18
いつか極夜を越えて行け

#UDCアース #宿敵撃破

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース
#宿敵撃破


0




●極夜の訪い

 天にオーロラ。
 地に氷河。
 吹き抜ける風は冷気を伴いつつも乾ききり。
 命の息吹のひとつもない、肌が粟立つような夜だった。

「おい」

 けれど、これは異常事態だ。
 雪すら降らないこの地域では一面の氷海こそが有り得ない。
 歯の根が合わない。身震いを抑えられない。
 本能が、魂が、全霊の拒絶を主張している。

「何の用だ、テメェ」

 きしりと擦れる氷の音色。
 振り向けば聳え立つ白がひとつ。
 無機の白と青で熊を模る一機がただの生き物であるはずがない。

「ち、違う! 俺は、ただ……」
「ただ?」
「……帰りたくないんだ」
「ふざけんな!」

 間髪入れずの応答は砲塔の軋みを伴った。
 覗いたつぶらな瞳のアザラシは内にある火薬をばらまいて破壊を撒き散らすだろう。
 帰りたくない子供が縋る“おまじない”。
 殺されることで帰り路を失う、ありふれた怪談の結末。
 ……本当だとは思わなかったから、痺れるような恐怖が体の自由を縛る。

「だったら、お望み通りブッ殺してやるよ!!」

 放たれたミサイルの噴煙の向こう。
 無機質な白熊の面は、どうしてか、泣いているようにも見えた。


●夜の訪れ、その前に

「『今日はちょっと帰りたくないな』と思う事ってありますか?」

 穂結・神楽耶(あやつなぎ・f15297)の問いかけに、猟兵達はどんな反応を示しただろう。
 その答えがどれにしろ、スクリーンは何の変哲もない黄昏の空と古ぼけた校舎をを映すばかりだ。
 放課後にしては人の姿がなく、部活動の音の一つも響かない。
 寒々しいまでの無音はそこが人の属する世界ではないことの証左。

「これは予知に出た、“おまじない”を行ったひとを取り込む異界です。これだけなら害は薄かったのでしょうけど……」

 ──景色が唐突に切り替わる。
 黄昏の校舎から、オーロラの揺れる夜へ。
 平和で穏やかな帰り路が、白き機獣の暴れる氷海へ。

「それがUDCを呼び寄せる儀式と化しているとあらば、止めねばなりません」

 画面越しにも関わらず耳を劈かんばかりの咆哮。
 剛腕が揮われるたびにひとの頭が果実めいて潰れていく。
 それでも逃げ出す背へと撃ち込まれるミサイル、弾丸、氷塊の雨。
 狙いこそやや甘いが、この圧倒的破壊の前でどれほどの慰めになるだろう。

「皆様にはこのUDC――『ジャガーノート・ポーラー』の撃破をお願いします」

 学校への潜入はUDC組織が全面的に手配する。
 帰り道を塗り潰す“おまじない”を調査・場合によっては妨害。
 不完全ながら召喚されるオブリビオンと戦うことになるだろう。

「異界は黄昏時。境界の揺らぎが何か影響を及ぼすかもしれませんが……」

 その過程にある黄昏の異界とて、無策で通ることの出来るものではない。
 何が起きるか分からない。それでも対策出来るとすれば。

「決して、己の帰り道を見失わぬように。心を強く持ってください」

 折紙の小鳥が羽搏き、鈴振る囀りと共に幻焔のゲートが開く。
 どこか乾いた冬の風が一陣駆け抜けていった。


只野花壇
 二十二度目まして! 七不思議は歩き回る二宮金次郎像が好きなな花壇です。
 今回はUDCアースより、帰りたくない子と帰れない子のいる学園へご案内いたします。
 ちなみに「極夜」とは白夜の対義語で、太陽が沈んだ状態が続く現象のことです。

●章構成
 一章/冒険『UDC召喚阻止』
 二章/集団戦『黄昏』
 三章/ボス戦『ジャガーノート・ポーラー』

 各章の詳細につきましては断章の投稿という形でご案内させて頂きます。

●プレイングについて
 ある程度のアドリブ・連携描写がデフォルトです。
 ですのでプレイングに「アドリブ歓迎」等の文言は必要ありません。
 単独描写を希望の方は「×」を、負傷歓迎の方は「※」をプレイング冒頭にどうぞ。

 合わせプレイングの場合は【合わせ相手の呼び方】及び【目印となる合言葉】を入れてください。
 詳しくはMSページをご覧下さい。

●受付期間
 各章の断章でご案内。
 その他、MSページやTwitterなどでの案内をご確認いただけると確実です。

 それでは、ようこそ朝の訪れぬ氷海へ。
 皆様のプレイング、心よりお待ちしております。
105




第1章 冒険 『UDC召喚阻止』

POW   :    UDCの発生原因となりそうなものを取り除く

SPD   :    校内をくまなく調べ、怪しげな物品や痕跡がないか探す

WIZ   :    生徒達に聞き込みを行い、UDCの出現条件を推理する

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「帰りたくないときのおまじない?」
「ああ、それなら簡単だ」
「忘れ物をすればいいんだよ」
「忘れちゃいけないものを学校に置いて行って、途中で取りに戻るの」
「そうすると、戻った学校は“黄昏”になるんだって」
「そう。誰もいない、帰らなくていい学校」

「……帰り方?」
「最初に忘れ物したでしょ? 置いて行った場所にあるはずのそれを持って帰ればいい」
「そうすれば、いつもの帰り道に戻ってるんだって」

「でも、帰りたくないなら帰らなくてもいいんじゃないかな」
「そこならお腹も空かないし、眠くならない」
「嫌なことは何にもない!」
「ただ、ちょーっと退屈かもしれないけどね?」

「あ、だから気を付けてね」
「誰かの忘れ物を勝手に動かしたら、忘れ物を見つけられなかった誰かが帰ってこれなくなるかもしれないから」
「今、何人か行方不明がいるんだけど……」
「もしかしたら、そのせいで帰ってこられないのかもしれないから」

「───なーんてね」
「嘘ウソ、冗談だよ。そうに決まってるだろ?」
「ちょっとは怪談っぽかったでしょ?」
「でも、行方不明者がいるのは本当だから……単なる家出だと思うけど」
「あなたも気を付けてね?」
「はハハはハはははハhaハハハ!!!」




●夕暮れ時の三歩前

 ほんの少し水を向ければ、生徒たちはあっさり“おまじない”の情報を教えてくれた。
 それだけ広まっているのか、あるいは広まるべきだとでも思っているのか。
 ……それとも日常的に使っているからだろうか。

 だが、その噂話の中に白熊のUDCの姿はなかった。
 氷海もオーロラも、黄昏色の学校にとっては異物と言わんばかりだ。
 予知に出た以上存在は確実としても、今その存在は語られない。

 日常の只中にある学校は当たり前のように過ぎていく。
 いっそのどかに、終業を知らせるチャイムが響いた。


******

◆第一章における注意事項

・“おまじない”を行う場合は忘れ物の記載を忘れずにお願いします。
・行わない場合の行動はひとつに絞ってください。

・いずれにせよ、決して己の帰り道を見失わないように。



◆第一章プレイング受付期間
 【1月21日(木) 08:31 ~ 1月23日(土) 13:59】


.
メイジー・ブランシェット

生徒達へ聞き込み『コミュ力と情報収集、流行知識』
聞くのはおまじないを使った人達のこと
あ。おまじないを使って、でも帰ってこれた人も聞いてみよう『聞き耳と救助活動』

いないわけないよね?そうじゃなきゃ、帰り方の噂はこんなに拡がらないもの

帰れた人と帰れなかった人の違いが、たぶん探してることに繋がる……かな?


……他の猟兵さん達にも聞いてみよっと『勇気』
なにか見つかりますように『幸運』


おまじないは行う
忘れ物はベル
とっても大事なもの。だけど、頼らないようにするためにも

帰り道もわかってる
サナさんや……待って応援してくれてる人達がいる
あの場所が私の帰る場所


次章が即戦闘ならここで変身を



●私の一歩目

「その“おまじない”って……本当に使っても大丈夫なんですか?」
「うん、全然」
「っていうかわたしらもやったことあるしねー」
「!」

 取り繕う暇もなく、正直な驚きが表情にでたことを自覚する。
 これだけ噂が広がっているのだから、おまじないを使って無事に帰ってきた生徒がいるだろうことは予測していた。
 こんなに早く当たりに出会えるとは思わなかっただけで。
 焦りで上ずりそうになる呼吸をがんばって宥めながら、メイジー・ブランシェット(演者・f08022)は頷く少女たちを見た。

「ど……どうやって?」
「別に普通に帰ってこれたよ。メイジーちゃんは心配性だなぁ」
「そうそう」

 あはは、と無邪気に。その噂を疑おうともせず少女たちは笑ってみせる。
 害のないおまじない。
 困ったときに頼れる避難所。
 おまじないで辿り着けるという黄昏の世界は、彼女たちにとってはそれだけでしかないのだろう。
 実際、今まではそうだった。
 だからこれからだってそうに違いないと思っているだけ。

「でも……行方不明者も出ているなんて噂も聞きましたけど……」
「え? あ、そうなんだ」
「そういや隣のクラスの明美、行方不明なんだって?」
「マジ? あーそういや一週間くらい姿見てない気がする」
「どうせ家出でしょ」
「男かもよー」
「あはは、ありえる」
「……」

 だから行方不明の原因は“おまじない”のはずがないと。
 信じるまでもない。「そういうものだ」という前提で話している。
 ……だったらいいなとメイジーも思う。
 けれど、そんな儚い願いが叶わないことはメイジーだって知っている。
 無邪気なままでは、かなわない。
 
「ありがとうございました!」

 だから、“おまじない”を試さなければいけない。
 もしその少女の行方不明の原因が本当におまじないなら──「ごく最近おまじないをした生徒全員」が異界に囚われたままの可能性がある。
 あるいは、もっと悪いかもしれない。
 自分がどこまで出来るかなんて分からないけれど。

「……」

 取り出したのはお守り。
 その形をした機械の表面にあるボタンをそっとなぞる。
 これを押せば「彼」と離れていても話ができる。
 「彼」の声に勇気づけてもらえたら、どれだけ心強いだろう。
 「彼」に笑いかけてもらえば、どれだけ心が弾むだろう。

「……うん」

 けれど思い出すのは黒豹の鎧と、それに寄り添う白いドレスの少女の背中。
 これには頼らない。
 ……頼れない。

 けれど帰り道は分かっている。
 ベルの他にも契約のリングが、ロザリオが、クリスタルが。
 かけられた声が。待っていてくれる優しさが。
 帰りたい場所がある今なら、きっと帰ってこれるから。
 心臓の位置に両手を重ねて、問い掛けを聞く。


──《Do you devote your heart?》


 「力」を手に入れて、自分の意志で行く、はじめての実戦。
 これは弱くない自分になるための第一歩。



 ────Yes, I will go.

大成功 🔵​🔵​🔵​

波狼・拓哉
はー…おまじないというか免罪符というか…
帰るの遅かったのは忘れ物したから!みたいな?
これ結構気付かずに迷い込んでる人いるじゃないですかね

…まあ、この異界に招かれないと始まらんわけで…何忘れていきましょうか
んー…流石に思い入れ全くないものじゃダメかなぁ
よし、モデルガン忘れていきましょう
モラル的にも見つかっちゃいけなくて、かつおにーさんの戦闘における生命線です
………誰も動かさんよな?見つからんとかなったら大分やべーんだけど
一応見つかり難いと思わしき場所においとこ…

まあなに、こいつを手にして帰る時なんてUDCを片づけた時がほとんどですからね
いつもどおり起きる出来事しっかりみて現状を把握していきますか



●此岸の淵は踏み越えた

「おまじないっていうか……ぶっちゃけ免罪符的な?」

 その噂を聞いた波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)の感想は、そんな苦笑だった。
 「忘れ物したから帰るの遅くなった!」というのはありふれた、故に通用しそうな言い訳だ。
 おまじないの効果を受けるためのわざとでなくても成立し得るからまた性質が悪い。
 こんな“おまじない”を考えた奴はきっととんでもない性悪だ。

「ぶっちゃけ、気付かずに迷い込んでる人もいるんじゃあないですかね?」

 そこは人のいない家庭科室。
 引き出しの中を覗き込めば、ぽつんと置き忘れられたペンケースがある。
 家庭科のような、実習を伴う移動教室の時は忘れ物が起きやすい。
 拓哉にも心当たりがある。といっても、今となっては遠い昔の話だが。

「……お?」

 異様な光を見た気がして拓哉は瞬きを繰り返す。
 霊的なチャンネルに焦点を合わせて検索───もともと隠れる気はなかったのだろう、大元はすぐに見つかった。
 ペンケースだ。
 ペンケースから、黄昏色の糸が伸びている。

「これはまた……」

 物理的な障害を物ともせず真下に伸びた、先端がどこにも続いていかない光糸。
 それが潜り込んだ先は、恐らく見通せない異界。
 異界に迷い込んだ誰かの為の命綱だ。
 ……もっとも、ペンケースを少し動かしただけでぷつんと切れてしまいそうな細い糸だ。見守っているのも少し怖いし動かすなんてもってのほか。

「なるほど。忘れ物をするとこうなるわけですね」

 アリアドネの糸になるのはひとりにつきひとつ。
 拓哉自身が異界に招かれるためには、やはり別に忘れ物が必要だ。

「ま、やっぱこれで行きましょうか」

 拓哉が取り出したのはカラフルにペイントされた二丁のモデルガン。
 彼にとっては戦闘の命綱であり、かつ、モラル的にも見つかってはいけないものだ。
 だがその色合いは遠目からでもよく目立つ。

「…………」

 思わず周囲を見渡した。放課後のざわめきは家庭科室からは遠く、誰かがこちらに近づいてくる気配もない。
 それでも物音を立てぬよう慎重に、慎重に。
 拳銃たちを入れた引き出しをそっと、元の位置へと仕舞う。
 もしも誰かがこれを見つけて動かせば、その時点で帰還できなくなるかもしれない。

「───ま、今更ですか」

 そんなのはUDC──UnDefined Creatureが関わる案件ではいつものことだ。
 いつだって死と発狂は隣り合わせ。
 いつも通りに銃を執って、いつも通りの帰り道を辿る為に。
 今はいつも通りに、過ぎ行く景色を見送った。


「ああ……今日はずいぶんと日暮れが早いですね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・エルフェルト
ジャガーノート
聞き覚えのある名前に狐耳を欹てる
いつか一度共闘した戦友と同じ名前
彼と白熊の関係はわからない、けど
何か手助けになるのなら、馳せ参じたい

帰りたくない、か
私の育った世界では
帰りたくても帰れなくなった子供は沢山居た
狼か熊か、将又狐狸か
あるいは、善からぬモノの贄となったか
行方不明の子供たち、唯の家出ならば良いけど
巻込まれたなら、助けたい
どうか、間に合って――

おまじないに用いる忘れ物は「妖笛・奴延鳥」
猟兵としての初仕事で使った品
助けた「琴美」との思い出を、帰路の標にしよう

手放す前に、あの日に吹いた旋律を今一度奏で
自分に[催眠術]をかけ自己暗示とする
思い出を深層心理に刻み、忘れる事の無いように



●霞む陽炎、いつか透かした向こう側

 クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)がはじめてその名前を聞いたのは、ここから遥かに遠いサムライエンパイアは永海の里だった。
 ジャガーノート。
 それは、里を守るべく共に駆け抜けた戦友の名だ。
 彼と同じ『ジャガーノート』を頂いたオブリビオンの存在は、クロムにささやかかつ壮大な驚きを齎した。
 同姓同名、類似存在に溢れた猟兵界隈といえども「動物を模した」「機械鎧」という同一項がある以上無関係ではないだろう。
 クロムに分かるのはそれだけだ。
 それだけだけれど、「助けたい」と思ったことも本当だ。
 ならば馳せ参じるまでと、幻焔が作るゲートをくぐった。


「…………」

 そして彼女は、その噂と“おまじない”を聞いた。
 帰りたくない子供が縋るおまじない。多感な年頃の子なら当然抱く願いをクロムは理解する。
 それも帰ることができるからだと思えば、ほんの少しの羨望がある。

 だって、故郷たるエンパイアには。
 あの世界では、帰りたくても帰れない子供が溢れていた。
 狼。熊。肉食獣に喰われる弱肉強食の環。
 狐狸妖怪の戯れで優しい白昼夢に化かされるならまだマシだ。
 善からぬモノが求める贄となった子がいた。
 神の位階にあるモノに見初められ、望まず隠された子がいた。
 過去の怪物の力を得た妖に無惨に引き裂かれた子がいた。
 ……「同じ」ことが出来ずに排斥された子が、いた。
 世界が違えば平和の定義も幸福の基準も異なる以上、クロムが今更どうこうを言うことはできないけれど。

「迷うている暇はない、か」

 思えば、初めての仕事もUDCアースの学校だった。
 あの時は、救いの手が間に合った。
 だから此度も間に合えばいい。
 行方不明の子供たちが、もしこの異常に巻き込まれているなら───助けるのはクロムの役目で、ねがいだ。

 奏でる調べは、帰り道を想う為に。
 いつかはとある少女を救う為に吹いた旋律。
 間に合った、助けることが出来た思い出を奏で、夢見て、そして心奥へ刻む。
 忘れることのないように。
 また、罪なき子供たちを助けることが出来るように。

「……」

 夢を見ていたのはほんの一瞬。
 もともとそういう機能のものだと承知していたから、クロムは妖笛をそっと置いた。
 これが彼女の忘れ物。
 猟兵としてはじめての仕事で使った品と、その思い出をよすがにして、クロムは黄昏の異界を目指す。

「……行ってきます」

大成功 🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
おまじないにUDCは付きものみたいなものですが
オーロラに白熊さんは全然結びつきませんねえ

潜入用の学生服とベレー帽を整えて
一度は防犯ブザーを置こうとするも
これは大事だからと鞄の中に入っていた楽譜の入ったファイルを机に置く

……いや、あれもちゃんと大事なもの
だからこそ鞄の中に入っていたもの
一人で練習するために持ち帰ったのでしょう

――黄昏時の学校、不気味なんですよね
影の中に何か居そうで、出て来そうで
怖かったのですけども大丈夫、今はそんな事ない……筈

来た道辿ってファイルの中身を確認し、鞄の中に仕舞い込む
帰りたくないその気持ちは分かりかねるのですが
何処かに帰りたい、裏腹な気持ちだったりするんでしょうか



●右に曲がってそのまま真っ直ぐ

 おまじない。
 言葉がはらんだ期待と希望とは裏腹に、漢字で書くと「御呪い」だ。
 そう考えればUDCという異形の怪物と結びつくのも仕方ないというものだろう。
 潜入用に用意してもらったベレー帽をかぶり直して、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は息をつく。

「さて、忘れ物でしたか……」

 わるいことを意図して行うというのはちょっとしたスリルだ。必要だと分かってはいても弾む心臓は速度を上げる。
 出来るだけ落ち着こうと、伸ばした手に触れたのは固いプラスチックの感触だった。
 お守りでもある防犯ブザーはいつだって手に取りやすい位置に下げている。

「……」

 忘れてはいけないもの。
 帰り路を示すもの。
 そういう意味で、これを忘れていくのが一番いいのかもしれない。
 そう思って、けれど琴子は手を下ろす。代わりに鞄を開けて取り出したのは、使い込まれて細かい傷だらけになったファイルだ。

「これだって、大事な物ですから、ね」

 その中に入っているのは合唱で使う楽譜。
 どれだけ睨まれたって、どれだけ妬まれたって、ひとりで練習するためにはお手本になるものが必要だった。
 だからこそ鞄の中にずっと入っていた、琴子自身の持ち物。

「……行きましょうか」

 ファイルに背を向ける。
 学校を出ていく。
 遠ざかるたびに物音が消えていく。こつ、こつ、己のローファーが刻む足音だけが鮮明に黄昏の空に響いている。
 このまま帰ったらどうなるのだろうと、ふと思う。
 楽譜のことなんて忘れて、今の自分の拠点に戻ったら。
 あのファイルは───琴子の思い出の一端は、永遠に、黄昏の学校に置き去りにされたままなのだろうか。
 誰にも開かれることなく、学校の隅で、忘れ去られたままになるのだろうか。
 傾いた太陽が投げかける光は暗く、曲がり角から今にもナニかが出てきそう。
 逢魔が時───魔に逢うかもしれない時間とは、昔の人も洒落た名前を付けたものだ。

「……」

 振り返っても物音はない。
 痛いほどに張りつめた沈黙と静寂に余計な音は混ざらない。
 だから琴子は踵を返した。
 忘れ物を取りに戻らなければならない。
 影が追いかけてくる気がして走り出す。革靴の踵はテンポを上げて八分音符のリズムを刻む。
 誰かがいるはずの下校道は誰ともすれ違わなくて、くぐった校門の向こうには誰もいなくて。
 しんと静まり返った黄昏は、どこか不安をかき立てる。
 それでも琴子は歩を刻む。
 砂の立つグラウンドを踏んで、重くて軋むドアを押し開けて、リノリウムの床を進んでいく。

 「帰りたくない」と思ったことはない。その気持ちは分からない。
 だからこの黄昏は琴平・琴子の為の世界ではない。
 けれど、ああいうおまじないが伝えられているということは───きっと、誰かに必要とされた世界なのだろう。

「……こういうところに帰りたい、のでしょうか」

 帰れない少女の問いかけに、黄昏の光は答えない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェルト・フィルファーデン
ジャガーノート・ポーラー……またその名前を聞くことになるなんてね。
急ぎましょう、誰も死なせないために。そして、誰も殺させないために。

これだけおまじないが広がっているのなら、今まさに使おうとしている人がいても不思議じゃないわ。
だからここはそんな人達を説得して、無事家に帰しましょう。本当に帰れなくなる前にね。

「ねえ、本当にただ帰りたくないだけなの?何か理由があるのでしょう?」
「喧嘩したとか、気まずい理由が色々あるでしょうけれど……でもね、帰らなければ何も解決しないのよ?」
「大丈夫よ。ちゃんと帰って向き合えば、意外となんとかなるわ!」


ふふっ……帰りたくても帰れない人は、どうすればいいのかしらね……?



●破れた地図は繋げない

 ジャガーノート・ポーラー。
 かつてヒガンで遭遇した、こどもの心を残した怪物。
 そのことはフェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)も覚えている。
 出現の予知には驚きもあったが、討伐されていなければ再びまみえる可能性があるのは猟兵とオブリビオンの習いでもある。
 だが、出現が予知された怪物はあの時の彼ではない。
 オブリビオンとはそういうものだ。

「……急ぎましょう」

 それでも、その根が同じ彼なら。
 殺させたくない。死なせたくない。
 原初の願いはつだって真っ直ぐに。
 理不尽に奪われる命が無いように。フェルトは、その生徒の前に降り立った。

「ねぇ」
「!」

 まさか誰かいるとは思わなかったのだろう。声をかけられた青年が弾かれたように後ずさる。
 驚かせてしまった申し訳なさを表情には出さない。ただ小首を傾げて青年が背に隠したノートを指さした。

「それ、忘れ物……“おまじない”よね」
「あ、ああ……そうだけど、急に何?」
「ううん。ただ帰りたくない理由は何なのかと思って」
「……は?」

 浮かべた困惑は正直だ。初対面の相手に「悩みがあるのか」と正面から聞かれて答えられないのは当たり前だろう。
 そんなことはフェルトだって百も承知で、それでも彼女の目的がある。

「急に出てきて何だよお前……」
「ええ、そうね。わたしはあなたの事情をひとつも知らないわ」

 凛と、強い言葉は驚愕の反射を引き出して青年を少しばかり退かせる。
 浮遊したフェルトはその分距離を詰める。
 迷い、困惑し、揺れる瞳へ、小さな指を突き付ける。

「けど、知らないから勝手に言ってあげる」

 “おまじない”のせいで、本当に帰れなくなる前に。
 取り返しのつかない事態になってから泣いてしまう前に。
 たとえ痛くても、正しいことを突き付ける。

「どんな事情であれ、ちゃんと帰らなきゃ解決しないと思わない?」
「っ……!」

 そんな正論は分かっているから、青年は怯んだ表情を見せた。 
 『帰りたくない』という衝動は帰らなければならない場所があるから発生する。いつかは帰る現実から、少しの間逃避したいだけ。

「ちょっとだけだ。気が済んだらすぐ帰るから……」
「その『ちょっとだけ』が続いたら……きっとご家族は心配するわ」

 そして、その『ちょっとだけ』が取り返しのつかない悲劇を招くと……フェルトはよく知っている。
 だから言葉を尽くしたかった。
 “おまじない”なんかに頼らずに、真っ直ぐ帰って欲しかった。

「で、でも、」
「大丈夫よ」

 だからフェルトはいつだって笑顔を忘れずに。
 微笑みのまま青年の背中を押すのだ。

「ちゃんと帰って向き合えば、意外となんとかなるわ!」



 青年の足音が遠ざかっていく。
 この部屋の中に忘れ物はない。きっと青年はあのまま家に帰って、足を止めた理由と向き合うのだろう。
 それは、きっといいことだ。
 彼の命は理不尽な怪物の手で奪われずに済んだ。
 なのに、言えなかった言葉が頭の中でぐるぐる回っている。

───だって、あなたは帰れるんでしょう?

「……ふふっ」

 帰れなかったお姫様は。
 帰るべき“家”を失った彼女は。
 どうしたらいいのか分からなくて、ただ微笑んだままでいた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ゲニウス・サガレン
極光きらめく氷海、ねぇ……私も北国出身だけどそこまで北ではなかったな

さて、人気のない校舎は郷愁、不気味、不思議、いろいろな気持ちをわかせるものだね

生徒の話を聞いていると、その辺の物を動かすのがちょっと怖い
動かしたせいで、行方不明になっている誰かが帰ってこれなくなるんじゃないか、って思ってしまうんだ

【SPD】
どこかに不自然な点はないかな?
とりあえず、周囲を調べながら「おまじない」に挑戦しようか
正直、異界に行くのは怖いけど、体験してみたくもある
別の世界ってのをね

アイテム「星屑のランタン」
これを誰かに触れられないよう、目立たない所に置いて帰り、取りに戻ってみよう
周囲をよく観察しながら、ね



●宝島の入り口に旗

 放課後の校舎に人気はない。
 音はするものの、ほとんどが部活──放課後の組織的自由活動によるものだろう。歓声、応援、怒鳴り声。ボールを蹴る音に楽器の音が重なってもはやどんな活動をしているのか分からない。
 けれどどれもが珍しいからゲニウス・サガレン(探検家を気取る駆け出し学者・f30902)は茶色の瞳を好奇心に輝かせた。
 人気があるのにない校舎。誰かの存在は遠くにあって、決して近くには感じられない。
 これは郷愁? それとも不気味か、はたまた不思議か、興味か。
 己の心に過る感情をゲニウスはあえて放置した。感情は湧くがままに任せておくのが丁度いい。好奇心の赴くままに校舎の中をずんずんと進んでいく。

「しかし……怖ろしいものだ」

 ゲニウスの目には。
 どれが“おまじない”による忘れ物で、どれが違うのかの区別がつかない。
 しかも忘れ物を動かしてしまったら、異界に行っている誰かが帰ってこれなくなるかもしれないのだという。
 UDCも手の込んだ“おまじない”を考えるものだ。そう思いながら近くにあったドアを開く。

「……お?」

 開いた先には誰もいない。
 けれど何かがあった気がしてゲニウスは目を凝らす。
 前の方? 違う。
 机の上? これも違う。
 窓際は? 西日は眩しいけれどこれでもない。
 なら後方……規則的に区切られたロッカーの上に、明らかに異なる黄昏色が揺らめいている。

「これは……!」

 近づいてみて気付く。
 無造作に放置されたノートから光の糸が伸びている。それは天板を貫通するように垂れ下がっていて、なのに先があるはずのロッカー内には存在しない。

「もしや……“忘れ物”か?」

 そう考えるとしっくりくる。
 忘れ物は異界にあって、しかも持ち帰ることが出来るという。
 となれば、忘れ物に繋がった糸は両方の世界を繋ぐ命綱のようなものなのだろう。
 ……それにしたって頼りない。少しノートを動かしただけで千切れてしまいそうだ。
 触らなくてよかったと胸をなでおろして、人気のない教室を一度見回す。

「ちょうどいい、ここにしよう」

 “おまじない”をしている証拠が同じ部屋にあるなら、ここでおまじないをすればいい。
 とはいえロッカーの上に無造作に置くのは恐ろしい。少し考えて、誰も使っていないロッカーの中にランタンを置いた。
 光の消えたランタンは黄昏色の異界では必要ではなくて、けれどゲニウスの『冒険』には欠かせざるもの。
 教室に入った時に見えないものかと確かめて踵を返す。
 周囲に異常はない。何か起きるならきっとこれからだ。

「極光きらめく氷海……か」

 北国を故郷に持つゲニウスだが、それが見られるほど寒い地域ではなかった。
 もしも異界にそんな景色が待っていれば初めての体験がまたひとつ。
 怖ろしさもある。けれど好奇心もある。
 『別の世界』とは、いったいどんな景色をしているのだろう?

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
忘れちゃいけねえもの、か
随分と多くなっちまったよ
何を置いていくべきかねぇ
どれも、一時だって手放し難いものばかりだ
だけど、そうだな
『現在』は俺が歩いて行くために待ち続けなきゃいけねぇ
悪い、少しの間だけ『過去』は置いていく
捨てたりなんかしないよ
分かってんだろ?Jackpot

………なるほど、こうなるのか
この妙な異界になにを仕込んでやがる
まずは地形の調査、そして『果て』はどこにあるのか
猟兵と敵以外の存在は?何らかの仕掛けはあるか?
ドローンを放って広域を探ろう
此処に飛ばされる原因を断てれば、犠牲者は少なくて済むんだがな

それにしても、ジャガーノートか
ここいらで因縁を清算できるか、見届けてやるよ…チューマ



●九割を決める下準備

 忘れてはいけないもの。
 落としてはならないもの。
 取りに戻れるとはいえ、一時は置いて行かなければならないことに躊躇いがある。
 そう思って、考え込んだ自分がいたことに、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は我が事ながら驚いた。
 今の自分は本当に、過分なくらい恵まれている。

「けど、そうさな」

 けれど選ばなければならないから。
 選ぶとしたらこれだろうと、隠すようにそっと置いたのは『過去』の象徴。
 シルバーフレームのハンドガンは西日を受けて淡い橙色を反射する。

「悪い、Jackpot」

 今は亡き盲目の友の名を呼んでも応えはないけれど。
 捨てていくわけではない。
 なかったことにするわけではない。
 ただ、少しだけ『過去』を置いて行く。
 『現在』を歩いていくために。

「行ってくるよ」



 学校へ忘れ物をして、途中で取りに戻ればそこは異界。
 もとよりオカルトやファンタジーの方面は専門外だが、いつ位相が移り変わったのかはヴィクティムを以てしても分からなかった。
 ただごく自然と人通りが途絶え、他の生物に由来する音が消失し、踏み入った校舎には誰もいない。
 そこに感じ入るほど繊細な心は持ち合わせていないから行動は速やかに。調査用のドローンを放って情報を集積する。

「ふむ……」

 まずは校舎内の構造。といっても苦労はしなかった。
 なんせ現実のそれと同一で、材質も変わらない。強度もまた然りだ。壊そうと思えば容易に可能だろう。
 必要なら実行する手札に放り込んで次の目に切り替える。
 恐らくは下校ルートとして設定されているのだろう、黄昏の光が濃い影を投げかける街は人っ子一人存在しない。
 コピーしてそのまま持ってきたように現実世界と変わらない住宅は光を灯していない。試しに数軒の家にドローンを潜り込ませようとしたが失敗した。
 もともとそこは界として“設定されていない”のだろう。だから恐らく、事細かに設定されている学校こそが異界の中心地だ。

「……ん?」

 異状を検知。
 『果て』を探して飛ばしたドローンがいつの間にか反対方向へ飛んでいる。
 ログを検索───原因特定、空間の異常接続。
 一定地点を通り過ぎると反対へと向けさせられるようになっている。何も知らずに歩いていれば学校に戻される仕掛けだ。
 よって、この世界に『果て』は存在しない。強いて言うならループの起点になっている位置がそうだろうか。 
 厳密な位置を探る間にも拍子抜けするほど何も起こらない。あるいは、何か起こるには『条件』でもあるのか。
 その因子になりうる可能性を、ヴィクティムは一人知っている。

「ジャガーノート、ね」

 お前はここで因縁を清算できるのか。
 見届けてやるよ、チューマ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
★匡と

…匡、頼む。
(辿らねば見えぬものもあるのかも知れない
己はこどもと同じ道をゆく)
おれは森番。
迷子を導くのは、おれの仕事だ。

…忘れちゃいけないもの、じゃ、なきゃいけないんだな。
(今や錆びて朽ち果てた"希望の滓"を置いてゆこう
己は、あの小箱の、あねごの匂いを決して見失わないのだし)
…キミたちの目は、とても頼りにしてるよ。匡。
だから、好きにできるんだ。

おれは、あの白熊の違うかたちを知っている。
こどもを殺させるのは嫌なんだ。

…なあ。
この噂は。病は。
誰が持ち込んだんだろうな。
(最も許せないのは、そのことだ)


鳴宮・匡
◆ロク(f01377)と


わかったよ
お前のやりたいようにしな、フォローはするからさ

ああ、でも、狩りには供がいるだろ
連れていきな、役に立つからさ

【無貌の輩】はロクの傍らに一体
これはロクに視えないものを捉え、彼女に伝える役を
ロクの周囲に半数
そこで起こる異変を感知するように

残りの半数は、俺と一緒にロクを外から観測
見失わないように逐次、ロクにつけた影からの情報を得ながら
こちらの観測している状況と相違がないか確認

どこかで見失う可能性もあるが、それはそれで重要な情報だ
失踪地点周囲を重点的に探って異変の有無を洗い出す

……そう思うなら、その為に動けばいいさ
(俺は、そうは思えないけど)
それを助けるのが、俺の役目だ



●違う帰り道を並んで辿って

「おれは、あの白熊のちがうかたちを知っている」

 ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)のことばはざらつきながらも端的で、だからいつでも真っ直ぐだ。
 武器と揮う剣鉈さながらに鋭い双眸は炎の熱を宿して鳴宮・匡(凪の海・f01612)の顔を見据えている。

「こどもを殺させるのは嫌なんだ。……匡、頼む」
「わかったよ。お前のやりたいようにしな」

 もちろん了承は即座。
 元より弟分の相棒であり、妹分だとも思っている森番の頼みを断れるように匡は出来ていない。
 同じヒガンにいたジャガーノートを覚えている自分が“それ”に共感できずとも。
 そうしたいと思っている彼女のことを、助けたいと。

「フォローはする。好きに動くといい」
「ああ、頼りにしてる」

 ざらつく声での頷きひとつ。
 そうと決まればロクは迷わない。
 取り出したのは、錆びて朽果てて、それでもまだ形を残した小箱。

「それ……」
「……忘れちゃいけないもの、じゃ、なきゃ、いけないんだろ」

 こどもたちと同じ道を辿るなら、こどもたちと同じ“おまじない”が必要になる。
 忘れ物と置いて行く、失くしてはならないものは、ロクの手に唯一のこった「あねご」との繋がり。
 決して見失わない匂いをひとの手が作った机の中に置けば、こどもと同じ条件で行ける。

「これが、いいんだ」
「……そうか。そうだな」

 それを咎め立てられるかと言えば否定だ。彼女の決意をどうして己が阻害できるだろう。
 したいことは彼女のサポートだと爪先が床板を叩く。

「けど、狩りには供がいるだろ」

 西日の投げかける影は黒く長い。
 それが泡立つように波打って、ひとを象った影人形となって歩き出す。
 顕現が一番早かった一体がロクの靴に手を掛ける。競争に負けたほかの四十八体は前後左右で整列する。
 突然湧いた気配にロクの髪が逆立ったのもほんの一瞬。もうそれが何かを知っているから、己の肩を目指す影人形を掬い上げた。

「これ……匡の」
「連れていきな。役に立つからさ」
「知ってる」

 ロクが歩き出せば影人形───【無貌の輩】たちも一斉に動き出す。ロクの歩みを邪魔しないように、それでいて彼女と同じ景色を見られるように。
 整然とした動きを見て、それから匡を見て、森番は柔らかく頷くのだ。

「キミたちの目は、いつも、とても頼りにしてる」



 黄昏色に照らされたアスファルトを獣めいた女と影絵の兵士が歩いていく。
 足取りは軽く、それでいて歩幅は大きい。
 こどもが帰るはずだった道だと思うとロクの逸りは自然と速度に反映される。
 帰り道は静かなまま、誰ともすれ違わない。

『……なにも起こらないな』
「いや」

 それこそが異常だと。
 己と感覚を共有する影人形から得た知覚が匡へと差異を主張する。
 “おまじない”をしていない匡は異界に取り込まれる条件を満たしていない。
 匡とロクの感じる違いが、そのまま現実と異界を隔てる壁だ。

「こっちで見てる限りだともう五人とすれ違ってる」
『? おれは誰とも会ってない』
「ああ。ロクも、すれ違ったやつもお互い反応してなかった」

 世界がズレている。
 突然世界が切り替わるのではなく、徐々に異界に取り込まれる───あるいは踏み込んでいっている。
 黄昏側と現実側。
 目指す方が違うなら、異なる側とは触れ合えない。
 そうか、とざらつく声でわかったような返答。十分歩いたから、そろそろいいだろうという合図。
『とりあえず、学校に戻ってみるよ』
「了解。こっちでも見てるから、そのまま───」

 断絶。
 声が途切れた。
 ロクが学校へと足を向けた瞬間、彼女の姿も消えた。
 人形たちとの繋がりも同様に匡の感覚に存在しない。
 完全に見失った───黄昏の世界に入っていった。
 確かめるまでにかかったのは五秒。次に動くべきを判じて新たな影が飛び出していく。



 異界の起点が学校で、原因が忘れ物であるなら。
 「学校へ戻ろう」と思った瞬間こそが神隠しの成立条件。
 ……などという推測はロクには立たない。
 分かるのは、もう「ちがう」場所にいることだけ。
 共にいたはずの匡の影は消失し、ロクは一人アスファルトの上に立ち尽くす。
 己の息遣いしかない世界は静かで、微かに病の匂いがする。

「……なあ」

 ざらりと。
 ざらつく声が炎をはらんだところでここには誰もいない。繋がっていた匡とも引き離されて、まだ何も出てきていない黄昏にはそよ風ひとつ吹かない。
 命の気配が、ない。

「誰だ」

 だがどう動くべきかはあらかじめ相談してあった。
 「忘れ物」を取りに、学校へ戻る。
 走り出す。誰も見ていないから速度は増して獣じみたそれへ。己が生み出す風だけを跳ねる髪に覚えながら、燃える声が零れ落ちる。

「誰が、この噂を───病を持ち込んだ」

 答えがここにないことなど、もう悟っていたけれど。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

スキアファール・イリャルギ
"帰りたくない"、か……
一人暮らしが長いのでそんな気持ち忘れかけてた
実家へ帰るのも、両親のおかげでそんな気持ちは抱かなかったし

子供の頃は――"人間"だった頃はどうだったっけ
……ダメだ、あまり憶えてないな

ねぇ、きみは――ごめん、なんでもない
(傍らの"ひかり"に問おうとしてやめる)
(『アリス』だったきみに、帰りたくても帰れなかったきみにこの問いは、酷だろう)

……実際に"おまじない"とやらを行った方が早いかな
考え事に没頭していたという体でイヤフォンを「忘れ物」として置いていく
愛用品なので忘れたら困る物です
そして帰る途中で何か周囲の変化がないか己の五感と耐性で確かめつつ
警戒しながら学校へ戻ってみる



●世界を染める色の名を

 “帰りたくない”と。
 そんな感情も存在するのかと、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は今更みたく思い出す。
 何故って今は独り暮らし。誰もいない家に帰ることにはもうすっかり慣れてしまった。
 なら実家は? こちらも否だ。桜の世界にある家に暮らす両親は彼のことをいつだって温かく迎え入れてくれる。

 では、己が“人間”だった頃は?
 怪奇に侵される以前。まだ当たり前のように人として暮らしていた頃は。
 例えばテストの点数が悪かったとか。
 例えば友達と喧嘩して怒られたとか。
 本の中に書かれたような、「帰りたくない理由」を拾い上げてみる。
 子供だった己にそれが当てはまるのか。想像を巡らせてみて───……

「……ダメだ」

 思い浮かぶ泡沫すべてが想像でしかなく、記憶はひとつも出てこない。
 仕方ないと割り切って、首を振りながらリノリウムの床を歩く。拠点にしている世界とはいってももう三十路になるスキアファールが学校に入る機会など早々ない。
 廊下に飾られた、拙い色使いの風景画を横目に掌を差し出す。ぱちりと瞬いた“ひかり”が示した色は疑問のそれだ。

「きみは───ごめん、なんでもない」

 ぱち、ぱちと弾けるひかりは激しく、途切れた疑問の正体をスキアファールへと問い掛ける。
 ごめんね、と音にならない声を返答にしてそれを優しく撫でやった。
 この“ひかり”は、かつてアリスで、オウガだった少女の遺せた唯一。
 帰りたくて、帰れなくて、その絶望のまま骸の海に染め上がった少女に向けていい好奇心では決してない。
 そのくらいのデリカシー、スキアファールにだってある。
 とはいえ男の心を知らぬ少女のひかりは静かに疑問を点している。

「お願いだから落ち着いて……」

 どう言い訳したら……なんて思考を片隅に、耳を埋めていたイヤフォンを外す。
 念のため小さく折って畳んで、さも使ったまま忘れていきましたと主張するように。
 無かったら困るものを忘れていく“おまじない”。
 黄昏の学校へと招かれるための条件を満たして。

「行こうか」

 だって帰る訳ではない。
 忘れていくわけではない。
 黄昏に染められているという、知らない世界の色を見てみたいだけ。
 リノリウムの床を踏んで、色あせたタイルの玄関で靴を履き替えて、砂埃で煙るグラウンドの端を邪魔にならないよう歩いて校門の外へ。
 歩くたびに人の姿が減っていく。声が少なくなっていく。それが当然だと主張するような自然さは何の不審も与えない。
 傾いた太陽の位置だけが変わることなく、夕焼けの色で長い影を作り上げている。何もかもが黄昏色のレイヤーをかけられた、どこかノスタルジックな風景。

「どうかな?」

 今度こそ、正しく彼女へ向けた問いかけに。
 答える“ひかり”の色が喜びだったらいい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
異界の扉を探索

女学生姿で校舎を歩く

忘れ物……ね
心残りや、やり残したことなら身に覚えもあるけれど
この身はソレを届ける側だから

UC【記憶と記録の深海】

輝いた掌でそっと触れる

教室、廊下、体育館
屋上に、校庭
その場所に残された記憶や想い
そこにある忘れ物の、記憶や思いを読み解き、
揺らぐ境界との繋がりを探ろうか
(情報収集、偵察、結界術、失せ物探し)

「それじゃ、行こうかヌァザ」
影法師を伸ばしながら、逢魔が時へと歩んでいく
ソコに届けるモノがあるからね



●指定配達、宛先推定

 セーラー服の少女が校舎を歩いていく。
 あまりに堂々としているからすれ違う誰も彼女がどのクラスにも所属していないと気付かない。
 当の本人たるリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)も、今日は商売が目的ではないから誰に声をかけることもしない。
 ただ、淡い光の乗った掌を壁に当てる。

「ん……と」

 学校は。
 思春期の少年少女が何より長い時間を過ごす建物には、たくさんの想いが染み付いている。
 喜び。期待。嬉しさ。好奇心。感動。楽しさ。憧憬。信頼。
 哀しみ。怒り。落胆。諦め。抑圧。嫌悪。嫉妬。心配。羨望。恥辱。
 リアが掌に乗せた光───【記憶と記録の深海】は、その感情たちを読み取って伝えてくれる。
 ひとつとして同じもののない感情のグラデーションはそうした経験のないリアにしてみればひどく眩しい、ひとが今を生きる故の綾模様。
 目を自然と細めながら起伏の激しい道を追いかける。

「お」

 そこに。
 求めていた「帰りたくない」という気持ちを拾った。
 近くのドアをそうっと開いてお邪魔すれば机が整然と並んだ教室だ。とうに生徒たちが下校したが故の冷たい空気を己の動きで揺らしながらリアは迷うことなく一つの机に近づいていく。
 光に変じた指先が天板を撫でて想いの出所を探す。辿り着いたのは一番前の中央の席。
 引き出しを開けてみれば、くしゃくしゃに丸められた一枚の紙がそこにあった。
 
「うん」

 破かないように気を付けながらゆっくり広げていけば、それはバツ印の目立つテスト用紙。乱雑なアルファベットと右上に書かれた二十八点の数字が机の主の英語が芳しくないことを教えてくれた。
 英語が苦手で、分からなくて、自分が出来ないという事実を無機質なテストで証明されてしまって。
 ───きっと何もかも嫌になって、現実逃避のひとつくらいしたくもなるだろう。

「でも、忘れていっちゃあダメだよ。向き合わなきゃ変わらないんだから」

 テストの裏から伸びていた、黄昏色の光で編まれた糸。
 ぴんと張ったままどこへともなく逆の先端を消したそれが、恐らく落とし主へと繋がる道だ。
 親指と人差し指で糸を挟んで辿っていく。
 本来ならば続かないはずの空間の先をアストラルから見通す光が探り当てる。

「それじゃ、行こうかヌァザ」

 魔剣が斬り開いた空間は太陽めいた真円の形。
 届けるべきを届けるために。
 黄昏の異界から差し込む光がリアの影法師を黒く、長く、伸ばしていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花剣・耀子
かえりたいのも、かえりたくないのも。
どちらもヒトのねがいだわ。
……誰もが持ち得るからこそ、付け込まれると厄介ね。

おまじないをしてゆきましょう。
いずれ現れるものであれば、そこに居合わせられた方が動きやすいのよ。
あたしはそれでいいのだけれど、……そうね。
ふつうのヒトが巻き込まれてはいけないから。
忘れ物をしようとしたふつうのヒトを見かけたら、やんわりと声を掛けて止めるわね。

ほら、忘れ物よ。出る前に気付いてよかったわ。
おまじないがほんとうになった、なんて。よくある怪談話でしょう?
真実おうちにかえりたくないなら止めないけれど

あたし? あたしもちゃんと帰るわよ。
迷子ではないもの。


腕章を忘れていきましょう。



●分かれ道はもう過ぎている

 かえりたい。
 かえりたくない。
 本当は帰りたいけれど、少しだけ遠まわりをしていきたい。
 それは誰もが当たり前に持ちうるねがいで、だからこそ誰にも付け込まれる可能性がある。
 またやっかいな“おまじない”。面倒なUDCだと、花剣・耀子(Tempest・f12822)はレンズの下の眦を吊り上げた。
 伸ばした手でそれを拾い上げながら足早に遠ざかっていく背へと声を投げかける。

「忘れ物よ」
「え?」
「落としたわ。ハンカチ、あなたのものよね?」

 洗いざらしで少しくたびれた水色のタオルハンカチに名前はない。
 けれどそれは確かに彼の持ち物だ。一度受け取って、けれど入れるべきポケットには仕舞わない。ゆるく左右に首を振る姿が、声をかけて正解だったと耀子に納得を齎す。

「ありがと。けどいいんだ」
「どうして?」
「“おまじない”、試してみたくってさ」
「帰りたくないの?」
「いやそうじゃないけど……」
「なら止めた方がいいんじゃないかしら」

 だから切り込む、端的な言葉は刃の鋭さを伴った。
 意図してそうしている訳ではないけれど、乏しい表情が他者に与えるのは柔和さではなく圧。
 突然の、力強い否定は戦場など知らない生徒をたじろがせる、一歩下がった後ろ足に気付いて言葉を継ぐ。「だって、」と、畳みかける弁舌は決して巧みでないけどその分容赦もない。

「『おまじないが本当になった』……なんてよくある怪談話でしょう?」

 年頃の学生なら、その想像に辿り着く。
 不確定な想像は『怪談』というキーワードと混ざり合ってありもしない恐怖を生み出す。
 耀子は決して脅そうとしているわけではない。けれど平坦なままの表情がいっそうの真実味を帯びてハンカチを握った生徒を追い詰める。
 ふっと、息を吐いた。
 ふつうのヒトが巻き込まれてはいけないけれど、これならもう大丈夫だろう。
 「じゃあね」と一言置いて、生徒の隣を追い越していく。

「きみは!?」

 そんな風に、背中に投げかけられた声があまりに必死だったから。
 耀子は振り向いて、レンズの下の瞳を瞬かせて、ちいさく首を傾けた。

「ちゃんと帰るわよ」

 だって、あたしは迷子ではないもの。
 帰る場所を、きちんと知っているもの。
 ……だから帰れなくなるなんて、絶対にない。


 きっと彼は気付かなかっただろう。
 だって、“制服に腕章がついていない”なんて当たり前だ。
 それを当然にしていて、無い今こそが異常なのだと、初対面では分からない。

 “おまじない”をすれば黄昏の異界に招かれる。
 そこに居合わせるだろうUDCと確実に出会うことが出来る。
 だから耀子は……対UDC組織《土蜘蛛》に所属する彼女は、もう“おまじない”を終えていた。

 だから彼は普通に帰り道を踏んで。
 花剣・耀子は引き返して、黄昏の異界へと進んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

祇条・結月
×

昔の中学とか、七不思議とかこっくりさんとかあったっけ
他愛ない噂にどれくらいUDCの仕業が混ざってたんだろう

今度こそ、そういうのを止める
そう、なりたいって僕は猟兵になったんだから

技術準備室
ここに普段、銀の鍵を繋いでるキーチェーン。翡翠で飾る藤の鎖を置いていく
“おまじない”

僕が今、一番大事なところってかもめ亭
色んな人がいて
一緒の屋根の下でいろいろな出来事を囲んで。いつの間にか帰れる場所って思ってるあの宿

その中でも特に
偶然、寒い夜に出逢って
僕がちゃんと猟兵になれるきっかけをくれて
何度も助けられてるのに、僕は何も返せてない藤色の灯り

……困らせるだけなのに、ね
それでもこの帰り道は忘れたくは……ないな



●望んでいるのは我ばかり

 技術準備室。
 ノコギリだとか、トンカチだとか。工具がずらりと並んだ部屋に祇条・結月(キーメイカー・f02067)は立っていた。
 本来危険物でもある工具類が置かれた部屋は厳重な鍵がされていて、いくらUDC組織の方が手を回していたとしても入ることは難しい。
 だが、結月だけは。
 それが鍵なら開くことのできる神器───銀の鍵の担い手である結月なら、学校のいち教室でしかない技術準備室くらい容易く侵入することができる。
 めったに人の入らない部屋には積み重なった沈黙ゆえの重みのようなものを感じる。
 懐かしい工房めいた空気を吸い込んで結月は眦を吊り上げた。

「おまじないにUDCが関わってるなんて……」 

 かつて結月が通っていた中学校にもその手の噂は存在した。
 音楽室の肖像画が血の涙を流すだとか、理科室の骨格模型が動き出すとか、四時四十四分に階段を上ると別の世界に繋がってるとか。
 こっくりさん。エンジェル様。テケテケ。口裂け女。
 他愛ない、学校生活のスパイスでしかなかった物語は……どれだけが真実で、どれほどUDCが関わっていたのだろう。
 今となっては知る術もない思い出を握りしめて鍵から指先を離す。
 ここは結月の通っていた学校ではないけれど、そういうものを止めたくて猟兵になったのだから。

「…………」

 指先がキーチェーンを外す。古びた空気には似つかわしくない、藤の葉を模して連ねられた翡翠を目線の先へと持ち上げた。
 忘れてはいけないもの。
 己の辿りたい帰り道。
 それは、やっぱり斧と魔法と冒険の世界に構えられた宿だ。
 羽休めのためと称されたかもめ亭の屋根の下で多くの時間を過ごした。
 多くの思い出を囲んで、いくつかの約束を結んで。
 ……いつの間にか、帰れる場所だと。帰っていいと思えているあの場所。

「……困らせるだけなのに、ね」

 その中でも特に……一番大事な思い出の根幹に居る、蔦葉の鎖の送り主。
 偶然寒い夜に出逢って、助けられた藤色の灯火。
 何もできない自分が、自分のことを信じられない祇条・結月が、それでも猟兵として立ち上がったきっかけでもあるヤドリガミの少女。
 彼女に何度も助けられて、救われているのに。自分の方からは何も返せていなくて、重荷でしかなくて。
 こんな時でも帰りたいと思っている。
 困らせてしまうだけの心を否定して、なかったことにするすべさえなくて。
 それを望まない自分が、どうしたって大嫌いで。
 だからきっと、黄昏の異界へとたどり着ける。そう確信してしまえたから……結月は力なく笑って、キーチェーンを置いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

真白・時政
カラスくん(f13124)と

今度はセーセードードー胸張って校門を潜れるネ!
ウサギさん、白ラン着てみたァ〜い!
エエエ!アーユーのは一緒にヤるからタノシーのにィ〜!

忘れ物かァ〜…
いつも持ってるケド無くなって困らないモノの方がイイカナ?
それじゃあこの季節ナイとちょっぴり困っちゃうハンドクリーム置いてこ!
コレねェ〜、ジャスミンの香りがお気に入りなの〜

そいえばカラスくんいつもソレしてるネェ
ウサギさんもアッチが楽しかったら帰るの忘れちゃうカモなァ〜
どんな世界なのかタノシミ、タノシミ

ネネネ、アレってダレかの忘れ物?
動かしちゃダメって言われてたケド
ダメって言われたらシたくなっちゃうよねェ〜んフフフ


ヤニ・デミトリ
ウサギさん(f26711)と

潜入に妙な変装はいらない…?よし!!
ああいうのはホント一人でやって下さいよ…
そしたら俺全力で高みの見物キメるだけでいいんスから

手ごろな場所を見繕って、手っ取り早くやるっスか。アヤシイおまじない
俺が忘れ物にできそうなのはドッグタグぐらいかなァ…
手放さないって感覚がある以外のことは忘れちまったやつだけど
そもそも好奇心旺盛なタールはいくらでも帰らない事多いスからね
「こっち」に戻る理由くらいにはなるかな

そっちの忘れものは…あーハイそうね、冬は乾燥するからね
精々ウサギさんが皸になる前に戻ってこれりゃいいっスねえ

アア、いけないウサギなんだ
ダレかに怒られても知らないっスからね?



●飛んでも跳ねても影の中

「よっしゃぁ!」
「今度はセーセードードー胸張って校門を潜れるネ!」

 その事件の概要を聞いたヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)の反応はガッツポーズ。
 ごく普通の男女共学、しかもUDC組織がバックアップをしてくれる。
 ならばわざわざ変装などする必要はない。
 ……その必要があった(そして酷い目に遭った)事件でも同行した真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)といえば、こちらも変わらずにっこにこ。
 きゃるんとお花を飛ばさんばかりにヤニの顔を覗き込む。

「ねェねェカラスくん。ウサギさん、白ラン着てみたァ~い」
「あ、どうぞご勝手に。俺は全力で高みの見物キメますんで」
「エエエー! カラスくんも一緒にヤろうよ! アーユーのは一緒にヤるから楽しいんだよォ~?」
「思ってるのはアンタだけですから一人でどうぞ」
「ソンナ~」

 色違いの二人の騒がしい掛け合いも、学校の中にいるなら日常の景色と片付けられる。
 もっとも、注目されたってとんと気にしないだろうけど。
 内装やら飾られた絵画やらに適当な感想を言い合いながら近くの教室へ。
 アヤシイおまじないに手を出すのは正直どこだっていい二人だ。だから選択はごく自然と、音を立てるのに構わずがたがたと揺れるドアを閉める。

「んじゃま、手っ取り早く」
「オッケー!」

 と言ったって、“おまじない”それ自体にとりたてて難しい行動は必要ない。
 ただ「忘れてはいけないもの」を学校へと忘れていくだけ。持ち物を置いて行くだけでいい。

「んー……」

 そしてそのチョイスだってほとんど迷うこともない。
 ヤニが手に取ったのは数枚連ねた金属板。触れ合ってちゃりちゃりと鳴る音に時政の方が興味を示して目を向ける。

「カラスくん、ソレ、いっつも着けてるよネ」
「『手放さない』って感覚以外に何にも覚えてないっスけどね」

 検体番号、年月日、それから意味不明な英数字が刻まれたドッグタグ。
 これの意味するところをヤニは知らない。深く考えたことも、そうしようと思ったことすらない。

「けどま、『こっち』に戻る理由くらいにはなるでしょーよ」
「ん、ソダネ。カラスくんがいいならイイと思うよ」

 だからこだわらないウサギが笑うのを横目にドッグタグを置いた。
 古ぼけた銀の板は西日で反射して淡い色を照り返す。それを手放すことに鈍い違和感のようなものが生じた気がして、ヤニは時政を振り返った。

「んで、そーいうウサギさんは?」
「ウサギさんはね~~~コレ!」

 『それしかない』ヤニとは違って。
 時政は幼子めいた正直さで『無くなっても困らないモノ』がいいと思った。大事な物は置いて行かない。忘れても構わないと、取り出したのは淡い色のチューブ。

「ジャーン! この時期はナイとちょっぴり困っちゃう! ハンドクリーム!」
「……あー……ソッスネ、冬は乾燥すっからね」

 ぶっちゃけいくらでも身体組成を変化させられるタールには無縁な代物である。
 とはいえ肉体的には人間らしい時政には必要なのだろう。かわいらしい花があしらわれたパッケージをゆらゆら揺らして目を細める。

「ジャスミンのイイ香りがするんだよ? カラスくんもどぉ?」
「今使ったら忘れ物にする前になくなっちまいますよ」
「ソッカ~そうだね」

 いつぞやのメイクと違ってこだわりポイントではなかったのだろう、ぽいと無造作に放り投げられるハンドクリーム。
 落ちないようヤニがキャッチして、己のドッグタグと並べて置いた。
 “おまじない”はこれでおしまい。
 自分の身体に、精神に、これといった変化の実感がないから成功なのか失敗なのか分からない。真実は、辿り着くまで判明しないのだろう。

「んじゃ、ウサギさんがシワシワになっちまう前に行きましょうか」
「ウン! あっちはどんな世界なんだろうね。タノシミタノシミ!」
「もしあっちのが面白かったらどうします?」
「そうだねェ。帰るの忘れちゃうカモね。カラスくんは?」
「もともとタールってのは好奇心旺盛で、いくらでも帰らないってこと多いんスよ」
「そっか~それじゃあウサギさんとイッショだね!」
「ハッハッハ 一緒にしないでください」

 建付けの悪いドアを引いて、西日が差し込む廊下へ、先を争うように飛び出した。
 待っている異界がどんな形をしているのか。
 どんな楽しいことが待っているのか。
 それとも「こっち」の方がいいのか。
 それを知るためにも、カラスとウサギは飛び跳ねるように駆けていく。

「! ネネネ、カラスくん!」
「……はい?」

 唐突な急ブレーキ。
 ウサギの好奇心は山の天気より移ろいやすい。それが楽しそうなことなら尚のこと。
 それが己にとって良いことだとは限らないから、ヤニは早く行ってしまいたかったのだけれど。

「アレってダレかの忘れ物?」

 時政が指さしたのは、廊下の隅に隠すように置かれた野球帽。
 この時点でヤニは全力で嫌な予感がした。さりげなく時政から距離を取りつつ、声色だけは平静を取り繕う。

「あー……そうかもしんないっスね。どうしました?」
「ちょっと動かしてミタイ!」
「は!? 止めましょうよ。ダレかに怒られても知らないっスよ?」
「えーい!」

 だが暴走ウサギは止まらない。
 素早く野球帽へと駆け寄ったかと思うと掬い上げるようにして投げ飛ばす。
 床から離れたつばから、不意に黄昏色が糸引いて。
 勢いに耐え切れず、ぷつんと切れた。

「アッ」
「あーあ……いけないウサギなんだ」

 珍しく目を白黒させるウサギに、意地悪くヤニは笑ってみせる。
 それが何を意味するかも今の二人に知る由はないけれど。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャガーノート・ジャック
◆メメ(f00040)と

(故郷を追われた君は「忘れもの」や「帰りたくない」という願いに何を想うのか
そんな事をふと鎧の奥で考えたりしつつ
机の上に小さなデータチップを置く)

(ザザッ)
以前端役にサルベージして貰った「彼が対峙したポーラー」のデータ、その一片だ
――何かが足りず稼働しない侭だが。
(真向からもう一度お前と対峙すれば
足りない"何か"も埋まるだろうか、"白峯")

取り戻すさ、直ぐに
もう「忘れる」つもりはない(君の事も、それ以外も。)

そう言う君は随分立派な忘れ物だな?
――君がそう言ってくれるなら
ありったけをぶつけるとしよう

行こうか、メメ

○忘れ物:「Data chip:Fragment -P-」


ミコトメモリ・メイクメモリア
◆レン(f02381)と

忘れたいとか、帰りたくないって思えるのは
ある意味では幸せなんだよ、帰る場所があるってことだから
それを贅沢だとか、もったいないとかは、思わない

「なにそれ、忘れ物にしてはずいぶんちっこいね……ちゃんと取り戻ってこれる?」
王冠を机に置いて、気分はふつーの高校生
……ほら、たまには重責ってやつを忘れたくなる時もあるじゃない?

今日のボクはお姫様じゃなくて、かわいいキミの彼女ってことで
キミも、騎士じゃなくていいから……思う存分、感情をぶつけてきな

それじゃあいこう、レン
大丈夫、キミのとなりにはボクがいる

忘れ物:「クラウン・オブ・メモリア」



●未だ明けない夜を待つ

「なにそれ。忘れ物にしてはずいぶんちっこいね?」

 “この”状態の身長差はおよそ四十三センチ。
 普段よりも随分下から聞こえたミコトメモリ・メイクメモリア(メメントメモリ・f00040)の声に、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)はバイザーの光を一度点滅させた。
 すでに鎧に覆われた手の中にあるのは小さなデータチップ。机に置けば、白い装飾が夕陽を照り返して淡い橙を天井に映す。

「データチップだ」
「何の?」
「端役にサルベージして貰った、『彼が対峙したポーラー』の」
「!」
「もっとも、何かが足りず稼働しない侭だが」

 嘆息めいたノイズ一条。
 もう一枚の───既にジャックの手によって撃破されたジャガーノート・イーグルのデータチップは正常に稼働している。
 だからおそらく、動かぬポーラーのデータに入れるべき歯車はジャック自身が対峙しなければ埋まらないのだろう。

(なあ、白峯)

 心中、怪物と化した旧友の名を呼んでも答えはない。届くような声ではないし、そもそも親しく呼び合うような間柄ではなかったのだから当然だろうが。
 僅かに俯き動かぬままのジャックのフルフェイスマスクをミコトメモリが覗き込む。
 敵性存在と化した“ジャガーノート”の出現は彼にとって穏やかならざる心境だろう。だからといって気遣いを口に出したりしない。分かっている虚勢を張らせたりしない。
 ただ、いつも通りの顔のまま、必要なことを口にする。

「ちゃんと取りに戻ってこれる?」
「無論」

 即答。
 データチップから指が離れる。
 俯いていた首が持ちあがり、真っ直ぐな視線が重なった。

「もう、何も『忘れる』つもりはない。───取り戻すさ、直ぐに」

 ずいぶんと泣かせて、ひどく遠回りもしてしまったけれど。
 ジャックはもう、約束を違えるつもりはない。
 護ると約したはずなのに、喪失の傷を抱えた姫君を裏切って、帰るべき故郷を追われた彼女を傷つけてしまった。
 取り戻せたからといって、記憶を失っていた日々までもが消えたわけではない。
 だからこそ二度目の誓いは強固に、揃いに嵌めた指輪を証として。
 落ちた視線の先が薬指の赤薔薇と気付いたのだろう。期せず熱くなる頬を隠すようにしてミコトメモリも微笑する。
 居心地のいい沈黙。
 ……とはいえ、ここはすでに任務地だ。甘んじているわけにはいかないと慣れたノイズが問いで空気を切り替える。

「そう言う君は?」
「ふっふーん、ボクはこれさ」

 自信満々に笑って、ミコトメモリは己の頭に乗る王冠を外した。
 そんな姿を見たことはなかったから、ジャックの喉から漏れるノイズが不意に乱れた。ザリという砂嵐じみたノイズが常の長音を取り戻すまで五秒足らず。
 ゆるく吐き出された声は、ひとの身のままであれば溜息交じりだったろうか。

「これはまた……随分立派な忘れ物だな?」
「……ほら、たまには重責ってやつを忘れたくなる時もあるじゃない?」

 出身世界ではないとはいえ、ここUDCアースに換算すれば高校生。制服を着ていて当然、どころか当たり前の年齢なのだ。
 とはいえ矜持を捨てたいわけではない。その繋がりをなかったことにしたい訳でも。
 ただ、今日だけは。
 せめて今日だけはと、小さなチップの隣に大きな王冠を置く。
 慣れた頭の重みがない寂しさと、浮足立つ心を示すようにその場でくるりと一回転。
 動揺を示すバイザーの点滅へ、弾けるような笑みひとつ。

「今日のボクはお姫様じゃなくて、キミのかわいい彼女ってことで」
「……それはいい。本機にも気合が入ると、」
「だからキミも、」

 遮る言葉は強く。
 常の戯言を叩こうとしていたジャックの口を止めた。
 二秒の沈黙は息継ぎのために。吐き出したことばは、ただ一人にだけ届けばいいと。

「キミも、騎士じゃなくていいから……思う存分、感情をぶつけてきな」
「――君がそう言ってくれるなら、本機は……“僕”は、ありったけをぶつけるとしよう」

 返答は、嘘偽りなく万感の。
 そう決意していることと、背中を押されることはまったく別の強さを伴う。それが、何より大事に思っている女の子なら尚のこと。
 手を伸ばす。
 繋ぐには身長差がありすぎるから指先だけを触れ合わせる。
 戦いに行くのには、それだけでいい。

「それじゃあいこう、レン」
「ああ、行こうか、メメ」

 となりにいるキミの名を、互いにだけ許した愛称で呼び合って。
 ふつうの高校生がそうするように、帰り道へと踏み出していく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

雨宮・いつき
あの白熊、以前も…
…まだ安らぐ事は出来ないのですね、彼は

おまじないをした人達がどんな想いから帰りたくないと思ったのかは分かりません
けど…
黄昏へ向かう猟兵の皆さんが何を思っているのかは分かります
UDCを打ち倒し、必ず生きて帰る
…そうであるなら、僕に出来る手助けは

冗談だとあの生徒は言っていましたが、もし真実なら?
黄昏でない学校の忘れ物を動かす事で、黄昏の中の人が帰って来れなくなるのだとしたら

八咫烏達を放ち、忘れ物が置かれた場所を見張らせましょう
近寄る不審な人影あれば赴き、忘れ物を動かさないよう忠言を
聞き分けが悪いようでしたら護符を放ち、少し眠って頂くよう操作します
…皆さんの帰る場所は、僕が守ります



●ちっぽけな手で守るため

 学校の中にはいくつもの忘れ物があった。
 当然だろう。その術を持たない猟兵が黄昏の異界に赴くためには自身もまた“おまじない”を行う必要がある。
 見えにくいところに隠されたモデルガン、ファイル、笛にイヤフォン、キーチェーン。
 それらをひとつひとつ確かめていく妖狐の少年がいた。
 純白の小袖を翻し、硝子越しに世界を伺う雨宮・いつき(憶の守り人・f04568)だ。

「これも……」

 誰かの忘れ物なのだろう、可愛らしい色合いのハンドクリーム。
 そのキャップ部分から有り得ざる黄昏色の光の糸が伸びている。
 触れられない、霊的存在でしかないそれの先端はどこへともなく消えている。……恐らくは、黄昏色の異界側へと。
 だからいつきは息を呑んだのだ。その意味を理解してしまえば、それ以外のどんな反応が出来ただろう。

『誰かの忘れ物を勝手に動かしたら、忘れ物を見つけられなかった誰かが帰ってこれなくなるかもしれないから』

 あの生徒は冗談だと笑っていたけれど。
 その噂は、おそらく真実だ。
 “おまじない”に用いられた忘れ物は黄昏の異界と繋がる。それだけが異界と現実を結ぶ鎖で、出口の鍵で、命綱なのだ。
 気付いてしまえば背を伝う冷や汗がひどく気持ち悪い。
 この“おまじない”は、誰かが悪意を持って邪魔すれば、異界を檻へと変えられる。

「……いえ、させません」

 だからいつきはここに来た。
 小袖から引き出した護符に力を籠めれば空で八咫烏に転じる。落とし物の守護と監視を命じた鳥の式神は頷くように首を動かして教室の入り口を見る位置へ降り立った。
 その姿を確かめてからいつきは身を翻す。
 学校へ来ている猟兵は十余名。そのくらいの人数であれば、いつきなら同時に監視が出来る。
 彼らの“帰り道”を守ることが出来る。

 実のところ。
 いつきには帰生徒たちの気持ちは分からない。
 「帰りたくない」という曖昧な気持ちで、危険な世界へ訪れるためのおまじないをしようなんて。
 いつきにとっての“やるべき”は常に前にあった。進んでいくことが、人の世を守ることがねがいだった。
 それを避けようということは……考えはしても、実行までは至らなかった。
 だからいつきに分かるのは、猟兵達の心の方。

 『UDCを打ち倒し、必ず生きて帰る』

 その願いなら。
 その想いならいつきにだってわかるし、助けることが出来るから。
 少年は次の教室を開く。置かれていた銃のために式神を放つ。

「皆さんの帰る場所は、僕が守ります」

 だから、どうか、生きて帰ってきてください。
 そしで願わくば……彼の白熊にも、安らぎを。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『黄昏』

POW   :    【常時発動UC】逢魔ヶ時
自身の【黄昏時が進み、その終わりに自身が消える事】を代償に、【影から、影の犬などの有象無象が現れ、それ】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【影の姿に応じた攻撃方法と無限湧きの数の力】で戦う。
SPD   :    【常時発動UC】誰そ彼時
【破壊されても一瞬でも視線を外す、瞬きを】【した瞬間に元通りに修復されている理。】【他者から干渉を受けない強固な時間の流れ】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
WIZ   :    【常時発動UC】黄昏時
小さな【懐古などの物思いにより自らの心の内】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【黄昏の世界で、黄昏時の終わりを向かえる事】で、いつでも外に出られる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●まず薄暮から逃げ出した

 本来なら――あるいは“おまじない”の噂が正しければ。
 黄昏色の異界には何も起こらない。永遠に時を止めたままの学校として佇んでいるだけだ。

 そのはず、だった。
 少なくとも数分前まではそうだった。

 急に東の空が暗くなった。
 昼と夜の拮抗が夜の側へと傾いていく。
 肌に感じる気温もがくんと下がった。
 北風が安寧の世界に氷の幕を下ろしていく。
 それは、極夜による黄昏への侵略だ。

 当然黄昏の側だって抵抗する。
 影が揺れる。影が歪む。人を、犬を、烏を象る。街に溶け込む逢禍ヶ時の葬列が無人の街の北上していく。
 敷かれ始めた氷海を数の暴力で砕きながら。
 そこにある何もかもを巻き込んで。

 家も。
 壁も。
 植物も。
 “おまじない”の結果こちらに来ていた普通の生徒も。

 とはいえ巻き込まれた一般人は多くはないだろう。
 行方不明者が出ているという噂があり、それでも好奇心旺盛な生徒を止めた猟兵もいる。
 もっとも、帰れなくなっていなければ……の話だが。

 終わりかけた誰そ彼時は、端の方から淡い紫に塗り替えられていく。
 昼の終わり。
 夜の始まり。
 境界線上の時間は、隣り合うひとの顔すら分からなくさせる。
 ソレは本当に隣人だろうか?
 ダレかもわからぬ影に夢想した面影を映しているだけではなかろうか?

 疑念も、困惑も、戦意も、すべては黄昏色が過ぎ行くまでのこと。
 それらすべてを薙ぎ払う北風が強く、強く吹き付ける。
 太陽の昇らぬ刻───極夜は、すぐそこに。


******

◆第二章における注意事項

・参加者は全員異界に入っているものとします。
 一章でおまじないをしていなくとも、二章からの新規参加でも構いません。

・そのため基本的に一章のおまじないで使用した忘れ物は取りに戻ったこととします。
 継続参加の方で取りに行かない場合、プレイングのどこかに「☆」をご記入ください。

・戦闘行動は必須ではありません。
 一般生徒の救助をしても、誰そ彼の合間に見えた「ダレカ」の面影を追っても、三章に不利は発生しません。

・帰り道は見えていますか?


◆第二章プレイング受付期間
【1月28日(木) 08:31 ~ 1月30日(土)13:59】


.
ゲニウス・サガレン
こんな景色は見たことがない!
黄昏と極夜が食い合っているみたいだ!

黄昏は動物にとっては活動的な時間帯だ
捕食者は陰に潜み獲物を狙い、被食者は陰に潜み活動する。共に微かな光を頼りとして。

極夜はなぜ、黄昏に来たのだろう
我々と同じく別世界からおまじないで逃げ込んできたのだろうか
それともどこかに通過しようとしているのだろうか

アイテム「フライング・シュリンプ」
周囲に有翅エビを放ち、警戒する。何かあれば羽音で教えてくれるだろう。

UC「眠れる力を呼び起こせ!」
周囲に一般人がいれば、励ましつつ安全圏まで誘導する。いなければ、有翅エビを応援して、活動範囲を最大に。状況把握に全力を傾けよう。



●未踏に刻む足跡の小気味

 黄昏は、ある種の動物にとっては活動的な時間だ。
 頼りになるのは微かで、しかも次第に減っていく太陽の光のみ。
 けれどその僅かな光が生み出す昏く長い陰こそ身を潜めるには都合がいい。
 被食者は己の餌や寝床を確保するために動き、捕食者はそれを狙って動く。

 では。
 食い合う黄昏と極夜は、果たして何を思っているのだろうか?

「なんだこれは! 素晴らしい! こんな景色は見たことがない!」

 少なくともここに一人、それを喜ぶ者がいる。
 空で行われる争いにゲニウス・サガレン(探検家を気取る駆け出し学者・f30902)は鼻の頭を赤くさせていた。
 忍び寄る寒さもあるだろう。だがそれ以上の興奮によってだ。
 夕陽の橙色を喰う紫はゆっくりと空を塗り潰す。それを阻止せんと北上する影人たちはすでに夜になっている位置に辿り着く端から消えていく。
 時間の流れは残酷だ。黄昏は訪れる夜に沈むが定めとばかりの圧倒的な情勢。
 夢中になって数歩を踏み出す。足元の砂が小気味よい音を立てた。

「……!」

 その感触は砂のものだけでなかったからゲニウスは慌てて視線を落とす。
 ブーツと地面の間には白い罅。
 いつの間にか地面に張っていた氷が、男の走る勢いと体重に負けて割れている。
 一瞬前までは在り得なかった異常。世界を蚕食する別世界の理。
 零れた万感の溜息ですら白く染まっていく。

「愉快だ。……けれど、不思議だね」

 極夜は何故、黄昏に来たのだろう?
 己らがおまじないを行った学校とは違う世界から訪れた?
 はたまた、まったく別の異界へと渡る為の近道?
 ……それとも、今のゲニウスには思いつかないもっと驚くべき理由があるのだろうか。

「ま、それを探すのも一興かな。出番だよ君達」

 パン、と軽く手を叩く。応えてまだ黄昏色を残した空に鮮やかな赤が飛び立った。
 もしここに忘れ物を取りに来た生徒がいたら卒倒したかもしれない。
 それは、羽根を生やしたエビ。
 此処ではない世界では群れを作り一定の秩序の下で動く大群だ。
 ……そして。ここにいるソレにとって、従うべき秩序とはゲニウスに他ならない。
 主の命と檄を受けたエビたちは世界の状態と巻き込まれた一般生徒たちを探しに飛んでいく。警戒に残った一部を除いて、あっという間に空の暗さに紛れた。

「さて、私も行ってみようか!」

 この先に、どんな景色が待っているのか。
 それだけでゲニウスの胸は勢いよく弾むのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

琴平・琴子
誰にも動かされずあった楽譜を鞄にしまい
黄昏時に染まった空を見る

あの日は、今みたいに冷たくて
体の芯から冷えてしまいそうで

ああ嫌だ、遭いたくない
――帰りたい
だけど
何処に帰ればいいの
思わずしゃがみ込んでしまいそうになる

腰から下げたランプは光って狂気を呼んだ
こっち、こっちと指を指して出口へ誘うように手招く
そっちに行けばいいの?

――本当は怖い
足がすくんでしまいそうな程に
でも、大丈夫
お前たちは、私の味方ですものね
防犯ブザーを手にゆっくりと歩みを進める

昔は怖かった
でも今のお前たちは違う
私の、強い味方
お前たちがいるから大丈夫

案内してくれた手は出口を切り拓く様な爪に変わって
ああ、やっと帰れた――



●いつかと違う還り道

 もしかしたら。
 この黄昏が本当に永遠で、暮れることがなかったら。
 ───琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、影の中に立ち竦まなかったかもしれない。
 鞄の中に楽譜ファイルをしまいながら、なんとなく、そんなことを思った。

 あの日は。
 そう。あの日は、今みたいに風が冷たくて。
 こんな風に、私のまわりには誰もいなくて。
 体の芯から冷え切って凍えてしまいそうで。
 影から、ダレカが見ているような気がして。

 カタン、と。

「っ、……!?」

 風が窓を鳴らした音。
 違う。影が窓枠に手を伸ばして、揺らして、叩いて?
 あり得ないと理性は分かっている。
 なのに「遭いたくない」と感情が悲鳴を上げる。
 この学校はもはや安全な場所ではない。
 そんなことは分かっている。
 だって、琴子にとって学校が安息の場所だったことなんてなかったのだ。
 帰りたい。
 ここではない、安心できる場所に。
 千々に乱れる思考の中。それだけが確かなねがいとしてあった、けれど。

「どこに、」

 どこに帰ればいいのか、なんて。
 ───そんなこと、琴子自身が一番知りたいのに。
 わからない。
 わからないことは怖くて、暗い先はひどく曖昧で。
 しゃがみこんで、蹲って、耳を塞いで、目を閉じて。そうして過ぎ去っていくのを待てば。
 ……待っていれば、“ダレカ”が助けてくれるの?

「……」

 腰に下げた鉱石のランプが鈍い光を投げかけた。
 黄昏とは違う優しい光が生み出す影もまたやわらかく、微かな音を立てて琴子に存在を知らせる。
 橄欖石の瞳がゆるく視線を投げかければ、そこにあったのは影色の指先。
 こっち、こっち、と手招くように小さな指を曲げている。

「そっちに行けばいいの?」

 戸惑いを含んだ声に、果たして影は頷くように飛び跳ねるから。
 一度、ゆっくり深呼吸をして琴子は一歩を踏み出した。
 歩く間にも黄昏色は夜に染まっていく。だんだんとあたりが暗くなって、前が見えなくなってくるから、腰のランプを外して掲げる。
 からからと、カンテラの中で輝石同士が触れ合って音立てる。整然と積まれていた石達は歩みに合わせて揺れて、光とひれて、影の揺らぎをさらに大きくした。
 昔の琴子なら怯えていたような、それはおおきなおおきな影。
 今だって、恐怖がなくなったわけじゃない。
 けれど今いるソレが自分の強い味方だと知っている。
 だから大丈夫。
 大丈夫だと頷いてお守りの防犯ブザーを握り直す。
 黄昏を背に、夜へと向かうパレードは次第に濃さを増していく。黄昏の齎す影人も狂気の爪には敵わない。
 伸びて広がった獣の爪は、鮮やかな一閃を描いて壁を裂いた。

「ああ、やっと……」

 ───壊れた壁の向こうの空で、ドレスのようにオーロラが翻った。

成功 🔵​🔵​🔴​

波狼・拓哉
良いよね黄昏
日常の終わりみたいな感じで(手元でモデルガンをクルクル回す)
…いや無事にあって何かほっとしましたわ

さてまー極夜が来る前のできる事はしときましょう
ミミック、化け導きなっと…んじゃ行きますか

第六感を頼りに異界の中をぶらぶらと一般生徒を探して歩き回り
誰かいた痕跡を見つけたらそれを元に追跡、地形的観点から人が留まりそうな所とかも異界から出ないようにして探してみますかね

一般生徒見つけたらコミュ力、礼儀作法で上手い事言いくるめて鍵に化けたミミックでこつんと一突きして回収
…ま、最悪の場合は怪我させない様に気を付けつつ衝撃波で気絶攻撃して回収しますかね

さて…後は日が堕ちるのを待つだけですかねぇ



●時の巡りを待ちぼうけ

 引鉄を守るようにあるパーツに指を入れて軽く揺らす。
 そうすれば自らの重みで銃はくるりと宙返り。
 愛銃───と言ってもモデルガンの、けれど慣れた重みに波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は小さく笑った。
 
「……いや、無事にあって何より。ほっとしましたわ……」

 今から鉄火場になることが半ば確定している場に武器を持たずに行ける程、拓哉は自分を過信していない。
 ましてやこれは“おまじない”に供したものだ。手元に無事に戻ってくるとは思っていなかっただけあって、安心感は尋常ではない。
 いつものところに銃を仕舞って、向いた視線は前方へ。

「しかし、良いよね黄昏。日常の終わりみたいな感じがして

 それが永遠ならまだ風情もあったろうに。
 東から色を失う黄昏色は、その後に訪れるのが宵闇であることも相まって深く暗い。
 このただただ平穏なだけだった世界に、もう未来は残されてないというように。

「いや本当に終わりそうじゃないですかコレ。仕方ないですね、ミミックー」

 呟き、撫でるはブレスレット。
 結晶体の多面がそれぞれ違う色に輝き、拓哉の手に収束していく。
 それは拓哉に付き従う箱型生命体・ミミックの化けた姿。

「極夜が来る前にできる事はしときましょう。化け導きますよ」

 【偽正・深眠幻想(アラウザル・エスケープ)】。
 目覚めを導く銀の鍵を手に、拓哉は終わりかけた黄昏の異界を進む。
 本来、ここは忘れ物を取りに来るためにある異界だ。
 ならばそれを目的とした生徒が確実に通る場所は?

「やぁ、こんにちは」
「こ、こんにちは……?」

 昇降口だ。
 靴を履き替えて降りてきた制服姿の青年へ、拓哉は軽く手を挙げた。
 まさか他人がいるとは思っていなかったのだろう、不審に顔を曇らせた青年へ拓哉は距離を詰めていく。

「ここの生徒さんですか?」
「え? あ、はい。そうですけど……」
「良かった! 田村先生に用事があって来たんですけど、誰もいなくて困ってたんですよ」
「田村先生に? それも珍しいですね」
「はい。だからあなたに会えて良かったです」

 こつん、と。
 青年の身体に鍵が触れて、消失。
 抵抗されなければひとつの世界に対象を吸い込むユーベルコードだ。何も知らない、ただおまじないを利用しただけの生徒に抗う術もないだろう。
 彼らはミミックの中にいる限り何にも害されることはない。
 黄昏が終わり、極夜が片付いてから現実へと帰すだけ。

「さて……あとは日が堕ちるのを待つだけですね」

 玄関のドアにもたれかかって見上げた空には、有り得ざるオーロラが翻った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リア・ファル
学校の屋上で黄昏れる一般生徒を救助する

キミ、もう日が暮れるよ
こんな所でどうしたの

忘れ物は……見つかった?
じゃあ、どうして此処に留まっているのかな

現実は辛く、苦しい……
いっそ、このまま消えてしまいたい……と

己の在り方を決めるのは、そのヒト自身だけれど
じゃあ何故、キミはそんなにも強く、その忘れ物を胸に抱いているのかな

UC【三界の加護・戴艦石の小さな奇跡】
キミだけの明日への欠片が見つかりますように
(鼓舞・優しさ)

それじゃ、真っ直ぐお帰りよ

『ヌァザ』で空間を切り裂き、帰路へと促す
(全力魔法、結界術、切り込み)

さあ、伸びる影はどこまでも濃く広がって
夜が……来る



●だから明日も生きるために

「キミ、もう日が暮れるよ」

 唐突に声をかけられて、少女はのろのろと振り返った。
 この学校のものではない制服をその身に纏ったお下げ髪の少女───リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)に、見覚えは当然ない。
 無視して黄昏へと視線を戻したが、リアは少女の隣に並んで屋上の柵にもたれかかった。

「こんな所でどうしたの」
「別に」
「忘れ物を取りに来たんだよね? それがキミの『忘れ物』?」
「だったら何」

 同じくらいの年頃と見えるのに言葉はどこまでも柔らかく落ち着いていて、向ける笑みにも屈託なく。
 胸元に抱いたノートを見る目も決して不躾ではなかった。それにぶっきらぼうにしか返せないのはひとえに性格でしかない。
 だというのに彼女は、さして気分を害した風もなく穏やかに微笑む。

「じゃあ、どうして此処に留まっているのかな。もう日も暮れそうなのに」
「……帰りたくないって、そんなに不思議なこと?」
「うん。ボクには『その気持ちがわかる』なんて、口が裂けても言えない」

 その言葉だけ、なぜか酷く哀しそうで。
 けれど軽々しく問うのも許されない雰囲気があったから少女は口を閉ざす。その微妙な沈黙を狙い澄ましたかのように、リアは桜色の瞳を細めた。

「だから不思議なんだ」
「……何が?」
「何故、キミはそんなにも強く、その忘れ物を胸に抱いているのかな」
「……………………」

 それは一冊のノート。……正確には、そこに挟んだひとひらが彼女の『忘れ物』だ。
 補習が約束されている赤点のテストは、決して彼女が望んだものではない。
 むしろその逆。
 頑張ったのに。努力したはずなのに、実らなかった。
 ぎゅ……と、その象徴を抱く手に力が籠る。
 その様子にリアも柔らかく眦を細める。
 だって、知っているのだ。
 己の在り方を決めるのはそのヒト自身。いくら帰りたくなくて、そんな自分を消してしまいたくなるほど苦しくても。

「本当は、帰りたいんだよね?」

 ───それでも、明日を願う心を捨てられないのもヒトだ。
 黄昏の中に白い光が降り注ぐ。それはリアが空間を切り裂いてできた銀月の窓。
 暗くなっていく異界内に反する光景に少女は目を見開いた。
 それが己のよく知る帰り道であったが故に。

「あ、あたし……!」
「キミの本当の願いはキミ自身が一番よく知っているはずさ」

 だって、そうでなければ彼女の帰り道は開けなかった。
 教室に開いても良かったけれど、道に迷っている彼女にはきっとこちらの方がいいだろう。

「真っ直ぐお帰り。くれぐれも振り返らないようにね」

 軽く背中を押せば、一歩、二歩とよろめいて。
 けれどあとは己の足で銀窓の向こうに消えていく。
 彼女は振り返らなかった。けれど自然な黄昏に消えていく前に叫んだ声は、リアにはっきりと届く。

「───ありがとう!」
「どういたしまして」
 
 夜が来る。
 銀月の窓が閉ざされて、伸びる影はどこまでも濃く長く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

クロム・エルフェルト
大事な義弟や義妹達を重ねて見てしまうのだろうか
放っておけない、一人でも多くを救いたい

迫り来る「凍える夜」を尻目に、子ども達の救助を最優先に急ぐ
影の魔物に襲われていれば、刀に[焼却]の焔を纏わせ影を斬り捨てる
助けたのにまた襲われては堪らない
他の子ども達を捜索しつつ帰り道を護衛しよう

大丈夫、見捨てないよ
帰り道を失った子どもが一人なら
僅かな逡巡、軽く頭を振って打消し
私の笛を手渡してみる
複数居るのなら……

「とっておき」の使い時、ね
この黄昏が骸の海に縁るものならば
――さぁ、憑紅摸。燃やし尽くせ([焼却])
UCを発動し、小さくなっていく黄昏目掛け劫火の斬撃を放ち
この奇妙な[結界]の[切断]に賭けてみる



●敵は極夜の果てに在り

 “放っておけない”。
 一人でも多くを、この黄昏の異界から連れ出したい。
 それこそがクロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)が何より強く思ったことだった。

「あなたの帰り道はどっち?」
「ええと……このまま真っ直ぐ。だからもう大丈夫です」
「ううん。念のため見えなくなるまで送らせて」

 なんせ、着いてくる影が己のものとは限らない。
 すれ違う人がいつ夜に崩れても不思議ではない。
 助けた子供がまた襲われるなどあってはならないから、己の身一つしか持たないクロムは護衛を優先した。

「そうですか? じゃあお世話になりますね!」

 スクールバックを肩に掛けた少女は笑って、クロムを案内するように先へと踏み出した。
 その横顔に不安はない。恐怖も。
 だから自然と義妹達を思い出すのだ。だからこそ放っておけなかったという側面もある。
 足早に少女の背中を追いかける。追い立てるように冬の風がクロムの背を叩く。
 いつの間にかかなり気温が下がっている。北風に身を震わせながら刀を抜いた。

「? どうしましたか?」
「大丈夫。先に行っていて」

 一閃。
 夜の満ちだした路地に炎が眩く煌いた。
 刃が通れば影は裂け、太陽とは異なる光に灼かれて姿を失くす。
 照らし出す炎に影が敵わないのは道理だ。手ごたえがあったのだからこだわり続けることもなくクロムは踵を返して少女を追う。
 影を斬るのは目的でなく手段。無尽蔵相手に正面切って挑むほどクロムは愚かではない。

「ど、どうしよクロムちゃん! この子、今来たばっかりだって……!」
「ごめんなさい! で、でもこんなことになってるなんて……!?」
「……!」

 少女に追い着いた時、二人目の迷子がいたことを驚きこそすれ見捨てるつもりはなかった。
 忘れ物を取りに行けないなら自分の笛を渡せればよかったのだが……クロムの笛は持ち主以外の帰り道にはなり得ない。
 だから、クロムは迷わなかった。迷いの代わりに己の刀を強く握る。
 刻祇刀はいらえの代わりに淡い火弁をはらりと散らした。

「使い時、ね」
「クロムちゃん……?」
「“とっておき”、見せてあげる。熾きて、憑紅摸───」

 この黄昏が骸の海に縁るものならば。
 いつか滅んだ“過去”を持つモノならば。
 己のいのちを炎に焼べて、切り裂くことが出来る。

「燃やし尽くして、帰り道を切り拓け───!!」

 斬。
 刀が影を一文字に切り裂く。
 その斬線軌道からひとつ、ふたつ。火の粉が零れ、集い、炎になり……

「う、うちの近く……!?」

 黄昏が引き裂かれる。
 その隙間から見えた道は、もう黄昏の領域ではない。異界の外たる現実だ。
 残心を解いて息ひとつ。
 己の命を火種と捧げたせいで軋む身体を見せぬよう意識して呼吸を緩めて帰り道を指し示す。

「お帰りなさい、今すぐに。行けるよね?」
「う、うん!」
「クロムちゃんありがとー!」

 飛び出していく少女二人を見送って、クロムはさらに歩を進める。
 己の身体を慮るのは後だ。
 黄昏が終わり、夜に至るまで……どうか、一人でも多くを。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロク・ザイオン
★匡と

(いのちのない黄昏なら、こどもたちの気配は逆に目立つ
「擁瑕」を刻んだ手で触れ影に匿いながら
"希望の滓"、あねごの匂いを【追跡】し走ろう)

(黄昏は全てを曖昧にする)
……。
(広くもない学校を何度巡った?
気配もなくおれを追ってくるのは?)

(振り向きざまの【なぎ払い】)
あ。

……なあ。匡。
何か言えよ。
そういうのはな。ふす…ふし…
不審者って言うらしいよ。
迷ってた?おれが?
……そう。
(こどものことになると、冷静さは欠けていく
多分悪い癖なんだろう)
ごめん。

取り返したよ。
……うん。
終わりにしよう。


鳴宮・匡
◆ロクと


取り決め通り、学校へ戻っているだろう
そこを目指せば、合流できるはず

【無貌の輩】を展開して領域内へ
周囲の安全を確認しながら進むよ
いくつかは屋上に配置しておく
敷かれていく氷の領域を観測するためだ

ロクを見つけるのにそう苦はないだろうけど
「ずれて」いるのか、こちらの声は届いていない
当たり前だろう、俺はこの異界に取り込まれる条件を満たしてない

……けど、多分
氷海の侵食が進めば、諸共取り込まれる気はしてる

(攻撃は【見切り】、【受け流し】て対処)

……言うに事欠いて不審者はないだろ
何回も声掛けたぜ
別に謝ることじゃないけどさ

――さて、忘れ物はない?
じゃあ、行こうぜ
お前の会いたいやつが、すぐそこまで来てる



●拾った鍵で開くだけ

 黄昏と極夜のあわいを焔色のけものが駆けていく。
 あまりに速すぎて常人には強風としか感じられぬソレは、すれ違いざまこどもに触れていく。
 撫でるような掌に触れられたこどもの姿はもうそこにない。
 影に重なる認識不能空間───【擁瑕】に匿えたことを確かめて、ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)は地面を蹴る脚を強めた。
 己の鼻は今も正しくあねごの───忘れ物と置いてきた“希望の滓”のにおいを認識している。
 こども達を助けながらでも持ち帰るのにそう時間はかからないだろう。

「……」

 そう、理性では分かっている。
 分かっているはずなのに本能はさらなる速度を指示し、応える足が強く、強く床を蹴る。
 コンクリートで作られた学校の中までも、薄い病のにおいが漂い始めている。
 黄昏の終わりが……極夜の始まりが近い。
 まだ学校の中に残ったいのちの気配を追いかけて、ロクは床を蹴り抉る。
 僅かに凹んだ床の様を掌大の影人形が見ていたことに彼女は気付かない。 



「ロク」

 影人形、もとい【無貌の輩】の大元である鳴宮・匡(凪の海・f01612)は平坦な声で妹分を呼ぶ。
 人形の視界の中、駆けていく焔色は一瞥すらも寄こさない。
 ……正直、予想はしていた。自分は“おまじない”を行っていない。黄昏の異界に招かれていないのだ。
 現実と異界という境界線は未だ強固なまま、匡とロクを隔てている。
 それも、もう間もなく過ぎるだろうけれど。
 屋上に待機させていた影人形と視界を同期。
 先ほど見た時より黄昏が薄くなっている。このペースだとあと二十分程度で極夜が支配する時間になるだろう。
 そちらに同期した氷の領域もまた然り。学校全域が閉ざされるまでおそらく三十分ほど。こちらの方が遅いのは単純に、遮るもののない空の方が侵攻が早いというだけ。
 黄昏の時間が過ぎ去れば氷海の夜がやってくる。
 そうなれば合流は難しくないだろう。
 学校中に散らした影人形たちの視界を頼りに階段を降りていく。別口で来た猟兵だろう、いくつかの気配が学校の中にあるが……その中でも強い足音を聞き逃すはずがない。
 意識して足音を立て、影人形で行き先を把握しながら匡はロクに追い着く。

「ロク」

 彼女は振り向かない。
 編まれた長い緋色の髪が尻尾めいて跳ねるのを追いかける。いくら速く走ろうと曲がり角になれば速度は落とさざるを得ない。
 それでも十分以上に速いのだが……音を立てている以上、匡と影人形達の知覚の外には出られない。
 ロクが走る。匡が名を呼びながら追い駆ける。
 暮れゆく空と薄れゆく光を背景にした、いささか奇妙な鬼ごっこ。
 誰ともすれ違わない戯事に終わりを告げたのはロクの方だった。

「───!」
「、っと」

 おそらく、いつからか追跡者の存在に気付いていたのだろう。
 走る速度のまま、踏み込んだ足を軸に半回転。振り向きざま急所狙いの爪が空を薙ぐ。
 ところが匡はロクの腕の間合いを知っている。踏み止まれば、爪が薙ぐのはすっかり冷え切った鼻先の空気だけだ。
 彼女の視線がようやく匡へと焦点を結ぶ。手ごたえのなさとその理由に気付いたのだろう、見開かれた目は正直だ。

「……、あ」
「よう」
「匡……」

 ずっと己を追いかけていた正体が仲間であれば警戒し続ける理由にはならない。
 吐き出した息は長時間の疾走によってひどくあついものになっている。ざらついた声はそれでもじっとりとした視線を匡へと向ける。

「なんかいえよ。そういうのはな。ふす……ふし……?」
「不審者?」
「そう。不審者っていうらしいよ」
「……言うに事欠いてそれはないだろ。というか声は何回も掛けたぜ」
「……そうか。迷ってたのはおれか」

 境界が薄れていくほどの時間を、友の声にも気付かず走っていた。
 世界が隔てられていたなんて理由にはならない。足を止めて深呼吸すれば、自分が冷静でなかったことくらいロクには分かっている。
 こどものこととなるとそうなってしまう。悪い癖だと分かっていても、直せるなら苦労はない。

「ごめん」
「謝ることじゃないだろ。忘れ物は?」
「取り返した」

 こういう時に冷静に話を進められる匡の声が有難い。
 ひとりの女の呪いで錆びついた箱はもうロクの手の中に戻っている。
 それを落とさぬようしまうのを確かめて匡は最短距離へと足を向けた。

「じゃあ、行こうぜ」
「うん」

 いつか見た極夜はもうすぐそこに。
 氷海を統べる、かえれないこどもがやってくる。

「終わりにしよう」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴィクティム・ウィンターミュート
──これまた、空気が変わりやがったか
巻き込んでくたばっても邪魔だ──パンピーは逃がしてやる

前に飛ばしたドローンで位置くらいは分かるはずだ
ここらへんはそろそろ鉄火場になるから、さっさと退避退避
一番強度の高い校舎にいさせておくか
──さて、『過去』を回収しておかないとな
あぁそうだ…一応保険をかけといてやる

【破魔】の力がガッツリ乗った結界だ
異界の影響も強く受けすぎないようにはなるはずだぜ
大丈夫だ、いずれ帰れる
どれだけ夢を見ても、現実はそこにあるんだから

さて、忘れ物を取りに行くんだ…邪魔するなよ
ああ見えて寂しがり屋だからな…【破魔】で消えとけ
俺の帰り道は確かにそこにある
『過去』も『現在』も、捨て置けない



●これから未来に続く道

 もしも。
 安全だと思っていたはずの世界がその前提を崩されて。

「こっちだ、着いてこい!」

 そこに如何にも何か知っている風の声が掛かったら。
 ……混乱した一般人というのは、割合素直に言うことを聞くのだ。
 各所に飛ばしていたドローンが生徒たちを連れて戻ってきているのを見て、ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は次の手を打つ。
 ドローンを……戦闘に巻き込まれかねない生徒たちを案内するのは校舎の中。他の建物が設定されていないこの異界で大人数を避難させることの出来る場は貴重だ。
 
「あとは保険だな……やっぱコレか」

 引き抜いたのは梅の花を刻ん霊符。
 簡易のもの、と作り手は言っているがその絶大な効果にはいつも助けられている。
 教室の出入り口と窓に計三枚、貼り付ければ形成される結界が影の侵入を阻むだろう。

「さて」

 お膳立てはここまで。
 なんせヴィクティムは、まだ己の忘れ物───『過去』を回収していない。
 本格的な夜が始まる前に己のホルスターに収めておきたいと、異界でもっとも安全な場所になった教室のドアを開ける。

「あ! あなたは……」
「おう。もう着いたのか」

 タイミングよく、ドローンに連れられてきた生徒たちに教室を示す。
 異能を持たぬ一般人だが、扉を教会に区切られたそこが清められているというのは感覚として分かるのだろう。ヴィクティムが促すまでもなく入っていく。

「……あ、あの!」
「うん?」

 最後尾にいた丸眼鏡の少女が不意に声を上げた。
 振り向き首を傾げてみせるも、途端に頬を染めてあうあうと口ごもる。何となしの苦笑を口の端に乗せて、用意していた台詞を口ずさむ。

「心配しなくても大丈夫だ、いずれ帰れる」
「そう、ですか……でも、そうじゃなくて!」
「それでいいんだよ」

 非現実的な出来事に巻き込まれて命を助けられたら……そう“誤解”することもあるだろう。
 けれどそれは吊橋の上の幻想に過ぎず。
 ヴィクティムもまた、それに付き合う理由はない。

「───どれだけ夢を見ても、現実はそこにある。悪夢のことなんて忘れちまいな」

 振り向く形だった首を前向きに戻す。
 四枚目の霊符を手にすれば、学校の中にも黄昏が伸ばす影がゆらゆらと蠢いていた。
 冗談みたいな悪夢の光景を裂いて、踏み出したのは帰り道。
 『過去』が迎えを待っているのだから、きちんと果たさねばなるまい。
 なんせ、彼はああ見えて寂しがり屋だから。
 今度はちゃんと迎えに行ってやらないと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェルト・フィルファーデン
(黄昏の中、見えるのはかつての故郷。かけがえのない、今は亡き大切な人々)

ふふっ……これで幻を見るのは何度目かしら。

ええ、わたしが帰りたかったわたしの国は、どこにもない。

だから羨ましいわ、帰れることが。どれだけ無意味で愚かしい感情だと分かっていても。

そう、これはわたしの未練。永遠に、消えることは無いの。


……でもね、帰れなくても、前に進むことは出来るのよ。

共に世界を救おうと誓った、大切な親友。

居場所になると言ってくれた、素敵な殿方。

たくさんの人が、わたしを支え、助けてくれる。


だからわたしはこの未練を背負い、前に進む。

同じ悲しみを背負わせないため、帰れない人々を救い出す!

だから、消えなさい。幻よ!!



●叶わぬ願いは振り切った

 だから、フェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は嗤った。

「ふふっ……」

 だって己を哂うしかなかった。
 黄昏の向こう側に国がある。
 そこでは多くの知った人達が笑顔で暮らしている。
 けれど彼らは決してフェルトの方を振り向かない。その幻の中にいる“ダレカ”に笑みを向け、手を引き、手を振って、そして探している。
 そこにいた“お姫様”の姿だけ、フェルトは決して見られない。

「羨ましいわ。ええ、本当に。……浅ましいくらいだわ」

 だから彼女は自嘲する。
 この手の幻を見るのも、もう何度目になるだろう。
 黄昏の向こうにあるのはフェルトの未練だ。
 もう世界のどこにもない、フェルトが帰りたかった故郷。フェルトが愛され、愛していた、彼女が統べるはずだった国。
 もう帰れないから、彼女は幻には決して混ざれない。
 いない姫君を愛する滑稽な人形劇に手を伸ばすことすら許されない。
 そうしたいと思っても。
 かえりたいと願っても。
 叶わない。……それは猟兵として、決して叶えてはいけない願いだ。
 無意味で愚かしい感傷だと分かっている。分かっているのに捨てられない。
 あの日飛び出して、独り生き残ってしまった罪は。永遠にフェルトを苛んで放すことはしないだろう。
 遊び回るこどもの、無邪気で幼い笑い声が痛い。

「でもね、みんな」

 呟いて、引き抜いたのは浅葱色。
 かつて歪な主従であった彼女に託された希望を小さな手で強く握った。

「わたしは、前に進むわ」

 それは虚構を否定する導きの剣。
 ……過去に対する未練はある。後悔も、また。
 けれどフェルトを構成するのはそれだけでは決してないのだ。

 たとえば、共に世界を救おうと誓った大事な浅葱色の親友。
 たとえば、居場所になると言ってくれた、武骨で、けれどやさしい、素敵な王子様。
 それ以外にもたくさんの絆が今のフェルトを支えてくれている。
 たとえかつて帰りたかったところへは帰れなくても、前に進むことはできるのだ。

 世界のどこかの誰かには自分と同じ悲しみを背負わせないために。
 帰れなくなって、歩くしかない人をこれ以上増やさないために。

「だから───消えなさい、幻よ!!」

 虚構断絶。
 過去を斬るのは、いつだって未来へと進む力だ。
 それのみに特化した否定の刃に……過ぎ去った黄昏色が敵うはずない。
 過去が消えていく。
 未練が薄れていく。
 それを最後まで見送ることなくフェルトは飛んでいく。救えるだけの人々を救うために。

成功 🔵​🔵​🔴​

メイジー・ブランシェット

世界の変化に驚く間もなく始まった極夜の侵攻
デバイスからのと似た存在感をあの冷たい世界から感じた

私の目的はジャガーノート・ポーラー

だから戻るよりも、あの向こうへ『勇気』


けれど途中で、逃げそびれている人を見つけてしまったら、きっと迷ってしまう
迷って、見捨てようとして、でも見捨てられなくて

他に救助している人の所まで、或いは学校まで

飛んで、守って、戦って

少しだけ『救助活動』を

今の私【UDC-146β-M ver.1.0】ならそれが出来るから


でも、遠目にでも、微かにでも

誰そ彼の合間に見えた「ダレカ」の面影にでも、黒豹を見てしまったら

私は追いかけてしまうだろう


例え全てが半端でも


黒豹の前に姿は晒しません



●暗雲航路の行先不詳

 一度だけ、学校を振り返った。
 置いてきた忘れ物。『彼』との繋がり。
 使わないことにしていたって手元にあるだけで心強いだろう。そんなことは分かっている。
 けれど、それは、『なりたい自分』だろうか?

「私、は」

 メイジー・ブランシェット(演者・f08022)。
 もしくは【UDC-146β-M ver.1.0】───ジャガーノート・メイジー。
 黒いノイズによって電子化された、華奢な体躯の赤頭巾。
 なりたい自分になるために、自分にできることをしにやってきた。
 そんな自分のココロを確かめるように胸に手を当てる。
 心臓と重なったデバイスと同じ、けれどずっと重く冷たい気配を、極夜の方から感じ取った。
 ジャガーノート・ポーラー───同じ名前を冠した、おそらく己よりずっとずっと強い敵。
 冷たい海と風を連れて、もうすぐ極夜がやってくる。

「あの、向こうへ行くよ」

 願いを言葉にしたとたん、願いに応えるジャガーノートの機能が少女を空へと誘った。
 反動も噴煙もない飛翔は彼女の思うままに、どこまでも加速していく。
 それに反して風は冷たく、空はだんだんと暗く、そして重苦しくなっていく。
 戦いとは、戦場とは、こういうものだったろうか?
 ……そうなんだろう。きっと、メイジーが知らなかっただけで。
 
「わ、ぁ……」

 過ぎ去る眼下、つまり地面にも人がいた。
 それは影を斬る猟兵だった。
 それは逃げ遅れたのだろう人を守り、案内している猟兵だった。
 学校に向かっている人も、自分の帰り道を辿っている人もいた。
 どれも、これも、メイジーには知らない世界だ。
 だからメイジーのココロに浮かんだのは、小さく、けれど確かな迷いだ。

「……どうし、たら」

 逃げそびれている人がいる。困っているだろう人がいる。
 自分はどうするべきなのだろう?
 迷いが飛翔の速度を落とす。望遠機能が働いて、こそこそと歩いている男の子が見えた。
 周囲を伺いながらゆっくりと歩いているのはきっと黄昏が齎す影を恐れているからだろう。
 電柱に、植え込みに、隠れながら帰っていく彼は見るからに怯えていて。
 けれどポーラーを目指すなら放置するべきだ。
 でも、見捨てていく訳にもいかなくて。
 どうしよう。決められない。迷って、悩んで、空から彼を監視して……

「 あ 」

 少年の過ぎた曲がり角に。
 黒豹の面影が、過ぎていって。
 その真偽を考える前に空を蹴っていた。
 だって、ジャガーノートは願望を叶えるUDCだ。装った偽りより、醜くとも心底からのものこそが受諾される。
 メイジーにとって一番大切な……黒豹の面影へ、送り出していく。

 それが幻だったとしても。
 迷う理由が、どこにある?

成功 🔵​🔵​🔴​

花剣・耀子
拾い上げた腕章を元通りに付けて、たそがれの中をゆきましょう。

他愛ないおまじないのままであればよかったのだけれど。
仕事を増やされては困るのよ。
行く手を阻む影を斬り祓いながら、構内を見て回るわ。
道すがら、取り残された一般生徒を見かけたら保護しましょう。

異界から抜け出る道を見つけるのは、望み薄かしら。
影も氷も及ばない安全な場所があればそこへ。
なければ、他のヒトたちが居るところか、一番奥まった場所へ。
いずれ敵が来るのなら、打って出るもの。後ろへと通さなければ安全よ。

遭うものも、逢うものも、それは只の影なのだわ。
見覚えのある面影であっても、斬ることに躊躇いはない。
迷わない。
道は、あたしが憶えているわ。



●背に面影を、前に道を

 忘れ物と置いてきた腕章を拾い上げて着け直す。
 所属を示す蜘蛛の巣は、やはり己の左腕にあるのが一番しっくりくる。
 二、三度引いて落ちないことを確かめて、花剣・耀子(Tempest・f12822)は黄昏の中へと踏み出した。
 片手に携えた《クサナギ》は今日も衰え知らず、すれ違い様に揺らめく影を斬り祓う。
 影に対した手ごたえはない。耀子と《クサナギ》であれば鎧袖一触できる程度の弱い現象でしかない。
 ただ、いくらでも出現するから。
 黄昏の時間が終わるまで、道阻むものを斬り祓うまで。

「……あら」

 その道中、硝子越しの瞳が僅かに見開かれた。
 破魔の結界で守られた教室だ。
 まさかあるとは思わなかったが……おそらく、猟兵の誰かが安全地帯として用意したのだろう。
 もし校内に誰かが残っていればここに案内すればいい。そうと定められる場所があるというのはいかにも心強い。
 頷きひとつ。教室内の、決して危険を示さないざわめきを背にして耀子は歩いていく。

「……まあ、簡単な手順だったものね」

 ざわめきが耳につくほどの人数が教室内にいるということは。
 それだけの、もしかしたらそれ以上の生徒たちが“おまじない”に手を出したということだ。
 他愛ない、何の異常も引き起こさない、ただそれだけのおまじないであったらこうまで苦労はしなかったろう。結果としてここまで仕事が増えているから耀子から贈れるのは僅かばかりの嘆息だけ。
 傍目からはのんびりと、けれど微塵の警戒もない自然体で耀子は校内を巡っていく。
 角を曲がり、階段を上って、廊下を渡り、人気がない教室もひとつひとつ覗いて。

「!」

 そこに、影が立っていた。
 一瞬逆光で暗くなっていただけかと錯覚するほどの自然体。
 ただドアの開く音がしたから、そんな自然で振り向いた影に顔はない。ただのっぺりとした平坦がそれが黄昏の眷属ということを示す。
 プリーツスカートを模したのか、腰のあたりから中途半端に伸びた裾がひらりと揺れた。
 まるで親しい友人へ歩み寄るようにのんびりと耀子へと近づいてくる挙動に敵意はない。害意も。
 動くたびに朧になっていく影人を耀子はただ真っ直ぐ見て。

 斬。

「……───……?」
「ただの、影なのでしょう」

 その挙動になんとなしの既視感があったとして。
 その顔に懐かしいものを見たとして。
 それは、ただの影だ。
 惑わすばかりの過去の残影だ。
 だから耀子は迷わない。ソレが何を意味するか、分かっていながら切り捨てる。

「───……道は、あたしが憶えているわ」

 踵を返す。
 まだ辿れない帰り道ではなく。
 夜の深まる方へ、耀子は足音を刻んでいく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

祇条・結月
一人異界を歩くと、こないだの幽世の雨で見たものを思いだす
忘れられない、最後の夜と。なぜ、って自分への問いを

……わかってる
じいちゃんを守れなかったのは
その秘密を。抱える孤独を知っていたのに、それに踏み込めなかったから
大事だから。触れて傷つけたくなかった
そうやって答えを先送りて逃げた、せい

本当は、解ってる
今も同じことをしてる

あの子は僕なんかにはそれを望んでないと思うし
僕より、頼りになる人が近くに居て

でもそれを確かめて
僕の欲しくない答えでもちゃんと向き合ってれば

きっと「そうだよ」って言われても
それでも、って言えるんだろう

今の僕はまだ迷子だけど。
この帰り道を忘れることだけは……絶対、しない
今度は。
絶対



●二度目の道を踏み締めて

 こうやって一人異界を歩いていると、思い出すのは幽世の雨の帳。
 そこに映った最後の夜と、付随する自分への問いが同時に引きずり出される。
 「何故」、と。

「……はは」

 祇条・結月(キーメイカー・f02067)は。
 たぶん、その答えをずっと前から知っていて……けれど見ないふりをしていたのだ。
 その方が楽だったから。
 そうすれば傷つけないから。
 じいちゃんが抱えた秘密に、孤独に、気付いていながら知らんふりをしていたのだ。
 ……踏み込まなければ、大事なひとをいったんは傷つけなくて済むから。
 もしも、その秘密が他愛ないものなら。いつか笑い話に出来たかもしれなかった。
 けれどそうやって先送りにして逃げ続けていたから、最後の夜に迷って、竦んで……そして躊躇いのうちに死なせてしまった。
 結月にとってはそれがすべて。今も自分に胸を張れない、自分を嫌っている、一番最初の……そして、たぶん一番大きな理由だ。

 すれ違う影に、二度と会えない面影を見た気がして苦笑をひとつ。
 害意も敵意も感じられないから、まだ自分に鍵を掛けない。端から見ればのんびりとした足取りで黄昏の下を歩いていく。
 曲がった角の向こうでは極夜に呑まれ始めた空が藤色を投げかけている。薄く伸びる影がカンテラのが投げかけるそれに似て揺れるものだから、笑みは苦味を増した。
 自分がどれだけ情けないか、なんて。

 けれど結月だって。……本当は、分かっているのだ。
 あの夜から何も変わっていない。
 今も同じ様に立ちすくんで、知らんふりをして、傷つけないように、踏み込まないでいる。
 彼女がそれを望んでいないから。
 自分なんかより頼りになる人が近くにいるから。
 そう思い込んで、自分に言い訳して、傷つかないように目を背けている。

 本当に彼女が『それ』を望んでいるかなんて、聞いてもいないから分からないのに。
 彼女のこころが自分にとって欲しくない答えでも、ちゃんと向き合って確かめるべきなのに。

 分かっている。
 もしもそれが出来たなら。
 ……結月だって、きっと。
 ほんとうは言いたい逆説が言える。
 「そうだよ」に「それでも」を。相手を傷つけてでも踏み込む勇気を持てるように。

「だから、まだ、待ってて」

 忘れ物と置いて行って、持ち帰った蔦葉の鎖を手の中にそっと握る。
 冷たい翡翠の葉の感触は掌に少し痛い。
 結月にはそれくらいが丁度いい。
 帰り道は、今帰りたい場所は、もう示されている。
 まだ迷子の、情けなくて弱い自分だけれど……今度は、絶対に忘れない。

成功 🔵​🔵​🔴​

夕凪・悠那
黄昏の群れに巻き込まれないよう、『仮想具現化』で召喚した龍に乗ってゆるりと空を往く

夕焼けは好きだ
ボクの名前がそれっぽいから、なんて理由じゃもちろんない
色合いとか、雰囲気とか
理由は色々あるけど、好きになった切っ掛けは……もうすぐ帰ってくるからだったと思う
大切な人が
唯一の家族が
大好きだった母が
――まあ、今となっては昔の話だけど

はぁ……まったく
こんな気分になるのもこの黄昏のせいだ

空から見つけた生徒を拾いながら、黄昏時の終わりを見届ける
もう十分だろ?
そろそろ帰りなよ
忘れ物が見つからないならこの子達が探し出してくれる
早くしないと、怖い白熊に襲われちゃうよ?

……さあ、次はキミの番だ
今度こそ還れるといいね



●それでは明日で逢いましょう

 夕焼けは好きだ。
 召喚した龍の背に乗って、夕凪・悠那(電脳魔・f08384)はゆるく息を吐き出す。
 遮るもの……言い換えれば“影”の生まれる要素のない空まで黄昏の生み出す影人たちはやってこない。
 悠々と空の散歩を楽しみながら悠那は橙色を仰いだ。
 夕焼けの色は、異界のそれであっても変わらない。
 空を飛んでも、手を伸ばしても届かないのも、また。

 夕焼けは好きだ。
 そんなことを他人に話せばきっと「苗字に入ってるから?」と言われるだろう。
 そうではない。
 空を染める橙が醸し出す雰囲気。
 橙から始まるグラデーションが変えていく色合い。

 どれもこれも好きな要素。好きになった理由なんて後からでも理屈付けられる。
 けれど。
 きっかけは、たぶん。

「……   」

 たぶん、帰ってきてくれるからだ。
 大切なひと───唯一の家族だった、大好きだった母が。
 空が橙色になって、あと少し待っていれば、母が帰ってきてくれる。
 「おかえり」という言葉に「ただいま」という返事が返ってくる。
 悠那にとって黄昏は、そんな優しい時間の訪れを報せてくれる色だったのだ。
 ……今となっては、もう昔の話だけれども。

「はぁ……まったく」

 こんなセンチメンタルな気分になるのは黄昏のせいだ。
 この色が懐かしくて、苦しくなるから。
 胸の奥が締め付けられて、少しだけ痛い。

「行こうか」

 召喚した龍は悠那に忠実だ。少し意識を向ければすぐさま動いてくれる。
 同時に呼び出した黒猫たちが呼ぶ方───まだ黄昏の世界に残っている人の下へと。
 一般人が意外なほどに少なかったのはすでに救助に向かった猟兵も多いからだ。
 飛行というアドバンテージを持つ悠那は、異界の終端付近へと足を伸ばす。姿を見せれば座り込んでいた青年は目を丸くした。

「り……龍?」
「お迎えだよ。家出はもう十分満喫しただろ? そろそろ帰りなよ」
「いやちょっと待ってくれって! これあと少しでクリア、」
「早くしないと」

 悠那の細い指先が空をなぞる。
 仮装具現化───生み出すのは白熊を模した巨体の機械。
 そのものを生み出すことはできずとも、それを模して作成したキャラクターなら悠那は呼び出すことが出来る。
 驚きに後ずさった青年へ、あくまで悠那は淡々と。

「怖い白熊に襲われちゃうよ?」


 ……そうして。
 青年を送り届けているうちに、空はすっかり極夜のものになっていた。
 “以前”は空になかったオーロラに向けて嘆息をひとつ。

「さ、次はキミの番だ」

 それが願った帰り道ではないとしても。
 今度こそ、正しく還れるように力を尽くそう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ヤニ・デミトリ
ウサギさん(f27611)と

良い逃れ先だったのかもしれないスけど
様子は違うみたいスね

帰りたくなくても、流石に異界と心中したい奴は少数派と思うんスよね
犬に化けて、ヒトの匂いで生徒と忘れ物を探す
忘れ物は…ほらあーやっぱ動かしちゃダメなやつだったじゃないスか…
そこは俺も共犯か…ハァ…
もしも忘れ物が使えない場合は、代わりに窓を抉じ開けるっス

帰り道か
本当に、帰らないと行けない場所なんざないから
行きたい所に行くだけ
だけどアレがないことがずっとヘンなんスよね
沢山置き去りにしたような、よく解らんス

よく解らないけど…取りには戻らないと
…あんたもフワっとしてるっスねえ
似たもの同士なら道連れと行きましょ


真白・時政

カラスくん(f13124)と

簡単だからココマデ広まっちゃったンだろォねェ
ウマイ話には〜ってヤツ?
このイケメンウサギさんには裏表無いンだけど!

黄昏の中に入っちゃったコを探してテクテク
だって忘れ物を動かしたらどォなるのか気になっちゃったンだもん!
道すがらウロついてるコがいたら一緒に行こってお誘いシてェ〜
忘れ物の所まで行けたらもうしちゃダメだよってバイバイ
糸が切れちゃったコはウサギさんの巣穴にゴショータイ!
カラスくんの窓でもイイよォ〜
それで現実に帰れたらラッキー
巣穴なら妖精サン達がお家まで送り届けてくれるカラネ

んフフ、ウサギさんもタノシー所に行くだけダヨ
おけまる〜!カラスくんの忘れ物、取りに行こ!



●落ちて上ってそれから歩いて

「……ハァ」
「カラスくん?」
「いや。……良い逃れ先だったのかもしれないスけど」

 ヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)の溜息は深く、重い。
 愉快な世界を期待していたはずなのに。待っていたのが終わりかけの世界であれば、それは溜息の一つも付きたくなるものだ。
 そんな黒泥の心情を知ってか知らずか、隣の真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)はきゃらきゃらと笑う。
 といっても、ヤニはこのウサギが笑み以外の表情を浮かべているのをとんと見たことはないのだが。

「ウンウン。簡単でウマイ話には裏表アリアリ! って奴だよね」
「帰りたくなくても、流石に異界と心中したい奴は少数派と思うんスよね」
「そういう人もいるカモ? いないカモ?」
「いないことを信じて探すとしましょうか」
「おっけ~!」

 擬態に長けた不定の泥は生物の特長をも模倣する。
 必要なのは追跡と調査。
 それはヒト型より、動物の方がずっと優れている。
 だからこそヒト型の泥は粘性の音を立てて崩れ落ちた。凝縮し、屑鉄の尾を引いて四つ足で地に立つのは黒泥の大型犬。
 早速空気の匂いを嗅ぎ始めたヤニへ向けて、着いていくばかりの時政は首を傾げてぽつり。

「カラスくんってさぁ」
「?」
「イヌになっても、裏も表もイッショなんだねェ」
「泥に裏も表もねぇっスからね」

 カラスのすげない切り返し。
 それもそうかと頷いたウサギはぱっと笑みを明るくして。

「もちろん。このイケメンウサギさんに裏表なんてないよ!」
「ハイハイ」

 投げやりな相槌を送りながら犬の首をぐるりと巡らせる。
 嗅ぎ取った匂いは哀しみのそれ。
 おそらくは……帰れないでいる子供のそれだ。
 勢いよく地面を蹴ったヤニに時政もひょこひょこと着いてくる。
 多少の躊躇いはあったが異界ならば構うまいと土足のままで校舎の中へ。
 見覚えのあるままの景色を通り過ぎていけば、そこは廊下の突き当り。
 野球帽は、ない。
 その代わりに立っているのは学校指定ジャージ姿の少年だ。

「どうして……俺の帽子……」

 弱々しい、決壊寸前の声に。
 イヌの頭は天を仰ぎ、ウサギは後頭部をぼりぼり掻いた。

「ほらあーやっぱ動かしちゃダメなやつだったじゃないスか……」
「だって忘れ物を動かしたらどォなるのか気になっちゃったンだもん!」
「そこは俺も共犯か……ハァ……」
「ダイジョウブ? カラスくん……イヌくん? 元気出して!」
「カラスでもイヌでもいいっスけど、元を正せばアンタのせいでしょうが」
「ウンウン、ゴメンネ?」

 一切の謝意の含まれないおざなりな返事と共にシロウサギはスキップ三歩。
 少年が音に驚いて顔を上げた時には、高い身長が西日を遮って長い影を伸ばしている。

「ヒッ……おばけ……!?」
「ウウン。ウサギさんはウサギさん。キミの帰り道の代わりに、ウサギさんの巣穴に案内してあげヨウ!」

 踵が床を叩いて鈍い音を打ち鳴らす。
 同じだけ動く筈の影が、なぜかぐにゃりと曲がって。

   開く、
         深淵。

「え、あ──────ッ!?」

 足下に開いた黒虚は驚き竦む少年を逃がさない。
 アリスの物語で、巣穴に落ちるのは夢の世界への直通路だ。
 異界という現実ならざる世界での落下は、現実に墜ちていくための最短距離だろう。

「ばいばーい! モウ忘れ物しちゃダメだよー!」

 その道を開いたウサギは落ちて消えて見えなくなる少年を手を振って見送るだけ。
 中にいる妖精さん達が少年を忘れ物のある現実へと送り届けるだろう。それを知る時政は心配を忘れ去った。

「……ま、こんだけコワーい目に遭っちゃア寄り道なんてしばらくは考えないでしょうよ」
「エーそう? ウサギさんは楽しそうだったらヤるよ?」
「アンタと一般人の子一緒にしちゃあ可哀想っスよ」

 閉じ行く深淵へイヌの手を振って見送って、それから身体をヒトのそれへと戻す。
 ひとの為に作られた施設はやはりヒト型で進むのが丁度いい。
 ……それに。
 振り仰いだ廊下の向こう。二人の“忘れ物”を取りに行くのはこのカタチが相応しいように思えて。

「……ん?」

 自分の思考に何かが引っかかった気がしてヤニは首を傾げる。
 タールの征く路に絶対はない。
 ただ感情と衝動の赴くまま、行きたいところに行くだけ。
 そのはずだ。

「あ、イヌくんじゃなくなったね。カラスくんどしたの?」
「ヘンなんスよ」
「ン~?」
「アレがないと」
「忘れモノ? ナンデ?」
「さぁ……」

 自分のことなのによく分からない。
 あのドッグタグが胸元に存在しないことへの違和感。
 なにかを、たくさんのものを置き去りにしたようなしこり。
 唯一つ分かるのは、ソレ取りに戻らなければならないこと。

「じゃ、行こ」
「……へ?」

 黄昏に照らされた廊下の向こうへ白い背中が飛び出した。
 理解が及ばない、呆気にとられた黒へと振り向いて悪戯なウサギは漣のように笑ってみせる。

「んフフ、ウサギさんはタノシー所に行くだけダヨ」
「……あんたもたいがいフワっとしてるっスねぇ」

 まあ、でも。
 正義感とか道徳とか、使命感とか上から目線とか。
 そんなものよりよほど信用できる言葉だったから、カラスはウサギの隣に並んだ。

「そういうコトなら。似た者同士の道連れと行きましょ」
「おけまる~! カラスくんの忘れ物、取りに行こ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ミコトメモリ・メイクメモリア
◆レン(f02381)と

(ああ、この景色はレンの過去の、消せない、大事な過去の欠片)

「……あれが、レンの友達?」
「いいよ、追いかけようよ。見に行こう」

「ねえ、キミにとって、彼はどんな人だったんだい?」
「失いたくなかった人、損ないたくなかった人、だけど今は居ない人」
「ボクは、少し複雑だよ。だってその過去がなければ、ボクとキミはきっと出会わなかった」
「それを良かった、とは言えないけれど」
「その未来にたどり着けなかった事を、悲しいとは思うんだ」

(レンの前に、ずいっと出て)
「ごめんね、ハル」
「レンはもうボクのだ。キミにはあげない」


ジャガーノート・ジャック
◆メメ(f00040)と

(金色が溢れる校舎
じき、夜が訪れるのだろう

そして暗がりに現れる人影
上履 擦り切れた「6-■」の文字
苗字、"星見")

――、ハル

(一瞬の逡巡のち、メメの声を聞き後を追う)

最早帰ってこない
僕を助け過去に消えたヒーロー
――一番大事な友達だった

(微かな声が僕の胸中を揺さぶる様に響く
「オレ達さ、四人で仲良くなる道ってなかったのかな」)

――そうだな、ハル
「そうはならなかった」けど
きっとそれが正解だった

けどあの日の選択が
完全な不正解だったのかも未だ判らない
メメと逢えたのは正解だったし
それにまだ「この話は此処でお終い」じゃないから

僕は先に行くよ、ハル
それが今の僕に出来る
数少ない事だから



●間違い探しの右側の僕ら

 学校という建物は構造上太陽光が差し込みやすい。
 異界であってもそれは同じだ。西に傾いた太陽が校舎の中を金色に染め上げている。
 もっとも、それもあと少し。
 陽の沈み具合と影の伸び具合から計算して、極夜まであと十五分程度。
 それまで何も起きなければいい。ごく自然と思っていたジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は、警戒故に“それ”を見つけてしまった。

「───!」

 それは廊下を歩いていく影が履いた、何の変哲もない上履きだ。
 使い込んでいるが故に薄く汚れて、書いたはずのクラスは消えて見えなくなっている。
 辛うじて読み取れた学年は六年。
 苗字は、星見。

「───、ハル」

 ノイズ交じりの声で呼べど、幻の背は振り返らない。
 あの日から時を止めた背はひどく小さく見えて、だから追いかけるにも躊躇われた。きっとひとりだったら迷っているうちに影は消えていただろう。

「……あれが、レンの友達?」

 けれど今のジャックは一人ではなかった。
 隣を行くミコトメモリ・メイクメモリア(メメントメモリ・f00040)がジャックの変調とその理由に素早く気付く。
 返答に迷って、ジャックは結局曖昧な頷きしか出来ない。
 そこに逡巡を読み取ったからミコトメモリは影に続く道を選んで足を進めた。

「いいよ、追いかけようよ。見に行こう」
「───……、しかし」
「ボクも気になるんだよ。レンの友達だった彼のこと」

 そう言われてしまえばジャックもそれ以上の反論を持たない。
 黄昏のせいで朧な背を二人して追いかける。
 腰から膝に掛けて揺れる裾はこの時期に相応しいコートを模したものだろうか。影は輪郭しか象らないからその表情までは伺えない。
 けれどそれは曖昧な存在感と反して軽やかに歩いていく。それだけで少年の明るさを示すようで、見えないはずの笑顔がジャックの瞼裏に蘇る。
 それこそ星めいて煌びやかな、褪せぬ思い出の数々は……間違いなく、彼がくれたものだったから。
 ザー、ザリ、ザザ。
 言葉はは無けれど逡巡を示すノイズは静かな校内によく響く。
 今は表情の伺い知れぬ豹頭のヘルメットを見上げて、ミコトメモリは静かな疑問を傾ける。

「彼は。……キミにとってはどんな人だったんだい?」
「……───彼は、」

 彼を。
 星見・晴のことを説明するのに、どれだけの言葉を尽くせばいいのか“ジャック”には分からない。
 失いたくなかった人だ。
 損ないたくなかった人だ。
 彼がいなくなるくらいなら自分が全ての罪科を背負って消えてもいいと───本気でそう思って、実行しかけて。
 怪物の願いはヒーロー自身の手によって阻まれた。 
 今は居ない彼こそが、ジャックにとっては。

「僕を助け過去に消えたヒーロー――そして、一番大事な友達だった」
「……そ、っか」

 それは、ミコトメモリにとって届かない過去の話。ただ聞くことでしか共有できない記憶の欠片。……黄昏という媒体によって実体化した過去のヴィジョン。
 いつの間にか足を止めていた少年の影が空気を震わせる。
 ミコトメモリにとっては初めての、ジャックにとっては懐かしい、声。

───オレ達さ。
───四人で仲良くなる道ってなかったのかな。

「───そうだな、ハル」

 きっとそれが正解だった。
 そうはならなかった今だから言える、トゥルーエンドへの選択肢。
 大団円ルートは複雑な条件を突破しなければならなくて初見では行けないことが多い。現実とゲームを同一視する訳でも、言い訳したいわけでもないけど。
 ……その道を選ばなかったのも、また事実だから。

「ボクは、少し複雑だよ」
「メメ?」
「……だってその過去がなければ、ボクとキミはきっと出会わなかった」
「それは……そんなの、僕だってそうだ」

 だからあの日の選択を完全な不正解とも断ぜられないのだ。
 そうならなかったあの日があったからこそ、ジャックは……少年は、今の中にいる。
 獅子の星を。かもめの屋根を。世界樹の街で出会ったすべての絆を。
 今隣にいる、小さく、けれど眩しい姫君を。
 そのすべてを否定してまで過去を欲しいとは、たぶん今は思わない。

「うん。そうだ。……けどね、レン」

 逆接はひどく静かに。
 影の向こうの黄昏を眺めやるように薄く、確かに目を細めて。そこにあったかもしれない誰かの面影を求めるように。

「それを良かった、とは言えない。でもその未来にたどり着けなかった事は……ボクも。ボクだって、悲しいとは思うんだ」

 あの日の間違いが、今肩を並べる正解に繋がっていたって。
 その悲劇を肯定できるかと言えば違う話。
 今に繋がる過去の全てを肯定できるほど、ひとは強くはない。
 傷ついて、苦しんで、泣いて悔やんだ日々を、なかったことにはできない。

「それでもさ。この話はまだ『此処でお終い』じゃないから」

 だからジャックは前を向いた。
 現実はゲームではない。
 今歩いているのが正解か間違いかなんて、死んだ後だって分からない。
 生きている自分達にできることは、ただ前を向いて歩いていくだけ。

「ごめんね、ハル」

 ミコトメモリは小さな身体でジャックの前へ、影の視線を遮るように立つ。
 戸惑うように止まった影へ向けたのは力強い一瞥。
 それは今を隣に生きるからこその、消せない過去への宣戦布告。

「レンはもうボクのだ。キミにはあげない」
「だから僕は先に行くよ、ハル」

 だから二人は未来へ向かって歩き出す。
 自然と過去に止まった影とすれ違う。
 耳元に届いたのは、微かな笑い声。

───ああ。
───またな、ジャック。お姫さんも。

 遠ざかり、小さくなる声はきっと都合のいい幻で。
 そうなったらよかったという祝福だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
(ふわりと飛ぶひかりは、どこか遠くを見ていた
彼女の見ている先には何もないように見えるけど
驚いたような瞬きをしているから、きっと彼女にだけ見えているのだろう
本当に帰りたかった景色を、面影を――

何も言わない
……何も言えない
きみの帰る場所を奪ったのは、私なのだから

私自身の帰り道は見えている
道に迷って"帰りたい"と泣き喚いてた子供の頃とは違うから
「おゐで、おヰで」と優しく誘う聲には、もう付いていかない

嗚呼、でも
きみが帰らないと言うなら、私は――)


(……彼女の瞬きが暗くなった
まるで肩を落とすように、諦めるように

そっと触れて掻き抱く
影に包まれているのに、安心した輝きを、きみは……)

……うん
一緒に帰ろう



●帰り道無き君と共に

「……どうしたんだ」

 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)の問いかけに、“ひかり”は答える声を持たない。
 ただ己を淡く明滅させて訴える。もっと近くに行きたいと。
 それに反する理由もないから、スキアファールは彼女の指示する方へと歩いていく。
 角を曲がったところで“ひかり”はふわりと飛んでいく。
 おそらくそこが丁度良かったのだろう。中空で停止した“ひかり”は遠くをぼんやりと見ているような緩やかな明滅であたりを照らす。
 それを見ているのが苦しくて、スキアファールはそっと目を伏せた。

 “ひかり”が見ている『そこ』には何もない。
 ただ黄昏色が最期の光を投げかけて、長い影を作りだしているだけ。
 それだけのはずだ。
 ……それだけのはずなのに。
 “ひかり”の明滅は驚きを示していた。喜びを示していた。……そして、寂しさを示していた。
 だからきっとそれは、彼女の為の帰り道。
 彼女がいつか失った、彼女が欲しかったセカイだ。

「……」

 それに、スキアファールが何を言えただろう。
 彼女から“ひかり”を奪ったのは。帰り道を辿る気力すら亡くしたのは、己なのに。
 先に帰ってしまった自分が、帰りたいと願う彼女に何を言えただろう。
 だからきっと彼女の見ている面影は共有することが出来ないのだ。
 胸の奥に鈍い痛みを覚えて、そっと目を伏せる。



「おゐで」


                   「おヰで」
     

      「オい出」


 ……そうやって、優しく誘う声に聞こえないふりをする。
 大人はズルいから。
 道に迷って泣き喚く子供を誘う聲になんて耳を傾けない。
 自分の帰り道を知っているから、自分だけなら迷わない。
 けれど。

「…………」

 “ひかり”は、まだ空で明滅を繰り返していた。
 迷っているようにも、困っているようにも見える不規則なリズムで。
 それを見上げるスキアファールは何も言わない。
 もしも。
 もしもきみが、帰らないというのなら───それも、またいいかもしれないと。



 ……どれだけそうしていただろう。
 黄昏の光が弱まって、影が力を失って、ようやく彼女は降りてきた。
 まるで肩を落とすように、諦めるように、その瞬きは明らかに暗くなっている。
 もしかしたら日没によって、面影さえ失われたのかもしれない。

「“ひかり”」

 手を伸ばす。
 触れた彼女をそっと掻き抱く。
 影人間の腕の中だというのに、僅かに明るくなったひかりはどこか安心しているようで。
 その温かさを感じながらスキアファールは目を閉じた。

「……うん」

 一緒に帰ろう。
 いまはそれが。それだけが、私がきみにあげられるすべてなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『ジャガーノート・ポーラー』

POW   :    挽き潰されたいか!!撃ち殺されたいか!!?
自身からレベルm半径内の無機物を【自分の移動力を爆増する氷海領域】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
SPD   :    なんで俺が化物にならなきゃならなかった!!!?!
【"母の待つ家に帰れなかった"事を思い起す】事で【砲撃と肉弾戦を強化した激怒戦闘モード】に変身し、スピードと反応速度が爆発的に増大する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    邪魔する奴は吹っ飛んじまえ!!!
【凡ゆる地形に潜航可能なアザラシ型魚雷】を召喚する。それは極めて発見され難く、自身と五感を共有し、指定した対象を追跡する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ジャガーノート・ジャックです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 帰らなきゃいけない。
 “   ”のところへ。

 帰り道を得られるのは一人だけだって言うなら。
 俺はなんとしてでも帰らなきゃいけない。
 だから。
 絶対に。
 俺は、なんとしても。

 ───全員殺して、帰ってやる。


………
……



 ただそれだけだった。
 そのために口火を切った。
 けれど彼は───“ジャガーノート・ポーラー”と呼ばれる以前の少年は、帰れなかった。
 それで終わっていたはずの話だった。

 けれど彼は呼ばれてしまった。
 時を止めた学校。
 あらゆる生理活動を不要とする閉じた黄昏に。
 停滞の異界は、忘れ物なき彼にとっては檻でしかない。

 檻を出るには、壊すしかない。


●そして極夜を越えて行け

 
 ───そして、極夜が訪れる。

 夜闇に染まった天に翻るのはオーロラ。
 地を固めるのは氷河。
 吹き付ける風は冷たくも乾ききり、吐いた息は白く濁る。
 
 静けさに満ちた空から、噴煙を曳くミサイルが落ちた。

「死ねェェェェェエエエエエエエエッッッ!!!!!」

 吼え猛る白熊型の機体───ジャガーノート・ポーラー。
 極光越しに観測した敵へと向けて、氷海を滑り、消えぬ憤怒に身を焦がしながら襲い来る。
 拳で。
 砲で。
 魚雷で。
 その全てが必殺を狙う暴虐として。

 彼に躊躇はない。
 ただ、極夜に存在しない帰り道を欲して。
 無機質な白熊の面は全てを殺すために己が機能の限りを尽くす。


******

◆第三章における注意事項

●どこに隠れたってムダだ!!!
【戦場を極夜に塗り替え、感覚を共有する極光】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。

・ジャガーノート・ポーラーは天上のオーロラを感覚器として猟兵達の位置や行動を把握しています。
・そのため適切な対策を講じない限りはジャガーノート・ポーラーの攻撃が先制します。
・もちろん、攻撃を受けることを前提にしたプレイングをかけて頂いても構いません。

・その旨のプレイングでない限り一般人が被害に遭うことはありません。

・彼に帰り道はありません。
・“あなた”に帰り道はありますか?



◆第三章プレイング受付期間
 【2月4日(木) 08:31 ~ 2月6日(土) 13:59】

.
鳴宮・匡
◆ロク(f01377)と


なるほど、まさに“天からの眼”ってやつか
確かにあれが目であり耳であるなら
こちらの動きなんて筒抜けだろう

だけど、この氷海に一体何人の猟兵がいる?
その全てを見て、聞いて、“どう動くか”――
最適解を常に選び続けるってのが、どれだけ難しいか
誰よりも俺が一番よく知ってることで
お前よりよほど、俺のほうがうまくやれる

どれほどうまく地形に溶け込もうが、捉えられないものはない
何処から攻撃が来るかだってわかってる
燃え尽きないものはこちらで迎撃すればいいし
自ら飛び込んできたところで――この領域の主はお前じゃない
飛んで火にいるなんとやら、だ

――捉えたぜ
悪いけど、逃がさない
そういう約束、だからな


ロク・ザイオン
★匡と

(空の光の帯、あれが目だと言うのなら
隠れるのは易くなさそうだけれど)
…隠すのなら森の中。だろ。
やれるよ。

(「禍園」
己の体を焚べて氷海を塗り潰し炎の森を産む
撃ち込まれる火器は全て梢に咲いてしまえ
あの白熊は焦れて、自ら乗り込むだろうか
其処はもう、おれの胎の中で
匡の狩場だ)

――帰らせてあげられないから、せめて。
――お前の母親は、だれにも傷つけさせないから。

あたたかいところに、還るといい。



●夜にひとつの火を灯し

 見上げた空は、雄大な。
 けれど翻るオーロラが自然のものでないのは自明の理だ。
 何故なら、そこから“視線”を感じる。

「“天からの眼”ってやつか」

 単純にして純粋な戦力評価として鳴宮・匡(凪の海・f01612)は思う。
 厄介だ。
 あらゆる挙動を見られるというのは対策を取られるということで、その有用さを匡はよくよく知っている。
 何よりまず、よく観察すること。
 自分がいつもしていることだ。

「なら……隠すのなら森の中。だろ」

 ロク・ザイオン(変遷の灯・f01377)もまた空から視線を外さずに鑢がけの声を上げる。
 光を遮る木々が集まる森は視線を通さず、またいくら破壊されても命を巡らせる。
 ひと時、それを呼び出す力はロクの手の中に。

「やれるのか?」
「ああ」

 端的な問いに、獅子の連星の片割れは笑みと頷きをひとつずつ。

「ともの。大事なケンカだからな」

 今は離れているが、同じ戦場のどこかに彼がいることは知っている。
 だから協力できる。
 迷子のこどもに差し伸べる手は、きっと、多い方がいい。

「……喧嘩なのか」
「ああ。ジャックが言ってたからたぶんそう」

 オーロラが割れる。
 武骨なミサイルが噴煙を上げながら二人の元へ落ちてくる。
 追いかけてくる猛獣相手に駆ける必要はない。
 ただ、一歩を踏み出して。

「あ゛───アアアアアアアアアッッッッ!!」

 断末魔めいた咆哮は己を焚べる合図。
 分厚い地面が溶けて、踏みしめていた氷海が炎を生む大地に挿げ変わる。
 芽吹き、伸び、枝を伸ばす樹すらすべてが炎。
 【禍園】。
 炎で模られた悪夢の心象。
 それでも。
 かえれない子供の叫びを受け止めるくらいは、できる。

 着弾。

 梢に華焔咲きて、極夜を眩く染め上げる。
 だがそれだけだ。
 ミサイルが本来期していたであろう破壊は齎されない。禍つほむらの園を生み出しているロク自身にもまた外的要因による負傷はないからだ。
 それらすべてを天からの眼が見ているだろう。
 だから、ほら。

「どけぇぇぇぇえええええええ!!」
「どかない!」

 燃える地面を踏み砕きながらポーラーが火炎の森に踏み込んだ。
 迂回などという迂遠なことはせず、剛腕で木々を薙ぎ払いながら森の中央を目指していく。
 だが忘れてはいないだろうか。
 ここはもう極夜を迎えた氷海ではない。
 ロクの胎の中で───

「───捉えたぜ」

 ───匡の狩場だ。
 森は仲間を、心得て潜む者を護る。
 だから無闇なポーラーの攻撃は炎の木々だけを焼いて、匡に傷を負わせることはなかった。
 怒りは視野を狭め、眼を曇らせる。
 あかあかと燃える木々に紛れて引鉄を引く。ポーラーが痛みに気付いて振り返った時に、匡はもうそこにいない。
 代わりに動いた炎の樹が白熊を炎熱の森に閉じ込める。

「隠れてちょこちょこ逃げ回ってんじゃねェぞクソ弱虫がッ!」
「有効だからな」

 いったい、何人の猟兵がこの地に居る? 
 その全てを見て、聞いて、最適解を選び続ける難しさを匡はよく知っている。
 とても頭に血が上った状態で処理できるものでもない。
 そして極光の眼で炎の森は見通せない。
 見つからぬ焦りが怒りを生み、狭まった視界の外からまた一射。
 苦悶と怒りの絶叫を聞きながら、燃え盛りながら力をくれるほむら色の地面を蹴る。

「だから、悪いけど逃がさない」

 静かの海に響く音を逃さぬよう、銃声がまたひとつ鳴る。
 匡は“ジャガーノート”を知っている。
 味方としてでない、オブリビオンとしてのそれを。
 寄生が完了したばかりの白いスーツアーマーを斃した頃は、ただの敵だった。
 黒い翼と速度を誇るイーグルには、彼の敵として、支援することを選べた。
 これとは別の、ヒガンに沈んだポーラーの叫びは“そういうモノ”でしかなかった。
 そして、今は。

「そういう約束、だからな」

 どうしたって、そういうモノを「可哀想」とは思えないけど。
 ただ無念だったのだろうと薄幕越しに考えるだけだけど。
 引き金を己の意志で引く。
 爆発。
 放たれたミサイルを相手の鼻先で撃ち落とす。
 爆炎が視界をくらますも、その程度ポーラーは止まらない。燃え盛る木々の合間を迷いなく突っ込んで。

「帰らせては、あげられないけど」

 燃え盛る森に似つかわしくない。
 ざらついて、けれど穏やかな声を、聴いた。

「――お前の母親は、だれにも傷つけさせないから」
「             は?」

 ヒガンの過去を共有しないポーラーには理解し得ないだろう。
 だって見知らぬ女の口からその単語が出るとは思えない。
 ありとあらゆる戦闘行動を忘れる、空白の一瞬。
 再起動するより早く、その鼻先に“影”を纏った銃弾が炸裂した。

「───がああああああああああッッッッ!!?」
「だから、還るといい」

 骸の海の奥底。陽の当らぬ極夜ではなく。
 夜明けの向こうにある、あたたかいところへ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ゲニウス・サガレン
極夜とは彼の者の絶望なのかな、ジャガーノート・ポーラー……
無垢な子供のように暴れる、が、戦おう
いかなる世界でも生還して記録を残してこそ「探検家」だ

さて、やつは何で我々を探る? 光学機器か? レーダーのようなものか?

アイテム「フライング・シュリンプ」
有翅エビの群れを、私の周囲の一定範囲に、雲霞の如くぐるぐると飛ばす
この状態で私がちょこまかと動きまわっていれば、正確には狙われないはず
私は囮だ

アイテム「C式ガジェット」
UC「ガジェットショータイム」
C式は動物のマネが得意だ
タコとなり、色彩を周囲に擬態しつつやつに近づき、砲塔に張り付く
どれでもいい、タコの腕で隙間からコードや操作系統をおかしくできるか?


クロム・エルフェルト
空の光彩、夜の虹
綺麗だけど見惚れてる暇は無い
([騙し討ち][ダッシュ])
「流水紫電」――野狐の型
フェイントを混ぜたジグザグ走行で先制を掻い潜る
鞘内の刀身には[焼却]の焔を溜め
間合いに入ると同時に抜刀術を放つ
私の役目は機動力を削ぎ、後続へ繋ぐ事

……違和感が、拭えない
今迄相対した、純然たる殺意じゃない
悲哀、諦観、絶望、憤怒……癇癪?
まさか。
お前は。
……キミは。

推測が真ならば、遣り切れない
救いの手は、どう伸ばした所で過去には届かない
出来るのは罪業を重ねぬよう終いとする事

ギリリと激情を噛み殺し
刀身の焔を[浄化][慰め]の炎に切替える
安い同情だと思わないで
母や友
此岸に残される側も、心に深手を負うのだから



●どこにも行けないキミ宛に

「極夜とは」

 終わらぬ夜、とは。
 太陽の沈んだ状態が続くことを指す。光源に対して一定の傾きを持つ惑星の、一定以上・以下の緯度にある極圏でしか起こらない。
 ただし、これには「本来は」という枕詞を付けなけれなならないだろう。
 現にここに極夜がある。
 ゲニウス・サガレン(探検家を気取る駆け出し学者・f30902)の肌を撫でる風も、空に翻って見下ろすオーロラも、すべてが極圏の空気を醸し出す。

「彼の者の絶望なのかな」

 彼の世界にもう日が昇らないから。
 帰り道の黄昏は、もうあの過去には与えられないから。
 だからあの白熊の機体は無垢な子供のように暴れて、悲鳴を上げて、癇癪めいた暴力を揮う。

「待って。……だと、したら」

 クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)にだって、違和感はあったのだ。
 剣術とは相手との読み合いである。
 故にそこに込められた感情を知ることはクロムにとって難しくない。
 まして相手が感情の抑え方も知らぬ“子供”なら。
 それでいて、己の境遇を嘆き、諦め、苦しみ……以て怒りを揮う“怪物”だというなら。

「ああ。だが、戦おう」

 ゲニウスが己に任じる“探検家”とは。
 たとえユーベルコードで生み出された偽りの極圏であっても、生還し、記録を残すから呼ばれるのだ。
 指を鳴らす。召喚されっぱなしだった有翅エビが一斉に空を覆い尽くす。
 ゲニウスとクロムを中心においてぐるぐると円を描くように飛べば、いかな索敵であれ正確な狙いは付けられまい。

「……それしかないなら」

 剣では救えない。
 何かしらの術があれば何とかなったかもしれないが、その方面で自分に力がないことをクロムは知っている。
 だから。
 過去に届かない手は、これ以上の罪業を重ねさせないことしか出来ない。

「御免なさい、走るわ。少しその……エビ? を貸してもらえる?」
「ああ、勿論! 囮は此方に任せてくれていい」
「ありがとう」

 その言葉尻を捕らえるように空の彼方から武骨なミサイルが落ちてくる。
 美しい空の光彩に見惚れている余裕など与えないとばかりの一直線。
 だからクロムは駆け出した。
 ダッシュ、しかし大回りの軌道を描く。かと思えば一瞬で方向を切り替え、ペースを落とし、かと思えば速め、ミサイルを翻弄。
 蛇行し追いかける爆発物をエビが阻んだ。
 爆発。

「熱っ……!」

 それはクロムの背後で、だから爆風は彼女の背を押す追い風と化した。
 火傷による痛みを噛みしめながら、その程度で彼女の足は止まらない。
 むしろ早く、もっと早く。
 氷海を割り砕いて姿を見せたポーラーの下まで走っていく。

「ああ、そのまま走っていくといい」

 ミサイルの雨から僅かに残ったエビ達は僅かに五匹。
 そのすべてが主の命の下、剣狐の背を追い翔ける。

「なあ、C式」



「疾────ッ!」

 流水紫電──野狐の型。
 高速かつジグザグに走る小柄なクロムに狙いをつけるのは困難を極める。
 そして間合いに入れば外す道理がない。
 居合の術理は速度に在り。
 ポーラーの感覚器とて追いきれなかっただろう。切り落とされた砲と、飛び散る火花が証左だ。

「痛ェじゃねぇかッッッ!!」
「……感覚、あるんだね」

 呟き、ながらバックステップ。
 ポーラーの拳が地面──氷海に叩きつけられる。無作為に砕け散るはずの氷塊はしかしクロムへと一直線に向かった。
 ここはポーラーのフィールドだ。彼の意志に沿って飛ぶのは自明の理───

「……え?」

 エビがクロムの前に飛び込んで盾になった。
 いや、それならまだ分かる、さっきも世話になったからだ。
 だが、エビにタコが乗っているとなれば分からない。
 ここグリードオーシャン? と瞬いたのはほんの数秒。

「C式は動物のマネが得意でね」

 後方から、どこか芝居がかったゲニウスの声。
 同時に手を打ち鳴らしたのは、紛れもなく『タコ』への───それに擬態したガジェットへの合図。
 エビが回り込む。『タコ』が触腕を伸ばす。

「そして、知っているかい? タコは色彩を周囲に擬態する。ここまでくれば逃がさないとも!」
「は、おい、やめ───」
「さあ、ショータイムだ」

 絡み付く。
 ポーラーは機体だ。ということはコードがあり、操作系統があり、それらを弄れば何かしらの不具合は起こせる。
 それが叶わずとも、タコに絡まれて嬉しがる人の方が少ないだろう。

「止めろっつってんのが分かんねェのか気色悪ィ!!」

 当然ポーラーとて軟体生物を好まない。腕を振り払ってC式ガジェットを遠ざける。
 その一瞬、彼はクロムから意識を外した。
 その一瞬があれば、クロムには十分すぎる。

「は、ああああああ──────!!」

 それは機動を殺す呪いを纏う斬撃。
 【仙狐式抜刀術・牡丹】は、一撃目を見舞った相手へ喰らい付く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

琴平・琴子
冷たい空気でより一層思考が冴える様な気はします

随分と騒がしい方
少しは静かにしてくれませんか?
見惚れている場合ではないのですけども、
空はこんなにも綺麗なのに騒がしい咆哮で折角の風景が台無し

帰りたい気持ちも分からなくはないですけども
騒いでどうにかなるなんてそんなの子供のやる事…
ああ、中身は子供ですかね?
泣かない子供はミルクを貰えないらしいですけど、かといって限度があるでしょうに

子供の駄々を捏ねているのを見ているようで嫌気がする
狙うはジャガーポーラー・ノート本体
此方に来るアザラシ型魚雷はマスケット銃で迎え撃ちます
可愛い顔してるのにどこまで追い掛けて来るとか邪悪ですねえ…
どこぞの嫌な人を思い出します


波狼・拓哉
…そして夜が塗潰すと
まあ、知ったこっちゃないですが

取り敢えず姿を晒しておきますか
察知されてる気がしますし、何より領域侵食してくるのなら隠れて巻き込まれる方が面倒いです

相手の攻撃に対してミミックを掴んで投擲
砲撃ならそのまま盾になるし、拳でもミミック投げられたら威力の低減くらいは出来るでしょう
…攻撃の察知は自身の戦闘知識や読心術で行動予測
まあ、最終は第六感任せましょう

ミミックで攻撃を防いだら、衝撃波込めた弾で相手の意識を釣り上げて…ミミック結構丈夫なんですよね、化け嘲な?
後はそのまま畳み掛けましょう

何、帰り道がないなら諦めて前に進むだけですよ?
地球は丸いからそのうち着きますでしょう?(ケラケラ)



●明けぬ夜の淵へ告ぐ

「───そして、夜が塗り潰すと」
「私は好きですよ、夜。ここまで空気が冷たいと一層思考が冴える気がしますし」
「そういうモンですか」
「……あなたは違うんですか?」

 僅かに眉を顰めて、どこか不満げに尋ねる琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)へ向けて、「ええ」とどこまでもあっさり波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は頷いた。
 塗り潰された夜に拓哉が出てきたのは、どうせ塗り潰されるならある程度広い場所にいた方がいいと思ってのこと。
 この極夜に、オーロラに、思うところは何もない。

「お嬢さんは?」
「そうですね……強いて言うなら、」

 考え込むように 小首をかしげるのと切り揃えられた髪がさらりと流れるのは同時。
 橄欖石の瞳が捉える空から、オーロラが割れてミサイルが落ちてくる。
 
「綺麗な景色が台無しにされるのは不満ですね」
「ああ。それは確かに反抗するに足る理由です」

 頷きひとつ、一歩進み出るのは小柄な少女を守る挙動とも見えただろう。
 拓哉にそのつもりがなくとも、結果として行われるのはそれに近い。
 投げつけたのだ。
 拓哉の傍らにあった箱型生命体───ミミックを。

「……え?」
「ご心配なく」

 投げつけられた箱型生命体は中空で蓋を……口を開く。
 剥いた牙は鋭いままミサイルを噛み砕き、そのまま飲み込んでしまう。

「え? え?」
「さあ、化け嘲けな」
     、、
 そして、発射。
 ミミックの口内から飛び出したミサイルが拓哉を狙うそれらを撃ち落とす。
 それは全く同一の形。
 【偽正・虚瞳降者(イミテーション・フォーリナー)】は、喰らったユーベルコードを模倣する。
 全く同じなのだから、オーロラから落ちるミサイルを防げぬ道理はない。
 驚いていた琴子も見ていれば性質は理解できる。数度の交錯の後には爆風で乱れる髪を抑える余裕さえあった。

「まったく……少しは静かに出来ないのでしょうか」
「全く同感ですね。静かならミミックだって何もしないで大人しくしていたでしょうに」
「ええ、……っ!」

 だが、地面が割れる。
 元より氷海は彼が高速で動き回る為に塗り替えた領域だ。
 上からのミサイルを隠れ蓑と接近した、丸太めいた腕が揮われて。

「なぁに」

 ───分かっているから恐ろしくはない。
 ミサイルで上に視線を引き付けておいて本命は下。分かりやすい陽動だから吹き飛ばされたのはブリキ作りの兵隊だ。
 手ごたえの軽さに本命ではないと悟ったのだろう。二撃目の追撃は素早い。

「帰り道がないなら諦めて前に進むだけですよ?」

 素早い、が。
 読んでいた拓哉にとっては遅すぎる。
 中空にいたミミックを掴んで反転。機械の腕に齧り付く箱の口は憤怒をコピーして牙を立てる。

「地球は丸いからそのうち着きますでしょう?」

 ケラケラと。
 爛々と双眸を赤くして拓哉は嘲う。
 向けた銃口はモデルガン。ただしそれが放つのはちゃちなBB弾などではない。
 引き金を絞れば放たれる銃弾は衝撃波を纏い、ポーラーの巨体を足止めする。

「騒いでどうにかなる、なんて子供の理屈。泣いてミルクを欲しがったって限度があります」

 オブリビオン──過去の怪物がそう至った事情があっただろう。
 だが、それに対してただ駄々を捏ねている様は見るに堪えない。
 泣き喚いてたって助けてくれる“誰か”が都合よく現れてくれる訳ではないのに。

「少し静かになさっていただけますか? 一斉射撃準備、良し」

 ブリキと木製の兵隊たちは主の命に従い、軽やかな動きで銃剣を構える。
 その数は九十三。
 すでに一体主の身代わりになったとて、この兵力は白熊の暴威に劣るものではない。

「───放て」
「テメェが吹っ飛べ!!!」

 マスケットの銃弾とアザラシの魚雷が衝突、爆裂。
 とはいえ真っ直ぐにしか飛ばない銃弾と高機動魚雷では後者の方が巧みだ。ミサイルにはない可愛らしい顔で爆炎の中から飛び出した。
 喰らい付いたら離さないと言いたげで思わずため息が零れる。

「嫌な人を思い出します」
「知り合いですか?」
「まあ、そんなところです」

 受け止めるのは月に咆える者の力。無貌にして千貌の一端は、追跡魚雷すら再現する。
 だって癇癪を立てる“子供”には、何を言ったって無駄だから。
 指揮者が指を揮えば、今度は本体を逃がさない。
 極夜に響くのは高らかな【兵隊の行進(ソルジャーズマーチ)】。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

祇条・結月
黄昏も気落ちしたけどあのオーロラはもっと厭な感じ(第六感)
視線みたいだ
身構えて

走って
ロープワークで
銀の鍵の即席結界で
業を煮やして接近してくるまで凌ぐ
焦燥を感じる
絶対、来る

喰らう覚悟はしてるし
……自分を殺すのだけは得意なんだ

貰いながらも蹴り返して反撃
弱点は見えてる(鍵開け)
ばらせるなんて思わないけど、無視できる損害でもないでしょ

帰りたくてなりふり構わない
僕は普通の子供、その気持ちは少し、解る
逆に、竦んで動けなる誰かの気持ちも

そういう苦しいを誰かにさせたくない
UDCだけじゃない
他の世界でも
それが僕のなりたい猟兵

この痛さを忘れない
……この覚悟をくれた、あの娘のことも
忘れないから
ちゃんと、帰る



●どこまでもは行けなくても

「───ッッ!!」

 背中の方でまたひとつ。
 ミサイルが弾けて、ばらまかれた爆炎が祇条・結月(キーメイカー・f02067)を焼いた。
 熱いより痛いに近い感覚を置く場で噛み締めるだけで耐える。
 足は止めない。
 それが、自分の最後になるかもしれないとわかっているからだ。

「お願い……!」

 片手に持った鍵を一閃。『閉じた』空間はミサイルを阻むから、抉じ開けられる前にもっと走る。
 だというのに嫌な予感は消えない。
 不吉なほどに眩いオーロラの向こうから、きっと『視ている』。

「でも、それなら分かるよね」

 ミサイルでは、鍵の悪魔は殺せない。
 結月の集中が切れればそうとも限らないかもしれないが……それだって現実的ではないだろう。
 なにより、あの怒り。
 焦燥なら。
 ───……彼は、必ず、確実な手で来る。

「お、ま、えがぁあああああああああ!!!」
「───!!」

 速い。
 前兆たる風が吹いたと思えばもう白熊の拳が目の前に。
 殴りつけられるのも構わず、結月は手の中の鍵をぶっ刺した。
 衝撃。硬いものに罅が入った音。あまりの痛みに生理的な涙が滲んで、けれど、銀の鍵は結月の計画した通り、装甲を傷つけぬまま刺さっている。

「───……あ?」
「───ばらけろ」

 命じる。
 だから開く。
 あらゆる鍵穴を開く権能は速やかに発揮される。
 ばきばきと鈍い音がして白亜の装甲が剥離して、結月の目の前に落ちて、光の粒になって散った。。

「あ、あ、あああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!!!???」
「───ッ!」
 
 剥き出しの腕が空を薙ぐ。
 生まれた氷弾の殴りつけを簡易結界で防ぎながら結月は唇の端を噛み締めた。
 それは剥離した装甲の下にあった。
 生理的嫌悪を催す蟲めいて、蠢くケーブルとコードの群れ、群れ、群れ。
 発される声から連想できる少年は、そこに欠片たりともない。
 ああ、あれでは。
 きっと彼は帰れない。
 それでも帰りたいのだろう。あの叫びは、嘆きは、多少なりとも結月には理解し得るものだ。

「ごめん」

 それでも、それで別の誰かが帰れなくなってしまうなら。
 そういう苦しい想いをする人がいるなら。
 そんな涙を流す人を、少しでも少なくするために。
 三十六の世界を渡って、そんな猟兵になるために。

「僕は、帰るよ」

 この覚悟をくれた君のいる、羽休めの宿へ。
 だから【鍵ノ悪魔・月(ユヅキ)】は、鼓動と同じ速さで痛みを訴える脇腹を抱えて立ち上がる。

成功 🔵​🔵​🔴​

真白・時政
カラスくん(f13124)と

がなられたら何を伝えたいのかわンないヨ
言いたいコトがあるナラちゃァンと聞いてもらえるヨーニ喋らないと

帰り道はコッチダヨって教えてくれるヒトがいるだろーカラ
お手伝いダケ、ネ

フフ、カラスくんアリガトォ
ウサギさんの分まで盾になってくれるカラスくんが削れないヨォに
無事でいてネの気持ちも籠めてお祈り
魚雷と本体は隙があればワンチャン狙うケド
一撃狙って回復が途切れたら意味ないカラあくまでも回復優先に

ホントは泣きたいのに泣けないカラ哭いてたのカナ
キット正解を知ってても止められなかったヨ
だってアレにとってぼくらはただの敵だから

ウサギさんサムサムでおてて冷えちゃった
ネ、繋いで一緒に帰ろ


ヤニ・デミトリ
ウサギさん(f26711)と

泣き叫ぶみたいに怒るじゃないスか
そんななりで、あの帽子の少年みたいな匂いさえしそうな
アア…あの白熊は彼と同じなんだろうか

共感できるだけのものを持っていない
置いてこないと確かめられない位スから
だから、できる仕事をしましょうか

破壊力も早さもある
なら俺は引き付けるに徹するっス
先手は泥刃を盾代わりに武器受け
変質した身体は受け身になるっスけど
泥を伸ばした瞬間にタイミングを読み合わせれば
離れた魚雷だろうとあんたへの反撃に変えます
見切りますよ
目が三つもあるんだから

あんまりないてるから、止め方が解れば良かったんスけど
…姿を真似出来ても心までは理解できないスからね

尻尾だけ伸ばしておく



●降りしきる影に光を埋めて

「アーララー。こんなにがなられたら何伝えないのかわかンないヨネ?」

 オーロラの向こうから聞こえる咆哮に真白・時政(マーチ・ヘア・f26711)は動じない。
 いや、事実そこに込められた想いなどただのウサギには分からないのだ。
 だから顔を覗き込まれたヤニ・デミトリ(笑う泥・f13124)の方がずっと青い顔をしている。

「……泣き叫ぶみたいに怒るじゃないスか」
「エッ、カラスくん何だか分かったの?」
「いいや、分かんないっスよ」
「エ~……」
「けど、」

 けど、もしかしたら。
 喚いているに似た怒りは、先ほど分かれた帽子の少年をなぜか連想させたから。
 同じなんだろうか。
 帽子の少年と、あの白熊は。
 姿が違うだけで、同じ“  ”を抱えている?

「デモデモ~、言いたいコトあるナラちゃァんと聞いてもらえるヨーニしなきゃじゃない?」
「……もし、それが出来ないときは?」
「その時は、」

 オーロラが割れていく。
 こちらを見下ろす視線が砲塔へと変化する。
 八つ当たりめいた暴力の顕現に、けれど笑みを崩さぬウサギは常通りのはしゃぐ声を上げた。

「コッチが何したって怒られナイよネ!」
「……できる仕事をやれってことっスね」
「ウンウン。ま、ウサギさんはお手伝いダケ、ネ」
「言うと思ったっスよ!」

 ぐちゃり、
      零れて落ちる。

 破壊力も早さもある攻撃は引き付けるモノと心得てヤニは泥の身体を崩す。
 そうすると分かっていたウサギはあくまで泥の影に隠れ、指を祈りの形に折り曲げた。

「ソレジャ、カラスくんよろしくよろしく!」
「気楽に言ってくれるっスねェ……!」

 落ちるミサイルを腕を変形させて受け止める。
 当然飛行する爆発物に比べれば脆弱な泥刃は崩れて落ちて、爆発に吹き散らされて───けれど、地面に落ちたそれは形を残したまま。
 【胡乱なる隕鉄(アモルファス・エニグマティカ)】。
 ヤニ本人さえ詳細を知らぬ物質はあらゆる現象を跳ね返し相手に返す。
 小手調べという言葉を鼻で笑う爆撃の雨を耐えて、耐えて、耐えて、耐える。
 影に隠れたウサギの方には何の被害もないらしく、「おお、」と呑気な感心の声。

「お祈りしたげよっか?」
「今されてもウサギさんに反射されるだけっスから待ってくださいっス!」
「あ、そうナノ~? 不便だねェ」

 とはいえ向こうの雨だって永遠ではない。
 途切れた瞬間に変質解除。隠れていた影がどろりと落ちたから、心得て時政は笑う声を張る。
 
「カラスくん、元気にナ~レ!」

 不意に空が明るくなった。
 降り注ぐのは極夜に非ざる陽光。
 偽善者の願いは忠実にひねくれて、だからこそ真摯だ。
 光は泥を温めて、千切れた幾筋もを本体へと集めていく。
 だが、この領域が本来夜である以上輝きは遠目からでもよく目立つ。

「そこに、」

 氷が割れた。
 顔を出したのはつぶらな瞳を瞬かせる白い魚雷。

「居やがるなクソがァァッッッッッ!!」

 咆哮と共に加速した魚雷。その後ろから氷海を滑ってくる機械の白熊は間違いなくポーラーだ。
 まっすぐこちらへ向かってくるそれらにウサギは泥の影へと飛び込み、カラスは魚雷を睨み据える。

「カラスくん!」
「分かってる───ッ、あ゛ッ!!」

 伸ばす。
 変質───反射。

「ッ!?」

 黒泥から白熊へ、アザラシの目指す先が反転する。
 そうするための機能があって、あとは合わせるだけだった。
 目が三つもあるんだから、見切れなければ嘘だ。

「デ、これはオ・マ・ケ」

 その驚愕を隙と見取って偽善者の願いは反転する。
 光は偏在し、よって何処からでも溢れ得る。
 現れ出でた虹彩はポーラーの装甲を内側から引き裂いた。

「い、ぎ、あああああああああッッッ!!」

 痛がるような、その哭く声に共感できるものを持っていない。
 自分の大事なものだって置いてこなければ確かめられない黒泥だ。
 魚雷の衝突と共に白亜の巨体は煙を吹きながら氷海へと沈んでいく。それを見やるヤニに、とことこと近づいた時政も同じ海を見た。

「アノ子」
「はい?」
「ホントは泣きたいのに泣けないカラ哭いてたのカナ」
「さぁ。……姿を真似出来ても心までは理解できないスからね」
「ウン、ウサギさんもワカンナイ。けど、キット正解を知ってても止められなかったヨ」
「……?」

 訝し気に視線を向けるカラスに向けて、ウサギは真意を読ませぬ笑みのまま。

「だってアレにとってぼくらはただの敵だから」
「…………」

 それが真実だとして、果たしてどれだけの慰めだろう。
 過去に手を伸ばせない当然を、受け取るには不定形の“  ”が軋む。
 それを知ってか知らずか、何もなかったようにウサギはわらうのだ。

「ウサギさんサムサムでおてて冷えちゃった」
「………………」

 ヤニが伸ばした屑鉄の尾は極夜の寒さですっかり冷たくなっていて。
 けれど、時政は躊躇わずそれを握った。

「一緒に帰ろ、カラスくん」
「……ああ」

 まだ自分達は帰れるのだと。
 それだけは、たぶん、僅かな慰めだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

花剣・耀子
嗚呼。そう。そうね。
……きみは、帰れなかったの。

どうせなら見晴らしの良いところへ行きましょう。
此方を真っ直ぐ狙ってくれるなら、話は早い。

――機械剣《クサナギ》、全機能制限解除。

此方を狙う攻撃は咄嗟に斬り祓って、
その勢いを受け流すのに合わせてウェポンエンジンのトリガーを引きましょう。
起動を逆しまに辿るよう、加速を重ねて踏み込むわ。

迷子は嫌いになれないのよ。
その場をうごいてはいけません、なんて言われたって。
帰りたかったのだものね。仕方のないことだわ。

……あたしでは、おまえに正しいかえりみちを教えてあげることはできないの。
向かってくるなら斬り捨てるだけよ。

――でも。きみの迎えは、来ているのかしら。



●彷徨い悩んだ路地の先

 ほう、と吐いた息は白く膨らんで拡散していく。
 なんとなしにそれを追いかけて、見上げた空はオーロラの彩り。
 けれどそのうつくしさは彼女のこころを決して宥めてはくれない。

「きみは、」

 広いグラウンドだった場所の中央。
 すでに氷海と塗り替えられた地を踏んで、花剣・耀子(Tempest・f12822)は届かぬ声を囁いた。

「……帰れなかったのね」

 ひとを怪物に変じてしまうUDC……そんなもの、職員をしていればいくらでも触れ得ることがある。
 彼はきっと、最初は被害者だったのだろう。
 でなければ、彼はああも哀しげに怪物の叫びをあげない。
 それに反してオーロラから落ちてくるミサイルは鋭く、耀子を真っ直ぐに狙ってくる。
 お手本のような飽和爆撃。
 確実に命を奪わんとしてくる兵器に、そのままだったら飲み込まれてしまうだろうけれど。

「───機械剣《クサナギ》、全機能制限解除」

 リミットリリース。
 敵がそう来るならこちらも応じるまでのこと。
 己を狙うすべてを迷いなく斬り祓う。当たり得ぬと見逃した爆発が地面を揺らす。氷海の大地が割れ砕け、足下にまで罅を入れる。
 海の雫を足に感じて、落ちる前に走り出す。
 ミサイルの勢いを流したから、その反対───ミサイルが来た方向は分かっている。
 恐らくそちらにいるだろう。
 けれど、待ってもいないだろう。
 巨体を生かして歩幅を稼ぎ、機械の回転率で使えば出せる速度はひとを上回る。極夜の向こうから真白い機体が近づいて来るのが見て取れる。

「どけよクソ……邪魔をすんじゃねぇェェェェェエエエエエエエエ!!!!」
「ええ、あなたにとっては邪魔ね。……悪いけど」

 その場を動いてはいけません、なんて言われたって。
 迷子の子供がどれだけ冷静な判断ができるだろう。
 帰りたいから。
 どうしたって、かえりたいから。
 ……動いてしまって、本当に迷ってしまって、さらに困って泣いてしまう。
 だから迷子は嫌いになれないのだと嘆息をひとつ。

「あたしでは、おまえに正しいかえりみちを教えてあげられない」

 向かってくるものに手を差し伸べるような、やさしい還し方なんて知らないから。
 《花剣》は、ただ、切り捨てるだけ。

「きみの迎えを、見逃さないで」

 殴りつける腕を掻い潜って。
 すれ違いざま胴を薙ぐ。
 その手応えは未知の、非常に丈夫な装甲で……ひとの、こどものものではないくせに。
 痛々しい悲鳴ばかりが、こどものそれと耳を劈く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ

なんで、どうして――
あぁ、その言葉……
あなたも諦めたくない人なんですね

存在感を消して闇に紛れても察知されそうか
なら先制は譲ります
自身にオーラの防壁を張り
砲撃は炎と雷の属性攻撃で迎撃
拳は呪瘡包帯で捕縛
機械みたいなその躰に霊障でグレムリン効果を起こす

"破壊衝動(ジャガーノート)"には劣りますが
私も化物――"影人間(シャドーピープル)"だ
あなたのように帰り道を失って
ただ瞋恚や破壊を撒き散らす存在になっても可笑しくはなかった……

でも私には
帰り道を作ってくれた人が居る
新しい帰り道を作ってあげたい子が居る……
行こう、コローロ
極夜だっていつかは明けるものだ

……その先に、あなたの新しい帰り道があったら良いな



●影の背に光ありて

「あ……その、言葉、あぁ……」

 だって、分かるのだ。
 それはいつかの過去、自分が叫んだ言葉だったから。
 そうあることを認めたくなくて、なってしまったことには変わりないのに、その変質を受け入れられない。
 だから、かつてヒトであった怪物は「何故」という怒りを殺意に変える。

「……あなたも、諦めたくない人なんですね」

 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)はこの瞬間。
 ジャガーノート・ポーラーを無条件の敵として認められなくなった。
 彼は少しだけズレた道を歩んだかもしれない自分だった。
 化物になった自分を認められなくて、瞋恚や破壊しか齎さない“破壊衝動(ジャガーノート)”になってしまう可能性は、スキアファールにだってあった。
 だから。

「行こう、コローロ」

 “破壊衝動(ジャガーノート)”ではない“影人間(シャドーピープル)”は。
 瞬く光をひとつ連れて、オーロラから降るミサイルへと向き直る。
 夜が生み出す影が、“ひかり”によって落ちた影が、次々聳え立ち重なり合い、中央に立つ影人間を包んで守る。
 着弾。
 衝撃。

「っ……!」

 いくら防御を張ったとはいえ、それだけですべてを防ぎきれるほど“化物”は甘くない。
 引き千切れた影の合間から侵入してきた熱風が、破片が、肌を焼いて傷つける。
 思わず歪む表情筋をそのままに、影を組み替える。
 揺れるそれは炎と雷。平坦な影でしかないそれへ、彼女が色を乗せれば完成だ。
 力強い“ひかり”の瞬きに頷きひとつ。

「行こう」

 炎雷を放つ。
 極夜を切り裂いて走っていくそれを阻んだのは氷塊だ。地を割って作られたそれは瞬く間に溶け消える。
 だから本命はスキアファールの目前三メートル。
 もとは白亜だったことがわかる装甲は罅割れくすみ、けれど唸る声は戦意を隠さない。
 よってスキアファールが引き抜いたのは黒包帯。意志によって伸縮する細布がポーラーを捕らえんと放たれて。

「そんなペラ布一枚でどうにか出来るとッ!!?」
「いいえ、そちらが」
「あ、……ッ!?」

 不自然な膠着、故に捕縛は成立する。
 スキアファールは──影人間はそこに在るだけで奇怪を撒き散らす。正確無比な機械が誤作動を起こすことだって、彼の周囲ではあり得ることだ。
 暴れ、藻掻き、悲鳴を上げるポーラーをスキアファールは見下ろして。

「ごめんなさい」
 
 帰り道があったから。
 帰り道を作ってあげようと思えたから。
 影人間は、破壊衝動へはもう堕ちない。

「でも、極夜だって、いつかは明けるものだ」

 “ひかり”の瞬きひとつ。
 色を操る彼女の力が、空を朝焼けに塗り替えていく。
 薄れゆくオーロラと明るさを増す空を見ながらスキアファールは願う。
 歪んだ鏡の向こう側のあなたにも、どうか、新しい帰り道を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フェルト・フィルファーデン

ふふっ、お久しぶりね?白峯・極人様!……なんて、覚えてないわよね。
ごめんね、あの時のアナタは帰れたかもしれないけれど……アナタはもう、帰れないのよ。
だから、あなたのその怒りを、悲しみを、全てぶつけてかかってきなさい。
アナタの気が済むまで相手してあげる。……ジャガーノート・ポーラー。

初撃は騎士人形の盾で受け即座に押し返し距離を取るわ。
【盾受けxシールドバッシュx早業】
その後即UC発動。
護身剣よ、わたしに力を……!飛んで躱して守って抗って叩き斬る!!
【空中戦xオーラ防御x限界突破x薙ぎ払い】


帰れるのに帰らない人への妬み、羨望、苛立ち……わたしも、少しはわかるから。
最後まで、出来る限り寄り添うわ。


ヴィクティム・ウィンターミュート
──お出ましか
なぁジャガーノート、そんなに帰りたいか
…もう、『現在』には帰れないのにか?

あのオーロラ…『視て』やがるな
空気が乱れてきた。急激なスピードで接近してくる
──いいぜ、年長者が胸を貸してやる
身体機能を【限界突破】し【覚悟】を固めて、ポーラーの接近戦を正面から受ける
そのままガッチリと掴んで、仕込みワイヤーアンカーも刺してホールド
【零距離】だ

理不尽だよなァ こんな結果は嫌だよなァ…
だが、よ…これがどうしようもなく現実だ
『過去』は覆せねぇ
お前も、"アイツ"も…『現在』には向かえない
だからせめて、せめてよ…何も傷つけないで…終わろうや
獣は猛り吠え──冬が訪れる
『そして、全ては魔弾が黙らせた』



●最深層に声を上げ

 空のオーロラが薄れていく。
 極夜の東から曙色が現れ、夜の闇を薄れさせていく。

「夜明け……?」
「どいつかが上手くやったらしいな。だが」
「ええ。手負いの獣は危険だと、よく知ってるわ」

 故にフェルト・フィルファーデン(糸遣いの煌燿戦姫・f01031)は浅葱の剣を構えた。
 彼女はポーラーと一度あいまみえた事がある。
 だからあの怒りを知っている。……少し傷を負った程度で止まるものではないことも。

「だから、行くわ」
「ああ」

 黄金色の翼が空を叩く。
 まだ極圏の気配を残した冷たい空気が容赦なくフェルトを冷やしていく。
 けれど飛ぶ。
 だって知っているのだ。
 帰りたい場所へ帰れない怒りを、悲しみを、絶望を。
 帰り道があるのに辿らない誰かへの妬みを、嫉妬を、苛立ちを。
 帰ることが出来た彼を知っているから、帰れずにいる彼がさらに痛々しいのだと。
 もしかしたらただのワガママで、お節介なのかも知れない。
 それでも、寄り添いたかったから。

「羽虫が騒いでるんじゃねぇよ潰れろッッッッッッ!!!!」
「もちろん、お断りよ!」

 ポーラーの拳を騎士人形の盾で受け流す。───否、本人の力を利用して押し返す。
 弾かれたのが分かったのだろう、僅かにのけ反るバイザーへ、空中で見事なカーテシー。

「お久しぶりね、白峯・極人様!」
「ハァ? 誰だテメェ。羽虫の知り合いに心当たりはねぇんだよ」
「ふふ、それもそうね。けれどアナタも分かっているでしょう?」

───アナタは、もう帰れないんだって。

 その言葉を告げた瞬間、ポーラーの殺意が膨れ上がる。
 分かっていたって突き付けられることは別種の痛みを伴う。
 知っていて、抉った。

「テ、メェ……!」
「だから、アナタの気が済むまで相手してあげるわ」

 黄金が空に線を引く。フェアリーの小柄な体躯で時速九千八百キロメートルも出せば捉えるのは困難を極める。
 だが、小さい以上運が良ければ当たるのだ。
 速度なら機械腕だって負けてはいない。腕の振り、叩きつけ、なぎ払い。両腕の質量と、それが生み出す風。氷塊の弾が空域を蹂躙する。
 吐き出す息が白い。
 寒い。
 感覚のない手でフェルトは浅葱の護身剣を握った。

「お願い、力を貸して。……はああああっ!」

 振り抜く、直線状に黄金が奔る。
 万物切り裂く光の斬撃は一見して彼女の飛翔の軌跡と見分けがつかない。
 ただでさえ超速に対応すべくある程度直感任せでいたから、ポーラーの爪が、装甲が、あまりに軽く宙を舞った。

「っ───コ、イツ……っ!」

 だが、そこまでが限界だ。
 吹きすさぶ強風が体を流す。乱気流に弄ばれる。一瞬、崩れた体勢をポーラーが見逃すはずがない。
 爪が欠けても質量それ自体がフェルトの脅威だ。風切り音を立てて振りかぶり───

「帰れやしないのに、そんなに帰りたいのか」

 鋼の腕が受け止める。
 ヴィクティム・ウィンターミュート(Winter is Reborn・f01172)は、ずっと、介入できる瞬間を待っていた。
 とはいえ元よりパワー系ではないヴィクティムだ。脳のリミッターを外し、コンバットドラッグを突っ込み、幾重もの覚悟を決めて尚体内に軋みが走る。
 それは表に出さなかった。
 ただ冬めいた……それこそ極夜に相応しい静寂を纏って、怪物を真っ直ぐに見据える。
 
「なあ、“ジャガーノート”」

 怪物としての名を呼べば、バイザーめいた画面状の眼部がヴィクティムを睨み据える。
 絶叫めいた咆哮が至近距離からヴィクティムの音声選別フィルターを揺らした。

「当たり前だ!! 俺は帰らなきゃいけないんだ、認めてたまるか……ッ!」
「ああ……まったくその通りだ」

 理不尽を。
 不本意な結果を厭う気持ちはヴィクティムにもよく分かる。
 それでも、ヴィクティムが分かっていてポーラーが知らない……理解しようとしていないのは、ひとつ。

「だが、『過去』は覆せねぇ」

 ポーラーも、“アイツ”も。
 骸の海に一度落ちた以上、『現在』には帰れない。
 今更どれだけ願ったところで望んだ結末は与えられない。

「だからどうしたってんだよ上から野郎!!!」
「だからよ、」

 射撃音が三連。
 軽く乾いた音と共にフェルトが切った傷口へワイヤーアンカーが潜り込む。内部機構へ固定すれば完成するのは完全な零距離。
 誰であっても外さぬ射程へ突き付けたのは、シルバーフレームのハンドガン。

「せめて、せめてよ……何も傷つけないで終わろうや」
「ンなちゃちな武器で何が出来るってんだ!?」
「決まってるだろ」

 猛り吠える獣の手向けと、引き金を引く。

「“Jackpot”さ」

 冬が訪れる。
 そして、全ては魔弾が黙らせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

夕凪・悠那
空中だから攻撃は察知しやすいし
能力はある程度知ってる(『黄金瞳』×第六感×戦闘知識)
自身の周囲とオーロラを隔てる様に適当な背景ホログラムを投影
僅かでも感知を遮った隙に高度を下げる
観測砲撃を無効化すれば残る選択肢は肉弾戦
姿を捉えたら条件達成だ

選択>>記録_2020.XX.XX
送付>>ジャガーノート・ポーラー/白峯・極人
Y/N...Y

あの事件の顛末
ボクが見たそれを記憶データ化
【Direct Gift】で押し付ける
次にキミが顕れたらこうするつもりだった
うん、ただの自己満足
だけど、お母さんの気持ちを知らないまま還るのはなんていうか…
寂しいし、悲しいでしょ

――というか、ボクが後悔したくないんだ
それだけさ


リア・ファル
煌めくオーロラを『イルダーナ』の光粒子と親和させ
一撃の隙を窺う
(情報収集、空中戦、オーラ防御、ジャミング、迷彩)

過去の残滓たるキミは、
以前、ボクと相見えた時のことを覚えていないだろう

その時のキミにも帰り道はなかったけれど
望郷の念を、明日への想いを
告げる相手がいた

その、思い出すハズのない忘れモノ
この極夜へと届けよう
(リミッター解除、運搬)

「ヌァザ、リミット解除! さあ、キミの忘れ物、受け取ってもらおうか!」
輝く『ヌァザ』を構え、一気に接敵し、斬り抜ける!
(操縦、推力移動、切り込み)

UC【暁光の魔剣】!

ヒガンの怪物よ、極夜を越え、告げた悲願を思い出せ!



●そして“ヒガン”に辿り着け

 ジャガーノート・ポーラーは、過去に一度出現を観測されたことがある。
 ありとあらゆる記録から抹消されたその事情の中で、猟兵達の記憶にしか残っていないことがひとつ。
 ジャガーノート・ポーラーは、過去に一度、その悲願を叶えている。

 それは、遠いヒガンの話。
 過去の怪物である以上、今とは交わる筈のない別の過去の話だ。

「でもさ、」

 その過去で結末を見届けた夕凪・悠那(電脳魔・f08384)は今、己の周囲に浮かんだホロウィンドウを操作する。
 悠那の脳内には電脳魔術の術式が常駐している。よって己の記憶を複製・加工するのはたやすい作業だ。圧縮指示を出しながら明けゆく空を見上げる。
 東の空は明るく、オーロラは薄れ……極夜が終わっていく。
 けれど、まだ時間はある。
 ARキーボードを叩く速度を速めて、けれど焦らずに。

「“キミ”だって白峯・極人なんだ。お母さんの気持ちを知らないまま還るのは……」
「悲しい?」
「うん。それに、寂しいでしょ」
「そうだね」

 頷くリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)も、あの日彼の叫びを受け止めたひとりだ。
 かつてヒトであった怪物が、そんな己をどれだけ厭うて怒っていたか。
 踏んだ氷海はかつてと同じ感触だ。余計に胸が締め付けられて、だからこそリアは微笑を作った。

「忘れモノは持ち主に届けてあげないと」
「そうしないと帰れないから?」
「ううん。そういうモノを告げる相手がいたことくらいは思い出してほしいからさ」

 たとえそのすべてを思い出したって、彼がオブリビオンであることに変わりない。
 帰りたいと願って、帰れないでいる場所に帰れはしないだろう。
 それでも、きっと。
 思い出すだけでも、何か変わることがあれば……と。

「そういうキミは?」
「ボクのは、ただの自己満足」

 理由は違えど母の元へは帰れない共感かもしれないし。
 かつての自分との変質と乖離に対するそれかもしれない。
 けれど、やっぱり一番大きいのは自己満足。
 たとえ叶わなかったとしても、「そうはならなかった」世界に抵抗したい。

「後悔したくないからさ」

 『停滞』と『鎮静』の冬に凍り付いたポーラーは、けれど少しずつ動き始めている。
 己の周囲を氷海に塗り替えて、沈んで滑り出そうとする行為に全力を傾けている。
 だから今なら攻撃はない。
 この一瞬なら、記憶送付も、現実改変も、手が届く。
 明けぬ夜の向こうへ辿り着けるから。

「ヌァザ、リミット解除! 二秒で届けるよ、任せて!」

 煌めく銀剣を暁光が縁取る。
 同時に実体化させた『イルダーナ』をイグニッション。宇宙を翔けるエンジンが即座に最高速度を発揮する。
 狙いは一撃離脱。
 静音とはいえエンジン音に気付いたポーラーの動きが一瞬止まって、けれどさっき以上に激しく悶え出す。
 それは未知の敵手を相手取る時の警戒だ。……やはり、“ヒガン”の記録はないのだろう。
 だからこそ、届けるしかない。

「来るんじゃねぇよクソッタレがああああああああああああ!!!!!!」
「ヒガンの怪物よ、」

 銀剣が輝きを増す。
 バイクも必死で唸りを上げる。
 それは、ただ、迷子の子供に忘れモノを届けるために。

「極夜を越え、告げた悲願を思い出せ!」

 斬ッ───!!
 銀閃ひらめき装甲を穿つ。
 着弾時間を誤魔化された停滞の起源が縛り付ける力を増す。修復を許さぬ間、傷はある種のセキュリティーホールと化した。

「“ヒガン”から“極夜”へ。───受取拒否はさせないよ」

 銀閃のマーキングへ向けて、悠那は人差し指を弾く。


 選択>>記録_2020.02.09
 送付>>ジャガーノート・ポーラー/白峯・極人
 Y/N...Y

 【Direct Gift】 Sending now......
 ......Complete!


「キミのモノなんだから、ね」

 ───解凍開始。


『大丈夫。心配しなくていいの』
「、あ゛」

 痙攣するようにポーラーの動きが止まった。
 当然だろう。その『記憶』は、怒り狂う程切望し燃える程絶望し、それでもなお帰れない母親の“新しい”姿だ。
 知るより少し萎れて老けて、でも変わらないやさしい目で、怪物と化した自分をみる。
 そんな、知らない『記憶』。

『……極人は母さんに世界一優しいから、ずっと心配してくれてたけど』

 わらっている。
 おれの知るままに。
 だからぱきんと、入った剣閃から白熊の身体がひび割れていく。
 帰れない子供にとって一番の悲願はそこへ帰ることだ。
 それを叶えた記憶は、ポーラーを還す何よりのワクチンとして白熊の機体を剥がしていく。

『……かあさん、極人が思ってるよりも蠑キ縺?s縺?縺九i縲ゅ??』

 ───だと、いうのに。
 カチリ、コチリと。
 悍ましい歯車の音が響いて、捻じ曲がる。

「──────が、ぎッ」

 憎い。
 腹立たしい。
 殺したい。
 壊したい。

 白峯・極人の本当の願いが叶わないからこその憤怒と憎悪が、彼を殺戮と破壊のジャガーノートへ塗り潰していく。

「!?」
「これ……!」

 歯車の音が響く度、罅の入った装甲がめきめきと音を立てながら禍々しく膨れていく。
 人間大のサイズから倍、さらに倍、倍と膨れて見上げる程の大きさへ。
 捻れた傷口から蒼光をバチバチと瞬かせながら周囲を氷海へと塗り潰す。
 見覚えがあるかもしれない。かつて“ヒガン”にて、多くの猟兵から攻撃を受け続けたポーラーが変質進化した巨体。
 送付された『記憶』から悪意が抽出した形態。
 “氷岩の怪物”。

「ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ―――――ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! !」

 捻れた怪物の腕が一斉に火を噴いて、砲弾が明けの空を横切った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

メイジー・ブランシェット


あれ……?私、どうして地面に……?

痛っ

痛みと同時に思い出すのは黄昏の終わりと極夜からの暴力

焦燥と喪失感、諦観で呆然としていた私を、空から来たそれが叩き落としたのだ

足に力は入らない

何をやっているんだろう……?
強くなるって思って来たのに、何もしないでフラフラして

でも何が出来る?
このまま何もしないでいた方がいいんじゃない?


契約の指輪が光り、優しい風と共に癒やしてくれて、思い出す

頑張ろうって気持ちと、帰り道を


【Cat Block NAVIgation】
攻撃を防ぎながらポーラーの元へ


ジャク
私を守ってくれた、私の家族

ごめんね
痛い思いさせちゃって

でも、お願い

私の代わりに、あの場所にいる人を守って『かばう』



●夜を終わらせる君へ

 ふと、メイジー・ブランシェット(演者・f08022)が気が付くと。
 世界が横倒しになっていた。

「……あ、れ……?」

 意識が鮮明になってくるたびに気付く。
 ここは冷たい地面で、自分は寝ていたみたいで、横向きなのは世界じゃなくて自分の方で。
 じゃあ、なんで寝ていたんだっけ?

「痛っ、…………!」

 起き上がった瞬間、全身に痛みが走った。
 それがまだ怠さが残っていた体の芯を叩いて現実へと引き戻す。

 そう。
 自分は、黒豹を追いかけてソラを蹴った。そちらへ向かってしまった。
 なのに曲がり角の向こうには誰もいなかった。偽物だったから。
 気付いて、引き返した時には少年も見つからなくて、黄昏はどんどん終わっていって。
 あわてて、困って、けれどそれ以上なにも出来ずに竦んでいた“ジャガーノート・メイジー”は。

「わ、わた…………わた、し……………………」

 ───ジャガーノート・ポーラーのミサイルに叩き落とされた。

 だからメイジーはジャガーノートを纏えていない。
 だからメイジーは怪我をしている。
 だから、足が動かない。

「何をやってるの……?」

 強くなるって決めたのに、何もしないでこんなところにいて。
 見てはいけない夢に騙されて、フラフラして。
 その結果がこれだ。
 強くなったつもりで、弱いままの自分がここに蹲ったままでいる。

「……だったら、」

 いっそ、と。
 弱気の虫が顔を出す。
 このまま蹲っていようって。何もしないで夜が明けるのを待っていようって。
 その方がずっといいって。
 ……思った頬を、清らかな風が撫でた。

「サナ、さん……?」

 彼女の名を呼んでも、彼女はそこにいない。
 当たり前だ。この現場には自分一人で来たのだから。
 ただ、契約のプラチナリングが淡い光を灯している。優しい風が吹いてメイジーの怪我を癒してくれる。
 涙を拭われているみたい、なんて連想に思わず笑ってしまった。

「わた、し、は」

 弱いままでいたくなくて。
 強くならなきゃいけなくて。
 変わりたいから頑張ろうって。
 荒くなる息を優しい風が整えていく。痛みが治まっていく。そうやって背中を押してくれるリングを嵌めた手を、強く握り締めた。
 まだ立てないけど。
 あの白熊は怖いけれど。
 それでも、自分にできることを。

「ジャク」
『Meow.』
「痛い思いさせちゃったね。ごめんね……」

 呼び出したのは家族の黒猫。一度強く抱きしめて、それからすぐに地面へ放つ。
 黒猫は数度瞬いて、けれどすぐメイジーの願いに従って走り出した。
 だって、自分はあそこへは行けない。
 頑張っている人の邪魔になってしまうから。
 けれど彼に力を貸したいから。

「お願い、ジャク」

 その手が夜明けに届くように。
 あの場所にいる人を、どうか守って。

成功 🔵​🔵​🔴​

ジャガーノート・ジャック
◆メメと

お前との喧嘩にケリを付けにきた、白峯
全力で来い

(その怒りも戦い方も全部覚えてる
学習力と戦闘知識で先読みしメメを抱き連れ回避しながら
お前にも"離れ難い人が居た"という事を思う)

「そうならなかった」過去は変え様がない
お前も僕もあの頃には戻れない

けど
先へと続く道の選択は自由で
そして僕は「そうならなかった」なんて後悔はもうしたくない

だからこれは僕の自己満足の為の一撃だ

(過去の姿になったお前の核を
「白峯」と「ポーラー」を結ぶ因果ごと魔弾で穿ち砕き書換える

帰りたいと願うお前の心や魂くらいは
イエ
棲家に帰してやれればいい【浄化×狙撃】)
じゃあな、"ごっちん"

僕らも帰ろう、メメ

――有難う
一緒にいてくれて


ミコトメモリ・メイクメモリア
◆レン(f02381)と
もしキミの友達と会うことがあったなら、ボクが、力になれるんじゃないかと思ってたんだ。
防御はレンに任せる……宇宙船のときみたいに行こう! 抱きかかえてもらう!

あの頃には戻れなくても
キミ達はここに居る
なら、試す価値はあるさ、たとえどれだけ変じても、違えても
ボクは記憶の国のお姫様だぜ――――過去の一つぐらい、取り戻してみせる。
《かつてを想う記憶の欠片》……これをトリガー・オブ・メモリアに装填して叩き込む。
「かつてジャガーノートになる前」の彼の記憶を引きずり出す!

……おつかれ、レン。
大丈夫、隣に居るよ。
今日のキミを、ヒトリになんてしないさ。



 「そうはならなかった」。
 助けたかった友達は、自分を助けて星と消えた。
 世に放たれたジャガーノート達を、かつて級友だったジャガーノート・イーグル───鷲野・翔も殺した。
 彼らを助ける手段は、なかった。

 世界はいつだって「そうはならなかった」ことばかりで。
 正解を選んだはずなのに間違っていたことを突き付けられることだってある。
 それはとても曖昧で、不確かで、ふらつくもので。
 だから置くべき基準はいつだって自分の心の中にあった。
 ……考えてみれば最初からそうだった。
 ただ、自分が後悔しないために。

 だから、“僕”はこれから。
 ただ自己満足の為にお前を撃とう、白峯。


 ───オーヴァ。



●斯くて「こうなった」世界より



「ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ア゛ ―――――ッ ッ ッ ッ ッ ! ! ! !」

 吠え猛るジャガーノート・ポーラーはもう元の面影をほとんど残していない。
 見上げるほどの巨体と化した白熊は他の猟兵達がつけた傷から蒼白の光を迸らせ、氷海を生み出しながら弾切れを知らぬとばかりに砲を撃ち放つ。
 それを形容する言葉はひとつ。
 “氷岩の怪物”だ。

「……凄まじいな」

 いつもと同じノイズを伴って、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)の落とした呟きは正直だ。
 あの日のことは一度だって忘れたことはない。怪物と化け物と人でなしによる三すくみの狂宴の中にあった彼の戦い方を覚えている。
 怒りのままに揮われる暴力は立ち塞がる何もかもを叩き潰す。
 小さな黒猫のブロックが僅かな障害を積み上げているが、長くは持たないのは火を見るよりも明らかだ。
 裏を返せば、少しの時間なら稼げる。
 その僅かな時間を少しでも有効に使おうと、ミコトメモリ・メイクメモリア(メメントメモリ・f00040)は圧倒的暴力を見やる。

「彼も……キミの友達?」
「ああ」

 何も知らず相対したイーグルの時ならいざ知らず。
 今のミコトメモリはジャガーノートシリーズの真実を知っている。
 己の邪魔になる何もかもを叩き潰さんと暴れ狂う怪物が……ただの子供だと。

「例の件は可能そうか?」
「勿論。ボクを誰だと思ってるんだい?」
「……僕の大切なひと」
「っ、……今そういうことを言わない!」

 だからこそ。
 ミコトメモリだから打てる一手の腹案があって、それが可能だと確信できた。
 だったら、あとは実行するだけだ。

「なら、なるべくしっかりとしがみつくことを推奨する」
「ああ、そうだね。振り落とされないように努力しよう」

 いつかと同じ台詞を口にしてジャックは氷海へ片膝をつく。僅かに頭を垂れて示す騎士の礼は板についただろうか。
 だからミコトメモリもカーテシーを返してジャックの鎧に手を回す。
 バーニアが火を噴いた瞬間、最後の黒猫ブロックが弾けるように壊れていった。
 ちら、とそれを見て。それを贈った相手を思い出して、けれど今は何も言わずに空を蹴る。
 砲への手応えが無くなったことに気付いたか、捻じ曲がったバイザーが黒豹をついに捉えた。

「シィィィィィィィィィィィズゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥカァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!」
「その名で呼ぶなと言った筈だ、白峯」

 ロックオンもカウントダウンも、そんな悠長な真似はしない。
 ただその体から突き出した無数を撃てばどれかは当たる。そう企図した乱舞と、見て取れた。

「ケリをつけよう。───全力で来い」
「ア゛ ア゛ ア゛ ─────────!!!!!!!!!」

 だから翼が空を打つ。
 飛行は“彼”の方が速かった。その経験値を蓄えたジャックの速度が雨霰のミサイルを振り切る。
 何度撃とうとその破片のひとつすらジャックには掠らない。
 だって、覚えている。
 規模は増し、威力も上がっているけれど。
 むしろ狂乱の分攻撃は真っ直ぐだ。
 付け加えれば、“三人目”もいない。
 あれ以来幾つもの戦場を越えてきたからこそ、根本はあの頃と変わらない攻撃は避けられる。
 そして回避に徹するのは時間稼ぎ。
 近づかれてミコトメモリを攻撃させるわけにはいかないし、何より彼女こそが切り札だ。

「例えどれだけ変じてようが、違えてようが、……戻れなかろうが。キミ達は今、ここに居る」

 その小さな掌に乗った結晶は透明度の低い乳白色。
 塩の結晶か、あるいはスノークォーツと見えるそれは【《かつてを想う記憶の欠片》】。
 触れたモノの時を巻き戻す、ひとつの記憶。

      メイクメモリア
「ボクは、記憶の国のお姫様だぜ───」

 それを専用の銃……トリガー・オブ・メモリアへ叩きつけるように装填。
 上がる撃鉄の音を契機にジャックも反転、ポーラーへ近づく軌道で翔けていく。拒絶だろう、火器の攻撃が苛烈を増すがミコトメモリにはひとつも掠らない。
 銃口はポーラーに狙い定めて、ぶれることなく。

「過去の一つくらい取り戻してみせる!」

 すれ違う。
 瞬間に、
 撃った。

「さあ、思い出せよキミ! 『ジャガーノート』になる前のキミは、確かに居たんだから……!!」
「ア゛、」

 着弾点から罅が入る。
 パキパキと、その暴威に比してあまりにあっさり装甲が剥がれていく。
 “氷岩の怪物”がそうであった過去を忘れていく。
 無数の砲塔が落ちて、多すぎたミサイルが砕けて、真白い装甲が現れて、いつかの記憶が正しく再生される。

『……かあさん、極人が思ってるよりも強いんだから。ね?』
「────ぁあ」

 思い、出した。
 “ヒガン”から“極夜”へ、忘れモノは届けられた。
 だから白熊の装甲の崩壊は加速していく。その悲願さえ叶えば、ポーラーを此岸に縛り付けるものは何もない。
 もう幾ばくもなく、彼は還るだろう。

「帰れよ」
「────ア゛?」

 だから、ジャックは言った。
 こちらを向いたポーラーは、装甲の違いで一瞬気付かなかったのだろう。だがノイズ交じりの声は変わらないから、消えゆく最中のポーラーの肩に力が入る。

「ハナっからテメェが大人しくしてりゃあ良かったんだよシズカちゃんよォ!」
「だが、『そうはならなかった』。お前も僕も、その過去は変えられない」
「…………」
「だから」

 魔弾生成。
 因果律を操るUDC『ラプラスの魔』のデータを参照したからこそできた、この弾丸は。

「“僕”はこれから。ただ自己満足の為にお前を撃とう、白峯」
                 イエ
 ありとあらゆる因果を穿ち崩して、棲家へと還す電子魔弾。
 【-Re:PLACE-】。

「僕の我儘で、お前を帰す」
「…………」

 その沈黙は、果たして何を企図していたのか。
 あるいは何かを言おうとして言えなかったのか。
 それでも彼の肩から力が抜けたことは事実で、還り逝く白に回避も防御もないと分かったから。

「じゃあな、“ごっちん”」
「ハッ───あばよ、“零井戸”」

 Fire。
 発砲音はなく、着弾音もなく。
 だからその最期の言葉は二人の耳へとはっきり届く。

「テメェなんざ、大嫌いだよ」

 かつてジャガーノート・ポーラーと呼ばれた。
 ただの白峯・極人という少年は、朝焼けの光へ消えていった。

「……おつかれ、レン」
「ああ……」

 空を極夜と染め上げて、地を氷海へと塗り替えていた彼が消えたから。
 夜が終わっていく。
 朝が始まる。
 東の空から太陽が昇るのは、いつだって新しい日の始まりを示す。

「僕らも帰ろう、メメ」

 そう言いながら、ジャックは変身を解除しようとせず。
 ノイズ交じりの声がそれとは違う理由で震えていたから、ミコトメモリは寄り添った。

「大丈夫、隣に居るよ」
「……ありがとう。一緒にいてくれて」
「どういたしまして。今日のキミをヒトリになんてしないさ」

 そして極夜を越えた先。
 新しい明日で最初の挨拶を。

「お帰り、レン」
「ああ。……おはよう、メメ」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2021年02月09日
宿敵 『ジャガーノート・ポーラー』 を撃破!


挿絵イラスト