アルダワ魔王戦争9-A〜謁見・最後の魔王
●王手
「いよいよだ」
騒がしいグリモアベースの中、低く唸るような声でワズラ・ウルスラグナ(戦獄龍・f00245)が笑う。
手にした資料は分厚く、それだけでこの戦闘狂の昂ぶりが知れる。
ただしグリモア猟兵は戦場に出る事は無い。ワズラにとっての戦いは他の猟兵を支援し、戦場へと送り込む事。
特に今回は敵が敵だ。念には念を入れてと資料だけでなく各種支援物資の手配なども整えている。
敵。
今回の戦争、最後の大将首。
大魔王最終形態、ウームー・ダブルートゥ。
美しくも強靭な肉体はあらゆる要素を内包し、王たる者を越え神の如き威容を有している。その能力もまた神の様に『人々の願いに呼応する』と言うものであるが、それによる恩恵を得られるのはウームー・ダブルートゥのみである。
「時間が惜しいだろう、早速説明に入らせて貰うぞ。
敵は大魔王。能力は望みを喰らう事。ユーベルコードの詳細は資料に纏めてある」
ワズラは幾らかの資料を束の中から取り出してテーブルに広げていく。
敵の願いを自らの力へ変えるユーベルコード。
敵の恐れを具現化し戦わせるユーベルコード。
敵を急速に若返らせ迷わせるユーベルコード。
意外にも大破壊を齎す事も絶対無敵を体現する様な物も無い、言ってしまえば地味なユーベルコードばかりではあるのだが、それ故にユーベルコードではなく本体がどうしようもなく強いのだと察せられる。
それに加えて、ワズラは一枚の資料を追加した。
「ここまで戦って来た者の中には知っている者も多いとは思うが、大魔王達はいずれも『先制攻撃』を仕掛けて来る。
これは避け様が無いユーベルコードの様な物でな、如何な速度自慢や奇襲巧者だろうと覆す事は出来ん。
後の先を制すだの避けてカウンターを叩き込むだのも同様だ。それだけでは良くて相討ちと言った所だろう」
予知やユーベルコードを以てしても不可能だと断言する。
先制攻撃は即ち、先にユーベルコードを撃たれると言う事。それを見て此方も『同時に』ユーベルコードを発動する事は出来ないとの見立てだ。
「故に事前の準備や何らかの策が重要になって来る。よく考え、そして喰らい付いてくれ。
ちなみに戦場は玉座なのだが、ユーベルコードで作り変えられる可能性が高いので地形利用は慎重にな。逆に不利になる可能性を考慮した方が良いかも知れん。
自分を優位に置くだけではなく、劣勢を回避する為の準備もまた戦術だ」
考えねばならない事は多い。
得意を押し付け、貫き通す事は難しいだろう。
だが、戦闘狂は笑う。なに、猟兵ならば問題無いだろう、と。
敵は大魔王。先制攻撃をどうにかしたとして、「凌げば勝利」となりはしない。
だが猟兵ならば、対等な条件下で負ける事など無いとワズラは確信していた。
「さあ、戦支度を始めようか。足りない物は手配しよう、何でも言ってくれ」
バンッ!とテーブルを叩いて活を入れれば、その勢いでテーブルが砕け散り資料の束が舞う。
それでも気にせず笑って猟兵達へとグリモアは掲げられた。
「さあ、魔王討伐の時だ!」
金剛杵
初めまして、お久しぶりです。
リプレイのテイスト等に関してはマスターページをご確認ください。
基本、苛烈です。
今回は戦争シナリオという事で、普段よりはボリューム控えめです。
油断無く、されど怯まず、皆様方の強さを存分に発揮して頂けたらと願います。
先制攻撃の補足としては、「一発打ん殴られてから戦闘開始」と思って下さると分かり易いかも知れません。
先ずは躱すにしろ防ぐにしろ、その一撃目への対処を宜しくお願い致します。
ちなみに、必ずしも先制攻撃に対処しなければならないと言うわけではありません。
敗北を恐れぬのであれば、いつも通り、好きに戦える事でしょう。
何にしても私は皆様が楽しんでいただけるよう努力を欠かさぬだけでござい。
それでは、善き闘争を。
第1章 ボス戦
『『ウームー・ダブルートゥ』』
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POW : ホープイーター
【敵対者の願い】【敵対者の望み】【敵対者の祈り】で自身を強化する。攻撃力、防御力、状態異常力のどれを重視するか選べる。
SPD : ホープブレイカー
【敵が恐れる大魔王形態(恐れなければ全て)】が現れ、協力してくれる。それは、自身からレベルの二乗m半径の範囲を移動できる。
WIZ : ホープテイカー
戦場全体に、【触れると急速に若返る『産み直しの繭』】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
イラスト:hina
👑11
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
水鏡・怜悧
詠唱改変省略可
人格:ロキ
「望みですか。ヒトの心を知りたい、のですけどね。読心ではなく理解という意味で」
迷路生成の対策は、転送と同時に服の下に纏ったUDCで浮き、空中で静止することで触れないようにします
(迷宮を出して終わりではないですよね。おそらく、向こうから仕掛けてくる)
風の触手で空気の流れを感知し迷路の構造を情報収集。直線路の端へ移動。金属属性の触手でレールと大きな杭を大量に生成。雷の触手で磁石化し、レールガンとして発射する準備を整えます
大魔王の姿が見えたらひたすら連射。近づいて来たら光の触手で目眩し、風の触手で加速して一気に移動。壁には当たらないよう直線移動し、通路の反対から再び連射します
ナミル・タグイール
素敵な金ぴかつけてるにゃ!寄越せデスにゃー!
願いにゃ?金ぴかにゃ!金ぴかいっぱい欲しいにゃー!(欲望猫)
敵の攻撃は【呪詛】纏った斧で迎え撃つ
強化されてるらしいけどこっちだって金ぴか欲しいパワーで斧も体も強化にゃー!【呪詛】【怪力】【捨て身】
そのレアそうな金ぴか装飾貰うまで死ねないデスにゃー!
状態異常くらったら呪詛で上書きして動くにゃ!
気合で耐えたらナミルの番にゃー!
呪詛も欲望も全部斧に集めて最強の金ぴか斧にゃ!
敵も強化されちゃいそうだけどこっちにはもともと溜まってる呪詛があるにゃ!
強化追いつかれる前に一撃必殺ドッカン狙いにゃー!
防御も何もかも捨てて突撃にゃ!【捨て身】
金ぴか寄越せにゃー!
七那原・望
ホープイーター、厄介ですね。せめて願いや希望を考えないようにして、最初の強化を抑えさせましょうか。勿論、長続きしないことはわかってます。
【第六感】と【野生の勘】で相手の攻撃や動きを【見切り】回避を。
難しければ【オーラ防御】や自律して動くプレストやセプテットで【武器受け】を。
お前がわたしを肯定して強くなるなら、わたしはわたしを否定します。
先制攻撃を凌いだら【果実堕天・ウィッシーズグリムリーパー】を発動し、願いを抱くための自我を放棄。【激痛耐性】で痛覚共有は耐えられます。自分の【限界を超えた】無茶も可能でしょう。
わたしの意思と関係なく動くプレスト、セプテットと共に【一斉発射】で畳み掛けます。
上野・修介
※連携、アドリブ歓迎
願いも、望みも、祈りもない。
打ち砕くという意思と、推し通るという意地がこの拳にあるのみ。
――恐れず【勇気+激痛耐性】、迷わず、侮らず
調息、脱力、敵を観【視力+第六感+情報収集】据え、敵の体格・得物・構え・視線・殺気から攻撃の拍子を量【学習力+戦闘知識+見切り】る。
初撃を真正面から受ける【覚悟】を決め、左腕を盾に相手の攻撃合わせて踏み込む、と見せて【フェイント】攻撃に合わせて五体を完全脱力状態にし打点をずらし、合気の体捌きにて衝撃を後ろに流してダメージ軽減を狙う。
それと共に『崩し』を掛け一瞬でも相手を拘束し、密着状態からの裏当て【グラップル+戦闘知識+鎧無視攻撃】を叩き込む。
霧島・カイト
培養された人間が産み直されるのは危険だ。
繭が展開された瞬間に
『接触しない程度』に軽く跳躍し、
【高速詠唱】【早業】を以て【指定UC】。
常に飛行し、道中の被弾で繭に接触しないように
攻撃は【見切り】や【オーラ防御】【盾受け】で受け流す。
もし、繭に接触しそうならば、
その地点を【属性攻撃】で凍らせよう。
大魔王の居場所までを迷宮構造そのものに【ハッキング】し、
【情報収集】により最短ルートで向かい……懐に飛び込めたなら
【属性攻撃】【怪力】【鎧無視攻撃】での高速の格闘戦だ。
触れる度にこの氷の拳は冷気と【ハッキング】でお前を侵す。
お前が喰らった希望すらも
『情報(かて)』として、俺は進ませて貰う。
※アドリブ連携可
ソラスティベル・グラスラン
感謝します、大魔王よ
この時代に復活してくれたお陰で…
勇者として、わたしは貴方と戦えます!
竜の翼で飛翔【空中戦】
先制を【オーラ防御・盾受け】で守りを固め、
【怪力・見切り】打点をずらし受け流す
【第六感】で察知し万全な【継戦】を
只管に耐え延びて前進
攻撃を縫い【ダッシュ】、我が大斧を叩き込む為に
物語の英雄たちと並ぶ為に、何より愛した大魔王
『勇者』とは勝利を願われ、望まれ、祈られる者故に逆は無い
ですが唯一願います、『艱難辛苦』を!!
より強く、激しい試練を!
無数の試練を越え!わたしが真に『勇者』となる為に!
さあ…待たせましたね、勇者の大斧よ
胸中に燃える我が【勇気】に応え
『勇者』の証明をここに―――ッ!!!
別府・トモエ
「なるほどつまり……テニスじゃな?」
希望を喰らう大魔王?
私の願いはテニスしたい
私の望みはテニス楽しみたい
私の祈りはテニスを大魔王にも楽しんでほしい
「おいウームー・ダブルートゥ……テニスしようぜ!最高の試合を味あわせてやるからさ」
ザベストオブワンセットマッチ、ウームー・ダブルートゥ、サービストゥプレイ
大魔王が【先制攻撃サーブ】を打ってくる……舐めんなこちとら全国覇者だ
「うおぉりゃあ!」
【視力】で【見切って】【ダッシュ】で追い付く
【ラケット武器受け】で捉えて【誘導弾ショット】でリターン
何万回……何億回かな、ボールに追い付いて、打つ
これだけやってきた
今日は楽しい……ありがとう大魔王……最高の試合だよ
杜鬼・クロウ
アドリブ◎
テメェの在り方は神器の鏡(おれ)と少し似通ってる
それらはある種の呪い
俺の源の一つ
俺自身これまでの戦いで体現してきた
…俺の存在を深く刻みたいと
思っちまった女がいる
鬼を滅し続けた俺が
桜鬼の姫君に囚われるなど
名がつけられぬ感情
喰らえるか
この願望を
玄夜叉で敵の先制を敢えて受け代償とす
【蜜約の血桜】発動
(忘れられない?其れは俺だけではねェ癖に
漂う香に眦細め
重傷負うも生命力吸収
剣に紅焔宿し跳躍し反動つけて二連撃
敵の攻撃は見切り・第六感
地道に戦力削り袈裟斬り
攻撃手休めず
胸の宝石狙い渾身の力で穿つ(部位破壊
自ら為せなければ
俺が人の器を得た意味がねェンだ
今も尚
信条変わらず
運命はこの手で抉じ開ける
砕けろ
ルベル・ノウフィル
【金平糖2号】緋雨殿と
強化されても要は倒せばよいのでしょう?
pow
早業は全行動に活用
希望は敵を倒したい/倒されたい
予備動作を注視、特に羽と尾と視線
敵の獣爪や金属装飾、羽や尾が発する音や床や壁が作り替えられる音を聞く(聞き耳)
第六感を頼り回避
回避不可時はオーラ防御+三分の一の鏡盾で盾受け
自他の負傷具合を気に留め
ドクターゴースト+医術使用
仲間を庇い全体の継戦維持に努める
地形が繭に変化時、戦場に残る非繭部分を念動力で掘り、繭の表面を非繭でコーティング+オーラ防御
・反撃
夕闇を投げ、マントの後に隠すようにして彩花、次いで彩花に隠すように痛悼の共鳴鏡刃を投げる
本命はUC墨染
捨て身の一撃
限界突破、鎧無視攻撃
茲乃摘・七曜
心情
願いを叶える宝石ですか...
指針
二挺拳銃による属性弾での射撃で迷路に印を刻みつつ出口を目指す
※風塊弾で空気の流れを作り、氷結弾で繭の表面を凍らせ膜を作る
「周囲に舞っている刀剣による攻撃を壁越しにしてくる危険も考えておきましょう
行動
Angels Bitsとの輪唱で様々な属性をのせた衝撃波を創りだし胴体の赤宝石を狙い攻撃
大魔王の姿から後退は苦手と予測し側面に回り込む動きを意識しつつ尻尾での攻撃を警戒
※負傷は耐性で耐えて戦線維持
(さぁ、死力を尽くしましょう
残響の福音
衝撃波の残響で旋律を編み上げ仲間の攻撃に合わせ大魔王の身体を内部から揺さぶる
「奪い尽くせないほどの希望を込めて歌い上げて見せましょう
天翳・緋雨
【金平糖2号】ルベル君と
【SPD】
これが真の魔王…
震える身体も凍て付きそうな鼓動も
乗り越える時は今
心を闘志で満たせ
ボクは独りじゃない
第三の瞳を開放
見出す未来予測に全てを委ね(第六感)
【先制対策】恐れを具現化?
魔王が2体になるだけ
強かろうと片方は虚像
弱体化させてみせる(破魔)
自身の全てを賭して直撃は避ける(見切り・戦闘知識)
UCは【陽炎】を
治療中の猟兵が狙われない様に
機を見て魔を打ち破る雷撃でヘイト稼ぎ
遊撃手として狙われれば引き
関心が逸れたら狙い撃つ
立体的な機動で的を絞らせない(ダッシュ・ジャンプ・空中戦・地形の利用)
ルベル君は身を賭して敵を穿つだろう
けれどボクが戦場に在る限り斃させはしない
梅ヶ枝・喜介
おれァ奴さんと一度会ってる!
そん時はおれの大敗で!
是が非でも借りを返さねぇといけねえと思ってよ!
おれの動機は私利私欲!
だがな!意地と頑固頭だけが取り柄の人間としちゃあ!譲れない物がある!!
奴さんが見せてくれた理想!その先に何が見えたのかを!ちゃあんと伝えねえとな!!
俺の願いは!望みは!祈りは!
―――俺の夢は!一刀の果て!その極致!!
そして知った!"その力の向かう先!"
―――理不尽に奪わせないってェ意思!意思に殉じる覚悟!!
さぁ打ち込んで来い大将!おれは逃げも隠れも防ぎもしねえ!!
何度負けたって!立ち上がることだけは辞めねえからよ!!
おれの夢を!おれが御せるか!
答え合わせをしようじゃねえか!!!
アンジェラ・アレクサンデル
「行くわよ、メロディ」
メロディを召喚して騎乗
迷路を駆け抜けながらカードを適宜配置
若返りにはメロディの時間操作で対抗
正直かなりキッツいけどそれでもやるわ
「人様の希望をパクって強くなって何様よッ! 希望は知的生命体の証左なんてつまらない物じゃなくて先に進む原動力なの!」
アタシは多分魔力不足で大魔王本体をぶっ叩けないけどそれは他の人に任せるわ
その代わりこのうざったい迷路だけは意地でも何とかする
「繭っていうからにはよく燃えそうよね」
配置したカードに描かれた『炎』のルーンを一斉起動
迷路の中の繭を全て焼き払う
若返りの効果が薄くなったら時間操作で迷路を風化させましょう
これでアタシの仕事は終わり
後は頼んだわよ
●『洗礼』
希望とは、そうありたい、そうなって欲しいと思う心。
知的生命体であれば誰であっても持ち得るもの。
最も進化した者は最も感情を育て上げ最も強い希望を抱く。
それこそが知的生命体として最も栄えた者の証。
故に。
その証を喰らう大魔王は、人知を超越した存在である。
「猟兵とは素晴らしき知的生命体だ。強き願いを孕み、我に挑まんとする。
それが汝らを滅ぼす糧と成る事を知りながら、健気にも、真っ直ぐに」
はじまりの玄室。大魔王の玉座にて伏せて座すウームー・ダブルートゥ。
肉も心も喰らい、世界をも喰らい尽す、大いなる災魔の王。
その絶対的な力を以て成さんとするは、アルダワ魔法学園の滅亡。
既に放たれた無限の災魔は尖兵となり、ファーストダンジョンを駆け上がっていく。
すぐにでも地上へと辿り着き、無尽蔵に溢れ出しては世界中を骸の海へと変えてしまうだろう。
と、思っていたが、後一歩と言う所で猟兵達がファーストダンジョンへと乗り込んだ。
最浅層まで辿り着いておきながら、無限の軍勢を謳っておきながら、ほとんど一方的に災魔達は駆逐され、遂にはこの玉座の間にまで猟兵達が辿り着いた。
何という事だろう。
魔王は頬杖をつき、項垂れる。
敗れたのは配下の災魔だけではない。他ならぬ己自身も敗れ、骸の海の藻屑と化している。
第一形態『アウルム・アンティーカ』も。
第二形態『レオ・レガリス』も。
第三形態『セレブラム・オルクス』も。
第四形態『ラクリマ・セクスアリス』も。
第五形態『モルトゥス・ドミヌス』も。
いずれも強大な災魔であり、紛れも無く大魔王そのものである。
だと言うのに、猟兵は打ち破った。
世界を決して滅ぼさせはしないという強い意思を持って。
故にその身には数多幾重にも人々の希望が宿っており、ウームー・ダブルートゥの目には過去類を見ないほどの御馳走に見えた。
「漸く来たか、極上の贄よ」
微かな空気の振動を異形の翼が感知する。
獣の如き四肢で立ち上がり、魚竜の尾で地を叩く。
戦いが近い。
つまりは飯時だ。
願う者。そして願いを担う者。
それらを肉ごと喰らい、大魔王は地上へと向かう。
初めから我一人在れば済む事と、そう言えるのは強い思いを引っ提げて猟兵達が向かって来たからだ。
強い思いを、願いを、望みを、祈りを、
一つとして隠そうともせず、一度として欺こうともせず、ただひたすらに真っ直ぐに、ただひたむきに真向から。
「お宝、見っけたにゃあぁーーー!!」
最速最短最高速にて、大魔王へと突撃を仕掛ける黒猫が一匹。
ふさふさの毛皮に黄金の装飾と呪詛を纏ったナミル・タグイール(呪飾獣・f00003)が、巨大な黄金の大斧を振り上げ、猛然と飛び掛かる。
狙いは一つ。
大魔王が纏う黄金だ。
然し如何な超高速とて、大魔王は悠然と迎え討ち、必ずや機先を制す。
振り上げた大斧が振り下ろされようとする前に、その柄を魔王の左手が抑えていた。
「汝は良い眼をしている。欲に塗れぎらぎらと輝く瞳だ。さあ、その願いを我に明かせ」
「願いにゃ? 金ぴかにゃ! 金ぴかいっぱい欲しいにゃー!」
ナミルが魔王の問いに応じ、手にした斧へと力を籠める。
呪詛という名の力を。
黄金に宿り、黄金より生まれる、昏く濁り眩く輝く黄金の呪詛。
それはナミルの四肢を隆起させ、大斧を押し込んだ。
受け止めようが構わない。
黄金はその呪詛を以って更に重さを増す。
呪獣の一撃を防ぐのは、魔王であろうと容易くは無い。
だが、容易くは無くとも、不可能では無い。
「なんにゃ!?」
押し込んだ大斧が、押し返される。
呪詛と怪力に飽かした渾身の一撃を、あろう事か受け止めた時のまま片手で握り締め、跳ね退けた。
押し負けた。
だが、問題はそこではない。
「良い。実に良い『願い』だ」
ウームー・ダブルートゥがナミルを見下ろして述べる。
その手にはナミルの『願い』から奪い、纏った力が。
――呪詛が――
纏わりつく様にして滾り猛っている。
「にゃ!? それはナミルのにゃ!?」
「如何にも。これは汝が『願い』の結晶。強過ぎるが故に濁り淀み凝り固まった執念。即ち、『呪詛』である」
返答と共に振るわれた腕。その無造作な横薙ぎがナミルを大斧ごと弾き飛ばす。
黄金を求める願い。
その願いを喰らった魔王は、黄金を纏った黒猫を逃さない。
「ッこしゃくにゃあ!」
「良き願いの対価だ、褒美を取らせよう」
踏ん張り耐えるナミルへと、今度は魔王の方から飛び込んだ。
纏う呪詛が滾るはケダモノの前脚。
その爪は黄金に変質し、呪詛の輝きでナミルを照らす。
「黄金をくれてやる」
巨体から繰り出されたその一撃はナミルの呪詛を孕む。
呪詛が呪詛を相殺し、無防備になった剥き出しの黒猫に渾身の爪撃が叩き込まれ、――ナミルが血を撒き散らして吹き飛ばされた。
強靭にして強大な肉体を持つ魔王の一撃。叩き付けられた床は砕け、巨大な黄金の斧を持ったままでも易々と転がされる。
そこへ、黄金の槍が降り注いだ。
魔法で生み出された無数の金塊は『褒美』であり、ナミル自身が願った物。
その身に受ける事で手に入れたナミルは、しかし喜びの雄叫びをあげることさえ叶わない。
――『願い』を奪われる。
そう聞いてはいたが、この結末は予想だにしていなかっただろう。
甘く見たのは魔王の力か、それとも自身の呪詛の力か。
それを知る機会は来ない。
「次は私が相手だ!」
言いながら飛び込んで来たのは別府・トモエ(人間のテニスプレイヤー・f16217)。
黄金の槍に埋もれたナミルを飛び越え、敵の注意を引く様に大声を張り上げる。
「おいウームー・ダブルートゥ……テニスしようぜ! 最高の試合を味あわせてやるからさぁ!」
吼えて構えるは何の変哲も無く紛れも無いただのテニスラケットだ。
この日に備えてガットの張りも体調も万全を喫して来た。ベストコンディション。怖い物など何もない。
その剥き出しの闘志は願いとなり、言葉と同時に魔王へと届く。
「良かろう。その『願い』確と聞き届けた」
言うや否や、ウームー・ダブルートゥは紅い焔と蒼い焔を重ね、小さな球状の焔へと作り替える。
それは骨も残さぬ超高熱のテニスボール。
受け損なえば死ぬと、トモエは一目見て悟る。
だがもとより此処は戦場。挑んだのがテニス勝負とは言え審判もいなければコートも無い。ならば命懸けの勝負が比喩ではなくなったというだけの事。
むしろこれこそが望みだ。
猟兵となり、ユーベルコードを操るようになって、自然と『全力』ではテニスに臨めなくなった。
そんな自分がユーベルコードも含め、死力を尽くして挑める相手は他に居ない。
厳密にはテニスではないかも知れない。
だからこそ全力でぶつかり合えるし、何よりも終わる事なく戦っていられる。
何千球でも、何万球でも、何時までも!
「さあ、来ぉい!」
「言われずとも」
その素晴らしき願いに、相応しき対価を。
緩く宙へと放り出された焔の球。それを、魔王の尾鰭が神速で撃ち抜いた。
真面な球なら爆ぜて終わる程の衝撃を受け、焔球も神速で放たれる。
コートは無い。魔王はコートに収まらない。だがそれでも感覚で適正な範囲は知れる。
トモエは歴戦のプレーヤーであり、その願いを喰らった魔王もまた一級のプレイヤーであるからだ。
だからどこに球が来るかは自ずと分かる。
分かるなら、追い付くだけだ。
神速で迫る焔球に神速で追い付き、踏み止まり、即座に構える。
――速い。
構えて待つ余裕は無い。
まだバウンドする以前からラケットを振らなければ間に合わない。
回転はどうだ、バウンドの高さは?
初戦の初球、何も分からない状態でのリターン。
異常な緊張感が筋肉を引き絞り、胃の底をギチリと締め上げる。
ここは敢えて焔球の前に飛び出さず一球見送るのも手だったろう。
それこそが先制攻撃(サービス)に対する完璧な対応だったと思う。
だが、それでは負けを認めた様なもの。
トモエの願いはテニスで戦う事だが、それは決して『負けても良い』という事ではない。
「舐めんな、こちとら全国覇者だ!」
叫び、全力でラケットを振るう。
焔球が迫る。
バウンドは予想通りの角度と高さ。
ただし音を置き去りにして迫るそれはいまだ未知の球威。
打ち返せるか?
ああ、打ち返す!
「うおぉりゃあ!!」
ラケットの中心が焔球を捉える。
ど真ん中、芯を捕らえておきながら、差し込まれる程の剛球だ。
炎に与えられた質量もテニスボールと同じだけ。だと言うのに、衝撃は腕を軋ませ、踏ん張る脚を膝から折ろうとする。
それでも、返す。
サービスエースは許さない。
全国覇者の意地とテニス愛からなるオーラが全身とラケットを包み込み、破滅的な一球をも打ち返した。
僅かに爆ぜる焔球が火の粉を散らしながら相手コートへと戻っていく。
さあ、ここからだ。
ここから前代未聞、大魔王とのテニスの始まりだ。
「終わりだ」
突然の衝撃がトモエを貫いた。
咄嗟に構えたラケットに返した筈の焔球が突き刺さっているのを見た。
そしてそれはラケット越しにトモエの腹へと突き刺さり、トモエは耐えようと踏ん張る事も出来ないまま吹き飛ばされ、遠く離れた壁へと叩き付けられる。
サーブ&ボレー。
ただし、プロのネットプレーヤーでもここまでの神速と剛球を扱える者は居ない。
拾うだけで精一杯なんて有様では到底次球を返す余力など無かったのだ。
「流石だと称賛を送らせて貰おう」
魔王が言う。
非の打ち所がない絶対的なサーブ&ボレー。それを一度返し、そして二度目もしっかりラケットで防いでいた事に。
並の球なら身体で受けて球を返す事が出来ていた。
並ではないから、そうはならなかった。
例え全国覇者であろうとユーベルコード有りの無法テニスの経験は足りなかった。それ故の敗北だ。
「汝の願いは汝が未熟故に潰えた。我としても非常に残念だ」
心の底から魔王は落胆する。
良い願いであった。
強く、眩い希望であった。
だからもっと喰らいたかった、と。
「だったら俺の願いを喰らえ。喰らえるもンならな」
項垂れた魔王へと黒い魔剣を手にした猟兵が飛び掛かる。
長大な魔剣を大きく振り被った杜鬼・クロウ(風雲児・f04599)は地を蹴って跳んだ。
項垂れようと頭が高いのが大魔王だ。
ならばその首、地に落としてやろう。
そう言わんばかりの大跳躍を前にして大魔王は静かに顔を上げる。
「想い人か」
「そんなに安いもンじゃねェ!」
願いを読み取った魔王に、クロウの斬撃が迫る。
しかしその長大な切っ先が首に触れる前に、黒い翼が横合いからクロウを殴り飛ばした。
「――ッ!」
寸前で魔剣で受け止めたものの、翼爪が胸を深く抉る。ごっそりと削り取られた血肉をばら撒いてクロウが辛うじて着地した。
皮肉にも落ちたのは首ではなく己の方。だが、ここまでは分かり切った結末だ。
問題はここからだと、胸の傷口を抑えながらクロウが立つ。
想い人、と魔王は言った。
そうじゃない。
そんなに安く、簡単に言い表せる相手ではないのだ。
ただ『俺の存在を深く刻みたい』と思っちまった女がいるというだけ。
鬼を滅し続けた身でありながら滑稽な程に強く桜鬼の姫君に囚われている。
それを、想い人の一言で片づけられて良い筈がない。
しかしその思いに名を付ける事などクロウ本人にしたって不可能だ。
「こんなぐちゃぐちゃな願望を、それでもお前は喰らえるか?」
「喰らえるとも」
クロウの言葉に魔王は即答する。
間髪入れずに放たれた言葉に、しかしクロウは否定する。
現に魔王はクロウの願いを言い違えたのだから。
「言葉とは難儀なもの」
しかし、魔王は語る。
「元よりどれ程の言葉を尽くし、どれだけ新しい言葉を生み出そうと、心の内を不足無く言い表す事など出来はしない。
故に心の一側面を僅かに捉える事が出来ればそれで良い。
想い人であろうと、なかろうと、恋も愛も欲も同じ。ただ汝が胸中に願望が渦巻いているのであれば、それ即ち我が糧と成り得ん」
複雑だろうと、単純だろうと、同じ事。
材料や調理法を知らなくたって料理は喰えるし味わえる。そして糧になっていくのだ。
願望に応えるのもまた同じ。
「汝が願いを叶えよう。汝の存在を、我が刻もう。我が力を以てすれば、――それがどんな形であれ――その願いは叶うだろう」
摂理は我が手の内に在り。
ウームー・ダブルートゥはそう宣言し、その身に願いの力を纏う。
強い想い、切なる願いは、大魔王を更に凶悪な存在へと変えてゆく。
「――恋敵なんて望んじゃいねェぞ」
「無論、我も恋を患う心算は無い」
ただ汝の名を刻むだけだと、魔王が言う。
淡々と、嘘偽り無く。
「例えば、骸の海より『その者の過去』を引き摺り出し、汝に捧げる事も出来よう。
その者でなくとも良い。誰が良い。奪った命か、奪われた命か。失われた未来もまた骸の海に沈んでいる。来る筈の無い未来も汝が『願え』ば叶うかも知れないぞ」
「――……ッ!!」
それで願いが叶う。
願いが叶う可能性を骸の海から引き上げる、と言う。
だがその言葉が決して自分が望んだものではない事をクロウは知っている。
己が己に願った事を赤の他人に叶えられる。それがどれだけ悍ましく、得体の知れない感情を想起させるか。
名も知れぬ心と願い。
だからと言って魔王が向ける様などす黒い悪意である筈も無い。
悪意など、向けさせてなるものか。
「汝の内に新たな願いが生まれたか」
「ああ。先ず何よりも先に、お前を刻んでやる」
生かしてはおけない。
第六感と感情の全てでそう判断したクロウが魔剣を掲げた。
思いの丈も知らぬ者に思いの全てを奪われる。そんな事あってたまるか。
骸の海においても身じろぎ一つ出来ぬ様に殺し切らなければならない。
「良い願いだ」
魔王が称賛する。
そして、更に強化された両翼を以って、クロウを力づくで捩じ伏せた。
願いは叶おうとも、魔王に敵う事は無い。
願いが強い程に魔王は強くなる。己の願いを己が手で断ち切れる者でなければ、魔王の力を封じる事など出来はしない。
「甘露である。美しき願い抱く者よ、汝が願いは我が叶えよう」
告げる魔王の言葉に呼応する様に、その胸の赤い宝石が瞬いた。
「乱暴狼藉はそこまでです!」
とどめを、と前脚を持ち上げた魔王に向かって、竜翼を力強く羽搏かせたソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)が突撃する。
全力の飛翔。その最中にソラスティベルは猟兵達の惨状を見た。
金塊に押し潰された者。
壁に叩き付けられ者。
引き裂かれ捩じ伏せられた者。
いずれからも死の臭いはしないが、いずれも軽傷とは思えない。
――酷い。
仲間を傷付けたことが、ではない。
それは戦場では当たり前のこと。それを非難していては切りが無いし、その言葉は自身にも返ってくる。
だから酷いのはそこではなく、戦況の方だ。
「一対一では分が悪いか……」
ソラスティベルの後ろを走る上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)も周囲を確認して眉を寄せる。
敵を見据え、分析するのには慣れているし長けてもいる。そんな修介の目からはソラスティベル以上に悲惨な戦況が見て取れた。
いずれも歴戦の猟兵達だった筈だ。
猟兵の中でも屈指の実力者達をこうも容易くあしらうというのか。
大魔王と呼び称されるのは伊達ではない。その名に相応しき力を持つ者。
例え無策ではなくとも正面から殴り合って勝るのは難しい。
だが、不可能ではない。
「むしろ、望むところです!」
敵の強さを認識し、ソラスティベルは更に加速する。
英雄譚に憧れ、勇者を志すソラスティベル。彼女にとって魔王とは夢にまで見た討つべき敵。
怒りも憎しみも超越し、この邂逅には感謝の念すら湧いてくる。
猟兵が次々と押し負けるほどの強敵とならばなおのこと。
「願わくば、有りっ丈の艱難辛苦を!」
魔王よ、我が眼前に立ち塞がりたまえ。
その願いに応じてウームー・ダブルートゥは両腕を広げて向き直る。
強い願い。
憧れ。
夢。
理想。
希望。
その全てが、勇者ではなく、大魔王を強くする。
「無垢なる願いは最大の美酒だ。有難く、飲み干すとしよう」
「なんの! 必ずあなたを倒し、乗り越えてみせます!」
咆哮し、斧を構えた勇者が魔王へと肉薄する。
それを迎え撃つは蒼い焔の壁。
魔王の翼が風を送るように羽搏けば無から湧きだす様に溢れた炎がソラスティベルを呑み込まんとする。
その程度と身を捩って躱そうとも、狙いはそこではない。炎熱による膨れ上がった大気が気流を乱し、飛行し回避行動まで取ったソラスティベルのバランスを打ち崩す。
それでも墜落などしない。空中戦は十八番だ。
だが、その一瞬の隙に突き出された剣撃は躱せない。
「ッこの!」
見切り、反射的に取った受け身。
纏ったオーラと構えた盾で攻撃を受けて反らし、盾に搭載された蒸気機関で更に攻撃を押し退ける。
空中でぐるんと回転しながらも攻撃を切り抜けた。
切り抜けて、そして続く攻撃に撃ち抜かれた。
「――……!」
速い、と思う暇も無かった。
炎も斬撃も囮。空中という捕らえ難い場所で確実に捕らえる為に動きを止めたかっただけ。
先の二撃とは明らかに重みの違う前脚の爪撃がソラスティベルの頭上から襲い掛かる。
「見事だ。その願いも、その体捌きも」
魔王が称賛する。
己の爪を受けて地面へと叩き付けられた勇者を見下ろして。
ソラスティベルは立っていた。
地面に激突した瞬間、辛うじて受け身を取り、跳ねた勢いを利用して立ち上がった。
だが勿論無傷では済まされない。
最後の一瞬、第六感で直撃を避け、もう一回転しながら、更には地面への激突も受け身で最低限のダメージで済ませて見せた。
それでも余りの衝撃に脳は揺れ、視界全てが白く滲む。
「さすが魔王……!」
強烈な吐き気をこらえて勇者が言った。
称賛に称賛を返す。それだけ見れば熱い友情でも生まれそうなものだが、これは殺し合い。
己と世界の命運を賭けた一戦だ。
今更『和平』を望む者など、どこにも居ない。
「行くぞ」
それは勇者ではない修介も同じ。
弾き飛ばされるソラスティベルと入れ替わるように魔王の足下へと潜り込み、握り込んだ拳の緊張を解いて息を吐く。
何も願わず、何も望まぬ。
ただ意志だけを拳に込めて、修介が息を吸った。
「良い願いだ」
しかし、それでも魔王は願いを喰らう。
ソラスティベルの陰を縫っての接近でも、何ら問題無く先手を取る。それはいい。だが、願わぬ者の願いを喰らう事など出来ない筈だ。
だが、修介は見誤らない。
己に振り下ろされる羽翼が、明らかに超常による強化を受けている事を。
「ふ――ッ!」
それでも動揺しなかったのは備えていたからだ。
元より先手はくれてやる覚悟を決めていた。振るうのは握った拳ではなく、固めた左腕。羽翼の殴打を受け、流し切れない衝撃に吹き飛ばされる。
願う事など何もない。
だと言うのに願いは喰らわれ、魔王の一撃は捌けぬ程に重くなっている。
せっかく詰めた距離はあっさりと突き放され、完全に受けてなおダメージは消し切れない。
道理で、猟兵達が破られるわけだ、と修介が左腕を下ろす。
痺れは緩く、感触は鋭敏。痛みはあるが、全て無事。戦闘に支障はない。
支障が有るとすれば、やはり強化の方だ。
「俺は何も望んでいない。アンタはいったいなにを喰らった」
そもそもが敵に何を願うというのだ。
有るのは確固たる意思のみ。
敵でなくとも誰かや何かに祈り望みを託す事など無い。
なのに魔王は「これは異な事を言う」と返した。
「『意志を貫く』のが汝の望みだろう」
「……それは、アンタに願ったことじゃない」
「然り。されど我は願いを喰らう者。汝が汝に望む事さえ喰らう者。
汝が強き意思は即ち強き願望に相違無い。何故その意思を持ったのか、何故その意志を貫こうとしているのか、その根源にこそ汝が祈りは在る」
「祈りなどない」
「あるとも。何も願わぬのであれば、その者に意思など生まれようもないのだから」
魔王は語る。
希望を持つ事、それこそが知的生命体である証左だと。
故に希望を捨てる事など出来はしない。
魔王に願わぬという事さえ願いの内なのだから。
「さあ、想い知れ。汝が『意志の力』を」
奪われた願いは『意思』そのもの。
その恩恵により強化された魔王の一撃は、衝撃を受け流そうと構えた修介を強引に殴り飛ばした。
恣意的に捻じ曲げられた願い。だがその力は本物にも劣らない。
元より真の意味で正しく願いを叶える事は無い大魔王にとって、願いとは全て糧でしかない。
それが『魔王を打ち砕く』という願いであろうと、捻じ曲げ、『打ち砕く』という願いだけを叶えて見せる。願った本人を粉砕する事で。
「……奪われようと、俺の意思は変わらない」
「ならばより強く願うが良い。我が身に届かせる為に。そして我が糧と成る為に」
そう、願わずにはいられない。
ウームー・ダブルートゥは恐ろしく強い。
それ故に打倒せしめんとすればより強く討ち果たす事を望む。
その望みが更に大魔王を強くすると分かっていても。
「マッチポンプを強要するなんて、とんでもないですね……!」
そう言って飛び込んで来たルベル・ノウフィル(星守の杖・f05873)の願いも『大魔王を倒す事』だ。
魔王は願いを喰らう。
逆に利用出来ないかと胸の内で願いを反転させてみたが、この戦況を見るにそれの効果は見込めない。
魔王が願いを叶える事、それ自体は能力でも何でもないのだ。
他者の願いにより強化されるユーベルコードに、弱体化の効果は含まれず、願いを喰らうという特性も意図せず強制的に喰ってしまうと言うわけではない。
例え心の底から都合のいい願いを生み出せたとしても魔王はそれを喰らわず、叶えず、ただ力に変えるだけだ。
「それなら――ッ!」
深く考える必要は無い。
願わずにいられないのなら願ってしまえばいい。
ありのままに、真っ直ぐに。
「それも良い」
魔王は構える。悠然と両翼を広げて。
そしてその身にはルベルの願いを喰らって纏う超常の力。
ただそれだけ。
それ以外の超常が無いのであれば予備動作から幾らでも対策出来る。
事実、魔王が繰り出す攻撃は炎の魔法を除けば全てが物理的な攻撃だ。
それなら、対処出来る。
「――ッ今!」
声と共に地面を蹴る。
直進からの直角。悲鳴を上げる足首も継戦に支障はない。
コンマ一秒も間を置かず自分が居た場所に魔王の尾が叩き付けられるのを見て、更に身を捩って今度は皮膜の翼から逃げ果せる。
よく見える。
魔王の強靭な肉体はあまりにも大きく、当然予備動作も異常なまでに大きい。
攻撃の速度と範囲は脅威だが不意打ちは殆ど完全に躱し切れる。
加えて先制攻撃だ。
ウームー・ダブルートゥは必ず先手を取ろうとする。絶対に後手には回らない。だからこそより見切り易く、先手を凌ぐ事でチャンスが生まれる。
「それもまた、良い」
だと言うのに、魔王は傲慢に頷いた。
なにを言っている、と訊き返す暇は無い。
首筋を駆け上がる悪寒が告げる。
――逃げろ!
「ぐぅ……!」
ルベルは反射的に急ブレーキを掛け、跳んだ。
直角どころではない、直進から突然の後退。
真後ろへと飛びずさったルベルの眼前を赤と青の炎が吹荒れる。
魔法の類により齎された攻撃に予備動作なんて無い。その魔王の機転に、それでも警戒して最後は直感に頼ったルベルの方が一枚上手だ。
だがその直感が告げている。
避けろ、ではない。
逃げろと。
だが間に合わない。
炎の嵐の中を突き抜けて、四方から魔王の翼が打ち下ろされる。
ホープイーターにより強化された防御力に頼った蛮行。
予備動作を丸ごと覆い隠して放つ正面からの奇襲。
躱そうにも、ルベルは先の回避の無理で脚が動かない。
盾を――!
躱し切れなければ受けるだけだと、オーラと『三分の一の鏡盾』を構えて気付く。
翼による四連打と、「三回攻撃を受けるとただの鏡になる」鏡盾の相性の悪さ。
それは間違いなく狙って放たれた攻撃だ。
かわせなければ鏡盾で受けようと狙っていたルベルのその願いを、読み取られている。
なら、今まで願いを喰らわれながらでも躱せていたのは全て、
「汝の願望、確かに叶えたぞ」
「――……僕の願いをっ!」
喰われていた。
その願いが叶えば防御に成功する。
しかし、その願いで今度は攻撃力を強化した魔王の一撃がルベルを叩き潰す。
その間際に、ルベルの腕を誰かが掴んだ。
「危ないッ!」
声と同時に目の前の景色が一変する。
直後、轟音と共に開かれた新たな景色は、粉砕された地面とそこに叩き込まれた四枚の翼だった。
「ありがとう、緋雨殿!」
「間に合って良かった……!」
ルベルからの礼を安堵の表情で返し、天翳・緋雨(時の迷い人・f12072)がルベルを立たせる。
無理をさせたルベルの足首は痛むものの支障はない。間を置けば直ぐにまた走れるだろう。
しかし足の事が無くても先程のは躱せたか。
緋雨の持つ『短距離転移』の能力が無ければあれで終わっていてもおかしくない。
忘れてはならない。ユーベルコードが「ただの強化でしかない」というのに、ウームー・ダブルートゥが大魔王の最終形態として君臨するという事を。
それは、「強化されただけで手が付けられない程に強くなる」という事だと。
それを感情で理解しているのは緋雨の方だ。
「これが真の魔王……」
見上げた先の魔王は神々しささえ纏い、畏敬の念さえ抱かせる。
既に何人もの猟兵が挑み、しかしただの一撃も届かない。
これほどまでに圧倒的なのかと、緋雨は恐れ、唾を飲む。
「新たな猟兵よ。恐れるな。その恐怖を、我に委ねよ」
「恐怖……ッ!」
緋雨はその身を震わせる。
魔王の言葉は罠だ。
恐怖は新たな願望を生む。
逃れる為の願い、抗う為の望み、打ち払う為の祈り。
それらは全て魔王の糧と成る。
だが恐れずにはいられない。
今目の前に存在する脅威に対し、一切の危機感を覚えずにいられる事など出来はしない。
故に緋雨はウームー・ダブルートゥを恐れる。
そしてその恐れはウームー・ダブルートゥの手によって奪われ、喰われ、力と成る。
奪われた恐怖より生まれた新たな力。それは、『もう一柱のウームー・ダブルートゥ』だ。
「大魔王が二体……!」
ルベルが呻く。
魔王の後ろから現れた魔王は歩み出て、ここに大魔王が二柱並び立つと言う絶望的な状況を作り出した。
「……強かろうと片方は虚像。大丈夫、祓ってみせる!」
そんな状況下で緋雨は拳を握って立ち向かう。
自分の恐れが生み出した魔王。だとしても、恐れてばかりではない。
緋雨は一人ではない。
胸に闘志を満たし、緋雨が構える。その拳に破魔の力を宿して。
攻撃を当てたいと願う事も、避けたいと望む事も、糧と成る事は避けられない。
ただし、ウームー・ダブルートゥには弱点がある。
その弱点にすら届かないのでは話にならない。
「虚像でも何でも、ボクが引き付けるから」
だからと、緋雨がルベルに告げて、走り出した。
敵は二体。
どちらも大魔王ウームー・ダブルートゥ。
やがて二体とも願いを喰らい強化される。
そしてまた増える事も有るだろう。
ただでさえ恐ろしく強いと言うのに、どんどんと手が付けられなくなっていく。
それでも、緋雨は恐怖を闘志で焼き殺し、立ち向かう。
「捉えられるものなら捉えてみろ!」
叫び、放つのは破魔の雷撃。
拳に纏った雷撃が迸り、玉座の間に満ちた悪しき魔力を打ち祓っていく。
大魔王を倒す、なんて大それた事は願わない。
先ずは虚像の弱体化を。
それが叶わなくとも、気を引き、仲間の支援を。
小さな望みを重ね、やがて大願を成就させる。
「ふむ、厄介な」
大魔王が零す。
駆け抜ける緋雨の雷撃は未だ届かずとも、宙を駆け死角を突くその位置取りは厄介極まりない。
そして一つ一つの小さな願いを喰らった所で大した力にもなりはしない。
ならば心の奥の願いを喰らえば良いだけの事。
だが、それを猟兵は許さない。
駆ける緋雨を追う魔王が、より強い願いに引き寄せられる。
その先には、崩れた壁と、飛び散った瓦礫と血痕。
そして、ラケットを握ったままのトモエが立っていた。
「――なるほど。つまり……ダブルスじゃな?」
増えた魔王。それを見て、ふらふらしながらそう言った。
瞬間、走り出す。
「好都合だ」
願いを喰らう。
――テニスをしたい、何時までも。
ならば、最高に暴力的な庭球を捧げよう。
魔法で生み出す双焔の火球。それを再度、トモエに向かって叩き込む。
「させない!」
しかし今度はダブルスだ。
緋雨が放った雷撃が魔球を撃ち抜き、その神速を奪い取る。
埒外の衝撃。それを奪われてしまえば、トモエに拾えぬ理由はない。
「ッりゃあああぁ!!」
ラケットが火球を打ん殴り、炸裂させる。
腰の入ったフルスイング。
今度は押し負ける事など無い。
綻んだ火球は爆炎を撒き散らしながら魔王の下へと叩き込まれ、それを魔王の尾鰭が叩き付けた。
同時に、またもや緋雨の雷撃が奔る。
真面にやっても敵わないし、そもそも緋雨にはテニスをする心算は無い。だが、気を引くと言うのならこれ以上の事は無い。
魔王がテニスに付き合うのを止めない限り、魔王は二柱ともトモエと緋雨の動きに集中する。
ならば緋雨としてはこの不思議な状況を長引かせるに限る。
破魔による妨害も本来ならばルール違反だが、それを咎める者は居ない。
テニス狂いとその願いに喰いついた魔王。
そうして返ってきた魔球を再度トモエが打ん殴った瞬間、ルベルが札を投げ放つ。
当てたいと言う願いが有る限り不意は打てない。だからと言って、奇襲が出来ないわけではない。
それを魔王は自ら示してしまった。
「――ほう」
視界を奪う、爆ぜた火球。熱気と火の粉が舞い散り、その眩さに隠れて札は飛ぶ。
願いを辿れば札を投げた事は分かるだろう。
だが札自体は何も願わない。
だから、見失ってしまえば札の場所は感知しようが無くなる。
正面切っての奇襲作戦。
それは、成功した。
当てたいと言う願いを魔王が叶えただけかも知れない。だがそれでも良い。
札は届き、そしてその瞬間、刃となって魔王の身体を突き刺した。
その巨体に対してみればささやかではあるが、確実にダメージを与えていた。
「初めて届きましたね……!」
ルベルが新たな札を構える。
ようやく見えた希望。
それが魔王を更に強くしたとしても構わない。
魔王は願いを奪って喰らい叶える事が出来るが、願いを真の意味で奪う事は出来ず、打ち破る事も出来ない。
相手の願望を打ち砕くには魔王を以てしても実力行使しか術はない。
それが弱点。
どれほど喰らおうと、願いは絶えず、いつか届く。
だから、願う事を恐れるな。
「畳み掛けるよ!」
「承知です!」
「次はこっちのサーブだ!」
勢いづく猟兵達。
それを良しとするほど、魔王も愚かではない。
緋雨とルベル、復帰したトモエ。
加えて、まだまだ余力を残す修介とソラスティベル。
そしてナミルの呪詛も加速的に増している。
「――少し、集め過ぎたか」
魔王が言うと同時に、トモエのサーブが放たれた。
手持ちのテニスボールが信じられない速度で敵陣に突き刺さらんとするのを、しかし、無数の糸が阻む。
それは何処からか現れ、気が付くと戦場全域を呑み込まんとしていた。
「私とした事がネットなんて!?」
「いや、違う! これは……!」
渾身の手応えが空振りショックを受けるトモエをルベルが引っ張る。
緋雨もその異常事態に後退し、怪我をした修介とソラスティベルの下へと駆け寄る。
その糸はただの糸ではない。
触れてはならぬ、悪魔の糸。
玉座の間は糸により作り替えられ、覆われていく。
猟兵達はその糸に阻まれ、あえなく撤退を余儀なくされた。
「仕切り直しとさせて貰おう。汝等の願いをじっくりと堪能する為にも」
もはや何も見えない糸の壁の向こうから魔王の声がした。
やっと一撃届いたと言うのに――。
希望はまた、遥か遠くへと去っていったのだった。
●『攻略』
ほどなくして、玉座の間は糸に覆い尽くされた。
天地を結び張り巡らされた糸は見た目に反して異常に堅く、またその密度からも突破は不可能に近かった。
それはまるで『繭の迷宮』。
それこそが大魔王ウームー・ダブルートゥのユーベルコード『ホープテイカー』によって生み出された新たな戦場だ。
「思ったより堅いわね……」
アンジェラ・アレクサンデル(音響操る再現術師・f18212)は繭の壁に押し付けたカードを起動する。刻まれた『炎』のルーンが音を立てて燃え上がるも、繭にほとんど変化はない。
事前の情報通りならこの迷宮の出口は一つ。壁は異常な強度を持ち、恐らくユーベルコードをぶつけても易々突破とはいかないだろう。
「それでも全くの無傷ではないようですね」
茲乃摘・七曜(魔導人形の騙り部・f00724)が愛用の二挺拳銃で放つ氷結弾。それは繭の壁を凍て付かせ、氷柱を生やす。
どれだけ撃ち込んでも壁に穴を空けるなんて事は無理そうだが、アンジェラの焼いた部分と見比べれば多少ではあるが焼かれた壁の方が抉れて見えた。
膨大な量の魔力とカード、それと他の協力が要るだろうが、これならばあるいは……。
「強引な突破も良いが、踏破の方も試した方が良いだろう」
霧島・カイト(氷獄喪心の凍護機人・f14899)は七曜と同じく氷を操る。ただし、その纏った『凍気』は攻撃ではなく飛翔に用いられていた。
この繭はただの強固なだけの繭ではない。
これらは全て触れると急速に若返る『産み直しの繭』だ。
壁は勿論、天井から垂れた糸も、床に伸びる糸も、全て触れてはならない繭の一部。
靴などの装備越しでもどれだけ影響が有るかも分からない以上、カイトは取れる手の内で最善の選択を取った。
アンジェラも鷲獅子の精霊『メロディ』に騎乗し飛行しているが、七曜は宙を歩けない。「最悪、氷の上を歩きます」と笑ってみせる。
「それと、壁越しの攻撃にも注意しましょう」
「なるべく躱さないと弾かれた時に繭に当たるかも知れない」
「ほんとにうざったいわね……」
繭そのものに殺傷力は無い。
大魔王ウームー・ダブルートゥには攻撃型のユーベルコードが存在しないのだ。自己強化、人員増強、戦場操作と、全てが補助的な効果しか持たない物。
つまりその補助だけで事足りるほどに大魔王自体が強いという事。そして、その補助自体も摂理を捻じ曲げるほどに凶悪な効果を持つという事だ。
産み直しの繭。
触れたものが若返る、なんて言っても、それだけでは脅威に成り得ない。ただ触れなければ良いからだ。
そんな容易に対策出来るものがそれでも脅威になるのは、やはり大魔王自身の強さ故。
「こうしている間にも、願いは喰われ続けているのでしょうね……」
七曜が玉座の方向を見詰める。
――願いを、喰らう。
その為に、願いを引き出す。それには対象を理性という枷を持たない子供にしてしまうのが手っ取り早い。
子供は成長と生存の為に多くの願望を持ち、またそれを隠さない。
若返りがどこまで、――例えば記憶にまで影響するかは不明だが、もし精神性だけでも子供に返ってしまうというなら厄介だ。
純粋で強い願いなど御馳走に違いないのだから。
「いいわ、アンタたちは先に進んで。アタシはこの迷路を潰して行くから」
どう進むか、と言う段になり、アンジェラはそう言ってカイトと七曜から一歩離れた。
突発的な共闘はよくある事だが、それは目的を同じにしてこそ。
最終目標が『大魔王の撃破』である事は共通しているが、アンジェラの目的は更に一段高い所から先を見据えている。
「この迷路に分断されたやつの中にはこれに対処できないのもいるでしょ。でも、そんなやつの力もきっと必要になるわ」
大魔王は強い。
その強さを更に引き出すユーベルコードがこれなら、アンジェラはそれを破壊する事で猟兵の支援とする。
討つのが誰であろうと構わない。ただ、討ち損じる事は許されない。
為すべき事を為すと決めた魔女は二人に先を頼んだ。
迷路の攻略に時間を掛けていられないのも事実。なら、二人には先を急いでもらった方が良い。
「若返ればまともに戦えなくなるか、願望を自制できなくなるか。最悪、細胞レベルまで戻されて『産み直し』て培養される可能性もある」
危険だぞ、とのカイトの言葉にもアンジェラは迷わない。
飛んでいれば安全だなんて思っていない。鷲獅子の精霊の力を借りてもきついのは承知の上だ。
それでも、これがアンジェラの願いならば。
「分かりました。そう言うのでしたら、私達は先に向かい、魔王を抑えます」
七曜が頷き、再度氷結弾を壁に撃ち込んだ。
生えた氷柱は矢印の様に先を指し示す。
「目印を残していきます。炎で溶かすまでは利用できるはずです。合流した猟兵を先に進ませる時にも、アンジェラさん自身も」
「ええ、助かるわ。カードばら撒いてるうちに迷いましたなんて笑えないものね」
本当ならカード自体が目印になるが、そもそもカードの枚数が足りるかも怪しい。加えて「迷路を破壊するのに最適な配置」と「迷路に迷わない為に必要な配置」がイコールではない以上、片方を任せられるのは非常に助かる。
役割分担。これも共闘だ。
重要なのは役割を果たす事。
「任せられたからには、半端は出来ないな」
カイトはそう言って電脳バイザーを起動する。
ユーベルコードにより強化された『破軍の睥睨』は世界をもう一つの世界として暴き出し、高次電脳体となったカイトはその電脳世界に君臨する。
電脳空間だからと言って何でも出来るわけではないが、現実とは全く異なるアプローチが出来る。
そしてその為の技能をカイトは持っていた。
繭の迷宮内は張り巡らされた糸によって構成される。
無数のアクセスにより形を成すそれは電脳世界では見慣れた構成であり、そちらと違ってプロテクションが一切ないのでハッキングも容易だ。
ただし、出来るのはハッキングまで。
「強制解除は難しいか」
迷宮の強度は凄まじい。
ユーベルコードによって作られた迷宮は、原理も理屈も超え、電脳世界においてまで強固な壁となっている。
ただ、強固なのは破壊や解除といったものに対してだけだ。
「いけそうですか?」
「ああ、ハッキング完了だ」
言いながらカイトが糸に触れていた手を離す。
電脳は光速の世界。だが時間が静止しているわけではない。
繭から情報を引き出すには触れねばならず、触れれば電脳体となったカイトでも急激に若返る。
二度は出来ない、というのはカイトの体感だ。
得られた情報は十分ではあるが、もし大魔王がもう一度迷宮を展開したなら、次は一か八かの賭けになる。
そうなる前に、決着を付けよう。
「と、言いたいが……」
迷宮の出口は一つ。
しかし、得られた情報ではその出口が玉座の間の入り口になっていた。
出入り口が合わせて一つとなると、大魔王は迷宮のどこかに潜んでいるという事になる。
迷宮内に点在する幾つかの広い空間。そのいずれかに居るとして、そのどこかまでは絞り切れなかった。
絞る為の時間が足りなかった。
だが再度ハッキングを試みるより走って確かめた方が早くて安全だと、カイトは判断する。
「あっちだ」
カイトは奪った情報をバイザー上に映し出し、七曜を先導しながら飛翔する。
それを見送るアンジェラを一度だけ振り返り、七曜もカイトの後に続いた。
走りながら七曜の放つ氷結弾と風塊弾が床の上に氷の膜を張る。道標ではなく、繭糸に触れない為の工夫だ。
これもまた後に続く者の助けとなる。
「さあ、アタシも働かなきゃね」
アンジェラはメロディの背を撫でる。いつになく、ゆっくりと。
『最後まで付き合うっすよ、お嬢!』
「――当たり前でしょ」
これから始まる激務と激戦を知りながら笑う鷲獅子の精霊に、魔女も微かな笑みを返した。
●『反撃』
トモエはラケットを握り、魔王に挑んだ。
その時に心の中で唱えた言葉が有る。
(ザベストオブワンセットマッチ、ウームー・ダブルートゥ、サービストゥプレイ)
それは先手を譲るという意味であり、そしてこの戦いがワンセットで決まると知っての言葉。
ワンセットしか、もたない。
いつまでもいつまでも打ち合っていたかった。だけど、それ以上はきっとテニスではなくなってしまう。
だからワンセット。
ワンセットだけ、付き合って欲しいと。
そう願い、それは聞き届けられた。
今も、なお。
「ッらあ!!」
トモエが打ち返した火球がウームー・ダブルートゥの右肩を打ち、爆散する。
自分が作った火球とはいえ魔王はその衝撃に後退り、血を流した。
迷宮を生み出してから既に数十分は経っている。その間、トモエはただただここでボールを打ち合っていた。
「デュース! ははっ、まだまだ遊べるねぇ!」
「然り。まだ『遊べる』ようだ」
魔王が含みのある言い方でトモエに返すが、トモエは気にしない。
例え遊ばれているとしても構わない。が、きっとそうではないと分かっていた。
ここまで粘りに粘って、そして分かった事が有る。
迷宮と言う時間稼ぎを仕掛けながら、トモエとの試合に時間を掛け過ぎている。それはつまりわざとではないか、わざとだとしてもそうするだけの利が有るか。
ただ得られるものがより強い願い、つまり力だとするとしても、重要なのはテニスを楽しませる事のはず。
理屈に合わないのは長期戦に付き合うこと以上に、被弾しているという事だ。
先の肩への被弾だけではない、ここまで幾度となく魔王はその身に火球を受けていた。
トモエは点を取りたいと願う事は有っても魔王を殺したいとは願っていない。ならばその被弾はただ躱し切れなかっただけ。
その結果であるデュース、延長戦もまた、狙っていたわけではないと捉えるのが無難だろう。
そもそも魔王は一度、決着を急いでトモエを打ちのめしている。今更延長など、魔王自身が望むわけがない。
「ぐうッ!?」
ボゴン!と火球が爆ぜ飛び、トモエを殴り飛ばす。
衝撃と熱風に晒されて転がりながらもトモエは立ち上がり、また構えた。
やはり、気を抜けばそのまま殺されかねない一撃が飛んで来る。
魔王は本気だ。
テニスの形式を取る事でトモエの願いを利用しているが、逆に言えばそうしなければ抑え切れないほどトモエは魔王を追い詰めていた。
ただ、それもここまで。
魔王を傷付け、弱らせ、そして一時間近く無茶苦茶な殺人テニスを敢行したが、そこまでだ。
傷付いたのも、弱らせられたのも、魔王だけではない。
魔王以上にトモエの方が傷付き、弱り切っていた。
「最後に言い残す事は有るか」
アドバンテージを取った魔王が語り掛けてくる。
もうずっとアドバンテージを取られてはデュースに戻すの繰り返しだったが、そう言われたのは初めてだ。
慈悲ではない。
ただ最後の最後まで願いを聞き出し奪いたいだけだ。
そう分かっていても、トモエは応える。
「コートの中で倒れるなら、本望だよ」
笑顔で。
最後まで真っ直ぐに。
焼かれ打ちのめされた全身の感覚はもう殆ど残っていない。
無我を越えて忘我に片脚を突っ込みながら、まだ構える。
直後、神速のサーブが炎の尾を引き飛んでくる。
それに、ただ我武者羅に飛びついた。
走って、跳んで、手を伸ばして。
そして届いたボールは、遂に、ガットを焼き切った。
――ああ、終わるのか。
トモエがそう思った瞬間、着弾した火球がトモエを薙ぎ払った。
もはや受け身さえ取れず、成すがままに転がされる。
――……ありがとう大魔王……最高の試合だったよ。
そう心の中で呟き、握ったラケットだけは手放さず、代わりに意識を手放した。
ゲームセット。
永遠は此処に潰えた。
「最高の願いであった」
返す言葉は誰にも届かない。
それでも魔王は称賛を送る。
そして、とどめの火球を練り上げた。
コートの中で散るならば本望。ならば、ここで仕留める。
どの道世界は滅びるのだ。最期の願いをも叶えるべきだと魔王は判断した。
もうテニスに拘る理由はない。だが、餞別代りに最後までテニスボールを模した火球で締める事にした。
が、それを氷結弾が撃ち抜く。
氷点下の属性弾。だがそれを以てしても火球は止められない。
凍て付かせるどころか逆に一瞬で気化された氷が、小規模な水蒸気爆発を引き起こす。
それが、結果的に火球を吹き散らした。
「大願成就の時を邪魔立てするのか」
「ええ。散り様を選べる幸福は認めますが、散り時はここではありません」
繭糸で囲われた即席のテニスコートに七曜が辿り着く。
構えた二挺拳銃の銃口から零れる硝煙は冷気により地面へと落ちていく。
同じく白煙を靡かせ前へ出たのは凍気を纏ったカイトだ。
扱うのが同じ冷気でも片や肉弾戦、片や銃撃戦の前後衛タッグ。
辿り着いたとは言え此処は未だ繭の中。二人は油断無く魔王を見据え、そして走り出す。
「願いを叶える宝石ですか……」
二挺拳銃は銃口を魔王の心臓部へと向ける。そこには紅く輝く巨大な宝石が一つ。
此度の戦争の裏で暗躍する者達と、願いを叶える宝石。
そこが弱点かどうかは分からないが、狙ってみて損はない。
右で撃ち出した氷結弾を、左から撃ち出した風塊弾で加速させ、時間差の連射を撃ち込む。しかし距離のせいか、魔王はそれをあっさりと右翼で防いだ。
願いによって強化された防御力は健在。むしろ最初より更に堅くなっている。
ただ連射しただけでは到底突破し得ないが、カイトはそれを見て頷き、魔王へと突っ込んで行った。
気を引けと、そう言われている気がする。
カイトの武器は拳。懐に潜り込むにはリーチの差が絶望的だ。
なら援護しなければ、と構える七曜だが、ただ支えるだけが能ではない。
構えた二挺拳銃は相変わらず宝石を狙い、そのままで更に武装を追加する。
浮遊する二機の蒸気式拡声器『Angels Bits』が七曜の周囲に浮かぶ。放つのは歌と言う名の魔法にして音と言う名の衝撃波。
数多に掛け合わされた多重属性の衝撃が戦場全域に波紋を広げ、その全てが宝石を砕かんと迫る。
魔王もそれまでの様な片手間の防御では追い付かないと悟ったのか、両翼に両腕、周囲に浮かせた剣まで駆使して衝撃を受け流す。
その度にあらゆる属性が焼き焦がし、押し流し、凍り付かせては腐り溶かす。
僅かに、少しずつでも攻撃が通るのは、トモエが削ってくれた分が大きいのだろう。
「喰らった願いの力より、受けたダメージによる消耗の方が大きい。……いや、強化は強化、体力や怪我の回復にはならないという事か」
カイトも直ぐに現状を理解した。
魔王は弱っていない。
それどころかますます強くなっている。
それでも、少しずつ魔王を追い詰め、削っている事に変わりはない。
それは全て、先に挑んだ猟兵達の功績だ。
「――私も、負けていられません!」
七曜が地を蹴り、魔王の側面へと回り込む。
巨大さに加え、数多の生物の特徴を持つ身体。強靭で神々しいのは確かだが、しかし生物として完璧な造形とは言い難い。
その歪さ故の弱点が必ずあるはずだと睨んだ七曜は、小回りの利き難さに目を付けた。
巨体過ぎて獣の跳躍や柔軟性は活かせない。
翼も同様、飛ぶ事など出来ないだろう。
龍尾もまた海も無いのに鰭だけ羽搏く無用の長物。
そもそもが動き回る事を想定していないデザインだ。
流石は大魔王、ただ強く在れば良いという極致。
だがそれ故の弱さを七曜は利用する。
「余所見しながら対応出来るのであれば、詰みますが――!」
そうはならないし、なってやらない。
知恵を振り絞り兎角敵の隙を突く。万全に万全を期して挑む七曜は、ともすれば臆病にも見えるだろう。
臆病なのは弱いからだと言う者も居る。
だが、そうではない。
七曜の強さとは慎重かつ知略に長けた所、だけではない。
正面からやり合ったとして決して他の猟兵に引けを取らない実力者でもある。
それを表すかのように、紡がれた歌魔法の波紋は響き渡り、大魔王に傷を付ける。
あらゆる属性の衝撃が他の属性へと干渉し、響けば響く程その威力を増していく。
一見真逆の炎と氷でさえ、間に木や土を挟んで風によって調律され、自然界を体現する様に循環していく。
願いを知る事が思考を読む事と同義であるなら、読まれようと分からぬ様にしてしまえば良い。
「私の頭の中の譜面は、私にしか分かりません」
「成程、確かに読めぬ」
苦し紛れに放ったウームー・ダブルートゥの炎が土塁に阻まれ風に奪われ、あっと言う間に七曜の歌の一部へと取り込まれる。
その歌を紡ぐ根源たる願いを喰らえば魔王の力に変えられるだろう。
だが、それでは強化されるだけ。この現状に対処出来ないのであれば何も変わらない。
ならば変えられるだけの強化を得られればいい。
「――ッ!」
雷鳴が轟き、衝撃が魔王を打つ。
しかし、打たれた翼は怯む事無く薙ぎ払われた。
数多の衝撃がその一薙ぎで消し飛び、その最後に翼を打ち据える。
それでも撓む事の無い翼は明らかに願いにより強化されていた。
「防御力強化に変えましたか……!」
既に喰われていた猟兵達の願い、望み、祈り。その蓄えた願望を全て防御力強化に回したのなら、大魔王には生半可な攻撃は通じない。
まだ宝石が弱点かどうかも確認していないが、問題はそこではないし、それどころでもない。
拙い。
ただでさえ攻撃を当てるのが困難だと言うのに、当てても効かないとなれば撃破しようがない。
七曜の無数の属性魔法でも弱点属性と思えるようなものは見当たらない。
純粋な火力を望むには音同士の共鳴を強引に断たれた今は難しい。
せめてもう少し迷宮が広ければ、暴れられた所で打ち消せない場所から歌を響かせられるのに……!
そう、思わず願った途端、大魔王の前脚が弾き飛ばされた。
「効いたな……!」
たたらを踏むようにして転倒を避ける魔王。その足下で、カイトが拳を振り抜いた姿勢で止まっていた。
大魔王の防御力特化。それを、拳の一撃で吹き飛ばす。
七曜には何が起きたか分からなかったが、ウームー・ダブルートゥには理解出来たのだろう。
「余りに疎ましい願いだ」
「なら、やめてくれと『お願い』してみろ」
言って、カイトが更に追撃を仕掛ける。
高速飛翔による肉薄と、そこから息つかせぬほどの連打。
狙った場所は魔王が纏う剣の一つ。
よりによって最も堅牢そうな武装を、しかし、凍て付く拳の乱打が瞬く間に打ち砕いていた。
「我が願いを奪うか」
龍尾を振るいカイトを遠ざけようとする魔王。カイトが飛びずさりながらも距離を維持し、言葉を返す。
「お前の希望じゃないだろう」
喰らわれた希望。
力として蓄えられたその思いを、カイトは電脳世界を通じて奪い返していた。
ただし奪えるのは情報としてだけだ。繭の迷宮同様、ユーベルコード自体の破壊・略奪は難しい。
カイトのユーベルコード、氷戒装法『破軍の蹂躙者』が無ければアクセスすら出来なかっただろう。
だが、それで十分。
奪われた願いを見つけ出し、『情報』だけは奪い返せた。
それはつまり、ホープイーターにより「何がどう強化されているか」を知る事が出来たという事。
圧倒的な力で猟兵を蹴散らした大魔王。それを可能にしたのがホープイーターだとして、幾らなんでも強過ぎる。
ユーベルコードにだって限界はある。それが例え大魔王のものであったとしても。
「お前が強かったのは、『強化』をごく一部に集中していたからだ」
カイトが暴く。魔王の正体を。
「先手を取って一撃を入れる。その一撃に強化の全てを注げば、どんな猟兵だって防ぎ切れないだろう。
全身の表面だけ限界まで強化すればさっきの歌魔法の衝撃にも耐えられる。
だから俺の内側まで穿つ様な拳は普通に効いたし、テニスなんてルールに縛られてはそのピンポイントバフも活かせなかった」
無敵なんかじゃない。
そう、見せていただけだ。
絶対者として君臨する事が他者により強い願望を抱かせると知っているが故に。
マッチポンプと、ソラスティベルが言った。
その通りだ。
他者の願いを叶えるのもそう言う事。叶えるほどに人の欲は深まり、より大きなものを求める。
絶望の淵に立たせて切実な願いと祈りを搾取するか。
希望を与えて次から次へと内なる望みを引き出すか。
いずれにせよ、最後に全てを喰らうのは大魔王たるウームー・ダブルートゥのみ。
王の総取りは確定事項。
ただ、
「それを知られたのは初めてだ」
そう言って、魔王は改めて武器を構える。
振り返って見れば、数多の武装と手足を持ちながら片手間の様に一撃ずつ繰り出すのは、一点強化を行っていたからなのだろう。
連撃は最後の一撃にのみに強化を割り当て、残りは躱されようが受け流されようが想定内だった。
だから、種明かしが終わった今、漸く魔王が本気になる。
「俺もこんな情報を引き出せるとは思わなかった」
下手をすれば、それこそ『詰み』も有り得ただろう。
おそらく宝石を狙ったとしても宝石を強化して防いだ筈だ。
無敵に見えて、そうではないと知れた。それだけで値千金の情報だ。
しかし大魔王が弱体化したわけではない。
例えメッキが剥がれようと、その下から現れたものの重さも硬さも変わりはしない。
広げた四枚の翼と無数の剣が、地に付いた獣の四肢が、うねり空を切る龍尾が、そして事此処に到ってまだ顔色一つ変えない人型の半身が、奪った願望を纏い、淡く輝きを放つ。
ホープイータによる全身強化。
先までの絶対的な強度は持たないまでも、一個体として最上位の戦闘力を有する。
ここからが本番だ。
「さあ、願え。望め。祈るが良い。
我が力暴き立てたとて汝らが力及ばぬ事に変わりない。
故に欲せよ。我を打倒し得る力を。さすれば我こそが『我を打倒し得る力』を手に入れん」
「お断りです。と言いたいのですが……」
「願わずにはいられないな」
二人は魔王の異様な気配に後退する。
無敵のふりを止めた。そして、今まで封じていた手数や捨て身を解放した。
傷付かぬ事こそが最優先だった今までの魔王が、傷付く事を前提に殲滅を最優先にしたという事。
攻撃は当たるだろう。
ダメージは残るだろう。
いずれは倒す事も出来るだろう。
それまで、猟兵が生きていれば。
「来るぞ!」
カイトが叫び、飛翔する。次いで七曜も地を蹴り、風の衝撃波を生み出して自身を吹き飛ばす。
だが、先程の様には躱せない。
地を蹴る魔王の四肢は強化されている。強引に加速した巨体はほとんど動かなかった先程までとは打って変わり、その攻撃速度を倍増させる。
突き出された四翼は左右へ逃れるのを封じる。強化された翼は容易く打ち破り突破する事も叶わず、手間取れば続く攻撃に身を晒す羽目になる。
振り下ろされた無数の剣撃もまた強化されている。砕かれた一本を除いて全てが鋭利な刃を持つ。触れればその重量と速度により両断されるだろう。
「――ッ!」
それでも、躱す。
カイトは奪った情報から隙を突き攻撃を掻い潜る。
七曜は衝撃と属性を駆使し攻撃を逸らし自身を撥ね飛ばす事で回避を試みる。
しかし、剣撃を躱した所で、次には紅蓮と群青の焔が降り注いだ。
ただ焼き尽くす事だけを目的とした、炎上・延焼の状態異常効果を強化した炎。
まともに受ければ命はないが、躱す事も受ける事も叶わない。
二人はただ咄嗟に放てる限りの冷気を放ち、真っ向から対抗し、辛うじて相殺に成功した。
成功した所で、魔王の両腕が伸びて来た。
「……まだ手が有るのか!」
これが手数の利。
二対一でも一方的に封殺される。それだけの力を魔王は持っていた。
無敵の防御によって守られていたのは猟兵も同じだったという事か。
これなら、躱さずに特攻を仕掛けていた方が――と、そこまで考えた時、魔王の視線が持ち上がった。
二人から外れ、どこか遠くを見る様な。
「願わぬ事を願うか」
魔王が呟いた直後、四翼と剣群が持ち上げられた。
迎撃の構え。
それに気が付いた瞬間、カイトは魔王の懐へと飛び込み、七曜は脇を抜けて側面へ回り込む。
そして現れた猟兵へ向けて、魔王が全ての武器を振るった。
双焔を四翼が仰ぎ、炎熱が超広範囲を塗り潰す。
その嵐の様な炎の海に無数の剣を突き込んだ。
ギィン、と、金属のぶつかり合う音。
それは猟兵が生きている証。
纏ったオーラで炎を掻き分け、野生の勘と第六感で見えないまま斬撃を躱し、躱し切れぬと見るや浮かせた武装でその凶刃を受け流し――、
七那原・望(封印されし果実・f04836)が、魔王の御前へと躍り出た。
「幼き者よ、何故偽る。何故隠す。我は汝の全てを肯定すると言うのに」
「お前がわたしを肯定して強くなるなら、わたしはわたしを否定します」
望はまっすぐに言い返す。
願いは啜られる。
望みは毟られる。
祈りは貪られる。
全て喰らわれるのなら、全て糧となってしまうのなら、何も望まない。
そんな、分かり易くて簡単な答え。
――分かってる。
望はちゃんと分かっている。
こんな方法が長くは続かないと言う事を。
願いたくないと言う『願い』は喰われてしまうし、いずれ根底にある「魔王に力を与えたくない」という『願い』をも喰らわれるだろう。
それでも良い。
望の願いは、根底の根源にある願いは、「初撃を受け切る」と言う事のみ。
願いを偽り隠し、少しでも敵の強化を遅らせられたのならそので良い。
おかげで猛攻を凌ぎ切り抜ける事が出来た。
あとは、願う必要は無い。
唯一気に掛けるべき他の猟兵も今は距離が離れているし、あとは上手くやってくれるだろう。
「真の望みを晒せ。頑なに覆い隠さんとする、汝の強き祈りが如き願いを」
大魔王が命じる。
奇しくもここは玉座の間。
王の眼前で「汝の願いを申してみよ」などと言われる日が来るなんて誰が思っただろうか。
そして、その言葉をにべも無く突っぱねる事になるなんて、きっと誰も考えない。
「わたしの、ねがい……は、ぁあ……――っ!!」
絶対に、喰らわせない。
そうなるくらいなら願いを捨てる。
願いを生み出す理性ごと。
自我を、己を捨てる。
「ッ――ああぁぁぁああぁあああ!!!!」
望の喉奥から咆哮が放たれる。
可憐な少女の姿には似つかわしくない獣の如く汚く野太い咆哮が。
己を捨て去るユーベルコード、『果実堕天・ウィッシーズグリムリーパー』。
咆哮に呼び起されるかの様に、少女の影から無数の刃が伸びる。
刃は連なり、首をもたげた大鎌へと変わる。
されどそれは影。望の周りを覆う様に黒き影の刃は連なり、解け、無形の異形としてうねり続ける。
「愚かな……」
祈りは途絶え、望みは断たれ、願いは潰えた。
望が捨てた自我と願望。
それは大魔王ではなく、影の刃の糧と成る。
代償という名の糧は、大きければ大きい程に刃を研ぎ澄ませていく。
「叶えるべき願いも喰らうべき望みも無い。ならば汝は、もはや生きる意味も無い」
願望こそ知的生命体の証左。
そう謳う魔王にとって、自我を捨てる望の蛮行は、そのまま自殺と同じ意味となる。
「せめて肉だけでも残さず喰らってやろう」
「ぁぁ……――!」
魔王の宣告に少女が唸り声で応じる。
そして振るわれるのは龍尾。
先端に開く尾鰭はまるで巨大な斧の如く、望の華奢な身体を両断せんと迫る。
軽い身体と影で受ければ押し負ける。躱すにしても横薙ぎに対するなら上か後ろ。
どちらに転んでも、大魔王の追撃は止まらない。
例え望が何も願わなくとも、既に喰らった多くの願望が望を蹂躙する。
はず、だった。
「――……」
魔王が僅かに目を見開く。
連撃に備えた無数の剣も、練り上げた魔力も、四肢に込めた力も、一瞬、強張り、停止する。
振るった龍尾、大斧が如き尾鰭。
それが、影の刃に穴だらけにされていた。
「捨て身、……いや」
違う。
刃は尾鰭と龍尾をズタズタに切り裂きながら受け流した。
望自身も刃に押し退けられるようにして直撃を避け、寸での所で龍尾の内側へ潜り込んでいる。
そう、前に出たのだ。
一歩間違えれば即死しかねない中で。
「く、ぁ――!」
しかし、何故か望は苦悶の声を上げた。
身を捩るのに合わせて影の刃も切っ先を地面に擦らせる。
――受け損じたか。
そう判断した魔王が構えていた刃を振り下ろした。
だが、振り下ろした刃に影の刃が合わされる。
破壊力は尾鰭の惨状を見るに、それでも魔王の方が数段上。今度は受け切れない筈だ。
が、望は受け切る。
先程より目に見えて増した破壊力を振るい、強引に。
「何故――」
願望を喰らうついでにその胸の内をも暴いてきた魔王にとって、完全に願いを持たないものとの戦闘は未知に等しい。
何をしてくるのかがまるで分からないと言う恐怖。
無生物なら規則正しい行動原理が有り、無知なる生命体にも本能が存在する。
今の望もそれらに近しい状態である事は分かる。
だが、影の刃の正体は分からない。
それそのものが理の外の物。それを前提で動く望の行動を読むには、影の刃が何なのか知らねばならない。
ただの武器であれば今の剣撃で終わっていた。
だが終わらなかった。
「ならば、その影を照らしてやろう」
続くは炎熱。練り上げた魔力を注ぎ込んだ赤と青の焔。
望を焼く光は影を押し退け、刃もまた遠ざける。
それだけではない。
今度は待たず、追撃を仕掛ける。
四肢で地を蹴り飛び掛かる。それだけでも必殺の域にある超重撃。
炎が掻き消える前に、光が影を抑えている内に、爪撃を放った。
放ち、そして破られた。
魔王の真下。その巨体が落とした影から生えた、巨大な大鎌が振り上げた前脚を切り飛ばしたのだ。
「がぁ……ッ!」
炎の向こうで望が呻く。
打ち払った剣を利用し焔を避け、それでも焼かれながら、足下を影の刃で抉り、影だけを炎から逃がして。
攻撃する事しか考えていないのか。
それも、殆ど無差別に刃を振るう。
己に向けられた攻撃に対して食って掛かるように。
――そう言う事なら、話は早い。
ホープイーターで喰らった強化を、尾鰭に集中する。
防御力一点集中強化。
何にでも喰らい付くなら、釣り上げるまで。
「知恵無き獣に用は無い」
振るった尾鰭が望を捉えた。
再び刃で噛み付いたのが無謀だった。
初手の様に回避に集中していれば受け流せただろう。
今度は刃が龍尾を刻む事無く、その魚鱗が影を跳ね除ける。
寸での所で周囲に浮かせていた武装が盾となっていなければ、そのまま胴が上下に別たれていた。
それほどまでの衝撃を伴う尾鰭の直撃を受けて吹き飛んだ望が、砕け散る影の刃と共に地面に転がった。
脚一本。
奪われた物は大きく、奪えた物は何も無い。
後で命と血肉を喰らってもまだ足りない。
恐るべき獣だったと振り返る、そんな暇も無く、ウームー・ダブルートゥに衝撃が走った。
腹部。
そして、胸部。
望を打ち負かすのに強化を解いた最も脆い胴体を、気を抜き筋肉を弛緩させた瞬間に、凄まじい衝撃が撃ち抜いたのだ。
「油断しましたね」
七曜が言う。
その歌は衝撃を生み、相互作用で威力増加を繰り返し、ウームー・ダブルートゥの胸部に輝く赤宝石を叩き潰す。
砕け散らずとも、大きな亀裂が入った宝石。その下で破裂寸前まで押し潰されたであろう心臓。
それに負けず劣らず、カイトの叩き込んだ拳の衝撃も魔王を苛む。
巨体故の質量を僅かなりとも浮かせる程の衝撃を真下から叩き込んだのだ。
分厚い皮膚と筋肉を『鎧』と見立てて叩き込まれた一撃はカイトの持ち得る『鎧無視攻撃』の技能の粋を集めて放たれたもの。
防げたはずの衝撃を肉の内側に炸裂させられ、臓腑を直接殴り付けられたような激痛が全身に駆け巡る。
魔王と言えど、この二つの衝撃に超然とした態度を保っては居られず、獣脚を折って膝を付いた。
「ただ逃げたとでも思っていたか?」
カイトが問う。
そんなはずはないだろうと含めた声で。
仲間の援軍、死力を尽くした戦い。それを放置したのもこの一撃の為。
無差別に攻撃を始めた望との最大効率の共闘だ。
「忌々しい……!」
微かに、
ほんの微かに、魔王の表情が歪んだ。
揺るがぬ事こそ絶対者の証。
一点防御を解き無敵のふりを止めても崩す事が無かった、いわば大魔王としての矜持。
全てを喰らう者、ウームー・ダブルートゥ。
その最強の魔王に、反撃の一撃を喰らわせてやったのだった。
●『撃滅』
繭の迷宮。
触れれば対象を若返らせ、『産み直す』という狂った繭糸の迷路。
それにより分断された猟兵達は、ルベルの治療を受けていた。
「礼を言う……」
クロウが絞り出すようにそう言った。
大魔王ウームー・ダブルートゥ。侮った心算は無いが、後れを取った。
理由はただ一つ。
心を乱したからだ。
自分でも御し切れない想いの奔流。それを知った魔王はあえて神経を逆撫でし、『願い』を狂わせた。
強い想いは我が内より出でて我を失わせる。
分かっていた筈なのに、それでも振り回された。
想いを、利用された。
「……これで、借りを返せそうだ」
クロウがルベルにそう言って立ち上がった。
そう、やられっ放しでいられるか。
魔王にも、自分にも。
「まだあんまり動かないでください。出来ているのはせいぜい応急処置なんですから」
ルベルは重傷だったクロウの無事そうな態度に安堵しながらもたしなめた。
治療は治療。止血や痛み止めなども含めて、出来たのは「回復の手助け」であって回復そのものではない。
ユーベルコードでならそう言う事も可能だろうが、今回はその準備はしていなかった。
回復には時間と体力が要る。少しでも早く再戦を望むなら、少しでも長く安静にしている必要が有ると言う事。
クロウもそれを理解し、頷いた後で再び腰を下ろす。
「自分でやるのとは、ずいぶん違いますね」
修介は戦時とはかなり違った口調で言いながら露出した左腕の様子を確かめていた。
安静は肉体だけでなく精神上も必要な事。此処が戦場のただ中である事を承知しながらも、仲間を信じ、あえて緊張を解いているが故の言葉遣いだ。
「ドクターゴースト、かなり腕のいいお医者さんなんですね!」
修介と同じくある程度軽傷の部類に入るソラスティベルも一応の手当てを受けている。
その手当を担当するのはルベルなのだが、医療用品を積んだドクワゴンに宿るドクターゴーストがあれやこれやと的確に指示してくれているのだ。
特に痛み止めの量は重要だった。
多用すれば痛覚だけではなく全ての感覚が鈍化し、思考力も落ちる。それでは戦闘が困難になってしまう。
それを各々の激痛に対する耐性や気合を鑑みて調整してくれている。おかげで殆ど万全の状態で戦えそうだ。
ただ、一人、どうしようもない大怪我を負った者が居る。
ナミル・タグイール。
呪詛纏った獣は、黄金の槍に刺し貫かれ、圧死寸前まで叩きのめされていた。
だと言うのにルベルの治療を拒んだのだ。
「このきんぴかはわたさないデスにゃぁー……」
ふにゃふにゃでへろへろの声で、自分を貫いたままの槍を抜かせまいと首を振る。
刺さったままでは手当てが出来ない上に、槍には呪詛が込められている。加えてナミルにはその激痛に耐える術も、呪詛に耐える技も無い。
ただただ呪詛と苦痛に侵されながら、それでもナミルは手当てを拒み、そして撤退をも拒む。
「やっぱりヒトの心は理解しがたいですね」
最悪死んでしまいますよ?と呆れたような心配そうな微妙な声色で水鏡・怜悧(ヒトを目指す者・f21278)が言った。
ヒトと呼んで良いものかさえ分からないが、怜悧のいち人格である『ロキ』には、ナミルの心は推し量れない。
ただ、ナミルの気持ちが分かったとして、それを普通だと受け入れられる者は少ないだろう。
「それで、情報は集まったの?」
興味深そうにナミルを見ていた怜悧にアンジェラが声を掛ける。
怜悧は振り返って頷く。
その後ろに夥しい量の触手がうねり、風に揺れている。この触手群を用いて怜悧は繭糸を避けながら迷宮の構造把握を行っていた。
ルベルが治療している間、触手で風を読み、ひたすらに迷宮内を歩き回ったのだ。
比較的安全なこの場所を見つけ、猟兵達が集まれるようにしたのも怜悧の功績が大きい。
度々繭の壁越しに襲ってくる炎や剣を撃ち落とす役もこなしていたが、怪我人を守ろうとすると迷宮探索に挑めず、そちらは最終的に緋雨に任せた。
緋雨は元々ルベルと組んで行動している。ルベルが皆の治療をと言い出せばその時間を稼ぐため身を盾にして守るのは当然だと構えていた。
「思ったよりは楽だったけど……」
一撃はそれなり重かったが、飛んで来たのは単発の攻撃ばかり。
繭糸越しだから威力が落ちている、と言うよりは、精度が落ちている。
感じ取った『願望』に向かって適当な攻撃を仕掛けているだけなのだろう。それも危機感を煽って更なる願いを引き出す為で、殺意はまるで感じられない。
それでも仲間に怪我をさせまいと緋雨は全てを打ち払っていた。
「緋雨殿、疲れてないですか?」
「疲れたけど、疲労回復の薬なんてある?」
「ありませんね」
だよね、と緋雨が残念そうな顔で肩を竦めた。
疲れたのは事実だし、疲労回復効果の薬やドリンクが有るなら是非欲しい。
ただ、それは緋雨自身ではなく、アンジェラに渡す気だった。
「これで準備は万端ね……」
アンジェラが呟く。
その一言にさえ色濃い疲労が見えている。
体力も魔力も尽きかけているのは、この迷宮で誰よりも長く激しく戦っていたからだ。
迷宮は繭。天地も無く、縦横無尽に張り巡らされた繭糸が猟兵達を阻む。
そんな中で動く事もままならない猟兵達をここまで運んだのはアンジェラとその精霊メロディだ。
繭糸を避けて飛行し、どうしても触れる場合は『時間操作』の能力で『産み直し』に対抗した。
今こうして全猟兵が無事でいられるのは大半がアンジェラとメロディのおかげと言って良い。
怜悧が情報収集し、緋雨が拠点防衛し、ルベルが医療行為を行えたのも、アンジェラの献身と秘策があってこそ。
それは役割分担の話だ。
アンジェラは此処で脱落する。
大魔王と相見える事も無く、力尽きる。
その代わり、集った猟兵は全員無事に送り出すと、彼女は決めていた。
「先に言ったとおり、アタシがこの迷宮を『破壊』するわ」
アンジェラは言う。その秘策を。
この先に待つ戦いの為に、自分が捨て石となって身を投じる戦いの話を。
「迷宮には有りっ丈のカードを配置したわ。でも、全部は壊せない。
だけど絶対にここから敵の居場所までは『一本道』にしてあげる。
だから、……後は頼んだわよ」
そう言うアンジェラに、猟兵達は全員が頷いて返す。
頼まれなくたってそうすると言う者もいるだろう。
魔王を討つ。その願いさえ喰われてしまうのなら、いっそ仲間に託してしまえ。
あと祈る事が有るとすれば、精々仲間の無事くらいだ。
「応! ここまで魔女が御膳立てしてくれたんだ! 世界のひとつやふたっつ、救って見せなきゃ漢じゃねェな!」
ドンと胸を叩いて笑う梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)も、背負った願い以上のものを返すつもりだ。
返さなきゃならないのはそれだけではない。
大魔王最終形態ウームー・ダブルートゥ。喜介は少し前にも挑み、大敗を喫していた。
その借りを返す。
既に骸の海に還った別個体であろうと構わない。大魔王である事には変わりないのだから。
「アンタみたいなバカがいるからアタシが気張んなきゃいけなくなるのよ……」
喜介は一本気な男で、平たく言えば馬鹿正直だ。もしこの迷宮を前にして誰とも合流出来なければ壁をぶった切って進もうとしただろう。
斬れるか否かで言えば間違いなく斬れる。それが魔王のユーベルコードで紡がれた堅牢無比なる迷宮の壁であろうと。
だがそうすれば当然、切れてほつれた糸に触れ『産み直し』の効果を受けるだろう。
真っ直ぐで力強い馬鹿が、ただの無垢で無邪気な馬鹿になる。それは避けねばならなかった。
戦力として見れば喜介と言う男は決して馬鹿にならないのだから。
皆もそうだ。
まだ一戦どころか一閃交えただけでまるで敗走したかのような気にさせられているが、戦闘不能などではない。
むしろ逃げたのは魔王の方である。
修介も、ソラスティベルも、余力を残しながら勝ち逃げされたのが気に喰わない。
まだ意地を通していない。
まだ勇者になれていない。
その願い果たされるまでは、この場を去るなどありえない。
「じゃあ、行くわよ――!」
アンジェラが残った僅かな魔力を振り絞り、迷宮中に配置したカードを起動する。
カードに刻まれた『炎』のルーンに火が燈る。
一枚では燃えない壁も、十枚なら燃やせる。
十枚では空かない穴も、百枚なら空けられる。
百枚では抜けられない迷宮も、千枚なら抜けられる。
千枚でも足りないのなら、全てを賭けて押し通る。
「――喰ったわね?」
轟々と火の粉を振り撒いて燃え上がる焔。
しかし、繭はある程度まで燃えた後、急に燃え広がらなくなった。
何故か等と問わなくても分かる。
繭糸に巡る願いの力。防御力を強化され、更に堅牢になった迷宮。
彼の大魔王が卑劣にも人の願いを喰らい、よりによって全てを賭けたこの瞬間に横槍を入れて来たのだ。
攻撃による邪魔なら、緋雨が防いだ。だがユーベルコードとなればそう易々とは止められない。
ただ、止める必要も無い。
アンジェラは言った。
必ず、どうにかして見せると。
「ッ……人様の希望をパクって強くなって何様よッ!
希望は知的生命体の証左なんてつまらない物じゃなくて先に進む原動力なの!
見てなさい! アタシはアタシの『願い』で! 『意地』で! 必ずこのうざったい迷路を燃やしてやる!!」
魔女が叫ぶ。
呪文の詠唱ではない。
祈祷の祝詞でもない。
ただただ感情のままにぶつけた思いの丈。
それを受けて、世界が震える。
魔力が応える。
消えかけたカードの炎が、再度強く燃え上がる。
カードが燃え尽きても、繭の壁に『ルーンの烙印』を刻み込む。
炎が炎を呼び込み、張り巡らされた繭糸は次々と燃え落ちていった。
壁も、天井も、床も、全て。
玉座の間の全ては燃やせない。
だが、宣言通り、大魔王が潜む場所まで、全ての繭を焼き尽くした。
「これが『意地』か」
修介が呟く。
意志と意地を力に変えて来たのは修介も同じだ。
「見事な一本道です!」
ソラスティベルも大斧を振り回して笑う。
敵の姿がよく見える。阻む物など何もない。
希望が原動力ならば、希望により強くなれるのは魔王には限らない。
猟兵達もまた、希望によって強くなる。
それを示して、アンジェラはその場に倒れた。
一片の魔力も一欠片の気力も残っていない。
が、大丈夫だ。
既に願いは託された。
その願いは魔王にだって喰らえない。
「順番待ちも出来ぬか」
魔王が眉根を寄せて言う。
血に塗れ欠損した前脚。
火球に打たれ焼け焦げた肌。
無数の刀傷の刻まれた龍尾。
罅割れた胸の宝石と、――余裕を剥がされた相貌。
今し方、死闘の末に漸くカイトと七曜を捩じ伏せた、満身創痍の大魔王が言う。
「様にならねェなあ」
クロウが憤る。
変わらず尊大な態度も、傷だらけの姿で言われては格好もつかない。
あんな無様なものに惑わされたとあっては、何よりも自分に腹が立つ。
喰いたきゃ喰らえ、嗤いたきゃ嗤え。
それでもクロウの願いは変わらない。
この先、どんな誘惑があろうと、『過去』に願う事など何もない!
「焦らずとも汝等の願望を叶えてやろう。全ての願いは我が為に有る」
しかし、そんな思いとも魔王は向き合わない。
どんな願いとも真剣に向き合った事など無い。
願望は糧ならば、喰らう物の尊さなど邪魔なだけだ。
知的生命体と言う家畜は『願望』という卵を産み続けていれば良い。
我が世界を喰らう、その時まで。
故に、
「何度でも、迷い、産み直されるが良い」
そう言って、突き出された手は拒絶を表す。
順番待ちがしたくなくとも知った事か。
結局どんな願いも叶えるか否かは魔王の掌の上。
意地と覚悟の上で全てを奉じ、やっと突破した迷宮も、魔王は容易く作り直す。
「嗚呼、そうだ。「迷宮を何とかしたい」と願った魔女の為に、もう一度迷宮を用意してやろう」
これもまた汝らの願いの賜なりと、魔王は責任を転嫁する。
そうして張り巡らされていく無数の繭糸。
走る猟兵達も間に合わず、目の前を糸に塞がれた。
その糸を、一頭の鷲獅子が喰い破った。
産み直しの効果を受けようと時間操作の力をぶつけ、迷宮として成立する前に全ての糸を切ろうと飛び回る。
そんな事で防げないのは百も承知だ。
でも、僅かにでも突破口が有れば、きっと誰かが辿り着く。
そして魔王を倒してくれる。
それがアンジェラの託した願い。
だから、
『お嬢の希望は、あっしが叶えるんっす!』
メロディが叫ぶ。
残った魔力など嘴の先ほども無い。
それでも魔王なんかに大切な主の願いを奪われてたまるかと、懸命に飛ぶ。
飛んで、抗う。
それを、魔王が容赦なく焼き払った。
蒼い焔が鷲獅子の精霊を包み、一瞬で声も出ないほどに焼き焦がす。
散った羽毛まで燃えて、あっと言う間に灰となり、メロディは大気に溶けた。
――所詮は主が倒れた後に消え損ねた残りカス。
「鬱陶しい事、この上ない」
ウームー・ダブルートゥは心底下らないと言い放ち、
そして、何事も無かったかのように迷宮を作り出した。
「させるかよぉ!!!」
怒号が響く。
目の前に張られた繭糸を裂帛の気迫を込めた一刀が斬り飛ばした。
若返りなど知った事かと、馬鹿は言う。
元より防ぐ気など無い。
逃げも隠れも防ぎもしない。
ただ一刀を振るうのみ。
「良い願いだ」
だが、愚行極まる。
強い願いほどウームー・ダブルートゥを強くし、返す先制攻撃にて捩じ伏せられる。
それが魔王の必勝戦術。
逃げも隠れも防ぎもしないと言うのなら、ただ捩じ伏せられて終わるだけだ。――先の鷲獅子と同じ様に。
気焔燃ゆる喜介に手向けられたのは真紅の烈火。
大気が悲鳴を上げるほどの超高熱を、喜介が真正面から受け止める。
顔も、服も、振り上げた木刀も、全てが赤く燃えてゆく。
骨も残らぬ爆炎。
奇跡的に踏み止まっても、先が無い。
それでも喜介は願う。
「……俺の夢は! 一刀の果て! その極致……ッ!!」
これしかないと振るい続けた剣だった。
それがいずれ何かになると、そうしていつかどこかに到れると。
そんな夢を抱いて、来る日も来る日も振ってきた。
その夢を、理想を、以前相対したウームー・ダブルートゥが見せてくれた。
叶えてくれたのだ。
だから今日は、借りを返しに来た。
教えてくれて有難うと。
礼と、理想の先に見えたものを伝えに、ここまで来た。
「何故、死なぬ」
爆炎は、なおも燃え盛る。
喜介の願いを夢を、全て喰らって注ぎ込んだ炎だ。
その火力の凄まじさは他ならぬ喜介が知っている。
その身を焦がすほどの思いが、現実に身を焼く痛み。
耐えられる筈がない。
今までの喜介だったなら。
――極みに到った一刀が向かう先。その力が向かう先。おれァ、それを知った。
極めた剣で何を斬りたい。
何を守りたい。
剣ではなく、己は何処へと到りたいのか。
それは、きっと初めから願っていた事。
「理不尽に奪わせねえ……ッ!!!」
それが答え。
誰が相手だろうと、喜介の剣は『理不尽』を斬り伏せる。
そうだと、知った。
そう決めた。
故に望むは、その意思に殉じる覚悟。
くしくも『意思』を貫く『意地』を、魔女と鷲獅子が示してくれた。
なら、意地と頑固頭だけが取り柄の人間としちゃあ! 負けてなんていられねえ!
「おれの夢は! おれが御す! それが出来なきゃ夢は叶わねえ!
この炎がおれの夢だってェんなら! こいつを斬って! 答え合わせとしようじゃねェか!!」
気焔が燃ゆる。
万丈へと燃え上がる。
爆ぜて猛り、狂って荒れる。
その焔が、想いが、更に火力を増した魔王の劫火を押し退けた。
有り得ない。
有り得てはならない筈の、その光景。
故に『夢』と呼ぶ、その一刀。
「見事――」
魔王が送る称賛も、燃ゆる木刀は斬り伏せる。
一刀両断。
炎ごと縦二つに別たれた魔王が、気焔に焼かれて、消し飛んだ。
此処に一刀は至高に到れり。
されど、夢は覚める。
この場限りの夢なれば。
しかし、喜介はその手に、確かな夢の感触を握り締めていた。
●『呪詛』
「なっ、なに!?」
ルベルが突然の地震に転倒しかける。
地震、と言うよりは、何かが爆発したかのような振動だ。
大きな縦揺れは繭糸で分断された他の猟兵も感じたのだろう。悲鳴とまでは言わないが、対応に追われている声が聞こえる。
こんな所で転びでもすれば繭糸に絡め取られかねない。そうなれば自分が繭にくるまれて『産み直し』にされるだろう。
「いや、大丈夫そうだよ」
そんな心配をするルベルの肩を押さえて、緋雨が言った。
揺れは直ぐに収まる。
だから、と言うわけではない。緋雨が指を差したのは別の根拠。
「繭糸が――」
緋雨が示したのは壁。繭糸が重なり壁となった場所。
それが、急激にしおれ、崩れていく。
何事かと思ってみれば、その先に原因は立っていた。
立って、そのまま気を失っていた。
「斬ったのか」
気が付けば傍には修介が立っていた。彼が押し込められた壁も崩壊したらしい。
ソラスティベルも、クロウも、崩れていく迷宮を不思議そうに見ながらやって来て、立ったまま気絶している喜介を見付けた。
それを見て全員が納得する。
振り下ろした木刀も、全身も、真っ黒に煤けている。
ところどころ赤いのは血か皮膚か。
そんな痛々しい姿の喜介の足下には、放った一刀の名残である地割れと、それを中心に放射状に広がる亀裂が見受けられる。
究極の一刀。
理不尽を切り抜け、元凶を斬り伏せる。
余波で地形まで変えてしまうその一刀が、繭の迷宮をも破壊したのだろう。
「称賛に値する」
ただ、魔王はそこに居た。
あれだけの傷を受け、最後に喜介の一刀を受けたと言うのに、始めと同じ畏怖を与える姿のままで。
無傷なのも当然だ。
傷を受け、両断されたのは、『恐怖』により呼び寄せられたもう一体の魔王なのだから。
「――ッ!」
緋雨が無意識に拳を握り締める。
ここまで必死に戦っていたのがただの幻だったとは。
「否。幻ではない。あれは紛れも無く我自身、骸の海に漂う無限の『ウームー・ダブルートゥ』の一柱だ」
大魔王が語る。
ユーベルコード『ホープブレイカー』とは、敵が恐れた大魔王を呼び出し、協力させるというもの。
呼び出せるものが大魔王に限られ、かつ行動範囲も限定され、ユーベルコードが解除されれば骸の海へと還る存在。
だが、紛れもない本物だ。
「認めるしかないようだ。汝等は幾度となく我を打ち倒した。これまでも、たった今も」
全てを喰らう者。
この世界を終焉させる者。
大魔王最終形態、ウームー・ダブルートゥ。
最強の災魔にして無敵の魔王であった筈のウームー・ダブルートゥは、猟兵達によってもう何度も討ち滅ぼされている。
その度に骸の海より蘇るも、それもいずれ限界が訪れる。
もしかすると、此度の戦いが最後かも知れない。
「認めよう、我が敗北を。汝等を贄と呼び、見下し、侮った我が失態を。
だが我は汝等の勝利をも喰らい尽す。最後に残る者は我一人である。
故に願え、望め、祈れ。汝等が生存を、絶望の中の希望を。我を崇め、命乞いをするが良い!」
魔王が四枚の翼と無数の剣を広げる。
異形にして畏怖を抱かせる肉体が、喰らい続けた願望により強化される。
淡く輝きを帯びたその姿は後光を背負った神にも見えて、見る者全ての心を震え上がらせる。
だが、猟兵は見向きもしない。
心を震わせるのは魔王などではない。
それは、誰にも譲れない願い。
「つまり金ぴかにゃ!」
そう、胸を張ってナミルが叫ぶ。
身体を貫く槍もそのままに、その瞳を欲望に濡らして走り出した。
「懲りぬか。良い。それでこそ知的生命体よ!」
「こりるもなにも足りないにゃ! みぐるみぜんぶおいてけデスにゃああ!!」
互いの方向と共に、互いの黄金がぶつかり合う。
大魔王の振るった黄金の剣、ナミルが振るった黄金の斧。
先制を封じた。――いや、先手を取られながら斧の刃で受け止めただけだ。
防御、からの反撃。
願望が呪詛に変質し、黄金の大斧を怪しく輝かせる。
ナミルが纏った黄金が、刺し貫かれたままの黄金の槍まで含めて、輝き出す。
溢れる想いは溢れ出す呪詛と成る。
喰らった槍が孕んだ呪詛も、そのまま奪って手に入れた。
黄金も、その呪詛も、全ては呪詛猫ナミルのものだ。
「にゃあああぁぁあ!!!」
「ぬぅ――ッ!」
黄金の大斧が、黄金の剣を打ち払う。
ナミルの呪詛はナミルの欲望。
それを喰らい、力に変えた魔王もまたナミル自身の呪詛により強化されているのと同じ。
それでも押し負けたのは、呪詛のせいだ。
呪詛が、魔王を蝕んだせい。
強過ぎる想いは淀み、呪詛となる。
呪詛は人を蝕み、歪めていく。
歪んだ人は歪んだ想いを、呪詛を、吐き続ける。
それが『呪い』というもの。
強大な力だが、余りにも危険な諸刃の刃。
「……これは……!」
腕が捻じ曲がる。
皮膚が変色する。
脚の関節が増える。
翼は腐り、尾は爛れ、おおよそ元の生き物とは別の姿形へと捻じ曲げられていく。
それほどまでに強い呪詛は、全て元々ナミルのもの。
だがナミルは怯まない。
全身の毛が逆立ち、急激に伸び始める。
しなやかに整っていた毛並みが荒くねじくれ、呪詛と共に全身を覆う。
やがて闇の塊の様な漆黒の呪獣に成り果てようと、ナミルはその事をただの一瞬も気に留めない。
ねじ曲がろうが歪もうが、それは元よりナミルの願い。
それはナミル・タグイールのあるべき姿。
そもそもとして、『そんなこと』より、『黄金』が欲しい。
「よこせッにゃあ!」
「――ッ!」
ギガゴンッ!と鈍い音が連続し、呪詛が火花の様に散る。
魔王が黄金の剣でナミルの斧を打ち払った。一撃では無理だと、ただの一振りに対し、数多の剣を叩き付けて。
気が付けば剣に纏わせた呪詛は消え失せ、ナミルから奪った願望は霧散している。
当たり前だ。
こんなに危険な物を扱えるものか。
呪詛への耐性も無いと言うのに、呪詛を御するどころか身を任すなど、真面ではない。
真面ではないからこそ、その願いはただただ強い。
「ぐぅ……!」
呻く。
押し込まれ、弾き飛ばされる黄金剣を必死に振り回す。
黄金を振るうのは、ナミルならばこの剣を折る事は無いと踏んだからだ。
その目論見が外れていればとっくに重大なダメージを負っていただろう。
しかしそれも長くは続かない。
ナミルが大斧を叩き付け、それを防いだ瞬間、ナミルが剣へと飛びついた。
呪詛を纏い変貌した獣は、力づくで『黄金』を奪い取る。
奪われた黄金は、今まで奪ってきた願いの残滓を呪詛として孕む。それはナミルの纏う黄金ほどではないにしろ、確実にナミルの力を増強する。
「――我から願いを奪い、喰らうと言うのか!」
叫ぶも、ナミルにそんなつもりは無い。
ただ純粋に黄金が欲しいだけ。
身体に刺さったままの黄金が、そこに込められた呪詛が、いっそうナミルを強くする。だが、ナミルはそれを狙ったわけではない。
欲しいから奪い、欲しいから手放さない。
黄金も。
呪詛も。
危険だろうがなんだろうが、ただの一つも渡さない。
「それがテメェと俺らの違い。他人の願いを奪う事しか出来ないテメェの限界だ」
ナミルが押し込み、武器を奪う。その隙を突くようにクロウが魔王へと肉薄する。
ウームー・ダブルートゥは繰り返し語る。汝が願望は我が物となると。
しかし得た物を完全に使いこなせるとは限らない。
所詮鏡の様な物。
映し盗るだけで、本物に成り代われるはずがない。
――魔王の在り方は神器の鏡(おれ)と少し似通ってる。
他者への依存。
変われない物。
知恵を、身体を得てなお、過去の在り方に捕らわれ続ける。
それはまるで『呪い』の様に。
「もう一度だ、大魔王ウームー・ダブルートゥ。
テメェごときに、俺の『願望』を喰らえるか!」
「喰らえると答えた筈だ!」
魔王が黄金の剣を一本、投げ捨てる。
背に腹は代えられないと、ナミルへ向かって叩き付けられたそれは大斧に弾かれてあらぬ方向へ飛んで行く。
その黄金の行方にナミルが気を引かれた隙に、魔王が翼を振り回した。
出鱈目な一撃。
ただそこに込められた願望は、クロウの内から奪った強い願い。
その願いの力を以て、クロウの願いを打ち砕く。
「学ばぬならそれも良い。倒れ伏し、ただ我に願いを奉じていよ!」
クロウが翼爪に肉を抉られ、衝撃に殴り飛ばされる。
しかし言われた通りに倒れ伏す事は無かった。
剣で急所は守ったが、受けたダメージは大きい。それでもダメージに反して軽い身のこなしで地を蹴り、手をついて回転し、衝撃を完全に受け流す。
そしてそのまま剣を構えた。
抉れた傷もそのままに、流れ出る血も止めもせず。
「喰らえてねェな」
そして言う。
クロウの願いを喰らったにしては、弱いと。
呪いと称する程に根深く、名も付けられない程に混沌とした願望が、こんなに『軽い』はずがない。
そう言えば初めに魔王は言っていた。「患う心算は無い」と。
願望が絶望や苦痛、悲哀、憎悪などから生まれる事を知っていながら、その思いを背負う心算は無い。
それなのに、思いの力だけを奪うと言う。
「――負けを認めながら、こんな簡単な事もわからねェのなら教えてやる」
構えた剣の切っ先が真っ直ぐに魔王へと向けられる。
血肉を削られてなおぶれる事無く。
元より血肉は「くれてやった」だけ。
ちょっとした代償だ。
代わりに得られるのは、『常夜桜』の残り香。
ふわ、と立ち昇る、無性に懐かしい香り。
血の臭いも死の臭いも霞み、クロウの脳裏には忘れ難い姿が浮かぶ。
『そんなに私のことが忘れられないのかしら?』
残り香が呼び起こす残響。
少し悪戯っぽく笑う声。
――忘れられない? 其れは俺だけではねェ癖に。
そうだ。忘れられないはずなのに、今更思い出す。
これが願い。
例え叶わず終わろうとも、誰にも譲れぬ想い。
呪いとまで呼んだ想いも、名状し難いと語った想いも、思い返せばその顔に浮かぶのは――。
ああ、どうしようもなく、目が細まり、眦が下がる。
苦痛も、苦悩も、この想いの為に生まれたのなら、それを背負わずしてこの願いは奪えない。
いや、奪われようと、関係無い。
この願いを叶える為だけに、俺は人の器を得たのだから。
「良い願いだ。我が糧に相応しい!」
再確認した己の根底たる願いも、魔王は土足で踏み入り奪っていく。
だが奪って纏ったとして、その願いが魔王の物になる事は無い。
魔王の生きる原動力には成り得ない。
まるで全てを奪ったかのように言いながら、結局本人には到れない。
何よりも――、
「テメェの願いが、弱過ぎんだよ!!」
一閃。
振るった刃が紅蓮を纏い、魔王の振り下ろした腕を斬り飛ばす。
拮抗すら許さない。
同じ願いを纏っていながら完全に雌雄を決したその瞬間、動きを止めた魔王に返す刃でもう一閃を浴びせ掛けた。
「何故――ッ!」
信じられない物を見たとでも言うのか、魔王が断たれた腕を見る。
その一振りが巻き起こす僅かな風に乗った常夜桜の残り香が桜の花弁へと変じる。
払った代償が呼び起こしてくれたのは懐かしい気持ちだけではない。
それは『蜜約の血桜(クロース・トゥ・ユー)』。桜吹雪が敵を切り刻む、クロウだけのユーベルコードだ。
「汝も、我から奪うのか!」
魔王が吼える。
吼えて再び翼を振るう。
桜吹雪が舞い、花弁が魔王を傷付ける度に、『生命力』を奪われる。
全てを喰らう者が食い物にされてなるものか。
魔王の抱くその身勝手な願いも、クロウは「軽い」と受け流す。
剛翼が暴風を巻き起こせば桜は散らされる。クロウとて直撃すればただではすまない。
だがあっさりと受け流されるのは何故だ。
散らされても再び舞い上がる桜の花を見ても、魔王には分からない。
「願望とは何だ……ッ!」
確かに喰らった願いが、その身に宿した望みが、放たれた祈りが、同じ願望に何故負ける。
理屈が通じぬ。
道理に背いている。
摂理を蔑ろにし、法則を狂わせる。
それが猟兵であり、己もまたそうであると、魔王は気が付けない。
ならば、
「その答えを喰らうだけだ!」
蹂躙す。
願望を喰らい、生命を喰らい、世界を喰らうその前に。
分からぬのなら分かる者を喰らえば良い。
知恵が足らぬのなら知恵者をも喰らえば良い。
喰って、喰らって、喰い尽くし、我が糧とすれば良い!
「させないにゃあ!!!」
ドゴンッ!と黄金の塊が降ってきて、魔王の翼を一枚圧し折った。
ベキボキと音を立てて拉げたそれを、斧の上から拳を叩き付ける事で強引にぶった切る。
「世界とかわからんデスにゃ! けどにゃあ、黄金はぜんぶナミルのにゃ!
決めたにゃ! めんどいから、倒してからぜーんぶもらうことにするデスにゃ!!」
などと言いながら先に棄てた黄金剣をちゃっかり背負って呪獣が笑う。
その重量を背負ってなおお釣りが来る程の呪詛。
それが一身に注がれた破滅の黄金斧『カタストロフ』が禍々しくも煌々と輝く。
何たる私利私欲。
美しさも無ければ深みも無い。
だというのに恐ろしく強い想い。
もはや夢や希望の枠を超え、生存本能も三大欲求も凌駕し、『黄金を求める』という呪詛そのものと成り果てた。
猫を被った呪詛。
それと出逢ってしまった悲劇こそを、魔王は呪うべきだった。
「喰えぬ者共よ……ッ!」
だが、笑う。
超然とした絶対者としての振る舞いが染みついていたのだろう。
こんな時だと言うのに、ウームー・ダブルートゥは思わず二人を称賛を送った。
死力を尽くした、渾身の連撃と共に。
●『魔王』
ウームー・ダブルートゥは喰らう。
世界の全てを。
願望を喰らうだけが能ではない。
猟兵がそうであるように、魔王もまたユーベルコード以外の武器が有る。
先制攻撃や願いを読み取る力。
強靭で多様性を持つ肉体。
絶対者として君臨する災魔の王は、他者の願望など無くとも圧倒的に強い。
それを示すかのように、魔王は武器を振るう。
数多の黄金剣がナミルの斧を防ぎ、弾く。
三枚の大翼がクロウの桜を吹き散らす。
人の片腕がナミルの斧の柄を握って捕らえ、獣の前脚が放つ爪撃でナミルを削り、叩き潰す。
赤と青の炎がクロウの剣が帯びた紅蓮に喰らい付き、斬撃を尾鰭で受けながら龍尾がクロウを締め上げる。
ただでやられてはくれない。
ならば差し出してしまえば良い。
ナミルの『捨て身』も、クロウの『代償』も、結局はその身を犠牲にしなければ敵わぬと言う事の証左。
だから魔王も差し出す。
同じく我が身を差し出し犠牲を厭わなければ、条件は再び魔王優位へと傾く筈だ。
そんな考えの末の、猛反撃。
願い喰らえぬ輩なら喰らわずとも良い。
それしきの事で負けるわけがない。
「まだ、残っているのか」
その純然たる暴力を以て二人の猟兵を押し退け、魔王が前方を睨む。
相対するのはルベルと緋雨、ソラスティベルと修介の四人。
何人倒しても何度倒しても切りが無い。
だがそれはお互い様だ。
放たれた『無限災群』とダークゾーンは猟兵の侵攻を大いに喰い止めただろう。
文字通りの無限の軍勢を猟兵達はどれだけ倒して来たのか。
大魔王も同じだ。
あらゆる形態を取って、幾度となく黄泉還り、何度も何度も立ち塞がってきた。
猟兵はそれを越えて来た。
ならば、それを越えねばならないのは当然の事。
猟兵達を蹴散らし、迷宮を脱する。今まで猟兵達が行って来た事の逆をするだけだ。
「汝等に出来て我に出来ぬはずも無い」
汝等の願いを我が叶えられるように。
汝等の力を我が手に入れられるように。
我は全てを喰らう者。
我が汝等を喰らい、汝らの成した全てを喰らう。
「まだそんなこと言っているのですね」
ルベルが言う。
呆れたように、ではない。
そんな風に見下せば魔王は本当にルベルを喰らう事だろう。
むしろ感心の方が勝る。
「……緋雨殿、参りましょう」
「うん。ルベル君、無茶はしないで」
ルベルが構えれば、緋雨は先行して走り出す。
果たして大魔王に挑む事は無茶ではないのだろうかと考えて、ルベルは苦笑だけを返した。
二人は正面から弧を描き、側面へと走る。
正面からは修介とソラスティベルが突っ込んだ。
四人同時攻撃は無謀だ。
先の猟兵の戦いを見守ったのも魔王の攻撃範囲とホープイーターを警戒しての事だ。
四人で挑めば四人分の願望により強化される。その上で翼や炎、剣の薙ぎ払いを受ければ一撃で壊滅も有り得る。
だから、ルベルと緋雨は戦線を離脱する。
「――来る!」
轟ッ!と、緋雨の頭上を翼爪が通り過ぎる。
ルベルも飛来する剣を躱しながら倒れた猟兵達の元へと駆け付けた。
念動力による救助活動。猟兵を抱えるのに加え、ついでに迷宮の床を掘り返す。
そうして浮かせた瓦礫をまだ残っていた繭糸に叩き付け、その瓦礫を足場にして緋雨が飛ぶ。
救助と警護。
二人が選んだ戦いは、戦線を支え、猟兵を癒す事。
それで何度でも立ち向かえると言うわけではない、きっと「一回多く攻撃出来る」程度が関の山だ。
だがただ見ているだけより、あるいはただ突っ込んで行くより、遥かにマシだ。
現にクロウは腕一本切り落とし、更に手傷を負わせて見せた。
二度目のダウンを喫したナミルは治療拒否するが、黄金に触れなければ良いのであれば止血や鎮痛は出来る。
七曜も、カイトも、まだ僅かに気力を残している。
燃え尽きたトモエも死んではいない。
望も意識は無いが重傷は負っていない。
まだ戦える。
だから戦わせない。
戦線を離脱したのは、ホープイーターのせいだ。
先に魔王がクロウへ言い放った「倒れ伏し、ただ我に願いを奉じていよ」と言う言葉は、きっとあの場に倒れた猟兵全てに向けられていた。
倒すだけで殺さずにいるのは、つまり、そうさせるため。
引き離さなければ魔王を延々と強化させてしまう。
「結果的にだけど、繭が残ってて良かった」
玉座の間は広く、障害物が殆ど無い。それなら端の方に焼き切れず残った迷宮の方が壁として優秀だ。
此処で再び治療し、最後には自らも挑む。
無茶をするのはそれからだ。
逆に、二人が居るからこそ、他の猟兵達は無茶が出来るというもの。
「追撃の隙は与えん」
「守ることが勇者の本懐ですからね!」
飛び出した二人は更に二手へ分かれる。
地を駆けるは拳を握る修介。
空を駆けるは斧を握るソラスティベル。
上下の挟み撃ちにて魔王へと挑む。
作戦としては単純にして効果的。
修介が観る限り、魔王はあらゆる要素を内包し手足や翼は多く持つが、顔は一つしか持っていない。
願望を感知し心を読む事で不意打ちに対抗する事は出来ても、挟まれてしまえばその両方に完璧な対処が出来るとは思えない。
クロウが飛び込んだ時にナミルを遠くへ追い払ったのがその証拠。
懸念が有るとすれば、絶対的なリーチの差。
「凌雲之志! 鉄心石腸! 良き願いを持つ者共よ、艱難辛苦に喘ぐが良い!」
二人の願いを喰らって得た力が魔王を更に強くする。
譲れぬ願いと揺るがぬ意志が、止めようがない猛攻へと変わって跳ね返る。
振るわれたのは紅い焔を纏った尾鰭の穿突。そして蒼い焔を纏った獣爪。
ソラスティベルは身を翻し、斧で爪を受けて衝撃で回転する。
それだけならば以前と同じ。
二の轍は踏まぬと、回転しながら更に前へと飛翔する。
その進撃を阻む黄金の剣の群れをもオーラを纏った大斧が受け流し、寸での所で掻い潜る。
修介も同じだ。
振るわれた尾鰭は、龍尾は、突撃槍の様に真っ直ぐと突き込まれた。
それは修介の意思を込めた拳になぞらえた一撃。先に味わった『自分の意思の力によって打ち負ける』という屈辱の再現。
だが、修介は焦らない。
憤る事も恥に思う事も無い。
意思を込め、意志を貫く。
願いも望も祈りも無い。正確には、それらが何であろうとどうでも良い。
奪われようが利用されようが、それで意思が揺らぐ事も曇る事も無い。
だから、願いなど無いのと同じ。
それに、
「良いものを『観せて』貰った」
見守ると言うのは、修介にとっては決して傍観する事ではない。
日々修練、常々鍛錬。寝ても覚めても己を鍛える事を止めない修介にとって、見守る事さえ修行に変わる。
見て覚え、頭で考え、戦場で急速に学習し成長する。
その過程で観た。
意志を貫く者。
願いに殉じるその姿。
そんなものを見せられては昂ぶらずにはいられない、と言うわけではない。
ただ淡々と確信しただけだ。
意志は貫ける。
例え、相手が己の意志そのものであろうと。
「ッ――!」
尾鰭を受けた左腕が軋む。
豪速、強烈。踏み止まる事を許さない破滅的な一撃。
踏み止まる心算も無いと、足首を柔らかく捩じる。
腰を落とし、受けた衝撃が緩んだ刹那に体の軸をずらす。
この攻撃に自分の意志が込められているのなら、合気で受け流すのにこれほど容易い物は無い。
「追撃は一拍遅い」
龍尾が真横を通り過ぎるその最中、振り下ろされるのは黄金剣。
纏った紅い焔に身を焼かれようと揺るがない。痛みも恐れも呼吸一つで凪いでいく。
落ち着いて対処出来れば何と言う事も無い。降り注ぐ凶刃も最小限の動きで打ち払い、受け流す。
しかし魔王の武器は無数の手数。
受けに回れば攻めの転機は訪れない。
それも、よく観知っている。
だから好機は己で作る。
修介は引いていく尾鰭を引っ掴み、思い切り引き寄せた。
いっそ引き千切る心算で引っ張った龍尾は魔王の身体を傾ける。
崩し。
ほんの僅かな綻び。
その隙を、ソラスティベルが駆け抜ける。
「足りませんよ大魔王! この程度、苦難と呼ぶには生温い!!」
大斧を振るい、ただただ耐え忍んだのはこの瞬間の為。
待っていても訪れない筈の好機は、作る者と活かす者が居て初めて掴み取れるチャンスとなる。
人々の希望を担い、夢を見せてこそ勇者。
魔王を討ち果たし、新たな希望が生まれる世界を切り開く。
――そう。『勇者』とは、願われ、望まれ、祈られる者。
逆は無い。
故に唯一望むは『艱難辛苦』。
即ち、勇者になる為の試練のみ。
「その言葉は我を倒してから吐くが良い!」
言い返す魔王が、残った片腕でソラスティベルの一撃を受け止める。
渾身の一撃が片腕に防がれ、押し込もうにも間髪入れずに炎が迫る。
「――それでこそ!」
脚を振り上げ、斧刃を掴む魔王の手を蹴っ飛ばす。
即時離脱。それでも蒼い炎を完全には躱せず、肉が焼ける音を聞きながら身を翻す。
焦るな、耐えろ。
希望を喰らうのが魔王なら、希望を託されるのが勇者。
希望を託した者が耐え忍び、待っているというのに、勇者が耐え切れずに逃げたり突っ込んだりするなんて許されない。
「感謝しますよ、大魔王! あなたがこの時代に復活してくれたことに!」
ソラスティベルは笑う。
与えられた艱難辛苦。
身を焼く苦痛、攻め切れぬ焦り。
これだけ多くの者が挑んでなお勝利へとは届かない最強の敵。
世界を滅ぼすに足る、まさに大魔王。
「――汝も我を『魔王』であれと望むのか」
だが、魔王はそれを否定する。
ウームー・ダブルートゥは、
いや、大魔王は、望んで魔王に成ったのではない。
「汝等が我を『魔王』と呼んだ。我が『魔王』である事を『望み』、そして封じた。
だから我は喰らうのだ! 全てを喰らい、『大魔王であれ』との願いを叶える為に!」
そして、知恵を捨てるのだ。
まだ名も知恵も持たなかった頃の、ただの『喰らうもの』に戻る為に。
その為ならば、魔王と言う蔑称であろうと受け入れ、自ら名乗ってやろうとも。
「勇者よ。汝に託された願いと、我に望まれた役割。その何方が強いか、確かめてみよ」
「……ええ。望むところです!」
魔王の言葉に勇者が応じ、戦場の空気は一変する。
クロウが言った、「魔王の願望が弱い」という言葉の意味。
与えられた役割をこなす、他者の願望を聞き届け叶え続ける。
それ故に薄かった自身の願いを、魔王が遂に吐き出した。
そして、一瞬でソラスティベルが掴まれた。
受け流しを主体とした空中戦。
第六感までも駆使した超直感。
それを、正面から打ち破ったのはただ速くて強いだけの攻撃だ。
全てを回避し切る事が出来なければ、いずれはこうなる。
ひとたび捕まれば斧で受け流す事も第六感で回避する事も出来ない。
ただオーラを纏い防御を固め、――次の瞬間、地面へと叩き付けられた。
落差十数メートル。渾身の振り下ろしは地面が砕け散る程の衝撃。
火で炙られるのとは比べ物にならない程の激痛が脳を貫き、潰れた臓腑が口から血を吐かせた。
――魔王たれ。
それは、魔王が望まれた、最も多く、最も強い願い。
あれは魔王だと蔑まれ、恐れられた。
おのれ魔王と恨み憎まれ、全てを魔王のせいにした。
絶望の受け皿として、かくあるべしと望まれたのだ。
ならば応えてやろう。
その先に我が願いが有るが故に。
「汝が望むならば、我は世界を滅ぼそう。絶望に満ちた世界で、あるいは骸の海の水底で、艱難辛苦を謳歌せよ」
その言葉に応える者は居ない。
ただ、魔王の瞳が、『世界』への敵意で燃えていた。
●『虚心』
ここまでだ。
そう判断し、緋雨はルベルへと視線を投げる。
ルベルも頷いて返し、治療道具を片付けた。
猟兵の治療は完璧ではない。意識を取り戻す事すらなかった者もいる。
それでも良い。
彼らは十分戦った。だから今度は自分達の番だ。
「援護します」
そう言って、怜悧は大量の触手を引き連れ、迷宮の奥へと消えていく。
ヒトの心が理解したいと願った怜悧(ロキ)に、魔王が見せたのは幾つもの願いの形。
怜悧だって微塵も理解出来ないわけではない。
非合理的に見えて、心は常に合理的だ。
願う。望む。祈る。それらは全て、自分が自分の為に必要だと思う事。
腹が減れば飯を食いたいと願う様に、そうした当たり前の願望の積み重ねが心を形成する。
積み重ねだからこそ、少しの違いが大きな違いへと繋がっていく。
そして心はヒトによってまるで違う物になっていく。
「何かが分かったような、何も分からなかったような」
雲を掴む様な気分だった。
ただ、
幾つもの願いを、その心を、分からないままで、記憶する。
何時か理解する為に。
そして、ヒトになる為に。
「さあ、お礼をしましょうか」
言って、怜悧は触手を編み上げる。
金属の属性を持つ触手が絡まり合い、砲塔を形成すれば、それに雷の触手が絡み付き磁気を帯びさせる。
同じく触手から作られた金属杭が砲に装填され、怜悧は静かに前を見る。
繭糸の迷宮、その壁の向こうの大魔王を。
「――私の願いも見えているのでしょう?」
壁越しだろうと、長距離だろうと、おそらく魔王は願望を感知し、怜悧の居場所も行動も掴んでいる。
だから、覚悟の上で放つ。
超超高速で放たれる鉄杭。
触手で作り上げたレールガンは、繭糸の壁を穿ち、その先に立つ魔王へと届く。
届き、そして弾かれる。
目が合った。
次の瞬間には、炎が目の前に迫っていた。
「ッ! 思ったより早いですね……!」
繭糸の壁を盾代わりに使いたかったが、炎は蛇の様にするりと壁を迂回し、怜悧を襲う。
それを触手で防ぎ、怜悧はその場を離脱した。
迷宮を調べ上げ、見付けた狙撃ポイントは多い。
ただレールガンの威力を落とさない為にもなるべく直線の通路を選んだので、反撃が届くまでも早い。
最悪先回りされる事も有る。
そうなれば、ただ逃げ回るだけで終わるだろう。
「――そう、ならないと思いますが」
呟き、第二のポイントまで辿り着いた怜悧が命じる。
今度は一門と言わず、作れるだけのレールガンを作り上げる。
一瞬で反撃されるなら一瞬のうちにどれだけ撃てるかが勝負になる。連射するなら砲塔自体を増やすのが効率的だ。
その分消耗は大きくなるが、そんな事は言っていられない。
アンジェラに、喜介。敢えて自滅の道を進んだ二人を見て、ああはなるまいとは思えなかった。
何故かはわからない。
わからないのでこう思う。
たまには自分の限界を調べてみよう、と。
これは知的好奇心に駆られて行う蛮行。
ただ、それだけだ。
「掃射!」
爆発音が周囲を満たす。
ビリビリと振るえる空気が怜悧の鼓膜も肌も荒く殴り付けた。
それだけの衝撃と共に放たれた鉄杭も、魔王は翼と炎で薙ぎ払う。
恐るべき強度。
だが、幾つかは突き刺さったのを見た。
「――ッ移動!」
やはり第二射を用意する暇が無い。
迫り来る業炎を砲塔と化した触手を盾にして防ぎ、その場を離れる。
次のポイントへ辿り着く、それまでの間は、緋雨とルベルが魔王へと斬り掛かっていた。
「余所見していると見失いますよ?」
ルベルが言いながらマントを翻す。
その影で覆い放たれた札は、オブリビオンへの怨念が込められている。
とは言え、札一枚。それも札に込められ、固定化されている。
生きた猟兵の願いに比べてしまえば微弱なそれを、魔王は殆ど直感で感知した。
だが、札を炎が焼き払おうと、その影に隠れた短刀は弾けない。
「……ッ!」
魔王が唸り、短刀が突き刺さった翼を振るう。
突風が札も短刀も薙ぎ払う。が、今度はそれでは防げない鉄杭が飛来する。
凄まじい金属音を立てながら翼に鉄杭が突き刺さり、衝撃に傾いたところを緋雨の雷撃が襲う。
拳に纏った破魔の雷撃。
それは撃ち込まれた鉄杭を打ち付け、鉄杭越しに魔王の体内へと流し込まれる。
いかな魔王と言えどその苦痛に身体を強張らせ、咄嗟に振るった龍尾を緋雨が短距離転移で切り抜ける。
回避特化のユーベルコード『陽炎』は、防御専用ではない。
敵の攻撃を掻い潜り肉薄するのに、これほど適した技も無い。
「その程度じゃ掠りもしない!」
緋雨が叫び、今度は直接魔王の身体を打ち抜いた。
苦し紛れに振るわれる前脚の爪も、強力だがそれだけだ。
ユーベルコードの様に物理法則さえ超えていく程の攻撃でなければ、積み重ねて来た戦闘の経験と知識が対処法を教えてくれる。
それだけではない。
攻撃範囲も速度も破壊力も常軌を逸した大魔王相手では、分かっていても躱せない攻撃と言うのが出て来る。
それを怜悧の鉄杭が、ルベルの札と短剣が、的確に喰い止めてくれている。
――ボクは独りじゃない。
そして、誰も独りにしない。
「有難い」
修介が短く呟く。
気が付けば、魔王の背中に飛び乗り、拳を構えている。
零距離。
そこが修介の戦場。
最大の一撃を放つ為の、必殺の射程。
緋雨達が気を引く間に密着した修介。それに気が付いた魔王も慌てず、修介が居る場所に願望の力を集中させる。
他ならぬ修介の意志の力を、一カ所に集中して強化された防御力。
それが有る限り修介の拳は通じない。
それでも修介は拳を振り下ろす。
「無駄だ」
そう断言する。
魔王ではなく、修介が。
そして響いた轟音は、魔王の背骨が砕けた破砕音。
修介の拳は己の意志をも打ち砕き、深々と魔王の身体に突き刺さっていた。
「何故――ッ!」
驚愕と激痛に魔王の顔が歪む。
クロウの時と同じだ。だが、呪いを帯びるような願いではない。
ただの意志。
願望と言うよりはそれから生じた方向性でしかない物。
いや、強弱以前に、どうして自分の意志を自分の意志で打ち破れる。
相殺も拮抗もしないのは何故だ。
その問いに、修介は構えながら答えた。
「『自分』を貫くのが、『意志』だからだ」
たったそれだけの事。
貫くべき意志で貫かれまいと身を守る事に何の意味も無い。
ましてや修介の想いを修介自身が貫くのは当たり前の事。
例え意志そのものではなく願望を盾にしたのだとしても同じ事。
拮抗しようが、相殺しようが、修介は貫くまで拳を振るう。
「ならば燃えよ!」
「それも無駄だ」
魔王が振るう焔。
灼熱に炙られ、熱波に押されながら、それでも修介は止まらない。
苦痛も恐怖も呑み込んで、貫き通すのが意地である。
――この拳を止めたくば、先ず息の根を止めよ。
そう語るかのように打ち込まれた拳が、砕けた背骨をさらに粉々に粉砕する。
脊髄を断つ一撃。
その代償は安くないが、修介は怯まない。
だがそれは魔王とて同じ事。
獣の下半身が動かぬと知った瞬間、それを見捨て、身を捩る。
折れた背骨を捻じ曲げて修介を片腕で殴り付けた。
修介から奪った意志に己の意志をも乗せた渾身の一撃は、足元を掬われた修介を容赦なく殴り飛ばす。
捨て身に捨て身で返したのだ。双方のダメージは尋常ではなく、それでも魔王は立っていた。
残った獣の前脚と翼で地を掴み、どれだけ傷付こうと倒れない。
「――ッ」
緋雨が微かに息を呑む。
初めて見た時に抱いた恐れ。それを遥かに上回る恐怖が、緋雨の身を竦ませる。
「恐れたな」
その心を、ウームー・ダブルートゥが見逃す筈がない。
血反吐を吐き散らし、動かない下半身を引き摺り、失った片腕と翼から延々と血を流す。
そんなぼろぼろの姿でなおも君臨し続ける大魔王。
恐れぬ筈がない。
だが、恐れれば、その思いが『新たな魔王』を呼び寄せる。
「緋雨殿!」
ルベルが叫び、同時に怜悧の鉄杭が飛来する。
決して軽くはない鉄杭の乱れ射ちを、翼双で持ち上げた龍尾で防いだ。
動かぬのなら死体と同じ。ならば盾くらいにはなろう、と。自分の身体さえも利用する。
「拙い……!」
高まる恐怖を喰らわれるわけにはいかない。
今この状況下でもう一体の魔王が現れれば、それを止める術はない。
その時こそ戦いの行方は決定付けられる。
ぎりぎりの所で繋いできたこの戦いが、希望が、完全に断たれてしまう。
「その『願望』を我に捧げよ!」
「させません!」
魔王が伸ばす腕を払い除ける様にルベルが飛び込む。
緋雨が宙を蹴り逃げ回り、必死で雷撃を放つも、そのままではいずれ捕まってしまうだろう。
だから決めるしかない。
今、此処で。
「ここが最後の狙撃ポイントだ」
そう言って、怜悧も広間に現れた。
逃げる度に盾として使い、魔王の反撃で数を減らされた触手達。その残り殆どを砲塔に変えた。
余った数本には、光の属性を。
本当は魔王に接近された時に使う心算だった奥の手を、どうして自分から近付いて使おうなんて思ったか。
全く、ヒトの心は分からない。振り回される身にもなって欲しいなどと思いながら、全門を魔王へと向けた。
瞬間、光属性の触手が爆ぜる。
その内より放たれた膨大な量の光が、薄暗い玉座の間の全てを白く染め上げる。
魔王はそれすらも願いの感知によって知っている。
だが、視界を奪われればその感知にしか頼れなくなる。
「おのれ――」
気配が、ルベルの願いが、近付いてくる。
それを迎撃しようと振るった翼が、感知出来ない鉄杭によって穿たれ、抑え込まれる。
だが盾はまだ有る。
動かぬ半身を引き千切り、それを掲げ、――ようとして、掴んだ龍尾が『彩花』の札と短刀『痛悼の共鳴鏡刃』によって引き裂かれた。
ルベルが眼前に迫る気配。
その願いが、
ただ一言、『倒したい』と願う想いが、痛い程に伝わってくる。
「おのれ――ッ!」
「存分に哭きなさい」
キィン、と、澄んだ音が響く。
振るわれた妖刀『墨染』が、横一文字に振るわれる。
その一太刀は魔王が纏った願いごと、その腕を刎ねていた。
頸だけは守ったかと、ルベルが刀を収めて前を見る。
正確には、浅かった。
喉笛を掻き斬ったとて、この魔王は止まるまい。
光は収まり、歪んだ顔の魔王と目が合う。
大気と魔力がざわつく気配。
炎が来る。
わかった上で、ルベルは再度、妖刀に指を掛ける。
「もう一太刀、捧げましょう」
欲しいのなら、願いも、この身も、捧げましょう。
――代わりにその首一つ、貰い受ける。
皆が捨て身で戦ったのだ。今更自分だけで安全第一なんて謳えるはずも無い。
無茶をするなと言われたけれど、これはもう仕方ない。
ただ、緋雨はそれを許さない。
「ルベル君を斃させはしない! ボクが戦場に在る限りッ!」
空を蹴り、空間を跳躍し、緋雨はルベルと魔王の間にその身を躍らせた。
今まで戦場を搔き乱して来たヘイトコントロールも、こうなっては意味が無い。
焼き殺される。
それでも、ルベルを守る。
緋雨の悲痛な願いは、しかし、魔王によって奪われる。
「緋雨殿! 駄目だッ!」
ルベルが叫んだ。
魔力が散る。
炎は来ない。
魔王が攻撃を止めた。
それは、緋雨の恐怖を奪い、魔王を呼び出す為に。
恐れを抱いた緋雨だけは飛び出すべきではなかった。
今の緋雨は魔王にとって、この上ない極上の贄でしかない。
だが、
「喰えぬ、だと?」
喉笛から血をゴボゴボと零しながら魔王が目を見開いた。
身を投げ出した緋雨の、その胸中に渦巻く恐怖。
それを喰らおうにも何故か欠片も喰らえない。
「――我を、謀ったのか」
一瞬の空隙を置いて、魔王が訊ねる。
それに、緋雨が頷きで返す。
「何をしてでも守るって決めてたからね」
だから、魔王に怯えて震えるくらいしてみせる。
この局面、逆転の一手が目の前に有れば必ず喰い付くと思っていた。
幸い演技は得意だった。
敵前で怯え竦むなんて恥ずかしい真似だって躊躇い無く実行する。
無茶を止めるのではなく、支える為に。
「もう一度、哭きなさい!」
ルベルが叫ぶ。
同時に、緋雨がルベルの背を押した。
短距離転移。
ルベルが突如、魔王の眼前へと現れる。
鯉口が切られ僅かに光が漏れた。
両腕は失われ、魔力は散り、翼は釘付けにされ――魔王は、初めて『絶望』を覚えていた。
「――『墨染』ッ!!」
●『最後』
悲鳴が上がった。
斬られた首から滝のように血を流し、欠けた腕の断面からも血を噴き出して、更には両目さえ斬られた魔王は、絶叫しながら暴れ出す。
その滅茶苦茶な攻撃に巻き込まれない様、怜悧が最後の鉄杭を放って喰い止め、その間に緋雨とルベルが距離を取る。
「これで最後。もう触手ちゃんは一本も出せないよ」
そう言った怜悧の後ろには砲塔が二つだけ。鉄杭は幾らか有るが、追加は出来ないという。
繭糸の迷宮からこっち、ずっと触手を駆使して戦い続けて来たのだ。最前線で派手に散るような事は無くとも、ただただ仲間を支え続ける事もまた熾烈な戦いだった筈だ。
それに、この場に来てからは逃げるのを止めていた。
既に炎や黄金剣にやられ、怜悧本人も立っているのがやっとの状態だ。
それは、緋雨とルベルも変わらない。
大きな傷は無くとも戦い続けていた疲労と蓄積されたダメージは残っている。
「仕留め切れなかった……」
ルベルは言う。
最後の一閃、両目を抉ったあの一撃で、全てを終わらせられていればと。
魔王が最後に取った防御は、ルベルの願いを奪った物。完全に防がれたわけではないが脳髄には届かなかった。
目を奪った。それだけで普通なら勝利と同義だが、相手は大魔王だ。
「大丈夫、もう、終わるよ」
緋雨が拳を握った。
その内には恐怖は無い。闘志の炎だけが満ちている。
最後。
これで本当に最後だ。
だから、魔王は足掻く。
どれだけみっともなくて、最低最悪な行いであろうと、躊躇わず実行する。
緋雨の演技などより余程醜悪な一手。
「『ホープテイカー』」
ごぼ、と、血が弾ける音の中から紡がれた。
最悪のユーベルコード。
ここまで来て、まだなお生き足掻く。
繭糸が玉座の間を埋め尽くす。
触れれば歳を、人生を奪う、産み直しの繭糸が。
理不尽の極みたるその迷宮が再び猟兵達を分断する。
それを許さぬ、男が一人。
「させねぇと言ったはずだ!!」
怒号と共に、繭糸が消し飛んだ。
一刀が糸を纏めて斬り払い、衝撃が周囲の糸をも蹴散らしていく。
黒焦げで立ったまま気絶していたはずの男が、喜介が、死力を振り絞って今一度太刀を振るったのだ。
何度でも振るう。不条理が有る限り。
その誓いを果たさんと振るわれた一刀が、不条理たるユーベルコードを斬り捨てた。
ただし、三度目は無い。
今度こそ喜介は倒れ、起き上がる事は無かった。
「止めを――ッ!」
緋雨が叫ぶ。
隙を与えればまた使われる。
そこに黄金の剣が振るわれた。
出鱈目な範囲と破壊力で叩き潰す無数の剣。それは機動力と短距離転移で攻撃を躱していた緋雨への最適解。
ここに到ってまだ魔王は強くなる。
成長する。
猟兵達との戦いを喰らって糧とし、なおも世界へと牙を剥く。
「ッ!!」
そして攻撃はルベルと怜悧にも向かう。
が、それを怜悧と触手が受け止めた。
根っこから圧し折られた触手ごと吹き飛ばされる怜悧が、これで良かったと思う。
弾切れだったから、これが一番合理的だったと。
最後に一人残ったルベルも、弾切れは近い。
札も短刀も無い。
あと頼れるのは妖刀が一振り。
その一振りも、黄金剣を斬り捨てるまでで終わった。
「ぐ――……ッ」
無数の鉄杭が突き刺さった翼。もはや羽搏く事も出来ないそれを乱雑に振り回し、ルベルへと叩き付ける。
単純な質量と破壊力が、ルベルを押し潰し、弾き飛ばした。
ここまで来て……!
ルベルの中に無念が生まれ、意識と共に消えてゆく。
勝てなかった。
あと一歩、届かなかった。
その無念を、魔王は喰らう。
そして、その無念は、猟兵が晴らす。
「ぁ――ぁああああッ!!!!」
咆哮が響く。
魔王の咆哮が。
そして、望の咆哮が。
残っていた繭糸の迷宮を切り刻み、突然望が飛び出してくる。
影から伸びた無数の刃。それは数を更に増し、幾つもの巨大な鎌になった。
その迫る凶刃を、魔王は躱せない。
忘我に至り願いを失った望を、両目を奪われた魔王では見つけられない。
それでも出鱈目に放った翼の攻撃が望を叩き潰し、そして翼が細切れにされた。
魔王がついぞ解き明かせなかった影の刃の絡繰り。威力を増していく謎。
それは代償、「魔王の痛覚を共有する」という枷の果て。
魔王が傷付く程に代償は大きくなり、影の刃は強くなる。
だがそれ故に、魔王を傷付けながら自身が傷付いていく。
「おおぉぉおお!!」
魔王が咆哮を上げながら望の身体を獣爪で薙ぎ払う。
それが最後。
自身と魔王の痛みを背負い戦い続けた望が、今度こそ動かなくなった。
代わりに、動く者がまた一人。
「何故だ――ッ!」
願いを感知した魔王が呻く。
見えずとも分かる。
その複雑に捻れ狂いながらも純粋な願望は、クロウの物だ。
「――呪いだ、つったろ」
ふらつく足取りで、それでも跳んで。
恐らくは着地の事など考えても居ない。
ただ振るわれた一太刀が、魔王の胸を抉った。
紅い宝石が砕け散る。
「――……ッ!」
声にならない悲鳴が漏れた。
急速に力が抜けていく。
今までに喰らった物全てが吐き出されていくような虚脱感。
致命的だと自覚した魔王が胸に空いた穴を見下ろした。
――呪い。
呪い、だと。
受け身も取れずに落下したクロウ。
その死に体を呪いが突き動かしたというのなら、もう一人、動かねばおかしい者が居る。
そう考えた時には、背中に衝撃が叩き付けられていた。
ナミルの振るう『カタストロフ』。
ナミルと魔王の呪詛を喰らって限界以上に強化された黄金斧が、魔王の破滅を決定付ける。
魔王の残っていた黄金剣全てを奪い、ナミルは魔王の纏っていた黄金を全て剥ぎ取っていた。
「金ぴか……もらったにゃ……!」
そう言って、ナミルもそこで力尽きた。
奪ってしまえばもう魔王に向ける呪詛は無い。
それでも。
人に似た上半身だけが切り離され、残った魔王は、それでもまだ生きていた。
まだなさねばならない事がある。
叶えるべき、『最後の願い』が。
「――汝、何を願う」
魔王が口にする。
何度も問うてきた言葉。
「汝、何を望む」
何度も叶えてきた。
何度も奪ってきた。
何度も、何度でも。
「汝、何を祈る」
我はそう望まれた。
お前は魔王だと、知らぬ間に決められていた。
封印され、目覚めてなお、大魔王と呼ばれていたのだ。
だから問う。
我に、これ以上何を望むのか。
「なにも望みません」
答えたのは、少女の声。
どこか嬉しそうで、明るい声。
もう顔も見えないが、きっとその者は胸を張って言うのだろう。
「勇者とは、それらを託される者ですゆえ!」
だから勇者は願わない。
望まないし、祈らない。
ただ人々の希望を担い、戦うと言う。
「ならば勇者よ、我が願望を汝に託そう」
魔王が言う。
それに対して、少女は笑う。
「無論、託されましょう」
それが勇者なのだから。
魔王の身体を赤と青の炎が包む。
馬鹿げた熱量による熱風が魔王の身体を浮かせ、宙へととどめた。
人の身の半身しか残っていない。
それでも、その堂々たる佇まいは大魔王の名に相応しい。
潰れた両目を開き、大魔王は厳かに語り出す。
「我はウームー・ダブルートゥ。
汝らが大魔王と呼ぶ、この世の全てを喰らうもの!」
纏った焔は竜が如き威容と成りて渦を巻き、玉座の間を集熱で焼き焦がす。
致命的にまで傷付けられてなお、一切の弱さを持たぬ者。
此処からでも幾らでも戦えると示すその存在感。
相対するは、同じく瀕死の勇者、ただ一人。
手にした斧を高々と掲げ、怯まず恐れず立ち向かう。
希望を背負って、勇気を胸に。
「わたしは勇者ソラスティベル・グラスラン!
全ては貴方を倒し、真の勇者となるために!」
掲げた斧が雷光を纏う。
輝きは激しさを増し、やがてソラスティベルをも包み込む。
――感謝します、大魔王。この時代に復活してくれたことも、こうして戦ってくれたことも。
胸中に湧くのは、魔王への想い。
最後の最後まで戦い抜く事への感謝。
きっと、魔王は知っていた。自分には未来が無い事を。
あるいは未来なんて要らないと、全てを捨てようとした魔王はそう思っていたのかも知れない。
だから自ら最終形態を名乗った。
この先など無いと、決めていた。
全てを喰らい、知恵を捨て、元の『喰らうもの』へと戻る。
その願いの全ては叶えられないが、一つだけ、背負える願いが有る。
骸の海へ、『過去』へ、還す事。
戻してあげる事だけが、勇者が魔王に出来るただ一つの事だ。
だから、両者は構える。
互いの願いを叶える為に。
「いざ、『勇者』の証明をここに――!」
咆哮が上がる。
劫火と雷撃ががぶつかり合い、玉座の間には大破壊が齎される。
これは最後の戦い。
猟兵達と魔王達との決着の時。
そして――
最後の願いが、ここに叶う。
最後の魔王の死を以て。
大成功
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