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しろがねの鈴と、忘却の唄

#カクリヨファンタズム #鎮魂の儀

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#カクリヨファンタズム
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#鎮魂の儀


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 ちりん、と鈴は鳴いて。
 奏でられる音色に、身も心も清められていく。
 悲しい事はあったけれど。
 決して、それが理想ではなかったけれど。
 この世界、幽世はどんなものでも受け入れてくれる。
 辿り着いたひとつの場所。喪ってはならない、大切な居場所。
 だからこそ。

 ちりん、ちりんと鈴は鳴らされて。
 幾度となく、未練と想いを浄化する。

 
 骸魂と呼ばれた魂たちに救いあれと。
 せめて、せめての祈りと共に。
 月のような鈴が、鎮魂の儀式と共に揺れるのだ。
 この世界はとても優しく、大切で、そして儚いのだから。
 壊れることがないように。
 浄化される事を祈って揺れて、鳴り、奏でるの鈴の音色。
 けれど。


――全部、忘れてしまいましょう?


 その骸魂は、忘却の唄を諳んじる。
 全てを忘れてさったとしまえば楽なのだから。
 痛い。悲しい。苦しい。
 ああ、この幽世も楽園ではないのだからと。
 鈴を鳴らす意味を忘れさせて。
 鎮魂の為の清めの鈴はいつの間にか、骸魂たちを呼ぶ音に。
 浄化の儀式はいつの間にか、妖怪たちを呼び起こす、夢として。
 辛いこと、悲しいこと、苦しいこと。
 それらは楽しくて、嬉しくて、幸せな過去と比較するからあるのだから。
 ただ今を、流れて生きればいい。
 忘却こそが救いなのだと人魚は詠う。
 同意するように童が鳴らす掌は、ぽろり、と記憶を取りこぼしていく。
 そう、全てを忘れてしまおう。
 この幽世の世界は、全てを受け入れてくれるから。
 どんな想いを抱いて、骸魂として漂っていたのかさえ忘れても。

 さあ、詠い、踊ろう。

 清めの鈴は、もう止まっている。
 ただ人魚の紡ぐ忘却の唄が、流れ続けていた。









「忘れるということは、時には救いです。でも、痛くて辛くて、悲しい思い出が……痛い程に深いそれが、大切だと想ったことはありませんか?」
 新しい世界、カクリヨファンタズムの事件なのだと。
 告げるのは秋穂・紗織(木花吐息・f18825)だ。
 とても不思議な世界ですよね、と挟みつつ。
 ふんわりとした口調は彼女の常。そのまま続けていく。
「この世界に存在する『骸魂』と呼ばれる霊魂。それらを清める為の鎮魂の儀式があるのです」
 そのままでは『骸魂』は周囲の妖怪を取り込んで、オブリビオン化してしまう。
 だが、鎮魂の儀に成功すれば、それらは周囲の草花や樹、つまりは世界の糧となって浄化されるのだという。
「ただ、その儀式が失敗してしまうようなんです」
 結果として起きてしまうのは、浄化されなかった『骸魂』たちが、儀式を執り行う妖怪たちを取り込んでのオビリビオン化。
 元凶となるオビリビオンは忘却こそが救いだと信じ、人魚の唄を紡ぎ続けているのだという。
 他の場所へと動き始めれば、それこそ記憶を忘れさせる唄が周囲に広がり、沢山の思い出が喪われていくだろう。
 そうなる前に、儀式の行われた場へと挑み、そして元凶を取り除いて欲しいのだ。
 儀式の場はとある海の近くで行われている。
 流れる川を辿っていけば辿り着く筈だが、儀式が失敗したせいで、何が起きるかは判らない。
 が、この世界のオブリビアンは倒すことさえできれば、骸魂に飲み込まれた妖怪を救い出すことだって出来る。
「このままでは、どうしようもない、清めることも、洗い流すこともできない想いばかりを抱えてしまった魂が、このカクリヨの世界を揺れて、流れて、彷徨うばかり」
 だから、それを止めて欲しいのだと。
 紗織はゆっくりとお辞儀をするのだった。


遙月
 マスターの遥月です。
 初のカクリヨファンタズムのシナリオをお届け致します。
 かなり心情重視での依頼の予定となっております。


 今回は少し試みとして、プレイングの受付の日程と人数を決めての執筆となります。
 大体、毎回八人前後ほど(サポート様は申し訳ありませんが)での予想と。
 あくまで予想ですので、多めに採用させて頂くかもしれませんし、少なめでいくかもしれません。
 その所はどうぞ、宜しくお願い致します。

第一章の受付は、断章の追加後。

・7/02(木)8:31~7/03(金)23:59

 の予定です。
 もしも人数が足りない場合は追加で募集をかけさせて頂くかもしれません。


・第一章では『集団戦』。
 子供の姿をした骸魂のオブリビオンたちを相手にして頂きます。
 妖怪を飲み込んでいないので非常に弱いですが、子供たちもまた、大切な記憶を忘れてしまっています。
 そんな彼らに思い出させるような言葉、苦しい思い出にはなぐさめの言葉や、勇気を見せるなど。
 そういったものがあればプレイングボーナスがはいります。


・第二章は『冒険』です。
 骸魂たちが起こす霊障によって、儀式の付近では不可思議な霧が発生しています。
 夢や幻、忘れてしまいたい過去がその中では見え、そして聞こえてきます。
 それらをどう振り切って、前に進むのか。
 ……忘れたい過去、或いは、どうしても拭えない思いや記憶。
 キャラクターにとって、「忘れたいけれど、忘れられない思い」を語って頂ければ。
 そして、そういったものにどう対処するのか、心情メインの予定です。
 (PSDでの選択はあくまで目安です)


・第三章は『ボス戦』。
 鎮魂の儀の主祭司が強大な骸魂に飲み込まれて、オブリビオンとなっています。
 ただ戦って倒すもよし。
 また、忘却を救いだという骸魂に対するなぐさめや説得、自分の思いといった心情をいれて頂ければ、プレイングボーナスがはいります。
 忘れたくない思いを、忘れてはいけない何かを。
 キャラクター様にとって大事なものを、と。
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第1章 集団戦 『骸魂童子』

POW   :    怪力
レベル×1tまでの対象の【尻尾や足】を掴んで持ち上げる。振り回しや周囲の地面への叩きつけも可能。
SPD   :    霊障
見えない【念動力】を放ち、遠距離の対象を攻撃する。遠隔地の物を掴んで動かしたり、精密に操作する事も可能。
WIZ   :    鬼火
レベル×1個の【鬼火】の炎を放つ。全て個別に操作でき、複数合体で強化でき、延焼分も含めて任意に消せる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章「川辺の童、唄うその心は」


 川の近くで童たちが唄っている。
 苦しい事は忘れてしまおう。
 悲しい事なんて、きっとなかったんだ。
 今は何もなくて、ただ漂うに。
 水の流れのように緩やかに生きよう。
 嬉しいことって、なんだっただろう。
 幸せなことって、どんなだったんだろう。

 いらない、いらない、忘れてしまおう。

 まるで夢を見るような、ふんわりとした少年の歌声。
 きっと忘れてしまった何かは大切で。
 けれど、忘れてしまう事が救いだった――骸魂たち。
 それらを取り戻せることはあるのだろうか。
 清められて、世界の花や樹のひとつなる筈だった、その魂たち。
 思い出を、かつての記憶や感情さえも、失ってしまうのは。
 救いなのだろうか。
 
 忘れてしまおう。

 歌は続く。童の歌は、人魚のそれを真似するように。
だからこそ。
 倒して先に進まなければならない。
 童の歌の通りに。
 全てを忘れてしまってもいい筈がないのだから。
  
エリザベート・ブラウ
にいさま(f05027)と

子どもの歌って、懐かしいわね
にいさま
小さい頃よく一緒に歌ったの
覚えている?
あの時、何もなくても楽しかったわよね
日の射さない世界で貧しく生きていたとしても
リズには忘れられない想い出よ

にいさまが作り出した炎を
【凍て蝶】で消して見せる
怖いものは消えて、キラキラと煌めく氷にあなたたちの顔が映るわ
思い出して
あなたの好きなもの、好きなひと
もう怖くないわ
在るべき場所へ、帰りましょ

例え忘れてしまいたいことがあったとしても
その想い出だって、わたしの一部
足をとられたりしないわ
前へ進みたいもの

★アドリブ歓迎


ヴェル・ラルフ
リズ(f20305)と

子どもの声で哀しいうた
…胸を締め付けるような、哀しいうた
うん、リズ
よく覚えているよ
舞うように跳ねながら歌うキミを
彼らにも思い出してほしい
楽しかったはずの想い出も

自身の手のひらをナイフで傷つけ、噴き出す炎で彼らの怖いものを作り出し
それらをリズのUCで呑み込んでもらう

歌う彼らに問いかける
君たちが忘れたいと思ったことはなんだったのだろう
教えて
その怖い想い出を
ほら
氷の蝶が消してくれるから
もう怖くないよ
在るべき場所へ、帰ろう

忘れてしまいたいのは
自分にとって大切ななにかが壊れてしまったから
それでも、覚えていたい
自分の辛さよりも、大切なことだから

★アドリブ歓迎



 悲しい、哀しい子供の歌が響いている。
 どうしてこんなに、胸を締め付けられるのだろう。
 なのに、懐かしさを感じてしまうのは、何故だろう。
 きっと、それはどうしようもない子供の歌だから。
 無垢で純粋で。
 それさえあれば幸せなのだと、信じる透き通る声。
 でも、間違いなのだ。
 忘れてしまえばいいだなんて、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)は思えない。
 だってそうなのだ。
「にいさま」
 紡がれたのはエリザベート・ブラウ(青の蝶・f20305)の声。
 眸に懐かしげな色を浮かべて、エリザベートは続けていく。
「あの時、何も無かったのに楽しかったわよね」
 小首を傾げながら、かつての思い出を浮かべるエリザベート。
 決して満ち足りているとはいえなかった。
 苦しい事、辛い事、悲しい事。
 それこそ光よりも影の多かった、あの日々の事。
「日の射さない世界で貧しく生きていたとしても」
 それはきっと、幸せなものではなくても。
「リズには忘れられない想い出よ」
 今のエリザベートを形作る色彩のひとつなのだと、語るのだ。
「うん、リズ。よく覚えているよ」
 ゆっくりと頷きながら、琥珀色の眸の奥で記憶を転がすヴェル。
 確かに楽しかったのだ。
 完全なものなんてなにもなく。
 続いていく約束なんてひとつもない。
 それでも、鼓動と共に生きている想い。
「舞うように、跳ねながら歌うキミを」
 或いは、今もなお、記憶の中で舞い、跳ねて、歌うその声を。
 瞼を閉じれば思い出せる、寄り添うような温もりを。
 何一つ、それらを持たない筈はないのだ。
 だからヴェルは、子供たちに思い出して欲しい。
 楽しかった筈の思い出も。ちゃんと生きて、心があるのだと。
 全てを忘れてしまったら楽だとしても……全てを諦めて眠るには、世界は優しいのだから。
 ヴェルがナイフを滑らせ、自らの掌を斬り裂く。
 滲む痛みと、赤い血の雫。
 そこから舞い上がるのは地獄の炎だ。噴き出す火炎は、揺らめきながらその姿を変えていく。
 決して、傷付ける為にある炎ではなく。
 心に訴えるべき温もりとして。
 ただ全てを忘れて歌う子供達へと向けられる、形を揺らす赤い色彩。
「君達の思う、怖いものは何なのだろう」
 教えて欲しいのだと。
 次々に子供達の恐れるものへと、姿を変えるヴェルの炎。
 お伽噺の怪物や、子供の恐れる暗闇に。
 或いは暴力。子供では抗えない、どうしようもない現実を。
「君たちが忘れたいと思ったことはなんだったのだろう」
 教えて欲しい。
 その為の思い出して欲しいのだ。
 それは、確かに子供達にとって、忘れることで救われていた心を、恐怖で震わせる事だったけれど。
 恐怖があれば、安堵もあるのだ。
 不幸なだけではなく、幸せもあったのだと、漣のような綺麗なエリザベートの歌声が紡ぐのは氷の蝶だ。
 ひらりと青い翅が踊れば、ヴェルの生み出す炎が飲み込まれて消えていく。
 それはさながら、悪夢を消し去る妖精の見せる幻想のように。
 はらはらと。
 零れる氷翅の破片は、涙のように。
 きらきらと。
 煌めくその氷翅には、美しさに見とれた子供の顔が写る。
 優しい涙はある。つうっ、と心から溢れる思いの雫は。
 美しいと思うというのは、好きなものに重なるから。
「思い出して。あなたの好きなもの、好きなひと」
 氷の蝶を操り、子供に訴えるエリザベートの歌うような澄んだ声。
 本当は決して忘れたくない、大切なものはある筈。
 思い出して。そして、胸に抱いて。
「もう怖くないよ。怖い想い出を、ほら。氷の蝶が消してくれるから」
 きっと忘れたくなるような、怖い事があったのだろう。
 子供達に呼びかけるヴェルの声は、夕映の暖かな風のように流れていく。
「もう怖くないよ」
「もう怖くないわ」
 炎の作る怖い物を、氷の蝶が呑み込み、掻き消していく。
 そんなひとつの舞台を見せて。
 ああ、きっと、子供たちの怖さや悲しさを、拭う指先はあった筈なのだと。
「在るべき場所へ、帰ろう」
 ふたりの声が重なる。
 一緒にいてくれる、大切なひとのいる場所へ帰ろうと。
 エリザベートにとって、それはヴェルなのかもしれない。
 ヴェルにとっても、それはエリザベートなのかもしれない。
 怖くない。忘れたくない。光が足りない場所と、思い出だとしても。
 確かに触れた思い出はあるのだから。
 子供の歌が止まる。幼い指が、舞い踊る氷の蝶に触れようとする。
 けれど、その手が蝶に触れることない。
 その寸前、氷の翅に映る自らの瞳にはっと息を飲み。
 子供の姿はすぅ、と何処かへと掻き消えていく。
 それこそ、帰るべき場所を思い出して、そこへと戻っていったように。
 骸魂である彼らにも、まだ居場所はあるのだと思い出して。
青い氷蝶に導かれるように。
 音も無くその姿を揺らして、消していく。

――例え忘れてしまいたいことがあったとしても。

「その想い出だって、わたしの一部」
 青い蝶を周囲に舞わせながらエリザベートは口ずさむ。
「足をとられたりしないわ。だって、リズは前へと進みたいのだもの」
 忘れて、立ち止まり。
 何も出来ないなんて、エリザベートは嫌なのだ。
 一歩、足を前へと踏み出す。
「リズは変わらないね。覚えているし、そして、これから先もずっと覚えていこう」

――忘れてしまいたい事が、出来たとしたら。

それは、壊れてしまったからかもしれない。
 自分にとって大切ななにかが壊れてしまったから。
 その残骸と欠片で傷つかないように、全てを流して消してしまいたいのかもしれない。
 忘れる事は決して、罪ではないのだろう。
 けれど。例え、どんな痛みと辛さがあったとしても。
 それでもヴェルは覚えておきたい。自分の為ではなく。
 自分よりも大切なものを、しっかりと覚えておきたいのだから。
 それこそ、斜陽のように鮮やかで、鮮烈なる光として。
「子供たちは、覚えて起きたい誰かを思い出せたかな」
「リズには判りません。けれど、先に進んで、その先で見つける事は出来るでしょう」
「立ち止まりたくないんだね、リズは」
 それは言った通り。
「ええ。さいわい、を求めて。この先にあるのだから」
 記憶の欠片に引っかかれ、傷ついたとしても、その歩みは止まらない。
 これから先、沢山の思い出の痛みがあったとしても。
 涙が止めどなく溢れたとしても。
 胸の奥に大事なものがある証拠なのだから。
 

 記憶という、昨日の欠片を抱きしめて、前へと歩いてこう。
 それはきっと、蝶の翅のように儚くて。
 身を切る炎のように、痛いものだとしても。
 光なき貧しき日々にあった歌のように、掛け替えのないものとして、響き続ける。
魂と絆として。
 誰かと、誰かの心の間で。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ベルンハルト・マッケンゼン
アドリブ連携大歓迎

(童子達を見て)…灼熱のシエラレオネを思い出す。
必死に命乞いをしてくる、少年兵の麻薬で濁った瞳を。
すまない、な。私は、何も気にしない。気にならないのだ。
同情やら共感は、他の心優しい猟兵達に任せる、さ。戦術的に…フッ。

(童達を攻撃)
……苦しさや悲しさを忘れようとするのは構わん。
だが、そんな事とは無関係に、世界の不条理さは必ず襲ってくる。
ただ、それだけの話だ。

(UCを火力重視で発動、結果を見ずに背を向ける)
忘れられない、なんてまだマシだ。
せっかく忘れたのに、また思い出してしまう辛さに比べたら、な。
……早く、酔いどれよう。いつものように。
(懐からスキットルを出し、ウィスキーを呷る)



 記憶の底から溢れるのは灼熱の気配。
 忘れよう。
 忘れてしまおう。
 そう唄う柔らかな童子たちの声が、より一層、その感覚を強く呼び覚ます。
「また、なのか……フッ」
 青い瞳に過去の残像を映しながら、ベルンハルト・マッケンゼン(黄金炎の傭兵・f01418)は短く笑った。
 かつてあった戦場でも、似たようなものがあったのだと。
 必死に命乞いをする、麻薬に溺れた少年兵たち。
 他人から押しつけられるように与えられた救いでぼろぼろ。
 濁った瞳はもう、現実を捉えられないし、未来を見出すのは難しすぎるだろう。
 忘却に蝕まれた骸魂である彼らも、また。
 だが、だからといって。
「すまない、な」
 構えた銃口を下ろす事なく、シニカルな口調で言葉を続ける。
 先がなく、それこそ浄化されて世界の糧となる筈だったもの。
 けれど、一時的に狂って、忘却の唄を囀り続けるだけのもの。
 それこそ麻薬に蝕まれ、何も見えず、このままでは先に進めない子供の骸魂たちへ。
「私は、何も気にしない。気にならないのだ」
 同情や共感。
 そんな優しく、心暖かい猟兵たちに任せよう。
 ベルンハルトに出来るのはただひとつ。
 傭兵として、この儀式の失敗したこの場を制圧することなのだから。
 引き金は、何時もと変わらない重さ。
 軽すぎる、命の遣り取り。
「……苦しさや悲しさを忘れようとするのは構わん」
 直後に巻き起こるのはグレネードランチャーの着弾による爆炎だ。
 爆ぜる炎は童子たちの唄と身体を引き裂き、炎で呑み込んでいく。
 攻撃力を重視したとしても、重火器によるものは一度では終わらない。畳み掛けるように連続で放たれるそれは、怪力の腕で掴もうとする童子たちを爆裂で薙ぎ払い、吹き飛ばしていく。
 優しさや、慰め。
 同情や許し。そんなものは一切ない、戦場の苛烈さそのままに。
 心暖かきは、誰かに任せるの言葉通り。
「だが、そんな事とは無関係に、世界の不条理さは必ず襲ってくる」
 それに対して、どう抗うのか。
 例え終わってしまった世界だとしても、そこからどう立ち向かい、未来へと這いずってでも向かうのか。
 忘れたままに。
 何もかも、感じずに。
 それでは、何とかなる筈の未来もやってこないのだ。
 求めるままに忘れても。
 苦しく、悲しく、理不尽な世界は変わらないのだから。
「ただ、それだけの話だ……フッ、少し感傷が過ぎたな」
 抗い、どう立ち向かうか。
 それだけの話だとベルンハルトは結果を確認せずに振り返る。
 立ち上がる炎と煙は無惨な赤と灰色を立ち上らせていた。
 どんな場所でも、どんな戦場でもこんな色彩が渦巻いている。
「忘れられない、なんてまだマシだ」
 ましてや、終わりに近いカクリヨの世界ならばなおのこと。
 こんなもの、まだ優しいのかもしれない。
 或いは、ベルンハルトの記憶の中にある、ひとかけらに比べたら。
「せっかく忘れたのに、また思い出してしまう辛さに比べたら、な」
 懐から取り出したスキットルから、ウィスキーを煽るベルンハルト。
 喉を焼くような酒気。気分と記憶をあやふやに溶けさせる、酔いの感覚。
 忘れたい、忘れられる。でも、消えたりはしない。
それが過去というもので、ウィスキーを煽って、喉から胸へと、流し込んで押し込んでいく。
「……早く、酔いどれよう。いつものように」
 多少はマシになるだろう。
 ほんの僅か。
 また理不尽な世界へと立ち向かう、その間までは。
 夢も見ない、酔いの最中に漂おう。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルター・ユングフラウ
【古城】

【WIZ】

骸魂、か…中々に興味惹かれる存在だ、死霊術士の血が騒ぐ
折角の研究素材、簡単に壊しては意味が無いのでな

なるほど、前衛の騎士と後衛の我を分断したか
まぁ、あの者がそう簡単に落とされる訳も無い
我は我で、好きにやらせてもらうか

─そこの子供よ
それで、忘れた先には何がある?
緩やかな、何の起伏も無い状態…そんなものが望みなのか?
下らぬな、実に下らぬ
歌い呆けている暇があるならば、足掻け
足掻いても適わぬならば、頼れ
何の為に、我がここまで出向いてやったと思うのだ

鼓舞の技能を活かして語り掛けつつ、UCも使おう
敵を癒すなど、愚策─だが、忘却に寄り添う慰め程度は罰は当たるまい?
なぁ、トリテレイアよ


トリテレイア・ゼロナイン
【古城】
(幾度も背を預け交流深く、過去も承知し猟兵の道外さば即座に討たんとする複雑怪奇な関係。真っ当な更生促す狙いの本音隠し「魂の扱いに長じる」という建前で引っ張り込んだ)
目的も大事ですが骸魂も哀しき存在
無体は控えてくださいね

(UCで突撃し)
伏兵による分断!?

…察するに余りある苦しみなのでしょう
ですが記憶は自我を形成する物
忘却は『自我の死』で終わってしまいます
苦しみを払う為、鎮魂の儀が行われます
どうか私達に頂けませんか
皆様の結末を救う機会を

目を離し過ぎました
過剰に痛めつけてなければ良いのですが


幼子にはお優しいのですね

その好ましき『人』の部分
何時も発揮して下されば頭を悩ませずに済むのですが

苦笑い



 魂の奏でる唄が続く。
 それは骸魂という一種でも紛れない、霊魂の形。
 忘れてしまおうという柔らかな少年の歌声には、怒りも悲しみも、憎しみもない。
 ただ緩やかに。
 漣のように繰り返されている。
「いや、これも残された魂の在り方か。興味深い」
 それを聞きながら、赤い眼を細めるのはフォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)だ。
 死霊を操る半魔半人。それがフォルターという存在。
 ならば、骸魂というモノは、新たな発見として興味深いのだ。
 残された残留思念や、霊魂、死霊たちとは何が違うのか。
 興味がそそられ、血が騒ぐ。骸魂を研究対象として見つめるフォルター。
 黒で統一された衣装を揺らして、唄い続ける童たちへと近づく姿は傲岸不遜のありのままに。
「折角の研究素材、簡単に壊しては意味が無いのでな」
 だが、その傍に使える機械の騎士は礼節をもって答える。
「目的も大事ですが骸魂も哀しき存在」
 あくまで自分があって、相手があって成り立つのが関係。
 それが良きモノとなるか、悪しきモノとなるかは、接し方ひとつでも変わるのだと。
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)はフォルターに呼びかける。
「無体は控えてくださいね。骸となった魂が、それでも残るということは」
「言われずとも判っている。だがな、何も思わず、何も行わず……とは、そこで歌い呆ける子供の魂と何が違う」
 まさに一蹴。
 が、それが出来るだけの関係と信頼を感じさせる、言葉の流れ。
 全てを言わずともお前の言うことは判っている。
 何とも口にされずとも、あなたの感じていることは判る。
 あくまで気がする。複雑怪奇な関係は、自分にも他人にも計り知れない。
 それこそ冷酷無慈悲なる魔女と、清廉なる騎士が寄り添い、背を預けるような。
 道を違えれば、即座に討たんと誓っている。
 それでなお、幾度となく交流し、同じ戦場に立つ。
 この関係をどのような言葉で表せばいいのか。トリテレイアには判らない。
 だが、血を求めて猟兵となったフォルターの道が、せめて善き方向に。
 それこそ、魂に光が宿るように。
 決して、不幸と翳りし血が後に残るような事にはなった欲しくないのだ。
「……魂の扱いに長じるあなたに、全ては任せますから」
 儀礼の長剣と、大盾を構えるトリテレイア。
 自らに魂があるのかは不明。だが、少なくとも、背のフォルターと、目の前の子供たちにはある筈なのだから。
「ああ、任せるがいい。トリテレイア、汝は汝の間々に、剣を振るえ」
 そして、貴女が変わる事を。
 全ての魂が、輝きで照らされることを。
 機械の心で夢見て。
「汝の夢を見るがいい」
 そんなフォルターの言葉に、背を押されるように、突撃を行うトリテレイア。
 スラスターから噴出される炎と音。相手を突き崩す為のそれは、同時に相手の注意も惹き付ける。
 子供の柔らかな唄を掻き消し、斬り裂く騎士の吶喊。自らが先んじることで、続くフォルターが骸魂たちに触れられるようにと。
 だが、横手より現れた童の腕が、トリテレイアの身体へと振るわれる。
 それは確かに、寸前までそこにはなかったもの。
 形を結べなかったのか。或いは、形を作ることさえ忘れていたのか。
 ただ、自分たちを邪魔する戦機の騎士を掴み、投げ飛ばすべく怪力を宿した童子の腕が伸びる。
「伏兵による分断!?」
迫る掌を大盾で打ち払うものの、伏兵は一体だけではない。
 トリテレイアの身体を握り、叩きつけるべく迫る子供たちの手。
 それを邪悪な骸魂だと斬り落とすのは簡単だろう。だが、それはトリテレイアの追い求める騎士の姿ではない。
 盾で弾き飛ばし、長剣で打ち落とす。
 トドメを刺すならばすぐに出来ても、その子供たちに向けるのはまず切っ先ではなく、言葉なのだ。
「……察するに、余りある苦しみなのでしょう」
 それこそ魂にまで染みついた苦痛。
 忘れられるのならと、縋るように忘却の唄を繰り返す。
「ですが記憶は自我を形成する物」
 スラスターの噴出からの疾走で一撃離脱を繰り返しながら続ける。
「忘却は『自我の死』で終わってしまいます」
 機械にとっての記憶をメモリだと思うならばトリテレイアにとっては事実そのもの。
 忘れてしまった過去――起動する以前の自分はない。
 どんな思い出と記憶を宿して、此処に居るのか。
 判らない間々に、それでもと残るお伽噺の通りに生きて、戦い、今がある。
 理想としてあり、続いた思いがあったからこそ、自我が作られているのだ。
 魂と呼ぶには余りにも確かな、けれど大事なそれらをまた忘れるなんて、決して出来ない。
 全てを忘れた間々なら、何も出来ない。変われない。
 追い求めるものには、辿り着けないのだと判っている。
 ちらりと分断されたフォルターへと視線を移し。
「苦しみを払う為、鎮魂の儀が行われます」
 世界の一部へと、骸魂が辿り着く為に。
 本来ならばある筈だった鎮めの儀式。
「どうか私達に頂けませんか。……皆様の結末を救う機会を」   
骸魂たちの結末、終わりはまだ決まっていない。
 忘れたままに、漂い続けるだなんて。
 それこそ、なんと報われず、救われないのだろうか。
 泣いて、涙をこぼし。
 心を清めて、思いを晴らすことさえ出来ないままだなんて。
 きっと辿り着ける結末がある筈なのだと。
 盾と剣を振るい、迫る子供達に、心を以てトリテレイアは対峙していく。






 前衛の騎士と、後衛のフォルターを分断した子供達。
 それが本当に彼らの意図したものなのか。
 もしくは、たまたまなのか、向けられた思いで反応が違うのか。
 真実は判らない。
 だが、それよりも先に突き止めるべきものがあるのだ。
「まぁ、あの者がそう簡単に落とされる訳も無い」
 素っ気なさは、そのまま信頼の証だ。
 今も無数の子供の手が迫る中、単独で切り抜け続ける戦機の姿を憂い、心配するなど、それこそ礼儀にかけるというもの。
「故に、我は我で、好きにやらせてもらうか」
 こつ、と高く大きく、靴音を響かせて。
 未だに柔らかな声色で、忘れよう、忘れようと続ける子供へとフォルターは語りかける。
「――そこの子供よ」
 いいや、告げるのか。
 口調は鋭く、冷たく、刃か牙のように。
「それで、忘れた先には何がある?」
 現実を突きつけ、忘れたがっている心へと穴を穿つように。
 
「緩やかな、何の起伏も無い状態……そんなものが望みなのか?」
下らぬ、実に下らぬ。
 そういうものが望みだというのなら、元より辿り着ける結末など高がー知れている。
 そんなもので、そんなままで、この世界に辿り着いたというのか。
 いいや、違うだろうと一笑に付す。
「歌い呆けている暇があるならば、足掻け」
 フォルターの赤い瞳は、願いを揺らす炎のよう。
 或いは、鼓動で巡る鮮血か。決して止まらない、終わらない。
 自らの望みを叶えるまで。
 どんに冷たく、非道に見えても、そこにある心は求め続けるのだ。
 だから足掻け。お前も骸の魂になってまで、まだ残り続ける理由があるのだろうと。

――忘れて歌い呆ける、下らぬものになってくれるなよ。

 唄が止まる。
 じっ、と見つめる子供の顔を、フォルターは冷たい双眸でのぞき込んだ。
「……足掻いても適わぬならば、頼れ」
 それは決して、吸血の鬼の囁きではない。
 どのようなモノであれ、求めるものが血であったとしても。
 己が道を突き進もうとする者の、静かながらに強き言葉。
「何の為に、我がここまで出向いてやったと思うのだ」
 フォルターは死霊を操る術士。
 ならば、骸魂という未知のモノであれ、手繰り、導いてみせよう。
 出来ないかもしれない?
 なに、自分で先ほどいった事だ。まずは、足掻け。
 それでダメなら、孤軍奮闘で戦う騎士にでも頼ってみせよう。
 自らの姿を、声で、骸魂の子供たちを鼓舞し、震わせようとするフォルター。
『我が声を聴く者よ、奮起せよ。勝利は、我らが上に輝く』
 そう、勝利しなければ。
ただ与えられるだけものに、身を任せて眠るというのか。
 それは生きているとは云えない。心があるとも、魂ともいえはしない。
 
――なあ、それくらいは、戦機の身にでも判る事だろう?

 もはや聞くべき近衛を失った、統治者の声。
 トリテレイアに迫る子供達の傷が癒えていく。
 いいや、それはきっと見た目や外見だけではない。失われた思い出が、傷ついた心が、じわりと癒やされていくのだ。
 それこそ、子供達の唄を掻き消すように。
 自らの意志で、忘却の唄を塗りつぶすフォルターの姿。
「敵を癒すなど、愚策―─だが、忘却に寄り添う慰め程度は罰は当たるまい?」
 なぁ、トリテレイアよ。
 この様な在り方で罪というのなら、その世界の方が間違っていよう?
訴えは言葉ではなく、視線と微笑みで。
自分を連れて来た真意も判らず、騙される程に愚かではないのだと。
 その上で、フォルターは自らの選択をするのだ。
 次第に戦意を失っていく子供達の追撃を凌ぎながら、トリテレイアが苦笑まじりの声をあげる。
 自分もまだ、子供達の攻撃に晒されているというのに。
「幼子にはお優しいのですね」
 嘆きを思い出した子供の腕の一撃を受けた盾が軋む。
 だが、その方がいい。子供ならば、泣いて、叫んで、その声と思いをあげて欲しい。
 導くべき結末を知る為にも。
「その好ましき『人』の部分。何時も発揮して下されば頭を悩ませずに済むのですが」
「何を言うか。私は私だ。常に何時も、変わりはしない。半人半魔。だが、それで私なのだ。それをいうならば」
 殴打される金属の悲鳴。盾と剣が、思い出した子供の悲しみと怒りを、苦しみを受けて、轟音を立てる。
「そのように思いをぶつけるのも、そして、受け止めるのも。私からすれば、それがより『人』の部分らしいと思うぞ」
 何処までも傲岸不遜。あるがままに冷徹に。
 けれど、現実から眼を逸らさないフォルターに対して、やはりトリテレイアは苦く、苦く笑うのだ。
 ならば、その思いを受け止める騎士の姿。
 せめて演じきってみせよう。
 子供の心と苦しみを受けるのならば、この鋼の身は頑丈なのだから。
 唄が終わり、思い出した涙と苦しみの嵐が吹き終わるまで。
 迫る一撃を盾で受けて弾き、真っ正面より儀礼剣を振るうトレテレイア。
 終わりが見えないとしても。
 鎮魂という結末と救いを口にした騎士として。
 骸魂の裡に眠っていた暴力と悲嘆を受け止め、斬り続ける。
 魂を扱う術などないのだから。
 せめて物質となった、それだけは。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
まだ18年しか生きてねえおれも、いろいろなモンを経験してきた。
忘れちまったもんもあるし、忘れられねえモンもある。
……そりゃあ、忘れてえって思う苦い経験もしたけどさ。
でも。
忘れちゃいけねえモンだって、いっぱいある。

親父とおふくろ。おれが四つの時に居なくなって、以来行方知れずで。
もしかしたらどこかで元気にやってるかもしれねえし……或いは、もうこの世には居ないのかもしれねえ。
でも……もし二人のことを忘れてしまえば、それは本当の生き死にに関係なく、二人が生きた証が永遠に消えるってことだ。
だから、おれは忘れたくねえ。

同じように……おまえらにも居るんじゃねえのか?
忘れられない大切な人が、さ。



 子供の柔らかな唄が、次第に止まっていく中で。
 よく通る少年の声が響き渡る。
 忘れよう、忘れてしまおう。
 そんな唄はもう消えかけて、思い出した欠片に痛みを覚えながら。
「忘れちゃいけねえモンだって、いっぱいあるよな」
 続けていくのは鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)の言葉だ。
 まだ十八年しか生きていない。
 その中で起きた事を軽く見るつもりはない。
 けれどそれは逆に、相手の年月の中の思いを大切にするということ。
「……そりゃあ、忘れてえって思う苦い経験もしたけどさ」
 忘れちてしまったものもあるし、忘れてはいけないものもあるのだ。
 泣くような。或いは、怒るような。
 どうすればいいか判らない心の苦痛に、顔を歪ませる童子へと語りかける。
「忘れるって、消えるという事だろう?」
 それは思い出の中から。
 心の中から。
 感情から。
 消えて、無くなってしまうというだけじゃないのだ。
「おれたちが覚えているからこそ、まだしっかりとある存在」
 例えば、とても嬉しかった言葉のひとつ、ひとつ。
 頭を撫でてくれた掌の暖かさ。
 向けてくれた眼差しに宿る心。
 ああ、瞼を閉ざして、振り返れば確かにあるのだ。
「忘れると、過去は消えてしまうモンなんだ」
 だから、過去になってしまったモノを、忘れて、消して、無くしてしまいたくない。
 鏡島にとって、過去、になってしまったもの。
 それは父親と母親。四つの時に消えて、行方知れずになってそれっきり。
 本当は生きているかもしれない。
 死んでいるかもしれない。
 でも、そういう事ではないのだ。
「おれが生きているって事は、おれに関わって、おれを育ててくれた人がいるという事なんだ。そんな大切なひとが、いたという事なんだ」
 忘れてしまえば悩まずに済むだろう。
 忘れてしまえば、考えずにすんで楽だろう。
 記憶を抱きしめるのはとても苦しくて、辛くて。
 腕が潰れてしまいそうになる時だってある。
 でも。もし二人の事を忘れてしまえば、それは本当の生き死に関係なく、二人が生きていた証が永遠に消えるということ。
「だから、おれは忘れたくねえ」
 いいや、だとしたら。
 どんなに辛くても、痛くとも、苦しくとも。
 覚えている限り、忘れない限り、それは不滅なるものなのかもしれない。
 触れられない。交わらない。戻らない。
 だとしても、胸の中にある記憶は、確かに有り続ける。
 鼓動と共に、脈打って。
 鏡島の人生の中で、一緒に有り続ける。
「同じように……おまえらにも居るんじゃねえのか?」
 だから、忘れよう、忘れようと唄っていたのではないのだろうか。
 自分自身に言い聞かせるように。
「忘れられない大切な人が、さ」
 何度も、何度も、忘れようとして、忘れられないものを、眠らせようと。
 そうするほど、大切な人。
 大切な人と、それに連なる記憶。零して消すには、なんて輝かしいものを。痛いほどに、綺麗なものを。
「だったら、忘れるなよ。一緒に、抱いて生きていこうぜ」
 怒っているのか、泣いているのか。
 自分自身も判らない子供へと、鏡島は語るのだ。
 よく通る声で。それは歌うように。演奏するように。
「……耳を塞ぐなよ? 目は閉じずに。声を、出して」
 求めるものを。大切だった人の名を。
 思い出していこう。
 骸魂となった身はこのカクリヨの世界の糧となるけれど。
 それは、その大切なひとの思い出が世界に宿るという事だから。
 苦しくて。
 悲しくて。
 それぐらいに大切なものを抱きしめる強さを、鏡島は笛吹き男の凱歌で与えていく。
 召喚された道化師の奏でる音色は、何処か懐かしい。
 その懐かしい、という暖かさを元に。
 忘れない為の強さへと変えていく。
 さあ、瞼を開いて。
 耳を澄まして。
 自分の心にあった名を呼んでみよう。
 それは、きっと大切な人との思い出を、一緒に呼ぶのだから。

 さあ、その名を唄おう。
 ずっと忘れて、消えて無くならないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

橘・尊
孤檻(f18243)と一緒

【WIZ】

唄が聴こえる
こちらを揺さぶる
心に直接響く声

傍らに孤檻がいなければ
引きずり込まれてたな
隣の頼もしい存在を感じながら
想いを伝えよう

忘れてしまいたい

俺にもよく分かるよ
思い出したくない
過去があるから

でも
忘れてはいけない

嬉しいことも悲しいことも
自分を形作る
大切な記憶だから

だから、思い出して

寂しくないように
君達が行く道を
照らすかのように
【蒼焔華】を放つ
孤檻の刀に呼応され
花びらが舞う

ごめんな
どうか『思い出』を
忘れないで逝ってくれ

(アレンジ大歓迎です)


鬼灯原・孤檻
【SPD】

橘・尊(f13751)と一緒。

忘却が救い、か。
これから永く生き、ただ刀を振るうだけであろう自分にとっては…耳が痛い話かもしれない。
痛み、苦しみ、哀しみは、自身の心の形を示すもの。
幸せ、喜びは自身の往く道を示すもの。
それはきっと、例え自身の肉体を喪っても、亡くならないもの。
時間によって過去の記憶が風化しても、それらが過去の自分を表すことに変わりはない。
――無理やり奪われるものであっては、ならない。

「必ず取り戻す。…だから、今は眠ってくれ」
 
敵の攻撃は多少喰らっても構わない。
結界と呪縛で動きを鈍らせ、黒縄で自由を奪う。尊の攻撃に合わせ、愛刀で薙ぎ払う。

<アドリブ改変歓迎>



 子供の唄が聞こえる。
 耳を通し、心にまで響く幼い声。
 痛いことは嫌だから。
 悲しいこと、苦しいことは嫌いだから。
 忘れてしまおう。もう、それに囚われる必要なんてないのだと。
 自由に歌う子供の声は余りにも幼く。
 けれど、痛みから逃れるように、ふわりと流れていく。
 ああ、そうなのだ。
 誰だって、記憶とそこに伴う感情を忘れてしまいたい。
 心の痛みを忘れて、眠るように。
 思いが揺らいで、そう願ってしまうことがあるのだ。
 橘・尊(浮雲・f13751)だって、きっとそうだ。傍らに鬼灯原・孤檻(刀振るう神・f18243)がいなければ、その唄に引きずり込まれてしまっていただろう。
 しっかりと自分の足で、自らの記憶を持ち続ける。
 それがなんと難しいことだろうか。
 翳りを帯びた雪のような、限りなく白に近い灰色の髪をふるりと震わせて、橘は一歩前に踏み出した。
「忘れてしまいたい。俺にもよく判るよ」
 声はゆっくりと、子供達へと言い聞かせるように。
 孤檻という頼もしい存在の気配を感じ、背を押されるように橘は続けていく。
「思い出したくない過去があるから」
 でも、それは思い出したくないのだ。
 決して、忘れてはいない。
 そして。
「でも、忘れてはいけない」
 嬉しいことも、悲しいことも、自分を形作る大切な記憶なのだ。
 そのひとかけら、ひとかけらに。
 今の自分、その心がある。
 貰った言葉のひとひら、ひとらに、
 繋がった思い出があるのだから。
 そっと橘が視線を泳がせば、孤檻もまた動き出す。
「耳に痛い話かもしれないな」
 これからを永く生き、ただ刀を振るうだけだろう孤檻にとっては。
 だが、信頼を確かな気配として向けてくる橘の傍で、記憶を失っていいのだとは思えない。云えない。
 何よりも。
「痛み、苦しみ、哀しみは、自分の心の形を示すもの」
 確かにそこにあるから、痛いと悲しむのだ。
 触れて確かめるように。
「幸せ、喜びは、自身の往く道を示すもの」
 感じたその道を、進む為に。
 言わば光を感じるということ。
 よりよき明日へ。光のある方へと。
 草花がそちらへと、育つ向きを定めるように。
「それはきっと、例え自身の肉体を喪っても、亡くならないもの」
 或いは、魂を形作っていくということなのかもしれない。
 決して触れられず、握られず。
 抱きしめられない筈の魂を、確かに胸に納めている証。
 例えどれだけの時間が過ぎ去り、記憶が風化しても、魂は過去の自分を
そのままに残すのだ。
 もしも自分は消え去っても。
 大切なひとへと、受け継がれる思い出と魂。
 記憶とは、繋がりと絆をも示すのだ。

「――無理やり奪われるものであっては、ならない」

 子供達の唄が、ゆっくりと止まっていく。
 戸惑いと悲しみ。それは確かに思いは伝わった証なのかもしれない。
 怒りと敵意を感じるのは、子供達も何かを思い出したからなのかもしれない。
 確かな事は判らない。だが、孤檻は霊刀・凍檻を抜き放つ。
己の思いだけは、確かに胸にあるのだから。
 それを傍らの橘が言葉へと紡ぐのだ。
「奪うということが、救いということに、どうしてなるのだろうね」
 甘いまやかしや夢幻に過ぎない。
孤檻と並ぶように護刀・銀宵を構える橘。
 子供達の放つ霊障により周囲の石が持ち上がり、ぼうっ、ぼうっと無数の鬼火が灯る。
 忘れていない。思い出したくない。
 それこそ、骸魂となってしまった彼らは、呪いや憎しみもまた、忘れていたのだから。
 忘れていたままでいたかったのだと、嘆くように鬼火が揺れる。
「それでも思い出して欲しい」
 それこそ、憎悪だけではない筈だから。
 胸の奥にある筈の、暖かいものを。
 それを導こう。それを呼び覚まそう。
「大切な思い出を、必ず取り戻す。……だから、今は眠ってくれ」
孤檻が繰り出すのは権能のひとつ。
 第一に結界を張り巡らせ、立ち入った者を第二夜で呪縛し、第三夜たる黒縄で拘束する。
 それは罪あるものを捌く為に、自由を奪うもの。
 子供達が記憶を忘れても、その罪までは消えはしない。
 繰り出そうとした霊障と鬼火がするりと掻き消え、変わりに踏み出す橘の握る武器が無数の蒼い焔へと変わっていく。
 それは子供達の往く道と、辿り着く先を照らすべく。
 決して寂しくないように。悲しいままで終わらないように。
 放たれる孤檻の一閃と共に、蒼い焔の花びらが舞う。
 刀身に纏われる花びらは美しい色彩と光となって。
 刃のもたらす終わりを飾る。
 ひとつ、ふたつ。薙ぎ払われて、ゆらりと消える子供の姿。
 その後を飾り、彩るように周囲に舞う蒼い焔の花びらたち。
 美しく、悲しく、けれど、優しく。
 刀と花びらの舞踏は、骸魂への鎮魂のように流れていく。
 本来あるべきだったしろがねの鈴の変わり、刃と花が骸魂を葬りながら。
「ごめんな。でも、どうか『思い出』を」
 無数の蒼焔の花びらで子供達を送るその中で。
 橘は祈るように言葉を紡いでいく。
「忘れないで逝ってくれ」
 孤檻の流れる切っ先は、幾つもの骸魂を斬り裂き、鎮めて。
 この世界の草花に、樹木に、或いは何かへと宿りて変わる子供達の魂を送り続ける。
 思い出を託すように。取り戻すように。
 刃は瞬いて光となり。
 花は舞い散りて、思い出を示す。
 それはどちらも、ひとの心を宿すものなのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
桜の齎す転生とは又違った救いの形という事か
しかし仕損じたとなれば禍の種にしか成らん
況してや記憶を失わせると為れば尚の事
疾く止めねばなるまい

いっそ忘れてしまった侭の方が幸せな事も有るだろう
だが其れ等が在る――在ったからこそ、今が形作られている
心とて礎が欠ければ崩れてしまうもの
壊れてしまう前に取り戻せ

――殲遍萬猟、水氣を宿せ
戦闘知識と第六感で以って鬼火の軌道を測り先読みし
カウンターの斬撃で相殺して呉れる
余計な苦痛は与えずに済む様に一太刀で終わらせてやろう
災い為す前に送ってやる――私にしてやれるのは此れ位のものだ

歓びも悲しみも……幸せも苦しみも
失ってしまえば只虚ろになるばかり
其の方が余程恐ろしかろう



 鎮魂の儀式。
 幻想の桜がもたらす、転生という救いとは違うもの。
 それは残骸となった魂に、せめての優しさで触れることなのだろう。
 辿り着いた全てを受け入れる、過去が形作る世界。
 カクリヨの世界は、かつての思い出の織りなすひとつ夢。
 草花や樹々に宿る筈だった、その骸魂たち。
 けれど、それは清めなければならないのだ。
 一度、果ててしまっモノなのだから。
 現に鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の目の前には子供たちがいる。
 慰め、思われ、言葉を向けられてなお、道をあけない。
 忘れよう、忘れてしまおう。
 その唄と共に、自分たちを認めない鷲生へと敵意を向けている。
 だからこそ、鎮魂と浄化は必要なのだ。
「仕損じたとなれば禍の種にしかならん」
 すらりと愛刀である秋水を抜き放つ鷲生。
 ましてや記憶も失い、己がどういうものかも判らない間々。
 このまま道往けばどうなるか。
 災いの火種となって、数多の思いと記憶を消し去ってしまうだろう。
「――疾く止めねばなるまい」
 例え、子供の外見をしていたとしても。
 災いの童子であることに変わりはないのだから。
 このカクリヨの世界は、余りにも脆く、儚く、簡単に滅びへと転げ落ちてしまう。
 それを止めるべく、鷲生は子供たちを赤き隻眼で見つめる。
「いっそ分かれてしまった侭の方が幸せな事も有るだろう」  
骸魂たちが抱えた思いはどんなものなのか。
 怨念、憎悪、悲嘆に切望。
 死んでしまった者が抱える、なにがしかの負の思い。
 それがただ消えてなくなることはないのだから。
「だが、だが其れ等が在る――在ったからこそ、今が形作られている」
 それが喪失の痛みでも。
 護れなかったという悔恨だとしても。
 それらを確かに感じる心の礎をこそ、魂というのだ。
「壊れてしまう前に取り戻せ。お前たちの形を」
 でなくばただ消えるのみ。
 悪しく、忌まわしきものに、呑み込まれるだなのだ。
 人の記憶を蝕むものに。かつての幸せを奪うものに、なりたかったのか。
 ぼう、ぼうと。
 鬼火を伴い、夜を行く百鬼のひとつになりたかったのか。
 否だと言ってくれと、鷲生の構える秋水に静かなる剣気が満ちる。
 鋭く、冷たく、けれど、それは祈りに似た気配で。
「――殲遍萬猟、水氣を宿せ」
 鷲生へと迫る鬼火は数えきれず、また、四方八方より。
 だが、だからなんだというのか。
 烈志たる剣豪が捉えるのは、その石榴のような赤い瞳のみではない。
 積み重ね、磨き上げられた今までの戦いの経験と感覚が、鬼火の走る軌道を先読みさせる。
 鬼火たちが渦巻く最中へと躊躇いなく踏み込む鷲生の姿は、まさしく刀による一閃。
 そして、巻き起こるは水刃による鬼火の斬葬だ。
 四方へと放たれる斬撃は流水のように美しく、漣のようにとめどない。
 刀身という距離、間合いを無視し。
 避ける事も、防ぐ事も叶わぬそれらは、流麗とさえ云える水氣の斬撃たち。
「取り戻して世に在る為に――相応しいものを呉れてやろう」
 秋水の一振りより引き起こされる無数の斬撃が周囲を奔り巡り、鬼火を斬り裂いて相殺する。
 それはさながら、火と水が共に舞うかのように。
 触れ合い、斬り裂かれ、消えて散る鬼火の群れ。
 後に露ばかりを残して、鷲生は更に駆ける。
 未だに忘れることを強要する、子供達の元へ。
 決して、彼らが災いを為して、世界に爪痕を残す前に。
「一太刀で終わらせてやろう」
 せめて苦しみを感じる事なく、送ってみせよう。
 鷲生にしてやれるのは此れ位だと、冴え冴えとした刃が三日月を描く。
 それは慈悲の名の元、痛みを与えぬ程に鋭く。
 瞬きの合間、白刃が流れる様を見せる程に迅く。
 振るわれ、ぽろりと、子供の首が落ちる。
 それは大輪の花が、散り落ちるように。
「歓びも悲しみも……幸せも苦しみも」
 ひとつ、ふたつ、みっつ。
 斬られて、形を失い、骸魂たちは周囲に漂う。
 忘却の唄という呪いを失い。
 思い出した過去に、ゆらりと揺らめいて。
「失ってしまえば只虚ろになるばかり」
 それでも確かに、しらじらと、柔らかな唄ばかりの頃とは違う。
 虚ろではない。その中にある、思い出と感情。
 これから、世界へと宿る、魂たち。
「空虚なままに、人を傷付けて、世界の災いとる」
 或いは、自らの信念さえ亡くして、彷徨うというのなら。
 大切なものは、ひとかけらもないままに。
 大事なモノと例え巡り会っても、次の瞬間に忘れてしまうなんて。
「……其の方が余程恐ろしかろう」
 ちんっ、と鷲生が秋水を納めた音が、戦いの終わりを告げる。
もう子供たちの姿と唄はなく。
 けれど遠くから、透き通るような美しい声がする。
 呼んでいるのか。
 導いているのか。
 この子供達の骸魂から、世界から、大切な記憶を失い、呑み込もうとした者の祈りが。
 川の先から、聞こえてくる。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『水占の辻』

POW   :    ゆめまぼろしを真直ぐ見据えて沈む

SPD   :    目を閉じ耳を塞いで耐える

WIZ   :    過去より未来を信じて身を委ねる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●断章 水の辻より、惑わしの霧を


 美しい歌声が聞こえる。
 呼んでいるのか。
 導いているのか。
 遠く、遠く、けれど子供達の唄よりも心を揺らす。
 物静かで、悲しげな少女の歌。
 まるで夢を語るように。
 今というものさえ、忘れてしまおうと。
 忘却をもたらす歌は、聞く者の心と魂にさえ影響を与えるのだ。
 それは世界にさえ影響を与えてしまうのかもしれない。
 川を伝って進めば、その先に儀式の場がある筈だった。


 だというのに。
 ふと、気づけば周囲に満ちるのは霧。

   
歌が聞こえるだけだったのに。
 その霧の中から聞こえるのは、懐かしい過去からの声。
 うっすらと見えるその背中は、かつていた人の輪郭に似て。
 ああ、思い出を映すゆめまぼろしの霧なのだと判るのだ。


 それは幸せの影を映す。
 これは、悲劇の姿を繰り返す。


 迷いの水と、忘却の唄。
 波打つふたつが、聞くものの心にひっそりと忍び込み。
 見たくないものを。
 思い出したくないものを。
 まぼろしとして、映すのだ。

――時には、もう取り戻せない幸せも、苦痛になるの。

 美しい少女の歌声が。
 霧をより一層、深くする。
 全てを忘れて、漂ってしまいましょうと。
 流れる水のように静かに。
 何事も無く。自らの形さえ亡くしてしまっても。
 痛みがなければ、幸せでしょうと。
 立ちこめる霧が、惑わしの夢を見せるのだ。


 この中に潜り、沈み、そして潜り抜けなければ。
 儀式の場に辿り着く事は、決して出来ない。 
 過去との対峙。それはもう昔。
 けれど忘れないのだと、霧の中で見失わずに、進まななければいけないのだ。
 思いこそが、この惑わしの霧を抜ける為に必要なもの。




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※プレイングの受付は、7/14日の朝08:31分よりお願い致します。
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※捕捉


霧の中では過去の幻影が見え続けます。
或いは、忘れたくなるような。
もしくは、振り返ると幸せだけれど、もう取り戻せないものだとか。
あの時、ああしていればという後悔が。
映像として、姿として、声として。
忘却の唄と共に流れてきます。

キャラクターにとって忘れたいもの、もしくは、忘れれないものを。
それとどう向き合うか。もしくは、逃げてしまうか。
心情メインで送って頂けますと、幸いです。

もしくは、優しさや勇気で過去を振り切っても構いません。


心情系となって難しくなるかもしれませんが、どうぞ、宜しくお願い致します。
ベルンハルト・マッケンゼン
(古代ローマ帝国兵や中世の重騎士、ナポレオンの古参近衛隊にSS武装親衛隊など、時代も国も様々な兵士達が姿を表す)
久し振りだな、戦友! 全く、みんな私を一人置き去りにヴァルハラに逝きやがって。

(道を開ける彼等の中を進むと、最後尾で一人のオラトリオの女性が微笑んでいる。金髪碧眼、六枚の翼と髪のマドンナリリーが、純白に輝く)
ありがとう。私ではない他の誰かの私より、貴女ではない他の誰かの貴女へ。行く末永く、幸あれかし。

(万感の想いを込めた敬礼を皆に送り、歩き続ける)
忘れたいほど辛く、忘れられないほど幸せな思い出。だが、振り返ることはない。私の一部は、永遠に彼等と共にある。今までも、これからも、ずっと。



 何も見えない霧の中。
 全ては白く、白いだけ。
その筈だったのに、すれ違う影があった。
 ふとすれば見失いそうな。
 それこそ夢や幻ではないのかと思う程に、薄らとした気配。
 これが幻影なのだとベルンハルト・マッケンゼン(黄金炎の傭兵・f01418)には判ってしまう。
 だとしても、振り返らない訳がない。
 かつの懐かしき戦友たちの影に、何も告げない訳にはいかないのだ。
「久しぶりだな、戦友!」
 古代ローマの帝国兵がいる。
 中世の甲冑を着込んだ騎士と、古参近衛兵が並んでいる。
 世界の敵とも言われた黒い武装親衛隊さえも。
剣を武器とた時代もあれば、重火器を武器とした時代のものも。
 それこそ数千年からなる、戦場の兵士たち。
 顔を見る事は出来ない。
 呼びかけても答えることはない。
 それこそ私達は過去なのだと。
 最早、決して触れ合えない残像でしかないのだ。
「……全く、みんな私を一人置き去りにヴァルハラに逝きやがって」
 並ぶ列は時代も歴史も姿も、古今東西もばらばら。
 けれど、道のように連なる姿は、ベルンハルトの巡った戦場の道に他ならない。
 それならば、その根源は何処だろう。
 最後尾という大元。変わらずにある始まりの一点とは。
 ベルンハルトの忘れたくないという記憶の原点。
 それは、六枚の翼を持つオラトリオの女性だ。
 金髪碧眼の姿は清らかに。微笑む姿は優雅。
 けれど、他に並ぶのは兵士たち。ならば、翼と髪で咲くマドンナリリーを純白に輝かせる彼女もまた、戦いに連なるものなのだろうか。
 戦いの天使。
 その言葉が、ゆっくりと脳裏をよぎり。
「ありがとう。私ではない他の誰かの私より、貴女ではない他の誰かの貴女へ」
 流れる言葉は、あくまで感謝の思いだけ。
 これは過去で幻影。触れる事も語ることもできない、記憶が渦巻き、形成したもの。
 だとしても、胸にある思いは確かなのだから。
 真実の思いを言葉にするのだ。
「行く末永く、幸あれかし」
 ただ真摯に、誠実に。
 過去のことだからこそ、尊く。
 決して穢されぬ輝きのひとつ、ひとつなのだと。
 万感の想いを込めた敬礼を皆に送り、ゆっくりと霧の中を歩く。
 ベルンハルトの動きに躊躇いはない。
 この過去たちに、これ以上拘るつもりもない。
 ただ胸にあり、心に残っている。それだけがあればいいのだ。
 それこそ地上もヴァルハラと変わらない、永劫に続く戦場。
 過去と現在が戦い続けるという、不条理なまでに美しい世界の姿。
 そこで生きるのだと誓うように。
 一歩、一歩。霧の中を先へと歩み続ける。
 綺麗な唄が響いている。

 忘れよう。
 忘れてしまおう。

「ああ、忘れたいほどに辛く、忘れられないほど幸せな思い出」
 それに拘るのが不幸だと、この唄は語るのだろう。
 今も昔もなく。ただ霧の中を流れるのが幸いなのだと。
 振り返って、思い出の痛みを幾度となく繰り返すのなら。
「だが、振り返ることはない」
 これはベルンハルトの一部なのだ。
 そして、ベルントハルトの一部は、彼らと共に永遠にある。
 先にヴァルハラへと旅立った彼らと共に。
今までも、これからも、ずっと。
 それを邪魔するというのなら、彼らとベルンハルトを白に染め抜くということ。
 ならば、そう。
 戦うしかないだろう。
 今までがそうだったように。
 これからもまた、そのように。
 霧が晴れた先では、きっと忘却を救いと歌う。
 相容れぬものがいるのだろうと、眼を細めた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
忘れられない記憶――親父とおふくろと、祖母ちゃんと、四人で過ごした数少ねえ記憶の一つ。

一泊二日の小旅行。おれにとっては、人生初めての旅。
皆で遊んで、美味いモンを食べて。温泉宿でのんびり過ごして。次の日は果樹園で果物を狩って。
たった二日。それでもおれにとっては見るもの触れるもの全てが新鮮で。
帰り道、もっといろんなとこに一緒に行きたいって、泣いてせがんだっけ。

あれから十年以上。もう二度とあんな風に四人で旅をすることは叶わねえのかもしれねえ。
それでも……いや、だからこそのかけがえのない思い出。おれの歩いてきた道を彩るピースの一つ。
もう二度と戻らねえからこそ、あまりにいとおしい瞬間だって思う。



 忘れられない記憶が流れていく。
 巡りゆくそれは時に加速して、或いはゆったりと。
 それこそ、見たい時だけを。
 振り返りたい時ばかりを、霧は映すのだ。
 鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)にとって、忘れられない記憶とは何なのか。
 それを今と比較して、辛くはないのかと。
 忘れることが幸せなのだ、霧を紡ぐ歌声に従って。
「ああ、数少ねぇ記憶のひとつ」
 だが、鏡島には思い出すことこそ、幸せなのだ。
 振り返って、その色彩と温もりに心を揺らす。
 いとおしいと、躊躇いなく言葉に出来るそれに。


 父親と母親、そして祖母。
 四人の家族で過ごした、一泊二日の小旅行。
 本当になんのことはない、些細な幸せ。
 けれど――それがどれだけ大切かと決めるのかは、本人次第なのだ。


 皆で遊んだ、あの度の路往きを。
 それこそ、そんな小さなものをと言われても仕方ない。
 鏡島にとっては大事なのだから仕方ないだろう。
 美味しいモノを食べて、宿の温泉に浸かってゆっくりと夜を過ごし。
 次の日は騒ぐように、笑いながら果物を狩って。
 齧り付いた優しく、甘酸っぱい味は、今もまだ覚えている。
 見るもの、触れるもの、全てが新鮮だった。
 もっと色んな所にいきたいと、泣いてせがんだのは。

「そうだよ。四人、みんなで一緒だったからだ」

 あれから十年以上。
 もう二度と、あんな風に四人で度することは叶わないのかもしれない。
 それでも。いいや、だからこそのかけがえのない思い出。
 もかしたら。
 旅をするようになったかもしれない、大切な心のひときれ。

 両親の二人も旅して、見て回った世界。
 それはこんなにも幸せで、楽しいものもあったのだと。
 鏡島の幼心に刻まれた、夢を巡り、まだ見ぬ世界へと触れようとする願いのひとひら。

 それが全てではないけれど。
 これが、旅をするようになったピースのひとつだと言えるのだ。
 誇らしいほどに、今でも鮮やかで。
 二度と戻らないからこそ、切ない痛みを覚える程に愛おしい瞬間。
 そこから始まった旅と道。
 キッカケはまた別だとしても。
「祖母ちゃんには星を読んで、占うことを教えてくれたように」
 忘却を誘う歌声に負けない程、鏡島の声は美しく。
 よく通るそれは霧さえも越えて、何処かに。
「親父とおふくろが、あの時に旅の楽しさを教えてくれたから。もっと、色んな所に行きたいって、泣いてせがむ程に教えてくれたから」
 霧の中でも道を間違えず。
 ゆっくりと、確実に、鏡島は前へと歩んでいく。
「俺の旅は始まって、続いているのかもしれねえ」
 そして、だからこそ大切な思い出を。
 今に続く、大事な記憶と感情を、洗い流したくはないのだ。
 自分という旅路を彩るピースであり、今の自分と、その先を示す道しるべでさえある。
「忘れたくないし、忘れられねえよ」
 利き腕である左手で持つのは。
 取っ手が猫の形をした、銀の呼び鈴。
 可愛らしくミステリアスな雰囲気がするそれを。
 ちりん、ちりんと鳴らす。
 この音と共に、道は続くのだと。
 綺麗な歌声と共に奏でて、この行く先を示すように。
「その詞は切なく、その末期は儚く、痛みを遥かに運び去る」
 そう、思い出す痛みさえも、何処かに。
 歌と音色よ、忘却の唄に消されないでくれと。
「――遠い昔の景色、辿り着けなくなった旅の思い出よ」
 それは霧の中で同じく彷徨う者達を癒やす、歌声。
 夢は覚める。朝日は来る。
 そして、始まる一日を続けていこう。
 痛みがあれ。
 悲しみと苦しみがあっても。
 東の空には、それを乗り越える儚き光がある筈なのだから。
 覚えている限り、大切なものは消えはしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルター・ユングフラウ
【古城】

【WIZ】

もう、見飽きた幻だ
父上も、近衛の兵団も、そして領民も…全て、この手で殺めた
血の匂いとは、簡単に消えぬものだ
だがそれ以上に、怨嗟は消える事は無い
血の染みた石壁から湧き出で、死霊共は我を見つめてくる
歪んだのは境遇のせいと逃避するのは簡単だ
断罪の刃を受け入れるのも、同じくな
だが、それでは意味が無いと
生きてその力を振るえと、血の通わぬ鋼の身でありながら示してくれた者がいた

─まったく、騎士が淑女を置いて先に進むとは言語道断だな
剣を取るのと同じく、淑女の手を取るのも騎士の務めであろう?
それとも、この血に塗れた手に触れたくはないか?
……ふふっ、冗談だ
さぁ、進むぞ
ゆっくりと急いで、な


トリテレイア・ゼロナイン
【古城】

遥かな昔
ある天才が銀河帝国に兵器開発を強制され多くの死を齎し嘆き『防衛対象の己の殺害』を創造物に入力
矛盾命令を実行し自我崩壊した個体…それが私

故郷の同型機の宿敵からの伝聞
その情報を元に発掘
未だ解析中途の映像記録媒体
この光景が手中のそれなのですか

「死出の供だからか、私を救ってくれるからかしら?

生産物の中で一番憎くて選んだこの木偶が騎士に見えるわね」

(玉座型機械に繋がれた紫髪の女の宿敵が愛憎入り混じった故の微笑で剣振り上げる己を見上げ)

この場面だけ…解析中途で『私の記憶』で無いから?

知らねばなりません
紛い物が騎士を愚かしくも望むなら
彼女が私を選び壊した理由…

私の罪を

ここで止まるわけには…!



 残酷なる魔女と、紛い物の騎士が歩む道。
 それは白き霧に包まれ、全く先が見通せない。
「なあ、トリテレイアよ。騎士たるお前が我を抱き抱えて運ぶというのも手ではないか。歩くというのも十分に疲れるのだ」
「そういう貴女は、この不可思議な霧の中を歩くことに心が揺らされているのではありませんか。……鎮魂成されなかったが故に、骸魂の唄が紡いだ霧」
 フォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)と、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)が言葉を交わす。
 それこそ、確かに騎士たろうとするトリテレイアがフォルターの身を案じ、守ろうとするのは本来自然なこと。
 だが、この霧は普通ではないのだ。
 それこそ、トリテレイアではなく、フォルターの方こそが本領であるのだと。
「違いない。まさしく、死霊と骸魂の差はあれど、霊の見せるものならば……ああ、見せるモノとは相場が決まっている」
 霊と魂の紡いだ、何かしらの霧。
 夢幻を見せるものには間違いはなく、霊障の満ちる道だ。
「それを身で実感したいでしょう、貴女は。当然、安全は私が」
「そうしてくれ。骸魂の唄が、あの唄い呆ける子供を作ったモノの唄が、未だに続いている。何も起きぬ訳がないのだから」
 だが続く限りは進む。
 途中で止まるという事が有り得ないふたりだからこそ。
 その最中で浮かび上がる影に、向かっていく。



――ああ、もう見飽きた幻だというのに。



 まずは錆鉄の匂いが満ちて。
 霧の白が、鮮血の赤へと変じていく。
 さながら、清き水へと血が滲み、覆い尽くしていくように。
「もう、見飽きたといっているだろう」
 こつっ、とフォルターの靴が踏みならしたのは石造りの大地。
 このカクリヨの地面ではなく、別の世界のもの。
 気づけば霧は石造りの城の中となり、フォルターはひとり、その中の道を歩いている。
 見えていたトリテレイアの姿は何処にもない。
 そこに転がるのは屍ばかり。
 近衛の兵団が、領民が、続く道にて転がっている。
 大量の血を流し、ひとつの川のように流しながら。
 その先の王座にて、果てている男は。
「父上よ、別に殺めたことを後悔などしておらぬぞ?」
 そう。
 ここに至るまで転がっている死体の全て、かつてのフォルターの成した虐殺。
 特に理由などない。
 強いていうならば、血が欲しかったから。
「兵士たちにも、領民にも同じことだ。血を求めた、そして、その血をその身に持っていたからこそ――ただ殺した」
 求めたものを持っていたからこそ。
 殺して、奪い、手にした。
 流れて、零れて、失われた命の赤さ。
「血の匂いとは、簡単に消えぬものだ」
 記憶の中でも、吸い込めば肺を満たす欲望の匂い。
 そこに今更、後悔をするようでは傲岸不遜にて、冷酷無慈悲との言葉がフォルターを飾るものにはならない。
「だがそれ以上に、怨嗟は消える事は無い」
 すぅ、と赤い眸を横へと滑らせる。
 血の染みついた石壁。そこから這い出るように、ずるりと死霊が湧き出る。
 いいや、壁だけではなく、床からも。
 流れた血の道から、失われた命として。
 じっ、と怨嗟と呪詛をもってフォルターを見つめる死霊たち。
「睨み、呪い、憎んだとて、我を傷付ける事はできないぞ。……ああ、後悔はしていないとも」
 何故、殺したのだと。
 どうして、一人残らずなのだと。
 虐殺の果てにある死霊たちは、怨嗟で絡め取るようにフォルターを見つめる。
「どうして? さあ、な」
 歪んだのは境遇のせいと、逃避するのは簡単だ。
 吸血鬼であった父親から溺愛される程の残虐性。それは育った環境と、教えられ、与えられたモノのせいなのだと。
 残虐と残酷を与えて育てられたから。
 綺麗に言葉を飾るなら、鮮血を注いで咲いた花はきっと深紅。
 罪を受け継ぎ、咎を育んだ先がこの殺戮。なんとも簡単な帰結だ。
 だからこそ。
「報復したいか? 裁き、断罪し、我に命をもって購えというか?」
 とても冷ややかに。
 情けも思いも、薄すぎるほどに。
 己が命にも関わることを口にするフォルター。
「だが、逃避と同じように、断罪の刃を受けいれるのも、それでは意味がないのだ」
 それはフォルターのみで至った事ではない。
 血の通わぬ鋼の身でありながら、示してくれた者がいるのだ。
 道を再び間違えれば、討つ事も躊躇わぬ。
 だが、それまでは信頼と共に背を預けるという。
 なんとも複雑なる関係か。
「生きて力を振るえと」
 死んで、何が出来る。
 冷たい微笑みは、己へと怨嗟を向ける死霊たちに。
 現に、死んで出来ることなど何もない。
 肌に傷のひとつをつける事も出来ず、冷酷なる心に不安と恐怖の漣をたてることも出来ない。
 死んだ過去の者に出来ることなどないのだ。
何かを成すのは、それが例え悲劇と殺戮でも、或いは喜劇でも、生きる人の特権なのだから。
 同時に理由を求め、忘れる逃避で得られるものなど何もない。
 今を生きる。
 その難しく、苦しい舞台の上でこそ、人は自らの物語を紡げるのだ。
「購うという言葉は好まない。が、今を生きて力を振るうならば……」
 過去から続く、この鮮血の道を。
 断ち斬り、前へと進むのならば。

 この罪と、この魂を。
 宿す己が血に、意味と想いを見出せと。

――そう、血の通わぬ鋼の騎士は言うのだろう?






 血の通わぬ身だからこそ。
 魂があるかも判らない、この命だからこそ。
 悩ましく、苦しく、答えの出ない道を行く。
 星と星の間を往き、真空という絶対零度と、恒星の灼熱に焼かれるなど、いつもの、些細なことだと。
 トリテレイアは、霧の映し出す過去に、自らの何かが軋む音を感じた。

 それは遙かな昔。

 銀河帝国に兵器開発を強制され、数多の死を生み出した天才がいた。
 自らの生み出したモノが積み上げる死。
 幾ら嘆き、悲しんだ所で、作り出される死は止まらない。
 涙の数より多くの弾丸が零れていく。
 嗚咽よりも耐えまなく、死が作り出されていく。

――こんなこと、望んでいなかった。
 私の才能は、想いは、思想はこんな地獄の為ではないのに……――

 それは察するに余り在る苦しみ。
 才能、能力、努力。それらを支える理想と夢。
 それらが反転し、自らの悪夢を描き続けるのはまさに地獄なのだろう。
 自らの心と思いが、自らの魂を蝕み続ける。
 ならばいっそ。
 己を殺してくれと、『彼女』は願ったのだ。
 断罪して欲しい。これ以上の罪咎を重ねる前に。
 屍と死の大地を見る前にと。
 それはどうしようもない強制のコード。
 防衛対象である筈の『彼女』を殺せと、矛盾命令を実行させる為の。
 結果として起きるのは自我の崩壊。
 機械たる身の霊魂とでもいうべきものを、機能を狂わせるものなのだから。
 ならば、どうしてこんなに淡々と語れるのか。
 それは単純。だって、この過去はトリテレイアの記憶ではないのだから。
 故郷の同型機の伝聞。
 その情報によって発掘し、未だ解析途中の記憶映像媒体。
 それもまた記憶だと霧が反応して、姿を浮かび上がらせるのだ。

 トリテレイアのものではない、何かの記憶として。

 実感はない。
 記憶として伴っていない。
 だからこそ、察するしか出来ない、愚かなる機械の騎士。
 紛い物の記憶を、霧は浮かべる。
「死出の供だからか、私を救ってくれるからかしら?」
 玉座のような機械に繋がれた紫髪の女が微笑んでいる。
 それは愛憎入り交じったが故の、狂気に似た気配。
 己を殺してくれ、それが救いなのだと言いながら。
明確な憎悪を、同量の愛情と共に心の天秤に乗せている。
 どちらかに傾くことはなく。
 止まることもない。
「生産物の中で一番憎くて選んだ、この木偶が……騎士に見えるわね」
 そう囁く眸に映る姿は、そう、まさしく『己』。
 トリテレイア――騎士を目指すものが、騎士と云われながら、女へと剣を振り下ろそうとするその瞬間。
 涙はなく。
 微笑みは変わらず愛憎に満ちて。
 最後の瞬間まで、その懇願(めいれい)は変わらない。


 走るノイズ。霧が白と黒に点滅する。


 見えるのはこの場面だけ。
解析途中であり、『トリテレイアの記憶』ではないから?
判らない。忘れられ、置き去りにされた過去の残骸。
 骸魂の奏でる唄は真実を教えてれない。
 忘れてしまおうと誘うだけ。
 全ての真実は霧の中へと置き去りにしようと。
「知らねばなりません」
 白と黒。モノクロのノイズばかりだった周囲に、他の景色が映る。
 周囲にあるのは霧だけではない。
「紛い物が騎士を愚かしくも望むなら」
 それは、『彼女』が騎士を求め、願い、祈ったから?
 判らない。判らないから、忘れてはいけないのだ。
 思い出せと、戦機の思考が悲鳴をあげる。
 彼女がトリテレイアを選び、壊した理由を。
 もっとも憎んで、騎士のようだと云った事実を。
 あの眸にあった、愛情を。
 何より。

「私の罪を」

 己が何を犯してしまったのか。
 忘れた間々でいる訳にはいかない。
 それを知り、償えた時、初めて騎士という名を得られるのでは。
 求められたからではない。
 ただ、最後に残っていた記憶情報に縋ったのではない。
 自ら求めた理想だと――自らの罪に向き合えるように。
 
 この過去と、この罪に。
 宿した身に、真実の光を。
 此処で立ち止まる訳にはいかないのだから。



 霧が薄らと晴れる。
 それは出口に近づいたせいか、それとも、しっかりと自らの記憶と思いを貫いたせいか。
 真実は――そして、未来は、何も判らない。
 ただ過去から続く。
 失われた日々から、或いは、そこにあったものから、今が続いている。
 求めるものへと。
「―─まったく、騎士が淑女を置いて先に進むとは言語道断だな」
いつの間に離れ、そして、また近くにいたのか。
 フォルターの冷淡な声に、トリテレイアは振り返った。
「……いえ、少し。幻を見せられていたようで」
「ならばなおのこと。見失わぬよう、剣を取るのと同じく、淑女の手を取るのも騎士の務めであろう?」
 すっと差し出される、ほっそりとしたフォルターの手。
 彼女が求めるのは断罪か。贖罪か。それとも、新しい何かか。
 正しき道へと進んで欲しいとトリテレイアは願い、けれど、では彼こそどうなのだと紛い物の騎士として悩むのだ。
 伸ばした手を握られない事にフォルターが加虐の色を乗せて微笑む。
「どうした。それとも、この血に塗れた手に触れたくはないか?」
「そんな事は。失礼致しました」
 伸ばされたフォルターの手を、舞踏会でエスコートするように取るトリテレイア。ただ、それは確かに焦っているようで。
「……ふふっ、冗談だ」
 互いに見た幻に、何も思わず、感じなかった訳ではないのだろうと。
 柔らかくフォルターは笑ってみせるる
 その表情は、鋼鉄の身であるトリテレイアにはできないもの。
 笑う、という、特別を見せて。
「さぁ、進むぞ」
 過去に囚われず。
 けれど、それから逃避するように忘れることなく。
「ゆっくりと急いで、な」
 安易な答えや、真実ではなく。
 その先にある何かを求めて。
 苦しみ、悩み、先の見えない霧の中を彷徨うように。
 それでも触れた手は、確かにあるのだから。
 此処から、新しい記憶と、想いを。
 願いを見つけていこう。
 霧はするりと、散っていく。
 血濡れの淑女と、紛い物の騎士。
 その過去を拭うのは、忘却ではなく、己自身なのだから。
 互いの手に、更なる罪と血を重ねないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エリザベート・ブラウ
にいさま(f05027)と

深い霧の中、片手ににいさまの手を、片手にプシュケを携えて進んでいく
ねえプシュケ、あなたは私のよき隣人
お願い
味方でいてね

ああにいさま
見えていて?
わたしたちのふるさと
仄暗い夜の底
金色の稲穂の海
今に見えてくるわ
あのひとが

にいさまが行ってしまわぬよう強く手を引く
にいさまだめよ
あのひとはだめ
忘れてしまったの?

わたしにとってのあのひとは
恋に狂った女のひと
あのひとは、わたしたちを捨てたひと

同じ過ちは繰り返さないわ
プシュケ、ねえ
あなたはわたしの味方でいてくれるわね?
にいさま置いて
軽くひとなぜ

幻影だって、耐えられない
わたしは貴女を愛していたわ


★アドリブ歓迎


ヴェル・ラルフ
リズ(f20305)と

深い霧の中、隣を歩く義妹の手をとって
もう片手は己の炎を灯りとして

ああリズ
見えているよ
僕らの故郷
日の差さない世界
奥に佇む寂れた孤児院
そして、かけがえのないひとが

銀薄の靡く髪
振り替えればきっとあの薄紅の瞳
強く引かれる手に、己の足が勝手に進んでいたことを知る
…分かっているよリズ
思い出しているから

僕にとってのあのひとは
初めて恋したひと
あのひとは、僕を救ってくれたひと
そして、今は亡きひと

けれど知っている
もう僕らは先へ行かなくちゃいけない
未来へと歩を進めなくては
ああリズ消えやしないよ
これは幻影
ほら
炎で簡単に揺らいでしまうだろう?

リズ
泣けないリズ
僕も彼女を愛していたよ


★アドリブ歓迎



 深く、深い霧の中。
 何も見えない。少し先も判らない。
 真白に包まれた世界だからこそ、その兄妹は手を繋ぐ。
 今までもそうして来たように。
 呼吸を感じる程の、すぐ傍で寄り添い合う。
「ねえ、にいさま。何処までこの霧は続いているのかしら」
 語りかけるのはエリザベート・ブラウ(青の蝶・f20305)。
 少女の物静かな声は霧の中を流れていく。
 応じるのは兄であるヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)だ。
 義妹であるエリザベートを握るのとは逆の片手に炎を灯し、それで周囲と道を照らしながら。
「心配する必要はないよ、リズ。この灯りがあれば怖くない。この手が離れることはないのだから」
 今までがそうだったように。
 これからも、そうなのだと。
 語る義兄の横顔をそっと見つめて、安堵の吐息をつくエリザベート。
 ならば。
 どれほどの、さいわい、いなのだろう。
 この先にある筈の、さいわいの、ひとつとして。
 エリザベートのもう片方の手に握るは、よき隣人たる*Psyche*。 
 鉄槌たるその身が、常にエリザベートの味方であるようにと、ほんの少し、縋るように爪を立てる。
 その心の揺れに反応したのか、渦巻く霧。
 現れるのは今までいたカクリヨの景色ではない。
 周囲は仄暗い夜の底。
 日の差さない世界の奥で佇むのは、寂れた孤児院。
 金色の稲穂の海は月明かりを受けて、ゆっくりと波打ち続けている。
 おいで。
 おかえりと。
 ふたりの故郷である、その場所が。
「ああにいさま、見えていて?」
 一歩、一歩と近づくごとにその輪郭が、色彩が、確かなものに。
 覚えがある。いいや、記憶の通りに。
「わたしたちのふるさと」
 エリザベートは声に翳りと、悲しみと、執着の色を滲ませて。
 その奥、もっと深い部分にあるだろう人へと、薄らと思いを向ける。 
「ああリズ、見えているよ」
 応えるヴェルは、そんな義妹とは対照的。
 誘われるように、浮かれるように言葉を紡ぐ。
「僕らの故郷」
 それは思いと、愛着と。
 過去に何かを求める求める青年の、柔らかな声色。
 霧は紡いで映す。過去の残滓を。
 兄と妹が愛した筈のひとりの女性の姿を。
 ふわりと流れる風で靡くのは薄銀の髪。ひとりで佇む姿は美しく、懐かしく、けれど、兄と妹では受ける印象と、思い出す感情が違い過ぎている。
 振り返れば、きっとあの美しい貌と薄紅の眸があるのだろう。
 その眸を見たい。宝石のような色彩の中に映し出されたい。
 ヴェルの歩みは知らずに早まり、かつての影である女性へと近づいていく。
 何故なら、それは初恋のひとなのだから。
 憧れは今もなお。記憶と共にあるから、想いも色褪せることはない。
 鼓動が脈打ち、もう一度、もう一度だけとその貌を見ようとして。
 ぎゅっと握り絞められる掌に引き止められ、ヴェルは、はっとする。
「だめよ。にいさま」
 それは縋るように、そして、祈るように。
 エリザベートは繋いだ手を離さない。
 この先にさいわい、があるのならば、過去に戻れば、そこにあるのは、ふしあわせ、なのだ。
 ああ、それは懐かしい記憶ではあるけれど。
 大切なものではあるのだけれども。
「にいさま、だめよ。あのひとはだめ」
 震えるようなエリザベートの聲が続く。
 それは悲しく、切なく、けれど激しい思いで紡がれながら。
「忘れてしまったの?」
 エリザベートの眸が、ヴェルの琥珀色の双眸を見つめる。
 あのひとは。
 そう、少なくとも、エリザベートにとってあのひとは。

――恋に狂った女のひと

 少女が唇の動きだけで、なぞった、過去の出来事。

――あのひとは、わたしたちを捨てたひと

 眸に宿る想いこそが全て。
 言葉にする必要もなく、そして、出来るわけもない。
 だって、にいさまでしょう。
 語る必要なんてないわ。
 伝わるでしょう。
 伝わらなければ、それこそが嘘だわ。
 本当のことこそ、同じ時間を過ごしてきたからこそ。
 間違いなんて、起きる筈がないのだ。
「あのひとは、僕を救ってくれたひと」
 するりと、首を振るい、繋いだ手を握り返すヴェル。
 兄と妹が一所にいて、決して間違いはないのだと。
「そして、今は亡きひと」
 言葉にして、炎を灯す手を一振り。
 吸血鬼の血を燃やして周囲を夕映の色彩に染める、その炎をもって。
 霧と過去を払おうと。
 ヴェルは、もう知っている。
 どんなに大切で、大事だったとしても、ふたりは前へと進まないといけないのだ。
 未来へと歩を進めなくては。
 義妹のエリザベートに、こんな表情をさせない為にも。
「ああリズ。消えやしないよ、これは幻影」
 手を一振りすれば、揺らめくのは世界のほう。
 炎の色と光で掻き消える、儚き夢でしかない。
 夜の海に沈んだような。
 仄暗い孤児院が、そして、そこに佇む薄銀の女性の姿が、揺らめく。
「ほら、炎で簡単に揺らいでしまうだろう?」
 けれど、握ったこの手は違う。
 エリザベートの為に微笑んでみせるヴェル。
 あの時とは違うのだと。
 前へ、ちゃんと進んでいるのだと。
 
――これは幻影、過去の夢の雫


 ヴェルの囁きに耳を傾けるエリザベート。
 眸に浮かぶ思いは、やはり激しく、切なく。
「同じ過ちは繰り返さないわ」
 美しい色彩が心の痛みと共に揺れている。
「プシェケ、ねえ。あなたはわたしの味方でいてくれるわね?」
 兄であるヴェルの手を離すのは、ちゃんとふたりで前に進んでいるから。
 よき隣人。身の丈はあろうかという鉄槌を、ひとなでするエリザベート。
 荊で絡み取られているのは、さて、何なのかしらと。 
 赦されることはないわ。
 ねえ、知っているでしょう。
 罪は赦されず、抹するまで毀すだけ。
 何より。
「幻影だって、耐えられない」
 罪であるか。幻影であるか。
 そんなこと関係なく、ただ、ただ、毀すだけ。
 振り上げた*Psyche*は、ヴェルの炎で揺れる世界へと向けられ。
 優しい夕焼けの色に染まったエリザベートの貌は、泣きそうで。
 けれど、ひとつしずくの涙の気配も匂わせず。
「わたしは貴女を愛していたわ」
 宣言と共に、*Psyche*を振り下ろす。
 霧の作った世界が粉砕され、蝶が舞い散る。
「泣けないリズ」
 まるで聲を失った人魚姫のように。
 かわりに涙を失った姫小灰蝶たるエリザベートへと、ヴェルは優しく囁く。
「僕も彼女を愛していたよ」
 これは過去の光景。
 砕け散り、蝶となり。
 照らす炎の元で消えていく、幻影の霧。
 かつての日より、明日という先へと進むため。
 忘れることより、覚えながら、ふたりは歩く。
 忘れない。忘れられない。だって、初恋だったのだから。
 愛していたのだから。
 例え、恋に狂って、捨てられたとしても。
 いいや、そんな悲劇があるからこそ、余計に忘れられない。
 だからこそ、義理の兄と妹。そのふたりは。
 また手を繋いで。
「リズ。今という真実は、炎では揺らがないよ」
「ええ、にいさま。どんなことがあろうと、道を迷ったりしないわ」
 ふたりでいれば。
 この手が繋がれている限り。
 先に進み、さいわいへと至れるのだと、信じているから。
 疑う余地なんて、ありはしない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鬼灯原・孤檻
尊(f13751)と一緒。

俺は、雪山で目を覚まして以来、ずっと刀を振ってきた。
この身は不老不死故、きっとこれからも、永遠にそうあり続ける。

…だけど、“俺”が目を覚ます以前のことを。
烟る霧の向こうに手を伸ばせば、俺が得られないはずの過去を、――俺が生まれた意味を、得られるかもしれない。

霧は霧のまま。
なのに、そこには確かに悔恨があった。
そうだ。“俺”がいなければ――

『  ごっこは、たのしかったか? ――小鬼』

嗤う声。
知らないはずの男の声に、現実に引き戻される。

「そうだ、尊…」

尊の方に声を掛け、手を伸ばす。
惑わされるな。今、“俺”がすべきことは、前に進むこと。
…まだすべきことは終わっていない。


橘・尊
孤檻(f18243)と一緒

歌が霧を濃く深く
ナニカを映し出す

襲撃され逃げ惑う村の仲間達
惨劇、悲鳴、怒号…血の匂い
ああ、『あの日』だ

今ではない、と
心では分かっているのに
引き込まれる
心が乱れ、苦しみが増し
息ができなくなる

もう、無理だ

崩れ落ちそうになったその時
深い霧の中から
伸ばされた手と優しい声が
俺を現実に引き戻す

手を掴み握れば、息ができる
乱れた心が落ちついてくる

これは『幻』

「孤檻…ありがとう」

過去を嘆いても
巻き戻せやしない
進むしかないんだ

大丈夫、振り切れる
独りではないのだから

(アドリブアレンジ大歓迎です)



 白い霧が、ぽとりと落ちて零れる。
 いいや、これは霧なのか。
 何故、霧と思ったのだろうか。
 これが自分の目覚めた雪山だと鬼灯原・孤檻(刀振るう神・f18243)が気づくのには数瞬かかった。
 これが最初の記憶。
 覚えている限り、孤檻にとってもっとも古い。
 それ以来、ずっと刀を振るい続けてきた。不老不死の身は、故に、永遠にそれを繰り返すだろう。
 けれど、ならば、これより昔はどうなのだ。
 孤檻という“俺”が目を覚ます以前のこと。
 もしかしたら、この過去を映す霧と唄の中ならば、手を伸ばせば、得られない筈の過去を、真実を。
 産まれ落ちたその意味を、得られるかもしれない。
 だからそうだ。
 雪ではなく、これは霧。
 同じ白でも全く違うそれだと認識し、孤檻は手を伸ばす。
 烟るばかりの霧の奥へ、奥へと意識を、自らを投じていく。
 霧は変わらず霧のまま。
 むしろ吹雪のような真っ白な景色。
 だから、これが最初の光景で記憶なのだろう。ないものを、映すことは出来ない。
 なのに。

 どうようもない悔恨が、吹雪の冷たさ共に巻き起こる。

 何故なのだろう。
 忘れられない感情が、冷たく、鋭く、心を抉る。
 そうだ。そうなのだ。
 白すぎる景色の中で、孤檻が見つけ出す思いはたったひとつ。
 
――“俺”がいなければ――

『  ごっこは、たのしかったか? ――小鬼』
それは知らない筈の男の声。
 嗤う。嗤い続ける。
 雪よりなお冷たく、寒気を覚えるものを真っ正面から浴びる孤檻の胸の中には、やはり、どうしようもない悔恨。
 いいや、だからこそ。
 知らない男の声が、現実にあるべきものを思い出せさせる。
 嗤わせない、嗤いをとめさせないといけにい。

「そうだ、尊……」

 傍らにいた筈の存在へと声をかけても、孤檻の呼びかけに応じるものはない。
 だからこそ、手を伸ばす。
 記憶を探る時より必死に、大切なものを握り絞めようと。
 そうだ。惑わされるな。
 孤檻がどうしてここにいるのが。自分がすべき事とは、前に進むことであり……。





 歌が霧を、より濃く、より深く。
 その裡にいる者の過去を映し出し、惑わす為に、立ちこめさせる。
 色や視覚だけではない。
 音や匂いまでも、在りし過去の姿を取る為に。
 ならば、橘・尊(浮雲・f13751)の過去とは。
 忘れたいと願う程に強い記憶とは。
 
――ああ、『あの日』だ。

 それは惨劇の記憶。
 悲鳴があがり、怒号が木霊し、周囲が燃える。
 赤いのはただ炎の色彩を映しているからではないのだと、噎せ返るような血の匂いが告げている。
 ああ、『あの日』なのだ。
 今ではないと判っている。これは幻影なのだと、逃げ惑う村の仲間達の姿を理解している。
 だというのに、指が震えて、膝に力が入らない。
 頭でも判っている。心でも理解している筈なのに、霧の見せる幻影に引き込まれ、より深く、より濃い惨劇に取り込まれていく。
 忘れたい。
 忘れたままでいたい。
 そういうものはある筈でしょうと、綺麗な歌が告げている。
 乱れるのは心か視界か。
 響き渡った悲鳴に耳を塞いでも、記憶の中から呼び覚まされたものは塞げない。
 例え瞼を閉じたとしても、地面に倒れる仲間の姿は消えないのだ。

――助けて。
 手を伸ばす仲間が、襲撃してきた賊に引きずられていく。

――助けてよ。
 叫びは誰のものだろう。もしかしたら、橘自身の。


 もしも、助けられる程に強い存在だったら。
 この嘆きと、悲しみと、後悔などなかったのか。
 こんな恐怖に、未だ囚われる心でなければ……。


 呼吸が出来ない。
 陸の上、悪夢の霧で窒息しそうになる。
 心が壊れて、忘却を選ぶまで、この霧は幻影を描き続けるのだ。
 よろめき、壁へと手をつく橘。
 だというのに所詮は見世物だと、悪意に笑う声が更に降りかかる。
 何時まで続くのか。いいや、終わりがないのだと橘は理解していた。
 例え記憶の最後まで再現されきっても、また最初から始まるのだ。
 終わりがなければ、逃げ場もない。
 跳ねて、暴れ回る鼓動。胸に痛みと苦しみが満ちていく。
 そして、それが途絶えることはない。
 だって、これは救われることのなかった記憶なのだから。
 救いなどないのだと、判っている過去のことなのだから。
 繰り返される惨劇は、何時まで続くのか。
「もう、無理だ……」
 ついに膝を折り、地面に崩れかける橘。
 だが、ふいに。
 橘の腕を握り絞める、ひとりの青年の手が伸びる。
 崩れ落ちないように。支えるように。
 大切なものに触れようとする、優しく強い、手と声が。

「尊……!」

 伸ばされたその腕を、手を握り返す橘。
 これもまた、橘は知っている。惨劇の日を越えた先で、巡り会った存在の掌。
 そう、結局、これは過去なのだ。
 消えはしない。忘れることは、出来たとしても。
 そして、忘れたとしたら、その先に続く今を否定することにもなるのだ。
 こうして、支えてくれる優しく、頼りになるひとのことも。
「これは、『幻』」
 決して嘘ではない。
 けれど、今あるものではないのだ。
 橘のいる世界は悲劇ではなく、傍にあるのは信頼をおく存在。
 この手の主、孤檻がいる。
 その事実を確認して、息を吐く。
 そして、ゆっくりと吸い込む。
 呼吸が出来る。
 孤檻の呼びかけに応えようとすれば。
 心が落ち着いて、不安をかけないようにと笑おうとする。
 失敗して、頬が歪んでしまうけれど。
 それでも、笑って応じようとする相手がいるのだと、橘は今を確信するのだ。
 聞こえていた悲鳴は途絶え、燃え盛る村ももはや霧の中。
 ただ、深い霧の中から伸びた腕だけが、確かに残るもの。
「孤檻……有り難う」
 過去をどれだけ嘆いても、時間は巻き戻らない。
 それこそ、霧の中にただ座っても何も変わらないように。
「進むしか、ないんだ」
「そうだ、橘。………まだすべきことは終わっていない」
 崩れかけた身体を孤檻に引き戻され、しっかりと立つ橘。
「大丈夫、振り切れる」
 いまだ、霧は立ちこめても。
 忘却の唄と、霧が揺らす幻影は残っていても。
「独りじゃ、ないのだから」
 それらを掻き消さなければ、しっかりと信頼する孤檻の顔を見れないのだから。
 成すべきことを。
 そして、振り切ることを。
 望む心は忘却を救いとして紡がれた霧の幻影を晴らしていく。
 ゆっくりと。
 それは、速く、強くはなくとも。
 優しく、心に寄り添うように。
 思いに残る苦しみを、悔恨を、流していく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
取り戻す事の叶わない過去が、どれ程に愛おしいか
己の最奥に宿っているからこそ能く解る其れを眺め遣る

穏やかな平和の中にある故国
柔らかに笑んでいる彼女の姿
轡を並べた友と何処までも駆けぬけた
――護る事を誓った
生まれ育った此の国を、友と共に
愛した彼女の幸せと未来を、命有る限り

しかし其れは既に何処にも無い
総て焼け落ち、此の世から消えた
――もしあの時、国を空けずに居たならば
彼女を連れて行っていたならば
そんな後悔に苛まれ
胸郭に空いた穴を埋める事すら出来ず生きて来た

二度と戻りはしない愛しい幻に痛みだけを覚える
だが、其れだけだ
解っている――後悔で脚を止める心算は無い
喪ったものは戻らずとも、新たに得たものの為に



 霧が映し出すのはあくで幻影。
 そうだと判るのは、自らの最奥にあるからこそ。
 あまりにも愛おしくて。
 胸の中に鮮やかな思いが走り続けるからこそ。
 これが夢幻でしかないのだと、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は判ってしまう。
 痛みが疼く。
 どうしようもなく、心に刻まれた傷が。
「忘れられるなどできようもなく、褪せることのない、過去だ」
 取り戻せるなら。
 ああ、そんな思いは抱くけれど。
 ほんの僅かな間だけでもと、石榴のような赤い眸で見つめる。
 それは眺めるように。
 ただ、思い出に撫でて触れるだけのように。
 決して取り戻せない、幻だと判ってしまうからこそ、より深く。
 痛みが深く、自らのもっとも深い所で疼いて、知らせるのだ。

――この夢が続いていたら、どんな幸せなのだろうと。

 渦巻く霧が映し出すのは、穏やかなる故郷。
 平和なる時間。風が流れて、揺れる草花と雲。
 そんな中で、穏やかに微笑む彼女の姿がある。
『――――』
 何かを囁いている。
 とても大事な、愛しい声で。
 振り返れば悲しく、苦しい。けれど、いっそのこと忘れてしまおうだなんて出来ない。
 後悔や苦痛より、大切な愛しさがあるのだから。
 轡を並べて何処までも駆け抜ける友の姿がある。
 ああ、なんて平穏で、これが続くのならば、きっと幸福の景色に他ならない。
「――護る事を誓ったのだ」
 生まれ育った此の国を、友と友に。
 大事な光と色彩が、風のように鷲生の身体を包み込む。
 絡み付く、優しく穏やかなる思い出として。
 決して離れられない、愛しさと悲しさとして。
 愛した彼女の幸せと未来を、命有る限り。
 そんな誓いを、それこそ切実なまでに願い続けた。
 過去の光景を眺めて、目を逸らさない。
 どんな風に変わって、壊れて、喪われるかさえ判っているのに。
 この時、捧げて掲げた誓いは何処までも真実。
 
 例え、この景色が、国が、既に何処にもないとしても。
 もはや名残香さえ、ありはしないのだ。


「だと、してもだ」


 移ろう霧の幻影。
 それは総てが焼け落ち、この世から灰となって消えた国の姿を映し出す。
 これが終わり。遂げられなかった誓いの果て。
 焼け落ちた黒い色彩に穏やかさはない。
 舞い落ちる灰は、なんと虚しいのか。
 ただ、ただ、後悔ばかりを駆り立てる廃退の色彩。
 光なんて、何処にもない。

――もしあの時、国を空けずに居たならば
 
 そんな後悔を、抱かずにはいられないのだ。
 焼け落ちた建物が、一陣の風を受けて崩れ落ちる。
がらがらと。輪郭ばかりは過去の過ごした思い出と重なるから。
 心の中で何かが、共に崩れてしまう。

――彼女を連れて行っていたならば

 火も消え、熱をも失い。
 色の途絶えた廃墟。鷲生の感情もまた、後悔と悔恨に苛まれ、次第に色彩を喪っていく。
 全ては白と黒と灰色。
 何も護れなかった、成れ果ての姿。

 瞬きの最中に、それが誇りでさえあった頃の、美しい姿が蘇る。
 何度でも、何度でも。
 喪われる前と、その後を繰り返していく。
 とても大切で、愛しく、哀しく。
 呼吸さえ出来ないような思いが揺れる光景。

 鷲生の胸郭には未だに穴があいている。
 その穴を埋めることさえ出来ず、生きて来た。

 どうしても拭い、消し去れない痛み。
 どうして忘れることができよう、愛しい温もり。
 二度と戻りはしないのだ。
 この手で触れて、握り、抱きしめることのできない幻。
 塞がらぬ穴が、心の傷が、より一層、激しい痛みを訴える。

「だが、其れだけだ。何時も、何時とて、この痛みは覚えている。感じている」

 忘れたことなどない。
 一瞬たりとも消えることのない、痛みと愛しさ。
 それはふたつとも、同じものなのだから。
 魂の一部であった、故郷の記憶。喪われた、尊い輝き。
 それが他の何かで埋められることなどありはしない。
 他のもので、変わりになる筈がないのだ。
 だとしても。
「ああ、解っている――後悔で脚を止める心算は無い」
 霧の魅せる幻ではなく。
 鷲生の心に残る愛しき女性が、何かを口ずさむ。

『――――』

 ああ、判っている。判っているのだ。
 それに背を押されるように。
 大切なものは過去だけではな、この先にもあるのだと。
 新たに得たものの為に。
 そして、これから巡り、出逢うものの為に。
 愛しきものたち。
 喪われた彼女と友に恥じず、そして、哀しい姿を見せない為にも。 
「止まる筈がなかろう。総てを喪っても、守る今があるのだから」
 囁かれ、届けられた言葉のひとつ、ひとつ。
 掲げた誓いは、いまだに胸にあるのだと。
 災禍を断ち、必滅させる刃を一閃させる鷲生。
 瞬く間に幻影と、そして霧が晴れる。
 これもまた、骸魂の奏でる忘却の歌が引き起こす、災いなのだから。
 ほんの僅かな。
 苦くも、大切な思い出に、赤い隻眼を揺らして。
「私は先に進み続けよう。喪われたものを、常に覚えているこの身として」
 この心にこそ。
 もはや在りはしない故郷と、ひとはあるのだから。
 気づけば懐から取り出していた煙草をひとつ。
 指先で抜き取り、火をつける。
 一息吸い込むのは、どうしても、消えない痛みがあるからで。
 けれど、この路往くのを止めはしないのだと。
 白い霧の消えた中で、痛みの吐息とともに煙を吐き出す。
 これもまた。
 ひとつの絆。
 往く路が何処であれ繋ぐ願いであれと。
 新たに得たものを確かめて。
 抜けた霧と過去を振り帰ることなく鷲生は先へと進む。
 するりと流れる煙草の煙が、哀惜と愛しさの白をゆったりと流す。
 忘れて消えてしまっていいだなんて。
 そんなもの、ありはしないのだと。
 一本の煙草が尽きるまで、過去を偲び、取り返さないと誓いながら。
 その誓いもまた。
 過去と記憶が大切だから、起きるもの。
 災いを齎す前に、聞こえる歌を斬るべく鷲生は進む。
 その歩みがとまることは、決してない。
 これから先、あらゆる災禍を斬り祓うその時まで続く歩みなのだから。
 その先に得るものがあると、知った身なのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW   :    届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※断章投下までしばらくお待ちください。
断章投下は07/23(木曜)の予定です。
●断章 その歌は、どうして始まったのかを忘れて


 ついに辿り着いた儀式の場。
 川の上に建てられたその場所では、さらさらと水が流れ込む。
 さながら水の上の神楽の舞台。
 柱に、天井に、或いは小さな置物にも。
 しろがねの鈴が結いつけられている。
 鎮魂の為に洗い、辿り着けなかった骸魂を清めるように。
 ここに流れる水と風で、きっと全てを慰め、鎮めるのだ。
 本来はそうである筈の場所で、美しい人魚の歌が響いている。
 
 忘れよう。
 忘れてしまおう。

 幾度となく繰り返され、聞こえたフレーズ。
 けれど、間近で聞こえるそれの影響は今までの比ではない。
 透き通って、胸にまで届くようなその声に。
 奏でられる優しく、切ない歌声に。
 思いは揺れる。
 これはひとつの祈りなのだと、感じ取れてしまうから。
 忘却こそ救い。
 だからこそ、救いをもたらす為に、祈りて願いましょうと。

 忘れよう。
 忘れてしまおう。 

 子供たちを、霧を通り抜けて来た筈なのに。
 瞬間、ふわりと何かの記憶の輪郭が緩んで綻び、何かを忘れそうになって。

――ちりんっ、

 吹き抜ける風が、真白の鈴を鳴らすその音ではっとする。
 周囲に無数に、それこそ花を飾るように結いつけられたそれは、儀式の為の道具なのだ。
 骸魂のもたらす災いを払う為の、鈴の音。
 例え人魚の歌に引き込まれそうになっても。
 効果を深く受けたとしても、この鈴という法具を鳴らせば、それは掻き消えるのだろう。
 けれど、それも判らず……或いは、自分も全てを忘れていくのだろうか。
 きょとんと首を傾げる人魚。
 歌が瞬間、止まる。
「どうして、あなたは忘れないの?」
それは水底に心を引き込むような。
「……辛い、悲しい、苦しい」
 綺麗なのに、どうしようもない罪咎の気配をさせる。
「幸せだったのに、嬉しかったのに、あの時の間々ならば」
 声は未だ唄うかのような旋律で。
 軽やかに。
 それこそ、ただ優しそうに続けるのだ。
「そういうものを見て、思い出してしまったでしょう。辛かったでしょう」
 ふわりと微笑む姿は、揺れて波打つ水のようで。
 傷付けたことを申し訳なさそうに、言うのだ。
「私は忘れることを救いだと――そう思う理由さえ、忘れてしまったけれど。それはそれで、とても幸せなの」
 それこそ、自らの全てを忘れて、消えさせてしまったかのような。
 透けるような儚さで。
 軽やかにすぎる思いで。
「この歌の祈りが、今度こそ、あなたたちに届きますように」
 何度目かも知らぬ、その歌。
 自らが忘却そのものになったかのように。
 水底の人魚は唄い続ける。
 今、自分が言った言葉さえ、自らの歌で端から忘れながら。
 ちりん、と奏でるしろがねの鈴。
 それが記憶を繋ぎ止め、呼び起こす。
 忘れそうになれば、それを鳴らせばよいのだろう。
 風で鳴らされるその音は、確かに、歌で忘れた記憶を呼び起こして、忘れることを防いでくれていて。

――同事に、自分の記憶を忘れようとする人魚の記憶も呼び起こすのだから。

「ああ」
 今の今で忘れていたことを、人魚は囁く。
「私の名は、そう。ツバキ」
 自分の名さえ、自分の祈り歌で忘れた骸魂。
 憐れにして、愚かにして。
「誰かが愛しそうに呼んでくれたその名を――歌で流し、記憶の花を落として、忘れましょう」

 それは愛しくも悲しく。
 届かぬ思いだったのかもしれない。
 ツバキは未練という糸に縛らたからこそ、その救いを願っているのかもしれず。

 ただ、ただ、唄い続ける。
 それこそ忘却という救いを求めるのは。
 この人魚のツバキであるかのように。
 水泡のように淡く、儚く、その記憶と存在を見せて。
 ツバキは唄う。
 何度でも。幾らでも。
 もはや唄う理由さえ、忘れるまて。
 ならばそれを止める方法は、この骸魂を解き放ち、鎮魂の儀式を完成させるしかないのだろう。
 他に手段は。
 子供たちのように、ただ思い出せといった所で聞きはしないのだから。
 それこそが罪で。
 どうしようもない咎で。
 これが骸魂として残った、理由なのだろうから。


 さあ、この祈り歌に終わりを。


 忘れ去られたが為に、終わることのできない骸魂に、幸せへの迎えを。
前に進めなくなった。
 憐れに、陸に上がった人魚を、海へと還そう。





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



(※捕捉

 ツバキのユーベルコードの忘却の効果は、儀式場にある法具。
 白い鈴たちを鳴らすことで消したり、相殺することができます。
 ユーベルコード自体を消すことは出来ませんが、忘れたくない記憶や取り戻すシチュエーシュンのひとつとしてご利用ください。

 戦闘中にギミックとして使っても構いません。

 また、戦闘後にはそれらの鈴と鎮魂の儀式で記憶は取り戻せますので、一時的に忘れた間々、忘れながら戦うのも可能です。
 

 またツバキの説得は、説得されたという事自体を。
 受けた言葉をすぐそのまま、ツバキが自らの歌の効果で忘れてしまうのでとても難しいでしょう。
何かを言ったとしても、次の瞬間には自らの歌で、その寸前のことを忘れてしまうような、何もこれから先を覚えていくことができない……そんな存在です。
※プレイング受付のご案内
第三章の送信は07/24日(金)の08:31分より。
締め切りは最初の方のプレイングが失効するまで。
最低でも07/26日(日)の23:59分ほどまでは受付する予定です。
ベルンハルト・マッケンゼン
(不敵に笑い拍手する)
ブラヴォー! 素晴らしいアリアだ、プリマドンナ。
我を忘れ、聴き入ってしまった。
返礼に私も一曲奏でよう。
“7.62x51mmNATO弾による椿姫への鎮魂曲”、ラストナンバーだ。

(一礼後、バトルライフルで銃撃)
悲しくて苦しい? あぁ、お気の毒に。
辛くて忘れたい? あぁ、ご勝手に。
よくある話だ。そういうもの、なんだ。

私だって、かつてはそうだった。この世の全てを憎悪した。
……事実、世界を敵にしたこともあったが、な。
だが、残念ながら世界っていう奴は、我等の想いなんて歯牙にも掛けない。
世界は、貴女を排除するそうだ。本当に、残念だ。戦術的に…フッ。
(UCを攻撃力重視で発動。敵を、倒す)



 それは心へと触れる歌。
 思い出に、記憶へと透き通るように届く祈り。
 忘却へと誘うばかりではあっても。
 形無き、それこそ魂を震わせる歌声なのだ。
 ある意味での圧倒。
 個の記憶を洗い流す独唱歌の調べ。
聞き届けたベルンハルト・マッケンゼン(黄金炎の傭兵・f01418)は不敵に笑い、賞賛の拍手と声と送る。
 確かにこれは骸魂のもたらすものであれ。
 忘却に至らしめる程、魂が込められたものでもあるのだから。
「ブラヴォー!  素晴らしいアリアだ、プリマドンナ」
 ならば、そこに心を込めて言葉を送らずしてどうしよう。
 惜しむようなものは何もない。
 美しいのならば美しく。素晴らしきものを褒め称えるのに理由はないのだから。
 ただベルンハルトは自信をもって、自らの心の裡を語る。
「我を忘れ、聴き入ってしまった」
 同時に、ベルンハルトは忘れていない。
 これが鎮魂の儀式を失敗させたものであることを。
 そして、どうしようもなく、思いの届かない相手だということを。
「返礼に私も一曲奏でよう」
 故に、握り絞めるのは花束などではなく、バトルライフル。
 同じ歌を、そして、飾る楽器などではない。
「“7.62x51mmNATO弾による椿姫への鎮魂曲”、ラストナンバーだ」
 一礼の後に、絞れる引き金。
 奏でれるのは鋼と火薬による轟音の連続。
 この歌を決して繰り返させはしないと、銃口より繰り出される弾丸が五月雨の如く降り注がせる。
 人魚のツバキを責め、傷付ける弾丸たち。
 赤い色彩として鮮血が舞い散り、さらに降り注ぐ銃撃。
「悲しくて苦しい? あぁ、お気の毒に」
 言葉はとても無慈悲に。
 いいや、もしくは敵として当然として。
「辛くて忘れたい? あぁ、ご勝手に」
 同情する余地もなく。
 ただ倒し、葬る為に引き金を続ける。
 それが戦場にたった傭兵の在り方。あくまで、敵に対処する傭兵の姿。
 むしろ、言葉を送るだけ思いがある。
「よくある話だ。そういうもの、なんだ」
 ああ、と人魚が泣いた。
 美しい声は銃撃の嵐の中でもなおはっきりと聞こえ。
 鋼である筈の銃弾を斬り裂きながら、舞い乱れるは赤い椿の花びら。
 風はなく、声に従って花びらたちがベルンハルトへと殺到する。
 美しいのは見た目だけ。
 だが、その色艶に秘められた威力は凄まじい。
 ベルンハルトの身を斬り裂き、更には『声』さえも封じてしまう。
 どうやったらその喉を震わさせるのか。
 言葉を紡ぐ方法も忘れながら、変わらず銃撃を続ける。
 その大半をを花びらに防がれ、そして、刃のように鋭いそれらから転がりながらも、銃から手は離さない。

――私だって、かつてはそうだった。この世の全てを憎悪した。
 
 事実として、世界を敵にした事もあったのだ。
「ああ、よくある話だというのなら、世界から物語の記憶を消さなければなりません」
 だが、残念だよプリマドンナ。
 言葉を忘れたせいで声にできぬまま、ベルンハルトは思いを胸の中で呟く。
――だが、残念ながら世界っていう奴は、我等の想いなんて歯牙にも掛けない。
「語り継ぐ声を、消し去り、忘れ去らせなければ」
 人魚の嘆きに応じて舞うは椿の花びら。
 ただ美しく、ただ艶やかに。
 自らが正しいのだと、告げていくツバキ。
「でなければ、世界は余りにも残酷」
――いいや、その世界は。
 交わる銃弾と、花びらと。
 決して言葉を通じさせることなく、ベルンハルトとツバキは攻撃を重ね合う。
 伝わらないのだ。
 伝わる筈もないと判っているのだ。
 この世界に同じくあるというのに、決して、決して。
――世界は、貴女を排除するそうだ。本当に、残念だ。
 ツバキという人魚をこそ、消し去り、忘却するのだと。
 世界は定め、そして、消し去ろうとしている。
 鎮魂をもって、忘却という救済の祈りを。
 川へと流し、世界の糧へ。
 きっとあっただろう、ツバキの祈りと願いさえも。
――本当に、本当に、残念だ。戦術的に………フッ。
 ベルンハルトより放たれるグレネードランチャー。
花びらを纏い、嘆くように唄い続けるツバキを巻き込む火炎の渦。
 それでも続く歌は、世界に抗うように。
 何処までも祈るように。
 その姿へと、シニカルな笑みを浮かべてみせる。
 声を忘れて、何もいえず。
 元より、ベルンハルトは、世界を敵に回した人魚に向ける言葉などないのだから。
 ただ戦術的に、勝利を求め続けるだけなのだから。
 この忘却が救いという人魚に、明日はなく。
 明日という光があるのはベルンハルトだけ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鏡島・嵐
……そりゃあ、な。
ずっといい思い出に浸っていたいって気持ちも、悲しい思い出を忘れたいって気持ちも、間違いってわけじゃねえ。
だけどさ。忘れたくないものを抱えて前に進み続けるって気持ちも、間違いじゃねえはずだ。
旅の荷物は軽い方が善いって言うけれど、思い出は沢山あっても困るもんじゃねえ……おれはそう思うぞ。

(ユーベルコードで大風を起こし、白鈴を鳴らして。忘れ難い記憶をもう一度心に描き)
――この鈴の音が、アンタにも届けばいいのにさ。
辛ぇことも思い出すだろうし、忌まわしい記憶だってあるんかもしれねえ。
それでも――そんな思い出にだって、輝く何かはあったんじゃねえのか。



忘却の歌は続く。
 忘れてしまえば幸せなのだ。
 痛みも苦しみも。悲しみも怒りも。
 そして、今でさえも。
 戦う最中ても音色を紡ぐツバキは、忘れるこそを心の底から、救いだと信じている。
 痛みを訴えるより。
 どうして戦うのかと、苦しみを告げるより。
 嘆きながらも続く歌こそ、その証拠。
「……そりゃあ、な」
 呟くのは鏡島・嵐(星読みの渡り鳥・f03812)。
 ずっと思い出に浸っていた気持ちも。
 悲しい思い出を忘れてしまいたいという気持ちも。
 どちらも間違いではない。
 だって、どちらもひとにとって大事なもの。
 悲しいものを忘れて、楽しく明るい思いを抱くこと。
 それこそひどい夕立のあとには、夜空に月と星が昇るように。
 幾度も幸せと不幸せは繰り返す。
 禍福は糾える縄のように。
 何より、辛い事があったらから、幸せなことはより鮮やかに胸に浮かぶのだから。
 ツバキには届くのだろうか。
 鏡島は悩みながらも言葉を送る。
「だけどさ。忘れたくないものを抱えて前に進み続けるって気持ちも、間違いじゃねえはずだ」
「それに絡み取られた足は、果たして前にいけるの……?」
 ツバキは応えは、即興の歌として。
 何処までも美しいのは、そこになんの思いもないからこそ。
 悲しいまでの、綺麗さで。
「いけるさ。いいや、絡み取られることなんて、ありはしないだろ」
 かけられるツバキの声を、歌を、祈りを振り切るように鏡島は続ける。
 だって、鏡島の身体に宿るほどの思い出はどれも善きもので。
 それが、今までの歩みを鈍らせたことなんてありはしなかったのだから。
 何度も背を押してくれたことはあっても。
 引き留めようとしたことはないのだ。
「旅の荷物は軽い方が善いって言うけれど、思い出は沢山あっても困るもんじゃねえ……おれはそう思うぞ」
 それが旅人としての鏡島の考えで、思い。
 決して、忘却の水底にいるツバキには届かないかもしれないけれど。
 それでも、やらない訳にはいかない。
 これもまた鏡島の旅のひとつなのだから。
振り返ったとき、後悔の記憶にしたくはないのだ。
 だから、すぅっ、と。
 息を吸い込む。
 決して、ツバキに負けない歌を、ここに表す為に。

『Linking to the Material, generate archetype code:X...!』

 よく通る声が呼び起こすのは、渦巻く風。
 鏡島の歌によって導かれ、次第に強く、激しくなっていく。
 白鈴をちりん、ちりんと鳴らしていく。大きな風となり、連なる音と化す。
 それは忘れた記憶を呼び起こして。
 悲しい思いでも、憐れなる魂をも正しき所へと導く鎮魂の音色。
 きっと幸せはあるのだと、流れる風の中で、清らかな音を立てるのだ。

――この鈴の音が、アンタにも届けばいいのにさ。

 きっと、それは無理なのだろう。
 魂の奥深くまで根付いた祈り。
 忘れてしまうことだけが救いだと決めてしまった人魚に、この鈴音の美しさは届かない。
 鏡島が心に思い描く、忘れ難いあの四人での旅での幸せ。
 それを伝える術もやはりなく。
 ただ、しっかりと自分の中で抱き続けるだけ。
 自己を忘却させる歌は続き、けれど、白い鈴と自らの思い出で鏡島は抗ってみせる。
 だって、あの旅は大切だった。
 自分を形作る、大切なひとつ。
 一夏の思い出で、数少ない家族たちの……あの家族たちがいるから、自分がいるのだと。
「何故、忘れてしまわないの?」
 こんなに暖かく、大切なものを忘れられる訳がないのに。
 ツバキは判らない。
「癒やされるのに。幸せな過去を振り返らないですむのに」
 辛いことも思い出すことはあるだろう。
 忌まわしい記憶だって、あるかもしれない。
 これから先、ずっと、ずっと。
「それでも――そんな思い出にだって、輝く何かはあったんじゃねえのか」
 大切な記憶をひとつずつ、積み重ねていくのだ。
 決して忘れられないものを。
 輝く光のような、それらを。
 悲しみや、苦しみで濁らない思い出を。
 忘れないでくれと、歌う鏡島の声か、風を呼び、しろがねの鈴を鳴らす。
 ちりんっ、と。
 人魚の悲しき祈りを葬る、音色が響く。
 そして、これから先の旅路を祝うように。
 この世界は、明日は、続くのだ。
 忘れない限り、抱き続ける限り。
 昨日とかつてもまた、自分の中で、続いていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​

フォルター・ユングフラウ
【古城】

【WIZ】

無謀と勇気は異なる
汝の行動はどちらと出るであろうな、トリテレイアよ
…往け、我が僕よ
鈴に止まり、あれが唄おうとすればすぐに羽搏き鳴らせ

忘れて歌い呆ける下らぬものになってくれるなと、我は先程も口にした
それは今も変わらぬ
故に、その唄を封じよう
別の僕の一団を纏わりつかせて首筋を咬ませ、麻痺毒を流し込む
UCを封じるまでよ、加減はする

聞く耳持たず語る言葉持たず、ただ忘却のみに唄い縋る─貴様が今ここに存在するのは、過去が、記憶があったからこそ
記憶とは独りのものでない
貴様を呼んだ者の記憶にも、貴様は刻まれていよう
それを無情にも、唄で流し去るか?
我等の言葉が聴こえるならば、今一度向き合ってみろ


トリテレイア・ゼロナイン
【古城】
(騎士として己が行いに全て責任が伴う。忘却は許されないという信念故に)

怪力でなぎ払う盾で大風起こし花弁散らし、鈴鳴らし

フォルター様、荒療治へのお付き合いを願えますか

銃器での撃ち落とし、剣盾で花弁払いツバキ様拘束
失礼!

声が出なくば歌えず
この鎮魂の鈴ある場では花弁も有効足り得ません
…封じさせて頂きます

忘れたい辛い記憶
ですが愛しく思う裏返しの記憶もあった筈
此度の儀でそれと向き合うこと願った妖怪もいたことでしょう

その想い、そして貴女と貴女と記憶紡いだ全てを『忘却』という刃で殺めるおつもりですか
何故辛く、幸せだったのか…もう一度向き合い感情の儘に振舞いなさい

それが貴女の償い…禊となるでしょう



 己が騎士だというのならばこそ。
 行いの全てには、責任が伴うのだ。
 良き結果であれ、それが悪きものであれ。
 罪であればなおのこと、その身で背負い続けるしかない。
 紛い物であろうと騎士を志す身であれば、そこから逃げる気などありはしない。
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、忘却という逃避を決して許さない信念を抱きながら、一歩踏み出す。
 どんなことも。
 何が出来て、何が出来なかったかも。
 救えたもの、救えなかったもの。
 届いたもの、届かなかったものも。
 全て、全て、トリテレイアの身で担い続けてみせよう。
 故に、今もなお。
「無謀と勇気は異なる」
 窘めるというには、冷ややかに。
 けれど、歪な信頼を滲ませるフォルター・ユングフラウ(嗜虐の女帝・f07891)の声がトリテレイア背に投げかけられる。
「汝の行動はどちらと出るであろうな、トリテレイアよ」
 冷酷で慈悲などなく。
 けれど、その結果には興味はあるのだとと、指に嵌まる豪奢なヘマタイトの指輪たちに口づけを施すフォルター。
 そこに封じられているのは使い魔である蝙蝠たち。
 主の許しの接吻を受け、黒の血玉より飛び出す姿。
「………往け、我が僕よ」
 だが、命じたことのひとつも出来ぬなら、容赦はないと赤い眸を細めながら。
「鈴に止まり、あれが唄おうとすればすぐに羽搏き鳴らせ」
 フォルターに慈悲などない。
 不出来で出来ない僕ならば不要と切り捨てられるのを知っているからこそ、必ずやその命令は果たされるだろう。
 ならば、トリテレイアがどう出るかが全てでもある。
「フォルター様、荒治療へのお付き合い、願えますか」
 告げるや否や、身を旋回させるように剣と盾をなぎ払い、大風を巻き起こすトリテレイア。
 続く言葉で否がないと知っているからこそ、そこに躊躇いはない。
 大渦を描くは戦機だからこその怪力によって。
 鈴が鳴り散らされ、ツバキが舞い踊らせる花びらの動きを狂わせる。
 そして、更に一歩。
 踏み出す歩みは、地に跡を刻むや否や、疾走と化すトリテレイアの姿。
「忘れて歌い呆ける下らぬものになってくれるなと、我は先程も口にした

 理想をかかげて止まらぬからこそ、騎士なのだとフォルターは冷たく微笑み、語りかける。
 こういう実直に過ぎるものが、どのような結末を迎えるのか。
 いいや、掴み取るというのか。実に見物であるのだと。
「それは今も変わらぬ」
 そして、歌い呆ける人魚は下らぬのだと――断言し、フォルターもまた動くのだ。
 紛い物の騎士と、冷酷なる魔女が、忘却の人魚へとその思いの刃を向ける。
「故に、その唄を封じよう」
「感謝、痛み入ります」
 迫る花びらの色艶は鮮やかで、そして秘める威も同じく。
 風ではなく、歌に導かれるそれらがトリテレイアを襲うが、迫るそれらを銃器で撃ち落とし、流れてきたものを剣と盾で払い、そして受け止める。
「……っ!」
 巻き起こした風と、フォルターの僕が鈴を鳴らしているお陰でトリテレイアは声を失わない。
 けれど、盾を無惨なまでに斬り裂く花びらの威力は恐ろしい。
 美しく、しなやかで。
 どうしようもない程に深い色彩と祈りを込めた椿の花。
「鋼さえも断つ、花と言いますか」
「花と歌が、剣や銃を越える訳がないと思うのは、煌びやかな甲冑の騎士を揃えれば戦術など不要でも勝てるという夢想に近しいな」
「ようは、魔術にも似た、道理を越えた祈り」
 小さく、冷たく笑うフォルター。
 それらを蹂躙してこその己だと思うからこそ、歌い上げるは統治者たる声。
 聞き届けるものなどもはやいない筈のそれを、ただひとり、道違えば己を討つといった騎士へと。
 鼓舞し、癒す力へと、鮮血の花として咲いたフォルターが注ぎ込む。
「我が声を聴く者よ、奮起せよ。勝利は、我らが上に輝く――騎士たるトリテレアイ、お前なりの勝利を見せてみせよ」
 魂を救うということ。
 その難しさを、知るもの故に。
 果てと迎える終わりを、見てみたいと思うのだ。
「当然ながら。そして、フォルター様の歌と言葉にて押されるならば、この身は真っ正面より」
 元より他を知らぬ、不器用な騎士ならばこそ。
 椿の花びらに盾を、武装を、身体を斬り裂かれながらも突き進むトリテレイア。
 到底、花びらと思えぬ猛威の花びら。
 言葉の忘却を鈴の音で相殺しても、驚異に他ならぬそれ。
 自らの周囲に纏うように舞い散らせるツバキは、それだけで攻防に万全に過ぎる。
 風ではなく、歌に導かれる流れだからこそ、対処の仕様がないのだ。
 だからこそ。
「全く、それしか知らぬか」
 刃の群れのような花びらの囲いを、正面より踏破するトリテレイア。
 騎士とはかくあるべしと、刻まれた傷をしっかりと。
 それこそ、痛みと苦しみを抱き続ける姿として、ツバキの眼前に現れる。
 無謀と勇気は似て異なると、フォルターの語った通り。
 どちらとして現実に成るのか、問われる瞬間だった。
「失礼!」
 ツバキを拘束しようと更に迫るトレテレイア。
 事実、虚を突かれたツバキは逃げも抗うことも出来ず、簡単に捉えられる。元より荒事、特に武術に長けていない身でもあり、戦機の力に押さえ込まれる。
 儚き女性の身。ならば、そこに宿った想いとは。祈りとは。
 瞬間、思いを巡らせるトリテレイアだが、ここで止まるわけにはいかにい。
 そして、花びらの囲いを切り拓いたその背に追随するのはフォルターの下僕たる蝙蝠だ。
 トリテレイアが拘束する中、ツバキに纏わり付いて、その白い首筋へと噛みつき、麻痺毒を流し込む。
 それこそ、オブリビオンであるツバキには僅かな間だろ。
 だが、確かに喉が麻痺してひきつり、声を紡げなくなる。ならば、当然、自我を忘却させ、花びらを操る歌は途絶えるのだ。
「声が出なくば歌えず」
 弱点を指摘し、実証してみせる事で効果を発動させるのがトリテレイアのユーベルコード。
「この鎮魂の鈴ある場では花弁も有効足り得ません」
 告げるこの声が、言葉を忘却させるという効果を喪わせているのがその証拠。
 反論に、軽やかに過ぎる歌を返さないことこそ、より深い証明。
 ただ、ただ。
 ちりんっ、としろがねの鈴が鳴り響く。
 鎮魂の為の、思い出を取り戻させる。
 きっと、数多の骸魂を導くものとして。
「――――」
「……封じさせて頂きます」
 傷だらけの身になりながらも、腰部の装甲よりワイヤー製の隠し腕を伸ばし、特殊電流を流し込む。
「――――っ!?」
 声を失ったのは、今やツバキの方。
 苦しく、痛いという思いを、今、感じて、覚え続けるのはツバキのみ。
 周囲で奏でられるしろがねの鈴がしっかりと思い出させ。
 歌が封じられたことで、自ら忘却へと逃げることも出来ないのだ。
 故に、問いかけるのならばこの時だけ。
 思いと記憶の宿らぬ、歌ではなく、言葉を交わせるのは、この時だけなのだ。
「聞く耳持たず語る言葉持たず、ただ忘却のみに唄い縋る」
 傲岸不遜。ツバキにかける情などはないのだと、事実のみを冷酷に告げるのはフォルターだ。
「貴様が今ここに存在するのは、過去が、記憶があったからこそ」
 フォルターのそれが、鮮血の狩りという――皆殺しを経たものであっても。
 それを否定したこと、忘れようとしたことなどありはしない。
 向き合う今があるとさえ、口には出来ずとも胸を張れるのだ。
「記憶とは独りのものでない」
 今や、虐殺を起こしたひとりのみではないように。
 フォルターと、名を呼ぶものは、増え続けるように。
「貴様を呼んだ者の記憶にも、貴様は刻まれていよう」
 もしかすれば、それこそ、その名を呼ぶものが消えてしまったとしても。
 骸魂どころか、或いは、骸の海にさえ残っていなかったとしても。
「それを無情にも、唄で流し去るか?」
 ツバキと名を覚えているのだろう。
 そう呼んでくれたひとの声も、流してしまうのか。
 水底に、深海にひとり溺れていくのなら勝手にするがいい。
 だが、共に沈み往くものがいるのだ。
 ツバキという人魚を覚え、胸に抱くものもまた、引き摺るというのか。
「我等の言葉が聴こえるならば、今一度向き合ってみろ」
 ちりん、ちりん、と鈴が鳴る。
 嘆きの歌の代わり、じわりと、透明な涙がツバキの目尻に溢れていく。
 声は出ないから。
 歌として、外へと流し去ることができないから。
 ただ、ただ、涙として。
 或いは、腕さえ自由ならば、その胸を掻きむしり、心を取りだそうと暴れるのだ。
 何を言っているのか、抑えるトリテレイアは知りたいと思う。
 何を叫び、何が苦しく、悲しかったのか。
 聞き届けてやりたくても、やはり、このツバキという人魚は歌に逃げてしまうのだろうと判るから。
「忘れたい辛い記憶」
 しっかりと、魂にまで届いてくれと、残る時間で語りかける。
「ですが、愛しく思う裏返しの記憶もあった筈」
 それらのふたつは、表と裏。
 片方だけの悲劇と惨劇だけの人生なんてありはしない。
「そうでなければ、あれほどに美しい歌を、どうして唄えるのですか」
 その歌唱を磨いた人生は辛いだけだったのか。
 唄い続けるから、幸せなひとときはなかったのか。
 愛しいからこそ、忘却を救いとした時、歌という手段を取ったのではないのか。
 誰にだってある、自分の中の、自分と誰かで共有する大切なもの。
 フォルターのいう、名を呼んだ者との、記憶。
 それが大切でなければ、決して、痛いとも苦しいとも思わない筈なのだ。
「此度の儀でそれと向き合うこと願った妖怪もいたことでしょう」
 どんなに苦しく、悲しく、嘆きに満ちた終わりでも。
 向き合い、認め、どんなにやるせなくても、これで終わりなのだと。
 許される為に、許すということ。
 自分の中の何かをこれ以上、苦しめないようにすること。
 
――それこそを救いだというのだ。

 罪を購うように。
 別の新しい何かで、導くように。
 忘れるのではなく、乗り越える。
 振り翳した剣の先にある、血の色を洗い流すのではなく。
 流した以上の血を、涙を、笑顔に変えるような。


 ああ、なんとお伽噺のような、理想だろうか。


「その想い、そして貴女と貴女と記憶紡いだ全てを『忘却』という刃で殺めるおつもりですか」
 だが、声を失った人魚姫に語るには相応しいのだろう。
 たとえ、ひとときでも。
 優しき魔女と、高潔なる騎士として。
 姫が身を投げ出すその前に、他に救いがあるのではと。
 全てを試してみたいのだ。
 後にできなかったと、頭を垂れても。
 しなかったのだと、恥じる思いを噛みしめたくはない。
「何故辛く、幸せだったのか……もう一度向き合い感情の儘に振舞いなさい」
 もうすぐ、ユーベルコードによる封じ込めは消える。
 だが、それより速く、ツバキの喉が、麻痺と感情で震える声を漏らす。
 それは、忘れられた水底で揺蕩う、愛しき、哀しき、声。

「貴方様の元へと、辿り着けぬ我が身を恥じるのです」

 歌というには、余りにも掠れていて。
 願いというには、余りにも痛みを抱えすぎていて。

「海底へと沈んだ貴方様の元へ、共に逝けぬが故に。骸魂として流れ着き、そして、世界の糧へとなる我が身を……悔いるのです」

 それは、この世界に辿り着いたが故の別離。
 辿り着けず滅びた誰かを思う声。
 全ての魂がこのカクリヨに流れ着けたわけでない。
 骸魂という形でも、辿り着いてしまったが故の悲劇。
 骸の海に沈めれば、それは幸せだったのかもしれないけれど。
 このまま、カクリヨの世界に根付けば、もう二度と会えないのだと。

「愛を覚えた間々、永遠の離別を認めるなどできません。――これより永遠に貴方様のいないカクリヨにて世の花を咲かせ、木々の葉を茂らせ、空の雲を紡ぐなど、裏切りでしかないのですから。貴方を、迎え入れなかったこの世界を、育むなど」

その時、一瞬でも笑顔になってしまったら。
 それこそ、乗り越えてしまったら。
 決して、自分と世界を許せなくなってしまう。
 滅びよりも、救いを求める人魚だからこそ。
 掠れるツバキの喉が、か細い声が、ついに歌を奏でる。

「永遠に、永久に、貴方を思う身こそ、恥じりけり」

 巻き上がる椿の花びらは、思いの様のように波打ち。
 鮮やかに、美しく、そして全てを巻き込む花の舞いとして。

「貴方様を裏切る私など、あってはならないのです。そんな私と、世界など、滅びてしまえばいい……っ…」

 それは、ともすれば世界をも滅ぼしかねない情念。
 忘却が救い。そう、忘れている間は、その思いによる愛憎をも無視出来るから。
 忘れたままなら。
 憎むことも、認めることも、せずにすむのだから。
「ですが、それが貴女の償い……禊となるでしょう」
 一際、美しく流れる椿の花びらを盾と剣で打ち払い、格納された銃器で四方より迫る弾き飛ばしながら。
 言葉をこそ刃と化し、ツバキの心へと突き刺すトリテレイア。
「忘れぬことも、忘れることも、等しく、裏切りなのですから」
 どちらが軽いか。重たいか。
 感じる側の痛みでしかないのだ。
 例え、忘れえぬ情動で、世界を滅びに導いたとしても。
「愛を知る者は、皆、狂いて道理は通じぬ、か」
 嘆息するフォルター。だが、それはどの世界でも同じことなのだ。
 溺愛したが故に、殺された父親がいたように。
 もっとも憎んだモノに、騎士のような救いを求めて愛を向けたように。
「そう……この思いで、貴方様への思いで、世界を憎むならば、全てを忘れて、水底で緩やかに揺蕩うものでありたい……!」
 忘却に身を投じて溺れるため。
 それこそ、嵐のような激しさを秘めて。
 人魚は叫ぶように歌い続ける。
 けれど、それが僅かに、躊躇いを見せているのは……確かな楔として、ツバキの胸に言葉が打ち込まれたから。
 でなければ、言葉に出す筈がない。
 忘れたままでいようと、ただ揺蕩うだけの筈なのだから。
 名前を呼んでくれた誰かの大切さと。
 救いをと歌いながらも、犯した罪への贖いというもの。
 忘れるには深く、重く、胸に刺さって抜けない楔。

――忘れていいのかと、美しい歌に戸惑いが滲む。

それは愛が終わった後の唄。
 乗り越える事が裏切りとなる一途な。
 涙のように零れ続ける、鎮魂を拒みし忘却の祈り。
 けれど、フォルターは知っている。
 一度、心に楔を打ち込まれたものは、忘却に流されることなど出来はしない。
 それが戦機であれ、半人半魔であれ、人魚であれ。
 他人と触れ合い、向き合った心と記憶は消えはしないのだ。
 もはや、歌声は以前のように響かない。
 何処か泣いているような音色として、今や流れていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ヴェル・ラルフ
リズ(f20305)と

忘れることで
自分を守ったこともあった
でも今は、守りたいのは自分ではないから

リズ
怖がらないで
僕はここにいる
繋いだ手を、この温もりを
僕を繋ぎ止めてくれたこの温もりを
思い出して
キミにはともだちが、できたろう?

りん、と鳴らすは白銀の
そして明けの鈴、暮れの鈴
両刃を交えて見据える人魚姫

先ずは【耿々天鼠】
黒炎の蝙蝠囮に人魚の視界を阻害する
その隙に近づきナイフで応戦
でも僕も
只の囮

強く儚い僕のいもうと
キミがいたから僕はここに
兄として、いる
どうして僕が先に生まれてきたのか、その理由が、この想いのすべて

ねえ人魚姫
あなたにもきっと
その名を呼んでくれたひとが、いただろう?

★アドリブ歓迎


エリザベート・ブラウ
にいさま(f05027)と

忘れなさいと
忘れていいのだと
甘く誘う声

にいさま
わたし、弱くなったわ
にいさまを失うことを
忘れることを
とてもおそろしく思うわ
だってリズには、もうにいさましか

りん、鳴るのは白銀の
そしてにいさまの刃の交わる音

嗚呼そうね
思い出した
わたしは
つよく生きてきたわ

にいさまのお姿を追いかけて
作られた隙へひととび
プシュケ構えてあなたへ伝える
力のかぎり【罅ぜ蝶】
思い出して

あなたは忘れてしまったのね
痛みさえ伴うような思い出も
貴女自身を作り上げてきたこと
忘れないで
生きたいという、想いを
貴女が生きるための、想いを

★アドリブ歓迎



 甘く、優しい歌声がする。
 忘れなさい。
 どうしようもない過去なんて。
 忘れていいの。
 だって、それを抱えても変わらないことだってある。
 甘く、優しく、忘却の水底へと誘う歌が響く。

――ああ、なら、この『恐れ』を忘れてもいいのかしら

 ふわりと浮かんだのはその思い。  
 エリザベート・ブラウ(青の蝶・f20305)が、心に抱える、どうしようもない不安。
 儚き心は、歌声と共に揺れていく。
 弱くなったのだと、エリザベートは自覚してしまっている。
 大切なにいさまである、ヴェル・ラルフ(茜に染まる・f05027)を失うことを恐れ、震えている。
 とても、とても。それこそ無視出来ない程に。
 だって、もうエリザベートには、ヴェルというにいさましかいないのだから。
 唯一の存在を、失うことに。
 けっして、耐えられないのだと。

 だからこそ、その恐れを忘れてしまおうというのは、甘い誘惑の声。

 けれど、エリザベートの眸の前に光が瞬く。
 不安を、恐怖を、斬り裂いて届く、優しい夕映の。
 にいさまたる、ヴェルの色彩で。
「リズ、怖がらないで」
 もう一度だけ、エリザベートの手を優しく握り絞めるヴェル。
 耳元で囁くのは、他の誰にも聞こえないように。
 ただ、エリザベートの為だけの、声と言葉として。
「僕はここにいる。繋いだ手を、この温もりを」
 そっと、今は離したとしても。
 消えたりはしない。忘れない限り、そして、にいさまと呼んでくれる限り。
 何時でもヴェルは、愛しいエリザベートの為に、また手を握ろう。
 だって。
「僕を繋ぎ止めてくれたこの温もりを」
 繋ぎ止めてくれたのは、エリザベートこそだから。
 ヴェルの心を、思いを、この義妹がこそ繋いでくれたから、今があるのだと。
「リズ、さあ、思い出して。キミにはともだちが、できたろう?」  
 だから大丈夫。
 ヴェルはエリザベートの唯一のにいさまでも。
 たったひとりきりの、繋がりのあるひとではないのだから。
 りん、としろがねの鈴を鳴らすは総身黒の短剣。
 その音色にはっとしたエリザベートに、ヴェルは柔らかく微笑みかける。
「嗚呼、そうね」
 エリザベートの手を離すヴェルだけれど。
 それは、いま、ひとときだけ。
 儚く、けれど、強く生きて、育った義妹の手を、ひとりきりで独占する訳にはいかないから。
「思い出したわ」
 ヴェルが手繰る百影を繋ぐ番い羽たる暮れの鈴と、百光放つ番い羽の明けの鈴。
 二つが交わり、澄んだ音色を奏でる。
 その音に、続けるようにエリザベートは口にする。
「わたしは、つよく生きてきたわ。ここで忘れてしまうほど、よわくはないの。ここで恐れて止まるほど、儚くないの」
 強く、儚く。
 それこそ蝶の翅のように。
 それでこそ僕のいもうとだと、ヴェルは影と光の両刃を交えるように構え、人魚姫のツバキを見据える。
 あれは、とても弱い女性なのだろう。
 忘れることでしか、誘う歌の中でしか、生きていけない。
 決して、自分たちとは違う、過去もなければ明日もない姿。
 辿り着ける理想もなく、忘却の水底で揺蕩うしか出来ないのだ。
「ああ、何かになれないのは同じだけれど」
 ヒトにも成れず、鳥にも成れず。
 中途半端なその姿を、ヴェル自身が愛する事は出来ないけれど。
 今は、ただ今は強く、儚きいもうとの為に。
「さあ、歌を終わらす、鈴を成らそう」
 りんっ、と鳴り響くはみっつの鈴。
 自らの一部を黒炎の蝙蝠へと変じさせ、唄い続けるツバキへと殺到させる。
 けれど、それは影の姿。
 舞い散る椿の花びらは無差別にそれらを斬り裂くけれど、確かなるものは何一つとて。
 ただ、黒炎の蝙蝠たちにその視界を奪われ、何も見えない。
 いいや、元から何も見えていない、人魚姫ではあるけれど。
「強く儚い僕のいもうと」
 瞬間、出来た隙へと滑り込むヴェルの姿。
 振るう両刃はツバキの身を斬り裂き、花びらの中に鮮血の色を添える。
 同時に、舞う花びらがヴェルの身を刻むが、表情が変わることはない。
 声色は、いもうとの為に、ただ、ただ優しく。
「キミがいたから僕はここに。兄として、いる」
 先を進み、道を作るのは兄だから。
 阻み傷付ける花びらなんて、ヴェルが請け負おう。
 光がないのなら、この掌の明かりを灯して。
 全てをしてあげないといけないほど、弱くはない。むしろ、強く、美しい、エリザベートだからこそ。
 より、その輝きと色彩を見せて欲しい。
「どうして僕が先に生まれてきたのか、その理由が、この想いのすべて」

――愛しいリズ、その姿を見せて欲しい

 この想いで形作られたヴェルに、忘却の唄なんて届かない。
 それこそ、背を追って掛けるエリザベートの呼吸が聞こえるなら、なおのこと。
「あなたは忘れてしまったのね」
 ヴェルの背を追い、作られた隙へとひとつ飛ぶはエリザベート。
 駆ける姿は、楚々たる蝶のように。
 けれど、構えるプシュケは理不尽を毀す鉄槌として。
「痛みさえ伴うような思い出さえも、貴女自身を作り上げてきたこと」
 心を荊で囚われるような過去の痛みも。
 今の自分を作り上げ、その歌声を美しくしてきたもの。
 生まれ、育ち、そして辿り着いて、その先へ――目指す光を忘れて、光の届かない水底にいるというのなら。
 握り絞めるプシュケに力を込めて、振り下ろすエリザベート。
 虫取網のように軽やかに。
 振るって、追いかけまして。
 だって、欲しいのだから。この先が、記憶と共に歩む日々が。
 だからと水底のツバキを打ち据え、毀すプシュケの一撃。霊魂さえ震わせ、砕くような。
 それでいて、氷が砕けるような澄んだ音を立てながら。
「忘れないで。生きたいという、想いを」
 ただ揺蕩い。
 何も思い出さず、感じずにあるだけのは生きると言わないのだと。
「貴女が生きるための、想いを」
 生きるということは、時に痛みで。
 忘れてしまいたくなるような『恐怖』を伴うことだけれど。
 それを拭ってくれる優しさがあるから、なお進もうと思えるのだから。
 プシュケによる一撃で身を倒したツバキは、何かを口ずさもうとして。
 けれど、止まる。
 騎士と魔女の打ち込んだ楔はさらに深く。
 生きるための想いはと、さらに深く、深く。
「ねえ人魚姫」
 ツバキと名乗ったその姫に。
 ヴェルはしろがねの鈴を鳴らしながら、問いかける。
 とても当たり前で、当然である筈のそれ。
「あなたにもきっとその名を、愛しく呼んでくれたひとが、いただろう?」
 それ忘れてしまっても仕方ないだろう。
 けれど、それを奪うというのなら、なんて悪い魔法の唄なのか。
 救うといって、奪うその様。
「けっして、愛しいリズの名前を奪わせはしない」
「ええ、ええ。にいさまの名と姿、言葉のひとつひとつ」
 洗い流して、水底に埋めるなんて出来はしないのだと。
 義兄と義妹が、ふわりと風を受ける。
 この絆を忘れることなんてありはしないと。
 再び、その手を繋ぎ、握り絞めて。
 互いを繋ぎ止める、その心の温もりを感じながら。
 りんっ、と鳴らされる鈴は。
 互いを思う心こそを清めるのかもしれない。

――嗚呼、忘れられないわ

 怖いと思ったことさえ、大事だからの裏返し。
 
――ああ、忘れるわけがないよ

 生まれた理由として、見つけた兄という自らの存在を。

 祝福するように、しろがねの鈴は音を奏でる。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

鷲生・嵯泉
――憐れとは云うまい
真実「総て」を忘れたお前自身は、或る意味では幸せなのやもしれん
だが、私は其れを幸せだとも、望もうとも思わん

――弩炮峩芥、悉く砕け
視線や手の動き等から泡の動きを見切り躱し、カウンターで斬り落とす
斬撃の5回に1度、弱めた衝撃波を使い、しろがねの鈴を鳴らす様に図る
拒む手立てが在るなら使う迄……一瞬であろうと失くす事なぞしたくない
なぎ払い絡めたフェイントで隙を作り、一息に距離を詰め斬って呉れよう
お前が在るに相応しい場は、既に此の世界ではない

如何に辛さに苛まれ、苦しみにのたうとうと
其の記憶が在るからこそ、私は私であると云える
掛け替えの無い己が礎を失って得る幸せなぞ、私にとっては不要だ



 唄うしか出来ないその人魚の姿。
 奏でられるそれが、どんなに美しくても。
 哀惜を誘うそれは、忘れたいという祈りから紡がれるもの。
 だから今も唄うしか出来ない。
 幾度となく打ち込まれた言葉の刃と、真実という楔を抜くことできずに。
 忘れよう。
 忘れてしまおう。
 ただ繰り返して唄う、忘却の唄。
 人魚姫であるツバキには、もうそれしか残されていないというように。
 或いは、何も抱きしめず、ただ歌という水に溺れてしまいたいのだと。
「――憐れとは云うまい」
 鋭い言葉は鷲生・嵯泉(烈志・f05845)のもの。
 構える刀、秋水もかくやという鋭利な口調で告げていく。
 それらは全て真実であり。
 ツバキにはただ、目を逸らして忘れることしか出来ないのだから。
「真実『総て』を忘れたお前自身は、或る意味では幸せなのやもしれん」
つい先ほどまで、遭遇した時まではそうだっただろう。
 花は花、歌は歌。
 何の意味もなく、何の感情もなく。
 ただ美しいだけの、記憶と触れ合いのない人生と在り方。
 ひとつの救済ではあるだろう。
 もう誰も傷付けないし、誰から傷つかない。
 過去からも、未来からも。
 それが約束されているのだから。
「だが、私は其れを幸せだとも、望もうとも思わん」
 当然のこと。
 総てを喪った時に穿たれた、この胸郭の穴を埋めることができない鷲生。
 いいや、埋めようと思わない。
 埋めてはいけないのだ。この、喪失という痛みは。
 掛け替えのない大切なものだからこそ、決して変わりなどあってはならない。
 忘れるなんて、出来る筈がなく。
 幸せがその先にあるなど、思う筈もない。
 ただ、煙草を咥えて火を付ける。
 戦いの中であれど、ツバキが歌うというのならば、この紫煙を漂わせて貰おう。
 何一つ、亡くすことなど許せはしない中。
 ただ斬るという一念を、切っ先に宿しながら。
 好いたものを、互いに周囲に漂わせて。
 何故、好むのか。その理由を語り、通じ合わせることなく。
 ふわりと紫煙が漂う中に、触れたのは泡。
 全ては泡沫の夢なのだと。記憶をひとつずつ消していく、世の儚さを歌う人魚の泡だ。

 ならば、鷲生の携える刃は災禍を断ち斬ると語るのみ。
 例え救済と幸せを歌えど。
 世の儚さの先、強く好ましい光と巡り会えると知るからこそ。

 すぅ、と秋水の切っ先が静かに流れた。
「――弩炮峩芥、悉く砕け」
 世は無常。刃の元では、なおのこと。
 振るわれる太刀は、音さえ振り切る神速。
 かつ、宿された氣は斬滅のもの。
 あらゆる術式を粉砕し、無為と化すものが乱舞と化して場を巡る。
 周囲にある泡沫をひとつ余さず斬り崩す刃は無音。
 ただ残光が糸のように跡を引き、時折、交えた衝撃波でしろがねの鈴を打ち鳴らす。
「一瞬であろうと亡くす事なぞ、したくない」
「それが、離別の痛みのあるものでさえ?」
「だからこそ、手放すことなど出来ぬのだと……理解は出来ぬのだろうな」
 ツバキの問いかけも、やはり一蹴して周囲に浮かぶ泡を斬り裂く。
 全ては夢幻なのだと弾ける泡沫。
 戦うことに関しては余りにも素直で、技巧などないのがツバキだ。歌いながら、視線で、掌を返す動きで、視線で、操る泡の動きがありありと解る。
 ならばと先読み、避けては斬り落とし、カウンターで斬り落とす。
 戦うの中で、心を隠すということを知らないのか。
 それとも、忘れてしまったのか。
 ただ、ちりんっ、と鳴り響く鈴の音色の元、人魚の泡が次第に尽きていく。自らの周囲に泡を漂わせ、まるで盾のように扱っているが、それも鷲生からすれば甘い。
 奇跡のような技を身につけても、それを振るうだけの心と思いがないのだ。
「速やかに、悉く、消え失せるがいい。……思い出とは、本人のみが抱えるもの」
 紫煙を吐きながら口にした、その本音の先。
 秋水で周囲をなぎ払いつつ、動きほ止めたように見せる。
 それは騙しで誘い。鷲生を包囲しようと泡が四方八方より迫るが、それよりなお速く、ツバキの元へと鷲生は踏み込む。
 すぅっ、と紫煙が流れる。
 僅かな一息。
 その、間隙に。
「お前が在るに相応しい場は、既に此の世界ではない」
 すれ違うように一閃される、鷲生の一閃。
 鮮血が迸り、赤い色彩が周囲に舞い散り、泡へと掛かる。
 ツバキの救済たる忘却の形が崩れ、滅尽と化されるその瞬間。
 深く、深く腹部を斬り裂かれたツバキは歌う事も出来ず、溢れる鮮血をその手で押さえようとして。
 けれど、止まらない。
 流れる時と、思い出とともに。
 それを選んだ鷲生の刻んだ、跡なのだから。
 烟るように流れる煙草が、しらじらとした色を見せて。
 鷲生とツバキの間を繋ぐように、ゆったりと流れていく。
「如何に辛さに苛まれ、苦しみにのたうとうと」
 それこそ、痛みを忘れ、治癒の力を振るう為に未だ歌おうとする人魚のツバキには解らないことであれ。
 いいや、歌が止まった今ならば、届くかもしれないそれを、今だからこそ。
「其の記憶が在るからこそ、私は私であると云える」
 ちりっ、と短くなった煙草を指先で摘まみ。
 深い吐息と共に、肺の奥に溜まった煙を流し出す。
 そこには確かに、痛みと悲しみの気配があっても。
 どうしても滲んで、消えない過去の残影があったとしても。
「掛け替えの無い己が礎を失って得る幸せなぞ、私にとっては不要だ」
 それこそ、一瞬だけ。
 煙草の煙が己の感覚をけぶらせ。
 そして、それが過ぎた後に戻る、痛みのほうがよいのだと。
 新しい煙草をひとつ、懐より取り出す鷲生。
「共にある。まだ続く。そういう、コレのほうが、お前の歌より、私にとっては必要なのだ」
 綺麗とは言いがたい、煙草の白い煙。
 沢山の思いを込め、滲ませる紫煙、
 指先で叩いて、さらりと燃え尽きた灰を落としながら。
「何しろ、記憶と感情と共にあるのだからな」
 再びゆらりと、秋水の切っ先を泳がせる。
 幾ら言えど、届かぬが為に。
 もはや手遅れだからこそ、災禍として世界に仇成す前に。
 散れよ。無常の夢として、流れて消えよ。
 ただ、お前という人魚の祈りがあったことは覚えよう。
 そういう幸せと決別した、確かなる鷲生の心の中で。


 ただ思い馳せた名残のように、紫煙がうっすらと揺蕩う。

大成功 🔵​🔵​🔵​

鬼灯原・孤檻
【WIZ】

尊(f13751)と一緒。

予め、手の平に自分の刀で傷をつけておこう。
忘我の歌には痛みを持って耐える。
自分は刀で斬る者。自分を見失っても、きっとそれは変わらない。
ずっと、この痛みを持って罰とし、罪を雪ぐだけ。
…忘却を祈りとして歌う人魚と、自分。何が違うのだろう。

この身につけた、青い飾りが光る。どこかで鈴の音がする。
ああ。傍にいて、忘れたくない人がいる。

「…尊、行けるか?」

だから、この祈りを斬ろう。
この歌は救いとは異なるもの。
自分は安らぎとは程遠い、痛みしか与えられない存在だから。
銀色に閃く一刀にて、人魚に一太刀を浴びせる。
どうか君にも、救いがありますよう。


橘・尊
孤檻(f18243)と一緒

【WIZ】

より一層強くなる歌
先程の比ではなく
心を揺さぶってくる
頭に霞みがかかった瞬間

鈴の音が聴こえ、はっとする

もう忘れたくないんだ
俺を形作る一つだと分かったから

胸元の指輪を握りしめ
孤檻の言葉に頷く

「うん、大丈夫。でもごめん」

傍にいたい大事な人がいる
忘れる訳にはいかないから

【七星】を発動する
先に謝ったけど、怒られそうだな。覚悟しておこう

命が削られても
この想いだけは消させやしない

どんなに辛いことがあったか
知らないが、もう歌わなくていい
優しい眠りが訪れますよう、祈ってる

(アドリブアレンジ大歓迎です)



 心と体に痛みを覚えるから。
 より一層、強くなる人魚の歌。
 忘却を。忘れることを。それが救いなのだと。
 ただ歌い上げるのは美しく、けれど、翳りがある。
 いいや、翳りという感情を滲ませるからこそ、 橘・尊(浮雲・f13751)の頭に強く響くのだ。
 先ほどの比ではない。
 それこそ心を揺さぶるのは、波打つ水面のように。
 優しく、けれど、抗うことのできない静かで。
 止まることなく。ただ、流し続けようと。
 
 けれど、ちりんっ、と鳴り響く、しろがねの鈴の音にはっとする。


「……尊、行けるか?」
 掌へと刃で傷をつけ、その痛みで忘我の歌に抗おうとしていた鬼灯原・孤檻(刀振るう神・f18243)が橘へと呼びかける。
 だが、痛みさえ忘れてしまうのだ。
 共感すれば、痛みの元である傷さえ癒やす、人魚の歌。
 痛い、悲しい、苦しい。
 その傷ごと、洗い流して、水底にと。
 誘う歌は美しくも、確かに骸魂の姿。このカクリヨの世界に災いを呼ぶ存在なのだと。
 いいや、だとしても。
 孤檻の存在は変わらず、そして、忘れて果てることはない。
 己とは、刀で斬る者。
 例え孤檻が自分を見失っても、きっとそれは変わらない。
 どのような思いもなく、ただ斬り、斬って、斬り捨てていくのは、災厄の姿であるかもしれないけれど。
 今でさえ、この痛みを持って罰とし、永遠に罪を雪ぐだけの身だというのに。
 ……忘却を祈りとして歌う人魚と、自分。何が違うのか。
 ただ斬り続ける刀と。
 思い出を消す祈り歌と。

 そう迷っても。
 悩んでも。
 違うのは、決して、忘れたいと願うのではないということ。

「うん、大丈夫。でもごめん……でも、孤檻の方こそ大丈夫?」
 問いかける橘の声に応じる孤檻は、少しだけ声を緩ませた。
 それは安心か。信頼か。それとも。
「ああ。ただ斬ろう。そこに間違いはない。俺という存在は、そういうものだと、忘れる筈がない」
 孤檻の身につけた青い飾りが輝く。
 胸元に流れ落ちた、煌く小さな一つ星。
 ただ、ただ君を護る為に光り輝く、青き煌星。
 見れば橘も、胸元に吊された指輪を握り絞めている。
 決して、離さない。
 この思い出という絆を。
 互いを、互いとして認めて、積み重ねたひととき、ひとときを。
蒼と銀の月の宝石が隣り合う輝きは、大丈夫だと囁くように。
 持ち主である橘の心に安らぎを与えながら、人魚の前へと立つ思いをこそ震わせる。
 もう忘れたくないのだ。
 橘を形作るひとつだと解ったからこそ。
 そう。
 苦しくて、悲しくて、どうしようもないからこそ。
 傍に立つ存在が、どうしようもない程に信頼して、安心してしまうのだから。
 傍にいたい大切なひとがいる。
 たったそれだけの。
 決して忘れる訳にはいかない、思い。
 何処かで鈴の音がする。
 ああ、傍にいて、忘れたくない人がいる。
 それを鈴は思い出させてくれる。
 或いは、その為の鈴なのかもしれない。
 どんな存在にも、そのひとを大切に思うひとがいるから。
 心はひとつではないから。
 認め合って、思いと記憶を抱きしめあうように生きていこう。
 何もかもを受け入れる、このカクリヨの世界だからこそ。
「だから、この忘却の祈りを斬ろう」
 孤檻は言葉にして告げる。
 この歌は救いとは異なるものだ。
 安らぎとは程遠い、痛みしか与えられない存在こそ孤檻なのだから。
 忘却したとしても、何も救いになどなりはしない。それこそ、ただ、ただ意味もなく、理由も忘れて斬り続ける存在こそ、罪でしかないだろう。
 ならば、その災いへと落とす祈りを斬るのみ。
 それこそ孤檻にとっての宣言であり、覚悟なのだと橘も解るからこそ、僅かに頬を緩めた。
 後で怒られるだろう。
 覚悟しておこう。
 だって、その全てを覚えているのだから。
 ずっと、ずっと、この思い出を、自分のひとかけらとして抱くのだから。
「その歌は、止めさせて貰うよ」
 ひらりと舞うのは、一枚の護符だ。
 それが意味する事も解らず、人魚のツバキは避けることもせず、ぴたりと張り付くそれを眺める。
 歌は止まらない。だが、それの持つ効果が止まる。
 橘が繰り出したのは対象のユーベルコードを封じる七星七縛符。
 勿論、巨大な力を封じて縛するのに代償がない訳がない。 
 限りなく白に近い灰色の髪が、長い睫毛が震える。
 額に浮かぶ汗は尋常ではなく、己の寿命を削って対価にしているという事に他ならない。
 過去を喪わない為に、未来を削る。
 それはなんと愚かだと、怒られたとしても仕方がないとしても。
 今をこそ思えば。決して、傍を離れたくない大切なひととの思い出を、気持ちを、喪わない為にだから。
「命がどんなに削られても、この想いだけは消させはしない」
 歌は続く。封印を解こうと、人魚の祈り歌が美しく、悲しく、切なく。
 けれど、譲れないものは橘にだってあるのだから。
「宜しくね、孤檻」
「……ああ、今は、速やかに、斬るのみだ」
 怒るのも、叱るのも後。
 今は一刻も早く、一秒でも早く。
 ただ、この祈り歌を斬るべしと、孤檻が駆け抜ける。
「この身こそが刃たらん」
 斬る事に最適化された孤檻の身体は文字通り、刀の神そのもの。
 手繰る霊刀・凍檻の威力は森羅万象を斬滅せしめんとする程に冴え冴えと、冷たい鋭さを宿して。
 駆け抜ける姿はそれこそ、一閃そのもの。
 ただ迅く、早く。
 鋭く、全てを斬り裂くのみ。

 閃く刃は銀色。
 歌うしかできない人魚を深く捉えて斬り裂く斬撃は、けれど奇妙な静けさをもっている。
 それは物理法則を無視した動きだからなどではなく。
 振るった孤檻の想いを、刃が顕しているから。
「どうか君にも、救いがありますよう」
 隣に誰かいれば――いや、それを喪わなければ。
 きっと、忘却が救いだなんて、そんな祈り歌を奏でることはなかったのだろう。
 だからこれは慈悲。
 せめて一太刀で苦しまぬようにと、流麗な流れる銀色の切っ先。
 後に鮮血が散れども。
 苦しみとして、残らないように。
「どんなに辛い事があったか、知らないが」
 それでも唄い続けようとする人魚の姿に、橘はささやきかける。
「もう歌わなくていい……救おうとしなくていいんだ」
 誰もがその救いを求める訳じゃない。
 そして、その救いを求めるものも、やはりいるのだろうけれど。
「一番は、君が救われることを願っている」
 だって、優しいから、忘却という眠りに誘うのだろうから。
 痛い、辛い、悲しい。それらを消し去りたいという、間違ってはいても、優しさからくる祈りなのだから。
「君にこそ、優しい眠りが訪れますよう、祈っている」
 それこそ。
 七星による捕縛を解いて、力が抜けた橘を、横手から腕を差し出して抱き留めた孤檻のような。
 共にある、傍にいる者と共にあれるようにと。
「お前の罪は斬った筈だ。だから……もう眠れ」
 孤檻は、祈るように静かな口調で紡ぐ。
 その銀の瞳には、己と変わらないかもしれない。
 けれど、孤独な人魚の姿を映しながら。
「水底ではなく、この世界の光当たる所で。それは、許される筈だ。……罪もなく、閉じ込められることはない」
 ツバキの唇が、言葉をなぞる。
「愛しい、誰か。それを忘れてしまった時点で」
 傍にいた誰か。名を呼んでくれた、誰か。
 その名を呼ぶことが、できないから。
「――私は救われるのでしょうか」
 それは歌ではなく。
 祈りではなく。
 ただ、縋るような、涙のように透明な声。
「この世界の花を咲かせて、木々の葉を茂らせて」
 橘の声が続き。
「四季を巡り、その最中を見ているうちに解るだろう」
 孤檻の言葉が、続く。
「思い出が、記憶が、どんなに大切で尊く、笑顔を紡ぐのか」
 それこそ、隣り合う誰かとともに。
 その温もりを、この世界の糧となって思い出してくれと。
 いいや、知り続けてくれれば。
 きっと、きっと。
「……それが幸せに続く筈だから」
 風が吹いて、しろがねの鈴が鳴る。
 その音とともに、妖怪へと取り憑いて骸魂が、ふわりと四散していく。
 それこそ、祈りと歌は尽きたように。
 鎮魂の儀式はまた始まる。
 悲しい思い出を、苦しい記憶を慰めて。
 新しい世界で、花開く為に。
 ただ水面に、椿の花びらがはらはらと。
 人魚の名残として揺れる姿を、橘と孤檻は見つめていた。

 彼女は――新しい祈りと、願いを見つけられるだろうか。
 忘れることなく。
 そして、忘れてしまった大切な誰かの為に。
 

 だって。


「忘却こそが救い。救いっていうのは」
 橘の言葉は、とても優しく、切なかった。
「……自分ではなく、誰かの為、なんだから」
 ついに水中に沈む、鮮やかな椿の花びら。
 それは水底に留まらずに、この世界を巡るのだろう。
 誰かの為に。
 寄り添う優しさとして。
 それが誰かの記憶や思い出と共にであれば、それこそが。
 幸せという名の歌として、心に残るのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月27日
宿敵 『水底のツバキ』 を撃破!


挿絵イラスト