暮れなずむ晩夏の日(作者 ピツ・マウカ
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●邪神が眠る「あの日」
 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 日暮れ。
 ……ヒグラシ。
 ここには「あの日」のヒグラシがいる。

 「あの日」からずっと、鳴き続けている。
 だから、今は「あの日」のまま。
 昨日も明日も、ここには無い。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 だから、あなたからも奪ってあげる。
 たとえ、それを拒むとしても。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 止まった世界の内側から、白い腕が『こちら』を侵す。
 鈴を振るような、たくさんのヒグラシの声を伴って。

●グリモアベース・一室
「皆さん、『ヒグラシ』という昆虫をご存じでしょうか」
 猟兵達への挨拶を済ませ、ラヴェル・ペーシャ(ダンピールのビーストマスター・f17019)がいきなり妙な質問を投げ掛けた。

 ヒグラシ。UDCアースにおいて、夏季に多く羽化する昆虫の一種である。ラヴェルによれば、今回の作戦ではその虫が鍵となるらしい。
 転送先の現場はUDCアースのとある田舎町。複数の子供が一度に姿をくらましたという事件のあった場所である。

 彼らと直前まで一緒に遊んでいた少年の話によれば、時刻は夕刻、日暮れ前。虫を捕るのにもすっかり飽き、仲間から一人離れた場所で休んでいた時の事だった。
 涼しげなヒグラシの声に耳を傾けていた彼は、突然その鳴き声が大きく、多くなり、さらに周囲の物音全てが消えていくような感覚に陥ったという。
 程なくして木々のざわめきや鳥のさえずりに至るまで、まるでその大合唱の他には何もかもが無くなってしまったようにさえ思えたそうだ。
 しかし、その現象はすぐに――数秒か、数十秒かは覚えていない――で終わってしまい、やがてヒグラシの声は再び小さくなり、周りの音もまた蘇ってきたらしい。

 だが、たった今しがたの出来事について語ろうと、仲間達の方に振り返った時には。
 もう、そこには誰もいなかった。走り去るような時間も、必要も無かったはずだったにも関わらず。

 以上が事の顛末である。この白昼夢のような証言には現地警察組織もあまり信を置いておらず、今のところは集団家出という線で動いているようだった。
 しかし、これは疑いなく事実だとラヴェルは言う。何故なら彼自身、まったく同じ光景を予知のビジョンの中で見たのだから、と。
「今回の騒動……神隠しには、まさしく邪神が絡んでいます。ただし召喚者は一切不明、怪しげな団体の活動情報もありません。分かっているのは、『ヒグラシが敵を呼び寄せる』という一点です」
 つまり、被害者と同じ状況に身を置く以外に、敵と遭遇する手段は残されていないという訳であった。

「そこで、ですが。皆さんには現地で『ヒグラシ』という昆虫に接触していただきたいと思います。探索でも採集でも構いませんが、多いに越したことはないでしょう」
 と語りつつ、ラヴェルは傍らから取り出した厚表紙の書物を開いて見せる。ページの上には透明の羽を持つ昆虫の絵と、その生態が記されていた。
「これによると、ヒグラシが鳴き出すのは主に日暮れと日の出頃の薄暗い時間帯だそうです。加えてかなり高い木々の上にいる事が多く、さらには頻繁に鳴く位置を変えるとの事なので、捕獲には少しコツがいるかもしれません」
 ラヴェルの補足に付け加えるなら、神隠しが起きたのは町から北に位置する比較的険しい山中である。長年放置され、獣道のような悪路くらいしか残ってはいないが、山慣れしている者ならばその辺りを探すのが手っ取り早いだろう。

 目下の依頼を伝え終えたラヴェルは、ゆっくりと姿勢を正し猟兵達へと向き直る。
「予知で受けた印象では、この事件にはいくつかのイメージが渦巻いています。過去と未来への忌避、あるいは執着のような……。行動中、それらの精神的影響を受ける可能性は否定できません。くれぐれも、お気をつけて」
 不穏な言葉と共に、転送の門は開かれた。


ピツ・マウカ
 田舎の夏の夕方ってノスタルジックですよね。どうも、ピツ・マウカと申します。遅まきながら夏っぽいシナリオを一つ。

 第一章では、とにかくヒグラシを集めて下さい。シナリオとしてはそれだけが成功条件ですので、後は全くの自由です。
 失踪事件の関係者に話を聞く、伝承を調べる、単純に田舎の夏を楽しむなど、色々な行動で残りの文字数を活用して頂ければ非常に喜びます。判定に影響はありませんので、本筋に関するプレイングだけでももちろん構いません。
 町の詳細は一応マスターページに載せてありますが、あくまで参考なので読み飛ばしてもOKです。田舎町のイメージを固める際にご利用ください。
 なお、日数が掛かるような行動(罠など)の場合、勝手ながら「事前に仕掛けておいた」という体で進ませて頂きます。

 二章は狂気に耐えつつの冒険フラグメントで、『過去や未来に対する後悔、恐怖』や『異常な光景がもたらす嫌悪感』が襲って来ます。心情シナリオ寄りです。
 三章では邪神との戦闘となります。こちらも精神攻撃が多めなので心情寄りになるかと想定しています。
 それでは、プレイングをお待ちしております。
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第1章 冒険 『ひぐらし ないたら かえりましょ』

POW街中のヒグラシを捕まえ、できるだけたくさん確保する
SPD周囲一帯を探索し、ヒグラシが多く生息する場所を探す
WIZヒグラシについて調査し、よく鳴く条件を揃えた環境を整える
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●UDCアース・Y町
 長い夏の日はまだまだ高く、空の青さとむせ返るような熱気には少しの翳りも感じられない。
 しかし、白々と照り付けられた町にはどこか陰鬱な気配が漂っている。

 失踪事件はまだ公表されていない筈だが、この小さい町に住まう子供はそう多くない。ひょっとすると、もうある程度は知れ渡っているのだろうか。
 とは言え、それも日常の域。子供達が歓声を上げながら通り過ぎて行く所を見れば、そこまで切実な状況に至っている訳では無さそうだ。

 自然豊かな土地だけあって、蝉達は他の音を掻き消さんばかりの大音声を上げている。
 だが、その中にヒグラシの声はまだ混じっていなかった。
ルムル・ベリアクス
アレンジ歓迎
ヒグラシと邪神ですか。一体どのような関係が……?少しでも敵の手掛かりを探すため、町外れでお年寄りを訪ね、この辺りの伝承を調べている体で【情報収集】します。
夕方になったら山でヒグラシを探します。声は聞こえますが随分高い所にいるようですね。UCでアクシピターを召喚し、咥えて捕ってきてもらいます。千里眼と世界知識の能力があれば、数を集めるのも容易いでしょう。どんどん籠に放り込みます。え、ここにもいるって?そっと近づき、手で捕まえてみます。
いつもは街中にいるので新鮮な感じがします。里山、というのでしょうか。初めて来たはずなのに、何となく懐かしいような。ヒグラシの鳴き声のせいでしょうか……?



「悪いねえ。大した話も出来なくて」
「とんでもない。貴重なお時間を頂き、どうもありがとうございました。それでは」
 艶のある黒髪の青年は軽く頭を下げ、次の家へと向かおうとし――聞こえてきた声に、踏み出した足を止める。
 青い稲がさらさらと音を立てる。その水面を輝かせる日差しの色は、随分と赤みを増していた。
「……そろそろ、ですか」
 日暮れが、もうそこまでやって来ていた。

 日中のうちにこの町を訪れたルムル・ベリアクス(鳥仮面のタロティスト・f23552)は、町の外れにある家々を訪ねて回っていた。
 長らく風雨に晒された跡の刻まれたそれらの家屋に住まうのは、大方の予想通り、この町で人生の全て、もしくは大半を過ごしてきた老人達だった。
 彼は、そんな人々の記憶に残される伝承を掘り起こしていたのである。
 もちろんだが、殆どはお世辞にも価値のある話では無かった。しかし、彼は怒りも落胆も見せず、その全てに真摯な姿勢を貫き耳を傾け続けた。
 その生真面目な姿勢が、あるいは彼を『警戒すべき余所者』ではなく『研究熱心な若者』であると思わせたのかも知れなかった。
 成果とも言える、手帳に並んだ雑多な話。その中で丸囲みされた話を、改めて読み返す。

 この地域では、盆――UDCアースにおいて、先祖の霊が戻ってくるとされる期間――に、独特な意匠の紙を玄関等に飾る風習があったそうだ。
 一人の老人が何度か失敗しつつ描いたそれは、逆三角形とその下に並ぶ二つの菱形、上に小さな二つの丸を組み合わせた絵で。
 簡単に言えば、蝉をごく簡略化した図柄だった。
「何でも、ご先祖様は蝉になってやって来るとか、蝉は霊を運ぶ虫だとか言ってな。祖母さんに蝉取りやってるのが見つかると酷く叱られたもんだ」
 今でこそ蝉を特別視するような風潮も薄れ、殺生はともかく捕まえただけで怒るような者は殆どいないが、当時は見つからないように行うのが常識だったそうだ。
 『盆に虫を殺すな』という言い伝えは一般的に知られているが、それを蝉に限って強調したような格好である。
 因みにこの風習は、幼い頃には既に廃れつつあったらしく。老人の家では昔気質の祖母が半強制的に行わせていたが、当時ですらそんな家は少数派だったそうだ。

 少しは敵の正体に近づけただろうか。そうあれかしと思いながら、ルムルは山を一歩一歩進み続けた。


――カナカナカナ、カナカナカナ。

(そっ、と……。よし、捕まえた)
 静かに近づき、背丈より少し高い位置で鳴いていたヒグラシを丁寧に掴む。
 ぶるぶると震え暴れるそれを、急いで籠へと放り込む。もう何匹か集まったが、こうして手で捕まえたのはこれが最初の一匹だ。 
 彼の頭上で夕空を翔ける、『アクシピター』。幕に映し出された影のような深い黒色の鳥はヒグラシを器用にくわえ、次から次へと運んで来る。
 そうして一人と一匹は、籠の中身を瞬く間に増やしていった。

 一息ついた時、清々しい涼風が吹き抜ける。草木や土の香りが鼻をくすぐり、遠くでは囀る鳥の声が、近くではヒグラシの声が、澄み切った山の空気に溶けていく。

(……懐かしい)
 そう感じて、ルムルは自らを訝しむ。かつて自分はこんな景色を目にした事があっただろうか?
 いや、無い――はずだ。
(しかし、わたしは確かに『懐かしい』と感じている)
 籠を持ち上げ、中のヒグラシ達を眺めてみた。この昆虫の声には、郷愁を覚えさせる何かがあるとでも言うのだろうか?

 そんな疑問をよそに、ヒグラシは一心に鳴き続ける。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 心を揺さぶるような、鎮めるような響きを込めて。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 他の全てを掻き消すように、一心に。


 そして。

 仮面の男は、どこかへと消えていた。ヒグラシの声に、包まれながら。
大成功 🔵🔵🔵

シャト・フランチェスカ
ぱらり、手帖に書きつけたヒグラシの生態を眺める
昼間に彼らを捕まえるのは難しいそうだ

山中での神隠しか
なんだか山が近く感じるね
ここら一帯を包み込んでいるような

夜を待ちながら散策してみよう
町人たちにとってヒグラシはどんな印象の虫なのかな
伝承なんかと関係はないだろうか
僕ら以外に、普段と違う人を見たとか
地道に聞き込み調査を試みる

日が暮れる頃に山の麓へ
《メリィ》、きみたちも手伝ってくれるかい
きれいなものは好きだろう?
透明な羽の昆虫を探して僕に教えて
…きれいだからって、羽をもいではいけないよ

木々に括っておいた複数のライトを点灯
飛んで火に入るなんとやら
集まってきたら一網打尽だ
さあて、うまくいくといいのだけれど



(昼間は林や森でひっそりと、薄暗くなってから鳴き始め――)
 ぱらり、ぱらり。捲る手帖の上に並ぶ字。けれどそれが語るのは詩でも物語でも無く、ヒグラシについての生態だった。

 視線を手元から空に移す。青色はどこまでも澄み、目当ての虫とは似つかわしくない明朗さをたたえている。
(昼間に捕まえるのは難しい、か)
 それなら、夜を待ちながら。

(――散策がてら、調査と行こう)
 神隠しがこの地域だけで起こっているのなら、その引き金になっているヒグラシもまたこの地特有の『何か』があるかも知れない。
 手帖をしまい込み、シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は建物が落とす濃い影の中を、ゆっくりと歩き始めた。

「ヒグラシ、ねぇ……」
 穴が開き、所々でスポットライトのように日光の筋が漏れるアーケードの商店街。
 その一角で、シャトはちょっとした情報を探り当てる事に成功していた。 
「そうだなあ。ちょっと不気味っつーか、ガキの頃はあの鳴き声が嫌いだったな」
「不気味……? 涼しいとか、寂しい、では無く?」

 ぶらついていた壮年の男性が言うには、この地域ではヒグラシと死者との間に深い関わりがある、とされてきたらしく。
 彼の場合、かつて親戚の集まりで叔父が語った怪談の印象が強かった。
「『ヒグラシの声はな、この世に未練を残した幽霊の声なんだぞ。ほれ聞こえるか、さてはお前を呼んでるな』ってよ。こんな小さい子供相手に。信じられるか?」
 数十年前の愚痴をこぼしつつ、半笑いで首を振る男性。
 そして何よりも気味が悪かったのは、法事の折。墓地の隅で蝉の図柄の彫刻の存在を見せ付けられた時だった。
 これが決め手となり、彼はしばらくヒグラシの声を落ち着いて聞けなくなったという。

(……あながち、作り話でもなさそうだね)
 死者の声を代弁する、そんなヒグラシについての怪談話。
 それは神隠しと関係するかも知れないし、無関係かもしれない。
 ただ一つ、聞き込みの結果から言えるのは。それなりに歳を重ねた町人はヒグラシに、何故ともなく妙に暗い印象を受けている、という事だった。


 日が暮れる頃、シャトは山の麓にたどり着き。
 薄暮に沈む木立の中、ひと言『メリィ』と呼び掛ける。
 ――こつ、こつ。梢の陰から靴音が響き、無貌の少女達が一人、また一人と姿を見せた。
「きみたちも手伝ってくれるかい。きれいなものは好きだろう?」
 ずらりと並んだ彼女達に、シャトは透明な羽の昆虫を探してくるよう言いつける。
 ……きれいだからって、羽をもいではいけないよ。そう、静かに付け加えて。
 分かっているのか、いないのか。ふわふわとした足取りで散り散りに去っていくメリィ達の背中を見送り、彼女もまた動き出した。

 括り付けられたライトが作動し始め、暗い森がぽつりぽつりと光に彩られる。
 真昼を取り戻したようなそれらの木々には、様々な虫達が夜闇から逃れるように集まって来る。
 その中に、手帖に書き連ねた通り、緑色の筋を持っている虫の姿も紛れていた。

 細い指先で摘まみ上げ、そっと虫籠の中に入れる。強い光に酔ったのか、ヒグラシは暴れる事も無く、されるがままになっていた。
 そうしている間にも、メリィを通して一匹また一匹とヒグラシを見付け。
「飛んで火に入る、なんとやら……と」
 ぼそりと呟きながら、シャトは虫籠の中にそれらを収めていった。

――カナ、カナカナ……。
 すると、突然。虫籠の床で陶然としていたヒグラシ達が、一斉に羽を震わせ始める。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 周りの木々でも、鳴き声が聞こえ出す。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 けれど、一体それはどこから聞こえてくるのだろう。
 上?後ろ?それとも――。

 いくつかの灯りが、その締め括りにジリリと小さな音を立てて。
 乙女と少女達は連れ立つように、どこかへ消えた。
大成功 🔵🔵🔵

ジョヴァンニ・カフカ
いいですね、里山の風景。こういう所好きです
紺碧の空に入道雲。緑濃い山々…
ザ・夏休みという感じでワクワクします
幻のヒグラシを捕獲に、いざ行かん(虫取網と虫かごを持参)

とは言えヒグラシが鳴くには早い時間帯の様ですし、まずはのんびりアイスを食べながら散策を
地元の方から、この土地に伝わる昔話なんか聞けたらいいですね
お話しついでに、この辺りでヒグラシがよく鳴く場所って知ってます?と尋ねてみます

地元の方にライトトラップの許可を頂けたら
ヒグラシの活動する時間帯にセミの走行性を利用し、紫外線を含むライトで誘い集めてみます
許可無い場合は静かに木まで移動
箒で飛び近付き足場熟練とジャンプで跳躍し、虫取網で捕獲します


「紺碧の空に入道雲、緑濃い山々。あぁ、ザ・夏休み、ですねぇ……」
 そう呟いたのは、首から虫かごを提げ、傍らに虫取り網を置き、手に食べ終えたアイスの棒を握っている男性。
 全身で夏を満喫しているスタイルの彼は、ジョヴァンニ・カフカ(暁闇・f28965)。
 彼は今、とある古びた駄菓子屋の店先に置かれたベンチに座っていた。

 町の中心部とは反対に店を構えている為、彼の目の前には青々とした田畑が広がっている。その向こうには町を囲む山、さらにその奥で高く聳える白い雲の峰々と、まさしく絵のような景色だった。
 絶好のロケーションを前にしみじみと寛ぐ彼だったが、あくまでその目的は説話を探る事である。この店を訪れたのも、休憩がてら店主や客に話を聞く為だった。

 だがあいにく、たった一人居た老年の店主からは大した話を聞けなかった。ヒグラシ捕りの時間を考えると、あまり長居もしていられない。
「そうですか……では、この辺りでヒグラシがよく鳴く場所って知ってますか?」
 ジョヴァンニが腰を上げながらそう尋ねた途端、老人の顔がぱっとひらめいた。穴場を知っているのかと思いきや、そうでは無い。
「ああ、ヒグラシと言えばそんな昔話があったな。すっかり忘れとった」
 そう言って思い出し思い出し語り始めたのは、こんな話。

 それは、ヒグラシがヒグラシと呼ばれる前の、遠い遠い昔の話。
 その頃、ヒグラシは他の蝉と同じように、一日で一番明るいうちに鳴いていたという。
 よく通るその声をお日様はたいそう好み、いつもヒグラシが鳴き終わるのを聞き届けてからゆっくりと沈む事にしていたそうだ。
 だが、ある日。鳴き終えたヒグラシが山で休んでいると、一人の女の子が道に迷っていた。お日様はずんずん沈んでいき、辺りはどんどん暗くなる。このままでは帰れなくなってしまう。
 かわいそうに思ったヒグラシは、お空に向かって大声で鳴き始めた。するとお日様、うっかり早く沈みすぎたと慌ててその場で踏みとどまった。
 その隙に女の子は帰り道を見つけ、どうにか家へと辿り着く事が出来たという訳だ。

「随分親切な虫ですね。それから?」
「ええと。まあ、慌てんでな」
 そこで、老人は言い訳でも探すように冷蔵庫を開ける。そこから売り物のラムネを二本取り出し、続け様に栓を開けてぐびりと飲む。もう一本をジョヴァンニに差し出し「飲め」と促して。
 短い沈黙の中、二つの瓶の中で転がるガラス玉の音が一頻り。

「そうそう、それでな……」
 軽く息を吐き出し、老人は続きを語り出した。

 けれども、騙されたお日様は怒りに怒った。ヒグラシに罰を与えるため、その姿を探すようになった。
 それからというもの、ヒグラシはお日様に見つからないよう、夕方になってからようやく鳴き始めるようになったという。逃げ回るように、鳴く場所をあちこち変えて。

「聞いた通りじゃないかも知れんが、まあ大体こんなもんだ。」
 店主によれば、この辺りではよく聞いた昔話だという。自分が話したのはこれが初めてだが、と弁明じみた笑みを浮かべて。
 そんな老人の視線の先では、じわじわと日が落ちつつあった。


 舗装されていない、地肌の露出した山道に分け入る。鮮やかな橙色に染まった木々を横目に歩き続けると、聞こえていた鳴き声が一段と大きくなっていく。
 少し開けた場所でジョヴァンニは立ち止まり、おもむろに手を翳す。すると木や地面の表面がむくむくと波打ち、やがてライトと白幕を形作った。
 仕掛け罠――ライトトラップ。

 虫にもよく見える紫外線を放つ灯りに吸い寄せられ、白い幕は忽ち昆虫の集会場となっていく。
 枯葉色の羽を持つ大小の蛾、黒や茶や緑の光沢ある甲虫が多いが、その中に透明の翅を備えた虫、セミもちらほらと混じっていた。
 周りで鳴き立てていたヒグラシもこの魅力には逆らえないのか、歌を止めて白い布にしがみついている。傷つけないように気を付けながら、そっと摘まみ上げていく。
「おぉ、幻とまで言われるヒグラシがこんなに……」
 田舎ならではの大成果に、ほくほくと虫籠を眺めるジョヴァンニ。
 どうせなら捕虫網も試してみようか、と目を落とした、その時。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 どこからともなく、さざ波のように鳴き声が沸き起こる。
「紺碧の空に入道雲、緑濃い山々。あぁ、ザ・夏休み、ですねぇ……」
 そう呟いたのは、首から虫かごを提げ、傍らに虫取り網を置き、手に食べ終えたアイスの棒を握っている男性。
 全身で夏を満喫しているそんな彼の名は、ジョヴァンニ・カフカ(暁闇・f28965)。
 彼は今、とある古びた駄菓子屋の店先に置かれたベンチに座っていた。

 町の中心部とは反対に店を構えている為、彼の目の前には青々とした田畑が広がっている。その向こうには町を囲む山、さらにその奥で高く聳える白い雲の峰々と、まさしく絵のような景色だった。
 絶好のロケーションを前にしみじみと寛ぐ彼だったが、あくまでその目的は説話を探る事である。この店を訪れたのも、休憩がてら店主や客に話を聞く為だった。

 だがあいにく、たった一人居た老年の店主からは大した話を聞けなかった。ヒグラシ捕りの時間を考えると、あまり長居もしていられない。
「そうですか……では、この辺りでヒグラシがよく鳴く場所って知ってますか?」
 ジョヴァンニが腰を上げながらそう尋ねた途端、老人の顔がぱっとひらめいた。穴場を知っているのかと思いきや、そうでは無い。
「ああ、ヒグラシと言えばそんな昔話があったな。すっかり忘れとった」
 そう言って思い出し思い出し語り始めたのは、こんな話。

 それは、ヒグラシがヒグラシと呼ばれる前の、遠い遠い昔の話。
 その頃、ヒグラシは他の蝉と同じように、一日で一番明るいうちに鳴いていたという。
 よく通るその声をお日様はたいそう好み、いつもヒグラシが鳴き終わるのを聞き届けてからゆっくりと沈む事にしていたそうだ。
 だが、ある日。鳴き終えたヒグラシが山で休んでいると、一人の女の子が道に迷っていた。お日様はずんずん沈んでいき、辺りはどんどん暗くなる。このままでは帰れなくなってしまう。
 かわいそうに思ったヒグラシは、お空に向かって大声で鳴き始めた。するとお日様、うっかり早く沈みすぎたと慌ててその場で踏みとどまった。
 その隙に女の子は帰り道をどうにか見つけ、無事に家へと辿り着く事が出来たという訳だ。

「随分親切な虫ですね。それから?」
「ええと。まあ、慌てんでな」
 そこで、老人は言い訳でも探すように冷蔵庫を開ける。そこから売り物のラムネを二本取り出し、続け様に栓を開けてぐびりと飲みつつ、もう一本をジョヴァンニに差し出し「飲め」と促した。
 短い沈黙の中、コロンコロンと瓶の中のガラス玉が音を立てる。

「そうそう、それでな……」
 軽く息を吐き出し、老人は続きを語り出した。
 けれども、騙されたお日様は怒りに怒った。ヒグラシに罰を与えるため、その姿を探すようになった。
 それからというもの、ヒグラシはお日様に見つからないよう、夕方になってからようやく鳴き始めるようになったという。逃げ回るように、鳴く場所をあちこち変えて。

「聞いた通りじゃないかも知れんが、まあ大体こんなもんだ。」
 店主によれば、この辺りではよく聞いた昔話だという。自分が話したのはこれが初めてだが、と弁明じみた笑みを浮かべて。
「だが、初めて聞いた時は『お日様が怖いなら夜に鳴けば良いのに』と思ってな。親にそう言ったら、『そう簡単に住む世界は変えられん』だと。あれは感情が籠っとったなあ」
 昔は地元で生きていくしか無かったから、気に食わない事も多かったのだろう。そう懐かしげに目を細める老人の視線の先で、じわじわと日が落ちつつあった。


 舗装されていない、地肌の露出した山道に分け入る。鮮やかな橙色に染まった木々を横目に歩き続けると、聞こえていた鳴き声が一段と大きくなっていく。
 天然の広場とでも言った趣の、少し開けた場所でジョヴァンニがおもむろに手を翳す。すると木や地面の表面がむくむくと波打ち、やがてライトと白幕を形作った。
 それは精巧な仕掛け罠――ライトトラップ。
 虫にもよく見える紫外線を放つ灯りに吸い寄せられ、白い幕は忽ち昆虫の集会場となる。
 枯葉色の羽を持つ大小の蛾、黒や茶や緑の光沢ある甲虫が多いが、その中に透明の翅を備えた虫、セミもちらほらと混じっていた。
 周りで鳴き立てていたヒグラシもこの魅力には逆らえないのか、歌を止めて白い布にしがみついている。
「おぉ、幻とまで言われるヒグラシがこんなに……」
 田舎ならではの大成果に、ほくほくと虫かごを眺める。どうせなら捕虫網も試してみようか、と目を落とした、その時。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 どこからともなく、さざ波のように鳴き声が沸き起こる。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 樹々にこだまして、何重にも折り重なって。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 そして、一人の男はその波に呑まれて消えた。

 煌々と光る仕掛け罠を置き去りにして。
成功 🔵🔵🔴

花房・英
wiz

虫捕りははじめてするな。
事前にネットや図鑑でひぐらしの事を調べてから向かう。

ひぐらしは夕方鳴くんだよな。
虫捕り網で捕まえていこう。
公園とか雑木林みたいな木がある所、
鳴き声が特徴的だから、鳴き声を頼りに探してみよう。
窮屈にならないように、虫捕りの籠は大きめのを持って行く。
コツはやりながら掴んでいくしかないか…あとは勘に頼ろうかな。

捕まえて時間があれば、のんびり田んぼを眺めながら、
あんま話すの得意じゃないから、ネットとか郷土史があればそこから伝承について調べよう。

こういう風景、いいな。
風情があるし、静かで落ち着く。
心なしか涼しくも感じるし。
けど、ちょっと寂しい感じ、するな
…よく分かんねぇけど


「……このっ!」
 振り下ろされた網の中で、一瞬遅れて虫が飛び立つ。同時に、先程まで聞こえていた甲高い鳴き声が止んだ。
「よし。大分コツが掴めてきた気がする」
 広々とした公園の一角で、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は軽く息を吐いた。

 辺りは夕刻。特徴的なヒグラシの声が響く頃。
 まずは声を手掛かりに、その後は彼が事前に調べた情報に従って、ヒグラシが好みそうな木々でその姿を探し回っていた。
 虫捕りは初体験の英。最初は網の振り方にも迷いがあったが、練習台がたっぷりいる事も幸いしたのか、今ではかなり板についてきたようだ。
 がらんとしていた籠の大きさも、今となっては気にならない。
 どうにか日が暮れ切る前に十分だろう数を捕まえる事が出来たのである。

「……ふぅ」
 ベンチに座り、慣れない虫捕りで額に浮かんだ汗を拭う。労うように吹いた涼風に軽く目を細め、英は一つの冊子を取り出した。
 それは、この地域についての史料。町民でない人間でも、簡単な手続きを踏めば貸出は認められていたのだ。

 蝉は木の細い切れ込みに卵を産み、幼虫時代を木の下で過ごす。人が見られるのはせいぜい羽化直前か、成虫になった姿だけ。
 その性質から、蝉を不死の象徴として捉える信仰があった。
 たとえ死んで土に埋もれても、次の夏にはそこから這い出し再び羽ばたく再生の虫。永遠を生きる不死の虫だ、と。
 ここまではUDCアースの広範囲で残る伝承である。だが、この地域での信仰はそれに留まらないらしい。
 一度死に、また生を得て戻ってくる蝉は、あの世とこの世を行き来する存在としても見なされるようになった。
 死者の霊を慰め、導いてくれる者としての願いをも掛けられるようになっていったのだ、という。

 不死と再生に加え、彼岸と此岸の橋渡しに鎮魂。増えすぎたそれらの信仰の一部が、特定の一種に分かたれたとしても不思議は無い。
 生の連想である昼と死の連想である夜の狭間で鳴くヒグラシは、その依り代として適当であるように思えた。


 ふと目を休めようと顔を上げれば、田んぼがゆらゆらと揺れ。その合間を縫って数匹のトンボが空中を泳ぐ。
 少し湿気を含んだ風が吹いては止み、火照った体が徐々に冷まされている事に改めて気付く。

(こういう風景、いいな。)
 見渡す限り人はおらず、遠くに見える山も、雲も、夕日も、この黄昏の中で微睡んでいるようだった。
 虫籠の中で枝にとまったヒグラシ達の涼やかな声は、かえってその静けさを際立たせるように響く。

 それは確かに心地良い、けれど。
(ちょっと寂しい感じ、するな。……よく分かんねぇけど)
 少しだけ感じる、心細さ。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 ふと気付く。
 山際に沈もうとする夕日は、いつまでああしているのだろうか?

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 あのトンボは、いつから止まっていただろうか?
 いや、止まっているのは――。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 夕日に面したベンチは長い影を落とし。
 そこに残った微かな温もりは、吹き渡る風が攫っていった。
成功 🔵🔵🔴

小犬丸・太郎
【SB】
アドリブ、マスタリング歓迎

_

…虫捕りか。
いや、虫に限らず昔からそういうのが不得手でな。
虫自体は苦手ではないんだが…『命』を身勝手に捕まえる、という行為が…心のどこかで納得出来なくて。
まあ、だがこれは仕事だ。私情は挟むべきではない。
…って、
「代わりに俺が捕りますよ…?」
……戸惑いつつ、でもヤナエさんがやりたいというのであれば。後輩は黙って従っておこう。
軽々彼女を抱えサポート。

…その檻は便利だな。
幸路の知識に感心しつつ、俺も俺なりに仕事をしよう。
先輩が大人に話を訊くなら、俺は道ゆく子どもに訊いてみる。
怖がらせないよう慎重に、世間話から。
子どもの相手は慣れているつもりだが…さて。


ヤナエ・シルヴァチカ
【SB】
アドリブ歓迎

虫取りなんていつ以来かな。
今は事務所のソファがこの世で1番快適な場所だと思っている私だが、子供の頃は結構外遊びが好きでね。
網は長いのをホームセンターで用意。必要経費だ。人数分あるから持って行って。
うーん届かん。小犬丸くん、ちょっと私を持ち上げてくれ。
おお高いな。あとはこのリーチで…よしゲット。
我々は地道に頑張るとして、日が暮れたなら秘密兵器だ。光輪くん、よろしく。
名付けて虫をしまっちゃう兵器ってところかな?ヒグラシかどうかは集めて地道に図鑑と睨めっこだ。
色んな虫がいるものだなあ。

道行くおばさまおじさまがいたらこの辺りで神隠しだとか、それに近い噂、伝承がないか聞こうか。


光環・幸路
【SB】

ヤナエが網を用意したって言うから出てきたけど。
虫取りなんか一度もしたことないし、しようと思ったこともない。
仮にも仕事だしぼんやりしてるとタローに怒られそうだから、準備だけはした。

「中々捕まえられない幻の虫、らしいけど─、」
「眩しいところに、集まる、らしいよ。」

走光性、光刺激に反応して移動すること。
例外無くセミにもその性質があるらしい。
2人の背中に声を投げかけ、葉が茂り陰っている所に持って来たライトを向け点灯させる。
集まってくるようなら、僕の檻にも収容しよう。
虫かごだと限度があるだろうからね。

地元民からの聞き出しはヤナエとタローに任せて、僕は蜩を捕まえることを第一に考えることにする。


「ああ、虫取りなんていつ以来かな。子供の頃は結構外遊びが好きでね」
「俺はあまり……。いや、仕事なら」
「僕は一度もないし、しようと思ったこともない。準備だけはしてきたけど」
 無気力な女性、大柄の男、どこか無機質な印象の少年。
 町に降り立った三者三様の面々。
「ああ、はいこれ、網。長いのを買っておいたんだ。経費で」
「三本も……って、ヤナエさんもやる気ですか?」
「虫取り網……初めて持った」
 ヤナエ・シルヴァチカ(forget-me-not・f28944)、小犬丸・太郎(夜に駆ける・f29028)、そして光環・幸路(パンドラ・f29051)。
 彼らは、とある林道の外れで昆虫採集に勤しんでいた。

――カナカナカナ、カナカナカナ。

「うーん届かん。小犬丸くん、ちょっと持ち上げてくれ」
「代わりに俺が捕りますよ……?」
 遠慮がちに申し出た太郎だが、その逞しい腕は既に彼女を支え、持ち上げる体勢に入っている。
「おお高いな。あとはこのリーチで……」
 いとも容易く押し上げられた長柄の網は、軽々と樹上のセミの背後まで伸びる。後は軽く振り下ろせばもう逃げられない。
「ビンゴ。図鑑通りの色合い、こいつはまさしくヒグラシだ」
 太郎が網に絡まった蝉を外す傍ら、ヤナエが図鑑を広げ種類を確認する。その作業も手慣れた感あるが、日はほとんど見えなくなっている。視界を考えれば、タイムリミットも近い。

「よし、そろそろ秘密兵器だ。光輪くん、よろしく」
「わかった」
 そんな空をちらりと仰ぎ、ヤナエが近くで網を振っていた幸路に声を掛ける。頷いた彼は荷物の中から一つの装置を取り出した。
「中々捕まえられない幻の虫、らしいけど─」
 眩しいところに、集まる、らしいよ。
 そう言いながら手にした装置のボタンを押すと、その先でぱっと光の輪が開き、濃い陰となっていた茂みが俄かに明るく照らされる。
 ――走光性、光刺激に反応して移動すること。
 幸路が辞書のように定義を説明する傍ら。それを実証するかのように、夕焼けの残光も届きにくい森の中で、虫がふらふらと吸い寄せられてくる。
「これが、準備か」
 感心したような太郎の声。そのまま待ち続けると、軽い羽ばたきの音も聞こえてきた。
 どうやら、少し離れた位置からもこの光は十分に見えているようだ。

 虫が集まるまで、少し間があるからと。一先ずその場を幸路に任せ、ヤナエと太郎は周囲で見掛けた人々に聞き込みを開始する事とした。

「神隠し……そう言えば、周りの山のどっかにお社があって、逢魔が時にそこでお祈りすると別の世界に行ってしまう、って怪談を学生時代に聞いたような……」
「お社?」
 ええ、とヤナエに答えながら、しかし壮年の男性は半笑いで付け加える。
「でも、肝心のお社がどこにあるか、それが分からずじまいで。親だか祖父母だかに聞いた話だったそうなんで、古い話なのは確かなんでしょうが」
 逢魔が時、即ち夕暮れ時、今回の神隠しがあった時間帯。無関係では無さそうだが――。

「……引き留めて悪かったな。気を付けて帰るんだぞ」
 聞き込みを終えて戻ろうとするヤナエは、同じく子供に話を聞いていた太郎と合流する。
「随分なつかれてたみたいじゃないか」
「子どもの相手は慣れてますから。ところで、少し気になる話を聞けましたよ」
 少し前、北の山で妙な廃墟を見付けた子供がいた。それは草木に侵食されてはいるが外見を未だに留めており、裏口から中に入る事が出来たという。
 中は良く分からない薬品の入った棚と、読めない紙切れ。奥の部屋にベッドが見えたが、屋根が崩壊していたのでそれ以上は分からなかった。
 神隠しがあった山であるだけに、何故人里から中途半端に離れた位置にそんな物があるのかを太郎は訝しんでいた。まるで、人里から隔離されたように。

 気にはなるが、まずはヒグラシの採集が先決である。
 二人は連れ立って、林へと続く道に戻っていった。

「お帰り。けっこう集まってきたよ」
 戻って来た二人を出迎えたのは幸路と、逃げないように網を被せられた虫の群れ。
「さてヒグラシは……っと」
 ヤナエが取り出した図鑑と集まってきた虫とを見比べながら、その種類を判別し始める。
 時折おおこれは見たこと無いな等と呟きつつ、彼女は選別した虫を太郎の持つ籠へと次々に収めていく。その数は思いの外に多く、彼は3つ目の蓋を開けながら心配そうに中を覗き込む。
「窮屈そうだな……もう少し持ってくれば良かった」
 仕事とは言え、出来る事なら傷付けずに済ませたい。そんな声の調子だった。
「任せて」
 幸路が彼の背を軽く叩き、歩み出る。
 その手にした小さな檻を近付けると、ヒグラシは水が流れ込むように音もなく吸い込まれていく。
 底を感じさせないその収容能力に、太郎は感心したような声を漏らす。
「……便利だな」
「名付けて虫をしまっちゃう兵器ってとこかな? さ、こいつも頼む」


――カナカナカナ、カナカカナカナ。
 そう言って、ヤナエが手渡したヒグラシが吸い込まれた時。
 檻の中から、外から。聞こえた声が、辺りの音を掻き消した。

――カナカナカナ、カナカカナカナ。
 敵の姿を探すように、身構えた彼らの頭上では。
 夜の藍が赤い残光を覆い尽くそうとしていた。

――カナカナカナ、カナカカナカナ。
 そう。今は、逢魔が時。
 果たして、彼らが出会うのは――。
成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴

スキアファール・イリャルギ
日が暮れるまでは図書館の隅で情報収集
伝承が残っていないか
以前にも似た現象が起きてないか
本や新聞、ネットの掲示板――この場合はオカルト系でしょうか、それ等を調べる
それと並行してUCで"影"を何体か作成し街に潜ませ
誰かが今回の事件の噂話をしていないか聴き耳
結構蝉がうるさいでしょうが我慢です

……そういや虫取りってしたことあったかな
小さい頃どんな遊びをしてたか憶えてない
子供らしいことをあんまり出来なかったというのは、憶えてるけど――

(暫し物思いに耽る)
(外は暑そうだなとぼんやり)

……あ
蝉の捕獲って呪瘡包帯で……いや潰しかねないような……
目立たずにそっと近づけば素手でいけますかね……ついでに調べておこう



 夏の日に照らされる町。騒ぎ立てる蝉の声。
 方や、窓ガラスの内側は冷房の効いた室内。ページのめくる音さえ響く静かな空間。スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は、その中にいた。

 ここは町の図書館。避暑と娯楽を求めた町人に交じり、スキアファールはその一隅に腰を落ち着けていた。
 中央に並ぶ長机とは別に、窓際に置かれた個人用の机。その上に昔の地方紙をぱさりと置き、眉間に指を当てて目を休める。
 そこまで遡った限りでは、今回の事件と類似する話は見付からなかった。単なる遭難と思われるものは稀にあったが、いずれも――生死はともかく――発見されている以上神隠しとは言い難い。
 そこで今度は、インターネット上の掲示板で噂を探してみる事にした。単なる事実や伝承ならば地元での書物が詳しいだろうが、もっと好奇心を煽り、そして記録に残らない程不正確な――そう、オカルトとして扱われるようなものを。

 町の名前、周囲の山の名前を手掛かりに、膨大な量のデータを掘り返しては首を振る。無関係な話が続き、半ば諦めかけた時。そして見つけたのは、山中に残された古い廃病院を探検する動画であった。
 まだ最近の動画であり、かつ冒頭ではっきりと地名を表記していなければ、きっと永遠に見つからなかっただろうそこでは、大した物も映らず、もちろん撮影者も無事戻ってきていた。
 しかし、その位置にスキアファールは違和感を覚える。先ほど流し読みをした本を改めて取り出し、その違和感は明確になった。

 この町が、まだ村と呼ばれていた頃から。
 北の山は、『穢れ』のある地とされてきたらしい。
 戦か災害でもあったのか、それとも単純にその周辺から地形が峻険になる事が影響しているのか。それは知る由も無い。
 だが、ともかく。この地の人々は、産業の柱である林業の為でさえ、その一帯に深く分け入る事は避けてきたのだという。
 しかし、逆説的に。その場所は『穢れ』の集積地にもなった。ゴミをゴミ捨て場に捨てるように、死者を墓地に埋めるように。
 口減らしを始め、共同体を維持する上で避けられない行為はそこで行われるようになった。忌まわしい記憶を、生活圏に持ち込まない為に。
 道程は、その山に続いていたのだ。今よりもずっと、伝承がはっきり伝わっていた頃に建てられたはずの、その山に。


 もう一度外を眺める。日は傾きつつあるが、まだまだ暑さは衰えていない。
 じりじりと焼けつくアスファルト。
(外は暑そうだな)
 窓を隔ててぼんやり聞こえる蝉の声も、その暑さを強調しているように感じる。
(……そういや虫取りってしたことあったかな)

(小さい頃どんな遊びをしてたか憶えてない。子供らしいことをあんまり出来なかったというのは、憶えてるけど――)
 物思いに耽る中、無意識に目を閉じると、彼の『影』が見聞きするものがより鮮明に伝わってくる。
 この中にカナカナという声が混じるまで、暫くこのまま思いを馳せよう、思い出せぬ昔に――。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 スキアファールは声が多く聞こえていた山の麓に歩を進める。すると、やはり。飛んでは鳴きを繰り返す虫の影が見えていた。
 呪瘡包帯で縛ろうとも考えたが、最後に読んだ昆虫図鑑を思い出して取り止める。ヒグラシの腹部は共鳴室と言って、大きな空洞状になっているらしい。
 力を加えれば砕けてしまうかもしれない、そう思い直して、手での捕獲を試みる事にした。
 そこへ、ちょうど良く飛んできた個体。
 影のように忍び寄り、長身をさらに限界まで伸ばし、夢中で鳴いている虫の近くへと慎重に手を回す。そのまま抑えると、果たしてヒグラシは手中に収まっていた。
「……素手でもいけるもんですね」
 相手の注意が逸れた瞬間に近付き、間合いに収め、そして逃げる隙も与えず仕留める。『影』から入る情報も手助けに、戦闘と同じ要領で手際よく虫を捕らえていくスキアファール。


――カナカナカナ、カナカナカナ。
 そのひと時に、集中しすぎたのか。それとも、知らず熱が籠っていたのだろうか。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 それは、慣れていないからだったろうか。それともどこか、懐かしかったからだろうか。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 『影』から聞こえる音と、自らの耳で聞こえる音。その全てが甲高い鳴き声に染まって。
 夕闇に溶けるように、彼らは消えた。
大成功 🔵🔵🔵

アスカ・ユークレース
【ワンダレイ】
虫取り楽しみなのです……!陵也のお陰で熱中症対策は万全ですし、夜野の情報のお陰で効率的に動ける、何よりこういうことに手慣れてそうなアルフレッドがいますし…注意すべきは事件の予兆、くらいかしら?

◆目立たないようにこっそり近寄って…やった、捕まえたわ!これがヒグラシ……!ホントにカナカナ鳴くんですね……!しかしまあ、これだけ集まると……なんというか、壮観だわ……

アドリブ歓迎


尾守・夜野
■ワンダレイ
アルフレッド→船長
陵也→陵也
アスカ→アスカ
■行動

(もう日にも何にも焼けたくないのよねぇ…そうだ)
宿敵に焼かれてる関係上焼ける関連のはもうお腹いっぱいで避けたいの
皆がどういう行動するか話してる時に情報の纏め係、連絡、収集係を引き受け日が暮れるまでネカフェに引きこもるわ
襲撃があろうと何があろうと日が暮れるまで出ない所存よ

実際の情報収集、連絡は皆に着けた式と自分の回りでうろちょろしてるだろう式に任せるわ

私はその間悠々とリクライニングチェアで休みましょう
感覚ないから動けないしね

この状態狙われるなら狙われるで敵の手がかり見つかるし…
黒纏を張り巡らせてブービートラップにし、何かあれば一斉送信


アルフレッド・モトロ
ワンダレイの皆でヒグラシ探し!

俺は実動部隊だ!
夜野(f05352)達から情報を貰って、アスカ(f03928)と一緒に現場に向かい、ヒグラシを集めるぜ。

怪異が出現する条件を整えると同時に
また失踪事件が起きないようにもしないといけないしな。
できるだけヒグラシを一箇所に集めておきたいんだ。

途方もない作業だが体力には自信がある!
陵也(f27047)から受け取ったスポーツドリンクをがぶ飲みしつつ
【気合い】入れて頑張るぜ!

(アドリブ歓迎です)


地籠・陵也
【ワンダレイ】アドリブ歓迎
暑いな……熱中症対策しないと捕まえる以前になりそうだ。買っておいてよかった。(全員にスポーツドリンクを渡す)
艦長とアスカの分は量多いのにしておいたぞ、一番動くもんな。
それと氷の【属性攻撃】と【オーラ防御】の応用でひんやり空気をみんなに纏わせよう。これで少しは違うはずだ。

さて、俺は虫を捕まえるのは得意ではないからな。
【指定UC】でエインセルと一緒に夜野の手伝いをしよう。
ひぐらしの位置をもらった情報と照らし合わせて確認しつつ、変わっていたら式経由ですぐ連絡だ。
法則性のようなものがないかも探してみよう。
もし途中で襲撃があったら【結界術】や【かばう】で仲間を護るのを優先する。



 まだ、十分に昼と呼べる頃。騒がしい蝉の声が降り注ぐ山の中。
 枯葉や枝で覆われた山肌の上で、風に吹かれてくるくると踊る木漏れ日。
 そしてそんな光さえ避けるように、細い山道から外れた物陰で蹲るヒグラシ。

 そこに、気配を殺した網がゆっくりと伸び――。

「やった、捕まえたわ!」
 網の中で無暗に暴れる虫をどうにか大人しくさせつつ、アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)が嬉しそうな声を上げる。
「おー、やったなアスカ!」
 そんな声を聞きつけ、駆け寄ってくる笑顔の男、アルフレッド・モトロ(蒼炎のスティング・レイ・f03702)。その手にもヒグラシが掴まれており、すっかり山に馴染んでいる様子だった。
「これが、ヒグラシ……!」
 緑色の筋と透き通る羽を持つその姿を食い入るように眺めつつ、アスカは初めての獲物を虫籠に入れる。
 冷気の層を纏ってなお彼らの額には薄っすらと汗が浮かび、夏の暑さと日差しの厳しい事を物語っていた。

『――艦長、アスカ。水分補給はしているか? 渡しておいた分で足りなくなるようだったら言ってくれ』
 やがて、別行動中の地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)の言葉が彼らに届く。
「はい、陵也が着けてくれた冷気のお陰で十分足りそうです!」
「この辺りのは粗方集め終わったぜ! 陵也、そっちは大丈夫か?」
 スポーツドリンクをゴクゴクとうまそうに流し込み、問い掛けるアルフレッド。
『そうか、良かった。こっちは今のところ異常無しだ。夜野が次の場所に目星を付けてくれたから、今確認に向かっている』
 アスカ、アルフレッドと陵也。離れているはずの彼らにぴったりと着いた『式』が、彼らの会話を媒介していた。

「……。」
 その主は今、リクライニングチェアに深々と身を任せていた。
 ネットカフェの個室。太陽には遠く及ばぬ薄暗い室内灯の下、中央で尾守・夜野(墓守・f05352)が静かに横たわっている。
 目撃情報は勿論、地形や気温や植生に至るまで、ヒグラシの多く生息する地域についての情報を集め、それらを仲間に中継する。その為の式に五感を分け与え、今は何も感じられず、動く事もままならない。
 規則的な深い呼吸を繰り返すその姿は無防備で、まるで眠っているかのようだった。

 だがその周囲には、目を凝らさなければ見えないような細い糸が縦横に巡らされ、侵入者をじっと待ち受けている。
 そして糸の全ては、黒い薄衣へと伸びていた。さも柔らかげな、しかし風を受けてもちらとも揺れぬ、暗色のドレスの裾へ。


「ヒグラシが敵を呼び寄せる、か……」
 時は、数時間前まで遡る。

「また失踪事件が起きないようにする為にも、出来るだけ現場のヒグラシを集めておきたいな。俺は山に向かうとするか」
 飛空戦艦『ワンダレイ』の艦長たるアルフレッドがそう述べ、意見を待つように周囲の顔を見回す。
「私も! 虫取り楽しみなのです……!」
 アスカもそれに同意し、やる気と期待に両の拳をぐっと握って見せた。
 それとは対照的に、夜野が気だるげにフリルを揺らしながら口を開く。
「情報収集と伝達は私が引き受けるわ。その間は……日が出ている内は、ネットカフェに引きこもってるから」
 もう焼ける関連のはもうお腹いっぱいで避けたいの。日にも何にも、そう付け加えて。
「それなら、俺はエインセルと実際の状況を確認して回ろう。ついでに、法則性か何かが無いかも調べておく」
 最後に、そう陵也が締め括った事で、四人の方針が決まったのであった。


 アルフレッドの網をすんでのところで免れ、水を噴きながら飛んで行くヒグラシ。
「逃がすかあ!」
 だが、こだまする程の一喝と共に、その先の空中で続け様に振るわれた網が見事に逃げる虫を搦め捕った。
「わぁ、凄いのです……!」
「そう言うアスカも随分捕まえたな! それなんか、かなりの大物だぜ!」
 夏の山を存分に味わいながら、二人は山を巡る。闇雲に歩き回っているように見えて、そのルートは夜野が集めた多くの根拠に支えられていた。
 たとえそこに誤差があっても、すぐに修正が加えられる。
『二人とも、ヒグラシの分布が少しずれてきているようだ。主な生息地だった山から町側にも広がっているらしい。夜野にも伝えて、情報を更新してもらおう』

 彼らの上で輝いていたはずの太陽は、次第に傾いていた。白く眩しい景色にも、心なしか薄暗い赤みが差しているようでもある。
「日暮れと秋が近いから、でしょうか……?」
「……まだ何とも言えないな。とにかく、少し麓の方に移動するか」
 これ以上被害を出さないように、彼らは最大限の効率を求めてヒグラシを集め続けるのだった。


――カナカナカナ、カナカナカナ。

 そして、夕刻。周りの全てが赤黒く染まり、山の涼風が心地良く肌を撫でる頃。
 木々の開けた地で一塊に集められたヒグラシの虫籠。
 甲高い声が、そのあちこちから漏れ聞こえている。

「いやー、それにしても大漁だな!」
「ホントにカナカナ鳴くんですね……! しかしまあ、これだけ集まると……なんというか、壮観だわ……」
 努力の結実を改めて前にしたアルフレッドが満足げに頷く一方、アスカはやや言葉を濁す。
 その反応にはいささか差があるが、半日ほど山野を駆け続けたにも関わらず、そのどちらにも疲労の色はあまり見えていない点では同じだった。
 もちろん、これで全ての個体を集めた訳では無かった。それでも、一般人が巻き込まれる可能性は大きく減じたと考えて良いだろう。

「でも、結局何も起きなかったのです。夜野の方も無事のようですし、本当に襲撃はあるのかしら……?」
 アスカがそんな疑問を口にすると、アルフレッドも腕を組んで少し思案する。
「流石にこれで足りないって事は無いだろうし、時間も関係するのかもな。とにかく、視界を考えるとこれ以上は切り上げた方が良さそうだ」
 そう言ってちらりと空を見上げれば、日は既に山際に触れそうになっている。いざ沈み始めれば、山はあっという間に暗くなるだろう。
 彼らはこれ以上の捜索を止め、合流に向けて動き始めるのだった。

「二人とも、随分集めたみたいだな」
 ややあって、陵也も姿を見せた。その肩では白い子猫が丸くなり、体と翼を休めている。軽く労いの言葉を交わした後、彼も感心したように虫籠の山を眺めた。
「……それにしても、間近で聞くと意外と声が大きいな。ちょっとうるさいくらいだ」
「お、そうか?」
「ああ、ここに来るまでは色んな虫や鳥の声が――」

 はっと、三人は辺りに目を走らせる。

 先程までとの違いは、太陽の位置とその色くらいだ。
 他には何も変わらない。
 赤銅色の木漏れ日も、相も変わらずくるくると踊っている。

 けれど、それに伴うはずの風の音は、あの揺れている木々のざわめきは、どうしてしまったのだろうか。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 周囲のヒグラシの声は高まっていく。目の前の景色が、別の光景に塗り替えられるような感覚が三人を襲う。

「くそっ、間に合え……!」
 二人の間に駆け込んだ陵也の叫びも遠い響きを宿す中、両掌から広がる透明の壁。
 包まれた三人に押し寄せる異変とヒグラシの声は、一瞬遠のいた、かに思えた。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 しかし、その壁の隙間から溢れ込んだもの、あるいは音が三人に纏わりつく。
 彼らの体を、呑み込んでいく。


――カナカナカナ、カナカナカナ。
 彼らの姿が見えなくなっても、まだヒグラシの歌は続いていた。
 『向こう』から聞こえる声に応えるように。


――カナカナカナ、カナカナカナ。
 地面に残された、ちりちりと輝く光の輪。

 その下には『こちら』と同じ、しかしどんな場所よりも遠い、黄昏の世界が映り込んでいた。



●「あの日」
 そこは、確かに同じ町だった。周囲を包み込む山々の形に変わりは無く、地図さえあれば自分がどの辺りにいるかすぐに分かっただろう。

 しかしそこは、明らかに別の町だった。
 まず目に付くのは、その街並み。
 建物はこの地でとうに見られなくなったはずの木造の家屋ばかりになり、生垣や門を備えているものが目立つ。そもそも明らかにその数が減っており、代わりに田畑の面積が増えている。
 道は舗装されたコンクリートから土を固めたものへと変わり、背の低い家々から頭を覗かせる電信柱はこれも木で作られているようだ。

 だが、そんな事は些細な変化だった。
 
 そこには何一つ、動くものが無かった。
 この世界の全てを圧し込めるような沈黙が、ここには満ちていた。

 ――カナカナカナと響く、甲高いヒグラシの声だけを除いて。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵


第2章 冒険 『狂気空間へようこそ』

POW自我を見失いながらも、強靭な精神力を全力で発揮することで狂気を振り払う
SPD正気を損ないながらも、現実を感知し冷静さを取り戻すことで狂気から抜け出す
WIZ理性を削られながらも、自らの術や智慧を駆使することで狂気を拭い去る
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●邪神空間・暮れなずむ町
 提げていた籠は、いつの間にか空になり。立っている場所も先程までとは無関係な位置に移動している。
 それを訝しむ間も無く聞こえてきた羽音に振り向けば、すぐ傍で飛び立ったヒグラシ達が一つの方向を目指し、まっしぐらに飛び去っていく。
 駆り立てられるような彼らの動きには、その先に『何か』があると思わせるに充分であった。

 しかし、街を包み込むヒグラシの声が、その響きが生み出す幻想が追跡を妨げる。

 暖かい想い出は、永久に失われた幸福として。
 苦い記憶は、永遠に消えぬ十字架として。
 描いた希望は、空虚な絵空事として。
 抱いた不安は、避けられぬ結末として。
 過去と未来に対する想いの全てが穿り返され、目の前に現れ、黒く塗り潰されていく。

 一方、目の前の風景に集中すれば、暫くはこの声から逃れられるかもしれない。
 だがそこにあるのは、静止した世界。

 視界にあるおよそ全てが写真のように動かない。そんな異常な風景と、淀んだ邪悪な空気が、感覚と思考を鈍らせていく。
 止まった世界で動いている自分。それは本当に正常だろうか?
 いや、そもそも本当に自分は動いているのか?
 あり得ない考えが去来し、しかしそれが『あり得ない』かどうかさえ疑わしくなってくる。
 いっそ、何もかも忘れて叫び回れば楽になれるとさえ思いかねない、狂気の空間。

 心を惑わせる幻影から、視界を取り戻すか。目の前の風景を、単なるまやかしと看破するか。
 いずれにせよ、このまま立っている訳には行かない。
 唯一の手掛かりであり、猟兵達をこの世界に引き合わせたヒグラシは、真っ直ぐに夕空を羽ばたいていく。
 その影は、瞬く間に不明瞭な黒点として夕空に滲みつつあった。

※ヒグラシを見失わないようにする必要はありません。
 『過去や未来に対する後悔、恐怖』か『異常な光景がもたらす嫌悪感』、どちらに立ち向かうかをお選び下さい。
ジャスパー・ドゥルジー
(宿敵主の為、三章不参加)

似ている
俺がアリスになった時に失った記憶
断片的に残った記憶の欠片
―そっくりだ
だがきっと俺の知る彼女じゃない
この先にいる邪神はきっとこの村に関係があるんだろ
彼女じゃない
しっかりしろよ、ジャスパー

言い聞かせても心の裡が塗りつぶされていく
彼女が「ああ」なったのは俺の所為だ
俺が代わりに邪神に喰われていれば
その為だけの命だったのに

無様に生き延びちまったよ
そしてこれからも、無様に生き抜いていくつもりだ

ナイフの刃を握りしめ、痛みで幻覚に対抗する
今俺が『邪神』と戦うわけにはいかねえけど
姿だけは拝んでいきてえんだ
あんたの顔を目に焼き付ける為に
ここで狂うわけにゃいかねえ

――なあ、『雫紅』


(似ている)
 山際で鋭く光る夕日。今にも俄雨を降らしそうな朱色の入道雲。その下で広がる田園の小道。

(俺がアリスになった時に失った記憶)
 遠く残響を残しながら、隅々まで降り注ぐヒグラシの声。

(断片的に残った記憶の欠片)
 この世界を作った邪神。――少女と、麦藁帽子。

(――そっくりだ)
 ジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)は、この空間で既視感に苛まれていた。
ここにいるはずの敵はまだ見えずとも、その姿はもう判っている。

(だがきっと俺の知る彼女じゃない。この先にいる邪神はきっとこの村に関係があるんだろ)
 冷静に。深入りする必要は無い。たとえこの先に待つ邪神が、どんな顔で笑おうと。
(彼女じゃない。しっかりしろよ、ジャスパー)
 その名を、自分の名前を呼んで、打ち寄せる幻影から目を戻そうとする。

 それでも、もう考えてしまった。『彼女』の事を。自らの過去を。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 差し出されたくらい記憶を感知したかのように、ヒグラシの歌は一層高なって幻影を描く。
 それらが手繰り寄せた黒い感情が、連なるように、鎖のように、尽きる事無く引きずり出されていく。
 心が、塗り潰される。

 彼女が「ああ」なったのは俺の所為だ。
 俺が代わりに邪神に喰われていれば。
 その為だけの命だったのに。

 聞こえてきた声は、自分自身の声だと思考回路のどこかで認識する。
 けれどそれは『聞こえている』のか、それとも『考えている』のかさえも曖昧で。
 取り得た行動、あるべきだった結末、そればかりが頭の中を駆け巡る。

 ……だけど、そうはならなかった。
 今ここに自分がいて、邪神の器となったのは――。
 誰の所為だ? 彼女が「ああ」なったのは――。

 膨らんだ考えは、結局一つの「過去」に立ち返る。
 果てのない堂々巡りが廻る度、後悔は深くなり、体の内が熱を持つ。
 まるで臓腑で燻る暗い炎が、ふいごに吹かれでもしているようだ。
 その火影の向こうで、少女の双眸がじっとこちらを見据えている気がした。


(――しっかりしろ)
 精神を奮い立たせ、ぐっと拳に力を込める。
 すると予想通り、焼けるような感覚が手を貫く。
 痛覚が幻影に取って代わり、囚われていた思考と視界が蘇ってきた。
 ジャスパーは再び記憶を辿ろうとする意識を無理やり押し止め、片手の痛みにだけ集中する。
 肉に深く食い込んだ刃の冷たさが、昂ぶった心を冷ましていく。
「……ふう」
 いつの間にか乱れていた呼吸も、次第に落ち着いていった。
 最後に、その心地良い痛みを与えてくれたナイフを愛おしげに眺め。彼は再び歩みを始めたのだった。

(そうさ、無様に生き延びちまった)
 青白い唇の端が歪み、牙と呼べる程尖った歯がちらりと覗いた。笑みとも呼吸とも取れる僅かな動きは、後に続いた静かな宣言によって掻き消される。
 「そしてこれからも、無様に生き抜いていくつもりだ」と。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 滔々と流れる血は燃えながら刃を伝い、地面の上で燃え上がる。
 点々と炎を残しながら、ジャスパーは歩き続ける。

(今俺が『邪神』と戦うわけにはいかねえけど、姿だけは拝んでいきてえんだ)
 戦う為では無く、彼は進む。
 たとえ、彼女で無いとしても。
 自分が猟兵で、相手が邪神でも。
 今は、まだ。
(あんたの顔を目に焼き付ける為に、ここで狂うわけにゃいかねえ)
「――なあ、『雫紅』」


 夕刻の世界で、ちろちろと揺らめく残り火の列。
 それは彼がここにいたという、微かな証だった。
成功 🔵🔵🔴

スキアファール・イリャルギ
――響きに混じり聲が聞こえる

過去に抱いた不安
……〈歌しかない自分から"歌う自由"を奪われたら?〉
だって、私は昔――

『歌うな』と喚かれた
呪いの歌だと気色悪がられ罵倒された
陰で悪口も言われた
……全部聞こえてたから辛かった

『歌え』と喚かれた、気もする
わからない、思い出せない
なんでこんなことを言われてた?
御伽の国で、あの子に会う前、私は何を――?

嗚呼、うるさい
なんで指図されなきゃいけない?
ただ心の儘に歌いたいだけ
呪いの歌じゃない
やめてくれ
強要するな
奪うなよ
黙れよ
うるさいんだよ……!


(ちかり。ひかりが強く煌めいた)

……あ

(頼ってほしいと、きみは言ってるのか)

……ありがとう
うん、きみを、頼っていいかな……


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)を包む声。
 声。声。声。
 心の奥底から響く別の声と混じり合い、奇怪に歪んだ大合唱。

 堪らず耳を塞げば、却って「あの声」が一層際立ち、その内容を知覚してしまう。

 ――歌しかない自分から”歌う自由”を奪われたら?

 体が、竦み上がる。
 隠していた秘密を言い当てられたように。
 そう、それは彼が恐れる末路。真っ黒に汚された「過去」と同じ「未来」。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 切れ切れのフィルムを無理やり繋ぎ合わせるように、情景が取り留め無く目の前で踊り、無数の音を奏で始める。

 昼、夜。時に明るく時には暗く、白に黒にと入れ替わる風景。
 くるくると移り変わる景色の上に、幾多もの両眼が浮かぶ。
 恐れるような眼。蔑むような眼。哀れむような眼。無遠慮な好奇の眼。
 そしてその下でぱくぱくと開閉する醜悪な切れ込み――口。
 彼の『歌』を否定する罵倒や陰口を垂れ流し、心の傷を抉じ開けていく。

 そして、微かに聞こえる『歌え』という声。他の物よりも薄ぼんやりとして、よく思い出せない。それでも喚かれているという事だけは分かった。
(わからない、思い出せない。なんでこんなことを言われてた? 御伽の国で、あの子に会う前、私は何を――?)

 だが、思索する暇も無く、声はどんどん大きくなって、ヒグラシの声さえ掻き消してしまう程にはっきりと聞こえ始める。
 目の前が暗くなり、聴覚だけが嫌に鋭敏になっていく。

 ――喚き声。彼に向かって『歌うな』と怒鳴る。
 ――囁き声。彼の歌を『呪い』と謗る。
 ――そして、また喚き声。彼に向かって『歌え』と命じる。

 見える範囲も見えない場所も、悪意に満ちた暗い世界から流れ出す声。
 とっくに抑え込んでいたはずの感情が、もう一度呼び起こされて。
 スキアファールの思考は、徐々にそれらの声に侵されていく。 

 ――嗚呼、うるさい。
 なんで指図されなきゃいけない?
 ただ心の儘に歌いたいだけ。

 まざまざと蘇り、彼を包む声。
 声。声。声。
 彼の意思などお構いなしに「歌う自由」を弄ぶ、不快極まる大合唱。

 ――呪いの歌じゃない。
 やめてくれ。
 強要するな。
 奪うなよ。
 黙れよ。
 「――うるさいんだよ……!」

 昂ぶりが限界に達し、思わず言葉が口をついて出た、その時。
 黒い幻影の外で、ちかり。強い輝きが、色鮮やかに煌めいた。
「……あ」

 息を呑み、視界に纏わりつく影を振り払ってその閃光に焦点を結ぶ。
 言葉は無くとも彼に呼び掛け、姿は無くとも励ますように瞬く、光。彼の味方が、そこにいた。
(頼ってほしいと、きみは言ってるのか)
「……ありがとう。うん、きみを、頼っていいかな……」
 色彩を取り戻してくれた「ひかり」を眩しそうに眺め、スキアファールはぽつりと呟く。
 彼を苛む声は、いつの間にか止まっていた。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 幻影を振り払ったスキアファールは、再び歩き出す。
 静止した世界を「ひかり」と共に。
 二人は寄り添うように、歩いていった。
成功 🔵🔵🔴

シャト・フランチェスカ
現実を然と視ている時間と
原稿用紙に向かい空想を観ている時間と
僕はどちらが多いのだろう

白い長髪の「僕」が佇んでいる
左の眼窩から桜を咲き零れさせた女
夕陽より赤い目をした

頭が、目の奥が、ぎりぎりと傷む

あれは多分、本当の姿
あるべき姿
僕を乗っ取ろうとしている私

割れそうな頭と弾けそうな眼球
嫣然と私が微笑む
ねえ、私と交代しようよ
そしたら安らかに眠れるよ

痛い痛い痛い痛い痛い

そろそろ我慢の限界が
振り切れて

──きみに「僕」を明け渡してしまうという恐怖に打ち克つ
現実は確かに夥しい負の感情に満ちているけれど
未来は勿論、現在も
きみにくれてやるものか

強欲で我儘で傲慢で、すまないね
友人ができた
想い出ができた
僕はきみじゃない


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 いつまでも、鋭く輝く落日。

(現実を然と視ている時間と、原稿用紙に向かい空想を観ている時間と)
 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)は、そこから目を離せずにいた。
(僕はどちらが多いのだろう)
 ぼんやりと、そんな事を考えながら。

 差すような強い輝きに目が眩む。視界の全ては暗く沈み、その赤色だけが際立って映える。
 空に浮かんだ赤い円は、やがて一つの幻影、人影と重なった。

 向こうで佇む、白い長髪の女。
 左目があるべき位置からは艶やかな桜が咲き零れ、そして右目は赤、夕陽よりも深い赤色の。
 紛れもない、自分。

 ぎりり、ぎりり。
 頭と目の奥を締め付ける痛みの中、シャトは直感する。
(あれは多分、本当の姿)
 あるべき姿。
 本来ならここにあったはずの。自分に代わって存在していたはずの。
 僕を乗っ取ろうとしている、私。

 ぎりり、ぎりり。
 ぐっと髪を掴むようにして、割れるように痛む頭を押さえる。締め付けられた眼球はもう弾けてしまいそうだ。
 ――痛いの?
 花開くように、にこりと微笑む「私」。
 ――ねえ、私と交代しようよ。そしたら安らかに眠れるよ。
 無邪気に、優しげに誘いを掛ける。
 シャトは、何も答えない。
 そうしている間にも、拷問のような痛みはますます募る。

 ぎり、ぎり、ぎりぎりぎり。
 ぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎりぎり。
 痛い。痛い。痛い。痛い。痛い。 
 「痛い」というたった一つの言葉に思考が塗り潰される。
 立っていられない程の苦痛に、声にならない吐息が漏れる。
 ――ねえ。どうして耐えるの?
 苦しむ「僕」を眺め、「私」はますます華やかに笑う。
 ――だって、そこにいるべきなのは、私なのに。

 そうだ。
 生きているべきは彼女で、自分ではない。
 過去も、今も、そしてこれから先も。
 だからいずれ必ず、その時が来る。
 しがみ付いてしがみ付いて、その挙句に絶望して。
 誘いに乗ってしまう日が。
 避けられぬ、結末が。

 どこか遠い所で響くヒグラシの声が、そんな囁きを運んで来る。
 ぐちゃぐちゃに掻き回された脳が、それを真実だと誤認してしまいそうになる。
 胸の奥底に滑り込み、根付いた恐怖が、心を覆い尽くさんばかりにざわざわと枝を張る。

「……げ、んかい、だ」
 切れ切れの言葉で、シャトが呟く。
 歪む視界の向こうで、「私」がこちらへ手を差し伸べたように見えた。
 
 だがその瞬間、痛苦は霧消し。
 同時に、幻影が崩れ始める。
 激痛の代償として得た、克己によって。

 ――どうして。
 笑顔の失せた「私」が呆然と手を伸ばしたまま、言葉を漏らす。
「現実は確かに夥しい負の感情に満ちているけれど。未来は勿論、現在も。きみにくれてやるものか」
 髪は乱れ汗が滲んでいても、シャトの顔には完全な冷静さが戻っていた。

 夕暮れの世界が視界の端から蘇ってくる。
 「私」の姿が、その足元からさらさらと散っていく。
 苛立ちの表情でこちらを見据える彼女へ、シャトは静かに言葉を投げ掛ける。
「強欲で我儘で傲慢で、すまないね」
 それでもここで、色々な物を得てしまったから。
 友人が。想い出が。
 どうしても、捨てられないものができてしまったから。

「――僕はきみじゃない」
 決別の意思を、はっきりと口に出した時。
 そこには元の通り、元居たシャトだけが佇んでいた。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 息を整え、髪を手櫛で梳かし。
 シャトは終わらない夕陽の中で、田園沿いの道を進み始める。

 彼女は、諦めただろうか。
 ヒグラシは、もう何の影も見せなかった。
成功 🔵🔵🔴

ルムル・ベリアクス
これは……?ヒグラシの声に懐かしさを感じたせいか、過去の記憶が呼び起こされます。
現れるのは、後悔の記憶。邪神の儀式に使われてきた自分。意思もないただの仮面として、人が殺されるのをただ見ているしかできなかった。
自身の背負う罪と、邪神への憎しみが去来します。正気を失いかけ、頭を掻きむしり、玉のような汗を滴らせながら幻影に苦しみます。
しかし、自身の掌を見て気づきます。邪神に傷つけられ、瀕死となった肉体。自身が取り付き命を繋いだこの体は、決意そのもの。もうこれ以上人々が傷つけられるのを黙って見ていられない。人々を守りたい!
この幻影が、わたしの決意を呼び起こしてくれた。幻影を打ち払い、前に進みます。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 ヒグラシは鳴き続ける。その歌に乗せて、情動を煽るような声が頭に響く。
 初めは感情を揺り起こすように優しく、やがて掻き毟るように激しく。

 ルムル・ベリアクス(鳥仮面のタロティスト・f23552)の脳裏に、引き出された悔悟の情景がまざまざと蘇る。

 暗澹たる儀式場。狂気の内に喰われていく罪無き命。
 呪いの仮面の、「自分」の下で。

 ただの祭具として、邪神に供される人々を打ち眺める日々。
 その中で芽生えたものは、最初は意思とも呼べない程に小さなわだかまりで。
 そしてそれはやがて、傍観者たる自分への、罪の意識を象った。

 けれど、何も変わらなかった。変えられなかった。
 止めようにも手足は無く、叫ぼうにも喉は無く。
 抵抗する術など存在しないのに、ただ止めたいという願いばかりが募り。
 それらを抱えて、また新たな犠牲者の顔を覆い隠す。
 悶え苦しむ彼らの顔を、誰よりも近くで感じながら。

(私は、ただ見ている事しか――!)
 悔恨が胸の奥から噴き上がり、呻くような声が抑えられない。
 燃えるような邪神への憎悪が思考を濁らせる。
 過去を消し去ろうとでもするように、髪を振り乱して頭を掻き毟り。
 玉のような汗が、ぼたぼたと流れ落ちていく。
 足はとうに止まり、溺れるような浅い呼吸を懸命に繰り返す。

 このまま、自分は狂気に沈むのだと覚悟しかけた、その時。
 頭を抱える自分の「掌」が目に入った。
(――手……?)
 ふと気付く。仮面であるはずの自分が、手を動かしている事に。
 思い出す。何故自分が肉体を得たのかを。
(ああ、そうだ。あの時――)

 邪神に傷つけられ、死に瀕した生贄の青年。
 これまで救えなかった罪悪の記憶が、その時「決意」へと変わった事を。
 人々を守る術を、かつてない程に強く乞い願った、あの日を。

「……そうだ。人々を守りたい、私はそう決意したんだ」
 ルムルは、自身が命を繋いだ青年の体を見詰め直す。
 搔き乱された精神が、再び束ねられていくような気がした。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 幻影を打ち払い、ルムルは汗を拭って前へと進み出した。
 降りしきる蝉の声に、もう懐かしさを覚えぬよう。
 決意の証であるその体を、しかと感じながら。
成功 🔵🔵🔴

ヤナエ・シルヴァチカ
A・POW重視
この仕事をしていると、多くのものを失う。
力足らずで救えなかった人達は勿論。
共に苦難を乗り越えた同僚がある日突然亡くなるとか。
自分を憂いてくれた相手が、次会う時には棺桶に入っている。
何度も思ったよ。
体はとうに死人なんだから、心も鈍くていいのに。
楽になって向こうへ行きたくとも、
未だ死に損ないの根性無しだ。

結局私はここにいる。
忘れたくない。この手を離せない。
なら、これでいい。
面倒な自分への諦めだけは身につけたさ。

これは後悔だ。知っている。
敵は別にいる。頭に刻め。
戻れ。2人のもとへ。
すべき事だけ考えろ。

手をきつく血が滲む程握る。
ああ堪える。全く、諦めの悪い体だ。
ならまだいける。そうだろ。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 共に苦難を乗り越えてきた同僚の明るい笑顔が浮かぶ。
 自分を憂う職員の優しげな心配顔が浮かぶ。
 血に塗れた女の、泣き喚く顔が浮かぶ。

 ヤナエ・シルヴァチカ(forget-me-not・f28944)が歩んできた道程の上に浮かぶ無数の黒い染み。
 これまで何度となく立ち会って来た、人々の死。
 避けられないものもあった。避けられるものもあった。知人も、一般人も。時には目の前で、時には知らぬ内に。
 幾多の死に直面して、その度に嫌という程味わった無力感や感傷が、過去から舞い戻っては感情を蝕んでいく。

 誰かの死を踏み越える度に、厭わしくなる生。
(体はとうに死人なんだから、心も鈍くていいのに)
 何度繰り返したか分からない言葉を、ヤナエはもう一度心の中で呟いた。

 自分の手を開いて眺める。白い肌のその下で、暗い衝動がごうごうと吹き荒れている様が目に浮かぶ。
 「それ」を手放してしまえば、この苦しみから解放されるのだろう。
 ――それが出来れば、どれだけ簡単だったろう。
(楽になって向こうへ行きたくとも、未だ死に損ないの根性無しだ)
 薄い笑みを零す。

(忘れたくない。この手を離せない)
 拳を握りしめる、その内に何か大切な物があるかのように。
 どれだけ倦み疲れようと、心を擦り減らそうと捨てられない、何かが。

 初めから選択肢は一つだった。
 何も感じない程に心を殺す事は出来ない。
 かと言って、この体に宿る執着も捨てられない。
 ――なら、これでいい。
 面倒な自分への諦めだけは身に着けたさ、と、またヤナエは自嘲気味に笑う。

(これは後悔だ。知っている。敵は別にいる。頭に刻め)
 根底に渦巻く感情。今更それに浸るまでもない。
 それでも揺らぎそうになる思考を抑え込む為、もう一度、ぎりりと手をきつく握る。
 爪が食い込み血が滲む。
 苦痛を与える事で、心裡で燃え広がっていた感情から意識を逸らす。
(戻れ。2人のもとへ。すべき事だけを考えろ)
 足を動かし、彼らを探し、敵を討つ。
 それだけを脳内で繰り返しながら、ヤナエはまた歩き始めた。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 じくじくと血を流す、三日月型の傷口の列。それはまるで、早く治せと喚いているように激しく疼く。
(ああ堪える。全く、諦めの悪い体だ)
 どこまでも生にしがみ付くその体を、ヤナエは嗤う。
(ならまだいける。そうだろ)
 そして、少しだけ後押しされるように。
成功 🔵🔵🔴

小犬丸・太郎
A
アドリブ、マスタリング歓迎

_

…妹が、姿を消した。


俺たち兄妹には、両親からの暴力と無関心だけがあった。
だから俺たちは支え合った。死ぬのは怖かったから。
年離れた妹だ。俺は両親から逃げる為、妹を護る為に強くなりたかった。早く大人になりたかった。
高校を卒業して、警察官になって──これで妹を護れると思っていた。

けれど、

妹は、姿を消した


それはあまりにも突然だった。
まるで煙の様に忽然と姿を消した。
…関係者から聞いた話、虐められていたそうだ。
俺は何も気付けなかった。護ると誓っておきながらこのザマだ。

…後悔だけがある。
けれど、だからこそ
此処で立ち止まってはいられない。

何があっても
俺は妹の、味方だからだ。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 小犬丸・太郎(夜に駆ける・f29028)の全身を、鳥肌の立つような忌避感が包む。
 世界から憎まれ、あるいは見捨てられたような寂寥感。
 不快でありながら、どこか懐かしい暗闇。

(――ああ、これは)
 傍らに感じる、小さな温もりに思い出す。
 これは、家の記憶。

 その瞬間、隔壁が破られたとでも言うように過去が視界を埋め尽くす。
 気まぐれに吹き荒れる罵声と沈黙。
 幼い妹と支え合いながら、身近に迫る死の恐怖を潜り抜ける日々。
 理不尽な打擲に立ち向かうには、余りに小さな拳。

 やがて、追想はそんな日々の終わりに差し掛かった。
 警察官になり、やっと自立した頃だった。
 これでやっと両親から離れ、妹を護れると噛み締めた嬉しさが当時のように込み上げてくる。

 だが、心の底で警鐘が鳴る。
 この先は思い出しては、見てはいけないと。
 それでも、幻影は止まらない。

 血の気が引いていく。あの日のように。

 姿を消した、妹。

『虐め……!?』
(気付けなかった、何も、何一つ――)
 その足跡を辿る中、彼女が受けた苦しみをこれでもかと見せ付けられ。
 それら全てを見逃していた日々の事が、今更に思い出された。

(護る? 何から?)
 ただ両手を見る。あの日のように。
 彼女の手を掴めなかった手の中には、後悔だけが残っていた。
 悔悟の海の中、立てた誓いだけが寒々しく聳えていた。
 果たせなかった約束が――。

(――いや、まだだ)
 悔恨で溺れそうな意識の中、まるで一筋の光明が差すように、突如として思考の出口が見える。
 そこでは、かつての誓いが揺らぎもせずに屹立しており。
 彼に、進めと命じていた。

(此処で立ち止まってはいられない。何が、あっても)
「俺は妹の、味方だからだ――!」
 幻影が晴れた一瞬、太郎は自らの頬を両手で叩く。
 それを最後に、陰鬱な回想は止み。
 視界は徐々に引き戻されていく。
 びっしょりと掻いた冷や汗に、その時になってようやく気付いた。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
「……幻覚、か」
 太郎はもう一度辺りを見回して、また進み始めた。
 未だ過去になり切らぬ、その意志だけを見据えて。
成功 🔵🔵🔴

光環・幸路
A

今に至るまで様々なものを見てきた。
それこそ人間、或いは邪神と崇められるものや不可解なオブジェクト…手から零れ落ちる程の怪異の数々。

任されたならそれら総てを自分の腹に入れて閉じ込める。
それだけ。そんな毎日だった。
怖くはない。何故なら、僕はその為の入れ物でそれが唯一の役目だから。

──でももし、役目を終える時が来たら?
僕はどうなるんだろう。何も、ない。
腹に溜まった真っ黒な澱みは何処へ行くんだろう。分からない。

僕は物だから。人間を象った物に過ぎないから。
ヤナエやタローと肩を並べるべきではないのかもしれない。

嗚呼、そうか。忘れてた。

最初から分かってたことじゃないか。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 人間、邪神、オブジェクト。狂気や妄執や欲望によって生まれ、呼ばれた、数え切れない程多くの怪異の数々。
 光環・幸路(パンドラ・f29051)の脳裏に、かつて見てきたものが浮かぶ。

 両手から零れる程の脅威。幸路はそれらを全て自分の腹に閉じ込めてきた。
 怖くはなかった。その為に生まれた自分にとってそれは「当たり前」の事だったから。
 それが唯一の役目で、自分はその為の入れ物だったから。

 ――でも、もし。
 ヒグラシの声を聴いている内、寒気を覚える仮定が頭に浮かぶ。
 深入りすべきでないと分かっていても、その先を考えてしまう。
 錠が緩んでいくように、恐怖が無意識の底から溢れてくる。

 ――もし、役目を終える時が来たら?
(僕は、どうなるんだろう)
 答えは出ない。

 腹部を軽く撫でてみる。
 そこに溜まった真っ黒な澱み。それらがやがて何処へ行くのか。
 分からない。

(――何も、ない)
 自分を生み、導いてきたもの。常に自らの存在よりも先にあったもの。
 役目という道標の終着点には、ただぽっかりと穴が開いていた。

 空虚感に苛まれ、視界が曇る。その上に、二人の姿がぼんやりと思い浮かぶ。
(ヤナエ、タロー……)
 人と、人を象った『物』。
 どれだけ似ていても、その差が今ならはっきりと見える。
 考えてしまう。肩を並べるべきでは無いのかも知れないと。
 彼らの歩む道の上に、自分は――。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
(嗚呼、そうか。忘れてた)
 最初から分かってたことじゃないか。
 自分を嘲るように、幸路は微かな笑みを零す。

 高らかに鳴る蝉時雨の中、機械的に出される一歩。
 その歩みの先は、どこへ向かうのか――。
成功 🔵🔵🔴

尾守・夜野
■ワンダレイ
一章と同様

■後悔
直前まで寝てたし途中まで夢だと認識

助けられず燃え尽きるあの光景に
夕日が炎に重なるわ
燃えて燃えて燃え尽きて

[助けたかった/助かりたかった/■■■たかった]
原因を呼び込んだ[己/奴]を責め…
そう全ては[俺/私/僕/儂/オレ/ボク]が悪く
故に責めるは…道理とでも?
危ない混ざりかけたわ

でも私は俺じゃない
俺は後悔してるけど私はしない

炎をあの方の熱を感じない
揺らぎもなく頬撫でる風は灼熱と程遠く生ぬるい
こんなの夢ですらないのでしょう

正気(?)に戻り式から情報を捕捉し
回収と共に仲間の元に飛び
狂気に囚われてるなら会話で認識をずらす
催眠系って基本後だしのが有利だしね
後はタクシーしてるわ


アルフレッド・モトロ
【ワンダレイ】のメンバーと任務続行!

…が!
俺は思いっきり幻覚に引っかかる!

何故か俺は
子供の頃、家を出て独りで暮らしていた場所
海底の廃墟と化した沈没した戦艦に居る

でも…おかしいな
独りだったはずなのに
そばに誰かが居たような…

ふと視界の端に見覚えのある人影を見た気がして
無意識に「父さん」と呼び
手を伸ばそうとした瞬間に…


皆の助けを得て我に返る!

そうだ、あの海底廃墟はもう存在しない!
世界を巡る「飛空戦艦ワンダレイ」として蘇ったんだ!

ありがとよ皆!
心配かけちまったがもう大丈夫!

あとは平常運航で邪神空間をどんどん進むぜ!


…えっ
幻覚の廃墟内に居た人影?
我に返ると同時に完全に忘れた!

(心情&過去でお願いします)


地籠・陵也
【ワンダレイ】アドリブ歓迎
■不安
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
また誰かがいなくなるのか。死んでしまうのか。俺の手の届かないところへ……
みんなそうしていなくなった。先生も、弟妹たちも、みんな……
凌牙、エインセル、お前たちもいってしまうのか……?
嫌だ、行かないでくれ。俺を、俺を置いて――

(にゃあ、と耳元でエインセルが鳴いて【狂気耐性】が機能し始める)
しまった、敵の罠か……!
かなり強い精神攻撃……みんなを助けにいかないと……!
【指定UC】を自分に使用し精神攻撃を"穢れや悪意"として取り除こう。
その後【破魔】属性の【結界術】を自分にかけて干渉を可能な限り防ぎつつ仲間を助けにいく。方法は全く同じだが……


アスカ・ユークレース
【ワンダレイ】アドリブ歓迎

※狂気空間

とっさにUCでヒグラシにメダル張り付けてみたけれど……さて。 静か以前に生き物の気配が無さすぎる…あまりにも異常ね……さっさと抜け出しましょう、こんなところ。
◆狂気耐性で耐えて ◆視力をこらし幻像を見破るわ。直視じゃなくてゴーグル越しに見れば少しはマシになるでしょうし…ついでに黒幕への手がかりを
◆情報収集しつつ合流を優先、 仲間が囚われているなら……少々手荒な方法を使ってでも引き戻すのでそのつもりで。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 初めに目に入ったのは、夕陽。
 山が、家々が、自分の手が、赤く染まっている世界。
(――これは、夢?)
 尾護・夜野(墓護・f05352)は頭のどこかで知覚する。
 夢だと分かっても、自分が目覚めていない事に少し違和感を覚えながら。
 その景色を、眺めていた。

 何もかも真っ赤な世界。燃えるように、燃やし尽くす炎のように。
 風景が少しずつ輪郭を変え、あの村の光景へと変わっていく。
 炎の海に沈んだ故郷。贄として異形と化した人々。
 守れなかった過去が、その時抱いた感情が鮮明に蘇る。

(助けたかった)
(助かりたかった)
(■■■たかった)
 それは一人の声では無かった。
 「夜野」の中にいる人格が、彼らが考えている事が同時に頭の中で声となる。
 頭の中は、瞬く間に彼らの声で溢れ返った。
 
(『己』のせいだ)
(『奴』のせいだ)
 こうなったのは。こんな結末を止められなかったのは。あの過去全ては。

 ――俺、私、僕、が――。
 ――儂、オレ、ボク、が――。

 全ての人格の声は、やがて一つの「悔恨」に重なっていく。
 気付かぬ内に、彼女もまたその合唱に声を合わせていた。

 ――故に責めるは――。
(……道理、とでも?)
 だが、混融しかけた意識を強引に引き戻し、彼女は自分を冷静に見つめ直す。

(私は俺じゃない。俺は後悔してるけど私はしない)
 深々と、刻み付けられた罪の記憶。
 しかし、それは一人格の物に過ぎない。
 目の前の景色に映るその過去が、「彼」には耐え難いものであったとしても。
 身を焼く灼熱の風も、炎も感じられない。
 情念を惹起するには程遠い。

 ――こんなの夢ですらないのでしょう。
 浸るにはあまりに遠くなってしまったその幻影をつまらなさそうに眺め。
 翳したその手の向こうで、転送の魔法陣が現れた。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

「ここは……?」
 同じ時、また別の場所で。
 アスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)は飛び立つ蝉の背を見ながら、もう一方で周りの異状を見回す。
(静か以前に生き物の気配が無さすぎる……余りにも異常ね……)
 突然現れた見慣れぬ集落。
 古ぼけた家。半開きの戸口。
 板塀と生垣の間に伸びる道。その上に貼り付いたままの長い影。

 何一つ、動かない景色。
 響き続けるヒグラシの声が、却ってその奇怪さと静けさを引き立てていた。

 その時ふと、一抹の疑問が脳裏を掠めた。
 ――どれほどの間、それらを眺めていただろうか?
 答えるまでもない。ほんの数秒、のはずだ。
 けれど、もしかしたらもっとずっと長い間、自分もこの景色と同じように止まっていたのではないだろうか?

 荒唐無稽な不安だった。
 飛び立つヒグラシへ咄嗟に貼り付けた、位置を知らせる『観測者』のメダル。
 移動距離と速度を照らし合わせて考えれば、それが僅かな間の出来事だったと容易に判断出来る――にもかかわらず、感じた危惧。

 狂った静物が、狂った不安を作り出す。
 ここは、そういう場所であった。

(……さっさと抜け出しましょう、こんなところ)
 しかしそれが分かった以上、身を護る術もある。
 アスカは深呼吸を何度か繰り返し、狂気を頭の中から追い払ってからゴーグルの奥でしかと目を凝らす。
 すると、とある事に気が付いた。
(この葉っぱ……揺れるような形で止まってる?)
 ただ動く物が無いというだけではない。
 この不快な違和感の原因は、「有り得ない」形で静止している全ての物であった。
(やっぱり、ここは現実じゃない)
 その時、ふと思いついて葉の一枚を摘まんで引っ張ってみる。葉は千切れた。
 空中で手を放す。するとごく普通に揺れながら地面に落下した。
 つまり、本当の意味で時間が止まっている訳では無い。ただ、そう見せかけているだけだ。
 沈まぬ夕日も、動かない雲も、きっと実在はしていない。
 故無き不安は打ち払われ、アスカの歩みはそれきり止まらなかった。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

「艦長! アスカ!」
(怖い)
 夕空の下。畦道の上で、地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)は姿の消えた仲間へと呼び掛けていた。
 しかし答えが返ってくる事は無く、彼の叫びは澄み渡る蝉噪に掻き消される。
 焦慮に揺れる心が、過去と重なっていく。
(怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。また誰かがいなくなるのか。死んでしまうのか。俺の手の届かないところへ……)

 景色が溶けあい、その奥から、奥底に沈殿していた過去が表出する。

 孤児院という居場所。それを与えてくれた先生。幼い子供達のひとりひとり。
 そして、それらを全て失った、あの日。
 果てのない喪失だけが胸に残り、恐怖の種を植え付けた、過去。
(みんなそうしていなくなった。先生も、弟妹たちも、みんな……)

 次に浮かび上がったのは、今傍にいる家族の顔。そこへ護れなかった人々の顔が重なり合う。
(凌牙、エインセル、お前たちもいってしまうのか……?)
 どうしてか、いつか彼らにも同じ事が起きると思えてならなくなる。
 自分にはその未来は防げないと、必ずそんな日が来ると。
 今にも彼らが消え去ってしまいそうで、震える手を伸ばす。
「嫌だ、行かないでくれ。俺を、俺を置いて――」
 そして我を失いながら叫び掛けた時だった。

「にゃあ」
 耳元で、可愛らしい猫の鳴き声が響き、幻影を妨げる。
「っ、エインセル……?」
 その瞬間、陵也は自分が狂気に侵されていた事を認識した。
「しまった、敵の罠か……!」
 呟くと同時に杖を取り出し、魔力を纏わせる。
 輝く剣と化したその切っ先を胸に突き立てると、心に巣食っていた黒い塊が溶けていくような感覚と共に、濁っていた景色が晴れていった。

「かなり強い精神攻撃……みんなを助けにいかないと……!」
 仄明るい光が浮かび彼の全身を包み込み、ヒグラシの囁きを遠ざける。
 さらに、二度と暗い微睡みに落ちぬよう心を落ち着かせ。

 陵也は、仲間の姿を求めて走り出した。まだきっと間に合うはずだと、自分に言い聞かせながら。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 そして。彼らと共に誘われた最後の一人。
 アルフレッド・モトロ(蒼炎のスティング・レイ・f03702)の視界はゆらりゆらりと揺らめいて、暗く沈んでいく。
 深く、深く、記憶の中へ。
 朱色の空は青い海面に、沸き立つ入道雲は黒く硬い岩の一つに姿を変え。

 アルフレッドは、いつの間にか海底にいた。
(ここは……そうだ、ここは俺が独りで暮らしていた……)
 そこは彼がかつて過ごしていた、海底の廃墟。
 外装のあちこちが剥がれ、あるいは強い衝撃で変形し、あるいは海藻に蝕まれた、戦艦の成れの果てだった。
 先程まで何をしていたかも判然とせず、頭に靄がかかったような気分のまま。アルフレッドは、そこでただぼんやりと座っていた。
 ごく薄っすらとした違和感だけを抱え、彼は「その中」にいる事を受け容れていた。

(……おかしいな。独りだったはずなのに)
 一つ、疑念を感じているとするならば。独りで居たとばかり思っていたその空間に、彼の傍に。
 今は、誰かが居るように思えてならなかった。

(……あ)
 何故だか、突然ぼやけ始める視界。
 その端で、見覚えのある人影がちらりと映った気がした。
 誰か、そう考えるよりも早く、口から言葉が零れ出る。
「――父さん」
 そして、振り向こうとしたその時。

 衝撃と共に、閃光が目の前で炸裂する。
「……おわッ!?」
 痛みよりも驚きで目をしばたたかせていると、今まで見ていた景色が、壁でも隔てているかのように遠く感じられた。

 ――ょう
 ――船長
 そこで初めて、聞き覚えのある声がずっと聞こえていた事に気付く。
 声は、こう問い掛けていた。
『――あなたは、どこにいる?』
(どこって……海底廃墟だろ?)
 アルフレッドも、不思議と訝しむ気が起きず、誰かと問うでもなく心の中で答える。
『それなら、今そこで泳げる?』
(当たり前――って、何でだ? 上手く泳げねえ)
『じゃあ、水中じゃないのかもね』
 答えている内に、夢うつつだった頭が冴えていく。
(待てよ。どうしてここが残ってるんだ? この廃墟は――)

 そして突然スイッチが入ったように、正気が取り戻された。
 そうだ、あの海底廃墟はもう存在しない。
 世界を巡る「飛空戦艦ワンダレイ」として蘇ったんだ!

 意識が急速に掬い上げられていく。我知らず閉じていた瞼を、引き上げる。
「皆……」
 目の前では、夜野、アスカ、陵也の三人がこちらを覗き込んでいた。

 今しがた見ていた景色と、正気に戻る前に二度揺らいだ景色。
 それらの理由が瞬時に理解できたアルフレッドは、頭を掻いてこう笑った。
「ありがとよ皆! 心配かけちまったがもう大丈夫!」


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 合流した『ワンダレイ』の面々は、アスカが貼り付けたメダルについて話を聞いていた。
「……それで。ヒグラシは一方向に真っ直ぐ飛んだ後、一地点に止まったまま動いていないみたいです」
 虚妄を呼ぶ、この蝉時雨。
 邪神の力を付与されている事に間違いはないだろう。
「それに、またいつ精神攻撃が激しくなるか分からない。今はこれに掛けるしか無いと思う」
「なるほどな……。よし! そうと決まれば出発だ!」
 意気込み、音頭を取るアルフレッド。

 その道中、アルフレッドは顎に指をあて、一度こう呟いた。
「うーん、さっきの幻覚で気になる人影を見たような……」
 気になる言葉に、後ろの三人も耳を傾ける。
 だがその後、豪快に笑った彼の口から出てきたのは、こんな断言だった。
「我に返ると同時に完全に忘れた!」
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

花房・英
不死と再生、彼岸と此岸。
ここはその境とでも言うのか?

夕空に消えるヒグラシ
…彼岸と此岸、ね

未来なんて不確かなものだし、過去なんて碌なモンじゃない
今だって、ほらみろ震えてる
ホント情けねぇ
あの色のない部屋も匂いも何もかも、こびりついて離れないから
でも、過去は過去だ
俺を形作る要素のひとつだから、もう否定はしない

それに、施設の外に出てからは不思議なくらい怖い思い出がない
…もう、怖いことなんてない
そう半ば自分に言い聞かせるように

で? 今度は未来を塗りつぶそうっての?
ホント趣味悪い、さっさと案内してくんない?
後(未来)の予定があんだよ、こっちは

蝶を放ち元凶を探る


 赤く染まる空の端。反対側の地平を彩る藍色の空。
 先ほどまで見ていた景色に似て、けれど明確な違和感を与える風景。

「不死と再生、彼岸と此岸。……ここはその境とでも言うのか?」
 花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は、今しがたの書物の一節を繰り返す。
「夕空に消えるヒグラシ……彼岸と此岸、ね」
 生者も死者もいてはならない世界。
 移ろう事を拒む、狭間の世界。

――カナカナカナ、カナカナカナ。
 そこに響く声に、ざわりと悪寒が走る。
 記憶が引きずり出される、奇妙な感覚。

 色の無い世界。
 立ち込める匂い。

(これは――あの施設の記憶、か)
 脳内のまだ正常な部分で、ぼんやりと考える。
 人ではなく「実験体」だった頃の日々。
 踏み出せば、あの日々が蘇ってくるのでは無いかとさえ思える程に精巧な幻影。
 頭と体にこびりついて、決して離れなかった全てが。そこで受けた苦痛ひとつひとつが、つぶさに思い出されていく。

「……ホント情けねえ」
 幻覚だと分かっていても、染みついた感情はあっという間に立ち返って容易に体を支配する。
 恐怖に、体の震えが止まらない。
 あの頃と同じ黒い感情が足に絡み付いて、思わず拒絶したくなる。
 多くの物を奪った目の前の「あの日々」を。

(――でも)
 けれど。英は、抵抗しなかった。
(碌なモンじゃなくても、過去は過去だ)
 そんな日々でさえ、自分の一部だから。欠けた部分さえ、自分を形作る要素のひとつだと、気付けたから。
(もう、否定はしない)
 はっきりと意思を込め、その過去と湧き上がる感情を正面から見据える。
 すると、幻影が少しずつ薄らいで――いや、彼の中に戻っていった。他の日々と同じ、欠けてはならない記憶の一つとして。

 呼吸を落ち着かせながら、英は胸に手を当てる。
(施設の外に出てからは、不思議なくらい怖い思い出がない)
 心の奥底で首をもたげる、もう一つの恐怖を鎮める為に。
 ……もう、怖いことなんてない。
 それは、半ば言い聞かせるように。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 しかしその声に呼応するかのように、蝉の声がまた高鳴っていく。

 ――いずれまた、あの日々に戻るかもしれない。
 大切な者、好きな物、全てを奪われる日が――。

「で? 今度は未来を塗りつぶそうっての?」
 だが再び思考が誘導されるより先に、そう言葉に出す事で深入りを防ぐ。
 一度幻影を打ち破った英の精神は、先程よりもむしろ落ち着いていた。

「さっさと案内してくんない?後《未来》の予定があんだよ、こっちは」
 やや怒気の籠る声と共に掌を開けば、その上に青白い光のループが描かれる。
 そこから現れる、輝く羽。
 きらきらと光る粉を振り落としながら、蝶々達が真っ赤な空に飛び上がっていく。
 記憶に土足で踏み入り、悪趣味な色に塗り替えようとした張本人を目指して。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ。
 ふわり、ふわり。
 萎んだ朝顔をいくつもぶら下げる生垣の道。
 緩やかに翻る燐光をしっかりと見据えながら、英は蝶の後ろを歩いていく。
 感情を騒がせる声にも、動かない景色にも、もう決して足を掬われないように。



●「帰れない家」
 ヒグラシを追って、あるいはその飛翔した方向を記憶して、もしくは別の方法で。
 猟兵達は、町の外れに一軒だけ建っていた人家に辿り着いた。

 切妻屋根に生垣を巡らし、広がる田の奥、山の麓に敷地を構えている、一見他の家と何も変わりない民家。
 変わっている点があるとすれば、その周りにぐるりと鉄線が巻き付いているという事であった。

 だが、その敷地に一歩足を踏み入れた途端、再び風景が移り変わる。
 全ての色が目まぐるしく掻き回された後。
 猟兵達は山の中にいた。

 正面には、家ほどもある巨大な鉄の檻が鈍く照らされ。
 神隠しにあった子供達は、その中に閉じ込められていた。
大成功 🔵🔵🔵


第3章 ボス戦 『残滓』

POW ●淡紅の雫
【全身を炎で覆い尽くした姿】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD ●散華の嵐
【微咲みと共に獲物の後悔を具現化した幻影】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ ●諧謔の舞
【正気を奪う触手】を巨大化し、自身からレベルm半径内の敵全員を攻撃する。敵味方の区別をしないなら3回攻撃できる。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ジャスパー・ドゥルジーです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●鉄の「人」籠
 囲い込むように響くヒグラシの声。恐らく山の中だろう、この周囲だけ樹々が切り開かれ、背の低い草が覆う地面はやや斜度が付いていた。

 そして、切り開かれた場所に立ち尽くす金属の檻の中で、子供達が囚われている。
 狂気に侵されすぎたのだろう、とっくに限界を迎えた彼らは、諦めのうちにこの世界を受け入れていた。
 うずくまり、耳を塞ぎ、声も上げず、時折痙攣的に見せる身震いの他にはぴくりとも動かない。
 例えばこのまま死する時、彼らはどうなるのだろうか。
 それとも。死という未来さえ奪われた先に、この閉塞した世界の一部となる資格があるとでも言うのだろうか。

「酷いんだよ、その子達」
 突然聞こえてきた声に振り向けば、そこには子供達と同じくらいの年頃の少女が、こちらへと近付いてきていた。
 夕日を受けて朱色に染まる、白いワンピース。
 色白の肩越しに、社が見える。小さな扉に蝉の紋が描かれた、古びた社が。
 彼女の様子はあたかも、今まさにそこから出てきたかのようだった。

「『もっと遊びたい』って言うからここに連れて来てあげたのに、来た途端に泣き出すんだもん。ワガママだよね」
 双眸の赤が見分けられる辺りまで歩み寄った彼女は、無垢な微笑みを崩さないまま檻の方をふいと見やる。
「だから、お仕置き。しばらくあそこで、反省するの」
 ――ああ、でも。
 いたずらっ子のようにぺろりと舌を出して。
「ここには『しばらく』なんて無いんだっけ」
 くすりと笑う。あどけなく、しかしどこか虚ろに。

「あなた達も、もうやめなよ。昨日も、明日も、どれだけ辛くて怖いか分かったでしょ? ずっとここにいさせてあげる」
 遊びの誘いでも掛けているかのような調子で軽く問う。しかし構えを解かぬ猟兵達の姿に、彼女は答えを待たずして言葉を継ぐ。

 ――そう、なら。
 好きなだけ見ると良い。
 何百回、何千回、何万回、何億回。
 狂うまで、狂っても、死ぬまで、死ななくなるまで。

 一瞬、笑顔が悍ましく歪み、彼女の影がぐにゃりと鎌首をもたげ自身の体を掬い上げる。
 影だったものは次々に枝分かれし、赤黒い触手へと変貌する。

 ――カナカナカナ。カナカナカナ。カナカナカナ。
 滝のように降り込めるヒグラシの声は、もはや歌ですら無い。
 喩えるならそれは、無数の哄笑。

 眼前の少女――邪神『残滓』の笑声が、それらと重なっていた。
※POWは物理、SPDは精神攻撃、WIZは物理で対処可能な精神攻撃です。
 正気を奪われて、どのような状態になるかはプレイングに一任されます。マスターページにて例示をしていますが、それらに従う必要はありません。
シャト・フランチェスカ
🔴白い長髪
左の眼窩から桜を咲き零れさせた女
真っ赤な瞳

ほらね
「シャト」、あなたは私に頼らなきゃだめなの
私の中で見ていてね?

私の焔とどっちが熱いか競争しましょ!
理性が飛んでしまうのかしらね
あら、あら、うふふ
くるしんでいるひとは好きよ

鋭く尖った爪で左腕の内側を掻き毟る
茨が縦横無尽にあなたを撹乱するでしょう
気づけば、ほら
桜吹雪が見えるでしょ

どうして人々を連れ去ったのかしら
寂しかったから?
きっと、「あの感情」を一度知ってしまったからね

あなたもきっと
誰かの大切なひとであったのね
だから
ああ
ごめんなさい
焼いてしまうのは心苦しいのだけど
愛を知ってるひとは妬ましい!
私の燃え盛る激情が
妬いてしまう
灼いてしまう!


 白い長髪。
 左の眼窩から桜を咲き零れさせた女。
 ――真っ赤な瞳。

 立っていた。
 シャト・フランチェスカ(侘桜のハイパーグラフィア・f24181)が幻影の中に見た、彼女自身が。
「――ほらね」
 確かにそこにある「自分の」両腕を眺め、くすりと笑う。
「『シャト』、あなたは私に頼らなきゃだめなの。私の中で見ていてね?」

 自分をよそに語らう彼女へ、小首をかしげた邪神は目を細める。
「そうだね、まずは……あなた」
 その輪郭が、ぼうと陽炎のように揺らぎ。直後、激しい炎に包み込まれる。
 およそ文字に表し得ない狂気じみた声を上げ、燃え盛る人影は笑っているようにも、悶えているようにも見えた。
 ただ、確かなのは。業火の中でも薄れない嗜虐の色。
 瞳は、仮初の理性をさえ残さない純粋な悪意に染まっていた。

 しかし、シャトもその声に合わせて嬉しそうに笑う。
「あら、あら、うふふ。くるしんでいるひとは好きよ」
 その言葉が届くより早く、触手に座した邪神は炎の尾を引きながら、目にも止まらぬ速度で地を滑る。
 彼女に向かい、赤く揺れる触手を、篝火のように掲げながら。
 だが、それより早く。

 がりがりと、シャトの鋭い爪が左腕を掻き毟る。
「私の焔とどっちが熱いか競争しましょ!」
 その白い肌から血が噴き出し、刺々しい一筋の帯となって翻る。
 どくどくと尽きぬ流血は、縦に、横に、意思を持ったようにうねり空間に網を掛けていった。

 思考を介さぬ超人的な速度の代償に、邪神の体は望むか否かの判断すら無くその軌道の先へと運ばれる。
 そして、炎に包まれた掌と血の荊棘が触れ合った瞬間。
 ぱっと、焔が開いた。

 それらと触れ合った時、邪神の動きは微かに鈍ったようでもあった。
 それでもその視線と体は流れ続ける血の軌跡を追い続け、無数の火花を散らしていく。

 寒緋桜色の小片が開いては散り、宙を彩っていく。
 輝きながら、ふわりふわりと気紛れに揺れる。
 ただしその桜吹雪は、敵の元に集い。
 その体を、更なる焔で包み込んだのだ。

 色の違う炎と炎が混ざり合い、常に形を変えながら食らい合う。
「どうして人々を連れ去ったのかしら」
 それに気を取られたのだろうか。目標を失ったように足を止めた火だるまに向かい、シャトは平然と問い掛けた。
「寂しかったから? きっと『あの感情』を一度知ってしまったからね」
 過去を、そっと指先でなぞるような問い。
 理性を失った耳には届かない、はずの。

「あなたもきっと、誰かの大切なひとであったのね」
 けれどその時、邪神の動きに意志めいたものが見えたのは気のせいだろうか。

 歪に燃えていた人影。
 一秒にも満たない間に、それは眼前へと迫り。


 ――だから

 ああ、ごめんなさい
 焼いてしまうのは心苦しいのだけど


 そこへ、残りの花弁が四方から襲い掛かった。
 何倍にも膨れ上がった炎によって、邪神の体が火柱に呑み込まれる。
 大気が震えて異様な音を立てる。
 そして、再び。邪神の動きは止まったのだ。

「愛を知ってるひとは妬ましい! 私の燃え盛る激情が、妬いてしまう、灼いてしまう!」
 天を焼くような猛火。
 その前で、シャトの赤い瞳が光を受けて妖しく輝いていた。
成功 🔵🔵🔴

ルムル・ベリアクス
アレンジ歓迎
……!!子供達……生きていてよかった。しかし、これ以上狂気に侵させるわけにはいきません。
あの蝉の紋、ヒグラシの信仰と邪神が結びついた……のでしょうか?今ここで断ち切りましょう。
UCを使い、炎の剣の二刀流で触手を切り裂きます。子供達を守ることを最優先し、危害が及びそうなら【かばう】ことも厭いません。
触手に触れられて正気を奪われれば、剣を取り落としてしまい、今まで救えなかった人々の幻影を見るかもしれません。苦しい記憶に囚われかけますが、決意と共に再び剣を生み出し、斬り払います。
邪神を、オブリビオンを倒すという強い意志で剣から炎を吹きあがらせ、敵に剣を【投擲】して一撃を食らわせます。


「……!! 子供達……生きていてよかった」
 景色が移り変わった直後。
 巨大な檻の隅にうずくまる子供達を見て、ルムル・ベリアクス(鳥仮面のタロティスト・f23552)は一瞬顔を強張らせたものの、まだ息があると知り安堵の息を漏らす。

 彼の視線はそのまま敵である邪神へと移り、そしてその背後の社に釘付けとなった。
 そこに描かれた紋に良く似た印が、彼の手帳の中にも描かれていた。霊を運び、時には霊そのものと同一視されてきた、蝉の紋が。
「あの蝉の紋、ヒグラシの信仰と邪神が結びついた……のでしょうか?」
 霊的な信仰を受けるヒグラシ、そして人を攫う邪神。両者が元々縁無きものなのか、それとも類似する別の存在だったのか、あるいは同一のものだったのか。
 その答えを探る時間も、必要も、今は無かった。
 炎を振り払った邪神は、まだ十分に余力を残していたのだから。

 頬の煤を拭うその下で、肉塊が蠢きみるみる触手が肥大していく。白い布の内側がぼこぼこと脈動し、その裾に隠れていたものも次々と現れ出でる。
 そうして、瞬く間にルムルの眼前で肉の柱が高くそそり立ったのだ。

「――ふふっ」
 捩れた丸太程にまで膨らんだそれらの中心で、邪神がふわりと横に腕を広げる。
 それを合図に触手の蕾は野原全体へと広がり、ゆっくりと蹂躙を開始した。
 重なり絡み合いながら、黒い舌のように樹々や地面をざりざりと這いずり回る。この空間の狂気を凝縮したかの如き、身の毛もよだつ嫌悪感をまき散らしながら。

 無論、それは檻に――子供達にも影響を与えるだろう。
「……これ以上、狂気に侵させるわけにはいきません」
 ルムルは子供達を背に庇い、身構えた。
 左右、指先に持った二枚のカードから炎が迸る。溢れる火炎の一方はルムルの掌に纏わりつき、もう一方は長く真っ直ぐに伸びていく。
 折しも真正面から伸びてきた触手に向かい、両腕を交差させながら振り抜くと。次の瞬間には十字に断たれた触手が、引きつったように反り返りながら炎に包まれる。
 気付けば彼の手には、不気味な煌めきと炎熱を宿す二振りの剣が握られていた。

 とは言え、触手は上下左右から次々に襲い掛かって来る。剣二本でそれらを凌ぎ切るのは至難の業だった。
「あはははは、すごいすごい!」
 その上、ルムルは背後を守る為に回避も満足には出来ない。そんな彼の姿に、邪神は残虐な笑みを浮かべながら、弄ぶように少しずつ攻撃の速度を増していく。
 狙いなど大まかにしか付けない無差別攻撃が、却って予測を困難にする。

 やがて、その時は来た。
 片側から迫る触手を切り伏せた瞬間、ルムルは背後で格子の隙間を狙う刺突に気付く。
 体制を整える暇は無い。
 辛うじて出来るのは、その切っ先に身を投げ出す事だけだった。

「つかまえ、た」
「――っ……!」
 触手が体を突き破る事は無かった。だがそれに触れた瞬間、心臓を鷲掴みにされたように息が止まる。
 
 視界が曇り、再び立ち昇る幻影が敵の姿を覆い隠す。
 惨たらしく地に伏す屍の数々が。
 妙な光を宿す濁った瞳が。
 ――何故そこに立っているのか。
 自分を救わなかったお前が。
 自分が殺されるのをただ傍観していたお前が。
 そう言いたげに、ルムルを眺めていた。

 頭のどこかで、戦わなければいけないと叫んでいる。
 そう分かっていても抵抗出来ない。
 心から戦意が消え、炎が萎む。
 知らぬ内に、二本の剣が滑り落ちた。

 だが。
 完全に動きを止めたルムルを縛り上げる為、脚、腹、胸と触手が巻きついていった時。
 その感覚が、仮面には有り得ぬ肉体の実感が、彼の決意の象徴が。
 もう一度、闘志を呼び起こす鍵となった。

「……はああっ!!」
 身動きの取れぬ中でどうにか懐から取り出した一枚のカード。
 湧き上がる火炎が再び剣の形を作り、さらにはその刀身をも包み込んでいく。
 そのまま纏わりつく太い触手を両断し、炭化していく肉塊を振り解いたルムルは、邪神目掛けてそれを思い切り投げつけた。
 炎の剣はなおも火力を強めながら、四方八方で縦横に巡る触手の渦を矢のように潜り抜け。

 そして邪神の腹を、深々と貫いたのだった。
大成功 🔵🔵🔵

花房・英
自分だけならどうとでもなるけど
仕事だ
保護対象は守らないといけない

檻を中の子どもを庇うたびに
世界が嫌悪に恐怖に染まってく
過去は否定しないと決めたのに
未来どころか現在まで
救いのないものに感じて

やめろ……俺の意識に、入ってくるな……!
我武者羅に振り回す武器は精細を欠くだろう
それでも、俺は……変われる、変わるんだ……
俺は俺のペースでいいんだって……ゆっくりでいいんだって、あいつは言った……!

お前、もう消えろよ
消えろ消えろ消えろ……!!

羽撃く蝶の中に研究所が見えた
薬品の匂いがする
耳障りな大人たちの下卑た笑い声が耳朶を打って

消さないと……全部、消して
違う、けど
俺は帰るんだ……
譫言のように呟いて、蝶を操る


「……ああ、もう」
 いらいらと呟いた邪神の顔はお預けを食らった子供のようで、しかしその根源の歪んだ感情は隠れ得ない。
 壊したいのに、狂わせたいのに。そう言いたげに顔をしかめ、巨大な触手を再び巡らせ始めた。
 「お仕置き」という口実も、子供達が狂うも否も、もうどうでもいいとばかりに。

 だが、彼にとっては違う。
「自分だけならどうとでもなるけど、仕事だ。保護対象は守らないといけない」
 事務的な言葉とは裏腹に、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)の佇まいは一歩たりとも引かぬ決意を帯びていた。

 彼の周りで飛び交う蝶が、触手を食い止めようと纏わりついて動きを封じる。同時に、英自身も果敢に斬り掛かる。

 しかし、その数は余りにも多く。
 防ぎ切れぬものは、体で受け止めざるを得なかった。
「……っ!」
 ぞわり、唾棄すべき感触。
 せり上がる叫びをぐっと堪え、手にしたナイフで触手を斬り落とす。
 腐ったような汁が、更に気分を悪くする。

 その間に忍び寄った触手を、また自分の脚で踏み付けた。
 靴を通して込み上がってくる黒い感情が、視界を、思考を歪ませる。

(過去は否定しないと決めたのに――)
 怖い、またそう叫びたくなる。
 希望が、日々が、呆気なく崩れ去っていく。

 先程と同じく、いやそれにも増して。
 未来も、今こうしている自分の姿も。
 全てが絶望に、真っ黒い一本道の途上にあるような、果てのない虚脱感に身を委ねてしまいそうになる。

(やめろ……俺の意識に、入ってくるな……!)
 汗を垂らし、沈む意識を懸命に繋ぎながら、次なる触手へと立ち向かう。
 だが、その動きは目に見えて鈍っていた。

「……へーえ、そこまでして守りたいんだ。良い人ぶっちゃって」
 心を削りながら戦い続ける英の姿に、邪神は興味深げに目を細めた。
 そしてまた、嬲るように、限界を試すように触手を操る。

 明滅する景色は、とてもまともには見られない。
 触手が触れた部分は、引きつりそうな程の忌避感に苛まれている。
 檻も子供達も、とっくに意識から外れそうになり、けれど。
 英はまだ、必死に彼らを庇い続けていた。

「それでも、俺は……変われる、変わるんだ……」
 触手が腕を絡め取る。
 もう片方の腕で強引に引き剥がし、刃を突き立てる。

「俺は俺のペースでいいんだって……ゆっくりでいいんだって、あいつは言った……!」
 言い聞かせるように口に出していた言葉さえ、いつの間にか黒い感情に歪んで。
 最後にはただ、呪詛にも似た一言が繰り返されていた。

 ――お前、もう消えろよ。
 消えろ消えろ消えろ……!!

 憎しみと共に振るわれる刃の先で、蝶の羽が踊る。

 その残像と燐光の中に、研究所が見えた。
 邪神の姿は白く滲み、触手は影のように沈み。
 焦げるような炎の臭いは、薬品の匂いへ。
 ヒグラシの声は、下卑た大人たちの笑い声へ。

 何もかも、あの頃の通り。
 溺れそうな意識の片隅で、踏み込んでしまったのだと知る。
 幻影への、一歩を。
 
「消さないと……全部、消して……違う、けど――」
 喘ぐような浅い呼吸の合間に、言葉が漏れ、そして意味を紡ぐ前に霧散する。

「――俺は帰るんだ……」
 譫言のようなそれらの呟きが続く限り、英は戦いを止めなかった。
 いくつもの命を、背に庇い続け。

 そうして積み上げた触手の残骸の山は、彼らを救った回数に等しかった。
成功 🔵🔵🔴

スキアファール・イリャルギ
捕らわれた子たちは昔の私によく似ている
心を壊された私に
歌を拒絶された私に
歌を強要された私に――?

そうだね
過去も未来も辛いことばかり
人間で在ることを否定される夢を毎晩見るし
奇異の目を向けられる日々だ
周りが私を怖がるんだ
私だって周りが怖いのに!

……さみしいよ
好きで怪奇になったんじゃない
人間の儘で居たかった
幸せな時間の儘で、居たかった――


(ひかりが瞬く
優しくて、あたたかい)

……うん
そうだね
辛くても間違ってても進むしかないんだ
もう戻れないのだから……

真の姿(泥梨の影法師)を解放
寄り添ってくれるきみを抱いて
炎(属性攻撃)で敵を焼却

嗚呼
うるさい
もう飽きたよ
とっくに私は狂ってんだ
――あなたの救いは要らない


 血も流れない、風穴が開いた邪神の腹。
 戦いの間に赤黒い肉が内側から這い出して、いつの間にか傷口は塞がっていた。
 その様は、まさしく「化け物」と呼ぶのが適当だろう。

 目の前の異形を見据えつつ、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)はちらりと檻の中を見やった。
 その時、震える唇が「怖い」と紡いだように見えて、静かに眉をひそめる。

(捕らわれた子たちは昔の私によく似ている)
 いつともなく降り掛かる悪意に怯えるその姿に、彼は自分の姿を重ね合わせていた。
 彼らの視界に何が映っているのかは分からない。けれど、きっとそれは「あんな」光景なのだろう、と。
 心を壊され、歌を拒絶され、そして――恐らくは強要され。
 何もかもが敵意を持っていた、「あの頃」と同じような。

 見せられた景色、あれは幻影だ。しかし同時に紛れもない過去でもある。
 打ち破ったとしても、無くなった訳ではない。

 ――昨日も、明日も、どれだけ辛くて怖いか分かったでしょ?

 邪神の問いを反芻する。
「……そうだね。過去も未来も辛いことばかり」
 のたうち回った触手の邪気が、心を歪ませている可能性はある。
 それでも、今。嘘をつく事は出来なかった。

 消せない惨禍はやはり今も、そしてきっと永遠に、心を蝕み続ける。
 過ぎ去った日すら新たな苦い記憶としてこびり付き、次なる恐怖の糧となる。

 夜、人間で在る事を否定される夢を見て。
 昼、それと同じ「眼」を現で見る。
 敬遠され、拒絶され、恐れられ。
 その度に傷付いている事に、自分でも気付いていた。

(――周りが私を怖がるんだ。私だって周りが怖いのに!)
 スキアファールは体を撫で、そこに巻かれた幾重もの包帯と、その下で胎動する「あの姿」を厭う。

 ……さみしいよ。
 好きで怪奇になったんじゃない。

 人間の儘で居たかった。

 幸せな時間の儘で、居たかった――。

 ぽつり、言葉が零れた。
 黒く捩れた心の底で、それでも消えない想いが。

 消えない過去。
 変わらない未来。
 それらの苦しみから逃げたいと思わないか、そう問われれば――。

 ――ちかり。
 邪神が植え付けた思考の迷路に迷いかけると、また「ひかり」が瞬いて。
 惑い掛けた意識を握り直し、大丈夫だ、と微笑を返す。
「……うん、そうだね」
 優しく、あたたかく、小さな、その輝きに。心強さを感じながら。

 スキアファールは、包帯を解く。
(……辛くても間違ってても進むしかないんだ)

 否、という答えの代わり。
 スキアファールの体が、霧のように空気へ溶け出していく。

 ――もう戻れないのだから……。

 紅の野に降りた黒い影。朧な輪郭は霧とも液体ともつかず、至る所で無数の眼が蠢き口が開く。そこから漏れ聞こえた声の一端は、正気を奪うまでに悍ましい。
 およそ人とはかけ離れた、正視し難き冒涜の異形『泥梨の影法師』。
 彼の、真の姿だった。

「それが、あなたの正体?」

 邪神の声が脳に――思考に響く。
 それは、押し寄せる巨大な触手一本一本から聞えているようにも感じられた。
『愛されない、受け容れられない』
『怖がられる、気味悪がられる』
『最期はきっと、殺される』
『それとも――殺す?』
 無数の騒めきが心を掻き乱そうと響き渡る。
 それでも、傍らのひかりはしっかりと感じられていた。

(嗚呼。うるさい、もう飽きたよ)

 ぎろりと開いた眼の先で、触れそうな程に近い触手から炎が上がる。
 灼熱の内にのたうち回って、もがきながら崩れていく。

 とっくに私は狂ってんだ。
 ――あなたの救いは要らない。

 はっきりと決別の意志を込め。
 スキアファールは、肥大した触手の全てを焼き尽くしていった。
大成功 🔵🔵🔵

小犬丸・太郎
【SB】
アドリブ、マスタリング歓迎

_

【POW】

…昨日も、明日も、
そうだな。辛くて怖い。
振り返れば悔悟に塗れた過去があって、
どれだけもがいて前へ進もうとしても、泥に足を取られて上手く進めない。
独り善がりなんじゃないかとさえ思う。

それでも立ち止まるわけにはいかないんだ。
例えこれが自己満足の独善でも、前に進もうとする意志を挫いてはいけない。足を止めてはいけない。
それが俺の贖罪で、責任だからだ。

「──零式、起動」

子どもたちを最優先に庇う。
だが、ヤナエさんや幸路の盾にもなろう。
見せられた幻覚…いや、『過去』と『己の心』には惑わされない。
全てを受け入れ抱えて、俺は敵を見遣り

ユーベルコードを、発動する


光環・幸路
【SB】
WIZ

純粋な気持ちを蹂躙するような行為は感心しないな。
ヤナエも言ってるだろう?
『檻だって閉じ込めるものは選ぶ』って。
……全く、その通りだ。

「──折角だし、腹の中、見せてあげるよ。」

別に、開き直った…とかそういうのじゃないから。
ヤナエもタローも、こっち見ないで。

UCを発動
檻からどろりと溢れ出す淀み
波打ち拡がる、真っ黒な闇
攻撃を弾き返すだけでも2人の為の時間稼ぎくらいにはなるだろうか

「思い出して、」

(嘗て君もこの子等のように─、)

僕は君の過去も今も、ありのままを守りたい。
だって、君に檻は似合わないから。

顧みるチャンスをあげるよ。
但し、一度きり。一度きりだ。


ヤナエ・シルヴァチカ
【SB】POW
おや、あまり気持ちの良い光景じゃないな
軽口をひとつ
檻だって閉じ込めるものは選ぶ
そうだろ?

溢れ出すのは湖の名残
辺りを覆う靄
霧散した様な不可視の五体
私の最も嫌うそのもの
けど、2人がいれば
何故だか気持ちは晴れやかだ

真の姿で靄の中から応戦
炎には靄
攻撃には銃弾を

失うくらいなら今で止めたい
でもそれは私の理由だ
他を侵す理由にならない
そう思ってしまう、悔しい事にね

理性さえ忘れたかい?
神出鬼没に気配を現し、気を惹く
後輩が守りたいものを存分に守れるように

小犬丸くんがUCで隙を作ってくれたのなら畳み掛けよう
靄から姿を顕しUC発動
気配を殺し、不意の一撃を放つ

ー社、隔離された廃墟か
…いいや、よそうか
お休み


「おや、あまり気持ちの良い光景じゃないな。檻だって閉じ込めるものは選ぶ――そうだろ?」
 ヤナエ・シルヴァチカ(forget-me-not・f28944)が軽口をひとつ。

「……全く、その通りだ」
 それに軽く頷き、光環・幸路(パンドラ・f29051)が軽く息を吐く。

「……昨日も、明日も、そうだな。辛くて怖い」
 最後に邪神の問いに答えつつ、小犬丸・太郎(夜に駆ける・f29028)が檻の前に立ちはだかり刀を抜く。

 幻影の微かな残り火は、まだ彼らの胸の奥で燻っているのかも知れない。
 こうして、戦おうと、生きようとする事さえも。
 ともすれば罪深い、あるいは無価値な抵抗だと、思考を迷わせるように蠢いているのかも知れなかった。

 このまま、悔悟の泥に沈んでしまえば。軋む歩みを止めてしまえば。
 振り返らずに済む。歩まずに済む。至らずに済むのだと。
 あの悔恨を、この道筋を、あの末路へ。
 それはきっと、最も楽で安らかな道なのだろう。

 しかし、彼らの顔はもうその虚妄に囚われているようには見えなかった。

「失うくらいなら今で止めたい。でもそれは私の理由だ、他を侵す理由にならない」
 ――そう思ってしまう、悔しい事にね。
 ヤナエの体から灰白色の重い霧が立ち昇り、彼女の肉体さえもそれに溶けていく。
 内から聞こえる声は奇妙な反響を帯び、それでも伝わる程に晴れやかだった。

「──折角だし、腹の中、見せてあげるよ」
 ――別に、開き直った……とかそういうのじゃないから。
 僅かに向いた二人の意識を戻すように、そう呟いて。
 幸路の体からどろりと這い出した淀みが、さざ波立って宙に広がっていく。

「それでも立ち止まるわけにはいかないんだ。それが俺の贖罪で、責任だからだ」
 ――零式、起動。
 太郎が揺るぎ無い瞳で邪神を見据え、刀を抜く。
 白と黒に彩られた赤い野原に、銀の光が瞬いた。

「――そう」
 笑みも怒りも無く、邪神は言葉を漏らし。
 その後に続く言葉と表情は、空気の燃える音と焔に掻き消された。

 邪神の触手がぐわりと広がり、無数の紅槍となって吹き荒れる。
 その切っ先で地を砕き、その火炎で野原を焼き。
 焦熱を纏う殴打と刺突と斬撃が、三人へ、檻へと迫る。

 だが、質量を持つ暗闇が壁のように立ちはだかって。
 その間隙を縫う銃弾に軌道を曲げられて。
 そして、その先で待ち構える、迅雷のような斬撃に切り裂かれて。
 全てが届く前に、墜ちていく。

 燃え盛る人影は、それら激しい打ち合いに引き寄せられたように、あるいは癇癪を起こしたように。
 構えた触手を露払いに伴いながら、尋常ならざる速度で突進し――その先でたたらを踏む。
 四方に拡散した靄の一部で、不意に「何か」が凝集し。邪神の過敏なまでに研ぎ澄まされた感覚が、捉えたそれを咀嚼する前に体を動かしてしまう。
 一瞬の内に、炎の爪が幾筋もの赤い弧を描く。猛烈な熱風と共に焔が飛ぶ。
 だが、霧の肢体はそれらを潜り抜けていると誰の目にも明らかだった。
 何故なら仲間と、そして仲間が守ろうとするものに届きかねない火球だけは、その軌道上で不可思議に揉み消されていくから。

 邪神が身に纏った火炎が徐々に衰えていく。火影の先で露わになりつつある顔へ、幸路が呼び掛けを試みた。
 彼女が顧みてくれるよう、願いを込めて。

「思い出して、」
(嘗て君もこの子等のように――)
 その時、虚ろだった邪神の眼に初めて人間らしい感情と呼べるものが映った気がした。

「僕は君の過去も今も、ありのままを守りたい。だって、君に檻は似合わないから」
 呼び掛けながら手を差し伸べる。その先で、少女の顔は苦し気に歪む。
「わ、たしは」
 その表情は、過去に苛まれ、未来を恐れているようだった。
 檻の中にうずくまる子供達と、そしてもしかしたら幻影を見た彼らと、同じように。

「……ここから、出たい」
 絞り出すような声と共に、邪神の白い腕が伸びる。点々と残る痕がついた、白い腕を。

 だが、二つの手が交わるより速く。

「――なんちゃって」

 いつの間にか少女と同じ程にまで肥大していた一本の触手が、幸路の腹を抉った。

「勘違いしてるみたいだから教えてあげる。この体はただの器、記憶なんて残ってないの。……残念でした」
 裏切りと反撃の悦びに潤む赤い瞳。
 肉塊が脈動し、全ての触手が瞬時に巨大化して鎌首をもたげる。
 そこに浮かぶ、嗤うように彼を見下ろす無数の眼をぼんやりと眺め。
 幸路は、そっと眼を閉じた。

(――もう、戻れないんだね)
 それはきっと、偽りでは無いだろう。
 けれど、その前に紡いだ言葉にも嘘は無いという確信があった。

 一つ、あの表情に偽りを感じられなかった。
 二つ、腹に伸びる触手が、抵抗も無く彼の檻に収まった。
 三つ、邪神は確かに、耳を傾けていた。

 すぐ傍に二人がいた事さえ、忘れる程に。

「――オォォッ!」
(もう惑わされない。幻覚――いや、『過去』と『己の心』には……!)
 肉薄する太郎の刀が雷光を宿し、夕陽の赤を吹き飛ばす鮮烈な光が野に満ちる。
 迷いを断ち切ったその刃が、触手の隙間に見える邪神の体を突き抜けた。

 びくり。
 全ての触手が痙攣し、天を衝くような動きと共に萎んでいく。
 かっと見開いた全ての眼には、明らかに何も映ってはいない。

 紛れもない、好機。
 棚引く白い靄が集い、再びヤナエの体を形作る。
 浮かぶ拳銃はその手に収まり、銃口は逆巻く触手を突ける程にまで近付いていた。

(――社、隔離された廃墟か)
 触手の隙間から覗く少女の姿は、まるで黒い檻に囚われているようにも見える。

(……いいや、よそうか。)
 巡りかけた思考を区切るように、「お休み」と呟き。
 指先に軽く力を込めると同時に吐き出された銃弾は、不可視の力を纏って。
 触手の群れと邪神の胸部を、消し飛ばした。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

尾守・夜野
■ワンダレイ
呼び方1章同様
人格は引き続き私(女性人格)

私大切な物程壊したくなるの
だから私は私に敵を大好きに
他人はどうでもいいと思うように暗示をかけてるわ

実際何て覚えてないから知らないけど

その状態で狂気にかられても更に貴女を壊したくなるだけよ!

触手は黒纏任せ!エロはNG
子供らは既に邪神の卵として見てるわ

残滓をマーキング、似た波長を持ち既に引き返せない物(子or日暮)を類似性から同一視
一つの敵として呪詛り結果的に 範囲を拡大
燃やし尽つくす
敵を倒せば戻る子は省く

けど基点は敵対する物だからね 戦場覆い尽くすぐらいは広がる筈よ
戻れる範囲は仲間(人)判定
仲間は勿論仲間故に強化
ならこの戦場負ける気はしないわ


地籠・陵也
【ワンダレイ】アドリブ歓迎
まずは子供たちを……放ってはおけない!
【破魔・属性攻撃(光)】の術式で檻を壊せるなら破壊、【結界術・オーラ防御】で少しでも狂気の浸透を抑えられるよう試みたい。
その後はその場に留まり【指定UC】で騎士を召喚して【浄化】の力を広範囲に広げる。
敵の触手による攻撃は騎士たちが斬り落とすか【かばう】ことで被害を抑える、仲間への攻撃もある程度肩代わりができるハズ。
あとは後方から子供たちに攻撃が及ばないよう結界を展開しながら【多重詠唱・高速詠唱】で後方から援護攻撃するよ。

酷い?わがまま?
……ふざけんのも大概にしろよ。
よくも子供たちをこんな目に遭わせやがったな――絶対に許さねえ!!!


アスカ・ユークレース
【ワンダレイ】
なんでしょうね、この言語は通じるのに根本的な所ですれ違ってる感覚は。まあ分かりたくもないけど。

さて、私は邪神の足止めといきましょうか?幸い狂気耐性はありますし、これ以上余計なことされたら困りますしね。子供を、仲間を巻き込もうとしたらすぐに魚が貴方を襲います。


……大人しくしたところで見逃すつもりもありませんが。じっとしてたら何もしない、とは一言も言ってないし。



騙し討ちは、得意なんですよ?

アドリブ歓迎


アルフレッド・モトロ
【ワンダレイ】

お前の言う通り
辛い事は山ほどあるさ
でも楽しい事や嬉しい事も同じだけ存在してるんだぜ
過去も未来も無いこんな所に居るお前はもう
覚えていないのかも知れないな

…連れ去った人達を帰してもらうぞ

俺は蒼炎を派手にブチ上げて敵の注意を引き付ける
陵也や子供たちの方へなるべく被害が行かないようにしたい

『残滓』……か
元々はあの子も普通の子供だったんだろうか?
ただ燃やし尽くすだけで良いワケないよな
俺の気も進まん

まだ『送り火』の使い方は慣れてないが、なんとかしてみよう
なあに【気合い】があれば何でもできる!

あの子が安らかでいられるよう
俺も全力を尽くさなければならない!
【捨て身】で行くぜ!

(連携アドリブ歓迎)


 彼らの視線の先で、またしても再生する邪神の肉体。
 とは言え、その余力は尽き掛けている。足元の肉塊は一目で分かる程に縮み、軽口を投げかける事も無い。
 邪神はそれでも衰えぬ純粋な敵意を持って、力を振り絞るような身震いと共に触手を聳やかす。
 節々が膨張し、縮小しながら、もう一度苦しげに巨大化していく。

 アルフレッド・モトロ(蒼炎のスティング・レイ・f03702)は目を細め、夕空を衝くように戦慄く肉の林を眺める。
(お前の言う通り、辛い事は山ほどあるさ。でも楽しい事や嬉しい事も同じだけ存在してるんだぜ)
 
 あの邪神が、いつからここに居て、その前は何だったのか。
 答えは、きっと彼女自身にも出せないのだろう。
 狂気に濁った、あの瞳では。

 ――過去も未来も無いこんな所に居るお前はもう、覚えていないのかも知れないな。
「……連れ去った人達を帰してもらうぞ」

 決別を示すように蒼炎が噴き上がり、周囲を青に染め上げる。
 執着を具現化したような世界の中で、それらを鎮める送り火。
 それは、赤く沈む世界の中では余りにも眩しい光だった。


 ――キイ、ィン。

 その、ほぼ真逆の位置で。
 地籠・陵也(心壊無穢の白き竜・f27047)の光と破魔を込めた魔力が檻を揺らし、鋼が打ち合うような音を立てる。
 邪悪な存在を祓い清めるその力でさえ、一撃で破壊するには至らない。
「諦めるかっ!」
 二度、三度。ともすればこの世界で最も――社より、邪神よりも堅固なのでは無いかとも思えるそれに向かい、手にした杖に魔力を込めて。

 やがて、格子の数本がへし折れ。すかさず身を滑り込ませた陵也は、子供達の一人ずつに手を翳し、優しい光で包み込んでいく。
 涙が筋を描いた子供の顔に、怯えながらも救いを見つけたような表情が浮かんだ。
 ところが、これもまた幻覚だと思ったのか。彼らは何も言わず、再び床の上に視線を戻してしまう。
 皆が生きている事を安堵すると同時に、受けた恐怖の深さを目の当たりにし。
 陵也の心は、怒りに震えていた。

「酷い?わがまま? ……ふざけんのも大概にしろよ。」
 ぼそりと呟き、彼らを庇うように立ち上がると、格子の奥の邪神を睨み付ける。

「よくも子供たちをこんな目に遭わせやがったな――絶対に許さねえ!!!」
 体の奥底から憤怒の叫びが上がる。
 それに呼応し、空気中から光が集い人型を為す。
 具現した騎士達が檻の前に並び、決して引かぬ彼の意志を示すように一斉に剣を抜き放った。


 二つの光を目掛け、狂乱する大蛇の如き触手が交差し、捩れ合い、手当たり次第に穢しながら、全てを押し流すように疾走する。
 同胞であるはずのヒグラシが、狂気に囚われ墜ちていく事にも、もう気付いていないらしかった。
 
 波打つ触手の間を縫い、一つの弾丸が邪神の体を穿った。
 反射的に、一本の触手がその方向を浚い――気圧されでもしたように、びくりと跳ね返る。

 近付く事さえ忌まわしい狂気の結晶が、すぐ傍にある。
 けれど、尾守・夜野(墓守・f05352)は確かに笑ったのだ。

「私大切な物程壊したくなるの。だから私は私に敵を大好きに、他人はどうでもいいと思うように暗示をかけてるわ」
 朧気な記憶よりも遥かに強い、身を焦がすような情動。
 赤い瞳に、狂愛の灯を宿して。
「その状態で狂気にかられても更に貴女を壊したくなるだけよ!」
 
 ――ゆらり、ゆらり。

 周囲で踊る炎の蝶。
 邪神に刻まれた印のような傷跡から、一匹また一匹と、門を潜るように現れる。

 突如、邪神の体が、触手の表面が炎に包まれた。そう思う間もなく樹々の枝が次々に燃え、ヒグラシの悲鳴が上がる。
 いつの間にか、きらきらと火の粉が輝いていた。触れる者全てに審判を下す、火の鱗粉が。

 その基準は明快である。
 邪神は無論の事、「あちら」に踏み込んでしまったもの全てを容赦無く焼き尽くす。
 同時に、「こちら」にある者を癒し、力を与える。
 子供達さえも例外でなく、いや新たな邪神の卵となり得る彼らだからこそ。
 夜野は、その波長をつぶさに調べていた。

 その差は僅か。確かに彼らは人としての生から離れつつあり。
 かつ、その差は果てしなく大きかった。
 檻の中で、陵也の傍で、炎が上がる事は遂に無かったのだから。

 次は縛ろうとでも言うのか、硬直から解けた触手が召喚を止めるべく夜野の体に伸びる。
 しかしその瞬間、弾丸のような光の群れが赤黒い肉を削り、貫き、喰らい尽くした。

「じっとしていて下さい。子供を、仲間を巻き込もうとしたらすぐに魚が貴方を襲います」
 鱗を煌めかせながら宙を泳ぐ、魚の幻影。
 燐光が焦げた野原の上で飛び回る。
 その奥に、弩を構えるアスカ・ユークレース(電子の射手・f03928)の姿があった。

 アスカの警告を無視して、いや炎を受けた為かより一層勢いを増し、無秩序に、触手の怒涛が暴れ回る。
 上下も左右も無い、獣じみた動きで。

 それでも、彼らには届かなかった。

 舞い踊る蝶が落とす焔。
 飛翔する魚の軌道は刃物のように正確に。
 並ぶ騎士達の剣は鋭く閃き、彼らの背後からは絶えず魔力が吹き荒れる。
 そして、眩く燃える蒼い炎が間欠泉のように立ち昇る。

 焼け落ちるか、撃ち落されるか、斬り落とされるか。
 違いは、そのいずれかでしかなかった。


 触手は翻弄の内に着々と数を減らし、やがて少女の姿が見え始める。
 開かれた視界の中で、邪神はちりちりと焼かれながら動きを止めていた。
 浮かぶ光の群れを、ぼうと眺めながら。

 ――せめて痛くないように、あなたの炎で送って。

 邪神は、初めて気が付いたように、アルフレッドに振り向いてそう呟いた。
 神妙に瞳を閉じたその顔は、戦いの後とは思えぬ程、穏やかに見え。


 だが、しかし。
 それですら、欺瞞に過ぎなかった。
 アルフレッドが歩み寄って来るのを見計らい、紅い炎が噴き上がる。
 捨て身の突進を繰り出す為に。

「――ッ!?」
 けれど、足元の肉塊はぴくりとも動かない。
 いつの間にか、縛り付けるような光の環が何重にも絡み付いている。
 その輝きは、魚の幻影と同じ燐光を帯びていた。

「……じっとしてたら何もしない、とは一言も言ってないはずです」
 ――騙し討ちは、得意なんですよ?

 悪足掻きの不発を見届けてから、警句の続きを口に出し。
 アスカが、微笑を浮かべた。


 焦れたように肉塊を叩く邪神へ、アルフレッドが手を翳す。
 なりふり構わず逃れようとしても、固着した肉塊から離れる事は出来ない。触手はどれも蚯蚓のように力なく縮こまっている。
「……もう、おわり?」
 絶望したように、ぽつりと呟いた邪神の顔を、彼女が纏う紅炎を、蒼い炎が呑み込んでいく。

(……元々は、この子も人間だったのか?)
 アルフレッドの脳裏で、薄っすらと考えていた可能性が浮かぶ。
 この世界で見た幻影。もしこの子も、あんな光景に苛まれていた一人だったなら。
 その果てに、過去と未来を捨ててしまったのだとしたら。
 答えの出ない疑問を、割り切れない思いを、せめて、安息への祈りに変えて。


 ――憎い。恨めしい。許さない。

 炎に包まれる邪神は、焦点の合わぬ目で呪詛を吐き続ける。
 それは、忘れまいと自分に言い聞かせるようでもあった。

 その声はいつしか無数の老若男女の声と重なっていく。
『――憎い。恨めしい。許さない。助けを求めて開いた喉に土を押し込んだ。逃げる背中に刃を振り下ろした。木に縛って獣に喰わせた。縊り殺した、斬り殺した、見殺しにした――』

 そして、蒼炎が揺らぐ度に、眼を見開く肉塊の襞が燃え尽きる度に、声も一つひとつ消えていく。
『忘れられなかったのに。全てを晴らして忘れたかったのに。ようやく、器が……――』

 最後に、一つの声だけが、ピントが合ったように取り残された。

「それでも、独りで耐えたのに。私は――」

 それはやはり、少女の声だった。
 触手が上げる怨嗟の断末魔に掻き消され、正確に聞き取る事は出来なかった。

 けれど唇を読む限り、きっとこう言ったのだろう。

 「――どこにいけば、よかったの」と。

 蒼い炎が燃え尽きた時、飛び散っていた触手の残骸も共に失せ。
 邪神の気配は、滅び失せた。


――カナカナカナ、カナカナカナ。

 断末魔が夕空に消えた、その時だった。
 激しい地響きと共に、世界が崩れ始めたのである。

 太陽が、入道雲が、遠くの山々が、絵のような全ての風景が、等しく真っ暗な虚無に落ちていく。
 逃げ場を探そうにも、崩壊は全ての方向から迫って来ていた。

 樹々も檻も噛み砕かれるようにして、粉微塵になって消え。

 最後に残っていた社も、地面も消えて。

 沈むとも浮かぶとも取れない感覚と共に、猟兵達は彼方へと投げ出された。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

●暮れない日が、沈む時
 奇妙な感覚が通り過ぎた後、猟兵達はほとんど同じ風景の中に横たわっていた。
 囚われていた子供達も、すぐ近くで揃って気を失っている。治療は必要だが、ひとまず命は助かったと見て良さそうだ。
 そこは、現実だったのだから。

 樹々はざわめき、ヒグラシの声に混じってせせらぎのような音も聞こえてくる。
 あの世界から、抜け出せたのだ。

 しかし、そう緊張を緩めたその時。
 遠くの山影も見えない程に空が暗く、星さえ瞬いている事に気付く。
 だというのに、辺りは朱色の薄明りに染まって。
 未だ聞こえる、蝉時雨――。

「社が……」
 誰かの呟きに振り向けば、そこには、あの野原で見たものとよく似た社が立っており。

 それが、赤い炎に包まれていた。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ。

 火焔の中から、ヒグラシの歌が届く。
 あの空間でそうだったように、頭の中で声を作り出す。
 苦しそうな、少女の声を。

 ――お願いです。

 私を連れて行ってください。
 ここにいるのは耐えられません。

 元気だった頃を懐かしむのも、皆の嫌な眼を思い出すのも。
 きっと良くなると自分を騙すのも、明日にどうなるかを考えるのも。
 全部、ぜんぶ嫌いです。

 私の居場所は、どこにもありません。
 いえ、もうずっと長い間、ありませんでした。

 ……だから、どうか。
 もう何もいらないから、どうか、私を――。

 ――カナカナカナ、カナカナカナ……。


 目の前で、社だったものが瞬きする毎に燃え崩れる。
 火の勢いは徐々に衰えていき、赤々と照らされる草木と廃墟に夜の帳が下り始める。

 まるで、それは。
 ここにだけ置き去られていた夕焼けが、ようやく沈もうとしているかのようだった。

 遠く、どこまでも遠く薄らいでいく、たくさんのヒグラシの声を伴って。

 茜色の、『残滓』が。

 ――カナカナカナ、カナカナ……。


●エピローグ・初秋の訪れ
 事件から暫く後、猟兵達の元に簡素な書類が届いた。
 子供達の治療が完了し、平和裏に事が終結したという喜ばしい報告の後、得られた情報を基に行われた調査の第一報が述べられていた。

 件の廃墟はやはりかつて、ごく僅かな期間に限り、療養所に近い施設として利用されていたそうだ。
 と言っても、山小屋を転用した即席のものであり、明確な所有者は存在しない。
 何故ならそれは、とある少女の為だけに用意されたものだったからだ。
 より正確に言えば、奇病を隔離する為に。

 日付のまばらな日誌らしきノートからは、『燃えるような』発作を伴う、治療法はおろか原因も分からぬ奇病である、という以外を解読する事は出来なかった。
 それを記した医師であろう人物ですら、恐怖で詳細を残し得なかった不可解な病。
 呪術や禁忌の類だった可能性も十分にあるが、今となっては調べる方法も残っていない。

 その忌まわしい立地、まるで整えられていない施設の形跡、最低限以下の介護の履歴、多くの空瓶から検出された一時凌ぎの鎮痛薬あるいは解熱薬、日誌の端々から滲み出る嫌悪と畏怖の情。
 それら全てが、少女に注がれた蔑視と孤独を露骨なまでに物語っていた。

 そんな彼女の扱いに、親や親族がどう反応したかは分からない。
 ただ事実として、彼女が家に戻る事は無かった。
 そしてまた、墓が作られる事も。
 ノートは『少女は消えた』という、解放されたように躍る六文字で唐突に終わっていた。
 少女はろくに探されもせぬまま、山に眠る「穢れ」の一つとして忘れ去られたのだ。今までずっと、そうしてきたように。

 もし、彼女が。

 少女を救ったヒグラシの昔話を知っていたら。別世界に繋がるという社の噂話を知っていたら。
 すぐ傍に建っていた「はず」のあの社に、こう願っても不思議は無い。

 昔話のように、自分を導いて欲しいと。
 噂話のように、自分を攫って欲しいと。
 「檻」に繋がる家ではない場所へ。
 前も後ろも覆い尽くす闇から逃げられる、どこかへ。

 そう、祈ってしまっただろう。

 長きに渡って積み重なってきた暗い記憶の標に。
 怨霊を運び、そして「あちら」に留め続けるよう願い描かれた蝉の紋に。
 それら死者の世界に橋渡しをすると信じられてきたヒグラシに。
 自身の体を明け渡す、その願いを。

 彼女は悪意にその身を差し出し。器と、人ならざる存在となり。
 同時に、あの孤絶した空間に閉じ込められたのだ。
 皮肉にも、それを為した逃避の願いと、鎮魂の信仰によって。


 もちろん、これらは推測に過ぎない。
 伝承が当時と変わっていないとは限らないし、その少女が邪神となったという確証も無い。

 それに、何故今となって動き出したのかも想像の域を脱しない。
 考えられるとすれば、どこかの邪神もしくは狂信者がこの地を訪れたか、不届きな動画撮影者が何かの刺激を加えたか。
 はたまた邪神自身がそう言ったように、子供達の声が鍵となってしまったのか。

 けれど、もしかすると。
 門を開いたのは、こちらのヒグラシだったのかも知れない。
 人が自分達に託した「橋渡し」という役目が、信仰という力が、完全に消えてしまう前に。
 閉じた永遠の中で独り、自分のものですら無い悪意に狂い続ける少女の為に。
 それが、共に邪悪を解き放つ事を意味するとしても。
 ――いや、それは余り感傷的過ぎるだろうか。


 いずれにせよ、残滓は拭い去られた。
 悪意は散り、社は燃え落ち。
 風習は理由も無い仄かな印象となり、それすら過去のものとして人々の記憶から消えつつある。
 二度と、「あの日」が蘇る事は無いはずだ。

 無数の蝉が地に墜ち、静かに天を仰ぐ。
 彼らの視線の先では、秋の星々が巡っている。
 訳も知らぬ昔日の翳りを取り払われた街は、穏やかな眠りを取り戻しているに違いない。

 晩夏の日は、暮れたのだから。


 ――それでも。

 夏が来る度に、あの山で、あの街で、ヒグラシ達は鳴くのだろう。

 何かを思い起こさせるような、過ぎ去った日を惜しむような、あの物悲しい声で。

 「あの日」と変わらぬ、あの歌を。

 たとえ、それを知る者が、もう誰一人として居なくとも。


 ――カナカナカナ、カナカナカナ……。

最終結果:成功

完成日2020年09月27日
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