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水泡に誘う

#カクリヨファンタズム

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#カクリヨファンタズム


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●忘我の花
 ちゃぷん。
 溢れて、溺れて、消えてゆく。
 美しい蓮の花が咲き誇る水面の底に、まるで世界が呑み込まれる様。

 こぽこぽ……。
 水泡が生まれては、弾ける様に消えてゆく。
 その度に、水底の奥で女性が艷やかな微笑みを浮かべていた。

 すべての衆生に安寧を。
 抱えるのは苦しいでしょう。
 重過ぎる想いを、思い出を、ずうっと抱き続けるのは辛いでしょう。
 ……けれど、もう案ずる事はありません。
 妙声鳥の美しい調べに乗せて、水に流してしまいましょう?

 すべて、忘れましょう。
 すべて、捨ててしまいましょう。
 思い出など無用、言の葉など不要、己も曖昧になるまで溺れましょう?
 ――忘却こそ、人々にとっての救済なのだから。

●水災
「皆さんにはこれより、幽世へ向かって頂きます」
 恭しく一礼後、ファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)は静かに告げる。
 そして、幽世に『水』による世界の終わりが迫っていると彼は続けた。

 到着次第、猟兵達を待ち受けるのは花咲き誇る水面や幾つもの太鼓橋が連なる迷宮。
 迷宮から脱出する方法は、いたって簡単だ。
 底の見えぬ池へと、自らの意志で太鼓橋から飛び込むだけ。
 ……厄介な問題は其の先、水底へ沈む最中に起きてしまうのだが。

「一時的かつ、部分的に記憶が欠落する状態になる……という表現が正しいでしょうか」
 水の中に浮かぶのは、オブリビオンの力による歪な夢。
 各々の目に映るように泡となって浮かんでは、弾けるように消えてゆく。
 ……忘れたい出来事、忘れたくない人、忘れてはいけない罪。
 それぞれ見る内容は違うだろうが、総じて言える共通点が存在する。
 水底――オブリビオン達が待つ場所に着いた時。
 誰一人例外なく、夢で見た内容は記憶からも消え失せてしまうのだ。

「黒幕を倒せば記憶は元に戻り、溢れた水も消失する様です」
 沈んだ先は一種の異空間らしく、特に準備せずとも溺れる心配はないだろう。
 しかし、黒幕であるオブリビオンを倒すまで……忘れた事を思い出す事は叶わない。
 ぽっかりと穴が空いた感覚に、人によっては複雑な感情を抱くかもしれないが。

 それでも、戦わなければいけない。
 忘却こそが真の救済だと謳う、オブリビオンを倒さねばならない。
 飲み込まれてしまった妖怪達を助ける為に。
 ――世界の終わりを防ぐ為に。

 再び、猟兵達へ丁寧に一礼をした後、ファンは彼らの転移に取り掛かった。


ろここ。
●御挨拶
 皆様、お世話になっております。
 もしくは初めまして、駆け出しマスターの『ろここ。』です。

 三十七本目のシナリオの舞台は、カクリヨファンタズムとなります。
 水に覆われた世界での戦い、心情要素の強いシナリオとなっております。

 恐れ入りますが、本シナリオは『一人』もしくは『二人一組』での参加を推奨とさせて頂きます。
 お相手がいる際には、お名前とIDを先頭に記載して頂ますようお願い致します。
 迷子防止の為、御協力頂けると助かります。

●第一章(冒険)
 忘れたくないこと、忘れたいこと。
 或いは忘れてしまってはいけない、と自ら戒めていることかもしれません。
 本章では例外なく、水の中で記憶の泡が生まれては消える……そんな、歪な夢を見る事になります。一人に対して一つの夢を見る事になる為、お二人で参加される場合は水底に着いた時点で合流する形で書かせて頂ければと思います。

 泡の様に消えてしまう『記憶』に何を思い、どんな行動を取るのか。
 是非、プレイングに書いて頂ければと思います。

●第二章(集団戦)
 泡となって消えた夢に惑う間も無く、滅びの美声が皆様を苛むでしょう。
 詳細は導入にて……。

●第三章(ボス戦)
 忘却こそ、衆生の救い。
 皆様の記憶を消した、元凶たるオブリビオンが相手となります。
 此方も詳細は導入にて……。

 以上となります。

 それでは、皆様のプレイングをファン共々お待ちしております。
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第1章 冒険 『水占の辻』

POW   :    ゆめまぼろしを真直ぐ見据えて沈む

SPD   :    目を閉じ耳を塞いで耐える

WIZ   :    過去より未来を信じて身を委ねる

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【お知らせ】
 恐れ入りますが、第一章につきましては導入はありませんので御注意下さい。
 また、太鼓橋から飛び込んだ後からリプレイは始まります。

【プレイング受付期間】
 7月2日(木)8時31分 ~  7月3日(金)23時59分まで
ライナス・ブレイスフォード
自分から水の中に、なあ
そういや兄貴、川の傍に寄る度に蒼白になってたっけか
薔薇の弱点は避けられなかったけどよ…俺は流水平気で良かったわ
ふと、昔の事を思い出し笑みを漏らしながら橋から水の中に飛び込む…も
水の中、狂った母たちが虚ろな目で笑う姿が
母の違う兄妹達が家畜達の狩を楽しむ中、黒髪の兄が半泣きになりつつ蹲っていた姿が
そして己にとって大事だった小麦の様な黄金の髪を持つ少女と、そして何よりも大事な緑色の髪を持つ青年の姿が泡となり浮かび行けば自然と眉間に皺が寄って行く
敵を倒す迄全て忘れる…なあ
過去も、今も全部俺のもんだからな勝手に奪わせるわけねえだろ?…水の底で首を洗ってせいぜい待ってろって、な?



●彩の記憶
 まさか、自分から水の中に飛び込む日が来るとは。
 ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)は水底へと沈みながら、浮かぶ思考に薄っすらと笑みを浮かべていた。
 薔薇の弱点は避けられなかったが、流水が平気で良かったと思いつつ。
 ふと思い出すのは、川辺に寄る度に顔面蒼白となっていた……腹違いの兄の姿。

「ああ、これが例の泡か」
 其れが切っ掛けとなったのか。
 水中に浮かぶのは大小様々な泡、泡、泡。
 内側に見えるのは、虚ろな目で狂った様に笑う母や他の女達。
 母の違う兄妹達が家畜の狩りを楽しむ中、川を恐れる兄は泣きながら蹲っている。
 何度も見てきた、くだらないと思った。
 全てのしがらみを捨てたからこそ、今の己が在る。捨てたものに興味はない。
 ……ライナスの笑みを嘲る様に、大きな泡が二つ浮かんだ。

 ――ライナス、いいよ……ありがと、ね。
 小麦にも似た輝くを持つ黄金が、浮かぶ泡の中で微笑む。
 迫る終わりに恐怖もあろう、悲しみもあろう。
 それでも、少女は最期に微笑んでいたのだ。

 ――お前を守りたい。
 夜の森を連想させる緑色を持つ者もまた、同様に。
 生命を奪おうともした己に対して、そう言ってのけた事を強く覚えている。
 真剣な眼差しも、自身の感情に惑いながらも紡がれた言葉も。

「敵を倒す迄全て忘れる、なあ……」
 大事だった過去、何よりも大事な今。
 其れも、水の底に着く頃には忘れてしまうのだろう。
 そんな思考が過ぎれば、自然とライナスの眉間に皺が寄っていく。
「(救いの手なんざ、一度も望んだ事はねぇよ)」
 過去も、今も全部俺のものだ。
 何処の誰だか知らないが、勝手に奪わせるつもりは無い。
 其れでも尚、奪うと言うならば――。

「水の底で首を洗ってせいぜい待ってろって、な?」
 深く、深く。
 ライナスは水底へ向かい、自らの意思で沈んで行く。
 ……其れは決して、忘れたいからではない。
 一分一秒でも早く元凶を打破して、忘れるであろう記憶を奪い返す為だった。

成功 🔵​🔵​🔴​

シャオロン・リー
水に映るのは地に爪を立てて、座り込んで慟哭する俺
組織が全滅した日、そこに間に合うこともできなかった俺の記憶や
これを忘れる、ちゅーんか
(無理や)
この記憶を手放すわけにはいかへん
これは今の俺が生き続ける為に絶対忘れたらあかん記憶や
抗えへんて知っとっても、それでも無理や、俺には忘れられへん、忘れたないねん…!

(なんで、なんでよりによってこれなん?)
みんなが生きとった時の記憶やったら、忘れてまうんはそら確かに辛いけど、まだマシやった

無理でも光景を留めておきたくて、水の泡に手を伸ばして、藻掻いて
そんで思い浮かんでもうた事に恐怖する
(これを忘れたら、俺はどうなるんや…?)
今の俺でない俺を、俺は想像できへん



●嘆の記憶
「(水の中で息が出来るっちゅーんも、不思議なもんやなぁ)」
 ぱち、ぱち。きょろきょろ。
 シャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)は周囲を見渡しながら、興味深そうに目を瞬かせていた。
 無事に任務を終えて帰ったら、腐れ縁に話すのも楽しそうだ。
 呵呵とばかり笑い、沈むにつれて……彼の眼前にもまた、泡が浮かび始めていた。
 ――さあて。鬼が出るか、蛇が出るか。

 一回り大きな泡が、ごぷりと生まれる。
 忘れましょう、忘れましょう。辛く苦しい事もすべて。
 そんな声と共に現れたのは……まさか、そんな。

「嘘、やろ……?」
 よりにもよって、此の記憶なんて。
 水の中、泡の内側。慟哭が聞こえてくる様な、そんな錯覚を起こす程。
 ……地に爪を立てて、座り込み。暴れ竜は吼えている。

 何故、組織は壊滅してしまったのか。
 何故、組織のみんなが……先生が殺されなければならなかったのか。
 何故、己は其の場に居合わせる事が出来なかったのか。
 守れなかった。失くした、喪った、壊れてしまった。
 あの日、鋼の鷲の翼は――。

「(無理、や……)」
 此の記憶を手放す訳にはいかなかった。
 此れは今のシャオロンが生き続ける為に、絶対に忘れてはいけない記憶。
 嗚呼、もしも。もしも、みんなが生きていた時の記憶だったならば。
 忘れてしまう事は辛いけれど、まだマシだと思えたのに。
 ――なんで、なんでよりによってこれなん?
 抗えないと知っている、理解している。だが、彼の心は其れを良しとしない。
「忘れられへん、忘れたないねん……!」
 無理にでも光景を留めようと、シャオロンは藻掻き始める。
 水の泡に手を伸ばして、掴もうとするも……泡が弾けて、消える方が早い。
 何度繰り返しても、其れは変わらない。
 くすくすと笑う女性の声を耳にして、彼はふと思い浮かんだ。

「(これを忘れたら、俺はどうなるんや……?)」
 今の己でない、己。
 シャオロンは想像出来ず、だからこそ其の事実を恐れた。
 其れでも、無情にも身体は沈み続ける。
 ……水底はもう、直ぐ其処に。

成功 🔵​🔵​🔴​

榎本・英
いくつもの記憶の泡が目の前に現れた。
嗚呼。どれもこれも忘れたい物だ。

幼少期、ななしの子だった自分の記憶。
暗闇を這う獣の腕に欲に塗れた獣共の声。

幼い頃の記憶は、どれも目を逸し続けている。
思い出したくない物なのだ。
こうやって態々見せなくとも、私は思い出さないように蓋をしているとも。

なぜ、見せてくるのかな。
目を逸らすなと言いたげだね。

母の真っ赤な唇も血に濡れた糸切り鋏も
幸せそうな獣の顔も甘やかな囁きも
全て全て、思い出さない方が良い事だ。

嗚呼。残酷だね。
早く私の前から消えてくれよ
見せないでくれ。

自分の手で蓋をする。
手は貸さなくても良いのだよ。
私にはそれが出来る。
出来るとも。



●獣の記憶
 蓮の花咲き乱れる、太鼓橋。
 中々に情趣溢れた景観ではあるが、遊覧に興じる時間はない。
 ……何を忘れるのか、何が泡となって現れるのか。
 底の知れない水の中、榎本・英(人である・f22898)は飛び込んだ。

 ゆらり、ゆらり。
 暗い、暗い、水の中に彼は独りきり。
 不思議な状況を観察しながら、少しずつ底へ向かって沈んでゆく。
 其れにつれて、誰かの謳う様な声が耳に届き始める。
 同時に……幾つもの泡が、彼の目の前に浮かんで来たではないか。

「(成程、此方だったか)」
 泡の内側に、牡丹一華が一輪も見えない事は僥倖。
 まあ、其れも当然か。
 今、榎本が見ている泡の内に映るのは――彼が忘れたいと希う記憶なのだから。
 ……なぜ、見せてくるのかな。目を逸らすなと言いたげだね。

 暗闇を這う獣、其れに覆い被さる獣。
 欲に塗れた吐息が、声が、真っ暗な部屋の中に嫌に響き渡る。
 二匹の獣が貪り合いながら、幸せそうに何かを囁き合っていた。
 ――うるさい。
 耳を塞ぎ、目を逸らそうと必死な幼子――ななし。
 ななしの声は『声』と成る事は無い。
 其れは、血に塗れた糸切り鋏の刃が月明かりに照らされてよぉく見えるからか。
 或いは無関心であろうとする事が、彼なりの反抗なのだろうか。

「(……嗚呼。嗚呼。残酷だね)」
 幼い頃の記憶は、榎本にとって思い出したくない物なのだ。
 早く私の前から消えてくれよ。
 見せないでくれ。見るに堪えない。
 こうやって態々見せなくとも、私は思い出さないように蓋をしているとも。
 全て、全て、思い出さない方が良い事なのだから。

「(自分の手で蓋をする)」
 私にはそれが出来る。
 ――蓋をする必要などありません。

 出来るとも。手は貸さなくても良いのだよ。
 ――忘れてしまいましょう。

 私はただの人だ、獣ではない。
 ――本当に、そうかしら?

「……っ!?」
 榎本は一瞬、呼吸を忘れてしまう。
 最後に問い掛けられた声は、先の女性と全く同じだった筈なのに。
 甘い声を上げてばかりの、母の真っ赤な唇から紡がれた様に聞こえた気がした。

成功 🔵​🔵​🔴​

シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

俺とシエンの親友で俺達がセスと呼んでいた女性
雪狼の人狼で、黒騎士で
俺を庇い、自分の命の代わりにどちらも俺に残して逝った人

忘れてしまえれば、楽だろうと思った事はある
けれど彼女の事を忘れる事は、
息をする方法を忘れるような事だと自身に繋ぎとめてきた記憶
そして俺が元は人間で、自身の誇りだった竜騎士だった過去と今の繋がり

それでも忘れてしまったのは、
少しでも楽になれると思ったせいなのかと、後悔と自責だけが残るが、
シエンの前では努めて普段通りに

アンタがいつも通りを装うのなら、俺もそうしないとフェアじゃないだろ
それに、忘れた苦しみがあるならまだ、その記憶の大事さだけは忘れてない証拠だ


シエン・イロハ
シノ(f04537)と

どうせならもっと、忘れたい事消してくれりゃいいってのに
やっぱお前の事なんだな…ヒスイ

自分と同じ赤い髪
自分とは違う翡色の瞳
うすぼんやりしたその色が性格を表しているとからかえば、ひどいなぁと笑っていた姿

忘れてほしくなかったくせに、俺を生かす為に忘れられる事を望んだ双子の兄
ようやく思い出したはずの姿が、また泡となり消えてゆく

どいつもこいつも、勝手に決め付けんじゃねぇよ

忘れた事は覚えていても、忘れた内容は思い出せず
ただその状態が元々常だったせいか、苛立ちはしても動揺は然程見せず

明らかに動揺している癖に無駄に隠すシノに溜息を吐き
覚えてても忘れても悩むんだなお前は
何でもねぇ、先行くぞ



●雪の記憶
 其れはまだ、己が竜騎士の誇りを抱いていた頃の事か。

 シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は不思議そうに、周囲を見渡していた。
 背中を押され……否、蹴られた様な気がしないでもないが。
 大体同じタイミングで飛び込んだ筈だが、親友の姿が何処にも無い。
 グリモア猟兵が言っていた通り、やはり此処は一種の異空間なのだろう。
 ……まあ、何を忘れてしまうか見られずに済むのは重畳か。
「(彼女の事を忘れたりしたら――)」
 もしも其れを、己の妹が知ったとしたら。
 当の本人は気にしないだろうが、妹の塩対応加減が更に増すのは目に見えている。
 ――其れはちょっと、な。
 そんな光景を想像して、シノは思わず苦笑を浮かべていると……こぽっ、と。
 泡が浮かんでは、彼の過去を再生する。

 セス、と呼んでいた女性が笑う。
 雪狼の人狼で、黒騎士で、かつての想い人。
 己を庇った事で命を落とした人。
 ……代わりに人狼の病、燎牙を残していった人だ。

 嗚呼、そうだ。
 確かに忘れてしまえれば、楽だろうと思った事が無いとは言い切れない。
 しかし、彼女を忘れるという事は、過去と今の繋がりが曖昧になる事を意味する。
 ……其れは息をする方法を忘れる事に等しいと、考えているからこそ。
 繋ぎ止めなければならない記憶なのだと、彼は強く思うのに。
 ――シノ、どうか……どう、か……。

「セス……ッ!」
 赤に染まった雪狼が、息も絶え絶えに呟く言葉は――聞こえない。
 シノの叫びも虚しく泡が弾けて、彼女の言葉を遮ったのだ。
 天秤の片側に在った筈の何かが、少しずつ重さを失っていく気がした。

●翠の記憶
 其れはまだ、家族と暮らしていた頃の事か。

「どうせならもっと、忘れたい事消してくれりゃいいってのに」
 シエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)の到来を待っていた、と言う様に。
 彼が下へと沈むにつれて、現れる泡の数が増えている様に見える。
 ……泡の中に見えるのは柔和な笑みを浮かべる、男の姿。

 自分と同じ、赤色の髪。
 自分とは違う、翡翠の瞳。
 其れは一度忘れて、漸く思い出した双子の兄の姿だった。
 以前、うすぼんやりとした色が性格を表していると揶揄った時の事を思い出す。
 ――ひどいなぁ、シエン。

 ああ、そうか。
 困った時に笑って、誤魔化そうとするのは生前からの癖だったのだろうか。
 泡の中の笑顔と、あの日――化物に成り果てた兄の姿が重なって見える。
 ……忘れてほしくなかった、覚えていてほしかった癖に。
 己を生かす為に、兄は忘れられる事を望んだのだ。

「(残された側の気持ちも知らねぇで)」
 やっと、やっと思い出した。取り戻した記憶。
 其れが目の前で消えてゆく様を、ただ眺める事しか出来ない。
 兄に関する記憶を全て消そうとする様に、再び泡が生まれては消え続ける。
 ……シエンの胸中で、静かな怒りが燃え上がり始めていた。

 知らぬ女の声が聞こえる。
 其れが大切な者の望みならば、貴方は救われるべきだと。
 もう一度忘れましょう、忘れてしまいましょう。
 そんな声に対して、馬鹿馬鹿しいと。彼は鼻で嗤い飛ばすのだ。
 ――どいつもこいつも、勝手に決め付けんじゃねぇよ。

●水底
「…………」
「シノ、何ぼけっと突っ立ってんだ」
「――っ!?……俺の背中蹴り過ぎじゃありませんかね、シエンサン?」
「気のせいだろ」
 両足が底に着くのを実感した瞬間、気付けばシエンの隣にはシノの姿が在った。
 動揺を見せる程、失くしたくない記憶には心当たりがあるが……其れよりもまず、未だ行き場のない苛立ちを込めて、シエンは彼の背を蹴り飛ばす。
 不意の一撃によろめくも、親友の姿を目にしたからだろう。
 シノは心を落ち着かせようと、深呼吸をして……平静を取り戻そうと試みる。

「覚えてても忘れても悩むんだな、お前は」
「アンタがいつも通りを装うのなら、俺もそうしないとフェアじゃないだろ」
 シノの内側では今も、後悔と自責が渦巻いている。
 忘れてはいけない事だった、忘れてはいけない人だった。
 其れでも名前どころか、顔も声も何もかも忘れたのは……少しでも楽になれると思ったせいなのか。
 ……今は、何に対して楽になれると考えたのかも思い出せないが。
 シエンも似た様な思いを抱いているのではないか、と彼は考えたのだろう。

「それに忘れた苦しみがあるなら」
 ――まだ、その記憶の大事さだけは忘れてない証拠だ。
 シノの言葉にそうかよ、と返してから、シエンは鳥居の先を見据える。
 何かが抜け落ちた様な気がするが、不思議と然程違和感はない。

 ただ、何故だろうか。
 己が抱く苛立ちは元凶に対するものだけではないと、シエンは確信していた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

木常野・都月
俺は…じいさんとの思い出か。

元々生まれてから去年の春くらいまでの記憶がないから。

でも、忘れても敵を倒せれば思い出せるんだろ?

じいさんの思い出を人質に取られるのは嫌だけど、任務だから仕方がない。

じいさん。
じいさんの声。
じいさんの笑顔。

スプーンでスープ飲めたら、凄く褒めてくれた。
トイレを覚えたら、凄く喜んでくれた。
1人で服が着れたら、頭を撫でてくれた。

じいさんの手のぬくもり。
昔から大好きだったみたいに、凄く懐かしくて。

家に戻った時、どこを探してもじいさんいなくて。
匂いがするのに、どこにもいなくて。
これを寂しいと当時の俺は知らなかったけど。

全て大事な俺の思い出。

じいさん、俺、絶対記憶取り戻すからな。



●翁の記憶
 元々、去年の春辺りまでの記憶が無い。
 だからこそ、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)には消えてしまうであろう記憶が、ある程度見当がついていたのかもしれない。
 これまで出会って来た、猟兵の仲間達。
 或いは精霊の石の内に眠っている、チィや他の精霊様達。
 確かに、どちらも大事だけれど……きっと、消えてしまう記憶は。

「……やっぱり、か」
 忘れても、敵を倒せば思い出せる。
 じいさんとの思い出を人質に取られるのは嫌だ、けれど。
 任務だから仕方がない。そう、仕方がない事なのだと理解しているのに。
 狐ではなく、妖狐としての……木常野の心は軋み始める。
 温かい筈の思い出が消えていく、其の事実は想像以上に耐え難い痛みだった。

 ――おやおや、覚えていてくれたのかい?
 ――おお……都月は、本当に偉いねぇ。
 ――ありがとう、都月。

「じいさん……」
 泡になって、浮かぶ。
 内側に見える、木常野にとっての恩人の表情は……いつも穏やかだった。
 じいさんの声、笑顔、全部がとても温かくて。優しくて。

 スプーンを使って、スープを飲んだ時は凄く褒めてくれた。
 トイレを覚えたら、目を輝かせて喜んでくれた。
 あの時は難しかったけれど、一人で服が着れた時は頭を撫でてくれた。
 じいさんの手の温もりは、とても懐かしい気持ちにしてくれた。
 ……昔から大好きだったみたいに。

「(全て大事な俺の思い出、なのに)」
 ぱちん、と弾けて消えてゆく。
 共に過ごした時間、居なくなってしまった寂しさ。
 大切だった筈の温もりが、徐々に冷え切ったものに変わってしまう。
 木常野は無意識の内に手を伸ばそうとして……其の手を止め、ぐっと力強く握り締める。此れは任務、忘却を止める事は出来ない。
 其れを覚悟の上で、此の任務に参加すると決めたんじゃないか。

「(じいさん、俺、絶対に記憶を取り戻すからな)」
 此の世界の人達を助けた上で、必ず。
 水底に着く前に見た、最後の泡の中……じいさんが優しく呟いていた気がした。

 ――立派になったのう、都月。

大成功 🔵​🔵​🔵​

リン・イスハガル
●心境
忘れては、いけないこと……。
あった気がするの。あるの。忘れちゃ、いけないこと。
うーん、なんだろう、なんだろうなぁ……

●行動
忘れないように、必死に思い出そうとするけど、するすると抜けていく記憶に慌てる。
けれど、忘れないように、何者かの声を聴かないようにする。
影の世界に引きこもっていれば、聞こえないようにできるかなぁ……。
それでも聞こえるなら、頑張って耐える。

ああ、思い出した気がするの。忘れちゃいけないきがするの。わたしの、お兄ちゃんの、記憶。
思い出、奪わないで、奪わないで。兄上、もういない……から……。



●兄の記憶
 綺麗な水面にぷかぷか、ぶくく。
 バディペットの『ちくわ』は嫌がっていたけれど、独りぼっちも寂しいから。
 リン・イスハガル(幼き凶星・f02495)はちくわを抱き抱えて、水の中を静かに漂っていた。
 ……不思議な事に息が出来る、目を開き続けても問題無さそうだ。
 未だ水の中に居ると思い込んでいるのだろう、ぷるぷると震える猫の背を彼女は優しく撫でている。

「泡、ぷくぷく……?」
 少しずつ浮かび始める泡を見て、リンはふと考える。
 忘れてはいけない事が、あった気がするけれど。
 なんだろう、何を忘れてはいけなかったんだっけ……嗚呼、思い出せない。
 右へ、左へ首を傾げるも、彼女の中で答えは出なかった様だ。
「あっ……」
 だが、リンが拒んだとしても……答えは泡の内側に映し出される。
 彼女を呼ぶ声が聞こえる、彼女に笑い掛ける声が聞こえる。
 ――リン。
 見覚えのある影が手を伸ばしてくれているのに、握り返せない。
 泡が弾ける度に、するすると何かが抜けていく気がして。
「(どうしよう、どこかに、いっちゃう……)」
 何度も、何度も、呼んでくれるのに。
 リンが手を伸ばそうとしても、触れる寸前で割れてしまう。
 影の世界に引きこもれば――嗚呼、駄目だ。此れは攻撃じゃない。
 忘却こそが救済と謳う者の、歪んだ善意による誘惑。
 ……忘れましょう、忘れましょう。
 幾ら女性の声を拒絶しても、聞こえて来る声が泡を生み、壊してしまう。

「(もういない……から……)」
 泡の内側に映る人物が誰か、思い出した気がする。
 故に、リンはちくわを抱いていない方の手を伸ばし続けるのだ。

 だって、あそこに居るのは。
 優しい声で、彼女の名前を呼んでくれる人物は。
 ……わたしの、お兄ちゃん。大切な、兄上。
 嗚呼、だめ。いかないで、消えないで、この記憶を奪わないで。
 ――リン、お前は……。

「(やめて、奪わないで。思い出、奪わないで)」
 水底が近い事を示す様に、大きな泡がぱちんと割れる。
 刹那、リンの兄が浮かべた表情は……ああ、どんな顔をしていたのかな。

成功 🔵​🔵​🔴​

セリオス・アリス
アレス◆f14882
アドリブ◎

最初に夢で現れたのは
絶対に忘れる筈がないと思っていたもの
髪を撫でる、優しい手つき

なんで
どうして
…アレス
鳥籠の中、どれだけ正気を削っても
死んだと思った後ですら
忘れることは無かったのに
俺の理想、俺の光
俺の――いちばん幸せになって欲しい人

ソイツの名前を呼びたくても
喉につっかえて出てこない
嫌だ…いやだ、忘れたくなんかねえのに!
他の何を捨てたって
この記憶だけはと握りしめても
どんどん隙間からこぼれ落ちて
泡になって消えていく

気づけばそこにあったのは焦燥感
足りない足りないと
焦りだけが燻って
ああ、それでも―…『 』が生きててくれるなら

何故だか水底に現れた金髪の男から目が離せなかった


アレクシス・ミラ
セリオス◆f09573と
アドリブ◎

忘れはしないと信じていたのは
一緒に飛び込んだ大切な幼馴染の事
…セリオス
攫われた君を取り戻そうと故郷で戦っていた間も
探して旅をした間も
…再会した後も
忘れる日なんて一度もなかった
僕の光で
護ると誓い…幸せを願った人

それなのに
僕の中で君の声が消えた
歌声も
アレスと呼ぶ声も
…どうして
泡と共に君が消えていく
君の姿
共に過ごした時間さえも…

…駄目だ
待ってくれ
君を忘れたくない、忘れちゃ駄目なんだ!
手を伸ばしても
何も掴めなくて

…残ったのは
己の半身を見失ったような感覚
ただ…どうしてか
もう一度、探しに行かなきゃいけないような気持ちがあったのと
水底にいた長い黒髪の青年から目が離せなかった



●盾の記憶
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は、夢を見ていた。
 暗い水の中、煌めきを絶やさぬ金色の夢。

 ――アレス。
 泡に映る其れを見るだけで、髪を撫でてくれた優しい手つきを思い出す。
 あの日、甘露を啜った時の幸福感だって、鮮明に。
 嗚呼、其れだけじゃない。
 共に依頼に赴いた時の事も、共に過ごした日常だって覚えている。
 だからこそ、忘れる訳なんて無いと……彼は思っていたのに。

「(アレス……)」
 鳥籠の中で十年間、殺意を燃やし続けていた日々。
 されるがままを耐え続けて、どれだけ正気を削ったとしても。
 ……彼が死んだと思った後ですら、片時も忘れる事は無かったのに。
 なんで、どうして、なんで、どうして。
 疑問に疑問を重ねた所で、目の前で起こる事実は変わらない。

 ――消える。
 セリオスにとっての理想が消えてゆく。
 彼にとっての赤き一等星が、消えてゆく。
 彼にとっての光が、初めから無かったかの様に消えてゆく。
 虹の前で交わした約束、アレスと過ごした日々、すべて。
 泡が割れて、壊れるにつれて……少しずつ輝きを失っていく。

「嫌、だ……いやだ、忘れたくなんかねえのに――っ!」
 他の何を捨てたって、構わない。
 ただ、この記憶だけは駄目だ。アレスとの記憶を失いたくない。
 泡を握り締めようとしても、セリオスを嘲笑う様に寸前で割れてしまう。
 ……水底がもう、近い。
 着く頃には、己はアレスの何もかもを忘れてしまうのだろうか。

 俺の――いちばん幸せになって欲しい人、なのに。
 彼が伸ばしたままの手指の隙間から、泡が浮かんでは消えていった。

●剣の記憶
 アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)は、夢を見ていた。
 暗い水の中、一際美しく見える黒色の夢。

 ――セリオス。
 先程、共に飛び込んだ筈の幼馴染の姿は、何処にも居ない。
 彼の姿は今、浮かび続ける泡の中に映し出されていた。
 こぽり、こぽり……。
 幾つもの泡が静かに浮かんでは、セリオスの様々な表情を映してゆく。

「(……セリオス)」
 攫われた彼を取り戻そうと、生き延びる為に戦い続けた日々。
 行方知れずとなった彼を探すべく、幾つもの世界を旅してきた。
 長い時を掛けて、ようやく会えた時の感動は……忘れる筈も、ない。
 ……いいや、其れだけじゃない。
 セリオスの事を忘れた日なんて、一度も無かった。なのに、どうして。

 ――消える。
 アレクシスにとっての半身が消えてゆく。
 彼にとっての青き炎の一等星が、消えてゆく。
 彼にとっての光が、とうの昔に失われているかの様に消えてゆく。
 虹の前で交わした約束、セリオスと過ごした日々、すべて。
 割れて、壊れて、少しずつアレクシスの内側から抜け落ちてしまう。

「……駄目だ。待ってくれ。君を忘れたくない、忘れちゃ駄目なんだ!」
 セリオスの姿が消える前に。
 歌う様にアレスと呼んでくれる声が、記憶から消えてしまう前に……!
 アレクシスは何度も泡に手を伸ばして、掴む事で記憶を繋ぎ止めようとするが。
 しかし、何も掴めない。するり、するりと零れ落ちる。
 水底に着いた頃には、忘れてしまうのだろうか。

 僕が――必ず護ると誓い、幸せを願った人の事を。
 忘れましょう、忘れましょう。そう囁く声が、聞こえた気がした。

●水底
 夢を、見ていた。
 どんな夢だったのか、今の二人には思い出せない。
 ただ……酷く、哀しい夢だった気がする事だけは理解出来た。
 どうして哀しいのかは解らないのに、視界が滲んでいて。

 セリオスの中には、焦燥感が。
 アレクシスの中には、半身を見失った様な感覚が残っている。
 足りない、足りないと、焦りばかりが燻っているのだ。
 嗚呼、早く。もう一度探しに行かなければという使命感が拭えない。
 ……誰を?何の為に?どうして?
 自問自答をするよりも先に、互いに言葉を口にするのは同時だった。

「なあ……何処かで、お前と会った事はあるか?」
「奇遇だね。僕も、そんな気がしたんだ」
 アレクシスが不思議だね、と微笑めば。
 真似するんじゃねえよ、とセリオスが噴き出す様に笑う。
 少なくとも、目の前の男は敵ではないだろう。
 目が離せないと思わせる、何かがある。其れが……恐らく、其の証拠。

 思い出せない、それでも。
 ――『 』が生きていてくれるなら。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
忘れてはいけない出来事…
…彼女の、エリーのことでしょう。
今の私の元となり、そして旅立った方。
もう二度と、忘れてはならない方。
ですが…

暗転

私が出るってことは、あの子(ナターシャ)は眠ったのね。
…なんだか不思議と、昔を思い出すわ。
襤褸切れを着て、あてもなく彷徨って。
教会に拾われて、孤児院で幸せに過ごしたて。
使徒に選ばれて嬉しくて、でもそれが終わりの始まりで。
だんだん私(エリー)が私から、あの子にとって換わられて…

…でも、おかえりを言ってくれて。
忘れないように繋ぎとめてくれて、こうしていられるから…
…だから、ありがとう。

暗転

…何か、大事なことがあったようなのですが。
エリー、貴女なのでしょうか…



●私の記憶
 ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)の名は、偽名である。
 猟兵化実験の被験者、彼女の真名はエリー。
 戸惑いもあっただろう、受け入れがたい事実への抵抗もあっただろう。
 其れでも……ナターシャはいつかの依頼で、『エリー』を受け入れたのだ。
「(今の私の元となり、そして旅立った方……)」
 其れは決して、忘れてはいけない出来事。
 もう二度と、忘れてはならない人。
 けれど、泡に映し出された光景はかつて見た――ぷつん、と音がした。
 ナターシャの内側で、何かが切り替わった様な音。

「ああ……私が出るってことは、あの子は眠ったのね」
 ――水の中でも息が出来るって、何だか新鮮ね。
 楽しげに呟き、子供の様に泡を眺める。
 昔を懐かしむ様な目を向けている彼女は、ナターシャではない。
 彼女が思い出した過去の記憶――エリーが表層に出てきたらしい。
「なんだか、不思議ね」
 暗い水の中を漂いながら、沈んでゆく。
 襤褸切れを着て、あてもなく彷徨いながら、その日を生きる事で精一杯。
 運が良かったのか教会に拾われて、孤児院で幸せに過ごして。
 ――君は使徒になる。
 嬉しかった。けれど……それが終わりの始まり。

「(だんだん、私があの子にとって換わられて――)」
 楽園なんて何処にもない。
 私にあるのも、世界にあるのも絶望だけ。救いも希望もありはしない。
 ……だから、煉獄の導き手になった。
 救われない魂をみんな、煉獄へ導く使徒で在ろうとした。
 嗚呼。泡の中に映る映像に嘘偽りは無い、すべて本当の事だ。
「でも、おかえりを言ってくれて……」
 ナターシャが忘れない様に繋ぎ止めてくれたからこそ、今の自分が居る。
 ……だから、ありがとう。
 もしこの後、彼女が忘れたとしても、きっとまた思い出してくれる筈。
 エリーは彼女を信じるが故に、静かに目を閉じた。

 気付いた時には、ナターシャは水底に到着していた。
 いつの間に……否、其れよりも。何か、大事な事があった気がするのに。
 思い出せない、頭の中から何かが抜け落ちた感覚。
 『 』、貴女なのでしょうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

サフィール・ロワイヤル
【銀翼とサファイア】
(天敵同士の為、太鼓橋へは1人で飛び込みます)

忘れてはいけないこと…
僕にとっては、父の死だ

僕の父はフランス人の舞台脚本家で数々の作品を生み出してきた
けれどスランプに悩まされ…
或る女に誑かされた父は薬物に手を出して自ら死を選んだんだ

その誑かした女というのが
白い片羽を持った女…それも奴は、猟兵だった
父を滅ぼした奴を絶対に許せない
奴を見つけ、戦いを挑むまで僕は…

……
此処が水底か
やあ、君も猟兵かい?
綺麗な片羽だね、白鳥のようだ
この先ひとりでは危ないだろう?僕と一緒に行こう


雪解風・みゅう
【銀翼とサファイア】

ぼくの“彼”だけは手放す訳にはいかないの

“彼”は素敵な脚本家だったわ
夜の街で出会った彼は美しい金の髪をしていた
すぐに分かったわ、異国の血を引いてると
スランプに陥っていた彼をユーベルコヲドで支えていた筈だった
彼はぼくに依存し、スランプへの恐怖のあまり薬物に手を出してしまって
駄作を生み続けたのちに死を選んだわ
そしていまぼくは、その娘に怨まれている…

ええ、当然のことでしょう
ぼくだって後悔してる
けれどそんなのおこがましい、言えるわけがないわ
今だって、“彼”に似た人を夜の街でずっと求め続けていて…

……
あなたこそ綺麗な金の髪をしてる
小柄な体なのに王子様のようね
少しだけ、頼りにしているわ



●父の記憶
 サフィール・ロワイヤル(スタアサファイア・f23442)の足取りに、迷いはない。
 単独でも優雅に、だが堂々と歩みを進め――水面に飛び込んだ。
 あの日見た、王子様の様に。
 凛々しく、誇り高く、臆する事無く。
 両親の名に恥じない、トップスタアになる為の一歩を踏み出すのだ。
 ……亡き父は喜んでいるだろうか。
 否、そんな筈は無い。己を滅ぼした相手が、まだ生きているのだから。

「(父の死を、忘れてはならない)」
 サフィールの父は花の都、巴里出身の舞台脚本家だった。
 彼が生み出した作品は世間に広まり、多くの舞台で演じられてきた。
 ……彼女にとって、父は魔法使いの様に見えていたかもしれない。
 素晴らしい物語を生み出し続ける、輝ける人。
 いつか、父の書いた物語を演じられたなら……嗚呼、其の願いは叶うのだろうか。
 ――こぽり、こぷり。
 大きな泡に映し出されるのは、悲惨な末路を迎えた父。そして――。

「……っ!」
 両の拳がきつく、強く握り締められる。
 父が自身のスランプに、いわれのないゴシップ記事に悩まされていた事は知っていた。
 其れでもきっと、また昔の様に素敵な物語を紡いでくれると信じていた。
 嗚呼。サフィールの祈りを、父の生命を踏み躙った奴が居る。
 父を誑かし、唆し、術中に嵌った父は薬物に手を出した上で自死を選んだ。
 ――絶対に許せない。
 死んだ父の傍で、彼をじっと見つめている……白い片羽を持った女。
 奴は猟兵だったらしいが、其れでも決して許さない。

 ぱちん、ぱちん。
 水泡が割れる音が聞こえて来るが、サフィールは其の場で睨み付けていた。
 記憶が消えてしまっても、胸の内で燃える復讐心が消える訳じゃない。
 奴を見つけ、戦いを挑むまで僕は――。

●彼の記憶
 雪解風・みゅう(Swan Rake・f21458)は知っている。
 『彼』の娘に怨まれている事を、憎まれている事を理解している。
 其れでも……彼女は今も尚、夜の街で『彼』に似た人を求め続けていた。
 ――ぼくの『彼』だけは手放す訳にはいかないの。

「そう、この記憶なのね……」
 夜の街で偶然出会った、雪解風が求め続ける『彼』の姿。
 美しい金糸を持つ人、異国の血を引いていると彼女はすぐに分かっただろう。
 ……声を掛けたのは彼女か、彼か。理由なんてない。
 もし、あるとすれば……気まぐれの様なものだったかもしれない。
 言葉を交わす中で、彼女は『彼』がスランプに陥っている事を知った。

「(だから、ぼくは――)」
 浮かぶ泡が見せるは、無情な現実。
 雪解風は己のユーベルコヲドをもって、支えようとした……筈だった。
 また、以前の様に素敵な物語を紡げる様にと。
 其の気持ちに偽りはない。ただ、彼女にとって予想外の事態が発生しただけ。
 ……彼女に依存したが故に、見放される事を『彼』は恐れたのだ。
 生み出される駄作、駄作、駄作の数々。
 スランプから抜け出せない恐怖に駆られて、薬物に手を出して。
 そして……自らの物語を紡ぐ事さえ、諦めてしまった。

「(怨まれるのも、当然のことでしょう)」
 無表情のまま『彼』の傍らに立つ自分を、娘はどう思った事だろう。
 泡が見せる記憶の中の娘は憎くて、哀しくて、苦しそうな顔をしているけれど。
 其れが本当にそうだったか、別の表情を浮かべていたかは解らない。
 ――雪解風も後悔していたのだ。
 そんな事、おこがましいと強く理解しているけれど。

 もしも『彼』が、今も生きていてくれたなら――。

●水底
 スポットライトが当てられた様な、水底のとある場所。
 其処に現れたのは、金色の髪を持つ王子――サフィールだった。

「此処が水底か」
 周囲への警戒を怠らず、歩く姿は優雅に。
 ……おっと。何かを見付けたのか、彼女は視線を一点へと。
 純白の右片翼を携えた少女の姿。
 白鳥――雪解風もまた、王子の姿に気付いた様だ。

 ――綺麗な片羽、白鳥のようだ。
 ――綺麗な金の髪をしてる。小柄な体なのに王子様のよう。

「やあ、君も猟兵かい?」
「そうよ。……あなたも猟兵、かしら」
「御明察。この先ひとりでは危ないだろう?」
 ――良かったら、僕と一緒に行こう。
 サフィールは手を差し出そうとするが、無意識に引っ込めてしまう。
 雪解風は其の様子を見つめながら、心の何処かで安堵していた。
 どうしてだろう。互いが己の行動に疑問を感じる中、雪解風が口を開く。

「……ありがとう。少しだけ、頼りにしているわ」
 ちくりと、雪解風の胸に小さな痛みが走った。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アヤネ・ラグランジェ
冬青f00669

忘れてはいけない事
過去の事故両親の死
忘れてはいけない人
ソヨゴ

燃え盛る研究施設
既に事切れて床に伏せる母
決死の覚悟も虚しく救助できなかった父
元凶たるUDCの赤い爪が彼を背後から切り刻み
全ては血と炎の赤に塗り潰される

何度も繰り返し見た夢だ
自ら心を突き刺して
そうしなければ生きている実感がなかった

それを救ってくれたのがソヨゴ
自分にも世界にも等しく価値がないと絶望していた僕に
手を差し伸べてくれた女性
天真爛漫に見えて意思は強い
よく笑いよく怒りよく泣く
料理が好きでいつもご飯を作ってくれるし
彼女もよく食べる
僕がただ一人愛する人
彼女の住む世界を僕は守る

優しくキスをして
次はどこに行こうかと尋ねるよ


城島・冬青
アヤネさん(f00432)と

忘れてはいけないこと
猟兵であること
自分が戦えるということ
誰かを守れる力があること

この力に目覚めた時
人助けができる!そう思った
父は反対したけれど
母は心配しながらも応援してくれた
子供の頃にテレビで見た正義のヒーローのように自分もなれて嬉しかった

勿論戦いは楽なことばかりじゃない
怪我をしたり辛い思いをすることも沢山あった
でも助けた人達の「ありがとう」の言葉や笑顔を見ると癒された
猟兵としての活動を通して沢山の仲間に知り合えた
背中を預け共に戦い喜びを分かち合える大切な人にも巡り合うことができた



次はどんな世界が待ってるんでしょうか
楽しみですね!
新しい世界でも沢山の人を助けたいな…



●赤の記憶
 轟々と燃え盛る炎。
 泡が膜となり、猛る炎が消えぬ様にしているのか。
 ……否。此れは違う。アヤネ・ラグランジェ(十二の結び目を解き放つ者・f00432)の分析結果は『False』を示す。
 此れは泡が見せる幻、あの日の記憶を映しているだけに過ぎない。

「(何度も、何度も……繰り返し見た夢だ)」
 地下に存在する、UDC研究施設。
 其の内側を呑み込む灼熱の波を、誰も気に留めようとしない。
 ……いいや、恐らくは気に留めるだけの余裕が無かったのだろう。
 凍結UDCの暴走。精神は汚染され、狂気は加速するばかり。
 けたたましい警戒音の中、狂気に蝕まれた者が仲間だった者を殺害する。
 次の犠牲者は、誰?次に殺す、殺されるのは、貴方?
 次は、次は、次に殺されるのは次にころすのはいやだやめていやしにた――。
「…………」
 既に事切れて、床に伏せる母の姿。
 決死の覚悟も虚しく、救助出来なかった絶望に打ちひしがれる父の姿。
 そんな彼の背を、元凶たるUDCの赤い爪が切り裂いていく。
 アヤネにとっての『世界』だったすべてが、血と炎の赤に塗り潰されていく。
 嗚呼、そんな光景ももう見慣れたものだ。
 ……今も尚、あの日の真実(こたえ)は見付けられない。
「(両親の死を、忘れてはいけない)」
 アヤネは己の心に釘を刺すかの様に、内心呟いた。
 何度も、自ら心を突き刺してきた。
 そうしなければ、彼女は生きている実感を持つ事が出来なかったから。
 だが――彼女の記憶を映していた泡が、次々に割れていく。

 ぱちん、ぱちんと割れる中。
 アヤネがただ一人、愛する人の姿は無かった。

●守の記憶
「アヤネさーん!どこにいるんですかー!?」
 太鼓橋から、勢い良く飛び込んだ先。
 隣に居た筈の姿が消えた事を知り、城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)は大きな声で呼び掛けようとするも。
 ……何も返って来ない。
 一緒に飛び込んだのだから、自分の大切な人は近くに居ると思っていたが。
「(まさか、敵の分断作戦……!?)」
 違うかもしれないが、もしそうならば早く合流しないと!
 城島が水中を漂いながら、アヤネの姿を探していると……代わりに見付けたのは大小様々な、不思議な泡の数々。
 綺麗――と思うのは一瞬、内側では眩い笑顔が映し出されていた。

「私、ですか……?」
 ――正義のヒーローになりたい!
 元々、困っている人を放っておけない性格故か。
 猟兵としての力に目覚めた時、城島は其れを強く望んでいた。
 誰かを助ける事が出来る力、悪と戦う事が出来る力。
 この力は、人助けの為に使うと心に決めた日。

 彼女の母は心配そうにしながらも、娘の志を応援してくれた。
 彼女の父は過保護故か、反対し続けていたが……最終的には納得した、のだろうか。
 だからこそ、今――城島・冬青はヒーローで在り続けている。

「(勿論、戦いは楽なことばかりじゃない)」
 多くの戦いを経験していく中で、大怪我を負った事もある。
 肉体的だけではなく、精神的に過酷な戦いを強いられた事も。
 だが……助けた人達の感謝の言葉や笑顔が、城島を癒やしてくれた。
 猟兵としての活動を通して、沢山の仲間と知り合う事が出来た。
 ――アヤネさん。
 背中を預け、共に戦い、喜びを分かち合える人に巡り合う事が出来た。
 そして今、此の世界では多くの妖怪達が助けを求めている。

 ぱちん、ぱちん、と泡が割れる。
 弾ける音に合わせて、城島の中で何かが抜け落ちてゆくも……彼女は恐れない。
 戦う事を忘れたとしても、誰かのヒーローで在りたいという願いは消えないから。

●水底
 自分にも、世界にも、等しく価値など無いと思い込んでいた。
 心に生じた亀裂、深く染み込んだ絶望。
 目的の為の生、其れだけの為の命……そう、アヤネは思っていた。

「アヤネさん!」
「ソヨゴ……良かった、やっと会えたネ」
 天真爛漫な、眩しい笑顔。
 アヤネの中に、まだ感情が残されていた事を教えてくれた。
 ……彼女の世界に『色』を与えてくれた、大切な人。
 目立った外傷は無い様に見えるが、城島もまた何かを忘れてしまったのかもしれない。だが、其れでも。
 安堵と慈しみを込めて、アヤネは彼女の額にそっとキスを落とす。
「(彼女の住む世界を僕は守る)」
 彼女の強い意思を、彼女の笑顔を。
 よく笑い、よく怒り、よく泣く……大切な彼女の日常を守る。
 また違った笑顔を浮かべる城島と、アヤネは目を合わせながら問い掛けた。

「行こうか、ソヨゴ」
「そうですね!」
 沢山の人を助けたいな。
 城島の呟きに、アヤネは応援する様に頷いて。
 ……無事に依頼を終える事が出来たら、此の世界を巡るのも良いだろう。
 二人は共に、目の前に建つ鳥居へと足を踏み出した。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『迦陵頻伽』

POW   :    極楽飛翔
【美しい翼を広げた姿】に変身し、レベル×100km/hで飛翔しながら、戦場の敵全てに弱い【誘眠音波】を放ち続ける。
SPD   :    クレイジーマスカレイド
【美しく舞いながらの格闘攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
WIZ   :    迦陵頻伽の調べ
【破滅をもたらす美声】を披露した指定の全対象に【迦陵頻伽に従いたいという】感情を与える。対象の心を強く震わせる程、効果時間は伸びる。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【お知らせ】
 プレイング受付開始は『6月9日(木)8時31分(予定)』からとなります。
 導入は今暫く、お待ち下さいませ……。
【訂正】
 大変申し訳御座いません……!
 プレイング受付開始は『7月9日(木)8時31分(予定)』からとなります。
 **********

●眠りへ誘う声音
 忘れましょう、忘れましょう。
 忘却こそが衆生の救い、其の幸福を享受したのならば。
 嗚呼。嗚呼……もう、思い出す必要などありませぬ。
 其のまま心穏やかに眠りましょう、幸せに包まれて眠りましょう。

 ――ぽっかり、と。
 猟兵達各々の中に生まれた空洞を、思い出そうとする暇もなく。
 数多く建てられた鳥居の奥から何者かの声が、美しい音色が聞こえてくる。
 ……敵の罠、かもしれない。
 周囲を警戒しながらも、猟兵達は連なる鳥居の中を進んで行く。
 ひい、ふう、みい、よう……数え切れない程の鳥居を抜けた先。
 立ち並び、猟兵達を出迎えたのは――迦陵頻伽。

 彼らが奏でる調べ。
 篠笛の音色が、美しい舞が、来訪者の眠りを誘う。
 其の中に忘却を誘う、女性の声は無いように聞こえるが……。
 恐らく、奥に見える社の中で待ち構えているのだろう。

 だが、此処で眠る訳にはいかない。
 骸玉に呑み込まれた妖怪達を解放する為……否、其れだけではない。
 記憶の欠落。其の元凶が、奥に存在するのならば。

 絆を、信念を、温もりを、覚悟を。
 取り戻したいと強く、強く望むのならば。
 己が心に従い、突き進め――。

**********

【プレイング受付期間】
 7月10日(金)8時31分 ~ 7月11日(土)23時59分まで

【補足】
 第二章から参加を希望される方が居ましたら
 恐れ入りますが『失った記憶』を一つ、プレイングにて指定をお願い致します。

 眠りを誘う音に惑わされず、どう戦うか。
 失った記憶に対する、皆様の気持ちを是非プレイングに籠めて頂ければと。

 其れでは、良き戦いを……。
シャオロン・リー
【終わりを忘れてしまったから、記憶の中で組織は存在しているまま】
頭が痛い、苛々する。
何かを忘れとる?…俺が、何を忘れたっちゅーねん
俺は暴れ竜。【鋼の鷲】の暴れ竜、ヴィランネーム「ファヴニール(邪竜)」や。
ああ、何や考えが纏まらへんねんけど…ホンマ、やかましい奴らやな
まとめてぶっ潰したろか
真の姿を限定的に解放、竜の翼を出して、こいつらより高く翔び上がる
「いつまでも自分らが一番高みにおると思とんちゃうぞ」
できるだけ多く敵を巻き込めるように高く翔んで、なぎ払いと火炎の属性攻撃で火竜鏢を下に向かって放つ
「はッ、なんや、暴れ足らへんなァ」
そのまま手近な敵に突きかかる
串刺しにしたるわ、せいぜい楽しませろや



●エンドロールは流れない
 頭領、師匠、相棒。
 弟弟子の『Wasp the Ripper』に、他の仲間達――。
 彼らは皆、生きている。【鋼の鷲】は壊滅などしていない。
 ……終わりが消えた日常は、今もくるくると回り続けているのだ。

「あ゛ー……」
 鬱陶しい鳥居を抜けた先、やかましい声の主の姿が見えてくる。
 シャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)は片手で髪をぐしゃりと握り潰しながら、迦陵頻伽達へ凶暴な眼差しを向けていた。
 ……頭が痛い、苛々する。眠りを誘う音が、彼に考える事を許さない。
 忘れましょう、忘れましょう。
 忘れたのならば、心穏やかに眠りましょう。
 ――何かを忘れとる?俺が、何を忘れたっちゅーねん。

「(俺は、暴れ竜や)」
 シャオロンは【鋼の鷲】の暴れ竜である、ヴィランネームは『Fafnir』。
 其の認識に相違など、決して有りはしない。
 だが何故、こんな水中まで来たのか。
 そもそも……相棒は兎も角。仲間達は今回皆、留守番なのだろうか。珍しい。

 単独で組織の外へ、遠くの場所へ。
 きっと頭領の指示だと思うのに、彼の心に重い何かが圧し掛かる。
 頭の中ではなく、魂が警鐘を鳴らし続けている様な。
 早く、戻れ。戻らなければ――何故?

「……ホンマ、やかましい奴らやな」
 理由を考えようとしても、煩わしい音色が阻害するばかり。
 そんな状況に対して、更に苛立ちを覚えたのだろう。
 ――まとめてぶっ潰したろか。
 呟きの直後、シャオロンの背に禍々しい黒色の竜翼が現れ始める。
 赤き双眸の奥、瞳孔もまた徐々に縦長へと。
 其のまま敵の誰よりも高く翔び上がると、折れた中華槍を強く握り締めた。

「いつまでも自分らが一番高みにおると、思とんちゃうぞ」
 高く、高く、高く。
 己の中に巡る竜の血脈――励起、完了。
 後は――己が手にしている得物を、心のままに振り抜くのみ!
 轟々と燃え盛る炎が着弾すると同時、極彩色の翼は灼熱に染め上げられていく。

「はッ。なんや、暴れ足らへんなァ」
 ニィと、浮かべる笑みは悪辣。
 炎から辛うじて抜け出し、距離を取ろうとした個体をシャオロンは見逃さず。
 持ち替えた中華槍の穂先は過たず、迦陵頻伽の心の臓を穿ったのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

木常野・都月
自分の大切な記憶が人質に取られているのに、眠っていられる訳ないだろう。

俺の、数少ない、大切な記憶なんだ。
これ以上失ってたまるか!

骸魂に食べられた妖怪には申し訳ないけど、俺は怒ってるんだ。
多少痛くても、許して欲しい。

UC【精霊の矢】を風の精霊様の助力で使用、音波ごと切り刻んでしまいたい。

敵のUCは、[呪詛体制]あたりで我慢できるかな。

出来れば、風の精霊様に、音波を遮断して貰いたい。
遮断が無理なら、ダガーを自分に刺してでも寝ないぞ。

絶対に取り返すって、約束したんだ。
どんな記憶か、今は覚えてないけど、凄く大切なんだ。
絶対取り返すんだ。



●ぽかぽか
 森の中で、狐として生きてきた。
 そんな自分が何故、猟兵となったのか。
 どうして今、こんな水中深くまで来たのだろうか。
 今の木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)には、世界を守る決意を抱いた理由は浮かばないままで。けれど、其れでも。
 ――優しく撫でる誰かの、お日様の様な『ぽかぽか』が忘れられない。

 眠りましょう、眠りましょう。
 美しく穏やかな声は、まるで木常野を包み込むかの様。
 だが、彼は此処で眠るつもりはない。
 代わりに露わにしている感情は――怒り、だった。
 嗚呼。こんなにも自分は、感情を発露出来る『狐』だっただろうか。
 其の答えもきっと、今は覚えていない記憶の中にある筈だ。
 不思議な事に、そんな確信が彼にはあった。

「俺の、数少ない、大切な記憶なんだ」
 どんな記憶だったのか、今は覚えていないけれど。
 木常野の内側に残る温もりが、とても大切な記憶なのだと証明してくれる。
 其れに――絶対に取り返すって、約束したんだ。

「これ以上失ってたまるか……!」
 多少痛くても、許して欲しい。
 骸魂に飲み込まれてしまった妖怪達に申し訳ないと思いながらも、木常野は精霊の石から風の精霊様を呼び出す。
 彼が最初に精霊様に頼んだ事は、空気中を伝わる音の遮断だった。
 迦陵頻伽の調べが、少しでも届かない様に出来れば。
 ……後はダガーを腕に突き刺さずとも、己の耐性をもって凌げるだろう。
「(待っててくれ)」
 顔もわからない、声もわからない。
 されど大切だと思う『誰か』の記憶が今、人質に取られている。
 ――絶対に取り返すんだ。
 木常野の強い決意が伝わったのか、風の精霊様は彼に一度微笑み掛けた後。
 風の矢を迅速に、次々と生み出しては、迦陵頻伽の群れを包囲する。
 逃げ場は無い。
 四百を優に超える風矢は隙間なく、敵を逃がさない様に配置されていた。

「絶対に取り返すからな、――っ!」
 あれ。
 今、自分は何と吼えたのだろう。誰を呼んだのだろう。
 美声諸共、敵を切り刻む風の音が凄まじくて、聞こえなかったけれど。
 ……其の響きは木常野にとって、とても大事だった気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シエン・イロハ
シノ(f04537)と

シノ、ぼけっとすんな
てめぇの記憶は俺が預かる
惑う暇あんならさっさと倒して引き取りやがれ

…あぁ、任せた
(シノに知らせている事実に少しだけ意外そうな顔するも、ならゼロよりマシかと口角上げ

上着は投げ捨てておく
『見切り』で回避後『カウンター』
『2回攻撃』『範囲攻撃』『投擲』で【シーブズ・ギャンビット】

トドメを刺すより周囲への影響を削ぐ
『マヒ攻撃』『毒使い』で動きを阻害し、『部位破壊』『武器落とし』で楽器や喉狙い
『傷口をえぐる』『目潰し』も駆使、回避は基本『見切り』、近くに敵がいれば『敵を盾にする』

ピーピーギャーギャーうるせぇんだよ
鳥籠に入れて売り払われたくなきゃとっととどきやがれ


シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

(記憶が抜けた為に人狼の自覚がなくて、)
酸の雨が体の末端を溶かして腹の奥底に溜まるような、けれど指先までの感覚は鋭敏で
自覚の外に認識があるみたいで眩暈と吐き気がする

シエンの声がいつも以上に明確で違和感がある、が
なら、アンタのは俺が。
気が付けば考えるよりも先に体が動いた

慣れた炎の魔力が集まる気配がないから【束弾き】で攻撃
『地形の利用』で敵を追い込み、
『マヒ攻撃』を乗せた『範囲攻撃』に『2回攻撃』で数を減らす

誘眠音波は『見切り』で避けるが、
あまりにも眠いなら戦闘に支障ない程度に自身の腕を雷で焼いて『激痛耐性』で耐える

邪魔だ
その綺麗な羽焼き斬られたくなけりゃ、散れ、雑魚が!



●預け合う記憶
「(なん、だ……これ……!?)」
 水底に到着して直ぐは、まだ声が遠かった為か。
 其れでも、何故か良く聞こえる声だと……シノ・グラジオラス(火燼・f04537)は不思議に思ったが。まだ、其れだけだった。
 ……もう一人。誰かが欠けている様な、謎の空白。
 重ねて不思議に思いながらも、彼は傍らの親友――シエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)と共に、鳥居の内側を進んで行く。

 ……異変は、敵を視認するよりも早く訪れた。
 迦陵頻伽達が奏でる音が集中して、身体の内側まで響いていく。
 指先までの感覚は鋭敏で、弱い筈の音波を全て受け止めてしまっていた。
 理解出来ない。何故、こんなにも。シエンは平気そうにしているじゃないか。
 ああ、黙ってろ。五月蝿い、五月蝿い、五月蝿い……!
「(なんで、こんなに……?)」
 抜け落ちた記憶は、シノから人狼としての自覚を奪っていた。
 人よりも優れた嗅覚、聴覚。
 彼の自覚の外に存在する認識は身体の不調となり、今も苛み続けている。
 視覚に問題が無いのは、何故か身に着けていた左の眼帯のお陰だろう。
 思わず、口元を押さえていると――無遠慮に背を蹴られ、彼はたたらを踏んだ。

「シエン……!?」
「シノ、ぼけっとすんな」
 鋭利な足爪を弾き飛ばし、シエンはプラエドーの刃を投擲。
 迦陵頻伽に距離を取らせた事を確認して、一息。呼吸を整えていた。
 身軽になる為か、彼は既に上着を脱ぎ捨てていて。
 ……所々に見える掠り傷から、恐らく敵の攻撃を引き受けていたのだろう。
 其れを理解した為か、シノが一言お礼を――。
「シエン、悪い。それと……」
「あ?戦闘の邪魔だったから、どかしただけだ」
「……もう少しマイルドなどかし方とか」
「知るか」
「デスヨネー」
 ――言おうとして、止めた。
 戦闘中だったのだから仕方がない事だとは、シノも理解している。
 だが、流石に三度目はどうよ……?
 ……ああ、でも。意識が逸れたからか、或いは慣れ始めてきたのか。
 少しずつ不調が緩和されていくのを感じながら、彼は再び敵と向き直る。
 そんな様子を見て、シエンはにやりと笑みを浮かべた。
「シノ、てめぇの記憶は俺が預かる」
 ――惑う暇あんなら、さっさと倒して引き取りやがれ。
 いつも以上に明確に聞こえた声に違和感を抱きつつ、シノは確りと頷いて返す。
 慣れた炎の魔力が集まらない、だが――雷の其れは呼応している。
「なら、アンタのは俺が」
 ――さっさと、片付けるとするか。
 呟いた直後……シノは先程までの不調を感じさせない程、俊敏に動いていた。
 脚も速くなっている気がするが、好都合。
 考えるよりも先に、彼は指先に蒼雷の魔力を集束。
 動き続ける迦陵頻伽を捕らえるべく、雷を編み、網を作り出して。

「惨めに、哀れに――藻掻いてみせろよ」
 シノが指を鳴らすと同時、蒼雷の網は多くの敵へと絡み付こうとする。
 高速で飛翔しているならば、急に止まる事は出来ず。
 羽搏き落とそうとすれば、極彩色の翼は焼け焦げるばかり。
 仲間達を助けようと、雷網を免れた敵へ向かうのは……略奪者の牙。
「ピーピーギャーギャー、うるせぇんだよ」
 シエンもまた、駆ける速度を上げては敵へと迫る。
 ぎゃ……っ!?喉を裂かれ、呻く様な悲鳴が上がった。
 篠笛が落ちる音。致命傷を避けるも毒に蝕まれ、苦悶の声を漏らす。
 ……仕留めなくてもいい。
 あくまでも、彼の目的は周囲への影響を削ぐ事だ。
「鳥籠に入れて売り払われたくなきゃ、とっととどきやがれ」
 まあ、急所を深々と抉られて、動きを止める個体が居るならば重畳。
 迅疾の魔公子、其の称号に相応しく――シエンはダガーを振るい続ける。
 ちらり、と。彼がシノへ視線を向けると、自身を焼いた形跡は見当たらない。
 ……眠気が酷ければ、其れも厭わない男だとシエンは知っている。
「(今はどうだか、知らねぇがな)」
「シエン、どうした?」
「どうもしてねぇよ。それより、動きは止めたぞ」
 シエンの言葉を聞き、シノは再び蒼雷の魔力を集め始める。
 敵が焼け焦げる臭いは吸い込む度、鼻を突き刺される様な感覚を覚えるが。
「邪魔だ」
 預かった記憶を、友に返す為。
 預けた記憶を取り戻し、謎の空白を埋める為。
 止まる訳にはいかない。
 ……空白を埋める事が、己にとって苦痛しか齎さないとしても。

「その綺麗な羽焼き斬られたくなけりゃ――散れ、雑魚が!」
 社への道を切り開く為に。
 シノの決意、覚悟、すべてを乗せた蒼雷の刃。
 其れは残る敵を容赦なく切り裂き、焼き尽くしていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

セリオス・アリス
アレクシス◆f14882
アドリブ◎

アレクシス…ね
やっぱ覚えのない名前だが
やっぱどっか気にかかる
それにその腰の剣
それは…っと!
詳しく語らってる暇はねえか
アレクシス、ここであったのも何かの縁だ
協力しろ

歌で身体強化
靴に風の魔力を送ったら
ダッシュで先制攻撃

眠気が襲ってくんなら腕を剣で軽く傷つける
ハッ!この程度でとぶ歌なんざ
俺の敵じゃねぇんだよ

アレクシスが同じ様に眠気をとばすのは
何故か止めたい気がして

ああ、でも

覚悟を止めれるような間柄じゃねぇ…はずだ!
それならばと歌い上げるは【赤星の盟約】
なぁ、寝ぼけてる場合じゃねぇだろう?
挑発的な笑み浮かべ
青い炎を纏った剣で叩き斬る

ああ…その横を流れていく光は
どこかで


アレクシス・ミラ
セリオス殿◆f09573と
アドリブ◎

セリオス殿、だね
…知らない名前なのに
この呼び名ではないような…?
…いや、考え込んでる場合ではないか
勿論だ
私…僕でよければ力を貸そう!

剣に光を纏わせ
衝撃波でセリオス殿の援護を
僕へと意識を向けさせられたら
そのまま引き付けるように打ち込む

セリオス殿…!?
傷つく彼への動揺と襲ってくる眠気に
頭の中がぐちゃぐちゃになる
ッ集中、しなければ…!
左腕に剣を突き立てようとして…

聞こえてきた歌に顔を上げる
どうして、君が故郷の歌を
それにこの歌声…どこかで…
君は一体、と問う前に
目の前には不敵な笑顔があって
…ああ、そうだね
敵の声を振り払い
彼の前を切り開くように
【天星の剣】を一斉に放とう



●双星の煌めき
「アレクシス……ね」
「セリオス殿、だね」
 嗚呼、やはり。
 相手とは初対面の筈なのに、どうにも初対面という気がしない。
 其れが、セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)とアレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)の共通認識だった。
 鳥居の中を進む間に自己紹介を終えたが、彼らの思いはより強くなる。
 全く覚えがない名前。声も容姿も、記憶にない。
 ……しかし、今の状況は『不自然』だという確信だけはあった。

 アレクシスの腰に携えた剣には、見覚えがある気がする。
 セリオス殿。知らない名前なのに、この呼び方ではないような……。

 小さな違和感も、積み重ねれば確信へと近付く。
 記憶が抜け落ちても、積み重ねた時間は互いの心に染み付いていたのだろう。
 嗚呼……恐らく、其れは元凶にとって誤算だった。
 忘却しても尚、残る何かがあったなんて。

「なあ、それは――っと!」
「セリオス、ど――っ!?」
 二人の間に割って入る様に、迦陵頻伽の群れが降り立った。
 極彩色の翼は目を惹き、即座に周囲へ放たれる美声は心を奪おうとするが……。
 其れでも、二人は笑むのだ。
 ニヤリと悪戯めいた笑み、朝空の様に爽やかな笑みを。
「アレクシス、ここであったのも何かの縁だ」
「勿論だ。私……いや、僕でよければ力を貸そう!」
「ははっ!話がわかる奴だな、お前!」
 ――協力しろ。
 言わずとも意図を汲む、アレクシスの様子にセリオスはまた笑う。
 凱歌を奏する様なセリオスの声を聞き、思わず目を瞠るも……まずは敵を制する事を優先に。アレクシスは白銀の刀身を持つ騎士剣――赤星を手にする。
 光を纏う其れを一薙ぎすれば、暁色の閃きが迦陵頻伽の視界を染め上げる。
 ……そんな中、セリオスは真っ直ぐに駆け抜けていた。
 確かに、強烈な眩しさはある。
 だが、この眩しさに目が慣れているのだ。

「(不思議だよな)」
 長い、長い、幽閉生活。
 吸血鬼の所有物として、されるがままを耐え続けた日々。
 母の仇を討つ為に。殺意を燃やし続けて、自我を擦り減らし続けて。
 ……本当に、其れだけだったか?
 仇討ちだけではない、何かがあった気がする。
 セリオスもまた純白の剣――星の瞬きに青い炎を乗せて、力強く振るう。
「(……綺麗だ)」
 楽器を落とした事にも気付かず、敵が炎に呻き声を上げる中。
 アレクシスの視線の先はセリオスの剣に、其の刀身を纏う炎に向けられていた。
 ――色鮮やかな、青色。
 時折、其れは夜空にも、此処とは違う水の様にも見える。
 苛烈に燃え盛る中、様々な面を内包する様子は……正に彼、其の物の様で。

「(今、僕は何を……?)」
「アレクシス!」
 指向性を持つ声がアレクシスへ向けて、放たれるも――。
 其れを受け止めたのは、セリオスだった。
 咄嗟の一閃を敵に見舞うと同時、音が全身に響く様に蝕んでいく。
 ……眠りましょう、忘れる事は不幸ではありませぬ。
「(ふざけんな……!)」
 動け、抗え。
 押しつけがましい幸福に、魂を隷属されるな。
 眠りへと誘う声を振り払う様に、セリオスは己の腕を剣で斬り付ける。
「セリオス殿……!?」
「ハッ!この程度でとぶ歌なんざ、俺の敵じゃねぇんだよ」
 自らを傷付ける姿に、守れなかった後悔がアレクシスの胸を締め付けた。
 ……駄目だ。動揺してはならない。
 此れ以上、セリオスを傷付けさせはしない。集中しなければ。
 いざとなれば、自らを傷付けてでも眠らない。
 彼の眼差しには強い覚悟が込められていて、眩しくて。
「(そんな事、するな……いや、違うか)」
 初対面、共闘相手。
 抱く感情は強く、そして相反する。
 止めたい気がするのに、此の男を止めてはならないと思うのだ。
 ――覚悟を止めれるような間柄じゃねぇ、筈だ。
 理由なんて要らない。思い込みだと言うのなら、勝手に言ってろ。
 己の魂が求めるままに、セリオスは彼の輝きを強くすべく歌うのだ。

「――さあ、耳かっぽじってよく聴けよ!」
「これ、は……」
 此れは、赤星の盟約。
 既に失われた二人の故郷にて、奏でられし歌。
 歌え、歌え。お前はきっと、此の歌を知っている筈だろ?
 セリオスの笑みに、アレクシスは思わず問いを投げ掛けそうになる……も。
 どうして、故郷の歌を?君は、一体?
 ……きっと、そんな問い掛けは無用なのだと思うからこそ。

「ああ、そうだね」
 何処か、懐かしい歌声。
 敵の声を振り払い、己とセリオスの未来を切り開く為。
 夜明けの聖光を此処に。
 我が剣、彼の歌声に応えて来たれ――。

「天星の剣よ、我らを護れ!」
 三百、否……四百に近い光の剣。
 一斉に放たれれば、其れは大きな光を生み出してゆく。
 流星の様に流れる光の数々を見て、セリオスは静かに呟いた。

 ――アレ、ス。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

榎本・英
失った記憶は母の記憶。

何かを失ったが、何を失ったのかすら分からない。
手にした糸切り鋏の扱い方が分からない。
私はなぜ、この鋏を手にしているのだろうね?

これは裁縫に使うための物。
私は裁縫をしないのだよ。

さて、それは置いておこう。
眠りを誘う音が聞こえるのだが、私は眠らないのだよ。
嗚呼。なぜ眠らないのかも思い出せないね。

分からないけれども、眠っては駄目だと、それは分かるよ。
一つ問おう
『私から奪った物は一体何かな?』

返して欲しいとは思わないさ。
すっかり抜け落ちているからね。
けれどもこのままでは駄目だとも思うよ。

さて、君は私にどんな答えをくれるのだろう。
口を開き給え。



●眠らない『ひと』
 榎本・英(人である・f22898)は考えていた。
 次の推理小説のテーマか?其れとも、春の嵐の事?
 ……否。彼が考えているのは、手にした糸切り鋏の事だった。

「私はなぜ、この鋏を手にしているのだろうね?」
 とてもシンプルな糸切り鋏。
 此れは裁縫に使う為の物だと、榎本は理解している。
 ……だが、不思議なものだ。
 彼自身は裁縫をしない、此の糸切り鋏の扱い方も分からない。
 だと言うのに、此の鋏は不思議と手に馴染むのだ。
 ――向きあい、触れて、識るための刃。
 其れを今の彼は知らず、首を傾げるばかり。
 困った事は其れだけに非ず。
 嗚呼。確かに己は、何かを失った気がするものの。

「(何を失ったのかすら、分からない)」
 すっかり抜け落ちている為か、直ぐに思い出すのは難しい。
 気にならない訳ではないが……さて、一先ず其れは置いておこう。
 榎本が鳥居を抜けた先、眠りを誘う声の主達が舞い踊っている。
 ……嗚呼。そういえば何故、自分は眠らないのかも思い出せない儘だ。
 彼は眠らない、眠っては駄目だと分かるのに。
 其の理由もまた、空っぽのまま。

「君達に一つ問おう」
 ――私から奪った物は、一体何かな?
 すっかり、綺麗に抜け落ちているのだ。
 其の記憶に対する執着も、榎本の内から消え失せている。
 だからこそ、彼は返して欲しいとも思わないが……頭ではなく、心に染み付いているのだろうか。嗚呼、『ひと』の心とはかくも不思議なものだ。
 このままでは駄目だ、とも思うからこそ。

「(それが、『ひと』でなしの記憶だとしても)」
 此の糸切り鋏の扱い方を知らぬままではいけない、と。
 奪った物の正体、其の答えを榎本は待つが……。
 其れを知るのは社で待つ何者かのみ、なのか。
 迦陵頻伽が口を開くのは、情念の獣――ひとの手の様な何かが持つ、鋭利な爪で引き裂かれた瞬間。為す術無く、悲鳴を上げる時のみ。

 ただ、美しい声で鳴く様は。
 彼の脳裏に一瞬、獣が甘い声を上げる姿を過ぎらせた。

 あか。赤。真っ赤。
 紅が弧を描き、艶めく。
 ……嗚呼、見せないでくれ。その赤は、見たくないんだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

リン・イスハガル
【心境】
あにうえ……。
(嫌がるちくわをぎゅっと抱きしめながら)
……あれ?兄上って、だれだっけ……?
思い出せ、ないや……。

【戦闘】
心にぽっかりと空いた穴を埋めるかのように、現れた迦陵頻伽に向かってちくわをけしかける。
大丈夫、ちくわ、水の中でも、呼吸できるから、おびえなくて、いい。

高速の連続攻撃が来るなら、こちらは範囲攻撃で敵の攻撃を当たりにくくする。
【イス・ハガル】を使用しておけば、とりあえず攻撃しつつ防御できるかな……って思ってる。



●かぞく
 ――左目の色が違う。
 其れも個性の一つと捉える者も居れば、忌み嫌う者も居ただろう。
 リン・イスハガル(幼き凶星・f02495)の兄は前者、彼女を囚人の様に扱った者達は後者だったのかもしれない。
 幼い身には、過酷と称するのも生温い程の辛苦。
 其れは兄上が居なくなる前だっけ、後だったかな?

「……あれ?」
 兄上。あにうえ。あに、うえ?
 リンは水の中から早く逃げたい!と鳴き続けるちくわを抱き締めながら、こてりと首を傾げていた。
 ……兄上って、だれだっけ。思い出せ、ないや。
 何だか其れが少し、寂しい気もするけれど。忘れた自分が悪いから。
「(あにうえ、って……温かい、のかな……)」
 てくてく、てくてく。
 鳥居の中を進みながら、リンは考える。
 透き通る様なアメジストの髪の下、隠された左目。
 色々な事があった。だから、人目に触れさせてはいけないとリンは学んだ。
 でも、嫌な事ばかりではなかった気がするのだ。
「敵……?」
 ぽっかり、と。
 心の中心に、見えない穴が空いてしまったかの様。
 しかし、獲物を目にした迦陵頻伽達が急速にリンへと迫っていた。
 ――美しい舞に乗せた、蹴撃殴打による乱舞。
 彼女はちくわを抱き抱えながら、小柄な体躯を活かして回避を試みる。

「……っ、ちくわ、お願い」
 嗚呼、速い。
 黒の着物が一部、裂かれているのを見て……リンはちくわを前へ。
 とても恐ろしい相手。だが、今のちくわはそれどころじゃない?
 右も左も、上下も水。水。水ばかり。
 不可思議な状況で、普通に動ける……にゃ、にゃんで!?
「大丈夫、ちくわ。水の中でも、呼吸できるから」
 おびえなくて、いい。大丈夫。
 ちくわの困惑を察したのだろう、リンが穏やかに声を掛ければ。
 ……怖いけれど、頑張ろうと思う猫心。
 威嚇する様に鳴きながら、背中の毛を逆立てて。
 御主人を傷付けようとする奴には鋭い爪、噛み付きで攻撃!
 激しい攻撃の応酬。ちくわも無傷ではいられない、が……邪悪は既に目覚めた。

「氷の嵐よ、不届き者を呑み込むがよいわ」
 影を帯びた昏い瞳が、射抜く様に敵を見据える。
 生命を奪ういと冷たき風が嵐と成り、迦陵頻伽達を巻き込もうと。
 嵐の数は一つに非ず。悲鳴や絶叫も呑み込み、生命の音を途絶えさせた。

成功 🔵​🔵​🔴​

ライナス・ブレイスフォード
己の中から何かが抜け落ちた様な不可思議な感覚に何故か焦りに似た感情を抱いてしまえば思わず舌打ちを漏らしながら鳥居の向こうを目指してくぜ

…何を忘れたかは解ら無えけどよ
力づくで奪いかえせばいいんだろ?…簡単な事じゃねえか

そう、思いはせども耳に届く調べに苛立ちが募れば姿を捉えた瞬間【飢えし狼の群れ】を敵へと放つぜ
羽を彩る様々な色
その中の―の色に妙に心が騒めくのは…、…いや、考えんのは後か
その後は手にしたリボルバーにて羽を狙い『クイックドロウ』『部位破壊』にて地に墜とし確実に息を止めんと『暗殺』を
俺から『何か』を奪った奴は奥に居るんだろ?
…この俺の物を一時的でも奪った借りは確りと返させてやらねえと、な



●消えた色
 可もなく、不可もなく。
 ブレイスフォード家は代々続く、平凡な辺境貴族だった。
 ……続く筈の平凡が狂い、壊れたのは、きっと偶然だったのだろう。
 だが、其の偶然が無かったならば。
 ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)は『 』色や『 』色には出会えなかった、かもしれない。

「(何かが、足りねぇ)」
 近くを転がっていた石を、苛立たしげに蹴り飛ばす。
 ……しかし、其れで欠けてしまった『何か』が埋まる筈も無く。
 ライナスの苛立ちは更に増すばかり、無意識の内に舌打ちを漏らす程。
 しがらみなんて邪魔な物、あの家に全部捨ててきた。
 狂った母親達も、感情を出さぬ兄弟姉妹も。全部、全部、全部だ。
「クソッ……!」
 だというのに、どうしてこんなにも渇いているのか。
 ……己の喉ではない。胸の奥、見えない何かが渇きを訴えている。
 足早に歩みを進めるライナスはの手には、既に『Fortuna』が握られている。
 引き金に指を掛け、敵を視認次第直ぐに撃てる様に。
 青白い炎の狼の群れもまた、主と共に歩みを進めていた。

 ――力尽くで奪い返せばいいんだろ?

 迦陵頻伽の美声が響く。
 眠りへと、滅びへと誘う調べ。
 其れを――音の発生源から焼き尽くそうと、狼達が喰らい付く!

「俺から『何か』を奪った奴は、奥に居るんだろ?」
 ならば、話が早い。簡単な事だ。
 何を忘れたかは分からないままだが。
 派手な翼を焼き尽くし、或いは撃ち抜き、地に墜として聞き出せばいい。
 ……今のライナスにとっては人間も、オブリビオンも等しく食糧なのだから。
 濃紺、赤、橙、桃、薄緑。
 狼が喰らい付いた部分から、徐々に燃え広がっていく。
「……っ!?」
 小麦にも似た金色、そして緑色。
 羽を彩る様々な色の中、確かに存在する色に。
 二つの色が焼け落ちる瞬間――ライナスは空いた手を伸ばそうとして、止めた。
 ……己らしくもない。訳が分からない。
 其れが自分の問題ではなく、他人に好き勝手された上での事だと思うと益々腹立たしい。

「(この俺の物を一時的でも奪った借りは――)」
 ――確りと返させてやらねえと、な。
 救いを求める迦陵頻伽の手を無視して、ライナスは再び引き金を引いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
忘れ眠ることが、幸福とするならば。
大事なものが抜け落ちた私は、幸福なのでしょうか。
否。それは忘却。
ですので、取り戻すために。
使徒として、役目を果たすために。
貴方もまた導きましょう。

私はまだ、その声で眠るわけにはいきません。
それに私は使徒。貴方より先に、役目に従う身。
誘惑されようと、揺らぐことなどありません。
ですので…貴方のその力は封じます。
天使達と共に【祈り】【高速詠唱】【全力魔法】の聖なる光を以て、楽園へと導きましょう。
忘却がすべて幸福なのではありません。
忘却がすべて救いなのではありません。
我らが救い、我らが理想、我らが桃源郷へ、貴方もまた誘いましょう。

待っていてください、貴女は必ず…



●貴女がいてこそ
 ――今の私は、幸福なのでしょうか。

 嗚呼、嗚呼。
 大事なものすらも忘れ、眠る事が幸福とするならば。
 ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)の自問に、多くの声はそうだと答えるだろう。だからこそ、幸せなままで眠りましょう、とも。
 ……否。此れは、ただの忘却。
 使徒としての役目を果たす為だけではなく、己の大切な『あの子』を取り戻す為に。

「貴方達もまた、導きましょう」
 仇成すのなら祓いましょう、歩むのならば導きましょう。
 まだ見ぬ楽園の具現。此処は今、まさに聖域と化す。
 闇と罪を祓う、聖なる光が満ちた直後――迦陵頻伽の群れも謳う。
 何もかも忘れて、穏やかな心地で眠る事。
 其れこそが真の救いなのだと、敵の声は響き渡るが……。
「いいえ。私はまだ、その声で眠るわけにはいきません」
 ナターシャは使徒だ。
 信仰に殉じ、楽園への導き手という役目に従う者。
 だが……光あれば、影が生まれるもの。
 彼女が役目を負う事で、失ったものも多くあったかもしれない。
 不自然な空白や違和感の中には、そう思わせる『何か』を感じさせた。
 だからこそ、彼女ははっきりと告げる。

「どんな誘惑でも、揺らぐことなどありません」
 忘却がすべて、幸福なのではありません。
 忘却がすべて、救いなのではありません。
 其れでも、忘却は救いであると重ねるのならば……本当の楽園に導きましょう。
 我らが救い、我らが理想、我らが桃源郷。
 眩い光が迦陵頻伽達を包み込み、天使達の微笑みは絶える事はない。
 偽りの感情に惑わされず、迫る光を拒む術もなく。
 少しの間を置き、ナターシャの前に立っていた筈の敵の姿は……皆、消えていた。

「(待っていてください、貴女は必ず……)」
 記憶が抜け落ちても、尚。
 彼女は自分にとって掛け替えのない存在だと、ナターシャは理解している。
 頭の中に『 』の存在は無いけれど、心が彼女を知っている。

 また、おかえりと言う為に。
 私達は二人で、一人の使徒なのだから。
 ……そうでしょう?エリー。

 不意に過ぎった、知らぬ筈の名前。
 されど、ナターシャは静かに穏やかな笑みを浮かべていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アヤネ・ラグランジェ
冬青f00669

不思議と心が軽いわね
でも手にした銃が重いの
なぜ私はこんなことをしているのかしら?
疑問には思うけれど
猟兵としての自覚と技術は忘れてはいないわ

振り向いて相棒の姿を見つける
ソヨゴ
暖かく微笑んで手を差し伸べる
敵が来るわ
震えるソヨゴに少し首を傾げて
私たちは猟兵だから戦うのは義務でしょう?
でも違和感はある
戦えない彼女を優しく撫でて
再度微笑みかける
大丈夫
私たちは多分何かが足りないのね
あなたの分まで私が取り戻してあげるわ

そう言ってソヨゴを庇うように立ちPhantomPainを構える
綺麗な姿と声を傷つけたくないという誘惑を消し
正確に敵の眉間を撃ち抜く
喉の奥に嫌な感じ
指は覚えている
指が止まらない


城島・冬青
アヤネさん(f00432)と

空を舞う鳥とも人ともわからない姿の化物に足が竦む
何あれ…?
目の前のアヤネさんは全く動じていない
…戦う?あれと?
無理無理!
そんなのできません!
猟兵って何ですか?
震えが止まらない
恐怖で混乱してるけどアヤネさんも普段とかなりおかしいことに気付く
いつもと口調が違う
顔つきも何だかスッキリした感じがする
あの、本当にアヤネさんですか?
何かいつもと喋り方とか雰囲気が…

…う、何だか眠い
眠くなってる場合じゃないのに
上手く立ってられない
刀を杖代わりに辛うじて立っている
…どうして私は武器を持っているんだろう?
やだ!来ないで
恐怖で武器を闇雲に振り回すことしかできない
重い
でも手に馴染む気がする



●ハプニング!正義のヒーローは何処に!?
 城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)は、困惑していた。
 水中に居るのに、シュノーケルも無しに呼吸が出来る。
 アヤネ・ラグランジェ(十二の結び目を解き放つ者・f00432)と共に、鳥居の中を進んだ先には……空を舞う鳥とも人ともわからない姿の化物が!?
 UDCアースに、こんな化物が居るなんて聞いてない!
 ……いや、そもそも。
 此処は本当に、UDCアースだっただろうか?あれ?

「えっ……何、あれ……?」
「ソヨゴ、敵が来るわ」
 恐怖は、混乱を生む。
 城島は竦む足を必死に動かそうとするが、動かない。
 目に見えて動揺する彼女へと向けて、慈しむ様な微笑みを浮かべながら……アヤネは手を差し伸べる。
 大切な人、大切な相棒。
 そんな風に思う様になったのは、何時からだろう。
 アヤネもまた、己の中で渦巻いている違和感に首を傾げていた。
「(なぜ、私はこんなことをしているのかしら……?)」
 猟兵としての自覚、技術を忘れた訳じゃない。
 しかし、何か言葉に出来ない違和感が拭えないままで。
 ……不思議だ。どうして、こんなにも心が軽いのか。
 其れに何故、城島は怯えているのだろう。ずっと震えているのだろう。
 ――さあ、花髑髏を構えて。
 敵は、迦陵頻伽の群れは待ってはくれないのだから。でも――。

「……戦う?あれと?」
「ええ、そうよ」
「無理無理、無理です!そんなのできません!」
「ソヨゴ?私たちは猟兵なのだから、戦うのは義務でしょう?」
「えっと……猟兵って、何ですか?」
 嗚呼、どうにも会話が噛み合わない。
 城島はいつもと口調が違う、アヤネの様子に困惑し切り。
 顔つきも何だか、スッキリとした感じがする。喋り方もいつもと違う。
 ――あの、本当にアヤネさんですか?
 そんな問い掛けの言葉を紡ごうとして、彼女は止まった。

 いつも?
 いつもって、何時からだろう。
 アヤネさんは大切な人、その気持ちは間違いないと思うのに。
 ……普段と違う筈、なのに。どうしてそう感じるのか、思い出せない。

 アヤネもまた、城島の様子に目を瞬かせていた。
 喜怒哀楽がはっきりとしている様は、変わらない気がするけれど。
 猟兵としての自覚を失ったのか、愛用の刀を構える素振りは見せない。

 ああ、そうか。
 私たちは多分、何かが足りないのね。
 恐らく、あの時……太鼓橋から飛び込んだ先で何かがあった。

 其れを理解した為か、彼女は城島を撫でようとするも。
 美しくも、恐ろしい声が響く。
 二人へと襲い掛かったのは、破滅を齎す調べ――。

「うっ……何だか、眠い……」
 ぐらり、と。
 城島の視界が歪み、揺れる。
 眠りへと誘う声は怖いのに、何故か優しさが込められている様で。
 ――駄目、だ。
 眠くなってる場合じゃない、早く逃げないと。
 鞘に収められたままの刀を杖代わりにして、彼女は辛うじて立っていた。
 そういえば……どうして、私は武器を持っているんだろう。
 柄を握り締めれば、何故か手に馴染む。
 記憶が無くとも、彼女が経験してきた戦闘の記憶は身に刻まれていたのだ。
「(怖い、けれど……!)」
 闇雲にでも振り回し続ければ、時間を稼げるかもしれない。
 本物の、刀。きっと、凄く重たい筈だけれど。
 其れでも、大切な人の為に……!
 決意を胸に抜刀した直後、城島が顔を上げた先には――。

「アヤネ、さん……?」
「ソヨゴ。怖かったわね、でも……大丈夫」
 声が、止んだ。
 城島を庇う様に立つ、アヤネの足元には蛇に似た何かが蠢いていた。
 一方は複数の迦陵頻伽を拘束、もう一方は敵の妨害を主として動いている。
 ……ああ、やっぱり。ソヨゴは、ソヨゴなのね。
 恐怖に駆られながらも刀を構え、守る為に懸命に戦おうとする姿。
 アヤネは一度振り返り、今度こそ彼女の頭を優しく撫でようと。
「あなたの分まで、私が取り戻してあげるわ」
 敵の声に、何も思わない訳じゃない。
 綺麗な姿や美しい声、其れを傷付けたくないという思いは生まれている。
 だが――其れ以上に大切な人が、傍に居るのだ。
 『Phantom Pain』の銃口を敵へ向けると同時、アヤネは引き金を引いた。
 けたたましい銃声は止まらない。
 城島が驚きのあまり声を上げるが、敵を殲滅するまで止む気配は無い。

 学習せよ、学習せよ――。
 アヤネの頭の中、声が響く。其れは、機械の様に繰り返される。
 其の度に、喉の奥に嫌な何かを感じるも……指が止まらない。
 指は、覚えている。

 あの時、もし。
 今の様な力があったならば、私は……僕、は……?
 彼女が答えを出す前に、迦陵頻伽の姿は完全に消え失せていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『水底のツバキ』

POW   :    届かぬ声
【触れると一時的に言葉を忘却させる椿の花弁】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    泡沫夢幻
【触れると思い出をひとつ忘却させる泡】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全ての対象を攻撃する。
WIZ   :    忘却の汀
【次第に自己を忘却させる歌】を放ち、自身からレベルm半径内の指定した全対象を眠らせる。また、睡眠中の対象は負傷が回復する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠黎・飛藍です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


【お知らせ】
 プレイング受付開始は『7月23日(木)8時31分(予定)』からとなります。
 導入は今暫く、お待ち下さいませ……。
**********

●忘却に沈む者
 悲しい別離が数多くあった。
 勿論、悲劇のみという訳ではない。
 喜楽の感情に溢れた出来事が幾つも存在する事も、また事実。

 だが、其れらをすべて塗り潰すかの様に。
 出会いの喜びは、別れの悲しみが。
 楽しかった筈の思い出は、嘆きの記憶が呑み込んでしまった。
 どうして、どうして。ねぇ、どうして――みんな、逝ってしまうの?
 誰か、教えて。
 ……嗚呼、だぁれも答えてくれない。

 とある人魚の心に根付き、膨らみ続けるのは寂しさばかり。
 ――会いたい。
 大切な家族、親友、愛おしい人。
 けれど、もう会えないのだ。皆、遠い所に逝ってしまったから。
 嗚呼。いっその事、忘れてしまえれば――。

 孤独の辛苦に耐え切れず、彼女が強く願った瞬間。
 本当に、大切だった筈の『何か』が抜け落ちた気がした。

●救済を謳う者
 足りない、何か。
 何故だろう、其れを思い出せそうな気がした。
 猟兵達の中には、そんな確信を抱いた者も居たかもしれない。
 迦陵頻伽の群れを倒した後、彼らは社へ足を踏み入れる。

 ――ぽちゃん。
 断続的に聞こえる水音に警戒しながら、進んで行く。
 社の中もまた、水で満たされていたが……。
 先程までと同じく、呼吸の心配をする必要はなさそうだ。
 ……奥へ、奥へと進んだ先。
 猟兵達を待ち受けていたのは、人魚の力を手にした比丘尼。
 救済を謳い、記憶を忘却させた張本人。
 水底のツバキは静かに目を開き、憂いに満ちた眼差しを向けていた。

『嗚呼……まだ、救われていないのですね……』
 何もかも忘れ、穏やかな眠りにつく。
 忘却こそ、救いだと信じ込んでいる為か……彼女は嘆いていた。
 救われぬ衆生を目の前にして、目を伏せている。
『全ての衆生に、安寧と平穏を……』
 ――ぽちゃん。
 再び、水音が聞こえて来る。
 今まで見て来た『水』は、もしやこの比丘尼の涙だったのか?
 ……悠長に考えている暇は無さそうだ。
 椿の花弁や夢幻へと導く泡が、悲哀の歌と共に。
 刹那――掴みかけていた『何か』が、再び水の中へ消えてゆく。
 そんな錯覚が、猟兵達に襲い掛かっていた。

 消えるのは、記憶だけではない。
 ある者は言葉を失い、ある者は己という存在が曖昧になり掛けていた。
 ……何もかもを忘れて、永久の眠りにつく。

 其れを、是とせぬならば。
 抗うしかない、戦うしかない。
 一筋の光が見えたのならば、後は……君達の手で掴み取るだけだ。

**********

【プレイング受付期間】
 7月23日(木)8時31分 ~ 7月24日(金)23時59分まで

【補足】
 第三章から参加を希望される方が居ましたら
 恐れ入りますが『失った記憶』を一つ、プレイングにて指定をお願い致します。

 比丘尼の慈悲。忘却という名の救済。
 其れは記憶のみならず、すべてを奪い尽くす。
 皆様がどんな心持ちで居るのか、どんな覚悟をもって抗うか。
 是非、プレイングに書いて頂ければと思います。

 ――求めるならば、掴み取れ。
リン・イスハガル
●心境
かえして、かえして、記憶、かえして。
わすれちゃ、いけないのに。
わすれちゃいけないの。

かえせ!わたしには、だれかたいせつなひとが、いた!

●行動
バディペットのちくわと行動。
ちくわに撹乱してもらって、『闇に紛れる』を利用して敵に近づく。

近づいたら、真の姿を解放。
骨が氷を纏ったような翼と尻尾、氷の角を生やした成人の姿になる。
そして、ユーベルコード【イス・ハガル】使用。

「さぁ、帰してもらおうか、我から奪ったモノを。我からナニカを奪うことなど許さぬ。故に、我が主から奪おう、命を、な! 」



●たいせつなひと
 撫でてくれる、手があった。
 温かくて、優しくて、其の時間がとても大好きだった。
 みんなは怖がっていたのに……左目の色も、綺麗だなって言ってくれた。
 ――あにうえ、あにうえ。
 幼子が呼び掛ける声に、返る声は無かった。

 警戒心を露わにして、ちくわが唸り声を上げている。
 其れは水に対してだけではなく、目の前の人魚にも向けられたもの。
 反対に……リン・イスハガル(幼き凶星・f02495)は黙して、俯いていた。
「(わすれたら、すくわれる?)」
 小さな彼女の身には、余りある辛苦。
 囚われの日々、数え切れない程の侮蔑の言葉。
 嗚呼、もしも綺麗さっぱり忘れられるのならば……否、違う。

「かえして」
 辛い、悲しい、苦しい。
 左の目の色が違うだけで、どうして……そう、思う事もあった。
 けれど――温かい記憶だって、確かにあったのだ。
 温もりを分けてくれた『だれか』が居た、筈。
 顔も、声も思い出せない人だけれど。
「記憶、かえして」
 わすれちゃ、いけないのに。
 わすれちゃいけないの。わすれたままなんて、いや。
 リンを中心に、足元から影がぶわりと広がった瞬間――ちくわが駆けた。
「かえせ!」
『どうして……?』
「――わたしには、だれかたいせつなひとが、いた!」
 とぷんっ。
 影の中に沈む様に、リンの姿が消えてゆく。
 先程まで彼女が居た場所を、泡はただ通過するのみ。
 水底のツバキは再び泡を作り出しながら、ちくわの跳躍を回避する。
 ……ただの猫、ではない。
 ならば、まずはこの子を大人しくさせようと考えるも――。

『……っ!?』
「救済、安寧、平穏……笑わせてくれるのう」
 腸が捩れてしまいそうじゃ。
 氷雪を纏う、邪悪が嗤う。敵を嘲笑う。
 先の戦闘の時よりも禍々しく、美しい氷の竜人の様な姿。
 嗚呼、我から『ナニカ』を奪ったのは彼奴か。許せぬ。否、許さぬ。
「さぁ、返してもらおうか」
 其れだけでは足りぬのう、と邪悪は笑む。
 緑の瞳に映るは冷酷、周囲に吹き荒れるは氷の嵐。愚行の代償は――。

「我が、主から奪おう――命を、な!」
 泡だけではなく、敵を呑む様に氷嵐が襲い掛かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャオロン・リー
【引き続き、終わりの記憶を失くした為に組織も存続したままだと思っている】
【収監されていたことも、自分が猟兵であることも覚えていない】
【今の彼はただの「ヴィラン(悪党)」】
何を泣いとるのか知らへんけど、俺にはそんなん一切関係も興味もないねん
オマエをぶっ潰す。早よ終わらせて、組織に戻らせてもらうとするわ
早く戻って…ああ、頭ん中がザワザワする
早よ戻れば、それで全部解決する筈や

できるだけ見切りで避けるけど、言葉なんぞ忘れても別にええわ
継戦能力に物言わして、空中戦で槍でも蹴りでも、とにかく攻撃を当てる
そこを火尖鎗の槍で追撃
俺は暴れ竜。【鋼の鷲】の一番槍
存分に暴れ倒す事が俺の役目
誰にも邪魔させへん、誰にも



●帰る場所
 ――キミら、ホンマに仲ええねえ。
 のんびりとした師匠の声に、嫌そうな表情を浮かべる顔二つ。
 二人以外は肯定も、否定もせずにただ笑う。
 下手な事を言えば飛び火しそうだけれど、師匠の言葉は的を射ているから。
 不服そうな声を上げようとする声も、また二つ。

 ――何で、コイツと一緒にされなアカンねん。
 被った。
 一言一句、違わず揃った声に同志の皆がまた笑う。
 息だけは合っていた相棒と、室内で大暴れ?
 或いは、頭領の一声で一時中断?
 ……さあ、どちらでもいいじゃないか。
 【鋼の鷲】の日常は、帰ってからも続くのだろう?

「(言葉なんぞ忘れても別にええわ、って思っとったけど……)」
 暴れ竜退治に、花弁を用いるとは笑わせる。
 救済とやらの為に殺すつもりがないのか。一枚一枚があまりにも軽過ぎる。
 ……師匠の攻撃の方が余程、重い。
 シャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)は中華風の花槍を振るい、殴打蹴撃を交えて、一気呵成に畳み掛けようと迫る!
「何を泣いとるのか知らへんけど、俺はオマエをぶっ潰す」
『貴方は何故、救いを拒むのですか……?』
「阿呆。俺には、そんなん一切関係も興味もないねん」
 元より他人から与えられる救済など、シャオロンは望んでいない。
 この敵を早々に倒し、彼の帰るべき場所――組織の拠点へと戻るだけだ。

 そうすれば、全部解決する筈だ。
 竜の血を励起する、主砲たる中華槍の穂先が折れた理由も。
 今も尚続く、頭の中のザワザワとした感覚も。
 何故、自分が此処に赴いたのかも。

「(誰にも邪魔させへん。誰にも――)」
 胸中に渦巻く嫌な予感を振り払う様に。
 シャオロンは敵が被る様に纏う和柄布を、横薙ぎに裂く。
 僅かだが、彼女の腕に浮かぶ赤色の線を見て――悪辣な笑みを浮かべた。
 彼は、暴れ竜。【鋼の鷲】の一番槍。
 色々と考える事はあれど、好機を前にすれば其れが最優先。
「さぁ、喰らってみぃや!」
 今は存分に暴れ倒す時――火尖鎗、発動。
 分裂し、焔を纏う無数の槍が次々に敵へと向かう!

 轟々と燃える。
 敵はまだ存在しているが、シャオロンの目には別のものが映っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
嫌だ。絶対嫌だ。
そんな救済要らない。
こんなの、救済じゃない、ただの強奪、窃盗じゃないか。

どんなに辛くたって、どんなに悲しくたって、それを感じたのは俺のものだ。

痛い胸のギュッとするのも、ぽっかり胸に空いた風通しのいい寂しさも、暖かかった大きな掌も。

覚えてないけど、失くしたくない。
何かも、全部全部、俺のものだ。

これから先も辛いかもしれないけれど、そういう辛さとともに生きていく。
俺はそれでいいんだ。

杖から、両手にそれぞれ、ダガーとエレメンタルダガーを持ち替えて、エレメンタルダガーには氷の精霊様を召喚したい。

UC【全力一刀】で氷を直接敵に叩き込みたい。

敵の攻撃なんて知らない。
俺だったものを返せ!



●狐が、木常野である為に
 森の中で、狐として生きてきた。
 妖狐であると教えられなかったから、自分は狐だと思っていた。
 ……そう、『彼』に出会う事が無かったならば。
 狐は今も狐のまま、森の中で過ごしていたのかもしれない。
 だが、出会わなければ。狐は『温もり』を知る事も無かったのだろう。

 右手に諸刃の短剣を、左手には片刃の短剣を。
 愛用の杖と精霊、チィを収納して――木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)は敵へ鋭い眼差しを向けていた。
 ……これが、救済?
 こんな、ただの強奪や窃盗の様な行為が?
「嫌だ。絶対、嫌だ」
 木常野の内側で膨らむのは、嫌悪。
 救済と称して、己から大切な記憶を奪おうとする者に対する憤怒。
 制御し切れない感情に、普段の彼ならば不思議と思っただろう。
 ――そんな救済、要らない。
 烈火の如く燃え盛る感情の前では、冷静に思考を巡らせる余裕など無く。

『貴方も、どうして拒むのでしょう?』
「……覚えていない何かも。全部全部、俺のものだ」
『辛さも、悲しみも、抱え続けなくとも……』
「それを感じたのは俺のものだ」
 どんなに辛くたって、どんなに悲しくたって。
 痛い、胸のギュッとするのも。
 ぽっかり胸に空いた、風通しの良い寂しさも。
 陽だまりの様に暖かかった、大きな掌も……失くしたくない。

 ――よしよし。怖がらないでおくれよ、狐さんや。
 あの日。見知らぬ狐でも、優しく抱き抱えてくれた『じいさん』を。
 一緒に過ごしてきた、大事な日々を。

「絶対に、忘れちゃいけないんだ……!」
 氷の精霊様が片方の刃に宿るのを察した直後、木常野は走り出す。
 敵の言う通り、思い出すのは辛くて苦しい事かもしれない。
 其れでも……彼は、構わなかった。
 此れから先、ずっと辛いと感じるかもしれないけれど。
 そういう辛さと共に、生きていく。
「(じいさん……!)」
 己が、己である為。
 いいや、其れだけじゃない。
 忘れてしまえば、『じいさん』が何処にも居なくなってしまう気がしたから。

「――俺だったものを、じいさんを、返せ!」
 椿の花弁を諸刃の短剣で斬り散らし、左手を敵へと突き出す。
 突き刺さった場所から、敵の身体を氷が侵食していた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

榎本・英
失った記憶は母親の記憶。
声も、姿も、仕草も、鮮明に思い描く事の出来ていた事が何も思い出せない。
消えた記憶が一体何だったのかも分からない。

けれども、忘れてはならない物なのだと言う事は分かる。
何故かは分からないが。

思い出せないのならば綴れば良い
私が私を忘れても獣は全てを見ていた。
獣は私を覚えているのだ。

ならば、私が語らずとも彼等に語ってもらおうではないか。
忘却の君。君がどのような歌を歌ったとて
本能のままに動き回る獣を止めることはできないのだよ。

美しい喉元に食らいつき、歌を妨害してしまおう
私が誰かなんて、そんな事は良い
私はただの人
それだけさ

さて、この物語も終わりにしようではないか。



●獣は語る
 目を逸らして、耳を塞いで。
 ただの『人』として過ごす中で、思い出さない様に蓋をした。
 ……態々見るものではない。
 目蓋の裏に映らぬ様に、遠く、遠くへ。

 忘れたい。
 そう願った事が一度も無い、と言えば嘘になるだろう。
 同時に、此れは忘れてはならない記憶だと彼は分かっている。
 明確な矛盾。相反する思考。
 嗚呼、其れこそ――なんと、人らしい事か。

 失った記憶は、母親の記憶。
 声も、姿も、仕草も。鮮明に思い描く事が出来ていた筈なのに。
 榎本・英(人である・f22898)が思い出そうとすると、彼の脳裏に真っ先に浮かぶのは母の顔ではなく……嫌に艶めく紅色、真っ赤な何か。
 此れが一体何なのか。
 消えた記憶に何があったのか。分からないまま。
「(けれども、忘れてはならない物なのだと言う事は分かる)」
 嗚呼。何故かは、分からないが。
 しかし、目の前の人魚は美しい声で歌を紡ぎ続けていた。
 失った記憶を、無理に思い出す必要はない。
 すべて、すべて、忘れましょう。忘却の果てに、衆生は皆救われるのだから。

『さあ、貴方も……』
「……成程」
 歌に籠められた力、だろうか。
 鮮烈な赤色が、再び少しずつ消えてゆく。
 己もまた、少しずつ形を失いつつある。
 其れでも、榎本の口元から笑みは消えていなかった。

 私が誰かなんて、そんな事は良い。
 私はただの人。
 ただ、それだけさ。

 其れに……思い出せないのならば、綴れば良い。
 私が私を忘れても、獣は私を覚えているのだから。

「忘却の君」
『……?』
「君がどのような歌を歌ったとて――」
 ――本能のままに動き回る獣を、止めることはできないのだよ。
 記憶を失い、言葉を失い、己を失う。
 されど、榎本が綴りし物語は手の内に。
 筆……糸切り鋏の先端を向けた先、あかで書き綴られた獣が襲い掛かる。
 見目麗しい人魚の身体を貪り、すべて喰らい尽くそうと。
「さて、この物語も終わりにしようではないか」
『……っ!?』
 悲鳴すらも、獣は上げさせない。
 獣は美しい喉元に食らいつき、煩わしい歌を止める。

 人魚の声にならない声。
 其れが、甘さを帯びていた様に聞こえたのは。
 ……きっと、気のせいだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シエン・イロハ
シノ(f04537)と

消せるもんなら消してみろや
その前にてめぇを終わらせりゃすむ話だろ

『先制攻撃』『2回攻撃』で【ガチキマイラ】
回避よりも攻撃優先
何をどれだけ忘れようが、目の前に攻撃してくる奴がいりゃ倒す
そこがぶれる事は無いと自分で分かっている故に

シノへの攻撃は『かばう』
うるせぇ、これ以上の荷物はいらねぇよ
文句言う暇あったら攻撃してろ

誰相手に言ってやがる、余裕しかねぇわ

(元々言葉でのやり取りなんぞ軽口が主、言葉を発せなくなったところで言いたい事は分かるのか、連携が崩れるわけでもなく

敵に対しては『挑発』『精神攻撃』
痛い?苦しい?
んじゃ忘れればいいだろ
それがてめぇの救いなんだろうが


シノ・グラジオラス
シエン(f04536)と

忘却が救い?
ふざけんな。自分の満足を他人に押しつけんな

『2回攻撃』に『範囲攻撃』を乗せ、
記憶を失って思い出した炎の魔力を集め、【洞映し】で花弁ごと敵を焼く
その涙ごと燃やしてやるよ

敵の攻撃は『見切り』で避け、
黒剣に見覚えは無が手に馴染むので、遠慮なく『武器受け』

ダメージは『激痛耐性』で耐えるが、椿の花弁がシエンを狙うなら『かばう』
はぁ?アンタこそ、俺を庇う暇なんてあんのかよ!
俺の場合はアンタが喋れなくなられたら実力行使に走るんで、こっちが困るんだよ!
声は聞こえなくてもシエンなら分かるだろ

全て同じ方法で救えるワケねぇだろ
アンタは忘れて眠りな。俺は苦しんでも記憶と共に生きる



●忘れるな、あの色を
 誇りは病に蝕まれ、己の価値など地に落ちた。
 不自然な喪失を抱えながら、宛ても無く彷徨う日々を過ごした。

 二人は今も、あの日の事を思い出す。
 あの時……もしも、今の様な力があれば。
 雪狼を、翡翠を、助ける事が出来たのだろうか。
 ……答えが出る筈もない。所詮、全ては仮定に過ぎない。

 だが、此れだけははっきりとしている。
 喪失の痛みが、如何に耐え難いものだとしても。
 ――他人が好き勝手、消していいものじゃねぇんだよ。

「忘却が救い?自分の満足を他人に押しつけんな」
「消せるもんなら消してみろや」
 シノ・グラジオラス(火燼・f04537)とシエン・イロハ(迅疾の魔公子・f04536)が纏う雰囲気からは、激しい怒りが滲み出ていた。
 矛先は共に、水底のツバキへと。
 ……問い掛けずとも、彼らが自分が謳う救済を望まぬと察したのだろう。
 悲しげに目を伏せながら、敵は椿の花弁と泡を生み出してゆく。
 嗚呼。やはり、此の敵はまだ何かを奪うつもりなのか。
 漸く慣れ始めたものの、違和感は残っていたが……怒りで吹き飛んでいく。
 掌に爪が食い込み、ぷくりと赤が溢れ始めていた。
「ふざけんな」
 ――その涙ごと燃やしてやるよ。
 苛烈な怒りを焼べて、己の血と混ぜ合わせ……シノは蒼炎を作り出した。
 地獄の蒼炎が少しずつ蠢き、狼の形を成してゆく。
 其れに何故か、彼は既視感を抱くものの。
 今は、囚われている時間ではない。
「シノ、ぼーっとしてんじゃねぇよ」
 直後――花弁や泡を、ライオンが喰らい尽くす。
 シエンが己の片腕をライオンの頭部へと変えた後、即座に殴り掛かる様にして、消し散らしたのだ。
 ……攻撃を防ぐ為と言え、更に何かを忘れるリスクもあっただろう。
 其れでも、彼は迷わず攻撃による防御を選んだのだ。
 他に、何をどれだけ忘れようが。
 目の前に攻撃してくる奴がいりゃ倒す、完膚なきまでにぶちのめす。
 其処だけは決して、ブレる事は無いと自分自身理解している。

「シノ、とっとと敵を仕留めてこい」
「はぁ?アンタこそ、俺を庇う暇なんてあんのかよ!」
「うるせぇ、これ以上の荷物はいらねぇよ」
「アンタ、喋れなくなったら実力行使に走るだろ……!」
「さあな。文句言う暇あったら、攻撃してろ」
「実力行使は否定しねぇのかよ!?」
 こんなやり取りも慣れたもの、なのか。
 シノとシエンは言い合いをしながら、確りと敵の攻撃を無効化している。
 何故か、手に馴染む黒剣――燎牙を。獅子の頭部へと変えた腕をもって。
 だが……いい加減、敵に一泡吹かせたい気持ちもあるのか。
「さっさと行け。返すものも返せねぇだろうが」
「……無理すんなよ」
「はっ。誰相手に言ってやがる、余裕しかねぇわ」
 くつくつと嗤った後。
 シエンは勢い良く、ライオンの頭部を横薙ぎに振るう。
 花弁と泡を出来る限り消し散らし、シノが進む道を作り出す為に。
 ――同時、シノが蒼炎と共に駆け出した。

「(忘れるな、此の色を)」
 共に戦場を駆け抜けた、色があった。
 空白を埋めるのは其の色だと、今なら確信出来る。
 思い出す事が、己にとって悲痛しか齎さないとしても。
「(……胸張って、隣に立てないしな)」
 黒猫の為に在ると決めた。
 色々悩み抜いて、考え続けて、其の上で覚悟を決めた。
 覚悟の理由を忘れてしまったら、彼女への想いさえ軽いものになってしまう。

『忘却による救済を……』
「全て、同じ方法で救えるワケねぇだろ」
 闇すら燃やす蒼白い炎が今、至近距離で敵へと放たれる。
 凄まじい熱量に後方へたたらを踏み、苦しげな呻き声を上げていた。
 嗚呼。嗚呼。熱い、痛い、苦しい……!
 敵の様子を見て、嘆きを耳にして、シエンは淡々と吐き捨てる。

「痛い?苦しい?んじゃ、忘れればいいだろ」
 それが、てめぇの救いなんだろうが。
 尤も、火達磨にされている状況で聞こえているかは不明だが。
 ……消えずにまだ、此処に留まろうとする敵の姿を静かに見据えて、シノがぽつりと呟いた。

「アンタは忘れて眠りな」
 たとえ、どんな悲劇だとしても。
 俺は苦しんでも記憶と共に生きる。
 其れはシエンも同じ事。二人の覚悟は固く、そして強いものだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ライナス・ブレイスフォード
はっ…救いな
そういや前も救ってやるとか押し付けて来る奴が居たな
俺は救いなんざ一度も望んだ事ねえんだけど?
それに…、…
そう声を続けかけるも抜け落ちた言の葉に舌打ちと共に口を噤むぜ
…ちっ…思い出せねえって面倒臭えな
兎に角救いは要らねえからよ。…俺の記憶、返して貰うぜ?

戦闘と共に舌を噛み切り【ブラッド・ガイスト】
左手のソードブレイカ―を構え『武器受け』にて敵の攻撃を躱し敵へと迫る…も
何かを護らねえとと湧く感情に奪われた記憶で似た様な行動をしたのだろうと思い至れば苛立ち交じりに右手のリボルバーの引き金を引くぜ
平穏も安寧も要らねえよ
それに借りは確り返してやるって決めてんでな
大人しくくたばっとけよ…なあ!



●背に立つ緑
 親族は皆、狂気に魅入られた。
 親族以外は皆、家畜なのだと教えられてきた。
 疑問を抱く事は無かったし、事実そうなのだと思っている。

 ただ、二つだけ。
 片方は既に、喰らってしまったけれど。
 蕩ける様に甘く、芳しい血を持つ者が居たのだと……彼の舌が覚えている。
 しかし、其の顔は思い出せないまま。
 苛立たしげな舌打ちの音が、社の中に響いた。

「はっ……救い、なあ」
 所々焼け焦げた跡を残したまま、よろめく敵の姿を見て。
 ライナス・ブレイスフォード(ダンピールのグールドライバー・f10398)は、あまり美味そうには見えねぇな、とぽつり。
 ――そういや、前も救ってやるとか押し付けて来る奴が居たな。
 真っ暗闇を通り抜けた先で、別の娘が救いを謳っていた。
 何の気まぐれで、別の世界に足を運んだのかは知らないが……彼は、其の時の光景を知っている。
「俺は救いなんざ、一度も望んだ事ねえんだけど?それに――」
 何か、言葉を続けようと思った矢先。
 不自然に喉を詰まらせた様に、ライナスの口から漏れ出るのは空気だけ。
 ……本当に、一人で行ったのか?
 右手は己の得物ではない、『何か』を掴んでいた様な。
 例の娘を倒して、星々を見上げて。
 其れで、思い付きでデートみたいだと告げたら――誰、に?

「ちっ……。思い出せねえって、面倒臭えな」
 平穏も、安寧も要らない。
 救いは不要だと明言した後、ライナスは己の舌の先端を噛み切る。
 ぽたり、ぽたり……。
 紅の雫は不思議な事に空中に留まり、複数の弾丸と化していく。
 其れを『Fortuna』に装填したのを確認して、左手の『lifescraper』を構える。
 襲い来る椿の花弁、全てを躱さずとも問題無い。
「(あいつがいねぇなら、言葉を出す意味もねぇしな)」
 あいつを、護らなければ。
 そう思うのは、奪われた記憶で似た様な行動をしたのだろう。
 当の本人である『あいつ』とやらの顔も、声も思い出せないのだが。
 ……嗚呼、苛立つ。借りは確り、返してやらねば気が済まない。

 ――大人しく、くたばっとけよ……なあ!
 声無き咆哮と共に、銃口から血液の弾丸が数発放たれる。
 其の内の一発が、敵の尾びれに着弾すると同時――炸裂した。

成功 🔵​🔵​🔴​

ナターシャ・フォーサイス
WIZ
平穏と安寧。それは確かに、救いと言えるでしょう。
ですが…それが、全てとは…

貴女の悲しみはなぁに?
なんで、忘れることが救いなの?
私は煉獄の、そして楽園の使徒。この身体の主。
あの子の代わりに、今度こそ役目を果たすの。

思い出して。
悲しいこと辛いこと、同じ位楽しくて幸せな記憶があったはずよ。
出会い(始まり)があるから別れ(終わり)もあるの。
別れがあるから出会いもあるの。
総て忘れるのは、何もかも…
自分すら、否定してしまうの。
だから思い出して。
自分で自分を救えたら、私の役目はおしまい。
楽園でも、幸せにね。
天使達が導いてくれるわ。

…エリー、貴女なのですね。
おかえりなさい。そして、ありがとうございます…



●私は、ここにいるよ
 天の啓示を得た。
 人々を楽園へと導く、使徒として選ばれた。
 襤褸切れも無く、食べ物にさえ困っていた自分が……?
 楽園を信じ続けて良かった。嗚呼、祈りを欠かさず続けて良かった。
 使徒としてのお役目、頑張らなきゃ!

 被検体、No:****。
 実験は成功した。本日より、検体名を『ナターシャ』と呼称する。

「平穏と安寧……」
 其れは確かに、救いと言えるだろう。
 楽園を信じ、其処へ導く者――ナターシャ・フォーサイス(楽園への導き手・f03983)は、水底のツバキの言葉に頷いてしまう。
 否定は出来ない、出来る筈もない。
 其れは、楽園の否定に繋がりかねないからか。
「ですが、それが全てとは……」
『貴女はもう、沢山救ったのでしょう……?』
 なれば、もう良いのだと。
 記憶だけではなく、己も忘れて眠りましょう、と。
 敵が歌う様に誘う声は、何故か抗いがたい力を秘めている様に聞こえる。
 ナターシャは、敵の魂も楽園へと導かなければと強く思うが……だ、め……。
 嗚呼。やっと、一人でも救済に導く事が出来――。

「なんて、ね?」
『え……っ?』
「あの子を消すなんて、私が許す訳ないじゃない」
 むすっ、とした様子で言葉を紡ぐ。
 先程までの大人びた雰囲気は何処へやら。しかし、見目に変化はない。
 敵が困惑している間に、別の人格――エリーは静かに告げた。
「なんで、忘れることが救いなの?」
『そんな事……』
「……ねぇ、思い出して」
 悲しい事や辛い事。
 其れと同じ位、楽しくて幸せな記憶もあった筈だと。
 ……始まりがあれば終わりも、出会いがあれば別れもある。
 最初から最後まで、総てを忘れる事は――自分すら否定してしまう事と同義。

「それに、忘れられた側はきっと……寂しい筈、だから」
『貴女は……?』
「私は煉獄の――そして、楽園の使徒。この身体の主よ」
 あの子が眠ってしまったならば、私が役目を果たす。
 役目を果たす為、エリーが祈りを捧げた直後、楽園への使者が敵へと向かった。
 ああ、本当に……天使達が応えてくれた。
 嬉しさのあまり笑みが浮かぶも、もう時間の様で。

「楽園でも、幸せにね」
 其の言葉を切っ掛けに、再びナターシャが表へと出る。
 刹那、脳裏にエリーの笑顔が浮かんだ……そんな気がした。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アヤネ・ラグランジェ
冬青f00669

いいえ謝らなくてもいいわ
私も
自分を戦いに駆り立てる動機が分からない
身体が勝手に反応しただけ

あの敵を倒せば思い出す
何故かそう確信できる
そして同時に
思い出すのが怖い
それはおぞましい物だ生存に不要な闇だ
戦ってはいけない

刀を抜く音で我に返る
ソヨゴは怖くても戦うのね
私は
SilverBulletをケースから取り出し数秒で組み立てる
この指に従うわ
あなたを守る
例え危険な存在だとしても忘れた自己を肯定する

ソヨゴが駆け出すのを合図に
銃を構える
呼吸は合っている
ソヨゴの援護に一発
敵の動きが止まったところに二発目

倒せた?
つまらない夢を見たようだネ
ソヨゴに駆け寄り声をかける
おかえり僕のソヨゴ怪我はないかい


城島・冬青
アヤネさん(f00432)と

アヤネさん
さっきは任せてしまってごめんなさい
私、いつもならちゃんと戦えていたんですよね?
覚えてないんです
でもだからって甘えちゃダメですよね

刀を鞘から抜き構える
やはり重い
でも私は本来の私に戻りたい
大切なことを忘れてしまったアヤネさんも元に戻って欲しい
だから怖くても前を向く

見えない何かが人魚に向かって飛ぶ
覚えてないけどきっとアレは私のものだ
鳥?いや、カラスだ
叫ぼうとするも言葉が出ない
今度は言葉も忘れてしまうの?
嫌だ!
人魚へとダッシュする
あ、凄い
私こんなに早く走れたんだ
刀を人魚へと突き出す
もう怖いとは感じない
大切なものを返して下さい

アヤネさんも「おかえり」になりますよね?



●取り戻す為の戦い
 困った人は放っておけない。
 けれど、其の気持ちだけでは何も出来ない。
 だから……この力に目覚めた時はとても、とても嬉しかった。
 勿論、怖い事だって沢山あったけれど。

 何度も繰り返し見る夢。
 元凶のUDCが、炎の海の中で赤い爪を振るっていた。
 僕は……ただ、見ている事しか出来ない。夢を変える力もない。
 世界だけではなく、自分にも等しく価値はない。
 猟兵としての力を有しても、僕は無力だ。そう、思うけれど。

 ――この力が無ければ、大切な人に出会えなかった。
 其れだけは、二人にとって揺るぎない事実だから。

「アヤネさん……さっきは任せてしまって、ごめんなさい」
「いいえ、謝らなくてもいいわ」
 表情を歪めながら、今も歌い続けている。
 敵の様子を注視しながら、アヤネ・ラグランジェ(十二の結び目を解き放つ者・f00432)は、城島・冬青(六百六十九番目の宿木・f00669)へと柔らかく声掛ける。
 其れでも、城島はまだしょんぼりとした様子を見せているが……。
 アヤネ自身も何故、戦っているのか理解出来ないままだ。
 先程は身体が勝手に反応しただけで、戦いに駆り立てる動機は分からない。
 ……あの敵を倒せば、思い出す事が出来るのだろう。
 彼女はそんな確信を抱くが、戦う為の一歩を踏み出せない。

「(思い出せる、筈。でも、思い出すのが怖い……)」
 其れは悍ましい物だ、生存に不要な闇だ。
 ならば……敵の言葉通り、忘れたままの方が良いのではないか。
 戦ってはいけない。しかし、戦わなければとも思うのだ。
 私は、どうすればいいのだろうか。
 自問自答に応える様に紫の触手、其の塊が現れるも……其れだけだ。
 突如現れた不気味な何かに、城島は思わず悲鳴を上げそうになるも堪えて。
「アヤネ、さん」
「ソヨゴ?」
「私、いつもならちゃんと戦えていたんですよね?」
 いつも、と城島は自分で言葉にしてみたが。
 全く覚えの無い事が、何の切っ掛けもなく思い出せる筈も無い。
「(やっぱり、怖い。でも……!)」
 花髑髏を鞘から抜き、真正面に構える。
 城島の視線は真っ直ぐに、敵へと向けられていた。
 本来の私に戻りたい。
 大切な事を忘れてしまった、アヤネさんも元に戻って欲しい。
 だから――怖くても、前を向くと決めた。
 彼女の覚悟に呼応する様に、見えない何かが高速で敵へ迫る!
「(鳥?いや、カラスだ……あれ?)」
 声が、出ない。
 今度は言葉も忘れてしまうの?
 髪に触れた椿の花弁が原因なのだと、今の城島は気付かない。
 困惑のあまり、抑え込んでいた恐怖が再び膨らみ始めていたが……不安を和らげる様に、アヤネが彼女の頭をそっと撫でる様に触れる。

「……ソヨゴは怖くても戦うのね」
 城島が刀を抜く音が、我に返らせてくれたのだろう。
 彼女の力になりたい……そう、強く思うから。
 だからこそ、アヤネはSilverBulletを取り出し、即座に組み立てる。
 例え危険な存在だとしても、忘れた自己を肯定しよう。
 恐怖を抑え込み、私は――この指に従う。
「あなたを守る。行って、ソヨゴ」
「――っ、はい!」
 城島が駆け出すと同時、アヤネは大型ライフルを構える。
 此れ以上、何も奪わせない。
 社の中に響き渡る銃声に驚きながらも、城島は足を止めなかった。
 ――駆けて、駆けて、駆け抜けて。
 あ、凄い。私、こんなに早く走れたんだ。
 驚きは重なるが、敵は目前。
 飛び回るカラスの力強い爪を、不気味な触手の群れを。
 そして、着弾を避けようと動いた先……彼女は切っ先を向けた。
「私達の大切なものを、返して下さい――ッ!」
 渾身の一刀。
 疾走の勢いを乗せた、城島の刺突は人魚の中心を貫いた。
 何故、どうして、分からない。
 呟きながらも伸ばされた敵の手を、アヤネは正確に撃ち抜いた。

 ……嗚呼、敵の力が弱まりつつあるのだろうか。
 二人の中に存在する空白が、徐々に埋まり始めていた。
 其れは戦う術、動機、他にも様々な記憶。
 そして……アヤネにとっては、取り返しのつかない過去も含まれる。

「(それでも、僕は大丈夫)」
 あの日とは違う。
 今はもう、一人じゃない。
 彩りのない世界に、色を与えてくれた人が居てくれるから。
 ――ソヨゴ。
 アヤネが駆け寄り、声を掛ければ眩しい笑顔が返って来る。
 震えが止まった様子から、城島もまた記憶が戻りつつあるのだろう。

「つまらない夢を見たようだネ……おかえり、僕のソヨゴ」
「ただいま、です!アヤネさん……」
「ん?」
「アヤネさんもおかえり、になりますよね?」
「ああ、そうだネ。ただいま、ソヨゴ」
 おかえりと、ただいまを告げ合って。
 掌を重ねれば、先程までよりも一層安心する気がしたから。
 アヤネと城島は静かに、穏やかに微笑み合っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セリオス・アリス
アレス◆f14882
アドリブ◎

横を覗き見る
確かに知っているこの男
アレスと、頭で反芻する度に
心が揺れる
炎を宿し剣を振るいながらも
光が視界にうつれば強くなる

アレス

――ああ、そうだ
完全に、忘れられる筈もない
敵の歌で己の記憶は零れていくけれど
例え自分を喪くしても
お前が覚えていてくれるなら
お前が呼んでくれるなら
俺は、

その声を、奪ってんじゃねぇよ
自分が何者かわからなくなったって守ると決めた
ずっと一緒にいると――そう、【君との約束】
触れる花弁を相殺するように光の剣をアレスの元へ

その温度を感じれば触れた場所から体の形を思い出す
名前を呼ばれれば自己を
庇われた腕の中
名前を呼んで頷いて
二人一緒に
全力の炎で叩き斬る!


アレクシス・ミラ
セリオス…殿◆f09573
アドリブ◎

やっぱり、僕はこの炎と歌声を…
彼を「知っている」
それに、共に戦う中で
守りたい…守らなければ、という想いも強くなる
例え言葉が失われようとも
今度こそ、僕は君を…!

飛来する僕と同じ光の剣に
一瞬、虹が見えた気がした
ああ、これは…

彼に攻撃が向かいそうになれば
手を引いてかばい、剣にオーラ防御を纏わせ防ぐ
…君が「君」でいられる言葉を、
君の名前を、何度でも呼べと心が叫ぶ
君自身を…忘れないでくれ

セリオス!!

ー【君との約束】
きっとこれは見失っていた何かの一つ
…そうだ
僕は、約束を…君を側で守る盾だ!
彼に頷き
共に光の斬撃を!


(記憶が戻ったら
僕は…君に触れて、君の名前を呼ぶのだろう)



●約束
 ずっと、ずっと。
 死んだと思い込んだ後も、探して旅をした間も。
 生きていて欲しいと願った、幸せを願った。

 なのに。
 忘れたくないと思っても、記憶は掌から零れ落ちた。
 どうしようもないと理解していても、ただ、悲痛が胸を占める。
 ……そう、記憶は抜け落ちた筈だけれど。

 青星の、赤星の想い。
 交わした約束。あの日の誓いは、消えない。

『どうして……思い出すのは、苦しいでしょう……?』
「そうだとしても、俺の記憶は俺の物だ」
 己の物を、勝手に消される事は我慢ならない。
 セリオス・アリス(青宵の剣・f09573)は当然の様に言い放った後、己の横に立つ男を覗き見る。
 ……先程、自分が呼んだ名は、彼から聞いた名ではなかった。
 まるで『そう呼ぶ事が当たり前』の様に、浮かんだ呼称に違和感は無い。
「(僕は、この炎と歌声を……)」
 アレクシス・ミラ(赤暁の盾・f14882)もまた、似た様な感覚を覚えていた。
 嗚呼。嗚呼。己は、彼を『知っている』のだ。
 自覚すると同時、彼の内側で『守りたい』という想いも強くなる。
 ……否、守らなければ。
 今度こそ、セリオスを守ると決めた。誓ったんだ。

「何、じっと見てんだよ」
「あっ、すまない……!」
「……まあ、別にいいけどな」
 不思議だが、悪い気分はしない。
 それ程までに、心を許した相手なのかと……セリオスは思うが、其処で思考が中断される。考える事を放棄させる、歌が、響く。
 最後の力を振り絞る様に、放たれた敵の歌が彼自身を曖昧にしていた。
「――ッ!……っ!?」
 吹き荒れる花弁の嵐は、アレクシスの言葉を奪っていた。
 名を呼びたい。だが、呼ぶ事が出来ない。
 其れでも、何度でも呼べと彼の心が叫んでいた。
 ……せめて、少しでも緩和出来るのならば。
 彼はセリオスを手を引き、耳を塞ぐ様に抱き締めて。
 反対の手で、守りの加護を刀身に纏わせていた。
「お前……!?」
 俺より、自分の事を考えろと。
 言葉にしようとして、セリオスは言い淀む。
 其れは彼だけではなく、大切な『何か』も否定してしまう気がしたから。
 例え、自分を喪くしても。
 お前が覚えていてくれるなら、お前が呼んでくれるなら。
 そう、強く思うのに……理由が思い出せないまま、彼自身がゆらり。ゆらり。

 嗚呼。『何か』とは、一体何なんだ。
 己を忘れたとしても、其れを思い出さねばならない気がする。
 大切な、輝きを。
 大切だと思った、誰かを。

 ずっと――。
 この先もずっと、俺は。僕は。約束した。

「お前の剣、だ」
「(君の盾、だ)」
 そうだ。
 あの日交わした、君との約束。
 記憶が抜け落ちたとしても、己の魂に強く刻み込まれている。

「その声を、奪ってんじゃねぇよ」
「君自身を……忘れないでくれ」
 セリオスの心に呼応するかの様に、光の剣が椿の花弁を消滅させてゆく。
 アレクシスの心を汲むかの様に、鈴の音が守りをより強固にする。
 虹の輝きを目にして、敵は目を見開いていた。
 此れはまるで、衆生に齎される救いの光――違う、そんな筈は。
「(自分が何者かわからなくなったって、守ると決めた)」
「(そうだ。僕は、約束を……君を側で守る盾だ)」
 もう、迷いは無い。
 敵の力が弱まっている、だけではない。
 触れている温もりが、声が、少しずつ思い出させてくれる。
 イーリスの加護は此処にあり。
 二人は互いを確りと見て、己が得物を構え直す。

「アレス、遅れんなよ!」
「ああ、セリオス!任せてくれ!」
 頷く動作も、笑みを浮かべるタイミングも同じ。
 記憶を取り戻しつつある今、二人の呼吸が合わない筈も無い。
 椿の花弁を消し散らし、誘惑の声音はもう届かない。

 劫火を纏う星の瞬き、眩い輝きを放つ赤星。
 力強く振り下ろされた剣は、水底のツバキの身体を断つ。
 ……忘却による救済。
 執着にも似た願いも限界を迎えたのか、敵の姿が変じてゆく。
 飲み込まれた妖怪の姿を見て、セリオスとアレスは剣を収めた。

「……セリオス」
「何だよ、アレス?」
「いや、その……触れたくなったんだ」
 幽世と共に、猟兵達の失われた記憶も元に戻り始める。
 記憶が戻れば、セリオスの名前を呼ぼうと思っていたのか。
 彼の頬に触れながら、アレクシスは柔らかく微笑みながら呟く。

 ……ああ、やっと。
 やっと、本当の意味で君の名前を呼ぶ事が出来た、と。
 安堵する様な声に、セリオスは笑い飛ばすも……同じ心持ちだったのだろう。
 彼もまた、アレクシスの頬に触れながら。
 心から、嬉しそうに笑うのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年07月27日
宿敵 『水底のツバキ』 を撃破!


挿絵イラスト