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雪の女王

#アポカリプスヘル #マイ宿敵

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#アポカリプスヘル
#マイ宿敵


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 ……私は誰だっただろうか。
 こんなところで何をしているのだろうか。
 この地のいずこかで、私を探してくれているであろう彼を、探さなくてはならない。

「シノハラの姉貴ィ~! っへへ、そこらの拠点に火を放ってきやしたぜィ……あだっ!!」
「無闇矢鱈と火種を蒔くのはやめなさいと言った筈よ」
「だ、だから、そのォ、火をつければ中にいる人間どもがねェ、こう、ドッカーンと。外に炙り出されてですね? その男? 見つけやすくなるじゃないス……か、ね……痛い痛い踏むの勘弁して下さい」
「探すのが面倒ということね。もし彼が焼け死んだら、お前はどう詫びるつもりかしら。……もういいわ」
「ひ、ひぃッ……!!」

 シノハラと呼ばれた黒髪の女は、手下の一人と思わしき男の首へ鋸を振りおろした。
 首は一度では落ちなかったが、男は凍ったように動かなくなった。
 シノハラがもう一度首に刃を振りおろすと、男の首と身体はあっけなく離れてしまった。シノハラは慣れた手つきで腕を、足を、腰を切り離し、男だったものをただの滑稽な物体へ変えてゆく。
 なんの理由も聞かされず、各地の拠点から攫われてきた奴隷の男たちは、一部始終を見て震えあがった。捨てられた男の身体は、ほんとうに凍りついていた。
「……」
 シノハラは一言も発せずに固まっている奴隷たちを瞥見すると、興味を失ったように視線を虚空へと彷徨わせる。あれも、これも、彼じゃない。
 手下達が吹聴しているセンスの欠片もない通称には呆れたが、世紀末であれば悪名はなおさら轟く。きっと、彼もこの近くまでは来てくれているはずなのに。
 男たちはおそるおそる彼女の様子をうかがいながら、たがいに顔を見合わせた。
 男たちの顔や身体の特徴に、共通点などひとつもなかった。

『ここだけの話な。オレが思うに、姉貴の探してる野郎はもう死んでンだよ』。
『だからお前らの肉体の似ている所を繋ぎ合わせて、愛する男の代用品を造りだそうとしてるんだぜ』。

 単なる燃料中毒でしかない手下どもは、嘘か真かそう囁いてひとの心を炙っては、逃げ出そうとする奴隷の悉くに灯油をかけて焼き殺し、朝晩おおいに笑いころげた。そうして出来上がった死体の山は、数日に一回まとめて砦の外へ放り出され、獣たちの餌に。あるいは、犬も喰わない荒野の飾りにされた。
 凍るか、燃えるか。ここにいる限り、終わりしか無い。
 すべてが凍りついた氷の砦で、男たちは、今日もふるえて朝を待つ。

●warning
「……あんたたち時間あるか? ひとつ、急ぎで簡単な仕事を頼みたい」
 感情を圧し殺したような冷えた眼をした少年が、グリモアベースで周囲の猟兵たちに声をかけて回っていた。グリモア猟兵のひとり、柊・はとり(死に損ないのニケ・f25213)である。
 一見生きているようにしか見えないこの少年は、『犯人に殺された探偵』という奇妙な肩書きを持っている。この死の荒野ではとくに珍しくもない、生ける屍であった。
「アポカリプスヘルで、ある拠点が炎上しててな。どうも『シノハラ一族』を名乗る雑魚オブリビオンの仕業らしい。奴らがやる事は単純だ。目についた拠点に火を放って全焼させ、若い男だけを攫って、自分たちのボスに差し出す」
 ボスのシノハラというのは女らしいと、はとりは付け足すように言った。
「拠点を襲っている雑魚は頭も悪いし、強くもない。鎮火させてやれば一目散に逃げ帰るだろうな。そいつらを追って敵の拠点に乗り込み、シノハラを倒して、攫われた奴らを解放してやってくれ」
 拠点には、シノハラの部下たちが各地からためこんだ燃料が大量に保管されているという。そちらも近隣の拠点へ持ち帰ることができれば、貴重な資源として活用されるだろう。

 だが、それだけだ。
 ほかには何もない。
 かれらは、ほかのものにはいっさいの興味がないらしい。

「……シノハラは、この騒ぎで離れ離れになった恋人を探しているみたいだな。だが、そいつはとうの昔に死んでるし、彼女自身もオブリビオン・ストームに巻き込まれて……」
 全部忘れちまったんだろうな、と、少年探偵はどこかかなしげに瞑目した。
「ああ、これだけは断言しとくが、その恋人ってのは俺じゃないぜ。……もうやめさせてくれ、こんな事は」
『転送システムを起動します。ナビに従って準備をしてください』
 はとりの手にした偽神兵器が無機質なアナウンスを開始する。
 つながる先は、今まさに炎上の只中にある。
 だが、どこかつめたい雪の気配を孕んでもいた。


蜩ひかり
 恐れ入りますが、こちらのシナリオは少人数採用での運営とさせていただきます。

 プレイングの送信は導入公開までお待ちください。
 先着順ではありませんが、プレイング期間も設けません。
 採用数の都合上、必ずお一人様でお越しいただきますようお願い申し上げます。
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第1章 冒険 『大炎上』

POW   :    消火活動を行う

SPD   :    物資の運び出しを行う

WIZ   :    生存者の救出を行う

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●1
 もしも世界がゾンビパニックに陥ったらホームセンターに立て籠るべき理由を、いつかテレビで熱く語っていたコメディアンは死んだ。
 この炎上する拠点も、もとは近隣の住民が日常的に利用していたホームセンターであった。建物の片隅で使われずに残っていた消火器を、いまさら持ち出してきても、まさに焼け石に水以外であった。
「くそッ……火元はどこだ! おしまいだ……水も満足に無いのに消火できるかってんだよ!!」
 空になった容器を力任せに地面へ叩きつけ、中年の男が声を荒げて呻く。もとはただのトラック運転手であったこの男も、今や数々の死線をくぐり抜け、すっかり荒野を駆ける戦士の顔になっていた。そういう世界だ、ここは。
「誰の不始末だ! お前か? お前かッ!? ……いや、すまん。これは小火の燃え広がり方じゃねえ。レイダーの仕業だ……『シノハラ一族』……!」
「ね、ねえ、ヤマモトのおじさん……イサベルおねえちゃんがいないの……ガストンおにいちゃんも……」
「イサベルとガストンが……?」
 ヤマモトと呼ばれたリーダーの中年男は、各々の大切な品と武器をわずかに携え、炎上する拠点の外へ避難してきた住民達の顔を確認する。確かに、ほかにも何名か欠けている顔がある。若い男に偏っているのが、いささか奇妙ではあった。
「……参ったな……」
 鮮明な死を目の前にして、気が動転した人間は、具体的な未来のことなど考えられないようだ。明日を生きるために必要となる食料は、ほとんど拠点の倉庫へ置いてきてしまった。今から取りに戻るのは、自殺しに行くのと同義であると言っていい。
 もうおしまいだ。
 今回もなんとか生き残ったはいいが、またなんの後ろ盾もなく、この荒野に放り出される。
 近隣の拠点は、近頃『シノハラ一族』を名乗るレイダーによって、次々に燃やされていると聞いた。受け入れてくれる拠点にたどり着くまでに、何人の仲間が命を落とすだろうか。
 幾度経験しようとも、滲む血も凍りつくほどの絶望であった。

 そこへ、奇跡的に一筋の光明がさした。
 グリモアベースから転送されてきた猟兵達が現れたのである。
「あ、あんた達は……? レイダーじゃなさそうだが……」
 ――『奪還者』である。
 猟兵達はただそれだけを告げ、事態の打開へ向けて動きだした。

●できそうな事
・消火、拠点の修復。
・物資の運び出し。
・拠点内に取り残された人々の救助。
・隠れて放火や略奪を行っているレイダーを見つけ出す。等

 自由な発想でプレイングをお書きいただければ幸いです。
 システム上送信できなくなるまではのんびり受け付けております。よろしくお願いいたします。
無間・わだち
轟々と燃える火の群れが
人の営みを殺していく

それが耐えられないのは
俺なのか、『あの子』なのか

偽神兵器を巨大腕に変形
瓦礫をかきわけ拠点内を進む
この程度、熱くない
【環境耐性

大きく呼びかけ耳を澄ませて
声や物音の返ってきた方向へ

そこに居ますか
あなたの居場所を教えてください
こわいだろうけど
俺にあなたを、見つけさせてください

巨大腕で瓦礫をかきわけ、炎を瓦礫の勢いで潰す
基本、人々の救助に専念
人を傷つけぬよう細心の注意を払う
【救助活動

瓦礫やレイダーの攻撃から人々をかばいながら
都度退路を見つけて脱出させます
大丈夫、俺は痛くありませんから
【かばう、激痛耐性

此処に在るのが地獄で
それを生みだすのが屍人なら
俺が焼こう


サクラ・メント
相変わらず陽気な世界ね
落ち着きなさいよリーダー、初めてじゃあ無いでしょ?
兎も角、先ずは鎮火、救出、その上で諸々を進めましょうか
死んだら元も子も無いわ、私みたいにね

限界突破――極限状況だろうと駆動する様、私は造られた
天候操作で周辺の水分を凝集
衝撃波で拡散して小火が広がるのを抑えるわ
邪魔なモノはコヴェナントで破砕して
救出用の通路を確保
各ポイントでこれを実行しクリアリング
迅速かつ正確に――だから、逃げ遅れた人達は頼むわね

安全を確保しつつ食料を接収
それにしても男ばかりが狙われるなんて
随分な輩が相手みたいね
まあ理由がどうあれ、火付けを許す理由にはならないわ

報酬はお菓子でいい
大丈夫よ、私肥り難い体質だから



●2
 轟々と燃える火の群れが、人の営みを殺していく。この世界でなお生きる者ならば、もう幾度となく目にした光景だ。
 馴染み深い場所が、ようやく築き上げたものが、いとも簡単に崩れ落ちるとき、ひとは死と近しくなる。生きる希望を見失い、歩けるだけの屍となる。
 もういい歳をした大人の何人かが、炎上する建物を前に涙を流していた。
 かつての日常の象徴であったこの拠点へ、積もる思いがあるのだろう。幾つもの拠点を転々としてきたヤマモトという男も、いまは彼らと同様に、悲しみの淵に沈んでいるようだった。

「相変わらず陽気な世界ね。落ち着きなさいよリーダー、初めてじゃあ無いでしょ?」
 突然降ってわいた軽口。なにもなかった空間に、蒼い光が瞬いたのは一瞬。
 そこから、まずふたりの人物があらわれた。
 ひとりは身の丈ほどの太刀を手にした、髑髏の仮面の女。女性としては長身の部類である。白いコートから伸びる褐色の長い脚が、色気の無い荒野によく映えた。
 もうひとりは仮面の女よりも更に長身だが、顔の半分が少女、もう半分が少年でできている。つぎはぎだらけの細いからだは、土気色と白磁が入り混じり、正しく中性的であった。どちらかというと『彼』の占める割合が多い。
「あ、あんた達は……? レイダーじゃなさそうだが……デッドマンか」
「そう。サクラ・メント。『奪還者』よ」
 惑うことなく告げた仮面の女――サクラ・メント(ホワイトアンデッド・f28423)の隣で、無間・わだち(泥犂・f24410)も静かに首肯してみせた。
 ヤマモトの言った通り、かれらは死者の肉体をつなぎ合わせてつくられた生ける屍。デッドマンである。
 だが、ばらばらになった身体を繋ぎ合わせているものは、生者をはるかに凌駕する激しい衝動だ。『魂』の強さでもって、この死地へ再び立とうとする者たち。彼らの助太刀は、折れかけた人々にとってどれほど心強いことか。
「兎も角、先ずは鎮火、救出、その上で諸々を進めましょうか。死んだら元も子も無いわ、私みたいにね」
「笑えないデッドマンジョーク飛ばしてんじゃねえよ。……ああ、そうだな、姉ちゃん……サクラだっけか、ありがとよ。あんたの言う通りだ。……そうだ、俺がしっかりしねえでどうする」
 サクラの一声で我に返ったヤマモトは、両の頬を叩き、己に気合を入れ直す。無精髭の生えた口元には、かすかな笑みが戻っていた。
「しかし、この状況で鎮火ってどうやんだ。当てがあるのか?」
「俺にはできません。サクラさん」
 よろしくお願いします、と、わだちは口の動きだけで囁く。無意識にふるえているおおきな右眼に、そっと手をかざし、蓋をした。
 もうじき、この炎はおさまるはずだ。暫くは見なくてもいい。この光景に耐えられないのが――わだち自身であれ、『あの子』であれ。
「ええ、まだ充分間に合うわ。どんな極限状態であろうと稼働するように造られたのが私。そして、この『ホワイトコヴェナント』があれば、雲が叢れ雨も降るの。……と、言われているわ」
「雨だって……?」
 避難していた住民達がざわついた。今日に限って空は皮肉なほどの晴天で、雲ひとつない。
 すこし茶目っ気をはさんではみたものの、実演してみせた方が話が早そうである。サクラは『ホワイトコヴェナント』と呼んだ大太刀を、天へと掲げた。
 実験台として造られた人造兵士の肉体は、限界というものを知らない。サクラの体内に分散配置された生体駆動エンジンは、彼女の意志に応えるまま高圧電流を発し、生まれたエネルギーを太刀へと送りこむ。
 すると、大気中をただよっていた目にみえない水分子がたちまち凝集され、巨大な水塊となって拠点の真上にあらわれた。まさに神話のごとき光景に、住民達のざわめきがより一層大きくなる。しかし、先程までと違い、彼らの声は期待と驚きに満ちていた。
 サクラが太刀を振り下ろすと、水塊は内側からの衝撃波で拠点全体に拡散し、各所に燃え広がっていたちいさな炎を消火してみせた。もたらされた奇跡に、住民達が感嘆の声をもらす。だが、ここからだ。
「突入するわよ。皆、準備はいい?」
「いつでも。……行こう、わるつ」
 わだちは右眼を覆っていた手を下ろした。分かち合ったからだの奥で、あの子の遺した熱が疼いている。あとはこの手を差しだすために、力を尽くすまでだ。

◆ ◇ ◆

 鉄筋コンクリートでつくられた建物は頑強であった。構造自体はほとんど無事といってよかったが、それにしては、異常な火の燃え広がり方をしている。突入した猟兵達も、すぐにそれを理解した。
「この臭い……ガソリンか何かが撒かれている可能性が高いわ。突然の爆発に注意ね」
「誰かいませんか。助けにきました」
 わだちは大きく声をあげ、逃げ遅れた住民へと呼びかける。注意深く耳をすましていると、上階のどこかから、ほんの僅かに何かを叩くような音が聞こえてきた。助けて、という女の声もする。
「俺は、あちらへ行きます。サクラさん達は食料庫を」
「承知したわ。救出用の通路も確保しておく――だから、逃げ遅れた人達は頼むわね」
 いったん別れ、サクラは食料が貯蔵してあるという地下倉庫へ、わだちは声のする上階へと向かう。
 通路には燃えた棚や、溶けた折り畳みコンテナ、中に入れられていた雑多な日用品の残骸などが散乱している。一部、故意に破壊されたと思わしき天井や壁の穴は、レイダー達が戯れにあけたものであろう。
 通行の邪魔になる瓦礫を各々の武器で粉砕しながら、ふたりは炎と煙の中を勇敢に突き進む。

 ――遠くで、爆発音がした。

 先程まで聞こえていた声がぴたりと途切れ、わだちは立ち止まる。まだ、拠点の中に件のレイダーが潜んでいるらしい。もしや、此方もシノハラ一族の仲間ではないかと疑われたのだろうか。
 敵に気づかれても、炎に撒かれても、まだ見ぬ彼女のいのちは途切れてしまう。その状態にひとりで耐えている心細さを想うと、こころがきり、と痛んだ。かならず助けなければ。
「そこに居ますか。あなたの居場所を教えてください」
 敵意を抱かせぬよう、わだちは穏やかに、しかし強く語りかける。
「こわいだろうけど。俺にあなたを、見つけさせてください」
 その真摯な訴えが届いたのだろう。
 程なくして、ここです、動けないんです、熱い、助けてくださいという悲痛な叫びが、わだちの耳に届いた。急ぎ声のするフロアへ向かうと、倒れてきた棚に足をはさまれ、炎の渦から脱出できなくなっている娘の姿があった。
 己と同じくらいの年頃であろうか。やせ細った腕に似つかわしくない銃を大事そうに抱えている。兄の形見なんです、取りに来たらこうなってしまってと、娘は泣きじゃくりながらわだちに謝った。
「謝らないで。あなたは勇敢です。信じてくれて、ありがとう」
 娘は、泣きながらこくこくと頷いてみせた。
 巨大な腕へと姿を変えたわだちの偽神兵器は、彼女のいのちを奪おうとしていた瓦礫をかるがると持ち上げた。脚を負傷して動けない娘を背負い、わだちは急ぎ脱出を図る。
「……大丈夫ですか? あの、傷が……」
「大丈夫、俺は痛くありませんから」
 炎のなかを強引に突破してきたわだちも、腕や足に無数の火傷や切り傷を負っていた。だが、この程度。一度死した身には、熱くも痛くもない。倒れてくる棚や火の粉から娘をかばいながら、出口がある一階へと駆ける。共に生き残るために。
 今ここで誰かの身代わりになって、焼け死ぬつもりもない。
 此処に在るのが地獄で、それを生みだすのが屍人なら、己らが焼いてやるべきだと思ったからだ。
 
◆ ◇ ◆

「良かった、無事だったのね。この辺りはクリアリングしておいたわ」
 サクラのホワイトコヴェナントの力により、脱出経路までの炎の勢いは抑えられている。業務用台車に積めるだけの荷物を積んだ仲間達が、次々と物資を外へ運びだしていた。
「……駄目、お腹が鳴りそう」
「?」
「そろそろ限界ってことよ。ここまでね。私達は一旦撤収しましょう」
 できる事をやり切ったサクラとわだちは、ホームセンターの外へと脱出する。
「イサベルおねえちゃん!」
 わだちに背負われ、救出された煤まみれの娘――イサベルが、弱々しくも皆へ微笑んでみせる。死の炎から生還してみせた者たちへ、雄たけびにも似た歓声が浴びせられる。その片隅で、サクラは荷物を載せてきた台車の上に腰を下ろした。
 彼女の秘めた力は強力だが、すこしばかり代謝が悪いのが難点だ。今も気を抜くと肉体がばらばらに崩れてしまいそうだったが、それは黙っておく。
「それにしても男ばかりが狙われるなんて、随分な輩が相手みたいね」
「まったくだぜ。こういうのって普通、男女逆だろ。俺みたいなオッサンは無視だしよ」
「あら、調子が上がってきたじゃない。まあ理由がどうあれ、火付けを許す理由にはならないわ。この先も私達に任せておいて」
 この世界における交渉は、物々交換が基本である。あんたら報酬はどの程度取るんだいと、恐る恐る訊ねてくるヤマモトに対し、サクラは当たり前のように返した。
「お菓子でいいわ。大丈夫よ、私肥り難い体質だから」
 
 気の利いた冗談だと思ったのだろうか。
 じゃあ着手金だと豪快に笑ったヤマモトは、荷物の中から飴をつかみ取り、彼女へ手渡したのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

戒道・蔵乃祐
酷いことをする…


橋弁慶を発動

武蔵坊は視力+暗視で奇襲を警戒しつつ、軽傷な住人をかばう警護をお願いします
襲撃者は七つ道具の鉄熊手で迎撃を。あくまでも人命優先で

牛若丸にはジャンプ+空中戦で遊撃を担当してもらいます
外道を発見したら切り捨ててしまって構いません。切り込み+早業のクイックドロウで容赦なく
一帯のレイダーの掃討を頼みます


自身は世界知識+医術の心得で重傷者を救護する

清潔な飲料水で火傷痕を洗い流して冷やし、アルコールを口に含んで吹き付ける事で殺菌
包帯を巻いて手当てを行います

生命あれば、とは思うのです
この世界で生活していくのは並大抵では無い
しかし、それでも
生き抜くことだけは。諦めてはいけません


レパイア・グラスボトル
つまりはァ…?
火事場泥棒ってヤツだな。
そんなノリでやってきたレパイアとレイダーな家族共。

【WIZ】
眼前には怪我人、要救助者。
本能とレイダーとしての行動が混ざる。
即ち
人助けをして後で請求するのだ。
先払いで物資をもらって(火事場泥棒)もいいかもしれない。

レパイアの視界に入った怪我人が治療されるのだ。
どんなに痛い目に遭ったとしても。

よし、オマエら、人も物も引っ張り出してこい。
荒っぽくてもいいぞ。
どんな怪我でも生きていたらキチンと治してやるからな。

あぁ、そうだ。オマエらは死ぬなよ。
ワタシらが人助けで死ぬなんて”らしくない”からな。

所詮はレイダー。
絶望から目を逸らして希望を嗤って今を楽しむバカなのだ。



●3
 猟兵達がひとりの勇気ある娘を救出し、外が盛り上がっていた頃のことである。

『ヒィーハァァー! 着火祭りだァ〜!!』

 燃料タンクを背負い、炎上する拠点内をうろついていたレイダー達は、テンションが上がって特に意味のない奇声を発しながら、家財道具をひっくり返していた。
 助けを待つ子羊達を無慈悲に捕らえ、燃料をかけ火を放つのだ。みな面白いぐらいによく燃えるだろう。生きながら肉を焼かれる痛みで悶え苦しみ、踊り狂いながら死ぬだろう。
『あァ、若い男はキープな。姉貴に差し出さなきゃなんねェからなぁ』
『めんどくせぇな~……実在すんのかっー話だよ、姉貴が探してる男。どうせ後でBBQだしよ、今燃やしても別によくね? ヒャハハハ!』
『わかり。でも姉貴ィ怖ェからオレ逆らう勇気ねェわ~』
 彼らが考えているのはその程度のことである。シノハラの事もさほど深くは知らぬまま、何となく従っているだけだ。
『ヒョォオォ~!! 見てみィお前ら! ス・プ・レー・缶ッ!』
『おおっとォ! これ灯油じゃねェ!?』
「これはよォォ、ガソリンもあンじゃねェかァ!? さっすがホームセンタァァ、安くて何でも揃ってやがんぜェェェェ!!!」
『『『ヒィーハァー!!!』』』
 不快な奇声を発して笑うレイダーたち。そのはしゃぎようが仇となり、今まさに脅威が迫っていることを、彼らは知らなかったのである。

「おら死ねやっ!」
『うべしッ!!』
『な、なんだァテメェ!?』

 いきなり背後から鉄パイプで頭を殴られ、シノハラ一族のレイダーがひとり倒れた。
 ふり返ると、なんと、通路いっぱいに、自分たちではない別の一味の野党が溢れかえっているではないか。
『だ、誰だよオメーら! マジで!!』
「そうだなぁ……レパイア一家、とでも名乗っとくか。けちな火事場泥棒さ。ついでに用済みの火遊び野郎を消しちまおうって算段でな」
『レパイア一家ァ!?』
『あ、知ってンのか?』
『いやいやいや聞いた事ねェマジで誰』
「道あけろよ。やり合うっつーんならやっても良いが、こっちには用心棒もいるんでね」
 一体何人いるのだろうか。人数を数えている隙に殺されるのは間違いない。骸の海から生えて数ヶ月程度の連中とは、明らかに略奪者としての年季が違っていた。
『ひ、ひぃぃ! カンベンしてくれ!!』
 突如現れた第三勢力に戸惑い、逃げだすシノハラ一族のレイダーたち。しかし、彼らを更なる不幸が襲う。

『ぴぎょへッ!』
 進行方向から跳んできた正体不明の剣士が、先頭を走っていたレイダーを頭からまっぷたつに叩き割ったのである。レイダーたちは目を疑った。行く手を阻んでいたのは、東洋古来の武具に身を包み、刀を手にした、若き武士であった。
『はァ!? なんでこんな所にサムライがいんだよ!!』
 なお、正確には、彼の正体はかの有名な牛若丸であるが、学の無いレイダー達には知る由もない。前門の牛若丸、後門のレパイア一家。もはや逃げ場はない。
『うおおおォォ!! よくわからねーが、サムライに負けてられっかァ! ヒャッハー! 行け野郎ども、突撃だァァ!!』
 数が少ないぶん、まだ突破できる望みがあるとでも思ったのだろうか。このまま前進する事を選んだ無謀なレイダー達を、牛若丸は居合抜きで次々と斬り伏せていく。
 事前に頭が悪いと説明されていただけのことはある。はしゃいでいた一部のレイダー達は、こうしてあえなく撃沈したのだった。

◆ ◇ ◆

 なぜこのような事件が起こったのだろうか。その理由は、燃えさかる拠点の外にあった。
「あっちには怪我人、要救助者……こっちには絶好の獲物……治療、略奪……二つに一つ……そうだ閃いたぞ。人助けをして後で請求するのだ」
「酷いことをする……」
 炎の中から救助された人々を眺める戒道・蔵乃祐(荒法師・f09466)が発したその言葉は、別にレパイア・グラスボトル(勝利期限切れアリス・f25718)に対して向けられたものではなかっただろう。だが、ヤマモトを始めとした拠点の住民たちは、ついつい『まったくその通りだ』と内心で頷いてしまった。

 蔵乃祐は出奔した僧兵、レパイアは医療用として産み出されたフラスコチャイルドであるらしい。
 医術に長けたふたりの救援は非常に心強いものであったが、集まる視線はどうにもまだ胡乱げだ。
 かたや整った顔にニヤニヤと笑みを浮かべ、悪巧みにも聞こえかねない事を囁く怪しい女闇医者。
 もう一方は、そこらのレイダーなど素手でひねり潰しそうな鍛え上げられた肉体を持つ、強面の巨漢である。素直に救急隊として受け入れるには、どちらもかなり怖い。
「ああ、無事帰還できたようですね」
 蔵乃祐の険しい眼は、レパイアが『家族』と呼ぶレイダーらが、中に取り残されていた老人や貴重品などをかつぎ、拠点から脱出してくる場面をみつめていた。傍らには、彼が牛若丸とともに召喚していた武蔵坊弁慶の姿もある。
 特別な力を持たぬレパイアの家族は、出自も定かでない野盗ばかりだ。それでも、拠点の住民達同様に捨て置けぬ命であると蔵乃祐は判断した。中は彼らに任せておけば、こちらはこちらで怪我人の治療に集中できる。
「オマエら、鉄屑は拾ってきただろうな」
「当たり前よ。まァ、上手くいったのはそこの弁慶兄さんのお陰だな。煙で前が見えなくてよ、死ぬかと思ったぜ」
「お役に立ちましたなら何よりです。よくぞお戻りになられました」
 暗闇も見通す弁慶の先導もあり、彼らの『略奪』は首尾よく運んだようだ。いくらか本当に物資の一部をくすねていた気もするが、報酬の前払いということで見逃してもいいだろう。
 事実、彼女らの貢献は、それを差し引いても有り余るものであった。

 そのゴミで何をするのだという目線をよそに、レパイアは溶かした鉄屑から清潔な医療器具を生成し、自前の救急車を解放して、緊急手術室を開設した。
 レパイア一家の統率、そして蔵乃祐の機転と懐の広さは、すぐに第一印象を払拭し、住民達からの信頼を勝ち得ていく。
「よし、良いぞオマエら、その調子で人も物もどんどん引っ張り出してこい。荒っぽくてもいいぞ、どんな怪我でも生きていたらキチンと治してやるからな」
「「「おお!」」」
「あの、俺たちにも何か手伝える事は」
「では、アルコールと清潔な飲料水を持ってきて下さい」
 特に重篤な怪我人を治療するために、救急車へこもるレパイアを見送り、蔵乃祐は手伝いを申し出た者達へ指示を出す。彼の穏やかな言葉に耳を傾けていると、住民らも落ち着けるようであった。
「まずは火傷痕を水で洗い流して冷やします。少し痛いかもしれませんが、辛抱して下さい」
 そうして綺麗に汚れを落とし、口に含んだアルコールを吹き付けることで殺菌を行う。真似てみる者もいたが、なかなか蔵乃祐のようには上手くできない。だが、過酷な世界を生き延びるうえで、この知識が役立つ日はいずれ来よう。
 大きな掌で器用に包帯を巻き、手当てをしていく蔵乃祐へみな敬意を表し、最後はていねいに感謝の意を述べた。
「お、お、お姉さん……流石にそれはちょっと……」
「ちょっとも待ても無い、オマエの火傷は放っておいたら死ぬぞ。レパイアの視界に入った怪我人は治療されるのだ。どんなに痛い目に遭ったとしても」
「ぎゃあァァー!!」
 救急車のほうからは、この世のものとは思えない絶叫が響いていた。さながら天国と地獄であったが、これもまた必要な治療である。
 レパイアは住人達の怪我の程度をただちに見分け、放っておくと命が危ういであろう者から順に、個々の症状に合わせた的確な治療を施していた。彼女の手腕により、なんとか一命をとりとめた者達が、車内から運び出され、ダンボールで作った簡易ベッドに寝かされていく。
 生死の境をさまよう者らの手を握り、蔵乃祐は心をこめて語りかけた。
「この世界で生活していくのは並大抵では無いでしょう。しかし、それでも、生き抜くことだけは。諦めてはいけません」

 ――命あれば。
 レパイア達も、蔵乃祐も、他の猟兵たちも。
 ただ、それだけを願い、行動に移す。

 みなの想いが、希望を失いかけていた拠点の住人達にも届いたのだろう。呆然と立ち尽くすのみであった人々が、だんだんと前向きになりはじめた。
「あなた、頑張って! 世界が平和になったらこの荒野をドライブしてやるんだって言ってたのどうすんのよ!」
「飲み水なんか後でどっかから確保すりゃいいんだよ、使え使え! 今は怪我人の手当て優先だ!」
 施術の合間に車窓から外を覗いたレパイアは、にまりと笑みを浮かべた。ヤツらも良い家族になってきたじゃないか、と思う。
 まだ暴れ足りないのだろうか。ちゃっかり弁慶を伴って再び火事場へ戻ろうとしている、わが家のレイダー達と目が合った。
「あぁ、そうだ。オマエらも死ぬなよ。ワタシらが人助けで死ぬなんて”らしくない”からな」
 分かってる、程々にしとくさ、と彼らはうなずいたけれど、所詮はレイダー。素直に言う事を聞くだろうか。
 今は……だいたい77人ぐらいいる。なんだか縁起の良い数字だし、ひとりも欠けない方が良い。

「ご協力感謝します。敢えて問いましょう。貴女方は本当に、ただの『略奪者』なのですか」
 蔵乃祐は、車窓から顔を出したレパイアへふと訊ねた。
「そうだとも。絶望から目を逸らして、希望を嗤って、今を楽しむバカなのだ。説法は勘弁してくれよ? さあオマエら、狼煙を上げろ! ヒャッハー!!」
「「「ヒャッハー!!」」」
 命知らずのアウトローどもは、『略奪』を繰り返すそのためだけに、また炎の中へと飛びこんでいく。
 誰も追う事も、止める事もしない。
 ただ、その向こう見ずな背に、奪われた以上の勇気を与えられた気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シャオ・フィルナート
敵の行動理由なんか、興味無いけど
なんとなく、近いものを感じる気がして
それがなんなのかも、覚えてないけど

あんた達邪魔、退いてて

他人との距離感なんてわからないし
不幸にしたくないから近寄らないで欲しいし
だから言葉は自然と冷たくなるが
村人を退かす手は優しく
身に纏うは穏やかな冷気

俺の★氷麗ノ剣は、水と氷を操る剣
水が無いなら、作ればいい

構えた剣から放出する大量の水の【属性攻撃】は消火のために
崩れ落ちそうな場所は凍結させて固定し
火が消えた箇所を足場に進みながら消火

道中に物資があればついでに回収するか…
レイダーも★死星眼の【催眠】で眠らせ捕まえたら…
少しくらい情報吐かせられる…?
その時は【翠狼】の背に乗せ回収


花剣・耀子
あたしは只の通りすがりだけれども、居合わせたのなら義理はあるわ。
未来を塞ぐ過去は嫌いなの。
進むか止まるかを決められるのは、此処に生きているヒトだけだもの。

猫の分霊を呼び出すわ。
もとより霊だもの、狭いところもゆけるでしょう。
逃げ遅れたり迷子になったヒトを探して頂戴。
自力で動けそうなら、安全な場所まで誘導してあげて。
難しそうならあたしや周りのひとに教えてね。
運べそうな物資があったら、それもついでに。
……注文が多いって? そう、……そう……。
あとで煮干しをお供えするわ。宜しくね。

延焼の元になりそうなものは壊して、通路を開けましょう。
生きている限りは、生きなくてはいけないのよ。
そのための道を作るわ。



●4
 猟兵たちの奮闘は、疲弊しきった人々のこころに灯りをともし、明日への道標となる。ほんのすこし前まで絶望が満ちていた拠点には、ゆるやかにだが、活気が戻りつつあった。
 負傷した者たちのいのちを繋ごうと、慌ただしく行き交う人々の合間を、ふたりの少年少女がまっすぐに歩んでゆく。おい、ガストンはまだ見つからないのか――そうささやき合う大人達の、焦った声が聞こえた。住民の大半は救助されたが、まだ、青年達のうち何名かが消息不明らしい。

「あんた達邪魔、退いてて」
「なっ……」
 若者達の帰還を切望する想いが、無意識にそうさせたのだろう。拠点の入口で今後の対策を話し合っていた者達は、突き放すような言葉とともに己らを押しのけた少年へ、苛立ちをあらわにした。
「おいやめとけ、そいつの言う通りだ。こんな所に広がって邪魔だったな、すまん。……あんたらも加勢に来た奪還者か」
 ヤマモトが住民達を諫める。少女と見紛う程に繊細な容貌をした、黒衣の少年――シャオ・フィルナート(悪魔に魅入られし者・f00507)は、気力に乏しい藍色の双眸をわずかに動かし、視線を合わせることなくかれらを見る。
「……一応。だけど……関係ない」
「あたしたちは只通りすがっただけ。けれども、居合わせたのだから義理はあるわ」
 もう一方の少女は、シャオとは対照的に凛と冷えた意志の強そうなまなざしで、まっすぐに大人達を見つめ返す。
 身体中に刻まれたちいさな傷が、若くして死線を渡り歩いてきた戦士である事を物語っていた。その静かな気迫にあてられると、視界に入れられたこちらまで背筋が伸びるようだった。花剣・耀子(Tempest・f12822)である。
「まだ行方のわかっていないヒトがいるのね」
「これだけ探しても、いない……なら。攫われたのかも……」
「だろうな……あんた達の実力はよく解ったが、これ以上若ぇのに命を賭けさせる事はできねえ。もう充分だ、撤収してくれ」
「……できない」
 シャオはヤマモトの頼みを聞き入れることなく、燃えさかる拠点の中へと向かう。耀子も同様の考えであった。
「あとで悔やむ可能性はすべて断つべきよ」
 なにを言おうと、かれらはこの先へと進む気らしい。その姿に若さゆえの無謀とは異なる何かを感じ取り、ヤマモトはすまねぇ、と深く頭を下げる。
「……俺らの大事な家族だ。礼はなんでもする。どうかよろしく頼む」
 二人が拠点の中へ姿を消したのち、血気盛んな若者のひとりがヤマモトに食ってかかった。
「ヤマモトさん! あんな男か女かもわかんねぇガキにわざわざ頭下げる事……」
「わかんねぇのかガキが。……あいつの手、優しかったろ」
 シャオに直接退かされた者達は、戸惑いがちに肯定の頷きを返す。熱波にあおられ続けていた拠点には、いつのまにか、すずしい空気が満ちていた。

◆ ◇ ◆

 協力、したいとは。思っているのだ。拠点の住民達とも、耀子とも。
「……で……炎への対策は……あるの……?」
「特にないわ。邪魔な物は全て斬るだけよ」
「……俺がやる」
 ただ、シャオはひどい口下手であった。ひとに信を置くのがへただ。距離感がうまく掴めないし、自分と関わったことで、だれかが不幸になるのが怖い。だから、つい冷淡な態度で突き放してしまう。
 耀子は、シャオが空気中の水分を集めて氷麗ノ剣を産み出すのを、ただ興味深そうにみつめた。
 すこし方向性は違うが、彼女にも似たような不器用さがある。なんとなく、気持ちがわかるのであろう。ふたりの間に流れる自然な沈黙はおだやかな水のようで、息苦しくはない。
「水……無いなら、作ればいい……」
「なら、あたしは捜索をするわね。猫の分霊を呼び出すわ」
 ねこ?
 シャオの目の輝きがすこしだけ変わった。耀子が機械剣《クサナギ》をかざせば、金のひとみを爛々とかがやかせる、妖めいた黒猫がゆらりと姿を現す。
「逃げ遅れたり迷子になったヒトを探して頂戴。自力で動けそうなら、安全な場所まで誘導してあげて。難しそうならあたしや周りのひとに教えてね。運べそうな物資があったら、それもついでに」
『……』
「……注文が多いって? そう、……そう……。あとで煮干しをお供えするわ」
「……ごはん……あるけど、いる?」
 シャオが心持ちそわそわと、常に持ち歩いている動物用のごはんをさしだす。
 黒猫はもの欲しげに匂いをかいでいたが、『物質は食えん』と悟ったようだ。残念そうにたゆたい、渋々といった様子で進みはじめた。シャオは無言でごはんをしまうと、剣から大量の水を放出し、通路を覆う炎の勢いを衰えさせていく。
 ふたりがバックヤードの小部屋をひとつひとつ捜索していると、すぐ近くで爆発が起こった。

『ヒャーハハハ! こんな所にまだ隠れてやがった!』
「だ、誰か! 誰かいないのか、助けてくれ!」

 通路を塞ぐ瓦礫を各々の剣で避けながら、ふたりは爆発が起きたほうへと急ぐ。男性の声だ。何発かの銃声。恐らくは生存者と、レイダーが交戦している。
 爆発の影響か、フロアの床に大きなひびが入っていた。シャオは今にも崩落しそうな床を凍結させ、なんとか安全な足場を確保する。
「今助けるわ。その前に名前を教えて頂戴」
「ガストン。ガストンだッ!」
 間違いない。行方がわからなくなっている青年のひとりだ。どうやら、壁の向こうにいるらしい。
「先に行って。お前なら狭いところもゆけるでしょう」
 耀子の命を受けた黒猫は通気口の隙間をするりと抜け、たちまち隣の部屋へ姿を現した。
『な、何だァテメェ!? バ、バケモンッ……!!』
 気が動転したレイダーは、辺りに散乱していた雑貨を手あたり次第に投げつけているようだが、霊体である黒猫にはまったく当たらない。その隙に、ガストン青年は自力で壁際まで逃げてきたようだ。
「誰かいるのか? こっちの部屋の入口は炎と瓦礫で塞がれちまってる。弾も撃ち尽くした。逃げらんねえ。もう終わりだ……!」
「いいえ。終わらせないための道を作るわ。下がれたら下がって」

 ――未来を塞ぐ過去は、嫌いなの。

『壊……す?』
 耀子のクサナギが、機械的な唸り声をあげ回転する。限界を超えた力で壁に叩きつければ、たちまち大穴があき、道がひらけた。耀子がすばやく隣部屋へと駆けこむ。己の身の危険を察したレイダーは、外壁を爆破し、そこから逃げだすことを試みる。
「……逃がさない……」
『は……?』
 シャオの右目が金色にひかる。死神の眼にとらえられたレイダーの四肢からがくりと力が抜け、その精神は深い眠りへと誘われる。耀子は腰を抜かしているガストンを保護すると、外へ通じる穴と、倒れたレイダーを交互にみつめた。
「ここから出られそうね。コレはどうするの」
「……情報……吐かせられたらと……思って」
 シャオは紺碧色の狼を喚んだ。冷静な翠狼は、主の求めていることをすぐに察したようだ。シャオを背に乗せ、レイダーを殺さないよう口にくわえる。
『鬼の娘、お前も我の背に乗るがいい。其方の男もだ』
 耀子も翠狼の背に飛び乗る。しかし、ガストン青年は、さし出された彼女の手をなかなか握ろうとしない。
「早く乗りなさい。もう出るわよ」
「……ダチが、皆ヤツらに連れてかれて……俺一人だけ逃げて、逃げて、生き残っちまった。この先背負ってける自信ねえよ。どうしたらいい……!!」
 青年は己の無力と臆病を悔やみ、泣いているようであった。
 しかし、耀子のまなざしは揺らがない。
「生きている限りは、生きなくてはいけないのよ。進むか止まるかを決められるのは、此処に生きているヒトだけ。さっきお前は『助けて』と言った。『生きたい』と、確かに聞こえたわ。だから助けた。進むと決めたなら、戦うのよ」
「…………っ!!」
 青年は足元に投げだされていた銃と弾丸をかき集め、耀子の手をとって翠狼の背へよじ登る。水を纏った狼の背は、ひんやりとして心地よかった。
『……良かろう。折角拾った命だ。落とさぬように掴まっていろ』
 翠狼は床を蹴り、三人を背負って、壁にあいた穴から地上へ飛びおりる。最後の生存者ガストンの帰還は、歓声をもって皆に出迎えられた。


◆ ◇ ◆

『だから知らねぇって! 姉貴のコトはよ! な、なァ、命だけは助けてくれませんかねェ……あっ、オレらの拠点の場所教えますから!! 頼んます!!』
 ロープで拘束されたシノハラ一族のレイダーに、皆のひややかな視線が突き刺さる。たとえ仲間を売っても自分だけは助かりたいという、典型的な下衆の発想であった。
 聞いてもいないのにぺらぺらと情報をしゃべるレイダーを、シャオは一際つめたい眼で見やる。
「……これで……追いかける必要、なくなった……ね」
『ひッ……だ、だから、殺さないで……あ?』

 そのときだ。
 レイダーの身体に切り取り線のようなものがあらわれ、積み木のように肉が崩れた。
 切り離された首が、土の上をころがって、置き物のように静止する。

 自分の身になにが起こったのか理解していないレイダーは、間の抜けた顔で固まったままだ。そして数秒後、けたけたと笑いだした。
『思い出したぜ。姉貴のコトでひとつだけ、知ってるコトがあった。ヤツはよォ、誰かを殺したぶんだけ、心と記憶を削られていく病気なんだよ! ヒャァ、ヒャハッ、ヒャハハハハハ……』

 ――敵の行動理由になど、興味は無い。
 だが、事切れたレイダーの死体を眺めるシャオは、胸騒ぎをおぼえていた。
 なんとなく、己に近いものを感じる気がして。それはなぜなのか、思い出せないところまで。
「……急がないと」
 すべてが手遅れになってしまう前に。ゆくべき先は、閉ざされた雪のむこうにある。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『レイダー・フュエルスピッター』

POW   :    フュエルバースト
自身の【持つ燃料タンク1つ】を代償に、【タンクを投げつけ膨大な爆発力】を籠めた一撃を放つ。自分にとって持つ燃料タンク1つを失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD   :    フュエルイグニッション
【ノズルから発射した燃料】が命中した対象を燃やす。放たれた【燃料は外れても地形に残留、衝撃で発火。】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
WIZ   :    スティッキーフュエル
【ノズル】から【可燃性を失った代わり粘性を高めた燃料】を放ち、【対象の身体に絡みつかせること】により対象の動きを一時的に封じる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●5
 雪が降っている。

 10月にこの地方で降雪があることはめずらしかった。かすかな白でおおわれた山道を、一台のトラックが走り抜けていく。きみたち猟兵は、ヤマモトのトラックの荷台に乗り、シノハラ一族の砦へと向かっていた。
「……視界が悪ぃな」
 ヤマモトが、ぼやきながらワイパーの動く速度を操作する。口の軽いレイダーがぺらぺらと喋った所在地は、どうやらほんとうだったらしい。近づくにつれ、降りしきる雪は勢いを増していた。あきらかな異常気象であった。
「俺はここで待ってる。死ぬんじゃねえぞ」
 ヤマモトは砦からすこし離れた地点でトラックを停め、きみたちを送りだす。
 死ぬな。
 風邪をひくなとか、体に気をつけろ、などより、それがよほど現実的なあいさつなのだろう。このアポカリプスヘルという世界では。

 判明していることはふたつだ。
 拠点の若い衆が何名か拉致され、生死不明であること。
 シノハラというオブリビオンの女は、ひとを殺めるたびに心と記憶を失っていくこと。
 そして新たに、目視した砦の様子が、情報として追加される。

 この砦の原型は、山あいに作られた洋風のリゾートホテルであるようだ。
 雪と氷に閉ざされたその姿は城めいて、一見この世界には似つかわしくないほどに幻想的で、はかない。
 しかし、砦を囲う塀の上には、殺された奴隷たちの首が整然と飾られていた。
 人間の骨と、切り取られたからだで組み上げられた奇妙な人形が、広い庭のあちこちに置かれていた。まるでそれが当たり前の道理であるかのように、かれらは服を着てベンチに座り、地面に寝転がり、雪ふる空の下で傘をひろげて、しかし動くことはない。
 それらはすべて冷凍され、綺麗な状態で保存されていた。何が目的なのかさっぱりわからない。
 ……これを見る限り、シノハラという女はもう手遅れなのではないだろうか。そう思わせるには充分であった。

「い……嫌だ! 助けてくれ、死にたくない!!」
 その時、ホテルの入口から何人かの男が必死の形相で走り出てきた。ヤマモトから生死の確認と保護を依頼された行方不明の者たちと、特徴が一致している。
「なんでこんな所にシノハラハルカが……」
『いィや、テメェらは死ぬねッ!!』
 どうやら、手下のレイダー達に追われているようだ。フュエルスピッター ――イカれた燃料中毒の男たち。この氷の城とは、一見相容れぬ存在である。
『姉貴が作った氷はなァァ、スゲェ~んだ。オレらがいくら燃やそうとしても、ぜんッぜん溶けねェの。つ~ま~りィ~、わっかるっかなァ~? テメェらだけが「燃える」ってコトだよッッ!!』
 男たちは必死で逃げているが、かれらの耐久力や戦闘力は一般人レベルだ。早く介入せねば焼き殺されてしまうだろう。
 フュエルスピッターたちを倒し、青年らを救い出すことが、今果たすべき急務である。

●まとめ
・雪の降る屋外でシンプルに戦闘です。狙われる一般人の青年たちを守りつつ、敵レイダーの集団を倒してください。
・敵は基本的に弱そうな奴(一般人青年)を優先して殺そうとしますが、気をそらすことができればその限りではありません。
・青年たちは多少戦闘の心得があり、簡単な指示に従います。また、シノハラについて何か知っていそうです。
・その他なんでも自由にどうぞ。良きようにいたします。

 プレイングは【一章に登場済の6名様】+必要に応じてサポートの方のみの採用となります。
 タイミング等によりプレイングが失効した場合は、もしよろしければ再送いただけますと嬉しいです。
 よろしくお願いいたします。
戒道・蔵乃祐
シノハラ一味は利害関係で成り立つ徒党のようだが
読心術+聞き耳で分かったことがある

彼女の決して叶わぬ恋慕を蔑み、せせら笑っている取り巻き達の本心が

哀れな女の苦悩と狂乱を肴に、蛮行を繰り返す快楽。外道に相応しい有り様

不愉快だ
八大地獄に落ちろ!レイダー!


他心智證通を発動

敵集団を遮る形でジャンプ+かばうで飛び込み、一般人を遠ざける
巻き添えにしたくない、離れて下さい

振り回されるノズルの先端を視力で見切り
吹き出す燃料のタイミング、角度を予測。残像+フェイントの体捌きで躱して戦輪を投擲

火炎耐性+オーラ防御を纏い
怯んだレイダーの喉輪をグラップルで掴む
切り裂いたタンクから漏洩した燃料ごと、怪力+焼却で握り潰す


シャオ・フィルナート
……仕方ないな

【暗殺】技術を生かしてレイダーと村人の間に素早く割り込み
背に★氷の翼を広げて盾になる

攻撃したいならすれば?
俺は退く気無いけど

敢えて敵から仕掛けさせ
…粘度が上がろうとなんだろうと…
凍らせれば同じ…だろ

氷麗ノ剣から放つ凍気の【属性攻撃】で燃料凍結
【ダッシュ】でレイバー達に急接近すると同時に【指定UC】を発動し
【早業】で敵の腕を掴み持ってるノズルごと凍結させる
他の猟兵も、攻撃しやすくなれば…(言わないけど

言ってなかったっけ…
俺の冷気に触れたものは全てが凍り付く
燃料が出せなければ邪魔なだけ…

で、お前達は失血死と凍死…どっちが望み?
UCの冷気を纏わせた★罪咎の剣に持ち替え
一薙で切り捨てる



●6
 ――甚だ不愉快である。
 知性の失せ消えた奇声を発しながら、青年達を追い回すフュエルスピッター。その蛮行を前にして、戒道・蔵乃祐の拳は怒りにふるえていた。
「……仕方ないな」
 あまり、これ以上ひとと関わりたくはないのだが。
 少なくとも今は、このまま放置しておけば、取りかえしのつかない不幸が青年らを襲い、その生命を絶やすことだろう。ならば、シャオ・フィルナートとしても、介入した方がまだましである。

 横殴りの雪がびゅうびゅうと吹きつけ、いのちある存在から熱を奪おうとする。
 しかし、シャオにとっては陽だまりの温みより、雪の冷たさこそが己と親しいものであった。
 白む風のなかに姿をくらまし、新雪を踏み固める足音を木枯らしに隠して、シャオはフュエルスピッターと青年たちの間にすばやく割って入った。華奢な背中のうえで、冷たくかがやく氷のつぼみが花開き、氷花はやがて巨大な翼のかたちを成した。透きとおる翼は、青年達を守る盾となる。
『何だコイツら!? ……あ……?』
「貴男方は道理を踏み外した。観念することです」
 驚き、立ち止まったフュエルスピッターの頭上に、黒い影が落ちる。
 先の牛若丸を彷彿とさせる跳躍力で木々のうえを飛び移り、空から降ってきた蔵乃祐の巨躯が、敵の身体を下敷きにして組み伏せた。
『ぐわッ!!』
「あ、あんた達は……?」
「詳しい話は後です。巻き添えにしたくない、離れて下さい」
 有無を言わせぬ蔵乃祐の迫力に、攫われてきた青年達が息を呑む。少なくとも敵ではないと判断したのだろうか、彼らは言われた通り、砦の門に向かって走りだした。
『オラ待てテメェら……痛ッ!!』
 青年達を追いかけようとする集団の足元めがけ、シャオの翼から放たれた霰の弾丸が次々に撃ちこまれる。短絡的なフュエルスピッター達は、苛立つままにシャオを怒鳴りつけはじめた。
『なにジャマしてくれてンだァ、どけガキ!! やめねェとテメェから燃やすぞ』
「攻撃したいならすれば? 俺は退く気無いけど」
『あァ!!? ナメやがって……ヤッちまえ野郎ども!!』
 フュエルスピッター達はシャオへノズルガンの銃口を向けた。何やら品の無い笑みを浮かべている彼らを見た蔵乃祐は、静かにこう言い放つ。
「先入観に惑わされてはいけません。今から放たれる液体は燃料ではなく、可燃性を犠牲に粘性を高めたもの。先んじて敵の自由を封じ、徐々に炙って痛めつけようという魂胆です」
『なッ……何テキトー言ってやがんだ、このクソ坊主!!』
 フュエルスピッター達は焦った。なぜか、完全に作戦を言い当てられたがゆえに。
 だが今更退けもせず、皆とりあえずトリガーを引いていく。連携の乱れた彼らの動きを見切る事は、シャオにとって然程難しくない。
「……そう。粘度が上がろうとなんだろうと……凍らせれば同じ……だろ」
 氷の翼の表面が剥がれ、結晶が集まり、氷麗ノ剣が再度形成される。剣から放たれた凍気は戦場を覆う吹雪よりなお冷たく、フュエルスピッター達の放った液体はことごとく凍らされた。
『ウ、ウソだろオイ……』
 隠し玉が不発に終わり、敵の顔色はもはや真っ青だ。相手が悪すぎる。
『どうする?』
『知らねェよ、手ぶらで逃げ帰ってもどうせ姉貴にブチ殺されるオチだしよォ……それよりかそっちの坊さん燃やそうぜ、今の大体ソイツのせいだろ!!』
『おォうッ!! ヒャッハーッ、お焚き上げだァ!!』
 フュエルスピッター達は、標的を蔵乃祐へ変えたようだ。しかし、蔵乃祐は山の如くに構え、動じない。
「至知百千億那由他心念正覺……」
『な、なに唱えてやがんだよ! ビビれよ!!』
 呼吸を整え集中すれば、全身の感覚が研ぎ澄まされ、ならず者共の思考が流れこんでくる――先程のように。六神通がひとつ、他心智證通。
 
 いくら誤魔化そうとわかる。
 恐怖。
 興奮。
 焦り。
 ……それらの根底に漂う、醜い雑音が。

 拠点で交戦した時から既に分かっていた。
 シノハラ一味は、ひとりの男を探すシノハラと、彼女に協力する限り焼却という快楽を得られるフュエルスピッターの利害関係で、かろうじて成り立っている軍団だ。そこに、人間的な温情や信頼関係など存在しない。
 蔵乃祐の眼光は、己に向けられたすべてのノズルを捉えた。
 トリガーを引く指の動きすらスローモーションに視える。放たれた燃料は、すべて蔵乃祐の残した残像をかすめるに止まり、雪のなかへ消える。
『何だとォ!?』
 驚愕が生んだ一瞬の隙を逃さない。蔵乃祐の投擲した投げ輪が敵の背負ったタンクを切り裂くのと同時、シャオは攻めに転じた。
 フュエルスピッター達に急接近しながら、すべてを凍てつかせる冷気で全身を覆う。
 少年が『蒼魔』と呼ばれ、疎まれるに至った、その所以――膨大な魔力を帯びたシャオの手は、あらゆる物体を触れただけで氷塊へ変える悪魔の手と化した。
 力を加えずつかむだけで、ノズルガンは敵の腕ごと凍り、無力な氷像となる。
『うわッ!ば、ば、バケモノ……!』
 吐いた息が白かった。そんなことは、言われ慣れている。
 いよいよ追い詰められたフュエルスピッターのひとりが、先ほど蔵乃祐にむけて放った燃料が染みこんだ場所を蹴りつけた。この燃料は外れても地形に残留し、ささいな衝撃を与えるだけで発火するのだ。
 火の手はたちまち燃え広がり、蔵乃祐を炎の渦に封じこめる。
『ハッハァーーー!! どうだ、これが奥の手だァ!!』
 心頭滅却。燃える炎につつまれた蔵乃祐は、常ならぬ気迫を纏い、ただその熱さに耐え忍ぶ。耐えながら、今は遠いシノハラの心の裡へと耳を傾ける。

 こごえる吹雪は女が苦悩し、泣く声であった。
 燃えさかる炎は女の狂乱し、叫ぶ心であった。

 みるみるうちに蔵乃祐の顔つきが変わり、仁王の如き憤怒の相を成す。怯える略奪者どもが、いくらトリガーを引こうとも、頼みの腕も武器も微動だにしない。
 連携はうまく決まったようだ。焦る男達を冷ややかに見据え、シャオは呟いた。
「言ってなかったっけ……俺の冷気に触れたものは、全てが凍り付く……燃料が出せなければ、その銃も邪魔なだけ……」
『ク、クソッ! シノハラかよテメェは!!』
 どうにか氷を溶かそうとあがくフュエルスピッター達は、終いにはみずから着火した炎の中に飛びこみはじめた。先の一言を耳にした蔵乃祐の怒髪は、いよいよ天を衝く。
「露呈しましたね。彼女の決して叶わぬ恋慕を蔑み、せせら笑う貴男方の穢れた本心が」
 シャオは、いまだ炎のなかに居る蔵乃祐を茫洋と眺めている。

 どうでもいい。
 別に、聞きたくない。敵陣営の事情など。
 どうでもいいのだが――凍りついた心のどこかがきりきりと音をたて、耳ざわりだ。

「哀れな女の苦悩と狂乱を肴に、蛮行を繰り返す快楽。外道に相応しい有り様――!」
 戒道蔵乃祐という僧は、中庸である。オブリビオンであれ、人間であれ、救うべき者は救うし、憐れむ者は憐れむ。
 いま、目の前に居るのは――『殴ってもよい輩』だ。
「不愉快だ。八大地獄に落ちろ! レイダー!」
 蔵乃祐のオーラが炎を吹き飛ばした。巨大な掌が外道の喉輪を掴み、軽々と身体を持ち上げ、片手で首の骨を折った。あらぬ方向へ曲がった仲間の首を見て、悲鳴をあげるフュエルスピッター達を、大爆発が襲う。
 ……先程、投具で切り裂いておいたタンクから漏れた燃料が、引火したのだ。
『マ……マジかよこいつら。どっちもバケモンじゃねェか……しょ、焼死は。焼死だけは勘弁してくれよ、オレらにもメンツがあンだよ!!』
 幸か不幸か。ひとりだけ生き残ったフュエルスピッターは、焦げてばらばらになった仲間の残骸に背を向け、砦のなかへ逃げ帰ろうとする。
「……そう、逃げるんだ。自分の罪から……」
 ほんとうに、呆れかえるほどの外道だ。
 氷の翼と剣を散らせたシャオは、代わりに咎人を刺し貫く銀の短剣を両の手に握った。
 この地が地獄であるならば、蒼魔の名は審判にふさわしい。とぎ澄まされた冷気を宿した罪咎の剣は、白く、つめたく、大逆人へと判決を告げる。

「……で。焼死が嫌なら、失血死と凍死……どっちが望み……?」
『ひ、ひィーーーッ!! どっちも嫌ですうぅうううゥゥ!!!』

 極寒も焦熱も物足りぬ。
 骸の還る海を超え、無間の地獄へ堕ちるといい。
 ただ一薙で切り捨てられた咎人の血が、雪景色をあかく染めあげた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レパイア・グラスボトル
家族は稼ぎを持って一時帰宅。
トラックに同席した怪我人は治す。
敵の死体で遊ぶ様に仕様として嫌悪感。

コイツはまた悪趣味だな。
死体でももう少し有意義に使えないかね。
これじゃ教材にもなりゃしない。

【WIZ】
相手は雑魚とはいえ、こっちはか弱い医者なんでな。
後方支援とさせてもらおうか。

猟兵、その他戦える人をUCにて強化。
副作用で気分が良くなるかもしれない。

敵UC
体の構造から行動阻害箇所を接着面ごと剥がす。
生体なら皮膚ごと剥がして治す。
己は手頃な誰かを盾にする。

【治療】
猟兵も敵も味方も、目の前で怪我を負っていたら治す。
そうしないと気分悪いから。
敵は死なない程度の治療に留める。
治療ついでにボスの情報も集める。


無間・わだち
ああ、あれは
ひどいものだ

並べられた首や人形の群れを
このままあの子の視界に入れないのは難しいから
眼帯で右眼を覆う
【狂気耐性

まずは青年達から意識を逸らすことを優先
ラムプを振って敵の意識を此方へ

焔がすきなら、こっちにありますよ
この程度の燃えカスより
あなた達の炎が強いんでしょう?

粘液で躰を動かせなくとも
思考さえできれば鉄針は勝手に動く
一斉に縫い留めて、いのちを終わらせる
【蹂躙

痛みも寒さも、熱さも感じない
そういう風に出来ている
【激痛耐性、環境耐性

生き抜く術を持っているなら
実戦が一番いい
一人に対し複数でかかるように指示
危険だと感じればすぐにさがってください

シノハラの話が聞けるなら
ひとつでも情報がほしい



●7
「アンタらデッドマンはいつもそうだ。自分らはどうせ死なないからと思って無茶ばかりしやがる」
「……痛みも感じませんから。見過ごせないんです。目の前で、懸命に生きる誰かのいのちが奪われるのは」
「自分の命ももっと大切に扱え。残りの半分が誰だか知らないが、アンタひとりの身体じゃないんだろう」
 見るからに火傷と切り傷だらけの無間・わだちは、治したがりのレパイア・グラスボトルにとって格好の獲物だった。彼は放っておいても治るから平気だと言ったが、それはそれ、これはこれだ。
「でもまぁ安心しろ、今回はワタシがすぐに治してやるぞ。報酬は経費としてグリモアベースの連中から搾り取ってやる」
「それがレイダーのあり方、ですか」
「ん? タダで治療してやったらイイ奴だろう。当たり前なのだ」
 わだちは奇妙な医者の厚意を受け取ることにした。レパイアに見つかった怪我人は、全員治療される運命なのである。

 トラックで輸送されている間に応急処置を終え、ふたりは共に荷台から降りた。
 砦を見るなり、レパイアは嫌悪感をあらわに舌を打つ。生ける屍であれ見知らぬ人であれ、あらゆる命を尊ぶことがレパイアの『仕様』である。彼女を追ってきたレイダー――家族へ、ひらひらと手を振り、とりあえず下がっているよう促す。
 ほかの家族どもは稼ぎと一緒に一時帰宅させた。必要あらば再度呼びだせばいい。
「コイツはまた悪趣味だな。死体でももう少し有意義に使えないかね、これじゃ教材にもなりゃしない」
「ああ、あれは――」
 ひどいものだ。わだちもまた、その理不尽な死にざまを悼む。
 つう、と、右の頬を透明な雫がつたい落ちた。
 一面に飾られた首や人形の群れは、どこを向いても『あの子』のおおきな瞳に写ってしまう。くらやみ、と名づけた眼帯を巻いて、右のひとみに蓋をした。これでもう、あの子も泣かなくてすむ。
 先に飛びだしていった猟兵達がうまくやったようだ。ヤマモトの仲間と思わしき青年達が、砦の出口めがけて走ってくる。それを追う敵のレイダー――フュエルスピッター達も、しっかりと引き連れて。
「数が多いですね。簡単には逃がしてもらえませんか」
「しつこい奴らだ。雑魚とはいえ、こっちはか弱い医者なんでな。後方支援とさせてもらおうか」
「はい。俺は注意をひきつけるので、お願いします」
 わだちは手にした亡霊ラムプを振り、敵の注目を集めようと声をあげた。
「焔がすきなら、こっちにありますよ。――この程度の燃えカスより、あなた達の炎が強いんでしょう?」
『オ? やんのかコラ。テメェ~さてはデッドマン野郎だな、ここをオメーの火葬場にしてやんよォッ!!』
 粘性を高められた液体がノズルから放たれた。どろりと濁った粘液がわだちへ降りかかる。もがくほどに腕や足へからみつき、動きを鈍らせる厄介な代物だ。
 わだちは、あえて蜘蛛の巣から逃れようとはしない。思考さえ凍らなければ動く武器があった。
 夜叉の名を冠するわだちの偽神兵器が、無数に分裂、伸縮し、七百あまりもの鉄針へかたちを変える。
 無数の針は、驚いてわだちから離れようとしたフュエルスピッター達の進路へも回りこみ、彼らを包囲して逃げ場を奪った。
 優しくなんて、できない。いっせいに縫い留めて、終わらせる。
 先程少女の手をつかんだ腕は、悪しきいのちを蹂躙する針となって、凍てつく吹雪とともに舞う。各々が意思を持ったかのように複雑な軌道で踊る針たちを、フュエルスピッターは避けきれない。
『痛い痛い痛い痛いッ! おい、誰か止めろ!!』
 敵が混乱している隙に、わだちは追われていた青年達へ声をかけた。
「武器はありますか」
「いや……全部没収された」
「なら、ひとまずこれを」
 わだちは飛んでいる鉄針をつかみ取り、青年達へ一本ずつ分け与える。簡素なものではあるが、刺突剣代わりとして使えるだろう。
「攻撃が通る隙はかならずできます。一人に対し、複数でかかるように。針ひとつではこころ細いでしょうから、倒した敵の武器をうばってもいいかもしれません。危険だと感じればすぐにさがってください」
「……分かった。見ず知らずの奴らに守られてちゃあ、どうせこの先生き残れねえ。あんた達ほど強くはねぇが、俺達も戦うぜ!」
「おうっ!」
 その間に、レパイアは粘液で固められたわだちの治療に取りかかった。
 医療ノコギリの歯を接着面にあて、ごりごりと削りとって、くっついてしまっていた両腕を自由にする。
 粘液は頑固で、皮膚までいっしょに剥がれてしまったが、不思議とすぐに治った。ユーベルコードの力だ。闇医者の荒療治にも眉ひとつ動かさぬわだちの様子に、青年達も一目おいたようである。
 痛みも、寒さも、熱も感じぬわだちの躰と、レパイアの医術は相性がよかった。『そういう風にできている』のだというわだちの躰の特性を、レパイアは観察して把握し、本来の何倍もの速さで再生させることができた。
 炎にも、爆発にも、わだちは怯まない。
 焼かれたら、焦げた皮膚を剥ぎ取ってしまえばいいし、手足が吹き飛べば縫合してもらえば良かった。どれだけ傷ついたっていまはあの子にも視えないのだから、怖がらせたり、心配をかけることもない。その壮絶な戦いぶりは、夜叉であった。
「あちッ!」
 共に戦っていた青年のひとりが火傷を負い、レパイアの元へと恐る恐る駆け込んでくる。
「そ、その……あの死体の兄ちゃんは平気だろうけどよ。俺らが喰らっても大丈夫なのかい、そのノコギリ……」
「怖がるな。副作用で気分が良くなるかもしれないぞ」
「お……おお? 本当だ痛くねえ! ヒャッハーって気分になってきたぜぇっ!!」
 どんな気分だろう、とわだちは心のなかで思った。
 どうやら自分はヒャッハーとはならないようだが、確かに、いつもより躰がかるく、俊敏に動けるようにはなっている。
 一時的な肉体改造を受け、勢いでフュエルスピッター達を圧倒しつつある青年達が致命傷を負わないよう、さりげなく炎からかばってやる。
 この地獄で生き抜く術を持っているならば、実戦でさらに鍛えてやるのが一番だ。
 つめたい雪はいつか止み、曇り空は晴れるだろう。その日へと向かう標になればいい。
 どんなに傷つこうと、笑われようと、ふたつの瞳はひとつの希望をみつめる。
 生きるのはやめられない。たとえ、絶望の嵐が吹こうとも。

『クソッ、らちがあかねぇ!! そっちの女医から片付けるぞ!!』
「おっと。そいつは困る」
 後方のレパイアを狙って粘液が放たれた。しかし、そこはレイダー。慣れた様子で近くにいたフュエルスピッターの襟首をひっつかみ、盾にする。
『は……?』
 粘液にからめとられたフュエルスピッターへ、わだちの放った針が四方から突き刺さる。痛みでもがく程に動きは封じられ、やがて男は絶命した。
「しまった。こりゃもう助からないな」
『はァ!? 自分でやっといてふざけんじゃねぇぞ!!』
 怒号を浴び、あらためて戦場を眺めたレパイアは……ふと、気づいた。
 味方の治療にかかりきりで手が回らなかったが、敵もずいぶんと針に突かれ、穴だらけではないか。

 そわそわする。
 猟兵も敵も味方も、すべての怪我人は平等に治療しなければ。
 だってそうしないと気分悪いから。それが、レパイア・グラスボトルという女だ。

「わかった。オマエは死なない程度の治療に留めておいてやろう」
 ニィ、と鋸めいた歯を見せ、レパイアは笑った。
 クレーマーの頭に医療ノコギリが叩きつけられた。
 だが、その一撃で絶命することはできない。
『くぴゃっ!! ……あ、あれ? 死んでな……い……?』
 なぜなら――同時に『治療』されてしまうから。
『まだ続くんですかァーーーーーーッ!!?』
 刺されては治療され、斬られてはまた治療され――そうして地獄の無限ループに陥った敵の集団は戦意を喪失し、じわじわと数を減らしていった。
「今だ、やれっ!!」
 そして残ったひとりを、青年達の持った針が貫く。わだちがレパイアをなんとか制止している間に、フュエルスピッターは無事死亡した。
「ふう……助かったぜ。しかし、あんた達何者だ?」
「奪還者です。ヤマモトさんから、あなたがたを『奪還』するようにと依頼されました」
「おお、ヤマモトのおっさん生きてやがったのか!」
「拠点、すげえ燃えてたからもうダメかと思ったぜ……」
 消火や物資の運び出し、救助活動を行い、現在復旧作業中だということを伝えると、青年達はとても感謝してくれた。ヤマモトが外で待っていることを伝え、ふたりは気になっていた事を聞いてみる。
「そういや、さっきシノハラハルカがどうとか聞こえた気がするが。ボスについて何か知ってんのか?」
「ああ、ひとりおっさんと同じ日本人の奴がいてな……そいつはひどく怯えてるようだったが。あれ、そういやあいついねえな」
「こ、こっちだッ! シノハラについて知ってる事は話す。だから頼む、助けてくれ!!」

 一同は叫び声のしたほうへ目を向ける。
 そこには、敵に囲まれ、今まさに絶体絶命の青年の姿があった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

サクラ・メント
キャンプファイヤーなんてガラじゃ無いでしょうに
まあ、貰うモノ貰ったからには、きっちり仕事させて貰うわよ

神器開放――複製したコヴェナントを衝撃波で飛ばし
火を噴く前に奴等のノズルを塞ぐなり潰すなりしてこちらへの延焼を防ぐ
そうすれば男達の逃げる時間も多少は稼げるでしょ
燃えるのはあんた達よ
例え消そうがその時は首を撥ねるだけ
一緒に並べて飾ってあげるわ
それまで限界突破――ギリギリまで粘って撤退の支援よ

逃げ出した青年を一人捕まえて問い質す
シノハラハルカって誰?
あなた達とどういう関係があるの?
あの悪趣味な砦を作った張本人なら……
幾ら心と記憶を失おうと、ケジメはつけさせないと
こんな寒い所、早く退散したいんだから


花剣・耀子
ほんのすこし目を伏せて、いたむのはそれだけ。
この場所を作ったこころなんて判らないけれど、
するべき事は判っているのよ。

生きているヒトと、敵の間に割って入りましょう。

死なないわ。
死なせない。
そのために来たのだもの。
きみたちも、先ずは自分のいのちを守って頂戴。
あとでおはなしを聞かせてね。

視界に入る敵に向かって【《花剣》】
これは牽制。此方に意識を向けさせられれば上々よ。
投げられた燃料を、狙っただろう場所に落ちる前に斬りましょう。
後ろまで燃え広がられては困るの。

あたしが通る隙間が出来ればそれで充分。
爆発の間隙を縫って、風で雪を巻き上げてもう一閃。

燃やせないものに、あたしたちも追加しておいて。
散りなさい。



●8
 雪ふる庭に一歩踏み出せば、足音は雑音にのまれて消えた。
 怒声が飛び交うなかでも、凍りついたいのちがふたたび動きだすことはない。
 奇妙なかたちをした氷人形たちは、めいめいにかつての日常を演じ、視界の両端にうつる無数の首たちが、塀のうえから虚ろに戦場を見おろしていた。

 そのありさまに、花剣・耀子はほんのすこし目を伏せて。
 黒い睫毛に雪が触れた。いたむのは、それだけ。
 この場所を作ったこころなんて判らない。けれど、するべき事は判っている。託された意志を全うすること。とうに失われたかもしれぬものに想いを馳せるより、いまは、果たすべき使命を。
「キャンプファイヤーなんてガラじゃ無いでしょうに。まあ、貰うモノ貰ったからには、きっちり仕事させて貰うわよ」
 どうやら、手下との戦いは佳境に入っているようだ。この身体にはまだ働いてもらわねば困る。
「目標、捕捉――戦闘開始」
 まとめて口に放りこんだ飴玉を噛み砕き、サクラ・メントは髑髏型のマスクを着けなおした。ホワイトコヴェナントに施された封印を解除する。禁じられたその異能は――『無限複製』。
(私は、元々この兵器の為の実験台として『製造』された。寿命なんて最初からあってないようなものよ。全力で行く!)
 ホワイトコヴェナントと全く同じ太刀が、無数に分裂して放射状に並ぶ。生体電源が暴走し、身体を打ちのめす電流がサクラのいのちを削る。構わず本体の刀を横薙ぎに振るえば、刃から生じた電気の衝撃波で、複製されたホワイトコヴェナント達が弾丸のように飛んだ。
『テメェ~姉貴ィの知り合いか? まさかまさか……コイツが探してる男さんだった?』
『フーン、こんな冴えない男がねェ……だが好みは人それぞれだよなァ、なァ、とりあえず容疑者は逃がすわけにゃいかねェよなぁぁぁぁぁ!!!』
「違ぇよ、それは誤解だって! 俺はただ……」
 逃げ遅れたらしき日本人の青年を囲むフュエルスピッター達は、弱い者いじめに夢中で、サクラと耀子にはまだ気づいていない。飛んできたホワイトコヴェナントが、彼らの後頭部を痛打する。
『――!? い、いってェェ!!』
「あら、火器を扱うにしては随分不注意なのね」
 サクラの神器解放が発動すると同時に走りだしていた耀子は、間抜けにも頭を押さえて痛がる敵の合間を駆け抜け、包囲されていた青年の手をつかんだ。
「こっちよ。ついてきなさい」
「え、あ、わっ……!」
『あ、待てテメェ逃げんなコラ! あれ、いない……?』
 傍にいたフュエルスピッター達が掴みがかってきたときには、既に耀子は残像になっていた。
 持ち前の力と敏捷性で、なかば引きずるようにしながら、耀子は青年を死の檻から脱出させる。そうしてサクラの元まで連れていき、ふたりで青年をかばうように前に立つ。
「あ、ありがとうございます、お姉さん達……」
 ざっくり見ても二十歳は超えていそうな青年は、おどおどと二人に礼を述べる。
 この世界で生きつづけていると、そこそこ賢明な者ならば、一目見ただけで強者の佇まいというのが解るようになるものだ。
 彼女たちには風格があった。
 だから、たとえ年下であっても『お姉さん』が妥当だとでも思ったのだろう。

 味方は、砦から出てきた増援の掃討にあたっている。いまだ炎と爆風が雪と踊る戦場は、このまま走りぬけ、脱出するにはすこし厳しい。
 耀子もクサナギを構え、臨戦態勢に移る。雪景色には映えぬならず者どもへ、贈るは《花剣》。花を散らし、草を薙ぎ、すべてを平らげる――真白き雪をうつして咲き誇る、白刃の嵐。
 耀子の花剣と、サクラのホワイトコヴェナントがまざりあって吹雪く戦場は、たちまち刃の弾幕で埋めつくされた。
 進もうと退こうと、もはや斬られることしか許されない。
 雪より冷たく、炎より熱く。女たちのするどい眼差しは、斃すべき敵だけ見すえている。
『ふざけやがって、こっちにも飛び道具があんだよ!!』
 三人に近づけなくなったフュエルスピッター達は怒ってノズルガンを構えた。だが、直線的な軌道しか描けないノズルガンは、この場においてあきらかに性能が劣っている。
 刃の弾幕は魚のようにくるりくるりと空を泳いで、たちまちノズルガンをきれいに切断してしまった。
 短気なフュエルスピッター達は、ただのジャンクと化した銃の残骸を力まかせに放り投げると、仮面の下の口をひきつらせて震えはじめた。かれらは、笑っているようであった。
『ヒ、ヒヒヒ、ヒ……壊れちまった。俺らの相棒。シノハラみてェによォ……こうなりゃもう、なりふり構ってられるか……燃えろォォ、クソアマどもッ!!』
「……まだその手があったわね。二人共気をつけて。着弾したら即爆死よ」
 敵の思惑に感づいたサクラが注意を促す。
 武器を失ったフュエルスピッター達は――背負っていた燃料タンクを頭上に掲げていた。あれを直接投げつければ、たしかに今までとは比べ物にならない火力が出るだろう。最後の手段、というわけだ。
「き、き、気をつけるったってどう」
 後ろで青年が震えている。このまま大爆発に巻きこまれたら、まあ一網打尽だろう。だが、簡単に燃え広がられては困るのだ。
 だから、耀子の返事はただひとつ。化学が赤点でもわかる、明解な正答だ。

「落ちる前に斬りましょう」
 そう、たったそれだけ。

 サクラも作戦に了解し、更に神器の開放レベルを上げる。密度を増した刃と刃の弾幕は、敵の奥の手すらもかんたんに貫いて、此方へ到達するはるか前にタンクを空中分解させた。
 衝撃を受けたタンクは爆発を起こし、その爆風は周りのタンクを巻きこんで更に誘爆を起こし、とんでもない規模の爆発がフュエルスピッター達を呑みこんで、衝撃で身体をばらばらに吹き飛ばした。
 この最期も、燃料中毒者としては本望であろう。しかし、青年の顔色は蒼白であった。無理もない。いま眼前に迫っているのは、どう見ても死のかたまりだ。
「死なないわ。……死なせない。そのために来たのだもの」
 耀子が静かに、しかし力強く、青年へ声をかける。
「証拠を見せてあげる。私の限界はこんなものじゃない――コヴェナント、集まりなさい」
 無数に分裂していたホワイトコヴェナントがサクラの手元へふたたび集合し、一本の太刀に戻った。
 電圧に耐えかね、崩れそうになる肉体を鋼の集中力で制御し、あたりの吹雪を分子レベルまで分解する。再構成された水の膜は、三人を炎から保護する壁となった。後は、限界ぎりぎりまで耐え抜くのみ。
「耀子、行って。いつ崩壊するか私もわからないから」
「わかったわ。お兄さんも、先ずは自分のいのちを守って頂戴。あとでおはなしを聞かせてね」
「え? わかったって……え?」
 眼前はいまだ炎の海である。
 けれど、充分だ。花剣が駆ける、その隙間さえあれば。
 花を散らし、草を薙ぐ嵐が――爆炎のなかを凛と吹き抜ける。
「炎が消えようが、その時は首を撥ねるだけ。一緒に並べて飾ってあげるわ」
 花道の先に、残っていた敵の姿を垣間見たサクラは、戦いの終わりを感じ瞑目する。

「燃えるのはあんた達よ」
「燃やせないものに、あたしたちも追加しておいて。――散りなさい」
 
 耀子の振るったクサナギは嵐を起こし、雪をさらって閃いた。
 ひときわ白くけぶった風のなかに、炎より鮮烈な赤が添えられて、一瞬、世界が凍る。
 炎がすべてを焼きはらったあとに立っていたのは、煮ても焼いても燃えつきぬもののみだ。
 つまりは――限界を知らない女たちと、彼女らが守ろうとした人々であった。
 
◆ ◇ ◆

「参りました! マジ痺れたっす! 姉貴って呼ばしてください!!」
 助けた青年は、ふたりの勇敢な戦いぶりにいたく感銘を受けたようである。私達の真似して無茶しなければ良いけど、と、耀子と顔を見あわせつつも、サクラは気になっていた話を聞くことにした。
 手下はすべて討伐し終えたようであるし、シノハラが砦から出てくる気配も今はない。彼女を知っているらしきこの青年から話を聞くなら、今のうちだろう。
「シノハラハルカって誰? あなたとはどういう関係なの? この悪趣味な砦を作った張本人なら……許せないわ。幾ら心と記憶を失おうと、ケジメはつけさせないと」
「……いくら姉貴達が強くても、あいつと戦うなら気ぃつけた方がいいです」
「なぜ?」

「シノハラハルカは俺の地元じゃ有名な殺人鬼なんですよ! 人殺してるんです! 世界がこんな風に変わっちまう前に、とっくの昔に、もう4人も……!!」
 そのとき、ひときわつめたい風が吹いた。
 来る。誰かが来る。
 生粋の『略奪者』が。いのちを奪う者――殺人鬼が。

 シノハラの氷はけして燃えないと聞いた。
 その通りに氷像も、さらされた首も焼け残り、いまだ勝負のゆくえを見ていた。
「……寒いわね。終わらせましょう。こんな所、早く退散したいんだから……」
 雪の女王シノハラハルカ。彼女もまた『限界を知らぬ女』であるのかもしれない。
 サクラのこぼした呟きが、吹雪にさらわれて、遠くなった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第3章 ボス戦 『『吹雪の王』志乃原・遥』

POW   :    凍りなさい
【冷気と呪詛】を籠めた【ノコギリ】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【内臓、またはそれにあたる部分】のみを攻撃する。
SPD   :    私の心は氷
自身の【大切な心や記憶】を代償に、【氷のマリオネット】を戦わせる。それは代償に比例した戦闘力を持ち、【不可視の糸】で戦う。
WIZ   :    貴方をもう逃がさない
自身からレベルm半径内の無機物を【視界と移動を阻む猛吹雪】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠柊・はとりです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●9
 騒々しい爆発がやんだ。
 私達の城は世界から切り離されたようにしずかで、雪の結晶が折り重なる音さえも聞こえそうだった。
 いつのまにか、あの品の無い燃料中毒者たち(誰?)の姿が、城のなかから一人残らず消えている。
 彼らがさらってきた男たち(なぜ?)は、寒さにこごえて縮こまるばかりで、なんの役にも立たない。このままここに放っておいたらきっといつか、身も心も凍りついて死ぬのだろう。私のように。
 私は何をしたいのだっけ。
 私はどうすればいいのだっけ。
 ……ああ、そうだ。あのひとを探しに行かないといけない。

 城の外に足を踏みだすと、見覚えのない廃墟(ここはどこ?)がひろがっていた。
 すべてが燃えかすになった広い空き地に、人体の継ぎ接ぎでつくられた気味の悪い人形だけが並んでいて、趣味が悪いなと思った。どうやらみな凍っているようだから、やったのは私かもしれない。
「シ……シノハラ!!」
 シノハラ?
 ……そうか、それは私の名前だ。 シノハラハルカ。
 あの男は、なぜ私の名を知っているのだろう。もしかしたら、あの男が私の探している『彼』なのだろうか。
 ほかにも何人か見覚えのない男がいたが、そのうち数名は、確実に私の邪魔をしようとしている敵であると、なぜかわかった。女もいる。どうしよう。あいつらは早く殺さないといけない(私は何を恐れている?)。
 この吹雪がやむまでに全員殺さないと。
 『彼』の仇を討つために、全員殺さないと(仇?)。
「……昔……まだ平和だった頃、SNSで拡散されてたから覚えてるぜ。その顔……皆さん、気をつけてください!! こいつは、シノハラは、元連続殺人鬼だ……!!」

 連続殺人鬼?(連続殺人鬼?)

「N県H村! そこであんたの恋人は死んだ! 最初、地元の新聞じゃ滑落事故って話になってたが、ありゃ事件だったんだってな。それを知ったあんたは……事件に関わった奴らを皆殺しにした!! 4人だ!!」

 この男はなにを言っているのだろうか。
 ひとを殺めた覚えなどないし、『彼』は生きている。
 降りしきるつめたい雪のなかで、きっとずっと、私を待っている。
 だから、逢いにいかなくちゃ。そうして、私たちは奪われた日常を『奪還する』のだ。

「こ、こいつ……自分のやってきた事を全部忘れてやがる……! 自分が死んだこと、すらも……!!」

 彼は生きている。
 彼は生きている(本当に?)。
 邪魔な目撃者は始末しないといけない。
 ああ、でも、この男は生かしておかないと。
 どの男が『彼』なのか、いまの私にはわからないから。
 
●まとめ
・ボス戦です。戦場はそのまま屋外です。フュエルスピッター達に比べると、シノハラは強敵です。
・強敵ですが、フュエルスピッターとは逆に『一般人の青年たちを絶対に攻撃できません』。そのことを活かしてみても面白いかもしれません(猟兵は見分けられるので男性でも普通に攻撃されます)。
・シノハラの記憶は混濁しており、色々なことを急に思い出したり、忘れたりします。
・2章のプレイング内容を受け、救出した青年たちがシノハラを倒すのを手伝ってくれます。指示があれば従いますが、なくても大丈夫です。
・その他なんでもご自由な発想でどうぞ。良きようにいたします。

 プレイングは【これまでのリプレイに登場済の6名様】+必要に応じてサポートの方のみの採用となります。
 構成上の都合で、いただいた内容によってはプレイングを一度お返しする可能性があります。
 その場合はお手紙でご連絡させていただきます。
 よろしくお願いいたします。
シャオ・フィルナート
戦場の寒さは【氷結耐性】で対処
視界が悪くても【暗殺】で培った【見切り】で

…哀れだね
衝動に取り憑かれ、見境も無く奪うだけ
以前の自分を見ているようで、本当に……反吐が出る

味方への攻撃も自分への攻撃も
氷や冷気を用いるものは同じ氷の【属性攻撃】で相殺
残念だけど、俺に氷は効かない
かかって来なよ
直接、その手で

糸は凍結を狙い可視化
★罪咎の剣でマリオネットを身軽にいなしながら
シノハラさんが直接かかってくるなら…攻撃、敢えて受けてあげる

流れた血で剣を多量に複製
どんなに厚い氷でも
貫かれれば容易く割れる
【指定UC】

心も記憶も凍らせて
いつまでも閉じ籠ってないで
現実を見なよ
本当に彼を望むなら

まだ一瞬でも思い出せるうちに


サクラ・メント
それにしても寒いわね
乙式の出力を限界突破――稼働に必要な熱量を維持するわ

記憶を代償に人形を呼び出すの
ならば……私もそうさせてもらう!
来い――黒き誓約にして鋼鉄の断罪者
我が命に従い眼前の脅威を撃ち払えッ!

複製した神器『ブラックプレッジ』で氷のマリオネットに応戦する
不可視の糸だろうと拡大した『ホワイトコヴェナント』で断ち斬れば
そうそう自由には動かせないでしょう
悪いけどまとめて増やせるのよ

多分、この子は思い込みで本当の記憶が掻き消されている
その情念を――偽りの記憶を使い果たせば
恐らくはこの攻撃自体が止まる筈
やり過ぎないように注意しつつ、真実を明らかに!
そして二度と、こんな悲劇を繰り返さない様に……!



●10
 さくり、さくりと、雪道を歩くには心許ない革靴で地面を踏みしめて。
 どこかで見たような場違いな制服の女は、無感情に猟兵たちを見下ろしていた。
 砦から姿を現した、彼女――シノハラハルカが、一歩一歩此方へ近づくたび、戦場の吹雪は勢いを強める。数メートル先すらも白んで見えない。

「……寒いわね。あなたは平気なの?」
「……この位は、何ともないから……俺のことは、気にする必要ない」
 みずからも氷を操るシャオ・フィルナートにとっては、この程度の寒気はそよ風にも等しいが、歴史上寒さが原因で戦局が覆った例はままある。サクラ・メントの肉体を構成する歴戦の強兵たちもまた、凍てつく寒さに身を竦ませているようであった。
「このままじゃ死体の凍死体になっちゃうわ。冗談じゃないわよ」
 全身に配置された生体駆動エンジンの出力を上げ、なんとか稼働に必要な熱量を確保する。体温を人間の平熱ほどに保っておけば、ひとまずは動けるだろう。
 ふたりの様子を冷静に観察していたシノハラが、不意に口をひらいた。
『……吹雪のなかから偶然現れた≪招かれざる客≫たち。不要な招待客を生かしておいても、きっと良いことはないわ。ここで死になさい』
「……哀れだね。衝動に取り憑かれ、見境も無く奪うだけ。本当に……」
 シャオもまた、無表情に二対のナイフを構える。まだ、両者の間には距離がある。

 いつ、どこから、どう攻撃が来るか。或いは此方から仕掛けるか。
 凍えるような緊張感のなか、シノハラが血のこびりついた鋸を構えた。
 雪のベールに呑まれた戦場の奥で、シャオはなにかが動いた気配を感じた。

「……そっちが本命……」
 シャオの呟きを聞いたサクラは、とっさに彼の視線の先へ向き直る。
 途端、わずかに露出した肉体――右瞼が裂かれ、吹き出した血がサクラの視界を遮った。一瞬、紅く染まった糸が視えたが、すぐに消滅してしまう。
(これは。不可視の糸による攻撃!)
 シャオの生み出した氷塊が、サクラへ更なる追撃を加えようとする糸を阻んだ。絡めとられた氷塊がきつく締めあげられ、砕けて散乱する。
「……拠点でレイダーを殺した技は、これだね……」
『……ああ。そういえば、一人とんでもない愚か者がいたわね』
 シャオは、皆の目の前で突然肉塊と化したならず者の無残な死にざまを思い出した。一歩間違えばサクラもああなっていただろう。
 サクラは流れた血を拭おうとし、指にふれる冷たさに驚いた。……血が、一瞬で凍っている。
 赤い氷で貼りついたまぶたを強引に剥がして目をひらけば、その先に居たのは、焼け残っていた氷の死体人形たちであった。

 継ぎはぎだらけの不気味なマリオネットが、歩いている。
 まるで生者のように。

「……何となくイヤな感じはしていたけど、やっぱりこうなるのね。……まさか。この人形たち、彼女の心と記憶を与えられて動いているの?」
 『なぜ?』という疑問が頭を過ぎるも、考える余裕はなさそうだ。先程助けた青年たちが、味方の猟兵から支給された鉄パイプを持ち、マリオネットを止めようと集団で殴りかかっている。シノハラはなぜか、彼らに手出しをする気はなさそうだった。
『そう……貴方も氷を操るの。私と同じね』
「……同じ、か……。……残念だけど、俺に氷は効かない……かかって来なよ。直接、その手で……」
「姉貴達! すいません、逃がしちまいました!」
 青年たちの包囲から逃れたマリオネットが二人を襲う。だが、シャオは凍った腕から繰り出される打撃攻撃をナイフで受け、バックステップで後退しながらいなしていく。
 目についた糸をしっかりと避け、切るのも忘れない。雪で視界が悪くとも、暗殺で培った戦闘技術を活かせば、素人の攻撃ぐらい簡単に読める。
「いいわ皆、そのまま引きつけておいて。敵が人形を使うならば……私もそうさせてもらう!」
 サクラは、灰色の雪雲におおわれた空へ手をかざす。
 すると、たちまち黒い雷雲が生じた。
「来い――黒き誓約にして鋼鉄の断罪者。我が命に従い眼前の脅威を撃ち払えッ!」
 轟音。閃光。
 雪原を叩き割る落雷とともに現れたのは、五メートルもあろうかという鋼の巨人であった。
 黒き誓約の名を冠す、三種の神器が一つ――ブラックプレッジ。主たるサクラの超能力を糧に駆動する、謎めいた人型巨大兵器。
「な、何だありゃ!?」
 無法地帯のアポカリプスヘルでもさすがにそう見ない大物の登場に、青年たちが目を剥いた。
 サクラがコックピットに乗りこめば、巨大化したホワイトコヴェナントが右腕に装着される。

「行くわよ! 神器解放、限界突破ッ!」
 敵が命にも等しい代償を払うならば、此方も同じ条件で闘うのが筋だ。
 主の想いに呼応したブラックプレッジは、サクラの生命力を犠牲にし、ホワイトコヴェナントごと三体に分身した。過重負荷に耐えかねた生体電源が熱暴走を始め、人体に害を与えるレベルの高熱がサクラの意識を朦朧とさせる。
 だが、これしきの事。この身体は、その為に産まれ直したのだから――!

「ちょっと本気を出すわ、あなた達は危ないから下がっていなさい。さあ、慈雨となり凍土を融かせ、ホワイトコヴェナント!」
 サイキックエナジーを充填され、三対のホワイトコヴェナントが白く輝きだす。
 サクラは、恐らく戦場に張りめぐらされた糸をすべて切る気だ。糸そのものを凍らせてしまえば、肉眼でも見やすくなるはず――シャオは空気中の水分を操作し、糸を凍結させていく。
 霜のまとわりついた糸は、蜘蛛の巣のように木々の間に渡されて、シャオ達を追いこもうとしていた。
 しかし、三体のブラックプレッジが五月雨のごとく太刀を振るい、その尽くを断ち斬っていく!
「おおっ……すげぇ! カッコいいぜ、姉貴!!」
『男ってああいうの好きよね。彼もそうなのかしら』
 シャオは背後に殺気を感じてふり返った。
 シノハラが鋸を横薙ぎに振るうのが視えたが、ナイフで受けるのはやめ、あえて腕で受け止める。見かけによらずすごい力だが、なんとか腕がちぎれない深さにとどめて、刺さった鋸を引き剥がす。
『惜しいわね、あと少しで斬れたのに。……私も、あれと真っ向からやり合う程愚かではないわ』
 暴れているブラックプレッジを顎で示し、シノハラは冷たく笑った。
『確かに、貴方には氷が効かないみたい。でも、力勝負が強そうには見えないけれど?』
 ――その細腕で殺人鬼の私に勝てるかしらね。
 シノハラはシャオの首を狙い、再び鋸を振るった。
 だが、シャオのナイフ――罪咎の剣は、その間に腕から流れた血を吸い、分裂をはじめている。
「……俺の方が、沢山。殺している……かもね……この刃からは逃れられないよ」
 どんなに厚い氷でも、貫かれれば容易く割れる。
 ――紅贄剣牢。
 無数に分裂した咎人の刃が、雪のように宙を舞ってシノハラを襲った。彼女が怯んだ隙に、シャオ自身も両手に握ったナイフで敵の利き腕を斬りつける。血は既に止まり、痛みも鈍い。蒼き悪魔の殺戮は止まらない。
 シノハラは降りそそぐ刃を鋸で打ち返しながら、サクラと青年たちに殴られているマリオネットを修復しようとし、力を注いだ。

 足りない。
 足りない。
 なにが本当で、なにが嘘なのか。

(私は誰?)
(ここはどこ?)
(この人達は一体?)
(駄目、思い出せない)
(やらないとやられる、だから)

 ……兎に角、早く殺さないと。

 怯えたようなシノハラの表情を見て、サクラははっとした。
 もしかしたら……『逆』なのではないか。
 何かがおかしいことを、オブリビオンとして蘇った彼女自身も自覚していたとしたら?
 このおかしなマリオネットたちは、ほんとうの記憶と噛み合わない『過去』を排出しようとし、苦しみながら造られていたものだったとしたら――!
「聞いてシノハラ……いえ、『悠ちゃん』!」
 サクラが操縦席から叫ぶ。コックピットには、自身の生体電源が噴いた煙が充満している。一刻も早く戦闘を切り上げないと危ない。
「たぶん、今のあなたは思い込みで本当の記憶が掻き消されているの。その情念を――偽りの記憶を使い果たせば……!」

 失うものが一度すべてなくなってしまえば。
 恐らくは、この攻撃自体が――止まる。
『……何を言っているの。彼は……』
(『彼』って、だれ?)

 シャオはその言葉を聞きながら、『蒼魔』であった過去を否定し、己の殻に閉じこもっていた頃の自分を思い出していた。
 いっそ忘れてしまいたい罪業と、欠けた記憶のもたらす違和感は、天秤に乗せても釣り合わず、どちらが重いかも定まらない。
 彼女の恐怖は、わかるような気はする。
 するのだが――この気持ちをどう表したら良いのか、少年にはわからない。
 だから、ただ、あわれな女の心臓へナイフを突き立てた。
 手応えがおかしい、と思った。
「…………。心も、記憶も凍らせて……いつまでも閉じ籠ってないで、現実を見なよ……本当に、彼を望むなら……」
 でも、大切なものがあるなら、きっと逃げてはだめだ。
 どうか引き返してくれないか。まだ、一瞬でも思い出せるうちに。
 以前の自分を見ているようで――反吐が出るから。
 ナイフを引き抜くシャオの眉根が、ほんのわずかだけ歪む。
 それで、サクラも違和感に気づいた。
 血が出ないことが、この女自身もまた、死せる氷人形であることを表していた。

「……っ。私達が真実を明らかにするわ! 二度と、こんな悲劇を繰り返さない様に……!」
 引き際だ。三体のブラックプレッジが融合し、もとの一体に戻る。
 身体を蝕む熱からうまれた炎を太刀に纏わせ、サクラは最後の一閃を放つ。もとは同じこの世界の民であったろう彼らへ、鎮魂の祈りと、誓いをこめて。
 溶けないはずの氷が、砕けた。
 すべてのマリオネットは粉砕され――はかない氷の欠片となって、消えた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

花剣・耀子
生憎と、警察でも探偵でもないのだけれど。
終わらせに来たのよ。

冷気も呪詛も、其処にあるなら斬るだけよ。
おいそれと中身を持って行かれる訳にはいかないけれど、
致命傷だけ咄嗟に払って踏み込みましょう。

随分と手慣れていること。
なんで手慣れているのかは、思い出せる?

おまえの結末を、あたしは知らない。
そも、これだけのヒトを殺したおまえに掛ける情なんてないわ。
……、ただ。
ほんとうに「やめさせてやる」ためには、おまえのこころが必要だと思っただけよ。

ねえ、忘れてしまったの。
それは手放していいことだったの。
何のために此処に居るのか、思い出せない?

終わりにしましょう、シノハラハルカ。
おまえの計画は、これ以上叶わない。


戒道・蔵乃祐


真偽の程が定かで無い以上
情報は主観的な断片でしかない
ですが事実であるならば、

彼女の宿業を断ち切る術が無いとしても。心に従い。為すべき事を行う

🔴
凍てつき砕ける肉体を激痛耐性+オーラ防御で維持
ドーピング+限界突破で金丹仙薬を服用。超速再生能力を獲得し、我が身の血潮を焼却して冷気に対抗

真の姿解放
神威を宿せ。『神降ろし』

UC神屠る刃を発動
聞き耳+読心術でアポカリプスヘルの集合無意識に接続

念動力でLANに対してのHUBを担い
志乃原・遥が最も幸せを感じていた世界の記録をサルベージ
シノハラに破魔の力で流し込む

大切な心や記憶を失う程に強くなる
ならば因果を逆行させて存在証明を希薄化し
自己矛盾を浄化+除霊する



(私は誰?)
(ここはどこ?)
(この人達は一体?)
(駄目、思い出せない)
(やらないとやられる、だから)

(……だから、何?)



●11
 庭に散在していた氷のマリオネットが、焔の一閃ですべて砕け散ったのを、その目に見た。
 先発隊と入れ代わりで前線に出た戒道・蔵乃祐と花剣・耀子は、しばし口を閉ざし、女王を見やる。先の戦いで心と記憶のすべてを喪失したらしいシノハラは、能面のような無表情で、ただ雪のなかに立っていた。
「……蔵乃祐くんは、お坊さんなのよね」
「俗物ですよ。出奔した身ですから」
「どう思う、さっきの話。それから、彼女について」
「そうですね……真偽の程が定かで無い以上、すべての情報は主観的な断片でしかないでしょう。ですが、事実であるならば……」
 蔵乃祐はふたたび沈黙する。
 宿業を断ち切る術などない。
 たとえこの世が無法となり果てようとも。シノハラ自身がすべてを忘れたいと願い、思い乱れながらに凶行を繰り返していたとしてもだ。
 一度犯した罪は泥のようにつきまとい、どこまでも絡みついて、咎人の手を離さない。
 しかし、蔵乃祐はそのような苦しみに対し、理解があった。
 耀子とて、どこか引っかかりを覚えているのは確かだ。だから、訊ねてみたのであった。
 ――やがて、蔵乃祐がしずかに口をひらく。
「心に従い、為すべき事を行う。それまででしょう」
「……そう。そうね。あたしもおなじ事を考えていたわ」
 それぞれに大連珠とチェーンソーを構えたふたりは、いまだ茫然自失のシノハラへ急襲をかけた。
 うつろな紫と、つめたい青のひとみが交まる。
「生憎と、警察でも探偵でもないのだけれど。終わりにしましょう、シノハラハルカ。おまえの計画は、これ以上叶わない」

『…………』
 シノハラは、なぜ自分が襲われているのかわからないようだ。だが、オブリビオンとしての本能は、彼女を戦いへ駆りたてる。
 吹雪のむこうにうっすらとそびえるシノハラの『城』が、音をたて崩れはじめた。どうやら、ホテルの構造に組み込まれた鉄や硝子が、シノハラの能力で吹雪と化しているようである。
 猛烈な向かい風が雪とともに吹きつけ、蔵乃祐と耀子の接近を阻む。進むより、身体が雪に埋もれていくほうが速い。
 体温はまたたく間に奪われ、冬の猛威を全身に叩きつけてくる。痛みに耐えるまでもなく、手足の感覚が麻痺していく。
 蔵乃祐は経を唱え、結界を張ったが、それでも頂上の風雪を食い止めるには至らない。
『それ以上近寄らないで』
 心を喪ったシノハラの声は冷ややかだ。だか、ほんのすこし時を稼げればよかった。蔵乃祐は金丹仙薬とよばれる仙丹を取り出し、急ぎ嚥下した。
 凍てつく寒さにじっと耐える。まもなく、血潮が熱く煮えたってきた。
「はあッ!!」
 比喩ではない。蔵乃祐の血液は水の沸点などはるかに超えて、一時的に灼熱と化していた。
 古来より伝わる道術、煉丹術――その効能は不老不死であるが、人体に有害である。この状態が長く続けば、人間である蔵乃祐の細胞は崩壊をはじめ、最悪死に至るだろう。
 だから、三分。
 三分だ。
 極限ぎりぎりの、そのぶんを飲みこんだ。
「一つ考えがあります。三分、時間を稼いでもらえますか」
「ええ。それだけあれば、斬るにはじゅうぶんよ」
 蔵乃祐の発する熱気にさらされて、眼前の吹雪が、足下の雪が、とけて土にすわれていく。原理はわからないが、蔵乃祐のただならぬ気迫に、耀子も彼の強き意志を感じとった。
 ならばこの好機、一秒たりとも無駄にすまいと、耀子はシノハラへ駆けよる。なぜ吹雪が無効化されているのか、シノハラもわからないようだ。相変わらず茫としている女へ、先制の一閃をくれてやる。
 ――この刃を受けてはいけない。
 直感したシノハラは、耀子の放った水平斬りを鋸で受けることなく、咄嗟にしゃがんで回避する。チェーンソーの刃が触れた黒髪が断たれ、湿った土にはらはらと落ちる。
「よく避けたわね。でも、おまえは逃げられないわ。冷気も呪いも、そこにあるなら斬るだけよ」
『冷気? 呪い? ……何を言っているの』
 耀子は眉間にしわを寄せ、シノハラを訝しげににらむ。
 まさか、自分の扱える能力の内容まで忘れてしまっているのだろうか?
 だが言葉とは裏腹に、シノハラの凶器はつめたく冴えて耀子を襲う。迷わず致命傷を与えようと、鋸が振るわれた先は首。燿子はクサナギを盾代わりにし、己のいのちを守る。
 内部機構が凍り、チェーンソーの回転が止まった。柄もひどくつめたいが、指の神経をむしばむ凍傷に耐え、耀子は剣を振るいつづけた。
(血がながれるほうがまだ良いわ。刃がかすめただけで凍ってしまうのね)
 蔵乃祐に視線をやれば、彼はなにごとかを為すために念を集中し、力を溜めているようであった。
 おいそれと冷凍されてやるわけにはいかないし、託された意志を手放すわけにもいかない。互いに空振りが続くなか、シノハラの足元が一瞬ぐらついたのを見逃さず、耀子は敵の懐に踏みこむ。
 シノハラは鋸で耀子のチェーンソーを受けたが、代償として刀身の三分の一ほどが切断され、地面に転がった。
 耀子が冷静な一方で、シノハラは肩で息をしている。吐く息は、白くはなかった。
『なんなの、貴女たちのその力……』
「おまえこそ、随分と手慣れていること。なんで手慣れているのかは、思い出せる?」

 どうして。
 ……そうだ、どうしてこんな女の子を躊躇なく殺そうとできるのだろう。
 わからない。
 手慣れている? 確かにそうだ。
 塀の上の首。私がやった?
 私は……人を斬ったことがある?

『何かの間違いよ。私はただの、』

 私は、ただの……。
 何なのだっけ。

「……ねえ、忘れてしまったの。それは手放していいことだったの」
 花剣は、いかなるものも切断する。
 この女が放心している間に、とどめを刺してやることは簡単だった。
 だが、それはおそらく仲間の意向とも、自分の想いとも異なる。
 だから、耀子は剣を握った腕を下ろした。
「何のために此処に居るのか、思い出せない?」
『何の……ために……?』

 頃合いだ。蔵乃祐は、極限まで高まった念の力を解放する。
「神威を宿せ。『神降ろし』」
 空気が変わったのを感じ、耀子の背後へ意識を向けたシノハラは、言葉を失った。
 仁王の形相を愉悦の笑みへと変え、全身を返り血で真っ赤に染めた、破戒の悪僧が。
 真なる戒道蔵乃祐が、そこに在った。

 殺される――!
 素直にそう感じたシノハラは、その瞬間ただの一市民であった。
 それゆえに。
 蔵乃祐の念は吹雪を越え、山を越え、この崩壊した世界でなお命をつなごうとするすべての者の集合無意識へとアクセスし、シノハラではない『志乃原・遥』の情報をかき集めていく。

 このままではまずい。心でも記憶でもない『なにか』が――世界を壊す怪物としての『本能』が働きかけ、シノハラの手足を動かした。
 まっすぐ蔵乃祐に向かおうとする彼女を、耀子が阻む。
 刃は、たしかに身体に当たった。
 ……ほんとうに、この攻撃ではひとを斬れないのだ、と思った。
 体温が急激に下がっていく。いま、耀子のどこかが凍りはじめている。
「おまえの結末を、あたしは知らない。これだけのヒトを殺したおまえに掛ける情なんてないわ」
 言葉は氷のようにするどい。
 だが、耀子の吐く息はまだ白い。
「……、ただ」
 精彩を欠いたシノハラの動きの隙を見切り、鋸を持つ右腕の肘めがけ、チェーンソーをまっすぐに斬りおろす。凍って動かなかろうが、剣だ。斬ろうと思えば斬れる。
 機械剣の重量を一点に受けたシノハラの右腕はきれいに切断され、彼女が握っていた鋸ごとぽとりと落ちた。たいして動じる様子もないシノハラを一瞥し、耀子は戦場から離脱をはかる。
 そうだ。ひとつ、頼まれていたことがあった。

「ほんとうに『やめさせてやる』ためには、おまえのこころが必要だと思っただけよ」
 ――すべてが凍ってしまう前に。

 虚を突かれたような表情を浮かべるシノハラの元へ、蔵乃祐が猛然と飛びかかってきた。大連珠の巻かれた腕で彼女の頭を鷲掴みにし、そのまま宙に持ち上げて、自由を奪う。
『そう。私を殺すのね。頭蓋骨を砕いて』
「いいえ。志乃原さん、貴女には思い出さねばならない記憶があるようです」
 掌が熱い。
 世界をまだ諦めず、戦うものたちの祈りが、この血潮にいま、宿っている。
 過去から来たる魔を滅し、浄化する灼熱。これを、直接この女に流しこむ。
 そうして存在証明を希薄化してやれば、『過去』でありながら『過去』の消滅を願う彼女の矛盾を、取り除いてやることができるはずだ。
「心を、記憶を失えば、人は強くなれるのかもしれません。ですが、それは幸福という概念の消滅を意味します」
 血染めの悪僧はそう説くと、不意に、存外快活な笑みをみせた。
 そろそろ約束の三分が経つ。なんとか間に合った。目的のものを見つけられて、よかった。
 まだ居たのだ。殺人鬼ではなかった、ほんとうの彼女を覚えている者が。
「還りなさい。志乃原遥」
 ――貴女が、最も幸せを感じていた世界へ。

◆ ◇ ◆

 ……どこだろう。大きな建物が見える。
 廊下、教室、体育館に食堂……学校だ。私の母校。
 それから……この男の子は。

 ああ、『彼』だ。有馬・英次。
 やっと思い出した。日本人離れした彫りの深い顔。
 馬鹿みたいにスキーが好きで、いつも雪焼けで真っ黒な肌。
 でも、くしゃっとした笑顔が意外とかわいくて、そこが好きだった。

 ……そういえば。
 いつも後輩に惚気話を聞かせて、露骨に嫌そうな顔をされていたっけ。
 こんな世界だけど、あの子達も、どこかで生きていてほしいと思う。
 どこかで、きっと。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

レパイア・グラスボトル
マトモなヤツはそれで良い。
死んでもバカは笑って生(逝)ける。
死んでからバカになるのは呆れる話で、
死ぬ迄病人は哀れだけど仕方ない。
でもな。
死んでも病人は駄目だろう。

【SPD】
あの頭の病人の治療だ。
放置は気分が悪いしな。

敵にへUCによる頭の治療。一般人に接近のフォローをさせる。
記憶や精神に関する箇所の治療・強化により【大切な心や記憶】の消失を抑制。可能であれば復旧。
代償を制限することで敵UCの効果の低減or停止狙い。

家族に歴史あり、N県H村出身者がいたりするかもしれない。
彼女の話を聞いたことがあるかもしれない。
それが治療の役に立つかは分からないけれど。

まず、病人は病人である事認めないとな。

アレ観


無間・わだち
きっと彼女は、こわいのだ
思い出してしまうのが
忘れてしまうのが

青年達を盾にすれば簡単だろうが
それはできない
俺が、したくない

行こう
彼女を殺しに
冷えた呪いの刃へまっすぐ駆ける
痛みも願いも叫びも、全てこの躰で受ける
【激痛・環境・呪詛耐性

抱きしめるように喰らいついて
投げ出すように四肢で捕らえて
彼女のこころを躰ごと焼き殺す
灼いて融かして、炭すら残さぬように
【限界突破、捨て身の一撃

あなたを暖めることなんて
できやしないけど
これで、寒くはないでしょう?

これで何を思い出すか
忘れてしまうかは知らないけど
凍る彼女が怯えぬように、わらう

大丈夫
俺はあなたを、覚えていますよ
大切な人を探していたあなたのことを、ずっと
【優しさ



 きっと彼女は、こわかったのだ。
 思い出してしまうのが。
 ……忘れてしまうのが。

●12
 『吹雪の王』、シノハラハルカは。
 ……いや、志乃原・遥というただの女子高生の残照は、嘘のようにおだやかに笑んで、はらはら舞う雪を眺めていた。
 猟兵達の術や策により、志乃原はすべての記憶を一度洗い流され、『最も幸せを感じていた時間』へと戻っているようだった。
 世界は荒廃していないし、彼も友人達も生きているし、誰も殺したり、殺されたりしていない。
 現場の惨状がそのすべてに対する反証となっていても、いまの志乃原には認識ができない。
 ただ、ひどく幸せそうであった。
 過去から来た魔物として、なぶり殺してしまうのが憚られるほどに。

「……どうすんですか? アレ……」
 ともに志乃原と戦っていた青年たちも困惑したのだろうか、無間・わだちとレパイア・グラスボトルに、おそるおそる声をかけてきた。
 万が一にも傷を負わせるつもりは元よりなかったが、もはや青年たちへと危険が及ぶ心配もなさそうで、わだちは安堵した。死せるこの身が生者を盾にする道理はないし、あの子だって、きっとそれは望まない。
「どうするって、そりゃあ健康になるまで治療する。アレは頭の病人だろう」
 レパイアはあいわらずの悪い笑顔で、すっぱりとそう言ってのけたのだから、青年たちもさぞ驚いたろう。
 志乃原遥は、まだ正常な記憶を取り戻したわけではない。
 都合の悪い真実だけを綺麗さっぱり忘れているようでは、それはやはり、レパイアとしては健康とはいい難いのだった。
「あぁ。団体行動ってのは大事だな、わだち。異論あるか」
「いえ。何を思い出しても、忘れてしまっても。俺たちがかならず、彼女を殺します」
「上等だ。治療はワタシに任せておけ」
 相手は余命いくばくもない病人である。
 すこしはしあわせな時間を与えてやるのも悪くはない。
 だが、このまま放置しては――気分が悪い。

◆ ◇ ◆

「そうだ。そこの日本人。アンタN県H村の出身者なのか?」
「あっハイ! H村の隣の、N市ってとこに住んでました」

 N県H村は、かつて日本有数のスノーリゾートとして有名であった。志乃原遥の所属していた高校のスキー部も、冬になると毎年強化合宿に訪れていたという。
 そんな中、将来を嘱望されていた有馬英次という部員が、不慮の事故で死亡した。
 彼らが合宿を行っていた山荘で、恐ろしい連続殺人が起きたのがその翌年である。犯人として逮捕されたのが、当時同高校の三年生であった、志乃原遥――有馬英次の恋人だったと。
 先ほど助けた日本人の青年は、レパイア達にそのような事を語った。

「その後、裁判中に拘置所ごとオブリビオン・ストームで吹っ飛んで、行方不明って聞きましたけど……」
「ふむ、世紀末らしい話だ。参考になった」
「じゃあ、行こう」
「行こうって……あんた達正気か!? 殺人鬼に戻したら何してくるかわかんねえぞ!!」
 青年たちは一瞬ためらったが、やはり心配だったのだろう。雪のなかへ佇む志乃原の元へまっすぐに駆けてゆく、わだちとレパイアを追う。
「フォローは頼むぞ」
『ちょ、ちょっと! 貴方達なんなの……!?』
 かつての幸せな記憶に浸っていた志乃原は、いきなり青年たちに両手足の自由を奪われ、驚愕と困惑の表情をうかべている。どうやら、心のほうは正常な人間のそれに戻っているらしい。
 レパイアは、志乃原の額に医療ノコギリの歯をあてた。
 まずこの中身をどうにかしてやらねば、どうにもなるまい。力を乗せ、縦にひいてやる。ついでに、千切れた右腕も繋げておいてやろう。
「少し手荒になるが我慢しろ」
『!? あぁあああぁぁあぁぁああァ!!!』
 あまり直視できる光景ではない。レパイアの暴力的医療行為がすむまで、わだちはそっと右眼に蓋をして待った。やがて、手術が完了したようである。
『――っ!! わ、私は……私……、生きて、る……?』
「ようやく全て復旧したか。患者、名前は言えるか?」
 レパイアに名を問われた志乃原の顔に、さまざまな感情が浮かんでは、消えた。
 恐怖。困惑。絶望。後悔。そして――すべてを受け入れる、覚悟。
『……ええ。志乃原遥……私は、連続大量殺人犯の志乃原遥よ』

◆ ◇ ◆

『……あれは、全部私がやったのね。いったい何人殺したのかしら』
 冷えた呪いの刃を、わだちの『夜叉』が正面から受ける。
 『あれ』というのは、塀のうえに並べられた首を指して言っているのだろう。極力そちらを視界へ入れないようにしながら、わだちは志乃原の振るう刃を受けとめつづける。
『気の毒なことをしたわ。みんな英次くんには全然似てない』
「あぁ、もうその心や記憶を手放してやろう……などとは考えるなよ。しても、すぐワタシが治療してやるからな」
『……もう貴女の手術を受けるのはお断りよ』
 ――レパイアの言葉に苦笑いをうかべた、シノハラの『城』が、崩壊する。
 鉄も、硝子も、アルミサッシも、二酸化炭素を排出しないすべての物質はくずれ、過日の吹雪となって山を吹きぬける。

『このホテル、どこかあの山荘の面影があったわ。……さよなら、英次くん』

 白銀にとざされた景色のなかには、復讐に手を染め、すべてを奪うものと化した、ただの女の末路があった。かなしく痛ましい過去と、真実だけがあった。
「受けとめます。あなたの痛みも、願いも、叫びも、すべてこの躰で」
『これ以上ひとを殺したくない、って言ったら信じてくれる?』
 志乃原はそう言ってうすくほほ笑むと、刀身が切断され短くなった鋸を、わだちの頭に振り下ろそうとした。
 その太刀筋に、先程までのような冷えきった殺意は感じられない。それでも、彼女はこの荒廃した世界を破壊する怪物として、ふたたび地上に舞い戻らされ、無法者として何度でも殺される。

『天罰ね』
 ……まるで呪いだ。

 すべてを思い出したいま、痛いだろう。
 苦しいだろう。己の罪を、運命を憎んだことだろう。
 だから、わだちは武器を手放し、志乃原の刃を――すべての感情を、その両腕で受けた。
 凍るのは肉体ではない。既に死したかれを動かす、歯車の心臓だ。ゆっくりと動きを止めていくエンジンに、あの子ののこした熱がともる。彼女を助けてと、あの子が叫んでいる。
 だから、動ける。痛みも冷たさも呪いも、すべて受けとめて。
「志乃原さん。俺は、今からあなたを殺します」
 青い唇をふるわせ、なにか言いかけた志乃原を、抱きしめるように体当たりをする。後ろへ倒れこむ彼女を離さぬよう、四肢でがっちりと捕まえ――わだちは、燃え上がった。
「あなたを暖めることなんて、できやしないけど。これで、寒くはないでしょう?」
 雪の女王。
 あの童話のように、流した涙で氷を溶かせるほどの絆はない。
 だから手足ぐらい、投げ出してやってもいい――この痛みは、悼みだ。

 極熱の炎はわだちの四肢からあがっている。コイツは、自分の四肢を犠牲にして、この病人を火葬場送りにするつもりだ――レパイアはそう思った。
「くく。死んでからバカになるなんて呆れる話だ、まったく」
 硝子のシリンダーから産まれた闇医者は、愉快そうに笑う。
「良いぞ。死んでもバカは笑って逝ける。それは『生ける』って事だ。そうだろう、わだち」
「……ほめられている、と思ってよいんでしょうか」
「この世紀末じゃバカは最高の褒め言葉だろう?」
 マトモなヤツはそれで良い。マトモじゃないバカも、嫌いではない。
 後で皆まとめて治療してやればいいし、この戦場には治し甲斐のあるヤツらが大勢いる。
 なぜ、という顔でふたりを見る志乃原へ、レパイアはあたりまえのように言ってやった。

「死ぬ迄病人は哀れだけど仕方ない。でもな。死んでも病人は駄目だろう」

 それだけだ。
 善も悪も、イェーガーもオブリビオンも、もはや関係ない。
 レパイアの目についた病人は全員治療されなければならない。
 彼女はただ『製品仕様』として、己のすべき事をしてやっただけだ。
「まず、病人は病人である事認めないとな」
 レパイアはいつもの悪どい笑顔でわらう。
 わだちも、ぎこちなく笑みをうかべる。不器用な優しさをこめて。煉獄の炎に焼かれて、なおも凍える彼女が怯えぬように。
「大丈夫。俺たちはあなたを、覚えていますよ。大切な人を探していたあなたのことを、ずっと――」
 レパイアが見守るなか、わだちの四肢は、志乃原のいのちと共に、すべて燃え尽きようとしていた。
 この氷獄を終わらせる。
 灼いて、融かして、炭すら残さぬように。

『……どうしてかしら。暖かいわ。とても……』
 一度目の彼女がなんと言って死んだのかは、だれも知らない。
 それが、志乃原・悠という女子高生の、人生二度目の遺言になった。

◆ ◇ ◆

「さて。公務も無事片付いた事だし……お待ちかねだ! 略奪の時間だよ!!」
「「「ヒャッハー!!!」」」
 ほとんどが重傷人になってしまった味方は全員救急車に放りこんでやった。
 ふたたび呼びだした家族たちや、青年たちと共に、レパイアは雪の中に埋もれていた戦利品を回収してヤマモトのトラックに積みこむ。
「おっさん! 帰ってきたぜ!!」
「おお、お前ら! 全員無事か! 良かった、本当に良かった……っ!」
 聞いていたとおり燃料しかなかったが、車を動かすには必須であるし、物々交換の材料としても役立つだろう。感動の再会が繰り広げられる横で、しっかり一部をいただいておく事は忘れない。
「依頼の達成報酬、プラス、志乃原の診察代でこんなモンだろう。不足分は……やっぱりグリモアベースへ請求しておくか」
 言い値で請求できると噂の給料へ想いを馳せながら、レパイアは救急車のなかへと消えていった。
 それが、この世紀末を笑いとばして生きる、レイダーという生きざまである。

 家族に歴史あり。
 拠点の復興には時間がかかるだろうが、いつかそれすら、笑って話せる時がくる。
 凍った時計の針はすすんで、女王はふたたび骸の海へと融けていった。
 けれど、ここにふたたび甦った彼女のこころは、語り継がれることだろう。
 誰かへ、きっと。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月28日
宿敵 『『吹雪の王』志乃原・遥』 を撃破!


挿絵イラスト