帝竜戦役⑫〜風彩の魔女と時の峡谷
●風の魔女
時蜘蛛の峡谷。
この地に訪れたオブリビオン――風の魔女の身体には変化が現れていた。
背には新たな手足が生え、蜘蛛のような風貌になっている。元あった腕で大きな絵筆をくるりと回した魔女は穏やかに笑った。
「なるほど。これなら絵筆もキャンバスもたくさん持てますね」
峡谷に満ちる魔力の影響で時蜘蛛という怪物に変貌している彼女だが、慌てた様子は少しもない。寧ろこれで便利になったと喜んでいる節も見られた。
新たな力を確かめるように風の魔女は頑丈な蜘蛛の糸を紡いでいく。
其処には魔女が元から持っていた戦闘用の絵具の色が乗せられていた。どうやら彼女は風景や風流といったアートなものを好むことから風の魔女と呼ばれているらしい。
そして、色鮮やかな糸が周辺に張り巡らされていった。
紫に桃色、白や赤、青に橙。
「良いですね。スパイダーアートと言ったところですか」
カラフルに染まった戦場を見渡し、風の魔女は糸を次々と紡いでいく。時蜘蛛の力を得た彼女は戦場を自分の色で染め上げようとしているようだ。
重ねた糸で描くのは帝竜の絵。
幾つもの首を持つヴァルギリオスの絵を様々な色の糸で描いていく様は圧巻。しかし、彼女は未だ気付いていない。
蜘蛛糸を紡ぐことで、己の寿命を消費していることを――。
●自由に描くもの
かの峡谷にはオブリビオンを蜘蛛の怪物に変えてしまう力がある。
そして現在、風の魔女と呼ばれる者が峡谷の力によって異形化しているという。
「時蜘蛛の力を得た彼女は峡谷に糸で絵を描いているみたいなんです」
今は蜘蛛の糸で紡ぐアートに専念している魔女ではあるが、彼女もまた倒すべきオブリビオンだ。ミカゲ・フユ(かげろう・f09424)は風の魔女を討伐して欲しいと願い、仲間達に峡谷の状況を語っていく。
辺りは魔女が張り巡らせた糸だらけだ。
糸は触れた者を『幼児化』する力を宿しており、触れずに通ることは不可能。幼児化は風の魔女を倒せば元に戻るが、変化中はこれまでの実戦経験も奪われてしまう。
ユーベルコードを使えないこともないのだが、どうしても威力が落ちるので魔女を倒す力には成り得ない。
しかし、幼児化していても出来ることがある。
それは――。
「お絵描き対決です!」
ミカゲは魔女の性質を利用して対決すればいいと話した。
色鉛筆やペン、絵の具やクレヨン、紙にキャンバス。様々な絵を描く道具を猟兵達に手渡し、ミカゲは今回の戦い方を告げていく。
「魔女はアートなものが好きなようです。だから、感性が刺激されると対抗して蜘蛛糸で絵を描いてくるはずです」
ほのぼの系、可愛い系、インパクト系、芸術系。何でも構わない。
何らかの形で魔女が刺激されれば、相手は更に時蜘蛛の糸を紡ぐ。その糸は自らの寿命を消費するので、いずれ魔女は倒れるだろう。持久戦かつアーティスティックなバトルになるが、それが幼児化したまま戦う方法だ。
「少し変わった戦いになりますが、皆さんならきっと乗り越えていけるはずです」
頑張ってください、と応援の眼差しを送った少年はぐっと掌を握る。
そして、時蜘蛛の峡谷への転送陣がひらかれていく。
犬塚ひなこ
こちらはアックス&ウィザーズの『帝竜戦役』のシナリオです。
戦場は『時蜘蛛の峡谷』となります。
シナリオの詳しい受付状況についてはマスターページに記載する予定です。お手数ですがご確認くださると幸いです。
●プレイングボーナス
『幼児化への対抗策を考える』
この戦場では見た目が六歳ほどになります。
あなたが人間ではなくても否応なしに六歳です。機械でもヤドリガミでも不定形種族でも六歳だと思えば六歳です。つまりは色々とミニサイズになります。
思考能力は現在のままなのか、思考や行動・口調まで子供になるのかはお任せします。個人差があるということで好きにお楽しみください。
●戦い方
幼児化中は実戦経験や力も奪われます。
ユーベルコードを使うだけでは太刀打ちできません。
そこでお絵描き対決です。
画材は事前に用意されています。お好きな絵やイラスト、アートを描いて魔女に見せてください。紙ではなく峡谷や周囲の自然を利用して描くのもOKです。
こんな絵を描いたよ! という感じで魔女に示して下さい。
得手不得手問わず、モチーフや描くものは何でも大丈夫です。描く過程を見せつけるのもありです。何らかの形で魔女が刺激されれば、相手は更に時蜘蛛の糸でアートを紡ぎ、自ら寿命を消費していきます。
あなたの個性的かつ幼児全開なお絵描きセンスで自由に戦ってください!
第1章 ボス戦
『『花鳥風月』風の魔女』
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POW : ドッペル・ポートレイト
レベル×1体の、【接触した対象を塗料に変える肉体を持つ、額】に1と刻印された戦闘用【の絵具で描かれた、敵と瓜二つのアート生物】を召喚する。合体させると数字が合計され強くなる。
SPD : 花鳥風月・極彩明媚
【接触した対象を塗料に変える、戦闘用の絵具】が命中した対象にダメージを与えるが、外れても地形【に反射して追尾、同時に地形を塗料に変え】、その上に立つ自身の戦闘力を高める。
WIZ : フォービドゥンアート
【自身に対して、攻撃行為に類する動作】を向けた対象に、【対して、行為を行った部位を塗料に変える事】でダメージを与える。命中率が高い。
イラスト:月弧
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「アララギ・イチイ」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
リダン・ムグルエギ
スパイダーアート…素敵な発想ね
服飾師としては糸アートなんて負けられ…
駄目じゃん
アタシが服飾の勉強始めたの…十歳超えてからだったわ
でも、アタシ作るよ
衣装アート!
たまに針ささる、痛いけど
Tシャツに縫って作るの
クモ魔女さん柄!
でもダメかも
へたっぴで何の柄かわかんない…
経験が足りないなら教わればいい
だから作品と糸や針を手に教えを乞うわ
お願い魔女さん
アタシに糸アート、教えて
横糸を蜘蛛糸で
縦糸をアタシが
教えてもらいつつ丁寧に織り込み
風の魔女柄布を作りたいわ
糸に触れ過ぎて幼児化が進むとしても
躊躇わず描ききりたいの
未来の服飾師と過去の糸使いの『コラボ作品』を
あぁ、ただ可能なら
アタシ本来の実力で合作したかったな
●針と糸と色彩と
峡谷に風が吹き抜け、様々な色彩が揺れる。
時蜘蛛の峡谷という名の通り、この領域には蜘蛛の糸が満ちていた。その中で風の魔女が紡いで描いたという絵は谷中に張り巡らされている。
「スパイダーアート……素敵な発想ね」
リダンは腕に絡みついた細い糸を払い除けながら、谷の岩場を見上げた。
いつもよりも視線が低い。その理由は付着した糸の魔力が巡り、リダンの身体がちいさな子供のそれになっているからだ。
「服飾師としては糸アートなんて負けられ……」
対抗心が交じる言葉が落とされかけたが、駄目じゃん、という声と共に中断される。
この手は幼い頃のもの。
現在よりも毛並みも若干短く、ふわふわで柔らかくて指も短い。それにリダンが服飾の勉強を始めたのは十歳を過ぎてからであり、これまで培ってきた細やかな感覚や経験も失われてしまっている。
しかしリダンは峡谷の奥に一歩を踏み出した。
歩幅が普段と違うのでよたよたとしてしまったが、リダンは掌をぐっと握り締めた。
「でも、アタシ作るよ」
そう、それは――衣装アート!
相手が糸なら此方は針。風の魔女が谷をキャンバスとするのならば、自分は慣れ親しんだ衣装に色彩を飾っていくのみ。
「あいたっ」
時折ちくりと指先に針が刺さり、幼い声があがる。
とても痛かったがリダンは決して手を止めなかった。そのままTシャツに縫って作っていくのはクモの魔女さん柄。
「できそうだけど、でも……ダメかも」
リダンの手元にはどうみてもへたっぴとしか呼べない謎の柄が縫われていた。
これが幼さゆえの限界だが頑張った証は見える。しゅんと肩を落としたリダンだったが、すぐにその顔があげられた。
十歳の頃だって最初からデザインや裁縫の腕があったわけではない。経験が足りないなら教わればいい。そうやってこれまで積み重ねてきた経験の結果――否、今もまだ過程であるものの象徴が自分のブランドだ。
それゆえに今のリダンがすべきことは、より良いものの為に教えを乞うこと。
「お願い魔女さん」
「はい?」
「アタシに糸アート、教えて」
「急に何ですか。私は弟子を取るつもりはありませんが……ふむふむ」
魔女は絵を紡ぐことに夢中だったが、リダンの手元にある衣装を見て何かを考えはじめた。筋がある、なかなか悪くない、と呟いた風の魔女は頷く。
「良いでしょう、来てください」
「やった、よろしくね」
魔女に誘われる際、周囲に巡らされていた蜘蛛糸がリダンに触れる。その所為で更に幼児化が進んだが、リダンは躊躇ったりなどしなかった。
横糸を蜘蛛糸で、縦糸を自分が縫って紡ぐ。
魔女は寿命を。リダンは信念を。
丁寧に織り込み作られたのは風の魔女柄の布。これは言わば、未来の服飾師と過去の糸使いのコラボレーション作品だ。
しかしそのとき、蜘蛛糸に足を取られたリダンがよろめいて倒れた。
「あうっ」
「……? ああ、赤子になってしまいましたか」
風の魔女は起き上がることが出来なくなった幼子を一瞥する。伸ばした手が何にも届かないことは少しばかり悔しかったが、リダンは魔女の生命を削ぐことに成功した。
そして、次第に覚束なくなる思考の中でぼんやりと思う。
(あぁ、惜しいわ。出来るならアタシ本来の実力で合作したかったな)
だって、こんなに美しい絵を描く魔女なのだから。
幼いリダンの瞳に映った蜘蛛糸の合作アートは、とても鮮やかな色彩を宿していた。
大成功
🔵🔵🔵
シビラ・レーヴェンス
衣服のサイズが合わなくなって多少動き難い。
試しに力を行使してみるが色々と弱体化しているな。
なるほど。それで『絵』か。
私は水彩絵具を使用する。題材は植物がいい。
初めは単純に絵具で植物を描こう。
途中でふと思いついて今まで描いていた絵を中止する。
次に。
落ち葉や葉に絵具を塗り付けて紙にペチペチと押しつける。
水に溶かした絵具が紙や衣服に飛ぶが構わず押し付けていく。
こちらの方がやっていて楽しい。とても楽しい。
描くのは雪山と雪原だ。私の故郷で住処だ。
使用する絵具はもう思いつくまま手に取り塗りたくる。
…はて。何を描いていたんだったか?…まあいいか…。
満足いくまで描き完成したら魔女の服の裾を引く。
「みてくれ…」
●故郷を思い、描くもの
「……うわ」
リボンの裾を踏んだシビラが、びたん、と派手な音を立てて転んだ。
痛いな、と小さく呟いてから起き上がったシビラ。その身体は今、六歳ほどの年齢にまで縮んでしまっている。
「やはり衣服のサイズが合わなくなってしまったか」
時蜘蛛の峡谷に入ってすぐ、目に見えない細い糸が肌に付着したことを感じていた。
振り払っても纏わりつく魔力は意に介さず進んできたが、こうして転んでしまったことで無視できなくなってきた。
なるほど、と言葉にしたシビラは試しに力を行使してみる。
使えるには使えるようだが、やはり聞いていた通りに弱体していた。この威力では敵を倒すことはおろか下手をすれば傷ひとつ付けられないだろう。
見た目こそ八歳から六歳に変わっただけだが、三百余年を過ごしてきた力の弱体化は実に落差があるものだ。
「それで『絵』か」
シビラはいつもより低い視点から見る景色を振り仰いだ。
峡谷には蜘蛛糸の力を得た風の魔女が描いたという、幾つもの首を持つドラゴンのアートがあった。鮮やかな色で飾られた谷は美しいと表す他ない。
生命を消費して紡いだ糸で描かれているのだから、それも当然なのかもしれない。
「やるとしようか」
シビラは持参してきた水彩絵具を手に取った。
ゆっくりと辺りを見渡し、題材を考える。すると視界の端に峡谷に生えた緑の草が見えた。あれがいいと感じたシビラは其処から想像を巡らせてゆく。
緑の絵の具で描くのは息衝く草木。
ただ単純に絵具で色を乗せ、植物を描いていった。しかし途中でふと何かを思いつき、今まで描いていた絵から筆を退ける。
風が吹き抜ける峡谷には様々な花弁や葉が舞っていた。
「さて、次に」
シビラは落ち葉を拾いあげ、絵具を塗り付ける。そのまま紙に葉を押しつければ筆では描けない風合いが広がっていった。
ぺちぺち。絵具が紙や衣服に飛んで布を汚したが、シビラは構わずに続ける。
「楽しそうですね」
「ん? ああ、こちらの方がやっていて楽しい。とても楽しい」
不意に呼びかけられた声が風の魔女のものだと察していたが、シビラは絵を描く手を止めなかった。興味を持ってくれているのならば作戦通りだ。
シビラが描くのは雪山と雪原。
「ふぅん、それは何処かの景色なのですか?」
「私の故郷で住処だ」
「ふるさと、ですか」
風の魔女はシビラの絵をじっと見つめていた。なにか思うところがあったらしい。シビラはというと、思いつくままに絵具を手に取って塗りたくっていっていた。
思う儘、自由に描く。それこそがアートでもある。
「……はて。何を描いていたんだったか?」
まあいいか、と独り言ちたシビラは満足いくまで絵を描き続け、傍らの魔女の服の裾をそっと引いて呼んだ。
「みてくれ」
「はい、ずっと見ていましたよ」
するとシビラのアートを認めた魔女は薄く笑む。そして、完成した絵を一瞥してから後ろの峡谷の岩を示してみせた。
「……それは?」
「あなたに触発されましたからね。風景画です!」
岩に施された蜘蛛糸の絵は確かに魔女が紡いだもののようだ。静かに頷いたシビラは自分が絵を描く風景が描写されていることに感心を覚える。
その色彩は糸と思えぬ程に色鮮やかで美しかった。相手がオブリビオンでなければ分かり合えたかもしれないとすら思える。
満足したらしき魔女はシビラの前から去っていった。
シビラは敢えて追わずにその背を見送る。交戦には至らず、相手に糸を紡がせることも叶ったので上出来だ。
そして――こうしてまたひとつ、風の魔女の命が削られていった。
大成功
🔵🔵🔵
飛鳥井・藤彦
中身も見た目も口調も画力も6歳当時のもの。
女児と見紛う容姿にのんびりした話し方だが、その表情はどこか生意気。
「ウチ、お絵描きは得意なんよー」
色鉛筆とクレヨンを手に、ぐりぐり勢い良くダイナミックかつカラフルに描き出すのは、なんだか良くわからないが恐らく四足歩行するらしい動物。
「めっちゃ可愛ええうさぎさんやろー」
フォーヴィスムとキュビスムの極地とも言えるような名状しがたいうさぎのような何かの絵を胸を張って披露。
「うさぎ好きな兄さんがおってなー、兄さんにも見せたら喜んでくれるやろか」
きゃっきゃと無邪気に笑って絵を描きながら震魂戯画を発動。
「なぁ、姉さんもこうゆうん好き?」
●うさぎさんと蜘蛛の糸
鮮やかな色彩の糸に満ちた時の峡谷。
その中をとてとてと駆けていく可愛い少女――否、幼児化した藤彦。愛らしく結った髪を揺らして走るその姿は将来、かなりの美少女もとい美少年に育ちそうな風貌だ。
藍色の瞳をきらきらと輝かせた藤彦は周囲を見渡す。
「きれーやなぁ」
藤彦の視線の先には風の魔女が描いたという蜘蛛糸のアートがあった。
細い糸で紡がれた色彩は見惚れるほどに美しい。のんびりとした様子で暫し景色を眺めていた藤彦は、ふわふわと笑った。
この峡谷に入るときに同じような鮮やかな糸に触れた気がする。その所為で現在、藤彦は身体も精神も六歳に戻ってしまっていた。
それでも風の魔女と対決をしなければならないことはしっかりと覚えている。
「でも、ウチだってお絵描きは得意なんよー」
ふふん、と得意気に胸を張った藤彦は少しばかり生意気そうな笑みを浮かべた。その手に握られているのは色鉛筆とクレヨンだ。
相手が蜘蛛ならば、こっちが描くのはそれに対抗したもの。
何の迷いもなく画用紙に腕を伸ばし、ぐりぐりと勢い良くダイナミックかつカラフルな色使いで描かれていくのは――なんだかよくわからないもの。
おそらくは四足歩行の動物だろうが、藤彦以外には判別が難しい代物だ。鼻歌混じりに絵を仕上げていく藤彦。其処に偶然、風の魔女が通りかかった。
「え?」
「うん?」
「……え?」
最初は子供になった藤彦を何の脅威もないものだと思って通り過ぎようとした魔女だが、謎の絵を見て驚きの声をあげた。どうしたの、ときょとりとする藤彦を見てから風の魔女は不思議な動物を二度見する。
「それは何でしょうか」
「めっちゃ可愛ええうさぎさんやろー」
思わず問いかけてきた魔女に対し、藤彦は自信満々に答えた。
フォーヴィスム、或いはキュビスムの極地。そのように表すしかない名状しがたいうさぎのような何かの絵を掲げた藤彦は満面の笑みを浮かべている。
絵はともかく、笑顔だけはとても愛らしい。
「うさぎ、ですか」
「うさぎ好きな兄さんがおってなー」
「そうですか、お兄さんが……?」
風の魔女は暫しぼうっとしていた。野獣的にも見える謎のうさぎが気になって仕方ないのだろう。その眼差しはずっと絵の謎生物に注がれている。
「兄さんにも見せたら喜んでくれるやろか」
自分の絵を気に入ってもらえていると感じた藤彦は無邪気に笑った。すると風の魔女は興味深いと呟き、画用紙に顔を近付ける。
「私にはお兄さんのことはわかりませんが、あなたには将来性を感じますね」
「ふぅん。それやったら……なぁ、姉さんもこうゆうん好き?」
双眸を細めた藤彦は、新しい画用紙に追加で謎うさぎの絵を描きながら震魂戯画を発動させていく。その途端、見事に性癖を突かれていた魔女の身体に痛みが与えられた。
「痛、ぅ……! やりましたね、お返しです!」
塗料を紡いだ魔女は蜘蛛糸に色彩を乗せ、キュビスムな絵に対抗するアートを岩場に描いてゆく。新たな絵が描かれていく最中に藤彦にも塗料が降り掛かったが、ふるふると身体を震わせた彼は平気そうだ。
「やったぁ、うさぎさんの仲間やー」
岩に糸で描かれたのは巨大な謎動物のアート。
きゃっきゃと両手を広げて喜ぶ藤彦の前で風の魔女もまた胸を張り、うさぎ(?)親子の完成を喜んでいた。
何だかほのぼのしているが、これもまた戦い。
何故なら、魔女の紡ぐ糸は自らの命を消費して彩を宿していくものなのだから――。
大成功
🔵🔵🔵
ドゥアン・ドゥマン
■心情
…ただ絵を描きたくて、描いた。…それだけで、命を削る谷とは
…なんともだが、…オブリビオンであれば
猟兵、墓守として。相応しき、葬送を
■対抗策
思考力は保ちたい
持ち物をしかと携え、己が何者か忘れぬように
(縮むならば、松ぼっくりの如くから、
手足が四本生えたギョロ目の毛玉になるやも
口調変わらぬが、そも無口故)
■行動
戦闘の際は戦うが、…まず、絵を描くのだな…?
…絵心は無い。が…
…魔女殿とその谷を、描こうか
倒すべき相手とて、芸術なるは…素晴らしいと思う
証を遺す…等と言える腕では、無いが、
その魂が絵画好むなら。…時にはこんな葬送もありだろうか
色んな絵具を、使おう
【墓場影絵】も合わせ、楽し気な絵を描けたら
●風を描く筆
かの魔女を思い、峡谷を見つめる。
彼女はきっとただ絵を描きたくて描いた。手にした力を使って表現力の限界を確かめてみたかっただけのはずだ。
「……それだけで、命を削る谷とは」
ドゥアンは骨骸の奥に潜めた蒼の双眸を鋭く細めた。
時蜘蛛の力を得た魔女はオブリビオンだ。その生命力は常人とは比べ物にならぬほど有り余っていると分かっているが、それでも解せぬ思いはある。
ひとりの猟兵――そして、墓守として相応しき葬送を与えるのが己の役目だとして、ドゥアンは己を律した。
そして今、峡谷に踏み入った彼の身は松ぼっくりになっていた。
無論、それは毛玉の状態を例えただけ。
彼の姿がまあるい毛玉から手足が四本生えたものになった理由は、この峡谷に満ちる蜘蛛糸の魔力を受けた所為だ。
被っていた骨骸からひょこりと抜け出したドゥアンは身体を震わせた。その毛並みの間からはぎょろりとした目が見え隠れしている。
ドゥアンは空を仰ぐ。
視界には空の色以外に鮮やかに染まった細い糸が何本も見え、自分にそれらが絡まっているのだと分かった。ドゥアンは前脚で糸を振り払い、ちいさな身体を動かす。
襤褸布の影にはしかと道具が仕舞われている。
身体は縮んで幼くなったが、思考は今までのままだ。
己が何者であるかも忘れておらず、目的やすべきことも覚えている。よし、とそっと呟いたドゥアンはころころと転がるように峡谷の奥へと進んだ。
そのとき、強い風が吹いた。
その風の元に件の魔女が居るのだと察したドゥアンは、押し返されぬように先を目指していく。そして――。
この辺だろうか、と目星をつけたドゥアンは持参していた道具を広げた。
風の魔女のアートが紡がれているこの場所ならば、ちいさな自分が絵を描いていても見つけやすいはずだ。
正直を言えば絵心はない。だが、この戦場ではこれこそが戦う術だ。
「あれが魔女殿……」
ギョロ目で峡谷の奥に居る風の魔女を見つめたドゥアンは、その姿をしかと捉えた。彼女は絵筆で岩壁に絵を描くのに忙しいらしく、まだ此方に気付いてはいない。たとえ猟兵が来ても蜘蛛糸が力を奪うので脅威ではないと考え、気を抜いているのだろう。
キャンバスを広げたドゥアンは筆を執る。
描くと決めたのは魔女と峡谷。
倒すべき相手とて、芸術を嗜み愛することは素晴らしいことだ。敵であっても敬意を払い、侮るでも突き放すでもなく全力で屠る。
絵の対決というイレギュラーな状況であってもドゥアンの姿勢は変わらない。
彼女が生きた証。描いた軌跡を遺す。
大それたことは語れず、誇れるような腕では無いが、ドゥアンは本物の魔女と峡谷を見ながら筆を走らせていった。
「その魂が絵画を好むなら、描こう」
ドゥアンは変幻自在な影となりながら、様々な絵具を絵に乗せていく。
風の魔女が纏う緑。その周囲に浮かぶ塗料の鮮やかな色彩。大きな筆で彼女が描く跡まで、丁寧に色を塗り拡げていった。
幼い毛玉の手で描くものは決して上手だとは言えない。
それでもドゥアンは手を止めない。見たままを描いたその絵はやがて、ふと後ろを振り向いた風の魔女の目に留まった。
「可愛い毛玉さん、一体なにを描いて……私、ですか?」
問い掛けかけた魔女は絵の内容を察し、眼鏡の奥の瞼を何度か瞬く。多くは語るまいとして眼差しと頷きだけで答えたドゥアンは絵を前脚で掲げた。
「これを私に?」
「ああ」
「では私のとっておきを見せましょう!」
小さなキャンバスを蜘蛛の脚で受け取った風の魔女は、魔力の糸を紡ぐ。それまで描かれていた竜の絵の隣に糸で紡がれたのは松ぼっくりのようなドゥアンの姿だ。
「なるほど、上手いな……」
「ええ、お返しです。それでは私は次の絵を描くのに忙しいので!」
ドゥアンが素直な感想を零すと、風の魔女はひらりと身を翻して何処かに向かっていってしまった。ドゥアンは魔女の背を見送った。
この短い手足ではどうせ追いつけぬだろう。それに――。
「……時には、こんな葬送もありだろうか」
糸と共に生命を消費して紡いだ魔女はいずれ、骸の海に還ることになる。
渡した魔女と峡谷の絵は或る種の弔いや手向けになるのかもしれない。そんなことを考えながら、ちいさなドゥアンは魔女が岩壁に描いた絵を振り仰いだ。
大成功
🔵🔵🔵
乱獅子・梓
【綾(f02235)と】
幼児化:強気でお兄ちゃん気取りな感じ
うーーん、なに描こうか!
俺といえばやっぱりドラゴンだな!
焔!零!こっちこーい!
ドラゴンの焔と零を呼び出す
いいかお前ら、そのままじっとしとけよ!
片目閉じてクレヨンをグッと前に突き出す
画家気取りなポーズをしつつお絵かき開始
焔と零だけじゃちょっと味気ないから
バックに青空と、雲と、太陽も描いて完成!
※羽が生えた猫みたいな絵が描けました
綾はなに描いたんだ?
うおっ、焔と零だけじゃなくて
俺まで描いたのか!やるじゃねーか!
えらいえらいと綾の頭わしゃわしゃ
どうだオブリビオン!
俺達の描いた絵はイカしてるだろ!
…え、ねこ?いやこれはドラゴン…
まぁいいか!!
灰神楽・綾
【梓(f25851)と】
幼児化:ニコニコおっとりマイペースな感じ
梓はモデルがいていいなぁ
俺はなに描こうかな…
あ、そうだ。いいこと思いついた
勝手にモデルにしちゃえばいいんだ
焔と零と、それを描いている梓の姿をお絵かきしだす
俺がこっそり皆を描いていることに気付かずに
真剣な顔でお絵描きしている梓とか
じっとするのに飽きてあくびをする焔とか
勝手にどっか行こうとする零とか
それを叱る梓とか
眺めているとにこにこと笑みが溢れる
俺も出来たー。梓、見てみて
※梓よりもなかなか上手い絵が描けました
とっても仲良さそうに描けたよ
えへへ(撫でられて嬉しそう
梓の描いた焔と零もかわいいね
ねこみたい、とは思ったけど口に出さず
●ドラゴンアートに御用心
色とりどりの美しい糸が張り巡らされた峡谷。
風の魔女が描いた絵が其処かしこに見える其処に、二人の少年が歩いていた。
「きれいだね、あの絵」
「おー、すごいな! 見ろよ綾!」
のんびりとアートを眺めるのはおっとりとした綾。その手を引いて元気よく笑い、兄のように振る舞っているのは梓だ。
峡谷に踏み入ったことで魔力の糸に触れた彼らは今、幼児化している。気持ちまで何となく六歳になってしまっているが、二人はちゃんと何をすべきかは覚えていた。
「うーーん、なに描こうか! そうだ!」
絵を描くことが戦いになると知っている梓は綾の手を離し、自分の傍にいつも連れているドラゴンたちを呼ぶ。
「焔! 零! こっちこーい!」
「キュー!」
「ガウ!」
すると普段よりも幾分かちいさくなっている二匹の竜が梓に寄り添った。
やはり自分といえばドラゴン。描くなら焔と零しかないと感じた梓はクレヨンを握り締め、画用紙を取り出した。
「いいかお前ら、そのままじっとしとけよ!」
「梓はモデルがいていいなぁ。俺はなに描こうかな……」
綾は二匹と梓を微笑ましく見つめながら、そっと周囲を見渡す。綾もクレヨンを持ってはいるが何を描こうか迷ってしまう。
その間にも梓はどんどん二匹の絵を描いていっているようで――。そのとき、綾はふと或ることに気が付く。
「あ、そうだ。いいこと思いついた」
ニコニコと笑みを浮かべた少年綾も画用紙を広げて灰色のクレヨンを手に取った。
梓は綾も何かを描き始めたことに気付いていたが、今はお絵描きに夢中。片目を閉じてクレヨンを前に突き出せば気分は有名画家。
ふふん、と胸を張った少年の画用紙には焔と零の姿がしっかり描かれている。
「うーん。焔と零だけじゃちょっと味気ないか?」
「キュー?」
「ガウ……」
二匹のドラゴンが不思議そうに首を傾げる中、梓は背景に青空の色を塗っていく。そして其処に雲と太陽を描けば、楽しい一枚の絵が完成した。
それと同じくして綾も順調に絵に色を塗っていく。モデルがないなら、勝手にモデルにしちゃえばいい。
そんな風に考えた綾は焔と零と、それを描いている梓の姿を記していた。
(梓、真剣だ……)
こっそりと皆を描いていることに気が付かずにいる彼を見つめ、綾は楽しげに瞳を緩める。描くために観察しているといろんなことが分かった。
(あ、焔があくびしてる。零も飽きてどこかに行っちゃいそうで……)
それを叱る梓の声や姿が可愛い。
先程はお兄さんぶっていても、こうしてみると彼もまだ幼い。幼児化しているので当たり前なのだが、二人と二匹の間に巡る時間は穏やかだった。
そして、綾もしっかりと絵を描き終えた。
「俺も出来たー。梓、見てみて」
「綾はなに描いたんだ?」
「とっても仲良さそうに描けたよ」
「うおっ、焔と零だけじゃなくて俺まで描いたのか! やるじゃねーか!」
「えへへ」
綾の絵を見た梓は嬉しくなって満面の笑みを浮かべ、えらいえらいと綾の頭をわしゃわしゃと撫でた。その掌の温度が心地好く、綾も口許を緩める。
そして、其処に風の魔女が通りかかった。
「何を描いていたのですか、少年くん達」
絵を嗜むものとして気になったらしい魔女が二人に近付いてきた。梓は得意気な様子で画用紙を掲げ、じゃじゃーんと勢いよく見せた。
「どうだオブリビオン! 俺達の描いた絵はイカしてるだろ!」
「かわいいねこですね」
「あっ」
自信満々に見せたドラゴンの絵に対し、風の魔女は素直な感想を告げた。言わないでおいたのに、と綾がそっと肩を落とす中で梓は驚愕する。
「……え、ねこ? いやこれはドラゴン……」
実際に梓の画用紙には羽が生えた猫のような動物が並んでいた。竜だと主張しようとした梓だったが、すかさず綾がフォローを入れる。
「梓の描いた焔と零はかわいいよ」
「そっか、そうだよな。まぁいいか!!」
気にしない、と笑い飛ばした梓は再び得意そうな表情を浮かべた。そうして綾も魔女に自分の絵を示していく。
「やはり幼児の絵は可愛いですね。ですが……これがドラゴンというものです!」
すると風の魔女は蜘蛛の糸を紡ぎ、空中に焔と零の絵を描いた。
わあ、と綾が感心する中で梓も目を輝かせる。
「可愛いとかっこいいが一緒になってるね」
「すごい、本物そっくりだ!」
それぞれにはしゃぐ二人を見遣った魔女も、自分の絵を披露できて満足なようだ。彼らが蜘蛛糸アートの出来栄えに夢中になっている間に風の魔女は踵を返し、何処かに去ってしまった。だが、これで良い。
魔女にアートな刺激を与えて蜘蛛糸を紡がせる。
その目的は此処でこうして果たされたのだから――。
そうして暫し、二人の少年は無邪気な視線を交わして笑いあっていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シズホ・トヒソズマ
絵ですか、これまたやったことのない所を…
ま、なんとかなるでしょう、多分
というわけで子供になってしまいましゅ!
ふふん、シズホはからくり人形を自作してましゅからデザインセンス自体はあるのでしゅ、多分!
モデルも当然むすめのよーなものの人形達でしゅ!
でも子供の指だと人間っぽいポーズを取らせるのがむずかちいので
ゆーべるこーどで命を与えてモデルになってもらいましゅ!
人形操りで鍛えた器用さで絵を描いていきましゅよー
でも何より、人形達がだいしゅきって気持ちを込めましゅ!
じぶんで作って命を与えてむすめのように思ってりゅ皆を!
人形達が思い思いのポーズで遊んでる絵を描き上げましゅ
これがシズホのだいしゅきでしゅ!
●大好きな気持ち
「絵ですか、これまたやったことのない所を……」
群竜大陸はまるで試されし大地のようだ。未体験かつ未経験の戦いを強いられることになった現状を思い、シズホはそっと溜息をついた。
しかし、やったことがないからといって退く理由になどならない。
幼児化かつアート対決。
シズホは自らを宿してくれている身体への負担をについて考えたが、いつものような激しい戦いにはならないだろうとしてお絵描き対決へと思いを馳せる。
「ま、なんとかなるでしょう、多分」
絵は上手い下手ではなく心だと聞いていた。
それならばきっと全力で立ち向かえば大丈夫だ。そう考えたシズホは件の峡谷へと踏み入っていき、そして――。
「子供になってしまいましゅた!」
全身スーツは縮み、中のシズホも幼い少女になった。
魔法の糸が触れたことによってマスク自体もちいさくなっている今、シズホの口調はとても可愛らしいものになっている。
谷は風の魔女が描いた糸や絵具のアートに満ちていて色鮮やかだ。
此処で何らかの絵を描けば魔女が興味を示してくるはず。どうやってその絵を作っていくかが勝負だと感じ、シズホは意気込む。
「ふふん、シズホはからくり人形を自作してましゅからデザインセンス自体はあるのでしゅ、多分!」
そういった理由で自信は大いにあった。
それゆえに描くモデルも当然、自身の娘のようなものの人形達だ。
「可愛く描くでしゅ!」
しかし、シズホは幼い子供になっている。短くて柔らかな子供の指では人間っぽいポーズを取らせることが困難だった。
「むずかちい……」
これではデザインセンスを発揮する以前の問題になってしまう。其処でシズホはぴこーんと名案を思いついた。
そう、ユーベルコードで命を与えてモデルになって貰えばいいのだ。
「いきましゅよー」
六歳になっていることで威力は弱くなっているが力を使えないわけではない。生命を与えられた自律絡繰人形は見事に動き、シズホの思ったポーズをとってくれた。
そして、元より持ち得ていた器用さを駆使した彼女は絵筆を動かしていく。
描くのは可愛らしい人形の絵。
風の魔女の興味を引くことも大事だが、シズホには別の想いもあった。
「何より、人形達がだいしゅきって気持ちを込めましゅ! じぶんで作って命を与えてむすめのように思ってりゅ皆を!」
大好きだと感じる気持ちは唯一のものだ。
そして、人形達が思い思いのポーズで遊んでいる絵を描きあげたとき――風の魔女がシズホの絵を覗き込んできた。
「思いの籠もった素晴らしい絵ですね」
「もちろんでしゅ。これがシズホのだいしゅきでしゅ!」
「では、其処に私の彩りをあげましょう」
魔女は絵を描く者に自分から攻撃を行う心算はないらしく、ふっと笑んだ。そして蜘蛛の足を掲げたかと思うとシズホの描いた絵に糸の色彩を宿す。
どうやら足りない絵具の色を補ってくれたようだ。魔女にそうさせるほどにシズホの絵には愛が籠もっていたということだろう。
「それでは、さようなら」
「え? もうお別れでしゅか?」
風の魔女はそれだけを告げると、次の絵を描くために何処かに向かっていった。
何だか腑に落ちないシズホだったが彼女の生命を削るという行動はしっかりと行えている。役目はもう果たしている上、幼い身で追ったとしても追いつけないだろう。
シズホは魔女の背を見送ってから、自分の絵をじっと見つめた。
大好きを描いた絵。
其処にはキラキラと光る蜘蛛糸の色彩がしかと宿されていた。
大成功
🔵🔵🔵
フィーナ・シェフィールド
お絵描き対決…っ
なんて楽しそうな魔女さんなんでしょう…♪
舞台や音楽で磨いたアートセンス、お絵描きにも活かせたらいいのですけど。
えのぐといろえんぴつ…どっちにしようかなー?
画用紙を手に、うーん、と悩んだ上で手にしたのは絵の具。
ふぃーな、おそらにうかぶくもをかくの!
(蜘蛛ではありません)
谷間から見える青く広がる空、そこに浮かぶ色々な形の雲。
風に流れて形が変わったら、また新しい紙に、新しい空を。
どこまでも続く青と白を、見えるがままに描き出します。
らん、らんらら、らんらんらん~♪
【悠久に響く幻想曲】で召喚した小人さんたちの演奏に乗せ、楽しそうに歌いながら、のびのびと筆を進めていきますね。
●幻想曲と空の色
時蜘蛛の峡谷は今、鮮やかな色彩に包まれていた。
見渡す限りの色、彩、綾。フィーナは不思議とわくわくするような気持ちを覚え、峡谷の中に踏み入っていった。
此処で行われるのはお絵描き対決。
「なんて楽しそうな魔女さんなんでしょう……♪」
フィーナは自分の身体が糸に触れ、次第に幼くなっていくことを感じる。しかしそれは元から覚悟していたこと。
気持ちまで幼くなっていく中、フィーナは期待に胸を膨らませていた。
舞台や音楽で磨いたアートセンスがお絵描きにも活かせたら良いとフィーナは考えていた。六歳になっても経験はあまり失われていない。その理由は更に幼い頃からずっと様々な楽器に親しみ芸術に触れてきたからだ。
音は色彩に例えられることもある。
だから、と顔をあげたフィーナは峡谷に広がる景色を見つめた。そうして彼女は風の魔女に見て貰うための絵を描きはじめる。
「えのぐといろえんぴつ……どっちにしようかなー?」
画用紙を手にした少女は、うーん、と悩む。
魔力によって思考も幼くなったフィーナにとって画材を選ぶのも楽しいことだ。大いに悩んで選び取ったのは絵の具。
これにしよう、とふわふわと笑った少女は筆を握る。
「ふぃーな、おそらにうかぶくもをかくの!」
振り仰いだ青空と白い蜘蛛――ではなく、雲が流れていた。蜘蛛に対抗して雲を描くフィーナは無邪気に双眸を細める。
谷間から見える青く広がる空、そこに浮かぶ様々な雲は見ていて飽きない。
何故なら、風によって形が変わるからだ。
あれはピアノのかたち。
あっちの雲は譜面台に似ている。
空の色は生まれ育った都市に流れる川や澄んだ泉の色を思い起こさせた。風に流れた雲の形が変わったら、違う紙に新しい空を描いていく。
それはどこまでも続く青と白を表すフィーナなりの表現だ。
「らん、らんらら、らんらんらん~♪」
絵を描きながら歌を紡いだフィーナの周囲には小人の音楽隊が召喚された。幼児化の魔力の影響なのか小人の数は少ない。
しかし、楽しげなフィーナの周りで演奏する小人達は楽しげだ。
――想いを、響き合わせて。
悠久に響くような歌声と共にのびのびと描く空と雲の絵。それは峡谷を移動していた風の魔女の目に留まったようだ。
「なるほど、空の絵ですか」
「あなたは?」
「名乗るほどの名は持ち合わせていません。それよりも……」
「なあに?」
魔女に絵を覗き込まれたことで少し驚いたフィーナだが、風の魔女だと分かると逆に警戒を解いた。どうやら相手は絵を描く者に自分から危害を加えることはないようだ。
ふふ、と笑った風の魔女はフィーナの描いた雲の絵に糸を紡ぎ出した。
「雲に蜘蛛、素敵でしょう?」
「わあ……びっくりした。でもきれい!」
最初は絵が汚されたかと思ったフィーナだが、蜘蛛糸は雲の白にキラキラと煌く虹色の彩を齎した。まるで二人のコラボレーションのようだ。
楽しげに笑った少女に静かな笑顔を返し、魔女はそのまま去っていってしまう。
「これでよかったのかな……?」
糸は魔女の命を紡いだものだという。フィーナは風の魔女の気配が遠くなっていくことを感じながら、画用紙に宿った糸の色彩を暫し見つめていた。
そして――猟兵達が描いた絵の影響によって魔女の命は少しずつ削られていく。
大成功
🔵🔵🔵
ルク・フッシー
えっと…とにかく絵を描けばいいんですね…
はい、わかりました!おまかせください!
(転移、そして幼児化)
(今以上におどおどびくびく、でも絵が大好き)
く、クモのおねえさん…?(びくびく)
あ、でも、おねえさんの絵、とってもすてきです〜
ぼ、ボクも描きたくなりましたっ
うーん、じゃあまずはこの『ときぐものきょうこく』から描きはじめますっ
………〜♪(幼児とは思えない画力と勢いで、峡谷の妖しさや時蜘蛛たちを見事に描き出す)
つぎは、そうですね…あのあおぞらを描きましょう
〜♪〜〜♪(とにかく描くのが楽しい、というようにニコニコ笑顔で描き続ける)
それと、あの…その…
く、クモのおねえさんを、描いても、いいですか…?
●共に描く景色
――お絵描き対決。
今回のオブリビオンとの戦いは絵なのだと聞き、ルクはやや困惑していた。
「えっと……とにかく絵を描けばいいんですね……」
自分も絵を描いて戦うスタイルなのでその類だと思ったのだが、どうやら少し違うらしい。互いに危害を加えない純粋なアートバトルが件の峡谷で待っているという。
何だか不思議な感覚だったが、ルクはすぐにぐっと意気込む。
「はい、わかりました! おまかせください!」
自分の絵を描く力が役に立つ。
そんな遣り取りを交わしてから、転移されてきたのは少し前のこと。
そして、時蜘蛛の峡谷に入った現在のルクはというと――。
「わ、ひぇ……あっ、クモの糸がいっぱい……!」
時蜘蛛の糸の魔力を受け、幼児化したルクはふたまわりほどちいさくなっていた。普段以上におどおど、びくびくしてしまっているのは周囲のものが何だか妙に大きく感じられるからだった。
自分がちいさくなっているのだと分かっていたが怖いものは怖い。
しかし、おずおずと辺りを見渡したルクの瞳に或るものが映った。
「あれは……ドラゴン?」
思わず目を奪われたのはこの峡谷に現れたという風の魔女が描いたアートだった。多頭のドラゴンが糸で描かれている様は圧巻。
ルクは暫し岩壁に張り巡らされた糸のアートを見つめていた。
その瞳にはきらきらとした光が反射している。絵が大好きだという気持ちは幼くなっても変わらずにルクの胸に宿っていた。
そして、ルクの視線の先には大きな筆を持ってドラゴンの絵の仕上げをしていく風の魔女の姿があった。
「く、クモのおねえさん……?」
オブリビオンだと気付いたルクはふたたび身体をびくっと震わせる。
その背には蜘蛛の脚が生えている。だが、此方に目もくれずに絵を描いている魔女の姿は何だか好感が持てた。
「あ、でも、おねえさんの絵、とってもすてきです~」
あのドラゴンは帝竜ヴァルギリオスではあるが、描かれた絵自体にに罪はない。ルクは絵心を刺激された気がして絵筆をぎゅっと抱えた。
「ぼ、ボクも描きたくなりましたっ」
身体がちいさくなっているので特大絵筆は更に大きく感じられる。それでも一度火がついたルクの絵師魂は衰えなかった。
「うーん、じゃあまずはこの『ときぐものきょうこく』から描きはじめますっ」
それまで怯えていた気分も何処へやら、ルクは楽しげな笑みを浮かべる。
軽い鼻歌を口遊むルクは幼児とは思えない画力と勢いで、峡谷の妖しさや時蜘蛛の糸が織り成す光景を見事に描き出していった。
絵の具が華麗に舞い、風が吹き抜ける谷を彩っていく。
「つぎは、そうですね……あのあおぞらを描きましょう」
~♪ ~~♪
とにかく描くのが楽しい。ルクはニコニコとした笑顔で景色を描き続ける。すると風の魔女も彼の存在に気付き、大きな筆を抱えて近付いてきた。
「これはこの谷の絵ですね。見事です」
絵を嗜み、愛する者としてルクを認めた魔女は静かに微笑む。
ルクもつられて笑顔になり、少し遠慮がちに問いかけてみた。
「あの……その……く、クモのおねえさんを、描いても、いいですか…?」
「構いませんよ。では、私はあなたを描きましょう」
頷いた魔女は色鮮やかな蜘蛛糸を紡ぎ出していく。その糸が己の命を削るものだとは知らぬまま、風の魔女はルクの姿を描いた。対するルクも魔女を自分なりに描き、峡谷の岩や地面をカラフルに彩ってゆく。
もし彼女がオブリビオンでなければ仲良くなれたのかも――。
そんな思いが過ったが、ルクはふるふると首を横に振る。絵を描かせ、魔女の命を少しずつ消費してもらう。
残酷なことかもしれないが、これこそが平和を取り戻す為の戦い方だ。
それでも、共に描いたこの絵のことは忘れないでおこう。
懸命に絵を記したルクはそっと心に誓った。
大成功
🔵🔵🔵
フィーリス・ルシエ
妹分のシュリ(f22148)と参加
幼児化によりいつもよりテンション高め
あらまあ、何だかシュリが小さい…って、私も小さくなってる
元から小さいなんて失礼ね
小さくても、私はシュリのお姉ちゃんなんだからね
なるほど、お絵描きをすればいいのね
ふふ、大きなキャンバスに、シュリと二人で大きな絵を描くわ
青空の下に広がる花畑の絵なんてどう?
私は筆なんて使わないの
だって私、小さいし、フェアリーだもん
私自身が画材になるの
全身に絵の具を付けて、飛びながらキャンバスに色をぺたぺた
わぁ、なんだか楽しい♪
ねえシュリ、私の羽根に絵の具を塗って
仕上げに背中の羽根を判子代わりに使って、妖精達を描くから
どう?私達のアート
完璧でしょ?
シュリ・ミーティア
姉貴分のフィーリス(f22268)と
呼び方はフィー
身長以外あまり変化なし
…なんだか空が遠くなった
フィーも小さい。元から小さいけど
わ、怒らないで
子どもなのにお姉ちゃんみたい
絵を描けばいいんだっけ
あれ、絵ってどうやって描くの…?
ひとまず誰かの見様見真似で
筆でキャンバスぐりぐり
楽しいけど、少し面倒
フィーは…わぁ、何だかいつもより元気
子どもになったから?
私もがんばろ
バケツに絵の具を溶かして狼尻尾をちゃぽん
大きなキャンバスに豪快に尻尾筆をペシン
色んな緑を塗り重ねて
明るい色は尻尾を振って飛沫を飛ばせば
緑の草原に色とりどりの花が咲く
フィーの羽根も尻尾で塗って
うん、いい感じ
まだまだ、敵が弱るまで描き続けよう
●羽と尻尾の色彩を
「……なんだか空が遠くなった」
強い風が吹き抜ける時蜘蛛の峡谷の最中、シュリは天を仰いだ。
其処彼処に張り巡らされた色鮮やかな糸に触れた彼女達は今、身体がちいさくなっている。だからいつもより空が高く感じられるのだろう。
「あらまあ、何だかシュリが小さい……って、私も小さくなってる」
「フィーも小さい」
元から小さいけど、とシュリが付け加えればフィーリスは頰を膨らませた。その仕草はまさに子供そのものであり幼さを感じさせる。
「失礼ね。どんなに小さくても、私はシュリのお姉ちゃんなんだからね」
風に飛ばされないようにシュリの肩に止まったフィーリスは、ぺちぺちとその頰を軽く叩いた。ごめん、と告げた彼女は狼尻尾をしゅんと下げる。
「わ、怒らないで」
子どもなのにお姉ちゃんみたいだと思ったことはそっと胸に秘め、シュリは改めて周囲を見渡してゆく。
辺りは時蜘蛛のカラフルな糸に満ちていた。
岩壁には風の魔女が絵筆で描いたらしき様々なアートが広がっている。その色彩は美しいという他なく、二人は暫しその光景を見つめていた。
魔女は糸を紡ぐ度に命を消費しているのだという。しかし幼い子供の姿になり、普段の力を奪われている彼女達では太刀打ちは出来ない。それゆえに――。
「絵を描けばいいんだっけ」
「なるほど、お絵描きをすればいいのね」
自分達の絵を見せて、更なる糸を紡がせれば敵の力を削げる。フィーリス達は頑張ろうと頷きあった。だが、そんな中でふとシュリが首を傾げる。
「あれ、絵ってどうやって描くの……?」
「勢いよ、アートはきっと心で描けばいいの」
やるわよ、と告げたフィーリスは気合十分。シュリも見様見真似でやればいいのだと察し、持ってきた筆を握った。
彼女達が用意してきたのは大きなキャンバス。
それに二人で大きな絵を描けば、風の魔女だって無視はできないはずだ。
「青空の下に広がる花畑の絵なんてどう?」
「うん。じゃあまず青を塗って……。楽しいけど、少し面倒かも」
フィーリスの呼びかけに応じたシュリはぐりぐりと思うままに筆でキャンバスをなぞっていった。その際に零れたのは絵を描くことに慣れていないゆえの言葉だ。
するとふわりと宙に舞ったフィーリスが胸を張る。
「私は筆なんて使わないの」
「どうして?」
「だって私はいつもより小さいしフェアリーだもん。言ったでしょ、心で描くって」
「それって――」
即ち、自分自身が画材になる。
不思議そうな顔をしているシュリを横目にフィーリスは自分の全身に絵の具を付けていった。そして、キャンバスへと近付いた彼女は色をぺたぺたと塗り拡げていく。
「わぁ、なんだか楽しい♪」
そういってキャンバスの上ではしゃぐフィーリスは無邪気な表情を浮かべていた。いつもとは少し違う彼女の様子を見つめるシュリは双眸を緩く細める。
「フィーは……わぁ、何だかいつもより元気」
きっと子供になったからだ。
自分も負けていられないと感じたシュリにも僅かな幼い心が宿っていた。私もがんばろ、と言葉にしたシュリはバケツに絵の具を溶かしてゆく。
そうして、尻尾をちゃぽんと其処につける。
「シュリもなかなかにやる気ね」
「……えい」
大きなキャンバスに豪快に尻尾筆を振るえば、普通の筆では面倒だった色塗りがあっという間に進んでいく。
濃い緑、深い緑、薄い緑。たくさんの彩を塗り重ねていき、明るい色は尻尾を振って飛沫を飛ばせば――絵の中の草原に色とりどりの花が咲く。
「ねえシュリ、私の羽根に絵の具を塗って」
その光景を楽しげに見つめていたフィーリスはシュリに願う。尻尾で飛ばす絵の具で丸い花が咲くなら、妖精の羽根でなら違う花を描くことも出来るはず。
「はいどうぞ、フィー」
「ありがとう!」
フィーリスに言われた通りにシュリが尻尾で色を塗れば、判子代わりにされた羽根がキャンバスを彩っていった。
青い空の下で息衝く緑。其処に咲く鮮やかな花々。
「うん、いい感じ」
「なるほど、これは面白い表現方法ですね」
シュリが自分達のキャンバスを見つめていると、いつしか現れた風の魔女も興味深そうに二人の絵を眺めていた。
どうやら楽しそうに絵を描く二人が気に掛かって訪れたらしい。
フィーリスは相手が攻撃を行ってこないことを察し、大きく胸を張ってみせる。
「どう? 私達のアート、完璧でしょ?」
「そうですね、自分の身体を使って描くのは斬新です。素晴らしい、ですが――」
自分も花を描くのは得意だ。
そう告げた風の魔女は背に生えた時蜘蛛の足を広げ、一気に糸を解放する。一瞬、身構えかけたシュリだが魔女は二人に対抗して地面に花を描いただけだった。
「魔女だけあってやるわね」
「お花、きれい……」
「いいえ、あなた達だって」
フィーリスとシュリ、そして風の魔女の視線が交差する。
新たな絵が糸で描かれたことで相手の生命力も少しずつ弱っていっているはずだ。未だ時間はかかるだろうが、二人は見事に魔女の気を引くことが出来た。
「私達も、もっとたくさん描くわよ」
「うん、負けないから」
まだまだアートバトルは始まったばかり。敵が弱るまで二人で一緒に楽しく描き続けようと心に決め、フィーリスとシュリはそれぞれの思いを抱いた。
そして、キャンバスには更なる花が咲いてゆく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
真宮・響
ふええ・・・ここはどこ?(6歳児になって大人しくておどおどした性格に。18歳になるまで箱入りお嬢様だった)
なんか派手なお姉さんがいる・・・お絵描きして見せて上げればいいんだね?恥ずかしいけど頑張る!!(クレヨンを握る)
わたしはいろいろな色のお花書くね!!赤、ピンク、黄、紫、オレンジ・・・魔女のお姉さん、どう?綺麗でしょ?(恥ずかしがりやなので絵で顔を隠してる)
お姉さんが喜んでくれないなら色んな色の鳥一杯書くよ?邪魔する子達は拳でぽかぽかしてめってするね!!(無意識の【怪力】で炎の拳で殴る。ただ駄々っ子が拳を振り回しているようにしかみえない)魔女のおねえさん、疲れちゃったの?(首傾げ)
●花と額縁
「ふええ……ここはどこ?」
辺りをきょろきょろと見渡す響は今、とても不安気だ。
それまで使命を帯びて此処まで歩いてきたはずだったが、時蜘蛛の峡谷に張り巡らされた目に見えないほど細い糸に触れたことで魔力が巡った。
それによって、現在の響は六歳の姿になっている。
おどおどしている彼女は心まで幼くなってしまっていた。箱入り娘だった彼女は周囲に誰も居ない状況が怖くて仕方ない。
泣き出しそうになりながらも、心の片隅に残った記憶を頼りに歩く。
「ふぇ……う、誰か……」
心細い、寂しい、という気持ちが溢れてくる。
しかし助けてとまでは言えないのは、響の中に猟兵としての僅かな気持ちが残っているからだろう。ありったけの勇気を振り絞って暫し歩けば、行く先にある大きな岩壁に色鮮やかなアートが見えた。
それは今まさに描かれている竜の絵だ。
絵を描いているのは背に蜘蛛の足を生やした魔女のような人物。興味を示した響はそっと其方に近付いていく。
「なんか派手なおねえさんがいる……」
対する風の魔女は一度だけ響の方に振り返ったが、此方が子供だと分かると視線を外して作業に戻った。どうやら幼児化した相手など取るに足らないと思っているらしく、絵を描くことを優先したようだ。
そのとき、アートを見上げていた響がはっとする。幼くなって忘れてしまっていたが、確か使命があったはずだ。
「おえかきして見せてあげればいいんだね? 恥ずかしいけどがんばる!!」
やるべきことを理解した響はクレヨンを握る。
絵を描くということは年齢に関係ない。今の自分が出来ることをやるのだと決めた響は取り出した画用紙にクレヨンを走らせていく。
岩壁に魔女が描いているのは様々な色を宿した八本首の竜だ。
その色彩に影響を受けた響は描くものを決めた。
「おねえさんがドラゴンなら、わたしはいろいろな色のお花を描くね!!」
赤、ピンク、黄、紫、オレンジ――クレヨンの色をすべて使っていく勢いで響は思うままに花を紙に記していく。
幼い響には八首のドラゴンが咲く花に見えたのかもしれない。
「……魔女のおねえさん、どう?」
そして、出来上がった絵をそっと掲げた響は風の魔女に示す。この頃の響は恥ずかしがりやなので絵で顔を隠しているが、魔女への主張はばっちりだ。
「ヴァルギリオス様の色の花……?」
「ね、きれいでしょ?」
「良い発想ですね。なるほど」
「もっと描いてみるね!」
感心した視線が返ってきたことで、響は色んな色の鳥をいっぱい描き足していく。
すると風の魔女はくすりと笑み、彼女が描く画用紙の周囲に塗料を乗せた鮮やかな蜘蛛の糸を巡らせた。
「わっ、なあに!?」
驚いて無意識に炎の拳を発動させた響。見た目通りに子供が拳を振り回しているようにしかみえないが、響なりの一生懸命だ。
だが――。
「落ち着いてください。絵に糸の額縁をつけただけですよ」
綺麗ですから、と告げた風の魔女の声にはっとした響は腕を下ろす。言葉通りに響の画用紙には糸製の不思議な額が出来上がっていた。
「わあ!」
「…………ふふ」
「魔女のおねえさん、疲れちゃったの?」
「いえ、そんなことは――」
すると魔女は喜ぶ響を見て力なく笑った。首を傾げた響が問うと風の魔女は首を振る。しかし蜘蛛糸は彼女の命を削って紡がれているのだ。
徐々に疲れを見せ始めた魔女だが、未だ本人はその原因に気が付かず――。
絵を通して巡る戦いは順調に進んでいた。
大成功
🔵🔵🔵
兎乃・零時
アドリブ歓迎
思考能力は現在の物
ただ口調や行動までコントロールできるわけでもなく、言葉もひらがなばっかり
姿は肌色は今より白っぽく、クリスタリアン寄りの姿
ぼ、ぼく様のちからはこんなものじゃ…!
(く、くそ……描けない……曲線が描けない…!直線しか…!
ずっと練習して10超えるあたりでちゃんと丸が描けるようになったってのに…一人称も昔のから戻せねぇし…!)
プルプル震えて今にも泣きそう
因みに画力は兎を描こうとして紙兎のような形になる感じ
だ、だが!えをかけばいいならがんばるっきゃないんだ!
これならどうだーーー!!!
(直線の絵をペンでがりがり
出来た絵は浮かぶ紙兎が沢山居て何か魔法のような物をズバズバ撃ってる絵
●線で描く未来
時蜘蛛の峡谷の一角。
其処には鮮やかな塗料で染められた糸が張り巡らされていた。
絵の具に筆、谷の岩場に描かれたアート。其処から或る友人の姿を思い描いた零時だったが、不意に顔に付着した何かに驚いて後ずさる。
「うわっ!」
思わず振り払ったがもう遅い。それが目に見えないほどに細い蜘蛛糸だと気付いたときには、形態変化の魔力は巡ってしまっていた。
見た目は十五歳から六歳へ。
零時が羽織っていた上着が肩からするりと抜けていき、元から大きかった魔法帽子もぶかぶかな状態だ。
「なんだこれ……!!」
思考能力は現在のままであるからこそ違和感が大きい。
だが、零時が考えることと実際の行動が噛み合わないでいる。言葉は今までと比べれば舌っ足らずで、足取りも思ったままにはいかずふらついてしまっている。
そのうえ見た目も随分と変わった。
肌の色はそれまで比べて白く、宝石めいたクリスタリアン寄りの姿になっていた。
「へんなかんじだが、絵をかかないと!」
違和に心が傾きそうになりながらも零時はしっかりとやるべきことを思い出す。事前に用意してきたペンを持ってキャンバスを地に置く。
しかし、思い通りに腕が動かない。幼い頃はこんなに動きが覚束ないものだったのかと思い返すが、現在の方が自由に動かせるゆえのギャップなのだろう。
「ぼ、ぼく様のちからはこんなものじゃ!」
(く、くそ……描けない……曲線が描けない……! 直線しか…!)
普段は俺様と語る一人称もあの頃に戻ってしまっている。
そうだ、昔はずっと練習していた。十を超えるあたりでちゃんと丸が描けるようになったことを思い出した零時はペンをぐっと握る。
プルプルと震える少年は今にも泣き出しそうだったが、僅かに残っている今の理性が泣くことを止めている。
これは或る意味での自分との戦いだ。
「うさぎ……うさぎさん。なんで変なかたちになるんだ!?」
ぺたぺたと筆を動かして何とか描いたのは(多分)ウサギだ。
長い耳があることで何とか動物に見える、例えるならば紙兎のような形。正直を言えば零時自身も納得がいっていない。
「だ、だが! えをかけばいいならがんばるっきゃないんだ!」
それでも彼は持ち前の思いと共に気合いを入れた。
上手く描けないからどうだというのだ。完璧な美しい絵を描けとは言われていないし、芸術とは心で感じるものだと知っている。
零時は幼い眼差しをキャンバスに真っ直ぐに向け、ペンを走らせた。
「これならどうだーーー!!!」
直線の絵。それもまたアートに成り得るはずだ。
すると気合の入った声を聞きつけた風の魔女が零時の近くに訪れた。ふむ、と軽く首を傾げていた魔女は零時のキャンバスを覗き込む。
「な、なに?」
「一途で真っ直ぐ。これがあなたの芸術ですか」
「そうか? ぼく様、ほめられてるのか」
「ええ、そのままその感性を育ててくださいね」
魔女が見ている絵には浮かぶ紙兎がたくさん。魔法のようなものを撃っている絵であり、幼さの中にも零時自身の気持ちが入っている。
魔女はそれだけを言うと風を起こし、零時の前から去っていってしまった。
「え、あれ……まって……!」
走っても間に合わないと知った零時は後を追えなかった。されど彼は気付く。自分の立っている近くには魔女が紡いだらしき虹色の真っ直ぐな糸が残されていた。
それが命を削るものだと知らぬ魔女は、将来性の感じられる零時のために虹の軌跡を残したのだろう。
「これでよかったのか……?」
零時は自分の役目を果たしたことを確かめたが、少しだけ複雑になる。そして――零時は自分の絵と蜘蛛糸を見つめ、大きな魔法帽子を被り直した。
大成功
🔵🔵🔵
菱川・彌三八
こいつァ…ちいと頭ン中まで持ってかれちまうな
あゝ、だがぎょうこうだ
ずうっとかきたかった、云えなかった
このおれに、かけと云ったな
墨の一色でいい
飛ぶ力がわずかにあればそれでいい
まずは大きくぶちまける
ゆびで掠り伸ばしつなげ、大木と大地を
細い筆をつらねうねるようにはしり、浪を
こまかいしぶきで、まいおちる花と葉を
ここからァおれがしっかと描く
見てきたのサ、竜を
たける駒、けむりと仮面、あめと黄金、石のつばさ
むかえうつは唐獅子と鳳凰
たいりんの花よ、ほとばしる炎よ
やはりちいと線はブレるが、大人がえがくよりいきおいが出る
これが大画花追合戦図
地だろうが、空だろうが、かまいやしねえで描く
まだ、まだだ
話しかけんじゃねえ
●大画花追合戦図
色彩を宿す糸が張られた峡谷。
其処に踏み入った彌三八にもまた、蜘蛛糸が持つ不思議な力が齎されていた。
此れが言われていたものだと気付いた彼は敢えて抗わなかった。途端に幼児の姿になった彼の中には違和が巡っている。
(こいつァ……ちいと頭ン中まで持ってかれちまうな)
額を抑えた彌三八は自分の髪が整えられていないことに気が付いた。
幼い頃の姿。
町で偶に面倒を見ているような幼子を思わせる背格好になってしまった彌三八は、自分の思考までもが過去に戻っていくことを感じていた。
しかし、彌三八は少しも慌ててなどいない。
「あゝ、だがぎょうこうだ」
声変わりすらしていない声で彌三八はぽつりと呟いた。
大人になってしまった今と違い、子供の心であればこそ思えることがある。
ずうっとかきたかった。
けれども矜持めいた何かが邪魔をして云えなかった。大人の時分はそれで良いとも思っていたのだが今は身も心もそうではない。
「このおれに、かけと云ったな」
筆を執った彌三八は、自らの力も幼子のものになっていると理解していた。
されど墨の一色でいい。
飛ぶ力がわずかにでもあれば、それで事は為せる。鳳凰の僅かな力を得た彌三八は地を蹴った。覚束ない足取りと動きであっても心は衰えていない。
まずは大きく墨をぶちまける。
ゆびで掠り、伸ばして繋げて、大木と大地を描く。細い筆を連ねれば線がうねるようにはしり、浪となって巡りゆく。
細かい飛沫で舞い落ちる花と葉を表現した彌三八は描いたものを見上げた。
「ここからァおれがしっかと描く」
彼が描いていくのはこの戦で見て感じてきた様々なもの。
――竜だ。
「この眼で見てきたのサ」
たける駒、けむりと仮面、あめと黄金、石のつばさ。
思考が幼くなっていても忘れるわけにはいかない。この地に蔓延ろうとする帝竜の意志はそれぞれだったが、其処には必ず彼らが宿す色彩があった。
身体の色。思いの彩。
相対して討つべき相手だが、彌三八は其れ等を確りと記憶して己の糧にした。
そして、描かれた竜達を迎え撃つは唐獅子と鳳凰。
「たいりんの花よ、ほとばしる炎よ」
彌三八は絵を描き続ける。
普段と比べれば線は歪んでしまっていた。しかし、だからといって精彩を欠いているとまでは言えない。
幼さの勢いすら利用して、大人が描くよりも純粋な絵として出来上がっていく。
立っている地が手狭になれば岩壁へ。散らす墨は空に舞う。描く先が何処であっても構いはしない。今の彌三八は完全なる自由を得て、思う儘を描いている。
「まだ、まだだ」
「なるほど……坊や、すごいのですね」
その最中に興味を示した風の魔女が声を掛けてきた。されど彌三八は其方に意識を向けることなく描くものに集中している。
「話しかけんじゃねえ」
「そうですね、お邪魔してはいけません」
真剣な言葉が返ってきたことで魔女はあっさりと引き下がった。おそらくは自分が絵を描く時を想像して彼の気持ちを理解したのだろう。
そして暫し後。
顔をあげた彌三八は絵を描き終えていた。風の魔女はもう其処には居なかったが、代わりに蜘蛛の糸が竜の絵に添えられている光景が見えた。
「なんだこりゃ。どうしてかわからねェが、これは……」
綺麗だ、と彌三八は思いを零す。
それは絵を邪魔することなく、様々な色となって合戦図を彩っていた。
彌三八の熱意を感じた魔女が残していったものだろう。絵に集中することによって興味を引き、糸を紡がせることが叶った。
自然に合作となった不思議な糸と己の絵を見つめた彌三八は双眸を細める。
もし敵でなければ――。
そんな思いも巡ったが彌三八は言葉にすることなく、暫しその絵を眺めていた。
大成功
🔵🔵🔵
蘭・七結
何時もより視線が低い
手のひらもちいさくて、不思議な感覚ね
キャンバスを塗りつぶすのは漆黒
つめたく鎖された、常夜の色
かつてのわたしは無し色
堕とされた世界は一面の黒だった
けれど今は、ちがう
幾つもの出逢いと縁を結んだ
何時しか彩に満ち溢れていた
常夜には春の風が吹いたの
手にする筆に彩りを乗せる
つめたい心へと、ぬくもりを灯すわ
黄昏時、想いを結んだ橙
日と月光、『金糸雀』の黄
芽吹きと安らぎの緑
果てまで続くソラの青
ふかいみな底の藍
神秘と高貴の紫
あけの彩と、いのちのあか
できた
ねえ、みてくださる?
なゆが教わったとうとい彩たち
七つの彩を、縁を結わう“虹”
明けない夜も、凍え続ける冬もない
虹色を乗せてぬくもりを運びましょう
●七彩を結はふ
糸が絡みつき、この身をちいさな檻に閉じ込めていく。
そんな感覚が巡る。時の峡谷に訪れた七結が感じていたのは蜘蛛糸の魔力が齎す妙な心地。現に身体は幼子のように縮んでおり、おおきな違和感があった。
普段もより視線が低く、戯れに宙に伸ばした腕も指先もいつもと違う。
「ちいさくて、不思議な感覚ね」
試しに掌を開いて閉じてみた七結は何度か瞼を瞬いた。髪も何だかふわふわとして、風に揺れる毛先が少しだけ短い。
対して思考はいつものままであることで、七結は僅かに安堵した。
蜘蛛糸の魔力によって力は弱くなっているようだが、これまでの記憶までは奪われていない。なくしたもの、手に入れたもの、感じたもの。それらを失くしてしまわなかったことで、七結は七結のままでいられる。
「……そう。そうね。絵を描くのだったかしら」
自分の身体の心地を確かめ終わった七結は筆を執った。
持たされていたキャンバスを峡谷の最中に立てて描くのは――否、ただ塗りつぶしていく色は漆黒。
それはつめたく鎖された、常夜の色の象徴。かつての自分を表すいろ。
――わたしは無し色。
そう思えていたほどに真っ暗で真黒な場所にいたように思う。堕とされた世界は一面の黒で、あかすら識らなかったかもしれない。幼くなっている影響が少しばかり出ているのか、その記憶が何だか遠い。
けれど今は、ちがう。
遠くなった記憶の中とは違って、はっきりと思い出せる日々がある。
幾つもの出逢いと縁を結んだ。
何時しか漆黒の中は彩に満ち溢れていた。常夜には春の風が吹いて桜の花弁が舞って、その花がたくさんの色彩を運んできてくれているような――。
感じられるのは愛しさ。
夜めいた黒の中では感じられなかったやさしさが、確かに胸の中に芽吹いている。
七結は手にしていた筆に彩りを乗せた。
世界はたった一色ではない。つめたい心へと、ぬくもりを灯すが如く、黒の世界に色彩が重ねられていく。
描くひとふでごとに想いを込めて、黒に塗り重ねていくのはこれまでの軌跡。
これは黄昏時、想いを結んだ橙の陽。
この彩は日と月光、『金糸雀』の黄の戀色。
芽吹きと安らぎの緑。果てまで続くソラの青。
ふかいみな底の藍。神秘と高貴の紫。
それから――あけの彩と、いのちのあか。
「できた」
幼い声で満足げな言葉を紡いだ七結は辺りを見渡す。絵にすべてを込めたからだろうか、檻の中に居るような感覚は何処かに消えていた。
そして、七結は岩壁に筆で絵を描く風の魔女の姿を見つける。
魔女はというと幼児化した猟兵を取るに足らないものだと思っているらしく、自分の描くアートに集中していた。されど七結は臆さず風の魔女に呼び掛ける。
「ねえ、みてくださる?」
「……それは?」
振り向いた風の魔女は眼鏡の奥の目を眇め、じっと七結のキャンバスを見つめた。
橙と黄、緑、青に藍、紫。そして、いちばん鮮烈なあか。
「これが、なゆが教わったとうとい彩たち」
七つの色彩。
縁を結わう“虹”は暗闇を照らす光になる。想いと心が込められた其処に宿る色は魔女に感銘を与えたようだ。
「良い絵ですね。あなたの色がよく見えます」
敵同士であっても絵を介すれば心が通じる気がした。魔女からの素直な称賛を受けた七結は緩やかに頷く。
魔女は自らも糸を紡いでいった。蜘蛛糸には魔女が持つ塗料の色が乗せられ、峡谷を渡っていく虹のような耀く軌跡となってゆく。
「それがあなたのいろ?」
「ええ、そちらの七彩とは違いますが私なりの色です」
双方の視線が重なり、色合いも描き方も違う七つの色が巡った。
心を描いた筆。
命を紡いだ糸。
それが示すのは明けない夜も、凍え続ける冬もないということ。七結は自分の役目は果たしたと感じ、魔女が描いた糸を暫し見上げていた。
この虹色を乗せてぬくもりを運べば――きっと、この先にも進んでいける。
そうして、互いを傷つけぬ不思議な戦いは続いていく。
大成功
🔵🔵🔵
フレズローゼ・クォレクロニカ
【苺櫻】
6才のボク、お姫様みたいで可愛i……横を見れば、お姫様より可愛い美幼児がいた
玉のような肌に桜の瞳、角なんて短くて食べちゃいたいくらい可愛い
これが6才の櫻宵
じーっと見つめてくる
めちゃ可愛い…
わたち?!
もしや思考も6才に?
やだ手を握ってきたしんじゃう
櫻宵!これからお絵描きをするんだ
ボクは画家だからね!ドーンと構えて
櫻宵も絵はとっても上手だもん
さぁ
この殺風景な峡谷を薄紅の桜獄に変えてやろう
桜の岩絵具をまいて桜源郷の館を描いていく
目線も同じ
歳も同じ
こうだったら娘扱いではなかったのかな
綺麗な桜と鳥居と館と
櫻宵その黒い人は?
師匠!
隣にボクや櫻宵も描いたげよ
どうだ!魔女!
春暁の館での宝物のひとときさ
誘名・櫻宵
【苺櫻】
髪も角も短く桜はまだ蕾
無垢な桜のを瞬かせ
はしゃぐ可愛い女の子をみる
表情がころころ変わる
面白い
わたちと同じ?
お友達になれたら嬉しいと手を握る
…息が止まりそうになってる
わたち何かした?
おえかきするのはわたちもすきよ
でもおえかきすると、父上たちに怒られちゃう
けど今日はいいんだね
フレズにつられて笑って筆をとる
うん!ここに満開の桜を咲かせよう
わたちたちで!
たのしい!
なぁに?見てないで描こう
お気に入りの桜の館を描く
咲き誇る千年桜に大きな館に鳥居と
わたちといつも遊んでくれる黒い三つ目のかみさま
わたちの師匠
術や刀を教えてくれてね
わたちたちも?
それなら師匠も寂しくない
魔女にわたちたちの自信作を自慢しよ!
●かみさまと桜の館
ふわふわとした糸が絡まり、魔法の力が変化を齎す。
魔女が乗せた色彩豊かな時蜘蛛の糸。それに触れてしまったフレズローゼと櫻宵は今、過去の幼い姿に戻っていた。
変化に気が付いたフレズローゼは自分の頰をぺたぺたと触る。
身体はちいさくて髪も今より短い。けれどもやっぱり――。
「ボク、お姫様みたいで可愛……」
嬉しくなってそんな言葉を紡ぎかけたフレズローゼだが、隣を見遣ったことで自分への感想も吹き飛んでしまった。
何故なら、お姫様より可愛い美幼児がいたからだ。
玉のような肌に桜の瞳。普段の櫻宵と比べると髪も短く、桜の角はまだ蕾のまま。砂糖菓子や甘味を思わせる見た目の彼は食べてしまいたいくらい最高に愛らしい。
「これが小さい頃の櫻宵……!」
既にこの感動を絵にして描き出したいくらいだった。無垢な桜と表すに相応しい櫻宵は、フレズローゼと違って思考まで幼くなってしまっているようだ。
櫻宵はじっとフレズローゼを見つめたあと、おかしそうに笑った。ころころと表情を変える少女を微笑ましく感じたようだ。
「ねえ、あなた。わたちと同じくらいのとしのこ?」
「わたち?!」
舌っ足らずな言葉を櫻宵が紡いだことで、フレズローゼは状況を理解する。どうしたの、と小首を傾げた櫻宵はにこにこと笑っていた。
「おともだちになってくれる?」
「やだ手を握ってきたしんじゃうこれは何のご褒美なのかな尊いもうだめふわっとしててちいさくてやわらかくていい匂いがしてめちゃ可愛いおいしそう」
櫻宵が純粋な目を向けて手を差し伸べてくる。
そのうえでぎゅっと手を握ってきたので、フレズローゼは尊みの塊になった。ひといきで全部を喋ったので息が止まりそうだ。
「わたち何かした?」
櫻宵はきょとんとしてフレズローゼを心配する視線を向ける。
その眼差しに気付いた彼女はハッとして首を横に振った。そして、気持ちを落ち着けるために櫻宵の手を握り返す。
「櫻宵! これからお絵描きをするんだ」
「おえかきするのはわたちもすきよ。でも……」
フレズローゼの呼びかけに口許を綻ばせる櫻宵。しかし彼は急に俯いてしまう。どうかしたのかとフレズローゼが問うと櫻宵はしょんぼりと告げた。
「おえかきすると、父上たちに怒られちゃう」
「なんだ、それなら大丈夫。ここに櫻宵のパパやママはいないよ?」
「そっか、今日はいいんだね」
自分がお姉さんになった気分を覚えながら、フレズローゼは平気だと答える。すると安心した櫻宵がつられて笑った。
「ボクは画家だからね、ドーンといっちゃうよ!」
「どーん!」
ちいさなフレズローゼが胸を張ってみせれば櫻宵も両手を上げて真似をする。そして、それぞれに筆を執ったふたりは峡谷に潜む魔女に対抗するために動き出す。
「さぁ、この殺風景な峡谷を薄紅の桜獄に変えてやろう」
「うん! ここに満開の桜を咲かせよう」
「ボクたちで!」
「わたちたちで!」
フレズローゼと櫻宵の幼い声が重なり、お絵描きのひとときが巡っていく。
まず振り撒いたのは桜の岩絵具。其処から記されていくのは桜源郷の館だ。フレズローゼが慣れた手付きで描けば、櫻宵も同じように色を塗ってゆく。
子供になっていることで少しばかり手元が覚束ないが、それもまた絵の味として認められる。一緒に同じ景色を描くことが何だかとても楽しくなってきて、フレズローゼは隣で絵を描く櫻宵の姿を眺めた。
視線に気付いた櫻宵は、なあに、と愛らしく笑う。
何でもないよ、と答えたフレズローゼはそっと微笑む。
目線も同じ。歳も同じ。
もし、こうだったら――娘扱いではなかったのかもしれない。
一緒の時間を過ごして、一緒に成長して、同じ時を振り返ることが出来る。そうだったら隣には彼が居てくれたのだろうか。淡い想いを思い返してしまったフレズローゼだが、その瞳に悲しみは映っていない。
ただ、もしもを想像しただけ。夢のような状況なのだから少しの夢を見るくらいは許されるはずだ。
その間も手は止めず、ふたりは桜色の世界を塗り描いていく。
「たのしい!」
「うん、思いっきり描こう!」
咲き誇る千年桜と鳥居と大きな館。
そして、其処に立つ黒い人の絵。ふと気になったフレズローゼは櫻宵が描く人物について聞いてみる。
「櫻宵その黒い人は?」
「わたちの師匠」
いつも遊んでくれる黒い三つ目のかみさまなのだと櫻宵が語る。彼は術や刀を教えてくれた。そう話す幼い櫻宵は無邪気だ。
「師匠! かっこいいね。でもひとりよりも……ほら!」
フレズローゼは彼の絵の隣に自分や櫻宵を描き足した。櫻宵はかみさまの隣に立つ自分の絵を見て嬉しそうに双眸を緩めた。
「ありがとう、それなら師匠も寂しくない」
「ふふ、ボクもいっしょ! それからあの子と、みんなも描いていいかな」
「描いて! あたち、あの館のみんなが大好きだから」
フレズローゼが仲間達のことを示すと櫻宵は本当に嬉しそうに頷く。
そうして、筆は進む。描かれた館の絵はそれはそれはもう上出来で――。
「どうだ! 魔女!」
「わたちたちの自信作をみて!」
フレズローゼと櫻宵は風の魔女を見つけ、自信満々に自分達の絵を示した。魔女は出来上がった桜色の景色を眺め、興味深そうに頷く。
「綺麗ですね。それは何処なのですか?」
純粋に気になったらしく、魔女が問いかけるとふたりは得意気に答えた。
「春暁の館での宝物のひとときさ」
「自慢の場所よ!」
「それほど誇れる土地があるというのは素敵ですね。私も負けていられません」
魔女は踵を返し、峡谷の奥に向かっていった。
ふたりの絵に刺激を受け、新たな蜘蛛糸のアートを紡ぎたくなったようだ。そのことを察したフレズローゼ達は敢えて敵を追わなかった。
「行っちゃったね」
「うん……」
「ボクたちの絵がすごかったってことだね!」
魔女を見送った少女達は自分の役目は果たしたと感じる。そんな中、櫻宵はふたりで描いた絵に視線を向けた。
櫻喰いの厄神――神斬と自分と仲間達が一緒に過ごす館。その光景は幸せそうで何の憂いもないように見えた。
「本当にこんな世界があったら、私は……」
どうするのかしら、と彼が大人びた口調で話したことでフレズローゼが首を傾げる。
「櫻宵? ちょっとだけ元に戻ってる?」
徐々にではあるが幼児化の魔力が弱まっているらしい。それはつまり風の魔女の命が削られているということだ。
きっと、もうすぐこの戦いも終わる。
フレズローゼと櫻宵は峡谷に吹き抜けていく風を受けながら、きらきらと光る蜘蛛の糸が織り成す光景を振り仰いだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リル・ルリ
🐟千織/f02428
おいで!ヨル!
歌うのは『ヨルの歌』
ぽぽんと増えたヨル達と一緒に絵を描くよ
ちおり、いいよ
みせっこしよう!
短い尾鰭をぴるりふるわせ、筆のかわりにする
桜色に水色に、金色に緑色!
好きな色をたっぷり尾鰭につけて、ペタンペタンとだいなみく、におえかき
今日のぼくは虹色人魚だ
ヨル達はあんよに絵の具をつけて
ぺたんぺたんとあるって地面いっぱいにお絵描きだ
大きな画用紙いっぱいに咲いたのは
だいすきなひとたちの瞳の色のさくら達
ふふ、きれいでしょ!
ちおりの!館のさくらだ
上手だなぁ
ちおりは館がだいすきなんだね
ぼくもだいすきなんだ!
おんなじだ
仕上げに、ふたりのおててをぺたんってしようよ
さいん、のかわりさ
橙樹・千織
リルさん(f10762)と
わあ!?ヨルがいっぱい!
おえかきたいけつ?
ふーん…
りる!かんせいしたらみせっこしよう!
~♪~♪
何かを唄いながら
大きな画用紙に和紙をちぎっては貼り、ちぎっては貼りを繰り返す
ここに、これをかいてー…できた!
そこに色鉛筆で何かを描き加えて
みてみて、やかたのさくら!!
大きめの画用紙にちぎり絵で描かれたのは迎櫻館と千年桜
ちょっと歪だけれどそこはご愛敬
りるはなにをかいた、の…
わぁあ!りるすごい!!
じめんがさくらでいっぱい!
目をキラキラさせて地面を眺め
ふふ、そうよ
やかただいすきなの
りるもおんなじ、うれしい!
ご機嫌に尻尾がぴこぴこ
さいん!
かっこよくおさなきゃね
そろってペタリと掌サイン
●織り成す花と想いの色
「――おいで! ヨル!」
色彩豊かな糸が張り巡らされた峡谷に幼い歌声が響き渡る。
リルの声に呼ばれるように、てちてちと歩いてきたのは仔ペンギン達。
総勢七十八匹のペンギン達がずらりと並ぶ。しかし今、歌を紡いでいるリルの力が時蜘蛛の糸によって弱められてしまった影響なのか、ヨル達は更にちいさな姿になっている。いわゆるひよこサイズだ。
「ぴ!」
「ぴきゅ!」
「わあ!? ちいさいヨルがいっぱい!」
リルの歌に耳を澄ませていた千織はきらきらと目を輝かせている。
千織達は蜘蛛糸の魔力のせいで少年と少女めいた姿に変わっていた。同時に少しだけ思考も幼くなり、無邪気さが前面に押し出されている。
ぽぽん、ころころと峡谷内を走り回る自由なヨル達を見つめ、千織は持ってきた絵筆を大きく掲げた。
今から始まるのはお絵描き対決。
風の魔女はまだ姿が見えないが、此方が楽しく仲良く描いていれば絵を嗜む者として引き寄せられてくるはず。
「りる! かんせいしたらみせっこしよう!
「いいよ、ちおりがなにをかくかたのしみ!」
千織とリルは頷き、大きく広げられた画用紙に思い思いの絵を描いていく。
ヨルはというと、ふたりの周囲で歌ったり踊ったりと大忙し。
リルはいつもより短くてふんわりした尾鰭をぴるぴると震わせ、水に溶かした絵の具にそっと浸す。鰭を筆のかわりにして塗っていくのは桜色。
ぺたぺた、ぺたん。
桜色に重ねるのは水色。それから金色に緑色。
リルの好きな色をたっぷりと広げていけばダイナミックな色彩が描かれていく。白い尾鰭は様々な色に染まり、リルの身体までキャンバスになったようだ。
「今日のぼくは虹色人魚だ」
何だか嬉しくなって、リルは得意気に尾鰭を揺らした。
そうしていると踊っていたヨル達もリルの絵に協力していく。リルが尾鰭ならばヨル達は可愛いあんよに絵の具をつけていく。
ひよこサイズのヨルが楽しそうに一気に駆けていく度に画用紙いっぱいにたくさんの色が重ねられていった。
千織はリルとヨルが織り成す光景を眺め、自分もぺたぺたと色を広げていく。
「~♪ ~♪」
口遊むのは何の歌でもないけれど楽しげな唄。
上機嫌な千織が行っているのは筆での着彩ではなく、和紙でつくる貼り絵。ちぎっては貼り、ちぎっては貼りを繰り返していけば色彩が広がる。
青の波千鳥、氷を思わせる薄青の雪華文。
緑が鮮やかな若松に深い蒼の青海波、淡い色合いの菱文や鹿の子。
重なった彩を見つめた千織はこくこくと何度か頷き、其処に仕上げとして色鉛筆で何かを描き加えていった。
「ここに、これをかいてー……できた!」
「ちおりもできたの?」
千織の元気な声に気付き、振り向いたリル達もちょうど描き終えていたところだ。
みせっこしよう、と約束した通りに千織は画用紙を掲げる。
「みてみて、やかたのさくら!!」
「ちおりの! これ、館のさくらだ」
大きめの画用紙にちぎり絵で描かれたのは迎櫻館と千年桜の景色。
少しだけ歪なのは幼い手で行ったものゆえにご愛敬。リルは瞼をぱちぱちと瞬かせてから、嬉しそうに微笑んだ。
「上手だなぁ。ちおりは館がだいすきなんだね」
「りるとヨルはなにをかいたの?」
「ぼくたちはね、じゃーん。ふふ、きれいでしょ!」
対するリルが見せた画用紙。その中にいっぱいに咲いているのは、だいすきなひとたちの瞳の色のさくら達。
「わぁあ! りるすごい!! さくらでいっぱい!」
桜と水色、金と緑。
大好きなものを表す色はとても鮮やかに、凛と咲き誇っているように見えた。
「ちおりとぼくが好きなものは似てるね」
「ふふ、そうよ。やかただいすきなの」
「ぼくも! おんなじだね」
「りるもおんなじ、うれしい!」
ご機嫌な様子の千織の尻尾がぴこぴこと振られ、リルの尾鰭もつられてぴるりと揺れる。完成したかのように見えたふたりの絵だが、まだ肝心なものがない。
リルは千織を呼び、絵の具を示す。
「仕上げに、ふたりのおててをぺたんってしようよ」
「おてて?」
「さいん、のかわりさ」
「さいん! かっこよくおさなきゃね」
笑いあったふたりは桜色の絵の具を手に塗っていく。そうして、揃って腕を画用紙に伸ばせば掌型の花がサインとして絵の中に咲いた。
その光景を少し離れた岩場で風の魔女が見ていた。ふたりに直接関わりには行かず、くすりと笑った魔女は大いに創作意欲を刺激されたようだ。
岩場にはいつしか虹色の彩が乗せられた糸が張り巡らされていた。魔女は人知れずいなくなっていたが、その光景に気が付いたヨルたちがぴきゅぴきゅと騒ぎ出した。
「みて、ちおり!」
「わ、にじがお空にかかったみたい」
それは風の魔女の命が紡がれたことで描かれた色彩だ。
ふたりは気付いていないがこれで無事に役目は果たした。幼い笑顔を頭上に向けたリルと千織は晴れやかな気持ちを抱く。
そして、峡谷には不思議と穏やかな風が吹き抜けてていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ユヴェン・ポシェット
ミヌ…レ?
竜の姿はとても小さく、“今の”俺の掌サイズ。黒い鱗や毛は真白に、角や石は水晶の如く透明。瞳は銀色で色が抜け落ちた様。
更にダークネスクロークのテュットが影からものすごい勢いで現れる。流石にびびった。
テュットどした…ん?「ユン君とミヌちゃんが可愛い」…??
俺達の姿に感激している
お絵描き対決だって。
俺たちですげーの、描こうぜ!
俺はうまくはないけど絵の具で大きくダイナミックに。ミヌレは転がり全身使って色を重ねていく。仕上げはテュット。パステルで優しい色を重ねて、綺麗な葉や砂で飾ってキラキラに。
でーきた!
そう、これはロワとタイヴァス…な筈。何か合体して別の生き物になってる気もするけど。
どうだ!
●合体、獅子鷲獣画!
「ミヌ……レ?」
時蜘蛛の峡谷に踏み入ったユヴェンは困惑していた。
進みはじめた当初、目に見えないほどに細い糸のようなものが自分達の身に絡みついた感覚があった。それから暫くして槍竜のミヌレの大きさが変わったのだ。
竜の姿はとても小さい。
そう――“今の”ユヴェンの掌サイズだ。現在の、ということはユヴェン自身も時蜘蛛の糸の魔力によって幼い姿に変わっていることを示す。
「そうか、ミヌレまで……」
幼くなった自分の声に違和を感じつつ、ユヴェンはミヌレを見つめた。
黒い鱗や毛は真白になり、角や石は水晶の如く透明になっている。瞳は銀色で、まるで色が抜け落ちたようだ。
これがミヌレの幼少時代なのだと思うと不思議な気持ちが湧いた。
和むような、困惑が続くような奇妙な感覚だ。
そんな中、急にダークネスクロークのテュットがユヴェンの影から現れた。それも物凄い勢いだ。うわ、という驚きの声がユヴェンからあがる。
「テュットどした……」
ばたばたと賑やかに揺れたテュットはどうやらこう言っているようだ。
「ん? 『ユン君とミヌちゃんが可愛い』……??」
テュットまで微妙に普段よりも行動が幼くなっている気がした。少年の姿になったユヴェンと幼体になったミヌレ。その姿に感激して、こうして主張しはじめたようだ。
「可愛い、か」
頰を掻く仕草をしたユヴェンは落ち着かない気分になる。
しかし次第に心まで当時のような幼いものに変わっていった。可愛いと言われるのも褒められているのだからまぁ良いと思える。そうして、ユヴェンの心情は今から始まるアートバトルに向いていく。
「そういえばお絵描き対決だったな!」
「みゅ!」
ちいさなミヌレがか細い声で鳴く。
少年に戻っても使命だけは忘れていなかったユヴェンは強く意気込んだ。ぶかぶかになった上着を肩に羽織った彼は無邪気な笑みを浮かべる。
「俺たちですげーの、描こうぜ!」
その言動からは普段の落ち着いたユヴェンとは違う少年らしさが見える。もしいつもの彼を知っている者が近くにいたら驚いただろう。
しかし今、此処にいるのは彼らだけ。
持参した道具を取り出したユヴェンは筆を執り、絵の具を元気よくキャンバスに広げていった。絵は上手ではないが勢いだけは強く、大きくダイナミックに。
同時にミヌレは翼や身体に絵の具を纏い、ころころと転がった。全身を使って色を重ねていけばあっという間に色が広がっていく。
ユヴェンとミヌレが塗り上げたキャンバスに仕上げをするのはテュット。パステル調の優しい色を重ね、其処に綺麗な葉や砂で飾って彩れば絵は完成だ。
「でーきた!」
キャンバスを掲げたユヴェンは満足した表情を浮かべる。
描かれていたのは彼が連れる相棒達、獅子のロワと大鷲のタイヴァス――だが、何故か双方が合体して別の生き物になっていた。
ユヴェンもミヌレもテュットも実に得意気だ。
「どうだ!」
遠くに見えた風の魔女に絵を示してみせたユヴェンは勝利する気満々だった。
対する魔女はふっと薄く笑うと近くの岩壁に蜘蛛糸で鷲翼の獅子を描いてみせる。
「……ま、負けたー!」
がっくりと膝をついたユヴェンは完全なる敗北を感じた。何故なら糸で描かれたアートは実にリアルで最強に格好良いと思えるものだったからだ。
俺たちが負けるなんて。
ちびミヌレと一緒に深く項垂れたユヴェンだが、彼はちゃんと使命を果たしていた。
あの糸は魔女の命で紡がれたもの。
つまりは風の魔女の力も弱っているということで――。されどユヴェン達は暫し絵の実力差に打ち拉がれていた。
頑張れ少年。君たちの姿が元に戻るまであと少しだ!
大成功
🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
──チッ、めんどくせぇ
アッパーに住んでるカスどもとは違うようだが、何だこいつは?
(6歳はとても荒んでいる頃。金回りが良い奴や弱者を虐げる奴への敵意と殺意が剥き出しの、ストリートのハイエナだった時代。既に何人もの犠牲者から生命と資産を強奪していた暗黒の少年時代だ)
ケッ…描いて殺せるなら楽なもんだ
俺が描くのは…そう、高層ビルが立ち並んだ都市
便利な生活、誰も衣食住に困らず、学びも仕事も自由に選び取れる街
だがそれはとんでもな欺瞞だった
街の地下では夥しい数の『顧みられない弱者達』の死体と、溺れるほどの血が溢れかえっていたのだ
…こーいうの風刺画とか言うんだっけか
見えてる幸せなんて、全部死と絶望で出来てんだ
●犠牲と世界
「――チッ、めんどくせぇ」
時蜘蛛の峡谷の中、幼い少年から零れ落ちたのは悪態を吐く言葉だった。
声の主、ヴィクティムの瞳には昏い色が宿っている。その双眸が次第に鋭く細められていく。それは陽の届かない遥か最下層、或いは暗闇そのものの中から日の当たる場所を睨め付けるような強い眼差しだ。
「アッパーに住んでるカスどもとは違うようだが、何だあいつは?」
蜘蛛糸の魔力によって幼児化したヴィクティム。
彼が見つけたのは峡谷に絵を描いて回っている風の魔女の後ろ姿だ。幼児化した猟兵など取るぬ足らぬものだと感じている魔女は、ヴィクティムをはじめとした者達に基本的に興味を示すことはなかった。
無視かよ、と呟いたヴィクティムは地面を蹴った。
落ちていた小石が転がり、峡谷の岩とぶつかって小さな音を立てる。
(あいつにとっちゃ俺も石コロみたいなもんか)
未だ幼いというのにヴィクティムの心は酷く荒んでいた。六歳という年の頃は彼にとっての暗黒時代の真っ只中だ。
魔力によって一部の記憶まで退行している今、負の感情は秘められない。
金回りが良い奴、弱者を虐げる奴。下層の者になど目もくれずに犠牲の上での平和を謳歌している奴。そういった者への敵意と殺意が剥き出しの頃。
例えるならばストリートのハイエナ。既に何人もの犠牲者から生命や金、資産を強奪していた時代に精神が逆戻りしている。
ケッ、と悪ぶって独り言ちた彼は手に持っていた筆を見下ろす。
「描いて殺せるなら楽なもんだ」
今回は直接的な殺しではないが、手を汚すよりは随分と簡単な仕事となる。それに今、実戦経験までもが奪われている中で取れる最善の手がこれだ。
手の中で筆を軽く回したヴィクティムはキャンバスを前にして少し考えた。
「俺が描くのは――」
筆がゆっくりと走らされていく。
まず塗るのは暗い色。其処に重なる灰色。曖昧な人影と高層ビルが立ち並んだ都市。
描きながら思うのは嘗てのこと。
其処には便利な生活がある。誰も衣食住に困らず、学びも仕事も自由に選び取れる街だった。表向きは――。
しかし、それはとんでもな欺瞞だった。
蜘蛛糸の魔力によって精神や心の在り方が巻き戻っていても、ヴィクティム本人が積み重ねてきた記憶の全てまで奪われたわけではない。
ヴィクティムは知っている。
街の地下では夥しい数の『顧みられない弱者達』の死体と、溺れるほどの血が溢れかえっていた。犠牲者と呼ぶに相応しい彼らの姿を思う。
都市の画の下には、その事実を表すような赤い色が最後に描き記された。
「……こーいうの風刺画とか言うんだっけか」
「風刺画? 見慣れぬ景色ですね」
「おっと、さっきの魔女か。何しに来た?」
「あなたの絵を見に」
ヴィクティムが呟いたところに聞き慣れない声が響く。思わず身構えて距離を取った少年が問いかけると、魔女は当たり前のように答えた。
絵を描く者に危害を加える心算はないらしい魔女に攻撃を行う意思は見えない。ヴィクティムは警戒を緩めぬまま、絵をまじまじと見つめる魔女を見据える。
「……」
「深い絶望と敗北感が見えます。けれど、この色には――勝利への欲がある」
「知ったようなことを……」
「別にあなたの心なんて知りません。私は絵のことを話しているだけです」
ハッとしたヴィクティムが噛み付きそうな勢いで反論しかけたが、魔女は首を振る。そして、風の魔女は背に生えた蜘蛛脚から糸を紡いだ。
「鮮烈な色に光を」
魔女はヴィクティムの描いた絵の中に一筋の糸を散らす。それは言葉通りに高層ビルから下に差し込む光のような色となって重ねられた。
では、とそれだけを告げた魔女は何処かに去ってしまう。どうやら絵に手を加えたことで満足したようだ。
人のキャンバスを勝手に、と毒づいたヴィクティムは改めて絵を見遣る。
糸は魔女の命を削って紡がれているゆえに力は削れた。これで作戦は成功したので無理に追う必要はない。
陽を受けて反射した蜘蛛糸を見つめ、ヴィクティムは首を横に振る。
それは地獄にたった一本だけ垂らされた蜘蛛糸の寓話を思い起こさせる。あれもまた救われない話だったか。
「……見えてる幸せなんて、全部死と絶望で出来てんだ」
何が光だ。
強い風が吹き抜ける峡谷の最中、少年の呟きが静かに落とされた。
大成功
🔵🔵🔵
ケビ・ピオシュ
【星鯨】
ここの峡谷に直接絵を書いて、本棚を沢山並べようじゃないか
読めぬ知識で彩る図書館なんて何とも風刺的だろう?
そうだよー
今日は壁に描いても怒られないよ!
だって、君の母様はいないもの!
自然の図書館をつくろう!
沢山大きな絵にすれば、たくさん糸を使えるよねー
やあ神埜くん、大きい族の君がいれば絵も大きくなるでしょー
よーし
じゃあやるよ
大きな絵にしようねー
背中から出せる掌も少し小さくなってるけどね
高い場所に絵を描く手伝い位はしてくれるよう
君も乗って乗って
上に泳ぐ大きな白い鯨を描くんだ!
僕が館長か
なら僕も君を書かなきゃね
利用者がいない図書館は寂しいよ
きっと褒めてもらえるよ
だって、こんなに大きくかけたもん
神埜・常盤
【星鯨】
わあ、紙以外にお絵描きしていいの?
壁とかに描くと母様が怒るから
ぼくずっと我慢してたんだ
やったー、峡谷におっきく描くよ
自然の図書館、すごいね!
ぼくもケビくんのお手伝いしたいなあ
蜘蛛のお姉さんの糸、いっぱい使わせるんだ
うん、大きい図書館にしようね
本棚いっぱい描いて……
わーい、大きな鯨さんも描く描くー
あとはね、ケビくんを描くよ
図書館には館長さんが必要だからね!
お顔がまるくて、あたまよさそうで、帽子被ってて
……うん、できた!
かっこよく描けてるかなあ
あ、ぼくも描いてくれるの?
やったー、似顔絵ってはじめて!
ぼく一回も絵を褒めて貰ったこと無いけど
でも、がんばって描いたんだ
蜘蛛のお姉さんも、みてみて!
●白い鯨と星の彩
峡谷には強い風が吹いていた。
時蜘蛛の力を得たオブリビオン――風の魔女によって張り巡らされた色彩の糸が揺れ、様々な色が視界に入っている。
おや、と呟いたケビは自分達の身に細い糸が付着したことに気付く。
同道する常盤も違和を感じながら、ケビと共に歩を進めた。魔女もしくは絵を描ける場所を探す中でケビは常盤に語りかける。
「ここの峡谷に直接絵を書いて、本棚を沢山並べようじゃないか」
それは例えるなら読めぬ知識で彩る図書館。
なんて何とも風刺的だろう、と普段の彼らしく語ったケビ。だが、その姿は途端にひとまわりちいさくなった。あれ、と言葉にした常盤がケビの異変を察する。
しかし同時に常盤自身もちいさな子供になってしまっていた。
そう、蜘蛛糸の魔力が彼らを変化させたのだ。
常盤は何かを言いかけていたが、今は思考まで子供になってしまっている。
「わあ、紙以外にお絵描きしていいの?」
紡ぐ言葉は純粋な少年そのもの。ケビも画面に映したまんまるな瞳を何度か明滅させ、ぴこぴこと腕を動かした。
「そうだよー」
「壁とかに描くと母様が怒るから、ぼくずっと我慢してたんだ」
「今日は壁に描いても怒られないよ! だって、君の母様はいないもの!」
本当にいいのかな、と常盤が首を傾げるとケビは元気よく答えた。この姿が彼の六歳のものかは分からないが全て魔力の所為だ。
「やったー、それじゃあこの峡谷中におっきく描くよ」
無邪気な言葉を交わしあったふたりは、そのまま絵を描きはじめる。
記憶や行動は退行していてもやるべきことまで忘れてしまったわけではない。当初の予定通りに自然の図書館をつくろうと決め、ケビは絵筆を持つ。
「大きな絵にすれば、魔女もたくさん糸を使えるよねー」
「自然の図書館、ぜったいにすごいよ! ぼくもケビくんのお手伝いしたいなあ」
「もちろんだよ、神埜くん。大きい族の君がいれば絵も大きくなるでしょー」
更に小さい族になったケビは常盤を見上げる。常盤も彼のように筆を持ち、蜘蛛のお姉さんの糸をいっぱい使わせるのだと意気込む。
「うん、大きい図書館にしようね。まずは本棚をいっぱい描いて……」
「よーし、はじまりはじまりー」
図書館といえば大きいものと相場が決まっている。
常盤が本棚を描き出せば、ケビがその中に並ぶ本を付け足していった。そうして棚が出来上がった後、ケビ背から巨大な掌――もとい、今はミニマム化した影響でちょっぴり小さな掌を顕現させていく。
「君も乗って乗って」
「わーい、ありがとう!
「上に泳ぐ大きな白い鯨を描くんだ!」
「大きな鯨さんも描く描くー」
時蜘蛛の魔力で力が弱くなっているとはいえ高い場所に絵を描くことは出来る。ケビが腕を伸ばして輪郭を描き、常盤はその身体に色を塗っていく。
周囲に星を散らして、夜空のような濃い藍色も重ねる。
少しずつだけれども確かに、辺りには星空を泳ぐ白い鯨が見守る図書館の光景が出来上がっていった。
「もう少しで出来るかなあ」
「うん! あとはね、ケビくんを描くよ。図書館には館長さんが必要だからね!」
ケビが全体図を見ていると、常盤が更に筆を走らせはじめた。
お顔がまるくて、あたがまよさそうで、帽子を被っている紳士なテレビウム。
なるほど、と頷いたケビは彼の隣に並び立つ。そして、描かれていくちいさな絵の横に少年を付け加えていった。
「僕が館長か。なら僕も君を書かなきゃね」
利用者がいない図書館は寂しいのだと語り、ケビは筆に思いを込める。
やがて、ふたりは同時に作業を終えた。
「……うん、できた! かっこよく描けてるかな」
「こっちもできたよー」
「ぼくも描いてくれたんだね。やったー、似顔絵ってはじめて!」
星と鯨。本棚と館長と利用者。
テレビウムと少年が地面いっぱいに描いた作品はかなり上出来。線はあちこち歪んでいるが幼い懸命さが見て取れる。
満足そうにこくこくと頷いたケビは嬉しげだ。
常盤は不安そうに絵を眺める。その理由は少し悲しい思い出が蘇ったからだ。思えば怒られるばかりだったので絵には良い記憶がない。
「ぼく一回も絵を褒めて貰ったこと無いけど……でも、がんばって描いたんだ」
ケビは少年の心の揺らぎを感じ、やさしく語りかけた。
「きっと褒めてもらえるよ。だって、こんなに大きくかけたもん」
「そうだね。大丈夫だよね。だったら――ねえ、蜘蛛のお姉さんも、みてみて!」
常盤はケビに勇気を貰えた気がして、絵を描きながら峡谷内を飛び回っていた風の魔女を呼んだ。その声に振り向いた魔女は岩の上で立ち止まる。
「あれは……鯨?」
少年達が地面に描いた図書館の絵を見た魔女は、何度か頷いた。そして、風の魔女は背に生えた蜘蛛脚を蠢かせたかと思うとキラキラ光る糸を降らせてゆく。
「わあ!」
「わー!」
「星のきらめきを付け足せばもっと綺麗ですよ」
思わず驚いてしまったケビと常盤だが、彼らに危害は加えられなかった。代わりに彼らが描いた星空の中に色彩豊かな蜘蛛糸が飾られる。
ふ、と笑った風の魔女は満足した様子でそのまま何処かに向かっていった。
残されたケビと常盤は顔を見合わせてから、手が加えられた絵に目を向ける。
「星がすごく綺麗だねえ」
「魔女のお姉さん、褒めてくれたのかな?」
きっと自分達の絵を認めてくれたはずだ。そう感じた少年達は笑いあい、のびのびとした気持ちを覚えた。
命を糸に変える魔女の力はかなり弱っている。
間もなく蜘蛛糸の魔力も解けて元に戻るはず。ケビの意識も徐々に大人のものに戻ってきていたが、常盤はまだ子供のまま。
たまにはこんな彼を見ているのも悪くはないだろう。
「ウム、ウム」
もう少しだけ隣にいる少年と過ごす心地を楽しみたいと感じ、ケビはそっと頷く。
峡谷に吹く風は次第に弱まり、穏やかなものに変わっていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
キトリ・フローエ
チロ(f09776)と
あたしはチロとソルベの絵をかきたいわ
でもふつうにかくとちいさくてみえないでしょうから
がんばってすこしおおきめにかくのよ!
時々上から全体像を確かめつつ
画用紙の上を辿って描き描き
チロ、とってもじょうずよ!(なでなで)
ソルベはちいさくてもかっこいいわね!
ソルベのかっこよさと、言うまでもないチロのかわいさを
めいっぱいひょうげんできるようがんばるわ
それこそ魔女が気になって仕方なくなるくらい!
周りにお星さまをかいてかんせい!
ねえ魔女さん、あなたにふたりのかわいさとかっこよさがわかるかしら?
あたしよりじょうずにかけたらほめてあげてもいいわよ
まあ、あたしのほうがじょうずにきまってるけど!
チロル・キャンディベル
キトリ(f02354)と
チロもちっちゃくなったけど
そのぶんキトリがなんだかちかいきがするのよ
あ、ソルベもいっしょにちっちゃいのね
ふふー
チロとソルベ、めせんがちかいのよ
ソルベとめをあわせるみたいに
ごろんってなってチロはかくの!
おはなにおかし、ソルベとキトリ
だいすきなものいっぱいかくのよ
じょうずにかけたら、キトリにほめてもらえるかしら?
ソルベもいっしょにおえかきしましょ
えのぐがいいかしら?
キトリのえには
えへへ、ってうれしくなりつつ
なでてもらえたらいっぱいしあわせなの
だいすきなものいっぱいだから
きっとまじょさんもすきになってくれるのよ!
チロのじしんさく!(えへん)
(クレヨンで幼児が描いたような絵)
●だいすきのきもち
色鮮やかな糸が巡らされ、絵となって飾られた峡谷。
風に揺れた蜘蛛の糸が肌に触れたことで、キトリとチロルの身体は更にちいさく幼く縮んでしまっていた。けれど、ちいさくなっても気持ちはいっしょ。
「チロ、もっとちっちゃくなっちゃった」
いつもの感覚と違うと思いながら、チロルは傍にいるソルベを撫でた。
ソルベも普段より縮んでいてまるまるころころとしている。そんなふたりを見つめるキトリもまた、見た目がかなり幼くなっていた。
「チロとソルベ、いつもよりかわいい!」
「キトリがなんだかちかいきがするのよ」
ふふ、と淡い笑みを交わしあった彼女達は何だか楽しげだ。なんて言ったって今回は血が流れるような戦いをしなくてもいい。
事前に渡された筆や絵の具、画用紙を使って絵を描くことが戦いになる。
楽しい戦いになると感じたチロルはふわふわと笑った。その隣で翅を羽ばたかせたキトリは持参したフェアリー用の筆を掲げる。
妖精サイズとはいっても幼い姿になっている今のキトリにはかなり大きい。
よいしょ、と筆を持ちあげたキトリはキャンバスを見つめる。
「あたしはチロとソルベの絵をかきたいわ!」
けれど普通に描いたのでは魔女には見えないだろう。それゆえに身体全体を大きく動かして大きめに書こうと誓うキトリ。
その傍ではチロルが草原にころりと転がった。座っているソルベと目を合わせたチロルは寝転がったままお絵描きをはじめる。
「ふふー。チロとソルベも、めせんがちかいのよ」
先程、キトリが自分達を描くと言ってくれたようにチロルも彼女のことを描こうとしていた。それだけではなくお花とお菓子。それにソルベも一緒だ。
大好きなものをいっぱい詰め込んで彩る画用紙。
チロルがとても楽しそうだと感じたキトリも筆を走らせていく。自分よりも大きい輪郭を画用紙に記した彼女は、絵の中のチロルとソルベを寄り添わせる。
時々ふわりと飛びあがって上から全体像を確かめながら描けば、少しずつ絵が完成に近付いていった。
チロルも愛らしい鼻歌を口遊み、絵の具を紙に乗せる。
(じょうずにかけたら、キトリにほめてもらえるかしら)
そう考えて一生懸命に描き進めていくチロルは本当に楽しそうだ。キトリはいつもよりもっとちいさい彼女に微笑ましさを覚えた。
そうして、少女達はそれぞれの絵を見事に完成させる。
「チロ、とってもじょうずよ!」
思わずチロルに寄り添い、その頭を撫でてやった。キトリが見つめるチロルの画用紙にはきらきらしたものがいっぱいだ。
甘そうなお菓子と綺麗なお花の上に座るちいさなソルベ。
そして、穏やかに笑うキトリ。
絵の中の微笑みに負けないほどの笑顔がキトリ自身にも宿っていた。
「えへへ、キトリもじょうず」
撫でられてご機嫌なチロルはキトリの絵にも目を向ける。ソルベがかっこいい、と言葉にしたチロルは幸せな気分を覚えた。
「ソルベはちいさくてもかっこいいもの! それにチロだって!」
言うまでもない可愛さをめいっぱいに表現できたと自負するキトリは胸を張る。
きっと魔女だって放っておかないはず。
キトリは最後に自分の絵の周囲にお星さまを描き、これで完璧だと語った。
すると、其処に――。
「何だか楽しそうですね、あなた達」
峡谷を回って自分のアートを描いていた風の魔女が通りかかった。少女たちの遣り取りと絵に興味を持ったらしき魔女は近付いてくる。
相手に攻撃を行う意思が見えないことを確かめ、キトリは絵を示した。
「ねえ魔女さん、あなたにふたりのかわいさとかっこよさがわかるかしら?」
「チロたちね、だいすきなものをいっぱいつめこんだの。チロのじしんさく!」
画用紙を掲げてみせたチロルも得意気だ。
風の魔女はしげしげとふたりの絵を見つめてから静かに笑う。
「見たままの幼児レベルですね。でも、可愛い」
最後の一言は微かな声だったのでチロル達には聞こえなかった。対するキトリは指先を魔女にびしっと突きつける。
「あたしよりじょうずにかけたらほめてあげてもいいわよ。まあ、あたしのほうがじょうずにきまってるけど!」
「チロもじょうずにできたのよ!」
一緒になってチロルも主張していく。魔女はそのまま去っていくつもりだったらしいが、焚き付けられたことで対抗心を覚えたらしい。
「私にアート勝負を挑むのですね。良いでしょう!」
まんまと乗せられた風の魔女は蜘蛛の脚を大きく広げた。そして、其処から放たれた糸に塗料が乗せられ――。
「わあ、見てキトリ!」
「あれってソルベとあたしたち?」
ふたりの目の前には紡がれた糸で描かれる似顔絵が完成していった。
風の魔女は何だか得意気だ。魔女の絵に目を奪われた少女達は、きらきらとした瞳で糸の似顔絵を見つめていた。
「私の勝ちですね」
風の魔女は満足した様子で少女達から視線を外し、踵を返す。
しかし、不意にその足取りがふらついた。おかしいですね、と呟いて不調を覚えた魔女はふらふらとよろめきつつ歩いていく。
はっとしたチロルは去っていく魔女の様子がおかしいと気が付いた。
「まじょさん、だいじょうぶかな?」
「……あれでいいのよ。あたしたちだって全力でむかったんだもの」
心配するチロルに首を振ってみせたキトリは魔女の最期が近いことを感じ取る。
魔女が描いた自分達の絵はとても良いものだ。
もしオブリビオンでなければ別の形で出会うこともあったのかもしれない。少しだけ複雑な思いを抱きながら、キトリ達は風が吹く峡谷の景色を見つめていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
イデア・ファンタジア
うわっ、身体が小さくなっちゃった!
この身体じゃいつもの絵筆は使えないね……ただでさえ大きいし。
よしっ、それなら子供らしく、素手でお絵描きしちゃおっか!
塗料入りバケツに手を突っ込んで、その辺の岩肌にべたべた線を引いていくよ。
出来上がるのは……ドラゴン!
精緻さは無いかもしれないけど、躍動感なら負けないわ。子供のラフさ、存分に生かしましょう。
さてっ、アート対決、実戦編といこうか!
描いたばかりのアートに『神騙し絵』をかけて、塗料製のドラゴンを実体化させるわ。
本物よりは小さいけど、今ならむしろジャストサイズ!騎乗してドラゴンライダーよ!
セプテントリオンの一本をランスのようにしっかり抱えて……とつげきー!
●色彩幻想
「うわっ、身体が小さくなっちゃった!」
峡谷に訪れ、細くて見えない糸が身体にくっついたと思った瞬間。
イデアの身体は六歳ほどの大きさになっていた。
きょろきょろと辺りを見渡してみたが、いつもより視点が低い。手足もちいさくなってしまったことで普段使っている絵筆も使えないことが分かった。
「筆はただでさえ大きいし……困ったなぁ」
しかし、運が良いことに思考だけは現在のままだ。
どうしようかと暫し考えたイデアだったが、くよくよ悩んだりはしなかった。気を取り直したイデアは頭上を振り仰ぐ。
視線の先にはこの領域に巣食うオブリビオン、風の魔女が描いたアート作品が広がっていた。ヴァルギリオスの姿を色彩豊かな蜘蛛糸で織り込んだ絵だ。
敵の首魁の絵ではあるが、それは壮観だ。
芸術を嗜み、好む者としてイデアは関心を覚えた。もしもこの絵を描いた相手がオブリビオンでなければ語り合えたかもしれない。
だが、それは出来ないことだとイデアは知っている。
それゆえにアートバトルに力を込めようと誓い、幼いイデアは掌を強く握った。
「よしっ、それなら子供らしく、素手でお絵描きしちゃおっか!」
筆が使えないなら自分の身体がある。
さっそく始めようと決めたイデアは塗料入りのバケツに思いきり手を突っ込んだ。躊躇などいらない。今は自身が絵を描く道具そのものだ。
ここかな、と描く場所を定めたイデアは岩肌に手で線を引いていく。
筆のように滑りは良くないが、ぺたぺたと指先や掌全体で塗っていく色はアーティスティックに広がっていった。
ときには豪快に。ときには集中して――。
そうして、イデアは先程のヴァルギリオスの絵に負けないようなものを描きあげる。
「出来た!」
其処に描かれたのはドラゴンだ。
子供の腕で描いたものなので自分で見ても精緻さはない。だが、持てる限りの全力で描いたので躍動感ならばっちりだ。
幼いからといって感性が全て消えたわけではない。子供ゆえのラフさを存分に活かせることもあるだろう。
「さてっ、完成! アート対決の実戦編といこうか!」
そっと指先で頰を拭えば、イデアの肌に絵の具が付着する。それもまた無邪気なアーティストを思わせるようで愛らしい。
そして、イデアは描いたばかりのアートに空想現界の力を込める。
すると塗料製のドラゴンが見る間に実体化していった。
「あれは……?」
そのとき、アートの気配を感じて訪れた風の魔女がイデアの姿を見咎めた。既に様々な猟兵の絵に対抗して蜘蛛糸を紡いできた魔女は疲れ果てている。
蜘蛛の糸が己の命を消費していると気付いたときには何もかもが遅かったようだ。
「見つけたわ、魔女!」
「私も戦わなければいけないようですね。良いでしょう」
風の魔女は覚悟を抱く。
イデアは自分が魔女に止めを刺す存在になるのだと察し、実体化したドラゴンに飛び乗った。幼児化していることで力は弱まっており、本物よりは小さい。
だが、今ならむしろジャストサイズだ。
「ファンタジアを魅せてあげる! これがドラゴンライダーよ!」
「花鳥風月――極彩明媚!」
対する風の魔女は魔力を解き放ってくる。塗料を打ち出した魔女は息を切らせながらもイデアそのものを塗料にしようと狙っていた。
だが、弱った魔女に押し負けるようなイデアではない。
騎乗したドラゴンに指示を出して塗料を避けたイデアは、セプテントリオンの筆の一本をランスのようにしっかりと抱えた。
風の魔女に因んで選ばれた緑のメグレズの先端が敵に差し向けられる。
この好機は自分だけで作り出したものではない。この峡谷に集った者達ひとりひとりが描いた絵が魔女の心を動かし、命を削るほどのアートを生み出させた。
その思いや絵を決して無駄にはしない。イデアは強く願い、そして――。
「行くわよ! とつげきー!」
強く言い放った勢いに乗ってドラゴンと共に吶喊するイデア。まさに一瞬、瞬く間に貫かれた風の魔女はその場に伏し、戦う力を失った。
「ああ、もっと……私の絵をみんなに見て貰い、たかった……」
「大丈夫、描いた絵は私達が覚えておいてあげる」
骸の海に還っていく魔女が呟いた言葉を拾いあげ、イデアはそっと告げる。
その言葉を聞いた風の魔女はゆっくりと目を閉じた。消滅していく最期の表情が不思議と穏やかだったことを思い、イデアは筆を下ろした。
●描いた未来は
この戦いで血は流れなかった。
描く想いと心、命で紡がれた絵で巡った戦いはこうして終結する。
子供の姿になっていた者達もいずれ元の姿に戻り、峡谷に張り巡らされた蜘蛛糸の絵も少しずつ薄れてゆくだろう。
風の魔女が描いていたヴァルギリオスの絵も次第に消えていく。
その様はまるで帝竜との戦いの行方を暗示しているかのようで――猟兵達は吹き抜けていく風の心地を感じながら、この先に訪れる最終決戦を思った。
大成功
🔵🔵🔵