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帝竜戦役⑰~見つからない探しもの

#アックス&ウィザーズ #戦争 #帝竜戦役 #群竜大陸

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●忘れ物か、欲した物か
 たなびく白雲を押し分けるかのようにして、澄んだ青空が覗いた。
 のどかな青は、すぐに広大な草原を鮮やかに照らす。
 高い樹木のない緑の原では色とりどりの花が咲き誇り、苔むした岩へ語りかけるように草たちがさやさやと鳴る。
 ぬるいというよりは冷えた風が、阻むことのない大地を駆け巡っている。なだらかな丘の麓に横たわった池は、清さを湛えて空を映す。
 そんな絶佳の中に、一際まばゆい色を放つ者がいた。真紅のドレスを纏った女が、野原で風と戯れている。他に誰がいるわけでもないのに、ぽつりぽつりと話しかけては、視線を宙空へ流して。
「さあ、今日も麗しい赤をお見せするわ」
 草花の絡んだ細腕がしなやかに伸び、赤き雨を招いた。炎の雨がざあざあと草原へ降るも、野は焼けず美しいままだ。彼女に、この草原を焼くつもりはないのだろう。
 紅炎の姫が火で戯れるたび、草花たちが笑うように揺れる。
 ただそれだけの、美しい草原だ。

●グリモアベース
「そういう場所に、これから向かっていただきたいの」
 ホーラ・フギト(ミレナリィドールの精霊術士・f02096)は間をあけず説明に入る。
 果てしない野原こそが『約束の地』とされる場所。そして群竜大陸で最も危険視されるエリアのひとつだ。
 草原に息づくすべての草花が、強烈な『恐怖』を放ち続けている。いかなる能力や手段を以ってしても、蔓延る恐怖を避けることはできない。
 そしてかれらの放つ恐怖に負けるか、あるいは自らの心にあると認めない者は──寄生されてしまう。植物に寄生された者は、凶悪な戦闘力を得るため、当然オブリビオンも強さを増している。
「この一帯で放たれてるのは、探し物が見つからないという恐怖よ」
 探しているものは絶対に見つからないと、痛感してしまう。
 ひとによっては、探していたはずのものが存在しないのだと感じる。
 だから訪れて恐怖に苛まれ、愕然としてしまう。
 ならば、どうするか。抗う術はもちろんある。
「どうにかして乗り越えましょ。怖がっているものを認めて、戦うの」
 探しているものが見つからないと。自分では得られないと。そもそも存在しないと──そうした確信を得て慄いたのち、何を考え、どう動けるかが重要だ。
 克服の仕方、きっかけ、認める行為、それらは猟兵によって方法も違ってくるだろう。
 そのため、ホーラから助言めいたことは言えない。
「探し物なんてない、って方もいるかもしれないわね。でも、本当にそう?」
 もしかしたら、知らずに探し求めているものがあるかもしれない。
 水面下で欲しているものに、気づけていないだけかもしれない。
 だから油断だけはしないようにと、ホーラが念を押す。
「オブリビオンは、炎を使う魔女よ。装いも華やかで、紅炎を操る姫君ってとこね」
 炎冠石という魔法のアイテムを多数所持したかの者は、得意とする火の属性魔法を、より強く、より繊細に扱える。
 しかも今回は苗床と化している分、ますます魔法が強化されているはずだ。
「それじゃ、転送の準備にとりかかります! いってらっしゃい」
 最後ににこりと微笑んで、ホーラは猟兵たちを約束の地へ送り届けた。


棟方ろか
 お世話になっております。棟方ろかです。
 このシナリオは一章ボス戦のみでございます。

●プレイングボーナスについて
 当シナリオでは『恐怖を認め、それを克服する』ことで有利になりやすいです。

●探し物について
 探し物と一口に言っても、失ったものから欲しているものまで、いろいろでしょう。
 本人に探し物の自覚はなかったけど、今回で自覚するというパターンも大歓迎。

●おまけ
 この戦場で手に入る宝物は、『約束の花』と呼ばれる「感情汚染植物」です。
 触れた者の「思い」を吸収し、増幅した上で次に触れた者に感染する、おそろしい植物。
 扱いによってはかなり危険な代物ですが、一房金貨1200枚(1200万円)で売れるそうなので、ロールプレイ用にどうぞ。(アイテム発行はありません)

 それでは、どうか美しい恐怖を。
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第1章 ボス戦 『紅炎の姫』

POW   :    降り注げ神罰の火矢(サモン・ザ・パニシュメント)
【天から降り注ぐ炎の雨】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    往け紅炎の下僕たち(プロミネンス・サーヴァンツ)
【竜蛇の姿をした紅炎】が命中した対象を燃やす。放たれた【「炎冠石を含む装備アイテム」×3本の紅】炎は、延焼分も含め自身が任意に消去可能。
WIZ   :    来たれ地獄を走る赤(コール・ザ・インフェルノ)
【地の底】から【噴き上がる巨大な火柱】を放ち、【粘性の強い溶岩】により対象の動きを一時的に封じる。

イラスト:祥竹

👑8
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠田抜・ユウナです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

弦月・宵
探し、もの?
そんなものないよ。オレは…何も忘れてなんて…

なかったのかも。
猟兵になる前のこと、覚えてるって思ってるのは全部思い込み
…だったりして。
だって、誰も、何も『前のオレ』を証明できないもの

だったら、オレは、何?

戦闘では【UC:ブレイズフレイム】で身体を覆って、炎に対抗する
ガードの固さは矢がくる方向をよく見て対応するよ!
攻撃の際には剣に自分の炎を纏わせて斬撃の距離を伸ばしたり、
威力を高めたりして隙を作る

いいんだ。無くたって探し続けるから!
痛い。苦しい…でも、今は、ここにいる
剣を握れて、戦える
なんとなく集まる場所があって、言葉を交わせるヒトがいる
存在理由がほしくて戦ってる…それが、今のオレだよ



 ──探し、もの?
 草花から沸き立つ恐怖にあてられ、不思議そうに小首を傾げて弦月・宵(マヨイゴ・f05409)は空を仰ぎ見た。
 そんなものはないとわかりきっているのに、覚えた疼きに抗えず記憶を手繰り寄せる。自分は一介の娘でしかなく、世界を超えてまで欲するものも、身命を賭して得たいものも、持たぬはず。
 ──そうだよ。オレは……何も忘れてなんて……。
 せせら笑う植物たちに囲まれ、宵は目を眇める。
「……なかったのかも」
 ふと零した呟きが、宵の胸中を俄に掻き乱す。猟兵になる以前の景色は、宵にとって確かな記憶。そのはずだ。
 だが、すべてを覚えていることそのものが、単なる思い込みだとしたら。
 走った寒気に宵が腕をさする。指摘されずとも抱いたのは、疑念。気がつけば独りで立っていた彼女の過去を、『前のオレ』だと知っていたはずの姿の真偽を、証明できる存在は──どこにもない。

 だったら、オレは、何?

 巡る思考へ沈みかけた己を奮い立たせるため、宵は自身の柔肌を切り裂く。噴き出した朱という朱で覚束ない足取りをしかと叩き、天から降り注ぐ火の雨を獄炎で迎え撃つ。同じ力の使い手でも、炎は違った。舞い上がり方も、濃淡も、熱ささえ似通ってはいない。
 ふるふると揺らしたこうべが、やがて敵を見定める。
 ──いいんだ。
 一度は閉ざした瞼を押し上げた。宵の月を思わせる光が双眸に宿っているのを目にして、敵がぴくりと眉を動かす。彼女が皓々と燈す意志に感化されたのか、真紅を纏った敵の眼差しが揺らぐ。
「無くたって探し続けるから!」
 少女が依拠するのは、涙の後先。
 小さく息を吐く頃に、迸る熱を思い出した。
 だから宵は火矢の合間を縫い、片刃の得物にまで血を行き渡らせる。痛みを共有した刀が青空めがけて斬り上げ、絶え間ない火の雨を払う。
 痛みが糧になることを、宵は知っている。
 流浪の末たどり着いた場があり、先駆者たちが迎えてくれたときの気持ちも、よく知っている。
 だから刀を握り締め、紅炎の姫君へ加えた一太刀にも、もう迷いはない。
「存在理由がほしくて戦ってる……それが、今のオレだよ」
 心身を蝕み兢兢とさせた気を受け入れて、彼女は今、ここに立つ。

成功 🔵​🔵​🔴​

トール・テスカコアトル
「トール、は」

安心がほしい
強くなったら、安心できる?
偉くなったら、安心できる?
……愛されたら、安心できる?
「出来っこないよ……」
約束の地……見つからないのが約束されてるなんて……
「一生、トールは怖がりのまんまなんだ……怖がって……怯えて……逃げるみたいに……生きていくんだね」
そんな人生に意味なんてあるのかな……怖くって苦しくってどうにもならないなんて、死んだ方がいいんじゃない?
「いや、だ」
なにがいや?生きてる方がいやじゃない……さあ、身を任せて……死んで

「いやだぁああ!」
トールの怖がりをナメるなよ
死んだ方がいい?
死ぬなんて超怖い
それに、トールは知ってる
「逃げない、立ち向かう……変身」
それが勇気



 見はるかす偉観の真ん中で、少女トール・テスカコアトル(ブレイブトール・f13707)は宙空を眺めていた。
「トール、は」
 安心がほしい。端的な言葉が少女のからだを駆け巡る。
 寒さには強いはずなのに、覚えた戦慄が冷えて彼女を蝕む。棲息する草花のもたらす恐怖が、内気なドラゴニアンから判断を奪っていった。
 ──強くなったら、偉くなったら、安心できる?
 問い掛けが全身に鳴り響く。止めようにも声は揺らがず、歎きの息をトールが落とす。誰かが肩を叩き、我に返らせてくれるわけでもない。誰かが呼び止め、彼女を引き戻してくれることもない。
 そうしてひとり苛まれるトールへ連なった問いは。

 愛されたら、安心できる?

「出来っこないよ……」
 深く突き刺さった言葉に、胸元で握り締めた拳にも力が篭る。思わず伏せた瞼が、美しいはずの約束の地を彼女から遠ざける。
 約束の地──そんな通称もまた、少女を追いやる理由の一端を担った。見つからないことが約束された大地。見つけられやしないと刻みつけてくる、歪みの草原。
「一生、トールは怖がりのまんまなんだ……」
 少女の声も消失しそうなぐらい、あえかだ。
 それに指先が冷たい。身体の芯が凍てつく感覚に、眼裏の闇が深まる。
「逃げるみたいに……これからも生きていくんだね、そんな、そんなの……」
 恐れの気配が纏わりつき、心身の自由を根こそぎ剥いでいく。
 そんな生き方に意味なんてあるの、と嘲笑う声さえトールには明瞭に届いた。
 果てた方が良いと死の淵へ歩ませる一声に、少女は勢いよくかぶりを振る。
「いや、だ……いやだぁああ!」
 絶叫が草原を震撼させた。そしてトールは気付く。炎の雨がいつの間にか、肌を焦がそうとしていることに。
 だから火の粉を振り払うようにして、握りしめるあまり残ってしまった手の平の痕を摩る。
 ──怖いよ。超怖い。決まってる。
 恐怖を認めた少女が、重たかった睫毛を押し上げれば。そこに宿るのは勇気の結晶で。
「逃げない、立ち向かう。……変身」
 勇気を宿した戦士に転身し、心の弱さを拒まずにトールが睨む。
 そんな彼女の勇姿に、紅炎の姫が眩しげに眸を細めた。

成功 🔵​🔵​🔴​

龍・雨豪
探し物なんてあったかしらね?
そういえば、ここで戦い続けて結構経つけどアイツに掛けられた魔法が解ける気配が全然無いわね。
もしかして、どこぞのオブリビオン達の能力みたいに術者を倒さないと元に戻らない類なのかしら。
だとしたら元の世界に帰れない現状、元に戻る方法は……無い?
そんな……。私はアイツを殴る事も出来ないばかりか、ずっとこのままなの?
……そうよ、せめて一発殴るまでは諦めるわけにはいかない。
幸いにも新しい世界に繋がることがあるって話を聞いたし、元の世界に帰れる時が来るかもしれない。
だから今は、目の前の敵を代わりに殴っておかないとね!

炎の雨の中に長々と居たくないし一撃で粉砕してやるわ!



 金色の滲む瞳をくるりと動かして、龍・雨豪(虚像の龍人・f26969)は己の記憶を確かめていく。細い糸を辿っても違和感は覚えず、ただただ疑問だけが脳裏を過ぎる。だから彼女は思わず、ううんと唸った。
 ──探し物なんてあったかしらね?
 身に覚えがない。あえて深く追求する必要もないと、雨豪は龍の爪に触れて調子を整えた。
 佇む一輪の朱めがけ攻勢に出ようとしたところで、雨豪は不意に思い起こす。否、植物たちの漂わせた恐怖にいつしか侵され、記憶の引き出しをこじ開けられていた。
 そういえば。
 新たな長を決定するための戦いが、つい先刻のように思い出される。
 気がつけば自身は変容し、縁もないはずの地で佇んでいた──あれはいつのことだったか。
 ずいぶん経ったのだと痛感する。めまぐるしい戦況に身を置き続けた雨豪は、ちらりと手足を見やった。魔法の解ける気配は未だにない。時間の経過に伴い、前兆が出るか変化が滲んでもおかしくないのに。
 やがて考えの行き着いた先は、雨豪にとって認めたくないものだ。
 ──術者を倒さないと戻らない類なのかしら。
 術者の生命の切れ目が、効力の切れ目という話は充分に有り得る。だとしたら、元に戻る方法は。
 ぞくりと背を駆けた悪寒に、雨豪の双眸が見開く。力の抜けた膝を足を叩き、なんとか持ち堪える。けれど彼女を襲った恐れゆえに、そんな、と声音もすっかり掠れて。
「アイツを殴る事も出来ないばかりか、ずっとこのままなの?」
 ──殴る。
 雨豪は自身で紡いだ言の葉を逃さず掴んで、はっと息をのんだ。
「……そうよ」
 途端に沸き起こるのは、煮え滾った感情。
 そして顔をあげた彼女の視界に飛び込んできたのは、火の矢雨だ。けれど篠突く雨になど沈まず、雨豪は地を蹴る。せめて。せめて一発殴るまでは──それは彼女の内から溢れる意志の炎だった。諦めるわけにはいかない。殴ると決めたのだから。
 幸い猟兵は、新たな世界に繋がる可能性にも恵まれた存在。帰れるのだと自らを奮い立たせて、炎も厭わず真紅のドレスを纏う敵へ一瞬の内に飛び掛かり、強打を与える。
「この雨、長く当たりたくないもの」
 口惜しげに眉根を寄せた紅炎の姫へ、雨豪はそう言い放った。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ガーネット・グレイローズ
探し物というか…探し人かな。私の場合は。
生き別れになった弟を、私はずっと探してきた。
どこかで事故にでも遭っていないか、病気を患っていないか。
忘れなかった日は片時もない。今では、ただ一人の肉親だ。
フォースナイトとして研鑽を積んでいた彼の行方は今もわからない。
だが精神修養を疎かにしたり、その強大な力に呑まれたとき…。
その心は闇に堕ちると言われている。

諦めたわけじゃない。だけど…覚悟はできている。
彼が例え、銀河帝国の残党に与していたとしても。
そういうことだ。もういいだろう? 炎の魔女。
私の覚悟を見せてやる。
【PSY-Extend】を発動、<属性攻撃><第六感>で超能力の
氷の竜巻を生み出しぶつける!



 浅緑の若葉が伸びる草原で、ガーネット・グレイローズ(灰色の薔薇の血族・f01964)は遠くを見た。約束の地に蔓延する草花の意志が、彼女を過去で満たす。
 眸を細めれば、そこにいるかのようだ。
 現在の姿を、声を知らずとも蘇っていく──生き別れになった、弟の輪郭が。
 凛々しく前を見据えるばかりだったガーネットの目許が、そっと緩む。
 堪えず心配していた。どこかで事故に遭っていないか。病を患い、苦しんでいないか。今となってはただ一人、肉親と呼べる存在で。
 しかし彼はそんなガーネットに背を向け、どこかへ歩いていく。
 ガーネットが忘れなかった日は片時もないというのに。手を振るでも、呼びかけるでもなく、朧げな後背は一歩、また一歩と離れていった。
 植物たちの放つ恐怖が映し出した光景だが、ガーネットには心当たりがある。
 フォースナイトとして、彼は研鑽を積んでいた。気高き戦士として、あるべき姿勢に必要な精神の修養を、もしも疎かにしていたら。あるいは強大な力に、呑まれていたら。
 思考に心を掻きむしられ、ガーネットは痞えた息を喉へ押しやり、嚥下した。
 ──諦めたわけじゃない。だけど……。
 覚悟は疾うにできている。
 探し人である弟が闇に降り、銀河帝国の残党に与していたとしても。
 だから彼女は、己の体内に流れるエーテルへ語りかける。可能性を示そうと夜魔の外套を翻し、腕を広げた。
 すると天をも貫かんばかりの竜巻が起こり、氷の礫が噴き上がっていた火柱へ突き刺さる。すかさず竜巻は火を招き入れ、凍てつく身で消していった。
 そうして蘇った静寂のひとときに、紅炎の姫が険しい顔つきになる。
 ガーネットは吐息だけで笑い、流麗な歩みで敵へ近づく。そして。
「もういいだろう?  炎の魔女」
 呼びかけは艶麗にオブリビオンの耳朶を打った。キッと敵から睨みが返る。
「これが私の覚悟だ」
 言いながら彼女は再び、氷の旋風をもたらす。燃え滾る朱を、鎮めるために。

成功 🔵​🔵​🔴​

ニコラス・エスクード
見つからぬもの、叶わぬ願いか
嗚呼、一つ大層な願いがある
この身が主の盾たる役目を果たす事
この身が主を守り、先に果てる事
もはや叶わぬ、手に入らぬ夢だ

守り抜く為の器物として生まれたのだ
それが役割を果たせず生き残る有り様
父の名に汚名を被せたのではないか
主よりの信頼を裏切ったのではないか

もはや聞く事の叶わぬ不安が襲いくる
不要とされる恐怖は物であるが故か
幾度と記憶に縋っても、答えは出ぬ

なればこの身に価値が無くとも
我が主の遺した願いを果たす為に
我が父の名に傷を残さぬ為に

錬成カミヤドリにて映すは我が本体
襲い来る紅炎を受け止めんと
白盾の壁を築き上げる

この身の全てを以て
救えるものを救い続けてみせる



 植物の放つ気に心を侵され、ニコラス・エスクード(黒獅士・f02286)は立ち止まった。彼を包んだ恐怖が、烈しく心身を打ち鳴らす。
 見つからぬと突きつける。叶わぬと知らしめる。誰に言われるでもなく、ニコラス自身の内側から沸き起こる何かに、この草原にあるはずのない暗がりの淵へと、追い詰められていた。
 ──嗚呼、そうだ、一つだけ。
 眩むほどに美しい約束の地で、彼は大きく天を仰ぎ見る。
 大層な願いがあると思い出したのは、そのときだ。
 決して忘れていたのではない。底に眠らせたまま、省みずに突き進んできただけ。手を伸ばしても、もはや叶わないことは疾うに知っている。手に入らぬ夢に浸り、歩みを止めている時間ではないと理解していた。だからこそニコラスを容赦なく攻め立てる恐怖が濃い。
 この身が主の盾たる役目を果たす事。この身が主を守り、先に果てる事。
 ひとたび思考を巡らせてしまえば、浸かりきってしまい抜けきれない。
 なにせニコラスは、彼の源は、守り抜く為の器物として世に生を受けた。それが本来の役割を果たしきれずに残るなど、ひどい有り様としか言いようがない。少なくともニコラスにとっては。
 ため息を交え、ゆるりとかぶりを振る。
 父の名に汚名を被せたのではないだろうか。主より賜った信頼を、裏切ったのでは。
 そうしてニコラスを縛り付けるのは、もはや聞くことの叶わぬ不安だ。務めを果たして傷つき、やがて朽ちるならば本望だ。けれど不要とされてしまうのは──こうした恐怖を覚えるのも、やはり物であるが故かと、ニコラスは苦みを含んで笑った。僅かに竦めた肩が、物憂げに落ちて。
 ──記憶に縋っても、答えは出ぬ。
 そこへ紅炎の姫に仕える炎が迫る。立ち昇った火柱から赤が飛び、矢継ぎ早に翔けた火矢の雨が、草原を埋め尽くさんばかりに降った。その光景を、ニコラスも目の当たりにして。
 なればこそと黒鉄の鎧の下に力も情も宿し続け、彼は白妙の円盾を数多く現世に映す。
 たとえ己が身に価値が無くとも、構わない。
 ──我が主の遺した願いを果たす為に。我が父の名に傷を残さぬ為に。
 彼に燈り続けるのは守護者の誇り。ニコラスがニコラスたる所以だ。ゆえに彼は、飛び交う紅炎からあらゆる生命を守るため、真白き壁を築き上げた。
 炎が盾に打ち砕かれる衝撃に耐え、白に劣らぬ深い赤で敵を見据える。
 ──救えるものを救い続けてみせる。
 この身の全てを以て。

大成功 🔵​🔵​🔵​

プリンセラ・プリンセス
連携・アドリブ可

「探しもの……?」
今現在これといって特に失くしているものはないはず
が、探しているのは安らぎ。兄姉の揃っていた過去の幸せだった日々。
他人格として憑依できたのならもしかしたら蘇るすべがあるかもしれない
それは決して見つからない物。
「わかってはいたのかもしれません。それはオブリビオンにしかできないことだと」
自分が本当に探さねばならないのは新しい安らぎの場所。それを為すためには――
「竜帝を倒さなければ…!」
見つからないなら見つけるまで探す。作り出すまでだ。

ウィザード・バレットを吸引吸収属性で頭上に展開。
降り注ぐ炎の雨を吸引吸収して防ぎつつ、充分に炎を吸ったバレットを相手へ飛ばす。


一駒・丈一
探し物か。
求めているモノは、復讐を果たした後の「平穏な生活」だ。

しかし、復讐の果てに平穏はない。確実に得られない。
このまま墓に入るまで、何もなし得ない者を続けなければならない。
その突きつけられた恐怖に、【継戦能力】で争い刀を抜く。
分かっていたことだ。刀を血で濡らした時点で、平穏はないのだと。
自分にそう言い聞かせ、飛んでくる敵の炎冠石のアイテムごと、己の平穏への幻想を叩き斬る。
そして、敵に対してUC【罪業罰下】を放とう。

『約束の花』…恐怖心を掻き立てたのは、この花の効果も関係しているのかね。
(花を手に取らず、目の前の花を刀で一閃する)

やれやれ。今日は厄日だ。帰ったら、酒でも飲むか…。


宮落・ライア
探し物?特にそんなものは無いはずだけれど…

考えても居なかった心の声が冷たく示す。
お前を望んだ。お前が願った、お前を救う英雄もヒーローも
現れる事なんて無い。どれほど望み探しても…

あは……あはは……。
そう、そっか。そうか。
なら、やっぱり、なるしかない。
ボクが、私が、私自身が……私自身を救ってみせる。

【自己証明】で自己強化。
呪縛を引いた場合【止まる事なかれ】で置換

炎なら燃え尽きる前に突っ切れれば問題ない。
覚悟と気合いをもって捨て身で真正面から炎の竜蛇に突っ込み
【英雄投映】でもって駆け抜け突破する。
火傷の痛みなんて激痛耐性と継戦能力、限界突破で無視する。
間合いに入れられれば、後は叩き潰すだけ。



 花が嗤う。草たちが囁く。そうして放たれた気は恐怖をもたらし、精神を蝕んでいく。
 失くしたものなど無いはずと首を捻るプリンセラ・プリンセス(Fly Baby Fly・f01272)と宮落・ライア(ノゾム者・f05053)がいる一方で、一駒・丈一(金眼の・f01005)は記憶の片隅へと意識が飛ぶのを自覚した。
 丈一が求めるのは、復讐を果たした後の「平穏な生活」だ。元よりそうあるべきだったもの。失われさえしなければ、有り得た現在で。
 烈しく胸を裏から叩いて痛めつけて来る恐怖が、丈一は逃れられない。復讐の果てに平穏はない。確実に得られないと、声なき声が未来を押し付ける。
 虚しくも墓に入るまで、何もなし得ない者を続けなければならないのだと。思わず丈一が額を押さえて俯くその後ろ。
 どこからともなく鳴り響いた冷たき声が、ライアを砕こうとしていた。
 ──お前が願った、お前を救う英雄もヒーローも現れる事なんて無い。
 どれほど望みを探しても無駄だと切り捨てる声は、他者から為されるのではなく、おそらくライアの内から聞こえている。否、野原で揺れる草花たちの招いた恐怖への誘いが、そう思わせているのかもしれない。
「あは……あはは……」
 力無い笑いを零すしかなかった。ライアの焦点が定まらずに足元へ落ちる。
「そう、そっか。そうか」
 落ちた肩は震え、ぐったりと沈む。
 そうして約束の地の草花たちが知らしめる恐怖は、否が応でもプリンセラに痛感させる。自身にもまた、起こり得るのだと。
 間もなく彼女へ喰らいついた恐怖の念が、眼前に広がる晴れ渡る景色を曇らせていく。プリンセラのまなこを、淀んだ感情で染め上げていった。
 そして長く吐いたプリンセラの息から生じた幻覚は──兄姉みな揃い、幸せだった昔日の光景。
 他人格としてでも兄姉たちが憑依できたのだ。もしかしたら、この世の果てまで探せば、蘇るすべもあるのかもしれない。だがそれは、決して見つからない。見つかるはずがないのだ。
「わかってはいたのかもしれません。それは……」
 ──それは、オブリビオンにしかできないこと。
 だからこそ、ただの姫となった今の自分が、本当に探さねばならないものがある。新らたな場所を、安らげる地を、プリンセラ自ら切り開かねば。
 そのために必要なものが何かを考え、彼女は肯う。
「竜帝を倒さなければ……いえ、絶対に倒すのです!」
 かつては力もなく、戦いも不得手であったが今ならば。兄や姉が見守り、力をもたらしてくれる今なら。
 空をも透かす青の双眸で、少女は未来を見据えて『現在』にしかと立つ。
 そのとき、紅炎の下僕たちが翔けた。炎冠石を基に放たれた紅い炎が、彼を焼こうと風を起こす。
 恐怖を突きつけられようとも、丈一は迷わず刀を抜く。
 ──分かっていたことだ。
 胸裡で認める。刀を血で濡らした時点で、平穏は訪れやしないのだと。
 暗示のように自らへ言い聞かせて、襲いくる目映い色彩を──平穏へ抱く己の幻想を、叩き斬る。
 そして彼は一度の瞬きのうちに、視界に映ったすべての獄炎をも斬り伏せた。余韻となった火の粉が、はらはらと辺りに散っていく。
 赤き光の粒が舞う中で、ライアも自分への鼓舞を傾けた。
「……なら、やっぱり、なるしかない」
 負けられないのだと踏み締めた足裏が熱い。
 止まることは認められないのだと前を向けば、喉が渇く。
「ボクが、私が、私自身が……私自身を救ってみせる」
 そうしてライアは期待を、祈りを、そして狂気に近い決意を宿す。身を内側から蝕む毒に苛まれようとも、彼女はもう止まらない。
 広大な草原を疾駆するライアに、紅炎の姫が視線を寄せる。素早い動きと勇ましさに警戒を強めているのだろう。
 それならばとプリンセラが、色を点した魔弾を翔けさせる。
 けれど敵も、ただただライアに集中しているわけではなかった。かの者の招いた火柱が、地獄へ連れていこうとプリンセラの元へ流れだす。
 肌が焼けるほどの熱さを感じつつ、彼女は標的から目をそらさない。そして溶岩の表面すれすれを飛翔したプリンセラの魔弾が、充分に炎を吸って敵を撃つ。
 炎ならと、ライアは躊躇いなく地を蹴った。彼女の足に沿って草花の切れ端が弾け飛ぶも、約束の地に燃え尽きる前に突っ切れれば問題ない。
 敵意を察したのか、竜蛇を模した紅炎が、獲物を喰らおうと踊りだす。しかし竜蛇が牙を剥こうとも、ライアはスピードを一切緩めなかった。捨て身で突撃し、どんな痛みに纏わり付かれようとも、総身を奮い立たせて限界を抜ける。
 ライアに弾かれた炎がかき消え、オブリビオンが眉根を寄せる。草花の苗床と化したかの者にとって、まだ寄生を許していない猟兵たちの勇猛果敢に戦い方は、忌々しいのだろう。
 そこで、先ほど嗤った約束の花が、再び丈一の前に姿を現した。帰ってきたのだと感じれば、短い息が零れる。
 ──恐怖心を掻き立てたのは、この花の効果も関係しているのかね。
 丈一は花へ視線を投げ、しかし摘もうとはせずに一閃、刀を光らせる。避ける暇さえ与えず散らした花弁が、溶けて消えゆく。もう、彼を恐れで支配しようとする悪意は、そこに無い。
 だが消滅を見届けずに、丈一は背を向けた。
「今日は厄日だ」
 苦々しく呟いてみれば、咥内でも自然と苦味を覚える。
 浴びた恐怖の残り香が、まだ残っているのかもしれない。
「帰ったら、酒でも飲むか……」
 口直しには、ちょうどいい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

仇死原・アンナ
この世界を救う為に…花だ…

私は何故ここへ来たのだろう…
この龍翔る世界は私の生まれた所ではない…

常闇の世界に生まれ落ちた…だが…
処刑人の家で育ち忌み嫌われた…
炎を纏う呪われた力に皆恐れ厭がった…
私を拾い育てた義父はもういない…

居場所…私の場所は…どこにもないのかな…

ここにも…ここは…戦場…あれは…敵…
私は…ワタシは処刑人だ…!

[火炎耐性]で攻撃を耐えて
処刑人としての[覚悟と情熱]を胸に【ブレイズフレイム】を発動
敵を地獄の炎で包み[属性攻撃で焼却]してやる!

約束の花は…いらない…炎で燃やして先に進もう

私は処刑人…炎纏う呪われた力で敵を屠る…
この力で救える数多の人や世界がある…

この世界を救う為にも…


トリテレイア・ゼロナイン
探し物…私の場合、常に探している半生なのかもしれません
騎士の道を

人々を護る為と言って、敵をだまし討ち、策を図り
多くの人を護る為と、さながら穴が開いた宇宙船の通路のエアロックを閉じるように、命を天秤に乗せて多くを取り

現実に即して判断を下す度に、騎士として大切な物を落とし見失っている…

御伽の騎士のようにはなれぬことなど最初から分かっています
ですが、騎士として目の前の問題に対処せねば『めでたしめでたし』など夢のまた夢
見つかる見つからぬの問題でなく、理想と現実の狭間で探求する
騎士と名乗るならば生涯を掛けなくてはならない!

機械馬に●騎乗しUC起動
バリアで炎の雨を防ぎ怪力で繰り出す槍で魔女を貫きます


ノネ・ェメ
連携、アレンジ歓迎


 探し物。わたしは、何だろ。戦いの無い世界、とか……? ぇその難しさなら、忘れる間がないくらい常々ひしひし身にしみてるけど。。むしろ耐性すらあるのでは。ぅ、考えちゃったら恐くなってきてるかも……やだやだ!
 こんなわたしに止めれる戦いがあるかなんて知らないけど、見過ごして出る実害の方が恐いし!

 そう。脅されようとも大怪我で痛ければ動くだろうし、恐くても何でも、嫌だから止める以外、無い。だからわたしも、またこんな所にいる。克服できる恐怖だってそうないと思う。それでもそうする理由、原理?がそこにあるだけ。

 でも。そう思えると、少しマシかも。
 魔女さんに戦わないでって、云える位には。



 花の香に引き寄せられ、仇死原・アンナ(炎獄の執行人・f09978)はふらりと草原へ迷い込んだ。
 花だ、と呟きながら映る花弁の麗しさをぼうっと眺めていると、いつしか彼女の視界は白み、奇妙な浮遊感に襲われた。地に足がついているのに、今にも身体が浮かびそうだ。心は鎮まっているのに、無性に飛び出したくなる衝動で疼く。
 ──私は。
 言葉にならぬ声をこぼして、アンナが草原を見つめる。
 ──何故、ここへ来たのだろう……。
 身体より先に浮かんだのは、疑問だった。突き抜ける高い青を仰視すると、果ての無い空を翔ける竜の影が浮かぶ。不思議と、異質さを己へ抱いた。何故なら数多の竜が天空を翔るこの世界は、生まれた所ではない。
 生まれ落ちたのは、どこなのだろう。考えてしまえば際限の無い暗さが、アンナを内側から染め上げる。心身を常闇の色にして、暗夜の冷たい静寂で五感を苛めていくばかりで、彼女は呆然とその場に立ち尽くす。
 一方、静穏な青を湛えたノネ・ェメ(ο・f15208)は、きゅっと締め付けられるような感覚を逃そうと、胸へ手を当てていた。
 ──探し物。わたしは、何だろ。
 ざわめく植物たちが、ノネを急かす。恐怖に打ち拉がれる瞬間を、今か今かと狙っている。明らかな悪意が滲みているのに、ノネは花に目をやるどころか、他の事柄を意識の片隅にも置けず、ぐるぐると思考を巡らせるばかりだ。
「戦いの無い世界、とか……? ぇ……でも、その難しさなら」
 忘れる暇がないくらい、常々ひしひし身に染みている。痛感しているのだから、やはり違うのだろうかと首を傾げたノネは、自分の考えが段々と後ろ向きになっていることに、なかなか気づけない。
 こうして二人が約束の地に棲息する植物にあてられ、機械騎士たるトリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)の内にも、植物たちの情念が紛れ込む。
 塵ひとつ潜り込ませぬ身でありながら、無邪気な悪意は彼を蝕む。風に揺られて笑う花たちの前で、トリテレイアは重たげに俯いた。
 ──私の場合、常に探している半生なのかもしれません。
 沈ませてはならないと理解しながらも、抗えずに彼は自らの人生を振り返る。
 探し続けているのは、間違いなく騎士の道だ。
 人々を護るためと、だまし討ちなど策を図る。
 多くの人を護るためと、さながら穴が開いた宇宙船の通路のエアロックを閉じるよう、命を天秤に乗せて多い方を取る。
 いずれもトリテレイアの体験に基づくもので、現実に即して判断を下しただけ。それだけだが、しかしその度に、大切なものを落とし、見失っている気がした。騎士として、正しき姿勢としての、在り方を。
 ──分かっています。御伽の騎士のようにはなれぬことなど、最初から。
 静かに首を横に振って、トリテレイアが緑の息吹く景色を眺める。確かな現実でここに立っているはずなのに、得体の知れぬ浮遊感が、彼を惑わせていた。だから自らを陥れようと纏わりつく恐怖も、まるで夢の中のようで。
「……ですが」
 侵食する恐れを打ち払うべく、トリテレイアが音声を張る。
「騎士と名乗るならば、生涯を掛けなくてはならない!」
 そのための一歩を踏み出そうと、彼は敵陣へ踊り出た。
 同じ頃、アンナの脳裏に蘇っていたのは、自身を忌み嫌う家の人々だ。
 処刑人の家では、業火が呪いだ。煉獄で拝める彩りも熱も、恐れる対象でしかなかった。だからアンナは厭がられ、距離を置かれたときの光景を、鮮明に思い起こす。
 拾い育てた義父ももういない。だとしたら。
「居場所……居場所は、どこに……」
 ふと顔を上げて、アンナがトリテレイアの戦いを双眸に映す。彼の手にあるのは巨大な機械槍。紅炎の姫へと向けた穂先が一閃──放った光で敵の目を眩ませて、突っ込む。
 迷いのない突撃は、オブリビオンを有無も言わさず後退させた。敵は転倒こそ免れたものの、真っ向から受けた衝撃があまりに強かったのか、苦しげに身をよじる。
 戦いの一部始終を目撃したアンナが瞬く。
 どこにもないと、思っていた。どこへ行っても得られないと、信じ込んでいた。だが。
「ここは……戦場……あれは……」
 敵だ。
 そう認識した瞬間、虚ろだった目を見開き、アンナが飛び出す。
「私は……ワタシは、処刑人だ……!」
 執行人たる意識の帰還だ。止まぬ神罰の火矢の下、赤をものともせずアンナが駆ける。逆巻く炎も、反抗する熱も、彼女には慣れたもの。ゆえに走りが減速することもなく、そして彼女の肌を裂いて生じた地獄の炎もまた、うろたえない。
 疾うに刻まれた覚悟も決意も、すべては処刑人としての務めを果たすため。
 そして戦場を駆るのも、アンナの紅蓮が敵を焼却するためだ。
 するとその後方、嗤う草花たちをよそに、いよいよノネが歩き出す。真紅のドレスを纏った姫が、躊躇いもなくそんなノネをねめつけた。
 赤き魔女の顔立ちこそ端正でも、伝う敵意と威圧感に、ぅ、とノネから微かな呻きがこぼれる。彼女をくるむ恐怖も重なり、一度知ってしまった恐ろしさが込み上げてきて。
 ──考えちゃったら恐くなってきてるかも……やだやだ!
 かぶりを振って、なんとか沈むばかりの思考を吹き飛ばそうとした。
 そのたびに、彼女の周りで草花たちがさやさやと朗笑するも、構っていられる状況ではない。敵はすぐそこ。そして降り注ぐ炎の雨が、今にもノネを焼き尽くそうとしている。
 現実へ自らを引き戻して、ノネは呼吸を整える仕種をしてみせた。深呼吸の動作は、沈思していきそうな彼女をしかと立たせる。
「こんなわたしに、止めれる戦いがあるかなんて知らないけど」
 握った拳に篭るのは、迫る炎と異なる熱。それはノネの内から湧く、彼女だけの灯。 
「見過ごして出る実害の方が、恐いし!」
 言い聞かせるように頷くノネの前を、愛機に乗ったトリテレイアが通過する。彼は炎の雨を傘状に展開したバリアで、降り止まぬ赤き雨を防いだ。
 すべての矢が落ち切る頃合いを見計らい、トリテレイアが二人へ振り向く。
「今のうちに!」
 すかさず声をかけたことで、逸早くアンナもノネも駆けつける。
 切った張ったの猛攻が繰り広げられる中で、ノネは得物を持たずに真紅の魔女へ向かう。
 ──そう。嫌だから止める以外、ない。
 たとえ恐くても身体が言うことを聞かなくなっても、ノネは諦めないだろう。だから彼女はまた、こんなところにいる。
「魔女さん、戦わないで」
 ノネから音の楔が、打ち込まれた。
「戦ったら……よくないんだよ。だから」
 彼女の言が解き放った力は、またもや魔術を結い上げようとしていた魔女の動きを鈍らせる。
 そこへアンナが飛び込んだ。すかさず、今なお現世に縋り付く過去の悪意を焼く。
 ふと目線を外した先、約束の花を目にして、いらない、とアンナが呟く。価値あるものだったような気もするが、今のアンナが気に留める存在でもなく、絶えぬ赤熱に追いやられ、花たちは命を失った。
 ──私は処刑人……炎纏う呪われた力で、敵を屠る……それだけ。
 すべてでなくても、この力で救える人が、世界がある。
 だからアンナは得物を振るい、焦がし続ける。
 この世界を、救うために。いつだって。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

レザリア・アドニス
約束の、地…
なんで、この名前…?

特に探しているものがないなぁと思いつつ、野原に踏み込む
別に、探しているものなんて…
呟いたらだんだんと、野原が広くなる気がする
広く広くなって天地の間に、自分一人しかいなくなる

振り返ればダークセイヴァーにはもう帰れない恐怖
行ったことのある世界、入っている旅団もいつか自分を拒んでしまう恐怖
こんなに広いのに、どの世界にも自分の居場所がない恐怖が、大きくなる…

…だから、なに?
居場所なんて、なんて
私が立ってる所は、生きてる所は、私の居る場所なの
誰かに認められなくていい、認められる必要もない
私はここにいるの

白い花と共に飛び上がり、火柱と溶岩を避けつつ
こちらも炎の矢を撃ち返す


ラナ・スピラエア
心に満ちる不安
いつも一緒にいる彼が、離れてしまうことを考えると怖くて
この心の正体を見つけないといけないこと
それが約束で、私の探しものだと気付く

このままずっと見つからなかったら…
そう考えると、締め付けられる胸と不安感
離れるのが怖い
ずっと一緒に居たい
思わず手を伸ばせば宙を切る

ついこの間
敵から恋心を与えられた時から
薄々気付いていたけれど
この不安の答えはもしかしたら…
私は、彼のことが――

この想いの真相は、まだ分からない
けれどぼんやりと分かった気がする
すると自然と前が見えるようで

今なら絶対に負けないと想えます
杖を掲げて敵を狙って
私は必ず、戻らなければいけないんです
そしてこの答えを、しっかりと見つけます


鈴木・志乃
探しものね、あるよ
ずっと探してるんだ


ロマンチックだとか夢見てるとか言われたくないから
普段は絶対口にしないんだけど
永遠の愛を夢見てる ずっとね

多分飢えてるんだと思う
人の心は移ろいやすいし
命は簡単に消えてなくなる
誰かが死んでからもずっとその人を愛すなんて
無茶苦茶なこと、出来る訳が無い
そんなものはきっと存在しない

あの人にも無理だ
あの人自身が、死んだ誰かの後に私を愛したんだから

……でも。だから。自分は
その無茶苦茶を、やってやりたいのだ
たった一人を、一生かけて愛して
あの馬鹿にドヤ顔したいのだ

たとえ自分が愛されなくても

オーラ防御展開
UC発動
敵攻撃を第六感で見切り回避
超高速突進で休む間もなく攻撃し続ける


ロリーナ・シャティ
…ウサギさんとイーナの扉、見つからなかったらどうしよう
今でさえ記憶がぼろぼろなのに
恐い敵に何度も追いかけられに行くだけで、アリスラビリンスと一生因縁が切れなかったら…?
大事だった物、取り返せないまま忘れてしまったら?
「嫌、イーナ、もっとぼろぼろになっちゃう…!」
怖くて胸の奥で怪物を封じた筈の蓋が開いてしまいそうでもっと怖くなる
だけど
「……お友達、」
“こうなってから”のイーナにも仲良くしてくれた子が居る
馬鹿で鈍くさくても…許してくれた
今だけ、イーナは全部見つからなくても怖くないって言っていいかもしれない
「今の、偽物みたいなイーナでも…!」
UC発動
無敵の鎧は着ずに盾や傘みたいに使ってラパンスで戦う



 緑が波打ち、さやさやと花たちが笑う絶勝の世界──約束の地。
「なんで、この名前……?」
 意味深長な名のついた理由が知りたくて、レザリア・アドニス(死者の花・f00096)が睫毛を伏せる。すると落とした視線の先から、花色が語りかけてきた。実際に声が聞こえるわけではないが、かの花が語るのは他でもない恐怖の念だ。
 放たれた恐怖はかたちどころか色も匂いもなく、新緑豊かなこの大地へ踏み入れた者を侵食していく。けれどレザリアには、思い当たる節がない。
「別に、探しているものなんて……」
 不思議そうに首を傾いで呟くも、彼女は気付かない。呟いたらだんだんと、果てなき約束の地が、ますます広まったように錯覚したことにも。
 そこからそう遠くないところで、面妖な植物たちへ、わかっていると言わんばかりに鈴木・志乃(ブラック・f12101)が頷く。
「探しものね、あるよ。ずっと探してるんだ」
 微笑む草花たちへ打ち明けた志乃の頬は、どことなく色が薄まっていて。
「普段は絶対、口にしないんだけど」
 なにせ夢を見ていると指摘されそうなものだから。ロマンチックだと表現されるのも、くすぐったいようで、もどかしいようで複雑だから。
 ただ、恐れを植付け、寄生を試みる植物の輪では包み隠さず言葉に転ずるのが吉だろうと、志乃の唇は紡ぐのを止めない。他の仲間たちも、耳を傾けているわけではない。各々、自分の内に芽生えた恐怖と戦うのに忙しい。
「永遠の愛を夢見てる。……ずっとね」
 だから志乃は、そう言い切れた。
 一方、ふわりと咲く桜色からは想像もつかぬほどの、凍てついて色のない不安をラナ・スピラエア(苺色の魔法・f06644)は心に閉じ込めていた。どうしようと揺らぐ独り言は、掬う相手も運ぶ風も知らずに、ただただ約束の地で転がるばかりだ。
 ふと眼差しを逸らせば、共に草原を眺めるはずの垂れ耳うさぎが、心なしか寂しげに彼女を覗いている。表情がある分、より顕著にラナの胸を射抜いた。
 ──これは、私が見つけないといけないこと。
 草花が誘う恐怖にくるまれ、ラナはそっと瞼を伏せる。景色に、見えているものにだけ惑わされては。
 そこまで考え浮かんだのは、別離への恐ろしさだ。いつも一緒にいるから。いつも、そばに感じるから──だから探し物なのだ。やはり。
「……約束、です」
 世界から目を閉ざしたまま、ラナはうさぎを軽く撫でて呟いた。
 彼女の近くを通りすぎ、迷い子のように右往左往したロリーナ・シャティ(偽りのエルシー・f21339)が遥かな天を仰ぎ見る。
「……どうしよう。ウサギさんとイーナの扉、見つからなかったら」
 稚い顔に燈るのは不安だ。次第に瞳も潤み、濃さを増した恐ろしさに身体が押し潰されそうになる。
 ただでさえ、欠けた記憶ゆえに扉から遠ざかっているのに。幾度となく追走してくるるオーガの叫び声や、足音さえも鮮明に聞こえてくるようで、ロリーナはぎゅっと両目を瞑る。捕まったらと考えるだけでおぞましい。こわい。それでもアリスラビリンスは、扉を探すための場所──そして一生、そことの因縁が切れなかったらと、思考の底なし沼へ沈んでいく。
「嫌、イーナ、もっとぼろぼろになっちゃう……!」
 震えた声音に感情が篭る。どうしようもないぐらいに、ロリーナを苦しめる恐怖が溢れ出していた。
 猟兵ひとりひとりに襲い掛かった、恐怖の片鱗。それが徐々に正体を現していく。
 色とりどりになびく草原を、天地の境目がじっと眺めていた。何の気なしにそこを映していたレザリアは、やがて状況を察し、辺りを見回す。
 おかしい。仲間たちといたはずなのに。
 開豁な草原でひとりきりになってしまった。仲間の気配も、その余韻すら残っていない。はぐれた、と判断するには早く、しかしそうとしか思えぬ状況にレザリアの白皙の頬からさっと血の気が引く。
「……帰れない……」
 ぽつりと零したのは、戻れないと痛感した想い。異界の平野で佇む少女の姿は、誰の目にも留まらない。どこから来たのかさえ、掴めない。
 ダークセイヴァーに帰れぬならと、土を踏んだ世界や旅団の光景を思い起こす。だが。
「居場所、なんて……どの世界にも……」
 こんなに広いのに。あんなにたくさん、世界があるのに。
 レザリアは自らの腕を抱き寄せてさする。寒く感じるのは恐怖が走ったからだろうか。
 別のところでも、ひとりきりになった者がいる。
 多分、飢えているのだろう。志乃はそう考えていた。自身の心境を予測するのは難しいが容易くもある。人の心は移ろいやすく、そして命はいとも簡単になくなってしまう。消えた命を愛し続けるなど、無茶苦茶だと志乃も覚っている。理解している。
 ──そんなものはきっと存在しない。
 意識せずにぎりしめた拳が、微かに痛む。
 覚えた痛みを刻み込む彼女とは別に、胸を痛めて動けずにいる少女もいる。
 鼓動が止まり、時間まで停止してしまうのではないかと、自らの胸元へ手を寄せていたのはラナだ。
 このままずっと見つからなかったら。探せずに帰ったら。
 そう逸る気持ちに嘘はつけず、かといって焦りに駆られ、探し物を間違えたくはない。
 離れるのが、怖い。あの笑顔が、見えなくなってしまう。
 ずっと一緒に居たい。焦がれて思わず伸ばした手は、虚しく宙空を切る。
 ああ、とついラナがせつなくため息を零す。あのときはちゃんと、温もりに触れたのに。あのとき──糸を手繰るように、ラナは先日の記憶をここで呼び起こした。薄々感づいてはいた。まったく知らずにいた、恋心という色。ひとり佇む彼女の胸を締め付ける不安も、恐さも、もしかしたら。
「私は……」
 口にしようとして、渇いた喉に拒まれる。身体が、言葉にしてしまうことに迷っている。本当に正しい答えなのだろうかと、まだ心のどこかで確かめたがっている自分がいる。
 ──そう、きっと彼のことが。
 だからラナは音にせず、胸裡にしまいこんだ。想いの真相は、分からないままだ。けれど、ぼんやりと分かった気がする。
 そしてゆっくり睫毛を押し上げ、明るい草原の色彩を眺める。すると、先ほどまで重たく沈みそうだった不安と恐怖が次第に晴れていった。掠れて白んだ世界に、いくつもの色が燈る。
「……今なら」
 絶対に負けない。確信がラナに杖を掲げさせた。迸る火柱が彼女へ赤を散らそうとも、春色の花弁で痛みも熱さも拭い取っていく。
「私は必ず、戻らなければいけないんです」
 答えを、しっかりと見つけるために。
 揺らぎのないラナの声音に、辺りの植物たちが残念そうに顔を背けた。
 そのころ。
 もし。もしも。大事だったものを、取り返せないまま忘れてしまったら。
 連ねた負の想像は、未だにロリーナを苛める。いやいやと首を振り、金晶の導うさぎを抱きしめる。しかし尚も恐怖心が拭えない。胸の奥で痞えたものが、零れそうになる。怪物を封じたはずの蓋が、開いてしまいそうで。
 はたと連想が止んだのは、そのときだ。
「……お友達」
 無意識に呟いたのは、ロリーナにとってたいせつな言の葉。
 こうなってからでも、仲良くしてくれた子がいる。こんな自分に、優しくしてくれた子がいる。許してくれたときの声も、表情も、ロリーナはよく覚えていた。だから窮地の今、その肩をとんとんと叩いてくれたのかもしれない。
 ──言っていいかもしれない。
 意を決して肯い、俯いてばかりいた顔を上げる。
 今だけは、全部見つからなくても怖くないと。そう口にしても、きっと。
 すう、と大きく息を吸い込んでロリーナは自身を囲う花たちに抗う。
「今の、偽物みたいなイーナでも……!」
 直後、終わりなきイマジネイションから生まれた鎧が、ロリーナの前に浮かんだ。そして火の雨から主を庇おうと、覆いかぶさる。コツコツと鎧に当たる固い音も、ごうと燃え滾る火の熱も、おかげでロリーナまでは届かない。
「次は、こっちから……!」
 くるりと熊手状の武器を構え直して、ロリーナが跳ねる。着地する先は、真紅のドレスに身を包んだ敵の懐。避ける余裕さえ与えぬよう、すぐさまラパンスの爪で勢い良く引っ掻く。
 そこで、くすくすと嗤う花たちへ戻れたレザリアが言い放つ。
「……だから、なに?」
 恐怖を与えた源である植物たちが、まるで言葉が届いているかのように、ぴたりと揺れを治めた。
「私が立ってる所は、生きてる所こそが、私の居る場所なの」
 言いながら、寄生しようと迫った植物の気配を押し退ける。
「認められなくていい、認められる必要もない」
 そうして少女が織るのは、真白に煌めく雪の翼。飛翔する身を丸呑みにしようと火柱が昇るも、ひとたび飛んだレザリアに追いすがることは叶わない。
 ──私は、ここにいるの。
 降りかかる火の粉も厭わず、彼女は意志で編んだ魔術によって敵を貫いた。
 巡りゆく火と仲間たちの動きがせわしない中で、志乃も漸く眼裏にじわりと滲んでくる光を知った。心身を焦がした恐怖が、去りつつある証拠だ。
 あの人にも無理だと、蘇った姿へ馳せる──あの人自身が、死んだ誰かの後に私を愛したんだから。
 志乃は捨てきれぬ想念によって喉元に痞えた呼気を、どうにか吐き出す。
「……でも。だから。自分は」
 その無茶苦茶を、やってやりたいのだ。
 たった一人を、一生かけて愛して、あの馬鹿にドヤ顔したいのだ。
 たとえ自分が愛されなくても。
 ひとつだけ、ぽんと脇に置いた想いは振り返らず、志乃が空を仰視する。
 志乃が捧げた祈りは、天の高さも広さも問わず流れ星へと──天馬の精霊へと届く。駆けろと囁けば、希望を冠する精霊が大空にゆるやかな線を描く。目にも留まらぬ速さで飛び、精霊が紅いの群れを掻き消した。突然降って湧いた急襲に、数々の炎も為す術なく逃げ惑う。
「まだまだ」
 片目のみ僅かに眇めた志乃は、何度でも、何度だって、天馬で宙に軌跡を描きあげる。
 彼女たちの戦い方ひとつひとつが、恐怖と向き合った者の姿かたちとして、紅炎の姫の目に焼きついていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
ずっと昔から「親」が欲しくて、そいつをどこかで探していた
まァ、生まれたときから手にはなかったから
今更手に入りやしないと分かっちゃいるんだが

この世に怖くないものの方が少ない
恐怖そのものには慣れている――飲み干すのも
……見つからないならそれでも良いんだ
探して泣いてるうちに、今持ってるものを悲しませるなんて
そんなことはしたくない
今はそう思える

弟妹がいて、友達がいて、護ってくれる奴がいる
……親が見つからなくたってしあわせさ、私は

現世失楽、【悪徳竜】
炎には氷で応じよう
視覚を奪ってやれば、貴様の魔術とて制御を失うであろう
後は蛇竜の黒槍で、真っ向貫いてやるさ

焼かれる程度が何だ
そんな炎で私を殺せると思うなよ



 それこそ、ずっと昔からだ。
 根方に薪をくべたところで、彼の面差しを歪ませる火にはならない。けれど枯れた芦が、過去が纏わりつき、彼を引き止めようとしている。約束の地に植え付けて、どこへも辿りつかせないよう阻む。
 思えば、親が欲しいと駄々をこねる歳でもなかった。願いを叶えようと言われたとて、親をくれと告げる気もなかった。
 生まれたときから手になかったものが、長い年月を経て漸う手で掴める──そんなのは有り得ぬと理解している。理解しても尚、植物たちがもたらす恐怖は彼の目元をひくつかせた。
 この世に怖くないものの方が少ない。
 恐れるものがひとつたりとも無いと断言できる者がいるとするなら、それは自覚していないか強がっているだけだろうと彼は思う。目を逸らし誤魔化すばかりなのは頂けないが、しかし恐怖に慣れることはできると彼はよく知っている。実際、男は恐れを飲み干すのにも慣れていた。
「……見つからないなら、それでも良いんだ」
 足取りの緩んだ彼へ草花たちが嗤う。さやさやと揺れるかれらにいくら煽られても、男は不機嫌を眉に乗せようとはしない。
 ただ記憶の滸で足を停め、いま現在の考えを結びつけていく。
 探し回って、泣いて、背を向けて、そうして今持っているものを悲しませるなんて。
「そんなことはしたくない」
 今は、そう思える。
 音に転ずる彼の意志が、呑みこもうとした恐怖の闇を払いのけていく。揺蕩う日影が、いつか願った冷たい場所へ差し込んでいる。仄暗い場から這い出れば、そこにいるのは弟や妹たちだ。友だ。自分を護ってくれる存在だ。
「……親が見つからなくたってしあわせさ、私は」
 だから彼は吐息に笑みを混じらせて、凍てついた霧を吹かす。
 一度だけ瞬いたのち、視界に映ったのは真紅の娘──オブリビオン。
 彼は氷獄への誘いで、紅炎の行方を彷徨わせた。まともな制御が行えず困惑を顔に刷いた敵へ、男は蛇竜の黒槍を手向け、貫く。
 かの者から零れた火の粉に熱されても、選んだ行動を惜しみはしない。
「そんな炎で私を殺せると思うなよ」
 ニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、そういう男だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

キトリ・フローエ
今のあたしが探しているものはひとつしかないわ
それは過去、今のあたしがあたしとして目を覚ます前の
本当に幼い時の記憶
あたしはパパやママの顔も知らない
きょうだいや家族と呼べるひとがいたかどうかも
気づいた時にはあたしはこの世界にいて
花の精霊…ベルが見つけてくれるまでひとりぼっちだったの

自分のルーツを知りたいとは思う
でも、どんなに探しても見つからないだろうこともわかってる
自分が何であるかわからないままここに在り続けるのは怖いけれど
それでも、あたしには今があるから
今と、これからの未来があるから
だから、戦えるわ

水のオーラを纏って飛翔、炎を掻い潜りながら魔女の元へ
夢幻の花吹雪で動きを封じて、次の攻撃に繋げるわ


菱川・彌三八
手ぬぐいを失くしたとかはあるがよ
探し物忘れ物…はて

其れににしても、何とも風光明媚な事よ
あの声で蜥蜴食らうか時鳥…ってなモンだな
ちいと手控えでもしようかね

……
何だ
先からちいとも思う様にならねえ
画、其の物は何時も通りだが、コウ、とならねェ
幾つもの紙が黒く染まるまで描き損じ、然し気持ちが急くばかり
筆が軋む

あゝ 俺には無理だ

滴る墨を見乍ら、然し考える
悲しい哉絵が描けずとも死ぬ訳でもなし、此れが世の総てでもなし
別に染め屋に戻ったって善いんだ、外聞は悪いが
…抑々だ
満足しちまったら、俺たち職人はお終ェよ
今迄上出来だった事があったか?

なんだ、くっだらねえ

この傲りごと大浪に飲ませて、俺ァさっさと先行くゼ



 さも心地良さそうに揺れる青草たちが、頬を掻いた菱川・彌三八(彌栄・f12195)へ囁きかける。
 仰ぎ見れば喩え難き白雲が滲み、視線を下ろしていけば人の手を知らぬはずの原野に佇む、真紅の娘がそこにいて。
「其れにしても、何とも風光明媚な事よ」
 顎を撫でつつ呟いて、彌三八は笑う草を踏み進む。
「あの声で蜥蜴食らうか時鳥……ってなモンだな」
 口の端を僅かに緩めて言い、彼の足取りは敵へ──紅炎の姫へと向かう。
 その後方では、青空の下で笑う花たちがキトリ・フローエ(星導・f02354)を迎え入れていた。
 振り返ってみると、草原にぽつんと自分だけがいる。仲間や敵の姿もあったはずなのに、彼女を占める感情が眸を曇らせる。
 ──ひとりぼっち。
 今にも崩れそうな音が、彼女の内を駆け巡る。
 目を覚まし、瞼を押し上げてからが、今のキトリを形成するすべてだ。それ以前の幼い時分、何が彼女に語りかけ、誰が傍にいてくれたのかを知る術はない。ぽんぽんと優しく頭を撫でてくれる存在がいたのかも、名を呼び、遊んでくれるきょうだいがいたのかも。
「わからない……」
 唇を震わせたその音が、キトリをますます恐怖心へ沈めていく。
 心落ち行く少女を知らずに手控えでもと絵筆で色を刷いていた彌三八が、はたと立ち止まる。
 ──何だ。先からちいとも思う様にならねえ。
 描く画その物はいつも通りだ。自分らしさが掻き消えたわけでもなく、体調がおかしいわけでもない。
 ただ、納得がいかなかった。
 次こそはと新たに取り出した紙へ、また筆をのせる。けれど紙が黒く染まるまで描き損じても、気持ちが急くばかりで平静を取り戻せない。筆が異様に軋む。
 ──あゝ、俺には無理だ。
 その繰り返しが、彌三八を侵食していった。続けても心身が倦むばかりで代わり映えしないと判断し、彼は滴る墨を見つめ、沈思する。
 悲しい哉、絵が描けずとも死にはしない。絵を描き、景色を生み出し続けることが世の総てでもなし。
 ため息を零して少しばかり俯き、彌三八は額を掻く。巡る思考はいつしか渦を巻き、彼を過去の生業へ引き戻そうとしていった。そう、別に染め屋に戻っても善い。外聞は悪いが、構いやしない。人それぞれ、生き方も道の歩き方も違う。
 恐れに呑まれた彌三八が、難しげに眉根を寄せる。
 ──抑々だ。満足しちまったら、俺たち職人はお終ェよ。
 重たく圧しかかる瞼を押し上げて、彌三八は眼前で嗤う草花たちを見た。
 今まで上出来だったことがあったかと、己へ問い掛け、そして閉ざした喉に声という潤いを通す。
「なんだ、くっだらねえ」
 吐き捨てるように言いのけて、彌三八は足へ力を入れる。
 その頃、キトリはまだ静かな景色の中にいた。
 硝子が砕け失せた鏡をいくら覗いても、自分へ微笑みかけるはずの親の顔を見せてはくれない。破片をかき集める指が傷つき、赤く染まったとしても、鏡は元には戻らない。
 それでも自分のルーツを知りたいと、少女は時おり足元を見る。どこかに硝子の端々が散らばっていないかと、探してしまう。それらが疾うに記憶の波に浚われたと解っていても、目線は誤魔化せない。そんな日も確かにあった。
 自分は何者なのか。
 それがわからないままここに在り続けるのは、怖い。冷えきった指先をさすりながら、それでも、と少女は思う。
「あたしには、今があるから」
 ずるずると過去へ引きずっていこうとした恐怖の情を、顔をあげ、前を見据えることで彼女は振り払う。
 花の精霊が彼女へ囁く。ベルに見つけてもらえたから、ひとりぼっちではなくなった。
「今と、これからの未来があるから。だから、戦えるわ」
 生まれたときに持っていたはずの鏡ではなく、キトリ自身がこれまで磨いてきた鏡に、紅炎の姫が映る。
 悩み、時に迷っても尚、翅を震わせて飛ぶのを止めずにここまで来た少女は、そんな敵をじっと見据える。そして雫を纏って飛翔し、噴き上がる火柱をかい潜る。目指す先はもちろん、未来を闇に葬ろうとする敵の元。
 花が綻び、掲げた杖から夢幻が舞う。翅も身も焼こうとする赤を飲み込んで、キトリの花吹雪が道行きを開く。 
「繋げるわ!」
 頼みを口にしたキトリの耳へ届くのは、応と肯う強き声。
 応えた彌三八の双眸が、地を焼き天を朱に染めるかの者の赤を捉える。花の嵐に動きを封じられた紅炎の姫へと、彼は荒々しい濃淡を手向けて。
 そうして筆で見事に描きあげた波濤が、赤も悪意も、傲りさえも飲み込んでいく。
「俺ァさっさと先行くゼ」
 雨後の春草のような色鮮やかな緑を踏み締め、彼は真紅の消えた草原で、静かに大空を仰ぎ見た。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年05月17日


挿絵イラスト