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なんのへんてつもないせかい

#UDCアース #呪詛型UDC

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#UDCアース
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#呪詛型UDC


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●ぼくらをひきさくものは
 過ぎ去った時を嘆いてもそれは無為なことと、人は言うだろう。
 だが、ならばどうすればいいのか? 言われた側は問うだろう。
 答えは――それぞれが納得するように、自ら見つけなければならない。

 例え大切なものを失っても。
 例え遣り場のない怒りを抱えても。
 それでも、無情にも時は進み続ける。
 前へ、前へ。

 ――さあ、あなたはどうするの?

●ゆがむにちじょうにいどめ
「集まってくれてありがとう。さっそくだけど、今回の予知の説明を始めるわね」
 いかにも冬の装いという姿の少女ことミネルバ・レストー(こおりのむすめ・f23814)が、妙に型に嵌まった物言いで話を始めた。
 少しでも気を緩めるとせっかく呼び掛けに応じてくれた猟兵たちを暇人呼ばわりしかねない娘だ、これくらいが丁度良いのだろう。
「UDCアースの邪神についてなのだけど、普通に日常を満喫している人を呼び寄せちゃうんですって」
 邪神もあの手この手で懲りないわね、とため息一つ。ミネルバは続ける。
「みんなには、囮になってもらいたいの。一般人以上に日常を満喫してくれれば、そんなみんなの方に邪神は引き寄せられるはずよ」

 グリモアベースの景色は、本がたくさん並び人々がそれを手に取り品定めする光景と化した。これはどうやら――書店だろうか。
「今時電子書籍じゃない紙の本なんて、って思うのは価値観かしら。好きな人もいるでしょ? 転移で案内する書店は規模が大きいから、大抵のジャンルは網羅してるはずよ」
 漫画、小説、文芸書、雑誌、その他色々。どうやら買った本は併設されたカフェですぐに読むことができるらしい。
 そうして物語の世界に没入したり、同行者と語り合ったり、好きなように楽しんできて欲しいと氷の娘は告げる。

「とりあえず、本が好きな人や空想好きな人が特に向いているかしら。普通に本を買ったり読んだりしてくれればいいから。でも、分かってるわよね?」
 これは事件の予知だ、当然ただでは終わらない。冷たい輝きを放つ六花のグリモアは、まるで警告を発しているようだった。

「納得が行かないことだって、起きるかも知れないわね。でも、そんな時こそみんなの心の在りようの見せ所よ。どうか、負けないで――いい報せを待ってるわよ」


かやぬま
●ごあいさつ
 初めまして、お世話になっております。かやぬまです。
 全体的にどんよりとしたお話になる可能性が高いので、何卒お気を付け下さい。

●ものがたり
 第1章:日常。本屋さんで好きな本を探して楽しんで下さい。
 第2章:冒険。一般人よりエンジョイしていたらどうしてこんなことに?
 第3章:集団戦。事件の原因となった『呪詛』の発信源と戦って下さい。

●ぷれいんぐ
 全ての章に受付期間を設けさせて頂きたく思います。
 断章投稿と同時にMSページとTwitterの両方でご案内しますので、お手数ですがご確認の上送信して下さいますと有難いです。
 ※期間外のプレイングは、余力があればというとても低い優先度になってしまうのでお気を付けて下さいませ。

 それでは、あなたの世界を共に紡ぎましょう。よろしくお願い致します!
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第1章 日常 『本屋さんへ行こう!』

POW   :    出会いは根気!片っ端から本棚を見て回る

SPD   :    これ下さい!新聞の切り抜きなどを店員に見せる

WIZ   :    文明の利器!検索機を使ってお目当ての本を探す

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ほんのかずだけ、せかいがある
 いわゆる都心と呼ばれる立地に存在するとある老舗の書店は、最近の紙媒体離れもあってか苦戦する業界全体のあおりを等しく受けてはいるものの、しかしその著名度と立地の良さ、そして何より品揃えの良さをもって今なおたくましく営業を続けていた。
 地下一階から八階まで、その全てがジャンル分けされた本を用意して来店者を待ち受けている。若干コミックの品揃えこそ弱いものの、専門書を探させたらまず見つからないものはないという高いレベルを誇る。
 建物内には中二階という少し変わった場所にカフェが併設されており、軽食をつまんだりコーヒーなどを嗜んだりしながら、買い求めた本を楽しむこともできる。

 本を買う人々の思惑は様々だ。単に娯楽を求めてというだけでなく、勉学や資格のためであるやも知れぬし、それは一概に『楽しいこと』とは言えないかも知れない。
 だが、本を手に取るものは、誰もが何かしらの『世界への扉』を開く。
 そこに没入するものを、しようとして吟味するものを、よからぬ呪詛の声が狙う。

 ――何処へ行こうと言うのだ。
   ――過ぎ去った時は今でもお前を縛る。
     ――どんなに別の世界へと逃避を図ろうともだ。

 君たちは猟兵として、そして常に前に進むものとして、守らねばならない。
 この、まるで地中から不気味に伸びて足首を掴むような、呪詛の声から。
荒谷・つかさ


中二階のカフェにて、数冊買った雑誌をコーヒー飲みながら読む
時折付箋を張り付けたり、蛍光マーカーを引いたりして印付けたり
手元のスマホでネット上の情報と照らし合わせて見たり
そこそこ夢中になっている

リブニットセーターにスキニージーンズ、眼鏡着用で、見た目だけは休日のOL風
しかし、雑誌は全て「グルメ情報誌」
しかもお洒落な感じのお店よりもガッツリずっしり大盛系な焼肉やラーメンのお店のレビューメインなやつ

……気になるお店を纏めてたら、こんなになっちゃったわ。
(大量に付箋が貼られた雑誌を眺めつつ)
今回のお仕事終わったら、何件か行ってみるのも良さそうね。
(余裕で梯子する気だった)



●羅刹のグルメ
 事件の気配を知らされて、しかしまずは『全力で楽しんで来い』と都心の書店に放り出された猟兵たち。若干の回りくどさを覚えなくもなかったが、せっかくだからと各々が『本屋さん』という日常と非日常とが交差する空間を満喫することにした。
 さて、前述の通りこの書店にはカフェが併設されている。道路沿いに面した間取りを活かしたガラス張りの明るい店内からは忙しなく行き交う街の人々を一望することもできるだけでなく、美味しい軽食とコーヒーや紅茶などと共に購入した書籍を楽しむのも来店客の楽しみのひとつであった。
「さて、と……本屋さんのビニール袋って思ったより丈夫なのね」
 雑誌ひとつも複数買えば相当な重さとなるが、それを全て収めてなお持ち手がほとんど伸びない書店の専用ビニール袋のたくましさに感心しつつ、荒谷・つかさ(『風剣』と『炎拳』の羅刹巫女・f02032)はカフェの一角に案内されると早速購入した雑誌たちをテーブルに並べていく。
 オーダーを取りに来た店員にブレンドコーヒーを注文すれば、すぐに芳醇な香りを漂わせる黒い液体が波も立てずに運ばれてきた。此度の優雅なひと時のお伴はこのコーヒーだ。
 つかさといえば世界を渡り歩く猟兵らしく様々な世界を思わせる戦装束が連想されるが、本日の装いはリブニットセーターにスキニージーンズの組み合わせ、眼鏡を添えて。これはどこからどう見ても休日を堪能する都会のオフィスレディである。え? 額の角? うるせ~~~! 世界の加護じゃい!!

 そんなこんなで、つかさはすっかり馴染んだていで購入した雑誌をぺらり、ぺらりとめくっていく。時折付箋を貼り付けたり、特に気になる箇所には蛍光マーカーを引いて印をつけて後の自分への標としたり。
「ここの店、掲載スペースはとても小さいけど気になるわね……」
 そういう時はとスマホを取り出し、手際良く検索をしてネット上の情報と照らし合わせたり補完をしたり、何かと情報収集に余念がないご様子。
 さて、一体何の雑誌を購入したのかと言えば――。

『ラーメンを極める 2020春号
 ――新進気鋭の新店から、いつも行列の老舗まで! 栄枯盛衰の激しいラーメン業界の最先端を追い続けるラーメン通御用達の一冊!
『焼肉通信 2020年4月号』
 ――最新号の特集は『一人焼肉』! 『おひとりさま』をターゲットにした新業態が新たな旋風を巻き起こす!
『スタミナMAX 特集:チャレンジメニュー自慢のお店』
 ――食は量こそ正義! 定期的に組まれる特集のひとつでもある『時間内に食べ切れたら系メニュー』を幅広くご紹介!

「ネットでも簡単に情報は調べられるけれど、レビューに今ひとつ信憑性がね……」
 つ、つかささん? だからこそのこのラインナップなんですか!?
「……気になるお店を纏めてたら、こんなになっちゃったわ」
 コーヒー片手に気になるお店の掲載ページに付箋を貼りまくった結果、閉じた雑誌が学生の参考書かな? 的な有様となる。
 内容は……まあ、その、タイトルに負けないドドンとした圧のある料理の写真に始まり、最初から最後まで肉食系女子の秘めたる食欲を満たしてくれるものであった。
 なお、つかさは今回雑誌に絞って購入したが、書籍の体裁で出版されているグルメ本にまで手を伸ばすと、さらにディープで引き返せなさそうな世界が待っていたとか何とか。
「今回のお仕事終わったら、何件か行ってみるのも良さそうね」
 かちゃり、と最後の一口を飲み終えたコーヒーのカップを置いて呟くつかさ。
 ラーメン、焼肉、食べ放題。実際に行ってみたいお店の数が多いだろうことは、付箋の数から容易に推し量れる。
「この店とあの店とは電車一本で行けるわね……あと、このお店も」
 一日で、一気に梯子する気満々のつかささんでした。途中で強制帰還させられない程度に頑張って下さい!

成功 🔵​🔵​🔴​

永倉・祝

UDCアース…訪れるのは初めてのはずなのですが…どこか…僕のかけた記憶に関係があるのでしょうか?

世界が違えば全く違った本にも出会えるでしょうし今から楽しみです。
そうですね…僕の職業柄気になるのは小説でしょうか?
はぁ、本当に本が沢山…。
それにやはり帝都の書店とは雰囲気は違いますね。
(複数の本を機嫌よく読み比べ購入を検討しているとある一冊に手が止まり)
この本を見ていると何でしょう不思議な気分になります。
初めて読むはずなのに何度も読んだ本のように…次の文章が浮かぶ…僕はこの本を読んだことがある?…これも買っておきましょうか。



●二つの世界をつなぐもの
(「『UDCアース』……訪れるのは初めてのはずなのですが……」)
 永倉・祝(多重人格者の文豪・f22940)が暮らす世界『サクラミラージュ』とは似ているようでどこかが違うこの世界に転移を受けてからずっと、不思議な既視感めいたものにとらわれていた。
 元々サクラミラージュで日々を過ごしていても、頭のどこかで『自分はこの世界で生まれた存在ではない』という意識を常に抱えていた祝だ。根拠もなければ確信している訳でもない、けれどぼんやりとしたその思いは常に祝と共にあった。
(「どこか……僕のかけた記憶に関係があるのでしょうか?」)
 欠落した記憶。過去の自分とは『一体いかなる存在だったか?』。まるで哲学者の問答のようだが、祝の場合は文字通りそれを知らぬ身であり、思いを馳せてしまうのもまた無理からぬことであったろう。

 さて、本題に入ろう。帝都で読んだ本の中には、七百年の栄華を誇る大正のさらに先をイメージした書籍もいくつかあったことを祝は思い出す。『空想科学読本』などと銘打たれたそれらの中で見聞きしたような光景ほぼそのままの佇まいの書店に足を踏み入れると、店内の案内図の前に立つ。
「世界が違えば全く違った本にも出会えるでしょうし、今から楽しみです」
 常は眠たげな表情も、今は新たな出会いに輝いているように思える。
「そうですね……僕の職業柄気になるのは小説でしょうか?」
 フロアガイドと書かれた案内図を見遣る祝は、少しして『文学・文庫』という文字を見つける。どうやら五階に行けば良いらしい。
 すぐ近くにある――ああ、この世界にもあるのだなと祝を少しばかり安心させたエスカレーターに順序よく乗って、目指すは古今東西の物語を取り扱うフロアである。

 五階に降り立った祝は、今度はフロアマップを見ることなく入口付近に設けられた特設コーナーに真っ先に釘付けとなる。そこには平積みや面陳などのレイアウトであらゆる客にその存在をアピールする数々の個性的な表紙の本――いわゆる『単行本』が並んでいた。
 手書きの宣伝文句や大きなパネルが、とある大きな賞が発表間近であることと、この単行本たちは全てノミネート作品であるということを知らせてくる。
 もちろん、特設コーナーを抜ければ通常の書棚の中で書籍たちが新刊既刊揃ってお行儀良く手に取られるのを待っている。それを一通り見遣って、祝は嘆息した。
「はぁ、本当に本が沢山……」
 やはり惹かれるように近付いてしまうのは発表を半月後ほどに控えているという大賞のノミネート作品たち。帝都でも毎年歴史ある賞の選考と発表の時期にはこうして書店の店頭で目立つところに並べられることもあるが、この世界と比べるともう少し厳かな印象がするものだから、ちょっとしたお祭り騒ぎのようにさえ思えるこの陳列は祝にとっては新鮮なものに思えたのだ。
(「それにやはり、帝都の書店とは雰囲気は違いますね」)
 店内全体も、道路沿いにあたる部分はガラス張りの面積が広く、店内の雰囲気自体がまず明るい。帝都の書店と言えば、言ってしまえばどこかかび臭いような、しかしそれが落ち着かせてくれるような、静謐が支配する空間であるというのに。
 先ほどの特設コーナーでまず一冊、文庫本コーナーではなく敢えて単行本コーナーで惹かれる表題や表紙の書籍をいくつか読み比べ、でもあまり買いすぎてはこの後の手荷物になってしまうしとの思いと戦いながら購入を検討する祝。
 断腸の思いで最後に手に取った一冊は保留として棚に戻せば、そのすぐ隣にあった一冊の本の存在に気が付く。
(「……?」)
 どうして自分は、最初からこの本に気付かなかったのだろう。そう思ってしまうほどに、一度視界に入ってしまうともう目が離せない。赫々たる表紙は彼岸花の図案から、表題を口にするのは何故か躊躇われた。

 ――この本を見ていると、何でしょう、不思議な気分になります。

 手に取ってはいけない、そう脳裏に己の声が警鐘のように響いたのを祝は確かに理解した。だが、伸ばす手を止めることはできなかった。
 赤い表紙のハードカバーの本を開き、震える手でページをめくる。文字の羅列に目を落とせば、またしても――既視感。『初めて読むはずなのに、何度も読んだ本のように』。

 ――ああ、次の文章が浮かぶ。
 ――僕は、この本を読んだことがある?

 知らないはずだった。帝都では文庫本が一般的で、このようなかさばる装丁の書籍などそうそうお目にかかれないというのに。いや、文庫化されたものを読んだのか?
 いやいや、待て待て。異なる世界に同じ著者の本がどうして存在し得ようか!

「……これも、買っておきましょうか」
 そっと、小脇に抱えていた買うと決めた本たちの中に、彼岸花の表紙の本を加える。
 その直前に検討していた本を棚に戻したのは――果たして偶然か、必然か。

 祝の世界は、解き放たれるのか。
 そしてそれは言祝がれるのか、呪われしものとして顕現するのか。
 今はまだ――誰にも分からない。

成功 🔵​🔵​🔴​

城島・侑士


流通の進んだUDCアースでは店に足を運ばずとも欲しい本を入手できるが俺は自分の目で見て買うのが好きだな
更に言うと電子書籍より紙の本が好きだ

今日の目当ては写真集だ
廃墟の写真が欲しい
話作りの参考になりそうな雰囲気のあるものがいいな
何冊か手に取り
ノスタルジックな廃村の写真集を購入することにする

次は小説コーナーへ
気になっていた作家の新刊も購入したい
ついでに自分の本がちゃんと置いてあるのかも確認する

発表した本がどのくらい売れたか
どんな反響があったのか
すぐに担当から情報が入ってくるが
目の前で自分の本を手に取って貰えるのを見ると少し気恥ずかしくて落ち着かない
勿論嬉しいんだけどな

さてこの後は珈琲でも飲むか



●作家先生、書店を行く
 もしかしたら他世界でも同じ現象が起きているかも知れないが、ひとまずの問題としてこのUDCアースという世界の本屋さんは今『書店離れ』による経営の悪化や、最悪店仕舞いに至ってしまうまでの苦境に立たされているのだった。
 主な原因として挙げられるのは、ネット通信販売サイトの台頭である。お目当ての本を探し回ることもなく、たくさん買っても重い思いをして持ち帰る必要もなく、最短翌日には軒先に届けてくれるというのだから便利も便利というものである。
 もう一つは、またしてもインターネット関連であるが『そもそも本を買わなくなった』という層も増えていることにもある。何しろ、知りたい情報は目の前や掌中にある端末に尋ねれば大体の情報収集が出来てしまうご時世だ。わざわざかさばる紙媒体を一時の調べ物のために購入するのも躊躇われる気持ちも理解はできる。
 その他、特に若年層に本自体は読むけれども今流行りの『電子書籍』に乗り換えたという人々も多く、ざっと挙げるだけでも書店を取り巻く苦境は多いことが知れるだろうか。

 そんな背景を踏まえた上で、城島・侑士(怪談文士・f18993)はなお実店舗の書店を好む男であった。前述の通り、流通の進んだここUDCアースではこうしてわざわざ店に足を運ばずとも欲しい本を容易く入手できることは知っている。
(「でも、俺は自分の目で見て買うのが好きだな」)
 更に言うと、電子書籍より紙の本が好きだ。前者の利便性を上回って余りある、紙の本だけが持つ装丁の個性やページをめくる感触、インクの独特の香りなど。
 時に本は『情報媒体』であることを超えて、その存在自体が価値を持つことだってある。故に、いまだ紙の本が人々から完全に背を向けられてしまうということはないのだ。

 さて、お目当ての写真集は最上階にあると知り、意気揚々とエレベーターの方に向かう侑士が実はある界隈では名の知れた作家先生であると書店員たちが知ったら、どんな反応をするだろうか。頻繁にトークライブやサイン会を催す店舗なので、もしかしたら『気付いていた』店員もいたやも知れないが、仕事中とあってはそうそう声も掛けられまい。
 そんな訳で、今日はあくまでも一般のお客様である侑士は写真集が置かれている最上階にやって来た。棚にはひときわ凝った装丁の、お値段もなかなか良さそうな、しかし美しい様々な題材の写真が収められた本たちがずらりと並ぶ。
 花、空、動物、景色、その他色々。人は様々な写真集を求めてこのコーナーにやって来る。そんな中から侑士は、おもむろにモノクロームの色合いが印象的なずっしり重い写真集を手に取った。
(「――廃墟の写真が欲しい。話作りの参考になりそうな、雰囲気のあるものがいいな」)
 丁寧にぺらり、ぺらりとページをめくって中身を吟味する姿は、周囲の客が思わず侑士に目線をちらと向けてしまうほどに様になっていたという。
 一冊棚に戻してはまた別の本を手に取り、吟味することしばし。侑士が購入を決めたのは、ノスタルジックな日本の廃村を集めた写真集であった。

 ――お前が元々居た世界ならば、廃墟など幾らでも見られたろうに。
   ――忘れたのか、目を背けたのか、あるいは逃れられないのか。

「……?」
 何だろう、連れは誰も居ないはずなのに、明らかに自分に向けられたと思しき声が聞こえた気がした。
「疲れてるのかな」
 有難くも妻の愛情は足りている、これは娘からの愛情不足による幻聴だろうか。早々に帰宅して摂取せねばとそっと心に誓う侑士だが、もう一つだけ寄りたい所があった。

 五階の小説が置かれた階に移動すると、ひときわ大きな特設コーナーが目に入る。業界の人間である侑士は、それを近日遂に大賞が決まるとある賞のノミネート作品の山積みだなと理解する。
(「もうそんな時期か……ノミネートされると発表までが落ち着かないんだよな」)
 この賞でこそないが、作品が賞を取ったことがある身の侑士はどこかむずがゆい心地でコーナーの近くをそっと通り過ぎる。お目当てはその隣、今月の新刊の平積みだ。
(「――お、あったあった」)
 それは、スタイリッシュなイラストが表紙を飾る文庫本。上下巻で並べると対になるデザインが小洒落ていて憎らしい。帯に踊る文句は、端的ながら見る人の心を一瞬で掴む。
 以前侑士が雑誌で対談をしたこともある作家の新刊である。上下巻同時発売とはなかなか大々的に打ち出されたものだと感心しつつ、一部ずつ手に取った。
 かの作家とは然程仲が良いとか、普段から交流があるとか、そういう訳ではないが。
 自分とは異なる作風でありながら、どこか根底にある思想めいたものの共感性だとか、そういった要素が今侑士の中で色々と気になる作家の一人であった。
 では早速会計へ、と思いきや、侑士はスススと出版社別に分かれた棚の間へと吸い込まれていく。その中で五十音順に並んだいわゆる『差し』の本たちの背表紙から『磯良・侑士』が著者のものを見出すのは比較的容易かった。下を見れば、最新刊は平積み待遇だ。
 文筆家が本屋に来て『自分の本がちゃんと取り扱われているか確認する』のは、ひとつのあるあるだろう。安堵の息を漏らしたところで、侑士はふと背後に人の気配を感じる。
「と、失礼」
「すみません、取りますね」
 侑士が身をずらしながら会釈で声を掛けた相手は、まだ若い女性であった。もうこれと決めた本があったならば確かに自分は邪魔だったろう、申し訳ないことをした。
(「なッ……なん、だと……!?」)
 女性は何の躊躇いもなく、侑士の本を棚から取り出すとすぐにレジへと向かっていったのだ。まさか目の前で自分の本を買われるとは、これには流石の侑士も目を見開く。
(「だが今のあの本は……俺が書いた中でも相当の……良かったのか、大丈夫か」)
 書いた本人が案ずるのも何ではあるが、女性の性癖のアレソレをほんの少し心配してしまったとか何とか。

 買い求めた写真集と文庫本上下巻、これが今日の戦果。
 侑士は中二階の喫茶店でコーヒーを飲みながら、先程の光景を思い起こしていた。
(「発表した本がどのくらい売れたか、どんな反響があったのか、そういう情報はすぐに担当から聞かされるが……」)
 ずず、と小さな音を立てて啜られる黒い液体は、まだ熱い。
(「ああして、目の前で自分の本を手に取って貰えるのを見ると、こう」)

 ――少し、気恥ずかしくて落ち着かない。

 もちろん、一番大きな感情は『喜び』であり、正直とても嬉しくもある。
 願わくば――俺の紡いだ『世界』が、あの女性に何かしらのものを残しますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミラリア・レリクストゥラ
別世界の…本屋?唄を考えるのも煮詰まってましたし…いいかも。

【POW】

これ…この建物の中、全部が本屋さんなんですか!?(眼を輝かせ)
あ、っと…感動が大きすぎて、初めて学園に到着した時以来の田舎者行動が出てしまいました。
階ごとに分類が…音楽の本!?だいぶ上の階ですね、では昇降機で向かいましょう!

…大体譜面の本か、音楽家への取材雑誌ですね…しかも譜面は唄じゃなくて曲…
唄に取り入れるにしても、旋律の読み方までは翻訳されませんし…あら?

…他のに比べて、随分古ぼけて…音楽の歴史?
案外、こういった物の方が…買って読んでみましょうか。
ああ、気になったフレーズの意味を正確に調べる為に辞書も買わないと♪



●朗々と唄い上げる、そのために
 唐突だが、UDCアースの若者向け小説ジャンル内で今かつてない盛り上がりを見せている『異世界転生モノ』に、皆様はお心当たりがあるだろうか。
 基本的にはUDCアース側の存在が何らかの切っ掛けで落命、ないしは生存したまま『異なる世界』へと基本的には不可逆的に移動させられ、新たな人生を歩むという流れだ。
 そして数こそ少ないが、その逆バージョンも存在する。
 そう、『異世界の存在がUDCアースの世界に転移してくる』内容の物語。何の変哲もない日常の中に、ある日突然見慣れぬ生物の存在が闊歩していたら、どうだろう?

 ――まあ、世界の真実を述べてしまえば『神隠し』なんてどの世界でも平気で起こっているし、猟兵たちに至ってはどの世界に於いても『世界の加護』でどの世界でも違和感なく過ごせるんですけれどもね!

 しかし、それでも割とどうでもいい前置きをしたくなる程度には、高層ビルめいたガラス張りの書店の前に立ち尽くすミラリア・レリクストゥラ(目覚めの唄の尖晶石・f21929)の姿はここUDCアースの日常からは目が覚めるほどにかけ離れていたのだ。
 クリスタリアン――その名の通り『宝石』で構成された身体を持つ種族にして、しかし宝石化している面積は個体ごとに異なる。
 一見普通の人間と変わらぬようにも見える者も多い中で、ミラリアは珍しいとも言える『全身が宝石体』をしたクリスタリアンの少女であった。
 身体はレッドスピネル、瞳はホワイトオパール。生きるために食事も呼吸も必要とせず、鉱石らしく大地から放たれるエネルギーを吸収して糧とする。
 声を発する、という行為は『身体全体を震わせて』行うという。日常生活には何ら支障なく、むしろ発せられる歌声――ミラリアが得意とするのはより情緒溢れる『唄』のカテゴリとなるのだが――は、かつてその力を悪用せんと自由を奪われるという悲劇に見舞われたことさえあった程だ。

 そう、此度のミラリアのお目当ては『唄』に関する『世界』を広げてくれる本たち。
(「別世界の……本屋? 唄を考えるのも煮詰まってましたし……」)
 いいかも、とたまたま目に留まったこの依頼を引き受けてみたところ、転移を受けてすぐ顔を上げれば、そびえ立つのは驚くほど大きな本屋の建物だ。
「これ……この建物の中、全部が本屋さんなんですか!?」
 ぱああと不思議な煌めきを見せるオパールの眼を目一杯輝かせ、両手を組むと感極まった声を発してしまうミラリア。すぐにハッと気を取り直して、咳払いの仕草で誤魔化す。
(「あ、っと……感動が大きすぎて、初めて学園に到着した時以来の田舎者行動が出てしまいました」)
 わかりみが深すぎるムーブである。魔法学園や地下迷宮のスケールの大きさも大概だが、一般的に『本屋』と聞かされて向かってみた所にどデカいビルがそびえ立っていては、誰だって驚く。
(「アルダワの本屋さんと言えば、学園併設のものだったり、ジャンルごとに店が分かれていたりで……こんな風に一つのところにまとまってはいませんでしたし」)
 故郷の本屋事情に思いを馳せつついざ入店である。しかし、一つの建物で何でも揃ってしまうとは、分類はどうなっているのだろうと店内に掲示されている案内板を見る。
「階ごとに分類が……ふむふむ、ここが一階で……えっ!? 音楽の本!?」
 ご丁寧に現在地の一階から順に下からフロアガイドを確認していたミラリアは、最上階でもある八階にその赤い指を沿わせた時、遂に『映画・演劇・音楽』というカテゴリを見つけて思わず歓声めいた声を上げてしまう。
「だいぶ上の階ですね、では昇降機で向かいましょう!」
 律儀にエスカレーターで一階一階上るには、いささか遠い階だ。迷わずエレベーターを使用することに決めたミラリアは、この建物の『昇降機』が自分が知るそれとはだいぶ違って、蒸気を派手に吐き出すこともなければガッションガッシャン音を立てることもなく、とても静かで何だか逆に落ち着かない思いをしたとかしなかったとか。

(「ふぅ……何だか、とても長い時間を過ごした気がします」)
 お目当ての最上階に到着したは良いものの、無駄に緊張してしまったためか本を探す前からもう疲弊してしまったような心持ちのミラリアは、しかしそんな己に活を入れる。
「いえいえ、ここがスタートです! 確か、マップでは向こうに音楽関係の本が……」
 ふる、と一度首を振れば、尖晶石の長い髪がきらきら揺れる。靴音も軽やかに、いざ向かうは音楽の本が集められた棚である。
 見たところ数列分は占有しているようで、そこそこの品揃えは期待できそうだった。数冊手に取って確認したミラリアは、購入候補の本をまだ見つけられずにいた。
(「……大体譜面の本か、音楽家への取材雑誌ですね……」)
 しかも譜面の方は『唄』ではなく『曲』であり、残念ながらジャンルが違う。
「唄に取り入れるにしても、旋律の読み方までは翻訳されませんし……」
 すわ、これは折角来たのに無駄足か。そう思われた、その時だった。
「……あら?」
 手入れが行き届いているのか、全体的に小綺麗に整然と並べられた本たちの中に混ざるその古ぼけた本は、ある種異質な存在にも思えた。
 思わずその本に手を伸ばしたミラリアは、色褪せた想定のハードカバーを開いて中身に目を通し、知らず口にする。
「……音楽の、歴史?」
 それは、正直なところミラリアの当初の目的とは遠い内容のものではあったけれど、不思議な縁のようなものをもまた感じていた。
「案外、こういった物の方が……買って読んでみましょうか」
 恐らくこの本は、今を逃せばもう二度と『逢えない』。直感のような感覚のままに、ミラリアは古ぼけた歴史書を購入することにした。
「ああ、気になったフレーズの意味を正確に調べる為に、辞書も買わないと♪」
 一度買う本が決まれば、途端に気分が盛り上がってくるというもの。最初こそ難航したが、最終的にはあれもこれもとお買い上げになったミラリアさんでした。

成功 🔵​🔵​🔴​

満月・双葉

僕としては紙の本の方がありがたい
さて、片っ端から見て回るとしましょうか
何かが起きたらまぁ、その時に考えるとしましょう

ふむ、たまにはスピリチュアルな物でも……
いや、闇医者としてこの辺りは興味があったり
胎内記憶とやら。
うん、『ものすごく狭かった』って記憶はあって
……あれ、でもそれ以外になんとなく『とても辛い』何かがあったような

……何だったかな。
(ヤ メ テ)
……ま、いいや。
この際ですから医学書的なのを読んで楽しみましょう
何分買って読むには高いですからねぇ
やはり知識がなくてはどうにもなりませんよ
鈍器に良さそう……なぜそういう発想になる僕

医学書や胎内記憶の本などを積み上げ、暫し読書に耽ける



●それは知るはずのない世界
 満月・双葉(神出鬼没な星のカケラ・f01681)には、電子機器を手にするとそれをほとんどの例外なく爆発させてしまうという謎の体質(としか表現しようがなかった)を持つ。
 故に、やれ時代は電子書籍だ何だと言われても、それは双葉にとっては無縁のことで。
「――ええ、僕としては紙の本の方がありがたい」
 業界全体が苦境に喘ぐ中、今なお頑張ってくれている眼前の書店には感謝するばかりだと思うのだった。

 店内に入ると、ジャンルを問わず話題書が集められている特設コーナーがまず目に入った。ああ、良く出来た導線だと双葉は表情一つ変えずに、内心で感心する。
 せっかくだから今どんな本が世間では流行っているのか見てみるか、ということで、そのまま近付いて品揃えを眺めてみる。ざっと見たところ、ビジネス書や自己啓発、美容と健康、流行りの漫画の最新刊といった所だろうか。
 本のタイトルや帯を眺めているだけでも充分楽しめたが、一方で『悩みを抱えてこういった本を買い求める人がそれだけ多いということか』と思うと、他人事ながら少し遠い目になる双葉。救われたいと願わなければ、差し伸べられる手なんか取りはしないのだから。
 美容や健康については、幸いまだ若い双葉は縁遠い。健康を維持するための体操の本などシリーズ化されているようだが、どちらかと言えば高齢者向けなのだろう。
 ふんふん、なるほどと一通り目は通したが、購入にまでは至らない。コーナーを離れてさて何処へ向かおうかと思った双葉の前には、案内板と、二階に上がるものと地下一階に下りるものとそれぞれ一つずつの階段があった。

 地下一階:婦人・実用、家庭医学、趣味・娯楽・スポーツ。
 (中略)
 地上四階:哲学、宗教、歴史・地理、古典(日本・中国)、詩・俳句・短歌。
 (中略)
 地上六階:出産・育児、児童書、学習参考書、語学、辞書・辞典、文学評論。

「……ふむ、たまにはスピリチュアルな物でもと思いましたが」
 フロアガイドを見る限り、地下はまず求める物は見つからなさそうだと早々に判断し、上階へと向かう階段を見る双葉。さて、何階へと向かうかだ。直球でスピリチュアルと言えば四階が当たりだろうが、どうにも六階の――特に『出産・育児』から目が離せないのはどうしたことか。
 双葉はひとつ息を吐き、少々長い階段上りを決意する。
「さて、片っ端から見て回るとしましょうか」
 予知で仄めかされた『何か』が起きたら、まぁその時に考えることとしよう。

 少しばかり疲労を感じる域に達したあたりで、目的地である六階に到着した。フロアにはやはりと言うべきか小さな子供を連れた母親や中高生らしき学生の姿が多い。
 双葉もまだ年頃の娘であり、充分学生の身分を装い場の雰囲気に溶け込むこともできたのだが、敢えてそれをすることはなかった。
(「闇医者として、この辺りは興味があったりするんですよ」)
 そう思いながら目指した出産や育児に関する書籍の棚は――ちょっとさみしくなる程に狭かったけれど、必要最低限の内容は揃えられていたので双葉はひと安心だ。
 だが、世の妊産婦の皆様的に『闇医者』とかいう物騒な存在から興味を持たれるというのはどうなのだろうかという不安も残るが、双葉はそれ以前に猟兵だ、悪いことはしないはず。きっと。多分。メイビー。
 それはさて置き、双葉がしばし探してようやく見つけて手に取った本は『胎内記憶』という事象について書かれたものであった。

 ――赤ちゃんは、母親のお腹の中にいる時のことを、覚えている。

 ざっくり説明すると、そういう説だ。子供たちが『自分が生まれる前の記憶を持っている』と母親に告げるケースが多々取り上げられ、専門的に研究をする医師もいる程だ。
 内容は当然ながら大人向けの、半ば研究論文に近い文章ではあったが、それでも何とか双葉は読み進めていく。
 さて。ならば己はどうだっただろうか。『胎内記憶』とやらはあったのだろうか。
(「うん。『ものすごく狭かった』って記憶はあって」)
 本来ならば、三歳前後を境に失われてしまうとされる『胎内記憶』を、驚いたことに双葉はいまだにおぼろげながら持ち続けているのだ。
(「……あれ、でもそれ以外になんとなく」)

 ああ、『とても辛い』何かがあったような。
 ……何だったかな。

 ――ヤ メ テ。

(「……っ!!」)
 ばさり。明らかに不快なノイズと共に一瞬聞こえた不気味な声に、双葉が思わず本を取り落としてしまう。額に手を当てて不快感に奥歯を噛んでいると、すぐ横で育児の本を探していた優しそうな女性が、すぐに大丈夫ですかと声を掛けつつ双葉の肩を支えてくれた。
「すみません、ありがとうございます。少し、目眩がしただけですので」
「そうですか、なら良かった。中二階にはカフェもあるし、無理なさらないで」
 女性の親切に感謝しつつ、乱れた平積みの本を直して、読んでいた本も戻す。
 あの声は一体何だったのだろう? まるで自分の思考に緊急時の非常ブレーキめいたものがかかったような、しかしならば何故あんなにも不快だったのか。

「……ま、いいや」
 双葉は切り替えが非常に早かった。これくらいの方が人間生きやすいから良いことだ。恐らく『胎内記憶』についての本はここにしかないだろう、それ以外の医学関連の書籍はもう一つ上の七階に集められているという。
「この際ですから、医学書的なのを読んで楽しみましょう」
 何分、買って読むには高いですからねぇとぼやく双葉の言はまさにその通りで、医学のみならず専門の学術書というのは数千円なら安い部類。一万円出してお釣りが来れば上等という世界であったりもする。
 だが、それだけの価値がそれらの本には詰め込まれているのだ。どんな世界もその技術は日進月歩で進化していく、常にインプットと学習を行わなければならないのは闇医者とて同じこと。
「やはり知識がなくてはどうにもなりませんよ」
 そう言いながら、めぼしい関連書籍を数冊平積みの本のさらに上に積み上げて、一冊ずつ目を通し始める。そう――立ち読みだ! 買うと高いからね!
(「うーんこの重さ、鈍器に良さそう……」)
 ずっしりとした感覚に、真っ先に浮かんだ感想がこれである。我ながらなぜそういう発想になるのかと己にツッコミを入れつつ、双葉はしばし知識吸収の時を過ごしたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

氏家・禄郎


ボーっとしていたら、暇人呼ばわりされそうだし
そうだ本屋へ行こう!

さてと、仕事で本を探すとなると……これ、経費で落ちるよね?
こういう時は学術書を買うに限るんだ。
例えば、心理学や人文学、現代兵器についての研究関係も探すのもいいね

おっと……忘れていた
もう一つ
この世界にあるか分からないが
「和服少女 図書館 学生」で検索
何をだって?
決まっているさ、ビニールに包まれし大人の本と大人ビデオだ。

目標の物を集めれば、学術書の中にさりげなく大人ジャンルを混ぜて、会計。
カフェでゆっくりと検分しよう。



●この本は経費で落ちるのか否か
 今回の事件の切っ掛けとなる場所とされたこの大きな書店は、これまた都会の真ん中にあるターミナル駅のすぐそばに建っている。故に、様々な客が訪れるが、統計を取れば恐らく成人の男女――いわゆるサラリーマンというカテゴリの人々が一番の構成比を占めるだろう。
 それ故か、齢28にして仕立ては立派なシャツとスラックスに身を包んだ氏家・禄郎(探偵屋・f22632)がその書店に足を踏み入れても、何の違和感もなかったどころか、それはもうとても良く馴染んでいたという。
 かの小生意気な新人グリモア持ちの小娘から、目が合っただけで暇人呼ばわりされても堪らない。そうだ、本屋、行こう。の心意気ひとつでやって来たが、さて。

「仕事で本を探すとなると……これ、経費で落ちるよね?」
 特にこれと言って欲しい本がある訳でもなかった禄郎は、やや思案した後、おもむろにカメラ目線で買った本の支払いについてを尋ねた。いや、これは尋ねたというか――事後承諾で何としても落とさせる心積もりに違いない。汚い、大人って汚い。
 禄郎はフロアガイドに書かれた細分化された書籍のカテゴリを見て口の端を上げて笑む。流石大規模専門書店、これは期待ができそうだ――。

「良いことを教えてあげよう、こういう時は学術書を買うに限るんだ」
 普通に買うとめっちゃ高いですからね! あと真面目な話、役に立ちますからね!
 まずは手始めにエスカレーターでひとつ上の二階に上がり、自然科学や機械などの書籍を専門に扱っているフロアを回る。やや奥まったところにあったものだから気付くのに少し遅れてしまったが、現代兵器についての書籍が集められたコーナーに無事たどり着く。
「かの幻朧桜舞う世界にも様々な兵器はあれど、この世界の兵器も色々だね」
 書店と言えば店員の手書きポップが目玉のひとつでもあるが、その中のひとつに
「月刊『ミリマガ』最新号、地下一階雑誌コーナーで絶賛発売中!」
 という、ちょっとテンションの高めなものが混じっていたものだから、禄郎はちょっと微笑ましい気持ちになってしまう。
(「雑誌か、後で寄ってみてもいいかもね」)
 そう思いつつ、主に拳銃についての書籍を数冊見繕った禄郎は次の目的地へと向かった。

 もう二階分上った四階には、先程の自然科学とは対を為すとも言える『人文学』に位置する本たちが禄郎を待っていた。哲学書、宗教、社会学など、範囲は多岐にわたる。
 探偵たるもの、人を知らずして何とするか。この辺りを押さえておくのは当然にして必然であったろう、棚を見て回る禄郎の目もいつになく真剣だ。
「――だが、新書は迂闊に手を出せないな。ここはまさに玉石混交と言うべきか」
 フロアの中でも比較的大きく棚面積を占めている、持ち運びにも手頃なサイズのいわゆる新書と呼ばれるカテゴリの本は、ほぼ毎日のように多数の新刊が出版されては、しばしばその中からベストセラーも生まれてくる。
 だが、今まさに禄郎が言った通り『内容はピンキリ』なのだ。センセーショナルな煽り文句と語り口調で購買意欲をそそるが、果たしてそれは『真実』なのか?
 吟味するのもまた一興かも知れなかったが、時間は有限だ。他にもまだ見たいフロアもある、今回は新書はスルーすることにして、無難な書籍をまた数冊選ぶ。

 さらに上ること少し、七階にやってきた禄郎が目指すは心理学全般の書籍が並ぶ棚である。いくつか既に己の蔵書に含まれているものも見かけたが、それはそれで少しばかり嬉しい。
 人のこころは難しい。こうして学術として理論立てて学ぼうとも、釦を掛け違えてしまうことを完全に避けることはできない。
 ならば何故学ぶのか? 他の学問にも言えるが、少しでも己の可能性を高めるためだ。
 できないことを少しでも減らして、できることを少しでも増やす。それしかない。
 より良き未来、より良き世界のため――。

 ――お前の『世界』は、既に砕け散った。
   ――今の『世界』は、寄せ集めの間に合わせ。
     ――お前の『世界』に、平穏が戻ることは。

「……へぇ」
 キャスケット帽を被った禄郎が少し顔を俯かせれば、途端に目の辺りに陰りが差す。
 表情の見えぬ探偵屋は、微かに響く忌まわしい声を、愉快げな己の声でかき消した。

 興を削がれたような心地だった。一通りお目当ての本は見つけたし、さっさと会計を済ませて(忘れずに領収書を貰って)もう帰ってしまおうか。
 そう思いレジに向かった禄郎の目に、ふとパソコンが――いや、これは『書店内のどこに探している本があるのか』を教えてくれる秘密兵器こと『検索機』だ。
 それを見て禄郎は思い出す。そしておもむろに検索機に向かい、慣れた手つきでキーボードにいくつかの単語を入力した。

『和服少女 図書館 学生』

(「この世界にあるか分からないが……」)
 カチ。マウスクリックにより『検索』と書かれたボタンが押されると、答えはすぐに出た。――検索結果、四件。
(「あった」)
 禄郎さん、内心でだけですが静かにガッツポーズ。ところでこれは一体何ですか?
「決まっているさ、ビニールに包まれし大人の本と大人ビデオだ」
 検索機の結果をそっと消して無かったことにしながら、颯爽とコヲトを翻して示された約束の地へと向かう禄郎の姿は、今日一番活き活きとしていたという――。

「領収書を頼むよ、宛名は空欄で結構」
「かしこまりました」
 一冊一冊ISBNコードとその下のバーコードを読み込んでいく書店員が、真面目な学術書の間から突然ビニ本がこんにちはしても、そこは慣れたものなので顔色一つ変えぬ。
 一旦は自分の懐から支払いを済ませ、重さが心地良い紙袋を提げて禄郎はカフェへと向かう。

 先程の妙な声は気掛かりだが、ある程度は予知されていたことでもある。いずれ対峙することにもなろう。
 それより今は――戦利品の検分だ。存分に楽しもうではないか。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セプリオギナ・ユーラス
書店で医学書を探す。
どの世界にもそれぞれの学問体系があり、医学や呪術もまた多岐にわたる。
それらの知識が容易に入手出来る。ごく効率的な情報収集だと言える。合理的だ。


──いや、正直に言おう
つまり俺は単に書店が、本が好きなのだ。

人間ひとりの人生では決して得ることの出来ない量の知識、データ。あるいは発想、歴史、それらの分析。所謂エセ科学の本ですら、『それらの誤認が存在する』という知識になる。

故に

正六面体は努めて冷静を装い、大量に買い込んだ本をトランクに詰める。二、三冊は出しておく。これは今からカフェで読む分。
「これもわたくしの日常、といえば日常でございますね」
ページを捲りながら、自らに頷いた。



◆正六角形は静かに堪能する
 セプリオギナ・ユーラス(賽は投げられた・f25430)、一見すれば人間のようではあるが、その正体は正六面体の形状を取るブラックタールだ。
 だが、その出自が何であろうか。セプリオギナが今こうして知性あるものとして件の書店の前に立っており、知性あるものがゆえに抱く『知識欲』を満たすために、そして猟兵としてこれから起こるとされる事件に挑むため、まずは本を楽しむ。それで良いではないか。
 書店の自動ドアをくぐったセプリオギナの出で立ちを見た人々は『お医者様が仕事中に本を買いに来たのかしら』などと思ったかも知れない。白衣に眼鏡の装いが、あまりにも似合っていたものだから。
 そんな周囲の視線をものともせずに、セプリオギナは目当ての医学書がどのフロアにあるのかを案内図で確認する。七階。だいぶ上だ。エレベーターを使うのが合理的か。
 待つことしばし、やって来たエレベーターの箱の中に入ると人は何故か口を噤みがちだ。その静寂の中で、セプリオギナは思いを馳せる。
(「どの世界にもそれぞれの学問体系があり、医学や呪術もまた多岐にわたる」)
 時折途中の階で人の乗り降りがあるものだから、道のりはやや遠い。
(「それらの知識が容易に入手出来る。ごく効率的な情報収集だと言える。合理的だ」)

 ――ちーん。七階です。

 エレベーターが遂に目的地へと到達したことを告げ、鉄の扉が開かれる。
 箱から下りて、セプリオギナは眼前に広がる書棚と人々という光景を見る。
(「――いや、正直に言おう」)
 並ぶ本は愛想を振りまくこともないし、他の客は当然目当ての本にしか興味を持たない。
 誰もが好き勝手ばかりをする、退屈な場所かも知れないが、それでも。
(「つまり俺は単に書店が、本が好きなのだ」)
 もしもセプリオギナを図書館に放り込んだとしたら、きっと住み着く勢いで引きこもってしまうのだろう。本が好きな手合いというのは、得てしてそういうものだから。
 医学と一言で言っても、臨床医学の他に看護や介護、精神医学と様々なカテゴリがある。今回セプリオギナは純然たる医師であるからして、臨床医学のコーナーで様々な科の専門書をじっくりと眺める。流石は専門書、一冊読むだけで大変な時間と労力を必要とする内容だ。
 本に金は惜しむまい。一冊数千円の医学書を手に取って、これはと思えば迷わずカゴに入れる。これはいずれ己の血となり肉となり、知識となるのだから。

(「人間ひとりの人生では決して得ることの出来ない量の知識、データ。あるいは発想、歴史、それらの分析」)
 持ち上げればカゴの持ち手が撓みそうなほどに本を入れた。中には明らかに怪しげな煽り文句が躍るインチキ医学系の本も含まれていたが、これは戯れか何かだろうか。
(「所謂エセ科学の本ですら、『それらの誤認が存在する』という知識になる」)
 ああ、誰もこの勤勉にして理知的なる医師の正体が黒き正六面体であろうとは気付くまい! 今まさにレジに向かい、相当な額のお会計をしているこの男が! まあいいか!
 そんな訳で、無事に気持ちの良い買い物をしたセプリオギナは、持参したトランクに大量に買い込んだ本たちを大事そうに詰めていく。
 おや、少しばかり入れ忘れがあるようですが大丈夫ですか?
「ふふ――これは今からカフェで読む分でございます」
 眼鏡の向こうの怜悧な瞳を、少しだけ柔らかく細めて笑んだセプリオギナは、トランクを引きながらカフェへと向かう。

 大きなトランクはカフェのレジ内で預かってもらえたので、セプリオギナは悠々とコーヒーをお伴に早速購入した本を楽しむことができた。
「これもわたくしの日常、といえば日常でございますね」
 ぺらり、と。ページを捲る時のこの音が好きだった。
 紙媒体にしかない、この感触。だから――本が好きなのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

シャオロン・リー


本なぁ、黙って本読んどるガラとちゃうんよなぁ
体動かしてへんと暴れ足らんくなってまう

ま、しゃーない
グルメガイド買うて
カフェで烏龍茶でも飲みながら美味そうな飯屋探そか

(甘味はこれからの季節は桜風味いうんが増えとんなぁ
俺はふつーのが好きやねんけど…そもそも桜風味ってなんなん?
サクランボとはちゃうやんか?なんで桜の味とかみんな知っとるん?この辺のニホンの感覚割とわからへんぞ!)
(中華は抑えときたいねんけど、言うて俺辛いの苦手やからなぁ)
(この店行ってからこの店は遠すぎてあかんなぁ)

ああ、もう頭ん中だけで考えとっても纏まらんくなってきたわ
ペンと付箋買うてこよか
書店なんやし、文具コーナーもあるんやろ?



●ドラゴニアンのグルメ
「本なぁ、黙って本読んどるガラとちゃうんよなぁ」
 転移を受けた先、ズドンとそびえ立つ大きな書店の店先に立ったシャオロン・リー(Reckless Ride Riot・f16759)は、来たは良いがと思わず呟いてしまう。
(「体動かしてへんと暴れ足らんくなってまうわ……」)
 自分がこうしてグリモアベースから転移を受けた、ということは、いずれ『そういう事態』とも遭遇することだとは、分かっていた。シャオロンとてグリモアを持つ身だ。
 それでもやっぱり、自分がこれから書店で慎ましやかに本を読んでお楽しみと行けるかどうかは――むむむと顎に手を当ててしばし悩むも、明確なビジョンが浮かばない。
「ま、しゃーない……まずは何の本があるんか見てみんと始まらんわ」
 そう言ってシャオロンは、意を決するかの如くもう一度書店を睨めつけると、遂に入店の一歩を踏み出したのだった。

 入ってすぐの場所には、ベストセラーやら話題書やらと銘打たれた本が賑やかに陳列されていた。店内も思っていたより明るいし、シャオロンのややアンニュイだった心持ちも少しばかり持ち上がるような気がした。
(「何や、思てたより悪うないかも知れんか……ん?」)
 天井からつり下がる案内板に『旅行ガイド』と書かれているのを見つけたシャオロンは、ピンと閃く。微睡んでいた所から一気に目が覚めたような心地さえした。
「せや、グルメガイド買うて、カフェで烏龍茶でも飲みながら美味そうな飯屋探そか」
 生来の人懐こさをそのまま現すような赤い瞳の煌めきが強まり、やっぱ本屋悪うないやんけと評価を変えて、シャオロンは壁面の旅行ガイドコーナーへと急いだのだった。

 国内、国外とまずは分かれており、今回は当然、国内。
 その中でも地域別なのか、目的別なのかで棚が区切られる。今回は、目的別だ。
 そうして棚を絞り込んでいく作業も苦ではなく、うっかりすると他の本に目を奪われそうにさえなるのだから恐ろしい。
 この近辺でお手軽に楽しめるものが良いだろう、とシャオロンが地名を頼りにあれこれ探していると、一冊の青空に舞う桜が印象的な大判の書籍が目に留まった。
『都内百選! 桜スイーツ大全集』
「……お、おう」
 力強いタイトルに思わず惹かれて、シャオロンはそのまま桜の本を手に取り、パラパラと捲ってみる。見た目から美味しそうで、今もまだ流行っているのかちょっと怪しい『映え』もバッチリなスイーツが所狭しと並んでいる。
(「甘味はこれからの季節は『桜風味』いうんが増えとんなぁ、せやからこんな本も目立つ所に置かれとるんか」)
 俺はふつーのが好きやねんけど……。そう思った時、ふとシャオロンは『考えてはいけないこと』に思い当たってしまった。

 ――そもそも『桜風味』ってなんなん?

 アッ……。そこに気付くとは、やはり天才か……。
(「サクランボとはちゃうやんか? なんで桜の味とかみんな知っとるん?」)
 わかる。お前桜の花弁もっしゃもっしゃ食った訳? とか言いたいですよね。マジレスするなら桜餅の葉っぱの味が『桜風味』に一番近いらしいですよ!
(「この辺のニホンの感覚、割とわからへんぞ!」)
 まあとりあえずこの本売れとるみたいやし買っとこかの精神で、まずは桜スイーツの本を購入することにするシャオロンさんでした。

 一冊買って満足するようなシャオロン兄さんではありません、グルメガイド探しはまだまだ続くよ!
 中華のガイドブックを見つけて「おっ」と反射的に手を伸ばすも、誌面に躍るのは明らかに辛そうな赤い料理の写真ばかり。
(「中華は抑えときたいねんけど、言うて俺辛いの苦手やからなぁ」)
 残念! 辛くない中華料理のガイドを探す旅に出るんだ!!
 他にも良い感じの店舗が掲載されている本を見つけては、惜しい点を発見してしまい泣く泣く棚に戻すという厳選作業が続いたという。
(「この店行ってからこの店は……遠すぎてあかんなぁ」)
 そう、梯子にもルート構築が重要なのである。グルメ道は、中々に険しかった。

「ああ、もう頭ん中だけで考えとっても纏まらんくなってきたわ!」
 きっと今の自分はいわゆる『煮詰まった』状態なのだろう、そうシャオロンは判断した。
 とりあえず、気になる本は全て買うことにして、会計を済ませたら同じ階で見かけた文具売場に行こうとシャオロンは決意した。
(「ペンと付箋買うてこよか、そいでカフェで落ち着いてもっかい考えよ」)

 がんばれシャオロンさん! 楽しい都心グルメのために!!

大成功 🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹


建物全部使った本屋なのかな。どちらにしろこれだけあるのはすごいな。
知りたいことがあればその系統の本を優先して探すところだけど、今回はどうしようか。
和裁はエンパイア育ちもあってできるから、洋裁の基礎あたりの本をまず一冊欲しい。縫い方が違うから針も違うって聞いたからな。
それと長編ファンタジーものと。大人向けってなってるものの方が読みごたえもあるだろうからそれらから選ぶ。
一応作者の創作種族とか実際知らない種族が出てくる物を選ぼうかな。例えばA&Wとまったく同じようなものだと、足を何度か運んでるだけにちょっともったいないし。

紙とペンで一つの世界を作り上げてしまう作者は本当にすごいと思う。



●本を探す楽しみと苦しみと
 猟兵たちは基本的に、書店の外、入口すぐそばに転移を受ける。黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)も例外ではなく、八階建ての大きな書店の姿を真っ先に見上げた。
(「建物全部使った本屋なのかな、どちらにしろこれだけあるのはすごいな」)
 瑞樹はすぐ後に、本当にこの建物全部に本が並べられているということを知って改めて驚愕するのだが、それはまた別のお話。

 さて、書店を訪れる人の動機は様々だ。目的の本がある人が大半として、あるいは時間潰しにふらりと来たという者もいるだろう。今回の瑞樹は強いて言うなら『仕事で来た』という状態なので、さてどうしたものかと思案してしまう。
(「知りたいことがあればその系統の本を優先して探すところだけど、今回はどうしようか」)
 いや、そもそも『何でもある』書店ならば、何がどこにあるのかをまずは把握するべきだろう。そうでないと話が始まらない。
 という訳で、フロアガイドの前にやって来た瑞樹はしばし睨めっこを開始する。
(「和裁……はエンパイア育ちもあってできるから、洋裁の基礎あたりの本をまず一冊欲しい」)
 縫い方も縫う生地も別物なので、針の種類も和裁と洋裁とでは異なるというではないか。
 男性だって裁縫はするが、世間的にはどうしても『婦人・実用』ジャンルに置かれてしまう。そんな洋裁の本は、地下一階にあるらしい。
「地下一階か……それと、もう一つ」
 目線を徐々に上に上げていった瑞樹は五階の『日本文学』と六階の『児童書』とで少しばかり迷いを起こしてしまう。
(「長編ファンタジーものが読みたいんだよな、最近よく見かける『大人向け』ってなってるものの方が読みごたえもあるだろうから」)
 これは瑞樹の勘だが、恐らく自分のお目当ては『児童書』コーナーに置いてありそうだ。まあ、万が一外しても一階下りれば良いだけのこと。
 まずは一階下りるだけの地下へ行って洋裁の基本についての本を探す。
 それから、一階に戻ってエレベーターで六階に行って大人向け児童書を吟味する。
「――よし、行動開始だ」
 予定は組めた。いざ、素敵な本との出会いを求めて――!

 洋裁のコーナーでは、いきなりいささか苦労を強いられた。何しろ、本の種類がしっちゃかめっちゃかなのだ。
 もちろん書店員も日々メンテナンスはしているのだろうけれども、何しろ読んだ客が元の場所ではなく適当な場所に本を戻すものだから、次第に売場が荒れていくのだ。
 運悪くちょうどそんな荒れ地状態の売場にやって来てしまった瑞樹は、それでも根気良く『多分この辺が洋裁の本が集まっていた場所なんじゃないかな』的にあたりをつけて、目を皿のようにしてひたすら探す。
 パッチワークやレジン細工やその他諸々の本が飛び込んでくると、申し訳ないが今探しているのはお前たちじゃないという気持ちでそっと目を逸らし――。
 一時間くらい格闘しただろうか、ようやく『洋裁はじめました』という、ちょっと美味しそうなタイトルの本を見つけ出した瑞樹はこの本を購入することにした。決して『もうこれでいいや』などという妥協ではない。

 最初の本を探すのでもう既に若干ヘロヘロになった感もあるが、そこは瑞樹も猟兵らしく表には出さない。次に目指すのは六階の児童書コーナーだ。
 フロアについたら、何はともあれ『目的のものがあるかどうか』を確認せねばならない。瑞樹は足早に児童書コーナーに向かうと、驚くべき光景を目にした。

 ――今こそ読みたい! 大人の児童文学。

 通路沿いの目立つ場所、いわゆる『エンド』と呼ばれる一等地に、特集が組まれていたのだ。来て良かった、とさえ思ってしまう。
 さあ、どんなお勧めがあるのだろう。瑞樹は早速、ずらりと並ぶ本たちを眺める。
(「一応、作者の創作種族とか実際知らない種族が出てくる物を選ぼうかな」)
 ――例えばだ。瑞樹はアックス&ウィザーズには既に何度か足を運んでいるが、それと全く同じような内容だと、もう実際にその世界を体験してしまっているだけに、ちょっともったいない気がしてしまう。
 その点、全く知らない世界に飛び込んでいけるというのは新鮮さで言えば段違い。物語にも存分に没入できることだろう。

 そんなこんなで洋裁の本と大人向け児童書を数冊購入した瑞樹は、手提げに入った本の重みを感じながら思うのだ。
「紙とペンで一つの世界を作り上げてしまう作者は、本当にすごいと思う」

 ――世界。誰しもが大なり小なり持っているもの。
 あなたのそれは、どんなものですか?

大成功 🔵​🔵​🔵​

ルリララ・ウェイバース
互いを姉妹と認識する四重人格
末妹のルリララ以外序列なし

表に出るのは、頭脳労働担当のルリ
農園(自旅団)でのトマトや芋等の栽培法の情報が欲しいので、農業系、家庭菜園のコーナーを重点的に
今年から始めた甜菜の栽培法も分かれば尚良

『ルリちゃん、飽きた~。他の本も見よ♪』
途中でララが飽き始め
『ルリ姉、すまぬが、ララ姉達と見て回る』
『ええ、そうしてくれると助かるわ』
ララ1人放置は危険なので、オルタナティブ・ダブルでルリと別れる

表の人格はルリララ
ララやリラの意見を纏めつつ、とりあえず、農園の作物で作るメニューを増やすべく料理のコーナーへ
写真が多いので、飽き難いはず
ララが再度飽き始めたら、気の向くまま物色



●のうえんものがたり(嘘は言っていない)
 ルリララ・ウェイバース(スパイラルホーン・f01510)は、四人『姉妹』の人格を一つの身体に同居させる、多重人格者の巫女である。
 主人格とされるのは名を名乗る時にも代表として使われる『ルリララ』であるが、今回書店を訪れるにあたっては姉妹の中でも頭脳労働担当の『ルリ』が表に出ることとなった。
「農作物についての本は……三階ね」
 流石は頭脳担当、フロアマップからの目的物発見も迅速だ。だが、すぐそばのエスカレーターで階段を使わずとも楽に上の階に行けるのは頭では分かっていたが――乗るための一歩を踏み出すのにちょっとだけ難儀したのはここだけの話。

 どうにかこうにか目的の三階に到着すると、お目当ての農業に関する本は壁面の棚に並んでいることが分かった。しかしまたどうして、巫女である皆さんが農業の本を?
「ルリたちの農園でのトマトや芋等の栽培法の情報が欲しいので……」
 なるほど、ご自分の農園をお持ちでしたか! すごい! そのあたりの栽培法なら、品目ごとにガイドブックが出ているので是非手に取ってみて下さいね!
 ふむふむ、とルリが真剣な眼差しで家庭菜園シリーズと銘打たれたあたりをじっくり眺める。とりあえず、このシリーズはなかなかに分かりやすいと判断したのでトマトと芋の本を購入することに決めた。
 もう少し横にずれれば、いよいよ本格的な農業の専門書が置いてある。後でこちらも見てみましょうと思いつつ、次なる目標は『甜菜』の栽培法についての本だ。これだけ専門的な書籍が取り寄せなしで普段から置いてある書店だ、もしかしたらと思ったが、こちらはなかなか見つからない。う~~~んと難しい顔になるルリに、『話しかける』者があった。

『ルリちゃん、飽きた~。他の本も見よ♪』
 無邪気な声で、やや幼げな提案をするのは――ララだ。
『ルリ姉、すまぬが、ララ姉達と見て回る』
 それをあやすようにすかさず面倒を見ようと名乗りを上げたのが――ルリララ。こういう時の【オルタナティブ・ダブル】は非常に便利だ。
『ええ、そうしてくれると助かるわ』
 少し眉をハの字にした笑みで、顕現した『もう一人の自分』――表の人格はルリララにあるようだ――に、お願いねとルリが言う。
 ララを一人で放っておくのは危険なので、ルリララの心遣いはありがたかった。

『他の本も見るったって、何を見たいのさ?』
『別に、なんでもいいよ!』
 ララの他にもう一人、リラという姉も内に秘めた状態でルリララは店内をそぞろ歩きする。何しろ自分一人の意思で勝手に動いては、他の人格の軽視になってしまう。多重人格者はその辺りがとても難しいのだ。
「ルリ姉がせっかく農園のことを考えてくれているのだ……作物自体は任せるとして、それで作るメニューを増やすというのはどうだろう?」
『なるほどな、リラはそれで構わんぞ』
『ララも~! お料理の本、楽しみ♪』
 話が纏まって良かった、ひと安心のルリララは料理の本が一番下の地下一階にあると知り、まさかあの『エレベーター』とやらに乗らないといけないのかとすぐ顔を青くさせる。
『ルリララ、あのエレベーターは目的の階には止まらないそうだぜ』
『さっきの動く階段でいいよ~、早く行こっ』
 え、ええ……いや、わかった……などともそもそ呟きつつ、エスカレーターで三階分下りるという大仕事をこなす羽目になったルリララご一行様でした。

 料理コーナーの種類の豊富さには、ルリララも、リラも、ララも、皆一様に驚いた。
『何だこれは、流行ってるのか?』
「いや、リラ姉、料理は人間と密接な関係にあるからして」
『すっごーい! あっこの本見てみたい!』
 見ているだけでもお腹が空いてくるようなレシピ本の数々に、先程あっという間に飽きてしまったララが今度は全く飽きる気配を見せない。むしろリラやルリララの方が飽きてしまいそうな勢いだ。
『何つうかよ、素材の味を活かしたレシピ集ってのはねーのかな』
「そうだな、リラ姉。こう……『時短レシピ!』とかそういうものばかりだ」
 忙しい都会の人々には、そっち系のレシピの方が有難がられるのだろうか。作物から手作りしているウェイバース姉妹にとっては、少しニーズがズレていたのが残念だ。
『ねえねえ、この本ってどうかなぁ?』
 そこでおもむろにララが提案したのは――『あったか田舎食堂』と銘打たれた本だった。
 ルリララが代表して手に取ると、中にはルリララたちが理想としていたレシピがずらり。

『……買いだな』
「……『買い』で」
『やったあ♪』

 ルリララたちがレシピ本をレジに持っていくのとほぼ同時に、一人真面目な本と向き合っていたルリも購入する本を決めてレジに向かっていた。
「みんな、大丈夫かしら……」
 大丈夫だとは思うけれど、やっぱりちょっぴり、きょうだいが心配なルリさんでした。

成功 🔵​🔵​🔴​

スキアファール・イリャルギ
◎●
本は表紙だけでパッと選んでしまう
普段あまり読まないもので

昔は、帝都桜學府に保護されてた頃はよく読みましたけどね
勉学と――"人間の口"で喋る練習の為

当時は自分の、
"人間"の目口がどれなのか、わからなくなりかけてた
人間の暮らしをしていく為の鍛錬のひとつとして
時々本を買ってもらって、声に出して読んだ
その傍らで勉学を――
被験体の頃と、アリスラビリンスに居た頃の分を

だから声に出して読んでしまう癖と
随筆ばかり選んでしまう癖がまだ抜けない
だって小説は……キャラの台詞……
(※嫌な思い出があるらしい)

とはいえここは他の人も居るし
コーヒーをお供に
静かに音楽聴きながら読みます
……没頭しすぎて声出てたらすみません



●読書と音読の効能
 本に限らず、何かしらの文章を『音読』するという行為は、幼年期の人間のみならずそれをとうに過ぎた大人に対しても様々な良い効果が期待できるという。
 事実、スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)が書店を訪れて最初に見た話題書のコーナーにも『おとなの音読』などと題された本が平積みにされていたものだから、スキアファールは内心で思わず少しばかり安堵してしまった。

 スキアファールには本日、これといったお目当ての本があった訳ではなく。普段から読書に耽る習慣があるかと言えばそうでもなく。
「――普段、あまり読まないもので」
 ふらりと書店に立ち寄ることがあれば、いわゆる『表紙買い』をしてしまう。直感的に、表紙のデザインやキャッチフレーズなどに惹かれるものがあれば、それを運命の出会いと為すのだ。

 いや、正確には『かつてはよく読んでいた』。そんな時代も、スキアファールにはあった。あれは――いつでも桜が舞い散る世界で、己の身柄を『保護』されていた頃。
 自ら書店に足を運んだわけではなく、桜學府の職員が買い与えてくれた本だったが、内容をすっかり覚えてしまってもなお、繰り返し繰り返し、声に出して読んだものだ。
 怪奇人間『影人間』と呼称される存在であるスキアファールの歩んできた道は――率直に言えば、過酷の一言に尽きる。
 一番古い記憶は、被験体として扱われていた幼い自分。その頃と、オウガなる凶悪なオブリビオンに追われる狂気の御伽話の世界で過ごした頃と――どちらがどうとか比較は難しかろう。
 こうも複数の『神隠し』が続くのも珍しいかも知れぬが、色々あってスキアファールは幻朧桜舞う世界の対影朧機関の元で、しばしの安寧を得たのだった。
 そこで出会ったもののなかのひとつが、本である。ここにたどり着くまでに本来享受すべきだった『学ぶ権利』を奪われていたスキアファールのために、桜學府の職員は熱心に勉学について説いてくれたものだ。
 特に読書に力を入れられた理由が、もうひとつあった。
 スキアファールが『人間の口』で喋るための、練習を兼ねていたのだ。

(「ああ、あの頃は――自分の『人間』の目口が『どれ』なのか、わからなくなりかけてた」)
 どんな生物も、使われない器官は徐々に退化していくという。スキアファールが意図して『人間として』目や口を使わなければ、取り返しのつかぬことにもなりかねなかった。
 そこで採用されたのが、『文字を目で見て、口で音読する』ことが同時にできる読書というリハビリテーションだったのだろう。勉学にもなるし、一石二鳥だ。
 人間としての暮らしをしていくための『鍛錬』のひとつではあったが、スキアファールにとってそれは決して義務めいた窮屈さを伴うことはなかった。

 そんな過去を乗り越えて、今こうして一見すれば何ら周りの人々と変わらない、一人の『人間』としてのスキアファール・イリャルギが存在する。
 書店にやって来た他の客同様、何の本を買おうか、ただ純粋に吟味する、一人の客。
 たとえそれが『擬態』に過ぎずとも、それで良い。己が裡に『怪奇』が残るがこそ、『人間』としてのスキアファールの世界は謳歌されるべき存在となるのだ。

 さて、どうせならせっかく見つけた『おとなの音読』を買うべきだろうかとスキアファールは思案する。普段なら音読に向いている(と個人的には思っている)随筆集を好んで選ぶのだが、今回は買った本をすぐカフェで楽しめるというのだから、声に出して読む訳にも行かない。考え方を少し変えなくては。

 ――『駄目だっ、こんな所であきらめるなんて……っ、いやいやいや、やっぱり小説を音読するのは無理ですよぉ! 恥ずかしいです!!』
 ――『何を言っているの、スキアファール! 今のだって照れが入らなければとても良い迫真の台詞回しだったわ。極めれば貴方、役者にだってなれるかも知れないのよ!』

 当時の担当教官が持ってきたいわゆる若者向けの小説、ライトノベルというのだろうか。あの辺りを含めて音読させられた時は……。
(「控えめに言って、地獄だったな……」)
 そんなことを思いながら、しかしちょっぴり懐かしくなって、結局新刊コーナーに置かれていたライトノベルを一冊手に取って、レジに向かってしまうスキアファールさんでした。

 本を声に出して読んでしまう癖と、随筆ばかり選んでしまう癖はいまだ抜けず。
 やむを得ない事情があるとはいえ、それはそれで決して悪いことではない。
 表紙の絵柄が好みという理由もありついつい買ってしまったライトノベルを袋から出し、注文したコーヒーをお供に楽しもうとして――ふと、思い立つ。
「音漏れしないようにボリューム調整して……と」
 両耳にねじ込んだのは、ワイヤレスイヤホン。いつもの古ぼけたヘッドフォンは、現在故あって修理中だ。
 プレイリストから心を落ち着けてくれる系統の音楽を選ぶと、再生して今度こそ優雅な読書のひと時の始まりだ。

 文字を追う人間の目が、きちんと機能している。
 文字を認識したことを証明する口は、今はしばし閉じて。
(「……没頭しすぎて、声出てたらすみません」)
 内心で詫びるスキアファールの口からは、声こそ発せられていなかったが、ちょっぴり唇だけが動いていたという。

大成功 🔵​🔵​🔵​

木常野・都月
◎●

まさか任務で本屋さんに来れるなんて、ラッキーだな。

図書館で図鑑とか眺めるのも楽しいけれど、本読むのも好きだ。

まだ巣立ち前のヒトの子向けの本しか読めないけれど、字を覚えたての俺には丁度いい。

あった、これこれ。

晴れところにより子ブタ!

タイトルのインパクトが凄くて、機会があれば読んでみたかったんだ。

図書館でも人気で、なかなか読めないから、きっと面白い本だ!

本を買って、喫茶店へ。

注文は、ミックスサンドと、カフェオレ!
カフェオレには、少しだけ砂糖足して…

ミックスサンドを食べたら、買った本を開きたい。

本読みながら、ゆっくり飲み物飲むって、ヒトっぽい過ごし方だよな。

俺も…もしかしたら、ヒトに見えるかな?



●汝に問う、汝は何者か
「まさか任務で本屋さんに来れるなんて、ラッキーだな」
 頭の狐耳をご機嫌でピコピコ、木常野・都月(妖狐の精霊術士・f21384)は弾むような足取りで書店の入口をくぐる。
 ヒトの姿を取るようになって間もないころは、この『自動ドア』やら『エスカレーター』やらが本当に苦手だった都月だが、今ではすっかり慣れたものである。
(「図書館で図鑑とか眺めるのも楽しいけれど、本読むのも好きだ」)
 入口すぐそばには今ヒトの間で大流行しているらしい様々な書物が目立つように陳列されているが、都月はそれをチラと一瞥して、すぐ目を逸らしてしまう。
(「まだ巣立ち前のヒトの子向けの本しか俺は読めないけれど、字を覚えたての俺には丁度いい」)
 ビジネス書とか、自己啓発書とか、健康がどうのとか、流行りの本はちょっと敬遠。
 都月は今まさにヒトとしての勉学に励んでいる真っ最中、そこは順序を追って温かく見守るべきだろう。そんな訳なので、都月は児童書があるコーナーに……。

「……ヒトの子が読む本って、一体どこにあるんだ……?」
 何てこった! フロアガイドを見ても、都月が認識している本のカテゴリが『児童書』だということが理解できなければ……意味がない! これは万事休すか!?

「おかあさん、いちばんうえのかいだって!」
「ええ、それじゃあエレベーターに乗って行きましょうね」

 あどけない幼児とその母親らしき人物の声が都月の狐耳に飛び込んできたのは、その時だった。都月の野生の勘が唸る――これは、この親子に着いていけば何とかなる……!
 しれっと親子の背後について、エレベーターの順番待ちをする都月。期待に胸が躍る都月の尻尾は、落ち着きなく左右に揺れていたという。
 ギュッギュとエレベーターの混雑にも負けず、しかし譲り合いの精神も忘れず、やって来ました最上階の八階。先程の親子が真っ先に向かった場所は、ああ――間違いない。ヒトの子供が読む本のコーナーだ!
 都月も早速児童書コーナーに足を踏み入れると、図書館で読んだことのある有名な絵本がいくつか目に留まり、嬉しくなったりする。
 そんな中で、山積みされている絵本たちの中でがくんと極端に冊数が減っている本があった。品出しが間に合っていないのだろうか、単に品薄なのだろうか。
「――あった、これこれ」
 その、残り二冊というギリギリのラインで都月を待っていた絵本の名は『晴れところにより子ブタ』という。都月が今手にしたことで、残り在庫は目視であと一冊。すごい人気のようだ。
 内容は、実の所は都月もよくわかっていない。ただ、タイトルのインパクトが凄くて、機会があれば読んでみたいと思っていたのだ。うーん、タイトル効果って凄い。
 都月はどうやらこの本さえ買えれば充分だったようで、他の本には目もくれずにまっすぐレジへと向かっていく。
「図書館でも人気で、なかなか読めないから、きっと面白い本だ!」
 順番が来て、レジの店員さんが都月から絵本を一旦受け取ると、謎の質問を投げ掛けられた。
「お客さま、こちらご自宅用ですか?」
「……えっ」
「あっ、失礼しました。贈り物ではなくて、ご自宅で読まれるものですか? という意味で……」
「あっ、はい! 俺が読むから『ゴジタクヨウ』です!」
「はい、かしこまりました」
 絵本は贈答品として良くラッピングを頼まれることが多いので、店員の方から確認を取ることも多いのだ。事情を呑み込んだ都月が元気良く自分の分だと返答すれば、店員は思わず笑顔で通常の会計手続きに移った。

 書店のロゴが印刷されたビニール袋の中には、欲しかった絵本。買い物って楽しいものなんだなと喜びを噛み締めながら、都月が向かうのは中二階のカフェだ。
 開放的な店内はどの席に通されても心地良く過ごせそうだったが、中でも都月は階下が良く見える柵際の席に案内された。ちょっと下を見れば、人々が行き交う姿が良く見える。
 わぁ……と感心している間に、気が付けば店員がオーダーは決まったかとやって来た。
「じゃあ……ミックスサンドと、カフェオレ!」
「かしこまりました」
 店員が一礼して厨房にオーダーを届けに行くのを見送って、都月は噂の話題書『晴れところにより子ブタ』を袋から取り出して、まずは表紙をじっと眺める。
 画材はクレヨンだろうか、そんなタッチで描かれたキャラクターたちに読みやすそうな文字が添えられている。
 これは期待できるぞ、という直感と共に早速読み進めようと思ったが、思ったよりも早くミックスサンドが届けられたので、先にそちらをやっつけることにした。
 カフェオレには少しだけ、入れすぎないように気をつけてお砂糖を足して。ミックスサンドをはむりとかじれば、減っていた小腹に染み渡るようだ。これは……美味しい!
 三種類のミックスサンドはあっという間に都月のお腹の中に収まり、カフェオレで口の中を整える。そしていよいよ、絵本の本文とのご対面である。

(「本読みながら、ゆっくり飲み物飲むって、ヒトっぽい過ごし方だよな」)

 自分は妖狐なる種族だ。その気になれば狐そのものにもなれる。だから、厳密には『ヒト』ではないのかも知れない。
 けれども、今の自分はどうか。

「俺も……もしかしたら、ヒトに見えるかな?」
 都月が『ヒト』である世界、または『ヒト』ではない世界。
 そのどちらも、誰が定義するのか。都月は、それを知らねばならない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ケルスティン・フレデリクション
本は好き。新しい知識をくれるから。
本の材質も、古い本の埃っぽい香りも好き。
電子書籍は、私には、よくわからないけど…
でもそれも、本ならば変わらぬだろう。

書店に入ればまずは本を探そう。
今日は…写真集を。
色んな植物が掲載されている写真集を何札か手に取りカフェスペースへ。
紅茶を頼んで、写真集を開く。
見たことのない草、手に届かない場所にある花、数々のきらきらした写真に瞳輝かせながら写真集を読み進める。
聞こえる呪詛の声に顔を上げ
小さく「じゃましないで」と呟き、むーと口尖らして。
ぱたんと写真集閉じて呪詛の声の主を探しくるくる見回して。
本の邪魔したら、おこるもん。めっ。



●読書中は話しかけないで下さい
 ケルスティン・フレデリクション(始まりノオト・f23272)くらいの年頃の少女ならば、本来は誰かしら保護者同伴で訪れるであろうと思われるのだろう。
 だが、ケルスティンは立派な猟兵にしてレディだ。一人で好きな本を探すことくらい、造作もない。
(「本は好き。新しい知識をくれるから」)
 例え本が好きになった理由がネガティブな要素を孕んでいたとしても、結果的にはケルスティンに膨大な知識を与えてくれたのだから結果オーライというものだろう。
 元々ケルスティンが読んでいた本は紙媒体で、しかもどれもが年代物の味のあるもので。
(「本の材質も、古い本の埃っぽい香りも好き」)
 それらは今流行りとされる電子書籍では決して味わえないものである。だが、一概にだからといって否定をする訳でもない。
 本である以上、知識を得る媒体としての役割はきっと変わらない。要は、上手く共存していければ良いのだろうとケルスティンは思う。

 とてとてと、菫色の娘はエレベーターを目指す。今日のレディのお目当ては、最上階の八階にある写真集だ。周りの乗客がみな背の高い大人ばかりなものだから少々難儀したが、どうにかペッと吐き出されるように最上階にまろび出る。
「もう、大変な目にあっちゃった……」
 ぱんぱんとフレアスカートの裾をはたいて乱れた服を整えると、いよいよ写真集が並ぶ壁際の書棚に向かう。最近の流行りは動物なのだろうか、犬や猫をはじめとした様々な動物のカットを集めたらしき写真集が目立つ所に平積みにされている。
 だが、ケルスティンが求める被写体は――植物。花も良し、草木も良し。半分は用語集も兼ねた実用書も含まれていたのでそれも手に取り、めぼしいものはあらかた手にしてレジに向かう。
 レジの店員が合計金額とケルスティンとを一瞬見比べるシーンがあったが、何度でも言うがこの菫色のレディを侮ってもらっては困るのだ。何か問題でも? と言わんばかりに万札を二枚カルトンに乗せれば、いえ何もという体で店員が粛々とお釣りを返す。
 重いのでビニール袋に入れては破れてしまうからと、店員の配慮で二重にした紙袋に買った写真集たちを入れてもらったケルスティンは、ありがとうと会釈をしてから、今度はエレベーターを避けてエスカレーターで一階まで戻ってきた。
 そこから階段を少し上れば、中二階のカフェがある。他の猟兵たちも思い思いに過ごしているのが散見されたが、声を掛けるのも野暮かしらと敢えて一人で席に着く。

 紙袋から取り出した一冊の写真集を、美味しく淹れられた紅茶と共に堪能する。
 見たこともない草、ケルスティンの手ではとても届かない場所にある花、そういった『未知の世界』がページを捲るごとに広がっていく様はとても魅力的であった。
 橙の瞳を輝かせて夢中で写真集を読み耽るケルスティンは今、未知なる草花が咲き乱れる『世界』へと没入している。

 ――どんなに己の都合の良い『世界』へ逃避しようと無駄だ。
   ――いつか夢は覚める、そして現実の『世界』へ元通りだ。
     ――お前の『世界』は、どこまでもお前を囚えて離さない。

「……じゃましないで」

 微かに聞こえてきた呪詛の声、それに怯むどころかむぅと口を尖らせて反駁するケルスティン。ああ、せっかく夢中で本の世界を楽しんでいたのに、ひどいひと!
 興が冷めてしまったか、読んでいた写真集をぱたんと閉じて、ケルスティンは周囲をくるりと見回して忌まわしい声の主を探さんとするも、気配ひとつ感じられない。
「本の邪魔したら、おこるもん」
 ――見つけたら、めっ、しなきゃ。
 密やかにちょっぴり物騒な決意を秘めて、ケルスティンは再び紅茶に口を付けた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『ゲーム大会』

POW   :    真面目にプレイしたり警護をする。

SPD   :    ネタに走ったりイカサマしたり会場を歩き回って調査する。

WIZ   :    会場内の人々の会話や試合ログを分析して情報収集する。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●とてもたいせつなせかいのきき
 ♪ほたるのひかり まどのゆき♪
「……閉店音楽?」
 書店でのひと時を思い思いに楽しんでいた猟兵たちの耳に等しく聞こえてきたその音楽は、暗に店舗の閉店時間を告げるものであると知れた。
 しかし、おかしい。
 書店の窓から見える景色はまだ明るく、店を閉めるにはあまりにも早すぎる。
 にも関わらず、一般人の客たちは素直に次々と店を出るべく出口へと向かうのだ。

 ――おかしい。
 ――これが、怪異の始まりだとでもいうのか。

 猟兵たちは訝しみ、当然誰一人として店を出ようとはしない。
 それぞれがいつ何があっても良いように身支度を整え、油断なく身構える。

『こんにちは ようこそ ここはあなたがたの『せかい』があつまるばしょ』
「「「……っ!?」」」

 男の声だろうか、それにしては無機質が過ぎる。そんな声が、閉店音楽と共に響く。
『はちかい イベントホールにて おまちしています』

 ……一般人の姿は、店員も含めて既にない。
 何かあったとしても、存分に戦えるということでもある。
 とにかく、事態の確認だけでもしなければと、猟兵たちは指定された場所へと向かう。

●ごあんない
 ちょっとしたセミナーやトークショーができるような広さのイベントホールに集められた皆様は、今日購入した本や元々持っていた本を巡っての『ゲーム』に参加させられます。

 ・スタッフを名乗る灰色の影人間はよってたかって皆様の本を奪い取ろうとします。
 ・本を奪われると『まるで自分の半身が奪われたかのような喪失感』に襲われます。なぜならその本は、皆様が大切にしてきた『世界そのもの』だからです。
 ・一度奪われた本が戻ってくるかどうかは、事件が解決するまで分かりません。

 以上を踏まえた上で、行動を選択して下さい。
 1)自らの拠り所である『世界』を守るべくゲームの勝利を目指す。
 その場合はひとつユーベルコードを選択して下さい。純然たるダイス判定で勝敗を決定しますので、お忘れなきようお願い致します。

 2)負けそうな猟兵に手を貸し、助けに入る。
 この場合は1を選択して危機に陥った猟兵の勝率を上げることができますが、その代わりあなたの『世界』はほぼ無防備となります。
 奪われても構わない、さしたる依存もしていないなど、そういう場合はこちらへどうぞ。

 大切な人と過ごす日々や、仕事に精を出す日々、平和な日々、あなたに心の平穏をもたらしてくれるのはそういった普段あまり意識しない『世界』です。
 守れるか、失うか。心に大きな風穴を開けてもなお立っていられるか、失ったものをどう埋め合わせるか。そもそも、立っていられるか。

 皆様の在りようを、どうか見せて下さい。イベントホールでお待ちしています。
永倉・祝

1
『世界』と言うのが『本』を差すのだとするのなら僕はこの『本』を『世界』を奪われるわけにはいきません。
特にここで手に入れた本はきっと僕の…。

もともと僕にとっての世界は本に等しい。
読むことにおいても書くことにおいても…。
だからこそまもりきらねばなりません。

ゲームならばしっかりとルールを理解した上で挑みましょう。
決して油断せず。勝っていても慢心はせず。

UC【其の答えを識るまで、僕は死ぬ事もままならぬ】を使用。



●謎のゲームがもたらすものは
 猟兵たちが呼び寄せられた『イベントホール』は、普段は新刊発売記念のサイン会や講演会などに使われる場所だ。
 だが今は椅子も机も何もなく、代わりに待ち受けるのは得体の知れない灰色の影人間、としか形容しようがない不気味な存在であった。
 これらがどこから、どうやって湧き出たのか。今はそれを問うても詮なきことだろう。
 猟兵たちを生かし、形作る『世界』を象徴する『本』を、まるで鬼ごっこのように追い回した挙句に、奪い取るのが目的だという。
 どこまで『それ』に執着するかは個人差あれど、オブリビオンどもの思うようにはさせられない。
 謎めいて、理不尽で、奇妙な『ゲーム』が幕を開けようとしていた。

●貫く意志よ、気高くあれ
 彼岸花が描かれた表紙の単行本を胸に抱いた永倉・祝が、イベントホールにたどり着く。
(「『世界』と言うのが『本』を指すのだとするのなら」)
 ぎゅう、と本を抱く手に力を込める。
(「僕はこの『本』を――『世界』を奪われるわけにはいきません」)
 決意は強く、常ならば眠たげな瞳を意志の力で鋭くさせる。
(「特に、ここで手に入れた『本』は、きっと僕の……」)
 祝の思考は、一旦そこで遮られた。灰色の影人間たちが、おもむろに声を発したのだ。

『ようこそ、猟兵(イェーガー)』
『だが今この時は、君たちは狩られる側に回ってもらう』
『ルールは簡単、このフロア中を使って追いかけっこをして、十分逃げ切れたらそちらの勝ち。そちらの持つ『本』を我々に奪われたら、そちらの負け』
『ユーベルコードで抵抗しても構わない、ただしこのフロアから離れたら失格だ』

 曲がりなりにもきちんとルールが制定された『ゲーム』なのだと示される。
「……わかりました」
(「決して油断せず。勝っていても慢心はせず」)
 影人間たちの言葉を内心で復唱し、しっかりとルールを理解した上で臨まんと祝は敵対者たちを黒い黒い瞳で見据える。
 何度でも繰り返す、これは絶対に負けられない、大切なものを賭けた戦い。
「僕のこの『本』を賭けて、あなたたちと勝負をしましょう」
 祝の言葉を合図とするかのごとく、灰色の影人間たちが一斉に地を蹴った。

 それなりに広いフロアとはいえ、書架で視界が遮られる上に相手の数が二十人近くいる。
 数の暴力で攻められては、あっという間に敗北を喫してしまうだろう。
 だから初動の祝は敢えてギリギリまで敵の接近を許し、一気に後方へと飛び退ることで敵同士を潰し合うことに成功した。出だしは上々である。
 だが、当然ながらまだ終わってはいない。次々と迫る影人間たちを時に蹴り飛ばし、時に大きく跳躍して頭を踏み台にし、しかし本棚の本には傷を付けないように細心の注意を払って、祝はタイムリミットが来るのをひたすらに待った。

(「もともと僕にとっての『世界』は『本』に等しい。読むことにおいても、書くことにおいても……」)
 どんな局面においても、胸に抱いた彼岸花の本は決して手放さない。それが祝の意志。
「――だからこそ、まもりきらねばなりません」

『……!』
 影人間たちが執拗に食い下がってくる。あと何分だろうか。時計を見る余裕がない。
 本棚と本棚の間という狭い空間でいよいよ挟撃を受け、最早これまでと思われた時。
「あなたたちに問います、何故このようなことをするのですか?」
 ――力ある言葉は、超常の力をももたらす。
 その超常の名を、人は【其の答えを識るまで、僕は死ぬ事もままならぬ】と呼ぶ。祝が懐から取り出した自著の文庫本を慣れた所作で開き、そこから込められた情念が顕現したかのような獣たちをけしかける。
『ぐあっ……! それは、それは……っ』
 情念の獣の牙に貪り喰らわれながら、影人間が言葉を詰まらせる。裏に親玉がいるのだろう、そう迂闊には口を割れまい。
「言えないなら構いません、そのまま獣の餌食になってもらいます」
 祝は最初の決意そのままに、一切の油断なく、容赦なく。
 見事、灰色の影人間たちから、時間いっぱい『本』を守り抜くことに成功した。

成功 🔵​🔵​🔴​

木常野・都月
◎●
行動:2

俺は、今の記憶が始まって、1年位。
妖狐に…猟兵になって8ヶ月目。
まだ守る程の日常じゃない。

それに、じいさんがいたから今があるけど…
本当なら、あの日、熊に襲われて死んでたはず。

野生の狐の生存率はかなり絶望的だから…今の俺の命は、有って無いような物なんだ。

それを考えれば、俺の日常が無くなる程度だろ?

俺は…狐にも妖狐にもなり切れない、中途半端な野生の獣。
喪失感で辛くても、生きる限り生きようとする。
立てなくても這って前に進む。
それが、極普通の野生の在り方だ。

それに…俺の日常が、誰かの役に立つなら、俺のヒトの証みたいで、ちょっと嬉しい。

何かを守る為に必要なら、俺の日常、使って下さい。


セプリオギナ・ユーラス
(……なるほど)
◆ころり。
正六面体は思考する。

わたくしの/俺の
  せかい/世界

それは医学。医者である自分に起因する全てを指すのだろう。ならば、取るべき選択は一つ。
何故なら、

──医師が患者より先に倒れる訳にはいかないからだ。

どんな手を使ってでも『ゲーム』とやらの勝利を目指す。UCでスタッフを呼び出して情報収集を行う。奴らは何をしている?奪った本はどこへ?数だけでもあれば治療が必要な者が出たときにも少しは対処が出来るだろう。

「やってみろ」
姿を転じ、男は白衣を翻す。
「俺から奪えるものなら」
残るのは空虚か、或いはただの──
医者であるはずの男の瞳に、殺意に似た光が宿った。

◆正六面体→敬語
人型→言い捨て



●守られる世界、差し出される世界
(「……なるほど」)
 初戦を勝利で飾った猟兵からもたらされた情報により、他の猟兵たちも事態のおおよその事情は把握することができた。
 正六面体のブラックタールたるセプリオギナ・ユーラスもまた勝負に臨むものの一人。
 ころり。一面分転がり、思考を巡らせる。

『わたくしの』『俺の』
『――せかい』『世界』

 答えはすぐに出た。正六面体はみるみるうちに白衣の医師の姿を取ると、灰色の影人間たちの前に挑むように立つ。
(「それは『医学』」)
 白衣が翻る。思考が冴えていく。己が今、何を為すべきかを正しく理解する。
(「医者である自分に起因する『全て』を指すのだろう」)
 もしも、もしもそれを奪われようならどうなるか。
 ――いや、そのような仮定などそもそも不要。取るべき選択はただ一つ。
 何故なら。

「――医者が、患者より先に倒れる訳にはいかないからだ」

 セプリオギナが、本物の医師であることの証左とも言える言葉であった。
 そして、それはまるで宣戦布告。ほんの少しばかりの睨み合い。灰色の影人間たちはセプリオギナの医学書を奪わんと襲い掛かってくるだろう。
「やってみろ」
 バッと右手を振るえば、動きに合わせて再び白衣が翻る。
「俺から奪えるものなら」
 奪ってみせろ、その時残るのは空虚か、或いはただの――。
『かかれ!!』
 影人間たちが動いた。まずは先鋒だろうか、数名が威力偵察のように迫ってきたが。

「【救急招集(エマージェンシー・コール)】――猫の手よりはマシというものだな」

 ころころ、ころころ。影人間の足元を中心に、正六面体の医療スタッフたちが大量に召喚されたのだ。足を取られてその場に転倒する影人間が数名、それをセプリオギナは冷ややかに一瞥する。
(「どんな手を使ってでも『ゲーム』とやらの勝利を目指す」)
 喚び出した正六面体スタッフたちは、ただ行動阻害のためだけにやって来たのではない。影人間たちから、さらに情報を引き出すためだ。
(「奴らは何をしている? 奪った『本』はどこへ?」)
 幸か不幸か、現時点ではまだ『本』を奪われた猟兵は存在しない。そして中々に口が固い連中であるということも判明した。

「厄介な、――っ!?」
『奪った!!』
 油断したつもりはなかった、ただ乱戦状態となった今のフロアで、この影人間がたまたまセプリオギナの隙を突くことができる位置取りに成功してしまったのだ。
 禍々しい手が伸びて、懐の医学書に指が掛かろうとした、その時だった。

 衝撃音。宙を舞う絵本。
 それを無慈悲にも奪い取る影人間。その傍らで膝を突くのは――木常野・都月だった。
「おい! ……おい!!」
 この妖狐の青年は、自分をかばって『本』を奪われた。それを理解したセプリオギナは、急いで都月の元に駆け寄ると、肩を抱いて必死に声を掛ける。正六面体のスタッフも呼ぶ。
「……良かった」
 都月の顔色は明らかに悪い。それなのに、この青年は『良かった』などと言うのだ。
「……俺は、今の記憶が始まって、一年位。妖狐に……猟兵になって、八ヶ月目」

 まだ、守る程の日常じゃない。

「馬鹿な、日が浅いからと粗末にして良いものでは」
「それに、じいさんがいたから今があるけど……」
 狐の都月は、本当なら、あの日熊に襲われて命を落としていたはずだったのに。
「野生の、狐か」
「……生存率は、かなり絶望的だから……今の俺の命は、有って無いような物なんだ」
 都月の身体から、徐々に力が抜けていく。肉体に傷をつけられた訳でもないのに、この衰弱ぶりは一体何だ!? スタッフ、全力で治療を急げ! 彼は――。

「それを考えれば、俺の日常が無くなる程度だろ?」
「……っ」
 ああ、どうして。そんな悲しいことを、笑顔で言うのだ。
 この青年にも、日が浅いなりに友と過ごしてきた思い出のひとつやふたつあるだろう。
 その中に、奪われたくない大切なものだってあるだろう。

 セプリオギナの腕の中で、いよいよ力を失っていく都月の身体は、妙に軽い気がした。
「俺は……狐にも妖狐にもなり切れない、中途半端な野生の獣」
「もういい、絶対安静だ。これ以上のお喋りは許さんぞ」
「喪失感で、辛くても……生きる限り、生きようとする」
 立てなくても、ならば這ってでも、前に進む。
「それが……ごく普通の野生の在り方だ」
「……」
 この青年は、奪われてなお、生きようとしている。
 患者を治療する上で最も大事なことは何か? 医師の技量も勿論だが、それ以上に必要なのは――患者自身の、生きようとする意志だ。
 都月は弱々しい、しかしいまだ光を失わない瞳で、自分を必死に治療しようとしてくれているセプリオギナを見つめながら告げた。
「それに……俺の日常が、誰かの役に立つなら。俺の『ヒト』の証みたいで」
 ちょっと、嬉しい。そう囁くように言って、都月は意識を失った。

 ――何かを守る為に必要なら、俺の日常、使って下さい。

「……治療を続けろ、後は任せた」
 スタッフに告げるセプリオギナの眼鏡の奥の瞳に、殺意にも似た光が宿る。
 ひとを救う意志を持つ者が、斯様にも凄絶な眼光を宿せるのか。
 守られた己の『世界』、残り時間いっぱい、何としても死守せねばならぬが故に。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

城島・侑士
1


ゲームだと?
ふざけたことを言いやがって
まぁ受けて立とう
負けるつもりはないが
仮に負けたとしても本なんてまた買えば…

…何だ?
この気持ちは…
さっき買ったばかりの本に俺は物凄く執着している
この本はただの資料じゃなかったのか?
だがこれをとられたら俺は俺でなくなる気がする
本の表紙を見ていると出かける前に笑顔で送り出してくれた妻と子供の顔が浮かんで…
奪われる?
本を?
いや本じゃない
もっと大切なものだ
嫌だ
嫌だ
嫌だ
これは俺のものだ
俺だけのものだ!
奪おうとする奴は誰であろうと殺してやる!!

いかん…落ち着け、俺
銃を手にとりゲームに集中する
口の中がカラカラでだいぶ緊張しているが
相手の挙動を冷静に観察し勝機を見出す



●失ってはならないもの
「ゲームだと? ふざけたことを言いやがって」
 穏やかな曲調の閉店音楽さえも疎ましいかのごとく、階段をやや乱暴に踏み上がり指定されたイベントホールへと向かう城島・侑士の苛立ちを隠さない口調は、平時の彼のみを知る者が聞いたら驚いたかも知れない。
 かん、かん、かん、かん。硬質な靴音を響かせてまたひとつ階を上がる。
「……まぁ、受けて立とう。負けるつもりはないが」
 かの文士は、存外に負けず嫌いなのかも知れない。不屈の精神のひとつやふたつ持ち合わせねば、作家稼業で生きていくことなど到底叶わないのかも知れない。
 しかし、その一方で心の片隅にこうも思うのだ。
(「仮に負けたとしても、『本』なんてまた買えば……」)

 ――どくん。

「……何だ?」
 この気持ちは、何だ。胸がちりちりするような――焦燥感と言うべきか。
 提げていた袋の中の写真集や、知人の本のことを思う。
 この本はついぞ先程買ったばかりで、昔から読み込んできた愛読書という訳ではない。
 なのに。
(「さっき買ったばかりの本に、俺は物凄く執着している」)
 これらはただの資料にと買ったもので、己の『世界』を投影するほどの価値はまだ持たないであろうはずなのに。
(「……だが、これをとられたら俺は俺でなくなる気がする」)
 階段の踊り場で立ち止まり、ガサゴソと袋から廃墟の写真集を取り出し、表紙を見る。
 当然ながら、そこには美しい――しかし、空虚こそが支配する、廃墟があった。

 欠落している。大事なものが。打ち捨てられた建築物には、本来人の営みが伴わなければならなかったはずなのだ。
 それを『美しい』と評するものがいる。そういう『感性』がある。
 自分も前向きな興味から欲して求めたはずの廃墟の写真集から、侑士は目が離せない。

 ――あなた、今日はどちらへ?
 愛する妻には、ちょっと仕事で本屋に行ってくるとだけ告げた。
 ――お父さん、何の本買ってくるの? 帰ったら見せてね!
 ――あーあの大きな本屋か、俺も行きたかったな。
 ――えっ、お前本屋とか行くの!? うるせえな!
 可愛い子供たちには、帰ったら買った本を見せると約束した。

(「奪われる? 本を?」)
 いや、奪われるのは『本』ではない。もっと大切なものだ。
(「嫌だ」)
 帰りを楽しみに待っている家族がいる。この『本』を失えば、そんな家族とのひと時が失われる。
(「嫌だ」)
 これは最早ただの『本』ではない。愛する妻と子供たちとの、家に帰った後の幸せなひと時をもたらしてくれる、ひとつの『世界』だ。
(「嫌だ」)
 またこんな本買って、としかめっ面をされるだろうか。知人の本の評価はどうだろう。夕飯時か、もしくは夕食後か。皆でリビングに集まって過ごすことが――できなくなる!
「これは俺のものだ、俺だけのものだ!!」
 だぁん! と、手近な壁を拳で思い切り横殴りにする。菫青色の瞳の色は凄絶な深みでもって、もうすぐたどり着くイベントホールを睨むのだ。
「奪おうとする奴は……誰であろうと殺してやる!!」
 はは――『ゲーム』だなんて生温い。後悔させてやるからな。
 侑士は遂に、イベントホールへと足を踏み入れる。

『待っていたぞ、猟兵』
『ルールは聞いているな?』
(「いかん……落ち着け、俺」)
 灰色の影人間たちはあくまでもお行儀良く『ゲーム』を進行しようとするものだから、闘志を滾らせていた侑士も少しばかりクールダウンを図る。
「……ユーベルコードの使用は許可されていたな?」
 ああ、口の中がカラカラだ。愛用の散弾銃を取る手が僅かながら震えている。
『然様、十分の間『本』を守り切れたら』
 相手は見たところ、数に任せて一気に畳みかけてくる腹づもりらしい。
 十分? いや――『十秒あればいい』。そのまま前口上でも垂れていろ。
 侑士は話を黙って聞いている素振りで、限界まで集中力を高める。視野を広く持て。それが射程範囲だ。

『では、始め――』
「いや、終わりだ」

 それはおもむろに放たれた乱れ撃ちであった。無数の鉛玉が、情け容赦なく灰色の影人間たちを貫いていく。
「【千里眼射ち】――反則ではないよな?」
『……』
 穴だらけになった影人間たちは、まるで紙切れのようにその場にペラペラと落ちていく。
 要するに、勝負とは。やられる前にやってしまえばそれで良いのだ。
 ましてや今の侑士の、絶対に負けられないという意志の強さたるや。
 大切な『世界』を失ったものを眺めて楽しむような輩に、容易く砕けるものではない。

大成功 🔵​🔵​🔵​

スキアファール・イリャルギ
(1)◎●

触るな
躰が強張る

奪われたら私は……
"私"じゃなくなってしまう

――あの日々は辛いことも多かった
目からの情報は酔う
口は呼吸も言葉も滅茶苦茶
耳は聞きたくない言葉すら拾う
何度も被験体にされた記憶が蘇る
毎晩怪奇が蠢いて躰が痛くて、熱くて
呪瘡包帯を制御できず何度も窒息死しかけて
包帯無しでの人間の躰の保ち方がわからず何度も容を崩す

でも
古びたラジオからの音楽や
何度も音読した本が、好きで
ちょっとムカつくこともあったけどあの時間が幸せだった

常識や知識はコピイ・アムド・ペエストでも
正誤や真偽が不明の噂だらけでも

あの"せかい"でやっと"人間"として生きられたのに

来るな
奪わないで
――"人間"を、とらないで!!



●『怪奇』なればこそ『人間』
 八階のイベントホールに続々と集う猟兵たち。それに呼応するかのように、斃された分だけ灰色の影人間たちは『補充』されるように数を揃えてくる。
 あくまで『ゲーム』の体裁を保とうというのか、そう考えれば一応の説明はつく。
 そうしてスキアファール・イリャルギの前にも、多数の影人間たちは立ちはだかるのだ。
 ずらり無味乾燥な異形たちが並ぶ姿には、正直なところスキアファールにとってはさほどの影響を与えない。これらと己と比較するとして、その『怪奇』たるや、むしろ己の方が悍ましかろうから。
 それよりも。それよりもだ。スキアファールはライトノベルが入った小ぶりな書店の袋を胸元に引き寄せるように片手で強く抱きかかえる。
『次はお前が相手か』
『そろそろまっとうな勝ち星を上げねば、我々の立場が危うい』
『ルールは既に聞いているな?』
 口もないくせに、どこから声を発しているのか。『普通』ならば疑問に思うのだろうとスキアファールは頭の片隅でぼんやり思う。口なくして声を発するモノなどいくらでも知っている身としては、些事であった。
 かさ、とビニール袋が軽い音を立てる。頼りない守りだが、あるだけでも随分違う。

「……触るな」

 じりじりと間合いを詰めてくる影人間たちに向けて、牽制の意味合いを込めて。そして心からの願いとして。スキアファールは人間の口をはっきりと動かして、そう言った。
 律儀に逃げ回ってタイムアップを狙うか、超常の力で対峙して蹴散らすか。何にしても、スキアファールは負ける訳には行かなかった。
 強張る躰で思考する。それは間違いなく『人間』の所作だ。影人間たちからは、足が竦んでいるようにでも見えただろうか。油断してくれればそれはそれで有難い。
 今日買ったライトノベルそのものにはまだ然程の思い入れはないが、この本を買うに至った経緯こそが、スキアファールにとっての大切な『世界』。
(「奪われたら、私は……」)

 ――『私』じゃなくなってしまう。

 思い出があった。今のスキアファールを構築するほぼ全てが、そこにあった。
 それは――決して幸せな日々とは呼べるものではなく。むしろ辛いことの方が多く。
(「目からの情報は酔う、口は呼吸も言葉も滅茶苦茶」)
 ただ『人間』であろうとするだけで、斯様な苦痛を伴わねばならないとは。
(「耳は聞きたくない情報すら拾う」)
 だからしばしばヘッドフォンに頼ったし、頼りすぎて今ではしばしば空中分解するが。
 ああ、何度も『被験体』にされた記憶が蘇る。
 毎晩『怪奇』が蠢いて、躰が痛くて、熱くて、呪瘡包帯を制御できず何度も窒息死しかけて――包帯なしでの『人間』の躰の保ち方がわからず、何度も容(かたち)を崩す。

 どうして、そこまでして『人間』たる己にこだわるのか。
 それでも、『怪奇』たる己を手放さないのか。

(「……でも」)
 今のスキアファールに聞こえるのは、古びたラヂオからの郷愁誘う音楽であり。
 ありありと思い出せるのは、何度も音読したたくさんの『本』であり。
(「ちょっとムカつくこともあったけど、あの時間が幸せだった」)

 常識や知識はコピイ・アムド・ペエストでも。
 正誤や真偽が不明の噂だらけでも。
(「あの『せかい』で、やっと『人間』として生きられたのに」)
 ここに至るまで、『人間』になろうとして、何度も塗り重ねた過去。苦しみ抜いて、それでも耐えて、ようやく手にしたものは、大切なんて簡単な言葉では言い表せない。

 影人間たちが地を蹴る気配がした。あまりにも、あまりにも失いがたい『世界』への執着がいまだ躰を強張らせるが、スキアファールは決して無抵抗ではなかった。

「……来るな」
 そう言ったところで本当に止まる相手だとは思っていない、これは意思表示だ。
「奪わないで」
 ぞる、と。スキアファールの纏う気配がほんの少しだけ『変容』した。
『な……っ!?』
 影人間たちは目撃する。スキアファール自身の二つの目と、まるで『身体中に』無数の目があるかのような錯覚を覚える。
(「ああ――これだけたくさんのものを見ては、派手にやってしまうかも知れない」)
 だが、それこそが己を守る超常の力――【Basilisk(アゴニー)】だ。一斉に放たれたのは、精神を蝕む呪いにして、身体を蝕む病にして、癒えることのない瑕。
 灰色の影人間たちは、まるで本物の人間めいた所作でもがき苦しみ、次々と頽れていく。

 ――『人間』を、とらないで!!

 スキアファールがいっそう目線に力を込めれば、残りの影人間たちもあっという間にボロ雑巾のようになって朽ちていく。
 行使する力は紛れもなく『怪奇』のそれではある。
 だが、それにより守られるのは間違いなく『人間』スキアファール・イリャルギ。
 そこに――何の矛盾も存在しない。

 かさ、と。強く抱いた書店の袋が、また微かな音を立てた。
 この本は、ちょっと朗読には向かないけれど――それでも己が『人間』を謳歌するために必要な大切なもので、どうしても譲る訳にはいかなかったものだから。

成功 🔵​🔵​🔴​

ルリララ・ウェイバース

互いを姉妹と認識する四重人格
末妹のルリララ以外序列なし

『説明できないけど、嫌な予感がする本を守って』(ルリ)
『よっしゃ、いくz』
『火気に湿気厳禁だぞ、リラ姉』
「じゃぁ、いっくよ♪」

基本は1だよ♪
全力魔法、属性攻撃込みのエレメンタル・ファンタジアで雷入りの春一番を起こして、影人間を吹っ飛ばすよ♪
出来るだけ、他の猟兵さんの邪魔にならないように動いたり、吹っ飛ばすね
囲まれても、戦闘知識や敵を盾にして避けたり、オーラ防御で頑張るね♪

でも、手に届く範囲に奪われそうな人がいたら、助けに入っちゃうなぁ
(2に変更。優しさや鼓舞や救助活動併用)
『そうなると思ったわよ』



●シルフィード・ダンス
 ルリララ・ウェイバースなる猟兵の中では主人格ルリララを含めた四人の人格が共存し、ひとつの『世界』を共有している。
 多重人格者の中には個々の人格がそれぞれの『世界』を持っている事例もあるが、少なくともルリララたちに於いては四姉妹が共存共栄する仲と言えよう。
 ルリララたちは山野にテントを張り、そこを拠点に農園を運営しようと日々奮闘する。今日手に入れた本も、姉妹のブレインでもあるルリが厳選した作物栽培のノウハウが満載のものであったり、他のコーナーを見たがったララたちが見つけた作物を収穫したあと美味しく食べるためのレシピ本であったり。
 この依頼を無事片付けたら、さっそく農園発展のためにこの『本』を活かそう。
 そんな素敵な未来が、奪われてしまうというのか。

『……説明できないけど、嫌な予感がする』
 本を守って、それは願いか指示か。冷静なルリからの言葉が響く。
 ならば任せろとリラがぱしんとひとつ掌に拳を打ち付ければ気合いを入れる。
『よっしゃ、いくz』
『火気に湿気厳禁だぞ、リラ姉』
『うっ……』
 ――入れた気合いはちょっぴり空振り、ここは書店にて、ルリララの言はまさに正しく。
 地水火風、四姉妹はそれぞれひとつの属性を司る巫女でもある。火を操り司るリラの出番としては、いささか危なっかしいというところであった。
 故に、表に現れた人格は――。

「じゃぁ、いっくよ♪」
 天真爛漫、まさに風の申し子と呼ぶに相応しい、ララであった。
 腕に布を巻き、代わりに脚に巻かれた布が外れているのがその証。灰色の影人間を相手に、まるで『本当に』鬼ごっこを繰り広げてしまいそうな、そんな気配さえ漂う。
『持っている本が多いな』
『奪い甲斐がありそうだ』
『かかれっ!!』
 影人間たちも大漁の予感に勝手に胸を躍らせ、『相手が一人だと思い込んで』包囲陣形を取るように動き出した。
 それを見たララは、悪戯っぽい笑みを見せる。儀仗「ランスタッフ」を高々と掲げ、己が司る風と、雷をも織り込んだ一撃を瞬時にして練り上げる。
「ふっとべーーーー♪ 【エレメンタル・ファンタジア】!!」
 ――ごうっっ!!! イベントホールを吹き荒れる風と雷はまるで書店の外でも観測される春一番のよう。実際はそんな生温いものではなく、風をまともに受けた影人間を電撃でシビビビとさせるおっかないものなのだが。
 ララの言葉通りに次々と吹き飛ばされ、床や壁に叩きつけられ、感電の衝撃ですぐに戦線復帰もできない影人間たちが悔しげに呻く。
「他の猟兵さんの邪魔にならないようにって思ったけど、これなら思いっきり――」
 手応えを感じ、よし! と両の拳を握って意気込むララの言葉が途切れる。
『うおおおおおおお!!!』
 敵の強みは何と言っても物量にある、あらかじめ散開していた影人間たちは、少々ではあったがララの暴風から逃れていよいよ包囲をしようとしていたのだ。
 それに間一髪気付いたララが、あわあわと周りを見回し困惑する――フリをした。
(『ララ姉、タイミングを伝える』)
(「うんっ、お願いね♪」)
 囲んで寄ってたかってアレソレしてしまえばハイ勝利、そう思っていたのだろう。
 そんな影人間たちは――『ララを囲むことしか考えていない』!
(『……今っ!』)
「えーーーいっ!!」
 ルリララの合図は、儀仗を支えにララの、四姉妹の身体を宙に舞い上がらせるため。
『何!?』
『待て、ぶつかる!!』
『ぐあっ……!!』
 いっせいに飛びかかって娘の身体を押さえつけようなどという不埒を企むからこうなるのだ、としか言いようがない。捕らえるべき対象を失った影人間たちは、四方八方からぶつかりあい、阿鼻叫喚の様相を呈していた。

 スタッと心地良い足音を立てて、ララが少し離れた所に着地する。初撃の暴風で片付けた連中と、今の同士討ちで打ちのめした連中。恐らくは、これで全部。
『買った『本』にも、本棚にも、被害がなくて良かったわ』
 状況をいち早く把握して、ルリが呟く。もしもこの場に他の猟兵がいたとして、もっと言えばその猟兵が本を奪われてしまいそうになったとしたら、きっと自分たちは助けに入っていたことだろうと思っていたのだが。
『今んトコ『本』取られたのは一人だけだってな』
『それは、大丈夫だろうか……』
 リラとルリララが自らの挺身で『本』を奪われた猟兵の噂にその身を案ずるが。
「だいじょぶ! これからみんなで、なんとかしよっ♪」
 楽観的であることは、しばしば光となり道を照らす。
 土に埋めた種がいつか芽を出すように、そのひとにも救いがありますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ミラリア・レリクストゥラ
? 何か妙な…ああ、事件の予知があったから来たんでしたね。

【WIZ】

手招き通りに、と言うのは少し怖いですが…ある種囮という事でしたし。
気を引き締めて行きましょう。

って!!いっぱい来ますわね!!?!
しかも私自身じゃなくて【ショルダーバッグ】に!!!
何が目的かわかりませんけど、書きかけの歌詞を見られるのは承服出来ませんよ!!!怒りますよ!!!1もう怒ってます!!!!

でもこの敵、行動妨害はできなさそうですし、生き物でもなさそうですし!!
【彼方へと繋がる希望】で、私自身の動きをブーストして凌ぐしかないじゃないですか!!
……普段味方向けに唄ってるから、どの程度向上するのかわからなくて怖いんですけど!!?


ケルスティン・フレデリクション
音楽と声を聞いて8階に向かうね。…てんいんさんも、いない?…ふしぎ。

ほんは、まもるよ。
みんなのほんを。
自分の本も大事な世界だけど…でも皆の本も、守らなきゃ!
誰かの本が奪われそうなら助けに行くね。
ひかりのまもりで壁を作って守るよ!
自分の写真集が奪われて、心がきゅう、と痛く寂しくなっても、がんばる。
だって、他の誰かが奪われたらこれと同じ痛みを感じることになる。そんなこと、だめだもん
だいじょぶ、ぜったい、たすけるよ!
…苦しくて、泣きたくなる気持ちはイヤ。でも、皆がそうなるのはもっとイヤなの。
辛くても涙を堪えて頑張るね



●失われてなお立つものは
 もしもケルスティン・フレデリクションが『郷愁』という言葉を知っていたのなら、それをもって今まさに書店内に流れる閉店音楽を表現しただろう。
 いや、物心ついた頃から知識の源たる本と共にあったケルスティンならば、あるいは既にそう思っていたかも知れない。
 罠だとはわかっていても、それでもケルスティンは素直に八階を目指す。ついぞ先程まではあれだけ賑わっていた店内が、今は店員一人存在しない不思議な空間と化している。
「……ふしぎ」
 それは、率直な感想だったろう。怪異と言えばネガティブだが、ケルスティンがふわふわした口調で言葉を紡げば、それはたちまち和らぐのだ。

 ケルスティンに遅れること少し、ミラリア・レリクストゥラもまた階段で八階のイベントホールを目指していた。
 まだ全然閉店時間には早いというのに、この様子はおかしい。
 ああでも、そもそもこれはグリモアベースで引き受けた事件の渦中。そう思えば、何らおかしいことはないかと小さく肩を竦めるミラリア。
(「何か妙だとは思いましたが……事件の予知があったから来たんでしたね」)
 だから、この怪異はむしろ予定調和とも言えた。そして、背を向けるわけにも行かない。
「手招き通りに、と言うのは少し怖いですが……」
 本を探す行為、日常を楽しむという行為こそが最高の『囮』であるならば。
「気を引き締めて行きましょ――」
 階段の最後の一段を昇り終えたミラリアの言葉が途切れた理由は、先にイベントホールに到着していたケルスティンの前に立ちはだかる、大量の灰色の影人間を見たからだ。
「って!! いっぱいいますわね!!?」
「いっぱい、いるの……」
 一触即発、振り返ることができないケルスティンがミラリアの驚愕の言葉に返す。ミラリアは急いでケルスティンの隣に駆け寄ると、共に戦わんと煌めくオパールの瞳を鋭く細めて影人間たちを睨む。

『本を、本を!』
『寄越せ……!』

 負けが込んだ相手というのは、だいたい気が立ってくるものであり。勝利を欲する影人間たちの様子は最早手段を選ばないという気配さえ感じさせた。
「し、しかもいっぱい来ますわね!!?」
 殺到する影人間たちの勢いは凄まじく、ミラリアとケルスティンは慌てて左右に飛び退り辛うじて魔の手を逃れるが、これを十分間いなせというのは少々厳しくはないだろうか。
「狙いは私自身じゃなくて『本』が入ったショルダーバッグ……本当の、本気ですわね」
 ミラリアが旅行鞄にそっと触れながら呟く。ミラリアをよってたかって薄い本みたいに――とかいう展開は幸いにも免れたが、『本』を取られるのはそれはそれで困る。いや、むしろそちらの方が恥ずかしいまである。そう思うと、ふつふつと怒りが湧いてきた。
「……何が目的かわかりませんけど、書きかけの歌詞を見られるのは承服出来ませんよ!!!」
 ★ミラリア、キレた――!!! いや、うん、確かにそれは恥ずかしいですね!
「怒りますよ!!! もう怒ってます!!!」
 うーんこれはガン切れ。怒りのままに影人間たちへと立ち向かう!

「ほんは、まもるよ」
「……ケルスティンさん!?」
 ちいさな乙女の身体が、ふわりとミラリアの前に現れる。
(「みんなのほんを」)
 ケルスティンの胸中にあるのは、尊くも悲壮なまでの決意だった。ああ、『みんな』の中に――ケルスティン自身は含まれているのか?
(「自分の本も大事な世界だけど……でも皆の本も、守らなきゃ!」)
 強い意志を湛えた眼差しで、ケルスティンは両手を前に突き出すようにして叫ぶ。
「きらめき、まもって! ――【ひかりのまもり】!!」
 花のような紋様を思わせる美しい光の障壁が展開され、ケルスティンとミラリアを包み込む。猪突猛進で体当たりをしてくる影人間たちを、ことごとく跳ね返す。
「このまま時間いっぱい耐えきれば、勝機はありますわね! 助太刀致しますわ!」
 ミラリアも、元々は一人で挑む羽目に陥った時のことを考えていたのだが、頼もしい仲間が居るならばこの超常を行使しない手はないと踏み、大きく息を吸う。

 ♪いのーちぃの 叫び 伝えられたなら……!!

 その唄の名は、【彼方へと繋がる希望(ミライヘトツヅクミチ)】。高らかに響く歌声を耳にして、共感した者全てに加護をもたらす、力ある歌声。
 その唄の音は、確かにケルスティンに届いた。光の盾はいっそう輝きと強度を増して、影人間の一切の接近を許さない。

 そうして――十分の試合時間が過ぎようとした時だった。
 ――ぱきり。
「「!!?」」
 障壁の展開者であるケルスティンも、唄で支援していたミラリアも、目を見開いた。
 まさか。ここまで頑張ってきたのに!?

 ――ぱり、ん。

 割れてしまうときは呆気なく、ステンドグラスが砕けるように、ケルスティンの光の盾が四散したのだ。
 可憐な少女の腕から、容赦なく奪われていく、買ったばかりの大切な写真集。
「ケルスティンさん!!」
 その場に頽れるケルスティンをとっさに支えて、ミラリアが必死に呼び掛ける。
「だいじょぶ、ぜったい……たすけるよ」
「もう、もう充分私は助けられましたわ!! どうか、お気を確かに」
 ケルスティンの光の盾は、他者を守るが、自分を守ることには今回意識が向けられていなかった。それは決して油断ではなく、ケルスティン自身が望んだことではあるが。
 それが、光の盾を最後の最後に破らせてしまったのだ。

 痛い、いたい、よ。
 心がきゅうって、痛くて、寂しくて――でも、がんばる。
 だって。

「……他の誰かが『本』を奪われたら、『これ』と同じ痛みを感じることになる」
「ケルスティンさん……」
「そんなの……そんなこと、だめだもん」
 ふるふると横に首を振って、それから、ミラリアを見て必死に微笑んでみせる。
(「苦しくて、泣きたくなる気持ちはイヤ。でも、皆がそうなるのはもっとイヤなの」)
 だから、ケルスティンは泣かなかった。涙を堪えて、笑ってみせた。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

満月・双葉

【2を選択】
『人類を愛しているという『幻想』を失う』

何事が起こっているのでしょうか
取り敢えずまぁ、負けてしまうと請け負った仕事に失敗しますんで、協力すべきは協力しましょう
不利になっている猟兵を発見し次第助太刀に入ります
敵の姿が見えない場合などは【野生の勘】を用い『そこに攻撃すべし』と囁く勘に従い攻撃しましょう
虹瞳による【生命力吸収】を【鎧無視攻撃】でもってぶつけつつ、ユーベルコードを発動

ドウシテボクハジンルイニミカタスルノ?
ニンゲンナンテダイッキライデショ?

僕って何故人類が嫌いなんでしたっけ
『世界を広く見よ』って、誰の言葉でしたっけ

喪失感で混乱するものの、仕事はきちんとするという責任感で戦う


シャオロン・リー
◎1
こっから楽しく暴れられる…っちゅーわけにはまだ行かなそうやな
何や、つまらんなぁ
そんでも、俺は戦うで

自分の本を守れ…片手で戦え言うんか
槍使いにけったいな事言いよるわ
ま、勿論そんくらい出来るんやけどな?

…知っとんねん。わかっとんねん。俺の世界は、日常は逃げや
組織が壊滅した時にそこにおることもできんかった、間に合わへんかった俺には
この現実っちゅー世界(逃げ場所)がなかったら後悔しかあらへんのやから
あの日以前の記憶も、あの日以降の後悔も俺の世界
どっちを失くすわけにもいかん
俺の世界には、生き残ってくれたアイツが、ロスがまだおるんやからな

(本を奪われた場合)
槍を取り落し、立ち尽くし喪失に耐えられず号哭



●譲れないものと、譲ってはいけないもの
「こっから楽しく暴れられる……っちゅーわけにはまだ行かなそうやな」
 何や、つまらんなぁ。そう口を尖らせるのはシャオロン・リーだ。強敵との息が詰まりそうな打ち合い――とは縁遠そうな灰色の影人間を眼前に、ため息が出てしまう。
 だが、たかが児戯と侮るなかれ。せっかく選んだグルメガイドを奪われては、その『本』が導いてくれる『世界』そのものを失ってしまうのと同じ。
 それを薄々理解していたシャオロンは、だからこそ決意を新たにするのだ。
「――そんでも、俺は戦うで」
 買った本(と文房具)が入ったビニール袋を小脇に抱えて、愛用の槍を構えて。

「……何事が起こっているのでしょうか」
 満月・双葉もまた『ゲーム』の会場であるイベントホールにたどり着く。その手には、何も持っていない。そう、双葉は『買い物をしていない』のだ。
 これはある意味最強の対策ではなかろうか? 何しろ奪われるものが何もないのだから。少なくとも、今はそう思われた。
 双葉は先客であるシャオロンの姿を見つけると、無言で背中合わせになるよう位置取る。
(「取り敢えずまぁ、負けてしまうと請け負った仕事に失敗しますんで」)
 首を捻って目線を双葉に向けたシャオロンへ、端的に返すのだ。
「――協力すべきは、協力しましょう」
「ハ――! 巻き込まれんよう、気ぃつけえや」
 そうして、ドラゴニアンとオラトリオの、勝利への円舞曲が幕を開けた。

 灰色の影人間もさすがに学習したのか、互いの死角を的確にカバーし合う立ち位置で戦うシャオロンと双葉にがむしゃらに突撃はせず、波状攻撃で突き崩そうと迫る。
(「自分の『本』を守れ……片手で戦え言うんか」)
 グルメガイドが数冊、大判サイズの書籍なので文庫本のように懐に仕舞っておく訳にも行かず、やむを得ず小脇に抱えて片手を封じされる形となってしまっている。
(「槍使いにけったいな事言いよるわ」)
 ぐ、と強く握った愛用の槍の手応えは常と変わらず頼もしい。その頼もしさに任せて、迫る影人間を無造作に三体ほど串刺しにしてやった。
「――ま、勿論そんくらい出来るんやけどな?」
 人竜の青年は、赤眼を悪戯っ子のように光らせて、ニィと笑った。
「槍の石突きで、真っ直ぐ反対側を突いて下さい」
 そこに、双葉の囁くような声が聞こえた。
「なんやて? ……!!」
 突然の言葉に一瞬困惑を隠せなかったシャオロンだが、槍を引き抜くついでに思い切り石突きで『突く』イメージを浮かべながら槍を後方へと引けば、迫ってきていた別の影人間を思い切り吹っ飛ばす。
「……よう、わかったな」
「僕の野生の勘は218です」
「うわ、メタい話しよる!」
 わあわあ言いながらも、順調に影人間を撃破していく二人。双葉が魔眼殺しの眼鏡をずらして敵を見据えれば、虹の瞳が『いっそ死んだ方がいい』と思わせる程の恐怖を与え、影人間をゲームから脱落させる。

 槍を振るいながら、小脇に抱えた『本』の質量を感じながら、シャオロンは思う。
(「……知っとんねん。わかっとんねん。俺の『世界』は、『日常』は――逃げや」)
 小さなヴィラン組織は、世間様から見れば鼻つまみ者だったかも知れないけれど、少なくともシャオロンにとっては大切な拠り所だった。
 自分の中で大きな存在を締めていた組織が壊滅したという時点で、シャオロンの『世界』は大きく損なわれたと言ってもいい。
(「あの時、そこにおることもできんかった。間に合わへんかった俺には、この現実っちゅー『世界(逃げ場所)』がなかったら、後悔しかあらへんのやから」)
 自身を抉られたような心地の中で、それでもどうにか生きてこられたのは、顔を上げて前を向いて『今』を生きることをシャオロン自身が選んだからだ。
 片手だけで槍を振るう。切り裂かれるように消えていく影人間たち。
「『あの日』以前の記憶も、あの日以降の後悔も、俺の『世界』」
 突き刺した影人間を、穂先を振るって打ち捨てる。
「――どっちを失くすわけにもいかん、俺の『世界』には」
 ぶぉんっ!! 頭上で器用に回された槍が、迫る影人間たちをまとめて炎の弾で焼き払う。シャオロンの意思が通った炎は、本に燃え移ることはない。
「生き残ってくれたアイツが、ロスがまだおるんやからな!!」

 ――ああ、せや。奪えるもんなら、奪ってみいや。
 シャオロンの構えに一切の隙はなく、影人間はただ遠巻きにするばかり。

 一方、奪われるべきものを持たぬ者とされたはずの双葉だったが、元々持っていた『本』に手を出されたならばどうだろう。
 本来の双葉であれば、背後を取られようがありとあらゆる鬼畜外道なる手段をもってしても敵を撃滅せしめたやも知れない。
 しかし、考え事でもしていたのか。所持品の古びた一冊の『本』を奪われてしまったのだ。
「……っ」
 身体から、不意に力が抜けそうになるのを必死に堪える。気をしっかり持とうとすると、逆に意識が混濁していくのは、『本』を奪われたからだろうか。

 ――ドウシテボクハジンルイニミカタスルノ?
 ――ニンゲンナンテダイッキライデショ?

「……僕って、何故人類が嫌いなんでしたっけ」
 膝に手をついて、辛うじて倒れ込むのを堪える。
「『世界を広く見よ』って、誰の言葉でしたっけ」
 わからない。ワカラナイ。オモイダセナイ。
「どないした、平気か!?」
 シャオロンの声が遠い。でも、仕事はきちんとしなければ。
 今の双葉を動かすものは、責任感ただ一つ。
 今の双葉をかき乱すものは、喪失感ただ一つ。

 とても、大切な何かを、失ってしまったような気がするのに――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

黒鵺・瑞樹
◎2

持ってる本は先ほど買ったばかりの洋裁の本だけど、これは何であれ作ることが好きなだけだからなぁ。
それに奪われたところで困る世界なんて初めから持ってないし、頼るものもない。
改めて考えれば俺の拠り所って何だろうな。
確かに持ち主という基盤となるものはあるけれど、それ自体が今の俺の世界を作ってるわけではないと思うし。ただ誰かの為になればいいとは思う。
…うん。俺にとっての俺の世界ってのは、俺以外の人達だから。初めから奪われることはない。

手助けって具体的にどうすればいいだろう。とりあえず影人間を何とかすればいいんだろうか?
ゲームの内容自体がわからんしなぁ。物理攻撃で来るならやり返せばいいだけなんだけど。



●誰がために、世界を守るのか
 守るべき『世界』をそもそも持たない者にとって、この『ゲーム』は果たして何の意味を持つのだろう。
 少し出遅れてしまったな、と思いながら階段を昇る黒鵺・瑞樹は、それでも律儀に買い求めた洋裁の本を書店の袋に入れて提げていた。
 もう既に猟兵たちが交戦している気配を感じるのは、瑞樹の鋭い勘によるものだろうか。
「持ってる本は先ほど買ったばかりの洋裁の本だけど、これは何であれ作ることが好きなだけだからなぁ」
 そう、だから奪われても、きっと自分の心にはあまりダメージが及ばないと思うのだ。
(「それに、奪われたところで困る『世界』なんて初めから持ってないし、頼るものもない」)
 待って! そんなさみしいこと言わないで! それはちょっと悲しすぎるぞお!?

 かつん、かつん。階段を昇る足は止まらない。
(「……改めて考えれば、俺の拠り所って何だろうな」)
 瑞樹は突き詰めればナイフという器物を本体とするヤドリガミだ。ただ器物と言っても、適当に百年経過すればハイ肉体が、という訳ではない。それなりに愛されてこその顕現だ。(「確かに、持ち主という基盤となるものはあるけれど、それ自体が今の俺の『世界』を作ってるわけではないと思うし」)
 ヤドリガミとして顕現した以上は、瑞樹はもう独立した一人の人間として生きることとなる。かつての持ち主の生き様をなぞる必要はないのだ。

 かつん、かつん。順調に八階を目指していく。長い思考が導き出した答えがあった。
(「ただ、誰かの為になればいいとは思う」)
 自分がすることで、誰かが救われれば嬉しい。どんなささやかなことでも。
 瑞樹は一度足を止め、階段の先を見上げる。『ゲーム』に臨むにあたって、心は決まった。
「……うん。俺にとっての俺の『世界』ってのは、俺以外の人達だから」
 だから、初めから奪われることはない。

 かつん。八階に到着した瑞樹を待ち受けるものは、灰色の影人間たち。
 他に猟兵の姿はない。もしも抵抗する者がいれば、手助けをしようと思っていたけれど。
「……『本』が、欲しいんだろ?」
 瑞樹が、惜しげもなく『本』を影人間たちへと差し出す。奪い取られるように『本』が手から離れていくと、ほんのりとした喪失感が湧き出てくるようで。
 ――ああ、あの『本』で誰かに洋服を作ってあげたなら、喜んでもらえたかな。
 そんな『世界』の可能性が、奪われた。ああ、だから――さみしいのか。

 けれど、誰かが傷付くよりはよっぽどいい。そうだろう?

成功 🔵​🔵​🔴​

荒谷・つかさ


自分の世界を賭けたゲーム、ね……
UDCらしい悪辣さね、もう慣れたけど。
ま、ここまで来たからにはやるしかないか。

所持する本は先ほど購入したグルメ雑誌
拳一つで影人間を駆逐
必要に応じて【螺旋鬼神拳】発動し一撃粉砕を狙い、仲間をフォローしていく

本を奪われたら、思いっきり渋い顔をするものの普通に戦闘続行
可能なら取り返しに行くがそれに拘らない

……これは、確かに効くわね。
でもね、『たかだか半身』を奪われた程度の痛みならどうという事は無いわ。
……誰よりも、何よりも大事だった妹に二度と逢えないかもという絶望、世界を違えて離別し再会までその喪失感に苦しみ喘いだ七年間!
あれと比べればこの程度、児戯に等しいのよッ!


氏家・禄郎
2)

私がここで自分を守ると思うか?
選択肢は決まっている、他の猟兵を守るぞ
「さあ、行きなさい。君は今、やるべきことを」
事後を託し、そして本を奪われる

「和服女学生、図書館の誘惑」(と学術書等)を奪われることで私の世界が奪われるとはな……なんとも情けない話だが、こういう終わりもありだろう

ああ、世界が消えていく
つまらない書類仕事
命からがらの荒事
面倒くさい宮仕え
少しは楽しい探偵業

消えていく

軍にいた過去、マリー、アガサ

もう思い出せない

……でも、どうして彼女を覚えているのだろう
ある男の生き方に心揺らした少女を

……嫌だ
忘れたくない
失いたくない

帰ってきて、もし、話せるのならば、
その時は
自分に正直になり……た……




 二人の猟兵が、このふざけた『ゲーム』に終止符を打つべく立っていた。
 一人は荒谷・つかさ、グルメ雑誌を携えし羅刹の女性。
 一人は氏家・禄郎、学術書の間に大人の本を隠した探偵屋。
「自分の『世界』を賭けた『ゲーム』ね……」
 UDCらしい悪辣さね、と嘆息ひとつ。もう慣れたけど、と付け加えて。
「――ま、ここまで来たからには、やるしかないか」
 ね、と言外に込めてつかさが禄郎の方を見る。だが、返ってきた反応は意外なもので。「私がここで自分を守ると思うかい? お嬢さん」
 ――選択肢は決まっている。今共に立っている、この猟兵を守る。
「さあ、行きなさい。君は今、やるべきことを」
「ちょっと、あなた――!」
 そこそこの重さの紙袋の中身に、影人間どもは満足するだろうか?
 いや、してくれないと困る。これらの『本』には、本来開かれるべき『世界』が詰まっているのだから。

『不戦勝か、それはそれでつまらないな』
『存分に足掻く様も含めて、楽しみたかったのだが』
「ご期待にそえず済まないが、こういう生き方しか出来ないのでね」
 言葉を交わす余裕さえ。影人間が紙袋の中身を確認すると、おもむろに取り出したのはよりにもよって――。
『和服女学生、図書館の誘惑』
『……』
 影人間には顔などない。よって表情も感情もうかがい知ることなどできない。
 そのはずなのに何故だろう、冷ややかな視線めいたものを感じるのは。
(「ああ、大人の本(と学術書)を奪われることで私の『世界』が奪われるとはな……」)
 目眩がする。自然と膝を突く。そのまま倒れ伏すところを、すんでの所で手を突いて堪える。
(「なんとも情けない話だが、こういう『終わり』もありだろう」)
 つかさが駆け寄ろうとする気配と、それを妨げる影人間だろうか。騒ぎが遠い。

 ――ああ、『世界』が消えていく。
 つまらない書類仕事、命からがらの荒事、面倒くさい宮仕え、少しは楽しい探偵業。
 何気なく消費するばかりだっただけの日々が、今はとても大切なものに思えるのに。
 ――消えていく、無情にも。

 軍にいた過去も、最愛の妻と娘――マリーとアガサ――ああ、もう、思い出せない。
 ぼろぼろと、欠落していくように、記憶が欠片となって失われていくのが分かった。
 ……でも。

(「どうして、『彼女』を覚えているのだろう」)
 禄郎もグリモア猟兵だ、当然予知もする。
 最近数件、扱った案件に参加してはその心を揺らしていった猟兵の少女がいた。
 何故か、そのことだけは今なお覚えている。

(「……嫌だ」)
 物事には執着や頓着をしない男だと思われただろうか。
 床に落ちたキャスケット帽を強く握り、抵抗の意志を示す。
(「忘れたくない。失いたくない」)

 禄郎の『世界』が、いよいよぐらりとひしゃげていく。自分の身体が横に倒れたのが分かった。
(「帰ってきて」)
 もしも、帰ることができたなら。
(「もし、話せるのならば、その時は」)
 ああ、そういえば自分に何か文句が言いたいとか言っていたような気がする。
(「自分に、正直に……なり、た……」)

 ――雪の結晶が、はらりと落ちてきた気がして。
 ――禄郎はそれを、忘れじとばかりにそっと掴んだ。


「……いいわ、やれるだけやってみせる」
 倒れた禄郎を背にかばうように立ち、つかさは拳を握りこむ。
『お前は降参しないのか?』
「まさか、むしろそちらが降参するなら今のうちよ」
 ならば、と集団で迫る影人間たちが間合いに入ったその時だった。
 どぐしゃあっ!!! とものすごい音がして、影人間が数体宙を舞った。
『な……なっ……』
「【螺旋鬼神拳(スパイラル・オウガナックル)】――次は誰がこうなりたいかしら」
 抉り込むように放たれた正拳突きは、超高速かつ大威力でもって、文字通り影人間たちを一撃粉砕してみせたのだ。はらはらと落ちてくる、影人間『だったもの』。
『おのれ、一斉にかかれ! 多少の犠牲はやむを得ん!!』
 文字通り、四方八方から。影人間が飛びかかってくるのに対して、つかさの拳はひとつ。
「! くっ……」
 グルメ雑誌の入った袋が、むしられるように奪われる感触。つかさは思わず人が見たら驚くようなしかめっ面をするが、幸か不幸か見られて困る相手は今は居ない。
 攻撃の手を緩めることなく、叶うことなら『本』を取り戻そうとするが、あっという間に後方の影人間の手へと渡ってしまい、どうやらそれは難しそうだ。
 そしてつかさ自身も、先程の禄郎の昏倒の理由を知る。あのグルメ雑誌があれば開けていた様々な『世界』、それを失ったことによる空虚が、脱力を誘うのだ。
 だが、つかさは。足をしっかりと地につけて、不動であった。
「……これは、確かに効くわね」
 つかさの顔から、完全に表情が消えていた。それが、かえって恐ろしい。
「でもね、『たかだか半身』を奪われた程度の痛みなら、どうという事は無いわ」
『な、何だと……!?』

 既に『喪失』と『痛み』を知る者を前にして、この『ゲーム』はあまりにも――。

「……誰よりも、何よりも大事だった妹に二度と逢えないかもという絶望」
 ざっ。つかさが拳を握ったまま一歩踏み込む。影人間たちが後ずさる。
「世界を違えて離別し、再会までその喪失感に苦しみ喘いだ七年間!」
 ざっ。拳が振りかざされる。影人間たちが、逃げようとして足をもつれさせる。

「『あれ』と比べればこの程度――児戯に等しいのよッ!!!」

 木っ端微塵に粉砕された影人間たちが、はらはらと、宙を舞った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 集団戦 『灰色の軍勢』

POW   :    ときは はやく すぎる
【腕時計】を向けた対象に、【時間の奪取による急激な疲労】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    ひかる ほしは きえる
【触れたものを塵に変える手のひら】による超高速かつ大威力の一撃を放つ。ただし、自身から30cm以内の対象にしか使えない。
WIZ   :    たとえ だれもが のぞんでも
【奪った時間を煙草に変えて吸うこと】により、レベルの二乗mまでの視認している対象を、【老化・劣化をもたらす煙】で攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ふりむくことさえゆるされず
 ぱち、ぱち、ぱち。灰色の影人間たちがすっかり失せたイベントホールに、人間が手を打ち合わせて鳴らす音が響く。
 猟兵たちが音のする方を見れば、そこにはやはり灰色の――しかし、今度は明確に『ひと』の姿を取った男が、揃いも揃って同じ見た目で、ずらりと並んでいた。

『おみごとです いぇーがー』
『ですが せかいをうしなったものも いますね』
『かけたせかいは もうもどりません』

 帽子を目深にかぶった男たちの表情は読めず、淡々と告げる言葉からも何も感じられない。このような怪異のただ中にさえいなければ、何の変哲もないただの男であったろう。
 男たちはさざ波のように、交互に口を開いては猟兵たちに無情な言葉を浴びせるのだ。
 一方の猟兵たちは、己の大切な『本』を奪われその場に崩れ込んだ味方を抱え、何とか意識を引き戻さんと声を掛け、励ましつつ――灰色の男たちに向けて詰問する。
「戯れ言を!」
「首謀者のあなたなら出来るはず、みんなの『世界』を返して!」
 だが、灰色の男たちは揃って首を横に振るばかり。
『かけがえのないものを かけがえのないひとをうしなって それとともにあるみらいも せかいも またうしなわれました』
『それをしってなお たちあがれるか』
『まえをみていられるか なにげない なんのへんてつもないせかいをみいだせるか』
 男たちの声は、驚くほど無機質で感情が伴わず、告げる言葉がひどく冷徹に聞こえる。

『ときは はやく すぎる』
『ひかる ほしは きえる』
『たとえ だれが のぞんでも』

 ――ああ、これこそが『呪詛』。満ち足りた人々から『幸福をもたらしてくれるものとの共存在』を奪い、精神的に殺す。
 なればこそ、『本』を、『世界』を奪われた猟兵たちは、生きる気力からして失ってしまったのだろう。
 どんな超常の存在とはいえ元をただせば人の子だ、心だって折れる。

「く……っ」
「……だめ、まけてなんか、いられないの」
 だが、まるで魂が肉体を凌駕するかのごとく、一度は力尽きたかに思われた猟兵たちが次々と首を振り、健在な猟兵たちの腕を借りて立ち上がる。

「俺たちは、まだあきらめてなんかない」

 ざ、と強く床を踏みしめる者がいた。後に続くものたちも、気付いていた。
 どんなに大事なものがあって、いつかそれが失われるかも知れないとして。
 ならば――『だからこそ、過去に拘泥するのではなく、今をこそ大切に生きるのだ』と。

『……ほう』
 灰色の男たち――『灰色の軍勢』は、影人間とは比べものにならない強さを持つ。
 それは、実際に対峙している猟兵たちが一番よく分かっていることだろう。

 今ある『世界』を守り抜くため。
 失った『世界』を取り戻すことはできなくとも、新たな『世界』を見出すため。
 猟兵たちは、この怪異の黒幕に挑む――!

●ごあんない
 第2章で『本=世界』を守り抜いたか、奪われたかで取れる行動に変化が生じます。
 守り抜いた皆様には行動の制約がありません、どうか心のままに『灰色の軍勢』を蹴散らして下さい。
 奪われた皆様は、『失った世界に対しての思い』と『どのように喪失を乗り越えるか』を教えて下さい。字数が足りなければ、極論戦闘プレイングは不要です。
 意志の強さを拝見して、最大限好意的に解釈して判定をさせて頂きます。
 (例:「くよくよしてもしょうがない、また生きていくために新しい世界を見つけよう」など。あくまで例ですので、PC様の良きようになさって下さいね。)

 プレイング受付期間は、MSページとツイッターとで告知致します。
 ラストバトルです、頑張って参りましょう!
満月・双葉

成る程成る程、胎内記憶
幻想は失われた。最早人類は愛すべきモノではない

…で?
だからなんです?
それでも僕には大切な人がいます
今の居候先の変態、師匠、パパやお兄ちゃん、猫っぽいあの子、桜の人、ニコさん
そう、元々本当は『人類の未来』なんざ僕にとってはどうでもいいものだったんですよ
でもね、大切な人が生きていくために『未来』は必要なモノですから
失ったならしゃーない
失ったものはあげますよ
要らないなら捨てちゃってください
もとの持ち主が必要ならそいつが取り戻しに来るでしょう
まぁ、僕よりそっちの方が怖いですからその時に後悔しても遅いけどな

どの道今僕らが倒すか

ぁ、一応お礼を
気付かせてくれてありがとうな


黒鵺・瑞樹


持っていたと思ってた世界は初めからなかったのかもしれない。
だって俺は人の心を解しきれなくて、つまりそれは人のなりそこないって事だろう?だから自分以外の存在が悲しい思いをしない事、これ以上失わないよう力を尽くす事。それが俺の存在理由。

…そうでも思わないと立ってられない。進めない。

真の姿に。
基本【存在感】を消し【目立たない】様に立ち回る。可能な限り【奇襲】をかけ【暗殺】【マヒ攻撃】を乗せたUC五月雨で攻撃。
敵の攻撃は【第六感】で感知し【見切り】で回避。
回避しきれないものは黒鵺の【武器受け】で受け流し【カウンター】を叩き込む。
それでも喰らってしまうものは【激痛耐性】【オーラ防御】で耐える。



●だれがために、なんのために
 満月・双葉と黒鵺・瑞樹は、奇しくも互いに己の『世界』に然程執着がなく。瑞樹に至っては自ら『本』を差し出すまでであったのだ。
 ならば、何故立ち上がるのか? 戦うのか? そこに、いかなる理由があるのか?

「成る程成る程、胎内記憶。『幻想は失われた』、最早人類は愛すべきモノではない」
 双葉の眼鏡の奥で、虹色の瞳が光った。ついぞ先程まで、胡乱な様子をしていた瞳が。
 それでも一歩、ふらりと覚束ない足元が揺れれば、隣の瑞樹が無造作に片手を拳にしてコツンと双葉の上腕に当てて軽く支えてやる。
 謝意の視線を双葉が送れば、幼げな顔立ちの青年は軽く首を振り、続きを促した。ならばと今度こそ二本の足で床をしかと踏みしめ、双葉は言うのだ。
「……で? だからなんです?」
『いにかいしていない、そういうのですか』
「ええ、それでも僕には大切な人がいます。今の居候先の変態」
『へんたい』
「……そこに反応しなくていいです。それと師匠、パパやお兄ちゃん、猫っぽいあの子、桜の人、懐中時計のお兄さん」
 列挙した人々が次々と脳裏に浮かぶ。その全てが大切で、いとおしいもの。それらはつまり、どういうことかと灰色の軍勢から声が上がる。
『あいして、いるとでも?』
「そう、元々本当は『人類の未来』なんざ、僕にとってはどうでもいいものだったんですよ。でもね」
 魔眼殺しの眼鏡、そのテンプルにそっと手を添える双葉。まだ早いか。様子を見ながら、言葉を紡ぐ。ああ――今日の自分は、らしくもないことばかり。

「大切な人が生きていくために『未来』は必要なモノですから」

 告げる双葉の瞳が、ひときわ強く輝いた。

「……大体、言いたいことは言われた感じかな」
 苦笑いのような、それでも柔らかな表情で、瑞樹もまた己を証明するものたるナイフを構えつつ口を開く。
「持っていたと思ってた『世界』は、初めからなかったのかもしれない」
『あなたからうけとった『せかい』は、かのうせいにみちていましたが』
 慰めではないのだろう、純粋な感想に過ぎない灰色の軍勢の言葉に曖昧な表情で返し、瑞樹もまた己が戦う理由を述べるのだ。
「だって俺は人の心を解しきれなくて、つまりそれは『人のなりそこない』って事だろう?」
 ひとのこころがわからない。じぶんがひとでなしだから。
 なりたちから言えば瑞樹は確かに『ひと』ではないが、そういう問題でもない。
「だから、自分以外の存在が悲しい思いをしない事。これ以上失わないよう力を尽くす事」

 ――それが、俺の存在理由。
 ……そうでも思わないと立ってられない。進めない。

 充分であった。『ひと』を、己自身ではなく、他者をこそ思い、守ろうとする意志。
 それは『ひと』でなければ決して持ち得ぬ心であり、瑞樹は本来、胸を張って良いのだ。

 他者のために戦う。双葉と瑞樹は、今そのためにここに居る。
「こいつらですが、僕がもらってしまっても? 隙があれば、フォローをお願いします」
 眼鏡に手を添えたまま、双葉がそう持ちかければ、瑞樹はひとつ頷くと前を見据えた。
「わかった、じゃあ――こちらも『準備』を」
 その言葉と共に、瑞樹の身体に異変が起こった。カジュアルな冒険者風といった所の衣装が、何か不思議な力に上書きされるようにたちまちサムライエンパイアを思わせる姿に変じていく。
 手にしたナイフは黒い刀身の、両刃の刀へと。それを見遣る瑞樹の顔立ちもまた、少年から、どちらかと言えば端正な顔立ちの女性寄りの中性性へと。

 真の姿へと変じ終えた瑞樹が見たものは、ただ眼鏡を外して敵を見据えただけで、その場に膝を突かせるという超常を起こした双葉の姿だった。
「【冥界の女王の怒り(アンガーオブペルセポネ)】――あなたがたでも、死んだ方がマシと思うものなんですねえ」
『ぐ ……めせん を あわせては いけない』
「そこに気づくとはやはり天才か……お前から死ね」
 余計なことを言った個体のうずくまる身体に容赦ない蹴りを一撃くれてやって床に転がすと、双葉は『視線が合った相手を死ぬより酷い恐怖に叩き込む』ユーベルコードで次の獲物を探す。
(「あの、目深に被った帽子が中々に厄介ですね」)
 皆一様に双葉と目を合わせることを警戒し、視野を狭めてまでじりじりと包囲してくる。
 だが、それがいけなかった。灰色の軍勢は失念していたのだ、もう一人居ることを!
『あああああ!』
『かたな が ……どこから とんで!?』
 双葉の派手な立ち回りに潜み、存在感を消してそっと目立たないように位置取って、隙だらけになった灰色の軍勢の後背を瑞樹が迷わず突いたのだ。
 【五月雨】なる超常は、自身の本体たる器物――瑞樹の場合は黒い刀だ――を己の力量に応じた数だけ複製して、自在に操作する能力。
「痺れるだろう? そのままおしまいだ」
『いいや まだ わたしが』
 敵も伊達に数が多い訳ではないということか、味方を盾にしたかかばわれたか、なお健在な個体が手のひらを向けて打ち込んできたのだ――掌底か!
「ぐ、……っ!!」
 定規一本分の間合いで、高速で放たれる一撃を躱すのは至難の業だ。だから瑞樹は即座に思考を切り替えて、自身でもある今は黒き刀「黒鵺」の刀身に片手を添えて受け流しを狙う。
 手のひらが刀身に触れた瞬間、凄まじい衝撃が走った。折れるかと思った。折れないが。
 痺れる両手に何とか力を込め直し、勇猛果敢な個体を押し返す。帽子が飛ぶ。のけぞった個体が見たものは――双葉の瞳。
『あ ああ ああああああ――』
 もんどりうって苦悶の様相を呈する個体に片足を乗せ、双葉は凄みを効かせるのだ。

「失ったならしゃーない、失ったものはあげますよ」
 要らないなら捨てちゃって下さい、とまで言って。
「もしもそれを元の持ち主が必要とするなら、そいつが取り戻しに来るでしょう」
 下手に動けば、双葉の目線か瑞樹の刀のどちらかの餌食となる。灰色の軍勢たちは、最早身動きひとつ取れずに双葉の言葉を聞くより他になかった。
「まぁ、僕よりそっちの方が怖いですから、その時に後悔しても――遅いけどな」
 ぎろり、と睨みをきかせてみる。ああ、馬鹿なヤツ。また一人犠牲になった。

「……どの道、今僕らが」
「ここで全員倒すか、か」

 これ以上は自分たちが疲弊する、という見極めは大事だ。後に続く猟兵たちもいる、ここは引き上げようという判断をどちらともなく下す双葉と瑞樹。
 瑞樹は既に常の姿に、最早これ以上見せつけるのも惜しいと判断したか。
「ぁ、一応お礼を」
 双葉は灰色の軍勢たちに向けてと分かるように声を上げる。

「――気付かせてくれて、ありがとうな」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ルリララ・ウェイバース

WIZ

互いを姉妹と認識する四重人格
末妹で主人格のルリララ以外序列なし

動けない者を守る様に立ち位置に気を付ける
「生き物は死ぬ。物は壊れる。風景だって変わるよ?ずっと一緒のモノなんてないよ。この世に生まれて死んで、精霊になって、また生まれて、世の中ぐるぐる回っているんだよ」
『ララ姉、このままやってしまえ』
『あの煙には気を気をつけて』
『煙ごと吹き飛ばしちまえ』

毒、呪詛耐性、オーラ防御等で煙に耐えながら、全力魔法、属性攻撃、高速詠唱でエレメンタル・ファンタジア♪
さっきの雷入りの風をもっと鋭くするよ
雷入りの(真空の)竜巻だ~♪

笑顔で送って、笑顔でお迎えで良いよね♪
あ、流れからはみ出ちゃったんだっけ?


氏家・禄郎
何かを握りしめる
冷たい感覚が『思考』を回転させる
そうだ、味わってもらおうかギムレットを

時は過ぎ、光は消える、光陰矢の如しといったところだな
だがね、君達は勘違いしている
君達が奪い取ったのは確かに「世界」だ
けれど、日記帳の書き込まれたページにしか過ぎない

立ち上がる

君達が私から世界を奪い、心を折ろうとしても
私が触れた温もり、血の匂い、鼓膜を震わせた言葉までは消えない
たとえおぼろげでも残っているんだ
残念だったな私の日記帳にはまだ余白が残っている

あとはもう簡単だ、過去を振り返り日記帳を書き直し、そして新たに書けばいい

ギムレットにはまだ早かったかな?
引鉄を引いて終わりとしよう
私は人と会う用事があるんだ



●おわかれしたら、またあおうね
 ルリララ・ウェイバース――現在表に出ている『きょうだい』は三番目の姉・ララである――は、派手に『世界』を奪われて今ようやく片膝立ちの所まで姿勢を持ち直した氏家・禄郎を背にかばうように、凜々しく灰色の軍勢の前へと立ちはだかった。
「生き物は死ぬ。物は壊れる。風景だって変わるよ?」
『ふへんのせかいなどない と いいますか』
 まだ幼く、それ故に無邪気で自信にあふれるララは、末妹ルリララの身体を借りて力強く頷く。たとえ何かを失ったとしても、それもまた自然の摂理のひとつだと。

「ずっと一緒のモノなんてないよ。この世に生まれて死んで、精霊になって、また生まれて――世の中ぐるぐる回っているんだよ」

 迷わず告げるララの言葉は、灰色の軍勢のみならず、禄郎の耳にも届く。
 治まらない目眩が徐々に和らいでいくような感覚は、眼前の少女の『言霊』によるものだろうか。成る程、エキゾチック。民族衣装の少女というのも――。
「……っ」
 ひやり、と掌中で何かが冷気を伴って主張をしたような気がした。慌てて禄郎が手を開くが、そこには何もなく。だが、確かに今の『感覚』は禄郎の思考を――そう、【思考(コーヒーブレイク)】を一気にフル回転させてくれた。
 片膝立ちのまま、片手を床に、もう片手を額に。
(「――そうだ、味わってもらおうか、ギムレットを」)
 別れの杯をくれてやる、それで君達とは――『長いお別れ』だ。

「時は過ぎ、光は消える。『光陰矢の如し』といったところだな」
 ララたちウェイバース姉妹が、首だけで振り返り禄郎の方を見る。無事を確認して、安堵の笑み。だが、当然灰色の軍勢への警戒は怠らぬ。
「――だがね、君達は勘違いしている」
『かんちがい……?』
 身を挺して他の猟兵を守り、自らの『世界』の大半を抉り取られたはずの男が、まるで黄泉がえりを果たしたかのように眼鏡の奥の瞳も鋭く、言葉で迫り来るのだ。
「君達が奪い取ったのは確かに『世界』だ。けれど、日記帳の書き込まれたページにしか過ぎない」
 床に付いた手を支えに、遂に禄郎は立ち上がる。埃を軽く払い、自分を守ってくれていた異国の少女の肩に軽く手を置き謝意を伝える。
「もうだいじょぶ? 戦える? おじさん」
「そこは『お兄さん』でよろしく頼むよ、お嬢さん」
 戦いの気配に、風の少女は無邪気に精霊の気配を纏わせながら禄郎の調子を問えば、軽口が返ってきたからきっともう大丈夫だろう。

 ――ララ姉、このままやってしまえ。
 末妹にして身体の持ち主である、ルリララの檄が飛ぶ。
 ――あの煙には、気をつけて。
 いつも冷静沈着なルリが、油断なく戦法指南をしてくれる。
 ――煙ごと、吹き飛ばしちまえ!
 ああ、この苛烈な炎を思わせる言葉はリラのものに違いない。

「――うんっ!!」
 頼もしき『きょうだい』たちの声援を受けて、ウェイバース姉妹の代表として、風の少女ララは今ここに灰色の軍勢と対峙する!
『とおくからでは けむりが とどきません』
『しかたがありません』
『では へやをけむりでみたしましょう』
 何たる乱暴な作戦だろうか。換気が最低限な室内ということを見越してか、数多いる灰色の男たちが一斉に紫煙をくゆらせ始めたものだからたまらない。
「この……っ!」
 咄嗟にララが儀仗で床を突けば、そこを中心に風の精霊と関わりの深い紋章が浮かび上がり、内側を清浄なる空気で満たしてくれるオーラの防御障壁がドーム状に展開される。
「これでしばらくは平気だよっ♪」
「はは、煙草は慣れているけれど、さすがにこの煙はね……ありがとう」
 紫煙の空間と安全地帯とを隔てる風の護りがいつまで保つか、いずれにせよいつかは反撃に出なければならない。
(「いいかい、お嬢さん。何とか隙を作ってみせよう、機を見計らって一撃を叩き込んで貰えるかな?」)
(「いいよ! お……にいさんも、ムリしないでね!」)
 敵に悟られぬように囁き声で言葉を交わし、反撃の狼煙を上げる。障壁の中から、声を張り上げるのは禄郎だ。

「君達が私から『世界』を奪い、心を折ろうとしても。私が触れた温もり、血の匂い、鼓膜を震わせた言葉までは消えない」
『……ほう』
『うしなわれたのは あくまで にっきちょう だと?』
 禄郎は答えない。代わりに言葉を続ける。
「たとえおぼろげでも残っているんだ――残念だったな」
 口の端をニィと上げて、探偵屋は自身の勝利を確信するように胸に手を当てる。
「私の日記帳には、まだ余白が残っている」

 奪われた『世界』が、誰かと、何かと共にある『存在可能性』だというのなら。
 ならばせめて、己が心象風景の中でそれを再現することは叶わないだろうか?
 それは決して偽りでも気慰めでもなく、新たなる『世界』の再構築に他ならない。

(「あとはもう簡単だ、過去を振り返り日記帳を書き直し、そして新たに書いていけばいい」)

『ふきとばそうと いうのですか うわがきしようと……』
「今だねっ♪ いっくよー!!」
 灰色の軍勢に動揺が見られ、立ち込める紫煙が薄らいだ一瞬の隙を、聡いララは見逃さなかった。
 儀仗「ランスタッフ」をくるりと一回転、ビシッとオブリビオンどもに向けて突き付けて、強く念じる。風よ、そして雷よ、唸りて渦巻きかの敵を討てと――!
「【エレメンタル・ファンタジア】――真空の竜巻に耐えられるかなっ!?」
『……っ!!』
『あぐっ……』
 耐えられる道理もなく、頼みの紫煙を引き剥がされ、荒れ狂う雷の竜巻に切り裂かれ、灰色の軍勢たちがまた数を減らしていく。
「笑顔で送って、笑顔でお迎えで良いよね♪」
 ――あ、流れからはみ出ちゃったんだっけ?
 ならば、元来た骸の海に戻るだけ。風に吹かれて、さようならだ。

「ギムレットにはまだ早かったかな?」
『……あなたからは せかいを うばいつくしてみたかった』
 ――まだ、別れたくない。ああ、あらゆる可能性を、奪って、奪って――。
「いいや、お別れだ。私は人と会う用事があるんだ」

 エンフィールドリボルバーが火を噴いて、それでおしまい。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

永倉・祝

僕は僕の世界でもある本を辛うじて守りきることができました。
けれど…失っていたらと思うとぞっとします。
ただでさえ僕は記憶の持ち合わせが少ないですから…。
…最悪彼との思い出が残るのならそれでもいいかもしれないなんて思う気持ちもありますが。
僕にとって本は確かに僕を構成する一部だからそれを失えば僕は僕でなくなっていたかもしれない。

少なからず巡り合わせで出会った他の猟兵さんが失ったものがあるのならかならずや取り返しましょう。

UC【其の答えを識るまで、僕は死ぬ事もままならぬ】を使用。
『素直に『本』を返してくれますよね?』


シャオロン・リー

俺の世界が例え失われとったとして
あの日までの記憶が、あの日からの後悔が消えたとして
想像するだけでもゾッとする話やな

せやけど俺には奪われた奴に掛けてやる言葉なんちゅーもんは持ってへん
所詮悪党やからな、優しい言葉や励ましみたいなもんとは無縁やねん
俺は暴れ竜シャオロン…暴れ竜に出来ることは、暴れ散らすだけや
お前らまとめてめちゃくちゃにしたるからな、覚悟しとき

相手の攻撃はギリギリまで見切り、疲労も継戦能力で耐えて
範囲攻撃、なぎ払いで出来る限り多数の相手に攻撃する
槍ででも、蹴りででも、爪先が掠った程度でも、とにかく「攻撃」が当たればええ
当てときさえすれば、火尖鎗で全員を刺し貫けるんやからな
ぶち抜かれろ



●かえりみるもの、かえりみないもの
 永倉・祝とシャオロン・リーは、互いに『世界』を守り切ることに成功した猟兵だ。故に、最初から万全の状態で諸悪の根源と対峙することができる。

(「僕は、僕の『世界』でもある『本』を辛うじて守りきることができました」)
 けれど、もしも失っていたら? 考えるだけでもぞっとする。ただでさえ『記憶の持ち合わせが少ない』祝が、これ以上を奪われていたとしたら――。

(「俺の『世界』が例え失われとったとして、あの日までの記憶が、あの日からの後悔が消えたとして――」)
 想像するだけでもゾッとする話やな、と。奇しくも祝と同じ感想を抱くのだ。
 だが、ここからが違った。自分たちの他には、『世界』を奪われた猟兵もいるが。
(「……せやけど俺には、奪われた奴に掛けてやる言葉なんちゅーもんは持ってへん」)
 何の縁だか、今こうして並び立つ書生の猟兵がどう思うかは知らないが、少なくともシャオロンは考えはこうだ。
(「所詮『悪党』やからな、優しい言葉や励ましみたいなもんとは無縁やねん」)
 すっかり手に馴染むようになった「中華槍」を握りしめ、いよいよやって来た戦の気配に密かに身を震わせる。
「俺は『暴れ竜』シャオロン……暴れ竜に出来ることは、暴れ散らすだけや」
 躊躇なく穂先を灰色の軍勢に向けると、暴れ竜は目を爛々と輝かせて、笑んだ。

「――お前らまとめてめちゃくちゃにしたるからな、覚悟しとき」

 隣のシャオロンが臨戦態勢に入ったのを確認した祝も、遂に決意を固める。
 自著でもある文庫本をそっと開きながら思うのは、『本』を奪われた猟兵たちのこと。
(「少なからず、今までの巡り合わせで出会った他の猟兵さんが失ったものがあるのなら」)
 どこまでも黒い、吸い込まれそうな両の瞳で灰色の軍勢を見据える祝。開いた本のページにそっと触れながら、灰色のものどもに、こう問うのだ。

「素直に『本』を返してくれますよね?」

 ――ゴッ、と。気迫を伴う謎の気配がまるで音を立てて飛び出したようだった。人間が誰しも抱くであろう『情念』を形にしたならばきっとこうなるだろうという四つ脚の獣が、答えすら聞く前に灰色の軍勢の手近な一人の肩口におもむろに喰らい付いたのだ。
『あ ぐっ ……』
『ほんは かえせません ……!!』
「……そうですか、僕が『納得する』答えをもらえるまで、その獣は止まることを知りませんが」
 祝の瞳が、凄絶な意志を伴って言葉に真実味を乗せる。まるで抑えの効かないケダモノのような感情さながらに、情念の獣は灰色の男たちの間を荒れ狂う。

「おーおー、先越されもうたわ。案外エグいことするやん、こりゃ負けてられんわ」
 眉のあたりに手のひらを当てて、眺めるような仕草をひとつ。シャオロンもまた槍をぶおんと振って、半ば恐慌状態にある敵陣へと突撃する!
『! ときは はやく』
「させっか!!」
 腕時計の文字盤を見せて、対象から『時間』を奪うという超常で対抗しようとした灰色の男の目論見を、槍の穂先を鋭く突き出して手首ごと腕時計を粉砕するという荒技で潰す。
『――ッ!!』
「おうおうおう、まさかこの程度やないやろな!?」
 豪快な挑発の陰で、密かに耐えるのは地味に削られる体力とそれによる疲労。さすがに四方八方から腕時計をかざされては、シャオロンも対処が追い付かない。
 ならばどうするか? ――耐えるのみだ。ことシャオロンは『戦い続ける』ことにおいて非常に長けた猟兵だ。灰色の軍勢としては、相手が悪かったとしか言いようがない。
『なぜです なぜ うごけるのです』
「――ッ」
 敵からの質問には、答えの代わりに思い切り横薙ぎに振るった「中華槍」でもって返す。群がる灰色どもが吹き飛ぶさまは爽快ではあるが、致命傷には至らない。
 そして、暴れ竜がこの程度で満足する訳もなく。
「お前ら今までよう好き勝手してくれよったな、これでチャラでええわ――」
 吹き飛んだ灰色の軍勢には、多少なりともシャオロンの攻撃が与えられている。準備はできている。後は――本命をくれてやるだけだ!

「ぶち抜かれろ――【火尖鎗(ミラージュスパイク)】!!」

 シャオロンの気迫に呼応するがごとく、まずは愛用の槍が焔を纏って分裂した。次にそれら一振り一振りが意志を持つかのごとく、穂先を一斉に灰色の軍勢の方を向く。
『あ ああ ああああ』
 灰色の男たちは、恐れ戦くばかり。何故なら、無数の刺突から逃れられる気がしなかったから。ああ、ただでさえ得体の知れない獣からの責め苦も続くというのに!
 ――ドドドドドドドッ!!! 焔が尾を曳いて、敵対者をことごとく刺し貫いた。

 あわや巻き添えかと思われた獣が、主たる祝の元へ慌てて戻っていく。それをひと撫でして本の中に戻してやりながら、ため息一つ。
「……結局、『本』は返してもらえませんでしたか」
「無理やないか? ま、何とかなるやろ」
 そんな祝に、シャオロンは悪びれもなくニィと笑んでみせた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ケルスティン・フレデリクション
世界は強くて美しい。それを教えてくれたのも、本
まだ見たことのない物を教えてくれたのも、本、写真集
だいじな、だいじな、わたしのほん。
わたしのせかい。なくなってもまだ、ここにある。
世界は、一つじゃない。無数にある。新しく心から生まれて、無くなった部分も、時間はかかるけど、埋めてくれる。
「だいじなものは、まだここにあるよ」
わたしが、ここにいるかぎり、あたらしいせかいはここにあるの!

戦闘は全力魔法の範囲攻撃、きらきら光る光の魔法を敵にぶつけるね。花びらの魔法、UCのこうかもきらきらひらひら、花びらを舞わせるよ

私の世界をかえして、とはいわない
痛くて苦しいけれど、でも前に進むの。
新しい世界を見つけるために


ミラリア・レリクストゥラ
ケルスティンさん……なんて、お強い心。

【WIZ】

……理不尽は確かに訪れるもの。確かにある種の真理ですが。
あなたのなす『理不尽の為の理不尽』など!あって、いいはずが、ないでしょう!!!!

…こんなにも苦しい表情を皆がしている。そしてそれ以上に、戦う意思を奮い立たせようと頑張っている。
でしたら、今私のやるべき事は一つ。
唄を。先ほどと同じ唄でも、状況の変わった今、全てに心が篭る唄を。
【シンフォニックデバイス】を用い、皆さんへ【鼓舞】の唄を届けます!!
【彼方へと繋がる希望】!!



●いきているかぎり、きぼうはここにある
 ふらつきながらもなお立ち上がるケルスティン・フレデリクションの身を支えながら、ミラリア・レリクストゥラは少女へと畏敬の念とさえ言える眼差しを送る。
(「ケルスティンさん……なんて、お強い心」)
 そうして遂に灰色の軍勢と対峙した二人は、最後の戦いへと挑むのだ。

(「世界は強くて美しい。それを教えてくれたのも、本」)
 手を貸してくれるミラリアの手から伝わるのは、人肌の温度ではなくひんやりとした硬質な感覚。だがそれが今はとても心地良く、そしてとても頼もしかった。
(「まだ見たことのない物を教えてくれたのも、本、写真集」)

 ――だいじな、だいじな、わたしのほん。
 ――わたしのせかい。なくなってもまだ、ここにある。

 せっかく買ったばかりの写真集は奪われてしまったけれど。
 写真集が広げてくれたであろう『世界』は失われてしまったけれど。
 それを思うとやっぱり胸はチクリと痛むけれど。それでも、ケルスティンは顔を上げる。
「世界は、一つじゃない。無数にある。新しく心から生まれて、無くなった部分も、時間はかかるけど、埋めてくれる」
 そう言ってケルスティンは、そっと己の鼓動を刻む心の臓あたりに小さな手を当てる。
「だいじなものは、まだここにあるよ」
 灰色の軍勢が、ケルスティンの力ある言葉の前に沈黙するばかり。

「わたしが、ここにいるかぎり! あたらしいせかいはここにあるの!!」
 それは、唄にも似て。フロア中に力強く、響き渡った。

 ――なればこそ、『唄い手』ミラリアが黙っている道理はなかったのだ。
 ケルスティンを支える手に力を込めて、自らも言ってやるのだ。
「……理不尽は確かに訪れるもの。確かにある種の真理ですが」
 かつてミラリアは、故郷が世界の命運を賭けた戦争に巻き込まれた時、地下迷宮の一角を意志の力で制覇した功績を持つ。
 優しく、仲間思いで、とてもそうは見えないミラリアを、本来突き動かすものが『怒り』の感情であったとしても。
 それは常に正しく、向けられるべきものに向けられ。
 守るべきものを守るためにこそ、振るわれるのだ。
「あなたのなす『理不尽の為の理不尽』など!」
 語気が強まる。空気が震え、灰色の男たちに煙草をくゆらせる余裕さえ与えない。
「あって! いいはずが! ないでしょう!!!!」
 ケルスティンの肩に手を掛けて、思わず身を乗り出しながら叫ぶミラリア。ケルスティンが大音声にちょっぴり驚いて肩をすくめたのに気付いて、すぐ引っ込んだ。

『いせいは よいですね』
『ならば なんどでも うばいましょう』
 あくまでも戦う姿勢を崩さない灰色の軍勢だが、それも当然かと決戦の覚悟を決める二人。ケルスティンが精霊銃「きらめき」を手に取り、ミラリアは喉を鳴らす。
(「……こんなにも苦しい表情を、皆がしている」)
 奪われたものはもちろん、そうでないものも共感から、多少なりとも顔が暗い。
(「そしてそれ以上に、戦う意思を奮い立たせようと頑張っている」)
 だが、皆一様に瞳に宿した闘志までは消えておらず、必死に立ち上がろうとしている。
「でしたら、今私のやるべき事は一つ」

 ――唄を。
 先ほどと同じ唄でも、状況の変わった今、全てに心が篭もる唄を。

 ミラリアの頭部には、オーダーメイドのシンフォニックデバイスが装着される。
(「響け、届け、伝われ――【彼方へと繋がる希望(ミライヘトツヅクミチ)】!!」)

 ♪いのーちぃの さけび つたえられたなら
   ♪あしーたはっ きっと かがやくから……!

 命は、叫ぶ。先ほどのケルスティンのように。
 明日は、来る。望めばきっと輝くことだろう。

「ミラリア、ありがとう……ちからが、すっごく、みちてくるの!」
 目覚めを告げる尖晶石の唄声に、ケルスティンが精霊銃を握る手に力を込める。
『じゅうで わたしたちに かてるとでも?』
『けむりにまかれて また うしないなさい』
 この後に及んでまだ二人を侮る愚かな灰色目掛けて、ケルスティンはむぅとした表情を隠さないまま引鉄を引いた。弾は出ない。
 ――代わりに、まばゆい光が精霊銃を包み込み、あっという間に無数の光の粒となり四散する。それは徐々に形を取って行く。これは――勿忘草の花弁。

「ケルスティンさん!!」
「うんっ!! やっちゃえ、ふわふわのきらきらさん……!!」

 ごう、と。風が逆巻き、花弁が乱れ舞い、そして――一斉に灰色の軍勢へと襲い掛かる!
『これは ……!』
『きりさか れ る !』
 きらきらと輝きながら、しかし苛烈に敵対者を切り裂く光の勿忘草は容赦を知らぬ。
 もみくちゃにされるがままの灰色の軍勢を見つめながら、ケルスティンは言う。
「……私の『世界』をかえして、とはいわない」
 その横顔を、ミラリアは静かに見守る。
「痛くて苦しいけれど、でも前に進むの。新しい『世界』を見つけるために」
 そう言ってケルスティンが目線を横に向ければ、ここまでずっと支えてくれたミラリアの姿。思えば偶然の出会いだったにも関わらず、見事な即興連携ができたものだと思う。

 ――生きている限り、何かを失うことだってあるでしょう。
 ――けれど、それと同じ分だけあたらしい何かを得ることもあるでしょう。
 それをひとは『彼方へと繋がる希望』と呼ぶのかもしれません。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

城島・侑士
●◎
世界を失った猟兵達を見て自分もこうなっていたのかもしれないと思うと身震いがする
正直言うと俺は自分の世界が無事なら他人がどうなろうが知ったことじゃない
…が、このままお終いでは寝覚が悪くなりそうでな
奪われたのなら…今度は奪い返せばいい

銃を構え
寄ってくる灰色の男達に容赦なく発泡(UC発動)
どんどん来いよ?蜂の巣にしてやるから
問題なく動ける猟兵がいたら援護射撃でサポートも行う
接近戦は得意ではないのである程度の距離を取りつつ攻撃されたらオーラ防御を使用

本を取り返せば彼等は元に戻るのだろうか?
正直確証はない
一度奪われたら本自体は取り戻せても失われた世界は戻らないかもしれない
だが…やられっ放しは癪だろ?


木常野・都月
◎●

俺は狐で、日常に依存しないから平気と思ってた。

でも違う。失って知った。
喪失感で気を失うほど…
俺は、知らない内に「ヒト」になってたのか。

ヒトを助けた事は後悔してない。

でも心が辛い。奪い返したい。
俺は自分の世界が大好きだったんだな。
知らぬ間に、周りのヒトと世界が、俺をヒトに育ててくれたんだ…
世界を守るのが猟兵なのに、失うまで大切だと気付けなかった。

立つんだ。
まだ世界とヒトに、お礼も謝罪も出来てない。
自信は無いけど…「欠けた今の俺」が俺として生きるんだ。

だってこの喪失感は、失った世界が存在した証なんだ。
俺が、ヒトに、妖狐になれた証なんだ。

UC【シーブス・ギャンビット】で、俺の世界を奪い返したい。



●うしなってきづくもの、うしなってはならぬもの
 身を挺して仲間をかばい、自らの『世界』を奪われた木常野・都月。一時は昏倒まで陥ったが、今ではどうにか持ち直して戦線に復帰している。
 そんな都月の様子を見て、城島・侑士は身震いする心地であったという。一歩間違えば自分もああなっていたのかと思うと、至極もっともな反応だったと言えよう。
(「……正直言うと、俺は自分の『世界』が無事なら他人がどうなろうが知ったことじゃない」)
 それは、偽らざる本音。正義感に溢れる善き隣人が存在すれば、何を犠牲にしても己の大切なものだけをひたすらに守ろうとする者だって存在して良いのだから。
 実直という概念をヒトガタにしたような妖狐の青年を見る。杖を支えにして立っているが、戦闘には支障がなさそうだ。そんな風に様子を見ていたら、声が聞こえた。
「俺は狐で、日常に依存しないから、平気だと思ってた」
『それは おのれを しらなさすぎます』
『あなたのほんは とても かちがあった』
「……そうだな、違ったんだ。失って知った。喪失感で気を失うほど……」

 ――俺は、知らない内に『ヒト』になってたのか。

「後悔、しているか」
 侑士が声を掛けたのは、本当に気紛れ。ただの興味本位で、探究心でもあり。
「ヒトを助けた事は後悔していない」
 灰色の軍勢を見据えたまま、都月は迷いない声で答えた。
「でも、心が辛い。奪い返したい」
「……ああ、俺もこのままお終いでは寝覚が悪くなりそうでな」
 奪われたのなら、今度は奪い返せばいい。至極単純で、簡単なことだ。
 侑士が散弾銃「パーキーパット D1963」の準備を始めると、都月もまた言葉を続ける。
「俺は、自分の『世界』が大好きだったんだな」
 支えにしていた杖を、強く握って、そして手放す。しっかりと、己の足で立ち上がる。
「知らぬ間に、周りのヒトと『世界』が、俺をヒトに育ててくれたんだ……」

 ――『世界』を守るのが『猟兵』なのに、失うまで大切だと、気付けなかった。

(「立つんだ、しゃんと立て。まだ『世界』とヒトに、お礼も謝罪も出来てない」)
 少し後ろの方で、銃が得意そうな猟兵の男の人が最後の調整に入っている。狩人に追い回される狐の気分を連想してしまい、少しだけゾワッとした。
(「自信は無いけど……『欠けた今の俺』が、俺として生きるんだ」)

「準備はいいぞ、そちらはどうだ!」
 侑士の声が飛ぶ。悠長に思考を巡らせてばかりも居られない。
「――行ける!!」
 振り向かずに叫んだ都月は、ソードブレイカーとも呼ばれる形状のダガーを口に咥えて灰色の軍勢を鋭く睨む。
 侑士からの返答は、銃声が代わりに。近付かねばその超常を発揮できない男たちが間合いを詰めようと寄ってくる先から、同じ超常――【千里眼射ち】の広範囲射撃で容赦なく蜂の巣にしていく。
 第一波をあらかた吹っ飛ばしたところで、侑士は都月が立ち回りやすいようにと撃ち方を援護寄りに工夫する。
(「『本』を取り返せば、彼等は元に戻るのだろうか?」)
 正直、確証はなかった。それは、侑士だけでなく都月も同じだった。
(「一度奪われたら『本』自体は取り戻せても、失われた『世界』は戻らないかも知れない」)
 都月が、銃弾の雨の合間を掻い潜って攻め込むその時を待つ。
(「この喪失感は、失った『世界』が存在した証なんだ」)
 ぐ、と身を低くして構える。クラウチングスタート――ヒトの走り方の準備で。
(「俺が、ヒトに、妖狐になれた証なんだ」)
 だから――。

(「俺の『世界』を、奪い返すっ!!!」)

 侑士の銃撃に怯む男たちの一人に、猛スピードで肉薄。おもむろに咥えていたダガーを逆手に持つと、その身を真っ二つにする勢いで切り裂いた!
「どうだ……!?」
 距離を取って射撃を続けていた侑士が、その攻撃の手こそ緩めなかったものの思わず声を上げる。
「……」
『うしなわれた ほんは』
『『『もどりません』』』
 非情な宣告であった。
 だが、それがどうした。
 返してもらえれば僥倖、所詮はその程度。彼らにとっては。

「なあ、やられっ放しは癪だろ?」
「……ああ、絶対に嫌だ」

 失ったものは大きくとも、それにより得たものもまた大きい。
 ならば、決して嘆くばかりの話ではないはずだ。
 ――今日も、明日も、生きていく。大切な人やものが、まだ残されている限り。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

荒谷・つかさ

喋りつつ真の姿へ徐々に変容

『世界』が失われた……
大きく出たじゃない、詐欺師風情が
確かに喪失感はある、けれど私まだ『店が消えた』ことは確認できてないのよね
なのに何故、喪失感を感じるのか

……お前達が奪うのは『世界』ではなく、あくまで絆や縁と呼ばれるもの、即ち世界との『繋がり』
違うかしら?

本の本質を考えればわかる事よ
本は一つの世界と表現されるけれど、あくまで筆者の世界……頭の中身や取材したものを投影しただけ
故に本を奪われても、大本の世界そのものは消えない
であれば、本の先の『世界』へたどり着く道程はいくらでも存在する

命ある限り、私は自分の道を、世界を切り拓くわ
例え、喪失に心(むね)の傷が痛んでもね


スキアファール・イリャルギ
◎●
自分にイラつく
死期の近い己より誰かの為に
"世界"を棄てるべきだったのに

ごめんなさい……

失うのが、怖いんだ
今迄沢山のものを奪われ
生きる気力や希望を、世界を失った
本当の人間に二度と戻れないと悟り
怪奇たるこの躰を誰も愛さないと知った

だけど新しい世界を沢山の人が作ってくれたんだ
何の変哲もない世界を見出す力をくれたんだ
おんぶにだっこで情けないけど
これが私の、"今"

人間を忘れたら醜い化け物になり
怪奇を忘れたら脆い生き物になる
だから"怪奇人間"で在り続ける

"今/世界"を、守りたい

あぁ
"駄目だ、こんな所であきらめるなんて"、か

……ライトノベル読んだから感情豊かになったなんて認めない
えぇ、絶対認めませんから



●ひみつをあばけば、なんのことはなし
 スキアファール・イリャルギが抱くのは、他ならぬ自身への『苛立ち』であった。
(「死期の近い己より、誰かの為に『世界』を棄てるべきだったのに」)
 それは、『ゲーム』に巻き込まれていた最中では到底考えられないような自責の念。だが、それさえもまた、スキアファールを形作る感情のひとつ。
「ごめんなさい……」
 それでも、ライトノベルが入った袋は手放せないで、かさりという音が鳴る。
「謝ることなんかないわ、誰に対してもね」
「……っ!?」
 スキアファールの絞り出すような謝罪の言に対し、それは不要だと言ってのけるのは荒谷・つかさだった。一歩、また一歩とホールの中心に近付く羅刹の足取りは力強い。
 ざ、と。スキアファールの隣にまでやって来て並び立つ二人の身長差は相当だ。つかさは一度スキアファールを見上げて、一言だけ告げた。
「戦いましょう、そして勝ちましょう。それが、私たちの『世界』を守る唯一の方法よ」
「は……はい……っ」
 スキアファールの言葉が途切れ途切れだったのは、つかさが口を開き言葉を紡ぐにつれて、その姿を徐々に変貌させていくのを目の当たりにしたからだ。
 鴉の濡れ羽色のように美しい黒髪は光を跳ね返す銀色に染まり、一本だった角は三本に増え、惜しげもなく晒された上半身はさらしの上からでも分かる豊満な胸が己を主張する。
 ――真の姿。紛れもない、つかさの『本気』であった。

「『世界』が失われた……大きく出たじゃない。詐欺師風情が」
 響く言葉の重みが『違う』。気圧された灰色の軍勢が、無意識に後ずさる。
「確かに喪失感はある、けれど私まだ『店が消えた』ことは確認できてないのよね」
『……』
 眉間に皺を寄せる灰色の男たち。賢しい相手は厄介だと知っているから。
「なのに何故、喪失感を感じるのか」
「……?」
 隣で聞いているスキアファールばかりが、何の話をしているのかを頑張って把握しようとしている。
 それを察した羅刹の女は、少しだけスキアファールを見て、不敵に笑った。

「……お前達が奪うのは『世界』ではなく、あくまで『絆』や『縁』と呼ばれるもの……即ち『世界』との『繋がり』。違うかしら?」

「……!」
 スキアファールが弾かれたように灰色の軍勢を見て、見られた男たちは煙草をくゆらせる。
『そこにきづくとは やはりてんさいか』
『ですが しったところで どうにもなりません』
『きずな えにし ひとはこれらをうしなうことを ひどく おそれます』
 つかさの表情からは笑みが消え、スキアファールは己の身体をかき抱く。
(「ああ、失うのが、怖いんだ」)
 それは全くもって、灰色の軍勢の言う通りであった。
(「今迄沢山のものを奪われ、世界を失った」)
 人や世界との関係性――絆、縁、確かにそうだ。どれだけ『それ』を失ったろう。
(「本当の人間に二度と戻れないと悟り、怪奇たるこの躰を誰も愛さないと知った」)
 だから、事ここに来て明かされた真実は、スキアファールに深く突き刺さる。

「『本』の本質を考えればわかる事よ。『本』は一つの『世界』と表現されるけれど、あくまで筆者の『世界』……頭の中身や取材したものを投影しただけ」
 つかさは言うのだ。故に『本』を奪われても、大元の『世界』そのものは消えないと。
「――であれば、『本』の先の『世界』へたどり着く道程はいくらでも存在する」
『おみごとです』
『ですが それをしったところで もう どうにもなりません』
 紫煙が目に染みるようだ。本屋で煙草を吸うなど、どうかしている。いや、そういう問題じゃないか――? スキアファールの思考は、驚くほどに冴え渡るようで。
 今回の事件のからくりはここに暴かれた。ならば、自分はどうするべきか。
(「……だけど、新しい世界を沢山の人が作ってくれたんだ」)
 本が入った袋をかさりと抱く。確かな感触が、そこにはあった。
(「何の変哲もない世界を見出す力をくれたんだ」)
 顔を上げる。怪奇を裡に秘め、なお人間で在ろうとする意志強き者として。
(「おんぶにだっこで情けないけど、これが私の『今』」)

 人間を忘れたら醜い化け物になり、
 怪奇を忘れたら脆い生き物になる、
 だから『怪奇人間』で在り続ける。

「私は」
 スキアファールが、胸元をやや乱暴に掴む。
「『今(せかい)』を、守りたい」
 上着にクリップで留まっていた小型マイクを引っぺがす。それはたちまちのうちに蠢く鞭のような影と変じて凶器と化す――これこそが【Fakelore(スレンダーマンノマネゴト)】!
『くちはてなさい』
『おわりにしましょう』
 総攻撃だとばかりに一斉に迫って来る灰色の軍勢を、良くしなる影の鞭で次々と打ち据える。一撃で吹っ飛ぶ程度の相手とは知れたが、何しろ数が多い。次第に息が荒くなり、腕も疲労感で重さを感じる。このままでは己の躰すら容を保てぬのではないか?
 だが、スキアファールは隈の深い目になお衰えぬ意志を宿して、己を鼓舞するのだ。
「あぁ、『駄目だ、こんな所であきらめるなんて』か」
 ――ぶぉん!! 今日一番の轟音を立てて、影の鞭が敵を一掃していく。
(「……ライトノベル読んだから感情豊かになったなんて認めない、えぇ、絶対認めませんから」)
 残心のごとく鞭を振るったままのカッコいいポーズで、そんなことを考えた。

 つかさはつかさで、一切の慈悲なく容赦なく、灰色の軍勢の頭部を適当に引っ掴むとそのまま――ぐしゃり。それの繰り返しであった。
 単体攻撃なのでスキアファールの範囲攻撃と比べると殲滅速度こそ劣るが、一撃必殺の破壊力に加えて敵に与える恐怖という心理が大きく作用していた。
 どしゃり、と。首から下だけ妙に整った物言わぬ骸を打ち捨て、つかさは言い放つ。
「命ある限り、私は自分の道を、『世界』を切り拓くわ。例え、喪失に心(むね)が痛んでもね」

 ――そうして、【鬼神鉄爪牙・握凄破(オウガクロー・アークセイバー)】の猛威によって、灰色の軍勢、最後の一体が屠られた。

●どのせかいだって、じぶんのせかい
 こうして、猟兵たちの奮闘によって、本屋で予知された事件は無事解決の目を見た。
 今、自分を取り巻く『当たり前の世界』は、いつ失われるかも分からない。
 でも、嘆いてばかりはいられない。時は止まらないし、命は続く。

 ――生きていこうではないか、何の変哲もない世界で!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年04月15日


挿絵イラスト