9
イカサマ・ギャンブラーズ

#グリードオーシャン

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#グリードオーシャン


0




「おら、スリーカードだ。ヘヘ、運がねえなぁ、ニーチャン?」

 野卑な笑みを浮かべた荒くれものが、向かい合った青年に自身の手札を広げて見せる。
 ランプの灯りがゆらゆらと揺れる酒場の片隅で、叩きつけるように酒樽のテーブルに並べられた5枚のトランプ。血の気の引いた青年が何度見返してみても、その内の3枚には間違いなく同じ数字が揃っていた。
 絶望的な表情を浮かべた青年の手からトランプが零れ落ちる。散らばった彼の手札は一切の統一性がない役無し、いわゆるノーペアだった。
 ニタニタと厭らしい笑みを深くした荒くれものが席を立ち、顔面蒼白な青年の肩に手を置く。有無を言わさぬ力強さで肩を掴んだ男は、唇を吊り上げて青年に宣告した。

「じゃあ、ニーチャン。『掟』はきっちり守ってもらおうじゃねえか」


「みんな、ギャンブルは好きかい?」
 場面は変わって、ここはいつものグリモアベース。……ではなく、グリードオーシャンを往く一隻の鉄甲船の船上。
 燦々と輝く太陽が照りつける甲板で、京奈院・伏籠(K9.2960・f03707)が掌でサイコロを弄びながら猟兵たちに語り掛ける。

「これから向かうのは、コンキスタドールに支配された島、『パイライ島』だ。彼らは島民たちに理不尽な『掟』を強制して、それに逆らうものは皆殺しにしているらしい」
 コトリ、とサイコロをテーブルに置き、伏籠は空いた手で草臥れた羊皮紙を摘まみ上げる。
 どうやらそれは、件の島でコンキスタドールが張り出している『掟』の告示のようだ。猟兵たちに向けて掲げられた羊皮紙には、現地の言葉でごくごく短い一文が記されていた。

「『この島では、ギャンブルの勝敗がすべてを決める』だってさ」
 グリモア猟兵は呆れたように肩を竦める。『掟』に根拠や意味はなく、ただ征服者たちの快楽のためだけに住民たちを縛り付けているのだろう。
 たとえ、追い詰められた島民たちがコンキスタドールの支配から逃れようと、一縷の望みをかけて彼らにギャンブルを挑んだとしても……。

「彼らは平気な顔でイカサマを仕掛けてくる。島民たちに見破られない程度には精巧に、ね」
 何しろ相手は文字通り海千の曲者たちだ。一般人が彼らの仕掛けを見破るには荷が重い。
 だが、君たち猟兵であれば話は別。それぞれが得意な方法でイカサマに対抗することができるハズだ。

「いいかい? こちらの目的はコンキスタドールの排除と、支配されたパイライ島の解放だ。島に到着したら、まずは島内の大衆酒場に向って欲しい。……ギャンブルに負けて、窮地に陥っている島民がいるはずだから」
 島の簡易地図を指しながら伏籠が作戦を提示する。島民を助けるために、まずはこちらも『ギャンブルで勝負を挑む』のだ。

「腐っても『掟』だ。ギャンブルに勝てばこちらの要求もある程度は通せる。島民を助けるなり、あるいは連中に情報を吐かせるなり、島を解放するための足掛かりをここで作っておこう」
 無論、この方法が通じるのは、上からの『制裁』を恐れる下っ端征服者たち相手だけ。
 聞き出した情報で敵の拠点の位置を割り出して攻め込むか、あるいは騒ぎを聞きつけて戦闘員が酒場に現れるか……、いずれにしても最終的には相応の武力が必要になってくるだろう。

 甲板に吹く潮風の向きが変わる。船上の船員たちの動きが俄かに慌ただしくなってきた。
 どうやら島が近いらしい。赤ら顔の船長が野太い声を張り上げる中、伏籠は改めて猟兵たちに向って頭を下げた。
「この世界では、グリモア猟兵の能力が大きく制限されてしまっている。今はまだ、いつも通りのサポートは約束できない。……けど、みんなならやり遂げられるって信じてるよ。頼んだよ、イェーガー!」


灰色梟
 ヨーソロー! こんにちは、灰色梟です。
 今回の舞台はグリードオーシャン。海賊とギャンブル、ついでにイカサマというのもある種のお約束でしょうか。

 第一章はギャンブル対決。
 目的地となるパイライ島は、どうやらUDCアースから落ちてきた島のようです。
 そのため、私たちの知る現代世界のギャンブルであれば大抵通じるようですね。
 コンキスタドールたちは皆さんがどの種目で挑戦しても余裕ぶって受けてくれそうです。
 得意な勝負を選ぶ、イカサマを見破る、あるいはイカサマを仕掛ける……。あの手この手でギャンブルに勝利しましょう。
 また、勝利の報酬としてなにがしかの要求があってもいいかもしれません。あくまで下っ端構成員が呑める程度の要求に限りますが。

 第二章以降は島を支配するコンキスタドールとの戦闘になります。
 圧制に苦しむ島民たちを助けるため、思い切り暴れてやってください。

 それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。一緒に頑張りましょう。
77




第1章 冒険 『イカサマを見破れ』

POW   :    ●『プレッシャーをかける』:単純な話、イカサマをすればその後どうなるか、そう解らせればいい。

SPD   :    ●『イカサマし返す』:最早これもある意味ではゲームだ。相手の技術を上回れば、相手も文句は言えない。

WIZ   :    ●『見破る』:洞察力、記憶力、動体視力、話術…。それらを使えば、きっと相手の尻尾をつかめる。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

セシリア・サヴェージ
何もかもを賭け事で決めるなど愚かの極み。
ですが何事であろうと島民の危機とあらば逃げ出しはしません。

私が勝ったら島民を解放していただきます。種目はそちらで決めてください。
ただし不正が発覚した場合は、言わずともご理解いただけますね?
(暗黒剣を見せつけて【恐怖を与える】)

あれだけ脅しをかけても確実に勝つために彼らはイカサマをしてくるでしょう。
脅しによる動揺でボロを出すことに期待して【視力】で観察を行いつつ、重ねて動揺を誘うブラフをかけていきましょう。

望ましいのは素直に不正を認めて降参、不戦勝とさせていただくことですね。
島民と自らの命を天秤にかければ無理のない選択だと思います。彼らも命は惜しいでしょう



「ケケケ、とんだトーシローだぜ。慣れないギャンブルなんざするもんじゃねえなぁ、ニーチャンよぉ?」
「それは! アンタたちがなにもかも奪っていくから! ……このままじゃ、みんな飢えて死ぬだけだ!」

 酒場に響いた悲痛な訴えに応えたのは、そこかしこに屯したコンキスタドールたちの嘲るような笑い声だけだった。
 真っ昼間の酒場にいるのは、勝負に敗北した青年を除けば、荒くれもののコンキスタドールたちばかりだ。征服者たちの盛り場と化した酒場に、もはや真っ当な島民は近づこうともしない。いつしかマスターさえも姿を消した酒場で、征服者たちは好き勝手に酒を持ち出してはどんちゃん騒ぎを延々と続けている。
 まるで獲物をいたぶるかのような嘲笑に思わず身を竦ませる青年。彼の肩を征服者のひとりが無遠慮にバンバンと叩く。

「ハッハ、そんな不安とも今日でオサラバだぜ。なぁに、ちょいと死ぬまでの間、オレらのために働き続けてもらうだけさ」
「そ、そんな……」
 絶望に喘ぐ青年の襟を荒くれものが掴み、酒場の椅子から無理やり立ち上がらせる。よろめきながら立たされた青年は、見るからに質素な身なりだ。常日頃からギャンブルに興じるような風体ではとてもない。
 荒事であれ賭け事であれ、腕に覚えのある島民たちは既に皆、征服者たちに勝負を挑み、そして負けてしまっていた。勝負に負けた仲間たちは姿を消し、誰一人として戻ってきていない。
 それでも青年が恐怖を押し殺して征服者たちにギャンブルを挑んだのは、酒場で管を巻く征服者たちも、どこか『掟』を恐れているような気配を感じていたからに他ならない。

 だが、最後の希望ももはや潰えた。青年もまた、敗北した仲間たちと同じ運命を辿ることになるだろう。
 ……彼を救えるとすれば、それは、苦難溢れる世界にあって『光』を信じる者だけだ。

「その手を離しなさい、コンキスタドール」
「……あぁん?」
 酒場のスイングドアが、ぎぃと音を立てて開く。昼であっても薄暗い酒場に、逆光を背負った人影が足を踏み入れた。
 凛とした口調。揺れるランプの灯りが、逆光に翳っていたセシリア・サヴェージ(狂飆の暗黒騎士・f11836)の面貌をゆっくりと照らしていく。
 横合いから水を浴びせられた荒くれものたちは来訪者の正体が女性と見るや苛ついた顔つきを一転、ニタニタと唇を歪ませてセシリアににじり寄ってくる。

「ここいらじゃ見ねえ顔だな、ネーチャン。この島じゃギャンブルの結果ってのは絶対だ。コイツは、もうオシマイなんだよ」
 おわかり? と、おどけて揶揄う荒くれものを歯牙にもかけず、セシリアはぽかんと口を開けた島民の青年の元へつかつかと歩いていく。
 黒の鎧にサーコート。セシリアの出で立ちは、今まで狭い島の中で生きてきた青年にとって見たこともない装いだった。
 青年に歩み寄ったセシリアは、その頭から足までを一瞥し負傷がないことを確認してから、青年に向けて小さく頷いた。

「安心してください。もう大丈夫です」
「え、あ、あの……」
 困惑する青年を背にして、セシリアはどっかりと酒場の椅子に腰を掛ける。つい先ほどまで、勝負のために青年が座っていた席だ。木製の丸椅子がぎしりと音を立てて軋んだ。
 その途端、にやにやと様子を窺っていたコンキスタドールの面々が色めき立った。すぐさまひとりの荒くれものがテーブルを挟んでセシリアの対面の席に慌てて腰掛けてくる。

「おいおいネーチャンよ、その席に着いたってこたぁ、なぁ、どういう意味かわかって――」
「何もかもを賭け事で決めるなど愚かの極み。……ですが」
 酒臭い息で捲し立てる荒くれの台詞をピシャリと遮り、樽テーブルの上で黒い手甲の指を組んだセシリアは鋭い視線で目の前のコンキスタドールを射抜く。
 たとえどのような勝負であろうとも、護るべき人々の危機であれば、彼女が退くことは決してない。

「私が勝ったら島民を解放していただきます。種目はそちらで決めてください」
 彼女の口からはっきりと告げられた挑戦に、酒場のコンキスタドールたちはいよいよ盛り上がり始める。
 囃し立てるような口笛、野次、意味をなさない乱雑な言葉たち。耳を塞ぎたくなるような喧騒の中で、セシリアの対面に着いた男が、据わった目でテーブルに身を乗り出してきた。

「『掟』は絶対だ。だが、そうだな、解放するのはまずそこのニーチャンからだ。で、今から他人の人生を賭けるんだ。当然、ネーチャンが負けたら、ソイツと同じ目に遭ってもらうぜ?」
「それで結構。ただし、これは厳正な勝負。もしも不正が発覚した場合は……」
 テーブルの上で組まれていたセシリアの右手が動く。椅子の陰で掴んだのは、手に馴染む特大剣のがっしりとした柄。
 酒場に轟と一陣の風が吹く。黒い残影を伴って振り抜かれた暗黒剣ダークスレイヤーが、にやけ顔のコンキスタドールの頬を掠めてピタリと止まった。荒くれものの日に焼けた短髪がはらりと床に落ちる。

「言わずともご理解いただけますね?」
「……」
 ひゅ、と対面の男が息を呑む音が聞こえる。臓腑の奥底を圧し潰すような暗黒剣のオーラは、酒場に集まった下っ端コンキスタドールたちを黙らせるには十分すぎるものだった。
 水を打ったように静まり返った酒場で、誰かがごくりと唾を飲んだ音がやけに大きく響く。ハッとした対戦相手の男が、頬を伝う冷や汗を拭いながら樽テーブルにトランプの束を置いた。

「へ、へ……、脅してもどうにもならねえぜ? いいか、勝負はポーカーだ。さ、カードを引きな」
「脅しだけで済むように願いましょう」
 対戦相手を真っ直ぐに見据えたまま、セシリアは右手の暗黒剣をするりと下に向けた。そのままずしりと酒場の床に3分の1ほど刃を埋めて突き立てられた大剣は、周囲を威圧するかのように静かな存在感を放っている。
 常ならぬ異様な雰囲気が酒場を覆う中、1枚、2枚とトランプをめくる音だけが観戦者たちの耳に届く。
 3枚、4枚、5枚。最初の手札が完成しても、セシリアは文字通りのポーカーフェイスだ。手札の内容に眉ひとつ動かすことなく、静かに対戦相手の一挙手一投足を観察し続けている。

「……ちっ!」
 落ち着かないのは対戦相手の荒くれものだ。手中のカードに毒づき、忙しなくあちこちに視線を動かしている。冷徹に自分を見つめてくるセシリア、床に突き立った大剣、手札、山札……、あるいは、自身の袖口。
 いつしか、流れる汗の粒が大きくなってきていた。セシリアが手札の交換を終えると、男の目はいよいよ血走ってくる。
 対面の男とは対照的に落ち着き払ったセシリアの目には、彼がダークスレイヤーの刃をしきりに気にしながらも、カードを持たない手の指を所在なく彷徨わせているさまがはっきりと見て取れた。

「そこ、袖の中身が見えていますよ」
「っ、なにを……、あっ!」
 ブラフは鋭く、虚を突いて。荒くれものの視線が自身から外れた瞬間、セシリアは確信に満ちた口調でハッタリを叩きつけた。
 びくりと身体を震わせて顔を跳ね上げたコンキスタドールの袖から、勢いあまって数枚のトランプが零れ落ちる。くるりと宙を舞ったそれは、ゆっくり、静かに酒場の床へと散らばった。
 ガタリと椅子から立ち上がった男が、顔を真っ赤にしてダラダラと汗を落とす。その眼前に、セシリアは半ば呆れたかのようにダークスレイヤーの切っ先を持ち上げた。

「やはり、こうなりましたか。覚悟はよろしいですね?」
「ま、待てよ! 待てってっ!」
 セシリアがダークスレイヤーの柄を両手で握り、肘を曲げて頬の横に構える。対戦者の男が慌てふためいて後ずさるが、それを見ても周囲のコンキスタドールは『掟』のためか、彼に手を差し伸べるべきか逡巡しているようだった。
 構えた暗黒剣にふつふつと恐るべきオーラが宿る。セシリアの瞳に迷いの色は、ない。
 事ここに至り、男は結局、矜持よりも自身の命を惜しんだ。両手を顔の横に挙げて男は叫ぶ。

「わかった、オレの負けだ! それでいいだろ、ネーチャン!」
「……結構。では、約束通りに」
 その言葉と共に、漆黒の刃がゆっくりと下ろされる。命拾いした荒くれものはへなへなと酒場の床に腰を落とした。
 対戦相手のそんな様子を気にする風もなく、セシリアはそのままくるりと、彼女の背後で呆けたような表情を続けていた島民の青年に振り返った。
 怒涛の展開で危機を脱した青年は、セシリアと向き合ってようやく、魂が戻ってきたかのようにあたふたと慌て始める。

「あ、ありがとうございます! えっと、その、あなたは一体……?」
「お気になさらず。これも騎士の務めです」
 島民を安心させるように柔らかく、しかし礼節を以てセシリアは青年に応える。
 まずはひとり。小さいながらも、パイライ島を解放するための最初の一手を彼女はしっかりと成し遂げたのだ。

 だが、安心するのにはまだ早い。
 いつの間にか、酒場のコンキスタドールたちは再び興奮状態に戻りつつある。次なるギャンブルに名乗りを上げようといきり立った荒くれたちの叫びや敗者への罵声が大衆酒場に木霊している。
 ――そう、勝負はまだ始まったばかりなのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

玉ノ井・狐狛
※アドリブなどお任せ
WIZ

さて、頼まれの博奕だ。安全運転でいっとこうか。

ゲームはブラックジャック。トゥエンティワンと呼ばれたりもする、合計21を目指すヤツだ。
相手のイカサマは、シャッフル中の積み込み辺りかね? まァ何でもいいが。

アタシの戦略は、きわめてシンプルな力押し。
シャッフル中のカードの動きを追跡する、俗に言う“シャッフルトラッキング”。
▻見切り▻視力

相手がいくらかのイカサマをしたところで、並びが分かってるなら躱しようはいくらでもあらァ。ディーラー側に、ルール上の行動選択の余地はないゲームだしな。

あん? アタシがイカサマしてるって?
馬鹿を言うなよ、一回たりともカードにゃ触れてないだろ?



 代理賭博師。裏社会にはそう呼ばれる者がいる。
 グリモア猟兵と契約したのか、あるいは現地で島民と話を着けたのか、事の次第は定かではないが、しかし、玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は間違いなくひとりのプロフェッショナルとしてこの場に臨んでいた。
 二房に結わえた金糸の髪を靡かせて、颯爽と酒場の中心まで歩を進めた狐狛は、腰に手を当て勝負師の瞳で酒場をぐるりと見渡した。

(さて、頼まれの博奕だ。安全運転でいっとこうか)
 酒場では既に数名の猟兵たちがコンキスタドールに勝負を挑み始めている。そこかしこの卓で熱狂が巻き起こり、いよいよもって現場は混沌を極めつつあった。
 が、賭博師たる狐狛にとってはそんな空気も慣れたもの。ほっそりとした指先を唇に当てながらいくつかの卓を観察した彼女は、やがてひとつのテーブルに目を付けた。

「こいつはブラックジャックだね。どうだいアンタ、ちょっとアタシと遊ばないかい?」
「お、嬢ちゃん、いけるクチか? いいぜ、座んな座んな」
 卓を囲っていたディーラーらしき男がテーブルをバンバンと叩いて狐狛に着席を促す。彼女がスカートの裾をひょいと抑えて椅子に腰かければ、ディーラーはすぐさまデックをシャッフルし始めた。
 一般的にブラックジャックはディーラーよりもプレイヤーが有利なゲームと言われている。というのも、ディーラーの行動はルールでほとんど決められているのに対して、プレイヤーは自身の判断でいくつかの選択肢から行動を選ぶことができるからだ。
 ……となれば当然、コンキスタドールのディーラーが全くのフェアにゲームを運営するはずもない。狐狛に向って陽気に笑いかけている男だが、果たして裏では何を考えているのやら。

(カードの扱いは手馴れちゃいるが、プロってほどでもない。仕掛けるなら、シャッフル中の積み込み辺りかね?)
 ディーラーが振ってくる話題に適当に相槌を打ちながら、狐狛は男の実力を測る。いかに島の『掟』がギャンブルを推しているといっても、彼らの本質は荒くれの無法者たちだ。弱者を欺く術に長けていたとしても、『本物』の技術を極めているというわけではない。
 なればこそ、狐狛は相手のイカサマそのものを掣肘するつもりはなかった。相手の仕掛けがなんであろうと、シンプルに力押しで勝ち切ってしまえばいいのだ。

「さぁ、始めるぜ。1ゲーム目だ。そら、どうする?」
「そうだねぇ……。よし、ヒットだ」
 シャッフルを終え、いよいよゲームがスタートする。ディーラーから狐狛に配れた最初の1枚は、10のカード。彼女は選択を楽しむかのように、ゆっくりとカードの縁をなぞってから、追加のカードを要求する。
 続けて彼女に配られたカードの数字は、9。ブラックジャックは手札で21に近い数字を目指すゲームだ。狐狛の手札は、2枚で19。これ以上欲張るのは難しいラインだろう。

「スタンド」
「おう。なら俺の番だな」
 狐狛の手札が決定すると、ディーラーのターンが回ってくる。ただ、彼のやるべき行動は先述の通りルールで決められている。すなわち、17を超えるまでカードを引き続け、17を超えたら手札を決定する、という流れだ。
 唇を舌で湿らせて、男がデックからカードを捲りだす。紙と紙が擦れる僅かな音が対戦する二人の耳にはっきりと届いた。
 ディーラーの手元でオープンされていったカードは、7、9、そして、7。合計で23、バースト(負け)だ。

「ふふ、こいつぁ幸先がいいね」
「やるなぁ、嬢ちゃん」
 琥珀の瞳をくりくりと動かして笑みを浮かべる狐狛を、ディーラーがヒュウと口笛を吹いて囃す。
 両者とも勝敗に頓着しないよう振る舞っているが、言ってしまえば一戦目は小手調べですらない。おそらくディーラー側もまだイカサマを仕掛けてきてはいないだろう。
 このゲームはコンキスタドールお手製のチップを介して、このまま何戦か続けられることになっている。ある程度はプレイヤーに気持ちよく勝たせておいて、最終的に『沼』に嵌めるのもイカサマ師の常套手段だ。
 気風の良い笑顔の狐狛を見て、ディーラーのコンキスタドールは密かにほくそ笑む。まるで鴨が葱を背負って来たようだ、と。

「2戦目に進むぜ。準備はいいか?」
「ああ、いつでも構わないよ」
 そうやってゲームを繰り返すこと数戦。二人は適度に勝ったり負けたりしながらチップを移動させていく。
 表面上は穏やかな進行。その裏で、プレイヤーもディーラーも、それぞれの『仕掛け』を動かし始めていた。
 異変が起きたのは、ゲーム全体が中盤に差し掛かったタイミングだ。

「サレンダー」
「……なんだって?」
「サレンダーだよ。この回はどうにも嫌な予感がするのさ」
 より正確に言うならば、起きるはずだった異変が起きなかった、と言うべきか。とある一戦で狐狛がサレンダー(負けを認めるが掛けたチップが半分戻ってくる)を選んだとき、動揺したのはむしろディーラーの男だった。
 狐狛の読み通り、ディーラーは何度目かのシャッフルの際に積み込みを仕掛けていた。その結果として、今回の彼のカードは必ず『勝てる手札』になるはずだったのだ。
 被害を最小限に抑えられ、手の内からするりと抜け出されたような感覚に、ディーラーの男の背筋がぶるりと震えた。
 ルールの都合上、全体の勝率は狐狛がディーラーをある程度上回っている。だが、コンキスタドールの予定では、ここから天秤がディーラー側に傾き始めるはずだったのだ。だというのに、何度必勝の手札を積み込もうとも、目の前の少女は巧みに致命傷を避けて次のラウンドにゲームを進め続けている。
 そして、極めつけはコレだ。

「――ダブルダウン」
「ぐっ……!」
 勝負の数を重ねれば、どう足掻いてもプレイヤーである狐狛を勝たせなければいけないゲームが出てしまう。そういうときに限って、彼女は取り分を増やす手を選択してくるのだ。
 果たして、本当に鴨だったのはどちらだったのか。デックを操作しているはずのディーラーの思惑に反して、いつの間にか勝負の天秤は狐狛の側に大きく傾きつつあった。

「い、イカサマだ!」
 当初の陽気なキャラクター付けはどこへやら。いつしか演技の仮面が剥がれ落ちたコンキスタドールが、大量のチップを狐狛に奪われて、ついに怒りを露わにしながら椅子から立ち上がった。
 殴りつけるようにテーブルに両手を叩きつけたコンキスタドールの血走った視線を、しかし、狐狛は柳に風とばかりに受け流し、くっと小さく笑って男に問い返した。

「あん? アタシがイカサマしてるって?」
「そうだ! このゲームは、そう、おかしい!」
「馬鹿を言うなよ、一回たりともカードにゃ触れてないだろ?」
「そ、それは……」
 言葉に詰まる荒くれもの。ある意味で自縄自縛なのだろう。コンキスタドールのディーラーは、間違いなく自身でデックを操作してゲームの結果を操っている。だというのに、彼は思うようにチップを得ることができていない。
 言うまでもなく、それは狐狛の仕掛けによるものだ。
 彼女の執った戦法は至ってシンプル。『シャッフルトラッキング』という特定のカードを追跡し続ける手法である。
 彼女の人並外れた視力と細やかな見切りに掛かれば、たとえシャッフルを挟もうとも、何枚かの重要なカードがデックのどこに位置するのか、逐一把握し続けることができるのだ。

 狐狛の熟達の技術を見破ることができず、コンキスタドールは苦虫を嚙み潰したような表情で席に着く。
 ゲームはまだ数戦残っている。手が止まったディーラーを促すように、狐狛は蠱惑的に微笑みながらデックを対面に向けて押し出した。

「さ、ゲームを続けようじゃないか。……アンタが島から奪ったもの、全部返してもらうよ?」

大成功 🔵​🔵​🔵​

フィルマリナ・ガラクシア
賭け事は好きだわ、勝てる賭け事はもっと好きなのだけど。
私みたいな可憐な娘が酒場に行って頼む物と言えばもう分かるわよね、ミルクを頂戴……ないの?

【SPD】イカサマをして来るならどんと来いだわ。こっちもその準備をするだけだもの。
カードを使ったゲームがいいわ。事前に【動物と話す】で酒場に潜りこめそうな鳥や猫を買収して下っ端の死角から合図を送って貰うの。
バレっこないでしょ、動物と会話出来るだなんて考えも付かないのだわ。
対価?コンキスタドールからの島の開放……え、もっと欲しい?じゃあコンキスタドールの抱えてる財宝の中から好きな物でどう?



 どんな戦いでも、勝利の鍵を握っているのは事前の準備だ。
 喧騒渦巻く酒場の扉から外に抜け出して、ほんの数分。南国のヤシの木の小さな木陰で、ささやかな謀略は密やかに芽を吹いていた。

「買収だなんて、まさか、これは正当な取引よ」
 ドクロマークをあしらった海賊帽の少女が、膝を折って屈みこみながら悪戯っぽく囁いた。
 島民の往来も絶え、ウミネコの鳴き声がどこか寂しそうに聞こえてくる街角で交わされる秘密の交渉。不思議なことに交渉相手の姿はどこにも見えず、ともすれば少女が虚空に向ってひとりで喋っているようにしか見えないだろう。

「対価? コンキスタドールからの島の開放……、え、もっと欲しい?」
 しかし、一般人が気づけないだけで、彼女の交渉相手は確かに存在する。
 余人には聞こえぬ声で対価のオカワリを要求されたフィルマリナ・ガラクシア(銀河の落とし子・f26612)は、指を頬に当てて暫し首を傾げた後、ニッと笑みを浮かべて『誰か』にウィンクを飛ばすのであった。

「じゃあ、コンキスタドールの抱えてる財宝の中から好きな物、なんてどう?」


「たのもぅ!」
 スウィングドアを勢いよく押し開き、堂々と胸を張ってフィルマリナは博徒集う危険な酒場に踏み込んだ。
 ドクロマークの海賊帽、アクアマリンの如く自信に満ちた瞳、日に焼けた肌に纏うのは海戦用の水着と漆黒の外套。これぞまさに由緒正しい(?)海賊の出で立ちである。

「あん? なんだぁ、ここはガキの遊び場じゃねえぞ」
 惜しむらくは、下っ端コンキスタドールにはこの様式美が理解できなかったことか。カウンターの中で酒瓶を物色していた荒くれものは、年端も行かないフィルマリナに脅しをひとつ投げつけただけで、すぐまた酒棚との格闘に戻ってしまった。
 フィルマリナは芳しくない反応にむすと唇を曲げて、ずかずかとカウンターに近づいていく。やや高めのカウンター席に軽くジャンプして腰掛けると、着席の勢いのままにカウンターに肘をついて、彼女は件のコンキスタドールにちょっかいを掛け始めた。

「私みたいな可憐な娘が酒場に行って頼む物と言えば、もう分かるわよね」
「はぁ?」
「ミルクを頂戴」
 芝居がかった、鈴を転がすような甘い声が小さく響く。
 決まった。映画のワンシーンも斯くや、と自信満々に嫣然と笑みを浮かべるフィルマリナ。……なのだが、コンキスタドールの男は、彼女とは対照的に呆れたような表情で苛立ちを露にするばかりだった。

「んなもんあるわけねえだろ! 帰ってママにでもおねだりしてな!」
「……ないの?」
 意外だとばかりに青い瞳がきょとんと瞬きする。期せずして目が合ってしまったコンキスタドールの荒くれものは、処置無しと額に手を当てて天を仰いだ。
 カウンターを挟んで向かい合う形となった猟兵とコンキスタドール。奇妙な沈黙が数秒流れた後、男は荒々しく舌打ちして、懐からトランプの束を取り出しカウンターに叩きつけた。

「いいか? これからやるのは簡単なゲームだ。テメェが負けたら黙って有り金全部置いて出ていきな」
「ふぅん、じゃあ、私が勝ったらあなたの持ってる『お宝』をひとつ頂くわよ」
「……ちっ、勝手にしろ」
 脅すような口ぶりにも動揺ひとつ見せない少女の胆力を褒めるべきか、それとも呆れるべきか。コンキスタドールは憮然とした表情でトランプの山からカードを一枚捲り、裏向きのままフィルマリナに向けてカウンターを滑らせた。滑ってきたカードをフィルマリナが拾ったのを確認して、男は新たに1枚のトランプを山札から捲る。
 そのときふと、どこからか酒場に迷い込んだ野良猫が男の足元で鳴き声をあげた。眉を顰めた男は鬱陶しそうに脚を振って野良猫を追い払い、肩を竦めながら捲ったカードを誰にも見せずに手元で伏せる。

「ハイ・アンド・ロー。テメェの手札と、裏向きに伏せたこのカード。どっちの数字が大きいか当てられればテメェの勝ちだ。わかったか?」
「もちろん」
 男の説明に大きく頷いたフィルマリナは、さて、と指に挟んだカードを確認する。刻印された数字は、3。確率だけで考えれば、相手のカードよりもこちらが小さくなりそうだが……。
 ちらり、と少女はカードの陰から上目遣いに対戦相手を盗み見た。男は余裕綽々といった態度で、中身が残り少なくなった酒瓶を指に摘まんで弄んでいる。
 ……その余裕を、少女は崩してみたくなった。ニッと愛嬌ある微笑みを浮かべ、フィルマリナははっきりと選択を言い放つ。

「そっちのカードが『ロー』よ!」
「……んだと?」
「さぁ、結果を教えて頂戴!」
 虚を突かれたように聞き返す荒くれものに向って、フィルマリナはカウンターに乗り出しながら答え合わせを催促する。爛々とした少女の瞳と、男の鋭い眼光が絡み合った。
 睨み合いはほんの一瞬。忌々し気に舌打ちをひとつ鳴らし、男は伏せられたカードを表向きにひっくり返した。
 フィルマリナの目に映った数字は、2。宣言通り『ロー』で彼女の勝利だ。

「よしっ。ふふ、やっぱり賭け事は勝てるとなお楽しいわね」
「ケッ、あんまり調子に乗んなよ。おら、次だ次!」
 ぐっと右手を握って喜びを表現するフィルマリナ。荒くれものはそんな少女に新たなカードを乱暴に放り渡す。
 ……実のところ、荒くれものはこの時点ではどこか事態を楽観視していた。確かに初手から冒険してきたのには驚かされたが、これから先、山札を握ってコントロールできるのはこちら側なのだ。
 カードの大小を自由に操作できる以上、小娘ひとり手玉に取るのはワケもない……、と。

 そうやって与しやすしとフィルマリナを甘く見たのがコンキスタドールの運の尽きだった。演技なのか、はたまた素の表情なのか、純真無垢にカードを眇める少女は、コンキスタドールの男には伝わることのない情報をしっかりと握っていた。
 情報の送り主は天井裏を駆ける鼠や、床を転がる野良猫、あるいは窓の外で旋回する小鳥たち。少女の『共犯者たち』の覗き見たカードの情報が、動物語やさりげないジェスチャーで次々とフィルマリナに届けられているのだ。

 やはり、勝利の鍵は事前の準備。ふふん、とトランプに隠れて不敵に笑うフィルマリナ。……ただ、もし、差し当たって問題があるとすれば、だ。
 想像以上にたくさんの『共犯者』が酒場に集まりつつある現状に、ほんの少し困ったような表情で、少女は対面のコンキスタドールの顔を見つめながら首を傾げた。

「……なんだよ?」
「いえ、あなたの『お宝』だけでお返しは足りるかしら、ってね」

成功 🔵​🔵​🔴​

オブシダン・ソード
【狐剣】
どうやらお困りのようだね、お嬢さん?
放っておけないなぁ、その人の自由を賭けて勝負を挑むよ

せっかくだしパリっとした格好
カモらしく、女の子侍らせたお坊ちゃんみたいな雰囲気
負けた時の条件とか何でも飲んじゃうよ

勝負はポーカー
僕の腕を見せてあげようとか大きい事言いつつ
序盤は小賭け
勝敗に一喜一憂して、不本意ながら僕が目先に夢中になるぼんくらだと悟ってもらおうか
実際下手の横好きなのは本当だけど、これも話術の内ってことで

なぁに、大丈夫だよいすゞ、勝負はここからさ
頃合いを見て大賭けしてイカサマを誘ってあげよう
看破は任せる

へえ、カードを隠しているのかい?
見せてご覧よ
後は彼女の言う通りに追及して詰めてあげる


小日向・いすゞ
【狐剣】
きゃー
だーりん格好良いっス~
あっし、るーるとか解んないっスし
だーに任せるっスよォ
えっ
離れたくないっス~
えーん
だーとあっしは一心同体っスもんー

合わせた上品な衣装
島に来たばかりで何も知らない頭の軽い女係
きゃいきゃい一喜一憂
だーがカモられている内に
こっそり管狐でイカサマ内容を観察しておくっス

大一番が来たら
ね、オジサン
その山札、なんで今回は下から配ったンスか?
え~ずるっこじゃないっスか~

そこに隠してあるかーどを貰うのでも良いンスけれど
だーりん、好きなかーどの配り方も選べるみたいっスし
それと、それと、これを貰うと良いっスよォ

自分でムカつく女だなーって思うっスけれど
今日はそういう日でお願いするっス



 正味な話、コンキスタドールたちは今の状況を十分に楽しんでいた。
 『掟』のことは置いておいても、荒くれものとギャンブルは切っても切れない関係だ。いつの間にか島民の挑戦者もめっきり減ってしまっていたここ数日は、想像以上に彼らを退屈させていたらしい。
 ……もっとも、彼らの熱狂は『上手く負けている』猟兵たちが後押ししているという面もあるのだが。

「ひゃー! 見て見てだーりん! なんだかよくわからないけどすごいっスよ!」
 さて、そんな少々浮かれ気味な荒くれものたちの耳目を特に集める二人組がいた。
 手入れの行き届いた身なり。見るからに上品なドレス。そして、育ちの良さそうな出で立ちに反した軽い言動。
 横を歩くパートナーの腕に抱き着いてきゃぴきゃぴとはしゃぐ小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)は、悪漢たちの目にはまさに絶好のカモとして映っていた。
 となれば当然、お気楽ガールのストッパーになりうる相方の存在が気になるところだが……。

「ふふ、僕ならもっとすごい勝負が出来るからね。なぁに、これでも賭け事には自信があるのさ」
 はんなりとしなだれかかったいすゞに、高級そうなスーツをパリっと着こなしたオブシダン・ソード(黒耀石の剣・f00250)が格好つけた声色で優しく囁く。
 うーん、このボンボンムーブ! いかにも女性を侍らせ慣れているような態度とは裏腹に、節々からにじみ出る目を覆うような警戒心の薄さ。これにはコンキスタドールたちも内心にっこりである。
 こんな美味しそうな獲物を見逃しては征服者の名が廃る。とあるテーブルを囲っていたコンキスタドールたちは、下心満載の笑みを貼り付けてソードたちを呼び止めた。

「へへ、ニーチャンよぅ、可愛いカノジョ連れてずいぶん景気がいいじゃねぇか」
「羨ましいねぇ。どうだい、ひとつオレらにもいいところを見せてくれよ」
「えー、やだなぁ、可愛いなんて、照れるッスよぅ」
 ちょっとした世辞にふわふわと頬を緩めたいすゞが、ソードの腕を取ってコンキスタドールたちのテーブルに寄ってくる。
 チョロい。ぴょこぴょこと狐耳を動かして上機嫌の相方に、ソードもソードでまんざらでもない様子だ。

「ルールはフツーのポーカーだ。自信あるんだろ、ニーチャン」
「ああ、もちろんだとも。いすゞもやってみるかい?」
「うーん、あっし、るーるとか解んないっスし、だーに任せるっスよォ」
 荒くれもに誘われるまま、テーブルを囲う椅子に腰かけたソードに、いすゞが背中から腕を回して寄りかかる。
 甘ったるい光景にディーラー役の荒くれものは心中で毒づきつつも、それを表には出さずテーブルの面々にカードを配っていく。テーブルは四人掛け、参加者は猟兵が一組にコンキスタドールの三人だ。
 カードを配られたソードはいすゞと頬を寄せ合うように手札を覗き込むと、ニヤリと口角をあげてテーブルの対戦相手を順に見渡していく。

「さぁ、僕の腕を見せてあげよう」
「きゃー、だーりん格好良いっス~!」
 きゃっきゃっとはしゃぐ狐の少女にコンキスタドールたちは思わず鼻白む。……そんな状況で、ソードの胸元で組まれたいすゞの袖口からするりと管狐が滑り落ちたことに、彼らがどうして気づけようか。
 ディーラーがカードを配り終えると、場の空気がピリリと引き締まる。
 両陣営がそれぞれの思惑を仮面に隠しつつ、いよいよゲームがスタートした。

「……よし、僕はツーペアだ」
「オレぁワンペアだな」
「ブタだよ、チクショウめ」
「こっちもブタだ。ハン、言うだけあるじゃねえか」
 当然ながら、三人のコンキスタドールは結託してプレイしているのだが、それでも序盤の数ゲームは穏やかな展開が続くこととなった。
 どのプレイヤーも派手な手は成立せず、簡単な役の応酬がしばらく続く。チップの移動もまだまだ緩やかなペースだ。
 ソードの順位は2位と3位の間で行ったり来たりしている。これも、コンキスタドールたちの計算通り。
 お坊ちゃんのカレシはコンキスタドールの思惑通りに勝ち負けを繰り返し、目先のゲーム結果に一喜一憂を続けている。

「えっとぉ、ならダーリンの勝ち? やったぁ、さすがっスね!」
「当然の結果さ。簡単なものだろう?」
 カノジョの手前か、格好をつけてはいるが、ちょっとした仕草には隠し切れない喜びが滲んでいる。やはり、言うほどギャンブルに慣れているわけではないようだ。
 コンキスタドールたちはまだイカサマを仕掛ける段階には至っていない。『嵌める』のは、賭博の快感にゲストの目が曇ってきてからだ。
 さらに数戦、勝負を重ねるたびに、ソードたちは感情の揺れ幅を少しずつ大きくしていく。

「くっ、読み違えたか……」
「次、次! 次で挽回するっス!」
 僅差で敗北し、順位を落とす。昂った感情に振り回され、敗北のショックに額を抑えて呻くソードを、いすゞが一生懸命に鼓舞している。
 二人とも順調に熱くなり、ゲームにのめり込み始めている。ソードといすゞの反応を観察して、コンキスタドールたちはついにそう判断した。
 悪漢たちの間で小さなサインが飛び交う。いよいよ、毟り取りを始めるタイミングだ。

 ……そこからしばらくの間、ソードは一気に勝ちを拾えなくなった。
 役が揃わず、あるいは揃っても対戦相手に役を上回られ、チップを失い続けること数戦。持っていたリードを失い、彼の持ち点はいよいよ最下位に並ぶところまで落ちてきた。
 口数が減りフードの下で玉の汗を流すソードを、状況をよく理解していないのか、いすゞが不思議そうに覗き込む。パートナーの無垢な視線に、彼はハッとしたかのように顔を上げた。

「だーりん?」
「なぁに、大丈夫だよいすゞ、勝負はここからさ。……ここで、挽回する!」
 その言葉と共にソードはチップの山をドサリとテーブルに動かした。今までの負けを吹き飛ばすような、大量のベット。……勿論、負ければ一瞬で破滅だ。
 だが、彼のこの行動は、思いもしなかった波紋を酒場に広めることとなる。いつの間にか卓の周囲に出来ていたコンキスタドールの人垣が、ソードの大胆なベットをやいのやいのと大声で囃し立て始めたのだ。ある種の異様な熱狂が一気にテーブルを包み込む。人垣の群れは厚く、もはやテーブルから逃げられそうにもない。
 途端に不安そうな表情になったいすゞがソードにぎゅっとしがみついた。椅子に座ったまま周囲を見回すソードも、どこか気圧されたような表情に見える。

「吐いた言葉は呑み込めないぜぇ、ニーチャンよぉ」
「ケケッ、ああ、オレらはトーゼン受けて立つぜ?」
「……望むところさ」
 ごくり、と唾を飲み込んでソードが静かに言い放つ。次々とチップをテーブルに積み上げていく三人の悪漢は、にやにやと今日一番の凶相を浮かべていた。
 周囲の馬鹿騒ぎとは対照的な重苦しい沈黙がテーブルに圧しかかる中、プレイヤーにカードが配られていく。
 手元に揃った5枚のトランプ。手札の交換は一度きり。鉄火場の四人は誰もが押し黙ってじっと考えを巡らせている。
 数秒か、はたまた数分か。悩みに悩んだ後、ついにコンキスタドールのひとりがカードを交換するために山札に手を伸ばした。

「――ね、オジサン。その山札、なんで今回は下から配ったンスか?」

「んなっ!?」
 その言葉に、世界がひっくり返った。
 のけ反るように顔を上げたコンキスタドールが見たのは、背をシャンと伸ばして冷たく問うたいすゞの姿。眇められた彼女の瞳は、悪漢の手の内を見透かすかのように妖しい光を放っている。
 ついさっきまでの頭の軽そうな少女とは、まるで別人。否、それだけではない。視線を少し下に向ければ、冷や汗を掻いて委縮していたはずのソードも、今までの醜態が嘘のように自信に満ちた表情を取り戻していた。
 それまで微塵も感じられなかった練達のオーラを放つ二人の猟兵に、コンキスタドールたちはあんぐりと口を開けて固まってしまう。時間が止まったかのような沈黙の中、いすゞはぽふんと相好を崩しつつ、すかさず追撃を掛ける。

「も~ずるっこじゃないっスか~。そこに隠してあるかーどとか、好きに使っちゃって良いんスかぁ?」
「なんでそれを……っ!?」
 管狐たちが密かに集めていた情報をちらつかせた少女の言葉が、纏わりつくようにコンキスタドールの逃げ道を塞ぐ。狐のように細められた視線と吊り上がった口角。彼女の微笑みすらもが今は恐ろしい。
 動揺が口から漏れてしまったのは明らかな悪手だ。すぐさま卓を囲う別のコンキスタドールが仲間を黙らせようと手を伸ばすが、それよりも早く、ソードの口から底冷えするような詰問が流れ出る。

「へえ、カードを隠しているのかい? 見せてご覧よ」
「ぐぅっ……」
 トントン、とソードの人差し指がテーブルを軽く叩く。フードの奥に隠されたソードの視線は、悪漢の胸元に隠されたトランプを過たず射抜いているようであった。
 喉元に冷たい刃を突き付けられたような錯覚。金縛りにあったかの如く冷や汗を流す彼らを尻目に、いすゞが殊更に無邪気な仕草でソードの手を取った。

「だーりん、好きなかーどの配り方も選べるみたいっスし、それと、それと、これを貰うと良いっスよォ」
「おやおや、ずいぶんと良い手が揃いそうだね」
 イカサマを看破したいすゞに導かれるまま、ソードの指が山札からカードを選んで摘まみ取る。『積み込み』された山札から選ばれたカードたちが、あっという間にソードの手札を強力に塗り替えていった。

 ここに至り、悪漢たちは隠しカードから山札の積み込みに至るまで、自分たちの仕込みがすべて見破られていることを嫌でも理解させられてしまった。
 猟兵たちの行動を咎めるのは、自分たちの不正を認めることに他ならない。彼らはついさっき勢いよく積み上げたチップの山を見て顔を蒼くするばかりだ。
 形勢は完全に逆転した。トドメとばかりにソードは綺麗に揃った手札を爪弾いて一笑する。

「吐いた唾は呑み込めない、だったね。――さぁ、ゲームを続けよう」
「きゃー! だーりんってば、やっぱり恰好良いっス!」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アリエ・イヴ
アドリブ◎
弱いもの苛めとは感心しねぇな
嬢ちゃんちょいと交代だ
ドカっと座って代打ちを申し出る
勝負はサイコロ
単純に出目の合計が高い方が勝ちの勝負

イカサマをするなら賽を投げる時か
元々仕込んであるか
どっちかわかんねぇならすこぉし牽制しておくか
『覇気』をだし威圧する
そういやイカサマしてるヤツがたまにいるって聞くけどよ
お前は、そんな事しねぇよな?
ああ、ただの与太話だ
どうした?続けろよ

まあ少なくともこっちの賽に仕掛けられなきゃそれでいい
握って重さや面に違和感を感じなければあとはそのまま投げるだけだ
さぁ、タネも仕掛けもねぇ単純な運試しといこうじゃねぇか

…ああ、仕掛けなんざどこにもねぇが
女神の加護はあるかもな?


ギヨーム・エペー
SPD

賭け事かー。物が違ったら楽しめたんだがな、何せ命がかかっている
酔いどれながらもイカサマできてるってことは、トリックが簡単か、使用者が手馴れているか、両方かなー
おれでもできそうなイカサマなら使ってみよう。そのためには相手に心理的ストレスを与えて、不注意を誘わないとな

出来る限り目線を合わせて楽しい会話をしてみよう。逸らしたら問い詰めるが、まだ弱いかな
暗がりで行われるイカサマがあれば、目で追う。指摘は仕組みを理解してから行おう
体温変化と筋肉のこわばりなど、一つ一つの挙動をじっくりと見て、プレッシャーを与える
会話が途切れたら挑発してみるかなー。相手の視野が狭まったらイカサマのお返しといこう



 そもそも何故、下っ端コンキスタドールたちは『掟』に拘るのか。
 グリードオーシャンの荒波を乗り越えて島を渡るということは、たとえオブリビオンであっても容易ではない。『船』というひとつの生き物を自在に動かすためには、荒くれものたちを纏める厳然たる規律が必要なのだ。
 リーダーの定めた『掟』は絶対。下っ端船員たちにはもほや本能に近いレベルでそのことが染みついている。
 ――同時に、この海において、船長という肩書は特別な重みをもっていた。

「弱いもの苛めとは感心しねぇな」
 『キャプテン』アリエ・イヴ(Le miel est sucré・f26383)。彼もまた海賊団を束ねる船長のひとりだ。
 無遠慮に腰を下ろした180cm強の長身が木製のチェアをぎしりと軋ませる。榛色に鋭く光る眼光がテーブルの向こう側で酒を呷っていたコンキスタドールを射抜いた。
 彼の言葉は、矜持か、美学か。統率者のみが持つ威圧を伴った彼の台詞に、ヒラ船員のコンキスタドールは思わずたじろいでしまいながらも慌てて虚勢を張って返す。

「んだぁテメェ! オレらに文句があるってのか!?」
「ああ、そうだ。そういうヤツらは海賊の風上にも置けねえ。そうだろう、ギヨーム?」
「いやー、おれは海賊ってわけじゃないんだがなー」
 両腕を組んで堂々と悪漢に言い放ったアリエが肩越しに後ろを振り返る。彼の背後に立っていたのは、これまたアリエと同じくらいの長身の男だ。
 がっしりとした体躯でテーブルを見下ろす青年、ギヨーム・エペー(日に焼けたダンピール・f20226)は人好きのする快活な表情で椅子の背に手を掛ける。彼は先刻のアリエとは対照的に、ゆったりと余裕を持って椅子の上に身体を沈み込ませた。

「ギャンブルなら誰にだってチャンスがあるものだろう? 弱いもの苛めとは限らないんじゃないかな」
「そ、そうだ! へへ、ソッチのニーチャンはわかってんじゃねえか」
「ハッ、どうだか!」
 意外なことに、ギヨームの言葉はコンキスタドールを責めるような調子ではなかった。ゆったりとした彼の声色に内心ほっとしながら、コンキスタドールはアリエに対抗の声を上げ始める。
 ……もっとも、悪漢の目をじっと見つめるギヨームの視線は、決して穏やかなだけではないのだが。
 一方、アリエは強硬な態度をそのままに悪漢にプレッシャーを掛け続けている。男の反論も一笑に付し、決して男の言い分を認めようとしない。なおも言い募ろうとする悪漢を制して、彼は天板を叩き割りかねない勢いでテーブルに身を乗り出した。

「相手がカタギじゃなかろうと勝負できる度胸があるってんなら、今ここで、俺が試してやろうじゃねえか」
「チッ、言ったな。後で吠え面かくんじゃねえぞ!」
 売り言葉に買い言葉。顔を紅潮させたコンキスタドールがポケットに手を突っ込み、じゃらじゃらといくつものサイコロを取り出してテーブルに叩きつけた。
 アリエは転がるサイコロを無造作に拾い、指に摘まんで様々な角度から観察してみる。その姿を嘲るように、唇を歪めたコンキスタドールがゲームの説明を始めた。

「いいか、サイコロを2個振って、目の合計がデカい方の勝ちだ。ヘッ、どうだ、わかりやすいだろ」
「ああ、単純なゲームだ。悪くねえ」
 コンキスタドールにそう応えながらもアリエは指の間のサイコロをつぶさに調べ続けている。表面の質感、重量、塗装……、様々な仕込みを念頭に置いて調べてみたが、どうやら『アリエが選んだサイコロ』には細工は仕掛けられていないようだ。
 納得がいったのか摘まんでいたサイコロを一旦テーブルに降ろして、アリエは重々しくコンキスタドールに頷いて見せる。それを見届けたコンキスタドールはすぐにでもゲームを開始しようとした、のだが……。

「ふぅん、おれも相手してもらおうかなー」
「えっ。あ、ああ、ニーチャンもか」
 対峙する二人の横合いからさらっとサイコロを拾ってギヨームがのんびりと言い放つ。彼の口調は世間話のような調子で、決して刺々しいわけではない。
 しかし、紫色の瞳にまっすぐ見つめられたコンキスタドールは、無意識のうちにその視線から目を背けてしまった。まるで疚しさを誤魔化すように表情を隠した男に、ギヨームがあくまでゆっくりと問い掛ける。

「サイコロを振る回数が増えるだけなんだ。なにも問題ないだろう?」
「いや、なんでもねえよ、なんでも」
「……なら、どうして目を逸らすんだ?」
 彼の口調にアリエのような激しさはない。けれども、じわじわに逃げ道を塞ぐようなギヨームの言葉は、いつの間にかコンキスタドールの心に重く圧し掛かっていた。
 じわりと汗を滲ませる男。カチャカチャと落ち着かなくサイコロを弄る彼を、今度はアリエが追い立てていく。

「そういやイカサマしてるヤツがたまにいるって聞くけどよ。お前は、そんな事しねぇよな?」
「っ……、あ、当たり前だ!」
「なにムキになってる、ただの与太話だ。どうした? 準備を続けろよ」
 アリエが言葉を放った瞬間、『船長』から噴き出た覇気にコンキスタドールの息が詰まる。直後、肺に引っ掛かった空気を無理くり吐き出すようにして否定の言葉を放った悪漢の目には、一瞬、アリエの姿が何倍にも大きく見えていた。
 ぶるぶると頭を振ってコンキスタドールは雑念を振り払う。だが、それでも彼の頭の片隅には間違いなく一抹の不安がへばりついてしまっていた。

 ……実際のところ、仕掛けが施されているのはコンキスタドールの手中にある2個のサイコロだけだ。重心を調整したこれらのサイコロは、一定の投げ方をすれば出る目をある程度コントロールすることができるのだ。
 だから、アリエがいくら自分のサイコロを調べてもイカサマの証拠は見つからない。そう、あのサイコロは間違いなく『ただのサイコロ』なのだ。

「よし……。やるぞ。まずはどっちが相手だ?」
「おれからやらせてもらおうか。いいよな、アリエくん?」
「おう。ここから『ちゃんと』見届けてやるよ」
 ギヨームの言葉にテーブルの上で腕を組んだアリエが頷く。敢えて『ちゃんと』と強調して応えた彼は、今も焦げ付くような覇気を放ってコンキスタドールを見据え続けている。
 その圧力も柳に風と受け流し、最初の対戦相手であるギヨームは、コンキスタドールにすっと掌を差し伸べた。

「だって。さぁ、まずはそっちからどうぞ」
「っ、わかってる……!」
 額に溜まった汗を拭い、コンキスタドールがサイコロを構えた。
 ――大丈夫。練習通りにやれば大丈夫。そう心中で繰り返し、彼は幾度となく繰り返した投法を丁寧になぞっていく。
 まずは、手を動かすスタートの位置だ。ここがズレると後の軌道が台無しになってしまう。緊張に震える腕を必死に制御して、彼は腕のポジションを慎重に調整し始めた。

「サイコロを転がすだけなのに、何をそんなに拘ってるんだ?」
「う、うるせえ! くそっ!」
 と、悪戦苦闘するコンキスタドールにギヨームの指摘が不意に飛んでくる。ギヨームの視線は、汗の掻き方から筋肉の強張りまで、どんな小さな動きも見逃さないぞとばかりに悪漢に張り付いている。
 突き刺さる視線のプレッシャーに対して怒鳴るように叫び返したコンキスタドールは、もはや自分のサイコロを如何に転がすかで頭がいっぱいになっていた。

(この角度だ。この角度でいいはずだ。頼む、頼むぞ!)
 胸中で悲鳴のように賽に祈り、悪漢は掌からサイコロを放り投げる。カラン、と乾いた音がテーブルで鳴った。コロコロと転がるサイコロが目まぐるしく出目を変化させていく。
 ほんの10秒にも満たない僅かな時間。思わずぎゅっと目を閉じてしまった彼がそっと目を開いたときに見たのは、静止したサイコロの示す5と5の出目であった。

「は、はは! 10だ! おい、どうだ! 10だよ、10!」
「ああ、確かに。それじゃあ、よっと」
「……え、あっ」
 極度の興奮状態が齎す視野狭窄。その一瞬の隙に、ギヨームはひょいとサイコロを振った。彼がサイコロを投げたまさにその瞬間、コンキスタドールはその動きを完全に見逃していた。
 ぽかんと口を開けたコンキスタドールの眼前でサイコロが舞う。プレッシャーから生まれた僅かな隙。その一瞬に、ギヨームは確かに『何か』を仕込んだのだった。
 ころりと転がる2つのサイコロ。ほんの少しだけテーブルを滑ったそれらは、男にとっては残酷なことに、はっきりと5と6の数字を天に向けていた。

「悪いなー、おれの出目は11だ」
「ぐがっ……」
 気取らずに軽く言ってのけるギヨームにコンキスタドールは思い切り歯噛みする。ギヨームがどんなイカサマを仕掛けたのか、その瞬間を見逃した以上、もはやどうやっても追及することができない。
 コンキスタドールの男は先刻以上に頬を紅潮させて目を血走らせる。が、彼と猟兵の勝負はまだ終わったわけではない。いきり立つ悪漢の気を惹くように、アリエの拳がテーブルをガンと叩いた。

「今度は俺が相手だ。さっさとサイコロを振っちまえよ」
「て、めぇ……! ああ、お望み通り、やってやるよ!」
 口角泡を飛ばしてコンキスタドールがサイコロを握る。彼自身、自分の頭に血が上っていることはわかる。だが、実際に一度サイコロを振ってみることで、イカサマの感覚を取り戻したというのもまた事実だった。
 今度はさっきのようなヘマはしない。男は視線はしっかりと対面のアリエに固定しつつ、身体の動きだけをルーティンに乗せてサイコロを放る。
 再びテーブルを転がっていくサイコロ。今回の投擲は悪漢にも自信があった。
 その自信を裏打ちするかのように、前回と同じ軌跡で停止した2つのサイコロは双方とも5の目を指し示していた。

「10だ! おら、テメェも振りやがれ! ヘヘ、ちゃんと見ててやるからな!」
「ああ、運試しといこう」
 コンキスタドールの男と背もたれに深く寄りかかったギヨーム、その両者に見つめられながら、アリエはなんでもないようにサイコロを放り投げる。
 サイコロが彼の手を離れる瞬間に目を光らせていた悪漢は、しかし、イカサマの気配をなに一つとして感じ取ることはできなかった。
 それもそのはず。アリエは、本当に、己の豪運に全てを賭けただけなのだから。

 そして、賽は海賊船長の傲慢な自信に応えた。――出目は、6のゾロ。

「……」
「2人分の負けだ。しっかり払ってもらうぜ」
 ぱくぱくと口を開け閉めするコンキスタドールを、椅子を立った二人の猟兵が挟み込んで見下ろす。
 まるで理解が追いつかないといった表情のコンキスタドールは、弱々しい言葉を絞り出すようので精一杯だった。

「イ、イカサマ……、いや、そんなはずは……」
「……ああ、仕掛けなんざどこにもねぇが」
 豪放磊落、アリエはニヤリと笑ってコンキスタドールの肩をバンバンと叩いた。

「女神の加護はあるかもな?」

 ……ちなみに、アリエが良い笑顔でサムズアップする反対側では、ギヨームが素知らぬ顔で肩を竦めていたとか。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​




第2章 集団戦 『ドロップアウト・ルーキーズ』

POW   :    初歩的な斬撃
【大剣】が命中した対象を切断する。
SPD   :    未熟な第六感
【山勘で】対象の攻撃を予想し、回避する。
WIZ   :    軽率な限界突破
【闘志】を一時的に増強し、全ての能力を6倍にする。ただし、レベル秒後に1分間の昏睡状態に陥る。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 大勢は決した。
 酒場に集まった下っ端コンキスタドールたちは揃って猟兵たちとのギャンブルに敗れ、島の住人の解放なり彼らの持つ財宝なり、様々なモノを対価として奪われようとしていた。
 『掟』は絶対。ならば、猟兵たちとの約束も必ず履行しなければならない。
 ……だが、この惨状を頭目に知られでもしたら、果たして無事に済むだろうか。

「くそっ! おい! こうなりゃ出口を塞げ!」
 下っ端たちの誰かが叫ぶ。もはや自分たちの身を守るためには、今日の出来事を『なかったこと』にするしかない。
 同じ考えに至った仲間たちがすぐさまドアや窓の前に陣取り、殺気立った顔つきで次々と武器を抜き放った。

「逃がすんじゃねえぞ! 全員ぶっ殺せ!」
フィルマリナ・ガラクシア
約束を反故にするのも海賊のやり方の一つだけれど、掟を自ら踏み倒すのは流儀に反するのだわ。
ここはひとつ懲らしめてあげるのが真の海賊ね!

UCを使ってもいいけれども、下っ端相手に披露するのも何だか癪だわ。
折角他の海賊……じゃなくて猟兵もいる事だし、共犯者達にも協力して貰いましょう。
【動物と話す】で共犯者達にちょっと騒ぎを起こして貰って、気が逸れた所を手裏剣で【暗殺】、これね!
他の猟兵達が派手に暴れてくれればこっちも動きやすく……じゃなくてフォローしやすくなるわね。


セシリア・サヴェージ
旗色が悪くなったら今度は力ずくですか。
愚かしい……やはり脅しで済ませたのが間違いだったようです。

UC【暗黒剣技】で応戦します。相手が未熟ならば尚の事技術で優位に立つことができるはず。
【武器受け】や【カウンター】等を必要に応じて的確に使用していき、好機にはこちらから【切り込み】【重量攻撃】を仕掛けます。

やはりあなたたちはギャンブルの方が得意なようですね。
剣の腕前はあまりにもお粗末過ぎますので。
……この程度の安い【挑発】に乗せられて大ぶりな攻撃を仕掛けているようでは、ギャンブルの腕前も察せられるというもの。
少なくとも剣術の方は初歩ではなく、基礎の基礎からやり直しなさい。



 怒号飛び交う酒場の中を小柄な影が駆け抜ける。
 コンキスタドールが乱暴に蹴り飛ばした丸椅子をひょいと躱し、ボックス席のテーブルに飛び乗ったフィルマリナ・ガラクシア(銀河の落とし子・f26612)は両手を腰に当ててやれやれと溜め息を吐いた。

「約束を反故にするのも海賊のやり方の一つだけれど……、掟を自ら踏み倒すのは流儀に反するのだわ」
 いかにも呆れています、といった体で両手の手のひらを天に向け肩を竦めるフィルマリナ。テーブルの高い位置からシニカルに喧騒を見下ろす少女の姿は、当然、すぐさま悪漢たちに目をつけられた。
 いくつかのテーブルを挟んだ向こう側から、茹だった表情の悪漢たちが鼻息荒く各々の武器の切っ先をフィルマリナに向ける。ピリリと刺すような殺気を肌に感じて、少女はしかし、恐れることもなくニヤリと口角を吊り上げた。

「ここはひとつ懲らしめてあげるのが真の海賊ね!」
 力強い言葉と共にフィルマリナの黒いマントがバッとはためいた。少女の右手が腰の後ろに回り、得物の忍者手裏剣に指を掛ける。
 視界の先にはドタドタと慌ただしくこちらに掛けてくる悪漢の群れ。敵は『ドロップアウト・ルーキーズ』、正真正銘の下っ端オブリビオンだ。

「このガキ! テメェからフクロにしてやる!」
「……うーん、とは言ったものの、ねぇ?」
 まるでスマートとは言えない悪漢たちの行進を目の当たりにして、フィルマリナは背中で手裏剣を弄びながら悩ましげに首を傾げた。
 はてさて、勢いよく見栄を張ってはみたものの、こんな下っ端相手に手の内を見せるのもなんだか癪だ。どうにか一手工夫できないものか。
 少女が攻撃に移らないのをいいことに、悪漢たちはずんずん距離を詰めてくる。そうしてついに、先頭の男がフィルマリナの乗ったテーブルに辿り着こうとした、まさにその瞬間、少女は得心したように大きく頷いた。

「うん、折角他の海賊もいる事だし、『みんな』にも協力して貰いましょう」
「なにを……、ガッ!?」
 響く鈍い打撃音。前触れもなく、先頭を走っていた男がもんどりうって真横に吹き飛んだ。突然の衝突事故めいた光景に後続の悪漢たちはざわつきながら急ブレーキを掛ける。
 急停止した彼らが目にしたのは、暗黒のオーラを纏ったガントレットで男の横っ面に裏拳をぶち込んだセシリア・サヴェージ(狂飆の暗黒騎士・f11836)の姿だった。
 吹っ飛んでいった男を見送り、ガントレットをニュートラルポジションに戻したセシリアは、不本意の表情でテーブルの上のフィルマリナに振り返った。

「念のため言っておきますが、私は海賊ではありませんからね」
「おっとっと。海賊じゃなくって猟兵だったね。ゴメンゴメン!」
 悪びれずに片眼をウィンクするフィルマリナの姿に苦笑いしつつ、セシリアは改めて悪漢たちと向かい合う。
 出鼻を挫かれた男たちは、今はタイミングを見計らうかのようにカットラスの剣先を揺らしながらセシリアたちを睨みつけている。
 粗野にして短慮。旗色が悪くなればすぐに暴力に訴える彼らの姿は、セシリアの目にはひどく度し難く映っていた。

「愚かしい……。やはり脅しで済ませたのが間違いだったようです」
「チッ! すかしてんじゃねえぞ!」
 軽蔑に目を伏せて首を振るセシリア。その姿に悪漢たちは湯沸し器もびっくりの瞬間沸騰、罵声を上げて彼女に突撃してきた。
 男たちの踏み込みにぎしりと酒場の床が鳴る。最前列の男の構えは腰だめの刺突。見るからに素人剣法の突進攻撃だが、オブリビオン化によって強化された身体能力と合わされば決して侮れない威力を発揮するだろう。
 ――もちろん、当たればの話であるが。

「遅い!」
「! ぐぉっ!」
 伏せられていたセシリアの目がカっと見開く。彼女の腰の辺りに柄を提げて刃を床に向けていた暗黒剣が、弾けるようなオーラの唸りを伴って先頭の男を掬い上げるよう振り上げられた。
 男は咄嗟にカットラスを引いて身を守ろうとしたが、それも無駄な足掻き。特大剣の重撃は、切り上げを受け止めたカットラスの刃を砕き割り、そのまま男の胴を逆袈裟に吹き飛ばした。
 放物線を描いて後続の悪漢たちの頭上を飛び越えていく男の身体。セシリアは振り上げた特大剣をそのまま頬の横で構え直し、いわゆる雄牛の構えで残りの悪漢たちに特大剣の切っ先を突き付ける。

「やはり、あなたたちはギャンブルの方が得意なようですね」
「ああン? 何言って――」
「剣の腕前はあまりにもお粗末過ぎますので」
「っ、んだとォっ!」
 ふぅ、とセシリアのため息がやけに大きく悪漢たちの耳に響いた。安い挑発。しかし悲しいかな、チンピラ気質の下っ端コンキスタドールたちは、それを聞き流すだけの度量を持ち合わせてはいなかった。
 激発した悪漢たちが統率も連携もなく我武者羅にセシリアへと飛び掛かる。数を恃みにした一斉攻撃。その凶刃が大きく振りかぶられてなお、セシリアはどっしりと剣を構えたまま『合図』を待ち続けていた。
 如何にオブリビオン化で身体能力が高くなろうとも、経験の薄さはそのまま視野の狭さに繋がる。目の前のターゲットに意識を集中するドロップアウト・ルーキーズたちは、もう一人の猟兵、テーブルの上の少女の小さな動きを察知することができなかった。

「頭上注意ね! 『今だ』!」
「うぉっ、なんだ!?」
 不思議な声で叫んだフィルマリナがパチンと指を鳴らす。直後、悪漢たちの頭上で吊られていた照明のヒモがぷつりと根元から切断された。
 天井に空いた穴の奥で『共犯者』が尻尾を振り振り天井裏の影に消えていく。その姿を捉える余裕もなく、悪漢たちは落下するガラスの塊から頭を庇ってあたふたと後退する。
 墜落した照明が火の粉とガラスを撒き散らす。舞い散る炎と鋭利なガラス片に襲われて、思わず眼前に手を翳してのけぞる悪漢たち。
 刹那、硬直した彼らに黒い影が躍りかかった。

「剣術の方は初歩ではなく」
 鎧の重さを感じさせない、ふわりとした跳躍。高跳びの要領で身を捩じりながら火の粉の壁を飛び越えたセシリアが、全身に溜め込んだ回転エネルギーを乗せるように特大剣を横薙ぎに一閃する。
「――基礎の基礎からやり直しなさい」
「ガぁッ!」

 特大剣の刃の長さが、そのままセシリアの殺傷範囲となった。ごうと吹いた剣風がガラス片を吹き飛ばし、代わりに暗黒のオーラが刃の軌跡を焦がすようになぞって蝕んでいく。
 鎧袖一触。周囲のオブリビオンを一刀のもとに纏めて斬り伏せて、セシリアは回転を制動しながらきゅっと床を鳴らして着地した。
 活動を停止させられたオブリビオンの骸がごろりと床に転がる。――辺りに残された悪漢は、僅かに二人。
 正気に戻った彼らが慌ててカットラスをセシリアに向けるよりも早く、今度は彼らの意識の外からフィルマリナが忍者手裏剣を投げ放つ。

「はい、そこ!」
「ぐあっ!」
 音もなく飛来した二枚の手裏剣がオブリビオンの眉間に深々と突き刺さった。完全に虚を突いた一撃。二人の悪漢はぴんと身体を伸ばし、そのままばたりと背中から仰向けに崩れ落ちた。
 セシリアとフィルマリナ、二人の猟兵が残身の構えを取る目の前で、オブリビオンの骸が粒子となって消えていく。
 彼らが完全に『還る』まで、ほんの数秒。その痕跡がこの世界から消失するのを確認して、フィルマリナはぴょんとテーブルから降り立った。

「うんうん。やっぱり他の猟兵達が派手に暴れてくれればこっちも動きやすく……、じゃなくてフォローしやすくなるわね」
「……まったく。あなたという人は」
 くるくると指で手裏剣を回しながらしれっと言ってのけるフィルマリナ。
 捉えどころがないやら、頼もしいやら。その飄々とした振る舞いにセシリアは複雑な気持ちながらも小さく頬を緩めるのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

オブシダン・ソード
【狐剣】
大丈夫だよはにー、ちゃんと僕が守って……あれ、ごっこは終わり?
いすゞに器物を渡して、僕はもう一本の魔杖剣で戦おう

まったく往生際が悪いねぇ
でもいすゞの言うように、特別にもう一勝負といこうじゃないか
まあ、勝つのは僕等だけどね

剣を触媒に、炎属性の魔術を使用
いすゞの死角から攻撃が行きそうなら庇って、揺れる炎を牽制と目くらましにして彼女を援護
鼓舞代わりに軽口を叩いたり、動きを褒めてあげたりしながら立ち回るよ

この狭い所であの大剣だと扱いが大変だよね
やっぱり片手剣くらいが丁度良いと思うよ

僕から注意が逸れたらおもむろにヤクザキックでぶっとばす
あんまりあの子に夢中になられても、困っちゃうし?


小日向・いすゞ
【狐剣】
やん、だーりん
何だか怖いっス~
って事で借りるっスよ
だーりん…センセにしなだれ
器物を引き抜き構え
一閃

アンタ達
この島の掟を覚えているっスか?
賭けをするっスよ!
アンタらとあっしら、どちらが勝つか

此方がべっとするモノはあっしらの命
あっしらが勝ったら
徒党纏めて島から出ていって貰うっスよォ

防御は符を撒いたり
敵に滑り込んで盾にしたり
身軽に跳ねて飛んで、尾で払い
敵の害意を斬るっスよォ
生きてりゃ拠点にも案内させられるでしょう
ま、ま、親分がそのまま出てきてくれても良いンスけど

へぇへぇ
そっスね
センセが自分を上げるのはいつもの事なので軽く流し

大丈夫
センセは上手に使ってあげるっスよ

君の願いは届かない
なぁんて、ね



 ドロップアウト・ルーキーズはその名の通り、駆け出しを卒業する前にコンキスタドールに堕してしまった者たちだ。
 オブリビオン化によって大きく身体能力が向上した彼らであるが、その実、技量の面では駆け出しに毛が生えた程度のモノしか持っていない。扱える武器はシンプルな近接武器くらいのもので、ほとんどの悪漢は筋力任せに大剣を振り回すのがせいぜいだった。
 では、彼らに遠距離攻撃の手段がないのかといえば、戦場が酒場である場合に限ってはそんなこともなく……。

「逃がすな! 囲め! ぶっ殺せ!」
「まったく往生際が悪いねぇ――、おっと」
 ひょいと上体を傾けたオブシダン・ソード(黒耀石の剣・f00250)の横を中身の残った酒瓶が掠めていく。勢いよくすっ飛んでいったガラスの瓶は、そのまま酒場の壁に激突してべったりとアルコールの染みを作った。
 ラッパ銃も持たない(生前、持たせてもらえなかった)ルーキーたちは、こんなものでも手頃な武器になるとばかりに酒場に転がるガラス瓶を好き放題投げたり振り回したりしている。
 鼻を衝く度数の高いアルコールの香りにげんなりとフードの下で眉を顰めたソード。そんな彼の肩に隣で佇む小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)がよよよと寄りかかってきた。

「やん、だーりん。何だか怖いっス~」
「大丈夫だよはにー、ちゃんと僕が守って……」
「コイツらっ! 余裕ぶっこいてんじゃねえぞ!」
 緊張感もなくメロドラマ(?)を繰り広げる二人の猟兵に、激昂したコンキスタドールが再び酒瓶を投げつける。なみなみと残った中身をちゃぷりと揺らし、縦回転するガラスの凶器が猛スピードで二人に迫る。
 ランプの光をちらちらと反射させて飛来するガラス瓶を目の端に捉えつつ、いすゞがしなだれかかったソードの背に手を回す。まるで抱き着くような仕草で相方の『器物』に手を伸ばしたいすゞは、そのままするりと振り返って右手に握った黒耀石の剣を鋭く一閃した。
 ガラス瓶が真っ二つに割れ、猟兵たちの左右の空間をすり抜けていく。ずんばらりと蒼く透き通る刃を構えたいすゞが、片目をちらりと背後のソードに向けて悪戯っぽく口角を上げた。

「って事で借りるっスよ、センセ」
「あれ、ごっこは終わり? なら、そろそろは幕引きにしないとね」
 腰の鞘から魔杖剣を引き抜いて、ソードは自身の『器物』を握った少女に並び立った。
 こちらを取り囲んでガンを飛ばす悪漢たちにもなんのその。並べた肩からずいと一歩進み出たいすゞが黒耀石の切っ先をぐるりと周囲に突き出して大見得を切る。

「アンタ達、この島の掟を覚えているっスか?」
「ハァ!? 今さら何言ってやがる!」
 劈くような罵声と怒声が渦巻く酒場にあって、いすゞの声は稲妻のように鋭く響いた。
 悪漢たちはもはや『掟』を守るつもりは毛ほどもない。であれば、猟兵たちが彼らの流儀に則る理由ももはや無いと言っていいだろう。
 だが、それでも、だ。

「賭けをするっスよ! ――アンタらとあっしら、どちらが勝つか!」

 賭けから始まった喧嘩であれば、最後は賭けを以て決着する。彼女が叩きつけたのは、ただただ『粋』な挑戦状だった。
 合理的ではないのだろう。わざわざ目立った所作で宣言を行う必要だって厳密には存在しない。
 しかし、黒の魔杖剣の腹をぽんと掌に載せたソードは、いすゞの粋狂にニッと唇を歪めて燃え盛る魔力を指先に迸らせた。

「いいね、特別にもう一勝負といこうじゃないか」
「べっとはあっしらの命! あっしらが勝ったら、徒党纏めて島から出ていって貰うっスよォ!」
 乗るか否か、返答は不要。悪漢たちの反応を待つまでもなく、ダンと床板を蹴ったいすゞが天井すれすれまで跳び上がる。
 ルーキーズの視線が一斉に宙に向かう。しなやかに体躯を反転させたいすゞが天井に着地した、その刹那、地上に残ったソードが魔杖剣の黒い刀身を横薙ぎに振り抜いた。

「もっとも、勝つのは僕等だけどね」
「なっ、あちぃ!?」
 魔杖剣を触媒にして、半円の軌跡に炎の魔術が顕現する。薄く揺らめく炎の帯が放射線状に伸びて悪漢たちに襲い掛かった。
 ソードの放った炎は目くらましを目的とした威力を抑えたものだ。さしもの彼も酒場を丸ごとフランベするつもりはない。それでも触れれば火傷では済まない炎の波は、悪漢たちを牽制する役目を十二分に果たした。
 渦巻く炎熱に行く手を阻まれた敵の群れに向けて一直線、天井を蹴ったいすゞが刃を構えて地上に突撃する。

「その害意、断たせて貰うっス!」
「しまっ――」
 急降下したいすゞがすれ違いざまに悪漢へ黒耀石の刃を滑らせる。破魔の一刀が断ち切るのは、コンキスタドールを支配する荒々しい害意のみ。
 悪漢の突き上げた大剣の刃先をするりと躱し、いすゞの一撃は『傷ひとつ付けずに』悪漢を肩から袈裟斬りにした。
 すとんと大地に降り立った少女の背後で、害意を失った悪漢が膝から床に崩れ落ちる。呆けた表情で天を見上げる彼の影で膝を屈めたいすゞは、ほっと一拍の空気を吐き出してすぐさまバネのように低姿勢で飛び出した。
 テーブルや椅子を飛び越え潜り抜け左へ右へ。護りの符をばら撒いて縦横無尽に駆け抜ける一陣の旋風が悪漢たちを次々に切り裂いていく。

「この! ちょこまかと!」
「おい、どこに剣向けてやがる! ちゃんと狙え!」
「うおっ! テメェもだ! あぶねえぞ!」
 軽快に跳びまわるいすゞに翻弄されるルーキーズ。自慢の大剣もこうなってしまってはむしろ足枷だ。
 無秩序に振り回せれる長物の刀身は、ときには防御符に接触しておかしな方向に弾き飛ばされ、またときには点在するテーブルのような障害物に阻まれて刃を食い込ませてしまう。ともすれば、コントロールを失った刃が仲間に向って飛ぶ危険さえあった。

「くそっ! こんなヤツ、当たりさえすりゃあ……っ!」
「いやぁ、残念っスけど」
 飛び交う罵声を置き去りに、いすゞはスライディングでひとりの悪漢の間合いへと滑り込んだ。悪漢の苦し紛れの迎撃が呻くような声と共に斜め上方から振り下ろされる。
 ひょいと跳躍、ムーンサルト。音もなく剣撃を躱して男の頭上を大きく飛び越えた少女は、くるりと縦方向に一回転しながら害意の凝り固まった男の背中を深々と切り裂いた。

「――君の願いは届かない。なぁんて、ね」
「! 見ろ! 足が止まったぞ! やっちまえ!」
 片手を床についてぺたりと三点で着地したいすゞ。僅かに動きを止めた彼女に向かって、悪漢たちが大挙して押し寄せてくる。
 さて、先刻と同様、足を活かして煙に巻いてもいいのだが。フム、と黒耀石の剣を肩に乗せて息を整えたいすゞだったが、彼女はふと悪漢たちの後方で翻った影を見つけて、頬を緩めながらその場でトントンと足を休めた。
 ふわりと揺れる狐の尻尾。無防備なソレに悪漢たちが魔の手を伸ばそうとする、が……。 

「お触り厳禁。それも酒場のルール、だろう?」
「な、ぶへっ!?」
「ちょま、うおわぁ!?」
 人垣を飛び越えてきた黒い影が、無造作に身体の正面から蹴りを放つ。
 俗に言う、ヤクザキックだ。シンプルに体重と加速を乗せた大威力の蹴撃は悪漢を真正面から勢いよく吹っ飛ばした。
 ピンボールのように弾かれた男はそのまま仲間の群れに衝突。手元から滑り落ちた大剣ともども、複数のコンキスタドールを巻き込んで二次災害を引き起こしている。
 やはり、大剣の重さやリーチも一長一短だ。ドミノ倒しになっている悪漢たちの醜態に肩を竦め、ソードはいすゞの傍に寄りながら微笑みかけた。

「その点、僕は使い手に恵まれているからね。冥利に尽きるよ」
「へぇへぇ、そっスね」
 気のない様子で肩の刀身を構え直すいすゞ。相方の軽口はいつものことだ。軽く流されたソード自身、さして気にした風でもなく、魔杖剣に炎の魔術を走らせている。
 まだ全ての敵を倒し終えたわけではない。気を緩めず、目の前の脅威に対処していかなければ。
 
 ……まぁ、彼の言葉がまったく嬉しくない、というわけでもないのだが。

「大丈夫。センセは上手に使ってあげるっスよ」
「ああ、このまま僕らの総取りといこう」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

玉ノ井・狐狛
※アドリブなどお任せ
SPD

勝ちすぎた賭博師は始末される――あァ、どこの世界でもよくある話だ。しかし、負けたら負けたで呆気なく死ぬ。
つまり、まだおっ死んでない賭博師には、二種類のヤツがいるのさ。
ひとつ、勝ちすぎないように調整しているヤツ。
もうひとつは――襲われても死なねぇヤツだ。
▻挑発

自前の►カードを▻投擲。
さんざフカしたからな。連中、警戒して避けようとするかもしれないが。
そも当てるつもりもない。目当ては背後、椅子やらテーブルやらのほうさ。
▻地形の利用

◈UCで大量の家具をぶつけて、ちょいと静かになってもらおう。
勘で避ける? 結構だがよ、博奕にゃァ逃げ場のないときもあるぜ。
たとえば今みたいに、な。


ギヨーム・エペー
いいね、おれは命の駆け引きならこっちのほうが好きだ。真剣勝負と行こうか
UCで熱湯をぶち当てて、怯んだところをレイピアで串刺しにしていこう
足元に熱湯を放って滑らせたり、スライディングで足蹴りしたりして転ばせるのもいいな

お、威勢がいいなー!だが、熱くなりすぎちゃあいけないな
賭け事と同じだ。きみらの得意分野じゃなかったか?
だから、きみららしく、騙してくれてもいいぞー。全て受けて立とう
こんな感じで煽ってみたら、統率をとっていたとしても綻びが生まれたりしないかな。うまく釣ってみよう



 賭場を訪ねりゃ業に当たる。火事も喧嘩も華の内、刃傷沙汰も慣れたもの。狂乱の坩堝と化した酒場にあって、玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)は常と変わらぬシニカルな表情を浮かべてテーブルに腰掛けていた。
 組んだ両足の素肌も眩しく、嫣然とプレイングカードをスプリングして弄ぶ狐狛は、大剣を突き付けてじりじりと距離を詰めてくるコンキスタドールたちに頓着もせず、雲のようにぼんやりと言葉を紡いだ。

「勝ちすぎた賭博師は始末される――。あァ、どこの世界でもよくある話だ」
「それ、今の状況のコト?」
 合の手を入れるのは酒場の柱に背を凭れさせたギヨーム・エペー(日に焼けたダンピール・f20226)。彼もまたコンキスタドールたちの狂騒に心を乱すことなく、レイピアの剣先をゆらゆらと形ばかりに悪漢たちへ向けながらのんびりと佇んでいる。
 ギヨームの素朴な問いかけに、狐狛はくつと喉を鳴らして答えた。

「さぁ、どうだろうねぇ。けど、賭博師ってのは負けたら負けたで呆気なく死ぬもんだ。つまり、まだおっ死んでない賭博師には、二種類のヤツがいるのさ」
 ピッと狐狛が指に挟んだ二枚のカード。その片方を表に向けて、少女はギヨームと周囲の悪漢たちに順に見せつけていく。
 掲げられたカードそのものに(今のところは)特別な魔力は宿っていない。いないのだが、根が単純な悪漢たちは意味深に差し出されたカードの絵柄に、思わず足を止めて注目してしまった。
 カードに記された数字は8。平均よりも強く、しかし決して強すぎない、そんな中庸のカードだ。

「ひとつ、勝ちすぎないように調整しているヤツ」
「ふぅん。やっぱりプロともなると器用なんだなー。それで、もう片方は?」
 ギヨームが残ったもう一枚、少女の指の間で裏向きになっているカードへと視線を飛ばし狐狛に先を促す。
 焦らない焦らない、と8のカードを山札に戻し、狐狛は腰掛けていたテーブルからひょいと床に降り立った。埃を落とすようにぽんぽんとスカートを整えて、さぁお立合い、と少女はびしりと指先のカードをひっくり返す。

「もうひとつは――、襲われても死なねぇヤツだ」
 くるりと姿を現したのは、道化狐の番外絵札。
 ジョーカーと刻印されたカードに表情の半分を隠し、狐狛は挑発的な表情で悪漢たちを順繰りに見渡していく。その視線に触発されるかのように、少女の真意を察したコンキスタドールたちがざわざわと殺気立ち始めた。
 この状況で「自分は死なない」と暗に言ってのける少女。己を過信しているのか、あるいは相手を侮っているのか……、どちらにしても悪漢たちを苛つかせるには十分だった。
 一触即発。あっという間に焦れるようなプレッシャーで満ちた戦場を動かしたのは、ぎしりと木製の柱から背を離したギヨームの一言だった。

「要するに?」
「返り討ちにできるなら、手加減なんて必要ないってことさ!」
 狐狛の啖呵と共に指先から放たれたジョーカーが空を走った。
 戦闘開始。狐狛は続けざまにプレイングカードカードを扇状に広げて投げ放つ。放射状に展開したカードたちが悪漢たちに次々と飛来していった。
 速い、が、直線的な攻撃だ。たとえルーキーズであっても見切るのは容易。カードの進路から逃れるように、悪漢たちは一斉に横に跳ぶ。
 無論、その程度は狐狛も織り込み済み。躱されたカードが目標に『到達』するまで、彼女はするりと身を引いてひとまず戦場を仲間に任せるとした。

「いいね、おれは命の駆け引きならそっちのほうが好きだ」
 バトンタッチ。銀のレイピアがランプの灯りにきらりと閃く。弾かれるように回避行動を取っている悪漢たちの影をギヨームの視線が鋭く捉えた。
 手加減無用。いざ、真剣勝負。
 水の精霊を宿したレイピアをギヨームの浅黒い指が切っ先から峰へと順になぞった。瞬間、膨れ上がる熱量。指先で編まれた炎の魔術がレイピアに伝い、精霊が司る水の魔力を一気に沸騰させた。

「ソレイユ!」
「なんだ!? っ、アヂャ!」
 霊太陽の名を響かせ、切っ先に炎を纏ったレイピアの刺突が虚空を穿つ。
 鋭く伸びた刀身から放たれたのは、100℃を超える高圧力の熱湯だ。白霧の尾を引いて噴射された熱湯ビームが悪漢の顔面に直撃した。
 目も開けられないような熱感に悲鳴をあげて両手で顔を覆いのけ反る悪漢。ギヨームは無防備となったその懐へ一足飛びに距離を詰める。

「そうらよ、っと!」
「ガハッ!」
 バレストラ。銀の刃が胸を突く。くの字に折れたコンキスタドールの背中から紅い華が咲いた。
 崩れ落ちる悪漢からレイピアを引き抜き、ひゅんと音を鳴らして血を払う。ギヨームはそんな何気ない動作に併せて圧縮された熱湯を再び刃先から放ち、こちらの隙を突いて近づこうとする悪漢たちを牽制する。

「アチチっ! くそっ、テメェら、退くんじゃねえぞ!」
「お、威勢がいいなー! だが、熱くなりすぎちゃあいけないな」
 ギヨームが右手にレイピアを構えたまま、左手でチッチッと指を振る。
 余裕綽々といった猟兵の態度に青筋を浮かべる悪漢たち。熱湯への恐怖もそこそこに、激昂した彼らは大剣を振りかぶって一斉に飛び掛かってきた。

「戦いも賭け事と同じだ。だから、きみららしく、騙してくれても――、いや、もう遅かったかな?」
「応とも。ちょいと静かになってもらうよ!」
「なに、んがっ!?」
 時機到来。仕込みのカードが目標に『到達』した狐狛がギヨームの言葉に軽快に応える。
 次の瞬間、悪漢たちを背中から『何か』が強かに殴りつけた。突然の鈍痛。あちこちで響く激突音。
 前方につんのめってドタドタとバランスを崩しながらも振り返った彼らが見たのは……、背後の空中に浮かぶ大量の家具の群れだった。
 テーブル、丸椅子、酒瓶にナイフやフォーク。念動力で浮かぶ家具たちは、すべて狐狛の作成した模造品だ。本気を出せば最大で60個超、少女の意のままに飛び回る呪的模造物は、揃ってそのオリジナルの家具に触媒となる霊符がぺたりと貼り付けられていた。
 言うまでもなく、先立って狐狛が投げ放ったカードこそがその霊符の正体である。

「騙し合いにしても狐狛ちゃんのほうが一枚上手だねー」
「まァね。潜った場数が違うのさ」
 向日葵のように破顔したギヨームに、ふよふよと浮遊する丸椅子に腰掛けた狐狛がコロコロと笑みを零す。
 悪漢たちは視界一杯に浮かんだ家具の群れに分断され、孤立を余儀なくされている。策はなく、連携は断たれた。であれば、戦闘であれ賭博であれ、頼れるものはもはやひとつしかない。
 覚悟を決めたひとりのコンキスタドールが、ぶつけた背中の痛みに耐えながら思い切って前方に飛び出した。ランダムに移動する浮遊物が目の前に迫る。イチかバチか、男は直感を信じて右方向に舵を切った。

「こういうの、うまく釣れたって言うんだろうなー」
「――うぐっ!」
 が、ダメ……! 正確無比、ギヨームの放った熱湯がコンキスタドールの頬を撃ち抜いて怯ませる。
 燃えるような痛みに怯んだ悪漢が足を止めたその直後、狐狛がパチンと指を鳴らせば、悪漢の頭上に浮いていた大テーブルが糸を切ったかのように落下し容赦なく彼をぺしゃんこにした。
 木製の床板がめきりと歪み、積もった埃とオブリビオンの消滅粒子をふわりと舞い上げる。
 いくらルーキーズが猟兵に数で勝っていたとしても、統制が取れていなければ各個撃破のいい的だ。そのことをしっかり理解している二人の猟兵は、障害物の山の中で不敵に笑みを浮かべるのだった。

「勘で避ける? 結構だがよ、博奕にゃァ逃げ場のないときもあるぜ」
「特に対戦相手が手を組んでいるときなんかは、ね」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

アリエ・イヴ
アドリブ◎

全員ぶっ殺せなぁ
ずいぶんと物騒なこと言うじゃねぇか
喉で笑って睨み付け
…なら、その分の覚悟はできてんだろう?

島民が近くにいるなら下がらせよう
少なくとも、俺より前には出るんじゃねぇぞ
安心させるように体ごと向いて笑顔で告げる
そこを狙ってくるヤツがいても野生の勘で回避
悪いな当たらねぇよ
覇気を纏わせた剣で切り込んだら
ここからは、蹂躙の始まりだ
かかってくる敵の攻撃を見切り武器で受けたら
手首を返して踏み込んで斬りつける
その体を蹴飛ばし、後方の敵へとぶつけるように
怯んだらその隙を狙って深く切り込む

数が増えてくるようなら
覇気を込めた碇をぶん回して一気にカタをつけよう
さあ、避けれるモンなら避けてみやがれ



 海賊とコンキスタドール、グリードオーシャンの覇者たる二つの存在は表裏一体だ。
 呪いの秘宝によって強大な力を得た彼らは、大多数の只人にとってそのどちらもが恐るべき者であった。

「あわわわ……」
 砕かれた柱の木片が飛び散り、怒号と酒瓶の割れる音が響き渡る酒場の片隅。ここに、ひとりの島民が取り残されていた。
 物語の冒頭、コンキスタドールに敗北し、あわや囚われの身となるところを猟兵に救われた青年は、巻き起こった闘争に右往左往しながらいつしか壁際に身を潜めて縮こまっていた。
 今までの人生をひとつの島の中で過ごしてきた青年にとって、コンキスタドールも猟兵たちも想像の埒外の存在だ。猟兵には助けてもらった恩があるものの、果たして彼らが何者なのか、青年にはまるで理解できなかった。
 ましてや、正真正銘の海賊であるアリエ・イヴ(Le miel est sucré・f26383)を相手に青年がどれほど恐怖したのかは、言わずもがなだ。

「おい、そこのアンタ……」
「は、はいっ!」
「下がってな。俺より前には出るんじゃねぇぞ」
 戦闘の最中、ふと島民の存在に気付いたアリエに声を掛けられ、青年がびくりと気をつけの姿勢で直立する。
 すわ、一巻の終わりかと息を呑んだ青年の予想に反して、安心させるような笑顔で振り返ったアリエは、青年をその背に庇うようにコンキスタドールたちに立ちはだかった。
 ぽかんと口を開けた青年の目に、アリエが腰のカットラスをすらりと引き抜く姿が映る。右手に握った湾刀を肩に担ぎ、分厚い鎖をじゃらりと左手に引いた堂々たる仁王立ちで、アリエは悪漢たちを威かした。

「全員ぶっ殺せなぁ。ずいぶんと物騒なこと言うじゃねぇか」
 くつくつと喉を鳴らし、一歩前へ。左手の鎖に繋がれた重厚な錨がごとりと音を鳴らして床を這った。
 太陽のようにぎらついた眼光が悪漢たちを睨みつける。肩から降ろした刃をずいと突き付けて、我らが海賊船長はついさっき青年に向けたのとはまったく別種の凄絶な笑みを悪漢たちに放った。

「……なら、その分の覚悟はできてんだろう?」
「っ! うるせェ! 死ぬのはテメェだ!」
 口角泡を飛ばしズダンと床を蹴った悪漢が大剣を振りかぶって突進する。間合いはドンピシャ。鋼の鉄塊が猟兵目掛けて真っ直ぐ振り下ろされた。
 対するアリエはひゅうと口笛ひとつ、程よく力を抜いてカットラスを目線の高さに掲げて待ち受ける。
 カットラス対大剣。単純に比較すれば重量と飛び込みの勢いで勝る大剣の方に分があるようにも思えるだろう。
 ……だが、しかし。

「ハッ、悪いな、当たらねぇよ!」
「うぉっ」
 刃と刃が激突するインパクトの瞬間、気炎万丈、アリエの覇気が爆ぜた。瞬間的に剛力を発揮した右腕の操るカットラスが、大剣の腹を殴るようにして悪漢の打ち下ろしを受け止める。
 重力に従ってアリエの側面を空振りながら落ちていく鉄の刃。その重量に引っ張られ、つんのめるように上体を傾けた悪漢の眼前で、カットラスの刃がひらりと翻った。
 ひゅんと鳴った風切り音。手首をスナップさせたVの字軌道の切り返し。カットラスの薄く鋭い刃が悪漢の利き手の腱を断つ。
 支えを失った大剣が酒場の床に刃をめり込ませてガシャリと落ちた。とめどなく鮮血を噴き上げる己の腕に目を見開いた悪漢。隙を晒したその胴に、瞬きの間もなく、アリエの蹴足が突き刺さる。

「お帰りはあちらだぜ、ってなぁ!」
「がは!」
「ば、バカ! こっちに来るんじゃ、ぐぁっ!」
 体重を乗せた前蹴りがいとも簡単に悪漢の体躯を宙に浮かした。流れる血の跡を空に残し、蹴り飛ばされた男がボーリングよろしく仲間のコンキスタドールに激突する。
 常識外れの勢いでぶっ飛んできた男は、受け止めるのに数人がかりの力が必要だった。後方でチャンスを窺っていた複数人のコンキスタドールは呻き声を上げてなんとか仲間の身体を停止させるも、その態勢を大きく崩してしまう。

「さぁ、フィナーレだ。避けれるモンなら避けてみやがれ!」
 たたらを踏んだコンキスタドールたちに向けて、キックの勢いそのままにアリエは左手に握る鎖を構えた。
 猟兵たちの活躍により、酒場に残ったコンキスタドールはいつの間にかアリエが見据える小集団のみになっていた。最後の残敵を叩き潰すべく、アリエの左腕が轟と筋肉を隆起させて唸りを上げる。
 床板を砕くほどの強く、深い踏み込み。極太の鎖がぎちりと噛み合い、鞭のように空を切る。べこりと床に窪みを残して浮き上がった錨という名の鉄塊が、横薙ぎに悪漢たちへ襲い掛かった。

「らぁっ!」
「避けっ――、ごっ!?」
 単純明快、超重量の高速打撃。凶悪な弧を描いた錨の強襲が、文字通り、最後のドロップアウト・ルーキーズたちを胴体から刈り取った。
 横方向にくの字に折れた悪漢たちの身体が、地面に落ちるのを待つまでもなく空中で千切れて骸の海に還っていく。
 まさに、一投必殺。
 椅子やらテーブルといった家具を諸共に破壊の限りを尽くした鉄塊がアリエの手元に戻ってきたとき、酒場はすっかりと静寂を取り戻していた。

「――よう、怪我はねえか?」
「ひゃい! だ、ダイジョウブです!」
 ズシリ、と戻ってきた錨を地面に落とし、振り返ったアリエが酒場の隅で腰を抜かした青年に問い掛ける。
 舌を噛みそうになりながら返事をする島民に、アリエはそうかそうかと快活な笑みを浮かべる。釣られるように、青年も緊張気味にひくひくとだが口元を緩めた。
 まさに、九死に一生。アリエの活躍により事件に巻き込まれた唯一の島民は無事、この修羅場を生き残ったのである。

成功 🔵​🔵​🔴​




第3章 ボス戦 『殺戮航海士ヴェノム・サーペント』

POW   :    あらあら、隙だらけよ。
肉体の一部もしくは全部を【エラブウミヘビ 】に変異させ、エラブウミヘビ の持つ特性と、狭い隙間に入り込む能力を得る。
SPD   :    そんじゃ……かますわよっ!
【毒爪や毒投げナイフ 】による素早い一撃を放つ。また、【襟高の海賊服を脱ぐ】等で身軽になれば、更に加速する。
WIZ   :    真実が美しいとは限らない。そうでしょう?
【誘惑と挑発 】を籠めた【手厳しい正論口撃】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【戦意と自尊心】のみを攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠枯井戸・マックスです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


「あらやだ。どうしちゃったの、この状況?」

 毒を持つ海蛇。その男(!)を見た者は揃ってそんな印象を口にする。
 整った美貌。嫋やかな物腰。女性言葉がしっくりくる不思議なテノール。そして、毒液滴る爪牙。
 スイングドアを押し開けて酒場に現れた『殺戮航海士ヴェノム・サーペント』は、目を細めてドロップアウト・ルーキーズが姿を消した店内を見渡し、得心したように大袈裟に頷いた。
 彼こそが島を支配するコンキスタドールの頭目だ。ぺろりと毒爪を舐めたヴェノム・サーペントは、どうやってこの獲物を甚振ってやろうかと、猟兵たちを残忍な視線で睥睨する。

「ふぅん。ウチの可愛いクルーたちがお世話になったようね。――なら、たっぷりお礼をしてあげなくちゃ!」
玉ノ井・狐狛
なにか言いたいコトでもあるのか?
こっちにゃァ覚えはないんだけどな。

まず、博奕は島の掟だ。しかも「すべてを決める」ときた。
小銭を稼いでも問題ないハズさ。

参加資格――テーブルに着いて拒否られなかったんだから、これも問題ない。

イカサマ?
残念ながら、これも覚えがない。おたくの手下どもは、なにかイタズラをしてたかもしれないが。

その手下連中がブッ倒れてる件についても、さきに得物を抜いたのはヤツらのほうだったなァ。

つまり。
アンタらのルールと流儀に合わせて、アタシは遊んでるだけだぜ。
最初から最後――あァ、この問答も含めてな?

どこに問題があるやら、とんと見当もつかねぇや。
◈UC▻コミュ力▻言いくるめ▻カウンター


セシリア・サヴェージ
ギャンブルの勝敗がすべてを決める、などとふざけた掟を制定したのはあなたですか?
であればこちらからも、あなたの言うところの礼をしなければなりませんね。

UC【魂喰らいの魔剣】による【生命力吸収】を行うことで、確実に死に近づくことでしょう。
斬られる痛みと命を蝕まれる痛みと、果たしてどちらが勝るでしょうか?

毒蛇に噛まれ毒におかされることになれば厄介ですが、幸い私は鎧を着用しているので素肌が出ている箇所さえ注意すれば問題ありません。
むしろ鎧や籠手に噛みついている隙に攻撃する【捨て身の一撃】が有効かもしれません。
暗黒の鎧を蛇の牙如きで貫けると思わないことです。



「猟兵。そう、それがあったわね。島の支配も上手くいってたのに、いやねぇ、アタシったらすっかり忘れてたわ」

 統治ではなく支配。ヴェノム・サーペントは確かにそう表現した。
 毒液の滴る爪を真っ直ぐに伸ばした掌を自身の頬に当てたヴェノム・サーペントは気だるげに首を傾げる。紅色の瞳孔を細めて眉を下げた彼の表情に配下が倒された悲哀や、あるいは猟兵に対する憎悪はまったく見て取れない。
 それは本当に『ちょっと困った』と、例えるならまるで雨の日に傘を忘れただけといった風情の呟きだった。

「ギャンブルの勝敗がすべてを決める、などとふざけた掟を制定したのはあなたですか?」
 無論、コンキスタドールによる支配がそのような些事で片付けられるはずもない。酒場に至るまでの家々の荒廃やギャンブルに負けて拐かされた島民の存在がその証左だ。
 義憤の焔を胸の奥に静かに燃やし、セシリア・サヴェージ(狂飆の暗黒騎士・f11836)は大剣の柄に指を掛けつつヴェノム・サーペントを詰問する。
 ……だが、彼女の剣呑な気配に反し、オブリビオンは至極不思議そうに目を瞬かせるのみだった。

「ん。あー、そういえばそんな掟も作ったかしらね。なるほど、アナタたちもたっぷり賭け事に興じていたと。……フフ、お堅い騎士サマかと思ったら、アナタ、島の未来をギャンブルに託しちゃうようなヒトだったワケ?」
「……この島を解放するために必要だったことです」
「キャー、素敵! けど、そうねぇ、自分たちの島がチップ扱いされてたなんて、なーんにも知らない島民ちゃんたちはアナタのことをどう思うかしら」
 ニタニタと三日月のように口元を歪めてオブリビオンが嗤う。
 目に見えて軽薄な態度。これは、挑発だ。
 そうと知りつつ、しかし、大剣の柄を握るセシリアの指に力が籠る。――どの口が、島民の気持ちを語るというのか。
 もはや問答無用。今にもオブリビオンに吶喊しようとするセシリア。
 大剣を構え逸る彼女を止めたのは、やんわりと目の前に差し出された、艶やかな袖から伸びる白い腕だった。

「ちょいと待ちなって。奴さん、『言葉』に何か仕込んでるみたいだ」
「狐狛さん……」
「ああいう口八丁の手合いはアタシに任せときな」
 気負いなく、にやりと口角を上げて玉ノ井・狐狛(代理賭博師・f20972)がセシリアの前に身体を割り込ませる。
 ひらひらと背中越しに手を振る悠々とした少女の姿。彼女の余裕を持った振る舞いに、セシリアも大きく息を吐いて落ち着きを取り戻し、ひとまずは機を窺う態勢に入った。

 待ち受けるは背中を酒場の柱に凭れさせ余裕綽々といった表情のヴェノム・サーペント。ずいと歩み出た琥珀と彼の距離は2、3メートルだろうか。近接戦の間合いを外しつつ、狐狛はその瞳を天藍色に輝かせた。
 ――血気盛んな博徒が集やぁ、口論、諍い日常茶飯。やいのやいのと理由をつけて、勝者を脅すも常套手段。
 さりとて、こちらは代理賭博師。如何に相手が胴元だろうと、ここで退いては名が廃るってもンだ。

「さて、アタシらは確かにここで博奕を打っていたとも。けどそれで、なにか言いたいコトでもあるのか?」
「モラルの話よ。モ・ラ・ル。なんでもかんでもギャンブルだなんて、アナーキーが過ぎるんじゃないかしら」
「ハッ、博奕を島の掟にしたのはおたくだろう。しかも『すべてを決める』ときた。アタシらが小銭を稼いでも問題ないハズさ」
 まずは小手調べとばかりに舌鋒を交わす妖狐と海蛇。と、同時に、狐狛は獪瞳の術を通してオブリビオンの姿を『視た』。
 天藍色に変じた少女の瞳に映ったのは、可視化された呪詛の塊だ。オブリビオンが挑発的な台詞を口にするのに合わせて、蛇、あるいは触手のような紫黒の呪詛が彼の周囲を蠢き、今か今かと獲物を待ち構えている。
 誘惑と挑発の呪詛。これもまたオブリビオンの持つ『毒』だ。迂闊に突っ込めば、気付かぬうちに精神と肉体を摩耗させてしまう言葉の罠。
 この『毒』を打ち破るには、こちらも言葉を以て抗う他にない。

「掟っていっても『島の』掟でしょ。アナタたちは部外者。おわかり?」
「参加資格か。テーブルに着いて拒否られなかったんだ。これも問題ないだろう」
 ずるり。オブリビオンの呪詛が鎌首をあげて狐狛に近づく。伸ばされた一振りの触手は常人には不可視。瞳術の類で知覚していようとも、物理的な防御は不可能だ。
 だが、しかし、禍々しい気配に臆することなく放たれた狐狛の反論は、刃と成って這い寄る魔手を叩き落した。
 ヴェノム・サーペントの眉がぴくりと動く。彼の顔に貼り付いていた薄ら笑いが僅かに強張った。

「……たとえそうだとしても、そう簡単にウチのクルーたちが大負けするものかしら。ひょっとして、イカサマでもしたんじゃないの?」
「イカサマ? 残念ながら、覚えがないな。もっとも、おたくの手下どもは、なにかイタズラをしてたかもしれないが」
 狐狛は素知らぬ顔でハッタリを飛ばし、言葉の力で再び呪詛を断つ。
 ユーベルコード『非認可の模範解答』は、相手の言論を否定することで魔力や生命力にダメージを与える狐狛の言霊術だ。その威力は対象の心が強く震えるほど強力になる。
 『口撃』を凌がれて敵が苛つき始めればしめたもの。次第に熱を帯びつつあるオブリビオンの口元を、狐狛の瞳は冷ややかに観察し続けている。

「ふぅん、そう。けどねえ、結局、最後にはウチのクルーを暴力で黙らせたワケでしょ。これじゃ勝ち負けはわからず仕舞い。いやねぇ、怖い怖い」
「さっきよりも声が固いな。三文芝居もいいとこだ。……ま、その手下連中がブッ倒れてる件についても、さきに得物を抜いたのはヤツらのほうだったなァ」
 結局のところ、道理を外したのはドロップアウト・ルーキーズが先なのだ。ヴェノム・サーペントがいまさら何を言おうと、それは言いがかりの挑発にしかならない。
 如何な脅しであろうとも、狐狛は決して揺るがない。彼女の言葉に首を落とされぐずぐずに形を崩した呪詛が泥のように蕩けていく。
 いまや、ヴェノム・サーペントの表情は能面のように冷え切っていた。なおも余裕の態度を崩さず小気味良い笑みを浮かべている狐狛とは対照的だ。

「つまり、アンタらのルールと流儀に合わせて、アタシらは遊んでるだけだぜ。最初から最後――、あァ、この問答も含めてな?」
「……はぁ、参ったわねぇ」
 パキリ、とガラスに罅が入るような透明な音がした。
 柱から背を離したヴェノム・サーペントが狐狛に向けて一歩踏み出す。呪詛破りは成った。彼の足元でぐずついた呪詛の塊が霧のように消えていく。
 ぎしり。床を軋ませもう一歩。冷めた表情のヴェノム・サーペントが無造作に右手首をスナップさせた。

「アナタみたいな生意気な娘、まったくもって気に入らないわ!」
「っ!」
 敵の爪はまだ間合いの外。そう予想した狐狛に、オブリビオンは一瞬で肘から先を海蛇に変異させることで殴りかかってきた。
 長く、速い。びゅんと鞭のように風を切って迫る一撃。
 オブリビオンの膂力で放たれた鞭打ちを受ければ狐狛とて無事では済まない。煽りすぎたか、と冷や汗を流して彼女は咄嗟の回避を試みるが、無傷で躱しきれるかは怪しいところだ。
 ……もっともそれは、彼女を護る者がいなければの話ではあるが。

「これが、あなたの言うところの礼ですか」
「チッ! だったらなんだっていうの! 邪魔するならアンタからよ!」
 間一髪。狐狛の眼前に、暗黒の鎧を纏ったセシリアの左腕が横合いから射し込まれる。
 だが、極太の胴を持つ海蛇は盾となったセシリアの腕に猛烈な勢いで体当たりし、そのままぐにゃりとその身を敵対者に巻き付かせてきた。

「くっ、助かった。けど、そっちは大丈夫かいっ!」
「この程度……、問題、ありません!」
 吐き出すように一語一語を区切って、セシリアは狐狛に応える。
 ギチギチと理外の剛力でセシリアの左腕を締め付けてくる異形の海蛇。
 痛みは、ある。だが、それがどうした。
 蛇の胴体が絡まったセシリアの左腕がみしりと強引に肘を曲げる。いくら複雑に巻き付こうと、蛇である以上、胴体はひと繋がりだ。大きく指を開いたガントレットが、暴れ回る海蛇の頭をむんずと掴んだ。

「なんて怪力……っ! いいわ、だったら噛み殺してあげる!」
「来るなら、来なさい。暗黒の鎧を――」
 掴んだ指の中で、海蛇が大口を開けて暴れ回る。セシリアの目の前すぐで、大写しになった毒液に濡れる牙がぬらぬらと光っている。
 この巨大な牙で生身を噛み砕かれればひとたまりもないだろう。……だからこそ、セシリアは敢えて蛇の頭を己の肩に向けて思い切り押し付けたのだった。

「蛇の牙如きで、貫けると思わないことです!」
「んなっ!?」
 毒の牙は、刺さらない。暗黒の鎧の装甲に阻まれ、海蛇の牙が根元の肉ごとぐちゃりと折れる。
 蛇の頭を掴んだセシリアの掌は、もはや顎の骨が外れんばかりに蛇の顔を肩で押し潰している。自身の左腕を代償に敵の片腕を封じた彼女は、残った右腕で得物の暗黒剣をごとりと持ち上げた。

 マズい。ヴェノム・サーペントはなんとか蛇と化した己の腕を引き戻そうとする。
 だが、その思惑は叶わない。セシリアの腕に幾重にも巻き付いていたのが仇になった。彼女の肘と二の腕に挟まれてガッチリと固定された蛇の胴体は、オブリビオンの腕力を以てしてもほとんど動かすことができなかった。

「このっ、小娘! その手を離しなさい!」
「いいえ、絶対に、離しません」
「……なァ、ちょっといいかい?」
 互いにあらん限りの力を腕に籠めながら押し問答を続けるヴェノム・サーペントとセシリアに、ひょいと横から狐狛が口を出す。
 もはや不快感を隠そうともしないオブリビオンのぎらついた眼光が狐狛を射抜く。しかし、一般人なら腰を抜かしそうなプレッシャーも柳に風。狐狛は飄々と右手を頬の隣に持ち上げて軽く構えた。
 細工は流々、あとは仕上げを御覧じろ、だ。

「さっきの話の続きさ。今、先に手を出したのもおたく。セシリアに巻き付いたのもそっちの選択。――アタシらのどこに問題があるやら、とんと見当もつかねぇや」
「ぐっ!?」
 パチン、と頬の隣で少女の指が鳴る。その瞬間、オブリビオンの身体は鉛のように重くなった。
 正確に言えば、彼の身体を支えていた生命力と魔力がごっそりと抜け落ちたのだ。ほんの一瞬、ヴェノム・サーペントの視界がくらりと眩暈で歪む。
 揺らぎは一瞬。だがそれは、セシリアがことを成すには十分すぎる隙だった。

「暗黒剣よ、赴くままに喰らうがいい」
「! がはっ」
 セシリアの左腕が海蛇の胴を思い切り引き寄せる。同時に、彼女自身も前方に力強く踏み込んだ。
 海蛇に引き摺られてつんのめったオブリビオンと腰だめに暗黒剣を構えたセシリアのシルエットが衝突する。
 ずん、と重い衝撃にオブリビオンが視線を下に向ければ、セシリアの握った大剣の刃が彼の腹部を過たず貫いていた。

「――斬られる痛みと命を蝕まれる痛みと、果たしてどちらが勝るでしょうか?」
「ぐ、おぉおお!」
 あるいは、魂喰らいの呪いは海蛇よりも獰猛で貪食なのかもしれない。
 魔剣の刃に籠められた呪いがオブリビオンの生命力を容赦なく食い散らかしていく。臓腑をかき乱されたようなヴェノム・サーペントの唸り声が酒場に響き渡った。

「お、のれぇ! アタシ、に触れるなぁ!」
「っつぅ!」
 だが、それでもまだオブリビオンの生命力は膨大だ。ヴェノム・サーペントは潰された右腕に代えて、左腕の毒爪をセシリアの顔面に向けて振るう。
 寸でのところでバックステップ、セシリアは凶刃を避けて距離を取る。それと同時に、腹部の暗黒剣が離れた瞬間、オブリビオンも大きく後方へと飛び退った。
 ヴェノム・サーペントは勢いよくテーブルに飛び乗り、腹部を抑えながら獰猛に猟兵たちを睨みつける。その動きは十分に機敏。見かけによらずタフな相手だ。
 油断なく暗黒剣を構えるセシリアの隣で、狐狛が呆れたように肩を竦めた。

「やれやれ。まだまだ元気そうじゃねぇか」
「ですが、ダメージは与えているはずです。……遅くなりましたが、こちらも助かりました」
「いいって、お互い様さ」
 照れくさそうに頬を掻いた狐狛は、オブリビオンの動向を注視しつつも、ちょいちょいと拳を握ってセシリアに向けて軽く掲げた。
 セシリアもほんの少しキョトンとしたがすぐにその意を汲み、二人の猟兵はこつんと互いの手の甲をぶつけ合う。
 ――まずは一発、いれてやった。ひとつの成功を小さく祝し、彼女たちは再び戦いの渦中へと飛び込んでいくのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フィルマリナ・ガラクシア
賭け事で勝ち負けを決めるのは悪い事じゃないと思うの。
でも、負けたからってそれを無しにしようとする性根は真の海賊ではないのだわ。たとえイカサマを使っていたとしてもね。

UC【北斗七剣星】最早問答は無用、コンキスタドールは倒すべしね!
幸運と不運は表裏一体、それを掴み取るのが真の海賊なのだわ!
探求心を忘れた海賊はただの盗人でしかない事、その身をもって教えてあげる。

小細工はなしよ。私は海賊として誇りを持ってこのコンキスタドールと戦うわ。
それが誇りを亡くしたコンキスタドールへのせめてもの手向けだわ。



「私、賭け事で勝ち負けを決めるのは悪い事じゃないと思うの」

 謗らず、さりとて正当化するでもなく、その言葉はさらりと少女の口から流れ出た。
 海賊帽の天辺を抑え、くいと敵対者の紅い双眸を見上げたフィルマリナ・ガラクシア(銀河の落とし子・f26612)は、どこまでも自然体のままでコンキスタドールの頭目と対峙していた。
 対するヴェノム・サーペントはテーブルの上。口元を歪めた嗜虐的な表情を浮かべた彼はフィルマリナを見下ろしている。

「あらあら? 猟兵サンがそんなこと言っちゃっていいのかしら」
「海賊だもの。海に出たなら波と風の機嫌に命を託すことだってあるわ。ときにはイカサマだって、言っちゃえば技能の内よ」
 舌なめずりしながら少女を揶揄うコンキスタドール。チロチロと赤い舌が蛇のように揺れる。
 しかし、悪辣な物言いにもフィルマリナはどこ吹く風。彼女が認められないのは、ギャンブルでもイカサマでもない、ただ一点のみだ。

「でも、負けたからってそれを無しにしようとする性根は真の海賊ではないのだわ!」
 決然と背筋を伸ばした少女の指先が真っ直ぐにコンキスタドールを指差す。
 幸運と不運は表裏一体。それを掴み取るのも、あるいは掴み損ねた結果を粛と受け入れるのも、海という危険な世界に挑む『海賊』の持つ矜持のはずだ。

「……クッ、アハハハ! 真の海賊ですって? 笑えるジョークよ、お嬢ちゃん!」
 けれど、少女の真っ直ぐな言葉ですら、コンキスタドールの心にはもはや響かない。
 コンキスタドールは凶相を歪めて哄笑する。かつてはヴェノム・サーペントもひとりの人間として海賊団の航海士を務めていた。柔らかな物腰と優れた知性を持った彼は、仲間たちを支える中心人物でもあった。
 だが、瞳を狂気に染めた今の彼に、かつての優しい航海士の面影はない。コンキスタドールになったということは、すなわち、彼は『一度死んだ』のだ。

「アタシはメガリスに選ばれた! そうよ、真の海賊って称号は、圧倒的な力を持つ者にこそ相応しいのよ!」
「……あなたは、誇りを亡くしてしまったのね」
 両手の毒爪を大きく広げ、殺戮航海士は天を仰ぐ。その表情は、己の身体を巡るコンキスタドールとしての魔力に恍惚としているかのようだった。
 フィルマリナはほんの少しだけしんみりと目を伏せる。が、それも一瞬。黒のマントをはためかせ、少女はバトルアンカーを力強く握りしめた。

 生まれたときから海賊だった。
 目指す故郷は星の先。航路は果て無く波高し。
 それでも帆を張る少女の胸に、誇りの灯火煌々と。

「北斗七剣星の導きを! 探求心を忘れた海賊はただの盗人でしかない事、その身をもって教えてあげる!」
 ――最早、問答は無用! 全霊を賭けてコンキスタドールを打ち倒すのみ!
 疾風迅雷。床を蹴ったフィルマリナの足元で波飛沫が舞い上がる。虚か実か、波濤の足跡を背後に残して少女は酒場の中を疾走する。
 一歩細波、二歩荒れて、三歩踏んだら大嵐。寄せては返す波の如く、床を蹴るたびに少女はぐんぐん加速していく。
 小細工なしの真っ向勝負! 突撃の勢いをそのままに、フィルマリナは中距離から忍者手裏剣をノーモーションで投げ放った。

「せぇいっ!」
「なにそれ、非力非力ぃ! このまま膾にしてあげるわ!」
 白波を裂いて飛来する巨大手裏剣。円を描く鋭い四連刃を、ヴェノム・サーペントの毒爪が迎撃する。
 毒々しい赤黒の軌跡がヴェノム・サーペントの前方で網を描く。まるで蜘蛛の巣に絡め捕られたかのように、大質量の大型手裏剣が中空に縫い留められた。
 一拍遅れて、ガシャリと手裏剣が床に落ちる音が響き渡る。ニヤリと歪むコンキスタドールの口元。残忍なプレッシャーが彼の全身から発露する。

 だが、一手目が防がれるのはフィルマリナも覚悟の上。油断であれ余裕であれ、敵が足を止めてさえいればそれでいい。
 目指すは最高速のさらに向こう側。少女は思い切り膝を折り曲げて、着地した脚のバネにあらん限りのエネルギーを凝縮させる。

「――これが、あなたへのせめてもの手向け」
 刹那、少女を中心に波浪が爆ぜた。
 瞬間移動じみた急加速。フィルマリナは水平方向に身体を捩じりながらヴェノム・サーペント目掛けて飛び込んでいく。
 得物は本命、バトルアンカー。自身の速度と遠心力をたっぷり乗せて、フィルマリナは竜巻のように超重量の錨をフルスイングした。

「たあぁっ!」
「生意気なのよぅ!」
 今度ばかりはヴェノム・サーペントも片手間でとはいかない。彼は両の手の爪をがっちりとクロスさせて、フィルマリナの一撃を真正面から受け止めた。
 ぶつかり合う攻撃。互いの剛力を競う変則の鍔迫り合い。ギチギチと金属同士が擦れる音が悲鳴のように響いた。

 均衡は一瞬。
 次に聞こえてきたのは……、みしりと金属が折れる音だった。

「っ! この、小娘が!」
「痛ぅっ!?」
 フィルマリナの身体がぐらりと揺れる。均衡を生んでいた『点』のズレ。自身の速度を制御しきれず、彼女はバランスを崩しながらヴェノム・サーペントの横をすり抜けていく。
 両者がすれ違う瞬間、ヴェノム・サーペントの毒爪が少女を捉えた。フィルマリナの速度さえも利用して、毒の刃が少女を肩口から一閃する。

「うわっ! っ、く……」
 どんがらがっしゃん。酒場の一角に置かれたテーブル席にフィルマリナは勢いよく突っ込んでしまった。木板を割り砕きながら、少女は半ば強制的に停止する。
 そのまま両手を床に着いて頭を振ること二度三度。がたりと肘から床に落ちた彼女の視界は、ぐにゃりと奇妙に揺れていた。

 元より反動前提の身体強化だ。そこにオブリビオンの毒が重なってのダブルパンチ。すぐさま戦線復帰というのは厳しいかもしれない。
 ……だが、それでも。

「やってくれたわね、お嬢ちゃん」
 ヴェノム・サーペントが持つ10本の毒爪。そのうちの半数が真っ二つに折れていた。それだけではない。彼の指そのものも、関節が何本かおかしな方向に捻じ曲がっている。
 文字通り、これで敵の攻撃力は半減だ。このダメージを一撃で与えたと考えれば、戦果としては十分だろう。
 ヴェノム・サーペントは怒りに染まった瞳でフィルマリナを睨みつけている。対して、フィルマリナは玉のような汗を頬に流しながらも、してやったりと笑みを浮かべてみせた。

「あとはよろしく。みんな」
 ぐらぐらと揺れる意識をなんとか保ちながら、フィルマリナは後に控える仲間たちへ視線を送る。
 この一手が勝利に繋がるなら、ちょっと無茶をしただけの価値がある。
 ――海を渡るのに、ひとりで船を操ることはできない。仲間に頼るのも、船乗りの流儀なのだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

オブシダン・ソード
【狐剣】
頭目…ってことはここの掟を決めた奴かな
じゃあ君も一つ賭けていくかい?
今回も、勝つのは僕等だろうけどね!

真の姿として、いすゞの手にした器物に意識を移そう
僕が君の剣になる、ってね

アドバイスや軽口で鼓舞しつつ、敵の動きを観察
飛び道具や奇襲には警句を
散らかってるから足元に気を付けてね、潜んだ『蛇』に噛みつかれるかもよ

物陰からの攻撃は厄介そうだけど…そうそう、ジャンプしちゃえば敵の攻撃は見やすいかもね
飛んだり跳ねたりは得意でしょう?

毒喰らってたらより一層励ますよ
回復魔法とかはない

襲撃してくる蛇が見えたらそっちをお知らせ
管狐君にも頑張ってもらおう

あとは斬撃と共にUC発動
さあ、三枚に下ろしてあげよう


小日向・いすゞ
【狐剣】
そんなそんな
礼には及ばないっスよォ
そちらの掟とやらを守っただけっスから

そうそう
先程、そちらで伸びているセンセ達と賭けをしたンスよ
あっしらが勝てば徒党纏めて島から出ていって頂くと
さぁさ
この島の掟に賭けて勝負といくっスよ

真の力を顕せば二尾に
管狐を侍らせ
センセを握り直し

へぇへぇ
アンタは斬る事しか知らないでしょうからあっしが精々使ってあげるっス
あー
そう言えばその有難いお言葉もあったっスね
へぇへぇ
肝に銘じますよっと

警句には従い
跳ねて飛んで
武器で受けて
毒をもし貰ったならば
もう気合しかないっス
後で十分苦しむっス

うちの管も狭い場所は得意っス
追い立てて噛んだり蹴ったりするっスよォ!

さぁ、行くっスよ相棒



「んもう。どうしてくれるの、このネイル? これじゃお礼参りも一苦労じゃないの」

 嵐の一撃を受けてへし折れた爪と指をぷらぷらと揺らしながらコンキスタドールが口を尖らせる。
 おかしな方向に捻じ曲がった彼の指関節は毒々しく紫に染まっている。言葉遣いは相も変わらず飄々としたものだが、その実、彼の声色そのものは氷のように冷え切っていた。
 薄く眉を細めて猟兵たちを睥睨するコンキスタドールの瞳に揺れるのは果たして怒りか、苛立ちか。

「そんなそんな、礼には及ばないっスよォ。そちらの掟とやらを守っただけっスから」
 ペシリと扇子代わりに二つ指で額を叩き、小日向・いすゞ(妖狐の陰陽師・f09058)が歌舞いて笑う。
 ピコンと揺れる狐耳。乾坤一擲、大一番。背に隠した黒耀石の剣が虎視眈々と蒼く煌めいた。

「頭目……、ってことはここの掟を決めた奴かな。じゃあ君も一つ賭けていくかい?」
 小柄ないすゞの背後に並び立ち、オブシダン・ソード(黒耀石の剣・f00250)は芝居がかった口調で問い掛ける。
 そっと立てるは指一本。はてさて、最後に一つ、いったい何を賭けようか。

「そうそう。先程、そちらで伸びているセンセ達と賭けをしたンスよ。――あっしらが勝てば徒党纏めて島から出ていって頂くと」
「……まさか、アタシがそれに従うとでも?」
 袖で口元を隠したいすゞがドロップアウト・ルーキーズの顛末をくすりと口に出す。三日月のように細められた少女の瞳が油断なく光る。
 不快。この期に及んで賭けの結果を持ち出すとは。ヴェノム・サーペントの片眉が吊り上がった。
 膨れ上がる殺気。猟兵たちの素肌がちりりと痺れる。後退りしたくなるようなプレッシャー。けれども、ここで退いては相手の思う壺。
 気圧されそうになる心を両脚でしっかりと大地に縫い付けて、二人の猟兵は真の力を解放する。

「言っただろう? これからソレを賭けるのさ。今回も、勝つのは僕等だろうけどね!」
「さぁさ、この島の掟に賭けて勝負といくっスよ!」
 ちゃきりと構える大上段、高く掲げられた黒耀石の刃がランプの灯りにゆらりと光る。
 そして、いすゞの頭上はソードの眼前。ちょうどいい塩梅に置かれた自身の器物に、ヤドリガミの指先がすっと触れた。

「僕が君の剣になる、ってね」
「あっしらの本気! 刮目するっス!」
 伸ばした指の先端から黒衣の男が空に溶けた。黒霧にも似た実体のないオーラとなったソードが吸い込まれるように黒耀石の剣と同化する。
 ずしりと響いたのは魂の重みか。淡く輝いた刀身を横一閃、正眼に構え直したいすゞがコンと鳴く。
 開眼。顕現。ぶわりと逆立つ毛並みと羽衣。真の姿で大見得切るは、一人当千、二尾の妖狐。
 握った柄を介して伝わる意思と意思。蒼星の如き長剣とその使い手、剣狐一体の猟兵が威風堂々とオブリビオンに刃を向けた。

「お遊戯はオシマイかしら? なら、サクっと死んでちょうだい!」
「おっと、いきなりご挨拶っスね!」
 だからどうした。向けられた刃先を意にも介さず、殺意を露わにヴェノム・サーペントが叫ぶ。鋭く放たれた毒爪の刺突が戦いの口火を切った。
 折れずに残ったヴェノム・サーペントの指は左右に三本ずつ。両手持ちでソードを構えたいすゞに毒の爪は『伸びるように』迫ってきた。
 否、正確には伸びているのは彼の腕。突きを放った一瞬の内に、ヴェノム・サーペントの肩から二の腕までが海蛇に変異していた。
 彼我の距離はまだまだ遠い。刺突の速度は著しいが、迎え撃つのに不足はない。

「……っ、重い!」
「賭けの結末はデッドエンド。アナタたちが死んでアタシの総取りよ!」
 毒爪と黒耀の刃がぶつかり合って火花を散らす。放たれた一撃は細身の爪刃に似合わぬ恐るべき重撃。刀身を盾に真正面から受け止めたいすゞの足が小さく宙に浮く。
 ぐにゃりと軌道を変えて毒爪に接続された蛇の腕がしなる。海蛇の身体は全身が筋肉。芯の無いような動きに見えて、そこにはとんでもないパワーが宿っていた。

「これを受けるの、あっしの細腕じゃ結構きついっスよ!」
「大丈夫、相手は手負いだ。しっかり守れば指にガタがくるはず」
「そりゃ、センセは頑丈だから平気でしょうけど!」
 びゅんと鳴る風切り音。唸りを上げて毒の爪が猟兵たちの頭上から振り下ろされる。
 これを完全に受け止めるのは苦しい。いすゞはソードを斜めに構え、インパクトの瞬間にタタンと横にステップを踏んだ。
 金属が擦れる甲高い音を上げて、軌道をずらされた毒爪が酒場の床を抉り取る。ざっくりと刺さった爪から滲んだ毒が、じゅっと煙を上げて木製の床を一瞬で溶解させた。

「……しかも毒まで強くなってないっスか?」
「窮鼠猫を、いや、窮蛇狐を噛む? 解毒はできないから頑張って避けよう」
「簡単に言ってくれるっスねぇ。へぇへぇ、肝に銘じますよ、っと」
 刃先を床に向けて構える猟兵に、くるりと反転した爪の刃が下方から掬い上げるように迫る。
 弾いた床の木片を目隠しにいすゞを襲う三爪。だが、敵の攻撃はこれで三度目。奇妙な軌道と一撃の重さにもある程度は慣れた。
 きゅっと目を細めたいすゞは、しっかりと攻撃を引き付けてから弾かれたように横へと飛ぶ。同時に、ソードの刀身がブロックした爪撃を上方へと受け流した。
 再度、金属音を残して毒爪は空を切った。間合いを挟んだ遠方で直立するヴェノム・サーペントの眉が忌々し気に歪む。どうやらソードの言う通り、弾かれた彼の爪には段々とダメージが蓄積されているようだ。

「の、割りに彼はあの場を動いていない。『動けない』わけでなく、『動かない』のだとしたら」
「センセ?」
「いすゞ、跳んで! 下だ!」
「! うわっと!?」
 突然の警句に迷いなく床を蹴れたのは信頼のなせる業か。
 いすゞの身体が大きく宙に逃れた直後、床に映った少女の影を床下から現れた海蛇の大口が呑み込んだ。
 デカい。足場を突き破って顔を出した海蛇は人間でも丸呑みにしてしまいそうなサイズだった。獲物を捕らえ損ねた怪物はばりぼりと木材を噛み砕き、再び床下に姿を隠す。

「チッ、勘のいいヤツらね」
「なるほど、動かないのは足から先を変異させていたからか」
「暢気に言ってる場合っス、か!」
 間髪入れず襲い来る、苛立ちを吐き捨てながらヴェノム・サーペントが振るった爪を空中のいすゞがなんとか凌ぐ。全身をスピンさせての強引な受け流し。ぐるぐると視界を回転させながら彼女は酒場のカウンターに不時着する。
 刀身をカウンターに突き刺して急ブレーキ。膝を着いたいすゞは素早く息を整えながら前方と床下の双方を警戒して意識を張り詰める。
 敵の武器は地上の毒爪と床下の海蛇。可視と不可視の連携攻撃。……さて、ここからどうする。

「物陰からの攻撃は厄介そうだけど……、そうそう、ジャンプしちゃえば敵の攻撃は見やすいかもね。それと、視界確保に管狐君にも頑張ってもらおう」
「けど、守ってばっかりじゃジリ貧っスよ?」
「あの海蛇は『分裂』でも『召喚』でもなく『変異』だ。だったら、どこでも狙いやすい場所を斬ってやればいいのさ」
「……なーるほど」
 アレが、狙い目か。相棒からプランを受け取ったいすゞはパチクリと瞬きしながら酒場全体を見渡す。構造把握。彼女の視界に反撃へと至る『道筋』が見えた。
「飛んだり跳ねたりは得意でしょう?」と意識を介して鼓舞するソードの柄を握りしめ、いすゞは弾丸のようにカウンターを蹴って飛び出した。

「夜の守日の守、大成哉賢成哉、秘文慎み白す。管狐、疾う疾う如律令!」
 飛び出した空中で呪言を紡いだいすゞは二つ指に挟んだ管を床に向ける。するりと管から現れたのは白い体躯に紅を差した、狐のような頑張り屋さんだ。
 言葉の通り、御急ぎの仕事を言いつけられた管狐はすぐさま小さな隙間を見つけて床下に滑り込んでいく。薄暗い空間にこっそり忍び込んだ管狐は、すぐさまぐねぐねと動く海蛇の姿を発見した。
 やっぱり、デカい。恐らくヴェノム・サーペントと視覚を共有しているのだろう、海蛇は首の位置を動かしながら攻撃の機会を待っているようだ。
 デカいだけあって、見えてしまえば動きを把握するのは容易い。管狐はそっと気配を隠して、海蛇の(手も足も無いが)一挙手一投足をつぶさに監視し始めた。

「よし、これであとは……」
「気を付けて、右から爪が来るよ」
「合点承知!」
 カウンターからテーブルへ。お次は一足飛びにソファーへと。酒場に残った構造物を足場にしていすゞはあっちこっちと縦横に跳び回る。
 準備万端、細工は流々。あとはタイミングを計るのみ。
 勝負の合図はソードの警句。進路を塞ぐように水平に振るわれた横薙ぎの爪撃を確認して、いすゞは思い切り上方へとジャンプした。

「ハッ、いい的よ、お嬢ちゃんっ!」
「なんの!」
 いくら身軽であろうとも蹴れるモノがなければ軌道は変えられないのが道理というもの。命綱たる足場から大きく離れたいすゞを狙って、ヴェノム・サーペントは毒爪を鞭のように下方から振り上げた。
 ここが正念場だ。いすゞはくるりと上下に反転し、天井を足場にして『頭上』から振ってくる爪を受け止める。
 天地を逆にしては先刻までと同様にとは流石にいかない。真っ向からソードの刀身で爪を受け止めたいすゞの両脚が、縫い留められるように天井に沈んだ。

 ――ここだ、と。
 ヴェノム・サーペントも、ソードも、いすゞも、管狐さえもがその時そう思った。

「こ、のぉ!」
 ここまで来たらもう気合しかない。爪から跳ねた毒液に頬を焦がしながらも、痛みを押し殺していすゞは刀身を思い切り横方向に弾き上げた。
 逸らされた毒爪が天井に刺さる。が、同時にいすゞの全身が力業の反動で僅かに硬直する。
 好機。ヴェノム・サーペントの紅い瞳が残忍に嗤う。

「さぁ、今度こそ丸呑み――っ!?」
「うちの管をあんまり舐めないで欲しいっスね!」
 木々をへし折るような轟音。床板を砕き、いすゞの真下(あるいは、彼女の視点では真上)から海蛇が大口を開けて首を伸ばしてきた。
 真っ暗な海蛇の口腔が狙うのは真っ直ぐ上方で動きを止めたいすゞ。……ではない。
 ほんの僅かな照準のズレ。海蛇が床下から飛び出した瞬間、隠形を解いた管狐が怪物の顔面を真横から蹴り飛ばしたのだ。

 頑張り屋さんの小さな一撃が勝負の明暗を分けた。
 天上の凹みから脚を引き抜いたいすゞがギリギリのところで海蛇の牙を横に躱す。
 必殺の一噛みをすり抜けられて、巨大海蛇はその首を勢いよく天井に突き刺してしまう。
 自然、体勢を立て直した猟兵たちの眼前に伸びるのは、無防備な怪物の胴体だ。

「さぁ、行くっスよ相棒!」
「ああ、三枚に下ろしてあげよう」
 ハンドシェイク。繋いだ手こそが、すべてを切断する理外の力となる。
 ぎゅっと握り直したいすゞの掌で、黒耀石の剣が淡く輝いた。
 少女の足が力強く天井を蹴る。電光石火。渾身の力で打ち込まれた黒耀の刃が、稲妻の如く海蛇の胴体を唐竹に切り裂いた。

「ぐ、がぁああァ!」
 突如、猟兵たちとは離れた位置でヴェノム・サーペントの悲鳴が上がった。変異した脚から伝わるダメージがヴェノム・サーペントの神経を焼き焦がしたのだ。
 巨大海蛇の切断面から噴き出す鮮血。血飛沫という表現も生温い。まるで滝のような怪物の流血が酒場を朱に染めた。

 流血のアーチを潜り抜け、地面まで一息にソードを振り抜いたいすゞが肩から転がるように着地する。
 勢いあまってごろりと一回転、ぺたりと這うように静止したいすゞが目にしたのは、斜め一閃に両断されてビチビチと跳ねる海蛇の首と、逃げるように床下へと消える胴体だった。

「ぐ、うぅ……、許さないわよ、猟兵ぃ!」
 ダン、と片腕をテーブルに叩きつけたヴェノム・サーペントが怨嗟の唸りを上げる。大ダメージを受けて変異を解除したのであろう、彼の足元にはとめどなく鮮血が広がっていた。
 敵の傷は深い。どのような結末であれ、恐らくあと一押しで決着がつくはずだ。

「って、センセ、大丈夫っスか?」
「……三枚おろしは無理だね、これは」
 ふと、器物と一体化していたソードがいすゞの傍らに姿を見せる。
 サイズはどうあれ、蛇の身を断つのに骨を避けることは叶わなかった。怪物の持つ極太の骨を幾本もその身で叩き切った彼は、くらくらと揺れる頭をフードの上から抑えていた。
 あらま、と目を瞬かせるいすゞ。と、今度は彼女の視界が突然ぐらりと揺れた。
 明滅する視覚に思わず床に膝を着く少女。どうやらヴェノム・サーペントの毒は、頬を掠っただけでも人体を蝕むのに十分な脅威を持っていたようだ。
 気合で堪えていた分、恐らく反動も大きくなるのだろう。この後に襲ってくるであろう苦しみを想像しながら、念のためいすゞは相棒に聞いてみた。

「センセ、回復魔法とかは」
「ない」
「……うん、聞いてみただけっス」
「なぁに、オブリビオンの能力に由来する毒なんだ。ほんの少し、彼が斃れるまでの辛抱だよ」
 戻ってきた管狐と共に、トホホと息を吐くいすゞを庇いながらソードたちは後退する。
 バトンタッチ。最後の詰めは頼れる仲間たちに託された。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ギヨーム・エペー
きみが船長か。悪いねー、盛り上がりすぎて散らかしてしまった
責任はー、……後で片付けはするけども、その前にきみをどうにかしないと、二度手間でな

普通のウミヘビと違ってお転婆だな!先にちょっかいをかけたのはおれだから道理に合う行動だ
UCは火と状態異常力を重視して発動する。毒耐性は少しあるけど、念には念をだ

ウミヘビには無暗に近づかず、襲ってきた際の軌道が掴めるまで観察したい。挙動がわかったら一突きといこう
狭い隙間には火を放つ。明るくなるし、継続ダメージも与えられるはずだ
耐えきれず出てきたところを仕留めたいな!


アリエ・イヴ
アドリブ◎

礼はいらねぇっつっても聞かなさそうだ
ギャンブルで全てを、だっけか?
ハッ、なら最後の大博打といこうぜ
お前が勝つか
俺らが勝つかの勝負をよ

覇気を剣に纏わせて
一気に距離を詰めて
まずは挨拶がてら
下から上に跳ねあげる様に斬り込む
毒を使うならずっと近くにいるメリットもねぇしな
斬ったら深追いせず
バックステップで回避して
爪を武器受け
また斬って返す

イカサマ野郎の大将だ
どうせ素直にはいかねえだろ
野生の勘で何かを感じたら
自分の勘を、運を信じ
そこに向かって剣を振るう

蛇は噛まれる前に頭を抑えるんだったか?
これ以上噛みつかねぇように
その口閉じさせてもらうぜ
頭部に向かって【一撃必殺】

さあ、勝負に勝ったのはどっちだ?



「よお、色男。そろそろ店じまいか?」

 白刃一閃。鮮血を噴いてヴェノム・サーペントの左腕が宙に舞う。
 虚を突いたか、挨拶代わりと一息に間合いを詰めたアリエ・イヴ(Le miel est sucré・f26383)のカトラスは、驚くほどあっさりとオブリビオンの腕を刎ね飛ばした。

「ぐぅっ、次から次へと……!」
「ハッ、当たらねえよ!」
 憤怒の形相に染まったヴェノム・サーペントが反射的に残った右腕を振るう。返す刀で毒爪を受け流してアリエは素早く後方へ飛び退いた。
 鋭いフットワークのヒットアンドアウェイ。グリップを効かせたブーツが小気味よくきゅっと鳴る。
 毒使いに深追いは厳禁だ。ましてや相手は手負い。追い詰められた獣は、思いもよらない反撃を繰り出すものだ。

 カトラスに弾かれた爪刃が近場のテーブルを巻き込んで木片を抉り飛ばす。どうやら敵の剛力は健在。だが、蓄積されたダメージが重石となったか、腕を振り切ったヴェノム・サーペントは足元をぐらりとふらつかせる。
 その隙を逃さず、ヒュウと口笛を吹いて後退したアリエに代わり、別方向から放たれたレイピアの刺突がヴェノム・サーペントの肩を穿った。

「グァッ!」
「いやぁ、悪いねー、盛り上がりすぎて散らかしてしまったよ」
 突き技の要は引きにあり。一点に力を凝縮させた刺突を放ったギヨーム・エペー(日に焼けたダンピール・f20226)は銀で装飾されたレイピアを引き抜いて素早く後退する。
 抜かれた刃先を追うように舞い散る鮮血。しかし、今度はヴェノム・サーペントの反撃は猟兵たちを追いかけてこなかった。
 コンキスタドールは既に満身創痍。生命力と魔力の喪失、武装である毒爪と指の損傷。加えてズボンの下では脚部にも甚大なダメージが与えられている。猟兵たちが積み重ねてきた成果は、確かにオブリビオンを追い詰めているはずだ。

 だというのに、どうにも嫌な予感がする。
 敵もまた理外の生命体。激戦の余波で損壊著しい酒場の様相に軽口を叩きながらも、ギヨームは油断なくヴェノム・サーペントの動向を注視していた。

「後で片付けはするけども、その前にきみをどうにかしないと、二度手間でな」
「……片付け、ね。フフ、そう、アタシも『コレ』を使っちゃうと後が大変なんだけど、もう仕方ないか」
「あン? お前、何を言って」
 唐突に俯いてくつくつと肩を揺らすヴェノム・サーペント。訝しむアリエの言葉が最後まで紡がれることはなかった。
 ぐちゃり、と。天を仰いだヴェノム・サーペントの顔面が『割れる』。肉が蠢き、骨が捩じれる音を禍々しく響かせながら、オブリビオンはその全身を変異させ始めた。
 果たして、これは可逆的な変異なのだろうか。残っていた右腕がみるみる退化するように消失し、筒状に巨大化した胴体が衣服を破り裂いてズルズルと床を這う。
 優男の輪郭は完全に消え去り、長大な牙を持つ異形の爬虫類と化した頭部が鎌首をもたげて猟兵たちを睥睨した。

「……イメチェンにも限度があるんじゃないかなー」
「素直にはいかねえとは思ってたが、こいつは斜め上だぜ」
 おそらくこの姿こそがヴェノム・サーペントの切り札。全身を完全変異させて現れたのは、ぬらりと光る鱗の鎧を纏った見上げんばかりの大海蛇だった。
 その体躯は、つい先刻、仲間の猟兵が退治したものよりもさらに巨大。反面、爬虫類特有の冷たい瞳からは、もはや人間としての理性は微塵も感じられなかった。
 チロチロと口から出入りする二股の蛇舌が周囲を探る。次の瞬間、天井まで伸び上がっていた海蛇の首がぐわんとブレた。

「キシャァア!」
「うおっと!」
 威嚇音を鳴らしてヴェノム・サーペントが頭部を猟兵たちに目掛けて打ち下ろす。
 まるで破城槌。咄嗟に左右に分かれて回避したアリエとギヨームの中間に、大質量の頭部が床板を粉々に破壊しながら突き刺さった。
 桁違いの威力。まともに受ければ間違いなくペチャンコだ。

「普通のウミヘビと違ってお転婆だな!」
「これがお転婆の一言で済むかよ!」
 もうもうと立ち込める土煙の中で二人の猟兵がそれぞれに愛剣を振りかざす。
 床板を打ち壊した大海蛇はそのまま全身を床下に潜らせようとしている。図体に似合わない機敏な動きで這い動く胴体に向けて、二人は躊躇なく刃を突き立てた。
 ……が、しかし。

「っ、硬い!」
 海蛇が纏う硬質の鱗は天然の帷子だ。しかも、巨大な体躯が高速で蛇行する動作そのものが、鱗が受け止めた斬撃を捌くかのように作用してしまっている。
 アリエの斬撃とギヨームの刺突、そのどちらもが海蛇の進行方向にベクトルを逸らされてしまい思うように効果を発揮できていない。二人が有効打を逃したすきに、海蛇はあっという間に床下へと潜行してしまった。

「チッ、胴体を狙ってたら埒が明かねえか?」
「……というか、そもそもあんまりノンビリできないかも」
 眉を顰めて周囲を見渡したギヨームが呟いた、まさにその瞬間、『酒場全体』が大きく揺れた。柱が、壁が、天井がミシミシと音を立てて軋んでいる。
 グラグラと揺れる床の上でバランスを取りながら、猟兵たちはすぐさま察する。ヴェノム・サーペントは、建物ごとこちらを潰してしまうつもりなのだ。

 猟兵たちにも光明はある。
 いくら変異しようとも、それでダメージがチャラになったワケではない。仲間たちが積み重ねたダメージが目に見えずとも残っているなら、一発の有効打で戦局をひっくり返すことも可能なはずだ。
 だとしたら、狙うべきは頭部。急所を正確に攻撃するには挙動を把握してから仕掛けたいところだったが……、どうやら相手をじっくり観察している時間はないらしい。

「蛇は噛まれる前に頭を抑えるんだったか? ハッ、最後の大博打だ。俺がアイツの頭を止める!」
「わかった、フォローする。けど、タイミングは?」
「そこは」
 窮地にあって笑える者にこそ追い風が吹く。
 親指で己の心臓をトンと叩き、アリエは傲然と言い放った。

「勘と運に賭けるしかねえな」

「ここに来てイカサマなしのギャンブルかー。……よし、まずは追い立てるよ」
 くしゃりと破顔して行動を開始したギヨームが、手始めにバーカウンターへと手を伸ばす。彼は酒棚に並べられたアルコールをありったけ、手当たり次第に床に空いた穴へと放り込んだ。
 酒場に置かれているアルコールの度数はまちまち。だが、これだけぶち込めば何かしらの『当たり』があるだろう。
 むっとするようなアルコールの香りが充満した床下の空間に向けて、ギヨームは銀で装飾されたレイピアを突き付けた。

「太陽とともにまわる――、un tournesol!」
 水氷火。自身の扱う三属性を用いた強化術式。水属性の契約精霊と氷属性の潜在魔力をエネルギーとして、ギヨームは己を火の魔術師として定義・強化する。
 ほぅ、と熱い吐息を吐きながら、ギヨームはレイピアの先端に指で撫ぜる。精神を集中して生み出したのは小さくも強靭な魔力の火種。切っ先に焔を灯したレイピアがマッチのように床下を浅く切り裂いた。

「ギュルルァア!」
 効果は覿面、床下に火種を送り込んだギヨームがジャンプで退避した直後、海蛇の潜む空間に一気に火の手が上がった。
 ほぼほぼ爆発のような様相でアルコールに引火した炎が舞い踊る床下で、火に巻かれた海蛇の悲鳴が響く。鱗に守られた怪物がこれだけで致命傷を負うことはないだろう。だが、熱いものは熱いし、痛いものは痛い。
 殊に、理性や我慢を忘れ去った野生の思考であれば、反射的に火事場から逃れようとするのは無理もないことだった。怪物は烈火から逃れようと遮二無二に頭を伸ばして床下から脱出する。

「シャァア!」
「――ドンピシャだ。いくぜ!」
 炭化した床組みを壊して出現した怪物の頭部。ソレを射程に収める位置でアリエはまさしく待ち構えていた。
 この場所を待機位置に選んだ理由は彼自身にも言語化できない。敢えて言うのであれば、彼が生まれ持った野生の勘によるものだった。
 理屈ではない巡り合わせに己が命運を託すことができる。それが、アリエ・イヴという海賊だった。

「その口閉じさせてもらうぜ」
「! ギュアァア!」
 一足飛びにアリエが海蛇の頭部に飛び乗った。頭上の異物を感知して、怪物が無理くりに暴れ出す。
 出鱈目な抵抗に対して、アリエは鱗と鱗の間に指を差し込んでどうにか耐える。武器を引き抜く隙は無い。ならば今頼れるのは、己の拳のみだ。

「うらぁ!」
「ギッ――」
 一撃必殺。渾身の力を籠めた右ストレート。
 文字通り鈍器で殴りつけたような鈍い音が酒場に木霊する。シンプルにして強力無比な一撃が、暴れる海蛇の頭部を地面へと殴り倒した。
 べこりと頭部を凹ませて、顎を地面に着けたヴェノム・サーペントがついに大きな隙を晒した。全体重を圧し掛けて怪物が口を開けぬよう抑え込んだアリエが、決着をつけるべく仲間の名を叫ぶ。

「ギヨーム!」
「オールインだ。最後の一突きといこう!」
 床下から昇る煙を裂いて、ギヨームが轟と跳ぶ。
 両手で握ったレイピアに宿るは日輪の輝き。周囲の空気さえも揺らぐような炎熱のオーラが渦となって刃を覆う。
 全身全霊、稲妻のような急降下から打ち込まれた刺突。
 ――最後の一撃が、ヴェノム・サーペントの眉間に深々と突き刺さった。


 さて、その後のことを少しだけ語ろう。
 猟兵たちの活躍によってパイライ島を支配するコンキスタドールたちは一掃された。
 拐されていた島民たちも解放され、島の集落は俄かに活気づくことなる。村々の働き手も無事に戻り、いずれは島全体が復興を果たすだろう。

 だが、猟兵たちがこの島に留まることはない。
 協力者の海賊船に乗り込んで、島民たちに見送られた彼らは再び次の島を目指す。
 今度はどんな冒険が待っているのだろうか。――グリードオーシャンの海は、果てしなく広がっている。

「アリエ、そのボトルは?」
「餞別さ。酒場のオッサンがどうしても、ってな。どうだ、これから一杯?」
「いいねー、なら、みんなで勝利を祝して乾杯といこうか」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2020年04月18日


挿絵イラスト