23
海に揺蕩う恋の歌

#UDCアース #【Q】 #UDC-P #恋愛

タグの編集

 現在は作者のみ編集可能です。
 🔒公式タグは編集できません。

🔒
#UDCアース
🔒
#【Q】
🔒
#UDC-P
#恋愛


0




 うまく、やれるだろうか。私の呟きは海の泡と消える。

 私は、たくさんの姉妹たちのように、上手に神様と交信できなかった。
 私の歌声は弱く、か細くて、神様に届かない。いつも情けない思いをしていた。
 それでもいつかは姉妹に負けない立派な歌を、なんて思っていたのに。
 姉さんたちと違うということに、気がついてしまった。妹たちと同じにはなれないと、悟ってしまった。

 それは、一週間前のこと。獲物である豪華客船の様子を伺うために、闇夜に紛れて一人で近づいた時。
 見上げた先の暗い甲板に、私は、彼を見つけたのだ。
 暗がりで一生懸命モップがけをしていた、あの人。
 短い髪、優しい顔立ち。細身だけどたくましい腕の、あの人。
 彼を見た時から、私は不思議な高揚感に包まれ続けた。胸がドキドキして、顔が熱かった。
 それから毎日、船を見に行った。彼はいつも甲板を掃除していた。
 会えないときは寂しくて、彼の顔がずっと頭にちらついて。
 会いたい。話をしてみたい。
 もっとあの人を知りたい。あの人に私を知ってほしい。
 あの人の、隣にいたい。
 食事として男から精を得る時には、感じたことのない、この気持ち。
 この想いが恋だと知った、そのとき――。

 私は、姉妹との決別を誓った。



 グリモアベースに浮かぶ夜の海。絢爛な豪華客船の光が、やけに眩しい。
 その輝きにも負けぬほど目をキラキラさせて、チェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)が、集った猟兵たちにずいと迫る。
「恋って、いいわよね!」
 恋愛をしたこともないくせに、チェリカはやけに楽しそうだった。
 仲間たちから同意やら呆れやらの反応を得てから、彼女は一歩下がって、背後の豪華客船を指差す。
「お金持ちだけが乗れる船が、オブリビオンに狙われてるわ。それだけなら敵をボコボコにすれば終わりなんだけど……」
 今回は違う。そう言って、チェリカは背景を切り替える。
 海の中だ。そこに、たくさんの人魚が泳いでいた。魚の尾びれに、可憐な少女の上半身を持っている。
「この人魚がオブリビオンなの。歌で邪神を呼び出したり、男の人の、精? っていうのを食べるらしいわ」
 精を吸い尽くされた男は、そのまま邪神の贄にされるようだ。人魚たちが力を得れば得るほど、邪神と交信し、呼び出す力は強くなる。
 船を目指す人魚の群れに、猟兵たちは悲痛な面持ちの少女を認めた。チェリカが頷く。
「この子が、今回のお仕事のキーパーソンよ。彼女は、組織の言う『UDC-P』――破壊の意思のないオブリビオンなの」
 姉妹たちに洗脳されてきた彼女だが、生来の悪意がないために力を発揮できず、同族の中では落ちこぼれだったようだ。
 それでも自身を姉妹と同じ邪悪と思い込んでいたUDC-Pだが、襲撃前夜に、この船の清掃員と出会ったことで、正気に戻った。
「それはね、恋に落ちちゃったからなのよ!」
 胸の前で手など組みつつ、やけに明るく言うチェリカは、なにがなんでもこの儚げな人魚を救いたいようだった。
「この子は襲撃のタイミングで他の人魚と決別して、客船を助けようとするわ。でも一人じゃ、オブリビオンにやられちゃう。だから、みんなに彼女を助けてほしいの」
 風景は船内へと移る。高そうな服を纏う金持ち共が、パーティーを楽しんでいる。
「まずは、船に乗り込まないとね。送るのは簡単だけど、船員とお客さんの目を誤魔化さなきゃいけないわ。みんなの変装が頼りよ!」
 金持ちの乗客を装うか、船員に紛れるか。或いは隠れて襲撃の時を待つか。人を傷つけなければ、手段は問わない。
 もし手持ちに変装用の衣装がない場合、UDC組織が事前に用意してくれる。常軌を逸しない限り、どんな服装にもなれるということだ。
 首尾よく変装したら、乗客や例の清掃員と話をしてもいいし、いっそパーティーを楽しんでも構わないだろう。
 夜が更け、宴の終わりが近づくころに、彼女たちはやってくる。
「船が襲われて、あの子が人魚を裏切った瞬間、みんなの出番よ。戦いは海の中か上かになるから、大変かもしれないけど」
 その上、船とUDC-Pを守りながらの戦闘となることを、心に留めておかねばならないだろう。
 保護できたUDC-Pは、最終的に組織へと引き渡すことになる。
「組織が連れて行っちゃうってことは、やっぱりあの子は、好きな人と会えなくなるのかしら。なにか、離れ離れにならない方法があればいいんだけれど……」
 寂しげに目を伏せる。可能性があるのなら、UDC-Pと青年がそばにいられる手段を探してみてもいいかもしれない。
 最も、まだ人魚の恋慕が実る保証もないのだ。考えすぎても意味がない。
 それから、とチェリカは続けた。
「彼女がオブリビオンである以上、その力は危険なままよ。保護するにあたってのマニュアルも、作ってほしいの」
 コミュニケーションを取るうちに、力を抑える方法が見つかるかもしれない。組織のために、それを見つける必要がある。
 ともかく、まずは潜入だ。チェリカが十字架のペンダントを掲げる。
「みんな、お願いね。人魚さんの恋、叶えてあげて!」
 恋に夢見る少女の声に呼応して、グリモアが輝く。


七篠文
 どうも、七篠文です。
 今回はUDCアースです。難易度は易しめです。
 恋する人魚を助けてあげましょう。

 一章は、豪華客船への侵入と待機です。
 変装する場合、服装をプレイングに書いてもらえば描写します。なければこちらで何か着せます。
 船で待機し、パーティーに参加したり人魚の恋のお相手にインタビューしてもいいでしょう。
 海中の警備もOKですが、人魚との遭遇は二章までありません。

 二章は戦闘です。船とUDC-Pを守りつつ、邪神と交信しUDCを召喚する人魚たちをボコボコにしましょう。
 UDC-Pは猟兵に協力的です。何もなければ甲板にいる例の青年を目指しますが、ひと声かけてあげれば、指示に従ってくれるでしょう。
 ただし、敵からも執拗に狙われています。

 三章は恋する乙女のマニュアル作成です。詳細は幕間にて。
 この章ではチェリカがうろうろしています。何かあれば声をかけてください。お手伝いします。

 七篠はアドリブをどんどん入れます。
「アドリブ少なく!」とご希望の方は、プレイングにその件を一言書いてください。
 ステータスも参照しますが、見落とす可能性がありますので、どうしてもということは【必ず】プレイングにご記入ください。

 また、成功以上でもダメージ描写をすることがあります。これはただのフレーバーですので、「無傷で戦い抜く!」という場合は、プレイングに書いてください。
「傷を受けてボロボロになっても戦う!」という場合も、同様にお願いします。

※プレイングは、幕間で状況説明をしてから募集開始とさせていただきます。

 それでは、よい冒険を。皆さんの熱いプレイングをお待ちしています!
122




第1章 冒険 『暗黒の船』

POW   :    どうにかして船の中に潜り込む

SPD   :    船員スタッフや招待客に変装して潜入する

WIZ   :    巧みな話術や魔術などで誤魔化して潜入する

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 陸から遠く離れた船は、絢爛な輝きを海に落としつつ、漂う。
 目的地はある。だが、それを考えている者が、この客船に何人いるだろうか。
 誰もが皆、酒に酔い歌に酔い、踊りに酔いしれていた。見知らぬ紳士淑女たちの、一期一会の夜は、まだ始まったばかりだ。

 転送されたのは、豪華な船の空き客室だ。無駄に飾りの多い時計は、十九時を指している。
 客室前を楽し気な笑い声が通り過ぎていく。パーティは盛り上がっているらしい。
 仕事が始まるまで、まだかなりある。どのようにして時間を過ごすか、猟兵たちは想いを巡らせつつ、潜入の準備に取り掛かる。
唐草・魅華音
任務、豪華客船への潜入、襲撃するオブリビオンへの対処構築。任務了解したよ。

豪華客船の乗船者として過ごしつつ、最適な避難経路を確認して速やかに避難させるために船内の情報収集をしておくよ。
使用人として潜入するつもり、だったんですが……お父様にぼかしつつそれとなく話したらお嬢様修行として最適だろう、とドレスを準備されてしまいました。
仕方ありませんので、船内の使用人の方へそれとなく場所を聞く形で船内の【情報収集】しつつ、同じ客船の方相手に【礼儀作法】で失礼のないよう話をしたり誘われたら【ダンス】のお相手をしたりとすごしてみます。

……やっぱりお嬢様らしい事するのは苦手です。



 船内案内のパンフレットを広げ、記載されている避難経路を頭に叩き込みつつも、唐草・魅華音(戦場の咲き響く華・f03360)は憮然としていた。
 原因は、纏っているドレスにある。パフスリーブのついた淡い赤のドレスは、魅華音の桃色の髪と白い肌によく似合っているのだが、問題はそこではない。
 本当は使用人に扮して潜入しようと考えていたのだ。しかし、この作戦への参加を父に知られたのが運の尽きだった。
 パーティーに紛れ込むということをぼかして話したのだが、父は『お嬢様修行として最適だ』と、大層喜んだのだ。
 その結果が、このドレス姿である。
「……嫌いというわけではないけれど」
 ため息をつきながら、魅華音はピンクのハンドバックにパンフレットをしまった。出鼻はくじかれたが、仕事に取り掛かる。
 この客船は、世界中のVIPが過ごすだけあって、広大だ。迷ったつもりで使用人から甲板やパーティ会場の場所を聞いたら即答してくれたので、スタッフの練度は非常に高いと見ていいだろう。
「避難誘導の時には、お願いできそうかな」
 姿勢よく歩いていく船内スタッフを横目に、パーティー会場を目指す。人魚が恋する青年が働く甲板も、会場のすぐ近くにあるようだ。
 壁に掛けられた絵画は、どれも非常に価値が高いものであることが伺えた。調度品はどれを見ても煌びやかだ。
 聴こえてきた華やかな音楽に向かって歩くと、やはり豪華に飾り付けられた二枚扉と、そこに佇む二人の使用人が目に入った。
 礼儀作法を思い出しつつ、背筋を伸ばした優雅な立ち振る舞いで近づくと、使用人が二人同時に頭を下げる。
「ようこそ。お待ちしておりました、お嬢様」
「どうもありがとう。素敵な夜になりそうですね」
「ご案内いたします。どうぞ、今宵もお楽しみください」
 恭しく扉を開いた二人に礼を言って、広がる光と音楽へと歩を進めた。
 ウェルカムドリンク――ノンアルコールのストロベリーカクテルだ――を受け取り、ゆっくりと歩きながら、談笑やダンスを楽しむ富豪たちを眺める。
 なるべく自然に微笑を浮かべながらも、魅華音は乗客たちに一抹の不安を覚えていた。思わず、小声で呟く。
「避難の時に一番大変なのは、この人たちかも」
 己の安全を、彼らは確信している。日常生活でも守られる側であろう富豪たちは、有事の際にまず間違いなくパニックに陥るだろう。
 船にオブリビオンを近づけなければ済む話だが、混乱の最中に避難ボートで脱出されようものなら、身の安全は保障できない。
「……心配しすぎても仕方ないですね」
「こんな素敵な夜に、なにか不安がおありかな、お嬢さん?」
 声をかけられて振り返ると、いかにもブルジョワといった風貌の青年がいた。年のころ二十歳前後といったところか。ブロンドの短髪にタレ目がちの、マダムに好まれそうな男だ。
 努めて微笑を浮かべつつ、魅華音はわずかに肩を竦めてみせる。
「いいえ。ただ、大人のように酔えないのは損だなって思っていたのです」
「なるほど。それなら問題ないさ。お酒に酔えずとも、空気の酔えれば――」
 ふわりと笑って、ブロンドの青年が手を差し出した。
「一曲、お願いできないかな、レディ」
「……喜んで」
 習った通りの社交辞令に従って、魅華音は金髪の青年の手を取った。優雅な音楽が流れるホールに導かれ、世界中の富豪に混じってステップを踏む。
 かなり踊り慣れた様子の青年は、セルゲイと名乗った。魅華音もまた名前を告げると、「日本の名かな、雅だね」と分かっているようないないような、微妙な感想を告げてくれた。
 ダンスに興じながら、セルゲイは様々なことを話してくれた。集まった人々のことや、パーティーの目的について。多くは商談のためらしく、中には人には言えない商品を扱う者もいるとか。
「武器や麻薬、人身売買……。闇に品を下ろす、悪の商人さ」
「まぁ、怖いですね」
「おっと、怖がらせるつもりはなかったんだ。ごめんよ」
 何やら自慢げにウインクなどするセルゲイに、魅華音は曖昧に笑って頷くしかなかった。
 武器商社の社長を父に持つ魅華音としては、複雑な思いのする話だった。聞いていても面白くはないので、ステップで身を寄せると同時に話題を変える。
「ところで、こんなに大きなお船では、働いている人もたくさんいるのでしょうね。例えば……清掃の方とか」
「それはそうだろうね」
 返事は素っ気なかった。見下している風でもなく、すぐにまた自慢話に戻ってしまったので、下々の者は眼中にない、ということだろう。例の青年の話など、聞き出せそうにない。
 悪い人ではないだろうと、魅華音はセルゲイを評した。一方で、好きにはなれないなとも思った。
 三曲ほど踊って、喉が渇いたからと告げてセルゲイから離れた。柱の陰で、大きなため息をつく。
「……やっぱりお嬢様らしい事するのは苦手です」
 早く深夜を回ってくれればいいのに――。そんなことを考えて、魅華音は一人、イチゴ味の紅い水を飲み干した。

成功 🔵​🔵​🔴​

露木・鬼燈
恋、ね。
んー、よくわからないっぽい。
洗脳を吹き飛ばし、在り方を変えてしまう。
そんなにすごいパワーが?
ちょっと気になるね。
一夜限りの偽りの恋、してみるっぽい?
そんな感じでパーティーに参加。
金持ちの、なんて言われてもよくわからない。
ここはオーソドックスに英国紳士スタイルでね。
んー?貫禄が足りないっぽい?
足りない部分は技術で補うです。
武芸者として鍛え上げた隙のない美しく自然な所作。
これでイケルイケル!
大人の遊びの経験もそれなりにあるし、ね。
場の雰囲気に呑まれることなく行動するのです。
静かにお酒を楽しみながら周囲を自然に観察。
美しいお嬢さんに声をかけてみたり、ね。
時が来るまでは英気を養うっぽい。



 恋。それは時に人を狂わし、時に絶大な力を与え、時に世界をも動かす。らしい。
 英国紳士の出で立ちとなった露木・鬼燈(竜喰・f01316)は、船内の廊下に敷かれた赤い絨毯を、腕を絡ませて歩く男女を見つめて唸った。
「んー、よくわからないっぽい」
 物語にしても現実にしても、しょっちゅう取り沙汰されている恋慕の情だが、戦いに身を捧げ尽くしてきた鬼燈にとっては無縁な代物だった。
 知らないわけではない。当事者でなかったというだけだし、恋に興ずる者たちを否定する気も毛頭ない。ただ、興味がなかっただけだ。
 しかし、仕事に際して調べてみれば、それは洗脳をも吹き飛ばし、その者の在り方すら変えてしまうというではないか。
「……そんなにすごいパワーが?」
 戦闘前の瞑想とは、まるで違う。だがもしそれをコントロールできたなら、鬼燈はさらに高みに登ることができる気がした。無論、武人としてである。
 であるならば、この機会を逃すという手はない。どうせ暇なら、実践してみるのも一興だ。ラウンスーツの襟を正して、パーティー会場を目指す。
 扉をくぐった先には、優雅なダンスミュージックに揺られる貴族たちがいた。皆笑顔を浮かべているが、腹の底は誰もが黒いと鬼燈は直感した。
 ブルジョワの腹の探り合いに興味はない。使用人から受け取った白ワインを味わいつつ、周囲を窺う。あらゆる国から乗客がいるようで、人種も千差万別だった。さすがに羅刹は見当たらないが。
 しばらく会場を眺めていた鬼燈は、ワインを飲み干して歩き出した。
 生粋の武芸者である鬼燈は、姿勢も戦いのために整えている。目的はなんであれ、その立ち姿は美しい。また、自然でもあった。
 背が低く女性的な顔立ちだが、優雅ながら力強い歩みは、足りない貫録を十分に補ってくれる。現に、幾人かの女性がこちらを見ていた。
 しかし、鬼燈はそちらに目を向けない。もう、狙いは定めていた。踊りに混じらずジュースを飲む、ブルネットの女性だ。まだ少女と言えるかもしれない顔立ちをしている。
 目が合うと、露骨に眉を寄せられた。思わず苦笑する。
「……強敵だ」
 ならばなおさら、逃げるわけにはいかない。武人としての血がこんなところで騒ぐとは思わなかったが、躊躇うことなく近寄る。
 互いの声が聞こえる距離にきて、鬼燈は言った。
「こんばんは、お嬢さん」
「お子様は寝る時間よ。お帰りはあちら」
 入口を指さす黒髪の少女に、鬼燈は肩を竦めた。問答無用に近づいて、その隣に立つ。
「随分と機嫌が悪いっぽい?」
「あんたらみたいな手合いが多いからね」
「へぇ。ちなみに僕は何人目?」
「五人目」
 敗者は多いようだ。なるほど確かに、近くで見ればなおのこと見目は美しい。性格に難がありそうだが、意思の強そうな瞳からは聡明さも感じる。
 無遠慮に少女を見ていると、彼女はこちらをじっと睨み返してきた。
「……なんでそんなに見るの?」
「いや。ただ、気が強そうだなって」
「どんな落とし文句よ。今日一番間抜けよ、あなた」
「そうかな? でも実際、気は強いっぽい」
「ほっといてよ」
「暇そうに見えたから、話し相手になれるかなって」
「余計なお世話」
「でもずっと一人だったですよ?」
「もうあっち行って」
「まぁまぁ」
「しつこいわね」
「あ、僕の名前は露木・鬼燈。君は?」
「私の話、聞いてる?」
 ため息交じりに言いながら、黒髪の少女は呆れたように頭を振った。鬼燈を見、ダンスホールを眺めてから、天井のシャンデリアを見上げ、「負けたわ」と呟いた。
「……サクラよ。私の名前」
「日本人ぽい?」
「いいえ、イギリス。日系なの」
「ふぅん。ハーフです? クォーターにしては日系の血が濃いよね」
「無遠慮に聞くのね、鬼燈。日本の武人っていうのは、レディに対してのマナーを知らないの?」
 鬼燈は目を丸くした。彼はまだ、自身が戦士であることを明かしていない。
 驚くこちらにクスクス笑って、サクラは鴉羽色の前髪を摘まんだ。
「こう見えて私、剣道をやってるのよ。同じ剣士だってことくらい、立ち姿で分かるわ」
「……見ただけで気づくとは。結構な達人だね」
 疼く武芸者の血を抑えつつ尋ね、鬼燈はボーイから白ワインのおかわりを受け取った。
 オレンジ色のジュースを一口飲んで、サクラはニコリと強気な笑みを浮かべる。
「こう見えて、世界チャンプよ」
「……マジ?」
「ハイスクールの大会だけどね。このパーティーに参加してる人の中では、一番強い自信があるわ」
 言われて見て見れば、彼女の体は豊かな肉感ながら引き締まっている。見せられた掌には剣ダコもあった。
 確かに、武人だ。鬼燈は自分が前のめりになっていることも分からずに尋ねた。
「修行は、小さい頃から?」
「練習のこと? それなら三つのころからよ。もちろん、今も欠かさず、この船でもやっているわ」
「へぇ、普段はどんな訓練を――」
 一夜限りの恋をと思っていた鬼燈だが、気づけば夢中で剣の話をしてしまっていた。サクラもまた乗ってくるものだから、盛り上がって仕方がない。
 結局、恋慕の力なるものはよく分からず、夜は更けていきそうだ。だが、こんなに楽しく話が出来たのだから、英気を養うという意味ではいい時間だと鬼燈は感じていた。

 富豪たちの空気に馴染めず孤立していたサクラは、共通の特技を持つ鬼燈に親しみを持ち、次第に初めての恋に落ちていたのだが――。
 それはまた、別のお話である。

大成功 🔵​🔵​🔵​

雛菊・璃奈
隠れて潜入するのも良いけど、動きが制限されるし…お金持ちの乗客を装うかな…。

メイドからラン達3人連れて潜入…。
UDC組織に事前に偽装の身分と変装用の衣装から(メイド達が選んだ)ドレスやアクセサリー等を身に着けて堂々と潜入…。
ラン達は自身の連れ、従者って事で一緒に入るよ…。
一応、怪しまれたりの対策や狐耳とか尻尾偽装等で【高速詠唱、催眠術、呪術、】で軽く偽装幻術を掛けておくかな…。

乗船後は船の周囲に探知呪術【高速詠唱、呪術、情報収集、暗視】を展開し、敵の接近を察知できる様にして、適度にパーティで腹ごしらえしたり、人魚の子の相手の人にさり気なく接触して人となりを確認したりするのも良いかも…。



 胸元の空いた大胆なドレス。首にはいくつもの宝石が輝くネックレス。手にはプラチナのブレスレットに、ダイヤの指輪。
「うぅ……いつもの服がいいな……」
 着なれない衣類に戸惑う雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)は、困惑気味に背後を振り返った。
 そこ立っていたのは、三人のメイドだった。それぞれ、ラン、リン、レンという。皆一様に満足げな笑みを浮かべて、うんうんと頷いている。
「ごしゅじん、にあってる!」
「じしんもって!」
「どうどうと!」
「うん……」
 家族同然の彼女らに言われてしまえば、勇気をもって進むしかない。胸を張って堂々と、璃奈はパーティー会場に入った。
 世界を渡る猟兵たちの特性上、必要ないとは思うのだが、念のため狐の耳と尻尾を幻術で隠している。それもまた、落ち着かない。普段あるものがない不安を無視しつつ、メイドたちに振り返る。
「お腹減ったよね……。好きに食べていいよ……」
「わぁい!」
 メイドたちは言われた通り好きに散って、皿に料理を盛りつけては椅子に座って食べ始めた。
 主のそばにつくべき使用人が勝手気ままに過ごしている光景は、富豪たちから見ると異様だったようだ。かなり注目を集めてしまっていたが、璃奈が身に纏う豪華なドレスやアクセサリーは、金持ちの彼らをも黙らせる力を持っていた。
 ランたちが組織に何やら無茶な注文をしていたのは知っていたが、ここまでとは。璃奈はシャーベットを食べつつ、恥ずかしさに頬を赤らめた。
 会場にいるだけで、璃奈はさんざん声をかけられた。高価が過ぎるものを身に着けているため、どこの令嬢かと尋ねてくるのだ。その多くは、腹の底で「お前の親とコネを作らせろ」と思っているのが透けて見えて、璃奈は少々うんざりしてしまった。
「……お金の話って、疲れるね……」
 適当に合わせて頷いていても、精神を摩耗した気分だ。思わず零した言葉に、メイドたちが頭を撫でてくれる。
 パーティー会場にいても退屈だし、ランたちも料理をあらかた楽しんだようなので、璃奈はデッキに向かうことにした。
 聞くところによると、この船は広すぎるがために、清掃場所ごとに人を雇っているらしい。予知の通りならば、件の青年は甲板係のはずだ。
 甲板に出た瞬間、冷風が璃奈の身を包んだ。メイドを伴って歩いている間にも声をかけられ続け、すっかり金持ちに辟易してしまっていた心が、目覚める思いだった。
 体を一度震わせてから、白い息を吐きつつ甲板を見回す。いくらかのカップルがフラフラ歩いているだけで、乗客の数は少ない。
 パーティーホールから流れる音楽の中に、定期的な音が混じる。甲板をこする音だ。
 そちらを見れば、茶色い短髪の青年がいた。細身だが、甲板清掃で鍛えられたらしい腕は、逞しさを感じる。
「あの人かな……?」
 いわゆる美青年という感じではないが、純朴そうだ。どうやら人魚は、悪い男に引っかかったということではないらしい。
 少し会話をと思ったが、璃奈は自分の恰好を見て眉を寄せた。普段通りに声をかけていいものか、言葉遣いを見直したほうが良いのか、少し悩む。
 結局、慣れない真似をしてボロがでるのもよくないので、いつものようにいくことにした。
「こんばんは……」
「あ、どうも。……!?」
 青年は会釈した後、とても驚愕している様子を見せた。璃奈の纏う一級品の品々は、庶民の彼にもそれと分かるほどに豪華絢爛らしい。
 背後でニコニコしているメイドたちに半眼を向けつつ、璃奈は淡々と言った。
「寒いね……」
「あ、毛布ですね! 今ご用意――」
「いらない……」
「え、あ、そうすか。えっと、じゃあ、何のご用で……?」
 訝し気に首を傾げる青年に、今度は璃奈が困ってしまった。用があって声をかけたわけではなく、彼の人となりが知りたかったのだ。
 とはいえ、何か言い訳をしなければ。口を割って出たのは、ありふれた言葉だった。
「暇だったから……。でも、あなたは忙しかったよね……。ごめんね……」
「……あぁ、いえ。俺もちょっと休憩しようと思ってたので」
 モップ掛けは途中だ。嘘なのだろうが、青年の笑顔はとても柔らかで、無理に合わせているわけではないことも感じる。これは、彼の優しさだ。
 甲板のベンチに腰を下ろして、璃奈は青年とゆっくり話をした。故郷のことや、家族の話。彼は六人兄弟の長兄で、実家に仕送りをしているらしい。
 金持ちの相手は面白くないことも多いが、仕事にはやり甲斐を感じているとか。曰く、甲板清掃で彼の右に出る者はいない、とのこと。
 働き者で、実直で、優しい男だ。璃奈は一人、満足げに頷く。
「合格だね……」
「え? 何にですか?」
「ううん……こっちの話……。長々とありがとう……。わたし、行くね……」
 立ち上がって、ふと名前を聞いていないことに気が付く。振り返って、まずは自分から名乗る。
「わたし、雛菊・璃奈……。あなたは……?」
「アーサーです。アーサー・ウッドソン」
「またね……アーサー……」
「いい夜を」
 頭を下げる礼儀正しいアーサーに、璃奈は手を振ってその場を離れた。
 いい青年だ。彼ならば、人魚との恋という途方もない現実も、明るく受け止めてくれるのではないか。
 楽観的かもしれないけれど、どちらも優しい人ならば、どちらにも幸せになってもらいたい。
 フカフカな絨毯の道すがら、そんなことをメイドに話すと、ランたちも笑って、頷いてくれた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エーカ・ライスフェルト
この世界も変化しているということかしら。人魚さんに直接会うのが今から楽しみね

潜入方法は、そうねぇ
【ハッキング】で口座の残高を増やして、資産運用で儲けた元引きこもりのふりでもしてみようかしら
作戦終了後に元の額に戻る様しておくわ。猟兵活動中だし
私もまだ若いつもりだし、財産を巻き上げやすいカモと認識させることで潜入し易くなる……といいな

服装はいつものドレスね
バイクがないのに違和感があるけど、頑張って顔には出さない様にしましょう
「どの世界もこういう場所は変わらないわね」
「あらお上手」

可能なら、他の猟兵が目立たない様サポートしたいわ。【ハッキング】での改竄より、入場や踊りのパートナーになる方が効果的かも



 UDC-P。その存在について初めて聞いた時には、冗談だと思った。だが、実在はすでに確認されている。
 今回の仕事も、それ絡みだ。曰く、世界を害することのないオブリビオン。
 やはり、冗談のように思う。
「……この世界も、変化しているということかしら」
 客室のベッドで組織から送られてきた資料を読んでいたエーカ・ライスフェルト(ウィザード・f06511)は、それらをひとまとめにして机に置き、わずかに微笑む。
「人魚さんに直接会うのが、今から楽しみね」
 悪意のないオブリビオンとやらが本当ならば、組織でなくとも驚くものだ。聞いてみたいことは、いろいろある。
 とはいえ、それは襲撃が起きてからでないと成し得ない。ならば今は、この時を有意義に使うべきだ。
 いつものドレスのまま、組織から借りたいくらかのアクセサリーを身に着けて、エーカは船内を闊歩した。
 無駄に広い――としか思えない――船の中を歩いている間、妙な違和感を覚えていた。喪失感と言うべきか。
 すぐに、相棒のバイクに乗っていないことを思い出す。仕事の時にはアレがないと、どうにも落ち着かない。ないものねだりをする気はないが。
 すれ違う人々の年齢を見るに、エーカはかなり若い乗客のようだ。実業家や資産家ばかりが乗る船ならば、致し方ない。せいぜい、社長の息子や娘がいる程度か。
 パーティー会場に向かおうとしていた足を、止める。目に入ったのは、客室とラウンジを繋ぐ廊下にひっそりと作られた、静かなバーだった。
「ふぅん、ここも楽しく飲めそうね」
 独り言ちながら、バーに足を踏み入れる。さすがに豪華客船の一部だけあって、シックな雰囲気ながら、飾られているグラスの一つまで超一級品だ。
「どの世界も、こういう場所は変わらないわね」
 半ば呆れながら眺めていると、カウンターから声がかかった。
「やぁお嬢さん、よろしければ一杯いかがかな?」
 初老の男だった。丸々と太っているが下品さはなく、高貴な雰囲気すらある。
 しかし、その目。野心的だった。エーカはかつて宇宙の海原で、この手の目を何人も見てきた。時には手にかけたことすらあった。
 だが今夜は、荒事はなしだ。取り繕った笑顔で頷いて、男の横に座る。
「お邪魔するわ。マスター、彼と同じものを一つ」
 すぐに出された上質なウィスキーが揺れるグラスを持ち上げ、男のそれと軽く触れさせる。小気味よい音とともに、男が微笑んだ。
「素敵な夜の出会いに、乾杯」
「えぇ、乾杯」
 酒を口に運びつつ、男の内心を探る。
 エーカの年齢のような小娘をベッドに誘うような手合いには見えないので、ナンパの類ではあるまい。
 恐らくは、ビジネス。あるいは、金を巻き上げるカモと見られたか。
「君は……一人でこの船に?」
 聞かれて、エーカは自身の予想に確信を持ちつつ、頷いた。
「えぇ。ちょっと……大当たりをして」
「お宝でも見つけたのかな?」
「ふふ、ロマンがあっていいわね。実際はもっと現実的よ。いわゆる資産運用。引きこもってディスプレイばっかり見ていたのがつい先日のことだなんて、信じられないわ」
「……そうかね」
 男の目が、にわかに光る。明らかに金の生る木を見つけた顔だ。
 時計を見れば、まだ襲撃が来る時間には程遠い。エーカはこの男で、少し遊ぶことにした。タブレット端末を取り出し、自身の資産グラフを男に見せる。
「ほら、こんなに」
 数日前からほぼ直角に上るグラフを見せつけられ、さすがのブルジョワ紳士も目を丸くした。
 実際はハッキングによる口座の改ざんなのだが、どうせ一夜限りの夢幻だ。せっかく用意した玩具を使わない手はない。
 息を呑む素振りを見せた男は、懐から紙を取り出し、エーカに差し出した。名刺だ。軽く目を落としたが、覚える気にもならずに視線を上げる。
「これは?」
「……私の事業に協力してくれたなら、君の資産をさらに倍にすることができる」
「ビジネスのお話? さっきも言ったけど、元引きこもりだから、よく分からないわ」
「構わんさ。君は私に資金を提供してくれればいい。後はプロに任せてくれたまえ」
 真剣そうな顔でこちらを見つめるが、その野心と欲望が眼光に渦巻いていて、エーカはこみ上げる笑いを堪えるのに必死だった。
「そんなことできるの、すごいわ。でも、どうして私のような小娘に? もっとお上手な商人さんが、この船にはたくさんいるでしょうに」
「ふふ、君が美しいからかな」
「あらお上手」
 ヘタな持ち上げ方をするものだと思う。とにかくさっさと契約書にサインをさせたいのだろう。
 ふと、バーのマスターを見た。エーカを見る目が、明らかに訝しんでいる。多くの客を見てきた彼は、エーカが男を弄んでいることに気づいているらしい。
 あまり長居をすると、この先がやりにくくなるかもしれない。そろそろ終わりにするべきだろう。
 グラスを空けて、エーカは申し訳なさそうに目線を落とした。
「……ごめんなさい。私、そろそろ行かないと」
「ま、待ちたまえ! もう少し話を――」
 慌てる男に背を向けて、エーカはバーを出た。
 無常に閉まる扉の奥で、男はどんな顔をしているのだろう。追ってくることはなかったので、その潔さは評価した。
 とはいえ。
「狸は狸。見た目も含めて、ね」
 くつくつと笑って、エーカは今度こそ、パーティー会場を目指す。今度はどんな金持ちの間抜け面が見れるだろうと思うと、胸が躍る。
 こんなに愉快な夜なのだ。どうせなら骨の髄まで楽しんでやろうと、エーカは心に決めた。

成功 🔵​🔵​🔴​

シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎


まるで人魚姫
私も応援したいけれど…
青年の事情も考えないと


清掃員に<変装し催眠術で青年と一緒に掃除>ができるよう配属させ
私が仕事で失敗した時の反応や
人魚に見られない所で<コミュ力と第六感に礼儀作法で青年の人柄を情報収集>

会話は他愛もない話から徐々に本命の恋話へ近づける

昔読んだ物語として

雪国に仲睦まじい夫婦がいた
ある日夫が雪女なんていないと言い
妻は私が雪女だと正体を明かす
夫は逃げ出した
妻は人を恨んだ

私は雪女を貶してみる


青年に恋人がいたり異形を恐れたり自分の為に他人を陥れたりする人なら
論外だと思う

出自も価値観も違い
互いを知り合う時間すら僅かな二人が結ばれるかは…奇跡を祈ります


トリテレイア・ゼロナイン
恋を成就させるのも騎士の務め、良い結末を導きたいものです

…オブリビオン絡みの恋愛では苦い経験ばかり
DSで人と子を設け伴侶のみとは言え愛もあった吸血鬼の父親を殺めたときは…

此度くらいは騎士として…

隠れたり客として潜入する仲間の行動支援の為従業員として潜入
…服のサイズは大丈夫でしょうか

妖精ロボを●操縦し船のデータベースに●破壊工作として●ハッキング
「正式」に船員となり、接客マニュアルも入手
●世界知識として電子頭脳に叩き込み、●礼儀作法も完璧な給仕係として甲板で活動
この船の評判も下げられませんからね

猟兵と件の青年との接触を援護
青年の意中の相手の有無も気になります
首尾よく話を聞ければ良いのですが


波狼・拓哉
豪華客船…人魚に襲われなければもっと楽しんだものを…!ま、ぼやいても仕方ないんで頑張りますか。
変装は清掃員。新人感を醸し出す演技をしつつ…そういや、清掃員の方に一目ぼれしたんだっけ。その方探して仕事を教わるフリしつつ周囲の警戒と行こうかな。コミュ力、言いくるめ使って怪しまれないように…
後はまあ、後のこと考えてかな。さらっと例の清掃員の好みとかタイプとか日常捨てる勇気あります?とかを清掃中の雑談に取り入れて上手いこと落とし所を見極めておきたいかな。…どうせ終わるのならハッピーエンドの方が楽しいしね。頑張ってみますか。
(アドリブ絡み歓迎)



 放った妖精ロボから送られてくるハッキング情報を見て、トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は最初の仕事を終えたことを確認した。
 これにより、従業員として侵入した猟兵たちは、正式に雇われたことになった。万一身分の照会があっても切り抜けられる。
 組織に用意してもらった、ウォーマシンでも着られる特大給仕服を纏いつつ、トリテレイアは満足げに頷いた。
「まずは上々。恋を成就させるのも騎士の務め、良い結末を導きたいものです」
「そうですね。ただ、青年の事情も考えないと……」
 作業着姿で隣を歩くシホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)は、何やら考え込んでいる様子だった。
 例の青年に恋人がいるのかどうかはもちろん、相手がUDC――オブリビオンであることが気にかかる。それは、トリテレイアも同感だった。
 かつて、人との間に子を設けたオブリビオンがいた。ダークセイヴァーの吸血鬼だったその父には、伴侶への愛があった。
 彼を斬った時のことを、トリテレイアははっきりと覚えている。もう二度と、繰り返したくなかった。
「此度くらいは、騎士として……」
「えぇ。まるで人魚姫みたいなお話だから、私も応援したいけれど……」
 簡単だとは、思えない。それが、二人の共通した思いだった。
 絢爛な服を纏うブルジョワたちは、二人に目もくれなかった。清掃係や使用人は、彼らにとって縁のない立場だ。そんなものだろう。
 甲板にたどり着くと、ライトアップされたデッキで夜風と遊ぶ富豪がいた。やはり、こちらは見もしない。
 都合がいい。二人は早速件の青年を探した。
「……あれは?」
 シホが指さした先にいたのは、確かに青年だった。しかし、黒髪に緑の瞳である。
 彼もまた、猟兵であった。なにやらガシガシと力んでデッキブラシをかけている。
「豪華客船……! 人魚に襲われなければもっと楽しんだものを……!」
「拓哉様、励んでおられますね」
 近づいたトリテレイアが声をかけると、波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)が顔を上げた。げんなりとしていた。
「これでも探偵ですからね。調査の為なら何でもしますよ。あぁ、優雅なパーティーとうまい飯が遠い……」
「まぁまぁ。作業着、似合っていますよ」
 クスクスと笑うシホに、拓哉は諦めたように苦笑して首を横に振った。
 モップやデッキブラシを手に話をする三人へと、船首の方から歩いてきた男の声がかかる。
「そこの三人!」
「は、はいっ!」
 思わず姿勢を正して返事をしたシホは、声の主を見て、目を丸くした。例の青年だ。
 彼が着る作業着は、他の誰よりも潮で汚れていた。海風に長く晒されているということは、それだけ青年が働いていることを示している。
 豪華客船にあっては少々田舎っぽい顔立ちだが、真面目そうな目をしている。トリテレイアは青年の第一印象で、信頼のおける人物だと判断した。
「俺はアーサー。さっき上から新入りが入るから面倒を見るようにって言われたんだが、君たちのことか?」
「……」
 拓哉がトリテレイアを振り返り、半眼を向ける。この大海原のど真ん中で新入りはなかろうという批判の視線を、機械騎士はさっぱりと無視した。
「人手が足りていないということで、つい先ほどヘリにて到着しました」
「そうか、ご苦労様。……金持ちの考えてることは、よくわからないな」
 呆れたように呟くアーサーに、一同は揃って首肯した。実際は転送されてきたのだが、ここにいる金持ち連中は、ヘリで人を送るくらい平気でやるだろう。
 青年の指示のもと、シホと拓哉は甲板清掃に取り掛かった。アーサーはモップの握りから拭く際の体重のかけ方まで、非常に細かく指導してくれた。
 オブリビオンとの戦いではあまり役に立たない知識かもしれないが、的確な教育は、受ける方も楽しい。先ほどまでぼやいていたはずの拓哉は、寒風の中で体が温まる心地よさを感じていた。
「いやー、普段使ってない筋肉に効きますね、これは!」
「清掃は全身運動なのさ。体力も尽くし、空間も綺麗になる。いいこと尽くしだよ」
 爽やかに笑って答えるアーサーに、シホはいたく感心して頷いた。
「綺麗好きなんですね。アーサーさんのお部屋も、整理整頓されているのですか?」
「まぁ、同期の中じゃ一番きれいにしてるかな」
 汗を拭いつつ、青年が照れたように肩を竦める。どうやら、清掃が得意であることは自負しているらしい。
 途中、シホはあえて乗客の足にデッキブラシをぶつけてみた。
「あっ」
「ッ……君ィ!! このスーツがいくらするか分かっているのかね!? そんな汚いものを……!」
 叱り飛ばす髭の紳士に詫びつつ、アーサーの様子を伺う。こちらの異常に気付いた青年は、すぐに走ってきて、頭を下げた。
「申し訳ございません! 私の監督が行き届いておりませんでした!」
「君が責任者かね。船員の教育はどうなっているのだ、まったく!」
「申し訳ございません。クリーニング代を――」
「私を誰だと思っている! そんなはした金のことではない。人間性の話をしとるんだ――」
 結局、紳士は気が済むまで怒鳴ってから、政治的な説教を垂れはじめ、やがて満足したのか、去っていった。
 後輩に代わって徹底的に頭を下げてくれたアーサーに、シホは申し訳なさげに礼を言った。
「ごめんなさい、私の失敗で……」
「ミスは誰にでもあるさ。視野を広く持とう、次はがんばれ!」
 まるで気にした風もなく言って、アーサーは自分の仕事に戻っていった。床を磨きつつ見守っていた拓哉は、腕組みをして唸った。
「いい奴だなぁ、あいつ」
「……なるほど、人魚は人を見る目がありますね」
 暇を弄ぶ金持ちたちにシャンパンを配って歩いていたトリテレイアが、拓哉の隣で同意した。
 船のコンピューターをハッキングした際に入手した接客マニュアルのおかげで、トリテレイアはベテランの給仕係の如き立ち振る舞いを見せていた。
 甲板清掃が休憩に入ったところに飲み物を持っていってやると、アーサーは礼を言ってホットティーを受け取り、トリテレイアを見上げた。
「君、客がよく見えてるな。俺は給仕のことはよく分からないけど、新人とは思えない仕事っぷりだ。もしかして、本職の人かい?」
「……いえ」
 よもや化け物と戦う仕事をしているなどと言うわけにもいかず、かといって「騎士です」などと答えられるわけもなく、トリテレイアは小さく否定するに留まった。
 パーティー会場から流れてくる音楽が、デッキに独特の雰囲気を醸し出している。富豪の夫婦が身を寄せ合うのを見ながら、ふとシホが呟いた。
「いいですね、ああいうの」
「クリスマスも近いしなぁ。やっぱりアーサーさんも、カップルとか見ると寂しくなったりします?」
 拓哉に問われて、アーサーは唸りつつ夜空を見上げた。満天の星を数秒眺めてから、小さく笑って頭を横に振る。
「よく分からない、かな。この仕事をしてると出会いもないし……俺、地味だから」
「着飾った方の多いこの船にいるから、そのように思われるのでは?」
 ベンチに座れず立っていたトリテレアの言葉に、アーサーは「かもな」と苦笑いを浮かべた。
 自然と会話は色恋の方向に転がっていく。温かい紅茶を飲み下した拓哉は、モップの柄を弄びながら尋ねた。
「恋愛ねぇ。そういや、トリテレイアさんは好みのタイプとかって、あります?」
「……」
 なぜ自分に聞くのだと、トリテレイアは拓哉に視線で訴えた。しかし、アーサーにばかり答えさせては不自然になるのも確かだ。
 とはいえ、ウォーマシンのトリテレイアである。蓄積したデータベースから、模範的な回答を言うに留まることにした。
「……聡明な方、でしょうか」
「トリテレイアさん、誠実ですもんね。きっとお似合いだと思いますよ」
 微笑むシホのフォローに、トリテレイアは返す言葉が見つからず、頭を下げて答えとした。
 すかさず、拓哉が本命のアーサーに同じ質問をする。
「アーサーさんは? どんな人が好きなんですか?」
「ん……そうだな。優しくて、よく笑う人、とか」
「曖昧だなぁ」
「仕方ないだろ、ほとんど考えたことないんだから」
 ふてくされたように言い捨てるアーサーに、拓哉がくつくつと笑う。
 ふと、シホが目を閉じた。思い出すように、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
「恋愛と言えば……こんな昔ばなしがあります」
 彼女が語ったのは、悲劇の夫婦の話であった。それは、昔に読んだ、物語。
 とある雪国に、仲睦まじい夫婦がいた。いつも吹雪に閉ざされているような、過酷な土地だった。
 二人は幸せだった。雪女の恐怖が街で囁かれても、まるで気にしない日々。
 しかし、ある日の夜、事態が変わった。
 「雪女なんていない」夫が言った。酔っていたのもあろう。街中に広がる異形の噂に対し、男の強がりを見せたのだ。
 すると、妻がにわかに目を伏せた。そして、告白する。「私こそが雪女だ」と。
 白い肌、白い髪。妻の姿が異形と化し、その身に纏う冷気が家屋を包んだ。それでも妻は、夫が自分を愛してくれると思った。
 例え私が化け物であっても、この人はこれからもずっと、そばにいてくれる――。そう、信じて疑わなかった。
 だが、夫は逃げ出した。悲鳴を上げ、妻を罵り、他の街へと。
 絶望した妻――雪女は、人を憎んだ。己の境遇を恨んだ。
「……そして、彼女は人類の敵となり、街を氷の恐怖に陥れた。この後は、名のある騎士に退治されて、おしまいです」
 歌うように話し終えたシホの声に、アーサーは真剣に聞き入っているようだった。
 息を一つ吐き出して、シホはカップに揺れている紅茶に視線を落とした。
「この雪女は、愚かだと思います。正体さえ明かさなければ、想い人と一緒にいられたのに。夫が隠していた自分の姿を否定した途端、本性を現して。それで認めてもらえないから、人類の敵となるなんて。自分勝手ですよね」
 もちろん、心からの言葉ではない。鎌をかけているのだ。
 同意を求められた男性陣は一様に姿勢を変えて唸り始めた。それはシホから見ても、当然の反応だ。
 トリテレイアと拓哉は答えない。あくまでアーサーの意見に従うつもりだった。
 ややあって、アーサーは難しそうに俯いた。
「……そうだな。俺には男の気持ちがよく分かる。正体を隠して結婚をするなんて、卑怯だ」
「……じゃあ、雪女は許せない?」
 拓哉の問いに、しかし青年は白い息を吐いて、「いや」と否定した。
「彼女にも、卑怯にならなければいけない理由があったのかもしれない。それが物語に書かれていないなら、結局分からないけど……」
「単にそばにいたかった、というだけでは」
 やはり過去のデータを分析して、トリテレイア。アーサーは再び唸って腕組みをし、真剣に考えてくれているようだった。
 ややあって、青年は頭を掻きつつ言った。
「そうなのかな……だとしたら、うーん、でもなぁ」
 恋愛経験が乏しいアーサーにとって、なかなかの難題らしい。
 ここで答えを出すまで粘られても大変なので、拓哉は一度話題を変えることにした。
「今の物語に出てきたような、異種族との恋愛、どう思います?」
「どうって、今のは物語だろ? 現実じゃあるまいし――」
「現実に起こったら、ですよ。雪女とかスライム女とか――人魚とか。付き合うとしたら日常を捨てることになるわけですけど、あり? なし?」
 詰め寄られ、アーサーはわずかに身を引きつつ、答えを探しているようだった。
 三人の猟兵に見守られつつ、ゆっくりと口を開く。
「……さぁ。でも言えるのは、相手が何であれ――正体を隠すのはやめてほしい、かな。そうしたことがあったとして、付き合うかどうかは分からないけど、俺は相手のそのままを知りたい」
 分かってはいたが、真面目な青年だ。望んでいた答えとは違うが、トリテレイアとシホはいたく感心して、何度も頷いていた。
 人魚の恋が叶う確証など到底得られるものではないが、それでもアーサーの誠実さは、三人に「もしかしたら」と思わせてくれるものがある。
 照れくさそうに立ち上がり、アーサーは慣れた様子でデッキブラシを肩に担いだ。
「さ、休憩は終わりだ。仕事に戻るぞ!」
 大股で船主の掃除に向かう青年の背中を値踏みするようにアーサーを眺める拓哉に、トリテレイアが目を向けた。
「拓哉様、ずいぶんと熱心ですね」
「仕事柄ってのもあるけどね。……それに、どうせ終わるのならハッピーエンドの方が楽しいですから。ねぇシホさん」
 聞かれたシホは、作業着すらも輝いて見えるような笑顔で、「はい」と頷いた。
「出自も価値観も大違い。互いを知り合う時間すら僅かな二人が結ばれるかは、わかりません。それでも、幸せになって欲しいって思います」
 そのために、祈る。瞬く星々の輝きが、相容れぬ運命を超える力を、人魚の少女に宿してくれんことを、と。
 手を組んで星空を見上げるシホに釣られて、トリテレイアと拓哉もまた、空を見た。
 流れ星が二本、遠い夜の水平線に落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ウーナ・グノーメ
WIZ判定。他猟兵様への絡みやアドリブ大歓迎。

「恋の悩み……難しい問題なのです。しかしながら!旅人の導き手であるフェアリーたるもの、人生という旅路に迷える者にも手を差し伸べなければ、なのです。というわけで、まずはお相手の船乗りへの事前調査なのですー」

ユーベルコードによる透明化で船内は潜入して、ついでに恋のお相手をこっそり観察するのです。
もう一人まで透明にできるので、こっそり潜入したいヒトはウェルカムなのです。

でも使いっぱなしだと疲れるので、定期的に解除するのです。
他の隠れる手段や場所を確保することをオススメするのです。

わたしは体が小さいので、適当なクローゼットにでも隠れてやり過ごすのですー。


枸橘・水織
恋の為にそれまでのすべてを捨てる決意に…

みお…なんかそういうの個人的に応援したいと思う…

行動
『金持ちの乗客の子を装う』
…実は本当にダークセイヴァーの上流階級…の家出娘

【コミュ力・礼儀作法・情報収集・変装(でも本物のお嬢様)】
活用

まずは『意中の男性』を探す
(多分…今回の予知と一緒に名前ぐらいは…そこからUDC組織に顔写真ぐらいは入手ぐらい…と)
指定UCを使用して探す

意中の男性
それとなくぶつかって見る
「お兄さん、見た目の割りにがっしりしてるんですね…」
抱きとめられて、遠くから見ていると思われる人魚さんに(自分も同じように抱きとめられたらと想像とかしてもらって)悶えてもらいましょうw(次回複線?)



 振り撒かれた魔法的砂塵の効力によって、その身を透明にしたウーナ・グノーメ(砂礫の妖精・f22960)は、船員用の休憩室に忍び込んでいた。
 客が来ないだろうに、やけに広い部屋にいる船員は、一人。甲板清掃員である、例の青年だ。隅でテレビを見ながら、安そうな食事を取っている。
「恋の悩み……難しい問題なのです」
 対角線上の端を陣取って、呟く。距離がある上テレビもついているので、小声での会話なら気取られる心配はなさそうだ。
 それを知ってか、砂塵の恩恵を受けるもう一人の少女が、頷く。
「恋の為にそれまでのすべてを捨てる決意に……。みお、なんかそういうの、個人的に応援したいと思う……」
 青いツインテールを揺らす枸橘・水織(オラトリオのウィザード・f11304)は、目をキラキラと輝かせていた。不可視となっているが。
 同じ砂塵の力を受けているウーナには、水織が見えている。というより、その頭にある帽子のつばに乗っていた。
 人魚のUDCが人間に恋をする。人間同士でも難しいというのに、今回はさらに、難問だ。それでも、ウーナは腕組みをしつつ、決意を新たにする。
「旅人の導き手であるフェアリーたるもの、人生という旅路に迷える者にも手を差し伸べなければ、なのです」
「恋の迷路から救い出してあげなければ、だよね! わかる、わかるよー」
 水織が何度も頷くものだから、揺られたウーナは辟易して宙へと飛んだ。
「酔いかけたのです……。ともかく、まずはお相手の船乗りへの事前調査なのですー」
 揃って部屋の隅に居座り、黙々と青年を観察する。一人で食事を取り続ける青年を見ているうちに、二人はいくつかのことに気が付いた。
 まず、彼はよく噛んで食べる。フォークの使い方も丁寧で、決して高貴な雰囲気はないが、食への礼儀を感じられる食べ方だ。真面目な男なのだろう。
 そして、両腕の逞しさ。甲板清掃の賜物だろうか、細身ながらしっかりとした筋肉がついている。
「でも、地味なのですー」
 正直なウーナの感想に、水織も首肯する。今でこそ作業着だが、きっと私服も派手ではないのだろうなと感じてしまうほどに、その雰囲気は純朴だった。
 女性から好かれないこともないだろうが、女遊びをするような雰囲気では断じてない。その点においては、安心できるか。
「人魚さんは、イモっぽいタイプが好きなのかな。お金持ちの御曹司がいくらでもいるこの船で、掃除する人を好きになるなんて」
「恋は理屈じゃないのです。一目見て、ビビッとくるものなのです」
 年上の余裕だろうか、自慢げに胸を張るウーナである。彼女が恋の何たるかを知っているかはともかく、水織は「そんなものかぁ」と納得したようだった。
 ウーナのユーベルコードにより身を隠していた二人だが、能力の継続使用には疲労が伴う。ふらついてきた大地の妖精は、目を輝かせて青年を観察する水織へと告げた。
「ごめんなさいなのです。そろそろ限界が」
「えっ、じゃあ透明が解けちゃう?」
「はいなのです。私はクローゼットに隠れるので、水織も隠れるのですー」
 言うが早いか、ウーナは作業着がかけられているロッカーに飛び込んだ。残された水織も慌ててソファの後ろに身を隠す。
 同時に、食事を終えた青年が立ち上がった。食器を洗って、休憩室を出る。甲板に向かったのだろう。
 人気の去った休憩室で、水織は大きく息をついた。
「あ、危なかったぁ……」
「ごめんなのです。もっと早く言えばよかったのです」
「ううん、大丈夫。追いかけよう!」
 再び砂塵で姿を消した二人は、船のデッキへと急ぐ。まだ続いているパーティーの音楽が、遠くから聞こえてくる。
 甲板に出て、ウーナと水織は同時に震えた。冬の海風は、冷たい。
 その寒空の下で、青年は必死に清掃をしていた。何が彼をそこまで駆り立てているのか、まさしく一心不乱だ。
「やっぱり真面目なのですー」
「うーん、でも、まだ女垂らしの可能性があるよね。みお、ちょっと確かめてみる!」
 何やら張り切って、水織がユーベルコードの範囲内から脱した。意気揚々と青年へ歩みを進める後姿を、ウーナは見守ることにした。
 青年の背後を取った水織は、モップをかける背中にそれとなくぶつかった。
「きゃっ!」
「うおっ!? ……と、大丈夫ですか?」
 素早く振り返り、モップを投げ出して抱き留めてくれた青年に、熱い視線を向ける。
「ありがとうございます。お兄さん、見た目の割りにがっしりしてるんですね……」
 内心で、水織は遠くから見ているであろう人魚が嫉妬に悶えている姿を想像していた。だが悲しいかな、予知の通り、この時間に人魚の気配はないし、礼のUDC-Pも近くにはいない。
「子供……。君、お父さんか、お母さんは?」
 どうやら乗客の連れ子だと判断したらしい青年は、完全に水織を迷子扱いしてきた。もとより「金持ちの乗客の子」を装ってドレスを着ているのだから、彼の認識は正しい。
 本当に貴族の出身であり、しかも家出中の身である水織は、答えに困った。なんだかいろいろなことが空回りしてしまっているが、それはそれだ。
「ええっと、船の中ではぐれてしまって、それで」
「甲板まで来てしまったんだね。一緒にご両親を探してあげるよ、部屋まで行ってみよう」
「え? えっと、お構いなく」
「そういうわけにはいかないよ。君も大切なお客さんだからね。さぁ」
「あ、あの、気持ちだけで」
 ぐいぐいと背中を押されて戸惑う水織は、透明化して見守るウーナに視線で助けを求めた。ウーナは、明らかに目で「やれやれなのですー」と語っていた。
 とはいえ、放っておくわけにもいくまい。透明化は解かないまま、妖精の小さな体に息を目いっぱい吸い込む。そして、叫んだ。
「あー! 持ってきた料理を零してしまったのですー! 甲板が汚れてしまったのですー!」
「む、ごめん。ちょっと待ってて、すぐ掃除して戻ってくるから!」
 使命感を揺さぶられたらしい青年が、モップを手に甲板を駆け出した。その隙にウーナへと近づいて、水織は再び透明化の恩恵を得る。
 ようやく一息つく青髪の少女に、ウーナは半眼を向けた。
「水織、ずいぶん大胆だったのです。結果はアレですけどー」
「いけると思ったんだけどなぁ……」
「まぁ、子供に対して優しいという点を発見できたのは、お手柄なのです。後はしばらく見守るのです」
 二人は透明化のまま移動して、甲板の隅にあるガラス張りの温室に入った。
 暖かい空気に一息つきつつ、水織が自身の分身の如き妖精を数体、作り出す。ウーナよりも小さい妖精は、甲板の外へ出て、空へと昇っていった。ウーナが首を傾げる。
「今のは、誰なのです?」
「みおが作った妖精。あの人を見つける時にも使ったのよ。今度は、人魚さんの想い人を守るために」
「なるほどなのです。まだオブリビオンは来てないと思うけど、警戒はしておいたほうがいいのです」
「うん」
 温かなガラスの部屋で、二人は並んでソファに座って甲板を眺めた。汚れが見つからず、水織までも見失って右往左往している青年に申し訳なくなりつつも、その誠実な働きぶりを見守る。
 数時間後に起きるだろう異形の襲撃のことを、彼は知らない。その時に、迫りくる人魚の群れに何を思うか。その中の一人が自分に想いを寄せていると知った時に、彼は何と言うのだろう。
 幸せな恋を叶えてほしいと、素直に思う。人魚が恋する純朴な青年を見つめながら、水織とウーナは、本心からの言葉を、ぼんやりと呟いた。
「……うまくいくと、いいね」
「なのです」

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

フランチェスカ・ヴァレンタイン
甲板から空に上がって哨戒飛行をしていてもいいんですが…
せっかくですし、パーティに紛れ込むと致しましょうか

ドレスはベアトップなものを適当に
礼儀作法はそれなりに嗜んでおりますので、余程アレなデザインのものでなければ着熟せるかと

パーティ会場ではふらふらと、お誘いの類をのらりくらりとあしらいながら襲撃に備えるとしましょう
…何やら歩く誘蛾灯のようになってそうな気はしますがまあそれはそれとして
避難誘導経路の確認などもしておきつつ、人魚のお相手さんを見掛けましたら参考までにお気持ちなども伺っておきましょうか、と

あしらっていても篩に残る剛の者も中には居るやもしれませんが
――今夜は生憎と先約がありますので、ええ



 グラスに揺れる赤い液体が、シャンデリアの光を乱反射させ、煌めいている。その輝きが、富豪たちのつけているどの宝石よりも美しいように思えて、フランチェスカ・ヴァレンタイン(九天華めき舞い穿つもの・f04189)は目を細めた。
 つい先ほどまで、彼女は空にいた。万一を考えて哨戒飛行をしていたのだが、敵の気配は感じられなかった。
 であれば、せっかくの機会だ。ベアトップの優雅なドレスに着替えて、パーティーに紛れ込むことにした。
 そのスタイルの良さと上品な立ち振る舞いに加えて、フランチェスカは礼儀作法も心得ていた。おかげで、世界を代表するVIPたちに混じっても、違和感は全くない。
 流れるワルツに同調した、ゆったりとした時間の流れ。悪くないと思った。
「時には――こういうのも、いいものですわね」
 ワイングラスに唇をつけて、くいと葡萄酒を喉に流し込む。それだけの動作で、会場の男たちが息を呑んだ。
 すでに、会場は未婚の男たちの戦いの場となっていた。誰が初めに、あの麗しき淑女を落とすか。
 悲しいかな、戦う前から負けていることを、彼らは誰も知らない。
「お嬢さん、一曲、ご一緒していただけませんか?」
 声をかけてきたのは、いかにも運動不足そうな肉付きの男だった。三十前後といったところか、金に物を言わせて暮らしていることが、その身なりから伝わる。
 社交辞令として踊ってもよかったのだが、元より彼らと関わっても、フランチェスカが得るものはない。妖艶な微笑を浮かべて断りの答えとし、男の横を通り過ぎる。
 項垂れる運動不足男を置いて、新しいグラスを受け取りに使用人の女へ近づく。「どうぞ」と鮮やかな色合いのワインを手渡され、礼を告げて振り返ると、別の男がいた。蓄えた髭を撫でつつ、ウインクなどしてくる。
「やぁ、レディ。素敵な夜だね」
「えぇ、まったく。楽しんでいらっしゃいます?」
「もちろんだとも。君のような素敵な女性とも出会えた。今日は最高の夜になりそうだ」
「それは何よりですわ。それでは」
 いよいよ口説き文句にと力む髭男の横を、無常に通り過ぎる。立ち尽くして震える男を、他の紳士が慰める声が聞こえた。
 あてもなく会場を歩き回るうちに、エーカは自分を遠巻きにしてついてくる男が増えていることに気が付いた。ついでに、女たちの嫉妬の視線も突き刺さっている。
「……これでは、歩く誘蛾灯ですねー」
 男どもから向けられる好奇の目や女連中の妬みなど、今更気にするようなものではない。が、だからといって愉快なものでもない。
 件の青年がいるという甲板にでも行こうかと、会場の入り口に足を向けた瞬間、手を掴まれた。
 失礼にならないようゆっくり振り返ると、最初に声をかけてきた小太りの男だった。顔が赤い。酒に酔った勢いで、再度アタックを仕掛けるつもりなのだろう。
「お、お嬢さん――。僕は今宵、君のためにこの身を捧げたい」
「……」
「どうか、お願いです。一夜だけでいい、僕に君の時間をくれないか」
 熱のこもった視線だった。彼を駆り立てるもののほとんどは劣情の類だろうが、それでも、嫌いではない熱さだ。
 だから、フランチェスカは誠意を以て答えるべく、妖艶な微笑を浮かべた。
「――今夜は生憎と、先約がありますので、ええ」
 それは、パーティー会場にいる多くの男の心を粉砕する一言であった。
 誰が、いつの間に、あの美女を落としたのか。失意に呑まれる男たちを置いて、会場を後にする。
 甲板へ続く廊下には、赤い絨毯が敷き詰められていた。その感触を楽しみつつ歩いていると、前方から若い男が走ってくるのが見えた。
「す、すみません! そこのお嬢さん、少しよろしいですか!?」
 また誘いの類かとため息が漏れたが、若い男の目は、会場にいた連中とはまるで違っていた。
 こちらに向けられるいやらしい思いを、微塵も感じない。何か、そうしたものを感じる余裕がないようにも見える。
「どうかなさいました?」
「か、甲板で迷子を見つけたんですが……急な仕事に追われてるうちに、見失ってしまって。青い髪の、十歳くらいの女の子だったんですが、見てませんか?」
「いいえ。会場にもいませんでしたわ」
「そうですか……。参ったな、親御さんがパーティーに出てるって言ってたから、こっちだと思ったんだけど」
 焦る青年を、フランチェスカは観察した。
 地味な男だ。茶色い短髪もセットらしいことはしておらず、おおよそ豪華客船のボーイが務まるタイプではない。
 清掃員の作業着が、実によく似合っている。失礼かもしれないが、事実そうなのだから仕方ない。
 迷子の少女――恐らく、猟兵だろう――を必死に探す姿にも、仕事を超えた優しさが見て取れて、好感が持てる。
 恐らく、彼が人魚の想い人だろう。妙な男でなくてよかったと、フランチェスカは内心で安堵した。
「……そんなに心配されなくても、いいのでは?」
 フランチェスカの言葉に、青年が顔を上げた。
「いえ、この船は広いですから。一人で歩き回ってしまうと――」
「スタッフは、あなた以外にもいらっしゃるのでしょう? きっと、他の方が案内してくれていますわ」
「あ……まぁ、確かに……。でも、心配だな」
 腕を組んで悩む青年に、フランチェスカは微笑んだ。パーティーの時とは違う、自然な笑みだった。
「大丈夫。今夜はこんなにも、素敵な夜ですもの。その子にも、楽しい思い出ができていますわ」
「は、はぁ、どうも。では仕事に戻ります、失礼します。あの子、無事だといいな……」
 心配が拭えないらしい青年は、複雑な顔をして甲板へと戻っていった。
 その後ろ姿を見送りながら、フランチェスカは一人、呟く。
「さて、どんな恋の花が咲くことやら。本当に――素敵な夜ですわ」
 人魚と青年の邂逅。その瞬間を想うと、夜更けに来るであろう襲撃すらも待ち遠しい。
 なんだかもう一杯ワインを味わいたくなって、フランチェスカは再び、パーティー会場へと向かうのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

佐伯・晶
この外観年齢で働いてるっていうのは厳しいから
乗客として乗り込む事にするよ
それらしいドレスを着てパーティーの参加客を装うかな

もっとも、ボロが出ないようにパーティー会場を離れて
好奇心で船内を探索してるとか夜風に当たるとかのふりをして
船の構造を把握しておくよ

UDCと人間の恋ね
種族を超えた恋を実らせようとするなら
双方相当の努力が必要だろうし
男性の方が受け入れられるのかな

問答無用でUDCっていうか邪神と関わる事になった身としては
件の男性に人魚と生きる道を勧めて良いか悩ましいよ
価値観も習慣も全然違うだろうしね
というか食事の時点でだいぶ説明が必要だろうし

本人達が覚悟決めて進むなら応援するけど
まずは様子見かな


セルマ・エンフィールド
UDC組織より服を借り受けパーティに招かれた金持ちを装い参加(服装詳細お任せ)

どうしたものか……

害のないオブリビオンというのは初めてです。
倒して終わりというわけにはいきませんし、そういう意味では通常のオブリビオンより厄介ですね。

それに恋、ですか。
そういったものとは縁のない生活でしたし、そちらもどう対応したものでしょうか……

……今考えてもどうしようもありませんか、まずやることは決まっています。

辺りを見回し件の船員の容姿を確認しておきます。
今回ばかりはオブリビオンは撃つだけ、とはなりませんが……人に害をなすものは撃つだけです。

それはそれとしてパーティに甘いものがあったら貰っておきましょう



 組織から借り受けた赤いドレスのおかげで、外見だけならば船に馴染めている。しかし、佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)はパーティー会場に近づくことはしなかった。
 もともと、ごく平凡な一般男性だった彼だ。今こそ少女の姿になってはいるが、外見がどうあれ、金持ち連中の社交パーティーに参加などできようはずもない。
「絶対ボロが出るからなぁ」
 苦笑する晶の横で、淡い青のオフショルダードレスを纏うセルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)が、唇を指で撫でた。
「確かに、向き不向きはありますね。ケーキは美味しかったですが」
「……行ったんだ、セルマさん」
「情報収集ですよ」
 淡々と、いつもの調子を崩さずに答えるセルマ。今回の仕事に関して言えば、現代の貴族たちから得られる情報はそう多くはない。
 一体何の情報を得ようとしたのだろうか。なんとなく答えは分かっていたが、あえて、尋ねる。
「……有力な情報は?」
「一番美味しかったのは、季節の果物のタルトでしたね」
 その一言で、晶はセルマが甘味の食べ比べをしていたことを察した。
 とはいえ、襲撃が起こるまでは好きに過ごせるのだ。現にパーティーを楽しんでいる者も大勢いる。セルマの過ごし方は、間違っていない。
 二人は、船内を探索する体で内部の構造を把握するべく歩き回っていた。今は、甲板と反対側の船尾付近にいる。
 ここまで来ると、もうパーティーの音楽は届かない。絵画やヴィンテージものの車、あらゆる調度品が展示されているが、人は少なかった。
 セルマと晶も、そうしたものにあまり興味は示さなかった。会話は自然と、今回の仕事についてに移っていく。
「しかし、どうしたものでしょうか」
 ふと呟いたセルマの言葉で、二人は足を止めた。振り返る晶に、彼女はいつもと変わらない調子で続けた。
「害のないオブリビオンというのは、初めてですので」
「あぁ、なるほど。いつものようにとは、いかないよね」
「そうですね。倒して終わりというわけにはいきませんし、そういう意味では、通常のオブリビオンより厄介です」
「世界の敵にならない存在ってのは、いいことなのかもしれないけど……」
「違和感が拭えません」
 オブリビオンと戦うことを使命とする猟兵にとって、UDC-Pという存在はあまりにも異質だった。セルマが困惑するのも無理はない。
 まして今回は、そこに人間も絡んでくるのだ。高そうな壁紙が張られた壁に寄りかかって、晶は腕組みをした。
「UDCと人間の恋、だもんね」
「えぇ。そういったものとは縁のない生活でしたし、そちらもどう対応したものか、と」
「経験があったとしても、今回は普通の恋愛とは違うから、どうかなぁ」
「そういうものですか」
 周囲に聞かれないよう小声で話しつつ、二人は船内を巡る。人魚の恋について話をしていたせいか、その足は自然と甲板に向かっていた。
 すれ違う紳士に会釈などしつつ、晶が言った。
「種族を超えた恋を実らせようとするなら、双方とも相当の努力が必要だろうし」
「想い合うというだけでは、ダメなのですか?」
「ダメってことはないけど……いろいろと、二人が一緒にいるためには、大変だよ」
「なぜ?」
「なぜって、そりゃまぁ、いろいろさ」
「人魚だからですか? 水生生物と陸上生物では、確かに難しい生活かもしれませんが」
 淡々と尋ねるセルマ。彼女の分析は、決して外れているわけではなかった。
 それも含めて晶が懸念するのは、心の問題だ。慣れないドレスのスカートに四苦八苦しつつ、頬を掻いた。
「……男性の方が、受け入れられるのかな」
「あぁ、なるほど。民間人ですからね。非日常に没すると言うのは、難題です」
「そもそも、彼は人魚に惚れられてるなんて知らないわけだし」
 徐々に近づくワルツの音色に包まれながら、セルマは「そういえばそうですね」と頷いた。
 人魚と青年が出会って、彼らが結ばれる保証はない。もしも恋が実らなかったら、UDC-Pが正常でいられるかも分からないのだ。
「……考えることが多いですね」
「価値観も習慣も、全然違うしね」
 天井を仰いで言った晶の言葉は、どこか重かった。
 問答無用で邪神と関わることになり、今もその身に悍ましい力を宿す彼だ。UDCとの共存を、容易く口にすることに、抵抗があった。
「食事の時点で、だいぶ説明が必要だろうし」
「精を食べる、でしたか」
「まぁ、それだけ食べて生きてるわけじゃないとは思うけど……」
 結局のところ、今考えても分からないことばかりなのだ。思考を放棄するわけではないが、余計な不安を膨張させるくらいなら、一度切り離した方がいい。
 セルマはやはり冷静な目で、悩む晶の顔を覗き込んだ。
「晶さん、まずは成すべきことをしましょう。やることは決まっています」
「ん、そうだね。甲板に――」
「会場に行って甘味を調達しましょう。考えた後は糖分の摂取が不可欠ですから」
「……」
 ずんずんと進んでいくセルマの後を、晶が追いかける。
 二人は揃ってパーティー会場に向かい、迷うことなくスイーツのコーナーを目指す。セルマはフルーツタルトを、晶はコーヒーゼリーを手に取り、隅のテーブルに移った。
 乗客に声をかけられるより早く食べ終えて、さっさと会場を後にする。ボーイが奇異の目でこちらを見ていたが、セルマはまるで気にしない。多少気になった晶も、振り返ることなく使用人の横を通り過ぎた。
「やはり美味でした」
「確かにうまかったな……。さすがは豪華客船」
「来た甲斐がありましたね」
 感情の抑揚があまりない声音だが、セルマは大変満足していた。これで仕事が捗るというものだ。
 甲板に出ると、すでに何人かの猟兵がいた。清掃員に扮する仲間が、見覚えのない人物と一緒にデッキを磨いている。
 茶髪の、特徴があまりない青年だ。恐らく彼が、件のお相手だろう。
「地味ですね」
「セルマさん、正直すぎるよ」
「では、晶さんの評価は?」
「……地味だね」
 決して悪いわけではないのだが、目立つとはお世辞にも言えない。際立ったものも感じないが、恋する人魚は彼の中に、何かを見たのだろう。
 デッキのベンチに座って様子を見ていると、後輩と思しき清掃員が、青年に近づいた。
「アーサーさん、あっちで酔っ払ったおっさんが、ゲロ吐き散らかしました! 手伝ってもらっていいっすか?」
「分かった、すぐ掃除しよう。ただお前、言い方があるだろ? 大切なお客様なんだから」
 アーサーというらしい青年は、後輩を短く叱責して、幾人かの猟兵を連れて清掃に向かった。
 自分のことを「たかが清掃員」などと思うこともなく、豪華客船の一員として客のために仕事に取り組む姿は、尊敬に値する。晶は青年の評価を改めた。
 それはセルマも同様で、「いい人ですね」と感心したように何度も頷いている。
「人魚は、人を見る目があるのかもしれません」
「そうだね。後は、覚悟がどれほどのものか……かな」
 同族を裏切ってまでアーサーへの想いを優先する人魚少女の、熱烈なる想い。それが届いた先には、夢や希望よりも困難の方が多く待ち受けていることに、気づいているのだろうか。
 そしてアーサーは、彼女の想いを受け止めたとしたときに、その覚悟を持つことができるのだろうか。
 考えてみても、やはり、分からない。
「まずは、様子見かな」
「そうですね。彼らの答えを知るためにも、船は守らなければ」
 寒風の中、二人は同時に夜空を見上げた。
 煌めく星々が、今にも降り注いできそうな、そんな空だった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シン・バントライン
アオイ(f04633)と

夫婦と偽って船に潜入。
タキシードでアオイをエスコート。

「夫婦役で船に乗らへん?」
我ながら随分と大胆な申し入れをした様に思う。
UCで指輪を2つ作り片方を彼女に差し出す。
本当は仮初の物ではなく本物の指輪を彼女の左手に嵌めたい。

人魚の話で真っ先に思い出したのはアオイの事だった。
ハロウィンで人魚姫の仮装をした彼女の想い人がもし自分だったなら、泡になどさせないと誓った。
人魚の恋は叶えたい。

清掃員の彼に会いに。
意中の人は居るのかの確認と、伴侶とは何かを問う。

パーティーでは叶うならアオイの手を取って踊りたい。
砂浜で踊った時から全てが始まった自分達だから、海で踊ればきっと上手くいく。


アオイ・フジミヤ
シンさん(f04752)と

海色のドレスを纏い
礼儀作法で上品に
彼に相応しく在れる様に

人魚の恋
成就したらいいなぁ
泡沫にはさせたくない

あなたから夫婦を演じようと言われた時
顔が緩んで大変だったのは秘密
喩え仮初の指輪でもいいの
あなたから貰ったものはすべて幸福が容を変えたものだから

恋心は伝染する力を持つらしいよ
意中の彼の恋心を少しでも刺激できるよう
飛び切り素敵な夫婦を演じようね

清掃員さんには何気なく
どんな女性が好みか尋ねる
今夜は素敵な夜だからあなたの理想の人がどこかにいるかも

ダンスには笑顔で応じる
踊りましょう、……旦那様

”ひととき”の夫婦を演じましょう
そうして密やかに願うの

それが”永遠”になることを



 豪華客船の廊下は、やはり豪華な調度品ばかりだ。敷き詰められている赤い絨毯すらも、高価なものに違いない。
 その上にあって、シン・バントライン(逆光の愛・f04752)はしかし、それらすべてが霞んで見えてしまうような思いだった。
 タキシード姿のシンの腕に組み付いて寄り添い歩く、その人。一生懸命礼儀作法に則って、上品でいようとしてくれる姿が、他の何物よりも輝いて見える。
「人魚の恋、成就したらいいなぁ」
 シンを見上げて微笑むアオイ・フジミヤ(青碧海の欠片・f04633)に、つい目を細める。仲睦まじい夫婦にしか見えない二人の左手、その薬指には、宝石が光る指輪がはめられていた。

「夫婦役で船に乗らへん?」
 その話をアオイにしたときの彼女の顔を、シンは忘れられない。
 我ながら、随分と大胆な申し入れをした様に思う。ユーベルコードで作り出した指輪をアオイの薬指にはめた時の、今にも泣きだしそうな笑顔も、脳裏に焼き付いている。
 本当は、仮初の指輪などではなく、本物を送りたかった。その思いは、指輪を用意した時から船にいる今までも、ずっと続いている。
 そしてそれは、アオイも同じだった。夫婦を演じようとシンに言われた時、嬉しくて嬉しくて、いつも会っている時以上に頬が緩んで、どうにもならなくなりそうだった。
 シンがずっと本物の指輪を用意したかっただろうことに、アオイは気づいていた。だけれど、「これで十分」などとは言わない。
 これでいいのではない。これ「も」いいのだ。たとえ仮初であったとしても、消えてしまう運命の指輪だとしても、大好きな人からもらったものなのだから。
 物も、言葉も、心も、温もりも。シンからもらった全てのものが、アオイにとっては幸福が容を変えたものだった。

 二人は甲板にやってきた。冷たく吹く海風に、シンはタキシードの上着を脱いでアオイの肩にかける。
「いいよ、シンさん。寒いでしょ」
「ええから着とき」
「でも……」
「夫ってのは、そうするもんや。たぶんな」
 真面目な顔でそんなことを言われては、アオイは言い返せなかった。にやけてしまうのを止められなかったからだ。
 甲板には、件の青年を見ようと多くの猟兵が集っていた。その中で腕を絡めるのは少し恥ずかしかったけれど、二人が離れることはない。
 デッキを担当しているボーイから飲み物を受け取り、暗い海を眺める。会場から流れるワルツが、波音と溶け合っていく。
「ええ夜やなぁ」
「うん。……あ、シンさん、あの人」
 アオイが指さした方を見ると、茶色い短髪の清掃員が、デッキブラシを手に甲板を磨いていた。
 この広い甲板を清掃する人員は他にもいるが、どういうわけかそのほとんどが猟兵なので、自然と的は絞られてくる。
 少々地味な青年だったが、真面目そうな人だ。彼が人魚の意中の人だろう。二人は目を合わせて頷いて、青年に近づいた。
「こんばんは。精が出ますね」
「あ、どうも。お楽しみですか?」
 声をかけたシンに嫌味もなく答えてくれた青年に、揃って頷く。
 聞けば、長旅を続けるこの船において、甲板の清掃はほとんど彼が責任を取って行っているらしい。
「大変な仕事ですね」
 アオイに聞かれて、青年は笑った。
「まぁ、楽ではないです。でも、今日はなぜか、人手が山のようにありますから」
 清掃員として紛れ込んだ猟兵たちのことだろう。確かに、あちこちからデッキを磨く音が聞こえる。
 暇を持てます夫婦を装って、アオイとシンは名をアーサーというらしい青年と雑談した。
「お二人は、見たところお若いですが……新婚さんですか?」
 尋ねられ、シンとアオイは目を合わせた。互いに頬が紅潮し、シンが咳ばらいをして、アオイが「最近……」とだけ答える。
 何かまずいことを聞いたと勘違いしたのだろう、アーサーが慌てて頭を下げた。
「すみません、失礼なことを」
「い、いえ! いいんです。そう、新婚なんです」
 取り繕うように答えたアオイだが、赤くなった顔はどうしようもない。寒風が早く冷やしてくれることを祈るばかりだ。
 気を取り直して、シンが青年に聞き返す。
「アーサーさんは? お相手の方とか、伴侶とか、いるのですか?」
「いえ、生憎独り身でして」
 躊躇うことなく答えた彼の目は、嘘をついていない。そのことに安堵しつつ、シンは続けて問うた。
「そうですか。時に……あなたにとって、伴侶とはなんだと思います?」
 金持ちがよくする言葉遊びのように尋ねると、アーサーは目を白黒させて、顎に手を当て、真剣に考え出した。
 アオイと目を合わせて、その反応に微笑を浮かべる。
 ややあって、アーサーは顔を上げた。
「俺には恋人もいませんから、正直、よく分からないですけど……。自分の人生をその人に捧げてもいいって、本気で思える人のこと、ですかね」
「なぜ、そうお考えに?」
「……うちの両親を見てると、そう思うんです。母さんは、忙しく働く父さんの分も、家のことや俺たち兄妹の面倒を見てくれました。自分の時間なんて、ほとんどない。今でもです。でも、幸せそうだから」
 人生を捧げる相手。その言葉と同時に浮かんだ相手は、シンもアオイも、自身の隣にいる人だった。
 腕を組むアオイは、シンへとより身を寄せながら、アーサーに言った。
「アーサーさんにとっての、理想の夫婦は、ご両親なんですね」
「そうですね。あぁなりたいと思います。相手さえいれば、だけど」
 苦笑するアーサーに、アオイは満面の笑みを浮かべる。横顔を眺めるシンにとって、その笑顔は満天の星空すらも叶わないほどに可憐で、美しかった。
「今夜は素敵な夜だから、あなたの理想の人が、どこかにいるかも」
「え? いやでも、俺は清掃員ですから……」
「分からんよ。どっかから君を見てる人がおるかも。視線、感じんかった?」
 固さの抜けた口調になったシンの言葉に、アーサーは肩を竦めた。
「いえ……」
「じゃ、ちょっとだけ意識してみ。きっといるで、アーサーさんを見てる人」
「もしそんな人を見つけたら……きっと、幸せになってね」
「えぇ、どうも」
 苦笑など浮かべて、アーサーは甲板清掃に戻っていった。これで、意識をしてくれたら儲けものなのだが。
 シンとアオイは熱心に働く青年の姿をしばらく眺めてから、「パーティーに行こうか」と、どちらともなく言った。
 船内に戻り、少し歩いて、パーティー会場につく。すでに宴は盛況だった。
 シンが跪き、アオイに向かって手を差し伸べる。
「踊ってくれるか、アオイ」
「えぇ。踊りましょう。……旦那様」
 目が潤むのを感じながら、アオイが微笑んで頷き、シンの手に自分の手を重ねた。
 二人はホールの中央に向かい、互い手の手を取り合って、ワルツに合わせてステップを踏む。
 見つめ合い、互いの指輪の煌めきに目をやり、またお互いの視線を絡め合う。
 嗚呼、今この時、二人は夫婦でいられているのだ。夢のようなひと時に、シンもアオイも、心が躍る。
「ねぇ、シンさん」
 ステップと同時に身を寄せて、アオイが耳元で囁いた。
「ん?」
「知ってる? 恋心は伝染する力を持つらしいよ」
 悪戯っぽい笑みを浮かべるアオイに、シンは「そうなんか」と短い返事をした。見惚れていたせいでそんな返事になってしまったことは、胸に秘すことにする。
 頷いて、シンの手を軸にくるりと回ったアオイは、再び体を仮初の夫へと預けた。
「人魚さんの意中の彼の恋心、少しでも刺激できるよう、飛び切り素敵な夫婦を演じようね」
「あぁ……、そうやな。そうしよう。今夜は――世界で一番の夫婦でいよう」
「うん」
 熱を帯びた瞳で笑うアオイの手を、シンは痛くない程度に握りしめる。
 人魚の恋。その話を聞いた時、彼は真っ先にアオイを思い出していた。
 猟兵たちの間で行われたハロウィンイベントの中で、アオイは人魚姫の仮装をしていた。彼女の想い人がもし自分だったのなら、絶対に泡になどさせない。そう強く誓ったことは、今でもはっきりと覚えている。
 だからこそ、人魚の恋を叶えてやりたい。シンの胸中には、その想いが根付いていた。
「叶うかな、人魚さんの恋」
 アオイが言った。ステップを踏みながら、シンは強く、頷く。
「あぁ、絶対叶う。絶対や」
「言い切るね。自信があるんだ?」
「当たり前やろ」
 笑って抱き寄せ、アオイの足運びに合わせて、ダンスホールに揺れる。
 砂浜で踊ったあの時から、全てが始まった自分達。二人が海で踊るのだから、どんなことも、きっと上手くいく。
 ”ひととき”の夫婦を演じながら、それが”永遠”になることを密やかに願う、アオイの想いをも――。
「二人で叶えてみせる。そうやろ?」
「……うん。そうだね」
 指を絡ませ合い、穏やかに流れゆく時の中で、二人は踊る。自然に、緩やかに、柔らかく。
 砂浜に寄せては返す、あの日の波のように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

アリア・モーント
【童話家族】

旅行なのだわ!
せっかくの家族旅行なのよ
豪華客船ならドレスコードはきっちりと
可憐なワンピースにコートを一着
帽子とアクセサリーもいるかしら?
ちょっとヒールのあるおでこ靴はダンスだって出来るのよ

いつもはアナンシパパがエスコートしてくださるのだけど…今日のパパは那由多ママのエスコートなのよ?
だから…ファンお兄さま、ラフィお兄さま?
わたしのことエスコートしてくださいな!

楽しい遊戯室
優雅なティーサロン
どれも魅力的なのだけど
やっぱり女の子ですもの
可愛い乙女の恋患い
意中の殿方のお話を聞いてみたいわ

ママ、パパ!
ふふ…お兄さまたちと楽しいお話をしていたの
パパ、女の子はあっという間に育つのだわ
ね、ママ


ラフィ・シザー
【童話家族】
家族?あぁ、そんな体でいくんだな。
…なんだろうどこかくすぐったい気もするけど嬉しくも思うんだ不思議だな。

豪華客船に家族旅行。を意識して。
ドレスコードをしっかり守ってと。
あぁ、アリアはそのドレスとても似合ってるよ。
ファン兄さんと共に【礼儀作法】でしっかりエスコートするぜ。

可愛い妹は恋する人魚に興味深々だな。
俺は…恋ってよく分からなくて…。
お母様やお父様はご存知ですか?
ふふ、俺じゃあ「恋とはどんなものかしら」と聞くにはいささか似合わないけれど。
アリアが興味があるものは俺も気になるからな。


鳳城・那由多
【童話家族】
ふふふ、家族旅行…になるのかしらね?
みんなで船旅を楽しみましょう
そうね、普段の白いドレスもいいけれど
今日は青系のドレスにしようかしら
パラソルはそのままで行くわ、甲板は日差しが強いでしょうから

あら、私のエスコートはアナンシさんがしてくださるのかしら
それならお言葉に甘えましょう

パーティに参加するのも楽しそうだけれど
みんなで甲板で海を眺めるのも悪くないと思うわ
甲板にいれば、清掃員さんとお会いしてしまうのも必然ですわね
アリアさん達が話しかけにいったら
良さそうなタイミングで話に入っていきましょう
娘たちがお仕事の邪魔をしてごめんなさい、
3人とも優しいお兄さんとお話できて良かったですね♪


アナンシ・メイスフィールド
【童話家族】

燕尾服を着用し船旅を楽しむよ
家族旅行かね
とても素敵な響きだねえ
ならばアリア君の期待通り父親として完璧なエスコートをさせて貰おうと
鳳城君へ左腕を差し出そう
船の上は揺れるからね、倒れては困るだろう?
ふふ、捕まっていてくれ給えよ

甲板にて皆と海を眺めながらもラフィ君とファン君の声を聞けば考え込む様に首を傾げよう
私には最近迄の記憶しかないのでね
恋の記憶もないのだけれど…記憶が戻ったならば教えてあげるのだよとそう笑みを向けようか

甲板の青年に三人が話に行けば鳳城君と見守ろう
アリア君は恋の話が気になるのかな
ふふ、子供達の方が先に知り教えて貰う事にならぬ様早く記憶を戻さなければならないねえ、うんうん


ファン・ダッシュウッド
【童話家族】

家族旅行、ですか
確かに此のメンバーならば
其の方が自然に演じられるでしょうね
……え、演技じゃない?
本当に家族旅行をするんですか、そうですか……(擽ったい

ドレスコードを踏まえつつ
きっちりとスーツを着こなして、タイピンも上品な物を
では……お手をどうぞ、リトルレディ?
ラフィさんと一緒にアリアさんをエスコートしつつ
兄の【演技】をし続けましょうか

清掃員さんのお話を伺う際は念の為、周囲を警戒
恋、とは何とも複雑怪奇なものですね
ラフィさんもですか、僕も良く解りません

切り上げるタイミングを見計らって、
鳳城さんとアナンシさんに視線で合図を送りますね



 客室フロアの一室。ベッドが五つ備え付けられた部屋に、女の子の元気な声が響く。
「旅行なのだわ!」
 ぴょんぴょんと飛び跳ねては赤いツインテールを上下させるアリア・モーント(四片の歌姫・f19358)は、可憐な桃色のワンピースと帽子、綺麗なルビーのペンダントを身に着けて、頬を紅潮させていた。
「なぁアリア、ちょっとはしゃぎすぎだろ。下に音が響くぞ」
「そうですよ。少し静かにしましょう」
 上質なスーツに身を包んだラフィ・シザー(【鋏ウサギ】・f19461)とファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)が、おでこ靴で室内を駆けまわるアリアに半眼を向けた。
 叱られたアリアは、しかし笑顔で振り返る。
「だってだって、せっかくの家族旅行だもの。楽しまなければ損なのよ? 損なのだわ!」
「家族……? あぁ、そんな体でいくんだな」
 船に潜入するために、自然な設定を。そう話し合って出した答えが、この「家族旅行計画」だった。
 それにしたって、家族だなんて言葉がくすぐったい。それにどこか嬉しい気持ちになるのが、ラフィは不思議だった。
「家族旅行。とても素敵な響きだねぇ」
「ふふふ、一家で船旅を楽しみましょう」
 テーブルで紅茶を楽しんでいたアナンシ・メイスフィールド(記憶喪失のーーー・f17900)と鳳城・那由多(傍観察者・f22037)が、の三人を微笑んで見つめる。その姿は、誰がどう見ても家族そのものだ。
 皆の準備ができたと見るや、アナンシが立ち上がり、手を叩いた。
「さぁ、それじゃ船の中を探検しよう。アリア君、はぐれないよう手を繋いでいこうか」
「ダメよ、アナンシパパ! 今日のパパは那由多ママのエスコートなのよ?」
「おおっと、そうだった」
 肩を竦めて笑い、アナンシは那由多に左手を差し出す。
「娘の期待通り、父親として完璧なエスコートをさせてもらおう。受けてくれるかな、鳳城君」
「喜んで、お言葉に甘えましょう。ふふ、楽しいひと時になりそうですわ」
 アナンシの手を取って、左手に愛用の日傘を抱え、那由多は青いドレスを揺らして微笑する。
 夫婦役の二人が部屋の外に出るのに続いて、アリアとラフィ、ファンも続く。兄たちに挟まれて歩いていたアリアは、唐突に頬を膨らませて立ち止まった。
「もう、お兄さまたち!」
「?」
 きょとんとして振り返るファンとラフィに、アリアは両手を差し出す。
「ほら!」
「……どうした?」
「ここに、一人で歩いているレディがいるのよ? エスコートしてくださいな!」
 二人の兄は数秒固まり、互いに目を合わせて、やがて気づいて破顔した。揃って膝をつき、視線をアリアと合わせて、
「あぁ、しっかりエスコートするぜ」
「お手をどうぞ、リトルレディ」
「……うん!」
 満足したらしいアリアは、兄二人の手を取って、先を行くアナンシと那由多を追った。
 船の中をどこへともなく歩きながら、那由多は手を引くアナンシに尋ねた。
「アナンシさん、歩きづらくなくて?」
「問題ないさ。船の上は揺れるからね、倒れては困るだろう?」
「そんなにか弱く見えますかしら、私」
「ふふ、紳士の嗜みさ。捕まっていてくれ給えよ」
 ファンとラフィの年齢を考えれば、二人は若すぎる両親だ。しかしそこに漂う大人の気品が、他の乗客から違和感を拭い去っていく。自然と、船旅を楽しむ家族として完成されていくのだ。
 その様子を見、また体で感じながら、ふとファンが言った。
「家族旅行……。なるほど、此のメンバーならば、その設定を自然に演じられるでしょうね」
「設定? 違うわよ、ファンお兄さま! わたしたちは今、本当の家族旅行をしてるのよ? してるのだわ! ねぇ、ラフィお兄さま?」
 アリアに無邪気に聞かれ、ラフィは「あぁ、まぁそうかな」と曖昧に答えるしかなかった。自信を持って頷くのは、なんだか恥ずかしい。
 それはもちろんファンも同じで、所在なさげに視線を宙に漂わせた。
「本当に家族旅行をするんですか、そうですか……」
「あら、嫌だったかしら?」
 振り返った那由多は、悪戯っぽい笑みを浮かべていた。こちらの気持ちに、気づいているらしい。
 誰もが演技と分かっていながら、本気で家族としての一夜を楽しもうとしている。少々くすぐったかったが、アリアの期待に満ちた目線を向けられてしまうと、ファンはお手上げだった。
「……今夜は、アリアさんの兄として、エスコートに徹しましょう」
「そうしたまえ、ファン君。可愛い末っ子を頼んだよ」
 父親役がよく似合っているアナンシの言葉に、ファンは苦笑を漏らすしかなかった。
 船内の設備は多い。遊戯室やティーサロン、調度品の展示室。童話から飛び出したかのような家族は、アリアが指さすそれらを全て楽しんだ。
 廊下にすら様々な絵画があって、乗客の目を楽しませる。それらを横目に、妹に手を引かれる二人の兄は、父と母を追い越して、デッキに続く廊下を進む。
「アリア、ちょっと待てって!」
「そんなに急いで、どこへ行くんですか」
 ラフィとファンの慌てた声に、アリアは楽し気に振り返る。
「だって私、女の子ですもの! 可愛い乙女の恋患い……意中の殿方のお話を聞いてみたいわ! いいでしょ、パパ、ママ」
 聞かれたアナンシと那由多は、一瞬二人で目を合わせ、笑顔で頷いた。
「あぁ、いいとも」
「寒いかもしれないから、コートを着るんですよ、アリア」
「分かってるわ!」
 那由多が持っていてくれた赤いコートを受け取って、アリアはそれをもこもこと着込んだ。再びファンとラフィの手を引き、今度は歩調を合わせて甲板へ向かう。
 一歩外に出ると、アナンシが想像していた通り、寒風が吹いていた。空には満天の星が輝いていて、ファンたち三人の子供役は、それぞれに感嘆の声を上げる。
 一方で、那由多はわずかに肩を落とした。
「あら……日傘、使えませんわね」
「持とうか、鳳城君」
「いいえ。大丈夫」
 アナンシの厚意を丁寧に断り、那由多は甲板ではしゃぐ娘とその手を放さない息子二人を見守る。
 アリアたち三人は、デッキのそこら中にいる猟兵たちの目を気にせず、パーティー会場から漏れ出るワルツに合わせてステップを踏む。
 おでこ靴の軽快な音と笑い声が、大海原の夜空に広がっていく。それはあまりにも、平和で穏やかな時間だった。
 ふと、アリアが足を止めた。甲板の一角を指さす。
「お兄さま、あの人じゃないかしら?」
 示された方向を見ると、茶色い短髪の青年がいた。この寒い中、水で濡らした布を使って、手すりを磨いている。
「たぶんそうだろうな。仲間が話してる人と、特徴同じだし」
 答えたラフィに何度も頷いて、アリアは「話をしにいきましょう」と弾むような声で言い、走り出した。
 慌てて追いかけるラフィとファン。だが、その顔は笑っていた。
「可愛い妹は、恋する人魚に興味深々だな」
「えぇ、まったく」
 ようやく追いつくと、アリアはすでに青年に声をかけていた。
「こんばんは! 寒いのに、大変ね」
「やぁ、こんばんは。大丈夫さ、このくらいなら慣れているから」
 そうは言うものの、青年の手は赤く冷え切っていた。彼は「今日はよく話しかけられるな」などと呟きながら、手すりに寄りかかる。
「家族で船旅かい?」
「えぇ。とってもとっても楽しみにしていた、家族旅行なのだわ!」
「それはいいね。ええと、そちらのお二人は、お兄さん?」
 問われて、ファンとラフィは揃って頷いた。
「はい。僕はファンといいます」
「ラフィだ。よろしくな」
「俺はアーサー。お嬢さんは?」
 待ってましたとばかりに、アリアは優雅に一礼してみせた。
「アリアよ! アーサーは、いつも甲板にいるのかしら?」
「ここの担当だからね。大体ここで掃除しているよ」
「広いですよね、この甲板。何時間もかかるのでは?」
 念のため周囲の警戒をしつつ、ファン。一人で清掃しているわけではないだろうが、それにしたって、デッキには掃除するべき場所が多すぎる。
 しかしアーサーは、相棒だろう使い込まれたデッキブラシを手に、笑って首を頷いてみせた。
「まぁね、時間はかかるよ。でも嫌じゃない。楽しんでやっているさ」
「すぐそこでパーティーをしてるんだぜ。辛かったりしないのか?」
 ましてや豪華絢爛な客船の宴だ。普通なら垂涎ものだが、ラフィの問いにアーサーは首を横に振った。
「あそこは俺には似合わない。そう思うだろ?」
「あー……」
 正直に頷きかけたラフィに、ファンが肩を叩く。失言をしかけていたことに気づき、ラフィはファンに視線で礼を言った。
 自嘲気味なアーサーの言葉に、何か思うところがあったのか、アリアが詰め寄る。
「アーサーは素敵よ。そりゃ確かに見た目はちょっと地味だけど、優しいし、とっても紳士的なのだわ!」
「はは、どうも。まぁ、ああいう場所があんまり好きじゃないっていうのもあるけどね。金持ちでもないし」
 それは、彼の顔を見るに事実であるらしい。まだ何か言いたげなアリアは、ラフィに手を引かれたことでやめた。
 その後もいくつかの雑談をし、そのたびに兄妹の楽し気なやり取りが展開され、アーサーは目を細めてその様子を見つめていた。
 ややあって、茶髪の青年は小さく零すように、呟く。
「俺も――家族に会いたいな」
「ご家族は、どちらに?」
 ファンに聞かれて、アーサーは小さく「アメリカ」とだけ答えた。
 曰く、もう長いこと帰っていないそうだ。貧しい家庭には兄弟がおり、彼の仕送りでなんとか暮らしているとか。
 なかなか苦労しているらしい。自身も家族を演じているからか、ラフィはふと、青年の家族に興味を持った。
「アーサーは、何人兄弟なんだ?」
「六人だよ。俺が長男で、妹が二人に、弟が三人」
「大家族ですね」
 驚くファンに頷いて、アーサーはふと、アリアを見た。
「ちょうど一番下の妹が、アリアちゃんと同じくらいの年かな」
「まぁ、そうなの? うふふ、なんだか嬉しいわ」
 にこやかに手を叩く赤髪の少女に、兄たちが頬を緩める。
 すっかり話し込んでしまった。ファンは後方で見守るアナンシと那由多に、目で合図を送る。
 二人はゆっくりとこちらに歩み寄り、それに気づいたアリアが、パッと顔を輝かせた。
「ママ、パパ!」
「アリアさん、ずいぶんとご機嫌ね」
 那由多に聞かれ、アリアはにこやかに頷いた。
「ふふ、お兄さまたちと楽しいお話をしていたの」
 那由多とアナンシに飛びついて、アリアは二人の手を、アーサーのもとへと引っ張った。
 少々緊張気味の青年と目が合い、まずアナンシから、アーサーに一礼する。
「ごきげんよう。うちの子が世話になっているようだね」
「娘たちがお仕事の邪魔をして、ごめんなさい」
「ご両親ですか。いえ、そんな」
 急にかしこまって頭を下げるアーサー。那由多はクスクスと笑って「緊張なさらないで」と柔和に言った。
 顔を上げた件の青年を見て、アナンシが納得したように頷く。
「なるほど……いい目だ」
「は、はぁ」
「家内の言う通り、仕事を滞らせてしまったことを詫びたいのだよ。何か、礼をさせてもらいたいのだが」
 アナンシの申し出に、アーサーはしかし、再び頭を下げた。
「いえ、受け取れません」
「船員の就労規約、かい?」
「それもありますが、俺自身も、楽しかったからです。お互いにいい時間を共有できたのに、俺だけお礼を受け取るっていうのは、違うと思うので」
 毅然とした態度だった。少々頭が固いきらいもあるが、好青年と言えるだろう。
 そういうことならと、アナンシは素直に引き下がった。それを見た那由多が、まだ何か聞きた気なアリアの頭を撫でる。
「さぁ、アリアさん。そろそろ行きますわよ」
「はぁい。アーサー、また会いましょうね!」
 兄二人に手を引かれて、その場を後にする。人魚が恋する青年は、童話家族が見えなくなるまで、手を振り続けてくれた。
 船首の方に向かい、五人で漆黒の海と星空を眺めていると、那由多が言った。
「三人とも、優しいお兄さんとお話できて良かったですね」
「確かに良い奴だった。友達になれてよかったって思うけど……」
 ラフィが、口ごもる。彼が気にしているのは、今回の仕事についてだ。
 例の人魚は、アーサーが好きなのだという。それは恋愛感情と呼ばれるもので、ラフィやファンが思う青年への好意とは、全く違うものであるらしい。
 それが、ピンと来なかった。調査も兼ねて接触したのに、肝心なことが見えていない気がした。
「人魚はアーサーに恋をしているんだよな。俺は……恋ってよく分からなくて」
「ラフィさんもですか。実は、僕もでして」
 ラフィとファンが、揃って首を傾げている。その様子がおかしかったのか、アリアは二人を見上げてクスクスとわらった。
 しかし、ラフィは真剣である。アリアが興味を持つものを知りたいという想いもあった。
「……お母様やお父様は、ご存知ですか?」
 兄弟の問いに同調して、ファンも那由多とアナンシを見た。アリアまでもが、どんな答えを言うのだろうという興味を表情に浮かべて、二人を見つめる。
 那由多は答えず、アナンシに目配せした。その瞳には明らかにからかうような色があって、アナンシはバツが悪そうな顔をしつつ、顎に手を当てて唸った。
「そう――だな。もしかしたら、私も経験していたのかもしれないが……何分、最近までの記憶しかないのでね」
「あら、私にはときめきませんの?」
 腕を絡めて微笑む那由多に、アナンシは「さてね」と苦笑した。
「いつか記憶が戻った時、私の過去に恋愛があったのならば――その時は、キミたちに教えてあげるのだよ」
「あまりゆっくりしていると、子供たちに先を越されてしまうかも、しれませんわね」
 ラフィとファン、アリアを順に見まわして、那由多が言った。彼女は言外に、人はいつか恋を経験するものだと、そう語っていた。
 それが伝わったのかどうか。ファンは神妙な顔をして頷き、アリアは笑い、ラフィはいまいち納得がいかないという顔で後頭部を掻いていた。
 兄の手を放して、アリアはアナンシの足元に立った。ニコニコとしながら父の顔を見上げ、
「パパ、女の子はあっという間に育つのだわ。ね、ママ」
「えぇ、その通りですわ。アリアさんが、誰よりも先に恋をしてしまうかも」
「……ふふ、そうだね。子供達の方が先に恋を知り、私が教えて貰う事にならぬ様、早く記憶を戻さなければならないねえ。うんうん」
 微笑ましく頷きながら、アナンシはふと考える。
 いつか来る、彼らが恋し愛される未来。成長した彼らは、今宵のように、自分を父と慕ってくれるのだろうか――。
「……そうあって欲しいねぇ」
「お父様?」
 ファンに顔を覗かれ、過去を失いし神は、かぶりを振った。
「いや、何でもないのだよ。さて、次はどこに行きたい?」
「俺、腹が減ったなぁ」
「わたしは踊りたいわ!」
「なら、パーティー会場ですね。ってアリア、あまり急がないでください」
 手を取り合って廊下を小走りに駆けていく、その後ろ姿が愛おしくて、那由多はつい、呟く。
「私たちが本当の家族――血縁だったなら、もっと幸せなのでしょうね」
「どうかねぇ。私は今のままでも、十分に幸福を噛みしめているけれども、ね」
「……それは、私たちを本当に家族だと思ってくれていると、そう受け取ってもいいのかしら?」
「さてね、任せるよ。さぁレディ、愛する子らを追おうじゃないか」
 おどけたように言って、アナンシが那由多の手を取った。
 パーティー会場から洩れる光が、二人を包み込む。愛しい三人の子らの声が、聞こえる。

 煌めく客船は、人々のあらゆる想いを乗せて、星の光が降り注ぐ絶海を、ゆったりと漂っていく。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 集団戦 『腐屍海の百人姉妹』

POW   :    神歌:永劫の夢に微睡む貴方へ
【深海に眠る大海魔】の霊を召喚する。これは【無数の触手】や【神経系を破壊する怪光線】で攻撃する能力を持つ。
SPD   :    召歌:黒骨のサーペント
自身の身長の2倍の【骸骨海竜】を召喚し騎乗する。互いの戦闘力を強化し、生命力を共有する。
WIZ   :    戦歌:インフェルノウォークライ
【召喚した怪物の群れによる一斉攻撃】を発動する。超高速連続攻撃が可能だが、回避されても中止できない。
👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターページにボーナスについての記載があります。

 宴の終わりを知らせる鐘が、夜の海に広がっていく。それが、合図だった。
 食事の時だ。神様への感謝を歌いながら、姉妹たちが泳ぎ出す。
 私はその中にありながら、思いのかけらも籠もっていない歌を口ずさみ、その時を待つ。
 まだ。まだだ。もっと船に近づいて、姉や妹がご馳走に目を眩ませたら――。
 明かりが、もうすぐそばに。いよいよだ。やっと、彼に会える。彼を助けられる。
 そう思った私は、やっぱり未熟だった。未熟で不完全だから、気づけなかった。
 あの人に会える喜びに酔いしれるあまりに、私自身が歌を止めていたことに。
 全ての姉妹が、海中に没した異物を見る目で私を睨んでいることに。
 彼女たちの口が、そこに渦巻く神様の力が、私に向けられていることに。
 その瞬間、私は暗い海を死ぬ気で泳いでいた。船に向かって、彼に向かって。
 姉妹の歌が海中に響く。悍ましい神様の力が、私へと放たれる。
 死ねない。私は、私の大切な恋心は、こんなところで死なせやしない。
 あの人を守る力が欲しい。もう姉妹も神様も頼れないけれど、どうか、どうか。
 海面に輝く客船の光に向けて、私は祈る。
 誰だっていい。誰か、どうか――。

 私に、力を。
セルマ・エンフィールド
船上から【氷の狙撃手】で敵を狙います。

【氷の狙撃手】の射程は約4km、スコープの『視力』補助とナイトビジョンの『暗視』機能があればここからでも夜の海は射程内、揺れる船の上、海風もある中の狙撃ですが、『スナイパー』の技巧で撃ち抜きます。

さすがに海中深くは狙えませんし、こちらに来る彼女にできるだけ海面近くを泳ぐようにお願いしましょうか。先に彼女を狙う敵を撃ち抜いておけばきっと信じてくれるでしょう。

敵が骸骨海竜を召喚してもやることは変わりません。大きくなった的を狙い、氷の狙撃手でこちらに向かう彼女の『援護射撃』を。
一撃で仕留めきれずとも、凍結させて足止めすれば危機を脱する『時間稼ぎ』は可能でしょう。



 猟兵は敵の接近を知り、すでに戦闘態勢に入っている。だが、民間人はまだ、危険が近づいていることを知らない。
 そのように仕向けたのだから、致し方ないことだ。ブリッジ上部の通信用アンテナ付近で狙撃の構えを取り、セルマ・エンフィールド(絶対零度の射手・f06556)は、集中に静まる精神の片隅で、そう考えた。
 彼女が覗くスコープの先には、漆黒の海面を疾走る巨大な魚影があった。
 否、それは魚ではない。体躯を骨で作り上げた、海竜だ。宵闇の漆黒の飛沫を上げ、穏やかだった海をざわめかせている。
 何体もの骸骨海竜に追われるように、一筋の線がこちらへ向かっているのも見える。あれが、UDC-Pだろう。
「……」
 視神経を研ぎ澄まし、距離を目測する。おおよそ三キロ強といったところか。
 セルマの射程圏内だ。引き金に人差し指を添え、射撃体勢を整える。
 この一射。それが合図となり、組織が用意したカバーストーリ―「クジラ群の異常行動」が発動し、人々が避難を開始する。
 青年は、今も甲板にいた。もう仕事は終わっているだろうに、熱心に見回りをしているらしい。
 世界の裏側で行なわれている戦いに巻き込むことに、申し訳ない思いはある。それでもセルマに躊躇うつもりはなかった。
 一瞬、人魚が顔を出す。桃色の髪の、美しい少女だった。確認は刹那、人魚少女の背後で海面を跳ねた海竜へと、瞬時に照準を合わせる。
 発砲。戦いの始まりを告げる音とともに放たれた弾丸が、大気をも凍てつかせる冷気を帯びて、夜を飛翔した。
 音にやや遅れて、海竜が大きくのけ反り、凍てついた。セルマは氷像と化した海竜の口内に、UDC-Pの少女とよく似た人魚を認めた。
「……搭乗している? それとも、鎧のような――」
 思案しかけて、止めた。考えたところで、凍らせてしまえば同じことだ。
 逃げる人魚は、突如起こった謎の変化に戸惑いつつも、船へ向かっての泳ぎを止めない。スコープの向こうにいる彼女は、決死の形相だった。
 船に警報が鳴り響き、船内から緊急放送とわずかの悲鳴、ボーイたちが客をなだめる声が飛び交う。それらの音を、セルマは一呼吸で耳から締め出した。
 次弾を装填、構える。船の揺れ、夜空に吹く風、温度、湿度。それら全てが、セルマの中で融合していく。
「……潜らないでくださいね」
 放たれた、二射目。同時に、仲間たちが人魚の救出と敵の撃破に乗り出した。
 裏切りの妹を呑み込まんとして大口を開けた海竜が、その内部から凍てつく。物言わぬ氷塊となった姉が沈むさまを振り返り、しかし恋する人魚は止まらない。
 海竜に距離を詰められつつある人魚少女は、船の光を頼ってか、あるいは恋する青年――アーサー・ウッドソンを視界に入れたいがためか、海面から深く潜ろうとしなかった。
 それが、セルマにはありがたかった。彼女の姉妹や姉妹たちが纏う骸骨の海竜もまた、海面を走ってくれるからだ。
 三発目の弾丸が、海面を疾走する。UDC-Pのすぐ背後に迫っていた黒髪の人魚が、頭部への着弾と同時にその上半身を凍てつかせ、海中に没した。
「……今日は冷気のノリがいいですね」
 冬の海が力を貸してくれているのか、人魚少女の気迫が共鳴しているのか。なんにしても、ありがたい限りだ。
 弾丸を込めつつ愛銃を撫で、セルマは素早く構えてスコープに目を当てた。海を走るいくつもの波紋が目に入る。
 船を必死に目指す人魚はやはり余裕がなさそうだったが、その目に希望が宿っている。どうやら、氷の弾丸が自分を助けてくれていると気づいたらしい。
 UDC、すなわちオブリビオンを救おうとしている自分に少々の違和感を覚えつつ、それが決して悪いことではないと感じながら、トリガーに指をかける。
 彼女を救うことは、世界の大局からすれば一粒の水泡にも等しい些事かもしれない。しかしそれでも、セルマはそこに希望の光がある気がした。
 この世界にも、彼女にも、アーサー青年にも。そして、オブリビオンと戦う運命にある、セルマ自身にも。
 小さなその火を消させないために、セルマは冷たい引き金を、力強く引く。
「こちらです。迷わないで――」
 海風に消されるような声を、弾丸に込めて。

大成功 🔵​🔵​🔵​

エーカ・ライスフェルト
私とは違って真っ直ぐに真剣な子を見ると、老婆心みたいものを感じてしまうわ
「そういうときは、助けてと言えば良いの。すぐに来るとは限らないけど、世の中にはお節介が沢山いるのよ?」
ほんとにねー、私を含めて沢山いるし、沢山来るわよ

というわけで【理力全開】を使って【念動力】を全開にして参戦よ
敵が【戦歌】を使うまでは走る程度の速度で飛んでるけど、【戦歌】を使い始めたタイミングで最大速度にして躱すのを目指す
後は、周囲の海水ごと人魚さんを【念動力】で【彼】に近づけるよう運んだり、甲板の手すりを引きちぎって敵にぶつけたりしたいわ
「妹さんを見習うならサポートしてあげるけど……無用のようね。ならばここで沈みなさい」


ウーナ・グノーメ
WIZ判定。他猟兵様への絡みやアドリブ大歓迎。

「100人も居れば、一人ぐらい異端が居て当たり前。あまりにも余裕がなさすぎる」

「あなたがたが居ていい海は、大海ではなく骸の海。速やかにお引き取り願う」

戦闘なのでわたしも真剣。口調も変化。
ユーベルコードで150を超える鋭利な石柱を空中に生成し、襲い来る怪物や人魚に向けて制圧射撃を行い、それを盾に海に飛び込む。

その際には【オーラ防御】によって海水をガードし、まるで泡に包まれたかのように水中へ。
そして海中の人魚に向けて【衝撃波】。

水中で発生する衝撃波は、「バブルパルス」と呼ばれる現象を引き起こす。
破壊的な流動を発生させるその現象で、人魚たちを打ち据える。



 分かってはいたことだが、実際にこの目で見てみると、渋面を浮かべたい気持ちになるものだ。
 海中で繰り広げられる逃走劇を見て、ウーナ・グノーメ(砂礫の妖精・f22960)はわずかに眉を寄せた。
「敵意が過ぎるのです。これでは彼女に交渉の予知もないのです」
「まったくだわ。オブリビオンでも人型だし、せめて幼児並みの知識があればと期待したけれど……」
 海風に揺れる桃色のロングヘア―を抑えて、エーカ・ライスフェルト(ウィザード・f06511)が呆れ顔でため息をついた。
「これじゃ、獣と同じね」
「動物の方が、ずっと仲間想いなのです。動物は賢いのです」
 一瞬見せた素の声音を消して、ウーナがわずかに唇を尖らせる。その様子に、エーカは肩を竦めた。
「あら、失礼」
「ここで雑談している暇はないのです。エーカ、準備は?」
「いつでも」
「では、始めよう」
 突然落ち着いた声音になったウーナは、その表情すら淡々と、しかし強烈な念動力を辺りに散らしながら、砂塵を纏って海面を飛んだ。
 同じ能力を得手とする妖精に、エーカは「へぇ」と笑みを浮かべる。
「ウーナさん、なかなか分かってるじゃない。それじゃ、私も」
 寒風吹き荒れる甲板で、エーカはコートを脱ぎ捨てた。冷たい風はしかし、その身に纏う退廃的なドレスと、全身から迸るフォースオーラによって防がれる。
 ウーナの後を追うように飛翔したエーカは、小さな大地の精が目指す先に、自身によく似たピンクの髪を見た。
「あの子ね」
 死に物狂いで逃げている人魚少女は、時折背後を振り返っていた。彼女の後ろには、幾本もの白い潮の筋があった。
 全て、彼女の姉妹たちだ。その目は見開かれ、口は大きく開けられ、UDC-Pと比べるといかにも化け物の形相をしていた。
「なるほど、確かに彼女は異端だ」
 空中で制止したウーナは、人魚の群れの中でただ一人、人の心を思わせる表情を浮かべるUDC-Pを見て頷いた。
 だが、異端であることが異常であるとは、思わない。
「百人も居れば、一人ぐらい異端が居て当たり前。あまりにも余裕がなさすぎる」
「その異端が進化の歴史を築いてきたことにも気づかない。だから過去に縛られ続けるのよ」
 気づけば隣に並んでいたエーカが、その身に念動力を滾らせる。視線は一点、敵オブリビオンの群れに向けられていた。
 ウーナが片手を上げる。彼女が宿す大地の力が、空中に砂を呼び寄せる。砂塵は集って岩となり、ややあって百五十本もの巨大な柱を形成させた。
 幾本も出現した砂岩の柱に、エーカが口笛を吹く。
「すごいじゃない。それ、水に触ったら解けたりする?」
「そんなに柔ではない。私の砂は海底にも突き刺さる」
「へぇ。試してみても?」
「好きに使うといい」
 ならば、遠慮なく。エーカは片手を上げて、ウーナが作り出した槍状の砂岩を四十本、念動力で高く持ち上げた。
 ウーナもまた、両手を振り上げ、五十の岩柱を一斉に操った。砂の槍が、海面を走る人魚たちに穂先を向ける。
 そして同時に、掲げた腕を振り下ろす。
 計九十本もの岩柱が海面に激突し、凄まじい水飛沫を上げる。その白い飛沫に赤が含まれているのを、二人は確かに認めた。
 声にならない声を、人魚の群れが上げる。絶命の間際に上げた人魚の絶叫は、海面に無数の異形を呼んだ。
 名状しがたい怪物だった。粘液質で頑強そうな、言葉で説明し辛い冒涜的なその化け物は、直視していると、気が狂ってしまいそうだ。
 だが、エーカとウーナは人魚が呼んだ化け物に一瞥をくれて、速やかに作戦を練る。
「アレは私が引き受けるわ」
「ならば、わたしは海中へ」
 それで全てが決まった。
 残り六十の砂岩柱を、ウーナが海中に投じる。UDC-Pのすぐ背後に突き立った柱が、敵と少女を分断した。
 柱を盾に、大地の妖精が海の中へ飛び込んだ。刹那、海面に顔を出した人魚どもが、一人空に残されたエーカに向かって、口を開ける。
 悍ましい力が、解き放たれる。現れた翼の生えた異形に、エーカは鼻を鳴らした。
「あなたたちの行動理念は何? 裏切りへの制裁? それとも、妹への嫉妬かしら」
 右手を軽く捻る。念動力が、船の甲板からへし折ってきた手すりを引き寄せる。
「妹さんを見習うならサポートしてあげるけど……無用のようね。ならばここで沈みなさい」
 敵を喰らわんとする怪物の群れに、その掌を向ける。エーカがわずかに空を撫でた刹那、手すりが膂力では到底不可能な力でもって、異形どもを殴り飛ばした。
 放たれた異形は、同胞が討ち倒されても止まらない。だがエーカは臆することなく、念動力そのもので敵を海面に叩き堕としていく。
 召喚した人魚が、海中に潜った。エーカを手に負えないと判断し、UDC-Pへの障害たるウーナに狙いを定めたのだろう。
 だが、ウーナは連中を待っていた。
 淡い黄色のオーラが泡のように彼女の身を包み込み、漆黒の海中に在りながら、妖精は神秘的な輝きを湛えていた。
 目を見開いてこちらを睨む人魚たちを、敵に比べればいかにも小さい体に余裕を滲ませ、ウーナは淡々と言った。
「あなたがたが居ていい海は、大海ではなく骸の海」
 両掌を、前に突き出す。反応した敵人魚が一斉に口を開け、悍ましい歌を歌わんと力を溜め始めた。
 それを待ってやる必要など、ない。海中に向かって、念動力を解き放つ。
「速やかに、お引き取り願う」
 放出された念動力が衝撃波と化し、空洞現象によってさらにバブルへと姿を変える。
 海中に発生した無数の泡は、バブルパレス――膨張と収縮を繰り返し、膨大な力を蓄えていく。
 自然の力によって生まれ出ずるその力の強さを、世界の敵たる人魚たちは知らない。気泡の壁の向こうにいるウーナへと、突っ込んでくる。
 何十もの人魚たちが口を大きく開き、、邪神の力を以て悍ましい化け物たちを放とうとした、その刹那。
 泡が、弾けた。
 海中がどす黒い赤に染まる。砕けた気泡から爆発的に展開された自然力によって人魚の体が砕け、千切れ、崩壊していく。
 水中で発生した爆発は、オーラに包まれるウーナを迂回するかのように四方へと散り、やがて海面を隆起させ、巨大な水柱を宵闇に打ち上げた。
 水中爆発に、UDC-Pが悲鳴を上げた。その声が力となって、海中に複雑な波紋を形成する。その様子を認めたエーカが、念動力で化け物どもを叩き潰しながら人魚へと接近、念動力で海水ごと彼女を救い上げた。
 引き寄せて、問う。
「あなた、言葉は?」
「……!」
 こちらを味方と判断しているらしい人魚は、口を押えて首を横に振った。訝し気に眉を寄せ、しかしエーカはすぐに理解する。
 話せないのだ。彼女は己の声が危険であることを、熟知している。
「あぁ、なるほどね。お気遣いどうも。だけどね、そういうときは、助けてと言えば良いの」
 召喚された化け物が念動力で迎撃される様子を見て絶句する人魚へと、エーカは微笑を浮かべた。
「悪いけど、あなた程度の力じゃ私たちは死にはしない。それに、すぐに来るとは限らないけど、世の中にはお節介が沢山いるのよ?」
 今、海面や海中、船の上で戦う仲間たち。どの世界でもお節介焼きで、時には面倒だと感じるほどに優しく、そして、頼もしい。
 自分もまたその一人であることを感じ、つい面白くなりながら、エーカは少女を離れた海面へと放る。
「私を含めて沢山いるし、沢山来るわよ。だから信じて、死ぬ気で生きなさい」
 海に飛び込む刹那、人魚が頷いたのを見て、エーカは満足そうに笑い、突如真下から跳ね上がった水柱に飲み込まれた。
 爆ぜた水面から飛び出すように空へと戻ったウーナは、血染めの海に浮かぶ人魚の死体に目を落とす。仲間が一瞬で肉塊へと変わったことで、UDC-Pを追う群れの動きが、止まった。
「自然を味方につければ、邪神の力などに頼らずとも、こう言ったこともできる。来世まで、覚えていられるといいな」
 静かに呟く。その背後から、やる気の感じられない拍手が聞こえた。
 振り返ると、ずぶ濡れになったエーカがいた。バブルパレスによる水面の爆発に巻き込まれた彼女は、拍手とは裏腹に半眼をウーナへと向けていた。
「大したものね、妖精さん」
「わたしの領域は土だから、多少の不安はあった。でも、うまくいったようだ」
「私の犠牲を除けばね」
 冗談交じりに――多少の本気も交えつつ――エーカが鼻を鳴らす。ウーナはさして興味無さそうに、その目を再び海に向けた。
 恋する桃色の人魚は、今も船に向かって進み続けている。海中にはまだ多くの姉妹がおり、全方位から彼女を抹殺せんと迫っている。
 エーカが濡れた髪と服の水分を、魔力の炎で消し飛ばす。それを戦闘可能の合図と見たウーナは、再び上空に無数の砂岩の柱を作り出した。
「続けよう」
「えぇ、長い夜になりそうね」
 空から海へと、極大の槍が突き刺さる。宵闇に飛ぶ水飛沫の白に、血の赤が混じる。
 二人の念動力が、空を、海を、呑み込んでいく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

唐草・魅華音
オブリビオンが攻撃的意志を無くし、未来を作り上げる……その可能性があるのかどうか見るために、この任務を果たしましょう。

UDC-Pが船へ近づく道のりを支援しつつ敵を退けます。
ドローンを飛ばして敵集団の状況を【情報収集】、【戦闘知識】からUDC-Pを見分けます。
そして『バトル・インテリジェンス』を発動させ、間近で追いかけてくる敵から銃で【制圧射撃】。UDC-Pと敵との距離を稼いだら『豆の木マメット』で骸骨海竜の体に絡めつけての【ロープワーク】で銃の射撃をしながら敵に接近、骸骨海竜を刀で【なぎ払い】したり姉妹を【呪殺弾】を込めた銃で撃ちぬいたりとしながら敵の数を減らすよう試みます。

アドリブ・共闘OK



 黒く暗い夜の海を、高速で泳ぐ影。先行する一体を追い込むように、百以上の魚影が移動している。
 まるで、狩りだ。海上を飛ぶドローンから送られてくる映像に、唐草・魅華音(戦場の咲き響く華・f03360)は眉を寄せた。
 しかし、この映像は、新たな世界の可能性を示していた。
「オブリビオンが攻撃的意志を無くし、未来を作り上げる……」
 過去から染み出し今を喰らいつくす化け物。そのオブリビオンが、未来への方向性を示している。猟兵としては違和感を覚えざるを得ない。
 だがもし、本当にそうであるならば。世界は、違った明日を迎えることになるかもしれないのだ。
「それを確かめるためにも、この任務――果たしましょう」
 空へと左手を伸ばした魅華音の袖から、蔓が飛び出す。意志を持つかの如く、蔓――どこまでも伸びる愉快な豆の木は、主が見つめるドローンへとその身を伸ばした。
 AI搭載型戦術ドローンが、豆の木と接触する。絡みつく蔓に応えるようにエンジンを加速させた。
 魅華音が愛銃を右手に、巻き取るが如く縮まった蔓に引かれて、空を飛ぶ。
 眼下に広がる黒い海から、幾人もの人魚が顔を出した。皆一様に目を見開いて、魅華音を見据えている。
 躊躇わず、引き金を引いた。連続した発砲音が水面に銃弾を突き刺し、ばら撒かれた弾丸は邪神の御使いたちを穿ち、海中に沈めていく。
 人魚が口を開けた。一斉に響いた歌とともに、彼女らの体が巨大な骸骨の海竜に飲み込まれる。
 海竜の骨に乗り込んだが如き敵に、魅華音は躊躇いなく蔓を回収、即座に豆の木の尖端を海竜の頭骨に奔らせた。
 空洞である両の目に絡みついた蔓が、少女の体を引き寄せる。人魚たちにとって、敵が向こうから近寄ってくることは予想外だったのだろう。反応が、明らかに遅れていた。
 恐竜の頭にも見える骨に足をつけ、その中で海竜を繰るために歌う敵人魚を、上から見据える。銃口は、もう人魚の脳天に向けられていた。
「――!」
 人魚が何かを叫ぼうとした刹那、魅華音はトリガーを引いた。三発の銃弾が連続で放たれ、その全てを頭部に命中させる。
 真後ろから迫っていた海竜へと、豆の木を伸ばす。絡みついた蔓によって海上に跳んだ刹那、足をつけていた骸骨海竜は人魚とともに海中へ没した。
 空中で銃から刀へと得物を切り替えつつ、魅華音はUDC-Pを探す。船へと向かおうにも、姉妹たちに阻まれている様子だった。
「やはり、数を減らさなければいけませんね」
 こちらに狙いを定めている者だけでも、確実に排除を。切り替えて、牙を剥いてきた海竜の骸骨に一閃、その頭骨を横一文字に切り開く。
 中には、やはり人魚がいた。躊躇いなく刀を振り抜き、その首を跳ね飛ばす。主を失って沈み始めた海竜の骨から脱し、ドローンに蔓を巻き付けて空中へ。
 戦術ドローンに引っ張られて空を飛びながら、魅華音は愛刀「唐獅子牡丹」を一振り、刀身の血を払う。
 その眼下で、幾人もの人魚が旋回している。誰もがこちらを見上げ、口を開けて悍ましい力を溜め込んでいた。
 どうやら、猟兵を裏切り者殺しの障害から、間違いのない敵へと認識を改めたらしい。これから攻撃が苛烈になるだろうことを、魅華音は感じた。
「……そちらの方が分かりやすいわ」
 咆哮の如き歌声が、魅華音を包み込む。海を割って現れた海竜の骸骨が、歌に乗って牙を剥き、海面を飛んだ。
 蔓を回収、自由落下の力を得ながら、刀を振り上げ、一閃。骨が砕け、人魚が斬り裂かれ、悲鳴が上がる。
 巨大な海竜の頭骨から頭骨へと飛び移りながら、魅華音は粛々と敵を討ち倒していく。
 いつか来るかもしれない、新たな光を見つけた未来。その可能性への期待を、刃と弾丸に込めて。

成功 🔵​🔵​🔴​

雛菊・璃奈
その子はやらせはしないよ…!

ラン達には船でアーサーの護衛をお願い…。
夜の海なので【暗視】を使用し、自身は【九尾化・魔剣の巫女媛】で飛行し、海面へ出て防御呪術【呪詛、オーラ防御、高速詠唱】を張り、人魚の子を守るよ…。

敵が召喚する怪物の群れを【九尾化】により無限の魔剣を顕現からの一斉掃射と強化した黒桜による呪力解放【呪詛、衝撃波、なぎ払い、早業】で一掃…。

海中に隠れた敵や敵本体を探知呪術【高速詠唱、呪術、情報収集、全力魔法】で敵の位置を探知…。
【第六感】も併用して敵の位置を見定め、空中から魔剣の連射や全速力で海へ飛び込んで一気に一突きにして海上に飛び出すを繰り返して倒すよ…。

絶対に守ってみせる…!



 星の輝きに、妖狐の九尾が揺れる。
 足元の海面が渦巻くほどの呪力を身に纏い、雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)は銀の瞳を宵闇に光らせた。
 右手を上げる。同時に、あらゆる魔剣が空中に召喚された。
 視線の先にいるのは、UDC-Pと呼ばれる、今なお名前も分からない人魚の少女。そして彼女をしつこく追いかける、無数の姉妹たちだ。
 今も甲板でアーサーについてくれているだろうメイドのランたちが、脳裏を過ぎる。かつては世界の敵だったこともある彼女たちは、今や璃奈にとってかけがえのない家族だ。
 未来へと生きる道を選んだランたちと、UDC-Pの少女が、璃奈の中で重なる。戦う理由に、それ以上のものがあろうか。
「その子を……やらせはしないよ……!」
 圧倒的な呪力が付与された魔剣たちが、振り下ろされた腕を合図に海面へと突き進む。
 人魚たちが一斉に顔を出した。全員がこちらを向いて、口を大きく開け、邪悪な歌を絶唱する。
 歌の波動とともに口から放たれた、名状しがた化け物たち。常人ならば見るだけで正気を失いかねない怪物を、璃奈の魔剣が穿ち、斬り払い、なおも直進し、大本の人魚を叩き斬る。
 敵の猛進は止まらない。全方位から再度召喚された化け物が、璃奈に襲い掛かった。
 そちらに無感動な一瞥をくれつつ、薙刀めいた呪槍「黒桜」を喚び、右手に握った。呪力が伝播し、桜の花びらに似た呪いが舞い飛び、宵闇にあってなお黒く輝く。
 黒桜一閃、銀の尾から迸る呪力が刃にさらなる力を与え、斬線から放たれた凄まじい衝撃波が、嵐の如く吹き荒れる。
 衝撃波に巻き込まれた怪物たちが、その身を斬り裂かれ、砕かれて死に、ボタボタと汚い音を立てて海へと落ちていく。
 召喚した化け物の悉くを失った人魚たちが、海中に潜った。逃げたのではなく、潜行してUDC-Pを追うつもりなのだろう。
「させない……!」
 百を超える魔剣を召喚、それらを海中へ向かわせると同時に、自身も飛び込む。
 魔剣たちが人魚を斬り裂く中、璃奈も青髪の人魚――殺意の眼光だけが感情だった――の背を黒桜の刃で突き刺し、心臓を穿った手応えを感じた瞬間に海上へ跳び上がる。
 全身ずぶ濡れになりながらも、璃奈の瞳に寒さや暗闇への恐怖ない。再び海中へ飛び込み、突き殺して、空へ。
 璃奈はにわかに振り返った。UDC-Pの少女はだいぶ船に近づいたが、その手はまだアーサーに届いていない。
 アーサーは、彼女を受け入れるだろうか。ふと心配になったが、璃奈には信じることしかできない。
「きっと大丈夫……」
 信じることが、できるのだ。オブリビオンと共に歩む奇跡を、彼女は何度も経験しているのだから。
 大丈夫。きっとあの子は、幸せになれる。世界と共に、未来へ進める。あの人魚少女が見せてくれる可能性は、非常に大きな意味を持つのだ。
 璃奈にとっても、世界にとっても。
 だからこそ、璃奈は何度でも冷たい海に飛び込み、その身を危険に晒しながらも、刃を振るい続けられるのだ。
「絶対に守ってみせる……!」
 その決意が魔剣の巫女たる九尾の呪力を、さらなる高みへと昇らせていく。
 黒く輝く美しい海が、一時血の赤に染まることになろうとも、璃奈の剣は、決して止まらない。

成功 🔵​🔵​🔴​

佐伯・晶
色々思いはあるだろうけど
まずは邪魔者が片付いてからかな

女神降臨で飛行
海上で迎え撃つ予定だよ
視界は多機能ゴーグルで補助
邪神の気配を頼りに襲撃者を探そうか

追われてる人魚を見つけたら
襲撃者との間に割って入るよ
融合した邪神の気配に驚くかもしれないけど
事情は知ってるから早く船へとだけ伝えようか
分類上は神だけど神様扱いしなくていいからね

ガトリングガンの銃身と弾丸を
水中兼用の形状に創って射撃
UDC組織の協力があるからできる事だけどね
それと使い魔で石化を狙うよ
海中で石化したら浮かんでこれないだろうし
これも人魚姫の像って言えるのかなぁ

相手の攻撃は神気で攻撃の時間を停めて防御
怪物達が気配で戸惑ってくれるといいけど



 夜にあってなお黒い宵闇のドレスが、海風の中で可憐に揺らめく。
 何度着ても未だに恥ずかしい思いはあるが、それはそれ。佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)は船から一キロほど離れた海上から、邪神の気配を探っていた。
 一個体あたりに宿る力は少ないものの、絶対数が多い。相当数を猟兵が討ち倒しているはずだが、感知できる邪神の力は、未だ海の中に多数存在している。
 その中に、力こそあまりにも微弱だが、明らかに方向性の違う者を検知した。こちらに向かって、真っすぐ逃げてくる。
「いたね」
 水陸兼用の携行型ガトリングガンを形成し、晶はUDC-Pと思われる人魚の方へと飛んだ。
 海域では、あちらこちらで水しぶきや水柱が上がっている。猟兵とオブリビオンの戦闘だ。それらから逃れるように船へと進んでいた人魚の少女が、晶の気配に停止する。
 追う姉妹たちとの間に割って入った晶は、人魚少女に振り返った。彼女は、酷く怯えた様子でこちらを見上げていた。
「……!?」
 困惑している。晶から漂う神気は、彼女たちが崇める邪神そのものなのだから、無理もない。
 何か言葉をかけるべきか。考えたが、説明をしている余裕もない。
「えっと、色々思いはあるだろうけど」
「……」
「事情は知ってるから、早く船へ。あれは僕が止めるから」
 晶を見つめていた人魚少女が、何度も頷いて、小さく口を開いた。
「かみ、さま」
 その声に、晶は確かに邪神の力を感じた。
 神なる者と融合している身だからこそ何もなく聞き取れたが、彼女の声は、人のそれとは別物だ。ともすれば、人間の精神に狂気をもたらしかねない。
 コミュニケーションを取ることは、難しいかもしれない。
「……まぁまずは、邪魔者が片付いてからかな」
 ガトリングガンの砲身を追撃する人魚たちに向け、晶は背中越しに、UDC-Pへと声を張り上げた。
「行って! 早く!」
 慌てたように海面を跳ねてから、人魚少女が船へと泳ぎ出す。わずかな邪神の力が遠ざかるのを感じつつ、トリガーに手をかけた。
 立ち塞がる人影に、人魚たちが水面から顔を出す。その口は開けられ、邪悪な気配が口内に渦巻いていた。
 歌声と共に、無数の化け物が放たれる。邪神の眷属たる異形の群れは、宵闇に浮かぶ晶へと牙を剥いた。
 ガトリングガンの砲身が回転し、銃弾を放つ。無数の弾丸が火線を描いて、怪物たちを貫いていく。
 しかし、数が多い。弾幕を迂回して、異形が晶の横を取った。名状しがたい形状の触手を振り上げ、叩きつける。
 刹那、晶の背から黒く輝く翼が出現した。神気を撒き散らして揺らめく二枚の翼に、化け物たちが、止まる。
 赤熱化するガトリングガンを発射しながら、晶はその場で回転した。無限に放たれる銃弾が、夜空の天の川の如き輝きを空に走らせながら、怪物の群れを薙ぎ払う。
 召喚した異形が力を発揮せず朽ちる姿に、人魚の群れが絶叫した。狂気を孕む声に込められているのは、怒りか、それとも。
「知りたいとも、思わないけどね」
 回転する銃口を海面に向け、晶は弾丸を再度ばら撒いた。同時に使い魔を召喚、現れた妖精たちは水中に飛び込み、人魚の体に纏わりついていく。
 使い魔に触れられた敵人魚は、手が当たったその位置から、凄まじい速度で石化していった。
 絶叫した姿勢のまま石となり、幾人もの人魚が二度と動かぬまま海底に落ちていく。
「人魚姫の像……って言えるのかな」
 それにしては趣味が悪いか、と冗談めいて呟き、晶は神気に怯える人魚たちへと、容赦なく弾幕を叩き込んでいく。
 なまじ邪神を崇める種族であったがために、人魚のオブリビオンどもや呼ばれた怪物たちは、邪神に殺される恐怖に怯えていた。
 だんだんと反撃の意思すらも弱まってきた。晶は、体の奥底で力を供給し続ける邪神の恩恵に、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。
「……いいさ。あるうちは、使わせてもらう」
 元の体に戻り、この身から邪神を追い出すその日まで。
 人の身では届き得ない強大な力に酔わぬよう自制しながら、晶は再び、弾丸の雨を海へと注ぐ。

成功 🔵​🔵​🔴​

露木・鬼燈
楽しい時間だったのです。
でも恋はわからなかったなー。
まだ戦い以外に時間を費やす時期ではない。
そーゆーことなのかな?
まぁ、それも悪くないね。
今は戦いを楽しむっぽい!
いつもの衣装に変わり、海に向かってダイブ。
空中で<海皇>を発動し、召喚したシャチの女王にライドオン。
海を舞台とした騎乗戦闘もイケルイケル!
人魚にも負けない機動力っぽい。
僕はルーンの力で接触すると爆発する棒手裏剣を投擲。
水中だと魔弾投擲法は魚雷っぽい?
シャチたちは音波や狩りの技術で人魚を倒すみたい。
うん、よいこは見ちゃいけない捕食シーンですよ?
おおっと、UDC-Pがピンチみたい。
突撃して援護しないとね。
さぁ、僕と女王に続くのですよ!



『お客様に申し上げます。現在、船の進路上において、クジラ群の異常行動が確認されました。安全のため、停船いたします。揺れが発生する場合がございます。係員の誘導に従い、ライフジャケットの着用をお願いいたします――』
 鳴り響く放送に、乗客たちは混乱していた。ざわつく船内を、露木・鬼燈(竜喰・f01316)は甲板へと急ぐ。
 先程まで話し込んでいたサクラは、早々にライフジャケットを押し付けて部屋に送った。そのおかげで、少し出遅れてしまったのだ。
 彼女とのひと時は、楽しい時間だったと思う。だが、やはり恋の何たるかは分からない。
 それならばそれでいい。戦いのみに時間を費やせということだと受け止め、甲板に出ると同時に借り物の服を脱ぎ捨てる。
 いつもの服。両手には三本ずつの、棒手裏剣。
 実に、馴染む。
「いいね。さて、それじゃ……楽しむっぽい!」
 駆け出して、鬼燈はデッキの上から漆黒の海へと飛んだ。
 近づく海面へと、叫ぶ。
「来いっ! 偉大なる海洋の女王!」
 声に応えて、海面が爆ぜる。現れたのは、美しくも大きな、シャチの霊体だった。
 鬼燈がその背に乗ると、女王に付き従うかのように、いくらか小柄なシャチの群れが顔を出した。
「よし、いくですよ!」
 鬼燈が合図を出すと、シャチたちは一斉に泳ぎ出す。
 進路上では、今も裏切り者を殺さんと殺意を剥き出しにする人魚の群れがいた。
 棒手裏剣を、海中に投擲。ルーンの力が付与された手裏剣は、水中で勢いを落とすことなく突き進み、一体の人魚の脇腹に突き刺さった。
 ルーンが輝き、爆ぜる。水中爆発により粉微塵となった同胞に、姉妹たちが悲鳴を上げる。
 悲鳴は力となり、多くの怪物を生み出した。海面に迫るいくつもの黒い影に、シャチの群れが食らいつく。
 シャチたちは、自然界のそれとは比較にならない力を持っていた。不完全とはいえ邪神の眷属である魔物どもを、その牙で引き裂き、千切っていく。
 ものの数秒で怪物は全滅した。シャチたちは新たな獲物として、人魚たちをその視野に収める。
 女王が、吼えた。それは女性の叫びにも似た声だった。
 配下のシャチが、狩りを始める。海中を逃げ惑う立場となった敵人魚どもを、一方的に蹂躙していく。鬼燈と女王の周囲の海が、赤く染まっていく。
 その光景を眺めながら棒手裏剣を手の中で弄びつつ、鬼燈はふと、客船の方を見た。一匹の人魚が、徐々に船へと近づいている。
 その後ろには、まだ諦めない姉妹たちがいた。泳ぐ速度は、UDC-Pより速い。
 このままでは、やられる。鬼燈は女王の頭に手を置いた。
「防衛対象がピンチみたい。突撃して、援護するっぽい!」
 応えたシャチ女王の甲高い声で、配下が一斉に方向を転換した。水を切って疾走るシャチたちの先頭で鬼燈が進むべき方向を指差す。
「さぁ、僕と女王に続くのですよ!」
 海中において、いかにオブリビオンといえどもシャチの――えらく拡大解釈された――猛スピードには到底敵わない。みるみる距離を詰めて、人魚たちの背後を取った。
 こちらに気づいた人魚が振り返り、口を開く。邪神に属する異形を呼び出そうとしたが、その頭部ごとシャチに噛み砕かれた。
 UDC-Pが異常を感じて振り返り、絶句する。明らかに顔が引きつり、恐怖していた。
 つい先程まで姉妹だったオブリビオンたちが、無残に食われていくのだ。当たり前の反応だろう。
 だが、立ち止まられては困る。女王の上から、鬼燈は叫んだ。
「船へ行けッ!」
「……!」
 人魚少女が固く頷き、海中に消える。追いかけんとした敵人魚は、片っ端からシャチに噛みちぎられ、暗い水底に沈んでいった。
 UDC-Pとの距離が十分に取れたことを確認してから、鬼燈は棒手裏剣を手に、赤い目を輝かせる。
「さ、よい子はいなくなったです。ここからは、好きに暴れるっぽい」
 女王が高らかに鳴き、水面に顔を出した配下のシャチたちも、合唱の如く夜空へと声を張り上げる。
 それは、悪しき人魚どもへの処刑宣告だった。鬼燈のそれと似た真紅に滾る目が、獲物を捉える。
 鬼燈が投げた棒手裏剣の爆発を合図に、シャチが一斉に動き出す。
 応戦し、または逃げる人魚たちが血糊となって水面を汚すまで、さして時間はかからなかった。

成功 🔵​🔵​🔴​

波狼・拓哉
…あれかなー。水の中って見難いんだよなぁ。
まあ、いいや。行けやミミックゥ!(敵群に向けてミミックを全力投擲)偽るは海龍、轟くは狂奏ってね。恋する彼女を巻き込まないように化け咆えな。その身をもって盾となり歌を掻き消して回ってください。何が召喚されようと気にせず爆破で…狂ったうえでいつも通り歌えるといいですね。

さて自分は…水の中じゃ届かんなぁ。海面に顔出してくれりゃ衝撃波込めた弾で撃ち貫くんだけど…まあいいか、アーサーさんの手伝いに回るか。目を離してはいけないって第六感が囁いてるし。

後はミミックやられたら再召喚してまた海中に向かって投げよ。うちのは再召喚制限とかないからね!
(アドリブ絡み歓迎)



「……水の中って見にくいんだよなぁ」
 船首で一人ぼやきつつ、波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は抱えている箱のふたに触れた。
 ましてや夜の海だ。甲板からでは、水中の様子を伺い知ることは非常に困難だった。
 何度も顔を出して泳ぐUDC-Pは、肉眼で確認している。追跡者が見えないのが気になったが、彼女はもうあと少しのところまで来ているのだ。
「まぁ、いいや。やることは変わらない。行けやミミックゥ!」
 投げられた箱が輝き、膨張した光が龍と化す。形を成した龍は、海面を這うように飛翔し、恋する人魚少女を飛び越えて、敵の頭上で静止した。
 そして、咆える。海に荒波を起こさせるほどの咆哮が、海面付近にいた人魚を、奴らが召喚した怪物もろとも吹き飛ばし、爆破させた。
「偽るは海龍、轟くは狂奏――ってね」
 暗い水面で起こる現象は、拓哉の言う通り、これで終わりではなかった。
 海面付近で龍の歌をもろに聞き、その爆風を身に受けた人魚たちが、目を血走らせて首を左右に何度も傾け始める。
 絞り出される声は、もはや歌ですらない。声に宿る邪神の力が、わずかな泡となって空中に飛んでは消えていく。
 邪神の眷属たる人魚たちは、狂気に堕ちていた。
 龍の進撃は止まらない。正気を失い水面に浮かぶ人魚たちにさらなる咆哮を浴びせ、跡形もなく爆破していく。圧倒的だった。
「うーん、我がミミックながら、やるじゃん」
 満足げに拓哉が頷いた、その時だった。背後から慌てた様子の足音が聞こえてきた。
 振り返ると、血相を変えたアーサーがいた。
「新入り、お前……こんなところにいたら海に放り出されるぞ!」
「え? あ、すんません」
「早く船の中に入れ。クジラの群れが衝突したら、転覆はしないだろうが大きく揺れる」
 ライフジャケットを押し付けて口早に言うアーサーは、自身も救命胴衣を着けてはいるが、辺りを入念に伺っている様子だった。
「他にはいないか? 客は、全員中に入ったか?」
「俺しかいなかったですね、この辺りは」
「そうか……。俺はしばらくここで見回る。拓哉、お前は船内の柱か何かに掴まっておけよ」
 言うが早いか、アーサーは広い甲板をくまなく捜索し始めた。
 UDC-Pはもう目前に迫っている。それはオブリビオンの接近も意味しているのだ。猟兵たちが数を減らしているが、すべてを倒し切ったという保証は、まだない。
 青年の背を追って走り、拓哉は声をかけた。
「……手伝いますよ」
「いや、いい。このデッキを一番知っているのは俺だ。俺に任せてお前は――」
「いいえ。やります。やらせてもらいます」
 真剣な声音だった。拓哉の目は、まっすぐアーサーを見据えていた。
 しばし、沈黙。騒がしい波音が、徐々に近づいてきている。
「……分かった。その代わり、俺のそばを離れるなよ」
 まだ不安は残っているようだが、アーサーは拓哉の意志を汲んでくれた。本音を言えば彼を護るためであったが、今も甲板に人が残っている可能性は、確かにゼロではない。
 それに、アーサーがデッキから移動してしまえば、UDC-Pは進むべき目標を失う。そうなれば、最悪任務が失敗に終わる可能性すらあった。
「……そう長く、嘘はついていられないか」
 いつまでも、彼の後輩でいることはできない。この青年を巻き込まない方法は、ない。
 海に轟く龍の咆哮に、アーサーがびくりと肩を震わす。
「今の、なんだ? クジラの声じゃないよな」
「……いや、クジラでしょ? 意外とヤバい音らしいですよ」
 飄々と躱しながらも、アーサーの怪訝な表情が薄れることはない。暗い海を見つめて、震えるように呟いた。
「何が……起こってるんだ……?」
「直に、分かりますよ」
 余裕をもって答えてやりたかったが、戦線がもうそこまで来ていることを思うと、そうもいかない。拓哉は自分の声が強張るのを感じた。
 アーサーが世界の真実を知る時は、近い。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
UDC-Pはアーサー様を目指し、UDCはPを優先目標に…ならば…

(積荷に偽装した脚部フロートと水中用装備を防具改造で装着・UCの魚雷ランチャーを装備
青年を怪力で抱え海上をスラスター噴射で滑り船から遠ざけPの元へ)
(ある生物群(怪物と表現はしない)が船を沈めようとしていること。一人の少女が貴方に興味を持ち死なせたくないが為に反対したこと。その為群れを追われている事。最期に一目と…貴方に接近していることを伝え)

全霊で御守りすることをお誓いしますが
船を生物群から護る為、お二人には囮となって頂きます

抱えた状態か猟兵が作った足場に青年を置き
語らう二人をかばうことを最優先としつつ水上・水中でUCで敵を迎撃


シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎


私はアーサーさんにUDC‐Pの恋心を伏せた方が良いと思う

彼は優しい故
彼女が彼の為に襲われたと知れば辛いと思う

それに自分の気持ちが知らない所で伝わるのは嫌だと思う
愛の告白は本人がしないと


アーサーさんをオーラ防御とかばうで護衛しつつ
第六感、暗視、視力で彼女を探し
彼に伝える


あれは人魚…の群れ!?
一人、船を守る様に戦って…先輩を見ている!?

先輩はどうしたいですか?
隠していてすみません
私は魔術師です


彼が助ける力を望むなら【霊装】
私の聖銃を使うかモップ捌きを応用して戦うかはご自由に

敵の攻撃が当たっても彼の表面を覆って憑依した私が受けて
彼を傷つけさせない


望まぬなら【祝音】で味方を癒す



 アーサーが、とうとう人魚を視界に収めた。こちらに気づいて笑顔を見せたUDC-Pに、明らかな戸惑いを見せる。
「なん……なんだよ……。あれ……」
 理解が追い付いていない。クジラの異常行動ではないことは薄々感づいていた彼も、人の生きる世界の裏側にまで、考えが及ぶはずもない。
 シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)とトリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は、目を合わせて思案する。
 真実を伝えるべきは、今か。一人の人魚が抱く恋心を伝えるべきか、否か。
 しかし、シホは懸念していた。アーサーは優しい青年だ。UDC-Pが命を賭している理由が己にあると知ったら、傷つくのではないか、と。
 そしてあの人魚もまた、秘めたる想いを他人に代弁されて、いい気持ちはするまい。愛の告白は、彼女が自分の言葉で行なわなければ。
 一方でトリテレイアは、ある程度の真実を伝えるべきだと思っていた。シホと同じ不安はある。が、もはやすべてを秘匿することなどできまい。
 何より、彼女の恋を叶えるためには、近づけてやる必要もある。
「……シホ様」
「そう、ですね」
 意を決したように頷くシホ。トリテレイアは、甲板に取り付けられていた折り畳み式の救命ボートを担いだ。
 手すりに手を置いて事態を見守るアーサーに、シホが一歩、近づく。
「先輩。お話があります」
「なんだよ、こんな時に……?」
 混乱を苛立ちに変えて振り返ったアーサーは、シホの表情に何かを見たらしく、口を閉ざした。
 それは、強い決心だった。覚悟と言ってもいいかもしれない。
「隠していて、すみません。私たちは――このことを知っていました」
「……なんだって?」
 戦闘音が近づいてくるデッキの上に、一瞬の沈黙が下りる。それを破ったのは、赤い救命ボートを背負うトリテレイアだった。
「クジラではありませんが……ある生物群が船を沈めようとしていることは本当です。しかし今、一人の少女が身を挺して、船を護ろうとしています」
「さっき先輩が見た人魚が、そうです」
 シホの言葉に、アーサーが再び海を見る。暗い水面を進み、後ろを振り返ってはこちらを見上げる、人魚。彼女が船を護っているというのか。
 混乱の極みに達したアーサーは、まず目の前の二人について処理しようと、順繰りにシホとトリテレイアを見た。
「君たちは、一体」
「……私たちは、こうしたことの、専門家です」
 使用人の服を脱ぎ去ったトリテレイアの横で、シホが頭を下げた。
「隠していて、ごめんなさい」
「……。専門家なら、教えてくれ。この船は、沈むのか? 彼女はなぜ、船を助ける?」
 猟兵の二人が再び視線を合わせ、まずトリテレイアから、答えた。
「船は沈みません。私たちが問題を解決することを約束しましょう。そして彼女は――あの人魚は、貴方を護るために、戦っているのです」
「俺……? 俺!? なんで――」
「貴方に、会いたいから」
 シホが受け継ぎ、絶句するアーサーの目を、じっと見つめる。
 恐怖、焦り、不安。様々な感情が入り乱れながらも、彼は答えを探そうとしていた。自分が今、何をすべきなのかを。
 だから、シホは問う。
「先輩は、どうしたいですか?」
「どうって……」
「船のために――あの子のために、戦えますか?」
「……」
 めまいがするらしく、ふらついたアーサーが手すりにもたれかかった。海を見れば、もうすぐ下まで来て姉妹と対峙している、人魚少女が見える。
 あの子が、船を護ってくれている。だが、これは現実か? 悪い夢ではないのか?
「時間がありません。敵が来ます」
 トリテレイアが淡々と言い、シホが頷く。
 敵。敵とは、なんだ。
 考えている余裕もなく、アーサーは直感に任せて口を開いた。
「あの人魚は……俺に会いたいんだな」
「えぇ。貴方に興味があるようです」
 戦闘準備を整えて言うトリテレイアに、彼はとうとう決意を固めた。眉を吊り上げ、息を吸って吐き、二人に告げる。
「あの人魚と、話をさせてくれ。頼む」
「アーサーさん」
「本人の口から聞かなきゃ分からない。俺にも、言いたいことがある」
 それで、十分だった。
 トリテレイアが海に救命ボートを投げ込み、シホがアーサーを連れてそれに飛び乗る。
 停止した船の真下に降りてみると、海上の戦火がよりはっきりと見えた。こちらに奔る幾人もの人魚もまた、視認できる距離まで来ている。
 積み荷に偽装していた脚部フロートと水中用装備を装着したトリテレイアが、海に飛び込む。巨大な水飛沫から浮き出た鋼鉄騎士は、救命ボートのロープを掴み、スクリューを回転させた。
 動き出す。速度を上げて、見る見るうちに客船から離れていく。人魚少女が顔を出して、喜びと不安を露わにしていた。
 シホが拳銃で牽制し、トリテレイアが放った魚雷ランチャーが、敵人魚を打ち倒していく。召喚の隙を与えないよう、二人は持てる弾薬の全てを撃ち切るつもりでいた。
 人魚がボートに近づく。毅然とした顔のアーサーと、目が合う。彼女はボートに手をかけ、初めて間近で見る青年の顔に、魅入っているようだった。
 しかし、アーサーは違った。
「なぜ……もっと早く知らせてくれなかったんだ」
「……!」
「人魚なんて、確かに信じていなかったさ。今だってそうだ。でも、危険が近づいていたなら、海から叫んで知らせてくれたらよかったはずだ。俺が君を信じないと、そう思っていたのか?」
 一転して不安げな表情になった人魚が、シホとトリテレイアを交互に見た。助けを求めているかのようだった。
 アーサーは、畳みかけるように続けた。
「おかげで船は止まり、乗客は混乱状態だ。どうして、知らせてくれなかった」
「……」
 首を横に振る人魚。言葉は、ない。
 ふと、シホは感じた。彼女が話したくないわけがない。好きな人と会話をしたくないはずがない。
 もしかしたら、彼女は――。
「なぁ、人魚さん。教えてくれよ。……なんとか言えよ!」
 ついに怒声を上げたアーサーに、人魚が身を竦ませる。ボートにしがみつき、涙を目に浮かべていた。
 魚雷が爆ぜ、人魚の死体が宙を舞う。そちらに目もくれず、アーサーは人魚少女を睨んでいた。
 やがて、恐る恐る、少女が口を開く。そこに渦巻く邪神の力に、シホは素早く反応した。
「いけない――!」
 咄嗟だった。体を聖霊体に変化させ、アーサーの体を包み込む。
 人魚が言葉を発したのは、その直後だった。
「わたし――リリィ」
 邪神が持つ狂気が、霊体のシホを襲う。アーサーには届かせまいと、シホは必死に耐えた。
 ボートから手を放し、トリテレイアが遊撃に出る。このボートには敵を決して近づけさせぬという強い意志を以て、周辺海域を海底まで探索、見つけ次第撃破していく。
 シホの光に包まれたアーサーが、人魚の言葉を反芻した。
「リリィ――それが、君の名前か。どうしてもっと、早く」
「わたしたちの声、神様の力があるから。あなたが、傷ついてしまうから」
「……」
 霊体となったシホに守られていることくらい、アーサーにも察しがついた。この光がなければ、会話すらもままならないということか。
 見れば、彼女は無傷ではない。ボートを抱える腕には焼けたような傷があるし、海面から覗く尾びれもわずかに破れている。
 どんな戦いかは分からない。が、命を懸けていたことは、間違いない。
 海面に浮かぶ人魚の死体。あれが彼女の同胞だとすれば、リリィは仲間を裏切ってまで、船を、そして自分を守ってくれたというのか。
 アーサーは、頭を掻きむしった。
「あぁ、もう。俺は本当にお人好しだな」
「……?」
「俺はアーサー。アーサー・ウッドソン。君がどうして俺に興味を持ったのかは知らないけど、船を護ってくれたことには、感謝するよ」
 そう言って、彼はリリィをボートに引き上げた。奇しくも抱き上げられる形になった少女は、激しく赤面した。
 海上でも呼吸ができることを確認して、アーサーが自身を包む光に声をかける。
「シホ、もういい、ありがとう」
 一瞬迷ったが、シホは肉体に戻った。救命ボートに乗せられたリリィは、尾びれを動かして落ち着かない様子だった。
 トリテレイアが海面に戻る。猟兵二人へと、アーサーが冷静な声音で言った。
「シホ、トリテレイア。悪いけど、俺と彼女を守ってくれ。リリィはもう、戦わない方がいい」
「……!」
 リリィがアーサーに這い寄って、首を左右に振る。自分はまだやれると、そう言っているようだった。
 だが、これにはトリテレイアもシホも、賛成だった。
「その方がいいでしょう。貴女はよく戦いました。あとは……お二人で、ここにいてください」
「受け入れてくれて、ありがとうございます。アーサーさん」
「あぁ……。まだ、夢の中にいるみたいだけどな」
 俯いて呟くアーサーに、人魚のリリィが手を伸ばし、ひっこめる。二人の間には、まだ距離があった。
 それでも二人は、出会えたのだ。
 ボートに立ち上がったシホが、二丁の聖銃を構える。魚雷の数を確認、水中特化型に換装した機銃をも展開したトリテレイアもまた、裏切り者を追う邪神の眷属を見据える。
「トリテレイアさん。海中を、お願いします」
「承知しました。一体たりとも近づけさせません。シホ様は、海面付近の掃討を。二人を、頼みましたよ」
「えぇ。もちろん――!」
 やっと始まった二人の関係を、こんなところで終わらせてはならない。
 銃弾と魚雷に決意を込めて、シホとトリテレイアの戦いは続く。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・ヴァレンタイン
恋の縁結びなど柄ではありませんが、まあ…
一欠片のロマンスを紡ぐにはいい夜ですし、ね?

ドレスを翻してパーティ会場から甲板上へ躍り出れば、早着替えで戦装束へと
飛び立つ際にアーサー青年の所在も把握しつつ

水中では独擅場でしょうが… 対潜哨戒機なるものは、ご存知?
追い立てているのなら位置など探らずとも勘で十分と、UDC-P――お姫様の後方へ水雷仕様のマイクロミサイルを一斉投下して迎撃を
お姫様自身はそれに巻き込まれないよう、UCのワイヤーアンカーで水中から引き上げつつ
このまま王子様の元へご案内してもいいんですが… さて?

どちらにしましても、海中に張り巡らせた水雷仕様の爆導索は忘れずに起爆しておきましょうか



 あまりにも情けないブルジョワの男連中を見ていられず、避難誘導を買って出ていたフランチェスカ・ヴァレンタイン(九天華めき舞い穿つもの・f04189)は、客船に近づく敵の気配に気づいた。
 広いパーティー会場は、一時避難場所にもなっている。取り急ぎ誘導を終えたフランチェスカは、海上からテラスに出て、甲板へと飛んだ。
 白翼を羽ばたかせて舞い降り、ドレスを脱ぎ去る。纏うはホルター型のフィルムスーツ、手には馴染んだ斧槍「ヴァルフレイア・ハルバード」。戦闘準備は、万全だ。
 天使の如く浮かび上がり、フランチェスカは海上へと躍り出た。人魚の群れが呼び出した大海魔の蠢く触手を斬り払い、船から離れた位置に浮かぶボートを一瞥する。
 アーサーと、人魚の少女だ。猟兵の手で合流に成功し、守られている。あの海域での戦闘に上空から加勢するのが最上か。
 それが結果的に、人魚の恋を叶えることになるかは、分からない。だが、手助け程度にはなるだろう。
「恋の縁結びなど柄ではありませんが」
 海中から放たれる怪光線を空中戦闘機動で回避、海中から目を見開いてこちらを見上げる敵人魚を、見据える。
「まぁ……一欠片のロマンスを紡ぐにはいい夜ですし、ね?」
 ボートの二人はまだ甘い空気には程遠いが、若く苦い果実が熟して甘みを増すように、恋もまた、時を経て味わいが深まるものだ。
 自身の少々歪んだ恋愛観は一度棚に上げつつ、フランチェスカは精神を戦闘に集中させていく。
 敵は海中に逃げ込んだ。水の中は、奴らの独壇場だ。空をフィールドとするフランチェスカが飛び込んで勝負を仕掛けるるのは、あまりにも愚策だろう。
 だが、手がないわけではない。フィルムスーツに取り付けられた砲塔には、水雷仕様のマイクロミサイルが搭載されていた。
 空に背を向け、海面と正対する。
「対潜哨戒機なるものは、ご存知?」
 ロックはせずにマニュアルで、マイクロミサイルを一斉発射した。
 ばらまかれたミサイル群が、救命ボートの周囲に着水し、水中に向かってスクリューを回転させる。
 突然空から飛び込んできたミサイルに、敵人魚が大海魔の触手を放つ。迎撃されたミサイルが爆破し、海面が激しく揺れる。
 青年が、落下しかけた人魚を抱きとめた。咄嗟の行動に彼の感情はなさそうだが、人魚少女は舞い上がっていることだろう。
「初々しいことで」
 目を細めて笑い、追撃のミサイルを放つ。救命ボートはいかにも頼りなく揺れているが、周りには仲間の猟兵もいるので、問題ないと判断した。
 海中を走るミサイルは、その多くが迎撃されてしまった。爆発に巻き込まれて死ぬ敵もいたが、空へと撃たれる怪光線が減らないのが、敵の数がいまだに多いという証拠だった。
 だが、フランチェスカは焦らない。どころか、余裕さえも感じられた。
「大きな花火に見とれていれば――足元の網には、気づかないものですから」
 不敵に、微笑む。
 裏切り者を殺すために、その邪魔をする猟兵を排除することに躍起になっていた人魚たちは、気づかなかった。
 多数のミサイルの中に、追尾機能を持たないものがあったことに。直線的に進むいくつかの水雷が、ほとんど見えないワイヤーを海中に張り巡らせていたことに。
 気づけば、空に佇む淑女の掌で、踊らされていたことに。
「さて」
 救命ボートに降り立ったフランチェスカは、また少し離れてしまっている青年と人魚を交互に見つめた。
 二人とも、疲れた目でこちらを見上げていた。寒い夜の海上だ。青年には、特にきついだろう。
 フランチェスカは、おもむろに人魚の二の腕を掴んだ。びくりと飛び跳ねる人魚少女は、温かかった。
「もうしばらくかかりますので、身を寄せ合っていてはいかが?」
「……!」
「いや、俺は大丈夫」
 赤面する少女と即座に断る空気の読めない青年に渋面を浮かべてしまったが、咳ばらいを一つ、状況作りを続行する。
「そうですか。わたしは構いませんが……これからまた、少々揺れますわよ?」
 宣言した刹那、海面が盛り上がった。ボートを転がる青年を、人魚が抱き止める。
 海中に張り巡らせたワイヤー、すなわち爆導索が、海中で爆発を起こしたのだ。フランチェスカは抱き合ったままの二人をワイヤアンカーでボートに固定し、救命ボートごと空に持ち上げた。
 爆発の衝撃で海面が爆ぜ、多くの人魚の死体が空へと打ち上げられる。それを見下ろす形になったUDC-Pが、強く目を閉じて俯いた。
 彼女にとっては、例え裏切った相手であっても、家族だったのだろう。つらい決断をしたことは、間違いない。
「……リリィ」
 青年が、人魚少女の名を呟く。彼の方からわずかに体を寄せたのを、フランチェスカは確かに見た。
 海から再び怪光線が放たれる。救命ボートに被弾しては事だ。早々に離れた水面に船を下ろして、ワイヤーを外す。
「まだしばらく、こうしたことが続きますわ。しっかり女性をエスコートしてくださいね」
 冗談めかして言うと、アーサーはわずかに笑って頷いた。
「金持ちのようには、いかないけど」
「真似する必要はありませんわ。あなたらしさで、彼女を護ってあげればいい」
「……あぁ」
 力強く答えたアーサーに微笑んで、フランチェスカは空に舞う。
 襲い来る怪光線や大海魔の触手を躱し、カウンターのミサイルを海中に射出する。救命ボートに荒波が行かないよう、自然と意識している自分がいた。
 自身の放つミサイルはハートを撃ち抜くキューピッドの矢などとは程遠い代物だ。それでもたまには、そうした役を演じるのも面白い。
 なぜなら――。
 眼下のボートでリリィに声に語り掛ける青年を見下ろし、フランチェスカは口元に笑みを浮かべた。
「なぜなら今宵は、いい夜ですから、ね」

大成功 🔵​🔵​🔵​

薄荷・千夜子
相棒の彗(鷹)に騎乗し空から参戦
恋する人魚さん、それはきっととても素敵な感情です
恋は私にはまだ分からないけれどその想いに応えたい

彗、ともに翔けましょう
あのような海竜に負けませんよ
『花奏絵巻』を開き恋する人魚さんに紫のヒヤシンスの花弁に【破魔】【オーラ防御】を纏わせて他の人魚たちの攻撃から守るように包んで
ヒヤシンスは初恋のひたむきさ、貴女の想いとともに守りましょう

海竜の攻撃は【見切り】【空中戦】で飛び回りながら対応
貴女たちには黒百合の呪いを
花弁に【呪詛】【毒使い】を纏わせて
確かに芽生えた大事な想い、海に飲み込ませたりなどさせません!



 星空に、鷹の鳴き声が響く。
 夜を飛翔する相棒の背から、薄荷・千夜子(鷹匠・f17474)は漆黒の海を見下ろした。
 海面に浮かぶ救命ボートには、例の青年と人魚がいた。
 裏切り者を許すまいと追いかける人魚の姉妹は、猟兵に倒されながらも、徐々にボートに迫りつつある。
 もし今も青年が客船にいたら、船はダメージを負っていただろう。転覆していた可能性すらある。
「でも、あのボートでは危険ですね」
 猟兵たちが食い止める攻撃が、一度でも救命ボートに当たってしまえば、またたく間に没してしまうだろう。
 千夜子は相棒の鷹、彗の頭に顔を近づけ、耳打ちした。
「彗、ともに翔けましょう」
 高く鳴いて応えた彗が、その翼を折りたたむ。
 急降下する鷹の背に捕まりながら、千夜子は海中から顔を出した人魚が、海竜の骸骨を纏うのを見た。
「妙な術を……! あのような海竜には負けませんよ。いきましょう」
 さらに速度を上げた彗は、海面ギリギリで翼を広げ、海竜と化した敵人魚と救命ボートの間に割って入った。
 手に持っていた「花奏絵巻」を広げる。にわかに輝いた巻物から、黒の花弁が吹き上がった。
 黒百合の花びらは、ボートに牙を剥く海竜の骸骨へ纏わりついた。付与された毒の呪詛が、骨を通して中で繰る人魚に染み込む。
 花弁に包み込まれた海竜から、人魚の絶叫が響いた。背後で青年が苦痛の声を上げる。
「!! まさか、人魚の声に力が……!?」
 慌てて振り返った千夜子は、ボートの上で青年の背後から抱き寄せその耳を塞ぐ、人魚の少女を見た。
 彼女は必死だった。青年を声の魔力から守らんとしている。しかし、それで防ぎきれるものではない。
「その人は、無事ですか?」
 千夜子の問いに、人魚少女は頷くか首を横に振るか、迷っている様子だった。
 言葉での説明ができない。言葉を知らないのではなく、発せないのだと気がついた。
 青年は苦しげだが、口元がわずかに「大丈夫」と動いた。正気はまだ、残っている。
「……お手伝いします!」
 千夜子は花奏絵巻に力を込めた。輝く巻物から、紫の花びらが空に舞う。
 柔らかな香りを伴う花弁が、二人の乗るボートを包み込む。破魔の光が花びらをつなぎ、守護結界が形成された。
 その花の名は、ヒヤシンス。
「私には、まだ恋は分からないけれど……」
 大切な人を守らんとする人魚の想いに、応えたい。千夜子は心からそう思った。
 それはきっと、とても素敵な感情だと思うから。失わせたくはない。だから、笑顔で言った。
「初恋のひたむきさ、貴女の想いとともに守りましょう」
 新たに海竜の骨格を纏った人魚が五体、こちらに迫る。それを眉を吊り上げて見据え、千夜子は自分に言い聞かせるように、語気を強めた。
「確かに芽生えた大事な想い――こんな冷たい海に、飲み込ませたりなどさせません!」
 決死の声に賛同するかのように、彗が甲高く鳴き声を上げた。
 海竜の真横をすり抜けるように飛翔し、船から引き離すように挑発する。敵はすぐにこちらの背を負ってきた。
 巻物から黒百合の花びらが舞い、海竜に纏わりつく。より強めた毒の呪詛によって、人魚たちは声もなく力尽き、巨大な骸骨ごと海中に没した。
 さらに現れる海竜に仕掛けながら、千夜子はふと、考える。
 人魚の声を聞くだけで人に害となるのなら、あの少女は、青年と話をすることができないのではないか。
 もしそうだとするならば、せっかく会えたというのに、その想いを伝えることが、できないのではないか――。
「……いいえ、方法はあるはずです」
 黒百合の花弁に呪われ沈む人魚を見て、千夜子は一人、決心するかのように、呟く。
 舞い上がる彗の天を貫く鳴き声は、千夜子の心を代弁してくれているかのように、力強かった。

大成功 🔵​🔵​🔵​

枸橘・水織
『夜が更け、宴の終わりが近づくころに、彼女たちはやってくる。』

…と、聞いていたので、時間を見計らって警戒
海面に人魚の姿が見えるなり、飛んでいく

人魚と接触後

髪の毛一本貰うね

…と、人魚の髪の毛を一本貰い、髪の毛の【情報収集】…し終わったところで、指定UCを使用
(魚の部分変化よりも、人魚の全体変化の方が海中戦しやすいと判断)


戦闘
物語じゃ人魚姫のお姉さんは、妹の為に魔法使いに髪と交換で(王子様の生き血を飲んで元に戻る為の)魔法の短剣を貰った…っていうのに…

(王子様もろとも皆殺し…)

縦横無尽に泳ぎつつ、距離をとりながらウィザードロッドで魔力彈や魔導波を放って攻撃
【全力魔法・スナイパー・範囲攻撃】



 絢爛に輝く客船が、遠ざかっていく。
 猟兵が作り出した結界に守られる中で、アーサーは小さくなりゆく船へと手を伸ばした。
「あ……船が……」
「……」
 寄り添う人魚のリリィが、恋する青年の顔を見て、申し訳なさそうな、寂しそうな、複雑な表情を浮かべた。
 項垂れるアーサー。気まずい沈黙がボートを包む。戦いの音と、死にゆく人魚の悲鳴が、波音に混じる。
 そこへ、白い羽が落ちてきた。掬うように手に取ったリリィが見上げた先に、青髪の少女がいた。
 天使の如き白翼を羽ばたかせて舞い降りた少女――枸橘・水織(オラトリオのウィザード・f11304)は、結界の中に足を踏み入れ、二人の前にしゃがみ込んだ。
「二人とも、無事でよかった」
「君は……」
 顔を上げたアーサーが、力ない声で言った。
「迷子の……」
「違う! いや違ってはないけど、みおは迷子じゃないの!」
 プンプンとやりながら、水織はおもむろに人魚少女の髪の毛を一本、引き抜いた。
「もらうね」
「!?」
 驚愕と痛みに目を見開いて頭を押さえるリリィに「ごめんごめん」と苦笑しつつ、素早く髪から情報を採取する。
 アーサーは、水織までもが世界の裏側で戦う存在だったことに、驚きを隠せない様子だった。
「まさか、君までなんて……」
「ふふん、みおの色仕掛けに動じなかったお兄さんなら、人魚姫の王子様に相応しいかもね!」
「色仕掛け……? あ、あれが……」
 様々な思いで愕然とするアーサーと、わずかにこちらをライバル視したらしいリリィに舌を出して笑ってみせ、水織は海中に飛び込んだ。
 全身が光に包まれ、水織の体に変化が起きる。
 足は水色の尾びれに、纏っていた服は胸元を覆うサンゴ模様の青いチューブトップとなり、その姿はリリィに酷似した人魚となった。
 目を丸くするリリィに、水織は軽い調子で言った。
「泳ぎやすいね、これ。少しの間だけ、真似させてもらうよ!」
 小さな飛沫を上げて、海中へ。水中呼吸の能力も、自在に泳ぎ回れる器用さも、水織の能力は今、すべて人魚のそれを手に入れていた。
 中に飛び込んで、初めて分かる。それは、人魚の数の多さだ。相当数が倒されているはずなのに、肉眼だけでも数え切れない数の敵が、こちらに向かってきている。
 水織はふと、物語の人魚姫を思い出した。人魚姫の姉は、妹を救うために魔法使いに髪を差し出し、妹が人魚に戻るために必要な短剣を手に入れた。
 悲恋の果てだ。人魚姫は王子にナイフを突き刺すことができず、死を選んだ。そうあってほしいなどと、思うはずがない。
 ただ、水織が感じている憤慨は、リリィの姉妹たる人魚どもにあった。
「妹を応援もしないで、王子様もろとも皆殺しなんて――!」
 湧き上がる感情をウィザードロッドに込めて、一閃。魔導波が海を裂き、大海魔を呼ぶべく歌い始めた人魚たちを吹き飛ばす。
 尾びれを自在に動かして水中を駆けまわり、ロッドの先端を敵に向ける。放たれた魔力の弾丸が、次々に邪神の眷属たる人魚たちを穿ち、水底に沈め、海面に浮き上がらせる。
 それでも救命ボートに近づこうとする人魚たちが、一体何に突き動かされているのか、水織には分かりかねた。邪神への進行か、あるいは群れの掟か。
「嫉妬……って線もあるね」
 冗談半分で吐き捨て、ロッドを手に回転。魔導波を円形に発生させて、群がる人魚を一網打尽にする。
 死した仲間を見もせずに、人魚たちは救命ボートと水織に近づいてくる。狂気を感じるほどの殺意だ。
「……いいよ、かかってきなさい。最後の一匹まで、みおが相手をしてあげる!」
 ボートの真下で、水織は姉妹の死を望む人魚に向かって、はっきりと宣言した。
 暗い水に、ウィザードロッドの輝きが迸る。

成功 🔵​🔵​🔴​

ラフィ・シザー
【童話家族】
まだ、俺には恋は分からないけれどアーサーが良い奴だってのはわかるぜ。
そんなアーサーに恋心を抱いた人魚…やっぱり会わせてやりたいよな。
まだ二人はきちんと出会ってすらいないんだ。
いろんな可能性ってやつを潰すわけにもいかないだろう?

アーサーを守るのも兼ねて他のUDCを攻撃だ。
アーサーだけじゃない俺の『家族』を傷付けるヤツは許さないぜ!
UC【Dancing Scissors】
ハハッ!足のない人魚だって踊れるさ!さぁ踊ろうぜ。

【ダンス】する様に軽やかに攻撃をけてそのまま懐に入り込んだら
Single wingで【二回攻撃・暗殺】

『家族』やアーサーへの攻撃は【戦闘知識】を駆使して【盾受け】


アナンシ・メイスフィールド
【童話家族】
童話の人魚は王子を助けた事を告げず泡と化したのだったかね?
正面から自分の王子を助けに向かうこの子の結末はどうなるのか解らないけれども
少しでも良き結末になる様助けさせて貰うのだよ


敵を視認したなら【贄への誘い】を発動
海底から生じさせた蜘蛛の足にて敵を貫きつつその足を足場にしつつ移動
敵を『踏みつけ』ながら手にした剣にて確実に『暗殺』屠って行こうと試みよう
ふふ、アリア君も鳳城君も何方が人魚か解らないねえ

アーサー君や家族に近づく敵を見れば【贄への誘い】にて攻撃、動きを止めんと試みながら間に入り『かば』おうと試みよう
さあ、人魚姫
愛しい王子と共に隠れておいで
此処ならば私の家族が護ってくれるのだよ


アリア・モーント
【童話家族】
恋とはどんなものかしら?
身体は凍るのに、魂は燃え上がるのかしら?
わからないわ?わからないわ!
だってまだ恋を知らないのだもの!

だからこそ
海の雫石、真珠の煌めき
恋する人魚の貴女
その恋心がどれだけ大切なのかわかるのだわ
それは何よりも貴女を突き動かす魂の炎

わたしの素敵な「家族」が傷つかないように
お兄様達はもっと軽やかに
パパはもっと俊敏に
ママと一緒にお歌の時間を…
でもわたしとママだけお留守番は嫌なのよ!
わたしも【空中浮遊】のお散歩するわ!

空から奏でる歌に歪な人魚の歌を耐える【狂気耐性】と
もっとわたしの歌を聞いていたくなる【誘惑】をのせてUCを
重歌奏でる歌姫の【歌唱】…その真髄をご覧あそばせ!


鳳城・那由多
【童話家族】
恋する人魚と誠実な青年
童話のようでとっても素敵な恋物語ですね
物語はハッピーエンドが基本ですもの
それに子供たちにバッドエンドは聞かせられませんわ
私に出来る事はなんでもいたしましょう

アリアさんの歌に合わせて
私も一曲、歌わせていただきますわ
【歌唱】に【おびき寄せ】る【催眠術】を載せて
姿を見せたくなるように
そこを皆さんに攻撃していただきますわ
私も、UCで追撃いたしますわね
焼き魚はお嫌いかしら?

あらまぁ、子ども達はやんちゃですね
心配ですから私も【空中浮遊】でお供しますわね
UDC-Pさんとアーサーさんへの攻撃は
【誘惑】し此方へ引きつけるように動きますわ
いざとなったら二人の盾になりますわね


ファン・ダッシュウッド
【童話家族】

恋心とは、何とも不思議なものですね……
童話の人魚姫と同じ様に、泡となって消える前に
ほんの少しだけ、お手伝いしましょうか

皆さん、アーサーさんはお任せしますね
【空中浮遊】を使って、船近くの海面に立って待ち伏せます
逃げてくる人魚の方だけを通して
其れ以外には【槍投げ】【範囲攻撃】込みの『砕禍』を
少々強引にでも止めますね

驚いて、海面から顔を上げれば
鳳城さ……お母様や妹の声も届きやすいかと
って、アリアさ……も来てしまいましたか
気が付けば、お母様まで……?(予想外だったのか真顔

頃合いを見て、再び『砕禍』を
貴女方に容赦をする必要はありません
初めまして、さようなら……海の藻屑と成り果てて下さいね?



 遠くの空が白み始めたころ、人魚たちが、暴挙に出た。
 一斉に海面へと顔を出し、口腔を開けて歌い始めたのだ。
 絶唱。その表現が相応しい。悍ましい歌声にのせて、邪神の魔力が海へ空へと染み渡る。
 悍ましい数の名状しがたい怪物が空へと放たれ、大海魔の霊が水面から顔を出す。無数の触手が天に伸び、海面を叩いた。
 救命ボートにいたアーサーが、頭を抱える。結界を貫通して、人魚の声が持つ邪悪な力が浸透してきているのだ。
 耳を押さえる青年の手に、人魚の少女が必死に己の手を重ねている。
「り、リリィ――逃げろ――!」
「……!」
 アーサーの言葉に首を左右に振って、人魚のリリィは揺れる救命ボートの上で、必死に助かる術を探していた。
 人魚の声。これさえなければ――。
 そう思った時、天から『黒』が舞い降りた。
 落雷の如く水面に激突した漆黒の槍は、着水と同時に爆発的な衝撃波を発生させた。抉れるように波打つ海面に、人魚たちが攫われていく。
 波は救命ボートにも襲い来る。激しく揺れるボートは転覆寸前だったが、突然安定感を取り戻した。
 水に浮いているのではない。何かに固定されているような、まるで地面にいるかのような感覚。
「童話の人魚は、王子を助けた事を告げず泡と化したのだったかね?」
 混乱する青年と人魚は、突然ボートに降り立った男の声に、我に返った。
 燕尾服の男だった。紳士的な雰囲気の中に、アーサーとリリィは底知れぬ力が混じっていることに気が付いた。
 海中から、巨大で鋭い棘が飛び出す。尖った先端に人魚を突き刺し、再び海中に没していく。
 見れば、救命ボートを支えているのも、海底から生えている物体だった。それが蜘蛛の足であることに、青年は気が付くことができなかった。
 振り返った男――アナンシ・メイスフィールド(記憶喪失のーーー・f17900)は、津波の如く荒れ狂う海で蜘蛛の足が行なう殺戮劇を見ていた目を、アーサーとリリィに向けた。
「正面から自分の王子を助けに向かう、勇ましいこの子の結末がどうなるのか、それは解らないけれども」
 再び落ちてきた黒。海が荒れ、広範囲に及ぶ衝撃波によって、人魚たちが吹き飛ばされていく。
 そして響く、歌声。人魚のものではない、可憐で美しい、二人の女性の歌声だった。
 心安らぐその声に耳を傾け微笑みながら、アナンシは言った。
「少しでも良き結末になる様、助けさせて貰うのだよ。私と、私の家族がね」
 漆黒の槍が、竜へと変えて空へと戻る。その先にいたファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)は、漆黒の子竜に手を差し出し、その腕に乗せた。
 ボートを見やる。父の後ろで呆然としている二人は、距離が近いように見えた。
 心境の変化が起こりつつあるのか。よく分からない現象に、ファンはわずかに首を傾げる。
「恋心とは、何とも不思議なものですね……」
「恋とはどんなものかしら? 身体は凍るのに、魂は燃え上がるのかしら?」
 突然聞こえた声に、冷静沈着だったファンの表情が一転、驚愕に変わった。振り返れば、赤いツインテールを髪に靡かせて、上機嫌な妹がいた。
「お兄さま、置いていくなんて、酷いわ!」
「アリアさ……いえ、アリア」
 頬を膨らませるアリア・モーント(四片の歌姫・f19358)に、ファンは額を押さえてため息をついた。
 本当は、彼女と母は船の上から歌で援護をする予定だった。しかし、客船の危険を回避するために、アーサーが救命ボートに乗ったことと、客船もがルートを変えて出発したことで、作戦が変わった。
 安全な空から歌を。そう言っていたはずなのに。
「来てしまいましたか……」
「わたしだって人魚さんを見たいのよ? 見たいのだわ!」
「童話のように、とっても素敵な恋物語ですものねぇ」
 続いて聞こえた柔和な声に、ファンは今度は真顔で、アリアの背後から飛んできた女性に目を向けた。
「鳳城さ……お母様。海面から顔を出させて、声を聞こえやすくすると説明したはずですが」
「だって、全部吹き飛ばしちゃったじゃない」
「……」
 二人が戦場に近づくのは、予想外だった。とはいえ、来てしまったものは仕方がない。
 蜘蛛の足に乗って、アナンシが三人のところへ上ってきた。順繰りに家族の顔を見てから、咳ばらいを一つ。
「仕事は終わっていないのだよ、君たち」
「もちろん、分かっているわ! 人魚さんたちとわたしの素敵な『家族』が傷つかないように、お歌を歌うのよね!」
「そうだとも、アリア君。だが私たち以上に、人魚の声にアーサー君が苦しんでいるのだよ」
「あら、大変」
 さして緊張感もなく口に手を当てて、那由他。そんな母に、ファンが半眼を向けた。
「お母様、大変ついでですが、あれを」
 指さした先は、海面だった。海域中に生えて蠢く、蜘蛛の足が見える。
 その上を飛び跳ねる、少年がいた。わずかな朝日を受けて、漆黒の髪が輝いている。
 彼の服は、すでに返り血で汚れていた。周囲に浮かび意のままに操られている五十個近くの鋏もまた。
「俺の『家族』を傷付けるヤツは……許さないぜぇッ!」
 救命ボートに近づこうとする人魚が海面に近づいた瞬間、鋏が容赦なく切り刻んだ。無数に現れた異形たちすらも、少年の鋏を前に肉塊と化していく。
 その様子を見た那由他は、頬に手を当てて「あらまぁ、やんちゃですね」などと微笑んだ。
 やがて救命ボートに辿り着いた少年は、軽くボートに飛び乗って、青年ににこやかに言った。
「よう、アーサー!」
「……君は、あの時の」
「そう、ラフィ・シザー(【鋏ウサギ】・f19461)! 無事でよかった」
 血塗れのラフィに、アーサーはあいまいに頷くばかりだった。戦いに巻き込まれて精神を摩耗しているのだ。無理もない。
 ラフィもまた兄弟に漏れず、恋愛についてよくわからない。ただ、そこに様々な可能性があることは理解できる。
 それを、潰すわけにはいかない。何よりも、アーサーは「良い奴」なのだ。
「やっと会えたんだ。絶対無事に助け出してやるからな」
「ラフィ、君まで戦うのか」
「そのために来たんだ」
 短く答えて、ラフィは再び父の作り出した蜘蛛の足に飛び、海面の敵へと鋏を振るう。
「さぁ踊ろうぜ! ここは海がステージだ。足のない人魚だって踊れるさッ!」
 まるで彼自身もダンスを楽しむかのように、ラフィは蜘蛛の足を颯爽と跳び、走り、人魚が反応するより早くその眼前に現れては、片刃の大きな鋏を首に突き立て、切り裂いていく。
 身内の残虐な死を目にしても、人魚たちはそれでも殺意に満ちていた。例え刺し違えてもリリィを殺す、その気迫に満ちている。
 上空から戦いを見下ろして、アリアは首を傾げた。
「なんで悪い方の人魚さんは、あんなに怒っているのかしら? いい方の人魚さんが、恋をしたから?」
 唇に人差しを唇に当てて考え込む娘を見て、那由他は微笑まし気に目を細めた。
 人魚姫という物語は、悲恋の話だ。おおよそハッピーエンドとは言えまい。
 だが、今回はそうはさせたくない。そんな思いが、那由他にはあった。
「物語はハッピーエンドが基本ですもの」
 呟く。その言葉の裏には、愛しい子供たちにバッドエンドを聞かせたくないという思いがあった。
 そのためならば、出来ることはすべてやるつもりだった。
「わからないわ? わからないわ! だってまだ、わたしは恋を知らないのだもの!」
 悩んだなりの結論を出したらしいアリア。大きくため息をついて、「勉強しないと」などと呟く。
 だが、分からないからこそ、アリアは感じていた。その想いが持つ輝きは、海の雫石、真珠の煌めきが如きものなのだと。
 恋する人魚が抱く恋心が、どれだけ大切なものなのかを、それこそが彼女を突き動かす魂の炎であることを、感じ取っていた。
「さぁ、アリア」
 那由他に手を取られ、母を見る。目を合わせ、二人は笑った。
「お歌の時間よ」
「はい、お母様! 重歌奏でる歌姫の歌唱……その真髄を、ご覧あそばせ!」
 朝焼けの空をステージにして、アリアと那由他は声を響かせる。日の光に溶け込む歌は、風となって戦場を巡った。
 美しい二つの歌声が重なり海に広がった刹那、世界が、変質した。
 アリアの可憐な恋の歌は、人魚の絶唱に比べていかにも小さく聞こえたが、その邪悪な力に含まれる狂気を、一切浄化していった。
 那由他が奏でる美しき歌声は、邪神に心を支配されている人魚をもすら、海面から顔を出して聞き入らせる。
 母娘の歌声を聞いたアナンシ、ファン、ラフィの男三人は、その身を風の如く鋭く、速く走らせる。顔を出した人魚たちを、邪神の力を薄められた哀れなる過去の産物たちを、突き刺し、穿ち、切り刻む。
 霊体として現れていた大海魔が、人魚たちの断末魔を力に変えて、徐々にその姿を現す。完全に顕現されてしまえば、厄介なことになる。
 だが、そうはならなかった。天高くより飛来した一筋の黒雷が、大海魔の脳天を割り、その幻影を一瞬で消滅させたのだ。
 遥か高みから海を見下ろすファンは、手に戻り竜の姿となった「クロ」の顎を撫でつつ、蔑むように目を細めた。
「声だけを利用されるとは、邪神の贄も同然ですね」
 ゆっくりと、高度を落とす。母と妹の歌声が近づき、耳に心地いい。それでも視線は、海に浮かぶ人魚の死体に向いていた。
「気の毒とは思いますが、貴女方に容赦をする必要はありません。……海の藻屑と成り果てて下さいね?」
 一匹たりとも、例外なく。常人が見れば卒倒するほどの殺気を眼光に湛えて、ファンは殺人衝動のままに、笑みを浮かべた。
 本来ならば歌で狂気を与える側であるはずの人魚たちは、今や那由他とアリアの歌により、その真正をも完全に奪われかけていた。
 二人の歌声には、あまりにも強い魅力があった。それは、誘惑と言い換えてもいいほどに抗いがたい力だった。
 顔を出せばその身を鋏で切り裂かれ、漆黒の槍で貫かれ、蜘蛛の足に天高くまで放られると、分かっているのに。
 時折降り注ぐ那由他の狐火に焼かれることも、知っているのに。
 もう、人魚たちは抗えない。
 蜘蛛の足に直立して事態を見ていたアナンシは、変質した戦場に、頬を緩めた。
「ふふ、アリア君も鳳城君も何方が人魚か解らないねえ」
 うんうんと一人納得するように頷きつつ、蜘蛛の足を伝ってボートへ。
 辿り着いてみると、リリィなる人魚が震えていた。アーサーはどうしたらよいのかわからず、途方にくれているようだった。
「おや、風邪かね?」
 冗談めかして言うと、振り返ったアーサーはやはり気の利いた返しなどする余裕もなく、助けを求めるようにこちらを見上げた。
「怖がっているんです……たぶん。その、同族の最期を見て」
「ふむ。ならば見なければいいのではないかね?」
 飄々とした物言いに、アーサーが眉間にしわを寄せた。怒っているのではない、単純に分からないのだろう。
 このだだっ広い海の上だ。どこに目をやっても――それこそ上空ですら、リリィの姉妹が死にゆく様は目に入る。
 だが、アナンシは本気だった。目に入るなら、目を覆えばいいのだ。
「抱きしめてあげたまえ」
「……え?」
「君が、彼女の顔を包み込めばいいのだよ。ライフジャケットの前を開いて、中に包み込むように」
 混乱しているアーサーに、考えている余裕はなかった。言われるがままに開いたジャケットの胸元にリリィを抱き寄せる。
「……これで、見えないか?」
 リリィは頷きもせず震えていたが、アナンシは人魚少女の震えが恐怖以外のものに変わったのを感じ、「そう、それでいいのだよ」と呟いた。
 その様子を空から見ていた那由他は、歌を継続しながら頬に両手を当てて、何やら嬉しそうにしている。一方アリアは、やはり歌は歌いながらも、母の急変に眉を寄せていた。
 ラフィとファンも似たようなものである。弟は片刃の鋏、兄は漆黒の槍を手に海面付近で掃討戦を行なっていたが、その手を止めてしまった。
「……兄さん、あれが恋愛ってやつなの?」
「いや、あれは狂気から目を背けるための策でしょう」
 頭を掴んでいた人魚の喉笛を描き切って、血染めの鋏をそのままに、ラフィが怪訝そうに唸る。
「うーんでも、人魚の子、なんか嬉しそうじゃないか?」
「この状況で? ……狂気にやられているのでしょうか……?」
 二人の認識は、今はまだそんなものであるらしい。最も、この異常な状況下においては、ファンの反応は正しいと言えるかもしれないが。
 いろいろと誤解を招く反応をされているとも知らず、リリィは家族を皆殺しにされていく悲しみと想い人の胸に抱かれる夢のような心地に挟まれて、ついには動かなくなっていた。
 静かになる人魚少女に、アーサーが不安を感じているのを、アナンシは察した。蜘蛛の足や家族の攻撃をかいくぐってたどり着いた人魚を一刀のもとに切り伏せてから、刃を背に隠して二人の前に膝をつく。
「すまないが、私たち家族は戦うことで忙しいのでね。その子を君に守ってほしいのだよ」
「あぁ……」
 疲労を隠す余裕もなく頷くアーサーに微笑み、アナンシは次いで、リリィにも声をかけた。
「さぁ、人魚姫。愛しい王子と共に隠れておいで」
 囁くような声は、突如響いた人魚の絶唱にかき消される。増援だ。ここにきてまだ、敵が残っていたらしい。
 アリアの歌によって知らず狂気の耐性を得ていたアーサーは、わずかな頭痛に顔をしかめた。
「大丈夫かね?」
「はい、なんとか……」
「もう少しの辛抱だ、大丈夫。君たちは、ここから動かずにいたまえよ。私の家族が、必ず護ってくれるのだよ」
 蜘蛛の足に飛び乗って、アナンシが空へと上がる。その様子を見送ってからは、アーサーは海を見渡した。
 どこを見ても、死体だらけだ。血も大量に浮いている。そこでは、見知った少年――穏やかながら知性的な兄と、快活で爽やかな弟が、人ならざる力で以て、その身を返り血に染めている。
 空を見れば、彼らの母と妹が、今も手を繋いで歌っている。不可思議な力によって拡散された声は、人魚の不快で恐ろしい声を遠ざけ、アーサーの正気を保ってくれていた。
 この家族だけではない。ほかにも多くの謎めいた連中により、今、アーサーとリリィは生かされている。
 異形と、異形を狩る者との戦い。信じられないような光景だ。その中にありながら、アナンシは無力な一般人である彼に、言ったのだ。
 リリィを護れ、と。
「……」
 自分のために来てくれたらしい少女。その意味するところに気づかないほど、アーサーは朴念仁ではなかった。
 リリィの想いに対してどう答えるかなど、考える余裕はない。ただ、その誠意には向き合いたい。
 腕の中で、リリィがわずかに顔を上げた。海を見ないよう、アーサーと目を合わせる。
 疲れ切った精神を叱咤して、できる限り自然な笑顔を作った。
「……大丈夫。もうすぐ、きっともうすぐ、終わるよ」
 目を泣き腫らしながらも頬を紅潮させて、リリィが小さく、頷いた。
 日が昇る。顔を出した朝日に照らされてなお続く戦いを、アーサーは見つめた。
 疲労で回転しない脳が見せる視界では、空で母娘が高らかに歌い、海では父と息子たちが刃を振るって悪しき人魚と戦う光景が、幻想的に映し出されている。
 ゆらゆら揺れる救命ボートの上で、アーサーはそれらを、まるで童話の挿絵のようだと、ぼんやりと思った。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シン・バントライン
アオイ(f04633)と

アオイの手を握り返す。
「うん、護ろう」
でも本当の事を言うと自分が一番護りたいのは隣に居る女性なのだ。

キューピットってマッチョなん!?と笑いながら突っ込みつつUC発動。
氷の津波に怪物を巻き込み凍らせ粉砕する。
海面を凍らせ足場にして剣でも戦う。
UCが暴走して海に落ちそうになったらアオイに助けてもらう。
「やっぱ海で俺の妻は無敵やな。可愛いところも無敵!」
ダンスでも戦闘でも、彼女と一緒なら自分にとって全てが良い思い出になる気がする。

アーサーに
「自分の人生をお前に捧げた子が待ってるで。
恋は一人じゃ出来んから上手くいくかどうかは別やけど、お前をずっと見てた子がおった事は知っとけよ」


アオイ・フジミヤ
シンさん(f04752)と

(シンさんの手を握って)
護ろうね、……この恋を

UCで星空みたいな羽のあるマッチョの天使を呼び出す
あの人魚の子と意中の彼を攫って

”できる限り空高く舞って、2人を守って”
何者の悪意も届かない深い星海へ

一緒に飛んで2人のもとへ
青年には
この子は敵じゃない
すべてを失っても守りたい人の為にここにいるの
人魚には
守りたいのでしょう、あなたの愛し人を
叶えたい想いがあるならまず生きて

私と私の”夫”に任せて
とても強くてかっこいい人なのよ(微笑んで)

彼の傍で空中から状況を確認して、敵の攻撃を衝撃波で邪魔する
私のひとに手を出すなら海の泡になって消えて
彼が海に落ちそうになったらすぐに抱き上げる



 アーサーの体力が、限界に達した。ぐらりと傾いた青年の体が、慌てる人魚少女の手を抜けて、海へと落ちかける。
「……!」
 支えようにも非力な少女の手では、叶わない。冷たい海に堕ちれば、その命は、尽きる。人魚の顔が、蒼白になる。
 落下するかに見えた青年はしかし、直後に訪れた不思議な浮遊感と共に再びボートに転げ込んだ。
「……? !?」
 違和感に見上げたUDC-Pが、絶句する。そこにいたのは、天使であった。
 朝焼けの空にありながら星空の如き羽をもつ、身長二十メートルはあろうかという、巨大な天使。
 たくましい腕。割れた腹筋。全身どこを見ても筋骨隆々。スキンヘッドの頭。顔にはなぜか、やり切った感があふれる笑顔。
「バッキバキやん!」
 思わず漏れた突っ込みの声は、男性のものだった。見れば、天使の右肩に、金髪に青い瞳の男が立っている。
 その背にもたれるようにして飛ぶのは、藍色の長い髪を靡かせる女だった。アーサーと人魚のリリィを見て、微笑んでいる。
「頼もしいでしょ? 二人のキューピッドだよ」
「キューピッドってマッチョなん!? 体を仕上げすぎやろ!」
 二人とも、楽しそうだった。リリィにはその幸せに溢れた姿があまりにも眩しくて、また羨ましかった。
 あんな風になりたい。この人と――。アーサーを見て、そう思う。
 しかし、甘い空気とは裏腹に、海の中には今も命を狙うリリィの姉妹たちがいた。
 空中にいるとはいえ、怪物を召喚されれば、ここも危ない。近づく邪神の気配に、思わず気を失ったアーサーを抱きしめる。
 怯える人魚の姿を見たシン・バントライン(逆光の愛・f04752)は、隣に飛ぶアオイ・フジミヤ(青碧海の欠片・f04633)と目を合わせて頷き、二人のもとに飛んだ。
 巨大天使の両掌に掬い上げられた救命ボートから、リリィが顔を出す。声には出さず、目で助けを求めているのが分かった。
 アオイはゆっくりと近づき、リリィに優しく声をかける。
「怖かったよね。でも、弱気になっちゃダメ。守りたいのでしょう、あなたの愛しい人を」
 愛しい人。その言葉に、人魚の少女は目を見開き、頬を朱に染め、しかしはっきりと頷いた。
 その仕草が愛らしくて、つい頬が緩んでしまう。隣に立つシンもまた、同じだった。
「後は、俺たちの仕事や」
「うん。私と私の”夫”に任せて? とても強くてかっこいい人なのよ」
 なんの躊躇いもなく褒めちぎるアオイに、シンは空を仰いで照れを封殺した。
 青年はまだ目を覚まさないが、天使の手の中にいる間は安心だ。シンは剣を抜き、海を見下ろした。
「行ってくる。アオイ、二人を頼むで」
「シンさん」
 アオイがシンの手を取った。優しく包み込むように握りしめて、彼の青く輝く目を見つめる。
「護ろうね。……この恋を」
「うん、護ろう」
 手を握り返して、頷く。人魚の恋を護ることが、アオイを護ることに繋がるのならば、何もかもを投げ出す決意は出来ていた。
 天使がさらに高度を上げる。何者の悪意も届かない、深い星海へと。
 微笑みを交わし、シンが跳んだ。海面から顔を出した人魚の群れが、一斉にシンを見上げる。
 口を開き、邪神の力を解き放たんとする敵に一瞥をくれつつ、剣を両手で握り顔の前に構え、目を閉じる。
「力をも入れずして天地を動かし、目に見えぬ鬼神をもあはれと思はせ――」
 唱えた瞬間、海が暴れた。局所的な地震が津波を起こし、邪神を崇める人魚を襲う。
 激しく波打つ海面に弄ばれながらも、敵はシンへ狙いをつけようとしている。海に住まうだけあり、波を起こすだけでは、効果が薄い。
 だが、それで終わりではなかった。金髪を靡かせる黒衣の剣士が、海に降り立つ。
 水面に足をついた刹那、海面が凍った。一瞬で一帯の海を凍結させ、荒れ狂う波はそのままに、顔を出した人魚をも逃すことなく、氷に閉ざす。
 人魚たちが、苦しみに呻く。声が力となり、異形を生み出すが、弱々しい声から作られたそれらは、氷に触れては死にゆく、中途半端な怪物であった。
 シンは暴走の危険がある術による強烈な眩暈を噛み殺して、一人、また一人と、顔を出した人魚を剣で斬り、屠る。
 その一歩一歩が多大な力を放出し、海中までもが氷と化し、人魚の命を凍てつかせていた。
「くっ――!」
 よろめき、剣を氷に突き立てて杖とし、体勢を整える。見上げた先には巨大な筋肉天使がおり、その手からアオイがこちらを見ていた。
「カッコ悪いとこ、見せられへんやろ……」
 再び、氷を歩く。足が凍結した海に触れるたび、命を吸い取られているかのような力の消耗を感じる。
 人魚は放っておいても死ぬだろうが、確実に止めを刺しておきたかった。
 足がふらつく。長くはもたないか。そう考えながら剣を振るい、人魚を切り裂いた、その時だった。
 一瞬――それは一秒にも満たない時間であったが、シンは意識を失った。ふらついて、力の制御が失われる。
 凍った海が、砕け散る。割れた氷に足が取られ、声も上げられず氷海の狭間に落ちていく。
 奈落に消えゆく己を感じ、シンは朝日が照らす空へと手を伸ばした。
「……」
 小さく呟いたのは、謝罪か、悔恨か。彼は一瞬、覚悟を決めた。
 その手が、掴まれる。
「シンさんっ!」
 聞きなれた、聞くたびに安堵する声。躊躇わず、目を開く。青い髪と藍色の翼が、眩しかった。
 最愛の人の手を掴んだアオイは、崩れる氷の海に囚われぬよう、一気に空へと上昇した。力を失った海が溶けだし、渦を巻いてもとの海へと戻ろうとする。
 巨大な渦を形成する海に呑まれていく人魚を見下ろし、シンは手を取ってくれたアオイに、苦笑を漏らした。
「ごめんな。あんなに褒めてもらったのに、めっちゃダサい結果やったわ」
「そんなことない。そんなことないよ、シンさん。すごく――かっこよかった」
 空で抱き合う形になって、アオイが満面の笑みを浮かべる。その表情には嘘偽りが一片もなく、シンはこらえきれず、青の天使を抱きしめた。
「あぁもう! やっぱ海で俺の妻は無敵やな。可愛いところも無敵!」
「シ、シンさん、声が大きいよ! みんなにも聞こえちゃう、アーサーさんたちにも……」
「聞かせたったらええねん。俺の本心や!」
 徐々に穏やかさを取り戻しつつある海の上で、抱き合い頬を寄せ合う二人の姿を、仲間の猟兵が見て見ぬふりをしたかどうかは、また別の話であった。
 ひとしきり笑い合ってから、二人はそのままの姿勢で海を見下ろした。朝の潮は、先ほどまでの戦いが嘘のように、静かに波打っている。
 人魚は、全滅したのだろうか。邪悪な力の波動は、感じられない。
「終わった、のかな」
「あぁ。……いや、終わりやない」
 シンが見上げる。今もいい笑顔で天に佇むマッスル天使の掌を、じっと眺めた。
「始まりや。これから始まるんや」
「うん、そうだね」
 頷いて、アオイは翼を羽ばたかせた。天使の手の中へと、シンと共に舞い上がる。
 筋肉質な掌の上で、しぼんできた救命ボートにいたアーサーは、目を覚ましていた。上半身だけを起こして、朝日を見ている。その隣には、人魚の少女もいた。
「アーサー、無事か?」
 シンに聞かれて、青年は酷く疲れた様子だが、はっきりと頷いた。
「えぇ、なんとか」
 彼は、何かを諦めている。それは目を見れば明らかで、シンとアオイは互いに頷き合って、アーサーたちと正対した。
 波音だけが聞こえる海の上で、アオイが静かに話し始める。
「もう知っていると思うけど……この子は、敵じゃない」
「俺を、助けに来てくれたと。そう聞きました」
「うん。すべてを失っても守りたい人のために、この子はここにいるの」
 尾びれが乾いているからか、人魚少女も疲れた顔を見せていた。それでも健気にアーサーへと寄り添う姿に、アオイはとても共感した。
 隣で肩を寄せる人魚に軽く目をやり、アーサーはため息をつく。
「本当に、全部を投げ捨てたんですかね、リリィは」
「……そうやな。彼女は自分の人生を、お前に捧げたんや」
 はっきりと告げるシンに、青年は赤い太陽に茶髪を輝かせながら、「あぁ」と天を仰いだ。
 今にも倒れそうなほど、意識が虚ろに見える。リリィが心配そうに顔を覗き込んでいるが、シンとアオイはじっと彼の言葉を待った。
 ややあって、青年はゆっくりとリリィを見つめた。
「正直……なんで俺なのか、今でも分からないです。でも、知ってしまった。俺はもう、知らない自分でいることは、できない」
 それは、UDC――すなわちオブリビオンの存在のことなのか。それとも、リリィの恋心に対してなのか。
 きっと、どちらもなのだろうなと、アオイは思った。
「シンさん、アオイさん。俺は、彼女を……リリィを、どうすればいいでしょうか」
 その問いに、リリィの肩がびくりと震える。不安と期待が入り混じった複雑な顔で、彼女もまたアーサーと同じように、猟兵の二人を見上げてきた。
「それは……」
「知らんわ、そんなん」
 アオイの言葉を遮るように、シンが言った。彼は半眼をアーサーに向けていた。
「なんで自分らの関係を、俺とアオイが決めんねん。それを決めるのはアーサーとリリィやろ」
「……」
「そうだね。うん、そうだよ」
 何度も頷いて、アオイはリリィの傍に膝をついた。何かを言いたげだけれど我慢している少女の髪を、そっと撫でる。
「あるのでしょう? 叶えたい想い」
「……!」
 涙目で赤面しながらも、リリィは一生懸命に頷いた。
 その様子を見ながら、アーサーはぼんやりと「そうか」と呟いた。眠りにつきそうなほど、弱々しい声だった。
 徐々に高くなりつつある太陽に手をかざしながら、シンは振り返ることなく、青年に告げる。
「アーサー。さっきも言ったように、俺とアオイに二人のこの先は分からん。だけど、これだけは言っておくで」
「はい」
「暗い海の中から、お前だけをずっと見てた子がおった。そのことは、知っとけよ」
「……はい」
 言うまでもないことかもしれない。だからこそ、言い聞かせておきたかった。
 どんな形になろうとも、アーサーが誠実な答えを出してくれることを期待している。あとは、彼らの道だった。
「シンさん」
 アオイが呼んだ。海の一点を指さしている。
 船があった。巡洋艦だ。UDC組織のものであることは、すぐに分かった。
 この後、リリィは組織に引き取られることになるだろう。猟兵は彼女の能力について、対処法の研究など、様々な協力をすることになる。
 アーサーも当事者として、一時的に拘束されるはずだ。
 シンの手をアオイが握った。彼もまた、柔らかな掌を握り返す。言葉には出さずとも、二人の想いは同じだった。
 人魚の恋を、淡く儚い泡と消えさせたくない。
 近づく巡洋艦を見つめて、ただそれだけを、願っていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『UDC-P対処マニュアル』

POW   :    UDC-Pの危険な難点に体力や気合、ユーベルコードで耐えながら対処法のヒントを探す

SPD   :    超高速演算や鋭い観察眼によって、UDC-Pへの特性を導き出す

WIZ   :    UDC-Pと出来得る限りのコミュニケーションを図り、情報を集積する

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


※マスターページにルールとボーナスについての記載があります。

◆UDC No.3853-P
◆UDC危険度:低
◆収容状況:高

◆収容プロトコル:UDC_No.3853-Pは現在、特殊巡洋艦「ケージ786」内に存在する大型水生生物用収容室に収容されています。収容室は一部通気口を除き、高度防音壁に覆われています。
 水槽内は常に新鮮な海水で満たし、日に三度、海水魚類の切り身を400gずつ与えてください。収容室内は常に高湿度に保ち、No.3853-Pの体の乾燥を防がなければなりません。
 世話を担当する職員は、No.3853-Pに心的ストレスを与えないため、すべて女性である必要があります。
 直接的間接的問わず、いかなる場合も、職員はNo.3853-Pの「声」を聞くことを許されていません。二秒以上「声」に晒された職員は、中度の記憶処理を施されます。「声」を聞くことは、その危険性を回避できる猟兵にのみ許されています。
 監視カメラの類は、多くの女性職員による要望とNo.3853-Pの非攻撃性を鑑み、設置の必要性なしと判断されました。
 No.3853-Pは「リリィ」と呼称されることを好みます。接触が許可された職員は、この名で呼ぶことが推奨されています。

◆説明:No.3853-Pは、猟兵の予知をもとに立案され、19年12月■■日に北緯49°西経165°の太平洋航路で行なわれた「リトル・マーメイド」作戦により捕獲、収容されました。
 上半身は10代後半と見られるヒトの女性、下半身は魚類の特徴を保有しており、歩行は不可能ですが水中では意のままに移動が可能です。地上水中ともに呼吸ができますが、水中での呼吸をどのようにして行なっているかは不明です。
 手はヒトと同様に扱えますが、器用ではありません。また、現在のところ、識字能力は持っていないことが確認されています。
 首と尾びれの動きによって、ある程度の意思疎通が可能です。

 非攻撃型UDCで、人類に対し友好的です。各種研究調査に対して非常に協力的な姿勢を見せています。猟兵の証言に基づく検討の結果、UDC-Pとして分類されることが決議されました。
 ただし、声帯から発せられる音声には精神を汚染する何らかの波動が含まれており、対策なしに直接聞くことは発狂の危険を孕みます。また、「声」の大きさが80dBを超えると、毎回形状の異なる未知のUDCを発生させます。異常UDCが発生した場合、即座に殺処分し、死体を焼却しなければなりません。
 No.3853-PはNo.3853-P-Aに強い好意を抱いており、カウンセリングを担当した猟兵によれば、常に面会を求めています。接触による偶発的収容違反の危険がない場合にのみ、自由な面会が許可されています。

 No.3853-P-Aは、アメリカ合衆国ニューヨーク州出身の二十二歳のコーカソイド男性です。身長は176cm、碧眼に短い茶髪という特徴を持ちます。捕獲作戦に巻き込まれたことにより体力を消耗していますが、健康状態は良好です。
 職員のインタビューに対し、No.3853-Pに極めて友好的な態度を示し、対象を「命の恩人である」と表現しています。時折、No.3853-Pからの面会要請に応じ、数十分程度、収容室に滞在しています。
 清掃が得意のようですが、収容室の清掃担当に就かせるという職員からの提案は、No.3853-Pが拒否しました。

 No.3853-Pは今後、オアフ島近海の海上収容施設に移転される予定です。No.3853-P-Aへの記憶処理等の処置については、担当研究員により保留されています。

※1 No.3853-Pの「声」への対処マニュアルの作成が、猟兵により提案されました。
※2 対処マニュアル作成委員会が設置され、猟兵の協力による対処研究が開始されました。担当研究員はマシュー・S・バリモア博士です。

マシュー博士の発言ログ:何も心配はいらない。彼らに任せておけばいい。



 ここは、生まれ育った海に比べたらとても狭い。少し泳いだだけで、すぐに固い岩にぶつかってしまう。
 広さに不満はあるけれど、それでも私は、安堵していた。
 ここにはもう、残虐な姉妹はいない。食べ物もくれるし、人間の精を食べずに生きていけることも分かった。
 でもまだ、不安はある。
 アーサー。私の大好きな人。水面を尾びれで叩いてお願いすれば、時々会いに来てくれる。
 あの人は、私をどう想っているのだろう? 楽しい話を聞かせてくれるし、笑顔も見せてくれるから、嫌われてはいないと思うのだけど。
 私は人魚。彼は人間。一緒に生きることが、できるのだろうか。
 陸を歩けず、声に宿る神様の力のせいで、お話もできない。そんな私がアーサーを好きでいることは、許されるのかしら。
 もしもアーサーがいなくなってしまったら、私は、どう生きていけばいいの?
 あの人以外に、夢も希望もないのに。
 そんなことを、いつも考える。ずっと一緒にいられると分かれば、こんな思いも消せるのに。
 猟兵がやってきた。毎日、私の声を調べているらしい。彼らの力を借りれば、アーサーと話せるようになるかもしれないと、淡い期待を抱いている。
 狭い海から飛び出して、白く広い、ツルツルした石の上で、私は猟兵たちを出迎えた。
 彼らが私のために作っているという「対処マニュアル」なるものに、一縷の望みを託すために。
ウーナ・グノーメ
SPD判定

・No.3853-Pの「声」の異常性を無力化する目処は立っていませんが、「直接」曝露しなければ精神的な影響を与えないことが、リトル・マーメイド作戦によって判明しています。霊的な加護を持つ物質を介し、ろ過するように異常性を除去することは可能と考えられます。拡声機能があればなお良いでしょう。

・例えば、電話は声を電気信号に変換し、その後音声へと戻すことで会話を行う機器です。この仕組みを応用し、神的、霊的な素材を用いた通話装置の作成、及び猟兵を用いたテストを提案します。

「これでダメなら……原始的すぎますが、筆談も考慮するしかないのです」

ペンを念動力で動かしながら、妖精はそう唸るのであった。


雛菊・璃奈
やっぱり精神汚染がネックだね…。
シホさんが戦闘中にアーサーさんを守った時みたいに何等かの精神防壁を張るか、逆にリリィさんの発声に力を遮断するフィルタを掛ける形が良いかも…できれば両方…。
精神防御は防御術式【呪詛、オーラ防御、呪詛耐性、高速詠唱】を応用すればなんとかなりそうだけど…。
フィルタも【破魔】を組んだ術式の応用でなんとかいけるかな…?

…ところで、マニュアル作ろうとしてる所で身も蓋も無いんだけど…リリィさんに関してはわたしの力…【共に歩む奇跡】で共存できる形に最適化するのはダメかな…?
アーサーと共存できるように最適化できれば、多分、陸上への適応とか声の力も弱められるんじゃないかと思うし…



 組織によってNo.3853-Pと分類された人魚の少女、リリィは、二人の猟兵と対面していた。
 ウーナ・グノーメ(砂礫の妖精・f22960)と雛菊・璃奈(魔剣の巫女・f04218)だ。ウーナはその身を淡い黄色のオーラで包み、呪詛から身を守っていた。
 魔剣の巫女たる璃奈にとって、リリィが口から放つ程度の呪力は脅威にはならない。無論、油断はしないようにしているが。
 水槽から上半身だけを出して白い床に乗り出す人魚に、オーラの中で小さな書類を見返していたウーナが、「ふむ」と考える素振りを見せた。
「現状、『声』の異常性を無力化する目途は、やはり立っていないのです」
「敵意はないけど、精神汚染がネックだもんね……。なんとかしてあげたいけど……」
 狐の尾を揺らして、璃奈。彼女は普段からあまり動くことのない表情に、わずかに同情の念を含ませていた。
 船にリリィが乗ってからすぐに、璃奈は【共に歩む奇跡】による最適化を図ろうとした。
 呪符の内部に取り込み、彼女の能力を人の身と同等にしようと試みたのだが、うまくいかなかった。リリィが接続する邪神の力が抵抗を示し、呪符に入ることができなかったのだ。
 リリィの声は、邪神に捧げ邪神を召喚するための呪力そのものだ。耐性や対策なしに聞こうものなら、並の人間では数秒と持たずに発狂することが、ウーナが手にしている実験ログに書かれていた。
 妖精サイズに縮小コピーされた紙を熟読しつつ、大地の妖精は独り言のように口を開く。
「声に対して『直接』曝露しなければ精神的な影響を与えないことが、『リトル・マーメイド』作戦によって判明している」
「みんながアーサーさんに施してた、結界のこと……?」
「はいなのです」
「何等かの精神防壁を張るか、逆にリリィさんの発声に力を遮断するフィルタを掛けるか……。できれば、両方……」
「霊的な加護を持つ物質を介し、ろ過するように異常性を除去することは、可能と考えられるのです」
 戦闘中の出来事を振り返りつつ話し合う二人を、リリィはきょろきょろと見ていた。
 組織の船に拾われてからすぐに、猟兵たちの対処マニュアル作成が始まった。そのことはリリィにも話してあるし、彼女も承諾の上だ。
 ただ単に組織の中で生きていくだけならば、職員が徹底的に防音するなど、リリィの声を遮断する方法だけを考えればいい。マニュアル作りは簡単だったことだろう。
 しかし、ウーナや璃奈、猟兵たちが考えていることは、そうではなかった。あくまで、彼女と共に生きる道を模索していた。
「人と会話をするための装置開発。研究員に提案してみるのです」
「そうだね……。最初の一歩としては、最上かも……」
 頷き合って、二人はきょとんとしている人魚少女に「待っていて」と告げ、収容室を後にした。
 ウーナの提案はすぐに許可された。あらゆる通信機器が用意され、それらを元に呪力の信号化し廃する実験が始められる。
 無線機、ラジオ、スマートホン……様々な通信機器の中から、璃奈は一つを手に取った。
「これがいいと思う……。破魔のフィルタが馴染んでる……」
 それは、あまりにも古い形の、黒電話であった。
 霊的な力が馴染むのは当然で、これはただの回転ダイヤル式電話ではなく、UDCオブジェクトの一つだった。
 その特徴は、毎日十八時二十二分に、「タチオカ」と名乗る老婆から、電話がかかってくるというものだった。電話線を切っていようとお構いなしに、である。
 日本の田舎で発見されたこのオブジェクトを解析した組織は、タチオカという行方不明の老婆の捜索を行ない、孫と思われる子供の遺体を抱くように倒れる亡骸を発見。以後、黒電話は非活性化し、電話は鳴らなくなったという。
「……お婆ちゃんの霊力が、馴染んでいたんだね……」
 電話を撫でつつ、璃奈はその送話口に破魔の術式を組み込んだ。送受話器が淡く輝き、やがて光を吸収するかのように黒に戻る。
 その様子を見てひとり納得したように頷いていたウーナは、次の段階だと、補佐の研究員に指示した。
「後は、受信側なのです。ここのスピーカーにも出力できるようにしてほしいのです」
 その作業は簡単だった。もともと電話機としてなんら不調のない黒電話だ。一時間も経たずに、接続は完了した。
 黒電話を収容室の白い床において、実験が始まる。念のためスピーカーを設置してある管理室から組織の職員を退出させ、ウーナは収容室内に向けて、マイクでアナウンスをした。
「始めるですよ。璃奈さん、電話の使い方を教えてあげて欲しいのです」
「わかった……」
 返答は、電話機越しの音声で届いた。音声出力に問題はない。あとは、リリィが話して、どうなるか。
 自分の体をオーラで薄く覆って、人魚の声を待つ。璃奈が送受話器の持ち方などを説明する声の後、別の少女の声が聞こえた。
「あ……あの、これで、聞こえる?」
 それは、とても柔らかく愛らしい少女の声だった。管理室で、ウーナは頷き、オーラを解いた。
「はい。聞こえるのです。はっきりと」
「私の声――危なくないですか? 神様の力があるから」
「それをろ過する実験なのです。そして、実験は成功なのです」
 収容室内に聞こえるウーナの言葉に、璃奈は胸を撫でおろした。これで、とりあえず職員との意思疎通は問題なく行なえるようになった。
 時間経過による呪力の蓄積がないかどうか、ウーナとリリィはその後もしばらく会話を続けていた。
 人間――二人は種族が違うが――と話せることがとても嬉しいらしく、人魚の少女は目に涙を浮かべて話し続けた。
 その様子を隣で見つめて微笑んでいた璃奈は、一瞬だけリリィの顔が曇ったのを確かに見た。
「リリィさん……?」
「あの、あのね。お話しできるようになったのは嬉しいんだけど……やっぱり、顔を見て話しをするのは、難しいですか?」
 その意味するところは、ウーナも璃奈も十分に分かる。電話越しでは、アーサーの顔を見れないのだ。
 すぐそばにいるのに、壁で隔たれた声のみでしか話せない。それはあるいは、海から見つめるだけだった日々より、切ないかもしれない。
 しばしの沈黙の後、ウーナは自分の顔ほどもある管理室のマイクに向かって、静かに言った。
「焦ることはない。こうして一つ一つ積み重ねていくことが大きな結果に繋がることを、わたしたちは知っている」
 それは、幾多もの世界を飛び越えて激戦を繰り広げ、悲劇を救ってきた猟兵たちの総意でもあった。
 諦めなければ、必ず道は切り開ける。璃奈はリリィの隣で、力強く頷いた。
「わたしたちに任せて……。アーサーさんに、面と向かって想いを伝えられるように、きっとなるから……」
「……はい」
 不安な思いを押し殺すように、リリィは受話器を抱きしめて、何度も何度も頷いていた。


◆実験ログ:通話実験は成功しました。UDC_No.■■を利用して作られた通話装置によって、No.3853-Pの能力は99.25%無効化されました。現在、管理室内でのみNo.3853-Pとの通話が可能です。

◆「声」対策マニュアル ※1:No.3853-Pにインタビューする際は、必ず通話装置を使用させ、管理室内のスピーカーまたはヘッドホンから音声を聞くようにしてください。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​

佐伯・晶
アーサーの本心を知りたいな
方法の有無や難度の高低より
本人の意志が重要だと思う
それがあれば科学は案外
解決策を用意できると思うよ

博士にも頼んで食事に誘おう
僕の事情も話し本心と覚悟を聞くよ
信じて貰えるよう博士に証言を依頼
神様と違って1人の力は限られてるけど
力を合せられるのは人間の力だと思うから
状況が許せば酒の力も借りようか
飲みやすく度数の高い日本酒を持ち込もう
偶には思いを吐き出すのも大事だよ

リリィは邪神に頼もうか
価値観的に相談しやすいかも
邪神は僕と融合して
多少は人間の価値観を知ったようだから
酷い事はしないと思う

宵闇の衣の素材を創って渡し
思い人に贈り物を作るとかどうかな
耐性の効果は博士に相談しておくよ



 夜。時間に合わせて満月の夜程度に明かりを調整された収容室に、誰かが入ってきた。
 水中でうとうとしていたリリィは、猟兵かアーサーが来てくれたのだと、眠い体を揺らがせて水面へ向かう。
 顔を上げて、思わず悲鳴を上げてしまった。声に合わせて召喚された異形は、即座に現れた人影に踏みつぶされる。
「はしたない声をあげないの」
 クスクスと笑いながら、その少女は言った。
 黒衣の――宵闇のそれに近い黒を纏った金髪の少女は、青い瞳を細めて、怯えるリリィの目を覗き込む。
「大丈夫。私はあなたの味方ですわ」
 そう言われても、リリィの震えは止まらない。それはそうであろう。
 目の前にしゃがみ込んで笑う、この少女の気配。それは、紛れもなく。
「かみ、さま」
「ふふ、そうよ。私は『神様』ですわ」
 邪神の少女は微笑んで、その両手に漆黒の布を生成し、白い床に置いた。濡れている場所に置かれたはずなのに、黒い布地はまったく水を受け付けていない。
 困惑するリリィの前で、邪神少女が立ち上がる。水槽に背を向けて扉へ向かいつつ、彼女は言った。
「それをあげますわ。とっておきの素材で、想い人にマフラーでも編んで差し上げたら?」
「まふらー?」
「分からなければ、『晶』に聞きなさいな。彼にはよく言っておくから。……それじゃあね。また来ますわ」
 そう言い残して、邪神は去っていった。消えゆく強大な神の気配にほっと息をつきながら、黒い布に恐る恐る手を触れる。
 絹のように柔らかく、空気のように軽い。そして何より、リリィの力に反発を示している。
 もしかしたら、これがあれば――。そんな期待が、人魚少女の脳裏を過ぎる。
「マフラー……」
 明日の朝一番に、女の人に聞いてみよう。そんなことを考えながら、リリィは水中に身を沈め、目を閉じた。



 巡洋艦内には、長期航行で職員がストレスに晒され過ぎないよう、娯楽施設がいくつか用意されていた。
 このバーも、その一つだ。とはいえ、酒もつまみも自分たちで用意する必要があったが。
 一番奥まったテーブルに、人影が三つ。人魚の想われ人であるアーサー・ウッドソンと、「声」対策担当研究員のマシュー・S・バリモア、そして猟兵の佐伯・晶(邪神(仮)・f19507)である。
 アーサーの本心を聞き出すために、晶が用意した席だ。本人の意志如何によっては、科学による解決策は一気に近づくと踏んだのだ。
 晶は自身の身の上について話した。即ち、邪神と融合しているということだ。
 あの日、登山中に不思議な石像を見つけた。その石像こそが、封印された邪神であった。
 封印から逃れようと依代を探していた邪神は、晶と強引に融合した。必死に抵抗し、人格まで乗っ取られる事は避けたものの、その肉体は邪神の姿である少女のものに変化してしまった。
 信じられないだろうと思いながら話したが、案の定アーサーは怪訝な顔を崩そうともしなかった。これにはマシューが手助けをしてくれた。
「彼女――失礼。彼の言葉は本当だ。私たちは、その『邪神』を相手に研究をしている。僕自身も、晶の中にいる邪神と正対したことがある」
「あれは大変だったね」
 苦笑して、晶はワイングラスに注がれた日本酒に口をつけた。
 アーサーはまだ困惑していた。しかし、戸惑いながらも受け入れようとしてくれている。それだけでも、十分にありがたい。
 しばし唸っていた青年は、酒を呷って、息をついてから晶を見た。
「その、邪神との融合とやらで……君は、苦しんだかい?」
「まぁね。今でも早く元に戻りたいと思うよ。これは僕の体じゃないし」
 腕をポンと叩いて、晶は肩を竦めた。邪神の恩恵はあるし、猟兵としての活躍も彼女の力によるところが大きいが、それでも現状維持に甘んじたいとは思っていない。
 だが、共存しているのは事実だ。昨夜、邪神は自分の力を結晶化させたらしい黒衣の素材をリリィに渡してくれている。これも、晶が手助けを頼んだからに他ならない。
 自身の置かれている境遇は少々特殊だが、それでも晶は断言できた。
「リリィは人魚――人じゃない。だけど、共存はできる。現に彼女は、君と一緒に生きたいがために努力してくれているんだ」
「……分かってるさ」
 わずかに苛立ちを込めて、アーサーが吐き捨てた。ナッツをいくつか手に取り、口の中に放り込む。
 咀嚼し呑み込み、それでも出てくるのは、ため息だった。
「分かってる。でも……じゃあどうしたらいい? 俺は、リリィや君たちに何を求められているんだ?」
「求めているわけじゃ」
「ならなんで、俺とリリィを近づけたんだ? 船が襲われる前に対処することだって、君たちの力ならできたはずだろ?」
 それは、難しいのだ。グリモアの力を持つ猟兵による予知は、その前に事象へ干渉してしまえば外れる可能性が高くなる。
 だが、それを話したところでややこしくなるだけだ。晶は「困ったな」と呟いて、日本酒をアーサーのグラスに注ぎ足した。
「まぁ……そんなに複雑な感情じゃないさ。応援したいだけだよ、リリィを」
「……結局それか」
 恋愛感情。そこに着地点があることに、アーサーは悩んでいるようだった。
 だが、どうにも彼の本音が見えない。リリィをどう想っているのだろうか。
 ストレートに聞くわけにもいかないと言葉を選んでいた晶は、黙って聞いていたマシューが発した突然の一言に目を丸くすることになる。
「君はNo.3853-Pが好きなんじゃないのか?」
「は、博士!? 直球過ぎる――」
「遠回しに聞いても仕方あるまい。僕は恋愛については疎いが、君は自覚しているんだろう? だから悩んでいるんだろう。どう想っているんだ、No.3853-Pを」
 ちなみに、彼は素面である。
 しばしの沈黙の後、アーサーは天井を見上げて「あぁ、くそ」と呟き、腕で目を覆った。
 泣いているわけではないだろう。ただ、思考が定まらないほどに考え込んでしまっているのだ。
「……命の恩人だとは、思ってるよ。リリィを助けたいと思う」
「それは好きだからじゃないのかい」
 マシューに再度聞かれて、アーサーは首を左右に振った。
「そういうのじゃ、ない。と……思う。分からないんだ。あんなことがあった後だから、気持ちがずっと混乱していて。自分の心が、分からないんだ」
 分からないことに、悩んでいる。その中にはきっと、大きくなりつつあるリリィへの想いもあるのだろう。
 度数の強い酒をまた飲み干して、アーサーはソファに寄りかかり、目を閉じた。
「分からない……。でも、助けたいんだ――リリィ――」
 声は小さくなっていき、やがて寝息に変わる。晶とマシューは目を合わせ、苦笑を零した。
「こんなもんかな。本音は聞けた。ありがとう、マシュー博士」
「役に立てたようで光栄だ」
 眠りに落ちたアーサーに毛布を掛け、二人は薄暗いバーから、日常の明かりへと向かっていった。

◆実験ログ:猟兵より提供された「宵闇の衣」の素材を用いたマフラー作成が許可されました。女性職員の教導のもとNo.3853-Pの手で編まれていますが、その手先が不器用なために、進捗は芳しくないようです。
◆マシュー博士の発言ログ:「衣」の素材が、「声」をある程度吸収無効化することが確認されている。うまく活かせよ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

セルマ・エンフィールド
おや、この署名は……マシューさんにも信頼されているようですし、頭を捻るとしましょうか。

私が手を打つなら【氷枷】によるUC封印でしょうか。元々は歌で邪神を呼ぶUCが元凶、うまくそれだけを封じられれば一時的ですが会話ができるかと。封印中は声自体が出なくなる可能性もあるので要検証ですね。

ただ成功してもあくまで一時しのぎ。例えばこの施設の外で並んで街を歩く、となると根本的な解決が必要でしょう。

他の猟兵が歌に狂気への耐性をのせていたと聞きました。
あなた自身がそれをできるようになり、邪神の狂気とうまく相殺できれば……道具や猟兵の手を借りずとも2人だけで話ができるようになるのではないでしょうか。



「あ、あー。どうかな、なんともない?」
 氷の首枷をつけた人魚の少女の言葉にセルマは頷いた。
 リリィの「声」が持つ力は、単純に封じることだけならば容易だった。ユーベルコードで作り出した首枷により、その威力を減少させた。
 もとよりオブリビオンとしては相当弱いリリィだ。本来ならば手枷と足枷があって初めて敵の力を封じられるのだが、彼女には首枷一つで事足りてしまった。
「声が出にくいと感じることは、ありますか?」
「……少し、喉に引っかかります」
 力技で封じているのだ。何かしらの影響が出ることは想定の範囲内である。
 とはいえ、思っていたよりも良い結果だ。聞く限り声に濁りもないし、呪詛に対して耐性を持たないセルマにも、頭痛や眩暈といった狂気の初期症状も出ていない。
「これならば、コミュニケーションが取りやすくなるでしょう。許可さえ下りれば、アーサーさんとも会って話すことができますよ」
「……!」
 にわかに明るい笑顔になって、水面を帯びれで打つリリィである。よほど嬉しいのだなと思いつつも、その喜びがどのような質なのか、セルマには分かりかねた。
 とはいえ、だ。セルマは淡々と、喜ばしくない事実を口にする。
「それは永続的なものではありません。効果時間が切れてしまえばそれまでですし、何よりも、私がいないと首枷を作れませんね」
「……そう、なんですか」
「えぇ」
 隠していてもしようがないので告げたのだが、リリィの落ち込み用は凄まじかった。下を向き、尾びれも水中に沈んでしまっている。
 気落ちさせるつもりはなかったのだが。セルマは唸った。
「恋愛感情について、私は詳しくありません。そのために、リリィさんがどうしたいのかが見えてこないので、教えていただけますか」
「どうしたいか、ですか?」
「はい。アーサーさんと、どうなりたいか」
 やはり表情は変えないセルマに、人魚少女は顔を真っ赤にして俯いた。大人しい印象だが、感情表現は豊かである。
 しばらく考えてから、リリィは頬を朱に染めたまま、顔を上げた。
「例えば、その。海の底を手を繋いで泳いだり、朝日がキラキラする浅瀬で踊ったり」
「アーサーさんが水圧で死にますね」
「……そうなの?」
「えぇ」
 眉一つ動かさずに頷くセルマである。リリィは難しそうに俯いて、「そっか」と呟いた。
 夢を打ち砕くことは申し訳なかったが、彼女がアーサーと海で暮らすことは、まず不可能だ。共存するとしたら組織の保護下にいるのが一番いいはずだ。
 それはそのうち自身で分かるだろうから、セルマはあえて言うことはしなかった。ともかく今は、声への対策を考えなければならない。
「ふむ。あなたもユーベルコードが使えるのですから、そこに光明を見出してみましょうか」
 首を傾げるリリィに、セルマは軽く目を閉じて、先の海上戦を思い返した。
「……猟兵が、歌に狂気への耐性をのせていたと聞きました。それによって、アーサーさんを守っていたと」
 それは、リリィも知っているようだった。明け方の海に奏でられた少女と女性の歌声が、アーサーを邪神の力から遠ざけていたのだ。
 熱心に頷く恋する人魚に、セルマは続けた。
「あなた自身がそれをできるようになり、邪神の狂気をうまく相殺できれば……道具や猟兵の手を借りずとも、二人だけで話ができるようになるのではないでしょうか」
 それはすなわち、リリィに強くなれと言っているのと同じことだった。自身に繋がる邪神を抑える力をつけろ、ということなのだから。
 しばし考え、彼女は自信なさげに、しかしはっきりと頷いた。
「やって……みます。私、練習します」
 それは、強い決意が漲った声音であった。口に渦巻く邪神の力が、氷の首枷に吸い込まれて、消えていく。
 リリィの決心を受けて、セルマはわずかに口元に笑みを浮かべた。
「分かりました。私の仲間に呪詛や魔術に詳しい人がいますので、あとで伝えておきましょう」
「はい! ……あの」
 早速動こうとしたセルマの背を引くような声が、白い収容室に鳴った。振り返ると、リリィがきれいな瞳でこちらを見つめていた。
 首を傾げると、彼女はわずかに逡巡してから、小さく言った。
「どうして、私によくしてくれるんですか? 私は――」
「あなたが邪神の眷属であることは、当然承知しています。あなたの中にある危険性もまた」
 目を背けられない真実だ。だが、だからこそセルマは迷いのない口ぶりで、人魚の問いに答える。
「ですが、それはあなたの能力の話。リリィさん自身が危険であるかどうかは――まったく別の話です」
 まっすぐセルマの目を見るリリィへと、わずかに微笑んだ。
「あなたと話していて、あなたが優しい人だと分かった。だから、私は手伝います。きっと他の猟兵も、そうだと思いますよ」
 それでは、とあっさり告げて、セルマは今度こそ、収容室の扉に向かう。
 重い自動ドアが開く瞬間、囁くような声で聞こえたお礼の声は、漣のように優しかった。


◆実験ログ:猟兵のユーベルコードによる「声」の一時的封じ込め実験が成功しました。ただし、その有効時間はNo.3853-Pの発言量に反比例して減少します。

◆実験ログⅡ:No.3853-Pが「声」をコントロールするための訓練が、猟兵により提案されました。議会での承認を待っています。

成功 🔵​🔵​🔴​

露木・鬼燈
恋路について何か言える程の経験はない。
対処法の確立をがんばるしかないかな。
さて…どうしたものか?
邪神との接続を切るのはダメ。
出力された力を弱めたり浄化するのはセーフっぽい。
声はダメで、行動で発生する音は問題ないと。
んー、念話をベースに思念を読み取りデジタル信号に変換。
それを機械で音として出力する形ならいけるか?
念のため信号も複数の音に分解。
受信側でそれを合成する形でどうだろう?
サンプリングや分析をがんばれば肉声に近づけられるよね。
受信機はヘッドフォンをベースにするといいと思う。
発信と受信、双方の装置に浄化用の術具を仕込んでおく。
術具は交換が容易なカートリッジ式がいいと思うです。
こんな感じかな?



 人魚少女は、想い人と何が何でも話したいらしい。その気持ちを理解するほど露木・鬼燈(竜喰・f01316)に恋愛経験はないが、対処法の確立になら貢献できると思っていた。
 とはいえ。収容室に置かれた黒電話を見て、鬼燈は唸った。
「さて……どうしたものか」
 隣の管理室であれば、この電話機を通して会話ができる。しかし、万が一機器が故障した場合を想定して、音声は室外に漏れ出ることがないようにもなっていた。
 もし管理室で発狂者が出た場合、出入り口を封鎖した上で「処理」できるように、とのことだ。
「組織らしいね」
 基本的に、慈悲はない。ただUDCの安全な収容が出来ればそれでいいというのが、組織のスタンスだ。
 それに共感する部分は多くあるが、今回に限って言えば、感情の面を優先する必要もあるだろう。人魚少女、リリィの行動原理が、まさしく感情なのだから。
「うーん、でも難しいね」
 鬼燈が取り組んでいるのは、彼女の「声」と映像を室外――即ち、アーサーのもとに届けるための実験だった。
 黒電話を介した音声をデジタル信号に変換し、携帯電話に送信するという実験は、失敗した。音声への再変換に失敗し、ノイズの嵐になってしまうのだ。
「んー、念話をベースに思念を読み取りデジタル信号に変換。それを機械で音として出力する形ならいけるか?」
「脳波を読み取る要領でしょうか」
「んまぁ、似てるかな。でもちょっと違うっぽい」
 大量の機材を収容室に運び込み、助手の研究員たちとガチャガチャやっている鬼燈を、人魚は水槽から顔を少しだけ覗かせて、不安そうに眺めていた。
 あれやこれやと話し合いながら、鬼燈は設置が完了した受信機に浄化用の術具を組み込む。万一思念にも邪神の力が紛れ込んでいたとしても、これで薄めることができるだろう。
 リリィに直接取り付けるカチューシャタイプの防水思念発信機にも術具を取りつけて、準備は完了した。
 ヘッドホンを着用した研究員たちが、受信機を起動させていく。鬼燈もまた耳に無線式イヤーモニターを装着して、発信機を手にリリィへと近づいた。
「じゃ、実験するですよ。これを頭につけて」
「……?」
 言われるがままに、リリィは発信機を頭に乗せた。違和感があるのだろう、少々嫌そうな顔をしていたが、すぐに慣れたようだった。
「よし。それはリリィさんの念波を機械に発信する装置です。心の中で会話をするって感じかな。思うのとは違うんだけど、言葉を額に集めて放つイメージで――」
 念話のコツを教えると、彼女はすぐに飲み込んだ。一族では非力だったとはいえ、さすがに邪神の巫女と呼ぶにふさわしい存在だっただけのことはある。
 放たれた思念が反応し、発信機に取り付けられたリボン型LEDが点灯する。同時に、イヤーモニターから声が聞こえる。
『わ、たし、こえ、きこえ、すか?』
 片言というよりも、明らかな機械音声だった。調整前の段階なので、こんなものだろう。
 振り返る。同じ音声を聞いている職員たちに、異常はない。どうやら、念話の音声化による害はないようだ。
「やっぱり、口から発する声にだけ力が宿っているっぽい」
『こ、え。これ、わた、しのこ、え?』
「違和感あるよね。大丈夫ですよ、すぐにサンプリングに取り掛かるから」
 受信機に取り付けられたコンピュータを用いて、鬼燈は研究員らと共に、リリィの思念から作り出した音声の調整を開始した。
 彼女が違和感を覚えないよう、なるべく肉声に近く。実際にリリィの声を聞いた猟兵の手も借りて、少しずつ、その声を似させていく。
 完璧に、とまでは行くまい。だが、極力近づけることはできるはずだ。水面から見守るリリィの視線を感じながら、鬼燈たちは何時間もサンプリング作業を行なった。
 食事も取らずに続けること六時間。何度も人魚に念話を発してもらい、テストを繰り返し、ようやく一区切りとなった。
「ふぅ……。こんなもんかな。リリィさん、念話で喋ってみるですよ」
『これで……話せていますか?』
 思念で発する言葉は、声と違って心許ない。相手に届いているか、不安になるものだ。
 しかし、その場のスタッフ全員が疲れた顔で手を上げ、「聞こえるよ」と答えたことで、リリィは感動したかのように笑みを浮かべた。
 鬼燈の無線式イヤーモニターにも、限りなく肉声に近い声が聞こえていた。柔らかく温かな少女の声は、その悍ましい力さえなければ、なんとも聞き心地が良い。
「うん、オッケーっぽい。あとは、イヤーモニターをスタッフさんとアーサーさんに渡しておけば、近くでも会話ができるね」
『ありがとうございます。……お話しできるの、嬉しい』
 微笑を浮かべる人魚少女に、スタッフたちは皆破顔した。実験の成功は、彼女と人との距離をぐっと縮めるものだった。
 心を音にして伝える新たな手段。それはリリィが人と共に生きるための、新たな力となったはずだ。
 しかし、それでも、リリィの顔が曇る。
『でも、声は、出したらいけないんですよね』
 スタッフが沈黙した。その声に宿る力の危険性を熟知しているからこそ、返す言葉がない。
 リリィは自分の想いを我がままだと思っているようだった。苦笑を浮かべて、仕方ないことだと言わんばかりの顔をしている。
『困らせて、ごめんなさい。本当にありがとう。私のために――』
「まだ途中です」
 鬼燈が言った。リリィが顔を上げて、少年めいた羅刹を見上げる。
「その声への対策案は、猟兵の間でいくつも出されているです。今回も数ある案の一つ。まだまだ、実験は残されているっぽい」
『……じゃあ』
「確約はできないけど、リリィさんが声で会話できる可能性は、多く残されてるっぽい」
 リリィの顔がにわかに明るくなり、尾びれが揺れる。希望は潰えていないと、分かってもらえたらしい。
 無論、鬼燈に嘘をついたつもりはなかった。最後はどうなるか分からないが、是が非でも良い方向にもっていこうとするのが、猟兵という戦士たちなのだ。
「それじゃ、また来るっぽい!」
 朗らかに言って、鬼燈はスタッフたちと収容室から撤収した。まずは食事、それから仮眠を取って、体力を回復する必要があった。
 時間の許す限り、可能性に懸けるために。やるべきことは、山ほどあるのだ。


◆実験ログ:No.3853-Pの思念を採取、信号化し音声へと復元する試みは、成功しました。専用の受信機を通して発信される音声に、精神汚染の影響は一切ありません。

◆「声」対策マニュアル ※2:No.3853-Pの世話担当職員は、思念変換機のイヤーモニターの装着が義務付けられます。両耳にしっかりとつけ、決してNo.3853-Pの肉声が入らないよう注意してください。

◆メモ:No.3853-P-Aよりイヤーモニターの支給要請があり、担当研究員の許可の基、支給されました。

大成功 🔵​🔵​🔵​

トリテレイア・ゼロナイン
人工声帯という酷な選択肢の浮上
私がSSW出身というだけではなさそうです…

特殊な能力での「声」対策は専門外
アーサー様と今後を話し合う形でリリィ様に協力

チェリカ様、女性の意見も欲しいのでご同行を…
いえ…
彼と一対一となるのが辛いからです
船の被害を抑える目的も込みで、私は確かに二人を引き合わせ囮にせんと意図したので

此度の一件、見知らぬ方から恋文だとまずお考え下さい
交流し互いを知ってお応えする…誠実な貴方はそう考えるのでは?

交流の手段、増えるに越したことは在りません
文字や貴方の世界の事を教える臨時職員となっては如何でしょう
その時間は貴方の判断を助けてくれる筈です

騎士擬きにはこれが限界
後はお二人次第ですね



 声への対処。その言葉を聞いたとき、真っ先に思い浮かんだ対策が、「人工声帯への切り替え」だった。
「……」
 トリテレイア・ゼロナイン(紛い物の機械騎士・f04141)は頭を抱えた。あまりに慈悲のない選択肢の浮上は、星の間に揺蕩う世界に生まれたことだけが理由ではないだろう。
 選べる手段が、あまりにも少ないのだ。人魚のリリィが持つ声の力は、恐らく魔法的なものだ。トリテレイアの専門外であった。
 ならば、他の方法で貢献したい。しばし考えて、トリテレイアはアーサーに会いに行くことを決めた。
 彼とリリィ、二人の今後を話し合う必要がある。しかし、青年に会いに行くことは、トリテレイアにとって勇気の必要な行為だった。
 あの地獄のような海に引きずり出したのは、自分だからだ。そう思っていた。
「……気が滅入りますね」
 脚部パーツに異常はないのに、足が重い。船内の廊下に立ち止まっていると、その背中に声がかかった。
「トリテレイア、どうしたの?」
 振り返ると、紫色の長いツインテールが揺れていた。もう少し下を見れば、どことなく猫を思わせる目つきの少女が立っていた。
 グリモア猟兵のチェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)だ。戦闘が終わり安全が確保されたので、彼女も船に来ていたらしい。
「チェリカ様、よいところに。ぜひともお力添えをお願いしたいのですが」
「なによ改まって。私で手伝えるなら、協力するわよ」
 頷いてくれる少女に礼を言って、トリテレイアは事情を話した。
 アーサーとリリィが今後うまくいくために、青年と話す場を設けたいという申し出に、チェリカは何やら目を輝かせていた。
「いいわよ! 私、やるわ!」
「……ありがとうございます。女性の意見があると、助かりますので」
「ま、あなたのことだから、それだけじゃないんでしょうけどね。何か、悩んでるんでしょ?」
 見破られたか。さすがに付き合いが長い。トリテレイアは観念して、歩きながら頷いた。
「……彼と一対一となるのが、辛いからです。船を守るために、二人を引き合わせ、囮にしたのですから」
「なるほどね。で、アーサーは怒ってたの?」
「分かりません。ですが、酷く疲れてはいました」
「戦いに巻き込まれたんだものねぇ」
 頷きながらも深刻に考えないチェリカの姿勢は、心の重荷を軽くしてくれるようだった。もとより思慮の浅い少女であるため、トリテレイアのことを慮ってのことではないだろうが。
 そうして話をしているうちに、二人はアーサーがよく利用しているカフェスペースについた。覗いてみると、やはりテーブルで本を読んでいる。
 トリテレイアとチェリカが近づくと、アーサーは顔を上げて、にこやかに手を振った。
「やぁ、トリテレイア」
「こんにちは、アーサー様。お加減はいかがですか?」
「問題ないさ。もともと回復は早いほうだからね。……その子は?」
 チェリカは手早く自己紹介を済ませ、椅子に座ってココアを頼んだ。トリテレイアは体躯のために座れないので、椅子を一つどかしてそこに立った。
 何から話したらいいだろうか。アーサーの顔を見、チェリカの方を見ても、いまいち良い切り出し方が浮かばない。
 言葉に迷っていると、チェリカが唇についたココアを舐めてから、言った。
「リリィはアーサーのこと、すっごく好きよね」
 コーヒーを噴き出すアーサーである。慌てて布巾で拭きつつも、彼は顔を赤らめていた。
「何を言い出すかと思えば……」
「しかし、その通りでもあるでしょう。誰から見ても明らかな好意、アーサー様も気づいているのでは?」
 トリテレイアがテーブルを拭く手伝いをしつつ聞くと、アーサーは大きなため息をついた。
「そりゃな。でも、心の整理がつかないんだよ。どうやって応えたらいいんだか、自分の気持ちも曖昧でさ」
「……」
 恋愛経験のないチェリカは、静観の構えを見せている。とはいえ恋慕の情が分からないのは、トリテレイアも同じことだ。
 だが、相手の心を分析することはできる。機械的にではあるが、その冷静さが時には武器になることを、彼は知っていた。
「此度の一件、見知らぬ方から恋文だとまずお考え下さい」
「恋文?」
「えぇ。ある日突然、どこかの誰かから恋文が届いたら、どのように返事をしますか?」
 目を閉じて、アーサーは真剣に考えている様子だった。しかし、答えは出てこない。
 だからというわけでもないが、トリテレイアは続けた。
「交流し互いを知ってお応えする……。貴方はそう考えるのでは?」
「……そう、だな。確かに」
 リリィとの会話や交流の手段は、猟兵と組織の協力実験によって次々に増えていっている。まだ目指すべき高みはあるが、二人の距離を縮めるための方法は、すでに確立されていると言っていい。
 だから、後は彼らの問題なのだ。まだ、お互いのことを知らない。知ろうとする一歩を、踏み出せていない。
 ならば、そうする時間を増やせばいい。多少、強引にでも。トリテレイアは緑のモノアイを光らせて、提案した。
「例えば、貴方の世界の事を教える臨時職員となっては如何でしょう」
「……臨時職員?」
「えぇ。リリィ様のそばで、この世界について教えてあげるのです。貴方の過ごした街、貴方の家族。そんな些細なことでも、彼女にとっては世界を知る手助けになります」
「なるほどねぇ」
 頷くチェリカ。彼女のココアは三杯目だった。
 空になったコーヒーカップをいじりながら、アーサーはたっぷり十分間、思案した。猟兵の二人は、彼が答えを出すのをじっと待つ。
 ややあって、アーサーはゆっくりと、頷いた。
「そうだな。このままじゃ――ダメだもんな」
「リリィ様と過ごす時間は、貴方の判断を助けてくれる筈です」
 天井を見上げて息を吐き出したアーサーが、前を向く。その目に、もう迷いはなかった。
「分かった、やってみる。どんな形であれ……ちゃんと答えないとな」
「誠実な貴方なら、そう言ってくれると思っていました」
 安堵も交えて言うと、アーサーは豪華客船の甲板で見せてくれたような笑みを浮かべた。
「トリテレイア、ありがとう」
「……いえ」
 騎士を模倣する機械人形の、せめてもの、出来ることとして。
 その言葉は吐き出さず、ぐっと飲み込んだ。


◆実験ログ:No.3853-Pの担当スタッフに、No.3853-P-Aを採用する案が猟兵より出され、承認されました。今後、No.3853-P-Aは当該UDCの世界情報、社会規範の教導担当となります。

成功 🔵​🔵​🔴​

枸橘・水織
容姿については…ヒーローズアースの知識や技術が使えるかも?
(二章で使ったUCは…先の戦争で義姉がミュータント(下半身…蛇)され、治療の副産物)


問題は声だよね…

皮肉ね…人魚姫は元の姿を取り戻し、王子様と巡り合えた…っていうのに声に『呪い』がかかってるんだから…
(人魚姫は足を得る代償に声を失った)




…で、さっきからチェリカさんは何をしてるの?
(名目…グリモア猟兵として依頼の顛末を見届けに来た…はず)

チェリカさんに何か情報はないかと迫り、出てきたのが…

チェリカさんのまとめた『依頼の記録』より『那由他とアリアの歌【狂気耐性】』の記述

『呪い』を打ち消す効果を持った装置や魔道具の首飾りとか作れないかな?



 人魚の少女が抱える問題は多い。
 収容室に併設された管理室で、枸橘・水織(オラトリオのウィザード・f11304)は広げられた書類に目を落としていた。
 まず目につくのは、やはりその容姿だ。人の上半身に魚の尾ひれ。いわゆる人魚である。
 ミュータント開発技術が溢れているヒーローズアースの知識を活かせれば、彼女の足を人のものにすることは、恐らくできるだろう。水織は義姉がミュータント化された経験から、それを知っていた。
「とはいえ――」
 考え込む。彼女にその気があるのだろうか。リリィは生まれながらに人魚であり、人間であったわけではない。
 ただ「人と違うから」という理由で体の一部を変えることを、彼女やアーサーが望むかどうか。
 それは、しっかりと話し合ってからでないと答えは出ないだろう。話す方法も、これまでの猟兵たちの実験結果によって、少しずつ手段が増えていっている。
 しかし、リリィの声に宿る力を根本から失くす方法は、未だ見つかっていない。
「やっぱり今でも、問題は声だよね……」
 資料をめくる。その中に、誰かが残したのだろう『人魚姫』の童話の一節が走り書きされていた。

 人魚姫は足を得て声を失った。リリィは何を失えばいい?

「……皮肉ね」
 思わず、そう呟いていた。彼女が何をしたわけでもなかろうに、生まれながらの力故の苦しみを、味わい続けているのだ。
 人と共存するために、失うのはいつだってリリィだ。それが彼女の選択とはいえ、やるせない思いになる。
 小さくため息をついて、資料を閉じる。
「なんとか、してあげたいけど……」
 心の奥底から染み出たような独り言を呟き、水織は顔を上げた。
 その先に、知った顔を見た。今回の事件を予知した、グリモア猟兵のチェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)だ。
 収容室内を見ることができる強化ガラスの前に立ち、へばりつくように中を凝視している。あんまりな光景に、水織は渋面を浮かべる。
「……で、さっきからチェリカさんは何をしてるの?」
「へ?」
 振り返ったチェリカの目は、キラキラしていた。どうやら、収容室の中で会話をしているリリィとアーサーを見ていたらしい。
 水織のじっとりとした視線を受けて、チェリカは慌てて両手を胸の前で振った。
「いやいや、これはほら、グリモア猟兵として依頼の顛末を見届けに」
「そんな責任、グリモア猟兵にはないでしょ。もうオブリビオンがいないからいいけれど」
「え、えへへ。ごめんね。ちょっとその、恋の行方が気になって」
 どうやら、それが本音らしい。呆れたようにため息をつきつつ、水織も並んで収容室を見る。
 水以外は白一色の室内で、アーサーとリリィが会話していた。アーサーはイヤーモニターを装着しており、リリィの思念を合成音声にして受け取っているようだ。
 二人とも、どこかぎこちなさがある。チェリカは「もっとくっつけばいいのに」などと言っているが、他人事もいいところである。
 ふと、水織が言った。
「チェリカさん、リリィさんの『呪い』に対する有効な方法について、何か知らない? 戦闘での情報とか……」
「うぅん、私は特に記録してるわけじゃないから、分かんないのよね。でも、歌で狂気耐性を付与してた猟兵がいたってのは、さっき聞いたわ」
「歌で――」
 腕を組んで、水織は思案に耽る。
 あの海での戦いでは、リリィの能力より遥かに強い力でもって、呪詛の声が発せられていた。
 それを中和するだけの結界や声が猟兵にあるのなら、その力を結晶化できれば、リリィの中にある邪神の力を恒久的に封じられないだろうか。
 もしも可能であるのなら。一縷の望みを持って、水織はチェリカに尋ねた。
「『呪い』を打ち消す効果を持った装置や、魔道具の首飾りとか、作れないかな?」
「そうねぇ……。出来ないことはないかもしれないけど、時間はかかると思うわ。現に今も、いろんな方面からアプローチしてるけど、「声」から力そのものを消すことはできていないし」
「そっか……」
 半ば分かっていたことではあった。しかし、少しでも早くリリィに幸せになってもらいたくて、水織は若干焦りがあった。
 あの海で、水織はリリィを見た瞬間、普段は取らないようなおどけた態度を見せた。あまりにも沈んだ不安そうな顔をしていたので、慣れないながらもそうしたいと思っての行動だった。
 誰かを救える魔法使い。それが水織の目標であり、夢だった。もうあんな素振りは出来ないかもしれないと、我ながらに思う。
「水織、大丈夫?」
 チェリカに聞かれ、考え込んでいた水織は顔を上げ、笑顔で頷いた。
「うん。……大丈夫だよ」
 微笑みはそのままに、右手を強く握りしめる。得意な魔法を活かして、声の力を封じる魔道具を作ろうと決めた。
 方法は分からない。だが、必ずあるはずだ。猟兵や組織の研究員に力を借りれば、きっと。
「きっと、救ってあげるからね」
 水織の決意は、固い。


◆実験ログ:猟兵により、No.3853-Pの能力を封じる「魔道具」開発が提案されました。一部研究員から、UDCオブジェクトの発生を危惧する意見が出ています。
◆マシュー博士の発言ログ:子供の思い付きによる発案だと? 馬鹿を言うな、彼女は猟兵だぞ。お前より遥かにうまくやってくれるから、黙って見ていろ。

◆実験ログⅡ:担当研究員により、「魔道具」を開発することが許可されました。猟兵主導のもと、厳重な注意を払って研究が行なわれます。

大成功 🔵​🔵​🔵​

唐草・魅華音
任務、No.3853-Pーリリィさんの対処マニュアル作成。…任務は了解。だけど、わたしは声に神の力が宿っている事を対処するのが最善と予測出来るだけ。対応策の実行を行う手札がわたしには思いつかない。なので…彼女の話し相手をさせてもらいますね。

音波カウンターとか出来るかもしれませんし、ドローンに音声情報を【情報収集】してもらい、UDC出てきたら倒すので気にせずと前置きして、お話します。
とはいえ、話すとしたらアーサーさんの恋の始まりとかでしょうか。
わたし自身はそういった感情がよく分かりませんので、そういうのが何なのか彼女の話から知ってみたいですね。

アドリブ・共闘OK


シホ・エーデルワイス
アドリブ&味方と連携歓迎
協力と情報共有は惜しみなく


先の戦闘を振り返り
歌が邪神の力を薄めたという事は
相殺ができるかも?

リリィさんの声を勇気と不安にさせない覚悟で
狂気耐性と呪詛耐性で耐えつつ
聞き耳と第六感で情報収集し学習
精神医術、楽器演奏、歌唱の技能を元に音階レベル迄分析
音楽療法の世界知識も参考にして
破魔の祈りを込めた優しい旋律を作曲

これをリリィさんの周囲で流しておけば
声に含まれる邪神の力を相殺して会話できるかも?


調査のついでにリリィさんがアーサーさんと話ができるよう
彼に【霊装】で憑依して邪神の力からかばう

彼が相手なら彼女も一杯話せてデータを集め易く
対処法完成迄の間
少しでも恋路の手助けになれば幸い



 白い室内で、青年と人魚が向かい合う。
「……」
「……」
 ともに無言で、居心地が悪そうだ。とはいえ、何も二人がもめ事を起こしているわけではない。むしろ、アーサーが人間社会について教鞭を取るようになってからは、会話は増えていた。
 だが、である。会話をせよと言われて話せるほど、アーサーも人魚のリリィも器用ではなかった。
 淡い光に包まれながら、アーサーが呟く。
「……やり辛いな」
 彼らの周りには、いくつものドローンが飛んでいた。リリィが発する「声」を収集するためのものだが、なんだか監視されているようで、気になるらしい。
 放っておくと、無言のままに終わってしまいそうだ。事態を見守っていた唐草・魅華音(戦場の咲き響く華・f03360)は、助け舟を出すべく口を開いた。
「では、わたしから質問をしますね。インタビューのようなものです」
「答えればいいのね? わかりました」
 リリィが頷く。その声に、魅華音は頭蓋にピリリと痛みが走るのを感じた。邪神の力だ。
 一応、声を緩和する方法として猟兵が開発した「魔道具」の試作機――イヤーカフ型のもの――を身に着けているが、まだ呪力の全てを相殺できるものではなかった。
 痛みを堪えつつ、魅華音はアーサーの方を向いた。
「リリィさんへの社会常識の授業は、どうですか?」
「当たり前だけど、ギャップがあるみたいだ。呑み込めないことも多い」
「ごめんなさい……」
 しょんぼりと頭を下げるリリィ。すかさずアーサーが「気にするな」とフォローした。
「住んでた世界が違うんだ。仕方ないさ」
「世界が……。それは、海と陸の違いなのかしら」
 自然とリリィが聞き返す。柔らかな声に、青年が頷いた。
 アーサーがリリィの肉声を聞いて平気でいられるのは、彼が纏う光のおかげだ。霊体となった、シホ・エーデルワイス(捧げるもの・f03442)である。
 光の粒子となりながらも、シホは会話が聞こえていた。霊体の状態でも発話は可能だが、今は見守っている状況だ。
「俺は正直、今でも海の中に人魚がいるってことへの実感がないよ。さすがにリリィのことはもう受け入れられたけど」
「リリィさんは、海の中でどんな生活を?」
 魅華音に聞かれて、人魚の少女は首を傾げた。飛んでいるドローンを目で追いながら、言葉を選ぶように答える。
「神様に歌をささげていました。食べたり寝たりする以外は、ほとんどが、その時間だったかな」
「……リリィは、人を襲ったことがあるのか?」
 問うたのは、アーサーだった。彼を包み込む光のシホは、その質問に非常な真剣さがあることを悟った。
 嘘はつけない。そう感じたのは、リリィも同じだったようだ。
「私は――ないの。うまく、できなかったから」
 それは、彼女が非力であり、変質したオブリビオンである故にだった。それでも何とか皆に交じってその場にいることはあったが、人を手にかけたり船を沈めたことはなかった。
 いつも、おこぼれをもらうばかりの海中生活。それは今も、あまり変わっていない。
「……私も、誰かの役に、立ちたいです」
「……」
 魅華音とシホは、無言を貫いた。ここで言葉をかけるべきは誰か、考えるまでもないからだ。
 二人はじっと――シホは霊体のまま――アーサーを見つめた。言わんとしていることは分かっているらしく、彼は咳ばらいを一つしてから、背筋を伸ばした。
「リリィの役に立つ基準は分からないけど、俺は君に助けられたんだ。あの海で。それは誇ってもいいんじゃないか?」
「でもそれは、私の勝手な……」
「エゴ、かもな。でも、それでもリリィは、俺の命の恩人だ」
 そう想い人に微笑みかけられて、人魚少女は顔を赤くして俯いた。
 リリィが呼ぶたびに応えて収容室に訪れているアーサーだが、どうやら礼を直接述べるのは、今日が初めてのようだ。身代わりに受けている呪詛から来るものとは違う頭痛を、シホは霊体となりつつ感じた。
 恋愛についてはよく分からない魅華音すらも、なんだかもどかしい思いがしていた。リリィを見ていれば、恋慕のなんとやらが掴めるような気もするのだが。
 言っておいて恥ずかしくなったのか、アーサーは再び沈黙した。リリィももじもじとやっていて、せっかく肉声で話せる機会なのに、言葉が出てこないようだ。
 しばらく、ドローンが飛ぶ音だけが響く。必要な「声」のサンプルは揃っているので、シホと魅華音はいつでも次の段階に移れるのだが、二人はその場から動けずにいた。
 リリィが、二人に目配せをしているのだ。もう少し、一緒にいてほしいと。勇気を振り絞って、何かを言おうとしている。
 いよいよ告白か。シホは霊体ながら、鼓動が早くなるような錯覚を覚えた。
「……あの」
 口を開いたリリィの「声」から、邪神の力が放たれる。魅華音は脳に染み込むような狂気の気配を感じつつも、しっかりと耳を傾ける。
 それはシホも同様だった。身を挺して邪悪な波動からアーサーを護りつつ、リリィの次なる言葉を待つ。
 ややあって、恋する人魚は胸に手を当てて意を決したように、アーサーに言った。
「アーサー、あなたに――す、好きな人は、いますか?」
「好きな人?」
「うん……」
「いないよ」
 それは少女の覚悟からすれば、あまりにもあっさりとした返答だった。
 だが、リリィにとっては複雑だろうなと魅華音は思った。超えるべき壁もないが、自身がその立場になれていないということも分かってしまったからだ。
 恋の経験はないけれど、安心やら残念やらが入り混じった、微妙な顔で「そっか」と笑う人魚を見ていれば、なんとなくわかる。
 リリィにとって、新たな試練が始まったことを、シホは微笑ましく感じていた。二人の距離が縮まったかは定かではないが、今日のところはこんなものだろう。
 魅華音がドローンを停止させ、シホが実体となる。
 霊体となっている間リリィの呪力を真正面から受けきっていたシホは、重く息を吐き出して、心を侵食する苦痛を振り払った。
「魅華音さん、『声』はどうですか?」
「細かい波長まで録れていますよ。これをもとに、旋律を作曲するのですね」
「えぇ。すぐに取り掛かりましょう」
 アーサーに思念音声を聞くためのイヤーモニターを渡して、二人は収容室から出た。残された二人がどんな会話をするのか気になるところだが、聞き耳を立てるのは野暮というものだろう。
 併設された管理室で、シホは魅華音が収集してくれた「声」を音階レベルまで分析した。
 リリィの肉声に含まれる明らかに異質な波長を広い、それを中和するために、破魔の祈りを込めた音を編集していく。
 邪神の力を鎮める音は、控えめな管楽器のような音色だった。これを基に、今度はメロディを作曲していく。
 人魚の声を分解し再度構築された破魔の音色は、とても優しい耳心地だ。大手武器商社の社長令嬢である魅華音も嗜み程度の音楽的素養はあるが、こんな音は初めてだった。
「とても……気持ちがいいですね」
 少しずつ形を成していく旋律に、目を閉じて酔いしれる。心を優しく抱擁するようなメロディに、魅華音はふと、唇から言葉を零す。
「これが、恋の音なのでしょうか」
「……ふふ。魅華音さん、ロマンチストなんですね」
 ヘッドホンを片耳に当てて音を丁寧に紡ぎながら、シホがクスクスと笑った。
 なんだか気恥ずかしかったが、思った通りのことでもあった。魅華音は頬をわずかに赤くしながらも、思念音声で想い人と話しているだろう人魚を思い、目を細める。
「でも、本当にそう思います。リリィさんがアーサーさんに話している時と同じ、優しい音です」
「えぇ」
 作曲編集しているシホもまた、首肯した。音そのものはすでにリリィの声と大きく違うが、その雰囲気は、彼女の肉声によく似ているのだ。
 例え音色は変わっても、恋する人魚の想いは、旋律の中にも生きているのだ。
「……できました」
 シホがヘッドホンを置いた。再生ボタンを押すと、完成した楽曲が収容室にも流れ出す。
 白い部屋の中に、海水プールの中にすらも、「声」を基にしたメロディーが響く。聞いたことのない柔らかな旋律に、リリィが思わず「あっ」と声を上げた。
 その肉声を間近で聞いていたにも関わらず、アーサーは平然としていた。偶発的なことに魅華音は一瞬ヒヤッとしたが、どうやら実験は成功したらしい。
「よかった。うまくいきましたね」
 ほっと胸をなでおろす魅華音に、シホが頷く。
「完全に消し去ることはできないかもしれませんが、小声なら対応できそうです」
 リリィの尾びれが、水面で嬉しそうに揺れている。彼女の笑顔を見つめるアーサーも、「声」の力を浄化するメロディーに、目を細めていた。
「いいものなのでしょうね、きっと」
「えぇ、きっと、とっても素敵なことです」
 恋というものは。呟きながら、魅華音とシホは、いつか自分も体験することになるのかしらと、心中でそんなことを考えた。
 二人にそう思わせるほどに、リリィの笑顔は、輝いていた。


◆実験ログ:「声」を音階分析し、No.3853-Pの能力を中和する実験が成功しました。再構築した音とNo.3853-Pの「声」を衝突させたところ、凡そ40dB以内であれば、完全に無効化できることが判明しています。

◆「声」対策マニュアル ※3:午前9時から午後9時までの間、再構築音を利用した音楽を収容室内に流し続けてください。その間、No.3853-Pが小声で発言する注意力を保てる場合に限り、肉声での会話が可能です。
 ただし、いかなる感情であっても、No.3853-Pを決して興奮させないよう留意してください。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

エーカ・ライスフェルト
「リリィさんが音を使うと邪神の影響があるのか、情報を伝えると邪神の影響があるのか。どちらが正しいかが問題ね」
前者が正しいなら、水中用端末を用意してリリィさんに渡せば、後は練習してもらうだけね
後者が正しいなら、【狂気耐性】のための呪文や装飾や方陣を水槽や端末やプログラムのたぐいに組み込んでいきましょう
「端末がデコレートし過ぎな感じになってしまったわね。きらきらしてるわ」

私もきらきらしたものは好きだけど、私には似合わないわよね。リリィさんなら似合うかしら

「お金と権力で愛は買えないけど、お金と権力があれば愛の維持が楽になるのも事実よ」
持って生まれた力を害のない形で活かして、お金を稼ぐのは重要と説くわ



「お金は大切よ」
 その第一声に面食らったのは、リリィよりもアーサーであった。
 エーカ・ライスフェルト(ウィザード・f06511)は今、No.3853-Pの収容室を訪れていた。その手には、防水タブレットが抱えられている。
 肉声を発することで邪神の力が顕現することが分かり、ならばと用意したタブレットだったが、リリィはまだ字を知らなかった。絵ならばと思ったが、これもあまりに見れたものではないので、諦めた。
 持ち込み損だったかと思ったタブレットだが、その数日後――すなわち今、思っていた方向性とは違う形で役立っている。
 タブレットの画面には、グラフが表示されていた。
「お金はね、大切なのよ」
 繰り返す。リリィはきょとんとしていた。
 今日は、アーサーが人間社会について教える日だった。しかし、もともとただの甲板清掃員だった彼には、教えられることに限度がある。
 まして経済のことなど、ほとんど分からなかった。野菜はマーケットが特売の日に買い溜めしておけ、というくらいしかアドバイスできない。
 そこで白羽の矢が立ったのが、エーカだった。
 収容室に流れる、狂気を中和する力が込められている優しい旋律が、妙な沈黙を潤す。エーカはもう一つのタブレット――やけに装飾が多い――をリリィに渡した。
「はい、あなたの。狂気耐性の装飾付きの特別仕様よ。さ、お勉強を始めるわ。まずは株の推移の見かたから――」
「ちょ、ちょっと待ってくれ」
 たまらず止めに入ったアーサーに、エーカは水を差されたような気持ちで「なによ」と振り向いた。
「これから彼女の人間生活の第一歩が始まるのよ。あなたが邪魔をしてどうするの」
「いやでも、リリィは、人間社会で暮らせる可能性なんてほとんど――」
「あら、あなたと暮らすんじゃなかったの?」
 あっさりと言ってのけるエーカに、リリィは顔を真っ赤にして目を丸くした。一方アーサーはあっけにとられつつも、人魚少女のリアクションを見て言葉を選んでいた。
「そんなの……いやまぁ、分からないよ。分からないけど、少なくとも株の話はまだ早いんじゃないか?」
「そう? お金と権力で愛は買えないけど、お金と権力があれば愛の維持が楽になるのも事実よ」
 淡々とした返答に、リリィが「お金……」と呟いた。エーカの言葉を一割も理解できていないだろうに、愛という一語に心を動かされたのだろう。
 とはいえ、アーサーがそこまで言うのならば仕方がない。エーカはタブレットの画面を切り替え、「いいこむけ おかねのつかいかた」なるアプリを起動させた。
 りんごや魚などのイラストに数字が振られ、コインをいくつ渡せば手に入れられるか、という簡単なゲームだ。
 リリィは無知だが愚かではないため、さくさく進めていった。
 問題に答えていくうちに、リリィが首を傾げた。
「食べ物とお金を交換するのは分かったけれど、お金はどこで取ってくればいいの?」
「働くのよ。具体的には、そうね……」
 宇宙海賊でもあったエーカは、まっとうに金銭を稼いだ体験の方が少ない。目線でアーサーにバトンタッチの合図を送る。
 頷いて、アーサーが続きを引き継いだ。
「俺が甲板を掃除してたろ? ああいうのだ」
「……それで、お金をもらえるの?」
「それだけじゃないけどな。例えば、リリィの食事を作る人とか、掃除してくれる人とかも仕事だ。誰かの役に立って、そのお礼として社会からお金をもらえるのさ」
 実直な男だ、とエーカは思った。アーサーの言葉には、労働に対する報酬というだけでない、彼の仕事に対する信念が含まれていた。
 社会の中で生きる上で、金がなくとも幸せになれるのは彼のような男なのだろう。幸福の価値観など人の数だけあるのだから、特に尊敬したりはしなかったが。
 何より、リリィにはアーサーの話が響いたようだった。惚れた男の語りだからというだけではなく、何か気づいたように下を向いて、ぶつぶつと言っている。あまり大きな「声」を出せない彼女だが、輪をかけて小さな声だった。
「誰かの役に……。私も、役に立てるのかな?」
 リリィが顔を上げて尋ねた先には、エーカがいた。
 純粋な瞳で見つめられると居心地が悪かったが、人魚のそれに似た桃色の髪を耳にかけつつ、蛮族を自称する女は答えた。
「持って生まれた力を、害のない形で活かす。それが世のために働くこと、らしいわよ」
「力……」
「使い道を間違えなければ、役に立たせるチャンスはあるわ。例えどんなに危険な力でもね」
 それは、強大な力を持って生きてきたからこその言葉だった。エーカ自身、念動力や魔力を用いて人を傷つけ殺めていた時期がある。
 しかし、今は違う。本質はどうあれ、猟兵としてオブリビオンと戦う日々は、紛れもなく己の力を人のために役立てられている。
「所詮、力は道具に過ぎないのよ。どう使うかで、結果なんて無限に変わるのだから」
「……なるほどな。確かにそうだ」
 頷くアーサーの横で、リリィはまた考え込んでいる様子だった。
 彼女の能力は、ほとんど呪いだ。その悍ましさに誰よりも悩まされているのは、リリィ自身だろう。
 これは、リリィが自分で乗り越えなければならない課題だ。どんな形であれ人と生きていくのならば、なおのこと。
 そしてそれは、焦ることではない。隣を歩いてくる人がいるならば、その人と共に、少しずつ答えを見つけていけばいいのだ。
「さ、授業の続きよ。次のステップは――」
 エーカは手を叩いて、場の空気を引き戻した。
 この人魚が人間社会で生きることは、恐らくないだろう。アーサーが先ほど口にしかけた指摘は、正しい。
 だが、リリィが人間を知ることに意味がないと断ずる理由には、ならないはずだ。多くの種族と共に戦い、生き残ってきたエーカは、そのことを強く感じていた。
 知れば、近くなる。それを身をもって知ってもらうために、エーカはこの日、教鞭を取り続けた。


◆実験ログ:No.3853-Pより、「能力を他のUDC管理に役立てたい」という要請がありました。検討の結果、要請は却下されました。
◆マシュー博士の発言ログ:許可はできない。その気持ちだけは、汲ませてもらうが。

◆実験ログⅡ:No.3853-Pの要請により、「声」に含まれる力を抑える訓練が、二時間増やされました。

成功 🔵​🔵​🔴​

波狼・拓哉
…声か。邪神って本当に要らないことしかしねーな。
えーっと自分が見た範囲だと別の狂気を入れれば弱まって…いやこれ別の不具合起きるな。というか対象傷つけんのは無しだろ。

言いたい事伝えるだけならホワイトボードとか色々ありますけど…やっぱ自分の声で伝える方がいいんですもんね。んー…簡単なのは呪詛耐性付けてもらうことかなぁ…自分が作ったものとかで試して貰ったりしますかね。ヘッドホン辺りでどうだろうか。

…まあ、アーサーさんの呪詛耐性だけは100%発動するようにしといたろ。化け転がせミミックー。

恋助け?いやあれ後はアーサーさんが男気見せるかどうかじゃね?俺にやれることあります?

(アドリブ絡み歓迎)



「……声、か」
 管理室の奥でこれまでの猟兵による実験結果を見ながら、波狼・拓哉(ミミクリーサモナー・f04253)は腕を組んで唸った。
 人魚のリリィが持つ力は、猟兵たちの研究や開発によって、徐々にその力を薄める方法が確立されていっている。組織の人間が舌を巻くほどだ。
 しかし、「声」そのものに手出しは出来ていない。媒介を通したり念話で代用したり、あるいは中和をしてみたりなど、外からのアプローチが主だ。
 それだけ、難しい問題ということだろう。拓哉は眉を寄せて、天井を見上げた。
「邪神って、本当に要らないことしかしねーな」
 腹を立ててみたところで、現実が変わるわけではない。苛立ちはそこそこに、気持ちを切り替える。
 自身もUDCと戦ってきた経験を活かして、「声」の対策に乗り出した。まず初めに浮かんだ案は、狂気に対し別の狂気をぶつけること。しかし、すぐに頭を左右に振る。
「いや、これ別の不具合が起きるな……。というか、対象を傷つけんのは無しだろ」
 リリィは、自分の肉声による交流を求めている節があるようだ。徐々にそれも可能になりつつあるが、今でも声の大きさなどの制約は多い。
 それらを克服するために、聴く側が対処したほうが早いという結論に達した。
「んー……簡単なのは、やっぱ呪詛耐性を付けてもらうことかなぁ……」
 ぼやきつつ、拓哉は机に置かれた銀色のイヤーカフを見る。仲間の猟兵が作った魔道具の試作型で、日々改良が進められている。
 耐性がない者がこれをつけておけば、他の対策がされていない状態でリリィの肉声を聞いても、わずかな頭痛を覚える程度まで被害を減らせるとか。
 大したものだと思う。ヘッドホン辺りを媒介にと思っていたが、この小ささは手軽だ。
「便利なもんだ。でも、もうちょっと確実性が欲しいですね」
 足元に転がるサイコロに目をやる。独りでにカタカタと動き出したサイコロは、口を開けるかのように、その上部を開放した。
 魔道具を放り込むと、口が閉じられ、サイコロが回転を始める。拓哉しかいない管理室に、箱の転がる音が鳴る。
「狙う目はただ一つだ。分かるな? ――化け転がせ、ミミック」



 組織からリリィが呼んでいるとの連絡を受け、収容室に向かおうとしたアーサーは、後ろから近づく足音に振り返った。
 拓哉が立っていた。軽く手を挙げ、歩み寄る。
「よう、先輩」
 茶化されて、アーサーは肩を竦めた。
「なんだ、後輩もどきか」
「酷いなぁ。これでも真面目に甲板磨いてたんですけど」
「よく言うよ。まぁ、名演技だったと思うけどな」
 モップを手に掃除をするような仕草をして見せる拓哉に、声を上げて笑うアーサー。年が近い男性ということもあってか、彼は拓哉に対して心を許している様子だった。
 並んで収容室へと向かいつつ、拓哉はポケットから銀のイヤーカフを取り出し、アーサーへと差し出した。
「これ、どうぞ」
「それは……魔道具だったか? 『声』の能力を緩和する奴なら、俺ももらってるけど」
 アーサーの言う通り、彼の耳にはすでに同じデザインのものがつけられていた。まだ試作段階だが、万一の事態への対策として、リリィに関わる職員全員に支給されている。
 予備かと問われて、拓哉は首を横に振った。
「いいや。こいつは【クリティカル】な代物だ。特別性ですよ?」
「怪しいなぁ。詐欺師みたいだぞ、お前」
「信用しろって。猟兵としての俺をさ」
 猟兵。アーサーは海での戦いで、人知を超えた異能者の力をその目で見、その身を以て知った。今でも彼らは、摩訶不思議としか言いようがない能力を用いて、リリィの「声」と対峙している。
 拓哉の言葉は、彼にとって凄まじい説得力があった。
 魔道具を、受け取る。その輝きは組織から配布されていた試作機と大差ないが、なぜだか目を引き付けられるものがあった。
「……お前は本当に、一級の詐欺師だな」
「それは効果を確かめてから言ってくださいよ」
 互いに笑いつつ、アーサーが右耳のカフを拓哉からもらったものと付け替える。付け心地も、やはり試作品と変わりなかった。
「ところで」
 一仕事終えた拓哉が、通路の壁に寄りかかって言った。
「リリィちゃんとはどうなんですか?」
「……」
 黙って難しい顔をするアーサーに、七面倒な人だなと思ったが、口に出すことはなんとか堪えることに成功した。
 しばらく様子を見ていると、悩める青年は観念したようにため息をついた。
「なぁ拓哉、俺はどうしたらいいんだろうな」
「はぁ」
「悪い子じゃないのは分かってる。というか、すごくいい子だよ、リリィは。……でも、人魚なんだ」
 種族の壁。世界を股にかける猟兵ならともかく、アーサーはヒトの社会の中でだけ生きてきた、普通の人間だ。
 悩むことは分かる。分かるが、拓哉はどうにかしてやろうなどとは思わなかった。
「で? どうしたいんすか?」
「……助けてほしい」
「いやですよ面倒くさい」
 はっきりと言われて、アーサーはショックを受けたようだった。悲痛な面持ちで見られて、拓哉はむしろ呆れた様子で前髪をかき上げた。
「ここまで来てなに言ってんすか。アーサーさんが男気見せるかどうかでしょ。俺にやれることあります?」
「それは、そうだけどさ。でも、俺は――」
「いい加減慣れたらどうなんですか。アーサーさんは、もうこっち側の人間なんだから」
 拓哉にとっては、何気ない一言だった。しかし、アーサーは目を丸くして、「こっち側……」と呟き、何度も言葉を反芻していた。
 その様子を見て、拓哉はようやく合点がいった。彼は今でも、一般人のつもりでいたのだ。何も知らない日々に戻れると、心のどこかで戻っていたのだろう。
 だから、自分の気持ちに素直になれないでいたのだ。本当に、面倒な人だと思った。
「……ま、渡すもんは渡したんで、俺はこれで。収容室に行くんでしょ? リリィさんが待ってますよ」
「あぁ――そうだな。あぁ、行ってくる」
 まだ悩みを抱えていそうな声音ながらも、アーサーはしっかりとした足取りで、リリィが待つ白い海の部屋へと歩いていった。
 その後ろ姿を見送ってから、拓哉は大きく伸びをする。
「ふあ……なんか妙に疲れたな。ひと眠りしようかね」
 独り言ちて、笑みを浮かべつつ、休憩室に足を向けた。


◆実験ログ:No.3853-P-AがNo.3853-Pの「声」に晒される事故が、12月■■日午後1307時に発生しました。中和音楽がない状態で数十分に及び「声」を受けましたが、No.3853-P-Aの精神状態に異常はありませんでした。

◆実験ログⅡ:事故が発生している間、No.3853-P-Aは「魔道具」を装着しており、それにより「声」が無効化されたことが予測されます。ただし、現段階の試作機の性能を遥かに超える結果が出た理由については不明です。

◆実験ログⅢ:この件に対するインタビューで、No.3853-P-Aは装着する「魔道具」に対し、「なるほど、クリティカルだ」とコメントを残しています。

大成功 🔵​🔵​🔵​

アリア・モーント
【童話家族】
自分の声で想いを伝えられないなんて悲しいのだわ
お兄様たちとパパの筆談作戦も素敵なのよ?
でも声が出せる状況というのが問題なのよね

…いっそ本物みたいに声を捨ててみたらどうかしら?
彼女の声をサンプリングして合成音声を
手術で声帯をわざと傷付けて
震えを読み取って合成音声で話す
声が出ない人のための道具があるのよ!
チョーカータイプなら可愛いのだわ
技術面は詳しい方にお任せになってしまうけれど
貴女の話したいことをたくさん伝えられるのだわ!
人魚から声を奪うなんて非道でも
恋のために何かを犠牲にしてでもなんて
まるで劇のお話みたいですもの!

あら?
ママ、何のお話をされているのかしら?
内緒なんてずるいのだわ!


鳳城・那由多
【童話家族】
人魚は泡にならずに済んだけれど
これだとやっぱりハッピーエンドにならないものね
皆で声以外の方法を考えてあげましょうか

ふふふ、皆さんとても素敵な案ですね
男性は形に残る言葉が好きなんでしょうか?
アリアさんの案も声で伝えられるから素敵だと思うわ
私は…そうねぇ、声が使えないのなら行動で示してみてはどうかしら
戦闘の時、アーサーさんに抱きしめられて嬉しかったでしょう?
今度は貴方が抱きしめてみたらどうでしょう
そしてとっておきの愛を伝える方法
キスをしてみて嫌がられなければ脈アリですわね♪
子ども達には刺激が強いかもしれませんので
リリィさんにこっそり耳打ちさせていただきますわ


アナンシ・メイスフィールド
【童話家族】
人に恋をし声を失くすとは益々童話の人魚姫じみているねえ
だが…人には文字という物が有るからからね。きっと思いは伝えられると思うのだよ

文字を教えるラフィ君もファン君を微笑まし気に見つめつつ、疑問そうな箇所を捕捉するよう文字を解説してゆこうと思うよ
私達ならば言葉は聞いても大丈夫なのだろう?ならば説明も理解もしやすいのではないね?
後抱きしめるとは鳳城君らしいねえと笑いながらも、不思議そうなアリア君を見れは子供には秘密なのだよと軽く頭を撫でんと手を伸ばそう

そしてリリィ君にはきっと思いは伝わる故にと、そう笑みと共に言葉を投げようか
声は無くとも想いが伝え合えればきっと幸せな未来があると思うのだよ


ラフィ・シザー
【童話家族】
リリィは「人魚姫」って話知ってるか?有名な童話なんだけど嵐の海で溺れてた人間の王子様を助けた人魚が恋する話。なんだかリリィに似てるだろ?
けれどそのお話はバッドエンド。人魚姫は泡になって消えちまう。
でもな、俺は…俺達はリリィとアーサーには幸せになって欲しいからさ。
リリィの気持ちがとても強いものだってのはわかったから…恋って凄いんだな。

アーサーはリリィのこと嫌いじゃないと思うんだだからチャンスはあるぜ!

そうだ!話が出来ないなら文字を覚えるのはどうだ?そうすれば文字でやりとり出来るしさっきいった童話ってやつも読める。
なにより。アーサーにきちんと好きって伝えられるぜ!


ファン・ダッシュウッド
【童話家族】

事前に『英語アルファベット表』を用意
両親と、可愛い弟や妹の意見を汲みたいですから……念の為

彼は、貴女を命の恩人と言っているそうですよ
童話の様に泡となって消える危険はありません
アーサーさん以外に夢も希望も無いならば
どうすれば一緒に居られるか、考えれば良い話でしょう

筆談よりは覚えるのも早いでしょうから
用意した表を差し出し、指をゆっくり滑らせて見せます
『I love you』と……私は貴方を愛しています、という意味ですよ
覚える気があれば、声を出せずとも会話は可能です

技術面で問題無ければ、合成音声もいいですね
アリアさ……アリア、向こうでラフィと一緒に
研究員の方々に可能か聞いてみましょうか?



 白く無機質な収容室は、賑やかな声に溢れていた。
 リリィは今、五人もの猟兵に囲まれている。入ってきたときは驚いたが、その五人――本当の家族のように絆の深い彼らのことは、よく知っていた。
 あの日、あの海での出来事。忘れられようはずもない。
 子供たち三人があぁでもないこうでもないと言いながらリリィのための道具を吟味し、それを若い夫婦が見守っている。不思議な、そして温かい光景だった。
「なぁリリィ、『人魚姫』って話、知ってるか?」
 そう言って、ラフィ・シザー(【鋏ウサギ】・f19461)が一冊の絵本を広げてみせた。自分とよく似た人魚が書かれているその本を不思議そうに見て、リリィは首を横に振った。
 リリィは、邪神の力を封じる特殊な音楽が流れている収容室内でのみ、言葉を発することが許されていた。しかし今は、機器のメンテナンスとやらで音楽や思念変換機が止まっているため、声を発することを自粛している。
 ページをめくりつつ、ラフィが絵本の内容を説明する。
「嵐の海で溺れてた人間の王子様を助けた人魚が恋する話。なんだか、リリィに似てるだろ?」
 リリィが頷く。文字は分からないらしいが、絵だけを見ればなんとなく雰囲気が伝わるのだろう。彼女は真剣だ。
 しかし、次のページに移ろうとしたラフィの手が止まり、リリィは少年の顔を見上げた。どこか、深刻そうな目をしていた。
「けど、このお話は、バッドエンドなんだ。人魚姫は……泡になって消えちまう」
「……!」
「王子様への恋が叶わなかったんだ。きっと、すごく寂しかったんだろうな」
 童話の人魚と自分が重なったのか、リリィが表情を曇らせた。もしかしたら、自分の恋も叶わず、人知れず消える道を選択してしまうかもしれない、と。
 だが、そうしないために、ここにいるのだ。弟の手を取りページを遡って、ファン・ダッシュウッド(狂獣飢餓・f19692)は人魚と王子が出会ったシーンを開いた。
「大丈夫。アーサーさんは、貴女を命の恩人と言っているそうですよ。童話の様に泡となって消える心配はありません」
「……」
 本当にそうかしら、とリリィが目線で訴える。ファンは、父と母、兄妹たちのために、微笑んだ。
「心配はいりません。どうすれば一緒に居られるか、考えれば良い話でしょう」
「そうだな! 俺は――俺達は、リリィとアーサーには幸せになって欲しいからさ。協力するぜ。あ、そうだ!」
 明るく言って、ラフィはファンが持ってきていたアルファベット表を受け取り、リリィの前に置いた。
「文字を覚えるのはどうだ? そうすれば文章でやりとりできるし、さっきいった童話ってやつも読めるぜ」
「……」
 人間が文字を使うことは知っていた。しかし、出来損ないの人魚だった自分にできるだろうかと、リリィは不安そうにしていた。
 見たこともない形の羅列に手を触れ悩むリリィに、一歩離れて様子を見ていたアナンシ・メイスフィールド(記憶喪失のーーー・f17900)が小さく笑った。
「やってみたまえ、リリィ君。人は、文字という物があって初めて、想いを伝えられる場面もあるのだよ。知っておいて、損はない」
「そうそう。何より、アーサーにきちんと好きって伝えられるぜ!」
 ラフィの一言が、止めとなった。リリィは目を見開いて首まで真っ赤になってから、チラチラと五人の顔を見つつ、アルファベット表を自分の方へと遠慮がちに引き寄せた。
 それを合図に、ファンとラフィが教師となって、一文字一文字丁寧に、字画と発音を教えていく。単語まで辿り着くのは大変そうだが、兄弟もリリィも、楽しそうだ。
 教え方に躓いた時には、アナンシが手助けに入る。彼は最初から最後まで口を出すのではなく、要所要所を手伝うに留め、後は息子たちを見守ることに徹していた。
 母の袖を掴んでその様子を見ていたアリア・モーント(四片の歌姫・f19358)は、「うーん」と眉を寄せて、隣に立つ鳳城・那由多(傍観察者・f22037)を見上げた。
「ねぇママ、やっぱり自分の声で想いを伝えられないなんて、悲しいのだわ」
「あら。でもリリィさんは、この部屋にいる間はお話ができるんでしょう?」
 笑顔で諭すように言う那由多に、アリアはしかし、「だって」と続ける。
「今日のような、メンテナンスとかがあると、終わるまでお話できないのよ。そんなのつまらないわ? つまらないわ!」
「そうね。そのために、お兄様たちが今、がんばって字を教えているのよ」
「お兄様たちとパパの筆談作戦も素敵なのよ? でも、やっぱり――」
 一生懸命に文字を覚えようとしているリリィを見て、アリアは小さく唸って考える。
 問題は、「声」だ。肉声に邪神の力が宿るという彼女の本質が、リリィの苦難の原因でもある。
 ならば、逆転の発想も必要だ。アリアは自信を持って、人魚の少女に歩み寄った。
「ねぇリリィさん。いっそ、人魚姫みたいに声を捨ててみたらどうかしら?」
 突然の提案に、アルファベットを必死に追っていたリリィは目を丸くした。何を言っているのか分からない、という様子だった。
 これに興味を示したのは、ファンとラフィだった。
「どういうことだい?」
 ファンに聞かれて、アリアはにこやかに頷く。
「彼女の声をサンプリングして合成音声にするのよ! もうサンプルはたくさんあるっていうし、きっとすぐにできるのだわ」
「声を捨てるってのは?」
「手術で声帯をわざと傷付けるっていうのは、どうかしら。痛くはないと思うわ? 思うのよ!」
 無邪気なアリアは、その背後でリリィが喉を手で押さえていることに、気が付かなかった。
 発声器官を失った人のために、骨伝導や筋肉の振動を用いて合成音声を出す機械がある。それを用いればいいと、赤髪の少女は天真爛漫に言った。
 二人の兄が納得したように頷くので、アリアはその気になっていた。
「チョーカータイプなら可愛いのだわ。技術面は詳しい方にお任せになってしまうけれど、貴女の話したいことをたくさん伝えられるのだわ!」
 そう快活に言って振り返り、ようやく気が付く。
 リリィが、戸惑っていた。
 嬉しさは、当然ある。「声」の力を封じるために、アリアは必死になって考えてくれていた。ただ声を失くすだけでなく、代替案まで用意してくれた。
 そのことが、ありがたくないわけがない、
 だけれど――。
「……」
 人魚の少女が、首を横に振る。アリアはそこで、初めて笑顔を消した。
「……わたし」
「アリア君」
 アナンシが、娘の肩に手を置いた。温かな掌を感じながら、しかしアリアの目は、徐々に下を向く。
「人魚から声を奪うなんて非道でも、恋のために何かを犠牲にしてでもなんて……まるで劇のお話みたい、だから」
「……」
「素敵だと、思ったのよ。でも、だめなのね?」
 アリアにじっと見つめられ、リリィはゆっくりと、しかしはっきりと、頷いた。
 拒絶ではない。感謝の想いが、その瞳には確かに浮かんでいた。
 人魚の少女にとって、「声」の力は忌むべきものとなった。邪神との繋がりを切りたいとも、何度も思った。
 だがそれでも、リリィは人魚なのだ。
 一族の中でも歌が下手で、いつも神様を呼べなかったけれど、歌を愛し、歌と共に生きてきた。
 その歌を奏でてくれた喉を失うのは、命を失うことよりも、恐ろしい。
 自分勝手な我がままだと知りつつ、リリィはアリアの提案を、丁重に断った。
「……」
「いいのよ、人魚さん。あなたの希望が、大切だものね」
 言いながら、アリアは那由多のもとに戻り、そのスカートの裾を、先程よりも強く握りしめた。
 縋り付く娘を、那由多はそっと抱き寄せた。悔しさがしみじみと伝わってきて、那由多は静かに、アリアに囁く。
「素敵な案でしたわ。人魚さんに、自由な声をあげたかったのよね」
「……うん」
「いい子ね。あなたはとっても真っすぐな子ですわ、アリアさん」
 そのひたむきな心は、いつか彼女の歌をより高みへと導くだろう。那由多はそう確信していたからこそ、娘の小さな挫折を歓迎し、心から抱きしめる。
 リリィが自身を責めないようその光景を遮るように立ち、アナンシが咳払いをした。
「さて、呆けている暇はないのだよ、人魚君。時間はあるが、いつだって有限だ。続きを始めようじゃないか」
「えぇ。今日中に一語くらいは、習得したいものですね」
 気を取り直して、ファンがアルファベット表に指を滑らせる。一文字ずつ、焦らずにじっくりと、幼児にそうするように読み聞かせていく。
 声を出せないリリィは、目と口の動きで文字を頭に叩きこんでいる様子だった。鬼気迫るとは、今の彼女のようなことを言うのだろうなと、ラフィは思った。
「がんばるなぁ。おーいアリア、泣き止んだらこっちに来いよ! 一緒に応援しようぜ!」
「泣いてないわ! 泣いてなんかいないもの!」
 潤んだ声で返しながら、アリアは赤くなった目をこすりつつ、母の裾を放した。「あらあら」と苦笑しつつ、那由多は娘の背を見守る。
 三人ともが白い床に手をついて、海水に塗れることも厭わずに、人魚に文字を教え始めた。「アリアのAなのだわ」とアリアが言えば、「アーサーのAのほうが覚えやすい」とラフィが横やりを入れ、ケンカになりそうになるとファンが静かに諌めて、それをリリィが笑って見ている。
 なんだかんだで仲睦まじい兄妹たちに、アナンシと那由多は揃って目を細めた。
「いいものだねぇ、鳳城君」
「えぇ。とても」
 文字の習得がある程度済むと、三人の兄妹は単語の授業に移っていった。一気に難易度が上がり、リリィは初めての勉学に難しい顔をしていた。
 見かねたアナンシが説明を入れ、那由多もそこに加わって、結局家族そろって、リリィの勉強を見ることになる。それはそれは、楽しいひと時だった。
 簡単な単語から教えようと様々アイデアを出す中で、兄妹では一番声の小さな長兄のファンが、アルファベット表に指を滑らせた。
「まずは、この三つが一番でしょう」
 文字を追うごとに、家族はなるほどと首肯した。リリィだけが、ポカンとしている。
 その三つの単語は、並べると『I love you』となる。小さな小さな声で、リリィが呟いた。
「あい……らぶ……ゆ……?」
 ほのかに飛散した邪神の力は、アナンシの神気に触れて消えた。 
 何とか発音できた人魚の少女に、ファンが微笑みかける。
「えぇ。『私は貴方を愛しています』、という意味ですよ」
「本当に、リリィさんが今一番言いたい言葉なのだわ! ファンお兄様、さすがね!」
 拍手などするアリアに、リリィは頬を赤く染めながらも、何度も小声で先の言葉を繰り返す。
 そして、猟兵に渡されたというタブレットに、ペンタブで書き写し始めた。水槽から這い出す形で、地面にお腹をくっつけて、何度も、何度も。
 「声」の力が発現することを忘れているかのように、「アイラブユー」を繰り返して、書き続ける。タブレットの向こう側には、きっとアーサーが見えているのだろう。
「……恋って、凄いんだな。リリィの気持ちがとても強いものだって、分かるよ」
「いつか、理解できる日が来るのでしょうか」
 ラフィとファンは、圧倒されるかのように人魚少女を見つめていた。
 まるで貪るかの如く、三つの単語を繰り返し書き連ねるリリィ。とても健気で、また儚げにも見える。
 今日はもう、アルファベットリストはいらないかもしれない。ファンとラフィ、アリアは、協力してそれらを片付け始めた。
 子供たちが人魚から離れたところで、那由多が一心不乱なリリィのそばにしゃがみ込む。
「リリィさん。がんばっているあなたに、とっておきを教えてあげるわ」
「……?」
 顔を上げるリリィに、那由多はそっと、耳打ちをする。
「海でアーサーさんに抱きしめられたとき、嬉しかったでしょう?」
 リリィは小さく頷いた。恥ずかし気だが、本心を隠すつもりはないようだ。
「そうでしょう。だからね……今度は、貴女が抱きしめてみたらどうかしら」
「……!?」
 目だけでも、その驚愕が伝わってきた。何を言っているのだ、そんなこととてもできるわけがないと、首を左右にブンブンと振る。
 桃色の髪が乱れる様子に、アナンシが苦笑した。
「抱きしめるとは、鳳城君らしいねえ」
「あら、そうかしら? でも、やってみる価値はあると思いますわよ」
 管理室に道具を置いたアリアたちが、収容室に戻ってきた。こちらに近づかれる前に、那由多はもう一度、リリィの耳元に口を寄せる。
「そして、とっておきの愛を伝える方法――キス。口づけをしてみて、嫌がられなければ脈アリですわね」
 そう囁いた瞬間、リリィは頭のてっぺんから湯気が立つのではというほど赤くなり、突っ伏して顔を隠すようにしながら、単語の練習に戻っていった。
 初々しい反応に夫婦で破顔していると、走り寄ってきたアリアが興味津々に那由多の顔を見上げた。
「あら? ママ、何のお話をされているのかしら?」
「ふふ、内緒よ。大人の会話だもの」
「内緒だなんて、ずるいのだわ! パパ、教えて!」
 詰め寄られたアナンシは、柔和な笑みを崩しもせずに、アリアの頭に手を置いた。
「子供には秘密なのだよ。大きくなったら、ママに教えてもらうといい」
 むっとアリアが頬を膨らませたその時、にわかに収容室に音楽が響いた。
 それは木琴のような音色でありながら、どこか柔らかな笛をも思わせる、不思議な音色だった。アリアと那由多は、すぐに気が付いた。
「ママ、これ」
「えぇ。リリィさんの声、ですわね」
 猟兵が人魚の「声」をもとに作った音楽。邪神の力を中和するそれを耳にするや、リリィは声をあげて、教えてもらった言葉を復唱し始めた。
「あいらぶ、ゆ……あいらぶゆー……」
 習いたての字は、とても見られたものではない。それでも、強い想いだけは、しっかりと見る者に伝わってくる。
 ラフィはリリィの横に座り込んで、その字を見つめていた。
「いいぞ。そうだ、その調子」
 一文字書くごとに、小声でエールを送る。その横に膝をついたファンは、弟の肩に手を置いて、共に人魚の努力を見守った。
 耳に心地よい旋律を、アリアが真似て口ずさむ。そこに那由多がハミングし、新生した人魚の歌声は、より美しい響きとなっていく。
 その歌に耳を澄ませて、アナンシは一人、微笑を浮かべて目を閉じた。
「心配はいらないとも、リリィ君。きっと想いは伝わる故に。きっと――」
 例え声はなくとも、想いを伝え合うことのできる人がいるならば。
 その先にあるのは、きっと幸せな未来なのだ。
 言葉を交わさずとも心が通じ合う家族たちが、その証拠だった。


◆実験ログ:猟兵による識字教育が始められました。No.3853-Pは現在【I】【LOVE】【YOU】の3単語を習得しています。

◆実験ログⅡ:声帯を傷つけ発生を不可能にし、疑似発生装置を取り付ける実験は、No.3853-Pの強い要望により、中止されました。

◆実験ログⅢ:文字と文法の習得を助けるために、耐水性の絵本が数冊、収容室内の水槽付近に設置されました。なお、『人魚姫』は主人公と王子が結ばれる結末のものに差し替えられます。

◆「声」対策マニュアル ※4:担当職員は、状況に応じて筆談を行なってください。あらゆる音声対策に比べると非効率的ですが、No.3853-Pの識字教育のために必要な行動です。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

シン・バントライン
アオイ(f04633)と

恋は難しい。
生まれも育ちも違う相手を好きになり一緒に歩いて行けるのは奇跡に近い。
ましてや相手はUDC-P。

アーサーの元へ。
正直何も思い付かず、その無力さが情け無い。
だから一般人のアーサーに頼ろうと思う。
「今仲間が色んな対策を考えてくれてる。普通に話が出来る様になるかもしれんし心配なんて要らんかもしれん。
でもどっちにしても不安なんは結局彼女の方やと思う。
だからお前がたくさん喋ったって?もし声が出んままでも頷いたりする事は出来るはずやし、彼女をフォローしていってあげて欲しいな」
そして手紙を書くように伝える。

俺も妻へ「好きだ」と短い手紙を。
言葉を無くす程の狂った愛情を込めて。


アオイ・フジミヤ
シンさん(f0475)と

まだ彼に何も自分の“想い”を伝えられてないのね
なら文字を覚えてもらいたいな、手紙を書けるように
今は識字能力はないけど覚えられない、とも書いてないから

文字に心を込めてやり取りすれば想いも伝わるかな

彼女に紙とペンを渡し、隣で辞書を指さしながら言葉の意味を伝える
リリィさんの心に近いのはどんな言葉?一緒にいろいろ考えながら

あなたが好き、あなたのことが知りたい、傍にいて欲しい
全部覚えなくていい、一言でいいよ、想いを込めればいいの
あなたの心を書いた手紙を彼に渡そう

シンさんはきっとアーサーさんと、彼の手紙を持ってきてくれる

私も“夫“へ手紙を書こう
「このリングが消えても、傍にいてね」



●あの海から
 リリィの努力は、目を見張るものがあった。
 声を出してはならない時には、絶対に発声しないよう心掛けていた。それはもう、見ている方が辛くなるほどに懸命だった。
 そして、文字の習得。猟兵たちに教えてもらった言葉を、何度も何度も、タブレットに書き連ねている。
 まだ、たったの三語。連なれば「I Love You」となるけれど、それすらも、震える文字でしか書けていない。
「……」
 アオイ・フジミヤ(青碧海の欠片・f04633)は、収容室に入ったこちらに気づかず文字を書き続ける人魚に、そっと歩み寄った。
 目の前まで来て、リリィはようやくアオイに気づいた。見上げて、微笑む。
「こんにちは」
 控えめで、優しく愛らしい声音だった。思えば、彼女の「声」を聞くのは初めてだ。
 収容室に流れる猟兵が作った音楽が、邪神の力を中和していた。人と共存するために行なわれた様々な実験のおかげで、リリィは船内であれば問題なく人と交流できるほどになっている。
 とはいえ。アオイは歪んだ英語の「愛してる」を見て、くすりと笑った。
「まだ、彼に自分の“想い”を伝えられてないのね」
「……」
 俯いて、リリィが目を伏せる。困らせるつもりはなかったのだが、いつまでも時間があるわけではない。
 海の上での戦いから、何日も経っている。遠回りをしてもらってはいるが、もう施設に移送されてもいい頃だ。
 アオイは、海水に濡れるのも構わず、白い床に座った。辞書を広げ、リリィを手招きする。
 近づいた人魚の手を拭いて、ボードに固定した紙とペンを差し出した。きょとんとするリリィに、笑みを浮かべる。
「手紙を、書きましょう。想いを伝える第一歩は、ここからでもいいと思うの」
「……手紙」
「うん。大丈夫、私も手伝うから」
 分厚い辞書の薄いページに指を置き、アオイは恋文で使うだろう言葉を、一語一語説明していく。
 あなたが好き、あなたのことが知りたい、傍にいて欲しい。
 ずっと一緒に。いつまでも。
 あなたさえいれば、それでいい。
 気づけば、アオイ自身が大切な人に伝えたい言葉ばかり並んでいた。そのことに苦笑しつつ、リリィに問う。
「ねぇ、リリィさんの心に近いのは、どんな言葉?」
「私の心に……んと」
 温かな旋律の中、たどたどしく指が動く。示された言葉を、アオイがメモに取って残し、選ばれた単語たちは徐々に連なり、一つの文章となる。
 リリィは必死だった。何度も言葉を繰り返し、頭に叩きこもうとしている。アオイはその桃色の髪を撫でて、優しく諭すように言った。
「全部覚えなくていい、一言でいいよ。想いを込めれば、それでいいの」
「でも……」
「後の言葉は、その一言を輝かせるためのもの。大丈夫。あなたの心を、書けばいいんだよ」
 ゆっくりと頷き、震えるペンで、リリィが紙に字を書き始めた。その緊張感は、書きなれていないということだけに起因しているわけではないだろう。
 命懸けで、想いを伝えようとしている。そのことが微笑ましく、また羨ましくて、アオイも自然と、リリィの隣でペンを取っていた。
 愛する“夫“へ。たった一言だけの手紙に、とびっきりの想いを込めて――。

《このリングが消えても、傍にいてね》

●あの日から
「まぁ、恋は難しいと思うわ」
 シン・バントライン(逆光の愛・f04752)は、紙のカップを片手にあっさりと言った。
 偽らざる本音である。自分だって器用な方ではないし、いつも想い人にいらぬ心配をかけてやいないかと、冷や冷やしている。
「生まれも育ちも違う相手や。好きになり一緒に歩いて行けるのは、奇跡に近い」
 カップの紅茶を飲みながら、シンはその奇跡を味わえていることに、心から感謝した。本当に、自分は幸せだと思う。
 そう思うからこそ、言うのだ。彼のために。
「ましてや、相手はUDC-P。辛いと思うで、アーサーよ」
「なんで俺が惚れてることが前提なんだよ……」
 黙って聞いていたアーサーは、唸るようにしてそう言った。彼の前に置かれている紙コップは、すっかり冷え切っていた。
 カフェスペースで黒い布を前に沈黙していたアーサーを、シンはたまたま見つけたのだ。休憩がてら茶でも飲みつつ、話を聞こうというわけである。
 正直に言えば、自分が情けなかった。「声」への対策を何も思いつかず、アオイと共に船内をうろつく日々。無力感に、苛まされていた。
 ずっと二人の力になりたかったのだ。だからこそ、余計に力が入る。
「アーサー、その黒いマフラー、リリィが作ったやつやろ? そんなんもらって頭抱えてるってことは、二つに一つやんか」
「……どういうことだ?」
「分からんか? くれた相手のことを死ぬほど嫌いか、めちゃくちゃ好きかのどっちかやん。で、アーサーがリリィを嫌うってことはまずないから、自動的に後者や」
「その間って可能性もあるだろ」
「ない」
 断言。ソファに寄りかかって、シンはアーサーを見据える。
 いい加減、腹をくくる時だと思っていた。本当は穏便にいきたいが、年上の男として、恋の幸福を噛みしめる者として、今は強く彼を導くべきだと確信している。
 黒いマフラー――その布地は、邪神の力を吸収するらしい――を手に取って、アーサーが呟くように言った。
「そりゃさ。あんだけ真っすぐ好意をぶつけられたら、さ」
「……いい気分になるやろ。お前はな」
 顔を上げたアーサーに、シンは努めて――それはそれは努力して――きつい口調で言った。
「今、俺の仲間が色んな対策を考えてくれてる。普通に話しが出来る様になってきてるし、人間と一緒に暮らすことにも、もう心配なんて要らんかもしれん。その結果、リリィはアーサーに溢れんばかりの気持ちをぶつけられてるわけや」
「……感謝してるよ、猟兵には」
「アホかお前は。そうやないやろ」
 身を乗り出すようにして、シンはため息をつきつつ、アーサーの目をしっかと見つめた。
「どっちにしても、不安なんは、結局彼女の方や。それが分からんお前やないやろ、アーサーよ」
「……!!」
 目を見開くアーサー。優しい男だ、リリィの心の機微に、気づかないわけがない。
 気づかないふりをしていた。そのことを言い当てられての、動揺だ。
 リリィの想いが届けば届くほど、苦しんでいた。気持ちを受け止めていいのか悩んでいた。
 だが、そこにはアーサーの想いが、なかったのだ。人間と人魚という種族の壁を盾にして、自分の心から目を逸らしてきた。
 何度も忠告してくれる人がいたのに。何度も気づいていたはずなのに。
 リリィはあんなにも、心を伝えようとしてくれていたのに。
「……」
「なぁアーサー。お前がたくさん喋ったって? もし声が出せん時があっても、頷いたりする事は出来るはずや。彼女を……フォローしていってあげて欲しい。お前にしかできんことや」
 頼む。頭を下げるシンに、アーサーは小さく、そして力なく「あぁ」と答えた。
 無言の時が過ぎる。精一杯の想いを伝えてくれた少女に対し、己がしてきた仕打ちに打ちのめされているアーサーは、ずっと俯いていた。
 それでいいと、シンは思った。彼は、自分の気持ちに気づいたのだから。後はそれを、形にするだけだ。
 便せんと封筒を二つずつ、机に置く。ペンも二本転がしたところで、アーサーが困ったように笑った。
「……手紙か」
「俺も書く。付き合ったるから、一番伝えたいことだけを書くんやで」
「……参ったな」
 頭を掻きつつも、アーサーはペンを手に取り、悩みながら筆を進め始めた。
 付き合うと言った以上、男に二言はない。シンもまた、たった一人の女性を思い浮かべて、自分の心をそのままに、紙へと書き写す。
 それは、あまりにも短い手紙だった。
 愛する“妻“へ。言葉を失くすほどに、狂おしいほどに、強く強い、彼女への想い――。

《好きだ》


●君へ
 収容室を覗き見ることはナンセンスかと思ったが、アーサーが「見ていてくれ」というものだから、アオイとシンは二人して、管理室の強化ガラスから白い部屋を見つめていた。
 月明かり程度に落とされた照明の中、アーサーがリリィに、手紙を渡す。喜びのあまりその場で開けようとする人魚を必死に制して、呪詛をろ過する送話器越しに「後で、後で」と声が聞こえた。
「……ヘタレめ」
 シンが半眼を向けている。アオイはその横で、クスクスと笑った。
 リリィもまた自分の手紙を手渡した。何時間もかけて書き直し、それでも書けたのはほんの数行だった。しかし、手伝ったアオイが感動に震えるほど、心が込められている。
 その場で読むように急かすリリィに、アーサーは手を振りながら胸ポケットに手紙を収めた。自室に帰って読むつもりなのだろう。
 その後、二人は破魔の旋律が流れる収容室で、並んで会話を始めた。
 いい雰囲気だ。シンとアオイは、強化ガラスのシャッターをそっと締めた。
「さて、これで舞台は整った。後はアーサーの男気次第ってところやな」
「うん。……ねぇ、シンさん。私も渡したいものがあるんだけど」
 管理室に誰もいないことを確認してから、アオイが封筒を取り出した。薄い水色の、可憐な花模様が描かれている。
 シンは苦笑した。受け取る前に、自身の背に回していた手を、前に出す。
「あ」
 思わず声を出すアオイ。彼の手にもまた、手紙があった。
「奇遇やな。俺のも、受け取ってくれるか?」
「もちろん!」
 パッと目を輝かせ、二人は手紙を交換する。その場で開こうとするアオイに、シンが慌てて手を伸ばした。
「ま、待った! ここはほら、人の目もあるし、後にしよ」
「誰もいないよ?」
「く、来るかも分からんやろ? な?」
 何とか手紙を読ませまいとするシンに、アオイはふと意地の悪い笑みを浮かべた。人差し指で、想い人の肩を押す。
「シンさんの、ヘタレ」
「ぐっ……!」
 言葉に詰まって、シンは下を向き数秒、覚悟を決めた。
 水色の封筒を、そっと撫でる。まるでアオイの髪のような感触だと思った。
「分かった。俺も男や、腹決めたで! ……せーので、いくからな?」
「ふふ、はいはい。じゃ、いくよ?」
 二人は目を見つめ合わせて、交換した手紙の封に、手をかける。
 せーの。
 便箋が、手に取られる。

 二人は、互いの想いを何度も何度も目で追った。たった一行だけの手紙を、時間を忘れるほどに。
 便せんに踊る互いの想いに、シンとアオイの胸の中が満たされていく。
 先に便箋を折ったのは、どちらだっただろうか。それすらも分からないほど、二人はそばにいた。
 抱きしめ合っていることにも、気づかなかった。

 伝えたかった言葉。
 伝わらなかった想い。
 伝えていたはずの、心。
 それらが全部溶け合って、二人の距離は、なくなった。
 心も、体も、時間さえも――。

 二人の中に存在する何もかもが、一つになっていた。


◆実験ログ:No.3853-Pによる筆談が成功しました。筆談の相手はNo.3853-P-Aで、12月■■日2032時、手紙を用いて通信しました。内容は[データ削除済]でした。
◆実験ログⅡ:12月■■日2000時以降90分に渡り、監視カメラの映像が削除されていることが確認されました。
◆マシュー博士の発言ログ:野暮な真似はしないように。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

フランチェスカ・ヴァレンタイン
王子様とお姫様が幸せなキスをしてめでたしめでたし、とはなかなかいかないものですねー… さてさて

他の方がマニュアルの確立をされているのであれば、わたしは橋渡しの方に回りましょうか
チェリカさんも気にされているようですし、ご一緒していただいてそれぞれからお気持ちの聞き取りでも
リリィさんの方はまあ、聞かずともではありますけれど… 問題はアーサーさんの方ですか、ね
文字通り捨て身の恋心をどう受け止めるのか…

もし少しでも気になる気持ちがあるのでしたら―― リリィちゃんに抱擁の一つでも、してみません?

などと唐突にアーサー青年に振ってみたり
何となく、ですけれど。ソレが一番手っ取り早い気がするんですよねえ



 昨日の夜は、いい雰囲気だったそうだが。
「王子様とお姫様が幸せなキスをしてめでたしめでたし、とは、なかなかいかないものですねー……」
 夜色のマフラーを巻き封筒を手にしたまま、自室の外で天井を見上げて動かないアーサーに、フランチェスカ・ヴァレンタイン(九天華めき舞い穿つもの・f04189)はじっとりとした半眼を向けていた。
「……坊ちゃんですねー」
 アーサーとフランチェスカは二歳しか離れていないが、いわゆる男女経験については、語るまでもない差があった。
 いろいろな意味での先達として、彼にどの程度の覚悟があるのかを聞きにきたのだが、これでは声をかけるのも困ってしまう。
「どうしたものですかねぇ」
「なんか、元気ないわね、アーサー。嫌なことでも書いてあったのかしら」
 淑女の白い翼から身を乗り出すようにして、チェリカ・ロンド(聖なる光のバーゲンセール・f05395)が言った。フランチェスカに誘われて、アーサーの気持ちを確かめに来たのだ。
 チェリカの疑問に対し、フランチェスカは首を横に振った。
「いいえ。あれは――逆ですね」
「逆? 嬉しいってこと?」
「えぇ。でも、行動への移し方が分からない。そんな感じでしょうか」
 ヒールの音を響かせて廊下を歩くと、アーサーはすぐにこちらに気が付いた。
 心ここにあらずという顔は一瞬、手紙をポケットにしまって、平静を装う。
「やぁ。元気かい?」
「えぇ、どうも。あなたも――いい感じらしいですわね、いろいろと」
 妖艶に微笑むと、アーサーは明らかにバツの悪そうな顔をした。フランチェスカとチェリカを交互に見て、手紙をしまったポケットに手を置く。
 明らかに動揺している青年に、チェリカも何かを悟ったらしく、ニヤニヤしている。
 アーサーが、咳ばらいをした。
「聞いてるか、そりゃそうだよな。俺も、君たちと関わるうちに覚悟が決まってきた。それだけさ」
「覚悟……ですか」
 若干声を固くして、フランチェスカが胸の下で腕を組む。さらりと言った自身の言葉の重さに、アーサーは気づいていない。
 リリィと歩む人生は、苦難の道なのだ。UDC-Pは善の心を持っているとはいえ、人ならざる者と生きることは、決して容易い話ではない。
 フランチェスカは、アーサーに思い出させるように、ゆっくり、はっきりと言葉を紡ぐ。
「文字通り、捨て身の恋心でしたわね。リリィさんの想いは。聞かずとも分かるほどに」
「……あぁ。そう思う。本当に、俺みたいなやつに」
「それを受け止める覚悟が、あなたにはあるのですね?」
 尋ねた声に、フランチェスカは力を入れた。強い語気にチェリカが目を丸くし、アーサーが気圧される。
 ややあって、青年は手紙を取り出した。淡い水色の封筒。彼の名前が、震える字で書かれている。
「それ……リリィからの?」
 チェリカが聞くと、アーサーは「あぁ」と答えて、自分の名前を大切そうに指で撫でた。
「練習、したらしい。字を覚えるところから。手紙の中身もすごく短くてさ」
「でも、想いは届いたのですね」
 先ほどとは打って変わって優しい声音で、フランチェスカ。アーサーはまた、首肯した。
「届かないはずがないさ。ちゃんと……受け取った」
「ねぇアーサー、よかったら見せ――」
 言いかけたチェリカの口を強引に手で押さえ、目線で訴える少女を無視して、フランチェスカは満足そうに頷いた。
 もし彼が「せっかくだし付き合ってみるか」という程度の想いならば、お灸の一つでも据えてやるつもりだった。しかし、杞憂だったようだ。
 手紙に込められている想いは、強い。不器用な二人をしっかりと結びつけるほどに。
 しかし、それはそれとして。フランチェスカは再び半眼を作り、青年を見据えた。
「で、行動は起こしたのですか?」
「……話をしたりは、してるよ」
 口を押えられたまま、チェリカが信じられないとばかりに声を上げる。はしたないと思うが、フランチェスカも思いは同じだった。
 解放してやると、ダンピールの少女はせき込みつつ、アーサーに詰め寄った。
「ちょっと、何モジモジしてるのよ! 恋愛は勢いよ、イキオイ! そんなんじゃ横からかっさらわれるわよ!?」
 全て、恋愛小説の知識である。
 ろくな認識でないと思ったが、一理あることは確かだ。チェリカに便乗して、頷く。
「そうですね。いっそのこと、リリィちゃんに抱擁の一つでも、してみません?」
 軽く提案してみると、アーサーは耳まで赤くして「いや、でも順序が」などと言い訳を並べ始めた。
 同じベッドに入るわけじゃあるまいし。声には出さず心中で吐き捨て、フランチェスカはため息をついた。
「何となく、ですけれど。ソレが一番手っ取り早い気がするんですよねえ」
「早いって、なにがだよ」
「リリィちゃんと、想いを一つにすること――ですわ」
 実際、それで女は安心するものだ。リリィは無邪気だが繊細なので、なおさら行動で示してやる必要があると、フランチェスカは思っていた。
 最後の鍵を開けるのは、この青年だ。踏み出すための一歩を、白翼の淑女は言葉で示す。
「同じ想いなのでしょう? 彼女と」
「……」
「あの子は、待っていますわよ」
 アーサーはしばらく目を閉じてから、ゆっくりと顔を上げ、収容室へと続く廊下を見た。
「俺に、できるだろうか。彼女を幸せにすることが、俺に」
「それは、分かりませんわ。未来のことなど、誰にも」
 くすりと笑って、フランチェスカは自身の翼をそっと撫でた。
「ただ――あの子は、あなた以外と幸せになる気は、ないようでしたねぇ」
「そうね、そう思うわ」
 すでにリリィと話をしていたのだろう、うんうんと頷くチェリカ。そちらに一度微笑を向け、もう一度アーサーの目を見つめる。
「でしたら」
 フランチェスカはにわかに目を細め、言った。
「それができるのは、あなたしかいないのでは?」
「俺しか――」
 天井を見上げて、アーサーが呟く。
 本当はもう、心は決まっていた。リリィへの想いは、誤魔化しようがないほどに、確かなものになっていた。
 そして、それだけではいけないということも知った。独りよがりではいけない。この想いは、自分一人だけのものではないのだと。
 そのために、できること。彼女のために、彼女とのこれからのために、すべきこと。
 考え迷っていた答えを、アーサーはようやく、知ることができた。
 廊下の先から、波の音が聞こえた気がした。呼んでいると、感じた。
「……行ってくる」
 収容室に向かって、全てを伝えたい人のもとへと、青年が歩き出す。
 その後ろ姿を見送るフランチェスカは、アーサーの背中が、いつか甲板で見た時よりも大きく感じられた。
 様子を見に行きたそうなチェリカをカフェスペースへと引っ張りながら、フランチェスカは独り言ちる。
「どうぞ、お幸せに」
 思わずついて出た言葉に、微笑んだ。世界がこんな恋ばかりならいいのにと、少女のようなことを考える。
 近づくコーヒーの香りを楽しみながら、これで全てが終わり、そして始まったのだなと、そう思った。



 収容室の扉が開く。すぐに、彼と目が合った。
 私の手には、彼からもらった手紙があった。彼の手にも、私が送った手紙があった。
 アーサーは、私を見つめたまま、歩いてきた。
 明かりが消えた。夜と同じくらい暗くなって、私を見ている透明な壁が、隠れていった。
「リリィ」
 神様の力を掻き消す旋律の中に、アーサーの声が聞こえる。真っ暗な中でも、黒いマフラーが揺れているのが見える。
 不思議な力の耳飾りをつけた彼の顔が、はっきりと見えるほどに近づいた。私は知らず、笑っていた。
「アーサー」
 名前を呼ぶと、彼も笑った。そうしてくれることが、とても特別なことのようで、嬉しかった。
 今日はどんな話しができるだろう? 明かりが消えたのは気になるけれど、アーサーがいてくれるなら、私はなんだって楽しい。
 そうだ、「声」の力を抑える練習をしたことを話そう。少しだけどうまくいったことを、自慢しよう。
 そう思って口を開こうとした私は、びっくりして目を見開いた。
 次に感じたのは、温かさだった。初めてではないけれど、とても懐かしくて、夢のような感覚だ。
「アーサー……?」
 信じられなかった。だけれど手で触れてみれば、確かに彼は、そこにいる。
 アーサーは、私を抱きしめてくれていた。
「アー……サー……」
 私も、ぎゅっと抱き返す。彼の感触が腕の中いっぱいに広がり、私の胸が、温もりで溢れていく。
 彼の心が、伝わってくる。私がアーサーに抱く想いを、アーサーもまた、私に。夢にまで見たことだった。
 あぁ。だけれど。間違いじゃない。嘘じゃないんだ。
 夢なんかじゃ、ない。
 気づけば、涙が流れていた。
 アーサーは何も言わなかったけれど、私は「声」を上げて泣いていた。
 アーサー。私の大好きな人。溢れる想いが、止まらない。
 大好き。大好き。大好き。
 何度も何度も、叫んでいた。こんなに大きな「声」なのに、神様の遣いは現れなかった。
 名前を呼ぶたびに抱きしめてくれるアーサー。心が重なり、互いの中に溶けていく。

 会いたかった。話をしたかった。
 もっとあなたを知りたかった。あなたに私を知ってほしかった。
 あなたの隣に、いたかった。
 
 それらの想いが全て叶った時、私の「声」は、「歌」になった。そう気がついた。
 泣きじゃくる私の声は、とてもきれいじゃなかったけれど――。
 アーサーの心と一つになった「私の声」は、紛れもなく、「二人の歌」なのだ。

 それは、心が奏でた旋律。
 二人のために作られた、世界にたった一つだけのメロディ。

 私と彼の、海に揺蕩う恋の歌。





◆実験ログ:No.3853-Pの半径3m以内にNo.3853-P-Aがいる状況のみ、「声」の能力が完全に無効化されることが確認されました。これは突発的な変化であり、No.3853-Pの突然変異の可能性も考えられますが、現在のところ、その原因は不明です。

◆実験ログⅡ:全ての実験は終了し、No.3853-Pの「声」対策は完了しました。対策マニュアル※1~※4を参照してください。得られた手段は、12月■■日に海上収容施設へ移転後も、引き続き採用されます。




◆「声」対策マニュアル ※5:12月■■日、No.3853-Pの収容管理責任者に、アーサー・ウッドソン専任研究員が着任しました。以後、No.3853-Pの管理及び研究は、アーサー専任研究員の下で行われます。


fin

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年12月18日


挿絵イラスト