絵本『夢見るアリスと不思議の旅』
#アリスラビリンス
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●アリスと夢の国
地に足つかない浮遊感。
落ちているのか浮かんでいるのか天と地の真ん中で彼女は迷う。
見渡す限りの薄暗がり、点って消える淡い光。空もなければ地面もない。底抜けの世界。
風とも水とも区別のつかない「流れ」だけがあり、少女はこの流れに身を任せたまま悩んでいた。
どうしてこんなところにいるのかしら。
ここにいる以前の自分の姿が思い出せず、わかることなど自分が随分と可愛らしい服を着ていることくらい。
気付いたときには握りしめていたフリルたっぷりの傘を開いて、流されるがまま漂っている。
ただ、なんとなく。自分がいた世界はここではないということだけは認識していた。
帰れるのかしら?問い掛けても誰もいない。
ここにはあたたかな暗闇と仄かな光と、心地好い香りが満ちていた。
なんとなくこの流れの先に答えがあるような気がしているけれど、近付くほどに胸が苦しくなってしまう。
帰りたいのかしら?疑問への答えも見つからない。
奇妙な感覚を頭から切り離すこは、少女はとろりと目蓋を落とし始めていた。
●あらすじ
「夢の底にアリスが落ちた。すぐに向かってほしい」
あなたに語り掛けてきたのは頭の先から爪先まで真っ白な、寝巻き姿の少年だった。
彼の淡い緑の眼差しはあなたと同じ目線の高さにあって、あなたのことをじっと見つめている。
目を反らそうと思えば出来ただろう。しかしあなたはそれをせず、話を聞いてみようと立ち止まる。
見つめ返してきた色に、少年は表情ひとつ言葉のひとつ揺らさないで、頼み事についてを語った。
そのアリスはアリスラビリンスへと召喚されて間もないものの、運良く『自分の扉』のある世界へと落ちてきていた。
が、記憶もなく情報もなく、帰り道があることだけをふんわりと察知しているのが現状だ。
今回の目的はこのアリスを無事に扉まで届けることなのだというのだが、勿論邪魔者は存在する。
あなたが邪魔者についてを問えば、少年は目を閉じて目蓋の裏に描いた景色を思い出す。
「くらげが見えた」
くらげ?と首を傾げたならば、少年はくらげだ。と頷く。
「くらげがアリスをより深く眠らせようとしている。眠ってしまうと、出られなくなる」
眠っている間に食べられるのか、もしくは他のオウガがやって来るまでの足止めか。
どちらにせよアリスが眠ってしまうと帰還が難しくなってしまうのだという。
このくらげを追い払い、アリスがこの世界の中で眠らないこと。それが大切なのだと少年は告げた。
「アリスを導き、邪魔者を退け、無事に帰ってくる。そのみっつを守ってほしい」
あなたが少年の言葉に応えたならば、包み込むような光と共に世界は変わる。
たのんだ、と背を押す少年の声を受けて、夢の世界へ落ちていくのだった。
日照
ごきげんよう。日照です。
十一作目は現実離れの夢見心地に旅をします。
●シナリオの流れ
プレイング募集は各章の断章更新後となります。
一章では『夢喰いクラゲ』を退けてください。
クラゲ達は強く殴れば倒せますが、触り心地が非常によろしいため少し戯れることはできます。
絶対に眠らない、という強い意志があるのならば少し遊んでしまってもいいかもしれません。
二章以降につきましては、現時点では秘密とさせていただきます。
夢の道は曖昧なため、皆様の行動によっては大きく変化するかもしれません。
●アリスについて
本名、使用ユーベルコードは現時点で不明。外見は十歳前後の少女の姿をしています。
メアリー・アンブレラを手にふわふわと浮いていますが、少なくとも皆様の邪魔になるような行動は取らないはずです。
話しかければ好奇心に目を輝かせながら答えてくれます。
●あわせプレイングについて
ご検討の場合は迷子防止のため、お手数ではございますが【グループ名】か(お相手様のID)を明記くださいますようお願い申し上げます。
では、良き猟兵ライフを。
皆様のプレイング、お待ちしております。
第1章 集団戦
『夢喰いクラゲ』
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POW : おやすみなさい
いま戦っている対象に有効な【暗闇と、心地よい明かり】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
SPD : 良い夢を
【頭部から眠りを誘う香り】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 気持ちよく眠って
【両手】から【気持ちいい振動】を放ち、【マッサージ】により対象の動きを一時的に封じる。
イラスト:透人
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
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種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●神託
出来ると思えば何でも叶う。
行きたいと強く願えばいい。
おまえは空も歩けるだろう。
●一頁目
光がおさまり目を開けた時、あなたは既に薄暗がりの中を落ちていた。
頭から、爪先から、背中から、どこからにせよあなたが『下だ』『地面だ』と認識する方向へ向けて落ちていく。
そして困ったことに、体勢を変えることはできても何処へ行くべきか、何処まで落ち続けるのかが分からない。
アリスの姿も見えなければ、敵の姿も見当たらない。
ぼんやりと点滅する光の群れが上へと流れていくのを見ながら、どこへ向かうべきかとあなたは頭を捻らせることだろう。
ふと、あなたの頭に言葉がよぎる。
意識するよりも早くあなたに染み込んだ言葉たちは、あなたの思考を素早く組み替え、願わせる。
するとどうだろう、落ち続けていたはずの身体はふわりと浮き上がり、今度は暗闇の中をゆったりと流れ始めていったではないか。
真横に過ぎ去る光の中を、爪先までしか見えない闇の中を、走るより早く車より遅い向かい風を裂いて流されていく。
時経たず、あなたの目には水色と白のエプロンドレスを纏った少女の、楽しげに跳ねている姿が見えてくるだろう。
その足元には実に柔らかそうなくらげの群れがアリスに踏まれてはぼよんと傘を弾ませていた。
アリスが敵と接触している、という非常によろしくない状況の割には緊張感の欠片もない現状。
戸惑いながらもあなたはくらげ達を追い払うべくアリスへと近付くことにした。
※戦場について※
この暗闇は、クラゲ達のユーベルコードにより作り出されています。
クラゲ達を倒した数により暗闇が少しずつ晴れていき、戦場が少しずつ変化していく仕様です。
また、移動についても『いつも通りに』と考えていればそれだけで地に足をつけて歩くことができ、
逆に『空を飛べる』と思えば何らかの手段で飛べるようになります。
大切なのは自分を強く持つこと。それだけであなたはこの世界を自由に掴めるでしょう。
どう望み、どう戦い、どうアリスを導くのかはあなたの行動次第。
夢の中の戦い、どうぞ普段より選択肢を広めて動いてみてください。
オズ・ケストナー
ふかくねむっちゃだめ
ってことは、おはなしたくさんしてればねむくならないかな?
アリスにおいつこうっ
踏み出した先に地面があると確信しながら
見えない階段を駆け上がるみたいに
こんにちはっ
トランポリンごっこ?
わあ、すごい
たのしいねっ
わたしはオズだよ、こっちはシュネー
くらげとあそんでたの?
暫く遊んだら
ね、ね。きみはなに色がすき?
えいっ
ガジェットショータイム
現れたのは言われた色の花
おおきな花の風船がたくさん付いた籠で浮かび
手を差し出して
そのくらげ、おかたづけしないといけないんだ
おわったらまたあそぼう
ちょっといってくるねっ
籠から飛び出して
落ちながら体制を整え斧を構える
攻撃は武器受けしながら
ごめんね、おやすみっ
●はじめましては春風のように
そこにあると、信じた。
迷いなく踏み出した先には暗闇が広がり続けているはずなのに、足の下には柔らかいけどどっしり硬くて、安定感のある見えない足場があるようだった。
確かな地面の感触に、オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は軽やかに見えない階段を二段飛ばしで駆け上がる。
アリスにおいつこう!と跳ねる姿は時計を持たないうさぎの駆け足。肩に愛しい友(あね)を連れ、子猫の青い目玉を持った青年人形はまっしぐら。くらげの上を跳び跳ねて遊ぶアリスの元へとやってきた。
「こんにちはっ!くらげとあそんでるの?」
ぽよん、と軽く弾みながらも手前のくらげに着地。鏡のような銀色の眼をまるく見開いた少女は金の巻き毛の合間からオズの姿を見つめて、一呼吸の後に無警戒の笑顔を向ける。
「まあ、はじめまして!あなたはだあれ?」
「わたしはオズだよ、こっちはシュネー。きみは?」
視線を合わせるようにオズがしゃがむと、肩に座っていた少女人形が無表情に手を振った。アリスは物腰柔らかな青年と、愛らしい少女人形の姿にぱあっと目を輝かせた。ふたりの名前を繰り返し、絵本の中から飛び出したみたい!とはしゃぐのもつかの間。自分の名前の事を思い出そうとして、しょんぼりと肩を落とした。
「わたしは……ごめんなさい、どうしてかしら。名前がおもいだせないの」
「そっかぁ。それじゃあ迷子のおひめさま。わたしといっしょに遊ぼう!遊んでいるあいだに、きっとおもいだすよ!」
不安げな少女の顔に心地よい恥じらいが満ちる。おひめさま、などと呼ばれて照れない少女は早々いない。ましてや、相手が自分より年上の、背のすらっと高い男の子ともなれば胸の高鳴りは増す一方だ。
そうね、ええ、きっとおもいだせるわよね!と笑顔を取り戻せば、オズと共にくらげの上を跳ねた。
足元のくらげは先程から心地よい香りを放って、ふたりを眠りの底へと落とそうとしてきている。彼女の世界への帰り道はアリス自身しか知らない――そう、この誘惑に従ってはならないのだ。
(おはなしたくさんしてれば、ねむくならないかな?)
ぽよんと弾んでオズは隣のくらげへとジャンプ。ここでじっとしていてはアリスも自分も眠ってしまうかもしれないと、アリスを香りの外へと誘う。
いっしょにいこうと笑顔を向ければアリスも笑顔で傘を広げて、ぽよよんと弾みながら別のくらげへ跳ねていった。アリスが適当なリズムを口遊び始めると楽しくなって、少女人形と一緒にくるくる踊ってみせて、それを真似するアリスと一緒にくすくす笑い合う。
踏まれていったくらげはというと、飛び跳ねていくふたりをふわふわ追いかけてきていた。移動速度は速くないが囲まれたら厄介だ。その上何処からやって来ているのか増援らしきくらげの群れも遠くに見える。
オズは短く思案し、短く問いかけた。
「ね、ね、きみはなに色がすき?」
「色?」
「そう、すきな色!」
「……困ったわ、わたし、すきな色が多すぎてえらべないの、迷っちゃうの」
何気ない会話の延長線上、うっすらと桃色に染まった頬を両手で押さえて悩む少女は次々に好きな色を挙げていった。
よくはれた日の空色もすきだしいちごの赤もすてき。原っぱの緑色もきれいだし、黒猫のつやつやした毛の色もとってもお上品。お母さんの金色の髪もきらきらしてて大好きなの!と表情を瞬く間に変えながらアリスは語る。
そんな欲張りな答えに、少年人形はにこやかに応じた。
「それじゃ……とくべつだよ!」
――ショウ・タイム!
オズは真っ暗な空間へと両腕を大きく広げて、高らかに叫ぶ。一人と二体、六つの眼差しが向けられた先で小さな爆発が起きて視界の先を白く煙らせた。煙が晴れたその場所には召喚された奇妙なガジェット――花の形をした大きな風船がいくつも括りつけられた籠が何もない真っ暗闇の中にぷかぷか浮かんでいた。
風船はアリスの望んだ通りのカラフルさ。赤に黄色に緑に青、見えにくいけど黒もある。彩り豊かに満開だ。
ふわりふわりと目の前まで下りてきた籠へオズは一足先に乗り、さあこちらへと手を差し出してアリスを招く。
「わあ……わあ!すごいわ、すごいわ!いろんなお花が虹みたい!」
「ふふ、気に入ってくれた?」
ええ、とっても!と頬を緩めるアリスはオズの手を取り籠の中。彼女が乗り込んだからなのか、風船だらけの気球は奇妙な流れに捕らえられて何もせずともふわふわと飛んでいく。ここにいたなら、安心だ。
「ねえおひめさま。わたしたちね、あのくらげたちをおかたづけしないといけないんだ」
「え、おかたづけ?」
「うん。だから、おわったらまたあそぼうね」
やくそく、と差し出した人形の小指にアリスの小指がからんだ。指切りしたならまたあとで。いってくるね、と籠から飛び降りた少年人形は片手で帽子を押さえて急降下。遠ざかるアリスを空いている方の手を振って見送り、何もないその場所を蹴ってくらげへ向かって跳ぶ。
くらげたちには申し訳ないが、これもアリスを正しい世界へと戻すためだ。呼び出した大斧を握り締めると、少年人形は球体関節を小さく軋ませて、大斧を力いっぱい振り下ろした。
「ごめんね、おやすみっ!」
大成功
🔵🔵🔵
○アリスの頁
わたしを運ぶおはなの風船。バルーンに乗って空の旅。
たくさんの色が思い出させてくれたのはクレヨンの箱。
そうだわ、わたし、絵を描くのがすきだったの。
お誕生日に買ってもらった、クレヨンとまっさらの画用紙のセット。
うれしくってうれしくって、たくさんたくさんいろんなものを描いたの。
おそらの青で塗り潰してみたり、一枚まるまるお花畑で埋めてみたわ。
隣のおうちの黒猫も、おかあさんの似顔絵も、たくさん描いた。
もしも次、あなたに会えたのなら、あなたたちの事を描いてみたい。
『きっと、きっと、やくそくね』
またねって、とてもすてきな言葉だわ。
エドガー・ブライトマン
願うこと、信じること
なんだ、そんなに簡単なことは他になかなか無いさ
私はいつだって私を信じているもの
地に足をつけて
やあ、ごきげんよう。小さなアリス君
私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ!
アリス君。変わった友達と遊んでいるようだね
クラゲの友達は、他になかなか見ないものだよ
もしかしてちょっと眠くなったりしていないかい?
……ああ、それはいけないよ!
実はこのクラゲ君、眠くなる作用があるんだ
こんなところで寝たら風邪ひくよ。すこし離れていて
“Hの叡智” 状態異常力を重視しよう
これで眠くなりにくいハズさ
すこしクラゲに触る
なるほど、確かにふかふかしている
一頻り堪能したら、レイピアでつついて
おやすみ、クラゲ君
●笑顔は夏の日差しのように
飛んでいくそれを見つけたのは、広がる暗がりが仄かに薄まった頃。
くらげの群れに追われているのは花の風船をいくつも結びつけた奇妙な籠。その中には、薄ぼんやりと明滅する光を見ながら目蓋を落としかけている少女の姿。間違いない、アリスだ。
このままではいけない、ようやく見つけたアリスを目指してエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は不可視の地面を颯爽と駆けた。否、地面など本当は存在しない。彼の足が踏み出した先に道が生まれ、離れた場所は無となるだけだ。
王子はいとも容易く己を信じ、道の先にあるものへ届くようにと願った。それだけだ、彼がアリスの元へと辿り着くために必要なものは最初から彼に備わっていたのだ。
一歩、二歩。
跳んで、踏んで、失礼と一声。何体かのくらげを踏み越えたエドガーは、籠の中へと降り立って少女の前で膝をつく。
「やあ、ごきげんよう。小さなアリス君!私の名はエドガー。通りすがりの王子様さ!」
微睡む少女もきらびやかな青年の笑顔と明瞭で聞き取りやすい声にゆるゆると目蓋を持ち上げた。夢心地、定まらなくなっていた視点を同じ視線に収まった青年へと懸命に合わせる。
二度、三度。
瞬きの間に曖昧になった夢と現実の狭間を行き来し現実へと舞い戻れば、まあ!とアリスは声を上げた。
「ほんとうに?ほんものの王子さま?」
「はははっ!信じられないかい?でも本当のほんものさ!」
「すごい……すごいわ!おとぎ話で聞いた通り、きらきらしてるのね!」
無邪気に喜ぶ少女の姿にほっと胸を撫で下ろし、青年は一度ロイヤルブルーの眼差しを籠の外へ向ける。くらげは暗闇を吐き出しながらゆっくりと此方に迫って来ていた。最中、ぽうっといくつもの光が生み出されてはくらげの身体から離れて、宵闇に似た世界に疑似的な星の灯りを点していく。
薄まっていったはずの暗闇が再び深さを増していくと共に、エドガー自身も僅かな眠気を感じていた。この光の明滅もまた眠気を誘っているのだろう、眼から直接脳を撫でていくシルクの心地よさは徐々に視点を狂わせ目蓋を重くしていく。
成程、これは確かに危険だ。目元に気持ち力を籠め、エドガーは再び少女へと視線を戻して微笑んだ。
「もしかして、ちょっと眠くなったりしていないかい?」
「……そうなの、なんだか、少し眠たくって、うとうとしてしまっているの」
「ああ!それはいけないよ!」
どうしてかしら?と首を傾げて目蓋を伏せる少女に、エドガーは大げさなくらいに声を上げた。自分自身の眠気覚ましも兼ねてはいたが、アリスにも覿面効果があったようだ。大きく身体を震わせた少女へ、驚かせてしまったね、と謝りをひとつ入れてからエドガーは続きを話す。
「実は、きみを追ってきているあのクラゲ君達には眠くなる作用があるんだ」
「えっ、そうなの!?あのくらげさん達に?」
「ああ。この暗闇も彼らが作り出しているのさ。……こんなところで寝たら風邪ひくよ」
マントの一つ貸してやればいい場面ではあるのだが、今彼女を何かでくるんでしまうと余計な睡魔を呼び込んでしまうかもしれない。紳士的な行動は控える代わりに取るべきは、乙女を狙う無数の影を斬り払う剣となることだ。
エドガーは指を一本ずつ立てながら、少女へ教えるように力を行使する。
「大切なことは、みっつ」
それは、己を強化するための能力(ユーベルコード)。
――ひとつ、深く息を吸う。新鮮な空気を這いに取り込み、ため込んだ重たい気持ちを吐き出すこと。
――ふたつ、まばたきをする。これは気持ちの切り替えだ。世界を二回閉ざして開き、あらゆる事態に対応すべく思考をまっさらにすること。
――みっつ、祖国を思い浮かべる。帰るべき場所の名を心の中で諳んじて、己の基盤を強く持つこと。
全てを為せば、エドガーの身に堅実なる王子の叡智が宿る。
「小さなアリス君、きみも忘れないでね」
これを力として彼女は扱えないが、おまじないとしては十二分に機能するだろう。ウインクひとつ残して王子は籠から飛び出した。
気を付けて!背を押す少女の声援を受けて、エドガーは口角を上げつつも振り返ることなく先程踏みつけていったくらげたちの元へと戻って来た。改めてその柔らかな頭部へと掌を埋めてみると、程よく反発ししっとりと包み込むそれはまさに上質な枕と言っても過言ではないほど。
一から十まで細かくオーダーした特注品クラスの触り心地に顔を埋めたくなったが、そこはぐっと堪える。状態異常に対する耐性を上げたとしても油断はできない。自分もアリスも眠るわけにはいかないのだ。
ふかふかと一通り堪能したならばすらりと引き抜く銀薔薇の細剣。添えるのは、優しいおわかれの言葉。
「おやすみ、クラゲ君」
ぷつり、レイピアの切先が柔らかな頭部に刺さって、空気が抜けていくかのようにくらげは薄れゆく闇の底へと落ちていった。
成功
🔵🔵🔴
○アリスの頁
王子さまが教えてくれた、大切なこと。
背中が遠くなって、ずんずん小さくなって、見えなくなって。
ひとりになったわたしは真似をしてみた。
そうしたら、不思議と頭の中に浮かんでくるのはあたたかな暖炉。
新聞を読んでいる男のひとへと絵本を読んでとせがむ小さな子ども。
そうだわ、わたし、雪のたくさん降る町にうまれたの。
窓の外に積もっていく雪を見ながら、お話を聞くのがすきだった。
もしも次、あなたに会えたのなら、わたしの暮らした町の事を教えてあげたい。
「また会えるなら、きっとそれは運命だわ」
ねむってないけど、夢は見るのよ。
ソラスティベル・グラスラン
くらげ
くらげ、ですねっ。ふわふわ、心地よさそうに漂う…
アリスさんも楽しそうで、邪魔するのもちょっぴり悪い気も
少し見とれていると僅かな違和感
はて…少しだけ、気だるいような、やる気が出ないような
常に全身を漲る【勇気】と【気合】
【勇者理論(状態異常力)】は自身を支え、眠気や無気力を遠ざける
……気が緩んでいたでしょうか?気合を入れ直さなければ、むんっ
そこの迷い子さん、こんにちは!
くらげさんから離れてくださいっ、眠ってしまうと何か危ないみたいですよー!
ふわふわ浮いて、【盾受け】で盾を構えくらげさんへどーんと体当たり
アリスさんからくらげさんたちを離すように
おおお…なんだかとっても、心地よい感触です!
●想いは朝焼けを焦がすように
さて、遡ること数分前。
この世界に渡って間もなく、ソラスティベル・グラスラン(暁と空の勇者・f05892)は持ち前の勇者力――ここでは偶発的なトラブルに奇跡的な確率で遭遇する運命力と言い換えてもいいだろうか――を以て敵陣のど真ん中へと降り立った。正確に言うのならば、くらげの大群の中心に真っ逆さま、流れに導かれる間もなく墜落していた。
反発する頭部の弾力に反して、くらげ達は不思議なほどに無抵抗無攻撃。人一人が頭の上にいようが我関せずと言わんばかりに浮いては沈む。
(なんでしょう。なんだか少しだけ、気だるいような、やる気が出ないような)
ふわふわ、ぽやぽや。
夜に浮かんだくらげの群れはゆったりと宙を泳ぎ、淡い光は目蓋をゆっくりと落としていく。ソラスティベルは身を寄せてきた一体の頭部に自らの頭を沈めて、動かすことも億劫に感じて来た四肢をそのままに穏やかで暖かな闇を見上げた。
はて、ここに来た目的は?
落ちてくる最中、確か遠くの方に同じようなくらげの群れと跳ねている少女の姿を見たような。他にも落ちていっている誰かの姿を見たような。そもそもここに来たのはアリスと呼ばれた少女を助ける為だったような……
――このままではいけないのでは? いけないに決まってる!
ソラスティベルは両手で頬を叩いて立ち上がる。
「むんっ!!」
気合を込め直せば睡魔の襲撃は遠ざかり、ソラスティベルの身に情熱とも取れる熱が沸き上がる。
「いけません、だめでした。すっかり気が緩んでいました。行かないと!」
微かに靄のかかった頭でアリスのいた場所を思い出す。楽しげにくらげで跳ねて遊んでいるであろう彼女の邪魔をするのは悪い気もするが、手遅れになった後では後悔してもし尽くせない。
とにかく高いところへ、と飛び出そうとしたソラスティベルの頭上、花の形をした風船がいくつも括りつけられた奇妙な気球が通り過ぎていく。
身を乗り出している少女の輪郭と、ふんわりとした金の髪には見覚えがあった。間違いない!と足に力を籠めたなら、くらげの頭を踏んで飛び越えホップステップ。空中を迷わず駆け抜けて、つい翼も広げて籠に並走する。
「そこの迷い子さん!」
「わっ!?び、びっくりしたぁ……えと、こんにちはおねえさん!」
「はい、こんにちは!良いお返事です!……大丈夫ですか?眠くはなっていませんか?」
斯く言うわたしもちょっと眠くなってました、と素直な告白を受ければアリスも大きく頷いた。忠告はされたが世界を覆う暗闇も光も目を閉じる以外に逃げ場はなく、しかし閉じれば眠気に襲われ落ちてしまう。
「え、ええ!さっき会った王子さまが言っていたわ。くらげさんが眠くしてくるんだって!」
「そうなんです!くらげさんから離れててくださいっ!眠ってしまうと何か危ないみたいですよ!」
「あぶない?」
その危機の理由はソラスティベルも知らない。予知を伝えた白い少年は『出られなくなる』と言ってはいたが、具体的にどうなるのかまでは教えてくれなかった。
だが、詳しく聞く必要もなかった。『誰か』に危機が訪れる。大切なことは伝えてくれていたのだから、後は行動するだけだ。
「ともかく、ここはわたしが引き受けます。アリスさんはこのままこれに乗って飛んでいってください!」
「は、はい!その、おねえさんも気をつけて!!」
短く交わす言葉に真っ直ぐな気持ちを織り込んで、ソラスティベルは不安げな瞳のアリスへと「大丈夫」を贈る。一欠片の恐怖も滲ませない竜の乙女の空色に、アリスも巣食う恐怖を拭い去り強く頷いた。
籠を見送ればソラスティベルはアリスへと背を向けて、浮き上がってきているくらげ達を見下ろす。どう見積もっても両手の指の数を優に超えているくらげ達は、標的を離れていくアリスへと定めて散開していた。見た目はともあれ、間違いなくこれらは敵だ。何も知らない少女をこの世界に捕えようとする危険な存在だ。
再度、気合を入れ直す。今度は緩んだ感覚を締め上げる為ではなく、彼女が勇者たりえる意思を持ち続けるために。
「よし、行きますよモナークっ!少しでも多くアリスから引き離しましょう!」
ふわり、飛翔。
黒翼のバックラーを構えてソラスティベルは突進、接近するくらげの一体へと強烈なシールドバッシュを叩き込んだ。先程堪能したあの弾力を盾ごしに感じながらも盛大に吹き飛ばす。
衝撃に耐えかねたくらげは暗闇に融けて消えていくが、他のくらげはソラスティベルの事など最早気に留める事もなく前進していく。
「させませんよ!あの子の帰り道、絶対に守ってみせますっ!!」
暁の空、最後まで夜を飾り続ける明星の様に乙女の眼光が輝いた。
大成功
🔵🔵🔵
○アリスの頁
とてもつよそうな女の子がくれた、まっすぐの言葉。
ほんの少しさみしくなったわたしの心がふんわりと軽くなった。
そうだわ、前にも同じようなことがあったの。
絵ばかり描いてると馬鹿にされていたわたしのことを、
励ましてくれたやさしいあの子。わたしの一番の友達。
あの子がいたから、わたしは絵を描くことを嫌いにならなかったの。
もしも次、あなたに会えたのなら、わたしの友達を教えてあげたい。
「でも、ちょっぴり内緒にしておかないと」
言えなかった言葉も、たくさんあったから。
夕時雨・沙羅羅
ふわりと游ぐ
空を飛ぶのは普通のこと
空は海、僕は魚
そしてくらげに、迷子のアリス
アリスなら導こう
きっと海から引き上げてあげる
アリス、遊ぶなら僕と遊ぼう
空で踊ることも、きれいな花あげることも僕はできる
アリス、眠るならちゃんと布団で眠ろう
外で眠ったら風邪を引く
そのためにも、僕はあなたの手を引こう
けれど、手を取るには先ずくらげを片付けないと
迷路に順路があるように、夢にも覚めるための要がある
水のおおきなさかなになって、眠りの重しを飲み込もう
そうしたら、目覚めの光が差すはずだ
アリスのためなら、僕は何だってしてあげる
だから、アリスのため、この夢が良いものになるように
その手を取ることを、許してくれるだろうか
マルシェーヌ・ロベルタ
アドリブ連携可
…ここ、どこ?
わわっ、もしかしてまる、落ちてる!?
そうだ、ホウキ…っ!
…ううん、違う。願うの
ホウキがなくても、精霊さんみたいな羽があったら――!
あのくらげのところに居るのは、アリス?なんだか楽しそう…?
でもでも、くらげがアリスを眠らせようとしてるって、眠ったら帰れなくなるって言ってた!
だから助けなくちゃ!
すぐにひらひらとアリスのところまで飛んで行って、
「眠っちゃだめ!元の世界に帰れなくなっちゃう!」
【指定UC】を発動して【空中戦】、くらげの群れに【氷の雨】を降らせて攻撃するよ
まるもちょっとだけ眠くなって…いたた!(精霊さんに頬を引っ張られて)
ね、寝てないよ~~~!
●戸惑いは冬の雨のように
「あ、あわわわわああああああぁぁぁぁぁ!!」
重力に従い落ちていく身体とぶわりと靡く豊かな亜麻色の髪。現状を簡潔に表すのならば急転直下、未知なる世界へ転送して間もない一人の少女の悲鳴が暗幕の世界を揺らしていた。
ここはどこ?もしかしなくとも、落っこちてる!?魔法の箒はどこにいったの!?などと混乱する少女ではあったが、脳裏に染み渡る冬の朝霧のような言の葉が思考を整理してくれた。今必要なものは何か、それを理解したならば少女は祈り、願う。
(そうよ、ホウキがなくても、精霊さんみたいな羽があったら――!)
想いは世界へ届き、刹那にしてマルシェーヌ・ロベルタ(陽だまり・f17915)の背には薄い色硝子の翅が広がった。精霊の翅は鳥の翼のように筋力と風の流れを以て空を飛ぶのではない、近い言葉を使うのならば舵を取るための翼だ。魔力によって浮き上がる四肢の均衡を整えて、空間のマナを捕らえて効率よく変換する為の器官。
マルシェーヌ自身にそこまでの理解はない。ただ、自分に寄り添ってくれる精霊たちの様子を見て憶えていたからこそ、理論ではなく感覚で彼女たちの飛翔する姿を模倣できたのだ。
「で、できたぁ……!よし、アリスを見つけなくっちゃ!」
きらり、明滅する光に色硝子の翅が、舞い落ちる鱗粉が煌く。アリスを探すべくマルシェーヌは手がかりを思い出しながら薄ぼやけた景色の中を飛んでいった。
目印はアリスを狙っているくらげ、と自分をこの世界へと送り出した少年は言っていた。それならばくらげの群れている場所を探せばいいのだろうと見渡してみると――
(……け、結構いる!いろんなところにふわふわしてる!)
一体どこに、と惑う少女の視界の端。ふいにくらげの群れの一つが巨大な水のさかなに呑み込まれた。淡く光る飛沫を残して姿を消したものの、もしかしたらアリスがいるのかもしれないと滑空する。
向かった先にいたのは、声を無くすほどに清らかな空泳ぐ魚の姿。否、その身に幾つもの宝物を飲み込んだ人魚の形を取った水、夕時雨・沙羅羅(あめだまり・f21090)の姿があった。
「……?きみは、アリス?」
「ちがうわ!まるはアリスを助けに来たの!」
年の頃も近そうな少女の姿に沙羅羅は期待を籠めて見つめるも、マルシェーヌは首を振って否定する。話を聞けば、彼もまた導かれるままにアリスを救いに来たのだという。しかし手がかりはくらげのみ、仕方なく手当たり次第にアリスの姿を探していた。
見渡せど、暗闇と虚ろな光とくらげばかり。マルシェーヌが見たいくつかの群れのどれかにいるはずなのだろうが、どこから探せばいいのかわからず、二人揃って視線を落とす。
と、彼らの十数メートル下にいたくらげの群れの中に、違う色が混ざったことに気付いた。ゆったりと通過していく彩り豊かな花の風船がくらげ達に包囲されている。
よくよく見れば、風船の下には何やら籠のようなものがぶら下がり、ちらりと見えたフリルの傘は事前に語られた情報にあったアリスの持ち物と似ている気がした。
「もしかして、あそこにアリスが?」
「きっと。アリスがいるなら導こう。眠りの海から引き上げてあげないと」
「うん!まるもお手伝いするわ!」
マルシェーヌが正しく名を呼べば、傍らに現れた精霊は花咲く長杖へと変わった。手にした杖へと魔力を伝搬、まじないを唱えたなら暗く厚い雲が彼女の足元に生み出される。風船気球を避けるように広がれば、ぽつり、ぽつり。くらげ達へと冷たい雨が降り注いだ。
蜘蛛糸のように細く、針よりも鋭く、くらげ達の身に滲み込むことなく貫いては凍て付かせる氷の雨は、気球に群がっていたくらげ達を薄く渦巻く暗がりの底へと落としていく。
くらげがいなくなったところで二人揃って急降下。花風船に吊り下げられた籠の中には今にも意識を失いそうな少女の姿。
「眠っちゃだめ!元の世界に帰れなくなっちゃう!」
慌てて呼び掛けたマルシェーヌの声が、微睡むアリスの意識を切り裂き身体を震わせた。落ちかけた目蓋を擦って身を起こしたアリスは、うまく焦点の合わない目で声の主を探す。
籠の中へと身を乗り出した沙羅羅も合わせて呼び掛ければ、ぼやけた世界に二つの色と輪郭がくっきりと浮かび上がってきた。
「ご、ごめんなさい!わたし、またうとうとしてたわ……ありがとう!」
「よかった!実はね、まるもちょっとだけ眠くなって……いひゃひゃ!!」
精霊に頬を引っ張られ「ね、寝てないよぉ!」とマルシェーヌが抵抗する間に、沙羅羅はそっとアリスの視界に割り込んで語り掛ける。
「アリス、眠るならちゃんと布団で眠ろう。外で眠ったら風邪を引く」
「そうしたいのだけど……」
困ったように眉尻を下げたアリスは、眠気を覚ます手段が自分にはないことを二人へ告げる。
何人かの猟兵と遭遇しその度に忠告は受けたものの、くらげ達の生みだしたこの夜空の世界を抜ける為にはこの流れに乗っていくことしか思いつかなかったし、自分を送り出してくれた人々のように戦う事も彼女にはできなかった。戦う術など知らなかった。
不安が積み重なったのだろう。言葉を零す最中、スカートを握り締める手が震えていた。仄かに声色が弱くなっているのも気のせいではない。突きつけられた現実に恐怖を覚え始めているのだ。
だからこそ必要だと、沙羅羅はオレンジキャンディの双眸でアリスを見つめて、スカートから彼女の手をやさしく奪い取った。両手で包み込めば温もりのない手に小さな熱が移って消える。
「終わったら、僕と遊ぼう。空で踊ることも、きれいな花あげることも僕はできる」
「ありがとう。……ふしぎ、あなたって人魚姫みたいだし、王子さまみたいだわ」
「僕は僕。アリスのために泳ぐ魚」
泡を零すように薄く微笑めば、沙羅羅はそっと手を離して気球から離れた。
「本当は、今すぐ手を引いていきたいけれど、まずは道を探してくるよ」
迷路に順路があるように、夢にも覚めるための要があるはずだと。それがあのくらげなのだと推測する沙羅羅は、薄く明け始めた道の先に現れた新たな群れへと視線を飛ばした。精霊との小さな喧嘩を終えたマルシェーヌも頬をさすりながらも飛び立つ準備を整える。
「いこう。目覚めの光を見つけに」
「うん!……またね、アリス!まってて!必ず帰してあげるから!」
ゆらりと尾鰭を揺らして転身。沙羅羅の姿が再び巨大な水の魚へと変化すると打ち寄せる漣の音と共に身体をうねらせて次の群れへと泳いでいく。
その後を、笑顔で大きく手を振ったマルシェーヌがついて飛んでいくのをアリスは見送った。その胸に、言いようのない不安を隠して。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
〇アリスの頁
ひとりぼっちがこわくなったのは、わたしがひとりではなかったから。
大好きな家族、大切な友達。
ひとり、またひとりと思い出すたびにこころがきゅうと締め上げられる。
そう、思い出した。
わたしはたくさんの絵を描いた。
わたしの中に広がる世界を描いていった。
でも、それが少しずつ、出来なくなっていった。
わたしはわたしが描けなくなったのだ。
何度も何度も、眠たくなっては呼び起こされて。
自分の立ち位置を確認しながら、わたしは少しずつ自分を思い出す。
それなのに。
わたしの、名前は何と言うのかしら。
あの女の子は自分の名前を言っていたのに、わたしはいえない。
あの人魚さんもアリスと呼んでくれたけれど、それはわたしじゃない。
もしも次、あなたに会えたのなら、教えて欲しい。
「わたしは、アリスじゃないわたしは、誰なの?」
わたし、わたしは今、こわくてこわくて仕方がないの。
有栖川・夏介
これは…現実なのでしょうか?
まるで夢の中にいるような、不思議な感覚に戸惑います。
とにもかくにも、アリスに接触しなくては。
『いつものように』歩いていては、きっとあの少女には追い付けない。
ならば―
くらげを踏み台にして片足で蹴って『跳ぶ』
くらげを踏み台にするついでに、その数も減らしておきたい。
…強く踏みつけることで、倒せたりしないでしょうか?
それが無理なら、シンプルに斬りつけるだけですが。
ぴょんぴょんとウサギのように跳ねながらアリスを追いかけます。
「(…アリスを追いかけるウサギか。おかしな話だ)」
なんてことを考えつつ―
近づくことができたら声を掛けます。
「お嬢さん、なぜここに?帰らなくてよいのですか」
●幕開けは夢の終わりの様に
いつものように歩きながら、顔も知らない彼女を探していた。
周辺のくらげを斬り付けては立ち止まり、少しばかり明るくなった空間を見渡す。くらげの生みだしていた光の影響で狂っていた遠近感もようやっと正常に戻ったのだが、どうにもこの世界の全貌は見えてこない。薄く膜を張った暗闇の先に何かが渦を巻いているようだが、それ以外は不明のままだ。
今彼にわかっているのは、これを倒していれば暗がりが晴れていくことと、この世界のどこかにアリスがいるという事。
(これは……現実なのでしょうか?)
有栖川・夏介(白兎の夢はみない・f06470)は眉を顰め、切っ先のない剣を振り抜いた。また一体くらげが斬り飛ばされて、同時に消える天の光と、僅かに白む世界の果て。
まるで夢の中にいるような不思議な感覚だ。剣を握る感触はあるというのに、くらげを斬り付けても手応えはない。上から踏めばそれなりの弾力があるというのに、刃を押し付ければ融けかけのバターを削ぐような容易さで真っ二つ。
一体、斬り付けながら夏介は内心の焦りを刃にのみ乗せた。どこかにいるはずのアリスは未だ現れず、彼女を襲うはずのくらげだけが数を減らしている。アリスに接触させては彼女の身に危機が訪れるが、数が減り続ければ彼女を探すのも困難となる。
とにもかくにも、アリスに接触しなくては。
一体、これでこの場にいた群れは狩り尽くした。世界は未だに暗く帳を下ろしたままではあるが、転送されて間もない頃の視界の悪さはなくなっていた。次はどちらに。鳩の血よりも鮮やかな赤が次の獲物を探してせわしなく眼窩を泳ぐ。
そんな彼の進行方向に、ひとつの奇妙な乗り物が現れる。花の形に捩られた色とりどりの風船が括りつけられた、気球のような乗り物だ。身を乗り出している金髪の何者かは不安げに後を追い駆けてくる存在を――他のより一回りほど大きなくらげを見つめていた。
(彼女がアリスか)
見つけたというのに、このままではアリスに追い付けない。
ならば――夏介は前方に現れたくらげに向かって跳ぶ。頭を強く踏みつければ反発し、力を籠めただけ前方へと跳ね飛ばされて気球との距離をぐっと縮めてくれた。足場となったくらげは夏介の足が離れると同時に割れ弾け、数を見る見るうちに減っていく。
ひとつ、ふたつ、飛び跳ねて追いかけて。そんな自分の姿は他の誰かから見たらどんな風に見えるだろうか。
(……アリスを追いかけるウサギなんて)
おかしな話だ、と小さく嗤って夏介は気球に最も近づいていたくらげを目指した。足元でくらげが弾けるごとに天から地までを覆い尽くしていた暗闇が明け、朝焼けに似た眩い雲が世界の底で渦を巻く。漂っていた甘い香りが消えていき、恐らく、世界は正常へと戻り始めていた。
夜を裂いて気球はゆっくりと降下している。正確に言うのならアリスの望んだ「流れ」が底へと向かっているのだろう。その先に彼女が帰るべき世界があるのか、それとも……
思考を切り替える。余剰を削いでただ眼前。狙われたアリスを救うべく兎は飛んだ。幾本もの触腕にまぎれて二本だけ生えた人間の腕が、今にも気球を掴もうとした丁度その瞬間に巨大くらげへ飛び移る。
「お嬢さん、ご無事ですか?」
「あ……」
強く踏みつけ、底へと落として。籠の中へと乗り込んだ夏介の目の前で、少女の銀色が大粒の涙を湛えて揺れていた。もう大丈夫ですよ、と声を掛けても少女の様子は変わらず。傘を抱き締めて、夏介の視線から逃げるように床を見つめて酷く怯えていた。
くらげの蹴撃が怖かったわけではないのだろうか。首を傾げたところで何ができるかも解らないまま、夏介は話題を切り替えた。
「もうじき着陸するようです」
「……はい」
「そこには扉があると思います」
「……」
「辿り付けさえすれば、帰れますよ」
ぴくりと少女の身体が跳ねる。
「……かえ、れる?」
「ええ、あなたの世界へ」
「いや」
一転。ぴしゃりと少女は語彙を強めた。
「帰らなくていいんですか?待っている人が」
「だって!」
確かな拒絶は夏介の言葉を遮って、気球を乗せた流れ自体をも乱している。降下が徐々に速まり、底へ、底へと急激に下がっていっていた。
否、世界自体が鳴動している。全てが渦巻く雲へと吸い込まれている。他の猟兵達も、残っていたくらげの群れも、全てが渦の中心へと呑み込まれていった。
「だって……帰っても仕方がないの。なにもないの。何も描けなくて、描けなくなってしまったの」
思い出したのは、彼女が描くことを諦めた理由。ここに来るまでに見つめた眩い世界と相反する、悲しみに満ちた思い出――自分が、何者か。
涙が落ちるのも拭わず、己を真っ直ぐに見て叫んでいる少女を前に、夏介はただじっと聞いていることしかできなかった。少女の感情が昂るほどに流れは荒れてゆき、気付けば底は間近。そして、
「それくらいなら、このまま帰れなくっていい!!」
少女の悲痛な叫びが、文字通り世界を引き裂いた。
成功
🔵🔵🔴
〇×××の頁
誰かがわたしを羨んだ。
誰かがわたしを避けていった。
そして誰かはわたしに言った。
『きみのようにいつまでも夢を見てなんていられないんだ』
いや、いやよ。
そんなこと言わないで。言わないで。
わたしはまだ描いていきたいの。わたしの見つめるこの世界を。
砂糖のように甘い夢、宝石のように輝く夢。
綿菓子のようにふわふわの夢、花火のように儚い夢。
それなのに、どうして。
『もういい加減やめてもいいんじゃないの?』
いや、いやよ。
わたしはまだ描き足りない。まだ見つけてない世界があるの。
もっと素敵な夢を見るの。誰もの心に優しく残る夢を。
わたしの中に在る景色を、誰かにも伝えたいの。
だから、だから!
「ああ、御機嫌よう。きみが私のご主人様だね」
第2章 ボス戦
『ひつじのしつじさん』
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POW : 食事の時間だね
【銀製フォーク】が命中した対象を切断する。
SPD : 痛いのは好きじゃないんだ
全身を【もふもふの羊毛】で覆い、自身が敵から受けた【攻撃】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
WIZ : 願い事を叶えてあげよう
小さな【ティーポット】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【対象の理想が全て叶った世界】で、いつでも外に出られる。
イラスト:たますけ。
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠エンティ・シェア」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●八頁目
『いやはや全く、邪魔物とはどんな時にでも現れるようですね』
急速に落ちていく身体。身動きのとりにくい、水の中。
息は出来た。ただ息苦しかった。動けはする。だが動きにくい。服が肌に吸い付いて重石のようになっている程度だ。
同時に浮いていた。落ちてはいるが姿勢は正しく天に頭を底に足を向けている。近い感覚を上げるのなら真下に向かって落ち続けているジェットコースターが近いだろうか。
ここはどこだ、おまえは何だ。いつの間にか声が失われてしまっている現状、自分達にできるのは姿の見えない語り手の妄言を聞く事だけだった。
『あの海月達然り、君達然り……おっと、君達は違いましたね。寧ろ感謝しなければ』
『あの海月達は私からご馳走を奪おうとしていたのです。幸福な夢を見せて、それを喰らう。あの愛らしいアリスを夢を見続けさせるだけの家畜へ変えようとしていたのですから』
『――海月退治を有難う、そして!アリスに現実を教えてくれてありがとう!』
『さぞ苦しかったでしょう。目を開けたまま見る夢が荒唐無稽に思える程に』
『さぞ辛かったでしょう。君達の強さ目映さが己の無力さを明るみにしていく程に』
『さぞ恐ろしかったでしょう!そんな自分が再び現実に帰らねばならないということが、何より無理矢理にでも帰そうとしている君達が!!』
『感謝しています、していますがそれはそれこれはこれ』
『君達にアリスを渡すわけにはいきません。なんせ我々も生きるのに必死なもので』
『ですので……恐れ入りますが、お帰りくださいませ』
『或いはようこそ、私の腹の中へ。ああ、でもせっかくならご馳走を食べたい』
『そうですね』
『君達にも夢を見せてあげましょう。額縁の中の絵に恋するような、決して報われない夢を』
鬱陶しい長台詞の終わりと共に光が満ちる。
灼かれた視界が色を取り戻した頃、自分が長い廊下の真ん中に立っていた。
どこまでも続く廊下の先には奇妙なひとりの影。羊の被り物をしたそれは恭しく一礼し、背後に現れた扉へと手を掛ける。
「さあ、こちらへ。君の話を聞かせておくれ」
※補足
第二章は皆様の行動により戦場ががらりと入れ替わります。
これは今回のボス『ひつじのしつじさん』が世界自体を歪めた影響によるもので、何もしなければ戦場はボスにとって有利な状態が維持されてしまいます。
具体的には『廊下』『厨房』『ティーパーティーの会場』といった、屋内での戦闘を得意としています。
しかし、戦場は敵ユーベルコード『●願い事を叶えてあげよう』における『対象の理想が全て叶った世界』が映し出された状態に塗り替えることが可能です。
本来はアリスを捕らえて理想の内容を理解するための歪みだったのですが、これを利用すれば猟兵達の得意な戦場を意図的に作る事も可能です。
そのため、今回のボス戦では下記の選択肢を選んで戦闘を行っていただきたく思います。
①ティーポットに触れる(戦場を想像する)
②『ひつじのしつじさん』と戦う(倒す)
プレイング送信の際にどちらかを選択した上で、どちらか一つの番号を明記してください。
また、①を選んだお客様につきましては戦闘ではなく『どういう理想の世界を描くか』を考えてください。強く願う事で自分の望む世界を作る、それがこの選択肢における戦い方となります。
決して、己の未練を持ち込まないように。その一欠片が敵を強くするでしょう。
決して、己の世界を疑わないように。信じることが仲間達を強くするでしょう。
●ちぐはぐの夢を追いかけて
ふかいふかい、霧の中にいた気がしていた。
呼ばれて、触れて、夢の中。あれは魔法の錘だったのかしら、それとも呪いの薔薇だったのかしら。
見る見るうちに吸い込まれて、ぐるぐるめぐる頭の中。
いつの間にかわたしは真っ暗な映画館にいた。
見回しても他にお客さんのいない、わたしだけしかいない映画館。
ちょっとおめかししたわたしは真ん中の列の真ん中の席に座って、ちかちか光り始めたスクリーンをじっと見る。
:
③
:
何を観に来たんだったっけ。
:
②
:
なんで此処に来たんだっけ。
:
①
:
ま、いっか。終わるまでは静かにしてなくちゃ。
:
:
オズ・ケストナー
①
迷子のおひめさまはすきな色がたくさんって言ってた
だからおおきな虹があるといいな
そこを歩くといろんなことが起こるよ
黄はケガなんてすぐになおっちゃう
青はこおりの上をすべるみたいにしずかに早くうごけるようになって
藍の上にいればとてもしずか
フォークだってとびこんでこられないよ
他の色だってっ
下にはおおきな花がたくさんさいてる
虹からぴょんととびおりたら
ぽよんってはじきかえしてくれる
そのままいきたい場所にいっちょくせん
足を踏みしめて走りたいなら
虹のふもとにいるゆきだるまにおねがいしてみて
空から降る雪が道になってくれる
大きな雪の結晶は空飛ぶのりもの
たのしくてふしぎな世界
わたしはこんな夢をみるよ
おひめさまは?
●世にも奇妙なお茶会
「甘いものはお好きですか?」
ひつじ頭の執事は椅子を引いて、客人が座るのを待っている。
張りぼての薔薇に覆われた奇妙な小ホール、星屑色のシャンデリアの下にはひとつのテーブルとふたつの椅子が置かれていた。
苺の乗ったケーキにジャムを塗られてぴかぴかのタルト、クッキーにはチョコチップも混ぜ込んで、焼き立てのスコーンのすぐ傍には林檎ジャムにママレード、たっぷりのクロテッドクリームも添えられている。
「たたかわないの?」
「ええ、その必要がないのなら」
それなら少しお邪魔しようかとオズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)は執事の引いた椅子へと腰掛けた。隙を見て攻撃してくるのかと思ったが、意外にも執事が手に取ったのは白磁のティーポット。テーブルに用意されていた青薔薇のカップへと傾ければ、底に描かれた白薔薇を紅茶が真っ赤に染め上げた。
「本日の茶葉はアッサムにいたしました。渋みが少ないので飲みやすいかと」
「わあ、いいかおり!」
「お気に召していただけましたら私も嬉しく思います。スコーンとご一緒にどうぞ」
ことりと置かれたカップへと手を付けないまま香りを楽しむだけ楽しんで、オズは執事へと視線を飛ばす。
ごく自然に正面の、もう一つの空席へと腰を下ろした執事はオズの事をじっと見つめ返してきていた。食事を促すような、此方を値踏みしているような、少なくとも不快感を覚える視線が羊のつぶらな眼の奥からオズを舐める。
それに微笑みを返して、用意された何もかもに口を付けずにオズは問いかける。
「わたしたちを食べるって言ってたのに、こんなお茶会を開くのはどうして?」
「決まっています。これから食べるからこそ知っておきたいのです。ほら、生産元の分からないお肉よりも、生産方法まで見えるお肉の方が安心できるでしょう?それと同じですよ」
執事は淡々と、目の前の皿に置かれたミートパイへとナイフを落す。
ぱりぱりと網目状に焼かれたパイ生地の層が剥がれ、割り開かれた断面からぽろりと小さな肉が零れ落ちるのも気に留めず、一口分に切り分けたそれを羊の口元へと運んだ。
満面。
しかしそれでは満ち足りはしないのだと言わんばかりに執事は口元を丁寧に拭って、口直しの紅茶を飲み干した。空になったカップへ次の紅茶を注ぎ切ると、そのままポットをオズへと向ける。
「欲を言うと、私は君自身の望みが知りたい。君に、君自身の叶えたいものがあるのなら、このティーポットを触れてご覧。君の望みがすべて叶う、この中だけで手に入る」
「これに?」
「言うなれば下拵えです。私にも味の好みはありますのでね、より美味しくいただくために君の心の柔らかい部分を教えて欲しいのです」
奇妙な話だ。これから自分に食べられるために弱みを教えろなどと、普通ならばまず首を縦に振るはずがない。
だが、オズには懸念があった。確信があった。この罠の中に飛び込まなければならない理由がうすぼんやりと見えていた。故に、席に着いてから終始行儀よく膝の上に収まっていた片手を執事の差し出したティーポットへと伸ばしたのだ。
「じゃあ、ちょっとだけ教えてあげるねっ」
オズがティーポットに触れると、瞬きすらできない速さで中へと吸い込まれる。それを見て、被り物の下でかいぶつの口が弧を描いていた。
○王子様の冒険
理想って、何だろう。
吸い込まれた暗闇の中でオズは考えた。何でも叶うというのなら、別に自分のためじゃなくてもいいはずだ。あの子のための世界を作ろうと、オズが理想をこね始める。
迷子のおひめさまは「すきな色が多すぎてえらべないの」と言っていた。ならば全部並べてしまえばいいのだ。
苺の赤を始まりに、彼女が好きだと言った色を浮かべていく。心のパレットにありったけの絵の具を絞り出し、闇色の世界に描いたのは虹の橋。完成した橋を歩きながらオズは色のひとつひとつへまじないをかけていく。
「黄はケガなんてすぐになおっちゃう。いたいのは全部とんでくよ」
「青はこおりの上をすべるみたいにしずかに早くうごけるようになって」
「藍の上にいればとてもしずか。フォークだってとびこんでこられないよ」
ぽん、ぽん、と跳ねる踵に色飛沫。赤色に魔法をひとつまみ落としたところで少年人形は飛び降りる。虹の下には今なお底知れぬ虚ろが顎を開いて餌を待ち侘びていた。
が、突如咲き乱れる巨大な花の群れ。オズの身体は花の中心に沈み込み、ぽよよーんと愉快に跳ね飛ばされ、虹を飛び越えふもとまで。
ニンジンの鼻とバケツの帽子、木の枝の腕を器用に腕組みしているゆきだるまの目の前に着地すると、オズはにっこり視線を合わせた。
「ゆきだるまさん!雪をたくさんおねがいねっ!」
ガッテンダー!と気合の声を上げればゆきだるまは両手を空へ。直ぐに真っ暗な空へ灰色の雲が渦巻き、ちらちらと雪が舞い始めた。
不自然なほど真っ直ぐに降り積もっていく雪の道は虹の終わりの先の先、まだ見ぬ夢の暗がりへと続いている。気が遠くなるほどの道のりに雪だるまが気を利かせて大きな雪の結晶を呼んでくれた。
空飛ぶ結晶はきっとあっという間に運んでくれる。でも、オズはそれを断って新雪へと足跡を残しながら駆けていった。
(たのしくて、ふしぎな世界)
あたたかくてやわらかくて、いろんなものに溢れてる理想郷。
わたしはこんな夢をみるよ、と少年人形が見えない誰かへ優しく語る。
(きっと、どこかに、あの子がいるはず)
見送る前に見たのは楽しそうな笑顔。あの子はどうしているのだろう。
泣いてないかな。
怖がってないかな。
寂しがってないかな。
降り積もる心配が世界をうねらせ、力いっぱい踏みしめた足で真っ白の道を走っていく。道の終わりにはまた大きな花がひとつ。飛び込んで、跳ね飛ばされれば行きたい場所まで一直線。
薔薇のお茶会を花畑に、長い廊下は虹の橋に、真っ黒の不安を極彩色に塗り潰しながら飛んで走って跳んで走って。
そして……
「――みつけたよっ、おひめさま!」
大成功
🔵🔵🔵
エドガー・ブライトマン
②
奇遇だね、私達もアリス君をキミに渡すワケにはいかない
王子としての責務だからさ
ひつじ君、しつじ君…ウーン、彼はどっちで呼ぶべきかな
塗り替えられた世界は、とても鮮やか
あんなに大きな虹はきっと久しぶりに見たよ
覚えてないだけかもしれないけど
やさしい思いが込められているように感じられるなあ
キミはそう思わない?… つじ君。
構成された世界の特性を活かして、つじ君と戦おう
私がこの世界を疑うようなことはあり得ないさ
得意みたいなんだ、誰かを信じること
戦闘力を増強しても、私は痛みに鈍くてね《激痛耐性》
我慢比べになっちゃうかな?
レイピアに《破魔》の力を乗せて“Jの勇躍”《早業》
あまりキミと長話をするつもりもないのさ
●運命と矜持をこの手に
観客を置き去りに、星が巡るかの如く塗り替わっていく情景は目まぐるしく忙しない。
にもかかわらず、ワンセットのイスとテーブルを残して模様替えされていく世界を眺めながらひつじの執事は感嘆の吐息を漏らした。
「これは素晴らしい。いやはや、アリス以外を招くのは少々不安ではあったのですが、彼もなかなかに夢見がちな性格だったようで」
変化が止まった時、彼らが設置されたのは虹の橋のちょうど真ん中。パイを食べ切り、紅茶を飲み干した執事は背凭れへと身を委ねて、正面に座る彼を見た。つい先程ティーポットへと吸い込まれた青年がいた席には新たな客人が既に座し、温かいままのカップへと視線を落としている。
執事は微笑を崩さぬ青年へと温和な声色で語り掛けながらも、被り物の下に不気味な笑みを隠した。
「しかし、世界が混ざり合えば産み落とされるのは渾沌。歪に混ざり合った御伽噺にハッピーエンドは存在しえない――そうは思いませんか?君」
「そうは思わないさ」
一匙の砂糖を落してかき混ぜながらエドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は断言する。
「苦いなら甘くすればいい。甘すぎたなら口直しを用意すればいい。食事と同じだよ」
一口、仄かに薔薇の薫る紅茶は口内に苦く甘く解けて飲み下された。
立ち上がる。先程まで座っていた椅子も、菓子と紅茶が所狭しと並ぶテーブルも消え去って、残ったのはぴんと伸ばした背筋と銀細工の薔薇が絡む細剣ひとふり。
ひつじか、執事か。何方で呼ぶべきかを迷いながらもエドガーは虹の上を歩き、世界を見回した。塗り替えられた世界はまさしく不思議の国(ワンダーランド)と呼称したくなるほどに鮮やかで、見つめるだけで自然と笑みがこぼれだすような柔らかさがあった。
こんなにも大きな虹を見たのもきっと、久しぶり、なのだろう。なんせ記憶というものは左腕に宿った美しき大輪が吸い上げてしまっている。正確なものか判断はできない。
憶えていないだけかもしれない。けれど、込み上げた懐かしさと温かさはまごうことなく今、エドガーの胸に宿っていた。
「この世界には、やさしい思いが込められているように感じられるなあ。キミはそう思わない?…… つじ君」
「そうは思いませんね」
執事の片腕にぎらりと鈍い銀色が引き抜かれる。その手に握られたのは剣ではなく巨大なフォークだ。これから始めるのは戦いではなく食事の一環なのだと言わんばかりに見せつけるそれをエドガーへと突き付けて、執事は言い返す。
「この世界は、まるで私とアリスを引き離さんとしている――ええそうですとも、アリスを譲るわけにはいきません」
「奇遇だね、私達もアリス君をキミに渡すワケにはいかない」
接近。初撃は互いに届かず。
相対する白銀が交差し、剣戟の音が耳を劈いた。執事は銀製のフォークでエドガーの細剣を跳ね上げて、躍るように大薙ぎ一閃。寸でのところで回避したエドガーは細剣を胸の前に構え直すと、一息で踏み込み隙だらけの背中へ突進した。
が、膨れ上がった羊毛がエドガーの放つ刺突を絡め捕る。芯まで届かない手応えに身を引き、防御を解かれたタイミングで再び貫かんと敵を凝視して……
「――っ!!」
羊毛が消えたと同時に執事の手元から鈍い煌めき。直感、咄嗟に右腕で急所を防ぐと、連なり突き刺さる銀製のフォークが二本。内側から四方八方に割り開く針の痛苦にエドガーの眉が僅か跳ねた。が、王子たる彼の笑みは崩れない。
「おや、苦しくはないのですか?」
「生憎と、私は痛みに鈍くてね」
「それはそれは。ですが負傷は蓄積するものですよ。耐えきれますか?」
「勿論」
留め金を外せばどこからか吹き込んできた風が薄桃色の空へとマントを奪い去っていった。
願いの主はこの世界同様にやさしいのだろう。黄、緑と歩いてゆく間に剣を握る手に力が増していくのを感じ取りながら、エドガーはひつじの執事へと相対する。小細工はいらない。この祈りがあれば、運命は切り開ける。
悍ましき夢に囚われどこかで苦しんでいるはずの少女と、この夢世界を形作り続ける見知らぬ友を助け、立ち塞がる悪しきを挫く。揺るがぬ矜持を抱き、理由なく万人を救う。
「それが王子としての責務だからさ」
構え、一歩。
虹の青に浸した純白の爪先が執事へ真っ直ぐと向けられて、踏み込み――眼前。
「なっ」
声を上げた時には再び姿が見えなくなっていた。
執事の背後へとすり抜けたエドガーが足を止めた時、覆われていたはずの羊毛は丸くきれいに刳り貫かれ、破魔の力を乗せた銀薔薇の細剣が軽やかにひつじの執事の胴に傷を灼き付ける。遅れてやって来た痛みに執事が気付いた時にはもう一箇所、今度は背中側に穴が開いた。
受けた攻撃に比例して力を増すにしても、傷の修復を為さねば十二分な反撃は成り立たない。そして傷を治すべく攻撃を繰り出せどもそれ自体が当たらない。生命力を吸収したくともただフォークを振り回すだけでは、無意味に投げつけるだけでは意味が無い。被り物の下、ぎりりとかいぶつの歯が軋んだ。
「終わらせようか、つじ君。あまりキミと長話をするつもりもないのさ」
足を止め、王子は執事へ向き直る。
空より深く海より明るい青の眼差しと剣先を執事へと突き付けて、凛々しく微笑んだ。
大成功
🔵🔵🔵
●変化と発覚
夢とは、ちぐはぐに繋ぎ合わせた映画のフィルムと同じだ。
招かれた客人(ゲスト)達は都度世界観を変える舞台の上で与えられた台本の通りに配役を演じ、夢の主人が目覚めるまで延々と茶番を続ける。舞台上にいる事に気付く客人は少ない。大抵の客人達は自分の事を最初から「その世界の住人(キャスト)」なのだと夢の終わりまで思い込むものだった。
そんな世界の中で、私はただの演者ではなかった。なぜならここが夢だと最初から知っている。舞台装置に細工を仕掛け、シーンの切り替わる瞬間も自覚できるようになった。あとは簡単なことだ。食卓を整えるだけだ。
演出家であり唯一の観客へ接触して傅く振りをして油断させた。
会話の合間に心の弱みを見出し、理想を全て叶えた世界を見せつけて夢の方向性を定めてやった。
そうして望む儘の世界に浸った彼や彼女の理想を踏みにじり、これから喰われる運命にあるのだと突きつけては絶望させた。
ああなっていればよかった、こうなっていればよかった、ああしていればよかった、こうしていればよかった。
――そうした未練の、なんと美味なこと!!
満たされなかった絶望感が私の舌を唸らせて、叶わなかった失望感が私の喉を潤してくれる!!
今度のアリスもそうだと思った。事実、彼女は記憶を取り戻したことで現実から逃避しようと必死だった。ほんのちょっと優しくしただけで夢へと逃げ込んでくれた。
先程の青年もそうだと思った。戦う事を選ばなかった彼なら優しさに付け込んで追い詰めていけると思っていた。
だが、違った。
世界が巡らない。他のシーンへと移らない。それどころか、先程からアリスの夢を引き出そうとしているのに全く反応がない!
その理由は解っていた。本来ならば幾つもの世界、幾つものシーンをランダムに巡るはずのこの世界で、先程ティーポットへと取り込んだあの青年の理想(ゆめ)が完璧なまでに美しく巡回、あるいは固定している。
だけではない、恐らくはアリスの夢さえも塗り替えている。彼女の望む逃避の夢よりも強く圧倒的な願いの質量で、彼女自身にも作用する夢を構築している。
どこか子供じみているからと甘く見ていた。子供のようにあちらこちらへと夢へ手を伸ばしてくれるのならば敵対者を排するのも容易くなると思っていた。
(まさかこれほどまでに強く、他人の為に願えるとは――!)
人間の弱さを知っていた。今まで見てきた多くの人間は己の望みを前にすれば他人など矮小な存在になるようなものだった。だが、アリスを追ってやって来たこの客人達は違う。痛みに揺るがない、恐怖に怯えない、絶望に屈さない、私(オウガ)に臆さない!!
――嗚呼、なんて不味そうな連中なんだ!!
一応、この舞台への対抗策はある。ティーポットを叩き割ってしまえば中に吸い込んだもの達を強制的に取り出すことはできる。が、そうすれば隠しておいた極上品(アリス)をも取り逃がしてしまう。
(何より私にはこの世界を構築するための「夢」が見られない。アリスを出してしまうと勝機はまずなくなるでしょう)
不利は確定。それでも立ち向かわねばならない。そうしなければご馳走にあり付けない。生きてゆけない。
私は勝機を探るべく、この奇妙な虹の上から飛び降りようとした。
夕時雨・沙羅羅
②
僕は、アリスのお姫様であり王子様
アリスが望むなら、夢の世界でいつまでも遊ぼう
でもそれは、オウガの作る夢じゃない
…オウガ、滅ぶべし
アリスの為の夢、僕も作りたかったけれど
オウガという存在に対する憎悪はきっと夢を曇らせる
だから代わりに、唄を歌おう
アリスを慰める唄を
愛すべき客人、この世界に来てくれた守るべき人
それが僕にとってアリスという存在
僕は言葉扱うひとでは無いから、歌詞は無いけれど
込めた心は、憎悪で曇らないように
憎しみは《唄》(氷の刃)に込めて
舞台口上のような言葉、演者のような振る舞い
憎らしい憎らしい…アイツと似ている
何より、アリスを悲しませるというのなら
こんな舞台、容赦無く呑み込んでしまおう
●乞いて願うはあなたのため
――ぉん。
聞き慣れない高音が聞こえて、執事は立ち止まる。その音は遥か上空、或いは耳元。そこかしこから聞こえてくるというのに、音の正体は見えてこない。
――ぉぉん。
響いて、揺られて、充満する。何故だろうか、先程から悪寒が止まらない。腕が、脚が、いや身体全体が震えている。悪寒がするのではない、実際に周囲の空気自体が冷たく、低くなっている。
刹那。
「っ!!」
跳び退く。半瞬遅れて、執事が立っていた場所に上空から突き刺さった幾本もの煌きが突き刺さる。ぱきり、と虹の表面で割れていったのは氷の針だ。上空で凍て付いた雨粒が細く鋭い矢となり、退避しようとする執事へと降り注ぎ、凍て付かせていった。
避けきれなかった爪先から感覚が消えゆく。羊毛で覆えば最低限の負傷で防ぎ切れるかもしれないが、集中的に狙われ全身を凍らされてしまうと他の猟兵達からの追撃がやって来るだろう。それは避けたい。
どうにかこの雨を降らせている元凶を仕留めなければ、執事は周囲を見回すが他の猟兵達に怪しい動きはない。どれだ、誰だ。雨が止んだ一瞬で間合いを取って、懐に忍ばせた銀のフォークを数本、指の合間に握り込む。
その時だ。虹の下から巨大な水が跳び上がって来た。圧倒的質量の水は魚の形を作り上げ、薄桃に色付いた空の下を淡い光を撒いて悠々と泳ぐ。
さかなの歌声に呼応して世界を濡らす大雨は執事の頭上でのみぱきりと冷え固まり、他の猟兵に対しては僅かにその身を濡らす程度。透明の眼は敵と味方を正しく区別し、己にのみ憎悪を積もらせていた。
(これが、この雨を降らせている元凶ですか!)
執事は素早くフォークを投げ付ける。が、水の身体はとぷんとフォークを飲み込んで、痛みひとつ知らぬ儘に吐き出した。無力な白銀は広がる花畑の中へと落ちて消えてゆく。
美しき水はその姿をオウガの前に晒さない。彼の――夕時雨・沙羅羅(あめだまり・f21090)の本来の姿はアリスとの想い出を飲み込んだ宝箱だ。
穢れたものは不要だと言わんばかりに、歌の最中にひと非ざる声で吼える。
――オウガ、滅ぶべし。と。
アリスへと語り掛けた時とも、響かせる歌声とも異なる、低く、吐息さえ凍り付かせるような音。今の沙羅羅には一掬いの慈悲もない。
沙羅羅にとってアリスと呼ぶ来訪者たちは、異世界より招かれる愛おしき客人。この世界に来てくれた守るべき隣人達だ。綺麗に整えた世界へと迷い込んだ彼ら彼女らが不安で胸が押しつぶされないように存在する一時の友人として、帰り道を探す旅の供として、『愉快な仲間』達は存在する。
(アリスの為の夢、僕も作りたかったけれど)
ゆぅらり、尾鰭を揺らしながら見下ろす世界は今、優しく楽しい夢に包まれている。だが先程まで見せられていた夢を沙羅羅は知っている。
夢を写し取り、映し出すこの世界はアリスの心そのものだ。千変万化、誰もが主役になれる憧れの舞台。先程出逢った彼女もきっと素敵な舞台を望んでいただろう。
叶うならば、彼女が笑い続けてくれるような優しい舞台を、あたたかなスポットライトを、沙羅羅も想像したかった。したかったが、できなくなった。
それを目にした瞬間、どこにあるかもわからない心を昏く澱んだ敵意に染まった。舞台口上のような言葉、演者のような振る舞い。それは――執事の皮を被った化物は記憶に揺らぐ誰かの面影を辿り、深く根差した憎悪を呼び起こす。
忌々しい、憎たらしい、このオウガは自らの都合がいいように弄り回して作り替えた。無垢なアリスを唆し、自分にとって有利になるような舞台(ゆめ)を用意させた。この敵意は真っ白なシーツにこびりついて取れない染みを作ってしまう。
それではだめだ。
だから沙羅羅は舞台に立った。姫が眠るのならば王子となって救い出し、王子が嘆いているのならば姫となって零れた涙を受け止める。そうあるべきだ。
沙羅羅が紡ぐのは、世界を浸すほどに深く広がるあいのうた。ここにはいない、アリスを慰めるこいのうた。主役が望む通りに配役を変えたとしても、揺るがない想いがある。
この唄は。
この唄だけは曇らせない。
大きく開いた口から零れだすのは言葉なき旋律。想いはわたがしの柔らかさで雲を広げていき、音は伝搬し、世界を震わせる。しゃららと震えて、歪まされた世界に雨を呼ぶ。花を潤す恵みの雨を、海を広げる命の雨を。そして、熱を奪い去る無情の雨を。
雨に打たれながらも執事は幾度となく沙羅羅へとフォークを投げ飛ばす。核となるものを探っているのだろうが膨大な水は弾けて飛沫を上げるのみ。
オウガに狂わされたこんな世界はアリスに必要ない。何より、アリスを悲しませる存在は、アリスの世界に必要ない。
(――こんな舞台、容赦無く呑み込んでしまおう)
聲はきよらに、水は静かに、夢に薄く細波を残して浸透していった。
大成功
🔵🔵🔵
ユーチャリス・アルケー
②
迷子。
まぁ、まぁまぁ、いけないわ
目的地に届かなかった旅人も、わたくしの膝を終と選ばなくては終われないの
だってその時は、せめて納得しなくては
挫けて良いのよ、無力で良いのよ、そこで見える色があるでしょう
辛い砂漠でなくては、見られなかったものがあったのよ
ねぇあなた、外の世界は色が多いわね
その量に溺れてしまいそうで、壊れるまでに見きれない程にありそう
見たいものを見て良いのよ、後悔しても良いのよ
あなたなんだもの
でも、小さなあなた
あなたはもっとたくさんを見て
夢見ることは苦手なの
わたくしこそが、あの人たちの夢なんですもの
魅せられるものなら、見せて
わたくしが看取った全てのいのちよりも、輝くものがあるのならば
●楽園は蜃気楼の先に
目で追えぬ剣戟が身を貫く。凍て付く雨が肌を灼く。
何という事だ、何という事だ!執事は被り物の下で声にならない慟哭を呑み込んだ。
この世界では、自分は捕食者であるはずなのに。彼らは喰らわれるはずの客人(しょくざい)であるはずなのに。ここは自分の為に誂えた舞台であるのに!
されど全ては自然の摂理の儘に――強きが残り弱きが淘汰される。彼が弱者を喰い尽くしてきたように、彼もまた強者によって滅ぼされる運命にある。
逃げなければ。しかしどこへ?あれらはアリスを捕らえたままならばどこまでも追いすがって来るだろう。
ならば手放すか?そうだ、他にも餌(アリス)はいる。このひとりに執着したところで命を落とすしか道はない。
だが本当にそれでいいのか?手放したところで新たなアリスが見つからなければ飢えて死ぬのみだ。その上この連中が見逃してくれるはずもない。
即ち、即ち。
「迷子」
思考を裂いたのは女の声だった。
振り返り、距離を取り、咄嗟の投擲。小さな銀製のフォークは正確に声の主へと飛んでいったが、それらは彼女の侍る死霊の騎士により事も無げに叩き落とされた。
次いで接近、今度は手にした巨大フォークによる刺突を狙う。しかし氷の雨に射抜かれた脚は凍て付き割れ崩れ、女へと辿り着く間もなく執事は倒れ込んだ。
ユーチャリス・アルケー(楽園のうつしみ・f16096)は倒れた執事の傍らへ腰を落ち着ける。幼子をあやすように被り物の頭へ手を置けば、息も絶え絶えの執事は武器を握り直そうと手を伸ばした。
その手は蛇竜によって阻まれ、容易く噛み砕かれる。最早痛みなど感じない。執事はただ己を見下ろす海色の瞳を見つめ返すことしかできなかった。
が、人魚は抵抗の意思が消え始めた執事へと止めを刺すことなく、真珠に艶めくドレスへ隠した尾鰭に頭を乗せてやると、彼女を飾るレェスよりも薄く柔らかに微笑んだ。
「な、ぜ」
「何故――わたくしがここにいる理由かしら?迷子をね、捜しているの」
ただその途中、道半ばに倒れる旅人がいたから膝を貸しているだけ。
ユーチャリスは淑やかに告げて、執事の頭を撫でた。被り物の羊毛はふわふわと黒糖色の手を包み込んでは柔らかく押し返す。身動きの取れない執事は女が落とす慈しみの眼差しを受け止める事しかできず、呆然と、されるが儘。
それでも懸命に、今自分が置かれている状況を把握しようと声を絞り出した。
「私、は……君達に、殺される、の、でしょう?なら、こんな」
「まぁ、まぁまぁ、いけないわ。目的地に届かなかった旅人も、わたくしの膝を終と選ばなくては終われないの」
言葉を遮り、人魚が困ったように僅か、眉尻を下げた。こうすることは当然である、こうなる事は必然であるのだと真綿に包んで囁いては、何かを話そうとするそれの喉奥まで押し込んだ。
――だってその時は、せめて納得しなくては。
被り物の上から頬を挟み込み視線を固定してやると、逆さまに見つめ合った執事は言葉を形作る事を忘れる。眼前の人魚が紡ぎあげる音色は呪いのように浸蝕し、次第に思考を融かしていった。
「挫けて良いのよ、無力で良いのよ、そこで見える色があるでしょう。辛い砂漠でなくては、見られなかったものがあったのよ」
ちきちき、かちかち。
女から聞こえる緻密な動作音が睡魔を呼び、次第に四肢から感覚が失せていく。言の葉一つ一つがまじないにも子守唄にも聞こえる心地の良い律動を奏で、諦念を揺り起こす。
「ねぇあなた、外の世界は色が多いわね」
つぶらな眼から視線を外して、ユーチャリスが見回す世界には溢れるほどの色に満たされていた。淡く、眩しく、痛々しく。純粋な情報量もさることながら、そこに籠められた想いはどれほどのものなのだろう。
幸福に満ちた色もある、失意に窪んだ色もある。が、総てを知る必要もなければすべてに目を通す必要もない。
溺れんばかりの極彩の中で、憧憬から産み出された機械人魚は甘やかに終わりを誘う。
「見たいものを見て良いのよ。後悔しても良いの。ここまで歩いて、辿り着いて、そうして形作られたあなたなんだもの」
それで、いいの。
降り注がれた肯定は執事の心へと言いようのない蟠りを生んだ。赦されているというのに許せない。全てを手にしているようで、何もかもを取り零しているような、この感覚は――
「……は、は」
嗚呼、極上だ。
最後の最後に喰らった己の未練の味に笑い、吐き出せなかった呟き一つを置き去りに、ひつじ頭の執事は永遠の微睡みへと落ちていった。
ことん、と。執事のいた場所に真白が落ちる。ユーチャリスが掬うように拾い上げたのは中身があるはずなのにやけに軽いティーポットだ。
「……夢見ることは苦手なの。わたくしこそが、あの人たちの夢なんですもの」
滑らかな白磁を撫でるも中から誰かが現れる様子はない。オウガが滅んだからと言って彼らの夢が終わるわけではないのだろう。それこそ彼らが望まないのならばこの小さなポットの中で、己の願望だけに浸り続けてしまうことだって出来てしまう。
「でも、小さなあなた。あなたはもっとたくさんを見て」
高く高く掲げたティーポットが女の手から滑り落ちる。
「わたくしが看取った全てのいのちよりも、輝くものがあるのならば」
魅せられるものなら、見せて。
虹の上へと陶器の花弁が散って撒かれる。同時に世界から色が褪せて暗がり。白く浮かび上がったユーチャリスの傍らにはポットの中へと飛び込んだひとりと、赤く腫れた眼の少女が横たえられていた。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 冒険
『アリスの落とし物』
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POW : アリスの危機だと何も疑わず落ちていた方向に向かう
SPD : 落ちていた物や場所等の状況から何かしらのヒントを得る
WIZ : アリスの落とし物とは限らない、オウガの罠も検討し状況分析をする
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
○×××の頁
零れていく。
零れてしまう。
今のわたしは穴の空いた袋と同じで何事も意味を為さない。
どんなものを詰め込んでも穴から落ちて行く。どんな感覚も刹那だけ満ちて、通り過ぎる。
歓喜、興奮、愉楽、幸福、愛情、憧憬、恋情、尊敬、同情、充足。
悲嘆、憤懣、嫉妬、怠慢、嫌悪、憂鬱、憐憫、不安、落胆――絶望。
そのいずれもが抜け落ちていく。
そう、わたしは空だ。
わたしは静かだ。
今、わたしには何もなく、ある種の完璧を有している。
はずなのに。
わたしにはひとつだけ残っている感情があった。
これはわたしがこの世界へ至る前に抱いていた、もっとも強い感情。
これがある故にわたしはあの世界へ戻れず、この世界に閉じ籠れない。
孤独。
わたしはこの想いを捨てられない。
わたしはひとりでなんていられない。
帰りたくない。ここにいたくない。
どこに行っても同じだと、知りたくない。
教えて。わたしはもう、夢を見てはいけないのかしら。
●十三頁目
理想は消え、世界は暗く鎖される。
目を覚まして暫くが立つが、少女は上の空。
どんなに呼び掛けても、帰ろうと促しても、彼女の心を動かせない。彼女の身体を動かせない。
まるで真っ白なキャンバスにも似た虚無感を纏い、総てを拒絶せんとする少女を前に猟兵達は戸惑い、悩んでいた。
どうすれば、彼女を救い出す事が出来るのだろうか。
その時、ふと暗闇に包まれた世界にぽつり、ぽつりと光が灯った。赤く、黄色く、青く、緑に、色鮮やかに散りばめられて点滅していた。
もしかしたら。
もしかしたら何か、彼女の心をよみがえらせる手掛かりになるかもしれない。
思い立ったらすぐさま行動。猟兵達は各々がこれだと思う光を目指して走っていった。
さあ、落とし物を探しに行こう。
※補足
アリスではない彼女を目覚めさせる時が来ました。
現在、彼女はユーベルコードを使用し「幼い頃に憧れたアリスの姿」に変身した状態です。彼女がこのユーベルコードを解かない限り、元の世界に変える事はありません。
また、ひつじのしつじさんが見せた理想の世界が壊れたことによって多くの感情を削ぎ落されている状態です。
そのため、皆様にはアリスの記憶につながるものを拾い集めていただきます。
既に見当がついている方は「何を探しに行くか」を明記してください。
何か分からない方は「何色の光を調べるか」を明記してください。
手にしたものが何であれ、彼女へと伝えるべき言葉は忘れずに。
頁を手繰れば容易に見つかるものではありますが、知らないふりをしたってかまいません。
大切なのは、彼女を立ち上がらせるためのきっかけ作りなのですから。
オズ・ケストナー
エドガー(f21503)と
わあ
きっとおひめさまがすきな色だ
エドガー、あつめにいこうっ
『額縁の中の絵に恋するような』
あのひつじは言ってたね
彼女の絵があるのかな
彼女の夢が
そうっと光をひろいあげて
いいよ
夢をみていいんだよ
おなじように夢をみているひとだってきっといる
おひめさまはひとりじゃないよ
すてないで
おしえて
きみの世界を、すきなものをきかせてほしいな
おはよう、おひめさま
目が覚めたなら
きみの名前をきかせてね
それでね、いっしょにおえかきしてあそぶんだ
世界にはこんなにたくさんの色があるんだもの
エドガーは絵をかくの、すき?
わたしはね、だいすきっ
ふふ、そしたらねえ
エドガーとおひめさまのすきなものをかきたいなあ
エドガー・ブライトマン
オズ君(f01136)、ゆこうか
ちかちか、ぽつぽつと光るあれらを見た
ああ、アリス君が喜んでくれるならいいねえ
きっと彼女にも憧れているものがあるんだろう
そういうものは誰にだってあるものだし、
憧れがあるというのは本当にステキなコトさ
私は光を調べてみよう
青は良い。空の色でも、海の色でもある
眺めているだけで、どこにでも行けるような気がしてくるだろう
ねえ、アリス君
キミはどこにでも行けるし、何にだってなれる
大事な気持ちは大切に心にしまっておきたまえ
目覚めたかい、アリス君
お絵かきかー
嫌いじゃないよ、私も忘れないように描くコトもある
上手いか、はちょっと解らないけど……
では、オズ君の描く絵を見せてもらおうかな
●やさしい呪いの終わらせ方
遠く、近く。深闇に微かな光が点る。
道を照らし出すだけの明るさはないが、往くべき場所を示してくれる。童話の中で語られる、月光を帯びて帰路を導く小石と似た仄かさで散らばっていた。
「わあ、すごい。おひめさまがすきな色ばっかりだ」
オズ・ケストナー(Ein Kinderspiel・f01136)はぐるりと360度見回してはきらきらと、一等星の明るさを瞳に宿す。くらげの森を飛び越えて、はしゃぐように遊んだその時に聞いた彼女の好きな色。返された答えと同じ、様々な色の光が彼らの周囲で瞬いていた。
このひとつひとつに彼女の心を、彼女の笑顔を取り戻すための何かがあるはずなのだ。
「なら、アリス君も喜んでくれるかな」
エドガー・ブライトマン(“運命”・f21503)は伏せた目蓋の裏に少女の笑みを映す。自分を「ほんものの王子さま」と呼んだ時の眩さは今この空間の何処にもなく、それを取り戻すために必要なことはただひとつ。
「エドガー、あつめにいこうっ」
「そうだねオズ君、ゆこうか」
よく似た青の視線を一度交えて頷き合い、オズとエドガーは少女の為にと光を目指す。
「まずは手分けして色々と集めてみようか」
「うん、じゃあわたしはあっちの光を!」
「私はあちらを調べよう。では、幸運を(Good luck)!」
まずエドガーが向かったのは明るい青の光だ。
澄み渡る空の青か、透き通る海の青か。旅立ちと果てなき冒険の予感を薫らせる神秘の揺らめきへと近づいてみると、光は最初に見つけた時と同じ小ささで彼を迎えた。
両手を器に光を下から掬い上げてみると、ぽちゃんと揺れて溜まって、流れ落ちていく。全ての青が零れると、エドガーの掌に残ったのはたった一欠片。
「これは……クレヨン?」
青のクレヨンが一本だけ。それもとびきり使い潰されてかなり短くなったものが転がっていた。不思議そうに摘まんで上空に翳してみるも、見る角度をどんなに変えて見ても別段何もない。何の変哲もない、ただのクレヨンだった。
(もしや他の光にもクレヨンが?)
疑問を胸にエドガーはクレヨンひとつを握って別の光へ向けて歩き出した。
一方、オズが辿り着いたのは暖かな色。暖炉の火に似たオレンジ色を前にして思い返したのはひつじの被り物をした執事の言葉だ。
『――額縁の中の絵に恋するような、決して報われない夢を』
どんな夢を見ていたのだろうか。オズが辿り着いた時、少女は映画館のような場所で呆然と何かを眺めていた。
どんな夢を見せられていたのだろう。彼女はその時には既にどこか遠くを見つめていた。あらゆる現実を拒絶するような、如何なる夢も眼中にないような、そんな表情で。
(でも、きっと、あれがあるはず)
そうっと、そうっと。光へと手を伸ばしてみる。燃えているかのような揺らめきに反して熱はなく、すんなりと呑み込まれた光の先で何か硬いものに触れた。指先で表面をなぞって、形を確認したら掴んで引っ張り出す。
その手に収まっていたのは一冊の絵本だった。
「……あれ?」
てっきり彼女の描いた絵があるのかと思ったのに、首を傾げながらもオズは絵本を開いてみた。ぱらりぱらりと頁を捲れば、離れ離れになった家族を探す仔猫の少女が様々な動物たちの助けを借りて家族と再会する話だ。
もしかしたら、あの子が好きな本なのかも。ぱたんと閉じて、胸に大事に抱えたなら走り出す。目的地は彼女――の前に、あちらこちらの光を探って回っているエドガーの元へ。大きく腕を振ったなら同じように何かを胸に抱えているエドガーが立ち止まる。
「えーどーがーあー!」
「あ、やあオズ君!何か見つかったかい?」
「うん、エドガーはどう?」
「ふふふ、見ておくれ!」
自慢げなエドガーはマントでくるんでいたそれをオズへと広げて見せる。赤、橙、ピンクに黄色、緑に青に紫、茶色、黒。長さはばらばらだがどれも何かを描いた後らしく斜めに、或いは平らに磨り減っていた。
「アリス君は絵を描くのが好きだったのかな?」
「うん、そうかも。あのひつじも絵の話を出していたし、もしかしたらこの絵本も関係あるのかも」
オズが差し出した絵本を受け取ればエドガーも興味津々に頁を捲る。淡く柔らかな色合いで描かれた動物たちの、優しくあたたかな物語がゆっくりと進んでいく。
不安に満ちた旅の中、仔猫の少女には多く災難が降りかかった。そんな彼女を出逢って間もない友人達が手助けし、乗り越えていき、大切な家族の元へと辿り着く。シンプルだが揺るがないハッピーエンドの物語だ。
一喜一憂、ころころと表情を変えながらじっくりと読み込み、しみじみと本を閉じたならエドガーは絵本をオズへと返した。
「うん、素敵な話だった……」
「エドガー、ちょっと泣いてる?」
「泣いてはいないさ。心と声が震えてるだけだよ」
クレヨンと絵本を抱え直すと、ぽつんと遠くに小さく照らされた少女を捉えてふたりは歩き出す。足場も何もないが確かな道はある。この世界へと飛ばされた時と同じだ、道は自分の思いひとつで簡単に作れるのだ。
だからこそ、この世界は閉じている。ここが彼女の世界への出口があるはずだというのに彼女から続く道がひとつもないのは、彼女自身がどこかへと向かう事を拒んでいる証拠だ。終わらせてはならないはずの旅を諦めさえせず、ただ道の真ん中で蹲っている。
それではだめだと、彼らは少女の前に立つ。彼女の旅を終わらせないために、或いは正しく終わらせるために。
「おはよう、おひめさま」
「目覚めたかい、アリス君」
声を掛けても少女は俯いたままだ。目の前で手を振っても、そっと肩を揺らしても無反応。このままではいけないと、エドガーはクレヨンのひとつ――最も磨り減っていた青のクレヨンを少女の掌に置いてみた。
すると、ぴくりと指先が動き、少女の銀色の眼が小さくなった青を映しだす。唇が小さく震えると、ようやっと少女は言葉を零した。
「これ、は」
「やあおはよう!これはすぐそこで見つけたのさ。キミは絵を描くのが好きなんじゃないかい?」
「……すき、だったわ」
「なら全部あげよう!」
さあさあ!とエドガーは万色を包んでいたマントごと押し付けた。掌からマントの中に転がる青のクレヨンを追い駆けて少女の手が恐る恐る伸びる。が、触れる手前で手を止め、ぎゅっと拳を握ってしまう。
「…………でも、わたし。もう描けないわ」
「どうして?」
「だって……」
口籠り、口を閉ざす。それ以上を言葉にすることを恐れているようにも見えた。
痛々しささえ滲む少女の銀色を覗き込むように膝をつくと、エドガーはそっと彼女の唇に指を当てて微笑む。
「大事な気持ちは大切に心にしまっておきたまえ。キミはどこにでも行けるし、何にだってなれる」
無理に言葉にしなくてもいいんだ。
ぽっかり空いた心へと優しく蓋をしたエドガーの言葉は少女にとって救いだった。
だが、言わねばならない。言わなければ自分を理解してはもらえない事を心のどこかで知っていたからこそ、少女は告げる。変えられない現実を形にする。
「わたし、もう夢を見てはいけないの。何にだってなれるけど、わたしになれないの。どこにだって行けるけど、帰れないの。わたし、もう描けないの」
塗り潰されたこの世界は彼女のキャンバスだ。画材がいくら揃っていても、色を重ね尽くした後には何も描けない。どんな色を望んでも、どんな形を描いても、すべての色が呑み込まれていく。虚ろに落ちていく。
わたし、わたしはと少女は涙を溢し、紡げなくなった言葉を喉奥に押し込めるように声を震わせていた。
「いいよ」
押し寄せる感情を切り裂いたのは、オズの肯定だった。
「夢をみていいんだよ。おなじように夢をみているひとだってきっといる。おひめさまはひとりじゃないよ」
すてないで、と。
「きみの世界を、すきなものをきかせてほしいな」
おしえて、と。
オズは少女の握り締めた手を、己の両手で優しく包む。大粒を目いっぱいにため込んだ少女が顔を上げた先には二人分の笑顔。視線がぴったりと合わされば更にエドガーの右手が二人の手の上に添えられた。
「きっとキミにも憧れているものがあるんだろう。そういうものは誰にだってあるものだし、憧れがあるというのは本当にステキなコトさ」
わすれないで、と。
左手を胸に当ててエドガーは静かに目を閉じる。深く呼吸を正して、まばたきを二回。そうして優しく微笑めば少女の中にふわりと蘇って来たのは、くらげに追われていた時に教わったおまじない。
不安の最中、思い出した景色とちいさな願い。
ああ、そうだ。伝えたい言葉はたくさんあるのに、教えたい言葉がたくさんあるのに、先程までとはまた違う感情の奔流が少女の中に渦巻いて、口を噤ませる。
戸惑いを浮かべる少女がなにかを紡ごうと懸命に両手を握り締めてふたりの顔を交互に見つめた。何度も何度も口を開こうとする少女のために、小休止と話題変更。
「そうだ。エドガーは絵をかくの、すき?わたしはね、だいすきっ」
「お絵かきかー。嫌いじゃないよ、私も忘れないように描くコトもある。上手いか、はちょっと解らないけど……」
「ふふ、そしたらねえ。エドガーとおひめさまのすきなものをわたしがかくよ!」
「それは嬉しいな!では、オズ君の描く絵を見せてもらおうかな」
楽しそうに続く二人の会話を聞いて、ふふ、と。小さく零れた声。
目を丸くしたオズとエドガーがふと互いへと向けていた視線を少女へと戻したならば、今にも泣き出しそうなほどに涙を溜め込みながらも綻び始めた蕾の笑みが唇を柔らかに緩めていた。
「わたしも、一緒に描いていい?」
「「もちろん!」」
わっと三人の間に溢れた笑顔は満開。散らばり転がるクレヨンの事も忘れて、握り合った手を上下させては何を描こうか、画材はどうしようかなどと盛り上がった。
やっと戻って来た少女の眩さを前に、ふと、忘れかけていた一冊の事をオズはひょいと拾い上げる。
「そうだ、おひめさま。これも見つけたんだよ」
これもおひめさまの好きなもの?と、オズは絵本を差し出した。
不思議そうな顔で受け取ると、少女は絵本をしげしげと見つめる。最初はまるで記憶になどなかったような反応が、ある一点を見て一気に変わる。
表紙を撫でて、指先でやさしくなぞったのは――著者の名前。
「これ、わたしがはじめて出版した絵本だわ」
「出版?」
「ええ。あの時、すごく嬉しかった……そう、そうだわ。わたし、私の」
自分でも忘れていた、自分の名前。最初の一冊だったからこそ、飾ることも隠すこともしなかった己の名前。
同時に、思い出していた景色の全てが変化していく。あたたかな暖炉の傍らで新聞を読んでいる男性は父ではなかった。彼へと絵本を読んでとせがむ小さな子どもは、自分ではなかった。
窓の外に積もっていく雪を見ながら、そんな温かなやり取りを背中越しに聞きながらこの本を描いたのだ。物語を書いたのだ。
美しいブロンドが靡いて、波打った。愛らしいエプロンドレスの裾が伸びて、幼い少女の形がゆっくりと、思い出の母に面影を重ねながら成長していく。
「私の、大切な、絵本」
絵本を抱き締め、かつての少女は大粒を零す。ここにいるのは彼女の言っていた通り、もうアリスではないひとりの女性。
魔法がひとつ、解けた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
● の頁
(すべての×印を丁寧に消した後、お気に入りのインクで書き直していく)
●メアリの頁
彼女の名は、メアリ。
幼い頃から絵を描くことが好きで、いつも真っ白の画用紙とたくさんのクレヨンを持ってあっちこっちを飛び回っていた。
彼女は絵が好きだった。
絵を描いている間、彼女は自分の空想の世界に浸ると同時に、現実の美しい風景を己へと取り込んで世界を広げてられたからだ。
しかし、彼女はいずれ気付いてしまう。
知り過ぎるという事は、時に己の空想を否定する事であると。
真っ白なカンバスに自分の色を乗せられなくなったころ、彼女は画家の道を諦めた。
目の前に在るものの模写をすれば、人並に見栄えのある作品は出来る。
でも、そこには個性がない。彼女だけが描ける何かがない。
他の誰かの描くものと全く同じと言われることに、彼女は自分の限界を知った。
絵を描くことを止めてしまおうかと考えることさえ増えてきた。
そんな彼女の絵をえらく称賛する少年がいた。
木々の印影が素晴らしいだとか、水の揺らぎが美しいだとか、夕暮れの描き方が他の人とは違うだとか。
描くことを諦めそうになった彼女に、他の幾万の絵画と変わらないはずの彼女の絵に、彼女の個性を見出した少年。
彼の言葉は少女時代のメアリに小さな希望を与えていた。
ほのかな、恋の心も。
成長し、彼女は学生時代の大半を「描く」事へと捧げた。
最初に目指していた「画家になる」という目標は、彼女自身の得意不得意を探っていく内に変化し、次第に「挿絵作家」という明確な目標へと変わった。
誰かの描く物語へ己の空想を繋ぎ合わせて、新たな世界を産み落とす。
彼女は知り過ぎて狭くなった己の空想を、誰かの空想と撚り合わせることで補完するようになっていた。
そして、幾度もの挫折を味わいながらも彼女はある一冊の絵本を作り上げた。
絵は彼女。物語を作ったのは、あの日の少年。
互いに互いの夢物語を形に成した時、彼は彼女へとプロポーズした。勿論、彼女は彼の言葉を受け入れた。
幸福な日々。
仕事が軌道に乗り始め、優しい夫と愛らしい娘に恵まれ、彼女は満ち足りていた。
それでも、まだ、彼女には足りない。
まだ失われたページは散らばったままなのだ。
灰神楽・綾
【不死蝶】
俺は赤色の光を調べてみようかな
俺の大好きな血の色だよ
…なんて言うと物騒だけど
赤は情熱、興奮、愛情といったイメージがあるらしい
今のアリスから削ぎ落とされてしまった
色んな感情が込められているね
君は大好きな絵がもう描けないって言うけど
「描きたい」「夢を見たい」っていう
強い気持ちはまだ残っているでしょ?
それだけで十分だよ
病は気からって言うしね
ふぅん、じゃあちょっと今描いてみてよ梓
モデルは焔でどう?
(描き上がった絵を見て)
……うーん?羽の生えた赤い猫?
そうだ、良ければ超初心者の梓の為に
お手本を描いてみてくれない?
無理しなくても、急がなくてもいいんだよ
それでも俺は、君の描いた絵が見てみたいな
乱獅子・梓
【不死蝶】
俺は緑色の光を調べてみるか
確かアリスは絵を描き、
更に絵本まで作った事があるんだったか
絵本の世界は森や草原などが多い気がする
ならば自然と緑色に触れる機会も
多いんじゃないだろうか
「してはいけない」「出来ない」「描けない」
否定の言葉を繰り返していると
どんとん気持ちも否定的になってしんどいぞ
とりあえず「ない」は封印だ
もしくはもっとポジティブな「ない」に変えてみる
『俺に描けないものはない』とかな
…は!?唐突すぎるだろうお前
正直絵を描いた経験なんて殆ど無いが…
(そして描き上がる微妙な焔の絵)
……やかましい
そうだな、焔も興味津々そうにしている
何なら焔を好きなように触って愛でる権利もやるぞ
●悲しみよ、こんにちは
アリス――改めメアリはふたりの王子の手によって記憶と感情を取り戻し始めていた。
しかし。
「……わからない。私、どうしてこんなに帰りたくないのかしら」
思い出した記憶の数々は苦しくとも幸福に満ちていた。あんなにも温かく優しい場所を拒絶している原因が分からないが故に彼女の世界へ帰るための道も扉も閉ざされたまま。解っているのは散らばっている画材たちに触れても絵を描く事が出来ないという事だけ。
「私、なんで絵が描けないのかしら」
「否定の言葉を繰り返していると、どんどん気持ちも否定的になってしんどいぞ」
女の前に立つ乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)は堂々と言い切った。
その長身と尊大な態度に威圧感を覚えたのか、一瞬怯えたメアリを見れば慌ててしゃがみ込み、語調を柔らかくと己に言い聞かせながらぎこちなく微笑んだ。
「原因が解らなくても、とりあえず「ない」は封印だ」
「そうだね、病は気からって言うしね」
梓の言葉に重ねるように灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)もまた短い思案の後にメアリの前に膝をつき、視線を合わせた。
「君は大好きな絵がもう描けないって言うけど『描きたい』『夢を見たい』っていう強い気持ちはまだ残っているでしょ?」
「……ええ、今は。絵を描きたいって思ってるはずなのに」
「それだけで十分だよ」
後は任せて、と二人はメアリを残して暗闇の中へと歩き出した。
当初より数は少なくなっているものの未だ幾つもの色が世界を照らさない程の眩さで聳え立つ。この中の全てを試すにしても時間がかかる。まずは一色ずつ。効率を考え、二手に分かれる事にした。
「俺は赤色の光を調べてみようかな。梓は?」
「そうだな……俺は緑色の光を調べてみるか」
「決まりだね。じゃ、またあとで」
軽く小突き合って、それぞれの光の下へ。
綾が選んだのは赤の光。近付けばジャムを塗られた苺のように真っ赤な光が見果てぬ天から果てのない底まで煌きながら流れ落ちていく。サングラスの下、細めたままの目蓋の隙間から綾は光をやんわりと見つめる。
(俺の大好きな血の色)
などと言えば物騒ではあるが、綾には十二分な考えがあってこの色を探ろうとしていた。もう何処で得た知識かは忘れてしまったが、赤という色には情熱、興奮、愛情といったイメージがあるらしい。花に然り、宝石に然り、赤いものはそういった意味合いを付与されやすい。
「今の彼女から削ぎ落とされてしまった色んな感情が込められているからね」
もしかしたら、この光の中に彼女から削がれた情熱が、或いはそれを思い出させる何かがあるのかもしれないと手を差し込めば奇妙な感覚。丸く、硬く、しかし握れば凹んで形は元に戻らない。ゆっくりと手を引き抜いてみると、光の柱が消滅するとの同時にそれの形が明らかとなった。
「……林檎?」
まぎれもなくただの林檎だ。何の変哲もない、店で売っていそうな真っ赤な林檎。力を籠めたせいで少し形が歪にはなったが、恐らくあの光の中で手にした時には傷一つない状態だっただろう。
これが記憶の?
疑問符を浮かべつつも綾は一度梓の元へと向かう事にした。
一方梓はというと。
(確かアリスは絵を描き、更に絵本まで作った事があるんだったか)
絵本の世界は森や草原などが多い気がする。ならば自然と緑色に触れる機会も多いんじゃないだろうか、という推測から緑の柱の前まで来ていたのだが。
「いや、近くで見るとデカいな」
若草の青さに光る柱は近づけば近づくほどにみるみる大きくなり、手を伸ばせば触れられる距離まで迫った梓の目の前で崖の如く立ち塞がっている。最早視界内に緑という色しか認識できない程に巨大な柱に何が眠っているのだろうか。そもそも眠っているはずの何かは俺の力で引っ張り出せるのだろうか。不安は残るがやるしかない。
ゆっくりと光の中へと手を沈め、何があるのかと腕を動かしてみる。が、何故か何もない。もしやはずれか!?と思って手を引き抜こうとした、梓の真上。
「きゅー♪」
「む?」
すぽんと光から抜け出してきた赤い竜が、何かを咥えて梓の肩へと戻って来た。炎竜の焔が咥えていたそれを受け取った梓は、消えゆく光を横目に首を傾げる。手の中にあるのはあの超巨大の光から出てきたとは思えないほど小さなものだ。
「……どっからどう見ても……髪留めだよな?」
深い緑色のリボンがついた髪留めは梓の手の中でころりと転がる。真新しいどころかまだ一度も使われた形跡はない。問いかけても竜は「きゅー」としか返さなかったので、梓もまた綾とアリスの元へと向けて歩き出した。
互いに疑問を抱えながら合流し、収穫物を見せ合ったのだが増えるのは疑問符ばかり。やはりメアリ当人でないと分からないものなのかと道を戻って彼女に見せたが、開口一番。
「……何かしら、これ」
まったく、思い出せなかった。
手に取ってみても、髪に飾ってみても、香りを嗅いでみても、一口齧ってみても。メアリは何かを思い出すどころか己の記憶の欠落を悔やむばかり。
「……やっぱり、私にはどうにも出来ないのかしら」
長い睫毛の影が落ち、スカートの上に転がるクレヨンを悲し気に見つめるメアリ。「してはいけない」「出来ない」「描けない」――繰り返した言葉が呪文のように彼女を縛り付けてしまっている。気の持ちようと言われども、上を向くための材料があまりにも少ない現状ではどうにも気は沈んでしまう。
次の何かを探しに行こうにも、落ち込むメアリをこのまま放っておくことを許せなかった梓は懸命に考えた。「ない」の呪縛を打開するためには思い出ではなく、今の彼女自身を揺さぶれねばならない。
「……もっとポジティブな『ない』に変えてみるのはどうだ?」
「ポジティブな、ない?……例えばどんな?」
「そうだな……『俺に描けないものはない!』とかな!」
「ふぅん、じゃあちょっと今描いてみてよ、梓」
間。
唐突な綾の提案に目を丸くした梓はすぐ反応できず、ワンテンポ遅れて綾の言葉の意味を咀嚼し呑み込んだ。
「……は!?唐突すぎるだろうお前!!正直絵を描いた経験なんて殆ど無いが……」
「画材もある。画用紙もある。出来ない事も『ない』だろ?モデルは焔でどう?」
「うっ……」
自分で言った言葉で自分を刺しに来た男を、何より此方を不安そうに見つめてくる女性を前に、梓は折れた。しぶしぶメアリからクレヨンを借り、炎竜を綾の膝に乗せ、穴が開くほどじっくりと観察しながら真っ白な画用紙へ赤いクレヨンを滑らせていく。
ふたりの長い沈黙とひとりの呻き声、一匹の欠伸。
しばらく経って、梓はどうにか描き上げた一枚を綾へとそおっと手渡した。膝の上の本物と見比べて、綾はぽつりと感想を一言。
「……うーん?羽の生えた赤い猫?」
「……やかましい」
お世辞にも上手いとは言えない仕上がりは梓当人が一番理解していた。己の画力の低さにやや凹む梓を余所に、綾は味わい深い炎竜の絵を見ながらふっと良案を思い付く。
「そうだ、良ければ超初心者の梓の為にお手本を描いてみてくれない?」
「えっ、お手本を?」
梓から回収したクレヨンと画用紙を一枚。はいどうぞ、とメアリに手渡した。
手にしたはいいものの、描いてみたいという心に反して身体は思うように動いてくれない。小さく震えて、今にも全部取り零してしまいそうだった。
「そうだな、焔も興味津々そうにしている」
「きゅーぃ」
何なら焔を好きなように触って愛でる権利もやるぞ。と付け加えて、梓は抱きかかえた炎竜を彼女の前に差し出した。無抵抗の炎竜はそっと頭を垂れて、撫でてもいいよと態度で告げる。
メアリは一度、落としてしまいそうな画材をスカートの上に置き直して、焔の頭を指先で撫でてみた。角の硬さ、額の宝石、翼の形状をじっと見つめる。描ける、自分でも描ける気がする。撫でられる感触が心地いいのか、喉を鳴らし始めた竜を前に少しずつ自分に自信を付けていこうとしていた。
眉間に皺が寄り始めたメアリを見て、綾は宥めるように声を掛ける。
「無理しなくても、急がなくてもいいんだよ。君のペースで歩み寄って」
「……あ」
その言葉が切欠だった。
撫でる手が止まり、言葉が詰まり、メアリはぼろぼろと大粒の涙を零し始める。涙を拭う事すらせず、焦点も定まらないまま泣き出したメアリを見て、男二人と竜一匹は大慌て。
「だ、大丈夫か!?もしかして本当は竜は苦手だとか、ア、アレルギー!?」
「違う、ちがうの。思い出せた、思い出せたの」
綾の言葉がきっかけに、記憶がぶわりと蘇って来た。
同じような言葉を言ってくれた人がいた。ずっと自分を支えてくれた優しい人がいた。
そう――いた、のだ。
思い浮かぶ彼の顔はやつれていて、けれど何一つ変わらないまま。妻と子供を気遣ってばかりで、自分の事は大丈夫だと言い聞かせて……いなくなってしまった。
「そうだったわ。もう私、描けなくなってた」
描けなくなっても絵筆を握った。握っていれば思い出せるような気がしていた。
しかし絵本は描けなくなっていた。一人分の空想を描き上げる事は出来ても、物語には至らない。描き出した空想にお話を付けてくれる人が、いない。
それでも無理をして描いて、描いて、描き続けて。気付いた時にはひとりだった。
娘は嫁ぎ、新しい家庭で孫達と幸福に暮らしていた。孫達は最初こそ祖母の事を慕って絵本を読んでいたが、次第に髪に描かれた空想からは離れていき、会う頻度が減っていった。
「……もう、無理しなくていいのって、言われていた」
美しい女(はな)が、萎れていく。
娘は痛々しい母の姿を見て、何度も絵を描くことを止めるよう懇願した。しかし、その手を振りほどいてでも描きたかった。描かなければならないと思い込んでいた。
酷い言葉をたくさん言って、娘に当たり散らした。いつしか顔を合わせる度に喧嘩をするようになり、娘夫婦も家を訪れなくなっていった。残された思い出に縋りついて、失われた幻想を追い求めて、過ぎ去った時間が彼女の現実に傷を刻みつけていく。
いつからだろう、鏡に映った自分がアリスではなく、お伽噺に出てくる悪い魔女のように見え始めたのは。
「夢の時間は、もう終わりなのね」
品の良さそうな老婆がひとり、そこにいた。
皺の刻まれた顔には穏やかな笑み。メアリは、自分を取り戻した。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
●不思議の旅の終わり
老婆の姿と記憶が戻ったことにより、記憶の欠片たちは役割を終え、さらさらと消失していった。
帰りたくなかった理由も、描きたくなかった理由も思い出し、それでも彼女は行かなければならないと知る。
帰らなければならない。前に進むために否定して、彼女は上を向いた。
「……わぁお、まさかお婆さんだったとはね」
「おい綾、そこはせめて淑女とだな」
「いいのよ。本当におばあちゃんなんだもの、私」
曲がった背骨をどうにか正し、メアリはゆっくり立ち上がった。
「おひめさま、ちゃんと帰れる?」
「ありがとう、優しい王子様。ええ、もう大丈夫」
「キミが望むなら、最後までエスコートを」
「ありがとう、勇敢な王子様。でも私、ひとりで歩けるわ」
一歩、メアリは歩き出す。どこへ向かえばいいのかは何故だか知っていた。
「アリス……じゃなくて、メアリさん、どうかお元気で」
「ありがとう、朝焼け色のおねえさん。たくさんお話しできなくてごめんなさいね」
「アリス。辛ければいつでもここにおいで」
「ありがとう、人魚の王子様。元の世界に帰っても、きっと思い出すわ」
一歩、メアリは進んでいく。進むたびに光の柱は消えていった。
「あ、あの!迷わないと思うけど、ええっと……気を付けてね!」
「ありがとう、ちいさな魔法使いさん。ええ、もう迷わないわ」
「今度こそ帰れそうですね。どうか、お達者で」
「ありがとう、赤い目の剣士さん。あの時はひどい言い方をしてごめんなさい」
一歩、メアリは踏みしめる。光の柱がすべて消えると、目の前に浮かび上がる真白。
「行ってしまうのね」
「ええ、真っ白の人魚姫さん」
「あなたの終わりは、ここではないのね」
「ええ、私の終わりは、あの扉の先で待っているわ」
ゆらり、泳いだ人魚が避ければ、その先に彼女の家の扉があった。
深呼吸、メアリはドアノブを握る前に振り返り、救いの手を差し伸べた全員の顔を見つめ直す。
「ありがとう、夢の世界のあなた達。ああ、私、絶対に忘れないわ」
涙の滲む微笑みを一度だけ。
彼女はドアノブを握って、そして――
●おしまい
「みな、ご苦労だった」
いつの間にか、猟兵達はグリモアベースに戻されていた。
目の前には、最初に声を掛けてきたあの真っ白い少年の姿。
「すまなかった。わたしはおまえ達をあの世界に連れてゆくことしかできなくてな」
パジャマ姿の少年は深々と頭を下げて礼を言う。どうやら予知を忘れない事に集中していたため、グリモア猟兵と名乗る事すら忘れていたらしい。
事件を解決した猟兵達に改めて感謝を伝えると、何処からともなく何冊もの絵本を取り出してきた。
「これは報酬だ。特別に、少し先から取り寄せた」
持っていくといい。いらないならば置いてゆけばいい。
少年が持ち出したその絵本を手に取り、ぱらぱらと頁を捲っていくと見覚えのある少女の姿と、なんだか自分達とよく似た姿の登場人物。
不思議なくらげと、ひつじの執事。危険と隣り合わせのワンダーランドにやってきた家出少女が、たくさんの人たちの手を借りながら元の世界に、自分の家に帰っていくお話。
目にした事実と異なれども、どこかやさしく描き直された物語は不思議と温かく、そしてさみしい。全ての頁を読み終えた「あなた」は、最後にその名を知るだろう。
著者――メアリ・マリーゴールドの名を。