●嘗て手を伸ばした
墓があった。
誰の墓だろうか。わからない。
切り立った崖の先端に墓があった。黒御影石で造られた十字架。
誰かが言っていた。
それは吸血鬼の圧政に立ち向かった勇士の墓だという。村人を鼓舞し、虐げられても誇りだけは失ってはならないと、希望を捨ててはいけないと、立ち向かっていった者の墓だという。
その人は死んだ。もはや男性か女性かもわからず、名前すら判明していない英雄。しかしそこには確かに一縷のきらめきが存在していた。
始まりは追悼だったのかもしれない。だがいつからか、昏き世界に於いて最も空気が冴え、星が美しい夜に願えば、大切な人に声が届くと言われるようになった。
合図はベルの音。豪奢なものではなく、簡素なものでいい。
ベルを鳴らし、その余韻が消える前に大切な人を思い描くのだ。
そうすれば星が祈りを届けてくれる。
誰かは去年亡くなった親を想い、誰かは生き別れた恋人を想い、誰かはこれから生まれてくる赤ん坊を想う。誰でもいい。当人にとって大切な存在であれば誰でもいいのだ。
あるいはその大切な人は隣にいるのかもしれない。
ならば相手に聞こえるようにベルを鳴らし、伝えよう。
どんな思いを抱えているのかを、伝えよう。
そうすれば互いの縁を星が繋いで、結んでくれる。
凍える天にきらめく双つ星がある。
ベルの澄んだ音が、夜半の邂逅を見届けてくれるだろう。
星に願いを。
願いは、叶う。
──ほんとうに伝えたい言葉を、今なら伝えることが出来るよ。
●星鐘
「星ってあたたかいのかな。それともつめたいのかな」
唐突にも思える呟き零し、鴇沢・哉太(ルルミナ・f02480)は淡く笑みを刷く。そんなことどうでもいいねと言わんばかりの翳を落として。
「ダークセイヴァーの辺境にね、すごく綺麗に星が見える場所があるんだ。吸血鬼の支配圏からやや外れた断崖の先に、墓標がひとつあってね。墓標はそのひとつだけ。星だけが見守っている、飾り気のない場所だよ。常に闇に覆われたダークセイヴァーだけど、だからこそ星の光がそれは清冽に輝いているみたいなんだ」
周囲に遮るものはない。眼下には荒野。遠くには山脈。
実りもなく花も咲かない静かな場所だ。
故に空だけを仰ぎ見ることが叶う。星の光だけが天鵞絨にばら撒いた硝子片のようにきらめいているのだ。
「そこに眠っている勇士は吸血鬼の圧政に歯向かっていたらしい。でも、後世に名が残ることはなくて、誰もそれが誰なのか知らないんだ。でもそれって些末事だよね」
他の誰に知られてなくても、自分にとってその人が英雄であれば、正しく英雄なのだ。
いつからか、ほど近い集落の人間がその墓に詣でて、祈りを捧げるようになったという。
捧げる花も持たない人々が携えていたのは、鈍い色をしたベルだった。
ベルの音を、勇士に贈ろうとした。
そうして音色と共に祈りを捧げる風習が出来たのだという。
ベルの音と共に祈りを捧げれば、大切な人へ声が届く。そう伝えられるようになったのだとか。厳しい生活の中にも希望を見出そうとするそれは、この世界ならではの情景と言えるだろう。
哉太は薔薇色の双眸を細めて、柔く微笑む。
「派手なお祭りもなければ、素晴らしい景観もない。ただ星空の元でベルを鳴らして、願いを手向けるだけの時間だ。でもそれって、聖なる夜にこそ相応しい習わしなんじゃないかって俺は思うよ」
ベルは自前のものを持参してもいいし、周辺の集落であらかじめベルを入手することも出来るだろう。
集落で慎ましやかに作られ続けている真鍮のベルには星の形が意匠されているものの、装飾らしい装飾はない。その代わり澄んだ音がする。胸裏で響くくらいに。
哉太はいつの間にかベルを手にしていた。リン、と鳴る。
「聖夜に、静けさの中で、大切な誰かへ伝えたい言葉を言う。ただそれだけ。催しでも何でもないけれど、そんな時間に興味がある人がいるなら行ってみるといいんじゃないかな」
もしも心の奥に大切な星を抱えているのなら。
それと向き合えばいい。泣いてもいいだろうし、笑顔を手向けてもいい。伝えたい言葉を、伝えたらいい。
特別な夜だ。
きっと願いは、叶えられるから。
中川沙智
中川です。
クリスマス。星とベルをお供に、静かな夜を過ごしてみませんか。
●このシナリオについて
第1章のみ、【日常】です。
辺境の断崖に向かい、星を仰いでベルを鳴らし、大切な人を思って言葉を伝える。それだけのささやかな時間を過ごして頂きます。
嘗て失った誰かに思いを馳せるのもよし、目の前の相手に日頃の想いを伝えるのもよし。ご自由にお楽しみください。
基本的にシリアス進行です。
また、シナリオの性質上参加人数は【1名か2名】に限定させて頂きます。
●プレイング受付期間について
オープニング公開直後から受付開始します。導入文の追加はありません。
基本的に最初のプレイングを提出頂いた方の失効日前日までは受付予定です。こちらは追ってお知らせする予定です。
詳しくはマスターページの説明最上部及び中川のツイッター(@nakagawa_TW)にてお知らせします。お手数ですが適宜そちらをご参照くださいますようお願いいたします。受付期間外に頂いたプレイングはお返しする可能性がありますのでご了承ください。
●ご参加について
ご一緒する参加者様がいる場合、必ず「プレイング冒頭」に【相手のお名前】と【相手のID】を明記してください。
また、プレイングの送信日(朝8時半更新)を合わせてくださいますよう、ご協力よろしくお願いいたします。
●その他
お呼びがあれば、中川担当のグリモア猟兵が同席させて頂きますのでお気軽にお声がけください。
では、皆様のご参加を心からお待ちしております。
第1章 日常
『ダークセイヴァーでクリスマス』
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POW : 冴え冴えと輝く星空の下で、凍える体を互いに温めたり、温かい飲み物などを飲みます
SPD : 陰鬱な森や、寂れた廃墟をパーティー会場に作り変えてパーティーを楽しむ
WIZ : 静かな湖畔や、見捨てられた礼拝堂で祈りを捧げて、クリスマスを静かに過ごす
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
十三星・ミナ
アドリブOK
『霊写燈:蛍』で星明かりを妨げない程度に小さな燈を灯して、足下を照らしながら断崖へ。
大切な人……顔を思い出せない、私の家族だった人たちへ《祈り》を捧げベルを鳴らします。
「私は、生きています。いつか、あなた方の記憶を真に取り戻して、
きちんと、弔えるように。私のような悲しい思いをする方が、一人でも減るように、
これからも戦い、生きていきます」
見上げた星空。"あの時"見た星空ではないように見える。
「どうか、これからも見守っていてください」
……今、『蛍』の灯りに、照らし出されたのは……騎士……?
(UCで召喚する死霊騎士を思わせる影が見えたような気がした)
●曜
洋燈に灯るひかりが、十三星・ミナ(死霊(カコ)を供に星(カコ)を探す者・f17400)の顔貌を浮かび上がらせる。
静かな夜だ。足元を照らす小さな燈火を頼りに、慎重に歩を進める。
断崖の墓標に辿り着いて、淡い吐息を零した。
洋燈の焔は、死者の残影を照らし映し出すようだ。ミナは胸裏に祈りを戴く。嘗てを顧みて、過去を辿って、大切な人たちを思い描こうとした。
顔も思い出せない人たちだった。
だが理解しているのは、その人たちが己の家族だったこと。
声は聞こえない。せめて姿を見出したい。霊映す右眼が夜を見据える。
伝えたい言葉があった。
「私は、生きています。いつか、あなた方の記憶を真に取り戻して、きちんと、弔えるように」
覚えていないけれど覚えている。
それを手繰り、縁としたい。白く燻る息を噛み締めながら続ける。
「私のような悲しい思いをする方が、一人でも減るように、これからも戦い、生きていきます」
はっきりとした音が言葉になる。宣誓のような響きを持つ声だった。
洋燈を持たぬほうの手を胸にあてる。自分の鼓動を確かめる。
空を見仰げば満天の星が輝いている。凄惨と過酷が支配するダークセイヴァーにあって、唯一と言えるかもしれないきらめく存在。
生きていく。
生きていくから、どうか。
「どうか、これからも見守っていてください」
願いよ届け。
どうか叶えて。
闇夜でも星は瞬く。煌く。遠い遠い空の向こうで、在ると信じられるものがある。
「……あ、……今」
視線が下がったのは洋燈に面影が過ったからだ。
幻覚ではない。確かに見えた。だから声が紡がれたのは、ただの事実の提示であった。
「……騎士……?」
喚び寄せる死霊のかたちを、見た。
まるで祈りに応えるように。思い過ごしでなければいい。今、心裡にやわらかいものが萌したから。
大成功
🔵🔵🔵
楠樹・誠司
ディイさん(f21861)と
何処迄も澄み渡る星雲を仰ぐ
互いに言ノ葉は無い
けれど、今は其れが心強く
己を苛む頭痛を振り切るやうに
恐々と、一度だけ鐘を鳴らした
記憶の欠片に、鐘声が微かに届く
嗚呼――あゝ、私は、
焼け残つた石を積み上げる
不恰好な墓標を、幾つも、何度も
肉を得たばかりの躰は自らの『あかいろ』に塗れた
暮れて、明けて、胸裡に残るは、雨音と
何もかもが、遅過ぎた
悔恨、懺悔、或いは
心底に在る其れは
己を呼ぶ聲
其れは他でも無い、傍から
私は祈りを『捧げられる側』でした
けれど贖ひ等と言えば、其れは冒涜だ
今は……『かみさま』では無く『誠司』として
傍に立つてくれる貴方の為に祈りませう
愛すべき友へ、倖あれかしと――
ディイ・ディー
誠司(f22634)と
祈りを捧ぐのも願うのもガラじゃねえが
こんな夜くらいは友の心に寄り添おう
紡ぐ言葉はなく、星を振り仰ぐ
隣の彼が何を思うのかは聞かない
知らずともただ横に居てやれば良い
墓を見て思い出すのは数多の死
俺の呪いで死んだ奴、邪神の狂気に飲まれた奴ら
大切だった筈の――俺の最後の持ち主
安らかに、なんて祈れない
死んだら其処で終わりだ、何にもない
ただ生きてる奴の心に残るだけ
なぁ、誠司
どんな感情であっても
それがお前の思いなら大事に持っておけよ
押し潰されそうなら俺が引き上げてやるからさ
星を宿す鐘の音は何故だか快い
誰かを想って鳴っているからか
今は何にも願わない
けれど隣の彼が俺の分まで願ってくれるだろう
●夜の涯てへ
どれだけ地上が血に塗れていようとも、星天は決して害されない。
澄み渡るばかりの空、空。今日は雲もないから星々だけが眩く散らばっている。
楠樹・誠司(静寂・f22634)とディイ・ディー(Six Sides・f21861)は断崖の墓標の横で、夜を仰ぎ見ていた。風がふたりの頬を撫で、遠くに掠れて消えていく。
互いに言ノ葉は無い。
何も無いのではなく、『無い』ことがある、と言うべきだろうか。ふたりの間には空虚はなく、折れそうな儚さはないのだから。
ディイ自身、本来であれば祈りを捧げることも願うことも柄ではないと一蹴するところだ。
こんなに星の光が清冽な夜くらいは、友の心に寄り添おう。故に、沈黙だけを携えていた。
紡ぐ言葉はない。ただ星を眺めるだけの静寂を噛み締める。
隣の彼が何を思うのかは聞かない。暴くつもりはない。
知る必要はないから、ディイは口を引き結んでいた。ただ横に居てやれば良い。それだけの話だった。
心強い隣の存在を感じながら、だからこそ誠司は意を決する。
己を苛む鈍い頭痛。かぶりを振ってそれを振り切るように、恐る恐るベルを持った手を伸ばす。
──リン。
音が、響いた。
それが合図となったかのように、誠司の胸裏に何かが重なる。記憶の欠片を集めてかたちを取り戻そうとするのに似ている。
「嗚呼──あゝ、私は、」
私は。
目の前に在る墓標が、誰かの死を呼び覚ますかのよう。
景色が灼ける。焼け残った石があった。熱を帯びるというより、熱の塊のような石だった。
石を積み上げる。何度も何度も積み上げる。不格好な墓標を幾つも、何度も、なんどもなんどもなんども。
肉を得たばかりの躰が『赤色』に塗れ、染まる。滲みる。
日は巡っていただろうか。暮れては明けて、くりかえして、なのに心の内側に痕を残しているのは、雨音と。
声未満の音が喉から漏れる。
遅過ぎたのだ。
悔恨、懺悔、悲哀、憂慮、どれも近くてどれも遠い。否、数多の側面を持ち一言では言い表せない、想いがある。
睫毛を伏せ過去に浸る誠司の傍らで、ディイもまたまなうらに記憶を描こうとする。
目の前の墓を見て、細い糸を手繰るように思い出すのは数多の死。
己の呪いで朽ち果てた命があった。邪神が齎す狂気に溺死した命があった。様々な思惑と意思があった。
その中には大切だったはずの──ディイの最後の持ち主もいた。
握った右手は、何故か今宵はひどく冷たい。瞼を開けて前を見た。闇に呑まれて尚、光を呼ぶ星があった。
安らかに、そう祈る意味はない。
死んでしまえばそれで終いだ。途絶えるだけで、何も残らない。何も出来ず、生命活動を止めるだけの話。
ただ生きている誰かの心に焼き付いて、残る。
それを理解しているから、冬の凍えるような空気を噛み、ディイは友を見遣った。
「なぁ、誠司」
声が耳朶を揺らし、誠司は弾けるように顔を上げる。
引力が導くように互いの視線を交差させる。樹木に眠る琥珀のような眼を見つめ、ディイは続ける。
「どんな感情であっても、それがお前の思いなら大事に持っておけよ」
夜に溶けないはっきりとした声が、ベルより凛と響いた。
「押し潰されそうなら俺が引き上げてやるからさ」
不敵に笑みを綻ばせるも、その眼差しの天色はひどく優しい。
何故か赦されるような心地になったから、誠司は声を紡ごうとする。伝えたいと思った。祈りにも似た何かを籠める。
「私は祈りを『捧げられる側』でした。けれど贖ひ等と言えば、其れは冒涜だ」
意識して息を吸う。
吐くと同時、誓いのように告げる。
「今は……『かみさま』では無く『誠司』として、傍に立つてくれる貴方の為に祈りませう」
愛すべき友へ、倖あれかしと――星に願えば叶うとしたら、惑うことはないのだ。
今一度ベルの音が鳴る。星が鳴る。
不思議と先程よりも、胸裏に快い。冴えた光がきらめく聖夜に相応しい。誰かを想って響く音色だからかもしれない。
ディイは眦を緩める。
今は何も願わなくていい。きっと、隣の彼が己の分まで願ってくれていると感じるから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
キトリ・フローエ
ヒトの手には小さなベルも、あたしには丁度いい
冴え冴えと澄み渡った満天の星を仰いで、ベルを鳴らす
想いを伝えたい相手は、あたしの心の中に
あたしが知らない過去のわたしを知っているかもしれない、わたしに
過去と呼べるものを何も持たないあたしの中には
そんなわたしは、そもそもいないかもしれないけれど
でも、今はそれでいいって思ってるの
知らないままでも今を生きていくことは出来るから
哉太は今日もイケメンね!(挨拶)
こんなにキレイな空の下だから、いつにも増してキラキラしているみたい
折角だもの、あなたのためにこのベルを鳴らしてもいい?
これからもあなたに、たくさんの…
この空に輝く星のような出逢いがありますように、って!
●Starry Fairy
妖精の翅をひらり翻し、銀白色の髪を靡かせ娘は往く。
キトリ・フローエ(星導・f02354)はベルを両手で抱えるように飛んでいく。冬の風を切って、星に触れそうな高さまで上昇する。
「ヒトの手には小さなベルも、あたしには丁度いいの」
だって誰より近くでベルの音を聞くことが出来るから。想いが届く気がするから。
仰ぎ見れば夜天を埋め尽くす爛漫の星々。
ひとつひとつが宝石に似て奇跡のようで、鼓動が高鳴るままにベルを鳴らした。
澄んだ音は、キトリと星だけが知っている。
微睡むような吐息を落とし、心の中で誰かを思い描く。呼びかける。
この想いが届いて欲しいと祈りを捧げる。
──あたしが知らない過去のわたしを知っているかもしれない、わたしに。
胸の奥に広がる波紋を追いかけていく。
睫毛が震えたのは寒さのせいではない。過去と呼べるものが存在しないという、身体を浸す空虚のためだった。
あたしの中にわたしはそもそもいないのかもしれない。
証明するすべはない。けれど、キトリはゆっくりと瞼を開けて、夜空を見た。
「でも、今はそれでいいって思ってるの」
菫青石の瞳がこれからを映し出す。
把握出来ていないことはある、それに戸惑う気持ちは確かにある。だがそれ故に己を否定する必要はない。自分自身に見知らぬ空白があっても、今を生きていくことは出来るのだから。
感慨がやさしく胸を満たしたら、付随するように微笑みが綻んだ。
「……ふふ! ああ、今日はいい夜ね」
もう一度ベルを鳴らし、キトリはわたしへ小さく手を振った。いつか逢えたらよろしくね、そんな風に。
何だか気分がすっきりしたような気がするのは、気のせいだろうか。宙を舞う様は軽やかに。断崖にある墓標のところへ向かおうとしたところ、見覚えのある姿が視界に入った。
しなやかに舞い降りて、キトリは茶目っ気含ませて片目を瞑る。今宵の挨拶の投擲と洒落込もう。
「哉太は今日もイケメンね!」
「ありがとう。キトリは今日も可愛いよ」
鴇沢・哉太(ルルミナ・f02480)も臆面もなくさらりと宣った。哉太は「こちらへどうぞ、お姫様」と己が肩を示し、キトリの休憩場所を提供しようとする。
キトリが哉太の肩に降り立って、ベルを手に明るい笑顔を咲かせた。
「こんなにキレイな空の下だから、いつにも増してキラキラしているみたい」
「そうかな? キラキラしているのはキトリのほうだよ。星雲から地上にやってきた妖精みたいだ」
一瞬キトリが照れでぐっと息を詰まらせる。哉太はそういう輩であった。認識を上書き保存しておこう。
ともあれキトリのかんばせには、憂いはなかった。星光より尚清しい眼差しで言う。
「折角だもの、あなたのためにこのベルを鳴らしてもいい?」
瞬く哉太に、キトリは指先でベルの星の紋様を辿りながら言う。
祈りは届く。
願いは叶う。
だから心配なんて何もいらないのだ。
「これからもあなたに、たくさんの……この空に輝く星のような出逢いがありますように、って!」
朗らかなキトリの声に、哉太は薔薇色の瞳を緩やかに細めてみせた。
「嬉しいな。じゃあ俺は……そうだな。キトリの往く先に、夜空を埋め尽くす星のようなたくさんの希望がありますようにと、ベルに託すよ」
ベルの音色が重なった。
幸せは連鎖する。これからに続いていく。
闇が蔓延るこの世界でありながら、その場にだけは確かに光が差していた。
大成功
🔵🔵🔵
館野・敬輔
※アドリブ歓迎
僕の故郷の隠れ里には聖なる夜の風習はないのだけど
大切な人への想いを振り返るにはちょうどいいと思って
周辺の集落でベルを入手してから足を運ぶ
大切な人は「行方不明の家族」
隠れ里壊滅時に生き別れた、両親と妹(加耶)
里の民は皆、殺されたか行方知れず
僕の家族も例外じゃない
生き残ったのは…僕1人だったから
チリン、と鈴を1回
染み入るような鈴の音が止むのを待ってから
空へ向けて願いを
父さん、母さん、加耶
この世界のどこにいようとも、いつか必ず見つけ出す
そしてあの里を、皆の帰る場所を再建しよう
…いつか、きっと
(少年は呟くのは、純粋な願い)
(それが叶わぬ願いであることは、未だ知らない)
●それでも、いつか
深い夜空にあって、星は沈みそうで沈まない。ただ静かに存在感を顕わにする。
遠いけれど確かにそこにある存在。館野・敬輔(人間の黒騎士・f14505)は青と赤のふたつの眼でそれを見据える。
同じダークセイヴァーであっても、この断崖と故郷とは違うらしい。故郷の隠れ里には聖夜の風習は存在していなかった。
けれど──だからこそだろうか、大切な人に思い馳せ、振り返すにはちょうど良い機会に思えた。
懐から取り出した真鍮のベルを眼前に掲げる。
揺らす。
澄んだ音が響いた。反響するように胸裏に滲んでいくのは、生き別れた家族の姿だ。隠れ里が滅んだ時に離れ離れになった、父母と妹。
面差しに陰が差す。里の人間は例外なく殺害されるか、行方知れずになっている。家族は死んだかもしれないし、そうではないかもしれない。判別はつかない。
「生き残ったのは……僕一人だったから」
敬輔は事実を噛み締めるように囁いた。
冬のつめたい風が吹き抜けていく。紺青の髪を撫でていく。遠く掠れて消えていく。
伏せかけていた視線を上げて、空を仰ぎ見た。
祈りが届くとするならば、今は。
敬輔は再度ベルを鳴らした。空気を震わせ、星の光に吸われて、どこまでも駆けていけばいいと思う。
天の星々よ、どうか見守っていて欲しい。
紡ぐ決意は熱を帯びている。
「父さん、母さん、加耶。この世界のどこにいようとも、いつか必ず見つけ出す」
誓いのような声音になった。
あの里をいつか再建しよう。皆が帰れる場所を作っておこう。おかえりを言えるような、あたたかい里を改めて築き上げよう。
「……いつか、きっと」
敬輔はベルを両手で包むように持ち、胸元へ引き寄せた。星に願いが届くなら、どうか叶えて欲しい。そこにあるのは無垢な祈念の結実だった。
まだ事実を知らないからこその真直ぐな想いを、星と墓標だけがそっと見つめていた。
大成功
🔵🔵🔵
火神・臨音
菫色の硝子で出来たアンティーク調のベルを持参
ベルの表面には一対の翼の紋様
それは行ってらっしゃい、と快く送り出してくれた恋人から贈られた物
思い馳せる相手は俺に未来を託し凶刃に散った最後の主
泣きそうな笑みを浮かべながら
貴方はどうか幸せになってと
遺言を遺し逝った日もこんな星空だったなと思い出す
哉太の姿を見つけたら声掛けて
いい機会をくれた事に感謝を
もし良ければ、誓いを見届けて貰えるかと頼む
星瞬く穹、その果てで眠る主に届けと瞳を伏せ
そっとベルを鳴らしながら語りかける
俺はもう大丈夫だ
守りたい物を見つけて
前に進んでいるから
それと最愛の人にも巡り会えた
彼女の笑顔をこの先も護れる様に
この穹の何処かで、と祈りを
●菫色の涯てへ
星が鳴いているように澄んだ音が響く。
火神・臨音(火神ノ社ノ護刀・f17969)の指先で揺れているのは、菫色の硝子のベルだ。長い時間を経て慈しまれているとわかる深い色をしている。
ベルに刻まれているのは一対の翼の紋様。
この場に赴くにあたり、行ってらっしゃいと快く背を押してくれた恋人からの贈り物だ。
大切な人から渡されたベルは、過去への扉を開くような透明な音をしていた。
臨音のまなうらに描かれるは嘗ての景色。朱塗りの鞘の大太刀である己の主人。未来を託し、凶刃に倒れた最後の主であった。
鮮明に覚えている。忘れたことなどない。
事切れる間際まで、泣きそうな顔で笑っていた。「貴方はどうか幸せになって」と言い遺し逝った夜も、こんな風に星光が冴え冴えと光っていた。思い出せば胸に幽かにあたたかい何かが過っていく。
面影を噛み締め、臨音は少し離れた場所に立つ哉太へと視線を投げた。
いい機会をくれてありがとう、そう前置きしてから言葉を紡いだ。
「もし良ければ、誓いを見届けて貰えるか」
臨音の真直ぐな姿勢を見て取ったのだろう。哉太は「俺でよければ喜んで」と静かに頷いた。
それを確認し、臨音は再び星空を仰ぎ見た。夜さえ隠してしまうほどの満天の星。
届けばいい。
宙の涯てで眠っている、見守ってくれているであろう主に届けばいい。
祈りを携え、ベルを目の高さまで掲げる。揺らす。ひかる音色。瞬く響き。
腹に力を籠め、ゆっくりと語り掛けよう。
「俺はもう大丈夫だ。守りたい物を見つけて、前に進んでいるから」
心配しなくても平気だと、伝えるような声音になった。
焔の眼差しに想いを籠める。それから口許が綻んだ。随分優しい表情になっていたと思う。
「それと最愛の人にも巡り会えた。彼女の笑顔をこの先も護れる様に、共に生きていく」
──だから。空の向こうで、世界の何処かで見守っていて欲しい。
こころに宿る熱をもう知っているから、迷ったりしない。
臨音の頬を冬風が撫でていく。その横顔に、翳りは少しも差していなかった。
大成功
🔵🔵🔵
アンリエット・トレーズ
願いを糸のように縒って、今があるわけなのですね
折角なので、ベルは集落でいただいてきました
…
…
澄んだ音にそわそわと
かなた、かなた、聞いてください
ご存知でしょうけれど聞いてください
ベルを鳴らして耳を澄まし
…誰かに聞かせたい音色をしています
どちらが先だったのかはわかりませんけれど
届けたいことだけはわかります
しじまに墓標を見下ろし、それから星空を
鳴らす一音
想起するのは一人だけ
瞼を閉じなくてもいつだって
いまでもあなたをおもっています
いつまでも
…
かなたには何方かあるのですか?
伝えたい声は、それともあなたの歌でしょうか
アンリエットにはとくべつな王子様がいたのですよ
わたしはそれはそれは
幸福なお姫様だったのです
●一番星のあなた
「願いを糸のように縒って、今があるわけなのですね」
薄亜麻色の犬耳を、冬のつめたい風が撫でていく。
アンリエット・トレーズ(ガラスの靴・f11616)は包むように真鍮のベルを握る。せっかくなので件の集落でもらってきていた。
音色を確かめるように、小さく揺らしてみる。
「……、……」
澄み渡る音だった。何の濁りも、憂いもない。そんな音だった。
余韻を確かめ淡く吐息を呑む。心躍るような、そわそわと落ち着かなくなるような。不思議な感慨が胸の奥で、優しい漣として寄せては返す。
その時だ。不意に気配を感じ、アンリエットが振り返る。見覚えのある人物がいた。
「かなた、かなた、聞いてください。ご存知でしょうけれど聞いてください」
「どうしたの。知っている内容でもちゃんと聞くよ。どんな話?」
哉太がアンリエットに微笑みを傾げれば、娘はもう一度ベルを鳴らした。水鏡のように透明な音を、しっかりと拾うために耳を澄ませる。
音の行方を胸裏で思い描き、夢見るように囁く。
「……誰かに聞かせたい音色をしています」
どことなく切なげな声になった。
音を聞かせたくなったのか、聞かせたいから音を見つけたのか。どちらが先だったかの判別はつかなくとも。
「この音色を、届けたいことだけはわかります」
夜に静寂が満ちていた。
視線を落とせば無言の墓標。天を仰げばクリスタルを鏤めたような星空。
鳴らす一音。
胸の奥であたたかい何かが萌す。
想起するのはただひとりだけだった。
まなうらに描かずとも、どんなときも、いつだって。
──いまでもあなたをおもっています。いつまでも。
世界でたったひとりのあなただけを。
星の向こうに見出すのならあなたがよかった。あなたでなければだめだった。
青い瞳に水の膜が張りそうになるのを瞬きで逃がして、アンリエットは小さな声で問う。
「……かなたには何方かあるのですか?」
「俺?」
「伝えたい声は、それともあなたの歌でしょうか」
「……そうだな」
不意に哉太は星に視線を向けた。眩しい何かを見出したように、薔薇色の双眸を細める。
「届けばいいなって、いつだって、いつまでも、そう思っているよ」
「そうなのですか」
不思議と、何かが共鳴しているような気がした。
だからアンリエットは内緒話のように、宝物を語るような口吻で告げる。
「アンリエットにはとくべつな王子様がいたのですよ」
切なさといとしさの中間のあわいを泳ぐような声になった。
「わたしはそれはそれは、幸福なお姫様だったのです」
「そうなんだ」
僅かに間を置いて、哉太は柔らかい声で言う。
「とくべつな王子様がいるんだね」
過去形にはしなかった。思い違いかもしれないが、何となくそう感じたのだ。
闇に包まれた漆黒の世界にあってもきらめいているものが、そこには確かにあったのだ。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
鐘を鳴らして星を見上げる
静かに過ごすのは、久し振りだ
……こら。まだ呼んでない
まあ良いか。今日だけな、姉さん
十四で死んだときのままの片割れ
必要な言葉は少しだけ
弟として、おまえを愛してた。今でも愛してる
おまえもきっと、姉として私を愛してくれてるんだろう
……たったそれだけが交わせなくて
こんな歪な形になっちまったな
あの頃の約束は守れなかったけど
今度の約束は守る
私の大事なものを――おまえが手に入れるはずだったものを
私が守るよ
人間のやり方が分からない竜で、忌み子で、要らない生き物で
……生きるのは難しいけど
それでも、生きてみようと思う
せめて、命と等価の約束を果たすまで
――全部、やり遂げたと思うまで
●片割れに告ぐ
踵が地を蹴る。
断崖を往く。
墓標の隣まで辿り着いたニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は、星空を見仰いで吐息を零した。眼前が真白に染まって、掠れていく。
淡く笑みが綻んだ。静かに過ごすのは、久し振りだった。誰かといる日々も掛け替えのないものではあるが、こうしてひとりの時でないと抱えられないものもあった。
ベルを鳴らせば静寂に透ける。
思い描く面影を辿る前に、玩具の指環から現出したのは、ひとりの女性だった。
「……こら。まだ呼んでない」
果たせなかった約束の裡。金糸の髪が夜風に翻る。白い翼と尾を携えた片割れが、紫の眼差しでニルズヘッグを見つめている。
つい眦を緩め、屈託なく告げようか。
「まあ良いか。今日だけな、姉さん」
今日だけはそれでいい。
そんな赦しを明け渡す相手は他にいない。
十四歳で死んだ、その時のままの姉がそこにいた。何も欠けず、何も朽ちずに目の前に在った。
なれば必要になる言葉は多くない。
少しだけでいい。
それで、いい。
「弟として、おまえを愛してた。今でも愛してる」
闇夜にあって冬風に溶けることなく、真直ぐに声が手向けられる。
ニルズヘッグは確信めいた想いを抱いて続ける。
「おまえもきっと、姉として私を愛してくれてるんだろう。……たったそれだけが交わせなくて、こんな歪な形になっちまったな」
あの頃は幼くて、今より出来ることは少なかった。小さな掌から零れ落ちたものは、戻らない。
しかしニルズヘッグは目を逸らさない。星の光より尚清冽な輝きが、金の双眸に宿る。
比翼連理に声が届けばいい。祈りのようにそう願った。
「あの頃の約束は守れなかったけど、今度の約束は守る」
果たせなかった希望があった。途絶えて、再び編み上げることは出来なかった。
けれど──もう一度新たに構築出来たらいいと思う。
故にニルズヘッグに憂いはなく、むしろ清々しい表情さえしていただろう。
「私の大事なものを──おまえが手に入れるはずだったものを、私が守るよ」
そうやって生きていくよ。そんな響きを孕んだ声になった。
ふと己の手に視線を落とした。人間として生きるやり方を知らなかった。上手に歩けやしなかった。忌み子で、要らない生き物で。そんな認識が胸裏を軋ませないと言えば嘘になる。
それでもニルズヘッグは顔を上げる。目の前の姉を見つめる。歩んできた道程を見つめる。明日の方向で、冴えたきらめき戴く星を見つめる。
「……生きるのは難しいけど、それでも、生きてみようと思う」
言葉にすれば不思議と腑に落ちるような心地になった。
胸の奥にあった空白に据えるものを見つけたような気がして、ニルズヘッグは柔らかく睫毛を伏せる。
せめて、命と等価の約束を果たすまで。
──全部、やり遂げたと思うまで。前に進むことを、諦めない。
何故だろう。姉が微笑んだように思えた。あたたかい何かが去来し、灰色の髪を靡かせていく。
大成功
🔵🔵🔵
雨糸・咲
綾さん/f01786
大切な人たちが、いた
誰かの手で鳴る音を聞きながら天を見上げる
白鞘に「雨糸」の文字が刻まれた短刀
その柄に小さな鈴の飾りがある
それさえ鳴らぬようにと掌に握り込んで
私の、最後の主様たちへ
…と思っていたのですが
柔らかに問う声を仰ぐこともできず
冷え強張った唇にどうにか笑みを乗せ
とても仲の良いご夫婦でした
ですが
奥様が若くして病で…
話してどうなる
そう思いつつも断片的に零したのは、甘えかも知れない
私、旦那様に笑って欲しくて
そのために人の身を
亡人の姿を望んだ
でも…間に合わなくて
もはや在る意味の無い身だと
要らないと、あの日に断じた
…やっぱり、やめておきます
私にはその資格はありませんから
都槻・綾
f01982/咲さん
誰かを想い、痛み、悼む――清澄に響く音色は
星が奏でる鎮魂歌のよう
手元の鐘もまた星型故に
天からひとつ受け止めた心地もして
そっと瞑目する
幽くも遥か骸の海まで
届いて欲しいと願わずにはいられない
傍らの少女の横顔は寂し気で
――想い人がいらしたのですか?
宜しければお聞かせください、と
淡い笑み浮かべ
両手に鐘を包む
大切な心を
言葉を
零して落として仕舞わぬように
鐘を鳴らす資格、でしょうか?
ならば――、
時に痛みも恐れず戦庭に立つ姿は
顕現したいのちを顧みぬのだと感じていたから
代わりに、私が鳴らしましょう
亡き人の為では無く
咲さんの為
悲しみも自責も
いつの日か濯がれますよう
静穏な調べを、祈りを、あなたへ
●嘗て幸せと呼ばれた
大切な人たちが、いた。
聖夜ならではの華やかさや賑やかさ、絢爛な空気とは程遠い断崖にて。耳朶を揺らしたのは誰かが鳴らしたベルの音だ。澄んで、響く。
今宵ベルが鳴るのは、誰かを想い、痛み、悼む──かたちは違えど、誰かが手向けた祈り故。水面に広がる波紋のように、時折重なり広がる音色は、数多の星々が奏でる鎮魂歌にも似ている。
都槻・綾(夜宵の森・f01786)は手の中のベルを見遣る。星型の意匠を指先で辿る。
まるで夜の天蓋から降ってきたそれを、受け止めた感慨が胸にある。
流星が馳せるように鳴らせば、きらめきが今目の前にあるような心地がして、綾はそっと長い睫毛を伏せる。
幽くも遥か骸の海まで、届いたらいい。
そんな願いの傍らで、雨糸・咲(希旻・f01982)はそっと冬の気配を噛んで、夜空を見仰いだ。
咲の繊手に握られているのはベルではなかった。白鞘に『雨糸』の文字が刻まれた短刀だった。その柄には小さな鈴が飾られていて、夜風でそれが鳴らぬようにと掌で握り込む。
咲は足を踏み外すのを恐れるように、淡い憂いをかんばせに刷いた。
その横顔が夜に滲んで消えてしまいそうだったから、存在を手繰るように尋ねる。
「──想い人がいらしたのですか?」
不思議と通る声だった。
宜しければお聞かせください、という呟きは気負いがなく、押しつけがましさもない。青磁の双眸が柔らかく細められる。両手でベルを包み、耳を傾けようとしていた。
大切な心を、言葉を、零して落としてしまうことがないように。
喉の奥でふるえる何かを嚥下出来ず、咲が押し黙る。暫しの間を置いてから眉を下げて囁いた。
「私の、最後の主様たちへ。……と思っていたのですが」
冷えて強張った唇は、笑みの形を模ることが出来ただろうか。
どうしてか綾の顔を見ることが出来ず、咲はぽつりぽつりと語り始めた。
「とても仲の良いご夫婦でした。ですが、奥様が若くして病で……」
咲の花脣が躊躇いで固まった。思い返せば胸が軋む。話してどうなるのだろう。そんな諦観が己の芯を絡め取るのに、断片的に吐露してしまったのは甘えなのかもしれない。
大切な人たちだった。愛していたから、伴侶を亡くした悲しみに打ちひしがれる様に心を痛めた。その傷が深いことを、手に取るように理解出来てしまった。
肩口から露草の髪が流れ落ちる。潤みはじめた木漏れ日色の瞳を隠すように。
「私、旦那様に笑って欲しくて」
ただそれだけだった。純粋で無垢な願いだった。
山葡萄の手提げ籠はひとの──奥方の容を成した。主の悲痛に寄り添い、助けになりたかったのだ。
そう願っていただけだったのに。
咲の視線が下がる。草も花もない断崖に影が落ちる。
「でも……間に合わなくて」
助けになりたかったのに。震える背を支えたいと思ったのに。
それが叶わなかったこの身に、何の意味や価値があるだろう。大切な主たちの役に立てなかったという苦い思いは、いつまでも咲の心裡を蝕んでいる。
だからベルは鳴らせない。
希望を祈り、故人に思い馳せる。そんなことは許されない。
僅かに指先を動かし、ベルを鳴らすよう試みても、凍りついたように躊躇で身動きが取れなくなってしまうのだ。
「……やっぱり、やめておきます。私にはその資格はありませんから」
咲はベルを手の中に戻し、隠すように手を重ねる。
冬のにおいに、苦悶の吐息は紛れない。唇を噛み締める。眉根に力が入るも、眦を濡らすことはなかった。そんなこと出来なかった。
華奢な身体が折れそうな儚さを湛えていて、綾は常の穏やかな風情で笑みを深める。咲の哀しみに踏み入ろうとはせず、されど離れることもしない。
共に過ごした日々を思い返す。可憐な佇まいでありながら、時には己の痛みを顧みることなく奔走していた咲の姿。
同じヤドリガミであるから、感覚で知っていたように思える。顕現したいのちを顧みていない危うさを感じていた。
「鐘を鳴らす資格、でしょうか? ならば──、」
見上げれば満天の星。
何もない夜さえ埋め尽くすほどの煌き。
「代わりに、私が鳴らしましょう」
綾の指先が揺れる。ベルも揺れる。清廉な音は、静けさに存在を顕わにするほど鮮明だ。
亡き人のためではない。
隣で嘆きに溺れる咲のために祈ろう。願いを馳せよう。
綾に視線を向けた咲の面差しはいとけなく、迷子になった幼子のように見えた。
だから、手を引くような優しさを贈ろう。咲が嘗て主の支えになりたいと、考えていたように。
今一度綾は夜空を仰ぎ見る。
悲しみも自責も、いつの日か濯がれますよう──今、星に願いを手向けよう。
静穏な調べを、祈りを、あなたへ贈ろう。
独りで寒さに怯えることがないように、隣人として、そのさいわいを願うことが出来たらいい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
コノハ・ライゼ
ベルは集落で手に入れるネ
星の意匠はとても好ましい
断崖で星を仰いでも、すぐに言葉は出てこない
言葉を届けたい人はもういない
死は全ての終わりでそれを越えて行けるモノなど無い
そんな生死観の所為ではなく
あの人「も」こんな星空が好きだった、そんな微かな記憶と想いが
どんな言葉も赦されないのだと思わせる
それでも
「ごめん」
殺めた代わり、同じものを好きになって、好きだったものを模して
そうしてきたつもりがいつの間にか、自分自身が好きなものになってしまった
あの人だったら、だけでは過ごせない事があまりにも増えてしまった
もう一度、同じ言葉を吐きだし
ずっと赦されないと分かっていた
けれど今、心の底から赦されたいと願っている
●ことばにならないかたち
集落で譲り受けたベルが、コノハ・ライゼ(空々・f03130)の掌で目覚めの時を待っている。
星の意匠は好ましかった。その輪郭を辿るように指先を滑らせる。小さく笑った。
コノハが足を止めたのは、墓標よりほんの少し先。断崖の涯で夜空を見仰ぐ。綺羅星が宝石を撒いたように瞬いている。薄氷の瞳が眇められる。見えているのに、見えない。
僅かに開いた脣からは声未満の吐息が零れた。
言葉にならなかった。
その言葉を届けたい人がもういないからだ。
死はすべての終わり。それを越えていけるモノはない。そんな有り触れた死生観のせいではない。
──あの人『も』、こんな星空が好きだった。
指の間から漏れ落ちるような幽かな記憶、そして想い。胸裏の底に在るそれは息衝いている。黎明の紫帯びた髪が、冬風に靡いている。
やはり言葉にならなかった。
赦されるわけがない。そんな苦さを飼い慣らしながらも、喉が音を意味の伴う形にする。
「ごめん」
あまりに輪郭を持ちすぎて、夜の空気に溶けない三文字になった。
哀しみは失くして久しいと思っていた。そうではなかった。コノハの身に滲みて、指先まで浸った心地になる。睫毛が震えたのは寒さのせいではない。
殺めたのは自分だ。その代わり、同じものを好きになり、好いていたものを模し、その人の名残を掻き集めようとしていた。
そのはずなのに。
何時のことだっただろう。己自身が、好きなものになっていたと気付いたのは。
あの人だったらという仮定をなぞるだけでは過ごせない世界を知った。見地を得た。あまりにもそれが増えすぎて、器が容量に湛えきれずに溢れてしまう。
「……ごめん」
今一度繰り返す。
ベルを小さく揺らせば、何かに反響したような音色になった。
星を見ていた。遠く手が伸ばせないそれに、焦がれている。
ずっと赦されないとわかっていた。当たり前だと感じていた。
しかし──今、心の底から赦されたいと願っている。祈っている。そう思っているのだと、理解が遅れて胸裏に萌した。
ベルを胸元に戻し、抱えるように握り締める。
コノハの表情がいとけなく、清廉な星のような彩を刷いていたことを、誰も知らない。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
……届くならば
昏い空も星明りも、今は己だけのものとして
亡き勇士への敬意、ベルは集落にて手に入れるとしよう
――あれから、まだ5年も経っていないのだな……
何もかも、未だ鮮明に覚えている
其れでも少しずつ過去に為ってしまっている事も実感する
総てを喪い、何をも手にする事無く生きて来た
……此れからも――ずっと
命の灯が消える時迄、そうで在ると定めて来た
独り残された侭であろうとも生きる事を止めはしない
其れは変わる事無い誓いだ
だが今、何かが此の手に在る
其れを君はどう思うのだろう……
答えを聞く事は叶わないが、君の事だ。きっと笑う事だろう
だから音の消える、其の前に
――君が嘗て望んだ様に、添うと誓った命と生きて行くよ
●てのひら回顧
冬の冴えた空気が息を潜めているような夜だった。
星の灯りが、金を帯びた琥珀の髪に滑り落ちる。靡く。
闇の世界の断崖の涯。星光に照らされて、鷲生・嵯泉(烈志・f05845)の輪郭が浮かび上がる。
遠くを見遣り、低い声で呟く。
「……届くならば」
昏い空も星明りも、今は己だけのものと成そう。他の誰でもない己の胸裏に語り掛けよう。やわらかいうちがわを鑑みることが出来るのは、自分自身しかいないのだから。
手の中にある真鍮のベルは、亡き勇士への敬意を払う意味もあって、件の集落で入手してきた。冷えた金属の感覚を指でなぞる。
「──あれから、まだ五年も経っていないのだな……」
感慨に似た声が、静寂に溶けるように落とされた。
振り返るには鮮明過ぎて、語るには近過ぎる。過去としてきれいに整理するなんて、ましてや葬ることなんて出来やしない。
何もかもを、未だに鮮明に覚えている。
しかし時を経て少しずつ噛み砕き、それが過去であると認識することは出来ていた。肌で実感していた。今はもう帰らない日々に思い馳せる。
すべてを喪った。節々がしっかりとした己の手は、空虚なままで何も掴み続けることがない。
淡く吐息を零せば白く煙り、徐々に霞んで消えていく。
「……此れからも──ずっと」
自分の魂に言い聞かせるような声音になった。
命の燈火が途絶えるまでそうで在ると定め、前だけを見据えて邁進した日々だった。独り残されたままで、変えず変わらず、生きることをやめない。それは揺るがぬ誓いであり、決意でもあった。
そのはずだった。
嵯泉は己の手に視線を向ける。黒い手袋に覆われた、節々がしっかりしている戦士の掌。
何もないと思っていた。埋められない空白があるはずだった。なのに、何かがこの手に在る。予感ではなくただの事実としてそれを把握する。
「其れを君はどう思うのだろう……」
柘榴の眼差しに陰が差す。かの人の面影を探す。
小さく笑ってしまったのは、今の囁きを聞けば、その人がきっと笑うだろうと理解したからだ。答えを直接聞くことは出来ずとも、そういう人だ。わかりきっていることだった。
嵯泉は星を仰ぎ見る。不思議と寒くはない。
ベルを持ち上げ、鳴らす。澄んだ音が響く。
届けばいい。
冬の風が吹き抜けて、頬を撫でていった。その向こうを覗こうとして、噛み締めるように告げる。
「──君が嘗て望んだ様に、添うと誓った命と生きて行くよ」
唯一の君に捧ぐ神話のように。
存外声は柔らかく紡がれる。今の気持ちを忘れずにいられたらいい。そう思えば、口許に刷かれた微笑みは自然と穏やかなものになっていた。
大成功
🔵🔵🔵
ユーゴ・アッシュフィールド
【リリヤ(f10892)】と
星の鐘を受け取り、リリヤと共に墓標へ。
届けたい言葉か。
そうだな、俺は……
過去を想えばキリが無い程に沢山の事があった。
少し前までは、過去から目を背けて歩き続けていた。
だけど、そうだな。最近は少し違うんだ。
俺が鳴らす鐘は、リリヤに宛てよう。
お前との旅路で、俺の心は随分と救われたよ。
これからどこまで一緒に居られるかは分からないが、お前が自ら手を離すまでは俺が一緒に居よう。
なぁ、リリヤ。
なんだ、その……これからもよろしくな。
リリヤ・ベル
【ユーゴさま(f10891)】と
今日は自分の鐘ではなく、星の鐘を受け取って。
言葉少なに墓標まで。
ユーゴさま。
ユーゴさまにも、届けたい言葉はありますか。
誰かにとっての英雄だった、ひと。
想いも、言葉も、記憶も。
なにも手放せていないことだって、わたくしは知っているのです。
鳴らす鐘は、ユーゴさまへ。
手放すことができないなら、それらがいつか、あなたを照らす星になりますよう。
……、わたくしも。
わたくしの、ことも。
いつか手を離しても、あたたかかったおもいでは、ユーゴさまの中に残りますように。
……えと。えぇと、その。
はい。こちらこそ。
びっくりしました。びっくりしました。
すなおなユーゴさまは、へんなかんじです。
●樹木と蕾
集落で星のベルを譲り受けたら、ふたりで一緒に断崖へ赴こう。言葉は必要なかったから、口を閉じたままで進んでいく。
墓標が佇んでいる地の涯ては、静寂で満ちていた。冬の冷えた空気を噛めば、肺腑にも滲みるような心地になる。
リリヤ・ベル(祝福の鐘・f10892)は翠の双眸を揺らし、傍らの長身を見遣る。
「ユーゴさま。ユーゴさまにも、届けたい言葉はありますか」
誰かにとっての英雄だった、ひと。
灰燼の英雄。燃え尽きる前の嘗てがあった。リリヤにだってそのくらいの想像はついた。想い、言葉、記憶、匂い、ぬくもり。様々な要素が入り組んで、何も手放せていないことくらい知っている。知っていると思いたかった。だから尋ねた。
問われたユーゴ・アッシュフィールド(灰の腕・f10891)は瞬く。しばし思索に耽る。
僅かに感傷めいた何かが過る。反芻するように思い返せば、ユーゴの碧の眼が自然と眇められる。
「届けたい言葉か。そうだな、俺は……」
息を吸い吐こうとして、声にならずに喉で留まる。言葉にならないと言ってしまえば安直に過ぎるだろうが、過去を想えば数多の出来事があった。数えきれないほどにだ。
鋭い苦しみもあった。鈍い痛みもあった。少し前までは過去から目を逸らし、振り返りそうになる背を叱咤して無理やり歩き続けていたのだ。
そこでユーゴは僅かに吐息を押し殺し、柔らかに告げる。
「だけど、そうだな。最近は少し違うんだ」
「……違いますか」
首を傾げ、いとけなくリリヤは言う。冷え切った夜、震える指先。
そんな娘を見遣り、ユーゴはふと表情を寛げた。花の息吹を抱くようで、まだ見ぬ春の気配に似ていた。
星空に響いたベルの音はどちらが揺らしたものだっただろう。
リリヤは上手く言葉を織りなすことが出来なくて、ユーゴを見つめることしか出来なかった。せめてベルの響きをユーゴさまへ贈れたらいい。そんな真摯な願いだけを携えて背筋を伸ばす。
──手放すことができないなら、それらがいつか、あなたを照らす星になりますよう。
そう祈ることだけでも許されたいと、遠い一番星に願いを手向ける。
「俺が鳴らす鐘は、リリヤに宛てよう」
不意にリリヤの耳朶を許すユーゴの穏やかな声。そこに世辞や詭弁の色は含まれていないから、リリヤの面差しにあたたかい何かが宿る。
「……、わたくしも」
鸚鵡返しになってしまう。しかし本心だった。ベルの音が互いに捧げられていると、本人たちも気付いている。だからこそこの場には優しい空気だけが満ちている。
「お前との旅路で、俺の心は随分と救われたよ」
身を切る風が吹き抜ける。凍えるばかりの断崖で、零された温度はあまりにも優しい。
ベルの音が胸裏に反響する。朽ちた冬の厳しさを知るからこそ、 ユーゴは枯れ木の隙間から零れ落ちる木漏れ日のような彩を湛えている。
実直な声だ。鮮明に輪郭を持っていた。だからリリヤの元へも確り届いた。
「これからどこまで一緒に居られるかは分からないが、お前が自ら手を離すまでは俺が一緒に居よう」
「わたくしの、ことも」
随分救って頂きました。雪崩れるような心地で言葉を構築しようとして、ベルを両手で包むように持ち、ユーゴに捧げるような格好でリリヤは言う。
「いつか手を離しても、あたたかかったおもいでは、ユーゴさまの中に残りますように」
そうすれば魂を凍らせるようなつめたさに怯えなくてもいいから。
目の前の彼に、さいわいがあればいい。ささやかで控えめで平凡で、いとおしいそれがあればいい。
それを汲んだのか、ユーゴは僅かに眦に照れを滲ませながら囁いた。
「なぁ、リリヤ。なんだ、その……これからもよろしくな」
「……えと。えぇと、その。はい。こちらこそ」
今度はイリヤの頬が薔薇色に染まる番だった。くすぐったい何かを飲み下して、そっと上目でユーゴを見上げる。
つい目を白黒させながらも、決して嫌な気持ちが湧いているわけではない。
むしろ。
びっくりしました。びっくりしました。
己の鼓動を宥めるように、呪文のようで胸裏で繰り返す。
「すなおなユーゴさまは、へんなかんじです」
あまりに小さな声だからユーゴのところまで届く前に冬風に攫われる。
ぱちりと瞬いたら、リリヤの睫毛にも星がきらめいた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
冴島・類
星の下、胸の奥で静かに祈る
それぐらいなら許されるだろう
近隣の村で真鍮のベルを手にして
足音だけが妙に響く
断崖の墓、かつて立ち向かった君へ
追悼の祈りと、今側で一時過ごす許しを願い
数多煌く星を見上げて
冷たい空気を吸い込み、想う
星の光は、目に届く頃には
もう実存はないものもある
不思議で、儚く、でもどうしようもなく綺麗で
どうにも…人に似ていると思える
リィン
鳴らす音はどこまでも
天の先、彼岸にも届いて欲しい
桜の世界にいって、巡るものを見てから強く
いつか、途切れた命の糸
繋がる前に、断たれた縁達や
間に合わなかった者達
自分と、どう、じゃなく
命が巡るなら、次は
君達の縁や、道や、意思が
理不尽に奪われず繋がりゆくよう
祈る
●三千世界の星の涯て
夜が震えているようだった。
星が明滅していただけかもしれない。どちらが不安定になっているのか、将又揺れているように見えるだけなのか、冴島・類(公孫樹・f13398)には判別出来ない。
ただ、胸の奥に凪いだ空気を携え、静かに祈りを捧げる。星々の下、真摯に。そのくらいなら許されると思いたかった。
件の集落で真鍮のベルを入手し、ひとりでこの断崖へやって来た。あらゆる生き物が呼吸を止めた闇の中、足音だけがやけに鮮明だった。
墓標の前、嘗て立ち向かった君へ。
手向けるのは追悼の祈り。そして、今ここで一時を共に過ごす許しを冀った。今まで集落の人間たちがそうしたように。
鳴った。
ベルだろうか。星だろうか。両方だろうか。
類の萌黄の眼差しが、星の天蓋を仰ぎ見る。夜を隠すほどの数多の輝きが、やけに目に染みて仕方ない。
冷たい空気を吸い込めば肺が軋む。それをやわらかな熱に換えて吐き出す前に、思いを馳せる。
「……不思議だな」
その囁きは誰にも拾われない。
知識として頭に入っている、星の成り立ち。星光は遥か彼方に存在するものであり、地上に届くまでに気の遠くなる距離を翔けているのだという。
故に、こうして視界で認識される頃には、もう実存していないものもある。
類の頬に淡い笑みが刷かれた。ささやかにきらめく光が不可思議で、儚くて、それなのに胸を戦慄かせるほどに美しくて。
「どうにも……人に似ているように思える」
存在を知らしめるように、吐息が白い塊になって燻った。
長らく絶望に浸るダークセイヴァーや、それぞれの日々を重ねる他の世界。歴史を培っているそれらに比べ、どれほど人間が脆弱であることよ。
されど輝く。輝いている。そうするうちに、こうして誰かの心に届く。
──リィン。
今一度、鳴った。
涼やかで清廉な音。きっとこれもどこまでも響いていくのだろうと思える。
天の向こう側、彼岸にも届いて欲しい。どうか。祈りを籠めて、真直ぐな視線を夜空へ手向ける。
桜の世界へ赴き、巡るものと相対して以来、特に強く感じるようになった想いだった。
いつかの日に途絶えた命の糸。
目の前で断絶されたものに限らず、繋がる前に断たれた縁や、間に合わなかった燈火があったことを知っている。今は知っていた。だから。
闇夜に注ぐ一筋の光を、どうか見失わないように。
「自分と、どう、じゃなく」
墓標に告ぐ。嘗て確かに存在し、生き抜いた命に告ぐ。
時が巡り、命も巡るなら、まだ見ぬ明日へ辿り着くことが叶うなら。
「君達の縁や、道や、意思が、理不尽に奪われず繋がりゆくよう」
祈る。
悲哀と無念に打ちひしがれることなく、こうして地を踏みしめ、星空を眺めることが出来ますように。
類は微かに微笑みを浮かべた。胸にあたたかい何かが過ったから。
そのひかりの名を、人は、希望と呼ぶ。
大成功
🔵🔵🔵