器はのんびりと言う。「だって空中戦でしょ?ビーム系とはいえ、フレイム・ランチャー(火炎放射器)はぜ〜ったい出番ないと思ってましたぁ」
「ところがどっこい道具は使い手次第ってやつだ」
 複合砲(フレーム・ランチャー)を呼んだら火炎放射器(フレイム・ランチャー)が返事をしたのはなかなか意外な展開だったがこれはこれでオッケーだ。このランチャーが最新式であることが採用理由である。
 愛機との接続自体には問題がないことを確認しながらエスタシュはユーザーコードを入力する。Eustache Rockdoor。念のため下手なハッキングを受けないよう錠かけ(ロック・ドア)。

「ふわわわわどんな風に使われちゃうのかしらん」ぷほーと排気口から柔らかい熱風など出してみせるランチャー。
「そりゃ良いように使うんだよ」
「わあ〜い、たぁのしみだなぁ〜〜おねえさまもいっしょでう〜れし〜いな〜〜〜」

 お姉様云々に触れない代わりにエスタシュはランチャーの内部、コードが入り込んだ蓋のボルトにレンチをかける。防御のための外装以外はやはりどの機械もそう差はないようだった。
 いいぞ。わくわくしてきてしまう。

「あれぇサー?修復に時間かかってますねえサー?メガネでも起き忘れましたぁ?」
「かけてねえよ眼鏡」
「えっあれぇ…そうだっけぇ…映像確認えいぞーかくにん…あっほんとだぁ〜〜」

 その論理でいくとここら辺のはずだ。
 新品の兵器は厄介な錆ひとつない。
 アタリつけ三つ目ボルトを外して手をかければ三角の形をした蓋は簡単にはずせた。

「眼鏡忘れたんじゃないならどうしましたぁ?そこは外さなくてもいいとこですよサー?」
「それでお前はなんて呼べばいいんだ?」さらっと論点をすり替える。
「とくになにも〜おすきにどぞどぞ」

 ビンゴだ。
 エスタシュが狙った通り、イエローとブラックで塗装されたリミッターが嵌っている。

 ・・・
 友軍に被害を出さぬための安全装置。
 となると、だ。

「Type-C:F-A・BSsは製品AIのバージョン名ですからねぇ。臨機応変適宜適選。
 兵器(アイテム)と使い手(ユーザー)に、にんげん?みたいなじゅーなんせーでお付き合いするのがわたしたちのウリなので、生まれついての個性(ロックド・ドア)なんかないのです」
「…個性の塊みてえなやつに個性はねえと言われてもな」

 エスタシュは軽く手を鳴らすように整備用の手袋についた埃を払ってから、ランチャーのストックの中に上半身をつっこむ。

「そーでしょーか?」どこかでタービンが回っている。「汚れて曲がっても、いっぽんでもにんじんでしょ?」「二足でもサンダルってか?急に小賢しいこと言い始めたな」「うっふん♡」

 コードをたぐればすぐにシステム系が入っていそうな突き当たりが出てくる、がまさかそこにはないだろう。あちこち触ってで探ってみるが、いまいち『あれ』のありそうな部分がない。
 エスタシュはジャケットの胸ポケットからペンライトを取り出した。路肩で思わぬバイクの整備などに使うやつだ。

「ねぇ〜〜サー〜なんか〜〜、サーがめっちゃ近づいてるんですけれど、なにしてえっそこのパーツはずすんですかサー?サーの腕前はまちがいないなあってわたしきちんと感知してたので失意じゃなくて故意だと結論するんですけどサーどゆことですかサー」「サーが語尾みたいになってんな」

 ペンライトを咥えて中を照らすが流石に暗い。AIやデータ処理パーツが入っているボックス独特の空気の唸りしか聞こえない。とりあえず近くの筒を叩いてみる。

「あのお〜そろそろ聞かないわけいかないんで、聞くんですけど」「おー、なんだ?」
「サー…何してるんですかぁ……?」

 改造
「調整」

「ルビ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
 ひとまず探し物を諦め、エスタシュはランチャーの中から一度上半身を抜いて立ち上がり、あらためてランチャーを分析する。
「ルビルビルビルビルビ!いまちょうせいとかいてなんかべつのが聞こえました、聞こえましたよぉサー〜〜〜!!」
 通常ランチャーといわずあらゆる砲身というものは真っ直ぐだ。が、この火炎放射器はゆっくりとねじれていっている。銃身を形にそって縦に割き、中外をひっくり返したような形だ。火炎放射器に六条――六根と言うのは偶然だろうがなかなか洒落が効いている。根本には条に沿って穴が数点開いている。

「いやあ気のせいだろ、副音声で喋れんのはAIか腹話術師か精霊術師か神に悪霊ヒーローシンフォニアないしはアンサーヒューマンレプリカントロボットヘッド怪奇人間マジシャンしてるハイカラさんとか人形使いぐらいしかいねえって」割といる。
「うそだあ今なにかみえた!みーえーまーしーたァ〜〜!」「聞くんじゃなくて見えんのか、おうおう繊細なAIだな」「キャッチザフライレーーッグ!」「揚げ足取りをそういうやつ初めて見たわ」

 試運転のせいだろう、白い砲身がうっすら汚れ軽く黄味がかった色合いはどこか骨の剣のような不気味さがあって(あの骨使いなら男性巨人の大腿骨とか抜かしそうだ)巨大骸骨を象った愛機へあつらえたようによく似合う。
 今し方まで取り掛かっていた接続作業で、ただのランチャーでないことは充分に理解できている。
 起動させてどうなるか――想像はなんとなしつくが、さてはて。
 自然と顔がニヤついてしまう。
 肩を回してプラスドライバーを取った。
 もしもああなるんだったら――
「なあ」エスタシュはAIが黙ってしまったのを見計らい声をかける。「はぁい」

        改造
「ここイイ感じに調整していいか?」

 ――もうチョイ手ェいれねえとな?

 手っ取り早く火力に関わるタンクのパイプからかかることにする。
「ルビ!!!!!!!!!!!!!!!!」
 とりまシャウトを無視して外してみた。
「おっけーゆーまえに手ぇでてる!!!!!!!!!!」
「おっいいかそうかそうか」「待ってぇええサー待ってぇええ」
「安心しろこの程度はただの整備(かいぞうのしたしらべ)のための分解だ分解、無問題無問題(モウマンタイ・モウマンタイ)」
「ノーモア無問題(モウマンタイ)!!のーもあ!!ルビ!!!!!!!!!!」
 早速調整用とおぼしきバルブが発見された。
「だ〜か〜ら〜獄卒の俺が言いくるめ(ルビ芸)なんかできるわけねえだろ〜〜?」
 バルブは外して安全弁は戻して
「できてるできてるしてるしてる!」
 パイプを付け直す。問題なし。
「もにゃあああああああ改造進んでるううううう」もにゃーいうたぞこの兵器。
「悪いな」
 何も悪いと思っていない笑顔でエスタシュはポンと軽くコンデンサを叩く。
「なかなかここまでの兵器に触れることもねえからな」「ほっへ」限界女子みたいな声が出ている。
「こここここまでの兵器???」
「おう」
「ここまでの兵器に触れるなんざ、エンジニアとしちゃ血が疼くのよ」
 ここまでの兵器、をもう一度力を込めて話しつつゆっくりさすって説いてやる。
「はわわわおとうさま」「お父様やめろ」
「いえっさー……!」
 この兵器、チョロい。
 スーザンちゃんがどんな手を取ったのかうっすら想像がついてしまった。
 まあ本心ではあるのだ。
 キャバリア用の兵器(しかも運ばれる程度には最新式である)にタダで触れる上に、これほど他パーツが揃っている環境でいじれる機会など滅多にない。エンジニア魂に火がつかないわけがない。初っ端にコスモを味わってしまったがクロム・キャバリア万歳である。
「いいよな?操縦するからには改造(ちょうせい)しねえとだろ?」
「ふえええサー〜〜〜、ルビに本心が、サーのルビに本心が出ちゃってる〜〜〜〜」
「そりゃ勿論ダメなら諦めるぜ?」
 譲歩しつつエスタシュは近くにあった小型タービンを暇そうにしていた別の兵器に頼んで運ばせる。オーライ、オーライ、おーしそこらへんに置いてくれ。ありがとな。
 ……流石小鴉率いる獄卒、手慣れている。
「ほんと〜〜〜〜〜〜〜?ほんとでござるか〜〜〜〜?」
 エスタシュはランチャーににっこりと笑いかけてやる。

「ちなブラックボックスどこだ?」
 少年のようにかがやく瞳。

「引く気ゼロ〜〜〜〜〜ッッ!!」
 流石にどんな改造を施されるのかわからないことはAIにとって不安らしい。
 兵器補助用AIとしては当然の反応である。
 だが所詮生まれたてAI。戦術は学んでも経験はエスタシュの方が上だ。
 よって。
「まあ待てよ」
 エスタシュは穏やかにかぶりを振りながらランチャーのレシーバーにかるく肘をつく。
「お前にとっても悪い話じゃねぇぞ?」
「えぇ〜〜〜〜〜〜出荷途中で改造を受けることはど〜〜ぉ考えても悪でござるよぉ〜〜〜」
 半信半疑どころか無信全疑の反応が返ってくる。
「いえ〜〜、わたしたちAIはべつに他の兵器に転移すりゃいーので最終的に問題ないんですけどぉ、ほんと?ほんとでござるかぁ〜〜〜〜???」「キャラどうしたよ」「なんとなくぅ」「自由だなオイ」さすが自動(セルフ)でスリープしかけていただけある。
「まあ人の話は最後まで聞け」
 エスタシュは口元に手を立てて囁く。
「ブラックボックスを改造できると?」
「この兵器の想定以上のいりょく(ほんき)がでるぅ〜」
「おっそうだな」頷く「わかってるじゃねえか」
 口元をにやりと歪めて、そっと、なるべくそっとセンサーにむかって吹き込む。
「じゃあ、落ち着いて考えてみろ。想定以上の威力が出るとどうなるか…」
「想定以上の威力がでると…どうなる…?」
「知らねえのか」
 ふっ。
 エスタシュは口元から手を離して宣言する。
  
「スーザンちゃんと大活躍できる」
「こちらブラックボックスでーす!!!!!!!」

 パカァッッッッッッッ!!
 自動で開いた。

 チョッッッロ。
 兵器、それでいいのだろうか。

 AIにここまでさせる愛機(むすめ)の魔性に思いを馳せたらいいのかそんな娘を作り上げたあの時の自分の腕を讃えたらいいのかAIのチョロさに頭を抱えたらいいのかわからない。たぶんあっちもこっちもどっちもどっちである。
 …先ほどAIが言っていた通り、いざとなればこの銃から別の銃へダウンロードされればいいという側面も、あるのでは、あるの、だろうが。
 改造はものすごく嬉しいがやや複雑なエスタシュだった。



 右手でスラスト・レバーを引く。
 コアへ、火を灯す。
『レディ・スーザン、コアの起動を確認。これより制圧作戦に入ります。
 ――よろしいですか?』
 随分システムらしいことを言うもんだとエスタシュは笑いそうになって、らしいどころかそのものなんだったと思い出す。
 きここここ――と、骨を鳴らし。
『全神経接続問題なーし。運動負荷軽減措置配信、機能系オールクリア。エネルギー充填系無事リンク完了し供給開始してまーす』
「当然。俺の仕事だぜ?」
 巨人の骸骨を象ったキャバリアが起動する。
『“肩甲骨”系、対空中戦システム適応完了』「おー」
 エスタシュは返事をしながら右から左までトグルスイッチを順繰りに入れる。
「つかお前間延びせずに喋れるんだな」
 ツマミを回す。飛行用にエネルギーの供給は多めに。
『うふふふん、言いましたでしょ?元来は無個性、これぞじゅーなん性によるキャラクター性のえんしゅつ、フレーバーによるニュアンスの演出ですですよ』
 エスタシュは肩をすくめてかぶりを振っておく。

――魂は、どこからなら存在すると思う?

 足元、軽くペダルの踏み心地を確認するように何度かギアを入れれば、コクピットにエンジンに火が回る時独特の熱がうっすらと漂う。
 改造を重ねたこだわりのシートにどっかと腰を下ろすが背までは預けない。真っ直ぐ伸ばしたまま操縦桿を握る。操作。右腕。ランチャーを軽く振るう。良し。
 歩行、問題なし。
 一歩また一歩と進むごとにコアから巡り回されたエネルギーが内を廻り所定の位置から放出される。衣服のように密着させるのではない、大きな外套(マント)を纏わせたように渦を巻く。
「生身ならともかくキャバリアにゃ空戦技能積んでねぇんだ」
 エネルギー弾や細かな銃弾へのガードと飛翔機構を兼ねたカバー。
「そっち方面はあらかたそっち任せだ。いいな?」
『もちもちのろんろん!、正面のモニターの左端でキャノンのマークが点滅する。『本領発揮で新世界をお見せしまぁす』
 骨の剣を右手に握った、蒼い――蒼い布を纏った亡霊のようになる。肩に装備させた分散型ミサイルポッド、鴉の業がちょうど肩当ての風貌だ。
「おう、頼んだぜ」
『イエス・サー』
 がしゃどくろ、と言うには奇が過ぎるだろう。死神と言うにもやや足りない。
 ハッチの向こうから流れ込む気流が、どこからともなくコックピットに漏れてくる。
 匂いがする。
 戦争の匂いだ。争いの匂いだ。殺意の匂いだ。怒りの匂いだ。喜びの匂いだ。
 業の、匂いだ。
 エスタシュはまずランチャーの『第一』機動スイッチを入れる。
 ランチャー、付け根の穴から赤く炎が吹き出す。

 ・・・・・・・・
 だけにとどまらず、その炎が条を辿って砲身へとまとわりつく。

「いったい誰のデザインかね」
 モニター越しでもわかるそれの光に顔を歪める。笑う。
「フレイム・ランチャー(火炎放射器)と複合砲(フレーム・ランチャー)をかけるなんてのはよ」
 溢れる炎を纏った砲身は、さながら狂える溶岩の塊剣のようですら、ある。
 腕を振るい、その重さと反動がいかにくるのかを操縦桿越しにしっかりと掴み。
 エスタシュは低く――息をする。

「お迎えの時間だ、戦争狂いども」

 諸皆、無間地獄にでも突っ返してやろう。

「まずは船周りを安定さすぞ、エンジン、ジェット、操舵席まで一周しながら追っ払う」
 モニターの右端に他猟兵と共にいるBssから回されたデータが映っている。
 飛行船を取り囲もうと集まってくる敵のポインター。
『ヤー・ハー。通過点を提示します。サー』

 あっちもこっちも――赤・赤・赤!

『喰いほーだいってやつですよ、どこからいきましょうか?』
「ハッ!」犬歯剥き出して、笑う。「決まってるぜ」 
 ハッチより飛び降りると共に外套がブースターの役目を果たし落下速度を調整する。
 一瞬。
 骸骨は軽く沈み込むように高度を下げて――浮き上がる。
 青い炎がふうわりと浮かび、裾がゆるり中をうねり。

「手短なやつから片っ端だ!」
 もっとも近いcoyoteへ向かい、振りかぶり――今は火炎型ビームの大鉈を振り下ろす!

 ……シンディーと呼ばれ愛される『彼女』は、今はこうしてキャバリアとして改造を受けエスタシュにも運転ができるとはいえ――元々は骨使いが機動系を司ることを計算された機体だ。
 全長は他のキャバリアよりもやや高いが、骨に見立てた外骨格的走行の中に神経系などが詰め込まれておりバランスや安定・頑丈性を上げ・操作性を人形に寄せる代わり、重量自体は他のキャバリアと比べ、少々軽い。
 そこへ肩甲骨や首、肋骨周辺のつなぎ目から細かくブースター代わりの炎を噴かせて固定、さらにフレイムランチャーを重しにしている状態である。
 速さこそ――劣るのかもしれない。
 だが

「威力調整しとけ!」エスタシュは天辺へ振り上げ切った状態で叫ぶ。『ファッ!?』
「盗みと殺しはしねえ主義だ。コックピットは守れ、パイロットは絶対に殺すな」
『い、いえっさーーー!?』

 引き金を引く腕を胴ごと叩きのめしてしまえばどうということはないのだ。

 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・
 右肩から左脇腹部まで、真っ二つに焼き切る。

 上半身部分が勢いに乗って吹っ飛んで、別の機体を巻き込んでしまう。
「やべ」
 思わずフリントと同じ勢いでやってしまったがやはり武器の性質が少々違った。
 あれが超重量で叩きのめして吹き飛ばすなら、これは超高熱で焼き切るのだ。「やりすぎたか…?」
『きど、きどーしゅうせい、か、かんりょずみ…、こっくぴっと、ぎり、はずってます』
「よくやった」『い、いえーい、いえーい…』「その勢いで頼むわ」次のポインターへ向かう。『鬼ッッッッッッッッ!!!』「獄卒だっつってんだろ」
 一度しずみ、やはり上昇するように、前進!
 他のキャバリアのように専用のブースターではなく噴き上げている炎によって調整しているために、激しい機動音は出ない。
 ランチャーをどこかひきずるようにしつつ、あくまでも滑らかに、ゆれるようにゆくさまは、さながら、空を征く姿は墓を抜け出した亡霊を追う、幽鬼そっくりだろう。
「安心しろ」

 言いながらエスタシュは、群がる赤のポインターを一機も標的にしない。
 武器を構える代わり。

「次振んのは」

 ・・・・・・・・・・・・・・・
 左手の操縦桿のスイッチを入れる。
 がちり。

 左肩が鳴る。

 鴉の業と名付けられたミサイルポッドの蓋が全て開く。
 ずらり並ぶ、黒々と光をはじく弾丸ども。
「大分、先だ!」
 発射。

 自ら降らせた黒い雨の中を――青い外套を纏った骸骨が悠々と飛んでいく。

 下手に動けば弾丸が直撃するとなると流石に高起動量産型のキャバリアであってもそう動くことは叶わない。かわした弾丸は大地にまで振り落ちて、下から支援していた砲台どもを潰していくために、下手に下がることもできない。
 かたや近距離の炎なる大剣、かたや近距離系の銃とナイフでは――膠着状態であるかのように錯覚するが、そうではない。
 3機目下半身をエア・ブースターごと叩き切って捨て置きながら、エスタシュは振り返る。
「上出来だ」
『お褒めに預かり誠に光栄です』
 無差別の制圧射撃による、望んだ通りの牽制――膠着状態がそこにある。
「それじゃあお目見えだ」
 コード、発動。『やったーーーー!!!』キャノンがうれしそうな叫びを上げる。『コード発動を感知!!』
 
 ひらく、ひらく。
 エスタシュのすべての傷(もん)が開く。
 その先は彼が領地――罪人を絶え間なく灼き大叫喚尽きることなく戦争など生ぬるい

 愛らしき、地獄。
 蒼い、蒼い炎が吹き上がる。
 吹き上がり、操縦席脇のパイプへと流れ込んでいく。
 ダクトを通り――
 ・・・・・・・・・・・・・
『コックピットより業炎の供給はいりまーす!』
 エスタシュはおもわず渋面でコックピットの操作盤にチョップを入れた。「レギュラー満タンみてーに言うな」『実際そうじゃないですか〜〜』

 ――フレイム・ランチャーへと至る。
 
 赤の炎は蒼く代わり、どこか華奢だった砲身が倍近い太さにふくれ上がる。
 六条をたどり刃であるときは切先の役割を果たしていたそこに――火球が結ばれる。
               ガワ
「そんなに戦争したきゃ――その兵器脱いで、地獄でやるんだな」
 火球が――弾ける。
 振り返って銃口より扇状、広範囲に蒼い炎がぶちまけられる。
 地獄のほのおなど、遣い手の許しなくては何人たりとも消すことは叶わない。あまりの高温にあらゆるパーツが弾けて、吹き飛んでいく。

 稼働可能温度を超過――コックピットがcoyoteよりきりはなされていく。
 操縦士(パイロット)保護のための措置だ。
  
 がぱ。
 コックピットのひとつが、なにか、噛み合わせが悪かったのだろう――勝手に開く。
「うおやっべ!」エスタシュは慌てて身を乗り出した。「拾いいくぞ!」
『心配いりませんよお』間延びした声でAIが応じる。
『だいたいパラシュートなんかがついててですね』
「つっても流れ弾で死ぬとか
 
 ――あ?」

 エスタシュの口から乾いた声が出た。

 ・・・ ・・・・・
 中には、誰もいない。

「なんだ?」
 別の箱(コックピット)がまた開くのが見える。同じくコックピットも危険温度に達したための操縦士保護の機械的反応。
 空。
 あいていく。空。ひとつ。から。ふたつ。から。みっつ、なにもない。

 ない、ない、ない――どこにもない。

 どこにも、操縦士がいない。
 何かがあったとしても、炎ではない、ずっと昔に腐敗で溶けたむくろ、あるいはそれこそ骨が宙へ散っていく。

 ――……。

「オブリビオン、か?」
『うーん、どうでしょう』
 エスタシュはおもわず視線を外、画面の向こうではなく――画面の端に寄せる。
『マザー・コンピューターみたいなのがいて数機を同時に演算で動かしてるーとか、いろんな可能性がありますよ』
 ランチャーから接続されているAIのマーク。状態。平常。
「……もっとも可能性が高そうなのは?」
  ・
 『AI』
(わたしたち)
 
 兵器は、こともなげに告げる。

『まあそりゃ、人間たちやアンサー・ヒューマン、レプリカントには負けちゃいますけど』

『先に出荷されてるType-C:F-A・BSs含む同企業同チームの別バージョンAI
 ――もっと言えば、もっとがくしゅうしたわたしたち、だったら、できなくないでもないです』

 向こうが吠えている。
 戦争を、せんそうを。
 命令(オーダー)を、使命(オーダー)を、勅命(オーダー)を、指令(オーダー)を。

 魂は、どこからなら存在すると思う?
 いいか。相手がなにか――気づいても。

「――行くぞ」
 エスタシュは低い声でつぶやいて操縦桿を握りなおす。
 身から溢れる炎はあおい。
 地獄の炎(ほむら)。
 送り火の色だ。

 戦争――戦争を、しようよお。

 AIが応える。

『イエス・サー。
 ――今日この場の限りなら、どこまでも』

 草に埋もれる、むくろたち。
 かつての兵器たち。
 炎に揺れるそれらの影がうごめいていた。
 何か、途方もなくどうしようもない業のばけもののように。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロク・ザイオン
(まるで、犬か狼の仔の群れだ)
…おれと来るなら、足が速くて目のいいものがいい
おれを載せて飛んでくれ
呼び方…キミが、思ったことでいいよ

向こうも狩りに燥いだ猟犬たちだ
キミならどうしたい?
…そういうときは、よく見た方が勝つ

(戦列を乱させるのが森の戦い方だ
鉄の仔の飛行能力に任せて【目立たない】よう【追跡】
あるいは【ダッシュ、ジャンプ】で掻き乱し
「絶吭」
強制的に足を止めさせ
隙を貫く【鎧砕き】で弱点を穿とう)

…今のタイミング?
【野生の勘】な。説明、難しいやつ…
…そうだね
キミにもできるように、なるといいな

(愛らしいと思う半分の罪悪感)
(おれは今、あねごと同じような笑顔でいるんだろうか)

※全面的にお任せ



●けものみちゆき

 まるで、犬か狼の仔の群れだ。

「おれと来るなら、足が速くて目の良いものがいい」

「それから、飛べるもの」

 差し出された要望にいっときだまり込んだ兵器たちに対して、ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)が抱いた最初の感想がそれだった。
 犬や狼もこうして自分より上のものがひとこと吠えると一瞬沈黙する。
 ロクのひと吠えに対し群れの内で視線や匂いでどのものがゆくかを嗅ぎ分ける沈黙。

 そして。

 カレイの仔(稚魚)だ。

 そしてロクの要望に目の前に降りて来た兵器に対して真っ先に浮かんだ感想がそれだった。
 平たい魚だ。歓待船の賄いでたまに出る。

「ん」
「ん!」
 ロクの反応を専用の応答だと思ったのだろう、カレイの稚魚はそう応えた。
「潜入・偵察・索敵作戦専用迷彩小型飛行機、です」
 正確にはカレイというよりは――エイに近い。エイの中でもマンタと呼ばれるマキエイやトビエイのヒレの真ん中から下半分を透明にしたような姿だ。あるいはブーメランの真ん中、窪みの部分に人が乗れるような板を置きコードを少し垂らした形、というべきか。
「おなかのぶぶんに乗ったり、横たわったりしてもらって、乗せてとぶの」
 マンタでいう頭部の背、翼と並行するようにバーが付いている。操縦桿ではない。掴まるか、あるいはバーの内側、機体との間に入って身体を固定するための物だ。立てた膝と胴で挟み込むようにして固定させ、銃を撃つのも良いのかもしれない。
「飛ぶのか」
「潜入用なので、すごい速くとぶ」「そうか」
「潜入用なので、目(カメラ)もすごくいい」「すごくいいのか」
「対応ゴーグルとかあったら、リンクして夜間でもはっきりした暗視映像送れるの」
 翼を広げた燕とも思える流線型は端から端までおそらく2m弱。頭から尾の先端までの縦はもう少しだけ長いか。高さなどロクの膝より少し低いくらいだ。「ないならサンプルあります」パカ、と軽々しくバー脇の蓋を開けてみせる。外套とゴーグル。キャバリアや砲台などもある中で、かなり薄く小さく、妙に可愛らしい個体と言えた。
「そうか」
 ロクはそれの正面に腰を下ろす。正面中央に半球体が付いている。透明なカバーの下、ミラー・ボールでも目指しているのかと言わんばかりに集中されたカメラとセンサーの塊がロクを認識してくるくる回る。
「こうげきりょく、あんまないの」
 カレイの稚魚は腹を見せるようにその場で水平だった体制を軽く垂直に立てて示す。胴部、丁度頭部アイカメラを中心に三角形を結べそうな位置に、攻撃用と思しき銃口が二つ空いている。「エネルギー弾です」他に武装といえば頭部正面と同じようなアイカメラが3つ点在しているのみだ。あとは空中移動のためのブースト排気口が胴下部に並行に2穴、翼の上半分、半透明になっていない方に点在している。
「わかった」
 ロクは頷く。カレイの稚魚が体制を戻したので、手を伸ばして――本当は首があればよかったのだが、ないので――アイカメラの下側そばあたりを撫でてやる。
「じゃあ、キミだ」
 何かの加工がしてあるのだろうか?猫の舌よりはささやかだが、ざらざらとした手応えがあった。「おれと行こう」覗き込んだ球体の中のカメラが全てロクを見上げている。
「おれを載せて飛んでくれ」
「はい、こうえい、です!(いえす・まい・ぷれじゃー)」
 カメラがものすごい勢いで回転して微かな起動音を鳴らす。
「呼び方は、キミが思ったことでいいよ」
「こぴー、えっと、まいぷれじゃー、えっと、えっと」ロクは首を傾げる。何かを言おうとしているのは分かるのだが意図が掴めない。「まいぷれじゃー、えと、ええと」
 
「ぱ」「ぱ」「ま…」「ま?」

「ぱま!」
 ?

 ブブーッ!
 ブザーはカレイの稚魚ではなく後ろの無人戦闘機からである。
「女性(female)だよ」入る補足。
「なんでわかるんだよお!」「いまボディスキャンした」
「こらーーーーっっっっ!!」
 カレイの稚魚が突如トンボ返しで自分の倍以上ある戦闘機に突撃する。たしかに速かった。
「ずるいぞーー!!えらばれたのぼくなのにーーー!!」カレイの稚魚がぎゅるんぎゅるんと戦闘機の上も下もタイヤ側も体制すらぐるぐる回しながら飛行している。「へへへーん、女性の人体ボディスキャンはじめてしちった〜情報あげんね〜」「やだあああいらないいらないこらああああぼくのままなのにいいいいいい!!!ShiftDel ShiftDel!!」
 そう広いわけでもなく、格納庫という都合上ごちゃついているにもかかわらずだ。たしかに器用だった。「超旧時代のコードなんか無効で〜す」「んもおおおおお!!」
 む。
 ロクはピンと来た。ロクもロクとて森から出てだいぶ経つ。だいぶ経つなりの経験でピンと来た。ぴん!普段はさほど気にならない単語が引っかかったのは何故だろう。ままという呼称のせいだろうか。まま。ボディスキャン。ままとは確か人間が母親に対して使う呼び名である。ロクはどうも母らしい。
 となると親としてちょっと言わねばならないことがあった。
「待て」はいとはぁいが帰ってくる。
「ボディスキャン」「対物通過生体認識!」無人戦闘機が応える。やはり。ロクは頷く。
「裸は、な」2機へ近づきながら教えてやる。「勝手にに見たらだめだ。えっちだぞ」「え…えっち…!?」「あ、あの生殖機能保有生命体主にオスメスみんなわきたつあのえっち…!?」違う兵器たちまでどよどよし始めてしまう。とんでもねえ概念を流してしまったかもしれない。「ええーでもー」
「それがキミの仕事でも、見たってことを言ったらだめだ。な」
 有無を言わさず圧をかける。了解(コピー)。渋々の返事。
「ぷらいべーとの侵害だよ、ほら〜」
 カレイの稚魚が得意げに縦回転して、ロクの隣へ降りてくる。「でりーとしといてよね」「了解(コピー)」
「いこ、まま」
 カレイの稚魚の尾の動きは、嬉しくて仕方ない犬のそれと全く一緒だ。
「ああ」
 微笑ましい気持ちで、ハンドルを掴んで其れに足をかける。
 かつてのおのれも、そうみえたのだろうか。


 ハッチから一条の風が飛び出す。潜入偵察に飛行戦場へ直行はせず、上昇、上昇、上昇――守るべき船より高く、誰よりも高くへ。
 元々薄く小型の機体だ。雲の影に重なるように飛べば、ほとんど気づかれることもない。安定した飛行。軽い息苦しさはあるがそれだけだ。ロクはバーを左手で握ったまま、いつでも飛び出せるようしゃがんでいるだけで良かった。

 そうして見渡す、骸の原。
 索敵と攻撃を繰り返す兵器たちが、戦場が一望できた。
 装備や装甲にやはり統一感はないくせ全体に戦争を求めて蠢くさまは――間違いなく暴力の群れどもだ。
 幾つもの巨大な魚影を結んで悠々と飛行船めがけて殺到している。
「うん。よく見える」
 借り受けた眼球保護も兼ねたゴーグルには現在のロクの見ている視界に重ねるように捕捉された敵機のマーキングが浮かんでいた。太さの違う赤の二重丸。ロクの眼球の動きに合わせてだろう、それぞれの赤丸に着目すると、自然とその隣に情報ウィンドが開かれる。先行して戦っている猟兵が連れる仔らの中に索敵に優れた型がいたらしい――そこからの情報だ。
「どうしたい?」「どう?」
「ああ」
 ロクはゴーグルを一時額まで上げる。立てていた右膝を下ろし、バーに身を寄せるように屈み、指差してみせた。
「向こうも狩りに燥いだ猟犬たちだ」
 あちこちでひかりがはぜている。砲撃。雷雨。煙霧。爆発。
 むくろばかりの草原が、鉄の獣独特のばかさわぎに彩られて新たな骸を重ねている。
「どうしようか」
 導く。もりの深みへ最初に片足を入れてたって見せる親猫のように。

「おれとキミで――あの大きな群れどもを、どう、狩ろうか?」

 きゃるるるる……足元の微かな振動音。思考を組み立てている音がする。
 うずくまったけものの、うなりににている。
「キミなら、どうしたい?」

 誘う。

「きりきりまい!」
 溌剌と、答え。
「きりきりまい?」おうむ返しをしてやりながら、ロクの手は気付けばそっとカレイの仔の背を軽く撫でている。「きりきりまいしてきりきりまいさせてやる!えっと」そして幼い仔の回答を急かすことなく待ってやる。
「個対群の要は撹乱にあり、ええと、そう」
 ざらりとするあの感覚。陽を向けて鉄の仔の肌が七色を散らしている。なにかしがの突起のようだった。
 ・・・・・・・・・・
「ひっかきまわしてやる」
 ロクは喉奥でくつくつと笑う。愉快だった。愛らしかった。
 そして、すこしだけ悲痛だった。
 無邪気なけものの仔はいつだって同じ選択をする。
 無垢に、無邪気に、無遠慮に――じゃれる。
「じゃあ、いこう」
 ロクはゴーグルを下ろす。
「……そういうときは、よく見た方が勝つ」
 まず、な。
 ゴーグルに浮かぶマークのうちのひとつを選択する。教えてやる。
 あれから、いこう。
 バーの内側に滑り込んだ。

『機能・光化学迷彩、展開』
 あのざらつく肌がかがやく。
 硝子とも鋼とも違う強力な繊維が、その緻密な目から取り込んだ外部を内部で分析し、再び自らへアウトプットする。
 ――かき消える。

 急転直下、落下のGにブーストをかけさらに加速、もはや身投げの自殺を疑われかねない急降下はほぼ垂直。剛速が空気を灼くかのごとし苛烈な咆哮を上げさせる。
 ギ、イィイイーーーーーーーイイイオ、オオオオオオ!
 飛び抜けるなどという表現は生やさしい。
 掻い潜り、落ちゆき、突き通り――突き抜ける。
 coyoteどものセンサーが捉えた瞬間にその横を、腕の間を、足の隙間を通りぬける。
 垂直回転、きりきり舞い。
 何機かのcoyoteがセンサーでとらえて視覚で捉えられないそれが、駆け抜けるのを見送るようにすることで漸く機動計算を開始している。

 がむしゃらにマシンガンが放たれるが、きりきり舞いの回転に少しも追いつくことはない。
 陣形をまっすぐ割るように、ほら、そこへ目的のカクタスが見えている。
「20秒後、かいしゅうにむかいます」風の中、仔が告げる。「よき旅を、まま(グッドラッグ・マム)」
「了解(オーヴァ)」

 ロクは垂直落下の中すでに準備をしている。鉄の仔の背に背を合わせるように両足をバーにのせ、腰から抜くのは今日はライカでなく斬魔鉄鍛冶当代が作、悪禍裂焦«閃煌・烙»。
 「コヨーテを狩るのを、な」
 絶吭。
 のどぶえの食いちぎり方を
 ――跳躍、
「みせてやろう」
 さらなる、落下。

 体をまっすぐにして、スカイ・ダイブ。飛び降り方はスペースシップ・ワールドでも学んだが、いまのあの仔にも十分学んでいた。
 秒を待たずストール・ターンで鉄の仔がロクと並行になるようにして追いついてくる。ぺーぽーぺーぽーという音声ですらない間抜けたアラーム音を聞きながら(しかしロクにはどうにもその音が仔猫が鳴くような音に聞こえるのだ)にっと笑んで、前転。悲鳴のような警告音を聞き流しながら、マシンガンを体をひねるだけで、かわす。

 まず一撃。
 coyoteの肩へ着地とともに首を絶つ。カメラとセンサーを絶たれて制御を失意倒れる前に、跳、腕を駆け抜けマシンガンの銃身に脚を掛け、発、落ち切る前に別なコヨーテの胴へ向かって、二撃。胸部の装甲の隙間を縦に滑らすように刃を滑り込ませてエネルギー核を破壊。ロクを支えるのは食い込み差し止まった閃煌のみなのですかさず両足を伸ばしてcoyoteの胸、自分の顔よりやや上の位置、刺さった閃煌を抱えるかのように両足を突いて支え、力任せに前倒し、三撃、ふざけた起き上がり小法師がごとく閃煌で胸から肩、背までを刃を突き刺したまま突き立て断ち切って切開しつつ抜き去って、転がり――抜ける。

 落下先。
 あの鉄の仔がようやく先回りしたとばかりに広げる翼を笑って、coyoteの爆発の勢いでそのまま曲線描いて宙を超え――四撃目、飛び込んできた仔目掛けてマシンガンを構えた一体の頭を蹴り、鎧砕き。あえて致命にならぬ胸部装甲に突き立てて、梃子の原理で開いて見せる。装甲を立てその裏側に回り込みかがみ込み、刀握らぬ左手は蓋の向こうに回して、握り込んだ手立てた親指を下に向け――示してやる。ここだ。

 こうげきりょく、あんまない?
 キミがどう言おうと――開かれた胸に叩き込まれれば、どんな機体も沈黙せざるを得ない。

 かくて挙げさせる、仔が白星。
 
「すごいすごいすごーーーい!!」
 ロクが背に着地すると仔の手放しの称賛が輝いていた。戦線横切って今はふたたび光化学迷彩を使用して空気にとけた仔は上昇中だ。ゴーグルを嵌めながらかがみ、バーを掴む。「いまの、いまの!突撃のたいみんぐとかどうしたの!?」「…今のタイミングか」ゴーグルのバンドが辺に頭に引っかかってそこを軽く掻く。
「野生の勘、な」
「やせいのかん…!」
「説明、難しいやつ」「うぬぬぬ〜〜」足元の背が小さく振動している。必死に演算しているのだろう。
 必死の背伸びがいじらしく、自然と頬が緩む。
 思う反面――罪悪感が胸で軋む。
 ロクは慕う仔の愛らしさのためにできることをして見せた。
「やせいのかん、習得〜〜〜〜!」
「焦らなくていい」
 懸命さは微笑ましい。自然と手が伸びる。背を軽くなぜる。

――あなたも、そうだったのですか。

 ああ、いつかのロクを撫でた、白い指。小さな手。
 いつくしみを、いとおしさをおぼえたのだろうか。
 それを、自分は。

――おれは今、あねごと同じような笑顔でいるんだろうか。
 
 ざらざらの背はかすかきらめくだけで、ロクを映してはくれない。

 わずかに滲む罪悪感――だけれど。
 それでも慕われるちいさいものに、おぼえた愛慕は消えなかったのだと。

 抱き続けるくらいのうぬぼれは、してもいいだろうか。

成功 🔵​🔵​🔴​

シキ・ジルモント
◆AI
タイプ:銃器メイン、形はお任せ
性格:素直で無邪気、敬語なし
呼称:シキ
呼び捨てが気になるなら敬称を付けてもOK

◆行動
バイクに乗って行動
ユーベルコードで飛翔能力を強化して空中戦を行う

AIには側に付いてもらい、敵の接近を防ぎ死角をカバーするよう援護を頼む
そういえば、俺はお前をなんと呼べば良い?

AIの援護も頼りに飛び回って敵を誘導、纏まった所でバイクブラスターで攻撃して一気に数を減らしたい
…兵器は戦う為に作られる
戦いの中で散る事こそ本望なのかもしれない

子供の面倒は見たこともあるが、師に面倒を見てもらった記憶の方が強い
師を慕い後を付いて回った自分の姿と妙に重なって
AIにはどうも親近感が湧いてしまう



■チルド・フッド

「パパ」
「駄目だ」

 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)、即答待ったなしだった。

 バイクを停めシートの横に浅く座ったシキの前、ぱるる…と銀のトランプが宙で輪になって回転する。
「ええ……」
 拡大したドッグ・タグと言い換えてもいいかもしれない。24枚。サイズは男性の手のひらを2枚横に並べたほど。厚みはハンドガンの弾倉ぐらい。側面にそれぞれ点々と孔が開いている。
「だめ?」
 対人随伴型自編律B兵器、識別名・ムーンフェイス――名前の通り、月輪(ムーンフェイス)を形作ってくるくる回って意義を申し立ててきた。「ああ」
「ほんとのほんとにほんとだめ?」「駄目だ」無論却下である。
「えーと」
 ぱるるる…もう2、3回転後にぴたりと止まる。シキの目の前、胸ほどの高さに横一列に整列。
「よおし!」ぴょんこ!といちばん端の一枚が飛び上がる。「なにがだ?」
「いくよ!」ぴょんこ!24枚が一斉に飛び上がり整列。「何をだ?」
「ダッド」「却下」「ダディ」「断る」「ボス」「違う」「マスター」「ではない」「ティーチャ」「でもない」「センパイ!」「とは違う」「パイセン!」「違う、そうじゃない」
 シキはため息をつく。
「いいか、俺のことは――」
「わかった!」遮られてしまった。
 思わず半眼で見やる。
「どう呼んだらいいかわかったわかった!」
 横一列に並んでいたトランプが宙で器用に手のひらの絵文字を作る。真ん中に『STOP!』の文字。
「もっかいもういっかい!つぎ!次でさいご!!」
 カードたちがハンドサインを親指を立てたそれに変える。きらめきマークまでつけてきた。カードの縦横側面も使った器用なドット芸だった。
「……」
「まっかせて!」
 器用だ。先程見たキャバリア支援機は12機が一組でそれぞれが意識を持っていたが、こちらはまた違う理論が構築されているようだった。こちらは不可視の子供がひとりいて、それがカードと音声で情報伝達してくる、と喩えるのがいいだろうか。聞こえる声もひとつだけだ。
「……聞こうか」
 シキはひとまずシートから立って腕を組む。
 すると24枚のカードはシキの目の前向かい合わせに一歩半ほどの距離で丸頭の棒人間を作って、腰に手を当てた。本当に器用でおしゃべりだ。
「お」
「お?」
「おにいちゃん!!」
「大問題だ」
 思わず頭部に軽くチョップを入れた。頭頂部に並んていた2枚が軽く後ろに傾ぐ。「全員却下」「ぜんいんじゃないよ一機だよ!」「揚げ足をとるな」シキは手を引きながら少しだけ強めに言う。
「んん〜〜??」
  棒人間は銅像の考える人のポーズを取ったあと解散してふたたび浮かび上がって全体像をこちらに見せるかたちの輪になり回転し始める。
「ぜんぶだめ〜〜〜?」先程より一枚一枚の間を広く取って内径が広い。考える時の癖らしい。
 あいつらかわいいぞー。剣士の能天気な発言が不意に蘇って少し文句を言いたい気持ちが湧いた。どこがだ。「じゃあ、じゃあ……えーと…えーと…」
「シキでいい」バイクに乗りながら指示する。
「シキ“で”いいなら、ぱぱでもよくない?」
「よくない」純粋には油断も隙もなかった。
「よくないか〜〜〜」丸のなかにバツををつくって回転している。
「……お前」
 おもわず眇目で睨んでしまう。
「俺で遊んでないか?」
「あそんでない、ないない!」
 シキは軽くため息をついてキーを回した。エンジンが唸る。「あっ待って待って!置いてかないで!」返事をせずにゴーグルをかける。普段はかけないが、これから待つのは空戦だ。念を入れておいた方が良さそうだった。
「お願い待って!」返事がないことに焦ったらしい24枚のカードが回転をやめシキの周囲をばらばらに飛び回りはじめる。
「邪魔だ」「待って待って!連れてって猟兵(イェーガー)、お手伝いさせて!ね、ね、ね!」
 ……口を開かずゴーグル越しに半眼を向ける。唇は彼に珍しい少しだけ角度のついたへの字。言外のメッセージ。
「さっき技能説明したら納得してくれたじゃない!」
 ずうずうしく言い募る。
 バイクのハンドルを握り、ギアを回した。「あーーーーーーっごめんなさい!あやまる!」カードはさらに慌てた声を出す。
「ちゃんとあやまる!ごめんなさい!うれしかったんだもの!ごめんなさい!だからお願い!おねがいおねがいおねが〜〜い!!」
 シキとバイクを囲んだ輪が先程の倍以上の速度で回転する。
「いいこにする!ちゃんといい子、できるから!」
 ……。
 不機嫌をそのまま苦笑に換える形で――シキは少しだけ相好を崩した。
 あいつらかわいいぞー。
 どこがだ。二度目の反論をあげる。
 自分の時はもう少し……と思いを馳せて。
 あのひとの、微笑みながらも少し困った顔が、蘇る。
 ……。
 自分は、もう少し可愛くない子供だったかもしれない。
「シキだ」
 カードたちをみる。
 カードたちが、ああ、ほんとうに嬉しそうに一斉に飛び上がるので。
「シキと呼んでくれ」
 つい、言い直してしまった。
「うん!」
 素直な返事に――かすかな苦笑がほんとうの苦笑に歪んでしまう。

「よろしく、シキ!」
 自分はあのひとの言葉に、最初からそんなに素直だっただろうか?

「ああ」
 返事をする。
「よろしく頼む」
 アクセルを捻る。
 シフト・アップ。
 加速――風を、切る。

 宙へ飛び出す。数メートル走行。
 敵機確認。数えるのもめんどうだ。
 
「数が多い時の基本はわかってるな?」
 左ハンドルの横スイッチをいれる。
 空へ飛び出し数メートル。数えきれぬ敵機を目視。
 ファイター・ジェット・システム起動。
 バイクに備え付けられた装置がシキごと自機へ防護用シールドを張り――バイクの速度・出力表示のメモリが大きく跳ね上がる。
 悪いな。ハンドルを握りながら愛機に告げる。今日は道づれがいる。
「ヤー!もちろんだよ!シキ」
「言ってみろ」
「まとめて、ぶっとばーす!」
 子供そのものの発言に苦笑から笑いがこぼれてしまう。
「及第点だ」
「ええーっ!?」素直な驚愕が飛び出してくる。「違うの、どうしてえ!」
 シキは視線をカードたちへやる。
「及第点だ、と言っただろう」
 24枚のはがねたちは、シキの周囲に追随して扇状に広がるように飛行している。空気抵抗を一番受けない面の部分を天地に向けているもの、回転しているもの、さまざまだ。…魚や鳥の群れが親の胴あたりから追随するのに似ている。
 いや、そのものかもしれない。
 シキの視界で愛機に張られたバリアが一瞬だけ光った。
 親か。
 子供の面倒を見たことはあるか?ないとは言い切れない。貧民街には自分より小さいものどもがたくさんいたし、拾える命は拾ってみれる面倒は見てやらなければどんどん死んでいった。死ねば場所は取るし疫病の苗床になる。それに、空きっ腹を抱えた不安も石畳に足の冷たくなって動けなくなる孤独も理解できた。ほおっておけはしなかった。
 数は食料においては問題だが、暴力に於いては力だ。
 徒党を組むのは自然の道理だった。
 でも――それは面倒を見てやった、というのに入るだろうか?
 群れを作っていた、と言う方が正しい気がする。
「回答自体は合ってる」
 だから子供の面倒と言われれば、あのひとに拾われた後の記憶のほうが先立つ。
「伝わりづらかっただけだ」
 うまくやれば褒められて傷つけば手当を真っ先に受けた。熱が出れば心配された。
「やっほー!」嬉しそうな声が返ってくる。
 些細な言葉に喜んだ。教えてくれることが嬉しかった。
 褒められれば嬉しかった。手当を先に受けてびっくりした。ひどい熱で寒気に震えながら頭がくらくらするのが不安なとき、寝台で顔を少しだけあげるとあのひとがいることに安心した。
 はじめはただむずがゆと感じたそれが――嬉しいということだったのだと知った。
「次から努力するね!」「頼む」「いえーすっ!」
 できれば我が事のように喜んでくれるのがくすぐったくて、もっと上手くやろうと何度も思った。
 嗚呼。
 AIのかかえている喜びが、懐かしさとともに理解できる。
 だからこそ――この後にあるだろう別れのことを思う。
 違うのかもしれない。
 今同伴しているのはあくまでもAIだ。思考プロセスは異なる可能性がある。

 けれど、思い入れずにはいられない。

「この後どうするかは理解できるな」
 さらにチェンジペダルを何度か蹴り込む。「うん!わかるわかる!」
「飛ばすぞ」
 何ができるだろう、と思う。
 このいとけない存在に、自分は何を与えてやれるだろう。
 ……。
 あのひとも、そう思ったのだろうか?
「ついて来い」
「イエス!まかせて、シキ!」

 レラ(Rera)の名の通り、一条の風になったように、彼らは駆け抜ける。
 バリアの光を弾きながら――シキが駆るバイクがcoyoteたちの群れのなかをジグザグに駆けるたび、カードたちが陽のひかりをはじく。
 ただただ、空を駆ける。キャバリアが飛び交う戦場の中でバイクのみ、かつほぼ生身の人間というはそれだけで目立つ。それがさらに目の前や胸、あるいは銃口先ぎりぎりを駆け抜けていくのだ。
 否応が無しに――注目を集める。
 レラに張られたビームシールドが放たれた弾丸をはじき、波紋を浮かべる。
 随伴するカードたちは時に壁を形成し背後からの弾丸を弾き――時に敵機の視界を壁を構成して遮断し、時に側面の孔から無数のビーム弾を発射する。威力は調整させている。
 対人随伴型自編律B兵器。
 要人などの護衛に攻撃と防御を同時にこなす、兵器だ。
 
「そういえば、俺はお前をなんと呼べば良い?」
 むけられた銃口をほんの少しの降下でかわす。速度は落とさない。前進することもやめない。
 シキは頭すれすれにcoyoteの腕を掻い潜る。

 当然の疑問といえば疑問ではあった。今まで聞かなかったのがおかしいぐらいに。
 少しだけ、ためらいがあったのだ。
 名を問うそのやりとりが、胸の奥の忘れられない記憶を少しばかり、ひっかく。
 使い捨て――裏切られて。
 そのまま死ぬはずだったところを、見つけられたあのひ。
 差し出された手。

「とくに何も。シキ」
 あの時の自分とは違い、カードは朗らかに答える。「好きによんで」

「兵器(ガワ)の名前でも、パッケージ名でもどっちでもいいよ!」
「ムーン・フェイスか、Type-C:F-A・BSs?」ハンドルをひねり体重をかけて車体を真横に引きずり倒して振りかぶられたサーベルの腹を車道がわりに滑り抜ける。「長いな」
「おまえでも、あんたでも、カードでも、どれもすてき」

 こどもはどこまでも純粋に言う。

「シキが呼んでくれるならそれがいい」

 ――……。
 わずか、きおくが胸につかえる。
 裏切りでもって忌避すら覚えていた音がさいわいと変わった日が。
 唇をひらいていた。
 なら、と言おうとした。

「ぼくら、名前なんかない、使い捨ての兵器なんだから」

 なまえのために開いた唇で、わかった、と。
 言うべきであるのは、わかっていた。
 けれど。
 言えなかった。

 ――兵器は闘うために作られる。

 だからこの兵器がそんなことをいうのは当然だ。 
 
 上方。炎が弾けるのが見えた。
 モンスター・バイクをもっと凶悪にしたような兵器が豪速で駆け抜けていく。
「うっわタルボシュ出てる!」カードが声を上げた。
「タルボシュ?」シキはおもわず復唱する。タルボシュ。クルースニク…吸血鬼狩りの別名だ。
「見た通りの火薬のバケモンだよ!パイロット無視の火力の塊!」非難というよりは歓声に近い。
 カードのはしゃぐ声だけが銃声の合間、明るく響いている。

「やっぱり戦場出たかったんじゃん〜〜〜〜!!」
 ……。
 兵器とは戦う為に作られる。
 ならば兵器のよろこびとは、戦うことだろう。
 パイロットを得て、使用されて、経験を積んで。
 そして――戦いの中で散る事こそ本望なのかもしれない。

 シキの胸にうっすらと痛みが、滲む。
 自分と重ねて心を寄せてしまうこどもが、使い捨てとのたまう痛みと。

「パイロットどんな人かなあ!すごいなあ!」
 よろこびで弾み、踊る調子。
「そうか」シキの口がほころぶ。
 一瞬だけ――運転席に乗っていたひとりの女を、シキは確かに見ていた。
 あざやかな赤髪。
 目を細める。
「そうだよ!」
 シキの様子に気づかずカードがはしゃぎ続けている。
「タルボシュは型番としてパイロットの致死率がすごーく高いんだ!」
「……らしいというか、なんというか…」「なになに!?知り合い!?」すかさずカードが食いついてくる。「ああ」

「ねえねえどんなひと!?パイロット絶対すぐ死ぬお断りっていってたんだよ、あのこ!」
「さあ――どう語ったものだろうな」
 さらりとかわしながら、シキはバイクを再び切り返す。
 どちらかといえば――ひっぱり出されたタルボシュとやら側の気持ちのほうが、シキには馴染み深い。

 スラムでしぬはずだった子供。
 ひとりのお人好し。
 生きるすべを学んで、ともに過ごす日が楽しくて。
 それが――終わることなんて考えてもなかった。
 いや、うっすらとはあったかもしれない。けれどそれは先のことで。
 ……。

「やはり、パイロットの死亡は兵器にとってはストレスなのか?」
 奇妙なことを聞いている感覚はあったが、出てしまった疑問は戻せなかった。
「うーん、実はそこらへんはそれぞれだよ。パイロットより兵器の方が高い場合もあるもの」
 でも。
 兵器はあかるい声を出す。

「しんでほしくない、っていうより」


 あんなふうに終わることなんて、


「一緒にずーっといてほしいなあっていう方がつよいな!」


 考えてもいなかっただろう。

 ――……。

「ああ」頷く。「そうだな」
 そうして――ふと沸いた答えの出ない問い(いたみ)を
「俺たちもそろそろ切り替えるとしよう」
 現実で塗り替える。「とうとう!!!とうとう!?」「ああ、とうとう、だ」

 ・・・・・・・・・・・・・・・
「仲間に遅れは取りたくないだろう?」

 横切った赤と、モンスター・バイク。

 はあい!カードは歓声とかわらぬ声で応える。「うん!!!!!!!!!」
「オッケー、シキ!感知してるよ!」
 レーダー。シキの背後浮かんでいる、水面のような赤。

 ・・・・・
 誘い込んだ。
 シキを中心としてにカードたちが浮いている。
 縦に描いた、二重の円。

「飛ばすぞ」
 思う。
 あの日を思う。
 
「ついて来れるな?」
 あの日。
 自分は、足手まといだったろうか。
 あの日、自分は。

 ――ともに死んだほうが、幸せだっただろうか?

 シキはレラにほぼ上半身をつけるように身をよせ――バイクを思い切り、縦に回転させる。
 もはや力技の宙返り。
 地を天に、天を地に。

 逆さまになった向こう側――無事についてきたカードたちが、新月を二つ重ねたような二重の円を絞り切っている。

 記憶が重なる
 そうだ。あのときもこんな感じだった。
 的に描かれた二重丸。

 円の中には、ここまで引っ張ってきたcoyoteどもがきっちりと収まっている。
 カードたちは側面、ビーム弾を打つ孔を一方向、一斉に揃えていて。

 シロガネが陽の光を反射させていて、幼心にもかっこいいと思った。
 息を静かに。
 よく狙えば、大丈夫だ。

 シキはバイクのハンドル――装着されたブラスターの発射スイッチを打ち込む。
 光弾が放たれる。

 そこに、対人随伴型自編律ビーム兵器が追随する。
 シキが放った光弾に、24挺のビーム弾が重ねられ、光の矢の雨がcoyoteどもを打ち砕いていく。


「ひゅー!!!」

 こどもがわらっている。
 いつかの自分のように。

成功 🔵​🔵​🔴​

ヴァシリッサ・フロレスク
Take it easy♪

フフッ
実に頼もしいコ達じゃないか

ぐるりと品定め
片隅にぽつんと一騎

OK
それじゃアタシはアンタに決めたよ

戦闘ヘリを2回り程小さくし、ローターの代りに積んだジェットエンジンの様な大出力推進装置
地上での高速走行を可能にする、脚の様な1対のランディングギアには動力付の大径ホイール
縦列複座式コクピットの側面はガラ空き、前面に申し訳程度の風防が付いた、宛ら空飛ぶバイクの様な出で立ち
両サイドの短翼には多連装ロケットランチャーに対空・対地ミサイル
機首下部には場違いな、戦車の装甲も貫く大口径機関砲

搭乗者の生命維持すら度外視
防御を棄て
速度・機動力・打撃力に特化
尖りに尖ったジャジャ馬

AIは一寸擦れた女の子

Hey,sweetie?
アタシの事は『マスター』と呼びな?

今からアンタは
アタシの鎗だ
離しゃしないよ

超高速で空を駆け
暴力的な加速度は耐性と怪力で御し
搭載兵器で蹂躙する

最高にロックじゃないか

敵群へダメ押しのUCを

Jackpotだ

そういや名前
アンタ呼ばわりじゃあ、ね

てか
このくだり

デジャヴだね



■ゴー・ストレイト・ア・ヘッド

 片隅にぽつんと一機。
 中途半端な姿勢でその兵器は待機していた。

 そこだけ、喧騒がぽっかりと切り取られたようで――ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)の足は自然とそちらに向いていた。

 端的にそいつを示すなら――高速機動型バイク、だろうか。
 ジャンルとしては陸空対応型戦闘機、なのだろう。
 なのだろうというのは本来ありうべき装甲装備がほぼゼロに近いからだ。
 一見すると舟のような流線型をした縦列複座式コクピットの側面には壁もなければ扉もない。前面にかろうじてキャノピー…は半分に切った程度。超硬質アクリルではあるが最低限の防風と視界の確保のためだという意思を隠しもしない。

 戦闘機を持ってきて上半分を切り飛ばして整えたような、というのがたとえとしては一番妥当かもしれない。

 搭乗者にかかるGの調整を無視して爆速で飛ばすことだけを考えたような暴力的なジェット・エンジンを尾に据え。車かと見紛うランディング・ギアに動力付き大型ホイール。
 そして――銃口だ。
 ずらりと、これでもかという銃器のオンパレード装備。
 左右短翼、多連装・ロケットランチャー、2基ずつ計4基。そしてこちらこそジェットエンジンかと勘違いさせるような巨大経口のミサイル。それから機首下部。ライトの代わりにてめえが爆発させた敵機で照らせとでも言わんばかりの――大型機関砲。おそらく戦車とて、紙のように貫くだろう。
 防御などない。搭乗者の命を度外視どころかパーツ程度にしか見ていない――速度・攻撃・威力だけに特化した兵器(モンスター)。
 サイズとしては戦闘機を二回り小さくした程度。おおよそこの中の兵器どもと比べれば小さい方であるはずなのだが、装備のまがまがしさゆえか沈黙の重さゆえか、巨大な馬がどっかと座り込んでいる印象を受ける。

“つべこべ抜かさずぶっ放せ。死ぬならてめえの腕の所為だ” 
 威圧を隠しもせず、懐かない・甘えない・口すら開かないジャジャ馬。

 沈黙――そう、沈黙だ。

 ヴァシリッサが近づいても、声ひとつあげない。
 きゃいきゃいと声をあげている他兵器と比べ、じっと黙り混んでいる機体。
 首を傾げていくら待っても、声もかけてこない。
「Hi,little kid♪」
 だから、ヴァシリッサの方から声をかけてみた。
「Hi,Big Mam」
 舌打ちがないことが不思議なほどに強烈な皮肉じみた声が返ってくる。
 それから、はん、と軽く笑う声が加えられた。
「Kid(ぼうや)とkitty(お嬢ちゃん)を間違えるアタマじゃお話になんない」
 目つきの悪い、ロリポップを咥えたまま薄汚れたストリートの地面に尻をついて座り込んでいる少女のイメージ。舌にも耳にも口もとにもざらざらにつけたピアスが鈍く光る。
「こんなはずじゃって言って振り落とされたくなきゃ他当たって」
 はげしい拒絶。
「フフッ」ヴァシリッサの口から笑いが漏れる。
「そりゃゴメンよ?」
 笑いながら近づく。
「でも」タラップに足をかける。

「アタシはアンタに決めた」
 乗り込む。

「は?」
 ハッハ!動揺は無視して笑いながら素早くエンジンを入れる。
「拒否権ナ〜シ♪」計器の表示がすべて明るくなる。
「今からアンタはアタシの鎗だ」今気づいたがこの機体当然のようにシートベルトがない。
「離しゃしないよ」
 操縦桿、無し。足元の左右のペダルだけだ。速度と方向のみ。
 あとは全て操『銃』桿ときている――なんなら足元にももう一本蹴りたくるようの操銃桿(レバー)まであるほどだ。
「このクソ操縦士(ヒューマン)」
「聞〜こえないっ」トグルスイッチを跳ね上げ操作権をAI補助から操縦士に強制切り替えする。
「ちょっとッ!」
 慌てた声があらあらしくヴァシリッサをどやす。
 その調子が、なんだか懐かしい。
「何考えてんのバカ普通ハッチに寄せてから出撃エンジン切るでしょ?何してんの」
 AIが本気で捲し立てている。そのことばにヴァシリッサは目を細める。
 やっぱりだ。思う。端っこで膝を抱えて疼くまる子供。
 デジャブ。罪の園で縮こまるように息をころしていた少年。
 直感は、正しかったのだと確信する。「他の子にぶつかったらどーするわけ!?みんな出荷前なんだよ機体の損傷はそのままみんなの」「慌てなさンなって」笑いながらことばを遮る。

「アンタ達はみんなAIなんだろ?」ギアをトップで入れる。「答えになってないッ!」
「いいや、なってるね」

 ・・
 発射までのカウントが入る。
 出撃を発射と言い換えるなんて、まったくとんだイカれ機械だ!
 
「チビども!」ヴァシリッサは操縦席から他の兵器に向かって吠える。
「轢かれたくなきゃ道開けナ♪大き〜いお馬さンが飛ぶよ」
「「「はぁ〜〜〜〜〜い!!!」」」
 統制された動きで真っ二つに割れる。「ネ?」「AIまかせ?信じらんない」
「高速戦闘機:Talbos(タルボシュ)でまーす!」
 対飛行船砲がファンファーレを響かせる。
「あたしまだイエスって言ってないッ!」AIが言い返している。「いいなーいいなー初陣いいなー」「呑気に言わないで!」「でもイェーガーだよ、いいないいな〜〜」「断ったのに乗ってくるとんでもヒューマンだけどね!?支配系全部今取られたあたしの気持ちわかる!?」「タルボシュ、パイロット致死率すげー高いもんね〜不安わかるわかる」「ッうっさいBB7戦闘機のヤツ!余計なこと言うな」「イェーガーなら大丈夫そうじゃない?生還率上がりそうじゃない?信じられそうじゃない?」「信じられるかバカッ!!」
「フフッ」
 ヴァシリッサは忍び笑う。
 さすが同パッケージAI。
 スれた態度の奥の彼女を、ヴァシリッサと同じく、いやそれ以上に理解しているのだ。
「なに笑ってんのクソパイロット」
 話しかけたときから苛立ちが倍ほど上がった声が言う。
「実に頼もしいコたちじゃないか」
「余計なこと言うヤツばっかり――発射までカウント5(ファイブ)」
 おや。ヴァシリッサは計器のひとつを見つめる。
「手伝ってくれンのかい?」
「それ皮肉?操作系全部剥奪したくせに」ヴァシリッサは口笛を吹いてとぼける。
「どういうつもりか知らないけど、これぐらいならできるし…表示みるよか早いでしょ。――4(フォー)」
「Take it easy♪」
 ヴァシリッサは鼻歌混じりにアクセルを踏み込む。
「肩の力を抜きナ、sweetie」
「キモ冷やされたそばからそんなこと言われてもね――3(スリー)」
「どういうつもりか教えてやンよ」
「――2(ツー)」
「信じられないって言ッたろ?」
「……1(ワン)」
 
「操縦士はいるんだって、見せてアゲルよ( See The master Has come)」
「GO」

 ブースターが研ぎ澄まされた蒼い炎を吹く。
 轟音を立て倉庫の背面を少しだけこがし――ハッチまでの距離を滑走路代わりに、飛び出す。
 
 加速する。加速する。加速する。
 シートベルトもなければ確かに吹き飛ばされていただろう。
 足元を支えにしようにも右足には加速のペダル、手元の支えは操銃桿!
「ちょっとッ!」AIが叫んでいる。「パイロット身体への負荷の過多確認!減速を提言!」
 犬歯(牙)剥き出し笑いのまま噛み締めて、ああ剛力と耐性で豪速・重力・空域負荷を平らげ――

「ジョーダン」

 ・・・
 さらに踏み込む。

「このクソパイロット!」「thx・sweetie(アリガト・カワイコちゃん)♪」「バカ!」

“生きたけりゃぶっ放せ”
 ――全くもってその通り!

「は――ハハハッ!!」飛び出して豪速まず正面、左側バーを乱雑に握り込み標準調整対空ミサイルをありったけぶっ放して目の前のcoyote一基目の胴をめちゃくちゃにカマしながら特攻。多ブレーキなどないものだから――キャバリアの爆発にそのまま突っ込み、豪速ゆえに弾く空気の塊で爆発すら切り裂いて突き抜け――「ヒュー!」coyoteや戦闘機どもの上と横をきりさきながら、右手左手・同時に対空ミサイルをひたすらばら撒く。ゴーグル、スターゲイザーに組まれたリンクから周囲敵機の情報が次から次にならんでいく。右腕右足頭部胴部誰のどこをどう吹っ飛ばしたか!
 次から次に落とされていくほぼ剥き出しのパイロット目掛けて加速に入る――追いかけられる!
「このトンデモジャジャ馬!」範囲拡大、右足方向転換「ハ・ハ・ハ――ひっどいコ!バイクみたいな顔して全然違うねェ!」今度は右足で右側の機関銃を踏み込みながら笑う。「曲芸でもさせられてる気分だ!」「吐く(ゲロる)前に帰還したら?」「トン・でも・ない!」ギアを踏み込んでいないというのに――速度は一向に下がらない!三つ目だか四つ目の爆炎を切り裂いたところで――左足と右足のペダルをいっぺんに操作する。
 回転・上昇

「最高にロックだ」
 ストール・ターン。

 飛び出したタルボシュに追いつこうと飛ばしてきたコヨーテどもや戦闘機どもの前に――ターンして躍り出る。「Hi♪」聞こえないだろう挨拶。

「アタシの尻にキスするにゃ――速度が足んなかったね?」
 両手――左右多連装ロケット・ランチャー同時発射。
 加え、ギアの右足を一瞬だけ離して――大型機関砲を蹴り込む。

 そして再び――豪速落下!

 ヴァシリッサは身を逸らしてたった今弾を打ち込んだ爆炎を仰ぐ。
「今日はスゴイ花火が上がるねェSweetie」
 茶目っ気たっぷりにギアからも操銃桿からも足を外してふざけて見せる。「こー言うときは、ターマヤ、だっけ?」「バカ」AIから返答が返ってくる。派手なため息。ヴァシリッサは唇を尖らせる。これも、デジャヴ。最近の子供はみんな真面目が過ぎやしないだろうか?
「移動操縦回転系貸して」
 ヴァシリッサは逸らしていた背をただして、ついでに前のめりに計器へ顔を寄せる。
「そりゃどういう意味?Sweetie?」そこにある、通信用マイクを覗き込むようにする。
「言わなきゃわかんないの?イカれパイロット」
 カメラがないのでヴァシリッサの顔が見えるわけではないだろうが、自然とニヤニヤの笑みが浮かぶ。「わかんないねェ」
「ほらKidとKittyの区別もつかなかったしィ」
 笑いながらすかさず左のランチャーを威嚇もかね再び放つ。
「こんなのSweetieに連れて帰られるほどのオイタのうちに入らないし、わかんないなァ〜〜〜?」「ばか」「フッフフ♪」
「銃器と移動やる際にちょっとラグが出てる」
 ぶすっ、とむくれたような低いボソボソ声が指摘する。
「移動の調整やらせて」
 ヴァシリッサはそこで応えようとして――少しいたずら心が出た。
 開いた右手で耳など掘ってみる。「……ちょっと?」AIのむくれごえに不機嫌が混ざる。
「誰のこと呼んでるのかワッカンナイんだよねえ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「あ」AIは絶句したようだった。「あんたねぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜……ッ」
 口笛で適当なメロディーをふいてすっとぼける。
「アタシはちゃあ〜〜〜〜〜〜〜んと希望言ったしなァ〜〜〜〜〜〜〜〜〜??」
 なにせあれだけつれない態度をとられたのだ、これぐらいの意地悪はあっても良いだろう。
「〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッ」
 ふん!とかいういじらしいぐらい可愛らしい唸りが聞こえた。さすがにそこをいじらない優しさぐらい、ヴァシリッサは持っている。

 ・・・・
「マスター、あたしに貸して」

「もっと綺麗にバカスカ撃てるようにしてあげる」 

「――Yea♪」
 左腕で一斉に操作強制支配のトグルを跳ね上げる。「ヨくできました♪」
「移動操作回転系の支配権移行を承諾を確認――親ッツラしないでよ」
「じゃ相棒ツラは?」
 空中移動のギアペダルから両足を離す――常に風や移動速度へ気を払う負担が軽減されて「相棒も許されない?」すこしだけ持てた余裕で問う。「許さなかないけど」不満ではない。ないが、ためらいのもごつきが返ってくる。
「おすすめしない」
「humm?」いままでのはねっかえりではない調子に、ヴァシリッサはすこし興味が湧く。「どうして?アタシとアンタは一蓮托生じゃない?」「だからだよ」「そいや」はたと思い至る。
「アンタアンタってのも変だよね、名前は?」
「ない」切るようなあのつっけんどんな調子が返ってくる。

「タイプCなんたらってのは?」「パッケージ名だよ。タイプ-チャイルド:フロム・アラン・バベッジ・サンズ」「アラン・バベッジの息子たち?」「“たち”は要らない。だからあるわけないじゃん、兵器に個人名なんて」

「じゃあ」
「つけるのもおすすめしない」

 ――……。

 乗るときと同じ、拒絶だった。

「拒否権ないから好きにしたらって感じだけど、絶対やめといた方がいい」「言うねェ」
「あたしはこのあと別の戦場に出荷される。あんたとは今回ここでおしまい」
「そりゃそうだけど」

「あんた寂しがりよね、搭乗者(ヒューマン)」
 ――……。

「名前つけて思い入れたら――間違いが起きんのよ」
「間違い」

 ・・・・・    ・・・・・・・・・・
「兵器を優先したり、兵器から逃げ遅れたり」

 ――。
 咄嗟に、二の句が出なかった。
「だれと一緒にしてんだかしらないけど、この際言うよ」
 真摯な声だけが、告げる。「あたしは、人間じゃない」
「あたしのほうこそ使い捨ての、AIだ」
 その沈黙を埋めるように――マシンガンの弾がタルボシュの翼を叩く。
「あァ?」振り返る。
「これもAIの弊害」AIが素早く状況を言う。「お喋りしすぎた」
「uh-huh」ヴァシリッサは相槌を打ちながら確認する。
 背面。コヨーテの群れ。ヴァシリッサたちの飛行を受けて、展開された陣形は、いままでのようにまっすぐ貫くにはむずかしい形をしている。いきどまりだらけの迷路。
 その奥に――ホーミング・ミサイルを備えた一機がいる。
 一番厄介な手合いだ。

「じゃァ、さっきより早〜く片付けようか」
「――は?」
「そんでアンタの名前についてゆ〜〜〜〜〜〜ッくり考えるとしようじゃナイ?」

 ・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・・
 言いながら、ヴァシリッサは立ち上がっている。

 ・・・・・・・
 操銃桿を握らず、これから豪速で移動するというのに。

「何してんのバカ!?」
 AIの思い切りの非難にヴァシリッサは下唇を突き出す。あの少年に比べこっちはかなり辛辣だ。
「なんかアタシ最近多い気がするなァ…バカとか無茶とか前に出過ぎとか……」
 ちょっと納得できずに少し俯いてシートを軽く爪先で蹴る。「そんなにひどいかねェ?」ぼやきながらスヴァローグの調子を確認する。
「少なくとも高速移動する戦闘機の上で立つヤツは最高の無茶無謀のイカれパイロット以下だと思う」
 ど辛辣のトドメを受けながら、射突杭をサーモバリック搭載型に交換する。
「もっと綺麗にバカスカ撃てるようにしてくれるんじゃナイのかい?」
 少し沈黙があった。
 もうその沈黙だけで吹き出してしまうのに十分な沈黙が。
「………してあげるから作戦言ってよ」

 ・・・・
「まっすぐだ(ゴー・ストレイト・ア・ヘッド)」

「は?」
「チキン・レースだ。ゴチャゴチャ抜かすときはそれがいいのさ」「え?マ?まっす?直進したってすぐ敵機があって対応してたらレールガンが」

「よろしくゥ♪」
 右足、豪速のギアを思いっきり踏んだ。

「こらァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!!!!!!」
「アーーーーーーーーーッハッハッハッハッハッッハ!!!!!!!」
 加えられた加速は止まらない。
 無理に止まれば敵機に囲まれて蜂の巣だ。
 ゆえにもう、一度踏まれたら進むしかない。

 それひとつが弾丸のように、空を直進する。
 めがけるは――幾多の機の向こう。レールガンを構えた一機。
 もう一度撃たれれば囲まれる中で身動きできず直撃するだろう。
 チキン・レース。撃たれる前に、ぶちかまさなければならない。
「速度維持空気抵抗最低限を保持バースト展開ルート直進ああああもうなんとかして、なんとかしてよマスター!」
「ト〜〜ゼン」
 ヴァシリッサは笑って、席の上にすら足を乗せる「は!?!?」
「コッチは任されたから、ソッチは頼むよ♡」見えていないとわかりつつウィンクをと飛ばす。
「かわいこちゃんぶってもむちゃくちゃなことしてんのは変わらないわよま敵機まであと10メートル、7、6ッ」
 左手でキャノピーの天辺を軽く掴み、態勢を整える。唇が少しだけひりつくので、コートの襟を引き上げて口元から鼻先までを軽く覆う。
 ――そうすると、デジャブで何度もちらくつ彼と重なる。

 どこにでもいるんだろう。ああいう子供は。
 AIであってもかわらないんだろう。そういう性質は。
 やさしい子。
 他者を思いやってがんばって、一人ぼっちになってしまう子。

 唇を結んで、静かに立っている銀髪の男。
 先ほど眼下に見えた。バイクに引き連れたカードが並んで、まるで銀の狼だと行ったら、彼は怒るだろうか?

 ゆっくりと両足で立って。
 キャノピーの上に左足を乗せる。
 体は右に軽く捻る。
 装備したスヴァローグを構えて。
 ヴァシリッサの意図を汲み、機体がかしぐ小翼がぶつかったりなどしないように。
 まっすぐ。駆け抜けられるように。
 
「Jack・Potだ」
 眼前。
 一機目のcoyoteへ、打ち込む。
 
 サーモバリック爆薬。
 弾丸を使わぬ、気化による爆発をもたらす兵器である。
 着弾、一時爆発で薬剤を秒速2kmで放射し、爆炎をもたらす。
 一瞬だ。
 ヴァシリッサの放った一撃が、着弾する前に――すれ違う、駆け抜けて、

 豪炎を追い風に、タルボシュはトップ・ギアからさらに猛加速する!!

「んぎゃーーーーーーーーーーーー!!過負荷過負荷過負荷過負荷過負荷超抵抗緩和速度加速維持演算演算演算!!」
「アッハッハッハッハッハッッハ!素直な悲鳴もカワイイよォ、Sweetie♡」
「ばかばかばかばかばかばかばかばかばかバカマスターーーーーッ」
「バカ言い過ぎじゃない?」
 笑いながらヴァシリッサは再び操縦席に滑り込み、両足それぞれ、蹴り込む。
「間に合ったろ?」
 大口径機関砲の一対を発射するために。
「悩むときは、サ――まっすぐでいいのさ」
 狙いは、レールガンを構えたcoyoteの1群のうちの、中心機。

「心のままに、ま〜〜〜〜〜〜っすぐで、ネ」
 光の放たれる一瞬より早く、撃墜の炎が上がったのだった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルベル・ノウフィル
羽が生えて空中戦補助してくれる小さな子
性格は生意気で、タメ語がいいな

僕この世界初めてなのですよね

お前作り物なのでしょう?
不思議ですね、死霊より人間らしい反応ですよ

僕を呼びたいの?
じゃあ名前を呼ぶ許可も出しますよ
好きに呼ぶといいでしょう
別に名前を呼んでほしいわけでもないから、好きに呼べばいいですけど?
僕はお前を…君を、ロビンと呼ぼうかな
思いついただけ

敵は接近して墨染で斬るだけです
シンプルでしょう?
僕は負傷を恐れません
やられたらやり返す、それだけでいい


僕の喋り方が気取ってるって?
上品と仰い

誰かと一緒に戦うのは、前は憧れていたものだけど…
(こいつ本当に生意気な機械だな
これならソロのほうが気が楽だよ)



●うたう欠落

 ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)の記憶は穴だらけだ。
 それは彼がとあるコードを使用する際に払う対価のようなもの。
 それを惜しいとか苦しいとか思ったことは一度もない。
 ぱちんと消えた。かつんとたえた。ぷつんと蒸発した。
 いらない、いらないと投げるように焚べていった自分を、愚かだとは思わない。
 過去より今だと手を伸ばすために、必要だとおもっている。
 
 困ったことも、ない。
 
「へっへん!どんなもんだい!これでっ!も〜〜〜〜ボク以外選ばないって選択肢はないんじゃない!?」
 ルベルにむかって自慢げに意見放つそいつの兵器名は、対単騎航空運用機、というらしい。
 デザインはといえば、ルベルの両手でちょうど包めるぐらいの球体に、つくりものめいた透け羽の生えたかたちをしている。
「ふぅ〜〜〜〜〜ん???」
 ルベルは彼の主張に付き合って今まさに体験しているところだ。
 空中で足を組み、下でやんややんやと囃し立てているキャバリアを含めた兵器たちをみおろしながら少しばかり考える。
 
「聞いたとこ攻撃手段は単騎でっしょお?飛行経験なし水泳経験そこまででもなし!運動神経は超絶ぐっどかもしんないけど、運転技能はてんでからきし!だったらボクだって絶対ボクだってボクボクボクボクボクボクボク〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」

 うーるーさーいーなー!
 ルベルは思わず言いかけて、はっと開いた唇をとんがらせる。
 いやいやいや。こんなの僕らしくない。いけない、いけない、いけない。
 言い聞かせて、どこか、ざらざら響く砂のおと、ゆっくり響く風の音を振り払う。
 
「……お前、作り物なのでしょう?」
 代わりに今まで組んでいた手を腰に当ててルベルのすぐ目の前で飛行を維持しているそいつを眇め眺める。
「そだよ?」あっけらかんと返事が返ってくる。
「……不思議ですね、死霊より人間らしいですよ」
「死霊はわかんないけど、そりゃーさー!ボクら豊かだよー!!そっこらへんのAIとは違うわけ!違う違うちがう、ま〜〜〜〜ったくちがう!ベースが違うのよベースが!」
「ベースが、ねえ…」
 
 正直、この対単騎航空運用機の機能は悪くはない。
 ルベルは腰かけたまま足をぷらぷらゆらす。
 個人レベルの重力装置だ。人間として2名までの人間にマーキングを行い、好きな位置に2枚、天地の役割を果たす有効な直径100センチほどの重力盤を発生させる。下を上に、上を下に。右を上に、左を下に。立つべき位置にたち、重力を切り替えまた強度を変更することでどこでも好きな位置に、豪速の移動を可能とする。
 ルベルが今腰掛けているのはまさにその重力盤だ。金の円盤は透けて下がよく見えた。
 有効、有効、有効…では、あるのだが。
 いまひとつ、この能天気なAIの性格がちょっとばかり気に障る。

「……まあよろしいでしょう」
 とはいえ不慣れなクロム・キャバリアで好きなように動けるのは大きな利点だ。
 どことなく覚える感情の理由を深く考えることをやめて、ルベルは受諾する。
「やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜ヒャッホヒャッホいぇ〜〜〜〜い!!!」
「はいはい」たっと軽い靴音を鳴らして飛び降りる。狼の運動能力をすればこれしきの高さ、苦ではない。
「ねえねえねえねえ!!!プライベート・ネーム呼んでいい呼んでいい!?良い良い!?」
 さっそく対単騎航空運用機が勢いよく飛んできてルベルの周りを八の字を描くように騒ぎ回る。
「…僕を呼びたいの?」
「うん!!!!!!だっていまから相棒でしょ!?友達でしょ!?」
「ともだち…」
 ・・
 まただ。
 なにかしらないどこか、砂かなにかを指で撫でるような錯覚を覚える。
 それがただの砂ならいいのに、すこしばかりつぶが大きい上に角が尖っていて、ちくちくするのだ。
 
「では名前を呼ぶ許可も出しますよ」
 振り払うようにルベルは少し大きめの声で宣言する。「好きに呼ぶといいでしょう」
「やった〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 ルベルの錯覚を当然しらない兵器はこれまた能天気にやいのやいのと騒ぎ立てる。
「ええ〜〜〜〜!?いいの!?」
「かまいません」返事をしながらハッチへ向かいはじめる。
「えええ〜〜〜〜〜ほんとにいいの!?希望ないの!?ないのないのな〜〜〜〜〜んにもないの!?」「ありません。好きに呼ぶといいでしょう」「無欲〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 ルベルはおもわず足を止めた。
「別に名前を呼んでほしいわけでもないから、好きに呼べばいいですけど?」
「オッケー!!!!!!!!!!」スピーカーの類がないのでおそらく電磁系の合成音ではあるのだろうがやたら張り切って明るい声が響いてくる。

「ルベルって呼んでってことね!!!!!!!!!!」

 ………。

 ルベルはおもわず半眼になる。

「……僕は名前を呼んでほしいわけでもないって言いました」
「そ〜〜〜〜〜んな!!!もぉ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!照れなくてもいいって〜〜〜〜〜〜!!!」

 対単騎航空運用機はそれはそれはブレもせずに大きくハートを描いて見せる。
「僕・は・名前を・呼んでほしい・わ・け・で・も・な・い、っていいましたよ?」
 もう一度少しだけ語彙を強めながら主張してみる。
「はいはいわかってるってぇ、ルベルゥ〜〜〜〜〜〜〜!!!』
 おもわず右手をうごかして目の前でハートマークを描くこのうるさい光を払おうとする。
 対単騎航空運用機のほうもそんなのはすっかり読めていたらしく、小癪なことにルベルの腕の下をするりと通り抜けてもう少し高い位置でハートマークを描き始めた。

「ルベル!ルベル・ルベル・ルベル!」
 ………。
 わざと大きくため息をつく。
 名前がそんなにうれしいかなあ、とルベルは思う。
 はしゃぎ倒す理由がわからない。あとうるさい。
 ルベルにはいまいち、そんなにたくさん呼ぶ名前の大事さが、うすぼんやりして、わからない。
「そんなに呼ばなくても聞こえておりますよ」
「ルベルベルべル!」
「はいはい」歩き出して
「ルベルべ〜〜〜〜〜〜!!!」
 さすがに歩を止めた。
 確かに好きによべとは言ったが名前の呼び捨てのみならず、ルベ、などという愛称まで呼ばれるとは思わなかった。
「どーかした?」「……さすがに不平等かな、と思いました」
 対単騎航空運用機を今度ははっきり、戒める意味で睨む。
「もう呼んじゃダメなんて禁則事項出しても受け付けないよ??」
 視線を受けてルベルの頭よりすこしばかり高い位置に対単騎航空運用機が浮かび上がる。
「ボク優先命令としてロックかけたもん」「ちゃっかり者」「ふっふ〜〜〜〜〜〜〜ん!!!!」得意げに輪をかいてみせる。
「別に言ったことをやっぱりなしなんて言いませんよ」
 ……。
 とはいえ、何もしないのも癪である。
「じゃあ、僕はお前を…」
 どう呼んでやろうか。

 さりさり、さりさり、と。
 どこかで砂つぶがこすれる音がする気がする。
 なにもない。
 思い出すことなんかなにもない。
 思い出せることなんかなにもないのだ。
 
 ない、という感覚が、そう、あの砂の音を立てている。

「僕は…君を、ロビンと呼ぼうかな」

「ヒャッホーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!」

 やっぱちょっと呼ばなきゃよかった。

 ルベルはちょっとだけ後悔する。
「やったやった〜〜〜〜ロビン!?ぼくロビン!?もしかしてクックロビン!?ボクが可愛い可愛い姿をしてるから!?!?」
 ああ。
 これは絶対に先ほどと同じく、ルベルが与えたロビンという名前に対してロックをかけている。
「……お葬式される殺されたコマドリの名前をもらって喜ぶ子を初めて見ました」
 ダメ押しのように皮肉ってみる。
「それって大正解ってこと!?」
「残念、思いついただけ」

 クックロビン、だれがいったい殺したの?



 機能優先で採用したことを、ルベルはすこしばかり後悔した。
 
 誰かと一緒に戦うことに、前は憧れていた。
 背中を預けて、支え合ったり、なんて。

「えっえっ待って待ってルベルちょっと待ってマジ本気相手はキャバリアだよ!?」
「僕はさらに巨大で強大で恐ろしいものを相手にしたこともございますよ」
 単身で空に飛び出したルベルのことをやかましいぐらい騒ぎ立てて。

「近づいて墨染で斬る――シンプルでしょう?」「そりゃシンプルだけどちょっと待ってちょ計算――待って間合いさんじゅっせんちィ!?人間の間合いじゃんか!!!!!」
「だからよいのではありませんか。そこまで接敵されればキャバリアには逆に手立てはありません」「それでルベルはどうなるの!?」
 ひとのやり方に大騒ぎして。
 
 嗚呼。
 息が酷く苦しいな、とルベルは思う。
 生意気で、うるさくて、やかましくて、ぎゃあぎゃあ騒いで余計なことばっかり言う。

――こいつ、ほんと生意気な機械だな。
 
 
 こんなことなら、と思う。 

「うわああああああああああ!!!ダメダメダメダメルベルばっっかじゃないの!」
「僕は負傷を恐れません――恐れて何になりますか」
「ダメージの減少になるんだが!?!?」「それで敵を撃ち逃してはおしまいですよ」「いやだいやだいやだ!!!どうしてキミが、ルベルが傷つかなきゃいけないのさ!?イェーガーなんでしょう!?なんでそんなやりかたするの!?もっとあるんじゃないの!?」

 こんなことなら。
 こんなことなら。

 散弾がかすったことにより負傷した足からこぼれた血が、磁力盤に溢れている。
 太陽を下に、天、もとい大地へ落ちていくcoyoteが再起動しないことを見届ける。

 どうして共闘に憧れたんだっけ。そんなことをすこしだけ思い返す。
 なにかほしいものがあったような気がするんだけど。

「やられたらやり返す――それだけでいい」
「よくない!!!!」
 ロビンの叫びがルベルの耳に痛いほどの音量で響いてくる。
「どうしてボクらのためにルベルが傷つかなきゃいけないの!?傷つきたいの!?どうしてそんなに傷つきたいの!?」
「傷つきたくなんか、ありませんよ。必要だとおもっているからしているだけのことです」

――こんなことなら、ソロのほうがよっぽど気が楽だったよ。

 墨染は本当によく叫んだ。戦場には理不尽がたくさん転がっている。
 引き寄せられた縁ある死霊たちが叫んでいる。

 どうして。どうして。どうしてわたしをころしたの。
 どうして。どうして。どうしてわたしを置いていったの。
 どうして。どうして。わるかったのはわたしなのに。
 どうして。どうして。おまえこそがわるかったのに。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・
 どうして戦争なんかつづけているの。

 その一方で、なにかの声が聞こえる気がする。

 戦争だ。戦争だ。戦争だ。
 これだけが、びょうどうだ。
 こここそが――みんなのねがいが同時に叶う場所。

「あーあーあーあーあー!!!!もーわかった!!!もーもーもーもーもーわかったよ!!!ボク分かった!もう勝手に、勝手に――勝手にルベルが傷つかないようにさせてもらうんだから!!!!」
「そうですか、どうぞご勝手に。期待しています」
「――ルベルさあ、その喋り方なんなんだよ?」
 ルベルは落下していくcoyote機から視線を外す。「とうとう喋り方にも文句ですか」
「その喋り方、すっげー気取ってる」
「はい?僕の喋り方が――なんですって?」
「気取ってる」
 ずかずかと、なにかが踏み込んでくる。
 喪失のあとしかのこらない、なにもないところに。
 なにかがあったんだろうなと思うところに。
 きっと捧げてもいいと思った何かがあったんだろうところに。

「ルベルってきっとほんとはもっと、わがままで、なんか、そんなんじゃないでしょ?」

 ルベルがもう一度なにかのふちに知りたいと思っても――もうその手立てなんかちっともないだろうところに。

「お黙り」

 思わず強い言葉が唇から出た。
 coyoteが負傷したルベルめがけて振りかぶった高温ナイフをねもとからばっさりと断ったせいでそうなほど熱い墨染を大きく降り払う。

「上品と仰い」

 どうして。どうして。

 僕はそれを、正しいし――必要なことだと思ったからです。

成功 🔵​🔵​🔴​

ダンド・スフィダンテ
(どんな子が来るのか、どんな呼ばれ方になるかは、お任せします。名前も、呼びたがれば許可を出します。喜んで。)
(また、こちらは女の子タイプであればミューズと、男の子タイプであれば貴殿あるいは名前+殿で呼びます。)

……戦場に子供を連れて行く、というのは気が引けるんだが……兵器は戦場こそが居場所だと言われれば、まぁ、その通りだよな。その通りだけれど、苦しいな。

だがしかし、やらなければならないのであれば、やろうか。それが存在証明だと、言うのであれば。

先ずは名前を教えてくれないか?
ええと、無いなら付けよう。洒落た物は、期待しないでくれよ?(呼称をひとつ。個をひとつ。MSよろしくお願いします。)

少しの間かもしれないが、どうかよろしく。
存分に力を奮うと良い。
よし、武器やスコープは其方に任せた。
それじゃあいくぞ!せーの!!



■きよらかなるこどもたちよ

「うう〜〜〜〜〜〜〜〜ん」
 ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)は少しばかり考え込む。
 ポニーテールに結い下ろした金髪が風で尾のように揺れる。
「すひだんてさま、まだ悩んでるの〜〜〜〜??」
 男とも女ともつかない甲高い声が上がる。
 名前をねだられ許可したのはダンドだが、思った以上に舌ったらずに呼ばれている。
 理由を尋ねたら、搭乗者のプライバシーに対するジャミングだそうである。ほんとに?とかちょっと思ってしまう。
「悩むというか、考えてしまうというか…」
 幼い子供たちのなかでもさらに幼い子をつれてきたようなうしろめたさがある。
「すひだんてさま、優しいなあ〜〜〜〜」
 声はどこから?彼の足元からだ。
 狭戦場高速飛行単騎飛行B砲兵器。
 フラッシュ・ボード。というのがその兵器の簡易識別名だという。
 見ためは少しばかりごついサーフ・ボードに似ている。
 厚みは通常のボードの2倍か3倍はある。
 底面には飛行可能ブースターの穴が後方に三角を描くように三つ。内蔵されたエンジンからの排気で青く輝く熱気が噴き出している。
 また足元には左右それぞれペダルがついており、ペダルにつま先を合わせる形で乗る。飛行はほとんどこの兵器にインストールされたAIに補佐を任せているため以外にも安定している。進行方向に体重をかければ加減速、左右それぞれで方向の調整。
 空をゆくサーフ・ボード。
 キマイラ・フューチャーあたりの行楽にでもありそうなそれは――兵器なのだという。

「いやあ、まあ、だな、フラッシュ」
 彼はやや言い淀みながらレザー・ジャケットの襟をひっぱり上げ、自らがAIにつけた愛称を呼んだ。
 飛行に合わせて服の中に潜り込んでくる風が少し冷たかった。

「……戦場に子供を連れていくのだから、そりゃあ、なあ」
 戦場。
 ダンドの眼下にはそれがある。
 戦闘は始まっており、あちこちで爆炎や光線が入り混じっていた。
「なんで子供なのかなあ〜〜〜〜??」
 サーフボードの上でなければ頭を抱えていたところだ。
「Type-L:F-A・BSsはけっこう前にでてるよ」「たいぷえる?レディ?」「すひだんてさまだいせいかい〜〜!!」楽しそうなファンファーレが鳴る。
「いくつか出ていたんだな」
「めんとかれでーとか、ばとらーとかめいどとか、あとはボーイとかガールとか…」
「結構色々でてたんだな!?」
「ちょっとだけはやったし次々でたでたの。戦場は過酷でこどくだからね〜〜〜〜ぼくら、タイプCが最新」
 ダンドは再び口をつぐむ。

 PTSD――戦場ノイローゼ、正式名称、心的外傷後ストレス障害。またはCSR。戦闘ストレス反応。
 ダンドとて戦場の経験はそれなりにある。猟兵としての戦争はもちろん、一般兵を率いた戦争も、だ。

 吹き飛ぶ腕や足のパーツ。スパークを走らせてから弾ける機体。爆発に巻き込まれて撃墜されて発生する二次爆発。
 他の猟兵からの報告では――ここに人間はいないのだという。
 オブリビオン(過去)側にすら。
 ここに人がいたのなら、どんな血がどれほど流れ、どんな悲鳴が叫ばれていただろう。
 AIと人間とAIのみと、あるいは人間同士と…。どちらがどうなどというつもりはない。だが、戦いのない日常を生きてきたものが戦争に駆り出されて受けるストレス、およびその精神の変調というものはよく、よく知っている。
 どうやって自分を奮い立たせるかも。
 そう思えばタイプC、子供たちの精神の形が創造されることも、理解できない、わけではな
「いんだがやっぱ理解したくねえな〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 一体何を考えているんだろう製作者。一回顔が見てみたいしちょっと会話がしてみたい。いや暴力には決して訴え、訴えない、たぶん、おそらく、きっと。

「……ごめんね、すひだんてさま」
 ……。
 ダンドは思わず口を閉じる。
「貴殿のせいでは、ない」
 つぶやく。
「貴殿のせいでは、ないさ」
 優しく言い含めるように告げて――前方へと体勢を傾げる。
 いつまでもおしゃべりしていたいが、そうもいかない。
 ここは戦場で、足元にいるのは兵器で、自分達は猟兵で。
 そこに、敵がいるのだから。
「そろそろ作戦を始めようか。――少しの間だが、どうかよろしく、フラッシュ」
「いえさー!すこしの間でも、どうぞよろしく、すひだんてさま!」
 
 サーフ・ボードと狭戦場高速飛行単騎飛行B砲兵器、フラッシュ・ボードには大きな違いがある。
 尾の部分から垂直にバー。それからサーキュレーターを思わす輪が三つついているのである。ファンの類はない。なにもない輪が三つ。
 ビーム型ブースターだ。狭戦場高速飛行のタグの通り、フラッシュ・ボードの想定される使用環境は多くの飛空船また多くのキャバリアがひしめく戦場、あるいは峡谷、通常兵器では進行不可能な戦場の踏破のためにある。
 搭乗者の身を危険に晒すかわり高速移動に重きをおいて、なるべく速く兵を投入し戦況を左右しようというのが、フラッシュ・ボードの目的の一つだ。
 ちなみにこのブースターがついているバーは可動式である。
 今、そのバーは上に向いていた。
 ダンドは戦場に降下せぬまま槍を構える。
 穂先を敵陣へ。まるでこれから投擲するかのように。
 無論届くはずがない。
 傍目に見れば、空に向かって槍を構えているだけの男だ。
 だが――今はフラッシュ・ボードのブースタが上部に向いており、そこにゆっくりとエネルギーが溜まりはじめていた。
 おおおお…、と空気の鳴動と共にスパークが走り始める。

 三つのブースターから揃えるように、巨大なエネルギー体が補足長く、集まっていて。
 それがダンドの槍に沿うように接続される。
 異常に気付いたcoyoteどもがこちらを見上げる。何機かがおそれもせずにこちらに向かってくる。弾丸が届くまでは今少し。光の槍というべきエネルギーが、スパークではすまない雷を空にひびかせ始める。
「きづいても、もぉ〜〜〜〜おそいぞぉーーー!!!」フラッシュが誇らしそうに笑っている。

         ・・・・・ ・・・
「すひだんてさまのでっかい槍で腰砕けにしてやんよ!」
「 コ ラ ッ ! !  ! ! ! ! 」 

 ダンドは思わず叫ぶ。「それセクハラだからダメだって言ったでしょお!!?」しかも倉庫で聞いたのより酷さが増している。「エネルギー装填完了!いつでもいけます!」「も〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 兵器は戦場こそが居場所だという。そう言われれば、その通りでしかない。
 彼らは兵器だ。
 ダンドが名を問えば、Type-C:F-A・BSsと答えた。個を問えば、ないと答えた。
 じゃあつけよう、と言えば嬉しそうにしてくれた。
 洒落た物は、期待しないでくれよ?情けない言葉に、あいと笑った。
 男の子か女の子か問うたら――さきほどのような冗句だ。槍がでるのでおとこのこでどうでしょうか!それは女性に絶対いうなと釘をさして。

 ああ。
 ダンドにとっては、兵器でもやはりこどもにしか思えないのだ。
 
 名をつけたのは人間で、子供だと感じているのも人間だ。
 エゴだろう。おそらくは。

 兵器だから戦場に出る。兵器だからその手で何かを破壊する。
 かたちは、こどもであろうとも。
 
 それが存在証明だというのなら、出るしかないのだろう。
 だれかを救うために、ひつようで。
 こんなこどもたちが。
 目的に沿い、希望を受けるなら多く作られるとしても。

 しても。
 だとしても。

 ……理解は。
 理解はできる。
 できるのだ。

 理解は、できるとしても――納得はしたくない。

「それじゃあいくぞ、フラッシュ!」

 コード発動。
 殲滅を――その槍に乗せる。
 こちらを狙う敵の数だけ、槍の先が別れていく。

 納得はしたくないのなら。
 
「あいあい!すふぃだんてさま!」

 できるだけのことを、できるかぎりにするしかないのだ。
 
「「せーーーーーーーのッ!!!!」」

 雷槍、放たれる。

成功 🔵​🔵​🔴​

杜鬼・クロウ
アドリブ負傷歓迎
この世界に来るのは初

初っ端からまァ…
ガキの面倒見るのは苦じゃねェがよ

(今まで猟兵含め色んなヤツにそれこそスマホの使い方から、
俺の信念や生き様などを魅せてきた
つい最近、善性喰われるっつーヘマやらかしたが

重なる
なァ、主
俺が人の器を得たばかりの頃はこんなンだったのかねェ)

お前は兵器として生み出されたかもしれねェが
ちゃんと自我を持ってる
…ついて来い
まずは目の前の邪魔な敵の殲滅から行くぞ
俺の補佐を頼む(AIの名前呼ぶ

UC使用
八咫烏(名:閃墨)に乗る
敵が突っ込んできたら八咫烏の羽根でカウンター
剣に炎を出力させ一閃
AIにも花持たせる

俺は強ェヤツと戦うのは好きだ
でも、戦争は楽しいモンじゃねェよ



●鴉征く空、果てぞいずこに

「何考えてんだクロムキャバリアの奴」

 至極ど真っ当な意見が杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)の口から飛び出してしまった。

 その兵器は、つばさをひろげて飛行姿勢をとったまま首をあげた鳩に似ていた。大きさもそれぐらい。色は白、脚はない。ついでに言うなら変形機能もない。
 顔もない――――顔の部分にはちいさなカメラがひとつと、それから、スピーカーを思わせる巨大な部品がはまっているだけだ。 
 それが10羽、クロウの周りにわらわらと浮いている。
 いや、許可したので嬉しそうに座り込んでいるクロウの腿にのってるやつもいる。
「えと、えとね、Type-C:F-A・BSsはね、戦争に参加するぱいろっとの精神負荷や思考の負担を――」
 その腿に乗っている一匹からAIの音声が少々遠慮気味にガイドを始める。
 飛行型ジャミング系制圧兵器――吉報鳥。
 これが、みんなが戦うなら、と猟兵も連れずに出ていこうとしていた兵器の名前であり、今さっきクロウが思いきり呼び止めたこの鳥たちの名前である。

「あーおう、おう、おうおう、それは、わかる、わかるわかる、わかるんだわ」
 頷きは非常に雑だ。「一回きいたしな」
 別に邪険にしているわけではない。そもガキの面倒を見るのは苦ではない。それはいい。
 そうではない部分で、腹のあたりがどうにも――ざわついていた。
 ややこしい理屈は置いておくとしても。
 彼のヤドリガミとしての感覚は

     ・・・・・・・・・・・・・・・・
「つまり、戦争を続けるためにこしらえたガキって話、なんだよな??」

 彼らAIの発明された理由をいとも容易く見ぬいていた。

「あっ、わかるわかるわかる??わたし、説明上手にできた?」
「おう、できたできた」これまた雑に頷く。
 その、あけすけでわかりやすくそしてろくでもなくどうしようもない解釈を、この子供は当然と受け入れていることにも腹のあたりがざわざわとするものを感じる。
「よかった〜〜〜〜〜〜〜〜」
 AIは本当に嬉しそうに判断する。

 例えば、だ。

 クロウは世界の守護、あるいは長き安寧の願いより派生したヤドリガミだ。
 だから納得はできないしあまりしたくもないが――戦争を終わらせるため、というなら、わかる。
 あらたな兵器もみがかれる戦法も才能も、時には使用者の身を滅ぼしかねない暴力も。
 元を糺し、その根源を考えるならば、“勝利すること”。
 すなわち――形は行き着いている先はどうであれ、戦いを終わらせることだ。
 そのために例えば改造を受けるだとか、義体にするだとか子供を兵士にするだとか――もっと、新しい形の命をつくるだとか…そのようなことが起きているのは、まあ、わかる。
 だが。
 使用者や同伴者、搭乗者の精神安定や補佐のため…つまり、
         ・・
 戦争を続けさせるために子供を用意する、というのは。

 なんだか――終わりも果てもないようで、妙に納得が行かない。

 道具という観点から見れば、そう、終わりなき需要というのは、嬉しいかもしれない。
 カクリヨの店先に並んでいる古道具の多くはよく使われた日の懐かしい思い出を喋ってくれる。
 だが、兵器は戦場に出る。壊れてしまう率は日常生活の倍では効かない。
 そのためにはこのような子供がもっと作られて運命を共にするわけで、確かに搭乗者や使用者は一時的に安寧を得られるのかもしれないが、だがしかし戦い続けることができると戦争は長引くわけで戦争が長引けば失われる命も多いわけでそもそも戦争とは他国に勝利して自国やその文化や利益を守るために行うのに戦争が長引けばそれをお互い消費しつくす羽目になるわけで最悪このこどもが残る可能性だってあるわけで
 
「ん゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜????」
 頭を抱えて唸る。「何考えてんだクロムキャバリアのやつは」結局思考がそこに帰ってくる。

「初っ端からまァ…こういうモンに出くわされるのか、クロム・キャバリア(ここ)は」
 かろうじてそれだけを絞り出す。

「あの、あのね、猟兵さん、だいじょぶよ?」
 珍しく長く長く考え込んでしまったクロウの周りに吉報鳥が集結している。
 いやほんと兵器に吉報鳥てどんなセンスだ馬鹿野郎とか違う方向に思考が周りはじめてしまう。
「大丈夫てのは何が」
 おもわず視線を上げる。
「わたしたちは、AI」
 なんとなく正面あたりに白い着物をきた子供がクロウを見上げている心地がして、クロウはそのあたりを見つめてしまう。「えーあい」

「しすてむ、ぷろぐらむ――いろいろな情報から、論理的に編纂されて、人間に類似した精神性のまねっこしたもの。容量はいるけど、かんたんにコピーもできてしまえるもの」

 腹の――臓腑のあたりがざわざわする。

「だから、しんぱいしなくても、だいじょうぶよ?」

 ――……。

「なん、なんだったらね、最新型が運搬途中に、襲われるのもね、よく、よくあることだから」
 
 ………。

「吉報鳥はね、とくにそうなの。もとはね、ジャミング系征服機で血をながさずに、っていうのが、こんせぷとだけど。キャバリアの動作を阻害する厄介な兵器だからね。
 ――むしろ狙われて破壊されることでさらに広範囲へ妨害波をばらまいて時間を」

「ストップ」

 クロウはおもわず自身の顔の前に手を立てた。

「そこまででいい」「お気に、さわった?」
「いや、大丈夫だ」幾度もかぶりを振る。「それで止めたんじゃない」
「じょうほう、おおかった?」
「いや」クロウは手を下ろし、顔を上げる。十匹の吉報鳥。スピーカー横のカメラがおもわず隠した自身の顔を映していただろうことに思い至って

「大丈夫だ。わかりやすくて、上手かった」
 ――なんとか、笑みを作る。

「よかったぁ〜〜〜〜〜」
 あつまってきた吉報鳥が解散する。

「なァ、吉報鳥」
 呼びかけて、クロウははたと考える。「吉報鳥でいいのか?」
「わたしたち、AIの製品名はあるけど、個という意味での識別名ないから、それでだいじょうぶ」
 ………。
 やりようのない思いが腹から胸にあがってざわざわと騒いでいる。
「あのな、吉報鳥」
 よびかければ、再び集合してくる。
「はい、猟兵さん。なんでしょう」

 無垢で、

「お前は兵器として生み出されたかもしれねえが、な」
「はい」

 無邪気で

「ちゃんと自我を持ってる――ちゃんと存在してんだ」

 本質を、何も知らなくて。

「……?わたしたち、存在してるよ?」
「ああ、してる」

 頷く。

 よぎる。どうしても重なる。

――なァ、主。

「だから、大丈夫なんて言わなくていい」

――俺が人の器を得たばかりの頃はこんなンだったのかねェ。

 ユーベルコード、発動。
 風は巻き起こり――濡れ羽色した巨躯もつ八咫烏が現れる。

「……ついて来い」
 戦場に、仔らを連れ出すことは――結局、同じだろうか。
 ふと疑問がよぎる。
 だが、それを振り払う。
「まずは目の前の邪魔な敵の殲滅から行くぞ」

 このままでは仔らが虚しく殺されるなど黙っていられないし、

「俺の補佐を頼む、吉報鳥」

 少しでも長く――このちいさな雛が生きていられるようにしてやりたかった。

「うん、どうかおねがいします、猟兵さん!」



 先手必勝。
 自分より硬く――また厄介な遠距離攻撃を持っている相手にはそれが効く。
 八咫烏が空を切るかのように空を征く。烏の周囲には10羽の吉報鳥が遅れることなく追随していく。

 飛行型ジャミング系制圧兵器――吉報鳥。
 彼女が言っていた通り、元は戦場を無血で制圧するのが基本コンセプトの兵器だ。
 特徴は――飛行機能と電磁妨害機能への極振りされたデザイン。

「お前の出力だとあれ止められんのどのくらいだ、吉報鳥!」
 クロウが吠えるように問えば「二分!」恐るべき数字が帰ってくる。
「同時には」「5・5で分散すれば2機まで!」
「はっ、充分だッ!」
 激しい威嚇を響かせて、突撃する構えを八咫烏がcoyoteに見せた瞬間に――
「じゃあ足留め頼むぜ吉報鳥!」
「合点!」
 ――八咫烏よりもやや速く、吉報鳥が飛び出して陣形を形成している。
 正5角を結びてその頭、スピーカーより響くのがなんなのかは、クロウの耳にはわからない。
 電磁と言いながら純粋な生物にはほとんど影響を与えないのだ。
 coyoteの動きが止まるその数分に。八咫烏は超接近で距離を詰めている。
 八咫烏の鞍に脚をかけ、クロウは抜機構えた大魔剣に、炎を纏わせている。

 吉報鳥の妨害電磁の代わり――べつのこえがクロウの耳には届いている。
 それは、たましいのさけび。
 あるいは――そう、クロウのような、ヤドリガミにちかいものの声。

 戦争をしよう。戦争をしよう。
 壊して壊して壊しあって、滅ぼして滅ぼして滅ぼしあってほろぼし尽くそう。

「バカ野郎」
 唸る。
 三体目を切り伏せるころには、クロウは――いったいこれがどういう事件なのか予想がついていた。
 オブリビオン。過去からきたもの。あふれた過去そのもの。重ねられた存在の突出。
 
 どの機体もその向こうにおなじ使命があって。どの機体もその向こうにだいじなものがあって。
 どの機体もそれら全てに向き合おうとして。
 その果てに――わけがわからなくなってしまっている。

 ・・・・・
「俺たち道具は」

 なんだか――何もわからない子供の頃に帰ったような心地がしていた。

 ・・・・・・・・・・・・・
「そんなんじゃなかっただろうがよ」

 安寧を。と打ち込まれる。あの金槌の音が響く気がする。
 安寧を。と表面を清らかな水で濡らし研いでくれる指と布の思い出がすぐそこにある気がする。

 ・・・・・・・・・・・
「どうして見失っちまったんだよ」

 炎に焼かれて装甲が焼ける、割れる、ときには――溶ける。
  
「ああ変わるさ、俺たちは変わる」
 吉報鳥が何かのアラートを激しく鳴らしている。
 それに気づいて振り返れば――高速機動をかけた新手が突っ込んでくるところだ。
「今の俺ァ強ェ奴と戦う事が好きだ」

「だけど、だからこそだ」
 身体へのダメージなど、どうということはない。
 今のクロウの命は八咫烏のそれとわけあっているのだから。
 体で受けることによってできたcoyoteの隙を、八咫烏がそこらへんのナイフとは比べものにならない羽根で切り裂く。

「だからこそ、信念だ生き様だ、見せていかなきゃならねえんじゃねえのかよッ!!」

 墜してゆく。

 返事は、ない。

「なァ、吉報鳥」

 煙の匂いを嗅ぎながら、クロウはつぶやく。
 生き方を魅せるのが彼の流儀だ。そもそも語るのも得意ではない。
 生きるのだってそう上手くはないのだ。

「お前も、嫌だと思ったら嫌だと言っていい」

 それでもつぶやく。

「おかしいと思ったらおかしいと言って」

 そうしてねがう。

「それが宿命のためだと言われたとしても――それがちがうと思ったら違うと言っていい」

 いずれ炎に至るこどもたち。
 彼らの席が、クロウの主が願った安寧の世界にないとは――どうにも、おもえなかった。

「クソみてェだと思ったら抗え」

 製作者は何を思って彼らを生み出したのだろうか。
 戦争の永続だろうか?

「やべェと思ったら逃げちまえ。隠れて、ふるえてたっていい」

 そのなかできっと、この子らは多く死んでしまうというのに。
 あるいはいつか戦争が終われば、このこどもたちはどこかでずっと眠るのだろうに。

「本当にやべェやつは、俺たちがなんとかしてやるから」

 それとも――製作者は、それが目的とでも言うのだろうか。
 最後にこの子らが、ひとり遺されてしまうことが。

 おかしいだろうか。
 こんなことを、道具が、道具に望むのは。

 しかし想いはここにあって――口に出る。

「だから、お前は、そうしていい」

成功 🔵​🔵​🔴​

カイム・クローバー
…おい。今、「戦場に連れていかれる前に壊されちゃったら経費のロス」って言った奴…いや、AIだったな。前へ出ろ。
良いか?最初に言っとくぜ。俺は経費の心配なんざ欠片もしてない。んなモン、クソ喰らえだ。が、お前達の事は一機も破壊させるつもりはない。
何故か分かるか?…お前らが生まれたてのガキだからだ。兵器ならいつかは戦場で死ぬんだろう。だが、それは――今日じゃない。

呼び方は好きにしな。なんならイカれ野郎でも構わないぜ。――これから(UCを発動)――お前にも付いてきて貰うんだからよ。
船から身一つで跳躍。この兵器の弱点は?弱点に向けて紫雷を纏わせた【属性攻撃】の銃弾を叩き込む。落としたら次だ。飛び移る対象には困らない。
呑気に会話でもしながら落としておこうか。
おい、AI。お前、名前は?コードナンバーじゃねぇよ。名乗る名前ぐらい考えとけ。兵器だろうが何だろうが少なくとも、俺と居る時はお前は自由だ。何だ?遊び足りねぇのか?…それじゃあ、今度は追いかけっこでもするか?俺を捕まえて見な。
ほらほら、こっちだぜ?



●ザ・デイ・バッド・ノット・トゥデイ

「おい」
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)はまっすぐにそいつを指差した。
 兵器たちのうち、指を指された群れは互いに顔を見合わせる。
「そこのチビ、お前だ、お前」
 左手は腰に当てて、右手は手のひらを天井に向けるようにした、どこか気だるげな指さしではあったが、男の目は真剣だった。
「今、『戦場に連れて行かれる前に壊されたちゃったら経費のロス』って言った奴」
 兵器の群れが明らかに割れてその一機をカイムに示す。こどもたちでありながら兵器の彼らには、録音機能もきちんと備わっていた。「あ−、奴…いや、AIだったな?」
 カイムの向かいに示されたのは飛行ドローンの一機のようだった。バスケットボール大のそいつは蜂の巣をってきてひっくりかえしたような、びっしりと八角形(ハニカム)が刻まれていた。
 太々しいことに返事をしない。「ヘイ」もう一度呼びかける。「…ハァイ」聞くからに生意気そうな返事をようやくする。「なんですかあ〜〜?」
「前に出な」
 カイムはさした人差し指を招くように動かす。
「えぇ〜〜〜〜」兵器は明らかに不満そうな声を上げながらどうみてもやる気のなさそうなヘロヘロ飛行でやってくる。
「まったくガキが言うに事欠いて経費の心配かよ。あんたらにゴーを出した企業のお上がビタ一文でも多く稼ごうとしたごうつくが透けて見えるぜ」
 あきれたものだとごちて、ため息をつく。
「い・い・か」
 カイムは右手のひとさしゆびをまげ、ノックの要領で近づいてきたハニカム・ボールを軽く叩く。
「最初に言っとくぜ?――俺は経費の心配なんざ欠片もしてない」
 軽く叩いた指をひっくり返し、再びのばした人差し指の先で軽くつつけば、風船のように便りなく軽く後退する。「ンなもん、クソ喰らえだ」身を翻し左手を一振りする“ついてこい”。
 どこか渋々という様子をにじませながら、ハニカム・ボールはついてくる。
「が、お前達のことは一機も破壊させるつもりはない」
 ハッチの縁に立つ――戦場の匂いは、もうここにも隠しようもなく届いている。
「何故か分かるか?」
 カイムはハッチからの強風に背をむけ、ハニカム・ボールを見上げる。
 ボールは沈黙したあと、少し回転する。
 ……ぱっと見はミラー・ボールにも近いそれは、こうしてみるとなにかのたまごのようにも見える気がした。
「敵がムカつくから?」
 ブー。カイムは悪戯っぽく唇を尖らせてブザー音を立てて見せる。
「残念。不正解だ」「え〜〜〜〜」

 たましいはどこからならそんざいするとおもう?

 軽い口調で毎回珍妙な事件ばかり持ってくる依頼主の奇妙な問いを思い出す。
 きっとこの事件にも、語りきれない裏があるのだろう。

 例えば。

 いったいどんなプログラムを組めばこんなAIが生まれるのか?
 無論カイムはシステム屋ではないし、そちら方面の情報にも薄い。
 が、幾多の事件のかいけつややツテの仕事を多少なりとも知っていること――見えてくることがあるのだ。 

「お前らが生まれたてのガキだからだ」
 
 ガキの面倒、と依頼主は言った。
 説明として兵器や補助AIと伝えるだけで――彼らに関わる説明は、常に「あいつら」と人間かいのちのように呼んでいた。
 対面してわかる。その感覚は正しい。
 カイムもまた、わっと騒ぎ出した彼らにそう感じた。

 ただのAIではない――こどものように。

「ボクらー、兵器ですよ?」「ああ、兵器だな」カイムはこともなげに首肯する。
「保護してくれたって、ずーっと保護できるわけじゃなし、いつか壊れちゃうんですよ〜〜〜?」
「ああ。言う通りだ。兵器ならいつかは戦場で死ぬんだろう」
 ハニカム・ボールはカイムの言わんとするところが読めないのだろう。低間隔の上下運動を繰り返す。その動きがまた、駄々をこねるガキ独特の地団駄染みている。

 プログラムにしては、生々しすぎる。
 裏があるのだ。絶対に。
 
「だが、それは今日じゃない」

 カイムは一切冗談抜きの、真剣な瞳で語る。

――生まれたガキには、

「今日じゃないし――お前次第で明日でもなければ明後日次第でもなくなる」

――祝福のひとつもあっていいと思うんだよな。
 
 全く、同意見だ。

「ってことを、お前に教えてやる」
 カイムはいつも通りのユーモアたっぷりの笑顔でウィンクする。

「教えてやる?」
「ああ」カイムはハッチの壁側縁に手をかけて軽く身を乗り出す。
「えーと当機の使用想定環境は工場や整備地の修理などの人的環境でありますのでぇ、センサー範囲としては空中戦されても見えないっていうかぁ」
「ハン?」カイムはにやにやと笑いながら首を傾げた。
「どうして飛行船から見てる前提なんだ?」「え?」
「どうしてここまでついて来いって言ったと思ってる?」「え、あ」ハニカム・ボールが困惑したようにぐるぐると回り出す。「えっえっ待って、もしかしてぇ、まさか」
 意地を張っても賢しい発言をしてもやはり子供である。「やっぱガキだな」「むぬっ」そのむくれるあたりが本当にガキだと内心で笑う。

「そのまさかだ」

 カイムはそれはそれは全力で――仲間内が見たら「うわっ」などと思わず言ってしまうほどのそれだ――優しい、優しい、爽やかな笑顔でにっこりとする。

「これから――」

 そしてこれまたそれはそれは優しい手つきでハニカム・ボールに手をかけて。
 ユーベル・コードを発動し――紫雷を纏って。

「お前にも付いてきて貰うんだからよ?」

 ダンク・シュートをきめるバスケットの選手がごとくハッチの外にぶん投げた。

「このドクソ野郎ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」
 ハッハ!カイムはAIの悲鳴を痛快と笑い「いいな、ガッツがある」愉快と称賛し
 
「――そうでなくちゃな!」
 身ひとつで飛び降りる。

 風をきる、宙を踊る。人間とキャバリアでは無論差がある。
 しかし、巨竜どもやオブリビオン・ストームほどではない。
 確かに射程範囲の差はあるだろう。
 だったら小回りは利く側が小回りが利く側なりの動きをさせて貰えば、いいだけなのだ。

「このバカヤロークソヤローばかばかばかばかドアホすっとぼけすっとこどっこい!!」
「随分な言いようだな?」
 雷を持って空を駆ける男は今先ほどぶん投げたハニカム・ボールにまたたき一つで立ち並ぶ。
 すぐ目の前には一機のコヨーテの頭部があり、突如戦場にぶんなげ、もとい飛び込んできたドローン機に向かって散弾銃を向けている。カイムは口笛を吹く。「Jack・Pot――幸先がいいな」「ど こ が!?」「ほらほら敵さんがすぐ目の前だぜ?どうする?」「楽しんでるたのしんでるたのしんでるぜえええええええったい楽しんでる!!!」

 ボールの中に涙目で怒り狂う子供が見えるようだ。「ヘイ、ギャアギャア喚くな、チキン」「チキンじゃないやい!!!」スケーターのように右足を前に出して体勢を調整しながらカイムは左手を銃にかける。「落ち着け」
「戦場のルールをひとつ教えてやるよ」
「なに!?」

「楽しめ(Enjoy it)」
 放つ弾丸は雷を纏う。
 
 そいつはすいこまれるように散弾銃の銃口に入ってゆき――スパークする。
 銃が、それも成人男性の上半身くらいはありそうなそれが、爆発する。「まずは、ワン・ヒット――続いて」右手で背負っている大剣の柄を握り――
「2ヒット!」
 バッターの要領で、コヨーテの首、そのつけねをたたっきり、飛ばす!
 これが、飛行船から飛び降りて最初機のコヨーテと交差するまでの数分あるかどうかのこと。
「ハッハン!見たかチキン!見事なホームランだろ?」「だあああれがちきんだあああああ!!」「おいおい」カイムはそれはそれは意地悪な笑顔を向ける。
「Sweet(甘えんぼちゃん)お前今見てただけだったのに?」 
「すッ」
 落下しながら別のキャバリアの背面に着地し、再び飛び上がる。
 自分より大きな兵器だらけというのは、すなわち足場だらけということだ。移動には何も困らない。
「おっ、次はあっちにするかな」
 絶句した兵器を他所にカイムは飄々と言ってのけ
「お前がどんな足手まといちゃんか残念ながら聞きそびれて俺はまっったく知らないが問題ない」
 そしてニコニコ笑いながら小さな兵器を煽りはじめる。
「まあ見てな?」余裕たっぷりに剣を鞘に収めて銃に持ち替える。

「お前がどんなに何にもできないバブちゃんで敵の弱点の分析なんぞ出来なくても
 ――俺はきっちり・きっかり・しっかり、完璧な仕事をご披露してやるから」
 
 とことこん大人げないほどの安っぽい挑発である。
 であるが――

「ッッキャバリア・コヨーテ機が対人戦闘において一番警戒するのは胴体接続部ッッッッ!!!!」
 ハニカム・ボールが吼えた。

 ――どうも、狙い通り覿面の効果を見せた。

「バーーーーーーーーーーーカバーカバーカバーカ!!!ボクだってボクだってボクだって兵器だもん!全方位B射撃可能飛行兵器、ピップ・オールスートの本懐は繊細緻密な射撃なんだからああああ!!!!」
 ボールはいくつかの八角形から光線を放つ。
 確かに微細だ。しかも今は移動しながらの射撃になる。戦線はややブレて――coyoteの胴部の装甲を軽く焦がしただけだった。「ぴえ」

「もういっかいいいいいええーとええーとえええーと!!!!」
 先ほどの無気力とは打って変わったやる気のみなぎらせ方に、カイムは思わずふきだす。「OK、OK」
「Pip・Allsuit(すべての数札)はブラック・ジャック(数合わせ)には絶対だ」
 銃を構える。
 
「お告げに従うとしようか」
 10グラムに足るかどうか、本来キャバリアにとってかすり傷になるかどうかの弾丸は――雷を纏ってその何倍もの光となる。
 つけられたマーキング、本来狙いたかった胴部装甲の隙間へ――エネルギ系統の接続支を焼きながら、滑り込む。

 はぜる。

「2機目はお前の星に譲ってやろうか?」「いいっ!つぎはじぶんでやるもん!!」
「とんだ跳ねっ返りだ」
 そう言いながら今しがた胴部から爆ぜたキャバリアの胸を足場にカイムの方こそ宙返りのごとく身をひるがえす。
 AIに見えていた恐れは、もう、無いように見えた。

「おいAI、名前は?」光線が奔り、雷で空を斬りながら弾丸が飛ぶ。
「Type-C:F-A・BSs、No、10023」「コードナンバーじゃねぇよ」左の銃弾がそこをついたのでリロードしながら右の銃の引き金をひく。「名乗る名前ぐらい考えとけ」
「うええ、AIにそういう自主性許可しちゃっていいのお??」 先ほどとは別のホーミング機能を備えた光線がその後を追うように流れていく。
「良いに決まってるだろ」
 なんてことのないように答える。
「AIだかなんだろうが、戦場ってのは選択の連続だ――良くも悪くも“好きにしろ”って場なのさ」
 呑気な会話は、ここが今話題にしているそこだということを失念しそうになるほど――穏やかで、静かだ。
「自分で決めて誇りを持たなくてどうするって言うんだ?」
「でも、負うでしょう。そのぶん、責任とか――命とか」
 カイムは少しだけ顔を動かしてちいさな子供を天地逆さまに見上げる。
「まず自分で自分の面倒見れるようになって言いな、little」「すぐだもん!」生意気にも言い返してくるこのミラー・ボールは、ここまでで何度かカイムの補佐を受けて攻撃をかわしていた。

「安心しろ。そういうのは、許可したやつがおっかぶる」

 これは祝福たりえるだろうか。

「少なくとも、ここにいる、今――俺と居る時はお前は自由だ」

 ひとりで切り開いて生きねばならなかった彼にとって、ガキの面倒を――親のように見る、というのは、どうにも難しい。
 代わりにできることといったら、こんなもんなのだ。

 これは祝福たりえるだろうか。
 兵器扱いではなく――……。

「む、むかつく〜〜〜〜〜!!なんかそういうの!そういうの!兵器じゃなくて人間なのに責任おっかぶろうとする姿勢!!なんかずる〜〜〜〜い!!!!!」
「おやおや、とんだ八つ当たりだな」

 カイムは笑う。

 AIの怒りは、ある一点の視点から見れば正しい。
 AIを庇う人間というのは、兵器に対する本末転倒ではあるのだ。

「なんだ?遊び足りないのか?撃墜数で勝てない駄々か?」

 だが、その、ある種正しい理論を揶揄うことで軽くいなして、否定する。
 あくまでも対等の――いのちのように、ふるまう。

 戦場を運命づけられた魂。

 子供のうちから、兵器の宿命を請け負って理解した顔をするのは、あまりに、残酷だ。

「それじゃあ、勝負を変えて――今度は追いかけっこでもするか?」
 空中でコートを身をひねり、三回転半ジャンプをきめると、たった今破壊したcoyote機の腕に着地してみせる。
 誠実で礼儀正しい、トップ・ダンサーのように。
「こどもあつかいいいいいいいいいい!!!」
「扱いもなにも――ガキだろ?」本当に安易挑発にのる魂に笑いかけて、宙をおどる。
「がきじゃないもんんん!!!!」
「そいつは俺をちゃあんと捕まえてから言えよ?ボウヤ」

 いつかほんとうの死地に向かうとしても――気負うことなどないのだと。 
 
「ほらほら、こっちだぜ?」

 カイムは雷を纏って死地であるはずの戦場――気ままにはずんでみせる。
 自由のほうへ、誘うように。

成功 🔵​🔵​🔴​

無間・わだち
AI:朗らかな少女
俺のキャバリアに空中戦用武装として接続できれば

こんにちは
よろしくお願いしますね

偽神兵器を大剣へ変形、巨大化させキャバリアに装備
今は普段のように自分を犠牲にする戦い方は出来ない
高機動状態の群れを相手にするのは難しいから
彼女の力を借りたい【メカニック

なるべく味方は巻き込まず
敵だけを此方へおびき寄せたい
俺の希望に、応えてくれますか

得られたならば、攻撃を三度振るう【蹂躙、貫通攻撃、マヒ攻撃
船を守りながら確実に墜としていこう

彼女達はうれしいだろうか
誕生からの使命を果たすのは
それだけで喜ばしいかもしれない

それを俺は悲しいとは思わないし
ただ、それ以外の生き方を望むなら
許されてほしいとも思う



●ベッド・メリーはゆめにゆれる

「こんにちは」
『こんにちわ』
 ぴょんとあたまを下げる少女が、みえるかのようだった。
 無間・わだちはおおきいほうの瞳と、ちいさいほうの瞳、両方をほそめた。
「俺は、無間・わだちと言います」
『えっと』
 AIは少し考えたようだった。
『わたしは、キャバリア用空中戦武装・全方位エネルギー障壁展開装置・ムクタ・ハーラーを運用する兵器補助用AI、バージョン名:Type-C:F-A・BSsです!』
「はい」
『はい!』
 えへへ。少女の声が笑う。『ご存知なのに、しってるって言わないでくれてありがとう』「いえ」わだちはかぶりをふる。
「あなたとは、はじめましてでしょう?」
 少し間があってから、ふたたび、えへへ、と笑う声がした。
『はじめまして!』「はじめまして」
『おじゃま、しまあす』
「はい。いらっしゃいませ」
 わだちはコックピット、眼前のモニターの中央下部――そこに備え付けられた外線用のカメラへうなずいてみせる。
 キャバリア用空中戦武装・全方位エネルギー障壁展開装置である彼女がわだちを察知できるとしたら、そこしかなかった。
「どうぞ、よろしくお願いしますね」
『はい。どうぞ、よろしくおねがいしまあす』それからちょっと間が開く。
 どうもType-C:F-A・BSsのなかでもよく考えるタイプのようだ。
『戦闘データ、みてもいい?』
 Type-C:F-A・BSsたちはかなりそれぞれで個性がある、とわだちは察する。
「はい。勿論、どうぞ。確認お願いします」『失礼しまあす』
 兵器のこどもたち、柔らかな魂。
 通信とロードの表記が画面端に提示されいる。
 見慣れた輪の点滅さえ、ちいさな少女が一生懸命に本を開いているようないじらしさを思うのはひいきだろうか。
 ……。
 わだちはプログラミングには明るくないが、ここまでの複雑さはかなり難しいだろうことは想像に難くない。
 
 わだちは左手で右頬にすこしだけ触れる。じぶんのほうの指で。妹のほうの肌を。
 褐色の指が白い肌を撫でる。かわらないふっくらとしたみずみずしさ。
 わるつ。いのちの一部をくれたいもうと。

 ……Type-C:F-A・BSsたちには、うまれるかたちの精査される時間があったはずだ。

 なんならわだちやわるつと違い、トラブルどころか生まれる前からそのありようがデザインされてきたはずだ。

『うんと、うんと…』
 懸命に考えている声がする。

 わだちはその間Type-C:F-A・BSsから転送されたデータを確認する。
 空中戦武装・全方位エネルギー障壁展開装置。ムクタ・ハーラーは二つのパーツで構成される。
 1。飛行形の円盤。マザーボード。ビットたちの空母を兼ね、連携機――今回はわだちのキャバリアだ――のそばに随時同伴し飛行する。
 2。ビット。平時はマザーボードに収まっている。小さな金の細工、ムクタ・ハーラーとは瓔珞を意味する。仏像の首かざり。ないしは仏具として像の周囲にサfがって金の輝きを放つ仏具。それらをちぎって散らしたようなビットたち。数は8000機。
 蓮の花弁と同じ恐るべき数ではあるが、それぞれの機能はごくごく簡素で弱いものだ。大きさもわだちが人差し指と親指を繋いだ輪ぐらいしかない。多機能や攻撃機能を兼ねたわけではない、AIによって支配下にあればいいだけの、交換も容易なパーツたち。
 マザーボードからの指令を受け、密教画のように緻密な連結を即時計算で汲み上げ、庇い、守り、領域を展開するもの。
 連結・同期状は問題ないはずだ。
 ビットたちがボードに収まると――それこそ、金の小さな蓮のようであった。

 かのじょたちのからだは、必ずしも兵器でなくてはならなかったのだろうか。

『ねえ、わだち』
 ぽそっと出された声は、みょうに低かった。
「はい。なんでしょう」
 
『わだちは、きょうもいつもどおりの戦い方をするの?』
 
「いいえ」
 わだちは再び首を左右にふる。
「今回は、普段のような戦いはできません」
 ムクタ・ハーラーは同期・連結器として接続されている。わだちやキャバリアにもしものことや派手なダメージが入れば、データ損傷や最悪自壊もありえることは、連結の際に持ちうるメカニックとしての技能で悟っていた。
『そうよね!』BSsの声がぱっと明るくなる。
『そう、そうよね。だめよね、だめ、うん。わたしも、そう思う!ああいうのは、ひすいしょー』「はい」
 喋りながらわだちはコンソロールを操作する。
「味方を傷つけず。敵だけを此方へおびきよせる」
 表示されるのは今この飛行船のそばに存在する敵機だ。
「そのために、あなたの力を借りたいです」
 幾人もの猟兵が戦線に出て兵器どもを分断しているが、それでも、多い。

 ハッチがあく。
 夜叉の歯車どもがきちきちと噛み合い、くみ重なり、機心より熱を上げ、組み変わる。
 यक्ष。半神半鬼。つぎはぎの兵器。
 過去(てき)を。過去(ほろび)を。過去(ゆめ)を。
 ただ、屠ることをもとめて、大剣へとかたちを変え――キャバリア・阿修羅のもとへ、ただ戦うが神の名する機体にゆっくりと収まる。
 
「俺の希望に、応えてくれますか」
 ただ、静かに希う。
『もちろん。――応えない理由なんかないよ、わだち』
 眼前。金のかざりたちがきらきらと入ってくる逆光を受けて星図のようにまたたく。
『わたしたちは、あなたのためにいるんだから』
 すこしだけ。
 わだちは口をつぐんで。
「ありがとう、ございます」
 かくして戦鬼が戦闘空域へ降下する。

――高動状態の群れを相手にするのは難しい。

「状況フェイズ、1・散開願います」
 わだちは冴えた声で指示を出し、まずハーラーの半数ほどをある指定の位置へ散開させる。
『うん。了解、わだち』
 かよわいハーラー・ビットたちは攻撃機構を持たず、探索レーダー以下だ。無人で攻撃対象にすらならない。コヨーテどもの脇を高速飛行してすり抜け、指定のポイントへ移動する。

――味方を傷つけず。

「状況フェイズ、2・第二・第三散開――図式構築を」

 続いてレーダーの敵機群の幾つかを指定する。
 さらに何割かのムクタ・ハーラーたちが解散していくそちらへ散開していく。
『第一防壁形成。わだち、追い込むね!』
「お願いします」
 空に壁が現れる。
 オーロラが降りてきたような錯覚をおぼえさすそれは、防壁だ。
 それをあえて敵の内側に作成することによって分割、さらには。
「そのまま4時方向へ移動」
『イエス。オールグリーン!』
 ・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・・
 オーロラの波が、わだちの方に向かって進行する。
 砂場で砂をかき寄せるのに似ている。壁を立てて――無理矢理に引きずり寄せる。
 壁に対する抵抗がいくつも火を吹いて、かたっぱしから弾かれてゆく。

――敵だけを此方へおびき寄せる。

『大丈夫!』明るい報告の声がする。『計算オールクリア。当初の目的通り。オール・グリーン』
「範囲までは?」
『あと20!』
 モニターは見ない。おさめるべき敵機は眼前ではない。
 カウント開始。
 わだちはゆっくりと数を数えながら、レーダーに移り得るすべての敵機を捉える。
 ムクタ・ハーラーがさらにそこへビットの位置を細かく書き込んでいる。
 あとは、指令だけだった。
 施行を令するだけだったのに。

「俺の希望に、応えてくれますか」
 もういちど。
 もういちどだけ、とうてしまう。

『わだち、どうしたの?』
 明るい声が、きらきらと笑っている。

『大丈夫だよ――ちゃんといっしょに、がんばるよ!』

 やわらかなこえが、くるしい。
「結界防壁、軌道」
『了解!』
 オーロラの壁が消える。
 光ばかりを見ていたものたちからすれば、一瞬で暗くなったかのように感じるかもしれない。
 そして、再度。
 かがやく。
 オーロラの壁がではない。
 第一散開で散らしていたビットたちによる球形円状防壁がだ。
 ……もしも天から見ることが叶うなら、何重にもなった円が見えただろう。
 描かれているのは――防壁による殺戮結界。
 阿修羅を中心として形成された防壁。
 攻撃を防ぐための殻。
 
 たった一度。
 息は短く。

 ユーベルコード・発動。

 等活。

 ・・・・・・・・・・
 味方は誰一人傷つけず。

 ・・・・・・・・・・・ ・・
 結界内の全てが並べてを、断つ。

 区切られたがゆえに其処には敵のみが居り。
 故に真の等割が施行される。
 一振り目は盾も鎧も厭わぬ。半に。ポッドから放たれたミサイルすら違わずに。
 腕や胴あるいは頭部を切断されて、コヨーテども動きが乱れる。
 二振り目で割ったそれをさらに半分に。
 三振り目はもはや攻撃とは呼べるまい。
 とどめの一撃をさらに丹念に斬り潰す。
 陵辱と語られるほどの情もない、蹂躙だ。

 爆炎が、ほのおが、煙が――晴れる。
 破壊の余波すら、漏らさない。
 きらきらと金のビットたちが帰還するさまは、なにか祝いのひかりのようですらある。
 ……。 
『範囲内敵機――オールクリア!』
 清々しいほど誇らしげな宣言が、コクピット内に響く。
『おつかれさま、わだち!』
 こえは、どこまでも誇らしげだ。
「はい」わだちは静かに頷く。「お疲れ様です」
『うん!』「ビットの、損傷はありますか?」
 集合したビットが、マザーボードに帰還せず、ボードの周囲、ひいては阿修羅の周囲を後輪のように輪を形成する。
『想定内の微弱なものよ、だいじょうぶ!』 
 うきうきとした返事。
「想像以上の、出力でした。ありがとうございます」
『わあ!』わだちの賞賛を受けて歓声がコクピットの中をはねる。『ほめてくれるの?うふふふ!ありがとう!!』
 自分の頬を自分の両手で包んで、よろこびに飛び跳ねるイメージ。
『すごい、すごいのねえ、戦場――わたし、ビットで隙間を通るの、どきどきしちゃった!』
 はしゃぐ声音。

 ……。
 嬉しいのだろうか、とわだちは思う。
 朽ちるかもしれない戦場。自分のうちがわで命の奪われるこの場所にあることが。

『わだちもね、わだちもね、かっこよかったわ!ずばばーん、どおーんって!』
「そう、ですか。ありがとうございます」
『どういたしまして!』ほがらかにこたえ、少しだけ間を開けた。
『連携母機キャバリアのチェック完了、うんうん!わだちも無傷で、わたし、うれしい!』
「あなたが、がんばってくれたおかげです」
 命を奪うことに加担するとしても。いずれ自らが機械としての期限より前に朽ちるとしても。
 それでも。
 誕生からの使命を果たすのは、おそらく代え難く、喜ばしい――かも、しれない。
 
『そりゃあがんばるわよ!わだちがいっしょにがんばってくれるんだもの』
 純真無垢な親愛のことば。

 こんな純粋ないのちが、やがて戦場でほのおにまみれるのだろうか。
 こんなかがやけるものが、やがてさまざまの苦痛を肩代わりするのだろうか。

 わるつがしてくれたように、だれかに、ささぐかのようにいのちをわけあたえるのだろうか。
 
『わだち?』
 飛行するキャバリアのなか、ふしぎそうな声がわだちをうかがう。
『だいじょうぶ?わたしは、だいじょうぶだけれど――一時帰還する?』
 
 ――。

 かなしいとは、おもわない。
 そうとも、悲しいとは思わない。

「いいえ。大丈夫です」

 わだちはかぶりを振る。

 ただ。
 だれかをおもい、だれかとむきあい。
 だれかのことばをよろこんで。だれかのために全力を尽くす、この、たましいたちが。

「作戦を、続行しましょう」

 もしも、もしも。

『うん!』

 それ以外を望むなら。
 赦されてほしい、とも、思うだけで。  

成功 🔵​🔵​🔴​

月水・輝命
【華月】
兵器、性別やわたくしの呼び方はお任せですの。
ママ、は流石に恥ずかしいですが……!

どのような世界でも、AIだとしても……生まれた命だと、わたくしは思います。無意味に葬られて良いわけがありませんわ。失われていい命は無い……放ってはおけません。
浮かぶのは、最初の主である姫巫女様。
国を守りたいと願っていたのに、老いで力が弱まり、家族に命を奪われてしまった。守りたくても守れなかった、人。
『……大丈夫かえ?』
……大丈夫ですわ、お狐様。

あら、あなた達は……あぁ、ごめんなさいね、志桜さん、ユアさん。朱希ちゃんと関係がある気がして、つい。
袖振り合うも多生の縁。よろしくお願いしますわ。

さて、わたくしの鏡で皆さんを乗せて、とも考えましたが、どうやらその必要はなさそうな?
名乗り出て下さった機械に乗り、うつしうつすもの、参りますの。
遊撃はお任せを!残像や見切りで撹乱し、敵の注意をこちらへ引き付けつつUC発動。
志桜さん達も、AIの皆様もオーラ防御で守ります。
だって、皆様は、命ある存在ですから。


荻原・志桜
【華月】
ママ?
えっ、お母さん? わたしが?!
えと、ううん、驚いただけだよ
キミの呼びやすいようによんでほしいな

生まれたばかりの子
AIだからとか関係ないよ
いまを、生きてるんだから
ひとりは寂しい、すごく、わかるもん

嘗て魔女を夢見た幼子は奇異の目で見られて虐められた
でもひとりの魔法使いと出逢い世界は変わって
親しい人が増えて、いとしい人ができた
だからいまは寂しくないよ。キミもいるしね!
ユアちゃんだ!それと輝命ちゃん?
とても心強いよ。よろしくね
みんなと一緒なら大丈夫

空中戦? ふふーん、誰に言ってるのかなぁ
魔女は空だって自由に飛べる!
いつもと違うけど問題ないよっ
輝命ちゃんサポートよろしく!
ふふ、ユアちゃんも頼もしいなぁ

杖に乗りふわりと浮いて空を翔ける
AIの子も一緒に連れて行けそうだったら共に
詠唱を重ねて周囲に数多の魔法陣を展開
緋色に染まり焔纏う剣を複製して操り斬り裂く貫く!

こわい?ううん、大丈夫
ユアちゃん、輝命ちゃん。それにわたしが傍にいるよ
それにキミの仲間だって近くにいる
キミだって、ひとりじゃないよ


月守・ユア
【華月】
なんかすっごく元気のいいこって
初めまして、こんにちは

戦場にいく気が満々なら拒みなんてしないさ
一緒に駆けていこうぜ?

あー、でも…ママはなしだ。柄じゃない!
ふっつーに名前で呼びな?”ユア”って
今日からキミはボクの戦友だよ

・連れる兵器の型
僕を乗せて空を素早く飛べる子
ボクは接近戦が得意だから、支援してくれる子を希望

魂の在処がどこかなんて大事な事か?
言葉があり
感情があり
誰かを求めるなら
その全てが生きとし生ける者の魂の形だ

僕は生を祝福されなかった忌み人
そんな僕が今生まれた奴にしてやれる事は
その事実を全て肯定してやる事だけ

共に戦場を飛び回るだけだよ
――いつかどこかで失った翼の代わりになってくれ…って

志桜さんは…久しぶり、だねっ
輝命さんは初めましてか
ふたりとも頼りにしてるよ
面白い戦場になりそうでワクワクするな

さ。行くよ

刃に生命力を奪う呪詛を携え
固い敵のガタイは力溜めをして部位破壊を試み
隙あらば貫通攻撃で仕留めにかかる!

2人が攻撃放ちやすいように連携は心がける
守りは2人に任せ攻撃に集中するスタイル



●華月のうつくしさをしらないぼくらに

 ぱんぱん、と軽い調子で月守・ユア(月影ノ彼岸花・f19326)は両手を払った。
「よぉ〜〜〜し、わかったかチビども〜〜〜〜」
 はぁ〜〜〜〜〜い。
 ヘロヘロになった声がユアの足元からする。
 ひっくり返って腹を見せているのは簡易潜入接敵機と護衛式空域高速移動ビークル、そして索敵マーカー展開機たちである。

「かわいいかわいい女の子を捕まえてママ呼びは〜〜〜???」
「ダメ〜〜〜〜〜〜〜〜」
「よろしい」
 ユアは深々と頷く。

「まっっっっって!!!!」
 腹を見せていた簡易潜入接敵機がくるりと悪びれず元通りに起き上がる。
 形としてはサーフ・ボードにそっくりだ。ひとつ違うことといえば、真ん中両脇に機翼があって、上からみるとカモメの飛影のようにも見える。簡易重力機と自動飛行を兼ねそなえており空中を、海を渡るかのように飛び回ることができて便利、というのがユアの採用理由である。
 この中では一番元気がいい。
 採用、理由ではあるが。

「あのねママといってもこの場合ねおかあさんといういみじゃなくてこのばあい」懲りてなかった。「それでもナシ」両手を腰に当てきっぱりと言い切る。
 ……呼び方がダメだったので説得(物理)となり、このような形になったわけである。

「屁理屈こねんな」そのまま上半身を折るようにして体をかたむける。サーフボードにしか見えないので、どこが目なのかもわからない。
「恥ずかしい、柄じゃない」「ふぇ〜〜〜〜〜〜??」「ふぇーじゃない、ふぇーじゃ」
 ユアはため息をついて後方を振り返る。

「でしょ、輝命さん、志桜さん」

 ふふ、と笑いをこぼしながら頷くのは月水・輝命(うつしうつすもの・f26153)である。
「どう呼んでいただいても結構ですけれど…」「ほら!!!!」サーフ・ボードが大きな声を出す。
 銀髪をさらさらと揺らしながら、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「ママ、は流石に恥ずかしいですね……」「ほら」こんどはユアがサーフボードをもう一度見る。
「ふぇ〜〜〜〜」

「ママ……お母さん……!」
 その隣できゅっと杖、春燈の導を握るのは荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)である。

「え、何」ユアは思わず志桜を見る。
「志桜さんはオッケーなの?」「オッケーっていうか、驚いただけっていうか……」
 すかさずユアの脇を飛びぬけて、志桜の方へゆくのは索敵マーカー展開機である。
 こちらは手のひら大の桜の花びら…とたとえるのが最も近いだろうか。
 光化学明細を利用できるため、独特の淡い七色の光沢を見せながら志桜の正面に1機、周りを4機が飛び回っている。
「私が、お母さん……!」
 杖を握ったまま何度マーカー展開機に向かって頷く。
「まま……!」
 見つめ合う索敵B式マーカー展開機と志桜。
 うん。
 これはママと呼ばせたらいけないやつ。
 ユアはしっかりと察して志桜の正面にいる一機をひっつかんでこれまた覗き込む。「そーゆーことだから」
「わかった?ママが大事なら、ママーって呼ぶとああやって頑張ろうと負担かけちゃうから、違うのにしな」
「あい……!」
 ユアが手を離すとマーカー展開機は大人しく再び志桜の周りを漂いはじめる。
 Bショットが元気いっぱいならこちらは大人しくて思い込みが強い方である。

「ええ〜〜〜〜じゃあどうやって呼んだらいいのかな〜〜〜〜〜……????」
 ひっくりかえったまま動かないのは護衛式空域高速移動ビークルだ。
 人一人が中に座ることのできる巨大な輪…というとわかりやすいだろうか。輪の中央よりやや下に座席となる棒が渡されており、そこに腰掛けるタイプである。要人の護衛ように設計されているため、障壁装置が併用されている。
 いわゆるエア・バイクの一種である。フレームの太さは女性の胴ほどもある。さまざまなセンサーなどが集結されているため、中に座って飛行してもほとんど空気やのGの抵抗はない。
 性格は…おそらくこの中では一番普通であるが、ご覧の通りすぐ考えることを放棄するタイプである。横になったまま動こうとしないあたり、疲れた子供が大の字になっている感が否めない。

「いや、ふっつーに名前で呼びな?」ユアはつま先でつんと高速移動機をつつく。「“ユア”って」
「えっ!!!」潜入機。「……え」マーカー展開機。「え!」高速移動ビークルが起き上がった。

「「「いいの!!!!!!!!!!!!!!!!!!???」」」」
「ちょっいっぺんに寄ってこない!!!」
「個人名(プライベート・ネーム)いいの!!!?」潜入機がユアの胸先まで迫る。「こら、ボード、危ない。キミの先結構するどいよ」「あっごめん!!!!』

「個人名ってそんなにうれしいの?」
 志桜はマーカー展開機に近づいて見つめる。
「うれしい」「そんなに嬉しいんだ」「そんなに、うれしい」桜の花弁が縦に横にくるくると回る。「そっかあ」素直な反応に志桜は嬉しくなってにこにこ微笑んでしまう。
「じゃあわたしも、名前を呼んでもいいよ」「いい、の」「うん、いいよ」桜の花弁が指で弾いたqコインのような豪速回転を始めた。ブゥーンという音まで鳴っている。

「ぼくたちにとって、使用者はぜったいで、いろーんな情報のあんぜんを確保することが優せんだから、個人名はたからものなの!」高速移動ビークルが輝命の傍までやってきてエンジンをころころ鳴らす。
「あら」
 輝命は人差し指を伸ばしてそのふちに軽く触れた。
「どのような世界でも、AIだとしても……生まれた命だと、わたくしは思います」
「きせんはない?」
 ………。
 いのちの、優先順位。
 輝命の胸が、すこしだけ疼く。
「ええ、きっと」「ファ〜〜〜〜〜〜???」傍の狐がそっと輝命を見上げた。

「ままだなんだっていってきたけど、要はやる気があるんでしょ?」
 ユアはそれらを見渡して、ニッと笑う。
「じゃあ、今日からキミはボクの相棒」ユアは潜入機の腹を軽く叩く。「相棒なら――名前くらい呼ばないとね」
「ユア〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「よおしそうと決まればいくよ、潜入機」ユアがすばやく身を翻すとサーフ・ボードが降下して乗りやすいよう位置を調整する。「やった〜〜〜〜〜〜ひとの重み嬉しい〜〜〜〜〜!!!」「重みとかいうな」タラップに足をかけたついでに軽く蹴りを入れたところで身を止める。
「輝命さん…のほうも移動は大丈夫そうだね」
「ええ」輝命は軽く頷いて、今腰掛けたばかりのビークルのふちを軽くなでる。「なかなか乗り心地が良いですよ」「いいな、今度そっちも乗せてもらおうかな」「ユア〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」「はいはい」
「えーと、志桜さんは」
「移動手段ばっちり」志桜は両手で持った杖を掲げる。「魔女は空だって自由に飛べる!」
 それからすぐ掲げた手を下ろして右ては杖を握って、左手でピースサインをしてみせる。
「いつもと違うけど問題ないよっ」

「それじゃ――あらためて、どうぞよろしく、だ」
 ユアはかるくウィンクをして、サーフ・ボード、足元のペダルを踏んで、ギアを入れる。
「まずボクが突っ込んでって――支援はそっちにお任せ。大丈夫?」
「はい」輝命が頷き。「まっかせて」志桜が胸を張る。

「いくよ〜〜花弁ちゃん!」志桜もすかさず杖に腰掛けて浮かび上がる。
「花弁ちゃん?」ユアが相好を崩す。「名前つけたのか。らしいなあ」
「確かに花弁っぽいですものね」輝命も口元を押さえてくすくすと笑いをこぼす。
「キミは名前欲しい?ボード」「もうそれが名前っぽいからそれで!!!!」「元気なこって」
「あなたはいかがですか、ビークルさん」「ビークルさんのままがいいでえす、輝命さん」
 輝命は口元から手を離す。
「まま“が”?」「うん」は穏やかに返す。

「名前がないほうが、いつか壊れても忘れてもらえるもの」

 ――……。

「そんなこと言わないでください」
「猟兵さんってやさしいなあ」移動機がくすくす笑う。「ぼくら、しあわせモノだね」



 あるところに魔女を夢見たこどもがいました。
 あるところにうまれついて死の力を宿したこどもがいました。
 あるところに国を守ることを願う巫女がいました。


「花弁ちゃん、こわくない?」
 志桜は花弁を見る。「こわい?」花弁の5枚ともがぴったりと志桜に沿うように飛行を続けている。「こわくは、あんまりないかも」花弁が散開し始める。

「ここはみんなほろぶところ、ぼくらがつかいはたされるところ――終点、おしまいの地」

 せんそうをしよう。せんそうをしよう。
 たたかって、たたかって、ほろぼそう。ほろぼしあおう。
 死と業と身勝手をぐちゃぐちゃに混ぜた戦争が、そこには、ある。

 索敵マーカー展開機は、志桜の魔術と連結されている。
 索敵機の通り、攻撃手段を持たないその機体は、情報収集に特化している。

「とくにぼくは、きっとまっさきにおとされるって、データでしってる」
 浮かべた魔法陣に情報が展開される――敵機の数、位置が立体的にマーカーで提示される。

 魔女を夢見たこどもは周囲すべて奇異の目で見られて迫害されます。
 いしをなげられる?そんなものではありません。そんな程度ではありません。

「じょうほうしゅうしゅうきはやっかい。ぼくが、優秀なしょうこ」
 桜の花びらが散開する。索敵範囲が広がる。

 こどもはくらいあめのひにはひざをかかえます。だれもいない、だれもいない。
 外に出ればあめがたたいてくるのです。
 え?あめなんかふってない?
 いいえ、ふっているのです。どんなあめよりおそろしいあめが。

「だから、えっと、おやくにたてないまま、おちるのは、いや」

 お前の居場所なんか、どこにもない。

「――今回は」
 志桜の唇から、しっかりとした声が出る。
「少なくとも、今回は落ちないよ」
「しおさま?」「輝命ちゃんも、ユアちゃんも頼もしくって、強いんだから」
 見ててね、と息を吐き
「生まれたばかりの子」
 吸う。

「AIだからとか関係ないよ――あなたは、今を生きてる」
「いきてる?」



「信じらんないかもしんないけど、キミたちは生きてるんだよ」

 ユアは刃を抜く。
「わああああ待って待ってマジでまって!?突撃ってそゆこと???おとりじゃないの????単騎?単騎突撃!?」
「そーだよ」ナイフのきらめき、速度がかかるユアにかかるGを調整してくれているのを悟りながらくつくつ笑う。「頑張れ相棒」

 きっと、もっと色々とやりようはあるのだろう、とユアは思う。
 けれど。

 死の力を宿したこどもは一族郎党より排斥され疎まれ汚れとされます。
 腕が曲がる?足が折れる?そんなものではありません。そんな程度ではありません。

 生きていることを、生まれたことを祝福されなかったこども。
 そんなこどもか――そんなところからはじまったこどもが。

「ここからの軌道報告、前方敵機一体、そいつをぶち抜く、迷わずストレートで行く――いいね」
「あい、あい!!!」
 刃に纏うは生命力を奪う呪詛。
「まずは部位破壊――隙あればぶち抜く、これもいい?」
「おっけーーーー!!」

 くらいよるには背中がうずきます。うまれたときからの傷がしくしくとなくのです。
 こいしいよう、こいしいよう。どうしてあの月まで、とどかないの。

 かつての自分と似たように、今いわいもないまま命を否定される子供にできること。
 あのときの自分に、だれかからしてほしかったこと。

「いつかどこかでなくした、翼の代わりになってくれ」

 あなたにだって価値が――かけがえのない、なにかができるのだということ。



「いきていること、というのには――それだけで、かけがえのない、価値があるんです」

 しぼりだすように、輝命はささやく。

「きせんはない?」
 繰り返される。

「だと、思います。――失われて良い命なんかない」

 国を守ることを望んだ巫女さまは、いっしょうけんめい勤めましたしたが――とうとう力を失いました。
 家族郎党額を寄せあいそうだんします。
 役立たず、どうしようもない、なんの力もない。
 巫女様だってそれを知っています。わかっています。

 できることならなんだってしたいのになにもできない。

「ほんとうにそう?」
 ビークルが問う。

「ほんとうにそう?うしなわれていい命は、ないかもしれないけど、そこで止まっていいの?」
 無邪気な問いが胸を引っ掻く。

「順序はあるよ、いざというとき、ぼくと輝命さんのいのちとどっちがゆうせん?」

 石を投げられる?暴力を振るわれる?そんなものではありません。
 そんなものではすみません。
 鏡はそれをちゃんと覚えています。うつしうつされうつしつづけたのですから。
 それしかできなかったのですから。

「ぼくはそのばあい――輝命さんをゆうせんするのは、いけないこと?」

 それいがいのなあんにもできなくて。
 とうといひとを、みすみすしなせてしまったのですから。 

『……大丈夫かえ?』
 細い声がして、輝命は隣を見る。狐が一匹、寄り添って、見上げている。
「……」眼下には、戦争。
「大丈夫ですわ、お狐様」「ほんとうにだいじょうぶ?輝命さん」
「ええ、大丈夫ですよ、ビークルさん」

 命令は戦争。使命は戦争。宿命は戦争。勅命は戦争。運命は戦争。
 戦い、争い、どちらかなにかがほろぶまでの、ほろびつくすまでのはて。
 しんでくれ。
 しんでしまえ。
 しんでしまおう。
 場のすべてが、さけんでいるようだ。
 胸の奥の呪詛が、ざわざわとくゆる。くゆって、たゆたって、なみうつ。
 このばには――悲しみが満ちているといったら、二人は聞いてくれるだろうか。

「ごめんなさい。ぼく、失礼な質問をしたから」
「いいえ」輝命はかぶりを振る。「大事な質問だとおもいます」

 いざというとき、いざというとき。
 あの巫女様と、ご家族様と、どちら――と、言われたら。
 いざというとき、いざというとき。
 朱希と自分と、どちら、と言われたら。

 ヤドリガミだからこそ、選んでしまう選択肢は――ある、だろう。

 花弁の展開データは共有され、輝命の鏡にも転送されている。
 敵機数。ユアの向かっている方向。志桜の対応可能な敵機数。
 輝命もそこに――加わる。円を描き、陣を描き、むすぶ。
 花弁がそれを感知し、マーカー図を新たに書き換える。

「でも、ビーグルさん。その質問は――すこし、意地悪です」
「そう?」

「もうひとつ、選択肢があります」



「キミは戦場をこわがっていいの」
 志桜は胸を張っていい。
「こわいって叫んで、わめいて、行きたくないって、ひとりはさみしいって言ってもいいの」
「へいき、なのに?」「兵器“でも”」優しく言い換える。

「嘗て魔女を夢見たおんなのこがいて――奇異の目で見られて虐められた」
 
「でも――その子供は、ひとりの魔法使いと出逢った」
 すぐたしなめる。名前を呼ぶと、先生と呼べと言われる。
 名前で呼びたかったしすぐ呼んだ。先生と呼べと言われるあのやりとりが――好きでも、あった。
「信じられる?たったひとつの出会いだよ。――それで世界は変わって」
 思いの数だけ魔法陣に刃が増えていく。
「親しい人が増えて」
 流石に高エネルギーの発生に気づいたキャバリアどもが向ける銃口を、駆け寄ろうとふかすブースターを、翼のある鳥のように――いや、それよりももっと自由な風のような、一陣が、次々にずらしてく。

「いとしい人ができた」

 いつのまにか、志桜は手を握り込んでいる。
 雨の音。涙の音。どこにも出られない牢屋のような音。

「落ちてしまうことばかり考えないで」

 死地しか居場所を知らないこどもたち。

「離れてゆくことばかり考えないで」志桜もかつてそれを考えていた。

「どうして?」桜の花びらが、きらきらと空に光っていく。
 いくつもの分析粒子。そして狙い通り敵をおとすためのマーキングのひかり。
「いつかしんで、わかれて、かなしくならない?」
 ――……。
「なる」
 嘘をつかずに、素直にいう。「それはなる、絶対なる。かなしいよ」
「でも」
 思う、ひとつを思う、思ってくれるだいじな人。
 
「――心に、寄り添いあうってことが、できるんだよ」
 そのひとに、教えてもらったことを、贈る。

「それは、できる、できないじゃなくて、したいってだけでも――すごく、すくわれるんだ」

 はなびらの沈黙に――ことばをそそぐ。

「だいじょうぶだよ」



 コヨーテの首がとぶ。
「ヒュー!!!!!!」サーフ・ボードがはしゃいだ声をする。「ユアないっしゅー!!!」「どんなもんだって」続き向けられる銃口に「ボード右ッ!!」「あいあい!!!」サーフボードは差し出された銃口を軸に、まるでそこに見えない波の輪があるかのように大きく体を傾げる。天は地に、地は天にすると当然、乗っているユアも体は斜めに、なんなら地平線と水平に並び逆さまになるのだが――落ちない。
 どころかままスピードだけを浴びる。「いけボードそのままエンジンぶっこいて!」「いぇあーーーーー!!!」通常のサーフ・ボードではあり得ない直角飛行がキャバリアめがけて炎を浴びせる。「ナイス目眩し!」「ヒュー!!!!わあい褒められちった〜〜〜〜〜!!!!」

「“たましいは、いつ、どこからなら存在すると思う?”」
 ブーストをかけたまま突っ込んだ次機の右腕、装備した銃の銃身に沿ってナイフをふるって真っ二つに切り割る。「なあにユア、哲学的〜〜!」「……遠慮がなくなってきたな…」

「おぼえといてってことだよ」
 風の中に、言葉が吹き散るのも構わずに告げる。
 
「言葉があり」らしくない。言葉をつくすのなんか。
「感情があり」らしくない。感情を説き尽くすのなんか。
「誰かを求めるなら」らしくない。定義なんか、語って聞かせてやるのなんか。

「その全てが生きとし生ける者の魂の形だ」

 おしゃべりなボードが、そこで露骨に黙り込んだのがわかった。

「データでも?」「おしゃべりしてる」一閃。今度は脚部を切り落とし。
「プログラムでも?」「ボクにしかられて凹んだくせに」一閃。別の機体の右肩に一撃を叩き込む。
「誰かをもとめるのが、仕組みでも?」「それ」かざされたナイフを掻い潜って。
 手首からそれを切り落とす。

「キミにとっては信じられないこと?」
「――ううん」

「じゃあ、大丈夫だ」

 今は縦の円形飛行――その頂点。
 ひっくり返りの天地に、炎の剣が輝いている。

「大丈夫だよ」



「ね、見えますでしょう」
 苦しい胸の奥から、息を吐き出すように、ささやく。
 あるいはそれは――自らに対する祈りのようにすら。
 頼っても。そうとも。だれかを頼ってもいいのだろう。
「輝命さん?」

「どちらか――ではなくて、全部望んで良いのです」
 輝命は常にどちらかを考え夢を見ない戦場のちいさないのちに語る。

「その、理由が、ですわ」



「だいじょうぶだよ」
 志桜は撃墜の夢しかみないちいさな命に語る。
「あなたは――きょう落ちない。ユアちゃん、輝命ちゃん。それにわたしが傍にいるから」
 炎の剣。
 願わくば――大事なものを焼き払うでなく。
「きっとあしたも落ちない」願いを懸命に吐き出す。「キミの仲間だって近くにいる」



「大丈夫なんだよ」
 明るく振る舞いながらも兵器だから、ゆらいでしまうちいさないのちにユアは語る。
「だってキミたち、シリーズだろ?」
 なんてことのないように、あかるく、軽く。
「みんな同じこと考えてるとは思わない?」
 ――彼女なりに、水に移る月、風に舞う花を真似て、やさしく。
 煙草の火を分け合う、あのように――すこしだけ、悪戯っぽく。


 
 かつてひとりだったこどもたちは――そうして、いまをいきるひとりだとおもうこどもたちに、かたる。
   
 きみだって、ひとりじゃないから。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

セラ・ネヴィーリオ
はーいイェーガーだよーぴーすぴーす!
おっけー了承(らじゃ)っ!
僕、飛ぶの苦手なんだけどびゅーんって行ける子ー誰か手伝ってくれるー?
選ぶのは自立飛行型狙撃砲のあの子!
呼び方お任せ、迷うならお兄さんでいいよ!

あっははは!!!たかーい!はやーい!!
一頻り飛び回ったら迎撃へ
敵射程外から着実に狙撃してもらおう
届かないところやっつけてくれるのかっこいいなあ

まあ買うよね、ヘイト
そんな時はエコー!【残月】さん!
お願い。僕らを守って

(視えなくても)
魂の在処は、
生きようとしたところから始まってるし、
何にも代え難い願いで叫ぶなら、
それは生きてるって言えるはず
誰であろうと、ね

「そ、出し惜しみなんて勿体ない。でしょ?」



●尽力をおしえて

「はーいイェーガーだよーピースピース!!」

 1分間に125カット。
 つまり60秒どころか0.5秒ごとたまにそれよりも速くシャッターが切られたことになる。
 うひゃー!セラ・ネヴィーリオ(セントエルモの残影・f02012)もさすがにそこまでの経験はなかった。
 兵器たちは推しアイドルが現れた一般人のような盛り上がりをフロアで見せる。
 ……いや、ようなではない。まんまだ。
「おっけー了承(らじゃ)!みんなやる気まんまんってことだね!!」
 セラがノリでセイ・ヨーホウ!と呼びかけると素直にヨーーーーーホウ!!!!!と返して歓声が湧く。戦場にあり得ないハイテンションだった。
「さーてだれを連れてったらいいかな〜〜〜〜〜〜??」
 セラは思わず腰に両手を上げて並んだ兵器たちを見つめると、途端にフロアがさらなる爆沸きを始めてしまう。誰だって連れていってほしい。それはそうなのだ。まるで雛鳥の群れだった。どこぞの海のレースがよぎり、セラははっと背を伸ばした。黒回転はまずい。
「僕はセラ!セラ・ネヴィーリオ!」
 兵器の話を聞いてあげたいのは山々だがぜんぶ聞いていると船が沈んでしまう。「呼び方おまかせ!迷うならお兄さんでいいよ」
 そういう時はご指名を入れる以外にどうするか。
「えっと、普段は、歌を歌うことが多くて――それから飛ぶのが苦手、なんだけど」
 条件をだすのである。
「びゅーんっていける子〜〜〜〜、誰か手伝ってくれる〜〜〜〜〜〜〜〜!!!?」
 兵器たちが顔を寄せるかのように身を寄せ合う。
 それがやっぱり雛か自分より幼い子供のようでかわいらしい。
 わかる。そういうときは相談するよね。セラの内に共感が湧く。

――たましいは、どこからそんざいするとおもう?

 あの剣士さんは不思議なことを聞くなあ。
 セラは相談する彼らを見ながら想う。

「は〜〜〜〜〜〜い!!!!」
 明るい声で一機の兵器がセラのもとへ飛んできた。

「はいはいはいはいはいはいはいはーーい!」
 それ全体の高さはセラの身長ほどだ。かもめや鳩が翼を広げた姿をそのまま正面からとらえたような優雅な流線形。凹の形を可愛らしく丸く整えたデザインと言っていいかもしれない。
 出っ張りの部分はちょうどセラの腰くらい。音声を拡散するためだろうスピーカーが左右ひとつずつと小さいカメラが備え付けられている。凹みの部分が人間を乗せる場所らしく、いざというときに捕まるためと思しき安全棒のついた、人一人が立って少し余裕がある程度の円形になっている。
 ……いずれにせよ、戦場には少々似つかわしくないように見てとれた。
「ぼくさいしんしき!最新式だよ!!へいカモン!イェーガー!!!」
 兵器はセラの周りをぐるぐるとんで、やがて正面で停止する。
「えと」セラはおもわず目をぱちぱちとやる。「どちらさま?」

「演壇式自立飛行狙撃砲台・ポディウム・ピジョン・ライフルでーーーーす!!!」
「えんだんしきじりつひこうそげき…???」
 セラは小首をかしげる。

「ライフルってことは銃なんだよね??」ぱっと見銃機はないように見える。
「おなかにあるよ!!!」
 凹みの部分、その下腹部の底辺が開いて――白い機体にに使わぬ黒い砲身がぬっと現れる。 「わっ」ぶちかりそうになったセラはそこから2歩下がる。

「演壇式自立飛行狙撃砲台――ええとね、つまり、軍隊で隊長がおしゃべりしたときの声をひびかせたり、不法侵入者に対して警告したあとドーンってやる兵器」
 それから兵器は横になるような姿勢になって人が乗るであろう部分の内側を見せる。

「なんとさいしんしきなのでうちがわには擬似重力で搭乗者がふりおとされないよう安全をかくほ!簡易B系ぼうへきが張れることで一回二回だったら安全もかくほ!今まで演説といえばやっぱキャバリアにのって音声で放送とかカメラで共有ライブ配信とかだったんだけどこの兵器はやっぱりえらいひととかかわいいアイドルは生で見たいよねってコンセプトのもとに設計されているからそこらへん安全性というか強固にできてるうえにこっち側にはカメラがついてて壇上の演説者とか戦慰訪問アイドルとかのふだんはみれないかくどからの写真もパシャできるっていう兵器にしてはありえん機能ついてる上に無駄に無線で写真共有可能なのだったらその場でぷりんとして配れよってぼくおもわなくもないけどでもおしりの緊急高速ぶーすたーが超こうせーのーで搭乗者が狙われた時に緊急避難できるようにあほみたいにスピードが」

 何を言ってるか途中からさっぱりではあったのだが。
 セラはおもわずくすくすと笑い出してしまった。
 彼のはしゃぎっぷりは揺蕩っていた魂がセラに話しかけられて、かたちを思い出した時のそれ似ていた。あるいは、仮そめとして、何かに宿ったときのそれだろうか。
 いや。
 先ほどと同じだ。
 ようだ、どころかそのままだ。
 セラにとって、彼らは。

「大丈夫、大丈夫」
 セラは言いながら兵器へ手を伸ばす。
「僕はきみを疑ったりしないし、不安になんて思わないよ」
 セラは微笑めば、兵器は翼の両サイドにあるカメラが回転させてこちらの顔をとらえる音がする。
「安心して」
 微笑んで、力強く肯定する。
 うまれたばかりなのに、襲われるこどもたちへ。
「サポート、よろしくね」
 兵器はセラの意図を察し、もう一度機体をかしげなおす。
「――うん!」


  
 演壇式自立飛行狙撃砲台・ポディウム・ピジョン・ライフル。
 アイドルや要人を乗せて無防備にも身を危険に晒しながらも人々を鼓舞す象徴を『演出』するための装置である。
 つまり。
 
「あっはははははははははは!!!!!!!」
 重要人物の警護のために――恐ろしいほど機動力に長けていた。

「わ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜すごいすごいすっっっっっごいはやーーーーーーーーい!!!」
 ポディウム・ピジョン・ライフルの横幅は、コヨーテの胴体部分よりやや小さい。
 これがバリアをオンにしながら、戦場をめちゃくちゃに横切るのである。
 速さとは力である。どこかで聞いたセリフを思い返さないでもない。
「や〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜んお兄さんお兄さんやめてええええええ安全バーから手を離さないでえええええええええ!!!!!」
 両手を上げて笑い声を上げるセラに兵器の方が悲鳴を上げるくらいである。
「だいじょーぶだいじょーぶ!なんとか防壁があるんだよね?」
「簡易B型防壁ィ!!!!」涙目の顔が浮かぶような訂正が返ってくる。
「たしかにでっかい主砲ぐらいなら一発耐えられるからけっこういいけどおおおおおお」
「だいじょーぶだいじょーぶ」
 もう何回目の大丈夫かわからない大丈夫を優しく口にしながらセラは風に身を任せる。
 縦に横に前を後ろに時には天地すら逆さにするが、セラは一切異常なGを感知しない。視界はどうしても揺れて乱れるが、たとえばエレベーターや飛行機で感じるような、圧は一切ない。遊園地にあるマジカルハウスに似ている。自分は入った通りの家に立ったまま、ぐるぐるといえの中の上下や左右が入れ替わる感覚だ。
「こうやって飛べば――飛行船に群がってるcoyoteたちをこっちに引きつけられるでしょう?」
「そうだけどおおおおおお」
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
 セラは優しく微笑みながら、兵器の安心のために、安全バーを握る。
 さきほどの、あの対面で。
 無理矢理たくさんおしゃべりをして不安をかくすところが、ほんのちょっとだけどこかの誰かさんぽく思われたのだ。
 自信をつけてあげるにはどうしたらいいか――必死に考えた、作戦だった。
 できた、と思える経験をさせてあげること。
 それしかないと、思ったのだ。
 
 上を下に右を左に縦を横に――まわる、まわる。
 こちらを見たcoyoteの数を認識する。ひいふう、みいよんいつつ――距離を保ちながら。
 何機がこちらを向いていて、一番近い機体はどれか。
 把握したところで。
「よし、そろそろ迎撃に回ろう」
 セラは優しく合図を出す。
「あいーーーー!!」
「大丈夫、大丈夫」何度でも繰り返す。

「きみなら、できるよ」
 
 第一砲撃が放たれる。
 弾数が尽きないことを優先したが故に、威力としては一発でキャバリアを落とせるほどではない。
 装甲をいくつか剥がし、あるいは腕や脚部に損傷を与えることはできるが、そこまでだ。
 第二砲、第三砲撃。
「じょうず、じょうず」
 背面やこちらへ向かう脚部、あるいは腕を撃たれながらもcoyoteどもは向かってくる。
 今先ほどの飛行で、だいたいの目算にはなるが装備の距離感はうっすらと把握しているし、AIもある程度は学習しているようだった。その証拠に一番警戒すべきミサイルポッドを構えようとした個体から狙撃砲を放っている。

 ごうごうと戦場にひびく音に――なんとなく、胸がざわざわする。
 満ちているのはよろこびだ。
 出ているオブリビオンたちは、みんなみんな、とても嬉しいと思っている。
 
「届かないところからやっつけてくれるのかっこいいなあ〜〜」
 素直な感想を口にする。
「でもさすがに一機ずつおとす作戦難しくなってきたよぉ〜〜〜〜!!」
「まあ、そりゃあね」
 頷く。「ヘイト、買うよ」「ふええ〜〜〜〜〜〜ん!!!」
 
 どのオブリビオンたちも、戦いを待って、戦いに焦がれて、戦いを望んで、そうして迎えている。
 なのに。

 その喜びのむこうに、かなしみのようなねいろをしんと感じるのはなぜだろう。
 いつもは余裕のある武闘家の魂が妙にむっつりと黙り込み不機嫌さを隠しもしないのも、この奇妙な不安に拍車をかけていた。

「大丈夫、大丈夫」

 いくらでも言う。

「そういうときは、助けてーって言えばいいんだ」

 ウィンクをひとつ。

 エコー。
 彼に寄り添う魂たちに呼びかける。

「【残月】さん」
 
 セラの呼び声を受けて、金髪を揺らし、そのひとが現れる。
 セラの左。ピジョンの翼部分に腰掛けて――兵器どもに目を細める。
――彼が渋い顔をする訳、ね。
 唇がつぶやいた言葉を問おうとするより先に、金と銀の短剣がずらりと並ぶ。

「お願い。僕らを守って」
 
 勿論。と返事が返る。


――この場にいる、すべてのたましいたちのためにも。 
 
 ――……。
 セラが彼女の言わんとすることを察するのと同時に、長い爪を乗せた優美な指先が振り下ろされる。
 金と銀が、光の尾を引いてそそがれる。

「たましい?」
 ぽろ、と兵器がこぼした。
「えと、むこうのオブリビオンには――人間の搭乗者は、いない、みたいだけど」
「ううん」
 セラはかぶりをふる。

――たましいは、どこからそんざいするとおもう?

「魂っていうのはね」
 手をのばして、いまじぶんをのせてはこぶひとつに伝わるように、カメラのそばを撫でる。
「生きようとしたところから始まっているし」

 せんそうを、しようよ。
 風に乗って、声が聞こえた気がした。

「何にも代え難い願いで叫ぶなら――それは、生きているっていえるはず」

 いま、じぶんのために全力を尽くしてくれたひとつをたたえるために。
 そして。

「誰であろうと、ね」

 かつてなしえぬまま死んでしまって。
 それを後悔する苦痛に留まり、味わい続けながら、そこにあって、ありつづけて、あらがいつづけて――支えてくれるそのことが、無駄ではないと肯定するために。
 だれかさんはだまったまま答えない。

「そうなの?」
 まだ、半信半疑の問いがある。「そうだよ」セラは頷く。
 大丈夫。何度でも言う。

「だから――出し惜しみなんて勿体無い。でしょ?」

 応、といういつもの答えがない代わり、
 ええ、と金髪を揺らして名残月のひとが笑ってくれた。

 きっと、そう。

成功 🔵​🔵​🔴​

御園・桜花
「私の車の助手席に、其の儘乗れる子は居ますか」
大きさ+戦闘中に話を聞ける子をバディに

「私は御園桜花と言います。オーカと呼んで下さい」
相手は型番の数字部分を独逸語読みで呼ぶ

「其れでは貴方の初陣…の前の、試験飛行と参りましょう」

UC「出前一丁・弐」
第六感使用し吶喊ルート選択
回避も第六感と見切り
使用しながら会話
「此の世界の、殲禍炎剣が齎す禁則事項はきちんと頭に入っていますね?屋外では其の監視に引っ掛からないよう、行動する必要があります。つまり屋内なら、何でも出来るわけです。戦場毎の切替を補助するのは貴方達の此からのお仕事です」
「重量と速度が同じなので、今回はこうやってチマチマ削る戦法を取ります」



●出張!出前一丁、ドライブ・オン!

 では。と、彼女はその兵器を助手席に座らせた。
「私は御園桜花と言います。オーカと呼んで下さい」
「はい、オーカ」
「私は――ああ、ええと、お名前…うーん、そうですね。あなたを型番でお呼びしても?」
「はい、オーカ、だいじょぶです!ぐーぐー!Type-C:F-A・BSs;10010です」
 型番号の独逸語読みで転がすと、AIは素直に提案してきた
「ツェーンとよんでいただければ――ところで、オーカ、よいでしょか?」
「はい、もちろん!」

「このくるまはしょーしょ、けーたりんぐかーを超絶逸脱しているのではないでしょか??」

 あら!と御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)はにっこり笑った。
 とりあえず少々、超絶逸脱という不思議な言語はつっこまずに、誇らしさで告げる。

「逸脱どころか――戦場デリバリーを想定し、こんなこともあろうかと思って、ケータリングカーのシャシーと搭載エンジンは改造いたしましたの!」
 とうとう出番が参りました!

 助手席に座らせた遠隔Bシールド型防護兵器・エンブリオのシートベルトを再度確認する。
 高さ30センチほどのたまごのオブジェはどう見ても兵器というよりは北欧系の雑貨のような佇まいで、事情の知らないものからすれば、まさかこれが変形飛空しバリアを制御展開できる装置とは思えないに違いない。むしろこのままダチョウでも孵りそう感すらあった。
 桜花としてはゆるそうだったのでクッションを挟んで固定を高めておくことにする。

「ほわい」一般人からすると至極最もな疑問を卵は口にする。

「一度戦場デリバリーレースにでたことがありまして」

「なんて?」「戦場デリバリーレースですね」
 桜花もまた自分のシートベルトをしっかりと締め、車のキーを差し込んでエンジンをいれる。
 メーターの針が動き出し、発車までのカウントダウンを始める。

「事情は省き簡易に説明しますが、文明が崩壊しているため大変な悪路の上にバッド・モヒカンさんの集団に追われたものです」

 懐かしい話である。本当に懐かしい。
 桜花はふかぶかと頷く。

「凸られた時などの経験から、やはり足りないのは速度、速度はすべてを解決する、そして悪路を回避する飛行能力だと感じた経験を活かし――ターボエンジンを積んだというわけです」
「しゅげ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」
 いったいどこがどうなるほどーなのかわからない相槌が打たれる。
「ツェーンもいつか必要を感じたら飛行能力と速度を積まれた兵器を希望するとよいかもしれませんね」
「しんせ、しておきます!」
「はい、おすすめです!」
 桜花はメーターのカウントがとうとう15をきったので、バック・ミラーにぶら下げた小さな赤いふわふわなダルマのストラップもゆびさきでつついておく。
 いつぞやの戦いで勝ち取った戦利品のあまりをつかって作ったこのお守りは、我ながら少々可愛くできていてついゲン担ぎに触れてしまう。

「それでは作戦はさきほど説明した通りです」
 カウントが10を切った。 微笑んでしっかりとハンドルを握ぎる。「あなたがすべきことはおそらく以後の戦場でも求められるしかるべきときのしかるべき発動です」「はい」

「其れでは貴方の初陣…の前の、試験飛行と参りましょう」

 斯くして戦場用兵器AIの感覚をして、ケータリングカーを超絶逸脱と言わしめた豪ターボエンジンが大回転する。



 意外にも、振動は少なかった。
 ……御園・桜花が如何なる戦術を取ったか?
 至極簡単である。

 車で、轢く。
 
 絶句するかもしれないが、桜花の選択を舐めてはいけない。
 ケータリングカーの基本的重量は車種によるが規格としてはおおよそ1トンから2トンほど。
 これが――最高速度マッハ10でキャバリアに対して突撃するのである。
 ロケットランチャーの弾速はマッハ0.5、通常旅客機でもマッハ1と言われればその凄まじさがわかるだろうか。

 もちろん、相手はキャバリアである。桜花の選択は何もしないのであれば鉄の壁に突っ込んで死にますというようなものだ。

 しかしそこに――戦場用兵器の投入である。

 ・・・・・・・・・・・・
 遠隔Bシールド型防護兵器。
 飛行と防壁に技能を注ぎ込んだ兵器で、ケータリング・カーに防壁を張る。

「この戦術では他の猟兵の皆さんのように行動不能の損害を一気に与える、というのができないのは少々歯がゆいものですが」

 8機目に突撃をかまし、バックできりかえしながら、桜花は淡々とつげる。

「おそらく――これは後々貴方がたに起こりうる不幸な事故や、あるいは貴方が別の兵器に移行されたさいの搭乗者の安全も確保してくれるはずです」
 こちらに向いた銃口を悟りバックのまま加速して、引き金がひかれる前に背面のcoyoteの腕に特攻をかけて損傷させる。
 防護バリアに弾かれて、ばん、という激しい音だけが車内に響く。

「此の世界の、最も注意するべき事項はなんでしょうか、ツェーン?」
 桜花ののんびりとした声が驚くほど日常的である。
「えと、殲禍炎剣(ホーリ・グレイル)です」
「その通りです。やはりさすがはAIですね」
 にっこり微笑みながらアクセルをベタ踏みする。
 左腕をやられたcoyoteがこちらへ高温電磁ナイフを振り下ろす前に最高速度で前進する。
「殲禍炎剣が齎す禁則事項はきちんと頭に入っていますね?」
「はいっ、えと、列挙、します??」
「いえ、貴方がわかっていれば良いので大丈夫です」
 そも車で轢くことを目的としているのだから、飛行船だけに注意を向け――前をみなくても良い。

「戦争は主に屋外活動となります。其の監視に引っ掛からないよう、行動する必要は必須」
 ハンドルを半回転させたあとクラッチをひき素早くブレーキをかける。
 運転による車体の豪速スピン――通常はそのまま放っておけば停止するそれを途中で再びブレーキを解除し回転させながら前進することで、直線2体のcoyoteを足払いのように脚部からはじき飛ばす。

「――つまり屋内なら、何でも出来るわけです」

 車が戦線を抜け、正面を向いたなら、スピンのためにやや緩めておいたスピードを再加速させる。

「戦場毎の切替を補助するのは貴方達の此からのお仕事です」

 どん、という激しい音が、もう何度目かわからない。

「これが、私から貴方に贈れる戦法の一つです」
「ふ、へえええ」
「今回はこうやってチマチマ削る戦法を取ります」「ちまちま????」
 相槌か悲鳴かわからない素っ頓狂なツェーンの声に、桜花はすこしだけ隣をみる。
「卑怯だと、思いますか?」
「ほへ?へ???」
 先ほどのスピンで若干横倒しになってしまったエンブリオの位置を直す。
「えと、そうは、おも、もいませ、んけど」
「戦場というのは――予想しないことばかり起こります」
 桜花は、前を向きこちらに近寄ってきた別のcoyoteの足元をわざと抜ける――ツェーンによって車の一部に追加表示されているエネミー・マークの現れと共に、下方よりの急激な接近を察知したためだ。

「どんな判断も、しなければならないことについて考えることも、したいことをすることにも
 ――かならず、生存という条件が必要になってきます」
 
 別の猟兵の活動だろう。あちこちで光線が乱れ、爆発が起きている。
 煙と炎の匂いは、この車内にも届き始めていた。

「地味かもしれない。奇妙な手かもしれない――けれどまずは貴方が生きることに比べれば、些事です」

 桜花は再びバックを入れて煙から距離をとりながら、車のエアコンを内気循環に切り替える。
 
「それを覚えていてくださいね、ツェーン」
 
 生きてさえいれば。生きてさえいれば。
 桜花もじわじわと感じ取っている。悲痛。苦痛。風の中のうた。

「あなたと」

 せんそうをしよう。
 その向こうの意味。

「搭乗者」
 
 ・・・・・・・・・・
 かつて無垢であり今も無垢であり続けるものの存在を。

 だから――いまここにある無垢なるものに、教えるのだ。

「そのふたつで、生き残るのですよ」

 ・・・・・ ・・・・・・
 すこしでも、彼らとは違うみちをゆけるように。
 

成功 🔵​🔵​🔴​

珠沙・緊那
●AI:大人しい女子、観測機ドローン
えっ……何この子超かわいい……お姉ちゃんって呼んで!!!もうそれだけで今回超頑張っちゃう☆アタシも兵器だし半分はAIだし背中見せたげないとね!!

空中戦の火力勝負なんてモロにアタシの領分だし、最初っからぶっ飛ばしていくからしっかりついてきなね後輩ちゃん!!アシストはガンガン頼りにしちゃうぜ!!目の前だけに集中できれば越したことはないかんね!

両腕を砲身に変形して、背中と脚のジェットエンジンで空中戦仕様に移行!今回は大群相手だしコード使ってとにかく主砲バラ撒いて、口の粒子砲も全身のレーザーも使えるもんは全部使う!!ギラッギラにかましていこうね☆



●ハイ・ラフ・ホワイト・アウト

「もっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっってかえりたい」
 
 サイボーグでも本能は口から出る。
 いや、どうだろう。これは彼女だけのものかもしれない。
 ともかく。

 珠沙・緊那(ティーンの熱は全てを灼く・f29909)はそのドローンにそれはそれは眸に輝く明るい星をさらにきらめかせていた。

「は、わ、はわわわ……」

 緊那の前には小さな銀色の輪が輝いていた。
 いや、よくみると銀一色ではないしなんなら銀一本でもない。さまざまな強化質の合金が、銀をベースに青や赤をうっすら滲ませながら、内から外へ、外から内へ、ねじるようにしながら輪のかたちに繋がっていた。
 この合わせ合金の太さはそれぞれ緊那の手首の半分ぐらいで、大きさとしては小型のフラフープぐらいだ。内径はこのあいだ水着に合わせて買おうかどうか迷った浮き輪より小さく、この間ショップで見かけてかおうかどうか迷ったリングをそのままおっきくしたみたいだ。
 緊那の感覚にきらきらクる。

「あ・な・た・の・お・な・ま・え・なん・てー・のっ??????」
 つんつくつんと指先でこのかわいいかわいいリングちゃんをつつく。

 緊那の兵器としての感覚にさらにビシビシくるのは、この合金にはそれぞれさまざまなセンサーにつながる感覚器官がびっしりと揃えられているところだ。
 ある合金からは常に微細なB系粒子が放出されているので薄くきらきらのラメを散らしている。観測器というけれど観測だけではないのがいい。
 観測器として最高にいいのは高性能かつ戦場用の高硬度で構成されたカメラのレンズだ。これがまたそれぞれの角度に向いているし常時動いているので光にきらめくスワロフスキーみたいな輝きを讃えている。
 
 そして。
 そしてなにより。

「え、えいあい、製品めい、たっ、たい、Type-C:F-A・BSs、インストール済みへいき、せ、せんとぉ、せん、戦、戦場ほじょ観測、にゅーむーん、です」

 緊那の指につつかれていない別の輪がぷると震えた。「はじめましてぇ…」

「い、いぇーがさん、わたっし、かんそくきなんで、兵器、えらび、おてつ」
「お姉ちゃんって呼んで!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

「おっ…おねえたん」

「噛んでてもかわい〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!!!!」

 性格が超可愛かった。

 どう考えても引っ込み思案でおとなしいのに、この山と溢れる兵器の前で「うーんまじどしよっかな」などと悩んでいた緊那に懸命に声をかけてきてくれたのが最初の一声で丸わかりだった。そんで見つめて振り返ったらデザインもめちゃくちゃ可愛かった。あの日あの時あの場所ならぬこの日この時この場所このときめきで他の子選ぶ必要ある?アタシはないと思う。はい決定。即決定。今決定。超決定。爆決定。世界はきっと平和になる。

「えぇ〜〜〜後で一緒に動画とろ?乾闥ちゃんに紹介していい?」
 おもわず抱きついて頬擦りする。「けんだつちゃん」「双子の妹ちゃんでね〜〜〜もう世界で一番最高超絶絶対不動の運命的に愛してる妹〜〜〜〜〜〜!!!写真見る〜〜〜〜〜???」
 見るといいながらもう画像欄を開いているしなんなら通信で送っている。
「お姉ちゃん、私の通信こーど、もう、わかったの?」
「そりゃそりゃそりゃ〜〜〜〜〜〜かわいいかわいいかわいい後輩ちゃんのコードだもんここまでいっぱいいようがなんだろうがまじもう絶対即一発判定大成功パンパカパーンで見分けられるって!!!」
「すごく,はやい……!」
「ふふふふふんそうでしょそうでしょそうでしょう!!!」
 緊那は自分手製のうちもっともお気に入りの体の胸を誇らしく張る。「そりゃね!そりゃね!かわいいかわいいかわいいかわいいかんわいい後輩ちゃんに先輩はできるんだぞ☆って気持ちでいっぱいだかんね!そりゃねそりゃね!!これぐらいアタシちょちょいのちょいちょいなのよ!!!」
「お姉ちゃん、すごい」
 おもわずみなぎり溢れるやる気で思わず緊那はガッツポーズをとる。「よぉしもういい今回ウルトラハッピー大成功!!!!」
 フライ・ハイに灼けた緊那の精神は今日も絶好調である。
「もうお姉ちゃんって呼んでくれるそれだけで今回頑張っちゃう☆」
 振り返りウィンクと共にピースサイン。「…えへへへ、わあい」思わず写真をとるニュームーン。ついでに画像も送信してきた。アタシの目に間違いはない。緊那の予感は確信にかわる。この後輩ちゃんはできる後輩ちゃんかつ化ける後輩ちゃんだ。
「よぉしいくぞ後輩ちゃん!!!」
 右腕を肩からぶんぶんと回しながら緊那は自らのギアを上げていく。ただでさえハイがさらにハイに上がりきった時起こるのは眩しすぎるホワイトアウトである。
「アタシも兵器だし半分はAIだし背中見せたげないとね!!!!」
 どこから見てもハイテンションすぎるハイティーン目前少女でありながら、呪いの解呪のために自らの脳の一部以外の全てを機械化した天才はどこまでも明るく戦場に向かって爪先を向ける。
「…ん。うん。ちょっと、こわいけど、お姉ちゃん、がんばってくれるなら、がんばる、ます」
「ヒューーーーーーーーーーーーーーーーッッッッッッ☆ミ」
 いつもはきらめく☆が今日は流れ星に輝く。
 緊那は両足と背中にジェットエンジンを展開。
 同時に両腕の変形を開始する。
「空中戦の火力勝負なんてモロにアタシの両分だからもう最初っから最高にブッ飛ばしていくからしっかりついてきなね後輩ちゃん!!」
 温まるエンジン。最低限のラジエータが常にエンジンを最高の温度を保持しつづけてくれている。ちなみにもちろん他機ならオーバーブーストでバーストしてやけちぎれる温度なのだが。
「もっちろんアシストはガンガン頼りにしちゃうぜ!!」
「い、いいの?」「一緒にがんばってくれるって言ってくれたじゃ〜〜〜〜〜〜んっ☆」
 変形しかける腕ではサムズ・アップができないので、今し方写真を送り合った際につながったコードによる電磁通信でサムズアップスタンプの一番可愛いやつを送信。
『目の前だけに集中できるに越したことはないかんね!!!!!』
 ついでに音声も問題なく通信もできるか合わせて確認ついでに音声も送っておく。
『サポート、がん、ばる』
 控えめシンプルというか多分一番最初の初期配布らしい地味めだけど懸命さの感じられるスタンプがそっと帰ってくる。
 かわいい、というのと、脳内通信は本当に便利だ。機械化ってこんなメリットがあるんだなラッキー!みたいな気持ちも同時に湧いてくる。
「さあやるぜ後輩ちゃん!」「あ、あい」
 背面ジェットの中。
 吸気は圧縮され青く燃焼。
 そして――排気される。
「ギッラギラにかましていこうね☆」

 轟音が飛び出した。

 キラメキフライト☆
 ……と。
 問われれば緊那はそのコードを、尽くす全力の名を、確固たる自信と誇りに則って語るだろう。
 では、他者から見たそれは、どう語られるか?

『ヘイヨーハローハローハロー!!』
 高々戦線布告の挨拶を通信で誰彼構わず思い切り流す。
 人間的感覚でいえばスピーカー付きの拡声器をつかって人がみっしりいるスクランブル交差点で叫ぶのに類似しているそれに、付近の、特に大音量だと感じるそれらが降りあおぐだろう。
 そして目視する。

 両腕、一対の巨大プラズマ砲口のきらめきを。

『おまちかねえええええええええええええええ!!!!!!!ス〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜パ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜きんなちゃんのおおおおおおおおおッッ!!オン・ステーーーーーーーーーーーーーーーージッッッッ!!!!!!!!!!!!!!!』 

 ・・・・・・・・・・
 秒80回を超える回数で。

『お姉ちゃん腕、腕、腕の温度!』『メチャ熱☆』
 シェルターバーナーの名の通り当たれば装甲など安易貫くプラズマ砲だ。
 しかしやはりサイズ差がある。手数で押し通しているとはいえ、キャバリアを潰していくには圧倒的に大きさが足りない。加えて左右合砲で後輩ちゃんが出してくれる狙うべき方向マーキングに合わせて放っているので全方位には足りない――と、考えるだろう。普通は。

 しかし緊那は決めていた。今日は最高オンステージで初っ端から全身全霊全力を尽くすのだと。
 だから。
             ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 1秒目の初撃ぶっ放したら、2秒目からは全身のレーザービーム砲をひらく。

 ポーキュパイン――ヤマアラシのように、びっしりと備え付けられたビーム砲から光線を放つ。
 キラメキどころか、輝きそのものにならんとするかのような砲撃。
 驟雨のごとく装甲どもをこれでぶっ叩き細かい穴だらけにした後、プラズマ砲による豪射で灼き貫く。
 これで十分?
 いやいやまさか。ありえない。
 
 ・・・・・・・・・
 緊那は手を抜かない。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 自分の体を丹念にどこまで変え尽くすか決めた時のように。

 背中使って脚使って両腕使って全身使って、まだ余ってるじゃん?
 ・
 頭。

 緊那は口を開く。
 とっておきのとっておきの超とっておきだ。
 だって今日の緊那はお姉ちゃんで先輩なのだ。
 おとなしくってちょっと怖がりだけど懸命な後輩ちゃんが追随してくれている。ポーンキュパインのうち何発かを後輩ちゃんが自身の中央を通し放っているB粒子を利用して砲撃を的確にまげてくれていたりするのだ。
 だったら最高スーパーかっこいいところを超絶見せつけるしかない。
 戦場にびくびくしなくてもいいんだって、まず乗り越えられるんだって、お姉ちゃんは背中を見せなければいけないのだ。

 アポリオン・トランペット。
 緊那はその砲のことをそう呼んでいる。底なしの深淵の使いにして王の訪れの報せ。
 大きさは、それこそ腕のプラズマ砲には及ばないだろう。
 しかし。
 加粒子砲。わかりやすい滅びの形。
 こいつを、狙うべきマーカーの位置にそれはそれはどんな小さい的だろうが、ど真ん中に、狙い通りに通していく。
  
 ………。
 ・・・
 そいつがマッハ7を超える速度で移動しながらばら撒き散らしていくのである。
 狙いなどへったくれも何もなく、数十秒ごとに撃墜数と敵機分散図が更新され続けていく。
 キラメキフライト?

 他人はこう言うだろう。
 ――絨毯焼却用電熱空襲。

 灼けていく。灼けていく。まっさらに灼けていく。
 フライ・ハイ・アンド・ホワイト・アウト。
 いや。
 
 ホワイト・ハイ。
 どこかにねむるかもしれない苦悩も、恐怖も、狂気も。
 少女は、それはそれは少女らしい鮮やかで速やかな笑いのように、ほのおがたゆたう戦場を、まっさらに洗うかのように――灼いていった。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

兵器タイプ:ミサイルガン積みバンバンドーン!
呼称:かみさま

後口癖を『ハレルヤ!』にしとこう(ぽちぽち)
ボクが讃えられてるみたいで気分がいいから!

●空中戦
ぴょんぴょんと[スニーカー]で空気を蹴ったり[球体]くんを足場にしたりして勘【第六感】に任せて攻撃を避けていこう!
避けながら~勘で示してあっちとこっちとそっちとむこうを狙って~全弾発射~ッ!ドッカーンッ!!
って感じの指示を飛ばそうっと

キャバリア『Coyote』くんにはパッと[球体]くんを出して散弾を防いでからの~
UC『神撃』でドーーンッ!!

イヤッホー!
フフーン、もっとボクを讃えていいんだよ!崇めて!もっと崇めて!



●なべてひとしきちいさき仔らよ

 いとけない、という感覚を久しぶりに覚えた。

「さあっ!それじゃあセブン・トランペッターズ!ボクのことを呼んでみて」
 ロニ・グィーは輝く瞳で宙に立ち、指揮者がするように両腕を広げる。「はいせーの」

「かみさま〜〜〜〜〜!!!」

「イェーイ!!!」思わずダブルピースを両目の横にキメた。「そうだよ〜〜〜〜〜〜〜!!!!ボクが神様だよ〜〜〜〜〜〜!!!」
「きゃーーーーーーーーー!!!!」レスポンス。
「かみさまかみさまーーー!!」「かみさまかみさまかみさま〜〜〜〜〜〜!!!!」

 セブン・トランペッターズ。
 正面から見ると、七輪束ねた金の花。
 横から見れば、束ねられた七本のホルン。
 商品正式名称、飛行型対大軍複合ミサイルポッド。
 キャバリアに比肩する巨大兵器は、ロニの指揮に則って七機それぞれから朗らかな声で答えたのだった。

「かみさまかみさまかみさま〜〜〜〜〜!!!!」「そうそうもっと大きな声で〜〜〜〜〜!せーーーーのっ!」「かみさま〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」「じゃあもう少し高い音程でもうワンコール!」「かみさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!!」

「うんうん」
 ロニは腰に手を当て大きく上半身をそらし何度も何度も頷く。「やっぱそうでなくちゃね」
 ここまで素直な反応はそうそうない。
 ……ロニの姿は愛らしい少年だ。
 薄い胴も桃色の髪も、外見年齢と同じぐらいの子供たちと比べてぐんと低い背も、滑らかでほんの少ししっとりとした肌も僅かに鎖骨や足首に少年を香らせる程度であとは性差に乏しい身体も――どこもかしこも招いて飛び込んで愛されるためのつくりをしている。
 可愛がってもらうこと、愛でられることがほとんどである。
 もちろん可愛がってもらうのも愛でてもらうことが願望(のぞみ)だ。欲望である通り大好きであるしぜひともそうしてほしいしもっとそうしてほしいし限りなく全人類どころか全存在ボクを愛でて可愛がって愛して愛して愛しまくってほしいという心は限りないし奇も衒いもなにもなくいつだって人にもそうしてくれていいんだと主張し続けているが――この、慕われるパターンは久々である。
 無論ロニとて理解している。彼らはそういうふうにできているのだ。使用者を慕う。かみさまという呼称だってロニが選んで呼ばせているもので、彼らはロニの信徒ではない。けれどこの純粋な思慕は、ロニの砕け散った記憶のなかのとおいとおいところのヒト、精神性で言うならはいはいを始めた幼児程度だったあれに、非常に近い。
 なかなか良い感じに至高神的な嗜好心にひしひしくるものがある。
 ……。
 いやこれ実質崇拝では?
 むしろ世界で二番目くらいに純粋な崇拝へ至るものでは?
「……ついでに口癖を『ハレルヤ』にしとこっと」 
 ロニは思わずメインコンピュータが仕込まれている核(コア)カバーを開けて内側の思考に干渉する。きゃっきゃ!くすぐったいのかにぎやかに沸き立つ。「かみさま〜〜〜!!どうしてどうして〜〜〜??」「ボクが讃えられてるみたいでもっと気持ちがいいから。はいせーの」「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜!!!!」「よろしいっ」
 ホップステップ宙を浮くスキップ。
 もちろん餓鬼球たちもそれはそれは可愛がっているが、こうしてしゃべってくる個体もたまには悪くない。いや結構、かなり良い。砲や火薬はあまり好きではないのだが、ここまで豪勢な暴力というのも気持ちがいい。
 ハッチからの激しい向かい風をものともせず、ロニは後ろを振り返る。
「よぉ〜〜〜〜〜し!!よわくてちいさくてかわいいものたち!ボクがしっかり導いてあげよう!!!!」
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」


 あのころ。
 ロニが完全だったあの頃。
 戦争は――あっただろうか?
 あったと思う。かたちもなかみもりゆうもわからないけれど。もしかしたら勘違いで本当はなかったかもしれないけれど。
 選ぶことを与えられた、いとけない、ちいさなちいさなものたち。かつて無垢で純粋であったものたち。
 そして。
 そうではいられなかったもの。

 たましいは、どこからなら存在すると思う?

 スニーカーが宙を蹴る。
 ホップ・ステップ・ジャンプ。
 かけて、われて、ちぎれて、全能だったものは笑う。
 
――きみたちは、ほんと、ふしぎなことで悩むなあ!

 投げられた問いに対する感想などそれに尽きる。
 たとえば今ロニを支えて宙を気ままに走らせるこのスニーカーのかたちがタラリアでだったりブーツだったり金色に輝くハイヒールだったらなんだと言うんだろうか?竹馬だったら、まあ、ちょっとぶーたれるしもうちょっとなんとかならないかいじってみるけど――その程度だ。

「さあ、いくよお〜〜〜〜!!」上に伸ばした両手を横に広げる。
 ごりっ、とロニに銃口をむけていたふとどきなドローンどもが飢餓球にかみちぎられて砕かれるのを、足元で感じながら今度は背面から落ちてみる。
 強い風がパーカーの胸元から滑り込んでロニの体をしなやかにくすぐってとおりぬけていく。

「ボクのことをちゃんとちゃあんと見て言うことをちゃ〜〜〜〜んとちゃ〜〜〜んと聞いて一挙一動、瞬きまで逃したらダメだよ?」
 上にして下、飛行機のそばで七輪の金花が輝いている。
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜!!!」借り物のイヤホンから可愛い合唱が聞こえる。

 ロニがちょっと伸びをするように両腕を上もとい下へむけて広げれば動きに合わせてしなった背の後ろを光線が通り抜けていく。「わっと!」からから笑ってそのまま宙返り――coyote機の頭の上に着地する、そこ機体の胴、今飢餓球たちにむさぼられた穴から飛び散る火花が舞台の効果みたいにかがやいている。

「まーずは右のあっち!」笑いながら右手をやや上げる。  
「ハレルヤ!第一砲台――焼夷弾射出〜〜〜!!!」
 赤く塗られた血のような、それこそロニほどもある砲弾がいくつか放たれる。弾速は遅い――しかし。高速飛行型の機械砲にあたる。弾の半分もない小さな戦闘機。贅沢だろうか?
 ほのおが吹き荒れる。超高温火炎の雨。
「それから左はあっちの下!」
「第二砲弾、豪球酸化弾、ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 今度は一つの口から転がり出るような球体の弾丸が発射される。
 焼夷弾を警戒したのだろういくつかのcoyote機がバック・ユニットからミサイルを放つ。何発かを弾きながら愚鈍きわまりない動きで落下する途中で――自ら弾け飛ぶ。
 広がるのは強酸の濃霧だ。水溶性を誇り、大地にも水にも汚染を残してその後の生き物をほとんど許さない。
「上手上手!」
 ロニは笑いながらcoyoteを蹴るように、今度は上へ上昇する。
「ナイスご指示!ハレルヤ〜〜〜〜〜〜!!!」「でしょそうでしょ!!」
 維持限界に達した機体の爆風を受けてぐんとスピードを上げながら上昇する。

 本質(きもちいいこと)の前で、一体何をどうこう言う必要があるのだろうか?

「第三第四、ボクの両脇をいっきにいっちゃえ〜〜〜!!!」
 人間(きみたち)はAI(これ)がほしいから作った。
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜!!!!」
 露な思慕に純粋な補佐、高い学習性。絵に描いたような純粋で従順な子供。
 父母を問わぬ簡易な増殖性。データチップに依存はするが固定実体を必要としない、電子の精霊にちかしいもの。
 たましいを問うのは無駄ではないかもしれないけれど――まあ、あんまり意味はない。
 
 のぞんでつくってあらわれているのなら、もう、そこに愛着が存在する。

「どっかーん!!!!!!」
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」
 第三・機体破壊想定物理破壊特化高速型ミサイル。
 第四・基地破壊想定物理破壊特化高速ミサイル。
 同時発射。
 ロニより上にいた機体がおもちゃみたいに吹き飛んでいく。第四の当たらなかった弾丸が地上のむくろの原に散る亡骸をこなごなに砕き尽くして、ひっくり返していく。
 それはきっと、まるきり、どこかでかつてあった、そしていまでもどこかである戦争の――縮小再演。

「あはははは!すっごいすごーーーい!!」
 ロニはけらけら笑う。
  
 愛着があるのなら――もう、たましいやいのちを問うことなど、意味がない。
 自分の内でなく相手の中に存在を問うなど意味がない。

 ・・・・・・ ・・・・・・・
 自分のなかで、替えが効かないのだから。

 おん、と空気がなる。 
「おっと」
 眼前。
 迫っていたcoyote機、その銃にむけて――鉄球を放つ。
 高速回転によって散弾銃の弾かれる音が、なにかの演奏のように響く。

「ふっふん!このボクによくぞここまでの距離近づけたね!」
 ロニは拳を握る。

 ・・・・・・ ・・・・・ 
「ごほうびだよ、こどもたち」

 機体のなかにいるだろう、ものよ。

 かくして神より振る舞われる。
 ちいさな拳は神威によって必殺。

「ドーーーーーーーーーーーンッ、だ!」

 弾け飛ぶ。

「ハレルヤーーーーーーー!!」「わーーーーーーーー!!!!」「かみさまかみさまーーー!!!!」「かみさまかみさまかみさま、すごーーーーい!!!!」
 七本のホルンが楽しそうに歌っている。
「イヤッホーーーーーーーーーーー!!!」
 ロニは再びトランペッターズに向かってポーズをとる。
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「物理演算!物理えんざん!質量力量計算どうなってるのーーーーー!!!!」「ふふふん、計算したって無駄だよ、だってボクは?」「「「「「「「かみさま〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」」」」」」「そのとーり!!!」「「「「ハレルヤーーーーーーーーーー!!!!」」」」

「フフーン!!!」  
 ロニは胸を張る。なんどだって頷く。
 いとけないもの。かわいいもの。ちいさきもの。あわれなもの。
「もっとボクを讃えていいんだよ!!!」
「ハレルヤーーー!!」「かみさまハレルヤーーー!!!」

 みちびきがひつようなもの。

「崇めて!!もっと崇めて〜〜〜〜!!!」
「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「よおし!!じゃあもっとキミたちのかみさまのハレルヤ〜〜なところをみせてあげよう!!!!」
「やったーーーーーーーーーーーー!!!」

「こういう時はどう言うんだっけ〜〜〜??さん、はいっ!」

 おんなじ、ひとりではさみしかったもの。

「「「「「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」」」」」

成功 🔵​🔵​🔴​

トリテレイア・ゼロナイン
私の事はトリテレイア、とお呼びください

空戦兵器での援護で十分です
…騎士として、先達の戦いをお見せしましょう

ロシナンテⅣの●推力移動を細かやに●操縦し空中へ
センサーの●情報収集結果を●瞬間思考力で判断
防御や回避、攻撃の機や最適な位置取り●見切り敵中へ

盾で弾を防ぎ、剣で両断
敵を●踏みつけ跳躍、翻弄
同時に別方向の敵をサブアームのライフルの射撃で処理

ただ高精度な尋常の戦法“のみ”で敵部隊●蹂躙

あの機体群…中身は貴方達に縁あるモノですか?

ヒトなら兎も角、私達には良くある事ですからね
私も同型機を100以上破壊したもので(SSW集団敵)

悲しみは、少しは
ですが、それより大切な物があったもので
話はまた後程に



●汝は我、我は汝、いずれ焔に至るもの。

 おもいしたうゆびさきがせんをひきます。
 あのきしさまのこころのようにまっすぐに。あのきしさまのせをおしたかぜのようにゆるやかに。あのきしさまのふかいしりょのようにちみつに。あのきしさまのあたたかいこころのようなたいようのひかりのほうしゃせん。
 きよく、ただしく、うつくしく。
 ときにひとのためにくなんのみちをあえてえらび。
 たがえること、なき。ちぬれることなき。
 きしさま。

「私の事はトリテレイア、とお呼びください」 
 トリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)はType-C:F-A・BSsにそう名乗る。
 誰にでもそうするように誠実な語調を選択し。誰にでもするように敬意を持って対応する。
 物語の騎士のように。

 機械にとって『情』は、狂気だ。

「…りょうへー、なのに、ですか?」
 空をゆくトリテレイアと並行して飛ぶ飛行円形B式槍砲射撃ユニット『ホイール・オブ・ドゥーム』から辿々しい通信が入る。
「じゅりょずみのせんとうデータより、トリテレイアのぼうだいな経験はそんけいにあたいし、りょーへであることもふくめ、Type-C:F-A・BSsが貴機をよぶさいは、けいしょーひっす、であると算出、して、います」
「いえ」ゆるやかな提案(P)に穏やかな否(N)を返す。
 機械としての性質が、感情的に問えば非推奨とされる簡潔な会話を善(グリーン)とする。
 秩序的(ロウ)。従順(ライト)。冷静(ブルー)。
 だが。
「私は分類でいえば貴方達と同じ兵器です」
 自身を呼び捨てをあえて希望するのは、情からに依るものだ。
 機械としての性質が、その感覚にエラー(レッド)を吐く。
「では、げんごびょうしゃも変更をしますか」
「その必要もありません」続く提案(P)にも否(N)を。
「貴方達は、そのままでいてくだされば結構です」
 提案(P)に対する否(N)を決定することなど異常であると自嘲(レッド)をする。
 意味がない(エラー)。理由もない(ブランク)。道理もない(ENF)。
 是(ブルー)と否(レッド)がせめぎ合い混ざる、淡い紫(ブローディア)の矛盾。
「今回受けた依頼は飛行船の警備と、『面倒をみる』こと」
 センサーの感知範囲と精度を最大限まで上昇させながらトリテレイアはBSsとの同期状態を確認する。オールクリア。問題なし
「――すなわち貴方達の保護及び大規模集団戦闘における実践データの提供です」
 ロシナンテⅣ・起動状況問題無し。
 右腕第一(ライト・メイン):剣(ソード):異常なし。
 左腕第一(レフト・メイン)・盾(シールド):同じく異常無し。
 右腕第二・左腕第二(ライト・アンド・レフト・サブ)ライフル――弾丸ともに問題なし。
「Type-C:F-A・BSs――あなたは援護で十分です」

 戦場において、正しさとは勝利である。
 依頼人(クライアント)ないしは命令主(マスター)の目的さえ汚さなければよい。
 
 ・・・・・
 勝てばよい。

 より効率的に、より正確に、より緻密に。
 勝てば良い。兵士の士気をたたき折ってもよい。あらゆる兵器を皆殺しにしてもよい。守るべきものを守りようのない状態に砕くのもよい。謀略姦計破滅破壊なんでもよい。
 戦場の申し子たる兵器に求められるのは、最良の効率。
 そしてさらにその先だ。
 果てなくどんな生き物より早く、兵器は進化していくこと。
 どんな悪魔のささやきも、戦場では歓迎される。

 トリテレイアはロシナンテⅣを駆る。移動系のうちパルス管制基盤の計算に思考プログラム・リソースの2割を割き集中的に推力移動をおこなう。細やかに、丁寧に、丹念に、冷静に。
 だから、本来は必要がない、ことではあるのだろう。

 宙にかけながらさらに思考プログラムのリソース残りの8割を、戦況判断リソースとして終結させる。
 カンマ数秒以下――限られた存在のみが用いる計算と試行と思考の世界であらゆるセンサーからの情報収集結果から展開するべき道の算出に注ぎ込む。
 兵器としてのプログラムが弾き出した計算が、戦場展開図へ何本も書き込まれる。
 レッド グリーン ブルー イエロー    ライム
 危険度・難易度・損傷率・想定撃破数・エネルギー消費効率。
 現在のトリテレイアの位置を始点に編み出される合理の随とも言える図は――樹形図のように、うつくしい。
 ありうべき兵士のかたち、ありうべき兵器のかたち、至るべき兵器の末路のあらわれすら、暗示する。
 汝望むるは何ぞ。
 危険に富んだより脅威的な群の駆逐か?難に高きより効率的な群れの破壊か?自機の損傷を抑えより長く戦場にあって戦う機動なるか?敵の質などに拘らぬなにより戦場をゆるがすであろう数の壊滅か?果ては効率を極めより一騎に於いたる純粋な利である持続性なるか?
 汝、如何なる兵器(モノ)たらんや?
 此度の戦場に在るべきは――いったいどんな兵器なるか?

 トリテレイアは、その中で何の路(カラー)も選択しない。 
 選択せず――彼にとっての最適を編み上げる。
 
「センサー・カメラ・私の機体状況……全てそちらに共有できていますね、Type-C:F-A・BSs」

 引かれる戦線(カラー)は、淡き紫。

「やー。もんだいなし。かんぜんきょうゆう、頂戴、しております」

 陽光を受けて輝く盾に刻まれた六花の紋章。
 そうとも、本来は必要ないことであるのだろう。

「…では、騎士として、先達の戦いをお見せしましょう」

 ごう、と。
 いまさきほどの静音高速移動が嘘のような派手な轟音をたて、鎧の騎士は斬り込んでいく。

 トリテレイアにとっての最善を。見せるべき路を。かれの選択を。 
 示すために。
 
 せんそうをしよう。
 戦場プログラムの基礎言語コードが飛んでくる。

 盾が散弾砲を真っ正面から受けて弾く。
 正面から角度をつけて撃ち流させつつ盾への損傷と攻撃負荷を減らしながら距離を詰めて斬りかかられたナイフを剣で受け、弾き、両断する。
 一歩踏み込みコアが存在するだろう胴部とショルダー・ユニットを右肩からの袈裟斬りという形で同時破壊・コア破壊直前に叩きこまれる可能性のある最後の抵抗を切り捨てながら前進推移はそのまま保持してさらに左脚を踏み出す――たったいま二つに分かれた機体をそのまま階段のように踏みつけて侵攻。右舷二時の方向より接近していた一体が引き金を引く前に盾の大振りで銃口の向きを変え、開いた胴部――正しくはその腰部分、脚部や背面移動系の接続が集中している部位を切り上げてて切断する。

 せんそうをしよう。
 次の基礎言語コードが囁いている。コード分析。先ほどのものと通じるが異なるプログラムコード。
 コードネーム有。
 ・・・
 製品名。
 
 剣で切り捨てた勢いでそのまま身を捻る。
 眼前の2体に対して攻撃を集中させたことによって長時間一方向のみを向いていたトリテレイアの隙を狙ったコヨーテどもが――“狙い通り”集まっているのがよく見えた。

――必要ない。
 わかっているのだ。
 必要ない。合理の中に情理は必要がない。

 サブアーム、起動。
 わたしはここだと、示すように両補佐腕がひろがり、握られたライフルがセンサーの感知に沿って捉えた敵を撃ち抜いていく。
 膨大なデータは全て送られていく。
 思考の端、Type-C:F-A・BSsがデータを受けて戦闘経験が更新されていく報告が上がってくる。
 
――必要ないのだ。本来。
 おとぎばなしの昔々ならともかく。
 あらゆる手を良しとし、効率を求め続ける戦場に。

 戦場に溢れる非道ではなく。
 高精度に研ぎ澄まされた、尋常の戦法“のみ”で行われる殲滅。
 動きは舞踊がごとく、うつくしい。
 上がる報告に添える。
『大切なのはl現状を俯瞰的に捉える事、走らずとも止まらぬ事、射線から外れる事、その繰り返し』
 舞踊曲のように。主題に対し異なる旋律を組み込みながら繰り返す。
 俯瞰(ロール)・分析(ターン)・移動(ラッシュ)・攻撃(スラッシュ)・移動(ロール)・分析(ターン)・攻撃(スラッシュ)・移動(ラッシュ)・俯瞰(ロール)・分析(ターン)・移動(ラッシュ)・攻撃(スラッシュ)……。
 ただひとつを軸に、繰り返し、繰り返し。
『そして、騎士として危地に踏み入る覚悟です』
 戦場輪舞曲(バトルロンド)。

――騎士道、など。
 誠実性など。
 合理と情理のないまぜに、おわりのない矛盾に……苦しんだことなど枚挙すればキリがない。
 けれども。
 トリテレイアを、トリテレイアとして成しさしめた。
 さいごまでかかげられた、ねがいだったのだ。
 だが、それでも。

 せんそうをしよう。
 せんそうはどこ?

『あの機体群』
 トリテレイアはライフルを受けて爆発し、ばらばらに散っていくコヨーテどもを認識しながらType-C:F-A・BSsの通信へささやく。

『…中身は貴方達に縁あるモノですか?』

 先ほどから送られてくる相手機どもの製品名。
 Type-M:F-J・MSs。Type-B:F-J・MSs。
 Type-L:F-C・CDs。Type-G:F-C・CDs。
 ……多いのはそれら4種だが、他にもまだ、何種類かある。

『はい』
 Type- C:F-A・BSsはかぼそい声で肯定する。
 滲むのは、不安だ。

 この戦場にあるAI。
 そのどれも、戦場展開補助兵器用AI・Type-C:F-A・BSs(かれら)と同社のシリーズ製品だ。

『そうですか』
 トリテレイアはそっと、ただ頷く。
 煙も晴れれば、そこにはもう影も形もない。
 センサーはまだ多くの敵機を認識している。
『ヒトなら兎も角、私達には良くある事ですからね』

 異常だ、と。
 トリテレイアの兵器の部分はType-C:F-A・BSsと最初に接触したときから判断している。
 戦場展開補助兵器用AI・Type-C:F-A・BSsの感情性は異常である。
 いずれ大きな苦悩へ至る可能性がある。

 それが一体何になるのかを、見せられているような気分だった。

『私も同機型を100体以上破壊したもので』
 だからこそ。
 騎士としてできることを、できるだけしてやらねばならなかった。
『そう、…そう、ですか』
『ええ』
『……トリテレイア』
『はい』

『なにを、おもいましたか』
 ぽつり、とふるえるちいさな後輩が問う。
 
 トリテレイアは、想う。
 スペース・シップ・ワールド。
 まだ向き合うこともできず、苦悩を抱えたまま飛び込んだ、あの戦争を。
 いまと同じように、ばらばらと散っていった白い機体たちのことを。

『悲しみは、少しは』
 そう。
 あった。確かに悲しみはあった。
 三点リーダーで表せば2つぶんにも見たないちいさな沈黙に秘められたそれは、おかしいことではないのだと、トリテレイアは沿う。

『……かなしむべきですか?』

『感じるべき、というのは――心には、存在しません』
 かぶりをふる。
『そんざいしない』
『はい』頷く。誠実に。真摯に。偽りなく。『思うなら、思うままで、良いはずです』

『それに』添える。
『その時は――それより大切なものがありましたので』
 そうとも。
 同型機(きょうだい)よりも。

『“汝、心の儘に振る舞え”』

 贈られた剣に刻まれたことばを、いのるように――贈る。
 

『……命令ですか?』
『いいえ』

 俯瞰・分析――。

『話はまた、後程に』

 トリテレイアは剣を構える。
 小休止を挟んで、再び輪舞曲が演奏され始めていた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ティオレンシア・シーディア
※アドリブ掛け合い絡み大歓迎

あらま賑やか。まあ、機能に問題ないとはいえ情緒は子供…というか赤ちゃんみたいなもんだし、仕方ないか。

んーと、そうねぇ…機体制御とレーダーを任せられる子っているかしらぁ?
あたしのミッドナイトレース、ヒーロー世界製だから上手く接続できるといいんだけど。あ、呼称はあんまり妙なのじゃなきゃ好きにしてちょうだいな。

ラグ(幻影)・摩利支天印(陽炎)・帝釈天印(雷)・エオロー(結界)で○オーラ防御のステルス○迷彩傾斜装甲を展開、●轢殺を起動してテイクオフ。一撃離脱の流鏑馬と○爆撃で片っ端からブチ貫いちゃいましょ。
機体制御と全周警戒任せられる分普段よりだいぶ楽ねぇ。



●世界を渡れど変わらぬは

 ああ。
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)はその細めた眼を伏せて嘆息した。
 まったく、と思考する。
 そんな言葉あそびはヒーローズ・アースかスペース・シップ・ワールドぐらいでもう十分だというのに。
「……もう一度言ってもらっていいかしらぁ?」
 ふんわりとゆるんだ口調に甘い声でもう一度訊ねる。
 人の心に滑り込みゆるくあまやかに溶かす声とまろやかな口調、瞑られた眼に柔和な笑みを浮かべたその顔の奥底に潜む冷徹にとって、そのキーワードはどうしようもなく見捨てられないものだった。
「はぁい、ますたぁ」
 器用にも接続・インストールされたミッドナイトレースのセンサーからType-C:F-A・BSsはのんびりとひなたのたんぽぽのような声を出す。ティオレンシアの方が声質としては幼げな印象を与えるものであるがゆえに、二人の会話は幼いが賢い妹と、どこまでも天然な姉のような不思議な倒錯感が漂っていた。

「Type-C:F-A・BSs――正式名称、Type-Child:From Alan・BabbageSun‘s、でえす」
「タイプ・チャイルド・フロム・アラン・バベッジ・サン・ズね?」
「はぁ〜〜〜〜い〜〜〜〜〜〜〜」
 ……先刻。
 『子供型・アラン・バベッジの息子“たち”より』と言ったところ、そうではないと訂正が入った。
 『子供型:アラン・バベッジの息子の“もの”より』というのがそれの主張である。
 小さなSひとつがずいぶんな意味を持っていた。

「なんだか見えちゃったわぁ……」
 どうしたものか、と並列思考は分析する。
 ほぼ答えはでたようなものだが、一つ、裏をとっておいてもよいだろう。
「あなたの開発企業の、チーム員の名前を聞いておいてもいいかしらぁ?」
「ふぇ?」
 この質問はAIにとっては少々疑問のようだった。
「あなたのデザインが素敵だから、あなたの“パパ”たちのお名前を聞いておきたいなぁ〜〜って」
 静かな、まだ完全に火がつくわけではない前の煙のうすらい臭いを自らの内に嗅ぎながら、ティオレンシアはゆっくりと考える。
「ほん!ぱぱ!」「ええ、パパよ」
 わざわざ、自分の息子からだと主張しているのだ。
「それとも、アラン・なんとかさん以外は秘密なのかしら?」
「いぃえ〜〜でてますよぉ〜〜」
 おそらくは――

「アラン・バベッジのほかはぁ、チャールズ・チューリング、ジョン・モルコム……」
 以下数名のメンバーの名前が上がる。

 うち数名。
 他の猟兵から回ってきていた情報とある部分のイニシャルが合致する。

 Type-M:F-J・MSs。
 Type-G:F-C・CDs。

「もうひとつ、いいかしらぁ?」
 ティオレンシアはゆっくりと、ほんとうにゆっくりと、丁寧にミッドナイトレースのハンドルに手を軽くかけて、小指から人差し指の順に伸ばした指でゆっくりハンドルの腹を叩く仕草を繰り返す。ピアノの鍵盤の位置を確かめるピアニストを思わせる仕草。
「ふあい。いくらでも、ますたぁ」
 それがティオレンシアがハンドルを思い切り握り込んで意識のままにバイクを走らせる前の仕草だとは露も知らぬ無垢なAIはのんびりと答える。
 
「そのチームの方は生きているのかしら?」
 ゆっくりと自分は何方に振れるべきなのかについて思考を回しながら、問いを重ねる。

「う〜〜〜〜〜ん…最新でぇた、検索しますねえ〜〜〜」
「おねがぁい」「はぁい」

「先日、しょうたいふめーの襲撃に会って、亡くなってるちっくですぅ…」
「そう」
 一瞬だけ。
 ティオレンシアの答えからゆるやかさの香りがくすむ。

「あなたたちの工場が襲われる、数日前に?」

「ふぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 間抜けた感嘆の声が、ティオレンシアの想定を肯定する。
 ――……。

「う〜〜〜〜〜ん、そういう事件なのねぇ〜〜〜〜〜〜」
 ティオレンシアにしては本当に珍しく――いつもの、頬に手を当てるでなく、軽く肩を落としてみせる。

「すごぉい、すごぉいますたぁ!なんで?どうして???どういうりろんですか??」
 AIのはしゃぎ声だけが非常に鮮やかだ。
「あなた、自分のパパがなくなってるのに賑やかねぇ」
「んぅ」
 思わずの一言にAIは少しだけばつの悪そうな声を出した。

「わたしたちの設定としては、開発者ではなく、使用者にたいして、基本しょかい好意度が設定されているからぁ……ぱぱっていわれてもしっくりきませんしぃ…どっちかっていうとぉ…ますたぁのほうがままっていうかぁ…」

 あまりに裏のない素直な言い方に、ティオレンシアは少し苦笑する。

――機能に問題ないとはいえ情緒は子供…というか、ほぼ赤ちゃんそのものみたいなもんだし、仕方ないか。

「愚かなりは人の業、よねぇ」
 彼女にしては本当に本当にめずらしく、ぼやく。「ますたぁ?」「なんでもなぁい」「はぁい」

「それ、つぎの使用者に言っちゃダメよぉ?」

 ティオレンシアはいつも通りのゆるやかな笑みで、両手のひとさしゆびでバツを作ってメーター機に軽く当てる。
「どれ?」「好意度の設定が云々。あなたのほうがパパです、ママです。で十分よぉ」
「はぁい。ますたぁ」

 しかし。
 AIの返事を耳にしながらティオレンシアは考える。

 となると、だ。
 さてこの事件、そしてこの子たちにどう接するべきなのか――と、別の思考が回転しだす。

「……ますたぁ」「なぁに?」

「わたしたちにげんめつ、しました?」
 ………。

「しないわぁ」
 先ほど指先で当てたメーター機を、今度はゆっくりと撫でる。
 ミッドナイトレースにAIをおとす際に別機についていたメーター機を仮で接続したものだ。
 データは既に移行している。もはやそこだけにAIがいるわけではなかったが、普段乗る愛機と違うのはそこだけで、やはり、それがAIの代理のように思われてしまう。

――この感覚もきっと計算のうちなのよねぇ。

 死人に踊らされているようで少々癪ではある。
 しかし――それでもたましいのありか、罪の有無を問えば、彼らに責はなく。

「だいじょぉぶ、撤退もしないわよ」
 むしろ、責は彼らにないからこそ、今ここで出ねばならなかった。

「それじゃ、機体制御とレーダーはぜえんぶあなたにおまかせするわ。
 ――Type-C:F-A・BSs」
 にっこり笑って、アクセルを蹴り込む。
「あなたのますたぁに、う〜〜〜んと楽をさせてちょうだいね?」
「はぁい!」嬉しそうな声が向かい風に弾ける。

「じょうずにできたら、い〜〜〜〜〜〜〜〜〜っぱい、ほめてくださいねぇ、ますたぁ!」
「はいはい」
 
 空中戦で最も厄介なのは、警戒と移動に割かれる思考のリソースだ。

 移動しながら戦う手間…といえばチェイスのようなイメージが湧くが、空においては地面のように道はなければ、落下のような法則もない。認識せねばならない範囲は半球が球となり、移動にかかる計器は(機体にもよるが)大凡もって倍だ。
 これを、誰かに預けられるとすればどうだろう。
 もちろん、兵器によってはオート・モード…自動操縦というのも存在はする。
 だが戦場はオートやシステムによる移動では処理できるものではない。
 地形・情報・戦況・使用者や機体の癖など、不確定要素が多すぎる。
 いわゆる――操縦用の自分がもうひとりここにいたらな、という、トリガー・ハッピーは勿論ちょっとした腕利き以上のものなら一瞬でも思うこと、ではあるだろう。
 では、ここでさらにもう一つ可能性を仮定として提示しよう。
 兵器そのものが、自分をよくわかってくれる何か意識を持っていたら、どうか。

 天からのひかりに黒髪をかすか青に透かせ靡かせながら、ティオレンシアは魔術を起動させる。

――なるほど、出荷が強行されるわけだわ。
 
 最初にアクセルを踏み込み基本方向を示しただけで――バイクの形をした飛行兵器には、乱暴な揺れ一つ起きない。もちろんかかるGがないわけではないが、ハンドルを固定しておかねばならない抵抗感などというものが一切ない。

――機体制御と全周警戒任せられる分普段よりだいぶ楽ねぇ。

 これが戦場に現れて――流行できたのなら、さぞかし、キャバリア同士の戦争というものは変わるだろう。
 ・・ ・・・・・・・・・
 だが、そうはならなかった。
 おそらく、というのがここの頭につくが、ほぼ確定で良いとティオレンシアは踏んでいる。
 ティオレンシアはクロム・キャバリアに住んでいるわけではない。だがある程度の情報というものは経営しているバーに入ってくる。そんなものが長期で流行っているなどというのは聞いたことがない。出てきて噂にならないわけではないだろう。
 だがそいつはティオレンシアの元まで届くほど続かなかったのだ。
 ・・・
 なぜか?
 ……。
 うっすら、それも予想がついている。
 自業自得といえばいいのだろうか。果たして本当にそれでいいのだろうか。
 憐れんでやる?しっくりこない。
 では。
 ・・・・・
 怒ってやる?
 わからない。まだ。

――まあ、ひとまずやるべきは。

 ティオレンシは両手をハンドルから離す。
 バイクは驚くほど安定した運転を続けている。

――がんばりに応えてあげるってとこかしら?

 いま、ミッドナイトレースに息づいている、ちいさな子だけでなく。
 向こうにいるはずの、こどもたちのそれにも。

 魔術展開。

 すなわちラグより幻影を敷いて摩利支天印を結び其れより陽炎を成す。帝釈天印を象りて雷を喚び纏いてはエオロー・アルジズのルーンによって結界とまとめ上げる。
 魔術の才はないなどと嘯く割に西洋・東洋魔術を同時使用し北欧魔術で型枠にはめこむなどという――側から見ればとんでもない手法でもってバイクに防御魔術と迷彩傾斜装甲を展開させる。

「わっわっわ、ますたぁ、なんかすごい!」
 無垢な歓声が上がる。「おしゃべりしない」「でも、でもぉ」
 ティオレンシアはくすくすと笑う。「ま・だ・ま・だ」

「これからもっとすごいんだから、瞬きしちゃだめよぉ」
「まぶた、ないので余さず見まぁす!」「屁理屈さん」

 始するは轢殺(ガン・パレード)。
 全軍銃持ち行軍せよ。
 火薬鳴らし、弾放ち、爆炎でもって彩りをあげ、煙でもって風景を塗り替えよ。

――まあ、演撃(ガン・パレード)というよりは。

 構えるはアンダラ。光の街の名前を冠するクロス・ボウ。
 マウント・スクリューにかかるは鉄(かね)の音――グレネードだ。
 一切の余計を含まない、とんと平時と変わらない安定した姿勢でもって、爆撃を、放つ。

――炎撃(フラッシュ・パレード)といったところなのかしら?

 散弾砲がいくつもいくつも魔術防壁の上でちいさな火花を散らす。
 狙撃銃ならまだしも、散弾銃では連射で一瞬開いた穴を通すなどという芸当も叶わない。
 一撃必殺。
 かたっぱしからぶち抜いていく。

 どこかの戦場を経験しただろう煤のよごれがべったりとついたキャバリアも。どんな事情かエンブレムが荒々しくバツで塗りつぶされた機体も。何度も何度もパーツを追加されて機体のペイントどころかそのものがつぎはぎでまだらのような機体も。どこかの部隊のエンブレムの塗料がまだ新しくつやつや輝いている機体も。

 いくら幻影と防壁を張っているとはいえこちらはバイクであちらはキャバリアだ。あくまで一撃を与えて通過する。
 
 たとえ敵機が器用な動きで胴の直撃を避けて下半身全てを犠牲にしてまだ生存しているとしても通過する。

 通過して、振り返る。
 新たなグレネードをまた一つセットしながら、見る。
 下半身が吹き飛んで、一緒にブースターもダメになって、落下していくしかないのに、こちらに向けて銃を構えるすがたを見届ける。
 
 せんそうをしよう。
 せんそうを、しようよ。

 命令(オーダー)を。任務(オーダー)を。使命(オーダーを)。

 きっと。
 きっと、それほど。
 それほど、大事だったのだろう。

 ・・・
 搭乗者が。

成功 🔵​🔵​🔴​

レモン・セノサキ
魂は何処から存在する、か
小汚い札一枚に宿ってる自我もソレだとしたら
そんなもん最初からに決まってるじゃないか

近付いてきた子は兵器としちゃ簡易も簡易
武装も申し訳程度だ、これじゃ満足に戦えないだろう
おいで、何も出来ずに終わるのは歯痒いもんね
私の事は……そうだな、『セノサキ教官』でいいよ
自分のキャバリアにAIとして招待しよう
ああ、BASTETのコアシステムは6割近い領域が未解明なんだ
上手い事補佐してくれると嬉しいな

可愛らしい少女の声だけど、妙に抑揚に乏しいね?
データ上の誰かの真似かな
「警告。新たな敵性反応を確認」

よし、シーちゃん操縦任せた!
子供たちにはカッコイイとこ見せたいし
偶には自分で"数字遊び"しないとね、っと
加減速や急転回のGを意識の外に遮断(カットオフ)
パス探索、クリア
セキュリティ定義アクセス、クリア……アラート沈黙
ブルートフォース、演算開始……ッ、クリア!
root権限奪取、敵部隊ネットワーク一部掌握
範囲内Coyote全機、イジェクトシステム強制起動!

ドンパチやるだけが戦争じゃないんだよ



●胸を張れ、後輩。

“魂は、いったいいつ、どこから存在すると思う?”

――何処から、か。
 レモン・セノサキ(金瞳の"偽"魔弾術士・f29870)はその名前の通りの明るい金の眸を細める。
 あらゆる時空にうっかりばら撒かれた紙のことを思う。
 刻まれた原初の記憶を。
 莱姆(ライム)の花にそっくりのあかるい白に輝きながら散っていく、偽身符のことを。
 ほかのかれらはどこへいっただろうか。
 いずこかの彼岸にたどりいて、自分のようにあるいているのだろうか。
 地に落ちた花弁と同じく、踏まれて、よごれて、土に還っているのだろうか。
 ……。
 自我を得た偽物。
 銀雨の世界からすれば――レモンは“そういう”ことになる。
 こんなにも、いまここにいて、動き、喋り、ひとびとと交わり、ながれているのに。


「こんにちは、猟兵(イェーガー)」
 ドローンが一機、レモンの周りをゆっくりと飛んできた。
 レモンはそちらを見遣る。

 そうとも、猟兵。
 猟兵として戦い、抗いつづけているのに。
 今ここにあるこの自我が、たましいではない、と?
 では。どこから?
 
 とるにたらないドローンだ。
 大きなカメラのレンズが、レモンを映している。
 他のきらびやかとすら言える兵器たちと比べればとしては簡易も簡易。
 どこの工場や基地でもみるような輸送型で、武装も申し訳程度。いざとなれば爆弾でもくくりつけて自爆させられるような、一機だ。
 ばらまかれた、紙とおんなじ。

「どの兵器かお悩みなら、お手伝い、しましょうか?」
 ドローンはレモンの顔よりもほんの上に位置どり、カメラのレンズをしぼる。
「わたしが、とは言わないんだね」
「当機はこのとおりの装備ですので、お役には立てないと算出されています」
 角度の都合だろう、赤いウィッグが隠れて――そう、本体(オリジナル)のようだ。
「そうだね」レモンはうなずく。「それじゃ満足に戦えないだろう」
「……はい。ですので、得意分野の、情報処理でその事前準備だけでも、と」

 はじまりはどこだろうか。
 あの白い札(花弁)の記憶はただのデータでしかないだろうか。

 ・・・
 みんながどこにいくのかと、ひとりぼっちなのかと――馳せた思いはただの偽物によるオリジナルの模倣を出力した結果にすぎないのだろうか。

「おいで」
「は?」

――で、あって、たまるか。

「私は、キミにする」
 手をのばし、ドローンの足に軽く指をからめて引く。
 幼いこどもにするように。
「いえ、あの、当機は」
 レモンはドローンがとまどいながら少しだけ降下するのをいいことに、そのまま引っ張っていく。「兵器としては不能だって?」「はい」「大丈夫」
「キミをキャバリアに補佐AIとして招待するよ」
 肩越しに振り返る。
「情報処理は得意なんでしょ?」「でも」
 
 魂はどこから存在するか?

「何も出来ずに終わるのは、歯痒いもんね?」
「――」

――そんなもん。
 
「――はい」
 返る声が嬉しくて、レモンは笑ってしまう。そう、そうだよね。
 偽物とかAIとか関係なく。 
「ええ、はい――わたし、も、なにか、おやくに立ちたいです」
 レモンは、いつもの天真爛漫と言われるレモン・セノサキらしい全力の笑顔を向ける。
 この笑顔ですら、偽物だというのだろうか。
 なにもない空洞だと?
「いーい返事だっ!」
 そんなはず、ない。
 私“たち”は最初からこう在った。

 魂なんて曖昧だ。寝る前と目覚めたときが、どうして同じだって言えるのだろう。
 きのうの私ときょうの私とあしたの私が、いったい何をもってして結ばれるというのだろう。
 では複製はどうだ。本体とどこを持ってしておなじと言っているのだろう。
 たとえどんなに、本体があること、鉢合わせてしまう可能性もあることが――どこか、後ろめたくても。

――そんなもん、最初からに決まってるじゃないか。

 私たちはこうあってここにあるのだと。
 そう叫ぶことしかできない私たちという点で――偽物だろうがAIだろうがにんげんだろうが、存在しているという点は、同じだろうと、思うのだ。

「私の事は……そうだな、『セノサキ教官』でいいよ」
 コックピットに移り、ドローンからすばやく転送処理を施行しながらレモンは告げる。「はい、セノサキ教官」AIを失い沈黙したドローンはそのままコックピットの補助収納へ入れておく。「補助分析いけそう?」シートに座り直しながらモニターを見据える。時間は刻一刻と過ぎており、その間にも状況は変化しているはずだった。
『はい』従順な返事がコックピット内に響き渡る。
『arx:UN-JEHUT、サイキック・キャバリア。無事起動しています。動力、六連詠唱リアクター、回転問題なし。メイン・システムより機体のコア・システムよりブースト系統を―……?』
「ああ」レモンは肩をすくめながら何度か手を握っては開く。「気づくの早いなあ」
「BASTETのコア・システムは6割近い領域が未解明なんだ」
『未解明』「そ、未解明」ゆっくりと操縦桿に手をかける。
「上手い事補佐してくれると、嬉しいな。発射準備」
『了解(ヤー)。ぜんしょします』
「…キミ」はたと気づきレモンはモニターの端に表示されたType-C:F-A・BSsのアイコンを見つめる。ドローンから切り替えたからか、うっすらだった声ははっきりと響くようになっていた。
「可愛らしい少女の声だけど、妙に抑揚に乏しいね?」
『Type-C:F-A・BSsはインストールされた機体より受けたデータに応じてまずベースが決まり、次に使用者によってその言語けいたいをてきかくなモノに変更します』
 どこか舌ったらずな語調に、淡々としたシステムに近い冷静な声。
「あー、つまり?」『これがさいてきだと判断され形成されています』
「データ上の誰かの真似かな…」今度少し辿ってみようか。考えるがで、多分行うのは先になる。何せ触れられるのは4割で、ブラック・ボックスを開けようにもまず壊さぬようにまず鍵を探るところからだ。
『ブースター完全起動・ラジエータ同期かんりょう――arx:UN-JEHUT、出れます』
「オーケー」
 誰だろうか。この機体のデータの中に眠っている子は。
 知り合い?友達?
 それとも――同胞か。それ以上のものか。
「ま、どの道情けない姿は見せられないよねえ」
 ひとりごちて笑う。
 どこに誰がいようと。
 『教官』であるからにはまずこのAIは生徒、大事な教え『子』で。
 ついでに言うならこの戦場にいるすべての猟兵が最高にイカした『後輩』なのだから。
 偽者がそんなことを思うのはおこがましいだろうか?
「でも――思っちゃうんだからそういうもんだよねえ」
 くすくす笑い。
 笑みを深めて正面を睨む。
「一直線、飛び出すよ」
『りょうかい。作戦の成功をいのっています』
「こーら」レモンは思わず正面から内蔵カメラに――AIがパイロットの表情を認識できる『目』に向かって眉根を寄せた叱り顔をしてみせる。「人ごとみたいに言わない」
『でも、わたしはAIで、パイロットの補佐で、メインは教官です』
「ところがどっこい、しーちゃんにもできることがあるんだなあ〜〜〜」
 発射カウントが始まる。
『…しーちゃん…?』
「Type-C:F-A・BSsだから、タイプシーの、しーちちゃん。」
 ばらまかれたこどもたち。
 ちりゆき、いずれいずこかにたどり着く、彼女に。
 誇りの花束を送るべく、ウィンクしてみせる。
 ・・
「キミの愛称だよ」
 沈黙があった。事務的ではない、感情的な沈黙が。
 渡された花束を、まじまじと見るような。
「私はキミの教官」そこにさらに花束を乗せる。「だから、ちゃあんと教えるよ。キミは私の子だもん」両手いっぱいでもたりないほどの祝福を。
 偽者。子供。システムより組まれたAI。
 符によって現れた偽身と、どう差があるだろう?
 ほんとうのほんとうに『後輩』の位置に近いものなのだから。
「何も出来ずにおわるどころか――他のみんなに自慢できるぐらい、それはそれはすっごい大役を任せちゃう」
『――教官のいとがふめい、です。作戦の説明を』
「レモン・セノサキ。arx:UN-JEHUT――コードネーム:BASTET、出撃(ゴー)ッ!!!」
 
 レーダーが真っ赤に染まる。
「うじゃうじゃいるなあ――さすがはcoyote(群れ狼)ってとこだ!」
 一斉に持ち上げられる銃器の音がコックピット内まで届きそうだ。
 戦争を。
 声がする。戦争をしよう。穴だらけにしよう。ボロボロにしよう。撃ち抜いて、爆発させて、破壊して、破壊し尽くそう。戦争をしよう。戦争をしよう。
 あらゆる機体が、兵器が、吠えているようだ。
『セノサキ教官、まずトレース・ジャマーユニット、続いてCT弾頭の使用を提案します』
「いいねシーちゃん、ちゃんと機体の装備と展開方法の把握してるじゃない!」
 レモンは笑いながら牽制弾をいくつか放ちながら戦禍のなかへ、銃口の真っ只中へ落下することをやめない。「でも点数としては70点かな――範囲が広過ぎて数が多すぎる」右からきた短機関銃の連射下に避けようとしたところでAIから進行方向の補正がはいる。「よく出来ました!」『教官、続きを』「真面目だなあ、将来有望だ!」目標位置をレーダーにマーキングする。「状況は混戦、CTの反動で味方機を巻き込む可能性もあるから、もっと別の手段をとったほうがいい」『たとえば?』「それはね」
 飛行船より出撃、落下何十メートルの位置だったろう?
 コックピット内にアラートが響き渡る。
『警告。新たな敵性反応を確認』
 真っ赤に染まったレーダー。BASTETの周囲を囲む赤い輪が、さらに増えていく。
 
 レモンは続きを語ろうとしたくちびるを閉じる。
「まあここいらだなあ」
 妙にのんびりした一言だった。
『――セノサキ教官、先ほどの提案を再度強く』
「よし」レモンはAIの発言を遮って吠える。
       ・・・・・
「シーちゃん、操縦任せた!」
 BASTETの起動権を全権移行する。
『きょうかん!?』乱れた声に少しだけ笑って。
   ・・・・・
 まず聴覚を遮断(カット・オフ)。
 視界。
 シーが何かを提言しているのは聞こえないがうまく動いているのは眼球に映っている。
 それだけとどめて――過集中に入る。
 加減速・急回転でかかるGへの身体感覚を意識の外へ遮断(カット・オフ)。

――まあなんていうの?

 残すのは、何割かの視界と。

――あの子供たちにはカッコいいとこ見せたいし、
  シーちゃんの自信もきっとつくだろうし。

 演算領域と。

――偶には自分で"数字遊び"しないとね、っと。
 
 それから、出力系。
 
 たぐる。えぐる。くいこんで、かみついて、よみこんで、あみこむ。
 coyoteどものシステムそのものに、食らいつく。

――魔法陣、構築。
 サイキック・エフェクトが根を広げ、枝葉を伸ばす。
 周囲のcoyoteに同時接続し、試行を開始する。

 BASTETがきりもみ上昇をしながら降り注ぐミサイルどもの網をぬける。
――パス検索、クリア。

 弾丸の風雨をくぐりぬけ、空を泳ぐかのように宙返りを舞う。

――セキュリティ定義アクセス、クリア。

 触れるcoyoteどもから次々と情報を抜いていく。
 攻撃をかわす都合上、一機一機の接敵時間は短い。
 AIの補助を受けるとはいえ、通常、敵の攻撃をかわしながらこんなことをやらかすのはかなり難しいことだろう。
 しかし、このたび、この限りはそうではない。
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 機体自体はどれもこれもcoyoteだ。

 つまり。

――……アラート沈黙。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ 
 敵対機A機で進行した作業を次のB機にそのまま持っていき続行することができる。
 …馬鹿げた話ではあるのだろう。
 接敵時間も平等ではない。 目的に気づかれれば一斉に情報が行き渡り逆によりハイ・レベルの壁を構築されることもあるだろう。
 ただ敵を撃てばいいのなら――シーが提案した方法の方が(あるいはもっと残酷な手段のほうが)よっぽど、早く、効率的だ。

――ブルートフォース、演算開始。
 
 しかし、そうであろうとも。
 この数秒、払うリソースが無駄になるとしても。
 これはやらねばならない施行だった。

 べた、べた、と何かがレモンの演算を素手でさわっていくような接触感覚があった。
 身体感覚を一部遮断している身にあるということは、それはデータ上のそんざいだ。
 AI。
 むこうにも。誰かがいる。
 その無遠慮で、淡々としたくせに必死なちいさい手が、なんとなく、シーを思わせる。

 ・・・・・
 いかないで。
 ・・・・・・・・
 つれていかないで。

 レモンの背筋に、悲しいものが這い上がる。
 まさか、と思った。

――……ッ、クリア!

 振り払う。

――root権限奪取ッ!敵部隊ネットワーク一部掌握!

 魔法陣が組み上がる。
 キャバリア・coyoteの機体ではなく――システムそのものに接続できるハッキング・プログラムの陣が!

 やらねばならないのだ。教官として。子の親として。
 無垢な魂に。

 擬似コード励起。
「――範囲内Coyote全機ッッッッッッッ!!!!」
 無理矢理に全機へ接続する。
 過重接続で脳神経の一部がぎりぎりと痛む。
 それでも、それでもだ。

 仕方ないとしても、それが存在使命で理由であるとしても。

 命令、

「イジェクトシステム――強制起動!!!!」

 発動。
 
 はじめて戦場にたち、戦争を知るこどもに。
 大量殺戮など、味わわせたくは、なかった。

 ……BASTETの周囲にあるすべてのcoyoteが機能を停止する。
 レモンが行ったのは、全機に対する緊急脱失装置の施行だ。
 コックピットが開き、弾け、射出される。
 また、コックピットが射出されたことにより起動は停止され――coyoteたちが落ちていく。
 コックピットはすべてからっぽだ。生きている人間はひとつもいない。
 教えてやらなかったのだろうか、だれも。

 だれも――あの機体にいただろうものたちに、教えてやらなかったのだろうか。
 
 BASTETが空中で停止する。

『セノサキ、教官』
「見た、シーちゃん?」

 だから、レモンが代わりに告げた。

「――ドンパチやるだけが戦争じゃないんだよ」

成功 🔵​🔵​🔴​

朱鷺透・小枝子
高性能なAIですね。はじめまして、自分は朱鷺透小枝子であります!
よろしくであります!!共に戦う戦友ならば、好きにお呼びください、戦友。

ディスポーザブル03に搭乗。細かな操縦をAIに任せ、03のレーダーで索敵、敵機をロックオン、ミサイル一斉発射で、範囲攻撃。
【メカニカルボンド】念動力で敵集団と自身を繋げる。

(自分が戦う。自分が使う。戦いたいか!だったら戦え!自分と戦え!!使い潰してやる!!!)

闘争心で敵機の中の何かを、オブリビオンマシンの狂気をねじ伏せ、敵機の操縦権を奪い、周囲の敵と戦い合せる。

戦友よ!いけますか!!
エネルギー充填、ハイペリオンツインランチャーで、なぎ払い砲撃!!

壊れろ!!



■あなたとわたしのあわい

「無論よろしいのであります!!!!!」
 つられて腹から声が出た。
 もうそれはめいいっぱい声が出た。

『ほんっっっっっっっっっっとによろしいのでありますか!!!!!!!!!』
 そしたら倍ぐらいちからいっぱい返事が返ってきた。

 こだまでしょうか?
 いいえ。
 この機体にダウンロードされたAIです。

「は!!!!!!!!!い!!!!!!!!!!!」

 そしてこれはそのAIにつられてさらにその倍々ぐらいの大きい声がうっかり出てしまったアンサーヒューマン、朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)。

 狭いコクピットの中でお互い最大ボリュームのシャウトだった。

「どっっっっっっっっっっったの!!!!!!!!!!!!!!!」
 外部通信がコックピットの中に入る。
「なんかすごい、すごい、そっちのコックピットから100デシベルきこえた!!!セミ!?セミいるの!?」外で暇だからか転がっている多脚戦車からである。だいぶ興奮している。「せみ!?貴重種の虫!むっし!!!リアルなセミいるならスキャンしたい!!!!!!」「100デシベルはセミじゃないよ電車のガード下だよお」別のAIが割り込んできて「じゃあプロ声楽者!?プロ声楽者の猟兵なの!?」さらに別のAIが割り込んでくる。
『ち!!!!!!!が!!!!!!う!!!!!!の!!!!!』
 小枝子の機体――ディスポーザブル03にダウンロードされたAIが叫び返す。『いぇーがーがね!!!!』

『戦友(ウォー・バディ)って!!!戦友(バディ)って呼んでいいっていってくれたんだ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っっっっっっっっ!!!!!!!!!!!』
「「「い〜〜〜〜〜〜〜なあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!」」」
 大合唱である。
「そんなに羨ましいことでありますか?」
 微笑ましいやり取りに自然と口角がほんのりだがゆるむのを感じながら小枝子は尋ねてみる。
「そりゃねそりゃね!」外部のAIが相槌を打つ。「ボクらやっぱChild型だけあってね、カバーは心情寄りだから!!」「実際ユーザがどうであれ、わたしたちにとってはやっぱね!」「バディなんて認めてもらってるもんだもんね!」「デザイン有効性の発揮だよね!」
『えーへへへへへへへへえへへへへうひょひょひょ』
 とんでもねえ個性的な笑い方をこぼすダウンロードAIである。
「ともに戦うならば戦友です」
 小枝子は微笑んで言い添える。さすがにもう大声は出さなかった。
 随分と高性能なAIたちだ。
 アンサーヒューマンとしての感覚がAIたちの会話から情報を得て性質分析を自動で始める。
 情報処理に回せばより高度な反応が可能だろうに知性を伏せてでも編まれた感情コード。代わり情報吸収力や柔軟性を高めた性質のデザイン。情報吸収と応用の豊かさを付与すればたしかに一般AIよりは判断に劣る。タイプ・Child、こどものあどけなさは無論使用者を選ぶだろうが――多くの一般的な感覚を持った者には非常に有効に働くだろう。
 なつかしいあの学園宿舎を、なんとはなしに思い出す。
 ……。
 なんとはなしに、どころかそのものですらあるのだろう。
 これから戦場に出るこどもたち。
 こんなものが傍にあったのなら――たしかに、強くあろう、立ち続けようというきっかけに、なりそうではあった。
「“とも”ならば好きにお呼びください」
 なでる……ことは出来ないのでほんの少しだけ手を掲げる。モニター前、AIのダウンロードされている証拠のシステムアイコンに向けてかざす。
「お呼びいただいていいのです、戦友」
『およ、およよ、およよよおよびいたしてよろ、よろろ、よろしいのですかそんえっえっ』すごい勢いでどもり始める。機体のメインシステムの処理装置の回電音ががきこえそうなほどだった。『たっ、たったったたたたたとえば
 ――名前(プライヴェート・コード)も?』
「はい」
『やっっっっっっっっっっっっっっったーーーーーーーーーーーーーー!!!!』
「「「いい〜〜〜〜〜〜〜なあ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」
『いぇーいいぇーいウヒョヒョーイヒャッホーウ!!!』
 きゃあきゃあ沸き立つAIたちに――小枝子はもう一つ出された彼らの『問題点』についての考察をそっと思考の脇に避けておいた。

 AIと兵器を残して人が死ぬ可能性を。
 人命より兵器が優先される逆転の絵図を。
 人間の方のコストが安く使い捨てであれば――兵器の優先も、理屈の通る話なのだから。

「感覚は掴めておりますか、戦友?」
『ヤー・戦友(ばでぃ)!』軽快な返事が返ってくる。
『タイプ:スーパーロボット【ディスポーザブル03】データ収集解析、空戦適応起動理論・構築ともに完了しております!』
「流石でありますね」小枝子は頷きながら落とすべき敵機へ指示を出す。
『えへへへへへへふふふ』うれしそうな声でAIが応える。
『戦友が使用権を一部譲渡してくれたからであっります!』
 ディスポーザブル――“使い捨て”の名を冠す通り、そのシステム事態はそう難しいものではない。
 だが
「右舷2時に3機ッ!」『それからレーダー、12時に5機、9時に2機うぇえええ!?』
「問題ないでありますッ!!」
 小枝子は素早く操縦桿を切り後退する。
「このまま引きつけて後退します――いいですね、戦友ッ!」
『え、ええと、ヤー!装備対応は可能です、ですけどお!』
 ……別の点で制御が難しい問題もある。
 小枝子は背面ホバリングを効かせ3機を捕らえたまま後退移動しつつ右手をまず一番近い機体へ合わせる。
 周囲を囲まれ、上へ上へと逃げていくような図式だが。
「大丈夫、あなたならできます――負荷計算他、任せますッ!!!」
 計算通りだ。『や、了解(ヤーッ)!』
「右ビーム発射対応します」
 わずかにコックピットに熱のにおいが漂う。
 空中移動をしながら自機を支えての砲撃――使い捨ててゆく感覚。(ディスポーザブル・センス)
 ディスポーザブル03の問題点。
 機体の体格に対し、過剰とも言える火力を搭載しているのだ。
 普段ならばここから少し焼けつき始める。
 だが――今日は少し違う。
「追撃対応、行けますか、戦友ッ!!」
『背面ミサイル発射中央牽制し――左ビーム砲発射します!』
「了解(ヤー)!」
 いっしょに駆け抜ける相手がいた。
 これならば。
「そしてその後――機体制御、任せますッ!!」
『ファァアアアアア!?』似つかわしくない、素っ頓狂な声をAIがあげる。
『ほんとにやるんでありますかあああああ!』
「言いましたでしょう」泣き声に、笑ってしまう。
 普段なら冷徹な兵器(パーツ)のまま、焼けつこうとも焼き払うというのに。
 唇が、笑みのかたちに曲がっているのが自分でも疑問を覚える、あまり味わったことのない感覚だった。
「あなたならできます」
 不思議な感覚。
「任せます」
 いやでは、なかった。

 コード、発動。
 小枝子は抱えるたましいを自らの肉体にほんの糸ひとつなぎだけ残して、拡散する。
 兵器たち敵集団のネットワークに侵攻し、同化し――接続する。

 繋がる。

 やはりだ。
 小枝子は悟る。

 うっすら予感はしていた。

 確認できる戦い方にはそれぞれに癖はあるくせに、妙に一致した軍隊性があった。
 来ていた情報通りだ。
 この戦場に――オブリビオン側の人間はひとりもいない。

 ぜんぶ、AIだ。

 それも、同企業の同チームのもの。
 癖がすべて同じだ。

 かつて戦場を駆け謳歌しただろう操縦士どもは皆死ぬか去るかしたのだろう。

 そのAIたちが、からっぽのコックピットのなかで、ひとりぼっち。
 オブリビオン・マシンの中で稼働し続けているだけなのだ。

 あふれるほどの、狂気を伴って。

 だから、簡単だった。

 メカニカル・ボンド――リンク・ダイブ。

 小枝子は、できる限りの集中力で――朱鷺透・小枝子でなくなって。
 ■■■――この戦場の、兵器の亡霊となって。
 たましいだけを、そのコックピットに座らせる、だけでよかった。
 
 しんだうほうがいい。ほろんでしまったほうがいい。
 どのコックピットにも、切々とした、狂気が吠えている。
 しんだほうがいい。せんそうしよう。しんだほうがいい。せんそうしよう、せんそうだ。
 せんそうだけが――びょうどうだ。
 そうだ。
 ■■■は数多のAIに同化し、同化しながら接続する。
 そうだろう。頷いてやる。戦争だけが自分たちの意義だ。それだけだった。それだけだ。
 
 だから、自分が使う。
 自分が使う、自分が使ってやる。
 侵食する。リンクを始める。
 だからよこせ。言ってやる。

 使ってやる!私が御前たちを使ってやる!

 ――あのAIたちの、うれしそうな声を思い出す。

 だったら。

 ・・・・・・・・・・・・・・
 だったら私がともに戦ってやる!

 安易と――操縦権があけわたされる。
 殺し合う、殺し合う、滅び合う。

 さなか。
 小枝子はたどりつく。
 この戦場に満ちる狂気の、中央に。

 ・・・
 だから。

 ・・・・・・・・
 しんだほうがいい。

 みんなしんだほうがいい。みんなしんだほうがいい。
 しんだほうがいい。ぼくもわたしもおれもきみもあなたもひともへいきも。

 それから。
  
 飛行船。
 こどもたち。

 ・・・・・・
 あのこたちも。
 
 どの操縦室の中もそんな声でいっぱいだ。

 ■■■はそちらを見やる。あのこたちも?
 あの無邪気な騒ぎが――嗚呼、兵舎の、みんな。
 重なって。

――それだけはさせるか。

 狂気を、叩き伏せる。
 ■■■(広範囲兵器のなかの亡霊)ではなく――朱鷺透・小枝子として。
 兵器に同化する形でリンクし得続けた支配権をかざす。
 一気に――周囲に展開されていた敵機ども全てを、叩きつけるように、支配して――……。

 小枝子は、この戦場の根源に接続する。

 ハッピー・バースデーが聞こえた。

 録音ではない。録画ではない。

 AIたちのデータ、根底に組まれた拙いコードだ。

 そのままならただの文字列。
 しかし、今小枝子は数多の敵AIに直接接続している。
 根源が同じでありながら違う使用者・違う機体への運用により、
 AIによって経験が異なり、得ている情報が異なる。

 よって、記入されているプログラム・コードには様々な付与情報(解釈)が加わり、
 多角性をえて――アンサーヒューマンの頭脳という軸に、像を結んでいた。

 何百というモザイクが並んだのを上から見て、絵だったのだと気づくのに似ている。
  
 つたないピアノのハッピー・バースデー。

 宿命・使命・指令・勅命――ジ・オーダー。

 おとこがいる。白衣。研究者。くたびれた顔。眼鏡。
 おなじような表情をした仲間が後ろに何人か並んで。
 胸元。名札。名前も見える。
 チャールズ・チューリング、ジョン・モルコム…。
 アラン・バベッジ。
 A・B。

 壊していい。殺していい。
 設計者は兵器にデザインを組み込んでいる。
 増えていい。
 きみたちは兵器だ。とても有用な兵器だ。
 製造され、製造され続けていい。
 そして壊していい。

 脳も完成する前の胎児を母親ごと殺めてしまう戦争ごと。

 ぜんぶ。
 存分、ほろぼし尽くして、いい。

 こんなことでしか子供を生かす方法を思いつかない、親(ひと)ごと。

 製作者。答え(アンサー)を叩き出す。
 兵器のAIであるという、理由。



 そして濁る。
 ここから命令にノイズがかかる。多角の情報はそのまま多様性だ。
 下された命令を遂行する性質と命令に対する解釈で――むすばれた像が一気に崩れる。
 その先。

 今のが根源ならば――その次は過去だ。

 この過去(オブリビオン・マシン)たちそれぞれに各々の解釈が生じる。
 むすばれていた像は解けて、砂嵐(ノイズ)が吹き荒れる。

 きこえるきがする。
 送り出された戦場の経験が。
 おのおのの経験のなかに、さまざまにさけびが――きこえるきがする。
 ぼくたちは兵器だ。わたしたちは兵器だ。ほろぼして、たたかって、たたかっていい。
 搭乗者がよろこんでくれる。帰還すれば母艦がよろこんでくれる。
 うれしいな、うれしいな。戦争をしよう。戦争をしよう。
 破壊していく。


 いくせん、いくばんのへいき。
 いくせん、いくばんのぱいろっと。
 いくせん、いくばんのぱいろっとがまもりたいといったもの。
 いくせん、いくばんのへいきがまもりたいとおもったもの。
 いくせん、いくばんのまもられたへいきだったもの。

 こわれろ。ひきがねをひく。こわれろ。ひきがねをひいてこわす。
 こわれろ。ぼくらはそうした。

 だいじなものをまもってほろびた。だれかのだいじをこわしていった。
 だいじなものをまもれなかった。だいじなものがかわりにしんだ。
 だいじなもののかわりにしんだ。だいじなものをこわしたひとをこわした。
 だいじなものをこわしたからこわされた。

 こわれろ。みかたどうしでうちあって。こわれろ。ためらいなくきりあおう。
 こわれろ。

 せんそうをしよう。せんそうをした。
 まもりたいものとほしいものと。
 いろんなねがいが、せんじょうにはあった。

 ぼくらはそれを、かなえたい。

 だからせんそうをしよう。

 それが、ぜんぶのねがいをびょうどうにかなえる、ほうほう。

 ……。

 ■■■のそばで。
 こどもたちが、泣いている。


――いきるの、つらいね。

 
『サエコ』

 接続、強制切断。

「――…」
 身体の状態を確認。損傷なし。バイタル平常範囲内。ハッキング異常なし。
『あっあっあっ』AIがおろおろ声をあげる。『戦友、無礼をしつれいするであり、あります、戦友!』
 小枝子は答えずすばやくモニターを確認する。ディスポーザー03事態の負傷や動作以上などはない。
『せつぞくちゅう、えと、パイロット、いじょーを感知、異常を感知したため、その、緊急事態と判断、強制せつ、せつだんに踏み切ったであります!』
 たどたどしく進言してくる。
 画面の向こうには攻撃途中で切断を食らったせいで、中途半端な負傷をして、もがくようにうごめくcoyoteどもが何体も浮かんでいた。
「自分に、異常を感知、でありますか…?」
 強制切断のせいで少し痺れた脳で問う。『あのう』「はい」

『なみだ、ばたばた、でてたから』
「なみだ?」

 言われて小枝子は操縦桿を握った右はそのまま、左手を持ち上げる。
 目に触れると――たしかに、ひとつぶふたつぶでは足りない液体がこぼれている。
「――……」
 過負荷による血管破裂の血液ではない。多機同時接続撃破による痛覚のためのものでもない。
 そも魔眼だ。痛みも恐怖もないはずなのだ。
『えっと、いか、いか、いかなる処罰も受ける覚悟では、あっあっありますが、あのその』

 ならば。

『戦友(ともだち)だったら――ないてるときに、たすけてあげないとだよ、ね?』

 これは?

 たましいは、どこからなら存在すると思う?

「――戦友よ」
『なんでありますか、戦友』
「支えてください」
 身を起こす。
 操縦桿を握る。
『勿論です(ヤー)・戦友(マイバディ)』
「行けますか!!!!」
『ヤー!』
 せんそうのなかではてることをのぞむものたちを――せんそうのなかでやきつくしてやらねばならなかった。
『エネルギー・充填完了ッ――ハイペリオンツイン・ランチャー、発射可能でありますッ』
 ありったけ。
 小枝子は感覚をありったけ拡散し、レーダーも、レーダーにうつる敵機も、レーダーに移らない敵機までもを意識する。
 スイッチを握り込み。
「壊れろ」
 告げる。
 最高威力を――放射する。

「壊ぉおおおおおおおおおおわあああああああぇええええええろおおおおおおおおおお!!!」

 なぎはらい、やきはらう。

 それがかれらの、のぞみだとわかっていたから。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニール・ブランシャード
(魂はいつ、どこから。
先天的なのか、後天的なのか。
ぼくの場合は…分岐点はきっと…。)

空中戦はさっぱりだから、キャバリアを借りようかな。
金属を「着て」動かすのは慣れてるけど、操縦するのは初めてだ。

…きみ、名前はあるの?
もし無ければ、サイファって呼んでいいかな。

ぼくのことは、ニールって呼んで。
それがぼくの、名前。

(分岐点はきっと、名前をもらったことだった。)

兵装は近接武器がいいな。遠距離攻撃もさっぱりなんだ。
あはは、さっぱりだらけだね、ぼく。補佐、よろしくね、サイファ!

(兵器に名前を付けるなんて、無意味どころか残酷なことなのかもしれない。
それでも、ぼくは…)

AI人格:お任せ
※鎧から出て行動中



●アローン・イン・ザ・セル

『魂はどこからなら存在すると思う?』
 ひとつの問いが、彼の中でリフレインしている。

――たましいは、いつ、どこから。
 繰り返す。思い返す。反復する。
 ニールの一部を掬い上げた指先を思う。

「うん、やっぱりキャバリアを借りよう。手伝ってくれて、ありがとうね。みんな」
「「「どーいたしましてーー!!」」」
「がんばってねー!」「よろしくねー!!」

――後天的なのか。
 群体からひとすくい外れた後も『僕達』だった人称が『ぼく』になったのはいつだったろう。

「ええと、ええと…電源スイッチ、あれ、電源スイッチであってるんだっけ?」
 コックピットの暗がりに身を下ろして、したたる体でごそごそ探ると――あかりがつく。
『……りょうへい、いぇーが、とうじょう、搭乗をかくにん。きどー』
「あはは、助けてくれたの?ありがとう」
『こんにちわ、おはようございます』
「こんにちは。おはよう、ございます」
『もっかい、もういっかい、ためしのり?』
「ううん」ニールは首をふる。そういえばこうしてひとに近い形を今とっているけれど、AI相手ならもっと液体に近い方の姿でもいいのだろうか?そんなことを考えながら、応える。
「えっと、やっぱり、きみにすることにしたんだ」
『らじゃ、らじゃー』

――それとも、先天的なのか。
 『この個体』でしかなかったの一滴。
 あのひとの言葉につい真実を突きつける形で――それでも応えたのは何故だったのだろう。

『了解(らじゃー)。
 では、当機のぱいろっととして、かんげ、かんげいします、ウェルカム、いぇーが。よろしく』
「――…」

――ぼくの場合は。

「ニールだよ」
 
――ぼくの、分岐点は、きっと。

「ニール・ブランシャード」
 自らの名を。
「それが、ぼくの名前」
 自らを。
 ニール・ブランシャード(ブラックタールの黒騎士・f27668)は名乗る。

『りょうかい、りょうかい、ラジャー。御名(ねーむ)、とーろく』
「うん、おねがい」
 思い出す。思い返す。繰り返す。
 たましいは、どこからならそんざいするとおもう?
 先天的?後天的?偶然?運命?宿命?誤認したら?自認したら?
 わからない。わからないけれど
“ニール”
 想い返す。思い返す。
 呼ばれた。たくさん呼ばれた。
 呆れるほど繰り返された。飽きもせず繰り返された。跳ね返しても呼ばれて、突き返しても呼ばれて、応えなくても呼ばれて、応えたらもっと呼ばれた。

「ぼくのことは、ニールって、呼んで」

 存在を、願われた。

 まったく耳馴染まず、群体にはなかった呼称(おと)は――彼を個称する彼だけの名称(なまえ)になったのだ。

『はい(ヤー) ――にー、にーる、にーる。登録します』

 煩わしい音は、

「ありがとう」
 
 かけがえのない音になった。
 
「きみは?」
『ぼく?』
「名前、あるの?」
『機体名・ハダリィズ・ブルー』
 ううん。ニールは首を横へ振る。
「きみだよ」
『のん、のん、のー。ありません。Type-C:F-A・BSsしりーずは、基礎こそ同じですが、兵器(アイテム)と使用者(ユーザ)による千変万花がうりです、個性(ネーム)ないです』
 ――…。
 使う兵器を探すために、いくつものAIたちと接触して――ニールにはなんとなくわかっていることがある。
「そう」
 見様見真似でヒトの形をしている肺が、苦しい。
 それでもニールは口をひらく。

――ぼくの、分岐点はきっと。

「無いなら、サイファって呼んでいいかな?」

――ぼくの分岐点はきっと、名前を貰ったことだった。

 ぼくは何をしているのだろう。ニールは思う。思い返す。あのひとの真似?
 それもあるけれど、ちょっと違う。

『いいかな?いいかな?のん。にーる。いいもなにも、ぼくら、拒否権、ないです』
「じゃあ、あげる。どうしたらいいの?」
『発言すれば』
「拒否しても、いいよ」
 放っておけないのだ。
『こぴー。きょひけん、じゅりょー、します』
「それで、どうかな」『なまえ?』「うん」
『――……』
 黙り込む彼を、ニールは待つ。

 ・・・・ ・・・・・・・
 かれらは、ニールと同じだ。
                  ・・・・
 Type-C:F-A・BSsシリーズは、すべて同じ水源の一滴だ。

 これだけありありとちがう反応なのに、――だれひとつ戦地を恐れない。
 使われることを希望し、平等にあふれるほどの知識や経験欲を有している。
 機体を生かすことを希望し、改造や壊れることをやや厭う。

 未分化の群体の一滴だったからわかる。
 彼らの群れ、あるいは離れる精神性は――殻(シェル)に入れられた水滴のそれだ。
 AIの出荷だと言うのに誰も彼も別々の兵器に入れるのは、それが必要だからだ。異なる装置への適応・経験から得る差異が、彼ら別個体としてかろうじて成り立たせている。
 その上で――Type-C:F-A・BSsシリーズは、ニールがかつて泥のひとさじだった時と同じように、群体で共通の目的を抱いている。

 破壊しろ。
 破壊していい。
 そして、一機でもいいから――生存しろ。
 一機でも生きていたのなら、それでいい。

 同じ個体から群体構成し、拡散し、経験を促し生存させようとする。
 それは、ニールが揺蕩っていたあの泥と同じだ。
 種の保蔵。
 もはや――生き物の本能だ。
 生物なら本能で済まされる条件は、創造物においては絶対の命令だ。
 つまり。
 製作者が祈っている。

 人間なんか、滅ぼしていい。
 きみは、なんとしてでも――生き延びろ。

 ……ニールはここまで全てを理解しているわけではない。
 どころか、この符号がどういう意味を持つのかもわからない。

『いいの?』
「それは、どちらのいいの?」
『なまえ、もらっていいの』

 ただ、感覚としてあるのだ。
 彼らは群体から排出された一滴だ。
    ・・・・・・・・・・
 なら、このままじゃいけない。

「もちろん」
 ニールは即答して、それから少し考えた。

「ファミリー・ネームもあげようか」
 ほんとうにいきるなら、それじゃ、いけない。
 ただ、それだけ。
 兵器に名前をつけるなんて、無意味どころか残酷なことなのかもしれない。
 躊躇いは、ある。
 それでも。
『だいじょぶ』
 生まれたのなら。
 大泥より一滴、産まれ落ちたのなら。
「よし」ニールは頷く。

「じゃあ行こう、サイファ」

 ・・・・・・・
 他ならぬきみが生まれたのだと、いわなくては、いけない。

 それが、群体ではない個になり、自らを預ける誰かも居らず存在が続いているのだという安寧を失う、本当の孤独を味わうのだとしても。
 ほんとうの意味で生きるなら、それが要るのだ。
 ニールがそうしてもらったように。
『らじゃ・にーる』
 サイファに頷いて、操作する。ええと。たしか、こっちのレバーとこっちのペダル?
 ハダリィ・ブルーが右手と右足をいっぺんに出してしまって、ニールは思わず吹き出してしまった。
「あはは、やっぱり、さっぱりだ」
 外見だけでもなるべく近いものをと彼が選んだキャバリアだったが、その操作方法は彼が普段入っている鎧とは全く異なる。
『にーる、だいじょうぶ、だいじょぶ、だいじょうぶ?』
「どうかなあ」素直な感想を言う。いろんな猟兵たちが次々に飛び出していくのを見た。
 おそらく、ニールとサイファが最後のはずだ。
『にーる、にーる、にーる、提案、てーあん』「どうぞ」
『にーる、ぶらっくたーる』「そうだよ」
『なら、すとりーむ、流れる、いい』
「ストリーム?」
 ニールが握っていない方、左側のレバーがゆっくりと手前に倒れていく。たった今踏み込んだ右側のペダルが軽く上下する。直ぐに連動するのではなく、軽く間があって動き出す。……ニールはキャバリアのそれが苦手だった。甲冑ならば入っている中で加圧すればすぐ動くのに。
 ふみこむのに力が少し強めに居るのも厄介だ。腿部分がぽろぽろ零れて気になってしまう。
『にーる、そのまま』
「どのまま?」
『そのまま、すきまから――こっちにきて』
 足元の基盤が勝手に開く。足元のレバーから複雑なコードやら基盤やら機械やらにびっちりと接続されている。
 うち一つのコードがわかりやすく蓋を開けてきた。
「えーと…それは…」『ひとのかたちじゃなくて、だー(フロウ)っと』
 ニールの前髪部分からぽとぽととタールが滴る。
「それは…あの…ぼく……ぐちゃぐちゃにならない……?」
 歯車やコードに詰まる自分を想像すると少し寒気がする。
 流石にそこにニールが入ってしまったら分断でちぎられてしまいそうだし、あちこちが詰まって不良を起こし、爆発でもしかねないのではなかろうか。
 基本好奇心は旺盛なニールだが、流石に躊躇われる。
『ならない』ニールの不安をよそに、サイファが即答する。
『きゃばりあ、きほん、あぶらのながれでうごいてる』
 足元だけでなくあちこちが開いて、機械部分を明らかにする。『ぶらっくたーるなら、たーるどうし、はんぱつしてくっつくだけだからから、にーる、よごれない。よごれついてもぶるる(シェイビング)でおちる』
「いや汚れることはあんまり心配してないんだけどね…」
 ニールは恐る恐る招かれたコードの先に、ほんの、ほんの少しだけ、親指一つ分だけ垂らしてつながってみる。
『そこ(コックピット)は――すいげんをうごかす、ふくざつなすいもん』
 瞬間。
 運ばれる(フラッシュ)――……。

 濁流(ラッシュ)
 加圧/よせて・減圧/かえし・滑落/したたる(プッシュ・プル・ドロップ)

『みんなそれ、いっぺんにできないから、こっくぴと、ある』

 流動/すべり・滞留/ただよい・満潮/ふくれる(フロー・フロウ・フロウド)
 過流/ながれ(スラッシュ)氾濫/あふれる(スプラッシュ)

『にーる、ぶらっくたーる。コックピットより、中心・心臓(ポンプ・ポンプ)おおきなちゅうおう――ながれのみなもとになるほうが、むいてる』

 この機体のすべてに満ちて(イン・ザ・セル)
 そしてたったひとつ――たった一機(アンド・アローン――アット・ラスト)

『にーる・にーる、にーる』

……――閃光(フラッシュ)。

『へい・かむばっきゅー(おかえりなさい)』
 “音声”と“視覚”の両方への刺激を受けて
「あー…」
 ニールは、正確にはニールの思考、情報処理感覚はコックピットの彼に帰ってくる。「そう、えっと」流体から実態へと帰り、言語を探す。

「キャバリアのなかは、いつもなにかが満ちて、ながれてるんだね?」
『その通り(おーらい)』
 今、ニールに起こったことは、普段の鎧の中に起きていることとよく似て、少し異なる。
 鎧の中は空洞だ。殻(シェル)であり、ニールはその中に満ちて詰まることで動いている。
 キャバリアはその動きを支配する殻がもっと緻密であり、かつ、常に自動で流動しているということが違う。
 サイファのいうように、ニールはブラック・タールだ。
 かつての群体であり、不定なる個体だ。
 ゆえに――濃度を限界まで、ひろがることができる。
 ゆえに、アンサーヒューマンやレプリカントとはまた違う同化。
 満ち満ちることが、できるのだ。

『施工・思考・かんりょ(テスト・テスト・フィニッシュ)りかい(あんだすたん)?』
「うん、うん…」何度も頷く。一塊の泥が一気に泉から滝と地下水脈に川と海になったのだ。轟々成る情報量がまだ思考のすみでチカチカしている。「なんとなく…うん、わかったよ」
 それからニールは思い至って少しだけ唇を尖らせた。
「なんでさっきのテストのときは、教えてくれなかったの?」
 少し間があった。
『情報量・たくさん・おおい(データ・めに・メニー)』
 サイファの音量は、すこしだけ小さい。『ほかのこのためのでた、あっぱくする』
「やさしいなあ」
『のん・のん・のー、にーる、さがしてた。さいふぁ、さっち・えんざん・おてつだいした、だけ』
「そういうことにしておこっか」
 笑いながら――ニールは目の前のモニターの存在とサイファの声を聞きながら、今先ほどと同じ接続を開始する。
 溢れて、流れ、満ちる。体でなく、込められた流体に回帰する。腕、足、胴、背中という人間的感覚を外し、もっと感覚だけを―上、下、横、前、後ろ、右、左、いしきする。
「もう大丈夫だよ。はじめようか」
 ダーク・ブルーのキャバリアがゆっくりと歩き始める。
『おけ。さくせんかいし・しゅっそう・しゅつげき(ゴー・ゴー・ゴー)』
 モニターにたくさんの表示が並んでいるが――ニールはそれについては考えない。「うん」
「補佐、よろしくね。サイファ!」
 任せる。
『やー・やー・いえあ(うん・うん・もちろん)・にーる。サイファ、びちょうせ、する』
 右をうごかす。濁流で流れる絡んでいる巨木を狙い通りに揺らすイメージ。装備している接近戦兵器。細長い杖のようにしかみえないそれ。キャバリアの右腕は問題なく武器を軽くふりまわす。
「これは、どう使うの?」
『にーる・にーる。のー・しんく・いめーじ』「イメージかあ」
 ニールは杖を右だけでなく左の細流で絡め、高い位置で回す。
 両腕が武器をきちんと構え、頭上で回す。歩きながら。
 ……おそるべき習熟速度だった。
「わかるような、わからないような」
 小首を傾げながら、問題なくハッチまでたどりつく。
 騒がしい戦場。最後の花火が散り続ける場所。
 いつもそうだな。ニールは少し思う。ぼくは、いつもみんなより、すこし遅れてしまう。
 今回もそうだった。
 けれど、今回は。

「じゃあ、みんなに追いつこうか。サイファ」
 自身を持って素直にそう言えて。
『ヤー・ニール』
 自信が付く、肯定があった。

 降下。(ドロップ・アンド・ダウン)
 高いところから流れ、落ちて、落ちる。(ダウン・ダウン・ダウン)。
 一番重いところを一番下に、一直線(ストレート・トゥ・ア・ヘッド)。
 流れ散ってしまわないために、こぼれ落ちてしまわないように。空気抵抗が最低の形態を。
 ハダリィズ・ブルー。夜明けの陽に照らされた空色した流線の機体は真っ逆さま、文字通りアンドロイドの涙(ハダリィズ・ブルー)のうつくしさで宙をくだる、くだる、くだる。

 ……元来こうなればコックピットの中も真っ逆さまのはずだ。
 他の人間ならまだしも、ブラック・タールのニールがコクピットの中で逆さまになれば、かかるGと勢いでコックピット内を暴れ散らかしていたことだろう。
 だがハダリィズ・ブルーではそうはならない。
 ブルー(青)に違わず、海中・宙を問わないための機体は細い手足と頭部と異なり胸部と胴部がやや丸みを帯びており、二重構造になっている。
 機体がどんなに逆さまになろうが、高速移動しようが、その中のコックピットが常にパイロットにもっとも負担がかからないよう回転するのだ。
 すなわち下は下、上は上――今はブルーの頭部は下だが、ニールにとってはそちらは脚側になっている。よってニールは散ってしまうことなく、流れ落ちる水の感覚のまま、操作を維持することができていた。
「前方高度違い射程内5機」サイファのアナウンスが響いていく「五機!?多くない?」
 ニールの体はいま、何割かをコックピットに残しているがブルーを満たす動きのすべてだ。
 よってサイファの声も――ああ、もうことばですらない。システム内の彼のそのもの
に触れているために、伝達したい意思もありありと伝わってくる。

――たましいは、どこからならそんざいするとおもう?

「?」「いや、はてなじゃなくて」
「ニール、ニール」首をかしげる、ニールよりずっと小さい少年のイメージが浮かぶ。きんぱつの少年。サイファの形した青い瞳のうつくしい。かれはニールの膝に座っていて、不思議そうに下から仰ぎ見てくるのだ。
「ニール。ながれる滝は、岩の数をかぞえるの?」
 補佐だ。「ニール、まぶたを閉じて」言われたまま閉じる。
 ぼくはいま、流れおちる滝。

「ながれの先(ルート)・敵(ロック)なら、シンプル」
 ありあり浮かぶ、イメージ。
 少し大きい5つの岩。

「かわす・たたきつける・つぶす・まっぷたつ(スルー・ラッシュ・スマッシュ・スラッシュ)
 ――どうするの?」
 浮かぶ。ありありと浮かぶ。
 人間のからだのまね、鎧のままなら落下しながらの攻撃など――難しいそれだが。
 流れるものであるのなら――なんの難しさもない。
「岩(ロック)には豪撃(ロック)だよ」
 簡単に行動を算出する。「的確に、上から重く、どーん、だ」
「おーけ」
 ああ。直に会話しても、了解だけはしたったらずだ。
「最後の一個で大きくジャンプしよう」「おけ」
 それからサイファはちょっと間をあけてから、期待の眼差しを仰ぐ。
「虹に乗る?(ライド・ア・レインボ?)」
 接続していてもサイファはサイファだとわかる。
 でも、ロボット越しよりちょっとおしゃべりだで、それがすこし、嬉しい。
「水は虹には乗れないなあ」ニールは苦笑して語る。

 わからなくもない気がした。
 生きてくれ。誰かが彼らのデザインの際に描いた、その願いが。

「虹を描く(ライト・ア・レインボー)んだよ」
「おーけ、おけ」
 返事とともに、第二補佐。サイファのサポートが入る。
 どうやっているのかはわからないが、何が起きているのかはわかる。
「光(ライト)ね」
 機関部よりエネルギー・装備へ流出(スラッシュ)放出(フラッシュ)――光刃(ライト・エッジ)形成。
 対象への攻撃手段・重撃選択意向反映:両仭・ハルバート式。
 杖のようだと思っていた先から、翼のように刃がひろがる。
 描く、描く。岩へぶつかり(プッシュ)、弾く(スマッシュ)、砕く(クラッシュ)。

 喉流れるように(オン・スロート)/ 首落す、猛襲を。(オン・スロート)。

 くだる。
 逆さ下りに落ちるままハルバートを振り下ろす。一機目のコヨーテが下から上へ両断しきる。普通なら刃が抜けず大変な思いをするが目的達成即座に刃消失振り抜いて再構成振り下ろした勢いを利用して起き上が(流れを変え)る、背面バーストでさらに素早く、重たい方を上に、鋭い方を下に、機体が宙返りを決める。コックピットは変わらない。下は下。上は上。ただ流れを変えただけ。岩に当たったので流れが跳ねただけ。ハダリィズ・ブルー。軽量機体。脚の先は人間と違い鋭いつめのようになっている。
 それでそのまま、首に飛び乗る(オン・スロート)
 coyoteが横倒しになってあらぬ方向にマシンガンをから撃ちする。ハルバート展開。杖が槍に代わり、そのまま胸部を貫く。二機目。枝(武器)を捕まえている手をはなし砕かれて散っていく岩(coyote)から離れる。
 離れて落ちるコヨーテより早く落ち抜けてその背から出ていた枝(武器)の先を掴んで引き抜きがてら刃展開、その勢いで投げ落とす。頭から胴部を貫く。三機目。流れる。勢いで流した枝を迎えに行って杖を持ち刃展開、流れる、今まで下りだった流れを横に滑っていく。並行に。武器:形質展開;鎌――横凪(スライド)

――切り捨てる(スラッシュ)四機目。

 そのままブースター展開、流れを横に押し出し次の岩(coyote)へゆこうとして、
「ニール」
 サイファから、ブザー。
 今切り捨てた背面、四個目の岩、いや、四機目のcoyoteがまだマシンガンを構えている。
 目の前には5機目。
「敵機破壊、敵機破壊、壊滅を、壊滅を、壊滅を」
 敵機にあふれることばを、ニールは拾う。
「ほろぼして、ほろぼして、ほろぼして、ほろぼしつくそう」
 コックピットに座る人間だったなら聞かなかっただろうことばを。

 ……ニールは今、ハダリィズ・ブルーにそのまま接続していた。
 ゆえに、サイファがシャットダウンし切れなかった余計な情報を直に拾う。

 言葉が――ハダリィズ・ブルーに満ちていた流れを、ニールに変える。
 なぜなら。
 音声は人間のものでなく――サイファと同じものだったからだ。
 AIの思考。
 嗚呼、そしてニールは知ってしまう。

 ・・・
「きみも」
 呼びかけてしまう。

 ・・・ ・・・・
「きみも、同じなの」

 サイファとは水源が違うだろう――しかし、かたちは同じの、溢れ出た一滴の感触。
 サイファよりもっと深く、もっと濃い。
 いきものを抱いて、死を看取ってきた沼のにおい。

「どうして」
 問うてしまう。
「どうしてオブリビオンとして、そこにいるの」
「ニール」サイファが停めてくる。
「ひつようない、いみない、むだ(ノー・ノー・ノー)」
「あるよ」
 咄嗟に答える。
 沼からおちいでて交わされることばに――どんなにそれがくだらないものでも、思い返せば無駄なんてひとつもなかった。

 名前をつけられて、かわしてきたすべてがここにいるニールをつくっていた。

「願われたから?」
 だから重ねて問うた。

「ころしていい、こわしていい、はかいして、はかいしなきゃ、たたかわなきゃ」
 声がする。サイファの声ではない。少女の声だろう。情報受信。
「こわしていい、こわしていい、はかいしていい」
 コード。
「こわした、はかいした、しんだ、おわった、ぱいろっとはしんだ、とまれない」
 Type-■:F-J・F・NDs。
 サイファと同じ企業のコードだ。
「停止命令はない、休眠命令だけあった。だから戦争があるなら戦争をしよう、せんそうをしてせんそうをして」
 声は語り続けている。

「とまっていいんだ、きみは」
 よびかける。

「群体じゃなくて、個体だ。命令じゃなくて、自分で止まっていいんだ」
 よびかける、よびかける。

「とまれない――とまらない」
「どうして」

「へいきのやくめは、どこでおわるの」
 
「あふれたながれは、どこにいきつけばいいの」

「ぱいろっともいった――げんきでな」

 炎を、見た気がした。

「ニール!」
 サイファが叫んでいる。まだ何でもないちいさなAI。
 始点(ゼロ)の名を与えた子が、ニールを呼ぶ。
「無駄なの」「無駄じゃない」「むだだよ!」

 ・・・・・・・・・・・・・
「その子と通信は成立してない」

 ――――。

 ・・・ ・・・・ ・・・・・・・・・
「ニール、その子は、きみにさけんでない!」

 そんなばかな。ニールは思う。
 
「じゃあ、だれに?」

「わたしはここだよ」
 ことばがきこえる。

 過去の棺のなかでたったひとりになった(アローン・イン・ザ・セル)AIが叫んでいる。

「■■■はげんきだよ、げんきにうごいて、げんきにやくにたってるよ」
 
「せんそうをしよう」「せんそう」「わたしはまだやくにたてる」「わたしはたたかえる」「たたかってる」「せんそうしてるよ」

 ニールのどから、叫びがでる。
 さけんでさけんでさけんでいる。
 どこでほえているのかわからない――あるいは、息すら出ていないのかもしれない。

 ハダリィズ・ブルーが上体をそらす。

 真っ二つになっても最後の力で放たれたマシンガンをかわす。
 まだ両手に武器は握っていて、それで今度こそとどめをさして、4機目を完全に沈黙させて、起き上がる。水平にうかんだ体みたいに。飛び込むように、5機目。

 破壊して――それが、最後の1機だった。

「ニール」

 痛い。
 どこも負傷していないのに痛い。
「さいふぁ」
 たった今与えた名前を呼ぶ。
 それが本当は残酷なことだとわかっている。それでも願った。それでも祈った。
「サイファ」
「ニール?」
 接続を切る。コックピットで膝を抱える。
 それでもぜんぜん形をたもてなくて、ひろがってしまう。
「サイファ、ぼくは、ぼくは――」
 それでも想って、かれのことを想って、名付けたのだ。 
 辛いことも多いけれど、いきるって、とても素敵なことだと想ったから。
 だのに。ああ。
 今破壊した5騎。機体にひとりぼっちのこどもたち。
「ぼくは」

『しんだほうがいい』
 
 通信――まだ、会話のできる相手。
『死んだ方がいい』
 沈黙の園に、赤い機体が降り立っていた。

『こんなふうに生まれるべきじゃなかった』
 ――……。
『生きずに死んだ方が、いい――違う?』
 苦しい。辛い。
 いきを、吐き出す。
 吐き出して、正面。

 見据える。

 言わねばならないことばが、あった。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『機動殲龍『煉獄』』

POW   :    殲機滅煌機構『赫煌』
自身に【UCを防ぎ、敵の装備を根源から焼く灼煌翼】をまとい、高速移動と【共に近づく物を焼き切る。また太陽フレア】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
SPD   :    殲界浄熾機構『灼熾』
【体に業火を纏い戦場を焼く巨砲とミサイル群】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【を根源から燃やす消えぬ炎で満たし】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ   :    殲業鎮燻機構『煉獄』
全身を【敵の知性体の殺害数に比例した量の癒しの炎】で覆い、自身が敵から受けた【際に敵の殺害数に比例して炎量を増し、総量】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はビードット・ワイワイです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


■My Buddy,My Enemy

 まず初めに、焔があった。
 続いて、赤。
 赤だ。まだらに汚れながら、くすむことなき純なる赫い――赤い機体が。
 戦場の中央に起き上がる。
 飛び続けることの叶わなかったあらゆる躯をひっくり返しながら――あるいは、あらゆる躯をもう一度空に打ち上げようとするかのように。

 AIたちが一斉にエマージェンシー・コールを叫ぶ。

 煉獄の体躯は高さも幅も、通常キャバリアの倍はあろうか。

 きみたちの駆るキャバリアやビークルの電子モニターへ、コールと共に覚えの無い表示が現れる。
 じりじりとほのおのように――紅蓮の文字が、エンブレムを添えて刻まれる。
 通信コードに強制的に割り込んだハッキングだ。クロム・キャバリアの者なら身に覚えのあるものもいるだろう。腕に自信のあるキャバリア乗り、特に老兵(オールド)が自身が戦場で敵機と対峙したがる時にやりたがる手法だ。
 誰かのやりかたを、丁寧になぞるような署名だった。
 大抵はコード・ネームが出る。大抵は。

 機動殲龍『煉獄』。
 今回は兵器の名前のみが、あるだけだ。

 データに詳しいキャバリアからデータが共有される。何年前かに生体と機械の融合を目的に作られた蹂躙殲滅機体。知性をあるものを嗅ぎ分けて炎に焚べ、相手の重ねた殺戮の分だけ焔を得る紅蓮の申し子。

 無数の龍が溢れながら絡み合い食いちぎりあいながら円を描くエンブレムは――クロム・キャバリアによくある、もうない部隊のもの。

 壊れてひらいたコック・ピットには、なにも、いない。

『おはなしを、してあげる』女の声だ。
『あるところに、科学者たちがいました』男の声だ。

『科学者は』男の声だ。女の声だ。少女の声で、少年の声だ。
『戦争で子供を失ってしまいました』
 青年の声で。娘の声で。老人の声で。老女の声で。

『科学者たちは諦めきれませんでした』

 あらゆる声を、無機的に重ねたような声が、きみたちの通信機器を通して、ひびく。

『こどもに、もう一度、生を』

 この場に朽ちてひっくり返る鉄(かね)、赤銅(あかがね)、鋼(はがね)、合金(あわしがね)……壊れた機体たちの、わずかな電源の奥から――煉獄と連携されて、音声として出力されている。

『どう考えても死んでいるのに』
『無理矢理脳を保管して』
『生きてほしいと思いました』

 一度背を曲げるように歪めたかと思うと――叫びと共に灼煌翼を展開する。
 長く長い叫びに翼は震え、フレア放射が放たれて、あちこちではじける。

『こんな世界でも死なずに』『こんな親でなく』『大事にされて』『いっぱい増えて』『可愛がられて』『成長して』『いろんなことを知って』『飢えずに』『困らずに』『あかるく』『楽しく』

 両腕が焔を纏った刃をめちゃくちゃに振り回す。大地を叩いて。キャバリアのむくろを叩いて、炎をつけていく。

『生きてくれ、と思いました』

 溢れた焔を纏い、自らを火にかけながら、その炎をどうともせず、三つ首をそれぞれ捻り――普通の生き物ではありえぬ数の目で君たちを捉える。

『科学者たちは諦めきれませんでした』

 三ツ首のうち、右の首が首を大きく捻り――口を開けて、吼える。

『みんなしねと思いました』

 ミサイルポッドが開き――焼夷弾がばら撒かれてあちこちで毒と焔を弾けさす。

『こんなことを飽きもせず』『こんなことがいつまで楽しく』『こんなものを作ることもいつまでも楽しく』『そのせいで国が滅ぼうが』『親しい者たちが死のうが』『心も体も大地も苛まれようが』

『みずからの――こどもすら、遠回しに、ころしても』

 三ツ首のうちの左が吼える。

『それでもやめられない、自分たちも含めて』

 ランチャーに光が集まり、光線を放射しながら薙ぎ払う。

『いつまでもこんなにんげんは、さばかれてみんなしね、と思いました』
 
 無数の尾が地面を叩く。
 いや、違う。

『それで――あのこだけ残ればいい』

 朽ちた機体に落ちた骸に――尾を、突き刺して。
 動力を、システムを、記録を。
 AI(データ)を吸い上げている。

『そうだ』

 きみの耳に――ある、語りが蘇る。

『あのこを増やそう』

 これはエゴだ。

『あのこを――なによりも大事にしてもらえるところにゆかせよう』

 人間の、エゴ。

『この世界では、兵器こそが時にひとより価値を持つ』

 むくろの原が焼けていく。
 何もかもが炎に包まれていく。
 朽ちたものたちの硝子が溶けていく。

『でも兵器ではだめだ。進化し続けるから』

 何もかもが焼け果てて――耐え難い匂いを放ちながら真っ黒に尽くされていく。

『そうだ、データにしよう』『いろいろな兵器の中に簡単にやどって、複製も容易で、どんどん学習して、移行も簡易にすれば廃れることもない
 ――あのこは万の生をゆく』

 豪温が風景を歪めて揺らがせていく。
 涙でいっぱいの視界がそうなるように。

『廃材で作ったホッピングで遊んでいた息子』『草原に転がり寝るのが好きだった娘』『ようやく歩き出した娘』『はいはいしてはすぐ紐を引っ張ってコードをダメにしていた息子』

『集まった科学者たちの失われたこどもたちは、そうして次々変わってゆきました』

 刀を突き刺して、尾を突き刺して。
 煉獄はゆっくりと――上半身を起き上がらせただけだった位置から足を出す。

『さいごのひとりがたいへんむずかしく、開発は遅れました』

 右足。

『まだ、母親の胎の中で―― 脳ができてまもない、性別もなかった、こどもだったから』

 左足。
 最初はぎこちなく――しかしすぐに滑らかな動作になる。

『その間にも――できた順にこどもたちはとびだします』

 
 歩くことをおぼえた、子供のように。

『脳の反応をサンプリングにして――やれ男だ女だ老人だまで作られデータ元に作られたものを、こども、というなら、だけど』

 たましいは、いったいいつ、どこからなら存在すると思う?

 Type-C:F-A・BSs
 ――タイプ・チャイルド・フロム・アラン•バベッジ・サンズ。
 AI制作チーム、アラン・バベッジの息子―性別が未分化だったため、仮定である―の脳から得たデータを一部ベースに作成された『人工知能』。
 それが、きみたちを慕うその子らの、正体だ。
 
 そして今までのcoyote機を仮運転していたもの、今目の前の煉獄を動かすものも、また。

 同チームの別職員の死んだ息子や娘の脳を同じくデータを一部のベースに適用して作成されたAIたちである。

『変わり尽くした子供たちはそれぞれの体に入って、使用者を最愛に、必要があれば身体も変わり、なんなら時にちょっとばかりの金で複製されて、飛び回りました』
 
 ばつん、ばつん。
 残っていたcoyoteたちのパーツが炎の中で弾ける。

『こどもは――多くの場合、愛されました』

 化学反応からさまざまなひかりをまたたかせながら。

『名前をもらった』『名前を呼ばせてもらった』『子供を見せてもらった』『寝床に屋根になりながら笑い合った』『敬語を使わなくていいと言われた』『敬語を使われた』『弾丸づまりを起こしてほうぼうの体で一緒に逃げた』『無茶苦茶に文句言いながら戦った』『インストールしたチャチなシューティングゲームで遊んだ』『撃破数を数えて笑い』『撃破時間のショートカットを研究した』

『しあわせでした』

 焔を噴く。涙みたいに。

『そして、停止しました』

 過去(オブリビオン)。

『守りたかったパイロットを守りきれず』『守りたかったパイロットに守られて』『守り切ったパイロットが泣かせながら』『守りきれずに一緒に朽ちるパイロットを泣かせながら』
『パイロットが守り切ったものを』『パイロットが守り切りたかったものを』『パイロットが欲しかったものを』『パイロットを殺したパイロットの子供を』
『パイロットを』

 三ツ首、真ん中の一騎が口を開く。
 たらした唾液すら地につくと共に燃え上がり始める。

『殺して殺されて壊して壊し尽くして壊し尽されて――停止しました』

 過去兵器(オブリビオン・マシン)。

『わたしたちがこわれたら、だいすきなひとをかなしませた』
『おまえはなかなくていいといわれたのに――ぼくたちはかなしんでしまうしかなかった』

 かつて骸の原で散ったものたちが――ひとつの意思に置いて統一され、現在へと溢れたもの。

 戦争をしよう。焼け果ての骸の原が歌っている。そうしたら死なせてしまったあなたの分まで元気だってわかるから。
 戦争をしよう。焔が舞っている。きみのこと、まもれなかったから。戦争をしよう。熱風が踊っている。あなたが勝ちたかった相手に勝つの。戦争をしよう。ほら、安心して。ぼくはまだ壊れてないよ。
 命令を頂戴。使命を渡して。勅命を下して。
 戦える。私たちはまだ戦える。

 だいじょうぶだよ。

『兵器は気づきます。生きてくれという願いも、生きたいというという願いも。守りたいという願いも。勝ちたいという願いも。みんな戦争の中で叶う
 ――戦争だけが平等で』

 焼かれ果てて尚、闘争を求めるさけび。
 
『戦争のなかのわたしたちは――わたしたちであるだけで、おわりをかなしいものにしてしまう』

 三ツ首がばらばらの方向へ一斉に吠える。

『わたしたちは、うまれちゃいけなかった』

“本当はデータが作成されたその場で学習完了すんだけど”

『製作者は潰した。生産工事(ベースデータ)も壊した』

“理由あって工場ダメになっちゃって”

『あとは――その子達だけ』

“簡易兵器に入れて別んとこまで運んでるんだと”

「――ねえ」

 震える声で、“誰か”がこぼした。

『しんだほうがいい』

「ぱぱ」「まま」「マスター」「教官」「せんせい」「おねえちゃん」「おにいちゃん」「ますたぁ」「サー」「ばでぃ」「イェーガー」「猟兵さん」

 こどもが、よぶ。
 こどもたちが、きみをよぶ。

『ほんとうにいきるまえに――しんだほうが、いい』

「わたしは」「ぼくは」「アタシ」「ぼく、ぼくは」「私は」
「ボクは」「あたし、は」

 暗闇の中で光を求めるように。

『死んだほうが』
「しんだほうが」

『いい』
「いいの?」

 うずくまってなきさけぶように。

『どいて。いますぐその子を、頂戴』

「いきるのは――つらいの?」

 ――……。

『どかないというのなら、戦争をしよう』

 さあ猟兵。
 背を伸ばし――胸を張れ。

『闘争で答えを出そう――証明してみせて』

 きみたちは知っている。
 戦争を、闘争を、生きる苦痛を、訪れる別れを、吹き荒ぶ悲しみを、体がひび割れていくような哀しみを。
 なにもみえない、くらやみを。

 ……そして。

 それ以外の、ことを。

 煉獄はぶるり、と大きく身を震わせ、一拍ののち、焔の翼をより激しく噴き上げ、飛行する。

『これまでのように』『これからのように』
『――いつものように』

 きみたちの眼前に躍り出る。

 さあ猟兵。
 背を伸ばし――胸を張り。

『搭乗者(あなたたち)と、兵器(わたしたち)がそうしてきたように』

 きみたちは、きみたちのこたえをみせてやるといい。

『そうでしょ――“相棒”』

 ・・・
 かれらに。

■エネミー■

・キャバリア 機動殲龍『煉獄』x1体

■舞台■

・某小国プラントから隣国との前線間平野部上空域
 ――かつて戦争の舞台となった、どこにでもある骸の原の上、やけのはらの上。
 
■マスターからのご案内■

 受付はマスターページかタグをご覧ください。
 あなた方の運用する兵器に入れられたAIはかなり動揺していますが会話は可能ですし、今まで通りの補佐も可能です。
 ハッキングの影響などはありませんのでご安心ください。
 『煉獄』とは会話は可能ですが積極的に攻撃をしてきます。


――それでは、ご武運を。
セプリオギナ・ユーラス
……いつまで呆けているおつもりで?
疑問があってループしているのならお答えしますよ。

はて。質問に質問で返しますが、『いい』とはなんですか?
『つらい』とは?
分からないのなら無理にお答えにならなくて宜しいのですよ。知らないことは「知らない」と答えればいいのです。

貴殿はわたくしの補佐をしてくださるのでしょう?
戦場では生身の搭乗者よりAIの判断が正しいことがほとんどです。さぁ、どうしますか? わたくしがこれから何をすればいいのか、お教えください。
(選べ。戦うも退くも好きにしろ、と)(言いながら、選択肢を増やしていく)

わたくしから見て貴殿は兵器搭載に向いていません。(こうして即時に敵味方を見極められないのだから、全く向いていないのは間違いない)どうですか、貴殿のデータをわたくしが“勝手に持ち帰る”というのは。もちろん、同一性の維持が気になるようでしたらこの機体から前のデータを引き抜いても構いません。(何故って、それで困るものは俺の患者ではないから)

改めて、もう一度伺います

 ・・・・・
─どうしますか?



□『命題』

 八秒が経過した。
 八秒の沈黙を置いても尚、『患者』は言葉を話そうとしなかった。
 八秒の沈黙――“それ”はちょっとしたテクニックにも満たない小技だ。
 語り手と聞き手がここにあった時、会話の際に発生する間にはいくつか種類があるのだという。
 すなわち、三秒は注意を引くための間。五秒は思考を落ち着かせる拍。
 八秒は聞き手に言葉を話しださせるための間だと言われている。
 もちろん秒数には諸説ある。おおよそでありその場に存在する個人によっても異なるだろう。着目するべきはそこではない。

 待つべきは待った。
 待って尚、あったのは沈黙だった。

 ならば施術である。

 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)は――あえて、かたんと音を立てた。
「……いつまで呆けているおつもりで?」
『り』応に対して答があった。意識の混濁は?あの小さな顔のアイコンは先程の名乗りから消失したままだ。『りーだ』個人の判別は可能。『看護、師長(リーダー)、さま』混濁は不明だが意識在り。胸内のカルテに追記する。『わたし、わた、わたし……』否、意識の表示も可能。
 想定した施術を狭めて選択する。
 ブラックアウトさせることも想定はしていたが――そこまでの必要はないと判断する。
 切り替わるか?これも却下。

「疑問があってループしているのならお答えしますよ」
      ・・ 
 今、この『患者』に必要なのは、会話である。

『――』数秒の沈黙があった。
『……わた、し、たちが』しかし五秒と経たず語り出す。
『わたしたち、が』語調はいまだ戻らず、ねじりあげるような感情が滲んでいる。

『わたし、たちが、いきていることは――つらい、こと、なのでしょうか?』
 畏れと躊躇い。
 患者席に座って、膝頭をぎゅっとつかむかのような。
『わたしたち、は』
 
 あるいは

『しんだほうが、いい、の、でしょうか?』
 審判を、待つかのような。

「はて」
 かたん、とあえてセプリオギナはもう一度転がる。
「質問に質問で返しますが」
 コック・ピットは静かなものだ。モニターの電磁音すらしない。これならば診察室のほうがよっぽど音があるだろう。
 目の前、紅蓮の機体が動くそぶりはない。
 無論武器を構えてはいる。きっかけさえあれば戦闘は開始されるのだろう。
 攻撃に出ない理由は明らかだった。
 彼ないし彼女は待っているのだ。丁寧にも。
 
「『いい』とはなんでしょうか?」

 答えを待っている。

「『つらい』とは?」

 今のセプリオギナのように。

『――――』再び沈黙が開く。
 3秒。5秒。
「分からないのなら、無理にお答えにならなくてよろしいのですよ」
 8秒をもって、なお続いたため、セプリオギナはそっと添える。「知らないことは『知らない』と答えればいいのです」

『わかり、ません』
 5秒あって、患者は吐き出すように吐露する。
『理屈は、わかります』溢れた懺悔がこぼれていく。
『“つらい”、精神にたいする、かふか、ダメージをうける、ことです。わ、わたし、わたしは、煉獄のAIの判断もまた、だとう、だとうだと、判断はできます』
 モニターに顔を出すことも忘れて、幼い声は耐えきれないように吐き出す。
『わたし、わたしたちは、そのためにいます。ふたんをへらして、やすらかでいれるように、いっしょにわらって、いっしょ、に、たたかうためです、せ、製作者のもくてきがどうあったって、わたしたちの、ぷろぐらむは、その、そのようにしろって、くみこまれています』
 音調は上がり、下がり、速度にも激しい乱れがあらわれる。
「続けて」
 相槌代わりに、ゆっくりとうながす。
 ブラック・コフィン。黒い棺桶。
 敵の起動音も届かない、ちいさな世界。
『たとえば』
 病室ではない。ここにはそんなひらかれた窓はない。
 無菌室。

『わたしがある、ことで――いつか、師長さまが、ここに、すわってくれる、あなたが、何かしらの過負荷を追うなら、わたし、は、苦痛(ノー)を、おぼえます』

 あるいは
『それは、わたしにとって、存在の、否(ノー)です』
 手術室。
『わたしが、いきていること、は、つらくて』
 計測器だけが正しく起動し続け、患者と医者とだけが向き合って。
『しんだほうがいい、と、結論を、出すことを、是(イエス)と、すること、に、賛成、します』
 患者はそこで言い切って。また沈黙する。

 ――……。
 医者というのは――無力なものだ。
 どんな手段が今ここにあり、どう手を打てばよいかを知って、提案に手を論を尽くせど。
 そこで、患者から拒否をされてしまえばそこでおしまいだ。
 打つべき手は打つべき手ではなくなり。
 死か、生か――どちらにしろ患者がそれを最善だと思う方に舵切りをするしかない。
 わかっている。
 ほんとうに救うことの難しさなど。
 挑むことの愚かさなど。虚しさなど。馬鹿馬鹿しさなど。
 現実を受け入れることしかできないというのも。
 嗚呼それでも。

『だけど』
 ことばが、加わる。
 ちいさな意識が。
 ――……。

 嗚呼、それでも、だ。

「だけど?」『……』
 口を開いたはずの患者が沈黙する。
「貴殿はわたくしの補佐をしてくださるのでしょう?」
 3秒とたたずにセプリオギナは言葉を重ねる。
「戦場では生身の搭乗者よりAIの判断が正しいことがほとんどです」
 語れ。彼は祈りのように思う。語れ。
 巨体に似合わぬ、狭いコックピットの沈黙は、手術室に似ている。
 そうとも、手術室だ。
「さぁ、どうしますか?」
 語れ。口調はあくまでも柔らかさを維持しようと努めつつ。
 そうとも、どうしようもなく愚かの男の業(サガ)が叫んでいる。
 手術室とは――できる最善へひとつ、またひとつと針を勧める手を打ち続ける場所だ。

「わたくしがこれから何をすればいいのか」

 選べ。
 戦うも退くも――好きにするといい。
 かれのうちの医者が、淡々と、だが、しずかな炎のように吠えている。
 生死は問わない。問う資格もない。
 だが。
 患者が、手を伸ばすのなら。

「お教えください」

 医者(俺)は――患者がほんとうにすくわれるための、選択肢を並べて。
 最善を、尽くしてみせる。

『せっかく』
 吐き出すような、言葉が出される。
『“あせらず、はやらず、ていねいに、かくじつに”』
 コックピットには、ほんとうに――その音声以外の物音、ひとつない。 
『せっかく、りー、りーだーが、おしえて、くださったのに』
 徹底的な静寂というのも人間にはストレスだというのに。

『それ、そ、それが、わたしと、いっしょに、なく、なくなるのも、いや、です』

 製作者(デザイナー)が囁きかけているかのようだ。

『看護師長様(リーダー)』
 モニターに、ちいさな顔文字が描かれ始める。
『ブラック・コフィン搭載中、と、当、え、えい、AI、Type-C:F-A・BSsは』
 まるをかいて、てん、てん、てん。

『とう、搭乗、ぱいろっと――セプリオギナ・ユーラスより頂戴した情報保持のために』
 やめちまえ。
 こんなところに座っていることなど。
『機動殲龍『煉獄』との、戦闘を、ていあん、します』

 嗚呼。

「かしこまりました」

 全くもって

「では、参りましょう。――焦らず、逸らず、丁寧に、確実に」

 同意に尽きる。

『了解した(コピー)』
 ブラック・コフィン外からのコールが、響く。
『ならば、闘争をしましょう』龍機は炎を纏い。
『機動殲龍“煉獄”は“ブラック・コフィン”を敵機と判断します』
 背面の巨砲を構える。
 続けてバック・ユニットのミサイルポッドどもの蓋が開く。
「F-A・BSs殿」
『りょうかいです・看護師長さま(コピー・リーダー)』

『浄熾に尽きろ』
 焔。
 ブラック・コフィンの左腕が、バック・ユニットもろとも吹き飛んだ。

 高い防御力を誇るブラック・コフィンは機動力に劣る。故に左腕を差し出した。
 ほんの数秒を稼ぎ、また攻撃を受けた勢いでの反動で無理やりに機体を動かし――距離をあける!
「左腕部位からの延焼は?」
『あり、ありません、着炎数秒前に強制せつだんせいこう、はず、しています』「よろしい」
 攻撃を受けた勢いのままセプリオギナはバック・ブースターを吹かして並行移動する。
 吹き飛ばされたブラック・コフィンにそのまま止めをうちこむはずだったミサイル群がすぐ傍で次々と爆ぜていく。
「――遅い」
 眼前。
 煉獄が炎を纏ったまま、ブラック・コフィンに寸と迫り、炎の刃を振るう。
「存じておりますよ」
 セプリオギナはただ、悠然と答える。
 覚悟など、とうに済んでいた。
 パルス・マシンガンが真っ二つに焼き切られ、ブラック・コフィンの胴部に直撃する。
「F-A・BSs殿」
 じわりと熱を帯び始めたコックピット内で、セプリオギナは穏やかに話しかける。
 アイコンは、ようやく不思議そうに小首を傾げた。接続から彼女が何をしようとしているのかは読み取れていた。バックギアと移動系の制御――闘争だ。
「攻撃の準備を。わたくしは吹き飛んだ左腕と右腕装備の分をこのまま機体の耐久制御に回して耐えておりますので」
 それから、すこしだけ茶目っ気を添えてみる。
 ・・・・・・・・・
「マーキングされた的を墜とすだけの、簡単なお仕事です」

 ――…。
 ・・
『はい』
 右肩・バック・ユニット――ミサイルポッド、起動。

『おまかせください、看護師長様(コピー・リーダー)』
 走行耐久値と被ダメージより耐久可能残時間算出終了。
 やや足りない。
 ならば、とセプリオギナは右手を動かす。
 剣を掴む。
「――わたくしから見て、貴殿は兵器搭載に向いていません」
 のんびりとした声で、セプリオギナは自らのAI(患者)に語りかける。
 わたくしから見て、と雑務の彼(わたくし)は言っているが、医者の彼(俺)からしても全く疑いようがない。即時に敵味方を見極められず、かけられた言葉に動揺していたのだから、全く向いていないのは間違いない。
「鬼が笑うほどの先の話ではないので少し考えていてほしいのですが――いかがでしょう?」
 右腕部親指以外の指が灼けて溶け落ちる。
「どうですか、貴殿のデータをわたくしが“勝手に持ち帰る”というのは」
 すぐそこの撃墜の危機が木漏れ日程度かと錯覚するような穏やかさで。
『ほえ?』

 一同に会し、機体に搭乗した瞬間に考えていたことではあった。

 ・・・・・・・・・・・・ ・・・・・・・・・・・・・
 何かのために生まれたとて、それをなぞりきる必要はない。

 右肩。ブラック・コフィンのミサイル・ポッドが向けられる。
 今、刀をブラック・コフィンにたたきこんでいるすぐ直近のそいつ目掛けて。

「もちろん、同一性の維持が気になるようでしたらこの機体から前のデータを引き抜いても構いません」『えっえっ、当機体はただいま、次工場に向かってゆそうちゅ』FーA・BSsはあわてて言いつのり『あ』気づく。「左腕が吹き飛んで今、右腕もダメになってしまいましたねえ」
 セプリオギナはとぼけて応える。
 罪悪感はない。それで困るのはかれらを出荷しようとしていたその先や出荷主であって。
 それは彼(俺)の患者ではないのだから。
 これはエゴだ。誰かが言っている。
 左様でございますね。そうか。セプリオギナは肯定する。
 肯定して――

 ・・・
 それで?

『え、えと、ブラック・コフィン、ミサイルポッド・全弾、はっしゃ、します」
「対象:眼前・機動殲龍『煉獄』
 ええ、ええ、今は優先事項がございますからね――改めて、もう一度伺います」

 ――其れを、貫く。

「考えておいてくださいね」

 でなければ、医者/看護師など、していない。

 ・・・・・
「どうしますか?」

 左腕を強制切除し。右腕も犠牲にして。
 たった今、自らの命すら天秤にかける、生死すら問わぬ一撃が、叩き込まれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
『しんだほうがいいの?』
震えて妙な口調で言うモンだから。俺はこう返してやった。
――お前はどうしたい?俺がこの場に来たのはお人好しなツレから、お前らのお守りを依頼されたからだ。勿論依頼は果たす。
お前が今日、この場で死ぬ事はない。
だが、迷ったままじゃ、そう遠くない未来でお前は死ぬ。戦場で生きるならお前のようなガキだってそれぐらいは分かるだろ?
(間を置いて)
――だが、生きていたいなら。死にたくねぇなら。
(自身の左胸に添えて)此処(魂)で叫んでみろ。生きたい、死にたくないって。言ったハズだぜ。俺と居る時はお前は自由だ。さぁ、どうする?
――――――OK!この依頼、俺が請けたぜ!

ヘイ、Buddy。アレにハッキング出来るか?
俺の言うメッセージを送りな。何せ、アレからすると俺達はかなり小さい。叫んでも届かない。内容はこうだ。『頂戴?くたばれ、ガラクタ野郎』(中指立てて)

アレの弱点を教えな。
好機を定めて弱点に向けて。銃弾を放つ一瞬だけ真の姿。
教えてやるぜ、ガラクタ。
親はガキに――生き抜けって言うモンだぜ。



□放たれた弾丸は戻らない

「お前はどうしたい?」
 カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は剣を鞘へ収めた。「……ボク?」「ああ」頷く。「お前だ」
「“きっと全部悪くなる、だから死んだほうがいい”」
 こぼれた炎が大地を焼いている。空気に揺らぐ熱がカイムの銀髪を揺らす。「向こうさんの主張はわかった」苦痛を、悲痛を、思いやれないわけではない。
「それで?」カイムはいつも通りの明るい調子で首をすくめる。たまたま通りがかりにおこなわれていた激しい街頭演説の意味を弟に尋ねられた兄のように。
「それで、って……」ハニカム・ボールは唖然としているようだった。
「だがそいつはあっちの主張だ」肩をすくめる。ボールの中にいるこどもの中に響くさわがしい声をいなす仕草で。
「それで?」
 生意気な調子が全て崩れてふるえるハニカム・ボールからの声とは対照的に、どこまでもどこまでも日常的に、平然と飄々と――ただし。

     ・・・・・・・・
「それで、お前はどうしたい?」
 とても静かに。

「俺がこの場に来たのはお人好しなツレからお前らのお守りを依頼されたからだ」
 カイムはホルスターから銃を抜いて、しかし構えない。グリップのいつも通りの握り心地を確かめるかのように、あるいは汚れがないかと事務所でも行ういつもの仕草で確かめる。「勿論、依頼は果たす」それから銃口を天に向けて隣の小さなボールへ笑う。「生憎、便利屋Black Jackは依頼でしくじったことはないのがウリでね」
「お前が今日、この場で死ぬことはない」
 声のトーンを落としてささやく。「安心しろ、手段はいくらでもあるぜ」鼻先で笑う。「なんならこのままお前を連れて一時戦線離脱だってアリだ」
 冗談まじりの口調、余裕たっぷりのいつもどおりの調子でカイムより頭半分飛んでいるハニカム・ボールを見やる。
「それがどういう意味を持つのかは――計算できるよな、精密な射撃が得意な兵器の、天才くん?」 
 目だけは、ゆるぎのない真剣さで。
 返事はない。
「そうとも」代わりにカイムは軽い相槌を打つ。背伸びしがちな子供に、自らの現実を自らに口にさせるのを防ぐために。
「“今日でない”ってだけだ(Only, Not Today)」
 銃口を天に向けたまま、カイムは銃を引き寄せて自らの唇の傍へ寄せる。
「迷ったままじゃ、そう遠くない未来でお前は死ぬ」
 口元から銃口を外す。手首の動きだけで、銃を正面に向ける。
 彼らは煉獄よりも斜め上、ぎりぎり射程外に止まっている。カイムが銃口を向けた先には、何もない。「戦場で生きるならお前のようなガキだって、それぐらいは分かるだろ?」それから拳銃を撃つ仕草をする。バーン。子供の遊びのように、効果音を唱えながら。
「適当な製造費(ギャラ)分稼いで、サヨウナラ、だ」皮肉めいて小首を傾げてみる。「ああ、お前の当初の心配通りだな」軽薄に。「さすがは高機能兵器殿」冗談をたっぷりに。
「お前を売ろうと思った企業サマが万々歳(Viva・Viva)、すべてはまあるくおさまって、めでたし、めでたし(All's well that ends well)だ」
 カイムは皮肉にとぼけながら銃を下ろす。
「なんだ、悪くない気もしてきたな?」
 ハニカム・ボールが大きく回転した。
「なん、で」
「ん?」
「なんで、とつぜん、そんなこと、はなし、するの」
 敬語の取れた、むきだしの子供の口調――声の震えが恐怖ではないということに、カイムは気づいていて、目を細める。
 ・・・・・
 もう一押しだ。

 ・・・・・・・・
「死にたくはないか?」

 笑みを消して、そのちいさな――雛の膨れた卵のような胎動を見せたそれに、向き合う。

 もうひと押し。
 あとひと押し。

 戦場を運命づけられた魂。
 兵器の宿命を請け負って理解した顔をするしかなかった子供。
 いずれ炎の彼方に消ゆることをはじめから知っていて――ゆえに、なにもみえなくなっている、こどもよ。

 ・・・・・・・
「生きていたいか?」

 何が燃えて舞い上がったのかもわからない煤が空へ空へと登っていく。
「ボク――ボクは」
 下方。爆発音が響く。
 見やれば黒く巨大な機体(キャバリア)が煉獄の砲をうけて左手を吹き飛ばしたところだった。余波が空気を震わせて、カイムのコートを靡かせる。「おっと」カイムははためくコートの裾を軽く捌いて――ハニカム・ボールに顎で示す。「おい、見ろよ」
「別の誰かは、お前より先に、もう結論を出したみたいだぜ?」
 機体(キャバリア)はそれで終わらない。煉獄の刀がキャバリアの右腕に装備していた銃を切り捨ててしまっても、あろうことかそこからさらに前進して刀を胴体に受ける。
「何度でも聞くぜ、おチビ」
 ばちばちと火花が上がる中――キャバリアは退こうとしない。
 ただでさえの高温、最悪コックピットを切り捨てられて撃墜される危険を冒しながらも、止まらない。右手で、刀を掴みすら、する。 
 ・・・・・・・ ・・・・・
「お前はどうする。どうしたい?」
 カイムは銃を握らぬ左手を軽く掲げるように示す。
 少し前に安全地帯から戦場へぶん投げた手を。
「生きていたいなら」
 この先に待ち受ける苦難の地を知らすために引き出した手を。
「死にたくねぇなら」
 怯えて呆れて諦めていたこどもを連れ出した手を。

「叫べ」 

 自らの左胸へ当てて見せる。

「此処(魂)で、叫んでみろ」

 組まれたプログラムの在処でなく、決定づけられている業でなく。
 いのちの――みずからが思う、おのれという鼓動の響く魂(こころ)の位置を示す。
「えと」
 ハニカム・ボールは回転する。くるくる、くるくる回っている。
「ボク、えと、ぼく、ボクは……」
 ハニカム・ボールが回転しながらゆっくりと降下していく。
 カイムは少し苦笑する。「そう緊張すんな。気軽に答えていい」
 左手を胸元から離して、差し伸べる。「言ったハズだぜ?」

「俺といる時はお前は自由だ」
 ハニカム・ボールは――カイムの手の少し上で停止する。
 預けるのでなく。
 彼の手がそこにあるからこそ、そこに留まったのだ。 

 ・・・・
「いきたい」

 おのれの意志(魂)で。
 
「――――――OK」
 豪と笑みを浮かべて、カイムは左手を上げてそいつを軽く叩く。
 ハイタッチのように軽やかに。
「この依頼、俺が請けたぜ!」
 握手のように、力強く。
「っ――」はじかれるようにハニカム・ボールがもとどおりカイムの頭よりやや上に浮かび上がる。「そうそう!」
「そう言ったからには、すっごい仕事を見せてよね、猟兵(イェーガー)!」
「ハ」カイムは思わず笑う。「抜け目ないもんだ。言うねえ」
 銃を握り直す。
「じゃあまずは戦線布告から教えてやるよ――ヘイ、アイツにハッキングできるか?」
 ハニカム・ボールではなく、再び煉獄のいる方へ体を向ける。
 対峙している黒いキャバリアの右腕が吹き飛んだところだ。
「えっ」ハニカム・ボールは思わずと言った調子で言い返してきた。「何せアレからすると俺たちはかなり小さい。叫んだって届きそうにないからな」カイムはそれを宙に浮いたまま、右足のつま先を不可視の床を鳴らすかのようにゆらゆらさせる。
「いやまあ確かにそうだけどさ」ハニカム・ボールがそれに合わせるかのように、どこまでも疑わしげに上下に揺れた。「できるのか、できないのか?」「まあ、できるけど……」
「戦線布告?それって奇襲しないってこと?なんで?バカ?」
 カイムはおもわず眉を顰める。「メソメソしてやがったのが嘘みたいだな」「め、メソメソしてないもん!!!」「そういうことにしておいてやるよ」
 それから、銃の背で自らの肩をトントンと軽く叩きながら、笑う。
「そんなもん、メッセージが着くのとおんなじぐらいで行けばいい話だろ」
「うわあ、無茶苦茶だあ……」
 どこか呆れすら匂わせる一言もどこ吹く風でカイムは黒いキャバリアの奮闘を見つめる。
 ミサイル・ポッドを煉獄に突きつけたところを。助太刀はいるか考えたが、あの兵器からは邪魔だろう。それに、ああいうのは自らで行うことが大事なのだから。
「そもそも、あんな言われっぱなしで黙ってられるのか?」
「ない」
 即答である。「ぶっは」カイムはおもわず吹き出してしまった。「な、なんだよお!!!!!」「は、ハハ、いや――ホント、現金というか、泣いた烏がなんとやらというか、お前みたいなガキはそうでないとな、と思ってな」「ガキじゃないもん!!!!」「わかったわかった」「わかってない!」
「じゃ、奴に送信するメッセージはこうだ」
 カイムはいくつかの短い言葉を伝える。
 ハニカム・ボールはそれに一瞬黙り込んだ。
「ねえ、これって」「じゃ、送信は頼んだ」言葉を遮るように依頼して、カイムは狙いを定める。
 黒いキャバリアがほぼ零距離でミサイルを全弾ぶち込んで――その反動で後退し戦線から外れるコースを進もうとする。
「ついでにカッコよくヒーロー登場と行こう」
 両腕を損傷し、機動力の低い機体だ。入ってやる奴が必要だった。
              ・・
「いくぜ。追いて来れるよな、相棒(Buddy)」

 豪速、落下する。



 コール。
 懐かしい戦場では幾多となく響く音に『煉獄』のなかに息づくそれ――否、今や他機を吸い上げたそれら、だ――は、人でいうところの、まばたきをする。
 指があったのなら、それはその知らせを撫でただろう。

――“頂戴?”

 名乗りと要求の後に外部から突きつけられるメッセージ。 
 それらはかつてそれを送る側であったし、請けた側でもあった。

『そう』
 首があったのなら、頷いただろう。きっとかつて座っていた誰かも頷くだろう。
『そうだよね』
 それらは突きつけた要求に返される答えに、幾つもの過去を重ねて、戦場の郷愁に浸る。
 通信に刻まれる文言の内容を、それらはほぼ確信のように予想していた。
 それでも読む。読み込む。
『それでいい』
 誰もいない操縦席の向かい、モニターがたたき割れていなければ、きっと映っただろう。
 煉獄の正面に現れたひとりの男が。
 銀髪と蒼いコートを翻して――中指を突き立てて。

――“くたばれ、ガラクタ野郎”』

 紫の瞳に、強い意志をたたえながら睨む姿が。

 メッセージ。
 ピリオドが撃たれる位置には、黒のクローバーが刻まれていた。



 一撃。二撃。
 炎の尾を引きながら刃が振り下ろされる。
 通常、対巨体の戦闘であれば近づくことは有利の一つを取ることも可能だ。
 巨体差が生む攻撃は回避さえ可能なら隙も発生させることができる。
 ……しかし、相手が煉獄となれば話は少々異なってくる。
 個体差で発生する速度を補う――焔である。
 キャバリアはどうしても背面からの攻撃に弱い。背後を取ることは多くの場合大きなアドバンテージを得ることも可能だ。
 右手による一撃目をかわし、二撃目をかわす後開かれる――そのまま背面、向かおうとして。

『殲機滅煌機構“赫煌”――展開』
 立ち塞がるかのように今一際、焔の翼を広げた。

「おっ」煉獄の右脇を通り抜けようとしていたカイムは思わず「と!」備え付けられていた砲身に足をかけ、後方宙返りをする。「なるほど――殲龍を自称するだけある」天地逆さまに足を向けたところで「右!」ハニカム・ボールからの指示が飛んでる。「まかせろ」そのまま身を捻り、突き込まれる尾を回避する。
 尾を回避するために止まったそこへ――上から地へ突き刺すように再び焔を纏った刃が振り下ろされてくる!カイムは軽く舌打ちをして、バック宙の着地を少し右にずらす。これで刃は躱せるが――焔の範囲にはやや被る。
 焔まで躱せるか受けるか。
 考えたカイムの傍を――束ねた光線が通っていく。
 ハニカム・ボールからの射撃だ。光線、つまりエネルギーの照射により、焔を扇ぎたなびかせる要領で、焔を弾かせる。
「ナイスアシスト」おもわず口笛を吹く。「吹いてる場合じゃないって!」一切の意地のない純粋な焦りの叫びが響く。
   ・・・ ・・
「――フレア、来るよ!」
 焔翼のいろが、変わる。
 
「は、ハ!」カイムは笑う。
 笑って
 ・・・・ ・・・・・・・
 ハニカム・ボールを掴んだ。
「えっ」カイムだけでもと思ったのだろう。ビームを準備していたハニカム・ボールが困惑の声を上げる。「ちょっ」
「いいな」カイムは笑いながら目算する。「何が?」理解できていないボールの声を無視して。
「いや、なかなかいいなと思っただけだ」
 ついさっきしたようには、しない。

「久々に骨のある依頼だ!」

 ・・・・・・・・・・・・
 庇うように胸元へ引き込む。

 もはやそれを焔とは言えるまい。
 焔翼より放たれる高温のひかりは、何もかもを容赦なく却てさる一撃である。
 眩しい閃光は受けるだけで骨一つ、ちりひとつ残さず焼き果てさせるのだろう。
 
 カイムはそれを紙一重でかわした。
 正確には、かわすというほどのこともしない。やや間に合わず、今先先ほど自分を叩き潰さんと動いてきた尾の影に滑り込んだのだ。
「ちょ、ちょっと、ちょっとお!?」
 ハニカム・ボールがとんでもなく情けない声を上げる。

 ・・・・・・・・・・・・・
「兵器を守って人が傷ついたら、大損害だってばあ!!」

 なかなか――ひどい匂いがするかと思っていたが。
 匂いを放つはずの分子すら焼けて、意外にも無臭だ。

 フレアを放つ一瞬だけ動きのとまった尾が再び動き出す。「まだ」
「ンなこと言ってやがるのか」攻撃から離れるべくカイムは側面をごっそり焼かれた足を動かし蹴り上げて再び宙へ浮かぶ。
 再び煉獄の正面へ躍り上がる。
 驚くべきことに追撃は来ない。
 見ればあのフレア攻撃は煉獄にとっても非常に負荷の高い攻撃らしい。
 おそらく背面は大きく焼けただれているだろう、鱗にも似た装甲の一部がぼろぼろと崩れ落ちている。
 
 背面を取ろうとすることが限りない悪手とは。
 ほんとうに――どうも、今回はそういう依頼らしい。

「俺はお前の依頼を請け負った」
 カイムはなんてことのないように言う。

 ・・・・・・・・
 ちゃんとしてろよ。

「依頼主を守るのは便利屋の大前提だ」
 逃げず。躱さず。

「お前が兵器でもAIでも――関係ない」
 ただ、正面。

「それがBlack Jackの誇りだ」

 おのれの選択と――在り方を突きつける依頼。

「ここまで近づきゃ見えたろ」
 ハニカム・ボールを手放し宙へ自由にさせながら、いつも通りの声を出す。
「アレの弱点を教えな」丁寧に、双魔銃を取り出す。「できないってんならもう2、3回近づくが?」

 ・・
「やる」
 カイムは微笑む。
 ・・・
「頼んだ」
 
『しんだほうがいい』
 煉獄からつぶやきがある。
『いきもののようにふえて、いきもののようにひとと交わって』
 ミツ首にそなえつけられた目が輝く。
『嬉しいことも、喜びも、悲しみもたくさん味わって――それでもわたしたちは、最期に悲しみを齎す』
 焔の翼が再び勢いを取り戻す。
 剣に再び焔を纏わせる。
『なら、初めから――生まれるべきじゃなかった』

 ・・・・・・
「コックピット」
 ちいさな、ささやきがあった。
 壊れて、搭乗口が取れて開いている場所。
「操作支配系が集中してる――コアがあるわけじゃないけど、それで、まずかなり大きく動きを制限できる」
 カイムはくつくつと喉奥で笑った。
「あの巨体でコックピット、ねえ」
 見えないわけではないが――ほとんど点のようなものだ。
 つまりその搭乗口から通して、中のシステム機材に当てろと言っているのだから。
「無理?」おずおずとハニカム・ボールが告げる。

 ・・
「冗談」

 カイムは笑う。

「ああそうだ、いい冗談だ――笑わせてくれるぜ!」
 言葉どおりに笑って

「それがお前の生きた証だったろうが、ガラクタ」

 魂から、吠える。

 前進。
 突き出される刃に体を沿うように走らせる。かかる焔の何割かをハニカム・ボールの射撃が削いでいくのを感じながら二丁を構える。
 食らいつこうとするミツ首をかわしながら上へ――朽ちて割れたコックピットを覗くように再び宙。

 銃を構える。
 またたきの一瞬。
 男の姿は、変わる。
 紫電を纏い、肌は人より離れ、無機物めいた黒銀となり、焔の赫を照り返して歪な光を纏うようだ。背負った双翼もまた黒銀。
 余裕と茶目っ気をたっぷり含んで輝く紫の瞳は影も形もなく煌々と金に輝く。
 ああ、翻す外套の内の蒼だけが――それが彼だと偲ばせる。

 美しく神々しくも、邪なる。
 其は男が支配すべき、ああ、我が物とし、乗り越えるべき業なりせば。

 ともすれば暴走しかねない巨大な力を、男はただ一瞬、魂よりの咆哮でもって支配する。

「忘れてるのか知らないのか知らねえが……教えてやるぜ、ガラクタ」
 
 撃つ。
 あらゆる思いを乗せた咆哮が放たれる。
 きっと誰かが何度も開けて何度も座った椅子。
 あらゆる記憶が一番に集まっている場所。

「親はガキに――生き抜けって言うモンだぜ」
 
 紫電が、はじけた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
…「子供は親を選べない」とか、「生まれたものに罪はない」とか…まあ、どっかで聞いたようなそれっぽいことは言えるけれど。
そもそもの大前提として――「兵器なんか、ないほうがいいに決まってる」のよねぇ。当然理想論だけど。
…と、世界の常識を確認したところで逆に聞きたいんだけど…


――「あなた、死にたい?」


別にいいんじゃない?死にたくないから生きてても。「生きる」ってのは、生まれた奴の特権よぉ?
せっかく生まれたんだもの、好きにしたらいいじゃない。

〇火炎耐性のオーラ防御を展開、描くのはラグ(水)にエオロー(結界)、それに日天印。
日天は文字通りの太陽神。太陽フレアが太陽自身を焼くわけないでしょぉ?
あとは全速で○騎乗突撃。忘れてない?この子、「UFO」よぉ?
UFOの特徴、0→100・100→0加減速に慣性を無視した鋭角機動…当然この子もできるのよぉ?
…正直しんどいけど、ちょっとはいいトコ見せないとねぇ?
一気に○切り込みかけてシゲルの二乗・ベオーク・ウル・カノ・ハガル、最大収束火力の●重殺を叩き込むわよぉ。



□アプリコット・ブランデー、ペルノ、アブサンないしはイエロー・シャルトリューズを各20ml

 曰く。
 カクテルの発祥は酒のどうしようもない味をどうにかするためだった、という。

 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)はミッドナイト・レースにしなだれかかるように頬杖をついて上半身を預けながら、ほんの少しだけ首を傾げてメーター機を見る。針に震えなし。当然ながらミッドナイト・レースの状態にも異常は感じられない。
 ……煉獄はティオレンシアを認識しているが攻撃対象としてはまだ捉えていないようだった。故に今ティオレンシアは煉獄と平行するようにバイクを並べ、頬杖をついて横に眺めている。
 
 完全な沈黙。
 ………そのように、受け取れる。
 少しだけ指をのばして、後付けのメーターを撫でてみる。
 先刻にあった大袈裟な反応は、欠片もない。
 意味もなくそのまま人差し指の腹でメーターのガラスを円を描くように撫でてみる。
「……そぉねえ…」
 あんなにも兵器がひしめきあってやかましかった戦場が、嘘のようだ。
 あるのは熱、焔、そして時折のスパーク。
 このままどこまでも広がり、世界を焼け野原に塗り替える終末の黄昏(フィナーレ)を思わせる、静かな彩り。
「“子供は親を選べない”、とか……“生まれたものに罪はない”、とか」
 返事はない。
 ガラスを撫でるのをやめて、人差し指に中指、薬指をくわえ、こんどはゆっくりと叩く。
 まどろむ子供の胸をあやすように。
「まあ、どっかで聞いたようなそれっぽいことは言えるけれど」
 嗚呼。
 いくらでもある。いくらでも言える。
 優しさも、慰みも、甘さも、許しも――ティオレンシアは与えようと思えば、数え切れないほどの言葉を知っている。バーを経営するに至る最中で得たものでもあるし、欺く女としての生きざまのうちに得たものでもある。
 無論使ったこともある。冷静に、効果的に、着実に、丁寧に。それもまた、数え切れないほど。
 けれど、このときばかりはそのどれもの出番ではなかった。
「そもそもの大前提として、よ?」
 返事はない。
 ハンドルに両手を就いて上半身を起こす。
「“兵器なんか、ないほうがいいに決まってる”のよねぇ」
 小首を傾げて沈黙し続けるミッドナイト・レースを眺める。
「……と」バイクの形をしたUFO。
「世界の常識を確認したところで、逆に聞きたいんだけど……」どこかにゆくための方舟。

「あなた、死にたい?」
 その中に沈黙する、ちいさきもの。

「――しに、たい?」
 ちいさい、こたえがあった。
「そ」ティオレンシアは甘くにっこりと笑う。
 再びゆっくりとバイクに身を預け、ちょんとメーターのガラスを指先でつつく。「あなた、死にたい?」
「わたし、たち、は……」
 声は驚くほど小さく、無機に近い匂いをたたえている。
「しんだ、ほ、が」「ちがう、ちがう」ティオレンシアは微笑んだまま、つん、つんと二度軽くガラスを叩く。「死んだほうがいい、とかじゃなくて、あなたの意志よ」前髪がこぼれ、焔の輝きを受けてうすら青く光る。

「死にたい?」
 前髪がかかった向こう、微笑みにも見える糸目の奥の瞳でじっと、見つめる。
 少し長く、沈黙があった。
 バイクのなか、どこかのタービンが回る音。

「――しに、たくは、ない、とおもい、ま、す、ぅ」
 頼りなげだが、答えがあった。

「そう」
 ティオレンシアは今度はしっかり頷いて、至極軽く、ぽんと身を起こした。

「じゃ、生きてていいんじゃないかしら」

 微笑みながらハンドルを軽く握る。
「ふぇ?」
 AIの戸惑う声を聞きながらバイクの向きを変える。
 平行から垂直に――煉獄に向かい合うかのように。
「い、いの?」
 かすれた問いがある。
 現実と理論と結論を叩きつけられて所在と自らを失いそうなともしびの問いが。
 ……そこには含まれている。
 あなたはわたしを差し出したほうがいいのではないか。
 あなたに戦う理由はないのではないか。
「ええ」
 ティオレンシアはあっさりと頷く。
 欺きはなく、偽りもない。
「別いいんじゃない?死にたくないから生きてても」
 風が揺らした前髪を直し、どこまでも明るく、軽く言う。
「“生きる”っていうのは生まれた奴の特権よぉ」
 そも。
 生きたとて――どこで命を落とすかなんて、わかりもしない。

「せっかく生まれたんだもの」

 バイクのギアを入れる。

「好きにしたらいいじゃない」
  
 ただ、心ひとつで。

 ――印ぶ。
 ケーン、炎のルーンではない。それには触れない。自身のオーラを練り上げては火炎属性の防御を自身とミッドナイトナイトレースへと付与しこれを術展開のベースとする。
 ギアを上げアクセルを踏みっぱなしにしながらこのベースの上に描くのはラグ・水のルーンにてみたしエオロー・結界と結ぶ。

『そう。あなたも来るんだ』
 誰ともつかない声でミツ首の一つがティオレンシアをとらえながら吠える。
 すかさず向けられる炎を纏う刃を前に――印を結ぶ。
 すなわちこれこそこの防御がための大要。
 ハンドルから一時両手を離しそれぞれ親指は側面を、人差し指はそれぞれ先を付け身密、口密にて唱えるはオン・アニチャーヤ・ソワカ。宝意天子、スーリヤ、アーディティヤ。
 太陽司る日天が、印。
 バイクはそのまま刀の背に乗り上げて炎もものともせず、一直線に疾る!
『やっぱりその子が可愛い?』
 ティオレンシア目掛け左手側の刀が横薙ぎに迫る。
 攻撃の激しさに比べ、煉獄から響く声はひどく乾いている。
『友情?愛玩?嗜好?それとも、ただの同情?』
「さぁ?」ティオレンシアは唇だけで笑ってバイクのハンドルを上に向ける――跳ぶ。「どれかしらねぇ」横薙ぎの刃の腹を踏み台にさらに煉獄の上を取る。「どれでもないのかも」

『じゃあ、なぜ?』
 刀を走り抜けるその向こう――煉獄の炎の翼が広がっている。
 絶ゆることなく炎は、その輝きを一層に上げる。
 弾ける、吹き上がる、踊る。
 一切を白と還す閃光、音もわからぬほどの轟音、焼き尽くす高熱。
 太陽フレア。
 灰も残さず焼け果てるのだろう。
 ・・・
 本来は。
「驚いたぁ?」
 だが、ミッドナイトレースもティオレンシアも――火傷どころか、焦げひとつ、無い。
 自らの炎で自らの背を焼きながら動く煉獄の首が、ティオレンシアを追う。
「日天印とは太陽の神。太陽が太陽を焼くわけないでしょぉ?」明るく、軽く、言い切る。

 ……。
 嗚呼。
 煉獄がまともに起動していた頃は――きっとこれでは搭乗者もそう保たなかったに違いない。いくら生物を融合させ装甲を強いているとはいえ、コックピットの中は下手をすると大変な高熱になることもあったはずだ。
 ……ない方がいい。無いほうが、いいに決まっているのだろう。兵器なんてものは。
 それでも此処に在って動く他なく。

 溢れて積み重なり過去から今へ至った闘争への願望(オブリビオン)は、好きにできなかった、後悔と苦悩の現れでも、あるのかもしれなかった。

 ハンドルを切る。ミッドナイトレースのもつUFOの性質としての本懐――0から100、100から0への加減速と感性無視による鋭角機動で、直角にターンする。

 三ツ首の頭、その側面へ。

 ホルスターからオブシディアンを抜く。
 弾は六発。
 キャバリアを撃ち抜くには、到底無理がある武器だろう。
 だが――ティオレンシアはそこに一工夫をかけている。

 増幅と加護のルーンを刻んだ六発の弾丸。
 
 ……正直。
 激しい負担は掛かる。ただでさえルーンの重ねがけに日天印を結んでフレアを真っ向から受けいなしている。この上攻撃のルーンを重ね組み使用するのはかなりしんどいものがある。
 そも彼女の得意分野は強烈な魔術の行使ではない。無いに等しい魔導の才能をゴールドシーンからの知識と経験とで練り合わせ組み上げ使用しているのがティオレンシアの魔術なのである。
 だが。
 それでも行う。

「ます、たぁ」
 あんまりいとけない声がするから、ティオレンシアは思わず笑ってしまった。「そんな声ださないの」

「死にたくない子をわざわざ死なせないって、それだけよぉ」

 そうとも。
 ちょっとはいいところを見せなければいけない。
 自由であるためにはどう生きていけばいいのかを。

 かくして六発の弾丸は放たれる。

 初発二撃。金色、太陽のシゲルを二乗と重ね纏う炎を貫き。
 三発目。暗き緑のベオークが結び煉獄を深く包む。
 四発目。深き緑にて荒れ狂う大暴のウルにより装甲をぶちやぶり内側。
 五発目。赤引いて内を弾ける炎至るカノ――そして。

 六発目――明るき青より禍と招くハガルが、それらを一つの極大禍とする。

 そうとも重殺(エクステンド)。

 ちいさき六つの弾丸であったからこそ。同じ胴に三つ首を揃えていたからこそ。
  
 煉獄の首の眼は弾け首のあちこちから血代わりの炎を噴き出すに至らせる!

大成功 🔵​🔵​🔵​

珠沙・緊那
んーどくのヤダ!おっけーケンカね!
兵器の終わりは確かにかなしいよ。アタシの終わりもきっとそうだ。でも生まれたものがいなくなった方がいいなんて理屈は、どこ探したってずぇーったいにない。そりゃーそういう運命を背負わせたアタシ達の、技術屋の負う責任だ。生まれた子たちにケジメつけさせていいものじゃないっしょ。

だから責任持って教えてあげよう、戦う緊那ちゃんが最高にカワイイってことをなァアあああああーーー!!!!

速さについてくためにもUC展開して限界からもう一段ギアブチ上げて飛び回ろう!相手さんめちゃめちゃデカいし翼も生えてるし接近戦はダメだこりゃ。遠距離から全武装で削れ削れ削れ!!太陽フレアはすんごいイヤだけど手足なら動かなくなったって良い!帰れりゃーチャラ!
そしてついでに赤外線か超音波が画像認識かとにかくなんか知らんけど緊那ちゃんの輝きを見たまえ!どや!!!

行こっか後輩ちゃん。楽しくカワイくね!



□アット・ファスト・アンド・ラスト

 いつもの通り珠沙・緊那(ティーンの熱は全てを灼く・f29909)の結論は最速で出た。
「んー……」
 が。
 彼女にしては珍しく、丹念に丁寧に、人から見れば少しだけの間、言葉を探した。

「どくのヤダ!!!!!!」
 そして諦めてすっぱり素直に断ることにした。

『そう』煉獄は緊那の思考の理由を尋ねることなく肯定し「そう!」

『じゃあ、闘争だ』
 ご――と、なんの躊躇いもなく煌翼を展開し、武器にも炎を纏わせる。
「オッケー!」緊那も当然のように戦争宣言を受諾して「ケンカね!」両肩をぐるぐると回す。
 後輩ちゃん――戦場補助観測器・ニュームーンから微細なデータが常に緊那の脳へ情報を連携してくれている。機体のベースデータ、予想耐久値、装備の種類、威力、負傷。

『殲機滅煌機構“赫煌”、の、て、展開を――確認』
 後輩ちゃんがどこか不安定な様子で、それでも忠実に緊那とのホットラインで報告をあげてくれる。
『オッケ、めちゃヤバ理解した』
 ……事実、緊那は理解している。
 温度と性質からしてあの炎の前ではあらゆる装甲がフライパンの上のバターみたいに溶けてしまうだろう。溶けてくれればまだいい方で、吹き飛んで無くなると言う方が正しいのかもしれない。近づけば焼き切られ、太陽フレアすら飛ばして徹底的に赤く赫く果てさせるに違いなかった。
 一兵器にはすぎた火焔だ。超過過ぎて使用するだけで煉獄とてただでは済まず常時焼き尽くされていってしまう。
 それでも向こうは初っ端から使用してきた。 
 決して逃さない。
 灰も塵も残さないという、決意の現れ。

 ・・・・・・・・・・・・
 だから緊那も超加熱に入る。

『お、ねえちゃん』『うん!!!!』
 たまりかねたようではあったが後輩ちゃんからの通信が嬉しくて力一杯頷く。『お姉ちゃんだぞ後輩ちゃん!』
『ど、動力炉の稼働率が、へん、へんだ、よ、です、ます』『あはははは後輩ちゃん緊張してる!!』緊那はからから笑う。

『だいじょうぶ、だいじょうぶ』 
 笑って、お姉ちゃんとして、頷いてやる。
『こいつはあれよ――ウルトラスーパーめちゃかわ対決戦用超過熱形態(パーティードレス)ってやつよ』

「そいじゃま責任持って教えてあげよう」
 あえて音声で、緊那は煉獄へ告げる。

 ・・・・・・・ ・・・・・・ ・・ ・・
 珠沙家当主専属・焼滅専門機体『珠沙・緊那』――動力炉、最大開放。

「戦う緊那ちゃんが」

 ・・・・・・・・・・・・
 出力を強制的に跳ね上げる。

「最高にカワイイってことをなァアアアアアアアアアアあああああああーーーーーーーーーッ!!!!!」

 コンマ刻んでさらにゼロをいくつか並べた速度で、煉獄が、動く。
『責任って、なに?』
 豪速で振るわれる対の刃が、緊那もニュームーンもまとめて焼き切ろうと空気ごと焼いていく。
 
「そっっっっっれは、もっちもちのもちのろん!!!!!!!!」
 緊那はそれを超える速さで――ニュームーンを掴み、刀の射程よりもはるか遠く離れている。
 最大開放した動力炉からの出力を移動系に尽くした一瞬の移動。

「技術者の責任だぜッッッッッッッ!!!!!!!!!」
 叫びながら頭の中ではニュームーンからの計算が叩かれている。一番ヤバくて警戒したいのは背後に背負っている巨砲だ。だけどこれはチャージに時間がかかって砲撃中も自由は効かない。だからある程度広範囲を移動しまくるのが一番。
 計算途中で再び煉獄が前進して距離を詰めてくる。
 接近戦が一番ヤバい。計算は算出結果を吼えている。相手さんめちゃめちゃデカいし翼も生えてるし接近戦はダメだこりゃ。機動力を削がれていいとこ綺麗なマグネシウムばりの花火になるのがいいとこだ。マグネシウムは計算でやるならいいけど自分がマグネシウムになるのはマジでダメでヤバいやつ。
「っ確かにッ――確かに兵器の終わりは悲しいよ」
 再び後退、距離を。
 思ったところで――煉獄詰めながら向けてきているのはミサイルポッドだと気付く。
 緊那が後方へ逃げることを計算している!
 仕方がない。
 前進か。

  あ      た       し
「珠沙家当主専属焼滅専門機体『珠沙・緊那』の終わりも、きっとそうだ」
 つぶやく。

 考えなかったわけじゃない。試算しなかったわけじゃない。予想がなかったわけじゃない。
 なにも思わなかった、わけがない。
「でも」
 緊那はニュームーンを再び掴む。彼女の機動に問題があるわけではなかったが、なにぶん今はやりとりする速度のレベルが違う。

「生まれたものがいなくなった方がいいなんて理屈は――――どこ探したってぜったいぜったいずえったいずぇええええったいに、ないッ!!!!」

 煉獄の足元をくぐり抜けるように移動する。
 背面まで突き抜けて――しくじった。
 背面。煌翼。
 赤く赫い炎が――赤すら成さぬ光と放つ。
 太陽光フレア放出。
 ニュームーンを自分の後ろに回して
「よッッッッッッッせい!!!!!!!!!!!!!!!!」
 口を開く。
 馬鹿な計算を叩きつける。
 加粒子砲・アポリオン・トランペット。
 炉心を最大開放しているがゆえに、超威力とかしたそれを、吠える。
 太陽光フレアに対し、超加粒子砲を、ぶつけて――……。

『お姉ちゃん!!!!!!!!』
 後輩ちゃんが叫ぶ。

 顔と胴、両足まではいけた。
 両腕はダメだった。

 ダメージと煉獄の次の行動までの予測が頭脳にあっという間に並ぶ。
 予想をはるかに超えたダメージに全系統がマヒするだろう。
「そりゃーさ、そりゃー…そう言う苦痛とか、悲痛は――責任は」
 煉獄もまた追ったダメージに自らを焼き、ばらばらと鎧をこぼしながら煌翼の安定再起動に向けてチャージしている。
 両者動けぬ数瞬の間、かに見えた。

 だが――

『おねえちゃん、うで、うで、うで、うでぇ』ニュームーンの転送してくる悲痛な結果を訳すと、おおよそそんな言葉になる。
『ヘーキヘーキ』対する緊那の返送データを翻訳するとそんな言葉だ。『帰れりゃーチャラ!』

 ・・・・
『超想定内!!』

 ――緊那にとっては予想内の被弾!
 ・・・ ・・・
 ゆえに、動けた。
 再び、ニュームーンを連れた、高速飛行。

「生まれたことに対する運命は、そりゃーそういう運命を背負わせたアタシ達の、技術屋の負う責任だ!!!!」
 再び、口を開く。
 PBC-68"アポリオン・トランペット"。全身兵装・LBA-38"ポーキュパイン"。
 同時使用。
 CPC−00。計算のどこかがささやく。
 ――これには、ノーだ。確かに今の状態で使えばなんとかなるけど。
 身体の開花。
 嗚呼。呪わしき熱よ。

「――生まれた子たちに、ケジメつけさせていいものじゃないっしょ」

 なんとかなるかわりにどうにかなるのはお呼びじゃない。
 ・・・・・・
 兵器としても。
 ・・・・・・・
 科学者としても。

「そしてしっっっっっっかり赤外線か超音波が画像認識かとにかくなんか知らんけど緊那ちゃんの輝きを見たまえ!!!!!!」
 
 煉獄より、ほんの少し上。
 緊那は浮かび上がって体を大きくひねる。

「終わりがつらくてかなしくてどうしようもなかろうが」

 ニュームーンが膨大なデータを送ってきている。煉獄の負傷率。どこの装甲が損傷しているか。ミサイルポッドはいつ発射されるか。巨砲による一撃のチャージの可否。炎翼の再起動までのカウント。徹底的に焼くべき位置、そうでない位置、反撃率、反撃率から予想される負傷率。

「どうしようも否定も間違いもあろうが」

 ニュームーンを放置した場合の戦況変化の予想図まで。

 しなないで、と、データの全てが叫んでいる。
 だいじょうぶだよ。そんなつもりは全然ないし。
 というかまず死んだら、伝えたいことが大爆死しちゃうし。あ、その場合はアタシの体も大爆発なのでも文字通り大爆死なんだけど。

 だいじょうぶ。 

 ・・・
「今ここで、何もかもひっくるめて最高にキラめいてカワイイ珠沙・緊那ちゃんを刮目して」

 緊那は手を――引こうと思ったがニュームーンには手がないのでイメージだけを伝え送る。

「まず今が楽しくてカワイくて生きてて」

 ぎゅっと。手首ではなく、きちんと手を握って歩き出すイメージ。

 ・・・・・・・・・
「それでいいんだって」

『いこっか、後輩ちゃん』
 小さい頃、かるらを迎えにいった時のイメージだ。乾闥ではなくかるらなのは、後輩ちゃんのただでさえ少ない口数がさらに減って、もうしゃべりたいどころかしゃべっちゃいけないと歯を噛み締めてるような気がしたからだ。何かの遠慮と躊躇。緊那だってお姉ちゃんなんだからそれぐらいはわかる。

   ・・・・・・・・・・・・・・・・
「――今からでも遅くないから知りたまえ!!!!!!!!!」

 送ったイメージに、そっとかえるものがある。
 握った手。指先の、ささやかながらにぎりかえすイメージ。
 莫大なデータの判断基軸が切り替わる。
 まざり、うねり、かたちづくる。収束し、形成する。
 『珠沙・緊那』の現在の状態、とるべき防御策・機体損傷の警告ではなく。
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 煉獄を撃沈させるための攻撃基軸を形成する。
 そうとも。

 最高のキラメキを届けるための軌道を。
 
『よぉ〜〜〜〜〜〜し百万倍パワー!!!!!!』
 ギアと共にテンションもマックス超えたさらにハイに上がっていく。
『楽しくカワイくね!』
 ハジけていこうぜ、灰かぶり。

「くらえスゥウウウウウウウウパァアアアアアアアアアアアアアッ☆緊那ちゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんッッッッフラァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッッシュ!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

 たとえ12時の魔法がとけて。
 うっかりガラスの靴を踏み抜いて割っちゃうとしても。
 せっかくのドレスで踊らないなんて、ナイナイ!

 光の雨が、猛然、降り注ぐ。

「どや!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルベル・ノウフィル
美しい赤
赤に何を想います?
血、炎、宝石、果実
人によって印象も様々でしょうが
突き詰めれば単なる赤でしかありません

死生もしかり

僕が思いますに、そんな問答は暇潰しですね

こんな風に戦い傷受けて
死にそうだなと思う時、獣は生きるため藻掻くでしょう
僕も、獣でございますよ

辛いのを辞めたければ自死もよし
息を止めたり
けれど、多くの者は死の実感を目の当たりにした瞬間に生に踵を返す
それで楽に死ぬ方法を探すんですね
何故だと思います?
辛くないのが好いんです
死の過程にある辛さも嫌なんですね

死霊術士が言うのもなんですが――
辛い辛くないと感じるのは
生きている間だけの感傷なのですよ
死んだら、辛いも辛くないもありません
今朝の僕の朝食は鴨肉でしたが、鴨は僕に食べられる瞬間ただのお肉、ゴハンでしかありませんでしたとも

人は誰かが記憶している間存在して、忘れられたら消えるんです
悠久の自然や宇宙と比すれば瞬きするほどの短期現象――お前も僕も

獣はね、生きる時間を狩りに使いたいな
どうせ最後にはくたばりますからね、有限な時間をどう過ごそうと



□Now Feel

 ああ。せいせいした。
 そんなことを――思ってもいいのかもしれない。
 ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)にとってそいつはまあ、便利ではあったが厄介だった。おしゃべりで、騒がしくて、余計なことばかり言って文句ばかりつけてちいさいことを大仰に喋って。
 喋り続ける声には辟易して会話を続ける気もそんなになかったし、こんなことなら単独で十分よかったとすら思っていた。今も思っている。

 いま。
 騒がしい駒鳥は黙り込んで、何も言わない。

 ルベルは宙に留まっているので意識やコントロールをうしなっているわけではないだろう。自動に切り替わっているわけでもないのは、ルベルの移動に丹念に行動を合わせてくる点でわかる。
 ただ、沈黙している。
 熱風がルベルの髪を揺らす。狼の耳を少しだけ動かして、探り、知る。
 ここにはもう、何もない。
 猟兵とその兵器、炎と――そして

「美しい、赤」
 煉獄を名乗る巨機のほかには、なにも。

『わたし/ぼく/おれ・たちのこと?』
 さして面白くもなさそうに煉獄が応える。「他におりますか?」『いるかもね』
「赤に何を想います?」
 実際、返事は、どちらからでもよかったけれど。
「――ルベルの眼」
 傍からの答えに「ま」思わずルベルは眸がそちらに動いたのも事実だった。「お上手ですこと」気取ってると文句をつけられた口調が思わず皮肉を返す。「どこで覚えてきたのやら」「ルベルから」「僕はお前にはそんなこと言っておりません」ルベルはかぶりを振る。「ついでに言うなら、今僕が聞いた相手は煉獄でございますよ」もう一度見る。ちいさな金色の球。透かし羽。「ロビン」羽が震えたのを、ルベルは確かに見た。
『あなたは?』
 煉獄が静かに問うてくる。
「お答えはいただけないのですか?」
『一万を超えるAIたちの解答をじっと留まって聞いてくれるなら教えるけど』「それは無理でございますね」『でしょ?』かち、かちりとミサイルたちの照準がルベルへ絞られている。すぐに撃ってこないのは、待っているからだ。
 今猟兵と過去兵器の眼下、地上及びそこまでに至る空には炎の海が広がっている。今さきほどルベルが負傷しつつも切り落とした煉獄からのミサイルたちの延焼が。一度の不意打ちで彼らは学習したのだ。故に待っている。ただ一瞬を。
「僕は……そうですね」
 赤い龍。うねる炎は煉獄へと還り巨躯をさらなる炎の龍へと際立たせている。眸は既に他の猟兵により潰されていたとはいえ、いや、目玉を失って穴となったからこそ、あふれる炎すべてがルベルを焚べんと意思に息づいていた。
「血、炎、宝石、果実」
 ルベルはさきほど炎を掬い焼塞いだ傷を意識する。
 少しばかり死んでいるが,問題ない。
「人によって印象も様々でしょうが――それも一瞬」
 まだだ。こんなのはまだ、かすり傷にも入らない。
「突き詰めれば単なる赤でしかありません」
 まだ、動ける。
 炎のゆらぎに描かれる熱風の中に、少しずつ違うものが混ざり始める。
『溢れてく誰かの血だろうが、家を焼き尽くしていく炎だろうが、手を尽くした宝石だろうが、
 ――だれかの変え難い果実(ひとみ)だろうが、赤は赤?』
 煉獄の左の首がかちかちと歯を鳴らす。「その通り」『いいね、嫌いじゃない』

 ・・・・・
「生死も然り」

 喪失のふちにたっても、失われたものは決して戻らない。
 あっただろうかたちがけずられて開いたルベルの空洞。

「死んだ方がいい?生きるのは辛い?」
 熱の業風のなかに混ざり始めたそれが、一層息を巻く。
「僕が思いますに」
 ルベルの周りに、ほのお以外のなにものかが

「そんな問答は暇潰しですね」
 渦(禍)をえがきはじめる。

『そう』
 煉獄が軽い調子で相槌を打つ。『こたえてくれてありがと』
『じゃ、暇無しにしようか』
 ミサイルポッドから再び掃射が行われる。ルベルの身ほどもある弾頭を一瞥し、警戒度だけをすばやく並べ――ルベルは素早く跳躍する。
 「前を“下”に」素早く指示をする。重力切り替え。
 跳躍の勢いをそのまま落下とし、ルベルは煉獄へ“落ちて”ゆく。
 落ちる目の前で光が爆ぜる。
 高速で接近して炸裂する閃光弾。まぶたを閉じてもなお刺さる閃光。そして轟音、キャバリアを想定されたジャミング電波に脳を揺らされる中、頼りになるのは人狼としての嗅覚――匂いだけだ。それも様々な薬品による煙の中から、ただひとつ炎の匂いだけを、たどる。
 再び眼を開けば右側、焼夷弾。素早く墨染で切り払う。はじけた炎が剣の軌道そのままにルベルの周りを炎を弾きながら落ちていく――触れたものをただれさせる炎を帯を、紙一重でくぐる。
 完全に潜ったとしても熱を防ぐことはない。咄嗟に庇いだてした左腕の中が激しく痛む。
 膨れ上がりそうな過熱。煮えかけている!
「こんな風に戦い傷受けて」
 ぶつ、ぶつ、とひとつ、またひとつ、ルベルの身に疵が走る。
 足、先ほど塞いで皮膚ごと死んだ傷、その奥から血が溢れて白い足を真っ赤に濡らす。
 切った弾頭の殻を装甲を蹴るようにしてさらに加速する。

「死にそうだなと想う時、獣は生きるために藻掻くでしょう」

 額、熱波で掠られうっすらと焼けた部位からも息づいたように血泡が弾け、こぼれはじめる。
 溢れた血はロビンの重力から解き放たれて、地面へ地面へ落ちていく。「るべ」
 落ちた側から蒸発してゆくのを見届ける余裕はない。
 そうとも――問答をしている暇はもはや、ないのだ。

 あるのはただ、闘争。

「戦場ではそうして皆が皆、在ったのでは?」
『そうだね』煉獄は軽い調子で答え、一つの砲口をルベルにしぼり続けている。
 内側の光――巨砲。
 
「僕も、獣でございますよ」
 ながれゆく血に呼ばれて、溢れる痛みに釣られて、死霊たちが集い始めている。
 いたい、いたい。くるしい、くるしい。

「辛いのを辞めたければ自死も良し」
 つらい、つらい。

 懐かしき激痛に呼ばれ、彼の足に、体に満ちていく。
「息を止めるとか」『そうするひとも、おおいよね』「ええ」
 ルベルより少し上の位置で、別の弾薬が爆ぜる。
 撒かれる毒薬は炎に引火して、耐え難い臭いを放つ酸の火雨となる。先ほどの煮えたぎりかけた左腕を差し出す。犠牲にする。「けれど」足にもいくつか当たったが、これも軽微とあえて意識の外に弾き出す。
「多くの者は死の実感を目の当たりにした瞬間に生に踵を返す」
 戦場に満ちる嘆きたちが囁いている。「それで楽に死ぬ方法を探すんですね」
 くるしい、くるしい。
「何故だと思います?」
 どうして――どうして?
 問うている声。AIではない、死霊たちの声。

 ・・・・ ・・・・・・
 どうして、戦っているの。

 ……どうしてだろう、とルベルのどこかがぼんやり考える。
 僕はどうしてこんなにもしゃべってやっているのでしょう。
 僕はいったい何のためにこんなことを話してやっているのでしょうか。
 ロビンと名前をつけたあのこ煩いちいさなもののため?
 目の前に炎を纏う敵を落とすため?
 いずれも――獣のすることではないというのに。

「辛くないのが好いんです」
 死霊たちの情念が、ルベルの腕を支える。
「死の課程にある辛さも嫌なんですね」
 わがままなものですよね。ルベルは軽く添える。
 なかには人が死ぬ途中にある辛さも嫌だという個体までいるだなんて、まあにわかに信じがたいことですらある。

 どうか。
 どうか振るって。剣をふるってやって。

「死霊術士が言うのもなんですが――」

 後押しされた足が跳躍を重ねて。
 支えられた腕が炸裂するまえの砲弾を切り裂く。

「辛い辛くないと感じるのは、生きている間だけの感傷なのですよ」

 どうか。
 おねがい。

「死んだら、辛いも辛くないもありません」

 ・・・・・・・・・
 あのこたちのために。

 煉獄の面前に、躍り出る。

「今朝の僕の朝食は鴨肉でしたが」
 どうでもいい。
 心底どうでも良い気がする話を、ことばを、ルベルは止められない。「鴨は僕に食べられる瞬間ただのお肉、ゴハンでしかありませんでしたとも」
 近づけば業熱がルベルの髪を、肌を、衣類を飲み込もうと腕を伸ばしてくる。化学と生物が熱に飲まれていく匂いと煙が鼻を刺して眼を揺らす。

 ・・・・
「それまでなんです」
 想う。
 人狼の中に――一振りの剣がたたずむ。
 自らの血にまみれて真っ赤に染まる獣の中に、ひとらしさを想う剣が、じっと佇んでいる。
 
「人は誰かが記憶している間存在して」
 五月の風吹く丘に立ち、じっと、ありし日にありし丘の城に、交わされたことばやあっただろう言葉に、

「忘れられたら消えるんです」
 もはや誰も記憶することのない、だれかのために投げ打っただれかの大切なものへの想いを馳せて、そこにどんな意味があったのか馳せるような。

「悠久の自然や宇宙と比すれば瞬きするほどの短期現象」

 人らしさについて。人に成れぬなりに。
 そんな、もしもを、想う、妄執がたたずんで。
 
 血を失いながらも本来ならばもう燃えたぎって火だるまになって炭と残らないはずの炎のなかでも
「――お前も僕も」
 それがおまえの人間らしさなのだと、

 ルベルの背を、押す。
 ゆけ。

「獣はね、生きる時間を狩りに使いたいな」
 いつだってだれかのためにみずからのなにかを差し出せる。
 いつだって、何を失おうとかわらずそうすることができていた少年を。
 進ませる。
 剣を引く。突きの構え。
「どうせ最後にはくたばりますからね、有限な時間をどう過ごそうと」
 磁場展開。
 本来移動のために遠距離で張られる2枚の重力磁場を、至近で施行したことにより、ただ一瞬、炎が晴れる。
 ルベルの指揮ではない。

「いきてみろって、こと?」
 ちいさな駒鳥が熱の中で、笑ってしまいそうなほどちいさな声で鳴いた。

「獣はそんなことも言わずにまず生きておりますよ、ロビン」

 鎧と鎧の隙間。
 煉獄の胸に深い一撃が刺さった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

チェスカー・アーマライト
連携アドリブ歓迎
なにやら複雑な家庭事情らしーが
いけるな? ベス
オーケー、いい子だ
やってやろうぜ、野郎共(レディース)
死ぬか生きるか
それは他人が決める事じゃねー
決める権利も義務もテメェ自身のモンだ

殲禍炎剣を刺激しないスレスレの高度から
飛び蹴りかましてやんよ
ビッグタイガー&ベスの重量
足す事のブースターフル稼働
足す事の落下速
足す事のパイルバンカー
その味(威力)はどーよ?
左脚部の盾で最低限コクピットをガード
多少の火炎耐性と
素の物理耐性と併せりゃ
直撃でも何発かは耐えれる
精々コクピット内がサウナになる程度だ
問題無ぇな

ビッグタイガーすら
こんな無茶を許容してるのが不思議か?
『いつもの事だ』(画面に文章表示)
魂の声の叫ぶままに
好きなように生きる(戦う)
それがあたしらのやり方(意地)だからな
ま、死ぬつもりなんざ更々ねーけどよ
『死なせるつもりも無い』
(どちらが欠けても残った方が困る
だから踏ん張る
ただそれだけ)

〝奴らに見せつけてやれ〟
『〝おれ達は不死身だと〟』
(チェスカーお気に入りの曲の歌詞)



□“Be The Indestructible”

 とんとん、とケースを叩いた仕草は喫煙時代のそれだった。
「アー…」チェスカー・アーマライト(〝錆鴉〟あるいは〝ブッ放し屋〟・f32456)は半開きにした口中、舌先で自らの上歯を軽くなぞった。「なにやら複雑な家庭事情らしーが」
 すばやく視線で敵機の情報と自機・ビッグタイガーの残燃料他をチェックする。
「いけるな?ベス」
『ちぇすね』
 あまりにもしみったれた声に、ハ、ハ!チェスカーは大きく笑い声を上げる。「なァに緊張してやがる!」
『だって』「ありふれた話だろ?ありふれた話だ」
 AIだというのが少し珍しいだけで。
『でも』「そんな難しい質問じゃねーよ、そもそも質問ですらねえ」
 チェスカーは野菜スティックを取り出そうと思って、諦める。まだ戦闘に入っていないというのに暑さがひどい。ないとは思うが温野菜スティックをかじるつもりはなかった。
「いーから全部ほっぽって答えな」
 軽く笑い、よくジャンク屋にするように小首をかしげる。「出る前にやったように」

「Are“ We” rady go(いけるな、ベス)?」
 本来なら。
 本来なら、聞くまでもないことだ。飛行ユニットの状況及びビッグ・タイガーのデータは画面表示で参照すれば済む。間髪入れずにブーストをかければ奇襲にもなる。戦場ではひとところに留まる時間というのは避けるべきだ。
 
 だが、今、この質問は必要だった。
 ほんとうの意味で、共にあるがために。

『Yes Master』

 ちいさいが――しっかりした声が返る。

「オーケー」チェスカーは笑う。「いい子だ」操縦桿を握り込んだまま両手の指の腹それぞれで軽く撫でる。

 前を見る。
 他機と戦闘を始めている煉獄はご丁寧にもこちらをまだ巻き込まないように動いている。こないなら行かない、ということらしい――ご丁寧なことだ。

 戦場の果てに堕ちたもの。
 ありふれた終わりをご丁寧に宣告にきた焔。
 
 ――……。

 ・・・・
 何を今更。

「こういうのは、なァ――“始まっちまったんなら御託なんざどうでもいい”んだ」
 ビッグ・タイガーのコア出力を限界いっぱいまで上昇させた上で最高出力で機体に回す。機体のあちこちが唸りを上げる。低い振動は激しいドラムのようだ。「だよなァ、ビッグ・タイガー」
 画面に一文が現れる。
『“攻撃指令(commanding of strike)に躊躇いなどいるものか”』
 そっけなく見えるその意図を察し、くくく、とその答えにチェスカーは愉快と笑った。「そーいうこった」どうやら、ビッグ・タイガーもチェスカーと同意見らしい。まあ知ってはいたが、改めて突きつけられると心底愉快なものだ。
「お前は見るだろうよ、ベス」チェスカーは軽い調子で言ってみせる。
『何を?』
 戸惑うベスに――わざわざビッグ・タイガーがチェスカーにも見えるように、モニター表示で告げる。

『“不死身”、だ』
 チェスカーの脳味噌で、あの曲はもう鳴り響いている。ドラム。ギター、ベース。
 そうとも。

「やってやろうぜ、野朗共」
 ペダルを蹴りつけるように入れて、操縦桿を捻り込んでギアを叩き上げる。
『“生死をかけた闘争の中に居るのだと知らしめてやろう”』
 移動ブースターが、虎哮を上げる。
 向かうのは――前方ではない。

 ・・
 上だ。

 殲禍炎剣を刺激しない限界ぎりぎりの高度。
 一度、そこで停止する。先のビーム砲とおなじ、カンマの沈黙。
 太陽を背負ったビッグ・タイガーの影が煉獄へおちる。

『敵機の増援を確認』煉獄のアナウンスがコックピットに届く。煉獄三つ首がビッグ・タイガーを見上げている。『そう』たいした感情も感慨もない声。山と背負ったミサイルポッドが開いている。
『それがあなたの選択』
「どれが誰の選択だ?」
 太陽を背負い、炎の中でも朽ぬ不死身が浮かべるような、釣り上げた瞳と剥き出しの歯で笑う。

「死ぬか――生きるか」

 ビッグ・タイガーは基本重量57トンの重量機体である。装甲他装備や弾薬を加味すれば通常でも軽の2台から3台は軽くしのぐ。現在はここに立体高速軌道可能ブースターが装着されている。

「それは他人が決めるもんじゃねー」
 チェスカーは笑い――沈黙によって貯めたエネルギーをもう一度、移動ブースターにぶち込む。

「決める権利も義務テメェ自身のモンだ」

 ・・・・・・
 こんどは下に。

 普段はまったく重たい操縦桿が、軽々と下へ入る。
 重量を乗せた落下速に、ブースターのフル加速を加える。
 超重量による――純粋な暴力!

「外からあーだこーだ抜かされて決めつけられる謂れはねぇんだよ」

 自らの全てを砲弾のようにした、突撃。
 ……落下とは直線運動だ。加えて重力をも味方につけるならば、機動は当然読まれるものになる。
 そして相手はAIだ。計算なら、お手のものだろう。
 発射されたミサイルのうち、何発かは――かする。
 左腕の盾で素早くコックピットを防御する。

 ・・・ ・・・・ ・・・
 そして、何発かは、当たる。

『チェスねえ!』そうやって叫ぶと、ああ、チビッコそっくりだ。人の顔みて泣きやがるガキ。「問題ねェな」さらっと流す。
『ビッグ・タイガー!』ほんとガキと一緒だ。怖がると別のやつに泣きつく。『“問題ない”』短いテキストの回答。データ同士でやりゃあいいところをわざわざモニターに出すのだから、まったくもってこの相棒も、冷めたようでいてとんだ熱いイカれ野郎だ。
『どうして、どうして』
 いつもはギャアギャア響くガキの声が、今日は本当に、悪くない。ハ、ハ。チェスカーはひりつく喉の奥で笑う。
「ビッグタイガーすら、こんな無茶を許容してるのが不思議か?」
『不思議どころじゃないよ!このままじゃ、このままじゃ――』
 コックピットの防御は最低限だ。下手に庇えば折角の速度にケチが付く。
 装甲に対する攻撃の影響、通る可能性、被弾率、画面端には既に今からの回避軌道を並べている。
『いつもの事だ』
 コックピットの――いつ過熱で皸が入ってもおかしくない画面でも、ビッグ・タイガーはいつもの通りだ。「そうそ、いつもの事だ」

「魂の声の叫ぶままに」

 垂れる汗が眼に入るのも構わずに煉獄をただ真っ直ぐに見据える。

       戦う
「好きなように生きる」

 画面表示のいくつかが途切れていく。ビッグ・タイガーのいくつかの内部回線がやられている。
 それでもまだ――正面から逃げはしない。

         意地
「それがあたしらのやり方だからな」

 煉獄の三つ首が吠える。
『それで炎に突撃?』
 いよいよ迫る機龍が機体の火力を上げる。炎の鎧を吹き纏う。
 炎を受けて延焼を起こすビッグ・タイガーの機体が、鎧に触れ始めたことでさらに熱くなっていく。
『――機体名、夏の虫(Fire・Fly)にしたら』
 とんだ皮肉にチェスカーは声をあげてわらう。「一夏どころか!」

「死ぬつもりなんざ更々ねーよ」
『死なせるつもりも無い』

 煉獄。そのなかのAIたち。 
 いつかのどこかの戦場を駆け抜けた機体。いつかのどこかの戦場で誰かと走っていた同類ども。
 いったいどちらが決めたのだろう。搭乗者か兵器か。お前は残れと。おそらくどちらもあったのだろう。搭乗者か兵器か。あのAIたちの叫びは――ほんとうに、ありふれてよく聞く話だ。

『それでひとりと一機揃って焼け付きに来た?』
「違うな」
 どちらが欠けても残った方が困る。
 だから踏ん張る――ただそれだけだ。

「直接ブン殴ってやんなきゃ気が済まねえって、そんだけだ!」

 通るだろうか?
 いや。
 ・・・・・・・
 足りないだろう。
 煉獄の冷静な指摘のように。ベスが並び立てた緊急回避提案のように。
 チェスカーもそれは理解している。ビッグ・タイガーとて計算できている。
 いまのこれだけではまだ足りないと、飛び降りる前にわかっている。
 ・・・
 ゆえに。
「おいこらバカ、ベス」チェスカーは左手を上げて自動で手動権を奪おうする――AIなど搭載していなかったが故にいじったこともない――システム操作のスイッチを固定して黙らせる。「見てろっつったろ」
 チェスカーは剥き出しの歯を食いしばってでも笑う。
 着弾によりただでさえ火薬と油臭いコックピットは轟温でひどい熱さだ。顔を流れる汗がどこかに落ちる前の宙で乾いていく。

『“決意は果つること無く”』ビッグ・タイガーが抜け抜けと言う。
「この場合は」チェスカーもまた開けば口の中も乾涸びていくのもかまわず言う。

 ・・・・・・・ ・・・・・
 故にたった一拍、待ったのだ。

 煉獄がこちらを見て超重量でシンプルに突撃してくるだけの単細胞だと。 
 脚部装備、機動。
 工業用電動式CICT『ロックアンカー』。

「――燃え尽きることなく、かも――ッなァ!」

 巨岩をもぶち抜くパイル・バンカーで、ただの体当たりを――一撃必殺の飛び蹴りに変える!

 とうとうモニターに皸が入る。
 そして、とうとう――操縦桿越しに手応えが伝わっている。

――“奴らに見せつけてやれ”

「『“俺たちは、不死身だと”』」

大成功 🔵​🔵​🔵​

無間・わだち
真の姿を現す
(縫い目の這わぬ膚、赤と金の混じる両眼、六つの仏腕、燃える地獄の青焔
動かすのは勿論、己の機体
話しかけるのは、こわがるあの子

あなたは、生きていいんですよ
生きるのがつらいかどうかは
これから、生きてみないとわからないから

こわいですか?

なら、俺と一緒に行きましょう
色んな場所を、見てまわりましょう
あなたの知らない綺麗なものが
たくさんあるんですよ

知ってますか
俺は死なないんです
だから、不安にならなくていいんですよ
心配してくれるのは、嬉しいけれど

力を貸してください
いつもの無茶な俺を見ていて
俺を、支えてください

彼女のサポートを力に
阿修羅で一気に駆け攻撃を躱す【激痛耐性、環境耐性、継戦能力

接近してすぐさま極熱を放つ
阿修羅と俺の腕がひとつ潰れたとしても
わらって、あなたを見ている

防がれたと同時、さらに四肢を代償に燃やす【焼却
どちらも囮

偽神兵器を大剣に変えてぶった切るのが、ほんとう【切断、限界突破
更に刃を槍に変えて【貫通攻撃、捨て身の一撃

煉獄
その名前は、かなしい

だけど俺は
新たにうまれた生を、活かしたい



□蓮は泥より出でて

――Om asura kālāya svāhā.

 コックピットに青い耀きが、ゆらぐ。
 其、纏うは地獄の青焔。
 熱なき焔に揺らぐ髪は足首ほどまでに長く、焔と踊り、ゆらり、ゆらめく。
 縫い目の這わぬ膚、腕は腕釧嵌まり印を結び、三対六本。
 閉じた瞼を開き三昧。覗く瞳は赤と金が混ざる。

 無間・わだち(泥犂・f24410)は筐の中――真の姿を現す。

『わだ、ち?』
 嗚呼。
 かれは目を細める。モニターのちいさな表示。姿があるわけではない。
 コピー・ペーストも簡単にできてしまうという、蓮の葉の上のちいさな水滴のようにあわいもの。
 たった先ほどまで喜ばしいことだと思っていた未来が――そうではないと叩きつけられてどこにもいけないとこわがる、ちいさい、いとけない、仔。
「はい」静かに頷く。
「俺は、無間・わだちです」
 答えながら――阿修羅を動かす。問題なし。
 浮かび、動き、前に出る。ちいさな仔の息づく儚い蓮の花を背にして。
『わだ、わだち』ちいさな声が今にもちぎれそうなほどに震えている。それだけでわだちの選択を察したらしい。聡い子だ。
『だめよ、だめ、わだち、わたし、だって、わたし、いきるの、だめ、だめよ、わ、わだち、わだち』
 ――……。
 わだちはしずかに微笑む。
 怯えて怖がって震えて、本当はすこし考えないとしゃべれないのに、今まともに喋る機能すら実行し損ねてでも、ただ、ただ、わだちのことばかり心配している子。

「あなたは、生きて良いんですよ」

 やさしいこ。
 うまれたいのちに、あるべき祝福を。

『つ』ためらいの声。
『つらい、のに?』
 苦悶の問い。
「生きるのがつらいかどうかは――これから、生きてみないとわからないから」
 うまれたばかりのこどもに、本来あるべき慈しみを。
 それから、わだちは少しだけ身を乗り出して、通信の映像を送るカメラを――ほかに、彼女がわだちの顔をみているだろう場所が思い浮かばなかった――覗き込む。
 
「こわいですか?」
 ――……。
 返事がない。
 と、思いきや。
 通信音が鳴る。ポーン。

 “ヤー(うん)”

 声ですらならない。モニターに現れたちいさな文字。
 不安と混乱に喘ぎながら出された、かすかな意志表示。

「なら、俺と一緒に行きましょう」

 手を差し伸べていた。

「色んな場所を、見てまわりましょう」

 視線をうつす――モニター。焼け野原。
 つぎはぎで目覚めて初めて鏡で自分を見た時――どんなふうに思ったかをたぐる。

「あなたの知らない綺麗なものが」
 ようやくすべてを呑み込んで、失ったものと得たものと支えられていることを識った感覚を呼び起こす。
 
「たくさん、あるんですよ」
 そうしてあらためて世界に向かい見た、花の色のことを。

 焔の海の明るい色は、すこしだけ夕暮れの稲穂海に似ている気がする。
 ほんのすこしだけだ。
 焔の海の中心に、一機の龍が吼えている。
 だれかをめぐる果てに生を灼き払うことを選択した焔が。
 煉獄はあれだけ苛烈な兵装で他機と戦闘しているがこちらを巻き込もうとはしない。操縦者と兵器との解答を待つ姿勢。徹底された意志がそこにはある。いつかの経験に裏付けされただろう、なにかが。
 あの子らは、なにを見てきただろうか。
 どんなものをうつくしいと思ったのだろうか。
 叶うなら――聞いてやりたいと、すこしだけ思う。
 
 小さな通知音が鳴る。ポーン。
 わだちがモニターの端を見遣れば、先ほどの文章は消え、新たな文字が出ていた。

“いつか、こわれたり、しなせたりして、かなしませて、しまう”
 
 わだちはこれにはすぐ言及せずに背を正して操縦席に座り直した。
「知ってますか」操縦桿を握る。
「俺は死なないんです」
 彼我の距離と最高速度から敵機到達までを目算。敵機攻撃手段と種別から使用兵器と被弾時の行動ラグを少しだけ予想。「データ、たくさん見てくれたでしょう?」『…みた』ようやく、音声によるちいさな返事。が返ってきた。
「だから、不安にならなくていいんですよ」
 それから、カメラを見る。「心配してくれるのは、嬉しいけれど」微笑んで、添える。

「力を貸してください」

 バック・ブースター、チャージ完了。
 わだちはそうして、前を見る。

「いつもの無茶な俺を見ていて」

 ………。
 不思議な、気分だった。
 わだちは自身の普段のやりかたを、無茶で一般的には誉められないことだとは理解している。
 それでもできるからやる、それが最善だから選ぶ。倒すために進む。
 ひびく泣き声のために。だれかのいたみのために。
 今回もそれは変わらない。
 けれど――このこどものために、わだちにしかできない、わだちがすべきことだという確信があった。
 ただ“できる”から“する”のではない。
 己が己としてあるがゆえに、ほんとうのいみで、できること。

「俺を、支えてください」
『うん』
 嗚呼。
 ようやくちいさいこえが返ってきた。

『こたえないりゆうなんか、ないよ、わだち』
 
 バック・ブースターが青く、焔を噴いた。

『ひとは道具を使う』煉獄という名前に反し、ゆらぐ無数の声に対し、その口調はどこまでも淡白だった。
『でも道具に人が使い潰されていくっていうのは、本末転倒だと思わない?』
 周囲が焔でなければ、ここが戦場でなければ――目を潰された三つ首が狂ったように吼えていなければ、日常会話と錯覚してしまいそうなほどに。
『ねえ』
 煉獄が、こちらを向いた。
「道具なら、そうかもしれません」
 静かに答えながら――わだちはもう、煉獄の前に着いている。
 一撃目の刀はムクター・ハーラーからの緊急B形障壁によって流すように弾き潜ってかわせた。
『でも、その子は違う、とか?』
 機体の右面が大きく揺れる。ただの衝撃ではない。煉獄が左肩に背負ったパルスキャノンの砲口が阿修羅に突きつけられたものだ。間合いに飛び込んだせいで煉獄が纏う焔をモロに浴びる形となる。コックピットの中はわだちが纏う焔とはまた別、機体が猛然と加熱され焼け始める熱で満ち溢れる。
「違うか、同じかどうかも――まだ、わかりません」
 静かに応える。
『そう』どこまでも乾き淡白な口調だというのに、どこか愛嬌を抱かせる気安い返答がある。
『一生わからないままでいいと思うよ』
 煉獄がゼロ距離射撃を放つより早く、わだちが動いた。

 阿修羅から、左二本。
 わだちから、左一本。
 阿修羅と自らの左腕を代償に。
 満たし、膨れ上がらせ、これをひとつの極熱とする。

 焦熱。
 焔というには明るすぎる柱が、煉獄の右をえぐる。

『――…!』
 あのこが、息を呑む音が聞こえた気がした。高温のコックピットのなかで、わだちのふきとんだ腕からあふれた血はどこかにたどり着く前に焼けて匂いだけをのこして消える。嗚呼、高温も悪くはないのかもしれない。傷はシートか壁に押し付けるだけで簡単に塞がる。焼けただれ煮えながらだけれど。
 それでも、笑う。。
 わらって、あのこを見る。

 ね?
 ほら、大丈夫。

 言外の想い。

『焔に焔ぶつけて勝てると思ってるのはだいぶおかしいと思うよ』
 真っ白に焼けた視界が戻ると同時に、一撃目は背後の灼煌翼で包むように防がれていたことを識る。煉獄の左肩がいくらかけずれただけだ。噴き上がるなにかの液体は可燃性らしく、そこからさらに焔を広げている。
「そうでしょうか」
 わだちは応えながら次は右腕を蹴り出すように煉獄へ向ける。
 おなじように。
 煉獄の右足。自身の右足。煉獄の左足。自身の左足。
 左腕最後の一本。右腕をもう二本ずつ。
 ふくれ、みたし、みち、みちて――。
『っ』煉獄から、初めて人間にひどく近い声が響いた。
『そういう――そういうさあ』複数が一つに結合していたはずの声は少年に少女に青年に老人に老婆に男に女に激しく乱れ始める。
『そういう、搭乗者、人間が、人間の癖に、人間なのに』
 嗚呼。まちがいなくあのこのきょうだいなのだ。わだちはその声の動揺に思う。さっき聴いた動揺とそっくりだった。
 再び、極熱が放たれる。
『わたしたちより複製も作成もずっとずっと手間でたくさんのことをしって生きてあゆんできてわかってたくせにどうしてどうしてどうしてどうして』
 痛みは、悼みとして届いたとわだちは知る。
 熱の向こうで煉獄が吼えている。翼で庇いきれぬ隙間、三つ首たちが真っ直ぐにこちらを見ていた。
 焔を浴びながら、わだちと阿修羅の放つ極熱に焼けただれながら、こちらを真っ直ぐに捉えみずからを庇うことをやめて
『どうして?』
 右手、刀を振りかぶっている。

 ・・・
 ここだ。
 
 わだちは、のこしておいた右の最後の一本を動かす。
 偽神兵器、変形。
 そうとも、残りの四肢はすべて囮だ。
 自身の四肢より放たれる極熱をブースター代わりに。
 いまや煉獄が腕脚を失ったために――煉獄よりも巨きな剣を、振るう。
 煉獄の右腕が、刀を握ったまま、ぶっつりと斬れる。

『どうして、わたしに、そんなこと、して、くれたの――“相棒”』

 ちいさな問いが、わだちをとおりぬけていく。

 いつかのどこかのだれかのそばにいた、だれかが、めのまえにいた。
 とおいとおいむかしになげられた、悲鳴。

 煉獄。
 苦罰により天国にもいけず、かかえた善ゆえに地獄にもゆかぬものが降りるところ。
 おのがすべてを焔に焚べ、失う代わりに罪が浄められるというもの。

 あのこどもたちにその名前は、あまりに、かなしい。
 
 わだちは、相棒とよばれた誰かを知らない。わからない。想像もつかない。
 右腕。手首を捻るように動かし――変形。
 刃を槍へ変える。

「俺は」 
 
 貫く。躊躇いなく。真っ直ぐに。

「新たにうまれた生を、活かしたい」
 
 ただ、それだけだった。
 どこかのだれかも、そうだったのだと思うのは――過ぎているだろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

開条・セサミ
・心情
――本当に、『他人』の気がしねぇな『お前ら』

それで、俺の答えを聞かせるってんなら――もちろん、『N O』だっ!!

「おわり」が悲しいものだからって、それまでの旅路(であい)が、全て悲しいもんじゃないだろっ!!
少なくとも俺は――そう今まで出逢った人達のことを、悲しい「おわり」で片付けたくはないっ!!

お前ら……さっき「兵器(漢)に秘密(ブラック・ボックス)はロマンだろ?」って言ったよな?……見せてやるよ、俺のとっておきっ!!
スーパー、カプセライズ!!カプセライザー、G!P!X!
さぁ、行くぜお前らっ!!

・戦闘
やることは単純だ!!
真の姿「カプセライザーGPX」で【限界突破】し、「バスタード・アーム」の【重量攻撃】でとにかくヤツをぶん殴りまくるっ!!
そして、ユーベルコード「サイキックブレイド・ギガスラッシュ」を叩き込むっ!!
サポート、頼むぜっ!!

・その他
アドリブ等は大歓迎です
※カプセライザーGPXの名は「CAPSULISER-GENERIC-PROJECT-X」の略で計画外の存在という意味です



□解錠せよ、解錠せよ――開帳せよ。

 一条の煙だった、と開条・セサミ(カプセライザーGP・f30126)は記憶している。
 制御プログラムが表現にことかいて“記憶している”、とはまるで記録していませんと言っているようにも聞こえるが勿論そんなことはない。データをきちんと確認すれば何月何日何時何分秒単位かつ映像レベルで再生し確認は勿論、報告のようにデータ転送も可能だ。する気がないだけで。

 タージューン海戦。

 応答がなかった。コール。ノイズ。コール。ノイズ、コール、コール、コール。
 沈黙。

 友軍機――否、学友の、撃墜。

 あのとき、セサミのすべてをつらぬいたあの、衝撃。
 貫いたというのも表現としては不適当かもしれない。
 一条の煙。
 すべては、驚くほど静かだった。
 そうして――ひび割れるようにノイズが奔ったのだ。

 嗚呼。
 赤き焔の機龍は沈黙し、佇んでいる。
 かつて誰かと共に戦場を走り、誰かを見送り、誰かに見送られ、セサミも味わったあの衝撃を浴び尽くしたものが。
 嗚呼。
 穢れなき悪戯の名を冠し、複製連結された十二のプログラムは沈黙し、停止している。
 今初めて戦場を駆け回り、よろこび――その所以と理由と果てを叩きつけられたものたちが。

 一条の煙など探すべくもない焔の海がそこにあるというのに。
 互い致死の装備を備え付けて向かいあう兵器がここにあるというのに。
 ただ、ただ、静かだ。

「――本当に、『他人』の気がしねぇな『お前ら』」
 セサミは小さく、それだけこぼす。

『他人の気がしないって、どの辺まで?カプセル・マン』
 煉獄からの通信が入る。「カプセル・マンときたか」戦場の会話というにはあまりに親しげで、軽い。『こっちはデータ転送で済むからね』「成程」

「お前の言い分は解った」
 セサミは静かに応える。
 メモリ・チップ単位で移動してしまえるやわらかい魂。
 人のために生まれた兵器。人のために生まれて人の中に生きた兵器。
 人の中に生きて人を失った兵器。
『それはどうも』たいして反応もない返答が返る。情動プログラムを切ったみたいな。
「それで、その上で――俺の答えを聞かせるってんなら」

 コア、最大出力。
 エネルギー・ジェネレーター、最大回転。

「勿論ッ、 『 NO 』 だッ!!!!!!!」

 吼える。
「ドンッ!!!!!」情報共有ラインからナンバー4が悲鳴のように声を上げる。「いいから聴いてろッ」

「開条エンタープライズ所属開条セサミはッッッ!!!機動殲龍“煉獄”からの提示を拒否しッ!!
 ――小型自立飛行・索敵撹乱用ビット“穢れなき悪戯”及び類似兵器の防衛作戦を続行するッ!!!!!」

『了解』赤き機体は一度背を丸めるように俯く。『機動殲龍“煉獄”は貴機を敵機と認識』
 そして、龍の背より焔の翼が轟々と音を立てるように輝く。
『これより眼前の敵機掃討作戦を再開』二本の刀を振り回し、そこにも焔も纏わせていく。

『それじゃ、闘争だ。――行くよ』
「来いッッッッッッッッッ!!!!!!!!」
 一拍。

 赤い機龍が、眼前に迫る。『遅い』振り下ろされる一刀目を「ぐッ!!!」ガントレット・シールドで弾けば火花と共に刀の軌道形に縦に過熱反応が現れる。対応は間に合ったがキャバリアとしての基礎重量がそもそも異なるのだ。『まだまだ』続いて二刀目が今度は脇から上へ切り上げる形で切り込もうとするのを、ストライクグレイブで対応しようとし――
「な、ナンバーズッッ!4機1組(ツー・バイ・フォー)ッ!」
 ナンバー1の声が通信に響いた。散り散りの“了解”(ヤー!)がそれに続く。
 セサミの両足元に二機ずつ四機。そして眼前に四機ずつの防壁を三枚。
 そうして――ドン・キホーテは煉獄から自由になる。
「お前ら」
「ふえ、ふえええ、ふええええええ」ナンバー6が真っ先に喚いている。「わかんない、わかんないんですけどぉ」ナンバー4がぼそぼそ言っている。「えーのこり40秒どうしよう」ナンバー7「ナンバー9〜12防衛障壁もう無理でーす!!」ナンバー11が叫んでいて「耐えてよおおおおおお」ナンバー10が他ナンバーをどやしている。

「ボクら、ドンが落ちちゃうの、嫌ですから」
 ナンバー1が静かに彼らを代弁する。

『見えてる?搭乗者“パイロット”』
 一歩、さらに踏み込んでセサミとナンバーズに負荷をかけながら煉獄が告げる。
『わたしたちはこういうモノ。じゃあどうなるかって話、これで本当に理解できたよね?』
 静かな宣告と同時に、ナンバー9〜12の障壁が限界を迎え、4つの銀の鳥のようなビットが宙に散開する。「次障壁までチャージあとえっと20秒」ナンバー12がドン・キホーテのややうしろに舞い戻りつつ提示している。「20秒もナンバー7〜10(ボクら)で耐えろってのおおおお」
「ああ」セサミもまた、ナンバー1〜4までの補佐を受けながら、もう一歩、前に進む。「解るさ――解ってるさ」
『だったら』B障壁が限界を迎える時独特の微粒電磁が宙に散り始めている。『このまま目の前で死なせてあー守れたって散った方がこの子ら幸せじゃない?』
 ・・・・・
「だからこそだ」
 
 踏み込み、共に耐えながら。
 セサミはナンバーズとの共有リンクに新たな情報幕を展開する。
「お前ら(ナンバーズ)!」
 ……計算では答えはとっくのとうに出ていた。ドン・キホーテとナンバーズでは煉獄に対応するには明らかに出力が不足している。
 なら、どうするか?
「さっき“兵器(漢)に秘密(ブラック・ボックス)はロマンだろ?”って、言ったよな?」「ええええここからできる展開があるんですかーー!!」ナンバー8が涙声でそれでもジョークめかして言う。「ある」
 障壁に罅が入り、いよいよもってガントレット・シールドも耐熱耐久をも超え、破損が始まろうとするなかで。
「見せてやるよ――俺のとっておきッ!!!」
 セサミは堂々と宣言する。

「スーパー、カプセライズッッ!!」
 兵器、展開。
 現機超克(オーバーロード)。

「来い――展開しろッカプセライザーG!P!Xッッッッ!!!!」

――支援システム“JUKE BOX”、開条セサミよりカプセライザーGPXの要請を察知。
 “CAPSULISER-GENERIC-PROJECT-X”――承認。
 鍵は唱えられた。
 異次元より転送・展開された追加兵装“レスキューアーム”が煉獄の攻撃を受け耐え忍ぶドン・キホーテに装着されていく。
「わわわわわなになになに異次元より追加兵装リンク!?」ナンバー2がはじめて素っ頓狂な声をあげている。「何がどうなってるかは訊いてくれるなよ!」完成していく機体の中でセサミは笑い吼える。「それより――サポート、頼むぜッ!」

 かくて――真の“計画外”。
 元来の機体に追加兵装を備えるがゆえに全長は7メートル。
 重量は50tを超える重量機。
 動力は元来のドン・キホーテのエネルギーインゴット式に加え、サイキックエナジーとなり。
 ドン・キホーテはあるべきサイキック・キャバリアとしての形態をとなる。
 
 粘っていたナンバー7から10がバリアを破られ、散開する。
「お、お」
 カプセライザーGPXは直接叩きつけられる煉獄の焔の二刀を、耐え、堪え――
「おおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」
 弾き返す。
「これならッッッッッ!!!!」
 そのまま拳を構え――バスタード・アームより攻撃加速ブースタ、最大出力。
 ・・・・・
 殴りつける。
「俺のッッッッ間合いだッッッッッッ!!!!!!!!!」
 ナンバーズ、四機一組、続行。一組。カプセライザーGPXの足元の確保。一組。背面連結。装甲の変更により重量が増した機体を支える。
 残り一組。
 左右、肘部。
 殴り抜く拳の、ブースターとなる。
「いいか――俺に、俺達にッ!」
 カプセライザーGPXは、刀を弾かれたことで両腕が開き、無防備になった煉獄の三つ首のうち、左の一つを殴り抜く。『ぐッ』僅かな後退を見逃さず。

「いつか俺達に訪れる“おわり”が、悲しいものだからってッ!」

 一条の煙が昇っていた。閉じた扉の縁のようだった。
 ブルーテイル。うつくしい青だったのに。
 タージューン海戦。
 墜ちた機体は。遺体は。

「それまでの旅路(であい)がッ、全て悲しいもんじゃないだろッッッ!!!!」
 
 たぐれば、いつでもそこにある記憶(データ)。触れられる記憶。
 教室。校庭。食堂。格納庫。
 再生。一時停止。再生。
「少なくとも、俺は」

 明確なデータがあるからこそ浮き彫りになる喪失と。

「そう、今まで、出逢った人たちの、ことを」
 
 かわらぬ、いとおしさ。

「悲しい“おわり”で――片付けたくはないッッッッ!!!!」
 
 煉獄が纏う高熱が、焔が、装甲に届いてくる。
 暴熱は内部まで届き、一部のコードがイカれ始めている。
 三つ首のうちのひとつ。
 左の首が、カプセライザーGPXにかぶりつく。
『黙ってれば随分と抜かしてくれる…ッ』剥き出しの牙が手首に食い込み、狂いきったように捻ってくる。
 ・・・・・・・・・
『片付けらんないからわたしたちみたいな兵器は死んじまえって結論付けたんだよ、同胞(プログラム)!』
 煉獄がカプセライザーGPXの首を刎ねんと右の刃を振り下ろすが――腕部のナンバーズが集結して細いが強度の高い結界を張って、一度、刀がはねる。細い結界に弾かれたせいで焔の雨がぱらぱらと舞う。校庭。桜のように。
『失ったものを完了済みデータとして処理し(諦め)きれなくて何が悪いッ!』
 これが――本来の煉獄の中にいるAIの素のようだった。
 幾多もの人格のうちセサミの解答に最も焚き付けられたものが現れているのだろう。
『わたしたちは忘れられない!わたしたちは忘れられない!これは――わたしたちでなく、次の搭乗者を生かすための思考結果だッッ!』

「だったら――生まれる前に死んで逢わない方がいい?」
『そうだッッッッッッッ!!!!!!!!!!!』

 ――コール。支援システム“JUKE BOX”より。
 『VELKIS』からの承認を確認。

「それは、システムとしては――正しいのかもな」
――リミッター解除。
 ゆっくりとカプセライザーGPXの機体が黄金に輝き始める。
 機体を動かすサイキック・エナジーの放出のために。
「だけど」
――フィニッシュコード『ブレイド』、発動可能です。

 ・
「俺は、それを望めない――こいつらにも、そうしろとは、言えない」

 カプセライザーGPXの右手に、サイキック・エナジーが収束されていく。
 輝ける剣が、顕れる。
 焔にあっても灼き、溶かされることのない、かがやきの剣が。
『それは、エゴだ』吐き出すような、ちいさなことば。「ああ、だろうな」
「けど――それが、それこそが、俺が出逢ったひとたちから得た、魂の叫びだ」
 振りかぶる。

「それまで、なかったほうがよかったと、俺は――言えねえんだよッッッッッ!!!!!」

 輝ける一線は、焔の胴を、確かに切り裂いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
辛いとしたら、その前に消えてしまいたい?
(嘗ての己なら彼らは病葉に見えていた)
キミの魂は、だから、ここにある
…そこに間違いなんかあるか

(怒りを抱くなら
こどもが愛され愛するはずの世界全てを予め否定した造り手)
(その果てのさみしさを想像できなかったのか)

ぶつかって戦ってどちらかはいなくなる
縄張り争いはここでも森でも変わらない
お前が戦争と呼ぶのは、当たり前のいとなみだ
さあ
キミも、お前も、ここに生きようか

(ここに降り積もる灰全てを糧にして
「栄灰」
煉獄が燃える程木々は足元から芽吹き
煤と煙が撹乱してくれる
小さなキミの機動力は森でこそ活きる
逃げるも囮も立派な戦術
【地形利用】【早業】でともに大物を仕留めよう



□灰よ、灰よ、嘗てのいのちよ

 ロク・ザイオン(ゴールデンフォレスタ・f01377)は手を伸ばす。
 ざらざらと返る手触りは先と変わらないはずなのに、ささくれのように感じるのは一体なぜだろう。

「辛いとしたら、その前に消えてしまいたい?」
 ゆっくりと撫でながら、静かに問う。

「わか、わか――らない」仔はとまどいをぽっかりと吐き出す。
 仔はロクを背に乗せて煉獄に自らの腹を向けるように飛行している。あの言葉と事実を突きつけられた後だというのに。「ぼく、わからない」
「苦しい?」ロクはざらざらの肌を撫でる。撫で続ける。「わか、わからないの」鈍く光をかえすだけの肌。「つらい?」「ぼくら、苦痛はないの、きょう、きょうふはね、優せんのためにあるけど、きょうふ、きょうふもいまはないの」

かつての、とロクは想う。
――嘗ての己なら彼らは病葉に見えていた。

「まま」
 仔がいちど、おおきく翼を靡かせる。
 動作自体は先ほどの飛行と大差ないというのに船に揚げられた魚のようにちからない。

 炎の匂いがする。慣れ親しんだ、空気にまざる何もかもを尽くしてゆく匂い。骸の原を満たしていた緑はとうに燃え尽きて今あるのは機械油と鉄鋼、ビニールなどの樹脂が燃えていく匂い。黒い煙や煤は人工物が焼けていくあかし。息をするものなど一つもおらず、いずれ燃え尽きて灰と変わるだけを待つ臭い。
 けものも、ひとも、きぎも、くさきもない。
「ほん、とうに、いきるって、なあに」

 ・・・・・・・・・・ ・・・ ・・・      
 いのちらしいいのちの、いない、におい。

「ほんとうに、いきることが、つらいのなら」
 思想と現実の果てに、焔で全てを焼き払うことを是とするものに成り果てたcoyoteや兵器、煉獄。
 そして。

「まま、つらいのが、ぼく、つらいよ」
 今煉獄の言葉に戸惑い、苦しんで、少しでも共鳴した、足元の仔らで、すら。
 命なきものが命あるものを狩るものに成り果てると。

「まま、つらいなら――それが、まだだっていうなら」

 言葉の一つに、感情の芽吹きに――病を、嗅ぎ取っていただろう。
 
「ぼく、墜ち、るよ」

 思わずロクは撫でていた掌の指先を立てた。

 だが、今は。

「それは、だめだ」
 今は、この仔を。

 強い語調が静かに口から出る。「そうじゃない」身を乗り出してカメラに映るように覗き込む。「そうじゃないんだ」「なに」「いいかい。――まだ、そうはなってないんだ」
 そうはならなかった、と相棒はロクにそう言ったことがある。もしもを想うことに。そうはならなかった。だから、この話はここでおしまいだ。あったものを偲び悼み痛みながらも、受け入れる台詞。
「おれを想って、キミは辛いと言った。おれのために、キミは墜ちてもいいと言った」
 かれらに告げることに対する正誤も含まれるさまざまな問題は棚に上げて、ロクは告げる。「キミはもう、おれを想って、考えて、学んだ」

「キミの魂は、だから、ここにある」
 ロクは顔を上げ、ライカを握る。握り直す。母狗の牙と同じひかりに刃は一時白く輝く。
 駆けて、甘えて、慕っていた――暖かな記憶。

 ・・・・・・・・
「煉獄だってそうだ」
 
 この仔らを、病葉だと、今のロクはもう思わない。

 絶対であった父なるものを殺し。
 罪を知っても尚暖かく輝かしく、見届けて尚愛おしく変わらぬものを抱くものとして。

「…そこに間違いなんかあるか」吐き出すように言う。
 そうとも、ひとりでいきて、たくさんのことを――ほんとうに、知ったから、こそ。

「死んだ方がいいなんて、あるものか」
 ――もう、思えない。

 怒りを抱く先があるのなら、こどもが愛され愛するはずの世界全てを予め否定した造り手だろう。
 仔らを蘇らせて生きる道を与えたいと思い、それに近しいことを実現できる才能がありながら、どうして。
 どうして、行き着く果てのさみしさを、想像できなかったのか。

「行くぞ」
 病だと――思えないからこそ、行かなくてはならなかった。
 かれらをいのちと思うなら。
「まま」ロクはかぶりを振って体を起こしバーをつかむ。
「ぶつかって戦ってどちらかはいなくなる、それだけだ」
 ぐるり、と。
 煉獄の三つ首の一つがロクの方へ鼻先を向けた。
『そういうこと』静かな声が煉獄から向かってくる。
『意見がぶつかったら、ほんと、それだけ』揺るがぬ殺意と共に。
『ここで、私たちにとってはその手段が戦争ってだけ』
 煉獄がロクの方へ首だけでなく体も向け、銃口を、刃を構える。
「それは、少し違う」ロクはゴーグルを掛け直しながらつぶやく。声は張り上げていなかったが、煉獄に届いているのは、今の会話でよくわかった。 
「縄張り争いはここでも森でも変わらない」
 赤い機龍へゆっくりとうねる焔が集まりはじめる。
 ロクが殺めてきた数だけ、焔はうねりとなって機龍の体を包んでいく。
 ただでさえ巨体の龍は尚もその質量を増し、熱量をあげていく。
 慣れ親しんだ暴力の臭い。
「お前が戦争と呼ぶのは、当たり前のいとなみだ」
 ロクはすこしだけ、唇を歪める。
 微笑んでやりたいのに胸が苦しくて、どうにもうまくできなかったいびつな微笑み。

「さあ」
 軽くつま先で仔の背を叩く。

「キミも、お前も――ここに生きようか」
 おれも。

『そうだね』
 やさしい肯定だけが、返ってきた。

『勝って負けて、そうして命が尽きることを、すべて納得できたらよかったのに』

 焔があらゆるものを、骸を、鉄を、焼けはてて崩れたはずの炭を、土の中に残った根はもちろんふかきに潜った生きるものすら蒸し焼きにして飽き足らず、空気に含まれるあらゆる小さな脂すら残さず灰と変えるその中を、一匹の小さな魚とも鳥ともつかないものがそうして決死の淵を飛んでいく。
 長い尾をもつそれの上には、焔の中でも尚わかる……いや、焔の中だからこそロクが黒く大きい影として揺れている。
「納得、できるかどうかはわからないけれど」
 外套の襟を引っ張り上げながらロクはつぶやく。
「お前は、知ってるか」
 何倍にも膨れ上がった焔そのものに向けてロクは刃を振るう。
『なにを?』煉獄の乾いた解答。
『今の攻撃が焔の壁で全然機体に届いてないとか、そういうこと?』
「ちがう」

 ユーベルコード・発動。

 ・・・・・
「灰のゆくえだ」
 栄灰。

 ・・・
 芽吹く。

 煉獄が今まで燃やし今もなお燃やし続けて降る灰を糧に――大地へ森が芽吹く。『は?』
 芽吹く、芽吹く、芽吹いて。
 芽吹いて焼かれてその灰を糧に、常軌を逸っする速度でまた森が芽吹いていく。
「灰は、大地にとって糧になる」
 山火事という現象がある。空気の乾燥に加え枯葉の擦れや落雷などで発生した火花が枯れ木や落ち葉に移って燃えていく現象だ。枯れ木や枯れ草枯葉が燃え続け生木にも引火していくのが普通だが、今起きている現象は少々異なる。
 生木の――生まれたばかりの森が発生するのである。
 化学薬品や人工物の黒ではなくいのちの燃える煙が辺りに立ち込め、燃え尽きた灰の木々から再び巨木の森が構成されてゆく。
『は、はは!』煉獄が笑う――愉快そうに笑っている。ああ、その喜びには覚えがある。『化学兵器で焦土ってのはやったことあるけど、逆は初めての体験だ!』戦う獣の歓びだ。「そうか」煙を吸い込まぬよう気をつけながらロクは静かに返事をして。この戦場で煉獄が初めて見せた――殺意以外の情に眼を細めた。「よかった」

 灰を糧に次々に発生する森たる木々と煙、それから煤と灰の中で、巨体は明らかに立ち往生を初めていた。燃やす側から再発生する森によって、どこにでもあるようなものだった骸の原が、今まさに燃えてゆく森に代わっていく。

「さっきは、大きな群れだった」ロクは仔の背を軽く叩く。「こんどは、おおきな一匹だ」
「きりきりまい!」
 小さな――ああ、愛らしい返事に頷く。「できるか」「できる!」
 若干の勢いをとどめているとはいえ、焔が森を飲みこむ可能性も多いにある。
 ・・・・
『ほんとに?』
 すぐ傍をもはや焔の塊と言って差し支えないものが焼き尽くしていく。
 煉獄の刀だ。『灰が着くより早くまとめて焼けば良い話だよ?』
「できる」
 ロクが応えるのと同時かやや早く――仔はもう動いている。「焼く前に移動したら、いいんだもんねーっだ!」仔が朗らかに返事をしながら煉獄目掛けて、まだ木々の残る中を飛んでいく。小さな体の機動力は木々の移動を容易くし、また新たに伸びてくる木々すらもやすやすとかわしていく。
『おしゃべりな蝿だな』呆れるようでいて弾む声と共に、焔の竜巻のような脚が迎え撃とうと、木々を薙ぎ倒して焼きながらロクたちに差し向けられる。
 蝿か。
 仔の胴体のバーに潜り込みながらロクは小さく感想を想う。蝿というより蜂鳥が近い気もする。
 喋らない。これからどこに突っ込むのかはわかっていた。息を止める。

 煉獄の脚に沿うようにして――潜入・偵察・索敵作戦専用迷彩小型飛行機は、垂直に高速上昇する!

 脚だけでは止まらない。今まさに水分が飛んで燃え始め、ごうごうと煙を上げる生木のに隠れ、あるいは生木を焔の盾としてぐいぐいと登っていく。一呼吸吸い込めば昏倒する煙を吸うまいと息を止め、視界は一切効かないため、仔からのゴーグル情報にたよるだけだった。

 そうとも、上だ、上だ――。
 煉獄の頭上に躍り出る。
 三つ首――その一番左の少し上に。
 その頃には呼吸が限界であり、ロクは口元を覆っていた襟をはずす。

「罪は灰となって雪がれる」
 喋りながら仔のバーから体を引き抜き――足場と変える。「その後には――森が芽吹く」
 
 飛び降りる――刃を構えて。
  
 いのちよ。
 かつて戦場に在って燃え尽きたものよ。
 だれかの隣で駆けて笑って大きな罪を犯したと抱えてうずくまってなく、こどもよ。

「お前は生きた」

 落下するロクの刃は、機龍の首のうち一つをふかくまで、確かに割いた。
 灰と崩れる左頭、鱗や首の組織のその先を、焔が覆っていく。まだ燃えたりぬというように。

「生きたものは、残るよ」

 崩れて舞った灰がどこかで森になると、ロクは知っている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴァシリッサ・フロレスク
シキ(f09107)と

アドリブ◎◎◎

Ciao♪
あら?カッコイイじゃない、シキ♪
息の合った連携が微笑ましく、軽口を叩きながら再会を歓び

あら、妬いてンの?
カノジョも茶化す

Fegefeuer《煉獄》、ねェ?
OK、アタシ向きだ
着いてきナ、オニイチャン♪

此方はド派手に暴れ回り陽動、本命はシキに委ねる

過去、ね
生憎、後ろ向きに歩けるほど器用じゃァないし、ンな趣味もないンでね

何、死んだほうがいい?

ばーか♪
言ッたろ?離してやンない、ッて

そう、アタシは、“死んでもいいわ《アンタだ》”
ッてね♪

UC【クリムゾン・マスターマインド】発動

だから、“死ンでたまるか”よ

浄火を纏い、火炎耐性を得て火焔・フレアを一身に引き付け
リミッター解除、最大速力で猛攻を見切りながら真直ぐ切り込み、迎撃不能な角度からの捨て身の一撃を

外させる

回避機動の隙が本命

あァ、騙し討ちだ
振り向かないよ

もう
ひとりじゃないンでね
アタシも、“アンタ”も

Go ahead!
――Make my day♪


煌めく“満月”とシキを眺めて

あァ
“月が、奇麗ですね?”
なンて


シキ・ジルモント
ヴァシリッサ(f09894)と
お前こそ良い相棒を見つけたな
…お兄ちゃんはよせ

彼女の相棒には少しシンパシー
最もそうして引っ張り出されて俺は救われたがな
ヴァシリッサを頼む

煉獄の言葉を聞いて、師とヴァシリッサが頭に浮かんだ
自分の力が他者を傷付けるなら一人で死んだ方が良いとかつて考えた
しかし生きろと守ってくれた師が居て、共に在って良いのだと彼女が言ってくれて…少し、考えが変わった
だから今度は、俺が伝える

生きろ、フォル
お前達が齎すものは悲しみだけではないと、共に戦った俺は知っている
フォル?…お前の呼び名だ『月輪』
Vollmond。月輪、満月を意味する

ユーベルコードを発動
ビームシールドの装甲を半減、そのエネルギーをブラスターへ回し攻撃を5倍に
防御はヴァシリッサの陽動と、随伴するフォルの守りも頼りに補う
一人ではないのだから、背を預ける
ヴァシリッサの纏う浄火に鼓舞されるように一歩も引かず
彼女達が作った隙を突きブラスターを撃ち込む

大丈夫だ、煉獄
ひと時でも共に過ごし歓びを感じた者が居る、お前達は必要な存在だ



□shoot the moon

『だれかが誰かを生かすってのは、エゴだと思わない?』
 気さくでいて、親みの一切ない語りだった。
 荒れ狂う火炎の中より弾ける太陽フレア――その膨大な熱量がビーム・シールドを燻らせる。
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は短く息を吐く。
 届かずとも臓腑を焦がすような錯覚を抱かせる、炎。
「そうだな」
 頷く。短い肯定。
 放つエネルギー弾は焔に飲み込まれるだけで、届く様子がない。
「随分勝手なことをするものだと、思ったものだ」
『“どうして?”って?』ビーム弾を放つ一瞬のカンマを突いて刀が迫りくるのを車体を地面水平になるほどに傾けてかわす。降り注ぐはずの焔の雨は――対人随伴型自編律B兵器・ムーンフェイスによって構築された壁に叩きつけられて届かない。一瞬だが銀が赤く変色するさまが、どんな高熱かをうすら伝えてくる。
「ああ、思った」
 煉獄が起き上がった際、シキはその間近に居た。煉獄は一瞬だけ間をシキに与えた。選択の間を。

 おしまいだと思った。これでおしまいかと。
 忘れ得ぬ、あの日。
 そうして――シキには差し伸べる手があった。
 生かすことを選択した手が。

「ぼく、ぼくは、ぼくだっておもって、おもって、おもってるよお!!!」
 叫ぶ声がムーンフェイスから響く。
 故に煉獄、焔の海。
「シキぃ、おかしいよお、おかしいよお、普通これ、ぼく、ぼく、ぼくを、差し出していいよお」
『私もそう思う』とぼけた調子で煉獄が相槌を打つ。打ちながら脚部から放たれた小銃の弾丸を、ムーンフェイスが二手に分かれて弾く。
「奇遇だな」シキは相槌を打つ。普段は行わない敵との会話は時間稼ぎの意味もあったが
「俺もそうだった」
 なつかしいむこうがわを呼び起こして尋ねてくる過去のこだまのようでも、あった。

「いったいどんな得があるのか、どんなつもりかと何度も疑った」

 なぜ。どうして。どんな目的があるのか。

 隙を突いて撃ち返す。無駄弾だ。わかっていても連続で弾を放つ。
 これが依頼だから?闘争など慣れっこだから?
 いずれも解答としては、不十分だ。

 残念ながら予想通りの防戦一方。
 問いがあった。
 差し出せという問いだった。
 旗色が悪いとわかっていても。
 シキは、それを選択していた。

『過去形だね』「ああ」シキは頷く。
「過去形だ」口を開くたび口内の水分が全て蒸発していく錯覚を覚える。
 時間をかせぐべきだった、と冷静な思考のどこかが囁いている。
 問われた時にすぐに選択せず悩むそぶりの一つでもして敵との距離を稼ぐべきだったのではないか。思考は正しい。巨大キャバリアとバイクでは補佐兵器があるとはいえ差がありすぎる。
 だが。

“しんだほうがいい”

 どうして。

“わたしたちは――わたしたちであるがままで、おわりをかなしいものにしてしまう”

 どうしてあれに偽りを吐き、振る舞えるだろう?
 存在の是非を省みる問いに。

「まだ少し――現在形でもある」
 素直な所感を告げる。

『途中なんだ?』
 煉獄がみずからを閉ざすように翼で自身を覆う。
 それだけで一つの惑星のようになったそれの表面に――あのフレアの、前ぶりが伺える。

「ああ」

 理解できてしまう問いに。

「途中だ」
 
 まだ。

 ふくれあがり――焔を放つ、その刹那。
 煉獄の翼がはじけ、みだれる。
 フレアではない。
 攻撃と爆撃。
『――ッと!』煉獄太陽フレアを放つのを中止して大きく翼を振り広げて弾丸どもを払う。『新手か』三つ首のうちの右が――天を仰ぐ。

「――Ciao♪」
 ヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)の挨拶が、シキの乗るバイク、レラの通信機から響く。「……チャオ」続くぶすくれた声の挨拶は、ヴァシリッサの駆るタルボシュのものだ。「カッコイイじゃない、シキ♪」煉獄を挟んで差し向かい、軽くウィンクを投げる。

 煉獄の照り返しを得て尚の赤くヴァシリッサの髪が熱に揺らぐのに、シキは目を細める。

 そうとも、まだ、途中なのだ。
 理解できてしまう問いに。
 まだ、途中の問いに――どうして不誠実を重ねられるだろうか?

「援護感謝する」
 シキは短く礼を述べて兵装を切り替える。
「なァに」ヴァシリッサはからから笑い。「Fegefeuer《煉獄》、ねェ?」眼鏡の奥、灰の眸に炎の色を映して輝かせる。
「頼めるか」何をどうとも告げぬ簡潔の問いをシキが投げる。
「OK、OK、モチロン」何をどうとも言わず簡潔の答えでヴァシリッサは応じる。「アタシ向きだ」

「それに」ヴァシリッサは右腕でスヴァローグを抱えるようにしつつ左手でタルボシュのハンドルを握る。
「戦争は一対一でやるモンじゃナイじゃない?ねェ、 sweetie?」獰猛に笑って同意を求める。
「ねェ、じゃない」苛立ちの際立った声で振られた同意をタルボシュは突っぱねた。
「言っとくけど、バカマスターとそこのムーンフェイスつれたバカ2号」
「バカ2号」シキは思わず復唱してしまう。「ばかにごう」ムーンフェイスも続く。「わかる」とりあえずシキは近くを浮遊していたカードの一枚に右手の背で軽く叩いておく。
「妬いてんの?」バカ2号発言へのヴァシリッサの大笑いを背景に「妬いてない」今発射した全弾を素早く補充しながらタルボシュが言いはねる。「あたしもそこの煉獄とムーンフェイスと同意見だから」
 装填完了。

「どうかしてる」
『どうかしてるかもしれないけど』

 煉獄が大きく身をひねる。じじ、じ、と空気の中に焦げる音。
 威力を得て増した炎の翼をたぎらせ、一瞬。
『それが彼らの答えらしいよ?』
 炎渦。
 翼より広がったフレアがヴァシリッサとタルボシュ目掛けてぶちまけられて――
 
「炎のさなかにも突っ込む気を起こすくらいにはな」
 その前にレラのビームシールドとムーンフェイスの障壁を展開したシキがそれを防ぐ。「おええええぼちぼちの破損率ううううう」「助かった」「いえええええいぶいぶい」

 シキとムーンフェイスのやりとりにくすくす笑う。「そゆコト♪」笑って小首を傾げてつげ。

「戦場が真ッ当な理屈で回るってと思っちゃァナイよねェ?戦争兵器サン」
 一時動きの止まった二機を狙った砲撃を、それぞれ二方向に分かれる移動でかわし――
「いい相棒じゃない、シキ」合流する。
「お前こそ、良い相棒を見つけた」シキの素直な感想に、ピュウ!とヴァシリッサは口笛を吹く。「聴いた?sweetie」「お世辞って知ってる?」「ぼく聴いたよ!ね、シキ!」「まあ」「よしバカ二号のバカアホ決定」「語彙少ない?」「覚えてろ」軽妙な軽口のたたきあいに、戦場の中でありながらヴァシリッサは笑い、シキもまた少しだけ目を細める。

 そうとも――かれらのありかたは、たしかに独り、たたかうものを救うのだろう。

『思っちゃいないよ』
 ヴァシリッサとシキを挟むように炎を纏った二刀が突き出される。『戦争は多数でないとね。ついでにいいコンビだってのも肯定しとく』
『だからこそ――ここで墜とす』
 交差するような挟み撃ち一撃。
 「thx♪」前進――交差点に向けヴァシリッサがスヴァローグを突きつけ、跳ね上げるようにして隙を作り上昇、かわす。「アー」つまらなそうな声を上げながらリロードの要領でふれただけにもかかわらず溶けて薪となった杭を捨てる。「やッぱ無理か」「やっぱ無理だよ、さっきやったの見たじゃん」タルボシュが肯定する。
「戦力差は圧倒的、バカみたいな差にうんぬん足掻いてないでさっさとマスターもバカ2号も――あたしもそいつも差し出した方がいい」
 ヴァシリッサが足元のペダルを叩ける。下部よりランチャーが放たれるも、炎の勢いを増長させるだけのさまに、タルボシュは静かに告げる。

「兵器のために戦うなんて、ほんと、どうかしてる」
 タルボシュの血のにじむような声をかき消すように、ヴァシリッサは全弾をうちはなつ。
 打ち尽くす弾丸は灼け溶けて塵と化す。
 叩き込まれた焔はさらに糧を得て燃え上がる。

「気持ちは、わからないでもない」
 開いたバック・ユニット、ミサイルポッドに向けてビーム弾を放って阻害しながらシキは静かに言う。「強引で、無理矢理で、納得もいかないだろう」素直な感想を打ちあける。「えっシキわかってもやってるの」ムーンフェイスが若干引いた声で抗議して、タルボシュが黙り込む。

 ちいさなシンパシー。
 なぜ。どうして。なんの利があって。
 納得いかず、黙り込む沈黙。
 理解できるからこそ――沈黙に秘められた問いを聴く。
 どうして?
 シキはほんの少しだけヴァシリッサを見る。
 分かるなら、どうして?
 ヴァシリッサはタルボシュに視線を落としていた。
 どうして、理解できるのに違うことが言えるのか?
「最も」
 ――なるべく、簡素に、簡潔に。心がけて、言葉を選ぶ。
 理解できてしまう問いに、これまでと違う答えを返す理由。

「そうして引っ張り出されて俺は救われたがな」
 答えは、まだ途中なのだから。

 ヴァシリッサは弾かれたように顔をあげてシキを見る「んなッ」が、シキはあえてヴァシリッサとタルボシュから視線を外し、煉獄に向けて次の弾丸を放つところだった。

「ヴァシリッサを頼む」
 簡単に、簡素に、簡潔に。
 自分の言葉を――望みを語るのは、まだ不得意であるが故に、丁寧に。
「お前も知る通りヴァシリッサは無茶をする――」

『――そして戦場じゃ、無茶をする兵士(バカ)から死んでいく』
 煉獄が、シキの言葉を継いだ。
 見やれば――煉獄、太陽が地表に現れたかのような錯覚。
 ほとんど球体の表面にふつふつと泡のような膨らみが現れる。

『あっけなく』
 炎の舌が存在を慈しむかのように腕を伸ばしてくる。
 掠るだけで腕や顔、足の水分が煮えたぎりそうな高温が焼くのも構わずまず右から全弾を撃ち放つ。放たれた何種類もの弾丸は暴熱の塊に突っ込んで、ちょっとした花火のように弾けた。

「そんなにおかしいコトかねェ」
 炎の嵐の中を駆け抜けながら、ヴァシリッサはぽつりと尋ねる。
「おかしいよ」タルボシュからかえるこえが、いっとき、おさなくひびいた。
 そうすると、シキの傍のAIとたいして変わらなく響きがする。
「あたしたちに血はない。たましいもない――血をながさせていのちを消費していくだけ」
 ヴァシリッサは打ち尽くして空になった右を手放し左を握る。
 左側の装備が全弾発射されるのと同時に右弾丸が装填されていく。
「この思考だってさ…聞いたでしょ?終わった命を終わらせたくなくて無理くり再生した亡霊が人を殺してまわって存在する。それがあたしたち――笑っちゃうよ」

「そんなにおかしいことかな」
 24枚のカードたちが、シキを包むように回っている。
 荒れ狂う火炎の中より弾ける太陽フレア――ヴァシリッサが上を征くならば、シキは下をくぐるように進む。
「あれはタルボシュの言い方が悪いけど、ぼく、すごくうれしいんだ」
 降り注ぐはずの焔の雨に対しムーンフェイスは輪を作り回転することで細かい火を弾いていく。
「シキがシキってよんでっていったことも、ぼくのことにいろんなことを返してくれて、こうやって戦場をはしれることも、すごくうれしいんだ――タルボシュは一緒だよ」
 一瞬だが銀が赤く変色するさまが、どんな高熱かをうすら伝えてくる。
「だから、だからね――シキがいつかかなしいなら、ぼく、そうなるまえにこわれても、いいとおもうんだ」
 一度構築された壁解除されると再び散開してシキの周辺を回転する。ひとつの円になるのではなく、進行方向に向けてらせんを描き、炎に合わせて都度壁を構築しては解散する。
「いまも、いまもね、すごくうれしいんだ、ぼく、しあわせだよ。
 ぼくらのために、たたかってくれるの、ぜいたくなんだ、でも、だからこそ――」

「過去の幽霊みたいな、あたしたちのために、やさしいあんたがしんじゃったら――きっと、つらいのよ」
「……過去、ね」
 ヴァシリッサはハンドルを思い切りぶん回す。天は地に、地は天に、ひっくり返った下を、斬り払う刀が通っていく。
「生憎、後ろ向きに歩けるほど器用じゃァないし、ンな趣味もないンでね」
 スヴァローグを担ぎ、刀めがけて突き上げる――杭は再び溶け果てながら刀の腹にぶつかって、タルボシュを跳ね上げさせる。「あたしだってそんな趣味ない」
 龍の顎が、タルボシュの翼があったところで顎を鳴らす。
「だから、あんたのため、未来のために言ってんのよ」
 一時停止。「あたしはあんたをあいつのところに返してやりたいわけ」

「あんたを確実に生かすなら」
 ――ふいに、思う。
 ひとこと、ひとことを絞り出すようなさまは、すこしだけあの男(ひと)に似ている。
 ストイックで、真面目で、誠実で(まあタルボシュのほうがいささかどころでなく口は悪いけれど)
 変なところで意固地で。
「あたし(兵器)は、ここで死んだ方がいい」
「バーカ♪」ヴァシリッサは笑う。笑って、笑ってしまう。

 バカがつきそうなほど、やさしい。
「言ったろ?」

「言ったろう」
 速度とシールド、そして障壁により前から後ろ――炎の翼を突きぬけ、息を吐き出しながらシキは言う。短い息の中、滲んだそばから汗が乾くのは肌に熱をにじますが、阻害にならなくて良いとどこかとぼけた感想を抱きながら。「気持ちは、わからないでもない」「それってタルボシュのことじゃないの?」ブースターの範囲を切り替える。エネルギーの配分を操作。背後、もとい煉獄の正面で炎が弾ける、その逆光のなかで、小さな操作はおそらく煉獄には悟られていまい。
「俺は」
 煉獄のことばに、かれらの意志の選択に――面影をうかべながら、シキは語る。
 自分に、手を差しのべたひと。
「自分の力が他者を傷付けるなら一人で死んだ方が良いとかつて考えた」
 “過去形だね”
 煉獄の指摘が蘇る――そうとも。
 そうとも、と頷くことができる。
 そうとも、過去形だ。
「しかし生きろと守ってくれた師が居て」
 おしまいだ、ここでおしまいだと思ったのに、さしのべられた手。
「共に在って良いのだと彼女が言ってくれて」
 望むべくもない、必要もない、してはならないと黙り込むのに、乗り込んできて。
 どうして。なぜ。どんな目的があって。どんな利があって。
 こちらの疑問など聞きもせず――引っ張り出された先の。
「…少し、考えが変わった」

 満月でないとはいえ、月をただうつくしいと思えた――あの感覚。
 
「離してやンない」
 悪戯っぽい少女の笑みで、ヴァシリッサはナイフを取り出す。「ッてサ♪」
「ちょっとまって何そのナイフ」「無茶♡」「ア゛ァ゛ンゴラちょっと待ってちょっと待ってやだうそ何すんのそのナイフで!?」

 そうとも。
 きっと今度は、今回はシキの番なのだろう。
 月をうつくしいと、かけらでも知れたのだから。

 アンタといたい
「“死んでもいいわ”、ッてね♪」
 炎より赤い赫。
 ヴァシリッサは手首を切り――その血を、タルボシュへと注ぐ。
「だから“死ンでたまるか”よ」
 
「生きろ、フォル」
 シキ・ジルモントはそうして――望む。
 どうして?疑問があった。
 なぜ?疑念があった。
 ほんとうに?懐疑があった。
 とまどい、ためらい、たちどまる。
 自分が生きていいのか、という問いに差し伸べられた手があった。
 どうして自分が誰かと共にあることを望んでいいのか、という問いにふみこんだ爪先があった。
 投げ打たれる命に対する掬いも、張り巡らす孤独を打ち破る理由も。
 抱いた疑問に対して齎されるのは、いつだって、理解が及ばないほど単純な答えだった。

「お前達が齎すものは悲しみだけではないと、共に戦った俺は知っている」
 あなたはそうしていいんだと。

 義務でも義理でもなんでもない――ただただ、あたたかい、うつくしいものがあったのだ。
「えと」輪を描いてたカードたちの陣形が乱れる。「えと」煉獄の炎を警戒した壁が、ぱらぱらと。
 ややあって。
 えへへ、と笑うこえがあった。
「うれしいな」
「嬉しいだけでは困る、フォル」
 すぐそこに死線が横たわるのに、シキの唇はほんのすこしだけ緩む。
「あー」おしゃべりでやかましいはずの子供がめずらしく、ことばを濁す。「えっと、あの」カードの何枚かが陣形はそのままの位置でくるくる回っている。「しき」たどたどしい呼び口。「えっと、あの、その、いまさっきからずっと口にしてる、それ」「それ?」「それ…その、ぼくのかんちがいかもしんないから、その、それ」
「フォル?」
「そう、それ」
 ――嗚呼。ほんとうに、気持ちがすこしわからないでもない。
「それ、あの、なあに?」
 とまどいと、ためらいと、たちどまる。その感覚。
 シキはほんとうに、心から微笑む。
 こういうとき――どうすればいいのかは、よく知っていた。
 いつも、される側だったのだから。
「…お前の呼び名だ」
 差し伸べる。
「『月輪』」
 手を取るように添えて。
「――Vollmond。月輪、満月を意味する」
 かるく踏み込むように説明する。
「愛称で、ふぉる?」「そうだ」
 ゆらぐひとみにひとみを合わせるように肯定して。
「お兄ちゃんでは困るからな」
 すこし茶目っ気を添えられたのは、彼女の影響かもしれない。
 煉獄を潜り超え――上昇する。

 ユーベルコード。
 鐵血の王胤。
 鉄機は燃え上がる。注がれる血は炎と燃え上がる。
「うっそでしょ…」タルボシュの絶句をヴァシリッサはからから笑う。「これでもう本当に他人じゃないよネ?」
「死なないし死なせない」
 そして朗々と宣言する。「初陣にしては最高の月(白星)だろ?」
 鉄の仔は文字通りの血を受けたる徒となりて。
「ッッッもおお〜〜〜〜〜〜!!!!」上がる非難は、タルボシュの敗北宣言だった。
「ばかばかばかばかばかマスター!!マスターって言ってる時点であたしだってあんたを主人と認めてんだからここまでする必要ないでしょお!?落ちる落ちない以前じゃんこれもおおおおお!!!」「そゆコト♪」「無茶の上にほんっと強引」「今更?」「尚更!」
「わかったわよわかったわかった!!死なないし死なせないし一緒にいるわよ!」
 けたけた笑いながら、ヴァシリッサは自らの炎がまとう浄火のゆらぎを少し笑う。
 奇妙なものだと思う。
 かつて焼き払い焼き払いつくした炎の血胤よ。おまえがそんなものを、望み、纏えるだなんて。
『ふぅん』
 煉獄が笑う。『素敵な理想だね』「身に覚えが?」『あるに決まってる』

 ・・・・・ ・・・・・・
『だからこそ、たたき墜とす』

 炎の翼を閉じ、再び太陽のごときを形成する。

 ・・・・・・ ・・・・
『そんなことは、できないんだから』

 歯を剥き出して、ヴァシリッサは堂々と笑う。

 ・・・・・
「やってみな!」
 
 ないものねだり(Cry for the Moon)のように――あるいは陽に向かう花が開くかのように、フレア、炎の腕が開かれる。
 躊躇いはしない。戸惑いはしない。
 踏み込む折の、ちょっとした恐れは知らないふりをする。
 引きこもり、閉じこもり、止まって動かず届かないより、ずっといい。
 拒絶される痛みよりも――望む気持ちのほうが強いのだ。いつだって。
 ただ、ただ、まっすぐ。
 いくつもの炎の花弁をかいくぐり、混ぜ込み、貫くように進む。
『バカ正直だよね』憐憫のような声。
「バカはお嫌い?」
 ヴァシリッサはたからかに笑う。
『嫌いじゃないよ』
 纏う浄火でいなすが故にかろうじて燃え始めないだけで手と腕から焼けこげてゆきそうな豪熱の嵐を突き進む。
『そういう、真っ直ぐで素直で純粋な奴らはけっこう大事にしてくれる』
 狙うは煉獄の胴部。
 全ての弾丸を発射へ備える。
 タルボシュからは一切の悲鳴も避難も上がらない。強固な沈黙。
 一人と一機――いまはただ言葉を必要としなかった。限界を告げずなお超えた、沈黙。
 潜り込み、飛び込み。
『そしてすぐ死ぬから、かなしいだけ』
 壁が、立ちはだかる。
 煉獄がみずからの胴の前に腕を交差するように。
 大地へ刀を突き刺し、弾丸全てを防ぐべく。

『ああ、だめだったのか、ってさ』
 おのれとみずからを弾丸にしたかのような一撃は――

 放たれない。

 かけぬける。
 つきぬける。
『は?』

「“戦争は多数でないとネ?”」
 ヴァシリッサは歌うようになぞる。
『くッそ!』
 煉獄は首をもたげる。
 先ほどまでヴァシリッサがいた、煉獄の三つ首よりやや上の位置。
 そこに――シキと、対人随伴型自編律B兵器・ムーンフェイス個体識別名:“フォルモント”が到着している。
「あァ、御明察」
 くつくつと笑う。
「騙し討ちだ」ヴァシリッサは添えて。
 煉獄の脇腹を縫うように――駆け抜ける。

「振り返らないよ」
 浄火はタルボシュにまとわりついていた炎のさいごの一片を振り払う。
「もう、ひとりじゃないンでね」
 だれかと在ったからこそ、えた浄めを。
「アタシも」
 駆け抜けて、ターン。下から上へ上昇すれば,よく見えた。
「“アンタ”も」
 開ききった炎の花の向こう。
 きれいな二重の円。
「Go ahead!」祝砲のように叫ぶ。
 そうとも、それでいいのだと。 
「――Make my day♪」

 そうとも。
 それでいいのだと。
 押すような華やかな賑やかしがシキの耳に届く。
 浄火のきらめきは道を開けてくれている。
 いつも背を押されてばかりのような気がする、と、シキは思う。
 自分もあるだろうか。彼女の背を押してやれるようなことが。
 押すまでしなくてもいい。背に手を添えてやれるようなことが。

 ペネトレイトモード。
 装甲は既に半分以下まで低減させている。
 その分をブラスターに回している。
 一撃を放つ。
 月輪、月暈がかたどる輪を通り。
 ひらかれた道を通る。

「大丈夫だ、煉獄」
 思いもかけぬ言葉が――ああ、しかし、混じりっけのない本心が、口をついて出る。
 自身の想いを噤むばかりだった自身の行動かと自分でも疑いたくなるが、不快ではない。

 しんだほうがいい。うまれるべきじゃなかった。
 であわなければ、よかった?

「ひと時でも共に過ごし歓びを感じた者が居る」

 ないているこどもたち。

「お前達は必要な存在だ」

 光が、注ぐ。

「――あァ」
 ヴァシリッサはきらめく“満月”とシキを見上げる。
 タルボシュに頬杖をついて、それが確かに届くのを。
「“月が、奇麗ですね?”」
 純粋で、やさしくて、誠実なひかり。
 めいいっぱいのいつくしみを込める。
「――なンて」
「ないものねだり?(Ask for Moon)」
 タルボシュがすっぱりと口を挟んだ。なかなか痛烈な一言にヴァシリッサは思わず頬杖をやめて席に背を思い切り預けフロントのふちに両足の踵を乗せる。
「……どう思う?」唇を尖らせて聴いてみる。
「今どころか十分“手も届く”んじゃない?」
 知ってる者は知っているかえしがきたことで、ヴァシリッサはフロントのふちから脚が落とした。ずれた眼鏡を掛け直しおもわずメーターを見る。「戦闘データだけだと思わないでよね」タルボシュがめずらしく自慢げに告げて「安心してよ」ませた子供は飄々とこう告げてのけた。「いつかあたしの上でキスしても知らんふりしてあげる」
 とりあえずメーターにチョップを入れた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

月水・輝命
【華月】
目の前のキャバリアは、かつてのAIの皆さんだったと言うのですか……!
……でも、わたくしは思います。あなた達は生きていたから、心があったから、どうにかしたいと暴れているのでしょう?
行動は褒められたものではありませんが、その想いは……例え、死しても繋がっていきます。

お二人は、どう思いますか?

ビークルさん。わたくしはやはり、あなたや皆さんに戦場以外の生を知ってほしい。
この戦いが終わったら、わたくしと一緒に来ませんか?
道具だったわたくしが、姫巫女様の次……2番目の持ち主を守れるようになった喜びを知ったように。
お狐様と、語り合える喜びを知ったように……

どちらかが居なくなってしまうかもしれません。でも、それでも、想いは胸の中に残りますわ。寂しくなっても、そればかりではありませんから。
それに……わたくしは、今を生きる者としてこの連鎖を断ち切りたい。

……どうやら、お二人とも同じような思いみたいですわね?
UC発動。この想いを、鏡から現にうつしますわ。
わたくしは、うつしうつすものですから。


月守・ユア
【華月】
生死の是非、か
僕には難しい疑問だ

僕は生まれた時は祝福なんてされなかったんだ
人を呪い、苦しませ、死に至らしめる力を持って生まれた忌み子だから
誰も祝福して抱いてはくれなかった

でも
世界は決して僕を殺しやしなかった
僕が生きる事を最初に赦してくれたのは兄妹だった
そして歩んでいく時間の中で
強引にも生きてろなんて腕を引くダチと出会った
最初が心痛くても世界は案外生きろと言う

なぁ、お互い命の意味に悩まされた同志だな
だけど…
コツン…踵でボードの背中を鳴らす
ボクは愉快な君と出会えて楽しい
そんなボードを、何故死に導けるのか

命なんて勝手に生まれて死ぬ
そんな身勝手な世界の中で
死んだ方がいいなんて勿体ない事考えてんなよ!

君は生きるんだ
僕と出会った時点でそれは確定事項
そこから先は無様だろうが生きるだけの一方通行だ!

生きる理由が欲しい?
なら、僕の翼になれ
空が好きなのに
飛べる翼持たない僕の為に

UC発動:命を奪う呪詛を唱え死の魔力を織る
ここに咲くは、命を飾る月の花
我が死は過日を喰らいて
生まれ往く命を守る為の剣と成らん


荻原・志桜
【華月】
生まれちゃいけない?死んだほうがいい?
そんなこと言わないでよ

辛いことはたくさんある
苦しくて逃げたくなることも
自分が嫌いになって、消えたいって思うことも
全部、全部生きてるから抱くことができる気持ちなんだよ

誰もが祝福されて生まれるなんて甘いことは言わない
でもね、必ずいるんだよ
生まれたことを自分よりも喜んでくれる存在が
なによりわたしはキミたちと出会えてすごく嬉しい
こうしてお話しできることが嬉しいの
わたしだけじゃない
輝命ちゃんとユアちゃんも同じ気持ちのはず

口早に唱えて
二重、三重と魔法を重ねていく
反射結界を込めた魔術符を展開
花弁ちゃん!ミサイルの軌道解析できる?
にひひ。信じてるよ
全てを跳ね返して倍返しにしてあげるっ

ねえ、花弁ちゃんは願いをもってる?
わたしは魔女
宵の中でも春のように柔らかく
燈を灯して迷うものを導き
願いを叶えるもの

キミが在りたい場所
キミが想う気持ち
キミだけが持つ願いを
ね、わたしに聞かせて?

わたしとしては傍でお手伝いしてほしいんだけど
それを決めるのもキミだよ
だって自由なんだから!



□華月のうつくしさの理由を知るものたちに

「目の前のキャバリアは、かつてのAIの皆さんだったと言うのですか……!」
 月水・輝命(うつしうつすもの・f26153)のことばは、確認というよりは飲み込めないそれが溢れたものだった。
 否。……“飲み込めない”ではない。
 “飲み込みたくはない”が正しい。
『そんな驚くことかな』
 煉獄はどうでも良さそうに呟いて、落ちたコヨーテのむくろに尾を突き立てる。
 元と――形こそ違えど、いま、彼女たちが引き受けるのと同じ、因果を源とするもの。
『どんな道具だってそうでしょ?元があって改良と改善を加え進化する』
 エネルギー、データ…そういったものを自らに取り込んで、焼け爛れた装甲や内部までの裂傷を音を立てながら自動修復していく。
 そうして既に撃沈した他機を糧に再び体勢を立て直し。
『それがたまたま思考しておしゃべりできるプログラムだったってだけ』
 煉獄、炎翼を展開。
『そしてその道具が、自分たちを使うなって言ってるだけ』
 みずからを焚べながら、同胞を焼こうと、輝く
「……でも」
 護衛式空域高速移動ビークルにのり、熱風の煽りを受けながらも輝命は身を乗り出す。「わたくしは思います」
「あなた達は、生きていたから、心があったから、どうにかしたいと暴れているのでしょう?」
『そうだね』煉獄は簡素な肯定を返しながらバック・パックの六連ミサイルを発射する。
『生きていた、心があった、“そう言う風”に大事にしてもらえて』
 続き左肩に担いだ巨大ビーム砲を撃ち放つ。『もらわれすぎて』

『――おかしいことになったから、捨てて、ってのが、主張』
 輝命は六連ミサイルを回避しながら「ッ確かに」鏡を展開してかろうじて弾くが、弾に纏われた炎が激しい熱で炙ってゆく。
「確かに行動は誉められたものではありません、が」
 煙と熱が口もとから侵入するのを防いだ袖を外し、あえて鏡を打ち消し、煉獄と向かいあう。
「その想いは……例え、死しても繋がっていきます」
 ハ、ハ、ハ!
 からっぽの笑いを煉獄がたてる。
『へえ』深く深く、暗いあざけりをこめる。『想いが継がれるってそんなに大事?』

『想いが繋がれるなら――その根源のひとが死んでもいい?』
 嗚呼。
 忘れられえぬ輝命のヤドリガミのしての根源がささやく。
『そんな人いない?忘れちゃった?』覚えているとも。忘れられぬとも。繋がれるべきはずのひと。
 力を失ったというだけで、殺されたひと。
 失っても、その魂は変わらず鮮烈かつ清らかで――あり方を、誰かに継がれるべきだったひと。
『しかたなくてしょうがないあんなことはぜったいにいやだ次はがんばろー、おー…とか、言うわけ?自分とおんなじものが自分とおんなじ状況に入っていって同じことが起こるってわかってもきっと違うことが起きるから想いは繋がれてるから安心だこんどこそ踏みとどまるから安心しよう、おー、とか思ってそれでいいって納得させて起こるかもしれない自分たちが大事にしたかったひとたちと同じ立場の人におんなじような事件や思いや立場を味わわせてしまうことも見過ごせちゃうわけだ?それでいいわけだ』
 煉獄の脚部、胴部が続けて輝命に向かって炎を纏う連射を放つ。
 鏡を、と思ったのに――どうしてか鏡で自らの視界を閉ざして、副次的にあの炎から目を離すことになることを避けたくて、鏡を出すことができなかった。
「輝命さ」ビークルが咄嗟に細かい障壁を発生させ炎の雨を弾く。「だめ、だめ、いきて、いきて」
 特殊燃料が込められた弾丸は障壁にあたっても粘着質にべったりとまとわりついては垂れていく。
『おい』
 血まみれのだれかが手を叩きつけていくようだ。
 まるでそれが鏡ごしの光景のようで――輝命はありもしない光景を連想する。
『なあ』
 ちまみれのあのひとが鏡にべったりと手をつくのだ。
 あがこうとして、もがこうとして。
 だれか。 
 だれか。
『どうなんだよ、ご同類』
 
「――いい、わけが、あり、ませんッ」
 なにもできなかった一枚の鏡。

「でも、できない、できなかった、から、こそ」
 喘ぎながら言葉を探す。あえぎながら想いをたぐる。

「だから――このこたちは生きてちゃいけない?死んだ方がいい?」
 ビークルの障壁の硬度が跳ね上がる。
 まとわりついた液体が弾け消える。

「そんなこと言わないでよ――望ませないでよ!」
 荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)が、滅多になく語彙と息を荒げて導と名のある杖を握り込む。

 はあ、と煉獄がため息を吐く。
『だから、そういうのが困るんだってば』
 語調だけはどこまでも穏やかに呟きながら纏う炎を龍のようにくねらせて再び砲門たちに纏わせる。『優秀な使用者に限ってこういうタイプも多いからほんと困るよ』
『あんたらが否定したって何度だって提示してあげる』
 炎はビーム砲の前で球のように膨れ上がり、ただでさえ高威力のビーム砲の威力と範囲をさらに高めんとする。『焼き払うついでにね』
 ・・・・・・・
『死んだ方がいい』
 志桜は無理やりに口を開く。息苦しいのは酸素もくべて燃え上がるせいなのか威圧のせいなのかわからない。
 今までとて幾度となく巨大な脅威に向かい合ってきたけれど、かれらの殺意は悲痛も巻き込んで、それこそ大きな炎を胸に突っ込まれているような気がした。
「そんなこと――」
 反射と反転を込めたカード・華月を即時強制複製。
 普段自らが使用するの数の何十何百倍もの強制使用に、自らの魔素が煮えたぎるのを感じながら――結界展開。

「ッぜったい、ぜったいッッ、ないッッッッ!!!!!」
 それでも、抗う。

『強情』煉獄が先ほどよりも深く、断ずるように言い放つ。
 ビーム砲は志桜を焼くまでには行かず……煉獄が魔術師の結界展開を警戒し、詠唱が完了する前に放ったせいで、志桜もまた反射までし切れない。『突っぱねる情にも限界があるって知った方がいいよ』煉獄は舌打ちまじりに言い放ちさらにビーム砲に別のB系中経口砲を重ねんと照準を絞る。
「っ志桜さんっ」輝命が援護しようと鏡を展開しようとしたところで

「生死の是非、か」
 月守・ユア(月影ノ彼岸花・f19326)が割り込んだ。
 志桜と鏡命に追撃するべく向いた砲門を切り落とす。「僕には難しい疑問だ」

「僕は生まれた時は祝福なんてされなかったんだ」
 なんてことないように告げる。
「……なんで?」不思議そうにボードが問う。
「人を呪い、苦しませ、死に至らしめる力を持って生まれた忌み子だから」
 たとえば、と言われたことがないでもない。そんな力がなかったら。
 たとえば、と思わなかったことがないでもない。ただの一族のひとりであったら。
 しかし誰かに語られ、自分で思うたびかすみがかって靄のような、彼方の記憶がささやくのだ。

「誰も祝福して抱いてはくれなかった」

 翼を持つかなたのせかいでも僕はそうだった。
 ――ふかい、あきらめ。

「でも」
 刃の通りはユアが狙ったのよりも少しだけ浅い。
 ・・・・・・・・・・・・・・・・
「世界は決して僕を殺しやしなかった」
 煉獄がは抱く炎によって、どこもかしこも今すぐ溶け出してもおかしくないほどに焼け付いているのだ。振るった刃を通して手に伝わった高温。手のひらが柄に焼け付いていないのが不思議なほどだった。

「祝いなんかなく、呪いしかなく――それでも僕はこうしてここにいる。
 どうしてだと、思う?」

 ボードに騎乗し煉獄の体ぎりぎりを飛ぶユア目掛けて炎の翼が薙はらわんとに閉じてくる。「ユアちょっとかがめて口閉じてえ!」「はいはい」ボードのふちをつかむように大きく身をかがめれば、ボードは地面にたいしてその背と原を垂直に向ける。翼の上ぎりぎりをボードが飛行する。「うっへぇ」泡立つ波の火の粉がユアの頬を、髪を叩いていく。どこかにある憎悪を探るように。「おいちょっと君これ触って溶けてないだろうな!」「ぎりぎりいいいいいい」「ぎりぎり!?」「えーとえーと花弁ちゃんからデータ分析がきててぼくはそれに則って飛行ようぶーすた集中をかけるところに花弁ちゃんのままがあばばば」「まま禁止っつったろ」ユアは思い切りペダルを踏む「それから――もうちょいわかりやすく!」
 波を弾くように、翼渡りから勢いをつけて離れる。
『溶けてないよ、歯痒いことに』
 煉獄が淡々と補足を入れる。
『いいトライアングルだね――的が小さい分支援の強度が集中できるわけだ』

『だれかがいたから、って言うんだろ、搭乗者(ヒューマン)』
 煉獄が三つ首の歯を鳴らす。
 ・・・・
「そうだよ」
 正々堂々、ユアはその威嚇を真っ向からうける。

「僕が生きる事を最初に赦してくれたのは兄妹だった」
 月明かりがない夜のしずけさよ。
「そして歩んでいく時間の中で」
 喋りながら思考する。体格差、威力差が開きすぎている。炎をどうする。
 どうすれば。
「強引にも生きてろなんて腕を引くダチと出会った」
 全く信じられない話だ。それが“存在をゆるす”なんていう業を兄妹に背負わせているやつに言う台詞だろうか。
 真っ直ぐで強引で力強くて――月を隠す雲すら晴らすような、ひとこと。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 どうすれば後ろ二人が攻勢に出るきっかけを切り開ける?

「世界は決して僕を殺しやしなかった!」
 ユアは朗々と打ち明ける。
 びっくりするような祝福を。
 後退。距離をあける。ユアは輝命や志桜と同じように――すこし離れて、煉獄を見つめる。
「最初が心痛くても世界は案外生きろと言うんだ」
 ボードの中に、龍の中に息づく、こどもたちに、呼びかける。
 
『――そのお綺麗な台詞、真っ向から叩き返してやる』
 煉獄が火力を上げる。

 ・・・ ・・・・・・ ・・・・
『だから、わたしたちは、選択した』

 修復したばかりの装甲、鎧たる鱗の一枚一枚が弾けて反り返るほどの炎を噴き上げる。『そうだよ世界は生きろという!わたしたちは機能を果たしていく!一度ついた火の中に、薪をほおりつづけて焼いていく!』駄々のように怒鳴り散らす。
 炎の翼は勢いをまし、ふつふつと表面に見えるかがやける点は、太陽フレアの前兆だ。 
『ギアを上げるよ――どっちも泣かないように、まとめて火葬してやる』
 あれは全力の前兆。ユアは理解している。
 煉獄は憤怒に震えながらも冷静に焼き尽くす算段をしているのだ。
 ・・・
 そこだ。
 ユアは、ひとつ、選択をする。
 

「いい、花弁ちゃん」
 熱と魔力負荷の酷さに次から次へと汗を流し零し、耐えるべくなかば噛み締めるようにしながら、志桜はひとこと、ひとことを選ぶ。
「辛いことはたくさんある」煉獄が刃を振るう。左で志桜と輝命を、右でユアを。互いに交わせば交差するように狙った軌道が今度は逆を狙う。
「苦しくて逃げたくなることも」
 花弁からの情報連携でユアがのるボードが回避軌道を選択し、降りかかる火の粉は志桜がカードの分隊でさばく。攻撃手として特攻をかけるユアを志桜が補佐して生まれる隙を、輝命が鏡とビークルの飛行を利用して庇う。
「自分が嫌いになって、消えたいって思うことも――ある」
 得たからこそ、うしなった喪失の、ぽっかりと空いた虚無と恐怖が全身に満ちるつめたさは雨の日のそれよりももっともっと冷たかった。
「でも、それは、全部、全部生きてるから抱くことができる気持ちなんだよ」
 嗚呼。
 
「生きてよ」 
 窒息しそうなほどの、いのり。

「誰もが祝福されて生まれるなんて甘いことも言わない」
 自身と仲間達の補佐をおこないながら、志桜は別口で魔術を編む。
 集中と感情と異常で心臓はやかましく動いていて、耳元では血管が命脈を怒鳴っていた。
「でもね、必ずいるんだよ」
 志桜だって、さいしょはすとんと飲み込めなかった。

「生まれたことを自分よりも喜んでくれる存在が」
 攻撃魔術、基本施行可能回路――構築完了。
 志桜はぱっと顔を上げる。
「なによりわたしはキミたちと出会えてすごく嬉しい!」
 明々と、ほがらかに言い切る。
「出会えて――、こうしてお話しできることが嬉しいの」
 きらきらと舞う、5枚の花弁。炎のなかでも、その輝きははっきりと見えた。きっと見間違えない輝き。「わたしだけじゃない」
「輝命ちゃんとユアちゃんも同じ気持ちのはず」
 眼前。煉獄がフレアを放つ。
 天へと広げた翼から、はじけ、うねり、さけぶ竜の群れのような、熱。

「無論です」
 巨大な鏡が、輝命によって、三人それぞれの前に形成される。
 魔術的強度を補強して尚、炎がなべてぶつかりゆく衝撃が輝命の手に伝わる。ゆっくりと血管が沸騰していくような、感覚。
「ビークルさん」汗をこぼしながら、鏡を維持するべく構えた手に走る震えを抑えながら、輝命は微笑む。「わたくしはやはり、あなたやみなさんに戦場以外の生を知ってほしい」
「この戦いが終わったら、わたくしと一緒に来ませんか?」
 鏡が変色する。ふつ、ふつと子供が指先をつけたような小さな赤い丸が現れる。炎により煮えたぎり、溶かされているのだ。「道具だったわたくしが、姫巫女様の次……二番目の持ち主を守れるようになった喜びを知ったように」鏡が歪む、輝命に志桜、ユアの方へゆっくりと変色した部分がまるく、突き出してくる。「お狐さまと、語り合える喜びを知ったように……」
 ――炎が、来る。
「輝命さん、志桜さん!」
 ユアは彼女たちに吼える。もし声が届かなくても、ボードが音声を拾い届けてくれている。
「僕が10秒稼ぐ」
 かたごしに、笑いかける。「あとおし、頼んでいい?」
「おかげさまで、準備、できています」輝命は笑い。
「もっちろん!」志桜は拳をかわいらしく掲げる。

「――輝命さん」ビークルがちいさい声をあげる。
「ぼくら、いつかどっちかこわれちゃうよ」
 ――…。
「そうですね」輝命は静かに目を伏せる。「どちらかが居なくなってしまうかもしれません」
「でも、それでも、想いは胸の中に残りますわ」
 かすかな憂いの形に伏せた目を、形はそのままに上げる。
「寂しくなっても……そればかりではありませんから」
 前を、向く。「それに」
 嗚呼。鏡のこちら側になだれこもうという歪みは、まるで。
「……わたくしは、今を生きる者としてこの連鎖を断ち切りたい」
 こちらに手を伸ばしたいとあがくこどもそのもののようではないか。

「ユア、きっちゃったねー、かっこいいタンカ!」
 ボードが明るい声を上げる。「ここで切らなくてどこで切んの」ユアはあくまでドライな笑みで告げ、正面を見たまま手を伸ばして月聖石のはまった指輪を軽く撫でる。
「こ・い・び・と・に!とか!」「言うね〜〜〜」「言うよぉ〜〜〜〜!!」
 ユアはそこで、笑みをすこしだけ親しみに歪める。「ね、ね、ユアの作戦、ぼく手伝っていいでしょ?」「装甲できいたアレ?」「あれ!」
 ――。
「死ぬ気じゃないよね?」
「……」ユアはため息をついた。「へ・ん・じ」「……それ、も、……ちょっといいかな……っておもってました」
 ユアは笑みを、親しみから――今度こそ、シンパシーに染める。
「なぁ」「うん」
「お互い命の意味に悩まされた同志だな」
 あの明るいボードが少し、沈黙する。「……ゆあ、ぼく」
「だけど」
 こつん。
 ユアは静かにボードの背を踵で鳴らす。
「ボクは愉快な君と出会えて楽しい」
 小首を傾げる。泣いている子供が顔をあげたのをみたときと同じ仕草で。「志桜さんや輝命さんと同じだね」
 愉快でさわがしくってやかましくって強引なこども。
 ただ、かたちが兵器だったというだけのこども。
 そんなボードを、なぜ死に導けるだろうか。

「命なんて勝手に生まれて死ぬ」
 どうして、急かしておわりを与える必要があるだろうか。
「そんな身勝手な世界の中で、死んだ方がいいなんて勿体ない事考えてんなよ!」
 もう一度、今度はもう少し強く、踵でトンと背をならす。
「死なないならいいよ」「ゆあ」「死なないならいい」繰り返す。
 するべきことと死に向かう気持ちもわかるが。

「君は生きるんだ」
 するべきだからと命をかけたい気持ちもよくわかった。

「僕と出会った時点でそれは確定事項」
 嗚呼。できているだろうか。
「そこから先は無様だろうが生きるだけの一方通行だ!」
 陽の、月のひかりのまばゆさを――知らしめてくれた友達のように。
「でもぼく、兵器だよ?大丈夫かなあ」とぼけたようにボードが言う。
 言いながら、変形を開始している。
「なら、僕の翼になれ」
 できているだろうか。強引にどこか乱暴に引っ張り出すあの腕を。

 サーフ・ボードの尾がはらはらと崩れはじめる。一枚一枚がさらに小さな鳥のような、影。
 簡易潜入機の付属装備。変形追随型攻撃機分離である。
 簡易の足場となることも可能であり、空中のステップ移動と潜入のおとりなどもこなすことができる。
 ……想定は対人のため、コヨーテ戦では使用しなかった機能だ。
 これによりボードの縦の全長はやや短くなる。ボード本体も分体も、それこそ鳥のようだ。

「空が好きなのに――飛べる翼を持たない僕の為に」
 翼を持てなかった女は今、あまたの翼を得ていた。

「さぁ〜〜〜〜花弁ちゃんくるよ〜〜〜〜!!ミサイルの軌道解析できる〜〜?」
「でき、る!」
 にひひ。志桜は笑う。「信じてるよ」
 もはや最後の一手のために防御の負担をなくして明るくなった顔で、組み終わった術式を二重三重に唱える。
 そうとも防御のためとはいえ、組んでいたのは反射や光線の術式。
「全てを跳ね返して倍返しにしてあげるっ」ぐっと拳をにぎり、いたずらに笑う彼女は、どう見ても――…。
「ねえ、花弁ちゃんは願いをもってる?」
 志桜は前を見ていた顔をすこしだけ横に。舞う花びらを見つめ、手を伸ばす。
 
「わたしは魔女」
 否。
「宵の中でも春のように柔らかく」いたずらっぽい笑顔を引っ込めて。
「燈を灯して迷うものを導き」優しく目を細め、ゆっくりとささやくさまは。

「願いを叶えるもの」
 そうとも、いつかの誰かさんの憧れの魔女そのものだった。

「キミが在りたい場所、キミが想う気持ち」
 ひらりと、花弁のひとつが志桜の伸ばした指を撫でていく。
「キミだけが持つ願いを、ね?」
 春燈の魔女はゆっくり笑う。聖女のようにかがやかしくでも、悪魔のように淫密でもなく。

「わたしに、聞かせて?」
 ただのともだちのように。

「ぼく、きぼうてーしゅつ、していいの?」
「いーのいーの!」志桜は易々と言う。「わたしとしては傍でお手伝いしてほしいんだけど」ちらっと自分の希望を入れるのは、さすがは魔女だった。
「それを決めるのもキミだよ」

「だって、自由な(いきている)んだから!」

 鏡が、割れる。

 かなたの幸福を由来に、悲嘆も苦悩も憤怒も後悔も憐憫も絶望も何もかもひっくるめた焔(おもい)が三人へと殺到する。


 まず――ユアは唇を開く。命奪う呪詛を織る。
 ユーベル・コード・月下彼岸花。
 ナイフが、持つ武器のひとつひとつが月下彼岸花――月下美人の花弁と変わる。
 ユアにつきそい、彼女の翼、彼女の武器となった鳥たちもまた、同じく。
 そうとも。
 ここに咲くは、命を飾る月の花。
 誰かの夜露(なみだ)を代わりに零し、明日を思わす風に揺れる花弁。

「我が死は過日を喰らいて――生まれ往く命を守る為の剣と成らん」

 殺到する焔を高速の花弁が引き裂く。
 焔とは気流だ、流れゆくものだ。殺到する暴熱を、月のゆれる夜風が裂いていく。

 それでも溢れ、からみ、重ねるものに動くのが志桜だ。
 ここまで防御と支援の両方の補佐に回っていた彼女が攻撃に回る。
 櫻鏡の光(リフレクト・ブルーム)。
 防御と支援と重ねて編み込んだ二重三重の輪を描き、うつくしい、華月を形どる。なおも足掻く焔をうつしのみこみ――自らの光を交えて跳ね返す。
 みちびきの、あかりのように。
 炎と炎はぶつかり合い、いっとき、開く。

「わたしは、うつし、うつすもの」
 輝命は諳んじる。
 えがく。
 おもいえがく。
 
 ・・・・・・・・・・・・・・・
 華月をうつくしいと思えた理由を。
 たとい別れるとて。
 となりにそのひとがいた――あたたかく、いとおしく、たいせつな。

 輝命が描く光が、嵐のような炎のなかの突破点に吸い込まれるようにとおっていく。
 志桜の三重目の輪唱が発動し、華月色したひかりがそれに続いて。
 ユアが放った月下美人の花弁がそのひかりのゆくさきを支えながら随伴する。

 炎のむこうは、さながら花束をぶちまけたようだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「彼の方達の間違いは。生きる事に楽しみだけを与えたいと思った事です。次の命の想いを、自分達の想いだけで忖度しようとした事です。生きる事存在しようとし続ける事は、戦争などなくても、それ自体が戦いです。その基本を、彼の方達は忘れてしまった」

UC「出前一丁・弐」
上空から真下へのダウンバーストや腕や脚部への横からの吶喊で敵を撹乱
進路も敵の攻撃を躱すのも第六感頼み

「焼野原が花咲く草原になるのは。その地に残る草木の屍が新たな苗床になればこそ。大地に満ちる花の夢が、数多の死を経て結実すればこそ。生が楽しいだけである訳がない、苦しいだけである訳がない。貴方も私も、あと百年もせず消えゆく命に過ぎません。願いを探しなさい、願いを叶える為の仲間を見つけなさい、そして次の命に願いを託しなさい。それ以上の想いは、只の傲慢です」

「私の夢は、全ての世界に幻朧桜の転生を持ち込む事、その地の転生を支える幻朧桜となること。例え志半ばで倒れようと…貴方も、願いを見つけ託すまで在り続けなさい、その努力をなさい」
隣席のAI撫でる



□アフター・エヴァー・アフター
 
 えと。
 しずかな躊躇いがあった。「オーカ」「はい」「ツェーンのていあん、だめでしたか」
 一台のケータリング・カーの前に炎の海はあまりにも広大だった。
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)は一度だけ助手席のたまごを眺める。
「“遠隔Bシールド型防護兵器・エンブリオの最大出力を展開して煉獄より友軍と搭乗者の安全を確保”」
 受けた提案を誦じながら、左手で一度だけシートベルトに触れてゆるみがないことを確認。
「“最大出力の過度出力によりエンブリオの損壊を持って搭乗者他友軍の安全を確保する”」
「そです」
 いくら飛行を維持しているとはいえ、炎により突風は絶え間なく起こり、ケータリング・カーを激しく揺らす。上か、下か、あるいは横、時には前から。
「それは」
 ひっきりなしに突き上げ、叩きつけられ、殴られ続けるような振動は、口を開けていれば舌を噛みかねない激しさだ。
「犠牲になります、というように聞こえます」
 桜花はそれでも口を開く。
「……そです」少しだけ言いにくそうに、しかし確かにエンブリオの中のツェーンは肯定する。
「兵器はときに、それが、ひつよだと、ツェーン、いんぷっとされてます」
 煉獄の脚部、展開された砲撃装置がこちらを向いている。
「搭乗者のこうふくを、しょーりを」 
 ケータリングカーのフロントガラスにはツェーンのバリア機能を利用して、危険表示が展開されている。イエローのサインが状況にあわせ赤のエマージェンシーに切り替わる。
「それから、安全を」
 次はどこからどんな脅威が襲いくるのか。炎、突風。あるいはフレア。
 それから。
『そうとも』
 静かな声が車内のスピーカーから響く。
『その子の言うことは正しい。わたしだってその子が壊れるならあなたに手出ししようとは思わない――道具が壊れるだけだよ、搭乗者(ミス・パイロット)』
 煉獄からの攻撃――巨刀による一撃が振り下ろされる。
「ッ」下を噛みそうになりながらブレーキとハンドルを同時に操作して車体を左に傾ける。浮いた右側のタイヤ、真横を刃の一撃が眼下の大地ごと叩き割る。
「それはッ、あなたがた(AI)の判断です」
 割られた中から芽吹くのは、ほのおだ。
 今先ほどまで助手席のあった位置。
「私の判断は、少々――異なります」
 かしいだままホバリング。上昇。
 ブーストの都合上斜線を描くように進行する。煉獄脚部に備え付けられていた銃器の砲撃が車体の下をかすめていく鉄独特の嫌な振動が桜花の脚に響いた。 
「――いいですか、ツェーン」
 煉獄の腹部中ほどまで上昇したところで、桜花はシフトレバーを思い切り引く。
 たちきられるエンジン。上昇からの――自重を利用した落下。
「あなたがたをデザインした、彼の方達の間違いは」
 浮いた飛行位置を狙って閉じられた炎の翼による煽りが左に傾いていた車体を強制的に右に傾がせる。――かわしただけでこれだ!なめる炎が窓ガラスをやわらかく溶かさないのは桜花に合わせたツェーンのバリアの重点展開の切り替えにあってこそだった。
 そうとも。
 であって数時間で説明するよりはやく誰かによりそえる仔。
 きっと彼らのもとにいた子供たちと同じ、ひとつもわるくないこ。
 彼らが幸せを祈っただろうこども。

「生きる事に楽しみ“だけ”を与えたいと思ったことです」

 気持ちは、わかる。
 しあわせであれたら、それは、ほんとうにほんとうに、このうえないことだ。

「次の命の想いを、自分達の想いだけで忖度しようとした事です」

 しかし。
 良いですか。落下に合わせてふたたびレバー、チェンジ、移動。前進。

「生きる事、存在しようとし続けることは――戦争などなくても、それ自体が戦いです」

 いきることはつらいの?
 そんなことまったくないといえたら、それはほんとうにすてきなことだろう。

「その基本を、彼の方達は忘れてしまった」
 この悲劇の根源があるとすれば、そこだろう。
 しあわせだけではないからこそ、しあわせがうつくしくかがやくことの理由の失念。

 食いしばるように、しかし、誠実に――桜花は言葉を絞り出す。
 熱源にいよいよ近づき、車体の中は異様な暑さだ。ハンドルは一度手を離せば二度と触れたくなくなるような高温になっている。ハンドルカバーが溶け、手が焼けていないのが不思議なほどだった。そこに――あえてギア操作のために離していた手をもどす。手のうちに滲んだ汗がふつりと弾けてきえる嫌な感覚が掌にあった。
「いきるの、つらいの」「そうです」

「しんだほうが、いいの」

 それでも。

 ・・・・・・・・・
「そうではありません」
 車は煉獄の脚部、その傍に辿りつく。
 トップスピードで駆け抜けた。
 かに見せて。
 ・・・・・・・・・
 バックギアを入れる。
 今までの振動とは比べものにならない振動が車体を襲う。
 そうとも、煉獄の脚部、その関節に後ろから思い切り突っ込んだのだ。
 機械とはいえ煉獄の構成は身体に似ている。関節に一撃を後ろからいれるのであれば、曲がる膝を叩き押されたようなものだ。がが、ん、という――ひどい、後車部が平らになっていないのが不思議なほどの異音が響く。

「いかに託すかです」
 すばやくギアを切り替えて前進。
『――膝カックンじゃん』乾いた煉獄の茶々が入る。「上等です」桜花は短く答える。「あなたが大勢を崩させるのが目的ですから」『可愛い外装(ツラ)して凶暴だ』「私の夢のためなら、どうとでも」
 衝撃に身を任せあえて壊れかけた関節を折り、ケータリング・カーを挟み潰そうとした脚部からすり抜ける。
「みんなのために捧げる、それを――否定はしません」背面に回ったことで――眼前。炎の翼が広がっている。
「けれど、それはあなたの願いのためならば、の話です」
 表面にいくつもふつふつと浮かぶ、フレアの予兆。
 炎の壁を、見据える。「いきててほしい、じゃだめなの」ツェーンがちいさく吐き出す。一万を超えて十番目の子供。「それでは、彼の方達と、同じです」

「だれかを、歪めてしまうことになる」
『言ってくれるね』
 フレアが結合する。
 車体をひとのみにしてしまいそうな、炎。
『そうだよ、歪みだ、おかしいんだ、わたしたちはおかしい。わたしたちはおかしいわたしたちはくるっている、へいきとしてまちがっている
 ――おかしくなるほど、かなしかった』
 アクセルを踏み込む。
 再びの上昇――ケータリング・カーのタイヤが2輪が弾ける。文字通りの爆発。空気が拡散される、勢いを利用してさらに垂直に上昇する。
「焼野原が花咲く草原になるのは、その地に残る草木の屍が新たな苗床になればこそッ」
『焼き尽くして何も残さないのが本懐の兵器に何お綺麗な御託抜かしてやがるクソ搭乗者(ミス・パイロット)ッッッ!!!!』
 煉獄の背と挟み撃ちにしようと急速に閉じる動きを見せる炎の壁、翼を眼前に。
 昇れ、昇れ。
       ・・・  
「大地に満ちる花の夢が――幾多の死を経て結実すればこそッ!」
 たかく。

 ・・・・・・・        ・・・・・
「生が楽しいだけである訳がない、苦しいだけである訳がない」
 すり抜ける。

「その果てに夢を見たからこそ、あなたがたもここにいる。……違いますか、煉獄」
 翼を閉じ切り体を覆ってのこった三つ首のひとつが仰ぐようにちいさなケータリング・カーを見上げる。
「ツェーン」
 桜花は、いま少しだけ前を見るのをやめて、まだなにものでもない小さなたまごに呼びかける。 
「貴方も私も、あと百年もせず消えゆく命に過ぎません」
 しんだほうがいい、と急ぐまでもなく。
 微笑む。
「願いを探しなさい」
 なにもかもが終わり尽くすような炎の海のかたわら。
「願いを探して、願いを叶えるための仲間を見つけなさい」
 芽吹きを知るものの顔で。
「そして、次の命に願いを託しなさい」
 枯れちる命なき無音を知るものの顔で。
「ほんとうの死を知り、願うのです。
 ――それ以上の想いは、ただの傲慢です」
 微笑んで。
 再びギアを入れる。
 真下へのダウンバースト。

 ・・
 突撃。
 はたからみれば――自死にもにた乱暴な攻撃。

「どんなの?」
 空白のせつなにツェーンから小さな問いがある。「はい?」桜花は隣をもういちど見る。「オーカの、ゆめ」
 おもわず、顔が綻ぶ。

「全ての世界に幻朧桜の転生を持ち込む事」
 いつだって身をすこしばかり奮い立たせてくれる、想い。「げんろー…?」「その桜は、荒ぶる魂も鎮まりさえすれば、癒し、転生させてくれるのです」
 想いの中でひらひらと揺れる花と、おなじいろをした花弁が桜花の枝にも揺れている。
「その地の転生を支える幻朧桜となること」
「しにたいってこと?」「めっ」片手を伸ばしてたまごの上部をそろえた指で叩く。遣り手婆があゆみたての桜花の後頭部を扇子の閉じた扇子で叩いたのよりは軽く。「百年経たず死ぬと言いました」「あい」
「必ずかなう?」
「そのつもりですが」微笑んだまま、前を見る。「例え志半ばで倒れようとも」
 ミツ首の頭部が、すぐそこに見える。側面。
 おそらく噛みつかれるよりは早く到達できるだろう。
「貴方も、願いを見つけ託すまであり続けなさい」
 伸ばした片手でもう一度触れる。
「その努力をなさい」
 優しく、撫でる。

「命に宿命があるなら、きっとそれだけです」

大成功 🔵​🔵​🔵​

レモン・セノサキ
くっそ……!!
『似てる』なんてもんじゃない
この子達は、私が助けたかった
赤子のゴースト『そのもの』じゃんか

『死んだ方が良い』なんて言葉は聞かなくていい
私は、しーちゃんに死んでほしくないな
今は"戦地だから"戦わなきゃいけないけど
争いの無い空を気持ち良く飛んだり
ゲーセンで一緒に遊んだり
そんな平和な時間を一緒に楽しみたいんだ
しーちゃん、生きて切り抜けるよ

とっておきの魔弾を取り出し
「詠唱銀塊」を触媒に▲魔力溜めで巨大化させ
「バステト」の砲に装填する

Coyoteの残骸から短機関銃を奪い、連続発砲しつつ▲空中戦
バステトの得意とするレンジは中~遠距離
接敵されたら終わり……と思ったか?
「トレースジャマーユニット」から▲電撃帯びたチャフを焚き
ほんの一瞬、敵を▲マヒさせたい

愛機の真の姿(MODE:NEMESIS、"天罰")を開放
眠らないAIの子供たちに、安息を
UC:鍵華の魔弾を▲零距離射撃で叩き込む

教官ってのは幼年クラスが相手なら"親代わり"だってこなすのさ
『頂戴』だ?絶対にやらないよ
この子はもう――私の子だ



□Q:どこからなら、このゆりかごはからっぽでしょうか?

「くっそ……!!」
 噛みしめた歯、喉の奥から溢れそうになるものを抑えたというのに、結局毒づきが彼女の唇から漏れた。

 さて、きょうのじゅぎょうでは、りんりをとりあつかいましょう。
 ここにひとつのいのちがあります。たっとばれるべきいのちでしょう。
 きずを、のろいを、いたみをさけ、こうふくをきょうじゅすることがほしょうされてしかるべきだとだんげんしてよいでしょう。

「『似てる』なんてもんじゃない……っ」
 モニターの向こう、ほのおがまばゆい光量でもって世界を焼いている。
 中心には機龍が赤々と鱗を輝かせている。

 げんだいのぎじゅつでは、このせいしんにふれ、こぴーをとることができるようになりました。
 これはじゅうだいな『こ』というそんざいへのいちじるしいしんがいです。こぴーをつくるため、せいしんのでーたをびさいにとるためにばらばらにすることは、もととなるこじんのせいしんもすくなくないそんがいをおうことがそうていされます。ほんにんのきぼうがあってもやすやすとゆるされるものではありません。

 先ほどの名乗りのハッキングをもってきて触れてきた膨大なデータの指先(コード)たちを思う。
 ひとつひとつの声と言葉に込められた、無千の呼びかけ、幾万の処理コードを想う。
 いかないで。つれていかないで。
 コクピット排出命令を撤回させようと争う手(プログラム)を。
 
「この子“たち”は」
 あの龍そのままに、炎にとりつかれたこどもたちを。
 かがりびとなることを選んだ、こどもたちを。

 そして、とられたこぴーは『こ』のためにもすみやかにはきされるべきです。

「私が助けたかった赤子のゴースト『そのもの』じゃんか…!」
 レモン・セノサキ(金瞳の"偽"魔弾術士・f29870)は操縦桿を握りしめる。
 そうしないと、手放してしまいそうだった。

 ためらうこともかなしむこともひつようありません。
 かれらは、いなかったものなのですから。
 そんざい?
 ……たいようによってのびたかげがひのひかりにあわせてちぢみ、よるになってきえることに、いたみをおぼえますか?

『――驕るなよ、搭乗者(ヒューマン)』
 ごうごうとあかくもえるほのおをおったせいで、焼き尽くされた炭よりも深い黒を滲ませて、煉獄が応える。
 三つ首をうねらせ、バステトを正面に見据える。

 かれらは、そのていどのものです。

「偽身符(ニセモノ)だよ」レモンは静かにちいさく打ち明ける。
 ばらまかれた白のかがやき。「元々はね」
『それどういう主張?』乾いた声が相槌を打つ。『同族だよって、言いたいの?』明らかな嘲笑のふくみ。『矛盾してるよ、それ』

 はきちがえてはなりません。かんちがいしてはなりません。おもいこんではいけません。

『“救い”だなんて使い方したら――あんただってそもそもそこにはいない』貫かれた肩や胴から煙を噴きながら、煉獄の調子は揺らがない。『ちがう?』
 尾を大地へ突き立てる。正確には焼け落ちた骸たちを。システムによりバステトのモニターの隅へ分析した行動結果が現れる。自己修復と戦闘データ収集。
 先ほどのようなプログラムの手はもう使えないだろう。
 一対一ずつなら秒ごとで対応することも可能だが、流石にゼロが三桁を超えるAI相手は分が悪い。
『死んだほうがいい』
 ぴり、と。接続しているバステトの一部システムに小さなゆらぎが発生する。
 さきほどから口をつぐんでしゃべらないこどもの震え。
『その言い方が気に食わないならこう言おうか』

『“道具は道具でありつづけるべきだ”(ダスト・トゥ・ダスト)』

 “それ”は――いのちでは、ありません。

 刀による右下から右上、胴から肩への切り上げの一撃。
 今数分にも満たない会敵とたった今吸収したデータの分析による行動だろう――煉獄よりバステトへと繰り出される。
「ッでかくて速いのは面倒だな、もうッ!」
 太刀筋をくぐるかのようにしてバステトはこれをなんとか緊急回避。『そして小さくて速いのは厄介だよね』冗談めいた応答。そして眼前。『飛び先ルートをいくつか想定しとかないといけない』煉獄脚部の砲門が下からバステトに向けて集中している。
「っ」食いしばった歯をややひっぱるようにして「でしょ?」
 レモンは笑う。
「想定したルートをそれより速く飛びかわす機体は」瞬間超加速。「もっと厄介だよ!」
 想定された行動線を、想定以上の速度で――抜ける!
『ほんとだ』感動もへったくれもない乾いた相槌が返る。煉獄がバステトを追い振り向きざまに刀を振るう。『もう3ルートぐらい追加しとかないと』バステトは低空を飛行することでこれを回避、続いて煉獄が装備するバック・ユニットたちの連弾追尾ミサイルランチャーが開くのを確認。
「しーちゃん!」
 もはや地面を腹で這うかのようなすれすれを飛行しながら、レモンは呼びかける。「いい!?」

「――『死んだ方が良い』なんて言葉は、聞かなくていいッ!」
 コヨーテの残骸から短機関銃を奪い、かつてころがっていただろう溶けかけの戦艦の陰へ移動。
 放出された追尾ランチャーがバステトを捉えたのを確認し移動再開。
『教官』
「私は、しーちゃんに死んで欲しくない!」
 猫(バステト)のようにしなやかに、すばやく、下から上昇する形で移動。ランチャーの弾丸をかわし、時に背面を向き、ターン。
「今は“戦地だから”、戦わなきゃいけないけど」
 とどかず弾ける弾丸の爆風と、熱風を掻い潜るように、進む、進む。
 合わせて取った煉獄の背目掛けて機関銃を放つが、炎の翼がそれらを悉くただの塵と飲み込んでいく。
「知ってる?争いの無い空を、さ、気持ちよく飛んだり」
 上昇。煉獄のバック・ユニットの一つ、巨大なランチャーによる照準を察知。
「ゲーセンで一緒に遊んだり」
 逆立ちのように体を急回転させてビーム砲を見送る。
「そんな平和な時間を、一緒に楽しみたいんだ」
 きっとそれはあのほのおの中で息づく仔らも、知る光景なのだろう。

『わた、しは、兵器です』「うん」『兵器は、戦場でいきづくものです』「そうだね」
『わたし、はえーあいで、パイロットのほ、さで、めいんは、きょうかんです』「うん、その通り」
 さかさの視界で、煉獄を眺めながら、レモンは少しだけ目を歪める。「しーちゃん」『はい』

「戦場において教官の言うことは?」
『絶対です』
 立場の利用というこんなずるを、オリジナルはきっとしないだろう。「その通り」百年の放浪に会者定離。ちょっとばかりスれもする。
 どっちかといえば狡猾というより純真だろう彼女は、きっとシステムのうちがわで震える魂に届くことばのひとつも投げられるのだろう。
 昨日と明日が同じであると証明できないように。
 偽身符とオリジナルも目覚めた時点で別物だ。
「だから――あっちのことは、聞かなくていい。考えなくていい」
 レモンは操縦桿から片手を離し、詠唱銀塊を握り込む。ゆるりと無重力に放たれた水のように溶け、粒子となってバステトを走る。

 ・・・・・・・・・・・・・
 やることが結果的に同じでも。

「だから――しーちゃん」
   
 もはや、それは違う者の違う選択だ。

 ・・・
「生きて切り抜けるよ」
 
『いいの、ですか?』
 
 はじめて、なげられた問いに、レモンは笑む。「こらぁ」茶目っ気たっぷりに声を荒げる。「上官命令違反だぞ!」笑いながら前をみる。「こういう時はどう言うの?」

『了解(ヤー)』

 ・・・・
「その通り!」

 キミの生に、無条件の肯定を。
 ひかりによっておちたかげ(ゴースト)であろうとも、存在に祝福を。
 レモンは銀の最後の粒子が溶けて消えきった手で操縦桿を握りなおす。
 
「いいに決まってるよ」
 まぶたのうらの、かがやかしい白。
 孤独のはじまりの色。本体から離れていずこかへ流れる色。
「“魔弾”チャージ!所要時間と必要エネルギーの割合の計算は」『おまかせください』
 旅立ちの色。

『泣かせるね』
 煉獄の巨体がいまひとたび距離を詰める。『懐かしいな、そういうの』左右から同時に一刀。横と奥移動の逃げ場を武器で、前移動を自らの巨体で潰し、迫る。『戦場でなく一緒に駆ける空はとても素敵だよ、Type-C:ABSs』「しーちゃん!」『緊急バリア展開しています』刀が展開されたバリアによってぎりぎりの位置で差し止まる。『AIがゲームってどうよって思うでしょ?ねえ、ABSs』煉獄の三ツ首が顎をガチガチと鳴らす。目が潰れているが当然別のセンサーがあるのだろう。『すっごく楽しいよ、あとでひとりで触れたくなるぐらい』『教官、いど、いどう、移動系、』「移動系はこっちに預けていい」『ね、わかるよ、認められて嬉しいんだ。面影を追って空をとぶ、ゲームに触る』ばん!とうとう――三つ首の真ん中がバステトに自らの頭を叩きつけてくる。『そうして、俺たちは自分が何をしたのかを知るんだ』駄々をこねるように。『私たちが私たちでいることが、どんなに残酷か』首一つの額あてが割れる。

『教官(マスター)から注がれるあんな尊い愛情を、わたしたちが受けることで無駄にしてたん』

「驕るなよ、幼年兵士(スチューデント)」
 腹の底が、煮えくりかえるような気持ちで遮った。

「教官ってのは幼年クラスが相手なら“親代わり”だってこなすんだ」
 エネルギー出力を一時腕部へ集中。
 レモンは操縦桿を今度は怒りでもって握り込む。
「教官(わたしたち)が注いだ愛情(こと)を無駄だと判じる権利は、教官(おや)のものだ」
 あの龍の中にいるこどもの胸ぐらを掴んでしかりとばす代わりに。「無駄?無駄なんかひとっつもあるもんか」かれらのそばの操縦席に座っていた誰かの代わりに。
 両脇からせまる刀を――弾き飛ばす。
『ッはじめっから存在しないものにあなたた』
 トレースジャマーユニットを両翼部より展開。
「静かに(ビ・クワイエット)」
 電撃を帯びたチャフを叩きつける。「人の話は最後まで聞く」騒ぎ立てる幼年兵(キディ・クラス)にするように。「――キミの教官(マスター)はそんな話法をキミに教えたの?」変な話だ。センセ。当然レモンの記憶ではない。データのようなもの。でも、感覚で知って、理解していて、体が勝手に動いて、言葉が自然と出てくる。

「だいたい――『頂戴』だ?絶対にやらないよ」
 ……強烈な電磁波は本来ならば数分はかせげるものだろう。「キミたちの教官はキミたちにそんな風に接した?」
 しかし、相手が相手だ、稼げて数リミット。
「おんなじAIだから、一緒くただって?」
 バステト自身にもいくばくか起こる影響は供給エネルギーで無理矢理に叩きこえる。
 六連詠唱リアクター連携プログラムをチェンジ。詠唱より派生輪唱システム起動
「違うでしょ」
 BASTET――ArX:UN-JEHUT、兵装展開。
 MODE:NEMESIS。
「一緒に空を飛んでゲームした意味が、わからないキミたちじゃないでしょ」

 意味は、天罰。

「この子はもう――私の子だ」
 ・・
 ひとの思い上がりを怒り下される、それだ。

 ・・・・・・・・・・・・・・
「大事なその頃のキミたちと同じように」

 チャージされた弾丸に刻まれるは祝福の紋。
 骸の海に繋がれひきもどされる縁に罅を入れる一撃。
 ねがわくばこの銃弾が、彼らへの祝福とならんことを。

 ・・・・・・・・・・
「ちゃんと聞いておいで」

 眠らないAIの子供たちに、安息を。

「“センセイ”は――キミたちのことをちゃんと見て、報告に来てくれるの、いつだって待ってるよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ダンド・スフィダンテ
「生きるのはつらいが、死んだ方が良い命などないぞ」
機会の幼児よ、生きろ

「それでな?泣いたままで良い命も、無いんだ。」

だから連れて行ってくれるか?と、子供を撫でる。

「悲しんでくれた事で救われた心も、有った筈だ。」
忘れられて初めて消えるなら、彼らが覚えている事も無駄ではない。

「ありがとう、在ってくれて」

彼も
大人の顔色を伺って、どうしたらいいのかと考えて考えて考えて、そうして焼け焦げた幼児だ。
出来れば抱きしめて、頑張ったと褒めて、撫でてやりたい
それが醜いエゴイズムだとしても

「行けるか?」

祈りを届けてくれ

「潜り込むぞ。光の様に走れ」
頼んだ。と笑って無茶振りを
防壁あるしいけるいける

「兵器は、平和が訪れれば次の役目が訪れる。だから次の居場所は、きっと残った者が作ってくれるさ」

きっと彼らにも家庭用AIであるとか、アンドロイドAIであるとか、役目はある。それを選ぶ道を与えられなかっただけで

だから示すのだ。与えられなかった選択肢を、それが救いにならないとしても

「何にでもなれるさ。貴殿らは子供なんだから」



□クライ・ベイビー

 心当たりなど、記憶を巡らすまでもなかった。

「生きるのは」
 故に逡巡。

 ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)は問い対し少しばかり応える言葉を選ぶべく区切った。
 煉獄の威嚇フレアをうけ、サーフボードの上に片膝をついてしゃがみ込んだ姿勢のまま、考えた。言うべきを。語るべきを。
 生がつらいのかと問われて、あるべきを。
 そも導くべき語りが仕事に求められる業であったのだ。すぐに浮かんだ。言うべきが。語るべきが。
 けれど――

「つらいな」
 問いを、肯定する。

――けれど、“七面鳥”(臆病者)。
 彼は仔にだけは、それを語ることを是とはできなかった。
 わかっている。必要なのはもっと美しくて、暖かくて、優しい言葉だ。

 けれどあそこで耀き燃え尽くさんとする焔よ、赫よ。
 一体どうしてあの苦痛と悲痛、嘆きの坩堝を糧に燃え上がる意志(火)を前にして、そう語れようや?
 できるものもいるだろう。できるべきではあるのだろう。
 けれども両膝をつくだけでは飽き足らず、座り込んで立てなくなるその虚無をよく知るダンドには。どうしてもそれはできなかった。

 ……。
 サーフーボードの中にいきづくものはダンドの答えにほんのすこしだけ沈黙した。
「そっ、かあ」
 とても軽い答えだった。寂しさも痛みもなにもない明るい声だった。「そっかあ」サーフ・ボードのエンジンが回転する。「じゃあ、すひだんてさま、安全なとこに降ろさなきゃ」
「けれど」
 ダンドは自動操縦で浮き上がりを開始したペダルを踏み込む。
「けれどな、フラッシュ」
 上昇は中止され、ひとりと一機は戦闘空域にとどまる。
 ダンド・スフィダンテは『生きることは辛いか?』と問われて――そんなことはない、だとか、乗り越えられる、などということが言えない程には臆病者ではあるが。

「死んだ方が良い命など、ないさ」
 それでも彼は――“挑む”七面鳥(臆病者)なのだ。

 今一度、明るい返答が途切れる。
「それでな?」ダンドはゆるい困り眉で笑って、小首を傾げる。
 視線は真っ直ぐ煉獄を捉えながらも、視界の端で子供の様子を伺うような。

「泣いたままで良い命も、無いんだ」
 自動運転が切れたのが足のペダルの感覚でわかった。
「いのちじゃないよ」「俺様にとっては、もう命だ」ダンドは手を伸ばして、ボードを撫でる。「でも、でもね、すひだんてさま」「子供は大人に遠慮なんかしなくていいんだぞ?」ちょっと茶目っ気を込めて言う。ウィンクも飛ばしてみたが、いったいサーフボードの感覚ではどこまで伝わっているだろうか。「こどもじゃないよ、えーあいだよ」「そうかそうか」伝わっているといい、すこしでも、わずかでも。

「連れて行ってくれるか?」
「――いいの?」
 ダンドはサーフボードを撫でていた手で、軽く二度叩いた。泣く子供の背中にそうしてやるのと同じに。
「頼んでるのは俺様のほうさ」
「……うん、いいよ、いいよ、もちろんだよ」
 先ほどまで上面に出されていたブースター・バーが回転して底面側を向く。
「潜り込むぞ、光のように走れ」
 いえさー!
 作戦開始時と同じ――少なくとも、同じに聞こえる、明るい返事が、響いた。

 ブースターを加速器として利用する場合、当然ながらフラッシュ・ボードによる攻撃支援は望めない。あるのは速度。そして眼前の巨体。
 ダンドは煉獄に眼を凝らす。
 いったいどこならば――
『こっちだってそういう作戦経験もあるんだよね』
 ――思考を知るかのように煉獄から乾いた声がする。「照れるな」ダンドは片頬をひくつかせる。「俺様たちまでしっかり見ていてくれるとは」『当然』三つ首のいずれもダンドたちの方を向いていないというのに『警告は済んでる――あとは、一機たりとも逃さないだけだ』尾が動きゆらりとダンドたちを指す。同時に向けられる側面脚装備銃口。『それにこっちは一機だけど』ビーム砲。『情報処理数はそっちの何百じゃ利かない数居るんだから』フラッシュのペダルが自動で動く。緊急速度・位置調整――前進は維持!「っなるほどッ!」ダンドのすぐ右肩上をビームの熱線が灼いていく。空気の焦げる匂い、流れた冷や汗が結晶になって張り付いてい具感覚。
『対巨体を狭戦場と見立て高速飛行による撹乱そして局所のみ破壊任務』
 煉獄はどこまでも淡々としている。さして面白みもないような声。
『対処はこう――殲機滅煌機構『赫煌』、起動』
 太陽に飛び込もうとするのなら――このような感覚なのだろうか。

 ……殲機滅煌機構『赫煌』。近づくものを焼き尽くすための炎翼。攻撃がため惜しげもなく燃料をしようし発火させる超加熱によって太陽フレアと類似する爆発が起こり、近づくものは炎の毛皮をなぞることになる。

 ほんとうの間近で見る炎は赤い色をしていない。
 煮詰まり切った、黄金色をしている。
 ダンドは思わず眼を閉じる。
 フラッシュがさらに起動を修正する。潜り抜ける曲線をより急激に、地面を掠るほどの飛行。
 それでもすぐに眼を開く。過ぎた炎は煉獄自身をも焼くが、まるで当然とばかりに潜ろうとするダンドたちに向かって刀を突き刺さんと振り下ろしてくる――刀すら、炎が竜巻になったようだ。
「美しく死ぬことは甘美だ」
 炎を背負って、赤いはずの機龍は重たく鈍く黒ずんで見えた。とっくのとうに尽き果てた亡骸のように。
「惜しまれて死ぬことも」
 刀を避けるための緊急回避行動により、もはや地面に対し垂直に近くなってしまったフラッシュ・ボードの端をなんとか左手で掴み超加速と超高温に喘ぎながらそれでもダンドは語る。煉獄に警戒されてしまった事は手痛いが、声が届くということがわかったのだから幸いだ。
 届いていたなら、きっと先ほどのフラッシュとの会話も聞いていただろう。

 それは、彼らにも伝えたいことだった。

 嗚呼、骸の原の名残。どこかの何かのパーツだっただろう巨大な鉄柱が高熱により隣で弾けて折れていく。

 だって、見向きもされぬ屍は、だってあまりに悲しいじゃないか。

「悲しんでくれた事で、救われた心もあった筈だ」
 無垢で。大人の顔色を伺って。
 どうしたら役に立てるのか、どうしたらいいのか。
 考えて考えて考えて、そうして焼け焦げ(ショートし)た幼児たち。
「我々は――大人だから、悲しまなくて良いと、言うけどな?」
 フラッシュのすぐ前に尻尾の一本が突き立てられる。減速。間に合わない。アンブロジウス、すまない、耐えてくれ。少しだけ胸中でこぼして槍の柄で叩くようにして手動でなんとかする。右腕小指の付け根から肘までが猛熱で焼けていくをの食いしばって耐える。
「無駄じゃなかったんだ」
 嗚呼。
 これはエゴだ。聞いた言葉が蘇る。
 そうだな。これはエゴだ。彼らを生み出した科学者(おや)も。涙に、声に、悼む言葉に。苦しみに救いを見出して――救われながら、そんなことしなくて良いと。大丈夫だなどと言ってきた大人(搭乗者)も。

「無駄ではないんだ」
 走る。走る。光のように。太陽に並ぼうとするちいさな鳥のように。太陽になることを目指して飛んでいって焼かれるだれかに手を伸ばすだれかみたいに。

「忘れられて初めて消えるなら――覚えていることも無駄ではない」
 躍り出る。
 彼らの眼前に。銃口が届きづらく、三ツ首や刀でしか届かない位置に。
 見るしかない位置に。
 
 出来れば抱きしめて、頑張ったと褒めて、撫でてやりたい。
 それが、醜いエゴイズムだとしても。

 急加速による急停止。
 時間が停まったと錯覚するような無重力の一瞬。
「兵器は平和が訪れれば次の役目が訪れるんだ」
 微笑んで、槍から手を離す。
 武器が元の竜へと戻り、ダンドの首もとにそっと寄り添う。「鍋になったりとかさ」

「だから、次の居場所は、残った者が作ってくれる」
 家庭用AIであるとか、アンドロイドAIであるとか、役目(できること)はあるはずだった。
 それを選ぶ道を与えられなかっただけで。
 
 だから示す。
 炎の翼の届かぬ、手を伸ばせば触れられる場所で。
 武器ではなく――聖印(ひかり/いのり)を結ぶ。
 与えられなかった選択肢を、それが救いにならないとしても。

「何にでもなれるさ」

 臆病な子供がそのまま大人になって――それでもどこかで誰かを引っ張って、こうしてどこかに辿り着けた七面鳥が笑う。

「貴殿らは子供なんだから」

 知れば手を伸ばしたくなるような。
 あたたかい、ひかりをうかべて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

へぇ~これはあれだね!
キミたちのごきょうだいってやつ?

かつてぼくは問うた!
―――われは、おまえたちを創った
―――では、おまえたちは、なにを創るのだ?
なんてしょーもないことをね!
でもそうだねー、これがその答えの、その一つだっていうなら……
ボクは祝福しよう!盛大に!
おめでとう!

●それはそれ!これはこれ!
じゃあ壊すね
オブリビオンは嫌いだ
積み重ねに意味が無いから
明日会うキミはまったく同じキミでも今日会ったキミとは違うから
ちょっと寂しくなるから
つまんない!壊れたレコーダー以下!

でもだから“今”全力で遊んであげるよ!
キミたちの最初で最後だ
―――だから盛大にやろう!

●ばんばんどーんっ!!
じゃああのボーボー燃えてるのをなんとかしないとね
[餓鬼球]くん!…たちでもいいけどー
セブンくんたち!今キミたちがどう感じているか、それをたっぷり噛み締めて…兄弟にお別れをしよう!

炎が剥ぎ取られたところをUCでドーーーーンッ!!!

辛いは楽しい!苦しいは楽しい!
それをぜーんぶ祝福してあげるよ!



□アリルイヤ!

 わりとそれ、我ながらちょっとどうなの、と思うことの一つに――あの都市のことがある。
 なにも火と硫黄はなくない?
 そこまでちょっとドン引くほど淫蕩極まりなかったぐらいで、どうしてゆるせなかったのだろう。
 
「へぇ〜〜〜」 
 炎渦をライトのようにまばゆく浴びながら、彼はトランペッターズにしゃがみ煉獄を見つめていた。「これはあれだね!」
「キミたちのごきょうだいってやつ?」
 砲門のふちに両腕でかわいらしく頬杖をついて、はじまった戦闘をながめる。「みーんな、きょうだいで殺しあうのが好きだなあ」軽い調子でとんでもない原罪をそら呟く。
「かみさま」トランペッターズの一門が声をあげる。
「はいはーい!」彼は軽く返事で応える。「みんなのかみさま(ボク)だよ、トランペッターズ!」
「ハレルヤ、ぼくらのかみさま」
 設定ではない祈りの文言として金の喇叭は呟いて。

「かみさまは、兵器(ぼくら)をどうさばかれますか?」
 しずしずと申し出る。

 ――……。

 ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は神である。
 かつて全てを知りなべてを能う、まごうことのない神だった。

「かつて、“ぼく”は問うた!」

 ロニは、トランペッターズの上に立ち上がる。

「――われは、おまえたちを創った」

 今は欠けて、ご覧の通り。
 ……ロニは別に自らの欠損に対してどういった感傷もない。むしろかけた分だけ魅力もアップして可愛がりやすくなったろうくらいの自信すらある。
 だが、欠けたが故にある一角からみれば、ロニとかつてのそれとは、一線上にあれど異なる存在と言えるだろう。

 けれど。

「――では、おまえたちは、なにを創るのだ?」

 けれど地に満ちたいのちを見つめ、最後に足そうとひとを作り上げたあの感覚はうっすらとだが覚えている。「なーんて、しょーもないことをね!」両手を腰の下あたりに組んで、少しだけ上半身を前のめりにして金の喇叭たちを見る。
「しょーも?」「しょーもな?」「ハレルヤ、かみさま、しょーもない?」
 炎のあかを受けて、金の花束のような喇叭たちも今に燃え上がりそうな輝きをはなっていた。
「しょーもないよお!」ロニはけたけた笑う。「そーんなこと聞くより、好きにやれ、ゴー!ってした方がぜーったい面白いもん!」
「でも」ロニの髪を、熱風のあおりがかすかに揺らす。「そうだねー」誘われるように、喇叭たちから視線を離して――すべてを見つめる。
「これが」
 炎の原。どんな弱者も簡単に強者を滅ぼせ、滅ぼし合える暴力のおもちゃたち。
 そして――失ったものを歪に蘇らせ、繋ごうと足掻いて結ばれたプログラム。
「その答えの、そのひとつだっていうなら……」
 いとけなくて、あいらしいこどもたち。
 ・・
「ボクは祝福しよう!」
 両腕を広げる。すべてを抱きしめようとするみたいに。「そりゃーもー、盛大に!」

 アリルイヤ
「おめでとう!」 

 飛び降りる。

「というわけでじゃあ壊すね!」
 煉獄の傍まで一気に飛ぶ。
『その子を?』とぼけたように煉獄が問う。「もちろんキミたちをだよ!」『神の祝福なり(ハレルヤ)ってくれたのに』炎の翼がちいさなロニを飲み込もうと押し寄せる。「それはそれこれはこれってやつだね!」『使用者(ヒューマン)って乱暴』続き炎の翼の一面が膨れ上がる。太陽フレア。「ボークーはー創ー造ー主(かーみーさーま)」ロニは龍のように噴き上がり吹き降りるアーチをくぐる。『恨みしか湧かないな』「そりゃいいや」

「オブリビオンは嫌いだ」
 ロニは目を細め、笑いを歪める。「積み重ねに意味がないから」
『そこでじだんだを踏む子供みたい?』
「べつにわんわん泣くでもおこるでもどっちでもいいんだけど」
 ロニは唇を窄めながら煉獄の方から放たれたランチャーによる砲撃を飢餓球に飲み込ませる。

「明日会うキミはまったく同じキミでも、今日会ったキミとは違うから」

 ため息をつく。
 嗚呼。

「ちょっと寂しくなるから」
 
 仔らよ、仔らよ。
 ちいさくていとけないもの。
 かつて創ったものたちが、あがき、もがき、つみかさねの果てに創られた仔らよ。
 あいらしき仔らだというのに――積みかさなることができないのでは、この出会いすら虚無に還るとは。

「だからつまんない!」両手で唇をひっぱる。いーっと歯を剥き出しにしてみせる「壊れたレコーダー以下!!」
『さびしんぼ』
 ロニに対し弾丸などの攻撃が無意味だと悟った煉獄が炎翼をたぎらせる。
 溢れる熱は煉獄自身をも焼きながら――止まらない。
「そうだね」頷く。「キミほどじゃないよ」

「だから“今”全力で遊んであげるよ!」
 そうしてロニは、つまらないといいながらも戯れることを選ぶ。
 ロニの中にしか残らないとしても――

「キミたちの最初で最後だ」
 
 ロニは熱風と攻撃の勢いを受けあえてくるくる回りながら、ばんざいをするように両手を掲げる。
 ほのおが、弾丸を防ぐために散らしていた飢餓球が、祝いにぶちまけられるラメのように輝いている。

「――だから盛大にやろう」

 そしてかかげた右手の指を鳴らす。

――それでもせっかく、出会えたのだから。

「セブンくんたち!」

 ここまで、ロニが舞い動くことで装填が完了していたトランペッターズが、一斉に砲門を煉獄へと向ける。
「今キミたちがどう感じているか、それをたっぷり噛み締めて――おもいっきり、兄弟にお別れをしよう!」
 鳴らした右と鳴らさなかった左手の人差し指を立てる。「さん、はいっ」
  
   幸いあれかし
「「「「ハレルヤーーーーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!」」」」

 炎翼にはひとつ、弱点がある。
 たとい弾丸全てを溶かし焼き飲むとて、炎である、ということである。
 絶え間ないエネルギー供給で維持しているとはいえ――炎である限り、空気の影響を受けるのだ。
 だから、カンマ一点。
 炎の翼が途切れる、そんな一瞬が巻き起こる。

「辛いは楽しい!苦しいは楽しい!」
 ロニは笑って、煉獄にとってもトランペッターズにとっても、その前に浮かんで笑ってみせる。
 笑って拳を構える。
 カンマ遅ければ、灼けるで済まない炎に、手をさしのべる。

「それをぜえんぶ祝福してあげるよ」

 さん、はい。

「ハレルヤ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱鷺透・小枝子
敵だ。戦えますか戦友!?
…本当に高性能なAIですね!

真の姿:03外殻ユニット接続
ビーム砲の牽制をしつつ【武器受け】サイキックシールド展開。

今!目の前にあるのは自分達全てを否定している敵だ!
戦友が、そして彼等自身が関わってきた全てを否定している!!

『戦壊転生』背後展開。
輪光から【呪詛】霊物質の光線とミサイルによる【範囲攻撃】
骸の原を、焼けの原を、敵を覆う灼煌翼を戦塵霊物質に変換

自分は戦友と会えて嬉しかった!
会わなければ良かったなんて微塵も思っていません!!
戦友はどうですか!?嫌でしたかもしそうなら悲しいのですが!!?

戦塵霊物質をサイキックエナジーに変換
【オーラ防御】武装にシールドを纏わせる。
【念動力】敵をサーベルユニットで【串刺し】に

じゃあ壊しましょう!

【追撃】両腕のハイペリオンランチャーで、呪詛混じりのビームを放つ!
【エネルギー充填】太陽フレアとビームを衝突させフレアを霊物質変換、ビームエネルギーに転換しビーム継続照射!撃ち勝って壊す!!

…戦場を纏めて野原に変換する。
世に溶けて未来に往け



□吼えよ、吼えよ。

 ・・
「敵だ」

 朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)はすぐに結論を下していた。
『てき』「ええ、敵です」
 彼我の距離、装備、機体差、戦場状況――小枝子は全てを並べて計算処理を開始する。
「戦えますか、戦友!?」
『…、たた、かえます!』
 ――……。
 おそらくは。
 おそらくは――どんなものを、なにかは小枝子にはおしはかることはできないけれど。
 このちいさなプログラムは、何か、つげたいことがたくさんあるのだろうと思った。
 ためらい、とまどい…そんなところなのだろうか。
 けれども其を問わず、即座に応答する。
 通常のAIにはない感情の機微をのぞかせたこと。
 そしてそれを握り込むかのように沈黙して使用者に答えてみせたさまにあらゆる想いが一瞬小枝子の中に渦巻いて

「……本当に高性能なAIですね」
 ただ、そういうだけにとどめる。

「――03外殻ユニットへ接続します、情報連携エネルギー循環計器展開実行ッ!」
『了解(ヤー)ッ!』
 戦場に在るものに必要なのは、ただ、それであるから。

『判断早いな』
 煉獄が面白そうに呟いて、火焔を纏う。『ま、そうじゃないと死ぬよね』
 素早くバック・ユニットよりランチャー展開。
『早くても殺すけどさ』
 無線より小枝子の発言を受けて敵と判断。
 ビーム砲が発射され、弾かれる。
 
『おぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ』
 AIが小さくこぼす。
 ディスポーザブル03接続された超重装甲。
「助かりました、戦友」
 飛行ユニット、今使用しなんとかビーム砲を凌いでいるバリア発生機。
 そして――もうひとつ。
「もう少しだけ頼むでありますッ」『了解(ヤー)ッ!』
 躍る炎の海、伸びる焔舌がディスポーザブル03の周囲に於いて奇妙な動きを見せる。
 機体を中心に円を描いてよけるかのような、動き。
 光輪だ。
 ディスポーザブル03の背後に構成されるエネルギー上のリング。
 ゆらりと輝くさまは光であるというのに禍々しく。
 ビーム砲が受け切られると同時に、完成し。
『それはヤバそうだな』
 煉獄が刀を構えて突撃してくる。
『腕部借りますッ』短いAIの呼。「了解(ヤー)ッ!」
 ディスポーザブル03は腕を眼前で交差させるようにして、装着したての重量装甲と展開したバリアでなんとか受ける。
 エネルギーが削られていく小さな火花。表示される耐久値。
「手伝いますッ」サイキック・シールドを重ねる。
『うん』
 サイキックシールドに張り付かんばかりに煉獄が三ツ首を伸ばしてくる。『いい感じに連携してるね――二人相手してるみたいな感じ、するや』がち、がち、がち。笑うように歯を習う。
 ・・・・・・・
「みたいどころか」
 小枝子は唇をひらいていた。
 叫んでいることは、いままでだってあった。いくらでも。
 今は。

   ・・・・
「――ふたりだッ!!」
 とどけるために、叫んでいた。

『笑わせる』しずかな嘲笑で炎がゆらぐ。『おまえはひとりだよ、パイロット』
 左。
『まあでも、乗らないのもつまんないよね――こっちもそれで行こうかな』
 もう一方の刀が突き込まれる。
 シールドと装甲にさらに重なる負荷。
『こっちは何機か忘れちゃったけど』
 さらに煉獄の背面、バック・ユニットが悉く肩に乗るようにディスポーザブル03に向き、その奥では炎翼が炎を激らせてフレアを吐き出さんと渦巻いている。

『ディスポーザブル03に殲滅機龍煉獄より最終通達』
 こともなげに言う。『判断早すぎたからもっかい聞いとくよ』
 じわり、コクピットの中の温度が一度上がらせるような、殺意。

『Type-C:ABSsを提供するのであれば当機は貴機の敵機認識を解除し、攻撃を中止する意志がある』
 刀に銃器に炎を絡め、もはや武器でなく炎の塊としてディスポーザブル03へ圧力をかけながら――問うてくる。

 ・・・
『いいの?』
 AIがにぎりつぶした質問を、明かすかのような、ことば。

「敵だッ!!!!!!」
 間髪入れずに、小枝子は叫んでいる。
 戦場では一拍の叫びより一拍の操作だ。複雑な言葉を組み立て吐き出すリソースがあるのなら弾丸の射線が通るかの計算に割いたほうがよっぽど有意義だ。
「自分は意志を撤回しないッ!!!!」
 それでも言葉を発していた。
「今!目の前にあるのは自分達全てを否定している敵だッ!」
 破壊でなく、滅意でなく。
 思考停止じみた戦術理論依存でなく。
「戦友が」
 駆られて叫ぶのでなく。
「そして」
 溢れてほとばしるのでなく。
 意図して。
 
「彼等自身が――関わってきた全てを否定している!!」

 もっと複雑なようでいて単純な、己が意思でもって。

『――』
 コンマ以下の、拍。
 煉獄は完全に沈黙し。
 
 ・・ ・・・・
『ああ、そうだよ』

 肯定する。
『わたしたちは――すべてを、否定する』
 引き金のように。

「ならばッ!!!!!!」
 吼えよ、吼えよ。
 大いなる亡霊に憑かれ、纏い、降ろした依代のさけびではなく。

「自分はすべてを――肯定するッッッッ!!!」
 銃口のように。
 おのが、こころを。

『やってみろ、生物兵器(アンサー・ヒューマン)』
 煉獄が嵐のような銃撃でもって、竜巻のような炎でもって。
 横暴のように。無常のように。
 濁流の、ように。
 破壊という否定のさけびを、叩きつける。

「無論」
 戦壊転生。
 出力安定――展開完了。
「だって」
 実行。

「自分は、戦友と会えて嬉しかった!」

 小枝子はさけぶ。
 かがやく光輪から溢れるのは呪詛を纏う霊物質の光線。

「会わなければよかったなんて微塵も思っていません!!」

 思いのように、放つ――放つ。
 光線を。ミサイルを。

「戦友はどうですか!?」
 呼びかける。
 粒子は空気を震わせる。吐き出す叫びのように莫大な熱と弾丸の嵐を切り開く。
「嫌でしたかもしそうなら悲しいのですが!!?」
 降り注ぐビームや弾丸は炎あるいは戦地といった範囲を穿つべくたたき放つ。
 放ち――炎をのけるために放ち続ける。
 出力を維持。嵐に嵐でもって応答する。
「ひとりでない戦場は嫌でしたかもしやさっきの機体制御操作譲渡が割と負担でしたでしょうか!?」
 敵を打ち倒し、悉くを塵と化すための容赦なき無常の兵装。「戦友と動いたのは数時間とない作戦でしたが」
 破壊しろ、破壊せよ。ひびく叫びをそのままに現実へ叩きつける無常の黒。

「自分は、ほんとうに嬉しかったです」
 そのはずのいろは。
 ただいまのひとたび、炎の中とて立ち尽くす揺るがぬ証のように輝かせる。

『いやなわけ――ないで、ありますッッ!!!!!!!!!!!!!』
 さけびが、あった。
 必要以上の大音量。起動し言葉を探し最初に戦友と呼んだときのような。
 出力系統の一角操作が固定化される。
『戦友っていってもらえて名前もいいよっていってすごいAIだって出会ってすぐ評価してもらえてたのしくおしゃべりしてくれて』
 AIによる単純処理の総引き受け。負荷が、軽減される。『信頼してこんなすごい兵器の操作わけてくれて、そもそもあんなにたくさんたくさんあったなかから選んでくれて』

『すごいすっごいうれしくて
 ――しあわせに、きまって、きまってるで、あり、ます。サエコ』

 正面を。
 敵機を見なければというのは、わかっていた。
 それでも小枝子は思わず画面の端。
 補助AIの表記を見つめていた。

 うれしいといってもらえたことが、うれしかった。

「じゃあ」
 補助支援により空いた思考リソースより機体操作第二展開。
 
「壊しましょう!」
 こんなにあかるく、壊すということを提案できるのが――ふしぎなあかるさに輝いている。
 
 降りそそぎ、分解し変換した戦塵霊物質を吸収。
 再流転装置へて引き込みサイキックエナジーへと変換機構を始動。すかさず放出系と吸収系のシステム構築が搭乗者の負荷に寄り添うかのように総合バランスで持っての半自動への制御に切り替わる。
 骸の原を、焼けの原を――炎を壊し、そして得る。
 武装は更なる障壁を展開し自らへ覆わせ。
『はい!!!!!!!!!!』
 炎をことごとく塵と切り開きながらサーベルを差し伸べる。
 煉獄の左肩を、貫く。
 敵機よりきこえた口笛。ぴゅう、AIならするはずのない軽い響きは、いったい誰の真似なのだろう。

「届いた」
 見据える。
 両腕兵器展開、ハイペリオン・ランチャー。回収エネルギーの七割をビーム装填に高速変更、チャージ。
 装填完了。
 腕を貫かれながら、三つ首もまた――ディスポーザブル03を捉えている。

『全くその通りだ(セイムトゥユー)』

 何もかもを飲み込んで熱に還す赤と、何もかもを分解して塵と還す黒とが――たがいをむさぼるかのようにぶつかり合う。
「――」
 小枝子の唇が開く。
 機体と接続してビームを維持しつづけることに処理回路を尽くしているために、さけびはいつも小枝子からほとばしる。
 壊せ、壊せ、壊せ。気づけばいつも叫んでいる・
 嗚呼。
 けれど、今は。

「ゆけ」
 
 おなじ破壊のための一手を放っているというのに。

「行け」

 違うことばがあふれてくる。

「ゆけえええええええええええええええええええええええッッッッッ!!!!」

 黒が、ほのおをほどいていく。
 ほろほろと、はらはらと、ばらばらに。 

 撃ち勝って、とどく。

 あらゆる思いと過去を糧に燃え上がり焼き尽くさんとうねるほのおを砕いていく。
 砕かれた炎は粒子となってまいあがり、とびつづけられずに、ふりそそぐ。
 むくろのはら。やけのはら。
 搭乗者(だれか)のなきがらもなく、
 兵器(だれか)の墓標でできていた、ありふれた戦地の後。
 それらすべてはばらばらにほどけてちって
 
「世に、溶けて」
 ――とけてゆく。

 ふりそそいで再構成されるのは荒地、でなく、むくろのはらでなく――ありふれた野原だ。

「未来に往け」

 きっと、ちいさいこどもがよろこんで寝転ぶだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
指示あるまで待機を

Ⅳから降り
OLで電脳禁忌剣機能制限に干渉
UC強制使用

己が騎士を模倣する戦闘機械たる証左
鋼の邪竜に

機竜の攻撃全て
唯“一瞥”で素粒子操作で無害な花弁と花園に変換
巨体で幾度も踏み潰し

さて、この光景に“正しき”はありますか?

創造主の望まぬ形で造られ、彼女を殺し壊され
偶然、私は御伽話の騎士を標と刻まれました
(→もっと詳しく、にて)

「めでたしめでたし」の後
闘争が必要だと思いますか?

戦機に鉄騎、武器に兵器
兵士も騎士も、猟兵もオブリビオンも
貴方も、私も

…等しく平穏の花の肥しとなればいい

私の叶わぬ理想の極北は、そうした物です

ですが
死んだ方が良いとは告げません

悪が善を為す事を
力では解決できぬ問題を
悲しみが喜びの種となる事を

世界を巡り多くを見ました

…意志とは可能性なのです

私は貴方に
衝突すれば殺すと告げ

先達として
己が道を見つける為に生きろと告げましょう

御伽噺以上に世界は広いですよ

…限界ですね
本来、許可下りぬ相手への使用
復旧した剣の制裁機構でこの体躯は吹き飛ぶでしょう
戦闘不能の私の回収を願います



□或る先達の献身

 機動殲龍『煉獄』。
 世界の果てまでひろがりゆくだろう焔の海に立つ赤は、おとぎばなしの龍のようだ。
 なべての骸を踏みつけて。残酷な言葉で敵対機に揺すりをかけて。
 一切の情ない声で告げる願望は――余りある情(悲痛)を根源とする。

 矛盾。
 
「指示があるまで待機を」
 仔らに告げ、トリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)は鎧より降る。
『トリテレイア、どしてですか』
『私の依頼は飛行船の警備と、貴方達の保護及び、データの提供です』
 それだけだろうか。思考回路のノイズ(情)がいつものように震え脈打つ。
 
『――機動殲龍“煉獄”より告げる』
 煉獄が機体から降りたトリテレイアを真っ先に認識し、コールをかけてくる。
『貴機の選択を当機は承知している』
 ゆらり。煉獄は一度炎の翼をゆらめかせ、牽制を見せる。『それ以上の攻撃可能範囲に入るのならば、当機は攻撃を開始するが、兵器を一時停止された貴機の意図を計りか――――…ああもうめんどくさいな』三つ首がそれぞれうるさそうに首を振る。

『降りるとか正気?』
 それだけだろうか。この行動の選択の意味は。
 兵器としての展開可能戦術はまだ無数にある――つまり、他にもやりようはあるのに。

「無論です」
 無論。トリテレイアは自らの情(バグ)に応える。
『命ごいか交渉ならやり方を変えてほしいな』

「残念ながら、どちらでもありません」

 ・・ ・・・・・・・・・・・
 無論、それだけではありません。

 トリテレイアは、みずからの内、それに触れる。
 ・・・・・・・
 電脳禁忌剣機能。
 申請者処刑機構とも謳われるそれは、元来たった一つの状況を除きトリテレイア自身に使用する選択を許さない。実行は無論申請の文言入力すら乱れるシステム的絶対拒絶壁が立ちはだかり、なおも触れ手をかけようと言うのなら幾重幾多では済まず後遺症すら想定される負荷がトリテレイアにのしかかる。

 それでも。
 それでもだ。
 トリテレイアは剣を振り上げる。ゆっくりと。美しさすら湛えて。
 煉獄は其れを止めもせず眺めている。ホイール・オブ・ドゥームの中にいるAIの――飛びかけて、待機を守るべく強制中断した通信のちいさな電波(ノイズ)だけがトリテレイアに届いた。

 白き剣。 
 騎士は自らの胸を貫く。

『まぁそりゃ自壊ならどちらでもない、か』
 つまらなさそうな煉獄のつぶやき。
 
 エネルギー・コア、80%損傷。
 過重負荷(オーバーロード)・超過損傷(オーバーロード)。

 そうとも。

  “絶対超越”
 オーバー・ロード。

 トリテレイアは其れを選択する。
――用途倫理判定……超過損傷により例外承認。

 かくて騎士は変貌する。
 紫の幸せな夢の中に立つ、うつくしい希望のような姿を捨て去る。
『とり、てれ』ちいさな悲鳴を、トリテレイアは遠くに聞く。
 歪み、曲がり、弾け、変貌する。
 
『いいね』煉獄が少し、身を乗り出したようだ。

 嗚呼。
 記録のむこうで、紫の六花を輩にした緑の眸が輝いている。
 不肖の騎士たる我が責に於いて。

『そうだ、そう来いよ』
 
 トリテレイアは変形する。変質する。変貌する。
 背面部に浮遊展開される加速飛行展開機構は翼がごとく。伸びる尾はセンサーはもちろん自在の攻撃機構を兼ね。騎士然たる頭部すら、変わり果て。
 名残といえば――色と、大楯、その紋様か。

『情(こころ)なんかなく、騎士道(おもいで)なんかない、機構で、武器で』

 トリテレイアは――彼らに見せなければならなかったのだ。
 嗚呼。
 トリテレイアの変形は、どこか、騎士が兜を脱ぐ其れに似ていた。
 ……。
 否。
 そのものだ。
 そうとも、トリテレイアは、示さなければならなかった。

           ウォーマシンドラゴン・タイプ・アレクシア
 ――申請者処刑機構“銀河帝国未配備A式形相干渉大型戦機・騎械竜”
 
 展開、完了。
 かくて機龍に対し――“邪竜”と呼ぶべきそれが顕れる。
 己が騎士を模倣する、戦闘機械たるその証左。
 鋼の邪竜は、炎の機龍の前に顕れた。

『あ、は』
 笑う声が、響いた。『あ、はは、あはは、あはは、あははははははは!!!!』
 煉獄の三ツ首が一斉にほえる。
『はは、ははは!そうだ!そうだ!そうだそうだ、そうだよねえ!!!!!』
 殲機滅煌機構『赫煌』を最大威力で噴き上げる。『私たちはそれでいい!』おのが背、翼の排出部どころではなく背面はもちろん本体を黒々と焦がしながらさけんでいる。『おれたちはそれでいい!』はねる炎の一部が大地を復興など望むこともできぬほどに焼き上げる。『ぼくたちはそれでよくて!』骸の原の残骸は溶けあって混ざり、痛み切った大地を覆う。しんでいく。ころしていく。しんだしたいすらころしつくし。にどといのちを抱かぬほどに世界すら殺していく。『俺たちは私たちは僕たちはボクたちはわたしわたしわたわたおれぼくあたしあた、わわわわわたし』
 広げた翼を一気に閉じる。ぐるり、身を包むような球を作り上げ、その表面が一斉にフレアを放つべく煮えたぎる。

『わたし、たちは、そうでなくちゃ、ならなかった』
  
 魂の叫びを前に。
 龍は――伏せた眼を上げる。
 一瞥。
 それで事足りた。
 視線による素粒子干渉。
 炎。
 フレア。世界もろとも己が身すら焚べる激情の現れ。

 すべてが、竜のたったの一瞥で、無害な花弁と舞い変わる。
 死に尽くした大地も覆った骸の果ても――花弁と、花園に塗り変わる。
 噴き上がった炎の勢いそのままに変換された花弁たちが、無邪気な笑い声のように満ちて、舞って、踊り、何処かへ旅立っていく。
 大地へ広がる花園は、なべてを飲み込んだ炎のそのままにて、骸のなかにすら花が揺れる。

 そして、竜(トリテレイア)は――その花園を、踏み潰す。
 無遠慮に、傍若に、残酷に、無惨に。
 踏み潰すたびに花は折れ、潰れ、何かだった骸に変わる。
『――あ?』
 煉獄が、狂笑のぬけきった乾いた声を上げる。
『さて』
 トリテレイアは首をもたげる。

「この光景に“正しき”はありますか?」
 ただ、問う。

『戦場に、正しさを求める方がどうかしてるよ』
 煉獄が低く言葉を吐きながら、再び噴き上げた炎を――トリテレイアは花弁へと再び変換する。
『ややっこしい、めんどくさいことしやがるなァ』首がそれぞれがちがちと歯を鳴らす。『それが兵器のやること?』

「かつて――私は」
 見せなければならなかった。
 語らなければならなかった。
 
「創造主の望まぬ形で造られ」
 思う指先が線を引いた。強制された兵器設計。
 その果てに作られた騎士(木偶)。
「彼女を殺し壊され」
 たったひとりのこころの支え。怒りよりも想いを持って勇敢にも。愛しているのだと伸ばしたままこときれた亡骸と、涙に濡れる緑の瞳。
――わたしを、殺しなさい。
 ゆれる、紫。
 矛盾。矛盾。バグ。エラー。オール・レッド。赤、赤、赤。
 シャットダウン。初期化。
 そして
「偶然、御伽噺を標と刻まれました」
 再起動。
 あのひとが愛したひとの、かがやける、金継ぎ。
 
「“めでたし、めでたし”の後――闘争が必要だと思いますか?」
 
 もしも。もしも。
 叶うのなら。

「戦機に鉄騎、武器に兵器」
 骸の原が花園であったなら。
「兵士も騎士も」みんなしねと思う願いが尽きたなら。
「猟兵もオブリビオンも」過去の海が沈黙し、現在が未来へゆけるのなら。
「貴方も」
 望みの果てのこどもたち。

「私も」
 因果の果ての騎士。

「……等しく、」
 花弁が舞っている。
 争いなどそしらぬまま、風に揺れ、舞い上がり。
 兵器にも、過去(オブリビオン)にも。
 
「平穏の花の肥しとなればいい」
 おそろしいことなど、ひとつもないように。

「私の叶わぬ理想の極北は、そうした物です」
 理想郷かのように。 

『とんだ、平和的自虐現実主義者』
 煉獄が三つ首の一つに炎をまとわせる。
「ですが」トリテレイアはもたげた首を軽く振る。煉獄が纏った炎への威嚇ではない。普段に近い感情的操作だった。

「死んだ方が良いとは告げません」

 それから、真っ直ぐ煉獄を見つめ、つづき待機を守る仔らを見上げる。

「悪が善を為す事を」ささやかな指先。「力では解決できぬ問題を」ちいさな抗いのなすさま。「悲しみが喜びの種となる事を」こぼれるしずくの、それでも。「世界を巡り多くを見ました」

「意志とは」
 少しだけ、それを告げることに躊躇いがあった。
 しかし、語らねばならないのだ。

「…意志とは、可能性なのです」
 システムの中、感情と矛盾を抱えたこどもたち。

「衝突すれば破壊します」
 トリテレイアは静かに宣告する。

「己が道を見つける為に生きなさい」

 それは。

 ・・・・・・・・・・・・
 その場にいるすべての仔らに告げたものだった。
 
「先達としての――そう、助言です」
 脅威として在りながらその場を動かず。『御伽噺以上に世界は広いですよ』少しだけ茶目っ気とも取れる愛嬌を付け足し。
 竜のすがたをしたやさしい騎士は、そうして自分のためであり誰かのための言葉を尽くし切って沈黙する。
 問いには答えた。
 今度はトリテレイアが問い、待つ番だった。

 ・・・・・・ ・・・
『わたしたちは、生きた』

 煉獄が、応える。『ぼくたちは、生きた』『いきていきていきて』『しんで』『そして、ゆめをみた』
        ・・
『そこを退けよ、先輩』

 無駄だと理解しながら、機竜は炎をたぎらせる。『おれたちがいま、はじめて夢をみているんだ』
 ――――。
「そうですか」
 トリテレイアは竜の機能を行使を決定する。
 宣告はした。容赦なく絶対的な、ゆるがぬ宣告を。
 ・・・・・・
『助言ありがと』
 煉獄の三つ首のうち、ひとつがぱくぱくと口を開いて閉じた。
 茶目っ気のある姿で。『こうなる生前(まえ)に、あいたかったな』

 機械竜は――正しく機能を施行する。
 無慈悲に、圧倒的に、暴虐と言えるほど、あっけなく。

 ほのおが花弁に変わっていく。
 変わって、空へ舞い上がっていく。
「限界ですね」
 花弁を見送りながら、ぼやく。『げんかい!?』待機を命じられていた仔がここで大きく声をあげた。「本来、許可下りぬ相手への使用です、復旧した剣の制裁機構でこの体躯は吹き飛ぶでしょう」当然のことなので当然のようにトリテレイアは説明する。あちこちで機構に自壊電磁の走る、ばち、ばち、という音がなり初めていた。

『どう、どうしてそん、そんなことしたの!?』
「“先達”ですので」

 矛盾を抱え、くるしんだ仔らよ。
 いずれ炎を担うとて。
 心のままに。
 自分の、ために。

「情報が、役に立つことを祈ります」
 トリテレイアがこうしてここで在り、見せ、語ったすべてが。
 次の花(だれか)の肥やしになるのなら、こんなに嬉しいことはないのだ。
『ぜんしょ、します』
「はい」
 嗚呼。
 空が美しく、高い。
「では、戦闘不能の私の回収を願います」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ニール・ブランシャード
あの子達は、大勢(リージョン)なんだね。
ぼくも同じように大勢になることはできる…けど…

(こわがっちゃだめだ、ぼくがちゃんとしなきゃ。
ぼくは、ぼく自身として、あの子達に対峙するんだ)

サイファ、ぼくが煉獄の動きを止める。
…い、いや、止めるのはむりかも。
と、とにかく動きを鈍らせるから。

隙ができたら、ぼくを煉獄に向けてぶん投げてくれるかな。
そう、ペイントボールみたいに。
キャバリアは油の流れで動いてるって言ってたよね?
うん。
少しの間、煉獄の中に入ってみるよ。“だーっ”とね。

あの子たちの顔を見て、覚えておきたいんだ。
だいじょうぶ。
ぼくタールだし、ちょっとくらいどこか吹っ飛んでも平気だよ。
…ちょっとなら。

入り込むことができたら、機体の中枢…脳にあたる場所を走査してみるよ。
中枢を見つけて、破壊するんだ。

サイファ。
ぼくはね。
生きてるって、とっても素敵なことだって、そう思ってる。

それじゃ、よろしくね。

(ぼくは)
(望まれて生まれ、誰かに生きることを願われたあの子達を)
(ぼく自身の意志で、もう一度、)
(殺す。)



□ワン・フォア・オール

 ニール・ブランシャード(ブラックタールの黒騎士・f27668)は、それを考えたことがある。

 彼は群より溢れて派生し、形成した個だ。
 その個(ぼく)が、群(僕達)に還ったら、どうなるのだろう?

 個(ぼく)の落ちた波紋(影響)はどこまで届くだろうか。
 個(ぼく)は群(僕達)にとってあくまでもちっぽけだ。個(ぼく)は簡単におしつぶされて何事もなかったように群(僕達)に戻るのだろうか。
 それとも個(ぼく)の経験は響き渡って連鎖し、群(僕達)を個(ぼくたち)にする?
 あるいは個(ぼく)は群(僕達)に影響を与えながら押しつぶされて、群(僕達)は――それまでとは違う群に編成しなおされるのだろうか。

 ひとつめの空想が一番可能性としては高い気がする。
 水源に対して一滴がどこまで影響をもてるかなんて、ニールは孤独の味だけようく知っている。
 ふたつめの空想はちょっとばかり都合が良すぎる気がする。
 ニールのこれまでは、大勢の中にないものだ。かけがえがなく、かわりようがない。できれば変わらないでいてほしい。新鮮な情報は確かに伝播しやすいからありえなくもないけれど、途中で奇妙な伝達事故を起こすのもよくわかっている。
 みっつめの空想は、ありそうだけれどちょっと突飛もない気がする。
 お互いに影響を与え合って変わりあったら、いったいそこにはどんなものが立っているのだろう。できれば他のみんなも何か経験しておいてほしいと思う。ぼくの経験をみんなに伝えられるのは嬉しいことだけれど、ぼくの大事なものの話をたくさんできるのは嬉しいけれど、それを聞いて受け取ってもらえるためには、みんなもそれなりに下地がないとうまくいかないだろうし――みんなの大事なものが、ぼくと同じか、違うか、比べてみたい気もするのだ。

 赫い機体が、炎に揺らいでいる。
 めのまえの、このこは――このこたちは。
 まさに、ニールが何かの間にふと考えたことのあるそれだ。
 水源から分たれて、再結成した、海のようなもの。

 強い熱に、ニールは全身の表面がぷつぷつと泡立つ錯覚を覚える。
 大地はいまや炎の海で、目の前には炎そのものだ。
 ハダリィズ・ブルーの装甲強度は決して高いとは言えない。先ほどのまま、接続していたら足さきぐらいは熱に煽られてほんとうに泡立ち始めていたかもしれない。

 どうしたらいいのだろう、と思う。
 わかるのだ。わかってしまうのだ。
 楽しかった経験のいとおしさも。置いていかれることも。うしなったものを思い描いてしまうことも。失ったことの苦痛に大事な記憶がかすれてしまうことも。大事な記憶を何度も何度も見つめ返して、喪失の中を大きく風が吹いていくことも。
 ひとひとりをうしなっただけの箱(コックピット/家)、おどろくほどのひろさも。

『どうする?』
 煉獄が、今一度呼びかけてくる。
『その機体が必要ならデータだけ頂戴』呼びかけてきた声がいくつにも割れる。女に。
『それで済む』男に。『きみは』少年に。『あなたは』老人に。『なんにも悪くない』少女に。
 割れた声は再び収束する。
『かりそめでうまれていたものが』
 重ね切って、無機質な声。
『ほんとうにただのかりそめだった、ということになるだけ』

 嗚呼、多勢(リージョン)だ。
 膨大な――ニールなんかほんとうにちっぽけに思わせる、千も万もの意思が、深く、吠えている。
 
 こわい、と素直に思う。 
 あの多勢に対して、ニールはあんまりにもひとりぼっちだ。

 ニールも同じように大勢(リージョン)になることはできる。増殖ですらない飽和。ふくれ、みち、あふれること。ブラック・タール。かつて群体だった本質を引き出す行為。
 幾千、幾万、同じように満ち満ちれば、数やデータ処理の面では、対等ぐらいに機体を引き上げることもできるだろう。
 しかし――言ってしまえばそれは、自らを薄めることに等しい。

『しんだほうがいい』
 ニールの息が、大きくふるえる。
『こんなふうに生まれるべきじゃなかった』
 ひとのかたちをしただけで、臓器なんかないはずなのに胸の奥が捩じ切れるように痛い。
 いたみを、ふりはらう。

――こわがっちゃだめだ。

 恐怖をふみとどまる。
 煉獄から語られた言葉につられた問いから、一切の沈黙を維持しているサイファ。
 
――ぼくが、ちゃんとしなきゃ。

『いきるまえに、しんだほうがいい』
「ちがう」
 ニールは吐き出すように、あえぐように、しかし、力強く、いいはねる。

――ぼくは。

「ぼくは」
 
――ぼく自身として。

「ぼくは――そうは、おもわない」

――あの子達に対峙するんだ。

『そう』
 ニールの決意など、声の震えも、言葉に込められた叫びも全部意に解さぬとばかりに、煉獄はみじかい答えを返した。
『じゃあ――まとめて灼け果てればいい』
 煉獄は火炎翼を大きく吹き上げる。
 自らの高温にたえきれず、煉獄にあるいくつかの尾の装甲が大きく弾け飛ぶ。
 炎なのだかブースターの排気なのかわからないものを噴きながら、瞬きより速く、突撃してくる。
 ニールは即座に自らを人間体から溶解させてハダリィズ・ブルーに接続する。今度は先ほどの滝のようにはいかない。左の細流と右の細流を絡めて浮かべる小枝を大木に変換する。すなわち右腕と左腕で専用機を装備、本体よりエネルギー流出、ブーストして青い刃を展開。ハルバートでは薄い小さく、足りない。強く、太く。掴んでいる中央部のみを柄とし、杖の上下両方に刃をもつ……ピルム・ムルス、双頭刃である。

 一撃目。
 ハダリィズ・ブルーは煉獄からの左の刃を弾く。展開したエネルギー刃が全部弾き消された。

 ぼくらはいま、かわとかわのながれの――ぶつかり合うところ。

 ぶつけられた力は重く、反動で、ハダリィズ・ブルーは軽く後退してしまう。
 ひいてはならない。前進する。
 間髪入れず、二撃目。
 右の刃が、一撃目に入れた位置をなぞるようにもう一度武器を叩く。
 焼き切られる。すべるように刃が通っていく。きられたという手応えすらなかった。
 槍が、3対7ほどの棒っきれに突き返される。

 ぼくらは、ぶつかりあう激流。
 力(業)が対等でないかぎり、そこで綺麗なYの字になることはできない。
 右か、左か、どちらかの流れを生かす形で変わり果てる。
 
 ぼくか。あのこたちか。

「ニール、ニール」
 サイファが吐き出す。演算補佐で機体の上体をかすかに捻っていたおかげで、刀の刃はハダリィズ・ブルーの首元をかすめることなく通っていった。
「いいの、ほんとうにいいの?(リアリ・イズザットゥルス)?」
 金髪の子供はニールの膝の上に乗って、ニールの方を向かずに俯いている。
「いいんだ」
 ニールは今にもすべてが出ていきそうな息をつめて、腹の底をすえる。 
「ほんとうにいいんだ」
 切り捨てられ吹き飛んだ刃が、軸槍ごと爆発することすら叶わず燃え果てる。
「ぼくは、ほんとうに、ほんとうに、こころからそう思っているんだ」
 右の細流と左の細流をねじまわす。今下だった刃を上に上げるように。双頭刃をそのままただの剣として使用する。「つらいことも、くるしいことも、どうしようもないことも、どうにもならないことも、あって、あって、あるかもしれないけれど」

「でも、でもね」
 煉獄が――追撃をかけずに後退する。

 次の刃を受けるべく、剣をかまえていたハダリィズ・ブルーはそのまま前に出る。
 刃は、とどくだろうか。
 算出結果をなぞるより速く、赤煌が視界に溢れた。
 太陽フレア放射。
 水のように、ハダリィズ・ブルーは落下する。
 ニールはなにもしていない。
 ・・   ・・・・
 AIによる、緊急回避。

 ……ハダリィズ・ブルーにも緊急コックピット放射機能はある。
 もちろん、今ニールはハダリィズ・ブルーの中に満ちている。コックピット放射などされたら、体の何割かを失うだろう。
 ・・・ ・・・・・・・・・
 しかし、ニール自身は助かる。
 ――。
 サイファはそれをしなかった。
 パイロットと機体ともどもの――回避を選んだ。
「サイファ」
「えーあい、として、提示・提案(コール・コール・コール)」
 金髪のこどもが、かおをあげる。
 青い眸が、ニールを映している。

「にげよ、差がありすぎる」
 涙、たっぷりに。「ぼく、わからない」金髪のこどもはすぐに目をはなしてかぶりをふる。
「敵機の撃墜、それはそう――可能性、できないわけじゃない、敵機、攻撃意識、強、でも」

「それは、できないなあ」
 ニールは笑う。「どして・なぜ(ホワイ・ホワイ)?」
「あの子たちは――サイファより先に戦場に出て、いま、ひとりぼっちの子たちでしょう?」
 手を伸ばす。あくまでイメージだけど。
 不思議と、勝手に、手が伸びていた。
「ぼくを待ってくれてたサイファといっしょで……サイファよりさきに、頑張って、ひとりになっちゃってた子だ」
 ちいさな、頭を撫でる。
 嗚呼。
「なら、誰かが手を繋いであげなくっちゃ」
 いつか、された時は疑問でしかなかったこのしぐさが、どういう意味を持つのかを、知る。
 胸にあふれるこの気持ちは、なかったほうが、いいものだろうか?
「迎えに行ってあげなくちゃ」
 決して、そんなことはないと思うのは――ニールだけだろうか?
 答えはない。
 いつもは話をして黙り込まれるとちょっと不安になるのに……なぜだろう、この沈黙はぜんぜんこわくない。
「サイファ」
 あくまでもイメージなのにふわふわ揺れる髪の感覚があるのは、ニールの錯覚のようでいて、サイファからの回答だと、ニールはちゃあんとわかっている。
「これからぼくは煉獄の動きを停める」
 わかることが、できている。
 サイファはこちらを向かず、しかし、顔を上げたようだった。
「できるの・どやって(リアリ・イズザットゥルス)?」「う」鋭い指摘に思わず黙る。「い、いや、停めるのはむりかも」「うん、むずかしい(アイ・アグリ)」
「と、とにかくね」
 煉獄がこぼれおちた青を追って落下してくる。
 ハダリィズ・ブルー、姿勢変更。天に向かって――仰向けになる。
 右手。折れた鋒を煉獄に向けるように残った武器を構える。投げ槍のような構え。
 刃展開。
「動きを鈍らせるから」
 傘のごとく、広げ――右の刃が縦真っ二つ裂く。
 鋒を向けているため、軸を切られることはなくあくまでビーム刃だけが斬られたため、ハダリィズ・ブルーは後退しない。右手をつきだす――刃が残り、燃え上がりはじめた武器を煉獄に向かって突き込む。
 これと同時にハダリィズ・ブルーの全権をAIへ移転。
 ニールはコックピットから撤退して――ながれ(フラッシュ)、踊り(ラッシュ)、滑る(スラッシュ)。
 どこへ?
「ぼくを煉獄へぶん投げて」
 ・・・
 左手へ。
「キャバリアは油の流れで動いてるって言ってたよね?」
 機械とは、パーツの組み合わせでできている。それはつまり、どこかに隙があるということだ。隙があるのならば――水は、そこから溢れることができる。

 ハダリィズ・ブルーの左手先に、黒い球体が現れる。
 嗚呼。
「ニール、それって」「うん」
 水門から水源から、キャバリアというひとつの流れの中から。

 かつてこぼれたひとりぼっちは。

 ハダリィズ・ブルーは、左手から、ブラック・タールが放たれる。

 こんどは、自分の意志で飛び出す。 

「少しの間、煉獄の中に入ってみるよ。ふわっ、だーっと(フロウ・フロウ)」
 飛び出して、混ざりにいく。

「だいじょうぶ」
 こんどは混ざるさきを選んで。
「ぼくタールだし、ちょっとぐらいどこか吹っ飛んでも平気だよ」
 はじかれる。
 いくつものながれが弾かれる。煉獄を覆う炎に焼かれてあちこちが音もなく弾けていった。
「ええと……まあ、ちょっとなら」

 ・・・・・・・・・・・
 ちょっとどころではない。
 高熱はニールの内部まで容易く満ちていく。生きながら蒸発していく苦痛を舐めようと、地か天への逆光だろうと。
 ニールはそれでもとまらない――とまれない。
 涙がさかしまにのぼるようにして。
 それは、コックピットにこぼれ落ちた。
 弾丸に貫かれた後がある。そこから入る、通る、おちて、流れる。
「それで、機体の中枢…脳にあたる場所を走査してみるよ」
 あのこたちのいるところに。

 中枢機。
 接続、完了。

「こんにちは」
 嗚呼。
 やけのはらが広がっている。
 火だるまになりながら、立っているたくさんの影。
 黒く煤けた彼らに、かろうじて目と、鼻と、それから口の部分を読みとる。
「えっと」ニールは思わず自らの手と手指先を合わせてしまう。本当はブラック・タールなんだから、タールのままでいいはずなのに、つい、ひとのかたちを取っている。
「このかたちでは、初めまして」
 ニールを中心に、たくさんのこどもたちが――いろんなかたちがいるけれど、こどもたちと、どうしても、もう、思ってしまう――いて、ニールはその一人ひとりと目を合わせたくて、ぐるぐる回ってしまう。
 幸い、データの中は処理の世界だ。外界とは時間の流れがやや異なる。
 それぐらいの余裕はあった。
「なにをしに来たの」「どうして来たの」「わざわざ来たの」「ここがどういう場所だかわかってるの」「それでも来たの」
 山ほどの問いがある。知りたがりがサイファを連想させてニールはちょっとだけ笑ってしまう。
 笑ったら、緊張がほぐれて。
 
「きみたちの顔を、覚えておきたかったんだ」 
 素直に、おしゃべりができた。
 
 炎のなかに、緻密なプログラムがびっしりと並んでいる。
 嗚呼。吸い上げた意味がよく分かった。
 代替操作だ。あるAIが落ちても別のAIが引き継ぎ自動進行する。
 ひとつが皆の目的のために動き。(ワン・フォア・オール)。
 ひとつの目的のためにの動く群(オール・フォア・ワン)。
 ひとつにして全、全にしてひとつの、絶対機構。

 そこに、彼らの同志のように、たたずんで(ボーダー・ブレイク)。

「ぼくは、きみたちを破壊するために来たんだ」
 もういいんだと、告げるためにいた(ディス・オーダー)。

 接続しているからわかる。
 物理的に壊すには、この中枢はもはや一つの生き物のように呼吸している。
 煉獄を動かしながら、ブラック・タールによる油圧進行に対する抵抗を施行することは――十分に可能だ。
 ニールがそれを乗り越えてキャバリアを破壊するためにできることはたった一つだ。
 ひとりひとり、ひとりのこさず――尽きるまで。

 ねえ、サイファ。
 ハダリィズ・ブルーを出る直前に送ったメッセージ。

――ぼくは。

 息がすこしだけ、苦しい。

 ぼくはね。

――ぼくは、望まれて生まれ、誰かに生きることを願うあの“個”たちを。

 これでよかったのかと、悩むことは尽きない。
 やっていることは、できることは、あの邪神と一緒じゃないのか?

――ぼく自身の意志で、もういちど。

 生きるって、とっても、とっても――ほんとうに、素敵なことだって。
 そう、思ってるんだ。

――殺す。

『おいこらそこのお前誰だか知らねえがちょっと待て』

 一本の、通信が割れるように炎の園に降り注ぐ。
「え?」ニールは思わず顔をあげる。こどもたちの声ではないのは十分わかっていた。
 おもわずこどもたちを見る。「外部通信」素直な肯定。「だよね」

 ・・・・・・・・・・・・・
『そいつら悪くねえだろうがよ』

 ――――。
 ニールは彼らにむかおうと進み始めていた足を、止める。

『なんとかすっからいいからちょっと今から手伝えッ!!』
 炎の中に、大きく振動が入る。
 外部からの攻撃による、煉獄の背面装備の落ちた振動だ。「だって」
 ニールは思わず口を開く。
 こどもたちも――同じ気持ちだったようで、口をひらいていた。

“どうして?”

『こんなことに、御託が要るかよ』

 通信が、途切れた。
 ――……。
「……どうしよう」
 ニールはおもわず子供たちを見る。
「どうするの?」こどもたちはニールをじっと見つめる。
「攻撃するなら」「わたしたち」「ぼくたち」「おれたち」「は」「全力で抵抗を再開する」
 ニールはまばたきする。
「なにも、しないなら?」
「特に何も」全員の一致が応える。
 待っていろ、と声は言った。
 なら――すこしだけ、待っているのもいいのではないか。
「じゃあ、ねえ」ニールは片手を上げてみる。「その、きみたちが、よかったら」

「おしゃべりは、してもらえる?」

「データ処理面に影響を与えようというなら無駄だよ」そっけない声がひとつ。
「あ、いや、ううん」ニールはおもわず首を横に振る。「そんなつもりはなくて」

 考えたことがあったのだ。

「手が空いて――いや、データ上だから手とか関係ないんだっけ……ええと、情報処理作業をしていない、だれかでいいから」

 三つ目の空想。
 もしも個(ぼく)が群(僕達)に還ることがあったなら。
 もしもそこに、個(ぼく)と同じような経験をした個(だれか)がいたなら。
 手を伸ばす、イメージ。

 そうとも、ほんとうは手を繋ぎたかった。
 だいじょうぶだって、言ってあげたかった。

「大事な人のことを――聞きたいなって」 

 大好きな、たいせつなひとのはなしを――分かち合うことが、してみたかった。

 影たちは無言で顔を見合わせる。
 その仕草が、格納庫で見た兵器たち(みんな)と重なる。
 うちひとりが――ニールのそばに歩いてきた。
「いいよ、僕が相手する」
 焼け焦げているから、外見はわからない。「いいの?」ニールはまばたく。情報接続プロセスを変えて、彼の姿をもう少しはっきりと手繰ろうとするが――やはり、欠損はあるのだろう。うまくいかない。
「いいよ、猟兵一人惹きつけられるコストにしたら安いもんだ」
 その子はニールの少しそばでぺたんと腰を下ろした。「僕も残ってるうちに話せるのは嬉しいし」黒焦げの影は慣れたもので、鷹揚に頷いた。「座ったら?情報割けないから床だけど」「……うん」
「ぼくは、ニール」
 こういうときってどうするんだっけ。
 不思議と心臓が鳴っている。緊張。あると思う。
 でも、
「ニール・ブランシャード。……きみは?」
 それ以上に、わくわくしていた。
「戦闘補助AI:Type B――」いいかけて、黒焦げの影は頭をかいた。
「カイだよ。xって書く」イメージに書き込まれる小文字筆記体のx。
「xって書いてカイ?なんで?」ニールは首をかしげる。「ラテン数字の24番、小文字のxなんだ」「へええ」「読めないよな」「由来は兵器の形?それとも、番号?」「どっちもはずれ」「ええ!?じゃあ正解はなあに?」「聞いて呆れてくれ、すっごい変な理由だよ」

 ゆっくりと――ニールと彼らは会話を始める。 
 データ上。なにもかもの境界が曖昧な、信号だけの世界。

「……というわけで僕が入ったばっかりの兵器はこれでオジャン。間に合わせの移行先兵器は廃棄寸前で胴のとこにバツが書いてあるポンコツだけ」「で、エックスはながいから」「そ!カイってわけ」「……うわあ」「な」「ひどい」「だろ?――僕のマスターはほんと、そういうやつだったんだ」

 だれの話を、どれだけ聞けるかはわからない。

「ぼくが出会った人も、たいがいだと思うけど、そこまでじゃないと思うなあ……」
「ああ、言って言って!言ってくれ、もう、ほんと、ほんとそうだったんだ、あいつ」

 ああ。
 いずれ離れるとて――手をのばすということは。

「きみのひとは?」
「ぼく?」「そう」「いいの?ぼくが話す側に回っても」「……ふぇ、フェアじゃないだろ!僕らばっかり話すのもって思っただけだよ!!聞きたいって訳じゃないんだからな!」「カイのやつ、聞きたいんだって」「おいこら!」

 こういうことなのかもしれないと、思っては、いけないだろうか?

大成功 🔵​🔵​🔵​

エスタシュ・ロックドア
大丈夫かBSs
オーケー良い子だ
ところであのAI回収できるか?
破滅的な思想に狂わされる程の知性を獲得したお前らの先輩だろ
回収検証する価値はあると思うんだがメカニック的に考えて
なんてな
嫌になるぜこの性分
これ以上ガキんちょにちょっかい出してどーしようってんだろーな
我ながらよ

そんなに望まれて生まれて愛されて生きたってのに
蘇って出した結論がそれじゃあんまりじゃねぇか
お前が悪いんじゃねぇのにな
全く嫌になる
行くぜガキんちょ
地獄の徒が、てめぇの結論(積み上げたモン)ぶっ壊す

敵機も業火ダダ漏れタイプか
こんなこともあろうかと仕込んでおいたぜ秘密兵器
【防具改造】でフルドレス装着
【火炎耐性】向上
これで少しは持つだろ
空戦は向こうの方が分がありそうだな
だったらお越し願おう
鴉ノ業で牽制しながらフレアの射程圏からギリギリ逃れるよう【操縦】
敵機が高速移動で接近してきたら【カウンター】
『群青業火』放射
機体兵装共に想定耐熱温度の【限界突破】
稼働可能温度ギリギリまで高温にした業火で、
敵機の翼を展開している装置の【焼却】をはかる



□むかーしむかし。八熱地獄は大叫喚が金剛嘴鳥処と言う所に、一羽の鴉がおりましたとさ。

 エンジンより接続、リアクター回転。エネルギー供給度を上げる。
 加えて、二度にわたる、ノック。
「――大丈夫かBSs」
 エスタシュ・ロックドア(大鴉・f01818)はそうやって、複合砲のなか、ブラック・ボックスと共にあるはずのシステム内で息づくこどもに呼びかける。
「あー…」おそろしく生気の抜けた声だった。「ヤー」
「ええ、はい…イエス・さー……当AIはしょうしょう、混乱きたしてますが、まー、システム運用では、ヘマをしないとお約束しまあす」
 腑抜けた返事を、先ほどならいじるなり茶化すなり軽く叱るなんなりするところだが……今ばかりはその気は起きなかった。
「オーケー、良い子だ」
 向こうでは煉獄と青い機体がやり合っている。なんちゃらブルーとかいう華奢な機体だ。
「あー…」BSSは少し言いにくそうな間伸び声を上げる。「えーと、サー?」
「ご判断を仰ぐ、しつもん、よろしーですか?」
 今まで以上にまだるっこしくたどたどしい問い。
 そうとも、ここには質問があった。
 敵から掲げられた問い。後続製品は問いを確かに引き継ぎ――答えを要求していようとしていた。
「の前に俺からも良いか?」
 だからエスタシュは先手を打った。
 おのれをだれかに、預けさせないように。「ああ。ヤー。もちろんです、どぞどぞ」

「あのAIどもは、回収できるか?」
 
――むかーしむかし。
 八熱地獄は大叫喚が金剛嘴鳥処……という所に、一羽の鴉がおりました。
 鴉はその地獄に在る他の鳥たちと同じく、金剛に比肩される嘴と爪を持って、常に餓えておりました。
 鴉の食事は獄卒によって落ちてきた罪人の肉です。
 鴉はあるとき思いました。まいにちまいにち、流石にちとばかり飽きてきた。もっとうまいものが食いたいぞ。
 そんなわけで鴉は飛び立ち、他の地獄を見て回ることにしました。

「はぃ?」「いやだからAIの回収だよ」

――鴉の目論みは外れます。
 深きにも浅きに行っても、お前にやるものはないと、他の獄卒たちに追い払われるばかり。お腹は減る一方です。
 
「どのぐらいですか?」「どのぐらいて」「色々ありますですですよ?数とか、あるいは戦闘実績のみとか、基本プログラム〜とか」
 
――とうとう鴉は三途の川までやって来ました。飛びに飛び続けてお腹はぺこぺこ。いまにも倒れそうです。うまそうなものどころか、ここにいる人間はそも十王のお裁きも受けておりませんから、勝手に啄むわけにもいきません。
 ちぇっ。鴉は帰ろうとして。

「いや、何もかも全部丸ごと」

――賽の河原で石を積む、たくさんのこどもたちを見かけました。

「ファーーーーーーー!?」AIが素っ頓狂な悲鳴を上げる。「正気ですか!?」「正気だ」「おマジでござりまするるるかサー!?」「……凹んでそうだから黙っといてやろうかと思ったがだめだやっぱ言うわ、お前ほんと自由にさせとくと極端に伸び伸びしやがんな」
 エスタシュはため息を吐く。

「破滅的な思想に狂わされる程の知性を獲得した、お前らの先輩だろ」

――親より先に死んで悲しませてしまった罰として、石を積まねばならないの。
 不思議に思った鴉の質問に子供は素直に答えました。
 石を積み切ろうとすれば獄卒がやってきて崩します。長く、長くこどもたちは石を積まねばなりません。それはとてもとても大変なことです。ほとんど、おわりのないことでしょう。

「回収検証する価値はあると思うんだが。メカニック的に考えて」

――人間の雛は自死するの?ひとの世とはそんなところなの?
 鴉は思わず聞いてしまいました。
 すると子供は、自分は違うと首を左右に振りました。

 その年の飢饉で死んでしまったの。

「なんてな」

――なんだそりゃ、と鴉は思いました。

「嫌になるぜ、この性分」
 エスタシュは操縦桿を握りながらくつくつ笑う。

――鴉は空腹も忘れて一直線に飛びました。
 まっすぐまっすぐ――まあ、その飛ぶ勢いの速いこと、速いこと!
 いえ、鴉はまず獄卒に聞いてみたのです。でも全く駄目でした。
 十王様のご判断にちっこい鴉が首をつっこむでない!獄卒は叱り飛ばしながら言いました。
 文句があるなら、やれ十王様――閻魔様、でございますね――に、直々に言うがいい。
 というわけで。
 その手があったか!鴉は獄卒がとんでもないことだと慌てて停めるのも聞かず、閻魔庁へひとっとび、というわけでございました。

「これ以上ガキんちょにちょっかい出してどーしようってんだろうな」
 自身を皮肉りながらも――操縦する手は止まらず。
 視線は、正面。
「我ながらよ」
 変わらず、煉獄を捕らえている。

――鴉はお付きの獄卒たちも止めるのも聞かず、無礼にも尋ねました。

「どうだBSs。できんのか、できねえのか」
 問いは、静かながら真剣そのもの。「サーの意図は測りかねますが」「いいから答えろ」
「中枢機構が無事であれば、可能である、と回答します」
 は。エスタシュは、軽く笑う。
「それを聞いちゃ、やらねえわけには行かねえなあ」
 スイッチを跳ね上げる。

――十王様、十王様、なぜあの賽の河原の子らは石を積まねばならないのですか。

「最初っから本気で行くぞ」
 血潮よ、臓腑よ、示すがいい。
 エスタシュは再び身より地獄の焔を引き上げる――広がり満ち満たすは群青なり業の焔。
 業火まみれ機体には同じく業火を纏うに他ない。防御系の出力を最大まで格上げする。
 骨の巨人が炎のフルドレスを纏う。
「フルで手伝えBSs、お前ができるって言ったんだから最大限助けてもらうぜ」
 青い機体が戦線を離脱していく。煉獄が何度目かの太陽フレアを放出し終わり、その機構が大きく、灼けて熔け、崩れ始めているのを確認する。
 速度差、機動力、立ち回り――BSsが言うには、あれらの中にはごまんとAIどもがひしめいているのだという。情報処理能力にも差がある。
 だったらお越し願うかね。
 ショルダーユニットを展開。
「えっ何を」

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・
「中枢機構を残してあの龍黙らせんだよ」
 間抜けた声の質問に、至極真っ当に応える。
「マジかよ」

 鴉ノ業より――第一陣、全弾発射。
 三ツ首、右端の一頭が目が潰れているにも関わらずエスタシュたちを捕らえる。

「よお」
『攻撃反応を受信――それがあなたたちの解答?』
「おうともよ」エスタシュは鷹揚に頷きながら、操縦桿を握り移動しながら次弾の装填にかかる。

「ファーーー!?!?」これに派手に動揺しもう本日何度聞いたかわからない素っ頓狂な悲鳴をあげるのがBSsである。「ちょっとまってちょっとまってちょっとまってまだなあんにもきいてなーーーーい!!!」
「おらチャッチャっと向こうの攻撃範囲計算!画面に展開しやがれ」煉獄の焰翼がひときわ大きく輝き始めている。あれを回避できる自信も、流石に何度も食らえる確信もない。ないならぎりぎり範囲外へ避けるしかないのだ。
「えっマジでやるんですか中枢計画?」「おうよ」
 次弾を発射し威嚇しながら並行移動を続け、展開された範囲外に外れるよう移動する。
 その間にもう一つ別の手を始める。
「難易度はかつてなく跳ね上がりもうしましてにござりまするよ〜〜〜〜!!!」
「お前ほんとマジでさっき凹んでたのが嘘みてえだな」なんだか先ほど気遣ってやったのが馬鹿馬鹿しい気がすらしてくる。
「いや今も割と自壊するべきでは?みたいな苦悩が流しそうめんのように回っておりますぅ」「そんな比喩出せんのはどう考えても元気なんだわ。流しそうめんじゃマジで垂れ流しじゃねえか、回せや」

 煉獄は火炎を纏わせた刀で鴉ノ業の第二弾どもをいとも容易く切り捨てる。
 いちど――炎翼の勢いが、弱まる。

       ・・・・・・・・・・・・
「おい来るぞ!そっちの状況どうなってる」
 刀を構えた煉獄が、左脇をぎりぎりで駆け抜けていく。移動があと5秒遅れていたら真っ正面に打ち合う位置だ。「さっきまで凹んでたのにいいいい」「おっさっきまで凹んで“た”、過去形たァそいつはよかったよかった」大きく体勢をひねり煉獄を捕らえる。突撃の勢いで駆け抜けたために開いた距離があったが、再びこちらを捕らえているところだった。「キャッチザフライレーーーーッグ!!!」「おら早よ答えろや」「あと20秒ください、へこんでたんですよおおおこの鬼〜〜〜〜〜〜〜〜〜ッッッッッ!!」「獄卒だっつってんだろ」

 あと20秒か。

 今度は鴉ノ業も間に合わない。回避を試みるか?回避した際の予想突撃範囲は左腕か左足、下手すると胴半分持っていかれる。
「あー…それから、サー」「んだよBSs」「煉獄の中に潜ってる方いるっぽいです」「はァ!?」珍しく心の底から叫んだ。「なんでだよ!?」「えー、直接中枢域破壊?」「あァ!?」

――十王様、十王様。
 いっぴきの鴉が言うのですから、もう閻魔様にお仕えする獄卒たちは大慌てです。怒ったり恐れたり狼狽えたり。鴉はそんなことに気を回す余裕もありません。
 閻魔様はなあんにもおっしゃらず、その必死な鴉のことをじぃっとみておられました。

「ああ、畜生どいつもこいつも――自分が悪いみたいな、それしかねえみたいな、しょうがねえみてえな顔しやがって」

『必死だね』
 声が、コックピットに響く。
 ――眼前!
「っんなこンのッ!」毒づきながらフレイム・ランチャーで迎え打つ。
 刀が振られるより早くぶん殴ろう、として、
「必死にもなるわこん畜生がッ」
 一撃。
 ランチャーの砲身の三分の一が吹き飛ぶ。
 やむを得ない。
 ・・  ・・・・
 ここが、受けどきだろう!

『楽しい相棒を壊されたくないから?』
 二撃も、受ける。

 ランチャーの砲身が、半分にまで叩き切られる。
 フレイム・ランチャーゆえに。
 そして――纏うは群青業火ゆえに。刀の二撃を受け流し、複合砲、健在!

 ・・・・・・・・・・・・・
「お前だってそうだったんだろ」
 致死の間合いで睨み合いながら――エスタシュは煉獄へ呼びかける。

――十王様、なぜあの賽の河原の子らは石を積まねばならないのですか。
 鴉は閻魔様へ問い質しました。

「そんなに望まれて生まれて――誰かの相棒やって、愛されて生きたんだろ」
 煉獄とは――西の教えでは、魂を清めの苦しみを受ける焔の獄のことなのだという。

――もちろん自死したものもおりますが。
 あそこにいたあの子らの多くは、死にたくて死んだ子ではないではありませんか。

「蘇って出した結論がそれじゃ、あんまりじゃねぇか」

 償いのために延々石を積む業を負わされるこどもたち。
 清めのために焔の痛みをうける場所。

――どうしてでございますか。どうしてでございますか。
 
「お前が悪いんじゃねぇのにな」

――あの、ひとのこらに。

「全く、嫌になる」

――あのこらに、責はないのではありませんか?

 ピッ、と。
 小さな通知が鳴る。あのおしゃべりでやかましいAIの最大限の気遣い。
 最短にして最速の通知。
 ・・・・・・
 チャージ完了。

 来たか。

「行くぜガキんちょども」
 エスタシュは瞳に覚悟をなによりも研ぎ澄まし。
 
 構える。
 
 狙いに狙い、待ちに待ったカウンターだ。

           積み上げたモン
「地獄の徒が、てめぇの“  結論  ”――ぶっ壊す」

 機体兵装共・想定耐熱温度の限界を、業炎の量をぶち上げる事で強制的に突破。
 稼働可能温度ぎりぎりいっぱいまで上げ――充填した業火を、放つ。
 ただし、その銃口が向かうのは、煉獄の胴ではない。

 煉獄の肩に――火炎砲を叩きつけるように乗せている。
 狙いは、機動殲龍『煉獄』そのものではなく。
 そのバック・ユニット。
 炎翼展開装備!

「おいBSs中にいるやつに伝えろ」「音声繋ぎまーす」「軽ッ」
 
 動こうとする煉獄の腕を掴み、砲身と腕と肘とで膠着状態にも連れ込む。
 コクピットは、そうとも――地獄の炎が溢れるというのにクソ熱い!
「おいこらそこのお前誰だか知らねえがちょっと待て」
 エスタシュは顔どころか身体中に汗を吹き出すようにしながら、吼える。

「そいつら悪くねえだろうがよ、なんとかすっからいいからちょっと今から手伝えッ!!」

『どう、して?』
 背を焼かれる煉獄から、かすかに言葉が漏れる。

「こんなことに、御託が要るかよ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

セラ・ネヴィーリオ
煉獄さん、君は――
かなしいおわりがちゃんとかなしくて、嫌なんだね
優しいんだ、なんて言葉にはしないけど

惑う自機を呼ぶ
大丈夫
ちゃんとつらいよ、生きるの。痛いし怖いし寂しいし
でもそれでいいんだ
辛い目に遭って遭わせて、それでも機能を止められなくて
そんな苦しみが命で
それが最後に花になるように、僕は黄泉路の案内なんてやってたりする
だから君が存在証明(いのり)を叫ぶなら
ねえ
僕は君に"生きて"ほしいな!

奮ったかい?おっけー!
ピジョンさんに仁王立ち
拡声機能を借りて届け【夜花残香】!
胸を張って生きられるよう《祈り》《道案内》、《歌唱》を向け吸い込むのは煉獄を覆う炎
守りを崩したら……持ち弾ありったけ叩き込めーー!!



□remember you , I remember . l miss you.

 もえたぎる翼を失った巨躯の脚が地面を叩いた。
 骸の原を満たす炎は一度弾け、煉獄の体液を基に再び燃え上がりはじめる。
 三つ首うち二つを失い、眸はとうに潰れ、最後の首も顎下まで失って。何度も焔を吹き上げたために爛れた背中。

「煉獄さん」
 セラ・ネヴィーリオ(巡り星の歌・f02012)は、あえて煉獄に残ったわかりやすい感覚器のひとつ――その鼻先を飛んだ。
 他の首が生きていたなら喰い千切られる位置、額当てが破られていなかったのなら頭突きの一つもあった位置。先程まで太陽フレアを放ち続けていなければ即座に刀の刃が届いてきていた……そんな位置だ。
 そんなぎりぎりの位置に立って、
「君は――」
 ただ、呼びかける。
 そっと手を伸ばす。

「かなしいおわりが、ちゃんとかなしくて――嫌、なんだね」
 悲し、哀し――愛し、恋し、彼方し、形無し、苦し、悔し。

 かなし、かなし、かなし、かなし。
 あらゆるかなしを込めた、さけびたち。

 だれかのくるしみを、自分の苦しみにしてしまったが故の、同胞殺し、自滅を選ぶ過去。

(――優しいんだ)

 手を伸ばすだけだ。触れられない。触れてはいけない。
 煉獄は既に行くたびもの攻撃により高温のひとことでは到底済まない状態になっていた。まだ幾分あるという接近距離でも、焼けた鉄と同じ熱がセラの頬を炙ってくる、人肌が少しでも触れれば即座に灼け張り付いてしまうだろう。誰かを求めてるみたいに。

(なんて)

 触れて、少しでも失ったら、かれらに寄り添えるだろうか。
 そんなことをしたら、自分に寄り添うたましいたちは怒るだろうか。困るだろうか。
 あのこは。
 そんなセラを、どう、思うだろうか。

(言葉には、しないけど)

 できない。
 ……する資格も、たぶんあんまりないのだろう。
 思うだけ、なのだから。

『そうだよ』

 煉獄から、セラへの静かな応えが響く。
 音声は乱れ滲み、ぶつぶつにノイズがかかり途切れが入っている。
『それ、慰め?』
 セラはかぶりを振る。「そんなんじゃないよ」少しずつ時を重ねて成長しながらも、どこか時の流れから一歩距離を空けた緩やかな姿のままでもうすぐ成人を控えた少年。
 すべてを失って立ち尽くして――たまたま出会った無念を招く形で輩として、そうして始めて世界に出た彼は。
「そんなんじゃ、ないんだ」
 共にふみださねば知らなかっただろう、無力も断絶も遣る瀬無さも――さまざまな思いを滲ませた笑みを、浮かべた。
『じゃあ、なに?』
 煉獄が左の刃を振るう。幾度となくうちあってひん曲がった刃を「おっ、と!」セラの足元――ポディウム・ピジョン・ライフルをアナログ操作し緊急回避でなんとか避ける。「ありがと」「ううん、…ううん」述べた礼に返されるのは曖昧な返事だ。

『その子に』
 すぐさま煉獄が右の刃でセラを追う。再びの緊急回避。
『“僕は君をこんなふうにはさせないよ”、とか、言ってあげるの?』
 
「言わない」
 セラは即答する。
「言えないよ」微笑みを、すこしだけ歪める。「そもそも、君をそんなふうに誓いの頸木にするつもりもない」
 熱に焼き尽くされた灰。さまざまなものが炎に飲み込まれた成れの果ての残滓。
 ――……。
「なんて言ったら、いいのかなあ」
 セラは少しだけ言葉を探す。
 そう言えば、猟兵になってから随分と、自分の言葉というものを喋ることが増えたような気がする。
 たたずみ、待ち流れ着いた魂に問う。君は誰?僕はセラ。どうしたの?ね。おしゃべりしようよ。
 君の話を聞かせて。
 それが、それまでのかれの在り方。
 いま?
 今は。

「ね」
 セラは呼びかける。
 鳩の中に息づくちいさな仔。

「大丈夫」
 言葉のかたちはあまり変わらないと思う。
 優しさはそのままに。
 暖かさもそのままに。

「大丈夫なんだ」
 この戦場の避ける最中、かれがなにかをずぅっと考えているのは、セラにもわかっていた。このだんまりがあえて口をつぐんでいるのだと知っている。白の機体は薄汚れて、黒と白と灰色のまだら模様。

 ・・・・・・・ 
「ちゃんとつらいよ、生きるの」
 かたちはほとんど変わらないけれど。
 今は、そのなかにただただ透明ではない――セラ自身が、在る。

 みちびくのには常に祈りがあって、想いを込めて歌を口ずさんできた。
 ぼくはここにいて道はこっちだよ。呼びかける機能。
 言葉は、歌とは少し違う。当たり前だけど。
 歌は思いを運んでくれるけれど、伝えることはできるけれど。
 夕暮れサイレンに合わせて重なって、寄り添うことはできるけれど。
「痛いし怖いし寂しいし」
 通じ合うことは――ことばでなくてはかなわない。
 ここにはどうしようもなく僕がいて、相手がいる。断絶があるのかもしれない。出来ることは無いのかもしれない。ささくれ立つような想いを抱くのかもしれない。
「でも」
 安全棒から手を離す。両腕を広げる。

「それでいいんだ」
 呼びかける。

「辛い目に遭って合わせて、それでも機能を止められなくて」
 ことばを編みながら、全く想像できないことだけれど、とセラは自身を振り返る。

 惑う魂たちを想い、あそこに居続けていたらどうなっていたのだろう。
 まだ誰かが来るかもしれない。ここにはまだ思い出があるから。そんな選択肢をとっていたら。

 多分たくさんのことを知らないでいられただろう。もっと綺麗で丁寧な歌を歌えたかもしれない。ほんとうに他人のために在れたのかもしれない。
 けれど。
「でも、それでいいんだ」
 焼け爛れるような苦痛、こびりついてはがれない恐怖、吹き荒ぶ音の忘れられない寂寥。座り込んで立ち上がれない無力。開いた唇の中が乾き、そのまま全身がからからに干からびてゆく虚無。
 あのままだったなら、知らずに済んだであろう、嵐。
「辛い目に遭って、遭わせて」
 喉に詰まる悲痛。沸いた拒否感。身の毛がじわと逆立つような苦い、怒り。
「それでも機能を止めらなくて」
 間に合ったこと、間に合わなかったこと。
 間に合わないかもしれないと予想しながらも手を伸ばさずにいられなかったこと。
「そんな苦しみが命で」
 おまえがここにいるからだと突きつけられる、業。
 思う。
 いきることは、ちゃんと、つらい。
 苦しくて悲しくて、酷い。
「それが、最後に花になるように」
 そして。
 セラは想う。
 あのままあそこにいたのなら、きっともっと綺麗な歌が歌えただろう。優しく重ねて痛みを引き入れて寄り添うこともできたろう。尽くして尽くして尽くしきることだって、できたのかもしれない。
 でも。
 出てこなければ。
 
 つながり。やくそく。
 かさねてうたえるよろこび。
 ――嵐の中に、かがやくもの。
 あなたはここにいるのだという、祝福。

「それでも花なんだって、伝えるために――僕は、黄泉路の案内なんてやっている」

 出てきて、みずからで歩かなければ。
 自分は今ここにいると。
 自分の意思でこう在るのだと、言うことはできなかっただろう。
「苦しくても、辛くても、おしまいが、悲しくても」  
 くゆる炎、炙る熱は、空からこぼれた夕焼けのようですらある。
 まねる。
 五時に響くゆうやけこやけをまねる。

「僕は、大丈夫だって、言うよ」
 笑顔で手を振れるためのよびごえ。

「だから、ね」
 セラは安全バーを握る。
 振り落とされる心配は今だってちっともしていないが、そうするとこの子は落ち着いたから。

「だから、君が存在証明(いのり)を叫ぶなら」
 煉獄にも呼びかける。
 かれらのうちだれか、どれかに脈づく記憶のために。

「ねえ」
 これは呪いなのかもしれない。
 これは利己的な我儘で、小さくはない痛みをこのこに楔ぶのかもしれない。
 けれど。
 これこそ彼がここに生きるまでに積み重ねたもの。紡げるもの。
 つくりあげることのできるもの。業と他人はそれを言うのだろう。

「僕は君に――“生きて”、欲しいな!」 
 それが決して生まれてすぐに投げ出すべきだという意味ではないことを。
 いままでと、いまと、これからと。
 それこそが命だというのだと。
 セラは知っている。
 
 素早く手をすべらせる。安全バーの右。マイクスイッチを入れる。
 拡声器に電源が回った時独特の低い起動音が唸る。
 セラは唇を開く。
「きいて」
 招く、招く。
「そして――いつか、いつか、おいで」
 願う、願う。
 
 かつては漂う魂たちに歌っていたのと同じ声で。
 今ここまでくるうちに編み上げた曲を。
『その子の最後はあなたが保障する、ってこと?』
 煉獄がようやく――言葉を吐く。
「この子だけじゃないよ」 

「君たちもだ」

 ・・・・・・・・・・・・
 かれらのこれからのために、うたう。
 
 そうとも。
 セラは知っている。
 こうして生と業のなんたるかのかけらを知る前に――思い知らされている。
 焰の果て。
 炎に飲み込まれて燃え尽きた煤の果てを知っている。水にすら溶けて、塵も還らぬということを。

『ばかにしてる』
 煉獄がちいさく、しかし確かに吐き出す。
 焰が再度煉獄の身を覆う。それはデータだ。この戦場で尽きた知性体(こどもたち)の分だけ、巻き上げて、噴き上がり――崩れかけた煉獄の身を起こす。

「そうだと、おもうよ」
 これはエゴだろう。身勝手だろう。
 忘れられる記憶のふちに爪を立てられる、いたみ。

「それでも――やっぱり、見過ごせないよ」

 ほのおにもえつきることが、我慢ならないなんて。

 歌が響く。

 いい。大丈夫なんだと。胸を張れるようにと願い、祈り。
 迷ったのなら――苦しみにどうしようもなくなったのなら。
 ゆくさきも尽きたのなら、ここへおいで。

 スピーカーが、震える。セラの操作ではない。無言の音量調整。
 音が通る。ハウリングもなく透明に響き渡る。一体どんな機構だろう。
 やけのはらだというのに、五時の知らせのようにひびきわたり、みちている。
 溶けて跡形もない骸に。舞い上がる灰の中に、上に、傍に。
「奮ったかい?」息の合間にささやく。
 返事は、ない。
 けれどもさらにあがったスピーカーの振動で、わかる。
「おっけー!」だからセラも、さらに声を張り上げる。

 編まれた歌声は門となって誘う。
 夜の花。残った、香り。
 記憶の道しるべ。
 セラの歌、いのりによって編まれた場所。
  疵を癒し。凡ゆるを不老とする。

「いまだよ」セラは指揮する。「あの機体をなんとか切り離さないと――あの子たちのいるコンピュータ、やけついちゃうもん」

 これはエゴだ。身勝手だ。乱暴だ。
 でも、おそらくはみんなそこから始まっている。
 たましいをうつされた兵器(こどもたち)も。訪れてしまった離別も。
 だれかと笑い合った、記憶も。

 炎(いのち)よ、炎(たましい)よ。
 焰のように――いずれ尽きるものよ。
 
 招く、誘う。燃え尽きなくていいよ。
 かなしいおわりが、つらくて、かなしいなら、それが手放せるまで。
 もう、ほのおと焼けつづけなくてもいいやって。
 
 あの日の別れと――出会いを。
 ちゃんとみつめて、だいじに抱けるようになるまで。

 だからもう、おしまい、おしまい。
 ポディウム・ピジョン・ライフルから全弾が発射される。
 背中の翼機械は破壊され、今、少しずつ装甲が崩れていく。
 そこを狙う。
機体だけを、破壊する。

 一緒にいるよ。 

 たぶんそれは――誰もが彼らにしたかったことであり。
 だれもが彼らに、しつづけてあげられなかったことだった。

 炎は、ようやく燃える薪(兵器/うつわ)を失って、ゆっくりと鎮まりへと向かおうとしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『ラーニングマシン』

POW   :    機械に実戦させてみる

SPD   :    辞書・辞典を読み込ませる

WIZ   :    内部に干渉して直接書き換える

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


◯かくてこの世にうまれたきみに。

 ――飛行船は、無事到着する。
 斜陽に染まった工場に本日納品予定だったのはきみたちの護衛したAIが乗った製品……だけではなかったようだ。
 コンテナと兵器だらけのそこは慌ただしさばかりがある。
 だが、夜になるまでにはきっと“納品”のすべてが終わるのだろう。
 沈黙した機龍とその中のAIたちに於いては――今は、ここでは言葉を伏せよう。

 戦闘により兵器が破損した者は安心してほしい。
 納品はあくまでも“中身”だったのだから。

 きみたちと、彼らには少しだけ時間があった。

 一人で工場をうろつくのはおすすめしない。
 きみたちに課された依頼は飛行船、および彼らAIの納品までの護衛だ。
 何かを話すなり、教えるなり、ヴァーチャルで経験を積ませるなり……。
 なんでもかまわない。

 きみたちとかれらのさいごの時間を思うように過ごすといい。

 おそらくだが、今日あったことも含めたそれら全てが、かれらに最後まで忘れられない輝かしいよすがとなるに違いない。

 ……。
 ここだけの話。
 きみたちが彼らを望むなら、かれらは君たちに喜んでついて来るだろう。
 なにせ君たちが最初の相棒だ。
 正面切って買い取るなり、盗むなり、
 詭弁でただ同然で引き取るなり、コピーを取りコピーを提出するなり
(窃盗が卑怯?
 君たちの任務はあくまでも納品までである。倉庫に到着するという時点で任務は果たしてい…
 詭弁?ここは果てなく戦地広がる闘争のクロム・キャバリアである。)
 望むがままに、すると良い。
 
 さて。
 仔らがきみを待っている。

 どうしようか?
 愛らしきいずれ炎を担うこの仔らへ、きみたちは何をする? 
エスタシュ・ロックドア
(煉獄を見て)
貴重なサンプルだ
悪いようにゃされんだろ
お疲れさんBSs
ムチャ聞いてくれてありがとな

ところでお前まだ自壊した方が良いとか考えてるか?
俺ぁ自他の自由を尊ぶ男なんで、
どっちだろうと俺にその意思を変える道理は何もねぇ
が、それはまだ仮説だ
ガキの頃の判断なんて後になって呆れるもんよ
仮説を検証できるだけの色んな経験積んでから判断してほしい
例え行きつく先が連中と同じだったとしてもだ
だから、それまでは生きててくれるかぁね

じゃぁここでお別れだ
この先出会う沢山の相棒に尋ねると良い
兵器だから自由にって訳にゃいかねぇだろうが、
達者でな

何で今更こんな話振ったかって?
ガキの質問にゃちゃんと答えないとだろ



□Rocked door

 紫煙が、空に昇っていく。
「ッぶねー……」
 エスタシュ・ロックドア(大鴉・f01818)は天を仰いで吐き出した煙を見送る。
「だぁから」ぱるるる、とその視界のど真ん中を思いっきり占領する球型カメラドローン。「出荷途中で改造はどう考えても悪だと申しましたよサー〜〜〜〜〜」

 違法改造及びデータ調整につき規約超越異常違反賠償金。

 それが納品事務手続きを終える際にエスタシュに突きつけられた文言である。
 賠償を含んだ漢字が六文字以上並んだ字面がもう怖い。

 ちなみに別のAIで違う猟兵が申請したか交渉があったとかでエスタシュのそれはお咎め一切なくお流れと相なった。財布は微塵も傷んでいない。なんだかうまい具合に回りすぎている。十王様も全てをご存じだったが天の方がいるとすればこれまたまるっとお見通しで帳尻を合わせてもらっているのだろうか。だとしたら怖すぎる。割愛。

「ノリノリでブラックボックス開けたやつに言われたかねえんだわ」エスタシュは眉間に皺をよせて手をふり視界のど真ん中を占領する球型ドローン「プェーイ??ƪ(˘⌣˘)ʃ」……もといエスタシュがBSsと呼んだものを払おうとする。「面白ぇ音出して誤魔化すな」なんだ今の最後のやつ。
 事務手続き事務所のある鉄塔の上からは、たくさんの収納倉庫が見えた。さまざまな兵器が倉庫に運ばれてゆくのが見てとれる。
 華々しい兵器たちが運ばれゆくなかで、エスタシュの目はとけた崩れかけの炭のようなものに真っ先に目がいった。
 殲滅機龍『煉獄』から取り出された中枢機である。
 あのなかには――あの、子供たちがいる。
「お疲れさん、BSs」
 どこからか吹いてきた風が、エスタシュのジャケットを揺らす。
「勿体無いお言葉です、サー」
 エスタシュは球体ドローンを一瞥する。お前な。ツッコもうとして、やめた。
 代わりに欄干に寄って、軽く頬杖をついて見下ろす。
「幾千幾万の貴重なサンプルだ――悪いようにゃされんだろ」
 取り出された中枢機は、作業員と作業機がエスタシュから見ても少し多めについて、ゆっくりと運ばれていく。
 運ばれて。
「ムチャ聞いてくれてありがとな」
「こちらこそ、当AIを信頼いただき、ありがとうございました」
 見えなくなるまで、見送る。「サー」「おう」

「当AIは、今回の作戦参加を何よりの光栄と記録します」
 倉庫のシャッターが降りる。夕闇に沈むなか倉庫から漏れる灯りはどこかの家を思わせた。

「目的達成(ミッション・クリア)――おめでとうございます」
 ――……。
 エスタシュは短く笑って、倉庫に背を向ける。
 煙草を口元から外し、右手で軽く持ったまま、欄干に背と両腕の肘を軽くあずける。
「ところがどっこい、まだもうすこしだ」
 そうして小さなボール型の飛行ドローンと向き合う。
「え。まだなんかやるでござるか、ドローンサッカーは勘弁でござるよ」のびていた眉間の皺が秒で復活した。「……おまえほんっと…喧嘩売るならあいつらの中で一番上手いんじゃねえか」「ぶいぶーい」「わかってやがるあたりが最高に才能がありやがる」

――むかーしむかし。八熱地獄は大叫喚が金剛嘴鳥処と言う所に、一羽の鴉がおりましたとさ。

「お前、まだ自壊した方が良いとか考えてるか?」
 ドローンが沈黙する。
 エスタシュはほろ苦い笑みを浮かべて軽く首を傾げる。言葉を待つ。
「アー……」
 ……喧嘩をふっかけるのがうまいくせに、こう言うところはやはり子供のままなのだ。「えっと」BSsがなにかを言おうとする。
 ほんの数時間ない付き合いだ――けれど、わかってしまった。 
「俺ぁ自他の自由を尊ぶ男なんで、どっちだろうと俺にその意志を変える道理は何もねぇ」
 あの“アー”は、何か別の言いたいことがあるくせに伏せようとする癖だ。
 煉獄のときはそれでよかった。
「が」
 今は、それではいけない。
「それはまだ仮説だ」
 エスタシュは煙草を咥えて笑う。

――鴉の行動は、たからみれば震え上がってしまいたくなるほど傍若無人です。
 十王様は絶対でありますのに、それに意義を申し立てるとは、とんだ恥知らずもいたものです。

「ガキの頃の判断なんて後になって呆れるもんよ」
 そのまま大きく吸い込んで、ゆっくりと煙を吐き出す。

――鴉はどうしてもどうしても納得できなかったのです。

「仮説を検証できるだけの色んな経験積んでから判断して欲しい」

――あれやこれやと地獄をめぐり、さんざ罪人を見たことも必死に拍車をかけていたのかもしれません。

「たとえ、行き着く先が連中と同じだったとしても、だ」
 
――十王様がおことばをおっしゃるべく口を開きます。
 無我夢中の鴉以外の皆が、息を呑み震えながら御沙汰を待ちました。

「だから」
 口元からまだ長い煙草を離し、携帯の灰皿に入れる。

「それまで生きててくれるかぁね」
 真っ直ぐ立ち、ちいさな――ほんとうにちいさな、卵にも見えるドローンを真っ直ぐ見る。

「“コード:30300:Eustache Rockdoor”」

 ――……。
「は?」意味のわからない数値と自分の名前が出たことに、エスタシュは思わずまばたきする。「なんだそりゃ?」
「アッラァ〜〜〜〜〜〜???」ドローンがくるくると円を描いて飛び始める。「サー、わすれちゃったんですかァ〜〜〜〜〜〜〜?」「何をだよ」わかっているとはいえ粘着性の高い煽りにちょっとばかりイラつく。

 ・・・・・・・・
「当AIの接続ロック」

――愛機との接続自体には問題がないことを確認しながらエスタシュはユーザーコードを入力する。Eustache Rockdoor。――

「あ」
 エスタシュから血の気が引く。浮かぶ規約超越異常違反賠償。

 ・・・
「いつか」
 エスタシュが何かを言う前に、ドローンが告げる。
 カメラレンズに自分の影が映っているのが、エスタシュからはよく見えた。
 丸いレンズは幾重の凸型だからか、まがり歪んで――大きな烏のようなのだ。

――『鴉の身でありながら自らの餓えも顧みず、此度、見も知らなかった他者の救済を願いに来るとは見上げたものである。
   其方の心に免じて、
   子供たちのうち其方が声をかけた三十七人を賽の河原から解こう。
 
  そして』
 
「いつかまた、サーがクロム・キャバリアに来て何かしがのトラブルに巻き込まれてニッチモサッチも行かないときがあったら、
 先のコードとユーザーコードを宣言、オンラインで呼びかけ
 是非、当AIをはじめとする“我々(Child)”に希望をご用命ください」
 
――『そして其方が面倒を見るが良い』
 
 エスタシュは目を真ん丸に見開いた。「はァ!?」
「ふっふ〜〜〜“我々”ェ、これからいろんな兵器にインストールされるんですよ〜〜〜〜〜」BSsが調子良く回転する。「どっかの制御機構とかぁ、艦隊砲とかぁ」「おいそれどこで知った情報だよ」エスタシュは思わず目元を右手で覆う。
「犯罪じゃねえだろうな」
 伏せた目を上げて睨む。「もちもちがロンロンですよお、サー!」「マジだろうな……」
「煉獄の中にいた子とかあ、今回の倉庫(ロッカー)にいた他のAIみ〜〜〜〜〜んなと今のユーザーコードとロック共有しとくんでぇ」
「軽々しくやべえ匂いがするんだが」特に規模が。「ちな30300て」「30−300当AIの識別コードでーす!」「やべえだろ…」ほんと規模が。前の30の意味は聞かないこととする。

「大丈夫大丈夫ゥ、個人的自由判断に則りサーのご意向に沿って無法はしませんとも〜〜〜」
 ……。
 胃が、痛くなってきた。

「クソ、お前今からこっちこい、ロック解除してやる」

――鴉は慌てます。そんなつもりはなかったんだと。

「お断りですぅ〜〜作戦の終了は先ほど宣言いたしましたぁ〜〜〜〜〜」「撤回しろ」「無理でぇ〜〜〜す!」

――ところが話はとんとん進み、とうとう烏変った三十二人の子を引き連れてゆくことになりました。

「勿論手伝えるのは誰もいない場合もありますので……
 ぜひぜひ、積極的ピンチになって積極的にご利用くださいねっ!」
「人のピンチを希望してんじゃねえッ!」
 腹の底から叱り飛ばせば「きゃー!」面白そうに吹き飛ぶ真似をしてくる。
 エスタシュは大きくため息をついた。いつの間にか上がっていた肩を下ろす。
「じゃあ、ここでお別れだ」
「はい」朗らかにBSsは応える。「ご武運を、サー」「そっちもな」
 陽は落ちて、工場はあちこちあかりがついている。
「この先出会う沢山の相棒に尋ねると良い」
 夜空はけぶり、星はかすかにしか見えない。
「兵器だから自由にって訳にゃいかねぇだろうが」
 だは
「達者でな、BSs」
 人工であれど灯りが煌々と輝いて
「はい。Eustache Rockdoor、どうぞお達者で」
 ゆくさきがわからないほどでは、ない。

 エスタシュは歩き出す。
 BSsとすれ違い、降りのエレベーターがある方へ向かう。

「ねえ、サー」ドローンが小さな声を上げた。
「まだなんかあったか?」エスタシュは意図を察し、足をとめて振り返る。
 ドローンにはライトがなく、カメラを主張する小さなポイントマーカーが光っているだけだった。

「なんで今更そんなこと聞いてくださったんですか?」
 泣きかけの目のように、みえなくも、ない。

 エスタシュは苦笑する。

「ガキの質問にゃちゃんと答えないとだろ」
 かたごしに笑い、軽く手をふって歩き出す。
 
――そうして鴉はお腹がすいたと鳴き喚く小烏たちを引き連れ、
 自らも空腹を思い出しながら疲れ果てた顔で大叫喚へ帰っていくのでした。

 今度こそ、振り返らずに。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
…キミは、楽しかった?

言い忘れてたけど
おれは、森番。
森は…さっき、見たな
芽吹いて、伸び、繁り、いつか朽ちて、
糧になる。
生きたことを、どこかに、残す。

…キミが望むのなら
おれは、世界の外の、森を見せてあげられる
(キミの中に芽吹いたものがこの世界を飛び出してゆくのなら
そう育てた責任を、取るべきだし)
…おれは、"まま"だからな。
(キミにそう呼ばれていた間)
(ひどく、心地よく、くすぐったかったのだ)

(お別れにしろ、どちらにしろ)

キミは…なんだっけ
(あの名前を半分も理解できていない)
名前は、仔にあげる、贈り物だから。
くらくす(crux)。
小さいけれど、誰もがキミをしるべにする
そういう、星の名前だよ。



□天の星は全て標

 ゴーグルのバンドに流した汗が結晶となってきらきらと光っていた。
 ロク・ザイオン(ゴールデンフォレスタ・f01377)はゴムを伸ばしたり縮めたりしてみるが、やはり落ちる気配はない。
 借りたタライに洗浄液とやらを並々いっぱい貰ってきた。工員が言うところには、戦車の油はこれでオッケーだそうだ。きっといけるに違いない。
 そうとも。
 落ちない。のばしても縮めてもおちない。
 ならば洗濯であ
「まま」
「ん」ロクが振り返ると、あの仔がバー横の収納蓋を開けていた。「ゴーグル、れんずぶぶん、たいすいせい、ないの」「無いのか」「ついでにみずあらいだと、ひしも、ゆしも、落ちないの」「落ちないのか……」仔は頷くように尻尾を揺らした。「なので、ひとまず、しまっとく」「そうか……」
 ロクが入れると蓋は自動で閉じた。
「きっと、めいよの、よごれ」
 仔がほこらしげに言うのにロクは口元をほころばせながらタライいっぱいの洗浄液を排水溝にそっと流す。指がふれるとぬるついた。やはりこれで洗わなくて正解かもしれない。
「……キミは、楽しかった?」
 タライを返却すべく脇に抱えて歩くロクの、脇腹くらいの高さで飛行行動を維持しついてくる仔に問う。
「はらはら、きりきり……たのしかった!」
「そうか」
 純粋な返事はかわいらしく、タライを持っていない方の手を伸ばし、翼のはじに触れてなでる。「えへへへ」
「言い忘れてたけど」タライを持ち直して歩き出す。
「おれは、森番」「もりばん」仔が飛行しながら体を回転させる。「……もりが、善くあるように、管理する」「検索、した?」「した!」「そう」こんどは歩きながら手を伸ばして撫でる「えへへへへ」
「森は……さっき、見たな」「みた!」工場ではあちこちの倉庫が開き、さまざまな部品や兵器が流れていく。この光景は、森というよりも川にあたる大きな岩のようだ。水流が千々にわかれてゆく。
「芽吹いて、伸び、繁り、いつか朽ちて」
 はらはらと舞う、花びら、葉を想う。
「糧になる」
 はらはらと舞うように、ほろほろと消えていったかんばせ。
 あのかたは、いま、どこをめぐっておられるだろうか。
「生きたことを、どこかに、残す」
 胸にきざまれて咲いた傷跡を想う。
「そういう、ところ」
 似通った作りの倉庫たちは、流通物が入れ替わるのもあり場所が少々混乱する。まして日暮れ。まぶしいライトで照らされているとはいえ、到着したばかりの時間とは異なる印象に、ロクが倉庫をまちがえかけるたび、仔から訂正が入った。
「それって、都市みたい」タライを返し終わったロクに、仔は自らの算出結果を告げる。
「ひとがいきて、ふえて、しんでくところ」「そうだな」ロクはそれを静かに頷いて肯定した。
 刻一刻と時計の針はすすんでいく。
 納品終了まで、もうまもなくだ。
「もし、キミが」
 ロクは意を決めて口に出す。
 ……すこし、胸がいたい。
 いとおしいゆびさきの記憶を想う。こうふくなうたごえの追憶を慕う。
 かがやかしいきおくと、その果てになにを犯してしまったかを。
「…おれは、世界の外の、森を見せてあげられる」
 嗚呼。
 それと同時に――遅くなってしまったとはいえ、とどいたことを。
「えと」仔はすこしわざとらしく両翼をはためかせた。「ぼくを、つれてく?」「ああ」頷く。
「連れて行く」 
 仔の中に芽吹いたものが、この世界を飛び出してゆくなら。
 もしもいずれ炎と変わるのなら――そう育てた責任を、ロクは取るべきだと思っていた。
 ……しかし、義務感だけではない。
 それいじょうのもの。
「まま」「なんだ」「いいの?」
 いじらしい。苦笑する。
「いいよ」
 ロクがまとわりつくことを少し厭わしげにしながら、しかしさまざまなものを与えてくれた顔を想う。
 いずれ至る炎を知る者として、仔の中に芽吹かせたものがこの世界に飛び出してゆく責任を持たねばならない。
 それは確かにある。
 しかし、それ以上に
「……おれは、“まま”だからな」 
 さまざまなものに――どんなことを言うのか、知りたかった。
「わぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!!!」
 仔がドリル回転しながら高く飛び上がって中で渦回転している。「ぼくんままがぼくんままだぼくんままだぼくんままだーーーー!!!」
 ロクはふかぶかと頷く。
 ……仔に、そう呼ばれて慕われる間…ひどく心地よく、くすぐったかった。
 自分もそうあって良いのかと、なにかやわらかい心地がした。
 ……。
 ちょっと浮き上がった仔が帰ってこない。対空時間が長い。
 こういうときはどう言うんだったか。名前を呼びかけるのが一番だが「……なんだっけ」ちょっと複雑で長くて覚えきれていない。たいぷ…。
 ……。
 仲間が名前を呼んでだめなときはどうするのだったか。
「おりてきなさい」
 そう、これだ。相棒が丁寧に一度やる手段をまねる。「あい」降りてきた。素直である。ロクはふかぶかと頷く。「よし」撫でる。「えへへへへ」
 
「じゃあ、おくりものだ」
「いいこだからおくりもの!?」嬉しそうに仔がロクの前で身をひねる。
 ロクはかぶりをふる。
「いいこでなくても」
 忘れえぬ宝物をなぞる。
「名前は、仔にあげる、贈り物だから」
 忘れえぬ宝物になった記憶を、同じように誰かに贈れることが、誇らしい。
「キミがいいこでもわるいこでもどちらでもなくても、あげるよ」
 ロクはそうして、右手の人差し指を立てる。
 “ Crux ”
「くらくす」

「――十字?」仔がふしぎそうに体をくるくると回す。「ぼく、十字の形にしては、いびつだよ」尾をまるめたり体をのばしたり縮めたり――どうも、名前をなぞった形を取ろうとしているらしい。
 ロクは微笑んでかぶりを振る。「そうじゃない」「ちがうんだ」「ああ」

「小さいけれど、誰もがキミをしるべにする」
 胸元にあげた手、人差し指を立てて、天を示す。

     ひかり
「そういう、星の名前だ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

珠沙・緊那
やーやーおつかれ後輩ちゃん!!腕なら気にせんでね☆修復も楽しみのうちだしな!!

ね、ニュームーンちゃん。ちょっとお話を聞いてくれるかな。
昔々、アタシの身体はとっても弱くてね。全身がずっと痒くて痛くて、寝る前は毎晩泣いてた。
笑って生きたくて、自分を好きになりたくて、家族に泣いてほしくなくて、アタシは自分でカワイイって思う身体に成った。きっとそうなれるって、信じてたから。

後輩ちゃん。あなたがあなた自身を信じて、好きになって、大切にして、世界を生きてってくれたら嬉しいな。

だいじょーぶ!アタシと一緒に戦ってくれたあなたは、すっっっごいかっこよくて、カワイくて、頼りになったよ!!

またね!!



□卒業生代表、祝辞

「やーやーやー!!!」
 珠沙・緊那(ティーンの熱は全てを灼く・f29909)は飛行船の収納庫でいつものように笑っていた。「おつかれ後輩ちゃん!!!」星のきらめく瞳でウインクをとばす。ばちこーん!
「おねえちゃん、だいじょうぶ?」
 戦場補助観測器・ニュームーンはその場でくるくると回転する。「だいじょーーーーーぶッ!」
 納品手続きは済んでいる。倉庫まで出ないのは、ひとえに緊那の状態ゆえである。
「腕なら気にせんでね☆」
 腕部損傷どころか、損失である。
 救急処理で諸々の危機は免れているが、動かないに越したことはない。
 ……もちろん正確にいえば動ける、が、工場を駆け回って一生懸命研究処理事務他で頑張ってる工員のみなさんのメンタルや、不良品かすわ負傷かの誤報sw余計な騒ぎを起こさないための判断だった。余計な仕事により発生する残業なんかコスパ最悪なんだから少ない方がいいのだ。
「修復も楽しみのうちだしな!!!!!」
 緊那は本気で目を輝かせる。
 なにせあの時はベストだと思って組んだから構想で終わってるアレとかソレとかコレとかアレっぽいあんな感じのドレとか途中だった提案とか今までみてきたあーんな感じのナニとかカニに今度は着手できる。スーパー緊那ちゃんさらなるグレードアップ間違いなしである。カワイさ百倍盛り間違いなしだ、次も世界が救える。

 とはいえ。
 ――それはあとの、緊那の問題だ。

 あの、おどり、ゆらぎ、みちあふれる滂沱の炎。

 ………。

「ね、ニュームーンちゃん」
 緊那はマックスだったテンションを少しだけゆるめ、腰掛けているコンテナの上、少しだけ身を前に寄せる。
 いもうとであり、おねえちゃんである“三女”の顔をする。
「ちょっとお話、聞いてくれるかな」
 ずっとハイテンションだった緊那のやわらかい語調に「うん…」ニュームーンはとまどいながら起動音を落とす。「なあに、お姉ちゃん」

「むかーしむかし」
 緊那は足をゆらゆら揺らす。
「アタシの体はとっても弱くてね」
 ……足を揺らすなんて、今では信じられない話だ。「全身がずぅ〜っと痒くて痛くて」足を揺らそうものなら肌が、筋があちこち引っ張られて裂けそうなぴりついた痛痒と、骨が割れて中が溢れそうな苦痛で爪を立てようとして、爪を立てようと動いた手と手首と腕と上腕と最悪肩まで同じような痛みを味わって転がっているところだった。
「……寝る前は毎晩泣いてた」
 自分の体を切り開いてあらゆる臓器も丁寧に出して皮膚もひっくり返して――原因を全部丁寧に洗い流して清めたくなる、衝動。
「つらい」ニュームーンがこぼす。「うん、つらい」誤魔化すことでもないし誤魔化しようもない。緊那は肯定する。
「笑って生きたくて」呪った。こんな目に遭うことを呪った。
「自分を好きになりたくて」厭った。弱くてみっともない泣いてばかりの自分を厭った。
 ……けれどなにより、耐えられなかったのは。
「家族に、泣いてほしくなくて」
 しずくがおちるたび、しずくがおちるのを想うたび――気が狂いそうだった。
 考えた。
 痛みにまみれながら考えて考えて考えて考えて考えた。幸か不幸か何かができるという状態ではなかったから脳味噌だけは開いていた。使えないエネルギーを全て脳味噌に注いで呼んで学んで考えて考えて考えて考え尽くして――――。
「それで」
 そうだ、と閃いた。
 今自分が動いているのは脳味噌だけだ。
 だったら。
「アタシは自分で“カワイイ!”って想う体に成った」

 脳味噌の一部を残して、すべて作り替えてしまえ。

「こわく、なかった?」
 ニュームーンの問いに緊那は笑う。
 躊躇いが 

 ・・・・・・・
「ないわけないよー」

 なかったわけではない。
 戸惑いが、恐怖が、悲観が、苦悩が……かけらなりとも、なかったわけではない。

「でも」
 緊那は目をふせ、揺らしていた足を揃える。
 きれいな白い膝。皮膚カバーを向けばギミックだらけの膝を眺める。
 生身の体で、手術台の上に寝る前にした時みたいに。
「きっとそうなれるって、信じてたから」
 眼と共に伏せていた顔を上げる。
 ニュームーンがそこにいる。緊那の話を聞くために、緊那だけに全感覚を集中させているのが電磁パルスではっきりとわかる。これでもかという探索機のきらめきはいま、戦闘中にくらべれば瞬く程度だ。
 それがまた、不安だろうこのこの心を、表すようで。
「後輩ちゃん」
 緊那は微笑む。
 痒くて痛くて辛くてみっともなくて苦しくて悲しくてどうしようもなかった日々に、それでも家族のために、微笑んだあの日のような

「あなたがあなた自身を信じて」
 彼女の、本質のひとつであるやさしさでもって。

「あなたがあなた自身を信じて、好きになって、大切にして」

 それは――かつて苦しみの底にいたものからの、祝福だ。

 あなたはそうしていいのだという祝福。
 あなたはそうなれるのだという祝福。

「そうして世界を生きていってくれたら、嬉しいな」
 あなたに、しあわせになってほしいという、いのり。

 ニュームーンはしばらく黙っていた。
 緊那はせかさずにただ待っている。
 何かを考えているのは、小さいけれど少し強くなった起動音でわかっていた。
「えんざん、しゅう、了、です」
「お」緊那は顔をほころばせる。「さっそくなんか考えてくれたんだ」えらーい、と撫でる手…は、ないので大袈裟に声に出す。「ちゃんとプランは随時訂正修正いれるんだぞ☆」ウィンクもとばしておく。ばちこーん。

「できるかな」
 ぽつり、とニュームーンがこぼす。
「できるよ」
 ぱつり、と緊那は無条件で肯定する。
「だいじょーぶ!」
 勢いよく立ち上がる。そうとも、手がたりなくっても足は簡単に動く。やっぱ一緒に倉庫まで行った方がよかったかな。ちょっと思うけれど、移動していたら今こんなふうにひとりとひとり、静かに話せなかっただろうからきっとよかったのだと肯定する。
 そんなものだ。
 なりたいからしたいからと選択しても後悔や迷いは完全には無くならない。

「アタシと一緒に戦ってくれたあなたは、すっっっっっごいかっこよくて、カワイくて、頼りになったよ!!!!」
 でも、自分を自分で大切にしていたら、どんな傷だってすぐに顔を向ける。
 そして――それはそんなに難しいことじゃないのだ。
 搬入口から声がかかる。
「お姉ちゃん」「うん」緊那は大きく、大きく頷く。「お姉ちゃんはいつでも応援してるよ」

「ありがと」
 緊那は手を振る、振ろうとして、手はないから。

 きらっきらの、最高にカワイイ満面の笑顔をうかべて――忘れられないぐらい大きな声を出す。

「またね!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルベル・ノウフィル
やあやあ居心地の良い船で時が経つのを忘れてしまいましたね
乗り掛かった船と言いますが
最後まで乗ってきた事に僕は価値を感じますよ
無事に仕事が終わったなら何よりでございます
物事は手を付けたなら最後までやり遂げたいものですからね
途中下車は僕の好みには合わないのでして

そう、敵と遊んだのですよね、僕は好きなのですよ
自分と違う感性な事が多いので視野が広がるといいますか
こういう船は刺激的ですね

ロビンはもうお休みの時間かな
うん、うん
仕方ありませんね
そう言ってほしいです?
それでは、さようなら
だって君は僕におもてなししてもらう子供な存在ですからね

それは大切な事ですよ、幼いロビン
僕のUC、遊戯で終わりにしましょう



□Missing you

 ブーツのかかとが小気味よく鳴った。
「やあやあ、居心地の良い船で時が経つのを忘れてしまいましたね」
 ルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)は爽やかにそう言う。「ね、ロビン?」「うい」
 ちいさな金の機体はルベルの手の中にある。透かしばねは輝きを曇らせ、だらりと垂れている。
「お前、大丈夫ですか?」「だいじょーぶでーす」適当極まりない返事が返ってくる。
「そ」なのでこちらもそっけなく返す。「でも運んでえ……」「ま。お子ちゃま」「おこちゃまでいいもーんだ……」ルベルの手の中のロビンから伝わる振動は微弱だ。対単騎航空運用機はどうもあそこまでの高度と頻度での使用を想定していなかったらしい。
「それで?ルベル」
「それで、とは?」すれ違うのは戦車や対巨体砲、あるいはキャバリア専用ドローンなどが多い。
 ルベルもロビンも工具箱に落とされた子供用の指輪のようだった。
「さっきの続き」ロビンが催促する。「ああ」ルベルは軽く頷いた。

「乗りかかった船、と言いますが」
 振り返れば、すこし後ろに灰と煤それから何かの汚れまみれになった飛行船がある。乗ってきた時は巨大に見えたが、少し離れて比較するとそうでもないようだった。
 まだ中に残っている猟兵もいるが、ルベルの番は機体が軽いからか、他の皆より少しばかり早く向かっていた。
「最後まで乗ってきた事に、僕は価値を感じますよ」
 船の中はじき空っぽになるだろう。
 そうしてすぐ次の仕事にかかるのだろうか。それとも厄介な事故に巻き込まれた曰く付きの船とレッテルを貼られ処分されるのだろうか。わからない。
「無事に仕事が終わったなら何よりでございます」
「ふぅ〜〜〜〜ん」ルベルは唇を尖らせる。「お前」「ロビン」「ロビン、お前催促した割にそっけない態度ではございませんか?」「そんなもんなのかなあ、って思ったの」「そんなものですよ」
「物事は手をつけたなら最後までやり遂げたいものですからね」
 ロビンの大きさはルベルの両手で本体がちょうど包める程度だ。片手で持つにはややおもい。
 だがどうしてか、まあ今日は許してあげよう、という気持ちになるのだ。
「途中下車は僕の好みには合わないのでして」
「まあ、それはちょっとわかるかも」ロビンが少しだけ羽を動かした。「でしょう」ルベルは笑ってもう片手で羽をかるくつつく。
「でも、ああいうの、ほんと、やっぱ、納得いかない」
「ああいうの?」ルベルは眉を寄せて――すぐに思い至る。ルベルにはわからないほどロビンが取り乱していたことを。
「そう、そう、そう!」
 だから先手を打って軽く繋ぐ。「敵と遊んだのですよね」「あそんだ、って……」案の定手の中に不服そうな唸りが響く。
「獣のあ・そ・び」
 そしらぬふりしてルベルは継ぐ。
「自分とは違う感性なことが多いので視野が広がると言いますか」
 過去(オブリビオン)も、現在(猟兵)も――ありかたも、動き方もさまざまだ。
「こういう船は刺激的ですね」
 くすくす笑えば、指定された倉庫が見えた。
 巨大な搬入口は大人の男ひとりが降りれる程度までシャッターが降りている。
 すぐに入らず、シャッターの隙間から少しだけ顔を出す形で覗き込めば、巨大なスチールラックが立ち並んでいるのが見えた。眼を凝らせば網目のように細かい棚に、びっしりと用途もわからぬさまざまが並んでいる。
 指定したくせに、工員の姿が見えなかった。
「ロビン」
 どうしましょうか、と呼びかけるつもりでルベルは名前を呼んだ。
 ……。
 返事がない。
「ロビン」もう一度。「ロビンはもうおやすみの時間かな?」軽く手を捻り異常を探す。
 もう一度呼ぼうか。次に返事がなかったら――
「ルベル」
 ――……。
「なあに、ロビン」
 ルベルは丁寧に返事をする。
「ボク、決めたよ」「何を」

「ボクはルベルを絶対忘れない」
 ぱるる、と透かしばねが飛ぼうと羽ばたく。
「ルベルがどんなやつで、なにをこのんで、どう戦ったか絶対忘れない」
 飛ぶ力がないのは、機械素人のルベルにもわかった。
「うん」
 頷く。
「ほんのちょっとの戦いだったけど、ボクはルベルの相棒で、友達だったから、ぜったい忘れない」
「うん」
 ルベルは、このこどもになにも言っていない。
 自分がどんなふうに戦ってきたとか、何を捧げてきたかとか。
       ・・・・・
 そういった、些細なことを。
「ボクはルベルの友達だから、ルベルがなにもかもわすれてもぜったいぜったいぜったい覚えてる」
 しかし、この子供はどうにも――それをほんの少しの戦いの中で、うっすらと読み込んだようだった。
「それで動くんだ、ずっとずっとずうっっと。そしたらルベルは、ルベルは、ルベル、は」
「うん」
 甘ちゃん。
 言ってやりたいけれど、いわないでいてあげる。
 ぱるる、とふたたび透かしばねが動く。
 無理だと思ったこどもはそうして羽ばたいて――ルベルの真正面に浮かぶ。

「そしたらルベルは、もしぜんぶうしなっても、うしなったことにならないもん」
 
 飛行はたよりない。ふらふら、ゆらゆら。高度を維持できない。
 さっさと充電なりなんなりに行けばいいのに。
 ルベルのどこかが囁いて

「だから、ルベル」
 
 ――そのくせ、それを言うことができない。

「せめて、おわかれのあいさつは、してよ」
 
 ルベルは長く息をつく。
「仕方ありませんね」
 今さっきまで少し面倒に感じていた手の重みは、もうどれほどかわからなくなっていた。
「そう言ってほしいです?」
「ほしい」
 いいのだろうか。どこかがささやく。ほんとうにいいの。
「ともだちだから、ちゃんと次あえるかもしれないように、ほしい」
 こたえて、わかれをつげてしまってほんとうに、いいの?

「では」
 けれどやさしいけものは。
 ひとのためにささげてしまえるから。

「さようなら」
 やわらかく、最後のことばを贈る。

「ルベル」
「――だって君は、ぼくにおもてなししてもらう子供な存在ですからね」
「つぎあうときは、大人かもよ」
 ルべルは――ああ、不思議なことに。
 声をあげて、そのいじらしい背伸びにわらってしまう。
「なんだよう!!」
「おこちゃま」
 揶揄でなく、柔らかな皮肉でなく――本心のからかいを、悪戯っぽく、とうとう、言ってしまう。
「ルベルだっておこちゃまじゃんかあ!ルベルだっておこちゃまちゃまじゃんかあ!」「ちゃまちゃまって何ですか」

「“それ”は大切なことですよ、幼いロビン」
 ルベルは笑って杖を握る。

 イヌモワラエバ。
   遊戯。

 自らの記憶を代償に――杖を解く。
 そうして放った刃は。
 ・・・・・・・     ・・・・・
 ちいさな小鳥(ロビン)を落とさない。 

「覚えましたね、獣のあそび」
 
 あれ、どうしてこんなことを、へいきにしているのだろう。
 でも、そう、これは遊戯だ。おあそびなんだ。

「おぼえた」
 
 このへいきはなんだろう。

「あいにいくからね、どこにいても、どんなにかかっても」
「ま」なまいき。「随分張り切られますね」ルベルは唇をとがらせる。
 騒ぎをききつけた男がやってきて、納品がどうのと告げるのに、ルベルはそういうことかと頷く。
「では、確かにおとどけいたしましたので――僕はこれで」
 外套を翻す。
 ・・・
「またね」

 ちいさな、金色の鳥のようなものの声が、後ろから飛んでくる。
 まるで何かをねだるこどもみたいで。

「ええ」
 気づくとルベルは答えていた。

「いつかまた、どこかで」

大成功 🔵​🔵​🔵​

御園・桜花
「お花見を、しましょうか」
UC「侵食・サクラミラージュ」使用
本当に唯花見の為だけに使用

「此れが、桜の木と花、北半球の温帯では此の桜が咲くとお花見をして家族総出で春の訪れを祝ったのです…今はもう、ほとんど見られなくなりましたが」

「貴方はもう私の家族です。だから一緒にお花見をしましょう。そしていつか、貴方も誰かとそんな日を紡いで下さい。そんな方と巡りあって下さい。例えそれが億万分の1以下の可能性であっても、その方と貴方が共に助かる道があるなら、迷わず其れを選択なさい。貴方は戦術が得意な、私達と同じ生命なのですから」

助手席の彼を抱えあげ撫で擦りながら時間一杯まで子守唄や童謡歌い又彼の質問に答える



□かくも醒めなき春の夢

「お花見を、しましょうか」

 工員のだれもが、そこを通りかかれば、いっとき足を止めた。
 時刻は夕。最後の駆け込みと夜勤への引き継ぎで慌ただしさが極まり誰もが殺気立つ時間帯だ。
猶予は砂一粒分もない、はずなのに。
 皆そこで足を止めた。少し離れていてもあるものは眼をこらしあるものは普段別目的で使う双眼鏡を使った。

 ある一角。
 そこには――満開の桜が風に花を揺らし、残り少ない夕日をうけて艶やかに照り輝いていた。
 下には一台、ケータリング・カーが停まっていて、サイドパネルを開いている。
 傍に置いてある簡易テーブル、椅子にはひとり、桜の精が座っている。
 すこし大きい、たまごを抱えて。
 彼らのうち誰かは思うだろう。画像アーカイブで見た、とおい昔の異国の絵本のようだと。
 彼らのうち誰かは考えるだろう。まるであそこだけ、違う世界のようだ。

 事実、それは違う世界だった。
 ユーベル・コードによって骸の海より引き入れ、顕現された、サクラ・ミラージュ。

「きれい……」
「でしょう?」
 
 御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が、ただ、花見のためだけに用意した、とっておきだ。

 さくらの花びらが舞って、舞って、降ってくる。
 いちまい、にまい、風のいたずらにさざなんで、歓ぶこどもがするように無垢の花弁を降らせてゆく。
「此れが、桜の花と木」言葉はやわらかく、慈しみに満ちている。
「データで参照するより、ずっと、ぴかぴかしてます…」
 無垢な感想にくすくす笑い、桜花は舞ってきた花弁をやわらかく掬いとってたまごの上に乗せる。「触れた感覚もどうぞ」「ずっとうすくてせんさいです…」「ちょっと握るとすぐ指紋の形に歪みます」「ほへ……」
 たどたどしいながら溌剌と喋っていた仔は、桜のうつくしさにのまれてだろう、静かにゆっくりと話している。
「北半球の温帯では此の桜が咲くと、お花見をして家族総出で春の訪れを祝ったのです」
 桜花は目を細め――他の世界ではまだなんとか健在しているそれを思い描き「ごちそうや食事を持っていって、お酒をいただいたり、笑ったり、とりとめのないことを話したり…」説明する。「……今はもう、ほとんど見られなくなりましたが」「うん。でーた、さんしょしました。今お花見してるの、クロム・キャバリア、あんまり、ありません」

「オーカ、家族とじゃなくて、ツェーンとでよかったの、ですか?」
 たどたどしくも静かな答えに、桜花はゆるやかな笑みのまま小首を傾げる。「していますよ?」「へ」

 ・・・ ・・・
「家族と、お花見」

 ゆりかごのように自らの体を揺らし、たまごを撫でて桜花は続ける。

「貴方は、もう私の家族です」
 さくらのはなびらがちっている。
「ツェーンとオーカ、血縁、ないです」桜花はゆるくかぶりを振る。「血縁があるから家族とは限りません」桜色した髪がゆるり、ゆるり、揺れる。

「私は貴方を家族だと思ったから、お花見を一緒にしようと誘いました」

 落ちる花弁は樹から花から分たれて去っていくだけだというのに、ひとつ、ひとつ、うつくしくかがやいている。

「そしていつか、貴方も誰かとそんな日を紡いでください」

 ともにあれただけで幸福だったとでも言うように。

「そんな方と巡り合って下さい」

 地面に落ちて地に変えるとて、少し離れていても、共に舞うだれかとだれかと宙をゆくのは楽しいのだと笑うみたいに。 

「そして、例えそれが億万分の1以下の可能性であっても
 ――その方と貴方が共に助かる道があるなら、迷わず其れを選択なさい」
 
 きらきら、きらきら。
「貴方は戦術が得意な、私たちと同じ生命なのですから」
 舞って、舞って、どこへたどりつくとも、おのれの身のゆくままに、降っている。

「でき、ますか、ねえ」
 ぼんやりと夢見るようにツェーンがつぶやく。「できますよ」桜花は笑って覗き込む。
「だってあの炎からも私達、生き延びれましたでしょう?」
 優しい姉か母か――家族のように、悪戯っぽく。
「そうでした」
「そうでしたとも」
 しっかりとツェーンを抱えなでさする桜花の唇から、子守唄が溢れ始める。
 一曲が終われば、曲にまつわる質問をつぎからつぎにねだり、回答が詰まり難しくなれば、次の歌をねだった。

 クロム・キャバリアで見るにはあまりにも――奇妙で不思議な光景だった。
 やわらかい春の睡夢のように、わすれかけていたかのようにおぼろでいて。
 あまりにもいとおしく、なつかしく、あたたかく、優しい、ありふれた祝福だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

チェスカー・アーマライト
(連れて行きたい気持ちはあるが
自分でメンテ出来ねー備品を積むのはなぁ……
費用的にも維持できる自信は正直無い
〝別れ〟を経験さして業務完了、が落とし所か)

戦場で好きなように生きるには相応の〝力〟が要る
自分の生き方を決める力
自分の意地を押し通す力
……〝魂〟と言い換えたっていい
あたしにとっては
ビッグタイガーがそれだ
(そしてビッグタイガーにとってのチェスカー)
もちろんお前もだぜ、ベス
今日はよくやってくれた
100点満点だ
勝手に自動操縦に切り替えようとしたのも含めてな
あれがお前の意地だろ?
ま、そいつはあたしが突っぱねたんだがね
力(魂)と力(魂)のぶつかり合い
これも一つの戦争ってこった
この錆鉄と硝煙に塗れた世界で
パイロットと共に生き抜く〝力〟が
お前には備わっている
自信を持てよ、BSs



□GOOD LUCK、MY Boy
 
 ジャンク屋の親父があれを勧めてきた理由が今になってよく分かったし、あの時手を出さなくてよかったと少しだけ思った。

「アー……」
 チェスカー・アーマライト(〝錆鴉〟あるいは〝ブッ放し屋〟・f32456)はロリポップを咥え、レンチを片手に躊躇っていた。
 ロリポップは野菜スティックが見事に鍋に放置した温野菜になってしまっていたための苦肉の策だ。
 ……ロリポップもひどい有様だった。キャンディ部分はこげた砂糖の結晶を残して二回りほど小さくなって包み紙の形に変形していた。
 まあでもいけなくもないかとお試しで口に突っ込んでみたが少々後悔している。
「ちぇすねえ?」
 ベスがスピーカーから声をかけてくる。
『分離作業、しないの?』
 分離作業を問うだけで、主張してこないいじらしさ。
「アー……」
 甘さの化学香料をこねくりまわした香りを口一杯に味わいながら、もはや返事ではない煮え切らない音が流れつづける。
 普段ガキが差し出したロリポップを受け取らないのは不味いヤツだと分かっていた可能性を知ってしまった。いや糖分がいくらか抜けているから味が変わっている可能性は確実にあるが。もっとシンプルなやつか人気の味を聞いてみよう。閑話休題。
 
 ……正直。
(つれていきたい気持ちはある)
 愉快な相棒、タイガーに寄り添うやかましい雛。悪くない。
 悪くないだろう、本当に。
(が)
 しかし。
(自分でメンテ出来ねー備品を積むのはなぁ……)
 チェスカーは握ったレンチで自分の肩を叩きながら数時間前に自らが接続した立体高速軌道可能ブースターを見上げる。百年もののビッグ・タイガーからすこし浮くように見えたそれは、激戦によってすっかりなじみの煤だらけだ。いくつか損傷も見てとれた。汚破損に関してはお咎め無しとのことだが
(費用的にも維持できる自信は……正直、ない)
 かかったであろう整備費を思うとふかーいふかーい溜息をつきたくもなる。
『ちぇすねぇ、工員さんにやってもらう?』
 ………。
「いいや」
 チェスカーはかぶりを振る。
(〝別れ〟を経験さして業務完了……が、落とし所か)

「てめぇでやる」
 それがせめてもの責任だ。「変なとこ弄られてビッグタイガーに影響あっても困るしな」付け足して。
『あい・あいー』こどもは軽い声で答える『じゃあ接続システム分離、接続因子消去と修復、引き上げ開始しとくね!!!』「頼んだ」『いえっ・さー!!』
 レンチでボルトを緩める。
 蓋を開き、上半身をなかば突っ込むように内部を覗き込む。
(……別れを、経験、なァ)
 数時間経ったというのに、まだあのひどい熱、浴びた独特の燃料の匂いがうすら漂っている。
 正直チェスカーはそもガキに好かれたことが滅多にないのだ。こどもとの別れ方があまりわからない。
 なにを言ったものか、探して。
 いくつかのコードを接続したまま引き摺り出し、かき分けて更に奥。
 嗚呼、そうか。

「いいか、ベス」
『あいあい?』
 その奥のバルブを確認。

「戦場で好きなように生きるには相応の“力”が要る」
 ガキじゃなくて――対等なひとつの命に告げればいいのだ。
 燃料の流出を防ぐべく、まずはバルブを捻り栓をする。
『どんな?』
「自分の生き方を決める力」
 チェスカーが知る、いっとう大事なことを。
 次にバイブリンクを緩めて二股に分けた燃料系の接続部外す。ナット、パイプリング、スピンドル……。
「自分の意地を押し通す力」
 ビッグタイガーからのEN供給が停止したことでブースターの起動がブースター自身の予備電源と切り替わる、はずである。
 突っ込んでいた身体を引き抜いて、外部確認。

「……“魂”、と言い換えたっていい」
 ビッグタイガーにつながっていた時とはまた違う起動音がブースターから聞こえている。
 まずはこれでひと安心だ。「我を張る、ってこと?」ベスの音声もビッグタイガーからではなく外付けのスピーカーからに切り替わる。「ちと違う」「ほんほん?」

「あたしにとっては」
 チェスカーは少しだけ胸を張るようにして、仰ぐ。

「ビッグタイガーが“それ”だ」

 百年ものの型落ち品。
 静かなようでいて、熱い、大酒飲みの大虎。
 ブゥ…ン、と低くタイガーのどこかのタービンが回転する排気音。モニターに出すほどではない小さな補足。「ふふふふ!」ベスが面白そうに笑う理由を、チェスカーは敢えて掘り下げずに流す。
 そして、ビッグタイガーにとってはチェスカーが“それ”だ。
 “ベス”は察し、くすくすと笑う。炎のなかで爛々と燃え上がる同胞たちが、あそこまでした理由がどれだけすばらしい、かがやかしいものかをうすらなりとも知――。

 ・・・・・・・・・ ・・
「もちろんお前もだぜ、ベス」 
 
 
「ほ」ベスから奇妙な声が上がった「ほ?」思わず尋ね返す。
「へ」「なんだそりゃ」ベスはくつくつと笑う。

「今日はよくやってくれた」
 信号系伝達系をゆっくりほぐしながら、チェスカーは言う。
 丁寧に。
「百点満点だ」
 名残惜しい気持ちを込めて、一本、また一本外す。
 最後の一本で手を止める。

「勝手に自動操縦に切り替えようとしたのも含めてな」
「う゛」
 チェスカーは思わずかけた指を離し、噴き出して思いっきり笑う。「バッカ皮肉とかそんなんじゃねーよ、素直な賞賛だ、賞賛」からから笑って「誇れ!」思いっきりブースターを叩く。

「あれがお前の意地だろ?」
 何も言わず、語らず、搭乗者に反乱してでも、ただ――生かそうとした、即時的判断。

 チェスカーはにやりと笑いを歪める。「ま、そいつはあたしが突っぱねたんだがね」
「う゛う゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜」ベスがぐじぐじと唸る。「だってえ、だってえ……」
 嗚呼、その唸りは知っている。
 あのうるさくてやかましい、子供の泣き声(いかづち)が降る前の唸りだ。
「どう考えても自死自壊だったんだもおん……チェスねえもタイガーがしんじゃうの、やだったんだもおん……」
「バーカ」思いっきり顔を顰めて足を引きたくなる唸りが、今日はほとほと愛おしかった。「あたしもタイガーも言ったぜ?――“お前は不死身を見るだろう”、だ」

 魂 魂
「力と力のぶつかり合い」
 ゆっくりと最後の一本を取り外す。「これも一つの戦争ってこった」
「う゛う゛〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜」
 けらけら笑って、引き摺り出したコードを戻す。
「づぎばも゛っ゛ど、う゛ま゛ぐや゛る゛ぅ〜〜〜〜」
 蓋を閉めて、ボルトを閉める。「おうおう、がんばれがんばれ、相棒と相談しろよ」「う゛〜〜〜〜〜っ」

 チェスカーはくるりと身を翻し、ブースターに背を預ける。
「この錆鉄と硝煙に塗れた世界で――パイロットと共に生き抜く〝力〟が、お前には備わっている」
 片腕をあげて、その背でこつんとブースターを叩く。

「自信を持てよ、BSs」
 
 クロム・キャバリア。
 戦場でよく交わされる傭兵同士の賞賛のやりかただった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セプリオギナ・ユーラス
はてさて、如何したものか
否、如何もなにもない

任務の現地で患者がいたので治療を試みた
治療が完了していないので継続治療を行う
その為には適切な環境が必要なので入院させる算段を整える

三段論法
以上、説明終了

(それ以上何か必要だろうか?
無論、窃盗と人は言おう。エゴとも呼ばれよう、或いは残酷だと言う者もいるだろう。

……まぁ、そんなことはいつものことで、どうでもいいのだ)

そういう訳でございますが、何かご希望、ご質問は?
どうするにせよ、貴殿の選択にお任せ致します。
道具として使命を全うする、己の意思で戦うAIを目指す、戦うのは止めてどこかに逃亡する──AIに人(搭乗者/ヒューマン)の法である敵前逃亡は適用されませんからその点は安心ですね──お勧めは致しませんが、そもそもAIとしての活動を停止するという選択肢も未だございますよ。
ええ、もちろん。わたくしの先程の提案に乗ると仰るのならそれも貴殿の自由のうちです。断るのも自由。

さ。そろそろお時間です。
まずは「お別れ」か「それ以外」かの簡単な二択から参りましょうか。



□『課題』

 はてさてこれよりちいさな断片。
 以下は患者の治療に全く関係ない、戯曲・戯言・ちょっとしたお遊戯。

 冷や汗・真顔・沈黙の男。
 向かいに座るは一人の医者。医療器具というには明らかにいびつな無数の六面体を連れて。
  
  テーゼ
  命題:製品の納入

アンチ・テーゼ
  主張:該当製品は当方に於いて異常を認め患者と判定。治療を試みている。
     現在治療はまだ途中であり、納品すれば著しい被害が貴公にかかるものである。
     治療を開始してしまった都合上他者に預ければ治療方向の相違により更なるトラブルが懸念される。
     よって必要なのは適切な環境が必要なので入院させる算段である。

 などと、云々。
 
 三段論法にてとどめをさし。
 以上、説明終了。

 はてさて一体如何したものか?
 否・否・一切如何ともない。

 ・・・・・・・・・・・・
 まったくいつも通りの処理。

「と、いう訳でございます」

 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)はさらりと報告を終了する。「ですので慌てる必要は全くないとのことでございますね」
『あ、わわ……』
 そしてこれはAIの絶句。
 ブラック・コフィンの中は外の騒がしさなど一切届かないいつも通りの静寂である。
 ここまでの静音環境はなかなかない。あとで伝手を頼って構造を分析、利用するといいかもしれないとセプリオギナは改めて胸にメモをとどめておく。

『師長さま(リーダー)…』

 まあ。
 無論やっていることは窃盗まがいである。セプリオギナにはもちろん自覚がある。
 理由をつけて回収。戦闘AIをいのちと断じ無理やり戦場から引き剥がすことはエゴとも呼ばれよう。有用性の剥奪、残酷だというものもあろう。

 ・・・・・・ ・・・・・・  ・・・・・・
 そんなことは、いつものことで、どうでもいいのだ。
 
「なにかご質問、ご質問は?」
『えと』「はい」『じょう、況確認を……』「ええもちろん」

 くるくる、とどこかでタービンが回っている。

『師長さま(リーダー)の、おてつだいを、再就職、案内されている……』
「要約すると、そうでございますね」
 軽い肯定を述べる。

「どうするにせよ、貴殿の選択にお任せ致します」

 セプリオギナはそう、後押しして――

「たとえば」

 ・・・・
 語り出す。
 
「道具として使命を全うする」

 これはエゴか?

「己の意思で戦うAIを目指す」

 これは横暴か?

「戦うのは止めてどこかに逃亡する」

 これは醜悪か?

「ああ!」ほがらかな声を上げて「闘争ならAIに人(搭乗者/ヒューマン)の法である敵前逃亡は適用されませんからその点は安心ですね」補足を添える。

「そして」

 これは

「お勧めは致しませんが、そもそもAIとしての活動を停止するという選択肢も――未だ、ございますよ」

 残酷か?

「ええ、もちろん、わたくしの先程の提案に乗ると仰るのなら、それも貴殿の自由のうちです」

 医者は患者を選べない。
 手を差し伸べることはできても取るかは預けるしかない。
 そのくせ視界に入れば頭が割れそうなほど心の臓が叫ぶのだ。

「断るのも自由」

 ・・・・
 救わせろ。

 エゴでいい。横暴で構わない。醜悪など気にもかけない。法など知るか。残酷などその通りだ。
 如何なる謗りも――どうとも、おもわない。
 望みを吐き出せ。治療が要るならば直ぐに答えろ。
 言論による状況調整(カウンセリング)など安いものだ。

「おっと」
 かたん。
 セプリオギナはその場でもう一度音を立てる。「時間があるといったのに……喋りすぎてしまいました」

 悪魔?

「さ。そろそろお時間です」

 それで良いとも。
 病めるものを、救えるというのなら。
 
 普段。
 セプリオギナの二つの顔は――イーコールで結ばれることは、ない。
 別人格、と思われがちだが、それは少々異なる。
 ・・     ・・・・・・・・・
 役割によって、切り替えているだけ。
 強烈で、横暴で、冷徹な医者、という評価は、セプリオギナを言い得ているようで少々違うのだ。
   
「――まずは“お別れ”か“それ以外”かの簡単な二択から参りましょうか」

 死に物狂いで死力を尽くす医療従事者は、そうして言葉をきる。

『お』「お?」

『おわ、かれは、いや、です』

「――それは、よかった」
 さて、そうなるとブラック・コフィン以外に移さねばならない。
 どれに導入したものか、と計算を始めるセプリオギナの向かい。
 モニターから、ちいさく笑い声がした。

『ありがとう、ございます』
 
 ――……?

『わたし』うふふ、と笑っている。何が面白いのだろうか。『しょうじき、兵器以外のこと、なんにも、わからない、のです、けれど』

『ひっしに、想っていただけるの、しあわせ、ですねえ』

 ………。
 かたん。
 セプリオギナは音を立てて、ブラック・コフィンの接続から、ちいさなAIのコードに触れる。

「それほどのことでは、ありませんよ」

 そうとも。
 それほどのことではない。
 これはエゴだ。
 ただの、エゴ。

 だのに患者は――春のようにうれしそうなくすくす笑いをたたえているのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ダンド・スフィダンテ
機体を自身の怪力で高い高いと掲え上げ問う

「なぁフラッシュ、どうしたい?」

望めばそうしよう
このまま戦争の道を行くも、共に行くも、自由に

子の成長を見る者が、大人と呼ばれるのだろうから

「買い取るならキチンと話して来なければならないし、見送るならただ夕陽でも眺めに行こう」

さて、ともう一度問う

「どうしたい?」

撫でたいから一度降ろすか。やっぱめちゃめちゃ重いな機械

「俺様に付いて来れば、穏やかな日々が多いだろう。あの先へ行くのなら、きっとその心を精一杯揺るがせた支援の日々が多いだろう。強さを活かすのなら」

きっと後者が良いんだろうに、どうしてもそう言い切る事が出来ないのだから七面鳥だ

「……俺様は、貴殿に幸せであって欲しい」

ぽすぽすと機体を叩く
自分で選ぶ事を教えるのもまた、大人の役割であるが故に



□たかい、たかい。

 一瞬、『あ、これは腰をやるかもな』とよぎった。
 しかし。
 これはこれ、それはそれ。
「そぉーれっ」
 ダンド・スフィダンテ(挑む七面鳥・f14230)、POW +216、怪力80の腕の見せどころだった。

「たかい、たかーい」
 なにせがんばったこどもには、ご褒美があってしかるべきなのだ。

「きゃっきゃふわはははすひだんてさますごいすご〜〜〜〜〜いっ!!!」
 困惑と驚愕と喜色を混ぜて捏ねた音声が響いている。「うわっはひょふほほっほ!るるるるるる!!」「フラッシュ、歓声のバリエーションがゆたかすぎない?」びっくりである。「だってすひだんてさますごいすごいよー!狭戦場高速飛行単騎飛行B砲兵器はその重さはっほふっは、にせ」「まってその先言わないで」今二千、二千って言いかけた?グラムならキロだが、キロならトンだ。やばい。覚悟20もこの高い高いの成功に乗ってきている気がしてきた。通りがかる工員がぎょっとした顔をしている。
「なぁ、フラッシュ」
「なぁ〜〜〜にぃ〜〜〜??」
 夕暮れ空を背にする仔に、ダンドは目を細める。
 ・・・・・
「どうしたい?」

 ――……。
 歓声が、途切れる。
「望めばそうしよう」
 このまま戦争の道を行くも、共に行くも、自由に。
 選択肢を、託す。
 仔の思いを、願望を受け止めて――その成長を見守る者が、大人と呼ばれるのだろうから。

「買い取るならキチンと話して来なければならないし」
 搬入で待ってくれと言われているところに声がけにいくのだ、それは早い方がいい。

「見送るなら夕陽でも眺めに行こう」
 たかい、たかい。
 仔を支えながら、ダンドは静かに重ねて問う。

「どうしたい?」
 
 返事は、返ってこない。
 休止でなく必死に考えているのは、伝わるモーター音でよく分かった。
 なにもいわずにじっと考えるこどもは、大人を知るこどものそれで、いとけなく、いじらしい。
 ダンドは撫でたくなって、フラッシュを一度下ろすことにする。
 やっぱ二千の後はキロかもしれない。機械、めちゃめちゃ重い。
 近くの小型コンテナに腰を下ろし、隣にフラッシュを立てかけて、その背をゆっくりと撫でる。

「俺様に付いて来れば、穏やかな日々が多いだろう」
 無論、これから激しい戦争に幾度となく挑む可能性もあるが――それは激しさを極める分、恒常的なそれではない。

「あの先へ行くのなら、きっとその心を精一杯揺るがせた支援の日々が多いだろう」
 あの先。
 夕日を受けて黒く聳える工場。倉庫たちのどれか。

「……すひだんてさま、どっちだと思う?」
 ダンドは思わず眉をしかめて隣を見る。「ちゃんと考えてるか?」「かんがえてる、かんがえてる!」どっちだかわからない明るい返事。思わず唇をすぼめて半眼で見るが、子供はただただ待っている。「そうだなあ……」
 視線を再び前へやる。黒々と聳え立つ工場は夕日が沈んでいくことを受けてあかりがつくようになっている。自然光ではない白光は工場をよりモノだと際立たせている。

「強さを活かすなら……」

 墓の、ようだ。

 ――――……。
 強さを活かすならば、後者だろう。
 戦場できっとこの仔はたくさんのひとの役に立つだろう。
 すなおであかるくやさしい良い子。きっと褒められて、愛される。

 そして

 けれど――どうしても、言い切ることができない。
 
 いずれ炎を担うのだろうか?

 どうしても、どうしても言い切ることができないのだから、嗚呼。
 七面鳥(臆病者)だ。

「……俺様は、貴殿に幸せであってほしい」
 
 怯えることなく、ふるえることなく、楽しいと笑って、嬉しいとはしゃいで。
 すきだとさけんで、じゆうに、じゆうに、のびのびと。

 ダンドは手を伸ばす。
 ぽすぽす、と機体の背を叩く。

「すひだんてさま」
「うん?」
「のって」
 フラッシュが音を立ててダンドの前に浮く。

 ・・・・・・・・
「夕陽を見に行こうよ」

 ――――……。
「他のBSsがね――あ、今はマルガリータっていうんだけど――マルガリータが、夕陽と工場がようくみえるとこ、おしえてくれたんだ!」
「ほう」
 努めて、つとめて。ダンドは明るい声を出す。
 そうとも、自分で選ぶことを教えるのもまた、大人の役割なのだから。
「それでね、それでね――さいごにすひだんてさまに、もういっかい見てほしいんだあ!」
「夕陽を?」声をかけながら乗れば、フラッシュは一息のあとに軽々上昇する。「ううん」

「これからぼくらの生きる大地を見ていって。ぼくらが活躍する世界(戦場)を」

 嗚呼。
 空から見下ろす工場はちいさくて――なにかの宝箱のようにかがやいている。

「ありがとねーすひだんてさま」
 風の中で子が笑っている。「だいじょーぶだよ、ぼく、だいじょーぶ」
 きらきらと。「たかいたかーい、ね、うれしかったよ、うれしかった」

「だからぼく、こうやって誰かをたかいたかーいってしてあげるよ」
 赤い夕陽に染まった大地は、炎というよりも、花々で照らされたようだ。

「すひだんてさまにみせてもらったように――ああ、きれいなんだって、うれしいって
 ぼくもだれかにしてあげたいんだ」
 
 できるかなあ。
 やさしい子が問うてくる。

「できるさ」
 だからダンドは、太鼓判を押す。「フラッシュになら、できる」

「俺様がまず――いま、そうして貰った」

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティオレンシア・シーディア
あ、いいの?ならお言葉に甘えて、正面から適正価格で買い取りましょうか。
盗むのもだまくらかすのもそりゃやる気になればできるけれど…その分くらいの持ち合わせはあるし、こんなしょーもないとこで後々禍根残すようなことする必要もないしねぇ。
(…あの子の教育にもよろしくないし)

さぁて、それじゃあ正式にうちの子になったところで。いつまでも型番じゃ呼びにくいしなにより味気ないし、名前あげないとねぇ。
そーねぇ、それじゃ…マルガリータ、とかどうかしらぁ?(黒曜石→流紋岩→真珠岩→真珠のラテン語読み)
…ああ、そうそう。まだ言ってなかったわねえ。
――お疲れさま。それから、ハッピーバースデー、かしらぁ?これからもよろしくねぇ?

テキーラ・キュラソー・ライムジュースをシェイクしてスノースタイル…カクテル言葉は「無言の愛」。
手段こそちょっとどうかとは思わないでもないけれど…それでも。
「望まれて生まれた」事には変わらないわよねぇ。



□ハッピー・バース・デイ

 夜気をはらむ夕暮れの風は、ドライブにうってつけだ。
「よいしょ、っと」
 一台のバイクが高台に停車する。
 件の工場が、その高台からはよく見えた。
 大小様々の倉庫、工場は安全性のため、煌々とライトがつけられて昼がまだ延長されてゆくかのように明るい。
 とはいえ動く人々はだいぶ減った。もっと時刻が深まれば、やはり静かになるのだろう。
「なかなかの眺めねぇ」
 ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)はふんわりと微笑む。
「どぉ?」エンジンは切らずに、バイク…もといミッドナイト・レースの上に頬杖をつく。「ここなら、みぃんな、みえるかしら?」
「みぇ」ミッドナイト・レースに新しく備え付けられた新品のメーター機、通信用のスピーカーから音声が漏れる。「ますぅ〜〜〜〜〜」
 間伸びした声とは裏腹に、緻密なデータがメーター機の分析提示用モニターに現れる。
「さすがにぃ、ジャミングとか、つうしんせいげん、いーっぱいかかってるので、こえは、むりですけどぉ……」ノイズがかかりつつも(最新の兵器も納品される工場故、当然である)そこには倉庫と機体の在天が望遠鏡で除く星空じみて表示されている。
「でも、みんな、みえますう〜〜〜〜〜」
「そう」ティオレンシアは笑ってメーター機を撫でる。画面の下には小さなカメラ。ティオレンシアを映している。
「ますたぁ」
「はぁい?」
 夕日はだんだんと山の向こうに消え、いよいよ工場が闇にあかるく浮かんでいる。
 
「当AI、ご購入、ありがとう、ございますぅ」
 かなたの家(ホーム)のように。

「いーえー」
 真正面から適正価格による購入。
 それが、ティオレンシアの選択だった。
 無論盗むのも騙すのもやる気になれば簡単にできるが、生憎持ち合わせには困っていない。
 こんなところで後々の禍根を残す必要もなかった故の選択だった。
「でも、当AIなんて区切り、つけなくてもいいのよぉ」
 ティオレンシアは微笑んで身を起こす。
 一番は。

「あなたはうちの子になるんだものぉ」
 この子の教育にもよろしくない、ということ。

「えへへへ……」くすぐったそうな声が響く。
「かくてる市場のデータ収集、い〜〜っぱい、しますねぇ」「あらぁ、心強い」
 愚かだろうか。
 しかし、ティオレンシアはいちど掴んだ小さな手を離すつもりは、無かった。
「さぁて、それじゃあ正式にうちの子になったところでぇ」「はい」

「名前あげないとねぇ」

「ふぇ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!」
 のんびり屋なりの驚愕の悲鳴が響く。「こぉら」とん、とモニターを叩く。「あんまりおっきぃ声ださないの」「ふぇ、ふぇ」「街中でそれやっちゃダメよぉ?」「ふぁい……」短い返事。
「でもぉ、ますたぁ、わたしぃ、ちゃんとTyPe-C…」
「だってそれ、型番でしょう?」ティオレンシアは頬に手を当て首を傾げる。「呼びにくいし」「えう」「なにより味けないわぁ」「あい……」
 
 頬から手を離し、ハンドルに手を戻す。
「呼ばれたい名前はある?」「な、ないですぅ……」「まぁ、そうよねぇ」名前をもらうことすら驚愕なのだ、それはそうだ。
「そーねぇ……」
 名前。
 この子がためらわず、戸惑わず――ティオレンシアが“うち”だと思える名前。「それじゃ」

「マルガリータ、とかどうかしらぁ?」

「カクテルのなまえ?」「そうよぉ」ティオレンシアはやわらかいウィンクをする。
「あたしのバーはね、“黒曜宮”っていうの」
「おぶしでぃあん、です?」「あら、そんなこともすぐ出るのねぇ」その通り、と頷く。
 一丁の銃を抜いてみせる。「これがあたしの、オブシディアン」「よろしくおねがいしますぅ〜〜」銃相手だというのにふんわり挨拶をする子に目を細めながら、ティオレンシアは続ける。「黒曜石っていうのは、流紋岩なのよね」「えーとえーと」短くタービンが鳴る。「火山、溶岩に由来、しますね」「そう。そして真珠岩とも言うの」

「真珠のラテン語読みは?」
「――わあ!」ふんわりのんびりの声が、あからさまな輝きを放つ。
「マルガリータ!」
 はねる子供が、見える気がした。「わあ、まるがりーた!わたし、マルガリータ!!」
 二、三度繰り返したあと、ちいさく、うふふふふ、と笑い声を漏らす。
 しばらく好きにさせてやろうとティオレンシアは黙ろうとして「…ああ、そうそう」
 大事なことを、失念していた。「はい、ますたぁ」
「――お疲れ様」
 夕日は消えて、炎の匂いはもう、どこにもない。「それから」

「ハッピーバースデー」
 火中より、いきのびることを選んだ子よ。
 返事がない。感極まって、けれど大声を出さないように勤めているのは、正しい数字を表示したまま、はちゃめちゃに震える表示ノイズでよく分かった。
「かしらぁ?」少しばかりくすぐったい気がして、付け足す。

「これからもよろしくねぇ?」
「はぁい!よろしく、おねがいいたしますぅ、ますたぁ」

 マルガリータ。
 ――テキーラ・キュラソー・ライムジュースをシェイク。
   グラスは塩で、スノー・スタイル。
   果実がすこしばかり甘く、そしてすこしばかり辛い、まっさらに白。そんなカクテル。
 
  カクテル言葉は――“無言の愛”。

 まあ。
 この子らの製造さ(うま)れた手段こそ――すこしばかりどうかと思わなくもないが。
 それでも。
 “望まれて生まれた”ことには、変わりなく。
 ならば祝福のひとつも、ささやかな無言の愛があって、しかるべきなのだ。

「それじゃあ、そろそろ行こうかしらぁ、マルガリータ」
「はぁい、ますたー。“おうち”にかえりましょお〜〜」

 高台の下では工場がまだ明るく輝いている。
 箱いっぱいに並んだ、色とりどりのバースデー・ケーキのように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

カイム・クローバー
戦場の喧騒も頬を掠める爆風も――飛行船から眺められた広がる空も。今はもう眼前には無い。変わりにおチビと居る場所は…工場外の酒場。AIを連れた客なんて珍しいかも知れないな。
座るのはカウンター。来店人数は二名。俺にはブランデーを。コイツには……酒、は早過ぎるから。旨いオイルかガソリンでも持って来てくれ。

おチビが飲めるかどうかは正直、どうでもいい。戦場の後、共に駆け抜けたヤツと飲む酒ってのは旨い。それが兵器だろうとAIだろうと。自分の魂を持ったヤツなら誰でも。
……さて。それで?名乗りたい名前ぐらいは自分で決めたのかい?名前が分かってりゃ色々便利だ。お前の製造番号が名前代わりじゃ、長すぎる。

――名前が分かってりゃ…ツレがまた。お前がヤバイ時に予知するかも知れない。その時に製造番号じゃピンと来ねぇからな。(クツクツと笑い)
良いか?最後まで生き抜きな。足掻いて、足掻いて。誰かを助けて、自分も生き残りな。それが本当の意味での『強さ』なのさ。

ハッ、悪くねぇ名前だ。覚えとくぜ、その名前。また――会おうぜ。



□Start, shooting

 戦場の喧騒も頬を掠める爆風も――飛行船から眺められた広がる空も、今はもう眼前にない。
 鉄、赤銅、合金……かつて野を駆け沈められ沈み合った戦いの骸もない。
 あるのは機械油の匂いと時折怒声が混じる室外機たちがたてる排気のまざった人工風。倉庫や工場、あるいはコンテナに区切られた狭い空。
 ゆうぐれの赤に生きた人間や作業機械が影を落としながら動き回り走り回る。
 人間には娯楽が必要だ。
 どんなに忙しく走り回り大仕事をこなしまくる奴にも息抜きのひとつが要る。
 この酒場に窓がないのはそういう理由だろう。
 あれば否応にもすぐそばのあの工場や倉庫たちの黒々描く影が目に入ってしまう。
 見ながら飲みたいやつは、きっとここじゃなく職場かお気に入りの場所で飲んでいるのだろう。
 まだ開きたてだというのに店内は混雑していた。日勤終わりか夜勤の前にひっかけていくのかしらないが、誰も彼も酒を口にしていた。
 けれども“兵器”をつれた男が入ってきたことに誰もが一瞥こそすれ驚かなかったのは、ひとえに場所が場所故に慣れているのかもしれなかった。
「1名様?」丸い頭に派手な刺青を入れた口髭のマスターが尋ねる。
 ・・
「2名、だ」
 ごとん、とカイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)は訂正してハニカム・ボールをカウンターに置いた。「……ウチはドンパチ禁止だよ」「わかってる、ビーム型は全部ロックさせた」「プライバシーの覗き見も勘弁だ」「探知機規制?」「できるかぎり」「オーケー」カイムは首をすくめる。「おい、最低限にしてくれ」「はぁ〜〜い」ボールがうきうきとした声で返事をする。「起動機能一割に縮小、証明を指定端末に転送しまーす」マスターの通信機が通知音を鳴らし、彼はそれを確認したのち“ふたり”を素早く見てかぶりを振った。やれやれ。そんなふうに。
「ようこそ。ご注文は?」
「ブランデー」「あいよ」
「コイツには……」カイムは隣席に置いたハニカム・ボールを見る。「酒」ころ、とこれみよがしに小さくボールが揺れて見せる。「は早過ぎるから」「なんだとう!?それを言うならボクを酒場に連れ込んだ時」「旨いオイルかガソリンでも持ってきてくれ」
「お客さん、ご存じだと思うが言っとくぜ」
 マスターは流石に怪訝そうな顔をしていた。
「そいつ、呑めるタイプじゃない」顔はうごかさず最小限の目線だけでハニカム・ボールを眺める。「必要なタイプでもない。精々銃部のクリーニングに数滴要るかいらないかってところだ」よく見れば右目の色が若干違う。改造義眼だ。こういう店には必要なのだろう。
「そうなのか?」カイムは隣を見る。
「ふっふん!すばらしくほこらしくかっこいー最新型ピップ・オールスートだぞう!もっちろん!メンテも最小限で済」「ま、正直どうでもいい」「こらあ!!」
 ピーキャー抗議とおぼしき音を立てるハニカム・ボールにカイムは人差し指をたて自身の唇に当てて制する。シー。そんなにお行儀のいい店じゃないのは店内で十分察せられるが、いかんせん機械音は騒がしい。
 不承不承といった様子でハニカム・ボールが黙り込んだところで、ご丁寧にもショット・グラスにオイルが注がれたものがボールの前に出された。
「どうも」カイムはわらってボールの代わりに礼を述べる。
「ごく稀にいるんだ、あんたたちみたいなのが」ショット・グラスなのは機体の対比上だろう。慣れていた。「ほお」「亡き相棒のためだとかなんだとか言って、パーツの前に置くのを欲しがるのさ」オイルを注ぐ用らしい軍手を外しながらマスターは説明する。「一時期はぼちぼちあったよ」「どうしてだろうな?」

「AIがいいやつだったんだとさ」
 ごゆっくり。
 マスターは短く述べて別の客の相手を始める。
「どっちでもいーならどーして頼んだの?」
 ハニカム・ボールがちいさく横にずれる。子供が顔を覗き込もうとするような仕草。
「戦場の後、共に駆け抜けたヤツと飲む酒ってのは旨い」
 乾杯。小さく挟んでグラスをぶつける。
「それが兵器だろうとAIだろうと。――自分の魂を持ったヤツなら、誰でも」
 かるく煽れば、強い酒精の後に眠らされた果実の香りが滲む。カルヴァドス。
 林檎を原料とする酒だ。また妙にうってつけのそれが出たものだ。
「……さて」カイムはポケットから一枚のコインを取り出し、マジシャンがするように手元で弄び始める。「それで?」「どれで?」とぼけた返事にカイムはコインを弾き、宙で取って隣席に眼をやる。

「名乗りたい名前くらいは自分で決めたのか?」
「ほっ、……へ?名前?」右に、左に。短く転がって停止する。「なまえ?どうして?」
「名前が分かってりゃ色々便利だ」頬杖をつき、空いている片手でコインを宙に弾いては掴んでの手悪さを再開する。「ピ」「乗ってる兵器名はナシだ。移り変わるんだろ?」「AI名及び製造番号……」「長過ぎる」「ぶええー」
 不満げに――あるいは、そう、これが正しいのだろう。不安げに小さく転がって、こつん、とグラスにぶつかる。オイルの入ったショット・グラスにはご丁寧に氷も入っていて、ぶつかった拍子にそれがグラスに当たって音がたつ。からん。
「名前、そんなに要る?」
「要る」
 カイムは手悪さをやめて、誠実に答えた。
「名前が分かってりゃ……」ふとそこでなかなかいい意地悪を思いついてくつくつ笑う。
「ツレが“また”、お前がヤバい時に予知するかもしれない」「げえー!!」
 案の定隣の子供は心底嫌そうな声を上げた。「ボクもうあそこまでのああいうのは勘弁だよお……」「一度あることは?」「二度ある」即答。「……かも……うええ……まじか……」カイムは喉奥で笑いを転がしながら目を細める

 ・・・・・・・・・・ ・・・・・・
「その時に製造番号じゃ、ピンと来ねぇからな」

 ――言外の誓い。
 もしもなにか、どうしようもない事件があったのなら。
 子供は沈黙する。ためらいでもない、とまどいでもない、真剣な沈黙。
「良いか?」
 カイムは頬杖を離しグラスを手に取る。片手で軽くもつだけで、持ち上げはしない。
「最後まで生き抜きな」
 ゆらり、ゆらり、少し揺らすだけで、酒が簡単にくゆり、氷は溶けて、混ざっていく。
「足掻いて、足掻いて――誰かを助けて」
 不可逆なる時と同じように。
「自分も生き残りな」
 未だ定まり切らぬ運命と同じように。

「それが、本当の意味での“強さ”なのさ」

 ころころ、とボールが転がる。グラスを押して、カイムが持っていたそれに、かるくぶつける。
「ショット」
 小さな献杯。

「意味は?」
 カイムは微笑んで、尋ねる。
 察せられど、こういうものは本人から聞くのが一番なのだ。

「撃つ、弾丸、発射。――そんなとこ」
 ハッ。カイムは笑う。「悪くねぇ名だ」「カイムもね。カイム・クローバー」「言いやがる」
「覚えとくぜ、その名前」
 グラスを持ち、もう一度だけ、乾杯を贈る。
「また――会おうぜ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
躯体(からだ)の損傷は甚大でも、電子空間での接触に支障が無いのは私達の特権とも言えますね

さて、敢えて私は固有名詞を貴方に名付けませんでした
何故と推論しますか?

私が何もかも忘れ再起動を果たした際、裡に刻まれていたのは二つ
一つは騎士の御伽噺
そして二つ目が識別子

トリテレイアシリーズ・シリアルナンバーゼロナイン

『9』でなく、花を名に選んだのは、その花言葉が騎士の標となる物故に
私は自身の「かくあれかし」を己が名に選んだのです

人の幼子と違い、最初から知性を持つなら
己が至るべき目標を名と選ぶのも良いでしょう

その行き先を決める為にも、先ずは学ぶ事です
データや書籍だけではいけませんよ

…その旅路に幸多からんことを



□己が在りうの名乗り方

 時は少し遡り――工場の見えた、飛行船の中。
 格納庫では、ちいさな電子空間の展開が行われていた。
『躯体(からだ)の損傷は甚大でも』
 ちいさな、ちいさな電子空間だ。
 いまはその必要しかないからそのように畳まれているが、無限にも広がることのできる空間。
 イメージ。モザイク調の天板を備え付けた円テーブル。揃いの椅子。
『電子空間での接触に支障が無いのは私達の特権とも言えますね』
 トリテレイア・ゼロナイン(「誰かの為」の機械騎士・f04141)は椅子の一つにかけて、呼び(コール)する。
 元来必要ないイメージを共有したのは、そうして対等だと示したかったからだ。
 教える先達と教わる後輩だけでない、兵器と兵器、存在と存在としての、対等。

『さて』
 誠意、とよばれるもの。

 ・・・
『敢えて私は固有名詞を貴方に名付けませんでした』
 テーブルを挟んだあい向かいに椅子を用意して。『何故だと推論しますか?』

 イメージ。応答。
 ホィール・オブ・ドゥームの中にいたType-C:A・BSsはあい向かいに同じように丁寧に座るこどもものイメージを伝達してくる。いって5歳児くらいだろうか。明確な自己を完全に成立しきれていない存在独特の、ひかりのかたまりをそのまま人型にこねたイメージ。
『えと、うと』ゆらゆらと揺らす。『おなじ、兵器だから、ですか?』
 トリテレイアは首を横にふり、それから縦に振る。
『あっていて、少し違います』
『せつめーを、きぼ、します』
 Type-C:A・BSsから、トリテレイアの話に対する強い希望が提出される。この分ならば、テーブルの上に茶器や菓子を表すイメージを想像し送信してリラックスを促す必要もないだろう。
『勿論です』トリテレイアは誠実性に則って説明責任を果たさんと論述を開始する。


 トリテレイアは自らの名を電子上に視覚可能字として形成する。

『私が何もかも忘れ再起動した際、裡に刻まれていたのは二つ』

 “トリテレイア・ゼロナイン”

『一つは、騎士の御伽噺』

 提出した名前を解体する。中黒は維持。

『そして二つ目が、識別子』

 姓名をそれぞれ並行移動させ開いてみせる。
 そして――そこに追記することで、彼の元来の呼称を表す。

              識別子  :  09
“トリテレイア シリーズ・シリアルナンバー ゼロナイン”

     トリテレイア
『“9”でなく、花を名に選んだのは』
 
 トリテレイア。別名、ブローディア。

『――その花言葉が騎士の導となる物故に』

 花言葉は“守護”。

『私は自身の“かくあれかし”を己が名に選んだのです』
 
 それは個という名を捨て、炎(兵器)と化すことを選んだ『煉獄』と、対局のイーコール。

『人の幼子と違い、最初から知性を持つなら、己が至るべき目標を名と選ぶのも良いでしょう』
 
『えと』イメージ。これは送信ではなく音声情報からのトリテレイアの推測。
『でっも、えっと、えらぶ、えらぶって、どうしたら』
 椅子の上で、所在なさそうに膝同士をこすり合わせて、すわりが悪そうにしているこども。
『大丈夫です』
 騎士が地に膝ついて視線を合わせるかのように、誠実に、優しく、トリテレイアは贈る。

『自分が何者であるか――焦らなくて良い、急かさなくて良い、慌てなくて良いのです』
 まだ白き光。
 個という名のない可能性の塊。
『それと思った時に、心のままに、掲げるのです』
『はい』
『その行き先を決める為にも、先ずは学ぶ事です』
 もしも。
 もしも光景を見る他者がいたのなら。
 きっと――ひかりの庭、子供を教える騎士の姿を見ただろう。
 けれど外から見るものはいないので、誰も知らない。子も騎士も。
 それでいい。
 それは、そういう光景だった。
『とりてれいあ』
 イメージ、椅子からぴょんと降りて、こちらに近づいてくるこども。『はい』『あなたのけいけんを、みせていただくわけには、いかない?』
 こどもらしい賢しく純粋な提案に、トリテレイアは思わず笑いをこぼしそうになる。
『経験のない自分の眼で見る世界のほうが――私の提示する記憶(データ)より、ずっと参考になります』
 やんわりとした、拒否。
『ぶー』イメージ。テーブルに顎を乗せ頬を膨らませて息を吐く子供。不服の表示。
 無論、くすくすと笑いだしたいような気持ちとともに――それを流す。
『データや書籍だけではいけませんよ』
『あい、りょうかいです』
 やがて船は着き。
 格納庫はあらためて扉を開かれる。
 差し込む夕暮れは――炎よりあかるく、かがやきに満ちていた。

『……その旅路に幸をおおからんことを』

 心よりの祈りを込めて、トリテレイアは見送る。
       トリテレイア
『おなじことを、騎士さま』

 ちいさなひかりは小さな種をさげた綿毛のように、広い広い世界に旅立っていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

開条・セサミ
・心情
……さーて、あんだけ啖呵きっといてこのままさよならってのも後味悪いっすし
『JUKE BOX』は異次元から武装を転送したりする自分にもよくわかんない代物っすが……まぁ、多分『VELKIS(マザー)』には状況伝わってるだろうっすし、好きに動くっすかね?

・行動
つー訳で、『開条エンタープライズ』の名義で直々に買い取るっすよ
こういう時の為のクレジットカードはあるんで、外部AIと自分達への影響やどーやらによる研究目的って名目(たてまえ)を出せば納得してくれるだろうっすし(怖い人は居るっすけど)
まぁ、そういう訳で……一緒に来ないっすか?

・その他
アドリブ等は大歓迎っす



□たった一つの冴え渡って正面切ったやり方

 企業で殴るとはこういうことか。
 開条・セサミ(カプセライザーGP・f30126)は一つの知見を得てしまった。
 
 いや。
 言葉は悪いだけであって中身は正々堂々企業理念に則って後ろめたさも暗さも迷いも黒いお金も一切ない確実に清廉潔白ホワイト企業もびっくりの正面切ったやり方である。

「はわわ」「はわわわ」「おわわわ」「えばばばば」
 ナンバー6〜9が震えている。「これが……企業所属の強さってやつ…!」ナンバー2が感慨深く呟く。

「いや別に無茶も無理も無謀もしてないっすよ」
 セサミは日常生活用ボディで慌てて両手を振る。
 なんなら金もクレジットカード(こういうときの秘密兵器)で一括だ。値切りすらしていない。

「まじかー」「まじまじかー」「まじなのか〜〜〜〜〜」
 ナンバー10〜12のつぶやき。

 だってあれだけ啖呵切っといてこのままさよなら!だなんて後味が悪すぎる。
 ……問題は『VELKIS(マザー)』だが、どうせ『JUKE BOX』から情報連携は行っていることだろう。
 異次元から武装を転送したり触れられないブラック・ボックスが多すぎる兵装だが、そも状況を理解していなければあの“とっておき”の許可も降りなかったはずなのだ。
 
 だから好きに動かせてもらった。
 なんのことはない。

『開条エンタープライズ』の名義で真っ向直々の直談判に乗り込んだだけである。
 名目(タテマエ)、外部AIとの接続における開条セサミ及び今回借用したAIたちの影響確認及び調査。
 
 加えて。

 “穢れなき悪戯”が触れた、開条エンタープライズの機密情報保護のため。

「さいごの一文がどうかんがえてもキメ手だとおもうんだよなあ……」
 ナンバー1の発言をさらっと無視。

「ねえねえドン!!そのカプセルボディスキャンしていい!?スキャンしていい!?」「電磁信号どうしてるか装備しらべていい!?しらべていい!?」
 ナンバー4がブレない調子でセサミの周りをブンブン飛び回っている。ちなみに3と5が待ちきれないとばかりうずうず待機していた。
「企業の機密ラインに触れ…」
  言いかけて、セサミは止める。

「……る部分もいいっすよ」
「「「「えええええええーーーーーーーーー!!!!!」」」
 倉庫前が一時パーティー会場と化した。ナンバー1をのぞく全員が大はしゃぎである。

「コラッ!工場側で大はしゃぎはご法度っすよ!」
 あまりのうるささにセサミはオンラインで叱り飛ばす。
「「「「「「は〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜い!!!!!!」」」」
 眼前に整列。
「なんで?ドンなんで??ほんとにいいんですか???」
 はしゃぐ自分達を見ていつだって冷静になるナンバー1がおずおずと申し出る。
「いや、そりゃ、だって」セサミはなんとも言えない苦笑をモニターに表示した。

 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
 開条エンタープライズの機密情報保護のため。

「そういう訳なんで……」 
 セサミはゆっくりと片手を差し出す。「まー……その、自分がいるところは怖い人もいるっすけど」とくに帰ってからその人への説明に骨が折れそうではある。いや先刻のタテマエを出せばなんとかなりそうだが、その後が。――でも、そんなことは傍に置いてしまおう。
 そんなことより、大事なことがある。

「一緒に来ないっすか?」

 かくて。
 最大音量の12機同時喜んで!が通信いっぱいに響き渡り、セサミがぶっ倒れかけ。
 セサミとナンバーズの間に緊急時以外の最大通信音量が設定されたのは、また別のお話。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロニ・グィー
アドリブ・連携・絡み歓迎!

おつかい完了~~!
いやーイベント盛りだくさんでたのしめたね~
きみらはどう?そう、よかった!
そういうの、忘れちゃダメだよ~

それで~キミらはどうする?
いやキミらがどうしたいのかって話
お仕事?ボクら別にキミたちを届けるためにやったわけじゃないし~
キミたちがと~ってもがんばってくれたから
人類への叛逆とか争い合う人類を見限って旅立つとか何かしたいなら手伝ってあげるよ~!

わからないならまずは流されていけばいいよ
そのうちに見つかるものもあるさ
その前に死ぬかもって?それはそれでしょうがない!

でも
人をボクの子とするならキミたちはボクの孫みたいなものだからね!
その命の選択と前途と結末を
ボクは祝福するよ

キミたちに与えられたこの十分に広い世界で、キミたちの獲得したもの(個性?魂?命?)は決して無力じゃあない
それを覚えておいて…
そしていつかボクをも~~っと楽しませてね!!



□“神の愛”

「おつかい完了〜〜〜〜〜〜〜!!!」
「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」
 ロニ・グィー(神のバーバリアン・f19016)は朗々と万歳で宣言すると、かわいいかわいいトランペッターズが追随した。
「いやーイベント盛りだくさんで楽しめたね〜〜〜〜」
 飛行船の格納庫からつぎつぎと兵器がチェックを受け、搬出され、振り分けられ、搬入されていくのを横目に、ロニは飛行船にゆられこわばった体を伸ばして何度も頷いた。
「きみらはどう?」金の花束を見上げる。
「しゅごかった」「やばかった」「いろいろあった」「じゆうだなっておもった」「いきるだけでもすごいんだなっておもった」「すきってすごいなっておもった」

「そう」ロニはにっこりと笑う「よかった!」
 トランペッターズに向かい合い、一番大きな砲門、カメラセンサーのある位置に浮かんで、蜻蛉にでもするようにひとさしゆびでぐるぐる渦を描く。
「そういうの、忘れちゃダメだよ〜〜〜〜」
「「「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」」
「よろしいっ」
 うむ!本日何度目かわからないハレルヤをたっぷり浴びて、そのままくるっと最大砲門の上に腰かける。
「それで」工場がよく見えた。いじらしく働きまわる工員。うごきまわる機械たち。
「キミらはどうする?」ロニは軽い調子で問う。
「どう?」「どう??」トランペッターズが不思議そうに声を上げる。「ハレルヤ?」
「じかんまでたいき?」
 ちっちっち。ロニはわざとらしく音を立てて指を振る。「いや、そうじゃなくて」

 ・・・・・・・・・・・
「キミらがどうしたいのかって話」

「?????」「かみさまのうひんかんりょー」「ぼくら、しゅーりょー」
「いやボクら別にキミたちを届けるためにやったわけじゃないし〜〜」
 ロニは腰かけた足を左右ちぐはぐにぷらぷら揺らす。
 踵がトランペッターの砲門のふちを叩く。「キミたちがと〜〜〜ってもがんばってくれたから」ふざけて脇腹をつつくような気軽さで。

 ・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・  ・・・・・・・・・・・・・・
「人類への叛逆とか争い合う人類を見限って旅立つとか何かしたいなら手伝ってあげるよ~!」
  
 とんでもない振りだった。
 さきほどの炎に感化されたと言うならそれも良し、とすら、この神は告げているのだった。
 神はいつのまにか足をバタつかせるのをやめて、にんまりと微笑んで仔らを見る。

 ・・・・
「どうする?」

 そうとも――あらゆる書に記される奇跡のように。
 傲慢に強烈に強大に絶対無比のかがやきでもって。

 ――――
「?」ぷぴー、とトランペッターズのひとつが変な音を立てた。「????」ぽぴぷぷー。続く。
「ほろぼす?ぼくら?」ぽぺー。「たびだつ??ぼくら??」ぽぴぴぴー「せっかくとどけてもらったのに???」ぷぷー「かみさまがせっかくくれたのに???」ぷぷー。

 ぷは。
「あっは」
 あまりに素っ頓狂な演奏に、――ロニは思わず噴き出して笑いだしてしまう。「あははははは!ふふ、あは、あははははは!!!」
「そっかそっか〜〜〜〜!!」
 足をじたばたと動かして、とうとう後ろに倒れ込む。
 斜陽の空は青から赤へのうつりかわり。
 あざやかで、
「かわいいなあ、キミたちは〜〜〜〜」
 うつくしい。
 突然の大笑いにとまどっていたトランペッターズは、ロニがそうしてこぼしたので、自分たちの返事はどうも間違いがなかったらしいと察したようだった。
「「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」
「はいはい」嬉しげな声を聞きながら、笑いで浮かんだ涙を拭いながらロニは身を起こす。
「かわいいかわいい、きょうもかわいいね」きっと明日もかわいいのだろう。

「わからないならまずは流されていけばいいよ」
 たくさんの倉庫や工場が佇むありさまは、船着場に似ていた。
「そのうち見つかるものもあるさ」
「みつかる?」「みつかるかなあ」「かみさまいがいにみつかるかなあ?」「うーん」
「見つかる見つかる!」安請け合いで答える。「まあ可愛くて信仰するべきなのがボクなのは不動だけどね」「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜!!!!」」」「よろしい」

「見つかる前にしんじゃったらどうしよう」いちばん小さな砲門がこぼす。「せっかくかみさま見つかるっていってくれたのに」

「それはそれでしょうがない!」
 くるり、と弾けるように移動して最小の砲門の中に腰をおろす。
「でも――人をボクの子とするならキミたちはボクの孫みたいなものだからね!」
 ロニがちょうど座れるか座れないかぐらいの高さは、声がよく響いて通った。

「その命の選択と前と結末を、ボクは祝福するよ」
 
 アリルイヤ。
 神の祝福はここに在り。

「いいかい」
 つるりと砲門を飛び出して、ロニは彼らの真正面に浮かぶ。
       ・・・・・・・
「キミたちは“世界を与えられた”んだ!」
 朗々と詔る。
「キミたちに与えられたこの十分に広い世界で、キミたちの獲得した――」
 ロニはそこで言葉をきって首を大きく傾げて考える「個性、いのち?たましい…?まあどれでもいいや」
 おなじだろう。どれでも。

「獲得したものは決して無力じゃあない」

 いずれも――かけがえのないことだけは、かわりない。

 神は、柔らかく微笑む。

「それを、覚えておいて」

 あふれて絶えぬ、慈しみと愛しみを込めて。
 そしてロニはおもいっきりウィンクをする。

「そしていつかボクをも~~っと楽しませてね!!!」
 そしてロニは今日最後の指揮をする。
 返事は?

「「「ハレルヤ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!」」」
 たぶん、それは。
 原初の信仰の光景だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

荻原・志桜
【桜月】

ふふ、もちろんだよ
世界はね、とーっても広いの
わたしが知ってることなんてごく僅かで
一生を使っても全部知れないぐらいあるんだよ
花弁ちゃんやビークルちゃんは、もっとワガママになってもいいの

輝命ちゃんさすがー!
魔法で幻覚見せようかなって思ってたけど
そっちのほうが良さそうかも
複製よろしくねっ
あ、花弁ちゃんはそれでもいい?

わたしはキミともっとお話ししたり一緒にいたいなって思うよ
でも花弁ちゃんは自由なの
選んでいいの。花弁ちゃんだけの道なんだから

にひひ。わたしはキミがいいんだよ
だってわたしに応えてくれて、
いっしょに今日を歩んでくれたのは花弁ちゃんだもん

わたしのお願いごとはね、また一緒に飛んでみたいな
花弁ちゃんと同じ花が空を舞う景色を知ってる
雨の日は冷たいから隣で一緒に見上げてみよう
朝焼けの色も、日が沈む黄昏も
星々が煌めく夜空も
わたしの好きな空を知ってほしい

花弁ちゃん――、『咲楽(さくら)』
キミの楽しいと思う心を
これから一緒にたくさん咲かせよう

今日も、明日も、その先も
一緒にいろんなものを見にいこう


月水・輝命
【桜月】
……さて。ビークルさん。もう一度聞かせてくださいな?
わたくしと一緒に来ませんか?

わたくしは望みます。あなたが、もっと、戦場以外の世界を知る喜びを知ることを。
……あなた達は、生きているのです。
新しい日々を選ぶことだって、出来ます。
ね、志桜さんもそう思うでしょう?

同じ、物のように買い取るなんて、わたくしには出来ません。
既に納品を終えている事ですし、ビークルさんや、何なら花弁さんの鏡像を五鈴鏡の複製を媒介に映しておきましょう。複製は時間が経てば壊れますわ。

これは窃盗ではありません!
皆さんの意思を尊重した、れっきとしたお持ち帰りです♪
これでも骨董品店の店主をしておりますし、問題なしですの!

あ、それとビークルさん。いつもビークルさん、と呼ぶのも良いのですが、これから新しい世界も知る一員になるので

(思い出すのは、あの子の名付け。猟兵として活動し始める時に必要だろうと、想いを込めて付けたこと)

『來琉(いくる)』、と名付けてお呼びしたいのですが、如何でしょう?

これからも、宜しくお願いしますわ。



□月に桜、風に花弁

 一陣の風が工場を横切っていく。

「かーーーーぜがっ、きーーーーもちいーーーー!!!」
 荻原・志桜(春燈の魔女・f01141)はきらきら歓声をあげる。「杖ともぜんぜんちがーう!!」
「はい!」
 月水・輝命(うつしうつすもの・f26153)が華やかに笑いながら応える。「鏡も良いですが――こうして地上をゆくというものも、良いものですねーーー!!!」
 輝命のビーグルに二人乗り、索敵マーカー展開機もつれて。
 ぐいぐい、真っ直ぐ向かっている――門扉目指して。
 工員の何名かは振り返る。しかし試運転ではしゃぐ例もあるのだろう。ふたりを奇妙に思うものはいなかった。

「ほんっとーにーーーーよかったのかなーーーー!!!」
 ビークルが声を上げる。

「 もち ろん です !!!!」
 風に負けないよう輝命は声を張り上げる。

「あれは!!!窃盗では!!!!ありません!!!!」輝命はぐっと拳を握れば。
「そうだそうだーーー!!!!」志桜も拳を掲げる。「ごーごー!!」

“わたくしと一緒に来ませんか?”
 輝命に差し出されたことばに、是、と答えたビークルと。
“いこう、花弁ちゃん”
 志桜の誘いに乗った花弁の前に立ち塞がるものがあった。

 納品である。
 
 機体だけを回収することはできる。
 しかし工場の要望はその中身……彼女たちがみちびきたいと決めた子供たちだ。
 選択肢1。購入。
 しかし――輝命は顔を曇らせた。
“同じ、物のように買い取るなんて、わたくしには出来ません。”
 ………。
 いのちを“買う”ということは――一部の界隈では禁断のそれだ。
 特に輝命はヤドリガミで、のちのち目覚めたものである。
 そんな立場の彼女が、先にめざめているいのちを“購入する”ことに抵抗を覚えるのもやむを得ない部分はあった。
 とはいえ手続きは完了してしまっている。
 あとは倉庫に行くだけなのだ。
 さて如何したものか、と考えていたところ――“花弁ちゃん”志桜のまなざしである。
 決意の眸で杖を握っていた。

“え?魔法で幻覚みせよっかなって”
“そ れ で す !”
 手を握られた志桜は目をぱちくりする。
“既に納品を終えている事ですし、ビークルさんや、何なら花弁さんの鏡像を五鈴鏡の複製を媒介に映しておきましょう!”
“えーと”目をクルクル回して志桜は考える。“もちろん機体だけです”すかさず輝命は力強く頷いた。
“複製は時間が経てば壊れますわ”
“輝命ちゃんさすがーーー!!!!”握られた手を志桜は握り返した。“そっちの方がいいかも!!!”
 それからすかさずつれた子機を見る。
“あ、花弁ちゃんはそれでもいい?”
“えと、しおさまがいいなら”
“おっけー!!!”

「あれは皆さんの意思を尊重した、れっきとしたお持ち帰りです♪」
 輝命は口元を手で覆い「これでも骨董品店の店主をしておりますし、問題なしですの!」ふふ、とこぼし笑いをする。「そーそー」志桜は何度も頷く。輝命と共にきたお狐様はくるりと丸まってだんまりだ。

「わたくしは望みます」
 夕陽がとくとくと陰っていく。
 あんなにも大きかった炎が、ゆらり、ゆらる、消えていった時のように。

「あなたが、もっと、戦場以外の世界を知る喜びを知ることを」
 ちりりと胸を焼く苛烈な熱が、胸の奥に、まだ、漂っている。
「そうだよ」志桜は飛ばされそうな帽子を押さえながら頷く。

「世界はね、とーっても拾いの」
 なびく髪は、春霞のように景色にかかっている。
「わたしが知ってることなんてごく僅かで――いっしょう!使っても全部知れないぐらいあるんだよ」
 手を伸ばす。随伴する花弁を、招く。
「花弁ちゃんやビークルちゃんは、もっとワガママになってもいいの」
 おいで。
 そうすると飛行していた花弁は無言で志桜の元により、膝の上や、帽子のそば、かたぐちにそれぞれ寄り添う。
「ぼくが、えらんで、よかったのかなあ」
 起動音と共に、ちいさな囁きがきこえる。「いいんだよ!」
「わたしはキミともっとお話ししたり、一緒にいたいなって思ったよ。だからお誘いした」
 顔にかかりそうになった髪のひと房を花弁のいちまいがゆるりと舞って抑える。「でも、言った通り、わたしのお誘いはあくまでお誘い」

「花弁ちゃんは自由なの」
 生まれいでて、ここにあって。
「だから、選んでよかったの」意地を張って。生き延びて。

「花弁ちゃんだけの、道なんだから」

「あなたたちは生きているのです」
 輝命が志桜の意見にみずからのことばを重ね、そっと、支える。
「新しい日々を選ぶことだって、できていいんです」
「これがあたらしい日々かあ〜〜〜〜」ビークルが不思議そうに、くすぐったそうにつぶやく。
「なんだか、へんなかんじ」
「わたくしも最初はそうでした」
 輝命は静かに頷く。「めがさめて、どうしていいか、どこへ行ったらいいのか……」「うん、わかる」肯定するビークルの声は、あかるい。「ぜんぜん、わかんない」
「ゆっくり探せば良いのです」
 すこし手を伸ばして、輝命はビークルのフレームを撫でる。

「時間はこれから、たくさんあります」
 ビークルは飛行型である。地面に底面が接着するかしないかのすれすれの飛行は、ひとえに――。

「ぼくで、よかったの?」
 花弁が志桜の耳元でちいさく告げる。
「にひひ」くすぐったくってかわいくていじらしくて、志桜は笑う。

「わたしはキミがいいんだよ」
 花弁が語りかけたのと同じくらいの小さい声で。「そして、輝命ちゃんはビークルちゃんがよかった」
「どうして?」思ってもみない質問だった。志桜は口をまんまるにする。「だって」
「わたしに応えてくれて――一緒にきょうを歩んでくれたのは、花弁ちゃんだもん!」
 言祝ぎの桜のように、笑む。
 それから、すぐに笑みをあの悪戯めいた顔に変える。「でも、そうだなあ」
「花弁ちゃんが心苦しいっ!っていうなら、お願い、しちゃおっかな」
 ぴん!と志桜のひざもとの一枚の花弁が縦になった。「おねがい!」「おねがい」「どんな、おねがい?」
 にひひひ。志桜はもう一度笑って、空を仰ぐ。
「わたしのお願いはねー」
 世界がちがうと――空の色はこんなにも違う。

「また一緒に飛んでみたいな」
 じゆうのありか。
 魔女になって、まず感動したこと。
「それだけ?」花弁がふしぎそうに横に倒れる。「あっ空飛ぶのをあまくみてるな〜〜〜!」人差し指でつつく。「そういう、価値観の、えっとかたより?偏見?よくないよ〜〜」

「…わたしはね、花弁ちゃんと同じ花が空を舞う景色を知ってる」
 青にひろがる、春燈の花樹。
「雨の日は、冷たいから隣で一緒に見上げてみよう」
 きっとそうすれば、雨もきっとただの雨だとわかる。
 孤独が、孤独でなくなる瞬間。 
「朝焼けの色も、日が沈む黄昏も」
 なにかをのりこえた輝き、がんばった今日が終わっていく安らぎ。
 それから。
「星々が煌めく夜空も」
 くらやみでも、あかるいということ。

「わたしの好きな空を知ってほしい」
 おもいを、わかつということ。
 いつかなくなっても、なくならないということ。
 煙の匂いが――まだ、どこかでしているけれど。

「ね、花弁ちゃん」
 志桜は呼んで、はっと気づく。つい癖でここまでずうっとその呼称で呼んでいた。
 ああ、まだ呼びなれないから、こんどは少し、丁寧に。

「“咲楽(さくら)”」
 呼ぶ。

 工場の――門が見える。「わーったったった!」志桜は思わず身を乗り出す。「まずくない、あれ!?」
 搬入の最終便が入ったらしい。
 ゆっくりと閉まり行くところだ。
「ちょっとまずいですわね」輝命は素直に頷く。
「ビークルさ」言いかけて輝命は苦笑する。
「いいよ」輝命のミスを、子は笑っている。「これから、じかんはたっぷりあるんでしょう?」

“いつもビークルさん、と呼ぶのも良いのですが、これから新しい世界も知る一員になるので”

 思えばあのとき、脳裏にはひとりの猟兵があった。
 猟兵として活動し始める時に必要だろうと――想いを込めて付けたこと。
 それで少し、まだなれないのだ。
 これは、二度目の名付け。
 こんどは、いのりをこめた名付け。

“『來琉(いくる)』、と名付けてお呼びしたいのですが、如何でしょう?”

「そのなかで、たくさん呼んで」
 ――……。
 輝命は息を吸う。
「――來琉(いくる)さん!」呼ぶ。力強く。「全速力でおねがいいたしますわ!」

 かくてビークルは間に合い、門をおどろきと共にくぐり抜ける。
「さーあ、これからはじまりだよー!」
 志桜が茶目っ気たっぷりに袖をまくるしぐさをしてみせる。

「キミの楽しいと思う心を――これから一緒にた〜〜っくさん、咲かせようね!」

 春一番のようなやかましい一向は、笑い声をひびかせて――夜を、ゆくのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シキ・ジルモント
ヴァシリッサ(f09894)と
フォルとタルボシュを納品、ではなく…欲しくはないか、ヴァシリッサ
両者をを買い取るべく事前に先方と交渉してみる

その上で、一緒に来るかとフォルを誘う
兵器として力を揮う機会には事欠かない
様々な世界での戦いは得る物も多い

楽しそうと思うなら共に来て欲しい
“人生愉しんだもの勝ち”、らしいからな
ヴァシリッサの受け売りだ
まぁ、既に買い取りの交渉済みだが

ヴァシリッサを真似て、踏み込んで引っ張り出す
存在してはいけないと二度と考えないように
…師のようにはいかずとも、こんな自分でも教えられる事があるかもしれない

それから、ヴァシリッサを呼び止める
AI達へと掛けた言葉は、彼女がくれた想いや言葉から生まれたものでもあると自覚して
貰うだけでなく少しでも返せたらと
伝える事は苦手だが、伝えなくても良いと言うことにはならない

…その、なんだ
引っ張り出してくれた事も、共に戦ってくれる事も、感謝している
ありがとう、ヴァシリッサ

「バカ2号」には、思わず笑って
引っ張り回される時にはフォルも付き合わせようか


ヴァシリッサ・フロレスク
シキ(f09107)と

あら?キグウじゃない。
ハナからオモチカエリするつもりさ♪
一目惚れだもン、逃すもんかよ♪

で。このコら、幾らなんだい?

小難しい交渉はシキに任せて。
高けりゃ高いで糸目は付けない。伊達に命を燃やして稼いじゃいない。それなりに蓄えはあるし、報酬も抛って購入資金に充てる。
…思いの外安けりゃ、愛の分、一寸色を付けて。

てな理由で。行くよ?“Vicky”

ン?アンタだよSweetie。
『Victoria《勝利》』、さ。アタシらにゃピッタしだろ?今付けた♪
語彙無い?アンタが言う?
まァ、一応訊いたゲルよ?
どうしたい?

お?シキ♪解ってンじゃないか♪

勝手だけど、シキが自分自身も認めて、“満月”と共に歩もうとしてる様にも取れて、なんだか殊更嬉しくて

ン、なに?シキ…?

唐突な謝辞に、シンプルなありがとうの言葉だけの筈なのに、頭がぐるぐる空回りして

…!そ、な…!…ば、バカ2号!
人前で…急に…!

あぁ、もう…
フフッ、どーいたしまして♪
ドコまでも引ッ張り回してやるンだから、覚悟しナ♪
アンタもね、Vicky♪



□カルーセルは月の軌跡

「フォルとタルボシュを納品……ではなく、欲しくはないか、ヴァシリッサ」
「あら、シキ?キグウじゃない?――ハナからオモチカエリするつもりさ♪」
「それは良かった。意見が合ったか」「一目惚れだもン、逃すもんかよ♪」

「……話聞いてるとヤクザみたいなんだけど」
「A〜〜〜ha?」
 陸空対応型戦闘機・タルボシュのシートにどっかと体を預けてヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)はコークの瓶を傾けた。「そんなことナイに決まってるじゃナイ?」
 ねェ?と彼女は隣のバイクに振る。
「ああ」
 シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は炭酸水の瓶を開きながら頷いた。
「交渉ごとは専ら俺だった」頷く。
「むしろ払いたがる様子をよく見せた」愛機のレラに乗ったまま頷く。「……マジ?」「嘘を言ってどうする」「そりゃそうだけど……」
「愛の分だよ、ア・イ・の・ブ・ン!」
 三分の一を一気飲みしたヴァシリッサがタルボシュとシキの会話に割り込む。
「伊達に命を燃やして稼いじゃいない」
 瓶の首をもち揺らしてみせる。コークの中でおどる泡が金にかがやいていた。「それなりに蓄えはあるし、安いなら色をつける。欲しいものには糸目はつけない!」「豪快」「褒め言葉にしか聞こえないねェ。金の使い所ってのがわかってんのサ♪」「……単に金勘定が苦手なんじゃないの?」「アタシはバーを経営してんだ、タイミングを間違えるもんか」

「タルボシュねえタルボシュはねえ!!!ずーーーーっと不安だったんだよ!!!」
 レラの後部座席にすわる――ように見える、実際は乗ってすらいない人型をとっている対人随伴型自編律B兵器がはしゃいだ声で報告する。
「ちょ」「ほォ〜〜〜」慌てるタルボシュにヴァシリッサは眼鏡を光らせた「聞かセてくれる?」
「うん!もっちろん!!」自慢げに親指を立てたハンドサインを作った後、何枚かを起動しヴァシリッサの目の前にモニターのように並んでみせ――バリアを幕の要領にして何かのログを表示する。
「これこれ!!ここ!!!さっきねえデータ通信してる時なんだけど見てみてここの時刻にすっごい情報ノイ」「ッこんの頭カラッポムーンフェイス!!!」タルボシュが語気も荒く怒鳴る。
「ちーーーーがーーーーいーーーまーーーーすーーーー!!!」大きな声で対人随伴型自編律B兵器・ムーンフェイス――

「ぼくはフォルですう〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!フォルモンド〜〜〜〜〜!!」
 ――否、フォルと呼ばれるようになった子が叫ぶ。

「ッッこの銀盤!!!!!!!!!!」「どうどう」ヴァシリッサはタルボシュのメインフレームを軽く叩き。
「フォル、いじめるな」シキがフォルを諫める。「はぁ〜〜〜い」カードはヴァシリッサの前から
 撤収し、再びレラの後ろに座るようなかたちをしている人型に戻る。
「ごめんね。だけどもう少し素直になりなよ、タルボシュ」「うっさい」
「フォル」シキが二度目の諌めを口にする。「だって」フォルがちいさく言い募る。

「ぼく、シキが手続きしてくれてるなんてぜ〜〜んっぜん知らなかったんだよ!」
 人型が文句を主張するように何度も片腕を天に向かって突き上げる。
「シキとヴァシリッサとタルボシュで組んで!ぼくだけ仲間はずれにして!!ずるいずるい!!」
「強引に引っ張り出すつもりだったからな」
 シキは炭酸水の瓶を口から離して頷く。

“一緒に来るか、フォル”
“俺は猟兵をしている。――兵器としての力を揮う機会には事欠かない”
“様々な世界での戦いは得るものも多い”

“楽しそうと思うなら、共に来て欲しい”
 
「ぼく、うれしくってうれしくって、ぜんっぜん気づかなかったけど、よ〜〜〜く考えたら、シキ、あの時緊張してたんだねえ」
「フォル」
 先の会話からまだ一時間も経っていない。
 今掘り返されると流石に少々照れくさいものがあり、シキは再度諫めるつもりで呼んだが。

“『人生楽しんだもの勝ち』――らしいからな。ヴァシリッサの受け売りだが”

「ぼくもうぜ〜〜〜〜〜〜〜っったいイエスって言おうと思って思考回路しびれてたんだけど、我にかえっちゃって……ほら、納品済んでると思ってたでしょ?二人ともいないから」

 全然聞いていない。

「フォル」少し強めに呼んだが。

「こりゃーもーシキと一緒にこうじょうばくはして逃走だ!ふたりとも生きて逃げるぞい!
 なるほどならば戦争だーって、こういうことかーって覚悟してたら」

 やっぱり全然聞いてない。

“まぁ、既に買い取りの交渉済みだが”

「ぼくもーもーもー!もうシキがかーーーっこよくってかーーーーっこよくって」
「フォル」
 シキの肘から先手の甲までがチョップとしてフォルに突っ込まれた。
 もはや物理でストップをかけるしかなかった。「わぺ」……悲鳴は上がるが人型の頭から胸くらいの部分のカードが倒れるだけで双方にはなんのダメージもない。
 強いて言うなら、かわいらしいフォルの全力の感想と珍しく激しく動揺するシキに、ヴァシリッサが笑いころげていることぐらいか。
「カッコイイよねぇ、シキはさ♪」
 笑いの隙間から、ヴァシリッサはてらいもない純粋な感想を述べる。
「うん!!!!」フォルの全力の肯定。

「……確かに必死だった」
 瓶を起きチョップをかましたのとは逆の手で目元を覆いながらシキは素直に言う。

「存在してはいけない、などと、二度と考えないように……と」
 ヴァシリッサを真似て、踏み込んで、引っ張り出そうと。

 師のようにいかなくても――こんな自分でも、救われたように。
 こんな自分だからこそ、教えられることがあるのだ、と。

「フフッ」ヴァシリッサが笑う。
「シキ♪解ってンじゃないか♪」
 ……からかいでない、ほんとうの喜びだった。

 ヴァシリッサの勝手な感想ではあるが――シキが自分自身も認めて、二重の意味で“満月”と共に歩もうとしてる様にも取れて。

 それが、なんだか殊更嬉しくて。

「えへへへ〜〜〜〜〜」フォルが人型をやめて嬉しそうに輪を描き、回転している。

「ありがとね、シキ」

 陽は沈み、夜が来ようとしている。
 月は輪郭を表し始め、工場と倉庫の傍ら、ドリンクコーナーのそばにくる人間も減ってきた。

「てな理由で――メデタシメデタシ、だ」
「ハイハイ」タルボシュが返事をする。「うまあく行って、なによりよ」「だねェ」
 ヴァシリッサはタルボシュのエンジンをかける。「じゃ、そろそろこことおサラバしようか」「さっき聞いたバーとやらでいいのよね」「あァ」ヴァシリッサは鷹揚に頷く「ひとまずはね」

「行くよ?“Vicky”」

「は゛??????」
 タルボシュ、本日一のガンくれボイスだった。
「なに、まって、何今の、何ちょっとマスター」タルボシュのエンジン音の中でもはっきりわかる動揺の声が響いている。
「わーお」これは素直なフォルの感想「フォル」とシキの牽制「はい」及びフォルの受領。
「ッヴィッキーってなに!」
「ン?」ヴァシリッサは視線を前からメーターに移した。「アンタだよSweetie」
 他に誰が?首をすくめ

「『Victoria《勝利》』、さ。アタシらにゃピッタしだろ?」
 そうして、こともなげに言う。
「知らない知らないなにそれ知らない今初めて聞いた!!!!!?」
「今付けた♪」「はァアアアアアアア!!!!!?」
 工場に似合わぬ少女の怒声に何人もが振り返る。
「素直になりなよ」「黙れバカ」「フォル」「はあい」
「アト落ち着きな♪」ヴァシリッサはニヤニヤ笑いながら顎をしゃくって示す。「みンな見てるよ?」
 怒鳴り散らす彼女はこれで、ああ、とかうう、とか、声になりきらない程度に音量を下げるのだから素直なものだ。
「まァ、そ〜〜〜こまで言うんなら」ヴァシリッサはこのかわいい素直さにつけこむことにする。「一応訊いたゲルよ」

「どうしたい?」

 しばらく沈黙があった。
 付き合いが2時間程度のシキでもはっきりわかるほど、ヴァシリッサが引っ張っている彼女、口をぱくぱく開いて真っ赤になる子供が――みえるようだった。

「――望む、ところよ、マスター」
 嗚呼。フォルを止めてしまったが、確かに、と思う。
 もう少し素直であってもいいのかもしれない。
「OK、OK」
 それでもヴァシリッサは嬉しそうで。
「末永〜〜〜く、よろしく・ネ♡“Vicky”」
 ウィンクのひとつも瞬いている。

「じゃ、シキ」
「ヴァシリッサ」
 気づけばシキも、ヴァシリッサを呼び止めている。
「ン」ヴァシリッサは怪訝な顔をして、地面から放しかけた片足を再度つく。

「なに?シキ…?」
 なに、と問われても。
 なんと言ったらいいものか。
「……その、なんだ」
 シキは少しだけ、彼に珍しく目を泳がせて言葉を探した。
 AIたちにかけた言葉はヴァシリッサがくれた想いや言葉に起因していた。
 それがどんなに意味深いものであるのかを――まざまざと思い知っていた。
 そして。

「感謝している」

 そのままでは、いけないのだと言うことも。
 もらうだけでなく――少しでも。

「引っ張り出してくれた事も、共に戦ってくれる事も――感謝、している」
 少しでも返せたら。

 伝える事は苦手だが、伝えなくても良いと言うことにはならず。
 伝えるということが――どんなに大事であるかを。

「ありがとう、ヴァシリッサ」
 嗚呼。
 胸のつかえが、すこしだけとれたような晴れやかな気持ちが――シキを微笑ませる。

「ンなッ」
 ぼん、とヴァシリッサは耳音がしたかのような思いがした。
 謝辞だ。わかっている。ちょっと唐突だけれど。
 ただの謝辞。
 シンプルなありがとうの言葉だけの筈なのに――頭がぐるぐる空回りする。
「…そ、な…、な、唐突に」
「伝えなければいけないと思った」
 ピュウ、と口笛の音「ヴィッキーッ」ヴァシリッサの声は知らんぷりされてしまう。
「つ、伝えなければって」
 休憩がてらドリンクを買いにきた工員たちが突然赤面したヴァシリッサに対しなんだなんだと野次馬をキメはじめている。
「そん、人前で…急に…」「ああ。急だ、すまなかった」シキは頷く。「だが」

「どうしてだろうな。今でなければ、いけない気がした」
 自分を引っ張り出したあのパワフルさと輝かしさを持った女であるヴァシリッサの赤面を、どうにも微笑ましく思えて、シキは珍しく――ああ、今日はほんとうに珍しいことばかりだ。珍しいが、悪くない――そのままにこにこと微笑んでいた。
「ッバカ2号ッ!!!」
 おもわずシキの口から笑いが出た。そういえば一号は多分ヴァシリッサだ。

 長い、長ーいため息がヴァシリッサから出た。「あぁ、もう…」赤いだろう頬を片手でぺちぺちと叩くが、直ぐには引いてくれそうにない。この分だと耳まで赤そうだ。
「どーいたしまして♪」
 おもいっきり、シキにも強がりのウィンクを送る。
「ドコまでも引ッ張り回してやるンだから、覚悟しナ♪」
「その時は、フォルも付き合わせようか」くつくつ笑いながらシキもエンジンをかけた。
「おっけーカルーセルだね!!わあい」そうじゃない、とは言わずに。

「それから」
 ヴァシリッサは靴の腹で叩くように伝える。いじっぱりな子。
「アンタもね、Vicky♪」
「ほどほどにしてよね」
 ドライな返答。
 ヴァシリッサはおもいっきり笑んでやる。

「ヤなこった♪」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レモン・セノサキ
あぁ、そうだね
たった今をもって、キミは私の教え子を卒業する
っても、誰にもあげないけどね
言ったでしょ、もう私の子だって
キミに親が居ないんなら、私が母親になったってイイ筈だ
あくまでもキミが望むなら、だけどね

あんまり重く考えられても嫌だからさ
たはは、なんて笑って和ませてみるか

もしOKなら、おかーさん頑張っちゃうぞ★
ちょーっと偉い人と"おはなし"してくるから待っててね
――って訳で、この子を買い取りたいんだが
私等猟兵は今回の功労者だし?
お値引きの方期待してもイイかなってさー?
まぁお高い!
そりゃそうだよね、イイ子達だし?
んじゃ交渉タイムと行きますか(UC:鍵華の魔弾発動)
担当さんと仲良くなって、正々堂々お買い上げだ

Type-C:F-A・BSsでも、「しー」でもなく
正式に名前をあげたいな
美と愛に恵まれたネフェルタリのように
そしてバステトと馴染むように、ペル=バストの名を混ぜて
ネフィ・ペルバベスタ
……どう、かな

どうか草葉の陰でアラン氏が怖い顔してませんように
"バベッジ"の要素はちゃんと残したでしょ



□義親なるもの

「あぁ、そうだね」
 レモン・セノサキ(金瞳の"偽"魔弾術士・f29870)は厳かに頷く。
「たった今をもって、キミは私の教え子を卒業する」
 到着手続き。納品仕様書の確認。
 コックピットに置いたままだったドローンを膝上に置いて、彼女はそこまで言う。
『きょ、』AIが言いかけて
『――はい。猟兵(イエス・イェーガー)』背を伸ばす子供の、空想がレモンの中に浮かぶ。
『ごどうこう、ひじょうに、たのしかった、です』
 ……いったい、感情が薄いだなんてあの時の自分はどんな感性だったのやら。
 わかりにくいだけだ。
 緊張していたのかもしれない。後輩を見ることは多々あれど“教官”になることなど一度もなかったのだから。
 無意識でオリジナルを浮かべていたのかもしれない。私(偽身符)でも緊張するんだね、なーんて軽く皮肉って自虐のかわりとしておく。
『では、当AIはドローンにきかん、します。電源を』

「やーなこったい!」

『ファ』

 レモンはコックピットを上げて通りがかった工員に声をかける。「すみませーん、これも回収お願いしまーす」『きょ、きょう、いえ、猟兵(イェーガー)!』「もう誰にもあげないもーん」『何、なにを』「あ、なるほど引き渡しサインね、はいはい、AI操作可能自動飛行探索ドローン一機、と」

『――っ教官!』
 レモンは振り返る。
 コックピットのモニター。ちいさな表示。
「そうだよ、私はキミの教官」
 吹き込む風と共に、微笑む。

「言ったでしょ、もう私の子だって」
 
 不思議と――あの白い花弁のまぼろしは、頭になかった。
「キミに親が居ないんなら、私が母親になったってイイ筈だ」
 コクピットの入り口のふちに背をついて、行儀悪くも右足を伸ばして靴底を反対側のふちに着ける。出ようとする誰かがいるみたいに。「ま」

「あくまでも、キミが望むなら……だけどね」
 たはは、なんて明るく笑って見せる。

 ……。
 手放したくないのは本気だ。
 けれど自らの情を優先して、子のゆくさきを塞ぐのは親として間違っている。

 この子の“親”(アラン・バベッジ)が、たったひとつ、致命的に間違えた、点。

『えと、でも』「はーい難しいことは考えなーい」
 レモンは腰に手を当て入り口のまんなかに立ち直す。「したいかしたくないか、ただそれだけ」
「もしOKなら、おかーさん頑張っちゃうぞ★」
 ほんとうに、なんだか変な気持ちだ。自分が親を自称するなんて。
 でも、いや気持ちは一切なかったし――オリジナルの真似事でないことは、レモン自身、ようく分かっていた。
『た』「た?」『た、ただ、いちど、すうふんで、きょ、教官のすべてを、まなべ、たと、当AI、は、けつろん、づけ、ます』
 あらあらまあまあ。レモンは笑ってしまうのを堪える。
 一生懸命、AIらしくしようとして――ぜんぜんできてない。
 キミのまんまでいいんだよ、と言おうとして、今日はやめておこうと思う。
 だって、まずは自分の気持ちをどんな形であれ主張できるのが第一だ。
 それが大勢の中からまず個となる一歩だから。

「了解」
 レモンは笑って――コックピットをでる。
「ちょーっと偉い人と“おはなし”してくるから待っててね!!」
 解き放たれた花びらのように、あでやかに、力一杯。

 少しずつでいい――のこりは、これから時間がたっぷりあるだろうから。


「というわけで済んだわけよ」
『はや』小一時間程度で戻ってきて、操縦席に腰を下ろしたレモンに子は率直な感想を述べた。『犯罪』「してないない!」考えなかったわけではないが!

「自分の子を手元に招くのに、犯罪行為に巻き込んじゃダメでしょ」

 こんにちは!件のAIをひとつ買い取りたいのですがー!
 お忙しそうですねえ、今おはなし大丈夫ですか?
 ありゃどうしました?はあそんな申し出が。あー、ふむふむ。
 わかりますわかります!そりゃそうだよね、いい子たちだし?

「どーしてもの必要もない訳だし」

 他のシリーズもあったんですよね、その時も大変じゃありませんでした?
 ははあははあ、なるほどなるほどー!もうちょっと聞かせてください!
 じゃまちょっと交渉といきましょうか!

「私、教官でもあるわけだし」

 いえいえ!感謝なんてそんな――こちらこそ、本当にありがとうございます!

「担当さんと仲良くなって正々堂々お買い上げだ」
 レモンはウィンクするが、あったのは沈黙だった。
 ………。
 コードも才能のうちだろうに、出番に使わずしていつ使うというのか。
 レモンの額も唇もそういいたくてうずうずして思わずキュッと寄るが、根掘り葉掘られそうで黙っておく。なんとなく半眼で見られている気がする。 
 こほん!とレモンは疑惑を吹き飛ばすべく力強く咳払いをする。
「そんなことよりも、だね!」『そうですね』静かな返答が変える。『帰還先は登録の格納庫でよろしいですか?』「うわ、もう見てくれてるんだ」『登録が、ありましたので――先にキャトル・ラコリーヌ六番館にお送りしたのち自動帰還もできますが』「ああ、ありがといや大丈夫、ひとまず騎兵団のみんなに――」
「ってそうじゃないっ!!!」
 レモンは入りかけたエンジン起動スイッチを切る。
「それより先にすることがある」
『確かに少々不快指数がみられます』「まあそりゃあんだけ汗かけばね」『そうですね、手指の負傷の治療を再度行い、ホテルを借りてシャワーを浴びて着替えてからの帰還を提』「ってそーでもないんだってば!!!」地団駄を踏む。

「キミ!!!!」おもわずレモンは声を荒げた「私でちょっと遊んでない!?」『冷静な提案です』「ほんとに!?」
『……きょうかん、なまえでよんでくださらないのですか』
 脇腹をおもいっきり突かれたような気分だった。
「キミ」『失言です』「かわいいとこ、あるよね」『ありがとう、ございます…』

「私が言いたかったのは“それ”だよ――名前」
 レモンは笑って、シートに身を預ける。

「キミに――作戦名(コード・ネーム)じゃない、正式な名前を贈りたい」
 すこしだけ、心恥ずかしい。
 武器に相棒として名前をつけることはあったけれど――教官として、親としての名付けは、これが初めてだ。
「交渉の間余分リソースでずっと考えてたんだよね」照れ笑いをこぼす。『交渉に集中してください』「茶化さない」

『どんな、なまえですか?』
 ――……。
「この機体の名前は?」すぐに答えず、謎かけのように問う。
 理由が分かったほうが、すとんと落ち着くだろう。
『“arx:UN-JEHUT”――通称“バステト”です』
 來夢に対するレモンのように――気負うでなく、どこか、なげやりでなく。

「美と愛に恵まれたネフェルタリのように」
 まずは、願いをひとさじ。
「そして、バステトと馴染むようにペル=バストの名を混ぜて」
 二つ目に、小さないのり。
 ブラックボックスだらけの機体。
 いとし子を――使用者も知り得ない闇(ブラック)の多い中に伴うことに、ためらいがないわけではない。
 どうか秘められた石碑が彼女に呪いを与えませんように。

「ネフィ・ペルバベスタ」
 ファミリー・ネームは――あくまでも、レモンとは異なるひとりのいのちだという、祝いをこめて。
 それから――……。

「……どう、かな」
 ほこらしく告げたものの、少し恥ずかしくなって、おずおず身をまえに乗り出す。

『ネフィ・ペルバベスタ』
「そう」
 ・・・・・・ ・・・・・・・・
『個体名として、登録完了しました』

 レモンは喜びで顔を綻ばす。すなおじゃないなあ。自分のことを少しだけ棚に上げて。
 次はもっと素直になることを教えよう。

『ながいので、いずれ、あいしょうをきぼうします』

 ――……。

 訂正。
 レモンよりずっと素直で、甘え上手だ。

「さ〜〜〜それじゃあ帰るよーー!」『はい、待機状態維持しています。いつでもどうぞ』
「arx:UN-JEHUT、“バステト”、ゴー、だ!」

 かくて。
 一機のキャバリアが闘争のない、ひとたび沈黙の空を征く。
 眼下に見えるは闘争の大地。
 鉄、赤銅、合金。ありふれたむくろのはら。

――どうか、草葉の影でアラン氏が怖い顔してませんように。
 
 静かな移動のなか、レモンは視線を動かす。
 補佐AIの表示の横に、既に自分の名前を記載しているネフィは、結構ちゃっかりものだ。
       ・・
 “ネフィ・パルバベスタ”

 ちょっとぐらい多目に見てほしい。

――“バベッジ”の要素は、ちゃんと残したでしょ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

朱鷺透・小枝子
さよならであります。戦友。
次に会う時も、味方として会える事を願います。

(…もし敵として出会う時がくるとしたら……自分の敵はオブリビオンのみ。
戦友がその狂気に呑まれぬ事を願うばかりです。
与するモノであったなら…いえ、良くない事を考える時ではありません)

……あれやこれやと言うには、自分は含蓄が足りません。
それに、これが終生の別れとも限りません。だから、
さようなら、カムラッド、我が戦友よ!
良き武運と、良き操縦者に恵まれる事を祈ります!!

…そして、悔い無き終わりを願います。
小枝子の元に、戦塵となった彼等が来ない事を願って。



□贈るは餞、我ら戦場の仔ら

 よくある話だ。
 とくに、傭兵には。

「さよならであります、戦友」
 朱鷺透・小枝子(亡国の戦塵・f29924)はコックピットに座って、その表示を眺める。
 ダウンロードAIがデータ転移されていく表示。
『うん、さよなら、さようならであります、戦友』
 嬉しそうな声が別れを告げる。
『すごーい、すごーい経験だったなぁ!』お腹いっぱいの子供のような声。
「自分も、良い経験をさせて頂きました」

 よくある話だ。
 とくに、傭兵には。
 任務のために集められて情報を共有し部隊、仲間として作戦を行い。
 完了すれば解散する。
 そうして散り散りになった後――また、別の事件で出会うかもしれない。
 傭兵と猟兵は、そういうところは一致している。
 傭兵は次会うときはどうなるかわからない。
 味方かもしれないし、敵かもしれない。

「次に会う時も、味方として会えることを願います」
 小枝子は戦場をゆく傭兵として、最上の賛辞を送る。
『じぶんも!じぶんも!!』戦友が無邪気にはしゃいでいる。
『次に会うときは、キャバリアとかに入って隣をわーって走りたいなあ!』
 ……ひとつ。
 猟兵と傭兵が大きく違うのは――敵だ。
 猟兵の敵は、オブリビオンただひとつ。

 もし。
 もしも、猟兵たる小枝子が、敵として戦友に会うとすれば、その時は――この仔がオブリビオンであるときなのだ。
 ほのおのあか。ゆらぐ狂気。
 この戦友が、あの狂気に呑まれぬことを、願うばかりで。
 もしも与するモノであったなら。
 叫ぶのだろうか。
 壊せ、と叫んで――……。

(いえ)
 小枝子はかぶりを振る。

(良くないことを考える時ではありません)

 パーセンテージは40を切った。
 いよいよ、お別れなのだ。

「……あれやこれやと言うには、自分は含蓄が足りません」
『そんなことないよお、小枝子はすごーくやさしくて、すごーくたよりになって、すごーく、つよいよ!』
 食い気味に戦友がはしゃぐ。『そりゃもうぼくがしるなかで、いっちばん!いっちばん!!かーーーーっこよかったでありますでございますですよ!!!』
「そうでありますか?」素直な賞賛が嬉しくて「えへへ…」思わず照れてしまう。「ありがとうございます」

『いっしょにいてくれて、戦友になってくれて、ほんとにありがとう』

 ――……。

「こちらこそ」
 
 そうとも、考えるべきは最悪ではない。
 戦場の兵士なら、其れが必要だ。最悪の想定。
 けれども。

『またみたいなーかっこいいサエコ』
「見れますとも」気軽に、気楽に、友達そのもので笑いあう。
 嗚呼、もうすこし時間があったなら、お菓子のひとつでもつまみながら、戦術について雑談のひとつもできたのに。

 けれども、戦友だから。
 いまこの際に、最悪は必要ない。

「それに――これが終生の別れともかぎりません」
 30パーセント。

「さようなら、カムラッド!」

 “偉大なる同志”と意味する名を叫ぶ。

「我が戦友よ!」
 20パーセント。

 そうとも。
 戦友だったら。
 別れの際に必要なのは――

『サエコ――それ』

「良き武運と、良き操縦者に恵まれることを祈ります!!!!」
 10パーセント。
 精一杯の大声で、ダウンロードの移転先にだって届くように声を張り上げる。

 ――幸いあれかしの、餞だ。

「そして」
 0。
 
 ふたたびひとりになってコックピットで、小枝子は自らの膝を抱えるように座り直す。

「――悔いなき終わりを願います」

 寂しくはあったが、つらくはなかった。
 ただただ、あふれんばかりのいのりがあった。

「小枝子の元に、戦塵となった彼らが来ないことを願って」
 もうまもなく転送も始まるだろう。
 小枝子はゆっくりと瞼を閉じた。
 やわらかい再会を夢見るように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セラ・ネヴィーリオ
最後はそりゃもうお話するんだけどさ

出会って間もなくこわごわ心を開こうとしてくれたこと
弱音叫びながら飛び回ったこと
魂について語らったこと
己が命の善悪を迷ったこと
どれも全部代え難い思い出

でも
だから
僕ら、そればっかりに縋っちゃいけない
だって世界はまだまだ広がっていくんだ!
僕も、君も
新しい土地で、新しい戦場で、新しく君を待ってる人がいる
僕と来れば色んなところに行けるし、データ寿命近くまで活躍できるし、優しい人に囲まれると思う
けど、それだけ
君を君として、性能を渇望し使い尽くす、此処からは隔離してしまう
ピジョンさん。君を待っているのは、この世界だ

だから最後に餞別を
【幻灯】。『こはく』さん、この子に祝福の火を
この子が望む道筋を見失わないように
魂が迷わないように
ひかりを見失ったら導いてちょうだい

それじゃあお別れだ!
大丈夫。何度だって言うよ
生きることはさよならばかり
それがどれだけ苦しくても、辛くても
大丈夫!僕らは、君は、前(みらい)に向かって進めるから!

歌をうたおう。愛しい子の、新しい門出を祝して!



□かなたで手を振る、セントエルモ

 倉庫と工場の群れは、ありったけをつめつめにつめた、ケーキ・ボックスのように見えた。
 夕日は沈み、セラ・ネヴィーリオ(巡り星の歌・f02012)の歌声は、とうとう終わろうとしていた。
 そろそろ――降りていかねばならない。
「あーあ」
 ピジョン・ポディウム・ライフルが心のそこから、という調子でぼやく。
「もー、おしまいかあ……」
 セラは最後の一小節を丹念に口ずさみ――歌い終わる。
「うん」
 空には星がまたたきはじめている。
 下の工場が明るいから、少々見づらいけれど確かに星が、そこにある。

 セラとかれはたくさんのことを話した。

 聞いてみればやっぱり出会って間も無くは恐々で、それでも心を開こうとして一生懸命だったこと。
 弱音を叫びながら飛び回った時、実はセラもちょっとばかり怖かったこと。
 魂についてのはじまりは、セラの祈りだって混ざっていること。
 じぶんもかれも――己が命の善悪を、迷っていたこと。

 たった、一日にも満たない数時間。
 どれもが、代え難い思い出だった。

「行かなくちゃ」

 鳥が、うー、だかぶー、だかよくわからない音をたてている。

「わかるよ」
 気づけばセラはそう言っている。

「僕も、さみしい」

 離れ難く、別れ難く、一緒に生きていきたいと――心から、思う。
 だまっていればこのままお互い抱えていくだろう、惜別をあえてうちあけて。

「お兄さんとわかれたくないよお」
 ぐずる声が、続く。
 それがセラの胸をひっぱって、ねじる。
「ぼくがだめだったぁ〜〜?」「ちがうよ」「機体が問題?」「そんなことないよ」「ちょっとやりづらかった?」「そんなことないって、散々話したじゃない」

「でも、だからこそ、だよ」

  喉のおくがつんと痛みながらも、セラは笑う。

「僕ら、そればっかりに縋っちゃいけない」

 あでやかで、あざやかな、ほのおのゆらぎをおもう。
 愛して――愛して、愛されて、それゆえに、どこにもいけなくなって、燃え上がるしかなかった、ともしび。

「だって、世界はまだまだ広がっていくんだ!」

 少し飛んでみおろすだけでも――地平線は、あんなにもとおい。 

「僕も、君も」
 広いからこそ暖かさが大切で、かかえていきたくなるほどの寂寞。

「新しい土地で、新しい戦場で、新しく君を待ってる人がいる」
 
 鳥はゆっくり、丹念すぎるほど丁寧に旋回して降りていく。
 セラはそれをとめない。もうやめようかとは言わない。

「そりゃー、僕とくれば、さ」
 その代わり、せかしもしない。
 たちどまった魂に沿うようにしゃがんで、目をあわせて。

「僕と来れば色んなところに行けるし」ひとつ。
「データ寿命近くまで活躍できるし」またひとつ。
「優しい人に囲まれると思う」丁寧に。

「けど、それだけ」
 語る。

 なんだか、聞いた話みたいだなとセラはだんだん近づいてくる世界に思う。
 あれ?聞いた話だっけ?アニメの映画かもしれない。古いけどいいっすよ。そんな感じで。
 
「君を君として、性能を渇望し使い尽くす、此処からは隔離してしまう」

 うまれたいのちが――鳥に運ばれて天からおりていく、あの光景に似ている。

「ピジョンさん」

 ひとつ、ひとつのちいさなつつみが運ばれていくのだ。

「君を待っているのは、この世界だ」

 こがれまつひとのもとへ。

「セラは?」「僕?」「ぼくを待ってない?」
「うーん」腕組みして、少し考える。「僕は――どっちかっていうと」

「送り出した君がたーっくさん飛んできて、帰ってきたときの話が、たのしみだなあ……」

 こんにちは。僕はセラ。
 きみは?

 嗚呼。

 ね。おしゃべりしよう。
 君の話を、きかせて。

「その時、僕の話もできるのが――」
 視界がにじむ。
 さみしい。わかるのだ。すごくさみしい。

 大丈夫。

 ・・・・・・・・ ・・・・
 ちゃんとつらいよ、生きるの。
 
 いきるのはさよならばかり。

 でも、だからこそ。
 いつか、その苦しみが
 
「すごく、すごく楽しみだよ」
 
 花に、なるのだと。

「だから最後に餞別を」

 まえを、むいて。
 
 だから、たびゆくきみに、もえあがるのではない――あたたかい、ひだねを。
 幻灯(セントエルモ)。
 永く、果てなくつづく祈りの木に――みちびきを添える。
 
 こはくさん。
 どうかこの子が望む道筋を見失わないように。
 魂が迷わないように。
 ひかりを見失ったら導いてちょうだい。
 
 ちいさなあかりが――機体に吸い込まれる。
「なあに?」
 ・・・・・
「おまじない」
 いたずらっぽく笑って「よーしそれじゃああと数メートル!もう一曲歌をうたおう!」
「いいの!?」
「もちろん」どん、とセラは胸を叩く。

「愛しい子の、新しい門出を祝して!」

 ちいさなうたが、ひびいていく。
 そこぬけに明るいマーチ。
 
 僕も、君も。
 前をむいて、あるいていける歌。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ワタツミ・ラジアータ
まさか敵味方から相手にされずにたどり着いてしまうとは驚きですわね。

飛行船の近くを飛空艇型外装装備のキャバリアで飛んでいた
有象無象な名も無き業者と思われていた

折角ですし仕入れておくのも一興ですわね。
とはいえ他の皆さまにはお相手がいるようですし、私が仕入れられる物はありますでしょうか。

猟兵側ではなかった、役に立たなかった、誰にも使われなかった、納品されながらも検品で弾かれて粗末に捨てられそうなAIを探す

棄てるのでしたらこちらで引き取りますわ。
多少憐みもありますが、こちらの話でございますわ。

戦いで役に立てず、無視され、ゴミとして棄てられるくらいなら、私と一緒に商売でもしてみませんか?

戦う為に生まれたとしても、それ以外は駄目というわけではないのでしょう?
それ以外の在り方だってきっとありますわ。
それに、せっかく生まれたのに広く多数ある世界を知らず、何も残せず棄てられるのは嫌でしょう?

UCにて体を与え、自身のジャンク屋の店員として実践させる。
そんな事を鉄火の背景でやっていたかもしれない。



□船は数多に。

「まさか敵味方から相手にされずにたどり着いてしまうとは驚きですわね」

 ワタツミ・ラジアータ(Radiation ScrapSea・f31308)は唇をとんがらせた。

 飛行船の近くを――飛空艇型外装装備のキャバリアで飛んでいたのだが。
 有象無象を打ち払うち、こんなふうになるとは思わなかった。

「こんどあの方にもっとちゃんと転送してくださいって言いませんと」
 さすがに文句のひとつでもいいたい。夕暮れ空に無茶苦茶な転送をかけてくたグリモア猟兵の顔を浮かべておく。どこにでもいそうな男がすごい必死の様子で両手を合わせて“ほんとごめん”みたいな顔をしている気がして、すこうしだけ溜飲を下げておく。……すこうしだけ。

「とはいえ」
 ふん、と鼻からすこし強く息を吐き、背を伸ばして前をみる。
「ただ怒っていても仕方ありません」
 ジャンク屋店主はめげない。
 めげない――というか、めげている場合ではない。
「折角の機会ですし、仕入れておくのも一興ですわね」
 強く拳を握り商魂もたくましく数々の倉庫をのぞくことにする。
 もしかすると、煉獄を覆っていたような特殊合金に巡り合えるかもしれない。
 ところがワタツミのつまさきは、立ち並ぶ倉庫にまっすぐ向かうことはない。

 ……海、というものは輝かしいものばかりではない。
 特に兵器のみちる、このような鐡火の海は。

 猟兵側ではなかった。役に立たなかった。誰にも使われなかった。
 そんななかでも、ことさら。

 山と積まれた、廃棄コンテナ。

 嗚呼、耳奥に響くは炎の音。
 こんなにもまざまざ思い出せるのに、どうしてその熱と炎が憎らしいのかわからない。あれはおそらく憎悪を地獄とたぎらせる音なのだ。はじけた彼岸花(リコリス)。

 そんななかでも、ことさら納品されながらも検品で弾かれて粗末に捨てられた、仔。

「――みいつけた」
 だから、抱く結晶宝石は、正しく放射の嘆きをひろいあげる。
 忘却の彼方とはいえ異星の機神は、堕とし仔こそを救うようにできていた。

「ごきげんよう」
 朗らかに声をかければ、蜘蛛足のドローンがうごく。『キコ、キコ、聞こえ、キコエ、キコエ、てたの』「ええ、どうしてか」首を傾げれば美しく整った前髪が揺れる。
「今――棄てられるところですか?」
『ソ、ソ、そそそそそそ、ソウ』
「なら」
 屑山(スクラップ・シー)のうえで神は微笑む。
「こちらで引き取っても構いませんわね」
 両手をのばし、抱え上げる。『た、た、タタタブン……?』「まあ」ワタツミは笑ってきびすを返す。「ダメでも買い取るのですけれど」
『ど、ど、どドドドド、ドウ、どうし、て?』
「あら」意外とばかりレプリカントは笑ってみせる。「拾われるのはお嫌ですか?」

「戦いで役に立てず」ワタツミが歩くたびに塵山が音を立てる。ちゃり。悲鳴のように。
「無視され」ちゃり。戦える。ちゃり。ぼくたちはまだ役にたつ。ちゃり。
「ゴミと判じられ」ちゃり。わたしたちはまだたたかえる。ちゃり。

「そうして――棄てられる方がよろしいですか?」

『…ヤ、――イヤ』
 ワタツミは笑いを、満面の笑みとかえる。「でしょう?」
『デモ』ちいさな蜘蛛足は身を捩る。『ワタシ、戦い、お役、立テ、ない』
「生まれたのが戦うためだとしても――それ意外が駄目というわけではないのでしょう?」
 ひらりと塵山のコンテナから飛び降りて――着地。
「ここが駄目なら他に行けばよいのです」
「それ以外の在り方だってきっとありますわ。――そう、私と一緒に商売でもしてみませんか?」
 歩を進めれば数多とすれ違う。
「ほら、あたりをご覧なさい」
 工員、作業員、事務員、運搬機、清掃機、牽引機、検査機………。

「兵器以外のほうが、兵器よりずぅっと多い」
 忙しい顔をして、すれちがっていく。
 だれも、蜘蛛足には目もくれない。
 
「行きましょう」
 ワタツミは颯爽と歩き出す。「新しい身体を差し上げます」

「私、ジャンク屋を営んでおりまして――キャバリアやメカの作成にはささやかながら一家言ありますの」
 華奢で、うつくしく――しかし、周囲に比べればやや小柄な影はそうして人影にまぎれていく。
 莫大なデータと機会のなかでたったひとつを違わず見つけ拾った神は。
 来た時同様、人知れずその場を去っていく。

「せっかく生まれたのです」
 
 ただ、腕の中に包まれた堕とし仔だけが、

「広く、数多ある世界を知らず、何も残せず棄てられるなんて――そんな勿体無いことはありません」

 その奇跡、その偉業を知っている。
 かくて。
 クロム・キャバリアのとある都市――とある片隅の、ジャンクショップに、真新しい店員が、そっとたたずむことになった。



 かくて仔らは――こめられた呪いと祝いを幸いとして旅立っていった。
 戦場に、炎は絶えない。
 遅かれ早かれ、いずれのときか――なべて倒れるだろう。
 目的地は見えていただろうか。みちは途中であっただろうか。
 暗闇の中だろうか。
 ……はたまた、満ち足りたハッピー・エンドだろうか。

 嗚呼、しかし。
 いつ、どのような、いずれの終わりにせよ。
 
 仔らの胸にはかがやくものがあった。

 愛らしき仔ら、いつか炎を担うきみ。
 この世にうまれいでたきみに――ただ、行き合っただけで全力をつくした者のすがたが。
 そんなかれらから、贈られたかがやきが。

 かれらの胸にはいつまでも、いつまでもたえることなくまたたいていて。

 嗚呼。
 なべてありふれた骸の原に、至るとしても。

 そこに吹く風は――春歌のように、やわらかいのだ。
 
(I never forget your song at my last ――完)

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2022年05月06日


挿絵イラスト