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その暗闇にあかりを灯して

#アリスラビリンス

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#アリスラビリンス


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●絶望の闇に染まる世界の中で
 ――ここに「アタシの扉」がある。
 それを感じた瞬間、アタシは心が浮き立った。
 もう、これ以上オウガに怯えながら逃げ回ることなどないのだ。
 帰ろう、アタシの世界へ。アタシの故郷へ。
 アタシの――、

「……あ……」

 扉の方向はわかる。
 だから、その方向へ向けて進めばいい。
 けれど。
 アタシの足は、それ以上動かなかった。

「……ああ、」

 進もうとしたアタシの脳裏に過ぎったのは、悪夢。

 頭を殴りつけられ、茂みに隠された暗闇に引きずり込まれた。
 無理矢理押し倒され、頬を強く叩かれ、口を塞がれ、喉元にナイフを突きつけられた。

 大人しくしなければ、声を出せばその先はないと。
 悪夢の主は、死の恐怖をちらつかせながら、暗闇よりもなお暗い影とともにアタシに覆いかぶさって。

「……あああ……」

 よみがえってくる。
 のしかかられた重さが、気持ちの悪い息づかいが、下腹部の痛みが――、

「……いやぁぁぁ、」

 思い出した元の世界の記憶の欠片が、アタシの心に突き刺さる。
 あの時の身体の、心の痛みが、毒のように身体中を巡って。
 アタシは、自分の肩を抱いてうずくまる。

 あの世界に帰って、アタシに何があるのだろう。
 乱暴され、汚れてしまった。
 そのことを誰に話せるのだろう。
 家族や誰かに話したとして、どんな目を向けられてしまうのだろう。
 怖い。一人でこの痛みを、怖さを抱えていくことも。
 そうして生きていかなければならないことも。

「……帰れないよ」

 帰りたくない。
 そう、思った時。

 声が、聞こえた。

『――ほう。いい具合に摘み取れそうな希望の芽があると思って来てみれば、自らで手折るか』

 アタシの様子を見ていたのだろう。
 そのオウガは、楽しそうに笑った。

「……いいよ、もう。 アタシを食べに来たんでしょう? なら、食べてよ」

 今ここでオウガに食べられて死んでしまっても、元の世界に帰っても、結局は同じなのだ。
 どこにも希望などない。
 なら、いっそ今ここで死んでしまった方がマシ。

 けれど。
 そんなアタシの目の前に、オウガは手を差し出した。

『いや、娘。 私はお前を気に入った。 帰る望みも生きる希望も失ったというのなら、私の仲間にならないか?』

 すべてが暗闇に、絶望に染まっていく視界の中で。
 手を差し伸べるオウガの、笑みを含んだその言葉だけが、アタシの中に響いていた。

●グリモアベースにて
「アリスラビリンスにいる、アリスをね、助けてほしいんだ」
 彩瑠・翼(希望の翼・f22017)は開口一番そう言って、集まってくれた猟兵たちを見渡した。
 助けてと言いながら、その顔にはとても複雑そうな表情が浮かんでいる。
「ほら、アリスって。 通常は、元の世界のこと、忘れちゃってるでしょ? でも、思い出しちゃったみたいなんだ」
 アリスラビリンスへ召喚された人々――「アリス」は、自分の世界の記憶を失った状態で「自分の扉」を探し、世界をさまよっている。そして、見つけることができた扉をくぐって初めて記憶を取り戻す。
 だが中には、扉をくぐる前に自分の世界の記憶を思い出してしまう者がいるという。
 さらには思い出した記憶により、元の世界に帰る気力を失ってしまう者もいるのだという。
 今回は、後者。帰る気力を失い絶望してしまったアリスなのだと、翼は言う。
「……そのアリスは、アカリさん、っていうんだけど。 元の世界で酷いことをされたらしいんだ。 すごく、すごく酷いこと。 ……だから、思い出して……心が折れてしまったみたい」
 具体的にどう酷いのかは口にはせずに。けれど、とても悲しそうな、泣き出しそうな顔をして、翼は言った。
 アリスラビリンスのアリスたちにとって、元の世界は唯一の心の拠り所だったに違いない。
 それなのに、拠り所としていたものに希望がないと知ってしまったら。
 考えるだけで気持ちが重たくなってしまう。
「しかもね、そんなアリスを狙って、オウガが現れるんだよ。 心が折れて絶望してるアリスに、仲間にならないかって誘いかけるんだ」
 オウガは、元々はアリスを食べるために追いかけていたらしい。だが、絶望するアリスを見て気が変わったらしく、自分たちの仲間――オウガに改造しようと働きかけてくるのだという。
「だから、皆は、そんなオウガからアリスを助けてほしいんだ。 そして、アリスの心を救って、元の世界に帰してあげて」
 アリスは絶望しているけれど、助けられる余地はある。
 だから、アリスが元の世界へ戻れるように。言葉をかけるなどしてアリスの心に寄り添い、前を向けるよう働きかけてほしいと、翼は言う。
「オレはまだ子供で、どんな風に声かければいいかってのは思いつかないんだけど……でも、かける言葉が見つからなかったら、話を聞くだけでもいいって思うんだ」
 効果的な解決策は見つからなくとも。寄り添い話を聞き、向き合い方を一緒に考える。それだけでもアリスの励みになるんじゃないかなと、翼はそう言って小さく笑った。
「このままじゃ、アリスはオウガになってしまうし、新たな絶望の国ができあがってしまう。 今、この国を破壊する依頼もいくつか出てるけど……これ以上絶望の国を増やさないことも、必要だと思うんだ」
 だから、お願い。アリスを助けて。
 翼はそう言って、猟兵たちに頭を下げてから、グリモアを展開させる。
「皆なら、大丈夫だって信じてる。 だから気をつけて。 行ってらっしゃい!」


咲楽むすび
 初めましての方も、お世話になりました方もこんにちは。
 咲楽むすび(さくら・ー)と申します。
 オープニングをご覧いただき、ありがとうございます。

●内容について
 アリスラビリンスの依頼です。
 構成は下記のとおりです。

 第1章:『希望を摘み取る者』との戦い(ボス戦)
 第2章:迷子の迷子のおともだち(冒険)
 第3章:『こどくの国のアリス』との戦い(集団戦)

 3章構成ですが、どの章からでも参加可能です。
 単体章のみのご参加も歓迎いたします。

 第1章では、敵はアリスへの攻撃を行いません。
 オウガを倒すため戦いに集中するのもよいですし、ご自身の想うことを言葉にのせてアリスへ伝えながら戦ってもよいと思います。

 第2章は、足元も見えないほどの真っ暗な迷宮を、アリスと共に歩きます。
 歩く道を照らす明かりを用意してもよいでしょう。
 アリスの手を引いて、アリスの話を聞くのもよいでしょう。
 ご自身の過去から、絶望と向き合った経験をアリスへ話すのも良いでしょう。
 あるいは、現在から未来にかけてこうありたいと願う、ご自身の決意をアリスへ話してもよいかもしれません。
 参加者様のお心のままに、アリスの心に寄り添ってあげてください。

 第3章では、敵はアリスへ向けて「しあわせ」の幻覚を見せながら、オウガの仲間になるよう誘いかけてきます。
 アリスを守りながら、あるいは声をかけながら戦っていただければと思います。
 また、「しあわせ」の幻覚攻撃は参加者様にも向けられます。
 ご自身の幻覚へ向き合い方、抗い方も考慮しながら立ち回っていただけると幸いです。

 第1章、第2章で、参加者様がアリスの心にどれだけ寄り添えたか、そしてこの章での声掛けによってアリスが最終的にどんな選択をするのかが決まります。

●アリスについて
 アカリ:14歳の少女。
 再婚した両親と義理の双子の兄、生まれたばかりの双子の弟妹の6人家族。
 アリスラビリンスに召喚される前、学校からの帰り道に暴行事件の被害者になってしまった。
 今回、自分の扉のある不思議の国で記憶を取り戻し、絶望に打ちひしがれている。

●プレイング受付について
 第1章は、【7月7日 8:31〜】受付いたします。
 締め切りは状況を見て設定させていただきますね。

 それでは、もしご縁いただけましたらよろしくお願いいたします!
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第1章 ボス戦 『希望を摘み取る者』

POW   :    絶望の光槍
全身を【輝く槍から放たれる光】で覆い、自身の【受けた傷を癒やし、猟兵が習得した🔵の数】に比例した戦闘力増強と、最大でレベル×100km/hに達する飛翔能力を得る。
SPD   :    否定されたご都合主義
対象のユーベルコードに対し【輝く槍の一撃】を放ち、相殺する。事前にそれを見ていれば成功率が上がる。
WIZ   :    バッドエンド・イマジネイション
無敵の【自分が有利になる状況】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主はユナ・アンダーソンです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

琴平・琴子
…辛い現実があっても
それを思い出して自棄になって楽にさせようとしても
それでもアリスが帰れる希望を、摘み取って絶望の花に育てるのなら
私はそれを許しません

おいでませ兵隊さん
目の前の悪意、狙いを定めて討ち果たしてくださいませ
刃の輝き、弾丸の装填、準備はできまして?

私とて子供です
アカリさんになんて声を掛けたらいいのかわかりませんが
…同じ様に被害に遭った事はあります
助けを求めようとしても声が出なくて
怖かったですよね、辛かったですよね
貴女は悪くないです
汚くなんかないです
その綺麗な心が、身体が、悪意に汚される必要なんかないです

(あの日助けられた私の時の様に貴女を助けられたら良かったのに)




 暗闇に染まりゆく世界を前にして。
 琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)はオウガと相対しているであろうアリスのもとへと走る。
 動かす足が震えるのは、暗闇の恐怖に覚えがあるから。
 それでも、その足が止まることはなかった。
(「……辛い現実があっても、」)
 走りながら琴子の手がのびたのは、ポケットに忍ばせた防犯ブザー。両親が琴子へくれた勇気のお守りを、ポケットごしにぎゅっと握りしめる。
 グリモア猟兵が言っていた「酷いこと」は、琴子にも想像ができた。
 それは、きっと琴子が経験したあの恐怖と同じものだ。
 それでも、琴子の時は助けてくれた王子様がいた。そして、助けられた後も両親が守ってくれた。
 だから、琴子は今も前を向くことができる。同じように泣いている者へ手を差し伸べることができる。
 アリス――アカリにも、琴子の時のように助けてくれる者がいたならば。
 もちろん、そんなことを考えたところで、どうしようもないのだけれど。
(「それを思い出して自棄になって楽にさせようとしても」)
 自分を食らう存在だと思っていたオウガが提示する「仲間」への誘いかけは、元の世界には理解者などいないと思いこんでいるアカリにとっては、きっと魅力的に響いていることだろう。
 誘いかけに応じて心をゆだねたら、きっと楽になれると。そう思っていることだろう。
(「それでも」)
 止まらず進む足の先に、手を差し伸べる女と、それを見つめるうずくまる少女の姿を認めれば、琴子は足を止め、声を放った。
「……アカリさん……!」
 歌を奏でるように澄み渡った琴子の声が、暗闇に染まろうとする世界にのびやかに響けば。
 薄茶色の髪の少女が、驚いたように琴子の方を見やった。
「……貴女を、助けにきました」
 見開かれた少女の瞳が琴子を映していることを感じ取って、琴子は柔らかく微笑んだ。
 大丈夫、まだ声は届く。
 まだ、希望はここにある。
『何かと思えば……お前、ただのアリスじゃないな』
 少女へ伸ばした手を下ろし。銀の髪に虹色の光を帯びた槍を携えた女――オウガ『希望を摘み取る者』は、琴子を一瞥し、忌々しげに舌打ちをする。
「ええ」
 オウガからアカリを守らんと駆け寄った琴子は、そんなオウガの前へと出れば、自らのスカートの端を摘んで一礼する。
「アリスが帰れる希望を、摘み取って絶望の花に育てるのなら、私はそれを許しません」
 礼をしながらも、ペリドットを思わせる緑色の瞳はオウガをまっすぐ捉えたまま。琴子は優雅にスカートを翻す。
「おいでませ兵隊さん」
 ガチャリと音がして現れたのは、【兵隊の行進(ソルジャーズマーチ)】によって召喚されたブリキや木製の兵隊たち。
「目の前の悪意、狙いを定めて討ち果たしてくださいませ――刃の輝き、弾丸の装填、準備はできまして?」
 琴子の指揮に従い、兵隊たちは各々の持った銃や剣を一斉にオウガへ向け――、
「一斉射撃準備良し! 放て!」


 攻撃を自らの兵隊たちに任せて、琴子はアカリの前にしゃがみこんだ。
 できるなら、アカリの手を引いてオウガから遠ざけたいと思った。けれど、今も小さく震えるその身体へ触れてしまえば、壊れてしまう気がしたのだ。
 アカリの薄茶色の瞳がわずかに揺れるのを見つめながら、琴子はそっと口を開いた。
「……怖かったですよね、辛かったですよね」
 どんな風に声をかけたらいいのかわからなくて、自分も貴女と同じように被害に遭ったことがあると言おうとして……うまく言葉を紡げなくて。どうにか音にしたその声は、自分のものとは思えないほどに震えていて。
「助けを求めようとしても声が出なくて……」
 言葉とともに、琴子の中にあの時のことがよみがえる。暗闇の、あの日。
 怖かった、辛かった。
「……貴女は悪くないです、汚くなんかないです」
 瞳をにじませたアカリを映す、視界がにじむ。
(「あの日助けられた私の時の様に貴女を助けられたら良かったのに」)
 巻き戻せない、戻らない。
 だから、アカリの「あの日」も戻らない。変えられない。
 でも。
「……その綺麗な心が、身体が、悪意に汚される必要なんかないです」
 起こってしまった過去を、変えられないのなら。
 あの日琴子を助けてくれた王子様のように、アカリを助けることができないのなら。
 ――琴子のせいじゃないよ。
 思い出す両親の声。
 ならば、せめて。琴子を守ってくれた、防犯ブザーをくれた、両親のように。
 アカリの心の痛みを少しでも和らげることができたなら。
「……ありが、と……」
 涙に濡れたアカリの声は、やがて激しい嗚咽となって、暗闇の中へ響いていく。


 ――怖かったですよね、辛かったですよね。

 あの時の怖さ、辛さ、痛み。
 誰も、だれにも。わかってはもらえないと思っていた。
 でも、緑色の瞳の女の子は、アタシと一緒に泣いてくれた。
 悪くない、と言ってくれた彼女の言葉が、涙が。
 アタシの冷たくなりかけた心に、あたたかく染みていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シビラ・レーヴェンス
露(f19223)と。
想像するにダークセイヴァーに住む人々のように…か。
どこにでも存在するんだな。吐き気を催す程のやつは。
「本当に希望はにゃぎゅ…ッぷ!」
…何をする露。突然口を塞いで抱き着くな。顔を打った。
ん?君に任せろ?…そうだな。君が適任かもしれん。

なら私はオウガの相手をしよう。【滅術呪】を行使。
(早業、高速詠唱、多重詠唱、全力魔法、範囲攻撃)
(鎧攻撃無視、鎧砕き、属性攻撃、限界突破)
相殺もできるのか。なるほど。なら連携。
露の背や障害物の陰から闇に紛れつつ魔術を放とう。
…と見せかけて露に攻撃させたり惑わせ隙を作る。
物理攻撃をするとみせかけてもいいな。
「…そう何度も失敗をするか。阿呆が…」


神坂・露
レーちゃん(f14377)と。
思わず開いた親友の口を塞いじゃうわ。
レーちゃんってずばって言っちゃうことあるし。
「あたしに任せてほしいの…いい? れーちゃん」
まずアリスさんの名前を教えて貰うわ。
アカリさんっていうのね。素敵な名前ね♪
えっとえっとね。
色々と悪い方向へ考えたり自分が悪いとかね。
考えちゃうかもしれないけど…それは違うわ。
だってだって。した人が悪いんだもの。
それとねあのね。…一つ聞きたいんだけど。
本当に本当に希望ってないのかしら?
本当に助けてくれる人っていないの?
もう少し考えてみてもいいんじゃない?
だから…そっちにいかないで。まだ。そっちに。

【反光の月】で攻めるわ。レーちゃんと連携ね。




 仲間の猟兵とやりとりするアリス――アカリを見やり。シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)は内心でそっと息を吐いた。
(「想像するにダークセイヴァーに住む人々のように……か」)
 グリモア猟兵が話すアカリの身の上に起こった「酷いこと」は、具体的ではなかったけれど。目の前のアカリと、仲間のやりとりを見ていれば、その身の上について、シビラにもだいたいの想像ができた。
「……どこにでも存在するんだな。 吐き気を催す程のやつは」
 知らず右手が固く握られ、口中で紡がれた言葉が小さくこぼれる。口調こそ常の抑揚のない平坦さを保っていたけれど、その心中は名も知らぬ犯人への不快感で満ちていて。
(「……それでも」)
 シビラは息を吐き、自身の中の感情を収めていく。
 それは、数百年来にもおよぶ負の感情との付き合いから得た、シビラなりの心得。
(「起こったことを、なかったことにはできない」)
 それは、絶望の世界であるダークセイヴァーでも、アカリの世界でも同じこと。
 なかったことにはできないのなら、向き合うしか道はない。
 そうして、絶望しかない世界の中に、わずかに存在している希望の欠片を見つけるのだ。
 考えを巡らせながら、シビラは改めてアカリを見やった。
 見る限り、オウガである『希望を摘み取る者』の、アカリへの誘いかけを邪魔することはできたようだった。アカリの意識は、シビラたち猟兵へと向けられている。
 ならば、もう少し。彼女に言葉を届けることができたなら。
「――アカリ」
 シビラは口を開き。アカリの名を言葉にのせた。
 呼ばれたアカリの瞳に、シビラの金色の瞳が重なれば、シビラは言葉を続ける。
「本当に希望は――、」
「レーちゃん!」
 不意に飛び込んできた、聞き慣れた声。
 同時に口元が塞がれて。
「――にゃぎゅ……ッぷ!」
 紡ごうとしていたシビラの言葉が、かわいらしい謎の音となって霧散する。
「……何をする露。 突然口を塞いで抱き着くな。 顔を打った」
 思わずキョトンとなるアカリを横目に。シビラは自身の横から抱きついて口をふさいだ神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)の手をほどきながら、呆れたように息をつく。
「だってぇ」
 露はえへへ、と笑う。
 レーちゃんってずばって言っちゃうことあるし……とは思っても、そこは口にはせずに。シビラに再度抱きつけば、シビラにだけ聞こえる声で、露はささやいた。
「あたしに任せてほしいの……いい? レーちゃん」
 親友であるシビラが、アカリに伝えようとしている言葉と想いは、露にも伝わっていた。
 大好きな自慢の親友は、ともすれば冷たくも響く物言いの中に、たくさんの温かさを持っている。
 その証拠に、他者に興味を示していない素振りをしていても、自ら他者との関わりを断つことをしない。
 今だって、グリモア猟兵の願いを聞き入れてこの場に赴いているし、淡々とした物言いの中にも、アカリの置かれた境遇を案じる素振りがうかがえる。
 けれど、シビラの言葉は、今のアカリには、きつく聞こえてしまうかもしれない。……だから、ここは露が引き受けると。
「ん? 君に任せろ?」
 そんな露の意図は、しっかりと親友に伝わったようだった。
「……そうだな。 君が適任かもしれん」
 ふと、親友の金色の瞳が柔らかく細められる。変化に乏しい表情の中に浮かぶ、信頼の色。
 その色に応えるように、露も柔らかく微笑んで見せて。
「……なら私はオウガの相手をしよう」
 露の腕から解放されたシビラは、その金色の瞳を一瞬だけアカリを案じるように向けて。それからオウガへの方と向かう。
 仲間のユーベルコードからなる戦力に、増援を行うのだ。


「ごめんなさいね、ちょっと慌ただしかったわよね」
 露は、改めてアカリを見やれば、小さく微笑み。それから、アカリの傍にぺたんと座り込んだ。
 親友の言葉を制するためとはいえ、びっくりさせてしまった自覚はある。だから、真向かいに座れば、怖がらせてしまうかもしれない。そう判断したからだ。
「……アリスさん。 あたしは、神坂・露っていうの」
 のんびりとした口調で、露は名前を名乗る。
「もう一度、あなたの名前を教えて?」
「……アカリ……、です」
 少し緊張したような声が、傍らから聞こえてくる。
 けれど、心を閉じているわけではない。
 きっとそれは、最初にやりとりをしていた仲間のおかげでもあるのだろう。
 そんなことを思いながら、露はほわりと微笑んだ。
「アカリさんっていうのね。 素敵な名前ね♪」
 本当に、素敵な名前だと思う。
 明かり、灯り。すべてを明るくする光のことでもあり、暗闇の中で灯す光のことでもある。
 名前が表すその光を。オウガになど消されてほしくはない。
 だから、露は言葉を紡ぐ。戦ってくれている親友の分まで。
「えっとえっとね。 色々と悪い方向へ考えたり自分が悪いとかね。 考えちゃうかもしれないけど……それは違うわ。 だってだって。 した人が悪いんだもの」
 先にアカリへ言葉を紡いだ仲間も言っていた。でも、露も言う。
「さっきも聞いたと思うの。 そして、あたしもそう思う。 だから、あたし、何度でも、アカリさんに言うわ」
 何度でも。
 あなたは悪くないって。
 あたしだけじゃない、レーちゃん……親友だって、他の猟兵の仲間だって、何度もそう言うわ。
「……」
 傍らのアカリから言葉は返ってこなかった。けれど、小さく鼻をすする音が聞こえた。
 だから、露は思う。大丈夫、ちゃんと届いていると。
「それとねあのね。 ……一つ聞きたいんだけど」
 そう言って。露は、そっと傍らのアカリの顔を覗き込んだ。
 薄茶色の瞳に、涙をにじませた、俯かせたアカリの横顔を。じっと見つめたまま、露はゆっくりと言葉を紡ぐ。
「本当に本当に希望ってないのかしら?」
 確かに、アカリの身の上に降り掛かった不幸を思えば、希望などどこにもないと考えるのは当然だと思う。
 けれど。露はあえてアカリに問いかける。
「本当に助けてくれる人っていないの?」
 露には、シビラがいる。
 淡々としていて、冷たくも、そっけなくも見えるけれど。温かな心を持った親友がいる。
 アカリにだって、そういう人がいるはずだ。……いてくれると、信じたい。
「もう少し考えてみてもいいんじゃない?」
 きっと、アカリの知らないところで、アカリの身を案じてくれる人はいる。
「だから……そっちにいかないで。 まだ。そっちに」
 元の世界に帰らないと決めてしまうにはまだ早い。
 どうか、考えることを諦めないで。
「……、」
 露の言葉に、アカリからの返答はなかった。
 けれど、露は見た。
 まるで、何かを思い出したかのように……アカリが、俯かせていた顔をわずかに上げるのを。


 別の猟兵によるユーベルコードの攻撃を食らいながらも、なおその姿は悠然とした様相を崩すことなく。『希望を摘み取る者』は、輝きを増した槍をバトンのように振り回す。
『アリスの希望は手折られたのだよ、私にではない、アリス自身の手でな。 だから、お前たちの出る幕などないのだよ』
 くくく、と喉の奥で声を立てながら笑うオウガから繰り出された槍の攻撃をシビラが避ければ、シビラの銀色の髪が、身にまとう黒のドレスが、踊るようにひらりと舞って。
「知らぬな。 君がどう想像を膨らませようと勝手だが……私から見れば、希望という名の植物は君が思う以上に丈夫なのだよ」
 たとえ一時的に手折られることがあったとしても、完全に枯れたりはしない。少なくともシビラはそれを信じている。だから戦うのだ。再び希望の花を咲かせるために。
 オウガの攻撃をかわしながら、シビラは詠唱をかけ合わせていく。
 詠唱により手にしたウィザードロッドの先に生み出されたのは、【滅術呪(レスティンギトゥル)】により作り出した無属性の消滅の閃光。
 ロッドの矛先をオウガへと向ければ、禍々しくすらあるその閃光を一気に解き放つ。
『甘いな。 私のバッドエンドへの想像は無限大なのだよ……!』
 自らに襲いかかる閃光へ向け、オウガは輝く槍を振り回し、一撃を放った。次の瞬間、眩しい光とともに消滅の閃光がかき消える。
「相殺もできるのか」
 ほぅ、と低い声がシビラの口からこぼれる。すっ、と金色の瞳が冷たく細められたかと思えば、口の端にかすかに笑みを浮かべた。
「……なるほど。 なら連携だな」
 口の中だけでそうひとりごちて、シビラは露の名を呼んだ。
「はいは〜い、レーちゃん、おまたせぇv」
「連携だ、抱きつかんでいい」
 勢いよく走り込んできた露を手で制しながら連携を促すシビラ。
 そんなシビラに小さく笑って。青白い煌めきを放つ「クレスケンスルーナ」をオウガへと向け構えながら、露はシビラの前に立つ。
「それじゃあ、オウガさん、行くわよぉ」
 のんびりとした掛け声とは裏腹に素早い動きでオウガに接近すれば、
「捌くわ~v」
 ユーベルコード【反光の月(リジレント・ムー)】をのせた刃を振りかぶり、勢いよく振り下ろした。
『……くっ!』
 キィン、と澄んだ音をさせ、月の煌めきと銀の光が交錯する。
「まだまだいくわよぉ!」
 二撃、三撃。露が連続で仕掛ける剣の攻撃を、オウガは巧みに受け流していく。
『……くくく、甘いな、それで私を倒そうとは!』
 露の攻撃をことごとく受けきったオウガが、勝ち目を見出した様子で笑った。
 だが。
「うふふ、甘いかしらぁ? ……でもぉ、」
 甘いのはオウガさんだと思うわよ?
 そう、露が言葉を紡ぐよりも早く。露の背から、勢いよく影が飛び出す!
 空中へと跳び上がった影――シビラは、黒のドレスを翻しながら、敵へ向けるための閃光を作り出す。
「Stai în fața mea Tuturor prostilor…… Dă distrugere în mod egal!」
 高速詠唱と多重詠唱とともに、生み出された消滅の閃光。そこに全力魔法の力をものせて、さらに大きく膨れ上がっていく光の球体をシビラは掲げ、オウガへ向けて一気に解き放つ……!
『くぅ……っ、馬鹿な……っ』
 輝く槍の一撃で相殺を試みるも叶わず、閃光に包まれるオウガをシビラは一瞥する。
「……そう何度も失敗をするか。阿呆が……」
「やったぁ♪ 連携成功ね、レーちゃんv」
 冷たい視線をオウガへ向けながらのシビラの冷淡な声と、嬉しそうにシビラへ抱きついた露の明るい声が、暗闇の中に響き渡った。


 ――本当に助けてくれる人っていないの?

 あなたは悪くないと、アタシに言ってくれた真っ白な女の子。
 その子が投げかけた問いに、アタシは答えようとした。
 誰もいないと。答えようとして――、けれど、その瞬間、一人の顔が、脳裏に浮かんで。
 アタシは、俯かせていた顔を上げた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鈴木・志乃
開幕UC発動
……最初から敵に有利な状況を『見せれば』良いんだ
敵にとって都合の良い『幻想』を
『幸福な現実』を、創り出す。
全て上手く行っていると、思わせる為にね。

……アカリさん。
大丈夫。大丈夫だよ。
(多分最初はろくに言葉も聞いて貰えないだろうけど、呼びかけは止めない。肌に触れるのは嫌がられるかな。私同性だけど、まずいかな。)

(想像でしかないけれど)
貴方を探しに来たんだ。
……皆貴方を待ってる。貴方がいないと寂しいんだ。
(彼女が大切に想っているであろう家族なら)
貴方に会えなくなったら、辛い人が沢山いるんだ。
(貴方が何より大切なはずだから)

高速詠唱オーラ防御を自とアカリに展開
UC全力魔法で敵なぎ払い攻撃




 オウガとアカリが相対する場に駆けつけた猟兵たちは、オウガの誘いからアカリを遠ざけ、守ることに成功していた。
 その成功は、オウガの意識を戦闘に向けさせた猟兵たちの働きかけはもちろんではあったが、もう一つ。ある猟兵の強力な支援による効果もあってのものだった。
 少し時を遡ることになるが、ある猟兵の対応について述べることにしよう。

 猟兵たちが、転送された場所からアカリの元へ駆けつけるまでには、若干の時間を要することになった。
 万一のことを考えたグリモア猟兵の意向により、オウガとアカリの居場所からは若干離れた位置に設定されていたからだ。
(「うまくいくかどうかは、初動がすべてになる」)
 仲間の猟兵たちとともに暗闇に染まりゆく世界を駆けながら、鈴木・志乃(ブラック・f12101)はそう思案する。
 グリモア猟兵からの依頼であるから、着いた時には手遅れということは、まずありえないけれど。
 そうであっても、こういう場合は、時間がすべての結果を左右する。
(「到着してから策を考えていたら、それこそ手遅れになってしまう」)
 だから、志乃は考える。どうするかを考えるなら今しかない。
 アカリを、オウガの誘いから遠ざけるために。闇にとらわれかけたアカリの心にもう一度希望の光を灯すために。
 今の自分にできることは――、

「……アカリさん……!」

 アカリの名を呼ぶ、前を走っていた仲間の猟兵の声が響いた。
 その声の向く先には、うずくまる、薄茶色の髪の少女。
 少女は、まだオウガの手を取ってはいなかった。
 状況を把握し、内心で安堵すると同時に。志乃はオウガの前に出た仲間の背を見つめながら、オウガに気取られないよう静かに移動し、少女――アカリを守る立ち位置を取る。
 そうして、仲間のユーベルコードと同時に、志乃は自らのユーベルコード【流星群(メテオストリーム)】を発動させた。
「――今一時銀貨の星を降らせる、世界の祈りの風よ」
 志乃の詠唱に応えるように、闇の世界に静かな祈りの風が吹いて。
(「……最初から敵に有利な状況を『見せれば』良いんだ」)
 それは、志乃が導き出した、オウガ『希望を摘み取る者』への対応策。
 オウガ自身が有利になる状況を想像して戦闘に利用するのなら、それを逆手に取ればいい。
(「敵にとって都合の良い『幻想』を『幸福な現実』を、創り出す」)
 全て上手く行っていると思わせることに成功すれば。猟兵たちはオウガの見る幻想の外から攻撃することで、オウガの攻撃に晒されることなく戦力を削ることができる。
 逆に、オウガが『幻想』を破ったなら。それは、自身の能力にも疑念を持ったということになり、オウガ自身の弱体化にもつながる。
 どちらに転んでも、猟兵たちに有利な展開になるはずだ。
 その証拠に、仲間が発動させたユーベルコードの攻撃に対するオウガの反応は鈍い。
 幻想が破られるのは時間の問題にせよ、それまでは、アカリへの対応に心を砕けばいい。


 自身のユーベルコードがうまく機能していることを確認すれば。志乃は改めてアカリを見やった。
「……アカリさん」
 同性の志乃であっても触れるのをためらうほどに、アカリは自身の肩を抱きながら、小さく震えていた。
 薄茶色の髪と瞳。触れてしまえば、壊れてしまいそうな細い肩。
「大丈夫。大丈夫だよ」
 本当はそう言って抱きしめてあげたかったけれど。もしかしたら嫌がるかもしれないと思いとどまる。代わりに志乃は、持っていた黒パーカーをそっとアカリの肩へかけた。
 アカリの肩が一瞬びくりと跳ねる。けれど、志乃によってかけられたパーカーと、パーカー越しに触れた志乃の手が跳ね除けられることはなかった。
 だから志乃は、その手でアカリの背を撫でてやる。少しでも、怖さに震えるその心が温まるようにと。
 そうして。仲間の猟兵たちがかけていく言葉を聞きながら、志乃はアカリの状況を観察する。
 アカリは、最初は涙し。わずかに発した言葉の後は俯いたままだった。
 けれど。やがて何かを思い出したかのように少しだけ顔を上げた。
 その顔色は、まだ青ざめてはいたものの、いくらか良くなっているように見えて。
 その様子を見ながら、志乃は思う。
 アカリの元の世界には、まだ希望は残っていると。
 アカリがそのことに意識を向けられていないだけだと。
「大丈夫だよ」
 アカリの背をさする手は止めずに。志乃はアカリを見つめながら、何度目かの大丈夫を口にする。
「貴方を探しに来たんだ」
 探しに来た。助けるために。アカリが大切に想う人たちの、家族の代わりに。
「……皆貴方を待ってる。貴方がいないと寂しいんだ」
 アカリを想う人たちのことは、今の志乃には想像しかできない。
 けれど、アカリを見ていて思うこと。
 アカリは、自分の家族のことを大切に想っている。
 だから家族も、きっと。同じくらいアカリのことを大切に想ってくれている。
「貴方に会えなくなったら、辛い人が沢山いるんだ」
 アカリの身の上に起こったことを知れば、彼らはきっと悲しむだろう。
 けれどそれは、アカリという、大切な人を傷つけられたことへの悲しみだ。
 アカリが何より大切だから、悲しく思うのだ。
 だから、アカリがいなくなってしまったら。彼らはきっと、もっと辛く、悲しい想いに……それこそ絶望に打ちひしがれてしまうのだろう。
 それらは、現時点では、志乃の想像でしかないこと。
 けれど、志乃はそう信じているから。
「……待っていてくれてる、のかな……」
 ぽつ、と。
 アカリの口から言葉がこぼれた。
 小さな声。不安げな声。
 けれど、その声には、そうだったらいいのにという、願いに満ちていて。
 だから、志乃はアカリに答える。
「大丈夫だよ」
 ありったけの想いとともに、その言葉を口にする。


 ――皆貴方を待ってる。貴方がいないと寂しいんだ。

 オレンジ色の瞳をした女の人は、アタシにそう言葉をくれた。
 アタシの家族は、あの人は。アタシを待っているだろうか。
 こんなになってしまったアタシでも、迎えてくれるのだろうか。
 わからない。怖い。……本当に?
 そんなアタシの背を、女の人の手がさする。
 背中越しに伝わる優しい手の温かさが、大丈夫だと、アタシの背中を押してくれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
アカリさん、だっけ。
アリスは大抵、元の世界で大変な目にあってると聞くけど、貴女もそうなんだな。

元の世界に戻りたくないっていうのは分かるけど、オウガに協力するのはやめておくんだ。

協力して、オウガになってしまったら、絶望の国を作ってしまったら、俺は貴女を殺さないといけない。

俺は貴女を殺したくない。
俺は貴女を助けに来たんだ。

まずは、オウガを倒さないと。

難しい事は苦手だ。
力押しでいきたい。

UC【精霊共鳴】で、チィに力を借りた上で、雷の精霊様の[属性攻撃]で攻撃したい。

敵の攻撃は雷の精霊様の[カウンター]で迎撃したい。
槍が金属で出来てるなら、電磁場の力で槍を止めたい。




 仲間の猟兵の機転により大きく力を削がれ、閃光にその身を焼かれながらも。オウガ『希望を摘み取る者』はそれでもなお、倒れることなく猟兵たちの前に立つ。
 その瞳は、邪魔な存在である猟兵たちを消し、改めてアリスを自分たちの仲間へと誘い、引き入れるという意志の光に満ちていて。
 そんなオウガの悪意を跳ねのけんとばかりに。アリスであるアカリを守り、オウガへさらなる追撃を与えるべく、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)は前に出た。
「……アカリさん、だっけ」
 そうして。視界の端に捉えていた、仲間に守られながら座り込んでいるアリスの方へ顔を向けた。
「アリスは大抵、元の世界で大変な目にあってると聞くけど、貴女もそうなんだな」
 今まで出会った、あるいは見聞きして知った、たくさんのアリスたちの面影をアカリに重ねながら。都月はアカリへ言葉を投げかける。
「元の世界に戻りたくないっていうのは分かるけど、オウガに協力するのはやめておくんだ」
 内容の差こそあれど、都月が出会ったアリスたちは、元の世界に何かしらの辛い想いを抱えていた。みんな苦しそうだった。
 だから、アカリの身の上に同情はするけれど。それは、今まで出会ったアリスたちに抱いたものと同じ。
 アカリが特別酷いとは思わないし、アカリだけに特別な想いを抱くこともない。
 ……逆に。アカリだけじゃなくて、アカリを含めた、そんなアリスたちすべてに、都月は想うことがある。
「……協力して、オウガになってしまったら、絶望の国を作ってしまったら、俺は貴女を殺さないといけない」
 殺さないといけない、と。そう音を紡いだ都月の声が震えた。
 任務として。殺さなくてはいけなかった時が、実際にあった。
 猟兵として請け負った任務は、都月にとって絶対だ。
 けれど、「人の幸せを守る凄い立派な仕事である」はずの猟兵なのに。
 オウガに変異してしまった――かつては人だった――絶望の国のアリスは。殺すことしかできなかった。
 アリスは人だったはずなのに。その幸せを守ることができなかった。
 任務だから仕方がないと割り切ってはいても。それは都月にとって、とても苦しいことだった。
「俺は貴女を殺したくない」
 そう言葉を紡ぐ、都月の声が震えて、都月の黒い尻尾が不安げに垂れ下がる。
 殺したくない。
 もうこれ以上、アリスにあんな苦しくて痛い思いなどさせたくはない。
「俺は貴女を助けに来たんだ」
 アカリへ向けられた、都月の黒の瞳がわずかに揺れる。
 助けに来た。助けたい。――だから、どうか。
 祈るように。けれどアカリと目を合わせることも、その反応を見ることもしないまま。都月は自らの視線をアカリからオウガへと移す。
「……まずは、オウガを倒さないと」
 自分自身に言い聞かせるように、口中でつぶやいて。都月はアリスへ向けられたオウガの視線をさえぎるように立ち、真っ直ぐににらみ返した。
『おのれ、猟兵……、』
「難しい事は苦手だ。 ――だから、力押しでいく」
 都月は両手に構えたエレメンタルダガーの剣先を、天に掲げる。
「力を貸して、チィ……!」
『チィ!』
 都月の肩に乗っていた狐姿の月の精霊「チィ」が、都月の呼びかけに応え、月色の尻尾を揺らして一声鳴いた。
 そうしてチィは、都月のエレメンタルダガーめがけ、くるりとジャンプする。
 空中で一回転し、エレメンタルダガーにはめ込まれた宝石の中へ飛び込んだかと思えば、その姿が吸い込まれるように消えていき。
 同時に。エレメンタルダガー全体が、月色の輝きに包まれた。
 ――ユーベルコード【精霊共鳴(セイレイキョウメイ)】。
 エレメンタルダガーごしに伝わってくる、チィの力を感じながら。剣の構えはそのままに、都月は空を仰ぎ、叫んだ。
「――雷の精霊様、俺とチィに、力をお貸しください!」
 その瞬間、空が叫んだ。爆発するような巨大な音とともに、都月のエレメンタルダガーにまばゆい閃光がほとばしり、大剣のような形を形成していく。
『――させるか! 希望は潰え、絶望の国はここで完成するのだよ!』
 都月が攻撃に転じるよりも一瞬早く。オウガは銀色に輝く槍を構え、地を蹴り、空中へ跳び上がった。そうして都月の持つ雷の剣ごと薙ぎ払わんと、都月めがけて槍を大きく振り回す。
「……くっ!」
 振り回したオウガの槍攻撃を間一髪で回避しながら。都月はエレメンタルダガーを構え直す。そうして勢いとともに、下段から一気に斬り上げる!
『ぐわぁぁぁ?!』
 斬撃によって切り裂かれたオウガの身体を、閃光が焦げ付かせていく。
『……お、おのれ、猟兵ごときがぁぁぁ!!』
 たまらず膝をつき、叫び声をあげるオウガをにらみつけながら。都月は、再びエレメンタルダガーを構えた。
「アリスの希望は、俺たちが守るんだ。 お前なんかに渡したり、しない……!」


 ――俺は貴女を殺したくない。
 ――俺は貴女を助けに来たんだ。

 狐の耳と尻尾を持った男の人の声は、泣きそうに震えていた。
 もしも。元の世界へ帰らずに、オウガに協力したら、アタシは殺されてしまうのだろうか。
 アタシの元の世界は、家族は。本当にアタシを受け入れてくれるのか、わからないのに。
 戻らなかったら殺されてしまうのなら、アタシは、殺されたっていい……けれど。
 でも。それは、あの狐の男の人を、悲しませてしまうのだろうか。
 オウガと戦っている男の人の背中を見ながら、アタシは思った。
 あの人を悲しませることは、したくないと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

文月・ネコ吉
男の俺がどれだけ手を伸ばしても
彼女の痛みを真に理解する事は出来ないのかもしれない
それでも絶望に沈みゆく彼女の事を
見て見ぬ振りは出来なくて

ああもう、こんちくしょうめ!
無力だろうが何だろうか出来る事をするだけだ
俺は俺の役割を
オウガに何てさせやしない
希望を摘み取る者などに

槍に注意し動きを見切り咎力封じ
これは囮だ、相殺は勿論計算の内
槍の一撃放つ一瞬に合わせ死角に入り
そのまま音もなく刀で斬る
お前だって嘗ては
自分の中に希望の芽を持っていたのだろうにな
今はもう静かに眠れ

アカリ、心配するな
一人で全てを抱える必要はない
お前だけじゃない
両親に兄に弟妹に
お前を心配して待つ彼らの為にも
希望の灯は今もずっとその胸の中に




 光が、闇色に染まりゆく世界の中で幾度となく輝きを放っていた。
 あれは、おそらく仲間による戦いの光だろう。
 そう判断すれば。文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)は、光のある方向へと走りだす。
 一足遅れながらも依頼に応じたネコ吉が、走りながら思いを馳せるのは、グリモア猟兵が話していた少女――アカリのことだ。
(「男の俺がどれだけ手を伸ばしても、彼女の痛みを真に理解する事は出来ないのかもしれない」)
 向かうべきか、否かと。ネコ吉は葛藤を繰り返していた。
 グリモア猟兵の話には胸をつかれる思いがしたし、傷つけられ、絶望にうちひしがれたアカリを救いたいと思ったのも事実だ。
 だがその一方で、ネコ吉が、彼女を傷つけた悪意の主と同じ性別であることも事実で。助けたいと伸ばした手は、ともすれば少女をさらに傷つけてしまうかもしれない。
 こうして向かう今だって、葛藤は続いている。抱く迷いは晴れぬままだ。
「ああもう、こんちくしょうめ!」
 そんな思いを振り払うかのように。ネコ吉は叫び、走り続ける自らの足に、さらなる力を込めた。
「彼女を、アカリを! オウガに何てさせやしない、希望を摘み取る者などに――!」
 迷いはあった。それでも、絶望に沈みゆく少女のことを見て見ぬ振りは出来なかった。
 ならば、己のその気持ちこそがすべてだ。
「無力だろうが何だろうか出来る事をするだけだ、俺は俺の役割を――!」


 そうしてネコ吉が辿り着いた、戦いの場所。
 仲間に守られるアカリの姿を認め安堵の息を吐きながら。ネコ吉はオウガ『希望を摘み取る者』へと接近せんと、その間合いを詰めていく。
『……希望希望といまいましい……っ!』
 仲間の猟兵たちの攻撃に満身創痍になりながらも、その瞳から希望への憎しみが消えることはなかった。
 膝をつき今にも倒れんばかりの身体を自らの槍で支えながら、オウガはゆらりと立ち上がる。
『まだだ……。 希望を声高に叫ぶお前たちのその口ごと、この槍の一撃で叩きのめしてやる……!』
 自らを奮い立たせるような叫びとともに、オウガは槍を振り回した。
 大きく円を描きながら繰り出された槍の攻撃が、さらなる攻撃を加えんと構えていた猟兵たちとネコ吉を薙ぎ払わんばかりの勢いで襲いかかる。
「……おっと……!」
 持ち前の猫的な身軽さでネコ吉は反射的に飛び退る。そうしてぎりぎりのところで槍の矛先をかわしながら他の猟兵たちの方へと視線をやれば、彼らも各々で間合いをとりながらうまく回避したようだった。
「……っち、これは動きを封じてからの方が攻撃しやすいか」
 槍の攻撃は突きの一撃もさることながら、リーチの長さを利用した振り回し攻撃も厄介だ。うまく相手の間合いの内側に入ることができればこっちのものだが、失敗すれば、たちまち薙ぎ払い攻撃の餌食になってしまう。
 鋭い目つきをさらに鋭く細め。オウガの動きに注意を払いながら、ネコ吉は繰り出される槍攻撃を見切り、かわしていく。そうしてオウガが槍を振り切ったタイミングを狙って勢いよく飛び出した。
「これでもくらいやがれ!」
 そうして、ユーベルコード【咎力封じ】によって出現させた手枷、猿轡、拘束ロープを、一気に解き放つ!
『甘い! これで私の攻撃を封じようとは片腹痛いわ!』
 オウガが笑い声を上げながら、槍を大きく振り回した。瞬間、槍の矛先からひときわ眩しい虹色の輝きが生まれ、ネコ吉が放った三つの拘束具を次々と飲み込んでいく。
『どうだ、これで動きを止めることはできまい、お前の希望は消え去った!』
 高らかな笑い声をあげるオウガ。……だが。
「――それはどうかな?」
 その声は、オウガの思いのよらぬ位置から聞こえてきた。慌てて声のする方へと視線をやろうとするオウガの身体に、斬りつけられた鋭い痛みが走る。
『ぐぅ、まさかそんな……、』
 思わずといった様子で苦悶の声を上げるオウガ。
「まんまと囮にかかるとは。 お前も相当弱ってると見えるな」
 相殺は計算のうちだったと。ユーベルコードを囮にオウガの死角から斬撃を放ったネコ吉は、油断なくオウガの背後に回りこみながら、脇差「叢時雨」の柄を握り直す。
「お前だって嘗ては自分の中に希望の芽を持っていたのだろうにな」
 今でこそ希望という言葉を、存在を嫌ってはいるが。きっとこのオウガにも、希望を抱いていた頃があったに違いないのだ。
 その想いが反転し、堕ちていったのははたしていつだったのだろう。
 詮無いことだとはわかっていても、抱いてしまった思いは消せないまま。ネコ吉は、構えた「叢時雨」を音もなく一閃させ、オウガへととどめを刺す。
「今はもう静かに眠れ」
 今度こそ地に伏し、起き上がることのないオウガの身体が、ゆっくりと闇の中へ消えていく。
 その様子を一瞥してから。ネコ吉は、仲間に付き添われているアカリの方へ身体を向けた。
 距離は保ったまま、アカリに向けられた視線を受け止めながら、ネコ吉は口を開く。
「アカリ、心配するな。 一人で全てを抱える必要はない」
 心の中に抱いていた迷いとは裏腹に、ネコ吉の口からは自然と言葉が紡がれる。
 そう、アカリは一人ではない。その証拠に、ここにはネコ吉を含め、助けようと駆けつけた者たちがいるのだ。
「だから、希望の灯はその胸の中に灯しておけ」
 不安や恐怖に押しつぶされそうになることはあるだろう。
 けれど。その灯は、自らの手で消すことはせずに。今もこの先もずっと、灯していてほしい。
 そんな言葉と想いとともに、ネコ吉は青の瞳を柔らかく細めて見せる。
「お前だけじゃない、両親に兄に弟妹に……お前を心配して待つ彼らの為にもな」
 その灯は、アカリ自身だけではない。元の世界に居るであろう、アカリの家族にとってもきっと、必要な灯になるはずだから。
 そんなネコ吉の言葉に、自らの胸に両手をあてながら、アカリは頷いた。
 そうして。ネコ吉を、この場にいる猟兵たちを見渡して。泣き笑いの表情で言葉を紡いだ。

「……ありがとう……」


 ――希望の灯はその胸の中に灯しておけ。

 後から駆けつけてきた黒猫の姿をした人は、男の人の声でアタシにそう言った。
 柔らかな優しい声は、アタシは一人ではないと言う。
 そう言われて。アタシはゆっくりとアタシを助けてくれた人たちの顔を見渡した。
 助けに来たと言ってくれた、優しい人たち。
 気持ちを落ち着かせることができたのは、この人たちのおかげだ。
 アタシは自分の胸に両手をあてる。
 怖さや不安は、確かにアタシの中にある。
 けれど、希望の灯も、まだ、ある。
 そこに気づかせ、目を向けさせてくれたのもまた、この人たちのおかげだ。

 ありがとう、助けてくれて。
 ありがとう、気づかせてくれて。
 ありがとう。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『迷子の迷子のおともだち』

POW   :    手を引いて連れて行こう

SPD   :    障害を先に取り除いていこう

WIZ   :    こっそりと行き先を示してあげよう

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 立ち上がろうとしたアタシの手を、緑色の瞳の女の子の手が握ってくれた。
 オレンジ色の瞳の女の人が、大丈夫だよと言って、アタシの身体を支えてくれた。
 二人にお礼を言って、アタシは立ち上がる。
 自分の扉の場所はわかるかと、金色の瞳の女の子が、アタシに聞いた。
 アタシはこくりと頷いて、扉の方向を指差す。
 それなら扉まで一緒に行きましょうと。金色の瞳の女の子に抱きついた、真っ白な女の子がふわりと笑った。
 その笑みと言葉につられるように、アタシは頷く。
 そんなアタシの前を、狐の男の人と、黒猫の男の人が歩いていく。
 二人の尻尾は、アタシを気遣うようにゆらゆらと揺れていて。
 その尻尾を見つめながら、アタシは思った。
 自分の扉へ行くことには、不安はあったけれど、皆がいてくれるなら、大丈夫かもしれないと。
 アタシは皆に守られながら、足を踏み出した。
 まだほんの少しだけ足が震えていたけれど、歩けないわけじゃない。

 歩きながら、アタシは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。

 アタシのこと。
 元の世界では、中学という学校に通っていること。

 家族のこと。
 母親とは、仲が悪かったこと。
 けれど、新しい家族ができてから、少しずつ良くなっていること。
 義理の父親と、義理の兄のこと。
 義理の父親はなんだか頼りないように見えるけれど、優しいこと。
 義理の兄は、私と同じ年であること。
 アタシのことをいつも気にかけてくれること。……守ってくれていた、こと。
 弟と妹のこと。
 生まれたばかりで、母親だけじゃ手が足りなくて、アタシも手伝っていること。
 とてもかわいいこと。

 この世界に来る、前のこと。
 あの日のこと。
 あの日は、私の誕生日だったこと。
 帰ったらお祝いをしてくれるという、話があったこと。
 兄が、迎えに来てくれると言っていたけれど、いくら待っても来なかったこと。
 どうしても早く帰りたかったから、いつもとは違う道から一人で家に帰ることにしたこと。

 言葉を紡ぎながら、元の世界の家族のことを考える。
 仲が悪かったこともあったけれど、ケンカをしていたりもしたけれど。
 でも、好きだったんだな、と思った。

 同時に湧き上がってきたのは、いくつもの後悔。

 あの時、ちゃんと待っていれば。
 あの時、あの道を通らなければ。
 あの時――。

 そうしたら、あんなことにはならなかったのに。

「……やっぱり、アタシが悪かったんだと思います」

 そんな言葉がぽつりとこぼれたのと同時。
 アタシの目の前に、入口が現れた。
 それは、アーチ型にくり抜かれた、大きな大きな入口で。
 その入口の向こう側には、何も見えない、暗闇だけが広がっていて。
 
 アタシは足を止めて、ゴクリと喉を鳴らした。
 そうして、一緒に歩いてくれた人たちへ向けて言った。

「……この先、です」

 この大きな入口の中を通り抜けた先に、アタシの扉はあるのだと。
鈴木・志乃
悪いことなんて、何にもないと思うけどね
アド連歓迎


私だって一緒に帰ろうって約束した相手が来なかったら、一人で勝手に帰っちゃうかも。何か用事が出来たのかなって思うし、自分だって用事……誕生日だったんでしょ? 帰ろうって思うよ。
(まぁ今は携帯とかですぐ連絡取れるけどね)

普段と違う道だって通ることあるよ。それが近道なら尚更さ、急いでるんだもの。
ていうかね、ハッキリ言っとく!
悪いのは貴方をこんな風にしたやつだから!
貴方が悪いなんてことは1ミリも無い! 断言する!

もーね、絶対皆心配してるよ、早く帰ろう
多分お兄さんとかご両親もね、アリスに悪かった悪いことしたって思ってるよ?
だから早く帰って、いっぱい泣こう


琴平・琴子
お手をどうぞアカリさん
エスコートは王子様の嗜みですから

道が暗いですね
光を蓄えた様々な色の宝石をランプに詰め込んで灯しましょう
貴女の道筋と共に

光というのは、色んな色が集まれば集まる程白くなるんです
ランプだって、色んな色が集まっているのに明るいでしょう?
貴女にも悲しかったこと、辛かったこと沢山あったと思います
ですがそれ以上に優しい、嬉しい、暖かい気持ちだってあったでしょう
貴女の事を大切に思っている人達がいることを
それを忘れないで
貴女は決して悪くない
自分で自分を貶すなんて悲しい事をしないで

どんな原石でも傷ついて磨かれば宝石にはなりますが
貴女という原石が傷ついて割れる必要はないんです




「だーいじょうぶだよ!」
 緊張した面持ちで入口を見つめたままのアリス――アカリの前に回り込み、その顔を見つめて、鈴木・志乃(ブラック・f12101)は、にっこりと微笑んだ。
「ほら、これ飲んで。 緊張ほぐすにはうってつけだよ」
「……あ……、と、」
 そう言って志乃は、ほい、とアカリの前に何かを放った。反射的に手を出して受け取ったものを、アカリは思わず見つめる。
「あ、ありがとうございます……えと、飲み物、ですか?」
 手の平に収まる大きさのそれは、アカリも元の世界で見たことがあった。ストローが付いた紙パック飲料だ。
「うん、そう。飲んでみて!」
 にこにこする志乃に促されるまま、アカリは付属していたストローをパックに入れ、一口。
「……あの、志乃さん……なんかよくわからない味がします」
「そう? 豆乳青汁、結構イケると思うんだけどなぁ」
「?!」
 目を白黒させるアカリをにこにこと面白そうに見れば、志乃もまた、自分用の豆乳青汁を取り出し、ストローを口に加えた。
 口の中に広がる、調整豆乳特有のまろやかな甘さと青汁のハーモニー。
 それが志乃のお気に入りだったりするのだが。この辺は、好みの問題か。
「琴子さんも飲んでみる?」
「え?!」
 唐突に振られれば、琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)は、どきりと肩を跳ねさせる。
 普段は冷静沈着な琴子であっても、こんなノリの振りには慣れていなかったようで、びっくりしたように緑色の瞳を見開いた。
「いえ……私は、お気持ちだけで」
 興味は……いや、ない。なので、にっこり笑顔で丁重にお断りの姿勢を示す。もしかしたらおいしいのかもしれないが、アカリの表情を見ているととてもそんな気になれなかった。
「そっか、残念。 ここでうまーく広められたらいいかなって思ったんだけど」
 琴子の返事にちょっぴり残念そうに、おどけた様子で肩をすくめて見せてから、志乃は改めてアカリの方を見やった。
「でも、これで少し緊張ほぐれたでしょ? 表情が少し柔らかくなったかな」
 飲み終わった紙パックはきちんと回収、とばかりにアカリの前へ手を差し出しながら、志乃は微笑んで見せる。
「悪いことなんて、何にもないと思うけどね」
 志乃は言った。アカリさんは悪いことって言うけど、そんなことはないと。
 その言葉は、先ほどまでのおどけた様子とは打って変わって、アカリに寄り添うように優しく響いた。
「私だって一緒に帰ろうって約束した相手が来なかったら、一人で勝手に帰っちゃうかも。 何か用事が出来たのかなって思うし、自分だって用事……誕生日だったんでしょ?  帰ろうって思うよ」
 アカリの元の世界が現代日本だと仮定するなら。今時の子であれば、何かあれば携帯電話やスマートフォンですぐに連絡を取り合うことの方が多いとも思うけれどと、話しながら志乃は思う。
 けれど、それを問うことはもちろんしない。
 それこそ言ったところでどうしようもないことだし、アカリがそんな話を出さなかったのは、何かしらの理由があったのだろうと考えたからだ。
 例えば、端末を忘れてしまった、連絡をしたけれど相手が取らなかった、など。
 今時であればそうそうないとは思うが、そもそも親がそういう端末を持たせていないというケースもあるかもしれない。
「普段と違う道だって通ることあるよ。 それが近道なら尚更さ、急いでるんだもの」
 志乃は言葉を重ねていく。
 いつもと違うズレが生じることなんて、本当はよくあることだ。
 それらは、往々にして些細なものだ。けれど、何かが起こってしまった時にだけやたら引き合いに出される。
 もちろん、事と内容によっては、そのズレを指摘する必要はあるのだろう。
 けれど、今回のアカリのことに関しては別だ。
「ていうかね、ハッキリ言っとく!」
 びしぃ、と。アカリに指を突きつければ、アカリはびっくりした様子で志乃を見つめた。
 そんなアカリを真剣な表情で見つめ返しながら、志乃はきっぱりと言い切った。
「貴方が悪いなんてことは1ミリも無い!  断言する!」
 それから再び柔らかく笑み、志乃は突きつけた指でアカリのおでこをつんとつつく。
「……さっきオウガと戦ってた時に、貴方に向けて皆が言ってた言葉、忘れたの?」
「……でも……」
「でもじゃないの、豆乳青汁、もう一個飲みたい?」
「………ごめんなさい、おかわりはいいです……」
 悪くない、という言葉によるものか、はたまた豆乳青汁のインパクトを思い出したか。
 涙目でふるふると首を横に振るアカリに、志乃はオレンジ色の瞳を細め、優しく微笑んで見せる。
「もーね、絶対皆心配してるよ、早く帰ろう」
 確かに、この入口から見てたら、すごく真っ暗で怖いよね、と言いながら。志乃はアーチ型の入口をくぐって、一歩ずつ暗闇の中へ歩を進める。
「多分お兄さんとかご両親もね、アカリさんに悪かった悪いことしたって思ってるよ?」
 万一敵に出会った時のためにと、右手に光の鎖を構えながら、アカリの方を振り返った志乃は、そう言葉を紡ぐ。
「だから早く帰って、いっぱい泣こう?」
「……うん、」
 こくりと。小さく頷くアカリを励ますように、志乃は微笑む。
 大丈夫。苦しいことはあるけれど、アカリの大切な家族は、きっと受け止めてくれる。
 信じてるし、そう、願ってる。だから。
「……その願い、きっと守ってね」
 願いとともに、ユーベルコード【祈願成就の神子(ナナシノミコ)】をそっと発動させながら、志乃はアカリを先導すべく、前へ進んでいく。


 先を歩いていく志乃を追いかけようとしながらも、最初の一歩が踏み出せずにいるアカリ。
 そんなアカリの前に出た琴子は、そっと手を差し伸べた。
「お手をどうぞアカリさん」
「……え、いいの?」
「もちろんです。 エスコートは王子様の嗜みですから」
 清く正しく凛々しく。
 琴子の中には、いつも琴子を助けてくれた王子様がいる。
 あの人が琴子を光の世界へ導いてくれたように、今度は琴子が、アカリを導くのだ。
「……ありがとう。 えっと、それじゃあ、琴子さん……えと、王子様。 おねがい、します」
 そつのない振る舞いとともに、柔らかな笑み見せる琴子に、アカリははにかんだように笑みを返して、自分の手を琴子の手の平にのせた。
 そんなアカリに、琴子は優しく微笑みを返す。
「道が暗いですね……では、これを」
 そうして、アカリをエスコートする手とは逆の手に持ったランプを、琴子は前へ掲げた。
 すると。赤、緑、青に黄色にシアン、マゼンタに白と。様々な色の光が、琴子とアカリの前に現れる。
「……わぁ……」
「光を蓄えた様々な色の宝石をランプに詰め込んだものです」
 見えますか、と琴子は掲げたランプの中に入った宝石を、アカリへ指し示して見せる。
 ルビー、ペリドット、サファイア。トパーズにアクアマリン、アメジストにクリスタル。ぱっと見で分かるだけでも、色とりどりの宝石が見えて。
「……この光のランプで、この暗闇を、貴女の道筋とともに灯しましょう」
 そう言って、ゆっくりと歩みを進める琴子に手を引かれ、アカリもまた、ゆっくりと歩き出す。
「きれい……色がたくさんなのに、重なっても黒くならないんだね?」
 歩みを進めながら、色とりどりの光の交差を見つめて不思議そうにするアカリに、琴子はそうですね、と頷いて見せる。
「光というのは、色んな色が集まれば集まる程白くなるんです。 ランプだって、色んな色が集まっているのに明るいでしょう?」
「うん、明るい……すごいね、琴子さん、物知り」
「そんなことは」
「ううん、すごいよ。 ……アタシ、あんまり勉強できないから、知らなかった」
 ほんの少しだけ、アカリの声のトーンが沈むのを感じて、琴子は傍らを見やる。
 光に照らされるアカリの表情からは、感情の色は読めなかったけれど。もしかしたら、アカリは、自分が勉強できないことに、劣等感を抱いているのかもしれなかった。
「……でも、サ……アタシと同じ年の兄はね、すごく頭がいいの。 琴子さんみたいに、こんな風にアタシに、教えてくれるの」
「そうなんですね。 ……アカリさんは、お兄さんのこと、好きなんですか?」
「……、」 
 琴子の何気ない問いに、アカリは少しだけ沈黙して、小さく頷いた。
 そんなアカリに、琴子は想像を巡らせてから、いたずらっぽく微笑む。
「……それは、アカリさんの王子様としては、少し妬けますね」
「え……?! ……そ、そういうのじゃなくて、か、家族として……だよ?」
「ふふ、では、そういうことにしておきましょう」
 会話のやりとりからは、もはやどちらが歳上なのか。アカリの慌てぶりに、琴子はくすくすと小さく笑った。それでも、琴子の歩みが乱れることはない。アカリを気遣いながら、歩む速度を合わせる様子は、紛れもない王子様そのもので。
「貴女にも悲しかったこと、辛かったこと沢山あったと思います」
 最たるものは、グリモア猟兵による、あの話だろう。
 けれど、それ以外にも、アカリには悲しいことや辛かったことはあったのだろう。
 そのことが、ちらほらとこぼれるアカリの話から、なんとなく想像できた。
 そんな想像を巡らせながら、それでも足を止めることはなく、琴子は言葉を重ねていく。
「ですがそれ以上に優しい、嬉しい、暖かい気持ちだってあったでしょう」
 色とりどりの光を灯しながら進む暗闇の中は、怖くて恐ろしいだけの場所じゃない。
 それは、琴子自身も、両親に守ってもらいながら、改めて感じたことだ。
「貴女の事を大切に思っている人達がいることを、それを忘れないで」
 アカリから聞いた、アカリの家族たちへ、琴子は想像を巡らせる。
 きっと、彼らは、アカリが想うのと同じくらい、アカリのことを大切に想っている。
 だから。
「貴女は決して悪くない。 自分で自分を貶すなんて悲しい事をしないで」
 私も、何度でも言います。私を大切に想い、守ってくれた人たちと同じように。
 足元も見えない暗闇の迷宮の中に、琴子が照らす光が交差し、紡ぐ言葉が響く。
「どんな原石でも傷ついて磨かれば宝石にはなりますが、貴女という原石が傷ついて割れる必要はないんです」
 琴子の手を握るアカリの手に、ぎゅっと力が込められる。
「……ありがとう、王子様」
 琴子にだけ聞こえた、涙に濡れたアカリの声。
 それは、色とりどりの光の中に小さく溶けていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
狐なら巣立つ年頃。
でも人は20歳まで子供。
不思議に思ってたけど。

答えはこの子だ。
人間は、体よりも心の成熟に時間がかかるのか。

だとしたら、この子は本当に酷い目にあったんだ。
まだ心が子供なのに。

俺は男だし想像つかない。
でも、確かな事がある。

アカリさんは悪くない。

出来事に理由を探すのは人の習性だけど、酷い目にあった理由を、自分に求めたらダメだ。

だって、家に帰るのは、ごく普通の事だ。悪くない。

傷ついて、癒さなきゃいけないのに、逆に理不尽を自分に向けて傷つけて…貴女が可哀想だ。

理不尽や怒りや悲しみは扉を潜る前にここに置いていくんだ。

UC【妖狐の通し道】で、彼女が前を向いて強く歩き出せるように願いたい。




 真っ暗な世界の中を、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)は歩いていた。
 アーチ型の入口をくぐって歩く通路は真っ暗で、両脇に壁のようなものがある。アルダワの地下迷宮と似た感じがするから、おそらくはここも迷宮なのだろう。
(「確かに真っ暗だけど……でも、なんだか巣穴みたいだな」)
 妖狐である都月の感覚からすれば、暗闇に不自由を感じることはない。
 狐の頃に利用していた巣穴と同じくらいだと思えば、この暗さに、むしろ懐かしさを感じるくらいだ。
 そんなことを考えながら、前を歩くアカリの背を見つめて、都月は迷宮に入る前のことを思い返す。

『俺、アカリさんの後ろからついていく』
 そんな言葉が都月の口から出たのは、この迷宮の中へ一歩踏み出そうとするアカリの様子が、とても心もとなく見えたからだ。
 アカリの前を歩く仲間も、手を引いてくれる仲間も居る。
 それならば、都月はその後ろを歩いて、アカリを守ろうと思ったのだ。
『だから、後ろから音がしても、アカリさんは怖がらなくていい。 俺とチィが、アカリさんをちゃんと守るからな』
 そう言って自分の胸をどん、と叩いた都月と、
『チィ!』
 そんな都月の肩に乗り、都月と同じ仕草をする、都月の相棒である精霊「チィ」に、
『……ありがとう、都月さん、チィさん』
 アカリは思わずといったように小さく微笑んだ。
『二人とも息がピッタリなんですね』
 どうやら都月とチィがアカリに見せた仕草は、ぴくりと耳と尻尾を動かすところまで同じだったらしい。

(「アカリさん、さっきよりも、少しだけ落ち着いたのかな」)
 先ほどのやりとりを思い返しながら、都月はアカリのことを思った。
 アカリの笑みを見る限り。ここに着くまでにアカリが見せていた暗い表情は、仲間のおかげで幾分か明るくなったように、都月には思えた。
 もちろん、それはあくまでも幾分かだ。
 アカリを取り巻く現状が変わったわけではないし、現に今、アカリは文字通り先の見えない暗闇の中を歩いている。
 そして。暗闇を抜けても、その先には、元の世界という、「大変な目にあった」現実が待ち構えているのだ。
 ……アカリは、そんな元の世界という名の現実と、向き合い続けなくてはならない。
 そんなことを考えながら、都月はアカリの背中を見つめる。
 暗闇の中で見るアカリの背格好は、都月の知る、大人の先輩たちと同じくらいにも見える。
 けれど、どこか頼りなさそうな子供のような背中だった。
(「狐なら巣立つ年頃。 でも人は20歳まで子供。 不思議に思ってたけど……」)
 なぜ、人は狐と違って、生まれてから大人になるまでに20年もの時間を要するのだろう。
 身体は大人と同じなのに、どうして子供と言われるのだろう。
 それは、都月が狐ではなく、妖狐として生きるようになってから、疑問に感じていたこと。
 けれど、その疑問の答えが、ようやくわかった気がした。
(「答えはこの子だ」)
 この子――アカリ。大人の身体のはずなのに、子供のように頼りなく感じられる、目の前の少女。
(「人間は、体よりも心の成熟に時間がかかるのか」)
 話を聞いていて感じた、アカリの幼さ。
 同じ年頃の狐よりもずっとずっと子供の心。
(「だとしたら、この子は本当に酷い目にあったんだ。 ……まだ心が子供なのに」)
 想像ができた、アカリに起こった「酷いこと」。
 同じ年頃の狐なら、大人だから。それは、種を残すために、必要な行為であることを、お互いがちゃんと解っていて。
 それが……何も知らない子供に起こったとしたら?
 ずっと、不思議だった。
 でも、今ならわかる。
(「俺は男だし想像つかない」)
 それが、どれだけ苦しいことかは……都月がどんなに頑張っても、想像できないこと。
 わかろうとすることはできるけれど、本当の意味ではわかってあげられないこと。
(「でも、確かな事がある」)
 そう、都月がアカリに伝えられる、確かなこと。
 だから、都月は口を開いた。アカリに、声が届くように。
「アカリさん」
 都月の口から紡がれた音が、暗闇の中に響く。
「……都月さん?」
 アカリが足を止めて振り返った。仲間が手にしていた色とりどりの光が、都月の方へも向けられて。都月は少しだけ目を細める。
「……さっきアカリさんが言ってた話。 俺、ずっと考えてたんだ」
 仲間の猟兵も、同じようなことを言っていた気がする。
 でも、こういうのは、何度でも言った方がいい。
「アカリさんは悪くない」
 そんな言葉の数だけ。アカリの心が、少しでも楽になるなら。
 都月は言葉を続ける。
「出来事に理由を探すのは人の習性だけど、酷い目にあった理由を、自分に求めたらダメだ」
 人は、狐以上に色んなことを考える。
 何かが起こったら、原因を考え、探し、求め、納得しようとする。
 でも、その原因はだいたいが人の勝手な思い込みだ。
 今回だってそう。
「だって、家に帰るのは、ごく普通の事だ。 悪くない」
 帰りたいと思うことも、早く帰ろうと思うことも、そのために近道を使おうと思うことも。
 それらはごく普通のことだと、都月も思う。
 だから、アカリは悪くない。
 本当は、アカリだって頭ではわかっている。
 ……でも、アカリの心は、そう感じてはいないのだ。
 だから、起こったことの原因を自分に求め、責めてしまうのだろう。
「……俺は、貴女が可哀想だと思う」
「……可哀想?」
 少し驚いたように目を見開いたアカリへ向けて、都月はこくりと頷いた。
「……うん。 狐の世界では、傷ついてることに気が付かなかったら、死んでしまう。 だから、傷ついたら、そんな自分を認めて、癒やすことが必要なんだ」
 都月は、そっと歩を進め、アカリの前へ立った。
「傷ついて、癒さなきゃいけないのに、逆に理不尽を自分に向けて傷つけて……貴女が可哀想だ」
 そうして、アカリの顔を見つめた。
「自分で自分を傷つけていたら、その傷は酷くなる一方だ。 死んでしまうことだってあるんだ」
 それは、とても悲しいことだ。
 だから、アカリには、自分で自分を傷つけてほしくない。
「理不尽や怒りや悲しみは扉を潜る前にここに置いていくんだ」
「……置いていく……?」
 思わず言葉をつぶやき返しながら、アカリは顔を上げ、都月の顔を見つめた。
 それは、置いていっていいものなのだろうか、そう問いかけるように。
 その問いに答えるように、都月は頷いてみせる。
「うん。 俺とチィが持っていく。 だから、アカリさんは、自分を傷つけてしまうものは、全部ここに置いていくんだ」
 そう言って、都月はアカリの前へ手を出した。
 都月の肩に乗っていたチィもまた、都月の腕をつたい、都月の手の平までやってくる。
 そうして、自分の小さな前足を置きながら、アカリに向かって小さく鳴いてみせた。
「……うん」
 アカリは頷き。都月の手とチィの前足に重ねるようにして、自分の手をそっとのせた。
 同時に。都月はそっと【妖狐の通し道(ヨウコノトオシミチ)】を発動させる。
 それは、都月の妖気を代償にしてかける、あらゆる行動に成功するという、願いの力だ。
「都月さんの手、あたたかくなった……?」
「うん。 俺の妖気で、アカリさんの中の理不尽を払ったんだ。 だから、アカリさんは、もう自分を傷つけない」
 都月は、断言する。今のアカリに必要なのは、心の力だから。
『チィ!』
「チィも、アカリさんが前を向けるように願ったって言ってる。 だから、アカリさんは、前を向ける」
「……二人とも、ありがとう」
 アカリが泣きそうに頷けば。
『チィ……っ!』
 チィが、都月の手をつたい、アカリの肩へとのぼっていく。そうして、アカリを励ますようにその頬をぺろりと舐めた。
 そんなアカリとチィを見つめながら、都月は改めて願う。
 アカリが前を向いて強く歩き出せるようにと。

大成功 🔵​🔵​🔵​

神坂・露
レーちゃん(f14377)と。
あかりさんのか細い言葉に気が付いて。
その言葉でなんだか切なくなっちゃった。
だからぎゅと背中から優しく抱きしめるわ。
「違うわ」って囁いてぎゅぅーって抱きしめる。
だって誰だって先のことはわからないもの。
「だからね。だから…自分のことは責めないで♪」

…話を聞いていたらあるアリスさんと重なったわ…。
以前のお仕事で送り出したアリスの男の子のこと。
おねーさんを火事で失くして絶望した男の子のこと。
そのアリスさんも後悔して自分を責めてたっけ。
今はどーしてるかわからないけど。
多分しっかりと前を向いて生きてるはず。
この話をあかりさんにしても大丈夫かしら。
何かのきっかけになるかしら。


シビラ・レーヴェンス
露(f19223)と。
…顔と首が痛い。あとで身体を解すか…。
私があかりの声に反応するより早く露が反応したか。
露との約束はまだいきている。私は見守っていよう。
代わりに周囲の警戒を怠らない。安全とは限らない。
撃退にも使える【陰炎】を明かり代わりに行使する。
それに今のあかりには闇は不安にさせる要素だろう。
足元もそうだが少しでも不安が薄れるように。

露の抱きしめる行動であかりが困っているようなら助ける。
やんわりと言って聞かせようと思う。やれやれだ。
「…私にするように、してやるな。あかりが戸惑ってる」
だが。あかりが困っていないようならそのままにしよう。
露の声と温もりが癒しになるかもしれないからな。




 暗闇の向こう側から、音が聞こえてきた。
 たったった、と誰かの走る音。それはアカリたちが歩いてきた方向から聞こえ、どんどん近づいてくる。
 アカリの近くにいた猟兵たちが一瞬構えたその時、
「アカリさん、見つけた〜♪」
 ハートマークいっぱいの可愛らしい声とともに、アカリに抱きつく白い影。
「わ、わ……?!」
「えへへ〜、途中、ちょっとはぐれちゃったけど、ようやく追いついたわv」
 突然のことにあわあわするアカリとは対象的に、神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)は、嬉しそうにぎゅぅぅぅ、と力を込めて、アカリを抱きしめる。
「……露。 その辺にしてやれ。 アカリが戸惑ってる」
 露を追いかけ、けれど自分のペースは保ったままゆっくりと歩いてきたシビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)が、やれやれといった様子で息を吐く。
「えぇ〜? 大丈夫よぉ、レーちゃん。 だって今回二度目だものv ね、アカリさん♪」
「……。 いや、確かにそうだが……」
 二度目、という露の言葉に、シビラは先ほどの……この迷宮に入る前の露とアカリのやりとりを回想する。

『……やっぱり、アタシが悪かったんだと思います』
 アカリの口からこぼれた、か細い言葉に、真っ先に反応したのは、露だった。
『違うわ』
 囁くような声が聞こえたかと思えば。
 シビラが気がついた時には、露は、アカリを背中から優しく抱きしめていた。
 突然であるにも関わらず、露の所作があまりにも自然だったからか、アカリも拒絶を見せることなく素直に抱きしめられていた。
 露の、一見過度にも見えるスキンシップは、シビラにとってはやれやれと思うこともあるけれど、不思議と相手に不快感を与えない。
 それは、きっと、露の出自に関係しているのだろう。
 ともすれば人の歴史よりも長く生き、人をはじめとした生き物たちと触れ合うことで対話を繰り返してきた、力あるブルームーンストーンのヤドリガミが、露だ。
 そんな露だからこそ、触れられることに相手が抵抗を感じないのだろうと、シビラは思う。
 だから、露の声と温もりは、アカリにとって、癒しになるかもしれないと。
『だって誰だって先のことはわからないもの』
 そんな囁きとともに、アカリをぎゅぅーっと抱きしめる露を、シビラは見守っていた。
『だからね。 だから……自分のことは責めないで♪』
『……露さん……ありがとう』
 アカリは、少し落ち着いた様子で、礼を言った。
 しかし……嫌がったり困ったりこそしていないようだが、少し苦しそうに見えないことも……、
『……あ、あの、でも、ちょっとだけ、くるしいかも、です……』
 やれやれとシビラは息を吐いた。
『……露。 私にするように、してやるな。 アカリが戸惑ってる』
『え〜?』

 回想を終えたシビラは、露にぎゅうぎゅうと抱きつかれているアカリを、改めて眺める。
 それにしても、見ているだけで顔と首が痛くなる気がする。
 いや、気がするのではなく実際痛い。
 これは、先ほどまでシビラも同じように露のスキンシップを受けていたからだったりするのだが……。
「……露……」
 後で身体をほぐそうとそっと決意しながらも、そろそろ止めた方がいいかと口を開こうとしたシビラに、
「……あ、シビラさん。 大丈夫です、今回は苦しくない、です」
 アカリはそう言って小さく笑った。
「……そうか」
 そんなアカリに、シビラも、ふ、と笑みを返す。
「困っていないようならそのままにしておく。 何かあれば露に直接言うといい」
「……ありがとうございます」
「うふふ、だーいじょうぶよ、レーちゃん♪ 任せてv」
 礼を言うアカリと、相変わらずの調子でウィンクをする露に、シビラは頷いて。
「それならば、私は周囲の警戒に動こうか。 別ルートも含め、ここまでの道には何もなかったが、安全とは限らないからな」
 そう言って、シビラは改めて、暗闇を眺めやった。
「……明かりも足りないか。 もう少し足元にあった方が良いかもしれないな」
 今のアカリにとっては、この闇そのものが不安要素だろう。
 足元もそうだが、少しでも不安が薄れるようにしてやりたい。
「Flacăra deliberată……」
 思い立ったシビラは、自らの両手を胸の前で合わせ、詠唱を紡ぎ始めた。
 暗闇の中に響くシビラの声に応えるように生まれたのは、炎。
 それは詠唱が進むほどに数を増やし、シビラを中心に囲むようにずらりと並び、ゆらゆらと揺れている。
「紫色の炎……です?」
「ああ。 【陰炎(インフラマラエ)】……私の魔力を帯びた炎だ。 明かりとしても有効だが、何かが襲ってきた時の撃退にも使える」
 説明とともにシビラが指を動かせば、暗闇の中で並び揺れる、紫色の炎たちが動いた。
 それらは、アカリが進む道を、足元を照らしていく。
「……わ……」
 一気に明るくなった前方を見つめるアカリに、シビラはわずかに口の端を上げて。
「……迷宮はまだあるようだが、もう少しだ。 疲れはあるだろうが、先へ進もうか」


 アカリを抱擁から解放した露は、リード役を仲間と交代し、アカリの手を取り、つなぐ。
 そうして、シビラの用意した、紫色の炎の明かりが照らす道をゆっくりと歩いていく。
「うふふ、レーちゃんはね、私の自慢の親友なのよ♪」
 物の言い方が少し冷たく聞こえることもあるかもしれないけれど、とても優しいと、露は笑った。
「……露さんは、シビラさんのこと、大好きなんですね」
「もちろん〜♪ もう、ぎゅーって抱きしめて頬ずりしたいくらいv アカリさんにも、そういう人、いるでしょう?」
「えと……あ、弟と妹、かな? 小さくてぷにぷにで可愛いんです」
 露の問いに、アカリはこくりと頷く。それから、少し複雑そうな表情になった。
「……元の世界に帰ったら。 アタシは、あの子たちに触れてもいいのかな」
 ぽつりとこぼれた言葉に、露はアカリを見つめた。
 次に紡がれる言葉は、なんとなく想像できたから、露はアカリとつないでいた手を引っ張って、アカリを自分のところへ引き寄せ、抱きしめる。
「もちろんよv 触れてもいいの。だって、綺麗なんだから。 何度でも言うわ。あなたは悪くない」
 身長差なんて気にしない。露は、アカリの頭を自分の肩にのせた。そうして、アカリの背中を、子供をあやすかのように、露はぽんぽんと叩いてみせた。
「……うん。 わかってるの」
 露の肩に頭をのせたまま、アカリは頷いた。
「皆の言葉、ちゃんと、受け取ってるの。 ありがとうって、頑張ろうって、思うの。 なのに、同じところをぐるぐる回っちゃう。 ……そんなんじゃダメなのに」
「……そう」
 露やシビラや、仲間の猟兵たちの言葉は、ちゃんと届いている。
 アカリは、元の世界に戻ることをちゃんと考え始めている。
 だからこそ、様々なことを考えるのだ。
 自分を責めることなく頑張ろうと思うし、前を向こうと思う気持ちもある。
 けれど、その反面で弱い自分が頭をもたげてしまう。
 後悔してしまう、自分を責めてしまう、傷つけてしまう弱い自分が。
 そんなアカリの言葉を聞いて、露は言った。
「……そうね。 そういうこともあるわよね」
 アカリの言葉に、露は頷き……そうして、ふと思い出す。
 以前、別の仕事で送り出した、あるアリスのことを。
「……あたしね、アカリさんみたいなアリスと、関わったことがあるのよ」
「アタシみたいな……アリス?」
 露の肩にのせた頭はそのままに、アカリは露の顔を見やる。
 そんなアカリに小さく笑って、露は頷いた。
「そう。 あなたのように、後悔して自分を責めてたアリスさん」
 その子は男の子で、自分の姉を火事で失くして絶望した子で。
 その子も後悔して自分を責めていた。
「……その男の子は……?」
 どうなったの?と言わんばかりに見つめたアカリに向けて、露は言った。
「自分の世界に帰ったわ。 おねーさんのいない世界で、生きていくことを選んだの。 ……今はどーしてるかわからないけど。 多分しっかりと前を向いて生きてるはず」
 そう言って微笑んだ露に、
「……そう、なんだ」
 アカリはどこかホッとしたように笑った。
 そんなアカリに、露は柔らかな笑みを向ける。
「だからね、アカリさんも、ちゃんと前を向けるわ」
 そう、断言する。
 起こったことはなかったことにはできない。
 前を向こうとして、でもうまく向けなくて、後悔したり、自分を責めたりすることもあるだろう。
 同じところをぐるぐると回って悩むことだって、きっとあるのだろう。
 それでも、露は断言する。
「だって、あなたには、ちゃんと助けてくれる人がいるでしょう?」
 アカリは言っていた。家族が好きだと。
 だから、露は思うのだ。
 アカリが好きな家族だから、きっとアカリの家族だって、アカリのことが好きに違いないと。
「あなたが泣いたら、きっと一緒に泣いてくれるわ。 あたしたちみたいに、あなたは悪くないって、何度でも言ってくれるわ」
「……そうかな……?」
「うん。 絶対そうよv それに、あたしも、レーちゃんも、応援してるんだから、絶対大丈夫♪」
 もう一度断言して、露はアカリをぎゅぅっと抱きしめる。
 だから、しっかりと前を向いて生きて欲しいと、想いを込めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

文月・ネコ吉
アルダワ製のランタンを手に先導を
アカリと仲間の話に耳を傾けつつ
障害物があれば取り除きながら進む

人との距離感ってのは難しい
近付き過ぎて壊してしまわないかと怖くなる
それでも過去を悔やむ気持ちはよく分かるから
こんな俺でも力になれたなら…

『あの時、自分が遅れなければ』
『自分達がもっとしっかりしていたら』
兄や父母もまたそうやって自分を責めているんじゃないか?
彼らの心を救えるのは
きっとアカリだけだろう
無事な姿で安心させてやれ

人生なんて後悔の連続だ
それは人もケットシーも変わらない
だが苦しくともその後悔にはきっと意味がある
過去は変えられなくとも
未来は変えられるのだから

扉の先の未来を決めるのは
アカリ、お前自身だ




 自ら先導役を買って出た文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)は、アカリと仲間の猟兵たちの少し前を歩いていた。
 聞こえてくる話に耳を傾け、目についた障害物を取り除きながら。ネコ吉は、暗闇の迷宮の先にあるものを見極めようと、持っていたランタンの光を前へとかざす。
(「ずいぶんと歩いたはずだが、出口らしきものは見えないんだな」)
 アルダワ製ランタンが放つ魔法の灯は、一般的なものよりも遠くの距離を照らしてくれていた。
 さらに、先ほど合流した仲間が作り出した炎の明かりの効果もあり、だいぶ歩きやすくなっている。
 けれど、明かりの届かない先では相変わらず重たい闇が広がっていて、終わりが見える様子はない。
 そんな果てのない闇を見つめながら、ネコ吉は小さく息をつく。
 経験上、闇に慣れているはずのネコ吉でさえ疲れてしまうのだ。今のアカリの疲労はそれ以上に違いない。
 さすがに休んだほうが良いだろうと判断し、ネコ吉は足を止め、後方を振り返る。
「……アカリ、疲れているだろう、少し休め」
「え、でも……アタシ、」
 まだ歩ける、と。そう言いたげなアカリの表情を読み取り、ネコ吉は言った。
「いや、だからこそ休むんだ。 ここで無理をすれば身が持たないからな」
 そう言って、賛否を問うように、ネコ吉は、その場に居る仲間を見渡す。
 各々が頷き、同意を示す。反対するものは誰も居なかった。
「決まりだな。 ……、」
 提案はして、賛成は得られたものの、ただ座らせるだけでは休ませることにはならないと気がつく。
 とりあえず座る場所でも勧めたほうがいいか。けれど、俺がアカリに触れるのはやはり良くないかもしれない……などと、考えが頭を過ぎってしまえばその手が止まる。
 そうこうしてる間に、仲間が気を利かせ、アカリを座らせていた。
 こういう時の人との距離感は難しいと、ネコ吉は思う。
 常であってもそうだが、特に今回は悩ましい。
「……ほら、これもやるから、休め」
 内心で色々考え、悩んではいるが、それはおくびにも出さずに。ネコ吉は、鞄から取り出した包みを、アカリに向けて放った。
「……あ、ありがとう……えと、……お菓子?」
 アカリが受け取った包みを開けば、そこには透明のセロファンに包まれた、饅頭とどらやきがあって。
「あ、ああ……あれだ、俺の相棒がたまたま俺の鞄に突っ込んでたんだ。 たまたまだからな! 決して俺が和菓子好きだからとかそういうのじゃないんだからな!」
 目をぱちくりとするアカリにそう言って、ネコ吉は照れたようにふい、とそっぽを向く。
「……ほら、これもやる。 そのままだと喉をつまらせる」
 そうして、アカリに向けて再度何かを放った。
 再び反射的に受け取って、アカリは手にしたものを見つめる。
「お茶……」
 それはペットボトルに入った緑茶だった。
「……って、これもたまたま鞄に入ってただけだからな!」
 言うまでもないが未開封だからな、と。やっぱりそっぽを向いたまま言葉を添えるネコ吉。
 けれど、耳はアカリの反応を気にしているようにピクピクとしていて。
「……ネコ吉さん、ありがとうございます」
 そんなネコ吉の様子に、アカリがほわりと笑顔になる。
「お言葉に甘えて、いただきますね」
 和菓子が好きなのだろうかと思いながら、饅頭とどら焼きを半分にして、一口ずつ食べる。
「おいしいです……あの、どちらもプリンが入ってるのですね?」
「……そ、それも俺じゃなくて相棒が勝手に選んでだな!」
 にゃぁぁ、と照れたような叫びが聞こえてきそうなほどに声がうわずったネコ吉に、アカリは思わずくすくすと笑う。
 そのささやかなやりとりは、ネコ吉の意図しないところで、アカリの疲れを少なからず癒やしてくれたようだった。


 しばしの休息を取った後。皆を先導すべく、ネコ吉は再びランタンを手に歩き出す。
 そうして、アカリたちが後ろから付いて来ていることを確認するようにちらと見やり、ネコ吉はアカリへ向けて声をかけた。
「アカリは、自分が悪かったと責めているようだが……、」
 人との距離感は難しいと、ネコ吉は思う。
 先ほどの触れ合う距離もだが、言葉だってそうだ。
 近付き過ぎて壊してしまわないかと怖くなる。
(「それでも過去を悔やむ気持ちはよく分かるから」)
 自分ができることなど、本当は何もないのだろう。
 それでも。
(「こんな俺でも力になれたなら……」)
 そう思うから、考える。懸命に言葉を探し、口にする。
「兄や父母もまたそうやって自分を責めているんじゃないか?」
 ランタンが作り出すオレンジ色の灯が、ネコ吉の前に広がる闇を照らしていく。
「『あの時、自分が遅れなければ』」
 アカリの兄は、きっとそう思っているだろう。
 あの時、アカリを待たすことなく迎えにいけたら、あんなことにはならなかったと。
「『自分達がもっとしっかりしていたら』」
 アカリの父母も、きっとそう思っているだろう。
 兄に任せるだけではなく、自分たちが迎えに行ってあげられたならと。
 あるいは、あの日だけではなく、普段から、もっと様々なことに気をつけてあげていたらと。
「……っ、」
 背後で、息を飲む音が聞こえて。
「……サイ……、兄は、多分、気にしてるかも」
 細い声で、つぶやきを漏らしたアカリに向けて、ネコ吉は目を細める。けれど、振り返ることはしないまま、言葉を重ねていく。
「彼らの心を救えるのは、きっとアカリだけだろうと、俺は思う」
「……アタシ、だけ?」
 背中ごしに聞こえてきた、アカリの掠れた声に、ネコ吉は頷いた。
「そう、お前だけだ。 だから、まずは無事な姿で安心させてやれ」
 アカリが無事に帰ること。
 それこそが、何より彼らの救いになる。
 だから、帰って、一緒に泣いてやれ。
 起こってしまった悲しみと悔しさと一緒に、それでも帰れた喜びを、彼らと分かち合え。
「人生なんて後悔の連続だ。 それは人もケットシーも変わらない」
 しみじみとそう言って、ネコ吉は前を向く。
 後方に合図をしながら、遭遇した幾度目かの曲がり角を曲がって、なおも続く暗闇を歩きながら、言葉を続けた。
「だが苦しくともその後悔にはきっと意味がある」
 それぞれに抱え、背負うものによって程度の差こそあるかもしれないが、後悔しない人生なんてどこにもない。
「……意味、あるのかな」
 少し不安げな色をにじませ、アカリがぽつりとつぶやけば、
「あるさ。 アカリが、それを信じ、考え続けさえすればな」
 ネコ吉は頷いてそう返す。
 後悔することから逃げてしまえば、また別の苦しみが、絶望が生まれていく。
 けれど、意味があると信じ、しっかりと向き合いさえすれば。新しい選択が、希望が生まれるのだ。
「……意味があると、信じて、考えろ。そして動け。 過去は変えられなくとも、未来は変えられるのだから」
 そんな風にアカリへ話をしながら、ランタンの灯を掲げて前を歩いていたネコ吉の足が、不意に止まった。
「……空気が変わったな。 それに……」
 鼻先とヒゲをわずかにひくつかせながら前方を見つめ。それから、青の瞳を瞬かせて。ネコ吉は、後方を振り返り、アカリの方を見やった。
「……アカリ、あれを見ろ」
 ランタンを持つのとは逆になる、かわいらしくも頼もしい黒色の猫の手が、遠くを指差すように掲げた先。
 目は凝らしているものの、うまく見ることができていない様子のアカリに、ネコ吉は口を開く。
「出口だ」
「え……っ?!」
「今居るところから、ずっとまっすぐ歩くことになる。 人の目には見えづらいかもしれないが……扉の方向は感じるだろう?」
「ホントだ……あの先にアタシの扉の気配、感じます」
 こくこくと頷くアカリ。
 ネコ吉は、そんなアカリを見つめて青の瞳を細め、
「それじゃあ、行こうか、この暗闇の出口と――アカリの扉のある場所へ」
 そう言って、くるりとアカリへ背を向ける。
 皆を先導し、暗闇の出口へ向けてゆっくりと歩き出しながら、ネコ吉は言った。
「扉の先の未来を決めるのは、アカリ、お前自身だ」
 だから、強く、前を向いて生きろと……祈りを込めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『こどくの国のアリス』

POW   :    【あなたの夢を教えて】
無敵の【対象が望む夢】を想像から創造し、戦闘に利用できる。強力だが、能力に疑念を感じると大幅に弱体化する。
SPD   :    【わたしが叶えてあげる】
【強力な幻覚作用のあるごちそう】を給仕している間、戦場にいる強力な幻覚作用のあるごちそうを楽しんでいない対象全ての行動速度を5分の1にする。
WIZ   :    【ねえ、どうして抗うの?】
自身が【不快や憤り】を感じると、レベル×1体の【バロックレギオン】が召喚される。バロックレギオンは不快や憤りを与えた対象を追跡し、攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 ぼんやりとした光が見えた。
 よくよく見れば、それはアーチ型になっていて、入口と同じ形をしているようだった。
 皆に声をかけてもらったり、手を引いてもらいながら、アタシはその光を目指して歩く。

 入口に入る前にアタシが感じていた、不安や怖さはなくなっていた。
 もちろん、完全になくなったわけではない。
 だから、出口へと向かう足は、やっぱり少し震えている。
 ちゃんと歩くことができているのは、皆が照らしてくれる光や、かけてくれる声や、つないでくれる手の温かさのおかげだ。
 一人で歩いていたら、もうとっくに、心は折れてしまっている。
 アタシのためにと、心を砕いてくれる皆がいるから、今アタシはこうしていられるのだ。

 皆は、言ってくれた。
 家族は、アタシを待ってくれていると。

 本当にそうなのかは、わからない。
 でも、アタシは、皆が言ってくれた言葉を信じたいと思う。
 家族は、アタシを待っていてくれていると、信じたいと思う。

 そうして、アタシは皆と出口を抜けた。
 視界は夜のような暗さに包まれていたけれど、さっきまで歩いていた迷宮の、足元が見えないような暗闇ではなかった。

 ――ここに「アタシの扉」がある。

 アタシはぐるりと見渡して――、見覚えのあるそれを見つけた。
 近づこうとした、その時。

『アリス、みつけたわ〜』

「……だ、誰?」

 皆の声とは違う、知らない声。
 そこには、金髪に青い瞳の、ドレス姿の女の人が立っていて。

『本当に、あなたの世界に幸せがあると思うの?』

 女の人はにっこりと微笑んだ。

『行けば、その夢は、幸せは、覚めてしまうかもしれないのに?』

 反論しようとして、アタシは口を開いたけれど……何も言えなかった。
 女の人の言うことは、本当のことではないけれど、嘘でもない。
 その言葉を跳ね除けられるだけの強い言葉を、アタシはすぐに思いつくことができなかった。

『ここにいましょう? わたしは、あなたにごちそうするわ。 そして、あなたが望む夢を叶えてあげるわ』

 女の人は、手にしていた皿の上の食べ物を、一口掬って、アタシに食べさせようと目の前に近づける。

『だから、帰るのはやめましょう? 一緒に、ここで幸せに暮らしましょう?』
シビラ・レーヴェンス
露(f19223)と。
あかりと女の間に私自身の身体で割って入る。
魔術で女の進行を遮ることも考えたがやめる。
あかりの身を確保してから魔術行使だ。
【氷結の矢】で弾幕を張り露の援護をする。
疑われるような要素はとらないに限る。
さて。
女のあかりの世界に幸せがあるのかの問だが。
「それは他人が決めることではないだろう?」
何が幸せなのかはあかり自身が決めることだ。
そしてその幸せは自身で探し発見するものだ。
幸せは覚めてしまう?それがどうした。
しっかり手を取り包んでくれる者達がいるはずだ。

あかりから反論がないからと君の意見が正しいとは思えん。
強い人ばかりでない?確かにそうだが隣で見まふこぁ!
…首痛い。露。首痛い。


神坂・露
レーちゃん(f14377)と。
不機嫌なレーちゃんって久々な気がするわ。
強い口調で口数が多いのも久しぶりね。
でもでもレーちゃんの発言ってキツイから。
口を塞いだわ。勢いでぐぎって音したけど。
塞ぐ時ちょっと強く引き過ぎちゃったかしら。
あとで謝らないと。あはは…。

それより今はあかりさんのことよ。うん。
折角前向きになってくれたのに酷いわ!酷い。
レーちゃんの魔術に援護してもらいつつUCで。
無数の矢を掻い潜りながら【銀の舞】で斬るわ。
「これ以上あーちゃんのこと迷わせないで!!」
クレスケンスルーナとダガーでざくざくっと!
貴女の作る夢とか幸せなんかじゃ誘われないわ。
そんな薄い幻覚なんて簡単に抵抗できるもの!




 オウガが、アカリに自分の「ごちそう」を食べさせようと、手にしたスプーンの一口をアカリの前へと近づけた、その時。
「――それは他人が決めることではないだろう?」
 不意に飛び込んできた影の脚が、オウガの持つスプーンを勢いよく蹴り飛ばした。
『……なっ?!』
 一瞬生まれた、オウガの隙。そこを狙って、影――シビラ・レーヴェンス(ちんちくりんダンピール・f14377)は、オウガとアカリの間に割って入った。同時に、繰り出した飛び蹴りの体勢から身体をひねり、両手を広げ、アカリを背中にかばう。
「アカリ、大事ないか?」
「……あ、ありがと、シビラさん……」
 背中越しに聞こえたアカリの声に、シビラは内心で安堵の息を吐く。アカリの身は確保できた。ならば、ここからは。
 シビラは金の瞳でオウガを捕らえる。
 先ほどのアカリへの問に、私が答えてやる、と言わんばかりににらみつけ、シビラは言った。
「改めて言おう、それは他人が決めることではないだろう?」
『どうして? だって、アリスは、あの世界ですでに踏みにじられてるじゃない。 きっと、これからも踏みにじられ続けるわ。 だって、アリスは――』
「――それがどうした」
 オウガの言葉を途中でさえぎり、切り捨てる。
「何が幸せなのかはアカリ自身が決めることだ。 そしてその幸せは自身で探し発見するものだ」
 まさに今、アカリは、自分でその答えを探そうとし始めている。
 一時は絶望に打ちひしがれただろう。
 だが、今はその絶望の先にある幸せを、自ら探そうとしているのだ。
「幸せは覚めてしまう?それがどうした。 しっかり手を取り包んでくれる者達がいるはずだ」
 シビラと露、そして仲間の猟兵たちのように。
 アカリの世界にもアカリの手をとり、支えてくれる者たちがきっといる。
 それは、アカリと言葉と心を交わす中で、シビラが確信していることだ。
「アカリから反論がないからと君の意見が正しいとは思えん」
 その証拠に。ちらりと見やったアカリの表情に、最初の絶望の色はない。
 言葉こそ発せられなかったけれど、その瞳には、言葉よりも強い、希望の光が宿っている。
『……け、けれどっ。 あなたたちみたいに心の強い者ばかりではないでしょう? アリスだって――、』
「強い人ばかりでない? なるほどな、それは君の体験からか。それとも他のアリスを堕とし続けた経験による見解からか」
 シビラはす、と目を細める。
 アカリに代わってさらに強い言葉を発しようと口を開く。
「確かにそうだが――、」
「――レーちゃん!」

 ぐぎぃ。

「隣で見まふこぁ!」

「『「あ……、」』」
 
 ――しん……。

「……つ、露さん、今、ものすごい音しましたよっ?!」
 一瞬の間の後。は、と我に返ったアカリは、神坂・露(親友まっしぐら仔犬娘・f19223)を見やった。
 露は、シビラの口をふさごうと背中から抱きついたものの、勢い余ってシビラの首にぷらーんとぶら下がる状態になっちゃっていた。
「わ、わぁぁ、し、シビラさん、だ、大丈夫です?!」
 今まですっごいシリアスだった雰囲気はどこへやら。
「……首痛い。露。首痛い」
 オウガをにらみつけた状態はそのままに、けれどものすごい涙目で露に離せと訴えるシビラと、そして、
「あ……あははっ。 ご、ごめんね、つい♪」
 てへ、で終わらせてしまいそうな笑顔で、ぷらーんとぶら下がったままの露。
 そんな露とシビラとを交互に見やって、ものすごく慌てふためくアカリ。
「露さん、ほら、てへ、じゃなくて。シビラさん離してあげてくださいー……あ、あああの、オウガさんすみません、シリアスぶった切っちゃってますけど、ちょっと待っててもらっていいですか?」
『……え、あ、うん、さすがにちょっとこれは仕方ないわよねぇ』
 慌てふためきながら仕切り直しを提案するアカリに、戸惑いながらも同意を示しちゃったりするオウガさん。
「あーちゃんてば、いつの間にそんな成長して……!」
 そんなアカリにおねーさん泣いちゃう、と言わんばかりにキュンキュンする露から解放されたシビラは、
(「誰のせいでこんな空気になったと思っているんだ……」)
 盛大なため息をついたのだった。


 閑話休題。

 気を取り直して空気をシリアスに引き戻すべく、シビラは口を開いた。
「アカリ、私と露でこの場は引き受ける。 君はこの隙に、扉へと走れ」
 オウガへ向けた視線はそのままに、シビラはアカリへと言葉を紡ぐ。
「……え……、でも……」
 戸惑いを見せたアカリに、露もまた言葉を重ねた。
「そうよ、あーちゃん。 オウガの相手はあたしたちの役目。 あーちゃんがやるべきことは、一つよ」
 そう言って、露はアカリをぎゅっと抱きしめた。
「あたしもレーちゃんも、あーちゃんのこと、信じてる」
 あのオウガの言うように。アカリの元の世界は、決して優しいものではないのだろう。
 けれど。優しい世界ではなくとも、幸せは見つけることができる。
 幸せは、自分で探し、発見するものだから。
 だから、露は言う。
「あーちゃんには、ちゃんと幸せになる力があるわ」
 アカリには、自身で幸せを見つける力も、一緒に探してくれる人たちもいる。
「だから、前を向いて、あーちゃんらしく、生きて!」
 再び強く抱きしめてから。露は、アカリを放し、その背中を押した。
「さぁ、行ってらっしゃい、あーちゃん!」
「アカリ、気をつけてな」
「……うん……! 露さん、シビラさん、ありがとう!」


 駆け出したアカリの背中を見送り、露は、両手でぱふっと自分の頬を叩いた。
「さあ、あたしたちも頑張るわよ!」
 改めて気合いを入れ直す。
 ちなみにさっきは、オウガの言動に一気に不機嫌になった親友レーちゃんの発言のキツさをフォローしようとして逆に色々フォローされちゃったんだけど。
 でも、いちいち気にしてても仕方ないよね☆
 だいじょーぶ、レーちゃんには後でちゃんと謝るし!
「今はあーちゃんこと、アカリさんのことよ!」
 うん、そう、本題はそこ!
 あたしも言いたいことがあるわ!と。
 露は、自らの指をびしぃ、とオウガへ突きつける。
「折角前向きになってくれたのに、水を差すようなことを言って酷いわ!」
「……どっちが酷いんだろうな……」
 ぼそっと漏らしたシビラのつぶやきは、聞かなかったことにして。
「ほんっと酷い!」
 ぷんぷんと頬を膨らませながら、露はシビラの前に立ち、オウガと相対する。
『……前向きとあなたは言うけれど……、常に前向きでいられるほど、強い人なんていないのよ……?』
 対するオウガは、自分のペースを取り戻したようだった。
 逃してしまったアリスは、目の前の二人を排除して追いかければ間に合うと判断したのか、余裕ありげににっこりと微笑む。
 そうして、空いた手に銀のフォークを喚び出し、皿の上のごちそうを切って突き刺した。
『だから、私はごちそうしてあげるのよ。 アリスが望む幸せを。 そしてもちろん、あなたにも』
 ほーら、召し上がれ。
 ごちそうを刺したフォークを差し出すオウガ。
「そんなのいらないわ!」
 すかさず、ぱしっ!と。露はフォークを払いのける。
 途端。ずしりと身体が重くなる感覚が、露へと襲いかかった。
 う、と小さく声を上げた露に、オウガはにこりと目を細めて。
『私の給仕を楽しめないというのかしら。 そんなことはないわよね? あなただって、幸せになりたいと思っているでしょう? なら、ごちそう、楽しんでくれるわよね?』
「そんな、の……っ、いらないっ……って、いってるでしょ……!」
 動きが鈍る感覚にうなりながら、露は自らの着ていた服に手をかけ、するりと脱ぎ捨て始めた。
 そうして下着姿になった露の、小柄ながらも美しい、真っ白な肢体が顕になる。
 見る人が見ればどきりとしてしまう光景ではあったが、露本人は一切気にしていない様子で、服を脱ぐ過程で地面に落した自身の武器を、ゆっくりとした動作で拾い上げる。
「……ふぅ、それじゃあ、ここからが本番よぉ? 」
 クレスケンスルーナとダガーを両手に構え、胸の前で交差させたかと思えば、露は、跳ねるように地を蹴った。
「銀色の風……【銀の舞(トリウィア・ロンド)】!」
 そうして、詠唱の掛け声とともに、一気に動き出す。
 その動きは、さながら一陣の風のようだった。
 目にも止まらぬ速さでオウガへと襲いかかり、皿を持つオウガの腕ごと斬り裂く!
『……な?!』
 舞う血飛沫に、思わずといった様子で片膝をつき、傷口を押さえるオウガに、露はにーっこりとほほえんで見せる。
「うふふv 速度低下には速さを追加すればいいのよねぇ♪ 油断大敵よぉ、オウガさん♪」
『う、ううう、わたしのごちそうが……ああ、わたしの腕も……っ!』
 斬り裂かれた腕の痛みと、不快感に苦しげに顔を歪めるオウガは、露をきっとにらみつける。
『酷い、酷いわ……。 あなたを幸せにしようとしただけなのに……どうして抗うの?』
 憎しみに満ちた声とともに、オウガの周囲に召喚されたのは、何体ものバロックレギオンたち。
『許さない……わたしのごちそうを抗う、あなたをゆるさない……!』
 オウガの叫びとともに、バロックレギオンたちが、露へ向かって一斉に襲いかかる!
 見切るタイミングを失い、露が思わず目をつむった、その時。
「Posibilitatea de a îngheța blocanții……!」
 露の背後から無数の氷の矢が放たれた。
 それらは、まさに露の目の前へと迫ったバロックレギオンたちを次々と撃墜していく!
「間一髪だったな、露」
 やれやれと息を吐いたシビラの声に、露の顔から緊張が解けた。
「さすが、レ―ちゃん! 愛してるv」
 抱きつきそうな勢いで声を投げた露に、気を抜くなと言わんばかりの視線を返して、シビラはウィザードロッドを構え直す。
「……そういうのはいい。 さぁ、次だ。 いくぞ、露」
「そうね、りょうかいよ、レ―ちゃんv」
 露は改めてクレスケンスルーナとダガーを構え直せば、シビラにウィンクをひとつして。
 再びユーベルコードを発動させ、地を蹴った。
「あーちゃんの元へは行かせないわ!」
 シビラが再びユーベルコード【氷結の矢(グラキエス・アロー)】を詠唱し、氷の矢による弾幕を作り出す。
 露はその弾幕の中を、素早い動きでかいくぐりながら、オウガの懐めがけ飛び込んでいき。
「これ以上あーちゃんのこと迷わせないで!!」
 二つの剣を手にした露の艶やかな舞が、オウガの急所を一気に斬り裂いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

琴平・琴子
立食のお茶会でもないのに行儀が悪いこと
何が入ってるか分からない食べ物なんて食べたくないです
知らない人から食べ物を貰っちゃいけないんですよ?

不快を煽り此方へ向かわせスカートの中より兵隊たちを召喚
さあさ準備はよろしくて?

やって来るバロックレギオンは多くの兵隊が撃ち落とし
立ち上がれない様に切り込んで刻み
兵隊がやり損ねたものは己の剣にて切り込み

誑かそうとしたそちらが悪いのでしょう?
悪く思わないでください

アカリさんには帰りを待つ人も守ってくれる人だっている
だから元の世界に帰って欲しい

貴女が選ぶその道を私は尊重します
どうかお元気で

貴女が悪意に因って傷つけられる事がありませんように




 アカリが自分の扉へ向けて走り出したのを見たオウガは、その行く手を阻むべく、アカリを追いかける。
 最初は一人だった。
 それが、二人となり、三人となり、だんだんとその数が増えていく。
『あなたも、仲間になりましょう?』
『ごちそうはまだまだあるわ。 おいしくて幸せな、夢が叶うごちそうよ』
『食べたらきっと思うわよ。 「もう帰りたくなくなるおいしさ」ってね』
 アカリに向かって甘い言葉をささやきながら、追いかけてくるオウガたち。
 アカリはオウガたちを振り切ろうと懸命に走る。
 けれど、一人のオウガに行く手を阻まれれば、その足が止まってしまった。
 「ごちそう」を給仕しようと向けられた、目が笑っていないオウガのほほえみに、アカリは泣きそうな表情を浮かべ、じりと後ずさる。
「……いらない、アタシは、今度こそちゃんと帰るの!」
 アカリが後ずさりながら叫んだその時、

「一斉射撃準備良し!放て!」

 不意に響いた、朗々と響く声。
 同時に、いくつもの銃弾がオウガを襲った。
『――な?!』
 銃弾は、とっさに身を翻して自らを防御したオウガの顔や身体を傷つけ、さらにオウガが手にしていたごちそうの皿ごと弾き飛ばしていく。
「立食のお茶会でもないのに行儀が悪いこと。 それに、いらないと言っている人に無理やり食べさせようとするなんて、行儀が悪い以前の問題ですよ?」
 アカリが振り向いた視線の先には、強い意志の輝きを帯びた緑の瞳をオウガへと向ける、黒髪の少女――琴平・琴子(まえむきのあし・f27172)の姿があった。
 琴子の前には、琴子を守るように隊列を組み、敵へと銃口を向けたおもちゃの兵隊たちがいて。
「アカリさん、ご無事ですか?」
 琴子は身軽な動作でアカリへと駆け寄れば、気遣うように言葉をかける。
「うん、琴子さんのおかげ、ありがとう……!」
 礼を言うアカリの怪我のない様子に、安堵しながら琴子はアカリを見上げた。
「貴女の扉は、もうすぐなのですね?」
 アカリはこくりと頷く。
「アタシ、帰ろうって思う。 どうなるかはわからないし、怖いけど。 でも、頑張ってみようと思う」
「そうですか」
 帰るという選択がアカリの口から出たことに、ほっとしたように琴子は瞳を細めた。
 アカリに帰る道があることは、ほんの少しだけうらやましくもある。
 けれど、アカリに帰り道があるからこそ。しっかりとオウガの手から守り、送り届けたいと思う。
(「アカリさんには帰りを待つ人も守ってくれる人だっている。 だから元の世界に帰って欲しい」)
 アカリの家族はきっとアカリを助け、守ってくれる。
 琴子のことを助けてくれた王子様や、守ってくれた琴子の両親のように。
「……あのね、アタシ。 琴子さんみたいに、強くなりたいって、思うよ」
「私のように?」
 思わず瞬きをした琴子の、ペリドットグリーンの瞳を見つめながら、アカリは頷く。
「アタシの手を引いて、守ってくれたあなたみたいに。 アタシも、大切な人たちを守れるように、強くなろうって、思うの」
 琴子さんみたいな王子様にはなれないかもだけど……と、最後は少し恥ずかしそうに笑いながら、アカリは言った。
 アカリの表情は明るく、瞳には希望の光が宿っていた。
 最初に出会った時のような、絶望に打ちのめされて震えていたアカリはもういない。
 そんなアカリを瞳に映して、琴子はふわりとほほえんだ。 
「貴女が選ぶその道を私は尊重します。 ……どうかお元気で」
 アカリの手を取って、祈りを込めるように、両手で包み込む。
「貴女が悪意に因って傷つけられる事がありませんように」
 包み込んだアカリの手を琴子が解放すれば、アカリは、照れたように笑った。
「……ありがとう、琴子王子様」
「どういたしまして、アカリ姫。 ……さあ、進んでください、貴女の道を」
 琴子の優しい言葉とエスコートに促され。頷いたアカリは再び走り出す。


『……ああ、アリスが……! 追いかけなくては……!』
 走り出したアカリに気が付き、追いかけようとするオウガ。その行く手を阻もうと、琴子はオウガの前に立った。
「追いかけるなんてこと、させませんよ」
 スカートのポケットの中にある防犯ブザーを、スカートごしにそっと撫でる。
(「――どうか、目の前にある、悪意へ立ち向かう勇気を私に」)
 そうして、琴子はペリドットのレイピアを構え、まっすぐにオウガを見据えた。
『まぁ……それでは、あなたがアリスに代わって、わたしのごちそうを食べてくれるの?』
「まさか。 何が入ってるか分からない食べ物なんて食べたくないです」
 とんでもないとでも言うように、琴子は肩をすくめる。
 敵意とともににっこりとほほえんだ琴子へ、オウガは気分を害したように眉をひそめた。
『あなた……先ほどから言わせておけば……!』
「ええ、先ほども行儀の悪いことをなさってましたね? お茶会のマナー違反、一つひとつあげていった方がいいですか?」
 オウガの不快をあおる作戦はどうやら成功したようだった。
 目の前にいるオウガの意識が、完全に自分に注がれているのを、琴子は感じる。
『どうして、そんな酷いことを言ってわたしのごちそうに抗うの?』
 やがてオウガが召喚したバロックレギオンたちが向かってくるのを見れば、琴子は口の端を上げ、不敵にほほえんで見せた。
「ご存じないのですか? 知らない人から食べ物を貰っちゃいけないんですよ?」
 言葉とともに、琴子がスカートを翻せば、召喚されるは【兵隊の行進(ソルジャーズマーチ)】による、第二陣のおもちゃの兵隊たち。
「さあさ準備はよろしくて?」
 列を整え、銃剣を構えた兵隊たちを見渡し、琴子は再び指揮を取る。
 手にしたレイピアの剣先を天へと掲げれば、一斉発射の号令を高らかに叫んだ。
「さあさ、兵隊さん! 目の前の悪意、すべて倒してくださいませ!」
 兵隊たちの銃声とともに放たれる無数の銃弾により、次々に撃ち落とされていくバロックレギオンたち。
 さらに兵隊たちが手にした銃剣の剣先による追撃が襲いかかれば、バロックレギオンたちは切り込まれ、傷を刻まれていく。
『酷い……! わたしのバロックレギオンが……!』
 悲痛な叫びを上げたオウガへ向けて、琴子はペリドットのレイピアを構え、走り込む。
 たん、と地を蹴り、踊るような動作でオウガの間合いへ入り込んだ琴子は、オウガの急所めがけて、レイピアの一撃をお見舞いする!
「誑かそうとしたそちらが悪いのでしょう? 悪く思わないでください」

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
アリスに[オーラ防御]をかけたい。

アリスが折角前を向いて歩き出そうとしているのに、邪魔しないでくれないか。

アリスは家族が大事だし、聞いた限り家族も良い人達だ。

ただ家に、家族の元に帰る。
そんな当たり前の幸せを邪魔するなら、容赦しないぞ。

[野生の勘、第六感]で敵の動きに注意して、アカリさんを必要に応じて[かばう]事が出来る立ち位置で応戦したい。

UC【狐火】で敵を焼いてしまいたい。
火力は最大、一気に焼きたい。

敵の攻撃は[高速詠唱]を乗せた[属性攻撃、範囲攻撃]の[カウンター]で対処したい。

アカリさんは、もう大丈夫だ。
猟兵の皆がついてる。
向こうの世界でも、家族がついてる。
1人じゃない。
だから大丈夫だ。




 アカリは、ふと足を止めた。
 オウガと戦う猟兵たちに進むように促され、無我夢中で走ってきたものの、自分の扉の方向がわからなくなってしまったからだ。
「えっと……」
 少し落ち着こう。呼吸を整え自分に言い聞かせながら、アカリが辺りを見回したその時。
 不意に、ぽふりと、アカリの肩に何かが乗っかった。
「……わ?!」 
 アカリが、肩に乗った何かを確かめようと、そっと手をやる。
 ふわりとした、ぬいぐるみのような柔らかな感触が、指に触れたかと思えば、
『チィ!』
 聞き覚えのある、鳴き声が聞こえた。
 声の主は、アカリの頬をぺろりとなめる。
「え、チィさん?!」
 それは、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)の相棒、精霊「チィ」だった。
 月色の美しい毛並みの、かわいらしい小狐は、アカリに名前を呼ばれれば、嬉しそうにぱたぱたとしっぽを振った。
 そして、聞き覚えのある声は、もう一つ。
「うん、チィにアカリさんを追いかけてもらってた。 そして俺も追いついた」
 アカリが視線を向ければ、黒の狐耳をびこぴことさせながらアカリの方へと近づく都月の姿もあって。
「びっくりさせてしまったか?」
 だとしたらごめんな、と言いながら、都月は気遣うようにアカリを見やった。
 そんな都月に、アカリは、とんでもない、と言うように、ふるふると首を横に振って見せる。
「びっくりはしました、けど……それ以上に、安心しちゃいました」
「安心?」
「はい。だって、チィさんと、都月さんが来てくれました。 アタシ、一人じゃないんだなって思ったら、すごくほっとしたんです」
 そう言って、アカリは笑った。
「そうだな」
 都月もつられて、黒の瞳を細める。
 それから、自分が来た方向を振り返り、指差して見せた。
「……アカリさん、ほら、見えるか? あそことか、そことか」
 アカリは、都月が指し示す方向に目を凝らす。
「えと……、はい、ちょっと明るい光がちらちらしてます」
「あれは、猟兵の皆が、オウガと戦ってる光なんだ」
「……あ、もしかして、さっきの?」
 都月の言葉に、先に行くように促した猟兵たちの顔を思い浮かべながらアカリが問えば、都月はこくりと頷いて見せた。
「そうだ。 他の皆も戦ってる。 皆、アカリさんが家に帰れるようにって願ってる」
 今、アカリさんと一緒にいるのは、俺とチィだけど。
 ここにいなくても、皆ちゃんといて、戦いながら、アカリさんを守ってる。
「……アタシ。 一人じゃないんですね」
 ぽつりとこぼれたアカリの声。
 それは、ほんの少しだけ涙に濡れているように、都月には聞こえた。
 けれど、それはきっと悲しい涙じゃない。
 そう思ったから、都月はうん、と頷いた。
「そう。アカリさんは、一人じゃない。 俺もチィもいる。猟兵の皆がついてる。 ……それに」
「それに?」
「向こうの世界でも、家族がついてる」
 ここだけではない。
 アカリが帰ろうとしている元の世界でだって、アカリは、一人ではない。
 なぜなら、アカリは家族を大事に思っているから。
 家族だって、きっと同じくらい、アカリのことを大事に思ってくれている。
「だから大丈夫だ」
 そう、確信を持って言える。
 アカリを見つめて、都月は頷き、再度言葉を重ねる。
「アカリさんは、もう大丈夫だ」
『チィ!』
 都月の言葉に、チィの鳴き声まで重なれば、アカリはくすりと笑った。
「……うん、アタシ、頑張る」
 心が落ち着けば、扉の方向もちゃんとわかる。
 再び歩みを進めようと、扉のある方向へアカリが足を向けたその時。

『どうして頑張るのかしら。 頑張らなくても、わたしの「ごちそう」を食べれば幸せになれるのに?』

 オウガの声。
 それは、都月とアカリのすぐ近くから聞こえてきた。


「オウガ、こっちにも現れたか」
 都月はオウガをちらと見やれば、すぐにアカリに向けてオーラ防御を展開させた。
 そうして、アカリをかばうように前に出て、オウガを、きっとにらみつける。
「アカリさんが折角前を向いて歩き出そうとしているのに、邪魔しないでくれないか」
『邪魔だなんてとんでもない。 むしろアリスの邪魔をしているのはあなたの方ではないのですか?』
 わざとらしく驚いたような仕草で都月を見やるオウガに、都月は反論しようと口を開く。
 だがそれよりも早く反応したのは、アカリだった。
「違うよ……! 都月さんもチィさんも、他の皆も、アタシのために、アタシが帰れるようにって背中を押してくれてる。 邪魔なのは、あなたよ!」
 そんなアカリを見やり、都月は小さく口の端を上げた。
 オウガと対峙した当初、何も言い返せなかったアカリが、今はオウガに抗う意志を見せている。
 すでにアカリは前を向いて歩き始めているのだ。
『アリス、アリス、まぁ、かわいそうに。 あんな猟兵にそそのかされて』
「そそのかされてなんて――、」
「アカリさん、大丈夫だ。 オウガの言葉なんて無視していいんだ」
 落ち着いてと都月が言って、アカリの肩に乗ったチィが、アカリの頬をペロペロなめる。
 くすぐったそうにするアカリに、都月は言った。
「アカリさん、扉へ向かって。 俺とチィは、オウガをやっつける」
「……うん」
「さっき俺が言った言葉、」
「うん、『アタシは、一人じゃない』」
「そう、覚えてて。 今は離れるけど、でも、一人じゃないんだ」
「うん……!」
 精一杯頷いて。
 アカリは、都月と、都月の肩へと飛び乗ったチィを見つめながら数歩下がった。
「ありがとう、都月さん、チィさん。 アタシ、行くね……っ!」
 最後にそう言葉を残して、アカリは都月に背中を向けて走り出す。


『アリス……、わたしに抗うなんて!』
 走り出したアカリに気がついたオウガは、叫びとともにバロックレギオンたちを召喚する。
『ごちそうを食べない、かわいそうなアリス。 わたしのバロックレギオンで目を覚まさせてあげるわ……!』
「させないぞ……!」
 都月は、アカリを追いかけようとするバロックレギオンたちの動きを読み取り、進行を阻もうと回り込んだ。
 アカリへ向けて仕掛けられた攻撃を、精霊様を呼び出し形成させた魔法陣で受け止め、反撃を仕掛けていく。
「アカリさんは家族が大事だし、聞いた限り家族も良い人達だ」
 元の世界に戻っても、苦しい現実が待っているのだろう。
 けれど、それを乗り越えるためにも、まずは帰らなければならないのだ。
「ただ家に、家族の元に帰る。 そんな当たり前の幸せを邪魔するなら、容赦しないぞ」
 再びともった希望の灯を、二度と消させはしない。
 そんな決意とともに。敵の死角へと回り込んだ都月は、両手をかざし、【狐火(キツネビ)】の炎を喚び出した。
 都月を中心に円形に浮かび並んだ炎が、都月の手の動きに合わせ統合され、その火力を増していく。
「燃えてしまえ……!」
 そうして最大火力となった狐火を、都月は、力ある言葉とともに一気に解き放った。
 放たれた炎は、バロックレギオンたちを、そしてオウガを次々と飲み込み、燃やし尽くしていく!
『ああああああ?!』
 暗闇の中。燃え盛る炎の中に、オウガの苦しげな叫び声がいつまでもこだまするのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セシル・ローズキャット(サポート)
『神様なんていないわ』
『あなたみたいな人、嫌いよ。だからここで終わらせるの』

 ヴァンパイアの父と修道女の母に大切に育てられた、ダンピールの少女です。
 母が同じ人間に迫害されてきたため神を信じず人間嫌いな性格ですが、猟兵としての仕事には真剣に臨みます。
 普段の口調はやや大人びた感じですが、親しみを覚えた仲間に対しては「ね、よ、なの、なの?」といった子供らしい口調で話します。

 ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、依頼の成功を目指して積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
 あとはマスターさんにおまかせします!




 セシル・ローズキャット(ダンピールの人形遣い・f09510)がやってきた世界は、夜のような闇に包まれていた。
(「アリスラビリンスだから、もう少し明るい場所だと思っていたけれど」)
 光よりも闇の気配の強い雰囲気は、ダークセイヴァーを彷彿とさせる。
 そういえば、以前同じように依頼を受けて助っ人でアリスラビリンスを訪れた時も、夜の色に満ちた場所だったか。
 そんなことを考えながら、セシルは辺りを見渡した。
 今回も、セシルのやるべきことは一つ。
 依頼成功のために、必要な手を貸すことだ。
(「アリスは、どこにいるのかしら」)
 グリモア猟兵によって転送された場所には、仲間の猟兵らしき姿も、アリスらしき人間も見えなかったけれど、ここに転送されたということは、何らかの意味があるはずだ。
 そう考え、セシルが腕の中のぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたその時。
 少女の声が、聞こえた。
「あっちね……」
 方向を見定め、セシルは走り出す。
 少女の――アリスのいる場所へ。


『うふふ、わたしの仲間の「ごちそう」を否定していたようだけど、食わず嫌いをしてはだめよ、アリス』
 セシルが駆けつけたその場所には、少女と女がいた。
 転んでしまったまま起き上がれないのか、地面に手をつき後ずさる少女と、料理の皿を手に、フォークに刺した食べ物を食べさせてやろうと迫る女。
『大丈夫、おいしくないはずはないんだから、ほーら』
 必死にはねのけようとする少女に、嘲笑にも似た笑みを貼り付け、女は少女の口に食べ物を押し込んだ。
「……っ!」
『うふふ、おいしいでしょう? 甘いでしょう? アリス、ほら、もっと召し上がれ』
 それは、人間たちがセシルの母を迫害している光景を彷彿とさせた。
 修道女であったセシルの母は、ヴァンパイアである父と恋に落ちた。
 神に仕える人間である修道女にとっての禁忌に、教会の者たちが「母を正気に戻す」べく行ったものは様々あった。
 それは幼いセシルの前であっても関係なく、それこそ数え切れないほどだった。
 間一髪での父が助けや、あるいは他の要因によって助かったけれど、それでも迫害が止むことはなかった。
 その時強く感じたのだ。助けてくれる神様なんていないと。
 セシルは、からくり人形を発動させ、オウガへ体当たりを食らわせる。
『……なっ?!』
「……アリスを離しなさい、オウガ。 これ以上、アリスへ危害を加えることは許さないわ」
 セシルはからくり人形を操り、オウガの顔や急所を狙って、攻撃を加えていく。
 たまらずオウガがアリスから離れたのを確認すれば、セシルはアリスへと駆け寄った。
「アリス、大丈夫?」
「……ぅ、うう、」
 アリスは頷くも、その意識は朦朧としているらしく、ぎゅっと目を閉じ、頭を抱えている。
『ダメよ、アリスは、わたしたちと一緒にここにとどまるのだから』
 セシルを邪魔者と判断したのだろう。オウガはセシルを見つめて、そう言って。
『……ああ、そうだ。 あなたにも、わたしたちの「ごちそう」をあげるわ。 食べたら、あなたの願いが叶うの。 素敵でしょう?』
 にっこりと、オウガは楽しそうに笑って、再び喚び出した皿の上の食べ物を、手にしたフォークで取り分けた。
『ほーら、召し上がれ』
 そう言って、オウガはセシルへフォークを近づける。
「……それは、私の人形が受け取るわ」
 セシルはとっさに糸をたぐり、自らの前に脱力させた状態でからくり人形を座らせ、ユーベルコード【オペラツィオン・マカブル】を発動させた。
 そうして、オウガの有無をいわさない強引な給仕を、人形の口に受け止めさせる。
「ごちそうさま。 ……でも、あなたは、ここでおしまいよ」
 オウガのユーベルコードをうまく無効化できたのだろうことを、自身の無事な状態で確認したセシルは、青の瞳でオウガをにらみつけた。
「あなたみたいな人、嫌いよ」
 自分の考えを押し付ける、強引なやり方は、オブリビオンであれ、誰であれ許せない。
「だからここで終わらせるの」
 アリスが動けるようになるまで、アリスを守る。
 これ以上、アリスへ手を出させはしない。
 決意とともに、セシルは再びからくり人形を手に、アリスを守るべく、オウガへ攻撃を仕掛けていく――!

成功 🔵​🔵​🔴​



 オウガの「ごちそう」は、大好きなショートケーキの味がした。
 ふわふわのスポンジに、程よい甘さの生クリームが、口の中で柔らかく溶けていく。

 こんなショートケーキを食べたのは、義理の父親と母親が結婚した日だっただろうか。
 新しい家で開かれた、新しい家族同士で食卓を囲む、ささやかな結婚記念パーティー。
 その時食べたショートケーキは、今まで食べたどのケーキよりもおいしく感じられて。
 おいしいね、とアタシが言ったら、母親が何だか照れた顔をした。
 アタシは、不思議そうな顔をしていたのだろう。義理の兄はアタシに言った。
『このケーキは、アカリのために、お母さんが作ったんだって』
 アカリはショートケーキが好きだからと、母親が作ったのだと、兄は教えてくれた。
 アタシはとてもびっくりした。
 だって、今まで、そんなことする母親なんて見たことがなかったから。
 今の義理の父と結婚する前の母親は、アタシがこう言ったらダメかもしれないけれど、典型的な「だめな母親」だったから。
 アタシのために何かをするなんてこと、ほとんどなかったのに。
 とても不思議だった。
 今更母親らしい顔するなんて、どういうつもりなのだろうとも思ったりもしたけれど。
 それでも、恥ずかしそうにする母親は、とてもかわいらしく見えた。
 とことんダメな人だったアタシの母親を、こんな風に変えてくれた義理の父は、すごいと思った。
 そんな話を、さりげなくアタシに話す義理の兄も、すごいと思った。
 こんな二人と、家族になれるなんて本当に驚きだった。
『なんだか、夢を見てるみたい』
 アタシが言うと、
『それじゃあ、夢が夢で終わらないように、これからちゃんと家族になろう』
 そう言って、義理の父親は笑った。

 かつて。母親と二人だった時は、誕生日を祝ってもらったことはなかった。
 何の話の流れだったか、そんな話を義理の兄にしたら、とてもびっくりされてしまった。
『それじゃあ、今度のアカリの誕生日は、ちゃんとお祝いしよう』
 この間の結婚記念パーティーのように、ちゃんとごちそうを並べて。
 ケーキも作ってもらおう。
 そして、みんなでちゃんとお祝いしよう。
 アタシにそう言って、義理の兄は笑ってみせた。

 あの日の、あの時。
 アタシが、絶望に落とされたあの時から、アタシは家に帰れていない。

 家に帰ってしまったら、夢は終わってしまうのかもしれない。

 義理の父も、兄も、そっぽを向いてしまうかもしれない。
 母親だって、父と兄に出会う前みたいになってしまうかもしれない。
 何より、アタシ自身が、自棄になって、すべてを壊してしまうかもしない。

 アタシは、きっと怖かったのだ。
 乱暴され、汚された痛みや苦しさよりも、あの家族を失ってしまうのが。

 そうだ。
 だからアタシは帰りたくなくて……帰れなくなった。

 ――帰りたくないなら、夢は夢のまま。このままここで暮らしましょう?

 遠くで誰かがそう言った。

 ふんわり甘いショートケーキ。
 大切な、大好きなアタシの家族。
 彼らが、アタシに、ずっと笑ってくれている。
 そんな、甘い甘い、優しい夢。

 ……けれど。
 本当にそれでいいの?
文月・ネコ吉
確りしろアカリ!
心地いい夢に浸っても
お前が戻らなければ家族の心配は深まるだけだ
それを放っておいたまま
お前は幸せになれるのか?

未来は先の見えぬ闇の中
不安になるのも当然だ
だがな
与えられるものが全てじゃない
気に入らなければ探せばいい
自分で手を伸ばし掴み取るんだ
望む未来を幸福を

家族が大切なんだろ?
だったらそう伝えたらいい
向き合って欲しいなら
お前自身もちゃんと向き合え
大丈夫やれるさ
迷っても悩んでも
自分の足で歩き続けたお前なら

UCで人間形態に
アカリを庇いオウガを睨む
動きを見切り
刀と衝撃波でバロックレギオンを叩き落とし
死角からオウガを斬る

どうして抗うかだって?
そんなの当り前だろう
それが『生きる』という事だ!




「確りしろアカリ!」
 文月・ネコ吉(ある雨の日の黒猫探偵・f04756)は脇差「叢時雨」を構え、オウガへと斬り込みながら、アカリへ向けて、ありったけの声を張り上げた。
 状況を見る限り、アカリは、オウガの「ごちそう」を口にしてしまったのだろう。
 だとすれば、今アカリは夢を見ているのか。
 動かないのか、動けないのか、目を閉じ頭を抱えたまま身動きしないアカリを気にかけながらも、ネコ吉の身体はオウガへ向けて次の攻撃を仕掛けるべく、自然と動いていた。
 素早い動きでオウガの死角に回り込んだネコ吉は、「叢時雨」を音もなく一閃させ、オウガの腕を斬り落とす!
『――!!』
 腕を失った痛みにより、声なき声を上げたオウガは、腕を押さえながらその場へうずくまった。
 その隙にアカリの元へと駆け寄ったネコ吉は、アカリへ目線を合わせるようにかがみ、再び声をかけていく。
「心地いい夢に浸っても、お前が戻らなければ、家族の心配は深まるだけだ」
 アカリが夢を見ているとして、それがどんなものなのか、ネコ吉には想像がつかない。
 けれど、今までのアカリとのやりとりの中でネコ吉が受け取った、アカリの想いは知っているつもりだ。
 アカリは、自分の兄を、家族を気にかけていた。
 そして、自分が帰ることは、自分の家族の救いにもなるということを、アカリは知っている。
「それを放っておいたまま、お前は幸せになれるのか?」
「……ううん。 なれないよ……」
 アカリはゆっくりと目を開けた。焦点は合わずぼんやりとしたままだが、ネコ吉の声は届いているというように、ゆるりと頭を振る。
「……あの人たちには、笑顔でいて欲しいもの……」
 アカリの口から出た言葉は、思いの外しっかりとしていた。
 そのことにネコ吉は内心で安堵の息を吐いて、アカリの頬にそっと触れる。
 肉球から伝わる、人の肌の柔らかな感触はいつもどこか不思議だと思いながら、アカリを見つめ、自身の青の瞳を細めて。
「家族が大切なんだろ?」
「……うん、」
 猫の肉球の感触をくすぐったく感じるのは、どうやら人間も同じらしい。
 ネコ吉が触れた頬の感触にくすぐったそうな表情を浮かべて、アカリは頷いた。
 少しずつ意識がはっきりとしているように見えるから、もう少しすれば立ち上がることもできるだろうか。
「だったらそう伝えたらいい。 向き合って欲しいなら、お前自身もちゃんと向き合え」
 アカリの頬へ触れていた手を離して、ネコ吉は立ち上がった。
「未来は先の見えぬ闇の中。 不安になるのも当然だ」
 不安だからこそ、苦しい現実から逃れ、わかりやすい幸せな夢に逃げようとする。
 自ら考えることを止め、与えられたものに甘んじようとする。そうする方が楽だから。
「……だがな、与えられるものが全てじゃない」
 もうそれは、ここまで歩いてきた道の中で、アカリもわかっているはずだ。
 ネコ吉はアカリへ手を伸ばす。今までの答え合わせをするかのように。
「気に入らなければ探せばいい。 そして、自分で手を伸ばし掴み取るんだ」
 そうして、望む未来を幸福を、自分の手で掴み取れ。
「……アタシに、できるかな?」
 アカリは立ち上がったネコ吉を見上げ、差し出された黒色の猫の手をじっと見つめる。
 問いかけになっているが、アカリの表情はすっきりとしていた。
 そこにはもう、迷いはない。
 ネコ吉が言葉を発するよりも先に、アカリの手がネコ吉の小さな手を握れば、ネコ吉は笑った。
「大丈夫、やれるさ。 迷っても悩んでも、自分の足で歩き続けたお前なら」


『どうして、どうして――、』
 ネコ吉の手を取り立ち上がったアカリを見て、オウガは苦しげな声を上げた。
 腕を切断され、肩から血を流し、痛みに顔を歪ませる。
 せっかく「ごちそう」を食べさせ、夢を叶えさせたというのに、アリスは元の世界へ帰ろうとしている。
『どうして、目を覚ますの?』
 元の世界はアリスにとっての苦しい場所だというのなら、夢を見続けている方がきっと幸せなはずなのに。
「……あなたの「ごちそう」、おいしかったよ。 アタシのお母さんのショートケーキの味がした」
 アタシにとっての幸せの味だと、アカリはオウガへ笑って見せる。
『なら――、』
「でも、アタシは、お母さんのケーキが食べたいの。 ……元の世界の、アタシのお母さんが作る、本物のショートケーキが」
『どうしてそんなこというの? どうして抗うの?』
 オウガは怒りの感情とともに、バロックレギオンたちを召喚する。
『そんなの、許さない……!』
 おぞましい怪物の群れは、オウガの叫びを受け、アカリへ向けて、一気に襲いかかる――!
「アカリへはこれ以上指一本触れさせやしない!」
 ネコ吉はアカリをかばい、迫りくるバロックレギオンの群れの前に立ちはだかった。
 バロックレギオンの動きを見極めんと青の瞳をすっと細め、
「――深淵よ」
 口にしたのは、【雨音ノ記憶(バベルノクサリ)】の力ある言葉。
 同時に。雨の気配が広がり、ネコ吉の身体が、猫から人――雨露に濡れたかのような艷やかな黒髪に、鋭い青の双眸の男――へと変化する。
「――どうして抗うかだって?」
 ネコ吉が、オウガをにらみつけるようにさらに鋭く目を細め、雨の気配を帯びた「叢時雨」を素早く一閃させれば。
 刹那に生み出された衝撃波が、向かってくるバロックレギオンたちを次々に叩き落とし、撃破していく!
『あああ?! わたしの……わたしの、バロックレギオンたちが!』
 驚愕の声を上げるオウガ。けれどネコ吉の攻撃は止まらない。
「そんなの当り前だろう」
 そのまま素早い動きで音もなくオウガの死角へと回り込み、「叢時雨」を一閃。オウガの首を一気に切断する!
「それが『生きる』という事だ!」

大成功 🔵​🔵​🔵​

鈴木・志乃
早業で“ごちそう”を叩き落とす。
離れないようなら高速詠唱で吹っ飛ばす。


この子はもうアリスじゃない。『アカリ』だ。
今この状態のどこが幸せなものか。大好きな家族と共にいられないで、何が覚める夢だ。彼女はまだ家族と会ってないんだ、泣いてないんだ、叱られてないんだ、抱きしめられてないんだ!

彼女の家路を邪魔するのなら、お前は彼女を攫った誘拐犯と何ら変わりない!
UC発動
指向性を持ったマイク+全力魔法の衝撃波で、敵のUCを封じながら敵を攻撃するよ。アカリを背にして庇うようにね。他の猟兵も守ってはくれると思うけど。

アカリちゃん。
今帰らなかったら、二度とお家には帰れない。
皆と会うチャンスはこれが最後。
…帰ろう?




 立ち上がり、再び歩きだしたアカリ。
 そんなアカリを取り巻く景色は、いつの間にか、アリスの世界で見慣れたものとは異なるものに変化していた。
 アスファルトで覆われた道路。ちかちかと頼りない街灯の明かり。
 それはUDCアースの日本で見るような景色と似ていた。
 まるで家に帰る時の道みたいだと、歩きながらアカリは思い――そして気がついた。
「この道は――、」
 まるで、あの日に通った道みたいだと。
 そう思ったアカリが、何か言おうと口を開いたその時。
『アリス、帰る必要なんてないの』
 急に、ぐいと腕をつかまれた。
「――?!」
 アカリが驚いて視線を向ければ、そこには、真っ暗な暗闇があった。
 その暗闇の中から現れたオウガが、アカリの腕をつかんでいる。
『アリス、アリス。 まだまだ「ごちそう」は、たくさんあるわ』
 オウガは、アカリに向けて笑いながら、「ごちそう」を刺したフォークを向けてくる。
『さっきは食べたみたいだけど、一口だけで満足するなんてもったいないわ』
 今度は、アリスの口いっぱい、お腹いっぱいのごちそうでアリスの身体と心を満たしてあげる。
 そう言いながら、暗闇の中へ引きずり込もうと、オウガはアカリの腕を引こうとし――、

「――させない……っ!」

 ぱぁんっ!

 声とともに、空気が破裂するような音がした。
 同時に、引っ張られていたアカリの腕と身体が、ふっと軽くなる。
 反動で倒れ込みそうになるアカリの身体を抱きとめたのは、鈴木・志乃(ブラック・f12101)だった。
「……間一髪、だったね」
 よかった、という言葉とともに、志乃はアカリをぎゅっと抱きしめる。
 それから、アカリの薄茶色の瞳の奥を覗き込むようにして言った。
「アカリちゃん。 今帰らなかったら、二度とお家には帰れない」
「……、」
 志乃のオレンジ色の瞳に映る真剣な色に、アカリは息をのむ。
「皆と会うチャンスはこれが最後」
 そう、これが最後だ。
 だから。
「……帰ろう?」
「……うん、」
 志乃の言葉と、真剣な眼差しを受け止め。アカリは頷き、志乃を見つめ返した。
「アタシは、帰りたい」
 ありったけの想いを込めて。アカリは、そう、志乃に言った。
「うん、帰ろうか」
 アカリの言葉に、志乃はオレンジ色の瞳を細め、優しくほほえむ。
 それから、アカリの薄茶色の髪をくしゃくしゃとなでた。
「……もーね、絶対皆心配してるよ」
 この子は、もうこの世界の迷子ではない。
 絶望に沈み、不安に怯えていた、アリスではない。
 元の世界に帰りたいと、家族に会いたいと願う、強い意志を持った、一人の少女なのだ。


『……猟兵……アリスをこちらによこしなさい。 アリスは、この世界にいるのが一番いいんだから……!』
 志乃の高速詠唱により生み出された衝撃波に吹き飛ばされていたオウガは、起き上がり、アカリを自分たちのところへ引き込もうと再び手を伸ばす。
「この子はもうアリスじゃない。『アカリ』だ」
 志乃は、そんなオウガからアカリを守ろうと、自分の背中にかばいながら、オウガをにらみつけ、言い放った。
「今この状態のどこが幸せなものか」
 そう、幸せなはずなどない。
 アカリが、この世界でどれだけ願いを叶え、幸せを感じたとしても。
 それは、元の世界の痛みから逃げ続けるための、現実逃避の夢なのだ。
 一時的には痛みを和らげることはできても、長期的にはすべてを壊す毒となる。
 幸せであるはずがないのだ。
「大好きな家族と共にいられないで、何が覚める夢だ。 彼女はまだ家族と会ってないんだ、泣いてないんだ、叱られてないんだ、抱きしめられてないんだ!」
 そんなアカリは、帰りたいと、家族に会いたいと願ったのだ。
 それは、甘い夢などで埋められるような、安易なものなどではない。
 夢などではない、元の世界にいる、本当の家族と会うことで、初めて叶うものなのだ。

「……アタシは、帰りたいの」
 志乃の背中にかばわれたアカリが、志乃の服の裾をギュッと握りながら、声を発した。
「たとえ、アタシにとって、辛い現実しか待っていなかったとしても」
 帰りたくないって思ったこともあったけれど、今は違う。
「たとえ、アタシにとって大切な人たちが、アタシに失望してしまったとしても」
 それでも大切な人たちと、家族と一緒に生きていきたい。
「怖いけど、不安だけど。 ……でも、もう逃げないよ……!」
 逃げずに、元の世界の現実と、家族と、向き合っていくと決めたから。
 アカリの声は震えていた。
 けれど、その声は、強い意志にあふれていた。
 自分自身の気持ちを確かめるように、ゆっくりと、けれどはっきりとアカリは言った。
「だから。 アタシは、元の世界に、帰るの!」

 アカリの言葉に。志乃は、改めてオウガを見据え、言い放った。
「彼女の家路を邪魔するのなら、お前は彼女を攫った誘拐犯と何ら変わりない!」

『猟兵、許せないわ……アリスをそそのかし、抗わせるなんて許さない……っ!』
 声を震わせ憤るオウガがバロックレギオンを喚び出そうとするのを目にすれば、志乃はすっと目を細め、深く息を吸い込んだ。
 そうして、身につけた二つのマイク「魂の呼び声」と「夜明けの歌」に自らの歌声をのせ、音を奏でていく。

「全ての生命と意志を守ろう、『───』!」

 志乃が奏でる歌は、親友との約束。生きとし生ける者を守る歌、ユーベルコード【生命賛歌(セイメイサンカ)】。
 その美しい歌声は、アカリが示した意志と、歩みだそうとするアカリのこれからを祝福するかのように、伸びやかに響き渡った。

『……ぐ、ぐぐ……わたしのバロックレギオンが、喚び出せない……?!』
 志乃の歌声によって捕縛され、バロックレギオンの召喚を封じられたオウガは、いまいましげに志乃をにらみつける。
「まぁね、あなたの攻撃の手は封じさせてもらったから」
 対する志乃は不敵に笑って、マイクを構え直した。
「だから――もう、邪魔しないで。 アカリちゃんの家路を」
 自らの歌声に魔力を込めれば、志乃はオウガへ向けて滅びの歌を奏でた。
 その歌声は、衝撃波となり、幾度となくオウガを打ち据え、その体力を削っていく。

 そして。
「……ごめんね。 そして、おやすみなさい」
 打ち据えられ、倒れ込んだオウガへ向けて、志乃は止めを刺すべく再び歌を奏でた。
 全力魔法による歌声から生み出された巨大な衝撃波が、力尽きたオウガに止めを刺し、その骸を飲み込んで消えていく。

 あとに残ったのは、平和な夜を彷彿とさせるような、穏やかな静けさだけだった。


 住宅街の中にある道を、アカリと猟兵たちは歩いていた。
 アスファルトで覆われ、ところどころにぽつんと立つ街灯の明かりだけが頼りの、静かな道。

 そんな道を歩いていたアカリは、ふいに足を止めた。
 そうして、目の前に現れたものを見つめる。

「……あった」
 
 それは、家の玄関を彷彿とさせる、スチール製の扉だった。
 アカリは扉へと近づいていく。
 自分の家の玄関のドアを開ける時のような、とても自然な所作だった。

「……アタシを、助けてくれてありがとう」
 ドアの前へ立ったアカリは、猟兵たちの方へ振り返って、礼を言った。
 感謝の気持ちを伝えようとしても、うまく言葉にできない様子でアカリは泣き笑いを浮かべる。
 絶望しかないと思ってた。
 でも、皆が助けてくれたから、手を引いてくれたから、頑張ろうと思えた。
 もらった言葉、受け取った想い。
 全部全部ここにある。
 だから。
「……アタシ、頑張るね」
 そう言って、アカリは笑みとともに、頭を下げて辞儀をした。
 それから、扉を開き、その中へと入っていく。

 扉が完全に閉まる前に聞こえたのは、アカリの家族らしき人の声。
 そして、ただいまと言って泣き出した、アカリの声。

(「――よかった、ちゃんと、家族と会えたんだ」)
 最後に聞こえたアカリの声に、志乃はほほえみ、そっと目を閉じた。
 そうして、そっと歌を口ずさむ。
 アカリの、これから歩む道に、幸せが訪れるようにと願いを込めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月31日


挿絵イラスト