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討て、櫓倒しの鬼! 不退転浅鬼・罵聞見参!

#サクラミラージュ #逢魔が辻 #不退転浅鬼

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#逢魔が辻
#不退転浅鬼


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●傾くテロリスト。
 逢魔が辻。それは影朧により、帝都桜學府では対処出来ない場所を指す。
 そんなものが都の中心部にも出来てしまえばどうなるか。人々の安全の為に大掛かりな避難態勢が敷かれるのは間違いない。
 諸国の文化を取り入れ、栄華を誇るある都でも逢魔が辻は発生した。その場所は『高層レストラン・嗚呼、ヱゝカンジ』。様々な食文化を取り入れたハイカラさん御用達の高級レストランだ。
 都の中心部に位置し、交通の利便性も宣伝文句のひとつであったが、そこが逢魔が辻となっては交通網が麻痺しかねない一大事件だ。
「はーい、押さない駆けない喋らない疑問を持たない、さっさと歩け歩けー」
「みなさんのお荷物などは緊急事態宣言解除後、安全を確保次第、回収に向かっていただきます。我々桜學府の人間もつくのでご安心ください」
「あの……火事場泥棒とか出たらどうすれば……」
「疑問を持つんじゃねえ!」
「なんだこいつ!?」
 人々を誘導する若き學徒兵により、円滑とまではいけないものの、粛々と避難は行われた。
 各所における行動も統率が取られ、また影朧という存在がいる以上、避難訓練にも力を入れる住民性が功を奏している。
 だが、學徒兵たちの内心は穏やかなものではない。影朧の大量発生により手出しが難しいと判断されたレストラン内には、まだ多くの人間が取り残されている。
 二次被害を防ぐための避難。当然の判断であるが、桜學府が建物内の人間を見捨てたと心無い人間は嘯くであろうし、現地の學徒兵たちの心根は今すぐにでも踏み込み、救助をしたいというところだろう。
 見上げるほどの立派な外観であるレストランへ、理不尽な怒りを向けた學徒兵の一人が、屋上に立つ人影に気付いた。
「晩飯は、パンなどでなく、銀シャリを、皿ごと食らえ、日ノ本男子」
 かんらかんら。
 良い詩が出来たと嗤うのは髑髏。武者鎧に身を包んだその者の額から覗くは、捻れた二本の角。
 骨の鬼。そう呼ぶに相応しい。
「……怪奇人間……? いや、まさかアレが元凶の影朧か」
 思わず呟いた彼の言葉につられて視線を追う同僚。周囲の人間もそれに倣い、レストランを見上げた。
 こちらの視線に気付いた骨鬼は、顎の関節が外れたようにぱっくりと開いた口へ寿司を突っ込む。
 とても咀嚼しているように見えないが、美味い美味いと上機嫌に顎からネタを溢していた。
「貴様、何者だ!」
「ほう、威勢の良い童よ。よろしい、答えて進ぜよう。
 あ、某は!」
 縁に高々と掲げた足を振り下ろし、歌舞伎がかった仕草で首を回す。
 兜と胴当てに仕込まれた、黒地に散る桜と共に日の丸を袈裟斬りとする扇子が嫌に目を引く。
「不退転浅鬼・罵聞!
 哀しきかな桜學府、自らの文化を誇らず異国の血を招き、この国は魑魅魍魎跋扈する世界とあいなった。
 見よ、この天狗の鼻の如き異形の建物! 某は、あ、某は!
 この鼻をへし折って、この国の尊さを世界に広める者なり! うーん、某、素敵っ」
 魑魅魍魎の類いがなに言ってんだ。
 誰もが思ったことを口にはしなかったが、罵聞の言葉によればやはり、彼こそがこの事件の元凶だろう。
 正義の怒りを燃やして若き學徒兵は抜剣、罵聞へその切っ先を向ける。
「おのれ、降りてこいバモンとやら! ようやく非番のデヱトを台無しにしやがって! 初めてを捧げるチャンスをっ!
 帝都桜學府の誅を受けろ!」
「すまんでござる」
 血涙を流さんばかりの叫びにさしもの罵聞もばつが悪いのか素直に謝罪した。
 しかし。
「安心するがよかろう、童。もう終わるところよ」
「──なに……?」
 疑問を感じたのも束の間レストランの下層に光が溢れ、爆音と共に硝子が弾け飛ぶ。
 伏せろ。
 學徒兵は叫び、自らの身を盾とするが移動する多くの人を守ることなど到底できるはずもなかった。身を引き裂く幾本もの刃と化したそれに苛まれながらも、続く爆風がレストランの壁をも破壊する瞬間を目撃した。
 戦慄。
 あの巨大な建物が、今まさに倒壊しようとしているのだ。
「嗚呼、見たか、見たか、見ぃーたぁーかーっ!
 これぞ天誅、某の! 魅業において一件落──のわーっ!?」
 倒壊に巻き込まれ、瓦礫と化すレストランに飲み込まれる罵聞。だがその濁流は、避難を行う人々にも迫っていた。

●笑い事じゃねえぞ。
 謎ノ怪奇人間? フタイテンセンキ・バモン!
 嗚呼、ヱゝカンジ、倒レ様モヱゝカンジ。
 死傷者、行方不明者、詳細不知。
 建物内ノ生存者ハ絶望的カ。
 事件後の号外を読み上げて、タケミ・トードー(鉄拳粉砕レッドハンド・f18484)は振り返る。怒りに目元を引き吊らせ、奥歯を噛み締めているのか時折、歯軋りの音すら聞こえる。
 激情に駆られる彼女の姿は珍しい。グリモア猟兵として予知した未来に対し強く思う所があるようだ。
「傭兵ってのは意思はどうあれ戦場に立たねばならない人間だ。制度にもよるが、一般市民は戦場に立つ必要のない人間だ。
 テロリストってのは、私ら傭兵が命をなけなしの金に変えてまで戦場に立ったことを無意味にしやがる奴らのことだ」
 激おこじゃないですか。
 大きく深呼吸をしてどうにかと気を落ち着かせると、グリモアベースの一角に陣取った机の上に見取り図を開き、時間を惜しむ間すら惜しいと状況の説明を始める。
「これがレストランの設計図だが、基本的にフロアの形状に変化はない。各階層に影朧が配置されているだろうが、戦闘が始まれば近くの敵が集まるだろう。
 敵戦力は大きく分けて下層、中層、上層に別けられる。下層に集まる影朧がレストランを倒壊させた。広範囲を爆破する能力を持っているな」
 つまり、この影朧を排除すれば当面の危機を脱することが出来るのだ。だがもちろん、元凶である上層の影朧・罵聞を討たねば事の繰り返しだ。
「店内は襲われたまま、椅子や机が散乱している。防御や攻撃に使えるだろうし、投げれば敵のユーベルコードを妨害できるかもしれないな」
 地形を作り替えたり、問いかけから連なる攻撃など厄介な相手になるだろう。
 また、この影朧に対する行動から中層の影朧も作戦を立ててくるかも知れない。
「建物内は生き残った市民もいる。だが、罵聞は人心を支配する怨念を纏う妖刀を持つ。見かけても油断はするな」
 彼らには良心を呼び起こす強制改心刀に類するユーベルコード、怨念を払う破魔の力を使えば支配を解くことが出来るだろう。その支配は猟兵にも言えることだが、己の信念を強く持てば対抗できるはずだ。
「私はこの骨野郎に慈悲なんざないが、ここはサクラミラージュだ。転生を望むのなら、建物内の人間から話を聞けば、奴の説得材料が見つかるかも知れないな」
 心底に嫌そうな顔を見せる辺り、彼女の本心だろう。
 最後に、とタケミは己の右拳を集う猟兵の胸に当てる。
「正義に心奪われる必要はねえ。だが、お前たちは鉄槌だ。あのふざけた骨の面を叩き割ってやれ」
 後は頼むぜ。
 ようやく笑みを見せて、タケミは彼らの転送を開始した。


頭ちきん
 頭ちきんです。
 全章戦闘となります。サクラミラージュでのテロを企てる傾国の鬼を討ち、撃滅あるいは転生させて下さい。
 高層レストランは上・中・下層に別れ、それぞれで戦闘を行う形となります。
 地形として戦闘に困らない広さではありますが、机や椅子などが散乱している上に、各層には生き残りの人々がいるので注意しましょう。。
 彼らの生死は罵聞の説得を行わない場合、シナリオの正否に一切関係はありません。
 それでは本シナリオの説明をさせていただきます。

 一章ではグリモア猟兵の予知でレストランを倒壊させた影朧との戦闘です。地形の変化や範囲攻撃など厄介な存在で、生き残りの人々を巻き込みやすいので注意しましょう。
 二章では下層での戦闘から作戦を立てた影朧との戦闘になります。凶暴かつズル賢い敵となります。生き残りの人を利用しようと企むかも知れません。
 三章は元凶となった影朧との決戦です。ふざけた言動や挙動ですが、邪悪な存在です。生かしていては多くの被害を生み出すこととなります。確実に倒しましょう。

 注意事項。
 アドリブアレンジを多用、ストーリーを統合しようとするため共闘扱いとなる場合があります。
 その場合、プレイング期間の差により、別の方のプレイングにて活躍する場合があったりと変則的になってしまいます。
 ネタ的なシナリオの場合はキャラクターのアレンジが顕著になる場合があります。
 これらが嫌な場合は明記をお願いします。
 グリモア猟兵や参加猟兵の間で絡みが発生した場合、シナリオに反映させていきたいと思います。
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第1章 集団戦 『怪異『泡沫の人魚』』

POW   :    泡沫の夢(地形変更)
自身からレベルm半径内の無機物を【地形を水辺にした後に大渦】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
SPD   :    泡沫の夢(拘束)
質問と共に【自身の身体から相手を拘束する泡】を放ち、命中した対象が真実を言えば解除、それ以外はダメージ。簡単な質問ほど威力上昇。
WIZ   :    泡沫の夢(無限爆破)
対象への質問と共に、【自身の身体から】から【戦場を覆うほどの爆発する泡】を召喚する。満足な答えを得るまで、戦場を覆うほどの爆発する泡は対象を【増殖と爆発の繰り返し】で攻撃する。

イラスト:透人

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

エシャメル・コッコ
おいしい食事を楽しむレストランでらぶらぶデートや家族団欒を邪魔するなんて許せないな!
断じてテロには屈さないな! だから絶対絶対阻止するな!

でもでもコッコはまだまだよわよわな。新米のニュービーでルーキーな。
だからここは足止めに徹して味方のフォローに回るな!

先手必勝、『ピヨピヨサークル』で敵の初動を阻止するな!
ひよこ軍団から数匹を敵の上でピヨピヨさせて、それで敵が混乱してる間に巻き込まれた人達を避難させるな!
他の味方が戦いやすいように戦場をこーちくするな! 

コッコはこの戦いが終わったらこのレストランでお食事するな!
あまいあまーいプリンが食べたいから、絶対絶対勝ってやるなー!!


杼糸・絡新婦
ほな、猟兵のお仕事といきましょか。
錬成カミヤドリでレベル分の鋼糸・絡新婦を召喚。
出来るだけ一般人に被害がいかないよう、
こちらに意識を向けさせる。
もし行き残りに攻撃がいきそうなら【かばう】
【フェイント】を入れ行動、
糸を張り巡らし【罠使い】で
絡みつくようにして糸を巻き付け
拘束・攻撃を行う。
拘束できた【敵を盾にする】
また、そこら辺にある机や椅子を
盾代わりにして敵の攻撃を防ぐ。
また鋼糸を編み込むようにして盾代わりにし威力軽減を狙う。
簡単な質問なら内容によっては【恥ずかしさ耐性】
でとっとと応えて拘束を解く。
さて、応えたお代は高くつくで。


梅ヶ枝・喜介
おうおう! 好き勝手にやりやがる!

アイツがどんな意気込みを声高く叫ぼうと知った事じゃあねえがよ!
何の関係も無いやつばらを巻き添えにするってぇなら許せねェ!こりゃあ見過ごせねぇナ!

水辺の泥濘もなんのその!
どっしりと腰を落として力に任せて木刀一閃!
大渦をぶったぎってがき消し、巻き添えになりそうな連中を逃がして回るぜ!

っとと、逃がして回るだけじゃあこの建屋がぶっ飛んじまうのは防げねぇんだっけか?

それなら半魚どもにもガツンと一撃食らわせてやる!

質問の答えも連中が何を望んでるかも判らん!
だから真っ直ぐに突き進む!

やぁやぁ我こそは旅の剣客!梅ヶ枝喜介!
大渦も拘束も爆発もなんのその!いざ尋常に勝負!勝負ぅ!


ベイカー・ベイカー
俺も民間人を無差別に巻き込むようなやつに優しさは必要ない気もするけどよ…生存者の救出に関わりそうなら説得する必要ありか…面倒くせえ。
とりあえず質問されるよりも前に下層の集団影朧に【先制攻撃】【範囲攻撃】でUCを放つ。戦い方忘れさせて質問もさせなきゃ攻撃されねえだろ。UC封じもできれば建物をこれ以上破壊されずに済むしな。
んで、建物壊される心配がなくなったら忘却の炎を【全力魔法】で放ってこいつら纏めて攻撃する。忘却の炎なら全力で放っても建物にダメージはないからな。で、記憶を何もかも焼き消されて隙だらけになった敵たちを建物に配慮した威力の炎【属性攻撃】で焼き払ってトドメ。
さて、問題はこっからだぜ…。


西条・霧華
「助けられるのであれば、私は迷わず手を伸ばしたいと思います。」

それが私の、守護者の【覚悟】です

一般人の救助を優先
危険なら身を挺して庇います
また、万が一洗脳されていたら【破魔】の力で呪縛を解きます

救助後は机を盾にしつつ、可能なら建物の外へ避難誘導
一人たりとも死なせはしません
自力での避難が困難であれば肩を貸す等して手助けします

【残像】を纏って眩惑し、【破魔】の力を籠めた[籠釣瓶妙法村正]にて『幻想華』
相手の攻撃は【見切り】、【残像】や机等を利用して回避
回避が困難なら【武器受け】しつつ【オーラ防御】と【覚悟】を以て受け止めます
何れの場合も返す刀で【カウンター】

…捕まらない方が時間的余裕が生まれますね



●あさりたてじゃないよ漁りたてだよ! 下層を泳ぐ者、びちびちギャル!
 天井の光源を無くし、窓から覗くわずかな陽射しが薄暗い店内を染める。壁についた染み跡は、まるで水に浸かったかのような。
 否、浸かったのだろう。うつ伏せに倒れた人々の肌は青白く、水にふやけているようだ。
「てゆーかてゆーかてゆーかさ~、今週の『ほの暗い海溝の底から』ってマジヤバくない?」
 なんかよくわからんけどヤベえ。
 死体が転がるホールの上で、ぴちぴちとした乙女たちの俗語は場違いで、それだけに異様さが際立つ。
「あーれヤバかったわー、だって鮫肌たったもん、あーし」
「ねえねえ、そんなのよりこっち見てよ~」
 セーラー服を着た人魚の如きうら若い美少女。怪異として刻まれた名は『泡沫の人魚』だ。半人半魚の、そこだけ見れば仲良しグループであるのだが。
「見てこれ、題して『まな板の上の俺』!」
 びちびち。
 並べたまな板の上に横たわり、尾を振って得意気な顔を見せる。
 ネットでやったら炎上する奴ね。人魚だからなんとも言えないけど。
「マジヤバヤバ魚だしー!」
「センスありすぎ! ハモいハモーい!」
 嬉しそうに一眼レフで写真を撮る少女たち。深海対応のプラカードが光る。
 まるで日常の風景とばかりの怪異らであるが、それを日常としてしまうには人の世は害を受けすぎるのだ。
「先手必勝! 【ピヨピヨサークル】!」
『!』
 行けなー、と明朗な声で放たれたひよこたちは、どこからの声だと周囲を見回す怪異の頭上を取る。
 鮮やかな色に似合わぬ完璧なスニーキングスタイルである。彼らのすることはただひとつ、ピヨピヨと可愛らしい声をあげながら頭上を歩き回ることだ。
 彼ら『ひよこ軍団』を引き連れる少女、エシャメル・コッコ(雛将軍・f23751)いわく、『混乱した時に頭上でピヨピヨするなら、頭上でピヨピヨさせれば混乱するはずだ』と。
 天才的発想である。
「ぎゃあああっ、かわいいーっ!」
「なにこれ鯱ヤバ!」
「まーじハモすぎっしょー!」
 互いの頭上で、落ちないようにピヨピヨするひよこが各三羽。物陰から覗いていたエシャメルは、同じようにひょっこりと顔を覗かせていた相棒、ひよこさんこと『ヒズンガルド・ヨラティーヌ・コペルニクス三世』と顔を見合わせる。
「コッコの作戦、上手くいったなーっ。今の内に、生きてる人がいたら助けようなー!」
 想定していた反応とは違うようだが、ともかくも気をそらすのには成功したのだ。
 後ろに続く無数のひよこ軍団と共に踏み出したエシャメルはしかし、雰囲気を一転させた泡沫の人魚らに気づく。目を血走らせ、口元から溢れた涎を拭い。
「いっただっきまーす!」
「ピヨッ!?」
 頭の上のひよこ目掛け、大口を開け飛び付く人魚。咄嗟に跳ねたひよこに外したかと舌打つ同胞に、何をするのだとやられた人魚は怒りを見せた。
「そんなんするならあーしもするもんね! いっただきぃー!」
「ピヨヨッ!?」
「ちょっ、これ私んだから! お前の食わせろ!」
「ピヨーッ!」
 互いが互いに頭上のひよこの奪い合いを始める。手を使わずに直接食らいつく、そんな取り合いが上手くいくはずもなく絶妙なバランス感覚で落ちることのないひよこたちは寸でのところで難を凌いでいた。
 そんな光景を見て堪らないのはエシャメルだ。
「わーっ! 止めるんだなー!」
「ちょーっと待った!」
 あたふたと飛び出す小さな体を後ろから抱きすくめたのは梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)。振り返る涙目を安心させるべく三度笠を上げて、にかと笑う。
 口にするでもなく任せろと、喜介はエシャメルを下ろしてびちびちギャルへ向き直った。
「ったく、魚ってぇのは口に入るもんみーんな、食おうとしちまうんだから世話ねぇナ」
「腹が減ってる様子なら、焼き魚にしてやるか」
 あんなやつばら、おれ一人で十分だ。
 目付きも鋭く半人半魚を睨む喜介が想いを口にしないのは、自らの実力を心得ているからこそ、そして仲間を心強く信じているからこそだ。
 彼の隣でペンを走らせたメモ帳を閉じて、熱い闘志を尻目にベイカー・ベイカー(忘却のススメ・f23474)は気怠く息吹く。
 するりと差し足を見せた喜介の横一閃──と言うよりも、ただぶっきらぼうに振るっただけの一撃が、泡沫の人魚をまとめて凪ぎ払う。
「いったーい!」
 悲鳴を上げた人魚の視線はひよこから喜介へ向けられ、その隙にとばかりに小さき毛玉は慌てて怪異の頭から飛び降り脱出を図る。
「女の子に暴力振るうなんてサイテー!」
「…………、暴力?」
 無事に脱出し、部屋の影で感動の再会を果たしたエシャメルたちを笑顔で見つめていた喜介も人魚の言葉を受けて、目に怒りの色を灯した。
 この部屋に転がるだけでも相当数の人の姿がある。生気を感じない彼らは、この人魚らのように不平不満を述べることもできないのだ。
 それを差し置いて、自らの行いを省みない台詞は少年の激情に火を点けるには十分だった。
「おうおう! 好き勝手にやりやがって、好き勝手にほざきやがる!
 あの骨野郎がどんな意気込みを声高く叫ぼうと知った事じゃあねえがよ! 何の関係も無い人たちを巻き添えにするってぇなら許せねェ!」
 啖呵を切り、片手の木刀を改めて握り直す。握りが擦れてよく手に馴染む。どれ程の年月を共に過ごしたのか、怪異を前にしても心強い『一振り』だ。
 その気迫に押されてたじろぐ泡沫の人魚。
 喜介が注意を引いている間に彼女らの死角へ回り込むベイカーは、今回の影朧が転生することに否定的なグリモア猟兵の言葉を思い出していた。
(俺も民間人を無差別に巻き込むような奴に優しさは必要ない気もするけどよ)
 この高層レストラン内にはまだ生存者がいるはず。救出に関わる可能性があるならば、説得する必要もあり得るだろう。
 そう結論付け、面倒だと溢しつつその手に炎を点す。
 それは【忘却の炎】。記憶を焼却する実体のない特殊な炎はその手から溢れだし、轟々と燃え盛る炎が諸手から放たれた。
「! ガンコゲギャルになっちゃうー!」
「ひゃーっ、なんか超燃えてっし!」
「鯱ヤバ!」
 背後から炎を浴びせられて、びちびちと悶え苦しむ少女たちであったが、それが自らの体を焼かないことに冷静さを取り戻したようだ。
 先制を打たれて混乱していたが、この炎が冷静さを呼び戻したのか泡沫の人魚たちは前後を挟む猟兵を睨み付けた。
 しかし。
「……あれ……?」
 こてん、とそれぞれが首を傾げる。
 ベイカーの放った忘却の炎、それは自らの目的、存在、戦い方を忘れ去れる炎。ユーベルコード【アリスは何も思い出せません。(オマエモアリスダ)】により混乱していることすらもわからないほどに意識を狂わされ、首を傾げるしかないようだ。
「そう上手く全部を焼けると思っちゃないけど、戦い方忘れさせて質問もさせなきゃ攻撃されねえだろ」
 とは言え、上手くいけばユーベルコードを封じ、建物をこれ以上破壊されずに済む。
 にやりと笑うベイカーの言葉に、喜介もにやりと笑って前進する。
「ちょちょちょ、どーするしー!?」
「いや攻撃すれば──、攻撃ってどうやるんだっけ?」
「……私は鯉だった……?」
「隙だらけだぜ!」
 振るう木刀の一閃きが人魚の頭を捉える。一撃の下に怪異を下し、残る人魚を睨む目には力も籠る。
 正直に言えば、人を殺めた存在とは言え自らの一撃に倒れる少女の姿に心を痛めない訳でもない。だからこそ、その痛みを忘れずに武器を振るえるからこそ、喜介は喜介として戦場に立てるのだろう。
 その間にもエシャメルはひよこ軍団を四方に走らせ、生存者の確認を行っていた。
「みんな凄いなーっ。猟兵って凄いんだな!
 でもでもコッコはまだまだよわよわな。新米のニュービーでルーキーな。だからここは、みんなのフォローに回るな!」
 ガッツだとばかりに両の拳を掲げて、少女はひよこの鳴き声を聞き付けては生き残りであろう、意識不明の男をひよこ軍団と共に運ぶ。
「……このっ……いい加減にするしーっ!」
 追い詰められた人魚がユーベルコードを発動、彼女を中心に床が水場へと変換され、足場が数センチ沈む。
 だが、この程度で喜介、ベイカーの進撃を止めることは出来なかった。
「ちぇい!」
「燃えろ!」
 それぞれの一撃が人魚を討ち、水辺に沈む。
 一先ずの勝利に酔うこともなく、重そうに男を引きずるエシャメルを手伝おうかと振り返る二人の背後で、階上から大量の水が押し寄せてきた。
「なんだァ!?」な
『イジメはんたーい!』
 机や椅子と共に流れ込んできたのは、泡沫の人魚たち。
 近くの怪異が仲間の危機に気付き集まって来たのだ。
「丁度いいや、まとめて片ぁつけてやらァ!」
 吼える喜介であったが、一気に腰元近くまで増水され内心ほぞを噛む。
 厄介な登場だ。ベイカーも舌打ちしつつ炎を放つが、正面からの攻撃は水に潜り込んだ人魚たちには当たらずかわされてしまう。
 一気に地のりを奪われ、運ばれた机や椅子が渦へと変じ、猟兵の動きを阻害する。
 だがここで一刻を争う事態となったのは救助を行うエシャメルだ。増した水嵩にひよこ軍団がさらわれ、更には救助中の人々も水面に沈み危険な状態となる。
「まずいんだなー!」
「やりやがるな、あの半魚ども!」
 迫る渦を木刀で叩き消しつつ、エシャメルの元へ向かう。ベイカーはフロアを泳ぐ影を警戒しつつ、周囲に視線を走らせた。
 各所にまとまりなく配置された渦は人魚のユーベルコードであろうが、特に策を感じるものではない。
(そこまで考えて動くタイプじゃないのか。なら、注意を引けば救助もしやすくなりそうだぜ)
 意地の悪い笑みを浮かべて水面へ火を走らせると、頭上の光に警戒したのか人魚らの動きがこちらを意識したものへ変わる。
 だが、この数に一気に襲われてしまえばひとたまりもない。
「この状況で救助から人手は割けんし、面倒だなぁ!」
「──ほな、猟兵のお仕事といきましょか」
 思わず苛立ち紛れに毒づいたベイカーの言葉を、涼しげな声が拾った。


●防げ、『嗚呼、ヱゝカンジ』の倒壊! 泡沫の人魚総力戦!
 炎に照らされ、色を変える無数の鋼糸フロアを巡る。驚く間もなく、ひよこが縋りつく人々を手繰り寄せ、ついでにひよこらを厨房の固定机の上へと移動させる。
 エシャメルが驚きに視線を回せば、妖艶な笑みを見せる美女、と見まごうばかりの美丈夫がいた。
 杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)。白い着物を水に汚しながらも、巧みな鋼糸裁きでひよこ軍団の検討付けた生存者を仰向けにし、水面を移動させる。
 ユーベルコード【錬成カミヤドリ(コウシジョロウグモ)】を始動し自らの本体でもある鋼糸を複製することで人手を稼いでいるのだ。
 更には水中にも糸を巡らせ、人魚を絡める罠を張る。その力は蜘蛛の名を冠する彼に相応しい。
 その糸の上を音もなく駆ける少女の姿。西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)は空を行くことで渦をかわし、最短で手繰り寄せられた人へ近寄るとそのまま水中へ飛び込む。
 迫る影に警戒しつつ、浮かぶ人を救うべく人魚らから離れる霧華。
「逃がさない~! この状況で助けられると思ってるのー?」
「!」
 背後から現れた泡沫の人魚が口を開くと、大きな泡が怒涛の勢いで吹き付けられる。
 腕を固められ拘束された霧華だが、その目に曇りは一点としてなく、嗜虐的な笑みを浮かべる人魚へ声高に答えた。
「助けられるのであれば、私は迷わず手を伸ばしたいと思います」
 それが私の、守護者の『覚悟』です。
 真の想い。その答えを受けて泡は弾け、目を瞬く人魚へ抜刀様の縦一閃が水面を赤く汚した。
 草体と略体、二種の倶利伽羅の彫刻が施された刀身は血糊もつかぬまま妖しく光る。
 【籠釣瓶妙法村正】を鞘に納めた時、鋼糸により水面に浮く男が目を覚ました。状況がわからずに慌てる男が沈まぬように肩を貸し、助け起こす霧華。
「あ、あんたは?」
「私は猟兵です。皆さんを助けに来ました」
 安心させるよう笑みを浮かべた少女に対し、男は疑念から怒りへと表情を変貌させる。
 なぜ助けに来るのがこんなに遅くなったのか。もっと早く来ていれば。
 邪念の混じる男の形相は、もはや少女を敵として見つめて掴みかかった。
 生存者に油断をしてはいけない。グリモア猟兵の言葉を思い起こしながら、霧華は鞘に納められ刀を反転、その突端で男の鳩尾を突く。
「うっ!」
「ごめんなさい!」
 破魔の力を込めて更に深く押し込めば、男の纏う邪気が霧散する。呻き声を上げて弱る男を支えながら、他の生存者を見渡す霧華。
 あの罵聞とやらの妖刀の力は本物だ。猜疑心に溢れ混乱していたとして、この場で掴みかかることができる人間などそうはいない。
(……生き残られた人の全てが操られているとすれば……)
 敵の数に地の利、救助対象と全てが猟兵に対して部が悪い。罵聞の洗脳を解くことは出来るが、これでは時間が足りない。
「……せめて捕まらなければ……」
「無駄だよ~」
 水面から姿を現す泡沫の人魚が泡を放射する。
 しかし、それは壁の如く編まれた鋼糸に阻まれた。驚く人魚を絡め取り、絡新婦は霧華へ笑みを送る。
「救助は霧華さん、コッコさんにお任せします。人魚どもの相手は自分らに任しとき」
「応ッ、任せナ!」
 気持ちの良い返答だ。渦を打ちつつ喜介は囮役のベイカーへ向かう。
 お礼を言って進む霧華について、エシャメルはフロアを泳ぐ人魚たちを睨み付けた。
「おいしい食事を楽しむレストランで、らぶらぶデートや家族団欒を邪魔するなんて許せないな!
 断じてテロには屈さないな! だから皆で絶対絶対阻止するな!」
「ええ、もちろんです」
 エシャメルの言葉に頷く霧華。凄惨な光景ではあったが救うべき命があるのだ、止まってなどいられないとその言葉から勇気を受け取り体に力を込める。
 エシャメルは喜介、霧華と年齢は同じだがその言動や戦場慣れしてない姿から年下と思われているのかも知れない。
 少女の回りの水面が不意に盛り上がり、行く手を塞ぐように人魚が現れた時、霧華は迷わず自らの身を盾にエシャメルの前へ立った。
 その動向に気付いた絡新婦は先ほど捕らえた人魚や水に流される椅子などを盾代わりに二人の前へ並べて人魚の泡を防ぐ。
「お姉さんキレイ! 着物の下ってブラジャーとかつけたりするの~?」
 二人へ意識を割いた隙に現れた人魚が泡を放つ。拘束の泡を受けてもしかし、絡新婦は余裕の笑みを崩さずに人魚の問いに答えた。
「ブラはしない主義や」
「えぇ~!? ダイターン!」
「そういう不躾な質問は、お仕置きが必要やな」
 剥がれた拘束の泡に見向きもせず、不躾と断じた絡新婦の笑みが冷たいものへと代わる。
 水面を突き破り、鋭い鋼糸の突端が人魚の身を食い破る。糸に絡めたまま、またひとつ盾を手に入れたと糸を警戒して泳ぐ人魚へ視線を向けた。
「霧華、浮いてる人たちはコッコとひよこさんで運ぶんだな! 霧華は出口を開けて欲しいんだなー!」
「出口、水位を下げるんですね?」
 エシャメルの提案に、敵たる人魚を斬り払いながら霧華も同意する。
 水嵩のある間は人を運ぶのもやりやすい。先程は苦心していたエシャメルも、今なら人を運ぶのに問題はなさそうだ。
 エシャメルが人を逃す間に出入り口を解放すれば敵の地の利を奪うことが出来るはずだ。幸い、救助した人々は意識を失っている。目を覚まさなければ暴走の心配もないだろう。
 ドアの解放へ向かう霧華。エシャメルは浮かんだ人を引っ張りながらその後を追う。
 一方、炎を主な攻撃とするベイカーは人魚を引き付けるも効果的なダメージを与えられず、対する人魚も超常の力を有する彼の炎を警戒して迂闊に攻撃に移れずにいた。
「苦戦してるようだナ!」
「苦戦って程じゃないさ。ただ奴ら、こっちを怖がって頭も出さん」
 そういうことか。
 腰元までの水をざばざばと蹴散らして、現れた喜介は木刀を構えた。
 連中の質問も何を望んでるかも判らない。だからこそ真っ直ぐに突き進むのだと喜介は声を張り上げる。
「やぁやぁ我こそは旅の剣客! 梅ヶ枝喜介!
 大渦も拘束も爆発もなんのその! いざ尋常に勝負、勝負ぅ!」
 言葉の通り、包丁や壊れた椅子、机などの散材が渦巻く水を真っ直ぐに突き割って、傷つく体に恐れることなく喜介は木刀を振り上げる。
 見せるは【火の構え(ジョウダンノカマエ)】、迷いひとつなく真っ直ぐに振り下ろされた一撃は電にも似て水面を吹き飛ばし、泳ぐ影を一太刀で打ち砕いた。
 そのような力業を見せられて黙っているはずもなく、姿を見せた人魚が泡を自身の回りに生じさせた。
「もーっ、なんでヒドいことばっかりするの~!」
「なんで? って、そりゃあ人魚さん」
「お前たちが有害だからさ」
 人魚の周囲を鋼糸に操られた机が加辺となり、泡が広がる前に人魚を囲い爆発させ、更にベイカーの放った追撃の炎が鋼糸を伝い、水に戻れない人魚の体を焼き尽くす。
「こりゃ土竜叩きだぜ!」
「でも、自分らいい連携やで」
「負ける気はしないな」
 三人の猟兵の視線が絡んだ直後、音をたてて水が引いていく。
 霧華が出入り口を解放したのだ。それは同時に下層の生き残りの人々を外へ導くことに成功した合図でもある。
「下層の馬鹿騒ぎも終いや。恥知らずな質問のお代は高くつくで」
「えっ?」
 恥知らずな質問、その言葉に思わず喜介は反応した。


●生け簀は水槽の中だけで十分だ! 命を救いて命を断つ者、いざ!
「な、なんだ!?」
 高層レストランより溢れ出る大量の水に、市民の避難をしていた學徒兵も目を丸くしている。
 水と一緒に流れ出された意識不明の人々と霧華、エシャメルは思わず一息吐いた。
 これで下層の戦いも決着へ向かうだろう。霧華は近付く學徒兵に自らが猟兵であることを話すと敬礼でもって迎えられた。
「助けた人たちには怨念で呪縛され、暴走してしまう人もいるかも知れません。破魔の力や強制改心刀などで邪気を払えますから、対応をお願いします」
「畏まりました!」
 すぐに無線が飛ばされ、対応できる人員が確保されるだろう。
 エシャメルが流されて来たひよこ軍団の一部を集合させていると、助けた者の内、一人が目を覚ました。
 霧華が邪気を払った男だ。
「……うっ……ぐ……!」
「あっ、動いちゃ駄目なんだな! すぐに病院に連れてってくれる人が来るから、休んでるんだなー」
「わ、私のことはいいんです。それよりも、中にまだ息子が……コックの格好をした、ば、化け物に連れ去られて……」
「コック?」
 小首を傾げる。そのような者の姿は見当たらなかった。となれば、中層の影朧だろう。
 レストラン倒壊だけが目的かと思ったが、わざわざ人を連れていくなど不穏な動きがある。顔を曇らせるエシャメルに、男は必死の形相で縋りついた。
「あ、あの骨の武者は、『この国の食文化が汚されている、軽んじられている』と酷く怒っている様子でした。
 た、確かに私たちは他の国の食べ物を美味しいと言いましたが、ですが、ここまでされなきゃいけないのですか?」
「そんなこと、絶対にないんだな! コッコはこの戦いが終わったらこのレストランでお食事するな! 息子さんだって、他の皆も絶対に助けるな!
 みんなであまいあまーいプリンが食べたいから、絶対絶対勝ってやるなー!!」
 自らの行いに罪はないと、力強く励ましたエシャメルに安心したのか、男は再び意識を手放した。
 会話を横で聞いていた霧華は、男の手を握る少女に優しさを見つつ、先を急ごうと促した。
 時間をかけていられない。渦巻く悪意がそこにあるのだから。

 屋内では水が引いたことで泡沫の人魚たちが姿を表し、素早い動きも封じられていた。地の利を完全に奪われてしまい慌てている様子だ。
「これなら、火加減は要らないな」
 にやりと嗤うベイカーの、諸手から零れ落ちる火の塊。絡新婦の配置した机により逃げ場を防がれた人魚たちへ全力の炎が放たれた。
 水で辺りが燃えにくくなったこと、絡新婦が壁を配置してくれたことで周りへの被害が抑えられ、彼は全力の攻撃を行っても問題ないと判断したようだ。
 生きながらに焼かれる姿に同情しない訳でもなかったが、これも存在が相容れなかったからこそだと喜介は人知れずに手を合わせる。
 すでに亡くなった人々を思えば当然の報いかも知れないが、それと憐れみを感じる心とはまた別の話だ。
 次々と崩れ落ちる敵の姿を見送り、絡新婦は鋼糸の拘束を解く。
「みんな無事なー!?」
「おう、ひよこたちならこっちにいるぞ!」
「! 喜介さん!」
 戻って来たエシャメルに喜介が手を挙げて答える。だが、その後ろで動く生き残りの人魚に霧華はその名を叫ぶ。
 同時にその姿はかき消えるようにエシャメルの隣から消失し、喜介と人魚の間に現れる。
 始動したユーベルコード【幻想華(リナリア)】は、縮地法に勁力の瞬発を乗せた変幻自在の疾走を用いて敵を眩惑し攻撃するものだ。
 だが、その速度をもってすれば眩惑する必要もなく敵へ至ることも可能である。
 鞘走る光すら見せずに抜いた刃は人魚へ止めの一撃を刺した。
「すまねえ、助かったぜ。しかし速いなァ」
「ええ。……敵を殺す為の剣ですから……」
 喜介のお礼に対し、霧華は寂しげな笑みを見せた。
 泡沫の人魚たちとの戦闘を終え、念のために残る人々を手分けして確認するが、やはり彼らはすでに命なく動くことはなかった。
 助けた男が、もっと早く来ていれば、と叫んだ言葉が胸に残る。だが彼らが訪れる前に失われた命を救い出す手立てなどありはしない。それこそ、もっと早く予知が出来ていればとグリモア猟兵が悔やむ要素だ。
 それを責める者がいないように、猟兵たちは残る命を救うことができた。彼らの想いは別にしても、誇るべき戦果だろう。
「上の階へ急ぐんだな。助けたパパが、連れ去られた子供の心配してるんだなー」
 目許を拭い、何でもないと努めて平気な様子でエシャメルは言う。そう、まだ救うべき命がある以上、止まる訳にはいかないのだ。
「コッコさんと霧華さんによれば、あの罵聞とかいうんは和食が軽んじられてると怒ってるみたいやね」
 気丈に振る舞うエシャメルに飴玉を渡しつつ、絡新婦。
「よし、とっとと登って、とっととぶちのめして、とっとと助けて、こんなふざけた騒ぎは終わらせてやるか!」
 腰の木刀を叩き、気合を込める喜介。絡新婦もふざけた騒ぎという点には賛同しているようで、そのために人命が失われたことへ怒りを感じているようだ。
「──さて、問題はこっからだぜ……」
 窓の外に動く影を見て、ベイカーは人知れず呟いた。


・救助により、罵聞は外国料理が持て囃され、和食が軽んじられていると憤っている情報を得ました。
・障害物を利用した戦闘、人命救助優先の動きを中層の影朧に目撃されています。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『注文の多い料理人』

POW   :    試食の時間
戦闘中に食べた【自らが調理した料理】の量と質に応じて【更なる食欲と料理への探求心が膨れ上がり】、戦闘力が増加する。戦闘終了後解除される。
SPD   :    こだわりの調理道具
いま戦っている対象に有効な【プロ仕様の調理道具】(形状は毎回変わる)が召喚される。使い方を理解できれば強い。
WIZ   :    注文の多いレストラン
戦場全体に、【高級レストランを模した幻影】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。

イラスト:蛭野摩耶

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●影朧たちの悪巧み。
「大変だにゃー!」
「どうしたのにゃ?」
 駆け込んできたコック姿の人型猫に、同じく様相の猫たちは動きを止めた。
 猫は下の階で仲間の影朧が皆殺しにされたと涙を溢す。
「それもみんな、灰になるまで焼かれたのにゃ!」
「にゃんだってーッ!?」
「……そ、そんにゃ……」
 がっくりと項垂れた彼らが想いを馳せるのは仲間の死に対する悲しみではない、その肢体に対する食欲だった。
 ことが済めば好きに出来ると思っていたのに。
 猫たちは残念だと落ち込んでいたが、すぐに気持ちを切り替えて作業を再開する。解体作業を。
「そういえば、ここにあった握りはどうしたんだにゃ?」
「上様が持ってったにゃ。美味しいって言ってたのにゃ~」
「マジかにゃ! あれ失敗作だったけど、上様って味音痴なのかにゃあ?」
 無駄口を叩きながらも、手際よく調理器具を準備し、料理を始めていく。
 むせかえるような血の臭いが調理された匂いへと上書きされる。だが、床や壁とそこかしこにこびりついた血は、早々と臭いを消すことはないだろう。
「誰か、そこにいるのか……目が見えねぇんだよぉ……」
「……足がない、私の足が……」
「誰でもいい、殺してくれ、もう、殺してくれ」
 猫たちは食材の嘆きに耳を動かすと、顔を見合わせた。
「何言ってるのにゃ。ご飯は新鮮なほど美味しいのにゃ。だからみんな、死なないようにちゃんとみてあげてるのにゃ」
「そういえば、下の奴ら食材を助けてたのにゃ。盾に使えるかも知れないにゃあ」
「へー、美味しいのに盾にもなるのかにゃ? 人間って凄いにゃ!」
 感嘆の言葉を漏らしつつ、出来上がったスウプに匙を入れて味見する。
 熱さに思わず舌を出しつつ、血のべっとりとついた手を舐めて、良い味だと料理人は笑った。
 その眼はぎらぎらと光り、下層から縛られ連れて来られた、恐怖に震える人々へ向けられていた。
ベイカー・ベイカー
人食い影朧、オウガみたいなもんか(記憶は消した。だが凄惨な記録はメモに残っている。)…殺す。
逃がさないための迷宮なんだろうが、逆だ。俺がお前らを逃がさない。こっちも炎の迷宮を展開する。向こうの出口を塞ぐ形で。人質?関係ない。迷宮の炎が消すのは記憶だけだ。中層全ての存在の記憶を迷宮で焼き尽くす。逃げるやつは炎を【追跡】させて焼く。仲間は攻撃対象から外すように設定。人の記憶はPTSDになりそうな部分は忘れさせたまま、後で元に戻す。
一通り焼き尽くしたら何もかも忘れた影朧たちは通常の炎【属性攻撃】で生焼けにして苦しめて殺す。
人の生き残りは【優しさ】【コミュ力】【催眠術】で落ち着かせてから話を聞き出す。


エシャメル・コッコ
またまた先手必勝な! コッコの新兵器「ひよこんぼう」で料理人を片っ端からノックアウトな!
コッコはまだまだ弱っちいから倒すのは難しくても、この武器は敵をピヨらせる(気絶させる)のに向いてるな!
だから今回も自分で倒すんじゃなくて味方のフォローに回ることを意識して、たとえピヨらせられなくても気を散らすように片っ端からぶん殴っていくな!
特に人質を利用しようとする動きを見逃さずに、人質に近い敵から重点的にぶん殴っていくな!

そんで味方が勢いづいた頃合いを見て人質を「生まれながらの光」で治癒していくな!
治癒は応急治療程度に留めて、現場が片付くまで死なせないようにすることを意識するな!
だから皆頼りにしてるな!



●電撃作戦!
 中層の惨状を確認し、杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)は気配を殺したまま、ゆっくりとその場を後にする。
(急ぎたいけど、焦りも禁物かいなあ)
 助けを求めても答える者はなく、ただただ怯える人々を残して退くのは後ろ髪を引かれる思いであるが単独で行くのは下策でしかない。
「どうでした?」
 帰ってきた男の姿に真っ先に声をかけたのは西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)だ。不安気な顔を見せるエシャメル・コッコ(雛将軍・f23751)と共に、託された命があるのだから当然か。
 しかし絡新婦は静かに首を横に振り、そこまで確認する時間はなかったと繋ぐ。
「ただ、生き残られた皆さんの場所、敵さんの場所の確認はとれはりました」
「そこまで分かったなら大したもんだ!」
 それぞれの居場所さえ分かれば対策も組める。大きな情報だと梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)は笑うが、浮かない表情の絡新婦にベイカー・ベイカー(忘却のススメ・f23474)も眉を潜めて理由を問う。
 危機的状況。人を食らう影朧と、食材にされてしまった人々、そしてこちらに対し生き残った人々を盾としようとしていることも。
「人食い影朧、オウガみたいなもんか」
 ともすれば関心もないような、他人事のように軽く呟くベイカーの瞳にも、鋭い光が宿る。
 ならば早く助けなければ。
 逸るエシャメルを抑え、確実に人を助ける策が必要だと霧華。
「そうやね。注意を引き付ける役なら自分に任せとき、敵の位置をきちんと把握も出来とるしな」
「あ、それならなー、コッコは不意討ちかけるな! そうすれば敵を釘付けに出来るな!」
「私は救助を優先します」
 霧華の言葉に、怪我の治療なら任せろとエシャメルは笑う。撹乱と補助、それぞれの支援を行うつもりのようだ。
 それならばと顔を見合わせる喜介とベイカー。
「俺たちはアタッカーって所か」
「よっしゃ、決まれば早ぇぜ!」
 ばちんと手に拳を当てて、喜介は唸る。居ても立ってもいられないという様子だ。
「落ち着けよ。敵も馬鹿じゃないらしいし、足下だけは掬われないようにな」
「おう!」
 分かっているのかいないのか、しかし気迫があるのは良いことだ。その頼もしさにベイカーは思わず苦笑し、まずは絡新婦が先行しようと手を挙げた。
 彼の使用するユーベルコード【バトルキャラクターズ】で召喚した存在で合図を送り、続いて霧華、その次にエシャメルと中層へ上がる。
 エシャメルに先手を打たせると同時に絡新婦が混乱した敵の目を引き付け、生き残りに接近させた霧華が救助を行う。
 敵の注意が完全に逸れた所で喜介とベイカーで強襲を行い、電撃的に決着をつける作戦だ。
「お先に」
 にこりと微笑んで階段を上がる絡新婦。
 足音を忍ばせ再び入り込んだフロアでは、解体した食材を上機嫌に調理する影朧の姿が見える。
 こちらに気づいている様子はなく、慌ただしく準備を続けるそれらを尻目にユーベルコードを始動、掌に産み出した鼠を一匹召喚、階下の仲間へ合図に向かわせる。
 その間にもフロアを進み、生き残った人々が焦らないよう彼らの視線もかわしながら尻尾を揺らす料理人の内の一匹の背後に潜む。
 丁度その頃、息を殺して階段を上がった霧華は、額に『1』と刻まれた鼠の後を追って縛られた人々の近くへ、続くエシャメルも絡新婦とは別の影朧の背後へつき。
 合図は、鼠の一声。
「にゃ? んにゃー!? 不潔ッ、ネズミだにゃー!」
「なにゃー!?」
 目を剥き牙を剥き、舌を伸ばす料理人たちの驚きに、その視線が首を傾げる鼠に集中する。
「またまた先手必勝なーっ!」
「にゃにゃにゃ!?」
 高らかに宣言するエシャメルが、後ろに続くひよこ軍団の運ぶ獲物を振りかぶる。その名も荒ぶる【ひよこんぼう】!
 こちらへ顔を向けたその鼻っ面へ叩き込まれた重い一撃。悲鳴も上げられずに吹っ飛ぶ丸々と太った化け猫に、手応え有りとエシャメルは笑う。
「敵だにゃ!」
「せやなぁ」
 衣服に纏う包丁を抜き、声を荒げた料理人の言葉を肯定し、その腕に座る狩衣を着た狐人、人形の【サイギョウ】がかたかたと嗤う。
 小馬鹿にした動きに髭を逆立てた料理人が包丁を構えつつも、食材にちらと視線を向けた。怒りにかられながらも冷静な部分があるようだが、それを良しとしないのが絡新婦だ。
「させへんで!」
 瞬時に召喚されたのは大量の鼠たち。それらは互いに捕まりあって大きな塊となると弾となり、料理人へ突進する。
 鼠とはいえ集まれば重量も大きくなる。腹に一撃を受けて仰け反る化け猫の腹の上で、四方に弾けるように散る鼠たち。
「ぎにゃあ~! 害獣がー!」
「害獣言うんは、どっちやろね。──今や!」
 待ってたぜ。
 解き放たれた鼠が食材に覆い被さると同時、絡新婦の叫びを受けてベイカーと喜介が階段を駆け上がる。
「もう大丈夫ですよ」
 主力となる二人の到着を合図に縛られた人々の縄を断つ霧華。
「あ、あなた方は?」
「ご安心を、帝都桜學府の者です」
 怯える人々へ耳に馴染んだ肩書きを名乗ることで落ち着かせる。しかし、霧華は優しい笑みを浮かべつつも人々から気を逸らさない。
 先程のように罵聞に操られた人間がいるかも知れないからだ。
(…………、邪気を感じない。操られている人間はいない?)
 訝しげに眉を潜める。このような場でこそ、伏兵を忍ばせる絶好の機会なのだ。それを易々と逃すとも思えないが。
(操る人間を選んでいるのでしょうか?)
 とすれば、あの影朧には明確な目的と作戦があるということになる。レストラン倒壊の手段もそうだが、お粗末な結果の割りに緻密な計画を立てていたのかも知れない。
 生粋のテロリスト、それが不退転浅鬼・罵聞という輩なのか。
 一方、階段を駆け上がった喜介はその惨状に思わず足を止めた。百聞は一見に如かず、絡新婦から聞かされていたとは言え、実際に目の当たりにするのとでは。
 呻く声、嘆く声、怒りを持つことすら出来ずに悲嘆に暮れて死を望む言葉。それは生きる意思を根こそぎ奪われた、最早、生きながらにして『人であった者』とされた死体の言葉だ。
 眉根を寄せて振り返れば、霧華に救われふらつく体で脱出を試みる人々の姿がある。
 本来ならば全員をそうするつもりであっただろう。だが血の臭いがむせかえるこの部屋で残るのは、屍と、屍の如き人々のみ。
「も~、なんなのにゃ、埃っぽい格好で厨房に近づくんじゃないのにゃ!」
 怒った様子で不満をぶつける化け猫を睨み付ける。彼らからすれば、人間は食料以外の何者でもないのかも知れない。
 だが。
(熊だって野犬だって人を食うし、人だって兎や鹿を料理するもんだ。
 糧を得る事は世の摂理そのものよ)
 だが。
(頭じゃ分かっても! この惨状は腹が立つ!)
 人の言葉を喋り、人の言葉を理解する輩が。人の心を一切、理解しようとしない輩が。この惨状を作り上げた輩どもが。
 口を開けば怒鳴り散らしそうな己を抑えて、血の味がするほどに奥歯を噛み締めてようやく自分の口を塞ぐ。
「なんかこの人、怒ってないかにゃ?」
「怒ってるのはこっちにゃ! 邪魔者だにゃー!」
 料理人たちの不満に言葉も詰まる。怒りに声が喉元までせりあがった時、喜介の前にベイカーが立ち塞がった。
「もういい、お前らは黙れ」
「にゃあ~?」
 その手に火を灯し、静かに吐き捨てるベイカーの顔には喜怒哀楽、どの色も浮かんでいなかったがはっきりとした拒絶の意志が現れていた。
 その様子に不愉快と髭を撫でた化け猫は、不適に笑う。
「上手く作戦にはめたつもりだったんだろうけど、逆なのにゃ」
「お前たちは袋の鼠にゃ!」
 ベイカーの手から放たれた炎、それは影朧に触れる前に四散する。
 突如として現れた壁が影朧と猟兵を別つだけでなく、各所で床から立ち上がる壁により一瞬にして迷路が形成されたのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

梅ヶ枝・喜介
血の臭いに眉根を寄せ、食われてるヤツのうめき声と、縛られたヤツの怯えた様子に奥歯を噛み締め黙り混む

熊だって野犬だって人を食うし、人
だって兎や鹿を料理するもんだ
糧を得る事は世の摂理そのものよ。だが…

頭じゃ分かっても!この惨状は腹が立つ!

少しでも口を開けば化け猫どもを怒鳴り散らしそうだ
だがそいつは上手くねえ。盾にされてるヤツをどうにか取り返すまではな……

おれァ直情の男よ
この言葉に出来ない情を抑え込むのに比べりゃあ、化け猫どもの振るう包丁の痛みなんぞ屁でもない!

刀も抜かずにずんずんと歩いて近付き、化け猫の攻撃は全部無視する

策はねえ。
だが人質を奪い返せたなら木刀を抜いて猛る!
畜生どもがぁあああッ!!


杼糸・絡新婦
急ぎたいけど焦りも禁物かいなあ。
【情報収集】による建物の構造から【忍び足】にて行動
敵の動きと人質の状態を観察。
必要なら他の猟兵にも知らせておく。
連れて行ったんやったら利用もするやろうなあ。

気づかれていないなら不意打を狙う。
または【パフォーマンス】【挑発】で
こちらに意識を向けさせる。

バトルキャラクターズで
ネズミのバトルキャラクターをレベル分召喚。
敵と一般人の間に割り込む、
人質の安全がある程度確保されたなら、
10匹ずつ合体させ、敵を攻撃。
こちらも鋼糸で攻撃していく。
自分も料理は嗜むからなあ・・・
さあ、どう料理されたい?


西条・霧華
「例え手が読まれていようとも、私の歩む道は決まっています。」

それが私の、守護者の【覚悟】です

引き続き一般人の救助を優先
人質にされる可能性が高いので、死角から救助します
危険なら割って入り、身を挺して庇います
…そうした方は、洗脳されて利用される可能性がありますから【破魔】の力で解呪
救助後は建物の外へ避難誘導

【残像】を纏って眩惑し、【破魔】の力を籠めた[籠釣瓶妙法村正]にて『幻想華』
相手の攻撃は【見切り】、【残像】を纏って回避
回避が困難なら【武器受け】しつつ【オーラ防御】と【覚悟】を以て受け止めます
何れの場合も返す刀で【カウンター】

殺してくれと懇願されても、死なせはしません
…同じ過ちは、もう二度と…



●これ以上、好き勝手させやしない! 中層に潜む料理人!
「わわわっ」
 突如として現れた壁がフロアを区切り、小さな迷路を形成する。
 ひよこんぼうで猫の料理人を殴り付けていたエシャメルは、援護すべしと近寄っていた霧華とともに迷路の一画へと封じられてしまう。
 少女の活躍で影朧を近づけずに動ける人質を逃がすことに成功したが、敵の打倒はできていない。
「いたたた、死ぬほど痛かったのにゃ!」
「…………!」
 エシャメルに殴られていた内の一匹が身を起こすと、怒りに燃える双眸を少女へ向けて包丁を抜く。
 ひよこんぼうを胸に抱えたエシャメルを守るように、霧華が前に出る。
「ふん、無駄なのにゃ。お前たちの手の内はバレバレだったのにゃ! 諦めて料理されるといいのにゃ~、くっししししし!」
「例え手が読まれていようとも、私の歩む道は決まっています」
 身の毛のよだつ邪な笑み。吊り上がった口から覗く鋭い歯と、血生臭い息吹きは見る者の恐怖を煽る。
 しかし、鞘を握り柄に手を乗せた霧華に下がる足などは一歩もなく、堂々とした立ち姿はこの世界を守るため、そして人の命を護るための守護者としての覚悟、猟兵としての在り方のひとつをエシャメルの目に刻み込んだ。
「……霧華……、頼りにしてるなー!」
 その隣に立ち、ひよこんぼうを再び構える。先程の痛みを思い出したのか影朧の耳は一瞬、下を向いたがすぐに余裕の笑みを見せた。
 そうそうやられはしない。
 語る化け猫と語り合うつもりなく。その身に残像を纏い、霧華は軌跡を悟らせないよう複雑な挙動で疾走する。
「……にゃ、にゃ、にゃ……!?」
 その動きに眩惑され、最早、どれを追えばいいか分からないでいる影朧へ、抜き放たれた籠釣瓶妙法村正が一閃、虚空に妖しい軌跡を残す。
 まるでそこだけ濡れたかのように光る太刀筋は、影朧の顔を深々と斬り裂いていた。
「ぎぃにゃああん!」
 浅い。
 野生の勘かその生態か、触れる間際に仰け反った影朧へ致命を果たすに至らず、悲鳴を上げて迷路の奥へと走り出す。
 四足の動きはやはり獣で、一瞬にして通路の奥へと消えてしまった。
「あの方向は──」
「──料理にされた人たちのいるところだなー!」
 顔を見合わせ、急ぎ駆けつけた二人を振り返る。猫の料理人は顔に受けた刀傷で潰された目から血涙を流し、荒く息吹き喉を鳴らす。
 その手には首を捕まれ引き摺られる人の姿があった。
「ぐふー、ぐふ~っ。動くにゃ! 動くとこいつを締め殺すのにゃ!」
「くっ」
「ううっ」
 成人女性としては、随分と『小さくされてしまった』体を持ち上げて、影朧は勝ち誇ったように叫ぶ。
 余りにも痛々しい姿に思わず目を逸らすエシャメル。霧華も憐憫と嫌悪の感情をその身に渦巻かせる中で、女は口を開いた。
「……こ、……殺、して……」
「なにゃ?」
「わ、私を……殺して……っ」
「にゃ~、余計なこと喋るんじゃないのにゃ!」
 慌てた様子で女の首を締め上げる。殺すつもりはないようで、その言葉を止めるためが目的だったようだ。
 咳き込むそれを見て、影朧は女の腹に包丁の切っ先を宛がう。
「今の真に受けるんじゃないのにゃ。妙な気を起こしたら、すぐにこのお腹をかっ捌くのにゃ!」
「…………! この、外道め!」
 霧華が怒りを見せ、効果有りと料理人が嗤ったその瞬間。
 エシャメルの体から放たれた光が人質とされた女を打つ。
「んにゃああっ!?」
 人質を攻撃する。信じられない者を見る目で料理人は女を手放すと、大きく後退した。エシャメルは即座に女へ駆け寄り、霧華へ振り返る。
「この人はコッコが見るから大丈夫なんだな、あいつをやっちゃうんだなー!」
「ありがとうございます、コッコさん!」
 その言葉に答えて外道を睨む。エシャメルの放った光は攻撃ではない。ユーベルコード【生まれながらの光】は彼女が生来持つ聖なる輝きによって、自らの体力を代償に対象を回復させる力を持つ。
 さすがに人質とされた女の全てを癒すことは叶わないが、痛みを和らげることは出来たはずだ。
(──そして何よりも……!)
 人の言葉を喋れても、人の心を理解出来ないような者に。
「おんのれ、騙したのにゃ!」
 包丁を両手に構えて血飛沫を飛ばして激昂する化け猫。逆手と順手に持つ刃の連撃は次々と霧華の残像を切り裂きその身へ迫るが、そこまで手を晒け出せば見切るのも容易い。
 紙一重でかわし、通路を壁、天井と区別なく駆け巡る少女の動きに料理人が対応仕切れなくなったその瞬間。
「絶対に負けない!」
 刹那の隙を突き、纏う残像すら取り残して突貫した霧華。虚空に煌めく刃の残光は、今度こそ影朧の首を斬り落とした。
 血の滴すらなく、冷えきった刃を鞘に納めれば、女の苦痛を少しでも和らげようと光を注ぐエシャメルの姿があった。
(殺してくれと懇願されても、死なせはしません。
 ……同じ過ちは、もう二度と……)
 自らの生を諦め、死に救いを見出だすしかなかった女の状況、心情を察するのは難くても、その願いを聞き入れられるほど二人の少女は達観していない。
 未来を想う若者だからこそ、悔いを残したくないからこそ全力で命を救うのだ。その暖かな心に触れた女は、静かに目を閉じて涙を流した。
 慈愛の笑みでそれを見つめていたエシャメルは、やがて女が気を失ったことを確認して灯した光を収めた。
 立ち上がる体はふらついて、相当の体力を消耗したのだろう。心配そうなひよこさんに弱った笑みを見せつつも、霧華に向き直って親指を立てる。
「やったんだな、霧華!」
「コッコさんのお陰ですよ」
 遠慮がちにこちらも親指を立てて、二人の少女は笑った。

「鬼さんこちら、手の鳴る方へ」
 人形を笑わせながら、舞うように迷路を駆ける絡新婦を追うのは三匹の化け猫だ。
 尻尾を膨らませて怒りを見せる彼らは包丁を口にくわえ、獣らしく四足で猛追をかける。
 あれま。
 道行く先は行き止まり、正に袋の鼠と追い付いた料理人たちが嗜虐的な笑みを浮かべる。開いた口に並ぶ鋭い歯から涎を垂らし、赤い口内を這いずる火のように真っ赤な舌が伸びる。
「あらら、これはあきまへんなぁ」
「シャアァァア!」
 サイギョウと顔を合わせ、これは困ったと猟兵に余裕の笑みを見せられては影朧が怒るのも無理はない。
 毛を逆立てて声を上げる影朧であったが、精神的立場を逆転させようと、怒りの形相のまま無理に笑みを見せた。
「ふ、ふんだにゃ。お前は今から美味し~い食べ物に生まれ変わるのにゃ。
 ゆっくりゆっくり、綺麗に調理してやるのにゃ。人間はみんな、そうされると殺してくれって泣くようになるのにゃ~」
「だけど、最後の、最期のまで殺さないのにゃ。お前はとびっきり後まで生かしておいてやるにゃあ」
「にゃあたちが、どれだけ料理の腕が良いのかお前にも食わせてやるのにゃ。にゃあたちは優しいのにゃ」
 勝手なことを良くもほざく。
 絡新婦の目に宿る色も冷たく、しかし口元の笑みを止めることはなく猟兵として影朧の様子を窺う。
 追い詰めたと安心しきった彼らは隙だらけで、勿体ぶりながら包丁を抜く。
「自分も料理は嗜むからなあ。……猫の料理で満足出来るかどうか……」
「食材が口を挟むにゃ!」
「そうにゃそうにゃ! ド素人の料理とプロの腕を一緒にするんじゃないのにゃ!」
 目をぎらつかせて唸る料理人。
 そして、一匹は怒りに目元をひきつらせながら、絡新婦へ包丁を向けた。
「決めたのにゃ。お前は串刺しにして、動けなくしてから生皮を剥ぎ取って調理してやるのにゃ。
 ちゃんと喋れるように、舌は最期まで残してやるのにゃ。にゃあたちの料理を最期まで味わって、美味いと言わせてやるのにゃ!」
「ほなら、自分もそうさして貰いましょか」
 引き上げた口角から歯が覗く。化け猫たちと負けず劣らず邪な笑みを見せた男に彼らがたじろぐと、その背に何かが触れた。
 振り返った先には化け猫どもと同じ程の背丈の鼠がいた。額に刻まれた『10』の文字、並ぶ五匹の鼠の足下にも鼠が並ぶが、それらは息も荒く、爛々と目を輝かせて化け猫を見つめている。
 餌だ。
 涎を溢さんばかりの食欲に支配された野性に晒されて身を縮ませる影朧。もはや、彼らも理解出来たろう。
 追い詰められたのは誰なのか。
「にゃ、にゃ、にゃんだぁ!?」
「ふぎゃっ!」
 急にその体が宙に浮き、踠く体がきりきりと痛む。
 怒りに支配された料理人たちは、通路に張り巡らされた鋼糸にも気づけはしなかった。最初から最後まで彼の罠の中にいたのだと。
「なんやったっけ。そうそう、串刺しにして、生皮を剥いで、自分らの肉をおいしゅういただく言うことでしたなぁ。
 安心してや? きちんと舌も残したりますわ」
 足音を響かせて迫る絡新婦の瞳には、恐怖に怯える影朧の顔が映っていた。

「ちっ!」
 せりあがった壁に地形が変わり、喜介は思わず舌を打つ。ベイカーとは離れ離れとなってしまったが、向けられた殺気にこちら側にも敵が残っていることを察する。
 視線を向けた先で二匹の影朧が包丁を抜いていた。
「んにゃ、さっきの邪魔者だにゃ」
「調理場へのマナーがなってない奴なのにゃ~」
 通路から現れた彼らの言葉から、先程の相手と見て良いだろう。
 仲間への心配も、敵を見ればすぐにかき消えた。否、同じ猟兵であるからこそ、敵を前に心配などしてはいけないのだ。
 睨みつけられて、まだ怒っているのかと呆れ顔で肩を竦める化け猫たちに、喜介はぎりぎりと奥歯を噛み締める。
 怒りを自制し、戦闘へ気持ちを切り替えるべき瞬間でもしかし、喜介の脳裏に浮かぶのは、このお気楽な顔をした殺人鬼どもの犠牲となった人々だ。
 許せない。その気持ちは強く、許してはいけないのだという使命感にも繋がる。
 今すぐにでも声を張り上げたい気持ちをねじ伏せられたのは、自分の前に立ったベイカーの姿があってこそだろう。
(怒鳴るだけなら簡単だ、だがそいつは上手くねえ。せめて、人質にされた人たちが助けられてりゃァ)
 目の前に盾とされている人はいないが、こちらの叫びに他の場所にいる敵が反応しないとも限らない。けれど、この直情、猛りは抑えられるものでもない。
 ずしりと、重い一歩を踏み出す。黙して進む喜介にぴくりと髭を反応させて料理人たちは目を細めた。
 その闘気から大体の力を察したのだろう、お気楽な雰囲気はなりを潜め、狩人としての面を覗かせる。
「おいらが先に行くのにゃ」
「じゃあ、にゃあはそれに続くのにゃ~」
 逆手と順手に包丁を握り、地を疾走する影朧に対して喜介は木刀すら構えない。疑問に思う間もなく振るわれた刃は、恐れず前進する喜介に間合いが狂い浅い傷をつけるのみ。
「な、なんなのにゃ、こいつ!?」
「おれァ直情の男よ。
 この言葉に出来ない情を抑え込むのに比べりゃあ、お前ら化け猫どもの振るう包丁の痛みなんぞ屁でもない!」
 抜き放つ木刀。
 驚愕する化け猫の脳天目掛けて振り下ろされた一撃であったが、それはするりと滑り、軌道がそれて地を穿つ。
「!」
「あ、危なかったのにゃー」
 コック帽を押さえて料理人の頭の上に現れたのは鋼鉄製のボウルだ。滑らかな曲面に木刀の軌道がそらされ、威力が殺されてしまったようだ。
 料理人はボウルの下からにやりと笑い、そんなへなちょこ攻撃など通じないとのたまった。
「全く、格好からして貧乏人って感じにゃ。お金もない芋侍に食わせる料理なんてないのにゃ!」
「……このっ……!」
 調子づく影朧の言葉に怒りが吹き出しかけたその時、小さな鼠の鳴き声が耳に届く。
 それは絡新婦からもたらされた人質解放の合図だった。
「…………、確かに俺ァ農家生まれの芋侍よ。だからこそ、俺が天下に示せるものがある!」
「無駄にゃ! この国の調理器具の技術は世界一なのにゃ。芋侍なんかのぼんくら剣術に劣るわけないのにゃ~!」
 再び振り上げられた木刀に、余裕の笑みで自らの刃を交差させて構える化け猫。
 だが、次に笑みを浮かべるのは喜介の番だった。
「俺はこれしか出来ねぇ! だからこれだけは誰にも負けたくねぇ!!」
 火の構えから繰り出される渾身の振り下ろし。
 抑圧された感情を爆発させた一撃は木刀に乗り、その切っ先はぶれることなく真っ直ぐに影朧の脳天へ叩きつけられた。
 身を守る防具など何の役にも立たない、紙切れのように引き裂いた一撃は道具を過信した料理人に後悔の念を与える暇もなく、その命を叩き潰した。
「…………、ひにゃっ?」
 その結果を信じられないと見つめていた影朧は、喜介の視線を受けて包丁を取り落とすと、すぐさま彼に背を向けて通路の奥へと消えていった。
「……すうーっ、はあぁぁあ……」
 深く呼吸して気を落ち着け、喜介は木刀の血を払い歩を進める。彼の足は敵に向けられているのではない、己の自負する未来へ向けられているのだ。
 一方、大慌てで逃げ出した影朧は生きた心地もなくただ出口を目指して通路を走る。
 気がつけば迷路の中に食材たちの声はなく、仲間の声も聞こえない。
「なんでにゃ、なんでこうなったのにゃ! ……早く、上様に報告して助けて貰わないとにゃ……」
 しかし。
 走り始めてしばらく、料理人は迷路から出られないことに気付く。本当ならばとっくに出口を超えているはす。
 道を間違えたのかと焦りを覚えた頃、通路の先に仲間の姿を見て顔を輝かせた。
「みんにゃー、こんなところにいたのかにゃ。一旦逃げるのにゃ。上様の所に行くのにゃ~!」
 呼び掛けるも、誰も答えようとしない。
 ただぼんやりと虚空を見つめる仲間の姿に困惑から、再び焦りへと変わる心を迷路から生じた炎が嬲り尽くす。
 その記憶を焼く炎は、恐怖すら忘れさせてしまう。
「どうやら、お前も『お前のまま』この迷路から出ることは出来ないようだな」
 ユーベルコード【アリスは結局自分の世界には帰れませんでしたとさ。(ニガサナイ)】を発動させたベイカーが通路の奥から現れた。
 ここは彼らの生み出した迷路ではない。ベイカーが彼らの作り出した迷路の出口を塞ぐように作り出した迷路だ。
 現れる炎は彼の力のひとつである忘却の炎と同じく、迷路内の彼が望む者たちの記憶を焼き滅ぼすことが出来るのだ。
 記憶を全て失うことは、個人の死だ。死した存在にはもはや、善も悪もない。
「全部忘れてたら、友達になろうぜ。……と、言いたい所だけどよ……」
 それは息をするだけの屍である。この影朧たちが与えた人々への苦痛と末路、過程を変えても結果は等しい。
 だからこそ、ここで許す訳にはいかない。一方的な悪意を、虐げられた者たちと同じ末路にする訳にはいかない。
「せめて、優しく殺してやるよ。弱火でな」
 左手から生み出された炎はただの炎だ。特別な力など一切ないそれが化け猫たちの体にまとわりつく。
 火力もなにもないそれはゆっくりと彼らを焼き上げるだろう。火を消す術も知らず、料理人であった者たちは苦痛の意味も分からずに悶え苦しむのだ。
「悪いけど、これから助けた人たちの面倒も見なきゃならないんだ。後は勝手に死ね」
 その最期は誰にも看取られることなく、そして、犠牲となった人々の記憶にも残らない。ベイカーの炎は彼らの存在を、このサクラミラージュから完全に焼き消したのだった。


●不退転浅鬼の目的。
 下層へ移動させられた生き残りは、心の傷となりそうな部分をベイカーの忘却の炎によって消された。悪夢のような事件を忘れて日常へ帰ることが出来るだろう。
 しかし、食材とされ調理された者たちの痛ましい記憶は部分的に消せても、その体を思えば全てを消すこともできずにいた。この世界の技術力であれば、健常者のようにとはいかずとも以前に近い生活を送ることは出来るはずだ。
 後は彼らの意思次第だろう。
「…………、男の子、いなかったなー」
「ええ」
 下層の生き残りに頼まれた者は確認できなかったが、下層から連れて来られた人々が怪我もなかったことを考えれば、最悪の形になったとも思えない。
 そこへ、學徒兵に運び出されようとした一人が、彼らに背負われて霧華、エシャメルの元へ現れた。先程、少女らが助けた女であった。
 エシャメルとベイカーの力によって生きる希望を取り戻した様子で、最初に合わせた時よりも明るい顔色だ。
「あなたたちの探している子かは分からないけど、鎧を着た人に連れて行かれたわ。
 他にも何か、身なりのいい人が家族ごと連れて行かれたの。テレビで見たことある顔だったんだけど、よく思い出せないわ」
「あ、ありがとうございます」
「いいのよ。…………、ありがとう、助けてくれて」
 霧華へ笑みを浮かべてお礼を述べ、學徒兵に連れ帰られる間際にベイカーへ頭を下げた。
 エシャメルは彼女がこのまま明るい未来を歩けるよう、祈らずにはいられずその背に向かい、大きく手を振った。
「なるほどなぁ。罵聞とか言うんは、テレビに出るような人を使ってなにかするつもりみたいやな」
「洗脳する力があるってんなら、まあ、なにか要求を出させるとかやるかも知れねぇナ」
 絡新婦の言葉に、顎へ手を当てて喜介が返す。
 問題は、まだ人質となる生き残りが階上にいるということだ。恐らくその者たちは操られている可能性が高いだろう。
 雌雄を決する前に壁が現れるかも知れないと、猟兵たちは気を引き締めた。

・罵聞は人質の利用を考えているらしい情報を得ました。人質の解放は罵聞の意思を折る要素に繋がり、説得への足掛かりとなります。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『不退転浅鬼・罵聞』

POW   :    浅鬼大見得契之型
予め【大見得を切り次の攻撃の構えを取る】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
SPD   :    此処にあるは地の底伝来の業物、妖刀・煤払いにて候
自身に【傾国の鬼の怨念】をまとい、高速移動と【斬撃による衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    強制改心刀・悪
【斬った者の悪を増大し支配する傾国の怨念】を籠めた【妖刀・煤払い】による一撃で、肉体を傷つけずに対象の【良心】のみを攻撃する。

イラスト:FMI

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠ブライアン・ボーンハートです。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●罵聞の目的。
 悪の心を増大し、人々を操る刀を持つ不退転浅鬼・罵聞。
 だが無秩序にその力を振るうでもなく、子供を拐った親のみを操ったことに、親子の絆の強さを警戒してのことだと猟兵たちは考えた。
 その抵抗が他の人間に伝播しないよう、子供のみを奪い親の抵抗の意思を奪ったのだ。
 そして、中層にいた有名人の存在。グリモア猟兵の予知を見れば最終的に失敗となる作戦だが、おそらくはその人物を利用した主張の拡散だろう。
 その主張とは、外来文化によりこの国の従来の文化が軽視されているという思い込みに根差したものだ。これを解消、あるいは正面から否定すれば罵聞に対し有利に立ち回れるかも知れない。
 当の罵聞は最上階、建物内の様子も知らずにご機嫌な様子である。
「どうだ旨かろう。やはり日ノ本男子たる者、寿司を食べておれば良いのだ!」
 笑う髑髏の口元にべったりとついた血は、血抜きすらされていないネタを乗せた握りによるものだろう。汁気により酢飯すらまとまっていないそれを、誰が喜んで食べようか。
 罵聞により支配された白髪の男は獣のように唸りながらそれを食らい、慟哭する。
「畜生、畜生、なんでこんなものを俺が食べなきゃいけないんだ……全部……洋食が悪いんだ!」
「その通りよイチガヤ殿。お主の食文化誘致などと唱って外来の食べ物などを運び入れたのがそもそもの始まり。見よ、この国を見下ろすかのようなけしからん天狗の鼻!
 しかし安心めされよイチガヤ殿、某が、この某が! お主の間違い正して進ぜよう。そのあかつきにはお主も、食文化鎖国を世に発表するのだ」
「嗚呼、感謝します罵聞殿! お任せ下さい!」
 うむうむと頷き、口を血塗れにしながら皿を食らう市ヶ谷に満足そうだ。
 そのまま視線を変えれば、部屋の隅で身を震わせ、ひとつにまとまる子供たちの姿があった。
「さあ、稚児たちよ。お主らにも寿司を馳走しよう。こちらへ参れ」
「ひっ」
「文化というのは子供の頃より教育せねば、イチガヤ殿のような過ちを犯す。はんばぁぐなどという肉団子を食べるぐらいなら、草団子を食うが美徳よ」
 すらりと抜いた刃に纏うは赤き炎。
 足元で皿を食らう市ヶ谷を蹴り転がして、罵聞は嗤う。狂ったテロリストの狂った主張を、この世の正義とする為に。


・助けた人々の証言から罵聞の目的が解き明かされました。
・罵聞の作戦は当に破綻していますが、彼の目の前でその目的を叩き潰すことで優位に立ち回れるようになります。
・罵聞への説得・挑発による口撃は上手くいけば罵聞を弱体化させることが可能です。
・不退転の名の通り、罵聞は決して戦いを止めません。しかし、己の間違いを認めさせれば転生させることが出来るかも知れません。
ハルピュイア・フォスター(サポート)
絶望を与えるのがわたしの仕事…。
無表情で口調は事実を淡々と告げます

【暗殺】が得意
また【迷彩】【目立たない】【闇に紛れる】【地形の利用】など使用して隠密にまた撹乱しながら行動

Lost memory…敵のユーベルコードの矛盾や弱点を指摘しUC封じ込む

回避は【残像】で、怪我は厭わず積極的に行動

武器;首にマフラーの様に巻いてある武器『零刀(未完)』は基本は両手ナイフだが鞭や大鎌など距離や状況に合わせて形を変貌させ使用

他猟兵に迷惑をかける行為はしませんが、御飯やデザートは別問題…奪います。
公序良俗に反する行動は無し

後はおまかせでよろしくおねがいします


櫟・陽里(サポート)
『操縦が上手いは最高の誉め言葉!』

乗り物が活躍できる場と
レースとサーキットが得意分野
相棒バイク以外も乗りこなしてみせる
配達系依頼もお待ちしてまーす

走りこそが俺の武器!
マシン性能・路面や周辺・相手の動きなど幅広い情報収集
それを扱う集中力・傭兵の経験・判断速度
乗り物と操縦者の総合力で戦う

シールド展開バイクで体当たり吹き飛ばし
補修ワイヤーは補助武器
バイクは機動力のある盾にもなる
壊れたらほら、直すついでに新パーツ試せるし!

明るく話しやすい先輩タイプ
補助仕事もドンと来い
乗り物が無い戦場では手数が少ない
普通の拳銃射撃や誘導、挑発など小技を利かせるしかなくテヘペロしてる

過去は過去に還すべき、その辺割と無慈悲


梅ヶ枝・喜介
御大層な名目を掲げてるかと思えやよ!くだらねェ!
なぁにが日ノ本古来の食文化でい!
美味いモンは美味いでいいだろ!

どんな傑物の起こした沙汰かと首魁の面ァ拝みに来たが!
アンタ、器がちっちぇナ!

第一似たような食い物なら昔っからある!
肉団子ってンなら、つみれ汁やつくねだってそうだろ!

それをテメェ、勝手を人様に押し付けるばかりかこんな大事にしやがって!

おれァもう堪忍袋が張り裂けた!
その野望諸とも叩っ潰してやる!覚悟しやがれ!

邪魔する連中にゃ拳骨を食らわして眠って貰う!

木刀を抜いて大上段へ構えて気勢を滾らせる!
あの鬼の見得が終わるまで待ち、互いに最も強ぇ太刀筋をぶつけ合い!そして勝つ!
うぉぉおおああああ!!


エシャメル・コッコ
ついにボスのとこまでやってきたな! 悪いわるーいてろりずむは絶対ぜったい阻止するな!

そもそもからしておかしい話な!
おいしいご飯はいろんな味を知るからこそ出来るものな!
罵聞のいう正しい食文化だって最初は違うとこからきたヨソモノな!
それをもっと美味しく食べられるようにがんばって出来上がったのが和食な! そしてそれは和食だけに限らないな、ご飯全部がそうな!
大体このレストランにきた人達だって普段は和食を食べてるな、ここにはたまの贅沢に洋食を食べにきただけな! つまりトータルで言えば和食の方が圧倒的に食べてるな! 洋食かぶれだなんてちゃんちゃらおかしいな!

それはそれとしてとっちめるな! ピヨピヨなー!


杼糸・絡新婦
【言いくるめ】【挑発】も兼ねて発言
つまらんしおもんない、
最初っから知りもせんと他の文化否定してどないする、
ええとこ便利なところみつけて、
取り込んでいけばええやろ。
肉じゃがやって西洋文化取り入れたもんらしいで。
てかな、寿司もハンバーグも美味もんは美味いでええわ、
でもそんな寿司は御免こうむるけどな。

【かばう】併用しつつこちらに意識向けさせ、
【フェイント】で回避するようにみせて、
敵の攻撃は【見切り】でタイミングを図り脱力してうけとめ、
オペラツィオン・マカブル発動する。
排し返せ、サイギョウ。


西条・霧華
「貴方の後生も護ってみせます。」

守護者の【覚悟】に懸けて…

一般人を救助
特に市ヶ谷さんは【破魔】の力で解呪

その後は罵聞と言葉と剣を交えます

喪失を憂いながら…何故貴方は凶事に走ったのですか?
貴方の様に異国を知る事で、自国への想いを強める事だって在る筈です
そして文化が交じり合う中で、より高度な自国文化を形成していく『世界』も存在します
貴方がした事はその機会を永遠に奪ってしまう事…
文化への愛があるのなら、その進歩を見守ってあげて下さい

【残像】を纏って眩惑し、【破魔】の力を籠めた[籠釣瓶妙法村正]にて『君影之華』
相手の攻撃は【武器受け】しつつ【オーラ防御】と【覚悟】を以て受け止め、返す刀で【カウンター】


ベイカー・ベイカー
寿司の起源は東南アジアだバカ。日本食ってのは元から外国の文化を取り入れてアレンジすることで生まれた文化だと知らねえのか。この店で出てた洋食だって外国人に見せれば元と違いすぎて日本食判定されるだろうぜ、と【世界知識】から【言いくるめ】る。
国粋主義の程度が知れるなエセ愛国家。お前の正体は不勉強な癖に声だけはデカイそこらの政治に文句つけるだけのおっさんとなんら変わりねえ。
見得なんざいくらでも切ってろ。お前程度じゃサマにならねえんだよエセ野郎、と【挑発】。炎【属性攻撃】の【全力魔法】で焼き尽くす。次があったら日本食の食材に生まれ変わるんだな。少しは人の役に立って贖罪しろ…あ、洒落じゃねえぞ、うん。



●先制口撃! 討つべし上層に座す者、櫓倒し!
「むう?」
 ヱレベーターの到着を報せる電子音。罵聞は子供らから視線を変えて扉へ向かう。
 納刀し、階下の料理人が新しい飯を持ってきてくれたのかと向かう足も軽やかだ。
 しかし。
「出前一丁!」
「のわーっ!」
 扉を破り現れた一輪の車両に、すんでのところで衝突を回避する罵聞。
 櫟・陽里(スターライダー ヒカリ・f05640)は愛車のライこと【RA13SS/P-GP JET】で綺麗にターンを決めて停車すると、ヘルメットを脱ぎ罵聞の反応速度に舌を巻く。
「スタートダッシュには自信があるんだけどなぁ」 
「何奴! ──むおおお!?」
 よほど驚いたのだろう、心臓があるとは思えないが胴当ての上から胸を抑える罵聞は、背後にのっそりと現れた黄色の巨塊に再び悲鳴を上げた。
 電動の箱詰めから狭しとばかりに出てきたのはヒズンガルド・ヨラティーヌ・コペルニクス三世、エシャメル・コッコ(雛将軍・f23751)の頼れる相棒だ。
 名前が長いのでひよこさんと略されるが、ひよこに似た生物であること以外の詳細は知れない。しかし、その巨体と派手な色合いが罵聞の注意を引き、その間に水平展開された猟兵たちが上層へと雪崩れ込む。
 その数は七人。
「ついにボスのとこまでやってきたな! 悪いわるーいてろりずむは、絶対ぜったい阻止するな!」
 エシャメルの一声。
 上層へと拐われた子供らへ駆け寄る者らと、動悸を落ち着かせるような動きを見せる罵聞と相対する者らへと別れる。
 生き残った人々より、罵聞の偏狭な主張を受けた猟兵たちにはその下らなさと、余りにも矮小な理由で人に害成す影朧への怒りや不快感が渦を巻いていた。
「むう。己ら、イヱガァか?
 なるほど、日ノ本伝来の飯を食いそうにない顔をして──否、食べてそうな顔もあるではないか。寿司を食うか?」
 並ぶ精悍たる顔つきに、何処と無く嬉しげな罵聞の声。
 戦いに飢えているのか。これから始まるであろうそれに心を踊らせるように鞘に手を掛け、鍔を弾く。
 言葉とは裏腹に好戦的な態度だ。もしかするとこれまでの言動も偽りのものではないのか、そう思える程の。
 しかし、そんな影朧へまず言うべきことは。
「寿司の起源は東南アジアだバカ」
「へ?」
 半眼で呟くベイカー・ベイカー(忘却のススメ・f23474)に頓狂な声を漏らす罵聞。
 やはり分かっていなかったのかと思わず眉間を抑える。
「……何を馬鹿な……寿司とは! あ、こう書く!」
 懐から取り出した紙切れに、何処から取り出したのか筆で『寿司』の文字を描く。
 誇らしげにそれを掲げてかんらかんらと笑った。
「漢字こそ日本古来伝統の言葉! そこに記されている以上、外来のものなどという愚考が何処から得られるであろうか!」
「……漢字は中国から取り入れられたもの……」
「ほっ?」
 ハルピュイア・フォスター(天獄の凶鳥・f01741)の無慈悲な言葉に筆と紙を取り落とす。
 絶望を与えるのが自分の仕事と述べるだけあり、その言葉は深々と罵聞の胸に突き刺さったようだ。むしろ、先制口撃の一撃が重すぎたと言うべきか。
 衝撃を受けて思わず後退る罵聞へベイカーは容赦なく追い討ちをかける。
「日本食ってのは、元から外国の文化を取り入れてアレンジすることで生まれた文化だと知らねえのか。
 この店で出てた洋食だって、外国の人に見せれば元と違いすぎて日本食判定されるだろうぜ」
「……よ、洋食が日本食……? 馬鹿な、出鱈目を!
 米を用いる日ノ本の食文化こそ至高。それが外国よりもたらされてあろうはずがあるまい! 見よ、この国、我らが日ノ本の国旗を! 見事な白米色ではないか!」
 自らの胴当てにあしらわれた二つの扇子を指し示す。だが、そこにあるのは黒地に袈裟斬りされた日の丸と、舞い散る桜の花びらだけだ。
 何の冗談だと目を細め、杼糸・絡新婦(繰るモノ・f01494)は深々と溜め息を吐いた。
「つまらんしおもんない、最初っから知りもせんと他の文化否定してどないするんや。ええとこ便利なとこ見つけて、取り込んでいけばええやろ」
 寿司だけではない。今は一般家庭に普及する肉じゃがとて、西洋の文化からもたらされたものと言われている。他の食べ物でも探せば幾らでも見つかるだろう。
 それを忘れて知識なく、食文化鎖国などと宣う罵聞の主張は片腹痛いと言う以外にない。
 そんな影朧の戯言に怒りを顕にするエシャメル。
「そもそもからしておかしい話な! 美味しいご飯はいろーんな味を知るからこそ出来るものな!
 罵聞の言う正しい食文化だって、皆が言うように最初は違うとこからきたヨソモノな!」
 それをもっと美味しく食べられるように、様々な時代に様々な人々が努力して出来上がったのが和食である。
 取り入れられた異文化を、自らの文化に合わせて独自の開発が続けられ、今ある日本食、和食となったのだ。
 そしてそれは和食だけに限らない。ご飯全部がそうなのだと柳眉を逆立てて罵聞に声を張り上げる。
「大体このレストランにきた人達だって普段は和食を食べてるな、ここにはたまの贅沢に洋食を食べにきただけな!
 つまりトータルで言えば和食の方が圧倒的に食べてるな! 洋食かぶれだなんてちゃんちゃらおかしいな!」
「た、たまの贅沢と言うならば、それこそ上等な和食を食べれば良いのだ!」
 骨の拳を握り、ようやくエシャメルに言葉を返す罵聞。だがその言葉も少女の論に異を唱えただけの、中身のないものだ。
 彼の見苦しい対応に業を煮やした梅ヶ枝・喜介(武者修行の旅烏・f18497)は、何が食文化鎖国だと怒りを見せる。
「御大層な名目を掲げてるかと思えやよ、くだらねェ!
 なぁにが日ノ本古来の食文化でい! 美味いモンは美味いでいいだろ!」
「せや、寿司もハンバーグも美味もんは美味いでええわ」
 しかし、そんな寿司は御免こうむると絡新婦はしかめっ面を見せた。
「う、うぬぅ! 黙れ黙れぃ、不愉快な童どもめ!
 かような唾棄すべき安易な考えがこの国の食文化を隅に追いやり! 異文化を奉り媚びへつらい! 異国に大きな顔をさせておるのだ!」
「おうおう、図星を突かれたら安易な考えかい! どんな傑物の起こした沙汰かと首魁の面ァ拝みに来たが!
 アンタ、器がちっちぇえナ!」
「国粋主義の程度が知れるな、エセ愛国家。お前の正体は不勉強な癖に声だけはデカイそこらの政治に文句つけるだけのおっさんとなんら変わりねえ」
「うぬぬぐっ、うぬぅう!」
 自らが大義と掲げた主張の偏狭さと矛盾点を正確に捉えられ、真っ向から否定されて唸り声をあげる罵聞。
 西条・霧華(幻想のリナリア・f03198)は今にも爆発しそうな罵聞から目をそらさずに陽里へ言葉を投げる。
「あそこにいる子供たちを避難させたいのですが、数が多いので陽里さんのバイクで下に運べませんか?」
「…………、俺のバイクだけじゃなぁ。運ぶのは構わないが、往復で手間がかかるぜ」
「せやったら、自分の糸で即席のソリでも作りましょか?」
 ヱレベーターでは一度にあの人数を運べない。一度で運べなければ罵聞の邪魔も入るだろう。
 そう苦心した二人に、横から声をかけたのは絡新婦だ。
 子供たちを移動させられるように鋼糸を編んで足場とし、階段から脱出といった所だが。
「運ぶのは一度で。あの罵聞の注意をそらしている間に、移動の際は子供たちを落とさないように。お願いできますか?」
「ああ、任せてくれ! ただ、そうだな。準備してもらう間に」
 陽里はその目を罵聞へ向ける。
 相棒の鉄の唸りも力強く、閃くヘッドライトが罵聞の顔を照らす。
「勝負しようぜ、罵聞!」
 笑みを見せられた罵聞は、目映さに顔を手で隠しながら苛立たしげに言葉を漏らす。
「不躾な!」
「どの口でほざいてんだ」
 ユーベルコード【グリーンフラッグ】。ヘッドライトのパッシングを受けた対象へルールを宣誓し、それを破るとダメージを与えるというものだ。
 普段は速度勝負をしかける所だが、屋内では不確定要素が絡むこともあり得る。ならば。
「チキンレースだ。正面から行く、簡単に動くなよ?」
「度胸試しか。童如きがこの罵聞を相手に。よかろう、受けて立とうぞ!」
 左手を前に、大きく踏み込んで見得を切る罵聞。陽里は上等だとばかり、相棒に熱く焼けた血流を巡らせる。
 歓喜の声を吐き出す一輪が、罵聞へ向けて一直線に走り出すと同時に、彼は右手に抜いた刀を豪快に振り回した。
 来るは正面、叩き斬る。
 退く様子、一切無し。ぱっかりと開いた洞穴のような口腔から迸る気合の叫び。
(タイミングを合わせられた!)
 陽里は即座の判断と共にハンドルを切り、室内に黒いタイヤ痕を焼き付けながら罵聞の脇を走り抜けた。
 振り下ろした刃は床を切り裂き粉塵を上げ、階下へ続く溝を作り出す。
「……はっはっはっ、見たかイヱガァ! これぞ某の──」
「そ~れもう一丁ーッ!」
「のぎゃああああっ!?」
 先程まで全く反論出来ていなかった鬱憤を晴らしたいのだろう、得意気に声を上げた罵聞をそのまま戻ってきたライが側面からぶちかます。
 十分についた速度で壁に叩きつけられた罵聞。更にグリーンフラッグのルールを破ったことで、壁に叩きつけられたその体が大きく仰け反った。
 チキンレースらしい形を決めたが、陽里の決めたルールはあくまで罵聞が動かないことに集約される。正々堂々の手とは言い切れないが、過去より今を乱す悪意を消し去るのは猟兵として当然の務めであり、また災厄を巻き起こしたこのモノに対する慈悲は彼の中にはなかったのだ。
「貴様ら、罵聞様に何てことを!」
 その間にも子供たちを落ち着け、絡新婦の作ったソリに乗せていると立ちはだかったのは市ヶ谷である。
 怒り心頭、顔を真っ赤に染めて走る男に対し、エシャメルはひよこ軍団の運ぶひよこんぼうを振りかぶる。
「邪魔なんだなー!」
「死ぬほど痛いッ!」
 顔面を痛打されて仰け反る市ヶ谷へ、肉薄した霧華の拳が、謝罪の言葉とともに胃へ突き刺さる。
 破魔の力が込められた拳だ。市ヶ谷にこびりついた邪気を祓うとともに、皿の欠片を吐き出させる。
「あなたのことも、忘れてなどいませんよ」
「……お……おぐぅ……」
 呻いて白目を向いた男をソリに乗せ、陽里へ合図を送る。
 強い衝撃を受けて、立ち上がるもふらふらの罵聞を捨て置き、陽里はソリへ近づくとライと繋ぎ、階段を目指した。
「あ、あの、お姉ちゃん! 下に僕のお父さんがいるの、助けてあげて!」
「大丈夫です、その人ならもう、桜學府の方々に救助されてますから」
 去り際の言葉に笑顔で答えると、少年は嬉しそうに手を振った。ソリに乗せられた面々も互いに顔を見合わせて喜びの色を見せる。
 彼らが階段から見えなくなると、生き残った者たちへ想いを馳せた。
(せめて、あの子たちの親だけでも無事でありますように)
 望みの薄い願いであるが、そう願わずにはいられない。元凶を睨み付ける先で、状況が読めずに辺りを見回す罵聞にハルピュイアの冷たい言葉が突きつけられた。
「……市ヶ谷さんは避難させた……罵聞、お前の企みも終わり」
「な、なんだと!」
 大きくよろめいて片膝を突く影朧に対し、お膳立ては整ったとベイカーはその手に炎を灯す。
「さあ、ボスを倒して皆でプリンを食べるんだなー。罵聞、覚悟するんだな!」
「……プリン……!?」
 エシャメルの言葉にハルピュイアの目がぎらりと光った。


●決闘、不退転浅鬼!
「……己れ……己れ……よくも我が計画を叩き潰してくれおったな……!」
「あないお粗末で、よう出来ると思えたもんやなぁ」
 呆れ顔の絡新婦を睨み付け、刀を構える。しかし、そうこちらにばかり気を取られていては隙だらけだと絡新婦は挑発的に笑う。
 その言葉を示すように、背後に回り込んだエシャメルがひよこんぼうを振り上げた。
「やーっ!」
「温いわ!」
 ひよこんぼうを振り返り様に鞘で受け止め、その腹をかっ捌こうかと横薙ぎの一撃を放つ。
 その間に入り込む影ひとつ。首に巻くストールと一体化した【零刀(未完)】からナイフを二振り造り出し、罵聞の刃を受け流す。
「助かったんだなー!」
「……お礼は後で……!」
「小癪ぅー!」
 激昂する罵聞の前蹴りがハルピュイアの腹に突き刺さる。
 空で受け身を取り、無事に着地する彼女に大きなダメージは見られない。それもそのはず、絡新婦の鋼糸が罵聞の足を絡めとり、威力を殺していたのだ。
「下らん小細工!」
「いいや、小細工は今からするのさ」
 鋼糸を導火線として、伝う炎が罵聞を包み込む。
「くっ、はっはっはっは! この程度、あ、この程度!
 地の底伝来の業物、妖刀・煤払いにて一太刀よ!」
 勝ち誇った様子で刀を高速回転、炎を吸い上げるように散らした罵聞。その正面で木刀を大上段に構えた喜介が迫る。
 何が一太刀なものか。罵聞の言葉に息を巻き、振り下ろした一撃を、しかし罵聞は柄頭でこれを受け止めた。
「未熟や未熟、舌の回りだけ一丁前か青瓢箪よ!」
「!」
 木刀を跳ね上げ、がら空きの胴へ刃を向ける。
 その一撃を放たせもせず。向かう白刃を霧華が横合いから打ち緒とし、流れるような横薙ぎの一閃。
 再び腰元の鞘を引き上げてこれを受け止めた罵聞。喜介は離れ様、一瞬の隙の中で罵聞の側頭を打つ。
 離れながらの一撃、腰の入ったものでもない。それでも注意を引くには十分だ。
「すまないな、さっきのは全然、全力じゃないんだ」
「ぬうっ!」
 順々の攻撃、そして離脱。稼いだ時間と開いた空間、そして罵聞の両足を縛りつける鋼の糸。
「かましや!」
「見得なんざいくらでも切ってろ。お前程度じゃサマにならねえんだよエセ野郎!」
 両手から暴れ出る全力の魔法。
 解き放たれた爆炎は波となって罵聞へ直撃した。部屋の中心で渦を巻き天井を焼き焦がし、荒れ狂う炎の竜巻が罵聞を包み込んだのも束の間。
「渇ッ!」
 逆袈裟に斬り上げられた妖刀・煤払いが炎の竜巻を斬り裂いた。流れを失い虚空に散り消えるそれの中心で、焼け焦げた鎧の鬼は開いた顎から黒煙を噴き出す。
 まさか炎を斬るとは。
 妖刀の力か罵聞の力か、あるいはその両方か、どちらにせよ今までの行動と比べれば随分と強力な敵のようだとベイカーは顎を伝う汗を拭う。
「とっておきがもうひとつあるんだ。準備するまで、相手をお願い出来るか?」
「任しとき」
 ベイカーの言葉に絡新婦も答えるが、余裕の笑みはなく真剣な眼差しを罵聞へ向けている。
 罵聞は、しばし動きを止めていたが、やがて首をゆっくりと廻らすと霧華へ顔を向けた。
「お主か。せっかく説き伏せたイチガヤ殿を再び怠惰の泥へと沈めたのは」
「あなたの見方だと、そうなるんですか?」
 あまりにも主観的な言葉に霧華は目を丸めたが、剣を構えた。右半身を大きく後ろに引いた脇構え、陽の構え。
 獲物を自らの体に隠すことで太刀筋を見切られ難くし、更には鎧が前面に出るため防御にも秀でた構えだ。
 派手なことに気取られはしたものの、剣術も高い実力を修めているのが一目で見て取れた。
(あの構えは大きく振り抜かないと攻撃できない。ならば先手を!)
 残像を纏い、複雑な歩法で幻を散らし、肉薄する。
「むうっ!」
 完全に間合いを潰した直後、逆手に握った刀を引き上げて罵聞へ斬りつける。
 決して浅くはない一太刀を受けて飛びすさる罵聞へ、少女の影から喜介が飛び足した。
 大きく跳躍するが如き歩幅の踏み込み。離れ際の動けぬ刹那を見切った完全なる奇襲。
「ぜぇええい!」
「ぬがあっ!」
 脳天目掛けて振り下ろされた一撃を、僅かに首を逸らしてかわしたものの、彼の木刀は罵聞の左肩へ深々と打ち込まれた。
 その威力に室内に風が巻き起こり、跳んだはずの罵聞も叩き落とされ地面に片膝を突く。だらりと垂れた腕に最早、力は無いか。
「悪ィがよ、終いにさせてもらうぜ」
「……こんなことなら……。やはりあの童らからでも先に、……日ノ本の食を教えてやるべきだったか……」
 悔やむ罵聞の言葉に、まだ戯れ言を抜かすのかと喜介の目が吊り上がる。
「何が教えてやるってんだ! お前はハンバーグだのなんだの拘っちゃいるがよ、肉団子ってンなら、つみれ汁やつくねだってそうだろ!
 それをテメェ、勝手を人様に押し付けるばかりかこんな大事にしやがって!
 おれァもう堪忍袋が張り裂けた! そのふざけた野望諸とも叩っ潰してやる! 覚悟しやがれ!」
 激情に任せて見せた火の構え。敵を目前に大きく構えたそれは余りにも隙だらけだった。
 それを罵聞が見逃すこともなく、自らの握る刀を落とし、拳を固めて喜介の鳩尾へ打突を放つ。
 振り下ろす一撃に対してカウンターの一撃を受けて弾き飛ばされる喜介の姿。
「喜介さん!」
 叫ぶエシャメルに、地に転がり咳き込みながらも、大丈夫だと片手を上げる。その腹には衣服へ細かく編み込まれた鋼糸があった。
「ぐ、がはっ! ……すまねえ、絡新婦……! 助かったぜ」
「しばらく休んどきや。あの手の連中は素直に行ったら絡め取られるで」
 十指から鋼の糸を伸ばす絡新婦を見やり、ふむ、と一言漏らして立ち上がる。騙し討ちを出したとはいえ、先の二撃で無傷であるはずもない。だが罵聞は、その肢体に力を漲らせていた。
 妖刀を掲げ、鋭く息吹く。
「さあさ、遠からん者は音に聞け、近くば寄って目にも見よ!
 これぞ地の底伝来の業物、妖刀・煤払いにて候!」
 刃に滾る炎が黒煙を吐き、罵聞の体へと流れ込む。
 重々しい呻き声とともに眼のない眼窩からは炎が噴き出し、自身もまた、皮肉の代わりに炎を纏う。
 地獄の悪鬼とでも言うべきか。骸の体に充ちる炎は、それこそが意思をもっているかのように揺蕩い蠢いている。
 否、意志があるのだろう。立ち込める邪気はその炎より溢れ出しているのだから。
「ならば、祓うまで」
「くはぁあ。出来るか、童。──仲間を救うこともな」
 炎の魔人が睨むは次撃へ向けて精神を集中させるベイカー。
 咄嗟に立ちはだかろうとした霧華へ斬撃を放つと、鎌鼬となって迫る風の刃。それを籠釣瓶妙法村正にて受け止めれば、耳障りな音をたてて風の刃が砕け散る。
 その間にも、高速で疾走する罵聞の凶刃がベイカーへ迫る。
「受けい、我が刃!」
「おいたはあかんで」
 絡新婦の存在に気取られ、思い直してそちらへ方向を定める。攻撃にも防御にも、彼の鋼糸が邪魔をしているのだ。先に倒すべき相手として絡新婦に黒く燻る刃を振りかぶる。
 それは傾国の怨念。実体を多い尽くし、霊体のみを裂く脅威の刃。
 ええ子や。
 こちらに向いた刃を刹那で見切り、その軌跡へ鋼糸を張り巡らせて勢いを殺しつつ自らの体を脱力させ刃を受け止めた。
「──なんと!」
 実体に触れるはずのない刃が止められ、驚く罵聞。もちろん、直接に体で受け止めた訳ではない。ユーベルコードを始動してその一撃を防ぎ切ったのだ。
 【オペラツィオン・マカブル】。失敗すればその損害は倍となるも、成功すれば相手のユーベルコードを無力化してしまう。そして、受け止められた力はサイギョウへと向けられる。
 絡新婦の肩にちょこんと座る狐面のサイギョウが、左手を罵聞へ向ければきらりと輝くガラス面。
「排し返せ、サイギョウ」
「何? ぐおおっ!?」
 左手から放たれた炎の如き怨念の渦が罵聞を飲み込み、地面へ叩きつける。
 咄嗟に受け身を取ろうとしたものの、喜介に左腕を潰されたことで立ち上がるのに時間がかかり、その間に接近したエシャメルとハルピュイアが各々の武器を振り上げる。
「とっちめるな! ピヨピヨなー!」
「……なー……」
 力任せに叩きつけるひよこんぼうを柄頭で受け止めると、次はハルピュイアの大鎌が足を払い、再び地に転がしてしまう。
 猪口才な。
 体から炎を噴き上げて立ち上がる罵聞の頭部で、ぴよぴよと可愛らしい囀ずりが舞い降りた。
 罵聞の体から噴き上がる炎は実体ではない。地の底より這い出た怨念が炎のように盛っているのだ。ひよこさんたちもおっかなびっくりといった様子ではあるが、エシャメルの指示に従い全力でぴよぴよしている。
 ピヨピヨサークルだ。
「何と面妖な!? そぅれい!」
「ぴよーッ!」
 振り払う腕をかわしながらぴよぴよしているひよこさんに気を取られる罵聞。
 そこへ、縮地法を利用して一気に間合いを詰めた霧華の白刃が、罵聞のがら空きの胴へ閃く。
 【君影之華(コンヴァラリア)】。先程、罵聞が使用したユーベルコードとは真逆のユーベルコードであり、その刃が断つものは。
「──お……っ、おおおおおおおおおっ!!」
「あなたの後生も、護ってみせます!」
 怨念、害意そのものだ。
 深々とその身を、否、注がれた傾国の怨念を斬られて罵聞の喉から絶叫が迸る。しかし、好機と見たハルピュイアを弾き飛ばし、駆けつけたエシャメルへひよこさんたちを投げつけ、それでも睨み付けるは霧華だ。
「お主。よくも、我が同胞を!」
 技もなく、力任せに叩きつけられた刃を刃で受け止め、強まる圧力に肺から息を漏らす。
 そんな中でも少女の瞳に怯みはない。
「……くっ……喪失を憂いながら……何故貴方は凶事に走るのですか……?
 この騒ぎにしてもそうです! 貴方の様に異国を知る事で、自国への想いを強める事だってあるはずです!」
「黙れ、童めが! この国は腐敗している! 異国の文化に媚びへつらい、自国を蔑ろにした! 変わり行く景色は疫病の如く、なにも元に戻りはしない。
 見ろ、よくも解らぬ灰色にそびえる建物で埋め尽くされたこの町を! やがては天すらも覆い尽くさんと陽に向かって突き上げるおぞましさよ!
 ──泥土……! そう、泥土なのだ。この島にへばりつく泥土は、紅と散華せねばならん!」
 見よう見まねの皮だけなら構わない。だが、口に運ぶものまで、自らの体すらもはや作り替えられようとしている。
 一刻の猶予すらないのだと、罵聞は声を荒げる。そう、疫病だ。国を犯し、人を犯す異文化。それに染まる人々もまた疫病そのものになってしまう。
「それは偏見です! 文化が交じり合う中で、より高度な自国文化を形成していく『世界』も存在します。
 貴方がした事はその機会を……永遠に奪ってしまう事……! 文化への愛があるのなら、その進歩を見守ってあげて下さい!」
「病に愛を向ける奴があるかぁ!」
 荒ぶる罵聞を鎮めようと説得する霧華。そこへ注意を割いてしまった彼女の足を払い、力任せに腕を薙いで小さな体を弾き飛ばす。
 それで怒りが治まることもなく、罵聞は煤払いを逆手に持ち替え少女へと迫った。
「我が同胞を傷つけた罪、同胞にて討たせて進ぜよう。地の底で悔やむがよいわ!」
「……それは無理……皆、もう還るから。なぜなら、霧華さんに邪気を祓われたから。
 ……怨霊……は、斬られたから」
 ユーベルコード始動、【Lost memory(ロストメモリー)】。
 エシャメルに抱き起こされたハルピュイアの言葉は呪詛の如く罵聞の体にまとわりつき、そして、その身に纏う怨霊を引き剥がしていく。
「おおおっ、な、何故、何なのだこれは!?」
 視界にちらつく何者かの幻影に戸惑う罵聞。その間にもその朽ちた体に力を注いでいた、傾国の怨念は全て消え去ってしまった。
 力を失い、片手に持つ妖刀・煤払いからも邪気が消失し、残るは満身創痍の鬼の姿。
「罵聞、あなたの負けです。もう、これ以上は」
「…………、図々しい童よ。この罵聞、不退転の名を戴く身として退くことはあいならん!
 例え某の身が瞬きの間に塵と消えようと、我が歩みを止められる者などいないと知れ!」
「……罵聞……」
 なおも言葉を募ろうとする霧華の肩を、後ろから掴んで制止させる。
 少女の背後から出てきたのは喜介だ。諸肌を脱いで現れた体は相当に鍛え上げられ、鍛練により一部の隙もなく引き締まり、筋肉が乗せられている。
 しかしその腹は変色し、全身に浮いた脂汗から罵聞の一撃が尾を引いていることは明らかだった。
「喜介さん、その体では!」
「大丈夫だ。後は俺に任せナ」
 霧華の言葉をそれ以上は許さず、前に進み出る。
 真っ向から睨み付けるその力強い眼差しに、罵聞は感嘆の声を漏らした。
「その眼、見覚えがある。確かに、見覚えがあるぞ」
「俺にはねェ、思い出話がしたいなら他所でやンな」
 滴る汗を拭いもせず、木刀を大上段に構える喜介。何度も構え、何度も振り下ろした、彼の骨肉に刻まれた、あるいは彼そのものの構え。
 語る言葉はなくとも想いは伝わるもの。罵聞は若き剣士の意思に答えるように、煤払いを肩に担ぐと、大きく足を踏み出した。
 左腕は喜介に潰され動かすこともできないが、後ろへ引いた右手に妖刀を高速で回転させる。
「やあやあ、よくぞ青瓢箪ども、ここまで参られた。某の名は天に聞き、某の太刀を地に伝えい!
 不退転浅鬼、いざ参ろうか!!」
 走る鬼の影。
 踏み込む人の影。
 互いに己の意地と今持てる最強の一撃とを持ち寄った、真っ向からの一太刀。
「うぉぉおおああああ!!」
「けぇえぇえぇええい!!」
 互いに繰り出したのは苛烈な雷の如き振り下ろし。
 斬り結んだ刃は唯の一合。喜介の木刀が、罵聞の煤払いをへし折った。
 断末魔のように不愉快な音をたてて砕けた刃は地に転がり、衝撃に震える手で、それでも柄を離さぬよう必死に立つ罵聞。
 体が万全であれば、せめて両手が使えれば、などという言葉を彼は発しなかった。確かにそれは彼にとって全霊の剣であり、そして喜介もまた、それに全力で応えたのだ。
 体は傷つき、刃も折れ、勝敗は決した。決したとしか言えない状況だった。
「──まだ、まだよ……!」
 しかし、罵聞の中に終わりはなかった。
 会心の一撃を受けてもなお衰えぬ闘志は、罵聞が倒れることを認めない。彼は煤払いを猟兵らの前で丸のみにすると、右手を握り締め、改めて戦う意思を見せた。
「刀を折れば終わりと思ったか? 某は不退転! 不退転浅鬼!
 退かずばどれだけ浅ましくとも戦う傾国の鬼よ! その生き様、如来菩薩に説かれようとも曲がることはあり得ん!」
「……器もちっちぇえし、言ってることもよくわかんねぇが……気概だけは本物みてぇだナ、罵聞!」
 喜介は再び木刀を構えるが、不意に気づく。罵聞の細かく震える体は、当の昔に限界に達しているのだと。
「最後の最期で情けが出たか?」
 攻撃手となる喜介、霧華が最後の一手に躊躇いを覚えていると、ベイカーが二人を焚き付けるように言葉を転がした。
 彼としては、虫の息の影朧に対して慈悲もなく、また二人も同じく止めを刺さないことはないだろう。だからこそ、ここは自分がやるべきだとベイカーは思い直した。
 数々の死線を潜り抜けた猟兵と言えど、二人は本来ならば学校に通い、または畑仕事に精を出して一日を終える人生を送ってもいい、そんな子供の時分なのだ。
 だからこそ思うことがあるのであれば、それはそのまま胸に仕舞わずにいてほしい。ベイカーは、小難しいことを喋る気にもなれなかったが、ただ絡新婦に守ってくれたことの礼を述べて罵聞に向き直る。
 もはや動きもしないそれに向けて、彼は自らの中に燃え滾るユーベルコードを罵聞へ放った。


●そして。
 高層レストラン『嗚呼、ヱゝカンジ』の影朧、その全てが倒されたことにより、中へ進行した學徒兵たちは屋内の浄化や他に異常はないか確認を行っていた。
 残念ながら猟兵の到着前に亡くなった者も多く、救われた人々は限られた人数となってしまったものの、再び再開できたことに喜ぶ親子の姿が猟兵たちの沈んだ心を幾らか癒してくれただろう。
 癒しと言えば子供らと市ヶ谷を脱出させた陽里は、目覚めた市ヶ谷によりお礼として山ほどのプリンを渡され、レストランから出てきた猟兵らに持ち込んだプリンを配ることになった。
 ハルピュイアが次から次へとプリンを奪い取ったため、あわや雛将軍との全面戦争が勃発しようかと言うところであったが、喧嘩両成敗と喜介から拳骨を受けてその場は治められた。
 その姿は野次馬たちからはいい笑い者であったが、これだけ悲惨な事件の後でも生き残った人々とともに笑い合えたのは、彼らの進む道のこれからを祝う祝福のようでもあった。
「霧華さん、コッコさん。息子を助けていただき、ありがとうございました」
「そ、そんな深々と頭を下げられても困るんだなー! 顔上げるなー!」
「私たちにとって感謝を示すのはこれぐらいしか。ほら、お前もちゃんと頭を下げるんだ!」
「お姉ちゃんたち、ありがとう!」
「いえいえ。あの、お体に障ってもこの子が心配しますから、お父さんは休んで下さい」
 恐縮するエシャメルと霧華に諭されて、ようやく群衆の中に消えていく親子連れ。
 隣では記憶を消したことでお礼の列が出来るベイカーが、対応に苦慮しているようだった。
「はあ」
 一輪バイク、ライに背中を預ける陽里と向かい合う格好で、ぼんやりと溜め息を吐く喜介の姿。
 彼は当初、罵聞を愚劣な俗物程度にしか考えていなかったが、最後には同じ剣士として立ち合った姿が目に焼き付いているようだった。
 言葉に出来る想いはないが、ただすっきりしない、そういった様子だ。
「悩める間はいいことだ。答えが見つかる見つからないの問題じゃねえし、すっきりするまで悩むも、面倒くせーっ、て投げ捨てるのもお前の自由さ」
 年長者として陽里は喜介に助言をすると、ヘルメットを被る。
 後は振り返りもせずに片手を上げて駆け抜ける彼の後ろ姿に、いつまで悩んでも仕方ないと喜介は苦笑して立ち上がった。
「まだ食べるんやなぁ」
 レストランの入り口近くでは、ほっぺたを栗鼠のように膨らませてプリンを頬張るハルピュイアと、呆れ顔の絡新婦とがいた。
 山のようにあったプリンは、さすがに猟兵だけで食べるわけにはいかないと生き残りの人々へも配られているが、それにしても大量だ。
「あっ、ハルピュイアまだ食べてるなー、コッコも食べるんだなー!」
「駄目。全部わたしの」
「まだそんなこと言ってるのなー。だったら、ひよこ軍団突撃なー!」
「こら、暴れるんやないの」
 大口を開けた隙に、絡新婦が袖から取り出した飴玉を口に入れてやると目を丸くした後に幸せそうな顔を浮かべる。
 その間にハルピュイアから鋼糸でプリンを幾つか奪い、エシャメルにも分けるように諭す。
 まるで姉妹とその母親だ。父親、と見えない所はご愛嬌か。
 微笑ましい光景を見送って、霧華はまた新たな傷を受けてボロとなったコートを正し、あるべき世界へと還って行く。
 それを見送るベイカーも、欠伸ひとつ現場に残して雑踏へ紛れ込んだ。
 歩く道の先々で今日の事件の話題が取り上げられている。だが、人の噂も幾十日。いつかは忘れ去られ、記憶から消え去るのだろう。
 だからこそ彼はメモを執る。例えこれから消す記憶であったとしても。
 サクラミラージュは幻朧桜の舞い散る花弁に包まれて、今宵も影朧が跋扈するだろう。だが、此度の事件でまた一人、影朧の歪な魂は人の身へと移ったかも知れない。
 それを知るのは桜の精だけだろう。だがこれだけは誰もが知っている。
 サクラミラージュは喧騒に紛れ、人々が希望へ向けて歩いているということを。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2019年12月01日


挿絵イラスト