●澱
硝子の向こうの水の底。そこで私は目を覚ます。
あなたがいつか飲み込んで、胃の腑に沈めた言葉と共に。
●淀んだ言葉
「UDCの怪異……って言うのかな? アレに関する予知が出たんだけど」
その場に集まった猟兵達に、オブシダン・ソード(黒耀石の剣・f00250)は自分が見た予知内容を語り始める。読み取れたそれは、UDCによる呪いのようなものらしく、それに巻き込まれるのは、『その場で日常を満喫している者達』だという。
「で、実際に被害に遭うのは……ここ、UDCアースにある水族館なんだ」
悩ましい、といった様子で頭を掻きながら、グリモア猟兵は件の場所のパンフレットを差し出した。
日本の海の魚達の展示にはじまり、水中トンネルからのサンゴ礁を再現した大水槽。クラゲだけを集めた区画に、より暗がりの深海ギャラリー。イベントとしては、イルカのショーやらペンギンの散歩やらのタイムスケジュールも載っている。
「話の流れの予想はついたかな? そう、君達にはここに行って、怪異を引き寄せ、その上で討伐してもらいたいわけだよ」
そう言って、肩を竦める。それを実現するためには、まずはこの日常を満喫しなければならない。だからとにかく、一旦脅威の事は忘れて思いっきり楽しんで欲しいのだと、オブシダンはそう語った。
これが上手くいけば、UDCによる怪異は猟兵達に牙を剥くことになるだろう。水族館の水槽から、染み出るようにして現れるこの怪異は、その影響下に置かれた者と同じ姿を取る。そして、呪詛の代わりに、写し出した相手の心の奥から、記憶の底から、『真実の言葉』を口にするという。
「まあ……これが面倒なところでね」
やれやれと首を横に振りながら、オブシダンは続ける。
「人は誰しも、『口にする言葉』と『口にしない言葉』を選んでいる。ここで言う真実ってのは……『口にはしない』と選んだ言葉になるんだよ」
周りや自分の都合のために、胸の奥、腹の底へと沈めた言葉。言わなかった、または言えなかった言葉。それこそは、きっと本音に近いものだから。
そして、これは怪異によって悪意を持って行われるもの。ゆえに『大事に仕舞った言葉』などよりも、言えないままどろどろと、昏く淀んだ言葉が選ばれるだろう。
それは過去に言えなかった言葉か、今のあなたが抱く思いか、嘆きか、それとも糾弾か。無遠慮に心を暴き立てるようなそれが波及すれば、社会は大混乱に陥るのは想像に難くない。
「けれど君達ならば、立ち向かい、そして打ち破る事もできるでしょう?」
これもまた人々のため。信じているよと口にして、グリモア猟兵は現地への扉を開いた。
つじ
どうも、つじです。皆さんそろそろ水族館に行きたくなる頃だと思いますので! このようなシナリオをリリースさせていただきました!!
舞台はUDCアース、ちょっと大きな水族館になります。
●第一章
とにかく思うまま水族館を楽しんでください。主な施設はオープニングの通りですが、それ以外も大体のものは展示されているのではないでしょうか。
もちろん水族館っぽいメニューが置いてあるレストランや、土産物屋もありますので、ゆっくりそちらを楽しむことも可能です。
●第二章
水の中から、もしくは水槽の硝子をすり抜けるようにして怪異が現れます。一章でしっかり楽しめていれば、怪異は恐らく猟兵と同じ姿をしたもののみになります。
怪異は姿を模した相手に、その者が奥底に隠した『真実の言葉』を投げかけ、動揺を誘おうとしてきます。責め立てるか憐れむか、形は言葉次第になるでしょう。それに立ち止まることなく、一般人を逃がし、怪異に立ち向かってください。
本格的な戦闘は第三章からになりますので、ここでは心情に大幅に裂いてくださって構いません。というか大幅に使ってください。
怪異の投げかける言葉がどのようなものになるか、プレイングに記載いただけると嬉しく思います。
●第三章
自分と同じ姿の怪異、『ドッペルゲンガー』との戦闘になります。
そして、当シナリオは絲上ゆいこMSの『行き止まりの君』とのふんわり合わせになっています。
並べるとかわいい、程度の繋がりですが、よろしければ合わせてお楽しみいただければと思います。
以上です。それでは、ご参加お待ちしています。
第1章 日常
『たのしい水族館』
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POW : お土産をたくさん買う
SPD : 魚をいっぱい見る
WIZ : イルカやアシカなどのショーを楽しむ
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ハルツ・ノウゼン
すいぞくかん……へぇーっ、海の生き物がたくさんいるんだ!
そうなんだぁ……ふーん……ほく、ちょっと気になるかも!
海は怪人を倒しにキマフュ行ったときに水辺でちょっとだけ遊んだことあるけど、脱ぎたくなかったから海の中までは入ったことないんだ。
でも水族館だったら水着ってやつ着なくても良いんだよね?
水の中ってどんな感じなんだろ? わくわくするね!
(大型水槽のサメを見上げてはしゃいだり『うわぁーカッコイイね、キミ!』
ヒトデやアシカなどを恐る恐る触れてみたり『……わっ……あははっ、かわいいね』
思う存分満喫します)
●見上げる海
「すいぞくかん……へぇーっ、海の生き物がたくさんいるんだ!」
ポップなデザインのパンフレットを手に、ハルツ・ノウゼン(無邪鬼・f13678)は水族館を見上げる。
海辺に立つその建物は、一見したところでは何なのかわからないものだけれど、その中にはいくつもの水槽やプールがあり、魚をはじめとした水生生物が多数居るはずである。
「そうなんだぁ……ふーん……ぼく、ちょっと気になるかも!」
そもそもが海自体に馴染みのない彼女には、中がどうなっているものか予想もつかない。それでも、海と言えば思い出すのは、昨年のキマイラフューチャーでの戦いだろうか。その時はちょっと遊んだくらいで、海の中に入るまではしなかった。
けれど、この建物ならば。
「水着ってやつ、着なくても良いんだよね?」
そう、この格好のままで、『海の中』へと入っていける。
道行く人と、あれはきっと猟兵達だろうか、同じ方向に歩いていく人々の表情につられて、ハルツもまた笑みを浮かべる。わくわくと浮き立つ胸を抱えながら、彼女はチケット売り場へと向かっていった。
「楽しんでいってくださいね」
「うん、ありがとう!」
チケットを切ってくれた水族館の受付に、同じく笑いかけて答える。入口に大きく掲示された地図に、各場所でのイベントスケジュール。さあどこからまわろうか、とハルツは頭を悩ませることになった。
「うわあ……」
中へと入って行った彼女を最初に迎えるのは、まさに海の中と言った風情の水中トンネル。ゆったりと泳ぐサメが頭上を通って行くのを見上げて、歓声を上げる。
「うわぁーカッコイイね、キミ!」
きっとそれだけにとどまらず、この施設にはハルツを楽しませてくれるもの、未知の体験が待ち受けている事だろう。
目で見て楽しんで、来場者向けのふれあいコーナーで実際に触れて。
彼女の忙しい一日は、まだはじまったばかりである。
大成功
🔵🔵🔵
リリト・オリジシン
ほう、魚であってもその色鮮やかさはなかなかに侮れぬな
時が来たるまで好きに過ごせというのなら、そのように
ゆるりゆるりと水底を歩くかのように、水族館とやらを見て回ろうか
イルカやら深海魚やら触れ合いコーナーやら
そういった展示物を見て回る中で目を引かれたのは熱帯魚
ひらりひらりと衣が舞うような尾びれの優雅さや、その彩に目も奪われようというもの
水の中にこのような世界が広がっていようとは
興味深げに知らない世界を覗く姿は、どこか年相応さを見せているようにも
紅の瞳に赤、青、黄色と様々な色を映して
さて、汝らからは妾は如何に見えているのだろうな
●ガラスの向こうの光
予知に出てしまった以上、どうあってもこの場所は戦場となる。けれど戦いの幕が上がるまでには、まだ時が必要で。
それまで好きにせよと言うのなら、そのようにしよう。
冷静に、合理的に状況を受け入れて、リリト・オリジシン(夜陰の娘・f11035)はゆるりゆるりと水族館を見て回る。それらは当然、彼女にしても見慣れぬものばかり。半ば屋外になったプールを、トレーナーと共に泳ぐイルカ。そしてそれとは打って変わって、薄暗い闇の中にあるかのような深海魚たち。ヒトデやら何やらに触れるふれあいコーナーなど、気の向くままに見て回っている内に、リリトはそこに辿り着いた。
「……ほう」
感嘆の息。そんな賞賛の声を向けられたのは、南国を再現した区画を泳ぐ、熱帯魚達だった。
「魚であっても、その色鮮やかさはなかなかに侮れぬな」
他に銀に輝く鱗のものも居るにはいたが、ここに居る魚達は一際異彩を放っている。
ひらりひらりと、羽衣のように舞う尾鰭。赤に青に、黄色、その中に浮かぶ模様すらも目新しい。咲き乱れる花にも負けぬ華やかさに、彼女は目を見張った。
「水の中にこのような世界が広がっていようとは……」
ガラスの向こう、太陽のよく似合う色彩を目で追って、リリトは呟く。
知らない世界、未だ見ぬ位美しい世界を覗き込む姿は、普段よりも少女らしく見えただろう。
そうして彼等に見惚れる内に、ガラスに映った自らの赤い瞳に気が付いて、ふと彼女は鼻を鳴らした。
目を奪われ、目を輝かせて、そんな風に見えただろうか、はてさて。
「……さて、汝らからは妾は如何に見えているのだろうな」
水槽の向こうの魚達、華やかな外見の中の黒い瞳に目を遣って、彼女はそう呟いた。
大成功
🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
水族館、ネ
ちゃんと展示してンのはそんな来ねェなあ
や、来たことあったっけ、どうだっけ
水槽がありゃア水族館なんかな
硝子越しに手ついて眺め、影落として横切るのを追いかけて
順路を追いかけ名前を拾って漫ろ歩き
頭上の水槽を魚が泳げば思わず息吐いて、ああ、
――これが砕けたら溺れるだろうな
水の中にいる心地、は不思議ながら怖くもなる
泳げないワケでもねぇけども、
平然と楽しめるのも不思議なもんで
ああ邪魔しちゃなんねェわ
そと一歩下がったら次の場所
よくもまあ喰い合わず泳いでる
こんな昏い水の中で、まあ、
再び触れる硝子は冷たい
泳ぐ心地も、――……あ、魚食いたくなってきた
●物思い
「水族館、ネ……ちゃんと展示してンのはそんな来ねェなあ」
や、来たことあったっけ、どうだっけ。などと考えながら、ユルグ・オルド(シャシュカ・f09129)は水中トンネルに入っていく。
水族館、という響きには思うところがあるのか、思考はどうにもあちこちに飛ぶ。
「水槽がありゃア水族館なんかな」
定義があるのか、名乗った者勝ちなのか、口にしてみたところで、ここにたくさんいる魚達は、どれも答えてはくれないだろう。
手をついた硝子の向こう、影を落として横切るそれを追いかけて、水底を歩む。
見上げたそこ、硝子で出来たトンネルの上を魚が泳いでいくのを目で追えば、思わず溜息が零れた。
――これが砕けたら溺れるだろうな。
ならば今、この命を繋いでいるのは、透明にさえ見える硝子一枚か。泳げないわけではないとはいえ、平然と楽しむ感覚もわからない、とばかりに彼は首を横に振った。
「――ああ」
ふとそこで、他の客が後ろに居るのを見て、通路の邪魔になっている事に気付く。一歩下がって彼等を先へと通し、ユルグもまたトンネルの向こう、大水槽の方へと向かっていった。
もう一度、見上げたそこには大小様々な魚が群れを成し、思い思いに泳いでいる。
――よくもまあ、喰い合わずに。これもまた不思議に感じながら、水槽の硝子に掌で触れた。
ひんやりと冷たい。硝子の向こうで泳ぐ心地を思う。
硝子が砕ければやがて空気の中に放り出されることだろう。そして「よくもまあ行儀よく回遊しているものだ」と、人間の群れを見下ろすことになるのだろうか。こちらとあちらの違いは何か、深い理由もなく思考を遊ばせて。
「……あ、魚食いたくなってきた」
大成功
🔵🔵🔵
アンジェローゼ・エイアロジエ
🌹黄昏
アドリブ歓迎
きゆ!きゆ、はやく!
お魚が逃げちゃいますよっ
だって、水族館なんて久しぶりなんですもの!
思いだすわ、貴方と彼が―(脳裏に微笑みが浮かぶ。涙が浮かびそうになって、慌てて首振り追憶を追い払う)
何でもありません…ほら、きゆ行きますよ!
笑顔でないときっと
優しい彼を心配させてしまうから
だから私は笑うのです
きゆ、鮪……鯵に――見てください
この水槽はずばり、美味しそうな魚達に違いありません!
え、違う?
む、むう!食い意地はってなんてないですもん!
そんな笑うなんて、きゆは意地悪です!(ぷくー
でもお寿司はいきます!
あ!可愛いのです!…え、今なんて?
ころりと喜色浮かべ熱帯魚の水槽へ
きゆに手招きする
宵馨・稀由
🐈黄昏
アドリブ歓迎
ロゼ!そんなに焦らなくても魚は逃げないぞ
お転婆な薔薇の精を追いかけて、水族館を歩みゆく
無邪気に笑うロゼが可愛くて愛おしい
髪の薔薇も綺麗な水族館色だな
来てよかったな、水族館
確か前に、あいつと――
言いかけて、口を閉じる
ロゼが今にも泣きそうな顔をしていたから
――、ロゼ……
ごめん。隣にいるのが俺で…言葉を飲み込む
きっと優しい君を傷つけるから
だから俺は笑うよ
うん?ああ、本当だ――広い海の、え?美味しそうな?
それは違うと思うが、ふっはは!
ロゼは本当に食い意地がはってるな!
終わったら寿司でも食べに行くか?
…怒る姿も可愛いけどな
あっちの魚は可愛いのばかりだぞ
揺れる手をみて
握れたら、なんて…
●水槽の薔薇
「きゆ! きゆ、はやく! お魚が逃げちゃいますよっ」
水族館を走っていく薔薇の精、アンジェローゼ・エイアロジエ(黄昏エトランジェ・f25810)が自分の名を呼ぶのを聞いて、宵馨・稀由(散華メランコリア・f22941)は自然と、頬が緩むのを感じる。
「ロゼ! そんなに焦らなくても魚は逃げないぞ」
彼女の後を追いかけて、こちらは急ぐことなく歩いていく。はしゃぎながらも、こちらの姿を見失わないようにしてくれているその姿が、今はより愛おしく感じられて。
「だって、水族館なんて久しぶりなんですもの!」
「ああ、来てよかったな、水族館」
髪に咲く薔薇の花も、綺麗な水族館色だな、なんて、そんな風に見惚れていたためか、稀由は思わず、それを口にしてしまう。
「確か前に、あいつと――」
――はたと、花の咲いたような笑みが強張るのに気付いて、口を噤んだ。
当のアンジェローゼも、同じものを思い浮かべていたようだが……首を横に振って、それを追い払った。
「何でもありません……ほら、きゆ行きますよ!」
「――、ロゼ……」
再び形作られた彼女の笑顔に、稀由は上手く言葉を繋げられない。瞳に滲んだ涙は、彼女の内心を隠し切れず、そして。
……だからこそ、言うわけにはいかないのだ。あの笑顔を無為にして、その気持ちを傷付けることなど、あってはいけない。
ごめん。隣にいるのが俺で。彼はその言葉を、飲み込んだ。
ああ、笑顔でいなくては。これが作り物ではないのだと、アンジェローゼは分かっている。けれどそれでも稀由は、優しい彼は、きっと心配して要らぬ気を回してしまうだろう。
そんな風に思っていたせいだけではないだろうが、アンジェローゼは見上げた水槽の中を泳ぐ魚達に、目を奪われる。
「きゆ、鮪……鯵に――見てください」
「うん? ああ、本当だ。広い海の――」
「この水槽はずばり、美味しそうな魚達に違いありません!」
うん? と思わず、稀由はもう一度言葉に詰まる。
「それは違うと思うが、ふっはは!」
「え、違う?」
自然と零れた笑みに、アンジェローゼも安心したように息を吐く。
「ロゼは本当に食い意地がはってるな! 終わったら寿司でも食べに行くか?」
「む、むう! 食い意地はってなんてないですもん!」
稀由に抗議の声を上げて、不服そうに頬を膨らませて見せる。
「そんな笑うなんて、きゆは意地悪です!」
でもお寿司には行きますからね。
そうして怒る様子さえも、可愛く、愛おしい。そんな内心を隠して、稀由はまた別の水槽を指差した。今度はあっちへ行ってみよう。
「あっちの魚は可愛いのばかりだぞ」
「え、どこに……あ、本当だ! 可愛いのです」
また軽やかに駆けだす彼女の、揺れるその手を目にして、稀由そちらへ手を伸ばしかける。
こんな気負いも衒いもなく、その手を取る事が出来たら、どんなにか気持ちが安らぐことだろう。けれど――。
「……え、今なんて?」
「いや――」
形にならない言葉と共に、自分の手を引っ込めて。
「早く行きましょう! あの子達が待っていますよ!」
眩しく感じられてしまうほどの笑顔で、アンジェローゼは稀由を手招きした。
二人の内心など知る由もなく。熱帯魚達は水槽の中を優雅に泳ぎ回っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
蘭・七結
見渡すかぎりのあおいろ
あおい空間にもみな底にも縁があること
満ち満ちた匣のなかはとてもうつくしい
いのちの胎に抱かれているよう
透き通る青に惹かれてしまう
昏い水の底に引き寄せられる
過去に一度みな底に置き去りにしたもの
未だ胸奥を侵す不可思議を探している
ひとつ、ふたつ
昇りゆくあぶくを見つめた
隣にはぬくもりがない
みっつめを数える前に飽いてしまう
水中とを隔てる硝子に触れる
つめたい、けれどたった一瞬だけ
温度をもたない指さきが解けあう
あたたかな春が待ち遠しい
隔てに映るわたしの目をみていた
嗚呼、胸奥があつい
鼓動を刻む場所へと指を導いた
溢れ出す感情の名をわたしは識っている
理解って、しまったのだから
指のさきはつめたい
●底にある熱
あおい空間にも、みな底にも縁があること。めぐり合わせの妙を思いながら、蘭・七結(こひくれなゐ・f00421)は目を開ける。
それは、見渡す限りのあおいろ。切り取られた匣の中は生命で満ち満ちて、とても美しい。たとえるならば、いのちの胎に抱かれているような、そんな心地。
透き通る青に惹かれて、昏い水の底に引き寄せられる。想起される過去と、それを経てもなお胸の奥にあるものを思いながら、七結は闇に広がるそれを見上げた。
ひとつ、ふたつと昇りゆく泡を目で追う。けれど、光の差す方に溶けていくそれを眺めることも、続かず自ずと視線は下りる。
そうして飽いてしまう理由も、自分で分かってはいるのだけど。
届かぬ場所を思うのはやめて、水とこちらとを隔てる硝子に指を伸ばした。
触れる指先、温度を持たないそれに、一瞬そこと解け合うような、感覚を抱く。
硝子に映るは己の姿。暗闇に映し出されたようなそれと目が合う。色を失ったような姿、硝子の向こうから手を伸ばしている様に、目を細めた。
あたたかな春が待ち遠しい、と七結は思う。
胸の奥に熱を覚えて、七結は引いた指でそこに触れた。
鼓動を感じる。そして温かみを。そこから溢れ出す感情の名を、もうわたしは識っている。
理解って、しまったのだから。目を逸らすことは、きっと、もう――。
硝子に映った自分の姿の向こうで、それとは関わらぬように、魚達が泳いでいる。
脈打つそこの熱は変わらず、指先の冷たさを覚えた。
大成功
🔵🔵🔵
花房・英
ここの水族館……何がいるんだろ
なるだけ人の少なそうな場所を選びながら
適当にぶらぶら見て歩く
一際大きな水槽の前
気ままに泳ぐ魚たちを見上げる
自由に泳いでるように見える
ここは安全かもしれないけど
狭い世界で一生を終えるのと、危険でも広い世界で一生を終えるのと
どっちが幸せなんだろ
……楽しむって難しいな……
綺麗だし、見るの嫌いじゃないけど
一人で来たから
ふとそんな考えが過ぎって首を振る
……一人の方が、楽だろ
……UDC出てくるまで、売店でも行ってみるか
●大水槽
この水族館には何が居るのか。特に下調べをすることもなく、花房・英(サイボーグのグールドライバー・f18794)は気の向くままに水族館の暗がりを歩む。目指すところは特にない。足を向けるのは『まだ行っていない場所』であり、『人の少なそうな方』だ。
ふれあいコーナーにイルカショー、出し物で人が集まる場所は避けて、立ち止まる人の多い場所は足早に通り過ぎる。一般客に猟兵、それらがまじりあう中を、一時の止り木を探すように歩き回って行けば、展示スペースを超えていくのはあっという間で。結局辿り着いたのは、この施設のド真ん中、大水槽の前だった。
展示スペースでもあり、通路でもある、広く作られたこの場所は、人口密度が低いうえに、通り過ぎていく人が大半。大きな水槽を端から見るようなこの位置は、一人で足を止めるにはおあつらえ向きの場所だった。
見上げれば、気ままに泳ぐ魚達。何物にも囚われる事無く自由に泳いでいるように見えるけれど、結局のところ、そこが水槽の中であることに変わりはない。外敵もいなければ、食事の心配も不要だろう。
けれど、と英は考えてしまう。安全だけれど狭い世界、そこで一生を終えるのと、危険でも広い世界で一生を終えるのと、一体どちらが幸せなのだろう。
「……楽しむって難しいな……」
大水槽の光景は綺麗で、見るのは決して嫌ではない、と彼は思っているのだが。思考ばかりはどうにもならない。
例えば誰か話相手でもいれば、こんな考えはしなくて済むのだろうか。こんな風に、一人で居るから――。
ふと過ったそんな考えに、英は首を横に振る。こんなものは、そう。ただの思い付きだ。
「……一人の方が、楽だろ」
一々理由を並べることも、反論することもしない。それが結論であると思考を打ち切って、英は目に付いた売店の方へと向かっていった。
幸いと言うべきか、不幸にもと言うべきか、怪異の発生まで、まだ時間はある。
大成功
🔵🔵🔵
薬袋・布静
【徒然】
生簀って…ホンマにお前は花より団子思考よな
絶対言うと思ったわ…
はしゃいで真っ先に土産なんも女らしい、と内心で溢す
落ち着きなく尻尾振る犬のように動き回る姿を見て
見られてない事をいい事にマスクの下で愛おしそうに笑う
おんおん、見とる見とる
ホォー…そのジンベイザメと俺どっちがええんや?
答え次第で買うたる
多少のちょっかいと言う名の愛情を向けて
何も言い返す前に行ってもうたわ
変な所でツンデレる阿呆な子程かぁええもんやな
にしても、ぬいぐるみ、ね……お桜夜に買うて帰ろうか
おん、お姫さんの思し召すままにー
だが、イルカショーは絶対に最後尾で見るからな
八千代が好きそうな触れ合いコーナーもあったぞ
あとで行こうな
花邨・八千代
【徒然】
水族館って俺あんま来たことねーんだけど、でっけーなァ。
生け簀じゃねーのにすげーいっぱい魚いるんだな!
……帰りに寿司食いに行きてぇ…。
あ、ぬーさん土産物屋だぞ!
なんかぬいぐるみめっちゃあるー!かぁいいー!
見てみてぬーさん、でっかいジンベイザメいる!!!
ぬーさんくらいでっかいぞ、やべーなコレ。
俺これ欲しい!
えっ、いやどっちが良いとかいう話じゃなくてだな…。
別に布静よりジンベイザメが好きって訳じゃなくて……。
な、なんだよぅ…!何言わせたいんだよ…!
俺なんも言わないからな!馬鹿布静!
もー!ぬいぐるみ戻してくるから!
お土産は後!イルカショー見に行くぞ!
まだ見てないところもいっぱいあるんだからな!
●サメと君
日本の海を再現し、様々な魚の泳ぐ大水槽。スケールの大きなそれを見上げて、「でっけーなァ」と口を開けていた花邨・八千代(可惜夜エレクトロ・f00102)は、改めて隣の薬袋・布静(毒喰み・f04350)へと声をかけた。
「生け簀じゃねーのにすげーいっぱい魚いるんだな!」
「生簀って……ホンマにお前は花より団子思考よな」
呆れたように布静が言う。魚に詳しくなくとも、銀色に輝く鱗のあれとか、矢のようなシルエットのそれとかは見覚えがあるだろう。
「……帰りに寿司食いに行きてぇ……」
「絶対言うと思ったわ……」
予想通りの感想に、もう一度溜息をひとつ。そんな彼の様子を知ってか知らずか、それともいつものことだと流していったか、八千代の興味は既に大水槽の端から見えるギフトショップへと移っていた。
「あ、ぬーさん土産物屋だぞ!」
言うが早いか、既に足はそちらに向いている。
「なんかぬいぐるみめっちゃあるー! かぁいいー!」
来た傍から真っ先に土産に走るあたりも、女らしいと言えなくもないか。八千代がぬいぐるみ達に夢中になっているのを幸いに、布静はマスクの下で微笑を浮かべる。楽し気にはしゃぐ姿は、贔屓目も含めて愛おしいもので。
「お、この間の映画に居たよなこんなの」
ラブカとワニのぬいぐるみが戦争を起こしそうな辺りは、まあどうかと思うが。
アレもいい、コレも可愛いとしばらくやっていた彼女は、やがて一つのぬいぐるみに辺りを付けたらしい。
「見てみてぬーさん、でっかいジンベイザメいる!!!」
「おんおん、見とる見とる」
多分この店で一番でかいやつやんな。まあそんなことだろうと思った、と特に驚きもなく布静が返事をした。
「ぬーさんくらいでっかいぞ、やべーなコレ」
自分とぬいぐるみを見比べる姿に、ちょっとした悪戯心が湧いたのか、意地の悪い笑みを浮かべたまま彼は言う。
「ホォー…そのジンベイザメと俺どっちがええんや?」
「えっ」
答え次第で買うたる、という布静の言葉に、八千代の動きが止まる。
別に比べるまでもない。サメはサメで布静は布静で、答えなんて決まっているのだけれど。
「……!」
口はぱくぱくと動くものの、言葉にはならない。思ったまま口にするには、これは少し――。
「俺なんも言わないからな! 馬鹿布静!」
結局そう撥ね退けて、八千代はそっぽを向いてしまった。
「もー! ぬいぐるみ戻してくるから!」
からかわれるのが分かっているのか、有無を言わさず行ってしまった八千代の後を、布静がゆっくりとした歩みで追う。
ぬいぐるみ、お桜夜への土産に良いかもしれない、などと考えながら――。
「お土産は後! イルカショー見に行くぞ! まだ見てないところもいっぱいあるんだからな!」
「おん、お姫さんの思し召すままにー」
この水族館はまだまだ広い。二人で歩くならなおのこと、飽きる心配はないだろう。
「だがイルカショーは絶対に最後尾で見るからな」
「えっ」
先頭で見ないの?
水を被るのが楽しいかそうでないかは、どうやらもう少し議論の必要があるらしい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
十朱・幸也
花菱(f06119)と
水族館って、確かにリア充集まりやすいイメージ?
ん?Han……違った、ついハンネの方で呼んじまう
花菱、何言ってんだよ
お前の方こそ、アラサーのオッサンとでいいのかっつーの
ペンギンにも色々種類居るんだな
とりま、イルカショー始まるまで時間あるみてぇだし
先にペンギンから見に行くか?
ぬいぐるみ、なぁ……
(後で物販で買ってやるか、と兄貴分面したい気持ち
って、は?いきなりどうし……髪?
……あー、サンキュな?
リーマンのオッサンは褒められ慣れてないんですぅー!
(花菱の髪を思い切りわしゃる
俺からしたら、お前の明るさとか好奇心旺盛な目が眩しいわ!
子供っぽいとか関係ねぇよ、フツーにそう思っただけ
花菱・真紀
十朱さん(f13277)と
水族館とかデートの定番ですよね〜なのに相手が俺ですいません。
俺は…こうやって誰かと出かけるのって最近はなかったら嬉しかったりするんですけどね。
え?十朱さんでいいのかって?もちろんですよ!
とりあえず水族館楽しんじゃいましょう!
魚みますか?ペンギンもいいなぁ。
イルカショーもあるそうですよ?
(楽しそうにそわそわ)
ペンギン可愛かったです。ヤバイぬいぐるみ買っちゃいそう…。
あっ…そうだ今日来た時から思ってたんですけど十朱さんの髪って海みたいで綺麗だなって!
(にぱっと笑って)
俺全体的に地味だから…ちょっと羨ましいです。
(わしゃわしゃされて)
わわっ、もー俺やっぱり子供っぽいですか?
●海の色
青く輝く水槽の下、薄暗い照明の中を人々が歩く。その中で固まって、連れ立って歩いているのは、やはり親子連れか、恋人同士のような二人連れが目立つ。
「ま、水族館とかデートの定番ですからね~」
「ああ、確かにリア充が集まりやすいイメージ?」
花菱・真紀(都市伝説蒐集家・f06119)の言葉に、十朱・幸也(鏡映し・f13277)が頷く。そんな中で男二人というのは……と少しばかり気になって、苦笑交じりに、真紀は軽口をたたいて見せる
「いやー、相手が俺ですいません」
「ん?」
軽く首を傾げて、一方の幸也もそれに応えた。
「Han……じゃない、花菱」
思わずハンドルネームで呼びかけながら、彼は逆に、「何を言ってるんだ」と口にする。
「お前の方こそ、アラサーのオッサンとでいいのかっつーの」
「え? 十朱さんでいいのかって? もちろんですよ!」
こうして誰かと出かけること自体が最近は無かったから。嬉しいですよと素直に伝えて、真紀は改めて水族館の中央へと歩いて行った。
広場のようになったそこからは、館の各所、好きな方へと迎えるようになっている。
「魚みますか? ペンギンもいいなぁ。イルカショーもあるそうですよ?」
中央に掲示された地図を見ながら、そわそわしながら真紀が問う。地図に小さく書いてある展示された者達の名前に目を向けていた幸也は、「ペンギンにも色々種類居るんだな」とちょっと感心したところで、落ち着かない様子の連れに向き直った。
「とりま、イルカショー始まるまで時間あるみてぇだし、先にペンギンから見に行くか?」
「良いんですか? 十朱さんも行きたいトコあったら言ってくださいよ」
そんな風にして、まずは氷の海のような風情のペンギンプールの方へ。
陸に居る時はよたよたと歩いているのに、水に入ると信じられないくらい素早く泳ぐ、そんなペンギン達の群れを「おお……」とか声を漏らしながら二人は眺める。
「やっぱ可愛いですよね。ヤバイぬいぐるみ買っちゃいそう……」
「ぬいぐるみ、なぁ……」
そういえば出入り口のゲート付近にギフトショップがあったはずだ。そこに並んでいたかな、などと幸也が考えていると。何だかトサカの立派なペンギンを見ていた真紀が振り返った。
「あっ……そうだ今日来た時から思ってたんですけど」
「は? いきなりどうした?」
「いや、十朱さんの髪って海みたいで綺麗だなって!
「髪? ……あー、サンキュな?」
一瞬面食らったような表情を浮かべて、幸也はおもむろに真紀の頭に手を置いた。にぱっと笑った笑顔の眩しいこの若者の頭を、そのままわしゃわしゃとやってやる。
「わっ、生意気なこと言っちゃいましたかね?」
「いいや、リーマンのオッサンは褒められ慣れてないんですぅー!」
くっと喉を鳴らして笑って、ついでとばかりに幸也は言葉を続けた。
「俺からしたら、お前の明るさとか好奇心旺盛な目が眩しいわ!」
「わわっ、もー俺やっぱり子供っぽいですか?」
「子供っぽいとか関係ねぇよ、フツーにそう思っただけ」
後ろ向きになるなよと太鼓判を押して、もう一度くしゃりと、その頭を撫でた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
魚が泳ぐ部屋には行った事がありますけど、水族館は初めてです。
大きな水槽ですね……!
先日まで忙しかったですし、パンフレットを片手にのんびり魚を見て回りたいです。イルカショーの時間も確認しておかないと!
すいすい泳ぐ魚もきれいですけど、ペンギンやアザラシが居る所は特に足を止めて眺めてしまいます。かわいくて何時間でも見ていられそうで……、えっ。
な、なんでしょうかこの不思議ないきもの。
オオサンショウウオ……?
……ええと、かわいいかって聞かれるとちょっと悩むんですけど、何だかついじっと見てしまいますね……?
のったりした動きが何だかこう。
じっと見てると何となくかわいい気になってくるのが不思議です……。
●ゆるりとした時間を
「大きな水槽ですね……!」
トンネルを抜ければ、そこは施設の中央に当たる広間が。そしてそこに据えられた大水槽が、シャルファ・ルイエ(謳う小鳥・f04245)を迎えた。魚が泳ぐ部屋、というのなら初めてではない彼女だけれど、この手の観賞用に手を尽くした施設は初めてだ。そこから広がる建物と、展示物の作りをパンフレットを元に確認して、彼女はゆっくりと歩き始めた。
急ぐ必要はない。先日までの迷宮探索と違い、『急がなければ時間切れ』、なんてことはないのだから。ああ、でもイルカショーの時間は確認しておかなくては。そうして楽しみ方のツボを押さえつつ、のんびり魚を見て回る事にする。
すいすいと泳ぐ魚達の様子をガラス越しに眺め、展示された魚の名前や生態などを、何の気なしに読み進めて……ゆったりと流れる時間を堪能していた彼女が、あるところで足を止める。
海の中とはまた違う、水辺の生き物達。ペンギンやアザラシの展示スペースだ。
思い思いの位置でじっとしていたり、よちよちと歩いていたかと思うと、水の中に飛び込んで素晴らしい泳ぎを披露したり――もちろん、陸上でぐったりしている様子もそれはそれで。かわいい、という四文字の感想だけで何時間でも見ていられるような……。
「えっ」
思いっきりスローペースになった歩みが、もう一度止まったのは、ええと。
「な、なんでしょうかこの不思議ないきもの……」
浅い水槽の底に、それが居るのを発見したのは本当に偶然で。
なにこれ枕? みたいな体型に首を傾げてしまう。掲示物を探してみれば、そのトカゲのようなナマズのような、それの名前が明らかになった。
「オオサンショウウオ……?」
先程までのアザラシやペンギンと比べても、別にかわいいわけではないけれど。
(何だかついじっと見てしまいますね……?)
のったりと、脚を動かして進んでいるのに気付いて、ついその動向を見守ってしまう。
まさか、こんな生き物が。妙に意識を引かれながら、シャルファはしばし、そこでじっとしていることになった。
「じっと見てると何となくかわいい気になってくるのが不思議です……」
いや、でも実際、これはこれで……?
大成功
🔵🔵🔵
チャーリー・ライドゴー
【旅森】
水場はあまり得意じゃないのですよね。本体錆ますし
ですがこうやって見る事が出来るのはとても興味深い事です。普通に旅をしても見る事は無かったでしょう
豆腐が泳ぐ…これはあれですかね、魚が切り身で泳いでるといった勘違いでしょうか
何にせよ誤解を解いておきましょう
魚じゃないにしても豆腐は好きですしね、いじけてしまったら豆腐を食べに行くという約束取りつけて宥めておきましょう
サンさん、BBさん。よかったらお二人もいかがですか?
ブラッドさん宛て
こちらこそ、私の知らない所で遊んでたのは知っていましたが、友達と目を輝かせるとは思ってもいませんでした
また遊ばせてやってください
サン・ダイヤモンド
【旅森】
ブラッドへ
「…ここに、鯨はいる?」
僕は鯨が苦手だ
だってブラッドを食べたから
『一緒に』の言葉に心震わせ
彼の春色の瞳を見上げ見詰めて
「うん!」と元気に花笑んで
踊るようなステップで彼の腕引き大水槽へ
初めて見る景色
見上げるそれはどこまでも続いていくようで
ここはまるで海の底
「……凄い、魚が空を飛んでるよ」
エスクルールへ
「とうふって、えっと、あの、白くてフニフニの?
とうふー、とうふどこー?え?魚じゃない?」
魚じゃないのに水の中に生息する豆腐の生態をアレコレ想像する森暮らし
「いいの?わー、ありがとー!皆でとうふー♪」
「ペンギン?(知らない)うん!行こう行こう!」
エスクルールの動きを真似てヨチヨチ歩き
エスクルール・ラカーユ
【旅森】
大きな水槽の前で魚やサンゴが一杯いるのを見て楽しむぞ
大きな魚、小さな魚。見たことが無い魚じゃないような魚もいっぱいいるな。泳いでるのを見てると水の中を泳ぐというより空に浮いてる魚たちを見てるみたい
水族館楽しいね……!
ところでチャーリー、『とうふ』はどのブースにいるんだ?たんすいブースかな?
……だってあれお水の中にいるからお魚だろ?違うのか?
(説明を受けてちょっとショックを受けた感じで)とうふが魚じゃないって…いや知ってたし、ちょっとお茶目言ってみただけだし…でもとうふは食べるぞ…
でもその前にペンギンショーだな!ダッシュで……走っちゃだめだから早歩きで行くぞー!
ブラッド・ブラック
【旅森】
サンへ
俺は過去(夏一頁)宇宙鯨の中へ侵入し、結果的に死にかけた事がある
「鯨は居ないよ。あの巨体に此処は狭過ぎるからね」
尤もらしい理由を告げてサンの頭を撫でてやる
「もうあんな無茶はしないさ。――さあ、『一緒に』楽しむんだろう?」
眼光緩め傍らのサンを見詰めて
愛し子の笑顔に心から安堵し、そっと幸せを享受する
暗がりへ静かに下がり、楽しげにはしゃぐ子等を微笑ましく眺めて(豆腐には敢て突っ込まず)
出来る事ならこのまま、無邪気で無垢なままでいて欲しいと無責任に願ってしまう
チャーリー殿へ
「今日は有難う御座いました。……最近のサンは、あまり元気が無かったもので
楽しそうな姿を見る事ができて私も嬉しいです」
●白く輝くもの
水場はあまり得意ではない、そう自覚はあるものの、室内でガラスを隔てた先ならばまた話は違うだろう。チャーリー・ライドゴー(ぶらり自転車週末紀行・f03602)は、その水中から見たような光景に感嘆の息を吐く。
同じように、おー、と歓声を上げて駆け出したエスクルール・ラカーユ(奇跡の迷子・f12324)は、大きな水槽の前に身を乗り出して、中に見えるサンゴや魚達を観察する。大きな魚に小さな魚、見たことがないような、少年の視点ではもはや魚ではないような、いろんな種類のそれらに目を奪われて、きらきらしたその目は一層輝きを増す。
(普通に旅をしていては、こうやって水の中の光景を見る事はなかったでしょう)
興味深い事だと、チャーリーは思う。同時に、エスクルールの浮かべる表情からして、いい機会になったと頷いた。
一方、共に水族館を訪れていたサン・ダイヤモンド(甘い夢・f01974)は、ブラッド・ブラック(VULTURE・f01805)へと問いかける。
「……ここに、鯨はいる?」
色んな種類の魚が展示されている、という説明を受けての問いだ。それの意味するところを察して、ブラッドの声音は宥めるような調子になる。
「鯨は居ないよ。あの巨体に此処は狭過ぎるからね」
頭を撫でてやりながら、言う。鯨が苦手かと問われれば、まあその通りなのだろう。以前遭遇した巨大な宇宙鯨について、近くで眺めるだけでは済まなかったのが大きな要因だと予想は付く。思い返せば明らかで、口の中に飛び込んで、自爆するなどと――。
「もうあんな無茶はしないさ」
「……」
本当に? と目で問うているのが分かる。これもまた自分を心配してのことだと思えば、ブラッドの目の光も自然と和らぎ、春を現す色になる。
「――さあ、『一緒に』楽しむんだろう?」
「うん!」
そう、一緒に。そんな一言で心躍らせたサンは、ブラッドの手を引き、軽やかな足取りで水槽の前へと向かっていった。
花の咲くような、光り輝くような、そんな笑顔に、ブラッドは心からの安堵と、幸福な気持ちを味わう。
「……凄い、魚が空を飛んでるよ」
彼の手を握って、ようやく水槽を見上げる事にしたサンは、初めて見るそんな景色をそう評した。
「うん、泳いでいるというより、浮いてるみたい……」
サンの隣、先に水槽を眺めていたエスクルールがそれに頷く。ゆったりと泳ぐ魚達の動きは、風を切って、または忙しく翼を振るって飛ぶ鳥達とはまた違った様相を呈している。どこか自由に、重力さえも構わないというような魚達の様子は、まさに浮いているようにも見えただろう。
「水族館楽しいね……!」
「うん……!」
そうして夢中になって一時を過ごした後、エスクルールはチャーリーの方を振り返った。
「ところでチャーリー、『とうふ』はどのブースにいるんだ?」
「……うん?」
聞き間違いか、と首を傾げるチャーリーに、エスクルールは心底不思議な様子で。
「ここは海の魚が居るから……たんすいブースの方かな?」
「とうふって、えっと、あの、白くてフニフニの?」
言葉に詰まるチャーリーに代わって、サンが率直に聞き返す。
「そう、そのとうふ。……だってあれお水の中にいるからお魚だろ?」
「そうだったの? とうふー、とうふどこー?」
広大な水槽の中に、片やパンフレットに描かれた地図に、豆腐の姿を探し始めた彼等を、いつの間にやら暗がりに下がっていたブラッドが微笑ましく眺める。そんな彼の様子を一瞥して――これは自分が誤解を解くしかないと悟ったチャーリーが口を開いた。
これは、あれか。魚が切り身で泳いでるとか、そういったのと同じ方向の勘違いか。
「豆腐は……魚では、ないんですよ」
あまりに重い一言を、受け止めきれずにエスクルールは笑ったものの、その後きちんと説明されてしまったことでついに瓦解する。
「え……そうなの?」
「……いや知ってたし、ちょっとお茶目言ってみただけだし……」
きょとんとしたサンと違いエスクルールは完全に目が泳いでる。半ばいじけてしまった少年に、チャーリーは何にせよこの後豆腐を食べに行こうという説得で期限の良さを取り戻した。
「サンさん、BBさん。よかったらお二人もいかがですか?」
「いいの?わー、ありがとー! 皆でとうふー♪」
「うんうん、皆で食べよう! でもその前に――」
そこでパンフレットを眺めていたエスクルールは、サン達の前にそれを広げてタイムスケジュールの欄を指差して見せた。
「ペンギンショーを見に行こう! ダッシュで……走っちゃだめだから早歩きで行くぞー!」
「うん! 行こう行こう!」
ペンギンってなに? という疑問もどこへやら、笑顔でそれに返事したサンと共に、少年二人はそちらの会場へと向かっていった。
それを見失わないように追いかけながら、ブラッドはチャーリーへと声をかけた。二人とも、視線は前を行く少年達に向けたまま。
「今日は有難う御座いました。……最近のサンは、あまり元気が無かったもので。楽しそうな姿を見る事ができて私も嬉しいです」
「こちらこそ、私の知らない所で遊んでたのは知っていましたが、友達と目を輝かせるとは思ってもいませんでした。また遊ばせてやってください」
是非に、と返事する彼と共に、保護者二人もまた歩調を速めていった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ハウト・ノープス
ラフィア・ミセルス(f24116)と
水族館。成る程、水棲生物の保護と生体観察を同時に行っているのか
こう言った施設は初めてだ。興味深い
ショー……?イルカが芸を披露するのか
了解した。最前列にて観察を行おう
イルカ、イルカは……かつてはいたのだろうか
私の世界は荒廃し、私にそれ以前の記憶もない
そちらもか?そうか。ならこの体験は貴重だな
む?どうしたラフィア・ミセルス
そうだな。ずいぶん器用に芸をこなしてい……水?
(ばっしゃー)
…………
ばっしゃーとはこれか
ああ、濡れたな。これは、そうか
楽しいのかもしれない
笑えていない?気にするな。私は存外楽しんでいる
そうだな。まだ時間はある
散策しながら他も観て回ろうか
ラフィア・ミセルス
ハウトさん(f24430)と
私もね、水族館に来るのは初めてなの
お仕事だけど、事が起きるまでは楽しんでもいいよね
というわけで、イルカショー見に行こうよ
やった、一番前の席空いてるよ!
なんでもここのイルカショー、前の方にいるとばっしゃーってなるんだって
わー、見て見て、すごく速く泳ぐんだね
ダークセイヴァーにはイルカ…いるかどうかわからないけど、私が住んでる所は海無いしなあ
なんだか新鮮
あ、ほらハウトさん、ばっしゃーきそうだよ
尻尾で水を跳ね上げて、観客席まで
(ばっしゃー)
わー!すごい濡れた!
でも楽しいねこれ
大丈夫、ハウトさんも楽しそうな声してる
じゃあ服を乾かしついでに中も見て回ろう
お魚たくさんいるかなあ?
●『楽しい』
「これが水族館……成る程、水棲生物の保護と生体観察を同時に行っているのか」
パンフレットに書かれたこの施設の趣旨を掴み、ハウト・ノープス(忘失・f24430)は興味深いとばかりに頷いた。
「私もね、水族館に来るのは初めてなの」
そんな彼の赤い瞳を覗き見て、ラフィア・ミセルス(ルミノックス・f24116)はそう声をかける。ここを訪れた理由は勿論仕事なのだが、今回については楽しむことも仕事の内となっている。
問題はないよね、と口元に笑みを浮かべて、彼女はそのパンフレットの一端を指差した。
「じゃあ、イルカショー見に行こうよ」
「ショー……? イルカが芸を披露するのか」
水族館が初めてであれば、そういった出し物のもまた初めてだろう。興味深い、ともう一度呟いて、ハウトとラフィアは並んでショーの会場となるプールへと歩いて行った。
「やった、一番前の席空いてるよ!」
「了解した。最前列にて観察を行おう」
軽やかに駆けていくラフィアを追って、ハウトもそちら、最前列に腰を下ろす。周りには小さな子供が多いようだが……。
「なんでもここのイルカショー、前の方にいるとばっしゃーってなるんだって」
「ばっしゃー……?」
何だそれは、と首を傾げる彼に、しかし答えは返ってこない。そこで舞台の中央であるところのプールに、トレーナーとイルカ達が姿を現す。ショーが始まったのだ。
「わー、見て見て、すごく速く泳ぐんだね」
身を乗り出したラフィアの目が、水を切って泳ぎ、時に力強く宙を舞うその流線型の身体を追う。
「ああ、大したものだ」
あれは人の身では無理だろう、などと観察しながらハウトもそれに同意した。
「イルカは……かつてはいたのだろうか」
思い浮かぶのは、あの荒廃した世界のことだ。それより以前の記憶を持たないハウトには、それを断言することはできないのだが。
同じように、優雅に泳ぐイルカを見つめながら、ラフィアもまた自分の居る世界を思い返す。
「ダークセイヴァーにはイルカ……いるかどうかわからないけど、私が住んでる所は海無いしなあ。なんだか新鮮」
「ああ、そちらもか? ……そうか。ならこの体験は貴重だな」
輪っかを潜る姿に、跳びあがって吊られたボールを叩く姿。トレーナーの明るいアナスンスと共に繰り広げられるそういったものを一通り眺め、そこで――。
「ほらハウトさん、ばっしゃーきそうだよ」
「そうだな。ずいぶん器用に芸をこなしてい……何だ?」
意図が掴み切れず、若干噛み合わない応対をしてしまった彼は、イルカの尻尾が水を跳ね上げ、キラキラと輝く飛沫がこちらに向かってくるのを目にする。
「……水?」
ばっしゃー。
「…………」
「ふふふ、すごい濡れた!」
なるほど、先程から言っていたばっしゃーとはこれのことか、とようやく合点の言った様子の彼は、はしゃぐラフィアを見て溜息を吐いた。
「ああ、濡れたな」
呼気の混じったそれは、決して沈むようなものではなく……胸元から生じるその衝動に、ハウトはそっと触れる。
「でも楽しいね、これ」
「……これは、そうか。楽しいのかもしれないな」
続けて、ハウトは自分の表情を確かめるように自らの頬に触れる。そこはいつもと変化はなく、笑えた――わけではないと分かるが。それを覗き込むようにしていたラフィアが、お手本のように笑顔を浮かべた。
「大丈夫、ハウトさんも楽しそうな声してる」
「ああ、そうだな。私は存外楽しんでいる」
ショーは終わって、それでもまだまだ時間はある。先程と同様に、心の動きと感じるタイミングはきっとこの後もあるだろう。
「お魚たくさんいるかなあ?」
「いるだろう。全部見切れると良いのだが」
それでは服を乾かしがてら中を見て回ろうと、二人はまた連れ立って歩きだした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
レイラ・アストン
【明け空】
二人でイルカショーを楽しみましょう
ああ、プロメテさんはアルダワの出身だものね
この世界では調教師やトレーナーと呼ぶのよ
人とイルカの間に信頼関係があるからこそ
素晴らしいショーができるのでしょうね
ふふ、そうね
イルカを見ていると何だか心が弾むわ
(はしゃぐ友達の愛らしさに瞳を和ませるも、口には出さず)
あら、こちらに近寄ってくるわね…何かしら?
イルカが跳ね上げた水しぶきがきらきらと宙で光る
驚いたのも束の間、友達が私を庇ってくれる
ええ、大丈夫よ
ありがとう、プロメテさん
ハンカチを取り出して
濡れてしまった彼女の髪を拭うわ
お礼の言葉に瞳を和らげ
指先で友の乱れた髪を整える
残る珠の雫は、赤い色に美しく映えて
プロメテ・アールステット
【明け空】
二人でイルカショーを見る
指示を出している者はビーストマスターだろうか?
調教師、トレーナー…そういう職業があるのだな
動物を扱う術もさることながらイルカ自身の知能の高さも素晴らしい
あと…何よりイルカ可愛い(無自覚の動物好き)
レイラ殿、イルカはすごいのだな
水中ではあんなに早く泳げて…あ!ジャンプしたぞ!すごい高いな!
おや、観客席へ近付いてくる
今度は何だろう?と期待して見ていると…
突然、尻尾から繰り出される水しぶき
とっさにレイラ殿を『かばう』ぞ
驚いた、こんな演出もあるのだな…
レイラ殿、大丈夫か?
彼女の無事にほっとするけれど
ハンカチで拭ってくれる優しい手が少しくすぐったい
…ありがとう、レイラ殿
●明けの空色
半分野外となったイルカ用プール、そこでは今まさに、イルカ達によるショーが行われていた。立ち泳ぎ(と言うべきか微妙だが)でのご挨拶に始まり、ボールのやり取り、そしてすいすいと水の中を苦も無く泳ぎ、水上に構えられた輪を次々と潜っていく動きなど、匠の技がつつがなく展開されていく。
そんな様子を観客席で見ながら、プロメテ・アールステット(彷徨う天火・f12927)は感嘆の息を吐いた。
「レイラ殿、イルカはすごいのだな、水中ではあんなに早く泳げて……」
「ふふ、そうね。見ていると何だか心が弾むわ」
どこか微笑ましい感想に、レイラ・アストン(魔眼・f11422)は頷いて返した。プロメテの気になっているのは、そのショーの主役であるイルカのみではなく――。
「あの指示を出している者はビーストマスターだろうか?」
「ああ、この世界では調教師やトレーナーと呼ぶのよ」
そういえば、プロメテさんはアルダワの出身だものね、馴染みがないはずだわ、とレイラが注釈を加える。
「調教師、トレーナー……そういう職業があるのだな」
まあ、獣使いと言う意味では間違っていないけれど。
「人とイルカの間に信頼関係があるからこそ、素晴らしいショーができるのでしょうね」
「なるほど……動物を扱う術もさることながら、イルカ自身の知能の高さも素晴らしい」
知能があればこそ、互いに信頼関係が気付けるのだろう。しきりに感心している様子のプロメテは、最後にそっと目を細めた。
そして、これが最重要だというように。
「何よりも、可愛いな」
「そうね、可愛いわ」
友人の素朴な感想に、レイラはそっと口元に手を添えた。
「あ! ジャンプしたぞ! すごい高いな!」
丁度そこでイルカが高く跳びあがって、プールの上、空中に吊るされていた鈴を一つ鳴らす。他の観客と共に拍手していた彼女等は、そこで。
「あら、こちらに近寄ってくるわね……何かしら?」
「んん、今度は何だろう?」
首を傾げるレイラの横で、プロメテが期待に目を輝かせる。
するとイルカは水中で身体を捻って、尾を使い、盛大な水飛沫を観客席に向かって跳ね上げた。
きらきらと、照明を映して光る水飛沫。その前に、プロメテは咄嗟にレイラを庇うように立ち塞がる。ざばーっと水飛沫が行き過ぎて、やり遂げたとでも言うようにイルカは戻っていく。
思い切り水を被り、びしゃびしゃになったプロメテは、少し沈黙した後――。
「ふふ」
と笑ってしまう。レイラも方も吹き出してしまい、二人はしばし笑ってから。
「驚いた、こんな演出もあるのだな……レイラ殿、大丈夫か?」
「ええ、大丈夫よ。ありがとう、プロメテさん」
身を呈して、庇ってくれるなんて。そうお礼を言って、レイラは取り出したハンカチでプロメテの髪をぬぐい始めた。
残った水の雫は、彼女の赤い髪に良く映える。そんなことを思いながらも、レイラは順に濡れた箇所の水滴を拭きとって行った。
一方で、大人しく――くすぐったげにそれを受け入れて、プロメテはうつむきがちになり、小さく呟いた。
「……ありがとう、レイラ殿」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
浮舟・航
館長(f00041)と来ました
この水族館、結構展示してるものの幅が広いみたいです
楽しみですね
ねえ、館長はUDCの海の生き物は見たことがあるんでしたっけ
……ああ、いらしてたんですね。教えてくれればよかったのに
スペースシップワールドの海もきれいでしたが、
この世界の海もそれなりに、――あれ? い、いない
……
すみません、見失いかけました
抱えましょうか?その方がすこしは見やすいですよね
いつもの備品さんほど、視界は高くなりませんが
それは頼もしい
では行きましょうか、イルカショー
口先で器用にボールを突き、飛ばす様を眺め
やっぱりイルカって賢いですね
イルカは、すこし知ってる程度ですよ
親近感
館長、小柄ですもんね……
ケビ・ピオシュ
浮舟殿/f04260と
そうだねえ
私はちょくちょくUDCに来ているのだけれど
とは言え、君に貰った本で最近は見た程度だよ
本物を見に来た事は余り…
おや、これは
歩幅と速度の問題で
人の流れに飲み込まれているね
申し訳ないがお願いできるかな
すまないね
私から誘ったというのにエスコートをさせてしまって
備品殿は今日はお仕事だからねえ
でもねえ
パンフレットはちゃんと読み込んで来たから安心してくれたまえ
あと10分後にイルカショーがある事だってバッチリだよ
海水を跳ね飛ばすのはサービスなのだろうけれども
なかなか容赦が無いねえ
浮舟殿はイルカにもやはり詳しいのかい?
しかし跳ね飛ばされっぷりと良い
あのボール…実に親近感が湧くね
●さかなの話
「この水族館、結構展示してるものの幅が広いみたいです」
パンフレットから顔を上げた浮舟・航(未だ神域に至らず・f04260)は、慣れた様子でそちらを振り返る。うつむき気味に視線を落とすのがコツと言えなくもないだろうか。
「ねえ、館長はUDCの海の生き物は見たことがあるんでしたっけ」
館長、とそう呼びかける先に居るのは、彼女の馴染みの図書館の主、ケビ・ピオシュ(テレビウムのUDCメカニック・f00041)だ。
「そうだねえ。一応、私はちょくちょくUDCに来ているのだけれど」
顔……というか画面に映ったヒゲを撫でながら言う彼に、航は少し残念そうに。
「……ああ、いらしてたんですね。教えてくれればよかったのに」
「とは言え、君に貰った本で見た程度だよ」
もしくは君が描いてくれたものくらいか、本物を見に来たのは久しぶりだという彼と共に、航は目指す場所へと歩き出した。
水族館、と言えば思い出すのはスペースシップワールドの、宇宙船内で見た海だろうか。
「あれもきれいでしたが、この世界の海もそれなりに――」
と顔を向けたところで、見知らぬ子どもと目が合って、航は言葉を途切れさせた。
「……」
「ああ、こっちだよ、浮舟殿」
思わず無言で眉根を寄せた航は、程なくチョコミントカラーの特徴的なテレビウムを、人波の底に発見した。
「すみません、見失いかけました」
「いや、いや。こちらこそすまないね」
良くも悪くも人の少ない図書館とは勝手が違うらしい。主に身長と歩幅の差が。
「抱えましょうか? その方がすこしは見やすいですよね」
「ああ……申し訳ないがお願いできるかな」
ついでにはぐれる心配もないし。両手を広げたケビを、航は両手で抱えるようにして抱き上げた。
「いつもの備品さんほど、視界は高くなりませんが」
「今日はお仕事だからねえ、備品殿は」
肩に乗るのとはまた勝手が違うものだけれど、これはこれで。
「浮舟殿の両手が塞がってしまうが……パンフレットはちゃんと読み込んで来たから安心してくれたまえ」
「なるほど、それは頼もしい」
手を引いてエスコートは出来ないけれど、代わりにそう言うテレビウムに、航は頷いて返した。
「ちなみに、あと10分後にイルカショーがはじまるよ」
「はい、では行きましょうか」
少しだけ早足で、ぬいぐるみを抱えたような姿勢のまま、二人はイルカショーの会場へと歩いて行った。
ショーを間近で見たいのなら最前列……と言いたいところだが、館長の背丈に配慮し、航は階段を上ったところに席に腰かける。
早速始まったショーは、UDCアースではよくある類のものではあったけれど。トレーナーとイルカがキャッチボールするのを見ながら、航は口を開く。
「やっぱりイルカって賢いですね」
「そうだねえ……先程の、観客席に海水を跳ね飛ばすのは見たかい? サービスなのだろうけれども、なかなか容赦がないねえ」
「イルカの方も面白がっているのかも知れませんね」
「浮舟殿はイルカにもやはり詳しいのかい?」
「……すこし知ってる程度ですよ」
微妙にツボからは外れるのだろうか、そんな言葉を交わしながらも、ケビの目は自然と、イルカのが口先でボールを跳ね飛ばす姿に引き寄せられる。
「あのボール……実に親近感が湧くね」
親近感。聞き間違いかと、航が小首を傾げる。
「ああ……館長、小柄ですもんね」
「いやあ、あの跳ね飛ばされっぷりを見ていると、特にそう感じるのさ」
跳ね飛ばされっぷり。今度こそ聞き間違いか? 反対方向に、航はもう一度首を傾げた。
ショーはクライマックスに差し掛かり、跳ね上げられたボールが、大きく高く、宙を舞う。戦いの中で何度か見られた、ぶん投げられる彼のように。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
まずは館内を一周してきますか
ぶらぶらして、ぼーっと見て……
あ、クラゲ。クラゲは重点的に見たいかも
見てて飽きないというか、惹かれるというか
一周し終えたらまた戻ってきましょう
確かクラゲは心臓が無くて
傘の動きが心臓のような役割を果たすとか
なんでこんな生物が海に居るのか不思議だ
何の為に生きてるんでしょう
……自分にも言えたことか
血は流れているけれど、多分、心臓は影に溶けた
何が私を動かしているのやら
クラゲは脳すら無い
――何も考えずに漂えたなら楽に生きられるのかな
あぁ、やめやめ
こんなこと考えてたら楽しめないですね
ずっとクラゲ見ててもいいんですが
イベントの時間、丁度良いのないかな……(パンフレットをじぃっ)
●影とクラゲ
ぶらりと館内を見て回って、しばし。スキアファール・イリャルギ(抹月批風・f23882)は、入口に戻ってきてしまったことに気が付いた。
館内は広く、展示物は多い。けれど、どこか無感動に、散歩のように通り過ぎてしまえば、あっという間にこの通りだ。
……いや、ところどころでぼーっと足を止めてはいた。事実として結構時間は経っている。けれど印象に残っているものはと言えば……。
しばしそうして考えて、スキアファールは一番気持ちが動いた場所――クラゲばかりを展示したその区画に戻っていった。
縦に長い、筒のようになったガラスの中、人工的に作られた水流の中をクラゲが泳いでいる。……いや、漂っていると言った方が良いのだろうか?
そんな様子を見上げるようにして、スキアファールは思い出す。確か、クラゲには心臓がなくて、この傘を動かす行為こそが心臓のような役割を果たしているという。
なんでこんな生物が海に居るのか、と彼は疑問を覚える。
「何の為に生きてるんでしょう」
口に乗せてしまえば、その問いは自然と自らにも返り来る。
血は流れているけど、衣服の下、黒い包帯の中、多分心臓は影に溶けていることだろう。ならばこの血を巡らせているのは。
(……何が私を動かしているのやら)
答えは出ない。けれど、と彼はまたクラゲ達を目で追っていく。
月のように丸いもの、糸を引くように長い足を持つもの、白く半透明なその身体は、薄く色付いた照明によく映える。
こうして漂う彼等はきっと、こんな自問自答はしないのだろう。何しろクラゲには脳すらないのだから。
「――何も考えずに漂えたなら楽に生きられるのかな」
あぁ、やめやめ。思い付いたままのその言葉に、彼は自ら顔を横に振る。ずっとクラゲを見ていても良いのだけれど、飽きないしずっと見ていられるけれど、こんな思考では楽しむどころの話ではない。
「イベントの時間、丁度良いのないかな……」
ポケットに突っ込んであったパンフレットを取り出し、スキアファールは時計とそれとを見比べて、手頃な出し物目指して歩み去って行った。
クラゲは水槽の中をゆっくりと泳ぐ。この動きこそが心臓の代わりであるというのなら、彼等は生きているから動いているのか、動いているから生きているのか――。
大成功
🔵🔵🔵
御園・ゆず
ぺんぎんさん。
すきです。
ここのぺんぎんさんはどんな子でしょうか?
アデリー?フンボルト?
展示写真のフリッパータグを見ながら名前とお顔を確認
ふふふ、あそこはカップルでしょうか?
飛び込もうか悩んでる事も可愛いですね
すいすいばびゅーんと泳ぐ姿もすてき
陸上の、よちよちてちてちとのギャップですね
水槽の硝子におでこをくっつける勢いでじぃっと観察です
ふふふ、あのこはおっとりさんでしょうか?
お昼ごはんが終わった時間でしょうか?みんな眠たそうですね
次のごはんの時間をチェックして、次のエリアへ行きましょう
次はどんな子に会えるかな?
●ぺんぎんさん
さて、ここのぺんぎんさんはどんな子でしょうか?
水族館を訪れた御園・ゆず(群像劇・f19168)は、迷わずペンギンを展示しているこの場所へ辿り着いた。このプールに居るのはフンボルトペンギン。穏やかだけど少し神経質で、若干他と距離を置いたような立ち位置に、何となく親しみのようなものを覚えながら、彼女は全体を見渡せそうな一角に陣取った。
まずは展示写真とフリッパータグから、個々の名前と顔を見比べる。あっちのちょっと小さめなのがクロエで、元気の良さそうなのがケイト。命名則は施設によって違ったりするが、ここは洋画か何かかな、と小首を傾げながら、ゆずはゆっくりと群れを見回す。
「ふふふ、あそこはカップルでしょうか……?」
二匹でくっついている子もいれば、またちょっと横の水際では、飛び込むかそうでないか悩んでいるような子も居る。ペンギン水槽は少し高めに作られているため、プールに飛び込み水中を泳ぐ姿も、ガラス越しに良く見える。
陸上でのよちよちした歩き方とは打って変わって、水中では空を飛ぶ鳥のように素早く泳ぐ姿を、気が付けばゆずはガラスに額を貼り付けんばかりの勢いで見入っていた。
はあ、と満足げなため息が小さく漏れる。
「あのこはおっとりさんでしょうか? でも何だか、みんな眠たそうですね……?」
どことなくのんびりとした雰囲気。水槽脇に掲示されたスケジュールを見遣って、ゆずは「ちょうどおひるごはんが終わった頃か」と納得する。
「次のごはんの時間は……?」
ふむふむ、と頭の中にメモを取る。その辺りが次の見どころになるだろうか。やはりご飯を求めて飼育員の後をついて行ったり、頑張ってアピールしている姿などは、定番ながら見逃すわけにはいかないだろう。
そうしてまた次の出会いを求めて、彼女がエリアを移ろうとしたところで、何だか人が集まり始めていることに気が付く。
小さく眉根を寄せたところでアナウンス。
あっお散歩が始まった。あ、あっ、待って。
水槽の端っこのさらに脇、専用の出入り口から、係員と一緒にペンギン達がよちよちと歩き出てくるのを見て、ゆずは足早にそちらを追いかけていった。
大成功
🔵🔵🔵
鳳仙寺・夜昂
そういや来たことねえなあ、水族館……
と思いながら魚見たり、クラゲ見たり、うろうろした後、
休憩がてらペンギンのブースをぼーっと見てる。
灰色でちっさいのも、黒色で大きいのも、よちよち歩いてる。かわいい。
親の足元に子供が埋もれてる?の、どうなってんだろうな。ちょっと不思議。
お土産のとこにペンギンのぬいぐるみとかねえかな……。
寄ってきたペンギンとガラス越しに構ってみたりなんかして。
(特徴:鳥が好き)
……え?ペンギンの散歩が始まる?……着いていくか。
※絡み・アドリブ歓迎です!
●ペンギンに囚われしもの
「そういや来た事なかったなあ、水族館……」
何もこれは人生で必須のイベント言うわけでもない。だからこそ良い機会ではあるだろう。鳳仙寺・夜昂(泥中の蓮・f16389)はそう考えて、初めての水族館を訪れた。
こうして改めて、泳ぐ魚をまじまじと見る機会はそんなにないはず。もの珍しさもあり、展示された魚をクラゲを、夜昂は順番に見て回る。
うろうろと、勝手がわからないなりに一回り……と考えていたところで、彼はついにそこに到着する。
「ほう……なるほど、こいつらも海の生き物だもんな」
吟味するように呟いて、夜昂が歩み寄ったのは、ペンギンの展示されたブースだ。何を隠そう鳥好きである彼は、完全にそこで足が止まった。
お馴染みのヒヨコは留守番か、それとも巧妙に隠れているのか、姿が見えないようだが。
「……」
顎に手を遣り、考え込むような構え。だが見る者が見れば分かるだろう、実際のところ、彼はペンギンプールをガラス越しにぼーっと眺めているだけである。
灰色で小さいのや、黒色で大きいの、具体的な名前までは知らないが、どちらもよちよちとした歩みが無闇にかわいい。
「なんだ……?」
そしてそんな中で、身体の大きなペンギンの足元から小さいのが顔を覗かせているのを見て首を傾げる。親子だろうか、不思議な光景ではあるがそれもそれでかわいい。何やらこちらに気付いたようで、ガラスの方へやってきたペンギンに指先を近付ける。指先を振って、そちらを注視しているペンギンを構ってやりながら……気が付けばかなりの時間が経過している。
こてはまずい、土産物屋にペンギンのぬいぐるみとかあったら買ってしまう。
危機感を覚えながら、一旦夜昂は踵を返そうとして――。
え? ペンギンの散歩が始まる?
周りのざわつきの中でその言葉を捕まえて、彼は一考の後、それについていくことにした。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【白】
めんこいのも不思議なのも見てて飽きないよな~
って何つー食気と楽しみ方!
(改めて煌めく水槽に癒されつつ進み)
おぉ、これまた良い光景に会えたな
あの散歩姿は和むよな――ソレに比べてオレ達はっ
(微笑ましい番と白一色な此方の絵面の対比に遠い目)
いや、睦まじい番見てるとコッチも幸せになるから良いさ!
ハハハ清史郎はフォローアリガトネ
――んでペンドラマはまぁ気になるケド、お前はまたそんな楽しみ方!
(眼前通るお一人様にお互い頑張ろ~とか
番に幸せにな~と手を振り)
くっ、オレは哀れみもゆるかわ土産も無用――って二人して早速!
ウン――皆可愛くて敵わないネ
無邪気には…勝てない…!
(清史郎やぬいの目に負け結局買い)
筧・清史郎
【白】
様々な生き物さん達と出会える水族館はとても好きだ
確かに、活きの良いお魚さんが沢山だな(微笑み)
おお…愛くるしいぺんぎんさんたち(可愛い生き物大好き故にガン見)
よちよち歩く様は大変可愛らしく、見ていて飽きない
大丈夫だ伊織、番もいれば、あのぺんぎんさんの様な堂々たるお一人様もいる(素で元気付けているつもりの微笑み)
ぺんぎんさんとは離れがたいが、土産も是非購入したいところ
俺はやはり、ふわもこぺんぎんさんぬいぐるみが気になるな
伊織、揃いでどうだ?それとも、ちんあなごさん枕の方がやはり好みか?
菊里、水族館の仲間たちの菓子もある様だ、茶と合いそうだな
ああ、可愛いは正義だ(もふぺんぐるみ抱っこし微笑み
千家・菊里
【白】
おや美味しそうなお魚がいますねぇ
え、純粋に楽しんでますよ?
(にこにこ水槽眺めつつペンギンの所へ)
あ、丁度お散歩ですね
あの子達は番でしょうか
仲睦まじくて和みますねぇ
(伊織を生暖かくスルーして散歩を愛で)
何処かでは壮大な相関図があるそうですが
此処でもどらまが繰り広げられているのでしょうか
いやぁ、色々考えつつ見ると一層楽しくなりますね
伊織も彼(堂々としたお一人様)の様に強く生きては?
(手を振り見送って)
さて
仕方ないから哀れな伊織には番ぺんぐるみを――あ、ちんあなご抱枕を増やすのも手ですね
清史郎さんも良い子が見つかり何よりです
お菓子も是非買って皆でお茶をしましょう
ふふ、帰った後も癒されそうですね
●可愛いは正義
展示されたものを順番に見ていくのも良いが、様々な魚の入り乱れる大水槽を眺めるのもまた格別なもの。回遊するイワシの群れに、ひらひらと体を揺らして泳ぐエイ、中にはサメまで居るのだから、見ごたえは十分にある。
「めんこいのも不思議なのも見てて飽きないよな~」
しばし足を止めてそれに見入っていた呉羽・伊織(翳・f03578)の言葉に、千家・菊里(隠逸花・f02716)と筧・清史郎(ヤドリガミの剣豪・f00502)がそれぞれに頷く。
「それに、美味しそうなお魚もいますしねぇ」
「確かに、活きの良いお魚さんが沢山だな」
「またそういう……」
「え、純粋に楽しんでますよ?」
食気が滲んでいる、と半眼になる伊織に、二人はよく似た微笑みで返した。打てど響かず、というよりは気にしてもいないのだろう、綺麗に受け流しながら、彼等が向かったのはペンギンのブースである。ガラスの向こうは陸とプールが半々で、思い思いに過ごしたり泳いだりするペンギンをじっくりと眺められる……ところなのだが。
「あ、丁度お散歩ですね」
人だかりを迂回するように前に出れば、そこには列を……作り切れていない形でペンギン達がよちよちと歩いていた。
「おお……愛くるしいぺんぎんさんたち」
「これまた良い光景に会えたな」
かなり身を乗り出した姿勢の清史郎と並んで、伊織が目を細める。微笑ましい光景の中で、菊里が指をさしたのは。
「あの子達は番でしょうか、仲睦まじくて和みますねぇ」
「ああ、本当に、和むよな――ソレに比べてオレ達はっ」
突如伊織が遠い目になる。ただただ癒されていればいいものを、そこで我が身を顧みてしまうのが人の性ということだろうか。男三人で来た以上、それは避けられない苦しみだったのかもしれない。
「……いや、睦まじい番見てるとコッチも幸せになるから良いさ!」
分かりやすい強がりが伝わったのか定かでないが、清史郎はそんな彼を元気付けるようにして――。
「大丈夫だ伊織、番もいれば、あのぺんぎんさんの様な堂々たるお一人様もいる」
「ハハハ、フォローアリガトネ」
多分あのペンギンはそんなこと気にしてもいないだろう。がんばれよ、そしてお二人はお幸せに。伊織は空しく笑いながらペンギン達へと手を振った。
「しかしまあ、我々からは窺い知れないだけで、そんな単純な構図ではないかも知れませんよ」
「なるほど。であれば、どう見る?」
清史郎の問いに、話を振った菊里はどろっとした感じの相関図を描き出す。もちろんペンギン達の実情の話ではないが、ありえないとも言い切れないわけで。
「いやぁ、色々考えつつ見ると一層楽しくなりますね」
「お前はまたそんな楽しみ方!」
人間ドラマならぬペンドラマがこの後繰り広げられるのかもしれないが、どちらにせよ蚊帳の外であろう彼等はペンギンたちの姿を忘れない内にギフトショップに向かうことにした。
そう、ぺんぎんさんとは離れがたい。離れ難いが――。
「俺はやはり、ふわもこぺんぎんさんぬいぐるみが気になるな」
後ろ髪惹かれる思いからか、遅れがちだった清史郎も、土産を選ぶ段になれば表情が変わる。
「伊織、揃いでどうだ?」
「仕方ないですから、哀れな伊織には番ぺんぐるみを――」
「二人して同じ発想を……?」
清史郎と菊里、別方向から同時に振られて伊織が途方に暮れる。とはいえ、どちらを選ぶとかそういう話ではない。
「くっ、オレは哀れみもゆるかわ土産も無用――」
「そうか、ちんあなごさん枕の方がやはり好みか?」
「なるほど、ちんあなご抱枕を増やすのも手ですね」
妙な連携はやめてほしい。
「清史郎さんも良い子が見つかり何よりです」
「ああ――水族館の仲間たちの菓子もある様だ、茶と合いそうだな」
「ええ、お菓子も是非買って皆でお茶をしましょう」
どんどん土産を選んでいく二人に続いて、伊織もつい、ぬいぐるみと目を合わせてしまい――。
「伊織」
ふわもこのぬいぐるみを抱いた清史郎が、屈託のない笑みを浮かべる。
「可愛いは正義だ」
「くっ、無邪気には……勝てない……!」
お買い上げありがとうございました。
「ふふ、帰った後も癒されそうですね」
屈してしまった伊織をあたたかく見守って、菊里もまた微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ファルシェ・ユヴェール
私がかつて暮らしたのは、ダークセイヴァーの辺境、峻険な山岳ゆえに
猟兵となるまで海というものを見た事すら無かったので
故に、依頼で訪れた他の世界で初めて海を見たときは
内心、密かに驚いたものでしたが
これが、水族館というものですか……
……まるで、世界中の海が此処にあるかのよう
ほんの数分を歩くだけで、深き水底から岸辺まで
凍りついた地から温暖な南国まで
目に映るものの変化の目まぐるしさに馴れず、
それでも表向きは一切、顔に出さぬまま
しかし好奇心の赴くままにひとつひとつを食い入るように眺めては
掲示された解説まで読んで回り
……あぁ、大変有意義な時間でした……
(土産の売店で勢いで購入したペンギンぐるみを抱えている)
●フルコース
ファルシェ・ユヴェール(宝石商・f21045)は思い出す。かつて暮らしたダークセイヴァーの辺境、その峻険な山岳を。そこだからこそ得られたもの、そこでしか見られないものは確かにあった。けれどそれゆえに……こうして猟兵となるまで、海を目にする事すらなかった。
初めて、その広大な海を見た時の衝撃は大きかった。それに比べれば、この程度の施設など大したものではないだろう。
まあ、恐らくは。
「これが、水族館というものですか……」
いくつもの水槽の並ぶ暗がりを歩みながら、ファルシェはどこか途方に暮れたような声を漏らした。幸い、誰にも聞かれてはいなかったようだが……そう、まるで世界中の海を一箇所に集めたような風情。
ほんの少し、数分ばかり歩けば、深海から岸辺まで、凍りついた地から温暖な南国まで、全く違う光景が繰り広げられる。海が鉱脈であるならば、ここはさながら宝石箱だ。
……と、目まぐるしい変化に大いに振り回されながらも、ファルシェはそれをおくびにも出さず、飽くまで平然とした様子で各水槽を見て回った。
驚きの波のピークを超えれば、代わりに彼の持ち前の好奇心が顔を出す。それが赴き、求めるままに、ファルシェは実際の魚達の姿と合わせて、掲示された解説まで余さずその目で捕まえていく。
海を泳ぐ宝石のような熱帯魚達、そして深海に住まう不可思議な造形の生き物達、華美な羽衣を纏ったようなクラゲも彼の目を釘付けにした。そして、何よりも氷の世界に住まうという鳥の姿が、生態が、彼の知識欲を震わせて――。
「……あぁ、大変有意義な時間でした……」
ごちそうさまでした、とでも言うように、満足気に呟いたファルシェの腕には、先刻勢いで購入したペンギンのぬいぐるみが抱かれていたという。
大成功
🔵🔵🔵
花剣・耀子
楽しむことが第一。
と、殊更に意識をしなくたって、好奇心が先に立つ場所は楽しいのよ。
思い返してみると、水族館には然程馴染みがないもの。
初めてのきもちでワクワクと楽しみましょう。
順路通りにのんびり回ってゆくわね。
おさかなには詳しくないから、解説を読みつつ。水槽を眺めつつ。
美味しそうとは思わないけれど、存外かわいくてずっと見てしまう。
エビさんのひとみがつぶらだわ……。
……、……は。次。次にゆきましょう。
そろそろペンギンさんに会いにいかなくてはいけないのよ。
……はー。ちいさくてひとみがつぶらで愛嬌のあるフォルムでぺたぺたあるいてゆくいきものが可愛くないわけないでしょう。
ぬいぐるみを買って帰ろうかしら。
●つぶら
花剣・耀子(Tempest・f12822)は、現場である水族館へと到着する。
今回の仕事に関しては、まずは楽しむことが第一となる。とはいえ、殊更それを意識する必要はないのだと、特に気負った様子もなく彼女はそこに踏み入った。
これまでの生活を思い返してみれば、水族館自体に然程馴染みはないわけで。
(初めて来たようなものよね)
あとは、そう。好奇心の赴くままに。一応設定されている順路に従って、のんびりと歩く。
水槽の上下に掲示された解説などに目を通しながら、順番に眺めていけば、普段得られないような知識に触れる事にもなる。
日常的に食している魚の生態を学んだり、ウミヘビとウツボの違いを微妙な表情を浮かべながら読み取ったり……とはいえ、そういったすぐに忘れてしまうかもしれない情報よりも、大事なものは――。
「……目が」
つぶらだわ。水槽の中のエビを見て、思わずそんな呟きが漏れる。
きっと記憶の中に残るのは、「魚の泳いでる姿が存外かわいい」だとか、このような自分の目で見た印象の方だろう。
「……」
エビさんと見つめ合う事しばし。思わぬところでツボにはまってしまったようだが、はっと耀子が我に返る。
「……次。次にゆきましょう」
エビさんに別れを告げて、時間を確認しながら足早に移動。向かう先は、今回の大本命。
そう、そろそろペンギンさんに会いに行く時間である。
「……はー」
ものすごい満足げな溜息が、耀子の胸から零れる。ここに立った時点で分かった。というかもういっそ来る前から分かっていた。
ちいさくてひとみがつぶらで愛嬌のあるフォルムでぺたぺたあるいてゆくいきものが可愛くないわけないでしょう。
全くもってその通りである。気ままに歩いて、時にすいすいと水の中を滑るように泳いで。立ち尽くす様も仲間の後を追うように動く様も何もかもがかわいい。
これはダメだと彼女が自覚するように、当分の間は、ここから動くことはできないだろう。
「もう、ぬいぐるみ買って帰ろうかしら……」
お買い求めは是非、こちらのギフトショップで。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィクトル・サリヴァン
水族館と聞いて!
たまには水の気配のある所に行かないと調子が出ないんだよねー。
キマフューと別の世界のお魚達とか珊瑚とか、さてさてどんな感じなのか楽しみ。
珊瑚礁の大水槽辺りを中心にじっくり見る。
こうゆっくり息を気にせず見てると新鮮な感覚だねー。
長続きはしても肺呼吸だし。
時間に注意してイルカショーとペンギンの散歩のタイミングは見に行くね。
イルカショーには俺ならもうちょっとここで捻りを入れるかなーと自分が魅せる場合どうするかなーと考えたり。
ペンギン散歩はあんまり見る事ないから新鮮だなー…怖がられないといいけども。
ほらよく海に飛び込む瞬間とかアザラシとかシャチに狙われてるらしいし?
※アドリブ絡み等お任せ
●玄人
「丁度よかったよ、たまには水の気配のある所に行かないと調子が出ないからねー」
水族館とはお誂え向きと言えるだろう。ヴィクトル・サリヴァン(星見の術士・f06661)は胸を弾ませて、チケット売り場のゲートを潜って行った。
まずは馴染みのある珊瑚礁の大水槽。ヴィクトルの出身世界であるキマイラフューチャーとの差異を中心に、あれは似ているこれは違う、と観察を続ける。
とはいえ、こうしてゆっくり、息継ぎを気にせず眺められるのは新鮮だと彼は思う。身体が濡れることも無いのは一長一短と言うところだろうか。
水底を泳ぐのではなく歩く、不思議な感覚を味わいながら、彼はイルカのプールの方へと向かっていった。
そう、そろそろショーの時間である。
白と黒の二色の模様。イルカ達はシャチのキマイラであるヴィクトルと外見上はそこそこ似ている。そんな彼等のアクロバティックな動きを見ながら――。
「俺ならもうちょっとここで捻りを入れるかなー」
玄人顔で評価を下す。実際彼がやった方が力強く派手なショーになるだろうが、とにかく。
軽く拍手を送ってやりながら、自分がやった場合の魅せ方などを一通り吟味する。もしかしたら、何かの役に立つかもしれないし。
そうしてショーの終わりまでを見守ってからは、彼は大きな体をぐっと立ち上がらせた。
見ていれば泳いでみたくもなったけれど、さすがに入れてはくれないだろう。さて次は、とパンフレットを見て、ヴィクトルはペンギンの散歩を見に行くことにした。
「あんまり見る事ないから新鮮だなー」
ちなみに、彼自身も知っている通り、シャチがペンギンを捕食することはままある。
「……怖がられないといいけども」
紳士的に振舞えば分かってくれないだろうか。そんな事を考えつつ、彼はペンギンのブースへと向かっていった。
大成功
🔵🔵🔵
ジン・エラー
【没了】
水族館ねェ~~~……ってェ…あァ?なンだよマリア。何そわそわしてンだよ。
──ひょっとしてお前……こォ~いうの好きなタイプか?
いィ~~や、いやいや?いいと思うぜ。好きなら好きでよ。素晴らしいじゃねェの。
クキャハハ!!モォチの、ロンだぜマリア。
これも仕事のうちってヤツだ。
さァ、何から見に行くンだ?
クヒハ、わかったよ。
は~~~ァ、マリアお前変わってンなァ。
いや?全ッ然悪くねェ。むしろ面白ェ。
オレもそンなイルカだのなンだのみてェな、どこにでもいるよォ~なヤツよりこォ~いうのがいいしな。
クヒャヒハ!!そォ~~~りゃ面白ェな!!!
サラッとこの辺にでも混じってンじゃねェか? なンつって。
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
【没了】
水族館……!
うん、行くのは初めてだけど、マリア海の生き物って好きだよ。
不思議な形してる子とか見ると、宇宙に帰ってきた気分になれるの。
楽しむのもお仕事なら、色々見てきてもいい、よね……?
じゃあ、あれ、あれ見てみたいな! 行こ、ジンお兄さん!
(年相応に子供らしくはしゃいで楽しみますが、イルカやペンギンのような一般的に可愛いものでなく、
深海魚やクラゲ、イカ、タコ等の軟体生物やグソクムシ、ウミウシなどのようなキワモノ、イロモノ系統をかなり好み夢中になります)
わぁ、可愛い……海ってほんとに色んな子が居るんだね。
中にUDCとか宇宙生物が混じっててもわからないかも?
●うちゅうせいぶつ
チケットを渡してゲートを潜り、トンネルを進めば、いかにも水族館と言うような大水槽が現れる。それに興味があるのやらないのやら、斜に構えた視線を送ったジン・エラー(我済和泥・f08098)は。
「水族館ねェ~~~……ってェ……あァ?」
後ろを付いてきていた少女、アヴァロマリア・イーシュヴァリエ(涯てに輝く・f13378)の様子がいつもと違うことに気付く。
「なンだよマリア。何そわそわしてンだよ。──ひょっとしてお前……こォ~いうの好きなタイプか?」
「うん、行くのは初めてだけど、マリア海の生き物って好きだよ」
質問が揶揄するような調子に聞こえるのは彼の常だろうか、何にせよこちらは素直に、頷いて見せる。
「不思議な形してる子とか見ると、宇宙に帰ってきた気分になれるの」
可笑しいかな、と問われれば、こちらも変わらぬ調子で饒舌に。
「いィ~~や、いやいや? いいと思うぜ。好きなら好きでよ。素晴らしいじゃねェの」
その答えに、「良かった」と息を吐いて――アヴァロマリアは、探る様にもう一つの質問を口にした。ああ、そう。猟兵としての役目も、十分理解しているのだけど。
「楽しむのもお仕事なら、色々見てきてもいい、よね……?」
「クキャハハ!! モォチの、ロンだぜマリア。これも仕事のうちってヤツだ」
対する相手は、それが口実に過ぎないとしても、その辺りでどうこう言うタイプではないらしい。むしろ誰にも文句は言わせないというように笑って。
「さァ、何から見に行くンだ?」
「じゃあ、あれ、あれ見てみたいな! 行こ、ジンお兄さん!」
「クヒハ、わかったよ」
掲示された地図の一角を指差す彼女に従って、ジンはそちらへと歩き出した。
ペースは足早……なのは、アヴァロマリアの気が逸っているせいだろう。イルカにペンギン、プールで泳ぎ、人々を魅了する生き物たちを、彼女はあっさりとスルーして――。
「わぁ……!」
海底の生き物コーナーで歓声を上げた。
タカアシガニが大股で歩いていく様子や、逆にピクリとも動かないダイオウグソクムシの姿が、どうやらアヴァロマリアには効くらしい。
「は~~~ァ、マリアお前変わってンなァ」
道中のクラゲコーナーにおける似たような反応を見てきたジンは、隣の水槽で壺にはまっているタコを指差す。
「お前の好みはこの手のヤツだと思ったンだが」
「うん、その子も可愛いよね」
軟体も甲殻類もいけるらしい。言うなれば異形の、深海魚達の姿にも、アヴァロマリアは何やら安心したような温かい眼差しを向けているのが分かる。
ちょっとはしゃぎすぎたか、と思ったらしく、彼女は改めてジンの方を見る。
「あ、ジンお兄さんは、こういうの見ててもつまらない?」
「いや? 全ッ然悪くねェ。むしろ面白ェ」
その質問を遮って、ジンはアヴァロマリアの隣に並んで、丁度彼女が褒めていた深海魚を共に見る。
曰く言い難いが、こいつはとりあえず顔が厳つい。
「オレもそンなイルカだのなンだのみてェな、どこにでもいるよォ~なヤツよりこォ~いうのがいいしな」
「本当?」
良かった、と笑って、彼女はまた別の水槽へと歩きだした。
「でもこれだけ居ると、中にUDCとか宇宙生物が混じっててもわからないかも?」
「クヒャヒハ!! そォ~~~りゃ面白ェな!!!」
愉快気に笑って、ジンが続く。そうして見えてきた、また奇妙な生き物を指差して。
「サラッとこの辺にでも混じってンじゃねェか? なンつって」
「ふふ、でもこの子、ジンお兄さんの髪と同じ色してるね」
アオウミウシと並べて語られることなどそうそうない経験だろう。もう一度、ジンは愉快気に笑い転げた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィルジール・エグマリヌ
水族館、ずっと来たかったんだ
機会が在って嬉しいな
のんびりと楽しませて貰おう
宇宙には海が無いから
実は泳いでる魚って殆ど見たことが無いんだ
斯うして見ると彼らも生きているんだね
――そういえば、子供の頃
魚は切り身の状態で泳いでるのだと思っていたよ
当たり前だけれど、実際は違うのだよね……
少しだけ新鮮な気持ちだ
硝子越しに見る魚たちの遊泳はいきいきしてる
水中でふわふわ揺れる海月も可愛いな
魚って食べるだけではなく、鑑賞しても楽しめるのだね
自室にも水槽とか置きたくなるな……熱帯魚飼いたい
嗚呼――そうだ、折角だし写真を沢山撮ろうか
電脳ゴーグルで色んな魚たちを撮影して行こう
艦に帰ったらこれをもとに絵を描きたいんだ
●生命の色
宇宙空間を海原に例える向きもあるが、現実としてはそうはいかない。実際に泳ぐ魚の姿など、ヴィルジール・エグマリヌ(アルデバランの死神・f13490)にとってはほとんど目にすることのないもの――いややはり、鮫だの鯨だのに似たオブリビオンが宇宙を行くのとは、随分と様子が違うようで。
「斯うして見ると、彼らも生きているんだね」
大水槽を見上げながら、彼は感心するような、そんな声音で呟いた。
思い返せば子供の頃は、魚は切り身の……それこそ食卓に並ぶその姿で泳いでいるのだと思い込んでいた。
「当たり前だけれど、実際は違うのだよね……」
あれが生き物の一部であると、きちんと認識したのは果たしていつだったか。
正しく実感を持ったタイミングはまさに今この時だと言えなくもないが。
どこか新鮮な……生命の在処のようなものを感じながら、ヴィルジールは魚達を追うようにして歩き出した。
ああ、そう。水族館には、ずっと来たいと思っていたのだから。
展示されたそれぞれを順繰りに。いきいきと泳ぐそれらの姿を目で追っていく。流麗で力強い、そんな気配を感じていたのもつかの間、今度は揃って展示されたクラゲ達の、ふわふわと揺れるような動きを楽しんで。
「魚って食べるだけではなく、鑑賞しても楽しめるのだね……」
そうして目を引いたのは、やはり色彩豊かな熱帯魚だろうか。輝き濡れた鱗はまるで宝石のよう。こんな水槽が自室にあれば……と、自然とそんなことも頭に浮かぶ。
飼うのは大変なのだろうか、そんなことを考えていたところで、ふとある事を思い付く。
「嗚呼――そうだ、折角だし写真を沢山撮ろうか」
高機能のモノクルをその目に装着。硝子越しの魚達の様子を、映像として電子の海へ写し取っていく。
眺めるだけでもきっと美しいそれは、今日の日の記念――だけではなく、彼の握る絵筆に、きっと力を与えてくれることだろう。
大成功
🔵🔵🔵
八重垣・菊花
初めての水族館、目一杯楽しみます。アドリブ絡み歓迎
水族館って海の生き物がようけおるんやなぁ! 気持ち良さそーに泳いどるねぇ、ええなぁ
イルカは賢いんやな、飛んだり跳ねたりもお手のもんや。背中に乗れたら楽しそうやなぁ、うちが泳げんくってもすいーっと海ん中連れてってくれそうや。あれ、それは亀やったっけ?
蟹や、蟹はちょっと大きすぎひん? 食べ応え……いや何でもないよ
何で蟹と海老と蛸を同じエリアに置くんやろ、絶対食べ……いや思ってへんよ、帰りは海鮮丼とか思ってへんて
クラゲはぷかぷか、気持ち良さそうやなぁ
こんだけ海の生き物がおるんやったら河童もおりそうなもんやけど
え? おらん? あ、川のいきもんやもんなぁ
●そぞろ歩き
「はー、水族館って海の生き物がようけおるんやなぁ!」
大水槽を前に、八重垣・菊花(翡翠菊・f24068)の感心したような声が響く。一堂に会した、とでも言うべきか、集められた様々な魚達は、そこで自由気ままに泳いでいるように見える。
「気持ち良さそーに泳いどるねぇ、ええなぁ……」
あんな風に、漂い、泳ぐのは空を飛ぶ鳥よりも気楽で、優雅に感じられる。
視線をそちらにやりながら、彼女は見る角度を変えていくように、ぐるりと大水槽の周りを歩いていった。
広間の大水槽をじっくり堪能しながら横切って、次に目に入ったのはイルカ達。ショーを控えているのだろう、プール脇に立ったトレーナーらしき人にじゃれつくようにしては、指示に従って飛んだり跳ねたりしているのが見える。
おお、賢いなぁと呟いて、菊花は向こうとこちらを隔てるガラスにくっつくようにしてそちらを眺めた。
「背中に乗れたら楽しそうやなぁ、うちが泳げんくってもすいーっと海ん中連れてってくれそうや」
あれ、それは亀やったっけ? タイやヒラメは居るみたいやけどイルカはおらんかったんかな、竜宮城。
そんな声が聞こえたのか何なのか、鰭に捕まったトレーナーと共にイルカが泳ぎ始める。そうそう、そんな感じ。ガラス越しに手を振り合ったり、またゆっくりとそれを楽しんだところで、またまた次のブースへ。
「お、蟹や。蟹はちょっと大きすぎひん? 食べ応え……いや何でもないよ」
大きめの蟹の迫力ある動きを見ながらも、気になるのはやはり別の。
「何で蟹と海老と蛸を同じエリアに置くんやろ……」
絶対食べ――いや、いやいや。帰りに食べるメニューとか考えてへんよ。よだれも別にこぼれてないし。
先を見通せばまだまだ、熱帯魚にクラゲにと見るべきものはまだまだある。いやー回り切れるかなぁ。それから――。
「こんだけ海の生き物がおるんやったら河童もおりそうなもんやけど」
え? おらん?
あ、あれは川のいきもんか。じゃあ動物園の方? うんうんきっとそうやろなぁ。
大成功
🔵🔵🔵
リオン・エストレア
【光縁】で参加。アドリブ〇
奥深くに隠した本音を晒しあげるオブリビオン…
俺の知らない、奥底に隠した記憶も、言葉も…
全てを奴は暴いてしまうのだろうか。
…今はそんなことを気にしてはいけない。
折角皆と来たんだ。良いものを沢山見ないとな。
そう言って皆について行きながら、色々な生き物を見る。
ルーチェが見ているのはペンギンだな。
どうもああいう生き物を見ていると、和むような気がする。
他にも、可愛らしいのが沢山で目を奪われて。
お土産…皆でお揃いのマグカップ、か。
良さそうだと俺も賛同してカップを持っては、つい頬が緩む。
こんな気分がいつまでも続けばいいのにと。
憂鬱になるのはまだ早い。
今はまだ、楽しみに浸らせてくれ
イフ・プリューシュ
【光縁】アドリブ◎
イフの『ほんとう』を口にする、オブリビオン…
…だいじょうぶ、だいじょうぶよ。怖くないわ
だって、ルーチェにリオンに零、みんなと一緒だもの!
イフ、水族館って大好きなの
沢山お水をつかって、いきものを飾るなんてとってもすてき!
せっかくだもの、海に縁がありそうなおともだちのウィスタを連れていくわ
水中トンネル…まるで海の中にいるみたいね!
あのしゅっとした子、かわいいの…え、サメの仲間なの?
実は怖かったりするのかしら?
その後お土産やさんに
まあ、かわいいいるかさん!
ね、あなたもおともだちになってくれる?
お揃いのマグカップもすてきだわ
お茶会が楽しくなりそうね!
い、イフも、イフも払うのよ!
ルーチェ・ムート
【光縁】アレンジ◎
わあわあ!水族館だ!
ご一緒してくれてありがとう
リオン、イフ、零
この後のことは今は考えずに
目一杯楽しむよ
みんなを満面の笑みで見回し
さあ、どこに行こうか
ボクは水中とんねるが気になる!
跳ねるよう駆けたなら水中世界
まるで海の中みたい
幻想的で綺麗だね
リオン、あれぺんぎんさんかな?
零、どの生き物が好き?
ひそひそとお喋りして楽しもう
お土産屋さんだね!
寄ろう寄ろう!
イフ、かわいいぬいぐるみがあるよ!見て、いるかさん!
せっかくなら何かお揃いにしない?
よく飲み物を飲むから…まぐかっぷとか!
色違いのはーとを持ってるぺんぎんさんのまぐかっぷ
良ければどうかな?
お会計はボクが
付き合ってくれたお礼に!
天星・零
【光縁】
enigmaで零と夕夜で
心情
(零『口にしない言葉か…もしそれが本当なら…』
夕夜「気にすんなって!ほら、今はみんなと楽しもうぜ!」)
零は上記言葉を考えるも割り切り感情を見せずいつも通りの笑顔で楽しむ
『いえ、こちらこそお誘いいただきありがとうございます』
指定UCで知識を学びつつ楽しむ
『好きな生物ですか?そうですね…イソギンチャクと』
「クマノミだな!別々の生物なのに助け合ってる感じがいいんだよな!」
『お揃いですか?ふふ、どれにするか悩みますね』
「どれがいいか…おっ、これにするか」
一つのカップを二人で同時に取り
『いえ、僕達も払いますよ。…そうですか。ではお言葉に甘えますね』
「ありがとうな!」
●色違いのはーと
辿り着いたそこは水族館。予知によるならば、ここは性質の悪い怪異の影響下に置かれることになるのだが。
リオン・エストレア(蒼血の半魔、昏き蒼焔の残響・f19256)と天星・零(零と夢幻、真実と虚構・f02413)、そしてイフ・プリューシュ(あなたの『生』に祝福を!・f25344)が、その件で抱いてしまった懸念を吹き飛ばすように、ルーチェ・ムート(无色透鳴のラフォリア・f10134)は明るく声をかけた。
「みんな、ご一緒してくれてありがとう!」
そこにあるのは満面の笑み、それを見れば、頭の切り替えも上手く行くことだろう。
「いえ、こちらこそお誘いいただきありがとうございます」
「ああ、折角皆と来たんだ。良いものを沢山見ないとな」
零とリオンがそれに頷いて、イフもまたサメのぬいぐるみ――ウィスタを抱いて、微笑んだ。
「イフ、水族館って大好きなの。沢山お水をつかって、いきものを飾るなんてとってもすてき!」
「本当? よかった、それじゃあ――」
行こう、と指差すルーチェに従って、一同は入場ゲートを潜っていった。
ボクは水中とんねるが気になる! という一声で、彼等は最初にそこへと向かった。
半分に切った円筒のような形状のガラスに隔てられ、その外は水と、魚達で満ちている。息は出来るし濡れもしない。こちらから魚達に手を伸ばす事さえできない、そんな風情だけれども、そこは確かに海の中であるかのように感じられた。
「すごい……まるで海の中にいるみたいね!」
魚群が頭上を横切って行くのを見上げて、わあ、とイフが声をあげる。跳ねるような、軽やかな足取りでそれに追いついたルーチェも、並んでその光景に目を細める。
「本当に、幻想的で綺麗だね」
「ああ……でも、走るなら周りには気を付けてくれよ?」
彼女等の楽しげな様子を微笑ましく見つめながらも、そう言いながらリオンが後を追う。
「あのしゅっとした子、かわいいの……」
「えぇと、あれですか? 入り口のプレートに名前が書いてありましたね……」
「え、サメの仲間なの?」
それから零の解説に、「仲間だって」とイフはウィスタと顔を見合わせて。
「ちなみに、零はどの生き物が好き?」
そこに発されたルーチェの問いに、今度は零と夕夜が共に答えを紡ぐ。
「そうですね……イソギンチャクと」
「クマノミだな! 別々の生物なのに助け合ってる感じがいいんだよな!」
「そう、後でそれも見に行こうね!」
熱帯魚の居るコーナーかな? と、息ぴったりの回答に感心しながらルーチェはそう応じる。
美しい光景のみならず、泳ぐそれらを眺めることもまた楽しくて、トンネルを行く歩みは、自然とゆっくりしたものになっていった。
名残を惜しう気持ちを抱きながらもトンネルを抜ければ、また別のブースが見えてくる。
「リオン、あれぺんぎんさんかな?」
「ああ、ペンギンだな。何でも、ここではペンギンの散歩も出し物にしているらしい」
どうもああいう生き物を見ていると、和むような気がする。そんな風に言い添えたリオンと共に足を止めて、しばしその往来を見送った。
かわいいものはそれだけでは終わらず、熱帯魚に深海の生き物、さらにはショーを控えたイルカ達、と存分に堪能して、彼等は最後に土産物屋へと至っていた。
「イフ、かわいいぬいぐるみがあるよ! 見て、いるかさん!」
「まあ、ほんとね。かわいいいるかさん!」
棚の上の方に置かれていたそれを、ルーチェがイフに取ってあげる。白と黒の体表模様は本物そっくりで、けれど全体的にデフォルメされてかわいらしい。何よりその身体はぬいぐるみらしくふっかふかだ。
「気に入ってもらえた?」
「うん、ありがとう! あとはおともだちになってくれれば良いんだけど……」
ウィスタと共に、イフはその人形のつぶらな瞳と目を合わせていた。――はじめまして、いるかさん。あなたもおともだちになってくれる?
そんな相談が一段落したところで、ルーチェは別の棚に、いくつも並んだそれに気付く。
「……ねえ、せっかくなら何かお揃いにしない?」
「お揃いですか?」
ならば何が良いか、と考える零の横でルーチェは続けて口を開いた。
「良ければだけど……よく飲み物を飲むから……まぐかっぷとか!」
「……皆でお揃いのマグカップ、か。良さそうだ」
「すてきだわ。お茶会が楽しくなりそうね!」
リオンとイフが口々に同意を伝える。ルーチェの指し示した棚には、水族館由来のグッズが並んでおり、その中にはもちろん、色んな生き物の描かれたマグカップもあった。
「ふふ、どれにするか悩みますね……」
「……おっ、これにするか」
通じ合う二人、零と夕夜が二人で一つのカップを手に取って、「やっぱりそれだよね」とルーチェもそのシリーズに手を伸ばす。
色違いのはーとを持ったペンギンの描かれたマグカップ。揃いのものとしては丁度良いだろう。皆それぞれに選んだところで。
「付き合ってくれたお礼に、お会計は僕が!」
「いえ、僕達も払いますよ」
「い、イフも、イフも払うのよ!」
わいわいと、賑やかなやり取りがギフトショップに響く。それを聞きながら、リオンは頬を緩ませた。
そして、願う。こんな気分が、いつまでも続くように、と。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
取り敢えずは楽しまねば先に進まんのであるから
今は後のことを考えず、存分に満喫するとしよう!
水族館というのは落ち着くよなァ……
小魚やらクラゲやらもずっと見ていられそうだが
やはりここは!深海ギャラリーである!
生物の不思議を堪能するのだ!
暗いところは何となく落ち着くというのもあるのだが
それ以上に、この……何とも言えない深海魚の造形がな
一体何があってこんな姿になってしまったのだか全く分からんが
何だかよく分からん愛嬌があるのだよなァ
静かで暗いところが好きな生き物には、親近感もあるのだ
確かに雑踏やら人やらも好きだが、暗がりの中で静かにしているのも同じくらい好きだ
こういうところは良いよな……分かるぞ……
●深海
「水族館というのは落ち着くよなァ……」
静かに唸る空調と、抑えめた照明。人の往来こそあれ、メインの魚達はガラスの向こうで、騒ぐことなく揺蕩っている。大きなそれに限らず、小さな魚にクラゲの展示、それらもずっと見ていられそうだとニルズヘッグ・ニヴルヘイム(竜吼・f01811)は思う。しかし……。
「やはりここは! 深海ギャラリーである!」
どうせなら、と選んだのは水族館の中でも気持ち下方に作られた、より深く静かな場所だった。足元を照らすぼんやりとした光の中を歩けば、周りの水槽には遥か海の底に住み着く者達が展示されている。
夜闇を思わせるその空間は何となく落ち着く気分にさせてくれるが、それよりも。着目すべきはそこに住まう彼等の造形である。
「一体何があってこんな姿になってしまったのだか……」
分厚いガラスの向こうの彼等を見遣り、彼は言う。無闇に長い身体であったり、平たくなっていたり、日の差さぬ場所であるゆえに目が退化したものも居るのだったか、とニルズヘッグはそれらを順に眺めていく。
陸上のそれとはもちろん、浅瀬に住まう魚達ともまた違うそのフォルムは、それこそ世界が違うとでも言えるほどに異彩を放っている。
「しかし、何だかよく分からん愛嬌があるのだよなァ……」
かわい……くはない。美しい……かどうかは種類による。これはこれで奇妙なものだと彼はそれをじっと見る。基本的に活動的では無く、水底でじっとしていることの多い深海生物。静かで暗い所が好む、ということになるだろうが。
雑踏やら人やらも、ニルズヘッグは好んでいるが、こうして暗がりの中で静かにしているのも同じくらい「悪くはない」と思えるもので。
「こういうところは良いよな……分かるぞ……」
特に今の猟兵達としては、じっと何かを待つような深海魚達の様子には、共感を覚える部分もあるかも知れない。
うんうんと頷いて、ニルズヘッグはしばし、彼等と共に時を過ごす。
大成功
🔵🔵🔵
御鏡・十兵衛
ロカジ殿/f04128
色気もへったくれもないモノとはいえ
場に合わせ現代の装いをして(SDの服装)
水族館にござるなあ。
いんや、来たのは初めてにござる。うむ、珍しい
ふふ、まあ遊びなれてるロカジ殿ならいざ知らず
某にとってはこの世界の殆どが珍しいとも言えるがな
ふうむ、見てみたいと言えば深海魚でござるかなあ
中々珍妙な見た目の魚も多いと聞く
(どう斬るか頭を捻らせるのも)中々面白そうで悪くない
だがまあ、せっかくロカジ殿と来たのだ
ここは一つ、遊びの先達としてえすこーとして欲しいでござるな!
某は後ろを付いて回りながら楽しませて貰うでござるよ
(ロカジ殿の頭はどこでも目立つから)はぐれる心配がなくて便利でござるなー
ロカジ・ミナイ
十兵衛ちゃん/f18659
おやおや、今日の格好は新鮮でいいねぇ
水族館、来たことある?ない?そう
僕はこの世界に長くいたから何度目だかだけど
僕らの地元にはないからねぇ、珍しいでしょ
見たいお魚はいるかい?例の如く女子にはそう尋ねる
深海魚?じゃあこっちだよと誘う路程は
青と闇のバランスが徐々に変わっていって
暗くなったらそこはロマンチックな深海の世界よ
キモいのばっかだけどよく見りゃキレイなのもいるんだなぁ
このニュウドウカジカなんて友達に似てる
…なんでこんな姿になろうと思ったんだろうねぇ(ドン引き)
十兵衛ちゃんは海の色に馴染んで見失いそうだけど
僕に付いておいで
なぁに、でけぇイソギンチャクだと思えばいいのさ
●深海の楽しみ方
「おやおや、今日の格好は新鮮でいいねぇ」
「場に合わせてみたのでござるが、ふむ……」
おかしくはないか、という御鏡・十兵衛(水鬼・f18659)の問いに、全然問題ないむしろ良いとロカジ・ミナイ(薬処路橈・f04128)が頷いて返す。今回の状況を考えれば、装いとしてはパーフェクトな回答だろう。誰か一緒に、とか誘ってみた甲斐もあるというもの。
「で、水族館にござるが」
「来たことある?」
「いんや、来たのは初めてにござる」
首を横に振る十兵衛に「そう」と返して、ならば丁度いいとばかりに前に立つ。
「僕はこの世界に長くいたから何度目だかだけど、僕らの地元にはないからねぇ。珍しいでしょこういうの」
「うむ、珍しい」
この格好だけ見ていると想像もつかない話になってしまうが、二人の出身はサムライエンパイア。当然こんな施設はあの世界に存在していない。共通の認識があると話しやすいものではあるが、ふと十兵衛が笑みを零す。
「ふふ、まあ遊びなれてるロカジ殿ならいざ知らず、某にとってはこの世界の殆どが珍しいとも言えるがな」
「いやぁ、そんなに褒められると照れちゃうね」
賞賛かどうかは微妙なところだが、この辺りは前向きに捉えておくに限る。そうして、例によって例の如く、ロカジが訪ねる。
「そうだ十兵衛ちゃん、見たいお魚はいるかい?」
「ふうむ、見てみたいと言えば深海魚でござるかなあ」
「深海魚? じゃあこっちだよ」
地図が頭に入っているのか、ロカジは目的地へと彼女を案内するべく歩き始めた。
「しかしまあ、深海魚が見たいとはまた珍しいね」
「珍妙な見た目の魚も多いのでござろう?」
ゆえに興味が湧いたのだ、と答える十兵衛は、周りの照明が先程よりも抑えめになっていることに気付く。
入り混じる青と闇の比率が、徐々に入れ替わっていく感覚。
「凝ってるでござるなぁ」
「お、気付いたかい。ロマンチックで良いでしょ?」
などと軽口を叩きながら、海の底へ向かっていくような通路を行く。そして一等照明が落とされたそこが、深海魚、海の底の生き物達が展示されたブースになる。通常全く光が届かず、かなりの水圧に晒されて暮らす彼等の見た目は、地上のものとは一線を画したものだ。
「ははあ」
「うん……よく見りゃキレイなのもいるんだねぇ」
感心したような声を出す十兵衛に、とりあえず褒めるところから入ったロカジがそう続ける。
暗闇の中でぼんやりと光を放つマツカサウオに、色鮮やかで造形も独特なメンダコ。それから……あとは……えーっと。
「いやーキモいのばっかり。なんでこんな姿になろうと思ったんだろうねぇ」
あきらめた。
「まあまあ、変わった作りのものが多くて面白いでござろう?」
「十兵衛ちゃんが良いなら良いけど……あっ、このニュウドウカジカってやつ友達に似てる」
「ぶよぶよでござるな」
「酷いこと言わないであげてよ」
「でもこんなにやわくては斬り甲斐がないでござろう?」
「……うん? 何の話してるの?」
当然、斬り分ける方法だと彼女は答えた。マツカサウオは甲冑のような骨を持つと書かれているし、クモガニやグソクムシなどはそう、そういう意味ではとても楽しそうだと付け加える。
「そうかぁ……」
まぁそんな楽しみ方もありだよねと頷いて。
「ちなみに、他にも見たいものある?」
「そうでござるなぁ……」
しばし考えた十兵衛は、希望を言うのではなく、せっかくロカジ殿と来たのだから、とそちらを選択した。
「ここは一つ、遊びの先達としてえすこーとして欲しいでござるな!」
後ろを付いて回るから、お任せ。その宣言に、ロカジも笑って頷いた。
「じゃあ僕に任せてもらおうか。はぐれないようについて来てね?」
十兵衛ちゃんは海の色に馴染むから、見失っちゃいそうだし、と冗談めかして、彼は再度歩き始める。揺れるピンク色を目印に、十兵衛はそれの後に続いた。
……色の話をするのなら、ロカジのそれはとても目立つ。はぐれる心配はないだろう。
少しばかり安心して、十兵衛が視線を逸らした隙に――。
「おお……ロカジ殿、どうやって水槽の中へ?」
「十兵衛ちゃん、イソギンチャクに話しかけるのやめてくれる?」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヨシュカ・グナイゼナウ
エンジさま(f06959)
エンジさま、エンジさま。あちらの方が暗いです。きっとあちらが深海です!
水中トンネルを通り抜け、海に沈むってきっとこんな感じ
大きいですねえ、海を切り取って持って来たみたいです
これは深海魚です!マツカサウオ?光ってます
あ、待ってください。クラゲ?本当だ!透明でふわふわです
エンジさま刺されたのですか?
ペンギンは鳥なのに飛べないのですね?あ、もうすぐイルカのショーがあるみたい
ショーはですね、これは見てからのお楽しみです!
(凄かったという表情)
イルカってあんなに高く跳べるのですね!
賢い君と芸を?成る程。わたしもヴィルヘルム(猫)と?出来るかなあ?
本当ですか?それは楽しみです!
エンジ・カラカ
ヨシュカ(f10678)
ヨシュカ、ヨシュカ、魚。
魚がたーっくさん。
ヨシュカの見たい深海魚はドコだろうネェー。
アッチ?暗いトコロ!
色んな魚がいるなァ。キラキラはイワシ。
あ。アッチ。白いヤツ。
ヨシュカの見たいって言ってたクラゲ。
クラゲは知ってるンだ。刺されるとぴりってするヤツ。
うんうん、ピリッて強い。
それからペンギンを見て、でかい魚を見て
いろーんな魚がたーっくさん!
アァ……ショーって何?
ショー、ショー、イルカ。
ワオー。すごいすごい。たーのしい!
ヨシュカ、アイツらは賢い。
あれ。芸?帰ったら覚えたい。
賢い君とやるンだ。ヨシュカも出来る出来る
出来たらみーせーてー。
コレもヨシュカに一番に見せるヨ。
●海底探索
ゲートを潜れば水の中。水槽を通した半円状の通路を、エンジ・カラカ(六月・f06959)とヨシュカ・グナイゼナウ(明星・f10678)が共に歩く。
「ヨシュカ、ヨシュカ、魚。魚がたーっくさん」
「エンジさま、エンジさま。すごいですよこれ」
あちらこちらをきょろきょろと見回して、エンジとヨシュカが口々に言い合う。普段見る事の出来ない光景。そしてなおかつ、それらを濡れずに見られるのだから素晴らしい話ではある。
海底深くへ潜行していくように、二人は足取りも軽くトンネルを抜けていく。もう一度、陸に上がればそこは開けた場所になっており、大水槽が正面に見えた。
「大きいですねえ、海を切り取って持って来たみたいです」
またもや見上げる姿勢になってヨシュカが感嘆の息を吐く。さて、どちらを見るべきかとエンジも視線を彷徨わせて。
「色んな魚がいるなァ。キラキラはイワシ」
群れを成して回遊するそれを指差して、さて、それから。
「ヨシュカの見たい深海魚はドコだろうネェー」
「エンジさま、あちらの方が暗いです。きっとあちらが深海です!」
「アッチ? なるほどなァ、暗いトコロ!」
二方向に伸びた通路から、より暗い方を選び取る。駆けていくごとに照明は抑えられていき、やがて二人は目当ての場所に辿り着いた。
「見つけましたよエンジさま! 深海魚です!」
「おォ……」
と、答えては見たものの、エンジの語彙にこれを評価する言葉がない。
グソクムシやら海底に住まう者達が展示されているそこで、一方のヨシュカは目を輝かせてそれらを眺める。
「あれはマツカサウオ? 光ってます!」
暗闇の中で、薄く光る黄色い身体。甲冑のような鱗の模様。普段縁の無い深海の生き物達としばし触れ合って――。
「あ。アッチ。白いヤツ」
ブースの出口の向こうにそれを発見し、エンジがふらりとそちらに向かう。
「あ、待ってくださいエンジさま!」
後を追ったヨシュカに、彼は行先を指差して見せる。
「ほら、ヨシュカの見たいって言ってたクラゲ」
「クラゲ? ……本当だ!」
そちらはこれまでと打って変わって華やかに。透明なクラゲの姿を強調するためか、薄めの色ながら鮮やかな照明で、水槽が照らされている。
「透明でふわふわです……」
傘を動かしゆらゆらと揺れる姿を見ながら、エンジは口を開く。
「クラゲは知ってるンだ。刺されるとぴりってするヤツ」
「エンジさま刺されたのですか?」
「うんうん、ピリッて強い」
強い。なるほど。そんな風に頷きながら、二人は水槽に張り付くようにして、のんびりとした時間を過ごした。
それからも、二人の旅路は続いて、「ペンギンは鳥なのに飛べないのですね」だとか「このデカい魚は強そう」などのやり取りを経て、彼等はイルカプールの観客席に腰を落ち着けていた。
「もうすぐショーが始まりますよエンジさま!」
「アァ……ショーって何?」
「ショーはですね、えーと……これは見てからのお楽しみです!」
ぴっとヨシュカの指差した先で、丁度イルカのショーが幕を開けた。
ご挨拶! キャッチボール! 大ジャンプ!! めくるめくイベントに目を回したように、ショーが終わってもエンジは席を立てないでいた。
いやあ、凄かった、と頷いているヨシュカに、ようやく彼が声をかける。
「ヨシュカ、アイツらは賢い」
「そうですね、驚きました」
「あれ。芸? 帰ったら覚えたい。賢い君とやるンだ」
「賢い君と芸を? 成る程」
なるほど? どんな? 空中でボールをキャッチしたりするのだろうか。
「ヨシュカも出来る出来る」
「わたしもヴィルヘルムと? 出来るかなあ?」
「出来たらみーせーてー。コレもヨシュカに一番に見せるヨ」
「本当ですか? それは楽しみです!」
興奮冷めやらぬ内にそんな約束をして、二人はまた次の場所目指し、水族館の旅に出る。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
雲烟・叶
【涙雨】
ネムリアのお嬢さんは気になる場所、ありました?
自分は水中トンネルから続く珊瑚礁を再現した大水槽ってぇのが気になりますねぇ
光がちらちら揺れて、頭上を通る魚の影が足元を泳ぐ
水を透過した青い光が降り注いで、銀色ふたりの髪をも青く染め上げる
……まるで、青い光に溶けるみたいですねぇ
これ、結構心地好いかもしれません
器物の身にゃ、水中なんて縁がないんですがね
縁遠いからこそ、こうして擬似的にでも見てみたくなるのかもしれません
……自分もね、お嬢さんと歩くのは楽しいですよ
おや、お土産売り場
お嬢さん、なんぞ欲しい物でもありました?
あれば買って行きましょうかねぇ、戦闘中は売店預かりにしときゃあ良いでしょう
ネムリア・ティーズ
【涙雨】
水族館へまたキミと来られて
前よりほんの少しだけ柔らかくなった頬がゆるんだ
うん、ボクもトンネルとその先を見てみたいな
くらげの場所にも行きたいし…このイルカショーって、なにかな?
お仕事のことを忘れかけるくらい、気になる場所は沢山ある
水の中を歩くような不思議な感覚
見上げた世界に思わず伸ばした腕も青く染まって
…ほんとうだ、青いひかりに溶けているみたいだね
沢山の雫を集め満たした硝子の水槽
ボク達には遠い水の世界
歩く度に、まだ知らない物語のページを捲り見るようで
わくわくする瞬間を一緒に過ごせるのも、うれしくて
おみやげ?…ペンは売ってるかな
日記を書く時に使いたいんだ
叶も欲しい物はある?後で見に行こうね
●青いひかり
ああ、また君と来られた。あの日の場所とは違うけれど、この場所もまた『水族館』だ。
晩夏の頃よりも、ほんの少しだけ柔らかくなった頬を緩めて、ネムリア・ティーズ(余光・f01004)は雲烟・叶(呪物・f07442)の顔を見上げた。
「……何ですか?」
「何でもないよ」
首を横に振る彼女の様子に首を傾げて、叶は目前のそれへと話を向ける。そこにはこれから向かう場所、水族館の地図が掲示されていた。
「ネムリアのお嬢さんは気になる場所、ありました? 自分は水中トンネルから続く珊瑚礁を再現した大水槽ってぇのが気になりますねぇ」
彼の指差す先を見て、ネムリアもそれに同意する。
「うん、ボクもトンネルとその先を見てみたいな」
快く頷きはしたものの、「でも」とすぐに言葉は続く。
「くらげの場所にも行きたいし……あ、このイルカショーって、なにかな?」
改めて見れば、色々と興味は尽きないようで。叶は小さく笑って歩き出した。
「それじゃ、順番にいきましょうか」
最初に目指すのは、もちろん水中トンネルだ。
水槽の中、半分に切ったガラスの筒のような通路を歩けば、水の揺らめきに合わせてちらちらと光が揺れて、魚の影が足元を泳ぐ。
水の中を歩くような不思議な感覚は、きっとあの時と同じもの。けれど夜の海を模したものとはまた違う光が、銀色ふたりの髪をも青く染めていた。
「……まるで、青い光に溶けるみたいですねぇ」
叶の言葉に、伸ばしたその手が青く染まるのを見て、ネムリアは薄く目を細めた。
「……ほんとうだ」
青いひかりに、解ける。言葉をもう一度なぞれば、ああ、これが海の底なのかと実感も湧く。
鱗を輝かせ、群れを為して頭上を通り過ぎていく魚達。鳥や雲のようにそれらを見上げる感覚。
「これ、結構心地好いかもしれません」
そんな風に、叶は言う。器物の身には、水中なんて縁の無いものなのだけど。
「縁遠いからこそ、こうして擬似的にでも見てみたくなるのかもしれません」
「そうだね、僕達にはとても、遠い――」
ネムリアが頷く。けれど、だからこそ、この一歩一歩を大事に思えるのだと。まだ知らない物語のページを、一枚一枚捲っていくようで、胸が躍る。
そして、そのわくわくする瞬間を一緒に過ごせる事を嬉しく思う、とネムリアはそう口にした。
一瞬、考えるようにした後、叶もまたそれに応える。
「……自分もね、お嬢さんと歩くのは楽しいですよ」
ふ、と暖かな笑みを含んだ吐息が落ちて、足音が二つ、水底に響いていた。
「――おや、お土産売り場」
またしばし共に歩いて、二人はギフトショップを横目にする。何か思いついた様子のネムリアに気付いて、叶はそちらに問いを投げた。
「お嬢さん、なんぞ欲しい物でもありました?」
「うん……ペンは売ってるかな。日記を書く時に使いたいんだ」
「それなら多分ありますよ。買っていきましょうか?」
それに首を横に振って、彼女は答える。
「後で……それが無理ならまた今度、見に行こう」
その時は叶も欲しい物を考えておいて。そう言って、ネムリアは叶と一緒に、水族の奥へと進んでいった。
またクラゲを見ないといけないし、イルカショーだってあるのだから――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
橙樹・千織
今日は着物…ではなく
ブラウスに長めのシフォンスカート、春物の羽織を合わせた服装で
パンフレットをしっかり握り、いざ水族館へ
見たことの無い魚や普段は知ることが出来ない水中の様子に驚きつつゆっくりと館内を散策
途中でイベントとすれ違ったなら、写真を撮りつつ楽しみましょう
水の中の世界…色んな姿があるのですねぇ
なんて呟きつつ、辿り着く先はお土産屋さん
これは…ヨルさんとペンギーさんがいます
ぬいぐるみコーナーでペンギンのぬいぐるみを見つけてポツリ
黒髪に紅い瞳が綺麗な友人が好きそうだ、なんて思いながらそっと手に取り、思わず少しだけもふもふ
その後はお菓子や文具なども見て回りましょう
お土産、何が良いでしょうかねぇ
●水中散歩
心から楽しむのならば、形もまた重要である。本日の装いはいつもの着物ではなく、ブラウスに長めのシフォンスカート、それに春を感じさせる薄手の羽織を合わせて。この世界――UDCアースらしい服で、橙樹・千織(藍櫻を舞唄う面影草・f02428)はパンフレットを手に取った。
軽くそちらに目を通しながら、いざ水族館へと足を向ける。
「これは……見応えがありそうです」
早速と言わんばかりに広がる大水槽の光景に、千織は思わずそう呟く。掌に収まりそうなサイズのものから、抱えるのも一苦労な大きさのものまで、様々な魚が水槽の中を泳いでいる。名前を言えるのはこの内の何匹くらいだろうか、普段では知る由もない海の下からの景色。青く揺らめくそれを楽しみながら、彼女はゆっくりと散策することにした。
大きな水槽もあれば、小さなものも勿論ある。小魚を見たり、それこそ見たこともないような深海魚達を眺めたり、胸を躍らせながら彼女は進む。
「水の中の世界…色んな姿があるのですねぇ」
今度は魚ではなくペンギンの散歩を時間に行き会って、微笑みながら足を止める。
「これは……ヨルさんとペンギーさんのお友達でしょうか」
よちよちと歩く彼等にカメラを向けて、後で友人達に見せてあげようとシャッターを切った。
あちらこちらと端から堪能していったところで、千織は自然とギフトショップに辿り着く。
そして当然のことながら、先程を思い出してペンギンのぬいぐるみを手に取ってしまう。連想するのはどこかの氷の精霊と、それから紅の瞳の友人と――。
こういうの好きそうだ、なんて思いながら、少しだけもふもふとしてしまいつつ。
お菓子や文具と様々に並んだおみやげの間を行ったり来たりし始める。
「お土産、何が良いでしょうかねぇ」
とはいえ、問題はないだろう。
こうして迷う時間さえも、きっと楽しみの内なのだから。
大成功
🔵🔵🔵
清川・シャル
f08018カイムと
この後色々待ち構えているとは思いますが、まずは水族館を楽しみましょう
2人で水族館に行くのは初めてです。
シャルは水族館初めてかも!楽しみ!
一眼カメラのNyanon SS-86をセットしてカイムと一緒に水族館へ
クラゲを見たいんです。あの何も考えてない感じが好き
一頻り、ああ〜かわいい〜〜クラゲちゃん〜などと言いながらシャッターを切って、あ、あとサメも見ていいですか?
サメちゃんもかわいいな〜〜!
満足したらカイムと手を繋いでゆっくりお魚みたいな。
いつかね、水の中から空を見上げたいなって思うの。
水と魚と光がきらきらして絶対綺麗だと思う。
まぁシャル泳げないんですけどね。
カイム・クローバー
f01440シャルと行動
クラゲコーナーとサメを中心に見て回る。
クラゲやサメの写真を撮りたいって言うから、撮るのを任せて。俺もクラゲやサメをのんびり見物。
…クラゲの何も考えて無さそうな感じは少し微笑ましい気もする。
シャルが写真を撮り終えたらのんびり水族館を見て回ろう。
水の中というのは不思議なモンだ。人間の居る世界とは全く違う。
弱肉強食はあるだろうが、それでも…必要以上に命が奪われる事のない世界。
全ての生命は海から始まった、なんて話も聞いた事がある。
生命の神秘なんざ、信じてる訳じゃねぇが…こういう場所ってのは随分と身近に感じさせてくれるモンだな
●二人で
「シャルは水族館初めてかも! 楽しみ!」
「そうだったのか、じゃあしっかり楽しまないとなぁ」
清川・シャル(無銘・f01440)の元気の良い声に、カイム・クローバー(UDCの便利屋・f08018)がやる気があるようなないような調子で返す。
写真を撮りたい、という意気込みは事前に聞いている。実際シャルの手には良いサイズの一眼カメラが握られているわけで。ならばカイムできることは、基本的には見守ることくらいになるだろう。
「ああ~かわいい~~クラゲちゃん~~~~」
ということでこういう状況である。クラゲばかりを展示した区画に着いたところから、シャルは水槽に向かってシャッターを切りまくっている。
お高いカメラらしいばしゃばしゃと重厚なシャッター音を響かせた彼女は、水槽の中、人口の水流に揺蕩うクラゲにくぎ付けになっていた。
「は~~~~好き。この何も考えてない感じがすてき~~~~」
「まあ……それはわからんでもないな」
シャルの様子も含めてクラゲをのんびり眺めていたカイムが言う。この何も考えてなさそうな感じは、少し微笑ましい気だってしてくるもの。
「脳みそからっぽな感じあこがれちゃう~~」
「それはどうだろう……」
そんな形で、シャルは一頻りシャッターを切り続けて、カイムはのんびりとその後ろで過ごす……そんな時間も、クラゲ水槽の端までくればそろそろおしまい。
「そろそろ終わりだな?」
「あ、あとサメもいいですか?」
「……ああ」
「あ~~サメちゃんもかわいいな~~~」
訂正。まだしばらく続いた。
ようやくカメラを仕舞ったシャルと手を繋いで、カイムは改めて水族館を回り始める。大きな一つの水槽の中、サメやイワシ、大小の魚が同じ場所で泳いでいる様を、じっと見上げて。
「水の中ってのは不思議なモンだよな。人間の居る世界とは全く違う」
そんな風に、物思いに耽ってしまいそうな言葉を正直に並べて。
「弱肉強食はあるだろうが、それでも……必要以上に命が奪われる事のないって言うか……」
彼の記憶にある『人間達』では、とてもそんな世界は実現しないだろう。
「全ての生命は海から始まった、なんて話もあるよな。生命の神秘なんざ、信じてる訳じゃねぇが……こういう場所ってのは随分と身近に感じさせてくれるモンだな」
どこか遠い目で語る彼の言葉を、うんうん、とシャルは頷いて聞いていた。そして。
「まぁ難しい話はよくわかんないんですけどね」
「あ、ああ……」
決して無下にしたいわけではないのだけど、と付け加えながら、彼女は見上げたそこへ、空いている方の手を伸ばして見せた。
「シャルはいつかね、水の中から空を見上げたいなって思うの」
水と魚と光がきらきらして絶対綺麗だと思う。そう語る彼女の言葉を、今度はカイムの方が聞き役に回る。
それが願いであるのなら、どうにか、叶えてやりたいというのが自然な流れなのだが。
「まぁシャル泳げないんですけどね」
「そこから何とかしないとな……」
軽やかに言葉を交わしながら、いつも通り二人は共に歩いていく。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
🌸 櫻沫
アドリブ歓迎
人魚と水族館
なんて行くたびに不思議な気持ちになるけれど
なんて口にすればリルは拗ねてしまうかしら
水槽嫌いのリルが無邪気に楽しむ姿を見れば自然と喜びに桜が綻ぶ
なら一緒に游ぐといいわ
あなたはもう自由
何処へでも泳いでいける人魚
何処にも行かせたくない、私だけの
醜い独占欲に蓋をして手をとり水槽をみてまわる
へぇ…深海にはこんな魚がいるのね
独特な姿ね
ふと触れる身体に見つめてくる可愛い視線に胸が擽ったいわ
リル、なぁに?
噫、何て愛おしい
神秘的ね
青に揺蕩う白雲は穹のよう
嬉しげに舞うリルを咄嗟に捕まえ腕の中に閉じ込める
…自分でも思いがけなくて心臓が破裂しそう
だって
穹に盗られてしまいそうだったから
リル・ルリ
🐟櫻沫
アドリブ歓迎
世界の海を切り取った水槽に張りついて、游ぐ魚の群れをみる
むう!人魚だって水族館を楽しむんだから
僕は元々水槽育ちの見世物
こんなに沢山の魚と泳いだことはないんだ
笑う君に心の中が大好きでいっぱいになる
握った手が暖かくて
魚を見るふりして身を寄せて嬉しげに話す君の横顔に見蕩れ
な、なんでもない!
弾む鼓動は内緒
櫻!クラゲのトンネルだって
一面の青に揺蕩う海月
海の中のよう
くるりまわり泳いでみせ―手をひかれて抱きとめられる
嗚呼…よかった
どきどきしてたのは僕だけじゃない
いのちの歌に耳をすませて笑む
…どうしたの?
どこにもいかないよ
目前の水槽が目に映り
胸に浮かんだ歪みを愛でとかして
しらないふりをする
●水の檻
「……何だか不思議な気持ちねぇ」
誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)は、共に水槽を覗くリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)を横目にして、そんな風に呟く。相手は他ならぬ人魚だ、大きな水槽の硝子に張り付いて、魚の群れを眺めるその姿は、どうしても、こう――。
「むう! 人魚だって水族館を楽しむんだから」
その辺りの思考が伝わったのか、リルは拗ねたようにそっぽを向いてしまう。
ともあれ、水槽に良い思い出がないはずのリルが、楽し気にしているのは得難い光景だ。胸中に浮かぶ喜びを写すように、櫻宵の頭上で桜が綻ぶ。
「こんなに沢山の魚と泳いだことはないんだ、だから――」
水槽は水槽でも、これは大きく違うもの。そう言う彼に、櫻宵は微笑んで。
「なら一緒に游ぐといいわ。あなたはもう自由なんだもの」
「本当に? 游いで来ても良いの?」
「ああ、でも今は、もうちょっと硝子のこっち側に居て頂戴」
覗き込むような問い掛けにもう一度笑って、櫻宵はリルの手を取った。
浮かぶ人魚の手を引いて、櫻宵は水槽の間を進んでいく。水中に作られた透明なトンネル、そこならば、泳ぎに馴染みの無い櫻宵にも海の中を味わえる。すぐそばを泳いでいく小魚の群れを二人で目で追う。空から降る、揺らめく光が心地良い。
二人笑い合いながら進むそこに、少し大きな影が差す。頭上を、ゆっくりと鮫が横切って行った。
トンネルを抜けてしばらく行けば、そこは深海。照明を抑えたその区画には、海の底に住まう者達が展示されていた。
「へぇ……深海にはこんな魚がいるのね」
独特と言うか、むしろ心配になってくるわ。
地上にはおよそ馴染まないであろう不思議な見た目の魚や、それ以外の生き物達を櫻宵は眺める。隣のリルもそうであるかと言えば、少しだけ違っている。
握ったその手が暖かい。その熱に惹かれるように、リルはその横顔に視線を注いでいた。眩しい笑顔は、いちでも容易くリルの心を震わせる。
「――ねえ、リル。聞いてる?」
「う、うん」
生返事を返した彼は少し慌てる。この調子では、きっと、魚を見る振りで密かに身を寄せたことさえ、とっくに――。
「リル、なぁに?」
「な、なんでもないよ!」
慌てて否定する彼の様子を、櫻宵は口元を隠したまま覗き込む。鼓動が跳ねて、高鳴って。視線をゆらりと揺らしたそこに。
「櫻! クラゲのトンネルだって」
それを見つけて、今度は引っ張る様にして、リルは一面青の、その空間に向かう。
「ああ――神秘的ね」
揺蕩う白雲は穹のよう。櫻宵が周りを見回す前で、リルはくるりとまわり泳いで見せて――。
「え」
二人の声が重なって。気が付けば、リルは櫻宵の腕の中に居た。
抱きとめられた側だけでなく、櫻宵もまた表情に困惑が見える。どうしてこんなことを、そう自問する彼の腕の中で、リルは安堵の息を吐く。
嗚呼、よかったと。背中に感じる鼓動の早さ、いのちの歌声が聞こえてくる。
「……どうしたの?」
今度はリルが、そう問いかける。
「……」
答えはない。だって、「穹に盗られてしまいそうだったから」、なんて――。
けれど、櫻宵が口にしないそれに、リルは答えた。
「どこにもいかないよ」
安心させるような、言葉。
二人の姿が、硝子に映る。そこに浮かぶ姿を、表情を、今は見ない振りをした。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
九之矢・透
タイムスケジュール表と地図を凝視して
全部を見回れる予定表を組み立てる!
だって展示物も見たいけど
イルカショーとペンギン散歩、見逃すワケにはいかないじゃん??
二ホンの海って色味が渋めのヤツが多いな?
日本刀っぽいアイツかっこいい!
一転してサンゴ礁はカラフルだ。
こいつら元々こういう色なの?塗ってるんじゃなくて?
次はクラゲかー、ゆらゆら、ずっと見てられるわー……
……うわっあぶねショーが始まっちゃう!
ダッシュしてショーへ
スピンダイブとかキャッチボールとか見てると
イルカか飼育員は猟兵なんじゃ?って思っちゃうな
ペンギンの散歩は何でか応援したくなる
頑張れ、コケるなよ!
この後の事は分かってる
けど、今は。楽しもう
●一周ツアー
こういう場合、まずは計画が大事だ。スケジュール表と地図を見比べて、九之矢・透(赤鼠・f02203)は詳細な予定表を組み上げていく。
せっかくの機会なのだから、全部回って行かないと。展示物を見るだけなら気にすることも少ないけれど。
「イルカショーとペンギン散歩は外せないよな……」
難しい。色々な要素が複雑に絡んだ難問にどうにか答えを書き込んで――。
「よし!」
ひとつ気合を入れてから、彼女は水族館へと駆けて行った。
予定その1、大水槽。広間になったそこで、大きく飾られた水槽を正面から見上げる。広大なその光景は、いつか潜った異世界の海に似ているようにも覚えたけれど。あの時はこんなに魚はいなかった。
「二ホンの海って色味が渋めのヤツが多いな?」
きらきらと光を反射する銀の鱗に、目を細めながら言う。派手さや色鮮やかさと言う点では、少し物足りないだろうか。
「でもあの日本刀っぽいやつはかっこいいよな……!」
泳ぎ行くそれらをガラスに額を付けるようにして目で追って……はい、次のところ!
予定その2、珊瑚礁水槽。こちらは打って変わってカラフルで、見た目で分かる色鮮やかさに気分だって盛り上がる。
「こいつら元々こういう色なの? 塗ってるんじゃなくて?」
カラーヒヨコじゃないんだから。不思議そうに首を傾げた透は、そのまま予定その3、クラゲ水槽へと向かって行った。
ゆらゆらとゆれるそれに、自然と合わせて体を動かしながら。
「ああ、これ永遠に見ていられそう――」
はっ、と。そこで気付いて時計を探す。
「……うわっあぶねショーが始まっちゃう!」
どうにも忙しないながら、透は会場に向けてダッシュで移動していった。
楽しみ方に正解はない。これだって、一生懸命立てた彼女のプランなのだから。
「……え、あれってビーストマスターじゃないの?」
わかってはいるけれど、あまりにもイルカの動きが慣れすぎていて。
ショーの様子に拍手をしながら、透はそんな風に呟いた。スピンダイブにキャッチボール、まさに意のまま……と言った風情だが。
「ああいうの、信頼関係って言うのかなー」
ずぞぞ、とさっき買ったドリンクを啜る。ポケットや帽子の中に感じる気配。こいつらは、アタシが猟兵じゃなくてもついて来てくれたかな。つい、そう考えてしまうけれど――。
ショーが終わって、退場していくイルカとトレーナーに精一杯の拍手を送っていたところで。
「あ! ペンギン!」
次の予定を思い出して、彼女はまた駆け出して行った。
散歩するペンギンの姿が愛おしく見えるのは、きっとそれがたどたどしく、頼りなげに見えるから。
皆、応援したくなるのだろう。がんばれ、コケるなよ、と。
日は徐々に傾いて、その時間が迫り来る。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 冒険
『真実探し』
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POW : しらみつぶしに探す。
SPD : 技能を発揮して探す。
WIZ : 情報を集めて探す。
👑11
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●水底より
日暮れ時、帰りの客が目立ち始め、人影も減ってきたところで、それは起こった。
「……!」
どん、と水槽を叩く低い音。
そちらに視線を向けてみれば、硝子に写った君が、勝手にその表情を歪めてみせる。
その姿は、もちろん猟兵達によって千差万別。
哀し気に目を伏せるか、嘲笑うか、それとも怒りに眉を吊り上げるか――他にも例を挙げれば切りがない。とにかく邪悪に、酷薄に、残酷に、それぞれ相応しい様となって、君の形をしたそれは、水槽の向こうから手を伸ばす。
あるものは硝子の壁をすり抜けて、あるものは床の隙間から湧き出すように。
逃れる暇もなく君の目の前に現れて、もう一人の君は口を開くだろう。
吐き出されるのは、『真実の言葉』。
それがどこにあるのか、どのように響くのかは、きっと君にしかわからない。
御園・ゆず
そばかすだらけの醜い顔
見ているだけで苛つきますね
卑屈に歪んだその顔が、わたしの声で言ってくる
「救って『あげる』
助けて『あげる』」
ああ、腹の底に有った
頭の隅に追い遣っていた言葉が耳朶を打つ
埒外のチカラを得て、何を勘違いしたのだろう
いつも虐めてくる一般人のオトモダチを助けたりなんかして
優位に立ったつもり?
戦う事でしか存在意義を見つけられないわたしの綺麗事
メサイアコンプレックスを拗らせた、ただの弱者
なりたい『あたし』になれもせず
道化芝居を演ずる日々
泣くな
泣くな泣くな!
下唇を噛み締めて、やり過ごす
ここは危険です!
みなさん、慌てず落ち着いて避難を!
頭がぐるぐるする
息が苦しい
わたしは、なにをすればいい?
●道化芝居
ああ、はじまった。これがそうかとゆずはすぐさま実感する。
硝子の向こう、水の底から現れたそれは、空気に満ちたその場所に戸惑うように数歩進んでから、顔を上げた。
よく知っている、そばかすだらけの顔。下から窺うような、上目遣いの卑屈な笑み。鏡と違い、自分の意図しない表情までも映し出すそれは、より強く胸の中をざわめかせる。
「ねえ、わたしが救って『あげる』。助けて『あげる』」
現れた『彼女』の口にした言葉に、ゆずの表情が歪む。それもまた、よく知っているもの。腹の底に沈めて、頭の隅に追い遣っていた言葉。内容だけなら上から目線のようなのに、『彼女』が言うと媚び、探り、縋りつくような響きが伴う。
――醜い、とゆずは思う。
埒外のチカラを得て、何を勘違いしたのだろう。いつも虐めてくる一般人のオトモダチを助けたりなんかして、優位に立ったつもり?
力ある者としての振る舞いは、さぞ気分が良かっただろう。実際は、そこにしか存在意義を見つけられないだけなのに。
綺麗事を吐くわたしは、所詮未だに弱者のままで、なりたい『あたし』になれもせず、滑稽な道化芝居を演じている。
これは、わたしがあいつに言いたいことなのに。
あいつがわたしになっているから、突き刺す言葉は全て自分に返ってくる。
泣くな。
泣くな泣くな!
下唇を噛み締めて、痛みを堪えてやり過ごす。
さあ顔を上げろ、俯いてはいられない。わたしは、わたしには――。
「ここは危険です! みなさん、慌てず落ち着いて避難を!」
よかった、声は震えていない。周りに残った一般客達に呼び掛けて……けれど、「正にそれだ」と嬉しそうに笑う敵の姿に、また意識がぐらりと傾いた。
こうして声を張り上げて、立ち向かおうとすること自体が欺瞞なのだろうか。
逃げていく人々を横目に、安堵と達成感を覚えながら、それすらも「拗らせたメサイアコンプレックスだ」と誰かが言う。
あいつの言葉とわたしの思考がぐるぐると渦を巻いて。腕が、脚が、重くなって、息苦しさを感じる。
わたしは、なにをすればいい?
三文芝居もままならず、わたしは舞台の上に立ち尽くす。
成功
🔵🔵🔴
八重垣・菊花
涙は厳禁
アド歓迎
出てきたのは泣きそうな顔をした自分
『あんたが壊れたらよかったんや』
これはほんまに自分やろか、それともあの子
いや、あの子が、香炉のうちを庇って目ェ見えんようなっても笑っとるようなあの子が言う訳あらへん
そんなんなぁ、うちが死ぬほど思っとって、せやけど絶対言うたらあかん言葉やろ!うちと違う、あんたが言うなや!
半ば逆ギレで言い飛ばし、残るお客さんにこっちやよ!と誘導
『でも、うちがおらへんかったらあの子の目は』
うるさいうるさーい!そんなんなぁ、言うても思ってもあの子が悲しむやろ!せやからうちは絶対そないなこと言わへんわ!
思ってるやろて?余計なお世話や、どんな気持ちでもうちのもんやからな!
●泣かないために
水族館をぐるりと一回り、存分に楽しんだはずの菊花の元に、それが現れる。笑顔などそこには無い、楽し気に喋り倒していたその顔を、泣きそうに歪めた『彼女』は菊花に向かって糾弾の言葉を吐く。
「あんたが壊れたらよかったんや」
目を丸くした菊花は、その水槽から現れた『彼女』の正体を掴み切れず、目を幾度か瞬かせる。
これはUDCによる怪異。そんなことは分かっている。だがこの姿で恨み言を吐く『彼女」は、自分の写し身か、それともあの子の――。
違う。と、そこで菊花は強い意志で思考を打ち切る。
あの子ではない。香炉の自分を庇って、目が見えなくなっても笑っていられるようなあの子が、そんな言葉を口にするわけがない。
ああ、ならばこれは自分だ、と彼女はそう結論付けた。……ならば。
「そんなんなぁ、うちが死ぬほど思っとって、せやけど絶対言うたらあかん言葉やろ! あんたが言うなや!」
看破した内容をそのままに、銃弾を撃ち放つ様に強く、言葉を弾けさせる。
自然と、主導権を得るように声を張って、そのまま何が起きたか分かっていないであろう周りの一般人達に呼び掛けた。
「さあ、早いところ逃げて! こっちやよ!」
手際よく避難誘導を行う。だが菊花の言葉が花を咲かせるように響くのとは反対に、『彼女』はどろりと、足に絡みつくように言葉を放つ。
「あんたがどう言おうと変わらへんよ」
暗く、静かに。けれどその声は菊花の耳に、いやというほど鮮明に届いた。
「うちがおらへんかったら、あの子の目は――」
「うるさいうるさーい! そんなんなぁ、言うても思ってもあの子が悲しむやろ!」
表情を歪めながらも、言葉を被せてそれを遮る。そうだ、これは口にする事すら自らに禁じた言葉。絶対に言わないと決めた言葉。
けれど、つまり。腹の底に沈んでいるという事実は、変えようがない。
「でも」
「ああ、思ってるやろて? 余計なお世話や、どんな気持ちでもうちのもんやからな!」
より多く語る事で、聞きたくない言葉を打ち消すことはできるのだろうか?
けれど。嘆き出しそうになる自らを律して、涙など不必要だと堪えて、菊花はその場に踏み止まり、『彼女』を見据える。
向き合った自分は、ひどく悲し気な目をしていた。
大成功
🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
「誰かの一番になりたい」
――伴侶を求めているわけではない
父も母も顔さえ知らず
誰に庇護された覚えもない
あるのは責め立てる呪詛と、飼い込んだ誰かの嘆きの記憶
だから、絶対の味方に……「当たり前」に憧れている
とっくの昔に諦めたはずのそれが、今になって囁くのは
今がしあわせだからだろう
皆がいて、帰る場所があって、それで充分だというのに
――これだから、幸福は怖いんだ
際限がなくなる
自分でも馬鹿な話だと思う
いざ手に入れば、それが自分に向けられていることが怖くなる
信じられなくて逃げると、分かりきっているのに
自分のことくらい分かっているよ
だからそんな切実な顔をするな
――諦めろ
傲慢な願いは叶わない
……叶わなくて、良い
●願い
「誰かの一番になりたい」
そう願ったのは、ニルズヘッグ本人ではなく、水の中から現れたもう一人の『彼』だった。
呪いの忌み子、ニルズヘッグは自分の父母の顔さえ知らず、誰かに庇護されることもなかった。代わりに在るのは炎の糧となる呪詛と、同時に飼い込んだ誰かの嘆きの記憶ばかり。
無償の愛などただただ縁遠く、そんな存在、絶対の味方、たとえば親子と言う名の『当たり前の存在』に、彼はあこがれに似た思いを抱いていた。
「そんなもの、とっくの昔に諦めたはずだろう」
自嘲気味にニルズヘッグは言う。けれどそれと同時に、とうに沈めたはずの願いが、今になって囁き出す理由には、彼自身も思い当たるところがあった。
そう、今の自分が、しあわせを感じているから。
皆が居て、帰る場所があって、そんな小さいけれど大事な幸せ。これで十分だと、言えてしまえばよかったのに。
「――これだから、幸福は怖いんだ」
独り、嘆息する。今が幸せであるからこそ、その先を願ってしまっている。際限がなくなるとは、正にこのことだろう。
「それがどうした? ずっと願っていた、憧れていたことだろう?」
だから、ニルズヘッグは『彼』の投げる問いに対して、首を横に振った。
「ああ、けれど、いざ手に入れば、それが自分に向けられていることが怖くなるのであろう?」
そうして、無償の献身も、信頼も、結局はこちらが信じられるず、逃げてしまうのだと。簡単な帰結を証明するように、彼はそう口にした。
「そうやって分かったような口を利いて、また忘れてしまおうとでも?」
「自分のことくらい分かっているよ。だからそんな切実な顔をするな」
同じ顔をしたそれと、そんな風に言葉を交わす。いっそ後ろ向きに過ぎるほどに、冷静に、ニルズヘッグは浮かび上がった自らの言葉を切り捨てる。
――諦めろ、と。
「傲慢な願いは叶わない。……叶わなくて、良い」
それは自分に言い聞かせるための、低い響きだった。
大成功
🔵🔵🔵
ヨシュカ・グナイゼナウ
水圧に耐える為の分厚い硝子は、長く見ていると眩暈がしそうだ
『ねえ』
声がした。自分の声の様で知らない声
からだの中の黄金色の液体がざわざわと揺れる
『帰らなきゃ』
『そんな殻(からだ)は捨て置いてさ』
『きみのばしょはここじゃない』
他人事の様に、此方へ向けて話しかけるそれを聞いている
(修正)
(修正)
(修正)
(修正)
からだの中の誰かが、おれの意識を記憶を記録を修正していく
これはきっと覚えていては、識っていてはいけない記憶なのだろう
(修正)
(修正)
(修正)
『ねえ、かえろうよ』
硝子に映る誰かは話す
「うるさいな」
勝手に口から溢れたのは誰の声だったのか
(修正)
(修正)
(完了)
(正常)
もう覚えていない
●Re-set
分厚い硝子をじっと見つめる。それは完全な透明のようでいて、実のところそうではない。よく眺めれば、かすかな揺らぎと、透過しきれず映った自分の姿が重なって、眩暈がしそうになる。
硝子に映り、まるで水の中にいるような自分の顔と目が合った。暗い水の上に浮かんだそれは、色を失った輪郭だけの奇妙な存在のように見える。
「ねえ」
すると突然、それが口を動かした。耳に届いたその声は、自分の発したものとよく似ているけれど、知らないものだとヨシュカは思う。
からだの内側で、黄金色の液体がざわざわと揺れるのを感じる。
一歩、ヨシュカが後ろに下がるのに合わせて、水槽に映っていた影がずるりとこちらに姿を見せる。色付いたそれはヨシュカと同じに、金色の瞳で相手を見遣った。
「ねえ、帰らなきゃ。そんな殻(からだ)は捨て置いてさ」
現れたそれの吐いた言葉に、ヨシュカの足が、手が、動きを止める。思考が固まり、言葉を失う。
「きみのばしょはここじゃない」
並べられたその言葉は、きっとヨシュカに向けたものなのに、彼自身はそれを捉え損ねている。他人事のように、感情の無い目でヨシュカは相手を見返した。
「――」
修正。口にしようと思っていた言葉が、白く飛んだ。
修正。ならば、と、もう一度思考を組み立てなおそうとしたところで、最初の一歩目が既に空白と化しているのに気付く。
修正。間違いない。体の中の誰かが、おれの意識を記憶を記録を順に修正していく。
何故こんな。これはそんなにも、覚えていてはいけない、識っていてはいけない記憶――修正。
修正。
修正。
修正――。
「ねえ、かえろうよ」
塗り替わっていく世界の中で、『彼』の言葉は空しく響く。
「うるさいな」
そこで零れ出た言葉は、果たして誰のものだったか。
修正。
修正。
完了。
正常。
声の主も、そして何か手が加わったことさえも、ヨシュカは覚えていないはず。
全てはきっと元通り。ヨシュカは、そこで初めて相手を認識したように、目を丸くした。
成功
🔵🔵🔴
エンジ・カラカ
もう一人の自分が向こうから現れた。
アァ……コレは一人だけでイイ……。
お前はいらない、いらない
もう一人の自分が
『君を返せ』って怒りながら行ってくる。
君はいる。ココにいる。
返すもなにもココにいるンだ。
最後の一人になったら出してあげると言われて乗った賭けも
最初から頭の高いヤツラの娯楽として仕組まれていた事で
賢い君は抗わずに、コレに全てを託してお願いをしたンだ。
あの挑発に乗っていなければ
君と一緒に出ていれば
今も君はずっと側にいたンだろうなァ……。
俺は君を返せないンだ。
コレも君を返せないンだ。
君は誰も返せない。綺麗で汚い思い出のまま
胸の奥に仕舞っておくヨ。
返してくれって思うケド
過去には戻れないカラねェ。
●返せ
水槽の厚いガラスを越えて、現れたのはもう一人の自分。水底の闇から溶け出たような、黒ずくめの姿。
「アァ……コレは一人だけでイイ……」
鏡とは違う、実体を伴うその写し身に、エンジは低く呟いた。お前はいらない、と。
けれど威嚇するような唸りにも、脅すような言葉にも、怯む様子はなく『彼』は言う。怒りをその目に宿して、それこそが何よりも勝ると言うような態度で。
「君を、返せ」
詰め寄り、糾弾する。しかしそれは無理な願い、叶わぬ要求だとエンジは知っている。
「君はいる。ココにいる。返すもなにもココにいるンだ」
けれど怒りに濡れる『彼』の瞳は、揺らぐ気配すらなく。
「返せ。お前が失敗しなければ、きっと結果は違ったのに」
額と額をぶつけるようなその状態で、二人は記憶の果てに沈む。牢獄の中から、外を夢見たあの日。「最後の一人になったら出してあげる」などと、今思えば見せかけの餌のような言葉を思い出す。
「アァ……」
「そうだ、お前はまんまと乗せられて――」
娯楽に飢える彼等の、格好の糧となった。その後の一通りを、連中はきっと嗤って見ていたことだろう。
「ダメにした。奪ったんだ。あんな挑発に乗っていなければ、君と一緒に出ていれば!」
そうすれば、今も君はずっと側にいたのに。そう口にした『彼』の目を、エンジは細めた瞳で見返す。胸ぐらを掴んで来ていたその手を、逆に掴み取って。
――そうだ、あの時の選択はきっと間違いだった。けれど、奪ったと言われたそれは少し違う。賢い君は抗わず、全てを託して、願った。だから。
「俺は君を返せないンだ。コレも君を返せないンだ」
君は誰も返せない。返してくれと言われたって、過去にはもう戻れない。綺麗で汚い、胸の奥に仕舞った思い出。
癇癪を起こしたように、届かぬそれを嘆くように、エンジの『写し身』が吠える。
月への咆哮にも似た其れと共に、戦いの幕が上がった。
大成功
🔵🔵🔵
蘭・七結
つめたく射抜くのは支配の視線
あおに映るわたしがわらっていた
嗚呼、なんて可笑しい
以前のわたしはそんな貌をしてわらうのね
無様ね、とつめたい眸の鬼が云う
ひとへと憬るのは滑稽で
少女を演ずるのは愚かだと
焦がれる渇慾のままに喰らえばいい
大切なひとのあかに染まればいい
屠って塗れてしまえばいい
ころしてしまえばいい
そうすれば器がみたされる
それこそが“鬼”としていっとううつくしい、と
いたずらなことをいうのね
魅力的で蠱惑的だこと
満ち足りない慾が消えることはない
慾のままに喰らおうとしてしまう
けれど、なゆは拒絶をするわ
このいのちをいきたいと望んだ
尽きない慾を抱えたまま歩むときめた
ひととして、あたたかな世界をみてみたいの
●鬼の在り方
硝子の向こう側、水の底からのつめたい視線に七結は気付く。他を威圧し、射すくめるようなその瞳。それはまるで、かつて在った彼女の姿。あの頃のわたしは、そんな貌をしてわらうのね、と七結は可笑しく思う。
そうして、『二人』は共に艶然と笑う。姿形は全く同じだと言うのに、その様は両者で大きく違った。
「無様ね」
浮かび上がる泡のように、あおい水槽からこちら側へと踏み出した『彼女』が言う。ひとへと憬れるのも、少女を演ずるのも、愚かしく滑稽な振る舞いに過ぎないと、今の七結の姿を揶揄し、嗤う。
焦がれる渇慾のままに喰らえばいい。大切なひとのあかに染まればいい。屠って塗れてしまえばいい。ころしてしまえばいい。
心のままに、望むままに。嗚呼、そうすればきっと器は満たされる。
昏く眩しいあかいろこそが、“鬼”としていっとううつくしい。
「いたずらなことをいうのね」
写し身の語る言葉に、七結は静かにそう答える。それはきっとある種の真実。鬼としてのまことの言葉だ。
魅力的で、蠱惑的だこと。言わずとも、彼女の芯にはそれを求める者が在る。満ち足りない慾が消えることはなく、焦がれるままに喰らおうとしてしまう、そんな炎が。
「けれど」
そう、けれど、と彼女はそれを拒絶した。
このいのちをいきたいと望んだから。尽きない慾を抱えたまま歩むときめたのだから。
「ひととして、あたたかな世界をみてみたいの」
鬼で在れどもひととして。そう答えた七結に、『彼女』は失望を露にする。深く深く嘲笑う。
「そんなものは、まやかしよ」
どんなにやわらかに見えようと、どんなにあたたかに見えようと、あかいろ以外の全てのものは、薄めて濁したにせものだと。水底の其れはそう謳って、七結自身へとその牙を向けた。
大成功
🔵🔵🔵
薬袋・布静
【徒然】
不意に床の隙間から現れた其れに
首を掴まれた
其れは瞳に確かな殺意を宿し
感情が抜け落ち疲れ切った表情をした己に瓜二つ
吐き出された言葉は紛れもなく内に秘めた本音だった
―はよ殺さなあかんのに
―いつまで生き恥晒す気や
―アイツも結局手離せんで微温湯に浸かったまま
息苦しい程に首を締める手が強まる
―あの頃から、なんも変わっとらん
―身勝手な傲慢さで、全てを狂わすだけ
苦しさの中、聞こえた女の本音に応えるように
―嗚呼、お前に殺されるならええな…
そう、確かに思ってしまった
首を締める手を振り払うと戻った酸素に咳き込む
っげほ、げほ…っ、はぁは…はぁー…
確かに…ソレが出来たら最高やろな
やけど、泣かれるんはごめんや
花邨・八千代
【徒然】
硝子から伸びてきた手に掴まれる
俺と同じ顔を涙に濡らす女の、咎めるような紅い目
『あいつは、俺と生きると言ったくせに俺を見てくれない』
悲痛な泣き声が耳に刺さった
『俺を好きだというくせに、俺がいなきゃダメだっていうくせに』
『いつもあいつの気持ちは爺さんの方に向いてる』
『さみしい、かなしい』
『本当は今でも死んでしまいたいって思ってるのを知ってるんだ』
自分の涙で溺れてしまうんじゃないかと、そう思わせる泣き方だった
『いっそのこと、俺が殺して食ってやりたい』
そんなことを言う女の手を振り払う
睨みつけ、見下し、舌打ちして
うるせぇよ、そんなん百も承知で一緒になったんだろうが
今更ガタガタ抜かすな、鬼のくせに
●鬼ごっこ
硝子の中から伸びてきた手が、八千代の手首を捕まえる。振り向いたそこは暗い水槽。日の差さぬ水の底から零れ出たように、八千代と同じ顔が、その中から姿を現した。紅い瞳と視線がぶつかる。その目は涙で濡れていて、こちらをきつく、咎めるように睨んでいた。
これは、とすぐさまに状況を把握して、八千代は同行者の方に目を向ける。
「――わかっていただろ?」
水底から現れた『彼女』が言う。そこではこちらと同じように、床の隙間から溢れ出たもう一人の『布静』が、写した相手の首を掴んで詰め寄るところだった。その瞳には明確な殺意が宿っているにも関わらず、対する布静はどこかそれを冷めた目で見返している。
八千代が口を開くその前に、胸ぐらを思いきり引き寄せられる。もう一度、今度はとても近くで、涙に濡れた紅の瞳を見ることになった。
「あいつは、俺と生きると言ったくせに俺を見てくれない」
『彼女』の口から発せられたのは、悲痛な嘆き。それは抑えることをやめたかのように、感情のままに叫び出す。
「俺を好きだというくせに、俺がいなきゃダメだっていうくせに、いつもあいつの気持ちは爺さんの方に向いてる」
さみしい、かなしい。ぼろぼろと落ちる大粒の涙を拭いもせず、『彼女』は喰らい付くような勢いで八千代へと訴えた。
額と額を、角と角とをぶつけるようにして、目を逸らすなと言わんばかりに、それを八千代に突きつける。
「本当は今でも死んでしまいたいって思ってるのを知ってるんだ」
――そんなに泣いたら自分の涙で溺れてしまうんじゃないか。驚くでも狼狽えるでもなく、八千代はそう『彼女』を見返した。
だって、そう。そんな事は、やっぱりとっくの昔に知っていて。
それに続く言葉だって、分かってる。
「――いっそのこと、俺が殺して食ってやりたい」
●
首を掴んだ『己』の姿を布静は奇妙な思いで観察する。口元に笑みはなく、感情が抜け落ち、疲れ切ったように空虚な瞳。
瓜二つ、と思いはしたが、自分がこんな表情を浮かべていたか、それとも最初からこんな顔をしていたのか。歪んだ鏡を前にしたようなこの状態は、ひどく思考を掻き乱す。
けれど少なくとも、この『布静』の吐く言葉は紛れもなく本物だった。
「――はよ殺さなあかんのに」
いつまで生き恥晒す気や。糾弾の言葉が放たれる。わかっているのか? わかっているのに、何をしている? その目は問い掛け、詰り、非難する。
「アイツも結局手離せんで、微温湯に浸かったまま――」
首を掴む手に力が籠るのを、布静は感じる。殺意の増す理由が理解できるというのも、奇妙なもので。
「あの頃から、なんも変わっとらん」
内心彼は首肯する。禁忌を犯して、愛を口にして、掌を重ねて――身勝手な傲慢さで、全てを狂わすばかり。
聞こえるか、と『彼』が問う。
息苦しさで遠のきかける意識の中、女の嗚咽が、鬼の嘆きが、その背越しに聞こえてくる。
空気を求めて口が開いて、そして。
「――嗚呼、お前に殺されるならええな」
自分か『彼』か、口にしたのは果たしてどちらだったろう。
●
「うるせぇよ!」
泣き喚く『彼女』とは違う、低い声音がそこに響く。
縋りつく手を振り払い、八千代はそれを蹴り飛ばした。上から見下ろしたその姿はあまりにも気に食わなくて、舌打ちをし、睨みつける。
「そんなん百も承知で一緒になったんだろうが。今更ガタガタ抜かすな、鬼のくせに!」
心底からの怒声を向けて、今度はもう一人、彼の方へと目を向けた。
「布静!」
「――あァ、何や?」
一方こちらも、敵の手を振りほどいた彼が咳き込みながら応じる。
差し伸べられた鬼の手。これに殺されることが出来るのなら、最高だと思ってしまうのは事実だが。
「……やけど、そんなことになったら泣かれるんやろな」
それはごめんだと胸中で呟いて、布静は自らの足で立ち上がった。
水底から這い出た『彼等』に、そうして二人は相対する。
大成功
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ハウト・ノープス
ラフィア・ミセルス(f24116)と
魚と共に硝子の先で揺らいでいたそれが溢れ出る
顔の見えない私が問う
『お前は何者だ』
『誰のつもりでそこにいる』
腐敗した心底より縒り集めた澱みを投げ掛ける
日々己へ問うても解は見つからない
私は、私を喪ったままだ
私は、俺は、誰だったのか
ラフィア・ミセルス
ひとつ聞きたい、私は何に見える
ここに在るのは何者だ
そうか
私は、私にしか見えないか
了解した、ラフィア
ならばそう在ろう、ハウト・ノープスで在り続けよう
ああ、行こう
一般人に被害を及ぼさないこともだが、
魚達も怯えさせないように戦わねばならない
迅速に、的確に殺そう
そして、さらばだ。私ではない私よ
私になりえない私よ
ラフィア・ミセルス
ハウトさん(f24430)と
空気の泡をすり抜けて、私がこっちを見てる
瞬きすら無い、黙として感情のない顔
『エラー』
『それは私の本来の用途では無い』
まるで私が笑って、誰かと楽しむことを共有するのがおかしいみたいに言う
知ってるよ。私はそのために造られたんじゃない
でも、私は私の役割に従いたくない
ラフィアでいいよ。ハウトさん
私にはハウトさんはハウトさんにしか見えないかな
その存在に他の意味が、理由があろうとも
ハウトさんがいることは事実だもん
だから、私も私でいいかな?
よーっし、こんな所でぼんやりしていられないし
こんなのさっさとやっつけて、一般人の人たちを避難させなくっちゃ!
だから、さようなら。水底の正しい私
●自己定義
二人並んで見ていた水槽から、揺らぎ映っていた像が形を成す。水で満たされたそちら側から、ガラスを越えて踏み出す影もまた二つ。
「ハウトさん」
「ああ、仕事のようだな」
ラフィアとハウトは、それぞれに自分の姿をした怪異と向き合った。
「……ほんと、そっくりだね」
鏡写しのような『彼女』を見ながら、ラフィアが言う。対する『彼女』の表情に変化はなく、温度の無い目で、瞬きもせずラフィアの事を見返していた。
「エラー」
語る言葉もまた無機質で、決められた言葉を読み上げるように『彼女』は言う。
「それは私の本来の用途では無い」
淡々と告げたそれは、現状の否定。ラフィアがこうして笑って、表情を変えて、誰かと楽しみを共有することが、ただただ間違いであると。
「知ってるよ」
告げられたそれを、ラフィアはそのままに受け入れる。そのために造られたんじゃない、なんて、言われるまでもないのだと。
「でも、私は私の役割に従いたくない」
これもある種の自問自答か、自覚したまま眠らせていた問いに、ラフィアは改めて答えを出した。自分で決めた答えを。
一方で、ハウトは顔の見えない『自分』と向かい合っていた。顔の見えない、誰かもわからない、正体不明のそれは、しかし逆に問いを投げかけてくる。
「お前は何者だ」
『彼』とは違い、明確に顔のあるハウトへ、躊躇う事無く言い放つ。
それはハウトの胸の奥で、生まれた澱を縒り集めたものだ。一つ一つは無視して見ない振りさえできるだろう、だがそれらは、積もり、重なり、ハウトの足へと絡みつく。
「一体、誰のつもりでそこにいる」
問われたハウトは、その答えを持っていない。
寄り合わせられた死者の肉体、目覚めた以前の記憶は喪われたままで、この顔さえも借り物にすぎないのかも知れない。
私は、俺は、誰だったのか。答えあぐねて――。
天を仰ぐ代わりに、ハウトはひとつ、その名を呼んだ。
「ラフィア・ミセルス」
「ラフィアでいいよ。ハウトさん」
何? と首を傾げる彼女に、静かに問う。自分の役割を理解しながら否定して、自分の在り方を自ら定めた彼女の姿は、どこか眩しく見える気がして。だから。
「では、ラフィア。ひとつ聞きたい、私は何に見える」
ここに在るのは何者か。そう問いかけた。
「私にはハウトさんはハウトさんにしか見えないかな」
答えはいたってシンプルだ。その存在に他の意味が、理由があろうとも、そこに自分と語り、行動を共にしたハウトが居るというのは変わらぬ事実であると。
「そうか」
ハウトが頷く。
「私は、私にしか見えないか」
これは納得だろうか、安堵だろうか。胸から零れた息を一つ吐いて、今決めたそれを声に出した。
「ならばそう在ろう、ハウト・ノープスで在り続けよう」
「うん」
ラフィアはそれを肯定する。だから、私も私でいいかな? そんな風に胸中で呟きながら。
「よーっし、こんな所でぼんやりしていられないし、こんなのさっさとやっつけちゃおう!」
「ああ、行こう」
逃げ遅れた一般人は元より、魚達も怯えさせないように、とハウトが頭を捻らせる。迅速に、そして的確に殺す必要があるだろう。
黒く滲んだ血色の刃を、その手に。
「さらばだ。私ではない私……そして、私になりえない私よ」
「――だから、さようなら」
そしてラフィアは、紫暗の短刀を緩く握った。
自己の定義に正解はないだろう。けれど、きっと正しい判断をした『彼女』に、別れを告げるために。
大成功
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御鏡・十兵衛
ロカジ殿/f04128
己の顔は悪意で歪めばあのようになるのか
軋む心を他所に、他人事のように考えた
『剣の果てなどまやかしだ』
『自分でもわかってる癖に』
『足掻いたところで無駄だ』
『何も成せず、何も得られず、何者にもなれぬ』
『某<オマエ>の生に価値はない』
痛い所を突かれてしまった
そう考えていたのは事実ゆえに、否定はすまい
しかし、命をくれてやるわけにはいかぬ
あそこに居るピンクいのを始め
捨てるには惜しい縁が出来たものでな
終わるのは、縁の先を見届けてからでも遅くはあるまい
さあ、押し通らせて貰うでござるよ
ロカジ殿が心細そうにしているのでな
なあに、某はただ鈍いだけよ
委細承知――背中合わせの大立ち回りと参ろうか
ロカジ・ミナイ
十兵衛/f18659
やたら顔のいいイソギンチャクがいると思ったらさ
ムカつく声が聞こえる
腹が立って我を忘れそうだ
『本当は俺も』
『愛してくれよ』
『本当の不幸はここにある』
『せいせいした』
口を噤んだ言葉などごまんとあるが
理由は全てひとつだけ
守るためだ――何をって?
やめろ、やめろ、僕を壊すな
僕の世界が壊れちまう
イソギンチャクに掴みかかるもう一つのイソギンチャクがガラスに映った時
ハッとする
十兵衛ちゃんは?
君も同じ目に遭ってるんじゃ
思わず手を伸ばし名を叫んだが、僕の方が助けを乞うているみたいになった
クク、頑丈だねぇ十兵衛ちゃん
間抜け面を取り繕う気にもならねぇ
背中は預けたよ
デカいって?目印にゃ丁度良いだろ
●大立ち回りのはじまりはじまり
「ははあ、随分顔の良いイソギンチャクが展示されてるじゃないの」
「やっぱり水槽の中に居たでござるか」
なるほどなあ、と頷くロカジと十兵衛の前に、二人の姿を写した怪異が、硝子の向こうから姿を現した。
「十兵衛ちゃん、ここは僕が」
そうして前に出たロカジは、自分の『写し身』が口を開くのを見る。
ムカつく声。思わぬ響きが、ロカジの意識を丁寧に逆撫でしていく。
「本当は、俺も」
――この男の場合、呑み込んだ言葉は数知れず。選り取り見取り、玉石混合の言葉の中から、怪異は拾い上げたそれを口にする。
端的に。わざわざ説明などしなくとも、彼にはそれで伝わるだろう。
誰かを羨み、愛を求めた事もあれば、運命を呪ったこともある。また自分以外への運命の訪れを前に、溜息を吐いたことだって。
いくつもいくつもあるそれらだけど、理由はいつも一つだけ。
それを、『こいつ』が口にしようとしたのを敏感に察知して、ロカジはその手で塞ぎにかかる。
ああ、やめろ、やめろ、僕の世界が壊れちまう。
掴みかかり、殴りかかる。しかしそんな自分と相手の影が、水槽のガラスに映るのを見てハッとする。
十兵衛ちゃんは?
彼女だって、こんな酷い相手とやりあっているのだから。
「――!」
目の前のイソギンチャクは放って、ロカジはそちらへと手を伸ばし、その名を呼んだ。
悪意で歪んだ己の顔を拝む機会など、そうはないだろう。だとすればこれは良い機会か。どこか他人事のように、十兵衛はそう考える。
「剣の果てなどまやかしだ」
けれどその悪意がこちらを向いているのだから、他人事では居られない。
自分でもわかっているだろう、と、『彼女』は十兵衛本人の顔を覗き込むようにしながら言葉を続ける。
「足掻いたところで、無駄だ。何も成せず、何も得られず、何者にもなれぬ」
そうであるならば、剣を振る事を生業とし、それに人生を捧げてきた者は。
「ああ、某<オマエ>の生に価値はない」
――やはり、そういうことになってしまうか。『彼女』の言葉に十兵衛は瞑目する。痛い所を突かれてしまった。薄々そう考えていたのも事実であるゆえに、否定はできないだろう。
だから、「某の生に価値はない」と、そこまでを踏まえた上で十兵衛は口を開いた。
「それでも、命をくれてやるわけにはいかぬ」
「何故、価値がないと分かってなおもしがみつく?」
「自分でもわかっているでござろう」
意趣返しのようにそう言って、彼女は続ける。
「あそこに居るピンクいのを始め、捨てるには惜しい縁が出来たものでな」
価値など無くとも構わない。だが終わるのは、縁の先を見届けてからでも遅くはあるまい。十兵衛は、相手の問いにそう結論付けた。
「十兵衛ちゃん!」
「おう、寂しかったでござるかロカジ殿」
心配そうな声音のそれに、軽い調子で返事を投げる。一瞬、ロカジはきょとんとしていたようだが。
「……クク、頑丈なんだねぇ」
「なあに、某はただ鈍いだけよ」
笑って、各々に背中を向ける。二人はまた、『写し身』達へと向き直って。
「じゃあ、背中は預けたよ」
「委細承知――背中合わせの大立ち回りと参ろうか」
刃が同時に抜き放たれる。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
橙樹・千織
っ…これが、例の
目の前の自分に瓜二つのそれは
歪んだ笑みを浮かべていた
『こんな記憶、思い出したくなかった』
!?な、にを
突如落とされた言葉に息が詰まる
『あれは私のせいじゃない』
違う、あれは私が油断しなければ
否定する、否定できる
私の落ち度だったと言える
『思い出したくて思い出したわけじゃない』
…っそれ、は
自分であって自分でない過去を思い出し、混乱したあの日
理解し、信じてくれる友はいなかった
みな離れていった
『私はおかしくなんかない!…ひとりに、しないで!!』
っ、やめて!!
“記憶”が原因となり、いつしか無意識に人との間に一線を引いた
親しくなっても“記憶”のことは言わなかった
ひとりになるのが…こわかったから
●蘇る記憶
「っ……これが、例の」
装いも新たに水族館を巡り歩いて、心を躍らせていた千織は、ついにそれに遭遇する。
話に聞いて、ある程度の心構えはできていた。自分と瓜二つのそれが、歪んだ笑みを浮かべているのと相対するこの状況には、奇妙な既視感を覚えるような。
自分ではない橙樹千織、『知らない自分』は、当然のように口を開いた。
「こんな記憶、思い出したくなかった」
「!? ……な、にを」
思わず、息が詰まる。口の端を吊り上げた『彼女』は、黒いものを滲ませた声音に反して、嗜虐的な笑みで千織を見ている。突き刺す言葉は、これで終わるはずがないのだと。
「あれは私のせいじゃない」
「違う、あれは私が油断しなければ……っ」
また投げ落とされた言葉を、千織は即座に否定する。否定できることに、複雑な思いを抱きながらも、言わねばならないそれを口にする。
「あれは、私の落ち度だから……」
「本当に、そう思っている? でも――」
探るような眼が向けられる。険しい顔でそれを見返した千織は、苦し気に息を吐いた。
「思い出したくて思い出したわけじゃない」
「……っそれ、は」
また息が詰まる。胸を締め付けられるような感覚に、千織は表情を歪めた。
「だれも、信じてくれなかった。それも私のせい?」
「それは……!」
自分であって自分でない、そんな記憶が突如蘇り、混乱したあの日。そんな状況を理解してくれる者は、誰もいなかった。
友は、少なくともそう信じていた者は、みんな離れていった。
疑いの眼差し、奇異なものを見る目、そして最後には、そこに諦めが浮かぶのだ。
「私はおかしくなんかない! ……ひとりに、しないで!!」
「っ、やめて!!!」
思わず、鋭く叫んでしまう。耳を塞いでうずくまりたい思いに駆られる。その『記憶』の経験から、いつしか彼女は一線を引くようになっていた。別にそれで問題はなかった。新しくできた友人達とも、それで上手くやってきた。けれど。
「それで? この事を打ち明けられる人は居た?」
笑みの形に目を細めて、『彼女』は問う。答えは分かっているのだと、そう言うように。
「――」
どうせわかってくれないでしょう? ひとりになんて、なりたくないものね。
零れ落ちた言葉は、果たしてどちらが口にしたのか。
成功
🔵🔵🔴
ヴィルジール・エグマリヌ
お前は……私なのかな
随分と陰気な顔をしているね
硝子を擦り抜けて来た私と対峙しつつ
これは念の為に聴いてみるんだけど
子供の頃の夢とか覚えてる?
――嗚呼、うん、チキンライスだったよね
ふわふわのオムレツに包まれてみたかった
なんて馬鹿馬鹿し過ぎて、誰にも言えないだろう?
お前もまた本物だということは認めるけれど
じゃあ、尚更わからない
どうして、妻を手に掛けたことを責めるの
アレは必要なことだったと、私は納得しているのに
それに重責から逃げ出したいなんて
思ったこと無いつもりだったけど……
まるでお前は、罪悪感の化身みたいだ
ねえ、――どうしたら消えてくれる?
答えない写し身に、ほんの少しだけ
途方に暮れてしまった
●罪悪感
「お前は……私なのかな。随分と陰気な顔をしているね」
硝子の向こうから現れたそれを、ヴィルジールはまじまじと見つめる。顔形も、髪色も、服装だって全く同じ。
「――」
ああ、声まで同じなのだね、とかけられた言葉に頷いて見せる。
「これは念の為に聴いてみるんだけど、子供の頃の夢とか覚えてる?」
「……チキンライスだ」
「――嗚呼、うん、チキンライスだったよね」
そう、ふわふわのオムレツに包まれてみたかったんだ。
頭の奥底、懐かしい記憶を引っ張り出したヴィルジールは、笑いもせず、もう一度頷く。こんな、馬鹿馬鹿しくて誰にも明らかにしたくないような秘密を知っているというのなら、実際これは『本物』なのだろう。本物のまがいもの、というのも妙な言葉だけれど――。
「だとすれば、尚更わからないんだ」
ヴィルジールはやはり、『それ』をまじまじと見つめる。「だとすれば何故、あんな事を訊くのか」と。
「よくも、妻を殺したな」
「アレは必要な事だった。お前が私なら、納得済みだと思うがね」
ヴィルジールは首を横に振る。糾弾するのもされるのも筋違いだと。
「それしかなかったとして、お前は何故今ものうのうと生きている? 責任を感じているのか?」
「……話にならない」
分かり切ったことを訊くなとヴィルジールは『写し身』に言う。
「重責から逃れたいなんて思ったことはない。……何度同じことを言うつもりなんだ?」
理屈に合わぬ糾弾を繰り返す『それ』に、倦んだ様子で彼は問う。
「まるでお前は、罪悪感の化身みたいだ。ねえ、――どうしたら消えてくれる?」
すると、『彼』は黙ってしまった。
ほんの少しだけ、途方に暮れる。答えないのは、答えがないからなのだろうか。
ならば、それが消える事は、決して――。
成功
🔵🔵🔴
ヴィクトル・サリヴァン
水族館とかでガラスを叩くのは厳禁なのにねーまったく。
そんな事をするのはどんな…って俺と同じ顔だ。
しょぼくれ顔して何が言いたいのかなー?
…『帰ってきてほしい』『逢いたい』
いやいや、折り合いつけたし今更言われてもねー。
確かに真実の言葉、でもそれじゃあ揺らがない。
と、
『再会を誓った友達に、その節目に一目会いたいと願うのは悪い事?』
『忘れ置いた奴らに報いを受けさせないといけないんじゃないか』
…本っ当に性格悪いね。まことの言葉だから性質が悪い。
でも大切な青春の日々の想い出を悪いもので上書きしたくない。
それも俺の真実だしねー。
さあささっさと一般人を逃がそう。
そのあとUDCには百倍ね。
※アドリブ絡み等お任せ
●
ガラスの揺れる音がして、水槽の方を振り向いたヴィクトルは、自分と同じ顔の『それ』が、姿を現すのを見る。
「ガラス叩くのは厳禁なのにねーまったく」
軽口を叩く彼に対して、しょぼくれた顔の『写し身』は沈んだ言葉を吐く。
「……帰ってきてほしい」
逢いたい、と。そんな言葉にヴィクトルは特に動じる事も無く、受け流した。前情報から敵の特性は分かっている。それに――。
「いやいや、折り合いつけたし今更言われてもねー」
自分の中で決着の付いた内容だ。その程度、と見切るところで、『それ』はまた口を開いた。
「再会を誓った友達に、その節目に一目会いたいと願うのは悪い事?」
「いやー……それは、」
「それに、忘れ置いた奴らに報いを受けさせないといけないんじゃないか」
「……本っ当に性格悪いね」
思わず返答に詰まる。それは真実であるがゆえに、軽々には否定できないもの。それに踊らされるのは少し癪だが、と彼は言葉を返す。
「それもわかるけどね、大切な青春の日々の想い出を、悪いもので上書きしたくないんだ」
それもまた、ヴィクトルの中の真実だから。
そう言い置いて、彼は一旦避難誘導の方へと気を向ける。立ち止まっていた人々を出口の方へ。手早く済ませばあとは敵が待つばかりだ。
100倍にして返してやろうと、若干の鬱憤を胸に、ヴィクトルは自分の姿をした怪異と、再度向かい合った。
大成功
🔵🔵🔵
カイム・クローバー
俺を模した…けど、その瞳、両目だけが金色の怪異が投げかけて来た真実の言葉。
『力が欲しいだろ?』
この言葉を聞くのは何度目だろう。床から湧き出るように現れたそれは確かに心の代弁者で。
『力が欲しいハズだ。何よりも、何者よりも、どんな存在よりも、力が欲しいハズだ。求めよ、我の力を!』と。
何度拒絶しても、力を求めるように囁きかけるソレは見て見ぬふりをしてきた心の本質…俺の中に眠る邪神の声。
誰かを失う恐怖を味わいたくない。そんな俺に力を求めよ、と囁きかける。
その度に決まって俺はこう返答する。
うるせぇよ、と。
力は確かに必要だが、過ぎた力は身を滅ぼす。俺が欲しいのは鍛え上げた己の力。安易な力なんかじゃねぇよ。
●心の本質
床から湧き出るようにして、それがカイムの前に姿を現す。仄暗い水の底を背景に、浮かび上がったそれは、ほとんど自分そのもののはずなのだが……。
「力が欲しいだろ?」
金色の瞳。それを見たカイムは「またか」と頭を振った。こんな風に、具体的な姿を見ることはそうそうないが、その問い自体は聞き覚えがある。
「力が欲しいハズだ。何よりも、何者よりも、どんな存在よりも、力が欲しいハズだ。求めよ、我の力を!」
カイムの様子に構わず、『それ』はそう囁きかける。力を求めよと誘うそれは、ほかでもない、カイム自身の中に眠る邪神の声――。
「何故目を逸らす?」
彼の心の本質。ゆえに。
「誰かを失う恐怖を味わいたくはないだろう。ならば力が必要な筈だ」
あるものを使って何が悪い? 与えられるものを何故拒む? 『それ』は執拗に、繰り返す。
しかし、これは果たして何度目の問いだろうか。何度も繰り返した思考、だからこそいつも通り彼は答えた。
「うるせぇよ」
力は確かに必要だが、過ぎた力は身を滅ぼすもの。所詮借り物に過ぎない、そんなものは不要だと。
「俺が欲しいのは鍛え上げた己の力。安易な力なんかじゃねぇよ」
「ああ、随分悠長な事を言うんだな。……だったらそうすりゃ良いさ」
いずれその時は来るだろう。力及ばず敗北し、大事な全てを失って、後悔しながら我を呼べ。
天秤の片側の言葉を投げつけて、『それ』は深く笑ってみせた。
大成功
🔵🔵🔵
清川・シャル
口にはしなくなったけど、耳の奥に残るあの声達
お前さえ居なければ
知ってる。私もそう思ってる。
私さえ居なければ。
両親が死ぬ事はなかった
アルビノじゃなければ
エンパイアの羅刹らしく黒髪で健やかな肌色で。
蔑まれながら疎まれながら。
閉じ込められて息が詰まる生活を続けてた
でも外は自由過ぎて。
一人ぼっちすぎて。
周りがおかしいのか自分がおかしいのか
もうそんな事も分からない
私は
誰だろう
脳がエラーを起こす
悪いのは大人なのに
その「大人」に、毎日近づいていく
時間を消費するのが怖くて、私の代わりを探して骸の海に還すべくオブリビオンを殺していく
所詮それくらいの正義感
私は空っぽだ
この手は、彼に触れてもいいのでしょうか…
●孤独
水槽の硝子をすり抜けて、現れたのは鬼の少女。抜けるような白い肌に、金色の髪。羅刹の証明たる黒曜の角が、不似合いに覗くその姿。シャルそのものの形をした『それ』は、蔑んだ目で彼女を見た。
「お前さえ居なければ」
たったの一言、けれどそれで十分だった。シャルの耳には、その心の奥底には、その言葉が色濃く染み付いている。
そう、『私』さえ居なければ、両親が死ぬことはなかった。
たとえばエンパイアの羅刹らしく、黒髪で、健やかな肌色であれば、疎まれることもなかっただろうか。それとも、生まれた事自体が罪なのか。閉じ込められ息が詰まるような生活は、心を澱ませていくには十分な時間だった。
思考がぐるぐると渦を巻く。
ようやく出られた外は輝いて見えた。けれどそこはあまりにも自由で。
存在を否定されない代わりに比べることもできず、自分がおかしいのか周りがおかしいのか、物差しが上手く働かない。
私は居ても良いのだろうか。私は望んだままに振舞って良いのだろうか。私は何を望んでいるのだろうか。私は一体誰なのだろうか。改めて向き合った『彼女』は、ぐちゃぐちゃでまとまりがなくて、空っぽな自分を目の前に突きつけてくる。
悪いのは大人。けれど日々その大人に近づいていく。時間を、猶予を、消費していくのが怖い。
ゆらゆらと揺れるシャルの瞳が『敵』を見る。『彼女』は、こちらを憐れむようにして笑った。
「――は」
例えば私と同じ姿の『彼女』を殺せば、世界の敵たるオブリビオンを屠れば、この気持ちは少し楽になるかもしれない。
正義感の正体など、所詮はその程度。
――こんな私が、彼に触れてもいいのでしょうか。
答えは出ない。けれどシャルは、衝動のままに『敵』に向かって手を伸ばす。
成功
🔵🔵🔴
花菱・真紀
十朱さん(f13277)と
憎々しげに見つめる俺の姿をしたそれは真実を告げる。
「お前のせいで姉ちゃんは死んだ」と。
うん、そうだな、姉ちゃんが死んだのは俺のせいだよ。
何度も自分で自分を責めた。
だから真実を告げられてもそうだよとしか言えないんだ。
もしかするとお前はこうやってまた俺が誰かと楽しげに出かけることを恨んでいるのかもしれないな…でもさ姉ちゃんがいないのはやっぱり寂しいんだ。
えっ、十朱さん俺を庇って…ッ俺なんて、庇わなくていいのにッ!(自分を庇って死んだ姉を思い出す)…あ、十朱さん、…苦しそ…大丈夫ですから俺も十朱さんも大丈夫。あれはただの幻だから。
大丈夫ですよ(そっと背中を撫でようと)
十朱・幸也
花菱(f06119)と
アドリブ大歓迎
リアルラックの低さが、ここでも裏目に出たかね
俺はこれから、コイツと物販行く予定なんだよ
千薙と一緒に、花菱の前に【かばう】様に立つ
年上の見栄っ張りだから、気にすんな
どうせアレだろ?あのガチャ我慢すればとか……
……喉が、渇いた
血が欲しい、血が飲みたい
何で我慢なんかしなきゃならねぇんだよ?
どんなに取り繕ったって、親父のせいにしたって
俺がおふくろを食った事実は、一生消えやしねぇんだよ!
頭が真っ白になって
気付けば【疑似覚醒】を使って、幻影を両方消し散らそうと
花菱……今は、見ないでくれ
(自分が一番嫌いな姿を、晒しちまった)
つーか……俺なんて、って言うんじゃねぇよ、バーカ
●それぞれの真実
「お前のせいで姉ちゃんは死んだ」
現れた怪異、真紀と全く同じ姿形のそれは、真紀自身を憎々し気に見ながら言う。
責めるような声音のそれを、真紀はただ受け入れた。「うん、その通りだ」と。
そう思って、何度も自分を責めてきた。だからそう返答するしかできなくて。
「ああ、お前はこうやって、また俺が誰かと楽しげに出かけることを恨んでいるのかもしれないな……」
自分を写した存在に、そんな風に語り掛ける。それもまた、散々悩んだ事ではあるのだろう。それでも滲み出る感情に、真紀は表情を曇らせる。
「……でもさ姉ちゃんがいないのはやっぱり寂しいんだ」
「何だそれは? 言い訳にもなってないだろ」
責め立てる態度が緩むことはなく、怒りを露にする『彼』に対して、幸也が一歩前に出た。
「その辺にしておけよ。俺はこれから、コイツと物販行く予定なんだ」
からくり人形と共に、彼を守るように立つ。
「えっ、十朱さん!? 俺なんて、庇わなくても――」
「年上の見栄っ張りだから、気にすんな」
姉の最期を連想してしまい、慌てる真紀の言葉を遮って、幸也は敵――自分の姿をした怪異も加わった、ドッペルゲンガー達と向かい合う。
「ああ、今度はその人に庇ってもらうんだ?」
揶揄するように目を細めた『真紀』を、幸也が千薙と共に牽制する、そして。
「うるせぇな、俺が相手をしてやるよ。どうせアレだろ? あのガチャ我慢すればとか……」
「おいおい、そっちじゃねぇって。自分でわかってんだろ?」
怪異の側も、『幸也』が言葉を継ぐ。幸也自身と『彼』が知る、真実の言葉を。
「喉が渇いた」
おもむろに告げられたそれに、幸也の指がぴくりと揺れる。
「血が欲しい、血が飲みたい……なぁ、何で我慢なんかしなきゃならねぇんだよ?」
ダンピールである彼の、吸血衝動をあげつらう。それを抑え込もうとするなんて、愚かな事ではないのかと。
「そんな風に取り繕ったって変わらねぇよ。親父のせいにしたって同じだ」
やめろ、と。幸也の唇が動く。渇き掠れた喉は、それを音にし損ない――。
「俺がおふくろを食った事実は、一生消えやしねぇんだよ!」
「――!」
瞬間、幸也の思考が白に染まる。海のようだと言われた髪は、氷のように真白に変わり、瞳は赤紫に塗り替わる。吸血鬼としての姿に変じた彼は、荒ぶるその力のままに、目の前の二人を掻き消そうとその腕を振るった。
駆け抜ける暴風は、少なくとも怪異達から一時的に言葉を奪う。
「……あ、十朱さん……」
「花菱……今は、見ないでくれ」
自分の振るった腕を忌々し気に見遣って、幸也は苦し気に息を吐く。
そんな彼の様子に息を呑みながらも、真紀はその背に手を伸ばした。
「……大丈夫ですから。俺も十朱さんも大丈夫。あれはただの幻だから」
気遣うように背を撫でて……その感触に、幸也も先輩としての顔を取り戻す。
「ああ、大丈夫だ……つーか……俺なんて、って言うんじゃねぇよ、バーカ」
どうにか笑みを浮かべて、顔を上げる。
「それに、ただの幻じゃねぇから俺達が来たんだろ」
そこには、UDCの呪いの顕現、ドッペルゲンガー達がこちらを見下ろしていた。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
レイラ・アストン
【明け空】
鏡写しの私が嘲笑う
「あなた方には…いえ、誰にも分かるわけないわ」
確かに、私の本心で間違いないわね
表面上は「何でもないわ」とはぐらかす、私の
見えてしまう得体のしれぬモノについて
正直に話したら訝しく思われる
だから私は、人と距離を置くことにした
そう、見える世界が違う以上
ずっと私は一人…いえ、違うわ
傍らの友の手を強く握り返す
イルカを前にはしゃぐ彼女、彼女を見ている私
見ているものは違えど、幸せな時間
ついさっきの事じゃない
それに、約束したもの
貴女を見ているって
彼女が自分を見失っても、私が必ずこの目に映すわ
心を通わせるのに
同じ世界を見ているかは関係ない
もう一人なんかじゃないわ
それが、今の私の真実よ
プロメテ・アールステット
【明け空】
もう一人の私の、深紅のドレスと降ろした髪がふわりと揺れる
人形のくせに何故そんな表情をする?
まるで今にも泣き出しそうな…
「寂しい」
「誰も見てくれない」
「私を愛して」
弱々しい声
これが私だと?
違う、お前は私じゃない!
なのに何故、目が離せないんだ…
頭を振る視界にふと、己の毛先が移る
まだ少し濡れた―…
ああ、そうだ
視線を隣に移す
人形の私を、透き通った青い瞳に移してくれた彼女
その優しい手をそっと握る
レイラ殿には何が見えているのだろう
分からないけれど、私の手が少しでも力になればと思う
私を見てくれた優しい彼女を守りたい
家族ができた、大切な友人もここにいる
もう寂しくなんかない
去れ怪異、私は彼女と共に進む
●見えているもの
深紅のドレスと、降ろした髪をふわりと揺らして、プロメテの写し身が二人の前に降り立つ。レイラを庇うように一歩前に出て、プロメテはそれと向き合った。暁光の色の髪は同じで、それを編んでいるか降ろしているかの違いはある。けれど、彼女が何よりも『違う』と感じたのは。
「人形のくせに、何故そんな表情をする?」
プロメテは問う。現れた写し身は、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
「だって、寂しいから」
その口から零れ出たのは、か細い震え声だった。
「何だと……?」
「誰も、私を見てくれないもの」
両者の声色は似ても似つかない。ただ、プロメテ自身の声は、嘆く『彼女』の言葉に揺らいで行く。
「これが私の言葉だと? ……そんなはずはない、お前は私じゃない!」
「でも、あなたも願っているはず」
否定する声を、逆に説き伏せるように『彼女』は言う。間違いなく、その言葉はプロメテの裡に在るものなのだから。
「――誰か、私を愛して」
違う、聞きたくない。プロメテは絡みつくその言葉を振り払うように、頭を振る。赤く鮮やかな髪が踊って、そして。
「……あ」
その濡れた毛先に気付く。
ああ、そうだ。視線を隣へ移せば、そこには彼女が。
人形の私を、透き通った青い瞳に映してくれた彼女が居る。
そうしてプロメテが視線を向けた先、レイラもまた、自分の写し身と向かい合っていた。
「そっちを見てるわよ。自覚している?」
「ええ」
水の内より浮かび上がった『レイラ』の問いに、頷いて返す。すると。
「無駄な事よね。誰にも、私の見ているものが分かるわけないのに」
『彼女』は嘲るようにそう言った。その様を見て、彼女は悟る。ここに現れたのは他でもない、自分の本心であるのだと。
何を聞かれようが、何を言われようが、「何でもないわ」とはぐらかすのが常だった。見えてしまうソレを、得体の知れぬモノを、正直に話せば訝しく思われ、やがて離れていってしまうだろう。
どうせ離れていくのなら、最初から……そう、人と距離を置くようになってからどれくらい経つだろうか。
「見える世界が違うのよ? 言葉通り『わかり合えない』わ」
『彼女』の言うのはそういうことだ。そして、諦めるように首を横に振って。
「だから、私はずっと一人きり」
そうして写し身の語る言葉を、レイラは黙って聞いていた。結局のところ彼女は、この本心に自覚的で……一度沈めたそれは、もう一度沈める以外にしようがないのだと分かっているから。
けれど、その手に触れた感触に、レイラは驚いてそちらを見る。手を握ってくれているのは、友人の――プロメテの掌。
こちらを見つめる瞳は偽りなく告げている。「何が見えているかはわからない」、「けれど、少しでも力になりたい」と。
レイラは思う、私は彼女を見ただけで、特別な事はしていないと。けれどきっとただのそれだけが、プロメテにとっては大事な事だったから。
レイラは、ため息を一つ吐く。
見えているものは違っても、ついさっきまで共に過ごした時間が、損なわれるわけがないというのに。強く、その手を握り返した。
「貴女を見ているって、約束したものね」
彼女が自分を見失っても、必ずこの目に映してみせると。
「ねえ」
改めて、レイアは自分の写し身を呼ぶ。今度はちゃんと言うべきことがあるのだから。
「心を通わせるのに、同じ世界を見ているかは関係ないの」
それは今までの自分を、否定することになるとしても。
「もう一人なんかじゃないわ。それが、今の私の真実よ」
そして、プロメテもまた、掌に伝わる熱を力に変えて。
「もう、寂しくなんかない」
家族が出来た。そして大切な友人もここに居る。だから。
「去れ怪異、私は彼女と共に進む!」
きっぱりとそう告げて、二人は相対する怪異へとそれぞれの得物を向けた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
斬断・彩萌
●アドリブ歓迎
水底から出る私の中のわたし。普段はひた隠しに、なおかつ大胆に主張する私の本心が水槽を叩く
どうして
どうして彼はわたしのものじゃないの?
わたしはかれをこんなに好いているのに、どうして彼の眼は別の人を追ってるの?
それがわたしの思い込みなのか、真実なのか、最早わたしには見当もつかない
だけれど知っている
わたしだけが彼の特別では無いことを
彼にとっての一番はきっと――
嗚呼、ダメ。吐き気がする
そんなこと、思ってはいけないのに。私は常に勝者でなければいけないのに
彼の存在が私を邪魔する
私をかき乱す――どうして、何故
何故、好きと云う感情はうまく動かないの
あなたを想うと息が出来ない
●それは嵐のように
「どうして」
自分の写し身の言葉に、斬断・彩萌(殺界パラディーゾ・f03307)はその身を震わせる。我が事ながらよく通る、はっきりとした声音には感心するけれど、それが声高に主張しようとするそれを予感し、眉根が寄る。
「どうして、彼はわたしのものじゃないの?」
言葉にすれば幼く聞こえる、そんな主張。ひた隠しにした本心が曝け出される様に、彩萌は眩暈を覚えた。
「わたしはかれをこんなに好いているのに、どうして彼の眼は別の人を追ってるの?」
それは、ただの思い込みではないの? 心の内でそれに返す。わかっている、事実はどうあれ『彼女』……わたしにとってはそれが真実で、否定できないそれは、ベッドの下やクローゼットのお化けみたいに膨れ上がっていく。
性質が悪いのは、私がその一部を事実だと知っていること。
彼の特別は私だけではなくて、一番はきっと――。
嗚呼、ダメ。こみ上げる吐き気を堪えながら、彩萌は『敵』を睨みつける。
「こんなのおかしいと思わない?」
そうね、と彩萌は返す。私は斬断の娘。常に勝者でなければいけないのに。
彼の存在が邪魔をする。知らない素振りで私を掻き乱して、どうして、何故、と沈んだ言葉が次々に浮かび上がってくる。
――何故、この感情は上手く動いてくれないのだろう。
あなたを想うと、息が出来ない。
「ねえ、わたしはどうすればいい?」
「決まってるでしょ、そんなの」
引っ掻き回され途方に暮れて、そんな様子の『自分』に彩萌は溜息を吐く。頭では、理屈では分かっていても、その通りにはいくかどうかはまた別問題だ。
そこではたと気付いて、彩萌が問う。
「ねえまさか……負けた時の事なんて、考えてないわよね?」
いや、そこまでにしておこう。答えを聞く前に、彼女は銃把に手を伸ばした。
成功
🔵🔵🔴
鷲生・嵯泉
……真実の言葉、か
本来ならば無意味な筈の、云わず沈めたものを態々引き出すとはな
だが――疵を付けるには適した『武器』やもしれん
薄暗い通路の向こう、未だ残る人影が有るなら去る様に促し奥へと向かう
硝子から剥がれる様に眼前に現れる姿を眺め遣る
誘う様に零されるのは――『死にたい』
ああ、矢張り其れを云うか……
総て喪ったあの時から心の奥底で其れを望み続けていた
何もかも投げ出して、死して会いに逝く事が出来たなら
どれ程に楽だった事だろう
しかし口にすれば抑え難くなるだろう衝動と、捻じ伏せ続けて来た
否――此れからも抑え続けねばならぬもの
生きると誓った
必ず帰ると約束をした
其の言葉は再び沈めよう――私にはもう、必要無い
●誘うもの
事態はもう始まっている。現場である水族館に足を踏み入れた鷲生・嵯泉(烈志・f05845)は、薄暗い通路を大股で進んでいく。避難の誘導に当たっているUDC職員達の手を借りつつ、自らも残る人影に声をかけながら、奥へ。
少しだけ開けた場所、展示スペースに出て、水槽と向き合う形になったところで、『それ』は彼の前に姿を見せた。
水槽の硝子から剥がれ落ちるように現れたのは、嵯泉そのもの。
(成程、これがそうか)
真実の言葉。本来ならば無意味な筈の、云わず沈めたもの。けれど外に出る事無く沈んだそれは、淀み、濁り、時に疵を付けるのに適した武器となる。
そこまで考察を進めていた嵯泉には、この『写し身』が口にする言葉も、既に予測がついていた。鋭く見遣る彼の前で、暗い瞳の『彼』が言う。
「死にたい」
――ああ、矢張り、其れを云うか。
共鳴、とは違うだろう。奥底に封じ込めたものを無理やり引きずり出される感覚。心構えが出来ていても、露になったそれと向き合い、平静なままで居ることは難しい。
総て喪ったあの時から、胸の奥で蠢き、燻り続けていた其れが、またも嵯泉の前に現れる。胸の奥から零れ落ちたその言葉は、甘く誘うような響きを伴って。
――何もかも投げ出して、会いに逝く事が出来たなら。
そんな風に思考を掻きたてる。死ねば楽になるなどと、言葉にするのは容易いだろう。けれど、この毒はそれゆえに抑え難く、絶ち辛いもの。
口に出してはならぬと、捻じ伏せ続けてきたもの――否、此れからも抑え続けねばならぬそれを、嵯泉はしかと見つめる。
生きると誓った。必ず帰ると約束をした。
この身を投げ出し、それに悖ることなど、もはやできはしないのだから。
「――私にはもう、必要無い」
もう一度、沈め。
確たる意志を以て、嵯泉は『それ』に刃を向けた。
大成功
🔵🔵🔵
鳳仙寺・夜昂
俺の前にいる、憎しみと歓喜が綯い交ぜになったような『俺』の姿。
『どいつもこいつも馬鹿にしやがって』
『相手が自分より弱いと見れば寄ってたかって叩きやがる』
『俺が何をしたってんだよ。何もしてねえだろ』
『でももういい』
『今は俺が他人の生き死にを決める側だからなあ!』
『ほら、昔みたいに這い蹲らなくていいのか?助けてほしいならそれらしくしろ』
猟兵になって、力が手に入った。困らないどころかかなり贅沢な暮らしも。
「お前らとは違う」とか「ざまあみろ」とか、考えたことがないと言えば嘘になる。
だからこそ、言い返す言葉が見つからない。
……ああ嫌だ、何も聞きたくない。
何で自分はこんなに汚いんだ。
※アドリブ歓迎
●水底の泥
水族館を歩いて、魚達やペンギンを見て……最後に目にするのがこれか、と夜昂は眉根を寄せた。水槽のガラスから滲み出るように、姿を現したのは、『夜昂』だった。
は、と息を吐いた『彼』は、口の端を吊り上げ、せせら笑うような仕草を取った。身に付けた僧服に似合わぬ歓喜と、隠しようもなく香る憎しみ。それこそが、写し身としての『彼』の様。
「どいつもこいつも、馬鹿にしやがって」
吐き捨てるような言葉。下から見上げることに慣れたもの特有の、恨みの混ざった声音が響く。
「相手が自分より弱いと見れば、寄ってたかって叩きやがる」
俺が何をしたって言うんだ? 何もしてねえだろ。延々と降り積もった苛立ちと、不満がそこにはあった。だから、と黙ってそれを聞いていた夜昂は思う。ずっと抱えていたそれは、抵抗なく彼の耳に入ってくる。
色合いが変わるのは、そこからだ。
「でも、もういい」
そう、構わないのだと『彼』は笑った。
「今は俺が、他人の生き死にを決める側だからなあ!」
勝ち誇るように。ああ、そうだと夜昂は天を仰ぐ。何の因果か、手に入れたのは猟兵の力。権力、腕力、貧困、圧し掛かっていたあらゆる重石がなくなって、自由が、栄光が目の前にある。
「信じられるか? 俺は世界を救う戦いにだって加わったんだぜ?」
だから、俺はお前らとは違う。ざまあみろ。……そんなことを、考えなかったと言えば、嘘になる。こうして調子に乗って粋がる姿を、「俺とは違う」と否定する事も出来なくて、夜昂の言葉は形にならず、吐息の形で霧散した。
……ああ嫌だ。何も聞きたくない。
ちっぽけで汚い、これが自分だなどと、改めて見たくなんてなかった。
「ほら、昔みたいに這い蹲らなくていいのか? 助けてほしいならそれらしくしろ」
こちらを見下し、嘲るように言う『彼』に、泥沼に未だ片足を突っ込んだままの己に、夜昂は視線を戻した。
さあ、言うべきことが、やるべきことが、あるはずだ。
成功
🔵🔵🔴
花房・英
『あんた、なんで生きてんの?』
理解できない、悍しいものを見るような目で俺が俺に問いかける
腹の底に仕舞い込んだ、鬱屈した思い
『化物じみた身体になって、それでもなんで生きている』
死ねば楽になるんじゃないか?
そうだ、死ねばきっと何も感じない
だけど
痛いのは嫌だ、死ぬのも怖い
出口、あっち。ここ危ないから
水底から現れた声の主を無視するように、避難の声をかけるけど
『でも何より怖いのは、生きてる理由は、それじゃないだろう?』
醜い顔の俺が言う
あんたに言われなくても、分かってる
抱える劣等感も、その気持ちも全部俺のもんだ
あんたが勝手に口にするな
俺はそんなにお喋りになったつもりはない
●自己
それは、とても自分に向けるものとは思えない、そんな表情。
水の底から現れた『自分』が、悍ましいものを見るような目でこちらを見るのを、英はどこか冷めた気持ちで受け止める。
「あんた、なんで生きてんの?」
理解できない、というような問い掛けもまた同様だ。
何でもないことのように振舞うのは慣れたものだけれど、腹の底に仕舞い込んだそれは、いつだってそこで渦を巻いていた。
「化物じみた身体になって、それでもなんで生きている」
死ねば楽になるんじゃないか? そんな言葉が頭に染み付く。
思わず自分の掌に視線が落ちる。そうだ、死ねばきっと何も感じない。疑問も、嫌悪も、恐怖だって。死ににくい身体とは言え、それは難しくもないだろう。だけど――痛いのは嫌だ、死ぬのも怖い。子供みたいな言い分だが、それでも。
「出口、あっち。ここ危ないから」
敵の姿と語る言葉、その両方を無視するように、周りで戸惑っている一般客達に声をかける。逃げるべき方角を指し示して、促して。
それでも当然、『彼』は言葉を止める気はないようで。
「――ああ、死ぬのはもちろん怖いよな。でも何より怖いのは、生きてる理由は、それじゃないだろう?」
嘲笑うようなその言葉に、英はようやく視線をそちらへ戻した。作り物めいて見えるその顔を、今は醜いと思ってしまう。
その薄皮を一枚捲れば、似ても似つかぬ怪異が顔を出すのだろう。とはいえ、もはや過去さえ曖昧な自分は、それとどれだけ違うというのか――。
「あんたに言われなくても、分かってる」
淡々と口にして、前へと踏み出す。
「抱える劣等感も、その気持ちも全部俺のもんだ。あんたが勝手に口にするな」
俺はそんなにお喋りになったつもりはない。
悪趣味な怪異にそう告げて、彼は『敵』を黙らせるべく、その手を振るった。
大成功
🔵🔵🔵
九之矢・透
硝子から出て来たオマエ
確かにアタシと瓜二つ、けど
帽子を取り
髪を下ろし整えて、小綺麗な身なり
……コレはアタシか?
ソイツが嗤いながら言う
何時まで「アイツら」の面倒を見なきゃいけないんだ?
血も繋がってない
親代わりの義理なんてない
「アイツら」さえ居なければ、猟兵のアタシだけなら
良いモン食って、良いモン着て
何処へだって行けるのに
……うるせえな
クッソ恥ずかしいモン見せやがって
ンなモン、何百、何千回も考えてるよ
でも幾度考えたって
アタシはあそこに帰るんだ
ああ何度でも出て来いよ
アタシは何時でもオマエの手を取れる
けど何時だってオマエの手を払い続けてやる!
覚悟ってのは塗り重ねていくもんだからな!!
底で見てろ!!!
●帽子の中身
硝子をすり抜け、出て来たのは同じ年頃の少女だった。赤茶の髪にまだ若いどんぐりみたいな緑の瞳、それは確かに、『九之矢・透』のはずだった。
「……オマエ、ほんとにアタシか?」
その姿に思わず、透が問いかける。姿形は同じだけれど、現れた『彼女』には帽子がない。隠すことをやめ、櫛を通した豊かな髪。着ている服も小綺麗なもので、「良いとこのお嬢サマ」と評したくなる風情に、戸惑わずにはいられない。
けれどこうして、透の前に現れたという事は――。
それを分かっているためだろう、『彼女』は嗤いながら口を開いた。
「なあ、何時まで『アイツら』の面倒を見なきゃいけないんだ?」
それは当然、共に暮らす彼等のことだ。行き場を失い、共に暮らす子供達。いつだって透はそこに帰って、親代わりに面倒を見る。
けれど、本当はそんな義理はないはずだ。家族だなんて言ったところで、血の繋がりもありはしない。
「アイツらさえ居なければ、猟兵のアタシだけなら、良いモン食って、良いモン着て、何処へだっていけるんだぜ?」
両手を広げて、自分の姿を見せつけるように『彼女』は言う。灰色の街の何が楽しい? 惨めな暮らしを続ける理由は?
本当は思うままに飛んでいけるのに。そう問いかける。
「……うるせえな」
口を突いて出たのは、そんな悪態だった。当然、言われっぱなしの彼女ではない。たとえそれが、真実なのだとしても。
「黙って聞いてりゃクッソ恥ずかしいモン見せやがって! ンなモン、何百、何千回も考えてるよ!」
上等な衣服に、艶のある髪に、唾が飛ぶのも構わず透は詰め寄る。
アイツらはアタシの家族で、仮住まいにしたって、あそこがアタシの家だから。
「幾度考えたって変わらない! アタシはあそこに帰るんだ!」
「――ああ、そうかよ」
呆気に取られていたような『彼女』も、そこで吐き捨てるように返した。
「足枷相手のおままごとが、いつまで続くか見物だな?」
「うるっせえ!」
近くで見るとそばかすも目立たないような気がする。化粧か? 化粧なのか? 何だかよけいに腹が立ってきて、透は噛みつくように一気に言った。
「ああ何度でも出て来いよ! アタシは何時でもオマエの手を取れる、けど何時だってオマエの手を払い続けてやる!」
覚悟とは、塗り重ねていくもの。これを譲るつもりはないと、彼女は決然と言い放った。
「底で見てやがれ!」
そして、この憎たらしい敵を払うために、戦いの口火を切る。
大成功
🔵🔵🔵
アヴァロマリア・イーシュヴァリエ
【没了】
『全ての世界を、人々を救う? 無理だよ』
『だって、マリアは”救えなかった”。あの人も、あの子も、もっと多くの皆も』
『マリアの手は届かなかった。マリアの光は照らせなかった』
『だから、諦めなよ。』
……そうだよ。マリアは、出来なかった。助けてあげられなかった。
でも、救えなかったからって、救わなくなっちゃうのは、ダメだもん。
救うって決めたから。失敗しても、どうなっても、絶対絶対救うんだから……マリアは、聖者なんだから!
ジンお兄さん、大丈夫だった?
マリアは……ごめんね、ちょっとだけあっち向いてて。
(堪え切れずに溢れた涙を隠しながら拭います)
……もう大丈夫。大丈夫だよ。
さ、行こう。皆を救わなきゃ!
ジン・エラー
【没了】
あァ?オイオイこりゃァ新しいショーかなンかかよ?
マリア、お前は──そっちはそっちでか。面倒くせェな
『全てを救う?馬鹿だなお前』
『出来っこねェだろそンなこと』
『神でもあるまいし』
『お前は所詮ヒトなンだよ』
───はァ~~~なるほど、お前そォ~~いう……
別にオレと同じ顔したヤツに嫌ァ~~~~~なこと言われるのは慣れっこだがよ
やっぱムカつくにはムカつくな
お前みたいな自分の言葉で語れねェヤツは特にだ
とりあえず一発。お前は後回しだ。
おうマリア、そっちはどォ~~~よ
グヒャヒ、イ~~ィ顔だ
よく出来た子は褒めてやろう
乱暴に、粗雑に。娘の頭を掻き回すように。
ほら、涙なんて何処へやら
あァ、聖者としてな。
●聖なる者
ガラスに映った自分の顔が、鼻で笑うような不遜な表情を浮かべる。尊大にも見えるその顔は、見慣れていると言えばその通りなのだが。
「……あァ?」
ずるりと、それがガラスからこちら側に出てくるのを目にして、ジンは顔を顰めた。
「――オイオイこりゃァ新しいショーかなンかかよ?」
趣向を凝らすにしても、これは少々趣味が悪い。そんな事を言いつつ振り向けば、そちらには共に歩いていたはずの少女が二人になっていた。
「そっちはそっちでか。面倒くせェな」
向き直ったそこでは、『ジン』が肩を竦めて見せる。そして息を呑むアヴァロマリアの前では、同じ姿の『彼女』がその目に憐みの光を浮かべていた。
二者二様の態度で、現れた『二人』は同時に口を開いた。
「全てを救う? 馬鹿だなお前」
「全ての世界を、人々を救う? 無理だよ」
「出来っこねェだろそンなこと。神でもあるまいし」
小指で耳を穿りながら『ジン』は言う。そんなこと、ちょっと頭を使えば分かるだろ、と。
「聖者だの何だの言ってもよォ、お前は所詮ヒトなンだよ」
「──はァ~~~なるほど、お前そォ~~いう……」
態度の悪さではこちらも負けていない。ご高説痛み入りますと芝居がかった仕草で返しながら、ジンは愉快気で、不愉快気な独特の調子で語る。
「別にオレと同じ顔したヤツに嫌ァ~~~~~なこと言われるのは慣れっこだがよォ?」
ムカつくにはムカつくよな。借り物の言葉で言われるのは特に。
一歩近づいて、ジンは目の前の、自分と同じ顔を色んな角度から眺めるようにして、おもむろに拳を――。
「――無理だよ。だってマリアは”救えなかった”。あの人も、あの子も、もっと多くの皆も」
『アヴァロマリア』は彼女の記憶に、過去に触れる。その手は届かず、その光では照らすこともできず、叶わなかったその光景に。
「だから、諦めなよ」
促すでもなく、ただそう告げる。所詮それは、身に余る願いであるのだと。
写し身であるところの『彼女』の言葉は、結局のところアヴァロマリアの内から滲み出たもの。それ故に、考えたことがなかったとは言えない。自覚がなかったとも言えない。
だから彼女は正直に、過去を直視し、口を開いた。
「……そうだよ。マリアは、出来なかった。助けてあげられなかった」
目を逸らさず、瞑らず、事実は認めなくてはならない。そして。
「でも、救えなかったからって、救わなくなっちゃうのは、ダメだもん」
しっかりと目を開けて、彼女はしっかりと『自分』を見つめる。
「救うって決めたから。失敗しても、どうなっても、絶対絶対救うんだから……マリアは、聖者なんだから!」
聖なる者、光を宿す者。『アヴァロマリア』は、その姿をどこか眩し気に見返した。
「そう。それは使命だから? それとも、贖罪? ……何にしても、無駄なのにね」
その身もまた光を放ち始める。戦闘の気配に、アヴァロマリアはジンの方を振り返る。
「ジンお兄さん、大丈夫?」
「おう、そっちはどォ~~~よ」
当たり前だろと言うように帰ってきた声に、内心安堵する。
「マリアは……ごめんね、ちょっとだけあっち向いてて」
「あァ……こっちにはムカつく顔しかねェんだけどなァ~~~」
「オイオイ、図星を突かれたからってキレんなよ」
ジンと『ジン』が煽り合う。どうやら先程の不意打ちの拳は不発に終わったらしく、写し身の方からはせせら笑うような態度が見て取れた。
そんなやりとりがされている内に、目元に滲んだものを密かに拭って、アヴァロマリアは顔を上げる。
「……もう大丈夫。大丈夫だよ」
振り向いたジンは、その顔を見て一つ笑い、その頭に手を置いた。
「グヒャヒ、イ~~ィ顔だ、よく出来た子は褒めてやろう!」
くしゃくしゃとその頭を掻き回すように、少しばかり乱暴に。アヴァロマリアがほんのちょっと迷惑そうに、照れくさそうにする姿に目を細めてから。
「さ、行こう。皆を救わなきゃ!」
「あァ、聖者としてな」
二人は共に、戦闘態勢に入る『写し身』達に向き直った。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
『影朧になりたかった』
――そう言うと思った
『癒やしを受けられれば
また"人間"として幸せに暮らせる
"怪奇"に苦しまずに済む
父さんや母さんに迷惑かけずに生きられる』
随分とまぁ楽観的だよなって自分で思う
死んで影朧になれたとしても
迷惑極まりないのは変わんないのに
そもそも転生できる保証無いだろ
戯言でしかないから黙っててくれ
『死ねる機会を何度逃しただろう』
……黙れよ
『アリスの儘喰われていれば
アルダワにいた妖精に願えば――』
黙れって言ってんだろ!
『誰か殺して 始末して
自分で死ぬ勇気が無いんだ
ねぇ、"俺"が生きる意味ってあるの?』
――私が生きる意味?
無いのかもしれない
あのクラゲのように、ただ動いてるだけで
●拍動
怪奇人間、スキアファールと同じ姿をしたそれが、水槽の硝子を超えて現れる。どこか茫洋とした、焦点の定まらない瞳を彷徨わせて、『彼』は言う。
「影朧になりたかった」
それは叶わぬ願い、届かぬ月に手を伸ばすような、空しい呟きだけがそこに落ちる。
価値の無い言葉が通り過ぎるのを、スキアファール自身もまた、諦めたように見送っていた。
――そう言うと思った、とそんな事を考えながら。
「癒やしを受けられれば、また"人間"として幸せに暮らせる。"怪奇"に苦しまずに済む。……それに、父さんや母さんに迷惑かけずに生きられる」
ぽつりぽつりと零れるそれは、滴る血のように、心の底に染みを作る。
ああ、でも、随分と楽観的で、我儘だな。我が事ながら、スキアファールは他人事のように顔を顰める。
死んで影朧になれたとしても、迷惑極まりないのは同じこと。誰かを巻き込んで、誰かの手を汚させて、そこまでしても、転生できる保証さえないのだから。
だからこそ、こんなものは戯言でしかないのだと彼は断じる。しかし。
「死ねる機会を何度逃しただろう」
「……黙れよ」
口を閉じる様子の無い自らの『写し身』に、苛立つままに言葉を投げる。そこからは先は看過しかねる。聞きたくないというべきか。
「アリスの儘喰われていれば。アルダワにいた妖精に願えば――」
「黙れって言ってんだろ!」
詰め寄り、『そいつ』の襟首を掴む。血の気の引いた白い顔は、まるで死人のそれのように見える。
掴んだ首元から覗く包帯。この写し身もまた、包帯の下は『影』になっているのだろうか。そう考えると言葉に詰まる。その間に、抵抗せぬままの『彼』は、続きを淡々と口にした。
「誰か殺して。始末して。自分で死ぬ勇気が無いんだ」
その口を塞いで、息の根を止めたら黙るだろうか。けれどこの自分もまた、そうされることを望んでいるのか?
「ねぇ、"俺"が生きる意味ってあるの?」
「――私が生きる意味?」
終わりを望みながら、生き続ける意味は? 理由は? 思わず、自らに問うてしまう。
「……」
開きかけた口は、続けるべき言葉が見つからなかったように、無音のまま。
彼等二人を写し込んだガラスの向こうでは、色白の海月がゆらゆらと水の中を泳ぐ。意味も理由もありはせず、それはただ、動き続け、生き続けようとするのだろう。
成功
🔵🔵🔴
雲烟・叶
【涙雨】
イルカショー豪快でしたねぇ、お嬢さん濡れませんでした?
水族館を気に入った男はその時までせめて機嫌良く
本音なんて醜いもの、消してしまえれば良かったんですけど、ね
現れた己は人に混ざる為に覚えた表情もなく、ただはらはらと泣いていた
──嫌だ
狂わせたくなかった
死なせたくなかった
大好きだったのに
どうして
俺のせいだ
誰か壊して
敬語で取り繕う事も忘れた素の口調
悲鳴じみた自責と自戒と自己否定
でも、知っている
──嫌だ
使われたかっただけなのに
何も知らない器物だった頃のように
愛して欲しかっただけなのに
誰か使って
愛されたがりのろくでなし
何方も本音
溜息を吐けば少女の視線と目が合って
とりあえず、癖のように笑って見せた
ネムリア・ティーズ
【涙雨】
大丈夫、でもステージに立ってみたかったな
満ちた時間に微笑み
もう何も起き無ければいいのにと思った瞬間
泣き出しそうな顔と目が合った
――さびしい
おいていかないで
秘めた思い
何を言いたいかは分かってる
――役に立ちたいんだ
一緒に眠りたい
正しく、ボクを使って
ボクが…涙壺が使われたいと願うのは
主の大切なひとの死を望むのと同じことだ
願いが叶ってしまうのが、こわいのに
どうしようもなく焦がれている
…涙を拭う手を選んで、諦めたはずなのに
誰も泣かずに済むように此処へ来たんだから
キミは何を秘めていたの?
向けられた笑顔に、罅割れたように胸が痛む
慌ててキミの手を掴もうと腕を伸ばした
分からない、でも、こうしたかったんだ
●秘したもの
「イルカショー豪快でしたねぇ、お嬢さん濡れませんでした?」
「大丈夫、でもステージに立ってみたかったな」
叶の言葉にネムリアが微笑む。やはり以前よりも柔らかくなったように見えるその表情と、気に入ったこの場所に、叶は処世術とはまた別の感情に笑みを浮かべた。
ゆったりと過ぎる時間はあまりにものどかで、このまま何もなければ良い、とネムリアはそんな風に願ってしまう。しかしそれも、水槽に映った自らの姿に遮られた。
映り込んだ『それ』が自分の、人間として得た姿であるとネムリアは知っている。そして同時に、遠い日の彼女の姿であることも。けれど、水の中に現れたその顔は、今にも泣き出さんばかりの表情を浮かべていた。
「――さびしい」
おいていかないで、と『彼女』はそう口にして、縋るように水槽の中から現れる。
足を止めたネムリアは、そのまま吐き出される言葉を黙って聞き続けた。何を言いたいのかは、よく分かっているのだから。
「――役に立ちたいんだ。一緒に眠りたい」
正しく、ボクを使って。それは、取り残された道具の嘆き。
生まれた意味を問えばこそ、役割の完遂を願うのは自然なこと。けれど、涙壺である彼女がそれを願うのは、主の大切な人の死を望むのと同じことだ。願いが叶ってしまえば、主は悲嘆に暮れて涙するのだろう。道具としての本懐を、その日を夢見ること自体が裏切りのようで……。
歩む足は止まったまま、ネムリアは『彼女』の様を見る。遮ることも、目を離すこともできないのは、心の奥底で、どうしようもなくそれに焦がれているから。少なくとも、ネムリアはそう自覚していた。
「……諦めたはずなのに」
それでも、涙を受け入れる器ではなく、涙を拭う手となる事を彼女は選んだ。誰も泣かずに済むように此処へ来たのだから。立ち止まってはいられない。
そんな彼女と背中合わせのその場所では、叶が自らの写し身と向き合っていた。
現れた『彼』は表情もなく、ただはらはらと泣いている。訴えかけるのは、失ったものを指す悲嘆の言葉。
――嫌だ、と『彼』は言った。
狂わせたくなかった。死なせたくなかった。大好きだったのに。どうして。俺のせいだ。
敬語で取り繕うことも、煙に巻くことも忘れた素の口調。飾らない内心、本音なんて、美しいものであるはずがない。消してしまえればよかったのに、と叶は思う。
煙の内側、結界に隠していた嘆きと後悔、自責と自己否定。それらは「壊してくれ」と叫ぶと同時に、また醜い欲を曝け出す。
――嫌だ、と。発される言葉は先ほどと同じ。
けれど今度は、「使われたかっただけ」だと、「何も知らない器物だった頃のように、愛して欲しかっただけ」だと、弁明のような訴えが続く。
愛されたいとも、壊されたいとも『彼』は言う。
けれどそのどちらもほんとうで、腹の奥で混ざり合うそれを、改めて眺める思いで叶は目を細める。
愛されたがりのろくでなし。見たくもないし見せたくもないそれを前に、ネムリアと目が合って――叶はどう表情を作って良いものか迷う。咄嗟に、癖をそのままなぞったように、いつものような笑みを形作った。
浮かんだ笑みがひどく危うく見えて、胸に罅が入ったように痛む。それに少し眉根を寄せながら、ネムリアは叶の手を取った。彼と目が合う。不思議そうな顔になるのはお互い様だ。
自らの行いの理由もよくわからないまま、ただそうしたいと思ったから――。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ルーチェ・ムート
【光縁】アドリブ◎
映る先
毛先を赤く染めた白い髪
髪飾りのないボク
無表情
不気味に歪む口許
だめ
言わないで
みんな、聞いちゃだめ
「半端者の愛されたがり」
「彼に愛されたいくせに」
「仲間にも愛されたい?」
「二兎を追う者は一兎を得ず」
「矛盾した迷子」
「どちらも選べず失う事が怖い」
「そうでしょ?」
怪異に見た災厄
彼と逢えるなら何でも出来ると思ってたのに
今は、仲間の手を離す事も出来ないってわかった
血塗れの手は幻
あんな未来は
震える
こわい、どちらも失いたくない
崩れ落ちそうな足で立ち上がる
【Hello】
一般人を逃す手伝いを
出ない答え
問題の先延ばしと言われても
真実を受け止める強さはなくても
今はただ、進むしかないでしょう?
●水底の迷子
水槽の暗闇を背景に、毛先を赤く染めた白い髪が浮かんで見える。人魚がそこから出ずるのは、ある種納得のいく光景なのかも知れないけれど。
現れた『自分』には表情がなく、ただただ不気味に口許を歪めているのを見て、ルーチェは不吉な予感を確信に変える。
だめ、言わないで。みんな、聞いちゃだめ。
髪飾りの無い『彼女』は、そんなものを聞き入れる様子もなく、口を開く。
こちらを見る赤い瞳が、ゆるく弧を描いたような気がした。
「半端者の愛されたがり」
それが指すものは当然、そこに居るルーチェだ。
「彼に愛されたいくせに、仲間にも愛されたい?」
内側を、思考の底を、覗き透かし見るようにして、『それ」は言う。
二兎を追う者は一兎を得ず。矛盾した迷子。その二つが同時に叶う事なんて、あるはずがないとそう嗤う。
ならば選ばなくてはならない。いや、選び直さなければならない。『何でも出来る』はずだったのにね。笑う声は止まない。
「でも、どちらも選べず失う事が怖い」
そうでしょう?
あの日描かれた未来は最悪の、災厄となった自分だった。色濃い鉄の匂いと、両手を浸す赤は幻だったというのに、また、皆の呼ぶ声が聞こえる気がする。
指先が震えて、足が竦むのを彼女は自覚する。怖い。恐ろしい。
皆の血で染まった手も、それを成せない自分を見限り、彼が離れていくことも。
これは新たに生まれた恐怖。足元の定まらない、水底の光景。ボクはどちらに歩いて行けば良い?
胸を締め付けられるような錯覚を感じて、深く、息をする。崩れ落ちそうな足をどうにか維持したまま、彼女はユーベルコードを発動、小さな自らの分身をいくつも生み出し、解き放つ。周囲に残っていた一般客達を、分身たちに任せて――。
「選べない、と自覚出来ただけよかったよね」
『ルーチェ』はルーチェに憐みの眼を向ける。それをもう一度強く見返して、彼女は自らを奮い立たせた。
役目を理解すれば、それはもちろん自分の足で立つ支えとなるだろう。
「わかってる。こんなの問題の先延ばしだって言うんでしょ」
未だ答えは出ないまま。けれど、今はただ進むしかないでしょう?
震える指先を制するようにその手を握り締めて、ルーチェは怪異に立ち向かう。
大成功
🔵🔵🔵
リオン・エストレア
【光縁】アドリブ〇
大丈夫、耳を傾けるな…
それはお前達を惑わす為の言葉だ
けれど俺の怪異は語る様に懺悔する
『赦してくれ…俺は、ずっと後悔していた…』
深淵に隠した記憶の鍵が開け放たれる
自らの意味と幼き記憶
蒼き血の約定、即ち…同族を殺す事
約定を果たす事だけが自分の存在価値と信じて
仲間だった者も嘗ての親友さえこの手で
血と涙で濡れた銀の剣を突き立てた
『自らの証明の為に、お前達を…』
やめろ やめてくれ
聞いてはいけない
思い出してはいけない
それを受け入れたら俺はただの空虚な人形だ
俺は覚悟して殺したはずだ
後悔など…
UCで皆に抗う為の号令を
今は私達がすべき事を為せ。
必死に平静を装い
酷い頭痛と酷い衝動に駆られながら
●懺悔
「大丈夫、耳を傾けるな……それはお前達を惑わす為の言葉だ」
戸惑う猟兵の仲間達に声をかけながら、リオンもまた自らの写し身に向かい合う。しかしそれが口にしたのは、嘆きでも怒りでもなく、懺悔の言葉だった。
「赦してくれ……俺は、ずっと後悔していた……」
それが誰に向けたものであるのか、何に対してのものであるのか、自然とリオンの記憶が解き放たれる。それは、ずっと見えないように、見なくても済むように、深淵に沈め、隠したもの。
蒼き血の約定。赤に塗れた同族殺しの記憶。
幼きあの日、約定を果たす事だけが自分の存在価値と信じて、彼はそれを全うした。
仲間だった者も、嘗ての親友さえ、約定を反故にする理由にはなり得なかった。誇りを持って、使命に従い――それでも止まらなかった血と、涙で濡れた銀の剣を突き立てていった。
あの時の苦悩を、痛みを、今遠い日の記憶として思い出せば分かるのだ。
「やめろ」
リオンの口から、呻き声のようにそれが零れる。それを聞いてはいけない、思い出してはいけない。頭の中で、リオンではない誰かがそう訴えているように感じる。『彼』の言う事を受け入れてしまえば、自分はただの空虚な人形と成り果てるだろう。
「やめてくれ」
俺は、覚悟して殺したはずだ。今更、後悔など。
「――すまない。俺は、自らの証明の為に、お前達を……」
ぐらりと、殴られたように頭が揺れる。駆け巡る痛みと衝動、頭を、心を掻き乱すそれらの中で、必死に思考を繋いで、リオンは号令を飛ばす。
「今は、私達がすべき事を為せ」
我々の責務を、役目を果たさなくては。平静を装いながら一般客の避難を進め、『敵』を倒すべく剣を抜く。
――すべき事を為せ。すべき事を為せ、か。
蘇った記憶と、今の思考が混濁する。
友に刃を突き立てたあの日も、自分は同じことを言っていなかったか。
大成功
🔵🔵🔵
イフ・プリューシュ
【光緑】アドリブ◎
水槽から現れたイフが言うわ
悲しそうな顔
今にも泣きそうな顔で
『イフをわすれないで』
ああ――
それがあなたの、イフの願いなのね
でも、だめよ
だってイフは、忘れてしまったじゃない
イフ自身のことも、『あの人』のことさえも
自分さえできないないことを、ヒトに託すのはいけないことだわ
『イフを、イフがいたことを、おぼえていて』
そんなのはわがままだわ
イフは、みんなといられる『いま』があればいいの
それ以上望んではいけないのよ
そうでしょ?
『イフを――』
それ以上を言わせないために、UCで怪異を攻撃するわ
ああ、きっと今のイフは、怪異と同じ顔をしているのかもしれないわね
でも考えちゃだめ
まずは、一般人の避難を
●ワタ
水槽から現れたのは、つぎはぎのお人形。ふわふわの髪に、パッチワークの白い肌。かわいらしい見た目をしているけれど、その顔は悲しそうな、今にも泣き出しそうな色に塗れている。
「イフをわすれないで」
懇願するように、『お人形』が言うのを聞いて、イフはそれを自覚する。
「――それがあなたの、イフの願いなのね」
お腹の底にあるものは、詰めたお花だけではなかったみたい。浮かび上がったそれを、少しだけ驚いた様子で眺めて、イフはすぐにそれを諫めた。
「でも、だめよ。だってイフは、忘れてしまったじゃない」
デッドマン。そうして生まれなおした彼女の記憶に、その瞬間より前のものは残っていない。少なくとも、イフにはそう見えていた。
自分自身のことも、『あの人』のことさえも。
「自分さえできないないことを、ヒトに託すのはいけないことだわ」
分別ある少女の言葉を、しかし『彼女』は聞き入れない。いやよ、と言うように首を横に振って。
「イフを、イフがいたことを、おぼえていて」
嗚咽を堪え切れないのか、引き攣った声で言うその様子に、イフは少しだけ困った顔をする。
「そんなのは、わがままだわ」
イフは『彼女』に、イフに言い聞かせるように言葉を続けた。
「イフは、みんなといられる『いま』があればいいの。それ以上望んではいけないのよ」
そうでしょ? と同意を求める。それは戒めであり、身の程を踏まえた自制の成せる業であり、彼女はきっと今まで、無自覚にでもそうやって呑み込んできたのだろう。
けれど抑え込んで、封じ込めても、ワタの底からそれは零れる。
「イフを――」
「――!」
突如舞い上がった無数の花弁が、『お人形』の言葉を遮る。暗い水底が、手向けの花で白く染まる。
ああ、わたしはそうあるべきなのだと。
「……ねえ、おねがい」
今の内に逃げて、と一般人達に告げる。彼女はきっと、生まれた怪異と同じ、今にも泣き出しそうな顔をしていた。
大成功
🔵🔵🔵
天星・零
【光緑】
『外へ逃げてください。ここは危険ですから』
零が一般人を送り届けたあと真の姿で夕夜と
誰もいない場所
映るのは
零(真の姿)と夕夜
『やれやれ、僕はこっちの姿で映るのか…』
「まっ、本来の零の姿は隠せねぇか」
・内容
人々の暴力、虐め、奇異の目線を受けた過去
怨みから家族や人を殺していた事
また否定されるのが嫌で本当の自分を出せない事
「あはは!この俺ら面白え事いうな!」
『つまらない。そんなのわかってる』
『けど、君達には腹が立った…。お礼にお返しするね』
指定UCで滅す
装備の決意の魂を出し
『今は、僕を必死に救ってくれた生死を共にする家族がいる。それだけで僕達はいいんだ』
真の姿は零とわからないように。
口調は素
●
「外へ逃げてください。ここは危険ですから」
避難誘導を行い、仲間達と離れたところで、零と夕夜は現れた怪異と向かい合う。
「やれやれ、僕はこっちの姿で映るのか……」
「まっ、本来の零の姿は隠せねぇか」
それに合わせて素を出した零に対して、夕夜は肩を竦ませる。
彼等の前に進み出た少年の写し身は、おもむろに語り始める。彼の沈めた言葉から、いくつかのそれを拾い上げて。
過去。人々の暴力、虐め、奇異の目線に晒されたこと。
怨みから家族や人を殺していたこと。
自分を否定されるのが嫌で、本当の自分を出せないこと。
過去の傷に、犯した罪、それらを枷として引きずる現状。それぞれを指摘する『彼等』の言葉を、夕夜は指を差し笑うことで切って捨てた。
「あはは! この俺ら面白え事いうな!」
「つまらない。そんなのわかってる」
それとはまた正反対の反応を示した零は、二色の眼を細めて敵を睨む。
「けど、君達には腹が立った……。お礼にお返しするね」
自らを死霊へ、オブリビオンと同等の存在へと落としての攻撃は、しかし同じ能力を操る写し身を消し去るには至らない。
「ああ、そうだね。報復はしないと」
「結局昔のまんまだなあ!」
嘲笑うような敵の言葉に、零は首を横に振ってみせる。
銀と赤、彼の両目を写したような、二色に染まったハートを宙に浮かべて。
「今は、僕を必死に救ってくれた生死を共にする家族がいる。それだけで僕達はいいんだ」
決意の魂をその胸に、人々の脅威となる敵を排すべく、彼は『それら』へ立ち向かう。
大成功
🔵🔵🔵
リリト・オリジシン
なるほど、姿形の猿真似にしてはと褒めてやろう
出てきたそっくりな自分をしげしげと眺め、興味深げに
だが、その眼差しは気に入らぬ
妾と同じ形をしておきながら、妾を憐れむように見るなど
それに
『生まれを捨てれば、生きづらくもなかったろうに』
だと?
『自由であれだだろうに』
だと?
ああ、そうとも。それは正しくもあるのだろう
だがな、心して聞くが良い、所詮は人の上辺しか真似出来ぬ者よ
妾の名はリリト・オリジシン
夜陰の娘にて、血と罪を喰らう者
既にこの身はそれに塗れ、天の扉は遠い
だが、それで誰かが妾の代わりに陽の下を歩めるのならば、それで良いのだ
それこそが妾の誇りであり、矜持よ
故にこそ、妾が妾自身を憐れむなど、無粋と知れ
●枷
水底に、見合わぬ花が一輪。
華やかに揺れる桃色の髪は、熱帯魚達にも負けぬ色彩と言えるだろうか。昼の間、それらを感心して眺めていたリリトは、水槽を透かすようにして現れた『それ』……リリトそのものの姿をした怪異をしげしげと眺める。体型に顔形、自信に満ちたその表情、興味深げに観察して。
「なるほど、姿形の猿真似にしては、よく出来ている」
よく磨いた鏡よりも、存在感という面ではこちらが上か。賞賛の言葉を送りながらも、彼女は一点、気に食わないそれを見遣る。
「だが、これはどういうつもりだ? 写し身風情が妾を憐れむように見るなど……」
見下したような赤い瞳を、こちらも尊大にも思える態度で睨め返す。絡み合うのではなく、圧力をかけ合う視線の中で、怪異である『彼女』が嗤う。
「これを憐れと言わずに何とする? さっさと生まれを捨ててしまえば、生きづらくもなかったろうに」
そう、そして無意味な鎖に縛られることなく、自由に生きていけただろう。
愚かな娘だと語るその写し身に、リリトはしかし、怯むことなく挑み返す。
「ああ、そうとも。それは正しくもあるのだろう。
――だがな、心して聞くが良い、所詮は人の上辺しか真似出来ぬ者よ」
妾の名はリリト・オリジシン。夜陰の娘にて、血と罪を喰らう者。
彼女は堂々と名乗りを上げる。愚かであれ、重い枷になるとしても、認め、受け入れて、そこから踏み出した場所が、彼女の立ち位置なのだから。
「それで誰かが妾の代わりに陽の下を歩めるのならば、それで良い。それこそが妾の誇りであり、矜持よ」
年若き身空で、しっかりとその足で立って、恥じる事など何もないと言わんばかりのその様。
「故にこそ、妾が妾自身を憐れむなど、無粋と知れ」
その態度に、『もう一人』の目がより一層の憂いを帯びる。
「虚勢ばかりは一人前か」
こちらも屈するつもりはないらしく、その手にリリトの得物と同じもの、鎖付きの鉄球が握られた。
「それとも、枷がなくては生きていけぬか?」
「何とでも言うがよかろう。だが、揶揄するばかりでは埒が明かぬぞ?」
互いに譲らず、折れることなく。両者はすぐさまぶつかり合うことになるだろう。
大成功
🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
とうとう砕けたもんかしら、と
振り返ればまァ結構な顰めっ面
ンな水の中じゃ錆びつくだろうと
揶揄する間もなく口を開くのはおんなじ顔
いやあんま楽しいモンじゃねェな
暢気な感慨とともに柄に手を遣って
「忘れたなんて嘘だ」
――そうネ
「未だ憶えている癖に」
ついと視線を逸らして溜息吐いた
そうネ、普段考えないことなんてそれくらいだ
けどさ、 皮膚の粟立つ感覚と
続きを言おうと口を開いた自分を
振り抜いたシャシュカでもって薙ぎ払う
言わなかった
聴こえなかった
知らないでいる
冷たい汗が落ちる
睨め付ける赤い目は
映ったのでなくて自分のもので
ああ、水槽の硝子て本当に丈夫なんだなんて
冷え切った向こう側で声がする
●沈む刃
ガラスを叩く音が聞こえて、ユルグはそちらを振り向いた。要らぬ懸念と思ってはいたけれど、とうとうそれも砕けたのだろうか。しかし溢れ出す水の代わりに、そこにあったのは顰めっ面の男の姿があった。ただの反射ではない、実体を感じさせるその存在。
全く同じ自分の姿に、「ンなトコに居たら錆びつくだろう」と揶揄を飛ばす暇もなく、それはこちら側へと踏み出してくる。
滴る水の気配もなく、水底から現れた『彼』は、ユルグの前に口を開いた。
「忘れたなんて嘘だ」
――そうネ、と胸中で返す。水中の自分なんて、一瞬愉快気に見えたけれど、そんな楽しいものでもないようで。柄に手を遣り、けれど視線は逸らしてしまう。
「未だ憶えている癖に」
そうネ、とそれにもため息混じりに答えてしまう。確かに、普段考えないで、封じておく事なんてそれくらいだ。そんな指摘は半分予想通りのものではあったのに、『それ』の唇が続きを言おうと動くのを見た途端、皮膚が粟立つ感覚が走る。
咄嗟に振り抜いたシャシュカが、『それ』の影を薙ぎ払った。
鋭い剣閃は、あちらも予感をしていたのか、その残滓を掠めるのみ。けれど、そう、『彼』は何も言わなかった。俺は何も聴こえなかった。未だ知らないでいる。
少し青ざめた頬を、冷たい汗が伝う。細められた赤い瞳は、自分と同じように鋭く光る『そいつ』の視線とぶつかった。
思わず苦しげな吐息を漏らしたこちらとは逆に、怪異は口の端を忌々し気に吊り上げる。怒りと愉悦、嗜虐心を混ぜ込んだようなそれは、嬲るように。
「そんなことをしても、事実は変わらないだろう」
これもまるで写し身のような、湾刀を鞘から引き抜きながら『彼』は。
「――」
口を開こうとする。
もう一度それを阻止するべく、ユルグは深く踏み込んだ。
大成功
🔵🔵🔵
ファルシェ・ユヴェール
その姿に気付けば、さり気なく周囲に視線を走らせ
水槽に映る『それ』と敢えて鏡映しに動き
一般の方には異変を気取られぬようやり過ごす
『赦されたつもりになっているのですね』
――全て、見捨ててきたくせに
己の姿がそう囁くと、微笑んで
親であるヴァンパイアの居城から逃げ出した結果
城下町から徴集されていた世話係は、遊び相手はどうなったか
逃げた先で魔法使いに拾われ、弟子として匿われたのち
その師匠は、隠れ里はどうなったか
知っている
全て全て、滅んだこと
そんな事を隠したまま
想い人に心を告げて
猟兵仲間を友と呼ぶ
結んだあたたかな縁に囲まれながら、今の私は
……それでも己の心を偽れぬのです
彼女を。友を。好きになってしまったので
●振り向けば闇
お土産さえも手に入れて、水族館を完全に楽しんだところで、ファルシェはそれに気付く。
さりげなく周囲に視線を走らせて、水槽の『それ』と向かい合った。展示物を注視しているように見えただろうか、あえて、その鏡像に合わせて動き、異変を一時、無かったことにする。
水槽の向こうからこちらを窺う『彼』が、呆れたように肩を竦めるのに合わせて、こちらも。そうして周りから人の姿が消えたところで――『それ』はその身をガラスの向こうから引きずり出した。
「ご苦労なことですね」
「そう大した事でもないですよ」
現れた『自分』と、ファルシェはゆっくりと言葉を交わす。それをどう思っているものか、怪異はそっと、目を細めて笑って見せた。
「随分と余裕に見えますが。ああ……そうか、赦されたつもりになっているのですね」
目が、口が、三日月のように弧を描く。態度は柔らかく、丁寧に。しかしそれが口にしたのは、ほかでもない糾弾の言葉だ。
全て、見捨ててきたくせに。そう『彼』は囁く。
「あの場所を逃げ出して、その後どうなったか、ご存知ですか?」
秘密の話をしよう、とばかりに耳元で奏でられるそれは、彼を記憶の海へと引きずり込む。
城下町から徴収されていた世話係は、果たしてどうなっただろうか。それと、あの遊び相手達は?
「逃げた先では、どうだったでしょう。私は弟子として匿ってもらいましたよね?」
逃亡先ではとある魔法使いに拾われて、共に過ごした。ならばその師匠の、そして隠れ里のその後については?
答えを知りながらの問いかけはさぞ愉快なのだろう、密やかに笑う『敵』の目を、ファルシェが見返す。
「ええ、知っていますよ」
ああ、そう。全て全て、滅んだことを。
「でしょうね」
こくりと『彼』は頷いて、ファルシェを覗き込みながら、「それならば」とさらに口を開く。
「そんなことを隠したまま、あなたは想い人に心を告げて、仲間達を友と呼んで――」
結んだあたたかな縁に囲まれながら、今の私は在るのだと。
「……それでも」
ファルシェが、その言葉の後を継ぐ。
たとえ、歩んできた道が夜闇に呑まれていようとも、それがどれだけ罪深いことであろうとも。
「それでも、己の心を偽れぬのです」
彼女を。友を。好きになってしまったので。
半ば独白のようになった言葉は、自らを串刺しにする槍となる。けれどそれを支えに、ファルシェは『敵』と再度向き合った。
成功
🔵🔵🔴
シャルファ・ルイエ
自分で飲み込んだ言葉なら、何を言われるのかは予測が付きます。
――『薄情者』って。
――どうしてもっと必死に探さないの?
――小さなわたしが居なくなって、悲しんでいる誰かが居るかもしれないのに
だけど、わたしの記憶にはそんな誰かの欠片すらないんです。
覚えていないのは、思い出せないのは、最初からそんなひとが居なかったからかもしれません。
仕方がないと割り切れてしまう事が薄情だって言うなら、きっとわたしはそうなんでしょう。
それでも、今のわたしに出来るのは、良かったって安心して貰える生き方をするくらいだと思うから。
でもどうか、出来るなら。小さなわたしが居なくなって悲しんだひとが、最初から居ませんように。
●迷子
水の底から現れたのは、自分とそっくりの女の姿。怪異ろ向き合う事になったシャルファは、改めて自分の姿を眺める事になる。
今はもう、すっかり成長した自らの姿。そこに幼い少女の面影を探してしまうのは、次に『彼女』が何を言うか、半ば予測がついているから。
口にする事も出来ず、呑み込んでしまった言葉、それは。
「――薄情者」
ぐ、とシャルファの喉が鳴る。分かってはいた。けれどもはや10歳の頃とは変わってしまったその姿で言われると、胸にかかる重圧を感じずにはいられない。
「どうして、もっと必死に探さないの? 小さなわたしが居なくなって、悲しんでいる誰かが居るかもしれないのに」
悲しげな顔で『彼女』は言う。のうのうと、そうしているだけで、あなたは、わたしは、誰かの人生を損なっているのかも。
だけど。
シャルファは、そう返さずにはいられない。
「だけど、わたしの記憶にはそんな誰かの欠片すらないんです」
主張は、やはりどこか弱々しい。けれど、何かを思い出すような片鱗も、断片すらも浮かんでこない。訴えかけるものも、性急に心を追い立てるものも、自分の中には存在しない。ならば最初から、そんなひとは居なかったのかも知れない、と。
「都合の良い解釈ね」
『彼女』の目が暗さを帯びる。そんなものは言い訳に過ぎないと、糾弾の声が内に響く。
ああ、でも。それはその通りだと、シャルファはそれを受け入れた。
「仕方がないと割り切れてしまう事が、薄情だって言うのなら、きっとわたしはそうなんでしょう」
目を瞑る。一度息を吐いてみれば、そこに居るのはわたしだけ。答えは出ない。この言い分には、どちらも後ろ盾がないのだから。
「そんな風に開き直るのは、楽でしょうね」
いいや、とシャルファは首を横に振る。居るかどうかも分からぬ誰かに、気を遣い続けることなどできはしない。
それでも、今のわたしに出来るのは、良かったって安心して貰える生き方をするくらいだと思うから――。迷い立ち止まるよりは、進むことを彼女は選んだ。
でもどうか、出来るなら。小さなわたしが居なくなって悲しんだひとが、最初から居ませんように。
半分は自分の事のはずなのに、祈る事しかできないのは歯がゆいけれど。
シャルファは前を向いて、自分ではない『怪異』に、しっかりと目を向けた。
成功
🔵🔵🔴
宵鍔・千鶴
誘導を優先しながら
ふと水面に揺らめき映った自分は
ひどく、滑稽に、虚ろに嗤う
『なあ、何故其処にいるの』
何故、未だお前は存在しているのか
赦された心算なのか
母とあの子の屍のうえに立っているのに?
『…ねえ、お前のいのちはそれ程価値が在るの?』
まるで亡者の言葉を代弁するよう語りかけてくるそれは
口を歪めせせら嗤う
記憶から引きずり出された
どろりと広がる赫、温もりが消えゆく大切な
守りたかったひとの身体が果てていく遠ざかっていく
たった一つの願いさえ、俺は
……っあ、あああ…!
刃で内蔵をぐちゃぐちゃに抉られる感覚に吐きそうになる
早鐘打つ心臓を掴んで肩で息をし整えて
不愉快だよ、おまえ
価値など無いよ、だから、消えてくれ
●赫
逃げ遅れている市民たちの避難誘導に当たりながら、宵鍔・千鶴(nyx・f00683)はそれに気付く。迷子になっていた少年が、両親と合流するのを見送って――。
「……何だよ、その目は」
ちらちらと、こちらに向けられていた視線に相対する。それは、水面に揺らぐ自らの姿。
映し出されただけであるはずの『彼』は、ひどく、滑稽で、虚ろな笑みを浮かべて見せた。
「なあ、何故其処にいるの」
そうして、問いかける。まさかお前は、赦されたつもりなのかと。ああ、お前は誰かを救ってきただろう。誰かと縁を繋げてきただろう。けれどその生は、母とあの子の屍の上に成り立つものだと、『彼』は改めてそれを突きつける。
「ねえ、お前のいのちはそれ程価値が在るの?」
命の価値と、千鶴の無価値を並べて見せて、『彼』は口元を歪め、せせら笑った。
「……あぁ」
その問いは、千鶴の記憶の底に穴を開ける。頭の中にどろりと広がるそれは、あの時のように赫く、封じ込めていた光景で思考を塗り潰していく。
赫はじわじわと、けれど急速に広がって、温もりが一緒に抜けて、消えていく。
大切な、守りたかったひとの身体が冷たくなっていく、果てていく、命の終わり、遠ざかる。ああ。
たった一つの願いさえ、俺は。
「……っあ、あああ……!」
喪失感、無力感、罪悪感、言葉にすればこんなにも簡素なものだというのに。
その時の感覚が、記憶が、刃で内臓をぐちゃぐちゃに抉るような痛みを伝えてくる。
胃の腑が痙攣し、喉が焼ける。心臓は壊れたように早鐘を打つ。異常をきたした身体を、精神を、押さえつけるように胸に手を置き、ぜえと肩で息をする。
呻くような言葉は、喉の奥、腹の底から浮かび上がった。
「不愉快だよ、おまえ」
昏い瞳で、こちらを見下す敵を逆に睨めつける。
この生に価値はあるか。答えなど、最初から分かり切ったこと。
「価値など無いよ、だから、消えてくれ」
おまえも。
低く、腹の底の闇を乗せたような声音で、そう呟いて、千鶴は刃を手に取った。
大成功
🔵🔵🔵
筧・清史郎
【白】
どうせ眺めるならば、可愛い海の生物さんの方が良いのだが
硝子に映る俺が何と言うのかは興味深いと
他人事の様に見遣れば
――自分が楽しいとさえ思えれば、今が楽しければ。誰がどうなろうと、全く俺には関係ない。
ああ、確かにそれは、俺が『口にしない言葉』
特に言う必要がないという方が正しいか
今が楽しければそれでいい、それは真実だ
――親しい友でさえも、必要とあらば、死ねと。涼やかな顔で躊躇なく、俺は笑いながら斬れる。
そうすべきと思えば、俺は友に刃も向けるだろうな
だが、楽しいと思える今は、生憎ひとりでは成せない
俺が楽しいと思う事は、友と共に在る事だ
一般人に避難誘導を促しながら、元凶を断ちに
勿論、友と共にな
千家・菊里
【白】
ええ、もっと美味しそうなお魚鑑賞に浸っていたかったのに――困ったお邪魔虫ですねぇ
俺の顔で俺には出来ぬ表情をされると妙な気分です
(悲哀と後悔が混ざったソレを前に、動揺一つ無くしげしげと)
『守り手でありながら何も守れず、惨めにも生き存え――よくものうのうと暮らしているものだ』
そうですね
まぁそれはそれ
そうは思えど――かといって、託されたものや残ったものを、投げ出す気にもなれなかった
あと迷い烏(伊織)の世話もありましたし?
色々抱えた上で、それでも――まぁ、足掻きながらも進んできたのに
今更また後悔の底に沈み行き止まっては一層惨め
――ケリを付けましょうか
人々を守る為
繰り返さぬ為
前を向いて、仲間と共に
呉羽・伊織
【白】
折角の癒しの場だってのに、ホント何て面だ
(硝子に皮肉めいた笑みが滲み)
“暗い呪詛纏う身――不用意に関われば、きっと相手を傷付ける、不幸を齎す
――だから、どうか、お願い
優しくしないで
深入りしないで
そう思いながら
一度痛い目を見ていながら
愚かにも、身勝手にも、何故自ら他者に近付き続ける”
…ああ、本当、どうしようもなく最低だよな
今は呪詛を制御出来ていても、いつ狂うともしれない
でも、皆と歩みたい
そんな思いごと、心も縁も切り捨てれば楽になる
でも、捨てたくない
…この淀みも俺を俺として形成す一つってのがまた厄介で
それでも――面倒なこの身から離れずいてくれる仲間に、応える為に
避難を
決着を
成しに行こう、皆で
●伽藍
「どうせ眺めるならば、可愛い海の生物さんの方が良いのだが」
硝子に映った、自分を模した者の姿に、清史郎はどこか呑気な事を呟く。硝子をすり抜け、こちらに踏み出してきた姿を見てもなお、他人事のように。それが如何な脅威であるか、自分に対して何を言うのか、関心事はそれへの興味くらいだろうか。
そんな彼を見返しながら、『清史郎』は口を開いた。
「――自分が楽しいとさえ思えれば、今が楽しければ。誰がどうなろうと、全く俺には関係ない」
ああ、と特に感慨もない声が返る。「ああ、確かに」、そんな風に清史郎は頷いて。
今が楽しければそれでいい。それは口にしないというよりは、特に言う必要がないという方が正しいだろう。基本的には言う機会もない。けれど必要に駆られれば、何度か問われれば、清史郎はそれを口にするだろう。
「――親しい友でさえも、必要とあらば、死ねと。涼やかな顔で躊躇なく、俺は笑いながら斬れる」
それに対しても、さも当然のように清史郎は頷く。
「そうすべきと思えば、俺は友に刃も向けるだろうな」
至極あっさりと。必要とあらばそうする、彼にとっては友とはそういうものだ。もちろん、理由に拠るだろうが。
「だが、楽しいと思える今は、生憎ひとりでは成せない。俺が楽しいと思う事は、友と共に在る事だ」
同行した二人――それぞれ自分の姿を取ったドッペルゲンガーと相対している者達を横目に、彼はそう告げた。
こうして見えている範囲では、彼の精神はとてもシンプルに出来ており、結局のところ、動揺するような要素は一つもなかった。ただ、当初の興味は満たされた分、風のそよぎよりは聞き甲斐があっただろうか。
「終わりか?」
見世物が一つ終わった。満足したのか、拍子抜けだったのか、それは彼にしかわからないだろうが。
所在なく残った自分の写し身に、清史郎は仲間と共に踏み出した。
●柳
「ええ、もっと美味しそうなお魚鑑賞に浸っていたかったのに――困ったお邪魔虫ですねぇ」
中断されてしまった水族館巡りに、菊里は不満気に言う。やれやれと頭を振って、向かい合うのは水槽の前、現れ出でた怪異へと視線を向けた。
精巧な写し身と言えばその通りだろう、形を成し、立ち上がった『それ』は菊里と全く同じ姿をしている。ただ大きく違うのは、その表情。悲哀と後悔が入り混じったような、悲劇の舞台に相応しいそんな顔は、菊里は決してしないだろう。
ならばそれは、鏡でも見られない珍しいもの。妙な気分に浸りながら、彼はその顔をしげしげと眺めた。
「守り手でありながら何も守れず、惨めにも生き存え――よくものうのうと暮らしているものだ」
物憂げな眼をこちらに向けて、『それ』は菊里に向かって言葉を放つ。現状を咎め、責めるようなそれを、菊里は「そうですね」とあっさり受けて、「それはそれ」と流して見せた。
「割り切った、とでも言うつもりか?」
「どうでしょうね。ただ――かといって、託されたものや残ったものを、投げ出す気にもなれなかった」
きつく問うそれを捌いて、彼は傍らへと視線を向ける。一人はまぁ、この類の相手でどうにかなるようには思えないが、もう一人はどうだろうか。
「それに、迷い烏の世話もありましたし?」
そちらにばかり気を取られても仕方がないかと目を細めて、彼は改めて、自分の写し身に向き直る。
「色々抱えた上で、それでも――まぁ、足掻きながらも進んできたのに、今更また後悔の底に沈み行き止まっては一層惨めというもの」
こちらの結論はとうに決まっている。どんな言葉が投げられようが、その芯が揺らぐことなどありはしない。
「――ケリを付けましょうか」
人々を守るため、繰り返さぬために、菊里は目の前の怪異に挑む。
そう、変わらず前を向いて、仲間と共に。
●共に
それまでののどかな雰囲気は、水槽から滲み出たその影が台無しにしていく。予知されていた怪異の出現、そして情報通り、それは伊織と同じ姿をしていた。写した本人へと視線を送る、その顔は。
「――折角の癒しの場だってのに、ホント何て面だ」
皮肉めいた、暗い笑みを浮かべていた。目の前で歪んだ笑みを見せる『それ』は、苦い顔をする伊織に向かって口を開く。
「これは暗い呪詛を纏う身――不用意に関われば、きっと傷付ける、不幸を齎す」
――だから、どうか、お願い。優しくしないで。深入りしないで。
懇願するような言葉を吐いて、それにも関わらず、顔は皮肉気に歪んだままで。
「そう思っているのだろう? 一度痛い目だって見たはずだ。それなのに、何故自ら他者に近付き続ける」
それは愚かで身勝手だから。不幸を振りまくことよりも、近くに在る事を求めてしまうから。そして、言外に『それ』は言う。
そんなものが自由に歩いていて良いのか? それは災厄以外の何なのだ?
醜く嗤う声を聞いて、伊織の眼が一時、翳る。
「……ああ、本当、どうしようもなく最低だよな」
それに関しては、否定のしようもない。今は呪詛を制御できているとはいえ、それがいつまで続くかなど、何の保証もありはしない。
それでも、皆と歩みたいと思ってしまう。そんな思いごと、心も縁も切り捨てれば――けれど、それをしたくないと思ってしまう。
そして、この淀みさえも、自分を自分として形成す一部分だ。切り離せず、好ましくは思わずとも、見て見ぬ振りもできはしない。
「手詰まりだな」
でも、けれど、と否定ばかり、我儘ばかりで何もしない。そのままで居ること以外に、何もできない。なんて様だと『それ』は嗤う。
それでも――ああ、また。「それでも」と伊織は言葉を返した。
「それでも――面倒なこの身から離れずいてくれる仲間が居る」
だから俺は、それに応える。そう決めたのだと前に出て、自分と同じ姿の怪異に、刃を。
そこには、そう。共に戦う者達も居る。その縁は、この繋がりは、『それ』の言う全ての否定に勝るのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花剣・耀子
水に映ったあたしの姿。
此方と目を合わせない、陰鬱な。
『つかれた』
『おもたい』
『いたいの』
『こわい』
『なんで』
『……ねえ、もう、つかれたのよ』
ぽつぽつと浮かぶ声は水の中の泡に似ている。
どれだけ小さくても、耳を塞いでも、そこに在るのが判る声。
これは口に上さないだけ。沈めているだけ。底にあるのは、変わらない。
でもね。おまえの言葉を云わないと約束したのは、あたしなの。
背負うと決めたのもあたし。進むことを選んだのもあたし。
あたしは、あたしとの約束を破らない。
沈めた言葉が百あったとしたら。
在りたいあたしは百一あるのよ。
おまえに負ける道理はないわ。
敵を斃す。
ヒトを守る。
いつだって、やることは変わらないのよ。
●それがはじけてきえるまで
暗い、暗い水底を背景に、影から浮かび上がったような、耀子の写し身が立っていた。相対する耀子本人とは目を合わさず、斜め下に視線を落とした『彼女』は、囁くように言葉を吐き出す。
その表情は、物憂げというよりも、虚無を映したように昏い。色褪せ擦り切れたもの、もはや手慣れた様子で沈めたそれから滲み出る言葉は、水の中の泡のように、ゆっくりと浮かんでいく。
「つかれた」
だらりと両手を下げた『彼女』の、眼鏡の奥の瞳が、その言葉を追うように視線を上げる。
「おもたい」
「いたいの」
「こわい」
「なんで」
ぽつり、ぽつり。断続的に生まれた泡は、どこへも辿り付けぬまま、ふわふわと漂っている。
『彼女』の動きに合わせるように、耀子もまた視線を上げる。浮かび上がる泡の一つ一つは、きっと、取るに足らない小さなもの。いつどこで吐き出そうとしたものか、思い出そうとしても、朧気になってしまったものばかり。
けれどどんなに忘れたつもりになっても、耳を塞いで、目を逸らしてみても、底にあるという事実は、決して変わらないのだろう。向かい合う『彼女』は、溢れ出る泡に溺れそうになっている。――少なくとも、耀子にはそう見えた。
「……ねえ、もう、つかれたのよ」
初めて、そこで『彼女』と目が合った。自分と同じ色の瞳に見つめられながら、耀子は少し考える。
言葉は、予想したよりもすんなりと流れ出た。
「そうね。これはあたしの言葉だもの」
口に上さないだけ。沈めているだけ。押し込んだそんな言葉だからこそ、一端の本音として、耀子の呼吸の邪魔をする。
「でもね。おまえの言葉を云わないと約束したのは、あたしなの」
息苦しさの錯覚を思いながら、淡々と彼女は言葉を続けた。
「背負うと決めたのもあたし。進むことを選んだのもあたし。あたしは、あたしとの約束を破らない」
相手に、自分に、言い聞かせるように。突き付けるようにそれを並べる。
「沈めた言葉が百あったとしたら。在りたいあたしは百一あるのよ」
そして、だからこそ、立ち止まった『あたし』に、あたしが負ける道理がない。
敵を斃す。ヒトを守る。いつだって、やることは変わらない。
彼女の世界は至ってシンプルで――いや、努めてシンプルにした自らのルールに合わせて、耀子は剣を『彼女』に向ける。剣呑な、その切っ先越しに視線が交錯する。
『自分』をねじ伏せ、『敵』を斬り捨てるために選び取った、鋭い刃。それと同じものを、『彼女』もまたその手に取った。
「そう、あたしを殺すのね」
同じ色の瞳で、同じ形の刃を携えて。ぽつぽつと、喉から零れる泡の最後に、奥の奥からそれを吐く。
「――ねえ、だったら、考えたことはある?」
重さも、痛みも、約束も。あなたが死ねば、それで終いよ。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 集団戦
『『都市伝説』ドッペルゲンガー』
|
POW : 自己像幻視
【自身の外見】を代償に自身の装備武器の封印を解いて【全身を、対象と同じ装備、能力、UC、外見】に変化させ、殺傷力を増す。
SPD : シェイプシフター
対象の攻撃を軽減する【対象と同じ外見】に変身しつつ、【対象と同じ装備、能力、UC】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ : 影患い
全身を【対象と同じ外見(装備、能力、UCも同じ)】で覆い、自身が敵から受けた【ダメージ】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
イラスト:天之十市
👑11
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|
●『私』
君の前に姿を見せたその怪異、ドッペルゲンガーは、記憶と言葉のみならず、その力まで写し取っていた。
姿を、武器を、能力を、その身に反映させた『それ』は、相打ちさえも厭わず、猟兵達に襲い掛かる。
言葉を弄するのをやめて、ただ襲い来る者も居るだろう。さらなる動揺を誘えると見れば、言葉を重ねる者も居るだろう。
明らかなのは、一つ切り。この怪異を終息させるためには、それを打ち破り、『自分』に対して勝利を収めなくてはならない。
九之矢・透
ひとつアンタにゃ感謝したい事があるよ
実際目の当たりにしてよーく分かった
……ちっとも、全ッ然
似合ってないぞ、その格好
【SPD】
ダガーや柳でやり合う
動物たちを混乱させちゃ可哀想だしね
……いや間違えられたら傷つくとか思った訳じゃないんだぞ?
自分と同じ相手ってのは思った以上にやり辛い
何時もの自分の戦術を意識し
狙われる所を予測して躱し武器受け
敢えて単調になる様に何擊も合わせ
その合間に「シーブズ・ギャンビット」
直前に帽子を取り加速する
アンタにゃ無いだろ?
オマエみたいに捨てる為に取ったんじゃない
帰る為にだ
おままごとも続けば本当になる
足枷があるから強く飛べるんだ
悪くないもんだぜ?
……あーあ、ほんと恥ずかしいな
●自由
鏡を前にしたように、向かい合う『自分』へ、透は言う。
「ひとつアンタにゃ感謝したい事があるよ」
憎たらしい、自分ではないもう一人の自分。自由を享受し、良い暮らしをする――そんな可能性を体現したような、それでいて相容れない『彼女』。飽くまで想像上の、いや、想像すらしていなかったその姿を、実際に目の当たりにして分かったことが一つ。
「……ちっとも、全ッ然、似合ってないぞ、その格好」
「なっ……嫉妬はやめろよ、見苦しいぜ?」
動揺した。こちらをコピーしている以上、思考もやはり似通るのか? 妙な気分に浸りつつも、彼女はシンプルなダガーを手に取り、『もう一人』へと挑みかかる。こちらはこちらで、見せびらかすように装飾の施された短刀を引き抜き、『彼女』もそれに応戦した。
動物達には頼らない、身一つでの戦い。刃と刃が交錯し、水族館の薄暗闇に甲高い音がこだまする。
身を沈めるようにして前進、透が素早く突き込んだそれを、『彼女』は一歩退いて躱す。身を退いたところで、自分ならどうするか? 答えは投刃による反撃。いつもの動きを意識して、透は敵の行動を読み切っていく。肩口に足元、順に飛んでくるそれをダガーで打ち払い、距離を詰めてきた相手にさらなる一撃を見舞う。
「おいおい、そんなもんか?」
至近距離まで迫った『彼女』は武器を持つ腕ごと抑え込むように斬撃を防いで、頭突きによる一撃を打ち込んできた。
「……痛ってぇ」
互いの能力は同じ。戦い方も把握した状態でのやりとりは、やはり双方決め手に欠ける。面倒そうに髪を掻き上げる『彼女』へ、透は問いを投げる。
「それ、動きにくくないのか?」
「気にすんなよ、アタシはアンタより自由だからな」
「……そうかよ」
減らず口が返ってきた。仕立ての良い服で、長い髪を踊らせながら戦う『彼女』と、透はまた刃を交え――。
打ち合うこと数合、簡素なダガーと相手の高級品らしい短刀がぶつかりあい、何度目かの火花を散らす。
「そろそろ刃こぼれしてきてないか? このままだと――」
「――いや」
単調な、拮抗した状況に軽口を叩いた『彼女』へ、透は強く、床を蹴る。強力な加速を伴う一閃、だが全く同じ速度で動ける相手ならば、それにも完全に対応できる……はずだったが。
「これで終わりだよ」
「あ?」
ふわりと、透の駆け抜けたそこに、帽子が落ちる。そこに仕舞っていた長い髪が、首元に当たって柔らかな音を立てる。
帽子を外して、一瞬前より身軽になった彼女の刃は、それをできない敵の動きを上回り――。
「はっ、結局、勝つためには捨てるんじゃねえか」
掻っ捌かれた首元を押さえながら、『彼女』が嗤う。血は零れず、ただその形が揺らいでいた。
「違う。オマエみたいに捨てる為に取ったんじゃない」
ゆっくりと歩いて、透は落とした帽子を拾い上げる。ぱんぱんと手で汚れを払って。
そう、これはあの場所へ帰る為の一手。
「……おままごとも続けば本当になる。足枷があるから強く飛べるんだ。こういうのも、悪くないもんだぜ?」
「ったく、口が減らないやつ……」
見返す彼女に、そんな言葉を残して、怪異はその形を崩し、溶けるように消えていった。残った静寂に、空調の低く唸る音が聞こえる。
ダガーを仕舞った透は帽子を頭に乗せて、うなじに当たる髪をどうしたものかと指で摘まんだ。
「……あーあ、ほんと恥ずかしいな」
大成功
🔵🔵🔵
スキアファール・イリャルギ
襟首は掴んだ儘
『なんでこの躰は動くの
なんでこの頭は考えるの
どうして生きるの』
わからない
矛盾だらけだ
死は救済ではないのに殺されたいと願う
生きたいと願うのに死にたいと祈る
そして、
愛されないとわかってても愛されたいと希う
自分に中指立ててやりたいよ
『生きるのは苦しい、痛い』
それでも
怪奇を愛して人間を謳歌しないと
意味や理由が無くたって、そうしないと……
『まるで脅迫だ』
……うん
そうとも言えるね
もういいよ、飽きた
このまま手に力を込めながら
雷(属性攻撃)で焼いてやる
制御出来ずに己すら焼いても構わない
嗚呼
"死ねるなんて羨ましい"
そんな気持ちを自己像幻視に抱くなんて
嗤うしかない
心の無い私も
心の有る私も
なんて、面倒
●奈落
「なんでこの躰は動くの。なんでこの頭は考えるの」
零れ出る言葉は止まらない。『彼』の襟首を掴んだまま、スキアファールは動けないでいた。それは何故だか動く躰を持って、考える頭が存在してしまっているからだろうか。
「どうして生きるの」
わからない。この異常の上に成り立つ頭には、浮かんでくるのは矛盾ばかり。
死は救済ではないのに、殺されたいと願う。生きたいと願っているのに、死にたいと祈る。そして、愛されないとわかっているのに――。
「生きるのは苦しい、痛い」
『自分』の言葉に眩暈を覚える。悲鳴のような、懇願のような、向き合いたくもない嘆き。
それでも、とスキアファールはそれに返す。それでも、怪奇を愛して人間を謳歌しないと。意味や理由が無くたって、そうしないと。でなければこの身は、自分は。
「まるで脅迫だ」
「……うん」
そうとも言えるね。スキアファールは天井を仰ぐ。光はどこか遠く、照明が滲んで見えた。水の中を漂う者も、こんな光景を目にしているのだろうか。
「もういいよ、飽きた」
空っぽの胸から言葉が零れた。『己』を掴んだままの両手に力を籠める。暗闇の底から溢れ出したような影が広がり、その全身を覆っていく。色の無い闇が目の前を染めるのを感じながら、全て投げ出したくなるような、自暴自棄と虚無の狭間で、彼は雷を全身に這わせた。
焼けてしまえ。消えてしまえ。紫電が全身を覆う影を走り、その両手を伝って『彼』を焼く。自らの体が焼けるのも構わず、最大出力で放たれたそれは、ばちばちと音を立てて薄暗闇に光を躍らせた。
華やかにも見える火花が止めば、ぶすぶすと焦げた煙がその身から上がる。煙を吐く彼の腕の中で、『写し身』は焼け焦げ、形を崩して溶け落ちた。
軽くなった空っぽになった両手を見下ろして、彼は。
「――嗚呼」
嗤った。死ねるなんて羨ましいと、自然とそう思い浮かんだ己を。『これ』が自分であるならば、逆の立場であっても良かったのに、それでも生き残る側に回ってしまった自分を。何も考えず、何も思わず、漂えたならどんなに良いか。
密やかな笑い声は、しばし続いた。
心の無い私も、心の有る私も。
嗚呼、なんて、面倒。
大成功
🔵🔵🔵
御園・ゆず
ごきげんよう(こんにちは)わたし
相手はわたしの大嫌いな相手
躊躇うことなんかない
あなたはわたしだね
なりたいあたしになれない哀れなバケモノ
おんなじだ。
バケモノは2人も要らない
なんなら、1人だって要らないの
右の二の腕に付けたナイフホルスターの留め具をぱちんと外し
掌にプッシュダガーを収める
その醜い笑みを浮かべるわたしの喉元目掛け一閃
取っ組み合いしながら馬乗りになってその首を絞める
流れる血を舐めとればわたしはあたしに成り代わる
自分で自分を殺して清々するなんて
やっぱりわたしはバケモノだ
バケモノはバケモノらしく、みっともなく生きよう
ごきげんよう(さようなら)わたし
●舞台に一人
わたしは、なにをすればいい?
答えなんてわからない、けれど大嫌いなその顔が、醜い笑みを浮かべているのを見て、二の腕のナイフホルスターにその手を伸ばした。
留め具をぱちんと外してみれば、掌にプッシュダガーが滑り込む。冷たく硬いその感触が、この選択を肯定しているような気がして。躊躇う事なんてなかったのだと、ゆずは『彼女』に笑いかける。
ごきげんよう。そう、あなたはわたしだね。なりたいあたしになれない哀れなバケモノ。おんなじだ。
バケモノは2人も要らない。なんなら、1人だって要らないの。
狙うは喉元、おもむろに振るった刃は、咄嗟に引いた『彼女』の皮膚を薄く裂く。赤い線が引かれると共に、敵は即座に反撃に出た。プッシュダガーを握った左腕を押さえつけ、平手ではなく拳でゆずの顔面を一撃。衝撃に揺れる視界の中で、『彼女』の眉を怒らせる様を、目を剥く様を捉えて、ゆずは嫌悪と喜びに笑みを深める。きっとそれは、バケモノに似合いで。
相手の振るった拳をいなして、足を踏みつけてやりながら逆に一撃顎に入れる。その手が緩んだ隙に、ダガーを握った拳を引いて、追撃へ。閃く刃が『彼女』の制服を裂くが、深く刺さる前にその手は思い切り蹴り付けられ、ひしゃげた指からダガーが落ちた。
口の端を吊り上げて笑った『彼女』は自らのナイフホルスターに手を伸ばすけれど、それを振るう前に彼我の距離が近すぎる事を悟る。一気に前に出ていたゆずは至近距離で頭突きを見舞って、そのまま『彼女』を押し倒した。
馬乗りになった彼女の太腿に鋭い痛みが走る。咄嗟にプッシュダガーを突き立てられていたようだ。刃を握る『彼女』の腕を両手で掴んで、引き剥がした刃を投げ捨てて、今度はその首へと手をかけた。そこには最初に付けた切り傷から血が零れていて、ぬるりとした感触が両の掌に伝わる。
でたらめに振るわれた『彼女』の拳が鼻面に当たって頭が揺れるが、口元に零れた血の味が、ゆずの意識を引き戻した。もう一度、唇を汚す赤を舌で舐めとる。
ああ、この瞬間だけは、わたしはあたしで。
『わたし』の抵抗を意にも介さず、首を絞める両手に力が宿る。
「――ごきげんよう」
さようなら。清々しますね。
腕にかかる抵抗が弱くなっていき、最後にどろりと溶けていくのを感じて、ゆずは止めていた息を吐いた。
――自分で自分を手にかけて、こんな気持ちになるなんて。やっぱりわたしはバケモノなのだろう。
そして、バケモノはバケモノらしく、みっともなく生きていくしかないのだろう。
ぺたんと床に座ったまま、彼女は血で汚れた掌を、制服の端で拭った。
大成功
🔵🔵🔵
雲烟・叶
【涙雨】
……嫌ですねぇ、これお嬢さんにも見えちまうんですね
嗚呼、この泣き喚いてるのも聞こえてます?
泣き喚くとは程遠い押し殺した悲鳴だったけれど
幼い少女が泣くのを堪えているのに爺が良く泣くと何処か他人事のように笑う
自分相手とか、お互いカウンター型で戦い難いんですけど
……ただ、ね
自分の顔でお嬢さんを害されるのは腹が立つんで
UC管狐へ【呪詛】を与えて強化
【誘惑、恐怖を与える】で自分へ敵意を集めます、お前の恐れることなんて知ってますから
本音の映しなら、怖くて堪らないでしょう?
敵の攻撃は【カウンター、呪詛、生命力吸収】
全く同じならあとは気力で何とでも
……お前がこの子に害を成すことだけは、絶対に許しません
ネムリア・ティーズ
【涙雨】
…なみだ?
ううん、言葉は聞き取れなかったよ
でも泣いているのは見えた
手袋越しにぎゅっと手を握り
ボクは向こうを止めてくる
叶と同じ能力なら、すごく強いと思うから
気をつけてね…?
【第六感、フェイント】で攻撃を避け
【学習力】で相手の動きを覚える
キミが生まれた意味を満たせば誰かが泣くことになる
それはね、ダメなんだ
月の魔力を纏い隙を狙って蹴撃の【2回攻撃】
【慰め】の力宿す【属性攻撃】は心を鎮め、戦意を喪失させる
同じ技を受けてもボクは止まらない
誰も泣かずに済むように
戦う理由だけは、まね出来ない違いだから
叶を写した姿が還る瞬間
耀く蝶を傍へ
あの想いがキミの中にあったものなら
苦しんだまま消えてほしくないんだ
●沈む涙
「……嫌ですねぇ、これお嬢さんにも見えちまうんですね」
見た目だけならばいつもの笑み、けれどどこか曖昧な表情を浮かべて、叶が言う。ドッペルゲンガー、自らの『写し身』は、夢や幻ではなく実体を持って現れている。見ることも触ることも、ああ、ならばこの悲嘆に暮れた声だって。
「じゃあ、これも聞こえてます?」
「ううん、言葉は聞き取れなかったよ。でも……」
押し殺したそれを明確に捉える事まではできていない。けれど、泣いているのはわかる。手袋越しの彼の手を、ネムリアはぎゅっと握る。温かさの程は分からないけれど、それは少し強張っているように感じられた。
その手を離すことは少しだけ憚られたが、『彼女』の方も、放っておくわけにはいかない。
「……ボクは向こうを止めてくる」
大丈夫だよね、ともう一度指先に力を籠めてから、ネムリアは自分の『写し身』を振り返った。
「叶と同じ能力なら、すごく強いと思うから、気をつけてね……?」
短くそれに返事をして、叶はネムリアの様子を探り見る。彼からも、彼女の『写し身』は見えている。それから、その横顔に滲んだ涙の影も。
『自分』へと向かった彼女から、こちらのドッペルゲンガーへと向き直り――。
「――幼い少女が泣くのを堪えているのに、爺が良く泣く」
他人事のように、皮肉気にひとつ笑って、叶もまた『それ』に向かっていった。
何故、と問う自らの『写し身』に、ネムリアは眉尻を下げないよう努めながら応じる。これが自分の声でもあると、理解をしているから。役目を果たせずに居れば、ただただ置いていかれるばかり。飾られているだけの暮らしは、静かで、けれど満たされない。
それでも、と彼女は言う。
「キミが生まれた意味を満たせば誰かが泣くことになる。それはね、ダメなんだ」
「何故?」
「誰も泣かずに済むようにって、僕はそう望んだんだ」
「勝手な話だね」
立ち上がった『彼女』は、顔を歪めて。
「そのためなら、ボクは泣いても良いというの?」
とん、と軽く地を蹴った。軽やかに舞うように、踊るその足が月の魔力を宿す。輝きを籠めた、隙を狙っての蹴撃。それはネムリアと全く同じ戦法で、鏡写しのように振るわれた脚が彼我の間でぶつかり合う。反動を活かすようにしてもう一撃、足元を狙ったそれを軽い跳躍で躱して、ネムリアの放った回し蹴りもまた上体を逸らした『彼女』に躱される。
フェイントも勘も同様に、互いの動きをよく知った者同士、互角の、紙一重の攻防が続く。そんな二人を分かつものは、攻撃に込められたその意思だった。
月の魔力は慰めの力を宿し、その心を宥め、落ち着ける。嘆き戦う『彼女』の動きは、自然と鈍くなっていく。
「これは――」
「誰も泣かずに済むように、そのためにボクは戦うんだ」
ボクではない『キミ』の涙だって、きっとそれは同じこと。だから慰めが心を鎮めても、ネムリアが止まる事はない。
たとえ一時のまやかしだとしても、悲嘆を鎮めて、『キミ』にも静かに眠ってほしい。
そう小さく囁いて、ネムリアは『彼女』の瞳を閉じさせる。
恨みがましい目がこちらに向けられているのを見ながら、叶は深く煙を吐く。ゆらゆらと揺れ、纏わりつくそれは、彼の手で狐の形を成していく。
「嫌だ嫌だと、まだ嘆きを続けるつもりですか?」
相手が自分を写しているなら、共にカウンター型……随分と戦い辛い相手になるのだが、そうも言っていられない。自分と同じ顔をした者が、後ろのネムリアに傷を負わすようなことは、たとえ何があろうとも――。
「言わなくとも結構。お前の言いたいことも、恐れることも、全部わかってますからね」
怖くてしょうがないでしょうと誘うように言えば、『写し身』の呪詛が、『それ』の呼んだ管狐達が、彼へと向けて殺到する。誘導には成功した、後は使役する者達を含めた総力戦だ。全く同じ能力をした『写し身』との削り合いは熾烈を極めたが、最終的には。
「……お前がこの子に害を成すことだけは、絶対に許しません」
その意思一つで、かろうじて最後の一手を先に取った。
とどめを刺された『叶』が消えるその時に、輝く蝶が一つ舞って、その傍らに止まる。
それは安らぎを、微睡を、『彼』に与え――苦しみも嘆きも、一時だけ収めて、眠りの中へと沈みこませていった。
「……」
叶の手によるものではない。ならば、誰の齎したものかはすぐにわかる。
――きっと一時姿を借りただけの、写し身に過ぎぬというのに。
そんな言葉は、きっと彼女の決めた事の前には些細なこと。一度目を瞑って、叶は彼女の方を振り向いた。
今度はちゃんと、目を合わせて話をしよう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
シャルファ・ルイエ
あなたが正しくても、正しくなくても、わたしがするべき事はひとつです。
ドッペルゲンガーは幽霊として見られることもあるみたいですから、【王国の鍵】で死者に強いケルベロスの召喚を。
相手もケルベロスを召喚するなら、そちらは《空中戦》や《見切り》で攻撃を躱しながらわたしが抑えて、ドッペルゲンガーがケルベロスを戦う様に仕向けますね。
怪異や死者がケルベロスの相手をするよりは、生きているわたしの方が有利に動けるかもしれませんから。
もしもそこで差が出なくても、負ける気はないんです。
だって、今まで戦って来た経験はわたしのものです。
わたしの底をすくって、わたしの姿を写し取ったとしても、あなたはわたしじゃありません。
●真贋
言葉を交わす時間は終わり。真っ直ぐに『敵』を見つめて、シャルファはその杖を掲げた。
『彼女』の口にするように、これは薄情で、思慮の欠けた行いによって成り立つものなのかもしれない。けれど、それが正しくとも、正しくなくとも、それを決めるのは彼女ではない。そして、どちらにせよするべきことは一つだ。
「握るは鍵、ひらくはあなたに続く扉。声に応えて、力を貸して」
この『敵』を、怪異を、そのままにしてはおけない。シャルファの呼ぶ声に応えるように、三つ首の獣、ケルベロスが彼女の前に姿を現した。
鋭い三対の瞳は、その全てが『彼女』に向けられ、唸り声が低く響く。
「それでわたしを咬み殺そうと? そんな事をしても、何も変わらないのに」
そう薄っすらと笑いながら、『写し身』もまた、同じユーベルコードでケルベロスを召喚する。獣と獣を喰い合わせようとしたそこで、シャルファは動いた。翼を打ち振るって低く飛び、『敵』のケルベロスの鼻先を掠めて上昇、天井の高さを生かして空中戦を仕掛ける。
「そう、自分から来てくれるのなら――」
好都合、とばかりに『彼女』もまた舞い上がり、シャルファを追うケルベロスと連携するようにして、低空を舞う彼女を追い立て始めた。猛禽の如く迫り、上から踏みつけにする一撃を見切って躱し、シャルファは身を捻った勢いのまま杖を振るう。下方から跳び込んでいたケルベロスを打ち払って、壁を蹴り付け方向転換。
たとえ能力と技を写し取っても、これまでの経験経験は彼女だけのもの。連携攻撃を凌いだシャルファは、さらにケルベロスを引き付けて――。
当然彼女が囮のように振舞う事には意味がある。『写し身』ケルベロスの連携に身を晒すことで、防戦一方に見えたとしても、自分の召喚したケルベロスは自由に動ける形となる。
ぐお、と低く吠えた獣の突撃は、『敵』に対して絶好の奇襲となった。
「なッ、これは――!」
横合いから『彼女』へと飛び掛かったケルベロスは、シャルファに向かう個体とは別レベルの凶暴さで牙を剥く。ケルベロスとは地獄の門番、一方のドッペルゲンガーは幽霊――つまり死者として扱われることもある。この怪異も似た要素を含んでいるのなら、地獄の番犬はそれを捕らえ、冥府に引き摺り戻すのがその役割となるだろう。そんなシャルファの組み立て通りに、持てる力の全てを発揮したケルベロスはドッペルゲンガーを地上へと引き摺り落とした。
「――わたしの底をすくって、わたしの姿を写し取ったとしても、あなたはわたしじゃありません」
シャルファがシャルファであるがゆえに。戦局を分けたのは、その差を理解し、活かしきった彼女の判断力だった。
広げた翼でゆっくりと舞い降りる彼女の下で、ドッペルゲンガーはその形を崩し、消えていった。
大成功
🔵🔵🔵
リリト・オリジシン
最早、言の葉は不要
来るがいいさ
互いに自身。記憶すらも共有し合うというのであれば、隙の付き合いなど千日手もいいところだろう
ならばこそ、その相打ちを厭わぬに付き合ってやろう
怪力込めた血染めの流星を振るい合い、防御無視の殴り合いだ
なに、痛みなら慣れておる。血を流すなら慣れておる
互いの存在を掛けて、喰らい合おうぞ
頃合いを見て罪喰の発動
妾を模すには、汝が身の如何に綺麗なことか
如何に記憶を、外見を、振るう武器すらをも模そうとも、そこに妾へと捧げられてきた血と罪はない
これこそは唯一無二
妾以外の者達から得たものであるからこそ、汝には模そうとて模せるものではあるまいよ
さあ、茶番劇はもう仕舞いだ
汝も喰ろうてやろう
●罪の在処
最早、言の葉は不要である。自己の証明さえも明確である彼女には改めて言う事も、付け入る隙もありはしない。
リリトは黒く輝く棘付きの鉄球を手に、『リリト』と向かい合う。互いに同じ力を持ち、記憶すらも共有している。恐らく思考に違いこそあれ、言葉のやり取りで埒が明かぬというならば、あとはこれしかないだろう。
先に動いたのはどちらだったか、両者はほぼ同時にその腕を振るい、鉄球を敵へと叩き込む。血染めの流星が交差して、互いの身へと突き刺さった。
ぱっと血の花が咲く。棘の鋭さは言わずもがな、叩き付けた勢い、質量と回転がそれを助長し、鉄球は命中した箇所を破砕し、抉り取る。
「はっ、やるではないか」
重量を活かして上方から、時には膂力に任せて跳ね上げるように。相打ちも辞さない構えの『敵』を前に、リリトもまた防御無視の削り合いを挑む。常人ならば一撃ずつが致命傷になりかねないやりとり。けれど痛みも、血を流すことも、慣れたものだと彼女は笑う。
鬼同士が互いの存在をぶつけ合い、喰らい合う地獄。しかしそれも、長くは続かない。
「まやかしにしては上手くやったものだが……」
血の霧が舞う中、リリトが言う。それは、所詮相対する鬼が偽物に過ぎぬゆえに。
「妾を模すには、汝が身の如何に綺麗なことか」
『罪喰』、赤い雫の舞う中に、血色の竜が生まれ出る。それはリリトに捧げられた血と呪いで編み上げられた魔性の姿。『彼女』が枷と呼ぶそれが、積み重ねた罪の証が、形を成したものだ。
そう、これこそは唯一無二。記憶を写し取ったところで、所詮は鏡像、その場限りのまやかしに過ぎない。実質を伴わないドッペルゲンガーには、これを真似することなどできはしないのだ。
「――罪を、誇るか。哀れな」
「語るに落ちたな。妾の姿で負け惜しみとは」
渋面を浮かべる『写し身』に、リリトは竜を差し向ける。
「さあ、茶番劇はもう仕舞いだ」
汝も喰ろうてやろう。大きく開いたその顎が、偽物の『リリト』を呑み込んだ。
大成功
🔵🔵🔵
花剣・耀子
……そうね。
死ねばぜんぶ、そこでお終い。
だからこそ、死ぬ前に出来ることを全部やるのがあたしたちよ。
おまえもあたしなら、そうなのでしょう。
急所を狙う。即座に死ななければ其れで良い。殺しきる。次の一手を繋げられれば上々。
その思考も剣閃も、あたしがあたしである証明。
――だからこの剣は届かないし、ゆえにおまえの剣も届かない。
立ち止まらないと、先へ進むと決めたもの。
あたしがおまえを凌駕するのはその一点。
一歩でも、半歩でも、強く強く踏み込んで。
過去の剣を追い越しましょう。
……沈めた声を、思い出させてくれて有り難う。
あたしは、弱いあたしを忘れない。
死ねばお終いだけれども。
生きている限りは、生きてゆくのよ。
●一歩
「……そうね」
『写し身』の言葉に、耀子は頷く。死ねばぜんぶ、そこでお終い。
痛みも重みも約束も、大事なものも要らないものも。それを解放と呼ぶのは、後ろ向きに過ぎるだろうか。
「でも、だからこそ、死ぬ前に出来ることを全部やるのがあたしたちよ」
踏み出したその一歩に、『相手』も応じる。ああ、おまえもあたしなら、そうなのでしょう。妙に納得した気持ちで、耀子はその手の、花散らす刃に火を入れた。
必殺の刃を手に牽制など不要。互いの刃は最短で急所を狙う。剣術と呼ぶべきかは定かでないが、彼女のやり方は極めてシンプルで、実利を重視したものだ。型はなく、次の一手を繋げられれば上々なくらい。受けも躱しも最低限で、即座に死ななければ其れで良い。殺しきる。
凶悪な牙と牙が接触し、擦過音と共に火花が散る。受け手を乱す機械剣は、互いに牙を突き立て合い、相手を同時に弾き飛ばす。激しい振動を腕の力で制せば、続く剣閃がまた二人の間で交錯した。
『写し身』の力量も、技巧も、そして思考もまた耀子と同じようで。あちらの剣はこちらを殺すには至らず、逆にこちらの剣も届かない。
互角の戦いで交わされる刃は、同じ程度にそれぞれを傷付け、けれど決定打は決して生まれない。
「もう、いいでしょう? つかれたわ」
「そうはいかないの」
負傷を積み重ねながら、『写し身』と耀子がそう口にする。
終わりを求める『耀子』の剣と、歩み続けると決めた耀子の剣。双方に違いがあるとするならば、定めた決意のその一点だ。
それが明確になったのは、次の一瞬。
『耀子』は殺すに足る最適の一撃を選び取り、耀子はそれを超えるため、まだ見ぬ一歩をそこに刻んだ。その一歩は、強く、強く。いつものように、いつもより深く、負傷を厭わず踏み込んで、クサナギの剣閃、そして咬み鳴らす牙の音色を耳元で聞き、掠める風と微かな痛みでその鋭さを知る。
ぱっと自分の血が小さな花を咲かせるのを感じながら、耀子は《花剣》を振り切った。
「……沈めた声を、思い出させてくれて有り難う」
伏したもう一人、首を失った『それ』に、耀子は小さく礼を言う。消えゆくその怪異の姿を見送って、弱い『自分』を忘れぬように。
何を胸に戦おうとも、死ねばお終い。それはきっと事実だけど。
「――それでも、生きている限りは、生きてゆくのよ」
頬を伝う血を拭って、彼女は踵を返した。重さも、痛みも、約束も、変わらずその背に負ったまま。
大成功
🔵🔵🔵
御鏡・十兵衛
ロカジ殿/f04128
――自分次第、か。
耳が痛いでござるなあ……そう思わぬか、某よ
某は……己で道を定めたことはない
一人で生きているように見えて、
未だに父の定めた道を歩いている
――そんな道、とうに壊れて先など無いというにな
某には、未だ某であるが故の価値がない。道理よ。
だがだからこそ、このまま死ぬのは御免被る
生き恥結構
その先に僅かでも納得の行く終わりがあるかもしれぬというのなら
それこそ歩まぬ道理もない
くく、ばっちり聞こえていたでござるよ
しかしな、己に負けんとするその生き様
背を預けるに不足しているなどとどうして言えようか
謙遜する必要はない
何せ、某は今、確かに貴殿に背中を預けているのだから
ロカジ・ミナイ
十兵衛/f18659
『正しい禁忌なんてあると思ってるのかい?』
あるよ
自分がそう信じなきゃ何もかもおじゃんになる
そう思ったらね、何もかも愉快になったのよ
見方を変えれば全てはこの手の内にあるってこと
ダセェ言い方をすれば「自分次第」
カカカ!まるで殿様だ!
『あの時お前も死ねば良かったのに』
そうかい、そんじゃあ代わりに死んでくれ
…十兵衛ちゃんに聞こえちまったか
忘れてくれとは言わないが
この通り僕は明日も中身もない、背を預けるには足りぬ男さ
でもね、テメェにだけは負けないように生きてきた
正に「歩まぬ道理はない」
気が合うねぇ
そんじゃ遠慮なく寄っ掛からせてもらうよ
君の背中を預かるにはこのくらいが丁度よかろ
●歩みの先
背中合わせのロカジと十兵衛を前にして、『ロカジ』が一つ、煙を吐く。写し取った記憶を、罪を、欲望を、ぐるりと見渡すようにして、それは問うた。
「ねえ、正しい禁忌なんてあると思ってるのかい?」
「あるよ」
間髪入れず、迷いなく、ロカジはそれに答えて見せた。言いたいことは分かるけどね、みたいな笑みを浮かべて。
「本気で言ってる?」
「もちろんさ。自分がそう信じなきゃ何もかもおじゃんになる……と、そう思ったらね、何もかも愉快になったのよ」
呆れるような『自分』へとそう告げ、言葉通り、不敵に。
「見方を変えれば全てはこの手の内にあるってこと。ダセェ言い方をすれば「自分次第」ってやつさ!」
まるで殿様だと笑ってみせるロカジに、『ロカジ』は深く溜息を吐く。漂う煙に紛れて、小さなつぶやきが漏れた。
「あの時お前も死ねば良かったのに」
「そうかい、そんじゃあ代わりに死んでくれ」
抜き放たれた太刀と太刀が、二人の間で火花を散らす。
「――自分次第、か」
刃と刃の奏でる音色を心地良さげに聞きながら、十兵衛は鍔迫り合いを演じながら『自分』へ問う。
「耳が痛いでござるなあ……そう思わぬか、某よ」
「ははあ、言い返せぬのか」
嘲笑うようなその言葉も、甘んじて受け入れた。
自分次第と言ってのける彼に対し、十兵衛には己で道を定めた覚えがない。一人、自分の足で歩いているようでいて、その道は父の定めた通りのものだ。――そんな道、とうに壊れて先など無いというのに。
「某には、未だ某であるが故の価値がない。道理よ」
自嘲気味に、そう口にした。押し負けるようにして下がれば、背中はロカジのそれとぶつかる。
「あー……聞こえちまってた?」
「くく、ばっちり聞こえていたでござるよ」
背中越し、気まずそうな声音にそう返して、十兵衛は含み笑いをしながら正眼に構える。
「まあ、忘れてくれとは言わないけどね……この通り僕は明日も中身もない、背を預けるには足りぬ男さ」
こちらも自嘲気味に口にしたが、太刀の切っ先は落ちる事無く、『敵』の方を向いている。
「でもね、テメェにだけは負けないように生きてきた」
「なに、十分でござろう」
己に負けんとするその生き様、背を預けるに不足しているなどとどうして言えようか。
「謙遜する必要はない。何せ、某は今、確かに貴殿に背中を預けているのだから」
「そうかい? そんじゃ遠慮なく寄っ掛からせてもらうよ」
軽口は心と、腕の重石を誤魔化してくれる。
「某としても、このまま死ぬのは御免被る」
生き恥結構。その先に僅かでも納得の行く終わりがあるかもしれぬというのなら――。
「それこそ歩まぬ道理もない」
「ああ、やっぱり気が合うね」
先を見据えて、意を合わせて、二人は共にこの場を切り抜けるべく、『自分』に向かって斬りかかって行った。
「――で、実際埒が明かないわけでござるが」
「なぁに、簡単な話だよ」
己の敵が己であるなら、ドッペルゲンガーの写し取った、先程の自分を超えれば良い。
「ははは、簡単に言ってくれるでござるなあ」
言って出来れば苦労はしない。膠着状態に陥った現状を十兵衛が笑う。せめてとっかかりでもあれば……。
そんな目配せを交わして、二人は背中合わせのままに、互いの相手を入れ替える。二合三合と打ち合い凌げば、見えてくる点もある。特に、『気高き商魂』の持ち主とかには。
「十兵衛ちゃん、もしかして肩凝ってる?」
「あー……まあ着慣れない服でござるからなあ」
言われて自覚する程度の不調、もしくはそう思い込ませるための言いがかり。蟻の一穴、紙一重。拮抗した状況は、そんなもので覆る。僅かな手掛かりから十兵衛が『十兵衛』を斬り伏せれば、後は負け得るはずもなく。
『以前の二人』の屍が消えゆくのを確認して、二人は続く道の先へと歩み出した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
エンジ・カラカ
ヨシュカ(f10678)
ニセモノのヨシュカ
二度目まして?ハロゥ、ハロゥ
アァ、コレもいるいる
賢い君もいるー……!
ヨシュカ、ヨシュカ、賢い君がウワキしたした
賢い君……賢い君……ウワキ、ウワ……キ…
ヨシュカ、アイツ倒そう倒そう
まとめて倒そう……!賢い君……!
アァ……コレにもニセモノのコレにも毒は効かない
ヨシュカ、何かある?ある?
アッチの賢い君も傷つけない方法
アァ、ヨシュカは賢いなァ
さすがさすが。網の中なら逃げられない
ニセモノのヨシュカの戦い方は知っているサ
バラバラになるカラ、気を付けて縫う
バラバラにならないように君の糸で縫う
それから情熱的な炎でどーん
ニセモノのコレにも炎をお見舞いしよう
賢い君はコレの
ヨシュカ・グナイゼナウ
エンジさま(f06959)
あ!エンジさま!いた!良かったです、はぐれてしまったかと…急に硝子からわたしが出て!
あれ?エンジさまも二人?
浮気?落ち着いてください、ええと…そうです!きっと賢い君は攫われたのです!
悪いエンジさま(仮)とわたしの量産品ごと纏めて大捕物と参りましょう
捕らえるなら大網が一番。魚の様に一網打尽です
いえ、水槽の魚捕まえてみたいなー、なんて思っていた訳ではなく
【針霜】が貫いたのは彼らから離れた床
外した訳ではありません、走る鋼線を互いに絡ませ大きな網に
彼らはきっと素早いですから、点ではなく面で捉えていきましょう
さあエンジさま、獲物は網にかかりました。後はご随意に!
良く燃えますねえ
●網
きっとそれは、突然白昼夢から覚めたような心持ちだろう。金色の瞳をきょろきょろと動かして、状況把握に努めていたヨシュカはすぐにその灰色の影を見つける。
「あ! エンジさま! いた!」
「アァ……」
「良かったです、はぐれてしまったかと……」
少しの引っ掛かりと違和感は、胸を撫で下ろしたことで消えてしまう。とにかく、とヨシュカはエンジと並ぶ。こちらの状況はまあ、一目瞭然と言うべきか。
「あれは……ニセモノのヨシュカ? 二度目まして?」
ハロゥ、ハロゥとエンジが律義に挨拶をする。
「ええ、急に硝子からわたしが出て来て……あれ? エンジさまも二人いますね?」
「アァ、コレもいるいる」
どうにもゆるいやり取りが続くが、先程大きく吠えたエンジの『写し身』は、とっくに臨戦態勢に入っている。紡がれた赤い糸が、『彼』の周りを漂って――。
「か、賢い君もいるー……!」
「えっ」
それはある種衝撃的な光景だったようで、愕然とした様子のエンジがヨシュカの肩を揺らす。
「ヨシュカ、ヨシュカ、賢い君がウワキしたした」
「う、浮気? 落ち着いてくださいエンジさま?」
「賢い君……賢い君……ウワキ、ウワ……キ……」
がっくんがっくんと揺さぶってくる手を押さえて、ヨシュカはとりあえず筋書きを決める。
「ええと…そうです! きっと賢い君は攫われたのです!」
「さ、さらわれ……ユウカイ?」
「そうですそれです! あの悪いエンジさまとわたしの量産品……贋作? あれごとまとめて捕まえてしまいましょう!」
「わかった、まとめて倒そう……! 賢い君……!」
捕まえるところから倒す方へスムーズに思考が動いているが、相手は怪異だから問題はないだろう。
「アァ……コレにもニセモノのコレにも毒は効かない……ヨシュカ、何かある? ある?」
「お任せください。捕らえるなら大網が一番。魚の様に一網打尽です」
そう請け負ったヨシュカは、床へと指を這わせる。向かい来るのは毒持つ赤糸、そして暗器を携えた量産品……ということにした『自分』だ。素早い両者の動きを把握しつつ、ヨシュカは「穿て」とそれに命じる。
『針霜』、床面を貫くように現れた鋼糸の束は、直接『二人』を狙ったものではない。けれど空中で交差し、互いに絡み合えば――。
「ああ、大漁ですね」
大きな網の出来上がり。別に大水槽の魚達を見て思い付いたわけではない。決して。
とにかく、素早い相手ならば点よりも面で、そうして『敵』の動きを制限すれば、ヨシュカはエンジへと声をかける。
「さあエンジさま、獲物は網にかかりました。後はご随意に!」
「アァ、ヨシュカは賢いなァ。さすがさすが」
網の中なら逃げられない。それに、敵に回った写し身だとしても、賢い君が傷付かないのがなお良い。
ヨシュカの身体の特性を踏まえて、網から脱出しようとする『彼』の身体を赤い糸で縫い留める。パーツを外せば網の目も抜けられるだろうが、そうはいかない。
「今回はあんまり遊べなかったなァ」
そんな事を偽物の『ヨシュカ』に言う内に、賢い君は『ヨシュカ』に、『エンジ』に、絡みついて。今回は毒ではなく、炎をその身に纏った。
「ああ、良く燃えますねえ」
もはやヨシュカの声は呑気にさえ聞こえる。『双子の炎』、赤く燃えるそれに焼かれ、『写し身』達はその形を崩していった。
敵がこうしていなくなれば、赤い糸はエンジの元へ、戻り来る。
そう、賢い君はコレの。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ニルズヘッグ・ニヴルヘイム
「私さえ生まれて来なければ」とでも喚くか?
その程度で揺さぶれるとでも思ったか
望む者がいる限り、その痛みを抱えて生きると、決めたんだよ
現世失楽、【外黒静】
答えろ――『貴様は何者だ?』
父母にも顧みられず、故郷に居場所はなく
唯一の神だった姉すら裏切り世界を選び、彼女自らに火を呑ませ
人にも成れず竜にも戻れず
得た幸福に満足出来ない愚か者
それも承知だろう――で、自分を何だと言うつもりだ?
どんな答えであっても攻撃は止まない
冷気の刃が狙うのは目の前に立つ私のみ
生きると決めたところで、私は私が一番嫌いなのは変わらない
「私」の答えでは納得しないのさ
私を模したのが運の尽きだ
容赦はしない
そのまま凍て尽きろ
●凍てつく世界
諦めろ、と彼は言った。望むものは得られない、当たり前の幸せなど叶わないのが道理だと。
「で、次はどうする? 私さえ生まれて来なければ、とでも喚くか?」
自らの『写し身』に問うて、ニルズヘッグは昏い笑みを浮かべる。その程度で、もはや彼が揺らぐことはない。そう望む者がいる限り、痛みも苦しみも抱えて生きると決めたのだから。
ああ、『自分』を見下すその目の端で、呪詛も噛んで炎が揺らぐ。
「答えろ――『貴様は何者だ?』」
外黒静。空調の効いたその場の空気が急速に冷え、彼の影から湧き出る冷気が、『彼』を凍てつく風の中へと叩き込む。
自分が何者であるか。ニルズヘッグ・ニヴルヘイムだ。
それは父母にも顧みられず、故郷に居場所はなく、唯一の神だった姉すら裏切り世界を選び、彼女自らに火を呑ませ、人にも成れず竜にも戻れず、得た幸福に満足出来ない愚か者。
「それも承知だろう――で、自分を何だと言うつもりだ?」
金の瞳は、冷気の只中に居る『自分』を嗜虐的に、自虐的に、見つめている。嬲るようなその様は、秘めた本性の顕れか。
「……邪、竜……」
「ああ、端的だ。だがそれだけではあるまい?」
さあ、続きを。『写し身』の言葉にそう促す。納得するまで、この冷気が止むことはない。冷たい刃は『ニルズヘッグ』を次々と切り裂き、水底よりも深い、凍える地獄へと押し込んでいく。
そう、彼は生きると決めている。けれど依然、彼が一番に嫌っているのは自分自身だ。一時とはいえ『自分』の述べる答えでは、彼が納得するはずもない。刃を収める理由がないのだから。
「よりによって、私を模したのが運の尽きだ」
傷つき弱り行く『自分』を見下ろしながら、ニルズヘッグは言う。
そのまま凍て尽きろ、と。
大成功
🔵🔵🔵
八重垣・菊花
ほんまにうちと全く同じ顔やな、めちゃくちゃ可愛いけどなんや腹立つな!
まだなんや言うことあるん? その話はさっきで終わったと思ったんやけどなぁ、これ以上話聞いて言うんやったら、ちょっと高うつくけどええ?
機関銃を片手にひょいと抱えて応戦、制圧射撃で怯むとええんやけどなぁ
なんや腹立つ理由がわかったわ、うちは可愛いもんが好きやし、あの子とおんなじこの顔や、めちゃくちゃ可愛いと思っとるけど、中身がちゃうと全然可愛ないな!
そろそろお帰り願いましょか!
高速詠唱と制圧射撃を同時進行、相手の隙を狙って【菊花繚乱】ぶちかましたろか!
ほな、これでさいならや。
はー、やっぱり帰りになんか美味しいん食べて帰ろかなぁ!
●機関銃
ほんまにうちと全く同じ顔やな、と。『自分』の姿を前に、改めて菊花はそう思う。艶やかな黒髪に玉の肌、その琥珀色の瞳は相変わらず悲し気に、涙で潤んで見えている。めちゃくちゃ可愛い、と内心で結論付ける彼女だが、どういうわけか、同時に苛立たしさを感じずにはいられない。
「ねえ、後悔しとらんの?」
揺れる瞳でそう口にする『彼女』に対して、菊花は。
「まだなんや言うことあるん?」
棘まみれの声音で返す。遮らなくてはいけない。何故なら、そう。
「その話はさっきで終わったと思ったんやけどなぁ、これ以上話聞いて言うんやったら、ちょっと高うつくけどええ?」
さっき決着のついた話。それこそ菊花の中では、ずうっとそう決めてきた話。
それゆえに、内心のささくれをそのまま引っ張り出したように、彼女は機関銃をぶっ放した。片手で持ち上げたそれが弾丸をばら撒き、辺り一帯に雨のように降り注ぐ。たまらずその場を逃れた『菊花』も、同じ菊模様の入った機関銃を手に、応戦し始めた。
両側から吹きすさぶ弾丸の嵐の中で、菊花はきっぱりと言う。
「なんや腹立つ理由がわかったわ!」
物憂げな『敵』と違い、こちらの機関銃は収まる気配がないようで。
「うちは可愛いもんが好きやし、あの子とおんなじこの顔や、めちゃくちゃ可愛いと思っとるけど、中身がちゃうと全然可愛ないな!」
「勝手な事言わんといて、うちかてあんたの――」
「はーうるさいうるさいその顔で喋らんといて! 辛気臭いんはこの辺で御終い! そろそろお帰り願いましょか!」
絶え間ない制圧射撃の合間に詠唱を挟んで、『相手』が防戦に回ったそこで発動する。
「ほな、これでさいならや。十重に二十重に舞い散る菊花――」
弾丸をばら撒く音が掻き消えて。
「――とくとその目で御覧じろ!」
代わりに菊の花弁が舞い踊る。直線的な弾の機動とは打って変わったそれに対応が遅れ、『菊花』はそれに包まれ――。
ようやく形を崩し、消え去ったドッペルゲンガーから視線を切って、菊花は溜息を一つ。
別に喋りつかれたわけではないけれど、心を削るような戦いは、少女にはまだ不慣れで。
「はー、やっぱり帰りになんか美味しいん食べて帰ろかなぁ!」
気を取り直すようにそう言って、彼女は水底を後にした。
大成功
🔵🔵🔵
ハウト・ノープス
ラフィア(f24116)と
さあ、私達を殺そう
私の模倣と言えど、あれは一度しか死なないだろう
だからラフィア、私の弱点を教える
胸の中心に核がある。壊せば暫く肉体の再生が遅くなる
四肢を削ぎ、核を破壊し、脳を潰せば止まる
お前にあれが襲い掛かったなら、狙うといい
戦法は単純だ、身を盾にして斬るしかしない
が、電撃には気を付けろ。痺れる
そうか。ならば分かりやすい
此方へ攻撃を仕掛けられたなら遠慮なく胸を狙おう
剣を抜き、呼吸を整える
やれることはひとつなのだ
接近、切断、胸へ抜き手し核を破壊
私の写し身には【生命力吸収】をしつつ脳の破壊も行う
その命、私が貰う
土産か
そうだな、此方の世界はどれも品質がいい
店を覗きに行こう
ラフィア・ミセルス
ハウトさん(f24430)と
うん。頑張ろうね
私達の姿で人を傷つけるなんて許せないんだから
分かったよ。それじゃあ、私の弱点も教えておくね
私の作りはヒトと同じだから、心臓の位置に核があるよ
壊せば、私の体はすぐに硝子になってバラバラになる
まあ、それは私も同じことだけど
どちらにしたって、やることは一緒
高速で近づいて、斬りつけて離れるの繰り返し
でも私のドッペルなら同じことをするだろうから
わざと接近を誘って、近づいてきたら胸元に腕で庇う
相手の武器が腕に刺さって動きが止まった所で、【カウンター】を狙いを確実に外さない至近距離から叩きつける
さすがに戦闘後に見学の続きは難しいかな
せめてお土産は買って帰りたいね?
●決めたこと
「さあ、私達を殺そう」
「うん。頑張ろうね」
ひどく剣呑な言葉を自然と交わして、二人はそれぞれの『写し身』に向かう。どうあれ、自分と同じ姿の者達を殺戮の場に赴かせるなど、許せるわけもない。
「ラフィア」
「なに、ハウトさん」
視線を『敵』から離さぬまま問い返すラフィアに、講義を始めるとでも言うように彼は語る。
「戦う前に、私の弱点を教えておく」
そう、いくら模倣と言えど、あの怪異は一度死ねばお終いだろうから。
「胸の中心に核がある。壊せば暫く肉体の再生が遅くなる」
とん、と自らの胸を指で突く。けれどそれだけでも不十分で、本当に殺すというのなら、四肢を削ぎ、核を破壊し、脳を潰せば良いのだと。
「お前にあれが襲い掛かったなら、狙うといい」
「分かったよ。それじゃあ、私の弱点も教えておくね」
頷いたラフィアもそれに応じ、親指で自分の胸を示す。隙を窺うようにしている『正しい私』は、こうやって機能面の機密を開示していると知ったら怒るだろうか、それとも納得するのだろうか。
「私の作りはヒトと同じだから、心臓の位置に核があるよ。壊せば、私の体はすぐに硝子になってバラバラになる」
奇遇だね、核の場所はおんなじ、とそんな話に繋げながら。
「そうか。ならば分かりやすい」
此方へ攻撃を仕掛けられたなら、遠慮なく胸を狙おう。そう請け負った彼と共に、『二人』を迎え討つ。
「戦法は単純だ、身を盾にして斬るしかしない」
「こっちもね、高速で近づいて一撃離脱の繰り返しだと思う」
「電撃には気を付けろ。痺れる」
後はシンプルに、実利的に情報を交換し――。表情の無い『ラフィア』の視線を、ハウトは妙な心地で感じ取る。同じ姿ということで気掛かりな点は一つあったが、こう明らかな差異があるなら、見間違えることなどないだろう。力強く振るった刃は、しかし身軽な『ラフィア』の影を斬るのみ。代わりに喉の奥からの悲鳴に似た、甲高い風切り音が耳を打った。
「……ッ!」
胸元から肩口までかけて、赤い線が引かれ、血が飛沫く。視線が通った先への『ラフィア』の斬撃は、そうそう避けられるものではない。早いな、と認識を改めながら、ハウトは駆け抜けた『敵』の姿を見失わぬよう目で追った。
一方のラフィアもまた、同様に『ハウト』に一撃を加えていたが、同時にその頑健さに息を吐いていた。デッドマン特有の、負傷を厭わぬ動き。振り切られ、床に突き刺さった黒い剣を足場に、また駆け抜け様の一太刀を浴びせてはみたがmその壁は厚い。そしてあの膂力からして、捕まったらまあまあ酷い事になるのは明らかだろう。
互いに決定打のない交錯が続く、しかし互角の能力を持つ両者を分かつのは、持っている情報の差異だった。
傷を負いながらも強引に踏み込み、ハウトが貫手を放つ。胸の核を狙ったそれに反応し、『ラフィア』は一度大きく退いた。一人着地した『彼女』に迫るのは、『ハウト』を跳び越えたラフィアの姿。機械的に、知り得る急所を正確に、『彼女』はそれを迎撃するために鋭く地を蹴った。
前述の通り、その斬撃は躱し難い。しかし狙う箇所が分かっているのなら――。
「――やっぱりね」
それが正解であるから。胸に迫った刃を、ラフィアはその腕を盾に遮る。核に至る前に刃は止まり、代わりに彼女の手にした紫暗の剣が、『写し身』の胸を貫いた。
倒れ行くその身体から身を離して、襲い来る『ハウト』の剣から身を躱す。紙一重よりも一跳び遠く、地に叩き付けられた剣と腕から、激しい雷撃が放たれるのを、彼女は肝が冷える思いで見下ろして。
その隙に息を一呼吸置く暇を得たハウトが、『写し身』へと仕掛けるのを見た。
『断在』。繰り出された突進からの一突きは、『ハウト』の胸を深々と穿ち、その核を破砕する。それでも止まらぬ雷撃がその身を灼くが、敵の命を糧に、それに抗いながら、ハウトは『写し身』の頭部を掴み取った。
「――その命、私が貰う」
核の次は脳の破壊。自らの告げた弱点を、彼は正確になぞってみせた。
撃破した二つの骸が、形を無くして消えていくのを見遣り、ラフィアは対の妖刀を仕舞った。
「……さすがに見学の続きは難しいかな」
「ああ、そこら中で戦闘が起きているだろうからな」
一応言ってみた、くらいのものだったのだろう、「やっぱり」と頷いて、ラフィアが溜息を吐く。まあ、その辺りは機会があればまた来ればいいだろう。
「せめてお土産は買って帰りたいね?」
「土産か」
ふむ、と少し考えるようにしながら、ハウトもまた刃を収めた。
「そうだな、此方の世界はどれも品質がいい」
店を覗きに行こうと頷いて、戦いの場に背を向ける。
「外にあったお店なら開いてるかなぁ」
そんなことを言いながら、二人は平和な日常へと戻って行った。
たとえ私が誰であれ、『そこで生きる』と決めたのだから。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
レイラ・アストン
【明け空】
構えた杖の先端に光る水晶は
今は、赤青混ざった夜明けの色
せっかく言葉を交わせるのだから
聴いていいかしら――“私”?
あなたが私の記憶を持つなら
よく理解しているわよね
プロメテさんがいつも私を庇うよう
少し前を進んでくれること
はぐれないよう手を取ってくれること
…それと、もう一つ
私がどれだけ彼女を大切に思っているか
守りたいと思っているかを!
これから二人一緒に歩んでいく未来を
あなたは否定するの?
…できないわよね?
一人の寂しさも、二人の温かさも
もう分かっているでしょう
繋いだ手が解けぬよう、友とより深く指を絡め
青い瞳で見据えるは“私達”、送るは【蛇視】
過去は過去のまま置いていくわ
骸の海へと沈みなさい
プロメテ・アールステット
【明け空】
「本当に一緒に進めると思うの?貴方は人形で、彼女は人間なのに」
もう一人の私の問い、それは心の片隅にあるものだ
ずっと一緒にいられるかは分からない
けれど…彼女は私を見てくれたから
共に行きたい、一緒に行ける所まで
生きる世界が、時間が違ったとしても、彼女は今ここにいる
私の共にいたいという願いも、守りたいと思う意思もここにある
ならば、やるべき事はひとつだ
友の指に応えるように握り返し
もう片方の手は翼モチーフのブローチへ
かつての自分達を正面から見据える
レイラ殿と一緒なら、何があっても怖くない!
何が相手だろうと戦える!
彼女が敵を止めたタイミングで【断罪の炎火】を発動
独りではできない戦い方を見せてやる
●ふたりで
レイラの構えた杖の先で、水晶が光を宿す。それは夜の青と、暁の赤の入り混じった、夜明けの色。
「せっかく言葉を交わせるのだから、聴いていいかしら――“私”?」
そうして『自分』へ、青い瞳の『彼女』へと問いを投げかける。
「あなたが私の記憶を持つなら、よく理解しているわよね?」
沈めた言葉を引きずり出せるくらいだ、当然、彼女の指摘する記憶を、認識していないはずがない。
隣に立つ彼女は、いつだって自分を庇うように、少し前を進んでくれる。はぐれないように手を取ってくれる。そしてもう一つ、そうしてもらえることを、そんな彼女のことを、自分がどう思っているのか。どれだけ大切に思い、守りたいと思っているのか。
胸の奥底まで覗けるのなら、それだって見えているだろう。
「これから二人一緒に歩んでいく未来を、あなたは否定するの?」
「そんなもの――」
口でなら、きっと何とでも言えるはずだ。けれどドッペルゲンガーは彼女を『写した』。引き出しはいくらでも開けられる。けれど、無いものを作り出すことはできない。
「……否定なんて、できないわよね。一人の寂しさも、二人の温かさも、もう分かっているでしょう」
レイラは言葉を継げないでいる『写し身』にそう告げて、友と深く指を絡めた。繋いだその手が決して解けてしまわぬように。
……けれど、否定の言葉を持ち得るのは、『レイラ』だけではないはずだ。
「本当に一緒に進めると思うの? 貴方は人形で、彼女は人間なのに」
そう、それはプロメテの心の隅に。もう一つ、水の底に沈んだ言葉。愛されたい、見て欲しい、そんな願いの裏返し。それで、いつまで一緒に居られるの?
「ずっと一緒にいられるかは、分からない」
『プロメテ』の言葉に、彼女自身もそれを口にしてしまう。けれど。
「けれど……彼女は私を見てくれたから」
視線は下げないまま、金の瞳も、真っ直ぐに『写し身』達を見据えていた。
「共に行きたい、一緒に行ける所まで」
生きる世界が、時間が違ったとしても、彼女は今ここにいる。そして、共にいたいという願いも、守りたいと思う意思もここにある。
ならば――。
プロメテは、友の指に応えるように、強くその手を握り返した。
きっと彼女が一緒なら、何があっても怖くない。何が相手だろうと戦える。そう、たとえそれが『私達』であっても。
「過去は過去のまま、置いていくわ」
青い瞳がドッペルゲンガー達を捉えて、『蛇視』によってその場に縛り付ける。この先に進むのは、記憶を写した『彼女等』ではなく、今を行く私達なのだから。
「骸の海へと沈みなさい」
敵の動きが止まったそのタイミングで、プロメテは『断罪の炎火』を解き放った。
空いている方の手で、プロメテは翼モチーフのブローチに触れる。水晶の輝きは金と朱、その暁の色が私なのだと、貴女はそう言ってくれた。
太陽の光に照らされて、水底の闇は溶けて消える。
どこか晴れやかな気持ちと、少しばかり気恥ずかしいようなそれを胸に、プロメテは彼女の手を引いた。
いつものように、これからも。共に歩いていくために。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
花菱・真紀
十朱さん(f13277)と
十朱さん…大丈夫ですか?俺はまぁなんとか…。
あの腹立つ幻。ぶん殴ってやりましょう。
…あいつが何言ったて俺は十朱さんの事信じてますから。だって十朱さん俺を庇ってくれたじゃないですか。十朱さんはそんな人なんだから大丈夫ですよ!
俺、怖かったけど…本当に嬉しかった。
確かに俺はまだ弱い。メンタルだってあんまり変わってない。
でも今の俺は庇ってもらだけじゃなくて。俺が守れるような…誰かの隣で戦えるくらいの強さは得たはずだから。
姉ちゃんの時みたいにただ突っ立ってるだけの俺じゃない…!
【指定UC】
【クイックドロウ】【スナイパー】で決める。
十朱・幸也
花菱(f06119)と
アドリブ大歓迎
大丈夫、って言いてぇけどな
ちとムカついてムカついて堪らねぇから
あのクソ幻影、もう一度消し飛ばして来るわ
花菱は俺から離れて……あ?
……お前、本当に怪しい吸血鬼に食われても知らねぇぞ
いや、その大丈夫の根拠は何だっつーの
(くつくつと笑いながら、わしゃわしゃと
認めたくねぇ、でも……過去は変わらねぇ
歳だけは食ってるからな、解らねぇ程ガキでもねぇ
自分で自分を抑えられねぇ獣に成り下がる気もねぇんだよ!
『戦姫』発動
今回は千薙を【かばう】専任に
テメェらは一発、ブン殴らねぇと気が済まねぇからな!【フェイント】
あー……こ、腰が、痛ぇ……(押えつつ
●乗り越えるべきもの
「十朱さん……本当に大丈夫ですか?」
こちらは何とか、と付け加えつつ、もう一度真紀が問う。動揺を脱した幸也も、改めてそれに答えて。
「大丈夫、って言いてぇけどな」
虚勢でもなく、今度はしっかりと口の端を吊り上げて見せる。
「ちとムカついてムカついて堪らねぇから、あのクソ幻影、消し飛ばして来るわ」
「ええ、ぶん殴ってやりましょう」
言葉の端から感じられる余裕に、今度こそ真紀は安心したように息を吐く。
「……あいつが何言ったって、俺は十朱さんの事信じてますから。だって十朱さん俺を庇ってくれたじゃないですか。十朱さんはそんな人なんだから大丈夫ですよ!」
怖い、とそう思ったけれど、本当に嬉しかった。そんな内心を素直に伝えてくる彼に、「下がっていろ」と言おうとしていた幸也はそれを呑み込む。
「……お前、本当に怪しい吸血鬼に食われても知らねぇぞ」
くつくつと喉を鳴らして、「その大丈夫って強弁する根拠は何だよ」などと言いながら、ただただ平和に水族館を巡っていた時と同じに、わしゃわしゃと彼の頭を撫でた。
落ち着きを取り戻せば、周りも、敵も良く見えるもの。幸也は自分の姿をした『それ』を見遣る。
もう一度あの言葉を向けられようとも、もう揺らぐことはないだろう。認めたくないことだとしても、事実は事実、過去は変わらないと、彼自身もよくわかっているのだから。
「ま、年だけは食ってるからな、解らねぇ程ガキでもねぇ」
三十路も過ぎて、これまでの人生に打ち負かされるなど、それこそ笑えないというもの。後輩にだって見せてやらなくてはならない、折り合いを付けて、前に進むのが大人だと。
「たとえそれが事実でもな、今更自分で自分を抑えられねぇ獣に成り下がる気もねぇんだよ」
吸血鬼としてではなく、人形遣いとして。『戦姫』、千薙がその手に従い前に出る。今回ばかりは、彼女は攻め手ではなく、前衛の壁として。
「テメェらは一発、ブン殴らねぇと気が済まねぇからな!」
いつもとは、それこそ『幸也』ならば選ばない手を選択し、虚を突く踏み込みで、前へ。
自らの拳で切り込んだ彼の背を見ながら、真紀はスマートフォンを手に取る。
ああ、確かにまだ自分は弱い。メンタルだってそんなに変わりはないだろう。彼はそう自覚する。
でも今ならば、今の自分は、庇ってもらうだけの存在ではなくなったはず。せめて誰かを守れるような、誰かのの隣で戦えるくらいの強さは、この手にあるのだと。
「姉ちゃんの時みたいにただ突っ立ってるだけの俺じゃない……!」
渦巻く情報の海から、望んだ力を引きずり上げる。怖気が、その代償として失われたものを感じさせるが、今はそれに目を瞑った。
スマホと入れ替えに握った銃を、『自分』に向けて――。
戦いを終えて、水族館に元の静けさが戻る。消えていくドッペルゲンガー達の骸を真紀は見送って。
「あー……こ、腰が、痛ぇ……」
「……」
思わず笑みを浮かべながら、今日何度目かになる問いを投げた。
大丈夫ですか、十朱さん?
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳳仙寺・夜昂
自分で頬叩いて【気合い】入れる。
うるせえ、調子に乗ってんじゃねえ。
仕返ししたって何にもならないことくらい分かってんだろ。
それで次にしっぺ返しが来るのはまた俺じゃねえか。
『そんなんだから他人に好き勝手利用されんだろうが腰抜け!』
『あいつらだって、いつ裏切るか分からない。自分可愛さにいつか俺を売るかもしれない』
何の根拠もないくだらねえ妄想にビビってんじゃねえよ。
どっちが腰抜けだ馬鹿野郎。
向こうの攻撃を錫杖で【武器受け】してから、【カウンター】で殴る。
こっちの『椿落』は攻撃力重視。
……向こうの言葉もこっちの反論も、基本全部ブーメランなの地味にクるよなあ……。
※『あいつら』=友達
※アドリブ歓迎です!
●蓮華
ぱん、と乾いた音が水槽の合間に響く。自ら両頬を張って気合を入れなおした夜昂は、改めて『自分』を見据える。幸か不幸か力を得て、時に身を呈し、時に驕り、揺らぎながらも生きるその様を。そこにはどうしようもない小ささも、愚かさも、共に含んでいるのだけど。
今ここで、目を瞑るわけにはいかないのだ。
「――うるせえ、調子に乗ってんじゃねえ」
せせら笑うように歌う『彼』の言葉を、力を込めた一言で遮る。ん、と口を噤んだ『写し身』に、夜昂は続けて畳みかけた。
「仕返ししたって何にもならないことくらい分かってんだろ。それで次にしっぺ返しが来るのはまた俺じゃねえか」
そう、ざまあみろと笑ったところで虚しいばかり。それどころか、巡る因果はきっといつか、自分に返ってくるのだ。だが至極真っ当な、諭すようなその言葉に、説教を厭う『夜昂』が黙っているはずもない。
「はぁ? そんなんだから他人に好き勝手利用されんだろうが腰抜け!」
鋭く咎めて、錫杖の底で床を打つ。先端の金属輪が、不協和音を奏でる。
「あいつらだって、いつ裏切るか分からない。自分可愛さにいつか俺を売るかもしれない。腹の中で何考えてるかなんて、わかりゃしねえだろ」
抑えた声で言う『彼』に、夜昂は思わず眉を顰める。そう、尊大に振舞ったと思えばこの様子。眩暈を覚えるような気持ちで、夜昂は言う。あいつらなんて一括りにしているが、その一人一人は彼の思う友人達だ。手離しに信頼なんて言えやしないが、それでも。
「何の根拠もないくだらねえ妄想にビビってんじゃねえよ。どっちが腰抜けだ馬鹿野郎」
とん、とこちらも錫杖を突く。鈴のような音色を響かせ、前へ。同時に怒声を上げて向かい来る『自分』を、夜昂はその場で迎え討った。じゃらじゃらと金属輪を鳴らし、荒く振るわれる錫杖を自らのそれで受けて、カウンターの拳をその顔面に叩き込む。
『椿落』、威力を重視し、深い踏み込みと共に放たれたそれは、『夜昂』をきつく殴り飛ばす。
「……何だかなぁ」
溜息も出ようというものだ。相手の主張する言葉も、それに対して今から発する言葉も、最終的には全て自分に返ってくる上に、殴りつけたのは自分と同じ顔なのだから。
それでも、きっちり決着は付けなくてはならないだろう、他ならぬ自分の手で。
唾を吐いて立ち上がる『自分』の性根を叩き直すべく、彼は水底の泥を蹴立てて進んだ。
大成功
🔵🔵🔵
天星・零
【光緑】
真の姿
万が一の為【第六感】
【追跡】で敵を見失わない
武器はØ、グレイヴ・ロウ
星天の書で【オーラ防御】
戦闘中は零のドッペルゲンガーが倒れるまでは【暗殺】で培った技術で相手の視界に入らないように。状況によって夕夜が壁になる
別人格夕夜の絡みはお任せ(使用武器は説明に夕夜という単語
『以前に会った別のあんたに言ったけど無意味だよ。僕は家族と共に歩む』
指定UCを使い動きを止めてØで斬る
相手に一切感情は込めず
倒したらフードを被って顔を見せないようにし、指定UCを使い味方連携
『頑張って…協力するよ』
戦闘後、味方を一瞥した後一端離れ元の姿に戻りあたかも今来たかを装い合流
『ふふ…皆さんも無事で何よりです』
リオン・エストレア
【光縁】アドリブ〇
記憶が戻ってから分かっていた
”俺”の言うことが真実であり
紛れもない事実であることは
だが俺は知っている
その過ちが赦される訳が無いことを
俺がどのような結末に至ろうとも
後悔だけは決してしてはいけない
それこそ俺の汚れた手は意味を無くす
再び開かれた記憶の鍵
1人の為に全てを裏切り
その身を捧げた吸血鬼の記憶
欠片を繋ぎ合わせ確かな自分の姿を写し出す
俺とお前の違いは殺す為の覚悟だ
UCを使い本当の姿へと
蒼く染まった瞳で奴へ刃を向ける
黒と銀の双剣で【なぎ払い】【属性攻撃】【2回攻撃】
己の【覚悟】も込めて
仲間を騙る愚か者も纏めて焼き払う
大丈夫だ、俺も手を貸す
同じ咎人は二人と要らない
俺は、俺自身に抗う
イフ・プリューシュ
【光緑】アドリブ◎
イフの…あなたの願いを否定はしないわ
でも、それを『だれにも言わない』って決めたのもイフなの
だから、それを言葉にする、あなたはイフじゃない
イフの願いを、イフじゃないあなたには渡さない!
みんなの声が聞こえる
ルーチェも、リオンも、零も
みんな戦ってる
イフだけこんなところで落ち込んでる訳にはいかないの!
【デッドマンズ・スパーク】を使って攻撃するわ
そして、仲間への攻撃はできるだけ【かばう】わ
大丈夫、【激痛耐性】があるんだもの、痛くないわ
本当は、怖いの
この壊れた姿を見て、みんなに怖がられてしまうのが
けれど、それがイフの支払える一番大きな【代償】
だから、あなたなんかには負けない!
ルーチェ・ムート
【光縁】アドリブ◎
キミはボク
ボクはキミ
キミのおかげ気が付けた
半端だと理解したからこそ
未来を選べる
キミはボクだろうけど
感情まで同一とは言わせない
このこころは、ボクの命だ
得てきた苦痛も幸福も
真似たところで本物には敵わない
ボクの命を賭して歌おう
ボク自身を詠ってみせよう
仲間のそっくりさんもいっぱい居るね
キミたちも、あくまで真似っこ
みんなの人生じゃない
見えないものは陽光蝶々で気配辿って
纏めて奪うよ
キミたちの魂を、
ねえ、ボク
血鎖で貫いて
鎖に込めたこころも、キミは知らない
知らないなら、扱えないも同じ
ありがとう、水底の迷子
お疲れさま!
大丈夫、何も怖くない
どんなこころも纏めて抱き締めよう
キミたちがだいすき
●
虚空から取り出した刃を手に、「相手が自分と同じ力を持っているのなら」と、零は考える。『虚刻の瞳』を使われて、呪術が通れば一巻の終わり。ならば相手の視界に入らなければ、そんな賭けはしなくて済むだろう。けれどここは水族館だ、水槽を前にした展示スペースに遮蔽物は置かれていない。仮にそんなものが在ったとしても、同じだけの暗殺技能を持つ相手に、かくれんぼが通用する目もほぼあるまい。
ならばどうするか。
「ったく、しょうがねぇなぁ」
夕夜はそんな計算を鼻で笑って、零の前で肩を竦めるように、両手を広げて見せた。ほんの一瞬だけ、彼の身体が壁になる。『敵』の力が発揮されたようで、その夕夜の時が止まる。それが認識できているという事は、零は呪いの対象に取られておらず、今自由の身。
さあこれで、逆にこちらが相手を止めれば。しかし相手も同じ、片方を壁にしてきたら? 綱渡りは続く。しかし決着は遠からずつくだろう。
●歌声の下
キミはボク。ボクはキミ。髪飾りの無い『彼女』を前に、ルーチェは恐怖の向こう、迷いの先へと一歩踏み出す。
「キミはボクだろうけど、感情まで同一とは言わせない」
このこころは、ボクの命。得てきた苦痛も幸福も、真似たところで本物には敵わないと彼女は言う。
「そう? でもボクはキミだからね。その苦痛も、幸福も、ボクの記憶にあるものだよ」
「じゃあ、試してみようか」
このこころを、命を賭して。ボク自身を詠い、歌おう。すう、と息を吸い込んで、彼女は歌声を紡ぎ出した。
光り輝く蝶を追うように、波紋はゆっくり広がり行く。この場には共に来た仲間達と、その『写し身』も存在している。それも結局は真似っこで、本物には勝てないのだとルーチェは歌う。――さあ、水底から生まれたお人形達、みんなどうか、ボクの声を聴いて。
蠱惑的で甘い歌声は、その魂を絡め取る。偽物の自意識しか持たない『彼等』は、容易にそれに惹かれていくことだろう。
けれど。
「そう、でも。ボクにだって歌えるんだよ」
キミはボクだから、キミの気持ちはわかるもの。前を向いたつもりになっても、キミは未だ迷子のまま。キミ達だってそうだろう? さあ、ボクの歌声を聴け。
低く、遠く、蠱惑的で甘い毒を垂らしたように、水底が昏く染まっていく。
響き渡る歌声は二つ。それに揺さぶられるように、リオンが側頭部を手で押さえる。戦うべきだとリオンは言う。しかし同時に、『彼』の言うことが事実であるという確信がその声を掻き乱す。それは糾弾などではない、悔やみ赦しを求める声であるからこそ、避けられぬものとしてリオンの中に響いていた。
記憶を失っていた、などと言い訳になるのだろうか。今のリオンは知っている、その過ちは決して赦される訳がない事を。ああ、だからこそ、どのような結末を迎える事になろうとも、後悔だけは決して、してはいけない。この手が汚れていることは変えられない、けれどその意味までも失われては――。
耳に届く二つ音色は、葛藤を生むその両方を助長して、激しい頭痛を引き起こす。そうして彼の記憶の底で、封じていた扉が、もう一つ開かれた。
――それは一人の為に全てを裏切り、その身を捧げた吸血鬼の記憶。欠片を繋ぎ合わせれば、確かな自分の姿が浮かび上がる。
その揺らめく青い瞳が、蒼に染まっていく。
「――俺とお前の違いは、殺す為の覚悟だ」
もはや迷いはないと、刃の輝きが『写し身』を指す。『Aufwachen Blaues Blut』、目覚めた同胞狩りの反逆者は、その眼で『彼』を捉えた。
「同じ咎人は、二人と要らない」
黒と銀、二つの剣が、同時に閃く――。
ああ、みんなの声が聞こえる。これはリオンの苦悩の声で、これはきっとルーチェの歌声。みんな戦っているんだと、イフは目の前の『お人形』に向き直る。花弁の嵐でさえも消しきれなかった、もう一人の『イフ』。なおも悲し気に眉根を寄せるその顔を、彼女は自分の涙に濡れた目で見据えた。
「イフの……あなたの願いを否定はしないわ」
呑み込み、沈めて、遮って、それでもそれはそこに在る。なかったことには出来ないのだと、イフはそう理解していた。
「でも、それを『だれにも言わない』って決めたのもイフなの」
そして、首を横に振る。
「だから、それを言葉にする、あなたはイフじゃない。イフの願いを、イフじゃないあなたには渡さない!」
目の前の『彼女』を否定して、それを取り戻すために、彼女は一歩前に出る。
「どうして? 『イフ』はイフなのに」
「違う。わからないけど、でも、あなたの中身はイフじゃないもの」
正しい理屈や、正確な根拠なんて示せない。けれど足を止めてはいられないのだと彼女は言う。だってこの歌声が、みんなの声が、きっとイフを呼んでいる。
掲げた彼女の右腕が、眩いまでの紫電を纏う。
「ねえ、やめて。そんな事をしたら――」
「――!」
『イフ』の顔が、恐怖に引き攣る。ああ、それもきっと水底の泥。この力を振るえば、イフ自身も無事では済まないだろう。どうせ直せる事だけど、人形の腕は壊れてしまう。その姿をみんなが見た時、果たしてどう思うか――。
「でも、イフだけこんなところで落ち込んでる訳にはいかないの!」
だから、あなたなんかには負けない。彼女は、恐怖の先へ踏み出す。
『デッドマンズ・スパーク』、薄暗がりを、眩い光が強く照らした。
●こころ
剣閃と炎、そして激しい雷撃が通り過ぎて、ドッペルゲンガーが二つ、その形を崩して消滅する。
「――どうして?」
そして、歌声が一つ途切れ、それを追うようにルーチェも歌を言葉に変えた。
「言ったでしょ、キミ達はきっと記憶も写し取っているんだろうけど……それは、結局キミ達のものじゃないから」
直接味わったわけではない、そこにはきっと、こころが足りないのだと。
「そんな事は――」
「でも、ねえ。この鎖に込めたこころだって、キミは知らない」
ゆらりと紡がれる真紅の鎖。いつか彼女に架けられたそれと同じ、愛しき紅色。想像力の具現化によるそれも、『写し身の彼女』では紡ぐことさえできぬまま。
絡む鎖で縛られて、なおも抵抗しようとする『彼女』の前に、フードの少年が、そして蒼い眼のリオンが立つ。
「キミは……?」
「……協力するよ」
「俺も手を貸そう」
そうして、『ルーチェ』もまた、刃に貫かれ、消えていく。
――形を崩していく『それ』へ、ルーチェは小さく礼を告げる。
それは傷口を抉るための攻撃で、動揺を誘う呪いのようなものだったのかもしれないけれど、そのおかげで気付けたのだと、彼女はそう感じていた。矛盾していると、半端だと理解したからこそ、未来を選べるのだと。
ありがとう、水底の迷子。
「終わった、か」
戻った静寂の中、リオンはその刃を収める。蘇った記憶と共に、彼はこの先も歩んで行かなければならない。
「零、無事だったんだね!」
「ふふ……皆さんも無事で何よりです」
そうして零も合流し……おずおずと後ろに下がっていたイフの前に、ルーチェが歩んで行く。
「えぇ、と……」
右腕を隠したままの彼女が、何か言葉にする前に、ルーチェは彼女を抱き締めた。
大丈夫、怖くなんてないからね。そうして残りの二人も抱きしめて。
――選ぶことはまだできなくても、分かっていることが一つだけ。
みんな無事でよかった。お疲れ様。
ボクはキミたちのことがだいすきだよ。
大成功
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蘭・七結
おんなじ貌の鬼
高圧を保つおもてが崩れてゆく
そんな表情もできたのね
おねがい、――して
ゆるしてほしい
アイしてほしい
鬼が泣いて乞う
左の眸からなみだが溢れる
その鬼はただの子どもだった
ひとつきりの戀だけを抱いて常夜の果てで凍えていた
かさねた罪は消えることはない
胸に刻んで歩むことしか出来ないけれど
人にゆるされた
人に愛された
人が宿すぬくもりの意味をしった
つめたいあなたをすくいたい
――“もういいよ”
人に赦されなかったナユを
ひとに成れたなゆが赦すわ
あなたをあいすると、この花に誓う
人とはたがうとがり耳にも牙も爪も
隠すのは終いとしましょう
昏いみな底から脱却しましょう
このいのちを生きてゆくために
嗚呼、あなたに逢いたい
●閼伽
自分とおんなじ貌の鬼。自分の求めるままに振舞えと、それこそが美しいのだと論じた『それ』が、表情を変えるのを七結は見た。
仮面が落ちるのとはまた違う、ただ崩れていくその様子。ああ、そんな表情もできたのねと、彼女は少しだけ意外に思う。
「おねがい、――して」
零れ落ちたのは懇願する言葉。ゆるしてほしい、アイしてほしいと、『彼女』は泣いて乞う。けれど求めるその言葉は、生命を蝕む猛毒となり、世界をあかく染め上げていく――それは、凶悪なる生き物、『鬼』の姿。
けれど、左の眸からなみだを零す、先程までの、誇り高く威圧的な態度とは打って変わったその貌は、ある種の純粋さの顕れを感じさせる。
今の七結ならば理解できる。この『鬼』は、ただの子どもだったのだと。
ひとつきりの戀、身の内の力と罪を抱いて、常夜の果てで凍える子ども。結局のところ、それが『彼女』なのだと。
七結は『写し身』の言葉を思う。拒絶こそすれ、それが心の奥底より生じたものであるのは事実。
かさねた罪は消えることなく、胸に刻んで歩むことしか出来ないだろう。
けれど、彼女は人にゆるされた。彼女は人に愛された。人が宿すぬくもりの意味も、今の彼女なら知っている。
ここで「ゆるしてほしい」、「アイしてほしい」と泣く『鬼』が、赦されなかったナユであるとするのなら。ぬくもりを知らぬつめたい『彼女』を救いたいとなゆは思った。
だから。
「――もういいよ」
その手を取って、抱き締める。人に赦されなかった『あなた』を、ひとに成れたなゆが赦しましょう。そして『あなた』をあいすると、このあかい花に誓いましょう。
甘い毒と、あかいろに沈んだその場所で、彼女は言う。
人とは違うとがり耳も、牙も爪も、隠すのはこれでお終い。この昏い水底から出ていきましょう。
自分の足で立ち上がった七結は、あかい、あかい世界を後にする。
ありのままに、そして慾ではなく、望みのままに、ひととして。このいのちを生きてゆくために。
――嗚呼、あなたに逢いたい。
大成功
🔵🔵🔵
橙樹・千織
…そう、いなかった
いいえ、本当はいたかもしれない
けど、言えなかった
言わなかった
そうしたのは…私
普段のゆるい口調も
笑みも無い
目の前の敵を見据え
破魔とオーラ防御を付与し刃を構える
『彼らにも言わないつもり?』
……。
『またそうやって逃げるの?』
……。
『臆病者』
…言いたいことは、それで全部?
私がどうするかなんて、お前には関係無い
討ち合いながら投げつけられる言の葉は尚も核心を突いてくる
相手が自分自身だというのなら考えるだけ無駄
全力で本能のままに迎え撃つ
“記憶”のことは
いつか話せる日が来ればとは思う
あの人達なら、と思っている自分がいるのも確か
でも…
最後のは別
あの子をひとりにしてしまった私が
言えるわけ、ない
●言えない、言わない
「それで? この事を打ち明けられる人は居た?」
邪に笑う『彼女』の言葉に、千織は口を噤んでしまう。胸に抱いた秘密と、過去。答えるまでもないだろう、それは今、こうして水底から現れたのだから。
――本当は、打ち明けられる相手もいたかも知れない。けれど、それを試そうとはしなかった。その可能性を考えることも避けてきた。
言えなかった……いや、言わなかったのだと、千織はそう自覚する。
「そう、ね」
口を開かぬままの彼女に、『千織』は悲し気に、憐れむように眉根を寄せた。
「良いのよ、あなたが悪いわけじゃ、ないものね」
「……!」
聞きたくない、自分に対する慰めなんて。のんびりとしたいつもの口調も、柔らかな笑みも掻き消して、千織は『敵』を見据えて一歩、踏み出した。
携えたその薙刀に、魔を祓う力が宿る。
一方の『彼女』はそんな様子にわざとらしく溜息を吐いて見せて、同じ刃を手に取った。
両者の実力は、正しく互角。互いに互いの動きを見切り、凌ぎ、刃を交わす。黒鉄の刀身は、まるで鏡合わせのように。命を奪り合う両者の剣舞は、まるで一対のものであるかのように。
そんなやり取りの中でも、『千織』は言葉を控える事無く。
「彼らにも言わないつもり?」
「……」
「またそうやって逃げるの?」
「……」
一方の千織は黙ったまま。返答を拒む彼女に、「臆病者」と言い置いて、『千織』は鋭く刃を走らせる。それを柄で受け、危ういところで滑らせながら――。
「……言いたいことは、それで全部? 私がどうするかなんて、お前には関係無い」
「そんな言い方はないでしょう? 『私』はあなたで、あなたは『私』よ」
口を開いた千織に対して、『敵』はより動揺を誘えると見たか、さらに言葉を重ねる。
そう、『敵』の言葉を相手にせず、関係無いと断じた彼女の刃は、それでもどこか精彩を欠いていた。
「あなたも言ってみればいいわ。受け入れてもらえるかも知れないわよ?」
自然と防戦に回っていた千織の、噛み締めた奥歯に、少しだけ力が入る。
――そうだ、いつか話せる日が来ればと、そんなことを思っている。
あの人達なら、きっと大丈夫。共に日々を過ごす中で、信じても良いのではないかという思いは、知らぬうちに高まっていたものらしい。
あと一歩押し込めるだろう、そう見立てた『千織』は、さらに踏み込む。が。
「それに、わかってくれるかも知れない。あれは、私のせいじゃ――」
「それは、駄目」
え、と目を丸くした『写し身』の首が、傾く。
突如鋭さを取り戻した刃は、目にも止まらぬ速さでそれを落としていた。踏み込んだ先にあったのは、触れてはいけない一線。揺らぎとは無縁の昏い決意。
――あの子をひとりにしてしまった私が、言えるわけ、ない。
訪れるのは再びの静寂。浮かび上がった水底の澱みは、また同じ場所へと沈んで行った。
大成功
🔵🔵🔵
花房・英
こいつお喋りだから、いらないこと言い始める前にさっさと始末する
無銘まで真似られんの気に入らないな
…素手で殴るか
攻撃は避けない
普段ならもう少し考えたような動きをするけど
今は半ば自棄のように見せかけて
近接戦闘重視、拳で殴ったり足で蹴りあげたりする
あんたが俺の思考まで真似て動くなら、これは予測出来ないだろ
あんたが言うように、俺は“化け物”の俺が嫌いだからな
ゼロ距離から、腕を銃口に変化
攻撃力を重視した捨身の一撃
普段は絶対に使わない
けど、俺にもっと自分を好きになってやれって言ってくれたやつがいるから
この力を受け入れるし、卑屈な自分にも負けたくない
●裡にあるもの
「俺はそんなにお喋りになったつもりはない」
すらすらと言葉を並べる『自分』に告げて、英は前へと踏み出す。既にいらないことを散々口にされている。さらに突っ込んだことや、突拍子もない事を言い出す前に、さっさと始末するべきだろう。
しかし、隠し持ったナイフに手を伸ばし掛けたところで、思い止まる。刀身に装飾の施された、無銘の刃。それまで写し取られるのは、気に入らないなと拳を固めた。
「そうだな、出来るものならもっとうまく喋って――」
右フック。それ以上口を開くなとばかりに拳を叩き込み、英はそのまま追撃にかかる。いつものように戦術を組み立てるのとは、一線を画した強引な攻め。至近距離での格闘戦に持ち込んだ英は、『相手』の放つ反撃の蹴りを、貫手を、最低限の防御のみで受けて、攻めに徹した。
『敵』の軸足に靴裏を叩き込んで、ふらついたところに固めた拳をハンマーのように叩き下ろす。力ずくの凶行に、『英』はまだ付いていけていないようだが。
「自棄にでもなったか――?」
舌打ち混じりにそう吐き捨てる。その鼻先にもう一度拳を打ち込んで。
「いや、あんたが言うように、俺は“化け物”の俺が嫌いだからな」
つい力が入ってしまう、と。どこまでも平坦な声音で伝える。それは、半分は本当で半分は出任せだ。
半ば真実であるがゆえに、『英』は自然とそれに納得し、迎え討つように自らも近接戦闘を挑んでくる。打撃戦から組み合いへ、さらに間合いを詰めてきたそこで。
がちゃりと重い音を鳴らして、英の腕から銃口がその姿を露にした。
「なッ――」
ドッペルゲンガーが驚愕の表情を浮かべる。そう、英は、バケモノたるその身体を嫌っているはずなのに。
改造の末に得たような内臓武器など、忌避し、使ってはこない……はずだった。
「――ああ、普段は絶対に使わねえよ」
『彼』の驚愕にそう応えてやりながら、英は間髪入れずに引き金を引く。その内臓武器が火を噴いて、致命的なまでに後手に回った『英』の身体を貫いた。
どういう心境の変化かと言えば――内容は単純なもので。
「けど、もっと自分を好きになってやれって言ってくれたやつがいるから」
だから、この力を受け入れてみた。結果はひとまず、上々というべきか。
打倒したかった卑屈な『自分』が、恨みがましい眼でこちらを見ながら消えていくのを、彼はしばし見送る。
きっとこれからも、向き合っていかねばならない自分の一部は、硝煙を薄く燻らせていた。
大成功
🔵🔵🔵
斬断・彩萌
はぁ~、自分自身と戦うって状況、私は割と嫌いじゃないけどねぇ
クロちゃん出番よっ!闇の衣で銃弾を吸収、これで遠距離武器は塞いだわ
あとは私の近接格闘に掛かってる……云っとくけど、自己流とはいえかーなり極めてるからね、私
「諦めたらどうだい」
何て言われたら、こう言い返してやるわ!
「諦められるほど温い戀してない」
ってネ
誘惑も、手招きも、そんなもの全部弾き飛ばしてやるわ
私が縋りたい手は鋼の腕、冷たくて暖かい彼の腕
だから屠って散って舞わせてあげる
Oracle、あっちも多分銃弾は効かないでしょうから私たちが行くわよ!
一閃、闇を切り裂いて急所を狙う
私の代わりはいらないわ、消えなさい、影!
●その手
はぁ、と深く溜息を吐いて、彩萌は頭の中で自分と相手の姿を比べる。これは自分自身との戦いだ。知らぬ仲ではなく、実力の拮抗した敵――そういう意味ではやりがいもあるだろうか。携行武器の一つ一つ、一人一人をおさらいして、敵を見据えた。
「クロちゃん出番よっ!」
足元の影が波立ち、闇色のそれが応える。そんな様子を微笑んで見遣りながら、『彩萌』はリボルバーを取り出し、片手でトリガーを弾く。放たれる弾丸を沸き立つ闇が受け止め、呑み込んでいく中、彩萌は『敵』の懐までを一息に走破する。これは恐らく相手も織り込み済みだろう、銃弾を無効化できる装備もお互い様なのだから。そうなれば、当然選ぶ武器は。
「Oracle、行くわよ!」
伸縮自在の光の剣が、闇を切り裂き首を狙う。近接格闘はかなり極めてる、という自己評価に相応しい動きで、『写し身』もまたそれをぎりぎりで躱して見せた。敵の振るう軌道を読んで、こちらの光の剣を打ち込む――それを双方同時に狙った結果は、互いに掠り傷を負う程度。
想定通りの互角の戦いの中、相対した『彼女』が笑う。
「ねぇ、勝ち目があると思ってる?」
「負けるつもりでやってないわよ、当然でしょ」
「でも薄々分かってるわよね。私はアンタで、アンタは私なんだから――」
「勝手に理解者面しないでくれる?」
足払いを避けて、踏みつける様に足技で反撃、隙を伺う小競り合いの中で言葉は交わされるが。
……さて、これは何の話だ?
「諦めたらどう? 男なんて他にいくらでも居るでしょ」
「うるさい、諦められるほど温い戀してないわよ」
同情も、手招きも、途中離脱のお誘いも全てお断りだと、彼女は首を横に振る。縋りたいものがあるとするなら、それは冷たくて暖かい、あの鋼の腕だけだ。
髪飾りの乗ったそれを指で払って、力をその手に。
『Killing Salvation』、神託の名を冠するそれが強く光を放つ。それは水底を照らし、闇を切り裂き、そして。
「私の代わりはいらないわ、消えなさい、影!」
一閃。光の刃が、『敵』を両断、形を失った影を完全に掻き消した。
大成功
🔵🔵🔵
ユルグ・オルド
そう、音にしたトコで変わんないんだから
黙ってろ、ッつったんだよ
勢い振り抜いたところで当たるわけもなし
向かい合ってお喋りするよか幾分マシで
同じ軌道で同じ速さで
感情の振れた分だけほんのちょっと読み違う
舌打ち一つで吐き捨てる
手伸べるために、
――莫迦じゃない
呼ばれただろう
――どうだったかな
返してやるのも莫迦らしくって
引き結んだままで聞こえない振り
今までだってそうしてきたろう
忘れたって笑えたろ、今までも
刃の本分に不要だコト
真直ぐ、討ちに駈けこんで
弾く軌跡をお行儀悪く蹴飛ばしに
ほら、拘ってっと足元掬われるよ
振り抜くのに迷いはなくて
砕く水面に笑う顔は、さてどっちのもんだったろう
●斬り裂くもの
言葉の続きを断ち斬るように、湾刀が振り抜かれる。
そう、そんなもの音にしたところで変わらない。だから黙っていろと意思を示す。けれど彼も自覚している通り、勢い任せのそれが、『敵』を捉えることはない。
「おや、そうか? 音にしなければ無いのと同じ――そんな風に考えたことは?」
きっとそれはいつもと同じ、余裕を示すようなその笑みは、向かい合って見ると中々憎たらしいもので。向かい合ってお喋りするより少しはマシかと、ユルグは空いた距離を詰めるように、さらに踏み込む。鏡合わせのように、二人の刃が交錯。
「――!」
同じ軌道、同じ速さ。だが感情の振れが乗ったように、ぶれた刃が弾かれる。流れた体を引き戻すように、体勢を立て直しながら舌打ちを一つ。そうしている間にも、当然『ユルグ』は迫っていた。
笑みの形に歪んだ口が、斬撃と共に言葉を紡ぐ。
「手伸べるために、」
――莫迦じゃない。
「呼ばれただろう」
――どうだったかな。
石を投げ込まれた水面には、波紋の如く言葉が浮かぶ。けれどそれを音にしないまま、ユルグは唇を引き結んだ。
だんまり。聞こえない振り。きっとそれは今までと同じ。ずっとこうして、気にもしないようやり過ごしてきた。「忘れた」と笑えた。こんなものは、刃の本分には不要だ。
「聞けよ、ユルグ・オルド」
返事の代わりに強く、地を蹴り付ける。真っ直ぐに、最短距離で駈けこめば、迎撃の刃に横から蹴りを叩き込む。斬撃の軌道を無理やり逸らして、地を踏み鳴らすようにしてもう一歩。
――ほら、拘ってっと足元掬われるよ。
結局そんな軽口も、結んだ唇には上らぬままで。
刃であることに徹したシャシュカは、迷いもなく真っ直ぐに、美しい軌跡を描いた。
揺れる水面。静寂。果たしてそこに写る、笑った顔は、果たしてどちらのものだったのか。
大成功
🔵🔵🔵
鷲生・嵯泉
言葉を掠め盗った次は姿という訳か
だが生憎と過去の残滓如きに渡す程、我が身は廉くは無い
不快な其の遣り口への返礼、確と受け取るがいい
自身がどう動くかなぞ考える迄も無く判る
ならば――遮斥隕征。無駄の意味を教えてやろう
コードの効果を無効化し“相殺”したならば
残るは化けの皮の剥がれた愚か者のみ
第六感に因る動きの先読みでもって攻撃は見切り躱し
なぎ払い使ったフェイントで隙を作り、怪力乗せた斬撃を叩き込む
あの時……己の望む死よりも、願われた生を選び取った
あの瞬間から『其の言葉』を口にする権利は私から消え失せている
其れを口にした瞬間から、お前は私の写しですらない
唯の過去の亡霊――疾く潰えろ、目障りだ
●まがいもの
「言葉を掠め取っただけでは、飽き足らぬか」
抗うように刀を抜いた『写し身』に、嵯泉は冷徹な声音で告げる。
「だが生憎と過去の残滓如きに渡す程、我が身は廉くは無い」
切っ先の指す『敵』の姿に、鋭い視線を送りながら。――さあ、不快な其の遣り口への返礼、確と受け取るがいい。
『自身』がどう動くかなぞ、考える迄も無く判る。だが、それは相手も同じこと。同様の武器で、同じだけの膂力と技量で挑み来る『嵯泉』は、強制的に互角の戦いに持ち込んでくる。そして、その言葉に対する動揺から、勝利を掠め取ろうとしてくるようだが。
「――」
「黙れ」
機先を制するように、嵯泉はそれを遮った。忸怩たる思いが、そこにはある。
そう、あの時、己の望む死よりも、嵯泉は願われた生を選び取った。その選択をした瞬間から、『其の言葉』を口にする権利は消え失せているのだから。
「其れを口にした瞬間から、お前は私の写しですらない、唯の過去の亡霊だ」
断固たる決意は、技量の上を超えていく。敵の振るう刀を、受けた嵯泉の剣が弾く。生じた隙を逃さず詰め寄り、煌めく刃が『まがいもの』を裂けば、秘めた術式がその力を発揮する。ユーベルコードによる力を無効化、その一太刀は、敵の真の姿を暴き出した。
『嵯泉』だった形は崩れて、残るは不定形の泥のような、変身する前のドッペルゲンガーの姿。
「――疾く潰えろ、目障りだ」
刃がもう一度閃いて、その身体を両断した。
大成功
🔵🔵🔵
ファルシェ・ユヴェール
赦された、とは思っておりません
私は恩ある彼等に、何ひとつ報いる事が出来ませんでしたから
然し、恨まれているとも考えてはおりません
最早問う事も出来ぬ彼らの答えを
決めつける事こそ冒涜でしょう
独白の続きめいた、己に言い聞かせる言葉
想い人や友もまた
過去を知ればどう思われるかなど
勝手な想像を巡らせるのは失礼にあたります
彼等の心は彼等のもの
私は、受け入れる覚悟さえあればよい
『彼』を映す瞳の奥に
この身に混じる半分の、ヴァンパイアの血が鮮やかな朱を差して
対等の力と姿
けれど相討ちも辞さぬ存在ならば、むしろ与し易い
私の得手は本来、先に仕掛けさせて落とす受身の戦い故に
――嗚呼、今日の土産は無傷で持ち帰りたいものです
●覚悟
水の底から浮かんできたそれは、ファルシェに後ろを振り向かせる。歩んできた道行き、過去の光景には、闇ばかりが広がっている。
「赦された、とは思っておりません」
暗澹たる記憶の程を眺めるようにしながら、ファルシェはそう口を開いた。
今まで出会ってきた、恩ある彼等に、何一つ報いることは出来なかった。けれど。
「しかし、恨まれているとも考えてはおりません」
彼等がどう思っていたか、真実はもはや問う事もできない。だからと言って、それを決めつける事こそ、赦されぬ冒涜。
それは答えと言うよりは、独白。自らに言い聞かせるようなものだった。
「そして――私の友人達が、この過去を知りどう思うかも、勝手な想像を巡らせるのは失礼に当たります」
「……ああ、優しい答えですね」
耳に残る響きを味わうように、『ファルシェ』は微笑んだ。
「心が安らぐ思いです。なんて、私に都合の良い」
欺瞞だ、と言外に断定するそれに、水底からの言葉に、彼は抗う。
「何と言われようと、彼等の心は彼等のものです」
そこはファルシェの手を出していい場所ではない。首を横に振って答える。ただ一人で疑い、邪推し、自責を続ける事に意味など無い。それこそ自己満足にしかならないのだから。
「私は、受け入れる覚悟さえあればよい」
きっぱりと、そう告げる。自らの『写し身』を見据えるその眼に、鮮やかな赤が宿った。
彼の中を流れる内の、半分。ヴァンパイアの血が目を覚ます。それと同時に、目の前のファルシェもまた、同じ力を解放した。
仕込み杖から刃を覗かせ、襲い来る『ファルシェ』を迎え撃つ。相手がこちらの断罪を望んでいるなら好都合、先に仕掛けさせ落とす戦い方こそが、彼の得手とする手段なのだから。
実力は互角、ならばここで勝敗を分かつのは、戦法への習熟度になるだろう。
苦戦はスレ度、負けはしない。『自ら』を相手にさえ値踏みをしながら、彼は思う。
――嗚呼、今日の土産は無傷で持ち帰りたいものだと。
大成功
🔵🔵🔵
ヴィクトル・サリヴァン
技まで複製なんてほんとよく出来てるね。癇に障るだけだけども。
好き勝手言ってくれたお返しの時間だ。
同じUCで仕掛けてくるから銛に注意。
初撃さえ外せれば大丈夫。高速詠唱から水属性の魔法で水壁作り銛を逸らし防ぐ。
まあ向こうも弾かれた瞬間に水の縄等で手元に引き戻すとかもあるからそこまで警戒。
凌いだら一気に近づいて逸らしようのない距離から銛を叩きつけるよう投擲、UC発動。
…暗い想いも俺のだってわかってるよ当然。
影との戦いは生きてる限りどこまでも続く、打ち克ったと思ったらそこで負け。
いつかは影が膨れて潰される時もあるかもだけどそれは今じゃない。
振り向いても立ち止まらず、進むだけだよ。
※アドリブ絡み等お任せ
●終わることなき
怪異から成るもう一人の自分、『ヴィクトル』が銛を振りかぶるのを、ヴィクトルはしっかりと見据え、迎え撃つ。その剛腕から放たれた銛は、分厚い彼の肉体だろうと容易く貫くことだろう。そして『敵』が、同じ技を使えるのだとすれば――。
しかし、それならばと、脅威を前にヴィクトルは素早く詠唱し、水の壁をその場に生み出す。瞬間、迫る銛を受け止めて、透明な壁は瞬時に弾け飛んだ。即席のそれは、やはりあの銛を止めるには強度不足だったようだ。しかし角度を付けて、その軌道を逸らせれば今は十分。
銛が外れたのを見た『ヴィクトル』もまた、水を操り縄として、投げ放った銛を引き戻しにかかる。牽制も兼ねているであろうその縄を跳び越え、ヴィクトルは『敵』を狙う。その巨体を構成する筋肉を十全に使い、自らを思いきり前へと運ぶ。一瞬とはいえ、水中と見紛う程のスピードで接敵、極至近距離に至った時には、銛を振りかぶる体勢が出来ていた。
引き絞られた弓のように、しなやかに力強く。発射された銛は、この距離ならばもはや回避も防御も不可能。
「好き勝手言ってくれたねぇ」
これはお返しだと、突き刺さった銛を見ながら彼は言う。初撃を回避できたか、できなかったか、それが決定的に勝敗を分ける。
弾け飛んでいた水滴が、また急速に形を成す。『大海より来たれり』、水より生み出された、巨大で透明なシャチは、突き刺さった銛を目印に大口を開け、『ヴィクトル』へと喰らい付いた。
「……暗い想いも俺のだってわかってるよ、当然」
巨大な顎に咬み千切られ、溶けるように消えていくドッペルゲンガーを見送りながら、彼はぽつりとそう漏らす。
内なる影との戦いは、生きている限りどこまでも続く。打ち克ったと思ったらそこで負けだ。
そう、この日の戦いとて、完全な勝利とは言い切れない。いつか、影が膨れて潰される時もあるかも知れないが――。
少なくともそれは、今ではない。一度振り向いたが、立ち止まる事なく。ヴィクトルはまた、この先へと歩んで行く。
大成功
🔵🔵🔵
呉羽・伊織
【白】
お前との堂々巡りはもう良い
仲間との雑談の続きがあるんでな
“結局そうして本性をはぐらかしたまま
仲間に縋って甘え続けたまま
嘗てと同じ道を辿る気か”
そんな言葉が響けど構いやしない
あと余計な茶々入れも!
それでも進む
後ろめたいお前を抱えて、越えて
少しずつでも前向きに、変えに行く
仲間とは死角等守り合い連携
どんな時も共に並ぶ姿にそっと感謝しつつ、切先は己の其のみに
敢えて烏羽・妖剣解放で挑み
呪詛は耐性と覚悟で受け止め
取柄の搦手でなく、常はなさぬ真向勝負
正面切って向き合い、片を付ける
…いやー、何か色々滲み出ちゃったケド
お手を煩わせないよう頑張るんで今後もヨロシク、なんて!
やっぱ皆、笑顔が一番らしいよな!
千家・菊里
【白】
ええ、俺もにらめっこはお腹一杯
それより皆との談笑が大事ですので
『そんな風に装って、本当は――』
くどいですね
妙なものはもう一度奥底に収めましょうか――何、どんなどろどろも今一度ちゃんと消化してやりますよ
あと俺は喩え甘えられても甘やかす気はないのでご心配なく(妖狐の習性など知らぬ顔で厳しく横槍)
防御は連携し確りと助け合い、付け入る隙など与えず
攻撃は迷わず己の影へと集中し、この手でけじめを――楽しい時間の続きを紡ぐべく
虚ろな怪異は骸の海の底へ
滲んだ胸裡は再び我が内へ
盛大に燃やし照らして送り還す
おや、既に手を焼かせっ放しでよく言いますねぇ
まぁ見ていて面白いので良しとしますか
ふふ、では笑顔で再び
筧・清史郎
【白】
お前に言われなくとも、己の事は俺自身分かっている
なのでもう、何の興味も湧かないな
俺は確かに、今が楽しければそれでいい
そして友と過ごす時間は楽しいが
お前とはこれ以上戯れたところでつまらなそうだ
友と語り合い、やりたい楽しい事も沢山ある
早々に退場して貰おうか
俺達の写しか
だが、写しにはできない事
それは仲間と共に戦う事
皆と連携し庇い合い、立ち回ろう
俺は己の相手を
仲間との連携で生じた隙を見切り【百華桜乱の舞】
そして二回攻撃仕掛け、蒼桜綴抜き容赦なく斬り伏せよう
相手は己、攻撃の手の内も知れたところ、見切り躱し扇で受ける
色々とお互い様だからな
だがそれもまた楽しい(微笑み
さて、これから楽しく仕切り直そうか
●並び立つ
「お前との堂々巡りはもう良い。仲間との雑談の続きがあるんでな」
「ええ、俺もにらめっこはお腹一杯。それより皆との談笑が大事ですので」
それぞれの『写し身』を前に、伊織と菊里は同じようにして、これ以上のやりとりを拒否する。
「そんな風に装って、本当は――」
「くどいですね」
それでもなお言い募ろうとする『菊里』に、短く返す。『自分』を相手に平行線の会話をするほど空しいものもないだろう。会話はそれで打ち切って。
「妙なものはもう一度奥底に収めましょうか」
――何、どんなどろどろも今一度ちゃんと消化してやりますよ、と笑ってみせる。
そして一方の伊織もまた、『写し身』にさらなる言葉を投げかけられていた。
「結局そうして本性をはぐらかしたまま、仲間に縋って甘え続けたまま、嘗てと同じ道を辿る気か」
追及の声。だが宣言通り、伊織はそれを相手にしない。しなかったが。
「別にそこまで甘やかす気はないのでご心配なく」
菊里の口出しにひくひくと眉が動く。とにかく、努めて平静な顔をしたまま、伊織は『自分』へと向かう。
何を言われようとも、仲間から茶々が入ろうとも、後ろめたい思いも抱えて、越える。少しずつでも前向きに、変えて行くのだと決めたから。
そんな様子を、いつもの笑みで見遣りながら、清史郎が隣に並ぶ。彼にとっては、わかりきった言葉を並べ続ける『自分』より、こちらの方がよほど興味深いものらしい。指摘の通り、今が楽しければそれで良いのだから、退屈なものと戯れる道理はないのだと。
「まだやりたい楽しい事も沢山ある。お前達には早々に退場して貰おうか」
鏡合わせのように並んだ『三人』へと、清史郎が抜き放った刃を向ける。
「俺達の写し、か。実力は同じなのだろうが……」
しかし、『写した』だけでは足りないものがある。清史郎の言葉に、伊織もまた頷いた。
こうして共に並ぶ姿に、浮かび上がるこの感情。わざわざ口にはしないが、その喜びや感謝までは、写し取れはしないだろう。それは個々人の繋がりであり、戦いにおける連携、言わずとも通じるというその事実は、戦闘においていかに重要か。
同時に動いた三人は、各々自分の『写し身』を相手取る。こうして死角を補った上で、互いに互いを庇い合い、仲間への攻撃を通さぬようにすることで、『敵』の付け入る隙を与えぬ構えだ。
共に戦う者を信じれば、あとは目の前の相手に集中できる。伊織は音も無く抜いた黒い刀身の刃を手に、『自分』へと挑む。
ふ、と気を入れ直すように息を吐く。今回ばかりはいつもと違い、暗器には手を伸ばすことなく、両の手で握った刀の力を解放した。
正面切って、向かい合った『自分』が、戸惑う様子が見て取れる。搦め手ではない真向勝負に、伊織を写し取った『彼』の反応が遅れる。
「そちらには行かせませんよ」
せっかく彼がやる気を出したのですから、と笑って、菊里は注意の逸れた『己』へと炎を差し向けた。
この手でけじめを――楽しい時間の続きを紡ぐべく。虚ろな怪異は骸の海の底へ、滲んだ胸裡は再び我が内へ。しるべの如く赤々と燃えた狐火が、ドッペルゲンガーを呑み込んだ。
それと時を同じくして、伊織の刃が『自ら』を斬り伏せる。拮抗していた時は、その一瞬で覆った。――そこに動揺が顕れるあたり、所詮この『写し身』は清史郎足り得なかったのだろうと、彼は目の前の『敵』に見切りをつける。この一瞬、この一時、彼の眼にはそこは探すまでもなく隙だらけの様子が映っていた。
「躍り咲け、八重桜」
蒼き刀が抜き放たれれば、桜の花弁が舞い踊る。咄嗟の反撃を余裕を持って扇で流し、より一層華やかに咲いた桜の中で、蒼の斬撃が走った。
形を失ったドッペルゲンガー達が消えていき、そこにはまた静けさが戻る。
「……いやー、何か色々滲み出ちゃったケド」
刀を鞘に納めて、伊織が首の後ろを掻きながら、二人の方、大事な友人達の方を振り返った。
「お手を煩わせないよう頑張るんで今後もヨロシク、なんて!」
「おや、既に手を焼かせっ放しでよく言いますねぇ」
菊里の一言に、うげ、などとわざとらしい悲鳴を上げながら。
「そこをさ、ほら、何とか……」
呻く彼の様子に、菊里と清史郎が笑みを浮かべる。
「まぁ見ていて面白いので良しとしますか」
「ああ、それに、色々とお互い様だからな」
だがそれも楽しいものだと言う清史郎に、頷いて。
「さて、これから楽しく仕切り直そうか」
「やっぱ皆、笑顔が一番らしいよな!」
「ふふ、では――」
参りましょうかと菊里が言う。そうして笑い合いながら、三人は戦いの場を後にした。
大成功
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薬袋・布静
【徒然】
…っとに、敵わんわあ……
強いな、俺の女は
―だから、縋ってしまう
せやから選んだ女や
内に抱えたモン全部受け入れてまう
許容力バグっとる阿呆な女
面倒だと離れずに真正面から向き合う奴や
手放す以前にな、目を背こうとも逃げれんのは俺の方やし
捕まえたんやなく、捕まったんは俺や
ひとりン時より勝手に死ねんのだわ
【海恕】で覆い流す
己の内の事など理解しとる
自身への“怒り”を利用しよか
例え同様に撃ち返されようとも今は酷く気分がええ
どんな本音が溢れようとも平気や
阿呆やけどカッコええ八千代が居るからな
【潮煙】の青煙に痺れ薬と毒を仕込ませ
宙を游ぐホオジロザメを呼ぶ
ニセモンがホンマモンに敵わんの
自分がよう理解しとるやろ
花邨・八千代
【徒然】
ふざけんなよ、よくも俺の顔でそんな泣き言ほざきやがって!
ぎゃあぎゃあと耳障りなんだよ!
掴みかかるのは俺の偽物だ。
首でも髪でも、掴めればどこだっていい。
怪力任せの【落花】だ、一言もしゃべれねぇようにしてやる!
全部納得した上で傍に居ること選んだんじゃねェか!
腹に収めりゃずっと一緒だなんてくっだらねぇ!
生きてなきゃ意味がねェんだ、何もかも。
死んだり殺したりなんざぜってー嫌だ。
だって俺に全部くれるって言ったんだぞ。
だから俺と一緒に生きてくれなくちゃだめだ、絶対に。
俺ァな、布静がよぼよぼの爺さんになってから畳の上で大往生させるって決めてんだよ!
こんなとこで死ぬなんざあと80年早ぇ!
●鬼女
は、と吐いた息が、獣のそれのように低く喉を鳴らす。羅刹の赤い瞳は、既に怒りに濡れていた。
「ふざけんなよ、よくも俺の顔でそんな泣き言ほざきやがって!」
怒声の向いた先は、当然彼女の『写し身』だ。ぼろぼろと涙を零して喚く『彼女』に向かって、思い切り地を蹴る。
床にひび割れを生じさせながら急速に接近した八千代は、止まることなく『彼女』の髪をひっつかみ――。
「ぎゃあぎゃあと、耳障りなんだよ!」
腕力に任せて、全力で振り回す。地面から引っこ抜かれるようにして宙を舞った『彼女』は、何度も床に叩き付けられることとなる。しかし、その涙で濡れそぼった瞳は、変わらぬ力を宿したまま八千代を見ていた。
それを怯まず負けじと睨み返して、八千代は言う。
「全部納得した上で傍に居ることを選んだんじゃねェか! 腹に収めりゃずっと一緒だなんてくっだらねぇ!」
生きてなきゃ意味がねェんだ、と吠えたそれに、『八千代』は顔を上げた。両手で掴んだ自らの髪を、そこで引き千切って拘束を脱する。
「黙るのはテメェだ! 生きてりゃ良いってんならそりゃ結構だけどな、俺のものになんなきゃ意味がねェだろうが!」
そしてそのまま地を蹴って、八千代に向かって殴りかかった。とてもそうは見えない細腕が、容易く地を穿つ威力で以て振り下ろされる。だが、こちらも同じ剛腕で、無理矢理それを受け止めて。
「だから殺すってか!? 極端なんだよ! そんなのぜってー嫌だからな!」
「あァ!? ビビってんのか日和ってんのかどっちだテメェ!」
拳は開かれ、十指と十指が互いに絡み合い、純粋な力比べが始まった。
「どっちでもねえ。あいつは俺に、全部くれるって言ったんだぞ」
掌が合わさり、指が絡まるそこで、互いの腕がみしみしと鳴る。強靭な筋肉と骨が、不快な悲鳴を奏で始める。それでもなお、八千代は燃える瞳で『敵』の眼を見る。そして、尖った歯をきつく食いしばった『彼女』に告げた。
「だから、俺と一緒に生きてくれなくちゃだめだ、絶対に」
「――はッ」
『八千代』は、それを鼻で笑った。
「信じてんのかよ。あんなのは、耳の触りが良いだけの――」
黙れ、と。八千代はそこで、額を『敵』へと叩き込んだ。鮮やかで威力の十分に高い頭突きを、さらにもう一撃。たまらずふらついた『彼女』を八千代は力ずくで引き倒した。
「俺ァな、布静がよぼよぼの爺さんになってから畳の上で大往生させるって決めてんだよ!」
そして、組んだ両手が高く掲げられ――。
「こんなとこで死ぬなんざ、あと80年早ぇ!」
そのまま、真っ直ぐに振り下ろされた。
●囚われ人
「……っとに、敵わんわあ……」
思わず、苦笑する。80年後となると111歳か。1の並びとは目出度い話だ。
今の聞いてたか? と目の前の『写し身』に問いながら、布静は実感したそれを言葉にする。
「強いな、俺の女は」
そう、思わず縋ってしまうくらいに。
そんな女だから選んだのだと、自覚はある。内に抱えたものを見切っているのかいないのか、どちらにせよ許容量がおかしい阿呆な女だと言えてしまう。
こんな面倒な男と、離れずに真正面から向き合う、鬼の女。
「手放す、つったけどな、もう逃げれんのは俺の方やし――」
捕まえたのではなく、捕まったという構図が正しいのかもしれない。
「ひとりン時より、勝手に死ねんのだわ」
そう笑って、彼は呪詛を紡ぎ出す。本来は相手の感情を揺さぶり使うべき技だが、今はただ、『それ』が持っている怒りを利用する。
『海恕』、現れたのは、宙を游ぐホオジロザメ。ゆったりとその身をくねらせた鮫は、やがて怒りの眼を向ける『彼』へとその牙で喰らい付く。
おかしなことに、同行したカッコイイ阿呆――彼女のおかげか、今はとても気分が良い。『写し身』の言葉など、今なら素通りできてしまうだろう。
ああ、と布静は口布の下で笑う。
「ニセモンがホンマモンに敵わんの、自分が一番よう理解しとるやろ」
そして、模倣の虚しさを指摘するように、そう言った。
やがてその場所はまた、水底を展示する薄暗くて静かな場所へ、元の姿へと戻る。平穏、静寂、元からあったそれらこそが、猟兵達の勝ち取った戦果と言えるだろう。
ドッペルゲンガーの消えた先を睨んだ彼女がこちらを向くのを、布静は、声を出さぬまま待っていた。
沈んでいた言葉が真実なのかどうかなど、わかりようもないけれど。ただ今は、彼女が何を言うのか、興味があったから。
「――」
その花唇が開くのを彼は見る。紡がれた言葉は、はてさて。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵