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心の在処

#カクリヨファンタズム #『薄氷』の雪女 #ごいのひさま

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#カクリヨファンタズム
#『薄氷』の雪女
#ごいのひさま


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●滅びの始まり
 風を捉えて、ひゅーん、ひゅん。
 木々の間を抜けて飛んでいたごいのひさまたちは、顔馴染みが合流するたびに『おはよおー』『今日も最高のせっきゃくってやつをだねえ』と楽しそうなお喋りを広げていく。
 その時、どこかから冷たい空気が流れ込んできた。ごいのひさまたちは芯まで撫でるような冷たさにぶるるっと震え、羽毛を膨らます。それから地面へふらふら、枝へふらふら。適当な場所まで力なく飛んで、留まって――そこから動かなくなる。
『……い、今のちべたいの、なあに?』
『わ、わかんないわ、しらないもん……! でも……変。何かが、すっごく変』
『ぼくも……あれ? あれれ?』
 嘴で胸のふわふわ羽毛を整えても、“変”は消えるどころか強まるばかり。
『どうして? ぼく、病気?』
 大好きなみんなと今日もおしごと。
 いらっしゃいませってお出迎えして。
 広げられたメニューの後ろからチラッと覗いたりして。
 お料理やお菓子が出てくるまで一緒におしゃべりしたり、もふもふしてもらったり。
 そんな風に、今日も大好きなおしごとを――って、思ってた。
 ああ。おかしい。変だ。
 大好きなみんなと一緒なのに、なんにも感じない。

「……其れは、在ってはいけないものだから」
 其れさえ無ければ、あの子のように心を痛める事もない。
 其れが在れば、あの子のように目から雫が溢れてしまう。
 だから、その様なものは要らないの。
 だから、その様なものは冬に鎖してしまいましょう。
「そうすれば、誰も傷つかないわ」
 だから。
 好きなんて想いは、消えればいい。

●心の在処
「皆様の力をお借りしたいのです」
 猟兵たちに拱手をした汪・皓湛(花游・f28072)は静かに顔を上げた。
 年がら年中何かしらの理由で滅びの危機を迎える世界・カクリヨファンタズム。今度は何がと問う声に、皓湛は表情を曇らせ、語り出す。
「とある雪女の手により、カクリヨファンタズムから『好意』が消えるのです」
 好意。他者や物に対し抱く“好ましい”という感情、慕う想い。
 優しい、綺麗、あたたかい、好き、美味しい、健やかであってほしい――様々な『好意』だけが突如消えた事で、妖怪たちの間に戸惑いや混乱が広がった。彼らは飛び交う骸魂に抵抗らしい抵抗も出来ず次々に飲み込まれ、オブリビオン化している。
「あの世界に生きる妖怪たちにとって、『好意』とは生死に直結するものです。私であれば、人間や、この神剣に対する好意が最たるものですが……」
 東方妖怪は『好き』、西洋妖怪は『愛情』、新しい妖怪は『エモさ』、竜神は『信仰心』。それらの源になる『好意』が消えれば、どれだけ糧を得ようとも無味無臭の何かを食べるようなもの。
 それが一時的なものであれば耐えれば済む話だが、元凶がオブリビオンである以上、耐えれば耐えるだけ違和感や苦痛が続き、いずれは骸魂に取り込まれてしまうだろう。
「消え方も奇妙なのです。恐れのあまり泣き出すものも視られました」
 始まりである、冬の冷たさを孕んだ風。
 それに触れられた瞬間、あった筈の好意だけが消える。
 自分が“何に”“どのような好意を抱いていたか”は覚えている為、妖怪たちはひどく戸惑い――そうしているうちに“何に”“どのような好意を抱いていたか”すら消えていくのだ。
 泣き出した妖怪は、なぜ泣いていたのかわからなくなって呆然としていた所を、骸魂に取り込まれてしまったという。
「現地へ向かえば皆様も影響を受けましょう。個人差はあると思うのですが……」
 鬼火に取り込まれたごいのひさまたちの先、元凶である雪女の元へ辿り着いた時、好意が消えているのか、好意の記憶までも消えているのか。どちらの状態かは断言出来ないと花神は語り――「それでも、」と猟兵たちに願い、グリモアを輝かせた。

 今ならまだ、滅びを止められる。
 猟兵であれば、世界を――心を、救えるからと。


東間
 カクリヨファンタズムでの冒険をお届け。東間(あずま)です。
 ごいのひさまたちとカクリヨファンタズムを救うお話。

●プレイング受付期間
 個人ページトップ及びツイッター(https://twitter.com/azu_ma_tw)でお知らせします。プレイング送信前に一度ご確認くださいませ。

●一章 集団戦『ごいのひさま』
 鬼火に取り込まれてしまい、今は可愛いお顔で無感情に喋るごいのひさま。
 特に気にしなくとも、倒したら骸魂が剥がれて、ごいのひさまは助かります。

 戦場全体に冷気が漂っており、どれだけ耐性を持っていても影響を受けます。
 どのように影響を受けるか、好意を向ける対象への想いや抗う様などを籠めて頂ければと思っております。
 影響の程度はご自由に! 好意が徐々に消えていく、好意が丸っと消えた+記憶も消えていく、ずっと耐えていたが戦闘の終わりで消え始めた等々。
 好意を抱いていた対象も同じく、ご自由にどうぞ。
 ですが、あれもこれもと色々詰め込むよりも、ひとつに絞るのがオススメです。

●二章 ボス戦『『薄氷』の雪女』
 『あの子』と呼ぶ妖怪を取り込んだ雪女。
 表情も声も、とても冷たい。
 雪女を倒したら、好意は記憶含め戻ってきます。

●三章 日常『不思議な喫茶店』
 ごいのひさまたちが勤務(?)している喫茶店でのひととき。ごいのひさまなメニューやそうでないメニュー、ごいのひさまとの触れ合いが楽しめます。
 詳細は三章開始までお待ち下さい。
 プレイングでお声がけいただいた場合のみ、汪・皓湛もお邪魔します。

●お願い
 同行者がいる方はプレイングに【お相手の名前とID、もしくはグループ名】の明記をお願い致します。複数人参加はキャパシティの関係で【二人】まで。

 プレイング送信のタイミング=失効日がバラバラだと、納品に間に合わず一度流さざるをえない可能性がある為、プレイング送信日の統一をお願い致します。
 日付を跨ぎそうな場合は、翌8:31以降の送信だと〆切が少し延びてお得。

 以上です。
 皆様のご参加、お待ちしております。
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第1章 集団戦 『ごいのひさま』

POW   :    ゆらゆらひのたま
自身が装備する【青と橙の鬼火】をレベル×1個複製し、念力で全てばらばらに操作する。
SPD   :    ごいごいふれいむ
レベル×1個の【青と橙】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
WIZ   :    ついてくる
攻撃が命中した対象に【青か橙の炎】を付与し、レベルm半径内に対象がいる間、【次々と発生する「青と橙の鬼火」】による追加攻撃を与え続ける。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●凍えた翼
 辿り着いたそこは静かに冷えていた。
 どこまで冷気が伝わっているのだろう。足元の地面、辺りに見える植物。それらは全て表面にうっすらと霜を纏い、息を吐けば淡い白色がふわりと浮かんで消えていく。
 そして――枝の上や地面の上。様々な場所から猟兵たちを見つめる、ごいのひさまたちの眼差しも。何もかもが、しんと、つんと、冷えていた。
『……猟兵だ』
 聞こえた声は愛らしい。しかし目尻を山吹色に染めた円な瞳は、陰で揺れる炎のような色に猟兵の姿を映すだけ。そこに、彼らが『猟兵』という存在に抱く憧れの類は欠片も見えない。
『何しに来たの?』
『何を、するの?』
『……邪魔を、するの?』
『……そうなの?』
『すきを、元にもどすの?』
『だめだよ』
『すきは、全部なくなるんだ』
『そうしたら、もういたくないんだ』
『こわくないんだ』
『くるしくならないんだよ』

 ――ぼ、っ。
 ぼ、ぼぼ。っぼ。

 ごいのひさまたちの周りで青と橙の鬼火が回り出す。
 ぐるり。くるり。ぐるぐる、くるり。
 廻る青と橙は、速度を緩めたり早めたりと気紛れな様を見せながら、少しずつ大きくなっていく。
『だから、』
 冷えた空気が一際強く燃やされて、鬼火が青と白と薄灰の体を照らす。
『みんなのすきも、ふゆのなかにとざさなきゃ』
 
旭・まどか
此処は、寒いね
暑過ぎるよりかは幾分かましだけれど
冬の訪れにしたってまだ少し早いんじゃあ無い?

向かってくる鬼火に暖炉代わりかななんて笑えるのも最初だけ
燃焼しない様隸に踏み消す指示をして

ねぇ、ごいのひさま
君達には其が要らないの?
隣に立つ相手を何故其処に立たせたいと願うのか
その根幹を邪魔だと云うのなら、それでも構わないけれど

本当に?
本当に“ひとり”で、良いの?
“ひとり”で、耐えられる?

悩んで、考えて
何も無理難題を押し付けている訳じゃあ無いでしょう?
少し眠って、目が醒めた後に教えてくれたら良いだけだ

おやすみ
そして、おはよう

ねぇ、君たちの答えはどっち?
『好意』は“要るもの”?
それとも、“要らないもの”?



 地面を踏んだ靴底から。纏う衣服の上から。辺りを満たす冷気がそれらを音もなく越え、体の内に染み込んでくる。無防備な鼻腔と喉は呼吸のたび冷気に撫でられ、冷えとかすかな痛みを残すばかり。
「此処は、寒いね。暑過ぎるよりかは幾分かましだけれど」
 言葉と共にこぼれた息は、視界に淡い白色を揺らして儚く消えていった。
 旭・まどか(MementoMori・f18469)は木々の葉が纏う霜を横目に通り過ぎ、冷たい風に髪を遊ばせながら目線を少しだけ上げる。
「冬の訪れにしたってまだ少し早いんじゃあ無い?」
『そうかな』
『そうなのかな』
 枝に連なる丸々としたシルエット。数羽のごいのひさまが、疑問というにはひどく薄い声音で返してきた。二、四、六、八――まどかを映す瞳は凪いだ水面のような様で並んでいる。賑やかなのは、彼らの周りで廻って揺らいでと動き続ける青と橙の鬼火くらい。
『ぜんぶが冬にとざされるんなら、ちょっとくらいはやくってもいいんじゃない?』
『それは、たぶん、わるいことじゃないよ』
『うん。でも、ねえ、』

 きみはまだなんだね。

 やわらかなのに冷え切った声。
 放たれた鬼火が一塊になれば暖炉代わりになるか、なんてまどかが笑えていたのは最初だけ。
 燃焼しない様にと連れる隸へ踏み消す指示を出し、獣の足がたんっと跳躍しては空中で鬼火を足場とするように、ぱしっ、ぱしっ。右へ、左へ。隸が素早く宙を駆けて跳ぶ毎に、鬼火が弾けて消えていく。
「ねぇ、ごいのひさま」
『なあに』
「君達には其が要らないの?」
『うん。いらないよ』
 形のない其。言葉として表す其。名付けられた――感情。ごいのひさまを一羽ずつ見つめていくまどかの視界で、踏み消された鬼火の青が弾けて散った。
「隣に立つ相手を何故其処に立たせたいと願うのか。その根幹を邪魔だと云うのなら、それでも構わないけれど」
 彼らのいう“不要”が、どこからか溢れ続ける冷気にあてられ、消された末に生じたものと知る故に――ごいのひさまの目に映る白い唇はゆるりと動いて、確かな音を紡いでいく。
「本当に?」
『なにが?』
「本当に“ひとり”で、良いの? “ひとり”で、耐えられる?」
『どういう、意味……? わかんないよ……?』
「じゃあ、悩んで、考えて。何も無理難題を押し付けている訳じゃあ無いでしょう?」
 ひゅ、と飛んできた橙の鬼火は、横から疾く駆けてきた獣の足に踏み消された。弾けた橙の名残はまどかの視界からすぐに消え――ふわり現れた夜の気配が、鳥の妖たちをやわらかに包み始める。
「少し眠って、目が醒めた後に教えてくれたら良いだけだ」
『おし、え……?』
 枝からひゅるりと落ちて、草の上にぽてん、ころころ。冷気よりもずっと心地よいものにいざなわれ、一羽、また一羽と、秋を呑む冬から夢の中。
「おやすみ。そして、おはよう」
 眠りから醒め、この冬が終わっていたら。彼らは先程の問いに、どう答えてくれるだろう。彼らの答えは、どっちだろう。
「ねぇ、『好意』は“要るもの”? それとも、“要らないもの”?」

成功 🔵​🔵​🔴​

エンジ・カラカ
可笑しいな。
何でこんな糸を持っているのだろう。
俺は何をしに此処に来たのだろう。

……五月蝿い鳥を殺しに来たのかもしれない。
そうだ。そうに違いない。

薬指に傷なんてあったんだー。
へぇ、何で?
つまらない物だろうな。
いいや。殺そう。
こいつらが元凶だろ。
俺は寒くて寒くて仕方ない。

糸は懐に片付けておくか。
そのうち何かに使えるだろ。

赤い糸を結んだ青い鳥。
俺が昔から使役する相棒だ。
ネクロオーブから呼び出した紅花。

鳥には鳥を。俺が出るまでもないだろ。
あの鳥の羽を毟ろう。
羽毛は暖かいだろう。

ああ、それで、紅花は何で赤い糸を付けているんだっけ。
まぁ、いいや。

何でもいいや。



 まだ秋の筈なのに、そこは冬が訪れ始めた秋の終わりみたいだった。
 変な世界だ。可笑しな状況だ。
 それ以上に。
(「可笑しいな。何でこんな糸を持っているのだろう」)
 視界でやたらひらひらと躍る、妙に赤い糸。
 何の為にそれを持っているのか。エンジ・カラカ(六月・f06959)は記憶を辿れどさっぱりわからなくて――自分は何をしに此処に来たのだろうと、赤い糸を視界から外した。
『どこへいくの?』
『もしかして、まだ、くるしいの?』
「……五月蝿いな」
 ああ、もしかして自分はあの鳥を殺しに来たのだろうか。だってあれは妙に五月蝿い。ずっと自分を追いかけて、青色と橙色の炎をやたらとけしかけてくる可笑しな鳥だ。きっと普通じゃない。
 “かもしれない”が僅か一秒で“そうに違いない”と確定した時、エンジは赤い糸の根本――左手薬指にあるものに気付いて首を傾げた。
(「傷なんてあったんだー。へぇ、何で?」)
 手を怪我する事はあっても、薬指の根本近くをぐるりと一周するような傷なんて、どこで、どうやってするのか。可笑しな傷だ。理由がわからない。
(「つまらない物だろうな」)
 エンジの意識は一瞬で傷から離れた。
(「いいや。理由なんてどうでも。殺そう。こいつらが元凶だろ」)
 ひょいひょいと駆けて鬼火を躱す間もずっと吐く息は白く、冷気のせいで頬がひりひりして痛くて冷たい。走っているのに寒くて寒くて仕方がない。武器は――この、糸は。わからない。そのうち何かに使えるだろうと、エンジは方向転換のついでに懐に片付けて。
『ねえ、きみ』
「五月蝿いって言ってるだろう」
 ひゅっ。
 振り向きざまに解き放った、赤い糸を結んだ青い鳥。あれは知っている。わかる。昔から使役する相棒だ。
 ネクロオーブから呼び出した紅花は矢のように空を翔け、その勢いで鬼火を二つ貫き、三つ目を羽ばたきでばしりと打ち消した。そのまま高く高く、円を描くように飛翔して――狙う先は、次の鬼火を現したごいのひさまたち。
 目には目を。鳥には鳥を。
(「俺が出るまでもないだろ」)
 エンジの目はただただ退屈そうに冷えていた。他の色が浮かぶのは、辺り一帯を覆う冷気の事を思い出した時。例えば次の風が吹いてきて、髪の奥にまで冷気が吹き込んだ時。喉の奥が冷えて、乾いて、僅かに唾を飲んだだけで痛みを覚えた時。
(「そうだ。あの鳥の羽を毟ろう」)
 一羽一羽は小さいが、全て毟って集めた羽毛は暖かいだろうから。
 紅花が落としたら拾って、取られないように隠して、それで――。
(「ああ、」)
 瞳に映る紅花。
 ひらりと翔ける青い鳥から伸びる赤色に、丸い目がぱちりと瞬いた。
(「それで、紅花は何で赤い糸を付けているんだっけ」)
 どうしてだっけ。何でだっけ。
 ふと浮かんだ疑問は、エンジの意識から一瞬で外された。
(「まぁ、いいや」)
 赤い糸がある理由を知りたいと思わない。
 知る必要を、感じない。
「何でもいいや」
 それよりも、今は暖まりたい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
…好きが無くなれば、は
分かる気がしますし…
そう思う事も、あります

痛み、怖さ、苦しみ…悲しみや、自己嫌悪も、無くて
…空虚になっても、私の中だけの事だから、それで良いと
伴う辛さに比べれば、無くても良いとさえ…
けれど、彼らには寂しく怖い事ですし…死活問題です

好きは色々ありますけれど…
今は、ごいのひさま…あの子達、を
薄れゆくのを堪えて、想ったまま
…おかえりなさいを願って

祈りと浄化を籠めて歌う事で、範囲攻撃と清祓道標
童謡や子守唄の様な、穏やかでどこか懐かしい唄を

皆の心が傷付かない様にと動いた、優しい骸魂達…
剥がす彼らも、安らかでありますよう

炎は怖いですが、異常も傷も治癒されますので
ただ願い、歌い続けます



 “みんなのすきも、ふゆのなかにとざさなきゃ”

 ごいのひさまの言葉が、泉宮・瑠碧(月白・f04280)の心にちくりと痛みを生む。
 “好き”が、無くなればいい。
 彼らが――ごいのひさまや雪女がそう思った理由が、瑠碧はわかる気がした。“好き”が存在しなければ心は痛まず、“好意を向けた結果、何が返ってくるか”怖れる事も、苦しむ事もない。
 ――悲しみや自己嫌悪だって、そう。
 好意というものが存在しなければ、それに伴う喪失や涙は生まれない。
(「……空虚になっても、私の中だけの事だから」)
 それで良いと思った。伴う辛さに比べれば、“無くても良い”とさえ。
 けれど。
『あなたは、すきが、いるの? いらなくないの?』
 感情のない声と眼差し。青を帯びた薄灰色の翼で冷気を叩き、自分の周りに青と橙の鬼火を廻らせるごいのひさま。彼らにとって好意そのものが消失するという現象は、寂しくて、怖い事で――死活問題でもある。
「……私、は」
 好き。好意。様々な形を持つそれ。自分の中に、まだあるもの。ごいのひさまから、失われたもの。想う事は好きの形と同じく多々あれど――今は、彼らを助けたい。
 瑠碧は静かに、深く、息を吸う。冷えた空気が体中を巡ろうとするようだ。指先が跳ねたのをもう一方の手を重ねて包み込む。それでも、自分の内にある感情が薄れゆくのがわかった。
「……っ、」
 冬によって奪われていくものを掴み、繋ぎ留めるように。瑠碧は自分の中にある好意を――ごいのひさまたちの中に存在していた好意を想いながら、唄を紡ぎ出す。
(「……おかえりなさい」)
 骸魂には還るべき場所があり、失われた想いにもまた返すべき場所がある。
 祈りを籠めた声は清らかな力を纏い、旋律は童謡や子守唄を思わすもの。穏やかでどこか懐かしい唄は冴えた空気の中でもあたたかで――そして、真っ直ぐな音色となって響き渡った。
 ごいのひさまたちが放った鬼火が、瑠碧の唄に触れた瞬間、風に吹かれた蝋燭の炎のようにぼぼっと音を残して消えていく。
『あっ、ほのおが』
『だめ。あなたのすきも、冬のなかにしまわなきゃ』
 ごいのひさまたちの言葉はまるで、書かれた内容をただなぞっているような平坦さ。“そうあるべき”という、出来たばかりの当たり前の為に告げられた言葉に、瑠碧は堪えるように胸を押さえ、澄んだ瞳にごいのひさまたちを映し――唄う。
 鬼火をかき消した瑠碧の唄が、冷気を超えて羽毛に触れた。
『あ――!』
 好意を冬の中に鎖せば心は傷つかない。皆の心がそうなるようにと動いた、優しい骸魂たち。剥がしてゆく彼らも安らかでありますように。その願いだけを一途に抱いた唄が、秋の中に満ちる冬をいつまでもいつまでも、震わせていた――。

成功 🔵​🔵​🔴​

ロキ・バロックヒート
色んな感情を落っことしてきたけど
どれだけ苦しくてもこれを失くしたらもうおしまいと
その予感はあながち外れではなかったよう
特に抵抗はしなかったから
好意がするりと消えていく

ああ寒いね
ほんとうに痛くない?苦しくない?
鳥に聞いているようで自問するような
可愛らしい鳥たちを影の槍で壊しても酷く虚しい
だって壊すことは愛だから
好意をもって善意をもって
救いを与えるのが私の神としての役割
神は世界を愛し慈しむもの
これがなくなったらただ壊すだけの機械と同じ
でも役割を果たすなら壊すだけでいいじゃない
つくづく心をもったことが間違いだと思ってた
誰にも望まれない役割に苦しむなんて欠陥だ

でも
ああ、これは
なんだろう
やっぱり、やだな



 ひとつ、ふたつと色んな感情を落っことしてきた。
 それでも、“どれだけ苦しくてもこれを失くしたらもうおしまい”と抱え続けた感情があって――そしてその予感はあながち外れではなかったようだ。
 特に抵抗はしなかったロキ・バロックヒート(深淵を覗く・f25190)の中から、好意と名付けられていたものがするりと消えて、どこに行ったのかも、わからなくなる。
「ああ寒いね」
 白くなった息が目の前で上っていくその向こうで、鬼火と共にぱたぱた飛び回る鳥型の妖怪が数羽。可愛らしい形をした瞳がロキを見た。
『あ、きみもだね』
『ぼくたちとおんなじになったね』
『よかったね』
 祝う内容でありながら、かけられる言葉に温もりめいたものはなく。気儘に伸びた夜色の髪の下、蜂蜜色の瞳がゆらりと動いた。
「ほんとうに痛くない? 苦しくない?」
 ロキの言葉もまた淡々として――それでいて、彼らに問うているようでいて自問するようでもあった。ごいのひさまたちが首を傾げる。あまりにも丸いから、首を傾げたというよりも体をくりっと動かしたようにも見えたけれど。
『どうしたの。まだ、のこってるの?』
「さあ。どっちだろ」
 どちらであれ、ロキという神はただ、彼らを“愛する”だけ。
 ――そして、その“愛”は“破壊”という形で表される。
 蜂蜜色に映る丸々とした可愛らしいシルエットが、一羽、二羽、三羽――影槍で貫かれ、勢いよく宙を舞って壊された。
 好意を以って。
 善意を以って。
 けれど。
(「ああ、虚しい」)
 壊したばかりの丸い生命が上に跳ね、落ちていく。ぽとりと地面に転がって静になる。
 一連の動きを追って再び目線を上げたロキの瞳は、新たに向かってきたごいのひさまたちを見ても変わらない。ただ、蜂蜜の色彩だけを浮かべている。
(「救いを与えるのが私の神としての役割。それは、私の中に残っている」)
 神は世界を愛し慈しむもの。
 これがなくなったら、自分の愛し方はただ壊すだけの機械と同じになる。
(「でも役割を果たすなら壊すだけでいいじゃない」)
 だってそうだ。この役割を果たす際に感情は要るのか? 神として救う際、心が無くてもいいんじゃないのか? 愛という感情が失われても、自分はこうして愛を、救いを与えているじゃないか。
(「つくづく心をもったことが間違いだと思ってたんだ」)
 そういう役割を持っていながら、心を宿すせいで誰にも望まれない役割に苦しむなんて――とんだ欠陥だ。“神”が聞いて呆れる。
(「でも。ああ、これは。なんだろう」)
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 ざ、ざ、ざ、ざんッと鳥を貫いて串刺しにする今、失くした胸に湧いてくるものは。
(「やっぱり、やだな」)
 これは。
 何と呼べば、いいのだろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

ブラッド・ブラック
【森】
運命の糸と謂うものがある、本来は赤だが
お前が俺を忘れない様、俺がお前を忘れない様
小指に結ぶはお互いの瞳の色――俺の唯一の光の色

大切な者への大切な想いだ、奪われる事等あってはならない
早急に終わらせよう
常する様にサンを背に庇いごいのひさまを薙ぎ払う
済まんが我慢してくれ

サン、醜い肉の塊でしかなかった俺に笑いかけてくれた愛し子
心だけでなく血肉迄捧げてくれた
掛け替えの無い、俺の全て

何時の間にか大きくなっていた
孤独を抱え苦しませてしまった
俺はもう絶対にお前を独りに等しないと

大丈夫かと見遣った先……誰を、

美しい天使がいた
いや、白い男だ
何故そんな顔で俺の名を呼ぶのだろう

世界は、こんなにも暗かっただろうか


サン・ダイヤモンド
【森】
小指に結んだ糸は花の彩、彼の瞳と同じ愛の彩
忘れたりしないよ、絶対に

翼を捥がれ棄てられて
全ての記憶を失った僕が目覚めて最初に目にしたものは
不安気に揺れるあなたの瞳

あなたが優しい人だって僕にはすぐにわかったよ
本当は寂しいのも、不安なのも
あなたがどんな姿でも僕にはわかる、感じるの

僕を救ってくれた、護ってくれた、愛してくれた
ずっと世界でたった一人の、愛おしい

あなたの瞳が徐々に熱を、色を失っていく
ねえ、そんな目で見ないで
深く刺さった刃に心を切り裂かれるよう
必死に彼の名を呼んで

違和感

鋭い爪で己の腕へ刻む
『好き 』
彼の、名前が

僕は好き、好き、愛してる
叫ぶ、荒れ狂う【氷の鎌鼬】
この想いは渡さない、絶対に



 運命の糸は赤い色をしているという。しかしブラッド・ブラック(LUKE・f01805)は蜂蜜色の、サン・ダイヤモンド(apostata・f01974)は花色の――己を真っ直ぐ映してくれる瞳の色を小指に結んでいた。
(「お前が俺を忘れない様、俺がお前を忘れない様」)
 記憶に、魂に刻まれているこれは大切な者への大切な想いだ。奪われる事など、あってはならない。
 地を蹴ったブラッドの纏う鎧が音を立てる。前へ出たブラッドの花色が自然と後ろに立つ形となったサンを映したのは一瞬。その瞳は既に冷たい幽世ではばたくごいのひさまたちを見据え、巨大な左腕の爪先を己の黒い肉体に寄せた。
「サン、早急に終わらせよう」
「うん、ブラッド」
 爪先が肉体へ僅かに食い込み、血を喰らう。鬣のような黒色がざわりと揺れ、封印を解かれ更に巨大となった左腕が持ち上げられる。まるで大蛇のように立ち上がる様を、サンは双眸を煌めかせ見つめていた。
(「忘れたりしないよ、絶対に」)
 翼をもがれ棄てられて。そうして全ての記憶を失った傷だらけのサンが、目覚めて最初に目にしたものは黒色の中で不安げに揺れる花色の瞳だった。
(「あなたが優しい人だって僕にはすぐにわかったよ」)
 言葉を交わすよりも先に、サンはまだ名前も知らなかったブラッドの人柄を感じ取った。そして共に生きていくうち、ブラッドという存在が本当は寂しい事も不安を抱えている事も理解するようになった。
(「あなたがどんな姿でも僕にはわかる、感じるの」)
 ばらばらのタイミングで放たれた鬼火の雨。それを薙いだブラッドが、そのまま左腕でごいのひさまたちを薙ぎ払おうとする。――その瞬間もきっと、あなたは“好き”を失くした鳥たちを想ってる。
「済まんが我慢してくれ」
(「ほら。やっぱり、あなたは優しい人だよ。ブラッド」)
 自分を救ってくれた。護ってくれた。愛してくれた。
 冷気が満ち、好意を奪う世界に居ても変わらない。ずっと世界でたった一人の、
(「愛おしい、ぼくの……」)
 ふ、と吐いた息が真っ白になって上っていく。
 小さな悲鳴と共に草の上へ倒れたごいのひさまを見るブラッドの口からも、同じように真っ白な息がこぼれていた。聞こえた羽ばたきへ目をやれば、木々の奥から鬼火纏う鳥の妖たちがやって来るのが見える。
『何してるの? おとなしくしててちょうだい』
『冬のなかにいれば、もう、こわくならないんだよ』
「済まないが、それは出来ない」
 封印を解いたままの左腕に力を籠め、ぬう、と持ち上げたそれを振り下ろす勢いに乗せて横へと揮う。
(「サン」)
 醜い肉の塊でしかなかった己に笑いかけてくれた、白き愛し子。あの子は心だけでなく血肉まで捧げてくれた。そして血肉を喰った己の傍に、今も居る。世界にたった一人の、掛け替えの無い、己の全てだ。
(「……何時の間にか大きくなっていたな」)
 そして心も成長したサンは、ブラッドの気付かぬうちに孤独を抱え、苦しんでいた。
 唯一の光が二度と翳らぬようにと、ブラッドは“もう絶対に独りに等しない”と青い世界で誓った。それは同じ空間に居る今も変わらない。
「大丈夫か、」
 後ろを見やるさなか、ブラッドの瞳が僅かに見開かれる。
(「“大丈夫か”?」)
 それは案じるが故に出た言葉だ。
 しかし己は――“誰”を案じたのだろう。
 その疑問は、見やった先にいた純白を見て塗り潰される。
(「なんて美しい天使だ」)
 羽根のように変化してく白い髪。白い肌。白い衣。己の後ろにいた天使が持つ、唯一白色ではない色――蜂蜜色の双眸を、ゆっくりと丸くしていく。きょと、としたような表情が、見る見るうちに哀しげになる。
(「……何故、」)
(「いやだ」)
 ブラッドの姿形は変わらないのに、ブラッドが自分を見る花色の瞳が徐々に熱を、色を失っていくのがわかった。その代わりに表れるのは初めて会った時のような、傷ついたサンを見る時とよく似た優しい色。
「ねえ、そんな目で見ないで、ブラッド」
(「何故、そんな顔で俺の名を呼ぶ」)
 何処かで会っただろうか。しかし“天使の如き生命と出会った記憶”など“己の中の何処にも存在しない”。こんなにも眩い生命がいたなら、きっと――ああ、しかし。何故だろう。
(「世界は、こんなにも暗かっただろうか」)
 まるで、光をひとつ。失ったような。
「ブラッド。おねがい、ブラッド」
 サンは花色の糸を守るように、左手を右手でぎゅうっと包んだ。
 ブラッドと自分。見える変化と感じる変化が刃となって、深く刺さって心を切り裂くようだ。苦しくて辛くてたまらない。目の前にいるひとを覚えている。誰なのかわかる。だというのに、呼んだ名が、音にして刻んだそれが違和感という異物となって自分の中に現れている。
(「いやだ」)
「おい、何を――!」
 白い肌を鋭い爪で傷つける。止めようと咄嗟に伸ばされた黒い腕を躱して刻みつけるのは、しがみついてでも守りたいもの。『好き』。それから――名前。名前を。ああ、いやだ。とらないで。
『そうだよ、そのまま。いたいのなんて、すぐ消えるから』
 いやだ。
(「僕は好き、好き」)
 魂の叫びと共に声を響かせた瞬間、氷の鎌鼬が吹き荒れごいのひさまたちを呑み込んだ。荒れ狂うその中に鳥も、鬼火も、呑まれて見えなくなる。
(「愛してる」)
 たとえ、唯一願う名を奪われても。
(「この想いは渡さない、絶対に」)

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ファルシェ・ユヴェール
表情を失ったごいのひさま達を見回して
……身に覚えがある気がするのです

誰も信じず偽りの笑みで夜と闇の世界を渡っていた頃
冷え切った心はささくれるばかり
抗う意志すら持ち得ぬままに

あの頃の私は、表情だけは笑っていても
きっとこんな風だった

救い上げてくれたのは、心通わせる想い人
悪巧みめいた笑みで「人助け」を持ちかけてくる彼女が
当時の私には不思議で
気が付けば、彼女の力になりたいと

……この想いを失えば
あの頃に逆戻り
その方が余程、苦しいのです

彼女に贈った物と同じアメシストを握り締め
貴石の騎士を創造
騎士の護りを受けつつ、反撃を

想い人の愛しい姿を
声を
憶えている
鳴呼、なのに
いつも想いと共に紡ぐ彼女の名を、呼べない――



 す、と視線を上げた先には霜を纏う木々。その中の一つ、枝に留まるごいのひさまたちがファルシェ・ユヴェール(宝石商・f21045)を見る目は、どこかぼんやりとして、不気味なほどに静かだ。賑やかなのは、好意と共に表情を失ったその周りを廻る鬼火だけ。
「……身に覚えがある気がするのです」
『なにが?』
 ファルシェは本物と見紛う花と宝石で彩った帽子のつばを摘み、昔の話ですよ、と呟いた。
 誰も、信じなかった。他者へ見せるのは偽りの笑みただひとつ。それを纏い夜と闇の世界を渡っていた頃、冷え切った心はささくれるばかり。心を潤わせる水も、温もりを広げる種火も知らず――抗う意志すら持ち得ぬままに。
(「あの頃の私は、表情だけは笑っていても きっとこんな風だった」)
 ただ息をして、ただ喋って。食べて。寝て。起きて。そこに、いただけだった。
 それだけだったファルシェを救い上げてくれたのは、日々、心を通わせる想い人。
 悪巧みめいた笑み。持ちかけられる“人助け”。何故、その笑みで、それを? それが、当時のファルシェには不思議だった。そして気が付けば、“彼女の力になりたい”と思うようになっていた。
「好意が全て失くなれば、痛みも、怖れも、苦しみもないと言いましたね」
『うん、そうだよ』
「……そうでしょうか」
 ぱち。瞬きをした一羽が翼を広げ、枝から飛び立つ。それを始まりに他のごいのひさまたちも枝から離れ、鬼火と共に宙を舞い始めた。くるくる廻る鬼火が、ぼっ、と音を立てて震える。
『だいじょうぶだよ。すきを冬にとざせば、もう、だいじょうぶになるんだ』
 淡々とかけられた言葉にファルシェは緩く首を振った。帽子のつばを摘んでいた指先は懐へ。固い質感を持つそれを優しく包み、冷気が満ちる幽世へと覗かせる。瞳に映すのは想い人に贈ったものと同じ――アメジスト。
 ひとつの出逢いが、自分を変えた。好意というものを知り、生きるという事を覚えた。ささくれていた心を満たしていった想い人の存在は、自分の心に何度も何度も煌めく漣を起こすのだろう。だからこそ。
「……この想いを失えば、あの頃に逆戻り。その方が余程、苦しいのです」
『そんなことないよ。すきがなくなれば、くるしいも、きえるんだから』
 早くおいで。それを口にしたのは、どのごいのひさまだったか。
 鬼火が一斉に放たれた瞬間、ファルシェの手にあったアメジストが輝きを放ち紫水晶の騎士に変わった。冷え切った世界に澄んだ紫彩の煌めきが躍り、地面に降る。
 それに合わせて響く戦いの音――騎士の護りを受けながら戦うファルシェの胸に、紫水晶の騎士への疑念など生まれはしない。ただ。
(「……彼女の姿を、声を、憶えている。まだ、憶えているのに」)
 自分を見て笑う鮮やかなエメラルド。名前を呼ぶ声。
 はっきりと、クリアに浮かぶのに。
(「嗚呼、なのに」)
 いつも想いと共に紡ぐ彼女の名を、呼べなくなっている――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シェルゥカ・ヨルナギ
エンティ(f00526)と

寒いねー
心まで凍てつく世界で、君の手が温かそうに見える
繋いでみていい?

白い息や植物の霜を見ても、面白いとも綺麗とも感じない
思い出せない感情
違和感と寂しさを覚える
繋いだ手の温もりだけが暗中の灯の様で
ねぇエンティ、戦う間も繋いでいたい
離してはいけない気がする
離したく、ない

丸い鳥達には水で出来た猛禽型の疑似生物を
君達の好きは何?
答えられないよね
水の翼が君達の炎を消すよ

あれ
エンティ、後頭部に羽毛が付いてるよ
取るから後ろ向いて
鳥達を退けた事で少し安心して、繋いでいた手を羽毛へ
取れた――…
……


君は誰かな
手を繋ぐの?
随分狼狽えているね
なのに何故だろうとも思えない
ただ、酷く、冷える


エンティ・シェア
シェルゥカ(f20687)と

さむい、ね
世界が全部色あせて見える、不思議な寒さ
繋いでくれるシェルゥカの手だけは、暖かくて
褪せた世界で君だけが色を持っているよう
離れがたい
離すのが、少し怖い
…うん、繋いで、いようか

道を遮る鳥殿は、華断で蹴散らしてしまおう
大丈夫、これなら、繋いでいられるからね

羽毛?取ってくれるのかい。ありがとう
手が、離れてしまって
あぁ、繋ぎ直さないと…
…あれ?
どうしてそんな必要があるんだろうね?
ねぇ、シェルゥカ
…シェルゥカ?
わたし、が、わからないの?
そ、そんなの駄目だ、駄目だよシェルゥカ
繋いだ手が、繋いでいるのに冷たくて
どうしよう、どうしよう
君にこんなにも縋る理由さえ、わからないんだ



「寒いねー」
「さむい、ね」
 滅びの危機を迎えている幽世は、今が九月だという事を忘れてしまいそうなほど冷えていた。呼吸をすればふわり、喋ればふわり。真っ白な息が口からこぼれ、冷えた空へと昇っていく。
 まだ滅びていない。命は確かに在る。だというのに、エンティ・シェア(欠片・f00526)の目に映るこの世界は、全てが色褪せて見える不思議な寒さに包まれていて――シェルゥカ・ヨルナギ(暁闇の星を見つめる・f20687)には、心まで凍てつく世界でエンティの手だけが温かなものに見えていた。
「エンティ。手、繋いでみていい?」
「ああ、いいよ」
 強く握りしめてはいない。なのに、繋いだ瞬間から、互いの手だけが温もりというものを伝えてくる。エンティの鮮やかな緑彩に映る褪せた世界の中でシェルゥカだけが色を持っているようで、シェルゥカがこの世界を見て感じたものの中で、この温もりだけが暗中に浮かんだ灯のよう。
「ねぇエンティ」
 たった今こぼれた白い息も。そこかしこにある、植物をうすらと覆う霜を見ても。今のシェルゥカは“面白い”も“綺麗”も感じない。そこには思い出せない感情があって、なのに、違和感と寂しさだけは覚えていて――だから。
「戦う間も繋いでいたい」
 この温もりだけが、暗中に浮かぶ灯のように思えた。
 この温もりを、離してはいけない気がする。
(「離したく、ない」)
 この温もりを離してしまったら、ひとつしかない灯が消えてしまいそうで。
「……うん」
 離れがたい。
 褪せた世界に色を灯す温もりを離すのが、少し、怖い。
「繋いで、いようか」
 その繋がりを断とうとする者が――ごいのひさまたちが現れ、二人の行く手を塞ぐ。ごいのひさまたちはぱたぱた飛びながら二人を見て、それから繋いでいる手を見て。現していた鬼火を、ぼぼっと震わせ廻らせ始めた。
『手をつないでるね』
『どうして手をつないでるの』
『なんのため?』
『手をつないで、どこへ、なにをしにいくの?』
 青と橙の鬼火を纏って、ひゅんっと飛んでくるまあるいシルエット。嘴、体当たり、小さな足での蹴り――どれか一つでも当たってしまえば鬼火が常について回るだろう。
「大丈夫」
 エンティはシェルゥカへ向け目を細め、得物に触れた。
「これなら、繋いでいられるからね」
 蹴散らしておいで。囁きと共に橘の花びらが舞う。やわらかに舞い上がってすぐ、風のないそこをさあっと翔けた白い花びらは、ごいのひさまたちと戯れるように――けれど術者たるエンティの言葉通り、彼らを蹴散らすべく可憐に躍る。
『こ、こんな花びら、』
 行く手を塞ぐ筈が逆に塞がれ、自らとひとつになっていた者も剥がされていく感覚に、ごいのひさまたちは必死に羽ばたいた。だが、白い花びらの向こうに一瞬見えた鮮やかな赤い視線に射抜かれて。
「君達の好きは何?」
 すき。ぼくの。わたしの。
 シェルゥカの問いかけに、ごいのひさまたちはパチリと瞬き一回。
「答えられないよね」
 だって、君達はそれを失くしてる。
 シェルゥカの頭の中、空想という夢幻の世界から勇猛な鳥が現れ羽ばたいた。大きな翼、鋭い嘴と爪――全てが水で出来た疑似生物が飛翔し、橘の花びらと共に鋭く舞う風となる。
 水の翼に叩かれた鬼火がジュウッと音を立てて水蒸気となり、橘の白い花びらに包まれ斬られていくごいのひさまたちから、短い悲鳴が何度も上がった。
 水翼の王者と橘の花びらの囲いからは、鬼火もごいのひさまも抜け出せやしない。
 聞こえる音や悲鳴は数を減らしていって静かになれば、口元から白い息がふわふわと昇る時間が、繋いだままの温もりと共に戻ってくる。――と、そこに見えた戦闘前との違い。毛先がふわりと曲線描く、紅茶のような髪に付いているソレ。
「エンティ、後頭部に羽毛が付いてるよ。取るから後ろ向いて」
「羽毛? 取ってくれるのかい。ありがとう」
 ふつり。
 繋いでいた温もりが、途切れた。
 ごいのひさまたちを倒した事で少し安心して。繋いでいた手が離れて。シェルゥカの指先はエンティの髪にくっついて揺れる羽毛へ。エンティの指先は、離れた温もりを惜しむように、ほんの少しだけ動いた。
「取れた――……」
 手が離れ、羽毛は取れて。
 そして繋がっていた時の温もりが、幽世を呑み込む冷気で薄れていく。
「あぁ、繋ぎ直さないと………」
 そうすれば――“そうすれば”?
 ――あれ?
「どうしてそんな必要があるんだろうね? ねぇ、シェルゥカ」
「……、?」
 ぱちり。底のない深紅を湛えた双眸が自分を見ている。だがそこに、エンティの知る彩がない。指先に残っていた温もりが、音もなく消えたような気がして。エンティの目が、かすかに震えた。
「……シェルゥカ?」
「君は誰かな。手を繋ぐの?」
 きみはだれかな。
 たった今言われた言葉が頭の中で木霊する。
「わたし、が、わからないの?」
「えっ、と……?」
「そ、そんなの駄目だ、駄目だよシェルゥカ」
 繋げば。繋げば、戻ってくるだろうか。エンティは首を傾げるシェルゥカの手を取り、繋ぐ。こうすれば、きっと――……“きっと”? 何が“きっと”なんだ? 手を繋いだのに、冷たさばかりがやって来る。
「どうしよう、どうしようシェルゥカ」
 手を繋がなければと思っていたのに。
 私がわからない君を、繋ぎ留めたいと思った筈なのに。
「君にこんなにも縋る理由さえ、わからないんだ」
 暗さを帯びた声。繋いだ手を見下ろすように、下を向いたままの顔。
 シェルゥカはそれを、ただ、見ていた。
(「随分狼狽えているね。……なのに、」)
 “何故だろう”とも、思えない。それが何によるものなのかもわからない。
 ただ、自分の手が――見知らぬ君と繋いでいる手が、酷く冷える。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

コノハ・ライゼ
まるで、温もりを攫うようネ

話は聞いてるから驚きも戸惑いもナイけれど
好意が消えていくナンて、オレにとって致命的なのよねぇ
好きなモノだけじゃナイ
食事も、そも生きる事すらも、あの人への好意から始まったモノだから
消えてしまったら、ナンの為に生きているのか分からなくなるし
そうしたらオブリビオンの生命だって美味しくいただけない

だから全てに興味が失せても、元凶を倒さねば失ったまま終わるのだと
自分に言い聞かせ行くわ

ケド少しだけ、知りたい気はするの
あの人への好意を失ってしまった自分
其れから始まり其れしか知らない自分が、失った後にナニが残るのか
きっと最高につまらない抜け殻になってしまうでしょうケド



 吐いた息が真っ白になる。風が吹くたびにあった筈の熱が薄れ、髪が躍れば頭もつんと冷やされていくようだ。まるで。
「温もりを攫うようネ」
 コノハ・ライゼ(空々・f03130)はうすらと微笑み、霜に覆われた地を軽やかに行く。
 予め異変については聞いていた為、驚きも戸惑いもない。しかし、見えない漣のようにふわりふわりとやって来る冷気で“自分の中の好意が消えていく”という異常に、何も思わない筈もなく。
「……これ、オレにとって致命的なのよねぇ」
 あーあ、とこぼした声が再び真っ白な吐息を生んだ。
 コノハにとって好意が消えるというこの状況は、コノハ・ライゼという己の根幹に関わるものだ。好きなモノだけでなく、食事を作る事も、食べる事も。そも“生きる事”すらも。それら全ての始まりを辿れば、浮かび上がる存在はただひとつ。
(「今のオレがこうして生きてるのは、あの人への好意から始まったモノだから」)
 もし自分の中の好意が消えてしまったら、食事は“ものを口に入れて噛んで飲み込むだけ”になり、生きる事は“呼吸と食事とその他運動と睡眠を繰り返す行為”でしかなくなる。料理だって、ただ、作業工程をこなすだけの無味無臭な時間になってしまうのだろう。
 そして。
 あの人に繋がる全てが、ぶつんと途切れて何処かへ行ってしまうかもしれない。
(「そうなったら、ナンの為に生きているのか分からなくなるし。オブリビオンの生命だって、美味しくいただけなくなるンでしょうね」)
 ――と、薄氷の瞳がとある木の根元に留まっていたごいのひさまを見つけ、そうっと、そしてかすかに細められる。向こうもコノハに気付き、じ、と見つめた後に翼を広げて鬼火と共に空中へと舞い上がった。
 距離はまだある。軽く駆ければ、互いに相手を射程に捉えるだろう。
 コノハは得物を手に取りくるりと回した。鬼火がごいのひさまの周りを一周する間に、強めに地面を蹴って一気に距離を詰める。満ちる冷気が全身を撫でた瞬間、皮膚からその下、更に奥底へと染み渡った気がした。
 形のない何かが、それに触れられた気がする。
 どれくらい猶予があるだろう。いつ、己の中から好意が消え始めるだろう。
 目の前に捉えた一羽へと得物を閃かせ着地して即、跳んだ。すぐ傍を勢いよく過ぎた鬼火の色を瞳に映しながら、次のごいのひさまへと揮う。
 ――全てに興味が失せても、元凶を倒さねば失ったまま終わる。
(「そンなのは御免なのよねぇ」)
 冷えゆく己に言い聞かせながら瞳に捉えた一羽が、コノハの目を見てぱちぱちとまばたきを繰り返した。
『きみは、まだ、すきがのこってるんだね』
「ええ、そう。まだあるわ。ケド少しだけ、知りたい気はするの」
 この冷気は好意を消し、やがてその記憶までも消すという。
 なら、“あの人への好意”を失ってしまった自分。“其れから始まり、其れしか知らない自分が、其れを失った後に何が残るのか”。コノハはその時を想像し――は、と白い息を吐きながら笑った。
「きっと最高につまらない抜け殻になってしまうでしょうケド」

成功 🔵​🔵​🔴​

ティア・レインフィール
『好意』が消えてしまう……なんて、恐ろしい
けれど、嘆き苦しむ方々が居るのなら見捨てる事は出来ません

お母様とお兄様
それに、教会で共に育った兄弟達
愛しているからこそ、それを奪った存在が許せなくて
だから、罪無きものが傷付けられないよう
私は戦うと決めたのです

少しずつ、家族に対する想いが消えていくのを感じながら
神に【祈り】を捧げ、精神が【落ち着き】を取り戻すよう深呼吸
【破魔】の力を込めて悲愴の葬送曲を【歌唱】します

ごいのひさまが苦しそうであれば
少しでも苦痛が和らぐよう【優しさ】を込めて子守唄を歌います

薄れていく感情の中、最後に消えたのは
兄弟達を殺した、あの人
見ない振りをしていた、お父様に対する想いだった



 幽世を襲った“好意が消える”という現象は、好意を抱いていた対象に好意とは逆の感情を抱くようになるといった類のものではなく、文字通り、“自分の中にあった好意が”“消える”。それも、自分の意志に関係なく。
「……なんて恐ろしい」
 しかし、ティア・レインフィール(誓銀の乙女・f01661)の中に“戻る”という選択肢は無かった。幽世に生きる者たちが嘆き苦しんでいるのなら、見捨てる事は出来ない。
(「お母様、お兄様。それに、教会で共に育った兄弟達」)
 思い浮かべるだけで心があたたまる、かけがえのない人々の姿。けれどティアが愛情抱く彼らは皆、とある存在によって奪われた。ティアの心には、愛する人たちを奪った者への想いが――許せないという確かな想いが在る。
 澄んだ瞳が冷気満ちる幽世を映す。向かう先は果てが見えない、ただの道。歩く為の領域があり、それを取り巻く簡素な自然が広がるだけの空間。その先に――ごいのひさまたちの姿が見えたその奥に、冷気の発生源たる雪女がいる。
『はじまってる。わかるわ』
『きみのすきも、冬になりはじめてる』
「ええ。そうです」
 小さな翼を広げて飛び回る愛らしい鳥の妖怪たち。鬼火に呑まれ、その証である青と橙の鬼火をくるくるぐるぐる廻らす彼らは、ティアの母や兄、兄弟と同じ――傷付けられてしまった、罪無き存在だ。
 彼らの想いは失われたまま。ああなる前は、驚いて、不安になって、怯えてと、様々な様子を見せていたと聞く。そんな事が延々と続いて、世界が滅ぶなど――そんな、事。
(「だから、罪無きものが傷付けられないよう、私は戦うと決めたのです」)
 決意を新たにするこの瞬間も、少しずつ、家族への想いが消えていくのがわかった。
(「神よ」)
 ティアはそっと胸元に手を添え、祈ると共に深く息を吸った。ほんのいっときだが、それでも神に仕える者として幾度も行ってきた祈りはティアの心を落ち着けてくれる。
『……あらがうの?』
『だめよ、だめ』
 鬼火が震え、ぼぼぼっと音を立てた。一斉にこちらへと羽ばたいてくる様をティアは正面から捉え、神秘齎す歌声を響かせる。宿す力は破魔。紡ぐ旋律は悲愴に満ちた子守唄。籠める想いは――ごいのひさまたちに向けた、あたたかな優しさ。
『う、あ。やめて、やめて』
『冬にとざしたのに、すきを、むけないで』
 ふらり。ふらふら。羽ばたきが弱まり、力強く揺れていた鬼火がゆるゆると萎んで――ふっ、と消えた。その瞬間、ごいのひさまたちがひゅるると落ちてくるのをティアは慌てて受け止めて。
「――あ、」
 消えた。消えてしまった。
 母。兄。兄弟たち。愛する人たちへの感情が。
 そして。
「……お父、様」
 最後に消えた感情。それに重なり浮かんだのは、兄弟たちを殺した存在――見ないふりをしていた、父の姿。

成功 🔵​🔵​🔴​

都槻・綾
懐からぽとり
地に落ちた書を拾い上げる
使い込まれた手製の帳面

ぱらり捲れば
様々な植物の押し葉や押し花
見慣れた種苗
見知らぬ種苗
育っていく様子の観察日記

更に捲れば
夜空の記録、天体観測
鉱物の密度の計算式
あぁ其れから――、

所狭しと書き加えられた
新しい発見
好きだったもの
綺麗だったもの

胸の弾む様子で記されているのに
確かに己の筆致なのに
まるで他人事のよう

…どうせなら
「寂しい」気持ちも消してくれたら
良かったかもしれませんねぇ

高速で詠い紡ぐ花筐
翳した符から咲き零れる花嵐に
霞んで隠れる淡い笑み

視界を覆う花の白が
ごいのひさま達を卵に還すが如くに包み込んでいく
幻が晴れた暁の再びの孵化で
彼らに「好き」の気持ちも返ると良いな



「――おや、」
 懐から地面へぽとり。転がり出るように落ちた書に都槻・綾(糸遊・f01786)は困ったように微笑み、す、と拾い上げた。手に馴染む感覚は使い込んだ証。手製の帳面をぱらり捲れば、紙面にそっと閉じ込めていた様々な押し葉や押し花がその彩を見せる。
 見慣れた種苗。見知らぬ種苗。それらが育っていく様をひとつひとつをなぞっていった青磁色の双眸が、静かに細められる。
 更に捲れば夜空が広がった。それは天体観測に繋がり、ある頁では鉱物の密度の計算式が書かれていて。
(「あぁ其れから――、」)
 ぱらり。ぱらり。
 一頁ずつ捲るたび目の前に広がる、所狭しと書き加えられたものたち。
 新しい発見。好きだったもの。綺麗だったもの。
 筆跡と内容から、此れを書いた者は胸弾む様子で記していたのだとわかる。この帳面に残した全てにあたたかな想いを懐き、煌めくものを見出していたのだろう。押し葉に押し花、観察日記。夜空の記録。鉱物と計算式と――。
「……まるで他人事ですね」
 こぼれた言葉と共に真っ白な息がほろりと躍る。
 紙面に書かれている筆致は他の誰でもない、己のものだ。なのに――紙面に残るものを見て思い浮かぶ感情全てが、余所余所しい。
 記憶の中には、此等を記した時のものがまだ残っている。
 故に、己と瓜二つの、別世界を垣間見ているかのようだった。
「……どうせなら、『寂しい』気持ちも消してくれたら良かったかもしれませんねぇ」
 其方はどうですか。
 微笑を浮かべ振り返ったそこ。冷えた空中を翔けてくる鳥の妖怪たちが鬼火をぐるぐると廻らせ、冷気を燃やす。ぼっ、と聞こえた鈍い音に一羽の返答が重なった。
『なにがさみしいの?』
 すっかり好意というものを忘れ去った声はどこか幼くて辿々しい。
 返答へと綾が浮かべた笑みは、満ちる冷気を邪魔しないほど、静かなものだった。
 ――其処に、四季の彩が溢れ出す。
 翳した符の端が花びらの形へと解けながら四季の彩を咲き零し、淡い笑みが冷えた世界を覆う白き花嵐の向こうに隠れていく。
 視界を覆う花の白はやわらかな音を奏でながら広がっていき、花嵐から逃れようと羽撃くごいのひさまたちをふんわり包み込んでいった。まあるい彼らを包み込んだ様は、卵に還したような姿形。
 空中でふるる、と揺れた白い花の卵がやわらかな速度で地面に落ちる。とさ、と聞こえた音の静けさを確認するように綾は暫し白色を見つめて――流れてくる冷気の元へと視線をやった。
 幻が晴れた暁の再びの孵化で、彼らに“好き”の気持ちも返ると良いな。
 その想いを、凍てつく空気がするりと撫でた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【花守】
好意、か
そりゃ消えちゃ困るよな
春に其と笑顔を向けて貰うのが俺の生き甲斐なのにさ?
…ねぇそんな真顔で冷たくあしらわないで、既に消えた!?
(大袈裟に涙目になってみせつつも、軽い言葉の裏に隠す胸中は――)

水属性UCで炎消しつつ春を庇い
早業で連携重ね骸魂と切り離しを

(モノであった時からヒトの形を得、今に至る迄――冷たく忌み嫌われるが常だった中、幾度となく其の温もりに触れては、助けられてきた
身に染みて、心に沁みて、其の情の有難さを痛感してきた
だから――薄れ行く感覚が、酷く哀しく)

…確かに
最初から懐かねば、心等無ければと、俺も嘆き苦しんだ事もある
嗚呼――其でも今は、此が消えてしまう事こそ、辛く思う


永廻・春和
【花守】
誰かを、何かを、優しく大切に想う心――ええ、失いたくはないもの、ですね
……?私は斯様なものを向けた覚えはありませんよ
消えるも何も、呉羽様には元より特に何も
(真顔で淡々と聞き流しながらも、足並みはしっかりと揃えて)

UCでそっと眠りを運び、落ちたものから連携して手早く骸魂と分かちに
――護りには感謝を
呉羽様に危険迫るならば、私も援護し返礼を

(またお一人で考え込んでいらっしゃるのかと思うも、深入りはせず)

例え、時に痛みや苦しみへと変じるものなのだとしても――涙が無い代わりに、笑顔を交わす事も無くなってしまう日々は、悲しく痛ましいと思うのです
(薄れる心地に抗う様に、そっと背を預けながら戦い続け)



 夏を終え、秋は僅かに、冬真っ只中。
 そんな冷気が満ちる幽世に長い黒髪が楚々と翻る。
「誰かを、何かを、優しく大切に想う心――ええ、失いたくはないもの、ですね」
 春の絢爛を湛えたような双眸で静かに前を見る永廻・春和(春和景明・f22608)の言葉に、「好意、か」と、この世界から失われ、自分たち猟兵からも奪われゆくものに呉羽・伊織(翳・f03578)は飄々と笑った。
「そりゃ消えちゃ困るよな。春に其と笑顔を向けて貰うのが俺の生き甲斐なのにさ?」
「……? 私は斯様なものを向けた覚えはありませんよ」
「……ねぇそんな真顔で冷たくあしらわないで、既に消えた!?」
「消えるも何も、呉羽様には元より特に何も」
 伊織の鮮やかな紅眼は大袈裟といわれそうなほど涙目に。対し、春和は伊織の悲痛な訴えを真顔で淡々と聞き流す。しかし日常のさなかに在るようなやり取りを繰り広げながらも、二人の動きは戦場に在る時のそれだった。
 空気を燃やして震える炎の音。鳥の羽ばたき。
 ひゅんッ、と急速降下の勢いでやって来る音の主が自分たちへ声をかけるより先に、伊織が懐より放ったものが空中に無数の煌めきを現した。それは心に染み込み好意を奪う、凍てつかせる空気など無いような速さでごいのひさまたち――の、鬼火を貫き、消していく。
『あっ、鬼火が』
『きえた、きえちゃった』
『今の何? じゅって音がした』
 ごいのひさまたちは煌めきの正体――水に変じた暗器を探ろうと言葉を交わしながら、くるくるっと旋回し再び鬼火を現した。バッと四方に散ったのは伊織を警戒しての事だろう。しかし、二人目掛けジグザグに軌跡を描き降下しようとも、視界いっぱいに広がった桜吹雪という腕から逃れる事は出来ない。
「どうぞ、暫し夢の中へ」
 春和の起こした桜の花吹雪が、ごいのひさまたちをやわらかに包んで眠りを運んでいく。あ、と戸惑いをこぼして落ちてきた順は、綺麗に“包まれた”順番通り。一羽、二羽、三羽――ひゅるる、と落ちてくる彼らを伊織が再び水に変じた暗器で貫き、呑み込んでいた骸魂から解放して。
(「――薄れて行く」)
 伊織の心の中が。記憶に残るものが。じわり、じわりと、音もなく薄れ始めていた。
(「モノであった時からヒトの形を得、今に至る迄――冷たく忌み嫌われるが常だった中、幾度となく其の温もりに触れては、助けられてきた」)
 故に、伊織という魂は情の有り難さというものを痛感していた。
 温もりに触れるたび、そのやわらかや優しさが身に染みて、心に沁みて。だから。
(「嗚呼、酷く哀しい」)
『ま、まだ、だよ』
 空中でぐらりと傾きかけた一羽が鬼火を強く輝かせた。眠りに包まれる前に、最後に一撃と目論んだか。矢の如く翔ける先、狙い定めたのは桜より生まれた娘。鬼火が凄まじい速度で廻りまるで輪入道のようだが、その勢いは何もない所でぐんっと横へ弾かれる。
 丸い目を更に丸くした視界に映ったのは水の名残。
 冷気の中で一瞬だけ姿を見せ、その一瞬で見た者を眩惑させる水の暗器。
『あ……』
 抗ったごいのひさまも、桜の花吹雪にくるりと抱かれて落ちていって。そして、鬼火の骸魂と切り離されれば、草の上に横たわって眠るのはただのごいのひさま。丸々とした体は、静かな呼吸と共に上下している。
「……有難う御座います、呉羽様」
「これくらいお安いご用。さァて、ここいらにいたのはこれで全部か?」
「その様です。先を急ぎましょう」
 完全な冬へと鎖すように、更に流れ込んできた冷気の方を見つめる春和に伊織はへらり笑って頷いた。そこに見えるのはいつも通りの伊織だ。自由気ままで、気紛れな――しかし、彼を知るからこそ春和は笑みの裏側に何かを秘めていると気付いていた。
(「またお一人で考え込んでいらっしゃるのでしょうか」)
 涙目になっていた時も、そう。何かを、軽い言葉の裏に隠していた。
 かといって春和は伊織が秘めているものに深入りする気はなかった。伊織に対し好意というものを向けた覚えが無いから――ではなく。
「呉羽様」
 己の耳が拾った音を、伊織も拾ったらしい。
 ああ、と頷いた青年の口は弧を描いていた。
「来た来た。まだ余裕だろ?」
「無論です」
 どこから見ても奥行かしき大和撫子然とした春和は、見目の通りでありつつ、佩いている霊刀に相応しい學徒兵でもある。凛と前を見つめて創り出すのは春の舞。無数の桜花弁に抵抗の意志を見たごいのひさまたちが、空中で旋回し始めた。
『どうしたの。じっとしてれば、ぜんぶ冬の中にねむるのに』
『そうすれば、もうなかなくていいのに』
「……確かに。最初から懐かねば、心等無ければと、俺も嘆き苦しんだ事もある」
 だが。
「例え、時に痛みや苦しみへと変じるものなのだとしても――」
 秘めた声を繋ぐように紡がれた声。白い指先から空へと躍る、桜の花吹雪。
 ひらひら、ひららと優しく、華麗に。夢幻の如く。舞う花吹雪を見つめる春和の眼差しはただただ真っ直ぐで――躍らせる春の彩がごいのひさまたちを包む間、春和の中で何かが薄れていく。
「涙が無い代わりに、笑顔を交わす事も無くなってしまう日々は、悲しく痛ましいと思うのです」
 己に背を預け戦う少女の言葉に、嗚呼、と白い吐息がこぼれ、空気にとけた。
「其でも今は、此が消えてしまう事こそ、辛く思う」
 故に――この冬を終わらせるまで、抗うのだ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ジャスパー・ドゥルジー
「好き」が無くなれば傷つかずに済む、か
ああ、そうだったかもしれねえ
そんな風に生きようとしてた悪魔がいたんだよ
ま、結局悪魔は「好き」を見つけちまうんだな

心にぽっかり穴が開いちまったみたいだ
奪われた怒りを糧に【ゲヘナの紅】の炎を燃やそうとするが
どうにも火力が心許ない
奪われたモンの大切さを今は実感できねェから
怒りの感情も大して湧き上がってこねえんだろうな
仕方ねェ、とバタフライナイフを振るう

喪失感は感じつつ妙に冷静なのは
想いを無くしても、「彼」が大切な存在である事を信じているから
信じられるから
嘆いている暇はねえんだ

好きすぎて、苦しくて、痛い程じゃねえと
人生は楽しくねえぜ、きっと



 『好き』が無くなれば、傷付かずに済む。
 そう言った鳥の妖怪にジャスパー・ドゥルジー("D"RIVE・f20695)は、かすかに透けている赤翼をばさりと揺らして笑った。ああ、そうだったかもしれねえ。そういや――、
「そんな風に生きようとしてた悪魔がいたんだよ」
『そうなんだ、わたしたちといっしょね』
『じゃあ、そのあくまもくるしくならないし、なかなくてすむね』
「――と、思うだろ?」
 ニィ。笑った口からスプリットタンが覗いて、ちろりと揺れる。
「ま、結局悪魔は『好き』を見つけちまうんだな」
 トントン。ジャスパーは己の心臓部分を叩くついでに、綺麗に彩った爪で引っ掻いた。
 ジャスパーの話を聞いていたごいのひさまたちの目が、きゅう、と丸くなる。鬼火がぶわりと揺れて、強くなった。
『だめだよ』
『みつけても、だめ』
『ぼくたちも、あくまも、すきをなくすのが一番いいんだ』
 ――ひゅっ。
 翼を広げ次々に向かってきたごいのひさまに、あーあバレちまったァとジャスパーは楽しげに笑いながら、先程よりしっかりと心臓部分を引っ掻いた。つう、と赤い線がうっすら浮かぶ。
 指先からは一応熱が伝わりはするものの、心にぽっかり穴が開いたようだ。
(「マジで穴が開いてたンならご褒美なのによ」)
 びゅんっと突っ込んできた一羽を跳んで躱し、翼と尾でバランスを取りながらくるっと回転。奪われた怒りを糧に日頃制御しているものの蓋を開けて炎を派手に――とするが。
「あ? 火力が足りねえな」
 二羽目はターンして綺麗に回避し――どうすっかなと考えながら奪われたものを想う。
 奪われる前であれば、己から消えた『好き』がどれほどか理解して、リミット解除した怒りを糧に紅蓮の炎を生み出しただろう。だが今は奪われたものの大切さが実感出来ず、怒りという感情も大した火力を発揮出来ない状態だ。
「仕方ねェ。臨機応変ってヤツで行くか」
 パチンッ。三羽目にバタフライナイフを揮い、冬に染まりつつある秋の中でごいのひさまたちとダンスに興じる心は、喪失感をはっきりと認識している。それでも怒り狂う事も嘆く事もせず、そらそらコッチだと笑って煽る冷静さは健在だ。
(「ま、信じてるからな」)
 想いを無くしても、『彼』は大切な存在であると信じられる。
 だから。そこに、嘆いている暇など存在しない。
『どうして。どうして、すきをのこそうとするの』
「“どうして”だ? そりゃ残すだろ。好きすぎて、苦しくて、痛い程じゃねえと人生は楽しくねえぜ、きっと」
 ちょっとばかし爪で体を引っ掻いただけでもハッピーなのに。
 好きを見つけてそれが恋になったなら、二人の最期が何であろうと、人生は薔薇色だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

柚木・眞衣
冷たい空気
ひしひしと肌に感じても
眉ひとつ、ぴくりとも動かない

でも、何か違和感がある

確かに今まであった筈なのに、
心の中にぽっかり穴が空くような、
そんな出来事を、わたしは──知っている

わたしは、
──誰を求めていた?

無表情で焦った様子も見せず
首を傾げて周りを見渡す
けれど、見付けたのは、青と橙の炎
あれは、捜していたごいのひさま

でも、分からない、覚えてない
何も思い出せなくなってくる

わたしの中に、たしかにあった感情

取らないで、失くさないで、

もう、これ以上、
何も取り上げないで、

ぶつぶつと静かに詠唱を始める
狙う箇所は、ただひとつ

ああ、でも、本当に、
──わたしは、何を忘れたの、



 冷たい空気が肌に触れる。呼吸をすれば体内に入り込んでくる。
 幽世に満ちる冷気、その冷たさを柚木・眞衣(Evening・f29559)はひしひしと感じているが、眉ひとつぴくりとも動かさず歩き続けていた。たまに足元から何かが割れる音がする。冷気が地面に膜を張り始めているのだろうか。
 それを確かめればいいのかもしれない。しかし眞衣の目は地面には向かず、前を向いていた。――ただ。何か、違和感がある。
「……」
 片手に拳を握り、そっともう片方の手首に触れた。そこから上へ移動して、腕、肩、胸と移っていく。
 どこも欠けていない。だが、確かに今まであった筈のものが失われている。心の中にぽっかり穴が空くような――形として表れるのではなく、感覚として伝わる喪失感。そんな出来事を眞衣は――知っている。
「わたしは、──誰を求めていた?」
 自分へ問いかけるように呟く眞衣の顔に表情らしい表情は無い。焦った様子も無く、静かに首を傾げて白い瞳を周りへと向け、見えるものを映していく。
 転送されてから大して変化のない幽世の風景だ。
 その中に、ぼぼ、と青と橙の炎が浮かび上がる。
(「あれは、捜していたごいのひさま」)
 何か言っている。こちらへとやって来る。青と橙の鬼火が音を立てて揺れ、鳥の周りをくるくる廻る。――でも、分からない、覚えていない。ぽっかりと空いていた穴が音も立てずに周りを侵食して、底の見えない大穴を作ってしまったかのよう。
(「何も思い出せなくなってる」)
 覗き込んでも分からない。手を伸ばしても深さが知れない。そこに。自分の中に、確かにあった感情が――何も、どこにも、見つからない。自分という存在は、ここに居るのに。在った筈のものだけが消えている。
『きえたんだね』
 ごいのひさまの声が聞こえた。鬼火の音が、さっきよりもよく聞こえる。
『これでもう、大丈夫だよ』
(「取らないで、」)
『ないちゃうことは、もうないよ』
(「失くさないで、」)
『よかったね』
(「いや、」)
『やったね』
(「もう、これ以上、」)

 何も取り上げないで。

 それは誰に向けた想いだったか。
 どんどん近付いてくる羽ばたきと鬼火の音を聴きながら、ぶつぶつぶつぶつ、静かに紡いだ詠唱が、ごいのひさまたちとの距離が限界という好機を迎えた瞬間に力となって炸裂する。
 峻烈な白炎が冷気を切り裂くようにどうっと迸り、その直線上にあったものは凄まじい熱によってじゅううと蒸気を上らせていた。その周りに転がるごいのひさまをそこに置いて、眞衣は再び歩き出す。

 ああ、でも、本当に、
 ──わたしは、何を忘れたの、

成功 🔵​🔵​🔴​

花房・英
【ミモザ】
あんたは楽観的過ぎ
だけど、寿に何とかなるって言われたらそんな気がするから不思議

与えるだけ応えてくれる植物は『好き』だ
自分で言うものなんだけど、一生懸命育てた分応えてくれた時は『嬉しい』
そんな知らなかった感情、教えてくれたから

武器から生み出した花びらはいつだって綺麗だと思ったけど
寒さに感化されるみたいに、心が冷えていく
何も感じなくなるのって、昔に戻るみたいで嫌だな

向けた視線の先には普段と違って表情の硬い…寿
何だろう、名前が一瞬出てこない
ざわざわする
芯が冷えていくみたいで、紛らわすように武器を振る

尋ねてくる言葉に息を呑む
…何で、そんなこと聞くんだよ


太宰・寿
【ミモザ】
好きって気持ちで絵を描いてるから
私から消えるなら絵への気持ちなのかな
消えちゃったら夢中になれるもの、なくなっちゃうのかな
それは寂しいな(虹霓をそっと握り

でも、自覚があるならなんとかなるよね
無自覚に分からなくなるより大丈夫、多分!
英も一緒だしね

朝顔の絵を描いて、蔓で絡めとったり
つむじ風を描いて、炎を消したり英の作った花びらの舞う力の後押ししつつ攻撃を

あぁ、確かに筆の動きは段々精彩を欠いて
ただ淡々と手を動かすばかりになっていく
あんなに好きだった絵に何も感じない
とにかく今は倒すことに集中して

そうして、振り向いた先にいる男の子
えっと…貴方は誰ですか?

どうしてそんな顔するんだろう?



「好きって気持ちで絵を描いてるから、私から消えるなら絵への気持ちなのかな」
 太宰・寿(パステルペインター・f18704)の呟きに、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は視線だけを向ける。自分と寿のどちらも吐く息は白く、その原因である冷気が、抱いている好意を失わせるという。
「消えちゃったら夢中になれるもの、なくなっちゃうのかな」
 それは寂しいな。
 囁くようにこぼし、そっと握るのは、揮えば自由に雄大に彩を綴れそうなモップサイズの絵筆・虹霓。英は虹霓を握る手と寿を順に見つめた。そういう気持ちで描いているなら、そうなんじゃないのか――それを口にするほど、分別のない人間ではない。
「でも、自覚があるならなんとかなるよね。無自覚に分からなくなるより大丈夫、多分!」
 英も一緒だしねと、ほわっと浮かべた笑顔はいつも通りのやわらかさ。
 はあ、と英がこぼした真っ白な息に寿がなあにと目を丸くする。それがまた、
「あんたは楽観的過ぎ」
「え? そう?」
「そう」
 ――だけど、寿に“何とかなる”と言われたらそんな気がするから不思議だ。
(「好きって気持ち、か」)
 英の場合なら、与えるだけ応えてくれる植物への想いが『好き』だった。土を作り、環境を整え、水をやって、悪さをする虫に対処してと、一生懸命育てた分応えてくれた時は『嬉しい』。
 植物は英の世界に色をくれた。知らなかった感情を教えてくれた。
 それが無くなったら――。
『まだ、すきをかかえてるの?』
 上から降ってきた声。バッと顔を向ければ青と橙の鬼火を揺らめかすごいのひさまたち。しかし英も寿も慌てはしない。紡がれていく青や白、緑――寿が虹霓を揮うたび、夏の花が形を得ていく。その間に、英の手にある武器がほろりと輪郭を崩して花びらに変わった。
『ていこうしないで』
「無茶を言うなよ」
 好意が消える。世界が滅ぶ。抵抗手段があるなら、抵抗する。それは当たり前の事で――英が作り出した花びらは、いつだって綺麗だ。そう、思ったのだが。
(「……嬉しく、ならないんだな」)
 綺麗だと――整っていると、思う。ああ、寒さに感化されるように心が冷えていくのがわかる。花びらが舞う様や、その形と色を見ても感想が――想いが、出てこない。何も感じなくなってきている。
 初めて育てた朝顔が咲いた時は、世界に色が、ついたのに。
(「昔に戻るみたいで嫌だな」)
「英!」
 呼ぶ声と同時に朝顔が鮮やかに咲き誇った。しゅるんっと伸びた蔓は複数。ばらばらに放たれた鬼火に合わせて上空へと翔けた朝顔の蔦が、鞭のようにしなる。パシンッと小気味良い音と共に鬼火が打ち消され、続いて伸ばされた蔦が丸い体にしゅるるるッと素早く巻き付いた。
『あ、う、うごけない』
『はなしてよ』
「……、駄目です」
 自分に向けられた視線に寿は笑顔を返し、再び虹霓を揮う。夏の花の次はつむじ風。放たれた鬼火を呑んで消して、英の花びらがより力強く舞えるように。
 絵筆から紡いで実体化した朝顔もつむじ風も、タッチと色使いを象徴するような動きを見せながら、花びらと共にごいのひさまを追い詰めていく。
 しかし、揮う寿の心は緩やかに冬へと向かっていた。
(「あぁ、筆の動きが……」)
 ひとつ、ふたつと描いていくごとに精彩を欠き、ただ淡々と手を動かすばかりになっていく。これまでずっと“好き”という気持ちを籠めて絵を描いていたのに、あんなに好きだった絵に何も感じなくなって――。
(「ううん、とにかく今は倒すことに集中して……!」)
 “集中すれば描ける”。
 “描き続けて”“いられる”。
 ――だからだった。
 そうして戦いが終わった後、自分の方を振り向いた寿を見た英の表情は、静かに動きを止めた。向けられているのは普段と違う表情だ。普段はもっと、やわらかくてあたたかいのに、今の――今の、彼女は。
(「……寿。寿だ」)
 一瞬名前が出てこなかった。心がざわざわする。なのに芯は冷えていくようで――聞こえた新たな羽ばたきの音に、英は花びらから元に戻した武器を強く握りしめた。ぎゅう、と音がして、僅かに気が紛れて。
「えっと……貴方は誰ですか?」
 言葉が出てこなかった。
 思わず、息を呑んでいた。
「……何で、そんなこと聞くんだよ」
 ゆっくりと向けられた紫の眼差しに、寿は首を傾げる。
 何で?
 だって――振り向いた先に、“男の子が”いたから。
 他に人はいなくて。男の子との距離はそんなに離れていなくて。
 だから――“誰だろう?”と。そう、思ったのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

天狗火・松明丸
…好きであるという心すらの忘却は
それほどに辛いものだろうか
在っても無くても、何方にしても楽にはならねえな

誰かの掌で踊ってやるのは癪でな
うんと邪魔してやる心算だ
ひいやりとした空気も構わず
火の鳥と変じれば、空をゆき炎を散らす
今に熱こそ齎さぬだろうが
そら、お前さんらと似たような火だろ
火の扱いには心得があるんでな
元より燃えた此の身には刺激が足らんよ

然し乍ら、鳥の物の怪といえど色々居るものだ
ころころとしよってなあ
妖と言えど、己が恐れや苦しむのは堪らんか
それこそ美味い食い物になるのだが…
此奴らは望んでなった訳でも無しに
早々に目覚ましさせてやるとしよう



「……好きであるという心すらの忘却はそれほどに辛いものだろうか」
『? わかんない』
「ああ、お前さんらはそうだろうな。在っても無くても、何方にしても楽にはならねえな」
 飛びながら首を傾げるごいのひさまたちを見上げ、天狗火・松明丸(漁撈の燈・f28484)は地を蹴り翼を広げる。表は夜のような黒、内は火の粉躍る炎のような翼が冷気を押すように大きく動き、ばさりと音を立てた。
『あなたは、まだ、すきがあるの?』
「答えてやってもいいが――在ろうと無かろうと、うんと邪魔をしてやる心算だ」
 なんせ、誰かの掌で踊ってやるのは癪な性分であるが故。
『じゃあ、まだあるのかな?』
『あるのかも?』
 互いに見合わせ、そして己の方を見て。そして鬼火の数を倍以上に増やしたごいのひさまたちに、松明丸は成程そう来るかとかすかに笑った。
 その拍子に、来てからずっと漂っている空気が鼻腔や喉を通っていく。ひいやりとした感覚は紛れもなく“冷たい”のだが、松明丸はそれに構わず火の鳥へと変じた。
 鬼火の立てる音とは比べ物にならないほどの音が、ごおっと空気を焼いて辺りを炎の色で照らしていく。それは空までもその色に染めそうなほど。火の鳥はごいのひさまたちを一瞬で置いていき、冷え切った戦場に無数の天狗火を降らせていく。それは今に熱こそ齎さぬだろうが。
『あ、わ、わあ』
「そら、お前さんらと似たような火だろ」
『そ、そんなこと』
 あっちへこっちへ。慌てた様子で飛び回るごいのひさまたちを眼下に、松明丸は炎の翼を大きく上下させ、更に天狗火を降らせた。なに、遠慮はするな。火の扱いには心得がある。――と、いうかだ。
「お前さんらの火だがな、元より燃えた此の身には刺激が足らんよ」
『う』
 一羽の体がぼわっと膨らんだ。おや、もしや怒らせたか。好意は失せたが怒りはまだあるのか。そんな事を考えた頭に過ぎったのは、己が知る鳥の物の怪たちの事。ひとくちに鳥型といえど色々居るものだと、ごいのひさまを見ているとつくづく思う。
「ころころとしよってなあ」
 そして、妖と言えど己が恐れや苦しむのは堪らんらしい。好意を失くした後、それを良しとして周りに勧める言動から、それが伺えて。そしてそれが勿体ないと松明丸は息を吐いた。燃える身であるからか、雲の手前じみた白い息がこぼれて躍った。
「それこそ美味い食い物になるのだが……」
 だが、わかっている。ごいのひさまたちは望んでなった訳ではない。知らぬうちに知らぬ雪女が冷気を溢れさせ、彼らを、幽世を変えていった。
「……ま、早々に目覚ましさせてやるとしよう」
 ごいのひさまたちの火よりはずっと刺激がある。
 迎える目覚めは、格別なものとなるに違いなかろう。

成功 🔵​🔵​🔴​

シュリ・ミーティア
―何だか懐かしい感じがする
この冷たさも、ひとりぼっちの静けさも

無意識に上着をぎゅっと着込んで

『すき』は、いたいの?
こわいの?
くるしいの?
…なんで?

いたいもこわいもくるしいも知らない私は
『すき』を知らないのかな?

心がざわざわする
否定をしたいと思ったけれど、答えが見つからない
『すき』が、見つからない

…ううん、まずは落ち着こう

ごいのひさま
『すき』がなくなった今は楽しい?幸せ?
きっと違うよね

私はこの世界が嫌い
嫌いは分かる
だから、戦う

炎に巻き込まれないように
それぞれの動きを見ながらダッシュやジャンプで避けて
先制攻撃して一気に倒せたら良いな

…全部、吹き飛んじゃえ

炎も不安も寂しさも
かき消すような咆哮で攻撃を



「――何だか懐かしい感じがする」
 好意を失った幽世を訪れたシュリ・ミーティア(銀色流星・f22148)が最初に覚えたのが、それだった。幽世を満たし己を包む冷たさも、ひとりぼっちの静けさも――感じるもの全てが、どうしてだか、なぜだか、懐かしい。
 かじかむ指先で上着を摘んでぎゅっと着込んだ。無意識にやったと気付く事もなく、霜に覆われた地面に静かな足跡を刻みながら行く。全身が冷やされていく中、頬が不思議と熱を持っている気がした。
 この冷気に包まれた、幽世に生きる者たちもそうだったのだろうか。
 ――羽毛に覆われている、あのごいのひさまも?
「『すき』は、いたいの? こわいの? くるしいの?」
『そうだよ』
「……なんで?」
『? “なんで”?』
 なんで。
 どうして訊いたりしたんだろう。
(「いたいもこわいもくるしいも知らない私は、『すき』を知らないのかな?」)

 ――じゃあ。
 『何』なら知っているの?

 心がざわざわする。『すき』はいたくない、こわくない、くるしくない。否定したいのに“なんで”“そう”なのかの答えが見つからない。自分の中に、『すき』が、見つからない。
 心が大きくうねるような気がした。
 ああ、違う。まずは落ち着こう。
 シュリは敢えて、つんと冷えた空気を深く吸い込んだ。
「……ごいのひさま。『すき』がなくなった今は楽しい? 幸せ?」
『? なにを、きいてるの?』
『あなた、あたしたちとちがうのね? まだ、どこかにすきがあるのね?』
「……わからないんだ。でもきっと違うよね」
 タッと地面を蹴る。静かな視線はごいのひさまたちを捉えたまま。自分を照らすほど、一瞬で増えに増えた鬼火それぞれの動きも共に捉えながら、縦横無尽に駆けていく。
「私はこの世界が嫌い」
 三つ纏めて放たれた鬼火を跳躍して躱し、着地してすぐ思い切り前へ飛び出す。着地したそこを橙の鬼火が燃やす音を聞きながら、空中に、枝にいるごいのひさまたちの位置を見て――思い切り足にブレーキを掛けた。ザザザッと地面が削れて土と砂と小石と、霜が舞う。
 今の自分は、『すき』は、知らないのかもしれない。
 けれど、嫌いは分かる。
 だから。
「……全部、吹き飛んじゃえ」
 深く、深く、息を吸う。喉を広げ、肺に、体中に空気を行き渡らせて――炎も不安も、寂しさも。全てかき消すような咆哮が一帯に轟いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャック・スペード
――随分と冷たい所だ
お前たちは寒く無いのか
なんて、聞いたところで意味は無いだろうが

ブレイドを花に変えれば、焔を纏わせて
ごいのひさまへ纏めて降らせて行こう
「好き」という気持ちは、
生きてゆく上で原動力と成るだろう
斯くいう俺も――……

ああ、ヒトが好きだから
護りたい一心で戦って居た筈なのに
こころの裡から湧き上がる温かな想いが
今は何処にも見つからない

困って仕舞うな
此の儘だと、昔のように
ただ戦う為だけの“道具”に戻って仕舞う

好意の感覚を覚えているうちに
せめて彼らは救って見せよう
今は其れだけをこころの拠り所として

こちらに焔が飛んで来たら
軌道をよく見切って避けようか
無理そうな時は、シールドを展開して防ぎたい



「――随分と冷たい所だ。お前たちは寒く無いのか」
『はじめは、ちょこっとさむかった』
『いまはへいき。なにも、つらくないの』
「……そうか」
 意味は無いだろうと思った質問に彼らの今を伝えるような答えが返され、ジャック・スペード(J♠️・f16475)は帽子のつばをつまんで僅かに下げる。
 何も辛くない。
 それは喜ばしい事なのだろう。
 ――好意というものを、全て失った後でなければ。
 手にした白標のブレイドが姿を変える。やわらかに形を崩し、絢爛たる天竺葵は彩に溢れた色待宵草へ。細かなプリーツをきかせた生地めいた輪郭持つ花びらはジャックの手から優雅に離れ――ぽう、と焔を纏った。
『!』
 ごいのひさまたちが一斉に羽ばたき、それぞれの軌跡を描いてジャック目掛け宙を翔ける。しかし、そのルートをなぞるように焔纏う花びらが纏めて降り注いだ。飛びゆく先も読んだような焔花の雨に、一羽、また一羽と力を失い落ちていく。
『いけない、いけないよ。すきは、もう、てばなしていいんだよ』
「いいや。『好き』という気持ちは、生きてゆく上で原動力と成るだろう。斯くいう俺も――……」
 そう、自分も。
 ――“も”?
 幽世に灯りを齎すように、色待宵草の花びらを舞わせながら言い淀んだジャックにごいのひさまたちが気付く。どうしたのと、かけられた声に気遣う心は存在しない。確認だけが在る声の後、ああ、と納得した様子の声がした。
『きみもだね?』
 そう。ジャックもまた、心が冬の中へと鎖され始めていた。
(「ああ、ヒトが好きだから。護りたい一心で戦って居た筈なのに」)
 銀河の海から、数多の英雄が集う世界へ流れ着き、機械仕掛けの胸にこころというものが宿って――そして今日。そのこころの裡から湧き上がる温かな想いが、何処にも見つからない。
「困って仕舞うな」
 口にした声にも探し求める温かさは無く。ジャックは、己の声が体を構成するパーツのように冷たく固いものへとなっているのに気付いた。
(「此の儘だと、昔のように、ただ戦う為だけの“道具”に戻って仕舞う」)
 ヒーローと成ったのに、また――。
(「いや。まだだ」)
 好意の感覚を、まだ、覚えている。
 失われてはいない。確かに此処に、己の中に在る。
 ふとすれば消えてしまうかもしれない其れだけをこころの拠り所に。
 ジャックの双眸が一瞬強い輝きを放ち、緩やかに落ち着いて。漆黒の体は腰を落とし、足に力を入れ――力強く地を蹴って放たれた鬼火を躱した。冬満ちる場に起こすのは、焔と花そのものの彩纏う色待宵草の花びらたち。
(「せめて彼らは救って見せよう」)
 何も感じなくなってしまった小さなこころが、雪解けを迎えられるよう。
 その為だけに――花を。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷條・雪那
母の一族が雪女の末裔なのだと、昔よく聞かされていた
その血筋故か、多少の寒さには耐性がありますが
この冷気、まるで魂まで凍り付かせてしまいそうですね

元凶がこの先に居るのであれば、先ずは此処を通らなくては
亡き兄の口調と振る舞いを真似て、意識を戦闘に切り替え

「我が名は氷條・雪那。悪いが、そこを通らせて貰う」

【破魔】の力を込め、【先制攻撃】での剣刃一閃で不意をつき
集団に対しては【なぎ払い】で対応
無論、間違っても斬り捨てないよう峰打ちで

戦いの最中、家族……特に兄上への想いが消えぬよう
気を張っていたが、戦いが終わり
遂に兄への想いが消え始めたのを自覚した瞬間
叫び出したいのを堪え、務めを果たす為にただ前へ



「この冷気、まるで魂まで凍り付かせてしまいそうですね……」
 氷條・雪那(凍刃・f04292)は吐いた息の白さに目を瞠った。
 母の一族が雪女の末裔なのだと昔よく聞かされており、その血筋を思わせるように、雪那自身、多少の寒さには耐性がある方だ。しかし、それでもと思うほどの冷気がこの幽世には満ちている。
(「元凶がこの先に居るのであれば……」)
『どこいくの』
『あっちにいくの?』
 しゅっ、ひゅひゅん。
 どこからともなく現れたごいのひさまたちが、雪那を行かせまいと鬼火を廻らせながら行く手を塞ぐ。見目は愛らしい小鳥のようだが、鬼火の骸魂に呑まれている今、彼らごいのひさまは障害であり――救うべき存在でもある。
(「先ずは此処を通らなくては」)
 世界を崩壊へ導くほどの冷気が満ちようと、雪那の意志は、魂は、完全に凍り付きなどしない。静かに短く息を吸い、僅かな熱も奪おうとするそれを取り込んで――。
「我が名は氷條・雪那。悪いが、そこを通らせて貰う」
 告げた言葉、その口調。振る舞い。亡き兄を真似た雪那の意識がカチリと切り替わる。
『とおる? ここを?』
『だめだよ、いかせないんだから』
 ひゅる、とその場で一回転した鬼火が、ごいのひさまの周りをぐるぐるぐるぐる、高速で廻り始めた。速度を一切緩めないまま、ぼっ! と鬼火が一つ飛び出した瞬間、雪那も地を蹴って一気に接近する。
 二つ目が来る前に片足で地面を力強く踏んだ。ざりっと掛けたブレーキに体重を乗せ、駆ける勢いに冷気纏う刀・雪夜による薙ぎ払いを真っ直ぐに重ねる。余計な力を含まない一撃は、無論、ごいのひさまたちを誤って斬り捨てぬようにと峰打ちで。
 ドドド、ドッ、と、刀身に打たれ地に落ちた彼らを庇うように雪那は更に前へ出た。邪を打つ破魔籠めた斬撃が閃くたび、まあるい姿が蹴鞠のようにぽぉんと飛んで、落ちていく。
 凍てつくほどの空気は時間が経つごとに深まっていった。雪那の体はどんどん冷えていき、気付けば、末裔の筈が雪女になってしまったのではと思うほど。だが、何よりも雪那の心を凍りつかせたのはそれではなかった。
「――!」
 戦いのさなかであっても抱いていた家族への想い。特に、兄への想いが消えぬようにと気を張っていた。油断はしていなかった。この身から落としてしまわないようにと、そう、努めていたのに。
(「兄上、兄上」)
 戦いが終わった時、遂にその想いが消え始めた。
 消える事のない――消える、という概念がそもそもなかった炎が目の前で消えてしまうような。ぞっとするほどの感覚が雪那の全身を駆け巡った。唇が勝手に開き、喉の奥から叫び声が飛び出しそうだ。
(「駄目だ、堪えろッ!」)
 我が名は氷條・雪那。
 今は務めを果たす為――ただ、前へ。

成功 🔵​🔵​🔴​




第2章 ボス戦 『『薄氷』の雪女』

POW   :    吹雪
【吹雪】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    薄氷の折り鶴
【指先】から【薄氷の折り鶴】を放ち、【それに触れたものを凍結させること】により対象の動きを一時的に封じる。
WIZ   :    氷の世界
【雪】を降らせる事で、戦場全体が【吐息も凍りつく極寒の地】と同じ環境に変化する。[吐息も凍りつく極寒の地]に適応した者の行動成功率が上昇する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は御狐・稲見之守です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●凍れる心
 ひゅう、と吹いてきた風はこれまで感じたどの風よりも冷たかった。
 静かに撫でられた所が一瞬で霜を纏い、息をすれば直接氷に触れたかのような冷たさが口内に、喉に灯り、そこに当たり前のようにあった水分が奪われた気がする。
 唾を飲めば張り付く感覚に乾きと痛みが伴った。気のせいではなかったと理解したその視界、辺りをふわふわ漂う白波が細やかな氷雪だと気付くだろう。
 ふわり、ふわりと揺らぐ氷雪の波が、ひゅううと吹き込んだ風で遊ぶように躍った。
 その向こうに、幽世から温もりを消していった冬の女が――ひとり。
「…………」
 雪化粧を施したような睫毛の下、宝珠のように煌めく青い瞳が猟兵たちを見る。
 透けるように白い肌。うすらと青い唇。髪と衣は、雪の輝くような白と影の青。
 木の根を椅子代わりにして腰掛けていた雪女は、掌に折り鶴を乗せたままそっと立ち上がった。衣の裾が凍りついた地面を擦り、さらら、と音を立てる。
 雪女は何も言わない。
 何の感情も浮かべない。
 ただ、暫くの間、猟兵たちを見つめて。
「……そう」
 囁くような、かすかな声だった。そこには冷えた表情と同じく何の感情も窺えない。そう、という音だけが、何かに納得したのだろうと思わせる程度。ひゅう、ひゅううと吹く冬の風が、静かなそこに音を刻んでいく。
「ねえ……好きなんて想いは、在ってはいけないのよ」
 風が強まった。
 雪女の髪が、衣が、はたはたと揺れ始める。
「其れが在るから……あの子は、叶わなかった想いに泣き暮れていた」
 だから、その様なものは要らないの。
 だから、その様なものは冬に鎖そうと思ったの。
「そうすれば、あの子は……あの子も、貴方たちも。誰も、傷つかなくなる」
 だから。
「私が、全てを冬に鎖すわ」
 
都槻・綾
「あの子」や誰かの
傷つく姿を見たくないという優しさは
他者への愛――「好き」ということとは
違うのかしら

駆け引きも
謀る意図もなく、純粋に問う

然れど
悲しいかな
あなたの想いは擦れ違い
好意を凍らせてしまったものたちは
一様に痛そうでもあるの

ふと見下ろす、足元の花
今にも粉々に吹き飛ばされそう

冷気から自他を護る為に広く展開したオーラは
柔い布の如き暖かさ
凍ってしまった動植物達は
もはや元には戻らないけれども
せめて春めく夢の中
芽吹く季節に還れますように

あえかに笑んで掲げる符
高速で紡ぐのは焔の羽搏きを招く詠い
真冬に鎖された世界を融かし
季節の廻りを美しいと感じる――尊び喜ぶ、
此の「好き」という気持ちを
返して貰いましょう



 ひゅ、う。ひゅうう。
 細く聞こえる風の音が綾の耳を擽りながら、きいん、と冷やしていく。
「『あの子』や誰かの傷つく姿を見たくないという優しさは、他者への愛――『好き』ということとは違うのかしら」
 綾の問いに色が存在していたとしたら、それはきっと、まだ誰も触れていない雪のような白だったろう。雪女へ向けた言葉には駆け引きも謀る意図もない。ただただ純粋な問いかけだったから。
「好き……私の、“此れ”が……?」
 冷たい輝きだけを宿した瞳が綾を映した。
 はらり、とやわらかな白がひとつ綾の視界に舞い――世界が更なる冬へと沈み込む。雪が降り始め、静かに刺すような空気に綾は「おや」とかじかむ指先を見た。それから緩やかに足元を見て、目を細める。
「然れど悲しいかな。あなたの想いは擦れ違い。好意を凍らせてしまったものたちは、一様に痛そうでもあるの」
 全てに霜を纏った花が風に撫でられ、ふわん、ふわんと頼り投げに揺れている。どこまで凍えているのだろう。足元に咲く一輪は今にも粉々に吹き飛ばされそうだ。
「……私の此れが、貴方の言う其れかどうかは知らない。わからない」
 雪女の語る声と共に降る雪の粒が大きくなる。冷気が、増していく。
「そうですか」
 雪女が幽世に冬を齎し、好意を消した時。
 最初に『好意』が消えたのは、誰だったのだろう。
 始まりの時を思った綾が真っ白な息を吐きながら微笑んだ瞬間、綾からその周りへとあたたかな護りが広がっていく。吹き込んでいた冷たい風は細かな氷雪や真新しい雪と共にふんわり押し退けられ、揺れていた花がそうっと落ち着きを取り戻した。
 吐息が一瞬で凍りつくほどの空気までも暖かく包み込んだかのように。目に見えぬ柔い布に包まれたかのようなそこで、綾は感情の無い目で己を見る雪女を見つめ返す。その周囲、凍ってしまった命は動物も植物も、もはや元には戻るまい。冬の厳しさとはそういうものだ。だから。
(「せめて春めく夢の中、芽吹く季節に還れますように」)
 季節の廻りは命の廻りを綴るもの。手製の帳面に“綴られていた”彼らのように、凍りついてしまった彼らも、この先にやって来るいつかの季節へ至るよう――。
 あえかに笑んで掲げた符に力が宿る。力は一瞬で符の隅々まで行き渡り、廻る季節よりもずっと早く、より鮮やかに、凍てつく世界へと焔の羽搏きが招かれる。その熱に雪女の青白い指先が反応した。伸ばされた手が、放つ冷気の向こうから来る熱を感じて引っ込む。
「……なぜ」
 世界が。冬が、融けてしまう。
 “なぜ”の内に感じた言葉に綾は微笑んだ。至極簡単な事だ。
「季節の廻りを美しいと感じる――尊び喜ぶ、此の『好き』という気持ちを、返して貰いましょう」
 其れは他の誰のものでもない。
 己から生まれ出た、世に唯一ものだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

太宰・寿
【ミモザ】
頬が濡れて冷えて、泣いているのに気付いた
目の前の子は知らない子なのに
どうしてだろう、すごく悲しい

絵が楽しくなくなったからじゃない
だって分かってたもの、こうなるって
だから違う、違うの……怖い
もっとずっと大切なもの、あったはずなのに

問いかけに肯いて、Polarisを掴む
知らない子だけど
この子は信じていい気がした

撃ち出す弾丸が花弁に変わる
この力はすごく綺麗で……そうだ、私のものじゃない
不器用でぶっきらぼうで、
冷たいふうに見せるけど、本当は優しい子の力

きっとこの子のものだ
忘れたくない
ほんの僅かに見えた糸を手繰り寄せるように
私は引き金を引く


花房・英
【ミモザ】
ごめん、と一言だけ告げて寿の頬を袖で拭う
大丈夫だから、ちゃんとまた描けるようになるから

分かったから、もう泣くな
とにかく大丈夫だから
普段泣かないから、どうしたらいいか
もう少しだけ、戦えるよな?
いつも通り動けばいいから

さっさと倒す
俺の中からもこいつが消えるなんてごめんだ
いつも寿がそうしてくれるように、今度は俺が寿の心を守る

今は目の前の女への敵意さえあれば戦える
刻め、花の標を
凍えそうになったら寿を視界に入れる
忘れるな
植物に感じるものとは違う
優しさをはじめてくれた人

何も感じないのは楽かもしれない
傷つかなくて済む
でもそれは好きを知らなかったらの話だ
知って仕舞えば、何も感じないのは虚しいだけだろ



 頬が酷く冷たくて、痛い。どうして?
(「ああ。私、泣いてるんだ」)
 でもどうして?
 目の前にいる黒髪の子は知らない子なのに。
 冷やされた涙がちょっと瞬きしただけでぱきりと痛む。そこへ新しい雫が伝い落ちる。“悲しい”が、止まらない。すごく、悲しい。――どうして。
 ほろほろと泣きながら自分を見つめる寿に、英はごめん、と一言だけ告げ、片方の袖をぐいと伸ばした。とん、とん、と軽く叩くようにして頬の雫を拭う。
「大丈夫だから、ちゃんとまた描けるようになるから」
 だから、と言う英に寿はふるふると首を振った。
「絵が楽しくなくなったからじゃない。だって分かってたもの、こうなるって」
 前のように絵が描けなくなったから泣いているんじゃない。じゃあ何にと問われたら――どうしよう。だって答えられない。わからない。でも違う、違うと解る。涙の理由はそこじゃなくて。でも、どこだろう。
「……怖い。もっとずっと大切なもの、あったはずなのに」
「分かったから、もう泣くな。とにかく大丈夫だから」
 普段笑ってばかりの瞳が涙に濡れて自分を見ている。どうしたらいいか、どうするのが一番いいのかわからないから、英は大丈夫だと繰り返して拭えるだけ涙を拭った。その間も風がひゅううと音を立てて雪を躍らせ、運んでいる。
「もう少しだけ、戦えるよな? いつも通り動けばいいから」
 頷いた寿は北極星の名を関する銃『Polaris』を掴む。真冬の中にいるせいか冷たく感じられたが、不思議と痛くなかった。そして。
(「名前も知らない子だけど……どうしてだろう」)
 この子は信じていい。
 何の引っかかりもなく、そう思えた。
「さっさと倒すぞ」
 涙が止まったのを見て英も頷き、真冬の中心地に立つ雪女を見る。焔の羽搏きを浴びた雪色の衣は、一部がその熱でちりちりと赤色を輝かせていた。それでも雪女の表情は変わらない。冷たく、何もなく。ただ、こちらを見ている。
 ――好意の何もかもが消えたら、自分たちもああなるのだろうか。
(「俺の中からもこいつが消えるなんてごめんだ。いつも寿がそうしてくれるように、今度は俺が寿の心を守る」)
「……そう。まだ、在るのね」
 無くなれば痛みは消える。涙も消える。
 どちらも、二度と生まれない。
 二人をぼうっと見る雪女の全身から冷気が溢れ、雪の勢いが増した。温もり全てを裂いて凍らすような音が翔けるが、そこに飛び込んだ一発の銃声がさあっと冬の風に乗り広がっていく。
(「すごく、綺麗」)
 寿は手に残る衝撃を忘れ、口からこぼれた真っ白な息の向こう、暗く冷たい世界に躍る花びらの軌跡を追う。日舞を魅せるように地を蹴った雪女を鮮やかに翔けた花びらが追ってぐるりと囲む様は、戦いだという事を忘れそうな刹那の美しさで――。
(「……そうだ、私のものじゃない」)
 これは。
「刻め、花の標を」
 雪と花びらが乱舞する世界に現れた蝶の群れが寿の視界いっぱいに煌めいた。
(「私のものじゃない――!」)
 不器用でぶっきらぼうで、冷たいふうに見せるけど、本当は優しい子の力。
 寿は風に躍る髪を押さえ、たった今聞こえた声の主を見る。
 名前も知らない男の子。信じていいと思えた知らない子。そして今自分を一瞬視界に入れて、雪女を捉えている――どうしてだか一緒に戦ってくれている、男の子。
(「きっとこの子のものだ」)
 寿からの視線を感じる。ついさっきまで不安に怯えていた瞳が、自分に対し朧気ではないハッキリとした感情を瞳に浮かべているとわかる。
(「忘れるな」)
 自分が誰かわからなくなっても信じてくれた。
 共に戦ってくれた。
(「“太宰・寿は、植物に感じるものとは違う、優しさをはじめてくれた人”だ」)
 寿の心を守るには、目の前にいる雪女への敵意さえあれば十分。
「行け」
 電脳空間から連れてきた蝶たちが更に力強く羽ばたいた。電子の煌めきを端々に見せながら冬の嵐を越え、花びらと混ざりあって英の感情に波を起こした雪女を追い、激しい嵐と化す。
「……どう、して」
 ただ、消えて。ただ、冷えゆくだけなのに。
 痛みが無くなるのに。
 なぜ抗うのか。それを良しとしないのか。
 羽ばたく蝶と花びらの向こう、真っ白な肌に幾筋もの赤を走らす女からの問い。それは最善である選択肢を除外する事への非効率を問うような、無機質なものだった。どこまで凍りついているかわからないその問いに、英は真っ白な息を吐きながら返す。
「何も感じないのは楽かもしれない。傷つかなくて済む。……でもそれは“好きを知らなかったら”の話だ」
「“知らなかったら”」
「そうだ」
 甘いものを甘いと思うのは、辛いやしょっぱいを知っているから。
 光を明るいと思うのは、光のない場所や時間が、暗闇が存在しているから。
「知って仕舞えば、何も感じないのは虚しいだけだろ」
 その言葉が寿の心にすとんと落ちた。
 ああ。だから怖くなったんだ。
「……私は、忘れたくない」
 再び『Polaris』の引き金に指先をかける。
 ほんの僅かに見えた糸を手繰り寄せるように――そして今度は、忘れないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャスパー・ドゥルジー
――あんたは、その子が好きだったのかい
冷たい風が届くたびに何かが心から剥がれていく
俺の、好き、は

だれだったっけ?

優しい笑顔、甘い煙草の匂い
剥がれ落ちていく
いつかのタンデム、途方もない夢
全て忘れてしまう前に、腕を強引に拭う
戦闘前にナイフを何度も刺しておいた真っ赤な腕を
すぐに血が溢れ出て覆い隠していくが、確かに一瞬傷痕が見えた
『PAUL』と刻んだしるしが

そうだ、パウルだ
流れ出る血を全部燃やす
傷口が火傷で塞がれようが構うもんか
もう忘れねえ、奪わせねえ
捨て身で距離を詰めたら、燃え盛る腕で殴り掛かってやる

パウルは絶対に俺を傷付けねえけど
胸が締め付けられる程の痛みと苦しみをくれたのも、パウルだったんだよ



「うっわ寒ぃ! ハハ、すっげェ染みる。何か刺されてるみてえ」
 しかし寒さ冷たさその結果の痛みはジャスパーにとってご褒美でしかない。ジャスパーは笑いながらピンヒールを鳴らして歩き、再び強さを増した降雪地帯のど真ん中へ飛び込んでいく。
 青白い雪女の肌に見た赤い筋。氷が覆うそれに光が当たったらさぞ綺麗だろう。
 ところで。
「――あんたは、その子が好きだったのかい」
「……すき、」
 笑って訊ねたジャスパーの言葉を雪女がなぞる。冷えて一切の感情を浮かべぬ眼差しが、じ、と他所を見て。それから、ふさりとした睫毛に縁取られた目がゆっくりジャスパーに向く。
「……知らないわ。ただ、あの子が泣いていたから」
 だから、冬に鎖したのよ。雪女の細い指が着物の襟に触れて、離れた。
 その動きを面白そうに眺めていたジャスパーは、右から左へ、左から右へと吹き付ける冷たい風に、細長い尾をくるんと片足に巻き付けた。ああ、寒い寒い。それに、何かが心から剥がれて――。
「……ねえ」
 雪女の双眸はジャスパーに注がれたまま。
 その視線に表情らしいものはまるでないのに、頭の中を見られている気がした。
「あなたは、まだ、在るの。好き、が」
「ンー? 俺の、好き、は」

 だれだったっけ?

 口の中で転がした笑い声が凍りついた。
 自分に向けられる優しい笑顔。甘い煙草の匂い。手を伸ばせば掴めるそれが、指先をすり抜けて剥がれ落ちていく。いつかのタンデムは。途方もない夢は。
 全て剥がれて届かなくなるのか。
 忘れてしまうのか。
「――いや無えだろ、それ」
 体中に張り付く冷気を引き剥がすように強引に腕を拭う。戦闘前にナイフを何度も刺しておいた真っ赤な腕。ざくりざくりと刺して刻みつけたそれを、すぐに溢れ出た血がぬるりと覆い隠していく。だが一瞬。確かに一瞬だけ見えた。
 『PAUL』。
 自ら付けた傷痕。
 大切なしるし。
「そうだ、パウルだ」
 傷痕から熱が溢れる。流れ出る血が熱と光を放ち、燃え上がる。一滴やコイン一枚分なんてケチな事はしない、ジャスパーは怒りを燃料に流れ出た血全てを燃やした。折角の傷口が火傷で塞がれようと構わない。
「ああ、もう忘れねえ、奪わせねえ」
 唇が鋭い弧を描き、全身覆う灼熱が冷気を蒸発させ視界が白く覆われる。
 ぶわあと膨れ上がるように増えた水蒸気からジャスパーは鉄砲玉のように飛び出した。あ、と、整った青い唇から聞こえた声はどこか儚くもある雪女のもの――なのだが、構うものか。
 身を翻そうとしたそこを燃え盛る腕で殴り掛かる。殴った肩も空気同様に冷えていて、触れた瞬間しゅううっと現れた蒸気越しに見たのは、殴られた勢いで転倒した女の姿。それを、ハッ、と笑って見下ろす。
「好きを消すっつったな、けどザァンネェン。パウルは絶対に俺を傷付けねえけど、胸が締め付けられる程の痛みと苦しみをくれたのも、パウルだったんだよ」
 このとびきりイケてる痛みは、地獄の炎に灼かれたって手放さない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷條・雪那
昔から、兄上や父上のような立派な武士になりたいと思っていた
母上のような巫女になるのも恰好良いけれど
やはり一番は武士だと、子供心に考えて

そんな事まで覚えているのに
殺された家族に対して何の想いも感じないのが、心底恐ろしかった
楽しかった事も、兄上に言えなかった事も全て覚えているのに――

そこまで考えて、表情に出る前に左手で刃を握って平常心を取り戻して
「……我が名は氷條・雪那。私や皆から奪ったもの、返して貰おうか」

精神集中し、破魔の力を込めた雪夜で吹雪を斬り
一気に雪女との距離を詰め、そのまま斬り掛かる
防御されようと、手数で押して攻め続ける
私に意識が向けば、他の者が死角から攻撃出来る
そう信じて



 “兄上や父上のような立派な武士になりたい”。
 今よりも幼い頃に抱いた夢と想いは、今も雪那の中にある。
 母のような巫女になるのも格好良いだろう。しかし当時の雪那は“やはり一番は武士だ”と子供心に考え、兄と父を手本として、理想として剣の腕を磨き続けた。
(「そんな事まで、覚えているのに」)
 なのに、ああ。恐ろしい。
(「父上、母上……兄上」)
 殺された己の家族に対して何の想いも感じない事が、心底恐ろしかった。
 父と兄を見て、あの様な立派な武士にと思った筈なのに。
 母が巫女として務める姿を見て、格好良いと思った筈なのに。
 ここへ辿り着くまでは家族への想いが胸に在った。だが今は、もう二度と会えぬ家族に対し何も湧いてこない。一族を滅ぼされ、復讐を誓ったほどの感情が、想いが在った筈なのに。
 震えるような、かすかな音と共に吐息がこぼれて真っ白になる。
 自分の心はどこまで冷えてしまったのだろう。
(「楽しかった事も、兄上に言えなかった事も全て覚えているのに――」)
 そこまで考えたものが表情に出る前に雪那は左手で刃を握り、一閃。びゅうっと吹き付ける風に乗って飛んできた雪塊を両断した。恐れを抱いてる暇はない。今必要なのは何事にも揺るがぬ心と――。
「あなた……まだ少し、残ってるのね……」
 吹雪の中心で楚々と立つ、あの雪女を倒す事。
 その女の唇がゆっくり動きながら、視線が雪那から外されて。
「もっと、遥か昔に、こうすれば良かった」
 青い視線が、雪那へと戻る。
「其れを知らなかった頃に私がこうしていれば……他の人も、貴方も……きっと、其れを、取り返そうとは思わない」
 嗚呼。私は、遅かったのね。
 こぼれた言葉は後悔でも反省でもない。そうする事が最も効率の良い有効手段なのだと認識しての言葉だった。その言葉が雪那の精神を一層研ぎ澄ませていく。
「……我が名は氷條・雪那。私や皆から奪ったもの、返して貰おうか」
 凍てつく空気、荒れ狂う風、大粒の雪。何もかもを刃に宿した破魔で以って斬る。目の前が開けた瞬間、雪那は両足の裏に籠めた力を一点に集中させ地を蹴った。
 一気に距離を詰めて迫ったと同時、雪女が片腕を軽く振る。ぐるんと舞った袖が振り下ろした刃を受け流し、目の前で硝子細工のように氷の膜が躍り――すかさず繰り出した二の太刀がそれすらも斬る。
 ほんのかすかに見開かれた目、そこに映った自分を追うように雪那は刀を揮い続けた。
 雪女の意識を引き続ければ、それが鎖された冬をこじ開ける鍵のひとつとなる。
 そう信じて揮われる太刀筋は、翔ける光のような真っ直ぐさ。

成功 🔵​🔵​🔴​

ジャック・スペード
戦う理由が分からない
この世界がどうなろうと
そもそもオレには関係ない

護るべき帝国は滅びた
本当は殉ずるべきだった
其れなのに直されて仕舞った
何故か人間に似せられた此の躰は酷く窮屈だ

屑鉄の王よ
此の身を有るべき姿へ解き放て

モノアイの異形へ容を変えたなら
道具として、衛兵として
最終任務を果たさなければ――

死地へ迎えとプログラムが謳う
祖国に殉じよと演算が結果を謳う
ならば還ろう、あの溟い銀河へと

お前が齎した冬は、オレを救わず
ただ破壊へと駆り立てる
教えてくれ、こんなオレは「幸せ」か?

お前も救われ無いのなら
共に冬へ鎖されよう
氷の銃弾で折鶴ごと撃ち抜いて

電力が切れる寸前に思う
もう二度と、再起動なんてしなきゃ良いのにな



 何故、幽世にいる?
 鳥の妖たちを地に落としてからずっと、ジャックの思考回路に疑問が付き纏う。
 理解に苦しむ。この世界で戦う理由などあっただろうか。どれだけ考えても戦う理由が分からない。分からない以上、この世界がどうなろうと――。
(「いや、違う。そもそもオレには関係ない」)
 護るべき帝国が滅んだ時、己も国と同じ道を辿るべきだった。あの日あの瞬間に製造理由を未来永劫果たせなくなった己は、国を追って殉ずるべきだったのだ。
 なのに直されて仕舞った。
(「何故だ」)
 問うても答える声は無い。
 嗚呼。修復の際に人間に似せられた此の躰も酷く窮屈だ。
(「何故だ。何故、似せた」)
 誰も、何も、答えない。ただ世界を覆い尽くそうとする吹雪の音だけがして――その中にキィンッと白い光が走った。
 稲妻のように一瞬現れたそれが何なのか。何故、現れたのか。機械である男の目と頭脳は見えた光のみならず、光の傍に居た者の姿も捉えていた。状況把握に要した時間は三秒にも満たない。
 滅び齎す者を捉えた瞬間、ジャック・スペードという枷がガラガラと外れていく。
「屑鉄の王よ。此の身を有るべき姿へ解き放て」
 世界という壁を割って廃獄より現れた王が、ジャックの中に降りて、とけて、広がっていく。蒼い稲妻が王の降臨を告げるように爆ぜて輝いて、面を上げる。
 容だけでなく、二つだった目は一つに。黒を纏う人型からモノアイの異形へと変わったジャックの思考を占めるのは、己の在り方。存在理由。
(「道具として、衛兵として、最終任務を果たさなければ――」)
 ジャックに気付いた雪女がそうと指先を向ける。指先から芽吹くように現れた薄氷は折り鶴となり、儚く散ってもおかしくない見目のまま鮮やかに羽ばたいた。
(「あれに触れられれば凍り付くか」)
 だがプログラムが謳う。演算が結果を謳う。

 “死地へ迎え”
 “祖国に殉じよ”

 この身が道具なれば、回路駆ける声に抗う理由など有りはせず。ならば還ろう。吹雪の中翔けるあの折り鶴を其処に至る標として、あの溟い銀河へと。そして問おう。
「お前が齎した冬は、オレを救わずただ破壊へと駆り立てる。教えてくれ、こんなオレは『幸せ』か?」
「……貴方の『幸せ』を、私は、知らない」
 でも。
「貴方は、もう、傷つかないでしょう?」
「そうか」
 其処に居るのにどこか遠い。見えているのに、見ていない。
 これではお前もオレも救われ無い。
 ならばと氷雪世界で蒼い稲妻がばちりと爆ぜ、兵と王の眼差しが折り鶴を射抜く。
「共に冬へ鎖されよう」
 氷の銃弾が折り鶴の喉を撃ち抜いた。奥にいた雪女の体が弾かれるようにして倒れ、雪が舞う。やわらかに躍ったそれが一瞬で風に払われた刹那、プログラムの謳う声が遠くなった。演算速度が、視界の明度が、どんどん落ちていく。
 ――電力切れ。
 急速に世界が遠ざかっていく感覚にジャックは抗う事なく身を委ねた。
 ただ。全てが闇に包まれる寸前、思う。
(「もう二度と、再起動なんてしなきゃ良いのにな」)
 そうすれば最終任務は果たされて、道具は道具のまま――今度こそ、殉じれる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
シェルゥカ(f20687)と

シェルゥカ、シェルゥカ
お願いだ、この手を離さないで
手のひら一つ離れることが恐ろしいのに
これで、傷つかないだって?
どうせ、消すなら
叶わず泣き暮れるような悲しみを消してくれればよかったのに

――「エンティ」があまりにも使い物にならないので、僕が出ます
拷問具顕現のために鋒を己に向けて
…いつもの事を、阻まれるなんて
思いもよらなかった

な、にを…馬鹿なことを、しているんですか!
自傷は、いま必要で…
あぁ、本当に、貴方は面倒で厄介だ
仕方がない、仕方がないから彼の血で顕現させて
この動揺も、欠片ほどの心配も
全部纏めて代償に、色隠し
銃殺刑に処しましょう
それなら…手を、繋いでいられるでしょう


シェルゥカ・ヨルナギ
エンティ(f00526)

泣き縋り名を呼ぶ君は誰
けど
凍える世界で温かくもないこの手を繋ぐ
君にとって俺はそんなに大切なのか
凍える世界に共に来た
俺にとって君はそんなに一緒に居たい存在だったのか


何をするの
ざわりとして、彼の刃を思わず掴む
君は俺にとって大切だったかもしれないんだ、駄目だよ
言葉以上に心がざわつき
刃を掴んだまま力を込め鋒を奪う
手が痛い、けれど
何故かとても見たくなかった

ねぇ雪女
何故『あの子』を覚えてるの
ずるいな
心の自由を奪われた様に動く茨で自由を奪おう
彼の弾も当たり易くなる
消すなら悲しみをとも思ったけど
『あはれ』と言われる様な情緒も好む誰かがいた
だから
好きも悲哀も無差別に消すのは賛同できない



 エンティは普段なら有り得ない様を見せていた。エメラルドの瞳からぽろぽろぽろと零れ続ける涙。それを片手で乱暴に拭い、しかし止まらない雫と共にシェルゥカへと訴え続ける。
「シェルゥカ、シェルゥカ。お願いだ、この手を離さないで」
(「……君は、誰」)
 どうして自分に泣き縋り、名前を呼ぶのだろう。わからない。凍える世界では自分の手はそう温かくもないだろうに。――けれど。
(「君にとって俺はそんなに大切なのか。俺にとって君はそんなに一緒に居たい存在だったのか。凍える世界に共に来るほどの……」)
 力を籠められた手からは、手のひら一つ離すまいという必死の想いが伝わってくる。
 そう。この手のひら一つが、今のエンティの命綱。
 エンティは手をつないだまま、涙を流しながら雪女を見る。
「これで、傷つかないだって? どうせ、消すなら、叶わず泣き暮れるような悲しみを消してくれればよかったのに……!」
「……それも、そうね。そうしておけば、今流れている涙は、生まれなかった」

 今からそうしましょうか。

 ひゅ、うう。低い音を立てて吹き付けてきた冷気。そこに大粒の雪が乗った瞬間、エンティの“中”でもう一人が顔を出す。
「『エンティ』があまりにも使い物にならないので、僕が出ます」
「! 何するの」
 手にして即自分に向けた刃。刀身に『Confessio』と刻まれたナイフから真新しい赤が滴り落ち、雪を赤く染める。鮮やかな雫を辿れば、それはシェルゥカの手のひらから滴っていた。
 それは拷問具権限の為にエンティがやってきた“いつもの事”だ。それを阻まれるなど想いもよらなかった。それも、今のシェルゥカに。
「な、にを……馬鹿なことを、しているんですか! 自傷は、いま必要で……」
「君は俺にとって大切だったかもしれないんだ、駄目だよ」
 もう一人のエンティが現れた時にざわりと来た感覚。それとはまた違った感覚が――自傷が必要だという言葉以上にシェルゥカの心は、ざわついていた。
 吹雪いていても刃を掴む手のひらが熱いが、掴んだまま力を籠めてナイフを奪う。裂けた手のひらは当然痛い。だが、このナイフで目の前の人物が自傷する所は、何故かとても見たくなかった。
「……」
 二人のやり取り。ナイフ。白い雪を染める血痕。ゆっくり一つずつ見ていった雪女の視線が自分たちを見ていると気付き、シェルゥカも雪女を見る。そっと掲げられた指先には素手に薄氷の折り鶴が留まっていて――それが翼を広げた時、シェルゥカも動いた。
「ねぇ雪女。何故『あの子』を覚えてるの」
 好意は消えているのに、まだ、覚えている。こっちは好意も、目の前の人物が誰なのか、自分にとっての何なのかもわからないのに。
「ずるいな」
 シェルゥカの問いは茨となり、吹雪く世界に飛び出した。鋭い棘を纏う茨は心の自由を奪った女を目指し、勢いを増した吹雪の冷たさまでも貫き裂くように翔けていく。
「どうせ消すなら悲しみをとも思ったけど……」
 『あはれ』と言われるような情緒も好む誰かがいた気がする。
 だから、好きも悲哀も無差別に消すのは賛同できない。
 そう言って、吹雪に髪を遊ばれながらも、深い赤色の双眸を雪女に注ぎ続けるその横顔。自傷を止められた事、その後に告げられた言葉。エンティは丸くなっていた目をようやく普段に近い状態へと戻す事が出来た。
(「あぁ、本当に、貴方は面倒で厄介だ……」)
 だからこそ『エンティ』は泣いて縋ったのだろうか。
 エンティは空いている手で目尻の涙を拭き、自分のナイフで傷ついたシェルゥカの手を見る。自傷させてもらえないなら仕方がない。そう、仕方がないから――。
「血、お借りしますよ」
「いいよ」
「どうも」
 自分の方を見た赤色に上手く笑みを返せただろうか。その不安を表には出さないまま、シェルゥカの血と自身の感情を合わせたものをナイフに注ぎ込む。
 まだ残る、この動揺も。欠片ほどの心配も。
 全て纏めて、拷問具顕現の為の代償に。
 その力は絶えず注ぐ吹雪の流れを捻じ曲げるものとなって現れ、自分のすぐ近くに顕現したエンティの拷問具にシェルゥカの双眸がほんの少し丸くなった。その瞳を向けられ、エンティは手にした得物を見せながら笑む。
「大丈夫、放しませんよ。銃殺刑に処しましょう。それなら……手を、繋いでいられるでしょう」
「……そうだね」
 それならもう――あの“ざわり”と来るような事は、起きない。
 その予感を抱いたシェルゥカの世界に銃声が響く。真っ白な雪色の衣に、じわりと牡丹のような赤い染みが広がった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

サン・ダイヤモンド
【森】
切り裂かれた心から愛が零れて空っぽの胸を冷気が侵す
もう『好き』が何かもわからない

それでも叫ぶ縋る、好きだ好きだ好きだ
だってコレ(愛)を手放したら僕はきっと僕でなくなってしまうから

空間が割れて闇が覗く
切れた肌が割れてぎょろり誰かの眼が開く
侵食される

抵抗、限界突破、悲鳴のように叫ぶ
脳を心を揺らす破魔の多重全力魔法

常彼を包み込む愛情の裏隠されていたものは
不安、孤独、恐怖、絶望
愛して、棄てないで
彼への愛無き後に残るのは自身の欲のみで
泣き叫ぶ

あなたの愛を失えば僕は
誰にも必要とされず、生まれてきた意味も無く
一体何の為に
あなたの愛に守られていた僕という存在が崩れゆく


薄れゆく意識の中心震わす声が聴こえた


ブラッド・ブラック
【森】
暗く乾いた世界だ
光が無い
色も無い

俺をヒトたらしめていたもの(心)が消えていく

好意と恐怖は紙一重
もう人型で在ろうとも思わない
誰に嫌われたくないとも思わないのだから

融合を解き、巨大な黒い肉塊の如き怪物の姿を曝け出す
小指に結んだ光の糸は肉に呑まれて融け消えた

嗚呼、腹が減った
彼れ(雪女)を喰らえばこの渇きは癒えるだろうか


頭を揺らす煩い泣き声が何故だか心を突き上げる

女が声の主を潰そうとした刹那
咄嗟に動いた躰で白を庇い鶴を薙ぎ払う

此の躰が覚えている
此れは護るべき者なのだと
何度失くそうとも湧き上る
此れは特別なのだと
此れは俺の光だと

依存、執着、独占欲、好きに呼べ
欲しくて欲しくて堪らない

此れは俺のものだ!



 ブラッドの目に見える世界は暗く、乾き――光が無かった。色も無い。
 吹雪く世界を構成するのは黒と白の二色から成る変化だけ。
 ああ、とこぼれ落ちた声から生まれた白色が、あっという間に暗い世界へ溶けて消えた。
 ブラッドをヒトたらしめていた唯一が、心が消えていく。
(「……もう、いい。もう、構わない」)
 好意と恐怖は紙一重。それが消えた。消えたのだ。恐怖を、嫌悪を向けられまいと人型で在る必要は無い。繕う意味が無い。もう、誰に嫌われたくないとも思わない。思うように思えばいい。
 融合を解いた肉体は人の形を崩し、保っていた形とずるずる融け合い変わって――否。人目から隠してきた姿を曝け出す。人の形から肉塊の如き巨大な何かとなったブラッドの表面が、ぞぶりと波打った。
(「嗚呼、腹が減った。彼れを喰らえばこの渇きは癒えるだろうか」)
 する、ずる、ぬるり。女の元へ向かい始めた黒い肉塊のような何かを呆然と見つめていたサンは、ふらふらと後を追う。
 人だった姿が崩れて変わりゆく中、小指に結ばれていた光の糸が真っ暗な中に呑まれて、融けて消えてしまった。目の前であの糸が消えた事が、悲しくて苦しくてたまらない。
「いやだ。やだ」
 切り裂かれた心から愛が零れていく。空っぽの胸を冷気だけが侵すから、上手く息が出来ない。呼吸のたびに喉がひゅうっと冷やされ、自分の中に在る筈の熱が根こそぎ奪われてしまいそうだ。
「いかないで、おねがい」
 まだ自分の中に残ってる。どうしようもなく抑えられない感情が、わけもわからず好きだと叫んでいる。もう“好き”が何かもわからない。それでもサンは僅かに残る“好き”を必死にかき集めるようにして叫び、縋った。
(「コレを手放したら僕はきっと僕でなくなってしまう」)
 吹雪の音に混じって幽世に響く泣き声が、飢えと渇きに満ちたブラッドの頭を揺さぶった。それは欲を満たしはしないだろうに、ブラッドは希薄になっていた心を何故だか突き上げられた気がして、泣き声の方を見る。
 そこに居たのは真っ白な青年だった。その背後の空間が割れていた。幽世の空よりも己の黒よりも更に深い闇が覗いていた。白い肌に走った筋が割れ、ぎょろり開いた何者かの眼がぐり、り、と動いて――。
「……貴方の其れは、なに?」
 呟いた雪女を眼“たち”が見た瞬間、更なる声が脳に、心に響いて全てを揺さぶった。
 これまでサンを包み込んでいた愛の裏に隠れていた不安が、孤独が、恐怖が、絶望が、心の限界を超えて溢れ出したのだ。
(「僕を愛して、僕を棄てないで」)
 絶望溢れた箱の中に希望が残っていたというが、これまで愛を注いでくれたブラッドへの愛無き“サン”という器に残るのは自身の欲のみ。
(「あなたの愛を失えば僕は、誰にも必要とされず、生まれてきた意味も無い。じゃあ一体何の為に、僕は――“僕”は、」)
 いやだ。空間も魂も揺さぶる嵐の中、サンは自分の中に残ったものを必死に掴んで泣き叫ぶ。自分の名前が出てこない。存在が崩れていく。
「……苦しいのね?」
 雪女の両手が虚空に伸ばされ、冷えた空気をそっと抱いた。青い唇が寄せられ、ふうっと息を吹きかけた瞬間、掌から薄氷の折り鶴が羽ばたいていく。内に外に冷気を孕んだ翼は泣き叫ぶ白の元へ馳せ参じようとし――それを巨大な黒が叩きのめした。
「止めろ。此れに触れるな」
「……貴方、どうして……」
 好意は消えた筈。誰を想っていたかも、その、記憶も。
 なのに何故、と問う感情無き声に、ブラッドの肉体が激情と共にうねる。
「そうだ。俺は好意を奪われた。何故人型で在ったのかも覚えていない。だが此の躰が覚えている。此れは護るべき者だ。他の誰でもない、俺が護るべき者だ」
 何度失くそうとも湧き上がる。涙の後を氷雪で凍らせた白い男は特別だ。此の存在は己の光だ。その根源にある感情は依存か、執着か、独占欲か。どれであろうと構わない。好きに呼べばいい。もういい。もう、構わない。
「俺は此れが欲しくて欲しくて堪らない。此れは俺のものだ!」

 薄れゆく意識の中で聞こえた声が、サンの心を震わせた。
 もう目を開けていられない。世界が暗くなっていく。体が重い。動けない。
(「……だれ?」)
 真っ暗闇の中、何かが自分を包み込んだ。見えない。わからない。
 けれど不思議と落ち着く気がして――。
(「ああ、」)
 サンは真っ白な体を大きな漆黒の世界に預け、眠りについた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

旭・まどか
――嗚呼、僕も同意見だよ
君達みたいなモノと意見が合うなんて、珍しい

大抵は己が持つ倫理観を善性だと決めつけて
押し付けようとしてくるものばかりだから
鬱陶しくて、嫌になる

同意見なのだから君をこのままにしておいても良いのだけれど
生憎、僕は猟兵で君はオブリビオン
相容れ無い存在だから、致し方無い
君には僕の前から消えて貰おう

お前は僕の隸
お前は僕のお人形

だったら、僕の手となり足となり働くのは当然の事

仕方が無いから能力強化の施しを授け
目の前の敵を討つよう指示

極寒の地でも尚
強化を施したお前の四肢を留める事など出来やしない

お前のその爪と牙で、あれを屠っておやり

暑すぎるより寒い方がマシだけれど
流石にこの寒さは苛立つ



 どうして、と紡がれた声が風に乗る。雪の妖たる女の吐息は決して白く染まらず、冷えた心は決して融けはしない。その心が、唇が、何故好意というものを留めておこうとするのかと疑問を繰り返す。
「……其れが無ければ、傷つく事無く生きて居られるのに」
 わからない、わからないわと繰り返されるそこに理解しようという想いは見えず。そんな雪女を見つめていたまどかは、風に飛ばされそうになった帽子を押さえ、白く現れる呼吸を繰り返した。

 “其れが、好意が無ければ”

 雪女の言葉で思い浮かんだものが風の音に被さられて消える。
「――嗚呼、僕も同意見だよ。君達みたいなモノと意見が合うなんて、珍しい」
 同じ。青い瞳が花のように鮮やかな瞳を見た。どちらも冬の只中、相手の色をただ静かに映して――まどかの唇から白い吐息が咲いて、散る。
「そうだよ。大抵は己が持つ倫理観を善性だと決めつけて、押し付けようとしてくるものばかりだから」
 だから、鬱陶しくて嫌になる。向こうには其れが尊い善であるとしても、此方から見た其れが同じとは限らないのに、貴方の為だ何だと言って無理矢理掌に乗せてくる。
「同意見なのだから君をこのままにしておいても良いのだけれど」
 話す間もしんしんと降り続くやわらかな、大きな雪。服にふわりと着いた雪は、まどかや服に熱などないと言うように、降りてきた時のままの形を保っていた。それが、ひとつふたつと増えていく。
「生憎、僕は猟兵で君はオブリビオン。相容れ無い存在だから、致し方無い。君には僕の前から消えて貰おう」
「……そうね。私は“過去”で、貴方は、“今”だわ」
 ひゅううと強まった風がまどかの髪をぱさぱさ躍らせ、帽子を持っていこうとする。まどかはそれを片手で押さえながら、傍に立つ存在に目をやった。尖った耳がぴんっと揺れ、八重の瞳が己を見つめる。
(「お前は僕の隸。お前は僕のお人形」)
 それ以上でもそれ以下でも、それ以外の何かでもない。
 ならば、自分の手となり足となり働くのは当然の事だ。
(「そうでしょう」)
 故に“仕方が無く”月光の魔力を注ぐ。手足となって駆ける隸に此処で倒れられては困る。授けた以上何をすべきかわかってるね。向けた眼差しに応えるように、四肢に力を籠めたのが見えた。
 獣が雪に覆われた地面を蹴り、鋭く短く白を舞わせながら向かい風を突っ切っていく。その先に立つ雪女の手がたおやかに揺れて雪の奔流を生もうとするが、月の力で満たされた獣の四肢を、極寒の地が留められる筈もない。
「お前のその爪と牙で、あれを屠っておやり」
 獣が跳び、鋭い爪が伸ばされ、牙が衣に突き立てられて。争う音に吹雪の音が尚も被る。吐息は相変わらず真っ白だ。勝手にぶるりと震えそうになった体を、まどかは無言で律する。
(「暑すぎるより寒い方がマシだけれど、流石にこの寒さは苛立つ」)

成功 🔵​🔵​🔴​

ロキ・バロックヒート
あぁ寒いね
笑っちゃうぐらい、なんて
面白くもないし楽しくもないのに笑う
いつもは面白かったっけ楽しかったっけ
今はよくわからない
でもいつも笑っていた気がする
だから笑ったかたちのまま凍り付いたのかも

なんだか似ているね
君はその子のために冬に鎖そうとしてるけど
ほんとうにその子はひとはそれを望んでいるのかな
哀しくて辛いって苦しむくせに
それをなくしてあげようとするのは厭がるの
君はその子が厭がっても躊躇わないでいられる?
それとも
一番傷付きたくないのは君じゃないの?
冬に鎖せば傷付いてる様を見て心を痛めなくて済む
あぁ
全部救う方法があれば良いのにね
君も私もなにも救えやしない

意識が薄れて影法師が現れても
ずっと笑ったまま



「あぁ寒いね。笑っちゃうぐらい」
 なんて。
 ロキは小首を傾げ、己をその場に氷漬けようとする吹雪に長い髪を遊ばせる。服もばさばさと音を立て、されるがまま滅茶苦茶に躍るよう。そんなものは面白くもないし楽しくもないというのに、唇はいつものような笑みを浮かべていて。
(「いつもは面白かったっけ楽しかったっけ」)
 今は――よくわからない。思い出そうとするとどうしてだかよく思い出せなかったが、ロキは驚きも嘆きもせず前に進み続けた。真冬の風に細い足をびゅうびゅう叩かれながら、一歩、二歩、三歩――……あ、そうだ。いつも笑っていた気がする。
(「だから笑ったかたちのまま凍り付いたのかも」)
 裸足だってほら、と目線を下にやれば冷気と雪でちょっとばかり固くなっていた。ぐぐ、と指に力を入れて動かすと氷の膜がぱきりと割れて落ちる。落ちた膜は真っ白な地面と同化して見えなくなって、在ったのに始めから無かったかのようだ。
「なんだか似ているね」
 黙って此方を見ている雪女が、似ている、と繰り返す。何がと問われたのだと気付いて、ロキは浮かんでいる笑顔をそのままに歩を進めた。足元の雪は随分と分厚い。一歩進むごとに踏む雪はとけず、踏まれてきゅむ、と音を立てていて――ああ、とけないくらい冷えてるのかななんてロキはふらり笑い、青い目を見つめ返した。
「君はその子のために冬に鎖そうとしてるけど、ほんとうにその子は、ひとは、それを望んでいるのかな」
「……?」
「あれ、知らない? 哀しくて辛いって苦しむくせに、それをなくしてあげようとするのは厭がるの」
 神よお助け下さいと祈るから“じゃあお望み通り”にと手を伸ばすと、今言った通りの反応が返ってきた――なんて経験、一回や二回じゃない。人の子は遠慮なく神頼みする割には、伸ばされた手を拒否したり注文をつける事がある。
「君はその子が厭がっても躊躇わないでいられる? それとも」


「一番傷付きたくないのは君じゃないの?」


 ご、と風の音が低くなった。長い髪がさあっと後ろへ流され、そのまま風にもて遊ばれる。歩みを止めたロキの素足に雪がついて、肌の色が白に覆われていく。足が、真冬の水みたいな冷たさだ。
 冬に鎖せば、傷付いてる様を見て心を痛めなくて済む。
 雪女が幽世から好意を消した始まりは、そのような想いからじゃないのか。
 楽しげに、からかうように。いつからこうなのかわからない笑みを浮かべていたロキは、ふいに視界がぼやけたのに気付いて「あぁ」と笑った。
「全部救う方法があれば良いのにね」
 一つを救おうとして手を出したら別の問題が持ち上がる。
 そんな後出しの問題も全て引っ括めて救えたなら――あぁ、だけど。
(「君も私もなにも救えやしない」)
 雪原にとさりと膝をついたロキが見ているものの輪郭が、更にぼやける寸前。吹雪の中を翔けていったのは天使の如き黒い影。それが翼めいたものを大きく広げ、雪女の頭上を奪いながら自分と同じやり方で攻めていく。
 それを見るロキの意識はどんどん薄れていって。
 けれど――その顔はずっと、笑っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファルシェ・ユヴェール
――寒い
常であれば悠然と浮かぶ筈の微笑が
慣れたふりであれ強がりであれ、己を鎧うその笑みが
今は引きつっている気がする

心の支えは
希望への道筋を真っ直ぐに照らすような、強き緑瞳の――

強く思い浮かべようとすれど
然し、感じるのはざわりとした焦燥感のような何か
熱を帯びぬ心が揺れる
決して手放さぬ筈のあたたかな日常が
端から崩れてゆく心地がする

……苦しくなければ
泣かなくて済むならば
それでほんとうに良いのでしょうか

嬉しいこともなく
心から笑うこともない
それでほんとうに幸せでしょうか

身を掠める薄氷を
エネルギー化ですり抜けて
揺らぐ心はそのままに
其れでも、ぐっと杖を握り締める

私は
つくりものではない笑顔を
忘れたくないのです



 ごくごく自然に出来ていた呼吸が、呼吸ひとつするたびに辛くなっていく。
 ――寒い。
 浮かんだそれは囁きにもならず、唇に違和感を覚えた。
 商談の場、窮地を切り抜ける時、友や――誰かと過ごしている時。常であれば悠然と浮かぶ筈の微笑。慣れたふりであれ強がりであれ、それはファルシェ・ユヴェールという己を鎧う笑みだが。それが、今は引きつっている気がする。
 それでも冬へと挑めるのは、心の支えたる存在がまだ記憶に残っているからこそ。鮮やかな色と輝きで、希望への道筋を真っ直ぐに照らすような、かの瞳。強気緑瞳の――。
(「……嗚呼。どうしても、名が」)
 強く思い浮かべようとしても名前が出てこない。感情が湧いてこない。代わりに感じるのはざわりとした焦燥感のような何かだけ。それだけが熱を帯びなくなった心の内に流れ、体がくらくら揺れるよう。
 ずっと共にと想っていた筈だ。決して手放さない筈のあたたかな日常だ。それが己の中で、端から崩れてゆく心地がする。確かに存在する足元が消えて、奈落まで落ちてしまいそうだった。
(「……同じものを、彼女も経験したのでしょうか」)
 ファルシェの眼差しを受け止めた雪女は、受けた傷に氷や雪を纏わせ立ち続けている。表情に変化らしい変化はなく、紡がれる言葉は冷たく、静か。ファルシェの顔を見た瞳は細められも見開かれもせず、向けられた指先から繊細な硝子細工に似た折り鶴がきらきらと現れた。
「心を冬に鎖せば、大丈夫よ」
 雪女が見た己は笑っていたのか、苦痛を浮かべていたのか。だが見えぬからこそ、わからないからこそ、好意を失えど変わらぬ想いを紡いでいく。
「……苦しくなければ、泣かなくて済むならば、それでほんとうに良いのでしょうか」
「? 痛みが無くなる事は、良い事でしょう」
「……ほんとうに?」
 細い指先で折り鶴が翼を広げゆく様を見つめるその姿が、ほんの一瞬だけ揺らいだ。
「嬉しいこともなく、心から笑うこともない。それでほんとうに幸せでしょうか」
 ごいのひさまを始めとする幽世の住人たち。
 自分たち猟兵。
 オブリビオンとなった雪女。
「そして――“あの子”も」
 そこに触れた瞬間折り鶴が羽ばたいた。薄氷とは思えぬ速度で迫る様は矢の如く。触れられれば凍り付くだけでは済まない傷を負うだろう。だが折り鶴はその身をエネルギーと変えたファルシェに傷一つ負わせられず――過ぎてしまった標的をもう一度、と旋回したそこを杖で突かれて砕け散る。
 ――心は、まだ揺らいでいる。けれどファルシェはそれをそのままに、ぐっと杖を握りしめた。冬はまだ終わらない。心は更に冷えていく。それでも。
「私は、つくりものではない笑顔を忘れたくないのです」
 “生きる”という無への抗いを覚えた男の一撃が、冷気を斬り裂き、冬を砕く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

柚木・眞衣
冷たい、
身体も心さえも凍えそう
吐く息は白く、喉まで痛い

目の前に対峙するは、雪女
問い掛けられた言葉に首を傾げる

──わたしは、好きを忘れたの、

妙に、すとん、と腑に落ちた
何を、誰を、忘れたのか分からない
すべてを思い出した訳でもない

それでも、ぽっかり空いた穴
胸元を押さえながら彼女を見据える

好きがなくても、
わたしの心は、いつだって
誰かを、何かを求めてる

──きっと、あなたも、気付いてる

失くしてしまっても
忘れられないことがある
傷ついても、求めてる人が居ること

雪に混じって、花が降る
夕顔の花びらは嵐のように舞って

わたしの、好き、を返して

それはたったひとりの片割れ、
双子の愛衣ちゃんに向けたものだから



 あ、と悲鳴が聞こえた直後、一帯をゆく風が大きく左右に揺らいだ。煽られた髪が容赦なく降る雪と共に躍って、吐いた息が目の前からあっという間に流されていく。
(「冷たい、身体も心さえも凍えそう」)
 喉まで痛い。息が白くなればなるほどこの痛みも増すのではと思えるくらい、眞衣の感じる全てが冷たく、そして今にも凍りつきそうだった。
 その状況で対峙する雪女の肌や衣には幾つもの傷が刻まれていた。皮膚が少しでも裂ければ熱を放って痛むだろうに、それを氷や雪で覆った冬の化身たる雪女は、熱そのものが無いような顔で眞衣を見ている。
 その雪女が告げた言葉に、眞衣は首を傾げた。
「──わたしは、好きを忘れたの、」
 幽世へ来てからずっと抱えていた違和感。ぽっかりと穴が空いて欠けたそこに、雪女の言葉がすとん、とはまった。何を、誰を忘れたのかはわからない。世界が冷たいままなのと同じように、眞衣は全てを思い出した訳でもないけれど――。
 眞衣の指先が胸元を押さえ、視線が上がっていく。
 少女は冷たく己を見る雪女を、静かに見据え口を開いた。
「好きがなくても、わたしの心は、いつだって誰かを、何かを求めてる」
「……、」
「──きっと、あなたも、気付いてる」
 眞衣の言葉に雪女は何も返さない。言葉も、表情も。纏う全ては冷たい無のまま。しかし青い眼差しは眞衣に注がれ続けていた。それこそが、何よりの答えのように思えたのか気のせいか。
「ねえ。失くしてしまっても忘れられないことがあるの。傷ついても、求めてる人が居ること。もう、知ってるでしょう」
 泣かなくて済むように。傷付かないように。それを理由に好意を消しても、消しきれないものがあった。その証が自分以外にも居た事を眞衣は知っているし、雪女は身を持って体感した筈だ。
「だから、」
 眞衣の手にあった武器がやわらかに解けていく。冠する言葉のような儚さたたえた夕顔の花びらが、雪に混じってその清らかな白を降らせ――嵐となった。
「っ、あ」
「わたしの、好き、を返して」
 どれだけ冬が深まろうと、どれだけこの身が、心が、凍えようとも、失くしたものをそのままになんて出来はしない。何より、眞衣にとって己の中にあった“好き”は――。
「それはたったひとりの片割れ、双子の愛衣ちゃんに向けたものだから」

 愛衣ちゃん以外の誰かが持って行っていいものじゃ、ないの。

成功 🔵​🔵​🔴​

泉宮・瑠碧
…私の好き
…叶わないと涙する気持ちは…
冬に鎖して貰っても…という気には
新たな好きが湧いても
…私の願いが叶う事は、きっと無いから

見ない振りして、諦めて…そうすれば
叶わなくても、傷付ける事なんて無い
私という存在は、誰にも、要らないのだから

氷の精霊へ
物理的な凍結は防ぐ様に願い

凍える空気で好きが薄れたら、痛みも薄れますが…
涙は溢れます
…好きが無くなる事も、悲しいのでしょうか…
心は、簡単には、いきませんね

私は生命森林
この場が少しでも動き易くなるようにして
満ちる浄化の風を雪女へ

優しい雪女…
あの子、にだけじゃない、誰も傷付かないようにと
冬に閉ざす事を思った子
貴女こそ、他者の悲しみで、これ以上傷付きませんよう



 己の中にあった好意。
 冬に消され、奪われゆくもの。
(「……叶わないと涙する気持ちは……冬に鎖して貰っても……」)
 もし、自分の中に新たな“好き”が湧いたら。
 その時を想像した瑠碧の胸中が、しん、と冷える。
 下を向いていた視線を上げれば、此度の元凶である雪女が腕を抑え瑠碧を見つめていた。その手が離れ露わになった真新しい斬り傷が、たちまち雪に覆われ見えなくなる。
「貴方も……取り戻したいの……?」
 ひゅう、と音を立て上空から地上へと吹き付けた風。絶対的な冷たさと雪に包まれた瑠碧は膝を突きそうになるが、もう一歩踏み出す事で堪え、雪女を見つめ返す。ああ。自分は今、どんな顔をしているのだろう。
「……私の願いが叶う事は、きっと無いから」
 芽生えたものに見ない振りをして、諦める。
 そうすれば叶わなくとも傷付く事は無い。
(「私という存在は、誰にも、要らないのだから」)
 だから、冬に鎖されても、取り戻しても、同じ事。要らないものとして好意を持たず、好意を認めず、置いていけば――誰の心も、命も、傷付かない。
 けれど。
(「氷の精霊よ、力を貸して下さい」)
 体が氷に鎖される事のないよう彼らに願い、語る。
「凍える空気で好きが薄れたら、痛みも薄れますが……涙は溢れます」
「……涙?」
「はい。……好きが無くなる事も、悲しいのでしょうか……」
 無くなったと気付いた妖が怖ろしさのあまり泣いたという話を思い出した。瑠碧は頷き、己の胸へと静かに手を添える。体はだいぶ冷やされてしまったが、とくん、とくんと感じた命の音色はどこかあたたかくて――。
「心は、簡単には、いきませんね」
 傷付くとわかっていても、何かを、誰かをいとおしく想ってしまう。
 律する事は出来ても、芽生えるものを選べない。
 それでも取り戻したい、手放したくないと願う声を聞いた。ならば崩壊招く真冬の中心地である此処が、少しでも動きやすくなるように――。その想いと共にふわりと躍った木の葉と、やわらかな浄化の風。ふたつが優しい速さで場を満たしていく。
 己を通り過ぎていった力に雪女が首を傾げるのが見えた。“今”に存在しながら過去である雪女に命癒やす浄化の加護は及ばない。しかし、“あの子”だけでなく誰も傷付かないようにと、心を冬に鎖す事を思った彼女の心が、ただ冷たいものだとは思えなかった。
(「どうか……貴女こそ、他者の悲しみで、これ以上傷付きませんよう」)

成功 🔵​🔵​🔴​

ティア・レインフィール
この世界の『好意』を取り戻す為、此処まで来たのは覚えていて
でも、何故そう強く思ったのか、理由が思い出せない

きっと、それは私の消えた感情や記憶に関係があるのですね
ずっと、悲しかった事だけは覚えていて
いえ、それだけではなく、誰かを殺したい程、憎かった……?

このままで居る方が、私は穏やかに生きられるのかもしれません
ですが、私はそれを望みません

この喪失感が、悲しみが、思い出さなければならないと叫ぶ限り
どんなに辛くとも、忘れたくないものだってあるのです
その想いを込めて、彼女に伝わるように歌いましょう

あなたも悲しんで、傷付いたからこそ
『好意』なんて消えてしまえばいいと、望んだのかもしれませんが……



 やさしく、やわらかな何かに頬を撫ぜられたからだろうか。
 ティアは己が此処に居る理由にふと疑問を覚え、記憶を辿っていく。
「私は確か……この世界の『好意』を取り戻す為に……」
 だから此処まで来た。それは、覚えている。覚えているが、何故そう強く思ったのかがわからない。己の中に理由を探っても思い出せなかった。けれど、わかる事がある。
(「きっと、それは私の消えた感情や記憶に関係があるのですね」)
 失ったものの中に、幽世へ足を運び、戦う理由が在った。
 見えない糸を辿るように心の中へと意識を寄せれば、浮かび上がったのは悲しみだ。それも、ずっと、何かが悲しかった。ティアは唯一覚えていたそれを拾い上げ――次に見つけた感情に目を瞠る。
(「いえ、それだけではなく、誰かを殺したい程、憎かった……?」)
 吐いた息がほのかに白く浮かび上がって、風に流された。
 すぐに目の前から消えた吐息のずっと先には、白く青く、儚い女が一人。
「……ねえ。其れを、思い出す必要は、あるのかしら……」
「そうですね……このままで居る方が、私は穏やかに生きられるのかもしれません」
 ティアの視界で再び雪が降り始めた。静かに緩やかに世界を冷やしていく白い粒をいくつか目で追ったティアは、ですが、と首を振り雪女を真っ直ぐ見る。
「私はそれを望みません」
「望まない……?」
「はい」
 何を失い、何を忘れてしまったのかわからない。それでも胸に湧く喪失感と悲しみが“思い出さなければならない”と叫び続けている。失って忘れたものはきっと、そのままにしてはいけないものだ。
「どんなに辛くとも、忘れたくないものだってあるのです」
 故に、ティアはただ一人に向けて聖歌を紡いだ。響かせた歌声は悲愴に満ち、冱えた空気の中、どこまでも優しく広がって――雪女の全身を包み込む。
 雪女の選んだ手段が、誰かをその辛さ、痛みから心を守ろうとしての行動だとしても、好意だけでなく辛さも痛みも抱えて生きて行きたい。だからどうか、この想いが伝わりますよう。そして。
(「名前も知らない、雪女のあなた。あなたも悲しんで、傷付いたからこそ『好意』なんて消えてしまえばいいと、望んだのかもしれませんが……」)
 心というものは頑丈なようでいて、繊細で。そして、泣いて傷付いても前を向き、立ち上がり、歩く強さを生むものだ。
 だからこそ、自分たちは冬に終わりを齎すまで止まらない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
ソレで、本当に痛みがなくなるのカシラ

冷たさが凍む程に、目の前の「食事」に対する興味さえ消えていく
けれど冷たすぎる温度は痛みを呼んで
ソレを倒さねばならない理由を思い出させるから

食欲も、管への好意も失ったなら、痛みを削ぐ為にとる手段は本能だけ
【月焔】の焔で周囲の雪を薙ぎ払い、*2回攻撃で雪女を狙っていくわ
熱なき焔では雪は溶かせないケド、ああホラ
月白に煌めく六花は「キレイ」じゃなくて?
どんなに奪われたって、想いはまた作りだしてみせるわ

アンタも知ってるでしょ、想いが消えた事で涙を流したコがいるのを
嬉しいや好きが無くったって、痛いモンはイタイってコトを
ならばソレを癒すのこそ想いじゃねぇのかしらネ



 世界を、好意を冬に鎖した。それでもう傷付かない、泣く事も無い。
 なのに――何故。どうして。何人も、何人も。
「わからない……わからないわ……」
 疑問が雪と共に降り積もる。しかし雪女は己の中に答えを見付けられず――どうして? と、青く凍える眼差しが周囲をぼんやり撫でていく。その中に在った紫雲の彩、コノハは己でぴたりと止まった眼差しに「そうねぇ」と肩を竦めて笑った。
「だって、ソレで、本当に痛みがなくなるのカシラ」
 ふんわり浮かび上がった吐息は始めと比べ随分うっすらとしている。雪女がいる限り、世界と心は、静かに、ゆっくり凍え続けていくだろう。現に。
(「目の前に美味しそうな『食事』があるってのに」)
 コノハの中で、興味が湧くどころか消えつつある。
 しかし、仲間のユーベルコードによって、雪女が齎す極寒世界への道行きはとても緩やかだ。それが無ければ完全に消えていたかもしれない。
 コノハは笑みを浮かべながら己の変化を冷静に分析し、そして、冷た過ぎる世界が招く痛みに感謝した。己の中に在り続けたものが薄れていっても、この刺激的な冷たさが、ソレを倒さねばならない理由を思い出させる。
「だから、悪いケド倒させてもらうわね」
「……そう」
 雪が強まった。粒が大きくなり、世界を覆っていく。
(「――ああ」)
 食欲だけでなく、管への好意までも消えたのがわかる。

 この痛みを削がなくちゃ。

 本能が訴えるままにコノハは片腕で周囲を軽く払った。その動きをなぞって現れた月白の焔が、冱えた輝きを放ちながら周りの雪を薙ぎ払う。無数の白は上へ外へ。無数の雪を仲良く払った技の余波が雪女の髪と衣を躍らせる。
「熱く、ない」
「そーね。熱なき焔では雪は溶かせないケド、ああホラ。月白に煌めく六花は『キレイ』じゃなくて?」
 風に抱かれて躍るのとは違う雪の様。白が艶を帯びて、月白の焔で輝きながら舞う。
 雪と焔。在り方の違うものをひとつにして魅せた薄氷色の目が笑った。
「どんなに奪われたって、想いはまた作りだしてみせるわ」
 作るのが得意なのは料理だけじゃないのよ。
 宣戦布告のように言い放ち、雪が落ちていく刹那に月白の焔をもう一度。冱えた焔は冷気を押し退け、一瞬のうちに雪女を取り囲んだ。ぐるっと廻った月白が一斉に雪女を呑み込めば、痛み滲む悲鳴が漏れ聞こえる。
「アンタも知ってるでしょ、想いが消えた事で涙を流したコがいるのを」
 骸魂に取り込まれた妖。
 そして――想いが叶わなかった“あの子”。
「嬉しいや好きが無くったって、痛いモンはイタイってコト。ならばソレを癒すのこそ想いじゃねぇのかしらネ」
 消せばハイ解決、なんてほど、ひとの心は単純じゃない。

成功 🔵​🔵​🔴​

シュリ・ミーティア
寒いね、と普通の調子で話しかけ

あのね、わかったよ

泣いていたら悲しい
傷付いていたら苦しい
いなくなったら寂しい

『すき』だからそうなるんだね
悲しいのは良くないことだよね

だけど、それなら

貴女のいう『あの子』も皆も、ごいのひさまも
どうして何かを、誰かを『すき』になるんだろう

貴女は知らない?
私も"今は"わからない
でも、それは悪いものじゃないよ―絶対に

話しかけながら隙を伺って
動きを封じられたふり
もし本当に止められたとしてとも好都合
その間に集中し、狙いを研ぎ澄ましたら
素早く構えた矢を放つ

この世界は嫌いだけど
貴女は嫌いになれなかった

…お別れは寂しいね
でも、この気持ちはもう忘れたりしないよ

さようなら、優しい人



 さく、と足音がした。
 焔に全身を呑まれたばかりの雪女がゆっくりと音の方を見る。
 その瞬間指先に現れた折り鶴に気付きながら、シュリはいつもの調子で「寒いね」と話しかけ、足を止めた。
「あのね、わかったよ」
「……なに、が」
「『すき』が、どういうことか」
 痛いも怖いも苦しいも知らない私だったけど、と、シュリはけろりと言って、表情無き雪女の視線を正面から受け止める。
 誰かが泣いていたのを見た。悲しい。
 誰かが傷付いていたのを見た。苦しい。
 誰かがいなくなったのを知った。寂しい。
 ひとつの結果。それに伴って生まれるひとつの感情。
「それは全部、『すき』だからそうなるんだね。悲しいのは良くないことだよね」
 うん。シュリは雪女から視線を外して納得したように頷き――冱えた氷のような双眸に雪女を映す。わかった。わかったけど。だけど、それなら。
「貴女のいう『あの子』も皆も、ごいのひさまも。どうして何かを、誰かを『すき』になるんだろう」
 一歩前に出る。
「貴女は知らない?」
「……知らないわ」
「そっか。私も"今は"わからない。でも、それは悪いものじゃないよ。――絶対に」
 今度は先程よりも大股で、一歩。
 来ないで、と雪女が放った折り鶴が足をぱしりと叩いて割れた。薄氷のそれが目の前で砕ける様は綺麗で、少し悲しい。そこから登り始めた冷気は――好都合。足を止め雪女を見つめれば、向こうは新たな折り鶴を掌に乗せて、そろりそろりと離れていくところ。
 お互い何も言わず、ただ、見つめ合う。
 雪女は思案していたのかもしれない。これまで向けられてきた攻撃、想い、言葉。それら全てが、凍り付いた心に何を齎したのか。来ないで、という初めてこぼれた拒否の言葉に、シュリが返せるものはそう多くはなくて――。
「あのね。この世界は嫌いだけど、貴女は嫌いになれなかった」
 ぱち。真っ白な睫毛に縁取られた瞳が瞬く。
 その一瞬の間にシュリは弓を構えていた。矢は素手に限界まで引き絞られていて。

「あ、」

 指が、離れる。
 矢が、翔ける。

 とすっ、と真っ直ぐ突き刺さったそこから、じわり、じわりと赤が滲み出した。
「……お別れは寂しいね。でも、この気持ちはもう忘れたりしないよ」

 さようなら、優しい人。
 冬は、もうおしまいにしよう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

呉羽・伊織
【花守】
…アンタの其も、元を辿れば誰かを想ったからこそ、なんだよな

でも其じゃ涙は止まらない
現に泣いてた鳥もいたぜ
…序でに俺も涙目になったし?
(軽く笑って眩ます裏には、やはり)

(情を目映く想う反面、己の内では抑えている部分もある――この呪われた身で何かを特別に想っては不幸を招き傷付けると、恐れる己も居る
それでもやはり、皆と培い、花を咲かせ、根付いたものも確かにある

…未だに心ってのは難儀で複雑だが、一つ言えるのは)

…其が冬枯れに凍てる心地は、身を切る風より遥かに痛い
傷付くより途絶える方が、苦しい

大好きな相手と一緒なのに、何も感じない――本当に其で良いか

UC使い檠燈を一片
――冬に、心に、灯と温もりを


永廻・春和
【花守】
ええ、傷付いてほしくないと、想うたのですよね

其は、在ってはならぬものではない
辛いだけのものでもない
消し去ってはならぬ、温かなものですよ

(また其ですかと冗談は流しつつも――噫、貴方様は本当に、また――)

(凍えぬ様に再び傍にそっと並び)
冬だけでも、春だけでも、花は育たぬもの
時に零れる雫も、芽吹に繋がる雨雪の様に、心を枯らすばかりではない
辛い季節を乗り越え、幸いの花を結べるよう――冬から春へと踏み出せるよう
心を冷たく閉ざすのではなく、再び明るく花開く道を見つけ出せるよう
UCで花を

(言葉は彼女と同時に、傍らの彼へも重ねた様でもあり――
時折自らを雑草や根無草と称するけれど、貴方様も、きっと――)



「は、っ――……」
 感情を失えど、胸に突き刺さった一本の矢が雪女の呼吸を乱す。
 細い指が震えながら矢に伸び、掴もうと触れた。だが途端走った痛みが引き抜く事を止め、雪女は呻きながら身を起こす。
 はらりと流れ落ちた雪色の髪。その隙間から伊織と春和を見た雪女が、指先に冷気漂わす折り鶴を留め、降る雪の量を増やしていく。
 ふわりはらりと舞い落ちる雪。丁度目の前に降りてきたひとつに伊織は息を吹きかけ躍らすと、上体を起こしたまま動かずにいる雪女を見て、緩やかに目を細めた。
「……アンタの其も、元を辿れば誰かを想ったからこそ、なんだよな」
「ええ、傷付いてほしくないと、想うたのですよね」
「…………わからない。わからないわ……」
 まだ覚えている事。
 忘れてしまった事。
 此方を見つめたままの雪女からふたつのものを見て取った春和は、かすかに揺れる青の双眸をそっと見つめた。冷たく、一切の揺らぎが見えなかった筈の心に、漣が起きている。
「雪女様。其は、在ってはならぬものではない。辛いだけのものでもない。消し去ってはならぬ、温かなものですよ」
「あた、たか……?」
「そうそう。それに其じゃ涙は止まらない。現に泣いてた鳥もいたぜ」
 ――序でに俺も涙目になったし?
 白い息を吐きながら軽く笑う様に、春和は「また其ですか」と一言。表情を変えず、溜息までも無し。伊織は「もうちょっと優しくして」と大袈裟に嘆きながら、隣の少女から雪女へと視線を映し――冗談と笑みで眩ませた裏に在るものを感じ取って、櫻の娘は気付かれぬよう息を吐く。
(「噫、貴方様は本当に、また――」)
 誰かを想う事。情。
 伊織はそれを目映く想う反面、己のうちでは抑えている部分もあった。
 己という存在を慈しんでくれた存在の死。呪われた身が齎す別離。今も心に残るその記憶が、何かを特別に想っては不幸を招き傷付けると、己のうちに恐れを生む。
(「それでもやはり、皆と培い、花を咲かせ、根付いたものも確かにある。……未だに心ってのは難儀で複雑だが、一つ言えるのは」)
 なあ。気安くかけた声に雪女が反応した。ゆるり、と向けられた美しい瞳に伊織は笑ってみせ――雪女だけが見ているそこに、陰を滲ませる。
「……其が冬枯れに凍てる心地は、身を切る風より遥かに痛い。傷付くより途絶える方が、苦しい。大好きな相手と一緒なのに、何も感じない――本当に其で良いか」
 雪女の唇が開きかけ、しかし、閉じた時、ふいに寒さがやわらいだ。
 隣で躍った黒い衣に伊織は笑む。
 凍えぬように。しかし敢えて何も言わず再び傍にそっと並んだ春和は、伊織の言葉を静かに繋いだ。
「冬だけでも、春だけでも、花は育たぬもの。時に零れる雫も、芽吹に繋がる雨雪の様に、心を枯らすばかりではありません」
 叶わなかった想いは心に残り続けるだろう。涙が止まっても、ふいに思い出した時に痛みと共に零れるかもしれない。けれど四季廻る命がそうであるように、心もまた、辛い季節を乗り越える力を持っている。
 幸いの花を結べるよう。
 冬から春へと踏み出せるよう。
 そして、心を冷たく閉ざすのではなく、再び明るく花開く道を見つけ出せるように。
 春和の紡いだ桜の花吹雪が冱えた世界に春の彩を添えた。空へ上り、広がって――白い雪と共に、静かに優しく、降り注ぐ。はらはらと降る花弁が、雪女の長い髪を彩るように淡い色を添えていく。
「ああ……」
 空から冬と共に降る春に、雪女の双眸がゆるゆると閉じられていく。
 その顔を見つめる伊織の笑みはいつも通り。内に抱えるものを軽やかに隠す仮面。
(「時折自らを雑草や根無草と称するけれど、貴方様も、きっと――」)
 雪女に向けた言葉は、傍らにいる男へも重ねたかのよう。それを傍らで聞いていた男は、相変わらず心掴めぬ笑みを浮かべたまま。春和の言葉に短く頷き、ユーベルコードを紡ぐ。
 現したそれは、一片の檠燈。
 全てを鎖そうとした冬に、心に。灯と温もりを齎すもの。

 全ては一瞬。
 風もないのに雪女の長い髪がふんわり舞い上がった。
 さらさらと音を立てながら下りて、ふぁさりと揺れる。

「……ああ……わた、し……」

 冬に鎖せば、痛みも、苦しみも終わる。
 そう思い続けていた雪色の姿が、端からほろりと崩れ始めた。
 ほろり、ほろりと崩れたそこが雪になり、冷たい空を昇っていく。それは降り積もった雪が元の場所――空へと戻るような光景だった。輪郭が雪に変わっていき、積もっていた地面とひとつになっていくようにも見える。
 静かに進んでいく最期が、雪女の胸にまで差し掛かった時。

「……わからない……まだ、わからないの……」

 でも。

「そう、だったのね」

 はあ、とこぼれた吐息。胸に添えられた両手。
 残っていた姿が全て雪に、世界に融けて消えた後。雪女が居たそこには、首に花飾りを付けたまあるい狸が一匹、ころん、と転がっていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『不思議な喫茶店』

POW   :    客を驚かせるハプニングに遭う

SPD   :    不思議なメニューを注文する

WIZ   :    不思議な店員と仲良くなる

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●冬、とけて
 雪女の消滅と共に冷気が薄れていく。肌を刺し、骨の内まで凍らせそうな空気は秋特有の涼しさへ。優しい風に肌を撫でられた狸の少女が、心地よい風に手足をきゅむ、とさせてからパチッと目を覚ました。
 知らないひとがいっぱい。
 ちょっと驚いた様子で目覚めの第一声を終えた後、んぐぐと伸びをして起き上がった。
『とっても静かな優しいところで、ぐっすり寝た気分なの』
 失恋をしたらしい狸の少女は何だかとってもスッキリした気分らしい。
 それでいてお腹も空いたらしい。
 そんな時にぴったりのお店があるのと、一足先に冬毛になっていた狸少女は尻尾をぴこぴこ揺らした。


 そこは、時代劇のセットをそのまま持ってきたような店だった。
 山の形をした屋根。鱗のように敷き詰められている黒の瓦。まん丸とした鳥の影と店名が描かれている暖簾。中に入ればふかふか座布団が置かれた木の椅子と、それと調和するシンプルな机が並んでいる。
『くらづくり、っていうんだって。むつかしいねえ。おしながきはむつかしくないよ。それとねえ、ぜぇーんぶ美味しいんだぁ』
 すっかり元気になったごいのひさまは『これがその、おしながき!』ともう一羽の手ならぬ翼を借りて、和綴じ製本のそれを『うんしょ』と開いて見せてきた。
 外観と内装は純和風だけれど、提供しているものは和と洋が仲良く――それでいて美味しそうに並んでいる。
 軽食系は喫茶店では定番のカレーライスにオムライス、パスタにピザトースト。店の雰囲気にぴったりのうどんや、卵焼きと梅・鮭・おかかの三種おむすび又は、稲荷寿司のセット。それに、ほかほか五目ご飯と味噌汁といった定食系にどら焼きがついたものもある。
 甘味はアイスにウェハースを添えたシンプルなものや、数が選べるどら焼き(ごいのひさまの焼印付き!)に、タレがたっぷりの贅沢かつもちもちなみたらし団子等々。
『あとね、おりょうり大好きな店長の自信作もあるのよ』
『わたしたちもね、大好きなんだ』
 ふふふとほっぺを膨らませたごいのひさまたちの翼が、ちょんっと指したのは――。


:ふわとろしっとり、わらび餅:
 濃厚な黒蜜と優しく甘いきな粉という王道ハーモニー。
 チョコの風味豊かなわらび餅をビターチョコのソースで彩った大人なタイプ。
 選べない時は、きな粉とチョコを四つずつ味わえる欲張りセットをどうぞ。

:プリン・ア・ラ・モード~ごいごいSP:
 ほろにがカラメルと卵の風味抜群なプリンに、美味しい果物と生クリームを。
 更に、チョコレートパウダーとクッキーでごいのひさま風にしたアイスも添えたスペシャルなデザートです。

:ごいごい印のホットケーキ:
 ふんわり厚めのホットケーキに、ごいのひさまの可愛い焼印を、ぽんっ。
 シロップとバター付き。
 トッピングも選べます。お好きな方をどうぞ。
 【壱】バナナ+チョコソース+バニラアイス
 【弐】苺+チョコソース+バニラアイス


『ご注文が決まったら、呼んでね!』
『ぴゅーっと飛んでくるから』
『おしゃべりやもふもふもできるよ。サービスなのでぜろえんです!』
 
ジャック・スペード
結局、冬には鎖されず
再起動して仕舞った訳だが

生き生きしたごいのひさまには安堵した
当機の好意も、ちゃんと戻って来たらしい
では、俺も接客して貰いたいな
プリンとホットケーキ(弐)を戴こう

折角なので、ごいのひさまには
お喋りにも付き合って欲しい
良ければ、膝に乗ってくれないだろうか
痛くないよう気を付けるので
もふもふ戯れさせて貰えればと

小動物に触れると緊張でつい指先が震えるが
彼らの温もりには、こころが和む
しかし焼印もアイスも、カワイイな……
口に入れて仕舞うのが惜しい
マスク外して舌鼓を打てば、鈍い味覚は甘さを捉えた
だが、嫌いな味じゃない

彼らのこころが籠った接客のお蔭か
「オイシイ」と想えることが、何よりも嬉しい



 雪女は還った。失われていた好意も、元在った場所へ。全て冬に鎖され滅ぶ事は無く――ジャックもまた、再起動して仕舞った訳なのだけれど。
『わぁ、いらっしゃい、いらっしゃい!』
『お腹すいてる? なんかたべる? それとも飲む?』
 ぱたたたっ、ぴゅんぴゅんっ。店に入るなり出迎えてくれたごいのひさまたちの生き生きとした様で、瞳に浮かぶ金の光がやわらかになる。
 胸の内を満たす安堵と好意。ジャックは己のものもちゃんと戻って来たのだと実感しながら、こっちにどーぞと左右に飛ぶごいのひさまの後をついて行き、案内された席に腰掛けた。
『おしながきもどーぞ』
「ああ、有難う。……そうだな。ではプリンとホットケーキの弐を戴こう」
『かしこましました!』
 言えていない。
 が、そこもまたごいのひさまの接客の味。
 フフンと胸を張ったごいのひさまは『プリンとホットケーキのに、プリンとホットケーキのに……』とぽそぽそ繰り返し、『他にごちゅうもんありますか?』とジャックを見上げた。
 他に。
 なら――折角なので。
「お喋りに付き合って貰えないだろうか」
 良ければ此処を使ってくれと膝を指先で叩き、痛くないよう気を付けるのでと機械の体故に気に掛かる点を添える。もふもふ戯れさせて貰えれば、という控えめな願いを添えた追加注文に、ごいのひさまのほっぺがぽぽーっと膨らんだ。
『いいよ! わたしね、おしゃべり大好き!』
「……そうか。それは、良かった」
 注文を知らせにぴゅーんっと飛んでいき、ぴゅぴゅんっと帰還したごいのひさまがジャックの膝に華麗に着地してぺたんと座った。どおぞ、と見上げてくるまん丸な頭に近付ける指先は、己より遥かに小さな生き物に触れる緊張でつい震えるけれど。

 ――もふ。

(「温かい……」)
 額や頭、背中を撫でながら温もりに触れるうち、こころはどんどん和んでいく。運ばれてきたプリンとホットケーキにあったごいのひさまアイスや、ごいのひさま焼印もまた同じ。
「カワイイな……口に入れて仕舞うのが惜しい」
『でしょー? かわいいでしょー?』
 味もかわいいんだよ、と得意げなその頭をもう一度撫で、マスクを外してナイフとフォークを取る。まずは生地のみと切り取った一口分ホットケーキから伝わったのはやわらかな食感で、次いで、鈍い味覚が甘さを捉えた。
(「だが、」)
『ねえねえ、おいし? おいし?』
「ああ。オイシイ」
 嫌いな味ではなかった。味覚がそう捉えたのは、己を見上げ嬉しそうに頬をふくらます一羽を始めとした、彼らのこころが籠もった接客のお蔭だろうか。
 ハッキリとした解は見えない。
 けれど。
 こころが“オイシイ”と想えている事が、何よりも嬉しかった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ファルシェ・ユヴェール
ネルウェザ(f21838)と

暫し立ち尽くし
胸の内にじわり戻ってきた熱を確かめるように
愛しい名を紡ごうとするが
微かに震えた息が零れる

不意に、視界に飛び込んできた姿
穏やかに名を呼ばれる、声

……ネル、ウェ、ザ、
掠れた声がやっと口にすれば
ぎゅうっと縋るように抱き締めて
何度となく愛しい名を繰り返す

そうしてやっと、安心した頃
いつも通りを取り戻した声音で
……迎えに来て下さったのですね
そう言って照れ笑い
素敵な喫茶店があるそうなのです
寄っていきませんか、と手を差し出し
ぎゅっと繋いだその手に、また安心したように微笑んで

甘味好きの彼女の注文量に和みつつ
私はわらび餅に致します
両方のお味のセットで、彼女と共に味わえたら


ネルウェザ・イェルドット
ファルシェ(f21045)と

遅くなってしまったかな
到着後、ファルシェの姿を見つけるや否やそちらへ駆け寄る
大丈夫かい、と声を掛けたあとに
少し元気の無い彼を心配し――いや
…いつもどおり、何てこと無い笑顔で名を呼ぼう

自分を呼ぶ声にゆっくりと相槌を打ちながら
ああ、大丈夫
君が想う者は――君を誰よりも想う者は確かに此処に居るよ、と

彼の穏やかな笑顔が戻れば
嬉しいような、照れるような笑みで頷いて
手をきゅっと握り返し喫茶店へ
私は愛らしい印のどら焼きを…うん、美味しそうだし二十個頂こうかな
…いや、二個じゃないよ、二十個だよ

わらび餅のお返しにどら焼きを一口差し出して
『あーん』なんて…ふふ、恋人らしいのではないかい?



『いらっしゃいませえ!』
 ぴゅぴゅんっと飛んできたまあるい鳥。ごいのひさまの弾む声ときらきら眩しい円な瞳が、ファルシェとネルウェザ・イェルドット(彼の娘・f21838)を元気いっぱいに出迎える。
 二名様ごあんないでーす、とスキップするようにぴょんぴょん飛ぶ後ろ姿に案内された先、どおぞ! とちいちゃな翼で示された椅子にすとんと腰掛けると、いつの間にかお冷とお手拭きが置かれていて。
『決まったらよんでくださぁい!』
 離れる時も元気な姿を二人は笑って見送り、さて、と置かれていたお品書きをぺらり。鮮やかな新緑色の双眸は一頁ずつしっかりチェックしていき、最後まで目を通すと数頁戻って、ぴたり。
「愛らしい印のどら焼きを……うん、美味しそうだし二十個頂こうかな」
 にじゅっこ。
 お品書きから視線を上げたファルシェとネルウェザの視線が合う。自分を見つめる紫水晶のような瞳に、ネルウェザは何だい、と目をぱちり。
「……いや、二個じゃないよ、二十個だよ」
「ふふ。はい」
 桁の多さは甘味好きの彼女だからこそ。注文量にファルシェの心は驚くどころか和んでいて、穏やかに笑みながら紙の上を指先でなぞっていく。
「私はわらび餅に致します」
「きな粉かい? それともチョコ?」
「両方のお味のセットに」
 それはいいねと笑うネルウェザに微笑み返し、軽く手を挙げごいのひさまを呼ぶ。はいはあい! と聞こえた声はとにかく明るくて――嗚呼、全て戻ったのだと。ファルシェはここへ来る前の事を思い出した。


 雪は止み、風は冬から秋の表情へ。
 幽世から消えていたものは全て、元在った場所へ還っただろう。
 ファルシェは胸の内にじわりと覚えた熱を確かめるように指先を添え、唇を開いた。鮮やかな新緑の瞳持つ愛しい人の名を紡ごうとして――。
「……、」
 かすかに震える唇から、息だけがこぼれ落ちていく。
 底にまで至りそうな冷気はもういない。だから、きっと。今なら。
 けれど。もし。
 そんな動けぬ心を引き上げるように、想い続けた姿が視界に飛び込んだ。自分を見つけるや否や駆け寄ってくる女性。躍る長い三編みと新緑の双眸。大丈夫かい、とかけられた声にファルシェは何か返そうとして――ああ、返したいのに、唇は尚も息だけをこぼしていく。
 そんなファルシェを見て、ネルウェザは笑顔を浮かべた。
 それはファルシェがよく知るいつも通りの笑顔だった。何て事無い日常で、己の双眸にきらきら映るただひとつの笑顔が、目の前に在る。
「ファルシェ」
 戦いは終わったというのに、少しばかり元気が無いのは心配だった。けれどネルウェザはいつも通りを選び――その変わらない在り方こそが、ファルシェの中に在った何かをほろりと崩していく。
「……ネル、ウェ、ザ、」
 やっと口に出来た。
 掠れた声で呼ばれたネルウェザは「うん」と笑い、ぎゅうっと抱き締めてくる腕の強さに笑う。縋るような腕に、何度も繰り返し呼ぶ声にゆっくりと相槌を打つ。
「ああ、大丈夫。君が想う者は――君を誰よりも想う者は確かに此処に居るよ」
 聞こえる。触れられる。
 名を、呼べる。
 そうしてようやく訪れた安心に、ファルシェは“いつも通り”を取り戻した。
「……迎えに来て下さったのですね」
 照れを含んだ穏やかな笑顔を向けられて、ネルウェザもどこか嬉しいものを覚えながら照れるように笑み、頷く。
「ああ。でも、遅くなってしまったかな」
「いいえ。そうだ、素敵な喫茶店があるそうなのです。寄っていきませんか」
「うん、行こう」


 きゅっと手を繋いで。
 きゅっと握り返して。


 掌から伝わるものに――そう、安心した気がする。


「ネルウェザ」
「うん?」
 匙に乗せて差し出したわらび餅が、言葉の代わりに「どうぞ」と告げる。
 新緑の目はすぐにふむ、と楽しげに細められ、小さく開けられた口の中にわらび餅がするんと滑り落ちていった。極上のふわふわ食感が噛んですぐに変化する。とろり、しっとり。夢のようにやわらかな甘みのお返しにと、ネルウェザもどら焼きを一口差し出して――。
「ふふ」
「どうしました?」
「いや、『あーん』なんて……恋人らしいのではないかい?」
 冬はすぐにやって来るだろう。
 けれどこんな風に過ごせるのなら。誰かがいれば。芯にまで届きそうな寒さは、きっと、辛くはない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

花房・英
【ミモザ】
別に。怒ってない
すげぇ凹んでていっそ不憫だな……
それより、具合とか悪くない?
だったら食べなよ、アイス溶けるよ

寿が美味しそうに食べるのを見て、内心ほっとする

良かったな
あのさ、俺ホントに怒ってないよ
最初はなんで忘れるんだって、思ったけど
寿は俺のこと忘れたくないって言ってくれたし
それより急に泣くからビックリした

寿の言葉に目を瞬いて、小さく頷く
それならよかった

ちゃんと俺でも守れたのかな、と思うと少しだけ誇らしくて
オムライスが普段より美味しく感じる

でた、半分こ
別にいいけど、常識的な範囲で注文してよ
ちゃんと俺が食べ切れる分だけだからな
寿基準で頼むなよ


太宰・寿
【ミモザ】
うう、情けない……まさか忘れちゃうなんて本当にごめんね
怒ってない……?
なんて問いかけてしまうのがまた情けない

具合は悪くないよ、平気。ありがとね
うん、食べよっか
いただきますして、ごいごいSPを食べる

…プリンすっごく美味しい!
幸せの味だぁ

んん、泣いた件はもう忘れて欲しいな?
人前で泣いたことないから今更ながら気恥ずかしい…!
英が一緒にいてくれたから、私は最後まで戦えたんだよ
いっぱいのありがとうの気持ちを込めて、伝えるね

ところで、他にも食べてみたいメニューがあるんだけど!
わらび餅とかホットケーキとか!
半分こして食べようよ
あっ、もふもふも捨てがたい…!
承諾を得られたら、うきうきしながら注文



 開いたお品書きを顔の前からどかせられない。
 載っているものから目が離せないんじゃあなくて――。
「うう、情けない……まさか忘れちゃうなんて本当にごめんね」
 気持ちにつられて髪がへにょへにょになっている気がする。寿はお品書きの向こうからそろそろと顔を覗かせ、怒ってない……? と英に問いかけてすぐにズウウンと凹んだ。
 こんな風に問いかけてしまうのがまた情けない。
 自分が原因ではないといえ――ああでもまさか、目の前にいる人を忘れていたなんて。
(「すげぇ凹んでていっそ不憫だな……」)
 再びお品書きの向こうに隠れた明るく淡い紅茶色の頭。どんな表情をしているか英は簡単に想像出来た。まあ。確かに。忘れられた時は驚いたけれど。
「別に。怒ってない。それより、具合とか悪くない?」
 ぱた。頭を隠していたお品書きが閉じられる。寿の表情にはまだ落ち込みの色が見えていたが、ううん、と首を振る顔に笑みが戻った。
「具合は悪くないよ、平気。ありがとね」
「だったら食べなよ、アイス溶けるよ」
「うん、食べよっか」
 いただきます、と両手を合わせた寿の匙を今か今かと待つのは、果物と生クリームで着飾って並ぶプリンとごいのひさまアイス。まずは綺麗な卵色のプリンをてっぺんのカラメルと一緒に掬って、ぱくり。
「! プリンすっごく美味しい! 幸せの味だぁ……」
「良かったな」
 ぱっと目を輝かせ、とろけるようにふふふと笑ってもう一口。その次は、ちょっと躊躇いながら、ごいのひさまアイスからクッキーの嘴を取ってさくり。
 寿が笑顔で美味しそうに食べているのを見て、オムライスを食んでいた英はほっとした。自分の顔に、その“ほっ”は相変わらず出ていないのだろうけれど。
「あのさ、俺ホントに怒ってないよ」
「……ホント?」
「ホント。最初はなんで忘れるんだって、思ったけど。寿は俺のこと忘れたくないって言ってくれたし。……それより急に泣くからビックリした」
 そう言ってもう一口食べると、向かいから「んん」と声。何、と視線だけやると照れくさそうに視線を他所に向け、プリンをつんつんやってぷるぷるさせている寿がいた。
「泣いた件はもう忘れて欲しいな?」
「何で」
「だって人前で泣いたことないから今更ながら気恥ずかしい……!」
 ――でもね。
 プリンをつついていた匙が果物を掬う。寿の視線が、ころりと揺れたそれから英に移り、ふわ、と笑った。
「英が一緒にいてくれたから、私は最後まで戦えたんだよ」
 あの時、一人だったら大切なものをどんどん忘れてしまったかもしれない。
 けれど、英がいた。英がいてくれた。
 寿が伝えた言葉、その音の長さは数秒でも、そこに籠めたのは言葉に収まりきらないくらいある“ありがとう”だ。
 寿の言葉に英は目を瞬き、小さく頷く。
「……それならよかった」
 同じ場所にいて、一緒に戦ったくらいだけど。
(「ちゃんと俺でも守れたのかな」)
 優しさを初めてくれた人に、何かを返せた気がした。そう思うと少しだけ誇らしくて、目の前のオムライスが普段より美味しく感じる。
 綺麗な黄色をしたなだらかなラインは少しずつ形を崩され、英の心身を満たしていった。あ、と次の一口を食べるべく口を開けた時、ところで、と寿が声を弾ませる。
「他にも食べてみたいメニューがあるんだけど! わらび餅とかホットケーキとか! あ、それで半分こして食べようよ」
(「でた、半分こ」)
 お品書きを開いた寿に「?」と見られ、英は「何でもない」と返して開かれた頁に目をやった。わらび餅は、まあ、普通の量だ。ホットケーキ。なかなか厚いように見える。
「別にいいけど、常識的な範囲で注文してよ。ちゃんと俺が食べ切れる分だけだからな、寿基準で頼むなよ」
「勿論わかってるよ、大丈夫大丈夫。あっ、もふもふも捨てがたい……!」
「……注文すれば? サービスだから0円だって言ってたし」
 もふもふはどれだけ頼んでも嬉しい0円。触れた所がぬくぬくするだけだから、お腹がはちきれそうな事態にはならない。つまり。どれだけ頼んでも、大丈夫。
 承諾を得られた寿の顔に嬉しそうな笑顔が咲いた。
「すみませーん!」
 うきうきしながら挙げた手に早速一羽が気付いて、『はーい!』と元気いっぱい返事をしながら飛んでき――たのだけれど、勢い余って寿の手にもふっ! と飛びつく形になった。


“注文前のもふもふサービスは?”
“それもモチロン、ぜろえんです!”

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エンティ・シェア
シェルゥカ(f20687)と

おやつの前にシェルゥカの手を手当しないと
無茶をしたものだね
…ねぇ、シェルゥカ
…なんでも無いよ
呼びたかっただけ

無事に可愛らしい鳥殿に戻ったんだ、もふもふさせておくれ
それで、ごいごい印のホットケーキを頂こう
トッピングに【壱】の方を
ふわふわだねぇ
君と食事に来るのは何度目だっただろうね
度々に快く応えてくれて、私は嬉しいよ

なんだい、シェルゥカ
……はは
仕方がないなぁ
君が、迷子にならないように、繋いであげるとしよう
君の手は、温かいしね
そうだ、ついでに幽世の世界を少し見て回ろうよ
おにぎりセットを包んでもらってさ
折角素直に楽しめる感情が戻ったんだ
楽しい思い出を、作っていかないかい


シェルゥカ・ヨルナギ
エンティ(f00526)と

苦笑しながら手当てをしてくれるけれど
君の心は俺よりきっとずっと痛かった
あんなにも泣かせてしまった
なぁに、エンティ
…なんでも無いの?
…そっかー

仲良しなごいのひさま達は可愛いねー
注文はプリン・ア・ラ・モード~ごいごいSPを
ほろにがと甘々が美味しいなー
こちらこそ、いつも嬉しい時間をありがとう

笑っている筈の君の顔が
まだ泣いている様にも見えて
君の手当てができていない
泣いたままになんてさせたくない

ねぇエンティ
俺今方向音痴になった気がするんだ
だから帰りはまた手を繋いでほしいな
途中でうっかり放しても、今度は俺からすぐ繋ぎ直すんだ
君が少しでも安心するように
笑顔の思い出を作れるように



 おやつの前に手当しないと。そう言ってエンティは刃物傷残るシェルゥカの掌を見つめた。皮膚を真っ直ぐ裂く赤い傷痕に、緑の瞳がくしゃりと細められる。
「無茶をしたものだね」
「……」
 苦笑しながら手当てをするエンティの顔を、シェルゥカはじっと見る。
 今は笑ってはいるけれど、あの時、エンティの心は自分よりもきっとずっと痛かった筈だ。だってあんなにも泣かせてしまった。こぼれていた涙以上に、心が苦しくて悲しかっただろうに。
「……ねぇ、シェルゥカ」
「なぁに、エンティ」
 けれど自分の名を呼んだ緑の瞳が、名を呼び返すと、そうっとやわらいだのがわかった。深く赤い双眸にも、やわらかさがほのかに灯る。
(「シェルゥカ」)
 あの時は底無しの赤で満ちていた瞳が自分を見ている。知っている。覚えている。
 それが、何よりも――。
「……なんでも無いよ」
「……なんでも無いの?」
「呼びたかっただけ」
「……そっかー」
 会話と共に空気もゆるりと解けて――手当を終えた二人の元に、注文していたものがごいのひさまたちと一緒にやって来る。
『プリン・ア・ラ・モードごいごいスペシャルと、ごいごい印のホットケーキの弐! おまたせだよ~』
『あのねあのね、どっちもすっごくおいしいよ!』
 二人がいる机の周りをわいわいキャッキャ飛び回るごいのひさまたちは、初めて会った時とは大違い。無事可愛らしい鳥の妖に戻った彼らに、エンティはありがとうと頷いて追加注文をひとつ。
「もふもふさせておくれ」
『いいですよ~!』
 頭のてっぺんはふわふわ、胸やお腹は体温でふわふわぽかぽか。羽毛ならではのもふもふ感を楽しませてもらったエンティの手が、ナイフとフォークを手にごいごい印のホットケーキへと伸びていく。
 お食事の邪魔はしないよおと胸を張ったごいのひさまたちは、机の隅っこに行儀よく並んでいた。お互いくっついて、ぬくぬくだねぇあったかいねと頬を膨らます。それを眺めていたシェルゥカの頭が、うんうん、とゆっくり上下した。
「仲良しなごいのひさま達は可愛いねー」
『このかわいさも、サービスです』
『ぜろえんだよ!』
「そっかー。あ、ほろにがと甘々……美味しいなー」
 カラメルとプリンの絶妙なバランス。そしてつるりとした舌触り。一口、二口と次を掬っていく向かいで、エンティも切り分けた一口分にチョコソース纏ったバナナを乗せ、フォークをぷすり。
「ふわふわだねぇ」
 口に入れれば、ふわふわ甘く、あたたかい。
 次はアイスも乗せて、と、エンティは手を動かしながら微笑んだ。
「君と食事に来るのは何度目だっただろうね。度々に快く応えてくれて、私は嬉しいよ」
「こちらこそ、いつも嬉しい時間をありがとう」
 今の時間だって、その“嬉しい時間”。けれど、少し足りない。だって、笑っている筈のエンティの顔が、まだ泣いているようにも見えた。
(「君の手当てができていない。泣いたままになんてさせたくない」)
 どうすればいいだろう。シェルゥカはごいのひさまアイスに匙を入れ、バニラアイスとチョコレートパウダーの風味を一緒に味わいながら考えた。そして、結構早く閃いた。
「ねぇエンティ」
「なんだい、シェルゥカ」
「俺今方向音痴になった気がするんだ」
「え?」
 目を丸くした様にシェルゥカは「だから」と笑む。
 空いている方の掌を見せて――それから、我儘をひとつだけ。
「帰りはまた手を繋いでほしいな」
 ――は。
 エンティの口からこぼれた息が小さな音を立て、それから、はは、と笑顔に変わった。
「仕方がないなぁ。君が、迷子にならないように、繋いであげるとしよう」
 君の手は、温かいしね。
 そう言って笑うエンティにシェルゥカはそうかな、と返して掌を握る。
(「途中でうっかり放しても、今度は俺からすぐ繋ぎ直すんだ。君が少しでも安心するように。笑顔の思い出を作れるように」)
 あんな風に、泣かせてしまうのはもうごめんだから。
「そうだ、シェルゥカ」
「なぁに、エンティ」
 さっきもこんなやり取りしたね、と思ったのはどちらか片方か、両方か。
 エンティは思いついたんだ、と言って暖簾掛かる入り口の先へと目を向ける。
「ついでに幽世の世界を少し見て回ろうよ。おにぎりセットを包んでもらってさ」

 折角素直に楽しめる感情が戻ったんだ。
 楽しい思い出を、作っていかないかい。

 抱いたばかりの想いと重なるエンティからの誘いに、シェルゥカは当然、頷いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

泉宮・瑠碧
ごいのひさま…
お元気になって、良かった

まずメニュー…
あ、プリン…しかも、アイスも一緒とは…
プリン・ア・ラ・モード~ごいごいSP、が良いです
…あの、折角なのですが
アイスはそのままで、お願い出来ますか?
可愛いと、勿体無くて、食べられなくて…

ごいのひさまをお呼びして
お喋りともふもふ、です
掌でふわふわ、頬を寄せたり
緩やかに撫でて
…幸せ…
こうして、お会いしたかったので、嬉しいです…
接客業は、楽しいですか?
いつもお疲れ様…癒してくれて、ありがとう

狸の子も、大丈夫そう…?
…雪女が抱えて守って
痛みや辛さを、持って行ってくれたのでしょうか
…あ
あの子にどら焼きを差し入れで、注文出来ますか?
甘味は元気が出ます、から



『おしながき、どうぞ!』
『おてふきはねえ、ぽっかぽかだよー』
「はい。ありがとうございます」
 元気になったごいのひさまたちの目はきらきら、羽毛はあたたかそうにふっかふか。ぱたぱた飛んだり椅子の背もたれに留まったりと、自分を賑やかにもてなしてくれる彼らに瑠碧は良かった、と微笑んで――お品書きに載っている可愛らしい絵に、あ、と。ほんの少しだけ、困った顔をした。
『どうしたの? おさいふわすれちゃった?』
『てんちょうのツケにする?』
「あ、いえ、お財布は……大丈夫、です」
 店長さんのツケにしてしまっていいんでしょうか、と気になりながら、瑠碧がそっと指したのは『プリン・ア・ラ・モード~ごいごいSP』の、ごいのひさま仕様のアイスだ。
「……あの、折角なのですが……アイスはそのままで、お願い出来ますか?」
『そのままっていうと……えっと、えっと?』
『ごいごいしないでおいてほしいのね?』
「はい。可愛いと、勿体無くて、食べられなくて……」
 ごめんなさいとしょんぼりしかけた瑠碧だけれど、目に映ったのは『カワイイだって!』『とうぜんだよねぇカワイイぼくらがもでるだもーん』と、はしゃぐごいのひさまたちだった。
 ガッカリさせてしまわずに済んで良かったと安心したら、注文したものが届くまでお喋りともふもふでいっぱいのお喋りタイム。掌にすぽっと収まった手触りはふわふわで、頬を寄せるとすりすりっと頬ずりされて、瑠碧は緩やかに撫でながら思わず幸せ、と呟いていた。
『しあわせ? ふふふ、あたしたちとおそろいね!』
「それは……嬉しい、ですね」
 こうして――元気になった彼らと会いたかったから、そう言われると尚の事嬉しい。
 接客業は楽しいですかと尋ねれば、『たのしい!』『たまにおおいそがしだけど、でも、最後はたのしーよ!』とぴょんぴょん跳ねるごいのひさまたちは、いつもこんな風に接客しているのだろう。
(「いつもお疲れ様……癒やしてくれて、ありがとう」)
 想いを籠めて一羽ずつ撫でていたそこに運ばれてきたプリン・ア・ラ・モードも、瑠碧を甘く、美味しく癒やしてくれる。
 ごいのひさまたちとのお喋りは、プリンが減っていくのに合わせてゆっくり、穏やかに進んで――ふと狸の少女が目に入り、手が止まった。カレーをもりもりと食べているから、大丈夫そうではあるけれど。
(「……雪女が抱えて守って、痛みや辛さを、持って行ってくれたのでしょうか」)
 けれど彼女はもういなくて――ぷりぷりとした尻尾は、椅子から垂れ落ちている。
 瑠碧はお品書きを手に取り声を潜めた。
「あの子にどら焼きを差し入れで、注文出来ますか?」
『うん、できるよ』
『もしかして、ないしょのさしいれ?』
「はい。内緒で、お願いします」
 失った寂しさばかりは雪女でも持って行けないけれど。
 甘味はきっと、しょんぼりしている心を、やさしく支えてくれる筈。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エンジ・カラカ
ナルホドナルホドー。
うんうん。コレはわらび餅にしよう。チョコのヤツ。そうしよう。

賢い君、賢い君、色んなコトがあったなァ。
たぶん色んなコトがあった。
あったケド、美味しいモノを食べたら忘れる忘れる。

コレはジャーキーが好きだケド、賢い君は甘いモノが好きだった。
うんうん。
最初の一口目は賢い君に食べてもらいたいンだ。
アァ……いらない?コレが食べてイイ?

そうかそうか。
それならコレが食べようそうしよう。
君の好きな甘いモノー。
ビターチョコは甘くなくて丁度イイ。

コレは君とは違って甘いモノは苦手なンだ。
でもコレは美味しいなァ……。
君の代わりに食べるわらび餅は美味しい美味しい。

……君も食べれたら良かったのにネェ。



 お品書き。別の言葉にするとメニューになるそれを、エンジは「ナルホドナルホドー」と頷きながらぱらぱらぱらぱら捲って、最初から最後まで見てからぱららと戻った。机の隅に留まっているごいのひさまが、決まった? と首を傾げる。
「うんうん。コレはわらび餅にしよう。チョコのヤツ。そうしよう」
『わらびもちの、チョコ? りょうかーい!』
 ぴゅんっと飛んでいったごいのひさまを、フーン? と見送ったエンジは左手薬指からほろりと泳ぎ始めた綺麗な赤色を見て、ゆっくりと目を細めていった。
「賢い君、賢い君、色んなコトがあったなァ。たぶん色んなコトがあった」
 あんなコト。こんなコト。そんなコト。
 寒い。赤色。鳥。
 ――忘れもの。
 全部纏めてそれはもう色んなコトがあったわけだケド。
(「美味しいモノを食べたら忘れる忘れる」)
 まだかまだか。背もたれに体重をかけ、暇そうに長い足をぶらぶらり。
 お待たせしましたぁ、と、ごいのひさまとは別の妖怪がわらび餅を運んできたのは、エンジが暇を感じ始めてからすぐの事。優しく置かれてもふるりと揺れたそれは、エンジの好きなジャーキーと比べて随分とやわやわしているように見えた。
「ンー……」
 そうだ。
 エンジの満月色がぱっと明るくなる。
 賢い君は甘いモノが好きだった。コレは、ソレをちゃんと覚えてる。うんうん頷きながら賢い君賢い君、と呼べば、賢い君がそれに応じるようにゆらりと揺れた。
「チョコのわらび餅。最初の一口目は賢い君に食べてもらいたいンだ」
 ――ふるる。
「アァ……いらない? コレが食べてイイ?」
 ――ゆら。
「そうかそうか。それならコレが食べようそうしよう」
 君の好きな甘いモノー、と口ずさむように黒文字を摘んでわらび餅にぷすり――とやろうとして、思ったよりやわらかい感触に「ウン?」と目をぱちくり。しっかり刺して持ち上げて、鼻を寄せると嫌じゃない匂いがした。
 ビターチョコを使ったというわらび餅だと聞いた。
 きっと、コレにとって甘くなくて丁度イイ。
 あ、と口を開いてぱくり。特に何も無かった口の中が、途端にビターチョコの風味とわらび餅のやわやわとした食感で彩られ――自分を見つめているような赤色に、エンジはうんうんと頷いた。
「だってコレは君とは違って甘いモノは苦手なンだ。でもコレは美味しいなァ……」
 賢い君の代わりに食べたわらび餅は美味しかった。
 ふにふにやわやわ、ビターチョコの美味しいやつ。
 でも。
「……君も食べれたら良かったのにネェ」
 今は全然寒くなんかないけれど。
 一緒に食べれたら、コレはもっともっと、イイ気分。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ロキ・バロックヒート
冬があければ春がくるというけど
秋模様の風は冷えた体には結構寒い
注文をとりにきたごいのひさまをむぎゅっと
無性にかわいくてモフモフなものを抱きしめたくて
ああ注文?そうだね
じゃあおすすめメニューぜんぶちょうだい
君たちも一緒に食べようよ
それから狸の少女にも声をかけて
モフモフなお茶会の始まり

代わる代わるごいのひさまを抱き締めながら
狸の少女になんとなく聞く
君のことばかり考えていた雪女のことは覚えてる?
…好きってなくなった方がいいと思う?
やっぱりこの子もそこまで望んではいなかったよね

かわいいとか
まだひとに関わり続けたいとか
この好意は無意味で不毛で必要ないものだけど必要なもの

…ねぇ誰か一匹持って帰っちゃ駄目?



 冬が明ければ春が来る――。
 そこに温度や湿度といった差はあれ、大抵の世界の大体の地域はそうだろう。
 けれどロキにとって、幽世を襲った冬の後に戻って来た秋の風はなかなか寒かった。何せ少し前まで素足で吹雪かれていたのだ。ぽかぽかあたたかな春風か、熱いっぱいの夏の風であれば丁度良かったのに。
 けれど救い主はすぐそこに丸々もふもふと居たわけで。
『ごちゅもんお決まりですか?』
「まずはモフモフさせてよ」
 頬をぽわっと膨らませて目を輝かせたごいのひさまが『いいですよ!』と言う前に、ロキはごいのひさまをむぎゅっと抱きしめた。冬にまみれていた体がごいのひさまの体温ともふもふ羽毛、そして店内の空気でゆっくりじんわり温まっていく。
『ぬくぬく?』
「まあね」
『よかった! あ、何ちゅもんします?』
「ああ注文? そうだね」
 お品書きをチラッしたロキは、ごいのひさまをもふもふむぎゅっとしながら「じゃあおすすめメニューぜんぶちょうだい」と言って今度は冷えた頬でもふもふした。えっ、と驚いたごいのひさまがちょっぴり膨らんだ。驚いたからかぬくさが増した気がする。
「そう、ぜんぶ。それでさ、君たちも一緒に食べようよ。ねえ、狸の君もどう?」
『えっ、いいの?』
「いいの」
 くすりと笑って返事を待てば、冬毛の尻尾を元気良く揺らす狸少女も加わって。そこへ注文していたおすすめ全てがやって来れば、モフモフと温かな、それでいて美味しく賑やかなお茶会の始まり始まり。
『わぁわぁっ……! こんなにいっぱい並んでるの、初めて見た!』
『わたしも!』
 鈴なりに実るような様で背もたれに留まるごいのひさまたちは、ロキに代わる代わる抱き締められモフモフされてと、にこにこ笑顔が咲きっぱなし。
 狸の少女は目をきらきらキョロキョロさせて迷いに迷った後、ホットケーキのごいのひさま焼印ど真ん中を、ナイフとフォークで真っ二つ。ごいのひさまたちの『おもいきりがいい!』に照れた少女が、分けられるようにねと切っていくのを、ロキはみたらし団子を頬張りながら黙って見ていたけれど。
「ねぇ、君のことばかり考えていた雪女のことは覚えてる?」
『……うん。カクリヨへ来る時にはぐれちゃって、そのままだけど』
 少女の耳が少しだけぺたんとなって、しかしすぐにぴょこっと立った。
『でも、ずっと覚えてる。忘れられないもん』
「そう。……好きってなくなった方がいいと思う?」
『えっ、やだ! どうして?』
「何となく。ところでホットケーキに乗せたアイス、どんどんとけてるよ」
『わああ!?』
 勢いよくバクッと頬張った顔が幸せ一色に染まってとろけていく。ロキも串に刺さっていた最後の一つを頬張って、ねぇ、と、何処へと還った雪女に語りかけた。
(「やっぱりこの子もそこまで望んではいなかったよ」)
 かわいいとか。
 まだひとに関わり続けたいとか。
 自分の中に在るそういった好意は無意味で不毛で、必要ないものだ。
 願いに応えたら要らないとかそうじゃないとか、きっとこれからもあるだろう。
 だけど――やっぱりこれは、必要なものだ。

 両腕に収まるごいのひさま二羽も、大変もふもふで実に良い。

「……ねぇ誰か一匹持って帰っちゃ駄目?」
『……お駄賃でる?』

大成功 🔵​🔵​🔵​

都槻・綾
三種の御結びで腹拵え
絶妙な塩加減と
米のふっくら加減に賛辞

やぁ
誠に絶品!

次いで
ごいのひさまを
もふもふ堪能しつつ
店長自信作を追加

わらび餅
ぷりんごいごいSP
ホットケーキのトッピングは
バナナも苺も選びきれないから、両方!

甘やかで幸せ気分
あぁ、けれども
うっかり失念

逡巡した末に
皓湛さんを掴まえ
眉尻を下げて耳打ち

実は私
生クリームが苦手なの
でも残すには忍びなくて
良ければ食べて頂けませんか

残ったクリームを見たら
店長さんもごいのひさまも
しょんぼりしてしまうかもしれないから

此の地の憂いを祓うことが出来たのも
皓湛さんの案内のお陰ですし
クッキーもおまけに添えて御礼を

ぴかぴかになった皿に
皆で心もまんまるな笑顔になるかしら



 並ぶおむすび三種が一つ、二つ、三つ。綾の腹へと上品に収められていく様を、一羽のごいのひさまが『ごくり……』と言って見守っていた。
「……成程」
『……』
 お手拭きで指先を拭った綾は、こくり、と静かに頷いて――破顔する。
「やぁ、誠に絶品!」
『わーい! ぜっぴんいただきましたぁ!』
 ごいのひさまがぱたたたーっと真っ直ぐ上に飛んで、しゅたっと椅子の背に着地した。それをにこにこ見ていた綾は、どこがおいしかったぁ? とキラキラ見上げられ食レポをねだられて、そうですねとお品書きを開きながら語っていく。
 艶々ふっくらとした米。一粒一粒――全体を絶妙な加減で彩る塩。海苔の香りも申し分なく、米の奥から顔を出した具それぞれもまた実に美味。故に心から絶品と称え、微笑みながらごいのひさまをもふもふと撫でて、さてお次はと店長自信作を追加していく綾の胃袋は実に包容力豊かだ。
 わらび餅。ごいのひさまアイスが添えられた豪華なプリン。ホットケーキのトッピングは選びきれなかったから両方とも。和洋の甘味が机に並ぶ様は華やかで心が躍る。ごゆっくりぃ、と飛んでいったごいのひさまに手を振った後、それぞれの実力を確かめていけば甘やかで幸せな気分が全身をふんわり廻っていって――。
(「あぁ、いけない」)
 綾はうっかり失念していた。
 しかし、“それ”を表に出すわけにはいかない。
 けれど、どうやって“それ”を解決しよう?
 青磁色の双眸は常と同じやわらかな微笑みで“それ”を上手く隠し――入店したての花神を見つけるやいなや、ひらひらと手招いた。
「突然ですけれど皓湛さん。生クリームはお好きでらっしゃるかしら」
「? ええ」
「……実は」
 眉尻を下げれば、内密の話と察した皓湛が袖で口元を隠し耳打ちに応じる。
「私、生クリームが苦手なの」
 密やかに告げた内容に、皓湛がおや、と瞬き一回。
 そうなのですか、と丸くなった目に、綾はうっかり失念を、と頷いた。
「でも残すには忍びなくて」
 味も盛り付けも見事な『プリン・ア・ラ・モード~ごいごいSP』だ。店長やごいのひさまが残った生クリームを見たら、しょんぼりしてしまうかもしれない。それは回避したい。回避したいけれど、苦手なものを今すぐ得意とするのは流石の猟兵でも難しい。
「……良ければ食べて頂けませんか」
「そういう事でしたら。ええ、助太刀致しましょう」
 笑って頷いた皓湛に綾は礼を言い、良ければ此方のクッキーもと、ごいのひさまアイスの嘴を添えて差し出した。
「良いのですか? そちらは、お好きなのでは……?」
「此の地の憂いを祓うことが出来たのも皓湛さんの案内のお陰ですし。此方は御礼です」
「では、頂きましょう」
 小皿に移されたふわふわ生クリームに、青色クッキーがちょん、と乗った。


 そのまま飲めてしまいそうなくらい、しっとりやわらかなわらび餅。
 果物とごいのひさまアイスが寄り添う、ぷるんと滑らかなプリン。
 バナナと苺、両方選んで良かったと太鼓判を押すふっくらホットケーキ。
 全部を食べてぴかぴかになった皿は、それを見たごいのひさまを笑顔でパタパタ飛び回らせて。くるくる描かれる円は御馳走様でしたと歌う皿と同じくらいまんまるで、皆に咲いた笑顔もまた――。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ティア・レインフィール
ごいのさまも女の子も、無事で本当に良かったです
これで安心して、お店を楽しめますね

ごいのさまと他愛の無いおしゃべりをしながら考えた結果
稲荷寿司のセットと、ごいごい印のホットケーキ【壱】を注文します
やっぱり、こういう時は普段自分が作らない物を食べたいですから

ホットケーキは自分でも作れますけど
綺麗に厚く作るのは難しいですし
ちょっと多いかなと迷ったのですが……とても、気になって
もし多ければ食べるのを手伝って頂けますかと、ごいのさまにお願いします

稲荷寿司の後、デザートとして出てきたホットケーキ
ごいのさまの焼印を見て、思わず可愛いですと呟きを漏らし
食べるのが勿体ないと思いつつ、しっかりと味を堪能します



 誰かが来店するたびにごいのひさまが『いらっしゃいませぇ!』と飛んでいき、席まで案内して、広げられたお品書きを翼で指しながらこれはねあれはねと一生懸命接客する。狸の少女は見覚えのある姿と同じ机を囲み、とっても豪華なお茶会を楽しんでいる真っ最中。
(「無事で本当に良かったです」)
 ほ、と笑顔を浮かべたティアは、今度は手元で一向に止む気配のないお喋りにふふっと笑う。自分の腕とお品書きに囲まれる形で、ごいのひさまたちがおしくらまんじゅうかつ、お喋り仕様状態。
 ――つまり、とても可愛らしくてとても温かい。
『この間食べたのはね、こっちのソーダフロート。いちごにしたのよ。とってもいちごで、アイスもおいしくて、最高なんだからっ』
『いつもはねえ、さくらんぼがのってるんだよ。でもねえ、店長がたま~にオマケでクッキーとか飴とかのっけてくれるんだあ』
『あっ、今のはないしょね。しーっ、しーっ』
「はい。内緒ですね」
 しー。ごいのひさまたちとお揃いの仕草をして、ティアはお品書きと見つめ合う。どれにするの? 目をキラキラせて待つごいのひさまたちに、それでは、と頼んだのは稲荷寿司のセットとごいごい印のホットケーキの【弐】だ。
『ごはんとおやつだ!』
『いなりずしはジューシーでね、ホットケーキはふあふあだよ!』
「ふふ、それは楽しみです」
 稲荷寿司もホットケーキも、世界によってはポピュラーで一般家庭でも食べられるものだけれど、ティアはこういう時――どこか違う場所を訪れて、そこで入った店で食べるなら、普段自分が作らない物を食べたかった。
(「ホットケーキは自分でも作れますけど、綺麗に厚く作るのは難しいんですよね」)
 そして、ちょっとだけ気にかかる事があって。けれど実物が来るまではわかりませんし、とティアはごいのひさまたちとの他愛ないお喋りを続け――予感的中にきょとりと目を丸くする。
(「やっぱり……」)
 先に運ばれてきた稲荷寿司はふっくら俵型。一口齧れば、衣からじゅわっと染み出した甘い味わいが酢飯の風味と共に広がって思わず笑顔になる。そんな美味しさなのだけれど、“ちょっと多く頼んでしまったかも”が現実味を帯びてきた。
 でも、とても気になってしまった以上“どちらか一品”なんて出来ない乙女心。
 それに、可愛らしくて頼もしい存在がいる。
「ごいのひさま」
『なあに?』
「食べるのを、手伝って頂けますか?」
『えっ』
 ごいのひさまたちの体がぽわわっと膨らんで、
『よろこんで!!!』
 お目々がパアアッと輝いた。

 ふっくら焼き上げるのに少しばかり時間がかかったホットケーキは、食べる前からごいのひさま焼印でティアを笑顔にさせる。可愛いです、と思わず漏れた呟きに、ごいのひさまたちが『えへへ』と照れて心がもっとぽかぽかになる。
(「食べるのが勿体ないですね……でも、」)
 頂きます。
 ごいのひさまたちと声を合わせ、トッピングも仲良く分け合って最後の一欠片までしっかりと堪能すれば、幸せいっぱいの“ご馳走様でした”が重なり合う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

灰神楽・綾
【不死蝶/2人】
わ、可愛らしい店員さんだね
ごいのひさまのお出迎えに早速癒やされ

へぇ、いっぱいあってどれにしようか悩むね
ごいのひさまマークが付いているやつに心惹かれる
じゃあ店員さんもおすすめしていた
店長自信作『ごいごい印のホットケーキ』にしようかな
トッピングは苺の方で

ごいのひさまがうんしょうんしょと
一生懸命運んでくる姿が可愛いなぁ
届いたホットケーキを食べる前に
まずはスマホで一枚パシャリ
そして一切れ口に運べばそのふわふわ感に感動
苺の酸味も良いアクセントになってる
梓のわらび餅もひとつちょうだい

あ、追加注文でー、ごいのひさまもふもふひとつ
サービス0円らしいからね
幸せそうに抱っこしてもふもふ堪能


乱獅子・梓
【不死蝶】
ここは鳥が仕事しているのか…!?
やっぱり店長もごいのひさまなんだろうか
どうやって料理しているのか
ちょっと厨房を覗いてみたいような

じゃあ俺も店長の自信作から選ぶか
『ふわとろしっとり、わらび餅』の欲張りセットで
焔と零もどうせ欲しがるだろうからな
既に俺の肩に乗って目を輝かせながら
メニュー表を覗いているし

ほぅ、どちらも美味そ…分かった分かった
お前らにもちゃんとやるから
ちゃんと噛めよ?喉詰まらせるなよ?
焔と零に与え、更に綾にもやったら
俺の分がほとんど残ってないんだが…!

まだ食べるのか綾?ってそれ!?
ジョークだと思っていたらまさか本当に頼めるとは…
まぁ綾が楽しそうだからいいか、と
小さく笑って眺め



『いらっしゃいませー!』
『ねえねえ、何名さま? あっ、二名さま?』
 入ってすぐにニコニコ笑顔で飛んできた二羽のごいのひさまに、灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)の糸目が赤いレンズの奥で「わ、」と笑う。
「可愛らしい店員さんだね」
『えっ、そーお? えへへ、ありがとー』
 隣の乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)はというと、その目は黒いレンズに隠されて見えないのだけれど、小さくぽかんと開いた口が梓の今の感情を伝えていた。
「ここは鳥が仕事しているのか……!?」
『そうだよ、ぼくらもお仕事してるの!』
「そ、そうなのか……」
『さあこっちへどーぞ!』
 梓は案内する後ろ姿を追いつつ“厨房”と書かれた暖簾の奥に目をやった。気になる。やはり店長もごいのひさまなのか。だとしたらどうやって料理をしているのか――真相を探るべくアマゾンと書いて厨房に飛びたくなったが、覗くのは我慢した。
 案内された席に着いてお品書きを開くと、和洋様々なザ・喫茶店メニューがずらり。丁寧なコメントが添えられている絵は写真とはまた違った味わいで、多種多様さと共に二人を感心させる。
「へぇ、いっぱいあってどれにしようか悩むね」
「軽食だけでもかなりあるな……」
『店長たちとねえ、食べたいのと作りたいの考えたらねえ、いっぱいになったんだよ!』
 成程。頷いた綾の心をくいくい惹くのは、ごいのひさま印が付いているものだった。その中から選ぶなら――。
「店長自信作『ごいごい印のホットケーキ』にしようかな。トッピングは苺の方で」
「じゃあ俺も店長の自信作から選ぶか。……そうだな、『ふわとろしっとり、わらび餅』の欲張りセットで」
『はい、かしこましました!』
 敬礼ポーズをして厨房へ飛んでいったごいのひさまを見送り、梓はさて、と笑む。
 お品書きを開いた時からずっと自分の肩に乗っている焔と零は、まだ目を輝かせてお品書きを覗いていた。この雰囲気なら欲張りセットで注文したわらび餅も欲しがるだろう。
 ――という予想は注文していた物が届いた瞬間見事に証明された。
「ほぅ、どちらも美味そ……分かった分かった。お前らにもちゃんとやるから」
『キュー!』
『ガウ』
 ぐいぐいと身を乗り出した焔と零の分をを梓が小皿に取り分ける間、綾はホットケーキを見つめてニコリ。そしてスマホでパシャリ。
 ぼくたちだと途中でたおしちゃったり、落っことしちゃう! との事で、運んできたのはごいのひさまではなかったけれど、ホットケーキにあるごいのひさまの焼印はなかなか可愛らしい。これは食べる前に記念の一枚を収めておきたい。
 そしてナイフを添えれば、ふかり。フォークを刺せば、やわらかな手応え。口に一切れ運べば、優しく甘いふわふわ感が綾の心に感動の波を起こした。一緒に食べた苺の酸味も実に良いアクセントになっている。
 ――と、ホットケーキを堪能するその向かいでは梓が焔と零の世話を焼いていて。
「ちゃんと噛めよ? 喉詰まらせるなよ?」
『キュ、キュー!』
『ガウッ』
 きな粉とチョコ、二種類のわらび餅は仔ドラゴンたちの目に、より眩しい煌めきを躍らせる。おかわりを要求する仔ドラゴンたちに仕方ないなともう一つ、また一つ。その流れに綾も乗っかった。
「梓のわらび餅もひとつちょうだい」
「ん? ああ、いいぞ……って待て、俺の分がほとんど残ってないんだが……!」
 確かきな粉とチョコが四つずつあった筈なのに、きな粉が二つとチョコが一つだけ。
 もう駄目だ後は俺の分だと梓が二匹を抑える様に、貰ったわらび餅のふにふにとしたやわらかさと味を堪能していた綾は、あ、と思いついた様子。
「追加注文でー」
「まだ食べるのか綾?」
「そう」
 お待たせしましたあと来たごいのひさまに、あのね、と人差し指を立てて。
「ごいのひさまもふもふひとつ」
「追加注文ってそれか!?」
「サービス0円らしいからね」
『はい、ぜろえんです!』
(「ジョークだと思っていたらまさか本当に頼めるとは……」)
 入店時のように驚きを隠せない梓だが、膝にごいのひさまを乗せた綾を見て小さく笑う。綾は右手でホットケーキを、左腕でごいのひさまを抱っこして、掌でもふもふ、もふ。もふ心地を堪能する様が心底楽しそうだから、「まぁいいか」と思えるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

朱赫七・カムイ
⛩神櫻

櫻宵は何が好きなの?
甘いもの…

私はカグラの作った名状しがたい食事しか知らない
櫻宵の好きな甘いものはおいしいのかな

疑問と興味は櫻に掬いあげられ
目の前に並ぶ沢山の甘味達
どれも初めてだ
恐る恐るわらび餅をつつく
ふるふるしている…

勇気を出して一口…おいしい
これが美味しいということ
衝撃を受けながらわらび餅にぷりん
パンケーキなるものも口に運ぶ
どれも美味しい
感動したよ
美味しいってこんなに良いものなんだね

私は特に壱のパンケーキが気に入った
いいの?
じゃあ…噫、おいしい
笑みが自然と浮かんでしまう

櫻宵の笑みも甘くて心が華やぐ
そなたの桜もまた
甘いのかな

ひとつ
角の桜を摘んで食べる
今日食べたもののなかで
いちばん甘いよ


誘名・櫻宵
🌸神櫻

私は甘いものが大好きよ!
甘いは幸せの味なの

ええ?!
カグラの謎の料理しか知らない?
甘味の美味しさを知らないなんて損してる
私が教えてあげる

さぁカムイ
たんとお食べ!
わらび餅にパンケーキ、プリン
ごいごいオススメ甘味を神の前に供え並べる

美味しいでしょう?
キラキラしながら食べる友の姿に笑み咲かせ

私も頂きます
きな粉のわらび餅を啄んで
次はプリンをぱくり
クリームの甘さも程よくて美味しいわ
そしてパンケーキ!
私は弐
苺とチョコとバニラのハーモニーが最高ね
カムイはパンケーキがお気に入りかしら
私のもわけてあげる
はい、あーん

甘やかな幸せに舌づつみ

笑う神の姿に角の桜がまた一つ花開く

私の桜?
きっと甘く蕩ける春の味よ

?!



 お品書きを開き目を通していく朱赫七・カムイ(約彩ノ赫・f30062)の双眸が、ぱちりぱちりと瞬きを繰り返す。軽食、飲料、甘味――朱砂を抱いた桜彩に映る文字と絵。紙に綴られているそれは実に様々だ。
「櫻宵は何が好きなの?」
「私は甘いものが大好きよ! 甘いは幸せの味なの」
 お品書きからカムイへと目線移した誘名・櫻宵(爛漫咲櫻・f02768)は、花が綻ぶように笑った。猟兵としてだけでなくショコラティエとしても活躍する櫻宵は、甘いものの力をよく知っている。
 けれど櫻宵と廻り逢ったばかりのカムイは、“甘いは幸せの味”というものがよくわからない。甘いもの、と呟いてお品書きに描かれている甘味を見つめても、どのようなものなのか想像がつかなかった。
「そうなんだね。私はカグラの作った名状しがたい食事しか知らないから」
「ええ?! カ、カグラのって……あの、謎の料理……?」
 カムイがこくり頷く。櫻宵は震えた。大切な親友の中で『食べ物』というカテゴリが、まさかまさか、“あの謎料理でのみ”構成されているだなんて!
「――カムイ」
「何だい、櫻宵?」
「甘味の美味しさ、私が教えてあげるわ」
 ショコラティエとして、親友として、このままにだなんて出来ない。
 櫻宵は決意の灯を双眸に宿しごいのひさまを呼んだ。不思議そうにしているカムイの前でお品書きを開いた櫻宵がこれとこれと――とテキパキ注文した数分後。名状しがたい料理しか知らなかったカムイの知識に、彩も香りも豊かな甘味がきらきらやって来る。
「さぁカムイ、たんとお食べ!」
 櫻宵は注文したオススメ甘味を神の前に供え、並べた。
 きな粉とチョコのわらび餅。ごいのひさま焼印と目が合うパンケーキ。生クリームや果物で着飾ったプリン・ア・ラ・モードにもごいのひさまアイス。

“甘いは幸せの味なの”

 疑問と興味を鮮やかに掬いあげられたカムイの瞳は、初めて見る甘味で静かな煌めきを湛えていた。黒文字で恐る恐るわらび餅をつつけば未知の感触。思わず、わ、と目を丸くする。
(「ふるふるしている……」)
 如何なる味かと躊躇いが黒文字に伝わるも、これは己の為にと友が注文してくれた甘味だ。此処は勇気を出さなくてはとカムイは黒文字をわらび餅に沈ませ――目を瞠る。
 一口食べた瞬間から、とてもやわらかでやさしい食感が、きな粉の素朴な甘さと黒蜜の濃厚な味わいと共にとろりと広がった。口の中にとけていくそれこそが。
「……おいしい」
 たった一口で、世界に新たな彩りが増えたような。
「ふふ」
 カムイがこぼした呟きに櫻宵は瞳を細める。春彩が見守る中、チョコのわらび餅とパンケーキも“初めての一口”となってカムイの中へ。そこから始まる舌鼓と煌めきを増していく双眸に、櫻宵の桜枝角の花がふわりと咲いていった。
「美味しいでしょう?」
「噫、どれも美味しい。感動したよ。美味しいってこんなに良いものなんだね」
「ええ、そうよ! 甘いは幸せの味なんだから!」
 その幸せを櫻宵も「頂きます」と手を合わせ味わっていく。
 夢のようにやわらかなきな粉のわらび餅を啄んで、お次はプリン。滑らかな食感は卵液を丁寧に濾しているからに違いない。生クリームの甘さは――噫、程よくて、なんて美味。
 弐でお願いしたパンケーキはとナイフとフォークを進めれば、まだまだあたたかい生地の甘みに苺とチョコとバニラが加わって――豊かなハーモニーに、白い頬がほんのり薔薇色に染まった。
「最高ね……」
 壱にしたカムイもホットケーキに舌鼓。わらび餅も、ぷりんも“美味しい”けれど、特に気に入ったのはパンケーキ。大切な神が微笑を浮かべそう語るから。
「私のもわけてあげる」
「いいの?」
「ええ。はい、あーん」
「じゃあ……」
 チョコソースを纏ったバナナとバニラアイスも乗せたお裾分け。噫、おいしい。カムイが自然と咲かせた笑顔を見て、櫻宵の角の桜がまた一つ花開いた。衣が舞うように咲いた桜と、櫻宵のやさしく甘い笑み。ふたつの春彩でカムイの心も華やいで。
「そなたの桜もまた、甘いのかな」
「私の桜? きっと甘く蕩ける春の味よ」
 ふふ、と笑って、切ったホットケーキにバニラアイスをたっぷりと。それを食べようとした時、視界に入ったのは自分へと手を伸ばす友の姿。指先が角の桜を摘んで――ぱくり。
「?!」
「噫、これは――」

 今日食べたもののなかで、いちばん、甘い。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シュリ・ミーティア
【フィーリス(f22268)と】

…狸のあの子も無事で良かった

うん、ありがとう
迎えに来てくれたフィーとお店へ

ごいのひさまも元気そう
こんにちは、のついでに少しもふもふ
フィーの方が小さい、かな?

席でメニューとにらめっこ
わらび餅も黒蜜もきな粉も知らない
気になる…
フィーは大人だし大人タイプかな?
そうと決まれば欲張りセットで

ごいのひさまに注文して
ついでにもふもふ

頂きます、で口にする
初めての食感と味は
ふわとろで優しい甘み
…美味しい

きな粉まみれなフィーは
あんまり大人に見えないね、と笑って

でもフィーが嬉しそうだと、私も嬉しい
それは

私がフィーを好きだから、なんだね

納得顔で頷き

ふふ、お揃い
「好き」って、良いことだね


フィーリス・ルシエ
【シュリ(f22148)と参加】

まずはシュリを労わって

お疲れ様、シュリ
よく頑張ったわね

さ、ごいのひさまのお店に行きましょ
疲れには甘いものよ
それにしても、大きな鳥さんね
私よりも大きいんじゃない…?

席について…私はテーブルに座る事になるけれど
メニューを見て、わらび餅に興味津々なシュリに頷く

わらび餅の欲張りセットにしましょ!

二人で食べるのだし、丁度いい

注文はシュリにお任せ
あのもふもふ、私が抱き付いたら埋もれちゃいそう…

初めてのわらび餅はどう?シュリ
美味しいでしょ?
まあ私は食べるの大変なんだけどね、きな粉まみれになるし
でも食べたくなっちゃうの

シュリの笑顔と続いた言葉に、思わず破顔
私も大好きよ、シュリ!



 冬毛の尻尾をぴこぴこ振りながら店へ入っていく姿は元気一色。
 雪女が取り込んでいた狸の少女の無事にシュリの表情がやわらいだ。その変化は、姉貴分であるフィーリス・ルシエ(フェアリーのシンフォニア・f22268)だからこそわかった事。
 フィーリスはくすり笑うとシュリの周りをくるくる飛んで、自分よりもずっと大きな肩を両手でぽんっと叩く。
「お疲れ様、シュリ」
「ん。ありがとう」
「よく頑張ったわね。さ、ごいのひさまのお店に行きましょ。疲れには甘いものよ」
 秋が戻ってきたとはいえ、ついさっきまで冬真っ只中の戦場にいたのだ。甘いものに加えて落ち着ける暖かい場所も要るだろう。
 ほらほらとシュリの袖を引っ張って店内に入れば、早速ごいのひさまが出迎えてくれた。
『いらっしゃいませ!』
「うん。それから、こんにちは」
 シュリは挨拶ついでに両手でちょっとだけもふもふさせてもらう。両手で優しく包まれたごいのひさまが『わぁい!』と喜んで身を任せる様をシュリもフィーリスもじぃーっ。何々、どうしたのと見つめ返してくるごいのひさまは、なんていうか。
「大きな鳥さんね。私よりも大きいんじゃない……?」
「……うん。フィーの方が小さい、かな?」
『ぼく、妖精さんより大きい?』
 なんだかお兄さんになった気分! 喜ぶごいのひさまに二人用席へ案内されたら、早速お品書きの甘味の頁まで一気にぺらり。

“わらび餅”
“黒蜜”
“きな粉”

 にらめっこ相手であるわらび餅を構成しているのは、シュリの知らないものばかり。テーブルに座っていたフィーリスはそんなシュリに頷き、気になる心のままに、そして二人で食べるのだからと、ごいのひさまに揃って伝えたのは“わらび餅の欲張りセット”。
「あと、ついでにもふもふさせて」
『ぜろえんなのでおきがるに! どうぞ!』
「ありがとう」
(「……あのもふもふ、私が抱き着いたら埋もれちゃいそう……」)
 ごいのひさまの羽毛がシュリの指をふんわり包んで癒やした後、訪れたわらび餅との初邂逅は今まで経験した事のないものだった。食感も味も、ふわとろの四文字が背景にふわぁ~っと浮かび上がって輝くほど。
 シュリの瞳には静かに光が揺れ、その様子にフィーリスは優しく笑う。
「初めてのわらび餅はどう? シュリ。美味しいでしょ?」
「……うん、美味しい。優しい甘みがする」
「よかった! まあ私は食べるの大変なんだけどね」
 きな粉まみれになりそうな一つを前に、フィーリスは両手でしっかりと黒文字を抱えた。フェアリーだから、人間を基準に作られた物が自分より大きいのは仕方ない事なのだけれど。
 しかし、困難が待ち受けていようとも食べたくなってしまう。
 それが甘味というもの!
「だからきな粉まみれになろうとも食べるわよ」
 想像した姿にシュリはかすかに笑い、最初の一口で早速口の端にきな粉を付けたフィーに目をぱちり。付いてるよ、とお手拭きでそっと拭うも、次の一口で今度は髪に付いてしまった。それでもフィーリスは食べたわらび餅の美味しさを、シュリと一緒に食べるひとときを手放せない。
「ありがとう、シュリ」
「きな粉まみれなフィーは、あんまり大人に見えないね」
「そう?」
「でもフィーが嬉しそうだと、私も嬉しい。それは……」
 ああ。“どうして辛くなったり悲しくなったりするのか”と、同じだ。辛くなる事も悲しくなる事も、それだけを見たら良くない事だけれど。でも、違う。
「私がフィーを好きだから、なんだね」
 納得した様子で頷いたシュリの顔に在った笑顔と言葉に、フィーリスは思わず破顔した。笑顔を輝かせてシュリの手に自分の手を重ね、声を弾ませる。
「私も大好きよ、シュリ!」
「ふふ、お揃い。……ねえフィー。『好き』って、良いことだね」
 あの時はよくわからなかったけれど。
 今は、ハッキリとそう言える。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
冬毛の狸ちゃんに馴染みの顔を思い出す
案内された店に漂う香りに腹の虫がなく
……そう、戻ったのねぇ

ふふ、ココは迷いなく店長の自信作でしょ
敵情視察ってヤツ?
わらび餅の欲張りセットにプリンごいごいSP、ホットケーキは弐番でお願いネ
モチロンもふもふサービス付きで!

くーちゃんも一緒にイイかしら?と傍らに
一口ずつ分けながら、其々の幸せな甘さを堪能するわ
ああ、このホットケーキのふかふかはごいのひさまにに負けてないンじゃなくて?
ナンてもふもふも

帰ったらバルのミンナにも美味しいモノ作ってあげなくちゃね
今のオレを作る「すき」を想いつ
甘いモノ頂いたら塩気も欲しくなっちゃった、定食も食べてく?
そっちの「すき」も目一杯に



 自分よりも早く店に入った冬毛の『あの子』に馴染みの顔を思い出して、ついついくすりと笑みが浮かぶ。こゃこゃキュッキャ鳴きながら入店しそうネ、なんて考えながらコノハは案内された席に着き――すん、と鼻を鳴らした。
 軽食、甘味、厨房から漂う調理中のもの。うどんや味噌汁の出汁も含まれていそうだ。店内に漂う香りで腹の虫が可愛らしく鳴き、アラ、と丸くなった目がやわらかに笑う。
(「……そう、戻ったのねぇ」)
 お帰りなさいと言うように腹を軽く叩いた指先は、机に置かれていたお品書きへ。先程とはまた違う、とてもとても楽しげな笑みを浮かべて頁を捲れば、軽食に甘味に飲料にと美味しそうなものたちのメリーゴーランドが展開する。
(「ふふ、ココは迷いなく店長の自信作でしょ。敵情視察ってヤツ?」)
 勿論食べる方も存分に楽しむつもりでいるコノハは、手を挙げてすぐにぴゅいんっと飛んできたごいのひさまにもよく見えるよう、お品書きを傾けて目当てのものを指していく。
「わらび餅の欲張りセットにプリンごいごいSP、ホットケーキは弐番でお願いネ。モチロンもふもふサービス付きで!」
『おきゃくさま、サービスは食前にしますか食後にしますか』
 きりっ。お顔を凛々しくしたごいのひさまに合わせ、コノハもちょっぴりシリアスになる。食前もふもふか、食後もふもふか。――これは選び難い。
『ちなみに両方もおっけーです』
「あら、サービス満点じゃない。じゃ、両方で!」
『ごりようありがとうございます!』
 ご注文は以上で? 以上で。確認をしながら両手で優しくもふれば、体温と羽毛のふわもふダブルアタックが指をくすぐった。
 冬も温かそうなごいのひさまが厨房に届けたオーダーは、暫くしてコノハの机に次々と到着する。管狐の『くーちゃん』をちらりと覗かせ、一緒にイイかしら?と確認すれば満面の笑みで『大丈夫!』と太鼓判。
「さ、くーちゃん。一口ずつ分け合って幸せな甘さを堪能しましょーか」
 やった! と言うようにぱったぱったと揺れる尻尾に小さく吹き出して、わらび餅から『はい、あーん』。食感、味のバランス、盛り付け――料理人だからこその視点と一緒に店長自信作を一口味わっていくたび、身も心もぽかぽか甘く満たされて。
「ああ、このホットケーキのふかふかはごいのひさまにに負けてないンじゃなくて?」
『えっ、ぼくのがふかふかだもん! たしかめてみて!』
「ウーンそうねぇ……これは……」
『ま、まさかホットケーキのほうが……!?』
「ナンて冗談よ。ね、くーちゃん?」
『コヤャ!』
 しっかり頷いたくーちゃんの額も指先でこしょこしょと撫で――帰ったらバルのミンナにも美味しいモノ作ってあげなくちゃね、と当たり前のように浮かんだ存在に目を細める。
 ――それが、今のコノハを作る『すき』。
 帰ってきたものを噛みしめる双眸はするりとお品書きへ。
「甘いモノ頂いたら塩気も欲しくなっちゃった。くーちゃん、定食も食べてく?」
 作る事。食べて喜んでくれるひと。そして、食べる事。
 そっちの『すき』も目一杯味わえば、心も体も福で満たされる。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ジャスパー・ドゥルジー
良かったら皓湛を誘って一緒に店に行きたいな
こないだ俺の予知を手伝ってもらったから、そのご挨拶も兼ねて

皓湛は甘いもん好き?
あたりさわりない会話を楽しみつつ
そーそー、「好き」がなきゃ
こんな風に親睦深めるのだってなかなかに大変だもんな

腹減ったからピザトーストにプリンアラモードでいくぜ
ぴゃーって飛んでくるやつらももふっと堪能させてもらおう
ほんとだ、トッピングがこいつらそっくりじゃん

俺の「好き」は無事思い出せたけど、と
包帯を巻いた腕を軽く振りつつ
皓湛の「好き」はなんだ?
ひょっとしたら消えちまっていたかもしれないもの
ほんのちょっとくらいでも話してもらえたら嬉しいぜ

■会話に合わせてアドリブ大歓迎!



「つーかこないだはサンキューな。俺の予知、手伝ってくれたろ」
「お役に立てて幸いです。私の方こそ、此度は有難う御座いますジャスパー殿」
 互いに感謝を伝え合うジャスパーと皓湛の手元には、ぱかりと開かれたお品書き。フーンどれどれ、と楽しそうに頁を捲っていったジャスパーは、最初の軽食から終わりの飲料までざっと目を通した後、甘味に戻ってぺらり、ぺらり。どれにすっかなと吟味し始める。
「皓湛は甘いもん好き?」
「はい。月餅、飴、団子……このホットケーキというのは初めてですね」
「マジで? 壱と弐どっち?」
「……壱……いえ、弐……?」
「コイントスか何かで決めるか?」
 ジャスパー殿は甘味は? 俺? 甘いもんイケるぜ――そんな風に交わすのは、当たり障りのない『好き』を絡めた普通の会話ばかり。けれど当たり前のようにしているそれが、少し前までは完全終了の危機に瀕していたのだから驚きだ。
「『好き』がなきゃこんな風に親睦深めるのだってなかなかに大変だもんな」
「ええ。この店の雰囲気も、この様に明るくはなかったでしょう」
「だよなあ。よし、腹減ったからピザトーストにプリンアラモードでいくぜ」
 寒さで攻められるのも悪くはなかったけれど、この空腹を満たすには軽食と甘味というボリューム・味の濃さ・糖分を兼ね備えた組み合わせが一番。
 注文の為に手を挙げれば、ぴゃーっとごいのひさまが机にイン。
 注文を終えれば、厨房に伝えるべくぴゃーっと羽ばたいていく。
 そして――。
『おまたせしましたぁ! ピザトーストはあつあつとろとろで、プリンは今日もぷるぷるで、ホットケーキはふっかふかでっす!』
 料理を運んできたろくろ首の娘より先に、再びぴゃーっと飛んできたごいのひさまはとっても張り切っている。そのせいかやたらふくふくとして見えて、ジャスパーが両手でもふっと堪能してもふっくら感が減る気配無し。
 そしてプリン・ア・ラ・モードの隣に並んでもらったなら――。
「ほんとだ、トッピングがこいつらそっくりじゃん」
「双子の様ですね」
『そっくり? じゃあ先に生まれたぼくのがおにいちゃんだ!』
 弟をよろしくモグモグしてね。次の注文を受けるべく飛んでいったごいのひさまに、おう頑張れよーとジャスパーはひらひら手を振り、早速ごいのひさまの弟もといアイスにスプーンを入れる。
 勤め先のマスコットもアイスになったら形は、味は? 浮かんだ想像に笑い、冷めないうちにとピザトーストも齧ればチーズの筋がとろりと伸びた。それをトーストの上にくるくる乗せて齧った分を噛み――ふと目に入った包帯で、ご機嫌に揺れる青い蛸足を思い出す。
「俺の『好き』は無事思い出せたんだけど、皓湛の『好き』はなんだ?」
 真新しい包帯を巻いた腕を軽く振りながらトッピングの弐にしたホットケーキを味わう皓湛に問うたそれは、ひょっとしたら消えてしまっていたかもしれないものだ。
「あ、人間と、そこのすげえ黒い剣以外でな」
 グリモアベースでの事を思い出し、気軽な空気を交えての質問に皓湛が笑みをこぼした。そうですねと呟いた後に続いたのは、日差しや水、緑といった自然の生み出すもの。生まれ育った地がそうだったという。
「大昔ですので今も在るかはわかりませんが……あの地の風景は今も覚えております」
 猟兵たちが失われかけた好意を守り抜いたからこそ、こうして答えられる。改めて感謝を告げた皓湛にジャスパーはからりと笑い、ごいのひさまアイスの二口目をぱくり。
 ひんやり染み込むその感覚は水を浴びた土壌が潤うよう。
 それが、自分を呼ぶあの笑顔と似ている気がして。
「ああ、無事思い出せてほんと良かったぜ」

大成功 🔵​🔵​🔵​

氷條・雪那
ああ、本当に
少女もごいのひさまも救う事が出来て良かったと安堵しながら
先ずは五目ご飯と味噌汁の定食を注文します

サムライエンパイアの物と似た内容と味に安らぎながら
チラチラと気になってしまうのは、ごいのひさま
それとおしながきにあった、甘味達
(可愛いものも甘い物も好きだが、武士に似合わないと隠しているつもり)

長い葛藤の末、ごいのさまに
「その……触ってもよろしいでしょうか?」と声を掛け
顔が緩みそうになるのを必死に抑えながら、もふもふと

ごいのさまと引き続き話もし
お勧めだというわらび餅も注文する事に
あくまでお勧めだから注文しただけなので……ええ、本当に
名物は味わなければ損、という考え方もあります



『おまたせです! えっとね、ごもくごはんとみそしるの定食だよ。みそしるアツアツかもしれないから、きをつけてね?』
「ああ、ありがとう」
 じゃあねーまたねーと、料理を運んできた妖怪の後を追って厨房に飛んでいったごいのひさまの姿に、雪那は「ああ、」と肩の力を抜いて笑む。
 あの狸の少女はのんびりと食事していて、その手前には空になった皿が沢山。きっと美味しいものを心ゆくまで楽しめたのだろう。
(「少女もごいのひさまも救う事が出来て良かった……」)
 安堵で胸を満たしながら両手を合わせ、“頂きます”。
 米粒の程よいもちもち加減。米と具の相性をより良くする味付けは、しつこくなく上品。味噌汁は刻み葱が食欲そそる香りを立て、絹ごし豆腐を食めば素材の味が優しく広がった。
 故郷であるサムライエンパイアの物と似た内容と味に、安堵でいっぱいだった胸に安らぎも重なって――けれど、雪那の目は時折チラチラと他に向く。それは接客中のごいのひさまであったり、お品書きであったり。
(「き、気になる……いやしかし、可愛いものや甘い物が好きだなどと、武士に似合わないのでは……!?」)
 父や兄のような武士になるのなら、それは隠さなければ。
 雪那はぴしっとした美しい姿勢のまま定食を味わった。武士たるもの、食事は一口ずつしっかり噛んで食べるべし。食事中にごいのひさまを見てしまうのは、彼らの体調を気にしているからであって可愛らしいとかそのような事は――という長い長い葛藤の末、雪那はごいのひさまを呼び止めていた。
「その……触ってもよろしいでしょうか?」
『どうぞどうぞ! 毎日のおていれでね、ふわふわだよ~』
 ぴょんっと掌に飛び込んできた笑顔、言葉に偽りなしのふわふわ羽毛。ようやく触れられたもふもふ手触りに顔が緩みそうになるが、雪那はそれを見事に抑えきった。父上、兄上。私はやり遂げました――!
「ありがとうございました。それと……お勧めだというわらび餅も、お願いします」
『わあ、ありがとう! そう、おすすめなんだ~。美味しくってね~甘くってね~』
「な、成る程」
 これは甘い物が好きだから、ではない。あくまで――あくまで、お勧めだから注文しただけだ。武士はか弱きものの厚意を無視したりしないのだ。だから、わらび餅も注文したのはそういう事だ。
(「……ええ、本当に」)
 それに“名物は味わわなければ損”という考え方もある。

 そこに甘い物への好意が含まれている?
 好意とは存在していてもおかしくないのだから、何の問題もありません。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年10月14日


挿絵イラスト