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水泡に誘う(作者 ろここ。
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●忘我の花
 ちゃぷん。
 溢れて、溺れて、消えてゆく。
 美しい蓮の花が咲き誇る水面の底に、まるで世界が呑み込まれる様。

 こぽこぽ……。
 水泡が生まれては、弾ける様に消えてゆく。
 その度に、水底の奥で女性が艷やかな微笑みを浮かべていた。

 すべての衆生に安寧を。
 抱えるのは苦しいでしょう。
 重過ぎる想いを、思い出を、ずうっと抱き続けるのは辛いでしょう。
 ……けれど、もう案ずる事はありません。
 妙声鳥の美しい調べに乗せて、水に流してしまいましょう?

 すべて、忘れましょう。
 すべて、捨ててしまいましょう。
 思い出など無用、言の葉など不要、己も曖昧になるまで溺れましょう?
 ――忘却こそ、人々にとっての救済なのだから。

●水災
「皆さんにはこれより、幽世へ向かって頂きます」
 恭しく一礼後、ファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)は静かに告げる。
 そして、幽世に『水』による世界の終わりが迫っていると彼は続けた。

 到着次第、猟兵達を待ち受けるのは花咲き誇る水面や幾つもの太鼓橋が連なる迷宮。
 迷宮から脱出する方法は、いたって簡単だ。
 底の見えぬ池へと、自らの意志で太鼓橋から飛び込むだけ。
 ……厄介な問題は其の先、水底へ沈む最中に起きてしまうのだが。

「一時的かつ、部分的に記憶が欠落する状態になる……という表現が正しいでしょうか」
 水の中に浮かぶのは、オブリビオンの力による歪な夢。
 各々の目に映るように泡となって浮かんでは、弾けるように消えてゆく。
 ……忘れたい出来事、忘れたくない人、忘れてはいけない罪。
 それぞれ見る内容は違うだろうが、総じて言える共通点が存在する。
 水底――オブリビオン達が待つ場所に着いた時。
 誰一人例外なく、夢で見た内容は記憶からも消え失せてしまうのだ。

「黒幕を倒せば記憶は元に戻り、溢れた水も消失する様です」
 沈んだ先は一種の異空間らしく、特に準備せずとも溺れる心配はないだろう。
 しかし、黒幕であるオブリビオンを倒すまで……忘れた事を思い出す事は叶わない。
 ぽっかりと穴が空いた感覚に、人によっては複雑な感情を抱くかもしれないが。

 それでも、戦わなければいけない。
 忘却こそが真の救済だと謳う、オブリビオンを倒さねばならない。
 飲み込まれてしまった妖怪達を助ける為に。
 ――世界の終わりを防ぐ為に。

 再び、猟兵達へ丁寧に一礼をした後、ファンは彼らの転移に取り掛かった。


ろここ。
●御挨拶
 皆様、お世話になっております。
 もしくは初めまして、駆け出しマスターの『ろここ。』です。

 三十七本目のシナリオの舞台は、カクリヨファンタズムとなります。
 水に覆われた世界での戦い、心情要素の強いシナリオとなっております。

 恐れ入りますが、本シナリオは『一人』もしくは『二人一組』での参加を推奨とさせて頂きます。
 お相手がいる際には、お名前とIDを先頭に記載して頂ますようお願い致します。
 迷子防止の為、御協力頂けると助かります。

●第一章(冒険)
 忘れたくないこと、忘れたいこと。
 或いは忘れてしまってはいけない、と自ら戒めていることかもしれません。
 本章では例外なく、水の中で記憶の泡が生まれては消える……そんな、歪な夢を見る事になります。一人に対して一つの夢を見る事になる為、お二人で参加される場合は水底に着いた時点で合流する形で書かせて頂ければと思います。

 泡の様に消えてしまう『記憶』に何を思い、どんな行動を取るのか。
 是非、プレイングに書いて頂ければと思います。

●第二章(集団戦)
 泡となって消えた夢に惑う間も無く、滅びの美声が皆様を苛むでしょう。
 詳細は導入にて……。

●第三章(ボス戦)
 忘却こそ、衆生の救い。
 皆様の記憶を消した、元凶たるオブリビオンが相手となります。
 此方も詳細は導入にて……。

 以上となります。

 それでは、皆様のプレイングをファン共々お待ちしております。
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第1章 冒険 『水占の辻』

POWゆめまぼろしを真直ぐ見据えて沈む
SPD目を閉じ耳を塞いで耐える
WIZ過去より未来を信じて身を委ねる
👑7 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【お知らせ】
 恐れ入りますが、第一章につきましては導入はありませんので御注意下さい。
 また、太鼓橋から飛び込んだ後からリプレイは始まります。

【プレイング受付期間】
 7月2日(木)8時31分 ~  7月3日(金)23時59分まで
ライナス・ブレイスフォード
自分から水の中に、なあ
そういや兄貴、川の傍に寄る度に蒼白になってたっけか
薔薇の弱点は避けられなかったけどよ…俺は流水平気で良かったわ
ふと、昔の事を思い出し笑みを漏らしながら橋から水の中に飛び込む…も
水の中、狂った母たちが虚ろな目で笑う姿が
母の違う兄妹達が家畜達の狩を楽しむ中、黒髪の兄が半泣きになりつつ蹲っていた姿が
そして己にとって大事だった小麦の様な黄金の髪を持つ少女と、そして何よりも大事な緑色の髪を持つ青年の姿が泡となり浮かび行けば自然と眉間に皺が寄って行く
敵を倒す迄全て忘れる…なあ
過去も、今も全部俺のもんだからな勝手に奪わせるわけねえだろ?…水の底で首を洗ってせいぜい待ってろって、な?


●彩の記憶
 まさか、自分から水の中に飛び込む日が来るとは。
 ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)は水底へと沈みながら、浮かぶ思考に薄っすらと笑みを浮かべていた。
 薔薇の弱点は避けられなかったが、流水が平気で良かったと思いつつ。
 ふと思い出すのは、川辺に寄る度に顔面蒼白となっていた……腹違いの兄の姿。

「ああ、これが例の泡か」
 其れが切っ掛けとなったのか。
 水中に浮かぶのは大小様々な泡、泡、泡。
 内側に見えるのは、虚ろな目で狂った様に笑う母や他の女達。
 母の違う兄妹達が家畜の狩りを楽しむ中、川を恐れる兄は泣きながら蹲っている。
 何度も見てきた、くだらないと思った。
 全てのしがらみを捨てたからこそ、今の己が在る。捨てたものに興味はない。
 ……ライナスの笑みを嘲る様に、大きな泡が二つ浮かんだ。

 ――ライナス、いいよ……ありがと、ね。
 小麦にも似た輝くを持つ黄金が、浮かぶ泡の中で微笑む。
 迫る終わりに恐怖もあろう、悲しみもあろう。
 それでも、少女は最期に微笑んでいたのだ。

 ――お前を守りたい。
 夜の森を連想させる緑色を持つ者もまた、同様に。
 生命を奪おうともした己に対して、そう言ってのけた事を強く覚えている。
 真剣な眼差しも、自身の感情に惑いながらも紡がれた言葉も。

「敵を倒す迄全て忘れる、なあ……」
 大事だった過去、何よりも大事な今。
 其れも、水の底に着く頃には忘れてしまうのだろう。
 そんな思考が過ぎれば、自然とライナスの眉間に皺が寄っていく。
「(救いの手なんざ、一度も望んだ事はねぇよ)」
 過去も、今も全部俺のものだ。
 何処の誰だか知らないが、勝手に奪わせるつもりは無い。
 其れでも尚、奪うと言うならば――。

「水の底で首を洗ってせいぜい待ってろって、な?」
 深く、深く。
 ライナスは水底へ向かい、自らの意思で沈んで行く。
 ……其れは決して、忘れたいからではない。
 一分一秒でも早く元凶を打破して、忘れるであろう記憶を奪い返す為だった。
成功 🔵🔵🔴

シャオロン・リー
水に映るのは地に爪を立てて、座り込んで慟哭する俺
組織が全滅した日、そこに間に合うこともできなかった俺の記憶や
これを忘れる、ちゅーんか
(無理や)
この記憶を手放すわけにはいかへん
これは今の俺が生き続ける為に絶対忘れたらあかん記憶や
抗えへんて知っとっても、それでも無理や、俺には忘れられへん、忘れたないねん…!

(なんで、なんでよりによってこれなん?)
みんなが生きとった時の記憶やったら、忘れてまうんはそら確かに辛いけど、まだマシやった

無理でも光景を留めておきたくて、水の泡に手を伸ばして、藻掻いて
そんで思い浮かんでもうた事に恐怖する
(これを忘れたら、俺はどうなるんや…?)
今の俺でない俺を、俺は想像できへん


●嘆の記憶
「(水の中で息が出来るっちゅーんも、不思議なもんやなぁ)」
 ぱち、ぱち。きょろきょろ。
 シャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)は周囲を見渡しながら、興味深そうに目を瞬かせていた。
 無事に任務を終えて帰ったら、腐れ縁に話すのも楽しそうだ。
 呵呵とばかり笑い、沈むにつれて……彼の眼前にもまた、泡が浮かび始めていた。
 ――さあて。鬼が出るか、蛇が出るか。

 一回り大きな泡が、ごぷりと生まれる。
 忘れましょう、忘れましょう。辛く苦しい事もすべて。
 そんな声と共に現れたのは……まさか、そんな。

「嘘、やろ……?」
 よりにもよって、此の記憶なんて。
 水の中、泡の内側。慟哭が聞こえてくる様な、そんな錯覚を起こす程。
 ……地に爪を立てて、座り込み。暴れ竜は吼えている。

 何故、組織は壊滅してしまったのか。
 何故、組織のみんなが……先生が殺されなければならなかったのか。
 何故、己は其の場に居合わせる事が出来なかったのか。
 守れなかった。失くした、喪った、壊れてしまった。
 あの日、鋼の鷲の翼は――。

「(無理、や……)」
 此の記憶を手放す訳にはいかなかった。
 此れは今のシャオロンが生き続ける為に、絶対に忘れてはいけない記憶。
 嗚呼、もしも。もしも、みんなが生きていた時の記憶だったならば。
 忘れてしまう事は辛いけれど、まだマシだと思えたのに。
 ――なんで、なんでよりによってこれなん?
 抗えないと知っている、理解している。だが、彼の心は其れを良しとしない。
「忘れられへん、忘れたないねん……!」
 無理にでも光景を留めようと、シャオロンは藻掻き始める。
 水の泡に手を伸ばして、掴もうとするも……泡が弾けて、消える方が早い。
 何度繰り返しても、其れは変わらない。
 くすくすと笑う女性の声を耳にして、彼はふと思い浮かんだ。

「(これを忘れたら、俺はどうなるんや……?)」
 今の己でない、己。
 シャオロンは想像出来ず、だからこそ其の事実を恐れた。
 其れでも、無情にも身体は沈み続ける。
 ……水底はもう、直ぐ其処に。
成功 🔵🔵🔴

榎本・英
いくつもの記憶の泡が目の前に現れた。
嗚呼。どれもこれも忘れたい物だ。

幼少期、ななしの子だった自分の記憶。
暗闇を這う獣の腕に欲に塗れた獣共の声。

幼い頃の記憶は、どれも目を逸し続けている。
思い出したくない物なのだ。
こうやって態々見せなくとも、私は思い出さないように蓋をしているとも。

なぜ、見せてくるのかな。
目を逸らすなと言いたげだね。

母の真っ赤な唇も血に濡れた糸切り鋏も
幸せそうな獣の顔も甘やかな囁きも
全て全て、思い出さない方が良い事だ。

嗚呼。残酷だね。
早く私の前から消えてくれよ
見せないでくれ。

自分の手で蓋をする。
手は貸さなくても良いのだよ。
私にはそれが出来る。
出来るとも。


●獣の記憶
 蓮の花咲き乱れる、太鼓橋。
 中々に情趣溢れた景観ではあるが、遊覧に興じる時間はない。
 ……何を忘れるのか、何が泡となって現れるのか。
 底の知れない水の中、榎本・英(人である・f22898)は飛び込んだ。

 ゆらり、ゆらり。
 暗い、暗い、水の中に彼は独りきり。
 不思議な状況を観察しながら、少しずつ底へ向かって沈んでゆく。
 其れにつれて、誰かの謳う様な声が耳に届き始める。
 同時に……幾つもの泡が、彼の目の前に浮かんで来たではないか。

「(成程、此方だったか)」
 泡の内側に、牡丹一華が一輪も見えない事は僥倖。
 まあ、其れも当然か。
 今、榎本が見ている泡の内に映るのは――彼が忘れたいと希う記憶なのだから。
 ……なぜ、見せてくるのかな。目を逸らすなと言いたげだね。

 暗闇を這う獣、其れに覆い被さる獣。
 欲に塗れた吐息が、声が、真っ暗な部屋の中に嫌に響き渡る。
 二匹の獣が貪り合いながら、幸せそうに何かを囁き合っていた。
 ――うるさい。
 耳を塞ぎ、目を逸らそうと必死な幼子――ななし。
 ななしの声は『声』と成る事は無い。
 其れは、血に塗れた糸切り鋏の刃が月明かりに照らされてよぉく見えるからか。
 或いは無関心であろうとする事が、彼なりの反抗なのだろうか。

「(……嗚呼。嗚呼。残酷だね)」
 幼い頃の記憶は、榎本にとって思い出したくない物なのだ。
 早く私の前から消えてくれよ。
 見せないでくれ。見るに堪えない。
 こうやって態々見せなくとも、私は思い出さないように蓋をしているとも。
 全て、全て、思い出さない方が良い事なのだから。

「(自分の手で蓋をする)」
 私にはそれが出来る。
 ――蓋をする必要などありません。

 出来るとも。手は貸さなくても良いのだよ。
 ――忘れてしまいましょう。

 私はただの人だ、獣ではない。
 ――本当に、そうかしら?

「……っ!?」
 榎本は一瞬、呼吸を忘れてしまう。
 最後に問い掛けられた声は、先の女性と全く同じだった筈なのに。
 甘い声を上げてばかりの、母の真っ赤な唇から紡がれた様に聞こえた気がした。
成功 🔵🔵🔴

シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

俺とシエンの親友で俺達がセスと呼んでいた女性
雪狼の人狼で、黒騎士で
俺を庇い、自分の命の代わりにどちらも俺に残して逝った人

忘れてしまえれば、楽だろうと思った事はある
けれど彼女の事を忘れる事は、
息をする方法を忘れるような事だと自身に繋ぎとめてきた記憶
そして俺が元は人間で、自身の誇りだった竜騎士だった過去と今の繋がり

それでも忘れてしまったのは、
少しでも楽になれると思ったせいなのかと、後悔と自責だけが残るが、
シエンの前では努めて普段通りに

アンタがいつも通りを装うのなら、俺もそうしないとフェアじゃないだろ
それに、忘れた苦しみがあるならまだ、その記憶の大事さだけは忘れてない証拠だ


シエン・イロハ
シノ(f04537)と

どうせならもっと、忘れたい事消してくれりゃいいってのに
やっぱお前の事なんだな…ヒスイ

自分と同じ赤い髪
自分とは違う翡色の瞳
うすぼんやりしたその色が性格を表しているとからかえば、ひどいなぁと笑っていた姿

忘れてほしくなかったくせに、俺を生かす為に忘れられる事を望んだ双子の兄
ようやく思い出したはずの姿が、また泡となり消えてゆく

どいつもこいつも、勝手に決め付けんじゃねぇよ

忘れた事は覚えていても、忘れた内容は思い出せず
ただその状態が元々常だったせいか、苛立ちはしても動揺は然程見せず

明らかに動揺している癖に無駄に隠すシノに溜息を吐き
覚えてても忘れても悩むんだなお前は
何でもねぇ、先行くぞ


●雪の記憶
 其れはまだ、己が竜騎士の誇りを抱いていた頃の事か。

 シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は不思議そうに、周囲を見渡していた。
 背中を押され……否、蹴られた様な気がしないでもないが。
 大体同じタイミングで飛び込んだ筈だが、親友の姿が何処にも無い。
 グリモア猟兵が言っていた通り、やはり此処は一種の異空間なのだろう。
 ……まあ、何を忘れてしまうか見られずに済むのは重畳か。
「(彼女の事を忘れたりしたら――)」
 もしも其れを、己の妹が知ったとしたら。
 当の本人は気にしないだろうが、妹の塩対応加減が更に増すのは目に見えている。
 ――其れはちょっと、な。
 そんな光景を想像して、シノは思わず苦笑を浮かべていると……こぽっ、と。
 泡が浮かんでは、彼の過去を再生する。

 セス、と呼んでいた女性が笑う。
 雪狼の人狼で、黒騎士で、かつての想い人。
 己を庇った事で命を落とした人。
 ……代わりに人狼の病、燎牙を残していった人だ。

 嗚呼、そうだ。
 確かに忘れてしまえれば、楽だろうと思った事が無いとは言い切れない。
 しかし、彼女を忘れるという事は、過去と今の繋がりが曖昧になる事を意味する。
 ……其れは息をする方法を忘れる事に等しいと、考えているからこそ。
 繋ぎ止めなければならない記憶なのだと、彼は強く思うのに。
 ――シノ、どうか……どう、か……。

「セス……ッ!」
 赤に染まった雪狼が、息も絶え絶えに呟く言葉は――聞こえない。
 シノの叫びも虚しく泡が弾けて、彼女の言葉を遮ったのだ。
 天秤の片側に在った筈の何かが、少しずつ重さを失っていく気がした。

●翠の記憶
 其れはまだ、家族と暮らしていた頃の事か。

「どうせならもっと、忘れたい事消してくれりゃいいってのに」
 シエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)の到来を待っていた、と言う様に。
 彼が下へと沈むにつれて、現れる泡の数が増えている様に見える。
 ……泡の中に見えるのは柔和な笑みを浮かべる、男の姿。

 自分と同じ、赤色の髪。
 自分とは違う、翡翠の瞳。
 其れは一度忘れて、漸く思い出した双子の兄の姿だった。
 以前、うすぼんやりとした色が性格を表していると揶揄った時の事を思い出す。
 ――ひどいなぁ、シエン。

 ああ、そうか。
 困った時に笑って、誤魔化そうとするのは生前からの癖だったのだろうか。
 泡の中の笑顔と、あの日――化物に成り果てた兄の姿が重なって見える。
 ……忘れてほしくなかった、覚えていてほしかった癖に。
 己を生かす為に、兄は忘れられる事を望んだのだ。

「(残された側の気持ちも知らねぇで)」
 やっと、やっと思い出した。取り戻した記憶。
 其れが目の前で消えてゆく様を、ただ眺める事しか出来ない。
 兄に関する記憶を全て消そうとする様に、再び泡が生まれては消え続ける。
 ……シエンの胸中で、静かな怒りが燃え上がり始めていた。

 知らぬ女の声が聞こえる。
 其れが大切な者の望みならば、貴方は救われるべきだと。
 もう一度忘れましょう、忘れてしまいましょう。
 そんな声に対して、馬鹿馬鹿しいと。彼は鼻で嗤い飛ばすのだ。
 ――どいつもこいつも、勝手に決め付けんじゃねぇよ。

●水底
「…………」
「シノ、何ぼけっと突っ立ってんだ」
「――っ!?……俺の背中蹴り過ぎじゃありませんかね、シエンサン?」
「気のせいだろ」
 両足が底に着くのを実感した瞬間、気付けばシエンの隣にはシノの姿が在った。
 動揺を見せる程、失くしたくない記憶には心当たりがあるが……其れよりもまず、未だ行き場のない苛立ちを込めて、シエンは彼の背を蹴り飛ばす。
 不意の一撃によろめくも、親友の姿を目にしたからだろう。
 シノは心を落ち着かせようと、深呼吸をして……平静を取り戻そうと試みる。

「覚えてても忘れても悩むんだな、お前は」
「アンタがいつも通りを装うのなら、俺もそうしないとフェアじゃないだろ」
 シノの内側では今も、後悔と自責が渦巻いている。
 忘れてはいけない事だった、忘れてはいけない人だった。
 其れでも名前どころか、顔も声も何もかも忘れたのは……少しでも楽になれると思ったせいなのか。
 ……今は、何に対して楽になれると考えたのかも思い出せないが。
 シエンも似た様な思いを抱いているのではないか、と彼は考えたのだろう。

「それに忘れた苦しみがあるなら」
 ――まだ、その記憶の大事さだけは忘れてない証拠だ。
 シノの言葉にそうかよ、と返してから、シエンは鳥居の先を見据える。
 何かが抜け落ちた様な気がするが、不思議と然程違和感はない。

 ただ、何故だろうか。
 己が抱く苛立ちは元凶に対するものだけではないと、シエンは確信していた。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

木常野・都月
俺は…じいさんとの思い出か。

元々生まれてから去年の春くらいまでの記憶がないから。

でも、忘れても敵を倒せれば思い出せるんだろ?

じいさんの思い出を人質に取られるのは嫌だけど、任務だから仕方がない。

じいさん。
じいさんの声。
じいさんの笑顔。

スプーンでスープ飲めたら、凄く褒めてくれた。
トイレを覚えたら、凄く喜んでくれた。
1人で服が着れたら、頭を撫でてくれた。

じいさんの手のぬくもり。
昔から大好きだったみたいに、凄く懐かしくて。

家に戻った時、どこを探してもじいさんいなくて。
匂いがするのに、どこにもいなくて。
これを寂しいと当時の俺は知らなかったけど。

全て大事な俺の思い出。

じいさん、俺、絶対記憶取り戻すからな。


●翁の記憶
 元々、去年の春辺りまでの記憶が無い。
 だからこそ、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)には消えてしまうであろう記憶が、ある程度見当がついていたのかもしれない。
 これまで出会って来た、猟兵の仲間達。
 或いは精霊の石の内に眠っている、チィや他の精霊様達。
 確かに、どちらも大事だけれど……きっと、消えてしまう記憶は。

「……やっぱり、か」
 忘れても、敵を倒せば思い出せる。
 じいさんとの思い出を人質に取られるのは嫌だ、けれど。
 任務だから仕方がない。そう、仕方がない事なのだと理解しているのに。
 狐ではなく、妖狐としての……木常野の心は軋み始める。
 温かい筈の思い出が消えていく、其の事実は想像以上に耐え難い痛みだった。

 ――おやおや、覚えていてくれたのかい?
 ――おお……都月は、本当に偉いねぇ。
 ――ありがとう、都月。

「じいさん……」
 泡になって、浮かぶ。
 内側に見える、木常野にとっての恩人の表情は……いつも穏やかだった。
 じいさんの声、笑顔、全部がとても温かくて。優しくて。

 スプーンを使って、スープを飲んだ時は凄く褒めてくれた。
 トイレを覚えたら、目を輝かせて喜んでくれた。
 あの時は難しかったけれど、一人で服が着れた時は頭を撫でてくれた。
 じいさんの手の温もりは、とても懐かしい気持ちにしてくれた。
 ……昔から大好きだったみたいに。

「(全て大事な俺の思い出、なのに)」
 ぱちん、と弾けて消えてゆく。
 共に過ごした時間、居なくなってしまった寂しさ。
 大切だった筈の温もりが、徐々に冷え切ったものに変わってしまう。
 木常野は無意識の内に手を伸ばそうとして……其の手を止め、ぐっと力強く握り締める。此れは任務、忘却を止める事は出来ない。
 其れを覚悟の上で、此の任務に参加すると決めたんじゃないか。

「(じいさん、俺、絶対に記憶を取り戻すからな)」
 此の世界の人達を助けた上で、必ず。
 水底に着く前に見た、最後の泡の中……じいさんが優しく呟いていた気がした。

 ――立派になったのう、都月。
大成功 🔵🔵🔵

リン・イスハガル
●心境
忘れては、いけないこと……。
あった気がするの。あるの。忘れちゃ、いけないこと。
うーん、なんだろう、なんだろうなぁ……

●行動
忘れないように、必死に思い出そうとするけど、するすると抜けていく記憶に慌てる。
けれど、忘れないように、何者かの声を聴かないようにする。
影の世界に引きこもっていれば、聞こえないようにできるかなぁ……。
それでも聞こえるなら、頑張って耐える。

ああ、思い出した気がするの。忘れちゃいけないきがするの。わたしの、お兄ちゃんの、記憶。
思い出、奪わないで、奪わないで。兄上、もういない……から……。


●兄の記憶
 綺麗な水面にぷかぷか、ぶくく。
 バディペットの『ちくわ』は嫌がっていたけれど、独りぼっちも寂しいから。
 リン・イスハガル(幼き凶星・f02495)はちくわを抱き抱えて、水の中を静かに漂っていた。
 ……不思議な事に息が出来る、目を開き続けても問題無さそうだ。
 未だ水の中に居ると思い込んでいるのだろう、ぷるぷると震える猫の背を彼女は優しく撫でている。

「泡、ぷくぷく……?」
 少しずつ浮かび始める泡を見て、リンはふと考える。
 忘れてはいけない事が、あった気がするけれど。
 なんだろう、何を忘れてはいけなかったんだっけ……嗚呼、思い出せない。
 右へ、左へ首を傾げるも、彼女の中で答えは出なかった様だ。
「あっ……」
 だが、リンが拒んだとしても……答えは泡の内側に映し出される。
 彼女を呼ぶ声が聞こえる、彼女に笑い掛ける声が聞こえる。
 ――リン。
 見覚えのある影が手を伸ばしてくれているのに、握り返せない。
 泡が弾ける度に、するすると何かが抜けていく気がして。
「(どうしよう、どこかに、いっちゃう……)」
 何度も、何度も、呼んでくれるのに。
 リンが手を伸ばそうとしても、触れる寸前で割れてしまう。
 影の世界に引きこもれば――嗚呼、駄目だ。此れは攻撃じゃない。
 忘却こそが救済と謳う者の、歪んだ善意による誘惑。
 ……忘れましょう、忘れましょう。
 幾ら女性の声を拒絶しても、聞こえて来る声が泡を生み、壊してしまう。

「(もういない……から……)」
 泡の内側に映る人物が誰か、思い出した気がする。
 故に、リンはちくわを抱いていない方の手を伸ばし続けるのだ。

 だって、あそこに居るのは。
 優しい声で、彼女の名前を呼んでくれる人物は。
 ……わたしの、お兄ちゃん。大切な、兄上。
 嗚呼、だめ。いかないで、消えないで、この記憶を奪わないで。
 ――リン、お前は……。

「(やめて、奪わないで。思い出、奪わないで)」
 水底が近い事を示す様に、大きな泡がぱちんと割れる。
 刹那、リンの兄が浮かべた表情は……ああ、どんな顔をしていたのかな。
成功 🔵🔵🔴

セリオス・アリス
アレス◆f14882
アドリブ◎

最初に夢で現れたのは
絶対に忘れる筈がないと思っていたもの
髪を撫でる、優しい手つき

なんで
どうして
…アレス
鳥籠の中、どれだけ正気を削っても
死んだと思った後ですら
忘れることは無かったのに
俺の理想、俺の光
俺の――いちばん幸せになって欲しい人

ソイツの名前を呼びたくても
喉につっかえて出てこない
嫌だ…いやだ、忘れたくなんかねえのに!
他の何を捨てたって
この記憶だけはと握りしめても
どんどん隙間からこぼれ落ちて
泡になって消えていく

気づけばそこにあったのは焦燥感
足りない足りないと
焦りだけが燻って
ああ、それでも―…『 』が生きててくれるなら

何故だか水底に現れた金髪の男から目が離せなかった


アレクシス・ミラ
セリオス◆f09573と
アドリブ◎

忘れはしないと信じていたのは
一緒に飛び込んだ大切な幼馴染の事
…セリオス
攫われた君を取り戻そうと故郷で戦っていた間も
探して旅をした間も
…再会した後も
忘れる日なんて一度もなかった
僕の光で
護ると誓い…幸せを願った人

それなのに
僕の中で君の声が消えた
歌声も
アレスと呼ぶ声も
…どうして
泡と共に君が消えていく
君の姿
共に過ごした時間さえも…

…駄目だ
待ってくれ
君を忘れたくない、忘れちゃ駄目なんだ!
手を伸ばしても
何も掴めなくて

…残ったのは
己の半身を見失ったような感覚
ただ…どうしてか
もう一度、探しに行かなきゃいけないような気持ちがあったのと
水底にいた長い黒髪の青年から目が離せなかった


●盾の記憶
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は、夢を見ていた。
 暗い水の中、煌めきを絶やさぬ金色の夢。

 ――アレス。
 泡に映る其れを見るだけで、髪を撫でてくれた優しい手つきを思い出す。
 あの日、甘露を啜った時の幸福感だって、鮮明に。
 嗚呼、其れだけじゃない。
 共に依頼に赴いた時の事も、共に過ごした日常だって覚えている。
 だからこそ、忘れる訳なんて無いと……彼は思っていたのに。

「(アレス……)」
 鳥籠の中で十年間、殺意を燃やし続けていた日々。
 されるがままを耐え続けて、どれだけ正気を削ったとしても。
 ……彼が死んだと思った後ですら、片時も忘れる事は無かったのに。
 なんで、どうして、なんで、どうして。
 疑問に疑問を重ねた所で、目の前で起こる事実は変わらない。

 ――消える。
 セリオスにとっての理想が消えてゆく。
 彼にとっての赤き一等星が、消えてゆく。
 彼にとっての光が、初めから無かったかの様に消えてゆく。
 虹の前で交わした約束、アレスと過ごした日々、すべて。
 泡が割れて、壊れるにつれて……少しずつ輝きを失っていく。

「嫌、だ……いやだ、忘れたくなんかねえのに――っ!」
 他の何を捨てたって、構わない。
 ただ、この記憶だけは駄目だ。アレスとの記憶を失いたくない。
 泡を握り締めようとしても、セリオスを嘲笑う様に寸前で割れてしまう。
 ……水底がもう、近い。
 着く頃には、己はアレスの何もかもを忘れてしまうのだろうか。

 俺の――いちばん幸せになって欲しい人、なのに。
 彼が伸ばしたままの手指の隙間から、泡が浮かんでは消えていった。

●剣の記憶
 アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、夢を見ていた。
 暗い水の中、一際美しく見える黒色の夢。

 ――セリオス。
 先程、共に飛び込んだ筈の幼馴染の姿は、何処にも居ない。
 彼の姿は今、浮かび続ける泡の中に映し出されていた。
 こぽり、こぽり……。
 幾つもの泡が静かに浮かんでは、セリオスの様々な表情を映してゆく。

「(……セリオス)」
 攫われた彼を取り戻そうと、生き延びる為に戦い続けた日々。
 行方知れずとなった彼を探すべく、幾つもの世界を旅してきた。
 長い時を掛けて、ようやく会えた時の感動は……忘れる筈も、ない。
 ……いいや、其れだけじゃない。
 セリオスの事を忘れた日なんて、一度も無かった。なのに、どうして。

 ――消える。
 アレクシスにとっての半身が消えてゆく。
 彼にとっての青き炎の一等星が、消えてゆく。
 彼にとっての光が、とうの昔に失われているかの様に消えてゆく。
 虹の前で交わした約束、セリオスと過ごした日々、すべて。
 割れて、壊れて、少しずつアレクシスの内側から抜け落ちてしまう。

「……駄目だ。待ってくれ。君を忘れたくない、忘れちゃ駄目なんだ!」
 セリオスの姿が消える前に。
 歌う様にアレスと呼んでくれる声が、記憶から消えてしまう前に……!
 アレクシスは何度も泡に手を伸ばして、掴む事で記憶を繋ぎ止めようとするが。
 しかし、何も掴めない。するり、するりと零れ落ちる。
 水底に着いた頃には、忘れてしまうのだろうか。

 僕が――必ず護ると誓い、幸せを願った人の事を。
 忘れましょう、忘れましょう。そう囁く声が、聞こえた気がした。

●水底
 夢を、見ていた。
 どんな夢だったのか、今の二人には思い出せない。
 ただ……酷く、哀しい夢だった気がする事だけは理解出来た。
 どうして哀しいのかは解らないのに、視界が滲んでいて。

 セリオスの中には、焦燥感が。
 アレクシスの中には、半身を見失った様な感覚が残っている。
 足りない、足りないと、焦りばかりが燻っているのだ。
 嗚呼、早く。もう一度探しに行かなければという使命感が拭えない。
 ……誰を?何の為に?どうして?
 自問自答をするよりも先に、互いに言葉を口にするのは同時だった。

「なあ……何処かで、お前と会った事はあるか?」
「奇遇だね。僕も、そんな気がしたんだ」
 アレクシスが不思議だね、と微笑めば。
 真似するんじゃねえよ、とセリオスが噴き出す様に笑う。
 少なくとも、目の前の男は敵ではないだろう。
 目が離せないと思わせる、何かがある。其れが……恐らく、其の証拠。

 思い出せない、それでも。
 ――『 』が生きていてくれるなら。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
忘れてはいけない出来事…
…彼女の、エリーのことでしょう。
今の私の元となり、そして旅立った方。
もう二度と、忘れてはならない方。
ですが…

暗転

私が出るってことは、あの子(ナターシャ)は眠ったのね。
…なんだか不思議と、昔を思い出すわ。
襤褸切れを着て、あてもなく彷徨って。
教会に拾われて、孤児院で幸せに過ごしたて。
使徒に選ばれて嬉しくて、でもそれが終わりの始まりで。
だんだん私(エリー)が私から、あの子にとって換わられて…

…でも、おかえりを言ってくれて。
忘れないように繋ぎとめてくれて、こうしていられるから…
…だから、ありがとう。

暗転

…何か、大事なことがあったようなのですが。
エリー、貴女なのでしょうか…


●私の記憶
 ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)の名は、偽名である。
 猟兵化実験の被験者、彼女の真名はエリー。
 戸惑いもあっただろう、受け入れがたい事実への抵抗もあっただろう。
 其れでも……ナターシャはいつかの依頼で、『エリー』を受け入れたのだ。
「(今の私の元となり、そして旅立った方……)」
 其れは決して、忘れてはいけない出来事。
 もう二度と、忘れてはならない人。
 けれど、泡に映し出された光景はかつて見た――ぷつん、と音がした。
 ナターシャの内側で、何かが切り替わった様な音。

「ああ……私が出るってことは、あの子は眠ったのね」
 ――水の中でも息が出来るって、何だか新鮮ね。
 楽しげに呟き、子供の様に泡を眺める。
 昔を懐かしむ様な目を向けている彼女は、ナターシャではない。
 彼女が思い出した過去の記憶――エリーが表層に出てきたらしい。
「なんだか、不思議ね」
 暗い水の中を漂いながら、沈んでゆく。
 襤褸切れを着て、あてもなく彷徨いながら、その日を生きる事で精一杯。
 運が良かったのか教会に拾われて、孤児院で幸せに過ごして。
 ――君は使徒になる。
 嬉しかった。けれど……それが終わりの始まり。

「(だんだん、私があの子にとって換わられて――)」
 楽園なんて何処にもない。
 私にあるのも、世界にあるのも絶望だけ。救いも希望もありはしない。
 ……だから、煉獄の導き手になった。
 救われない魂をみんな、煉獄へ導く使徒で在ろうとした。
 嗚呼。泡の中に映る映像に嘘偽りは無い、すべて本当の事だ。
「でも、おかえりを言ってくれて……」
 ナターシャが忘れない様に繋ぎ止めてくれたからこそ、今の自分が居る。
 ……だから、ありがとう。
 もしこの後、彼女が忘れたとしても、きっとまた思い出してくれる筈。
 エリーは彼女を信じるが故に、静かに目を閉じた。

 気付いた時には、ナターシャは水底に到着していた。
 いつの間に……否、其れよりも。何か、大事な事があった気がするのに。
 思い出せない、頭の中から何かが抜け落ちた感覚。
 『 』、貴女なのでしょうか。
大成功 🔵🔵🔵

サフィール・ロワイヤル
【銀翼とサファイア】
(天敵同士の為、太鼓橋へは1人で飛び込みます)

忘れてはいけないこと…
僕にとっては、父の死だ

僕の父はフランス人の舞台脚本家で数々の作品を生み出してきた
けれどスランプに悩まされ…
或る女に誑かされた父は薬物に手を出して自ら死を選んだんだ

その誑かした女というのが
白い片羽を持った女…それも奴は、猟兵だった
父を滅ぼした奴を絶対に許せない
奴を見つけ、戦いを挑むまで僕は…

……
此処が水底か
やあ、君も猟兵かい?
綺麗な片羽だね、白鳥のようだ
この先ひとりでは危ないだろう?僕と一緒に行こう


雪解風・みゅう
【銀翼とサファイア】

ぼくの“彼”だけは手放す訳にはいかないの

“彼”は素敵な脚本家だったわ
夜の街で出会った彼は美しい金の髪をしていた
すぐに分かったわ、異国の血を引いてると
スランプに陥っていた彼をユーベルコヲドで支えていた筈だった
彼はぼくに依存し、スランプへの恐怖のあまり薬物に手を出してしまって
駄作を生み続けたのちに死を選んだわ
そしていまぼくは、その娘に怨まれている…

ええ、当然のことでしょう
ぼくだって後悔してる
けれどそんなのおこがましい、言えるわけがないわ
今だって、“彼”に似た人を夜の街でずっと求め続けていて…

……
あなたこそ綺麗な金の髪をしてる
小柄な体なのに王子様のようね
少しだけ、頼りにしているわ


●父の記憶
 サフィール・ロワイヤル(スタアサファイア・f23442)の足取りに、迷いはない。
 単独でも優雅に、だが堂々と歩みを進め――水面に飛び込んだ。
 あの日見た、王子様の様に。
 凛々しく、誇り高く、臆する事無く。
 両親の名に恥じない、トップスタアになる為の一歩を踏み出すのだ。
 ……亡き父は喜んでいるだろうか。
 否、そんな筈は無い。己を滅ぼした相手が、まだ生きているのだから。

「(父の死を、忘れてはならない)」
 サフィールの父は花の都、巴里出身の舞台脚本家だった。
 彼が生み出した作品は世間に広まり、多くの舞台で演じられてきた。
 ……彼女にとって、父は魔法使いの様に見えていたかもしれない。
 素晴らしい物語を生み出し続ける、輝ける人。
 いつか、父の書いた物語を演じられたなら……嗚呼、其の願いは叶うのだろうか。
 ――こぽり、こぷり。
 大きな泡に映し出されるのは、悲惨な末路を迎えた父。そして――。

「……っ!」
 両の拳がきつく、強く握り締められる。
 父が自身のスランプに、いわれのないゴシップ記事に悩まされていた事は知っていた。
 其れでもきっと、また昔の様に素敵な物語を紡いでくれると信じていた。
 嗚呼。サフィールの祈りを、父の生命を踏み躙った奴が居る。
 父を誑かし、唆し、術中に嵌った父は薬物に手を出した上で自死を選んだ。
 ――絶対に許せない。
 死んだ父の傍で、彼をじっと見つめている……白い片羽を持った女。
 奴は猟兵だったらしいが、其れでも決して許さない。

 ぱちん、ぱちん。
 水泡が割れる音が聞こえて来るが、サフィールは其の場で睨み付けていた。
 記憶が消えてしまっても、胸の内で燃える復讐心が消える訳じゃない。
 奴を見つけ、戦いを挑むまで僕は――。

●彼の記憶
 雪解風・みゅう(Swan Rake・f21458)は知っている。
 『彼』の娘に怨まれている事を、憎まれている事を理解している。
 其れでも……彼女は今も尚、夜の街で『彼』に似た人を求め続けていた。
 ――ぼくの『彼』だけは手放す訳にはいかないの。

「そう、この記憶なのね……」
 夜の街で偶然出会った、雪解風が求め続ける『彼』の姿。
 美しい金糸を持つ人、異国の血を引いていると彼女はすぐに分かっただろう。
 ……声を掛けたのは彼女か、彼か。理由なんてない。
 もし、あるとすれば……気まぐれの様なものだったかもしれない。
 言葉を交わす中で、彼女は『彼』がスランプに陥っている事を知った。

「(だから、ぼくは――)」
 浮かぶ泡が見せるは、無情な現実。
 雪解風は己のユーベルコヲドをもって、支えようとした……筈だった。
 また、以前の様に素敵な物語を紡げる様にと。
 其の気持ちに偽りはない。ただ、彼女にとって予想外の事態が発生しただけ。
 ……彼女に依存したが故に、見放される事を『彼』は恐れたのだ。
 生み出される駄作、駄作、駄作の数々。
 スランプから抜け出せない恐怖に駆られて、薬物に手を出して。
 そして……自らの物語を紡ぐ事さえ、諦めてしまった。

「(怨まれるのも、当然のことでしょう)」
 無表情のまま『彼』の傍らに立つ自分を、娘はどう思った事だろう。
 泡が見せる記憶の中の娘は憎くて、哀しくて、苦しそうな顔をしているけれど。
 其れが本当にそうだったか、別の表情を浮かべていたかは解らない。
 ――雪解風も後悔していたのだ。
 そんな事、おこがましいと強く理解しているけれど。

 もしも『彼』が、今も生きていてくれたなら――。

●水底
 スポットライトが当てられた様な、水底のとある場所。
 其処に現れたのは、金色の髪を持つ王子――サフィールだった。

「此処が水底か」
 周囲への警戒を怠らず、歩く姿は優雅に。
 ……おっと。何かを見付けたのか、彼女は視線を一点へと。
 純白の右片翼を携えた少女の姿。
 白鳥――雪解風もまた、王子の姿に気付いた様だ。

 ――綺麗な片羽、白鳥のようだ。
 ――綺麗な金の髪をしてる。小柄な体なのに王子様のよう。

「やあ、君も猟兵かい?」
「そうよ。……あなたも猟兵、かしら」
「御明察。この先ひとりでは危ないだろう?」
 ――良かったら、僕と一緒に行こう。
 サフィールは手を差し出そうとするが、無意識に引っ込めてしまう。
 雪解風は其の様子を見つめながら、心の何処かで安堵していた。
 どうしてだろう。互いが己の行動に疑問を感じる中、雪解風が口を開く。

「……ありがとう。少しだけ、頼りにしているわ」
 ちくりと、雪解風の胸に小さな痛みが走った。
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴