●年に二度のみの奇跡
それは夏に一度、冬に一度、この島で年に二度だけ見られる奇跡の夜。
島の独特な形状によりできた、島の中心に広がる凪いだ海面。その海底から浮かんでくる泡沫は、海面へと浮かび。
しばしの滞在ののちに空へと昇り弾ければ、夜空を彩るスターダスト。
海面に出した小舟に乗って浮かぶ泡沫に触れれば、それは『想い』の色を成し、『かたち』を生む。
それは、奇跡の夜。
●ご案内
グリモアベースで猟兵たちが集まるのを待っていたのは、水着姿の女性。彼女は日傘を閉じると、ぺこりと猟兵たちにお辞儀をする。
「迷宮災厄戦の真っ最中ではありますが……休息も大事です。グリードオーシャンへ、ひとときの休息に行きませんか?」
告げた彼女はエリヴィラ・フォンティーヌ(死と祈りのしるべ・f16264)――いつもはマリアヴェールを被っているグリモア猟兵だ。
「私がご案内する島は、すでに猟兵達によってオブリビオンから解放された島のひとつで。上空から見るとアルファベットの『C』に似た形をしている島です」
その島の形の特性上、島の中心部分は海水でできた湖のようになっている。その『湖』部分には波が立たずいつも凪いでいるため、小舟を出しての舟遊びがよく行われているのだとか。
「この、島の中心部分……厳密には違うのですが、島民たちが『湖』と呼んでいるその部分では、夏と冬に一度ずつ、奇跡、と呼ばれる不思議な現象が起こる夜があります。ちょうどその夜に、皆さんをご招待できそうなので……」
エリヴィラが言うには、その島で起こる年に二度の『奇跡』とは、『湖』の底からたくさんの泡が海面へと浮かぶ夜を指すのだという。
夕方から徐々に海面へと現れ始める泡は、大小様々で。明かりがなくては歩けないくらいに闇が降りる頃には、たくさんの泡が空へと昇り、そして弾けるという。
そのさまは、スターダストのようでもあって、花火のようでもあるとか。
「泡が弾け、輝く空の様子は、島内であればどこからでも見ることができます」
『湖』の周りには、屋台や出店が出ていて、食べ物や土産物などを販売しているという。外に椅子やテーブルも出されていて、軽い食事をしながら見上げることもできそうだ。
近くのレストランやバーでは、夏のこの夜には屋根を取り払ってしまう。静かにのんびりと、食事や飲み物を楽しみながら空を見上げることができるように。
緩やかな丘に寝転べば、見上げずとも空を満喫できるだろう。宿屋や自宅の屋根の上で空を見上げる者たちもいる。
「あとは、ですね……『湖』へと小舟を出して、海面に浮かび上がった泡を間近で見て、泡が空へと昇るのを見守ることもできます」
小舟は、二人乗りのオールのついた小型のものから、漕手が操る十人程度が乗り込めるものまで様々で。食べ物や飲み物を持ち込んでもいいし、大きめの船を少人数で貸し切って広々と使うのもアリだ。
「この泡……小舟の上からや、『湖』際から手をのばすと、触れることができます。泡が海面に姿を現してから空に昇るまで、個体差はありますがいくらか時間があって……」
泡が空に昇る前、まだ海面に滞在している間に泡に触れると、無色の泡に『色』が宿るという。『色』が宿った泡は手に取ることができ、しばらくすると『かたち』を得る。
「泡は触れた人の『想い』を元に色を宿すそうです。そして泡が変化する『かたち』は、触れた人によって違うとか……」
島では、自分で掬い上げた泡から生まれたものを大切な人にあげたり、交換したり、ふたりで同じ泡に同時に触れてその泡から生まれたものを絆の証として大切にしたりするのだとか。
「そのままでプレゼントできるような『モノ』の事もあれば、花や宝石や鉱石、布や木などの加工ができるものの場合もあるらしいです……。この日は、加工のできる職人さんたちも夜通し営業中なので、すぐに対応してもらえると思います」
想い人に心を伝える時に、プロポーズに、結婚の記念に、離れ離れになっても仲良しの証に、生まれてくる子どもに――……この夜の奇跡のカタチは、島民たちに長年愛されているのだ。
篁みゆ
※このシナリオは既に猟兵達によってオブリビオンから解放された島となります。
※このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。
こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。
泡沫が輪郭を得る奇跡の夜へ、ご招待いたします。
●1章のみの日常フラグメントです
なので、いろいろなことをするプレイングよりも、したいことを絞ったプレイングのほうが濃い描写ができると思います。
時間は宵の口から深夜までを想定しています。
アルコールはステシ年齢成人の方へのみ。
泡に触れる場合、『色』と『何に変化するか』をご記載ください。
お任せの場合は『*』マークをプレイング冒頭にご記入ください。
ちなみに私、センスはあまりありません。
アイテム発行はありませんが、後日ご自身でアイテム化していただくのはOKです。
●グリモア猟兵について
篁のグリモア猟兵でしたら、お誘いがあればよほど無理な内容でない限り、喜んで可能な限り顔を出させていただきます。
●プレイング受付
8月19日8:31~
締切はマスターページにてご確認ください。
●プレイング再送について
日常フラグメントという関係上、ご参加いただける方が多くなった場合は、プレイングの再送をお願いする可能性がございます。
また、採用についてマスターページを更新しておりますので、目を通していただけると幸いです。
●お願い
単独ではなく一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングの最初にご記入ください。
また、ご希望されていない方も、他の方と一緒に描写される場合もございます。
皆様のプレイングを楽しみにお待ちしております。
第1章 日常
『猟兵達の夏休み』
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POW : 海で思いっきり遊ぶ
SPD : 釣りや素潜りを楽しむ
WIZ : 砂浜でセンスを発揮する
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
大成功 | 🔵🔵🔵 |
成功 | 🔵🔵🔴 |
苦戦 | 🔵🔴🔴 |
失敗 | 🔴🔴🔴 |
大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●泡沫来たりて
陽が落ち始めると『湖』の水面に浮かび来るのは、濁りのない無色透明の泡だ。
大きさこそまちまちではあるものの、どれも待ちわびたかのように空を眺めて。
水面を埋め尽くすほどたくさんの泡が出現するわけではないけれど。空を彩るのに不足のない数の泡が、それぞれがそれぞれのタイミングで空へと昇り行く。
島の人々が言うには、『湖』の底には幼児ひとりぶんくらいの大きさの貝がいくつもあって。
この奇跡の夜にだけ、呼吸をするように泡を吐き出すのだという。
――とぉっても気まぐれな水の精霊様が、奇跡のおすそ分けをしてくださるんじゃよ。
老婆の語るそれが、本当の話かどうかはわからぬけれど。
人々がもうずっと長いこと、この奇跡の夜を楽しんでいることだけは、間違いがない。
* * *
御園・桜花
「天を目指して昇ろうとする泡を。持たぬ私が触れてはいけない、と思うのです」
泡が変じて色を成し何かを形作る
触れてみたい
何を形作るか見てみたい
その欲は勿論あるけれど
天を目指す泡の定めを捻じ曲げてまで
それを為してはならないとも思う
それは唯一無二を持つからこそ赦されるのだと思うから
船縁で水に指を濡らし
天に昇る泡をただ見つめる
美しい
寂しい
美しい
人の手によらぬものは
時に強く個であることの矮小さを突きつける
美しすぎて寂しい
浮かぶ泡を眺める
寂しい
美しい
寂しい
自分が樹から生まれた桜の精だと
いつか自分も幻朧桜になるのだと
疑ったことは1度もなくて
「願いが叶いますように」
この場にある全てのものの全ての願いに
ただ祈った
夜色に染まった空は、ゆぅらり、ふぅわりと昇っていった泡たちが弾けることで、その闇の天鵞絨に煌めきを宿している。
遠くに聞こえるのは、空で弾ける泡の様子に歓声を上げる子どもたちの声。
ああ、耳につくのは、愉しげな家族連れや絆深い仲間たちの、聲。
「……、……」
しかしそれは、遠くの喧騒。
小舟にひとり、御園・桜花(桜の精のパーラーメイド・f23155)が漂う水面付近には、静寂が広がっている。
泡がぱちん、と弾ける音が、聞こえる気さえするほどに。
視線の先に顔を出した泡沫を、桜花はじっと見つめていた。
どれくらいの時間を要したか、正確にはわからぬけれど。視線の先の泡が、ぷるっと小さく震えた――かと思えば、その輪郭は徐々に水面から離れ、ゆぅらり、ふぅわりと、空を目指しゆく。
その姿を追うように空を見上げれば、ぱちん……弾けた泡は、闇の天鵞絨に煌めく刺繍を添えた。
泡が変じて色を成し、何かを形作る――それを聞いて、思わなかったわけではない。
――触れてみたい、と。
――何を形作るか見てみたい、と。
けれどもそれよりも、強い思いを桜花はいだいている。
天を目指す泡の定めを捻じ曲げてまで、自分はそれを為してはならない、と。
それは、唯一無二を持つからこそ、赦されるのだと――……。
「……、……」
小舟の縁からそっとその白い指先を水に浸す。慎重に、泡のない部分を選んで。
夏だというのに不思議と、桜花の指を包むその水は、とても冷たく感じる。
嗚呼、先程空で弾けた泡を追うようにして、いくつかの泡が昇り、そして弾ける。
弾けた彼らはどうなってしまうのだろう。
否、それが定めなのだとしたら、それが終(つい)なのだろう。
「……、……」
桜花が水から指を引き抜いたのは、近くで生じた泡がこちらへと向かってきていることに気づいたからだ。
透き通るような緑の瞳で、桜花はその泡を見据える。水から出した指は、またたく間に夏の暖かい風によってくるまれて。
「天を目指して昇ろうとする泡(あなた)たちを。持たぬ私が触れてはいけない、と思うのです」
唯一無二を持たぬ私には、赦されぬこと――桜花のその若葉色は、近づいてきた泡をじっと、じっと、静かに……。
程なくして、他の泡たちが空を目指すのに倣うように、その泡も水面を巣立つ。
「――嗚呼……」
遠ざかってゆく泡たちが。
美しくて。
寂しくて。
美しくて。
瞳の緑が揺れるのは、あまりにも、――、だから……。
息を次ぐのも忘れて見上げた泡たちは、空へとたどり着いた泡たちは、桜花の心に強い思いを撃ち込んでくる。
「っ……」
思わず胸元で握り込んだ指は、まだ『湖』の水で湿っていたけれど。
人の手によらぬものは、時に強く、個であることの矮小さを突きつけるから――。
(美しすぎて……寂しい……)
浮かび、昇り、弾ける――その光景がとても。
寂しくて。
美しくて。
寂しくて。
嗚呼、色々な想いがないまぜになったこの気持ちを、なんと表現するのが正しいのだろうか。
夜空で弾けることで、泡たちは本懐を遂げたと桜花は思うのに、この、心がぎゅっと締め付けられるような心地は、何なのだろう。
(私は――……)
自身が樹から生まれた桜の精だと。いつか自分も幻朧桜になるのだと。疑ったことは一度もない。
自分にもなにか、存在意義となる役目があったのかもしれない――けれどもそれは、もう知るすべがないこと。
けれども自分が幻朧桜になるという予感は、漠然と感じることはあっても消えることはない。
どうしてこんなにも美しい光景を前にして、こんなにも寂寥に苛まれるのか――答えを手繰れはしないけれど。
「願いが叶いますように」
その呟きは、決して自分のためだけのものではなく。
紡ぐ旋律、広がる柔らかな声は、場の雰囲気を壊すこと無く広がってゆき。
――この場にある、すべてのもののすべての願いに――……。
届け、届けと、ただただ、祈る――。
大成功
🔵🔵🔵
火神・臨音
【比翼連理】で湖上に舟で
水着はステシ参照
屋台で仕入れた飲み物や料理を口にしつつ
泡が浮かぶ様子を見つめて
触れた泡が『かたち』を得るって
不思議な話だな
良かったら一つ試してみるか?
どれにしようかな、と二人視線めぐらせて
目に飛び込んできたのは片手に乗る
ボールサイズの泡
目を合わせ合図したら二人で泡に触れる
二人同時に触れた泡は【蒼】に変わり
そして泡が得た『かたち』は
一対の翼型の蒼い宝石に
宝石を見て思い立つ
この宝石、ティアラに加工して貰おうか?
キョトンとする彼女に笑みを浮かべつつ
口にするのはその理由
俺達が華燭の典を挙げるその日
アイナにつけて欲しいって直感で思ったから
彼女の頬伝う喜びの雫は
そっとキスで拭って
美星・アイナ
【比翼連理】で湖上に舟で
水着はステシ参照
屋台で仕入れた飲み物や料理を口にしつつ
泡が浮かぶ様子を見つめる
確かに面白い話ね
私も気になるわ
ね、臨音、やってみようよ!
どれにしようかな、視線めぐらせ
目に飛び込んでき片手に乗る
ボールサイズの泡見つけこれにしようと
目を合わせ合図したら二人で泡に触れて
二人同時に触れた泡は【蒼】に変わり
そして泡が得た『かたち』が
一対の翼型の蒼い宝石に変わるのを見て
驚き
臨音からの提案に思わずなんだろう?と
そして彼の唇から紡がれたその理由聞いて
頬伝うのは喜びの涙
甘くて熱い愛情が胸いっぱいに広がって
そっと涙をキスで拭ってくれた臨音に返すは
ありがとうの想い込めた自分からの口付け
闇の帳は泡沫の煌めきに彩られ、この日の夜はいつもの夜よりも明るい。
煌めきを見逃さぬようにと明かりは控えめだけれど、今日は各種店舗もまだ営業しているし、奇跡の夜を楽しむために起きている島民たちも多い。
「都会のネオンと違って、明かりも優しいわね」
二人乗りの小舟にて『湖』へと漕ぎ出して、美星・アイナ(比翼連理の片羽・f01943)は事前に購入した料理へと手をのばす。一口サイズの動物の肉に衣をつけて揚げたそれは、いわゆる『唐揚げ』とよく似た味がする。
「電気じゃなく、火を使ってるからかもな」
すでにオールを置いた火神・臨音(比翼連理の誓いを胸に・f17969)も、屋台で買い込んだ料理の乗った木製のプレートへと手を伸ばした。確かアイナが手にとった『唐揚げ』の横は、魚の『唐揚げ』だった気がする。
「ああ、そういえばこの泡も、水の精霊による奇跡のおすそ分けって言い伝えがあるのよね」
「陸に灯る明かりは、火の精霊の力、なんだろうな」
湖面に浮かび上がる泡沫は、ふたりが小舟に乗り込んだときにはすでに少しずつ、空へと旅立ち始めていた。
アックス&ウィザーズから落ちてきた島のようだと、旅立つ前のアイナたちにグリモア猟兵は告げた。なるほど、ならば精霊の力と言われても、素直に頷けるというもの。
晴れ空のような鮮やかな青に、白い花の咲いた水着に身を包んだアイナが次に手を伸ばしたのは、挽きたての小麦で焼いたパンに具材を挟んだ、一口サイズのサンドイッチ。口に含めば小麦の香りが広がって、ヒトと自然の間に良い関係が成り立っているのだと感じる。
「触れた泡が『かたち』を得るって、不思議な話だな」
水面の泡がひとつ、またひとつと空へ旅立ってゆく様子を見ながら、臨音は木製のコップから果実水を嚥下して呟く。ハーフパンツタイプの水着と揃いのラッシュガードは、暑いので脱いでそばに置いた。
「確かに面白い話ね。私も気になるわ」
すでに泡に触れた人々の様子が遠目に見えて。微かに聞こえてくる声は、愛と喜びに満ちているものだから。アイナの心の中には、好奇心の他に羨望や憧憬のようなものも混ざり始めている。
「良かったら一つ、試してみるか?」
「ね、臨音、やってみようよ!」
湖面から視線を互いに向けたのも、言葉を発したのもほぼ同時。内容も意図までもほぼ同じだったものだから、どちらからともなく笑みがこぼれる。
同じ気持ちだということを、意図せぬところで確認する――こんな些細なことでも、ふたりにとっては大切で、そしてとても嬉しくて。
「どれにする?」
「どれにしようかな……」
湖面に視線を走らせれば、今まさに飛び立とうとしている泡、浮かび上がってきた泡、小舟の移動の余波で時折起こる水面の微かな揺れに身を委ねる泡――様々な泡があるけれど。
「――!」
これ――直感でアイナが選んだのは、視界に飛び込んできた泡。
「!」
これだ――臨音がそう思ったのは、浮かび上がってきたばかりの泡。
ふたり、視線を合わせて頷き合う。
言葉や動作による確認作業は、いらない。
きっと、選んだものは同じだから。
ふたりがそっと手を伸ばしたのは、片手に乗るボールくらいの大きさの泡。
弾けてしまわぬだろうか――そんな心配はなかった。
信じているから……奇跡を、お互いを。
そっと同時に指先が触れるのは、その輪郭。
指先に感じるのは、儚さではなく控えめな弾力。
そしてふたりが触れた部分から、その泡は色を得て、染まりゆく――。
「蒼く――……」
「……蒼」
染まりゆく途中の泡をふたりで引き上げてみれば、グラデーションのように煌めいて、輝いて。
「綺麗……」
思わずその変化に見惚れるている間に、泡は透明な『蒼』へと染まりきって、のち。
弾けるのではなく、蕩けるようにふたりの手の中へとおさまりゆく。
「……本当に、『かたち』を得た……」
驚きで、その赤茶の瞳を見開いたアイナ。だってふたりの掌の上にあるのは、元が泡だったとは思えないモノだから。
「綺麗だな。宝石、か」
臨音の視線を受けて、キラリ輝いてみせたそれは、蒼い宝石でできた、一対の翼。
比翼の鳥――思い浮かんだのは、その姿。
「この宝石、ティアラに加工して貰おうか?」
「えっ?」
彼の突然の提案を不思議に思い、視線を上げたアイナのきょとんとした顔。それを見た臨音は、愛おしさで自然と笑みを浮かべ、提案の理由を口に浮かべる。
「俺達が華燭の典を挙げるその日、アイナにつけて欲しいって直感で思ったから」
「っ……!?」
臨音の紡いだ言葉は、アイナの予想し得なかったもので。けれどもそれがもたらしたのは、驚嘆よりも歓喜の思いが強く。
それは、未来への約束。
ふたりで作る未来図へと宿った、小さなしるしのひとつ。
でもその小さなしるしひとつで、アイナの心には安堵と歓喜が無限に広がりゆくのだ。
彼が自分との未来を考えてくれているのは、知っていたけれど。
自分の未来に彼が存在しないなんてありえないと、思っていたけれど。
不意に彼の想いを実感させられたアイナは、口を小さく開けては閉めてを繰り返す。言葉にならないのだ。
言葉よりも雄弁に語るのは、彼の姿を映すその瞳。
あふれるのは想いだけではなく、泪は頬を伝いゆく。
胸中を満たすのは、甘くて熱い愛情。
言葉を紡がねば――少し焦ったけれど。
近づいてくる彼の瞳を見れば、すでに伝わっている事が知れたから。
頬を伝う雫を拭う口唇の熱を、心地よく受け止めて。
ギッ……微かに小舟を揺らしてアイナが彼に贈るのは、ありがとうの想いをこめた、口づけ――……。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黒鵺・瑞樹
アドリブOK
これ、UDCとかで起きたら海底のガスが浮かんできたんかな?となるとこだろうけど。
でも不思議。
泡がぶくぶくなのに舟で漕ぎ出して平気なのか?ひっくり返らねぇの?
舟からじゃ少し怖いから岸辺から腕を伸ばして泡をとる。
色もついて、かたちも変わるというか、かたち成すのはとても興味深い。
どんなものに変わるかな?
見事に青い…石になったな。
菫青石とも違うし藍晶石とも違う。藍宝石より深い青、蒼玉みたいだ。
原石みたいだし、ちょうどいいから職人さんに磨いて貰おうか。
まぁ、贈ったりする相手はいないのが非常に残念だけど。
でもこれから俺がいく道の共に、思い出に、そうなるならそれでいい。
水面を満たすほどではないけれど、宵の口よりは確実に泡沫の数は増えていた。水面を満たしてしまわないのは、空へと昇る泡沫もかなりの数があるからだろう。
(これ、UDCアースとかで起きたら、海底のガスが浮かんできたんかな? となるとこだろうけど)
ここでそうならないのは泡沫が透明であることと、水の精霊が関連していると信じられているせいかもしれない。
「でも、不思議だな……」
ぽつりと呟いた黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は、『湖』の岸辺から湖面に浮かぶ泡沫と、夜空で弾ける泡沫を眺めていた。
(泡がぶくぶくなのに、舟で漕ぎ出して平気なのか? ひっくり返らねぇの?)
現実思考の強い瑞樹としては、色々と気になってしまったり心配になってしまうこともある。他にも、舟の移動時に泡にぶつかってしまったら、水面で弾けてしまわないのか……とか。
(ここからでいいか)
舟からでは少し怖い。実際に湖面にはいくつも舟が浮かんでいるけれど。自分が乗るのは、ちょっと。
瑞樹はその場でしゃがみ込み、水面に浮かんでは昇っていく泡を視界に収める。
水自体は澄んでいるから、もう少し明るければ泡沫が海中を昇り来るさまが見て取れたかもしれない。
(色もついて、かたちも変わる……というか、かたちを成す、か)
その現象をとても興味深く感じるのは、己がモノから人の身を得たヤドリガミであるゆえか。
ただ単に、かたちを持たぬものがかたちを成すという現象に、強く惹かれるからか。
(どんなものに変わるかな?)
触れた者の『想い』を元に、色を宿すというこの泡。強い想いをいだいていればそれが反映されるのだろうが、特に意識していなければ、無意識の中にあるモノの色を宿すのだろうか。
岸辺の草の上に膝を付き、水面へと手を伸ばす――瑞樹が触れたのは、ちょうど目の前へと漂ってきた泡。
タイミング的になんだか縁があるように感じたから……微かに弾力を感じるその泡を引き上げている間に、すでに泡は色を宿し始めていた。
「青……?」
指先から垂れる雫など、気にならなかった。自身の目の前で透明感を保ったまま青く染まってゆく泡――その現象が不思議で、興味深くて。
瑞樹はじっと、泡が全身に青を宿すのを、見つめていた。
そしてそれは、前触れ無く訪れた。
弾けるのではなく、てっぺんから蕩けるようにして、泡は新たな輪郭を得る。
最終的に瑞樹の掌に残ったのは、青い石だった。
「見事に青い……石になったな」
原石のようで、磨いてみねば正確な色はわからぬけれど。
自身の知る知識をもって、類推してみれば。菫青石とも藍晶石とも違う『青』。藍晶石よりも深い青味は、蒼玉のようだと思った。
(そういえば、職人さんがいるんだったか)
この夜は、いつもはすでに店仕舞をしている職人たちも営業しているという話だった。泡から得た『かたち』の加工を希望する者が多いのだろう。
ちょうどいいから磨いてもらって、色を見てみたい――そう思った瑞樹は、立ち上がり工房のある市街地へと向かった。
* * *
「こりゃあいい青だ。加工はいいのかい?」
数刻後、研磨の終わった原石を取りに向かった瑞樹を、その『青』は想定以上の美しさで出迎えた。
「加工は……そうだな、少し考えてからにするよ」
石を受け取った瑞樹は、工房を出て足を止める。
工房入り口の篝火と、泡の弾けた煌めきに石をかざしてみれば。
「……綺麗だなぁ……」
思わず、ため息にも似た声が漏れた。
(まぁ、贈ったりする相手はいないのが非常に残念だけど)
でも――瑞樹はこの石の本当の顔を見た時に決めていた。
(これから俺がいく道の共に、思い出に――そうなるなら)
――それでいい。
共にゆくのであれば、その姿を変えたほうが良いだろう。
けれども何にするべきか、まだ思い至らないから。
ゆっくりと、考えようと思う。
自分とこの石には、まだまだ時間があるのだから――……。
大成功
🔵🔵🔵
浮世・綾華
◎
【舞蝶】
嗚呼、そんな泡見たことないし、すげぇ楽しみ
お、いいねえ、船
軽く出店を巡りボートへ
最初に乗り込んで気を付けてネと手招き
あ。これ
あったかい紅茶だよ
はいとひとつ手渡す
不思議そうな様子に笑って
ん?嗚呼、だって今日は歌、歌って貰おうと思ってたから
うん、あの時いつでも歌ってくれるって言ってたでしょ?
あったかいものは喉にいいだろうし
いえいえ
あの時と同じ
でも違う場所で聞く旋律はまた何処か新鮮で
彼女の歌に安らぐ気持ちを込めれば
触れた先でふわふわと浮かぶ赤い花弁
言葉を発するのは最後まで聞き終えてから
やっぱ朱希ちゃんの歌、好きだな
ありがとうと礼を告げ
ねえ、みて
蝶々と花が戯れる様子を見上げ
めっちゃきれいだよ
檪・朱希
✩
【舞蝶】
泡に触れると、色と形が変化するんだって。綾華、楽しみだね。
最初は出店とか、見て回る?
それから、私は小船に乗って間近で泡を見たいな。
紅茶? なんでかな? と思ったけど……そうだね。
うん、歌、いつでも歌うって、最初に話をした時に言ったから。勿論いいよ。
温かな心遣いが嬉しい。ありがとう。
歌はUCの『神楽歌』かな……あ、この泡が浮かんでいく時の『音』も聞こえる。
その旋律を歌ってみよう。
上手く歌えていたらいいけれど。
想いは、綾華と一緒に来れたことが『嬉しい』。
きっと、暖かな色に変わる気がする。形は……『蝶』だったらいいな、なんて。
綾華はどんな色と形になるかな? 少し気になる。
とても、綺麗だね。
闇の帳に向かって、ふぅわりと、ふぅわりと、泡沫が昇り行き、そして弾ける。
きらきら、きらきらと、光煌めく刺繍で夜の帳が彩られる。
空の刺繍が彩られるさまを見るために明かりは控えめだけれど、並んだ出店はこの島の人々がこの日を首を長くして待ち望んでいたさまを表しているようだった。
持ち歩いて食べられるような食べ物の店、冷たいジュースから温かいスープまで扱う店、この日限りの手の混んだ菓子を売る店、そしてこの特別な泡沫を描いた絵や、模した品物を売る店も。
色ガラスで作られたまぁるい球体は、泡沫を模しているのだろう。様々なアクセサリー、そして置物や小物に飾られていたりもした。
「泡に触れると、色と形が変化するんだって。綾華、楽しみだね」
出店に視線を向けて歩いていた檪・朱希(旋律の歌い手・f23468)は、歩幅に気を使ってくれているのだろう、半歩前を行く長身の男性――浮世・綾華(千日紅・f01194)へと首を巡らせて声をかけた。
「嗚呼、そんな泡見たことないし、すげぇ楽しみ」
このあと小舟に乗るつもりだと告げたら出店の主人が貸してくれたバスケットを手にした綾華は、笑顔を浮かべる。
空へと昇って弾ける泡はここからでも見ることができるけれど、色とかたちが変化するとはどんな感じなのだろうか。興味を惹かれないと言ったら嘘になる。
「そろそろ行くか? いいもんも手に入ったようだし」
綾華の手にするバスケットにはいくつかの出店で買い求めた食べ物が入っているけれど、彼の言葉が指しているのはそれだけではなく。
「ん――そうだね」
朱希の手の中にある包みも、指していた。
出店で買い求めたそれは、緩衝材としておがくずが敷き詰められた箱の中に入っている。箱の入った革袋をぎゅっと握りしめる朱希。
最初は出店にどんな物があるのかを見るだけのつもりで。小舟に乗る時に軽くつまめるものがあれば、と思っていた程度。
けれどもそれと出会ったのは、泡沫を模したガラス製品を扱っている出店のうちの一つで。朱希にはひと目でそれが何なのか分かったし、分かってしまったら手を伸ばさずにいることなんてできなかったのだ。
共に出店のある区域を抜けて向かうのは、『湖』付近の小舟乗り場。
「気をつけてネ」
先に乗り込んだ綾華は朱希を案じ、バスケットを持っていない方の手を差し出す。
「ありがとう」
その気遣いをありがたく頂いて、朱希は彼の大きな手に自らの手を重ねる。支えられるようにして小舟に乗れば、船体がぐらりと揺れて。彼の気遣いに感謝をした。
* * *
湖面を行く間にも、泡沫は水面に顔を見せ、そしてしばしのちに空へと昇っていった。その様子を間近で見る朱希のふた色の瞳に、驚きと愉しさが宿るのが分かったから――綾華は程なく漕ぐ手を止めて。
「あ。これ」
バスケットの中から取り出した背の高いポット。その中の液体を、借り受けた木製のコップへと注いで朱希へと差し出す。
「あったかい紅茶だよ。はい」
「……?」
あったかい紅茶? なんでだろう――意図を探す瞳で彼を見つめながらもコップを受け取った朱希の様子に、綾華は笑みを浮かべて。
「ん? 嗚呼、だって今日は歌、歌って貰おうと思ってたから」
「うん、それは勿論いいよ」
いつでも歌う――綾華とそう約束したのは、初めて話した時だった。けれどもそれと紅茶との関係がわからなくて。
「あったかいものは喉にいいだろうし」
嗚呼――なるほど、そういうことかとようやく腑に落ちる朱希。初めて話した時のことを、こうして有言実行する機会を与えてくれたことはもちろん、喉にまで気を使ってくれる彼の温かな心遣いが嬉しくて。
「ありがとう」
「いえいえ」
告げれば返ってきたのは、いつもの笑顔。
(何を歌おうかな……)
考えつつ暖かな紅茶を口に含む朱希だが、すでに歌おうと思う歌は心のどこかで決まっていた。紅茶を嚥下し、コップを置いて呼吸を整える。
音を拾いやすいという副作用による性質を持つ朱希には、綾華には聞こえていない『音』が聞こえていた。片耳だけヘッドホンをずらせば、その音はより確かに聞こえてきて。
(これは、この泡たちが浮かんでいく時の『音』――)
目の前で起こる光景とその音が確かに繋がった時、目の前が広がるように閃いたのだ。
(うまく歌えるといいけれど……)
大きく息を吸って奏でるのは、琴の音のような『声』。自身を楽器として紡ぐのは、朱希自身の大切な旋律に、聞こえてくる泡の昇りゆく旋律を絡めた、この夜だけのアレンジ。
「――♪ ――、――♪」
あえて言の葉を乗せぬのは、泡たちの『命』が奏でる美しい旋律を、綾華にも聞いてほしいと思ったから。
その優しい旋律は、不思議と人の心を穏やかにさせる。それは元々朱希の歌の持っている性質と、泡たちの『命の音』が合わさって、相乗効果を生んで。
「……、……」
旋律を紡ぐ朱希の姿を赤の瞳で捉えていた綾華は、穏やかな表情で瞳を閉じる。そうして彼女の歌だけに耳を傾ければ――。
あの時と同じ――けれども違う場所で聞く旋律に、どこか新鮮さを感じずにはいられない。
(嗚呼――……)
彼女の歌は、安らぎを覚えさせる――ゆっくり瞳を開けて、綾華は船縁から水面へと片手を下ろした。彼女の歌声に酷く安らいだこの気持ちを込めたくて、そっと泡沫へと触れる。
触れたそばから赤く染まりゆく泡を片手ですくい、綾華は彼女の歌を聞きながら泡の変化を眺めた。
「♪――……」
紡ぎ終えた朱希は、ずらしていたヘッドホンを戻して彼へと視線を向ける。彼のその表情を見れば、感想は窺えたけれど。
「やっぱ朱希ちゃんの歌、好きだな」
そうきちんと言葉にされると、心に広がるものが違う気がした。
ありがとう――紡がれた謝辞に口の端が自然に緩む。
ふと彼の手元を見れば、赤く染まりきろうとしている泡が。視線で窺えば、優しく頷かれて。朱希はそっと水面へと手を伸ばす。
(……綾華と一緒に来れて、嬉しい)
白く長い指先で触れた泡はそんなに大きくなかったけれど、触れた先から染まりゆくのは黄色――否。
「これ……」
掬い上げた泡が、朱希の手の中で輝く。夜の中にあってなお輝くその色は。
「おひさまのいろ……」
ぽつり、呟いたと同時に泡は上部からとろけるようにして。朱希の手の中で生まれたのは、あたたかなおひさまいろの『蝶』。
ふわり、ぱたぱたと羽ばたくその蝶を、視線で追う朱希。
蝶がたどり着いたその先は――赤い花弁。
「ねえ、みて」
聞こえてきた綾華の声に朱希は気がついた。蝶が戯れる赤の花弁は、綾華の触れた泡から生まれた『かたち』なのだと。
「めっちゃ綺麗だよ」
「とても、綺麗だね」
おひさまいろの蝶が赤い花弁と遊ぶさまは、綺麗、としか表現できなかった。もっといろいろな言葉で飾ることはできるだろうけれど、わかりやすくシンプルに表現するのが正しいような気がして。
「あ……」
(そうだ、もうひとつ――)
その存在を思い出した朱希は、出店で買い求めた品の入った箱を開けた。そして慎重に取り出したのは、もうひとつの『蝶』。
「この子も」
色ガラスで作られた小さな『泡』たちを、グラデーションのように並べて。『泡』たちが並ぶことで形作っているのは、『蝶』。
例えるなら、大きめのガラスビーズを並べて作られたとも言えるその『蝶』は、花の上で翅を休めているような形で。木の台座から伸びる銀の支柱によって、宙に固定されている。
綾華の掌の上の赤と戯れるおひさまいろの『蝶』。そのそばに『泡細工の蝶』を置いてみれば、まるで『泡』から『蝶』が生まれたことを示唆するような不思議な光景になった。
「嗚呼、いいねえ」
その光景を見て綾華が眦を下げたものだから。
朱希も頷いて、蝶たちと花の戯れをじっと見つめた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
桜雨・カイ
『色とりどり』の『精霊が触れられる泡』
精霊達といっしょに船にのります。
「あわ!」「あわっ」「あわわわわ」「……わー」
楽しそうですね、あまり遠くへ行ってはだめですよ。
(彼らは術の糸で扇に縛られていて、扇から離れてしまうと痛みを感じるので)
もっと楽しんでくれますように、と泡に触れると
…泡がさらに小さな泡に。きれいですねこれ。
あれ?みんなもさわれるんですか?
泡をつついて遊んだり…食べても大丈夫なんですか
私が口にすると霞のようでほのかに香りがする程度ですが、みんなは美味しそうに食べてますね。初めてですね一緒にたべたりするのは。
喜んでくれたなら良かったです。
この島に着いてから、精霊たちはとても楽しそうだった。
この島がアックス&ウィザーズから落ちてきたものらしいと出発前にグリモア猟兵が付け加えていたけれど、実際にこの地に立って精霊たちの様子を見れば得心がいくというもの。
いつもはおっとり恥ずかしがり屋の水の精霊が心高ぶっている様子なのは、この日の奇跡が水の精霊のおすそ分けだと信じられていることと関係があるのだろう。
「水面の近くに行ってみましょうか」
水、火、風、地の四つの精霊へと声をかけ、カイは彼らと共に小舟乗り場へと向かう。小舟に乗って漕ぎ出せば――。
「あわ!」
「あわっ」
「あわわわわ」
「……わー」
反応はそれぞれ個性があるが、皆、浮かび来る泡と昇りゆく泡に興奮している様子。
「楽しそうですね」
この辺でいいだろうか――舟を止めたカイはオールを置いて、静かに精霊たちを見守る。
「あーわっ!!」
「わっわっ!」
炎の精霊と風の精霊が、空を目指す泡を追って高度を上げようとするけれど。
「あっ、あまり遠くへ行ってはだめですよ!」
カイとしてはそれを止めざるを得ない。
宝石花で補強し、『四色精扇』と名を変えた扇に宿るのが彼ら四種の精霊。新しく生まれ変わらせた時に彼らにとって棲みやすいようにと配慮はされたけれど、それだけでは解決できていない根本的な問題があった。
カイとて彼らが楽しもうとしているところに水をさしたくはなかったけれど、彼らは特殊な術の『糸』によって『四色精扇』に縛られているため、扇から離れすぎると痛みを感じることになるのだ。
彼らを無理矢理扇に縛り付けるための術であったことは確かで、解放してあげたい思いはあるけれど。今のカイにはその方法すら見当がつかないのだ。手がかりらしき文献はあるものの、解読も難しくて。
だから、彼らが痛みを感じないようにと注意をすることしかできない。己の不甲斐なさに、無意識に唇を噛んだ。
「……かなし?」
「えっ……」
いつの間にやら肩の上に乗っていた土の精霊が、そう呟いたものだから、カイは彼へと視線を向けて。
「……悲しくは、ないですよ」
悲しさも少しはあるのかもしれない。けれどもそれより勝るのは、悔しさ、だろうか。
「心配かけてしまいましたね。皆が楽しそうにしているので、私は嬉しいですよ」
「……うれし?」
カイの言葉にこてんと首をかしげる土の精霊。すると水着の裾を引かれた感覚が。
「あわ……あわ、さわる、して……」
控えめに、だが珍しく強く要求するのは水の精霊。カイよりも格段にこの場に満ちる水の精霊の力を感じ取っているだろうその子の言葉に、カイは頷いて。
(彼らがもっと楽しんでくれますように……)
船縁からそっと手を下ろして泡に触れる。
「あっ……」
触れた部分から泡は、虹色へと変化していって。それを引き上げてみれば、微かな弾力がカイの手の中にあった。
大きさは子どもの頭程度。その泡は虹色に染まって一度煌めいたのち、てっぺんから溶けるようにして――。
――ぶわっ……!!
小舟の上に広がったのは、たくさんの細かな泡。色は暖色から寒色、淡い色から濃い色まで様々で。
半ば透けているので視界が完全に奪われることはないけれど、圧倒――された。
「あわ! あわあわ!」
「わ、わぁ~!」
「ぽん、ぽんぽんっ」
「……ぱくっ」
けれども精霊たちの声で意識を引き戻され、彼らを見れば。
小さな泡を身体にたくさんくっつけようとしていたり、たくさんの泡を抱えようとしていたり、泡をつついたり、そして食べたり。
「あれ? 皆も触れるんですか?」
水面へと漕ぎ出した当初、精霊たちは『湖』の泡に触れることができなかった気がする。けれどもカイがすくいあげたこの泡がかたちを変えた小さな泡には、触れることができて。
「……食べても大丈夫なんですか?」
しかも美味しそうに食べているではないか。
「これ!」
「っぷ……」
「たべてー」
「おいしおいしー」
「……もぐもぐ」
口に泡を押し付けられて驚いたカイだったけれど、精霊たちに倣って泡を口にしてみる。すると泡は霞のように口内で消え、残るのは仄かな香りのみ。
けれど。
(みんなは美味しそうに食べますね)
精霊たちはぱくぱくと泡を口にしては、代わる代わるカイの口元へと泡を運び来る。
(ああ、そういうことですか……)
彼らの望みが、分かった気がした。だってカイが泡を口にすると、彼らは嬉しそうに笑うのだもの。
「初めてですね、一緒に食べたりするのは」
「いしょ!」
「おいし」
「うれしうれし!」
「……もぐ」
自分たちだけでなく、カイとも一緒に食べたいと思ってくれたのだ。
彼らの嬉しそうな表情とその気持ちに、カイの心にも嬉しさが増してゆく。
(喜んでくれたなら、よかったです)
精霊たちとの距離が、今まで以上に近くなった――そう感じる奇跡の夜だった。
大成功
🔵🔵🔵
ペトラ・ユーエンローヘ
*☆
奇跡、と言われて思い浮かべるのは、ある友達
奇跡の生まれをして、奇跡を求められる人
けど……わたしにそれは関係ない
だから友達として、いつも通り、お土産でも探そう
お店も、いっぱいあるみたいだし……片っ端から、まわろう
かばんはちゃんとある……メイくんのお腹の中も、開けてきた。荷物、持ってもらえる?
……うん、それでいこう
……泡、きれい。見てて、たのしい……
こういう、珍しい光景も、旅の醍醐味……って、言うのかな……
ふわふわしてて……ちょっと、かわいい
……これも、お土産になるのかな
綺麗なものは、たくさんもらってるだろうから……きらきらしすぎてない泡、ないかな
なんて言っても……みんな、綺麗だと思っちゃうね
(奇跡の夜……『奇跡』……)
闇を彩る煌めきの刺繍を見上げて、綺麗だな、と素直に思った。
そんな奇跡の光景を眺めている島の人々の穏やかな顔も、綺麗だな、と思う。
『奇跡』と言われてペトラ・ユーエンローヘ(白と黒の人形少女・f16203)が真っ先に思い浮かべるのは、仲良くしているとある友人。
(奇跡の生まれをして、奇跡を求められる人……)
けれどもそれが彼にもたらすのは幸福ばかりではないと、幸福のほうが少ないとペトラは知っているから。
彼が奇跡の存在でも奇跡を起こせようとも、ペトラにとっては関係がない。自分と彼が友達であるという事実は、揺らぐことがないのだから。
だから、なかなか外に出られない彼のために、彼女はいつものようにお土産を探す。
彼の代わりに色々なところに行って、色々なものを見て、お土産と土産話をプレゼントするのだ。
(お店も、いっぱいあるみたいだし……片っ端から、まわろう)
出店の並んでいるあたりの人波へと入る前に、ペトラは自身がかばんをきちんと持ってきていることと、相棒とも言える天使型人形の腹部を確認する。
「……メイくんのお腹の中も、開けてきた。荷物、持ってもらえる?」
ペトラよりもずっと背の高いその人形、『メイくん』の腹部にはいつもは大量の刃を仕込んであるのだけれど。今日はそれを置いて、空いた空間に買ったものを入れるつもりである。『メイくん』としてはその扱いどうなのと気にかかるところだけれど、ペトラの問いにこくんと頷いたことから、これはいつものことなのかもしれない。
「……うん、それでいこう」
ペトラもこくりと頷いて、ふたりは出店の並んでいる区画へと歩み入る。
軽食やスイーツや飲み物はもちろんのこと、奇跡の泡を描いた絵画や刺繍した布製品があり。他にもガラス細工で作られた様々な色の小さな泡は、アクセサリーを始めとして、インテリアなどにも加工されている。
「……これ、とこれ、を組み合わせれば……」
ペトラの目を引いたのは、ガラスで作られた透明な泡が数色くっついた写真立て。そこに先程買い求めた、色とりどりの泡の刺繍が入ったハンカチーフを入れれば、素敵なインテリアに早変わり。
「……うん、あとは……何を買おうかな……」
彼女が『湖』のほとりにたどり着く頃には、『メイくん』のお腹の中はいっぱいになっていた。
* * *
(……泡、きれい。見てて、たのしい……)
『湖』のほとりにあった岩に腰を下ろしたペトラは、水面に泡が顔を出して、そしてふぅわり、ふぅわり、と空を目指すさまを何度も目で追っていた。
ぱちん、と弾けて夜の天蓋に煌めきが広がるけれど、その広がり方やかたちがひとつとして同じでは無いことに気がついて。
(こういう、珍しい光景も、旅の醍醐味……って、言うのかな……ふわふわしてて……ちょっと、かわいい)
存分にその光景を眺めたペトラは、『湖』の縁に座り込んで。間近で見る泡は、思ったよりも可愛い。
「……これも、お土産になるのかな」
そういえば、泡に触れれば泡が『かたち』を得ると、グリモア猟兵は言っていた。ならば実際に試してみて、それを彼への土産話にしたい。
(綺麗なものは、たくさんもらってるだろうから……きらきらしすぎてない泡、ないかな)
なんて言っても、結局みんな綺麗だと思ってしまうのは分かっているのだけれど。
ふよふよと、近づいてきた泡へと手を伸ばす。
すると――ペトラが触れた部分から、泡が金色を宿していくではないか。
(……彼の瞳、みたい……)
そっと泡を水面からすくい上げると、徐々に透明な淡い金色へと染まったのちに、てっぺんから蕩けるようにして。
泡だったものがペトラの手の中で得たかたちは。
「……硝子……? ……宝石……?」
何色もの小さなクリスタルが一定の間隔を開けて、ワイヤーで繋げられている。ワイヤーの片端にはフックのようなものがついているからして、どこかに吊り下げるものだろうか。
反対の端には大粒の、しずく型を模しているが多面体になるようにカットされた透明なクリスタルがついていた。
「……綺麗だけれど……何に使うのかな……」
フック部分を持ってみれば、大粒のクリスタルを吊り下げるような形になって。どこかに飾るものかもしれないというのはペトラにも分かったけれど。
そう、これは、夜である今は本当の姿を見ることはできぬもの。
窓辺に吊るして太陽の光を受けることでその力を発揮する、サンキャッチャー。
太陽の光を受けて部屋に広がるプリズム光が、この奇跡の夜の輝きを思い出させてくれるだろうもの。
「……持って帰って、みよう……」
それを大切に鞄へとしまって、ペトラはこくり、とひとりで頷いた。
大成功
🔵🔵🔵
ヘルガ・リープフラウ
*
・ヴォルフ(f05120)と
・白のドレス風水着(今年の水着JC)
ヴォルフと一緒にボートで夜の湖へ
どんな幻想的な光景が見られるのかしら
触れた泡は、どんな色と形をしているのかしら
辺りは暗闇
だけど不思議と怖くはありません
わたくしたちと同じように漕ぎ出した船の灯りが所々浮かんでいるから
きっとその光の数だけ、人々の想いがあるのでしょう
壊さないよう、彼と同時に一つの泡にそっと触れる
あなたがわたくしにくれたように、どんな困難にも挫けぬ強さを
きっと受け継ぐことでしょう
生まれてきたものを赤子のように雛鳥のように
そっと手に取り抱き寄せて
大丈夫、奇跡の慈雨は火照る体に心地よい
この絆を、愛しさを
ずっと、ずっと大切に
ヴォルフガング・エアレーザー
*
・ヘルガ(f03378)と
・南国の部族戦士風水着(去年の水着JC)
二人乗りのボートで夜の湖に漕ぎ出す
舳先に灯したランプの他には灯りのない漆黒の闇
暗闇の中怖くないか、バランスを崩して溺れはしないかと彼女を気遣う
浮かぶ泡の一つに、ヘルガと共に手を触れて
俺達が二人で作り上げる絆の証、愛の結晶
それがいかなる色を宿し形を得るのかを見守りながら
生まれてきたものは、お前の優しさ、清らかさを映すことだろう
上空で泡が弾ければ、霧雨のように水飛沫が降り注ぐ
彼女が驚かないように思わず庇い抱き寄せれば
触れた肌に伝わる白く暖かな光
「形を得た泡」を守るように抱える姿はまるで母のようで
愛している
二人の絆、永遠に守り抜こう
夜の帳が、泡沫の弾けた輝きで彩られている。抑えられた灯りによる仄暗い湖畔――ただし闇に彩られし刺繍の煌めきが、筆舌に尽くしがたい上品な明るさを提供してくれている――を歩くのは、男性らしい鍛え上げられた上半身を惜しげもなく晒す、南国の部族戦士をイメージした水着に身を包んだヴォルフガング・エアレーザー(蒼き狼騎士・f05120)。
そして彼の逞しい腕に自身の腕を絡めているのは、純白のドレス風水着に身を包んだ彼の妻、ヘルガ・リープフラウ(雪割草の聖歌姫・f03378)だ。
夜だからして水着と揃いの日傘は置いてきた。そんな彼女の持つ『白』は仄暗い中でも、そして泡沫のもたらす煌めきの下でも、見失うことなど不可能だと言わんばかりの神聖さをいだいている。
「ねえヴォルフ、どんな光景が見られるのかしら」
すでに、夜空で弾けた泡の施す刺繍は遠目から見たけれど。実際に『湖』の上――刺繍広がる天蓋の下で見る景色は、また別格に違いない。
「触れた泡は、どんな色と形をしているのかしら」
「楽しみだな」
妻の声は期待を含み、歌うように言葉を紡ぐ。彼女が楽しそうに心待ちにしている、それだけでヴォルフの心は満たされていくけれど。
「ヘルガ、手を」
二人乗りの舟で漕ぎ出せば、きっと、もっと彼女が喜ぶ光景に出会えるだろうという予感があるから。先に小舟に乗り込んだ彼は、妻へと手を差し出して。
「ありがとう、ヴォルフ」
仄明るい中での彼女の微笑みは、ぬくもりを感じさせた。
舳先にランプをひとつ灯して、ふたりを乗せた小舟は水面をゆく――。
* * *
水面は陸の上よりも暗く、そして不安定である。
「怖くないか?」
ヴォルフは彼女が暗闇を恐れてはいないだろうか、この不安定な場所でバランスを崩して落水してしまわぬだろうかと、オールをゆっくりと漕ぎながらも気にかけることをやめはしない。
「不思議と、怖くはありません」
彼の心遣いはヘルガにも十分伝わってきているから、彼女は彼を安心させるように穏やかな口調で言の葉を紡ぐ。
「わたくしたちと同じように漕ぎ出した船の灯りが、所々に浮かんでいるものですから」
きっとその光の数だけ、人々の想いがあるのでしょう――そう告げた彼女に「そうか」と短く返して、ヴォルフは舟を止めた。
「泡……次々と水面へ顔を出し、しばしの時をおいて空へと旅立つ泡――……」
水面へと顔を出した泡は、しばらくするとその透明な身体で空へと昇ってゆく。
ふぅわり、ふぅわりと空を目指して泡が宙に浮かぶ光景は、非常に幻想的だ。
空を目指す泡を追っていた視線を、ふたりは水面へと戻し。
共に触れるならばどの泡がいいだろうか――水面を見つめる。
どれでもいいわけではないけれど、なんとなく決め手に欠けてなかなか手を伸ばすことができない。
どれにしようか――ふたりが視線を合わせたその時。
――今、いくよ。
「……!?」
「!!」
そんな『声』が聞こえた気がして、互いの瞳を深く覗き込む。すると、やや互いに瞠目しているものだから、同じだと、空耳ではないのだと確信を持つことができた。
あの『声』はなんだったのだろう――それを口にするよりも早く感じたのは、舟の近くに新しい泡が顔を出した気配。
弾かれたように水面へと視線を向けると、不思議と「これだ」と強く感じて、ふたりは自然とその泡へと手を伸ばした。
相談したわけでもないのに、同じタイミングで同じ泡へ。
壊さぬようにと優しく触れると、指先に感じるのは微かな弾力。
ヴォルフが触れた部分からは『青』に。
ヘルガが触れた部分からは『白』に。
色を宿し始めるそれを、優しく掬い上げて、ヘルガは自身の手を添えたまま膝の上へと置く。
ふたりで染まりゆく泡を見つめる。ふたりの『想い』で作り上げる『かたち』は、いかなるものなのだろうかと、小さな不安混じりの期待を視線に乗せて。
「生まれてきたものは、お前の優しさ、清らかさを映すことだろう」
泡沫から視線を離さずにヴォルフが告げれば。
「そうですね。あなたがわたくしにくれたように、どんな困難にも挫けぬ強さを、きっと受け継ぐことでしょう」
ヘルガもまた、視線はそのままに応える。
ふたりの視線を受けた泡は、両側から『青』と『白』に徐々に染まりゆき、そして。
真ん中で交わったふた色は、美しい水色となって泡全体へと広がっていった。
透明感のあるその水色の泡は、色を宿し終えるとてっぺんから蕩けるように崩れて姿を変える。
そしてそれがとった輪郭は。
――きたよー!
念話のようにヴォルフとヘルガのへと掛けられたその声は、先程聞こえた声と同じ。
「あなた、が……」
「これが……」
ヘルガの膝の上でかたちを得たそれを、心底驚いた様子で見つめるふたり。言葉にしようと思っても、うまく言葉にならなくて。
ふたりの声を聞いた泡から生まれたふたりの『想い』のかたちは、十五センチほどの小さな身体を全部使うようにして肯定を示す。
そこに生まれたのは、青い髪と狼風の耳を持って白地に蒼いミスミソウの柄の簡素なノースリーブワンピースを着た、小さな精霊。
蝶のような翅は、白でふちどりと模様が入っているが、全体的に透明で。
「嗚呼……」
ヘルガの口から漏れたのは、言葉にならぬ声。生まれたばかりの水の精霊と思しき彼女を、雛鳥にするように、赤子にするようにそっと抱き寄せる。
――わたし、一緒にいてもいい?
まだ念話で、ヘルガとヴォルフのふたりだけに話しかけるのが精一杯なのだろう。けれどもそれで、十分だ。
ぱちんっ――上空で弾けた泡の飛沫が、舟へと降り注ぐ。とっさにヘルガを庇うように抱き寄せたヴォルフの瞳に映るのは、ふたりの『想い』によって生まれた水の精霊を、母のように優しくいだく姿。降り注ぐ雫が、彼女の白い肌を伝い、淡く輝いている。
「大丈夫です、ヴォルフ。そして、あなたも」
嗚呼、奇跡の慈雨は、奇跡を目の当たりにして火照る身体に心地いい。
「来てくれて、ありがとう」
「俺たちでいいのか、というのは愚問か」
優しく向けられる眼差し、触れる暖かく柔らかい肌。ふたりの言葉に安心したように、水の精霊がにっこりと笑んだものだから。
ああ、この子がふたりの絆の証なのだと、愛の結晶なのだと、疑う気持ちなどなかった。
「ヘルガ、愛してる。二人の絆、永遠に守り抜こう」
「ええ。この絆を、愛しさを、ずっと、ずっと大切に――」
嗚呼、降り注ぐ輝く雫は、まるでふたりを――否、三人の出会いを、祝福しているかのようだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
落浜・語
【狐扇】
すごく幻想的な光景だな…
せっかくだから、湖、いって見よう
二人乗りのボートを借りて、湖へ。
触れると泡が変わるんだっけ。言いながら手を伸ばしてみて。
泡の色は常盤色に、形は本体である扇子の形。扇面は常盤色だけれど、骨は若紫か
じゃぁ、うん。これは交換しようか?それで、お互いに持ってるってことでどうかな?
狐像の首にリボンを結んで、そこに金具を付ける形でストラップにするけれど…
他にいい方法がないか職人さんに聞いてみようかな
このストラップ、どこに付けよう…。やっぱり、スマホかな。ストラップ付け替え時だったし、そうしよっと
そうそう。この前話してて、もっといろいろ写真撮ったりとかに使ってもいいかなって
吉備・狐珀
【狐扇】
泡がたくさん空に…
本当に幻想的ですね
湖にですか?
そうですね、もっと近くで見たいですし行きましょう!
(そういえばと近くの泡に触れてみれば藍色の狐に。不思議だなぁと眺めていたら扇子に形が変わる泡が視界に入って)
語さんは扇子ですか。お互い器物ですね。
交換、ですか?もちろん、良いですよ。
確か加工してもらえるんですよね。
持ち歩けるように細工してもらいましょうか。
ストラップ、ですか?スマホ…?
あぁ、遠くの人とお話する時使っていらっしゃる道具ですね。
そういえば、あれって思い出もたくさん残せるんですよね。
今日の思い出も。
(ふむ、と扇子を見つめて)
要の所に紐を通せそうですし、私もストラップにします!
闇の帳に広がるのは、空を目指した泡沫の弾けた姿。
きらきらきらり、スターダストのようにも花火のようにも見えるその輝きは、本物の星の輝きと遜色無く。
見上げれば、どれが星でどれがはじけた泡なのか、一見区別がつかない――否、そんな些細なことなど忘れて見入ってしまう美しさ。
ふぅわり、ふぅわり、と昇りゆく泡たちが、次々と新しい刺繍を闇の天鵞絨へと施していき、空は表情を変え続ける。
「泡がたくさん空に……」
「すごく幻想的な光景だな……」
その光景に見入っていたのは、吉備・狐珀(狐像のヤドリガミ・f17210)と落浜・語(ヤドリガミの天狗連・f03558)のふたり。
地上の灯りは控えめにされているから、薄暗闇ではぐれぬよう――否、互いのぬくもりを感じて、触れた手から心同じくして見上げる光景は、ふたりに同じ思いをいだかせていた。
「狐珀、せっかくだから湖、行って見よう」
「湖にですか?」
隣の彼の提案に視線を向ければ、彼の若紫色が優しいかたちで狐珀を見つめているものだから。
「そうですね、もっと近くでみたいですし、行きましょう!」
狐珀も笑みを返して、ふたりは手をつないだまま、『湖』付近にある小舟乗り場へと向かった。
* * *
オールや船体で泡を潰してしまわないように――そう気にしながら船を進める語だったが、不思議と泡のほうが船体やオールを避けてくれているように感じて。
(やっぱり普通の泡じゃないってことだよな……)
泡沫の起こす『奇跡』からして普通の泡でないことは明白だったが、改めてそう感じる。
「わぁ……」
語が舟を止めると、ちょうど近くの泡が空へと昇り始めるところだった。
水面からすぅっと離れた透明な泡は、ふぅわり、ふぅわり、どこか頼りなさげな様子でそれでも空を目指す。
その泡を追うように他の泡たちが飛び立てば、視界にたくさんの泡が浮かんで見えて、狐珀の口から思わず感嘆の声が漏れた。
その泡たちが、ぱちん、と闇空へ刺繍を施すまでを見守って、ふと、語は水面へと視線を戻す。
泡を視線で追っている間に新しく浮かび上がったのだろう別の泡たちが、水面の小さな揺れにゆぅらり、ゆぅらりと、身を任せている。
「触れると泡が変わるんだっけ」
告げて、躊躇いなく水面へと手を伸ばす語。指先で触れた感触は、微かな弾力だ。
そして彼が触れた部分から、泡は色を宿していく。常盤色へとじわり変化していく泡を、語は掬い上げた。
「そういえば……」
語の言葉で泡のもたらすもう一つの『奇跡』を思い出した狐珀も、水面へと手を伸ばして泡へと触れる。
触れたら割れてしまうのではないかという心配もあったが、感じる儚い弾力が『かたち』を持ち始める証なのだろう。
狐珀の触れた部分から、泡は藍色に染まり始める。それをそっと掬って、膝の上に乗せてじっと見つめた。
「ぁ……」
常磐色へと染まりきった泡が、語の手の中でてっぺんから蕩けるようにして形を変える。
残ったのは、掌に乗るサイズの小さな高座扇子。小さいものだからと注意して広げてみれば、視界を埋め尽くすのは常盤色。
「扇面は常盤色……骨は若紫か」
呟きながら口の端に笑みが浮かぶのは、まるで自分を表しているようだと思ったから。
高座扇子は、ヤドリガミである語の本体であって、そして常磐色と若紫は、語の大切なふたりの人間の『いろ』であると同時に――『語』と『かたり』の色でもあった。
「語さんは扇子ですか?」
「ああ」
狐珀の声を受けて彼女へと視線を向ければ、彼女の膝の上には掌に乗るサイズの藍色の狐がちょこんと座っていて。
「狐像?」
「お互い器物ですね」
そう、狐珀の泡がとったかたちは、神社に祀られている狐像のようにちょこんと座った狐のかたち。神社に祀られていた狐像のヤドリガミである狐珀の、本体と同じだ。さすがにサイズは違うけれども。
藍色は、狐珀の瞳と同じで――しばし黙考ののち、語は口を開いた。
「じゃぁ、うん。これは交換しようか?」
「交換、ですか?」
「それで、お互いに持ってるってことでどうかな?」
「もちろん、良いですよ」
その提案を快諾しない理由がない。扇子と狐を交換して、大切に触れながら互いにそれを眺める。
「確か、加工してもらえるんですよね」
互いに持っているのならば、持ち歩けるように細工してもらうのがいいだろうと狐珀が提案すれば。
「狐像の首にリボンを結んで、そこに金具を付ける形でストラップにするけれど……他にいい方法がないか職人さんに聞いてみようかな」
語はすでに持ち歩き用の加工を考えていたようで。けれどもそれだと首を吊られているようにも見えるし、リボンがほどけてしまわないかもちょっと不安だ。そして重さの関係から、狐が俯くかたちにならないだろうか。
「そうですね、職人さんに相談してみましょう。ところで……ストラップ、ですか?」
「どこかにつけて持ち歩けるかなと思って……でもどこにつけよう……。やっぱり、スマホかな」
ストラップ付け替え時だったし――告げる語に狐珀は小さく首をかしげて。
「スマホ……? ああ、遠くの人とお話する時使っていらっしゃる道具ですね」
「そうそう。この前話してて、もっといろいろ写真撮ったりとかに使ってもいいかなって」
「そういえば、あれって思い出もたくさん残せるんですよね……今日の思い出も」
スマホに縁の薄い狐珀はイメージするまでに時間がかかったが、身近な人達が使っている様子は常々見てきたから。
(ふむ……)
じぃ、と掌の上の扇子を見つめる
自身はどう加工してもらおうか――それだけでなく、思い出をたくさん残せるスマホへの興味も強くなって。
「要の所に紐を通せそうですし、私もストラップにします!」
「どこにつけるんだ?」
「私もスマホを持ってみたいなって思いまして……選ぶの手伝ってもらえますか?」
やや上目遣いで向けられたお願いに、語が否と言えるはずはなく。
扇子は狐珀の希望通り、要の部分に様々な色の糸で撚った彩紐を通してストラップに。
狐は職人のアドバイスで、頭頂部に金具(UDCアースではヒートンと呼ばれる、円部分に接続金具や紐をつけることができるもの)をつけてもらい、揃いの彩紐を付けて無事にストラップとなった。
* * *
夏の奇跡の夜は、たくさんの『想い』を受けて。
夜空の刺繍は、ひとつとして同じものはなく。
空が白んでくる頃には、泡沫の数もかなり減り。
最後のひとつが空ではじけたことで、奇跡の夜は終わりを告げた。
冬にもあるという『奇跡の夜』はどんなものなのか、今はまだわからぬけれど。
またこの夜に立ち会うことができれば……そんな想いを残す夜であった。
大成功
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