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この煉獄(作者 蜩ひかり
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●scene
 谷が燃えていた。はてなき憤懣で、あかく燃えていた。
 憎悪の結晶たる炎につつまれて、ものというものが在るべきかたちを失ってゆく。草が燃え、木が焼け、生けるものはみな死に絶えたろう。それでもなお、神を宿したかの龍は、吼えることをやめはしなかった。誰かが死のうが生きようが、聞いていようが聞いていまいが、そんなことはどうだって良かった。
 腹立たしいのだ。己も他も、ただただすべてが憎いのだ。
 狂気は狂気でしか覆らぬ。
 怒りは怒りでしか征せぬ。
 こんな世界に誰がした。神の御心というならば、そんな神こそ逆さ吊りにして、火炙りにでもすればいい。

 思うか。
 そう、思うのか。
 なら、おまえも共に燃えつきてしまえ。

●warning
「世界には三種類の人間がいる。自分のために怒る人、誰かのために怒る人。それから、そもそも怒らない人だ。誰が一番やさしいと思う?」
 だからひとは神に赦しを乞うのだろうねと、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は、答えにならない答えを紡ぐ。
 ――じゃあ、許してくれるはずの神様さえ怒っていたら、どうなる?
「こうなる」
 細い指がひらりと手放した、スケッチブックの一頁。一面が黒く塗り潰された画用紙の真ん中で、深く、深く、大地が裂けていた。
 その谷間からのぞくのは、すべての闇を殺してしまいそうにあざやかな、橙の炎である。不気味な抽象画にも見えるが、真夜中の火口に似ていなくもない。
 火山の噴火でも止めてこいというのかと、誰かが呆れ気味にたずねた。
「まさか。それは自然への冒涜だ」
 鵜飼はなだらかに笑った。
 僕は怒らないから、神様なんて信じていないんだよ、と。

 曰く、その炎の谷には、怒れる異端の神が棲んでいる。
「箸が転がってもお怒りになるような、こわい神様なんだ。人なんて当然住めないし、ヴァンパイアでさえお手上げ状態で、放置されているんだって」
 かつて、領土拡大をもくろむヴァンパイア達によって、無惨に殺された憤怒の神だという。
「でも昔はもうすこし、ふつうの神様だったんじゃないかな。余計なことするから……」
 その怨念は或るオブリビオンに燃え移り、あくなき怒りでかの地を炎の海に変えた。そして今なお、この常闇のすべてを、激情の炎で焼きつくそうと猛り狂っている。
「世界のすべてが燃えたなら、きっとあかるくて綺麗だろうね。でも、いずれ炎は燃えつきて、あとには何も残らない」
 だから、そう。
 いつだって何だって、焼くのは程々がいい。

「ほら、焼き畑農業とかもあるし。この『神様』がどこかへ行ってくれたら、案外住める土地ができてるかもしれないよ」
 ヴァンパイアに支配されていないこの地を解放できれば、闇の世界にまたほんのすこし、希望の光がさすことだろう。
「うん、これは希望。だから、光を灯しておいで。暴力的な炎じゃなくて、ほんものの光を」





第2章 集団戦 『異端の神に捧げる処刑人』

POW ●幸あらんことを
自身の【肉体】を代償に、【斧に歪んだ信仰】を籠めた一撃を放つ。自分にとって肉体を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD ●神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか
【自己暗示により限界を超えた筋肉】を一時的に増強し、全ての能力を6倍にする。ただし、レベル秒後に1分間の昏睡状態に陥る。
WIZ ●救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ
【心や身体が壊れても信仰を果たす】という願いを【肉体が破損した者、昏倒した者】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。
👑11 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●10
 この不毛の地にも、かつては人の集落があった。
 吸血鬼の圧政から命からがら落ちのびてきたものが密かに集う、ささやかな集落である。
 かれらはそこで、ささやかながらも平和に暮らしておりました――とはいかないのが、この物語だ。

 虐げられたものの記憶はけして消えない。
 かれらの瞳はみな一様に濁り、もはや正気を保ってはいなかった。
 目の前で家族を虐殺された少年がいた。何もできずに愛する妻を奪われていった男がいた。奴隷として、手酷く扱われていた娘がいた。隣人であったはずの人々に裏切られた女がおり、食い扶持を減らすために殺されかけた老人がいた。
 かれらは憎んだ。この世の全てを、この世に産まれたことそのものを憎み、怒り狂っていた。
 まともに働くことなどもちろんできない。こころが疲弊するというのは、蟻地獄だ。
 そこに手をさしのべたのが、かの怒りの神である。

 怒りとは、すなわち信仰である。
 なにかを信じる心さえなければ、裏切られることなどけしてありえないのだから。
 狂気にあてられ、いよいよ心を喪った民たちは、怒りのままに武器をとり、たがいに激しく殺し合った。
 命など棄てて神の怒りと一体化し、己に理不尽な痛みばかりを強いてきたこの世のすべてを破壊し尽くすことこそ、残された最期の希望であるという『信仰』に至ったのだ。……そこまで考える理性など、もはや無かっただろうが。
 そして神は怒りのままに吸血鬼と戦い、果て――それでも尽きぬ激しい怒りによって、彼らはなおもこの地に縛りつけられている。

『神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか』

 さて、いまきみたちを多かれ少なかれ狂気に陥らせているのは、つまりその者共だ。
 かれらは、怒れるきみたちの首を異端の神に捧げる気である。同情などはいっさい必要ない。
 なぜからかれらの歪んだ信仰は、同情や共感といったものを、もっとも激しく憎悪するようにできている。
 憎くて憎くて耐えられないのだ。
 『かわいそう』、その、優しいだけの見下しが厭でたまらないのだ。
 だから、ひと思いに断ち切ってやるといい。
 怒りという名の信仰を叩きつけ、さあ、思うがままに焼き尽くせ。



●まとめ
・【重要】一章にご参加いただいた16名様のみ採用します。
・【重要】現在メールの不調によりFLが受け取れないようです。前回の感想は白紙で提出して下さい。

・諸々の元凶である異端の神の信仰者たちとの戦いです。
・そんなに強くないので、怒りに任せて無双してください。
・戦場は燃えています。ものすごく熱いです。
・プレイング期間はとくに定めません。お手数ですが、失効したら都度再送をお願いします。
・🔵が足りない場合はサポートをお借りします。

●【重要】描写量について
 やむをえない事情により、一章より描写量とアドリブを減らし、完結を優先します。
 具体的には、今まで旧作の通常シナリオのクオリティで書いていたものが、学園シナリオのクオリティになります。
 プレイングとステシを見ればわかる以上の情報は基本反映しません。
 それでも大丈夫、という方は、どうぞお気遣いなくご参加いただけましたら幸いです。
草野・千秋
このダークセイヴァーには理不尽な理由で苦しんでいる方が多過ぎます
悪を駆逐する者、断罪のヒーローを名乗る者としてこれは捨ておくわけにはいかないでしょう
なんの罪もない一般の方が苦しんでいいはずが無い
(家族を虐殺された、という話を聞いて、きゅっと目を固く瞑り)
そんなことされたら悲しくて苦しいに決まってますよね
これは同情、というよりは共感
人々の憤りに漬け込む怒りの神、許さない
神でさえ怒っているのなら『人間』の手で救うまで

勇気で行動
UCで味方を支援
武器改造で氷の属性攻撃を銃弾に込めてスナイパー、範囲攻撃、2回攻撃で打ちのめす
仲間はかばう
敵攻撃は盾受けと激痛耐性で耐える


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

憎悪に身を焦がした人々が怒りの神の信仰に中てられた結果がこれか
…この世界では「十分あり得る話」でもあるが

己が痛みは理不尽か
己が境遇は理不尽か

ああ、この世界は理不尽だらけ
俺も理不尽で家族を、里の民を奪われた

それでも、己の信仰のために他者を踏みしだくなら
怒りで他人すら全て破壊し尽くすつもりなら
全部俺が破壊しつくして否定してやる

理不尽な怒りは理不尽な怒りで焼き尽くす
貴様らは既にオブリビオン
己が信仰に滅ぼされろ!

【魂魄解放】発動
怒れる魂たちと共に処刑人を黒剣で徹底的に斬り刻む
筋肉を増強されたら距離を取って衝撃波を連射
熱さは多少は耐えれるが、怒りに身を焦がせば気にならない


●11
『神、かみ、神が希望を』
「憎悪に身を焦がした人々が、怒りの神の信仰に中てられた結果がこれか……」

 館野・敬輔は、意味を為さぬことを口走りうごめく異端の処刑者たちに黒剣の切っ先をむけたまま、苦々しげに呻いた。しかし、剣を握るその腕が震えることはない。
「……この世界では『十分あり得る話』でもあるが」
「ええ、悔しいですが……このダークセイヴァーには、今も理不尽な理由で苦しんでいる方が多過ぎます」
 対する草野・千秋の面持ちは沈痛であった。罪のない人々が日常的に虐げられている現実を前にすると、胸が痛む。
『うわああああ!! かみさま! かみさま!!!』
「なっ……待ってください、何を……!」
 そのときひとりの異教徒が、突如みずからの頭に向かって半狂乱で斧を振り下ろしはじめた。
 ぐしゃり、ぐしゃりと頭蓋の砕ける音がして、麻袋がまたたく間に真っ赤に染まる。
『おまえも! おまえも! 吸血鬼だな!! 知ってるんだ、ぼくは知ってるんだ、おとうさんを、おかあさんを、おにいちゃんをかえせええええ!!!』
 声と体格からするに、まだ年端もゆかぬ少年であろう。その歪んだ信仰――『怒り』がこめられた斧ががむしゃらに襲いかかってくるのを、千秋は盾ですばやく受け止める。
「っ、重い……」
 幼い少年のものとは思えぬ怪力で、一撃、また一撃と斧が振り下ろされるたび、少年の怒りが千秋の骨の芯にずんと響いて軸足をゆるがせる。呟いている内容から察するに、このこどもは、家族を虐殺されたのであろう――かつての自分とおなじように。

 千秋はきゅっと、目をかたく瞑った。
 骨ごと断ち切らんばかりの怒りをもって、少年の斧が千秋の腕に振り下ろされる。敬輔が横から割りこみ、すんでの所で少年の腕を斬り落とした。枯れ枝のようにやせた腕が、ぽとりと地に落ち――炎に巻かれて、灰になる。
『なんでぇ、、、なんでだよやだ、やだよ、おまえが死ねよおおおおおおお!!!!!』
 斧を掴む利き手を失ってもなお、少年は千秋に殴りかかってきた。己が痛みの、己が境遇の理不尽を訴えるように、ぽこぽこ殴りかかってくる少年が――ふたりには、血の涙を流しているように見えた。

 ああ、やはり、この世界は理不尽だらけだ。
 おなじように家族を、里の民を奪われた敬輔も、そのあわれな姿に一瞬だけ心を重ねた。

「貴様らは、そのふざけた信仰のために他者を踏みしだくと言うのか。怒りで、他人すら全て破壊し尽くすつもりか。なら――俺がすべて破壊しつくして否定してやる!」
 魂魄解放。
 黒剣に、かつて喰らった魂を纏わせる。
 呼びよせるのは、かの者らよりさらに大いなる怒りを抱く魂。いまわしき憤怒は敬輔の命を蝕むと同時に、すべての処刑人たちを等しく処断することを可能とする。
「貴様らは既にオブリビオン。憎むべきものと同じ所まで堕ちたな……己が信仰に滅ぼされろ!」
『滅びぬ。滅びぬ。我らが神は。信仰は』
 不気味なまでに筋肉で膨れ上がった身体を晒し、処刑人達がいっせいに敬輔へ襲いかかる。
 千秋は敬輔をかばおうと足を踏みだし――どうやら、その必要はなさそうだと悟った。
 超人的なまでの身体能力を手にした処刑人どものあいだを風のようにすり抜け、炎に焼かれることさえも恐れず、敬輔は、狂ったように剣を振るっている。
 怒りを宿した黒剣の突きが膨張した筋肉を破り、心の臓を貫く。放たれた衝撃波が、後方にいた処刑人をも切り刻み、ばらばらにした。その凄絶な戦いぶりを前にして、千秋は悟った。きっと彼も、自分とおなじような目に遭った哀しいにんげんなのだ。
「……こんな事が許されていい筈が無いですよ」
 握りしめた拳に怒りをこめて、胸に渦まく想いを吐きだす。
 復讐鬼と化した敬輔への言葉ではない。人々の憤りにつけこむ、怒りの神に対する怒りだ。
 こうして、みずからの信奉者らや敬輔に、いのちとこころを削らせている存在に対する義憤だ。

 悪を駆逐する者、断罪のヒーローを名乗る者として、この異端の処刑人たちを『裁く』ことはしない。
 かわりに千秋が届けるのは、生きて、抗い、戦う者へ贈る歌だ。
 いつか、誰もが空に羽ばたく自由を手にできるよう――白薔薇を飾ったマイクが届ける力強い歌声が、この煉獄で、世界という戦場で、戦い続ける仲間たちへエールを送る。
 勇気をもたらすその響きは、みなの耳へ届いたことだろう。血塗れで剣を振るいつづける敬輔には、聴こえただろうか。すくなくとも、処刑人たちにはきちんと聴こえたらしい。
 千秋の示した『共感』を否定するように、かれらはまた己の肉体を傷つけ、千秋にむらがって斧を振るう。ヒーローを志す青年は、それでも弱き者へ寄り添おうとする。
『う、あ、あ……おかあさ、』
「……こんなことされたら、悲しくて苦しいに決まってますよね」
 敬輔が振るった剣の衝撃波を喰らい、それでも死にきれずもがき苦しんでいた少年の残骸を、ひと思いに銃で撃ち抜いて。
 熱く静かな怒りを秘めた氷の散弾が、処刑人たちへばら巻かれる。まっすぐに、ある種冷徹なまでに急所のみを射る千秋の怒りは、炎のようにはげしく燃えさかる敬輔の怒りとはまったく対照的だった。
「そいつらに同情する必要は無い。理不尽な怒りは、理不尽な怒りで焼き尽くすだけだ」
 敬輔は吐き捨てるように返した。
「――違うか?」
 冷徹と激情のはざまで揺れる二色の瞳が、憂いを帯びた若草の瞳を突き刺すように見た。
 人間とは、ふしぎなものだ。
 底に秘めたものは似ているのに、ふたりの青年の在り方は、光影の如く交わらない。

 凍てつく弾丸が炎にすいこまれて、すこしだけ、谷間に涼しい風が吹いた。
 願わくば、炎がすこしでも鎮まってくれればいいと、千秋は思った。
 谷を降りたときに抱いた決意を、勇気をもって口に出す。弱い己を鼓舞するように。
「……僕は、違います。『神』でさえ怒っているのなら、『人間』の手で救うまでですよ」
成功 🔵🔵🔵🔵🔴🔴

ユキ・スノーバー
…すごく、熱いね
普通ではいられなくなっちゃう位に、燃え続けなければいけないなんて辛さ、わざわざ重ねなくても良いのにって思うんだよっ
神様が全部何とかしてくれるなら、世の中に理不尽って思う様なこと起こらないでしょ?

奪っちゃうだけに燃え盛る炎は、やっぱり見えない様にしたくなるから
遠慮なく華吹雪を吹雪かせて熱さを書き換えちゃう
只でさえ苦しいって伝わるのに、わざわざ苦しいのを重ねるなんて、しなくても良いなら吹き消しちゃえ

その気持ちを持ち続けていたいと思っちゃってるなら、刈り取るつもりで突っ込むぼくの行動は、只の自己満足なんだけどね
…楽しかった記憶すら塗り潰されちゃうのは、とても悲しい事だって知ってるから


エドガー・ブライトマン
どくんどくんと脈打つ音が耳の内側から聞こえてくるかのよう
谷底へ降りていた時と変わらない
むしろ、すこし音は大きくなっているかもしれない

胸に手を当てて、深呼吸
多分このあたりにあるんだよね、心臓ってさ
私は狂気とか呪詛とか、そういうのに生まれつき耐性があるみたい
《狂気/呪詛耐性》
だというのに、この燃えるような気持ちは何だろう?

私は自分のために怒ったことが一度もないし、きっと怒れない
他人に望まれるために生まれた私が、自分のために怒るなんてさ
意味ないだろ。意味ないハズなのに

行き場の解らない感情を処刑人君に向けるしかなくて
燃え上がる世界でただかれらに剣を突き付ける

ああ、鉛みたいに鈍い心臓も溶けてしまいそうだ


リーヴァルディ・カーライル
……まさか、この私に母様の…導師達の姿を見せてくるなんてね…

良いわ。そこまで私の怒りが見たいのならば、見せてあげる

…ただし。お前達の生命と引き換えにだけど…ね

“血の翼”を維持して残像が生じる早業で空中戦を行い、
吸血鬼化した自身の生命力を吸収してUCを二重発動(2回攻撃)

…来たれ、世界を焼き尽くす大いなる力よ…!

天を焦がし、地を滅ぼす。其は万象を灰塵と為す裁きの星…!

常以上の殺気で両掌に限界突破した火属性攻撃の魔力を溜め、
怪力任せに両手を繋ぎ武器改造して“炎の結晶”槍を形成
空へ放った結晶槍を“火の流星”として落とし、
爆炎のオーラで防御ごと敵陣をなぎ払う先制攻撃を行う

…これが私を怒らせた報いよ


●12
「……まさか、この私に母様の……導師達の姿を見せてくるなんてね……」
 少女の低いこえが、やけに重々しく焼け野に響く。

 リーヴァルディ・カーライルである。俯く娘の背には、いまだ血色の翼が生やされたままだ。
 ゆらりとこうべを上げた彼女の表情には、この地に満ちる呪詛をも焼きつくす、ただ純粋な怒りのみが満ちていた。
「良いわ」
 狩られるものの立場も弁えず、いたずらに傷口へ触れたのが運の尽きだ。こみ上げる激情が、寡黙なリーヴァルディを饒舌にさせる。
「そこまで私の怒りが見たいのならば、見せてあげる」
 銀の髪がざわ、と揺れた。
 伏し目がちな紫の眸がかっと見開かれ、あどけない眉尻がつりあがる。
「……ただし。お前達の生命と引き換えにだけど……ね」
 この娘を前にして処刑人を名乗るなどおこがましい。彼女こそが、真なる処刑者であった。
 凄まじい殺気を発するリーヴァルディを取り囲むように、斧を手にした異端の処刑人たちが迫る。しかし、愚かな過去の残滓たちは、いまを闘う少女の残像すらもとらえることができない。
 血の翼で空中に浮かびあがったリーヴァルディは、処刑人たちがまごついている間に呪文の詠唱をはじめる。
「……限定解放。テンカウント。吸血鬼のオドと精霊のマナ。それを今、一つに……!」
 エドガー・ブライトマンは、頭上で強い輝きを発するリーヴァルディの真っ赤な双翼から、なぜか目が離せずにいた。
 それ自身が生命のかたまりであるかのように脈打つ翼は、ひとつ拍を刻むごとに、リーヴァルディへなんらかの強い力を流しこんでいるようであった。
 ――待ってよ、どういうコトなんだ。
 エドガーからすれば、可憐な少女もまた、守るべきものの範疇である。しかし、いま、頭上でなにやら凄そうなことを行おうとしているこの少女からは、目にうつるような儚さはすこしも感じない。
 ――これが『怒り』のチカラだって?
 とまどいと共に周りを見てみれば、この戦場は、どこも尋常ならざる狂気で満ちていた。
 炎の渦にかこまれて、置いてきぼりの王子様はひとり自問する。
 これほどの激情にかられる仲間たちの姿を見た事が、かつてあっただろうか?
 ……日記やレディに訊ねてみても、わからない。

 どくん、どくんと、耳の裡でなにかが脈打ちはじめている。
 谷底へ降りていた時とおなじ音――いや、むしろ、すこしずつ大きくなっている。みなの怒りが呼び水となって、さざ波のような耳鳴りを起こす。
 胸に手をあてて、エドガーは深く息を吸った。こんなに苦しいのに、左手にはなにも伝わってこない。
「……多分このあたりにあるんだよね、心臓ってさ」
「うーん……ぼくもテレビウムだから、よくわかんないけど……」
 額に汗をにじませるエドガーを、ずっと心配そうに見ていたユキ・スノーバーも、彼をまねて左胸にまるい手をあててみる。やっぱり、そこに心臓があるのかはわからなかったけれど。
「……すごく、熱いね」
 小さなからだが熱いのは、燃えさかる炎のせいだけではない気がして。
 エドガーも、いつもより力ないほほえみを返すのがせいいっぱいであった。

 ◆ ◇ ◆

「……来たれ、世界を焼き尽くす大いなる力よ……!」
 それは、この戦場にいた誰よりも速く。
 限界を超えた魔力がリーヴァルディの両掌に集まり、血色の炎となって発火する。
 この手が砕けても構わぬとばかりに力強く合掌すると、炎は結晶となり、そこから槍が生まれた。
「天を焦がし、地を滅ぼす。其は万象を灰塵と為す裁きの星……!」
 美しくも禍々しき結晶槍を高々と天へ放れば、それはまさしく天を焦がすような炎の渦を纏い、リーヴァルディの足元――群がっていた異教徒どものちょうど中央へ、閃光を帯びて落下する。

 火柱が立った。
 耳を裂くような爆発音が轟き、身のほど知らずの処刑人たちは跡形もなく消し飛んだ。
 名づけるならば、“火の流星”とでもいうべきか。
 星が落ちたあとには、ただ真っ黒に焼けた大地だけが在り、残り火がかすかに燻るばかりだ。

「わああ……っ」
 ユキも、炎を征する獄炎の勢いに思わず慄いた。攻撃の矛先は自分ではない。もちろん、わかってはいるが、反射的にエドガーのマントをつかんで目隠しをする。不意に服をひかれ、エドガーははっとした。
「……ちいさなキミ、火が苦手かい?」
「うん、ちょっと……なら来るなって感じなんだけどっ」
 血迷っている場合ではない。向かってくる処刑人たちをレイピアでいなしつつ、エドガーはユキをかばって、降りそそぐ火の粉と斧を一身に受ける。すこしも痛くない。
 ああ、なのに。
「……これが私を怒らせた報いよ」
 リーヴァルディが見せた、ある種美しいほどの憤怒が、目に焼きついて離れないのだ。
 こころも、からだも、生まれつき、あらゆる痛みに鈍くできている。
 だというのに――この燃えるような気持ちは、何だろう?

 まだ足りぬといった面持ちのリーヴァルディは、信仰を果たすべく地獄から生還した異教徒たちを、再度容赦なく焼きあげていく。彼女の逆鱗に触れた代償は、あまりにも大きい。
 明らかに――普通ではない。この煉獄は。
『救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ』
「ねえ……もういいよ。こんなになっちゃう位に、燃え続けなければいけないなんて辛さ、わざわざ重ねなくても良いのにって思うんだよっ」
 ユキは、脚がもげようが顔を焼かれようが戦いをやめないオブリビオンたちへ、必死に訴えかける。
「神様が全部何とかしてくれるなら、世の中に理不尽って思う様なこと、起こらないもん……そうでしょ?」
「ん……そうね。だから、私は神を許さない。崇める者達も……全部」
 ユキの訴えも聞こえていないかのように、リーヴァルディと異教徒たちは激しくぶつかり合う。リーヴァルディが一方的に押しているようではあったが。
「ウン……そうだぜ、ユキ君の言うとおりだよ、リーヴァルディ君。自分のために怒るなんてさ、意味、ないだろ? 意味ない……ハズなのに……」
 どうにも、口に出す言葉といまの感情が、ずれているように思えてならない。
 また苦しげに胸を抑えるエドガーを、静かな怒りに燃えるリーヴァルディを、ユキは交互に見つめた。モニターのなかでまばたくつぶらな瞳は、ひどく悲しげだった。
 ――奪うだけのために燃える炎なんて、やっぱり、見えないようにするべきなのだ。

「えーいっ!」
 がつんっ。
『ぐ……っ』
 ユキはお気に入りのアイスピックで、すぐ傍に迫っていた処刑人の頭を遠慮なくがつんとやった。
 それでもゾンビのように立ちあがろうとするので、華吹雪を吹雪かせてまとめて冷凍しておく。さすがに動かなくなったようだ。
 ユキの起こす、激しくもやさしい怒りの猛吹雪が、圧倒的な炎へ勇敢に立ちむかう。
「只でさえ苦しいって伝わるのに、わざわざ苦しいのを重ねるなんて……しなくても良いなら、ぼくは吹き消しちゃいたいんだよっ」
「私は苦しくない。自分の為とか、皆の為とか……考えた事もない。吸血鬼も神々も、全て狩る……それが、私の存在意義。……『運命』、だから」
 リーヴァルディとユキ。炎と吹雪のはざまに立たされ、エドガーはいよいよわけがわからなくなっていた。
 私は自分のために怒ったことが一度もないし、きっと怒れない。
 そう思っていた、はずだった。

「……だってさ、私、他人に望まれるために生まれたんだぜ? 自分のために怒るなんてさ……ありえないよ」
 やっと絞りだせたのは、不安でいまにも泣きだしそうな、ただの18歳の少年の声だった。
 ああ、だけれど――背に負う消えぬ聖痕は、『王子様』のいのちは、残酷に輝きはじめる。
 残酷な『運命』が、それを望んでいる限り。

『我らが神を否定するか』
『かの者に極刑を。極刑を与えよ』
 また新たな処刑人たちが現れて、エドガーの首級をあげようと集う。信仰により、その肉体は人間の限界を超えた力を発揮する。全身の筋肉を酷使して振り下ろされた斧を、エドガーはレイピアの突きだけで弾きとばした。
 一秒間におよそ九回。目にすることすら困難な、華麗なる剣戟。
 それは防御のみに留まることなく、処刑人たちの喉を、脳を、心臓を、次々と的確に貫いていった。
 かれらもほんとうは、王子様に救われる人間だったはずだ。けれど今は、行き場の解らないこの想いを、ただぶつける事しかできなくて――炎と吹雪がまじわる世界のなかで、エドガーはただ剣を振るう。しかし、その矛先がユキやリーヴァルディを傷つけることは、決してない。
 誰かのために振るう剣は、刻一刻と、幸福な王子のいのちを削りとっていく。
 それでも、変えることなどできない。運命とは、誓約に似ている。

「……ぼくのしてる事って、ただの自己満足なのかな」
 アイスピックを振り回しながら、ユキがぽつりと呟く。
 なにも答えてくれない処刑人たちのかわりに、エドガーはキミってやさしいねえ、と、弱々しく笑いかける。
「助けてくれ。おねがいだよ。……鉛みたいに鈍い心臓が溶けてしまいそうなんだ」
 それならまかせてっ、と、ユキははりきってエドガーの援護に回る。リーヴァルディは、炎の槍で一方的に敵陣を蹂躙している。彼女は強い。ほんとうに。あちらのほうは、ひとりでも心配ないだろう。
 怒ることしか救いが残っていない者へユキができることは、きっと少ない。けれど、すべてを塗りつぶしてしまう炎は、できる限り刈りとってあげたいのだ。
 ……楽しかった記憶まで、ぜんぶ焼かれて消えてしまうのは、とても悲しい事だから。
 かしこいユキは知っている。
 けれど、ぜんぶは知らなかった。
 たとえば、目の前の少年が――エドガーが、この煉獄もいつか綺麗さっぱり忘却してしまうだろうことまでは、いまは知るはずもないのだった。
成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴

ダグラス・ミーティア
かみ、が…何だって?

まあいい
泣いて縋られるより相手がしやすいぜ
皮肉まじりに吐き捨て

そう、その方が楽だ
怒りで全てを塗り潰せば
見なくて済むものがある

…だが
"それ"はテメェ自身の怒りだろうが
神だの世界だの、誰かに押し付けてんじゃねぇ
良く見ろ
お前も誰も、救われてなんかいねぇだろうが

いいさ、お望み通り
こんな世界終わらせてやる
苛立ちのまま咆哮をぶつけ

相手の能力強化中は防御・回避を優先
囲まれないように注意
怒りに任せた攻撃は読みやすそうだな

出来れば最後の一撃は正面から受け止めて
ほらな、怒るのは疲れるだろう
もう休め

…これが本当に救いなら
こんな虚しい最期があるかよ

怒りに乗せて放つ咆哮は
どこか物悲しく

希望はまだ遠い


リインルイン・ミュール
困りましたネ! 本当に、困りました
攻撃自体は単調、それは念動や武器で受け流しますが
彼らの抱く感情が、拡げる念を通じて染み込んできてしまうのです

奪われる悲しみ、嘆き。奪っていくものへの怨み、世界への憎悪
きっと昔の私は知っていた、でもそれはワタシじゃない
そう、だから……これらは「ワタシのものではありません」
受け取りはしても、認めるのは理不尽への怒りだけ
それとて、アナタ達には振るいませんとも

さあ、やる事は一つ
苦しみ呻く彼らの声は雷鳴に呑み込み、積怨込めて振るわれる斧は撃ち砕く。戦場に満たした力場での範囲攻撃デス
もう立つ事がないように、信仰すら消し飛ばすように……赤雷にて、アナタ達の全てを灼きましょう


●13
「困りましたネ! 本当に、困りました」
 おどけたようにそう言って、狂信者達から逃げまわるリインルイン・ミュールの表情は、口角を上げてすこし笑ったような顔から寸分も変わらなかった。
 一見すると『顔』と思われる彼女のそれは、獣を模った鉄仮面であるゆえに、いかなる感情も通しはしない。しかし、並白の面を通して響く音声のほうはというと、ほんとうに困っているようであった。

 ◆ ◇ ◆

 処刑人を名乗る狂信者たちに理性はなく、攻撃自体は単調で受けやすい。
 尾に模した剣を振り回せば、難なく斧を弾くことができたし、リインルインの念動力があれば、無理矢理攻撃の軌道をねじ曲げ同士討ちをさせることだってできる。
「は……いけまセン」
 リインルインは自分で驚いた。いま、どうしてそんな酷いことを考えたのだろう。
 駄目だ。そんなことをしたってちっとも楽しくない。頭と決めた部分をふるい、いまだ燻る不快な『怒り』を打ち消そうと試みる。力を使うための集中がどうにも上手くゆかず、攻めあぐねていた、ちょうどその時だ。
 おなじように追われていたダグラス・ミーティアが、リインルインを取り囲む敵の足元めがけ、牽制の威嚇射撃を放った。敵はひるんだが、人間離れした筋力ですぐに立ちあがり、どこまでも迫ってくる。
「猟兵だろ。囲まれると厄介だ、ちっとばかし手を貸してくれ。こいつら、どうも力の限界で時々動けなくなるみてぇだ。それまで耐えろ」
「情報有難うございマス。……ワタシの技は発動までちょっと時間がかかりますから、是非とも援護をお願いしマス」
 承知したとばかりに、振るわれる斧をダークネスクロークが絡めとり、ふたりを攻撃から守ってくれる。怒りに任せただけの攻撃は、知性体にとっては確かに読みやすいのだろう。
『神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか』
「かみ、が……何だって?」
『……』
 会話が成立しない。ダグラスは溜息をついた。
 見た所、この不思議なケモノ――リインルインは、自分より猟兵としての経験が豊富そうだが、いまは手こずっているようだ。
「で、お前は何を困ってるって」
「ハイ。彼らの抱く感情が、拡げる念を通じて染み込んできてしまうようなのデス……」
「……怒ってんのか? そうは見えないな。立派なもんだ。まあ、泣いて縋られるよりは相手がしやすいぜ」
 ダグラスは皮肉まじりに吐き捨てる。或いはリインルインも、こうして苛立ちを表に出してしまえれば、楽なのかもしれない。
 思う侭、怒りで全てを塗り潰せば、見ずに済むものがある。だがいまの彼女は、己の怒りと懸命に向き合い、戦っているように思われた。だから苦しんでいるのだ。
『神の怒りを受けよ』
「"それ"はテメェ自身の怒りだろうが。神だの世界だの、誰かに押し付けてんじゃねぇ」
 ダグラスは銃火器を振り回して、リインルインが力場を整えるまでの時間を稼ぐ。可能なら、すこしでも対話が出来ればいいと思っていたが。
『神の怒りを受けよ。神、か、かみかみかみの』
 ……ああ、だめだ。怒っている人間には、まるで話が通じない。いらいらする。ならば、こちらも怒りで対抗するまでだ。
「いいさ。お望み通りこんな世界終わらせてやる。リインルインだったか、耳塞いでろ」
 どうやって、とリインルインが問う前に、恫喝のような咆哮が轟いた。
 それを受け、倒れた異教徒たちが、仲間の呼びかけに応じてふたたび立ちあがる。
 リインルインの拡げた力場は、敵のみならず、ダグラスの声からもさまざまな感情を汲みあげた。

 奪われる悲しみ、嘆き。
 奪っていくものへの怨み、世界への憎悪。
 ……なにより『もう疲れた』という諦め。
 それでもなお、人を駆り立ててやまぬ強い感情が『怒り』だというのか。
 それは……それは。
 終わりなき煉獄。はての無い地獄のように、思われた。

 ――昔の『私』もこうだったのでしょうカ?
 それではあまりにも哀しいと、『悲哀』を知ったリインルインは感じる。
 そんなのは、いまの『ワタシ』じゃない。だから――。
 
「これは『ワタシのものではありません』!」
 己のなかで燻る炎を否定した瞬間、すっとこころが軽くなった。
 すべてを拒絶はしない。理不尽への怒り、それだけは認め、受け取ろう。それとて、彼らに振るうべきではない。『ワタシ』の怒りは、明るい未来を生きるためのもの。
 力を使い果たしたのだろうか。その宣言に打ちのめされたかのように、異教徒たちが意識を失ってゆく。ダグラスは、その光景を食い入るように眺めた。

「さあ、やる事は一つ。……赤雷にて、アナタ達の全てを灼きましょう」
 もう立つ事がないように。
 信仰すらも消し飛ばすように。
 世界を滅ぼす愛を歌ったのは、だれだったか。
「その歪んだ命に滅びの祝福を、さあ、ドウゾ!」

 ――ユーベルコード『顕れ舞う赤雷』。
 リインルインの籠手より、いかづちの魔力が、不可視の力場に解きはなたれた。
 赤雷は積怨のこもった斧に次々と落ち、苦しみうめく異教徒たちの声すらかき消して、はげしい雷鳴が轟く。大地はますます炎上し、まるで世界の終わりだと、ダグラスは思った。神を信じた結果がこれだというのなら、この世は救いようがない。ほんとうに。
『あ、あああ……わ、私、吸血鬼、ゆるさな、』
「喋れたのかよ。……良く見ろ。お前も誰も、救われてなんかいねぇだろうが」
 ふらふらと此方へ歩いてくるのは、かつて奴隷にされていた少女だろうか。ダグラスは眉間にしわを寄せ、か細い腕で振るわれた斧を、かわさずに真正面から受けてやった。
「ダグラスさん!?」
「構うな。あぁそうだ俺が吸血鬼だ」
 血が吹き出る。こんなことばかりしているから、消えない傷痕が増えるのだろう。
『……あ、は。神様、ありがと、』
「ほらな、怒るのは疲れるだろう。……もう休め」
 ダグラスが頭を撃ち抜くと、少女だったものはびくんと動き、くずおれるように斃れた。
 その身体もやがて、すべてを塗りつぶす神の炎にのまれる。個を喪い、真っ黒な人影にかわっていく少女の遺骸を、ダグラスはやりきれぬ思いで見つめつづけていた。
「……これが本当に救いなら、こんな虚しい最期があるかよ」
「ワタシも同意見デス。怒っても楽しくありません。……なのにどうして、ヒトは怒るのでしょうネ」
 ああ、まったくその通りだ。
 これほど疲れるとわかっていても、まだ頭に血がのぼって仕方がない。

「……悪い。もう一度吼えさせてくれ。でないと、俺もおかしくなっちまう」
 リインルインは静かに頷いた。
 ダグラスが怒りのままに放つ咆哮が、ヒトの残骸を、荒れ狂う炎を吹き飛ばし、焦げた土を削りとってゆく。
 痛みを抱いた狼の叫びはどこかもの悲しく、この希望なき煉獄にこだまして――ただ、明日を望むケモノの歌声だけが寄り添うようにつつましく、その声に応え、響いていた。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵

臥待・夏報
吸血鬼に虐げられた人々が、結果的に吸血鬼を退けた――って話なら。
正直、美談みたいに思えるな。
いかん、こんなこと言ったらまーた人事評価を下げられちゃうよ。

斧を喰らう前に突っ込んで、なんとか相手に触れられればいいかな?
攻撃直前の上手いタイミングで写真になれば、肉体を代償にさせつつノーダメージでやり過ごせる筈。
乱戦の中で目立たないように立ちまわりつつ、この要領で削っていこう。

読み取れる過去は、やっぱりうちの『かみさま』の信者と似たようなものだな。
こういうものを視るたびに上手く怒れなくなって、
自分のものか他人のものかも分からない怒りが腹の底に溜まって、

うん、
そうだな。
全部燃やしちゃえたら、楽なのにね。


アルバ・アルフライラ
神? 希望?
はっ、老害の信奉者共が良く吠える
その舌を根本より切り落とせば黙ってくれるのか?

――ジャバウォック
遠慮は要らぬ、私が許す
彼奴等の首、彼の神への供物にすらなれぬ程
喰い潰し、蹂躙し尽くせ

【夢より這い出し混沌】に騎乗した侭
その機動力を活かし敵陣へ奇襲を掛ける
怒りも極限まで達すれば、一種の冷静さすら手に入れる
…殺気がだだ漏れぞ、阿呆め
強化を施した敵が死角より襲いこようと
玉体の粟立つ感覚を、第六感を駆使して察知、見切りを試みる
オーラの守護で削ぎきれぬ刃は激痛耐性で凌ぐ

はは、ははは!
狂った様に笑声をあげ、敵を叩き潰す
この地に神と呼べる存在は私のみならば
叛徒は悉く消え失せよ
…さあ、神罰執行の刻限ぞ


コノハ・ライゼ
そんなにも何かを信じ
それ程までに激しい想いに縛られて
さぞ、美味しいンでしょう?

怒りに中てられたとしても喰らう事は自分にとっての日常
刃を牙に、効率よく狩る道筋を探す
満ちる感情には敢えてこう言い*誘惑しましょうか
――かわいそうに、その信仰さえ今日で終わりだなんて

敵の動作読み斧の軌道*見切り致命傷は避け
*オーラ防御で威力削ぎ*激痛耐性で凌ぐわ
ああ、あまり暴れないで
食べ甲斐がなくなっちゃう

それでも負う傷の血は「柘榴」へ与え【紅牙】発動
*カウンター狙い獣の牙で喰らいつくわ
すかさず*2回攻撃で*傷口をえぐって*捕食、*生命力吸収するねぇ

ああでもどれだけ満たされても、その想いは持ってってやれねぇの
残念だねぇ


●14
 別によいではないか。
 吸血鬼に虐げられた人々の呪いが、結果的に吸血鬼を退けた。結構なことだ。
 臥待・夏報は腑に落ちたような、どうにも落ちぬような思いで、自分にはあまり関心がなさそうな異端の信仰者たちを観察していた。
 目立たなさゆえ見落とされているのだろうか。それとも、こんな事を考える奴の脳は無価値だとでもいうのか。だとしたら、かれらも所詮は社会人である。
(いかん、まーた人事評価を下げられちゃうよ)
『正直、美談のようにすら思えました』。
 知っている。そんなことを作文へ書いたとしても、花丸をつける先生はいない。
 
 多数を相手取る戦いは不得手だ。知性を放棄し、力業で攻めてくる相手だと更に分が悪い。幸い気づかれていないようなので、この乱戦の中、立ちまわり方を考える余裕はある。
 このまま目立たず戦うためには――そう、一際目立つ協力者が必要だ。
(……お)
 果たして、夏報の希望をみごとに叶える存在は居た。
「神? 希望? はっ、老害の信奉者共が良く吠える。その舌を根本より切り落とせば黙ってくれるのか?」
 その人物は禍々しい黒龍に騎乗していた。長い二色の髪はこの煉獄をうつし、炎の波のようにうねっている。
 人肌のそれとはかけ離れた白い頬をすこしも歪めず、侮蔑の表情で信奉者どもを見下す、気位の高そうな美女――に見えたが、なんとなく違う気もした。
 アルバ・アルフライラである。
 理由はわからないが、相当に怒り心頭の様子であった。そうして、似た者がもうひとり。
「そんなにも何かを信じ、それ程までに激しい想いに縛られて。……さぞ、美味しいンでしょう?」
 こちらは身の丈からして青年に見えたが、やはり断言はできない。磨き抜かれた一対のナイフを手に敵へにじり寄る、すらりとした立ち姿は、妖艶でありながらも危うい。
 料理人。いや、違う――捕食者だ。そんな印象がふと、脳裏を過ぎる。
 食えぬ狐のように言葉を遊ばせるその者は、コノハ・ライゼという。
(ま、まぶしい……さっきの王子様といい、こういう人ばっかりなら煉獄ってやっぱり悪い所じゃなくないか?)
 可愛い女の子の獄卒もどこかにいないかな、などと思ってみたりして。
 相当に高い美意識の持ち主達であろうことは一目で見てとれたが――口走っている内容からしても、かれらもまたどこか『外れている』のであろう。
 うちの人事ならどう評価するかなと、ふと考えた。
 この任務から生還すれば、『夏報さん』にはまた、唾棄すべき日常が待っている。

 ◆ ◇ ◆

「――ジャバウォック。遠慮は要らぬ、私が許す。彼奴等の首、彼の神への供物にすらなれぬ程、喰い潰し、蹂躙し尽くせ」
 神たるアルバの赦しを得たジャバウォックは歓喜の咆哮をあげ、ぎろりと獲物をねめつけた。もう我慢できぬといった風に、紅い牙から涎を滴らせた竜は、目の前にいた処刑人を頭から貪り喰らう。
 頭蓋骨がぼりぼりと噛み砕かれる音を平然と聞き流しながら、コノハは唇だけで笑ってみせる。その目はすこしも笑っていない。ジャバウォックが、のこった身体を丸呑みにした。
「アラ可愛い。ネェ、そのコも食いしん坊なワケ? だったらサ、仲良く分けようじゃねぇの。独り占めはダメよ……コッチももう腹ペコなんだから」
 ――いただきますも言わないなんて、駄目デショ?
「ふん。此処は最早狩場ぞ。貴様も此奴に遅れをとらぬよう、存分に喰らえばよい」
「そうネ。つまり、協力しましょってコトね」
 これは正当な生存競争である。喰らう事は日常なのだから、この暴竜が敵でも味方でも、獲物を譲る道理などない。『仕事』としての結果に問題がないのなら、重要なことは、どうすればより腹を満たせるかだ。
 重量をものともせぬ速さで、空から次々に獲物を攫ってゆくジャバウォックへ負けじと、コノハは競合しない餌場を探す。いずれにせよ、この竜と功を争うのは得策ではない。
 たがいの肉を裂きあう処刑人どもの隙間をかいくぐり、傷口に二本の刃を突き立てて、左右にひらく。簡単だ。魚をさばくのとさして変わらない。
 アルバは、竜とコノハが競うように敵を喰らうのを眺めていたが、ふと玉体の粟立つ感覚をおぼえた。
「……殺気がだだ漏れぞ、阿呆め」
 おぞましい。いま振り返れば、筋肉で醜く膨張した人間が、必死にわが身を襲おうと足掻くすがたを、この双玉に映してしまうことだろう。無視することにした。
 背中が引っ掻かれたような感覚をすこしだけ覚えたが、下々の斧如きで美しきこの身に致命傷を与えることが出来ようはずもない。この一連の考えも、きわめて冷静な判断である。
 実際、そのとき下にいた夏報が目にしていたのは、アルバめがけて跳躍したオブリビオンの斧が魔力の壁に阻まれ、弾きかえされて落下し、あえなくジャバウォックに踏み潰される光景であった。
『おお……おお、何たる暴虐。赦されざる、赦されざる』
「黙れと言っておろう。何か勘違いをしておらぬか? 赦すも赦さぬも、全て決めるはこの私ぞ」
「お、」
 ジャバウォックの攻略に手を焼く狂信者の背へコノハが忍び寄り、喉元にナイフをあてがって、掻っ切る。
「ハイ。静かになったわネ」
 気づけば、コノハの通った道には死体の山ができていた。ああ――燃えるような怒りが、こんどは此方へ満ちてくる。ぜんぶ食べたら、どれだけ美味だろう。だからコノハは、陶然たる面持ちでかれらへ微笑みかける。
 ――かわいそうに、その信仰さえ今日で終わりだなんて。

 その一言に火をつけられたように、手足を斬り飛ばしながらコノハへ群がる処刑人たちを、ジャバウォックの尾がまとめて薙ぎ払った。
「はは、ははは!」
 怒りにかられるまま右往左往する下界の者どもを見て、アルバは思いきり笑った。
 なんという茶番であろうか。愉快で仕方がない。かの神の信徒が、かように程度の知れた存在ならば――この地に神と呼べる存在は、やはり私のみ。
「叛徒は悉く消え失せよ……さあ、神罰執行の刻限ぞ!」
 処刑人たちの血液を全身に浴びたコノハは、口内に流れこむ鉄の味を胃の中へおさめながら、負傷も厭わずひたすら獲物を狩る。致命傷さえ避けてやれば、あとはどうにでもなる。
 ナイフの溝にみずからの血を流しこめば、さらに殺戮捕食に適した『牙』ができあがる。くれないに染まった牙は、奇しくも頭上ではばたく暴竜と揃いの色だ。
 右腕で引き裂いた傷口に、左腕の牙を突き立てて、其処からいのちを直接喰らう。じっくり煮込んだシチューのような、濃厚な感情が流れこむ。欠けた器を満たしてくれるそれは、ひどく甘美だ。
「ああ、でも、あまり暴れないで――」
 裁くかどうかはアッチの神様に任せておけばいい。
 はやく捌いてあげなくちゃ。
 でないとすっかり血が抜けきって、食べ甲斐がなくなっちゃう。

「……もしかして、夏報さん何もしなくても勝てるんじゃないか?」
 選んだ味方が少々強すぎたかもしれない。『普通の女』ならばとうに悲鳴をあげて逃げだす筈の惨劇を前に、ふとこぼしてみる。しかし、多少は空気を読んで貢献せねば。
 コノハが深手を負いすぎないよう、群がる敵の一部にフックワイヤーを投げ、気をひいてやる。
 それでやっと夏報を認識したらしい狂信者は、攻撃の矛先をこちらへ変えてきた。
 だが、いざ向かってこられると、なんともまあやはり厄介である。こちらは素面で斧を弾き返す凄いバリアなど張れないので、下手をしたら普通に死ぬかもしれない。
(普通、か)
 と思ってみたところで、『エージェントの臥待さん』には、斧を振り下ろす寸前の敵にあえて突っこむしか道がない。……どうやら死ななかったようだ。
 無敵の写真になった臥待さんは、49枚におろされて、戦場中へ飛んでいく。
『……お、おお、おおおおお、お。おそ、ろ、し、』
『此れは、これ此れは、なんたる事か。神よ、神よ、われ、我らにすす、救いを。救いを……!』
 ――写真というものを、知らないのだろう。
 『なぜか自分たちの醜い過去が描かれた紙』を目にした処刑人たちは、次々に発狂し、互いをよりいっそう激しく攻撃しはじめる。これではまるで、過去の惨劇の繰り返しだ。
 上昇気流に乗って飛んできた一枚の夏報さんを、アルバがふと手にとり、眉をひそめた。今更こんなものを見せられても、同情など湧こう筈もない。先に踏みにじってきたのはそちら側ではないか。
「貴様らに救いなど与えるものか。過去は過去に喰われよ」
 怒りをこめて、吐き捨てる。

 『かみさま』さえも眉をひそめるようなにんげんは、『かみさま』を必要とする。
 世界のすべてに裏切られてきたから、目にみえぬものしか信じられぬのだ。
 そうやって邪神崇拝へはしった人間の末路を、夏報は腐るほど知っている。
 知っては、いるが。
(怒るって、どうやってやればいいんだっけ)
 
 目の前に良い手本があるのにな。他人事のようなモノローグは、どうしてか腹の底にずしりと溜まって、消えてくれない。
 血と臓物にまみれていたコノハは、飛んできた写真がひとりの女であったことを把握すると、ひとまず手を拭って、それらをかき集めてやる。写っていたものは、今さっき喰らった『料理』の具体的な中身であった。
 48枚の夏報さん達をじっくりと眺めれば、使われた素材もわかるというものだ。答え合わせをするように、一枚一枚、眺めみてはみるけれど。
「ふん、漸く静かになったか。参れジャバウォック。このまま神を騙る老害も黙らせてやろうぞ」
 持っていた最後の夏報さんをコノハに引き渡し、アルバは谷の深淵へと向かう。神の怒りはまだ到底燃え尽きそうになかった。
 あとに残されたのは、血と、臓物と、肉のかたまりばかり。
 そういう、うつくしいものがたりだ。
「……ああ、でも、どれだけ満たされても、この想いは持ってってやれねぇの。残念だねぇ」
 コノハは、夏報さんだったものにうすく微笑みかける。
 氷のようにつめたい瞳には、もうなにも映っていない。
 まだ紙切れの夏報さんは、だれにも聞こえない答えを返す。

 うん。
 そうだな。
 ――全部燃やしちゃえたら、楽なのにね。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵

リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

あつい。
すぐそばにある火は、ずっと、ずうっとあつい。
吸った空気だってあつくて、胸の奥で燃えるかのよう。

くるしい。かなしい。こわい。いたい。
縮こまって逃げるばかりで。ほんとうは、怒ってもよかったのに。
そう。怒ってもよかったのです。
理不尽に、不条理に、火を押しつける人々。
それといまのあなたたちは、なにひとつだって違わない。

やめてと叫んでも、届かないのです。
これはすべてを暴力で叩き伏せる、おおかみの吠える声。

――そうやって全てを燃やしてしまえたら、どれほど楽だったでしょう。
わたくしは真実わるいおおかみとして討ち滅ぼされて、
途切れた物語はそこでおしまい。

……ほんとうに?


ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

こいつらは昔の俺を見ているようで虫唾が走る
耐え難い苦しみの中で……狂ったのがこいつらで
全てを捨てて逃げたのが俺だな

この燃える戦場が、否が応でも過去を思い出させる
己の身がジワジワと怒りと憎しみに染まっていくのを感じる
強く握りすぎた剣は精彩を欠いている
それでも負ける気はしない、感情を叩きつけるだけで勝てる
恐らくほとんどが戦闘技術など持たぬ者なんだろう
このまま怒りに任せ、死ぬまで剣を振るって力尽きるか
どうせ俺の全ては過去に灰になったのだから

……だけど、ひとつだけ心残りがあるな
そうだ、見たい未来があるんだった
落ち着こう、俺はまだ死ぬわけにいかない


●15
 ――あつい。
 ことばも無く、浅い呼吸を繰りかえしながらマントをきゅっと握ってくるリリヤ・ベルの肩へ、ユーゴ・アッシュフィールドはおおきな掌を添える。
 すぐそばで炎が燃えているのに、からだの芯は冷えてゆくばかりで、肺に満ちる燃えるような空気でさえも、つめたい汗があとからあとから滲みだすのを止めてくれない。

 ずっと、ずうっとあつい。だけど……とてもさむい。
 くるしい。かなしい。こわい。いたい。いやだ。

「やめて、こないで……!」
 悲痛な声をあげ、ちいさく震えているリリヤはとても戦闘ができる状態ではない。ユーゴは迷わず剣を抜くと、水精が宿るマントをリリヤの頭にすばやく被せ、絶壁を背にして処刑人を名乗るものどもと対峙した。
 鍛え上げた剣の一閃は、敵が斧を振り下ろすより疾く、その腕を斬りとばす。
 一歩踏みこんで喉元に剣を突き立てれば、ただの民間人にすぎぬ異端の信徒はあっけなく絶命した。
 側面より迫るもう一体を、振り向きざまに薙ぎ払い、ひるんだ隙を逃さず心の臓を一突きにする。
 そこに在ったのは灰塵ではない。かつて英雄と称えられた騎士が少女を護る、勇壮たる姿であった。

 ――ほんとうに?

『救いを』
『救いを』
『救いを』
 ぞわり、と、ユーゴの肌が粟立つ。
 燃える戦場の、炎のそのむこうに、ありし日の祖国のまぼろしを見た気がした。
 筋肉で膨れ上がった全身をあかく染め、ちいさなレディのいのちを刈り取ろうと迫る目のまえのものどもは、どう見ても悪魔だ。そしてかれらの崇める王が、いまもこの谷のどこかで火の手を放ち、『また』すべてを奪ってゆこうとしている。
「………………」
 腕にしみついた反射で振るっていた剣が、じわじわと重さを増してゆく。
(驚いたな。まだこんな感情があったのか)
 ユーゴは、胸の奥でいまだ燻っていた怒りと憎しみの存在を自覚した。強く握りすぎた剣は精彩を欠き、振るわれる斧への反応が遅れ、躱せるはずの攻撃を受けるはめになる。
 ぎぃん、と、とがった音が響く。
 背後のリリヤが、きゅっと身をちぢこまらせる気配がした。歪んだ信仰のすべてを受けとめる剣が、汗の滲む掌から滑ってこぼれ落ちそうだ。
 苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて。
 そのはてに辿り着いた狂気は、すさまじい力を産みだす。
(……狂ったのがこいつらで、全てを捨てて逃げたのが、俺だな)
 境界線はどこにあったのだろう。この剣と斧の交わるただ一点が、それなのかもしれない。
(こいつらは、)

 耐え難い苦しみに背をむけ、逃げることは、けして悪いことではない。
 ただ、それを当人が許せるか否かは、まったく別の話だ。
 許せなかったのが、いまだ許せずにいるのが、このユーゴ・アッシュフィールドである。

(まるで昔の俺じゃないか)
 ――ほんとうに?

 虫唾が走る。ああ、そうなら、そんなものに負けるわけがない。
「……ユーゴさま?」
 いつもの『しっかりしていないユーゴさま』ではなかった。
 冷たい水のマントにくるまり、炎から身を守っていたリリヤは、またユーゴの様子がおかしいことに気づいた。
「ユーゴさま!」
「戦争などしたことがないだろう。武器っていうのはな、こう使うんだ」
 一際おおきな金属音が響いた。
 ……ユーゴの剣が、絶風が、歪んだ信仰のこめられた斧をまっぷたつに叩き割ったのだ。その向こうにいた処刑人ごと、まっぷたつに。
 辛うじて『にんげん』であったものが、見られたものではない断面を晒し、崩れてゆく。
 そこから行われたのは一方的な蹂躙であった。感情にまかせて叩きつけられる暴力の剣が、つぎつぎにいのちを奪っていく。回避行動をとることすらやめてしまったユーゴは、ときに斧を受け、血を噴き出しながら、敵に……かつては、ただの救われぬ民であったものたちに、その何倍もの血を流させていく。
 リリヤは口をぱくぱくさせながら、目の前で行われる殺戮を見ていた。
 ユーゴさま。ユーゴさま。
 呼び慣れたその名がうまく呼べない。だから『やめて』と言ったではないですか。いいおとななのに、レディのいうことが聞けないのですか。ほんとうに、ほんとうに、しょうがないユーゴさま。

 ほんとうに?
 ……いいえ。
 もうやめてと言った相手は、あなたではなかったはずなのだ。

 不意に、ひんやりとした感覚がユーゴを包んだ。
「……怒ってもよかったのに。そう。怒ってもよかったのです」
 リリヤだった。リリヤが、預けておいたマントを被せるようにして、背中からかれに抱きついて――あるいは抱きしめて、いるのだった。
「リリヤ……」
 俺のすべては灰になった。
 だからもう、戦って、戦い続けて、こんどこそ逃げずに焼け死んでやろうかと思った。
 けれど――ユーゴが灰のなかに包み隠していた火種から、リリヤは逃げなかった。
「ええ、ええ、どうせわたくしは『わるいおおかみ』なのですから」
 どんなにやめてと叫んでも、届かないのなら。
 しょうがないユーゴさまのとなりに立って、一緒にぷんすかする。
 そうして、すべてを焼きつくすだけだ。
 
「わたくしたちに、理不尽に、不条理に、火を押しつけた人々……それといまのあなたたちは、なにひとつだって違わない!」

 悲痛なだけであった少女の叫びは今、怒りという薪をくべられ、たしかな力を持つものに変わった。
 すべてを暴力で叩き伏せるおおかみの遠吠えが、燃える炎のなか、恐ろしげにこだまする。
 怯んだ異端の処刑人たちを、ユーゴは素早く斬り伏せていった。その剣技の冴えに、もう無駄な力はこもっていない。ただ、このちいさなレディに指一本触れさせぬためだけに、騎士は燃え尽きた魂に再生の灯火をともす。
 ユーゴの隣で、たったいま覚えた怒りの唄をうたいながら、リリヤは胸がすくような心地をおぼえていた。
 あのときも、こうしてすべてを燃やしてしまえたら、どれほど楽だったでしょう。
 わたくしは/わたくしたちは。
 真実わるいおおかみとして/悲劇の英雄として滅ぼされ、途切れた物語はそこでおしまい。
 ……ほんとうに?
「ゆきましょう、ユーゴさま。地のはてにいるという竜を……かみさまを、見にいくのです」
「ああ、そうだな」
 そうだ。まだ、ひとつだけ心残りがあったじゃないか。

 見たい未来があるのだ。
 ちいさなうそつきおおかみの、ハッピーエンドで終わるはずの物語。
 その最後のページに、誰が立っているのかはわからないけれど。
 少なくとも、いまはまだ――ここで斃れてやるわけには、いかないのだ。
大成功 🔵🔵🔵🔵🔵🔵