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この煉獄

#ダークセイヴァー #異端の神々

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#ダークセイヴァー
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#異端の神々


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●scene
 谷が燃えていた。はてなき憤懣で、あかく燃えていた。
 憎悪の結晶たる炎につつまれて、ものというものが在るべきかたちを失ってゆく。草が燃え、木が焼け、生けるものはみな死に絶えたろう。それでもなお、神を宿したかの龍は、吼えることをやめはしなかった。誰かが死のうが生きようが、聞いていようが聞いていまいが、そんなことはどうだって良かった。
 腹立たしいのだ。己も他も、ただただすべてが憎いのだ。
 狂気は狂気でしか覆らぬ。
 怒りは怒りでしか征せぬ。
 こんな世界に誰がした。神の御心というならば、そんな神こそ逆さ吊りにして、火炙りにでもすればいい。

 思うか。
 そう、思うのか。
 なら、おまえも共に燃えつきてしまえ。

●warning
「世界には三種類の人間がいる。自分のために怒る人、誰かのために怒る人。それから、そもそも怒らない人だ。誰が一番やさしいと思う?」
 だからひとは神に赦しを乞うのだろうねと、鵜飼・章(シュレディンガーの鵺・f03255)は、答えにならない答えを紡ぐ。
 ――じゃあ、許してくれるはずの神様さえ怒っていたら、どうなる?
「こうなる」
 細い指がひらりと手放した、スケッチブックの一頁。一面が黒く塗り潰された画用紙の真ん中で、深く、深く、大地が裂けていた。
 その谷間からのぞくのは、すべての闇を殺してしまいそうにあざやかな、橙の炎である。不気味な抽象画にも見えるが、真夜中の火口に似ていなくもない。
 火山の噴火でも止めてこいというのかと、誰かが呆れ気味にたずねた。
「まさか。それは自然への冒涜だ」
 鵜飼はなだらかに笑った。
 僕は怒らないから、神様なんて信じていないんだよ、と。

 曰く、その炎の谷には、怒れる異端の神が棲んでいる。
「箸が転がってもお怒りになるような、こわい神様なんだ。人なんて当然住めないし、ヴァンパイアでさえお手上げ状態で、放置されているんだって」
 かつて、領土拡大をもくろむヴァンパイア達によって、無惨に殺された憤怒の神だという。
「でも昔はもうすこし、ふつうの神様だったんじゃないかな。余計なことするから……」
 その怨念は或るオブリビオンに燃え移り、あくなき怒りでかの地を炎の海に変えた。そして今なお、この常闇のすべてを、激情の炎で焼きつくそうと猛り狂っている。
「世界のすべてが燃えたなら、きっとあかるくて綺麗だろうね。でも、いずれ炎は燃えつきて、あとには何も残らない」
 だから、そう。
 いつだって何だって、焼くのは程々がいい。

「ほら、焼き畑農業とかもあるし。この『神様』がどこかへ行ってくれたら、案外住める土地ができてるかもしれないよ」
 ヴァンパイアに支配されていないこの地を解放できれば、闇の世界にまたほんのすこし、希望の光がさすことだろう。
「うん、これは希望。だから、光を灯しておいで。暴力的な炎じゃなくて、ほんものの光を」


蜩ひかり
 蜩です。
 よろしくお願いいたします。

●概要
 怒れる神を倒していただきます。
 シナリオの性質上、怒るRPが可能なキャラクターさん推奨です。
 絶対に怒らない、という方はその旨お書き添えください(※余力があればの採用になります)。

●大まかなシナリオの進行
 【一章】冒険です。谷の底へ降ります。
 【二章】集団戦です。
 【三章】ボスに勝利すれば成功です。

 一章で怒れる神の呪詛の影響を受け、皆様も無性に腹立たしい気持ちになってまいります。
 UCや技能で軽減することは可能ですので、MAXで怒り狂いたくない方はお使いください。

●プレイングの送信
 各章の開始時に、導入として誰も出てこないシーンを追加します。
 送信はそれまでお待ちください。

●同行者/描写について
 リプレイが仕上がったら、手紙で個別に再送をお願いする方式を予定しております。
 詳しくは一章の募集開始時に併記いたしますが、採用数も無理のない範囲で、になるかと思います。
 重ね重ね恐れ入りますが、MSページも一度ご確認いただけますと幸いです。よろしくお願いいたします!
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第1章 冒険 『暗く、深い谷の底へ。』

POW   :    頼れるのはこの身一つ、ひたすら降りる。

SPD   :    深淵を恐れるな、空に身を任せ飛び降りる。

WIZ   :    時間はまだある、休憩でもしながら降りる。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

櫟・陽里(サポート)
『操縦が上手いは最高の誉め言葉!』

乗り物が活躍できる場と
レースとサーキットが得意分野
相棒バイク以外も乗りこなしてみせる
配達系依頼もお待ちしてまーす

走りこそが俺の武器!
マシン性能・路面や周辺・相手の動きなど幅広い情報収集
それを扱う集中力・傭兵の経験・判断速度
乗り物と操縦者の総合力で戦う

シールド展開バイクで体当たり吹き飛ばし
補修ワイヤーは補助武器
バイクは機動力のある盾にもなる
壊れたらほら、直すついでに新パーツ試せるし!

明るく話しやすい先輩タイプ
補助仕事もドンと来い
乗り物が無い戦場では手数が少ない
普通の拳銃射撃や誘導、挑発など小技を利かせるしかなくテヘペロしてる

過去は過去に還すべき、その辺割と無慈悲



●1
 炎がもたらしたもので良かったことは、まずひとつある。
 一年を通して常闇に沈み、四季も曖昧なこの世界が、ここだけは異様にあかるかった。
 今はまだ、それだけだ。

「こりゃ酷いな……」
 櫟・陽里(スターライダー ヒカリ・f05640)は崖際にバイクをとめ、件の炎の谷を覗きこんだ。まるで地獄の底を覗いたような心地がした。
 ゴーグルを装着しても、噴き上げる熱気と煙が顔を殴りつけてくる。わずかな光と栄養にたより、懸命に生きていた植物たちが、無差別な怒りの炎に焼かれ、やせ細ったからだを薙ぎ倒されていくのが見えた。
 グリモア猟兵の言ったように、たとえばこれが噴火や落雷のような自然現象によるものであったならば。
 脅威を覚えるとともに、その激しさにある種の感銘を受けたのかもしれない。けれどもこの光景は、自然では、ない。
 …………、

 この櫟陽里はあかるく、気のいい男である。
 なによりも心血を注ぐ愛車のライに乗って、みなに荷物と笑顔を届けながら、どこまでも前向きに世界を駆ける『ひかり』であった。どのような過去が、どこでなにをしていようと、声を荒げて怒り狂いたくなるようなことは、まず無い。
 まず無い――のだ。

 愛車に乗る。
 まさか、この火中へ仲間を投げ込む真似などできまい。炎の谷の中心部から離れ、陽里はみなが降りやすそうな場所を探した。無心でライを走らせ、風を感じていると、先程一瞬だけ胸を支配した厭な感覚が冷えていくようだった。やはり、走るのは好きだ。
 既に、なにもかも燃え尽きたあとなのか――すこし離れると、谷底は真っ暗闇だった。そして陽里は、闇の深淵より響く、なにものかの声を聞いた。

 呪いあれ。
 呪いあれ。
 呪いあれ。
 呪いあれ。

 怒りを聞いた。
 単純で、純粋で、まっすぐな、この世のすべてに対する怒りを聞いた。
 なにに対する怒りであるのか、自分でもまるでわからないような衝動に胸を支配されかけて――咄嗟に、両の頬を叩く。
「集中集中っ! お届け物はこれかな、っと」
 陽里がバイクに積んできた荷物のなかには、命綱やゴーグル、マスクをはじめ、谷底へ降りるために役立つ道具が一通り揃っている。手持ちがなければ、ここから借りていけばいいだろう。
 自分の翼などで安全に降りられるならばそれでもいいし、死なない算段さえあるならば、いっそ飛び降りてしまってもかまわない。

 だが、誰もが聞くだろう。
 己が深淵の竜が、怒りに吠える声を。
 きっかけは、ほんの些細なことかもしれない。誰にもいえない秘密かもしれない。
 ただ、火種は蒔かれた。ゆえに、炎は等しく燃え上がるのだ。

成功 🔵​🔵​🔴​


【プレイング募集:今~2月17日24時あたりまで】

 無人リプレイと書いておりましたが、サポートの方をお借りさせていただきました。有難うございました!
 大変恐れ入りますが、下記事項をご了承いただける方のみご参加ください。

・採用数は未定です。人数によっては返金が発生します。
・無理のないペースで執筆します。極力早めのお届けを目指しますが、場合によっては完成までお時間をいただくかもしれません。
・グループ参加はお二人まで。一章では連携希望相手のお名前か、グループ名のみをお書きください。送信日時も個人のタイミングで大丈夫です。(合わせプレイングを返金するのが心苦しいためですので、ご協力お願いいたします)
・リプレイが書き上がり次第、採用の方にのみお手紙で再送願いを差し上げます。それまで再送は不要です。

 プレイングを送信いただいた時点で、全てご同意くださった上での参加希望と判断させていただきます。
 ご面倒をおかけ致しますが、もしよろしければ、ご参加をお待ちしております。
 
●追記
 プレイング募集をしめきらせていただきます。有難うございました!
 お送りいただいたプレイングはこちらでも保管し、再送願いのお手紙に添付する予定です。
 恐れいりますが、完成まで少々お待ちください。
エドガー・ブライトマン
アキラ君の描いた、真っ黒な画用紙に燃える炎を思い出す
それから今目の前にある景色と見比べて
……なるほど、確かに赤い

怒りが実体を持つならば、やっぱりソレは赤色なんだろう
もはやあの炎が怒りの実態なのかも
私はあんまり普段怒らないから、解らないや
レディの方が解るんじゃない?
キミ、いつだって怒りっぽいじゃないか

ライダー君が届けてくれたゴーグル、命綱を借りて谷底へ
オスカー、ついてきてくれ

オスカーと視界を共有して、周りの様子を見ながら進むよ
危なそうな個所は通るのを避けて

それにしても、下るほどにどこか胸騒ぎがする
心の奥からこみ上げる正体の解らない気持ち
心臓がバクバクと音を立てるのが聞こえる

これが龍の怒りなのかな


臥待・夏報
焼き畑ってのは言いえて妙だ。
煉獄は、永遠に焼かれる場所じゃないからね。

さて、『釣星』のロープワークで身体をちまちま固定しながら、足場を伝ってゆっくり降りるよ。
あとは、『G-anyMED-E』の呪詛耐性と狂気耐性が異端の神とやらにも効くかどうか……
まあ、いける気がするな。
あれはなんとなく、うちのかみさまに似てるもの。

はー、訓練ぶりだなこういうの。流石に自分のことで精いっぱいだ……。
たとえば仮に今、誰かが足を踏み外して落ちてきたとしても。
何もせずに見送ることしかできないだろうね。
いつだってそうだ。

ああ、だから、怒りなんて無益だよ。
誰かのために怒ったところで、何かをしてあげられる訳じゃないんだから。



●2
 怒りが実体を持つならば、やはりそれは赤い色をしているのだろうか。
 エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)の青い瞳にうつりこむ炎のいろは、それほどに鮮烈な『赤』だった。真っ黒な画用紙のなかで燃える炎を見たときの、なんともいえない不気味さが、その光景に重なる。
 もはや、あの炎が怒りそのものなのかもしれない。そう考えるほどに。
「どうだいレディ、キミの方がよく解るんじゃない? キミ、いつだって怒りっぽいじゃないか……痛ッ」
 白手袋の下で愛する王子を縛りつけている『レディ』は、今日もご機嫌ななめのようだ。やれやれ、そんなに怒ることないじゃないか。エドガーには、怒りというものがよくわからない。
 この谷に飛びこめば、真っ白な服が煤まみれになってしまうかもしれない。それでも、エドガーはゴーグルをかけ、一本の命綱と一羽の友を頼りに、果敢に冒険へ挑むのだから。
「オスカー、ついてきてくれ」
 飛んできたつばめのオスカーはちゅびちゅびと懐こくさえずると、周りの様子を見に飛びたった。五感を共有し、降りやすそうな道筋を鳥の目線で確認しながら、ゆっくり降りていく。
 普段なら景色を楽しむところだが――ここにはもう、楽しむような景色もないらしい。ただただ、焼きつくされて真っ黒になった岩場がひろがっているだけだ。
 すると。
 暗がりのなかに、なんだか見覚えのあるオーバーコートが、宙ぶらりんになっているのが見えた。
 不思議だなあ、と思ってオスカーを近よらせてみれば、コートのなかに人がくるまれているのが見えた。よく知っているようでなにも知らないような、どこにでもいて何処にもいなさそうな、奇妙に普通の女性だった。
 エドガーは思った。知っているひとだ。……たぶん。
 手記を辿るまでもない。『誰か』が困っているならば手をさしのべる、この王子様は、それ以外の選択肢を持たないのだ。
 しかし、誰だったかな。ちょっと変わった名前のひとだった気がする。
 どこにもいけない時計のすみで丸まって、なにかを、だれかを、じっと待ちぼうけているような響きの――。

「おーい、エドガーくんだろ。こっちが視えてるならちょっと目を貸してくれる気ないかな」
「ああ、思い出したよ。カホ君じゃないか!」

 ぽんと手をたたいた拍子に、谷底まで落下しそうになった。おっと危ない。エドガーは素早く命綱を握りなおす。
 のんきな声は届いてもそんな光景までは見えていない、今日の『カホ君』こと――臥待・夏報(終われない夏休み・f15753)さんは、くるくると嬉しそうに己の頭上を旋回するツバメにむかって、あきれた様な半笑いを返してみせた。
 天の助けか。
 よこしまなかみと書いて『邪神』と読む、うちのかみさまの導きでないといいけれど。

 ◆ ◇ ◆

 こちらにだって言い分はある。しがないエージェントの夏報さんだって、任務を遂行するために必要な訓練はひととおり受けたのだ。
 ただ、体育は得意科目じゃない。ましてこんな真っ黒な崖で、華麗なクライミング技術を披露するだなんて、ふつうの毎日にはなくて当たり前の要素じゃないか。
「大丈夫かい?」
「大丈夫に見えるなら大した奴だよ、きみは」
 だいぶ前に習ったことを思い出しながら、きわめて慎重に、夏報は歩みをすすめていた。戦闘では頼りになる『釣星』も、今はちまちま身体を固定してくれる糸以上の機能は持たない。
 そう、頼れるのは己の筋肉のみ……って、だから夏報さんはそんなキャラじゃないだろ。
 おそらく、エドガーに視えている『カホ君』だってそうだ。近くの出っ張りをつま先で探りながら、一歩一歩堅実に谷を降りる姿は、危なげこそないが、どう見てもスタイリッシュじゃない。
 だが、それでいいのだ。
 たとえば生ける屍が闊歩する滅びかけの荒野より、現代日本社会という凡庸の煉獄をサバイブするほうが、夏報にはよほど困難に思える。
 『夏報さん』。
 或いは『カホ君』とか『臥待さん』とか。
 そう呼ばれる羊の皮が、なかみを上手に隠してくれなければ、とたんになにかが溢れ出て――仲間はずれの狼は、吊るされて焼かれてしまうのだ。
「ふふん、どうだい。これが基礎のロープワークだよ」
「私なんてたぶん練習すらしたことがないからカホ君も平気さ」
「……」
 まったくこの王子様ときたら、今日もちょっとうざったいほどにきらきらしている。きっと今頃、必死な『カホ君』を燕目線で観測しながら、涼しい顔でウインクでもしているにちがいない。
 不思議と腹は立たなかった。出かける前に、用法用量のぎりぎりまで呑みこんできた例の薬のおかげだろうか。いや、これは多分……単に、エドガーだからだ。
 かわいいオスカーが、ちょこん、と夏報の頭の上に座る。
「キミの左下のあたりに大きめの足場があるってさ。カホ君もすこし休憩したらどうだい。……私も一休みするよ」
「ああ、助かるよオスカーくん。底までまだだいぶありそうだからね」
「あっ、いま私をいないことにしたね? ははっ、カホ君はお茶目だなあ」
 人ひとりがやっと座れるくらいの足場にそれぞれ腰かけて、ふたりは一息つくことにした。
 暗がりのなか、声だけのキャッチボールがはじまる。エドガーのどこか浮かない顔が、夏報には見えていないまま。

「しかし焼き畑ってのは言いえて妙だ。煉獄は、永遠に焼かれる場所じゃないからね」
「ヤキハタ? レンゴク? なんだいそれ」
「焼き畑はまあいいとして……煉獄っていうのは、多くの人が死んだあとに罪を清めに行く場所のことさ。犯した罪のぶんだけ裁きを受けて苦しんだら、きちんと天国に行けるって言われてるよ。UDCアースに古くから伝わる信仰の一種だ」
「ああ……天国ならわかるよ。私、旅したことがあるからね」
「……えっなんて?」
 なにか変なことを言っただろうか。オスカーの澄んだ瞳を通して見る『カホ君』は、どうにも不可解な顔をしていた。

「まあ確かに、白馬の王子様もある種心霊現象みたいなものだけどな……」
「いやだなあ。私は元気だし、この通り王子様だとも。アリスラビリンスの天国の話さ。うん、あれは……天国のような場所だったよ」
 呟いたらかなしくなった。ああ、そういえば、真っ黒な絵を描いていたアキラ君は……あの時どちらのキャンディを選んでいたっけ。グリモアベースで見た絵は赤く燃えていたから、たぶん赤だ。そもそも何のキャンディだっけ?
 ……かなしい。手記を読めばなにかしら書いてあるのだろうけど、そうじゃない。
 …………『そうじゃない』? 何が?
 『かなしい』とは別の得体のしれない感情が、心の奥からこみあげてきて、王子様の内側を焼きあげていく。
 悲鳴をあげる心臓がどくんどくんと脈打つのが聞こえて、エドガーはおもわず己の胸に手を当てた。気のせいではない。
 なにかが、蠢いている。
 この夢と希望しかないからだの内にも、なんらかの火種の存在を示している。
「……カホ君。私、何かへんだ。これって、龍の怒りなのかな」
 慣れない感情にとまどいながら、エドガーは声を絞り出すように言った。
 もしもこのかよわい『カホ君』を助けるために、自身が傷を負うことになっても。
 怒りなど、痛みなど、誇り高き王子様はすこしも感じないはずだ。だとしたら、胸を焼くこの気持ちは一体――何に対する共鳴なのだろう。
 レディ。
 キミはこの感情を、燃えるような怒りを、知っているのか。




『かほちゃんはかほちゃんのままでいてね。』




 一瞬、遠い遠いだれかの声が聴こえて。

「――怒りなんて無益だよ。踊らされない方がいい。誰かのために怒ったところで、何かをしてあげられる訳じゃないんだから」
 夏報は深く深く息を吐き、つとめて冷静に、返した。
 ……『また』か。
 まったく、かみさまだなんて自称するものは、どいつもこいつも趣味が悪い。これが呪詛による幻聴なら、せめてもっとましなものを拾ってきてくれよ。
 汗の滲む手でワイヤーを握りしめながら、そう思う。
「大体、いつもへんなやつだろ。きみは」
 オスカーへ笑ってみせる。いまの気持ちを、うまく空気のなかに吐きだせただろうか。

「……そう、かな。うん、気のせいかもしれないね。ウーン、私ってそんなに面白いのかなあ? でも、キミが笑ってくれるならそうおもって構わないよ」
「ほらほら、そういうとこだよ」
 『王子様』と、『夏報さん』は、どちらがより狂っているだろうか。
 どちらがより、呪われているのだろうか。誰に呪われていたとしても、きっと二人とも、自分のために怒ることなんて、ずっとずっとできやしない。
「……行こう、カホ君。これ以上ここに留まっていたら、なんだか良くない気がするんだ。レディもオスカーもそう言ってる」
「だな。……やっぱり、うちのかみさまによく似ているよ。異端の神ってやつはさ」
 こっちだよ、とでも言いたげにふたりの目の前を横切って、つばめのオスカーがはばたいた。
 夏報はきっとそのとき、いつかどこかの図書館で、彼らに見せた絵本のことを思い返して。
 エドガーはきっと――、そう、なにも思い出せなかったにちがいない。
 一歩一歩降りていくごとに、言の葉までが焼き切れて、沈黙がふたりを分かつ。

 もしも今、どちらかが足を踏み外したなら。
 夏報はただエドガーを見送って、僕はいつだってそうだからと、物分かりのいいふりをする。
 エドガーは、迷わず夏報に手をさしのべてしまう。王子様だから、たったそれだけの理由で。
 それは、まるで呪いのように。
 こころの奥深くでしずかに根を張る、うつくしい毒のように。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

セシル・ローズキャット(サポート)
『神様なんていないわ』
『あなたみたいな人、嫌いよ。だからここで終わらせるの』

 ヴァンパイアの父と修道女の母に大切に育てられた、ダンピールの少女です。
 母が同じ人間に迫害されてきたため神を信じず人間嫌いな性格ですが、猟兵としての仕事には真剣に臨みます。
 普段の口調はやや大人びた感じですが、親しみを覚えた仲間に対しては「ね、よ、なの、なの?」といった子供らしい口調で話します。

 ユーベルコードは指定した物をどれでも使用し、依頼の成功を目指して積極的に行動します。他の猟兵に迷惑をかける行為はしません。また、例え依頼の成功のためでも、公序良俗に反する行動はしません。
 あとはマスターさんにおまかせします!



●3
 ――神様なんて信じていないんだよ。
 セシル・ローズキャット(ダンピールの人形遣い・f09510)は、グリモアベースでふと聞いたその言葉を、胸の中で反芻していた。

 いつぞや少年公と呼ばれる吸血鬼を屠ったとき、共に戦場に在った青年の声であったように思う。
 『怒らないから』と『神様を信じない』が、彼の中でいったいどう繋がっているのかは、セシルの知ったところではない。ただ、出した結論はおなじだったから、ここに来てしまったのかもしれない。
「……私も、」
 人間なんて嫌いだし。
 神様なんていないと思うわ。
 母が手縫いしてくれたぬいぐるみをたいせつそうに抱いたまま、少女は凪いだ水面のような瞳で、燃える谷底を見つめた。

◆ ◇ ◆

 まわりの人々は、どうやらロープやワイヤーを使って谷底へ降りているようだ。けれど、セシルには翼がある。……この身に眠る父の血を借り、ヴァンパイアへと変じることによって、一時的に得られる翼が。
 セシルの父は力を持っているくせに、行使することを好まぬ人物であった。
 セシルは両親が好きだ。自分を護り、育ててくれた父。禁忌の子であっても愛してくれた母。どちらも好きだ。
 けれど、なぜ父が積極的に力を使ってくれないのかについては、しばしば疑問を抱いていた。
 どんな人物であるかも録に知らぬくせに、いたずらに母を、自分を、『ひと』の枠から弾き出そうとする人間など、人間ではない。
 いっそあいつらを滅ぼしてくれれば良いのに。ほかのヴァンパイアは普通にやっているのに。
 愛しているなら、どうしてやってくれないの。
 ……わかっている。公序良俗に反する、というやつだ。父は、人間なんかよりもよほど立派なのだ――そう呑み込みきるにはセシルはまだ幼く、熟しきらない心が許せるよりもずっと、ひとの汚さを見すぎていた。
「……嫌いよ。みんな」
 『みんな』がどこからどこまでだったのか、自分でもわからない。

 胸の中かざわつく。
 これが話に聞く『異端の神』の力だというのなら、存在ごと否定してやる。
 ふつふつと腹の底から湧き上がる感情は、禁忌の血を開放することを躊躇させなかった。
 身体中がぞわりと震え立つような感覚とともに、セシルは翼を得る。長く使いすぎると寿命が削れていくのだったか。できるだけ早く、底まで辿り着かねば。
 大切なぬいぐるみがけして汚れぬように、ただそれだけを心の拠り所とするように、ぎゅっと抱きしめて、セシルはあかく燃える谷の底へ落ちていく。

 ひとと、ひとでなしの合いの子に、正しい名前はあるのだろうか。
 ただ今は、ひとりの猟兵として――世界へ堕とされた少女は『神』と対峙する。

成功 🔵​🔵​🔴​

リインルイン・ミュール
これは……燃え尽きた、というのも生易しいような景色ですが
何か、妙にざわつきマス。冷たい躰が、内から燃えるような

ワタシに怒りの感情は殆ど無いハズなのに
それに満ちた何かが脳裏を過る 暗い宇宙の 燃える、灼ける、はじける船……ワタシが、居た……?
嗚呼、きっと失った記憶の欠片なのでしょう
思い出せそうで思い出せない、それすらもそう、この感情はきっと「腹立たしい」

いやいや駄目デス。忘れたものは忘れたのです、明るく楽しく、今はそれで良いのです
自分に言い聞かせUC使用。崖=土の多くは無機物ですから、加工して足場にしマス
妙な形の足場を作ったり、歌って気を紛らせるかもですが
兎も角、これで底まで降りていけるでショウ


ユキ・スノーバー
奪うだけになっちゃってる炎は、ぼく何よりも苦手だから
神様も被害者なら、何とかしてあげれたら良いよねっ…出来るかは別として

熱いの暑いのやーっ!てむかむかしてきちゃうんだけど、理不尽に無くなっちゃうのはもっと嫌だから頑張れるもんっ!
それに、暑いならひゅーっと冷たく華吹雪(一句)ってクールダウンは任せろー!な感じで
イライラする時こそ、落ち着かないと出来る事も出来なくなっちゃうからねっ。
植物とかの保護したいけど、この熱さだと焼け石に水になっちゃうのが悔しいなぁ…早く何とかしなきゃ

(ロープばっちり!)クライミング自体は得意だけど、登るより降りる方が多いんだよね…
穴があったら引き籠りたくなるとかなのかな?



●4
 谷底にひろがる漆黒は、わずかな蒼みをおびたリインルイン・ミュール(紡黒のケモノ・f03536)のしなやかな身体よりもなお昏い。燃え尽きた、と表現するのすらも生易しく感じるような惨状に、リインルインはただならぬ心のざわつきをおぼえ、いまだ脚を踏みだせずにいた。
 籠手に覆われた前脚を一歩、進ませようとする。
 つめたい仮面の内側で、また、なにかが弾けるような感覚がした。
 『思い出すな』と。
 存在するはずもない獣の本能が、う怒っているかのような熱さがからだに満ちて、反射的に脚をひっこめる。
「なんデショウ、この感覚は……」
 ヒトはこういう時、呼吸が乱れるものらしい。
 感情と結びつかないリインルインの声帯は、他人事のような声でそう語るから、なんだか今日は無性に――腹が立ってしまった。

 こういった出来事は、今までにも何回かあった。
 きっと消えてしまった自分の記憶の大半は、『思い出さないほうがいいこと』なのだと、リインルイン自身ももう何となく察している。
 思い出さなくて良いならば、正直あまり思い出したくない。明るく楽しく生きられれば、リインルインというケモノはそれでいいのだから。
 けれど――遠くで燃えている激しい炎に、どうにもなにかが重なって仕方ない。
 何故、彼女はそうしたのだろう。これが、『怒り』という感情がもたらす、未知の原動力なのだろうか。
 四本の脚をばねにして大地を蹴り、リインルインは谷に向かって飛びだしていた。足場などなにもない、宇宙のような真っ暗闇のなかへ。

 ◆ ◇ ◆

 まっくらだ。いや、とおくに星が瞬いているのが見える。ここは宇宙だ。
 リインルインは宇宙のなかに浮いていた。
 目の前には、見あげるほどにおおきな宇宙船があった。
 けれどもその船は――灼熱の炎につつまれ、太陽のように燃えていた。
 あちこちで爆発が起き、船がはじけて崩れ、宇宙をただよう藻屑になっていく。

 花火のような悪夢だった。でも、何故だか懐かしいのだ。
 その懐かしさより更におおきな怒りが、リインルインの内側を灼いていった。

 ――あれは。
 ――ワタシが、居た、船……?

 ◆ ◇ ◆

 その時、すべてが繋がりそうで、なにも繋がらなかった。
 いま垣間見た己の過去が、再びばらばらになっていくのを感じた。もがいても届かない。思い出せそうで思い出せない。
 この感情すらも――そう、きっと、『腹立たしい』。

 その時、灼熱の谷底に、ぴゅうと冷たい北風が吹いた。
「わーっ、だれか落ちてくるよーっ! だいじょうぶ!?」
 リインルインははっとして我に返る。誰かの慌てた声が聞こえて、自分が今居る場所は宇宙ではなく、谷なのだと思い出した。……落下している。
 ブラックタールの身体ならたいして傷つかないのかもしれないが、それはそれ、これはこれだ。このまま底まで堕ちたら、なにか取り返しのつかない事になる気がした。
 呪いあれ。
 呪いあれ。
 怨嗟の声が底から誘う。
「……忘れたものは忘れたのデス。明るく楽しく、今を生きればいいでショウ!」
 自分に言い聞かせるように高らかな声をあげ、リインルインは灰青の腕に念動力を集める。放たれた丹色の念は岸壁に向かっていき、ただちに土を削りとって、サイキックエナジーに変える。
 土は超常の力を通してトランポリンに変換され、落ちてきたリインルインを空中で受け止めた。
 リュックの中に常備している自前のロープに掴まりながら、息を呑んでその光景を見ていたのは、ユキ・スノーバー(しろくま・f06201)である。

 良かった。いくらユキがクライミングの達人とはいえ、身長たった33cmのちいさなテレビウムの手では、このケモノに届かなかったことだろう。
「無事でよかったーっ! びっくりしちゃったよっ」
「いやいや、怒りとは厄介なものですね。心配をかけてすみまセン。もうこの通り、大丈夫デス!」
「ほんとだよね。ぼくもさっきから、なんか意味もなくむかむかしちゃって嫌なんだよっ。もう熱いの暑いのやーっ!」
 左手でロープを握ったユキは、右手で器用にアイスピックをぶんぶん振り回している。物騒ながらも愛らしいしぐさだが、ユキなりの怒りの表現らしい。極寒の大地で育ったしろくまの子は、暑いのが苦手なのだ。
 たとえ暑くても、愛用のふわふわコートは脱がないのであるが……そんなユキの様子を見ていたら、リインルインもなんだか、ささくれ立っていた心がすこし和んだ。
「そのトランポリンすごいねー! どうやって出したの?」
「土を一度サイキックエナジーに変換して、別の物質として再構築したのデス。維持するのはちょっと大変ですが……」
 そう言いながらも、リインルインは崖の土を削り取り、氷の螺旋階段として再構築していく。これなら安全に降りられるはずだ。すこし滑るかもしれないが、熱いのよりはきっといいだろう。
「これも何かのご縁。宜しければ、下までご一緒しませんカ?」
「わぁ、いいの? やったやったーっ、ひんやりー!」
 ユキはぴょこんと氷の階段へ飛び乗った。山には登るほうが好きなのだが、どうしてかグリモアベースから来る依頼は、降りる仕事が多い。
「登る仕事もこないかなぁ……ぼく、穴があったら引き籠りたくなるタイプなのかな?」
「なぜかわかりませんが、狭い所が好きというヒトは多いですよネ」
 それではしろくまではなく、あなぐまになってしまう。短い首をぶんぶんと降りつつ、ユキはリインルインの後をとことことついていく。
 階段から見下ろす谷底は、地面がみえないほどに暗い。今なお遠くで燃えている炎に、ユキももどかしい怒りと、悲しみを感じていた。
 炎が、恐ろしいだけでないことは知っている。
 花火や料理のように、うまく使いこなせれば皆を楽しくしてくれるものだ。けれど奪うだけの炎は……何よりも、苦手だ。
 燃え尽き、炭となった植物が目にはいると、しょんぼりする。道を急いで、まだ無事な動植物を保護しても焼け石に水だろう。しかも、ここは常闇の世界だ。元に戻したいなんて願いは、きっとなにより絶望的だ。
「神様も被害者なら、何とかしてあげれたら良いよねっ……出来るかは別、だけど……」
 ふりしぼった言葉もいつものユキらしくない、自信なさげなものになってしまう。
 悔しい。これに似た光景を、見た事があった。
 ちっぽけな掌では救うことができなかった、いつかの、たいせつな景色を――。
 
「……そうデス、歌いまショウ!」
 ユキの様子に、なにかを感じたのだろうか。リインルインは楽しげな歌を口ずさみはじめた。
 感情を通さないケモノの面が紡ぐ、場違いに明るい歌はそれでも、怒りにのまれそうな心を奮いたたせるに充分な響きをもっていた。
「……そうだよね。熱いのは嫌だけど、いろんなものが理不尽になくなっちゃうのは、もっと嫌だから。ぼくも、もっともっと頑張れるもんっ!」
 ユキのアイスピックが、暗い谷にきらりと光った。
「暑いなら・ひゅーっと冷たく・華吹雪ーっ!」
 リインルインの口遊む歌にのせ、一句。いまもこの場所に渦巻く、呪いに向かってその一撃を振り下ろす。ふだんは目くらましに使う吹雪だが、いろいろな使い道があるのだ。
「よーし、クールダウンは任せろー!」
 ユキの気のせいだろうか。
 アイスピックが『何か』にざくりと刺さった手応えがした。
 そう、まるで、人間の肉のような――吹き荒れる吹雪が谷の空気を冷やし、厭な熱気がふたりの中から追い出されていく。
「助かります。お陰で随分涼しくなりました。底まであと少しデス!」
「うんうん、イライラする時こそ、落ち着かないとできることもできなくなっちゃうからね。ぼくも歌うー!」
 即興で作ったしろくまマーチを一緒に口ずさみながら、ふたりはできるだけ楽しく、氷の階段を下っていく。
 リインルインが気晴らしに作った大きな氷像が、彼女たちの旅路を見守っていた。
 銀の装甲に覆われたケモノの上に、ちいさなしろくまが乗って、勇ましくアイスピックを振りあげている。どこかで見たような、愛らしき二匹の姿だった。

 ◆ ◇ ◆

 下へ、下へ。
 燃える怒りがあるだろう。凍てつく怒りがあるだろう。
 されど氷はいつか溶け、水となり、かわいた大地へと還ってゆく。
 さて。
 怒りの炎のなかに、きみたちがかいま見てしまった遠い景色は――雪のむこうに消えただろうか。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

怒るのが苦手だったのか
普段から俺にぷんすかしているのにな
ん、俺のせいなのか?

道具があるのか、ありがたく使わせてもらおう
俺だって上り下りは得意……ではないな
気を付けるとしよう

リリヤ、何を思い出してるかは分からんが顔が怖いぞ
機嫌の良い時のように歌でも唄って気を紛らわすといい

それにしても全てを燃やす炎が美しい、か
大事な人達や国を薪にして燃える炎が美しい訳がないだろう
燃え尽きた後も残る者がいれば、憎しみの炎は灯り続けるんだ
だから、俺は、怒って憎んで――

ちいさな唄が聞こえ、ハッとする
呪詛があると知っていても抵抗しきれていなかったな
まったく、随分と厄介な相手ようだな……


リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

怒ることは苦手です。
苦手なのですよ。苦手ですとも。
レディたるもの、おおらかに構えているものです。
ユーゴさまがもうすこししっかりしてくだされば、
わたくしだって日々ぷんすかすることなんてないのです。

道具をお借りして、谷を降りましょう。
上り下りは得意ですもの。
ユーゴさまも、足元にお気を付けくださいね。

離れていても、空気が熱い。
巫山戯て押し付けられた火。軽い気持ちで投げ込まれた火。
炙られる。差し向けられる。その理不尽を。不条理を。
わたくしは、いまも、

……――はい。
どきどきする胸を宥めて。
ちいさくうたを口遊み、こころを逃がすように。
怒りも、炎も。のまれてはいけないのです。



●5
 ここに、リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)という、ちいさなレディがいる。
 レディたるもの、いつでもどこでもおおらかに。
 例えちょっぴりだらしなくて、すぐにリリヤをおこさま扱いしてくる困った騎士様がいつも隣にいたって、一々ぷんすかするのはレディらしくないのだ。
 そう――彼女は、思ってはいた。思っては。

「ええ、怒ることは苦手です。苦手なのですよ。苦手ですとも」
 ふんすと主張するちいさなレディは、すでにもうちょっとご立腹のような気がする。そんなリリヤの胸の内など、このユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は知らぬのだ。
「そうか、怒るのが苦手だったのか。普段から俺にぷんすかしているのにな」
「ユーゴさまがもうすこししっかりしてくだされば、わたくしだって日々ぷんすかすることなんてないのですっ」
 ぷんすかぷんすか。そんな擬音が、リリヤの両耳の隣に浮かんで見えそうだ。
 しけた顔に無精髭を生やした騎士様はそれを見て、とてもおおらかにおっしゃった。
「ん、俺のせいなのか?」
 むっ。
 『ぷんすか』がもうひとつ、リリヤの頭のうえにぽわわんと増える。
 レディたるもの、レディたるもの、もーっとおおらかに構えていなければ。口をへの字に曲げて、リリヤは先発隊からのお届け物の中身をごそごそと探った。
 しっかりしていないユーゴさまの代わりに、おとな用とレディ用、ふたりぶん。
 お揃いのマスクとゴーグルに、安全帯とロープを準備して、命綱もつけてさしあげるのだ。しっかりとした結び目を見て、ユーゴも感心したようだ。
「おお、サイズも丁度いいぞ。器用なものだな」
「しっかり選びましたもの。ユーゴさまのお背中は、いつもみておりますから」
 ほめられてちょっぴりご機嫌を直したらしいリリヤは、物怖じせずに崖の下へ降りはじめた。ロープを頼りにするすると進む、ちいさな狼の姿は――やっぱりちょっと、サルに似ている。
「ンンッ」
「ユーゴさま?」
「……いや、今のは煙たくてむせただけだ。気にするな」
「……とても、きになります。あやしいです」
 さすがのユーゴも、二度同じ失言は繰り返さずにすんだ。
 リリヤはほんのすこし訝しんだが、許してあげることにする。恐らくこれから、もっと大いなる怒りに立ち向かわねばならないのだから。
「先に行ってもらって大丈夫か?」
「ふふふん、上り下りは得意ですもの。ユーゴさまの道案内は、おまかせくださいね」
 ユーゴもリリヤに続くことにする。確かに、リリヤの選ぶ道にはしっかりと崩れにくい足場があり、とうの昔に成人した男の重さにも難なく耐えた。
 しかしこうなると、なんだか悔しいような、情けないような気持ちになってしまう。そんな微妙なお年頃のユーゴである。
「なに、心配するな。俺だって上り下りは得意……」
 ちょっとショートカットしてやろうとした瞬間、足場の岩が崩れて落ちかけた。
 慌てて別のでっぱりに足をひっかけ、転落を免れる。
「……ではなかったな」
「ほら、だからもうすこししっかりくださいと言ったではありませんか!」
「……すまん、気をつける」
 また『ぷんすか』を浴びてしまった。天高くそびえる大樹を登ったあのときも、地獄の底までつづくような谷を降りるこのときも、今はこちらがちいさな背中を追いかける役らしい。
 ふたりの旅路に、またあたらしい景色が増えることだろう。ほんのすこしずつ、変わるものもあるだろう。
 それでも――変わらないものは、変わらないらしかった。

 ◆ ◇ ◆
 
 あかく、とおく、燃える地のはてから、こごえるような熱が攻めよせてくる。
 ふわふわとした癖毛を揺らす風は熱い。それでも、リリヤはふいに、つめたい炎で背を撫でられたような気がした。
「……っ」
 振り返る。そして、下を見る。……誰もいない。そのはずだ。生きるものはすべて死に絶えたと聞いた。
「……なぜ。なぜ、わらっているのですか」
「リリヤ?」
「なにがおかしいのですか。どうして、そんなことができるのですか」
 くすくすと。げらげらと。
 耳ざわりな嘲笑が複雑にからんで、谷の底から響いてくる。ちいさな心臓が早鐘を打つ。この声は、おおくの者がきらうはずの音だ。ひとの怒りを暴力で封じこめる、ひどい音だ。
 リリヤの記憶に残る暴力は――そう、『火』。火だ。
 『軽いいたずら』という免罪符をつけて投げこまれ、ふざけた『つもり』で押しつけられた火。焼かれるものの痛みなんて想像しようとすらできない、愚かでいまわしいにんげんが焚いた、暴力の火。
「おいリリヤ」
「やめて、ください。わたしは、いまも、」
 ――おぼえている。
 炙られる。差し向けられる。迫害の理不尽を。不条理を。今も――!
 
「リリヤ。」
 ふっと、涼しい風が吹いた。
「何を思い出してるかは分からんが、顔が怖いぞ」
 ……ああ、よかった。
 あなたがあまりにいつもどおりに、その名を呼んでくれたものだから。
「歌でも唄って気を紛らわすといい」
「……――はい、ユーゴさま。でも、」
 レディに顔がこわいは、きらわれますよ。
 ぷんすかせずにふにゃりと笑って、そう返せた。

 厭な胸のどきどきは、まだすこし残っている。傷ついたこころをなだめるように、リリヤはやさしいうたを口遊みはじめた。その様子を見て、ユーゴは内心安堵していた。
 このちいさなレディの手を離してはならない。いつか立派なレディになり、旅立つ日が来るとしても、そのときまでは守り通すのだ。それはかつて、なにも守ることができなかった英雄の、せめてもの贖罪であるのかもしれない。
 ――世界のすべてが燃えたなら、きっとあかるくて綺麗だろうね。
 ふと、ユーゴの耳に届いた『呪い』は、取るに足らないだれかの声だった。
 怒っていない顔をする人間というのは、なんのことはない。単にもう、怒り飽いてしまっただけだ。
 ユーゴとて、そういう人間だ。今この瞬間まで、尽きぬ怒りの炎など、見ないふりをして歩いていた。うっかりうしろに燃え移っては、いけないだろうから。
「全てを燃やす炎が美しい、か……」
 疲れた碧の瞳にうつる炎は、まっくらな谷のとおくで、よく輝いている。
 ちっとも美しくなんてない。『ほんもの』を見たことがないから、軽々しくそんな風に言えるのだ。たいせつな人や国を薪にして燃える炎が、美しいわけがない。
「俺は、そうは思わんな」
 ユーゴは、誰よりもそれを知っていた。
 だって、実際に目にしたのだから。
 やったのは――そう、すべて、自分のせいだ。
 なにもかも燃えつきて、なにも残らなければよかった。けれども、灰は残ってしまった。どうして生きているのかもわからないような、こんなにんげんの燃えかすだけが残ってしまった。
 
 そうだ。思い出せ、その怒りを。
 無能な己への怒りを。
 火種を蒔いた侵略者どもへの憎しみを。
 炎をともせ。
 そうすれば、やがて世界のすべてが灰になる。
 ユーゴ・アッシュフィールド。
 おまえの帰る国は、還る場所は、そこにあるのだ。

 ――呪詛にまじって、ちいさな唄がきこえた。
 いつか大樹の頂上で聴いた、斧と魔法の世界につたわる竜狩りの唄だ。
 やさしいけれど勇猛な響きは、呪いに呑まれかけていたユーゴの中へ水のように染み入って、炎をそっと吹き消してくれる。……いい唄だ。
「懐かしいな、その唄。そうか、この先に待ち受ける相手も竜なんだったな」
「ええ、ユーゴさま。空のはてにも、地のはてにも、竜がいるのですね。おとぎ話のようです」
「……ああ、不思議と縁があるようだな。今回も、随分と厄介な敵のようだ」
 いま救われたことを、かしこいレディに悟られてはならない。抗いきれなかったと知られたらきっとまた、心配をかけてしまう。
「そう、ですね。……怒りも、炎も。のまれてはいけないのです」
 ……この聡いこどものことだ。
 もしかしたらなにか感づいていたのかもしれないが、せめて彼女には広い背中を、にんげんのいいところを、すこしでもいいから見せてやりたいのだ。そのためならば、すこしはしっかりしようじゃないか。
「行くぞ、リリヤ」
「もう。『行くぞ』では、ありません。先にゆくのは、わたくしなのですからね。先ほども落ちかけたのですから、ユーゴさまは、しっかりついていらしてくださいませ」
「……またぷんすかしていないか?」
「しておりません。しておりませんとも!」
 ぷんすかぷんすか。また叱られてしまった。
 そんなやり取りはいつものことだ。怒りの炎を逃がしたあとには、あたたかな灯火が咲く。

 ◆ ◇ ◆

 とおくまで響く歌声も、いまはふたりだけのちいさな唄。
 守り守られ、ふたりは今日もあてのない旅路をゆく。
 この先になにが待ち受けていようとも――この煉獄の炎へ、ともに立ち向かうため。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

草野・千秋
僕は誰かの人の人の為に怒る人でありたい
誰かの想い、怒りを踏みにじる様な、そんなやつは許せない!
僕だってそうです、自分の想いを踏みにじられたらいい気分はしない

僕は僕の為に怒っているのか?
ヒーローとしてはあまりにもネガティブな感情に弱い
強くあらなきゃって誓ったのに

一旦憎しみに身を焦がせばあとは止まらない
嫉妬、欲望、自己顕示欲
やっぱりどれもヒーローにふさわしくない感情、ですけれど
僕はそれと真向かいに戦って
人は本当は弱い生き物
でも周りの人に助けられて生きているという事を実感してみせる
この世界を緑の満ちる草原に取り戻してみます
UDCの邪神もダークセイヴァーの狂える神も困った存在ですよね
勇気で立ち向かう


コノハ・ライゼ
ホント傍迷惑ねぇ

フックロープとか色々借りてくヨ
万一の時は術で何とかする気でいるケド
落ちない程度に気を付けて降りようか

(怒りが増す程無口、無表情に)

最初こそ軽口叩きつでも
次第に慎重な動作が煩わしく感じる
苛立ち注意力欠いて小さな怪我を作っては、心の内で舌打ち
こんな程度で傷付く身体が鬱陶しい
ロープを軋ませる体の重さが疎ましい
いっそこんな身などなければ楽なのに

降るほど募るのは
どうして存在してるのかという己への怒り
ともすれば怒りに任せ手放そうとするのを留めるのは
きつく噛んだ口端に滲む血の味

ああそうだ、そもそも神だかなんだかがいるのが悪い
腹が満たされれば、きっと気も収まるに違いないから
早く喰らいにいこう



●6
 きみは。
 己のために怒るのか。誰かのために怒るのか。
 それとも、そもそも怒らないのか。問われたのは、そのような事であったか。

 このさき何を見るにせよ、自分は誰かのために怒れる人間で在りたい――谷底であかあかと燃える炎を眺め、草野・千秋(断罪戦士ダムナーティオー・f01504)は、その思いを新たとする。
 改造人間にもさまざまな者がいるが、千秋の思考は極めてヒトの側に寄っている。もともと……そう、『元々』は、平凡な少年だったのだから、当然と言えば当然だ。千秋少年の平穏は悪夢的に踏みにじられ、結果的にその経験が、彼を強き戦士へと変えた。
「あの話、どう思いましたか」
 偶々同刻に谷を降りようとしていた中性的な美貌の青年に、千秋は何となしに訊ねてみる。彼の名はコノハ・ライゼ(空々・f03130)といった。
「そうネェ……」
 空を翔ける術が使えないことはないが、フック付きロープを手にとってみる。こちらの方が堅実だろうとコノハは思ったし、何となく厭な感じがしていた。
 闇だろうが炎だろうが、特に恐れる気持ちはない。飛び降りても良かったが――何か『引きずり込まれそうな気がした』のだ。万一があっては困る。あす、店を開けられなくなるから。
「生きてりゃ色々あるケドも、取り敢えず、食べ物を粗末にするヤツは許せないかしらネ」
「ああ、それは同感です。僕も期限間近のパンが売れ残ったりしていると焦りますし」
「アラ、そっちも飲食業のヒト? 一番はアレよネ、アレが出た時。あの……」
「うわあ、名前を言っちゃいけない虫! わかります、食品業界にとっては宿敵ですよね!」
 半分冗談のような雑談をかわしながら、ふたりはロープを頼りに谷を降りていく。
 気を紛らわす目的も無論あるが、真剣な話でもあった。料理にも菓子にも、作り手のたいせつな思いが込められているのだ。つい、会話にも熱が入ってしまう。
「食べ物じゃなくても、誰かの想いや、怒りを踏みにじるやつは許せませんよ! 僕だってそうです。自分の想いを、踏みにじられたら……」
 ロープを握る腕につい力を入れそうになり、はっとして緩める。千秋が本気で引っ張ったら、崖の上で彼の重量を支えている岩ごとこそげ落ちかねない。自制せねば。
「ホント、傍迷惑よねぇ」
 ヒーローらしい熱弁を訴える千秋へ、コノハはゆるりと笑ってみせた。
 ……いつものように、笑えただろうか。
 厭な予感は当たっていた。だんだんと、己の内側がひりつくような衝動を訴えている。抑えきれずに、足が急く。
「……さ。堕ちないように、気を付けて降りマショ」
 オレも、アンタもネ――とまでは、言わない。きっと余計な世話だ。彼も、彼にしか正体のわからない敵と、いま必死に戦っているだろうから。

 ◆ ◇ ◆
 
 はじめこそ弾んでいた会話も、だんだんと途切れがちになっていく。
 話題がなくなったわけではない。ふたりとも、思考の海に引きずりこまれていた。それゆえに、黙するしかなかった。偶々、怒りの矛先がおなじものだったから。

 ――今まで、力なき誰かの為に怒っているつもりだったけど。
 ――ひょっとして、僕は僕の為に怒っていただけなんじゃないのか?
 ――かつて弱かった、虐げられてすべてを奪われた、僕個人の復讐と自己顕示の為に……?

 千秋のなかを渦巻くのは、己の掲げた正義に対する疑念だった。奪われた、だから自分は守ろうと思った、そのために強くあろうと誓った。戦ってきた。ひとつも間違ってはいない筈だ。
 けれど、今もし誰かに『お前は悪だ。間違っている』だなんて言われたら……迷ってしまう。

「僕は……間違ってなんて、」

 思っているのだろう。
 なぜ、己だけがこのような目に遭わねばならなかったのか、と。
 憎んだだろう。ひとの幸せを。
 呪っただろう。遙か天上で輝くものどもを。
 おまえは悪だ。その考えは悪だ。英雄になどなれるものか。
 だから、そう、怒れ。草野千秋。
 世界に滅ぼされたおまえには、世界を滅ぼす権利がある。
 おまえのその、焦がれるような怒りこそが――世界で唯一絶対の『正しさ』ではないか。
 
「……やめろ……」
 地の底から響く怨嗟に耳を塞ぎたくなる、弱い自分がいる。それでも正義を断行するだけの強さが、千秋には欠けているのだ。
 すぐ負の感情に呑まれてしまう事が疎ましい。ヒーローには必要なことと知りながら、己を信じ抜くことができていない。その悔しさと情けなさが、焦りを生む。
「勝手な事を言うな! 僕はまだ、滅んでなんか、いない……!」
 いまも圧政に苦しんでいる力なき民たちがいるのだ。こんな所で時間を食っている場合ではない。はやく救ってやらねば。……自分が、自分こそが、ヒーローなのだから。
「ちょっと、千秋ちゃん? ……ああ、もうっ」
 ちまちまと降りている場合ではない。千秋の様子がおかしい事に気づいたコノハは、闇深い谷に引き摺りこまれるような速さで崖を下っていく彼を、おなじように追いかけようとした。
 その動作すら苛立ちによるものであると、気づかない。気づけない。

「……っ!」
 ちいさな足場にひっ掛けたつま先が滑って、一気に何メートルか下へ落ちた。
 ロープを掴むまでのほんの一瞬のうちに、鋭く尖った岩肌がコノハの手足に擦れ、いくつもつまらない擦り傷をつくっていった。
 ……かすり傷だ。すこし血が出ただけ。なんの影響もない。
 ただ、それゆえ猛烈に腹が立った。
 不格好さのあまり舌打ちしそうになって、その醜い動作をどうにか心のうちに押し留める。
 その間にも、更に下へと進んでいる千秋を見やる。たとえば彼のようにこの身が鋼であったなら、こんな事で一々傷つき、足をとめずにすんだだろうに。
 己の重さを受け止めたロープが、頭上でゆっくりと軋んでいる。
 いっそ、この両手を離してしまおうか。

 それはとてつもない名案に思えた。
 奇妙なほどに凪いだ気持ちで、コノハは片手を自由にした。
 あとは、もう片方の手を離すだけだ。
 そうすれば、『いらないもの』を、ここへ捨ててゆけるじゃないか。

 地の底から誘うこえがやけに不明瞭だったのは、己という存在がいかに虚ろかを示すようで、それがますます腹立たしかった。親の顔すらおぼえていないのだ。自分が何かも知らぬまま、たいせつなものを奪っていったのは、この手だ。
 どうして存在しているのか。只うつくしいだけの器には、なにも乗ってはいないのだから、こんなものはさっさと叩き割ってしまってかまわない。割るには丁度よい高さだ。いま、手放してしまえばよいではないか。
 そうすれば、きっと。この煉獄は終わる。
「……コノハさん! 大丈夫ですか、コノハさん!」
 鼓膜をふるわせる澄んだ声とともに、かみしめた唇から滲む鉄の味がよみがえってくる。
 先に降りていったはずの千秋が、大急ぎで引き返してきているのが見えた。……ああ、『堕ちそう』に見えてしまったらしい。辛うじてロープを掴んでいる己の片手を他人事のように眺め、コノハはもう一方の手を添え直す。
「ごめんネ、ちょっとボンヤリしてたら足滑らせちゃった。大丈夫ヨ」
 その声音が平静に聴こえたので、千秋は素直にコノハの言葉を信じた。ふう、と安堵の息を吐く。
「僕、さっきは憎しみに呑まれそうになってて……でも、ネガティブな感情とも、真向かいに戦っていくしかないなって思うんです。人は本当は、弱い生き物ですから。周りの人に助けられて、なんとか生きているんですよね。さっき、コノハさんが僕を心配してくれたみたいに」
「……そう。そう、ネ」

 ――千秋ちゃん、イイヒーローじゃねぇの。
 コノハの言葉を噛みしめた千秋は、己の決意をあらためて口に出す。

「邪神も、狂える神も、困った存在ですけど。僕はいつか、この世界も緑の満ちる草原にしてみせますよ」
 燃える怒りを勇気へ変え、きらきらと未来を語る彼が、すこしまぶしかった。
「……そうねぇ、」
 岩肌を見つめるコノハの顔には、なにもない。
 きつく噛んだ唇から舌に染みこむ己の味だけが、なんだかとても現実じみて、空虚だ。
 あぁ、そうだ。千秋の言うとおりだ。そもそも、その狂える神などというやつがいるから、こんなに惨めな気分になるのだ。
 己の血ではこの空腹は満たされない。空の器がなにかで満たされればきっとまた、気がすむに違いない。
 狩られるばかりの狐ではいられない。だから、狩りにきたのだ。
 はやく喰らいに行ってやらねばなるまい。

 ◆ ◇ ◆

 己のために怒るのか。誰かのために怒るのか。
 それとも、そもそも怒らないのか。『やさしい』のは、誰であったか。
 ただひとつ。
 優しさの刃は、かならず己へ突き刺さるように出来ている。
 其れを抜くのか、抜かないのかは、きみ次第だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ジャハル・アルムリフ
冴島(f13398)と
星の底を灼くほどに燃え続ける
衰え知らぬは或る意味見事か

二人【餓竜顕現】で喚んだ竜の背へ
勝手には動かぬ故、名は持たぬが
付けてやるのが良いだろうか

地の底震わす怨嗟
竜の速度を調整しながら
魔除けの呪と聞く言葉遊びで紛らわし
り、…竜人
…なぜ、すぐ負けてしまうのだ
耳に障る響きと比べればささやかな悪態

さてな
嘗て屠られたものであるのなら
怒り故に存在できるのやもしれぬが

…冴島らしいな
常日頃やわい風が吹くような青年の
火種を知ればそれも収めて
俺は――
主君への愚弄、力尽くで奪うもの
幾つか浮かべど何よりも
…足りぬ己に、であろうか

内側に抱えた火種であれ
この青年ならば
きっと笑いはせぬだろうと


冴島・類
※ジャハルさん(f00995)

憤怒の神の炎…か
随分歪んだものだ

視界確保にゴーグル着用
降りる手段はジャハルさんの竜君を頼り
大っきいなぁ!
この子に名はないんです?
愛着は湧くやもですよ

降下中周囲警戒に写し身を円状に展開し
何か気付けば注意

降りる程に、腹に響く声
気を紛らわす言葉遊びでも、と
案に乗ってしりとりを
蝸牛!ふ、またりですよー

しかし、どんどん強くなる
この奥にいるオブリビオンは
何切っ掛けに怒ってるんですかね

僕は…気に入ってる者が虐げられたり
壊されたりすると
結構根に持って怒る質ですが
ジャハルさんは?
どんな時に、腹が立つんだろう

成る程…
無骨で不器用な彼の、静かな熱を感じ
身を焼くでなく推進力にしたいですね



●7
 星の底を灼くほどの勢を見せ、炎は燃え続けている。衰えを知らぬその猛威は、ある種見事なものである、と、ジャハル・アルムリフ(凶星・f00995)は思った。炎というものはおそろしくも、うつくしい。
 灼熱を映す竜の双眸は、神秘的な星の煌きに満ちている。いっぽうで、彼と並び立つ冴島・類(公孫樹・f13398)の表情は、少々複雑なものであった。
 みずからも炎の使い手、また一柱の神である。この憤怒の神焔には、『個人』としても――思うところがないわけは、ない。
 炎はときにひとを清め、ときにひとを焦がして呪う。いま二人の眼下で燃えさかっている炎は、後者の炎であろうと思われた。
「……随分歪んでしまったものですね」
 類のこぼしたつぶやきに、ジャハルも何処となく察するものがあった。話に聞く異端の神とやらも、元はひとのために怒る存在であったのやもしれぬ。
 寡黙な黒竜の眸が、ちら、と此方へむけられたので、ごまかすようにふにゃりと笑って、類はゴーグルをかけた。
「じゃ、予定通りあれでよろしくお願いします」
「承知した」
 ジャハルは友の声に応じるように、右腕を昏い空へ掲げる。
 ――映せ。
 主の声に呼応するように、曇った空の彼方から、禍々しき暴竜が翼をはためかせ舞い降りてくる。同時に、秘した白亜の翼がジャハルの背から天へと伸びる。
 4メートル近くもある竜の巨体を見あげ、今度は類が萌黄色の双眸をかがやかせた。
 ひとに限らず、いきものは好きだ。灯環と名づけた相棒のヤマネの子は、どうやらすこし、彼?を怖がっているようだけれど。
「大っきいなぁ! 触ってみてもいいですか?」
「構わぬが、可愛いものではないぞ」
「大っきい子は浪漫なんですって。……大丈夫、怖くないよ」
 肩にのぼってきた灯環をやさしく撫でてやりつつ、類は暴竜のからだに触れてみる。
 鋼のうろこは硬く、谷の熱気を受けても金属特有のひんやりとした温度を保っていた。魔力より生まれた超常の存在であるゆえか、爬虫類とも鉱物とも異なる独特の手触りだ。
 まなこを持たぬ暴竜は、されるがままじっと撫でられていたが、なんだか不服そうに見えなくもない。妙に愛らしいものである。その横顔がどことなく、不愛想な主人の面影と重なるからだろうか。
「この子に名はないんです?」
「子……。勝手には動かぬ故、名は持たぬが。付けてやるのが良いだろうか」
 ジャハルの師も似たものを飼っているが、確かにあれにも固有の名称らしきものがあった。敬愛する師に倣うならば、やはりなにか考えてやるべきか。
「つけると愛着が湧くやもしれませんし、この子にもこころが芽生えたりするかもですよ」
「あい、ちゃく……」
 ジャハルは呻いた。己が魂の現身のような、禍々しい半人の竜をあらためて仰ぎ見る。すると、竜もおなじように空を仰いだ。
 ……湧くだろうか。自身の動きを模すのみのこれが生き物である、そう認識してみたことはなかった。
「……豚骨」
「ええっ、と。可愛い響きですけれど、豚ではないのでは」
「牛鍋……」
「…………雰囲気は若干近くなったかなぁ?」
 とてつもない難題であった。ひとまず、これは宿題として持ち帰ることにする。

 ◆ ◇ ◆
 
 ジャハルが羽搏けば、暴竜もおなじように大きくはばたいた。
 視点が変われば、目にみえる景色もまったく異なるものだ。竜の背に乗って飛ぶふたりの目には、広大な辺境の山々と、山地を裂くようにはしる紅蓮の大峡谷がうつっている。
「!」
 谷底にむかって降下をはじめるやいなや、竜が吼えるが如き熱波がふたりを煽った。

 ――来るな。おまえたちになにができる。

 ただの熱ではない。呪いだ。
 地の底を震わせ、凡てを灼きつくす憎しみのこえだ。引きずりこまれそうにはげしい、怒りの炎だ。
 類はみずからの本体である『鏡』の写し身を、暴竜の周囲へ円状に展開する。ひとを愛し、慈しむ霊鏡の澄んだ面は、邪なるものの影を暴きだすだろう。七十前後もあるその鏡の一枚一枚に、類は注意深く目を配る。
「ジャハルさん」
「解っている」
 この感情に呑まれてはいけない。己の裡にざわめく昏い声が、ふたりを蝕みはじめていた。 ああ、まるで、腹の底が燃えるかのような――遠ざけなければ、いけない。
「……そうだ、言葉遊びでもどうです。すこしでも気が紛れれば」
 急きすぎぬように己の翼を律しながら、ふむ、とジャハルは思案する。

「為らば、『尻獲り』は如何か。日ノ本の国古来の魔除けの呪と聞く」
「しりとり、いいですねぇ。じゃあ……最初は鏡の『か』からだ。蝸牛!」
「隣人」
「……終わってしまったな。ジャハルさん、最後に『ん』がついたら負けなんですよ」
「む……其のような規則であったな」
「じゃあ今のは練習ってことで、隣人の『じ』から再開しましょう。砂利」
「り…………料理」
「おっと、『り』で返してきましたね。ふっふっふ、倫理!」
「なんと……………り、り、……竜人……」
「また『ん』ですよ」
「……なぜだ。なぜ、すぐ負けてしまうのだ」

 ――役立たずめ。
 ――裏切り者め。
 生きて帰れると思うなよ。
 この炎で、おまえを呑み込み、喰らってやるからな。

 こぼした悪態は、ささやかなものであったはずだ。
「……いつもこうだ。俺は何かと足りぬ」
 しかし、類は続いたその言葉に、ジャハルの怒りがにじみ出ているのを感じる。
「いいえ、そんなことは――」
 そのとき、すぐ傍の鏡になにかが映りこんだ気がした。
 類は目を見開いた。
 鏡のなかに、斧を持った黒衣の人影が佇み、鏡像のジャハルを見下ろしているのだった。
 『それ』は、鏡のなかで俯くジャハルの首めがけ、手にした斧を振り下ろさんとしているではないか。
「ジャハルさん、右に敵が!」
 類は素早く腰に差した短刀を抜き、魔を祓おうとする。
 しかし、『それ』が映ったのはほんの一瞬。ジャハルが右を向くと、煙のように消えうせた。
 ジャハルが、類のほうを振り返る。
 類だってわかっている。いま自分の言ったことは、明らかにおかしい。
 鏡の外では――この暴竜の背に、そんなものは乗っていなかったのだから。

「……済まぬ」
 ジャハルは再度呻いた。類が正しい、嘘を言う筈はない、そう信じ切っている眼だった。
 で、あれば――映ったのは、己のこころに潜む怪物の姿であろうと。
 垣間見せてしまったのであろうと、暗に告げる言葉だった。
 類もそれを理解し、ただ、ゆっくりと頷く。薫風のように、やわく微笑んでみせる。
 ……ああ、だけれど。

「この奥にいるオブリビオンは、何切っ掛けに怒ってるんですかね」
「さてな。嘗て屠られたものであるのなら、怒り故に存在できるのやもしれぬが」
 かみさま。
 かみさま。
 助けてくれと。
 赦してくれと。
 炎のなかからあの日の声が聴こえるものだから。
 託されなかった唯一だけは、やはり聴こえなかったから。
 嘆きにも似た竜の怒りを、この眼が視てしまったものだから。
「僕は……気に入ってる者が虐げられたり、壊されたりすると、結構根に持って怒る質なんですよね」
 話題をそらしたつもりが、ふいに漏らしてしまった強い言葉に、類自身驚く。
 ジャハルも、その告白に若干目を丸くした。
 なんと返すべきか。一寸だけ迷った末、素直な感想を述べる。
「……冴島らしいな」

 何でも許せる訳じゃない。優しいかみさまのこころにだって、火種はある。
 それを『らしい』と、すんなり受けとめてくれる友の存在にほっとして、類はいつのまにか硬くなっていた頬を緩めた。赦される側になると、これほど心強いものか。
「ジャハルさんは?」
 あえて、そう訊ねてみる。
 どんな時に、腹が立つんだろう――彼自身の言葉で、聞きたかった。こんなときだから、腹を割って打ち明け合ってみるのも『ともだち』らしい気がした。
「俺は――主君への愚弄、」
 真っ先に出てきた言葉は、ジャハルにとっては当然のことだ。これはするりと口にできた。
「力尽くで奪うもの……」
 あとのものには昏い感情が伴う。呑まれぬようにゆっくりと羽搏きながら、幾つかの言葉を思い浮かべ……何より思い当たる火種は我ながら青く、口に出すのが少々こそばゆい。
 けれど、この青年ならば、きっと笑いはせぬだろうと思ったから。
「……足りぬ己に、であろうか」
 例えば、しりとりをしてもすぐに終わらせてしまうような――そんな己が一番腹立たしいと、ジャハルは言ったのだ。
「成る程。ジャハルさんらしい」
 無骨で不器用な彼のかかえた、静かな熱。
 類もそれを、『らしい』と言って、呑みこんだ。
 懸命に生きるもの、すべてがいとおしいのだ。不器用な友の、不器用な生きざまも、ひとつの在り方と聴きとげて。誰かのかわりに、赦すだけだ。
「身を焼くでなく……推進力にしたいですね」
「ああ、何時だか師父がやっていた。炎で気流を喚び、天高く駆ける、か。……そう、在れると良い」
 地のはてで燃える炎を見ていると、ゆき場をなくした怒りのおぞましさに震える。
 けれど、往かねばなるまい。あの煉獄へと。

 ◆ ◇ ◆

 こんな話をしてしまうのも、きっと呪いの所為なのだろう。
 鏡のなかに垣間見た、己という名の怪物が、ふたたび彼らを灼くだろう。
 だが全てまではわからずとも、受け止めてくれるものがいるなら。
 この感情を、力に変えていく事だってできるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アルバ・アルフライラ
…くは、これは笑い種よな
憤怒の髪が、己の怒りに飲まれているとは

召喚するは【夢より這い出し混沌】
――ジャバウォックの背を借り、共に地獄の底へ墜ちるとしよう
怒れる咆哮を聞く事だろう
今生を呪う、呪詛を受ける事だろう
耳を塞ぎはせぬ
呪いたくば呪うが良い
翼竜に暴れられては困る故、此奴には破魔の力を施して
私は神なる怒りを、一身に受け止める
…っくく、オブリビオンが憎いのは私とて同じ
我が魔術で焼き尽くし、苦しませ抜いた末に殺したい
殲滅なぞ生温い…そうであろう?

慈しむ者の為ならば
このアルバ、喜んで鬼となろう
故に、私と貴様は相容れぬ
無辜の民を顧みぬ神なぞ不要
信仰なぞ潰えたに等しかろう?
…老害は疾く、この地より失せよ



●8
 スターサファイアの融点は二千五十度であると云う。
 神の恵みであるとも讃えられるその宝石のひかりを宿した美貌の主は、ひとり谷の淵に立つ。賢者は、煌めく双玉の先に――少々計算外のものを、見ていた。

(……あやつも来ておったとは知らなんだ。全く、行き先位告げてゆかぬか)
 まったく立腹である。あの大きなこどもは、一人で放っておくと何をしでかすかわからないのだがら。だが幸い、『彼』は独りではないようだった。
 お世辞にも出来の良い造形とはいえない半人の暴竜は、谷底へむかって力強く羽搏いている。その背には見知りも見知った愛弟子のほかに、もうひとり、穏やかな顔をした青年が同乗していた。
 会話の内容までは聞こえてこないが、なにやら親しげに話している様子だ。
 かれらがすっかり豆粒のように小さくなり、視界から失せてしまうと――アルバ・アルフライラ(双星の魔術師・f00123)はそこで漸く、ふっと相好を崩してみせた。どうやら、我が弟子はよき友に恵まれたようだ。
「……くは、」
 笑い種である。憤怒の神が己の怒りに飲まれているというから、一目見物に来てやったというのに、このような不意打ちでほんの少々とはいえ腹を立ててしまうとは。
「どれ、手本を見せてやろう。来たれ、夢より這い出し混沌。――『ジャバウォック』よ」
 アルバが星追いの杖で魔法陣を描くと、そこからずるりと這い出るようにして、三メートルはあろうかという巨大な黒龍が出現した。血のように紅き爪と角を持つ、混沌の僕――ジャバウォックは、燃えさかる眼であるじをぎろりと睨んだ。下手に吼えたりしないのは、さすがに賢い。
 お互い様ではあるが――此度の度を超した遊興は、けしてあの弟子に気取られてはならぬ類のものだろう。
 アルバはジャバウォックの頭をひと撫ですると、その背にひらりと騎乗する。あとはどうあれ、この怪物と一蓮托生だ。
「さあ、共に地獄の底へ墜ちようではないか」

 ◆ ◇ ◆

 破魔の加護を宿したジャバウォックの翼は、おしよせる熱と呪詛を斬り裂いて、あるじを望む通り地の底へと導く。耳へ追いすがる過去からの嘆きは、アルバにとってはなかば予想がついていた内容のものだ。
 
 ――耳を塞ぎたくなるようなひどい断末魔であった。

 どれほど辛かったことだろう。どれほど痛かったことだろう。
 何千、何百の今生を呪うものたちの叫びが、アルバの鼓膜を貫かんばかりに襲ってくる。それらは、吸血鬼どもに虐げられた無辜の民たちの、苦悶と憤怒の集合体である。
 そのなかに、たったひとつ。
 今もけして忘れられぬ半身の声が、聴こえていた。

「……ああ、」
 薄紅をひいた唇を、くだける程に噛みしめる。
 助けを乞うかれの悲鳴を前に、どうすることもできなかった。だが――今のアルバは、あのときとはもう違っていた。
「聞け、亡者共よ。呪いたければ呪うが良い!」
 威厳をもって響く賢者の一喝に、煉獄がしんと鎮まり返る。
「……神とやら、貴様も聞いておるだろうな。オブリビオンが憎いのは私とて同じよ。殲滅なぞ生温い」
 蓄えてきた智慧がある。磨き抜いてきた技がある。
 すべては奴らを屠るために。我が魔術で焼き尽くし、苦しませ抜いた末に殺したい――その願いのために!
「……っくく、ははは。そうであろう?」
 常とは異なる狂気めいた低い嗤いが、燃える谷底に反響する。折り重なる呪詛も、いまや己を崇める讃歌としか聞こえない。
 そう、この煉獄において自分こそが――このアルバ・アルフライラこそが、唯一絶対の神である。
 無辜の民を顧みぬ神なぞ不要だ。なればこそ、慈しむ者の為に、喜んで我が身を鬼神と化そうではないか。
「私と貴様は相容れぬ。信仰なぞ潰えたに等しかろう? ……老害は疾く、この地より失せよ」
 老獪にして尊大なる魔術師の、神をも恐れぬ宣戦布告であった。
 ジャバウォックの羽搏きが力強さを増していく。すべての怒りを、苦しみを、追い風として。

 ◆ ◇ ◆

 さあ、枷はすべて手放した。
 怒りに狂えというのなら、とことん狂ってみせてやれ。
 すべて赦すも赦さぬも、すべては神の掌の上。
 叶うならばこの煉獄ごと、二千五十度で燃やしつくしてしまえばいい。

大成功 🔵​🔵​🔵​

館野・敬輔
【POW】
アドリブ大歓迎

空を飛ぶとか器用なことはできないから
ひたすら愚直に、降り道を探しつつ降りるのみ
ゴーグルとマスクは借りて着用

基本は「視力、暗視、世界知識、情報収集」で目を凝らして降りる道を見極め
「地形の利用、追跡、失せ物探し」で目の前の道が通れる道か否かを慎重に見極めながら降りていこう
道がなくなればフック付きワイヤーを引っかけて「クライミング」で降りる

…怒りの声が、怨嗟の声が聞こえる
支配者を僭称する者に無残に殺された怒りか

どれだけ怒れば
これだけの炎で焼き尽くせるのだろう
不毛の地になる前に止めないと

俺だってヴァンパイアは憎い
だから、この怒りは理解できる怒り

…呪詛を受け入れ怒りに身を任せよう


リーヴァルディ・カーライル
…ん。多少の対策はしたけど胸の内がムカムカする。
…これは人々を虐げこの世界を支配する吸血鬼への怒り?
それとも圧政に屈して己の意志を棄てた人々への怒り?

事前に今までの戦闘知識から“調律の呪詛”を付与
怒りを誘う精神攻撃を狂気耐性を強化して軽減する

…いいえ。これは私の左眼に聖痕を者達への怒り。
母様、導師、狂信者共。そして名も無き悪神…。

闇に紛れた怒りを抱く霊魂の残像を、左眼の聖痕で暗視して見切り、
常以上の気合いと殺気を抱きつつUCを発動
周囲の熱気を呪力を溜めたオーラで防御して、
空中戦を行う翼を広げ飛翔して進む

…私の運命を弄んだ者を、決して赦しはしない。
幾度、この世界に現れようと必ず滅ぼしてみせる。


ダグラス・ミーティア
嗚呼、ムカつく

怒るのは疲れるんだ
疲れる事なんかしたくねぇんだ
だのに

嗚呼、くそ、ムカつくな

まるで怒りを具現化した光景
―己すら傷付けているような

…そうだな
本当にこの世界は、生き物は
自分勝手で、残酷だ

許せない
許せない
必死に生きた命を
奪った奴らを

だが怒ったところで世界は変わらない
見限ったというのなら
静かに消えればいい話

…それでもテメェはまだ其処にいるのか

待っていろ、逢いに行く
そうして叶うなら絶望させてくれ
この世界の希望とやらにしがみついたまま、死ねない俺を

*
燃えにくい生地の外套纏い
命綱にゴーグル、マスクを有難く借りて
足場や取っ掛かりが無ければ武器で切り開く
多少の無茶は厭わない
躊躇こそが命取りだろうから



●9
 吸血鬼を狩る為に存在しているリーヴァルディ・カーライル(ダンピールの黒騎士・f01841)にとって、この暗黒の世界はもはや慣れたものであった。
 猟兵ですらない。
 彼女は単なる『吸血鬼狩り』として、この深淵のふちに立っている。
 今までに屠ってきた数えきれないほどの宿敵たちの顔を思い出すと、それだけで少女の華奢なからだは、煮えたぎるような怒りと憎しみに支配されそうだった。

 これは単なる、戦闘知識の利用の為の回想に過ぎない。
 そう己に言い聞かせ、感情を落ち着かせる。
 さんざん見てきた。呪詛や狂気で人を陥れることは、今なおこの世界にはびこる吸血鬼どもの好む手だ。奴等をはげしく憎悪することにより、呪詛を調律する呪詛を身に纏ったリーヴァルディのこころをもてあそぶことなど、今更できまい。……が。
「……ん、」
 リーヴァルディは胸に手をあてた。
 まだ、喉の奥に妙なかたまりがつかえている感覚が取れない。
 ひとびとを虐げる吸血鬼が憎いのは勿論だ。だが心の底では、彼らの支配に屈し、隷属するだけの泥人形と化しているこの世界の民達へ、抑えきれない憤りを感じてもいた。
 至る所で見てきた、澱んだ目をして、無気力に助けを待つものたちの姿が脳裏を過ぎる。
 あんなものは死んでいるのと一緒ではないか。なぜ、彼らはみずから戦おうとしないのか。
「……人類に、今一度の繁栄を。私は私の誓いを果たすだけ……」
 いいや、この怒りはまやかしだ。まだ全体からすればほんのわずかではあるが、現に最近は人類砦を築いている者たちだっている。戦える者が剣をとればいい。そして、このひかりを絶やさぬために、自分はまだ抗い続けねば。
 みずからの存在意義をあらためて口に出すと、リーヴァルディは左眼に手をかざした。
 右の眼とは異なるいろに輝く眼球は、かつて刻まれた生贄の聖痕。いまも少女を蝕み続ける、呪いだ。
 リーヴァルディの秘めたる闇の深さと、この地をただよう過去の残滓がぶつかり合う。
 かくして――猟兵たちをしきりに炎へ引き摺りこもうとしているものの正体を、リーヴァルディは見た。
「……お前たちは……」
 『それ』は、はっきりとひとのかたちを取り、闇の底から彼女へ手をのばそうとしていた。
 リーヴァルディはかっと熱くなるこころを抑え、力を限定的に開放する。魔力でできた双翼は、谷を覆う炎よりもはるかに濃密で紅い、血のいろをしていた。
 翼にこめられた意志の強さに気圧されたか、忌まわしきものたちはみずからリーヴァルディから遠ざかっていった。それらには目もくれず、血の双翼をはばたかせ、闇の娘はまっすぐに谷を降りていく。

 ◆ ◇ ◆

「……翼か。俺にはあんな器用な真似はできないな」
 飛んでいくリーヴァルディの姿を眺め、館野・敬輔(人間の黒騎士・f14505)はどこか自嘲めいた呟きをこぼした。ほんの数ヵ月前まで、温和な笑みをたたえていた青年の面影は薄れている。今ここに立っているのは、この残酷な世界をとがった眸で見据える、ひとりの復讐者であった。
 それでも、敬輔は人である。
 仇を葬るための武器。生存するための道具。それ以外に持っているものといえば、せいぜいささやかな嗜好品の茶葉ぐらい。翼なき人類にできることは、ただ愚直に己の道を定め、進むのみだ。
 けれど、なぜだろう。
 迷いなく谷を下っていくリーヴァルディの背に、敬輔はどこか己と似たものを感じとるのだった。
 ゴーグルとマスクを借りていこうとした敬輔は、おなじように道具を見繕っていたダグラス・ミーティア(ROGUE STAR・f22350)と出会う。見るからに愛想が乏しそうな傷だらけの青年だったが、どこか人が好さそうな印象も受ける。敬輔よりは、ひとまわりほど年長に見えた。ふたりは無言で会釈を交わす。
 ダグラスも命綱とマスク、ゴーグルを借りていくようだったが、まるで懐くようにまとわりついている不思議な外套だけは自前の品だろう。
「生きているのか」
「……まあな。丈夫な奴だ。耐火性もある」
 あるじに褒められた知性ある外套はどこか嬉しげに見える。だが、男たちの険しい表情が和らぐことはなかった。堅実に降りていく手段を選んだ者同士、ひとまず協力体制を取ることにする。
(特別な力がないなら……目を凝らせ。辿るべき道は見えてくる筈だ)
 敬輔は岸壁をじっと見つめる。炎に照らし出された岩場をよく眺めて観察し、陰影がつくりだす目の錯覚に惑わされないよう気を配りながら、慎重に足場となる岩を選んで降りていく。
 それにしても熱い。額に汗が滲む。時間をかけすぎればそのぶん体力が削られ、不測の事態が起きやすくなっていくだろう。だが、焦りは何よりの命取りだ。

 そのときだ。
 がつ、がつっと岩を削る音が近場から聞こえ、敬輔はそちらへ視線を向けた。
 見れば、ダグラスが持参した銃火器を絶壁に叩きつけ、強引に自分の通る道を作っているではないか。

(嗚呼、くそ、ムカつくな。中々砕けやしねぇ)
 ダグラスは苛立っていた。崖にしがみついているだけでも疲労が蓄積するのに、力を使えば更に疲れる。大切な武器だって破損しかねないし、そもそも無茶だと解ってもいる。
 理解はしている。だが、頭で衝動を制御することができない。
 この無意味な苛立ちを何かに、どこかに叩きつけていなければ、ダグラスは怒りで気が狂ってしまいそうだった。
 ――くそ、怒るのは疲れるんだ。疲れる事なんかしたくねぇんだ。だのに……どうして俺はここへ来ちまったんだ。
 短く切りそろえた頭髪からしたたる汗が鬱陶しい。武器を手放して頭をかきむしりそうになり、寸前でこらえる。
 明らかに苛立っている様子のダグラスを目にして、敬輔の視界がぐにゃりと歪んだ。
「……っ」
 心ごとがくんと『下』へ引き摺りこまれそうになる感覚をおぼえ、咄嗟にワイヤーを上に放る。ワイヤーの先端に括りつけられたフックは、今にも折れそうな木に何とかひっかかってくれた。
 ごくり、と唾を呑む。
 この木は敬輔の重さ――そう、彼が背負う、あらゆる『重さ』に耐えうるだろうか。
「止まるんじゃねぇぞ。躊躇こそが命取りだ」
「ああ、分かってるさ」
 自ら削った岩に足をかけ、強引に進んでゆくダグラスの姿は危ういものの、力強い。敬輔も躊躇うことなく進みながらも、周囲を観察する視線はけして緩めはしない。
 これは、己の意志だろうか。それとも――。

 ばさ、ばさ、と。
 なにかおおきな鳥のようなものの、羽音がした。

「……ん」
 血の翼を生やしたリーヴァルディだった。
 彼女は大鎌でなにか――目に視えないものを――左右に斬り祓うようなしぐさをしてみせると、岸壁につかまっている青年たちに向かって、こく、と頷いてみせる。
「……落ちても私が受け止めるから」
 言葉少なにそう呟いた少女は、しかし少女なりに仲間を気遣って戻ってきたようだ。リーヴァルディが羽ばたくと、わずかに周囲の熱気がやわらいだ気がした。
「気を付けて。敵がいる……すぐそこ」
「そこ?」
 敬輔とダグラスは訝しげな顔をする。どうやら、リーヴァルディにだけはなにかが視えているようだ。
 『何かがいる』。
 その自覚を与えられたとたん、青年らの耳にも、獣が唸るような怨嗟の声が届き始めた。ダグラスはたまらず悪態をつく。
「くそ……厭にムカつくのはこいつ等の仕業か」
「ん……急いで。あと少しだから」
 気づけばずいぶんと底のほうまで来ていたらしい。リーヴァルディに導かれるようにして、敬輔とダグラスは谷を降り、ついに最下層へとたどり着いた。
 この三人が最後だったらしい。仲間の猟兵達の姿がそこかしこに見えたが、誰も彼もがその瞳の奥に、煮えたぎる炎をかかえこんでいた。その色も、かたちも、熱さもさまざまだった。

 これが呪いだ。
 これが怒りだ。
 これが――人生だ。
 果たして、降りたった三人の猟兵は、おなじものを見ていた。
 おなじ炎を、見ていた。
 
『幸あらんことを』
 その声とともにずるりと炎から這いずりでたのは、無数の『にんげん』である。
 みな一様に、頭には麻袋を被り、黒いローブを着て、大きな斧を手にしている。
 『これ』が、リーヴァルディをはじめ、何人かの猟兵がここに来るまでに目にしたものの正体だった。
「………………」
 敬輔は左肩に手をあてた。『あの女』に刻まれた噛み傷が疼いている。
 目の前のものたちが何も言わずとも、敬輔は理解した。
 麻袋の下で、かれらは泣いている。いや、そういうかたちで『怒っている』。
 同じだ。
 この者たちもまた、愛する者を、自分自身を、支配者を僭称するあの者らに無残に滅ぼされたのだ――!
「ヴァンパイアめ……!」
 敬輔はたまらず怒りに身を任せ、叫んだ。抜いた黒剣を向けるべき矛先が、いったいどこかすらも考えずに。
 見るものすべてに斬りかかってやりたい気分だった。どれだけ怒れば、これだけの炎で谷を焼き尽くせるのか――今の敬輔には、それがようく理解できた。ここが草一本生えぬ不毛の地になる前に、この者らも、かの神も、止めてやらねばなるまい。
『救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ』
「救い、だと……この炎が、怒ることが、テメェらにとっては救いだってのか」
『救いだ。我、われ、我らが神の救済だ』
 今なお燃えさかる炎を前に、ダグラスは馬鹿な、と首を振るう。
 ――嗚呼、本当にムカつく神だ。
 いくら怒ったところで、誰もが身勝手で残酷なこの世界は、すこしも変わりやしないのに。
 世界を見限ったというのなら、ただ静かに消えればいいだけの話だ――そう。
 神も奇跡も信じなければ、怒らずにほほえんでいられるのだから。

 ダグラスは理解していた。
 『あれ』はそういう理屈なのだ。なにもかも諦めた人間は、ちっとも優しくなんてない。
「……ふざけるな。こんなのは救いじゃねぇ」
 許せない。
 許せない。
 必死に生きた命を奪った奴らを、俺は許さない。
 まるで神の怒りを具現化したような、この無残な焼け野原が――己すらも傷つける哀しい炎の痕に見えてしまうものだから。
「……それでもテメェは、まだ其処にいるのか……」
 怒りに震える手でアサルトウェポンを構えるダグラスを見て、リーヴァルディもようやくはっきりと、胸の裡で静かに燃えさがる己が炎の正体をとらえた。

 左眼は、かのオブリビオンを――この世界の絶望に歪められた、哀れな信仰者たちを見ていた。
 だが、右眼は。
 少女の右眼に見えたものたちは、麻袋を被っていなかった。
「……母様」
 忘れるはずがない。黒いローブの異教徒は、リーヴァルディの母の顔をしていた。
 母だけではない。導師や、何人もの狂信者たちの姿も見える。みな、今なお左眼に宿りリーヴァルディの精神を汚染する、名もなき悪神の崇拝者たちだ。……私の左眼に、聖痕を刻みつけた者達。
 ふたつの像がうまく重ならず、リーヴァルディの視界が万華鏡のようにぐるぐる回る。
 ……わかっている。母たちがこんな場所にいるはずがない。右眼が見ているものは、この怒りが見せた幻に過ぎない。
 だが、許さない。
 吸血鬼も、ろくでもない神も、こんなものを崇める人間たちも……全員。
 灰にしてやる。
 リーヴァルディは無言で殺気を放出し、呪詛を振り払った。ふたたび気圧された怒りの神の崇拝者たちは、じりと一歩後ずさる。
「……私の運命を弄んだ者を、決して赦しはしない。幾度、この世界に現れようと必ず滅ぼしてみせる」
「ああ、行くぞ。この怒りと憎悪、そして闘争心。全てを賭けて……俺が貴様らを止めてやる!!」
 凄まじいまでの気迫で『敵』を撃ち滅ぼさんとするリーヴァルディと敬輔を見て、ダグラスはふと、姪と相棒のことを想った。
 ああ、どうか、あの元気なチビ共に、災いの火の粉が降りかからぬように。
 そして叶うなら、こんな自分のようにもならないように。
 そうやってまだ絶望を遠ざけようと願う自分が腹立たしくて、天を仰いだ。そこにうつくしい星など見えないのに。天体観測をするには、この谷底はあまりに深く、昏すぎる。
「……待っていろ、逢いに行く」

 ◆ ◇ ◆

 嗚呼、神よ。
 怒りに燃えさかる神よ。
 そうして、叶うなら今度こそ絶望させてくれ。
 この世界の希望とやらにしがみついたまま――いまも死ねずにいる、無様な俺達を。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『異端の神に捧げる処刑人』

POW   :    幸あらんことを
自身の【肉体】を代償に、【斧に歪んだ信仰】を籠めた一撃を放つ。自分にとって肉体を失う代償が大きい程、威力は上昇する。
SPD   :    神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか
【自己暗示により限界を超えた筋肉】を一時的に増強し、全ての能力を6倍にする。ただし、レベル秒後に1分間の昏睡状態に陥る。
WIZ   :    救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ
【心や身体が壊れても信仰を果たす】という願いを【肉体が破損した者、昏倒した者】に呼びかけ、「賛同人数÷願いの荒唐無稽さ」の度合いに応じた範囲で実現する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●10
 この不毛の地にも、かつては人の集落があった。
 吸血鬼の圧政から命からがら落ちのびてきたものが密かに集う、ささやかな集落である。
 かれらはそこで、ささやかながらも平和に暮らしておりました――とはいかないのが、この物語だ。

 虐げられたものの記憶はけして消えない。
 かれらの瞳はみな一様に濁り、もはや正気を保ってはいなかった。
 目の前で家族を虐殺された少年がいた。何もできずに愛する妻を奪われていった男がいた。奴隷として、手酷く扱われていた娘がいた。隣人であったはずの人々に裏切られた女がおり、食い扶持を減らすために殺されかけた老人がいた。
 かれらは憎んだ。この世の全てを、この世に産まれたことそのものを憎み、怒り狂っていた。
 まともに働くことなどもちろんできない。こころが疲弊するというのは、蟻地獄だ。
 そこに手をさしのべたのが、かの怒りの神である。

 怒りとは、すなわち信仰である。
 なにかを信じる心さえなければ、裏切られることなどけしてありえないのだから。
 狂気にあてられ、いよいよ心を喪った民たちは、怒りのままに武器をとり、たがいに激しく殺し合った。
 命など棄てて神の怒りと一体化し、己に理不尽な痛みばかりを強いてきたこの世のすべてを破壊し尽くすことこそ、残された最期の希望であるという『信仰』に至ったのだ。……そこまで考える理性など、もはや無かっただろうが。
 そして神は怒りのままに吸血鬼と戦い、果て――それでも尽きぬ激しい怒りによって、彼らはなおもこの地に縛りつけられている。

『神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか』

 さて、いまきみたちを多かれ少なかれ狂気に陥らせているのは、つまりその者共だ。
 かれらは、怒れるきみたちの首を異端の神に捧げる気である。同情などはいっさい必要ない。
 なぜからかれらの歪んだ信仰は、同情や共感といったものを、もっとも激しく憎悪するようにできている。
 憎くて憎くて耐えられないのだ。
 『かわいそう』、その、優しいだけの見下しが厭でたまらないのだ。
 だから、ひと思いに断ち切ってやるといい。
 怒りという名の信仰を叩きつけ、さあ、思うがままに焼き尽くせ。



●まとめ
・【重要】一章にご参加いただいた16名様のみ採用します。
・【重要】現在メールの不調によりFLが受け取れないようです。前回の感想は白紙で提出して下さい。

・諸々の元凶である異端の神の信仰者たちとの戦いです。
・そんなに強くないので、怒りに任せて無双してください。
・戦場は燃えています。ものすごく熱いです。
・プレイング期間はとくに定めません。お手数ですが、失効したら都度再送をお願いします。
・🔵が足りない場合はサポートをお借りします。

●【重要】描写量について
 やむをえない事情により、一章より描写量とアドリブを減らし、完結を優先します。
 具体的には、今まで旧作の通常シナリオのクオリティで書いていたものが、学園シナリオのクオリティになります。
 プレイングとステシを見ればわかる以上の情報は基本反映しません。
 それでも大丈夫、という方は、どうぞお気遣いなくご参加いただけましたら幸いです。
草野・千秋
このダークセイヴァーには理不尽な理由で苦しんでいる方が多過ぎます
悪を駆逐する者、断罪のヒーローを名乗る者としてこれは捨ておくわけにはいかないでしょう
なんの罪もない一般の方が苦しんでいいはずが無い
(家族を虐殺された、という話を聞いて、きゅっと目を固く瞑り)
そんなことされたら悲しくて苦しいに決まってますよね
これは同情、というよりは共感
人々の憤りに漬け込む怒りの神、許さない
神でさえ怒っているのなら『人間』の手で救うまで

勇気で行動
UCで味方を支援
武器改造で氷の属性攻撃を銃弾に込めてスナイパー、範囲攻撃、2回攻撃で打ちのめす
仲間はかばう
敵攻撃は盾受けと激痛耐性で耐える


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

憎悪に身を焦がした人々が怒りの神の信仰に中てられた結果がこれか
…この世界では「十分あり得る話」でもあるが

己が痛みは理不尽か
己が境遇は理不尽か

ああ、この世界は理不尽だらけ
俺も理不尽で家族を、里の民を奪われた

それでも、己の信仰のために他者を踏みしだくなら
怒りで他人すら全て破壊し尽くすつもりなら
全部俺が破壊しつくして否定してやる

理不尽な怒りは理不尽な怒りで焼き尽くす
貴様らは既にオブリビオン
己が信仰に滅ぼされろ!

【魂魄解放】発動
怒れる魂たちと共に処刑人を黒剣で徹底的に斬り刻む
筋肉を増強されたら距離を取って衝撃波を連射
熱さは多少は耐えれるが、怒りに身を焦がせば気にならない



●11
『神、かみ、神が希望を』
「憎悪に身を焦がした人々が、怒りの神の信仰に中てられた結果がこれか……」

 館野・敬輔は、意味を為さぬことを口走りうごめく異端の処刑者たちに黒剣の切っ先をむけたまま、苦々しげに呻いた。しかし、剣を握るその腕が震えることはない。
「……この世界では『十分あり得る話』でもあるが」
「ええ、悔しいですが……このダークセイヴァーには、今も理不尽な理由で苦しんでいる方が多過ぎます」
 対する草野・千秋の面持ちは沈痛であった。罪のない人々が日常的に虐げられている現実を前にすると、胸が痛む。
『うわああああ!! かみさま! かみさま!!!』
「なっ……待ってください、何を……!」
 そのときひとりの異教徒が、突如みずからの頭に向かって半狂乱で斧を振り下ろしはじめた。
 ぐしゃり、ぐしゃりと頭蓋の砕ける音がして、麻袋がまたたく間に真っ赤に染まる。
『おまえも! おまえも! 吸血鬼だな!! 知ってるんだ、ぼくは知ってるんだ、おとうさんを、おかあさんを、おにいちゃんをかえせええええ!!!』
 声と体格からするに、まだ年端もゆかぬ少年であろう。その歪んだ信仰――『怒り』がこめられた斧ががむしゃらに襲いかかってくるのを、千秋は盾ですばやく受け止める。
「っ、重い……」
 幼い少年のものとは思えぬ怪力で、一撃、また一撃と斧が振り下ろされるたび、少年の怒りが千秋の骨の芯にずんと響いて軸足をゆるがせる。呟いている内容から察するに、このこどもは、家族を虐殺されたのであろう――かつての自分とおなじように。

 千秋はきゅっと、目をかたく瞑った。
 骨ごと断ち切らんばかりの怒りをもって、少年の斧が千秋の腕に振り下ろされる。敬輔が横から割りこみ、すんでの所で少年の腕を斬り落とした。枯れ枝のようにやせた腕が、ぽとりと地に落ち――炎に巻かれて、灰になる。
『なんでぇ、、、なんでだよやだ、やだよ、おまえが死ねよおおおおおおお!!!!!』
 斧を掴む利き手を失ってもなお、少年は千秋に殴りかかってきた。己が痛みの、己が境遇の理不尽を訴えるように、ぽこぽこ殴りかかってくる少年が――ふたりには、血の涙を流しているように見えた。

 ああ、やはり、この世界は理不尽だらけだ。
 おなじように家族を、里の民を奪われた敬輔も、そのあわれな姿に一瞬だけ心を重ねた。

「貴様らは、そのふざけた信仰のために他者を踏みしだくと言うのか。怒りで、他人すら全て破壊し尽くすつもりか。なら――俺がすべて破壊しつくして否定してやる!」
 魂魄解放。
 黒剣に、かつて喰らった魂を纏わせる。
 呼びよせるのは、かの者らよりさらに大いなる怒りを抱く魂。いまわしき憤怒は敬輔の命を蝕むと同時に、すべての処刑人たちを等しく処断することを可能とする。
「貴様らは既にオブリビオン。憎むべきものと同じ所まで堕ちたな……己が信仰に滅ぼされろ!」
『滅びぬ。滅びぬ。我らが神は。信仰は』
 不気味なまでに筋肉で膨れ上がった身体を晒し、処刑人達がいっせいに敬輔へ襲いかかる。
 千秋は敬輔をかばおうと足を踏みだし――どうやら、その必要はなさそうだと悟った。
 超人的なまでの身体能力を手にした処刑人どものあいだを風のようにすり抜け、炎に焼かれることさえも恐れず、敬輔は、狂ったように剣を振るっている。
 怒りを宿した黒剣の突きが膨張した筋肉を破り、心の臓を貫く。放たれた衝撃波が、後方にいた処刑人をも切り刻み、ばらばらにした。その凄絶な戦いぶりを前にして、千秋は悟った。きっと彼も、自分とおなじような目に遭った哀しいにんげんなのだ。
「……こんな事が許されていい筈が無いですよ」
 握りしめた拳に怒りをこめて、胸に渦まく想いを吐きだす。
 復讐鬼と化した敬輔への言葉ではない。人々の憤りにつけこむ、怒りの神に対する怒りだ。
 こうして、みずからの信奉者らや敬輔に、いのちとこころを削らせている存在に対する義憤だ。

 悪を駆逐する者、断罪のヒーローを名乗る者として、この異端の処刑人たちを『裁く』ことはしない。
 かわりに千秋が届けるのは、生きて、抗い、戦う者へ贈る歌だ。
 いつか、誰もが空に羽ばたく自由を手にできるよう――白薔薇を飾ったマイクが届ける力強い歌声が、この煉獄で、世界という戦場で、戦い続ける仲間たちへエールを送る。
 勇気をもたらすその響きは、みなの耳へ届いたことだろう。血塗れで剣を振るいつづける敬輔には、聴こえただろうか。すくなくとも、処刑人たちにはきちんと聴こえたらしい。
 千秋の示した『共感』を否定するように、かれらはまた己の肉体を傷つけ、千秋にむらがって斧を振るう。ヒーローを志す青年は、それでも弱き者へ寄り添おうとする。
『う、あ、あ……おかあさ、』
「……こんなことされたら、悲しくて苦しいに決まってますよね」
 敬輔が振るった剣の衝撃波を喰らい、それでも死にきれずもがき苦しんでいた少年の残骸を、ひと思いに銃で撃ち抜いて。
 熱く静かな怒りを秘めた氷の散弾が、処刑人たちへばら巻かれる。まっすぐに、ある種冷徹なまでに急所のみを射る千秋の怒りは、炎のようにはげしく燃えさかる敬輔の怒りとはまったく対照的だった。
「そいつらに同情する必要は無い。理不尽な怒りは、理不尽な怒りで焼き尽くすだけだ」
 敬輔は吐き捨てるように返した。
「――違うか?」
 冷徹と激情のはざまで揺れる二色の瞳が、憂いを帯びた若草の瞳を突き刺すように見た。
 人間とは、ふしぎなものだ。
 底に秘めたものは似ているのに、ふたりの青年の在り方は、光影の如く交わらない。

 凍てつく弾丸が炎にすいこまれて、すこしだけ、谷間に涼しい風が吹いた。
 願わくば、炎がすこしでも鎮まってくれればいいと、千秋は思った。
 谷を降りたときに抱いた決意を、勇気をもって口に出す。弱い己を鼓舞するように。
「……僕は、違います。『神』でさえ怒っているのなら、『人間』の手で救うまでですよ」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

ユキ・スノーバー
…すごく、熱いね
普通ではいられなくなっちゃう位に、燃え続けなければいけないなんて辛さ、わざわざ重ねなくても良いのにって思うんだよっ
神様が全部何とかしてくれるなら、世の中に理不尽って思う様なこと起こらないでしょ?

奪っちゃうだけに燃え盛る炎は、やっぱり見えない様にしたくなるから
遠慮なく華吹雪を吹雪かせて熱さを書き換えちゃう
只でさえ苦しいって伝わるのに、わざわざ苦しいのを重ねるなんて、しなくても良いなら吹き消しちゃえ

その気持ちを持ち続けていたいと思っちゃってるなら、刈り取るつもりで突っ込むぼくの行動は、只の自己満足なんだけどね
…楽しかった記憶すら塗り潰されちゃうのは、とても悲しい事だって知ってるから


エドガー・ブライトマン
どくんどくんと脈打つ音が耳の内側から聞こえてくるかのよう
谷底へ降りていた時と変わらない
むしろ、すこし音は大きくなっているかもしれない

胸に手を当てて、深呼吸
多分このあたりにあるんだよね、心臓ってさ
私は狂気とか呪詛とか、そういうのに生まれつき耐性があるみたい
《狂気/呪詛耐性》
だというのに、この燃えるような気持ちは何だろう?

私は自分のために怒ったことが一度もないし、きっと怒れない
他人に望まれるために生まれた私が、自分のために怒るなんてさ
意味ないだろ。意味ないハズなのに

行き場の解らない感情を処刑人君に向けるしかなくて
燃え上がる世界でただかれらに剣を突き付ける

ああ、鉛みたいに鈍い心臓も溶けてしまいそうだ


リーヴァルディ・カーライル
……まさか、この私に母様の…導師達の姿を見せてくるなんてね…

良いわ。そこまで私の怒りが見たいのならば、見せてあげる

…ただし。お前達の生命と引き換えにだけど…ね

“血の翼”を維持して残像が生じる早業で空中戦を行い、
吸血鬼化した自身の生命力を吸収してUCを二重発動(2回攻撃)

…来たれ、世界を焼き尽くす大いなる力よ…!

天を焦がし、地を滅ぼす。其は万象を灰塵と為す裁きの星…!

常以上の殺気で両掌に限界突破した火属性攻撃の魔力を溜め、
怪力任せに両手を繋ぎ武器改造して“炎の結晶”槍を形成
空へ放った結晶槍を“火の流星”として落とし、
爆炎のオーラで防御ごと敵陣をなぎ払う先制攻撃を行う

…これが私を怒らせた報いよ



●12
「……まさか、この私に母様の……導師達の姿を見せてくるなんてね……」
 少女の低いこえが、やけに重々しく焼け野に響く。

 リーヴァルディ・カーライルである。俯く娘の背には、いまだ血色の翼が生やされたままだ。
 ゆらりとこうべを上げた彼女の表情には、この地に満ちる呪詛をも焼きつくす、ただ純粋な怒りのみが満ちていた。
「良いわ」
 狩られるものの立場も弁えず、いたずらに傷口へ触れたのが運の尽きだ。こみ上げる激情が、寡黙なリーヴァルディを饒舌にさせる。
「そこまで私の怒りが見たいのならば、見せてあげる」
 銀の髪がざわ、と揺れた。
 伏し目がちな紫の眸がかっと見開かれ、あどけない眉尻がつりあがる。
「……ただし。お前達の生命と引き換えにだけど……ね」
 この娘を前にして処刑人を名乗るなどおこがましい。彼女こそが、真なる処刑者であった。
 凄まじい殺気を発するリーヴァルディを取り囲むように、斧を手にした異端の処刑人たちが迫る。しかし、愚かな過去の残滓たちは、いまを闘う少女の残像すらもとらえることができない。
 血の翼で空中に浮かびあがったリーヴァルディは、処刑人たちがまごついている間に呪文の詠唱をはじめる。
「……限定解放。テンカウント。吸血鬼のオドと精霊のマナ。それを今、一つに……!」
 エドガー・ブライトマンは、頭上で強い輝きを発するリーヴァルディの真っ赤な双翼から、なぜか目が離せずにいた。
 それ自身が生命のかたまりであるかのように脈打つ翼は、ひとつ拍を刻むごとに、リーヴァルディへなんらかの強い力を流しこんでいるようであった。
 ――待ってよ、どういうコトなんだ。
 エドガーからすれば、可憐な少女もまた、守るべきものの範疇である。しかし、いま、頭上でなにやら凄そうなことを行おうとしているこの少女からは、目にうつるような儚さはすこしも感じない。
 ――これが『怒り』のチカラだって?
 とまどいと共に周りを見てみれば、この戦場は、どこも尋常ならざる狂気で満ちていた。
 炎の渦にかこまれて、置いてきぼりの王子様はひとり自問する。
 これほどの激情にかられる仲間たちの姿を見た事が、かつてあっただろうか?
 ……日記やレディに訊ねてみても、わからない。

 どくん、どくんと、耳の裡でなにかが脈打ちはじめている。
 谷底へ降りていた時とおなじ音――いや、むしろ、すこしずつ大きくなっている。みなの怒りが呼び水となって、さざ波のような耳鳴りを起こす。
 胸に手をあてて、エドガーは深く息を吸った。こんなに苦しいのに、左手にはなにも伝わってこない。
「……多分このあたりにあるんだよね、心臓ってさ」
「うーん……ぼくもテレビウムだから、よくわかんないけど……」
 額に汗をにじませるエドガーを、ずっと心配そうに見ていたユキ・スノーバーも、彼をまねて左胸にまるい手をあててみる。やっぱり、そこに心臓があるのかはわからなかったけれど。
「……すごく、熱いね」
 小さなからだが熱いのは、燃えさかる炎のせいだけではない気がして。
 エドガーも、いつもより力ないほほえみを返すのがせいいっぱいであった。

 ◆ ◇ ◆

「……来たれ、世界を焼き尽くす大いなる力よ……!」
 それは、この戦場にいた誰よりも速く。
 限界を超えた魔力がリーヴァルディの両掌に集まり、血色の炎となって発火する。
 この手が砕けても構わぬとばかりに力強く合掌すると、炎は結晶となり、そこから槍が生まれた。
「天を焦がし、地を滅ぼす。其は万象を灰塵と為す裁きの星……!」
 美しくも禍々しき結晶槍を高々と天へ放れば、それはまさしく天を焦がすような炎の渦を纏い、リーヴァルディの足元――群がっていた異教徒どものちょうど中央へ、閃光を帯びて落下する。

 火柱が立った。
 耳を裂くような爆発音が轟き、身のほど知らずの処刑人たちは跡形もなく消し飛んだ。
 名づけるならば、“火の流星”とでもいうべきか。
 星が落ちたあとには、ただ真っ黒に焼けた大地だけが在り、残り火がかすかに燻るばかりだ。

「わああ……っ」
 ユキも、炎を征する獄炎の勢いに思わず慄いた。攻撃の矛先は自分ではない。もちろん、わかってはいるが、反射的にエドガーのマントをつかんで目隠しをする。不意に服をひかれ、エドガーははっとした。
「……ちいさなキミ、火が苦手かい?」
「うん、ちょっと……なら来るなって感じなんだけどっ」
 血迷っている場合ではない。向かってくる処刑人たちをレイピアでいなしつつ、エドガーはユキをかばって、降りそそぐ火の粉と斧を一身に受ける。すこしも痛くない。
 ああ、なのに。
「……これが私を怒らせた報いよ」
 リーヴァルディが見せた、ある種美しいほどの憤怒が、目に焼きついて離れないのだ。
 こころも、からだも、生まれつき、あらゆる痛みに鈍くできている。
 だというのに――この燃えるような気持ちは、何だろう?

 まだ足りぬといった面持ちのリーヴァルディは、信仰を果たすべく地獄から生還した異教徒たちを、再度容赦なく焼きあげていく。彼女の逆鱗に触れた代償は、あまりにも大きい。
 明らかに――普通ではない。この煉獄は。
『救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ』
「ねえ……もういいよ。こんなになっちゃう位に、燃え続けなければいけないなんて辛さ、わざわざ重ねなくても良いのにって思うんだよっ」
 ユキは、脚がもげようが顔を焼かれようが戦いをやめないオブリビオンたちへ、必死に訴えかける。
「神様が全部何とかしてくれるなら、世の中に理不尽って思う様なこと、起こらないもん……そうでしょ?」
「ん……そうね。だから、私は神を許さない。崇める者達も……全部」
 ユキの訴えも聞こえていないかのように、リーヴァルディと異教徒たちは激しくぶつかり合う。リーヴァルディが一方的に押しているようではあったが。
「ウン……そうだぜ、ユキ君の言うとおりだよ、リーヴァルディ君。自分のために怒るなんてさ、意味、ないだろ? 意味ない……ハズなのに……」
 どうにも、口に出す言葉といまの感情が、ずれているように思えてならない。
 また苦しげに胸を抑えるエドガーを、静かな怒りに燃えるリーヴァルディを、ユキは交互に見つめた。モニターのなかでまばたくつぶらな瞳は、ひどく悲しげだった。
 ――奪うだけのために燃える炎なんて、やっぱり、見えないようにするべきなのだ。

「えーいっ!」
 がつんっ。
『ぐ……っ』
 ユキはお気に入りのアイスピックで、すぐ傍に迫っていた処刑人の頭を遠慮なくがつんとやった。
 それでもゾンビのように立ちあがろうとするので、華吹雪を吹雪かせてまとめて冷凍しておく。さすがに動かなくなったようだ。
 ユキの起こす、激しくもやさしい怒りの猛吹雪が、圧倒的な炎へ勇敢に立ちむかう。
「只でさえ苦しいって伝わるのに、わざわざ苦しいのを重ねるなんて……しなくても良いなら、ぼくは吹き消しちゃいたいんだよっ」
「私は苦しくない。自分の為とか、皆の為とか……考えた事もない。吸血鬼も神々も、全て狩る……それが、私の存在意義。……『運命』、だから」
 リーヴァルディとユキ。炎と吹雪のはざまに立たされ、エドガーはいよいよわけがわからなくなっていた。
 私は自分のために怒ったことが一度もないし、きっと怒れない。
 そう思っていた、はずだった。

「……だってさ、私、他人に望まれるために生まれたんだぜ? 自分のために怒るなんてさ……ありえないよ」
 やっと絞りだせたのは、不安でいまにも泣きだしそうな、ただの18歳の少年の声だった。
 ああ、だけれど――背に負う消えぬ聖痕は、『王子様』のいのちは、残酷に輝きはじめる。
 残酷な『運命』が、それを望んでいる限り。

『我らが神を否定するか』
『かの者に極刑を。極刑を与えよ』
 また新たな処刑人たちが現れて、エドガーの首級をあげようと集う。信仰により、その肉体は人間の限界を超えた力を発揮する。全身の筋肉を酷使して振り下ろされた斧を、エドガーはレイピアの突きだけで弾きとばした。
 一秒間におよそ九回。目にすることすら困難な、華麗なる剣戟。
 それは防御のみに留まることなく、処刑人たちの喉を、脳を、心臓を、次々と的確に貫いていった。
 かれらもほんとうは、王子様に救われる人間だったはずだ。けれど今は、行き場の解らないこの想いを、ただぶつける事しかできなくて――炎と吹雪がまじわる世界のなかで、エドガーはただ剣を振るう。しかし、その矛先がユキやリーヴァルディを傷つけることは、決してない。
 誰かのために振るう剣は、刻一刻と、幸福な王子のいのちを削りとっていく。
 それでも、変えることなどできない。運命とは、誓約に似ている。

「……ぼくのしてる事って、ただの自己満足なのかな」
 アイスピックを振り回しながら、ユキがぽつりと呟く。
 なにも答えてくれない処刑人たちのかわりに、エドガーはキミってやさしいねえ、と、弱々しく笑いかける。
「助けてくれ。おねがいだよ。……鉛みたいに鈍い心臓が溶けてしまいそうなんだ」
 それならまかせてっ、と、ユキははりきってエドガーの援護に回る。リーヴァルディは、炎の槍で一方的に敵陣を蹂躙している。彼女は強い。ほんとうに。あちらのほうは、ひとりでも心配ないだろう。
 怒ることしか救いが残っていない者へユキができることは、きっと少ない。けれど、すべてを塗りつぶしてしまう炎は、できる限り刈りとってあげたいのだ。
 ……楽しかった記憶まで、ぜんぶ焼かれて消えてしまうのは、とても悲しい事だから。
 かしこいユキは知っている。
 けれど、ぜんぶは知らなかった。
 たとえば、目の前の少年が――エドガーが、この煉獄もいつか綺麗さっぱり忘却してしまうだろうことまでは、いまは知るはずもないのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ダグラス・ミーティア
かみ、が…何だって?

まあいい
泣いて縋られるより相手がしやすいぜ
皮肉まじりに吐き捨て

そう、その方が楽だ
怒りで全てを塗り潰せば
見なくて済むものがある

…だが
"それ"はテメェ自身の怒りだろうが
神だの世界だの、誰かに押し付けてんじゃねぇ
良く見ろ
お前も誰も、救われてなんかいねぇだろうが

いいさ、お望み通り
こんな世界終わらせてやる
苛立ちのまま咆哮をぶつけ

相手の能力強化中は防御・回避を優先
囲まれないように注意
怒りに任せた攻撃は読みやすそうだな

出来れば最後の一撃は正面から受け止めて
ほらな、怒るのは疲れるだろう
もう休め

…これが本当に救いなら
こんな虚しい最期があるかよ

怒りに乗せて放つ咆哮は
どこか物悲しく

希望はまだ遠い


リインルイン・ミュール
困りましたネ! 本当に、困りました
攻撃自体は単調、それは念動や武器で受け流しますが
彼らの抱く感情が、拡げる念を通じて染み込んできてしまうのです

奪われる悲しみ、嘆き。奪っていくものへの怨み、世界への憎悪
きっと昔の私は知っていた、でもそれはワタシじゃない
そう、だから……これらは「ワタシのものではありません」
受け取りはしても、認めるのは理不尽への怒りだけ
それとて、アナタ達には振るいませんとも

さあ、やる事は一つ
苦しみ呻く彼らの声は雷鳴に呑み込み、積怨込めて振るわれる斧は撃ち砕く。戦場に満たした力場での範囲攻撃デス
もう立つ事がないように、信仰すら消し飛ばすように……赤雷にて、アナタ達の全てを灼きましょう



●13
「困りましたネ! 本当に、困りました」
 おどけたようにそう言って、狂信者達から逃げまわるリインルイン・ミュールの表情は、口角を上げてすこし笑ったような顔から寸分も変わらなかった。
 一見すると『顔』と思われる彼女のそれは、獣を模った鉄仮面であるゆえに、いかなる感情も通しはしない。しかし、並白の面を通して響く音声のほうはというと、ほんとうに困っているようであった。

 ◆ ◇ ◆

 処刑人を名乗る狂信者たちに理性はなく、攻撃自体は単調で受けやすい。
 尾に模した剣を振り回せば、難なく斧を弾くことができたし、リインルインの念動力があれば、無理矢理攻撃の軌道をねじ曲げ同士討ちをさせることだってできる。
「は……いけまセン」
 リインルインは自分で驚いた。いま、どうしてそんな酷いことを考えたのだろう。
 駄目だ。そんなことをしたってちっとも楽しくない。頭と決めた部分をふるい、いまだ燻る不快な『怒り』を打ち消そうと試みる。力を使うための集中がどうにも上手くゆかず、攻めあぐねていた、ちょうどその時だ。
 おなじように追われていたダグラス・ミーティアが、リインルインを取り囲む敵の足元めがけ、牽制の威嚇射撃を放った。敵はひるんだが、人間離れした筋力ですぐに立ちあがり、どこまでも迫ってくる。
「猟兵だろ。囲まれると厄介だ、ちっとばかし手を貸してくれ。こいつら、どうも力の限界で時々動けなくなるみてぇだ。それまで耐えろ」
「情報有難うございマス。……ワタシの技は発動までちょっと時間がかかりますから、是非とも援護をお願いしマス」
 承知したとばかりに、振るわれる斧をダークネスクロークが絡めとり、ふたりを攻撃から守ってくれる。怒りに任せただけの攻撃は、知性体にとっては確かに読みやすいのだろう。
『神は希望を与えて下さる。神は、神は、かみかみか』
「かみ、が……何だって?」
『……』
 会話が成立しない。ダグラスは溜息をついた。
 見た所、この不思議なケモノ――リインルインは、自分より猟兵としての経験が豊富そうだが、いまは手こずっているようだ。
「で、お前は何を困ってるって」
「ハイ。彼らの抱く感情が、拡げる念を通じて染み込んできてしまうようなのデス……」
「……怒ってんのか? そうは見えないな。立派なもんだ。まあ、泣いて縋られるよりは相手がしやすいぜ」
 ダグラスは皮肉まじりに吐き捨てる。或いはリインルインも、こうして苛立ちを表に出してしまえれば、楽なのかもしれない。
 思う侭、怒りで全てを塗り潰せば、見ずに済むものがある。だがいまの彼女は、己の怒りと懸命に向き合い、戦っているように思われた。だから苦しんでいるのだ。
『神の怒りを受けよ』
「"それ"はテメェ自身の怒りだろうが。神だの世界だの、誰かに押し付けてんじゃねぇ」
 ダグラスは銃火器を振り回して、リインルインが力場を整えるまでの時間を稼ぐ。可能なら、すこしでも対話が出来ればいいと思っていたが。
『神の怒りを受けよ。神、か、かみかみかみの』
 ……ああ、だめだ。怒っている人間には、まるで話が通じない。いらいらする。ならば、こちらも怒りで対抗するまでだ。
「いいさ。お望み通りこんな世界終わらせてやる。リインルインだったか、耳塞いでろ」
 どうやって、とリインルインが問う前に、恫喝のような咆哮が轟いた。
 それを受け、倒れた異教徒たちが、仲間の呼びかけに応じてふたたび立ちあがる。
 リインルインの拡げた力場は、敵のみならず、ダグラスの声からもさまざまな感情を汲みあげた。

 奪われる悲しみ、嘆き。
 奪っていくものへの怨み、世界への憎悪。
 ……なにより『もう疲れた』という諦め。
 それでもなお、人を駆り立ててやまぬ強い感情が『怒り』だというのか。
 それは……それは。
 終わりなき煉獄。はての無い地獄のように、思われた。

 ――昔の『私』もこうだったのでしょうカ?
 それではあまりにも哀しいと、『悲哀』を知ったリインルインは感じる。
 そんなのは、いまの『ワタシ』じゃない。だから――。
 
「これは『ワタシのものではありません』!」
 己のなかで燻る炎を否定した瞬間、すっとこころが軽くなった。
 すべてを拒絶はしない。理不尽への怒り、それだけは認め、受け取ろう。それとて、彼らに振るうべきではない。『ワタシ』の怒りは、明るい未来を生きるためのもの。
 力を使い果たしたのだろうか。その宣言に打ちのめされたかのように、異教徒たちが意識を失ってゆく。ダグラスは、その光景を食い入るように眺めた。

「さあ、やる事は一つ。……赤雷にて、アナタ達の全てを灼きましょう」
 もう立つ事がないように。
 信仰すらも消し飛ばすように。
 世界を滅ぼす愛を歌ったのは、だれだったか。
「その歪んだ命に滅びの祝福を、さあ、ドウゾ!」

 ――ユーベルコード『顕れ舞う赤雷』。
 リインルインの籠手より、いかづちの魔力が、不可視の力場に解きはなたれた。
 赤雷は積怨のこもった斧に次々と落ち、苦しみうめく異教徒たちの声すらかき消して、はげしい雷鳴が轟く。大地はますます炎上し、まるで世界の終わりだと、ダグラスは思った。神を信じた結果がこれだというのなら、この世は救いようがない。ほんとうに。
『あ、あああ……わ、私、吸血鬼、ゆるさな、』
「喋れたのかよ。……良く見ろ。お前も誰も、救われてなんかいねぇだろうが」
 ふらふらと此方へ歩いてくるのは、かつて奴隷にされていた少女だろうか。ダグラスは眉間にしわを寄せ、か細い腕で振るわれた斧を、かわさずに真正面から受けてやった。
「ダグラスさん!?」
「構うな。あぁそうだ俺が吸血鬼だ」
 血が吹き出る。こんなことばかりしているから、消えない傷痕が増えるのだろう。
『……あ、は。神様、ありがと、』
「ほらな、怒るのは疲れるだろう。……もう休め」
 ダグラスが頭を撃ち抜くと、少女だったものはびくんと動き、くずおれるように斃れた。
 その身体もやがて、すべてを塗りつぶす神の炎にのまれる。個を喪い、真っ黒な人影にかわっていく少女の遺骸を、ダグラスはやりきれぬ思いで見つめつづけていた。
「……これが本当に救いなら、こんな虚しい最期があるかよ」
「ワタシも同意見デス。怒っても楽しくありません。……なのにどうして、ヒトは怒るのでしょうネ」
 ああ、まったくその通りだ。
 これほど疲れるとわかっていても、まだ頭に血がのぼって仕方がない。

「……悪い。もう一度吼えさせてくれ。でないと、俺もおかしくなっちまう」
 リインルインは静かに頷いた。
 ダグラスが怒りのままに放つ咆哮が、ヒトの残骸を、荒れ狂う炎を吹き飛ばし、焦げた土を削りとってゆく。
 痛みを抱いた狼の叫びはどこかもの悲しく、この希望なき煉獄にこだまして――ただ、明日を望むケモノの歌声だけが寄り添うようにつつましく、その声に応え、響いていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

臥待・夏報
吸血鬼に虐げられた人々が、結果的に吸血鬼を退けた――って話なら。
正直、美談みたいに思えるな。
いかん、こんなこと言ったらまーた人事評価を下げられちゃうよ。

斧を喰らう前に突っ込んで、なんとか相手に触れられればいいかな?
攻撃直前の上手いタイミングで写真になれば、肉体を代償にさせつつノーダメージでやり過ごせる筈。
乱戦の中で目立たないように立ちまわりつつ、この要領で削っていこう。

読み取れる過去は、やっぱりうちの『かみさま』の信者と似たようなものだな。
こういうものを視るたびに上手く怒れなくなって、
自分のものか他人のものかも分からない怒りが腹の底に溜まって、

うん、
そうだな。
全部燃やしちゃえたら、楽なのにね。


アルバ・アルフライラ
神? 希望?
はっ、老害の信奉者共が良く吠える
その舌を根本より切り落とせば黙ってくれるのか?

――ジャバウォック
遠慮は要らぬ、私が許す
彼奴等の首、彼の神への供物にすらなれぬ程
喰い潰し、蹂躙し尽くせ

【夢より這い出し混沌】に騎乗した侭
その機動力を活かし敵陣へ奇襲を掛ける
怒りも極限まで達すれば、一種の冷静さすら手に入れる
…殺気がだだ漏れぞ、阿呆め
強化を施した敵が死角より襲いこようと
玉体の粟立つ感覚を、第六感を駆使して察知、見切りを試みる
オーラの守護で削ぎきれぬ刃は激痛耐性で凌ぐ

はは、ははは!
狂った様に笑声をあげ、敵を叩き潰す
この地に神と呼べる存在は私のみならば
叛徒は悉く消え失せよ
…さあ、神罰執行の刻限ぞ


コノハ・ライゼ
そんなにも何かを信じ
それ程までに激しい想いに縛られて
さぞ、美味しいンでしょう?

怒りに中てられたとしても喰らう事は自分にとっての日常
刃を牙に、効率よく狩る道筋を探す
満ちる感情には敢えてこう言い*誘惑しましょうか
――かわいそうに、その信仰さえ今日で終わりだなんて

敵の動作読み斧の軌道*見切り致命傷は避け
*オーラ防御で威力削ぎ*激痛耐性で凌ぐわ
ああ、あまり暴れないで
食べ甲斐がなくなっちゃう

それでも負う傷の血は「柘榴」へ与え【紅牙】発動
*カウンター狙い獣の牙で喰らいつくわ
すかさず*2回攻撃で*傷口をえぐって*捕食、*生命力吸収するねぇ

ああでもどれだけ満たされても、その想いは持ってってやれねぇの
残念だねぇ



●14
 別によいではないか。
 吸血鬼に虐げられた人々の呪いが、結果的に吸血鬼を退けた。結構なことだ。
 臥待・夏報は腑に落ちたような、どうにも落ちぬような思いで、自分にはあまり関心がなさそうな異端の信仰者たちを観察していた。
 目立たなさゆえ見落とされているのだろうか。それとも、こんな事を考える奴の脳は無価値だとでもいうのか。だとしたら、かれらも所詮は社会人である。
(いかん、まーた人事評価を下げられちゃうよ)
『正直、美談のようにすら思えました』。
 知っている。そんなことを作文へ書いたとしても、花丸をつける先生はいない。
 
 多数を相手取る戦いは不得手だ。知性を放棄し、力業で攻めてくる相手だと更に分が悪い。幸い気づかれていないようなので、この乱戦の中、立ちまわり方を考える余裕はある。
 このまま目立たず戦うためには――そう、一際目立つ協力者が必要だ。
(……お)
 果たして、夏報の希望をみごとに叶える存在は居た。
「神? 希望? はっ、老害の信奉者共が良く吠える。その舌を根本より切り落とせば黙ってくれるのか?」
 その人物は禍々しい黒龍に騎乗していた。長い二色の髪はこの煉獄をうつし、炎の波のようにうねっている。
 人肌のそれとはかけ離れた白い頬をすこしも歪めず、侮蔑の表情で信奉者どもを見下す、気位の高そうな美女――に見えたが、なんとなく違う気もした。
 アルバ・アルフライラである。
 理由はわからないが、相当に怒り心頭の様子であった。そうして、似た者がもうひとり。
「そんなにも何かを信じ、それ程までに激しい想いに縛られて。……さぞ、美味しいンでしょう?」
 こちらは身の丈からして青年に見えたが、やはり断言はできない。磨き抜かれた一対のナイフを手に敵へにじり寄る、すらりとした立ち姿は、妖艶でありながらも危うい。
 料理人。いや、違う――捕食者だ。そんな印象がふと、脳裏を過ぎる。
 食えぬ狐のように言葉を遊ばせるその者は、コノハ・ライゼという。
(ま、まぶしい……さっきの王子様といい、こういう人ばっかりなら煉獄ってやっぱり悪い所じゃなくないか?)
 可愛い女の子の獄卒もどこかにいないかな、などと思ってみたりして。
 相当に高い美意識の持ち主達であろうことは一目で見てとれたが――口走っている内容からしても、かれらもまたどこか『外れている』のであろう。
 うちの人事ならどう評価するかなと、ふと考えた。
 この任務から生還すれば、『夏報さん』にはまた、唾棄すべき日常が待っている。

 ◆ ◇ ◆

「――ジャバウォック。遠慮は要らぬ、私が許す。彼奴等の首、彼の神への供物にすらなれぬ程、喰い潰し、蹂躙し尽くせ」
 神たるアルバの赦しを得たジャバウォックは歓喜の咆哮をあげ、ぎろりと獲物をねめつけた。もう我慢できぬといった風に、紅い牙から涎を滴らせた竜は、目の前にいた処刑人を頭から貪り喰らう。
 頭蓋骨がぼりぼりと噛み砕かれる音を平然と聞き流しながら、コノハは唇だけで笑ってみせる。その目はすこしも笑っていない。ジャバウォックが、のこった身体を丸呑みにした。
「アラ可愛い。ネェ、そのコも食いしん坊なワケ? だったらサ、仲良く分けようじゃねぇの。独り占めはダメよ……コッチももう腹ペコなんだから」
 ――いただきますも言わないなんて、駄目デショ?
「ふん。此処は最早狩場ぞ。貴様も此奴に遅れをとらぬよう、存分に喰らえばよい」
「そうネ。つまり、協力しましょってコトね」
 これは正当な生存競争である。喰らう事は日常なのだから、この暴竜が敵でも味方でも、獲物を譲る道理などない。『仕事』としての結果に問題がないのなら、重要なことは、どうすればより腹を満たせるかだ。
 重量をものともせぬ速さで、空から次々に獲物を攫ってゆくジャバウォックへ負けじと、コノハは競合しない餌場を探す。いずれにせよ、この竜と功を争うのは得策ではない。
 たがいの肉を裂きあう処刑人どもの隙間をかいくぐり、傷口に二本の刃を突き立てて、左右にひらく。簡単だ。魚をさばくのとさして変わらない。
 アルバは、竜とコノハが競うように敵を喰らうのを眺めていたが、ふと玉体の粟立つ感覚をおぼえた。
「……殺気がだだ漏れぞ、阿呆め」
 おぞましい。いま振り返れば、筋肉で醜く膨張した人間が、必死にわが身を襲おうと足掻くすがたを、この双玉に映してしまうことだろう。無視することにした。
 背中が引っ掻かれたような感覚をすこしだけ覚えたが、下々の斧如きで美しきこの身に致命傷を与えることが出来ようはずもない。この一連の考えも、きわめて冷静な判断である。
 実際、そのとき下にいた夏報が目にしていたのは、アルバめがけて跳躍したオブリビオンの斧が魔力の壁に阻まれ、弾きかえされて落下し、あえなくジャバウォックに踏み潰される光景であった。
『おお……おお、何たる暴虐。赦されざる、赦されざる』
「黙れと言っておろう。何か勘違いをしておらぬか? 赦すも赦さぬも、全て決めるはこの私ぞ」
「お、」
 ジャバウォックの攻略に手を焼く狂信者の背へコノハが忍び寄り、喉元にナイフをあてがって、掻っ切る。
「ハイ。静かになったわネ」
 気づけば、コノハの通った道には死体の山ができていた。ああ――燃えるような怒りが、こんどは此方へ満ちてくる。ぜんぶ食べたら、どれだけ美味だろう。だからコノハは、陶然たる面持ちでかれらへ微笑みかける。
 ――かわいそうに、その信仰さえ今日で終わりだなんて。

 その一言に火をつけられたように、手足を斬り飛ばしながらコノハへ群がる処刑人たちを、ジャバウォックの尾がまとめて薙ぎ払った。
「はは、ははは!」
 怒りにかられるまま右往左往する下界の者どもを見て、アルバは思いきり笑った。
 なんという茶番であろうか。愉快で仕方がない。かの神の信徒が、かように程度の知れた存在ならば――この地に神と呼べる存在は、やはり私のみ。
「叛徒は悉く消え失せよ……さあ、神罰執行の刻限ぞ!」
 処刑人たちの血液を全身に浴びたコノハは、口内に流れこむ鉄の味を胃の中へおさめながら、負傷も厭わずひたすら獲物を狩る。致命傷さえ避けてやれば、あとはどうにでもなる。
 ナイフの溝にみずからの血を流しこめば、さらに殺戮捕食に適した『牙』ができあがる。くれないに染まった牙は、奇しくも頭上ではばたく暴竜と揃いの色だ。
 右腕で引き裂いた傷口に、左腕の牙を突き立てて、其処からいのちを直接喰らう。じっくり煮込んだシチューのような、濃厚な感情が流れこむ。欠けた器を満たしてくれるそれは、ひどく甘美だ。
「ああ、でも、あまり暴れないで――」
 裁くかどうかはアッチの神様に任せておけばいい。
 はやく捌いてあげなくちゃ。
 でないとすっかり血が抜けきって、食べ甲斐がなくなっちゃう。

「……もしかして、夏報さん何もしなくても勝てるんじゃないか?」
 選んだ味方が少々強すぎたかもしれない。『普通の女』ならばとうに悲鳴をあげて逃げだす筈の惨劇を前に、ふとこぼしてみる。しかし、多少は空気を読んで貢献せねば。
 コノハが深手を負いすぎないよう、群がる敵の一部にフックワイヤーを投げ、気をひいてやる。
 それでやっと夏報を認識したらしい狂信者は、攻撃の矛先をこちらへ変えてきた。
 だが、いざ向かってこられると、なんともまあやはり厄介である。こちらは素面で斧を弾き返す凄いバリアなど張れないので、下手をしたら普通に死ぬかもしれない。
(普通、か)
 と思ってみたところで、『エージェントの臥待さん』には、斧を振り下ろす寸前の敵にあえて突っこむしか道がない。……どうやら死ななかったようだ。
 無敵の写真になった臥待さんは、49枚におろされて、戦場中へ飛んでいく。
『……お、おお、おおおおお、お。おそ、ろ、し、』
『此れは、これ此れは、なんたる事か。神よ、神よ、われ、我らにすす、救いを。救いを……!』
 ――写真というものを、知らないのだろう。
 『なぜか自分たちの醜い過去が描かれた紙』を目にした処刑人たちは、次々に発狂し、互いをよりいっそう激しく攻撃しはじめる。これではまるで、過去の惨劇の繰り返しだ。
 上昇気流に乗って飛んできた一枚の夏報さんを、アルバがふと手にとり、眉をひそめた。今更こんなものを見せられても、同情など湧こう筈もない。先に踏みにじってきたのはそちら側ではないか。
「貴様らに救いなど与えるものか。過去は過去に喰われよ」
 怒りをこめて、吐き捨てる。

 『かみさま』さえも眉をひそめるようなにんげんは、『かみさま』を必要とする。
 世界のすべてに裏切られてきたから、目にみえぬものしか信じられぬのだ。
 そうやって邪神崇拝へはしった人間の末路を、夏報は腐るほど知っている。
 知っては、いるが。
(怒るって、どうやってやればいいんだっけ)
 
 目の前に良い手本があるのにな。他人事のようなモノローグは、どうしてか腹の底にずしりと溜まって、消えてくれない。
 血と臓物にまみれていたコノハは、飛んできた写真がひとりの女であったことを把握すると、ひとまず手を拭って、それらをかき集めてやる。写っていたものは、今さっき喰らった『料理』の具体的な中身であった。
 48枚の夏報さん達をじっくりと眺めれば、使われた素材もわかるというものだ。答え合わせをするように、一枚一枚、眺めみてはみるけれど。
「ふん、漸く静かになったか。参れジャバウォック。このまま神を騙る老害も黙らせてやろうぞ」
 持っていた最後の夏報さんをコノハに引き渡し、アルバは谷の深淵へと向かう。神の怒りはまだ到底燃え尽きそうになかった。
 あとに残されたのは、血と、臓物と、肉のかたまりばかり。
 そういう、うつくしいものがたりだ。
「……ああ、でも、どれだけ満たされても、この想いは持ってってやれねぇの。残念だねぇ」
 コノハは、夏報さんだったものにうすく微笑みかける。
 氷のようにつめたい瞳には、もうなにも映っていない。
 まだ紙切れの夏報さんは、だれにも聞こえない答えを返す。

 うん。
 そうだな。
 ――全部燃やしちゃえたら、楽なのにね。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

あつい。
すぐそばにある火は、ずっと、ずうっとあつい。
吸った空気だってあつくて、胸の奥で燃えるかのよう。

くるしい。かなしい。こわい。いたい。
縮こまって逃げるばかりで。ほんとうは、怒ってもよかったのに。
そう。怒ってもよかったのです。
理不尽に、不条理に、火を押しつける人々。
それといまのあなたたちは、なにひとつだって違わない。

やめてと叫んでも、届かないのです。
これはすべてを暴力で叩き伏せる、おおかみの吠える声。

――そうやって全てを燃やしてしまえたら、どれほど楽だったでしょう。
わたくしは真実わるいおおかみとして討ち滅ぼされて、
途切れた物語はそこでおしまい。

……ほんとうに?


ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

こいつらは昔の俺を見ているようで虫唾が走る
耐え難い苦しみの中で……狂ったのがこいつらで
全てを捨てて逃げたのが俺だな

この燃える戦場が、否が応でも過去を思い出させる
己の身がジワジワと怒りと憎しみに染まっていくのを感じる
強く握りすぎた剣は精彩を欠いている
それでも負ける気はしない、感情を叩きつけるだけで勝てる
恐らくほとんどが戦闘技術など持たぬ者なんだろう
このまま怒りに任せ、死ぬまで剣を振るって力尽きるか
どうせ俺の全ては過去に灰になったのだから

……だけど、ひとつだけ心残りがあるな
そうだ、見たい未来があるんだった
落ち着こう、俺はまだ死ぬわけにいかない



●15
 ――あつい。
 ことばも無く、浅い呼吸を繰りかえしながらマントをきゅっと握ってくるリリヤ・ベルの肩へ、ユーゴ・アッシュフィールドはおおきな掌を添える。
 すぐそばで炎が燃えているのに、からだの芯は冷えてゆくばかりで、肺に満ちる燃えるような空気でさえも、つめたい汗があとからあとから滲みだすのを止めてくれない。

 ずっと、ずうっとあつい。だけど……とてもさむい。
 くるしい。かなしい。こわい。いたい。いやだ。

「やめて、こないで……!」
 悲痛な声をあげ、ちいさく震えているリリヤはとても戦闘ができる状態ではない。ユーゴは迷わず剣を抜くと、水精が宿るマントをリリヤの頭にすばやく被せ、絶壁を背にして処刑人を名乗るものどもと対峙した。
 鍛え上げた剣の一閃は、敵が斧を振り下ろすより疾く、その腕を斬りとばす。
 一歩踏みこんで喉元に剣を突き立てれば、ただの民間人にすぎぬ異端の信徒はあっけなく絶命した。
 側面より迫るもう一体を、振り向きざまに薙ぎ払い、ひるんだ隙を逃さず心の臓を一突きにする。
 そこに在ったのは灰塵ではない。かつて英雄と称えられた騎士が少女を護る、勇壮たる姿であった。

 ――ほんとうに?

『救いを』
『救いを』
『救いを』
 ぞわり、と、ユーゴの肌が粟立つ。
 燃える戦場の、炎のそのむこうに、ありし日の祖国のまぼろしを見た気がした。
 筋肉で膨れ上がった全身をあかく染め、ちいさなレディのいのちを刈り取ろうと迫る目のまえのものどもは、どう見ても悪魔だ。そしてかれらの崇める王が、いまもこの谷のどこかで火の手を放ち、『また』すべてを奪ってゆこうとしている。
「………………」
 腕にしみついた反射で振るっていた剣が、じわじわと重さを増してゆく。
(驚いたな。まだこんな感情があったのか)
 ユーゴは、胸の奥でいまだ燻っていた怒りと憎しみの存在を自覚した。強く握りすぎた剣は精彩を欠き、振るわれる斧への反応が遅れ、躱せるはずの攻撃を受けるはめになる。
 ぎぃん、と、とがった音が響く。
 背後のリリヤが、きゅっと身をちぢこまらせる気配がした。歪んだ信仰のすべてを受けとめる剣が、汗の滲む掌から滑ってこぼれ落ちそうだ。
 苦しんで、苦しんで、苦しみ抜いて。
 そのはてに辿り着いた狂気は、すさまじい力を産みだす。
(……狂ったのがこいつらで、全てを捨てて逃げたのが、俺だな)
 境界線はどこにあったのだろう。この剣と斧の交わるただ一点が、それなのかもしれない。
(こいつらは、)

 耐え難い苦しみに背をむけ、逃げることは、けして悪いことではない。
 ただ、それを当人が許せるか否かは、まったく別の話だ。
 許せなかったのが、いまだ許せずにいるのが、このユーゴ・アッシュフィールドである。

(まるで昔の俺じゃないか)
 ――ほんとうに?

 虫唾が走る。ああ、そうなら、そんなものに負けるわけがない。
「……ユーゴさま?」
 いつもの『しっかりしていないユーゴさま』ではなかった。
 冷たい水のマントにくるまり、炎から身を守っていたリリヤは、またユーゴの様子がおかしいことに気づいた。
「ユーゴさま!」
「戦争などしたことがないだろう。武器っていうのはな、こう使うんだ」
 一際おおきな金属音が響いた。
 ……ユーゴの剣が、絶風が、歪んだ信仰のこめられた斧をまっぷたつに叩き割ったのだ。その向こうにいた処刑人ごと、まっぷたつに。
 辛うじて『にんげん』であったものが、見られたものではない断面を晒し、崩れてゆく。
 そこから行われたのは一方的な蹂躙であった。感情にまかせて叩きつけられる暴力の剣が、つぎつぎにいのちを奪っていく。回避行動をとることすらやめてしまったユーゴは、ときに斧を受け、血を噴き出しながら、敵に……かつては、ただの救われぬ民であったものたちに、その何倍もの血を流させていく。
 リリヤは口をぱくぱくさせながら、目の前で行われる殺戮を見ていた。
 ユーゴさま。ユーゴさま。
 呼び慣れたその名がうまく呼べない。だから『やめて』と言ったではないですか。いいおとななのに、レディのいうことが聞けないのですか。ほんとうに、ほんとうに、しょうがないユーゴさま。

 ほんとうに?
 ……いいえ。
 もうやめてと言った相手は、あなたではなかったはずなのだ。

 不意に、ひんやりとした感覚がユーゴを包んだ。
「……怒ってもよかったのに。そう。怒ってもよかったのです」
 リリヤだった。リリヤが、預けておいたマントを被せるようにして、背中からかれに抱きついて――あるいは抱きしめて、いるのだった。
「リリヤ……」
 俺のすべては灰になった。
 だからもう、戦って、戦い続けて、こんどこそ逃げずに焼け死んでやろうかと思った。
 けれど――ユーゴが灰のなかに包み隠していた火種から、リリヤは逃げなかった。
「ええ、ええ、どうせわたくしは『わるいおおかみ』なのですから」
 どんなにやめてと叫んでも、届かないのなら。
 しょうがないユーゴさまのとなりに立って、一緒にぷんすかする。
 そうして、すべてを焼きつくすだけだ。
 
「わたくしたちに、理不尽に、不条理に、火を押しつけた人々……それといまのあなたたちは、なにひとつだって違わない!」

 悲痛なだけであった少女の叫びは今、怒りという薪をくべられ、たしかな力を持つものに変わった。
 すべてを暴力で叩き伏せるおおかみの遠吠えが、燃える炎のなか、恐ろしげにこだまする。
 怯んだ異端の処刑人たちを、ユーゴは素早く斬り伏せていった。その剣技の冴えに、もう無駄な力はこもっていない。ただ、このちいさなレディに指一本触れさせぬためだけに、騎士は燃え尽きた魂に再生の灯火をともす。
 ユーゴの隣で、たったいま覚えた怒りの唄をうたいながら、リリヤは胸がすくような心地をおぼえていた。
 あのときも、こうしてすべてを燃やしてしまえたら、どれほど楽だったでしょう。
 わたくしは/わたくしたちは。
 真実わるいおおかみとして/悲劇の英雄として滅ぼされ、途切れた物語はそこでおしまい。
 ……ほんとうに?
「ゆきましょう、ユーゴさま。地のはてにいるという竜を……かみさまを、見にいくのです」
「ああ、そうだな」
 そうだ。まだ、ひとつだけ心残りがあったじゃないか。

 見たい未来があるのだ。
 ちいさなうそつきおおかみの、ハッピーエンドで終わるはずの物語。
 その最後のページに、誰が立っているのかはわからないけれど。
 少なくとも、いまはまだ――ここで斃れてやるわけには、いかないのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

冴島・類
【荒屋】

かみ、存在は信じてますよ
ソレには成れないが
おわすのは解りますし

ここの柱は
絶望に浸り死を待つより
怒りと言う燃料を与えて動かした
って見方もあるのかも

が…好きではないなぁ
手の差し出し方が
知らず声の温度が下がる

ジャハルさん、引きずられ過ぎたら
お互い一発入れてでも
正気に戻すのはどうです?

身体張りがちな彼と並び駆け
斧の攻撃は薙ぎ払いで軌道を逸らし
彼と竜達がしかける隙を作りたい

虚な瞳、妄信
かみが
怒りに道連れにして、どうする

熱に引っ張られそうな思考は
己に怒り、己を知らぬ彼を見て、冷ます
重ねているとしたら…違うよ

波が襲う間に
呼びかけようとした信者は
踏み込み、炎で送る

呪うと良いよ
君達を、終わらせるのだから


ジャハル・アルムリフ
【荒屋】
かの世では近しい間と聞くが
冴島、お前は神とやらを信じるか
軽口のように問い掛けて

かの提案は物騒ながら
良い手だと頷いて
ああ、遠慮なくやってくれ
敵の戦列を乱すべく只中へ

駆け、踏み込む一歩ごとに
浮かされかけているのは熱にか、怒りにか
奪っておいて幸運などと
どの口で喜ぶのか
知らず、剣が軋むほどに握っていた拳を緩め
【暴蝕】の群竜どもを喚ぶ

傍らの、水面が如く
穏やかに人を映す青年にすら
燻る怒りが潜むという
その糸を、術を信者に阻ませぬよう
盾となり剣となり
見えた隙は逃さず突破口を拓く

他の何も持てず持たず
残った怒りに縋るばかり
恐らくは薄紙一枚なれど
その姿を見れば、墜ちる気はない

消え冷めれば
凍えすらしような



●16
 誰かの歌が聴こえた。
 誰かの哄笑が聴こえた。
 狼の吼える声がひとつ、ふたつとこだまし、雷鳴がそれらをかき消した。

 いつだったか、地獄というものを描いた絵を目にしたことがある。この場所はそれに似ていた。かの世では罪人は地獄にたたき落とされ、己の罪を償うまで無限に苦しみつづけるのだという。
「冴島」
 暴竜を何処かへ送り返すと、ジャハル・アルムリフはまるで軽口のように問いかけた。
「お前は神とやらを信じるか」
 かの世では――侍の国では、神と宿神は近しい存在と聞く。
 揶揄っているわけではなく、純粋な興味からうまれた問いなのだろう。二人をとりかこむ処刑人たちへ注意深く視線を送りながら、冴島・類はその疑問にこたえる。
「かみ、存在は信じてますよ。ソレには成れないが、おわすのは解りますし」
「……ふむ」
 どうやら、類の見解によると、神と宿神とはすこし違うらしい。ジャハルはそう心得た。
 只々絶望に浸り死を待つよりは、怒りという燃料を与えてやって、動かした方がいい。
 ここの柱は、そのような考えで手をさしのべてやったのかもしれないと類は思った。
 ――だが。
「……好きではないなぁ」
 その、やり方は。
 へらりと苦笑をこぼした類の声音が冷え切っていたので、ジャハルはひとみをぱちりと瞬く。こほん、と一息置いた類の横顔は、とても真剣なものへ変わっていた。
「ジャハルさん、引きずられ過ぎたら、お互い一発入れてでも正気に戻すのはどうです?」
 なんと物騒な提案か。だが、悪くない。
「良い手だ。ああ、遠慮なくやってくれ」
 そうして頷き、並びあったふたりは――未だ敵のひしめく戦列の只中へ、恐れることなく駆けていった。

 ◆ ◇ ◆

 既に仲間たちがだいぶ派手にやったらしい。処刑人たちの悉くはところどころが欠損し、あるいは半身を失ったり、頭を割られたり、焼かれたりなどして、もう生きているはずがない状態であった。
『救いを、救いを、救いを成す為。立ち上がれ』
 それでも信仰たる怒りが尽きぬために、わずかでも肉体が残っている限り、かれらは何度でも立ちあがろうとする。
 その地獄絵図へ踏みこんで、影なる剣にて敵を打ちはらうたび、どうしてか手に余分な力が入る。これが所謂『熱に浮かされる』という状態なのか――或いは、浮かされかけているのは、怒りにか。
「其れが貴様らの幸福か」
『そうだ』
『そうだ』
『我らは既に救われた。なればこそ、万民に等しく救いを』
「……救われているとは見えぬが。奪っておいて幸運、などと……」
 ジャハルが僅かに眉を寄せる。
 どの口で喜ぶのか。その口ならば、今すぐ閉ざしてくれようか。
 呪詛を纏わせた黒剣の先を口のあたりにねじ込んでやると、その処刑人は二度と喋らなくなった。攻撃偏重に傾いているジャハルの動きを補助するため、類は枯れ尾花を振るう。巻き起こる風がジャハルを狙う斧の軌道をそらし、どうにか重傷は免れている。
「一発入れたほうがいいですか?」
「……いや、まだだ」
「無理は禁物ですよ。いつも以上に」
 しかし、既に冷静さを欠いてきているのは、類とておなじであった。
 短刀の端が頭の麻袋をひっかけて、狂気に浸された人間の貌が不意に晒される。
 ……まだ若い男であった。かの侍の国とは違い、この世界の人間の顔立ちは所謂西洋人に似ている。怒りに燃えるその双眸は、なぜだかひどく、虚ろだ。
『救われよ』
 腹立たしい。
 ――かみが……怒りに道連れにして、どうする。

 ぺちん、とジャハルの頬をはたいたのは、ふさふさしたヤマネの子の尻尾であった。
「ジャハルさん。彼らと自分を重ねているとしたら……違うよ。君は己を知らない」
「己、を……?」
 ふいに『一発』を喰らったジャハルは、ヤマネを懐に隠す類のひとみをまっすぐに見つめた。
 若草が萌える双眸は水面のように穏やかで、その底に沈んだ怒りなど、とうてい掬いきることができぬ気がした。ただ、自分の顔が……炎に巻かれた不愛想な大男が、水鏡をふしぎそうに覗きこんでいるのが見える。
「……そうか。俺は、己を知らぬか。未熟だな」
「ほら、そういう所ですって」
 己とはなんだろう。一体どう見えているというのか。またひとつ難題が増えてしまったが、類が言うのなら、一度我が身を見つめなおしてみてもいいのかもしれない。
 ――剣が軋むほどに握りこんでいた拳から、良い具合に力が抜けた。
「助かった」
「いいえ、こちらこそ」
 ジャハルがまたふしぎそうな顔をしている。熱に浮かされかけた類の思考を己が冷ました等とは、やはり思っていないのであろう。だからこそ、彼を好ましく思うのであるが。
「隙を作ります。その間に、例の術を」
 類のからだが浄化の炎に覆われた。手にした短刀から破魔の風が巻きおこり、炎の勢いを、信者達の動きを鈍らせてゆく。同時に、ジャハルの肌には禍々しき紋様がうかび、黒き炎がその全身を覆った。
「満たせ」
 飢え渇いた黒き小竜たちがジャハルの呪炎から大量に産まれ出て、狂信者たちに襲いかかる。
 暴食の黒き波に襲われたオブリビオンどもは、内部から破壊し尽くされ、跡形もなく朽ちていった。
 ひとつ喰らい尽くせば、また次の獲物へ。そうして無限に殖える群竜どもを止めるすべはない。
『すくい、を、』
「救われるべきは君達のほうだ。――いや、」

 呪うと良いよ。
 君達を、終わらせるのだから。

 穏やかに、厳かに、ほんのすこしの怒りをもって。
 ひびく宿神のこえを、黒き竜は聴いた。
 ゆき場のない嘆きをこそ燃やす赤い糸を切らせぬよう、ジャハルは最後の反撃を試みる狂信者どもから類を守るべく動く。十指の先につながった類の半身が、地の底をひらりと舞った。
 瓜江の掌から放たれた浄化の炎が、この煉獄にひろがる呪いごと、残る信者たちの一切合切を焼きつくした。
 ジャハルも群竜たちを消し、なにもなくなった大地を眺める。どこもまるで、自分のように真っ黒だ。
 そうして奇妙に静かになった炎の谷のとおくから、竜の咆哮と、なにかが燃えつづける音だけが聴こえてくる。
「何も持てず、持たず。残った怒りに縋るばかりの者の末路……か」
 違う、とは言われたが。
 その違いはきっと、薄紙一枚程度のものなのだろうと心得ておく。
 友にこのような思いをさせ、こんなものまで見せられれば――もう、墜ちる気はない。

 寒いな、とジャハルは言った。
 そうですね、と類も返した。
「……行きましょうか。かみの正体を見極めに」
 すべての嘆きをいだきしめ、ふたりは進む。
 すべてが燃えつき、赦された煉獄の底には、まだぬるい風がふいていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『憤激魔竜イラース』

POW   :    燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD   :    燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ   :    燃えろ
【レベルの二乗m半径内全てを焼き尽くす炎】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は須藤・莉亜です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 こんにちは。

 昼も夜もわからないんだ。明日ってどこにあるのかわからないんだ。
 だからもう、ぜんぶ燃やしてしまえばいいと思ったんだ。
 そうしたら、この世界だって、きっとすこしはあかるくなるでしょう。

 いま、ぼくがとても静かなことに、きみは驚いているかもしれない。
 だれかも言っていたけれど、怒るのってとても疲れるし、面倒くさいんだ。
 怒るってさ、無だよ。最終的には。むずかしい理屈はなにもない。
 ただ純粋な暴力のかたまりを、ぼくは世界でいちばん綺麗な愛だと思っている。

 過去も未来もぜんぶ忘れてしまったんだ。何もかもが厭になってしまったんだ。
 だから、今ここに残っているものを、とりあえず適当に燃やしている。
 ぼく自身にも止められない。だって、もうずっと怒ってるからね。昔から。
 生まれたときからずっとだ。ああ……疲れた。
 ここまで来ちゃったみんな、覚悟はいいかな。
 そう。それでいい。
 燃えたくなければ、ぼくをしっかり殺していって下さい。

 ぼくはね。
 世界を滅ぼす愛ってやつで。
 何となくきみを燃やします。

●000000
 ……さて。
 いま、きみたちは、炎の谷の深淵に辿り着いた。
 目の前で暴れているものは、かつて異端の信仰者たちによってかの神の依代に祀り上げられた、ただのあわれな竜である。

 言ってしまえば、この竜は単にとばっちりを喰っただけのものだった。
 あまり頭がよろしくないのであろう。なぜ自分がこんなにも苛立っているのかわけがわからず、世界に、神に、なにより自分に腹を立て、目につくものすべてを、なにがなんでも燃やそうとしているようであった。ようは壮大な八つ当たり――それが、この凄惨な火事の正体である。
 きみたち猟兵のことなどはもはや眼中にないのだが、かれがこの憎き世界を燃やすことをなにより優先した結果、炎に巻きこまれる事故は避けようがないだろう。間抜けな話ではあるが、怒りの質が単純なぶん、たちが悪い。
 力も速さも賢さも、こうなってはもはや意味をなさない。
 この投げやりな、しかし勢いだけは兎に角凄まじい炎の前では、手向けられたすべてのものが、ただ真っ黒な墨と化していくだけだ。

 なお、さきほどきみたちの脳内に話しかけてきた『異端の神』は、竜のなかで静かにしている。
 だがきみたちが望むならば、一応対話に応じるつもりはあるらしい。
 ただし、竜のほうはともかく、この者は救われることもなければ、反省することもない。
 覚えがあることだろう。
 怒りの深淵に達したものは、ひとの話を一切聞かない怪物に変身してしまう。
 ……この竜や、かの神のように。
 そうして疲れ果て、いつしか眠ってしまうまで、かれらは永遠に、ただ暴れつづけるしかできないのだ。

 つまり、滅ぼすか、滅ぼされるか。
 きみたちの前にあるのは、ただそれだけの選択だ。
 この地を地獄と化すか。
 煉獄と化すか。
 なにに怒るか、怒らないのか。
 神様なんて信じないなら、きみの、きみたちの信仰を、怒れる神に叩きつけてやればいい。


●まとめ
・【重要】一章および二章にご参加いただいた14名様のみ採用します。
・【重要】プレイングの受付は7月19日(日)~を予定しております。それまでは準備期間などにお使いください。(開始時にまたお手紙で軽い連絡を予定しております)

・異端の神、そしてその眷族と化した竜との、最後の戦いです。なんでもご自由な発想でどうぞ。
・竜の知性は限りなくゼロに近く、人の話を全く聞きません。信者たちに比べるとものすごく強いです。
・敵ユーベルコードの攻撃範囲が広いため、戦闘に入ると全員問答無用で燃やされます。プレイング内容で軽減は可能ですが、早く倒してください。
・神には知性はありますが、やはり理性はありません。
・お手数ですが、プレイングが失効したら都度再送をお願いします。
・🔵が足りない場合はサポートをお借りします。

●【重要】描写量について
 やむをえない事情により、一章より描写量とアドリブを減らし、完結を優先しております。
 2章と同じくらいで大丈夫、問題ないという方は、どうぞお気遣いなくご参加いただけましたら幸いです。
 
冴島・類
【荒屋】

ジャハルさん
先程の続きなんですが

概念上の神様は
全て等しく救えるようなものじゃないですか
けど「存在」するなら
そう、ではない

万能なら
奪われず、此処まで至りきることも
なかったかもですね

炎や竜とは裏腹な声を聞き溢れても
やることは、一つ

写し喚び
破魔と火伏せ(耐性)の力全て込め
稼げるのは一瞬ですが、頼むと目で告げ
返る笑みに
彼を、焼べさせて堪るか

盾のように重ね結界展開
彼と己襲う炎を、僅かでも軽減し
二回攻撃で薙ぎ払い放ち、竜の体勢崩す

さあ
此方を見なよ

しんの底から呪えば
たいせつも望みも
最早無く
なんだって壊せる…知ってるさ

君には、それが全てでも

怒りと戦い
生きようとする命を道連れにさせぬ
抱える地獄ごと、滅す


ジャハル・アルムリフ
【荒屋】

同じ「神」の名持つ青年の言葉
在るが故縛られ、叶わぬものがあり
それを受け容れられぬものがいる

…、ああ、まるで
思い通りにならぬと泣く子の癇癪だ

承知した
抗し得る術全てを纏い炎熱に耐える
まことに罪を雪ぐ炎であったなら
とうに骨も残るまいよと
無理にでも口の端で笑ってみせる

護り手の導く、その瞬間を逃さぬよう
せめてその背を支え
身を、翼を撓め

かたや人と笑い、慈しみを以て人を映す神
かたや、怒りしか知らぬそれ

お前は憐れだな

僅かでも魔竜の傾いだ機を逃さず
身体ごとぶつけて雷撃喰らい付かせる

憎もうと、怒りに駆られようと
その度に「こちら側」へと繋ぎ止める
共に立っていたいと思えたものらを
呉れてはやれぬ

…もう眠れ、竜



●17
 ――そして。
 ジャハル・アルムリフと冴島・類は。
 煉獄の底に『かみ』を見た。

 ぬるい風はとうに灼熱にかわり、無差別に放たれた炎がはじけて飛んだ。
 距離は遠いものの、ふたりは瞳のなかに『敵』のすがたをとらえていた。ジャハルですらも見あげるほどに、おおきな――漆黒の竜である。からの眼窩にはなにもなく、首を激しく振り乱して、大きな口から絶えず炎を吐きつづけている。
 ふたりの頭のなかに、『神』なるもののこえが届いたのは、ほぼ同時であったろう。
 ジャハルは慣れぬ現象に辺りを見回した。すると、隣にいた類が、深く深く息を吐きだしているのが目にはいった。己の裡に芽吹いた透明な炎を、ゆっくりゆっくりと冷ましているかのようであった。
「……ジャハルさん」
「うむ」
「先程の続きなんですが、」
 恐らく、おなじものを聞いたのだろう。
 おなじ『炎』を司り、おなじ『神』の名を冠する存在である類の心情は、察するにあまりあった。ジャハルは静かに頷き、続きをうながす。
「概念上の神様は、全て等しく救えるようなものじゃないですか。けど『存在』するなら……そう、ではない」
 類の言葉には、憤り以上の深い悲しみと、悔恨のようなものが滲んでいる。
「……万能なら。奪われず、此処まで至りきることも、なかったかもですね」
「……」
 懺悔にも似た類の言葉を、ジャハルはかみしめるように聴いた。……ああ、だから先ほど彼は、『かみには成れない』等とこぼしたのか。
 在るが故縛られ、叶わぬ。それを受け容れられぬものがいる。受け容れられぬは確かに『かみ』ではありえない気がする。それは――『生き物』、では、ないのか。
「ああ、まるで……思い通りにならぬと泣く子の癇癪だ」
 ジャハルも、どこか憂いをおびた眸で黒い竜を見やる。それでも、此処でやることは一つきりだ。
「往くぞ、冴島」
 友の背を叩き、ジャハルは煉獄を翔ける。しっかりと、ひとに触れた感覚がある。
 ……冴島類は確かに今、ここにいる。『かみ』では無いのかもしれない。
 だが、お前は『あれ』とは違うだろう――寡黙な竜の掌は、そう語っていた。

 ◆ ◇ ◆

 類のまわりをふたたび『写し』の鏡が囲む。魔を砕き、火を伏せる祈りを籠めれば、鏡面は翠の風を纏って輝きはじめた。
 長くは持たない。稼げる時間は恐らく、ほんの一瞬だ。激しい炎の合間をぬってイラースのもとへと走りながら、ジャハルへ目線を投げる。
「承知した」
 ごう、と迫りくる炎の波を気迫で押し戻しながら、ジャハルも類と肩をならべて走る。炎熱には多少の耐性があるが、やはり類よりは厳しいか。常日頃、飯として焼かれる獣はこのような思いで熱に耐えていたのかと考える。
 だが、これしきの苦痛で盟友の献身は裏切れまい。炎のなかイラースへ迫るにつれ、両の角が紫電をまとい、輝きを増していく。
「大丈夫ですか。無理、してませんか」
「……まことに罪を雪ぐ炎であったなら、とうに骨も残るまいよ」
 口の端をすこし上げ、笑ってみせたジャハルを見て、類はひとみを丸くする。
 このひとは、ほんとうに、嘘が下手だ。
「其れなら安心です。普段からそうやって笑えばいいのになぁ」
「……善処する」
 大事な宿題がもうひとつ増えてしまったようだ。その答えはきっと、皆で見届けねばならないから――ここで、彼を焼べさせて堪るか。

 偶然、だろうか。イラースがぐるりと首を回し、ふたりを見た。
 大口から放たれた怒りの炎が、真正面から迫ってくる。類はすかさず鏡を幾枚も重ね、火伏せの結界を展開した。やわらかな翠の風が盾となってふたりを包み、憎悪の炎の勢いを殺す。
「さあ。此方を見なよ」
 類の静かな呼びかけに応えるように、鏡のなかにまた、いないはずの誰かのすがたが映った。
 先ほど倒した狂信者たちではない。尽きぬ炎に焼かれ、いまも燃えさかる、真っ黒な焼死体のようなもの。
 これが――異端の神。怒りを司る、神。
『なに』
 個性すらも燃えつきた声が、ひどく投げやりに言葉を返す。
 炎や竜とは裏腹な、なんの感情も無い声だ。へそを曲げた子供のよう――『神』をそう評したジャハルは、あながち間違っていないように思えた。
「わかるよ。君の言っている事は。しんの底から呪えば、たいせつも望みも最早無く、なんだって壊せる……知ってるさ」
『そう。わかってくれて嬉しいよ。ありがとう』
 ……なぜだ。なぜ、礼を言われねばならないのか。
 救いたかった。救えなかった。この神と、冴島類は、正しくかみひとえだったというのか。一言ではとてもあらわせない感情がまた、溢れてくる。
『ぼくも知っている。こんなことしても意味ないし、しないほうが賢いんだ。でもさ』
 炎は衰えを知らない。重ねた神鏡も焼けてしまいそうに、熱い。
 イラースはもう、目の前にいる。
『ごめんね。頭がわるいんだ』
「……君には、それが全てでも、」
 救えない。口では謝っているくせに、すこしも悪いと思っていない。
 枯れ尾花を抜いた類は祈りの呪文を唱えた。厄祓いの力をこめ、イラースの脚を横薙ぎに斬りはらう。さらに刀身から風が巻き起こり、かの竜の巨体を下から掬いあげる。
 敵のことなどまったく見ていない――あるいは、世界のすべてを敵だと思っているイラースは、あっけなく体勢を崩した。

「抱える地獄ごと、滅す」
 ――低い声だった。護り手の導いた、その一瞬の合図。

 身を、翼を撓め、隙を逃さぬよう敵を凝視していたジャハルは、溜めていた力をいっきに解放した。
 不器用でも、これが己の生き様だ。結界から出て身体ごと竜の腹に体当たりし、雷撃を直接流しこむ。捨て身の紫電が、炎を産み出す竜の腹を焦がして、喰い破る。

 ――グォォォオオオオォォォオオオォォ!!!

 イラースは咆哮をあげると、更に激しく怒り、なおも憎しみの炎を吐きつづけた。破れた腹から炎があふれ、血のような溶岩が、ぼとぼとと地面に流れだすのが見える。
 熱い。かれらと己を隔てる薄紙さえ、焼きつくされそうだ。だが、類がいる。もう感覚が狂っているのだろうが、結界のなかに戻ると幾らか涼しくなった。
 類だけではない。
 おなじように戦う仲間が、周りにいる。炎の所為か、師の幻覚まで見える。
 みな怒りと戦い、生きようとする、尊い命だ。道連れにはさせぬ。
 類もその一心で、今にも斃れそうになりながら、炎を鎮める結界を張りつづけている。限界以上の力を行使し、軋む類の身体を支えるジャハルもまた、熱と痛みでゆらぐ視界のなかに真実を見ていた。
 かたや人と笑い、慈しみを以て人を映す神。
 かたや、怒りしか知らぬそれ。
 どちらを信ずればよいかなど、悩むまでもない。

「お前は憐れだな」
『だからさ。ぼくらは、そう言われるのがいちばん嫌いなんだよ』
 また、炎がごうと燃える。
 鼻で笑うような神の声を聞くと、抑えると誓った怒りがまた溢れそうになる。だが。
「……どうしました、ジャハルさん。また……一発入れましょう、か」
「『尻獲り』の形に倣えば……、俺の手番の筈だが」
 そう返すと、類がぷっと吹きだした。何かおもしろいことを言っただろうか。
 何度憎もうと、何度怒りに駆られようと、その度に『こちら側』へと繋ぎ止めるだけだ。
 最後まで共に立っていたい。そう思えたものらを、呉れてはやれぬ。
「……もう眠れ、竜」
『この子、今は眠くないって。見守ってあげれば。きみたち、仲間でしょう』
 仲間、とは――いったいなんのつもりで言っているのか。類はかたく表情をひきしめる。
「悪いけど、違うよ。僕らはこの煉獄を……君達を、終わらせに来た」
『そう。残念だ』
 道を違えたふたりの『かみ』の声を聴いたジャハルが、浅く、嘆くような息を吐く。
 竜が眠れる朝は、まだ来ない。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

臥待・夏報
(全てが焼き払われた後)
(ちいさな少女の、滅多刺しの死体が炎の中で笑う)
(風穴を自ら一つ増やしてやれば、『不死』という矛盾が実現する)

定理の意味も考えず文句を垂れる愚昧ども
憧ればかり飾り立て魂を削らない大人たち
僕等をやがて女になる雛としか見做さない世界
火種なんて言語化すれば暇が無いのに――僕は、怒り方すら忘れるのかよ

それが一番、腹立たしいな
酒と薬のやりすぎだっての

住んでるわけでもない世界なんて『正直』どうでもいいし
お前の炎は嫌いじゃないぜ
退屈なダークファンタジーが全部燃えたら美しかろうよ
でも、……僕を焼いていいのは僕だけなんだ

呪詛の炎で上書き、陣地だけ確保する
攻撃は他の埒外どもにやらせておくさ


リーヴァルディ・カーライル
…敵の術中に嵌まり感情のままに後先考えずに暴れて…

挙げ句の果てに、この程度の相手に不覚をとるなんて…

呆れてものも言えないとはこの事ね、愚かな私?

敵の先制攻撃によりUCが発動し【血の魔装】を使用
全身を"時の逆流"のカウンターオーラで防御して覆い、
時間を巻き戻すように炎を防ぎ負傷や消耗を治癒する

無駄よ。太陽の輝きを越えずして吸血鬼が滅びるものか

お前達の存在を、この世界から消してあげる

"血の翼"を広げ空中戦機動の早業で懐に切り込み、
限界を突破した"時の逆流"の魔力を溜めた掌で触れ、
骸の海へ敵の生命力を吸収し尽くす時間属性攻撃を放つ

来たれ、我が身に流れる遥かなる力よ
世界を凍てつかせる破滅の闇を此処に…


草野・千秋
この怒れる神を倒すこところが僕らの為すこと
全てに怒るだなんて、僕はそうは、ならない、……なりたくない
気になるんです、僕のやっている事が独善ではないかって
でもダークセイヴァーの狂った神も見過ごしてはおけないですよね
誓ったんです、ここの大地も緑の草原にしてみせるって

『勇気』を出して戦いに挑む
指定UCで攻撃
『怪力』でヒーローソードの斬撃の重みを増しつつ『2回攻撃』
『視力、戦闘知識』を使ってよく狙う
僕はヒーローでありたい――あらならければならない
あの日に決めたんです、全てを守るヒーローになるって
敵攻撃な『激痛耐性、盾受け』で耐えつつ味方に被害するものはかばう
たとえこの鋼の腕と脚が壊れても!



●18
 一瞬の出来事だった。

「あ…………あ、」
 草野・千秋は――断罪戦士ダムナーティオーは、燃やされた仲間の焼死体を見ていた。
 いや、まだ死んではいないのかもしれないが、生存は絶望的に見える。
 そういえば、彼女たちを庇おうとして一緒に焼き払われたはずの自分は、なぜ燃えずに立っているのだろうか?
 つう、と、涙のようなものが頬をつたう。指先で触れてみると、その液体は赤く色づいていた。……血だ。
 顔に、フックでひっかかれたような傷ができている。
 もしも、この異常に原因があるとすれば……『これ』、だろうか?

 ◆ ◇ ◆

 そう。
 『現代社会を生きる普通の女』である臥待・夏報は、暴力的な炎の前になすすべなく死んだ。
 何ひとつよくないのだが、それでいいはずだった。それが当たり前だった。でも、そんな面白くもない『普通』に――付き合ってやれる訳がないじゃないか。
「……っ……、はは……あははっ。ははっ、あははは」
 どう見ても黒焦げの死体が炎のなかで笑いだしたので、千秋は驚いた。ゆらりと立ちあがった死体は――制服を着た、ちいさな少女のすがたをしていた。白い上着のあちこちに穴があき、膝丈のスカートはどす黒い赤に染まっている。
「夏報、さん?」
「あの女の名前で呼ぶな」
 ……そうだ、臥待夏報は焼かれる直前、なにを思ったか自分をめった刺しにして――千秋の頬にも傷をつけて、逝ったのだった。風穴を一つ増やしてやれば、『不死』という矛盾が実現する。彼女は、そういう超常を使い、逝きながらにして生き延びた。
「勘違いするな、お前に怒ってる訳じゃない。定理の意味も考えず文句を垂れる愚昧ども、憧ればかり飾り立て魂を削らない大人たち、僕等をやがて女になる雛としか見做さない世界……僕はずっとそういう奴等に嫌気が差してんだ、なのにあの女は酒と薬に浸って全部全部忘れたふりをしやがった!!」
 やがて夏報になる少女はくちびるを噛みしめ、内側で燻っていた火種をすべて燃やし尽くすような勢いで、現世への呪詛を次から次へ吼えたてた。
 一度言語化しようとすればこんなにもあふれ出てやまないのに、怒り方すら忘れてしまえるようなつまらないおとなになるのか、僕は。
 それが、この世で一番――腹立たしい。

「……敵の術中に嵌まり感情のままに後先考えずに暴れて……挙げ句の果てに、この程度の相手に不覚をとるなんて……」
 そうだ、燃えてしまった彼女『たち』は、もうひとり居た。
 リーヴァルディ・カーライルだ。先の戦場では圧倒的な強さを見せていた彼女もまた、呆気ないほどに不意をつかれ、炎に焼きつくされた筈だった。その有様はまるで――目の前で荒れ狂う『神』らと、かがみ写しのようだった。
 焼け焦げた身体がふわりと空中に浮かび、少女は目を醒ます。その背に生えた血色の双翼が、ひときわ輝きを増している。普段とは違う、真っ赤な血色に染まった瞳は――リーヴァルディのものであって、そうではない。
「呆れてものも言えないとはこの事ね、愚かな私?」
 歪んだ弧をえがく唇から、ちいさな白い牙がのぞいている。彼女――リーヴァルディの魂の底に封じられていた、享楽的で傲慢な吸血鬼の娘もまた、数秒前までの嘘吐きな自分を否定する。
 やせ我慢ばかりの英雄少女。
 『吸血鬼狩りのリーヴァルディ』という生きざまを、彼女は嘲笑っていた。
「無駄よ。太陽の輝きを越えずして吸血鬼が滅びるものか」
 吸血鬼がかっと眼をひらく。
 『時の逆流』で覆われたリーヴァルディの身体は、時間を遡り、火傷や装備の損傷を魔法のように治癒させていく。時の逆流はイラースが放った炎さえも巻き戻し、オブリビオンの元へ跳ね返した。

 ――グオオオオオォォォオォ!!

 みずからの放った炎で焼けて苦しむイラースを、リーヴァルディらしきものは愉快そうに見やる。煉獄の炎に焼かれ、真の姿をさらけ出した少女たちは、先程までとはまったくの別人だった。
「使えるな、それ。僕があの女に成らない様に時を戻し続ける事だって出来るんだろ」
「ふふ、そうね……貴方が望むならそうしても良い。ただし、相応の代償は覚悟してほしいけれど……ね?」
 少女のすがたをした獄卒たちがさえずる。怒り、怒り、怒り――うつくしいその声のなかに、この世の地獄が満ちている。
 この期におよんで、千秋はまだ戸惑っていた。この怒れる神を倒すことが、僕らの為すべきことなんじゃないのか。なのに、怒りをまた怒りで上書きしてよいのかと。
「言っとくがそこの機械男、お前も本性出てるからな。全部『正直』に話せ。それが身の為だ」
「……、嫌だ。全てに怒るだなんて、僕はそうは、ならない、……なりたくない!」
 千秋が夏報にそう叫び返して、つかの間、静寂の時があった。
 何も起きない。
「……あ……すみません、僕……。……どうしても気になっちゃうんです、僕のやっている事は独善ではないかって。でも、そうですよね。この世界の狂った神、見過ごしてはおけないですよね。……誓ったんです、ここの大地も緑の草原にしてみせるって」
「……緑の草原?」
 こんな闇の底で夢みたいな事を話すのね、とでもいうように、リーヴァルディがあさく首をかしげる。
 ……何も起きない。
「……そうかよ」
 なら勝手にしろとばかりに千秋に背を向け、夏報はオブリビオンを見やる。
 無作為に攻撃を繰り返しては、リーヴァルディに炎を反射され焼かれているイラースは、あわれで愚かだ。地球でよく見かける愚昧な連中にそっくりだった。

『独善、ね』
 異端の神がふいに語りかけてくる。
『いいんじゃない、別に。それくらい強火じゃないとなにも変えられないよ。緑ってすぐ燃えちゃうけどね』
「……僕は!」
 夏報はイラースに――神にむかって、叫んだ。
「住んでるわけでもない世界なんて『正直』どうでもいいし!」
 ごぼ、と、口から呪詛の炎があふれ出る。
「っ、お前の炎は嫌いじゃないぜ、」
 嘘を吐くたび、嘘のような激痛が喉を焼く。
「退屈なダークファンタジーが全部燃えたら美しかろうよ……!!」
 嘘だ。そんなわけあるか。臥待夏報は結局なにも見捨てられないし、お前みたいなやつが大嫌いなんだ。
『そう。きみはうそつきだ』
「正直に言ってるさ。でも、」
 嘘からうまれた炎が怒りの炎を上書きしていく。すべての罪を吐き出して、楽になれるこの煉獄では、自分以外なにも傷つかずにすむから。そうやってひとり確保した陣地へ閉じこもって、後の攻撃は周りの埒外どもに任せておけばいい。
 どちらを滅ぼすかなんて選択肢は選ばない。選びたくない。だから、もう誰も近づくな。
「……僕を焼いていいのは、僕だけなんだ」
 これ以上、吐ける炎はなかった。

 生ける火柱と化した夏報は己を燃やしつづけている。彼女の絶叫がいつまでも途切れないのを聞いて、千秋は息を呑んだ。
 彼女のユーベルコードで一時的に不死の身となったらしい今の千秋は、何をしても死ぬことだけはないだろう。しかし……嘘を吐いたら最後、ああなるのだ。
「それで、貴方。覚悟はできたの」
「……はい。僕はヒーローでありたい――あらならければならない」
 勇気を出して、隣のリーヴァルディへ――己のすべてを賭けてこの闇と戦ってきた少女へ、決意を口にする。
「この気持ちは、やっぱり独り善がりなのかもしれません。でも……あの日に決めたんです、全てを守るヒーローになるって!」
 ……大丈夫だ。千秋の言葉に、『嘘』は、なにひとつ無い。
「そう。なら、共に戦いましょう。……聞いたわね。お前達の存在を、この世界から消してあげる」
『できるならやってごらん。割ときらいじゃないよ、そういうのは』
 家族を失った青年と、家族に奪われた少女が、荒ぶる神へ共に立ち向かうなんてさ。
 またずいぶんと燃えるじゃないか、奇跡的で。
 ――太陽みたいにまぶしいよ、きみたち。

 ◆ ◇ ◆

「リーヴァルディさんは術の発動に集中してください! それまでは僕が絶対に守りますから。たとえこの鋼の腕と脚が壊れても!」
「ふふ……いいわ。私の本当の力を魅せてあげる」
 仲間を守ることこそがヒーローの誇りだ。夏報が――後であの娘もなんとか救出しないと――与えていった不死の力は、たしかに活きているようだった。焼かれ続ける鋼の身体はものすごく熱くて、死ぬほど痛いが、すべてが溶けきることはけして無い。
 盾を構える千秋の後ろで炎をやりすごしていたリーヴァルディは、仲間の攻撃でイラースがひるんだその一瞬を突き、空中へと舞いあがって素早く懐に切り込む。ばっくりと割れた腹の内側へ潜りこんだリーヴァルディは、竜の内壁へ直接腕を突き入れた。
「これで、お終い」
『……やってくれたね、吸血鬼狩りさん』
 苦痛に悶え、暴れるイラースを大人しくさせようと、千秋は最後の力を振り絞って断罪の剣を振りあげる。
「僕は断罪戦士ダムナーティオー……! 喜びの島などでははない……骸の海へ……! お前を還す!!」
 千秋以外の者には重くて持てない剣だ。このさい剣とか拳とか、そんな些細なことはどうだっていい。漢字が違うだけだ。
 ダムナーティオーが振り下ろせば、すべて邪悪を斃す必殺の一撃になる――そう、嘘をつかずに信じ抜くだけでいい。
「喰らえ、ダムナーティオーパンチ!」
 渾身の力をこめた千秋の斬り下ろしが、イラースの背を裂いた。続けざまに地を勢いをつけ、鋼の脚で飛び蹴りを放つ。
「ダムナーティオーキック!」
 ――グオォォオオォ……!
 まるで怪獣映画の敵のように、イラースが吼える。その間にも、リーヴァルディの術は進行していた。
「来たれ、我が身に流れる遥かなる力よ。世界を凍てつかせる破滅の闇を此処に……」
 肉を。内臓を。血管をつたって。この神を名乗る忌まわしき化け物のすみずみまで、己の闇をていねいに染み渡らせていく。こんな力など消えればいいと、『愚かな私』は思うだろうか。
 限界を超えた力を行使したリーヴァルディも、流石に気が遠くなってきた。だが、ここで引き返すわけにはいかない。
「……還りなさい。骸の海へ……」
 そう。
 過去から来た魔物――オブリビオンであるイラースへ『時の逆流』をかければ、骸の海まで戻すことができるはずだ。リーヴァルディの怪我とおなじように、このイラースの存在を『無かったこと』にできたなら、それですべてが元通りになるはずなのだ。
 
 谷は焼けない。
 だれも死なないし、村は滅ばない。
 千秋の家族は元気かもしれないし。
 僕は夏報さんにならないかもしれないし。
 リーヴァルディだって、豊かな緑の草原で微笑んでいるかもしれない。

 ――そんな世界へ、この手が届くかもしれないのだ。
 我が身を焦がすような哀しい怒りの存在しない、光あふれる世界へ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

ユキ・スノーバー
あっちっちーっ!やだやだもーっ!燃えるのも熱いのもやーっ!
でもやばい元凶がコレなら、もう意地のぶつけ合いする感じって事で良いんだよねっ…?
華吹雪は水になっちゃうと思うけど、頭冷やすなら大雨発生させちゃう勢いで吹雪かせるもんねーだっ!
冷凍庫顔負け、氷山もびっくりな勢いでお送りするよーっ!
熱中症に要注意アターック!
ぼくは君みたいに奪うだけの存在になりたくないもんっ!

何となくで巻き込み事故起こされてるの正直迷惑だから、ちゃんと止めたげるねっ
燃え尽きたら後は、ボロボロになっちゃうんだろうけど…
疲れちゃったなら、寝ちゃった方がきっと良い方向へ向かえるよ
沢山過ちを重ねちゃったのは、正直宜しくないんだけどね


アルバ・アルフライラ
漸っと相見えたな、憤怒の権化よ
…ああ、そうさな
怒りとは即ち感情の爆発である

魔方陣より召喚するは【死霊よ、踊れ】
彼奴の炎に巻き込まれぬよう
時に貴婦人に身を預け
時に私の身代わりとし、回避
悪魔には竜の死角を縫うよう接近させる
破魔の力を宿した大鎌の一撃で
哀れな竜を完膚なき迄に切り刻んでやれ
力尽きたならば幾らでも呼び寄せたら良い
援護は魔力を込めた宝石で事足りよう
ふふん、竜の炎で誘爆させるも一手か?

慈悲なぞ生温い言葉を吐く心算もなければ
優しい救いの手を差伸べる心算も毛頭ない
貴様とて、それを望まぬであろう?
――故に
ただ、心を焦がす激情に身を任せるが儘
貴様が、貴様の世界を灰燼に帰す前に
我が怒りが、貴様を屠ろう


館野・敬輔
【SPD】
アドリブ連携大歓迎

世界を滅ぼしかねない暴力的な炎を
「愛」と称してぶつけて燃やすか
…哀れだな

俺が信ずるのは「ヴァンパイアへの憎悪」
そして…「人を踏み躙り壊し虐げる者への怒り」
神なんて信じちゃいない

ただ怒りのまま破壊を尽くす神の依り代よ
己の行為にすら疲れ果て、ただ燃やし続ける竜よ
果てなき怒りで世界を壊し続けた貴様はこの剣で斬り捨てる!

俺にできることは
憎悪と共に左目を激しく光らせ
黒剣に絶対零度の氷を宿し
竜の四肢を、胴を、首を徹底的に切り刻むのみ
(2回攻撃、怪力、属性攻撃+【憎悪と闘争のダンス・マカブル】)

燃え続ける炎は全身に漆黒のオーラを纏って何とか耐えるしかないか
(オーラ防御、火炎耐性)


ダグラス・ミーティア
成程、あんたが親玉か
独りで暴れてりゃいいものを
随分と寂しがりみたいだな

事前にUC発動
炎は波を見ながら防具や武器でいなして軽減してぇが
防御より攻撃を優先
生命力吸収で耐えながら能力増強し銃で攻撃
経験浅い身故
出来る限り仲間のサポートに回る

人は優しくあるべきだ
悪は滅ぶべきだ
神は全てを赦すべきだ

そんな信仰に似た想いが裏切られて
怒りを生むのかもしれない

だとしたら
俺は何に怒ってんだろうな
あんたは…嗚呼、もう忘れてるか

理屈を捨てた怒りは確かに純粋だ
だが綺麗なものが正しいとも限らねぇさ

悪いな、俺は
誰かの為に怒れる奴がいるこの世界を
まだ見捨てられないらしい

終わりにしようぜ、神様
これがあんたの救いとなることを願うよ



●19
「……どういう事だ。何が起きた?」
 ダグラス・ミーティアの長身を覆う漆黒の粘液が、火傷に染みこんで傷を癒していく。
 先程までかれらを焼いていた炎は、なぜかおさまっている。ダグラスが見つめている先は、空中に生じた亀裂だった。
 あらゆる世界の、あらゆる歴史をうつした断片がごちゃごちゃに絡まり、生き物のように蠢いている。イラースは、この亀裂へ吸いこまれていったように見えたが、どうなったのだろうか。
「『時の逆流』……敵の生命をも骸の海へ還す時間属性の魔術。ふん、この眼で見る日が来ようとは」
 骸骨の貴婦人に抱きかかえられたアルバ・アルフライラは、ペストマスクの悪魔を従え、炎を遮る魔方陣の上に立っていた。
 どうやら、味方の一人がイラースに向けて、その『時の逆流』とよばれる術を発動したようである。炎の痕跡ごと、すべてが何もなかったようになっている。
 コートについた火を一生懸命消していたユキ・スノーバーは、周囲の驚くべき異変に気づいた。
「ああーっ! 見て……木が生えてる。果物が実ってるーっ!」
「……果樹林、だって……そんなまさか……いや、或いは……」
 館野・敬輔は驚きつつも考えを巡らせる。
 聞くところによると、ここにはかつて集落があったという。なぜ人々がここを目指したか――手つかずの自然が放置されている辺境の地には、このような多数の果樹が保たれた自然林がある。そういう報告があったはずだ。
「『時の逆流』によって、焼かれる遙か以前の光景がこの地に蘇ったという訳か。……ふふん。どうだ憤怒の権化よ。貴様の怒りは全て虚無と化した。悔しかろう?」
 いや……終わりではない。なにか来る。
 空気がふるえるような熱気が、どこからか漏れてくる。
 アルバの声に三人が身構え、イラースが吸いこまれていった時空の裂け目を見やる。そこからだ。そこから、熱気が漏れだしているのだ。
「……ああ、そうさな。怒りとは即ち、感情の爆発である」
『きみは理解が早くて助かるよ。……ごめんね。ぼくの怒りはまだ終われないみたいだ』
 魔術師と神がささやく通り。
 完全に閉じようとしていたそこから、黒い竜の首が突き出して――怒りの咆哮とともに、炎を吐いた。

「あっちっちーっ! やだやだもーっ! 燃えるのも熱いのもやーっ!」
 ユキは手足をばたばたさせて逃げ惑う。どこもかしこも燃えている。けれど、せっかく蘇った貴重な自然を、もう二度と暴力の炎に奪わせたりなどしたくない。この神と竜が、すべてを無にするため骸の海から引き返してみせたように、ユキにも譲れない想いがあるのだ。
「もーっ、いいかげん頭冷やしてよっ! 何となくで巻き込み事故起こされてるの正直迷惑! こうなったら意地のぶつけ合いなんだよっ! 大雨発生させちゃう勢いで吹雪かせるもんねーだっ!」
 アイスピックをきらりと輝かせ、ぷんぷんしながらぶんぶん振り回す。
 ここが炎の谷でなければ、とっくに冷凍庫か氷山と化していたろう。一振りごとに吹き荒れる華吹雪は、無差別に放たれる炎を相殺し、水となり、水蒸気となって草木を潤した。
「助かるが……まるでサウナだな」
 少々蒸し暑い空間になったが、炎の海よりは断然ましだ。全身に漆黒の気迫をみなぎらせ、何とか耐えきるしかないと考えていた敬輔にとっても、守りを棄ててでも一矢報いたいダグラスにとっても、その潤いは天の恵みとなる。
「ったく、独りで暴れて、独りで還りゃいいものを……随分と寂しがりみたいだな」
「全くだ。世界を滅ぼしかねない暴力的な炎を、『愛』と称してぶつけて燃やす……哀れとしか言いようがない」
 敬輔は黒剣の切っ先を、じわじわと時空の裂け目から身体をあらわしつつあるイラースへ向ける。
『そう』
 異端の神を名乗る存在は静かにそう、つぶやいた。
『そう見えるんだ』
 すでに怒っているから挑発してもとくに変わらないよ、とでも言いたげであった。
『寂しいってよくわからないんだ。ぼくは、ぼく以外のすべてが、消えてなくなればいいと思っている。正しいかどうかは知らない。ぼくがそうしたくなったからそうする。……きみもずいぶん哀れに見えるけれど、生きてて楽しい?』
「哀れ、か。少なくとも貴様に憐れまれる筋合いはない。神なんて信じちゃいないからな。俺は、俺の怒りを信じている」
 許さない。人を踏み躙り、壊し、虐げる者らを。この世に存在するヴァンパイアという連中、その悉くを、必ず滅ぼしてやる――あの日、そう誓ったのだ。
 もしも神がいるのならば、敬輔へこのような残酷な運命を強いたりしなかったはずだ。ヴァンパイアへの強い憎悪を宿した敬輔の左目が、氷のようにつめたく、激しく輝きだす。
「ただ怒りのまま破壊を尽くす神の依り代よ。己の行為にすら疲れ果て、ただ燃やし続ける竜よ。果てなき怒りで世界を壊し続けた貴様はこの剣で斬り捨てる!」
 絶対零度の氷を宿した黒剣が、かれの左目とおなじ色の光を纏う。あまりにもまっすぐにイラースへと向けられたその切っ先を眺め、異端の神は何かをあきらめたようにつぶやいた。
『そう。なら、これだけは覚えておくといい。復讐はなにも生まないんだよ』

 ◆ ◇ ◆

 時空の裂け目から半分ほど這い出たイラースは、ユキの巻き起こす吹雪で炎を遮られていることに腹を立てたのだろう。今まで以上の勢いで、炎を連発し始める。
 骸骨の貴婦人はアルバの身代わりとなってオーラの障壁を張り続けているが、直に炎を浴びせられるとさすがにこたえるようだ。みしみしと軋んでいた両脚が、限界を迎えてぽきりと折れた。
 貴婦人が崩れ去るとともに障壁も崩れ、アルバを炎の余波が襲う。術が解除され、同時にペストマスクの悪魔も消える。だが、アルバは動じない。
「ふん。その程度か? 我が玉体を焦がすには到底至らぬわ……死霊共よ、再び踊り狂え」
 力尽きても、幾度でも蘇らせればいい。この尽きぬ怒りのように。再度死霊たちを呼びよせるため、アルバは高速で詠唱をはじめる。
「時間稼ぎは俺がやる。経験の浅い身だ、捨て駒位しか出来ねぇが、役に立ててくれ」
「……ほう。殊勝な心掛けだが、容易く命を投げ出すは許さぬぞ」
 これでも使っておくと良いと、アルバは自らの魔力が籠った宝石をいくつかダグラスに投げてよこす。アルバがいつも持ち歩いている触媒のなかでもとくに小さなそれらは、ダグラスの持つ銃の弾丸に丁度よかった。
 炎を遮るようにアルバの前へ立ったダグラスは、渡された弾をこめ、イラースの頭部めがけて撃ちこむ。炎は身を焦がし続けるものの、アルバの魔力が漆黒の粘液の再生力を高め、燃やされるのとほぼ同じ速度で皮膚を再生できている。痛い事は痛いが、口を結んで耐えるのみだ。
「ほれ、そこの熊にもやろう。願いを込め、奴の口に投げ入れてみよ」
「ぼく? ……わあっ、綺麗!」
 雪玉のように白くてまるい、大粒の真珠を渡されたユキはうれしそうだ。ちょっともったいないな、と思いつつも、言われた通りに宝石へ想いをこめる。
「ぼくは君みたいに奪うだけの存在になりたくないんだもんっ! ……みんなが守れなかったこの場所を、守りたいんだよっ。だから、もうやめよ?」

 ――君も、さっきの人達も、ほんとは悲しいだけなんじゃないかなって。
 ユキの問いかけのあとに、幾らか間があった。

『知っているでしょう。怒りと悲しみは癒着している』
「もー、わからずやっ! ならちゃんと止めたげるねっ。いくよっ、熱中症に要注意アターック!」
 アイスピックをぶんぶん振りながら、イラースの口めがけて真珠を投げ入れる。イラースが炎を吐いた瞬間、真珠が誘爆を引き起こし、中にこめられた氷の魔力が弾けた。口内で吹雪が巻き起こり、イラースの頭部を凍結させる。
 ――ググ、ガ……。
 イラースは必死に顎を動かそうとするが、身体の芯まで冷やす氷はかんたんには溶けない。
「炎が吐けなくなったか。好機だな。貴様に復讐の是非をとやかく言われる筋合いもない。俺は今、俺のできる事をするだけだ……この怒りと憎悪、そして闘争心を力に変え、貴様を斬り刻む!!」
 吸血鬼への凍てつく怒りを宿し、氷剣へとすがたを変えた黒剣を手に、敬輔は竜のもとへ走る。時空の裂け目から這いずり出ようとする四肢を、胴を、首を徹底的に切り刻んで、その肉と皮を剥ぎ取っていく。
「此れにて終いよ。――参れ」
 アルバの術が再度発動し、ペストマスクの悪魔が、正面から竜と対峙する敬輔の反対方面へと回りこむ。破魔の力を宿した大鎌が振るわれるたび、やはりその肉と皮が削がれ、見るも無残なすがたへと変わり果てていく。
 踊るように軽やかに。
 悪魔のように激しく。
 ――死の舞踊。ダンス・マカブルは、ふたりの踊り手によって表現される。
 血と肉が焦げるにおいが満ちるなか、やがてできあがったのは、漆黒の肉体を削がれきった骨ばかりの竜であった。
「ははは! 良いぞ、空虚な神には似合いの姿ではないか。慈悲なぞ生温い。優しい救いの手など差伸べてやると思ったか? 貴様とて、それを望まぬであろう」
 アルバの高笑いが、炎の鎮まった谷に響く。
 援護射撃を加えていたダグラスは、復讐者たちの無慈悲なる怒りがイラースを切り刻んでいく光景を、その眼に焼きつけるように見ていた。
「……あんたは、」
 この、傍若無人で尊大な、アルバという魔術師は。
 ただ、心を焦がす激情に身を任せるがまま、竜を攻撃しているように見える。
「如何した? 我らが怒りで奴を完膚無きまでに屠ってやろうぞ」
「いや……気の所為か」
 だがそのつめたい横顔が、星のきらめく瞳が、誰より慈悲深いような気がしたのだ。
 一瞬――それこそ、神様のように。

「はぁ……はぁ……っ」
 死の剣舞で怒りを燃やし尽くしたはずの敬輔は、なおもどうしようもない殺戮衝動にかられていた。
 復讐はなにも生まぬ、と神は言った。この溢れる闘争心は放っておけば己の生命を削り、仲間すら傷つける刃となるだろう。そうだ。抑えるには――こうするしか、ない。
 今さっきまで竜へ向けていた剣の切っ先を、自分の足元へ向けて。
 そのまま深々と、突き刺した。
「――ッ!!」
「えええ! ちょっと、敬輔さん大丈夫っ!?」
「……気にするな。心配する程の事じゃない。心配する、事じゃ……」
 そのまま、敬輔は力尽きたように足元からくずおれた。
 燃えつきてぼろぼろになる、とは、こういう状態を指すのだろうか。負傷のほうは、確かに然程深刻とは見えないが……ユキとダグラスはなんともいえぬ顔で、倒れた敬輔を眺める。とても何かを為し遂げたとは思えない、けわしい顔だったから。
「……クソッ」
 やりきれぬ思いを何処にもぶつけかねて、ダグラスは岸壁を拳で殴った。
 人は優しくあるべきだ。
 悪は滅ぶべきだ。
 神は全てを赦すべきだ――そんな信仰に似た想いが裏切られて、怒りを生むのかもしれない。

 ◆ ◇ ◆

『あの騎士の彼はちょっと前のぼくに似ている。いずれこうならないと良いけど』
 骨のみとなったイラースはようやく時空の裂け目から這いだして、ふたたび大地に降り立った。
 ユキは自分の数十倍はあるその身体を、胸を痛めたような潤んだ瞳でみつめる。
「ねえ……疲れちゃったなら、君も寝ちゃった方がきっと良い方向へ向かえるよ。沢山過ちを重ねちゃったのは、正直宜しくないんだけど……」
 声すらあげられなくなったイラースは、怒りのままに暴れ、骨となった四肢をそこらじゅうに叩きつけている。
 なぜ、己はまだ生きているのか。なぜこんな目に遭わねばならぬのか。そう吼えているかのようであった。
 そして、火種は骨格の露出した大顎のなかに点り、ふたたび解き放たれる。蘇った果樹林をすこしでも守るべく、ユキは懸命にアイスピックを振るい、対抗する。
『疲れているから眠れないんだ。ぼくも、この子もそう』

 ――そういえば、きみはちゃんと世界に絶望できた?
 不意に問いを向けられたダグラスは、聞いていたのかと舌打ちをする。

「俺は……何に怒ってんだろうな。あんたは……嗚呼、もう忘れてるか」
『うん。なにがきっかけだったんだろうね。少なくとも、この世界が正しかったところは見た覚えがないから……全部かな』
「ふん、実に救い難く愚かな神よ。貴様が、貴様の世界を灰燼に帰す前に――我が怒りが、貴様を屠ろう」
 炎が着弾し、アルバとダグラスの周囲はたちまち火の海と化した。凄まじい熱に焼かれ、悪魔と骸骨がまた消し飛ぶ。だが、アルバはなおも術をかけ直し、徹底的に抗戦するつもりのようだ。
「……この怒りが我が身を溶かし尽くすか、貴様が骨も残さず燃えつきるか。くく、どちらが速いか試してみるも良かろう?」
 今は見咎める者もいまい。終幕まで、共に踊り狂おうではないか――この煉獄の舞台で。
 纏った白粉が炎で剥がれ落ち、宝石の身体がところどころ露出して見える。いのちを直に燃やすような鬼気迫るきらめきが、刹那的な美しさのかたまりが、其処にあった。
 悪夢にうなされているような敬輔を助け起こしながら、ダグラスはユキとアルバを交互に見やる。
 どいつもこいつも、こんなに怒って疲れないのか。
 俺はもう疲れて、この神へ怒る気力も失せてしまったというのに。
 ――だが。お陰で、腹は決まった。

 これが最後の一発だ。外せない。
 疲労のたまった腕で煤まみれの武器を持ち上げ、その銃口をイラースの――異端の神の頭蓋骨へと向ける。そして、ダクラスは毅然と答えを告げた。
「悪いな。俺は、誰かの為に怒れる奴がいるこの世界を、まだ見捨てられないらしい」
『そう。残念だ。きみは一緒に絶望してくれると思ったんだけど』
 言葉とは裏腹に、その声がどこか清々しく聞こえたのは、気のせいだろうか。
「理屈を捨てた怒りは確かに純粋だ。だが綺麗なものが正しいとも限らねぇさ……終わりにしようぜ、神様。これがあんたの救いとなることを願うよ」

 ――ぱぁん、と、甲高い銃声がひびいて。
 怒れる神の脳天に、たったひとつの風穴をあけたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と

かみさまに、あいにきました。
かれらは、ただただ、そういうものでしかないのだと。
わたくしにだってわかります。

鐘を鳴らして、呼ぶのは風。
彼我の空気を攫って、連れ去って。
燃えるものを抑えて抑えて、ユーゴさまの道をつくるように。

すべてを燃やしてしまえたら、楽だった。
何もかもが燃えて尽きるのは平等で、それを愛と呼ぶのだとしても。
それでも。
わたくしたちは、それを選ばなかったからここにいます。

燃やしてしまっては、辿り着けない場所があります。
この世界は不公平で理不尽で、くるしくて、かなしくて、こわくて、いたくて、
――それでもうつくしいと、おもうのです。

あなたの愛は、いりません。


ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と

お前がどのような存在なのかは、理解した。
可能ならば救ってやりたいとも思うが、それは叶わないのだろうな。
言葉を返すが、お前こそ覚悟はできているか。

特に難しい事は無い。
鐘が示す道を駆け、剣を叩きこむだけだ。
お前のような"なんとなく"ではない、ありったけの力でな。

この世界は途方もなく広いし、こんな不公平な世界でも守りたいと思う奴が大勢いる。
だから、ここで足踏みしているお前じゃ到底燃やし尽くせないだろうさ。

それにな、怒る以外の感情も、それはそれで疲れるんだぞ。
お前に次があるのなら、今とは違う生き方を選んでみろ。
そして、誰かを愛してやるといい。



●20
 怒りの炎に焼き尽くされたものたちが倒れ、もといた世界へと送還されてゆく。
 それでも、かれらの祈りは、黒き竜のいのちを着実に削りとり。
 時さえも巻き戻し、この不毛の大地に豊かな自然林を蘇らせるに至った。
 そうして今や白い骨だけの竜となった『かみさま』はなお、ユーゴ・アッシュフィールドとリリヤ・ベルの旅の中継点へ、巨大な敵として立ちふさがるのである。

「かみさまに、あいにきました」
 リリヤがそう告げると、理性なき存在であったはずのイラースは、ふたりへ静かに首を向けた。
 何とかここまで立っていることが叶ったのは、仲間が展開した退魔の結界や、吹雪の壁の恩恵である。火伏せの魔力がこめられた鏡の一枚を抱いたリリヤは、澄んだ鏡面をイラースへと向けた。
 鏡のなかには、とうに肉体を削がれきったはずの黒き竜のすがたがあった。
 そして、その上にうかぶ、生きた焼死体があった。
 ――いまも炎に焼かれ続けて真っ黒な、怒れる神のすがたがあった。

「……お前がどのような存在なのかは、理解した。可能ならば救ってやりたいとも思うが、それは叶わないのだろうな」
 警戒は解かぬまま、横目で鏡を覗きこんだユーゴがわずかに嘆息する。
『ぼくだってできるなら救われたいさ。けれど、無理だ。見ればわかるでしょう。ぼくにもぼくを救える方法がわからない。この炎は一度も尽きたことがないから』
 鏡のなかの黒い影は、あいかわらず己の身から出た炎で焼かれながら、妙ににんげんらしい仕草で肩をすくめてみせる。
『ぼくらはそうして訳もわからず、なにかに怒り狂ったまま、いつか燃えつきて死んでしまうしかないのだろうね。それだって本当は腹立たしいけれど――疲れたから、考えるのはやめた』
 かつてユーゴを、リリヤを焼いたものたちが、そうであったのかはわからない。
 あるいは、己の怒りに焼かれる苦しみすらも感じず、だれかをいたずらに焼くことを愉悦とのみ捉える、ろくでなしであった可能性のほうが高いやもしれない。
 兎角かれらは、ただただ、そういうものでしかないのだと――ちいさなリリヤにだって、わかる。
「お借りしました」
 鏡をたいせつに岩場へ立て掛けて、護ってくれた『かみさま』へ手を合わせ。代わりに花咲く真鍮の鐘を左手に。かつては不吉と忌み嫌われたこの鐘が、今度はたいせつなだれかの標となることを願って。
「言葉を返すが、お前こそ覚悟はできているか」
『させてほしいよ。ここまでしてもぼくはまだ怒り足りない』
「そうか。なら、特に難しい事は無い」
 ――ラルルルラ・ラルララ・ラル――。
 鐘の音がひびくとともに、リリヤのうたう声が風を呼ぶ。
 この鐘が示す道を駆け、剣を叩きこむ。それだけだ。

 ◆ ◇ ◆

 谷は冷やされ、あたりには炎と吹雪がぶつかりあって出来た霧がたちこめている。リリヤの呼んだ風はあたりの水気を集めて、水の竜巻をつくった。霧を払うようにふたたび放たれた炎を、水と風がさらって、巻きこんで、そらの彼方へと連れ去っていく。
 
 ――ラルルルラ・ラルララ・ラル――。
 ここにいるかれらの怒りを。

 ――ラルルルラ・ラルララ・ラル――。
 あのときの、だれかの怒りを。

 まさしく竜のごとく荒れ狂う竜巻が、芽吹いた緑を薙ぎ倒さないよう制御するのはすこし難しい。それでも抑えて、抑えて。二度と二度と、だれかのだいじなものを焼かせぬように。
 リリヤの風が通り抜けたあとに、ひとすじの道がひらけた。
 何度でも谷をうめつくそうとする炎の海はまた、すぐに押し寄せてこの道を断つだろう。退路のことは考えず、ただその一瞬を逃さじと、ユーゴは風の通り道を駆けた。
「すべてを燃やしてしまえたら、楽だったでしょう。かもしれません」
 なにもかも燃えつきて灰になれば、すべてが平等な世界ができあがる。
 ユーゴの悔恨も、リリヤの孤独も、みんなが灰になって、すべてなかったことになるのだろう。
 誰も悲しまない無の世界。
 それを、愛と呼ぶのだとしても。

「わたくしたちは、それを選ばなかったからここにいます」
「断ってやろう。お前のような"なんとなく"ではない、ありったけの力でな」
 ――灰の剥がれ落ちた英雄のつるぎに、祝福の風が宿る。

 燻ぶる熱を目覚めさせたユーゴの剣が、淡い青のひかりを宿す。肉体が滅んでもなお暴れつづけるイラースの吐いた炎へ一振りすれば、巻き起こる旋風が炎をふたつに裂いて散らせた。
「やはり大抵の事はこれでなんとかなるな」
「もう。わたくしのおかげですよ、ユーゴさま! それなのに"なんとなく"みたいな事を言って」
「ああ、分かった分かった。リリヤのお陰だ。……もう少しそのまま、俺に力を貸していてくれ」
「……はい。ユーゴさま」
 祝福の鐘が響き渡る。この罪深き世界のなにもかもを赦し、清めるように。
 英雄の剣がまず、イラースの首をはねた。
 腕を、脚を、翼を断ち、ついで上半身と下半身を切り離す。
 ばらばらになった骨を叩いて、潰して、ひとかけらも残さず灰に還して、空へ送る。
 イラースはすでに声をあげることができない。もしも痛みがあるとしたら、どれほどのものだろう。それでも、英雄は地の果てで竜を討つものだ。怒りも悲しみも、すべてを呑み込んで。
 風が木々を揺らし、さやさやと、葉擦れのおとがした。
「燃やしてしまっては、辿り着けない場所があります。でしょう、ユ-ゴさま」
「ああ、そうだな。この世界は途方もなく広い。守りたいと思う奴が大勢いる」
 この世界は不公平で理不尽で、くるしくて、かなしくて、こわくて、いたくて。
 ――それでも、うつくしいのだから。

 ◆ ◇ ◆

 そうして、すべては綺麗さっぱり洗い流されて。
 このお話は、ここでおしまい。
『だと思った?』

 ◆ ◇ ◆

「ユーゴさま……!」
 リリヤが空を指す。いよいよ憤激魔竜イラースとしてのすがたさえ奪われた異端の神が、生ける焼死体が、そこにぽっかりと浮かんでいた。けして燃え尽きることのない、煉獄の炎を纏って。
 まだやる気なのかと、ユーゴはリリヤを後ろ手に庇いながら神を睨みつける。
「言ったろう。何度燃やそうと、ここで足踏みしているお前じゃこの世界は到底燃やし尽くせないだろうさ」
『わかっている。ぼくの炎には、秩序も目的も方向性も存在しない。止めることはできない……きみたちにも、ぼく自身にも。ただ、燃えそうなものがあるから燃やすんだ』
「……なあ、怒る以外の感情も、それはそれで疲れるんだぞ。お前に次があるのなら、今とは違う生き方を選んでみろ」
『生き方は選べないよ。きみたちは、生まれたいと思って生まれてきたの? そうだね――でも、』
 運よく怒らずにすむなら、そうなりたいものだね。
 虚無的な言葉が重々しく、天高くから降りそそぐ。焦げつくような熱気とともに。

「……あなたの愛は、いりません。いきましょう、ユーゴさま」
 リリヤは話を聞かない神にぷいと背を向け、ユーゴのマントをひいた。叶うならば、誰かを愛してやるといい――ユーゴのささやかな祈りもきっと、あの業深き神には届かないのだろう。
 ただ、己はたいせつな愛を、護るべきものを、けして焼きつくしたりせぬよう抱いていたいと思った。
 ちいさなレディの後を追い、灰色の英雄はまた歩みはじめる。
 ふたりの物語は、こんな行き止まりではまだまだ終われないのだから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

コノハ・ライゼ
分かる気はするわ
ここまでの料理も、とても美しかった

左手の「灰雷」の加護も借り*オーラ防御纏い少しでも炎を凌ごうか
*激痛耐性も併せれば動くのに支障はないわ

とはいえ長くは持たないし「椿姫」の力を「柘榴」に添え【紅牙】発動
炎の中踏み込む隙を*見切り喰らいつきましょ
*2回攻撃で間髪入れず*傷口えぐり*捕食、*生命力吸収し負傷を少しでも補うヨ

ダケド正直怒るのにも飽きたの
怒る為の燃料さえ要らなくなってしまったアンタの駄々に、付き合ってらんないデショ

焼かれても炎と気流読み、引かずに踏み込み攻め続けるわネ
全部忘れて何もかもが厭になったアンタの命
オレの明日の為に喰らったってイイでしょう?
ソレがオレの愛だもの


エドガー・ブライトマン
見渡すすべてが燃えている!
ああ、熱い。何も残らず溶けてしまいそう
オスカー、しっかりマントの裏に隠れていたまえ

私には解らない。怒りも、愛も
そういうのって、何かを特別に思わないと持てない感情だ
私はすべてに同じ気持ちしか抱けないから

そんなふうに焼き尽くすキミにだって別に怒りたくないんだ
怒りを覚えてしまった私は
私じゃなくなってしまう気がして

だから早くキミを倒さなくっちゃ
私が私で在るうちに

熱い、辛い、苦しい
レディは大丈夫?
……そう、平気なんだね。キミは怒りを知っているんだ

炎を駆け抜けて、剣を竜の身体に突き刺す
でも、こんなものじゃ効かないだろうから

レディ。キミの燃えない花と茨で
ちょっとだけ私を助けてくれよ


リインルイン・ミュール
怒りだって、時には心を支える篝火になるのでしょう
でも、それは歩む為の力とするに留めるべきで。何も残らない程に燃やしてはいけないのです


念動・オーラ防御である程度の炎を捻じ曲げ弱め、更に籠手や剣を身体に沿わせて防御。耐性も使い堪えます
ずっとは無理でも、UCを歌う時間が稼げれば良し。あとは全力で殴るだけ
竜に恨みはありませんガ。急所を狙い、斃れるまで只管攻撃を仕掛けまショウ

この声が聴こえますか?
明日へと歩む事を望み、良き未来を掴む為に抗う生命を支える
これはそういう歌であり、ワタシの信念そのものです
……異端のかみさま。アナタの理不尽で哀しい愛は受け取れません
今を生きるヒトビトの為にも。もう、眠って下サイ



●21
 怒れる竜は燃え尽き、砕かれ、風に巻かれて灰となった。
 猟兵たちのほとんども火傷を負って撤退し、いまや残っているのはたった三名であった。
 エドガー・ブライトマン。
 リインルイン・ミュール。
 コノハ・ライゼ。
 共通しているのは――いずれも『過去の記憶が欠けている』ということだ。
 『燃やせる火種がない』。それゆえに、ここまで立っていることができたのかもしれなかった。

 ◆ ◇ ◆

 ――憤激魔竜イラース。
 そう呼ばれる存在が、塵も残さず斃れたあとに現れたのは、煉獄の炎をまとって無限に燃えつづける、生ける焼死体とでもいうべき存在であった。ヒトのかたちをしてはいるものの、性別も年齢も判別がつかないほどに、黒く焼け焦げている。
「その……黒くてまぶしいキミ。キミが、怒りの神君の本体だっていうのかい?」
『そう。その通りだ。でも、やることはなにも変わらない。きみたちを燃やします」
 怒りの神が静かにそう告げるやいなや、辺りがまた一瞬で火の海になった。熱い。見渡すすべてが、燃えている――!
「オスカー、こっちだ!」
 エドガーはたいせつな友人に火の粉が降りかからぬよう、マントの裏側に隠れているよう促す。
「大変デス! このままでは、折角蘇った草木がまた焼き尽くされてしまいマス」
「ああ、コレね。ホントびっくりした、ダークセイヴァーでも辺境って意外と自然豊かなのネ」
 仲間がかけた『時の逆流』の魔術が、驚くべきことに、この谷をはるか昔の――まだ、ひとが暮らそうとしていた時のすがたへ、戻したのだ。
 大地は緑に覆われ、生い茂った果樹林には果物が実っている。コノハならちょっとした料理を作ってふるまうことさえできるだろう。だが、このままあの怒りの神を自由にさせておけば、ここまでの死闘がすべて水の泡となってしまう。
 それだけはさせまいと、リインルインは籠手に埋め込まれた細石からサイキックエナジーを吸収し、残る力を振り絞って被害を抑えようと試みる。

 ここまで、三人をはげしい炎から守り続けてきた念の力場は、勢いにおされてじわじわと有効範囲を削られていた。
 細石にひびが入り、ぱきりと割れる。リインルインの負担は相当なものだったが、どろどろに溶けそうなタールの身体を支えているのは、『正しきこと』へと向かう強い思念だ。
「怒りだって、時には心を支える篝火になるのでしょう……でも、それは歩む為の力とするに留めるべきで。このように、何も残らない程に燃やしてはいけないのです」
「……分かる気はするわ。デモ、ひとりで頑張るのは大変デショ。オレの力も使って、ドウゾ」
 コノハはみずからの左手を、リインルインの籠手のうえへ重ねる。薬指から甲へ、ひろがる雲状の痣から稲光のような魔力が走った。念の力場が再生し、耐久力を取り戻す。
「助かりマス! ときにお二人とも、接近戦はお得意ですか?」
「あ……ああ。剣の腕にはすこし覚えがあるとも」
「オレも刃物の扱いなら中々のモンよ? なに、何か秘策でもあるの」
「――ハイ。ワタシの歌で、お二人の身体能力と精神力を向上させます。恐らく長くは持ちませんが、その間にどうか……あのかみさまを、討って下サイ」
「精神力……ウン、分かった。やってみるよ」
 きっとそれがいいだろう。
 このままひとりで炎につっこんでは、なにも残らず溶けてしまいそうな気がしていたから。
 胸に手をあて、深呼吸をするエドガーの傍ら、コノハも真紅に濡れた刃を構える。まだ先程の信者たちの肉片がこびりついていた。
 分かる気はする。
「任せといて。ご注文には必ず応えるわ」
 リインルインの言う正しさも、この『かみさま』が謳う、おそらくは間違っている愛も。
 だからほんのすこしだけ、惜しいと思った。ここまでの料理も、とても美しかったから。

 ◆ ◇ ◆

 ――しかと踏みしめ歩む脚に、明日を掴まんと伸ばす手に、力を。
 ――過去へ抗い牙剥く心に、未来照らす光は降る。

「この声が聴こえますか? 明日へと歩む事を望み、良き未来を掴む為に抗う生命を支える。これはそういう歌であり、ワタシの信念そのものです」
 獣の面をとおして、リインルインのうたう『明日を望むものへの祈歌』が響く。
 生命は――緑はみずみずしい輝きを増し、この地をふたたび焼きはらおうとする炎へ、せいいっぱい抗おうとする。
『……ぼくらは哀れまれることが一番嫌いだ。そう言ったね』
 無差別に放たれる炎の海が、刻一刻と広まっていく。抵抗むなしく炎にのまれた木々が、燃え、へし折れ、はげしい熱が大気を歪ませる。
『こういうものは一番苦手だよ。ぼくらには抗いようのない正しさ。こんな世界でまだ希望をうたう生き物の、美しい心。どうあがいたって燃やす理由がない。正当性に敗北した怒りはただの害悪だ。即刻退場すべきだよ』
 ――きみたちも、怒ってくれたらよかったんだけどな。
 口ではそう言いながらも、炎の勢いはまったく衰えることがない。コノハは呆れたようにため息をついた。
「……あのネ、正直怒るのにも飽きたの。怒る為の燃料さえ要らなくなってしまったアンタの駄々に、付き合ってらんないデショ」
『駄々か……はじめにもそう言われたよ。そうだね。そうかもしれない』
 全身に力がみなぎってくる。今ヨ、とエドガーに目配せを送り、コノハは炎の中心へと――異端の神が降りた場所へと踏みこんだ。エドガーもコノハに追従し、運命を共にする矜持の剣を手に、最後の戦場へと駆ける。
 エドガーの素早い突きが神の本体をとらえようとするが、どうにも手応えが返ってこない。何度、何度突き刺しても、おなじだ。なぜなのだろう――いや、なんとなく、そうだろうなとは思っていた。
「……私には解らない。キミの言う怒りも、愛も。そういうのって、何かを特別に思わないと持てない感情だろ? 私は……すべてに同じ気持ちしか抱けないから」
『博愛主義かな。それなら、ぼくとおなじだね』
「でもね、すこし違うと思う。私は、そんなふうに焼き尽くすキミにだって別に怒りたくないんだ」
『なら試してあげるよ』
「――! ここにいちゃ駄目だ。キミだけでも逃げてくれ、オスカー!」
 エドガーに、至近距離から容赦のない炎が浴びせられる。
 熱い、辛い、苦しい……普段なら、こんなことはちっとも気にならないはずなのに。
 神がエドガーの相手をしている隙をついて、背面にまわりこんだコノハは、冷静に炎の流れを読んで冷気をまとう。痛みへの慣れも合わせれば気休めにはなるが、一手間違えれば、正面の王子様共々焼かれ、誰にも捧げられぬ肉となるだろう。
 ――ゴメンね、助ける余裕は無い。ソッチはソッチで道を拓きなさいな。
 苦悶の表情を浮かべるエドガーをすこし心配げに見やり、『柘榴』の刃に指を這わせる。コノハの歩む時に彩りを添えてきた指先は、一瞬で鮮烈な赤へと様変わりする。

 血のいろ。炎の、怒りのいろ。そして、美味しいもののいろ。
 この決着にはきっと、なにより似合いの色だ。そう思った。

「――イタダキマス。」
 炎の中心に躊躇なく右腕を突っこむ。コノハの牙は、しっかりと神の身体をとらえた。
 続いて左腕も突き刺して、その怒りを、尽きる事なき煉獄の炎を、焼かれながらもむさぼるように喰らいつくす。
「……熱い。喉が焼けちゃいそう。確かにアンタ、ずっと怒ってるのネ。……羨ましい」
 有効打が入った。ひときわ力強さを増したリインルインの祈歌が、その感情の『美味しさ』をさらに強くする。きわめて淡泊で、ひたすら焦げついた味だけがする、地獄の釜の煮え湯のような怒り。これは、そう……失敗作の味だ。なのに、どうしてか『美味だ』と感じていた。
『……ぼくが美味しいだって?』
「そうヨ。とっても美味しい」
『どうかしてるよ』
 なにを言おうが、どうせこの神は燃やすことしかできまい。
 増強された身体能力を活かし、更に連続で刃を突き立てつづける。
 この身が燃えるよりも速くいのちを食らい続ければ、永遠にこの美食を味わっていられる。
「……レディ、大丈夫?」
 エドガーの剣はというと、相変わらず空を突き続けている。それでも、届く可能性がある限り、諦めはしない。
「……そう、平気なんだね。キミは怒りを知っているんだ」
 狂気の薔薇はエドガーにしか聴こえぬ何事かをささやく。彼女のように怒りを知れば、この剣は、神様を貫くことが叶うのだろうか。
 でも、そんな結末はごめんなんだ。
 怒りを覚えてしまった王子様は、きっと王子様じゃなくなってしまうから。
『怒ったほうがいいんじゃない。焼け死ぬよ』
「そうだね……早くキミを倒さなくっちゃ。私が私で在るうちに」
 だから奇跡を起こすために、たったひとつだけ、思いついた方法がある。
 ――レディ。キミの燃えない花と茨で、ちょっとだけ私を助けてくれよ。

 そのときだ。
 ぽつり、と、水滴が落ちてきた。
 リインルインは空を仰ぐ。まさか。これは。
「雨――!?」
 雨だ。
 ――雨が降ってきた。奇跡的に。

 いや、奇跡ではない。
 仲間の起こした吹雪が炎とぶつかって溶け、うまれた蒸気が仲間の風と熱によって空へと運ばれ、いま、雨となってこの地に戻ってきたのだ。必然だ。
 突然の豪雨とともに、エドガーの左腕から狂気の薔薇がのびる。
 愛する王子をさんざんに痛めつけられた『レディ』の怒りは、途方もないものであった。茨は土へ潜り、太い蔓がつぎつぎと大地から突き出して、鞭のように敵を打ちすえながら激しく花びらの刃を吹きつけた。
 雨に打たれて勢いを失った炎では、レディの『怒り』を止めることができない。
 そして、死闘の幕切れは唐突におとずれる。

『負けたよ』

 攻撃がどれだけ効いているのかわからないが、異端の神はあいかわらず静かに、そう告げた。
 猛烈な雨は草木を濡らし、燃え広がる炎を消そうとしている。
 そこには、この世界の意志があった。
 過去を還し、未来を掴む、くらやみの底でもけして諦めぬ生命のすがたがあった。
『この炎は消える。リインルイン。ぼくの負けだ』
「……異端のかみさま。アナタの理不尽で、哀しい愛は受け取れません。今を生きるヒトビトの為にも。もう、眠って下サイ」
『そうしようかな……きみの歌を聞いていたら眠くなってきたよ。……疲れたんだろうね。ああ、もういやだ。何もしたくない』
「……ネ、お疲れのところ悪いケド。最後にひとつだけお願いがあるの」
 レディのお仕置きが終わり、糸が切れたように濡れた地面に身を投げた異端の神は、それでもまだ燃え続けていた。
 ……この煉獄の炎だけは、いつまでも燃え尽きることがないのだろう。ほんとうに。
 その傍にしゃがみこんで、コノハは微笑みかける。
「全部忘れて、何もかもが厭になったアンタの命。オレの明日の為に喰らったってイイでしょう?」
 ソレが、オレの愛だもの――いつもの調子で、軽くウインクをして。
『好きにしなよ』
「そ。じゃ、イタダキマス」
 これで、ほんとうにおしまいだ。
 心臓と思われる箇所にざっくりと『柘榴』が突き刺さって、いやにあっけなく、異端の神との死闘は終わりを告げた。
 彼もしくは彼女の身体を包んでいた炎が、いまだ雨模様の空へとのぼり、おおきな音をたてて弾けた。燃えつきて倒れていたエドガーが跳ね起きる。
「あれは……花火だ!」
「花火……ですか。不思議な事もあるものデス」
「そうネ、こんなトコロでこんな風に見るとは思わなかったわぁ」
 雨の中、それはなんだかとても場違いで、滑稽で、救いなんかではなかった。
 花火では、太陽になれないのだ。
 歩んできた時を持たぬ者たちは、その奇妙な光景を、確かな今日として記憶にとどめるべく空を見る。この手で掴んだ未来を、こんどは手放さないように。
「はは、花火があがったよオスカー。キレイだねえ……というかキミ、逃げていなかったのかい。あっスゴイ、私いろいろ覚えてるじゃないか。……おかしいなあ?」
 エドガーはひとり首をひねる。そうして、大地は蘇り――ひとつだけ、謎が残った。
 
 ねえレディ。いったいキミは、私からなんの『記憶の断片』を盗んでいったんだい?
 答えは、いつか王子様の日記に記されるだろう。
 明日を掴まんと伸ばす手に。過去へ抗い、牙を剥く心に。
 暴力の炎ではなく、希望の光がともったならば。今回だけは、奇跡が起きているかもしれない。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2020年08月09日


挿絵イラスト