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迷宮災厄戦⑱-2〜どうして海はしょっぱいの?

#アリスラビリンス #戦争 #迷宮災厄戦 #オブリビオン・フォーミュラ #オウガ・オリジン

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●みんなの涙が集まってできたから
 アリスラビリンスのオブリビオン・フォーミュラ、オウガ・オリジン。現実改変ユーベルコードによって様々な不思議の国を創り出す彼女との決戦の時が来た。
 グリモアベースの一室で、神楽火・遥瑠(テンペストナイト・f02078)は集まった猟兵達を見回して、一度頷いた。
「それじゃ、オウガ・オリジンのところにみんなを転送するの! 行く先は『涙の海の国』なの。ここにはみんなに悲しい思い出を思い出させる海があって、オウガ・オリジンはその海の中にいるの」
 多量の海水に阻まれるため、海の外から攻撃しようとしてもオウガ・オリジンには届かない。猟兵達は触れるだけで涙を誘い、記憶を呼び覚ます海の中で戦うことを強いられるのだ。
「普通の海みたいに溺れたりはしないのと、オウガ・オリジンが絶対先制攻撃をしてくるってわけじゃないことは安心できるポイントだけど、油断は禁物なの」
 悲嘆に溺れていく心を奮い立たせ、あるいは歯を食いしばって涙を堪え、なおかつその状態でオウガ・オリジンと戦わなけれればならない。
「自分の悲しみとオウガ・オリジンの両方といっぺんに戦うわけだから大変だと思うけど……みんなならどっちにも勝てるってボクは信じてるよ!」
 悲しみは海ではないから飲み干すことができる。そう言ったのは誰だったか。その言葉のように、自分の身に起こった悲劇に再び襲われても砕けない闘志が必要だ。その心を支えるものを思い返すというのも有効な対策のひとつになるだろう。
「オウガ・オリジンはこの海の中でも平気みたいなの。なんでかっていうと、悲しい記憶を思い出しても悲しくならないくらい心が冷たくなってるからなの。自分で『はじまりのアリス』って言ってるのがホントなら元々はそうじゃなかったと思うんだけど……そこは今気にしてもどうしようもないの!」
 今回の戦いの目的はオウガ・オリジンの真実を暴くことではない。過去を過去のまま、骸の海へと送り返すことだ。遥瑠は笑顔を浮かべ猟兵達を見て、再び頷く。
「準備はオーケー? それじゃ、出発なの!」


中村一梟
 猟兵の皆様ごきげんよう、中村一梟でございます。
 アリスラビリンスにおける戦争の一場面、オウガ・フォーミュラと戦うシナリオをお届けいたします。
 このシナリオは1章のみで構成され、また特殊なギミックがあります。

●ギミック
 このシナリオでは、強制的に「悲しい記憶」を思い出させる涙の海の中で戦うことになりますが、水中戦への備えは必要ではありません。
 また「過去の悲しみを克服しつつ戦う」プレイングにはボーナスが与えられます。
「記憶の描写→克服→指定されたユーベルコードを発動」という流れを基礎として用意してありますので、悲しい記憶がどんなもので、それをどう乗り越えるかという点に文字数を費やしていただいても構いません。

 それでは、今回も皆様と良い物語を作れることを楽しみにしております。
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第1章 ボス戦 『『オウガ・オリジン』と嘆きの海』

POW   :    嘆きの海の魚達
命中した【魚型オウガ】の【牙】が【無数の毒針】に変形し、対象に突き刺さって抜けなくなる。
SPD   :    満たされざる無理難題
対象への質問と共に、【砕けた鏡】から【『鏡の国の女王』】を召喚する。満足な答えを得るまで、『鏡の国の女王』は対象を【拷問具】で攻撃する。
WIZ   :    アリスのラビリンス
戦場全体に、【不思議の国】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。

イラスト:飴茶屋

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

鈴木・志乃
故郷が燃えている。貧しく古びた街。それでもダークセイヴァーにしてはまだ、飢えの無い土地。
街の人は皆倒れてる。唯一一緒に親友が逃げて、逃げて……あの馬鹿は、私の為にわざと囮になった。私の為に皆死んでいった。

猟兵ならよくある話だ。
それでもまた考えてしまう。私一人存在しなければ、被害はもっと少なかったんじゃないかって。

UC発動
それで人生投げやりになってた私を、幽霊になった親友が引き留めてくれたんだよね。

まったく、ヤになっちゃうな。死んでからも心配かけてるなんて。分かったよ、すぐ立ち直りますから。小突かないで!いだい!!

いつか全ての世界を幸福にするために、私達は立ち止まらない。
全力魔法なぎ払い攻撃



 オウガ・オリジンに挑むべく涙の海に飛びこんだ鈴木・志乃(ブラック・f12101)は、灼熱に包まれた。
 いや、これは本物の炎ではない。志乃の記憶に刻まれたあの日の記憶――彼女の故郷を世界から消し去った忌まわしい炎の記憶だ。
 永遠の夜に閉ざされたあの世界。決して豊かではなく建物も古びていたものの、餓えや乾きで誰かが死ぬことはなかった。
 けれども、それがいけなかったのかもしれない。あの日、突然吸血鬼の軍勢が街を襲い――皆死んだ。
 生き残ったのは志乃と親友の二人だけ。一面の朱に染まる故郷を背に、二人は逃げ出して――逃げて、逃げて、逃げて。
 逃げ延びたのは志乃ひとりだけ。親友は逃亡の最中に死んだ。志乃を逃がすための囮になって。悪鬼共に追いつかれて――。
「……あの馬鹿」
 どんなに怖かっただろう。どんなに痛く苦しんだだろう。逃げ延びて生き延びた志乃には、それを想像することしかできない。
 そして、想像の果てに志乃は想うのだ。自分さえいなければ。彼女が囮になろうとする前に自分が己の身を差し出していたら。一緒に逃げようと言う彼女の手を振り払いひとりで逃がしていたら。ヴァンパイアが現れた時真っ先に投降していたら。あの街に自分が存在していなければ――。
 涙が溢れる。それは零れて落ちることなく涙の海に混じり、その海水の一部となる。
 海に涙を吸い取られる度に、志乃の心から何かが減っていく。悲しみと想像と自己否定が穿った穴から、涙は際限なく溢れ出す。
 何かがなくなっているはずなのに、体は重く。志乃はどんどん涙の海の底へと沈んでいってしまう。けれど、それでいいのかもしれない。からっぽの空き瓶が海水に満たされて沈み、水底の砂の中で眠りにつくように、誰にも知られることなく消えてしまえたら……。
 溢れる涙もそのままに、志乃は瞳を閉じた。

 ぐい、と志乃の手が誰かに引かれた。燃える故郷から逃げ出したあの時と同じように――拾った命を投げやりに消費に緩慢に過ごすだけの日々から連れ出してくれたあの時と同じように。
 志乃は瞼を開けた。相変わらず涙を溢れさせる目で、見定める。
「……まったく、ヤになっちゃうな。死んでからも心配かけてるなんて」
 背に翼を生やした少女が、志乃の右腕を両手で掴んでいる。忘れ得ぬ面影――最後に見た時と同じ姿の親友。実体ではない。死してなお志乃を想う友情が形を成した霊だ。
 彼女は沈んでいこうとする志乃の体を懸命に引っ張り上げ――なかなか浮き上がらない志乃に業を煮やしたのか爪先で志乃の頭を軽く蹴った。
「分かったよ、すぐ立ち直りますから。小突かないで! いだい!!」
 捕まれていない手足を振って、志乃は態勢を立て直す。オラトリオの少女は、それでいいの、とでも言いたげに胸を張って頷いてみせた。
「やれやれ。それじゃ、今日も頼むね、私の親友」
 任せて、とばかりに少女は翼を動かして、志乃を先導するように泳ぎ出す。すいすいと迷いなく進む彼女はオウガ・オリジンのユーベルコードが生み出したと思しき迷路を易々と突破し、オブリビオン・フォーミュラのいるほうへと志乃の背中を押す。
「うん。いつか全ての世界を幸福にするために、私達は立ち止まらない」
 力強く水を掻いて、志乃はオウガ・オリジンへと接近。射程に捉えた瞬間、魔力をこめた右手を薙ぎ払う。
 放出された光の魔力が長大な鞭となって、オウガ・オリジンを打ち据えた。

成功 🔵​🔵​🔴​

数宮・多喜
【アドリブ改変大歓迎】

畜生……チクショウ!
解ってた、分かってたさ!
アタシの今一番の悲しみが何かは!
ダチを……準を、送ったあの海辺を!
なんで、今更再現しやがる……!

もう、もう休ませてやれよ!
アイツは、「帰ってきた」!
そして、「還っていった」んだ!
最期に、少しだけヒトとしての心を取り戻して!

……ああ、そうか。
それを、今ひとたびの逢瀬を望んでるのは、アタシか。
そりゃそうだよな、何も手元に残っちゃいないんだ。
だからアタシはまだ進み続けてるんだよな。
アイツの…準の最後の想いの欠片を探すために。

だから、このぶり返す悲しみはまた骸の海へ還さなきゃな。
あの時と同じ、聖句を唱え。
【黄泉送る檻】を練り上げる……!



 ――波の音が響く。
「畜生……チクショウ!」
 幾重にもこだまする波音の中で、数宮・多喜(撃走サイキックライダー・f03004)が振り下ろした拳はただ虚しく水の中を泳ぐだけ。
 予想はしていた。涙の海へと足を踏み入れた時、自分が何を思い出させられるのかは。

 ――波の音が響く。海の中にも関わらず。
 だが、予想できていたとして、どうすることができただろう?
 涙の海の水に浸されて、多喜は忘れ得ぬあの浜辺の景色を見る。
「解ってた、分かってたさ!」
 涙の海ではない、あの海。誰もいない無人の海。
 そこに友の姿はない。もういないのだ。世界のどこにも。

 ――ただ、波の音が響くだけ。
 去って、帰ってきて、そして還っていった友。最期に少しだけヒトとしての心を取り戻したこの場所に、多喜が送ったこの場所に、もう友の姿はない。
 溢れる涙の熱さに、多喜は気づく。『ここに来ればもう一度準に逢えるかもしれない』と考えていた自分に。
 しかし、涙の海は多喜に友の幻影を垣間見せはしなかった。

 ――ただ、波の音が響くだけ。
 どの世界のどんな場所にも、もう友はいない。幻の中でさえ邂逅することは叶わない。本見・準という名の空白をまざまざと見せつけられて、多喜は絶叫した。
「なんで……!」
 涙の海はその声さえも吸いこんで、多喜の心に無人の海辺を想起させる。
 誰もいない海辺。そこに一人の人間がいたことなど素知らぬ顔で、波は延々と同じリズムを刻み続ける。

 ――変わらず、波の音が響いている。
 人が一人消えたところで、世界は何も変わりはしない。変わることなどない。世界というものは、一人の生死に左右されるほどちっぽけなものではない。
 本見・準という人間の存在は、世界にとって何の意味もない。

 ――波の音が響いている。
 違う、と多喜は叫ぶ。意味がないなんてことあるものか。あいつの死に意味がないなら、アタシが感じているこの痛みは何だ? この悲しみはなんだ?
 存在が過去になっても、思い出まで過去になるわけじゃない!

 ――波の音が途切れる。
「……ああ、そうか。だからアタシはまだ進み続けてるんだよな。アイツの……準の最後の想いの欠片を探すために」
 多喜は拳を握りしめた。その手の中には記憶が――本見・準という人間が確かにいたことを覚えている多喜自身の心がある。
 もう一度拳を振り上げる。友の思い出を未来へと連れていくために、悲しみの幻想に侵食された現在を叩き壊さなければならない。
 掲げた拳から稲妻が迸る。無人の海辺の景色が吹き飛ばされ、『満たされざる無理難題』を発しようとするオウガ・オリジンの姿が露になった。
 何度ぶり返したとしても、何度でも骸の海へ還してやる。決意と共に多喜はあの時と同じ聖句を唱え、拳を振り下ろす。
「ashes to ashes, dust to dust, past to past……収束せよ、サイキネティック・プリズン!」
 純白の光の牙が生まれ、オブリビオン・フォーミュラを貫いた。

成功 🔵​🔵​🔴​

フィランサ・ロセウス
薬の匂いが充満する白くて無機質な部屋
ああ、ここはあの子が拾われてきた『施設』だ
あの子はここで大人達の実験につき合わされて
手術されたり注射を打たれたりお薬を飲まされたりお友達と殺
やめて痛い恐い嫌だ助けて苦しお兄ちゃん頭がぐちゃぐちゃ気持ち悪
嫌だなんでこんな痛やめ恐みんな嫌い嫌い嫌い大嫌い!!
でもね、神様はこう仰るの
「貴女を苦しめる者を愛しなさい」って


――あら?あらあら?
なんだか胸がとっても締め付けられる光景を見た気がするわ!
この気持ち…きっとあなたの事が“嫌い(スキ)”でたまらないのね❤
ちゃんと殺意(おもい)をぶつければ、みんなわかってくれるから…
だから私はこうやって破壊(あい)を振りまくの❤



 これは、いつか、どこかのお話。
 嫌な匂いが充満する白くて無機質な部屋に、彼女は捕らわれていました。
 かわいそうな彼女は、その部屋でたくさんの実験をされました。
 ある日は長い長い手術をされて。
 またある日は何本も注射をされて。
 またある日はお腹いっぱいになるまで無理矢理薬を飲まされて。
 ある日はお友達と殺し合いをさせられて。
 来る日も来る日も、彼女はそこで大人達の実験につき合わされていました。
 そうしていつしか、彼女は壊れてしまいました。

 やめて痛い恐い嫌だ助けて苦しお兄ちゃん頭がぐちゃぐちゃ気持ち悪嫌だなんでこんな痛やめ恐みんな嫌い嫌い嫌い大嫌い!!

 ある日、神様が壊れた彼女に言いました。
「貴女を苦しめる者を愛しなさい」
 わかりました、と壊れた彼女は答えました。
 そうして、壊れた彼女は大人達を好きになろうとがんばりました。
 彼女を手術して壊した大人は、ちぎってあげました。
 彼女に注射をして壊した大人は、穴を空けてあげました。
 彼女にお薬を飲ませて壊した大人は、踏み潰してあげました。
 彼女とお友達を殺し合わせて壊した大人は、引き裂いてあげました。
 そうして、大人達はみんな壊れてしまいました。

「――あら? あらあら?」
 フィランサ・ロセウス(危険な好意・f16445)は目を瞬かせた。
「なんだか胸がとっても締め付けられる光景を見た気がするわ!」
 滲みの晴れた視界に、魚型オウガをけしかけてくるオウガ・オリジンの姿が映る。
「この気持ち……きっとあなたの事が“スキ”でたまらないのね」
 嫌悪に赫々と瞳を燃やして、フィランサは微笑んだ。
「ちゃんと“おもい”をぶつければ、みんなわかってくれるから……」
 フィランサの手が翻り、魚型オウガを掴んだ。溢れる殺意のままに握り潰す。
「だから私はこうやって“あい”を振りまくの」
 巨大注射器を構え、フィランサは水を蹴ってオウガ・オリジンへ突進。水の抵抗をものともしない破壊衝動そのものの動きでオウガ・オリジンを追い詰め、その身に針を突き立てる。
「苦しいのは最初だけ……あなたもきっとハッピーになれるよ」
 激痛と多幸感、そして死をもたらす毒液が注入される。オウガ・オリジンの高い悲鳴が涙の海を震わせる。
 並みのオブリビオンであれば致死の一撃だろうが、オウガ・オリジンは『甘美なる毒(トクシクス・カリターテ)』に耐えた。しかし、注入された毒素はオウガ・オリジンの体に深刻なダメージを与えている。
 涙の海に溺れてしまわなければ、オウガ・オリジンを追い詰めることができるだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

黒影・兵庫
悲しい記憶、あったかな?
クリームコロッケを地面に落としたときは号泣したけど
たぶん違うか
(夕日が沈む砂浜で車いすに座った痩せこけた老人が穏やかな顔をして死んでいる)
なにこれ?誰この人?
(「アタシの昔の相棒よ。死んだ瞬間の場面ね」と頭の中の教導虫が答える)
あぁ...それは、えっと、その、お悔やみ申し上げます
(「大丈夫、今となっちゃ大切な思い出よ」)
しかし俺に大した思い出がないからってせんせーの記憶まで弄ぶとは許せません!
(『限界突破』レベルまで厚くした『オーラ防御』壁で身を護り『衝撃波』を推進力にオウガに突っ込む)
UC【蜂皇怨敵滅殺撃】発動!せんせー!一発ぶちかましてください!
(「あいよ!」)



「悲しい記憶、あったかな?」
 首を傾げる黒影・兵庫(不惑の尖兵・f17150)の足元で、べしょり、と何かが落ちて潰れるような音がした。
「あ。あああああ……」
 クリームコロッケ。きつね色のサクサク衣に、なめらかあつあつのホワイトソース。所々に見える赤い欠片は蟹か海老か。
 本来であれば三位一体となって口の中で幸福をもたらしてくれるはずのそれは、無残にも潰れひしゃげてしまっていた。とてももう食べられそうにない。
 兵庫は膝を着いた。なんという悲劇、なんという不幸だろう。幾百幾千の言葉でも言い尽くせぬ悲しみに涙が溢れて止まらない。
「……俺の……クリームコロッケ……」
 がっくりと項垂れていた兵庫は、ふいに差してきた夕日の赤光に顔を上げた。
「なにこれ?」
 遠く水平線の向こうへ沈んでいく太陽。鮮やかなオレンジ色に染まった空と砂浜、そして寄せては返す穏やかな波頭。車椅子に痩身を預けて、それらの景色を眺めている一人の老人がいる。
 いや、老人は夕暮れの海を見てはいない。波の音も潮風も、もはや彼に何かを感じさせることはない。
「誰この人?」
(アタシの昔の相棒よ。死んだ瞬間の場面ね)
 兵庫の疑問に、頭の中に潜むもの――教導虫が答えを返した。
「あぁ……それは、えっと、その、お悔やみ申し上げます」
(大丈夫、今となっちゃ大切な思い出よ)
 言葉とは裏腹に、その声は悲しみに満ちていた。心身を打ち据える激情としての悲しみではなく、ゆっくりゆっくり時間をかけて蝕んでいく病のような悲しみ。
 兵庫は立ち上がった。両の拳をぐっと握る。途端、夕刻の浜辺の景色と潰れたクリームコロッケは溶けるように消え去った。
「しかし俺に大した思い出がないからってせんせーの記憶まで弄ぶとは許せません!」
 彼の胸にもう悲しみはない。あるのは怒り。大切な存在を傷つけたオウガ・オリジンに対する憤怒だ。
 兵庫の体から莫大なオーラが噴出する。それは一瞬であるが彼の周囲に水のない空間を作り出し、オウガ・オリジンがけしかけてきた魚型オウガを退けるほどの勢いだった。
 頭の中でスクイリアが微笑む気配がした。だが、それを気に留めることもなく兵庫は背後に向けて衝撃波を放ち、その反発を推進力としてオウガ・オリジンに肉薄する。
「せんせー! 一発ぶちかましてください!」
(あいよ!)
 突撃の勢いを乗せた『蜂皇怨敵滅殺撃』がオウガ・オリジンを直撃。水中であるにも関わらず水が波打つのが見えるほどの一撃がオブリビオン・フォーミュラを吹き飛ばした。
「うっひょー! せんせー! かっけー!」
(……ありがとね)

成功 🔵​🔵​🔴​

空桐・清導
海に入った瞬間、浮かび上がったのは何人もの顔。
自分が助けることが出来なかった人の恐怖や絶望の表情。
そして、その中でもとりわけ鮮明な、とある少女の顔。
自分にだけ、小さく助けを求めていたアイツ。
だが、その手を取れなかった過去。
そこから生まれた変わったアイツ。
まるで怨嗟のように何人もの声が、アイツの声が響く。
――タスケテ・・・
だから、俺は流れた涙を拭い、笑ってやる。
「任せな!俺が必ず助けてみせる!!」
助ける奴が泣いてちゃ安心できねえだろ?
過去を受け止め、未来を見据える。
黄金のオーラを纏い、
迫りくる魚はぶちのめしてオウガ・オリジンに突っ込む。
「超必殺!リグレット・バスター!!」
渾身のパンチを打ち込む。



 涙の海に足を踏み入れた瞬間、空桐・清導(ブレイザイン・f28542)の両目から涙が溢れて流れ落ちていく。
 周囲に浮かぶのは人の顔。何人も――恐怖し、苦悶し、絶望し、血を流し痛みに泣き叫ぶ人々の顔、顔顔顔。
 拳を握り、奥歯を噛み締め、しかし清導は彼らから決して目を逸らすことはない。
 自分が助けられなかった人々の顔だから。目を逸らすことなどできない――許されない。たとえ、誰かが赦してくれたとしても。
 オウガ・オリジンの待つ涙の海の深みへと進もうとして――清導の足が止まる。
 たくさんの顔の中で一際はっきりと浮かび上がった少女の顔があった。
(俺にだけ、小さく助けを求めていたアイツ)
 あれからどれだけの時が経っただろう。あの時もっと強ければ、もっと勇気があれば、もっと優しければ――彼女の手を取れたのだろうか。
 わからない。ヒーローとして、猟兵としていくつもの戦いを乗り越えて経験を積んでも、あの時の彼女を救えるような男には――。

 ――タスケテ……。

 少女の青ざめた唇が囁く。何度も、何度も。
 助けを呼ぶ声がする。いつかどこかで聞いたはずの声。その声に今すぐ応えたいと思うのに、体はちっとも動いてくれない。
 正義も優しさも愛も勇気も強さも、全てが涙になってこぼれていくようだ。
 救いを乞う声はいくつもいくつも連なって、怨嗟のような響きを帯びてくる。

 ――ドウシテタスケテクレナカッタノ?

 力のないことが、弱いことが罪になる。
 ヒーローは人々の願いを託すに足る存在、人々の望みを体現する存在でなければならない。そうでなくなったヒーローなど……。
 涙の海に半身を浸した清導の背に、声の残響がのしかかる。祈りと願いと望みは今や重荷、体を蝕む毒にして心を削る呪詛でしかなかった。
「……オレは……俺が……」
 だがそれでも、清導は彼らから目を逸らさない。
 握り締めた拳で涙を拭う。謗る声に、怨む声に、呪う声に向かって、清導は全力の笑顔で応えた。
「任せな! 俺が必ず助けてみせる!!」
 清導の体が金色のオーラに包まれた。砲弾のように涙の海へ飛びこむ。
 助ける奴が泣いていては安心できない。何度負けたとしても、何人助けられなかったとしても、何回でも立ち上がって、何度でも手を差し伸べる。助けを求める声がするほうへ。
 過去を受け止め、未来を見据える意志が清導に力を与える。さすがに時速七百キロメートルとはいかないが、黄金の尾を引いて清導は水底へ。向かってくる魚型オウガを鎧袖一触に突破して、オウガ・オリジンへ渾身の拳を叩きつける。
「超必殺! リグレット・バスター!!」
 金色の輝きが炸裂した。幾億の涙が集まった海の中を眩く照らす光。涙さえも力に変えて強さを増すその輝きは、オウガ・オリジンを見事に討ち砕いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月26日


挿絵イラスト