迷宮災厄戦⑱-8〜食通オウガ・オリジンの難儀なる食卓
「オウガ・オリジン……ついに明らかになった今回の大将首的存在ですが」
妙に重々しく言いながら、楚良・珠輝が手元のマグを口に運ぶ。
ふぅ、と息をついてマグの蓋を締めながら、珠輝は言葉を続けた。
「多芸ですよね」
言っちゃうかそれ。
「ダンスに作法に感情制御、おまけに空中機動力に変身能力、そして戦闘力。僕は昨日『こういう登場人物を出したいんですが』って試しに編集さんに聞いてみたら、設定に目を通した次の瞬間『盛りすぎです』って突っ返されたんですけど」
試しにってことはやっぱり却下されると思ってたのか。
「ちなみに非常に緻密な味覚を持っていますが、非常に残念なことに『見た目は美しくかつ有害な料理』でなければ栄養補給ができないそうです。ある意味究極の悪食ですね」
ちなみに有害とは毒が仕込まれているとか、針が仕込まれているとか、素材自体が危険とか、危険性の高い虫を発酵に利用したチーズ(虫ごと)とか、素人が適当に捌いた内臓に致死毒を持つ魚とか、そういうやつである。
これらから有害な効果を受けず普通に美味しく食べられるとか、ある意味では美食家垂涎の能力かもしれない。もしかしたら。
無論この世界に召喚された『アリス』であれば有害である必要はない。
しかし現状は猟兵達と猟書家集団がそれぞれ供給源を断っているのでオウガ・オリジンの空腹は留まるところを知らない。
立派な飢餓状態である。
「ですのでとりあえず見た目が美しければ精査することなく食べます」
それでも見た目は選ぶらしい。
我儘なオウガ・オリジンである。
「しかし普通に安全で美味しい料理であればオウガ・オリジンはダメージを受けます」
「難儀な……」
「あ、というわけで今回の戦場は豊富な材料と調理道具のあるキッチンスタジオですのでよろしくお願いします」
「なぜ!?」
「空腹すぎてオウガ・オリジンが現実改変ユーベルコードで作っちゃったんじゃないですかね」
ちなみに本来は配下にちゃんと有害かつ美しい料理を作らせる場所なのである。
しかし配下の管理までは手が届かず、オウガ・オリジンは広い食卓の中央に1人で座ってナイフとフォークを持った手をぷるぷる震わせている状態だ。
「ですから皆さんはしれっと配下に成り代わって、『美しく安全で美味しい料理』をひたすらにオウガ・オリジンに提供し続けてください」
それが安全で美味しい料理である限り、ダメージを受ける上に栄養源にならないためいつまでもオウガ・オリジンは空腹である。
つまり見た目さえ美しければ一切精査せずに食べ続け、美味しくて安全ならダメージを受ける。自分が倒れるまで。
良く考えたら凄まじい絵面である。
「ちなみに割と配信映えしそうなキッチンスタジオですよ」
いいのかそれ配信して。
――まぁその辺りは参加した配信者さんがいたら本人にお任せしよう。なんとかなるさ編集で!
「ちなみにオウガ・オリジンは先程も言いましたが非常に優秀な味覚を持っており、さらに食レポ技術も非常に高いです」
そして美味しくて安全ならダメージを受ける。
やっぱりシュールじゃないかその絵面。
「それでは皆さんの料理の腕に期待しています」
もはや一切戦闘の気配を感じさせない締めの台詞で、珠輝は猟兵達を送り出したのだった。
炉端侠庵
こんにちは炉端侠庵です。
ボス戦とは仮の姿。ここで行われるのはお料理コンテストと言っても過言ではありません。
というわけでその創意工夫と調理の腕をぜひ披露してください!
ちなみに『オウガ・オリジンにいっぱい美しくて有毒な料理を食べさせた』場合、通常の戦闘となる可能性があります。
超強い上にその地点で🔴をかなり稼いでいるであろうことにご留意ください。
なお見た目が微妙なら食べないことはあっても、強化されることはありません。
ちなみに用意された材料はその食材自体に毒性がない限りは事前に毒が仕込まれたりはしておらず、また適切な処理で毒性を取り除ける食材も処理後に残るような毒になっていることはありません。
あくまで有害さも料理人の創意工夫で勝負する必要があったようです。
マイナーな食材であっても存在するとして構いません。もちろん調味料なども各種取り揃えておりますし、思いつく限りの調理器具が存在します。
ここまでお膳立てが揃ったらあとは作るのみ!
秘蔵のレシピ、即興の創作料理、おふくろの味、何でも(美しくて安全で美味しければ)OKです。
それでは、よろしくお願いします!
第1章 ボス戦
『『オウガ・オリジン』と美食嫌い厨房』
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POW : ハングリー・バースト
【飢餓感と、自分を敬わない者達への怒り】の感情を爆発させる事により、感情の強さに比例して、自身の身体サイズと戦闘能力が増大する。
SPD : 女王は常に独り食す
非戦闘行為に没頭している間、自身の【肉体】が【虚無を映す漆黒の液体で覆われ】、外部からの攻撃を遮断し、生命維持も不要になる。
WIZ : 炎なくして食事なし
レベル×1個の【美食嫌い厨房にある、無数のかまどから】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
イラスト:飴茶屋
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
雨野・雲珠
(某クッキングBGMと共に登場)
唐揚げが嫌いな生き物なんていません…!
というわけでおゆはんは唐揚げです。
わあ…ちゃんと鶏もも肉が常温で出てきた。
下拵えをしてよく揉みます。
愛情…愛情…(※愛情こめてる)
揚げ物は思い切りです!そして意外とじっくり。
呻きながら大皿にどんどん盛ります。暑い…
こちらは王道、醤油で下味をつけたジューシー唐揚げ。
夏バテ防止にニンニク強めです。
こっちはバイト先のマスター直伝、甘辛やみつきタレです!
ごはんに乗せるとそれはもう…おいしい…
最終的に白米に落ち着きますよね(炊きたてご飯パカー)
俺の力尽きるまで揚げましょう。
オウガ・オリジンさま…
あなたをおなかいっぱいにしてみせる…!
村崎・ゆかり
これまた奇っ怪な体質のオウガね。
手元にあればイエローケーキでも食わせてやるんだけどな。
まあいいや。
アヤメは生姜をすりおろして。あたしは切る方と盛り付けをやる。
工程的に、出す順番はあたしが一番かしら?
・
・
・
お待たせしました、お嬢様。
冷や奴? いえ、『豆腐百珍』が三十四、「やっことうふ」です。
はい、こちらのおろし生姜を添えて、お好みの量のお醤油でご賞味ください。
「やっことうふ」は素材が全て。日本の侘び寂びの極地です。
やっぱり冷や奴ではないかと? いいえ、「やっことうふ」です。
お気に召されたなら、お代わりもすぐに用意いたしますが?
さて、このオウガ、素材の味を把握するだけの味覚は持っているのかしら?
リューイン・ランサード
オウガ・オリジンを弱体化させるには『見た目は美しく、安全でおいしい料理』を用意すれば良いのですね。
(ヤマトの真田さん風に)このような事もあろうかと以前にUCを作っておきました!
(UCで和洋中とお菓子の料理の鉄人達82人!を召喚。)
美味しんぼの美食倶楽部をも超える、見た目美しく、当然安全でおいしい、豪華和食・洋食・中華料理とスイーツ82品が次々と作り出されて、オウガ・オリジンの元に運ばれます。
一応、邪魔に備えて、料理の鉄人達は【結界術】の防御結界で保護し、いざという時はビームシールド【盾受け】と【オーラ防御】で【かばい】ます。
弱ったオウガ・オリジンに「下の句など不要。俳句を詠め。」と介錯します。
アリステル・ブルー
他の猟兵さんの料理とっても楽しみだね。正直羨ましい
僕はそうだね…暑い夏にぴったりの冷製コーンポタージュなんていかが?
コーンを1本、実を芯から外してね。包丁で削ぎ落とすのが楽、火はずっと中火
お鍋にコーンとバターをいれて炒めて、温まったら牛乳300gとその芯を忘れずに入れる。芯を入れると甘くなるんだ
10分位かな?コンソメ1粒とお塩で味を調整
沸騰したら芯を取り出して粗熱を取りミキサーにかけ
…ここが本番だよ、ザルとヘラを使って丁寧に裏漉ししてね
出来たらよぉく冷やして、涼しげで映える器によそってパセリを振りかけて完成
手間の割にシンプルだけどコーンの甘さがじんわり染みておすすめだよ
さあ…食べてくれるかな?
鬼桐・相馬
肉でも焼いとけばいいか
【POW】
急遽用意された紺色エプロン
胸部分にはデフォルメされた青鬼のプリント
稀少ドラゴン肉を使ったステーキ辺りが王道だろうか
鞄の中で[ヘキサドラゴン]のモモが震えたらお前じゃないよと声をかける
巨大な肉を天獄の炎で消毒済の[獄卒の金砕棒」で叩き柔らかくしたらハーブソルトや粗挽きの胡椒をふる
スキレットという鍋で調理をすると美味いらしい
巨大スキレットを借りたら[怪力]を活かし片手で鍋を持ち[冥府の槍]から立ち昇る炎で豪快に焼き上げる
UCで最高品質のレアにする成功率を上げよう
巨大ホイルで数分包み肉汁を閉じ込めたら皿に移し、適当に野菜を添える
意外と繊細な料理と相性がいいと思うんだ
アリス・セカンドカラー
お任せプレイング。お好きなように。
汝が為したいように為すがよい。
見た目さえ美しければよい、と。ならば、女体盛りよ☆美しさには自信があるわ、だから私自身を器にするわよ♪え?自重しろ?でも、このオリジン、そうやって器にした『アリス』をもぐもぐしてそうじゃない?
とりま、読心術と第六感でオリジン好みの盛り付けとよりダメージを受ける味を読み取り、世界改変し自分好みに形態変化す妄想具現化で再現するわ☆あ、器たる私も食材を化術で食材系モン娘に変化させて憑依(降霊)してるから衛生面も安心安全よ♪
で、安心安全な美味しい料理で破壊の衝動をデリートされたキレイなオリジンと情熱的な料理でシャーマンとして心通わせるわ♡
「オウガ・オリジンを弱体化させるには『見た目は美しく、安全で美味しい料理』を用意すれば良いのですね」
豪勢なキッチンスタジオの中心で、番組趣旨を説明する司会者のようにリューイン・ランサードが今回の作戦目的を確認。
こういうのは大事である。主に番組の構成的に。
――さて、もちろんそれだけのために真ん中まで出てきたリューインではない。
「このような事もあろうかと、以前にユーベルコードを作っておきました!」
渾身のドヤ顔!
鳴り響くオーケストラのBGM!
スモークを左右に撒きつつ開かれる扉!
現れるは和食・洋食・中華のシェフ、そして菓子職人やパティシエール。総勢82人。
すなわち。
リューインのユーベルコード『料理の鉄人降臨!』によって召喚された、どの1人を取っても超一流の料理人――料理の鉄人なのである!!
「某美食倶楽部をも超える、見た目美しく当然安全でおいしい豪華フルコース……あ、せっかくだから他の猟兵の皆さんとは被らないように組んでいきましょう!」
念のため鉄人達が使うスペース一帯に防御結界を張りつつ、リューインは彼らの料理の腕に敬意を評して深く頭を下げたのだった。
「これまた奇っ怪な体質のオウガね。手元にあればイエローケーキでも食わせてやるんだけどな」
村崎・ゆかりが物騒なことを口走りつつ、材料に包丁を入れる。隣で式神にして恋人のアヤメが摺り下ろす生姜も含め、全てが最上級の材料だ。
このキッチンスタジオに最初からあったやつだけど!
ちなみにイエローケーキとはウラン鉱石を粉砕して科学的処理を加えたもので、燃料や武器として使うにはもう一段階処理する必要がある。放射性物質ではあるが排出する放射能は少なく、その割に人間が摂取しても体外に排出されるのは速いため、実は意外と安全だ。味はともかく。
つまりは食べ物ですらない。
いわゆる「四角く固めたものはとりあえず『cake』って呼んでいいよな!」という英語の慣例による名称である。そういう意味では可愛く飾り付けたイエローケーキは『食べ物ではない』という地点で危険だと判定されるかもしれないし、実際の毒性はないので危険だとは判定されないかもしれない。どっちにしろ美味しくはない――はずだ。多分。
さて、余談の間にゆかりの料理は出来上がったようである。
まずは工程も料理としてもシンプルであるその一皿を、前菜としてサーブすべくゆかりはすっと蓋付きのシルバートレーをオウガ・オリジンの前に差し出した。
「お待たせしました、お嬢様」
「これは……」
シルバートレーには綺麗な直方体に切られた純白の絹ごし豆腐、別の小皿に丁寧に山の形に盛り付けられた生姜、そしてシンプルな硝子製の醤油差し。
「ふむ、いわゆる『冷や奴』というものか?」
「いえ、『豆腐百珍』が三十四、『やっことうふ』です」
豆腐百珍。
それはUDCアースで江戸時代後期に出版された、当時の豆腐料理の調理法を100種紹介した料理本である。その中で『通品』すなわち調理法が簡単で一般的に知られているため、名前のみを挙げた10品の中の1つ。
もちろん簡単だからといって、軽んじられているわけではない。ただその調理法はあまりに有名、そして薬味の種類で思わぬほどのバリエーションを持つ。
「こちらのおろし生姜を添えて、お好みの量のお醤油でご賞味ください」
このたびゆかりが用意した薬味は、おろし生姜ただ1種。
そのまさに絹のような純白を切り取った佇まいに、形作って盛られた生姜の楚々とした淡黄色を箸で崩して乗せる。そこに醤油差しの中にあれば漆黒、しかし豆腐にかければふっと本来の色を取り戻す醤油。
この色彩の妙を美しいと言わずしてなんと言おう。
「ふむ、素材を生かした素朴な美、か。なるほど、これは我が賞味に値する見目の一品……!」
深く頭を下げるゆかり。オウガ・オリジンの漆黒の顔――本来なら口があるであろう場所に、箸で運んだ『やっことうふ』が吸い込まれるように消える。
「!!!」
その瞬間、衝撃に固まるオウガ・オリジン。
「これは……伝統的製法、すなわち『にがり』を凝固剤として工業的手法ではなく手作業によって作られ、さらし水は確かな水源から採取した地下水! それを同じく大豆を原料にした調味料にて食わせるなど、知識としては存在する。存在するが……!」
オウガ・オリジンはどこか愛らしい声で、けれど食通にふさわしい重々しさで唸った。
「『やっことうふ』は素材が全て。日本の侘び寂びの極地です」
――そう、もはや料理人に問われるのは素材の目利きのみ。
誰でも作ることができ、あとは薬味や調味料にて無限のバリエーションを持つ。それを極限にまでシンプルにしたのが、ゆかりの『やっことうふ』なのだ。
(なるほど、このオウガは素材の味を把握するだけの味覚は持っているようね……)
なおその味覚が生かされる料理であれば、その分受けるダメージも大きいだろう。
難儀なオウガね、とゆかりは内心肩を竦める。斜め後ろにはトレーの蓋をゆかりから受け取って控えるアヤメ。服装は割烹の料理人風でお届けしております。
「それを生姜、そうこの生姜! 辛味は無論だが、何よりも香り高さを誇る生姜のみで出すという粋、素材の活かし方というものを理解していなければここまでの冷や奴は……」
「いいえ、『やっことうふ』です」
「そうであった、『やっことうふ』が出せるはずはない。素材の目利きとそれを活かす知識、さらに小細工なしで提供する勇気。まさしく天晴れ……ぐはっ!」
あっ倒れた。
「お気に召されたなら、お代わりもすぐに用意いたしますが?」
明らかに大打撃の相手に追加ダメージの提案をするゆかり。容赦ない。
「お代わりがあるならば……次の薬味はトリカブトの摺り下ろしと鈴蘭の葉のみじん切り……」
「では下がりましょうか、アヤメ」
皆まで聞かずにテーブルを後にするゆかりに、軽く一礼して続くアヤメ。
料理とは時に非情なのである。
たぶん。
「他の猟兵さんの料理も凄そうだな、とっても楽しみだ」
堂々と自分の使っていた調理台へと下がっていくゆかりとアヤメ、そしてまだまだ調理の真っ最中の猟兵達を見渡しながら、アリステル・ブルーは目を細めた。正直これを堪能できるオウガ・オリジンが羨ましいくらいだとも思う。
そんなアリステルは塩を入れた氷水のボウルから、一回り小さなボウルを取り出した。中のコーンポタージュは調理用温度計で確かめてもよく冷えている。あえて磁器のスープ皿ではなくよく冷やした硝子のマグカップとソーサーを使えば目にも涼しく、ぱらりと散らしたパセリの緑が薄い黄色の上に鮮やかだ。
「さあ……暑い夏にぴったりの冷製コーンポタージュ、食べてくれるかな?」
そっとアリステルが差し出したスープを一瞥、涼しげな盛り付けと柔らかな色彩はあっさりと合格点を得たのだろう、スプーンは使わずに無造作に硝子のカップを手に取ると、漆黒の内へと流し込む。
「むっ……!!」
一瞬の沈黙の後に上がる感嘆の声。
「この甘さ……染み込むような甘さ! しかしこれは砂糖や甘味料ではないな?」
「御名答。手間の割にシンプルだけどコーンの自然な甘さがじんわり染みておすすめのスープだよ」
ここで一度、調理中のVTRを見てみましょう。
使うのはとうもろこしを1本まるまる、実を包丁で削ぎ落として芯から外す。中火で鍋にコーンとバターを入れて炒めて、火が通ったら牛乳300g、そしてとうもろこしの芯を入れる。
「これを忘れずにね。芯を入れると甘くなるんだ……さて、10分経ったかな?」
ことこと中火のままで煮ること10分、コンソメの素1粒と塩で味を調整したら、芯を取り出して粗熱を取った鍋の中身をミキサーにかける。
「……ここからが本番だよ」
煮込んでいる間に用意しておいた目の細かいザルとヘラ、下には金属製のボウル。ミキサーから中身をザルへと移し、丁寧に裏ごしする。ミキシングでも残った薄皮を取り除きつつ、実の中で潰しきれていないものをザルの上からヘラで押し潰していく。甘くて舌触りの良いポタージュにするためには不可欠の工程――あとはよく冷やして盛り付ければ出来上がり。
「成程、手間を惜しまぬ丁寧な調理……シンプルな中に素材となったとうもろこしの甘さを活かしきった手腕……確かに感じとっぐはっ……!」
テーブルに肘をつき口(のあるべき場所)の前で手を組み合わせたポーズで感慨籠めた賛辞を最後まで言う事なく、大ダメージにオウガ・オリジンはテーブルの上に突っ伏したのであった。
猟兵達が提供するメニューの合間には、リューインが呼んだ料理の鉄人達が細やかにコースの隙間を埋めていく。ちょうど集まった猟兵達がフルコースのメイン部分を分担するような形で自分の作る料理を決めたのは偶然か必然か、せっかくなので料理の種類は様々ながら、構成は西洋正餐のコース通りに提供されている。
魚料理を待つ間にも趣向を凝らした美しいパンや点心、小鉢で提供される惣菜がオウガ・オリジンを飽きさせることなく――継続してダメージを与え続けている。
さて、そんな中である。
「美しさには自信があるわ、だから」
アリス・セカンドカラーが不穏な笑顔でカメラ目線のウィンク。
「私自身を器にするわよ♪」
知ってた。
そういう方向性で来る可能性はアリスさん来た地点で考慮してた。
あんまし過激なことになると、ちょっとカメラ止めなきゃいけなくなるんですけど……?
「でもこのオリジン、そうやって器にした『アリス』をもぐもぐしてそうじゃない?」
確かにありそうな話ではある。
でもそれ器っていうか。アリス適合者が食材で盛り付けた食材が味付けとか飾り付けに近いよね。
というわけで。
「さぁ……オブリビオンと心通わすシャーマンの秘技をご覧遊ばせ♡」
アリスがパチィンと指を鳴らしてユーベルコード『不可思議な祈祷師の秘蹟』を使うとなんということでしょう!
(つまに使う大根を変化させた)真っ白な肌に(同じく人参を変化させた)鮮やかなオレンジの髪を豊かに波打たせた根菜系モンスター美少女が、薔薇の花のように1種ずつ巻いて大葉の上に咲かせた刺身を纏い、慈愛に満ちた顔で微笑むとテーブルに横たわったままオウガ・オリジンに手を広げたのだ!
「私を……た・べ・て♡」
あ、ちなみにアリスさんは化術で食材から変化させた根菜系モンスター美少女に憑依済みである。悪霊になってからのアリスさんだいたい憑依万能説だからほんともう。
「美しい……」
これにはオウガもうっとり、わざわざ漆黒部分を広げてまでの丸呑みである。
「――!!」
その瞬間。
その瞬間だけは、オウガ・オリジンは自分の所業に涙した。なぜ自分は、罪もない少女を喰らうのか。喰らわねばならぬのか。今目の前にいた、刺身の花で飾られた少女をただ一口で喰らってしまったのか。
「美味しいでしょう……?」
けれど、オウガたる、それも最強のオウガである自分に喰われながら、それでも彼女はまだ優しい声で語りかけるのだ。
「大丈夫、私はあなたのための料理……美味しく食べてもらえることが、一番嬉しいの☆」
「ああ、……美味い、こんな美味い刺身は……初めて、だ……!」
「嬉しい♪ もっと、味わって……♡」
漆黒の顔のあるべき場所、その本来なら目のある部分から流れ落ちる雫は――涙、だろうか。
今だけは破壊衝動を削ぎ落とされたオウガ・オリジンは、食べられてまで己へと語りかけてくる『女体盛り』へと、感動と罪悪感、そして安全で美味しい料理を食べたことによるダメージで、血の涙を流し続けたのだった。
もちろんアリスさんは自分の肉体が直接喰われたわけではないので涼しい顔で『キレイなオリジンと情熱的な料理で心通わせる』のをすっごく楽しんでいたのだった。
というわけで切り替わる画面。
軽快な木琴の音、クッキングなBGMが響き渡る。
「わあ……ちゃんと鶏もも肉が常温で出てきた」
不思議な大規模キッチンスタジオに、桜と春の空を映したような色合いの瞳をきらきらと輝かせるのは雨野・雲珠。鹿の角のように左右の側頭部に生えた桜の枝には被らないよう丁寧に三角巾で黒髪を包み、給仕の制服の上にはバーエプロンの代わりに割烹着。
「唐揚げが嫌いな生き物なんていません……!」
鶏もも肉とその他材料を両手に抱えて振り向いた雲珠はにっこり笑う。
「というわけでおゆはんは唐揚げです」
本当にね!
美味しいよね唐揚げ!!
というわけでたっぷりの鶏もも肉を下拵えし、調味料と共によく揉み込む。
もちろん愛情たっぷり込めて。
「愛情……愛情……」
口に出ちゃってるところが大変キュート。しっかりと、けれど皮が身と離れてしまわないよう丁寧に。
しっかり揉んで下味を染み込ませたら、そのまま片栗粉を纏わせて。同時進行で温めていた揚げ物油の温度を確認、そして。
「揚げ物は思い切りです!」
次々に投入、火加減を調整しながら菜箸を手に衣の色との睨み合い。
「そして意外とじっくり……」
しばらく少し低温で揚げてから、強火で徐々に油の温度を上げていく。鶏肉の上下を返しつつ温度をチェック、高温を維持しつつさらに2分ほどしたらキッチンペーパーを敷いた大皿へ。
「暑い……」
呻きながら割烹着の袖で汗を拭う――揚げ物という名の戦いは、まだスタート地点だ。
しばしの後――2つの大皿に山盛りの唐揚げが出来上がったところで、雲珠と揚げ物鍋との戦いは一時休戦と相成った。
綺麗にタオルで汗を拭うと最後に片方の更には一仕上げ、そして給仕のアルバイトで鍛えたパワーと身のこなしで颯爽と大皿2つをオウガ・オリジンのテーブルへと運ぶ。
「お待たせしましたオウガ・オリジンさま」
「……唐揚げか」
「はい!」
箸置きに丁寧に置かれた箸に手を伸ばすと、まずは1つ……漆黒に唐揚げが吸い込まれたところで、その手がぴたりと止まる。
「醤油で下味とは定番中の定番……しかしそれを焦がさず、かといって中を生にもせず。この量を一定の火の通り具合に揚げ続けるとは……!」
「はい! こちらは王道、醤油で下味をつけたジューシー唐揚げ。夏バテ防止にニンニク強めです」
「うむ、手が止まらないとはまさにこのこと! しかし定番がいくらでも食えるなら、なぜバリエーションを……?」
そう、隣の大皿へとオウガ・オリジンは顔を向けるような仕草をした。
「もちろん、そちらも自慢のレシピだからです!」
「大層な自信だ……」
「ええ、まずは召し上がってみてください」
ふむ、と唸って箸を伸ばしたもう片方の唐揚げは、色合いは薄めだがそこにとろりとタレがかかっている。
また箸で口(の位置)へと唐揚げを運んだオウガは、再びその箸を止めた。
「……これは……下味は薄くもしっかり、そしてその唐揚げに甘みとピリ辛が調和する……」
「こっちはバイト先のマスター直伝、甘辛やみつきタレです!」
「こちらはこちらで熱い料理なのに夏に食べたくなる魅力……ニンニクと唐辛子、また辛味の質を変えて来ているのが心憎い!」
「そしてごはんに乗せるとそれはもう……おいしい……」
「欲しくなるではないか!」
ええもちろん。
そう言うと雲珠は予想していましたとも。
「最終的に白米に落ち着きますよね」
程よき蒸らし時間を置いた炊きたてご飯、白い粒も艷やかにお茶碗に山盛りで差し出されればもう止まらない。
「くぅっ……! これはたまらん、私はオウガゆえダイエットなど一切必要ないが、痩せたいというのに美食の誘惑に耐えられない者の気持ちもわかろうというもの……!」
山盛りご飯を受け取った瞬間、ガッと乗せた唐揚げとご飯を一気に掻っ込むオウガ・オリジン。
ちなみにダイエット失敗とかいうレベルではなくリアルにダメージが入り続けているのだが、それでも箸が止まることはない。
そう、唐揚げとは。
魔性なのだ。
「俺の力尽きるまで揚げましょう。オウガ・オリジンさま……」
ちなみに料理人の体力を容赦なく奪っていくという点でも魔性である。
ある意味ではスタミナの削り合い、けれどここで負けたら桜の精がすたる。この世界に幻朧桜による転生の概念こそないけれど、それでも桜の精たる雲珠はオウガ・オリジンの鎮撫を願ってやまず、そのために尽力を惜しむ気はない。
「あなたをおなかいっぱいにしてみせる……!」
再び腕まくりして揚げ物鍋に火を入れる。唐揚げ第2ラウンド――開始。
さて、西洋料理のフルコースでは、魚料理と肉料理が続いた後には口直しが入る。
もちろんこちらもリューインが召喚した鉄人達の中から、フランス料理の鉄人が見事なグラニテを提供していた。
いわゆる氷菓の1つ、粒が大きめで甘さは控えめのシャーベットである。夏らしく大ぶりの桃の果汁を凍らせて、糖分は加えず果実の甘みを生かした一品はミントの葉も涼しげで、その爽やかな味わいと丁度良い歯触りや口溶けをオウガ・オリジンに絶賛されていた。無論ダメージも与えていた。
そして。
ローストのお時間である。
「肉でも焼いとけばいいか」
急遽用意されたので持参した紺色のエプロンの紐をきゅっと後ろで結ぶ。胸元にはデフォルメされた青鬼がプリントされている。普段通りの鉄面皮を、エプロンのシルエットと愛らしいプリントが少し柔らかな雰囲気に見せていた。
「希少ドラゴン肉を使ったステーキ辺りが王道だろうか」
しかしメニューの選択は普段通りの豪快さだった。
――相馬の軍用鞄がぷるぷる震えている。
「お前じゃないよ、モモ」
相馬が声をかけると、安心したように鞄の震えが止まった。きゅ、と中から声がする。ヘキサドラゴンのモモは自分が食材ではないかと勘違いしていたようだ。ドラゴン肉、とステーキ、の言葉で推測できる辺りなかなか賢い。
ともあれ調理台では叩き壊しそうなので、床に丈夫な大判のまな板を置いてその上に巨大なドラゴン肉の塊を乗せる。『獄卒の金砕棒』にごうっと音を立てて数秒間、天獄の炎を纏わせて消毒すると、普段の攻撃に使うよりも幾分手首の力を抜いて持ち上げた。
ちなみに本来なら手首の力を抜いたら持ち上がる重さではない。そもそも調理器具というサイズではない。ただし浄化専用の炎でがっつり消毒したので、細菌だろうが魔術的汚染だろうが漏れなくかっ飛ばすこと請け合いだ。
この地点で肉を焼いてしまわないように、金砕棒を冷ましてから軽めの力で肉を叩く。基本的には巨体を支えられるだけの丈夫さを持つドラゴンの肉は、多少手荒に扱っていい程度には硬いことが多い。
というか大抵の肉はそれこそ金砕棒くらいのやつで叩かないと柔らかくならないか、もしくは金砕棒の一撃でミンチになるかの両極端である。大半は後者だ。
ちなみに味自体は赤身多めの濃厚さ、かつ部位と種類を選べば臭みは少ないので、ハーブソルトと粗挽き胡椒の味付けで充分に美味しくなる。
なお全てのドラゴン肉に当てはまるわけではないので、実際のドラゴン料理の際は都度材料となる肉の特徴をご確認いただけますようお願い致します。
「スキレットという鍋で調理をすると美味いらしい」
取り出してきたのは巨大な鋳鉄製のフライパンである。鋳鉄の調理具に必要なシーズニング、いわゆる最初の手入れもしっかりと済んだ、しっかり厚みのある良質なスキレットだ。
ただし重い。
巨大カットのドラゴン肉を焼こうというレベルのサイズなので、当然重い。なお相馬はそれを片手で支え、もう片手に持った冥府の槍に悪意を流し込み――ユーベルコード『赫ノ七廻り』、発動。
「最高品質のレアステーキに焼き上げてみせる」
冥府の槍から紺青の炎が相馬の身体を伝ってスキレットへと移り進む。既に塗っておいた油が一気に加熱され、そこからはじんわりと肉に火を通していく。片面に香ばしく焼き色が付いたなら、器用に一方の腕だけを使ってスキレットの中でドラゴン肉をひっくり返して再びじわり、じわりと焼き上げ――最適なタイミングで調理台の上に用意していた巨大ホイルの上に肉をスライド、包み置くのは焼いていたのと同じだけの時間がちょうどいい。その間にスキレットに残った肉汁でさっと夏野菜をソテーして、皿へと移したステーキに添えた。
テーブルに運ぶと軽く顔の部分を振り向かせたオウガ・オリジンに「それがお前達式のオウガか、随分と可愛らしいではないか」とエプロンの胸の部分を見ながら茶化された。無視した。
「ドラゴン肉のステーキだ」
テーブルに皿を置き、さらにナイフとフォークを添える。愛想はないが手付きは丁寧だ。ふむ、とナイフとフォークを優雅に手に取ると、オウガ・オリジンはその口のあるべき場所へと大きく切り取った肉を運ぶ。
「……! 確かにドラゴン肉、それもこれはかなりの巨体から取ったもの……」
「確かに焼くには少々力が必要だった」
「これを一度で焼いただと!? しかし確かに肉に切れ目はない、しかも焼き加減はレア……焼き方をごまかせるものではない……しかもドラゴン肉の硬さを食べやすくするためにしっかりと叩いてある……!」
「下拵えもいい力仕事だった」
「その金棒か!? いやしかし確かに普通の肉叩きで下拵えできるものでもない……しかし本来ならば重さで潰してしまってもおかしくないものを、ここまで仕上げてくるとは……」
ちょっと面映ゆくなって相馬はそっと視線を逸らした。ぶっちゃけ細かい力加減とかそんなに考えていたわけではないのだ。
多分戦闘知識とか第六感が無意識のうちに頑張ってくれていた。
「そして素材が希少でありながら、塩と胡椒、そしてハーブというシンプルな味付け……同じ肉汁で調理した野菜を添えるという単純ながらも希少食材を活かした心意気――ぐふっ!!」
ステーキから野菜まですっかり食べ終わった次の瞬間、オウガ・オリジンはテーブルへとその上体を伏せた。
「見事な……ローストであった……」
その賛辞に相馬は黙って一礼する。
それが彼なりの礼儀。
(飢餓状態とはいえ)ダメージを受けつつもそれぞれの料理を味わい尽くし、称賛することを選択したオウガ・オリジンに向ける敬意であった。
リューイン・ランサードは最後の一皿――旬の果物を見事に使ったデザートのタルトを手に、オウガ・オリジンへと近づいた。
フルーツカッティングを施した美しいデザート、その風味に合わせて厳選し丁寧に煎ったブレンドコーヒー、数種類を盛り合わせ彩りよくドライフルーツを添えたチーズ。
もはや虫の息のオウガに、それはとどめとなるだろう。
シルバートレーからの優雅なサーブの後、すらりとリューインはエーテルソードを抜き放ち――八艘に、構える。
「下の句など不要、俳句を詠め」
「――ふ」
笑みのように細く息を漏らしたオウガはチーズを一気に、そしてコーヒーを傾けてからタルトをその漆黒へと運び、最後に残ったコーヒーを飲み干して呟く。
「今は退かん……次の膳にはベラドンナを……ぐふっ!」
すっ、と落としたエーテルソードが、オウガ・オリジンの存在を断ち切る。その一撃がなくとももはや彼女の消滅は揺るがなかったであろうけれど。
長引かせぬために、介錯という行いはある。
できれば最後に感じた感覚は、苦痛よりも美味である方が良いだろう。少なくとも『おいしいもの』を感じ取る味覚があるならば――きっと。
大成功
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