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流してそうめん/黙してカニ

#グリードオーシャン #錦島 #\おいしい!/

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●島の海岸を臨む、
 その城――日本家屋を思わせるいで立ちだが、随所に品の良い装飾が施されている――は、ざわざわと浮足立っていた。
「それは、まことか! カニか!」
「へい、お嬢! 前の浜に、それはもう、うじゃうじゃと」
 カニが発生した。
 浜にうようよ、赤いカニは陽の光を浴びて、キラキラと輝く。
 まさに、海からの宝物――この上ない贈り物に、城内の者は勇み足だ。
 この城の主にして、島の長たる朱華の耳にもその報せは、当然届いた。
「カニ、食いたい! カニ!」
 天真爛漫に黒瞳を煌かせた幼い城主は、彼にカニをたくさん捕まえてくることを命じた。
「はねずは! はねずはカニを食いたい!」
 溌剌と笑み、手をパンっと叩いた。耳元で美しい貝殻のイヤリングが涼し気に揺れる。
「あと、はねずはそうめんも食いたい! しゅーんと流れるやつじゃ! 竹もついでに集めて参れ! あ、カニも流そう! しゅーん! しゅーん!」
「へいっ、お嬢の頼みとあらば!」
「やったー! カーニー! そーめーん! しゅーんしゅーん!」
 はしゃぐ朱華を愛で、側仕えの男――名を、紺次郎という――は、やわい笑みを頬に刻み込んだ。

●大きく嘆息したのは、
 ハニーブロンドに琥珀色がまだらに混じる短髪が飾る、性が曖昧な面立ちの羅刹だった。
 前髪を掻き分けて生えるのは、三本の黒曜石の角――否、一本は根元から砕け折れている。
 長い睫毛が縁取る紫の猫目が、猟兵たちを見つめて、二度瞬いた。
「グリードオーシャンのある島で、カニが大量発生したの。
 それが、ただのカニなら良かったんだけど、海岸に湧いたカニはコンキスタドールで、島の男たちでも、あの数相手じゃあさすがに対処できない。だから、行って助けてあげてほしい。
 カニそのものは特に強くもないんだけど、生け捕りにしようって躍起になってるから、ちょっと男たちが邪魔になるかも。
 でもそのカニね、びっくりするくらい美味しいの。
 ほんと、目玉とびでるくらい美味しいの」
 そんなのアタシだって食べてみたいとぼやいた志崎・輝(紫怨の拳・f17340)だった。
 このカニを捕まえてほしい。このカニを食べたがっている子がいるのだ。
「名は朱華――はねず。十歳ほどの女の子で、城の主。島中の人間からべらぼうに愛されてる子で、この子のお願いはなんとしても叶えてしまいたくなるみたい」
 だから朱華のお願い事である、「カニ」にまっしぐらになっている。
 それだけではない。
「えっと……こう、なんかぼわわーんってした、こう、んー、きらきらーってしてて、どーんって感じの影だったのは、確かなんだけど……そんなコンキスタドールに襲われるの」
 城の男たちの得物が陽に反射したきらめきか、カニの甲羅のきらめきか、打ち寄せる白波のきらめきか――とにかく、そういうキラっとしているものに惹かれてくる狂気が視えた。
 カニを捕まえているとどこからともなく現れるようだ。こちらも腕に覚えのある男たちでも太刀打ちできない。
「どんな敵なんだ?」
「こう……」
 輝は腕を広げて大きくマルを描く。
「ぼわーんってしてるの」
 説明になっていないが、ぼわーんでどーんな敵だということは分かった。
「以前、そういう宝飾が大好きな人がいたとかいないとか、紺次郎さんが言っていたけど――あ、そうそう」
 輝は思い出したように、付け加える。
「アンタらに頼みたいことは、もうひとつあって。この島の名前を考えてほしい――城の人たちからは、やれゴクラク組だ、やれハネズ会だって、物騒な名前しか候補に上がらなくって、朱華が困ってるの」
 できれば、穏便な名前を。
 輝は苦笑をひとつ、折れた羅刹角を補完するようにグリモアが光を放ち始める。
「いい感じに解決してくれるよな――コレがきれいに片付いたら、流しそうめんが待ってる。カニも食える。朱華が、城の女たちと流しそうめんの準備を進めてる」
 ほかにも城にある温泉を解放してくれるとのことだ。
「そうめんに欠かせない具はなに? きゅうりはコレくらいで足りるかな。最近知ったけどハムって美味しいんだな、あとちっこいトマトも持っ、」
「待て待て、なにしてんの」
「えっと、流しそうめんの準備? そうめんとカニが流れてくるだけみたいだから、他にもいるかと思って」
 もてなす気満々の輝の頭上でグリモアがきらめく。
「アンタらを信じてる――おいしいそうめんが待ってるからな!」
 繋がる先は、潮の香りが充満する、眩い浜辺。


藤野キワミ
戦争お疲れさまでした。藤野キワミです。どうぞよろしくお願いします!
涼みながら美味しいのを食べませんか。夏が終わる前にゆるーくいきたいと思います。

▼シナリオ概要
一章・集団戦:カニを捕まえます。あとで食べます。
二章・ボス戦:コンキスタドールになった「あの子」がジャレてきます。
三章・日常:温泉の湧く城で、流しそうめんして、カニ食って、のんびりします。

三章の流しそうめん会場では、志崎輝がもくもくとカニとそうめんを食いながら、世話をちょこちょこ焼いています。
一人じゃちょっと…というときは、話しかけて頂ければ応じます。
なお、明確に名を呼ばれない限り、志崎がリプレイ内に登場することはありません。


あと島の名前の候補を出して頂けると幸いです。
シナリオが終わるときに、出た候補の中から決定し、三章最後で発表、島登録します。
(名称決定に迷ったらダイスを振って決めます。志崎が旅団で奇声を上げながらダイスを転がしてたら、そういうことです)

▼お願い
全章通して、途中から、一部のみなど、どのような参加の仕方も歓迎します。
円滑なリプレイ作成のため【プレイング受付日時】を設定します。
受付・進捗はマスターページおよびツイッター(@kFujino_tw6)にてご案内します。
プレイング採用に関する仔細、同行プレイングのお願いはマスターページに記載しています。そちらをご一読ください。
一章プレイングは、【9/3(木)8:31~】受付を開始いたします。

▼それでは
まだまだ燃える夏の渦中ではありますが、みなさまのご参加をお待ちしています。
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第1章 集団戦 『アシュラオオガニ』

POW   :    阿修羅連打
【眼が赤く光る怒り状態】に変化し、超攻撃力と超耐久力を得る。ただし理性を失い、速く動く物を無差別攻撃し続ける。
SPD   :    剛力殺
レベル×1tまでの対象の【胴体や首】を掴んで持ち上げる。振り回しや周囲の地面への叩きつけも可能。
WIZ   :    蟹泡地獄
【口】から【大量の泡】を放ち、【粘着と溶解】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●カニうずまく浜
 元は海賊――その性がうずく。
「いくぜヤローども! お嬢が腹ァ空かせて待ってらっしゃる!」
「応ッ!」
「戦争じゃあァ!」
「ワシらのシマァ荒らしたらどうなるか思いしらせたらァ!」
 実にドスの効いた吶喊を上げて、男たちは海岸へと走っていく。
 その背を見つめて、紺次郎は眩し気に目を細めた。ふいに心に過るのは、海へと堕ちていった、蘇芳の顔だった。
 朱華の装飾品を作ることが生きがいのような男だった。彼がこの光景を見ていれば、彼の黒瞳こそきらめいて喜んでいたことだろう。
「頭ァ! ミソうめえっす!」
「てンめええ!! 勝手に食ってんじゃねえ!」
「すんません!! でも頭、お嬢のお口に入るんです……味見はいるんじゃあ、ないんですかね?」
「……――なにを調子のいいことを」
 しかし紅鳶はにっかと豪快に笑んでから、カニの大群へと特攻。
 そう――カニに惹かれ騒ぐ男たちを遠巻きに、様子を伺うように――青に赤にとキラキラする細波を、そわそわしながら見つめるずんぐりした影がひとつ。
 その影にはまだ誰も気付いていない。
神崎・伽耶
視界一面のカニ。
えぇ、もうそれだけで十分だわ。

獲る!

はいはーい、どいたどいたー。
大人気なく、バイクで砂浜を爆走!
ウィップを振り回し巻き上げた蟹を、荷台に乗せた魔法鞄にざくざく収納。

あらあら、おじさんたち危ないわよ。
この蟹たち、コンキスタドールなんだからね?
普通に美味しいけど♪(火炎鞭でこんがり)

ひときわ大きな剛力蟹を見つけたら。
あら、食いでがありそうー。
大きな鋏ねー。あたしを捕まえるつもりかしらん?

ふふ、じゃあ賭けよっか!?
鋏を鞭で叩き落とし、背中のマスタードソードでもって、跳躍からの真っ向唐竹割り!

わぁい、蟹味噌綺麗に採れたわー♪
鋏も美味しそう!
じゃあ、お嬢ちゃんに献上しましょうかね♪



●見渡すかぎり、
 彼女の視界を占拠するのは、真っ赤なカニ。
 一面のカニ。
 まごうことなき、カニ。
 それだけで十分だった。
「獲る!」
 神崎・伽耶(トラブルシーカー・f12535)は、跨ったバイクのタンクをひと撫で。
 アクセルをふかせば、エンジンは力強く大きく唸り、クラッチを巧みに繋いでしまえば、あとは思うがままに走り出す。
 砂浜にタイヤがめり込んで身動きが取れなくなる――なんてことはなく、バイクの下には、次元を歪めて強引に編み上げる専用の道が敷かれている。
 エンジン音は、それほどまで派手な爆音ではないが、男どもの吶喊とカニのガサガサ動く音と静かな波の音を裂くには十分な轟音だった。
「なんだなんだァ!?」
「雷か!?」
「はいはーい、どいたどいたー」
 伽耶の実にゆるい宣言は、男どもを瞠目させる。
「なんだそれ!?」
「なにって、カニ獲る装置よ」
 砂に足をとられないで移動できる! 振り回すのは、カニを捕獲するための追尾するウィップ! そうして獲ったカニを飲み込んでいく魔法の鞄!
 伽耶の万全の装備に、男どもは少年のように目を輝かせて、野太い声で歓声をあげた。
 そのある種の迫力たるや。伽耶は言いたい言葉をぐっと飲み込み、気を取り直し、否、その注目すらも楽しんでバイクを駆る。
「おう、鉄! 小娘に負けてらんねえだろうが!」
「おうともよ銀! ワシらの銛捌きが後れをとるわけにゃあいかねえ!」
 伽耶の華麗なウィップ技に触発された、伽耶よりもずいぶん年上の男二人が自慢の銛を振り回していた。
 真っ赤な目をぎらっと光らせた大きなカニは、怒り心頭に発したように鋏をしゃきんじゃきんと――ガチガチぎちぎちと音を鳴らして、突進し始める。
 銛の切っ先がカニに当たる瞬間、鋏のひとつがそれを砕き割る。
「うお!?」
「あらあら、おじさんたち危ないわよ」
 勇猛果敢なのは認めよう。しかし、それは伽耶に言わせれば無鉄砲でしかない。
「この蟹たち、コンキスタドールなんだからね? 普通に美味しいけど♪」
 弾ける笑顔のままに《ヒップホップ》を振り抜けば、摩擦に耐えきれなかった空気が発火、ごあっと焔が纏わりつく。
 今まさに銀の胴を挟まんと迫るカニに、くるりと巻き付けた。
 とたん拡がるのは――
「焼きガニ!!」
 実に香ばしく芳醇な香り!
 減り始めた腹の虫を刺激してくる。
 伽耶は味見の誘惑をぐっと我慢し、火炎鞭にこんがり焼き色をつけたソレを、《グリュプスの魔法鞄》の中へと仕舞い込んだ。
「おおおおお! 負けてられっかよ!」
「くっそおおお! お嬢に喜んでもらうにゃ、こんなもんじゃあ、いけんだろう!!」
「だから、ちょっと下がっててよ」
 大量発生しているのは、ただのカニではないというのに――否、それでも、彼らは志半ばで、退くことはできないのだ。
 大人気なく爆走して、砂を巻き上げ彼らをカニから遠ざける。
 頭から砂を被った銀と鉄のふたりは喧しくぎゃいぎゃい文句を言っているが、伽耶の黒瞳はひと際大きなカニに釘付けだった。
「あら、食いでがありそうー」
 見よ、あの太くて大きな爪! あの中にいったいどれほどの身が詰まっているというのか!
「大きな鋏ねー。あたしを捕まえるつもりかしらん?」
 ふふっと笑んで、被っていた《ゴーグルキャップ》を投げ捨てた。伝わるアイドリングの振動は気持ちを高ぶらせていく。
「そんなほっせえ体じゃまっぷたつになっちまう! ねえちゃん、ヤメ」
「じゃあ賭けよっか!?」
「カケ、え?」
「あたしはあのカニを今から半分にするわ。成功したら、なにか美味しいものをちょうだい?」
 言って伽耶は鞭を繰る。空気を裂いて、摩擦炎を纏い、向かってくる鋏をひとつ、ふたつと叩き落す。
 バイクのステップに立ち上がって、みっつめの鋏を叩き落した瞬間、大きく跳躍してカニの頭上へ。
「よく見えるわー」
 背負っている《マスタードソード》の柄を握ったそのときには、高速で抜き放ち、自由落下に合わせて振り下ろした。
 マスタードイエローの鮮やかな剣閃がカニを斬り割る!
「おお……おお、おおおおお!!」
「ねえちゃん、やるじゃねえか!!」
 銀と鉄はずっと喧しいが、拍手喝采はイヤではない。
「どーもどーも!」
 片手半剣を納刀して、真っ二つにころげたカニを検分する。
 カニミソが、とろりと濃密に詰まっているではないか。この断面だけで、これは美味いとわかる。
「わぁい、蟹味噌綺麗に採れたわー♪ 鋏も美味しそう!」
 叩き落した爪を拾い上げれば、こちらもずしっと重い。
「じゃあ、お嬢ちゃんに献上しましょうかね♪」
 《グリュプスの魔法鞄》をぽんぽんと叩いて、伽耶は満足げに笑った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【菊】

やったー蟹だ!
祭!祭りか!
めっちゃ食いたかったんだ

知らねぇけど爪めっちゃあるし
絶対食いでがあるぜ
うわぁ蟹久しぶりだわ
分かる…だよな
師匠と食ったきりだもん
手近な敵にダッシュで距離詰めUC起動グラップル
足払いでなぎ払い
ひっくり返し拳で殴る
まずは一匹
あっ兄さんそっちにも一匹行った!
やった!さすが兄さん
了解!どんどん行くぜ
動き見切り誘き寄せ
範囲攻撃で衝撃波
兄さんの方へ追い込む

なぁ何で食う?
やっぱ茹でて思いっきり?
新鮮だから刺身とかあり?
天ぷらも美味そうだよな
あと寿司とか
蟹しゃぶに味噌焼き!?
大人じゃん
やべぇ本気で腹減ってきた

あっ…
爪もげた
…味見は…駄目だよな
後のお楽しみだもんな
ちょっとしょんぼり


砂羽風・きよ
【菊】

おいおい、やべーな!
祭じゃ祭じゃー!!

――うお、スゲー!
これなんつーカニの種類なんだろうな

カニってなんかめでたいこととか
特別な時にしか食わない気がするわ
理玖はカニどれくらい久し振りなんだ?

って、マジか!よっしゃ任せろ!
ゴミ袋を用意して理玖が弱らせたカニを袋に入れる
破く力もでねーから、安心して獲れるな

理玖、この調子でどんどん弱らせろ!
俺が全部受け止めてやるぜ!!

……ふはは、理玖。よくぞ聞いてくれたな
刺身も天ぷらもいいが
カニしゃぶっつー、最高な食い方があんだよ
そんで、頭の甲羅を使って味噌を網焼きするのとかも最高だ
あー、やべ。マジで腹減ったわ!

くそ、めっちゃ食いたいが
後の楽しみだ!やめとこうぜ



●白波が寄せては返す砂浜に、
 唐突に響いたのはふたつの歓声。
「やったー蟹だ!」
「おいおい、やべーな! 祭じゃ祭じゃー!!」
「祭! 祭りか!」
 青瞳きらりん。頬も緩む陽向・理玖(夏疾風・f22773)は、ちらと砂羽風・きよ(忠犬きよし・f21482)を見る。彼も彼で鋭い青瞳をきらっきらに輝かせて、カニの群れを見つめている。
 この全部が美味いカニなのだ。
 一杯残らず、すべからく美味い!
 いくら凶暴に襲い掛かってこようとも、爪をぶんぶん振り回していようとも、カニの眼が怒りに真っ赤に燃え上がろうとも、泡をぶくぶく吹いていようとも!
「――うお、スゲー!」
 まさにカニ祭り!
 ぽかんと開いた口は、そのまま笑みを作る。
「これ、なんつーカニの種類なんだろうな」
 わくわくしすぎて、素っ頓狂なことを聞いたきよに、「えっと……」と理玖は律儀に答えようと言葉を探す。
「知らねぇけど……爪めっちゃあるし」
 彼の知るカニが持つ爪は二本であることがほとんどだ。しかし群れるこのカニの爪は、六本!
 運動量が多いことで知られる爪だ。その身はきゅっと締まって歯ごたえは抜群、身の甘みは絶品で――そんな爪が六本もあるのだ。
「でも、めっちゃでかいし、絶対食いでがあるぜ」
 食えるその瞬間が楽しみで仕方がない理玖は、ほんの少し高い位置にあるきよの青瞳を見、
「俺さ、蟹、めっちゃ食いたかったんだ」
 言ってから、そわそわとカニの大群を見つめる。
 ぶくぶくと白い泡を吹くそれらに、島の男たちがやいのやいの言いながら挑みかかっている。
 それをしり目に、男が一人器用に殻を割って身をこそげとって、大口開けてぺろり――
「ぶぇえにぃいとぉおびぃぃぃいいい! てンめ! まだ食ってやがるのか!」
「か、かしら! これは、はッ、はねずお嬢のための毒見でえ!」
「えらそうなこと言ってンじゃねえ! タマァとられたくなけりゃ! 働きやがれえ!!」
 巻き舌の恫喝は、迫力満点。みなから頭と呼ばれる男は、紅鳶のケツを蹴り上げ、捕まえてくるよう嗾けていた。
 食ってしまう気持ちは、よーくわかる。
 めちゃくちゃわかる。
 こんな美味そうで新鮮なカニを目の前にして、おあずけを喰らわされているのだ、それはもう、地獄である。
「カニってなんか――めでたいこととか、特別な時にしか食わない気がするわ」
「分かる……。そうだよな」
 きよの言葉に理玖は大きく頷いた。こんな贅沢はそうそう出来ない。
「理玖はカニどれくらい久し振りなんだ?」
「師匠と食ったきりだもん……え、いつぶりだろ……いや、久しぶりだわ、うわぁ……」
 馳せた思いに、はっとして戻ってくる。
 考え込んでいてもカニは捕まえることはできない。理玖を捕まえようと鋏をジャキジャキしている、一等近いカニへとダッシュで距離を詰めた。
 気持ちは凪ぐ――呼吸は静かに燃える。踏ん張りにくい浜だろうが関係ない。ぐんと沈み込んで痛烈な蹴撃を放つ。
 その衝撃に進撃をやめざるをえなくなったカニの隙をつき、でりゃあっとひっくり返した。
 あらわになったのは、やわい腹。そこになんの躊躇いもなく、拳を突き込んで沈めた。
 まずは一匹。
 同じようにじゃんじゃん沈めていく。
「あっ兄さん! そっちにも一匹行った!」
「って、マジか! よっしゃ任せろ!」
 少し力が足りなかったか、そのカニの運が良かったか理玖から離れていくソレの前に立ちはだかるのは、きよ。
「ふふふ、逃げられると思うなよ、カニ」
 透明な袋では視界を遮れない。だから黒いゴミ袋を用意しておいた。抜かりはない。しかも伸縮自在だ、いかに大きなカニとてきよのゴミ袋の中ではたちまちのうちに動けなくなる!
「破く力もでねーから、安心して獲れるな」
「やった! さすがきよ兄さん」
「理玖、この調子でどんどん弱らせろ! 俺が全部受け止めてやるぜ!!」
 威勢よくゴミ袋をガサガサ鳴らして、この中にすべてを入れる気概を見せつける。
「了解! どんどん行くぜ」
 黒いゴミ袋を構えているきよの方へと誘導するように、理玖は立ち回った。
 相手にすればするほど、カニの習性が分かってくる。
 放った蹴打の熾烈さが衝撃波を生み出して、余すことなくカニはきよの方へと軌道修正していく。
 泡をぶくぶく吹きながら、きよに向かっていけども、途中で力尽きる。理玖のパンチが、ジワジワ効き始めたのだろう。
「ははは! 入れ食いってやつじゃねえか!」
 がっさがっさと袋にカニを捕まえていくきよと、手あたり次第殴り飛ばしていく理玖。
 そこで、ふと疑問がわいた。
「なぁなぁ、兄さん」
「なんだ理玖?」
「この蟹、何で食う? やっぱ茹でて思いっきり? 新鮮だから刺身とかあり?」
 捕まえまくっているのはいいが、これほどの量、城の者たちだけで食いきれるのかは甚だ疑問で――それでもこの中のいくらかは、理玖ときよにも食うチャンスはあるという話だった。忘れもしない、事件解決後のごほうびだ。
 しかも、めちゃくちゃ新鮮ときている。
「天ぷらも美味そうだよな、あと寿司とか」
 刺身も美味いだろうし、寿司なんて最高にとろけられるだろう。
 ボイルした足にかぶりつくのは、ものすごく贅沢だ。
「……ふはは、理玖。よくぞ聞いてくれたな」
 やけにもったいぶったきよが、ふふふっと肩を震わせる。
「刺身も天ぷらもいいが、カニしゃぶっつー、最高な食い方があんだよ!」
「かにしゃぶ!?」
「そんで、頭の甲羅を使って味噌を網焼きするのとかも最高だ!!」
「味噌焼き!?」
 きよの挙げるカニ料理の名前は、それだけで美味しいとわかる。食べずともわかる。美味いに決まっているし、甲羅焼きなんて、なんだかとっても――
「大人じゃん!」
「オトナだ!」
 無駄に胸を張ってきよ。
 ついでに八重歯も自信満々にきらーんと輝かせてみた。
「あー、やべ。マジで腹減ったわ!」
 しかし、カニ料理のあれこれを考えすぎた。考えれば考えるほどに、腹が減ってくる。
「俺もやべぇ……本気で腹減ってきた」
 そんなきよに同意して、理玖。
 空腹を紛らわせるように、彼は強烈な蹴撃を放った――衝撃は思いの外、体を駆け上ってくる。
「あっ……爪もげた」
「お……!」
 中に身が詰まりに詰まった大きな爪が、ごとり。
「……味見は……駄目、だよな?」
 腹の中のちいさなリクがぐうっと鳴く。
 きよの腹だってめちゃめちゃ減っている。
 さっき、紅鳶が美味そうにカニの身を食っていた光景が蘇る。あのときの、極上にとろける、無性に腹立つ表情。全身で、そのリアクションのすべてで、「うんまーい!」と叫んでいた。
 あれを見せられていたきよと理玖は、今、猛烈に誘惑されていた。
「くそ、めっちゃ食いたい! 食いたい! けど……後の楽しみだ! やめとこうぜ」
「後のお楽しみ……そうだよな、後の楽しみだもんな……」
 しょんぼりと萎れる理玖だったが、声に出すことで必死に自制。
 本当は今食べたい。
 早く食べたい。
 でもこれに、あれやこれやと手を加えて、さらに美味しくなったものを想像してみろ。
 いまここで、腹を満たしてしまうのは、もったいないではないか。
「あとで腹いっぱい食おうぜ、理玖!」
 きよの言葉に、小さく頷いてから、心に落とし込むように、もう一度、しっかと頷く。
 この労働が、のちに最高のスパイスとなって、ふたりを楽しませてくれるだろう。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

吉備・狐珀
【狐扇】

まぁ、カニがこんなにたくさん!
そして威勢のいい殿方たちですね。

月代、海で遊ぶのは少し我慢してくださいね。
みんなで美味しいカニをたくさん食べるためにまずはカニ狩りをしましょう!

UC【青蓮蛍雪】使用
大量に泡を放れては面倒です。
(先制攻撃)で狐火を放ちカニにむかって(一斉発射)。
ウカ、その宝玉で私の氷(属性攻撃)の強化をお願いしますね。
カニを凍らせて動きを封じ込めるだけでなく鮮度も保てて一石二鳥ですね!

月代、カニを爪で攻撃するのはいいですが挟まれたりしないように気を付けて下さいね。
あ、それと(鎧を砕く)ほどあなたの爪は強力ですからうっかり潰してしまわないように加減をお願いしますね。


落浜・語
【狐扇】
やー……蟹がいっぱい。
なにがどうしてこうなったんだ?ってか食べれるのかこれ?
まぁ、今までにも食べれるオブリビオンには、色々遭遇してきたが……。
考えるだけ不毛だな。仔龍、カラス、あとで食べるために頑張って狩るぞ

UC【紫紺の防禦】を使用。
狐珀が凍らせきれなかったのを、炎【属性攻撃】でもって焼いていく。
焼き蟹もおいしいだろうし、問題ないだろ?その場からは基本動かず、攻撃の対象にならないように。
仔龍もカラスもじゃれに行くのがいいが、怪我するなよ。



●「まぁ、カニがこんなにたくさん!」
 吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)の藍瞳は、波に反射する陽の光を受けて、きらきらに輝く。
 思わずぱちんと手を打ってしまった。この光景は、もはや感動に値する――それほどまでに、赤く染まっていた。
 落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)は、純粋な感動よりも、むしろ呆然として息を飲んだ。
「やー……蟹がいっぱい」
 圧巻の光景に彩りを添えるのは、大鉈を手にやいのやいのする男どもだった。
「威勢のいい殿方たちですね」
 否定はしない。喧しいほどにカニを捕まえようと躍起になっているのだ。
「なにがどうしてこうなったんだ?」
 それは、誰にもわからないことは、語だってわかっている。しかし、問わずにはいられなかった。
「ってか食べれるのか、これ?」
「食べられるみたいですよ、さきほど――あちらの方が食べてました」
 大事なあるじの食事になるカニの毒見を自発的にしていた紅鳶を示して、狐珀。
「まぁ、今までにも食べれるオブリビオンには、色々遭遇してきたけど……」
「はい、いろいろいましたね」
 地下迷宮のアレとか、ケーキ屋の前のアレとか――
 このカニがいくらも美味しかろうが、今はさておかねばならない。
「考えるだけ不毛だな」
 語の頭の上にカラスが留まる。首周りだけが白く彩られている彼は、語の頭をつつく。
 四脚の黒龍も、語のゴーサインを待つ。
 浜の楽し気な雰囲気にそわそわと浮足立っているのが、よくわかった。
 むろんそれは、狐珀も同じで。
「アレコレ考えるのはあとにしましょう。語さん、美味しいカニをたくさん食べるために、まずはカニ狩りをしましょう!」
 彼女の肩に器用に留まる月代は、長い尻尾をゆらゆらさせている――が、月代の興味はカニの向こう側、寄せて返す波にあるようだ。
「月代、海で遊ぶのは少し我慢してくださいね。まずはカニです!」
 あるじに言われ、しゃきっと背を伸ばした。
「仔龍、カラス、あとで食べるために頑張って狩るぞ」
 それが、語のふたりへの合図だった。
「じゃれに行くのがいいが、怪我するなよ」
 元気にカニへと向かっていくふたりに声をかければ、仔龍は一度跳ねて、カラスはけっと吐き棄てるように素早く旋回した。
 その様子に苦笑をひとつ。
 好きに任せよう――語は、群れを成すカニへと視線を戻す。
 対峙するそれらは、真っ赤に目を滾らせて、六本ある鋏をガチガチとギチギチと鳴らして威嚇。
「気勢を削ぎましょうか。ウカ、おいでなさい」
 黒狐がくるりと跳んで現れる――【青蓮蛍雪】の蒼い狐火が幽かに揺らめき、カニどもを取り囲んだ。
 熱を帯びない幽然たる狐火は、触れるモノを凍らせる不燃の炎――凍結の術式が編み込まれた蒼炎は、泡を噴く直前のカニを飲み込んでいく。
 狐珀の足元で跳ねて、砂地を楽しむウカの宝玉がきらきらと煌然と輝き出したのは、そのときだった。
「ウカ――力を」
 狐珀から溢れ出る聖性の熱が冷えていく。吐いた息が白く濁るほどに――吐き出しかけた泡ごとカニが凍り付いていく。カニの熱を奪い、それを燃やして蒼く輝くようだ。
 ウカが凍炎に力を注いでいく。温度は一層下がって、カニを凍て尽くす。
 が。
 凍結したカニの甲羅を乗り越えて、こちらに向かってくる新たなカニが現れた。
 カラスと仔龍を追ってくるようだ。その眼は、爛々と赤く染まっていた。
 なるべく動かずに、こうして見極めていたのだ。
 紫の涼やかな双眼が、ひやりと尖る。
「大人しく、凍っていれば良かったかもしれないのにな」
 語の声が、凛乎として紡がれた――刹那、語の《Brodiaea》が紫紺の花を解き放ち、花炎の嵐を巻き起こす。
 触れるものすべてを焼き尽くして燃やす花弁は、空よりも濃く、海よりも青くカニを染め上げる。
 それは語を護る花弁――槍の切っ先のような花弁は潮風に流れる去ることなく猛然とカニを飲み込んで、焼き締めていく。
「焼き蟹もおいしいだろうし、問題ないだろ?」
「ええ、ぜんぜん、問題ないです……っはああ……いいにおい」
 香ばしく焼けたカニの香りが立ち昇る。食欲を刺激してくるその香りは、今はまさに毒だ。
 食べたくなる! おなかすいた!
 至極おいしそうな香りに包まれて、うっとりと吐息。
「語さん、早く、食べたいですね」
「ああ、我ながらいい焼き加減だ」
 語も焼き蟹と化して、一種の暴力的な香りを放つそれを見る。
 あの喧しい男たちが躍起になって捕らえようとしている理由が分かった気がした。この美味そうなカニを、あるじに食わせてやりたいと思う気持ちも分かったし、抜け駆けして食ってしまいたいというヨコシマな気持ちも理解できた。
「これは、楽しみだ」
「なんだ!? なんだ、このいいにおいは!」
「おおおお! カニを焼きやがったな!? くっそー! 腹減ってきたじゃねえか、どうしてくれる!」
 喜んでいるのか、文句を垂れているのか、すぐには判然としないが、それでも彼らのやる気はマシマシになったようで、
「紅鳶! 黄三二! 負けてらんねえ! 縄を持ってこぉい!」
「へいっ兄貴!」
 野太い声が揃って、歓声が上がる。

「ああっ、月代!」

 そちらに気をとられ、目を離したのは僅かな時間だったというのに。
 狐珀は慌てた声で、月白の龍の名を呼んだ。驚いた語もそちらを見れば、カニにじゃれついて、爪を勝ち取った月代がきょとんとしてあるじを見ていた。
「手加減してくださいね! うっかり潰してしまわないようにね! 食べられなくなります!」
 ぴくっと姿勢を正し、こくこくと首肯。
 その横をカラスの黒い影が飛び去って、高い声で一啼き――黒い仔龍がカラスを追うように駆け抜けた。
「ははっ、楽しそうに」
「ええ、とてもはしゃいでますね」
 彼らが怪我さえしなければ、オブリビオンが骸の海へと還ればそれで構わないのだが、せっかくのカニだ。美味しく食べてしまいたいではないか。
 砂を掘ったり踏みしめ足型をつけて遊んでいたウカを見遣った狐珀は、「もう一仕事ですよ」と声をかける。
 揺らめく狐火は、さらに冷気を帯びてカニを凍らせていく。
「ほんと、冷凍保存だな」
「はい! 凍らせてしまえば動けませんし、鮮度も保てます!」
 ぴかぴかに笑顔を弾けさせて、狐珀は語を振り返った。
「ね! 一石二鳥です!」
 得意げに笑う彼女に、語もつられて肩を震わせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千家・菊里
【花守】2人
おお、本当に大物がわんさかとわいたものですねげぇ
ふふふ、何とも腹と腕が鳴る――さぁ、平和の為、美味しく楽しく宴に浸る為、てきぱきと働きましょう

言うや否や、蟹を囲い抑え込むよう霊符舞わせて結界術
男達への被害防ぐと同時、一匹たりとも逃さぬ構え

そして、ええ、新鮮な生け捕りの重要性もちゃんと心得ておりますからね
早業で魂鎮め――強制的に眠り齎す霊符散らし範囲攻撃も加え、動き封じてお縄に
それでも暴れるものは、狐火で焼蟹に変えましょう
ふむ、炙っても中々(ちゃっかり毒味)

男達の気概を無下にせぬよう援護しつつ
更なる乱入者の気配も然り気無く警戒

いやぁ、盛大な宴が開けそうですねぇ(山盛の蟹に良い笑顔で)


呉羽・伊織
【花守】2人
男達も蟹共も、見事に活きが良すぎるな!
ウン、あとお前もホント活き活きするよネ
俺としてもこの暑苦しい絵面は早々に解消して、女性陣が待つ宴を満喫したい気分――主殿の期待に、この地の笑顔や平和の為にも、確りと助太刀するしかないか!

UC使いつつ、俺は特に男達へ危害加えそうな蟹を狙いに
危険な足や爪だけ最小限、器用に落として無力化し捕縛
危険排しつつも男達の威勢は削がぬよう、生け捕りし易い状態作りに協力
泡吹きそうなら菊里の霊符を借りて、口元封じ自爆もとい自縛してもらおう
…って何ちゃっかりと摘まみ食いしてる!

第六感や聞き耳で、乱入者の気配にも注意

ったくらホント何から何まで賑やかな一日になりそーで!



●降り注ぐ太陽の光は、
 実に熱いが、それ以上に、彼らの熱気は冷めることはない。
「なんか、カニ減ってきてねえか?」
「気のせいだ! 朱華お嬢のため! たんまり捕まえるのがワシらの仕事じゃあ!」
「無駄口たたいてねえで、ふん縛れ!」
「へいっ頭ァ!」
 寄ってたかってカニを封じ込めて動けないように雁字搦めにしていく男たちを横目にちらり。
 千家・菊里(隠逸花・f02716)は、赤瞳を細め笑む。
 その視線は、浜に蠢く大きなカニへと戻された。
「おお、本当に大物がわんさかとわいたものですねぇ」
 口ぶりは泰然としていても、菊里の瞳は、カニから離れない。
 あの太い爪の中に一体どれほどの美味い身が詰まっていることやら――
「ふふふ、何とも腹と腕が鳴る――さぁ、平和の為、美味しく楽しく宴に浸る為、てきぱきと働きましょう」
「ウン、お前もホント活き活きするよネ」
 俄然やる気になった菊里に、苦笑を禁じえないのは、呉羽・伊織(翳・f03578)だ。彼の赤瞳には、暑苦しい男たちも、ひしめくカニどもも、それはもうイキイキして元気満点に映る。活きが良すぎるのではないかな、もう少し息を抜いても良さそうな気はするが。
「いやまあ、オレとしてもこの暑苦しい絵面は早々に解消して、女性陣が待つ宴を満喫したい気分だから――」
「さあ行きますよ、伊織」
「ウンウン……人の話くらい聞けよ、菊里?」
「いつものアレでしょう? 知っていますよ」
 言うや否や、菊里は霊符を舞わせる。その一枚一枚に彼の霊力が込められて、結界が張られた。
 気の置けない間柄ではあるが、ぞんざいすぎやしないか――とは思えども、致し方なし。菊里の言う通り、それは伊織の常套句でもある。
 しかして、見渡してみよ。
 この彩りのない――男まみれの浜を。
 一番の原因たる、男くさいその一団は、怒声と罵声と哄笑を上げている。
 今にも捕縛が完了しそうな、あの一体はそのまま男たちに任せてしまって大丈夫だろう。それ以上の戦力が向かわなければ、彼らに被害が出ることはないと見立てた。
「主殿の期待に、この地の笑顔や平和の為にも、確りと助太刀するしかないか!」
 話に聞いた幼い城主は、彼らがカニをとってくることを待ち望んでいるのだ。
 彼女の期待に応えられるならば、伊織とて吝かではない。
 菊里が完成させた結界の中に閉じ込められたカニどもは、闘争心を剥き出しに、ふたりをロックオン。
 【陣風】を纏い、《烏羽》の冷徹な黒をぎらつかせ疾駆し、伊織は一刀のうちにカニの足を斬り落とした。男たちに一等近い場所にいるカニだ。今はまだ彼らに注意が向いていないだけで、いつあちらに向かっていくか分からない。
 災いの芽は摘んでおけば大事にはならないだろう。大爪は、伊織を威嚇し威圧するようにガチガチと鳴らされる。
 伊織の胴を挟まんと迫りくるカニは、果たして、菊里の散らせた霊符を踏み抜いた――途端、その体躯はぴたりと動かなくなる。血走るように燃え盛っていた赤い目が穏やかに蒼く変色していく。
 強制的に眠りを齎す霊符の効果だ。
 完全に眠らせることは叶わなかったが、それでもカニの動きは格段に鈍る。その霊符に仕込まれた罠は、魂鎮めの呪術だけでなく、力を奪い取ってしまうような、呪縛の力も込められていた。
「それでしばらく動けぬでしょう」
 ふたりは徹底的に男たちが晒されるであろう危険を取り除いてく。
 彼らは生け捕りにしようとしているのだ。
「少々厄介ではありますが……」
「ひとえに主殿が喜ぶだろうその笑顔のために!」
「ええ、新鮮な生け捕りの重要性もちゃんと心得ておりますからね」
 伊織と菊里は頷き合う――きちんと聞いたわけではないが、彼らが生け捕りにこだわっているのは、敬愛するあるじに新鮮なカニを食べさせてやりたい一心。
 その心意気を無下にするほど、ふたりは無粋ではない。
 しかし、呪縛の結界を叩き破って、暴れるのであれば話は別だ。
 ざざっと耳障りな音――伊織に足を斬り落とされたカニに乗り上げて、現れた一回りも小さな個体は、もごもごと口元を動かす。
「伊織」
「ああ、任せろ」
 菊里の霊符を一枚拝借。纏う【陣風】はそのままに、一足の間に距離を詰め、カニの口に貼り付ける――己が泡で雁字搦めになるように封じ込めた。
「そこで大人しくしときな」
「まったく……本当に活きがいいですねぇ」
 菊里の指がカニへと向く――爆発的に撃ち出されたのは、轟然と燃える狐火。
 集中砲火をくらって、こんがりとした焼蟹へと姿を変えてしまった。
 食欲をそそる香ばしくも甘い香りに、ふらふらと菊里はそれに近寄って、ひょいと足をもぐ。ぱきっと心地よい抵抗――そこに詰まっていた白い身を、食べた。
「ふむ、炙っても中々……」
「って! おい、菊里! 何ちゃっかりと摘まみ食いしてる!」
「摘まみ食いとは人聞きの悪い。毒見ですよ、毒見」
「それを摘まみ食いって言うんだって」
「おや、うらやましい?」
「ンなわけあ、……あるわ! 美味いか?」
「ええ、とても」
 そのしてやったりした顔が憎たらしい――とはいえ、伊織まで毒見するつもりはなく、しつこく暴れるカニの足を斬り落としていく。
 そのとき、今まで一番大きな歓声が上がった。
「頭ァ! やりやしたね! もうコイツァ動けませんぜ!」
「よし、よし! てめえらよくやった! 銀! 鉄!」
「「へい!」」
「気ィ抜いてんなよ、まだまだだ! お嬢をうんと喜ばしてやろう」
 紺次郎の言葉に、男たちはうるさいほどの威勢のいい返事をした。
 その様子は、菊里の頬を緩めるものだった。
「いやぁ、盛大な宴が開けそうですねぇ」
 男たちによって捕縛されたカニの山を見つめて、屈託なく笑う。
 もはや、いますぐにでも宴を開いても、十分な贅沢ができて、酒もすすみそうである。そういうわけにはいかないのは、分かっているが。
「ったく、ホント……何から何まで賑やかな一日になりそーで!」
 同じくそのカニの山を見て、笑った伊織は、すでに賑やかな男たちへと視線を滑らせた。
 彼らの気概を削ぐことなく、カニの捕縛までこじつけたことに、安堵と満足の息をついたのだ。
 それでも、ふたりは警戒を解かない。この浜のどこかに――まだ見ぬ不届き者が潜んでいるという話は、覚えている。
 彼らの赤瞳は、油断のない哨戒を続けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎・うさみっち
カニとそうめん食い放題と聞いて
うさみっち様参上!!

おうおう、ヤローども!
怪我したくなきゃ下がっていな!
あとは俺に任せろ!
…フッ、一度言ってみたかった格好良いセリフだ

むっ!ちっこいからってバカにすんなし!
見てろよー!いでよ、やきゅみっち軍団!(UC発動
あのカニ共は速く動く物を追いかけるらしい
なので、うさみっち監督自らが囮になって
小さい身体と逃げ足を活かして
素早く飛び回りカニ共の気を引く!
その隙にやきゅみっち達が次々と鉄球を打ち込んでいく!
なるべく一箇所に絞って集中攻撃して
硬い殻に穴を開けてやるぜ
外側が丈夫な奴ほど中身は柔いもんだ!

あーっ、あの白くてプリプリしていそうなカニ身
早く食いたーい!!



●時折強く離れる潮風は、
 榎・うさみっち(うさみっちゆたんぽは世界を救う・f01902)の小さな体を翻弄する。
 カニの抵抗は凄まじいが、対峙する多くの食欲に駆られた本能を前に、カニどもの芳醇な味噌は滾り、爪は燃え、その旨味に拍車がかかっていく。
 たとえ風が強く吹こうとも、彼の燃える食欲を吹き消すことはできない。むしろより強く煽り立てられる。
「カニとそうめん食い放題と聞いて、黙ってる俺様ではないわ!」
 小さな肩に、小さな釘バット(!)を担いで、いつものドヤ顔で悠然と虚空に立つ。
「うさみっち様参上!!」
「なんだ? なんか聞こえたか?」
「いやですよ、鉄の兄貴、空耳じゃねえですか? まだボケるにゃはええです!」
 あれ? 聞こえてないのか? 確かに風は強くて、うるさいくらいだが。
 うさみっちは気を取り直して、さきほどよりも声を張り上げた。
「おうおう、ヤローども! 怪我したくなきゃ下がっていな! あとは俺に、まか、」
「なんだァ!? このチビ!」
 スキンヘッドの男の眼前に躍り出て、やや後悔した。
 眉がない。腫れぼったくも鋭すぎる目つきは、あらゆるものを射抜いてしまいそうなほどに凶悪だ。
「ぴゃっ」
 凄まれて、一瞬、怯んだ。
「調子ノってっと掴んで食っちまうぞ!」
「ぴゃあああ……!」
「やめねえか、黄三二!」
「すんません兄貴ィ!」
 怒鳴られて間髪入れずに謝った黄三二は、それでもその凶悪な相貌が緩むことはない。
「むっ! ちっこいからってバカにすんなし!」
 まさか出合い頭に威嚇されるとは思わなかったから、怯んでしまったが。
 この小さな体を推して、うさみっちの態度は尊大なほどにでかい。これしきのことで折れるようなやわな男ではないのだ。
「ここは俺様に任せて、下がって見てな!」
 キマった。
 今度こそキマった。
(「……フッ、一度言ってみたかった格好良いセリフだ」)
 己に酔ううさみっちをしり目に、黄三二を始め、男たちは彼を見なかったことにする。
「いや、待ておい! くっそ、コケにしやがって! 見てろよおっさんどもー!」
 いくらなんでもコケにしすぎだ。ちっこいからできることだってたくさんあるんだ!――なんて反骨精神丸出しで、釘バットをぶんぶん振り回す。

「いでよ、やきゅみっち軍団!」

 掛け声とともにどこからともなく現れたのは、野球のユニフォームを着こんだうさみっち軍団。
「ふっふっふ……こいつらは、激しく勝利に飢えている! ゆえに! なんでもしでかす!!」
 そう!
 ウサミノ ジショニ スポーツマンシップナド ナイ!!
 監督(うさみっち)からして、釘バットを携えているのだ。彼の揃えたメンバーが、釘バットや、トゲつき鉄球を持っていても不思議でないだろう。
「作戦は、」
 うさみっちがめっちゃ速く飛んでカニの気を引く!
 その隙にやきゅみっちたちが鉄球をバンバン打ち込む!
 以上!
 やきゅみっちたちは、アンフェア精神にのっとり、昏い笑みを頬に刻み付ける。
「いくぜー!」
「あ、おい! チビすけ! やめねえか!」
 ぶーんと飛び回るうさみっちへと手を伸ばした鉄をひゅんと躱し、べーっと舌を出して応戦。
「捕まるわけねえじゃねーか! へっへーん!」
 ここからは、猟兵としてのお仕事だ。
 怒りに赤く目を光らせて、なによりも速く飛び回るうさみっちへと爪が迫りくる――しかし硬殻を打ち砕くのは、信じられないバットコントロールで打ち込まれた鉄球。
 関節は見事に吹き飛んで、ごとりと爪が落ちた。
「集中砲火ー!!」
 うさみっちの号令とともに、そのカニの甲羅に一斉に鉄球が浴びせられる。
 重く鈍い音が絶え間なく響いて、いよいよ甲羅に罅が入る。
「よーし、そのまま続けろー!」
 速く動くものを追いかける習性は、カニの仇となった。
 うさみっちの逃げ足の速さは天下一品! 彼が囮になることで活路は見出される。
「ふふふ、ふははははは! ぶーんぶーんだ!」
 まさか己の掌ほどの小さき者が、八面六臂の活躍をするとは思ってもみなかった男たちは、その勇猛さに野太い歓声を上げた。
「いいぞ! チビすけ! そのままブーンブーンだ!」
「おお! ったりめーよ! びゃー!」
 しゅっとカニの憤怒の目の前を通り抜け、やきゅみっちたちに意識が向くのを阻止した。
「そのまま穴あけろー!」
 うさみっちの発破に、ガキンゴキンと鉄球は容赦なく打ち込まれて、外殻を突き破った。
「外側が丈夫な奴ほど中身は柔いもんだ!」
 どおおっと崩れ落ちたカニを見下ろして、うさみっちは、満足気に鼻を鳴らす。
 崩れた外殻の間から、たっぷり詰まったカニミソがたまらず溢れ出してくるではないか。
 あの独特な甘みが、舌の上に幻となって甦る。
「あーっ、あれは! ぜったい! うまいやつー!!」
 空中を器用に転げまわるうさみっちは、今はカニではなく空腹と戦っている。
 落ちた爪の中にも、身が隙間なく詰まっているのが見えた!
「あの白くてプリプリしていそうなカニ身……早く食いたーい!!」
 うさみっちの魂の叫びが浜にこだました。

大成功 🔵​🔵​🔵​

香神乃・饗
シマの名前は『俺のシマ』
まことっす!カニだらけっす!
しっかり捕まえるっす!任せるっす!
まずは香神写しで武器を増やし剛糸で網を作るっす
パワー自慢に捕まらないように敵に身を隠し盾にしてやるっす
んでもって、同志討ちさせてる騒ぎに乗じて投網を投げるっす
ついでに捕まえて回るっす!
はい、もう逃げられないっす!じゃんじゃん網に入るっす
一番大きいカニとったっす!
適当に苦無で攻め俺が他の場所にいるように見せかけ混乱を大きくするっす
留守番の誉人へのお土産にしてもいいっすかね

糸を斬って動き回るなら苦無でトドメをさしておくっす
後で食べるものっすから出来るだけそのまま捕まえるっす
いっぱい捕るっす!御馳走の山、待つっす!


ジャスパー・ジャンブルジョルト
おー、でっけえカニじゃねえか。
だけど、俺だってでっかくなれるんだぜ。めっちゃ腹を空かせてきたからな。(UCでむくむく巨大化)

速く動く物を無差別攻撃するのは好都合。敵に背中を見せ、自慢の尻尾を上下に素早く振って……近寄ってきたところで左右に薙ぎ払い、まとめて吹き飛ばーす! ジャイアントモフモフ尻尾スイング! にゃはははははは!
……と、調子に乗って尻尾を振りまくってたけど、腹が減りすぎて疲れてきた。後は任せたぜ。(ごめん寝ポーズでしゅるしゅる縮む)


※戦闘中に余裕があれば、身が詰まってそうなカニに爪で『JJ』と刻む。「このカニは俺のだかんな! 横取りすんなよ!」

※煮るな焼くなとご自由に扱ってください



●きらきらの海岸を埋め尽くしていたのは、
 赤い目のカニ――島の男たちの特攻を受けて、猟兵の襲撃を受けて、いきり立っている。
 そう、襲撃されたのだ。
 すでに、多くのカニが、魔法鞄に収納されて、無限に入ってしまいそうなゴミ袋に詰め込まれ、いくつもの焼きガニが誕生し、冷凍保存されたカニもいたし、ひときわ大きな個体も確保したし、体と足に分けられた生け捕りの山も築かれた。
 それは、浜のカニの群れを壊滅にまで追い込むほどの勢いだった。
 それでも男たちは満足しない。
 なぜなら、まだ浜には、カニがいるから。
「うおおお! お嬢! 見ててくだせえええ!」
 気合十分に島の男たちは、銛や網を手にカニに夢中になっていた。凶悪な鋏と格闘して、ぎらんぎらんに真っ赤に光るカニの目が明滅する。
「おー……おー、でっけえカニじゃねえか」
「そうっすね、でっけえカニっす! まことにカニだらけっす!」
 男たちの烈声をさらりと聞き流しながら――それでも彼の黒瞳は男たちに危険が及んでいないことをしっかり確認していた――香神乃・饗(東風・f00169)は、ジャスパー・ジャンブルジョルト(JJ・f08532)の隣に立つ。
「JJさん! 聞いてくれるっすか!」
「うあ? なんだ饗?」
「俺、この島の名付け親になるんっす」
「ああ、そういや、そんなこと言って、」
「シマの名前は『俺のシマ』っす!」
「お前さんの島にするのか!」
「俺じゃないっす! みんながここは俺のシマって思う島っす」
「ややこしい!」
 へへっと笑う饗の脛へと、必殺裏拳ツッコミをもっふ…っと一発。
(「JJさんのツッコミっす!」)
 胸中で歓喜に叫んで饗。
「うおおおお! お嬢のためならこんなカニー!!」
 一際激しく吼えた男がカニの大鋏に立ち向かって、大鉈を振り上げる。
「しゅわー!」
 慣れたものだ。剛糸は《香神写し》でぐんぐん増えて、投網へと織り上がっていく。頑丈な剛糸で編み上げたものだ。ちょっとやそっとでは切られまい。
「さあ、しっかり捕まえるっす! 任せるっす!」
 網にしなかった剛糸で、饗を掴み上げようとしてくるカニを縛り上げて、饗の即席の盾が出来上がる。
 無論、万能な盾とはいかないが、次々と襲い来るカニの爪を躱し、相討ちさせるにはちょうどいい。
 爪同士がぶつかって、鈍い音がなる。わさわさと動く足は未だに活きが良い。
 饗を捕まえようとしにくるカニの進路を妨害するように、捕まえ盾となったカニが――そして、あらぬ方向から苦無が飛来する。
 そのカニの進行方向とは逆に位置するところから投げられたような軌道の苦無に、たたらを踏んで混乱する。
「隙ありっす!」
 打たれた網は、混乱し鋏をジャキジャキと空鳴らしさせるカニどもを捕まえてしまった。
「はい、もう逃げられないっす! お? 一番大きいカニとったっす!」
 剛糸を巧みに操り、じゃんじゃん網にからめとられていくカニに、饗は漁の成功を予感した。
「でけえでけえ、立派だよ……けどな」
 言って、吐息をひとつ。ジャスパーの胸に切なさが込み上げる。
 意識すればするほどに切なくて、それは徐々に苛立ちへと変わっていく。
「だけど、俺だってでっかくなれるんだぜ。めっちゃ腹を空かせてきたからな」
 ジャスパーは、このときのために、なにも食わずにココまで来た。
 三度の飯より、食うことが好きなジャスパーが、食うことを我慢してきたのだ!
「はらへったよぉ~~~ん!」
 悲しみを誘う声は、ジャスパーの苛立ちを内包してそれに比例するように、彼の体がむくむくと大きくなっていく。不思議と衣装や腰のサーベル(実は獣奏器)までもがむくむく膨れ上がっていく。
「猫の旦那が、大猫の旦那になってく!?」
「いったいどんな手品だ! うおおおお!」
 大鉈を構えていた黄三二と、砕けた銛をいまだ勇猛果敢に構え戦う姿勢を崩さない鉄が歓喜の咆哮を上げた。
 ちらっとそちらを見た饗も、思わず歓声をあげる。
「JJさんがでっかくなったっす!!」
「にゃはは! でかいだけじゃないぜー!」
 興奮気味の饗は饗で、ひゅんひゅんと苦無を奔らせカニを攪乱しながら、投網を打っていた。
「速く動く物を無差別攻撃するのは好都合!」
 カニよりもやや勝るくらいまで巨大化した彼は、くるりと背を向ける。
 そこにあるのは、自慢の銀の尻尾!
「ほれほれ! ほれほれほれ!」
 上下にぶんぶん振られる。長毛の尻尾はふわっふわで、それが、魅惑的に揺れるのだ。
 そのスピードにつられないカニではない。
 ジャスパーの尾を攻撃せんと近寄ってきたカニどもを十分にひきつける。
 しゃきんじゃきんと物騒な音がしていて、尾を今にちょん切らんとしている――ところへ、尾は華麗に躱す!
 左側に振れた瞬間、

「ジャイアントモフモフ尻尾スイング! にゃはははははは!」

 ぶおんっ
 もふもふのもふもふが右へと薙がれ、カニどもが吹き飛ばされていく!
「鉄の兄貴! ワシァ、大猫の旦那のしっぽにああして吹き飛ばされてみてえ!」
「うるせえ! 旦那の邪魔だきゃァすんじゃねえぞ!」
(「わかるっす! あのもふもふはずっこいっす!」)
 黄三二と鉄の気の抜ける会話に反応するでなし、ジャスパーは調子よく尻尾をぶんぶか振り回す。
「ほれほれ! どうだ! にゃはは、にゃはははは!」
 面白いくらいに、釣れて呆気なく吹き飛ばされて動かなくなるカニどもに、ジャスパーの笑いは止まらない。
 しかし、愉快ではあるが、それだけでこの空腹は満たされない。なんならカロリーを消費したせいで余計に腹が減った。
 腹の虫が盛大に鳴いたのと時を同じくして、ジャスパーはがくりと膝を折った。
「JJさん!? どうしたっすか!」
「腹が減って疲れて、もう動きたくねえ」
 ちょこりと座り込んで、巨大化中ではあるが小さく蹲る。
「知ってるっす! それ! ごめん寝ぽーずっす!」
 しゅるしゅると縮んで、見慣れたサイズに戻っていくジャスパーに、饗は声を上げて驚いた。
(「ごめん寝ぽーず……すまほで見たのと一緒っす、さすがっす」)
 たくさん頑張っていたジャスパーを背に庇うように、饗は苦無を奔らせ、牽制。瞬間、投網を打つ。
「饗……あとは、任せた、ぜ」
「合点承知っす、JJさん!」
 後ほど食べるものであるから、なるべく原型をとどめたまま持ち帰りたい。
 投網の糸を断ち切ろうとしている力自慢のカニには苦無を一突き、とどめをさす。
「ここのカニ、一杯くらい、留守番の誉人へのお土産にしてもいいっすかね?」
 ごろごろと蹲っていたジャスパーは、ひょこっと顔を上げる。
「これだけたくさんいるんだから、まあいいんでない?」
「バカヤローテメッコノヤロー! それは朱華お嬢の、」
「黄三二ッ、やめねえか!」
「すんません頭ァ!」
 条件反射のようなやり取りに、漆黒の眼をぱちくり。ほんのり回復した琥珀色の双眼もまんまるになった。
 饗がふん縛って、抵抗するようにわっさわっさと足を動かしていたカニまでもがぴたりと止まっている。
 その隙にジャスパーは、饗の捕まえたカニの甲羅に爪を立てる。そっと素早く、『JJ』とサイン。
「JJさん?」
「他のカニは誉人にでもくれてやれ。でも、このでかいカニは俺のだかんな! 間違っても食うなよ!」
 サインの下に、『横取り禁止!』とも刻み付けた。
「ちゃっかりしてるっす!」
「饗もするか? どれ食う?」
「じゃあ、これに……」
 投網の中で無駄に抵抗するカニに苦無でとどめがさされる。それの甲羅に『キョー』と名が刻まれた。
 ふたりがそうしてる間に、紺次郎と黄三二の話は済んだらしく、「梅の旦那に、大猫の旦那ァ!」と呼ばれた。
「どうぞ持って帰ってくんなせえ! そんな一杯といわず、三杯くらい、いや、ええい面倒だ! 十杯持ってけえい!」
「おおおお! そんなにたくさん良いっすか!?」
「そんなに持って帰ってどうする! カニ鍋パーティか! かになべ! カニパ!? なんだそれ、御馳走まみれじゃーん! ってちがーう!」
 必殺裏拳ノリツッコミが、もっふ…と饗へと炸裂した。
「……あー、もうダメだ、ほんとに腹減った」
「JJさん、お疲れ様っす! 俺はもうちょっと捕まえてくるっす! 御馳走の山ー! 待つっすー!」
 土産の礼も兼ねて、饗は元気満点にカニの群れへと突進していく。
「ったく、元気だぜ……」
 呟いてジャスパーは、へろへろと砂浜に座り込んで、潮風に乗ってくる焼きガニの香りに、鼻をひくつかせ、ひげをざわつかせた。

●そんな浜の喧噪を、
 遠巻きにそわそわと見つめていた、ずんぐりした影が、痺れを切らして姿を現すまで、あと少し。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『のんびりパンダのハイバオ』

POW   :    てしっ
単純で重い【もふもふ前足】の一撃を叩きつける。直撃地点の周辺地形は破壊される。
SPD   :    もぐもぐ
【噛みつき】で攻撃する。また、攻撃が命中した敵の【習性と味】を覚え、同じ敵に攻撃する際の命中力と威力を増強する。
WIZ   :    もふもふ
戦場で死亡あるいは気絶中の対象を【パンダのぬいぐるみ】に変えて操る。戦闘力は落ちる。24時間後解除される。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ケルスティン・フレデリクションです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 水面は陽の光を浴びてきらきらと輝く。
 落ちているシーグラスも翠や琥珀にと時折彩を放つ。波は穏やかに浜を削って、白い縁を描いた。
 紺次郎は、壮観な浜を眺めて赤茶の目を細めた。彼は乱れた若白髪を掻き上げ撫でつけ、猟兵たちへと礼を述べた。
「うちのもんが世話ンなった――俺は紺次郎。名乗るのが遅くなって申し訳ない」
 カニを食いたいという城主のお願いを受けて、この海岸にいたことを明かした。
「かーしらー!! 竹! 刈ってきやしたよー!!」
 ふいに、林の方から一人の大男が立派な竹を担いでのっしのっしと歩いてくる。
「ヤツは、紅樺。あの、一等つまみ食いをしていた紅鳶の兄でして、誰よりも巨漢、ンで島一の力持、」
 得意げに仲間を紹介していた、紺次郎の声が凍り付いた。
 揺れる竹の葉の向こうで、笹を持った異形の姿があったから。

 見るからにふっかふかの手足は黒く、愛嬌たっぷりのつぶらな瞳は真っ黒で、なぜか大きな籠を背負っている。

「パンダ……?」
 誰かの呟き。
 まさにパンダだった。
 しかし、しっかり二足歩行してくる。なんなら笹を持って行進するように、意気揚々と。
「紅樺! なにを連れてきてやがる!!」
「なに言ってンですか頭ァ! 俺ァ一人ですよ!」
 がさがさと竹を揺らして彼は豪気に笑うも、紺次郎をはじめ、仲間の慌て具合に――なにより、弟の紅鳶の取り乱し具合に、彼は足を止めた。
「なんだってンですか?」
 言いながら、彼は振り返る。そこには、むろん、パンダ。

「がふっ」

「――――!?」
 みなが固まる理由が分かった。
 オニキスを嵌め込んだような瞳は、紅樺を見返し、こちらを通り越して仲間たちを覗く。
 そして、だだだだっと駆け出した。
「かしら、」
 紅樺は竹を放り出す。紺次郎や弟に得体の知れないあれを近づけたくはない――が、それは、クマのくせにイノシシがごとくまっすぐに走る。
「おっそ!?」
 いろいろなことが一気に起こりすぎて、思わず力の限りに叫んだ。
 が、パンダは止まらない。
 短い脚を懸命に動かして走りにくい砂浜を駆ける姿は、毛玉が転がるよう。
 それもまた笹を手放して、ぼふんっ、と砂にダイブ。
「ぶへあ!?」
「へああッ!?」
 突如として巻き起こった砂嵐。慌てて目鼻を覆って凌いだ紺次郎たちだったが、次に顔を上げたときには、さらに瞠目した。
 巨漢の紅樺よりもまだ大きなパンダが、陽を反射する砂にダイブして――それはもう、嬉しそうに、手(前足?)の中に捕まえたシーグラスを見つめている。
 うっとりして、陽に透かしたりして見つめるその姿に、「……すおう」と名を呼んでいた。
「頭?」
「わりい」
 かつて、朱華の宝飾を作ることを生きがいにしていたような男がいた。
 彼も、シーグラスを拾い、陽に透かして目を輝かせていた。
 貝殻を組み合わせ、真珠と連ね、朱華の耳を、首を、足首を可憐に彩る飾りを作り上げる――しかし、その蘇芳は、今はもういない。
 だからこそ、紺次郎は、己の口をついて出た彼の名に、驚きを隠せなかった。
「がふっ」
 返事ともなんともとれない、パンダの鳴き声。ふたつのオニキスは、きらきらと光る。見つめる先には、先刻捕まえたばかりの大きなカニ。
 今度はそれに向かって走り出して、止める間もなくカニをぎゅうっと抱き締めた。
「なっ!?」
「あああああ!!」
 朱華に献上するはずのカニが、もふもふのパンダのぬいぐるみへと姿を変えていた。
「むぉふっ!」
 なぜか満足げなパンダが、紺次郎たちを振り返って、手にしてあったシーグラスを背中の籠に大事そうにしまい込んだ。



▼マスターより
お待たせいたしました。
当シナリオにおいて、『のんびりパンダのハイバオ』は、(元も子もなく)『パンダ』と称され、たぶん蘇芳なる人物の成れの果てとして描写いたします。
シーグラスなどのキラキラしてるものが好きです。頑張って捕まえたカニがもふもふの魔力によってぬいぐるみになります。あぶない。
感傷的なプレイングでも、全力でもふもふでも、カニへの愛を叫んでいただいても構いません。
二章プレイングは、【9/9(水)8:31~9/10(木)8:30】で受付ます。一章よりも短い受付期間となりますが、予めご了承ください。
当章からのご参加も、引き続いてのご参加も大歓迎です!
それでは、みなさまの楽しいプレイングをお待ちしております!
香神乃・饗
はあ?カニがパンダになったっすか!
残念すぎるっす!誉人のカニに何て事するんっすか!って、来たっす!
待たないっす!待ってたまるかっす!
逃げ惑うフリしフェイントかけるっす
ピンチはチャンスっす反撃に出るっす
余裕でノリノリのパンダに一泡ふかせるっす

キラッキラした苦無と俺自身を囮に
大口を開けたら香神写しで増やした苦無の雨をお見舞いするっす
口を閉じるなら剛糸で縛って閉じさせないっす

このパンダ知り合いっすか
なんでパンダになったんっすか
戻す方法は…
無いなら、覚悟を決めるっす

このもふもふパンダ、蟹に戻るんっすか
戻らないなら誉人用に貰っても良いっすか
お土産がもふもふでも許されるっす
シマの名前『しゅーんしゅーん島』


神崎・伽耶
いい?
食べ物はね。大事なの。
わかる?
だ い じ なの!

ぬいぐるみは、そりゃあ可愛いかもしれない。
でも。
食べられない、でしょ?
だから。

キミは倒すわ。(きっぱり)


ゴーグルを下ろして。
……そういえば、パンダはまだ食べたことないわね……?

ふふっ。行くわよ!
甘えるような「てしっ」をマスタードソードでいなし。
無防備な背中に体当たり!
おぉ、吹っ飛んぱんだー!

足を取られないよう注意しながら、蟹(魔法鞄)を守って戦うわよ!

キミね。
お嬢ちゃんのこと、覚えてる?
そのキラキラ、渡したいなら、代わりに渡しておくけど。
どうしたい?

島?
そうねぇ名前は……海硝島。でどうかな。


ジャスパー・ジャンブルジョルト
(空腹でへたばってる)
ダメだ……ヒゲ一本動かせねえ……なんか、もう死んじゃうかも。走馬燈ってのが見えてきやがったし。みかん、かき氷、パイ……(脳裏を巡るは食い物の思い出のみ)。

あばよ、みんな……。

……って、カニがぬいぐるみに変えられてるぅ!?(がばと起きあがる)
許さねえぞ、こんにゃろ! こんにゃろー!(駄々っ子パンチを繰り出すも噛みつき攻撃に怯む)
うわっ!? 接近戦は不利か。ならば……(キラキラのビー玉を投げて気を逸らし、その間にツィターを弾く)……ミサイル攻撃!
これ以上、カニをぬいぐるみ化させやしねえ! どんなに可愛いかろうと、ぬいぐるみは食えないしー!

※煮るな焼くなとご自由に扱ってください




 風は時折強く吹くが、穏やかだ。波音のさざめきは、二度と同じ音は聞こえてこない。
 空は青い。抜けるほどに青い。雲はぷかりと浮かんでいる。食うに食えない、綿菓子のような雲を見つめるジャスパー・ジャンブルジョルト(JJ・f08532)の琥珀の双眸に、輝く空は絶望を流し込む。
 ダメだ。
 腹が減った。
 もうダメだ。限界。少し飛ばし過ぎた。
「……ヒゲ一本動かせねえ」
「大丈夫っす、ちゃんとヒゲは動いてるっす」
「ちがう、そうじゃねえんだ、饗……」
 話してる最中はヒゲが動いてたっす、大丈夫っす――なんて首を傾げる香神乃・饗(東風・f00169)のド天然に首を振った。
 腹が減りすぎてふらふらしている。あとはもう、できるなら戦いたくない。ここから動きたくない。
 浜を茫漠と眺めるジャスパーは、そっと瞼を下ろす。
「……なんか、もう死んじゃうかも……走馬燈ってのが見えてきやがったし。みかん、かき氷、パイ……」
 皮アートで人気をさらったみかんの山、舌が緑になったメロンシロップのかき氷、百点満点のわらびもち、自慢の毛をべったべたにされたパイ(投げ)、絶品のローストターキー、たんまり食った蕎麦、などなど――ジャスパーの脳裏をよぎるのは、幸せにまみれた食い物の思い出の数々。
「あばよ、みんな……」
「はあ?」
「辛辣だな」
「違うっす! JJさん! カニが!!」
 開いた口が塞がらないとはよく言ったもので、饗の口はぽかんと開いたまま、黒瞳までもが見開かれた。
 紺次郎らが捕まえたカニが、パンダのぬいぐるみに変じてしまったのだ。
「カニが、パンダになったっすか!」
 特大のパンダのぬいぐるみだ。
 見るからに柔らかそうで真っ白ふわふわ。それを抱き締めるパンダの穏やかな目も相まって、可愛すぎてしんどい。
「カニがぬいぐるみに変えられてるぅ!?」
 しかし、こちらにとっては、死活問題だ。
 さっき竹が登場して、いよいよ流しそうめんの気配まで漂ってきたというのに、大きな楽しみを奪われてなるものか。
 砂になりかけていたジャスパーは、がばっと跳ねるように起き上がった。
「はああ!! カニがー!!」
「残念すぎるっす! 誉人のカニに何て事するんっすか!」
「タカトのカニだァあ!? あれは朱華お嬢のカニだ!」
 一等イカつい風体の黄三二が饗へと凄む。
「さっき土産にしてもいいっていったじゃないっすか!」
「こら饗! 誉人だけじゃねえ! 俺の食うカニでもある!」
「だから、あれは朱華お嬢のカニだ!!」
 男たちの喧噪をよそに、パンダはパンダを抱き締めて、ご満悦。
「なんつーことしやがる!!」
 蒼惶と叫んだのは銀と鉄だった。先刻、神崎・伽耶(トラブルシーカー・f12535)に拍手喝采し、彼女の活躍に大喜びしていた男たちだ。
「わふっ」
 その銀よりも巨躯であるパンダは、彼に凄まれたところでどこ吹く風、キラキラと光ったシーグラスへとまっしぐら。かと思いきや、男たちが捕まえたカニへと方向転換した。
 このままでは、また、大事なカニはパンダになってしまう。
「許さねえぞ、こんにゃろ! こんにゃろー!」
 それだけはなんとしても阻止したいジャスパーは、果敢にパンダの眼前に躍り出て、踏み潰されるかもしれない恐怖に打ち勝ち、爪をしゃきーんと尖らせ、超高速駄々っ子パンチを繰り出す!
「がふっ!」
「へあ!?」
 これほど強烈で強力なパンチを繰り出したというのに、パンダには毛ほども効かず、そのかわいい容貌とは裏腹に鋭い牙を見せつけられ、ジャスパーは怯んだ。
「させない!」
 ジャスパーに噛みつこうとしていたパンダの鼻先を、《ヒップホップ》がピシリと打ち据えた。
 ウィップを操るのは、もちろん伽耶。
「そのひとは食べられないし、それ以上勝手なことは、ほんと、許せない」
 彼女の黒瞳は、しっかとパンダを見据えている。
「いい? 食べ物はね。大事なの」
 食わなければ死ぬ。生きるためには食わなければならない。
 生きることと食うことは同義だ。
「わかる? だ い じ なの!」
 伽耶の言葉を理解しているのか、していないのか――それでも耳を傾けているかのようにオニキスの瞳は伽耶を見つめている。
 その言葉を聞きながら、ジャスパーは何度も大きく頷いた。
「ぬいぐるみは、そりゃあ可愛いかもしれない。でも――食べられない、でしょ?」
 飢えの恐怖と絶望は、可愛いだけでは癒すことは出来ない。
 なんにせよ、食う気満々の伽耶からカニを取り上げることは、断じて許されることはではない。
「だから。キミは倒すわ」
 きっぱりと言い切る。食べ物を粗末にする輩はいかなるものでも捨ておくことはできない。
 伽耶の生業がそれを許さない。
 額にあるゴーグルを下した。黒い双眸は、レンズの奥へと隠される。
「……そういえば、パンダはまだ食べたことはいわね……?」
 獣の肉は総じて美味いが、パンダは美味いのだろうか。
 純粋な好奇心が故に漏れた呟きだった。グルメレポーターの血が騒ぐ。
 それでも彼女はしっかと鞄だけは死守――この中には、大事なカニが詰まっているのだ。これをぬいぐるみに変えられるわけにはいかない。
「ねえちゃん、あぶねえ!」
「あぶなくないよ――ふふっ、行くわよ!」
 鉄の制止をからりといなし、背にある《マスタードソード》を抜き放つ。
 なにやら遊んでくれると勘違いでもしたか、パンダはもう一度「わふっ」と鳴いて、伽耶へともろ手を挙げての突進!
「おおお! ねえちゃんあぶねえ! 避けろ避けろ!」
 あわわ、と慌てた銀は伽耶の助太刀に走りかけるが、砂に足をとられて素っ転んでいた。
「だいじょーぶだって、そこで応援よろしくー!」
 抱き着きに来るかのようなそれを、片手半剣の腹で受け流し、体の流れるままに伽耶はパンダの背後へと走り込んだ。
「おおお!? おおおおお!!」
「いけー! いいぞ!」
(「にぎやかね!」)
 観客のエールを受けて伽耶は、頬が緩む――まるで無防備な背中へと、一意専心、体当たりを見舞う!
「おぉ、吹っ飛んぱんだー!」
 ごろんごろんころころころ……
 浜をころげていく毛玉となったパンダは止まったところで、ぬうっと立ち上がって、体中の砂を振るって落とす。
 その姿を、紺次郎は――やけに眩しそうに見つめていた。
「あのパンダ、知り合いっすか」
「ああ、昔、ちょっとなァ……」
「なんでパンダになったんっすか」
「ん? ああ……ヤツが弱かっただけだ」
「戻す方法は……」
 首を振って否定。彼は、過去、なにがあったかをきちんと理解している。
「なら、覚悟を決めるっす」
 そんな紺次郎から目を離して、饗は苦無を投げた。
 その刃先が、パンダの耳を掠める。
「キミね――お嬢ちゃんのこと、覚えてる?」
 パンダはじっと伽耶を見つめる。まるで次の言葉を待つかのように。
「そのキラキラ、渡したいなら、代わりに渡しておくけど……どうしたい?」
 彼の瞳は揺るがず、じっと伽耶を見つめ、「がふっ」と一鳴きした。それの意味を察することは、なかなかに困難だった。
 その僅かな時間に饗は梅印の苦無をたんまり増やす。陽の光を浴びてきらきらする愛用のそれらは、パンダを牽制し惑わせる。
 考えることは山とあるだろう――飲み込まざるを得ないことばかりだ――だからこそ、声を張り上げた。
「よくも大事なカニをぬいぐるみに変えてくれたっすね! 許さないっす!」
「そうだ饗! 言ってやれ!」
 ジャスパーのエールに饗は力強く頷く。
「もっふもっふで、ふっわふっわで! ちょっと触りたいって思わせるなんて! ずっこいっす!」
「そうだそうだ! ずっこいぞ!」
「俺とJJさんが遊んでやるっす! かかってくるっす!」
「そうだそうだ! かかってこ、え?」
 見てただろう、ジャスパーが接近戦で超絶不利になったところを。それに今、とても腹が減っている。万全の状態で戦えるわけがないのだ。
 なのに!
 せっかく離れていったパンダが、またこちらに向かって走ってくるではないか!
「うわっ!? 地響きやべえ! こら饗ー! なんとかしろー!」
「がんばるっす、JJさん!」
 キラキラのビー玉をぽいぽい投げて気を逸らしながら、詰められた距離をなんとか保った。
 ビー玉に気もそぞろになったパンダへ向けて、ツィターをかき鳴らした。
「Rock On! かーらーのー! Lock On!」
 ジャスパーの迸るカニへの想いが異次元の彼方よりミサイルを呼び寄せた――寸分違わぬ正確さでもって、パンダへ着弾!
「ひゅー! さっすがJJさんっす! かっこいいっす!」
 言いながら浜を駆けていた饗は、ようよう止まった。ふうっと乱れた息を整える。準備完了。剛糸を張り巡らせ、カニの護りを固めきって、たんまり増やした苦無を投げた。
 饗へとじゃれるために大口を開けたと同時に、苦無を降らせる。口内へと無常に奔るそれをパンダは、しかし、強靱な顎で砕いた。
 ぱらぱらと落ちていく苦無の破片は、きらきらときらめく。
「うそ……!」
 あまりのことに饗は目を瞠って――次の瞬間には、剛糸をその口に巻き付け、強引に開けさせる。
「なんて――俺が、ビビるとでも思ったっすか!」
 刺さった苦無を嫌がって抜くパンダの、またもやがら空きになった背に伽耶のタックルがどーんとキマる!
「はっはー! 吹っ飛んぱんだにかいめー!」
 ごろごろっとひっくり返ったところに、ツィターが郷愁を誘う音色を奏でる。
「これ以上、カニをぬいぐるみ化させやしねえ! どんなに可愛いかろうと、ぬいぐるみは食えないしー!」
 ジャスパー渾身の叫びに再び呼ばれたミサイルが、見事に着弾した。

 ◇

 彼らの攻撃はさすがに効いたらしい。ずんぐりした背中は、呼吸で動いているが、身を起こしてくることはない。
 饗は、パンダを警戒しながらも、カニだったパンダのぬいぐるみを手に取った。
「このもふもふパンダ、蟹に戻るんっすか? 戻らないなら誉人用に貰っても良いっすか」
「またタカトかよ」
「お土産がもふもふでも許されるっす!」
 黄三二の鋭いツッコミを華麗に無視した饗は、ぐっと拳を握る。
 そんなことよりも、とにかく腹が減って仕方ない。戦闘の渦中でうっかり空腹であることを忘れかけたが、それでもこうして立ち止まってしまえば、その切なさに襲われた。
「……はあ……はらへった……」
「JJさん、俺、もう一つ島の名前を思いついたっす」
「……あ?」
「『しゅーんしゅーん島』ってどうっすか?」
「なになに? 島の名前?」
 きらっと黒瞳を輝かせて伽耶がひょっこり輪に入る。そんな彼女に饗は、
「そっす、なにか良さげなのあるっすか?」
「んーとお……そうねぇ、名前は……『海硝島』でどうかな?」
「いや……俺に聞かれてもな」
 ジャスパーは、垂れた尻尾をそのままに、極度の空腹に深く吐息した。
「あとでお嬢ちゃんに決めてもらえばいいだろ」
 彼の言葉に、ふたりは手を打って、頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【菊】

うわぁパンダだ
俺生パンダ初めてだわ
けどあいつ…いや
兄さん一丁遊んでやろうぜ

おわ…ほんとだ
この調子で折角捕まえたカニ
ぬいぐるみにされたら食えねぇし
兄さんの努力が水の泡だぜ
ツッコミに頷き

えっ
マジで?いいな

ダッシュで距離詰めグラップルで足払い
砂浜に引き倒しもふる
うおっ…意外ともふもふ
兄さんも来いよ
もふ比べようぜ
押さえとくから大丈夫だぞ?
パンダってよく見ると目が怖いって聞くけど
こいつは何か可愛いし

そういや何かシーグラス拾ってたな
…探してやる?
って危なッ!?
てしってすんなよ!
…砂入ったし
吐出し

でも一杯出てきた

…ああ
残像纏いダッシュで懐へ
兄さん!
合わせてUC

あいつ…少しは満足したかな?
あー腹減った


砂羽風・きよ
【菊】

へぇ、理玖パンダ初めてなのか?
あんなパンダ俺も初めて見たけどな
お、おう遊んでやるか

カニがパンダになれば目を見開き
――おいおいおい!
マジでカニがパンダのぬいぐるみに変わりやがった!
おかしいだろ?!突っ込まずにはいられなかったわ!

つーかもふもふじゃねーか!
……結構気持ちいいなこれ

って理玖あぶねーぞ?!
いやいや、確かに可愛いけどよ!
お、確かにもふもふだな(ちゃっかり)

あぁ、なんか探してたな
探したら喜ぶかね

うおお!!あぶねあぶねー!
どんだけ力つえーんだよ!
めっちゃシーグラス出てきたわ!

アイツ真っ先にシーグラスの方に行ったな
悪いが今のうちにモップで身体を拘束させ
理玖に声を掛け

あぁ、喜んでたらいいな




「うわぁパンダだ……! 俺、生パンダ、初めてだわ」
「へぇ、理玖、パンダ初めてなのか?」
 陽向・理玖(夏疾風・f22773)をちらと見遣って、「まあ、あんなパンダ俺も初めて見たけどな」と付け足した。
 砂羽風・きよ(忠犬きよし・f21482)も、ああして、シーグラスを器用に摘まみ上げてうっとり眺め回すパンダは初めてだ。
「ん。けどあいつ……――いや……兄さん、一丁遊んでやろうぜ」
「お、おう遊んでやるか」
 ちらりと紺次郎の姿を一瞥し、瞳を揺らせた理玖だったが、気を取り直す。
 そう。詮無いことだ。彼の思いは、もはやどうすることもできない。
 だから、パンダがのっそりと向かってくる進路に立ちはだかる――が、彼は、だっと駆け出し、紺次郎たちの悲鳴をよそに捕らえたカニをハグ!
「――おいおいおい!」
 ぼふんっ
 軽やかな音を立てて、硬い外殻のカニが、およそ正反対のやわいぬいぐるみ(しろくろパンダ・特大)へと姿を変えた。
 驚きに目を瞠ったきよは、思わず笑いだす。
「マジでカニがパンダのぬいぐるみに変わりやがった!」
「おわ……ほんとだ!」
 なにがどうなってぬいぐるみに変わるのかさっぱり分からないが、このままだとせっかく捕まえたカニの全部が、ぬいぐるみにされかねない。
 それは困る。
 本当に困る。
 とっても困る!
「ぬいぐるみにされたら食えねぇし、兄さんの努力が水の泡だぜ」
「マジ、それな! いや、カニがぬいぐるみに変わるって、おかしいだろ?!」
 きよの容赦ないツッコミにこくこくと何度も頷く理玖。
「いやいや、なんで、ぬいぐるみだよ! カニはどこいったし!? カニ、いや、ぬいぐる、つーかもふもふじゃねーか!」
 突っ込まずにはいられなかったわ! きよの叫び――頷く理玖。その彼へとパンダはぬいぐるみを投げた。
 理玖は咄嗟にキャッチ。
「ふあ!?」
 なんだこの揉み心地は!
 ベルベッドのような側生地はやや薄くて、詰まっている綿はきめ細やかで、うっとりするほどのやわらかさ。
 そのくせもっちりとした弾力を忘れていないこのパンダのぬいぐるみは、実ににくい一品。
「……結構気持ちいいな、これ」
「えっ、マジで? 俺も――ああっ……これ、いいな」
 もっちもっち、むにむに。
 むぎゅっと力をこめれば、程よい抵抗――これは、抱き締め甲斐のありそうなぬいぐるみ。
「ぶぁふっ」
 見るからにやわらかそうな手が、理玖の頭をてしっとしにくる――それを、ダッシュで懐に潜り込み、思い切り足払いをし、引き倒した。
 ぼわんっと砂煙が舞う中、仰向けに倒れたパンダの腹に抱き着く。
「うおっ!……これは……、もふもふ!」
「って理玖あぶねーぞ?! なにしてんだ!!」
「ながらもふもふ?」
「なんだ、そのネーミング」
「兄さんも来いよ、もふ比べしようぜ」
「もふくらべ」
 ものすごくそそるワードに、そわっとゆれて。
「押さえとくから大丈夫だぞ?」
 男前にパンダの腕を掴んで放さない理玖は、
「パンダってよく見ると目が怖いって聞くけど、こいつは何か可愛いし――平気平気」
「いやいや、確かに可愛いけどよ!」
 可愛いが、ソレ、コンキスタドールだぜ――なんて出かけた言葉は、飲み込んだ。
 それは、これからそんなやつを食おうとしている者たちみなに跳ね返ってくる、諸刃の言葉だ。あぶない。
「お、確かにもふもふだな」
 ちゃっかりパンダの腹をなでなで、その毛の柔らかさに頬を緩ませた。
 ふわふわのもふもふ。
 濃密に細い毛がびっしりしていて、さらりとやわい。
 いつまでも触っていられる感触に、ふと目的を忘れかける――が、そうも言っていられない。
「そういやこいつ、何かシーグラス拾ってたな」
「あぁ、うん、なんか探してたな」
 もふもふが止まらない。
 押さえ込んでいる理玖の頬も、その柔らかさで緩んでいる。
 離れがたい。
 この柔らかさ、クセになる。
「………………探してやる?」
 夢中になりすぎたと我に返った理玖は、パンダの腹をなでなで、ともに堪能しているきよへと声をかけた。
「お、探したら喜ぶかね」
 言いながらも、パンダの腹を撫でる彼の手は止まらない。
「やべえ、きもちい……」
「うん、わかる」
「……――探すか」
 コンキスタドールとはいえ、大人しくもふらせてくれた。義理立てしてやることもないが、キラキラに喜び、目を奪われて隙が生まれるのであれば、やって損はない。
 離れ難いもふもふと別れを決意、そっとパンダから手を引いたきよは、よっせと立ち上がる。
 パンダを押さえていた理玖も手を離し、今まで注目しなかった足元へと視線を向ければ――シーグラスは、けっこうある。
 その中でも大き目のひとかけらを見つけた理玖は、そちらへ歩いて、拾い上げた。
「がふっ!」
 パンダが鳴いた。
 見れば、理玖が持ち上げたシーグラス目掛けて突っ込んでくるではないか。
 さしてスピードはないが、それでも、きよや理玖よりも大きな体だ。それが容赦なく突っ込んでくるのは――危険。
「うおお!! あぶねあぶねー!」
「って危なッ!? てしってすんなよ!」
 ものすごい勢いで跳び上がって砂が舞い上がった。
「どんだけ力つえーんだよ! でも、めっちゃシーグラス出てきたわ!」
 砂の中に埋まったシーグラスがその振動で掘り起こされた。代償で理玖は砂をかぶることになったが。
「べえ……砂入ったし」
 口の中に入った砂をぺっと吐き出して、きよが目を瞠った意味を知る。
 よくこれほどまでに流れ着いたものだ。
 赤、青、緑、白、黄金――様々な形のキラキラ光るシーグラスがあらわになった。
「おお……これは、すげえや……」
「むぉふっ、ふんっ、わふっ」
 大興奮のパンダはシーグラスを器用に拾い上げて、籠の中へと大事そうにしまっていく。
 それは大きな隙となって、きよはそれを決定的なものにする。
 《モップ》はパンダの足を絡めとって動きを鈍らせる。パンダの動きはもとより遅いが、その力の強さは、十分見せつけられた。
 きよが捻出した時間の中で、理玖の像はぶれる。空間に焼き付いたように理玖の像は残され、パンダを攪乱――彼は躊躇わずに懐へと走り込んだ。
「兄さん!」
 彼の合図とともにモップの拘束は強くなる――パンダの視界を覆ってしまうようにゴミ袋が彼に巻きつく。
「今だ理玖!」
 鋭く吐き出された呼気とともに、踏み込んだ足は大きく浜を削って、根こそぎ灰燼と化すほどの轟烈な拳撃を打ち込んだ。
 その衝撃に後方へとごろんごろんと転がっていくパンダを見送る。
 浜をごろごろ、丸まって転げていく毛玉は、しばらくそのまま丸まったままで動かない。しかし、彼はまだ骸の海へは還らない。
「アイツ、真っ先にシーグラスの方に行ったな」
「……ああ」
 理玖の拾い上げたシーグラスしか見ていなかったような感じだった。猟兵やカニはそっちのけで、キラキラに目を細めていた。
「あいつ、少しは満足したかな?」
「あぁ、喜んでたらいいな」
 強烈な拳が突き刺さってなお、よろよろと立ち上がった彼は、「ぶぉふ」と小さく鳴いた。
「……にしてもタフだな」
 うんざりして、きよ。
「あー、腹減った……」
 同じく、げんなりして理玖。
「むぉふ!」
 そうして、しゃきっと背を伸ばしたパンダは、けろりとして浜を眺めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

千家・菊里
【花守】二人
嗚呼、折角の蟹が…
いえ、一日で元に戻るなら保存方法としては…でも鮮度は落ちますよねぇ
何にせよ、これは頂けません(いや何としてでも頂きますが)
兎も角この地の平穏と美味しい宴の為、今一度気合いを入れましょう

霊符とオーラを巡らせ、男達を守るよう結界術を
ぬいぐるみは変に操られて傷む前に、再び※眠り齎す霊符で鎮静

そして肝心の相手ですが――どんなに無邪気な顔をしても、俺は食物(?)を玩具にする者には容赦致しません
が、もし何か心残りや思う所があるならば、時間は作り出しましょう――紺次郎さん、それに蘇芳さん

十分であれば、せめて※で痛みなく永き眠りを

シーグラスや城主殿の笑顔の輝きが、餞となりますよう


呉羽・伊織
【花守】2人
さて、色々と事情はありそうだが――悪いな、危ないぬいぐるみも、例え綺麗なシーグラスであっても、その姿で届けさせる訳にゃいかない
城主様にゃ蟹と笑顔と安寧を贈らなきゃならない――だろ?(紺次郎と蘇芳を交互に見て)
…で、お前はホント食気に余念が無いな!

ぬいは…眠ったトコを一応改めて縛っとくか
男達へ攻撃を通さぬよう、早業で得物噛ませていなし時間稼ぎ
ああ、伝えたい事、渡したい物――両者共に、何か心を晴らす為に成したい事があるなら、協力は惜しまないぜ

別れが済めば霊符一片借り連携
城主様の笑顔の為に生きた者が、其を奪っちゃならない――大丈夫、アンタが贈った輝きは今も翳らず此処に在る
ゆっくり、お休み




 若白髪をオールバックにした紺次郎の双眸は、よく見える。
 赤茶色の炯眼は、シーグラスを集めて喜ぶパンダから外れることはない。なにごとかを言いかけた唇は、きゅっと引き結ばれ、それでも言葉を紡ぎたくて薄く開く――それを繰り返していた。
 そんな紺次郎の姿を盗み見、呉羽・伊織(翳・f03578)は吐息をひとつ、パンダを見据えた。
「さて、色々と事情はありそうだが――悪いな、危ないぬいぐるみも、例え綺麗なシーグラスであっても、その姿で届けさせる訳にゃいかない」
 紺次郎にも聞こえるように、伊織は声を紡ぐ。
「城主様にゃ蟹と笑顔と安寧を贈らなきゃならない――だろ?」
 赤瞳は彼を滑っていく。その日に焦げた頬にあるのは、名状しがたい強張り。
 その表情を見るに、紺次郎にとって、伊織の言ったことはなんとしても遂行したいことのように映る。
 伊織を見ていた彼の眼は、ふとパンダに焦点があって、瞠目した。
「やめ、あああ!!」
 むぎゅっと抱き締められたカニは、もっふもふのパンダのぬいぐるみへと変じてしまった。
 ぬいぐるみのつぶらな瞳は愛らしい。
「嗚呼、折角の蟹が……!」
「お前はホント食気に余念が無いな!」
「当たり前です。一日で元に戻るなら保存方法としては……ぬいぐるみもあり……いえ、鮮度は落ちますよねぇ」
 ぶつぶつとぬいぐるみを前にして、千家・菊里(隠逸花・f02716)の考察は続く。
 いや、そもそも物質が変わってしまっているのだ。カニの時間はそこで止まっているのだから……ワンチャンありでは? いや、待て、だとしても――
「何にせよ、これは頂けません」
「ホント……まっしぐらだな」
「頂けませんよ。いや、何としてでも、おいしく頂きますが」
 せっかくここまで来たのだ。カニを食わずして帰ることなんぞ出来ない。
「兎も角この地の平穏と美味しい宴の為、今一度気合いを入れましょう」
「ああ、きっちりと終わらせてやるか」
 浜を踏む菊里の足元から、彼の霊力が噴き上がる。これ以上のカニへの被害を食い止めようと黄三二は走り出す――しかし、パンダは先のカニとは相手が違う。これは、彼らの手に負えるようなものではない。
 黄三二を止めたのは、菊里の織り成す結界だった。彼の眼前に霊符が現れ、それは空中にぴたりと留まる。
「危ないですので、そこから動かないでください」
 菊里の言下、霊符はずらりと並び、ぬいぐるみとなったカニの山をも封じ込める。
 少しつまみ食い――否、毒見をしたから知っている。あの絶品のカニが、パンダによって下手に操られ痛んでしまう前に、眠りを齎す鎮静の力で包み込んだ。
「よし。まあ、一応縛っとくか……」
 男たちが使っていた縄で改めて縛るのは、伊織。その手際の良さで、さっさと縛り上げて、一息入れる前に――元凶たるパンダへと疾駆。
 パンダが、彼らへ向かわぬように、【陣風】を纏いゆく手を阻む。
 きょとんと黒い眼を丸めたパンダだったが、むうっと不機嫌そうな貌になった――なんとも表情が豊かで、伊織は思わず苦笑した。
 しかし、それを理由に手加減してやるつもりはない。暗器を繰り、彼の噛みつく牙を受け止め、いなしていく。
 走る足は遅いが、力の強さはなかなかに侮れない。だというのに、シーグラスに心を奪われては、そちらへ寄り道。
 嬉しそうにきらめきを掬いあげて、オニキスの輝きを強くさせる。
「どんなに無邪気な顔をしても、俺は食物を玩具にする者には容赦致しません」
「食物?」
「食物です」
「ウン……そうか」
 なにも言うまい。菊里がアレを食物というなら、そうなのだろうから。
 ふたりは対峙してみて肌で感じることができた。この気の抜ける見た目と、あざといしぐさで隠れているが、噛み砕く力は一切の容赦はなかった。
 菊里は結界を維持する力を注ぎこみながら、彼らを振り返る。
 そこにいるのは、パンダを一心に見つめる、赤茶の眼差し――
「紺次郎さん」
「なんだ」
「なにか、心残りや思うところがあるならば、今のうちに。俺たちが時間を作り出します」
「ああ、伝えたい事、渡したい物――そこなパンダも、聞こえてんだろ? ねえか?」
 シーグラスの光をうっとりと見つめるパンダは、我関せず、籠に大事そうにそれを仕舞い込んだ。
 黒い毛の大きな手で、器用にシーグラスを摘まみ上げ、陽に翳す。
 青い光が、彼の白い毛を薄く染め上げた。
「かしら……」
「あのパンダは、ホントに……?」
 紅鳶と黄三二の声が漏れる。しかし、紺次郎は、「やめねえか」とぴしゃりと吐き棄てる。
「なにも――なンにもねえよ……ありゃァ、俺の知ってる蘇芳じゃあねえ。ヤツは死んだ――もういねえ。アレは、蘇芳じゃあねえ」
 まるで己に言い聞かせるように、無理やり飲み込むように。
 そうしなければいけない理由でもあるように。
 紺次郎は口を閉ざす。眉間に皺を刻み、撫であげた若白髪が海風によってまた乱れた。
「いいのか。後悔はないか?」
 最後に問うても、紺次郎は首を振った。
 男に二言はないだろう。
「そうですか――では、もう問いません」
 菊里は、霊符を展開してその一枚一枚に、鎮魂の力を纏わせる。苦痛ではなく、穏やかな眠りを。
 醒めぬ眠りを。
「シーグラスや城主殿の笑顔の輝きが、餞となりますよう……」
 パンダの周りに展開された霊符は、彼の寝床を作り上げる。
 菊里はふうっと霊符に息を吹きかける。
「伊織」
「ああ、」
 彼から託されたその霊符一片――これにも眠りの術が練り込まれている。
「城主様の笑顔の為に生きた者が、其を奪っちゃならない――大丈夫、アンタが贈った輝きは今も翳らず此処に在る」
 オニキスの双眸をぱちぱちと瞬いて、とろんととけ始めた。
 瞼は重く、もはや開けていることも難しそうに、パンダはぼんやりと伊織を見つめる。
 伊織の言葉は届いただろうか――彼に貼り付けられた霊符は、彼を微睡みへといざなう。
「ゆっくり、お休み」
 くありとパンダは欠伸をひとつもらした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎・うさみっち
うーむ、あのパンダは紺次郎の仲間が
コンキスタドールになっちまった姿なのか
残念だが、どれだけ愛くるしいパンダでも
ああなってしまった以上、倒すことしか出来ない…
パンダよ、お前の屍を乗り越えて
俺は美味いカニを食べまくる――!!

キラキラしたものが好きらしいから
まずはスケブにシュババッと早業で
宝石を身につけまくったうさみっちの絵を描く
セレブっちとでも名付けよう!
くぅーっ、俺もそんな生活してぇ!
で、それをUCで実体化!更に繁殖力でぽんぽん増殖
そいつらをパンダの元に向かわせて気を引く作戦!

セレブっちをもふもふ抱っこしている姿は
実に可愛くて攻撃するの躊躇われる…
が!心を鬼にしてうさみっちばずーか発射ー!


五百崎・零
(戦闘中はハイテンションですが、今回はかなり控えめ。なんせ相手が『パンダ』なので)
……流しそうめん、面白そう。
死にたくないし、カニを守るために楽しく…じゃなくて、精一杯戦おう。
…と思ってきてみたんだけど、あれが敵?
なんか、調子狂うんだけど。
急に牙とか爪とかにゅってでてきて、凶暴になったりしない?
そういうんじゃない?……あ、そう(ちょっと残念がる)

とりあえずせっかくのカニがぬいぐるみになるのは、困る…よな?
えーっと、パンダがカニに近づいたら銃で威嚇しようか。
(パンダを直接撃って仕留めてもいいけど、なんだかそれをするのはとても気が引ける…)
キラキラしたものあれば、カニから気をそらせるかな…。




(「……流しそうめん、面白そう」)
 竹の調達は完了したようで、束が投げ出されていた。それを持ってきた男は、巨大なもっふりからカニを守ろうと仲間とともにパンダに立ち向かっていた。
 彼らに怪我でもあれば、面白そうな流しそうめんに寄せられる楽しみが減ってしまうのではないか。
「死にたくないし、カニを守るために楽しく――じゃなくて、精一杯戦おう……と思ってきてみたんだけど」
 吹いた海風が彼の前髪を持ち上げ、鋭い金色の双眸があらわになる。
 先刻まで眠そうに目をこしこし、それだけでは足らず顔をごしごし擦って、パンダは少しぼうっとしていた。
 ぼんやりと座り込んで、海を見つめて、波の輝きに心を奪われているようだった。
 だが彼は、ゆっくりと漆黒の眼差しをこちらに向けた。
「むぁふっ」
 満足気に一鳴き。
「……なに?」
 答えない。答えられたところで、なにを伝えようとしているのかは分からないが。
 とっとと気を取り直したパンダは、その大きな手で、小さな石を器用に掴み上げた。そのさまは、どうしたって不可解でしかなく。
「なんか、調子狂うんだけど……本当にあれが、敵?」
 五百崎・零(デッドマンの死霊術士・f28909)の鋭い金瞳は、うっそりと眇めらて、眉根は寄る。
「急に牙とか爪とかにゅってでてきて、凶暴になったりしない?」
「しねえんじゃねーかな! 知らんけど」
 なんせ榎・うさみっち(うさみっちゆたんぽは世界を救う・f01902)とて、こんなパンダを見るのは初めてだ。
「そういうんじゃないんだ? ……あ、そう……」
 このもふもふっと愛らしい姿から、少しでも凶暴な姿に変身してくれれば、零も戦いやすくなるのだが。というか、そういう感じに変形してくれると面白いと思ったけれど――かわいいを押し売りしてくるなら、仕方ない。
 残念だけど、仕方ない。キラキラのシーグラスに夢中のパンダを見つめて、銃を構えた。
 そんなシーグラスよりは大きいうさみっちは、紺次郎らが話すパンダとの関係の話に耳を聳てる。
 なるほどなるほど。
「うーむ……」
 彼は、深く頷いて唸った。
「あのパンダは紺次郎の仲間が、コンキスタドールになっちまった姿なのか」
「ああ、チビすけ、そういうこった」
「残念だが、どれだけ愛くるしいパンダでもああなってしまった以上、倒すことしか出来ない……」
 海賊の矜持にかけて、それは紺次郎も心得ているのだろう。この状況をしっかと飲み込み、言い返してくることはない。
「そう、なにより、カニをぬいぐるみに変えるなんて言語道断!」
 激闘の末に勝利し、打ち取った超絶特大のカニ(あの味噌たっぷりの美味しそうなヤツ)までもふもふ化されては敵わない。
 それに、あの紅樺という男が竹をわんさと刈ってきていた。いよいよ流しそうめんの気配があるのだ。
 楽しみは確実にすぐそばまで近寄っている。
「パンダよ、お前の屍を乗り越えて、俺は美味いカニを食べまくる――!!」
 うさみっちの決意は固い。
「とりあえずせっかくのカニが、これ以上ぬいぐるみになるのは、困る……よな?」
 零は大きなカニの山とパンダとの間に立ち、彼がこちらに来ても対処できるように身構える。
 横目で見たうさみっちは、上機嫌にスケッチブックに高速で筆を滑らせている。
 なにやらの準備があるのだろう――零は、動き始めたパンダの足元を狙って発砲した。
 パンダを直接狙い撃ち仕留めても構わないのだが、それをするには、どうしたってそのビジュアルでは躊躇われる。
 なんでパンダなのだ。
 なんという可愛さの押し売りだ。
 零の発砲に驚いて、素っ転んだパンダは、その転んだ先で新たなシーグラスを見つけて、寝転んだままうっとりとそれを見つめている。
 白い毛に、赤い色が透けて煌きは一層際立た。
 その姿にいつもの調子は出ない。止まってしまうのがもったいないと思うほどに滾る戦いにならない――とはいえ、これを放置していいことにはならなくて。
 彼の気をカニから逸らすには、もっとキラキラを与えればいいのではないか。
 そうすれば、カニを抱き締めるよりももっと、ずっと、パンダは無防備で喜び続けそうだ。
 零は、足元に埋まっていたシーグラスを拾い上げ、パンダへトス。きゃっきゃと喜んだ様子で、ころころと転がった。
「お……」
 そわり。
 零はもう一つパンダへトス。それをしゅぱっと両手で挟み取って、嬉しそうに転げた。
「出来た!」
 瞬間、うさみっちの声が高らかに響いた。
 紺次郎たちの話、先刻まで観察した結果から、やはりパンダは無類のキラキラジャンキー。ならばとスケッチブックに描いたものは、宝石を身につけまくったうさみっちの姿!
「セレブっちとでも名付けよう! くぅーっ、俺もこんな生活してぇ!」
 金銀に輝く王冠を戴き、贅の限りを尽くしたネックレスは肩こり必至の重厚さで、十本の指すべてに嵌るぴかぴかの指輪!
 そうして、ゴテゴテと装飾したなんだか高そうなスーツを着たセレブっちは、かみえし(うさみっちのこと)の力を得て、平面の世界から飛び出してきた。
 そのままぽこんぽこんと増殖していく。
 束になってかかれば、宝石の輝きも倍々で増していくという算段だ。
「おおぉ……?」
 零の指が引き金から外された。
 小さなきらきらしているセレブっちが、パンダの元へと飛んでいき、彼の眼を引く。
 このキラキラに目を奪われないはずはない!
 自信満々のうさみっちは、パンダの動向を見守る――果たして、それは、効果てきめんだった。
 砂浜を転げていたパンダは、じっとセレブっちを見つめて、彼らをそっと捕まえた。
 ぴかぴかに輝くセレブっちたちをむぎゅうっと抱き締めて喜ぶパンダ。
「くうう……!!」
 うさみっちのみならず、そこにいる男どももあまりの微笑ましく可愛い姿に、言葉を失った。
 ずっと見ていられるしぐさ! パンダの特権たる、無邪気さを兼ね備えた最強の可愛さに、零もぐうの音も出ない。
(「やりにくい……!」)
 その姿、しぐさ――攻撃することを躊躇ってしまうほどに、無垢なものだった。
「ダメだ、これしきのことで心を揺らされてはダメだー!」
 うおおおおお! とうさみっちの気合一発。
 心を鬼にして、彼はばずーか砲を肩に担ぎ上げた。
「許せパンダ! いや、もとはといえばお前が悪いんだがな! えーい! うさみっちばずか発射ー!」
 すぽぽぽぽぽぽ!!
 その銃口から飛び出したのは、弾丸ではなく、数々の分身シリーズの小さなうさみっちたちだった。
 そうして、群れて彼らはパンダをもみくちゃにし、抱き締めたそばからパンダのぬいぐるみになっていけども、彼らのイタズラの前にパンダはひっくり返った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

落浜・語
【狐扇】

多分、ぬいぐるみは持ってっても、大丈夫とは思うけれど……
いや、ね。狐珀ならそわそわするだろうなって思ってから、予想通りだなって。

仔龍の雷【属性攻撃】や深相円環を【投擲】することでパンダの動きをけん制しつつ、その蘇芳って人の事を周囲に聞いてみる。
見た目は微笑ましくもあるんだが、全部ぬいぐるみにされてしまっても困るしな。
それに、せっかくだから試せることは試してみたいなと思ってさ。

初めてやるが、上手くいきゃいいけど……
狐珀がパンダの意識を奪ってくれたらば、UC『ものがたり』を使用。
聞いたことを語り、生きていた頃の姿に導ければ。
一日限定だけれど、倒して終わりよりは、な。


吉備・狐珀
【狐扇】

あのパンダのぬいぐるみは頂いてもいいの…、何でもありません
何でもないですよ?(そわそわ)

もしパンダが蘇芳殿なら
せっかく集めたそのシーグラスで何か作りませんか?
例えばあそこにいる愛らしい少女に似合いそうな飾りとか

その姿では少々難しいでしょう
語さんが貴方の為におまじないをしてくれます
私はその為の準備を

UC【百鬼夜行】使用
雪女達を呼び出しカニに飛びつけないようにパンダの周囲に厚い雪と氷の壁を生成
身動きを封じることも目的ですが、真の目的は体温を奪うこと
雪女はその冷気で体温を下げ意識を失わせるのです
パンダが意識を失ったら、語さんお願いしますね。
必ず成功すると(祈り)込めて語さんを(鼓舞)します




 波の音は絶え間なくて、吹き寄せる風は時折強い。
 乱れる黒髪を押さえて吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)は、そわそわと手を開いたり、ちらっと落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)を見たり、落ち着かなった。
 パンダが現れたときから、カニが大きなパンダのぬいぐるみになったのを見てしまったときから。
 その様子は、よく知っている。
「狐珀?」
「あのパンダのぬいぐるみは頂いてもいいの……、何でもありません」
「……ふふっ」
「何でもないですよ?」
「多分、ぬいぐるみは持ってっても、大丈夫とは思うけれど……」
 語の言葉に狐珀は、藍瞳を輝かせた。
「そう思いますか!? あ、いえ、」
 そうして語は、いよいよ耐え切れずに吹き出した。くつくつと喉の奥で笑い、肩を震わせる。
「どうして笑うんですか」
「いや、ね。狐珀ならそわそわするだろうなって思ってたから、予想通りだなって」
「お見通しでしたか!」
「まあ、なあ」
 彼女のコレクションは知っている。その狐珀が、このパンダに惹かれないわけがない。やわいだけではなく、特大だ。
「さっき触ったけど、めちゃくちゃ気持ちよかったぜ」
「そう、もふもふもいいとこ、すげえやわらかかった!」
 あのやわさは、触らなければならないと力説するのは、賑やかな男子ふたり。
 側生地のなめらかさと、綿のむっちり感も相まって、抱き締めるにはちょうど良さそうだ。しかもでかい。
「私も、なでたい……」
 ぽつんと呟いた狐珀の言葉に、語は再び吹き出した。やわらかく可愛いものに目がない狐珀の本領発揮といったところか。
「あとで、触りに行こう」
「はい。そうします」
 今は、パンダのことを解決する方が先決だ。
 黒い仔龍が雷を奔らせて、パンダの足元へと雷を落とし、向かおうとしていたカニの山を護る。
 それに追い打ちをかけるのは、《深相円環》だ。決してそれを当てることはない。進路を邪魔することで、パンダの動きを限定的にさせて牽制する。
 大きなパンダが、大きなパンダのぬいぐるみを抱き締めて、うっとりしているさまは微笑ましくもあるが、せっかく捕まえたカニの全部をぬいぐるみにされてしまうわけにもいかない。
「ぬいぐるみは、ほしいですが……カニも、食べたいです」
「ああ、確かに――美味しそうだったな。なあ、狐珀。せっかくだから試したいことがあるんだ――手伝ってくれるか?」
「もちろんです」
 彼の申し出を断る気はない。協力を惜しむつもりもない。
 交わした言葉は短くても、ふたりの間では、十二分に通じ合った。
 語は、紺次郎らのところへ――狐珀はパンダと対峙する。
「貴方はアクセサリーを作るのがとても上手だとうかがいました。その姿では少々難しいでしょう。語さんが貴方の為におまじないをしてくれます」
 だから、少しの間大人しくしていてください――狐珀の声は、優しく揺蕩う。
 狐珀の喚び声に応え、【百鬼夜行】を成した雪女たちが艶然と笑む。その視線と嫋やかな吐息は、パンダの周囲に分厚い氷の壁を築き上げ――パンダの動きを封じるとともに、彼の体温を奪いとっていく。
 氷壁に触れれば、そこから容赦なく体温を下げて、意識を薄めていくことだろう。
「初めてやるんだ、少し、心配だが……」
 黒の手袋を引き上げ、軽く拳を握る。
「上手くいきゃいいけど……」
 ふうと吐息。そうするたびに集中は研ぎ澄まされて、漲る力は純度を高めていく。
「大丈夫です、語さん。必ず、必ずうまくいきます――貴方を信じています」
「――わかった」
 とろりと沁み入る狐珀の鼓舞は、語の自信をより強固なものにしていく。
「語さん、お願いしますね」
 パンダの気配が静まる。雪女たちは、互いに頷き合って微笑む。
(「一日限定だけれど、倒して終わりよりは、な……」)
 最後にもう一度、語は細く長く息を吐いた。


 蘇芳は、朱華の親に仕えていた。誰よりも彼らを支えてきた。
 朱華の母は、そんな彼の作ったアクセサリーを好んで身に着けていた。
 航海を終える直前――嵐に巻き込まれて、幼い朱華を遺してふたりは海へと還っていった。
 蘇芳の仕えたふたりはいなくなったが、忘れ形見は彼らに遺された。
 彼女を立派な女性に育て上げることが、彼らの使命となった。
 女たちは朱華に礼儀作法を、男たちは持ちうる限りの教養を彼女に落とし込もうと決めた。
 蘇芳は、朱華のアクセサリーも作り始めた。彼の作りだす品は、朱華を大いに喜ばせた。
 陽を浴びて輝く石も、生命の神秘が織りなす貝殻も、たまに見つかる真珠も――蘇芳の手によって、より美しく磨き上げられて朱華の瞳をも輝かせた。
 彼女の成長していく姿を楽しみにしていた。
 だが、蘇芳は突如として降りかかったメガリスの試練を越えることができなかった。
「――……最期、あなたは、仲間の元から急いで去った――あなたの心はあなたのままだった――今のあなたは、仲間を想うあなたか――あなたの《ものがたり》を教えてくれるか」
 語る言葉は、端々に力を宿して、パンダはふらふらと揺れる光に包まれる。
 それが語の力だ。
 その光が消えた時には、一人の男が立っていた。
 紺次郎は息を飲んで立ち尽くす。
「蘇芳」
 黒みを帯びる赤い髪は長く、うなじでひとつに縛られている。
 オニキスを埋め込んだような黒瞳は、紺次郎を見て笑った。
 薄い唇が弧を描いて、なにごとかを話したが――声はなかった。それでもその晴れやかな表情と、動き続ける唇に、紺次郎は歯を食いしばる。
「蘇芳殿」
 狐珀は一歩踏み出し、彼へと声をかける。
 海風になびく黒の長髪はそのままに、術式が成した彼の姿を見つめた。
「せっかくです。たくさん集めたそのシーグラスで、何か作りませんか?」
 蘇芳は、足元に置かれたままの籠を流し見て、狐珀を見つめた。
「例えば、あそこにいる愛らしい少女に似合いそうな飾りとか」
 あそこ――狐珀が示したのは、城のある方角。そこには、朱華がいる。彼が仕えた男の娘がいる。
 その方角を見つめる蘇芳の眼は、いっそう優しく細められた。
 唇がちいさく動く。それは、読むことができた。


 浜に座り込んで、シーグラスに穴をあけた。
 黄色を溶かし込んだような、淡い赤。
 その両隣に乳白色の珠を通して――彼は、少し寂し気に笑った。その様を近くで見てた紺次郎は、彼の姿を目に焼き付けんと見つめ続ける。
「蘇芳、いま、お嬢は――姐さんの耳飾りを好んでつけてらっしゃる。姐さんが……珊瑚様が一等好きだと言って、勿体ないと仕舞い込んでいた青い貝殻のものだ」
 術式が解ける――力がほどけていく。
「その赤い首飾りだって朱華様は気に入ってくださる。蘇芳、」
 蘇芳は紺次郎の手をとり――その手に石を握らせた。
「すお……」
「――、――――、――」
 声はない。唇は動く。黒瞳は優しい。その笑みにつられて、紺次郎も笑んだ。
「ああ、ああ、……ぜったいだ……! すまん、すおう……」
 震える声は、蘇芳の姿とともに掻き消える。
 そこに残ったのは、彼が作った、少し長い首飾り。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『えも言われぬ美しき城』

POW   :    食事に舌鼓を打つ。

SPD   :    従業員の舞や音楽を楽しむ。

WIZ   :    温泉で疲れを癒す。

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●城というには、少し――
 趣はかなり違うやもしれない。しかし、彼らにとってそこは紛うことなき城だ。
 居館の裏手には川が流れている。
 その川の底からは温泉が湧き上がっていて、湯溜まりがいくつか出来上がっていた。
 その中のひとつ――居館から一等近いところに設けられ、やや即席感のあるものが、猟兵のために解放された湯溜まりの一つだ。杭が二本打たれて、その間に帆布が渡された簡単な仕切りがあるだけの、開放感しかない風呂だった。
 入ってもいいが、湯温が低いっつー文句は聞かん。それと、朱華お嬢の教育に悪ィから素っ裸は許さん――とのことだった。
 河原ではかまどが組まれ、いくつもの大きな鍋が今か今かと出番を待っていた。
 猟兵たちがパンダから守り抜いたカニの山(と、いくつかのもちもちパンダぬいぐるみ)を見せると、宴の準備に追われていた女たちも色めき立つ。
「かーにー!! カニ! カニ! かーにー!」
 大盛り上がりの朱華は、ぴょんぴょこ跳ねまわる。
 黄三二が竹を割り始め、紅樺紅鳶兄弟はその竹を繋いで流し台を組み立てていく。
 銀と鉄は女たちに代わり、カニの殻を割って解体し食べよいように加工していく。かまどの上に広げた網の上にカニをのせて焼き始めるのは、紺次郎だ。
「こんじろー! こんじろー! 焼けたか? もう焼けたか?」
「まだですお嬢、危ないので桜のところにいてくだせえ」
 言って紺次郎は鉄とカニの番を代わる――そんなことはお構いなしに朱華は、そうめんを湯がく女の元へと急いだ。
「さーくらー! そーめーん! もう流せる? もう流していい?」
「まだです朱華様、お水を引いてからです。じきに紅鳶が水を流してくれますよ――ああ、朱華様、鍋が危ないのでここではしゃいではいけません」
「お嬢、箸と椀です」
 黄三二によって作られた歪な竹箸と竹椀が朱華に渡された。
「兄貴たちの台はもう出来あがるんで、もうすぐそうめんも流せやすよ」
「紅樺ァ! なにちんたらやってやがる! 代われ!」
「へい兄貴、すんません」
 朱華は男たちの怒鳴り声は聴き慣れたもので、驚きもしない。
「お嬢、ワシがあっちゅう間に組んできやすんで!」
「やったー!! しゅーん! しゅーん! かーばー! なあなあ、カニはもう食うてもいい?」
 待ちきれない朱華は、銀が紅樺へと引き継いだかまどの周りを跳ね回る。
 彼女が怪我をしないよう注意をはらいながら、いまにも焼き上がりそうなカニを見る紅樺は、気忙しい。だから彼は少しだけ朱華の気を逸らす。
「お嬢、ワシァ、竹刈りながら考えとったンですがね。やっぱり、シマの名は、ハネズ会でいいじゃあねえですか」
「いやじゃ! かわいくない!」
「お嬢は可愛いです!」
「そういうことじゃない! もっとほかの名前でないといやじゃ!」
 朱華を見守る女たちも、困ったように顔を見合わせていた。
 それは、紺次郎も同じで、苦笑を禁じえなかった。彼の赤茶の眼差しが猟兵たちをとらえた。
「いやあ、お見苦しいとこを……まあ、こんな具合で、俺らの島の名前もまだ決まっとらんとこですが……世話ンなった礼をちっとさせてくだせえ」

「かーしらー! そうめん流しましょう! 準備できやしたー!」

 竹の流し台を水が走る。
 歪な竹箸と竹椀が配られ始める。流し台へと移動する前に、紺次郎は少し言いにくそうに、「あと、――お願いなんですがね」と、そっと声を落とした。
「お嬢には、俺がべそかいちまったこと、ナイショにしといてくれやせんか」
 彼は、そう言って笑った。




お待たせしました。これより流しそうめん会場へとご案内いたします。
メインは流しそうめんとカニです。とんでもないメニューは出てきませんが、メジャーでシンプルなカニ料理なら頑張ります。島の女性陣が。
そうめんが流れてくるのと同時にカニも一緒に流れてきます(どんな形状なのかは、御随意に)
そうめんの具は、きゅうりとハム、ミニトマト、海苔、ネギなどなど……定番と思われるものは用意があります。これらは流れてきません。
河原には前章までに出てきた男たち全員と、朱華、その他世話役の女性陣がいます。彼女らは彼女らで楽しんでおります。放っておいてくれても構いません。
あと河原では志崎が流しそうめんの手伝いをしながら、カニの爪をもくもくと食っています。ひとりでは……というときにでも使ってください。しかし、名前を明確に呼ばれないかぎり、リプレイに出てくることはありません。
また当シナリオの舞台となりました、この島の名前をまだまだ募集しています!
どんな名前になったかは、三章のリプレイ内で発表いたします。
プレイングは、【9/16(水)8:31~9/17(木)8:30まで】受け付けます。短い期間となりますがご容赦ください。
それでは、みなさまのプレイングをお待ちしております。
吉備・狐珀
【狐扇】

語さん、うまくいって良かったですね!
蘇芳殿が作った首飾りとても綺麗ですね
きっと朱華殿も気に入って下さるはずです

焼き蟹のとてもいい匂い(パンダ抱っこ)
あちらでは流しそうめんが始まっていますし…
どちらから食べるか迷ってしまいますね(もふもふ)
んー…
まずは蟹から頂こうかな
獲れたて新鮮ですし、蟹刺しで食べてみたい気もします
あ、月代、焼き蟹は熱いですから気をつけて食べてくださいね
美味しいです!
この蟹、お土産に持って帰られないでしょうか?

そうそう。
島の名前考えてみました!
『彩華(いろは)』はというのはいかがでしょう
皆さん、名前に色がありますし、朱華殿にいつも寄り添っていらっしゃるので、どうかなって


落浜・語
【狐扇】

やー本当無事に思惑通りになってよかった。ただ、倒して終わりっていうのは嫌だったから、本当良かった。
あぁ、泣いてたことは言わないよ。役に立てたかな?

よし、かに食べようカニ。茹でかにも、焼きがにもいいな。
量はあるし、色々食べ比べできる機会なんて滅多にないし。
カラスも、仔龍も気をつけて食べろよ。
…狐珀、食べるときはぬいぐるみ置こうな?汚れてしまうよ。

せっかくだから、素麺ももらおうかなぁ。流し素麺なんて、めったにできないから、実はやったことないんだよね。
……案外取りづらい…




「語さん、うまくいって良かったですね!」
「やー、本当、無事に思惑通りになってよかった……ただ、倒して終わりっていうのは嫌だったから、本当に良かった」
 安堵の吐息を漏らした落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)は、吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)と笑み交わし、仔龍とカラス、月代をねぎらった。
「旦那方には世話ァかけました。いやあ、……あのォ、めんぼくねえンですが」
「あぁ、あのことは言わないよ。役に立てたかな?」
「もちろん」
 大きく頷いた紺次郎は、それは気恥ずかしそうに頭を掻いた。日に焼けた頬に笑みを浮かべて、「いやあ……へへ、お恥ずかしい」と、赤茶の視線を下げる。
「蘇芳殿が作った首飾り、とても綺麗でしたね」
「へい。もっと時間があれば、……なんて、高望みしすぎだな……――いや、忘れてくれ、すまん」
 もっと時間があれば。
 もっと道具があれば。
 もっと資材がそろっていれば――考えても詮無いことと分かっている。それでも、考えてしまうことは、止められないのだ。
「気にしてないさ」
「それでも、きっと朱華殿も気に入って下さるはずです」
 彼の遺した笑顔と首飾りを握りしめて、紺次郎は、名状しがたい笑顔を作った。
「こんじろー! こんじろー!」
「へい、お嬢! なんでしょう」
 足元に纏わりついてくる朱華と視線を合わせるために跪く彼は、彼女のやや要領をえない言葉を聞いて、真摯に受け答えを返す。
 その様子に、狐珀はぱんと柏手を打つ。
「そうそう。この島の名前、考えてみました! 『彩華(いろは)』というのはいかがでしょう」
 浜で勇猛果敢にカニとパンダに挑んでいた男たちの名、宴の準備に勤しんでいた女たちも、その長たる朱華も、消えていった蘇芳も――
「皆さん、名前に色がありますし、朱華殿にいつも寄り添っていらっしゃるので、どうかなって」
 きょとんと眼を丸めて、朱華は狐珀を見上げる。
「いろは……?」
「はい、御一考ください」
 にっこり笑んで、狐珀。

 ◇

 焼き蟹のとてもいい匂いに、心を躍らせる狐珀はその胸にもっちもちのパンダぬいぐるみを抱っこしていた。
「蟹……とってもおいしそう……あちらでは流しそうめんが始まっていますし……」
 それにつけても腕の中のパンダの感触がたまらない。この弾力はクセになる。やわらかいのに、もちもちしているのだ。ずっと抱き締めていられる。
 蟹、そうめん、パンダ。狐珀を誘惑してならない三大巨塔は、ずーんっと聳え立つ。
「どちらから食べるか迷ってしまいますね」
 むぎゅうっとパンダを抱き締める。おおきなパンダに抱き着いたまま、蟹料理をちらと見て、盛り上がる流しそうめん台の方へと藍の瞳をやる。あちらも楽しそう。焼ける蟹の食欲をくすぐる香りはものすごく強い。
「獲れたてで新鮮ですし、蟹刺しで食べてみたい気もします――ああ、どうしよう! 食べたいもの、全部食べられるでしょうか!」
 抱き締めたパンダの黒いつぶらな双眸と、狐珀の藍色の眼差しが語に刺さる。
(「可愛すぎるんだけど」)
 喉の奥でぐうっと唸った。肩に留まったカラスにこめかみを突かれる。
「痛い。やめろ、カラス」
 これ以上突かれないようにこめかみを掌で隠して、
「気になるものは全部食べられるように、ちょっとずつ食べよう、狐珀」
 語の言下、彼女は表情を弾けさせる。こくこくと頷き、ふわりと破顔。
「んー……俺は、まずは蟹から頂こうかな」
 網焼きされている甲羅の中では、カニミソがある種凶悪な香りを撒いている。
 むろんミソだけではなく、カニ身もご多分に漏れず、ものすごく香る。
 花が咲いたように身がぼわりと広がっているカニ足は、女たちによって流し台へと運ばれて、そうめんの合間に流されていく。
 それが流れていくたびに歓声が上がった――うん、あれは、あとで体験しに行こうと語は決めた。
「申し分ない量はあるし、色々食べ比べできる機会なんて滅多にないし」
「そうですね、そうです……先に、蟹を頂きましょう」
 彼女のその一言で喜んだのは、月白の龍の子だった。それに倣うのは、黒い仔龍。
 まだ誰もついていないテーブルへとすたっと飛び乗って、紅樺が焼き続ける蟹がのせられた皿へとまっしぐら。
「あ、月代、焼き蟹は熱いですから気をつけて食べてくださいね」
 殻ごとかじりつこうとしていた月代は、大きく開けた口を一旦閉じて、まんまるな目をぱちくり。狐珀の顔をじっと見つめて、焼き蟹に鼻先でちょんと触れる。ふしゅんっと鼻を鳴らして、ばりばりと豪快に食べた。
 月代の尾が得意げにゆらゆらと揺れる。しっかりと噛み砕き味わうように何度も咀嚼。
「カラスも、仔龍も気をつけて食べろよ」
 そんな月白の龍の様子を見つめて、語も彼らに声をかける。仔龍の爪によって割られた蟹の腹を突き食うカラスは、一度大きく鳴いた。仔龍も蟹の熱さもなんのその、勢いよくばりばりと食べ進めていく。
「蟹刺し、焼き蟹、ボイル……やっぱり、蟹刺し」
「……狐珀? 食べるときはぬいぐるみ置こうな? 汚れてしまうよ」
「っ! そうでした、せっかくのパンダなのに汚してしまっては……」
 抱えていたパンダを、いそいそと居館の濡れ縁へと隔離した狐珀は改めて語の隣で、蟹へと手を伸ばした。
「では、いただきます」
「ああ、いただきます」
 ふたりで持ったのは、焼き蟹の足。驚くほどに太いそれは、縦割りにされていた。
 網から上げて、箸でつまみ上げるだけで、カニ身の弾力が伝わってくる。
 ふーっと冷まして、一口ぱくり。歯を立てれば小気味よくちぎれて、瞬間弾けとぶカニ汁は、芳烈な香気となって鼻へと抜けていく。
 舌に広がるのは、濃厚に凝縮されたようなカニの甘みとわずかな塩味。
「美味しいです! 語さん! 美味しいですね!」
「ん、んまい……」
 噛み締めるたびに旨味が溢れてくる。香味が一緒くたになって、名状しがたい幸せを齎す。
 ボイルされて真っ赤になったカニ身、爪の奥の奥までぎっしり詰まった身をカニフォークで無心に掻き出す。
 もくもくと。
 殻と格闘するとなぜ無言になってしまうのか。
 狐珀も語ももくもくと、身をほぐしては、ぺろりと食べる。
 そのたびに幸せにとろけていた。
「……せっかくだから、素麺ももらおうかなぁ」
 語は、蟹に集中しすぎていたことに気づき、はっとして顔を上げると、狐珀も同じように夢中になっている。
(「いちいちかわいいな……」)
 言葉にはせずとも、ぽつりと漏れた。
「流し素麺なんて、めったにできないから、実はやったことないんだよね」
「なら、ぜひ経験しましょう! そうめんが流れるんです! あと、さっき、蟹も流していました」
 取れるでしょうか。取れると良いですね――狐珀は、にこにこと笑んで二人分の竹椀を持って語についていく。
 中にはめんつゆと、きゅうりの千切りとねぎが入っている。準備は万端だ。あとはここに、絹糸のような白の彩りが加われば完成だ。
「では!」
 そうめんを流し台へと投入している桜へと挨拶。狐珀はすちゃっと箸を構え、語の様子をうかがう。彼は箸の具合を確かめるように、二度カチカチと打ち鳴らした。
「流しますよー!」
 桜の掛け声とともに投入されたそうめんがしゅーんと流れてくる。
 狐珀はそれをひょいと器用に掬い上げ、竹椀の中へと沈めた。
 立て続けに塊が流れてきて、語も負けじと箸を繰る。
「……案外、取りづらい……ほ!」
 塊はばらりと崩れ、箸の間をすり抜けていってしまった。
 が、川下の方では歓声が上がる。
 チャンスはすぐにやってくる。続々と投入されるそうめんは、要領を得てしまえば、案外簡単につかみ上げることはできた。
 めんつゆに浸して、具と一緒にずぞっと食べる。
 その瞬間、目の前を蟹刺しが流れていった――先刻、食べ比べをするように堪能したというのに、やはり逃げていく蟹を見ると悔しくなる。
「次こそは……」
 そうめんをずずっとすすって食い、流れてきたからもう一度掬って食い、桜の様子をちらと覗き見れば、まさに今、蟹刺しを竹レールに乗せたところだった。
 そうめんの合間に流れてくる蟹刺しを、捕らえたのは、果たして狐珀だった。
 彼女はまたもや蟹刺しに舌鼓をうつ。とろりととろけた表情になって、甘美な味わいにほう…と吐息をした。
(「次の蟹は俺が……」)
「この蟹、お土産に持って帰られないでしょうか?」
「大丈夫じゃないか? そう考えてるのは、狐珀だけじゃないみたいだし――」
 言った語の視線は、各々楽しむ猟兵の姿を映していた。
「ああ、巫女のねえさん、どうぞ好きなだけ持ってってくだせえ」
 カニだけといわず、あのぬいぐるみも、かわいがってやってくだせえ――そう付け足して笑った紺次郎の言葉に、狐珀が歓喜に跳び上がりそうだったのは、言うまでもない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎・うさみっち
かーに!かに!かに!(お嬢の真似)
待ってました~!
UCでやきゅみっちも呼んで皆で食べる
お前たちもいっぱい頑張ってくれたからな!

うーん、さすがカニ
焼いても茹でてもそのまま刺身でも最高!
カニステーキやカニ鍋などを堪能したあとは
流しそうめんにもチャレンジ!

こう、狙いを定めて箸を…ぴゃあああ!?
水の勢いが強くて俺が流されるとこだった…!
フェアリーの身体じゃ掬うのも一苦労だぜ!
やきゅみっち集合ー!
俺が水に押し負けないように
俺の背中をぐっと押して支えておいてくれ!
……うおりゃあああ!麺つゆにin!!
やり切ったぜ…

きゅうり、ハム、ネギを入れていただきまーす
ひと仕事終えた後の一杯(そうめん)は最高だぜー!




「かーに! かーに! かーにー!」
 大騒ぎする朱華に負けず劣らず、そわそわしながらぶーんと飛び回って、いよいよ料理が出来上がっていく様を、見下ろす。
「かーに! かに! かに!」
 榎・うさみっち(うさみっちゆたんぽは世界を救う・f01902)は、朱華のはしゃぎっぷりを真似して、カニにテンション爆上げ中。
 青い瞳はきらっきらに輝いて、カニに釘付けだ。
 あたりに充満するのは、カニが焼けるパチパチという音と香ばしくも塩気のある香り――そして、カニ鍋の出汁。
「待ってました~!」
 もわあっと立ち昇る湯気の向こうにあるのは、真っ赤になったカニの足が生えている。
「おおお! うまそう!」
 うさみっちは、すかさずやきゅみっちたちをも喚び出した。このカニ料理の功労者たる彼らにも食わせてやらねばなるまい!
「お前たちもいっぱい頑張ってくれたからな!」
 選手のモチベーション管理も監督の仕事だ。
 一斉にカニづくしのテーブルに群がって、うめえうめえと歓喜に叫ぶやきゅみっちたちに混じって、うさみっちもカニを頬張る。
 ぷりぷり――を通り越してぶりんぶりんのカニ身の弾力、凝縮されたカニの旨味、鼻を抜けていく香りはいわずもがな、したたるカニ汁の一滴にいたるまで、とにかくうまい。
「うーん、さすがカニ……焼いても茹でてもそのまま刺身でも、最ッ高!」
 刺身の甘み、焼いてなお強くなるカニの香り――卒倒しそうになるほどうまい。
 一仕事を終えたあとのこの贅沢! 格別だ。
 カニ鍋の中の、カニ。
 カニステーキの、カニ。
 ボイルされた、カニ。
 カニ、カニ、カニ! カニの身にカニミソをつけて食う瞬間の、最高の贅沢感といったら!
 こころゆくまでうさみっちは堪能する。頬張るたびに、「うまーい!」と叫びまくった。
「おう、チビすけ! 食ってるな!」
「ぴゃっ……あ、お、おう! ったりめーよ!」
 黄三二の強面も、なにかと舌巻くような話し方もなかなかに迫力があって、ビビ――否、驚くのだが、彼はいいひとだと分かった。
「カニミソ食ったか? チビすけの割ったカニのやつだ」
「お! 食ったぞ! 美味かった!」
「そうかい、そりゃあ良かった! そのちっこい体じゃあそうめんは掬えねえか?」
「そんなわけねえだろ! 見とけよー!」
 うさみっち様をなめるな! むろん強敵の水流にも挑む心づもりできた。
 渡された竹箸(うさみっちより長いかもしれない)を器用に抱えて、いざ! 流しそうめん!
「……いまだあぁぴゃああああ!?」
 狙いを定めて流れていくそうめんを堰き止めようとしたが、水の勢いは思いの外強い。
 加えてそうめんの重量に耐えかねて、あやうく流しうさみっちになるところだった。
 フェアリーの体躯では、そうめんを掬うこともままならないが――しかし、うさみっちには、強力な助っ人がいる。

「やきゅみっち集合ー!!」

 カニに夢中になる彼らには、うさみっちの声が届いていないのか、とにかく食い散らかしている。もくもくと、むしゃむしゃと食いまくっている。
「おい! 聞こえてるだろ!? 俺が集合といったら集合だー!」
 ぷんすこ怒りまわすうさみっちは、ぶーんとその場で旋回し、「しゅーごー!」と叫びまくった。
「お前たち! 集合しろ! ……すっごいイヤそうな顔だな、おい」
 しぶしぶ集まってきた【こんとんのやきゅみっちファイターズ】は、監督の指示を待つ。気を取り直して、うさみっちは胸を張った。
「今からそうめんを確保する! 作戦はこうだ! 俺が水に押し負けないように、背中をぐっと押して支えておいてくれ! 以上!」
「「「 おー! 」」」
 うさみっちの小さな背に、だんごのようにやきゅみっちたちがひっつく。
 そうめんを堰き止めるように箸を突き入れる。
「お椀準備ー!!」
 うさみっちを最後列で支えていたやきゅみっちらが慌ててつゆの入った椀を取りに飛ぶ。
「……うおりゃあああ!」
 やきゅみっちにしっかりと支えられた竹椀目掛けて重いそうめんを叩きつけた!
「麺つゆにぃいい! in!!」
 陽を反射する水しぶきは、興奮した体を冷ますにはちょうどいい。優しくも冷たい雨となってうさみっちらをわずかに濡らした。
 ファイターズの面々は、「おおお……っ」とどよめきながら、見事にそうめんを捕らえた監督を見つめた。
「やり切ったぜ……」
 ふう……
 濡れた額をぐいっと擦って拭いて、周到に用意された千切りのきゅうりと、ハム、刻まれたネギを竹椀の中に入れる。
「おお、うまそう!」
 豊かな彩りに、彼の青瞳は一層輝く。
「いただきまーす!」
 ずぞ、ずぞぞぞぞ!
 勢いよく、啜り上げれば、頬がぱんぱんになった。もぐもぐと懸命に咀嚼して嚥下。
「くあああああ! ひと仕事終えた後の一杯は最高だぜー!」
 冷たいそうめんが五臓六腑にしみわたる!
 うさみっちは、アツくなった体をしっかりと冷やしてくれるそうめんを、もう一度、ずぞぞっとすすった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

香神乃・饗
志崎さーん一緒に食べるっす!(葱山盛りの器持つ
卵持ってきたっす!
金糸卵に茹で卵とうずらの生卵っす!あとハムっす!
志崎さんの具とちょっと交換しないっすか?
あ、つるってなるっす!とれないっす!

そうそう、豚骨醤油もあるっす
普通のばっかりじゃ飽きないっすか
あ、JJさんも1杯どうっすか
志崎さん食べてるっすか
誉人に負けない良い食べっぷりっす!
俺も食べてるっす美味しいっす!
カニもすごいっすぷりっぷりっす!生も半焼けも美味しいっす!
はああ、贅沢っす
腹八分目まで
あとは帰ってっす

この島の王様ー誉人のお土産貰ってもいいっすか
誉人は俺の大事な相棒っす!
(カニと素麺巾着につめパンダ背負う

島の名は
はねずと愉快な仲間たち島


ジャスパー・ジャンブルジョルト
やっとだ……やっと、食える……ふみゃあ~ん!(歓喜の咆哮)

せわしなく流れ来るそうめん、殻を剥くのに手間を取られるカニ――同時に満喫するのは難しいが、だからこそ食い甲斐があるってもんよ。
まずは輝の横でカニを食べてー……うまうまー!
むっ!?(きゅぴーん!)あっちのほうでそうめんが良い具合に流れてる! UCで瞬間移動して、キャッチ&イート!
すかさずUCで輝の横に帰還して、カニを食べ、すぐにまたUC使って、そうめん、カニ、そうめん、カニ……と、間断なく瞬間移動して食いまくる。
これぞ必食奥義「テレポート乱れ食い」!


※食事後は、撒き散らした紙吹雪を箒とちりとりで掃除

※煮るな焼くなとご自由に扱ってください




「志崎さーん、一緒に食べるっす!」
「ん、もう食べてる」
 香神乃・饗(東風・f00169)とは既知の仲だからか、志崎・輝はしれっと言い返してくる。カニの爪に夢中な彼女にちらっと見上げられたが、すぐに饗の持つ器をロックオン――その藤色の猫目を大きくさせた。
「ねぎ……!」
「そっす! 葱山盛り持ってきたっす! あと、卵もあるっす!」
「たまご!」
 大きく声色を変えることはないが、彼女がひどく喜んでいるのは分かった。
 出した袋には、うずらの生卵が二パック。これをそうめんのつゆに割り入れて食えば、絶品になる。
 そしてぱこっとタッパーの蓋を開ければ、輝の紫瞳はさらにまるく輝く。
 そこには、金糸卵と茹で卵が詰まっていて。
「わあ!」
「そっす、ハムっす!」
 あの薄桃色の塩漬け肉に、近頃めっぽう目がない輝は嬉しそうにタッパーを覗く。
「志崎さんの具とちょっと交換しないっすか?」
「アタシが持ってきたのは、好きなだけ食べてもいいんだけど、でも、これ」
「志崎さん、卵も好きっすよね!」
「好きだけど……」
「じゃあ、一緒に食べるっす! もっと美味しくなるっす」
 からりと笑えば、饗の八重歯が顔を出す。
 竹椀を受け取って、竹箸をしゃきっと構える。なるほど、持ってみてしっくりこない。もう少し太い方が操りやすい――が、これも手づくりの味かと思えば、それすら楽しくなる。
 俄然、やる気も出るというもの。
 流しそうめん台の前に立って、川上の方を見れば、桔梗色の瞳をした女性が合図を送る。
 そうして、そうめんが流れてきた。白い塊がしゅーんと流れてくる。箸を突き立てて、少し堰き止めるようにつかみ上げる――
「あ、つるってなるっす! とれないっす!」
 うまくつかめなくって、そうめんの大半は流れ去っていってしまった。
「おねえさん! もう一回っす!」
「ちゃんと取るんだよー!」
 言下、塊がしゅーん。集中して、すくいあげる!
「とれ、」
 取れたと思ったそうめんは、饗の箸を逃れて、彼の川下にいた輝の椀の中に収まっていた。
「負けないっす」
「……これって勝ち負け?」
「そっす、俺も食べるっす」
 ずぞぞぞっ
 美味しそうな音を鳴らして、輝がそうめんを頬張っていた。
 しかし三度目ともなると、要領は掴めている。
「うー……とりゃーっす!」
 狙いを定めて、一口分ゲットー!
 ほくほくとつゆに浸し、ずぞっと食べた。よく冷えたそうめんは、つゆをしっかりまとって、喉ごしも抜群。
 苦労して捕らえた一口は、それは格別だった。もっもっと至福を噛み締め、流れてくるそうめんをつかみとる。
 次はきゅうりと一緒に頬張って。
 その次は各種たまごと一緒にぱくり。
「しゅーん! しゅーん! さーくらー! もっと流してー!」
 川下の方で朱華が叫んでいた。
 流れも緩やかになる端っこでそうめんが流れてくるのを待つ彼女は、カニの足をブンブン振ってアピール。
「朱華様、見えていますよ! 流しますからね、とってください!」
「おおおおお! そーめーん!」
 そのやり取りを聞いて、饗は箸を引く。桜の言葉、言外に「朱華様以外が箸をつけたら、承知せん」と脅していた。
 苦笑をひとつ。ふと、肩先で揺れるハニーブロンドが目に入って。
「志崎さん、食べてるっすか?」
「んぐ」
 ちょうどカニの爪に食らいついているところに出くわしてしまって、饗は思わず吹き出してしまった。
「誉人に負けない良い食べっぷりっす!」
「――……ア、アイツのことは今はどうでもいい! アタシのことより、香神乃さんは食べてるの?」
「俺も食べてるっす! 美味しいっす!」
 これ、見るっす――と言って、輝に見せるのは、秘蔵の豚骨醤油スープ。こってり濃厚な豚骨と風味豊かな醤油のみごとなタッグ。
「普通のばっかりじゃ飽きないっすか? 次はこれにつけて食べるっす」
「どこから出してきたの……」
「じゃーん! 志崎さんの分もあるっす!」
 取り出したるは、保温ジャー! それも、あと二つある。
 そのうちのひとつを輝に押し付けて、きょろきょろと探すのは、銀色の毛並みが美しいあのおちゃめな紳士――
「あ、いたっす! JJさーん! JJさんもいっぱいどうっすかー!」
「……いや、……ほんと、元気だな……ちょっと待て、饗」
 腹が減りすぎて、どうにかなってしまいそうな ジャスパー・ジャンブルジョルト(JJ・f08532)――だったが、それもここまで。
 彼の銀色のふっかふかの尾が、びびびっと小刻みに震えている。
「やっとだ……やっと、食える……」
 ここまで長かった。とてつもなく長かった。よくやった。よくやったよ、俺。カニとの激闘。あれは本当に大変だった。パンダとの死闘。あれも本当に大変だった。
「おつかれさまです、じぇす、じゅ、……銀ネコさん」
 傷は見当たらないけど、なんだか満身創痍のジャスパーへ挨拶するのは、(実は彼の名前が難しくてなかなか呼べない)輝だ。
 彼女は、そうめんの流し台からしばし離れていたが、果たしてすぐに、大きなカニを載せた皿を持って戻ってきた。
「これ、銀ネコさんの名前が入ってたカニ。こっちは香神乃さんの」
「ふみゃあ~ん!」 
 待ってましたと歓喜の咆哮!
 きらっきらに目を輝かせて、まずは焼かれたカニの身をひとくち。瞬間ひろがるカニの甘みと、濃い味わい。
「ううう……うんまーい!」
 はぐはぐと堪能しながらも腹を満たしていく。
「カニもすごいっす! ぷりっぷりっす! 生も半焼けも美味しいっす!」
「そうそう、刺身!! なんで、こんなに甘えのよ~、とまらねえ!」
「……半焼け?」
 輝の呟きはふたりの耳には届かない。労働の対価たる名入りのカニに舌鼓を打って、にっこにっこと笑顔をこぼす男ふたり。
「む!?」
 鼻がひくり、ひげがざわり、耳はぴこっと立ってジャスパーの美味センサーが、きゅぴーん! と反応した。
「あっちのほうでそうめんが良い具合に流れてる!」
 そう。この竹が行き着く先には朱華がいる。彼女が取りやすいように傾斜は緩やか、台は低め、ジャスパーにはもってこいだ。
「輝! カニ、用意しとけよ! そうめん食ってくるー!」
 ぼふん!
 それはそれはカラフルでファンシーな紙吹雪を撒き散らして、なんとジャスパーがテレポートした。
 なぜかダークブラウンの髪の女が紙吹雪を撒いている幻影が見えたが、――目をまるめて驚いている輝を見る限り、饗の勘違いではなさそうだ。
「にゃははははは! そうめんゲットー!」
 すかさずつゆに浸し、一口でぱくり! そうめんは冷たくて腹から爽快に冷えていく。
「うまうまー!」
 たまらーん! と尾をびびっと震えさせて、またもや紙吹雪が吹き荒れる。

「じゃんじゃじゃーん!」

 ぼふんっと輝の隣に戻ってきた彼は、縦に切られたカニの足を一本持って器用にこそげとっていく。
 べろーんとはがれたカニ身を一口で食べる。口の中がぱんぱんになって、一所懸命に咀嚼――しながらも、彼の手は硬い殻に守られたカニ身をほぐし続ける。
 ごくっと嚥下した瞬間、星型の紙吹雪が舞う(やっぱり女性の幻がいたし、「それー」なんて掛け声も聞こえたような気がした)。
「うわぁっ!?」
「JJさん、すごいっす!」
 流れるそうめんをしゅぱっと掬い、ぞぞっと吸い上げ、紙吹雪。
 輝の隣に戻ってきて、カニをもぐもぐもぐ、紙吹雪。
「にゃはははは! 見たか! これぞ! 俺の必食奥義! テレポート乱れ食い!」
 狙った獲物は食い尽くす! ジャスパーの腹が満たされるまで止まらない!
 型破りで豪快な食べっぷりに、黄三二も「大猫の旦那はやっぱハンパねえ!」とスキンヘッドを光らせた。
「ははっ……すごい……」
 テレポートを続け、間断なく食いまくるジャスパーに、すっかり圧倒された輝だったが。
「せわしなく流れ来るそうめん、殻を剥くのに手間を取られるカニ――同時に満喫するのは至難」
 急に声に渋みを出して、ジャスパーが呟く。
 手に持っているカニの爪と、綺麗な銀毛がカニミソで汚れていなければ、さぞダンディーだったろうに。
「だからこそ食い甲斐があるってもんよ! そうだろう、輝!」
「う、ん、そう思う」
 我が意を得たり。琥珀色の瞳をきらっきらに光らせてジャスパーは、さらに小さな星とハートを撒き散らしながら、そうめん確保ポイントとカニ(目印は輝)の間をせわしなく動き続けた。
「はああ、贅沢っす」
 カラフルな紙吹雪が舞う。
 喧噪は心地よくて、笑い声も耳に優しい。
 カニの爪と格闘していた輝は、今はそれを置いて、饗の持ってきたたまごづくしそうめんを無心で食っていた。
「こんな贅沢、なかなかないっす」
 たっぷり流れてくるそうめんの喉ごしは申し分ない。つゆの塩味も甘みもちょうどいい。
 そうしてなにより新鮮なカニを生で食う――ねっとりと濃い甘さが舌に楽しい。この贅沢を一人で堪能するのは、忍びない。
 腹八分で箸をおいた饗は、朱華のもとへと歩きゆく。紺次郎からは、カニの土産の許可はもらっているが、彼女がこの島の長だ。話を通しておくにこしたことはない。
「ちょっといいっすか?」
「なんじゃ? おおお! こんじろーから聞いた! 梅のダンナー!」
「そっす。香神乃饗っす」
 饗が頷き名乗れば、彼女もまた、「はねずは、はねずじゃ!」と胸を張った。
「相談なんっすけど、誉人のお土産、貰ってもいいっすか?」
「たかと??」
 彼女は首を傾げる。傾げすぎて肩まで下がって、体ごと曲がった。
「誉人は俺の大事な相棒っす! こんなに美味しいカニとそうめんを食わしてやりたっす! いいっすか?」
「いいともー!」
 無邪気に快諾した朱華は、「あいぼーってなに?」と、彼女の世話をする女性に聞いていた。
「そんなわけで志崎さん、これは誉人に持って帰るっす」
「お好きにどーぞ」
 湯がく前のそうめんと、たくさんのカニを巾着に詰め込んで、ちゃっかりひとつ確保していたパンダのぬいぐるみを背負った。
 背には優しいもっふりとした感触――相棒の喜ぶ顔を思いながら。
「あ! 輝! 掃除はあとで俺がやるからな! ちょっと、カニのとこに立っておいてくれ!」
「はーい!」
 その小さな体のどこに消えていくのか。ジャスパーの楽しみはまだまだ続く。

 ◇

「あ、忘れるとこだったっす。王様ー、シマの名前が決まってないって聞いたっす。で、俺、いっぱい考えたっす! 『俺のシマ』、『しゅーんしゅーん島』、『はねずと愉快な仲間たち島』っていうのはどうっすか?」
 指折り数えて提案すれば、オーサマと呼ばれてピンときていなかった朱華だったが、唇を尖らせた。
「どれもヤじゃ! かわいくない!」
「えー!? 却下っすか!?」
「はねずと愉快な仲間たちっていうのは、わるくないけど! ながいもん!」
「くっ!」
「朱華様、せっかく考えてくださったんです。御礼を申しませんと」
「は! そうじゃった! きょーとやら! たいぎであった!」
「ははあ! ありがたきしあわせっすー!」
 幼いながらも、大仰な言葉遣いに付き合って、饗。
 振り返って見れば、くつくつと喉の奥で笑いをこらえる輝と、そんなことなんぞお構いになしに、自慢の毛をカニまみれにしているジャスパーがいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

五百崎・零
もうちょっと戦ってスカッとしたかったけど、メインはこの流しそうめんだもんね
死ななくてよかったー
というわけで、自分も流しそうめんを楽しむよ

流しそうめんを箸で掴むスリルに、時折本性がチラリ
「ひひ、ゲットゲット!!おい、もっと流れてこいよぉ!?」
そうめんの具にはきゅうりと、ミニトマトをチョイス

そういえば、この島名前なかったんだ?
ふーん、じゃあ「キャンサー」とかでいいんじゃない?
(カニの爪をもくもくと食べながら)
「はねず」って響きも、自分は可愛いと思うんだけど




「さーくらー! しゅーん! しゅーんしてー!」
 手をブンブン振る朱華は、漆黒の双眼をきらきらに輝かせる。
「朱華様、しっかりつかんでくださいまし!」
「うん、ききょー、見ててよー!」
 天真爛漫に笑っている朱華は、応援する桔梗へと自信満々に宣言。
 五百崎・零(デッドマンの死霊術士・f28909)はその様子を眺めて、竹の先にいる女の方へ金色の視線をやった。
 やや暴れ足りず、スカッとした爽快感も物足りないが、それでも零は川辺の雰囲気を楽しむ。
 メインは眼前に組まれた竹の流し台――清流が引き込まれて、十分に冷やされたそうめんが滑っていく。
 これぞ、流しそうめん!
「はー、死ななくてよかったー」
 こんな面白そうな流しそうめん、逃してなるものか。あと、せっかく守ったカニも食いたい。
「とりゃー! ほ!! 見て見て! ききょー! 取れた!」
 落ちかけたそうめんを竹椀で辛うじて受けて、朱華は喜ぶ――それにわをかけて大喜びしているのは、彼女の世話をしている桔梗というあの、短髪の女だ。
(「へえ、そうするんだな」)
 配られた箸の状態は上々、竹椀の中にはめんつゆが入っている。
「どんどん流していきますよー!」
 桜の掛け声に、零はにいっと笑む。水の勢いが少し変われば――そうめんが流れてくる!
 白い糸の塊のようなそうめんが、全部解けて掴み損ねる前に、さっと掴み掬いあげた。
「ひひ、ゲットゲット!!」
 この逃げられるか否かのところを、捕まえるというのは、なかなかに面白い。
 まさかこんなことで、スリルを味わうことができるとは!
 零は捕まえたそうめんをつゆの中に入れて、さっそく一口。ずるずるっとすすり上げる。つゆがよく絡んで、抜群の喉ごしと、ほのかに甘いそうめんは、悪くない。
「おい、もっと流れてこいよぉ!?」
 しゃきしゃきときゅうりを噛みながら、桜の手元を注視。次なるそうめんがセットされた。
「きたきたぉ!」
 狙いを定めて箸を繰り、つるんと箸の間を逃れていくそうめんは深追いせず、小を切り捨て大をとった零は、またもやそうめんを勝ち取る。
「はっはー! 楽勝!」
 ずぞぞっとすすって、咀嚼。
 ミニトマトも頬張って、程よい酸味を堪能する。
「ふおおおお!」
「ん?」
 きらっきらの黒瞳で零を見上げてくるのは、朱華だ。
「達人か? なあなあ、しゅーんの達人か?」
「えっと、初めてかな」
 チラチラと本性が見え隠れしていた零だったが、それは何事もなかったように隠れていった。
「初めてで! そんなにじょーずか! 達人じゃ! すごーい!」
 純真無垢な双眸で見上げられて、そわそわする。見られていたのか。そうめんに本気になりかけていた姿を。
 急いで椀の中を空にする。ずっと朱華は零の足元から離れない。それどころかじっと見つめられている。
「なあなあ、名はなんじゃ? はねずは、はねずじゃ!」
「……りん」
「りん! りんはそうめん好きか? カニは食わんのか? こんじろーがいっぱい守ってくれたと、言ってた!」
「ああ、うん。食べられなくなったら困るだろ」
「だから、りんにも礼を言うんじゃ! りん、ありがとう」
 ほわりと笑った彼女を追って、桔梗がカニ料理ののった皿を持ってきた。

 ◇

「そういえば、この島名前なかったんだ?」
「そう! なんでかみーんな、ヘンテコな名前をつけようとする!」
「ふーん……」
 身がなくなった殻をぽい。新しい爪へと手を伸ばした零は、
「じゃあ『キャンサー』とかでいいんじゃない?」
 一つ提案する。だってこんなにもカニが美味いから。もくもくとカニの殻を割って、身をこそげとって、夢中で食べていく。
 筋繊維の一本、出汁の一滴まで余すことなく美味い。カニの爪を見つめ続ける金色の眼差しは、ぶれることはない。
「きゃんさー?」
「そーそー、キャンサー」
「きゃんさー!」
「『はねず』って響きも、自分は可愛いと思うんだけど」
「はねずははねずの名前だから、島の名前じゃない!」
 ぷんすこ! なんて音が出てきそうなプチ爆発を起こした朱華だったが、「こんじろー! きゃんさーってなにー?」と紺次郎の背中へ突進、体当たりをかました。
「きゃんさあ? なんでしょうね、俺も知りやせん」
「こんじろーのやくたたず!」
「お嬢、そりゃァ心外だ!」
 こどもにふりまわされる大のおとなの姿は、微笑ましいやら面白いやら、零は休むことなくカニを食いながら眺めていた。
「うまい、これ」
 もくもくと。しあわせを噛み締めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

千家・菊里
【花守】二人
ええ、遂にお待ちかねの時間ですねぇ
本当に、実に潤い溢れる――素晴らしい竹と素麺の共演にして饗宴です
あ、いたいけなお嬢さんの前で教育に宜しくない言動は控えてくださいね?
はいはい、此処はしゅんとするところではなく、しゅーん!を楽しむところですよ(伊織の反論は流しつつも、流れてくるそうめんはちゃっかりキャッチし)

ふふ、一仕事後の御馳走は格別です
絶え間ない素麺の流れと楽しげな声
色とりどりの具材と笑顔
――山盛の蟹と幸福
これ程に揃えば、箸が止まらぬ訳ですよ

朱華様もお見事なそうめんさばき(?)ですねぇ
ああ、名もシーグラスも彩り豊かですし、一案としては良いかと

この鮮やかな錦の幸が末永く続きますよう


呉羽・伊織
【花守】2人
漸く待ちに待ったこの時間だな!
潤い大事――腹を満たすに否やはないが、目と心の保養も超大事――
(一見会噛み合っている様で視線は食物――からやや逸れ、華やいでいる方へとちらり)
…いや分かってるっての!
だからせめてこーして遠巻きにひっそりとだな(いきなり挫かれややしゅんとして)
上手いコト言ったつもりか~!
って、もう美味い方に夢中で聞いてないしこの狐!

――何はともあれ、だ
ああ、食も笑顔もホントに色彩豊かで、良い光景だ
(器用に素麺を楽しみつつ、目を細め)

お、朱華も流石だな!
そーいや島の名前考えてるんだっけ
なら一案程度に、錦とか千紫万紅とか挙げとくな

(きっとあの男も色鮮やかな日々を願ってる筈)




「漸く待ちに待った宴だな!」
「ええ、遂にお待ちかねの時間ですねぇ」
「潤い大事、ものすごく大事」
「本当に、実に潤い溢れる――素晴らしい竹と素麺の共演にして饗宴です」
「食うに異論はないけどな、目と心の保養も超大事」
 かみ合っているような、いないような――どこかちぐはぐな会話だった。
 千家・菊里(隠逸花・f02716)のやわらかな赤瞳は目の前を流れていくそうめんと清水、まっすぐな竹を見つめていて。
 呉羽・伊織(翳・f03578)の秀麗な赤い眼差しは、竹の流し台を通りすぎて、小休止中の朱華と桔梗、そうしてもう一人の女性が走り回っているのを眺めている。
 男ばかりのむさ苦しかった浜とは違う。軽やかで愛らしい笑声に伊織の笑みも深くなる。
「あ、いたいけなお嬢さんの前で教育に宜しくない言動は控えてくださいね?」
「………………――いや、分かってるっての!」
「今の間はなんですか。誰を見ていたんですか」
「いや、だから! だからせめてこーして遠巻きにひっそりとだな――違う! なんでこんな痴話げんかじみた会話、お前としなきゃなんねーの……!」
 菊里の容赦ない静かなツッコミに、伊織は出鼻をくじかれた。
 まさか早々に牽制されるとは思わなかった。肩を少し落として、意気消沈。
「はいはい、此処はしゅんとするところではなく、しゅーん! を楽しむところですよ」
「上手いコト言ったつもりか~!」
 美味いのはそうめんですよ――なんて呟きが菊里から聞こえてきそうではあったが、伊織の反論は竹を流れる水と一緒に流してしまって、見事な箸捌きでそうめんを捕まえる。
「ほら、伊織。そうめんが逃げていきますよ。見てください、この白魚のような肌」
「食いにくいわ! って、もう聞いてないしこの狐!」
 伊織を構う時間が惜しい――目の前をそうめんが流れていかなければもっと構ってやれるのだが、そうも言ってられない。おいしいものが逃げていくのだ。耐えられない。菊里は食い気に忠実に箸を操っていた。
「もう……必死か」
 ぼやけども、決して嫌ではなくて。
 伊織は、深く息をつく。
 彼女らの笑顔も、浜で戦っていた男どもの晴れやかな笑顔も、全部ひっくるめてこうして今、齎すことができたのだ。
 この達成感は、やはりなにものにも代えがたい。
「ふふ、一仕事した後の御馳走は格別です」
 菊里はとろりと双眸を細めた。絶え間ないそうめんの流れと、揺蕩う楽しげな声――心を落ち着かせる清流の音、心をざわつかせるカニの焼ける香りと豪快な音――菊里は、今とても忙しかった。
 川辺ののんびりとした雰囲気を楽しみながら、食に興じなければならないのだ。
 流れ来るそうめんを捕まえ、めんつゆに浸す。そこへ用意のある具をとりあえず全部乗せ。
 夏場の醍醐味たる屋外での流しそうめんだ。しかも、冷えた水に運ばれてくるのはそうめんだけではなく、食べ易いように配慮されたカニの足の身。
「こんな贅沢、他ではなかなか……!」
「…………ホント、よく食うな」 
 端整な面立ちを食い物で歪ませて、忙しなく口を動かす彼を流し見て、伊織は苦笑を禁じえなかった。
「――何はともあれ、だな」
 何はともあれ。
 この島の、今ある救える命は護りきった。生のきらめきは、一等美しく光りを放つ。
「見てください、伊織。こんなに彩で溢れることなんて、そうありませんよ」
「ああ、食も笑顔もホントに色彩豊かで、良い光景だ」
 伊織もまた、しゅーんと流れていくそうめんを器用に掴み上げ、ずずっと啜って楽しみつつ、目を細めた。
「ほら、あの山盛りのカニと幸福――これ程に揃えば、箸が止まらぬ訳ですよ」
「ちょっとは止まっていいと思うケド」
 山盛りのカニを前にして、彼のテンションがおかしくなっても、納得してしまった。
 そうめんを掴み取ってつゆに浸す。きゅうりの千切りとともに食う――爽やかな旨さが口の中に広がった。
 腹八分ほどに食えればいい。
 そうめんの合間に流れてくるカニ身のシュールさには、さすがに笑ってしまった。

「ふおおおおお! おはしじょーず!」

 そんな折、桔梗らと遊んでいた朱華が、物珍しそうに寄ってきて、ふたりの箸捌きに黒瞳を丸めた。
「満腹になりましたか?」
「おう! まだ食える! でも、ききょーが言うておった! ハラハチブでやめておくのがビヨーと健康にいいと!」
 おそらく意味は分かっていない朱華の口ぶりに、菊里は笑みを深めた。
「食べたいときに食べておくのが、心には一番の栄養になりますからねぇ」
「食べたきゃ食べてもいいと思うケドな」
 プチトマトのほどよい酸味を楽しんで、伊織。
「じゃああと一杯だけ食う!」
 しゅーん! とはしゃぎながら、自分の箸と椀を持ってきた朱華は、「さーくらー! しゅーんしてー!」とアピール。
 言えばすぐさま、「流しますよ、朱華様!」と返事。ややあって、そうめんの塊が流れてきた。
 唇をつっと尖らせて集中、長い竹箸を上手に持って、そうめんを掬いあげた。落とさないように竹椀の中へ――彼女の表情はぱああっと輝く。
「お、朱華も流石だな!」
「朱華様もお見事なそうめんさばきですねぇ」
「そうめんさばきってなんじゃ?」
「ふふっ」
 艶然と笑んで、菊里。
「あー、あんま気にしたらダメだぞ。あのヒトは、ああいうヒトだ」
「ふーん?」
 朱華は首を傾げたが、それでも幼いながらも上手に竹椀の中にそうめんを移しとっていった。
「朱華様」
「ききょー! 見て! とれた!」
 桔梗と呼ばれた女が、こちらにやってきて、伊織と菊里に軽く会釈。
「お上手です、朱華様。ですが、まだ食べられるんですか? さきほどはもうお腹いっぱいと……」
「これだけ! これだけ食うて終いにする!」
 ふたりの麗人に褒められ、ちょっといいところを見せたかった朱華は、頬を少し赤く染めた。

 ◇

「そーいや島の名前考えてるんだっけ」
「そう! みんなヘンテコな名前しかつけたがらん! 変じゃろ?」
 伊織と菊里は曖昧に笑って、咳ばらいを一つ。
「なら一案程度に――オレからも、錦とか千紫万紅とか挙げとくな」
「にしき……せんしばんこー?」
 首を傾げて伊織を見上げる朱華は、「ああ、」と納得の吐息を漏らした菊里へと視線を流した。
「ここのみなさんの名も、浜のシーグラスも彩り豊かですし、一案としては良いかと」
 耳にする人の名すべてに色名が含まれているのだ。朱華しかり、紺次郎しかり。あの浜にいた、蘇芳しかり。
 みながいろを輝かせる島の名だ。この上なく鮮やかでも構いはしないだろう。
(「きっとあの男も……色鮮やかな日々を願ってる筈だ」)
 伊織の足元で跳ねる朱華の健やかなる成長を、もっと見ていたかったのではないか。
 あの賑やかで穏やかな喧噪の中で、もっと生きたかったのではないか。
 考えても詮無いことだが、そう思う。
「せんしばんこーってなんじゃ?」
「たくさんのきれいな花が咲き乱れて、すっごくいろんな色で溢れてるってこと」
「にしきって?」
 豊かな色彩が織りなすものだ。それはそれは彩りに溢れ、鮮烈で美しいものだ。
「この鮮やかな、錦の幸が、末永く続きますよう――そういう願いです」
 菊里の言葉に、伊織は頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

陽向・理玖
【菊】

やったー蟹と素麺!
おーと手上げ

だな!
獲れたて格別だわ
我慢した甲斐あった
めっちゃ頬張る
ほんと最高
ほくほく
えっ蟹しゃぶ?
こ、こう?
半生うま

焼き蟹かぁ
すっげぇいい匂いするな
ありがとう兄さん

やべぇすげぇ旨
大人の味だ
どうしよう兄さん美味すぎて死ぬ
よーしもっと食うぞー

うん初めてなんだ
白以外の麺もあるのか
風流だし綺麗じゃん
兄さんはした事あんの?
マジか
さすがだな

お、ありがと…
すかっ
って…取れねぇ…
えっ?
流れていく素麺二度見
早っ
…難しくね?
堰き止めたら駄目なのか?
…取れねぇし
兄さん見本見して

でか
流れてるしいんじゃね?
うわっすげぇ!
そんなのも取れちゃうのか
かっけぇ兄さん
プロか
やっと取れた素麺と蟹頬張り拍手


砂羽風・きよ
【菊】

カニだ流しそうめんだー!

理玖、どれから食いたい?
やっぱ、カニかカニ!

茹でたカニをひとくち頬張れば至福
最高かよ。めっちゃうめー
カニしゃぶもあんのか?!食おうぜ!
そーそー、そんで思いっきり!

うめー!贅沢だわ!

理玖、これ食ってみろよ
網に焼かれたカニの頭と腕を皿に乗せて
どーだ、うめーだろ

って、そうだそうめんも食うか!
いやー、流しそうめんもいいな
理玖は初めてなんだよな?ほら、そっち行ったぞ

俺か?俺は何回あるぜ
作ったりもしたな

はは、慣れだ慣れ
せき止めて食ってもいいと思うぞ

よっしゃ、手本見せてやる!
掬おうとすれば何故かカニの頭がどんぶらこ
…これ、食ってもいいんだよな?

華麗に取ろうと
これはこれでうめーな




「カニだ流しそうめんだー!」
「やったー蟹と素麺!」
 おー! とふたりでサムズアップ。
 陽向・理玖(夏疾風・f22773)のいつもは静かな青瞳は、今まで以上にきらきら光る。
 砂羽風・きよ(忠犬きよし・f21482)の蒼も、眼前の豪勢な料理にきらめきを強めた。
「理玖、どれから食いたい? やっぱ、カニかカニ!」
「だな!」
 カニしかないだろう! ここまできて、「まずはそうめん……」なんてなるハズがない!
 きよの言葉にしっかりと頷いて、理玖。
 ふたりの前にはカニ料理がたんまり並んでいるのだ。これを食わずして、なんとする!
 きよは殻が半分以上砕かれ、剥がれているカニ足(極太)を一本持ち上げる。それに倣って理玖もボイルされた足を持つ。

「「いただきます!」」
 
 大口を開けてふたりでぱくり。
「~~~~っ!!」
 声なき絶叫があがる。
「うんまァ……」
「我慢した甲斐、あった」
 めっちゃ頬張る。めちゃめちゃ頬張る。ほくほく。しかもとける。理玖は目を閉じて、じゅわーっと広がる旨味を堪能。
「ほんと、最ッ高」
 ほお……と吐息とともに感激が漏れる。
「獲れたてって、もう……格別だわ」
「わかる、格別さいこー、わかる」
 茹でたカニをひとくち頬張れば、きよの心は至福にほどけていく。
 ほどけすぎて言葉が喪失していく。
「マジ最高かよ。めっちゃうめー」
 すげえ。うめえ。やべえ――いくつか残った言葉でカニへの最大の賛辞を送りながら、ふたりはカニを食う。
 ボイルされたものもいいが、さっきから鼻腔を刺激して、ぱちぱちと殻が小さく弾け、じゃわーっとカニ汁が垂れて炭を冷やす音がしている。
 その正体は、いわずもがな、焼き蟹。
「理玖、これ食ってみろよ」
 しっかり食べごろまでに焼けたカニの頭と足を皿にのせて、きよは彼に差し出せば、彼は素直に受け取って、またもや表情を弾けさせる。
「焼き蟹かぁ……まってすっげぇいい匂いするな!」
 焼かれたことでいっそう香りが高く、芳烈に輝く。
「ありがとう、兄さん」
「あっちーから気をつけろよ」
 促されて、ほくほくのカニ身を一口。
「!」
「どーだ、うめーだろ」
「やべぇ、すげぇ旨い、わ、あ、旨い、!」
 わたわたし始めた理玖の様子に、きよは我慢できずに笑いだした。喜ぶ姿を見れて、旨いカニも食えて、なんと盛りだくさんの日か。
 そんなふたりの様子を見ていた鉄が豪気な笑い声をあげた。
「そんな細っこい体でいい食いっぷりじゃねえか! そろそろ、若葉のやってるカニしゃぶの出汁もできらァ、そいつも食ってけよ」
「えっ蟹しゃぶ?」
「カニしゃぶもあんのか!? よし食おう! 食おうぜ、理玖!」
 首を傾げて、「カニしゃぶ とは?」な状態の理玖だったが、いっとうふくよかな女性――彼女がきっと若葉だろう――が、「鉄さん! できましたよー!」と手を上げて、報せる。
 鉄に促され、きよと理玖は鍋の方へいく。
 透き通った昆布とかつおの一番出汁、そこへ少しだけ醤油を垂らしたと若葉が言った。
 きよの手ほどきを受けながら、おっかなびっくりカニの身を鍋に泳がせる。 
「こ、こう?」
「そーそー、そんで思いっきり!」
 かぷ。
「んんんっ!(半生うまあ……)」
「ハハっ、俺も俺も!」
 さっと出汁にくぐらせれば、表面は白くなってきゅうっと締まっていく。そして、躊躇わずに一思いに、かぷ!
「うめー…!! 贅沢だわ! なんだこれ!」
「めっちゃうまい!」
 理玖、カニしゃぶにドハマり中。きらっきらに青瞳を輝かせて、もう一度しゃぶしゃぶして――大きな口をあけて、口内がぱんぱんになるほどに頬張った。
「きもちいい食いっぷりじゃないか! いやあ、うちの若いのも、あんたらみたいに可愛げがありゃあ、ちったあ張り合いもあるのに」
 愚痴っぽくなった若葉は、しばしその場を離れた――かと思えば、すぐに戻ってくる。
 その手には、甲羅がふたつ。中にはカニミソが解かされている。
「それつけて食ってみな、もーっとうまくなるよ」
 若葉の言う通りにすれば、ふたりの頬は危うく落ちかけた。
「大人の味だ!」
「おう、このちょっとだけ苦いのがいいな!」
「どうしよう兄さん、美味しすぎて死ぬ」
「気持ちは分かるけど、今死ぬともったいないぞ」
「は! そうだ、まだまだ食いたいし!」
「そうそう――って、そうだ! そうめん! 流しそうめんだってしてねえだろ」
 きよの言う通りだ。
 まだ流れるそうめんを見ていない!
「よーし、もっと食うぞー」
 一旦カニはおしまい。またあとで戻ってこようと決めた。

 ◇

 半分ほどに割られた竹の中を、さらさらと水が清廉と流れる。傾斜のおかげで流れが滞ることはない。
「理玖は初めてなんだよな? ほら、そっち行ったぞ」
「うん初めてなんだ、おお! 白以外の麺もあるのか!」
 しゅーんと流れていくそうめんの中に、緑とピンクの色付きそうめんが混じっていた。
 実に風流で、透涼なきらめきは理玖の心に刻まれる。
「すげえすげえ!」
「色付きのはアタリだな」
「なんかいいことある?」
「あー、とれたらラッキーって嬉しくなる?」
 カニを食ったことで、空腹は紛れた。余裕をもってそうめんの様子を眺めることができた。
「兄さんはした事あんの?」
「んー俺か? 俺は何回かあるぜ。作ったりもしたな」
「マジか! さすがだな」
「ほら理玖、来るぞ、とれとれ」
「お、ありがと……」
 きよの言葉に頷いて、見よう見まねで箸を突き入れ掴もうとした。
 すかっ
「って……取れねぇ……」
 塊になっていたそうめんは、ぱらりとほどけて、しゅーんと流れていく。
「え? 早っ!?……兄さん、難しくね? これ」
 思わず二度目。むろん手元には一本たりともそうめんは残っていないくて、川下で掬い上げたものが歓声を上げていた。
「はは、慣れだ慣れ」
「堰き止めたら駄目なのか?」
「堰き止めて食ってもいいと思うぞ」
 楽し気にそうめんと戯れる理玖を横目に、きよの笑みは深まるばかり。アドバイス通り、箸の間隔を狭めて再チャレンジ! 
「いや、取れねぇし! もう……兄さん、見本見して」
「よっしゃ、よっく見とけ、俺がいま手本を見せてや……え?」
「え?」
 きよは思わず箸を突き立てて、それを止める。
「なんで、カニの頭が?」
「でか……すげえ」
「……これ、食ってもいいんだよな?」
「うん、流れてきたし、いんじゃね?」
「だよな!」
 くるりと箸を操って、重心を感じ取って、華麗に掴み上げた。
「うわっすげぇ! そんなのも取れちゃうのか! かっけぇ兄さん! プロか!!」
 純真無垢に双眼を瞬かせて、きよを見つめる。手放しで持ち上げられてきよもまんざらではない。
「……いや、取れたのはいいけど、どうやって食おうかな」
 なんで殻ごと流してきたし――流した当人は向こうで意地悪ににやにや笑っていた。
 きよが取り上げたカニと戦っている最中に、理玖はそうめんをようよう掬い上げる。
「ふおおお! とれた!」
「お! うまいうまい!」
 つゆにひたして、ずぞぞっとすする。苦労したその一口は、尚更うまく感じることができた。
「おっし、開いたぁ……!」
 甲羅を開いて出てきたカニミソと腹の身を理玖にも分けてやる。ひんやりと冷えたカニもなかなかに乙なもので。
 そうめんを頬張った理玖は嬉しそうに手を叩く。きよの労をねぎらって、これまた無邪気に礼を言ってから、ミソをからめたそうめんをすすった。
「これはこれでうめーな」
 カニ身をほぐしたつゆに、流れてくるそうめんを浸したきよもまた、濃厚な涼に舌鼓。
 賑やかにふたりの宴は喧噪にとけて馴染んで、彩りを添える。
 川辺の宴は、みなの腹が満たされていくと同調し、穏やかに揺蕩い始めた。


 始まれば終わる。
 盛大に食い散らかし、酒をあけ飲み始めた家族たちを眺め、朱華は大きな欠伸をひとつ。
「こんじろー、今日は楽しかったな」
「へい、お嬢」
「あの、りょーへーというのは、面白い人ばかりじゃったな」
「へい」
「カニを持ってくるのを手伝ってくれたんじゃろ?」
「へい、あのお人らがいなけりゃ……俺らだけでは、ちょっと、骨がおれやした」
「この島の名もたっくさん考えてくれた」
「そうですね、俺にゃあ考えつかん名ばかりでした」
 この家族らを思って考えてくれたもの、跳ねる朱華の無邪気さを表したもの、浜のきらめく美しさを表現したもの、いくつもの夜を煌かせる星になぞらえたもの――
「はねず、にしきってのが気に入った」
「ああ、そりゃあいい……錦ですか」
「こんじろー、今から、この島を、にしきと呼ぼう」
「へい。お嬢のお望みとあらば」
 そして朱華らは、この地に根を下ろし、彩を織りなす、錦の民となる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年09月20日


挿絵イラスト