#サクラミラージュ
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「サクラミラージュでお買い物をしてほしいんだよねえ」
まるでおつかいを頼むかのような花畑・花束(プラント・f14692)の言葉である。
……あなたは呆気にとられたかもしれないし、目を輝かせたかもしれないし、どちらでもないかもしれない。
グリモアベースのブリーフィングルーム。ホログラフに映るのは、大正情緒を感じさせる、どこか懐かしくも華やかなビルヂングだ。
『店貨百堂天』―――『天堂百貨店』と記されたそれは、文字通りの百貨店。分かりやすく言えばデパートである。
「影朧に殺されるのは、このデパートの関係者だ」
続けてポップアップしたウィンドウに映し出されたのは、人のよさそうな青年。
歳の頃は二十代なかごろ。三つ揃えに舶来品のネクタイ、ボーラーハット。
流行を抑えたファッションに身を包んだ、いわゆるモダンボーイである。
「現社長さんのお孫さんだよ。名前は天堂・幸太郎くん」
曰く、百貨店の次期取締役として目されているのだとか。本人も大変にやる気に満ちており「僕は現場主義だからね」などと嘯いては、お忍びで遊びに行くのだという。
いや、遊ぶだけならまだ良い。レストランで給仕を務めたり、テーラーメイドのアシスタントをしたかと思えば、雑貨品店でおすすめの舶来品を綺麗に磨いたりしている、と。
「仕事の邪魔になるし、迷惑ではあるね」
けれど殺されるほどのことかなあ、とない首を捻る花束である。
何せこの百貨店周辺を行き交う人々は、みな笑顔を浮かべているのだ。
例えば、デパートから出てきたばかりの親子連れ。
きっと家族揃って外食にやってきたのだろう。
小さな男の子は頬にデミグラスソースをつけたまま、複葉機のおもちゃに夢中になっている。
ちゃんとしなさい、もう7ツでしょう。
そう言いながら頬を拭ってあげたのは、これまた小さな女の子。
そんな様子に父親はハハハと笑い、母親は幼い“お姉ちゃん”の頭をやさしく撫でてやる。
例えば、流行の洋装に身を包んだ若者たち。そのだれもがファッションにこだわりがあるようで、装いは様々だ。
大切そうに紙片を握りしめた女性が、足早に百貨店へ入ってゆく。
……どうやらそれは、引換券のたぐいだ。著名なデザイナーが構えた高級店のもの。
言葉こそ発しないまでも彼女の表情は明るい。これから出会う最高の一着に思いを馳せ、きらきらと目を輝かせている。
例えば、小さなショッパーを提げた女学生たち。
あなた何を買ったの、あの色はかわいいわね、わたしにも試させて頂戴な。
恐らくは桜コスメや、舶来品の雑貨類が入っているのだろう。内緒話をするようにひそひそと、楽しげに街を歩いてゆく。
確かににそこは、さまざまな幸せに満ちた場所だった。
「人には様々なペルソナがあるね。幸太郎くんもそうなのかもしれない。けれど『本当に天堂百貨店を良くしたい』『みんなに笑顔になってほしい』と考えている、いい人なのかもしれない」
猟兵たちに彼の身辺や、周りからの評判などを調べてほしい、と言う。彼が影朧に狙われる理由は、一体なんなのだろうか。
「きみたちが天堂百貨店にたどり着くのは、ちょうど幸太郎くんが抜け出したころ。あちこちで“現場視察”をしてる時間だ」
だから、お買い物をしていれば直接接触もできるだろうねえ。
などと言って、のんびりとウィンドウを切り替える。
百貨店最上階のレストランでは、ハンバーグやオムライス、プリンアラモードなど本場の洋食を楽しめるだろう。
ファッションが好きなら気鋭のデザイナーが常駐するブティックもいい。大正ならではの衣類を誂えてもらえるはずだ。
幻朧桜から作られたサクラミラージュならではの化粧品、桜コスメも充実している。販売員に聞けば、あなたに似合う色を教えてくれるに違いない。
それに舶来品も多数取り扱っている。今日の思い出に……あるいは、誰かにお土産を買っていくのもひとつの手だ。
花束は猟兵たちのひとりひとりに長方形の紙片を渡してゆく。
アラベスク模様の縁取りの中に、『サアビスチケット』と印刷されたものだ。これがあれば、様々なサービスを無料で受けられる。
「なにせ新世界だものねえ……ぼくのぶんまで楽しんできてね。で、思い出話を聞かせておくれ。あっ、でもさ」
買い物と同じくらい調査も張り切ってくれると助かるなあ。
のんびりとした声が響くと同時に、花束の手の中でグリモアが光を放つ。
……そして、数瞬の後。
猟兵たちの耳には人々の賑わいが届き、その目には資料通りのビルヂングが―――『天堂百貨店』が聳え立っていた。
逸見
はじめまして!逸見です!
一作目はサクラミラージュから、お買い物となんちゃってサスペンス、アクションをお届けします。
●NPC
『天堂・幸太郎』27歳、男性。
現在の代表である祖父、その次の父親に続き、天堂百貨店を継ぐことになっている青年です。
こっそりと店員に紛れては手伝いをするなど、お忍びで現場を手伝うことを趣味としています。
「悪ふざけがすぎる」「上流階級の自覚がない」などと取られるかもしれませんね。
●一章
天堂・幸太郎の身辺調査が主目的となります。
人当たりのよさそうな彼がなぜ影朧に狙われるのか、考えてみていただければと思います。
が、それはそれとして百貨店でのひとときを楽しんでください!
POW/SPD/WIZは参考です。デパートでやりたいことをご自由にお書きください。
多分屋上に遊園地なんかもありますよ。
二章は集団戦、三章はボス戦となります。
一章でお買い物のみ、以降で戦闘のみのご参加も大歓迎です!
それでは、桜舞う帝都でお会いしましょう!
第1章 日常
『浪漫百貨店』
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POW : 大食堂で異国情緒溢れるモダンな食事や甘味に舌鼓
SPD : テーラーや女性デザイナーと共に帝都で流行りの洋服を仕立てて貰う
WIZ : 舶来品・幻朧桜から作られた化粧品や装飾品。店員さんにお薦めを聞いてみる
👑11
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
ヘンリエッタ・モリアーティ
【鎧坂探偵社】
ねえ、シャンプーってどこにあるかしら!
あは。百貨店サイコー!どれもこれも欲しくなっちゃうのよね、今日はお小遣い決められちゃってるけど
一応仕事でしょ?わかってまぁす。でもね、――ヘンリーにそろそろ石鹸で頭洗うのやめてもらいたいじゃなぁい……?
と、いうことでちょっとおしゃれなのを探そうと思いまぁす
いい人がどうして狙われるって
それは――いい人だからよね。いい人って損だわ、いつも
顔がいいと顔を傷つけられるだろうし、お金持ちならお金ぜーんぶとりあげられちゃうの
ステキな人ほど狙いやすいのよ、全部的に見えるでしょ
なんちゃって!さあ、灯理、次はコスメよコスメ!灯理にも化粧品選んでほしいんだから!
鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
(デパートに縁がなさ過ぎる路地裏育ち探偵)
(高級品ばかりが並んでいる様子に内心とても戸惑う)
(伴侶の前なので表に出さない)
シャンプーは、(監視カメラをハッキング)こっちだそうだ
そうだな……それは確かに思う
むしろ何故石けんで髪艶を維持できているのか気になって仕方がない
私でさえシャンプー使ってるのに(薬局で買った)
マリーのいうことは充分理由になる
あとはそうだな、「金持ちの道楽」に対する従業員達の嫉妬か
生活のために必死になっている横で、膨らんだ財布の持ち主がお遊び気分で働いてるんだ
殺したくもなろうさ
あ、いや私はマリーに似合うものを買えればそれで、マリー!?
(思いっきり引っ張られていく)
●桜の香りの黒い髪
一階のフロア、デパートコスメのコーナー。きらびやかな女優鏡の列。にこやかに微笑む美容部員。数々のブランド広告を映す柱。
何より特徴的なのは、化粧品の香りである。
やはり売れ筋なのか、桜ベースのフレグランスを配合したものが多いようだ。
香りを楽しむようにかたちのよい鼻をついと上げ、足取り軽く進んでゆくのはヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)。その内に存在するひとり、ルビー。
最も女性らしい美的感覚を持つ彼女にとって、ここはまるで宝石箱だ。なんでもかんでも欲しくなってしまう。
なんて素敵なところ!百貨店、サイコー!
「どれもこれも綺麗だもの、目移りしちゃう!ねえ、灯理?」
鼻唄まで歌いそうなご機嫌さで、傍らにいる伴侶に笑いかける。
当の伴侶、鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)はといえば。
戸惑っていた。
『百貨店』などという華やかな場所とは無縁の人生を送ってきた彼女である。眼球だけを動かして右を見ても、左を見ても、きらきらと眩しい世界なのだ。困惑するのも無理はない。
ましてこれは射撃でも念動力でも、探偵としての能力でもってしても解決できない難問である。
が、狼狽など表に出すタマではないのもまた事実。更に愛しいつがいの傍である。だからいつもの通り、穏やかにこう返すことができた。
「ああ、マリー」
二人だけの秘密の名を呼べば、灯理の隻眼には嬉しげなマリーのかんばせが映る。楽しそうに笑う彼女のお目当ては、本当はたくさんだが、今はひとつ。
お小遣いが決められちゃってるのは残念ね、とサアビスチケットを思う。
「シャンプーってどっちに売ってるのかしら?」
「シャンプーか……」
内心ずっと圧倒されていた灯理であるが、愛しい伴侶の問いかけとあらば行動は速い。至るところにあるカメラを同時にハックし、ヘアケアブランドのショップを発見した。……コスメティックのエリアよりは光も穏やかそうだ。先導して、しかし歩みは並ぶように足を進める。
「こっちに専門店があるらしい。おいで、マリー」
「本当に!?良かったぁ、オシャレなのが欲しいのよね」
「変えるのか?」
普段使ってるシャンプーも充分似合っているが、と不思議そうにすると、マリーは少しだけ赤い唇を尖らせた。
「……ヘンリーよ。あの子ったら、ずうっと石鹸で髪を洗ってるでしょ?」
“ヘンリエッタ・モリアーティ”の中にいる、四つの人格。すなわち四人の人間であるから、その趣味嗜好がぴったり合うことなどないだろう。
それにしたって石鹸はな、と頷く灯理。
「何故石けんで髪の艶を維持できているのか、気になって仕方がない」
「やめてって言ってるのに……」
ケアアイテムとは往々にして、継続した使用を前提として作られている。極端な話、マリーがお気に入りを使ったところで石鹸で洗髪されたら台無し、ということだ。悲しげな顔にもなろう。
そうして二人がたどり着いたのは和の雰囲気を意識したらしい、落ち着いた店だった。
桜の彫刻が施された棚には様々な色や形状のボトル。香りのテスターには効能も記載されている。
自分と伴侶のぶんも入れて五種類揃えたいのが本音だったけれど、今日はひとつと決まっているのだ。マリーが選んだのは、シンプルな石鹸の香りに、仄かな桜の残り香を残すものだった。
「これならあんまり抵抗なく使ってくれるかしら?」
「良いと思う。きっと似合うとも」
と、つがいのお墨付きである。先立って渡されたチケットを支払いの代わりとする、その少し前。銀の瞳がアラベスクの縁取りを眺める。複雑でいて規則的なそれは、美しい。“いいもの”だ。
いい人が狙われるのは、いい人だから。
それがマリーの出した結論である。顔を焼かれる美しい女。有り金を全て騙し取られる富豪。強みを取り上げられた人間は、みじめだ。
灯理も概ねその通りと踏んでいたが、も う一つの可能性を見出していた。
天堂・幸太郎の行動は言い方を変えれば「金持ちの道楽」に違いない。
こちらは日々の暮らしのため働いているのに。
あちらは裕福な暮らしを送れるというのに。
こうした嫉妬も、動機としては至極真っ当なものだ。
“綺麗な”チケットと引き換えに、花弁の透かし模様が入ったショッパーを受け取るマリー。
にこにこと笑う様子に灯理も柔らかく笑む、のだが。探偵の寒であろうか、この笑顔の理由はもっと別なところにあるような。
「さ、灯理!チケットは忘れてなぁい?次に行きましょ!」
こちらまで先導してきた灯理に対して、今度はマリーが先をゆく。細く白い手のどこにそんな力があろうか、がっしりと伴侶の腕を掴み。
そしてその目指すところは、真反対……つまりもと来た道である。
「―――コスメよ、コスメ!」
「えっ」
「灯理だって綺麗なんだもの、折角なんだしいいもの選んで帰りましょ!」
「いや私の分はマリーの買い物に使っ……待ってくれ。マリー。待っ、マリー!?」
返ってきたのはただただ楽しそうな笑い声と、ハミングだけだ。
今度こそ当惑を隠せなかった灯理は、再び綺羅びやかな世界へと連れ去られていくのであった。
……その後チケットがどう使われたか、知っているのは二人だけだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
アルモニカ・エテルニタ
此度の役柄は買い物と噂話が大好きな娘
見事演じてみせましょう
けれど、ドレスはこの身体で造れますものね
化粧品も肌に合うものを見つけるのは難しいし
……桜で作った香水なら如何かしら
店員を呼び止めて、香水を見立てて貰いつつ
ねぇ貴女、幸太郎様とお話したことはあって?
ちょっと風変わりだけれど立派な方ですもの
ご両親やお祖父様も鼻が高いでしょうね
恨まれるようなお人でなくとも
此処を継ぐことを快く思わない者はおりましょう
親族の方々との関係からその辺りを探れたら良いのだけれど
……良い香りを纏うと心が軽やかになりますわね
やっぱりドレスも買ってしまおうかしら?
ああいけない。役にのめり込んでしまうのはあたくしの悪い癖ですの
●美しきは
近頃の美容業界では「天堂百貨店が直接契約を結んだ調香師」が噂の的となっている。仏蘭西から渡ってきた彼はとびぬけた感性の持ち主で、一人一人にぴったりの、世界にひとつだけの香りを作り出すのだとか。モダンな装いの男女、特に若者たちは、話を聞いては思いを馳せて溜息をつくだけ。しかしサアビスチケットを持つ猟兵なら―――そうでなくても、名女優ならば立派な客たりうる。アルモニカ・エテルニタ(Colchicum・f22504)は待合席にゆったりと座り、件の調香師を待っている。
此度与えられた役柄は、噂話と浪費を好むおしゃべりな娘―――演じ切ってみせようではないか。とはいえ、ブラックタールの女にドレスは不要。気に入りのものを自ら生み出し、着飾るのだ。かたちの変わりゆくこの肌になじむ化粧品だって、探すのは難しい。ならばと、自分だけに合うとびきりの香水を選んだのだ。
「ねえ貴女、少しあたくしに付き合って頂戴よ」
調香師を呼びに行かせたのとは別の販売員を捕まえる。すこし高飛車な娘らしく見えるよう、つんとした仕草をしてみせて。
「幸太郎さまとお話したことはあって? とても立派なお人と聞いているわよ」
「え、ええ……ええ、親切なお方でございます。美容部員のなかで悪い話は聞きませんよ」
こっそりと教えてくれる彼女は最初こそ固くなっていたが、どうやら役柄と同じく噂好き。口調こそ丁寧ながら、学生気質の抜けきらない新人のようだ。アタリを引いた。アルモニカは揺蕩う指先を形のよい唇に当て、考えるそぶりも忘れない。
「売り場に立つだなんて風変わりだけれど。お祖父さまもご両親も、鼻が高いでしょうね」
「うーん……どうでしょうねえ。いまの社長は黙認してるみたいですけど、次の社長……あ、幸太郎さまのお父上ですよ? あんまりよく思ってないみたいです」
ひそひそ、ぺらぺら。話すうちに販売員の口から、“高級店”らしさは薄れていくが、特に気にしないアルモニカである。特別な香りに加えて有益な情報がついてくるのだ。それに販売員は女優ではない。素人のボロは見逃してやるのがスタアというもの。
「ナイショですけどお……経営陣の間では「大正700年にもなって親族経営なんて」って声もあるとか」
「……ちょっと、アナタ?」
ギクリと身をこわばらせる新人社員の背後には、華やかなメイクの代表販売員が立っている。向かい合う形で会話をしていたアルモニカはとうに気づいていたが、うわさに夢中の演技もお手の物だ。傍らにいる金髪碧眼の青年が、件の調香師だろう。
「こちら、当店の専属調香師でございます。何でもご相談くださいませ」
黒い女ににっこりと微笑んでみせ、そのままの顔を(自業自得とも言えるが)哀れな新人販売員に向ける。アナタ、あとでゆっくりお話しましょうね。紅茶でも奢ってあげるから。
「(“ティータイム”が“お説教”なのでしょうね、大変なこと)」
さて、役柄としての本題である。代表販売員の説明を受けつつカウンセリングを受けた結果、三つのテスターが出来上がった。
普段使いに向いた、桜花の香り。
お呼ばれ用の、上品な緑の香り。
僅かに麝香の残る華やかな香り。
―――今回の筋書ならば、アドリブで告げるのはこの台詞しかあるまい。
「全部いただくわ」
サアビスチケットをついと渡し、自分だけの香りを楽しむ“買い物好きの娘”である。……やっぱりドレスも選びに行ってしまおうかしら? この香りに合わせるのならマーメイドライン、生地は絶対にシルク。あちらの香りは……
「嗚呼、あたくしったら。いけないこと」
誰にも聞こえぬつぶやきと共に、うみうしの角がとぷりと揺れる。
役柄にのめり込んでしまうのは、アルモニカの悪い癖だった。
大成功
🔵🔵🔵
リダン・ムグルエギ
アタシの目的はこの新世界でのコネを作る事
今回の救出対象や百貨店なんてうってつけね
というわけで客じゃなく
売り手側を目指すわ!
とはいえ真正面からの対抗や売り込みは無粋よね
高級服飾店の品を見て流行を勉強し
それをさらに引き立ててブームになりそうな装飾品を考え
添えるように売り込んでみるのよ
ミシンや布はあるわ
後はアタシ自身の発想とコミュ力次第ね
上手くいけば服飾店と懇意になりつつ
お客様をさらに笑顔に出来るんじゃないかしら
襲撃理由?
分からないわ
ただ、もしそれが「現場視察」をしている理由と繋がっているなら…
幸せそうな客を見た時に見せる彼の表情が
笑顔か(周囲の嫉妬)、悔恨(彼の失敗)か
そこから憶測できる…かもね
リア・ファル
任務了解
ボク自身は彼の事をよく知らないからね
よりよく聞き込んでみようか
一応ボクも商売人の端くれだし、
それを明日に繋げようと思ってる訳だケド
彼の行動の真意は何だろうね……?
裏がないならナイで、「ふざけてる」って周囲の悪評もあるだろうし、
計算ずくなら、それこそ騒動背景がありそうだ
まずは人間関係を探ってみようか
休憩室やら、従業員も利用する食堂での噂話に
『ハローワールド』の集音センサーで「聞き耳」を立ててみたり
めぼしい従業員にUC【我は満たす、ダグザの大釜】で
何か奢って、「情報収集」できるといいな
「いいね。珍しい一品も奢っちゃうよ?」
あと、こっちでも「Dag's@Cauldron」の販路を
確保しないと
●惑す大釜、幻の山羊
ファッション。
それは元々、流行を示すことばである。リダン・ムグルエギ(宇宙山羊のデザイナー・f03694)は猟兵である以前に、ひとりのファッションデザイナー。街の流行を掴み、洒落者たちの心を掴み、次には自分が新しい波を起こし―――この世界でも、売り手側になるのだ。
今回の事件は百貨店、その跡継ぎを目された青年が絡んでいる。コネクションを作るには最高の舞台だ。
デパートメントにけものの足を踏み入れれば、創作意欲と探求心は留まることを忘れる。通路を行き交うモボにモガ。はやりすたりに敏感な彼らが選ぶ品々。選ばないものの確認も怠らず。常人ならざる速度と精密さでインプットを“しながら”、次は自分が作り手に回る番。
相手のフィールドにずかずかと入り込み、真正面から対抗するような無粋さを、リダンは嫌う。
自らが作ったものを、デパートの服飾店に売り込むのだ。上手くすれば情報とコネクションと、もしかしたら最初の取引先を得られるかもしれない。
『ミシンオブゴート』。
思い描いた衣類を一瞬で作り上げる、彼女だけのミシン。リダンがブームの仕掛け人たる所以のひとつである。
モチーフとして浮かぶのは、まず幻朧桜。王道すぎるほどだが、多くの人々に愛されているものである。それに、街の至る所を飾る鮮やかなステンドグラス。このふたつとして。どう形にするのかが肝要だ。トレンドを瞬時に塗り替えるもの―――あるいは、変わらぬ王道を支えるもの。
先に見かけた桜コスメのコーナーが、リダンに天啓を与えた。
「アタシの新作は―――このコスメポーチよ!」
「……結構普通だね?」
首を傾げたのはリア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)。運び屋であり、猟兵であり、ECサイトのCEO……リダンと同じく、一介の商売人だ。実店舗とウェブ。“ものを売る店”と言ったって、形態は全く異なる。リアにとって今回の事件は、猟兵としても経営者としても興味深いものだった。売り手側の彼女らが行動を共にするのは、ある種必然だったのかもしれない。
甘いわね、と不敵に笑って見せるリダン。完成したのは大中小と三種の、一見何の変哲もないポーチだった。生地はステンドグラスを意識したモダンな幾何学模様。カラーリングごとに金属パーツの色も変え、ジッパーに桜のチャームをあしらうのも忘れない。細部に彼女のセンスが光っているが、ポーチ……?
「まずは一番小さいのを開けてみて」
「うーん?」
促されるままにじじ、とジッパーを開けるヒューマノイドの少女。もともとぱっちりとした瞳が、わあと丸くなる。驚くほど広く開き、中身が取り出しやすく、内部の構造がひとめで分かる。連なるベルトはメイクブラシやマスカラを収納するのに丁度良い。仕切りには程よく伸縮性のある生地を使い、ブランドごとに規格の違う大きさのアイシャドウやハイライトをぴったりとしまえる。勿論ファンデーションやチークを入れる余地もたっぷりと残して、だ。無駄を徹底的に省いた構造は、“小さなサイズに大容量”を可能としていた。
「Sサイズは普段使い、Mサイズは気合いを入れたいときのお出かけ用、Lサイズは家で使うのを想定してるわ。基礎化粧品が入るようデザインしてあるの。個別でも3つセットでも勧めやすいでしょ?」
「なるほど! 上手いね」
「ブームってものはね、服に限らないのよ。ゆくゆくはGOATiaもこの百貨店に参入する予定だけどね?」
なんて冗談。フラッグショップは路面店に限る。今回は衣服で攻めるより、すぐに扱える小物とした。これはまずコネクションを作るための第一歩だからだ。ファッションに気を遣う女性ならば当然、コスメティックにだって手は抜かない。彼女らの需要を想像する能力があり、形にできる。それとアピールするためのコスメポーチだ。
リアはというと感心しきり、残るサイズも次々と開け、持ち上げては軽さに驚いたり、中身を傷つけない仕様に驚嘆したり。
「いいね、これ。Dag's@Cauldronでも売らせてよ」
「ダメよ。天堂百貨店限定商品って体で売り込んでいかないと―――」
「―――情報収集の取っ掛かりができないかぁ……」
元々自信作だが、ECサイトの代表取締役までもが認めたデザインだ。満足げに試作品を携え、リダンが向かうは婦人向け鞄の専門店である。先にそちらに卸せば、化粧品売り場でも売り出されるだろう。
「じゃ、アタシは商談に行くわ」
「オーケー、ボクは別行動だ」
そっちの様子も聞き取れるからね、と、自身のヘッドセットを示す。
『ハローワールド』。
リア専用のヘッドセットだ。高性能を通り越して超性能。その集音センサーに加えて、彼女自身に備わった中央制御ユニットとしての能力があれば、リダン側で得られた情報もほぼ同時に処理できる。
「あ、でも……やっぱりそれ、一瞬だけ売らせてくれないかな?」
「一瞬……?」
かわいらしい唇の前で手を合わせるリアに、リダンは気だるげな視線を更に眇める。何か考えがあってのことか。製作者と、経営者。商売人同士とはいえやり方は異なるもの。にらみ合いとは行かずとも、どちらも退かない沈黙が流れる。……折れたのは、リダンだった。
「条件がふたつあるわ。ひとつめ。そっちに卸すのはSサイズを1つだけ。ふたつめ。用事が済んだならすぐに商品ページを削除して」
「うんうん、それで大丈夫だよ。ありがとう!」
これは、信用の問題である。猟兵同士ではなく商売人としての信頼に基づいた契約。
少女の屈託ない笑顔に苦笑いを浮かべ、山羊の女は歩き去る。
悪魔と同じ綴りを冠したブランドが動きだしたのなら―――ここからは、欲望の大釜の出番だ。
『ハローワールド』は既に展開中。直近で聞こえてきた天堂・幸太郎の情報は、香水コーナーの新入社員が厳しく叱られている様子。……これは好意的な意見だ。より効率的なのは、社員が集まる場所。電子の海を経由してビルの構造を把握、社員が利用する休憩室や食堂を突き止める。ここは搬入スタッフの休憩室だろうか?
《正直肩が凝る》《いつだって俺たちの首を飛ばせるんだぜ》《そんな人には見えませんけど……》《あそこまでニコニコ働いてんのはさ、逆に怖えだろ》《お前らビビりすぎだって。助かってるのは事実なんだし》
「(同じ現場でも意見が割れてるのかな?)」
さらにセンサーを走らせ、電脳経由で探ってゆく。社員からの評判は半々といったところだ。本人が贔屓にしている従業員もいないようだし、特別嫌っている従業員がいるわけでもない。フラットな人間関係を築いているらしい。……同僚の手前、大声で言えないこともあるのかも。一旦現実空間に意識を集中させる。場所は1階ロビー、リダンと別れたところ。ベンチが並ぶ吹き抜け構造の広場だ。正面入口の大扉に立つ、守衛の青年に目をつける。
「ねえ、ちょっといい?」
「はい?」
あまり客に声をかけられることはないのだろう。そこも含めて、リアの計算の内である。搬入スタッフのような裏方や、客と直接会話をすることのない守衛。そうした種類の従業員から引き出せる情報も重要だ。
「今日は守衛役じゃないのかな? 幸太郎さん」
ブラフだ。幸太郎がガードマンとして入口に立っている、そのような事実は『ハローワールド』でも確認できていない。だが、交渉事は苦手と見た。守衛の青年はあからさまに狼狽える。なぜ知っているのか、というような。
「不思議な人だよね」
これは本音である。リア本人は現在進行形の代表取締役で、自身の目的―――彼女の故郷、機動戦艦ティル・ナ・ノーグの凍結解除のために尽力している。では天堂・幸太郎の真意は? 将来の代表取締役である彼はいったい、何を目指しているのだろう。
「彼のこと、どう思う?」
「は、はあ……いえ、その……」
「まあまあ、ナイショにするから。少しだけでも教えてくれたらさ―――」
Cauldron-Gift
【我は満たす、ダグザの大釜】。
彼女が彼女の夢の為に開設したECサイト、『Dag's@Cauldron』。その在庫商品を呼び出すユーベルコードだ。
「―――珍しい逸品だって、奢っちゃうよ?」
ぽんっと音を立てそうな軽さで彼の手の中へ現われたのは……リダンから1点だけ譲られた、メイクポーチの試作品だ。これにはリアも目を丸くした。リダンに無理を言ったのは、女性スタッフに有効だろうと思ってのことだったのだ。守衛の青年は震える手でそれを持ち上げる。
「明日、恋人の誕生日で、」
……得心が行った。彼はきっと、恋人の為に何も用意できなかったのだ。選べなかったのか、買えなかったのかまではわからないが。
「それ、プレゼントしてあげなよ。きっと喜ぶさ」
「ありがとう、ございます……」
ついでに持ち運びやすいよう、ロゴの入った袋にラッピングもつけてやる。何度も頭を下げてくる青年をうまくなだめて、どうにか話を聞きだした。口下手な彼の語る内容を少しずつ纏め、正負を問わずにその人となりを単語化していく。その結果。
「うん、彼とは良い取引ができるかも」
「え?」
「いいや、こっちの話さ」
から回り。エネルギッシュ。純真。世間知らず。悪戯っぽい。理想主義。……など。あくどさや裏は、現段階では感じられなかった。
ありがとうと礼を言えば、ありがとうございましたと。同じようにお礼で返されてしまった。
人の欲望とは不思議なもので、感謝と感謝の遣り取りで終わることもある。そうした欲求はきっと、よりよい明日へ繋がるために必要なものなのだ。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
寧宮・澪
いわゆる、モボって方ですねー……実際は、どんな方なんでしょか。
狙われた理由も謎ですねー……。
恵まれた立場を妬んでとかー……ご先祖に似てる、とか、もしくは他人の空似、とかー?
あとは、上流階級の男子が下働きなんてー……みたいな。
推測はいっぱいできますが、まあ、まずはお買い物、ですよー……。
おー、桜の装飾品、綺麗ですねー……桜コスメもかわいい……。
うーん、目移りしちゃいますねー……楽しい。
あ、店員さんに、見立て頼んでみましょか……ついでに噂で聞いた、という感じで幸太郎さんのこと、情報収集、できたらー。
運が良ければ、幸太郎さん本人に、頼めるかもですねー……そしたら、本人の人となり、見れますかねー。
ティオレンシア・シーディア
●※
そういえばあたし、あんまりこういう百貨店って来たことないわねぇ。
店で使うものは大体専門店で揃えちゃうし。
折角だし、硝子製品見ていこうかしら。
切子細工の器にレリヰフ硝子、色硝子の細工物。見てるだけでも楽しいわよねぇ。
チケット貰ったし、良いのあったら頂いてこうかしらぁ?
ついでに店員さんにお孫さんについても聞いてみようかしらねぇ。
ちょっとした噂になってるわよぉ、例のお孫さん。
実際どうなのぉ?仕事の邪魔ったって、そこら中ひっくり返して木端微塵、ってわけじゃないんでしょ?
世の中、どんなに完全無欠な聖人君子でもどこかしらで恨みを買うことになってるのよねぇ。
…大体の場合、「逆恨み」って名前なんだけど。
●変わらずの瞳たち
恵まれた者への嫉妬。憎い誰かに似ている……他人の空似の人違いも有り得る。“上流階級の男子が下働きをしている”、これがまず取っ掛かりになるかも―――眠たげまなこの奥で、寧宮・澪(澪標・f04690)の思索が巡る。様々な可能性が浮かび、しかし。
「いまは、ただの推測、ですねー……」
「まぁ、まだ来たばかりだものねぇ」
童女の声を持つ、美貌の女―――ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)がそれに応じる。方や面差しを変えず、方や笑みを絶やさぬふたり。偶然行き合った彼女らの方針は「まずはショッピングを楽しみ、販売員から情報を聞き出す」というものであった。
その道行きがぴたりと止まったのは、新商品を集めた一角だ。まずはグラデーションを作るように飾られた桜コスメが目を引く。アクセサリーのブースには、桜花を象った指輪に腕輪。花弁が幾重にも連なる首飾りは、さながら花吹雪だ。澪が思わず息をついたのを、ティオレンシアは見逃さない。
「それ、色硝子のお花じゃなぁい? 買っちゃう?」
「ん、んー……どう、しましょー……」
“かわいい”尽くしの光景がまだまだ続いているのだ。手鏡や宝石箱、香水瓶。ひとつひとつを丁寧に追っていく澪が、はたと気づく。
「このあたりからはー……どれも硝子、ですねー……?」
香水瓶に始まり、切子細工のペアグラス。脚に金の桜が絡む舶来もののワインセット。縁起物の掘り込みを入れたレリーフ硝子の大皿も美しい。
「ティオレンシアさんはー……お店で、こういう器を、使うんですかー……?」
彼女が故郷で構えるのは硝子ではなく、黒曜の名を関した店であるが。上質な食器類を見て人がそう思うのもまた自然なことだ。ギャルソン服に身を包む女は、ゆたりとかぶりを横に振る。
「店で使うものは専門店で揃えちゃうのよねぇ」
「ああー……お仕事道具、ですもんねー……丈夫さ、とかー……大事ー……」
「そうなのよぉ。百貨店がダメってことじゃないけどぉ、縁がないのよねぇ」
縁がないだけに、見ているだけでも楽しいのだが。緩やかな仕草で頬に手を当て、少し考えてみる。
「あたし、ちょっと生活雑貨の方を見ていくわぁ。アクセサリーってガラでもないし、……色々と“説明”も聞きたいしぃ?」
暗に提案するのは「二手に別れての情報収集」である。澪もそれに頷き、二人は其々に新製品の区画を進んでゆくのであった。
●水底の瞳
道には迷わないが、買うものに迷ってしまう現状に直面している。こうなれば店員さんに見立てを、と。そう思い当たったまさにそのとき、ひとりの女性販売員が澪のもとへとやって来た。
「何かお探しでしょうか?」
「えー……と、ですねー……これでひとつ、選んでいただきたくてー……」
両手でそうっとサアビスチケットを翳して見せると、女性販売員の顔がぱあっと明るくなる。
「まあ、猟兵の御客様ですか! いつもありがとうございます!」
「えと、はいー……お世話に、なってますー……?」
「どうぞこちらへお掛けくださいませ!」
あんまりにも喜ばしげにするものだから、澪も少しだけ首を傾げてしまう。導かれて腰を落ち着けたカウンター席。ひとつ差し出されたのは、可愛らしい小瓶に入ったマニキュアだ。ゆらめく滑らかな白は、髪に咲くちいさな花とちょうど同じ色。
「ぜひお試しになっていただきたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あ、えっとー……はい……お願い、しますー……?」
やや圧されつつ、しかし“世間話”を振るには最高のシチュエーションだ。自身の爪を丁寧に飾ってゆく彼女に、澪の透明な声が問いかける。
「幸太郎さん、はー……お化粧品のコーナーに、いらしたり、するんですかー……?」
「あら、お聞きでいらっしゃいましたか……お恥ずかしい限りでございます」
爪を彩る手は滑らかに動き続け、女性はただ苦笑いを浮かべるだけだ。表にはあまりいらっしゃいませんけれど、と、意識はただ小さな爪に向いて。
「商材の搬入スタッフが幸太郎さまであった、というようなことは、ままございます。裏方の力仕事がいつの間にか終わっている、妖精のようだ、などと申す者までおりまして……」
両の爪を綺麗に塗り終えたところで気が緩んだのか。笑い話のように語っていた彼女だが、ハッと姿勢を正す。申し訳ございません、と青ざめた顔で頭を下げるが、調査する側としては花丸の結果だ。
「お気に、なさらずー……?」
ゆるく振られる澪の手の、その爪に変化があった。光の当たり方に応じて、様々に色を変えていくではないか。蕾の白から満開の桜色まで、十ある指先に桜の時期が丸ごとつまっているかのようだ。
「あ……きれいです、ねー……」
「お気に召していただけましたか!」
そこには安堵の中に、確かな喜びがあった。その人に似合うものを選べたこと、気に入ってもらえたらしいこと。きっと彼女にとって、この職場はとても良いものなのだろう―――時にやって来る“搬入スタッフ”にも悪感情は抱いていないようだ。美容部員たちにとっては、微笑ましい存在なのかもしれない。たとえば、悪戯好きの弟のような。
丁寧に頭を下げて立ち去る澪の手のなかには、可愛らしくラッピングされたマニキュアがあった。
●黒曜の瞳
一方のティオレンシアは、舶来品のナイトランプに目をつけていた。様々な色に形に大きさ、硝子の種類も装飾も違う。……路地裏の店とはいえど、灯りがなければ影もできない。夜の店を彩るには打ってつけだろう。相応に高価なものであるからか、他の客も見当たらない。
特筆すべきものもなく、ドーム状のランプが目に留まる。しかし女の観察眼は、即座にその仕組みを暴く。指先でスイッチを動かして白熱球の出力を上げてやれば、色硝子の夜桜が鮮やかに浮かぶのだ。
「お目が高くていらっしゃいますなあ」
丁寧な所作でティオレンシアの傍らへやってきたのは初老の男性スタッフである。このコーナーの担当らしい。熟練の色硝子職人の手によるものでして……と続く説明を聞いてやるのもそこそこに、するりとことばを挟み込む。
「とっても良いものねぇ。これ、頂いちゃうわぁ」
「ゲッホ」
どこぞの画家か医師の名前めいた呻き声をあげて噎せるロマンスグレーである。それは果たして彼女の容姿と声の落差によるものか。それとも年若い女が、全く悩まずこの値の品を買うと決めたからか―――その手にあったサアビスチケットが示唆する事実ゆえか。恐らくすべてだ。
「し、失礼いたしました……」
「いいのよぉ、慣れてるものぉ」
そう。大体の場合において、この声ですっ転ばれるのである。……そして時に、場の空気を和らげる武器にもなる。
「そういえばお孫さんのこと、結構噂になってるわよぉ」
「は、幸太郎さまですか……」
人間が人間を殺す理由は、どうしたって何らかの思いに繋がる。ティオレンシアはそのことをよく理解していた。だから“現場の人間がどう思っているのか”を探るのだ。その、ゆるりと細められた瞳で。
「ねぇ、実際のところどうなのぉ?」
「困りますな」
すがすがしいまでにばっさりとした意見であった。周囲に他の人間がいないからだろうか、歯に衣を着せる様子はない。諦めたような顔の男に対して、笑顔を一切崩さないまま、重ねて問う。
「ランプを片っ端から割っちゃったり、ってわけでもないんでしょぉ?」
「本当に天堂百貨店の将来を思うのであれば、経営そのものに力を入れて頂きたい……というのが、わたくしの意見でございます」
溜息さえ吐きそうな様子でこそあれ、手慣れたようすでてきぱきと夜桜の灯りを包んでゆく。ベテランらしい彼にとって幸太郎の行動は、足手纏いだとか、邪魔であるとか、そういった認識以前の問題らしい。
「……いや、またしても御無礼を申しまして」
「いいえぇ。答えにくかったでしょうに。ありがとうねぇ?」
返事は、困ったような苦笑だけだった。もう少し見て回るからと収穫物を預け、身軽に立ち去る。……恐らく古株の社員は、多かれ少なかれ同じような思いを抱いている。自身の人生を費やしてきた職場。その行く末への憂いを。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
氏家・禄郎
お忍びで現場を……ねえ。
仕事熱心なのは確かだが、職責は守ってもらわないと。
百貨店の食堂に入って珈琲とライスカレーを注文
待っている間に人間観察。
笑顔を浮かべられるのはそこは夢の場所であるからだと思うけれど推理を上げるために新聞を片手に頭を掻きむしり(UC)、注文したものが来るのを待つ。
給仕がやってきたら本番だ。
紙幣を一枚見えないように渡し
「これは君の仕事に対する姿勢の評価だ、その上で聞きたいのだが」
「君は天堂・幸太郎君の仕事ぶりをどう思う?」
可否にかかわらず
終わったらライスカレーに舌鼓。
仕事中に怒られるかな?
●探偵の仕事
科された職責を守るべきである。そう考えるものは、猟兵の中にもいた。複雑な過去、もとい職歴を抱える氏家・禄郎(探偵屋・f22632)である。
ある世界で笑っていられるのは、そこが夢のように映るから。理想に反した現実に絶望し、その前に屈した経験がないからだ。
まだ残暑の厳しい中、最上階の洋食屋には程よく空調が効いていた。奥のソファ席に腰を落ち着け、水のグラスを運んできたウェイトレスへそのまま注文を伝える。
「君、珈琲とライスカレーを」
「承知いたしました。珈琲は食後にお持ちいたしましょうか?」
「そうしてくれるかな」
愛想よく立ち去る女給を見送り、新聞紙を広げる。しかしながら、禄郎の眼差しが追うのは文字ではない。行きかう人々、主に従業員の様子を具に観察する。たたずまい、表情、声のトーン、そして働きぶり。流石の高級百貨店、誰もがよく教育されていることが窺える。
見ているだけでは、まるで穴がない。
だがまた一方で、火のないところに煙は立たない。【此の世に不可思議など有り得ない】のも事実。眼鏡をかけた青年がぼさぼさの髪をかきむしるさまは、紙面のニュースに憤っているようにも見えただろうか。
……程なくして、先のウェイトレスがライスカレーの銀皿を手にやってきた。強すぎない香辛料の匂いからはよく似込まれたまろやかな味わいがそのまま伝わってくるようだ。
食事を運び、カトラリーを並べ、ごゆっくりお召し上がりくださいませ、と一礼し、次の仕事へと向かう―――女給のルーチンに、探偵が割り込む。ここは奥のソファ席。彼女の影に隠れて、そのやり取りは誰にも見えない―――紙幣を一枚差し出してやるのだ。汚れひとつないエプロンの前、僅かばかりに動いただけで隠せる近さへと。
「お客様、」
「君の仕事の姿勢に対する……そうだな、“評価”だよ」
この一枚がどれほどの価値か、知らぬ彼女ではないだろう。ただの天運とも思えず、何を求められているのかもわからず、……しかし、あからさまな狼狽は見せない。つまり女給の側にも、“取引”に応じる用意があるのだ。したたかなことだと思いながら、率直に問いかける。
「君は、天堂・幸太郎の仕事ぶりをどう思う?」
「……」
紙幣はその位置を禄郎の指先から、彼女の前掛けの裏へと変えた。金を抜き取った本人はちらりと周囲を確認し、素早くこう答える。
「よく働きますよ。……洗い場の業務なんか、わたしと代わってほしいほど」
「洗い場ね」
冗談めかして笑う顔、しかし探偵の目から嫉妬を隠しきることなどできない。これから季節は冬へと変わるのだ。女の柔肌につく傷の想像に難くない事。それを、やらずともよい身分の男がやるというのだから―――。
「(心穏やかでいられるはずもない、か)」
なんとも人間らしい答えに内心頷き、どうも、と彼女を見送る。あんまり拘束しては「仕事の邪魔はどちらか」という話になりかねない。それに禄郎には、やるべきことがまだ残っていた。
「では、いただきます」
―――高級店のライスカレーを楽しむという、大事な仕事が。
大成功
🔵🔵🔵
狭筵・桜人
●※
彼が狙われる理由ですか。
金持ちだから?仕事の邪魔だから?
まいいや、人に聞きましょう。
人を殺す奴なんてなんでも言いがかりをつけてくるんですから。顔がムカつくとか。
最上階のレストランでタダ飯食いながら彼の人となりを調査します。
可愛い給仕さんいないかなー。
オムライスとソーダ水とプリンアラモードと……
注文ついでに給仕さんを引き留めて天堂さんについて尋ねます。
モテるのかとか。
話に付き合ってもらえるようちゃんと愛想良くしますとも!
ほら私って顔が良いのでナンパの成功率が高いっていうか
いやあ顔が良すぎて肩凝りますね……顔が良すぎて。はあつら。
引き留め過ぎて注文が通らず料理がこないなんてことは
まさかですよね
ヴィクティム・ウィンターミュート
●※
ほーん、ボンボンが命狙われてるってか
オーケーオーケー、ゆるりとレッグワークといこうじゃないか
ドンパチの前のカロリー補給だってしないといけねーし、駒を増やすか
『Balor Eye』を展開、サイズは出来るだけ小さめに
デパート中を走り回って、ターゲットの情報を集めてこい
本人の様子、ターゲットについての陰口、評判、怪しい奴、諸々な
俺本人は優雅にレストランで飯を堪能しつつ…もしターゲットがいりゃ探りを入れるってところか
誰にも恨まれない人間なんていやしねぇ
誰かを嫌う理由、憎む理由、疎む理由
星の数ほどあるんだからな。生きてりゃどれかに当てはまる
さて今回はどんな理由か…おっほ、ハンバーグうまいなオイ!
●幸から一本抜けると辛い
ほぼ同時刻、同店内、開けたテーブル席にて。ひとりの少年が神妙に呟いた。
「カレーか……アリだったな」
既に注文を終えてしまった。ま、足りなきゃ追加で頼めば良いだけか。そう気軽に考え直すのはヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)。
Leg-Work
ただのんびりとオーダーした食事を待っているように見えて、情報収集に勤しんでいるのだ。ただし動かす脚は自身のものではない。
Balor Eye
魔 眼 の名を持つドローンたち。それらが、動かぬ彼に代わって事を為す。本当のメインディッシュは天堂・幸太郎の評判、噂話、陰口、その他ありとあらゆる情報というわけだ。百貨店じゅうを自在に行き来する眼がターゲットに関するワードを捕捉し、ヴィクティムの電脳へ伝えてゆく。
《……妖精の……》《……経営……》《……洗い場の業務なんか、わたしと……》《天堂さんっているでしょ?》《ぶっちゃけモテるんですか?》《仕事のできる人って良いと思います?》
……。やけに近いところではっきりと聴こえるのは、ドローンが拾った音声ではない。ヴィクティムの聴覚センサ―に直接届いている。声の主はウェイトレスを捕まえて質問攻めにしているようだった。同業者かと視線だけを動かせば、2個隣のテーブルに同じ年の頃の少年が座っていた。
見目のよい女給に……これは……絡んでいるのではないか? 情報交換として同僚に声をかけるか、すっかり困った顔のウェイトレスに声を掛けるか―――どちらに助け船を出してやるべきか、悩んだ末。
「スンマセン水のお代わりください」
「はいただいま!」
「アッ」
判断は迅速であった。女給の対応もまた、迅速であった。残された少年は恨めしげであった。そう睨むなよ。軽く唇の端を持ち上げて、桜人の隣へ移動するヴィクティム。どの戦場だったか、幾度か見かけたことのある顔だ。戦闘ログを参照する―――狭筵・桜人(不実の標・f15055)。
「よう。桜人、だよな?」
「おや? 私ってばいよいよ有名人ですかね?」
おどけているのかとぼけているのかそれとも素なのか、この世界と同じ色のかぶりをゆるく傾げる桜人。年恰好に対してどこか飄々とした風体に親近感を覚えるのか、首尾はどうだよ、と水を向けてみると。
「モテるらしいです」
「何を聞いてんだよ!?」
「仕事のできる人より家庭の時間を大事にしてくれる人の方がステキですって」
「誰に聞いてんだよ!?」
「あのお姉さんです」
「マジで答えて欲しいってんじゃねえからな!?」
直近三つの情報はノイズであった。
いやいや、色々と聞き出せましたよ。そういって桜人が語るところに拠れば。
天堂・幸太郎は前前より悪質な嫌がらせを受けている、だとか。
女学生と口論になっているのを見た、だとか。
この店の中ですら、彼に対する評価がかなり割れるのだともいう。
―――ウィズ、クリティカルなキーワードだ。AIへ新たに指示を出しながら口笛を吹く。
「この店だけでそれだけ聞き出しのか?」
「ほら、私って顔がいいじゃないですか? それに結構粘りましたからねえ」
「水だけでかよ……」
「え? やだなあ。ちゃんと沢山頼みましたよ。オムライスに、ソーダ水に、プリンアラモードに」
指折り数えるわりに、彼のテーブルに置かれたグラスの表側はさらさらとしている。冷たい水が温み、グラスの汗も乾くほどの長居とは。……もしやと思うが、伝えるのは残酷か。ヴィクティムは口を噤む。その心遣いも露知らず、桜人はのんびりと頬杖をついた。
「金持ちとか邪魔だとか、そう単純な話でもないかもしれませんよねえ……」
「そうか? 人間が他人を恨む理由なんざ幾らでもあるぜ」
憎い、嫌い、疎ましい。ネガティブな感情はシンプルで、直線的だ。生きていれば必ずついて回るという事実も込みで。一瞬だけ、二人の少年のあいだが静まり返る。だがそれは本当に一瞬のことだった。沈黙を破ったのは、お待たせいたしました!といやに晴れやかな声だ。そうして給仕を始めたのは、先とは別のウェイトレスだった。トレイに乗っているのは、
「ハンバーグでございます!」
ハンバーグであった。
オムライスでも、ソーダ水でも、プリンアラモードでも、ない。添え物のグラッセも色鮮やかに、デミグラスソースの濃厚な香りを漂わせる……誰がどう見ても、ハンバーグであった。
先とはまた別の種類の、実に気まずい静寂が訪れる。やはり。やはり、言っておくべきだったのか――――「そのオーダー通ってねえんじゃね?」と。
「……頼み直せよ。あとの情報は俺の方で洗っとく」
「ハイ……」
本場の洋食は、少し涙の味がした。
ハンバーグは普通に美味しかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヨシュカ・グナイゼナウ
(アドリブ等歓迎)
デパートメント。一つのビルヂングに沢山の店舗が詰め込まれている様はいつ見ても壮観だ
それはそれとして
服をね、仕立てて頂きたいのです。この世界の雰囲気に合った様な
迷子のふりをして件の御曹司に接触。ふりです、ふり。目的の店舗まで案内をお願いし、その人物像など観察
案内して貰えるかは賭けですが
結果はどうであれ店舗には向かい
採寸をして頂いている間にテーラーさんと、【コミュ力】を駆使して談笑がてら【情報収集】
彼の評判でも伺ってみよう
ここのデパートメントは素敵ですね、従業員の方も親切で。迷っている時に天堂さまと仰る方に案内して頂いて
あのお方もこちらの従業員の?
サアビスチケット万々歳ですね
●迷い星、ひとつ
内にある礼節が滲みだすようなひとがたの少年、ヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)。良家の子息といって違和感のない彼であるが、実はかなりの冒険家。デパートメントとはある種のダンジョンでもあるし―――目当ての店に辿り着かないのは、件の御曹司を探しているからだ。
迷ったわけではない。これは、フリだ。
天堂・幸太郎が熱心に働いているのなら、場に不慣れそうな少年を放っておくはずがない。ローファーの踵を上げて背伸びをするのだって、迷子らしく見える演技だ。そんなヨシュカの視界に、そっと回り込む人影があった。
……猫に声をかけるときは、まず静かに正面へ回るもの。後ろから撫でたりしようものなら気の弱い猫は吃驚して逃げる。そうでなければ敵だと認識されてしまう。その人影―――スタッフと同じ服装をした、天堂・幸太郎その人。彼の所作は、まさにそれであった。小さな子どもを怯えさせまいとするようにかがんでみせる。金色をしたヨシュカの瞳に、柔和な微笑みが映った。
「ボク、お父さんとはぐれてしまったのかい?」
「いいえ。一人なのですが、道に迷ってしまって」
サアビスチケットを差し出すヨシュカ。スタッフの天堂、もとい幸太郎は「おや」と目を丸くすると、襟を正して一礼する。
「当店を御選びいただき誠にありがとうございます。オーダーメイドをご利用でしたら、もう一つ上の階にて承っておりますよ」
立て板に水といった調子でヨシュカの目的まで当ててみせるのだ。ならば次は、接客態度を見るとしよう。
「あの、人が多くて……よろしければ、案内をお願いできないでしょうか」
「勿論ですとも、光栄です!」
これも、即答であった。仕事熱心、現場主義。その人物像は本物らしい。道すがらの会話からも嘘らしいものは見つけられなかった。
「ありがとうございました。このフロアですね」
「どの店舗のデザイナーも帝都随一でございます。どうぞご満足ゆくまでお試しくださいませ」
それでは失礼いたします、と足早に去っていく幸太郎。バレる可能性が上がってしまうから、ひとところに長居できないのだろう。
目的のフロアは眼鏡や時計の展示がメインだ。オーダーメイドの区画は面積にして三分の一程度。しかし店は一軒だけではない。在庫を抱えず済むから、小さくて済むのだろう。……分からないわけだ。
少し歩き、ひとつのショウウィンドウに目を惹かれる。グレンチェック地の三つ揃えだ。格子模様を作るのはクリーム色に、数種のブラウン。彼好みの落ち着いた色合いだ。ホワイト系がベースになっているぶん、普段よりもやや華やかな印象もある。
―――ここにしましょう。足を踏み入れればそこは、落ち着いた居心地がよい雰囲気の内装だ。スズラン形の照明が目に優しい。……彼を迎えたのは、小さな眼鏡をかけた、優し気な老婦人であった。
ヨシュカの注文は、例の生地を使った三つ揃え。型は年相応に、少しだけ柔らかさを増すように。ボトムスは着慣れたハーフパンツに変えて。相談しながら、採寸に映る。
「ああ、ウエストコートの色は明るいブラウンやベージュなどでも可愛らしいかもしれません」
「うーん……悩みますね。お任せします」
「ふふ。腕が鳴りますわ」
ゆったりとヨシュカの身体に巻き尺を当てていく彼女は、本当に楽しそうだ。だからヨシュカの問いかけも、半ば本心になる。
「ここは、本当に素敵なデパートメントですね」
「まあ、ありがとうございます」
「さきほども天堂さんという方が案内してくださったのです、お忙しいでしょうに」
「あら」
老女の反応はというと、全く予想外のものだった。
「幸太郎さまが……いらしてくださればよかったのに」
「? 偉いお方なのですか?」
「社長のお孫様でしてね、ふふ。よく店にやってきて、お手伝いをして、怒られて。うちではたまに匿って差し上げるんです」
「どうして?」
「そうですねえ、孫息子が丁度あのくらいの歳だから、でしょうか……はい、ようございますよ」
採寸に詳細の相談も終わり、引き換え票がわりの控えとチケットとを交換する。……彼女が幸太郎に対して好意的に接しているのは、ごく個人的な理由からだ。しかし、人が人を害するのもそうした理由がほとんどである。他の店ではよく思われていないことも確認できた。物言いから推測するに、近い店舗に違いない。
他のだれかは、どうだろう。同じ階の、別のショップで調査をしている猟兵はいるのだろうか?
大成功
🔵🔵🔵
納・正純
●
灰二(f15821)と
二人でブティックに向かい、服の見立てを頼んで会話開始。服装は全てお任せの後購入
俺の役目は、会話の流れの調整兼聞き役だ。
こちらが聞いてばかりでは、あちらの口も堅くなる。確信に至る質問は灰二に任せて、俺はデザイナーが気持ちよく話せるように注力しよう
「失礼、流行りの服の見立てをお願いしたい。この辺に疎い男が二名、流行りに廃りに色々教えてくれますかな?」
「しがない喫茶店を持つ身としては、ここの経営手腕に尊敬の念を抱く所でして。よくよく噂も耳にする。『現場主義』の話なんかもね」
「有能なデザイナー殿がいて、幸太郎殿もよく顔を見せるのなら、さぞ現場もうまく回っておられるのでしょう?」
鸙野・灰二
●
正純(f01867)と
二人でブティックに向かい、服の見立てを頼んで接触。服装は全て任せた後購入する。
俺の出番は会話が弾みだしてからだ。情報は欲しいが質問攻めはよくない
それまでは正純とデザイナーの会話に耳を傾けつつ様子を伺う
話の最中に相手が変わッた反応をすることはないか、表情に変化はないか。
良き時分に俺からも質問させて貰うとしよう。
「服の種類にも形にも疎い男で済まない。良きように誂えて呉れ。値段は気にしない」
「彼は店内のあちこちに顔を出していると聞いた。部下思いなんだな」
「デザイナー殿は、幸太郎殿の事をどう思う」
●新世界にて
仕立屋に用のある猟兵が、ここにも二人。透き通る琥珀の髪の男は納・正純(インサイト・f01867)、銀にけぶる髪の男は鸙野・灰二(宿り我身・f15821)。彼らが選んだのは、白と黒で纏まった店舗。合間に添えられた原色のインテリアが、モンドリアンの抽象画めいて印象的だ。通りがかり見かけたアンティーク調の店舗もなかなか良さそうではあったが、そうと覗いてみたところ、そちらのデザイナーは老婦人であった。大柄の男が二人では威圧感を与えるかもしれない。それに。
「お前……デケェな……」
「そうだな。済まんがこの通りだ」
小ぢんまりとしていたのだ。
確かに正純の言う通り、灰二の無骨な体格では入るだけでも精一杯だろう。が、ははあと息を吐く正純とて高身長。他人のことを言えたものではないのだが、それと指摘もせず、素直に頷き謝りさえする灰二である。
ともあれそんな経緯があって、色使いも内装もシンプルなブティックにいるのだった。
「失礼、流行りの服の見立てをお願いしたい」
最初に声をかけたのは正純である。何よりも知識欲の強い彼は、他人との会話を楽しむ質の男だ。『好きこそものの上手なれ』。こと人に対しての情報収集であれば得意分野だ。応じて真っ直ぐやってきたのは、いかにもなモダンガール。働く女性といった風体の、ツーピース姿の若い女だった。やや気が強そうだが……。
「この辺に疎い男が二名、流行りに廃りに色々教えていただけますかな?」
「あら。帝都の方ではいらっしゃらないのですか?」
「辺鄙も辺鄙、片田舎の出でしてね。せめて恰好だけでも相応しく、上等なものをと」
帝都の最先端をゆく気鋭の若手デザイナー、とお伺いしてやって来た次第ですよ。と、煽てていくのである。何の相談もせずぶっつけ本番、よくそれだけの言葉が口から出るものだ。滑り出しを任せていた灰二は言葉も発さず顔色も変えず、しかし胸の内で驚嘆していた。すっかり気を良くしたらしいデザイナーは棚から生地のサンプルを持ち出し、これまでの制作物をまとめたアルバムを広げていく。
「ご希望の型などはおありですか? 英吉利風から伊太利亜風までどんなものまで仕立ててみせますよ」
自信に満ちた眼差しと共にどんどん喋り始めたところで、今度は灰二が口を開く。
「服の種類にも形にも疎い男どもでな。済まないが、すべて良きように誂えて呉れ」
値は気にしない、と付け足せば、流行色に彩られた瞼が僅かに見開かれる。実際のところサアビスチケットを持ち出さずとも、猟兵の報酬で賄えてしまえるのだ。ウソではない。相手の反応はといえば……鼻歌さえ歌い出しそうなほどの上機嫌だった。気前の良い客たちに媚びるのでなく、“好きなように作れる”ことに楽しみを見出している。
それでしたらと、まずは灰二の採寸に取り掛かって―――。
……今だな。
正純が灰二へと目配せし、灰二の方も承知代わりに女の様子を推し量り始める。
「故郷にしがない喫茶店を持つ身としては、ここの経営手腕に尊敬の念を抱く所でして」
「ええ、特に若い女性の社会進出を推してくださる社長には頭があがりませんね」
「よくよく噂も耳にする。そうですな、幸太郎殿の『現場主義』の話なんかも」
……女は、眉を顰めた。線を掴んだ灰二が続ける。
「彼は店内のあちこちに顔を出していると聞いた。部下思いなんだな」
、、
「お顔を出されるだけですよ」
冗談めかして愛想よく笑いながら……いや。
これは、嘲笑だ。
『血の滲むような努力。その苦労を知らぬくせ、プロの助けになれるなどと思うな』
そんな思いすら伝わってくるようであった。“ひと”に使われる“もの”である灰二である。ときおりこうした鋭さを発揮するのだ。
彼を褒めるのはよしておいた方が良い。言葉代わりに目を向ける。勿論正純とて、察せぬ観察眼の持ち主でもない。生地サンプルに興味を引かれるふりをして、灰二へ頷いた。ああ、黙っているさ。続きは任せる。
「デザイナー殿は、幸太郎殿の事をどう思う」
「採寸ひとつも任せられませんね。彼、素人ですから」
例え契約を破棄されようと食うには困らぬ、そうした自信からか。物言いも簡明直截だ。それこそ“邪魔”だと言わんばかり。手つきや身振りに悪感情を表しこそしないものの、気は隠せない。
体格差にも関わらず手際よく灰二の採寸を終えると、今度は正純を採寸スペースへ招く。
「―――ですから、もしもお店のチェーン展開などお考えでしたら……」
「ええ、支店の事は現場の者に任せるとしますよ」
肩をすくめてみせる正純に、それがよろしいかと。と、くすくす笑う女だ。自信家で、勝ち気で、妥協を許さない。社長の孫にだって烈火の如く怒るようすが目に浮かぶようだった。
「(こうした人間にとっちゃ、な)」
恐らくは、なんでも自分でやらねば気が済まぬたち。正純は考えを巡らせる。例えば人手の足りぬ場所などではどうだろうか。存外好かれている可能性もあり得るか―――。
「納さまにはこちらの生地、紺に白のチョークストライプですね。御顔立ちがはっきりとしていらっしゃいますから、大胆な柄物も着こなせます。仕立てはダブルで、ウエストコートの形も少々変わったものにいたしましょう。釦には琥珀色を使います。鸙野さまにはシンプルなダークスーツがよくお似合いでしょう。ただそれだけでは少々遊び心が足りませんから、ごく暗めのグレーを織り込んだ千鳥格子の生地にいたします。シャドウストライプに似ていますが、千鳥ですから他ではまず見られませんよ。御髪が綺麗な銀色ですから、釦もそのように。大き目の一つ釦……鳥のレリーフを用いたものを使いましょう。同布の髪留め紐も合わせてお作り致します」
「おお、流石の見立てですな!」
「(正純よ)」
「(なんだ)」
「(しゃどうすとらいぷとはなんだ れりいふもわからん)」
「(あとで教えてやるよ)」
興奮と情熱を隠しきれないデザイナーが並べ立てていく専門用語を、正純はすべて理解して頭の中で想像できているようであった。横文字に強くない灰二は変わらぬ面差しのまま、混乱している。なるほどわからん。もしも心を読める者がいたとしたら、この八文字ばかりが渦巻いていることであろう。
標的は人間、調査対象も人間。よく思わない者はいて然るべきだが、今しがた話を聞いた彼女は嫉妬や羨望ではなく“軽蔑”に近い念を抱いている。後日完成品を引き取りに来るとき、何か変わっているだろうか―――それをまた“新しく知る”ためにも、“人真似”のためにも、今回の事件は看過できまい。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
榎本・英
●※
……屋上。浮かれた輩が盛り沢山。
そんな屋上のベンチに男が一人。
嗚呼。悲しきかな我が人生。
しかし、今日は愛読書を片手に人間観察に勤しもう。
天堂・幸太郎
彼はどのような人物なのか。彼が一体なぜ。
ん?風船……?
見ず知らずの私に風船をくれる小さな少女。
君は将来とても素敵なレディになるよ。
さて、観察の続きをしよう。
風船に本と少々目立つかもしれないが
人を隠すには人の中。
一番人の多い場所で観察するのも良い。
次の主人公は――ん?嗚呼、また風船をくれるのか。
君は物好きな少女だ。
探偵さん?いや、私は探偵ではないよ。
嗚呼、移動してしまったようだ。
それではまた。
素敵なレディ。
●風に揺られるひと
ところ変わって最上階の更に上。屋上に広がっているのは小さな遊園地だ。未だ夏の暑さが残る日であったが、風はすっかり秋の匂い。気持ちの良い空気が流れるなかに、遊具のメロディや人々の笑い声が絶えない。仲睦まじげな男女に家族連れ。街並みを見渡せる屋上の端にはベンチが並び、女学生たちがきゃらきゃらとお喋りを楽しんでいて―――ひときわ離れた一台にて、ひとり読書に勤しむ青年の姿があった。
浮足立った輩どものなか、只一人。嗚呼。悲しきかな我が人生。
愛読書に目を落としつつ、心中にて嘆くは榎本・英(人である・f22898)。鳶コートに立襟シャツ、縞の上衣に臙脂の袴……書生姿の青年がぽつりと本を読んでいる。己ですら侘びしさを感じる光景だ。しかし人間観察というのならば“人間”の多い場所に限る。
彼は既に天堂・幸太郎のすがたを見つけていた。作業服姿に帽子を深くかぶっているから、パッと見てそれとは分かりづらかったが間違いない。
硬貨を入れると歌いながら歩く、パンダの遊具を修理しているのだった。どうも硬貨の投入口が目詰まりを起こしていたらしい、工具を使って器用にごみを取り除く。嬉しそうにパンダの背に飛び乗る男の子。
……小さな旅立ちを笑って見送るそのさまは、少年に似て無邪気である。
“なぜ”には答えが出た。きっと、楽しいのだ。それが純粋に他人の幸せゆえか、それとも単なる自己陶酔かはもう少し観察が必要だが。
じぃと幸太郎の表情を見つめる英の前へ、不意にまあるい白が現われた。漂うそれは、風船だ。
「これ、あげる!」
「風船を? 私にかい?」
見ればそこにはワンピース姿の童女。英に向かって臆することもなく笑いかけている。風船なんて子どもにとっては宝物にだろうに、それを見ず知らずの男にくれるという。ありがとうと受け取る。
「君は優しいな。きっと将来素敵なレディになるよ」
少しはにかんだように駆けていくのを見送って、またひとびとの波にへと意識を向ける。今度は風船という連れ合いがいるから少し目立つかもしれないが……しかし、誰も彼に気を向けない。人に紛れる彼とて、紛れもなく人であるのだ。……或いは彼の別側面が、人の意識を自身から遠避けるのか。いずれにせよ、観察を続けるには何の問題もない。さて、次の主人公はいったい―――
「ん?」
またしてもまあるいものが、彼のまなこを覆う硝子に映る。赤色の向こう側では先程の少女が、少しだけ恥ずかしげににこにこと笑っていた。君は物好きな少女だね、と告げてやる。
「おにいさん、探偵さんでしょう?」
「いや、私はそうではないよ」
「でもそのお服、おんなじ」
大衆演劇でも見たのだろうか、目をきらきらとさせるのだ。いいや、いいやと首を振り。
「私は、人だ」
不思議そうにこてんと首を傾げる少女を尻目に、嗚呼、と息を吐く。既に幸太郎は先程の場所にない。きっと事前の情報通り、忙しなく働いていて……次に向かう先を見逃してしまった。しかしこのささやかな出会いはけして悪いものではなかったと、英は思う。ぱたりと本を閉じて立ち上がった。
、、、、、、
「それではまた。素敵なレディ」
道を共とするは赤と白、ふたつの風船。振り返らずにゆったりと歩き去る彼は知らぬ。少女がそのちいさなほっぺたを、ほんのり染めていたことを。
大成功
🔵🔵🔵
穂結・神楽耶
●※
主観と客観は決して同じでないのですよね。
誰かにとっての善が、別の誰かにとっては悪であるように。
だから実際に接してみなければ、すべては机上の空論です。
幸太郎様が給仕をされている時を見計らってレストランへ行きましょう。
少し多めに注文すれば、人手として駆り出される中に彼もいらっしゃるはず。
カトラリーの追加をお願いするふりでもして呼んで尋ねてみましょう。
あなたは、どうして現場視察にこだわるのですか?
あなたがいたところにないものを探していたりするんですか?
求めるものが「ここ」にないのは、とても寂しいことではないでしょうか。
…む、このプリンアラモードすごく美味しいですね。もう一皿頼みますか。
●いるべきところで
誰かにとっての善は、誰かにとっての悪。その逆もまた真なり。結局はそれを見る者次第なのだ―――本人も含めて。果たしてそれが、己の許容できるものか。ひとの幸福のために作用するものかを見定めるには、直接“見て”“定める”に限る。
人手の必要な場所と言えば、まずは飲食店である。“かみ”である自身とは違い、“ひと”は食わねば生きていけぬ。例えば充電池のような電子機器、“もの”とも違って食い溜めもできない。天堂・幸太郎がそこにいるとは限らないが、ならばそうした状況を作ればいいのだ。
―――ちょっと多めに注文すれば、人手として駆り出されるでしょう。
「ナポリタンとビーフシチューと……あっ、エビフライとハンバーグも」
「お連れ様がおいででしょうか? ソファ席へご案内いたしますよ」
「ひとりです」
ひとりである。
「それと、食後にプリンアラモードもお願いいたしますね」
人間と同じ感覚を持って以来、食を楽しみのひとつとしてきたヤドリガミ。穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)だ。それも単なる大食いではなく一皿一皿を真剣に味わう、健啖家にして美食家。新しい世界の食事は、さて。彼女の口に合うだろうか。
それはそれとして、と。両の手で行儀よくグラスを持ち、檸檬水を一口含んだ。本来の目的は幸太郎を誘き出すこと。注文が通ったのを確認すると、少女らしく物珍しがる仕草でもって店内の様子を窺う。
「お待たせいたしました、ナポリタンでございます!」
探し人の方からやって来たのは思ってもいない僥倖であった。カトラリーの追加でも頼めば呼び止められるものと踏んでいたのだ。ギャルソン服の天堂・幸太郎が、神楽耶の前へ器と食器類を手早く並べていく。
「―――天堂・幸太郎様ですよね?」
「えっ……」
随分と顔に出やすい。そう感じるのは、彼女の交友関係のせいだろうか。図星を突かれた幸太郎は戸惑っていたが、すぐに気を取り直したようだ。やはり困惑は抜けきらないが、それでも神楽耶へ笑いかける。
「今は一介のウェイターです」
「……どうしてそのような?」
なぜ現場視察にこだわるのか。
いたところ―――本来いるべきところにないものを、探しているのではないか。
そう問う神楽耶の言葉に、少し考える間があった。それほど立派なものじゃなくて、と語りはじめるその語調はウェイターらしくない。跡継ぎでもない。
普通の、青年だった。
「僕は、ここで働く人の気持ちを知りたいんです」
三代目ともなれば、下働きをする日など幾ら待っても来るはずがない。だから。
「……本当の居場所にはないものを探している。おっしゃる通りかもしれません」
他のテーブルからウェイターを呼ぶ声がする。失礼します、と頭を下げて去っていく、その背を見送って。『他人を理解することなどできない』という、いつかの言葉を思い出す。それが真なら、幸太郎が求めるものは『ここ』にはない。それはとても寂しいことだ。
……だけれど。
手が届くのなら。知ろうとすることが許されるのなら。それは決して無意味ではないと、神楽耶はそう考える。
テーブルには既に最後の一品。プリンアラモードが乗っかっていた。生クリームは陶磁器のようにすべらかで、その濃厚さは見るだけでもわかる。カットされたフルーツも瑞々しく、真ん中に盛られたプリンは輝くようであった。ひとさじ口へ運べばたまごの濃厚な味わいが広がる。だが決してくどくない。生クリームとのコンビネーションもまた格別だ。
もう一皿頼みましょう。
誰にともなくこくりと頷き、更に食べ進めてゆく。
本当の“最後の一皿”は何か。それは神楽耶本人と洋食屋の店員のみが知るところであった。
大成功
🔵🔵🔵
織江・綴子
なるほど、グリモア猟兵というのはすごいですね。
事件の予知に瞬間移動までできるとは、強力な異能です。
うちの情報科にも増えませんかね。絶対便利です。
さて、それでは調査開始ですね。
方向性はどうしましょうかね、お話を聞く限りは上流階級のモダンボーイですよね。
となれば、やはり……痴情のもつれ!これです!
何か恋愛沙汰があったに違いありません!
違ってても私のテンションが上がるので、この線で従業員の方に噂話などを聞いて回りましょうか!
お話を聞くだけでは悪いからと、色々買いすぎました。
……今月、少し生活が厳しそうな予感がします。
※アドリブ・協力ご自由にどうぞ!
早晩山・スミ花
●※
ショッピングするぞー! おー!!
気炎を上げてもひとり。
いやだってさあ此処に住んでたって百貨店なんて滅多に来ないですし!
大手を振って見て回り放題だよやったー!!
舶来品も仕入れているのだったかな。
文房具売り場に行こう。
そろそろインクが切れそうでね。何か佳い色があったら良いんだけれど。
墨ばかりではなくて、最近はいろいろないろで書くのがすきだ。
青空。夕暮れ。花のいろ。
うううん、どれもこれもいいな。目移りしてしまう。
店員さんのオススメとか売れ筋とか聞きながら、ひと壜買い求めよう。
……、……あっうん忘れてない! 忘れてないよ調査!!
天堂氏はこの辺りにもいらっしゃるのかな。
どんな字を書くひとなんだろう。
●花の帝都に夜近し
「―――縁談も厭がってらっしゃるくらい!」
「相手のお嬢さんにご迷惑だからって、きっぱりそう仰ってるそうよ」
「ええーっ!」
帝都桜學府情報科所属、織江・綴子(夕影ディテクター・f22455)。
自らの好み通りに仕立ててあるとは言え、それでも立派な制服姿。
であれば、事件解決のための協力は惜しまない。
……というのは建前半分。従業員の間でも“その手の話題”は盛んなのだ―――とくに、まだ少女といって差し支えないほどの彼女たち。
舶来品の中でも比較的安価な文具や雑貨を集めた区画、そこを担当している年若い販売員である。
上流階級のモダンボーイ、となれば。やはり……痴情のもつれ! これです、これに違いありません!
そう意気込んで話を振ったはいいものの、浮いた話はないという。恋愛沙汰だと決め込んでいただけに、綴子は目を丸くする。
だが……これがなかなかどうして、掴みが良かった。
まるで友達同士のように話してくれるのだから。綴子の真っ直ぐな人柄もあって、盛り上がるばかりだ。
「勿体ないでしょう? お顔立ちも整ってらっしゃるのに」
「あ、分かりましたよ! 「昔の恋人が忘れられないんだ……」とか!」
「ええ? 「子どもの頃から潜り込んで、やんちゃだった」ってお話ばかり」
「それはもう! 秘められたラブロマンス! ふたりだけの秘密ですよ!」
ぐっと拳を握って力説すれば、二人のうら若い女性……ここは乙女とすべきだろうか? 売り手の彼女らは、視線をちょいと上へとやって。それを想像しているようだった。その間に愛用の手帳に情報を書き込んでゆく綴子。
「ううん、なさそう」
「いい人止まりっていうか……」
「ちょっと子どもっぽいっていうか……」
「昔からあの調子、って聞いて納得したもの」
「そんなあー」
恋に恋する年頃の娘らにすらこう言われるなんて! 落胆を通り越して驚き、筆が止まってしまう。そのとき。
手帳の頁の中、乾いたはずのインクがぐにゃりと蠢いた。
……クレムツ。
彼女の手帳に住まう悪魔のしわざである。蠢き、いびつに広がり、ある単語を形作った。
「『一方的』な感情……とかは?」
「あ、あるかも!」
「ここで働いてなければ分からないものねえ」
「そういえば酷い嫌がらせを受けてるって話、それこそ痴情の縺れなのかも」
「それ、初耳です! 聞かせてください!」
猛烈な勢いで手帳に文字が増えてゆく。ある程度まとまったところで手を止めて休憩だ。
ガラスペンに万年筆、インテリアとしても上等な羽ペン。封蝋にスタンプ、多種多様なインク壜などを眺める。
引き留めてしまって申し訳ないからと、既にいくつも購入を決めているのだが……もうちょっとだけならいいかもしれない。
ああ。あの色なんか書きやすそう。
ふかい紺色を詰めた壜。そこへ伸ばされた手は、ふたつあった。
「あっ! ごめんなさい!」
「こっちこそ、すまないな」
ちいさな子どもの手だった。それが本来の年齢通りのものかは分からない―――髪の間に桜を掲げる彼女、早晩山・スミ花(灰神楽・f22476)。
桜の精は一目でそれとわかる。口ぶりも小柄な童女の姿にしては落ち着いていた。
「……幸太郎さんですか?」
「う、うん。わたしも“彼”絡みだよ」
ひそりと訊ねてくる綴子に訳知り顔で頷くのだが……実は調査を忘れていたスミ花だ。いや、忘れてはいない。いま思い出したのだから忘れてない。
「でしたらここの方々、とっても親切ですよ!」
「それは君が聞き上手なのではないかなあ……」
あとは話題の振り方。
それほどでも、と照れ笑いを見せたかと思うと、次には「はっ!」と姿勢を正す。
「このインクですよね、すみません!」
「買うのならいいけど……」
「私はもう充分ですので!」
充分、財布が薄くなっていくのを感じていた。今月の生活が怪しい。だから却ってブレーキになってもらったようなもので。
「どうぞ、ゆっくりご覧になってください!」
くるくると表情を変えてゆき、今度はまるで店員代わり。そんな綴子に、スミ花はぱちぱちと瞳を瞬かせる。
それではこれで! と去ってゆく學徒兵の少女。
「あっ! あなた……じゃない! お客様、お品物をお忘れです!」
そして、それを追いかける販売員。
春の嵐の如くであった。スミ花は勿論、残されたほうもきっと同じ感想を抱いている。
入れ違いに来店した桜の精のもとへやって来て、こう言ったくらいだ。
「すごい方でしたね」
「うん……驚いたな」
親しみやすい見目の客が続き、普段よりも気分が解れているのだろう。
くすくすと笑えば、場の空気も緩まる。
「インクをお探しですか?」
「そうなんだ、使っていたものが切れてしまって」
スミ花が使うのは、墨色ばかりではない。色々な色で書くのがすきだ、近頃は。
夜のような色に手を伸ばす前までにも、ずっと見てきた。青空、夕暮れ、花の色。化粧咲きの八重花に似たものも。
「どれも捨てがたいのだよなあ……おすすめはある? 売れ筋とか」
「そうですねえ。先程手に取られたこちらでしょうか」
紺色は黒に似て暗い印象を持たせがちだし、実際明度自体は低い色だ。けれど実際に書いてみれば、墨色よりもずっと優しいのだという。
そしてこれには、少しだけパールが混ぜられているようだ。
照明の下でゆらゆらと動かしてみせると、ただの紺色がちらちらと光を反射する。
「星の夜みたいですよね」
書き味の良さで有名な銘柄だし、何より仕込みが洒落ている。
書いているときも、つけ足すときも、筆を止めて蓋を閉めるときも、そこには星空があるのだ。
「これにするよ」
「ああ、よかった! 在庫が最後一つなんです」
まるで自分のことのように喜んで、裏へと商品を取りに向かう彼女。それを見送りながら、スミ花は思う。
人柄とは、書く字にも表れるものだ。
角ばって厳しいが確かなかたちか、丸く頼りないが優しいかたちか。
―――彼は、どんな字を書くひとなんだろう。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
鳴宮・匡
孫とやらの顔は従業員なら多分知ってるんだろう
店舗内を歩き回り、周囲の反応からそれらしい相手を割り出して
【影の追跡者の召喚】で追跡
人前に出てない時の行動なんかがわかればいいんだけどな
誰もいなければ善きにせよ悪しきにせよ、本音を零すこともありそうだし
……何もせずにただうろついてるのは不自然か
何度も通りがかると、顔を覚えられるかもしれない
適当な店で食事でもしながら待つことにする
相変わらず、ひとりで食べる食事の味なんてさっぱりわからない
あいつらと一緒だったら、また違ったんだろうか
……なんて、幾つもの姿が浮かぶのを追い出す
考えても仕方ない
大体、今日は仕事なんだ
そんなものわからなくたって、不都合なんてない
●黄昏へ
時は少し進む。日が傾いて夕方の六時前。
天堂・幸太郎は、従業員用のロッカールームにいた。
午前中は裏方の清掃員。午後からは衣料品の売り場へ。屋上の遊園地で遊具のメンテナンスをした後は、何故か急に忙しくなったという洋食屋へ駆り出されて。
実に目まぐるしい一日だった。
「はあ……」
ギャルソン服から着替えもせず、古いパイプ椅子に腰かける。
疲れていた。特に今日は、なぜだか不思議な邂逅が多かった。溜息を吐く幸太郎。
「今日はお客様にまで聞かれたなあ。バレてるのかもな……」
呟きを聞く者はだれもいない―――猟兵の一人、鳴宮・匡(凪の海・f01612)を除いては。
【影の追跡者の召喚】。
その名の通り追跡に長けたユーベルコードだ。
相手が何の能力も持たない一般人であれば、まず気づかれない。
早々に幸太郎を見つけた匡は、“追跡者”にその後を追わせていた。
「(―――やっと、だな)」
見えないところでこそ、仮面の下の素顔が現われる。善かれ悪しかれそういうものだ。
ならば幸太郎本人に接触するのではなく、彼が隙を見せるその瞬間を“視る”。
それが匡の意向であった。
ひとけのなくなってきたカフェーにて、温かい珈琲を一口。待つことには慣れている。
……戦場では、焦れた人間から死んでいった。視線を切らず、機を逃さず、それから撃ち返す。
そうしたらもう少しの間は生きていられただろうに。
尤も、戦場傭兵が長生きする意義を見出せない彼ではあったが。
「帰ろう」
彼が発した独り言も、開かれるロッカーの中身も。“追跡者”を通じた匡の知覚は逃さない。
ああ、と。先程よりずっと深く、悲し気な溜息が聞こえる。
ロッカーの中には……ずたずたに引き裂かれた紙束が、いくつも積もっていた。
「(雇用契約書、ってやつか?)」
自らの精神を幸太郎の影に潜ませ、途切れ途切れの文字列をパズルのように繋げていく。
紙のほとんどは雇用契約書や社内規定だ。
その中に紙幣のようなものが混じっている。“ようなもの”と称したのは、それがサクラミラージュの通貨ではないから。
所謂、子ども銀行のお札だ。
ロッカーの中身は言わずもがな、吊るされていた背広だってこまかな紙くずにまみれてしまっている。
着替えてから掃除をするのは、仕事着を洗濯する業者の苦労を慮ってのことだろうか。
驚いたようすはまるでなかった。日常茶飯事。そんな言葉が匡の脳裏をよぎる。
匡の“当たり前”が戦場の不文律なのだとしたら、幸太郎の“当たり前”は持ち主の知れぬ悪意なのかもしれない。
「……邪魔なんだろうか。僕は、やはり」
彼を影に追わせている間、幾つか知った顔を見た。
いるべきでない場所だとも、自分で感じているらしい。
そういった感覚は匡にも少しだけ、ほんの少しだけ、分かるような気がした。
穏やかな環境や柔らかいことばは、いつだって匡の気持ちをざわつかせてきた。
そんな場所にいたって自分だけが浮いていて、そんなことばを聞くのは、許されないのだと。
だが、ここのところは違う。
スカーフェイスの騎士。自称端役の電脳魔術師。親友だと思える竜。
あの夏の戦いで紡いだ、多くの縁。
もう一口、珈琲をすする。……美味い不味いは、わからない。
「少なくともインスタントとは違う」と、認識できるだけ。
味が、味そのものが、ないのだ。
ひとりの食事はいつも機械的であり、自身とてそれで構わなかった。
「(あいつらと一緒だったら)」
美味いと言ってくれる相手がいたのなら、違ったのかもしれない。
ぬるくなった“ただの液体”を飲み干して席を立つ。
……影の伝えるところによると、幸太郎は屋上へ向かったようだ。
大一番の近づく気配を感じ取りながら、その導く先へと足を向けた。
―――珈琲の味がなんだって言うんだよ。
味がしない。わからない。そう言ったって、困らせる相手はいない。
今日は、仕事のためにここにいるのだから。
大成功
🔵🔵🔵
神羽・リオン
依頼に一人で参加するのはこれが初めて。
これからは一人でも戦えるようにならなくちゃ、そう決めたから。
屋上の端で遊園地を背に、新世界の景色をぼんやりと眺めて天堂さんが現れるのを待つわ。
KBN-Valacで情報収集
次期取締役の天堂さんに親近感がわいてしまう。
立場と現場主義という点では私も同じだもの。
私は自分の会社に誇りを持っているけれど、継ぐ理由はきっと違う。
継がなければ私は父に自分の存在を――
心の奥でそんな思いが過った。
「あなたは仕事が好きだから継ぐの?あなたは、他の道へ進みたいと思ったことはない……?」
聞いてみたいわね。
彼の仮面は、私の仮面とどう違うのかしら……
●ペルソナ
『KBN Machina』。数々の画期的な製品を世に送り出す、対オブリビオン兵器開発会社。神羽・リオン(OLIM・f02043)はその社長令嬢である。
しかし、箱入りのお嬢様ではない。
いずれ跡を継ぐ立場にある彼女は、正式な社内業務に当たっていた。
少女と呼べる年齢でありながら、とある部署のトップとして統括役を担う。
それは、親の七光りではない。
自社製品を戦闘に用いることで、更なる改良を目指す開発部門。
実用し、生き残り、成果物としての情報をフィードバックする。
猟兵でなければ、彼女でなければできない。そんな命がけの仕事だからだ。
よってリオンもまた“現場主義”の持ち主である。
いずれ企業のトップになる身。掲げているのも同じ主義。
そんな幸太郎に対して、親近感を抱いていた。
リオンが扱う自社製品は武器だけではない。調査に用いるのもまたKBN社のもの。
レーザースキャナーを備えた高性能PC、『KBN-Valac』を展開する。
天堂・幸太郎は屋上へ向かっているらしい。ちょうどリオンがいる場所だ。
日が沈みかけ、街灯や店先の明かりが見え始めている。
暑いくらいの日であったが、暗くなれば秋口の涼風が少し肌寒いほど。
彼女の美しい白の髪が、夕闇に靡く。……もう、すぐ傍に来ている。
「―――きみ、遊園地はもうおしまいだよ。危ないから戻りなさい」
背広姿だからか、調査段階で聞き取ってきた“スタッフの天堂”としての丁寧さはない。
代わりに、年頃の娘を慮る口ぶりである。
「天堂さんよね?」
「今日はよく聞かれるな。……そうだよ。「父親と折り合いの悪い、困った三代目」って噂のね」
おどけて肩を竦めてみせる。それすらもリオンには不自然に見えた。仮面をかぶっているみたい、と。
「私も、そう。父の会社を継ぐことになっているの」
「ええ? きみ、まだ女学生ではないのかい」
「別の世界の話。猟兵……超弩級戦力、だったかしら?」
「ああ、……そうか。なら不自然じゃあないね。失礼した」
あちらも感じるところがあったようだ。
ふたり分ほど離れて、リオンの横へ立つ。
「大変だよな、お互い」
「大変だとは思わないわね。私は自分の会社に誇りを持っているから、……」
言葉が、途切れてしまう。
KBN Machina社の製品は、オブリビオンから人々を守るための兵器だ。誇らしいと思う。自分が性能改良に一役買っていることにだって。
けれど。
そっと自らの頬に触れる。……亡き母親に似ているのだと、聞かされた。
現在の代表取締役―――リオンの父親はそんな彼女を、幼いみぎりより遠ざけてきた。
今とてそうだ。父親との唯一のよすがは、味気なく託される業務だけ。
私が継げば。あなたの役に立ってみせたと言うことが出来れば。
いいえ。
私が、継がなければ、父は私の存在を―――……
「―――あなたは、仕事が好きだから継ぐの?」
「……」
「他の道へ進みたいと、そう思ったことはない……?」
「……参ったなあ」
いつしか幸太郎の仮面は外れていた。屋上から落っこちて、割れてしまったかのように。
仮面の下に隠されていたのは苦笑いであった。
「経営は好きじゃない。椅子に踏ん反り返って指示を出すだけ、というのは嫌だよ」
「それだって立派な仕事だわ」
「実際に働く人の気持ちだって、知っておきたいと思うのさ」
若いうちの苦労は買ってでもしろって言うだろ?
そう冗談めかすのも、きっと本心だ。
「人に笑ってもらうのが、好きなんだ」
しいて言えば、芸人にでもなれたらよかったのかもな。
こう締め括って、幸太郎はリオンを見遣る。
「きみは―――」
どうなんだい、と、言葉を作ろうとした、その瞬間。
静まり返った遊園地のどこからか、粘った水の音が響き始めた。
油を垂らしたかのようなその音は、やがて大量のタールが降り注ぐような轟音へ変わってゆく。
べた、べちゃ、と、粘性の物体が這いずり回るように集まって――――
―――悲しげな面持ちの、女学生の姿を取る。
大成功
🔵🔵🔵
第2章 集団戦
『怪異『泡沫の人魚』』
|
POW : 泡沫の夢(地形変更)
自身からレベルm半径内の無機物を【地形を水辺にした後に大渦】に変換し、操作する。解除すると無機物は元に戻る。
SPD : 泡沫の夢(拘束)
質問と共に【自身の身体から相手を拘束する泡】を放ち、命中した対象が真実を言えば解除、それ以外はダメージ。簡単な質問ほど威力上昇。
WIZ : 泡沫の夢(無限爆破)
対象への質問と共に、【自身の身体から】から【戦場を覆うほどの爆発する泡】を召喚する。満足な答えを得るまで、戦場を覆うほどの爆発する泡は対象を【増殖と爆発の繰り返し】で攻撃する。
イラスト:透人
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴
|
種別『集団戦』のルール
記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●噂話『女学生との口論』
それは、ある夕暮れのことだった。
通用口から出てきた幸太郎を待っていたのは、ひとりの女学生。
嬉しそうな笑顔を浮かべて駆け寄ってくる彼女に対して、幸太郎は―――
顔を、引きつらせていた。
「今日は遅かったんですね? だけど偶然、私もちょうど今来たところなんです! 嬉しい、運命ですよね!」
まくしたてる彼女が初めてやって来たのはつい先日、本当に数えられるほど数日前のことだった。
彼女の中での幸太郎は、“自分のためだけに売り場へ出てくるお茶目な彼”なのだ。
幸太郎は彼女の名前すら知らないというのに。
「今日3階にいたのは私のお母さんに挨拶をしに来てくれたんですよね? 嬉しかったです」
「あの、きみ?」
「でも私、まだお父さんにもお母さんにも幸太郎さんのこと話してないんですよ」
「少しいいかな、」
「いいんですよ! 私ももうちょっとだけ秘密にしてたいし、ご挨拶はもう少しあとにしましょ?」
「そうじゃなくて……」
「この間だって1階に来てくれてたでしょ? こっちばかり見てるんですもの。友達にバレちゃうかと思いました。私を贔屓したいのはわかりますけど、幸太郎さんだって普段は従業員さんなんですから」
一事が万事この調子だ。
会うたび、喋るたび、粘り強く話を聞いた。
なんとか彼女の誤解を解こうとした。したのだ。だが、全て聞き流されてしまう。
縁談ならば会う前に断れる。実際いつもそうしてきた。
しかしこうした―――
良く言えば直接的な好意。
悪く言えば、つきまとい。
こういう場合の対処法が、幸太郎には分からなかった。
「僕ときみじゃ、住んでる世界がまだ違うだろう?」
学生の本分は勉学だし、年だってきっと一回り近く違う。
きみにはきっとこれから、もっと別の良い出逢いがある。
そう、続けようとして。
「嘘つき!」
分からなかった―――知らなかったのだ。
狂人の譫妄の質の悪さを。
彼女の中でいったいどんな約束を交わしていたのか、知る術はない。
そも、一個人の妄想をどう分かろうと言うのか。
「酷い、酷い! 私のこと、笑ってたんだ! そんな人だと思わなかった!」
「……きみこそ何なんだよ! いい加減にしてくれ!」
こんなふうに声を荒げたのは何時ぶりか。
気づき、はっと口を噤む。
怯えただろう。謝らなければ。
……まだそんなことを考えるだけ、この天堂・幸太郎という男は、つくづく人が好いと言えた。
走り去っていった女学生の顔を。
強い情念を湛えたそのかんばせを、見ずにいたからだろうか。
●黒い海
手帳に住む悪魔が伝えた通りの“一方的”な恋であり。
黒曜の女が踏んだ通りの、“逆恨み”だった。
素早く展開されたのは、機械仕掛けの刃が第一段階。
鋭い爪を弾かれた影朧―――女学生は、黒い涙をほろほろ流して。ゆらりと黒に溶けてゆく。
……大丈夫。一人でも守れた。
自らに言い聞かせる、対照的に白い少女。
Tenorio
「どんな女ったらしかと思ったら、蓋を開けりゃ何てことねえな」
「人の話って尾鰭も背鰭もつきますからねえ」
あんな風に。
声の主が示す先には、黒水から出でる人魚の群れがある。
次々に産み出されていく彼女たち。
脚がなければ舞台にも立てまいと、胸中憐れむ女がいる。
茫洋とした笑みを湛えて泳ぎ続ける、人の形をした魚―――怪異となる前になにがあったのだろう。
欲しいものはもらえないまま、声だけをだまし取られたようだ。
文書く桜は外つ国の童話を思う。
泡沫と消えて終わりではない、救いとなるやもしれぬ、とも。
◆◆◆
◆戦況展開
猟兵たちの調査により、下記の情報が開示されました。
これらは既に共有されたものとして扱います。プレイングに記載する必要はありません。
◆影朧の正体
“幸太郎へ一方的な好意を抱いていた部外者”です。
強い恨みや執着心の念から、
幸太郎を自身と同じ影朧にしようとしています。
◆2章の戦場
屋上の遊園地です。
照明やフェンスといったごく普通のオブジェクトに加え、
メリーゴーランド・ティーカップ・小さな観覧車など、いろいろあります。
3章ボス『血みどろ女学生』の展開する黒い涙により、ほぼ全域が黒い海と化しています。
足場が悪い上に、『泡沫の人魚』はその中を泳いで(或いは空を漂って)どこへでも現れます。
物理的におかしな位置に水たまりがあったり、
物理的におかしな位置に滝があったりします。
遊園地のオブジェクトなども利用すれば、戦いを有利に運べるかもしれません。
※3章ボスは3章までいないものとして扱います。
※猟兵達が全滅しない限り、天堂・幸太郎が死亡することはありません。
守るプレイングは書かなくても大丈夫です。
◆補足情報:調査結果の詳細
◇天堂・幸太郎
彼に裏は“ありません”でした。
周囲からどう思われているかはさておき、
殺されるほどの恨みは買っていないようです。
◇天堂百貨店の従業員
幸太郎へ殺意を抱いている従業員は“いません”でした。
それぞれがどのような印象を抱いているかはさておき、
殺そうと思うほどの悪意は見受けられません。
◆◆◆
プレイング受付期間:10/10(木)8:31 ~ 10/13(日)23:00
◆◆◆
補足:戦場
①既に黒い海(水場)が展開されています。
『泡沫の人魚』は好きに泳ぎ回っていますが、
プレイングではご自由に深さを設定してください。
せいぜいただの水たまりかもしれませんし、
深みを利用した作戦を立てていただいても結構です。
②
>※3章ボスは3章までいないものとして扱います。
=3章ボスは『一切行動せず、また一切の行動の影響を受けません』
海のどこかに隠れていると思ってください。
◆◆◆
リダン・ムグルエギ
なるほど(自分の世界観で咀嚼し
色々仕事してみた系生主と勘違い系凸ちゃん
どの世界も同じなのね(しみじみ
ヘロー、お困りのお坊ちゃま
アナタの時間を少し買わせてもらえるかしら?
お代は…そうね
衣装一つと
影朧撃退後のキマヰラな未来の提案、なんていかが?
守る必要はないけど「使って」も構わないでしょ?
彼は敵の視線を独り占めする最高のモデルなのよ
彼に合う衣装を相談し作り着てもらうわ
どんな衣装がお好み?
既製品は窮屈?
動きやすさ重視?
ワクワク感が大事?
服の事を聞いてるのに
人生の事を答えてるのは…気の精かしら
さ、完成よ
服には敵意と共に見た者の平衡感覚を狂わせ泳げなくする催眠模様と防爆強化を施し
人魚の妨害&防衛も行うわ
神羽・リオン
天堂さん、それが貴方の本音ならば立派だわ。
(私に比べて何倍も……)
にしても、随分厄介な相手に恨まれたのね。
Marchociasの準備
<試験管から放った液状UDCが自社の機械にコードで繋がれると、幻獣に見える流動的な形状の生物となり、装備主が手にした機械から延びる幾多の線で動きを制御される>
困ったわね。水は苦手なのよ……私。
フェンスの上に立ち、黒い海を見下ろして耳を寝かせ
コードへ魔力を送ると幻獣は敵に狙いを定めて動きだし
それに合わせて足場を求め飛び回るが意識は段々と薄れ……
黒い海の中へと沈み――
※兵器を使用する代償で本人は意識を失いますが、兵器により敵への攻撃は継続
△
アルモニカ・エテルニタ
まあ、 せっかくの舞台ですのに
こうも一面真っ黒だと、あたくしすっかり埋もれてしまうかしら?
ええ、でしたら、埋もれてしまいましょうね
身体を液体に変えて、ナイフは内側に隠して、黒い海に紛れて
近くを泳ぐ人魚を待ち構えて
あるいは共演の皆様に夢中の人魚にそろりと近付いて
あたくしのユーベルコヲド、ご覧に入れましょう
花の命は唯でさえ短いもの
お味方を攻撃しなければいけないのが心苦しいのですけれど
皆様名優揃いとお見受け致します
見事なアドリブで切り抜けて下さると信じておりますわ
憐れな子たち。舞台には立てずとも、泡となれば何処へでもゆけるでしょう
涙の海など泳いでも苦しいばかりでしてよ
ましてや行き場を違えた恋の涙など
●悪魔
実用性のみを重視した機構は、可憐な少女が持ち歩くには無骨に過ぎる。
少女、神羽・リオン(OLIM・f02043)の手にあるのは『KBN-Avaritia』、第一段階―――稼働に支障なし。
リオンが瞬時に下した判断は正しかった。
即座にブレードを展開・防御。そのまま一旦敵を退け、しかし深追いはしない。
警戒は解かないまま、幸太郎を見遣る。
「大丈夫?」
彼は護衛対象であり、リオンにとっては“尊敬できる”人物でもあった。
……彼は、事態を正しく把握できているわけではない。
故に戸惑い、怯えつつではあったものの、「きみのおかげで」との返事。
「私は、……貴方のこと、立派だと思う」
彼の仮面が、自分のものとおんなじならば。
あるいは、全く違ったのなら、こんな気持ちにはならなかったかもしれない。
未だ迷いのある己と比べてしまうことは。
「ねえ、彼を任せていいかしら?」
「ハーイ、了解よ」
リオンに応じたのは、気だるげな宇宙山羊の女。リダン・ムグルエギ(宇宙山羊のデザイナー・f03694)である。
入れ替わりのようにやってきたリダンの白い毛並みには、一点の汚れもなく。
デザイナー
またその貌も―――仕事人としての情熱に溢れていた。
「ヘロー坊ちゃん。アナタの時間を買わせてもらえるかしら?」
●交渉:1
新しい“商談”の始まり。
それを認めれば頷きひとつ、軽やかにフェンスの上へ飛び乗るリオン。
取り出したるは一見して何の変哲もない試験管だが、それだけならばどこにでもある。
硝子の内に潜むのは液状のUDC―――だがそれだけでは、KBN社の製品にはなりえない。
ぶつかるより前に、爆ぜる。待てぬとばかりに空で割れ、現れ出でるは『Marchocias』。
鷲の翼に狼の口を持つその獣は、伝承にある姿と寸分たがわぬ。
人魚どもと同じく黒い海から出でたような、しかし明らかに一線を画すその威容。
吼え猛るけものを繋ぐのは、やはりKBN社製の制御機械だ。
それは出力装置のようにも、拘束装置にも見える。
そこへ、意識を集中し―――……
●金貨
「買うといったって、僕にできることなんかあるのか?」
「アナタ、いまこの時は世界で一番のモデルよ」
自覚ないの? と、泳ぎ回る人魚を示す。
リダンと幸太郎は運よく彼女らの目を逃れ、操作室に忍び込むことに成功しており。
そしてそこは今、一軒のアトリエと化している。
「勿論タダで、なんて言わないわ」
アナタにピッタリの衣装一つに、キマヰラな未来の提案。
幸太郎は目を白黒させ、……そして、少しずつ言葉を紡いでゆく。
「その“キマヰラ”という言葉は、僕にはあまり馴染みがないけど―――ああ、きっと。良い未来、なんだろう」
「あら。分かってるじゃない? 商談成立ってことで構わないわね?」
そうと決まれば話は早く、ならば仕事も早いのがリダン・ムグエルギという女である。
どんな衣装がお好み? ……どんなときも遊び心が欲しい。
既製品は窮屈? ……そうは思わないかな、いいものもある。
動きやすさ重視? ……そうだね、フットワークの軽さは大事だ。
ワクワク感が大事? ……ああ、勿論!
幸太郎の答えを得るたび、リダンの持つイメージが実体を伴ってゆく。
「さ、完成よ」
出来上がったのは、一見何の変哲もない背広だ。
オーダー通り、ラペルや裏地なんかにユニークさを持たせてはあるが……
「これを着ればいいのかい? それだけ?」
「ええ、それだけ」
気だるい緑の瞳が満足げに、にまりと細くなる。
生地に仕込まれたのは、見る者の平衡感覚を狂わせる催眠模様。
それも無差別に、ではない。“敵意を持って見た者”だけが気分を悪くする。
更に防爆対策まで施したそれは、『ミシンオブゴート』のみならず『服飾師の布』に『服飾師の糸』だからこそ成り立つ芸術作品だ。
ああ、でもね。
細められたまなこが、いたずらに光る。
「モデルである以上、ランウェイには立ってもらうわよ」
「……素人、なんだけどな……」
【ゴートリック・ファウスト】を仕込んだ衣類だ。当然無傷で済むのだが、そうとは知らぬ幸太郎。
窓の外の荒れ模様を見る、そんな彼をリダンが見る。
まるで。
「(―――まるで、人生のことみたいに話すのね)」
……そう思っていたのはきっと、彼女だけではない。
幸太郎とてリダンの問いに答えながら、何かを得た風であったのだから。
●舞台
さて。
リダンと幸太郎が無事“フィッティングルーム”を利用できたことには、きちんとした理由がある。
ひとつにはリオンの操る『Marchocias』の獰猛。
そしてもうひとつには、美しい殺人鬼の存在だ。
黒い海は女の肌によく馴染む―――馴染みすぎる程に。アルモニカ・エテルニタ(Colchicum・f22504)は、その一滴となる。
水面があちらこちらと爆ぜるさまは、まるで映画の爆竹仕掛けのようであった。
尤も、水の中に溶け切ったアルモニカには関係のないことであったが。
暗く深い水の中、女の瞳がちかりと光る。
それと気づかず通り過ぎる人魚のひとりを、眸と同じに閃く刃ですれ違いざまに葬った。
そのまま水面へ、まるで女が人魚であるかの様に躍り出る。
形作ったドレスを靡かせてもう一匹……白山羊の女と御曹司を追っていた人魚を、静かに刺して。
その恋を終わらせてやる。
泡になって消えてしまうのが一番に決まっているのだ―――こんな、涙の海を泳ぐくらいなら。
恋など知らぬうちに死んでしまうのが、よほどよい。
どこかでそんな台本を見たかもしれない。
“舞台衣装”の形が変わるたび、いくらの想いが消え去ったか。
仮面のかたちに隠された女の瞳が、次なる獲物を捉える。
―――黒い水に構わず跳ねまわる、白い妖狐の少女を。
●交渉:2
伝承の悪魔を形作るUDCが、獲物を裂いては飛び回る。
その暴虐に合わせて、フェンスからメリーゴーランドへ。
メリーゴーランドから観覧車のゴンドラへ。
まるでリードを繰るように。あるいは引っ張られるように、リオンは駆ける。
『Marchocias』は開発段階の兵器である。
“安全に使用できる保証はどこにもない”と言えば分かりやすかろう。
魔力を供給する側―――この場合はリオンだ―――の消耗も激しい。
朦朧とする意識の中で彼女の脳裏をよぎったのは、最後に見た幸太郎の顔だった。
……戸惑い、怯えていた。それでも彼は、逃げなかった。
私は。
私も、ひとりで、前へ。
踏み込むその一歩が、がくりとぐらつく。身体中から力が抜けていくのが分かる。
Babel
【神門】。
それは、“人”の限界を越えようとしたものへ与えられた試練の名。
意識を、失う。知らない暗闇のなかへと、落ちてゆく。
その闇はどこか優しく、桜の香りがした。
●舞踏
それは、全くの偶然であった。
【九死殺戮刃】。殺人鬼の業であるが故に、その使い手は同道者へと刃を向ける。
アルモニカが目をつけたのは、禍々しいけものを駆る美しい少女。神羽・リオンであった。
それと分かりやすく、殺意は隠さず、避けやすいよう。
あからさまな害意を乗せた刃は……誰も、何も傷つけはしなかった。
「こう動くだろう」という予測。
それは「相手が意識を持っている」前提に基づくものだ。
対してリオンは完全に意識を失っており―――それが功を奏した。
“確かに殺そうとしたが、誰も傷つかなかった”。
歌劇の中の悪魔のようなやり方で、代償を払ったのだ。
それはまるで、―――また別の童話。
「ねえ、貴女」
たぷ、と、黒いドレスの波が揺らぐ。
刃に続いて、少女を優しく受け止めた裾が、おかしそうに漣を作った。
「……あたくし、狐に化かされたのははじめてよ」
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴
榎本・英
嗚呼。面妖な。
こんな景色は初めて見たよ
一方的な愛からの心中は良くある話だが
黒い海に飛び込むのは初めてだよ。
一緒に溺れるかい?
冗談さ。君と心中ごっこはできないよ。
したくもないけどね。
手を下したくはないね。
出来ればこのまま帰って執筆したい。
それに、私以外の皆の方が強い。
その上効率的な戦い方をするだろう。
けれども君たちは見逃してくれないらしい。
困った。
他人の恋情に首を突っ込むとろくな事はないな。
溺死はしたくないから椅子を足場に。
私からの問いはなぜそんなにも彼に執着するのか。
他人の恋に興味はない。
だから満足な答えも得られないだろうね。
著書から生み出された生に執着する手が
君を楽にしてくれるよ
●溺愛
「どうしてそこまで彼に執着するのか」
……榎本・英(人である・f22898)の問いは、至って簡潔だった。
微笑みながら答えようとした人魚のからだを、化け物の腕が引き裂く。
「返事は結構だよ」
こと恋について、英が満足する返答などないのだから。
一方的な愛ゆえの心中は、どのようなカテゴリの“愛”でも起こり得る。
文筆家としてもよく見かけるテーマだ。手垢がついている、とも言える。
他人の恋愛に首を突っ込むと碌なことにならない。
これもまた小説ではお決まりの展開だ。
さして興味もない。早く帰って執筆に戻りたい。
ましてこれだけ戦力が揃っているのだ。
きっとより強く、効率的に戦い、掃討する。自らの出る幕などあるまい。
……そうは言っても離してはもらえないのが、片思われの厄介たる所以である。
昼日中に腰掛けていたベンチの、今は背凭れに座る英。その姿は猟兵でも何でもなく、物書きの青年だ。
只の、青年なのだ。自ら“手”を下すことすら疎ましい。だから、そう。
―――“生に執着する手”が、君を楽にしてくれるよ。
彼の愛読書に住まうなにかが、泡ごと、言葉ごと、怪異を砕いては飛沫と変えてゆく。
……飛散した黒い一滴が、見覚えのあるパンダの乗り物に斑点を増やす。
それはピリオドに似ていた。
この無意味な恋愛問答にいずれ打たれるだろう、終止符に。
成功
🔵🔵🔴
氏家・禄郎
恋は人を狂わせるとはよく言ったものだ
さて足場は無いからメリーゴーランドに乗るとしよう木馬の鞍の上でしゃがみ、近づく敵へ拳銃による【クイックドロウ】から【マヒ攻撃】
動きが止まったところへ『嗜み』で馬に叩きつけるか関節を極めて、頭に一発
「悪いが質問に答えている暇はないんだ」
「探偵と言ってもピンカートンのようなものでね」
「得意は荒事というわけさ」
馬から馬、柵から柵、そしてコーヒーカップへ移動しつつ、隙を伺う敵には【咄嗟の一撃】で蹴っ飛ばして『嗜み』で首をねじ切り、へし折り、そして銃を撃つ
「誰か足場は作れないか?」
【団体行動】を持ち込んでみよう、乗ってきたらそれに便乗さ
「さあ、仕事を始めようか」
穂結・神楽耶
△
犯人が従業員様方ではなかったのは…よかったのか、悪かったのか。
ですが、以降の事は幸太郎様がご自身で乗り越えねばならぬこと。
人の手に余る災禍は、こちらで払いましょう。
とはいえ…
これ、水なんですよねぇ…錆びるんですけど…
そうでなくても濡れるだけで厭ですのに…
なので、まだ水の手が及ばない回転木馬の屋根に失礼しまして、と。
高い位置からなら水がどう動いているか見えますからね。
波紋を生む場所に影朧がいる。
おいで、【神遊銀朱】──
せめて一刀の下に終わらせて差し上げます。
あなた方が何故影朧になったのかは存じ上げませんが…
せめて、来世ではお幸せに。
寧宮・澪
わー……黒い水、ですねー……。骸の海って、こんななんでしょか……。
飛んでメリーゴーランドの屋根から人魚達の様子や、遊園地を観察。
機械制御なら、遊具の制御をハッキングで乗っ取りましょー……。
ティーカップや観覧車、メリーゴーランド……回転方向を決めて、黒い水を一箇所に集まる水流作りましょね……。
できなかったらまあそれはそれで。
集まった人魚達だけに届くように、小瓶の中身をとろり。
これから振りまくのは、目覚めぬ永遠の眠りの毒ー……子守歌と一緒にお届けしましょー……【揺り籠の謳】ー。
質問されたら、オーラ防御で防御して、痛みは耐えて満足行くまでお答えしますがー……早めに、眠ってくださいなー……。
●騎兵会議
屋根を高く取られた回転木馬が、いつしか電源を供給されて回っていた。
白くつやつやとした強化琺瑯の毛並み。
本物のタッセルやレースを使った豪華な鞍。
そこへ打ち付けられる、可愛らしい少女の、頭。
鈍い音、のち、銃声ひとつ。
額に風穴を開けた少女。人魚の怪異は、物言わぬ泡と化して消えてゆく。
「悪いが質問に答えている暇はないんだ」
これだけ数が多いとね。肩を竦めてみせる氏家・禄郎(探偵屋・f22632)。
彼のやり方は、彼自身が自称する通り。荒事であった。
追い縋る人魚を引き付け、ときに躱し、そして隙を見ては【嗜み】で―――彼はそれを柔術と呼ぶが―――打ち据え、拳銃で撃ち抜き、無駄なく殺す。
木馬のポールを器用に遣い、馬車に滑り込んでは爆発する泡から逃れ、
次に姿を現したかと思えば素早く敵を捕まえ、締め上げる。
足場を次々に変えながら往く彼は、静かながら嵐も斯くやであった。
「さて……」
するりとティーカップに滑り込む禄郎は、その間にも隙なく周囲を警戒している。
既に十二分の成果といえたが、欲を言えば更に足場が欲しい処だった。
「お困りですか?」
りん、と。鈴の鳴るような少女の声。
“人の世”の困りごととあらば見過ごせぬのが彼女、穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)だ。
神楽耶は回転木馬の屋根の上から影朧の動きを見ていた。
禄郎が大立ち回りをしていたその上で、逆巻く波と人魚たちを眺めて。
おいで。
呼ばれば来たるは【神遊銀朱】。自らの本体『結之太刀』の複製。此れは鋭く、狙いと違わず敵を穿つ。
今うつしよではひとならざるとも、せめて来世によきゆめを、と。
ふわり、夜闇に浮かんで光る銀色は星の如くにヤドリガミの周囲を漂っていた。
「足場をお探しでしたらお役に立てるかと」
「そいつは渡りに船……いや、刀かな?」
罰当たりじゃあないだろうか、なんて顎に手を当てて暫し考える。
そのくらいなら慣れていますよ。
微笑む“かみさま”の複製たちは、なるほど確かにこれまで何度も階段やら浮島やら。
刃でなくその峰にて、ひとを運ぶきざはしとなってきた実績がある。
「そういうことなら遠慮なく」
トン。
そんな音がしそうなほどの身軽さで、曲芸めいて刃に飛び乗る禄郎を見送る神楽耶は溜息一つ。
「あれ、錆びますよね……」
「はいー……見た感じ、黒いだけの、お水、ですねー……」
漂うは神楽耶の白銀のみにあらず。寧宮・澪(澪標・f04690)が星空のような翼と共に、メリーゴーランドの屋根へと降り立つ。
「そちらはいかがでしたか?」
「んー……いけそう、ですよー……」
澪の電脳が弾き出した時間。それは、これから下準備をしてから“特定の7秒間”。
その間は遊具に誰もいない。
つまり―――遊園施設それ自体を巨大な舞台装置として、利用できるのだ。
全ての遊具の機械系統に侵入、制御を掌握。
澪の頭の中では歯車同士が噛み合うように、すべての計算が美しく為されていた。
暫し文字通りの歯車となる、その遊具たち。
澪の声に依っていくつもの遊具が同時に制御されるのは、陳腐なことばを使うなら“魔法のよう”な光景だ。
ピタリと動きが合わさり、重なったかと思うと、猛烈な勢いで稼働を始める。
回転木馬、ティーカップの一脚ずつ。ゴーカートの一台一台さえもが水の上で回り―――大渦を為す!
それが策だとも知らぬか、流されるままに集まる人魚のひと群れ。
そこへ澪が振りまくのは、目覚めぬ永遠の眠りの毒。
唄を、紡いでゆく。それこそ人魚の歌声のような、澄んだ優しい子守歌だ。
……【揺り籠の謳】。夜糖蜜の小瓶を傾け、その雫とともに彼女らへ贈ってやれば。
連なっていた群れが解けて、折り重なるように眠りについてゆく。
そして海へと溶けてゆき、姿が見えなくなって。海を作り出す首魁を倒せば、あの人魚たちも泡になって消え果てるだろうか。
その想いの涯てに、何かがあって。次の輪廻には何かが、うまれるだろうか。
今ふたたび鏡のように静まり返った海を見遣り、神楽耶はそうと瞳を伏せる。
次の嵐まで、そう遠くはない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ティオレンシア・シーディア
○△
殺される程の恨みは買ってなかったのはいいとして…随分とまあ、質の悪いこと。
恋うたとて画姿に愛を囁くだけなら唯の奇矯で済んだのでしょうけど…
なまじ直接会って言の葉を交わせて「しまった」のが不幸かしらねぇ。
…多分、どちらにとっても。
全面水に沈んでるんじゃ、機動力も何もあったもんじゃないわねぇ。
…それじゃ、上から撃ちまくりましょうか。
●禁殺の多段○ジャンプで足場を跳びまわりつつ氷○属性攻撃を○一斉発射。泡も敵も纏めて凍らせちゃいましょ。
所詮は徒花だもの、せめて六花と散りなさいな。
…これ、便利なのはすごく便利なんだけど。
ちょっと気を抜くと明後日の方向にすっ飛ぶからあんまり多用はしたくないのよねぇ…
●氷河
彼女の武器は、実にシンプルである。
鍛え抜かれた技術と、丁寧な仕込み。
ある一つの決断を迫られたとき、それが光るのだ。
一見して今は月さえ照り返しそうなみなもであるが、先程までは大渦潮で荒れに荒れていた。
このしじますら、いつまで保つやら。
……まず、深みすら分からぬ水に足を踏み入れるほど愚かでもない。
「(随分とまあ、質の悪いこと)」
思いを馳せるのはこの戦闘区域……ではなく、今回の経緯。
例えばこれが王族貴族に国民的スタア。いわゆる天上人であったなら違ったはずだ。
絵姿に語り掛けるだとか、いつまでも眺めているだとか、そうした奇矯で済んだのに。
なまじ手が届いて“しまった”のが良くなかったのだろう―――どちらにとっても。
顔色ひとつ変えないで空を駆け、宙にて構えるは愛用の拳銃。銘を『オブシディアン』。
氷属性を乗せた弾丸の一斉掃射は、吹雪めいて降り注いで海を凍らせる。
その泡ごと、敵ごと。すべて六花と化してしまえばいい。散るは仇花、散らすは己。
……戦闘行為とは、決断の連続だ。
そして、女は決断のプロフェッショナルだった。
名を、ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)。
跳ねた氷の破片が頬をかすめども、為すべきことは変わらない。
大成功
🔵🔵🔵
鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
逆恨みか。恋のさや当てどころか当たり屋だな
気をつけてくれよマリー。あなたは魅力的に過ぎる
ああ、私もあなたのことが大好きだよ
改めて宣言するが、あなたも大事な「私の伴侶」なのだから
あなたを殺しにかかるものは私が先んじて殺そう
もちろん、喜んで手を貸すとも
では合わせよう。轢殺の準備だ
【朝顔】発動
霊亀と肉眼でよぉく観察し、最適のタイミングで観覧車を転がす
ボルトを念動力で破壊すればいいだろう
なんなら回転を加速させてもいい
失敗など考えない。なぜなら失敗しないからだ
マリーが水に足を取られないよう、そこだけ注意しておこう
さて人魚共――金魚ミキサーを知っているか?
ヘンリエッタ・モリアーティ
【鎧坂探偵社】
一方的な恋の逆恨みってやる事苛烈よねぇ
よくわかっちゃうわぁ、私も昔刺されそうになったことあるし!
でもねぇ、殺されるくらい愛されるのも好きだったのよ
だって私はそんな私が大好きだったんだもーん!
え?今は灯理のことも好きだからダイジョーブ!素敵な私の旦那様…奥様…??どっちでもいいわ!つがいだもの!
灯理、ねえねえ、普通に戦ったら面白くないわぁ
私ね、観覧車で轢き殺していこうとおもうの
手伝ってくれなぁい?――追い立てるのは私がやるわぁ
さあさあ、かわいそうな人魚たち!
こわぁい鮫が来たわよォ。美味しい子はだぁれ?
今日もチェンソーは絶好調。さぁ、真っ黒は嫌いよ
――真っ赤にしちゃいましょうね♡
●紅緒
サイキッカー
鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)は超能力者である。
故に、発端からいきさつ、そして現在に至るまでの事実を具に読み取っていた。
名も知れぬ女学生を“恋の当たり屋”と称する彼女の言は、正鵠を射るものである。
「やる事が苛烈なのよねぇ」
甘い声でふうとため息をつき、ぶらぶらとチェーンソーを揺らす。
ヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)に内包される四つの人格のうちひとつ、“ルビー”。
曰く、それが原因で刺されかけたこともあるという。
きゃらきゃらとはしゃいで笑う女。
その言葉が虚言とも冗談とも取れぬのは、纏う雰囲気の蠱惑的なことと―――それに見合わぬ、暴力的な得物故であろう。
刺し殺して、自分のものにしたい。
それほどまでに求められる自分自身をこそ、ルビーは愛していた。
そんなつがいの姿を見てかぶりを振るのは灯理だ。
彼女にとって、ルビー―――否、マリーは、世界で一番美しく愛すべき四人のひとり。
刺すだの刺されるだのと聞いて、こころ穏やかでいられるはずもなかった。
「気をつけてくれよ、マリー。あなたは魅力的に過ぎる」
「え? ダイジョーブ! だって今は灯理のことも大好きだもの!」
愛される自分とおんなじくらい愛せるひとのいる世界、その輝きときたら!
加えてそのひとが、私もだよと同じ気持ちを告げて微笑みかけてくれるのだ。
―――甘えたくなっちゃうじゃない?
ぎら、と、チェーンソーの刃が鈍く光る。首を、
「ねぇ灯理? 普通に戦ったら面白くないわぁ」
「ああ」
「私ね、観覧車で轢き殺したいの!」
「良いとも」
「真っ黒なんて嫌いだもの」
だから、手伝って?
あなたが言うなら、喜んで。
差乍ら花冠を贈り合う乙女のような純粋さの、血腥い約束が交わされるや否や。
弾むように駆けだしたのはマリーだ。
両の手に紅いチェーンソー剣を携え、黒い黒い湖面へと。
哀れな人魚を膾切りにしてゆく―――膾の方が断面はまだ綺麗か。
【女王乱舞】。赤い血を被るさまは、戴冠すら思わせる美しさを伴って残酷だ。
BLOODY-LADY
血濡れの淑女が戦場に踊り、追い立て、笑いながら。宣言通り、黒を赤へと染めてゆく。
ダンスの相手はといえば、残念ながら伴侶ではないのだが。
その、伴侶……灯理は、静かにつがいの舞うさまを見ていた。
正しくは、この戦場の凡てを。
観測鏡帯『霊亀』。360°を視認する分析装置である。
壁の花などという柄ではないが、大事な彼女の“お願い”だ。
―――いくらでも聞いてやるとも。
【朝顔】。この夜に音もなく、忍び寄るツタの様に機を狙う。
いまだ。
、、、、、、、、
ボルトが爆ぜる。古くもない観覧車のボルトが、だ。
念動力。
ゴンドラが二つも三つも落ちれば、水槽を強く殴られたかのような騒ぎとなる。
彼方此方が狂乱の悲鳴に満ち、すべてはマリーの願った通り。
……ある国の芸術家が、インスタレーション作品を作った。
ミキサーに金魚を入れただけの展示。
好奇心でスイッチを押せば小さないのちをひとつ奪うものだ。
その様に似て、いや。
それより無邪気に、さかなの血で真っ赤になるまで遊ぶつがいの姿をただ見守っている。
いつまでも。
彼女が遊び飽きて、次のお願いをするまで。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
ヴィクティム・ウィンターミュート
△
やれやれ、恋慕ってやつは実に厄介だな
こんなに視野が狭くなるとはね
随分可愛らしいナリをしたフリークスだが…分かるぜ、こいつらめんどくせえタイプだ
ま、何が相手でも関係ないね
"事実を歪めてしまえばいい"だからよ
セット、『Dirty Edit』
ユーベルコードの発動を予知、ウィルスを散布
構成情報にアクセス──編集完了
悪いが、お前の問いに真面目に答えるつもりはない
そんな泡を出したところで、俺にはどうでもいいことだ
何故なら、"お前が満足する必要が無いからだ"
如何なる答えでも、お前の泡は俺を攻撃しない
そう"書き換えた"
故に俺からの返答は一つだぜ
"お呼びじゃないぜクソ野郎"
右の仕込みクロスボウで、眉間を貫く
狭筵・桜人
なるほど、色男も大変ですねえ!
濡れたくないし高い位置に避難しまーす。
メリーゴーランドの屋根の上。あそこがいいですね。
――『怪異具現』。「流動体」のUDCを黒い海に放流。
水の中を人魚と追いかけっこさせましょう。
空中に出たとこを拳銃で【援護射撃】。
意思疎通が出来るなら人魚さんもナンパしときましょう。
意識を一方に傾ければどちらかが貫くってわけです。
万が一、水場ごと感電させたり凍らせたりするヤバな人に
UDCが巻き込まれても私は何も見なかったことにします。
仕事はした。する意志はあった。しました!
ま、水の中でしか泳ぎまわれないってのも不自由ですよね。
天堂さんや私たちだって同じようなものかもしれませんけど。
●代返
渦巻く大時化の海が瞬時に凍てつき、爆ぜて散るのが見えた。
またある一区画では轟音、機械音、女の悲鳴。音から血の赤が聞き取れるほど。
派手に壊れてきた屋上遊園地にあって、ほぼ無傷の安全圏がある。
メリーゴーランドの屋根。
……状況からして足場は必要不可欠。
そしてそれは広ければ広いほど、高ければ高いほど良い。
ならばここは、まず破壊の対象になるまい。
そう踏み、陣取ってみせる抜け目のなさ。これが狭筵・桜人(不実の標・f15055)の強みである。
尤も当の本人は「濡れたくない」と宣うのみだが。
それに、黒っぽい水場に良い思い出はない。
当座の避難場所から眺める光景は、ほんの少しだけいつかの呪詛を思い出させた。
意趣返しではないけれど、ならば同じようなことを。
「精々、私の役に立ってから壊れてくださいね」
Strange-Collection
【 怪 異 具 現 】。
呟きと混じって放たれたUDCは流体。海に紛れて見えなくなる。
命令はどうということのない、それこそ子どもの遊び。“追いかけっこ”。
人魚たちにしてみればただ事ではない。
空気が噛みついてきたようなものなのだから。
きゃあ、と悲鳴を上げて水面から飛び上がる者がいる。
逃さない。
「ハイこんにちは」
で、さようなら。
愛想のよい挨拶、乾いた銃声、何の変哲もない拳銃、ただの弾丸。が、一匹を殺した。
「ちょっと埒が明きませんねえ」
独り言ちて首を傾げる。
独り言になったのは、ねえと同意を求めた相手に対話の意志がないからだ。
鎮めの花と同じ色に釣られたか。人魚の一尾が桜人のそばへ泳ぎ寄っていた。
……マズい。UDCを引き上げるか、いや。間に合うか。
「どうして、」
彼女らは、直ぐに襲い掛かってくるわけではない。
ただ知りたいことを聞いているだけ。
納得できなければ―――その激情を爆発させる、というだけ。
そして恐らく、得心などしようはずがない。
いやな風が吹く。黒い水の湿り気に捕らわれるようだ。
「どうしてわたしたちの恋は叶わないの」
「いやあ……えっとですねえ……」
正しい答えのない質問と共に、物理的な距離すらもジリジリと追い詰められる。
迷わず“アレ”を呼び戻すべきだったか。もう少し上手く隠れるべきだったか。
「ねえお願い答えてどうして」
「知るかよ」
ため息交じりに応じた声は、煩わしさを隠しもしない。
にべもない返答に人魚が振り返った先。
かぶりを振るヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)の姿があった。
電脳に染み入るような鬱陶しさだ。左手で蟀谷を抑える。
「お前も声をかける相手は選んだ方がいいぜ」
「えっ、……えっ? ちょっとヴィクティムさん!? 泡! 泡!!」
助かりましたけど! などと言いながら、しれっと距離を取る桜人の強かさである。
人魚の瞳が見る見るうちに潤み―――こぼれた涙の一滴は宙を漂い、また別の一滴はカラフルな屋根の上に落ちる。
一粒一粒が黒く膨れ上がってゆくのを歯牙にもかけない。
ただ。
中央ポイントから円形に広がるのは、痛みの伝達信号に似ている。
そう思っただけだ。
【 > SET : 【Rewrite Code 『Dirty Edit』】 】
【 > Activate. 】
ヴィクティムを取り巻く身勝手な悲しみが、炸裂する。
そのまま連鎖爆発、泣き声よりも怒号に似た爆音。霧ほどまでに細やかな黒泥。
「なんで」
少女のすがたをした怪物が、泣きじゃくりながら再び問う。
疑問の理由は、爆心地に少年が立っていたから。
途切れたのは、言い切れないまま事切れたから。
黒い霧の晴れぬうちから鋭く飛んだ矢があった。
「お呼びじゃねえからだよ、クソ野郎」
人魚のユーベルコード。泡沫の夢は、確かに正しく発動した。
その“正しさ”。真実、ないし現実が書き換えられただけだ。
“お前では俺に傷をつけられない”と。
……ヴィクティムにとってユーベルコードとは、正しく“コード”。
電脳で夢の滲む音を捉えたのなら、現実でその右腕を向けてやる。
両方の世界で掴んだもの、改竄できない理由がどこにあろうか。
よってこれは、全く台本通りの展開なのだ。
―――だから言ったろ?
声をかける相手は、選んだ方がいい。特に、質問のたぐいは。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リア・ファル
WIZ
留まる情念は身を滅ぼすって事もある……か
さて、この黒い海も案内、仕ろうかな
泡沫爆破とは穏やかじゃないなあ
せっかく遊園地なんだし、楽しもうよ
UC【空間掌握・電影牢】で、周囲の遊具を支配下に置く
イルダーナと共にメリーゴーランドの白馬は空中を廻り
ティーカップはクルリと反転しては人魚に被さり
スワンとパンダカーは人魚を追いかける
複製魔術符『コードライブラリ・デッキ』から
風属性の弾丸をロード、『セブンカラーズ』から射撃
キミたちの転生先は童話のように精霊なのかな
それともこの世界の種族として生まれ落ちるのかな
いずれにせよ、新しい明日に向かって
今度は歩けると良いね
(技能:空中戦、罠使い、スナイパー)
鸙野・灰二
●
正純(f01867)と
足場の悪さは失敗に繋がる。正純と共に観覧車の個室一つ占領し、屋根を足場として戦おう
攻撃は俺の担当だ。正純に向いた分も全て俺が受けてかばう。挑発して敵を引きつけながら積極的に攻撃を受け続けよう、多少の怪我や痛みは構わん。致命的な攻撃は届く前に相殺されているだろうよ
正純の合図が聞こえたら好機だ。受け続けた分一息になぎ払わせて貰う。
「承知した。今日鸙野はお前の刀だ、思うまま揮ッて呉れ」
「お前には良い戦場へ飛ばして貰ッた恩がある」
「それに、いくさぶりを間近に見られるとあれば断る理由などあるまい」
「応、任せろ。一切合切斬ッて遣る」
納・正純
●
灰二(f15821)と
二人の服装は一章で見立て通りに変更
方針
灰二を連れてゴンドラの上へ
ゆっくり空中に上がるコイツなら、全方位への警戒も行いやすい
俺の担当は灰二への攻撃に対する迎撃とチャンスメイクさ
同じ工程を繰り返すだけなら見極めも容易だ。ヤバい攻撃は打ち消しつつ隙を伺う。敵が焦れたら一気に泡を相殺して場を崩し、灰二に決めてもらおう
「今日は俺の指揮の下で動いてもらうぜ、灰二。今だけは、俺がお前を揮おう」
「しかし、お前が協力に応じてくれて助かった。俺一人じゃ参ってたね」
「持ち上げるなよ、照れるぜ」
「――チャンスだぜ。跳び降りるぞ、灰二。周りのモンは全て斬れ。ゴンドラも、敵もだ。泡は全て俺が撃つ」
鳴宮・匡
水に足を取られないよう
周囲のアトラクションや遊具をうまく足場にするよ
必要なら周囲の猟兵と協力しよう
視野を広く取って不意を打たれないように
周囲の敵全ての位置を把握、その動きを捉える
観察して得た情報が多ければ多いほど精度が上がる
漏らさず、隙なく周囲に目を配り回避を優先
動きを封じられないことを第一にする
攻撃は観察して得た相手の動きを読んで
確実に当たるタイミングを狙う
動きを止めざるを得ない一瞬や
他の猟兵に注意が向いているとき
別の攻撃で怯んだ瞬間なんかもいいだろう
戦い鎮められた影朧は
新たな命を得る、というけど
こんな心ない弾丸に穿たれるでも
それは同じなんだろうか
その悲哀を、僅かたりとて理解してやれないのに
ヨシュカ・グナイゼナウ
あの優しいひとが従業員たちに殺される程憎まれていなくて良かったと思う。
てん、てんと遊具の上【地形の利用】をしながら進み、爆発する泡沫は【見切り】避け
何故人魚なのだろうと思考しながら、叶わなかったという当てつけなのかな
恋慕の情など良く理解らないけど、相手の事を考えないそれはきっと愛じゃない
一面に広がる黒水にそおっと手袋を外した両手を浸す
暫く泡沫の夢の中に入ると良い。グッドエンドが見られるかも
もしかしたら【傷口をえぐる】様な悪い夢かもしれないけれど
これも【破壊工作】…じゃあないな。こんな漁法があった気がする。毒流し漁とかそんな
人魚の肉って不老不死の秘薬になるのでしたっけ?
●四海夢想:虹
そのいのちは、二進法で出来ている。
そのこころは、0と1で出来ているか。
答えは誰にも分からない。
リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)。
だれかの行く先を思いやり、時に手を引き、自らがコンパスとなる少女。
金翅鳥が如く三界を飛ぶのならもうひとつ。
眼前の黒い海も加え、その身を“四海”の羅針盤とする。
……軽やかに鮮やかに世界を往く彼女の前に、「どんな数の数え方が優れているか」なんて問いかけ自体が無粋なのだ。
さて、屋上遊園地。アトラクション。作り物。
無機物のコントロールならば手慣れたもの―――生まれた時からやっている。
だけどこれから使うのは、少しだけ捻った魔法。
Immure-Cyberspace
【空間掌握・電影牢】。これは、モノの制御機構を奪うユーベルコードではない。
全てを巻き込んで電脳空間に溶かし込んでしまうものだ。
リアの狙いはひとつ。
、、、、、、、、、、
遊園地で遊園地を作る。
もちろんただの遊園地ではない。
経営は、自社の強みを活かしてこそ。
サイバースペースに置かれた遊具は、いのちを与えられたかのように動き出す!
パレードの隊列はパンダカーにライオン、ゴーカートにスワンボート。
列をなしたかと思うと踊るような動きで散らばり、慌てふためく魚を追い込んだ。
その丁度追い込まれた先でティーカップが引っ繰り返るさまは「待ってました」と言わんばかり。
支柱の軛から解き放たれた白馬が、リアの『イルダーナ』と並走する。
「窮屈だったでしょ? キミも楽しんでおいで!」
返事の様に嘶く木馬を見送ったなら、もう一働き。CEOは忙しいのだ。
電子データの数々、『コードライブラリ・デッキ』。
最適属性:風。データ抽出開始、コンプリート。
357マグナム弾のカートリッジへ即座に変換、『セブンカラーズ』へと瞬時に装填する。
七色の虹めいて放たれる弾丸は連鎖爆発をうち破る、降り止まぬ流星雨だ。
「キミたちは、どこへ行くんだろうね」
泡から生まれる風の精霊か、この世界に住まう生き物か。
ささやかな問いは、願いへと続く。この星が水先案内を務めるようにと、思いを籠めるように。
―――今度は、自分の足で歩めるといい。一足一足に痛みのない、幸せな道を。
●四海夢想:雨
「すごい」
お伽噺の中に迷い込んだような光景に、星を降らせる電脳の騎兵。
十字きらめく瞳を瞬かせ、ヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)が息をついた。
その身体は、育ちゆく機械仕掛け。
その想いは、伸びやかな成長の中。
幸太郎のことを、優しい人だったと感じた。
身近な誰かから、殺意に至る憎悪を向けられているかもしれない。
そう思うと、どこかがきしむ気持ちだった。
でもそうではなくて、胸の歯車がすべらかに回り出したかのようで、ほっとしたのだ。
フェンスの上に姿勢よく立っていた彼は、通りがかった白鳥に飛び移ろうとして……はたと首を傾げた。
「踏んでしまって痛くはないでしょうか」
『大丈夫、みんなタフだよ!』
きゅっと拳を握る様子が目に浮かぶような、リアの明るい声。
ならばと身軽に柵を蹴り、スワンの頭に足を乗せる。
そこからはさながら八艘跳びだ。遊具を次々と乗り換え、鎖分銅と千本を巧みに使って泡を絶ち、躱し。
ティーカップだけが不在の、空いたソーサーの上に着地する。
洒落た皿の上に置かれたちいさなケーキのようだ―――内に蜂蜜色の毒を含む、チョコレートケーキ。
スル、と手袋を外すと、まだ小さな掌に十字の亀裂が走っている。
痛々しくも見えるその手の傷ごと、そうと黒い水の中へ泳がせた。
掌から滲んでゆくのは、ヨシュカの体内にいつも満ちている液体だ。
宵の明星がごとくに輝き溶けるそれは、水中という名の夜に【惑雨】を降らせる。
恐ろしいゆめを見てしまうかもしれない。
……よいゆめをと、願う。
例えば、本当に素敵な恋の夢。
恋慕の念は分からないけれど、全部でなくても分かることはある。
きっと一方的に振るわれるのは、愛ではない。
遊具から泳ぎ、逃げ回っていた人魚たち。
その双眸がぼんやりと、まぼろしに雨雲を見るように霞んでゆく。
海に浮かぶもの、空に留まり動かぬもの、明後日の方向へ問いかけ続けるもの。
どれもが惑っていた。通り雨に遭った、ただの少女じみて――
●四海夢想:凪
―――音は、しなかった。末期の悲鳴すら。
的確に撃ち抜かれる一人、一人、また一人。
……どこが急所か分かったもんじゃない。
大方眉間なり胸元なり、正中だろうけど。
ヨシュカの手で足止めされた一群を、夢を見せたままに終わらせる男がひとり。
優しさではない。単に都合がよかった。
人か人型か、そういうものの断末魔や命乞いは、耳に残ってしょうがない。
時をほんの少し、遡る。
鳴宮・匡(凪の海・f01612)は、特段秀でた何かがある男ではない。
魔術も奇跡も超能力も持たない。見えないものは匡を救わなかった。
故に自分が“視る”。己にできる最高効率の攻防、その布石こそが観察。
長く染みついた癖で常に視界を広く取る。
眼前一帯がサイバースペースに塗り替わったことには驚いたが、誰がやったかもすぐに分かった。
それに終了条件は変わらないし、敵の行動パターンも同じ……いや。
元々思い思いに動いていたのが、恐慌状態に陥っていた。
むしろ足場が“協力的”になってくれたのは幸いであった。
匡の意図を酌んだようにやってきてくれたのだから。
フードコートの軒から、駆ける木馬へ。遊具を隔てる柵まで到達すればあと少し。
リアが操るティーカップが、スプーンみたく人魚を掬いあげるのを見ていた。
ソーサーで蓋をして閉じ込めてしまうのも。
だからその、裏返しの皿の上に飛び乗って―――アサルトライフルに持ち変える。
持ち帰様、足元を撃ち抜く。大凡のアタリをつけたところへ、三点バーストは念のため。
共鳴の名を持つ銃によって、ごぽごぽ蠢くような泡の音が消える。
引き金を引いた後は見もしない。足元の感覚で死んだかどうかは分かる。
足りなければまた引くだけだ。
……。
「どうして閉じ込めるの」「お願いここから出して」「暗い、怖い」
最後には質問にすらなっていなかったそれを、無視した。
泡がソーサーを持ち上げる前に撃ち殺した。仕事だから。
視界の端に新しい的を捉えた。ほとんど動かないそれらに狙いを定めて―――
―――そして、今しがた行われた制圧に至る。
すっかり静寂を取り戻した一帯にてひとり、考える。
この世界には、鎮魂と転生がごく当たり前に根差しているという。
屋上だけでも相当な破壊を見た。絶命を聞いた。
降り注ぐ願いを見た。黄金に輝く祈りを聞いた。
温かさと共に終わる命ならば、救われるのだろう。
冷たいばかりの鉄の弾だけで、鎮めてやれるのか。
……なんの感慨も抱けない、ただの射殺で?
祈念を籠めたやさしい葬り方と同じように?
視界は広く、警戒を解かず―――殺意を探す癖も、抜けないのに?
闇に凪いだ海は漣すら起こさず、何も応えなかった。
●晴眼
他方、再び観覧車の前を見てみるとしよう。
あちらこちらから逃げ伸びた人魚が集まり、身を寄せ合うかのように群れを成している。
ゴンドラが幾つか歯抜けになった観覧車であったが、“彼ら”の作戦に支障はない。
此方、射手の男。無傷の一室にあって機を窺っていた。
スコープを覗く納・正純(インサイト・f01867)が口笛を吹く。
見知った少女、リアのイマジネーションにバイタリティ、そして成し遂げるだけのテクニック。
すべて知っているつもりだが……まさかこれだけ自由に作り変えてしまうとは。
この観覧車の回転さえも、前よりずっと滑らかに感じるのだ。
加えて戦場一面がサイバースペースに塗り替えられたなら、板一枚隔てた上のアイツだって驚きもしよう。
「ハハ、傑作だ! どうだよ灰二、見たか?」
「応、見たとも」
「コイツも飛んでいっちまうかもな?」
「構わんさ。斬るのに不都合は無い」
「おっと……言うねェ」
板一枚上、屋根の上。足場と呼ぶには狭い其処、佇む修羅は宿り神―――彼方、鸙野・灰二(宿り我身・f15821)。
その身には、仕立てあがったばかりのシングルスーツ。釦はひとつ、銀雲雀。
作戦といっても、行動自体は単純だった。打ち合わせは屋上へ出る直前、ただ一言ずつ。
『今日は俺の指揮の下で動いてもらうぜ』
『承知した』
たったのこれだけだ。たったのそれだけで済む。
―――今だけは、俺がお前を揮おう。
―――今日鸙野はお前の刀だ、思うまま揮ッて呉れ。
納・正純が智慧を剣術に、鸙野・灰二の身を武器とする。
しかし、とガンサイトから眼を離さないままの正純。
「助かったぜ。俺一人じゃ参ってたね、この数は」
両手が空いていたのなら肩の一つも竦めただろうか、ダブルスーツの生地がさらりと上質な布の音を立てた。
「お前には恩がある」
「ハ、そう持ち上げンなよ」
言葉少なながらにも、梶本村の一件を指しているのは自明である。
何を言うか、当然だろう。そう聞こえるようで、正純は口角を上げた。
その顔を知らぬ灰二はゆったりと視線を巡らせ、そしていくさの始まりを見つける。
「嗚呼、……始まるぞ、正純よ」
「オーケー。此方でも確認した」
ゴンドラの窓辺に席、全てを使って『L.E.A.K.』の銃身を安定させる正純。
彼は、この箱から動かない。
……スラと快い音、響くは一つ、抜くのは二振。
全く同じタイミングでの抜刀にて、輝く一振りは『鸙野』。もう一振りは七代永海が名刀『斬丸』。
揮われるもの、駆けるものは、こちらだ。
人魚がつい、と泳ぎ来る。その鰭のゆらめきを認める前に、革靴の底が鉄板を蹴っていた。
この場における最善手は、サポーターである正純の居処を知らせないことだ。
視線は二つ隣、下方向のゴンドラ。
袖振り合うよな距離ですれ違いざま、一匹の腹を裂く。
「それはなに」「なんで」
「それで殺すの」「どうして」
忽ち泡が浮かび、浮かんだかと思えば炸裂する。
答えようが答えまいが関係なしに灰二を取り巻いてゆく、泡。
そもそも答えさせるつもりがあるのか。
そんな疑問を抱きさえするほどのスピードで増殖と炸裂を繰り返し、誂えたばかりの西服ごと肌を裂いてゆく。
構わず耐え続け、上昇して浮き上がりそうなものを『斬丸』で絶って割る灰二。
増えすぎたならば別のゴンドラへ。大柄な体躯に見合わぬ速さで戦場を変えてゆく。
跳躍の勢いのままにまた一匹。
『斬丸』で逆袈裟に捌き、見せしめのように気を惹いて、
下から迫りくる泡沫は……己の心臓で受けるか。
爆ぜる前に断てばよし、断てぬなら其処が死に場所だ。
ひとりならばそうしただろう。
灰二の周りを囲っていた泡の檻、数えきれないほどの爆弾。
そのひとつひとつが、たった一発の弾丸で消えた。
人魚たちは気づかなかったのだ。
鋭い金属音が響き、迫っていたことに。
否……知らなかった。怪異である彼女らが、
、、、、
跳弾の音を、知っているはずがない。
灰二がその身を裂かれては抉られる都度、正純はそれを見ていた。
無論見ていたといって、ただ目に入れていた訳ではない。
幻想破りに要されるのは、その実物。
現実に姿をあらわしたその時こそが、幻を殺すチャンスとなる。
"Smoking-Gun"
“動かぬ証拠”は十分揃った。
「―――行け、灰二ッ!」
目につく全てを悉く斬れ。斬ることにだけ集中しろ。
「応、」 、、、、、
一切合切、太刀斬ッて遣るとも。
その身から放たれる闘気は陽炎が如く景色を揺らがせ、ともすれば真っ暗な海ごと斬り裂くつるぎに見えたやもしれぬ。
邪魔立てするものの命運は、すべてが正純の手中にある。心ひとつに指先ひとつで、壊せぬ道理は何処にもない。
―――時化と凪を繰り返した海は、三度みなもを落ち着かせる。
狙撃銃を担いだ彼と、刀を血振りする彼と。
その二人を黒いおもてに映し、いままさに晴れを告げようとしていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
早晩山・スミ花
△
愛憎の縺れなんてのはよくよく題材に挙がるものだし、
勝手に縺れさせにいく話も、まあ、需要はないでもない。
題材を選ぶ拘りなどないけれど、
好みで言うなら、そんなに水気は好きじゃあないんだ。
ジメジメと湿気るのは頂けない。紙がたわむし。
そんなわけで沈むのも頂けない。
ティーカップの上に退避しよう。
涙の海、……嗚呼、こんな物語も外つ国にあったかな。
では、一問一答といこう。
何を知りたい?
なんでも答えてあげようじゃないか。
わたしはそんなにやさしくないからな!
知りたいと言ったのなら真実を背負うべきだろう。
ほら、今度はきみのものがたりを聞かせておくれよ。
いつか世界へ還ったきみのもとへ、きっとおれが届けてやろう。
●物語
古来より脚は、童話の題材に選ばれがちである。それもあまり良くはない方向に。
灰かぶりから、靴を履く為に踵を切り取った継姉。
赤い靴から、脚を落とされるまで踊り続けた少女。
白雪姫の継母たちは焼けた靴を履かされた。
人魚姫が得た人間の脚と来たら、『一歩ごとにナイフを踏むような痛みが走る』などと称される欠陥品だ。
ハッピーエンドはいつだって後付けでしかない。
訓話のつもりの残酷。教育の皮を被った悪辣。
後ろ暗さに惹かれるのもまた、知恵持つものの性であろうか。
愛憎の縺れなんか全く良い例だ。
早晩山・スミ花(灰神楽・f22476)は“書く者”としてこの事件と、人魚たちとを見ていた。
需要がないではないテーマ。
万人受けはしないが、固より裏でひっそりと読むようなもの。
眉をひそめる真似をしなければいけないから読者側も難儀なことだ。
スミ花個人としてどうかというと。
「湿っぽいな」
その題材も、この場所も、どちらも。
物書きとしての選り好みではない。個人的な嗜好の話である。
特に彼女らの涙声。音に潤みなどないのに、湿気がうつる気分だった。
近く降るだろう秋雨を思い出してしまう。
かぶりを振ればほの赤い桜がほんの少しだけ、空気を春のそれと変えた。
執筆の合間のコーヒーブレイクではないけれど―――
つい先程までにぎやか極まりなかったティーカップ。
今はごくゆるやかに回っている、そのうち一台のハンドルにコツンと靴音を響かせる。
その先で、ちょうど秋雨の気配とぶつかった。
しくしく。
書くならばこうだろう。そんな、いじましい声。
目を向けた先には群れからはぐれたか、命からがら逃げのびたか。
人魚がたったひとり、顔を覆って「どうして、どうして、」と泣いている。
薄い金縁のソーサーに座り込む様子は、まあ絵面としてはメルヘンチックで悪くない。
それに、声が届きそうなくらい近いし。
「教えてやろうか」
泣き濡れた顔が上がる。
スミ花の見目がほんの少女。ともすれば童女であると認識しているのか、いないのか。
それが堂々と「なんでも答えてやろう」と言うのだ。
ぴたりと涙を止めたのは、驚愕か期待か。
彼女が問うたのは、色恋の疑問ではなかった。
「どうしてみんなを殺してしまったの」
瞼を伏せると同時、スミ花の周りを墨色の泡が取り巻く。
インクをこぼしたような水面に、いくらの血が流れただろう。
スミ花もここに至るまで幾つも戦場を目の当たりにした。
しかしまあ、答えなど畢竟ひとつしかないのだ。
質問の制約と同じに。
「きみらがこの世界から必要とされていないからだ」
さあ、納得するだろうか。しないだろう。
たとえば、ああ。
おれがこう言われたなら、得心などするものか。
だがこれが真実だ。
背負わなければならない、知ろうとしたなら最後まで棄ててはならない。
―――さあ、一問一答と行こうじゃないか。
「きみのものがたりを、聞かせておくれよ」
いま世界から要されずとも、かつて確かに世界にいたきみを。
憐れなきみの物語を、おれが覚えている。
おれも、きみの真実を背負ってやるとも。
ぶわりと舞い出でるは、灰か霞か薄墨桜か―――
今度こそ泳ぐもののいなくなった水面は、徐々に徐々に消えていく。
それは日々インクを使いきってゆくのを、早回しで見ているように。
ある童話作家が曰く。
『涙とは、ひとがつくる一番小さな海である』。
ならばきっとあれも、そうだ。
白い花弁が、見送るようにひとひら落ちる。
―――いつか世界に還った誰か。その、取り遺されたかけらだったのだろう。
大成功
🔵🔵🔵
第3章 ボス戦
『血まみれ女学生』
|
POW : 乙女ノ血爪
【異様なまでに鋭く長く伸びた指の爪】が命中した対象を切断する。
SPD : 血濡ラレタ哀哭
【悲しみの感情に満ちた叫び】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
WIZ : 応報ノ涙
全身を【目から溢れ出す黒い血の涙】で覆い、自身が敵から受けた【肉体的・精神的を問わない痛み】に比例した戦闘力増強と、生命力吸収能力を得る。
イラスト:綿串
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
|
種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「💠山田・二十五郎」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●
黒い海が消えてゆくさまを、あなたは見ただろうか。
するすると一点に収束し、少女の形を取るところを。
先まで戦っていた人魚たちを、「悲嘆にくれていた」と表現するならば。
いま目の前に現れた女学生は、負の感情すべてを混ぜ込んだような顔だ。
それは大部分が悲しみだが、面差しには時折違うものが混ざる。
何がどう表出するかは、相対する者によって変わるだろう。
まるでそこだけは、普通の人間のようだ。
普通の人間として終われなかった影朧が。
「幸太郎さんはどこ」
……最期は、さぞ酸鼻なものであったのだろう。
赤黒い血にまみれ、泥のような涙をこぼし、明らかな死人の様相を呈している。
そうした醜いなりで、生前の執着心のままに彼を探す。
あなたはそれを哀れだと思うかもしれない。
滑稽だと思うかもしれない。
何も思わないかもしれない。
誰かが、言う。
如何な願いが伴うのであれ、ひとまずの終わりは必要だ。
どんな物語にだって、終止符を要するように。
どんな舞台にだって、幕が降ろされるように。
◆◆◆
◆戦況展開
猟兵たちの活躍により、戦場の状態が大きく変わりました。
◇黒い海
【完全に消滅しました】。足場の問題は解決されています。
◇遊具等
【問題なく稼働しています】。
これは機械制御・電脳方面に明るい猟兵が複数いたためです。
壊れたり取れたりしたものはそのままですが、引き続き利用できます。
◇影朧
新しい情報はありません。
◇3章プレイング受付期間:10/18(金)08:31 ~ 10/20(日)23:59
◆◆◆
神羽・リオン
高鳴さん(f02226)と参加
呼称:高鳴さん
◆戦闘中
本人は意識を失ったまま
兵器の自立行動・攻撃は継続
※制御機械を壊せば液体に戻る
◆戦闘後
高鳴さん?
彼の顔を見上げ目をこすり
壊された機械を見て現状を把握
べ、別に、成果を上げたくてコレを持ち出したわけじゃないのよ?
一人で扱えると判断した上で……つまりその……
目を逸らす
良いところを見せたかった
父にも、きっと高鳴さんにも
でも結局──
格好、つかないわね……
いつになく落ち込んだ様子
(戦場に立っても、一度も父に評価されてない。一人でやればもしかしたらって──)
普段と変わらぬ軽い誘いに肩を竦めて微笑む
彼はきっと何も気付いていないのね
(今度は上手くやってみせるわ)
高鳴・不比等
神羽・リオンと参加
バイタルが可笑しくなったってーんで来たんですけどねぇ。
それあんま使うなって言われたでしょうに。
もー、オレが怒られたじゃ無いですかァ。
カフェでのんびりしてたってのにさー、って聞こえてねぇか。
先にアイツを倒しとかねぇとな。
遊具や味方の攻撃を利用して躱したり受け流しつつ、隙を見つけて攻撃
終わったらリオンの対処
確か魔力を送って制御してるって話だったな。なら、制御装置を壊せば魔力は送られず消滅するか。
ったく、心配させやがって。
焦る必要もねーってのに…オレから職を奪う気かよ。
1発お仕置きだ。
よ、起きたかい?お嬢。
一人じゃねぇだろうが…まぁいいや。
そうだ、パフェでも食いに行きません?
●終幕、その後
夢を見た。猟兵として立ってきた、戦場の夢を。
神羽・リオン(OLIM・f02043)の傍らには常に、ある青年の姿があった。
彼と共に戦って、傷ついて、戦って、戦って、
それでも“褒めてほしいひと”には、褒めてもらえない。
そのひと―――父親の背が遠く映って、ああ。
……また、届かない。
「お嬢」
きっと、傍らの彼にだって。一人で立てると知ってもらえれば―――
「お嬢ー」
この声は、まぼろしではない。
脳がそう伝えたように、ゆっくりと目を開く。
尖がり帽子を被った、整った顔立ちの男だ。……そう見間違えようもないが、何故ここに。
確かめるように目を擦る。
そこにはいるのは確かに、高鳴・不比等(鬼人剣・f02226)であった。
「高鳴さん?」
「なァにやってんですか、一人で」
不比等が示す先を見てみれば、煙すら上げずに破壊された……綺麗に切断された制御装置が、物言わぬ我楽多と化している。
察しのいい彼女だ。何が起こったか、分かってしまった。
【神門】の魔力消費に身体が耐えきれず気絶したのだ。
しかし『Marchocias』はそのまま動き続け―――結果見事に影朧の討伐は成ったのだが―――リオンの生命力はどんどん削られていった。
バイタルサインの異常を察した不比等がこの場所へと駆け付け……
あとは見てのお察し、というわけだ。
「べ、つに……成果を上げたいってわけじゃないのよ、統括として私一人で制御できるものと判断した……だけ、で……」
言葉を並べたてども、事実は変わってはくれない。
一人でやってきて、結局また彼に助けられてしまったのだ。
格好がつかない。気まずくて目を逸らす。
―――焦る必要もねーってのに、全く。
ボディガードとして雇われた身、護衛対象に傷がついては職も危うい。
そんな不比等の心中を知らず、リオンは頬を染めている。
「一人じゃねぇだろうが……」
果たしてそう呟いた青年の声は、彼女の耳へ届いただろうか。
目を伏せたまま、何事かを考え込む少女のへ。
「ま、いいや。パフェ食いに行きません?」
お嬢の事だ、どーせ働きづめだったんでしょ。
普段と何も変わらない声に、自分のことをよくわかっている言葉に、リオンの口角が僅かに上がる。
きっと何も気づいていないと、彼女は思っているから。
焦らずとも良い、ひとりではない。
そんな不比等の考えには、未だ気づけないものの。
―――次は、上手くやってみせるわ。
邁進を続けようとする彼女の姿勢は、きっと間違ったものではないのだ。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
氏家・禄郎
△
さて、幕引きの時間だ
土は土に、灰は灰に、人は骸に、影朧は朧と消える時間のな
「私が隙を作ろう、後はみんなに任せるよ」
回転式拳銃に弾丸を装填後
【団体行動】にて行動をきっかけを作るべく突進
ユーベルコードに対しては正直、手が無い。
コートの襟を立て、口を開いて叫びに耐え
【クイックドロウ】と【武器落とし】で叫びを止める
一発、二発と放ちつつ距離を詰め
三発、四発と叩き込み、目の前に立つ
さて、種は無い……この程度のね
ライスカレーのスプーンに相手を映す【咄嗟の攻撃】
その顔で君は誰を迎える?
その爪で君は誰を抱く?
同情はしない、他人だからね
だが止めさせてもらう!
引鉄を二回引いてからの『嗜み』
「種切れだ、後は任せた」
榎本・英
どこだと言われても答える事はできないのだよ。
君はこの世にいてはいけないからね。
嗚呼。なんとも。
そう、なんとも哀れだ。
まるで私の作品に出てくる女のようだよ。
死んだ瞳を晒して最期の最期まで執着し続ける
哀れで、酷く醜く……
死に際が一番美しい。
でも残念だ。君は彼女たちのように生きてはいない。
ただの影朧だ。
激しい戦闘は他の者に任せるよ。
あくまで私が行うのは戦う彼らが死なないように援護をするだけだ
それだけしか出来ないのでね。
普通の人だよ。彼らのように戦えるわけもない。
だから私は君に問う。
「死んだ目に生を宿す方法」を。
君は知らないだろうね。
その瞳は酷く濁っているのだから。
鎧坂・灯理
【鎧坂探偵社】
貴様のような奴に愛される資格など無いと思うが
マリーを喜ばせた事は評価に値する
もっと彼女を笑顔にしてくれ――その身をもって
なるほど
お任せあれ、マイフェアレディ
私はダンスの指南といこう
まずは爪だ 長すぎてみっともないな
【普都大神】で切り落とす
次
きちんとステップを踏めない足などいらないな 切り落とす
次
後ろのクロユリはバランスが悪いな 切り落とす
次
マリーに触ろうとする手は不要だろう 切り落とす
クイーンは赤いドレスをご所望だ
赤く染めてやろう
首を切り落として
ヘンリエッタ・モリアーティ
【鎧坂探偵社】
あらら、そんなに泣いちゃって
かわいそうね、お嬢さん。それじゃあ好きな人も逃げてっちゃうわ
でも血まみれなのはかわいいわねぇ、私そういうの大好きよ
きれいにしてあげましょうか!
灯理、灯理、次はあの子も楽しめるものがいいわ
いっぱいもてなしてあげて?
私は――きれいな血化粧を教えてあげるから
さあ、お嬢さん、素敵な真っ赤なドレスにしてあげる
逃げちゃだめよ、ちょっと怖いでしょうけどきっと真っ赤になった貴女はきれいよぉ
次の世界では大好きな人に振り向いてもらえるくらい、真っ赤にしてあげるわね
知ってる?血はね、時間がたつと黒くなっちゃうの
いっぱいいっぱい切り刻んであげましょうね
ね、しあわせでしょ?
●礼節
乾いた音が、響いていた。
カチリ、カチリ。
酷くゆっくりと聞こえるそれは、実際には手早く、かつ的確に行われている。
空の弾倉へ、ちょうど六発。 リロード
氏家・禄郎(探偵屋・f22632)が再装填を終えた。
終えたのが、始まりの号令となる。
一発の銃声。それとほぼ同時に影朧へ肉薄するのは、禄郎の持つ“人の影”。
自ら先陣を買って出た探偵屋である。
回転木馬の攻防で見せた身軽さを鈍らせないまま。翻る外套の裾が闇の中にまばらな影を作った。
向かってくる脅威に対して女学生が浮かべるのは、より深い悲しみだ。
『誰も分かってはくれない』。言い表すなら、そんな種類の。
ただの人間である彼は、影朧のユーベルコードを防ぎ切る手立てを持たない。
幾分かマシだろうとコートの襟を立て、いずれ聞こえてくるだろう慟哭に備える。
一発目は牽制。二発目を彼女の眉間に目掛けて撃ち込む。
これも狙い通り。女学生はその黒く伸び切った、刃物のような爪で顔を覆う。
当たらずとも良い。
泣き出す暇すら与えなければ、それで問題ないのだ。
三発、四発。どれも決定打ではない。薬室の残りはあと二発。それでも退かない。
―――まだ“種”は残っている。
「嗚呼、」
同じ場に、かぶりを振るもう一人の男の姿がある。
嘆息する様は文筆家ならではの憂いを秘めていた。
男―――榎本・英(人である・f22898)。
彼はその瞳を知っている。何度だって書いてきた。
死んだ双眸で猶生き続ける、哀れで醜い女たちを。
醜悪から解放されるのは、死に瀕したときだけだ。
だがそれは、“人である”という前提の下に成る。
影朧である女学生のまなこには、何物も宿らない。
「君は、知っているだろうか」
知ろうはずもないだろう。それは英も承知の上だ。
「死んだ目に……」
たとえ黒い涙を拭いきったとて、曇ったままだと。
「……生を宿す術を」
憐憫と共に問いかける。
女学生の答えより先に応じたのは、色も形も奇妙に歪んだ化け物の腕。
英の掌にある書物を退かさんばかりの勢いで現れ、先行していた禄郎を追い越し、
異形の爪にて敵対者の胴を捕える。
―――種も仕掛けもないはずが、思わぬ助力を得たものだ。
これで女学生は禄郎の、ほんのわずかな“仕掛け”から逃れることはできなくなった。
仕掛け。凶器の代わりに突き出されたのは、洋食屋から失敬したライスカレーのスプーンだった。
銀食器が鏡めいて映し出すのは彼女自身の姿。
必死の形相で藻掻こうと怪異の腕からも―――自らの醜さからも逃れられはしない。
「その顔で君は誰を迎える? その爪で君は誰を抱く?」
もう片手にて、リボルバーが探偵の掌の中。音もなく回る。
いっそ、……そう。文豪の青年が抱いた感想と、同じだ。
血まみれの顔に浮かぶのは、哀れみすら覚えそうなほどの虚脱。
しかし。
―――土は土に、灰は灰に、人は骸に、影朧は朧と消える時間だ。
Manner
探偵屋としての流 儀と、彼が裡に潜める理想の為に。
残弾は数えるまでもない。立て続けに二度、リボルバーの発砲音。
それが合図と始めから示し合わせていたかのように、情念の腕が女学生の身体を放り出す。
その勢いすら利用して―――上衣の襟を容赦なく掴み、屋上へと叩きつける!
ダンスとしては手荒だが……何、そういうことなら頼れる同業者がいる。
Manner
「彼女に礼 節の教示を頼めるかな」
種も証も尽きてしまった。そう言って水を向けた先には、女がふたり。
「
任されましたよ、探偵殿」
尤も本人のやる気と才能次第ですが、と、肩をすくめる鎧坂・灯理(不死鳥・f14037)。
「その前にお化粧よねぇ?」
ドレスだって、と一切の邪気なく首を傾げるのはヘンリエッタ・モリアーティ(Uroboros・f07026)。
「ねえ、次はあの子も楽しめるものがいいわ。せっかく出てきてくれたんですもの」
「では私からはダンスを。ドレスアップはあなたに任せるよ」
―――まずは、ハンドケアだ。
『女の最初に見るべきは、手である』ともいう。
成程確かに女学生の爪は、先に禄郎の銃撃を防いだ通り。
長く伸びてみっともない、と思う。
だから切り落とす。
【普都大神】。剣の神が権限したかの如く、灯理の周囲に刃が展開される。
……展開、というには速過ぎた。
既に爪は綺麗に、深爪も斯くやというほど刻まれていたのだから。
爪を整えたのなら次はメイクだ。
マリー、と声を掛ける必要もない。
既にチェーンソーを唸らせ、赤の女王が躍るようにステップを踏んでいる。
「ねえお嬢さん? お化粧、したことある? ……ううん、なくても大丈夫! きっと綺麗よぉ、」
真っ赤なメイクにお揃いの、素敵な真っ赤なドレスもつけて!
きゃらきゃらと笑いながら切り刻む都度、血のあぶくが吐き出る。
返り血はマリーすらも彩り、黒と赤の対比が徐々に変わってゆく。
「……バランスが悪いな」
そのさまを見守る灯理である。
くれないの女王の庭園に、黒い百合は必要ない。これも念動力の刃が切り落として、
「わかる? あなた、どんどん綺麗になってくわぁ。黒くなる前に刻みましょうね、いっぱい!」
悲鳴をあげることすら許さない、女王手ずからの施しが赤く赤く飛沫をあげる。
“声を上げられないのなら、せめてこの手を。”
そう言わんばかりに、短くなってしまった爪を突き出すが。
「汚い手で彼女に触れるな」
これも邪魔だ。切り落とす。
諸手を失った女学生が、文字では言い表せない悲鳴を上げる。
「耳まで汚す気か?」
うんざりした顔の灯理が片目を眇め、反して楽しげなままのマリーは最後の仕上げと言わんばかりにバックステップで距離を取った
。
「……うん、できたぁ! 灯理、灯理、見て! とっても素敵」
「ああ、流石の見立てだよ」
でもまだ、最後にひとつ。彼女に足りないものはふたりとも分かっている。
身を低く、両手のUDC『ワトソン』は鋭く。
取った距離を縮めるその勢いを使い、マリーの両腕は二重に逆袈裟斬りを浴びせる。
それと同時、切り刻まれきった女学生の首を、思念の刃が。四たび目、斬り落とす。
―――ドレスが、まだ仕立てあがっていない。
仕上げに使うのはただ一つ。
Cut off their head.
「【刑が先、判決は後】」
Yes,Your Majesty.
「お望みのままに、クイーン」
刑罰を受けたものの鮮血、それだけだ。
苦悶の表情を浮かべた少女の頭が、ごろりと転がり―――
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
狭筵・桜人
幸太郎さん?
……。
あっそういえば天堂さんのことすっかり忘れてました!
いや嘘です嘘ウソ。ちょっとだけ、ね!
私は白兵戦とか仕掛けるタイプじゃないので
保護対象の傍で何かあれば【かばう】ようにしときますね。
遮蔽物がある方が良いかなーってことで
一緒に遊具の影に隠れてましょう!
戦わないのかって、いやぁ実は思い込みの強い
ストーカー女って苦手で苦手で……。
嫌がってても彼女の目的は天堂さんでしょうし。
“目が合ったら”否応無しに止めますよ。止めるだけですが。
確約2秒。無茶して5秒が限界です。
それだけあれば足りるでしょう?
この世界ではもう一度人生をやり直せるそうですよ。
生まれ変わったら叶う恋が出来るといいですねえ。
アルモニカ・エテルニタ
△
あたくしも幸太郎様をお借りしても良いかしら?
少しばかりお芝居に付き合って下さいな
『想像』はあたくしの力の源
『脚本』の中でなら多少の無茶は通せますの
幸太郎様と結ばれるヒロインはこのあたくし
貴女は恋路を阻む恋敵
そういうお話に致しましょう
彼が愛しているのは貴女ではないわ、可哀そうなお嬢さん
だって貴女は彼に相応しくないもの
……そう、『敢えて』挑発致しましょう
あたくしを斃そうというのなら真っ向から受けて立ちます
彼を攻撃するのなら身を挺してでもお護りします
そういう役ですもの
お護りしたいのは本当よ
貴方の死を以て幕引きとする筋書きも嫌いではないのだけど
これからの貴方の物語の方がより面白そうに思えるものだから
穂結・神楽耶
△
その手で、恋する方に触れますか。
その身なりで、慕う方と並べますか。
…幸せの閾値が重ならないのに手を伸ばしても、それは不幸を招くだけ。
分かっているでしょう?
だってあなた、幸太郎様に振り向いてもらえなかったじゃないですか。
その悲嘆。憤怒。受け止めます。
【朱殷再燃】――浄化には程遠い悔悟の熱ではございますが。
当たる対象がいた方が彼女も暴れやすいでしょう?
防御重視で応対すれば囮も兼ねられますね。
還りましょう、お嬢様。
次の生ではまっとうなやり方で恋を実らせてみなさいな。
ティオレンシア・シーディア
△
やっと銃弾の届くとこに出てきたわねぇ。
…正直他人の色恋に首突っこむとか、どう転んでも火傷するんだからやりたくないんだけど。
長期戦はむこうの土俵っぽいし、短期決戦一択ねぇ。
○鎧無視攻撃の●射殺で○破魔○属性攻撃を叩き込むわぁ。
刻むルーンはイサ・ソーン・ニイド。
「氷」の「茨」による「束縛」での○援護射撃も狙うわねぇ。
血も涙も液体だもの、凍らせてしまえばただの足枷よねぇ?
気づいてないようだし教えてあげるわぁ。
手前勝手にうろつきまわって付きまとい、挙句想像と違う言動をすれば逆上する…
結局あなた、「彼に恋してる自分が好き」なだけなのよぉ?
そのまま理想という名の妄想に溺れて溺死していなさいな。
●停滞
「うわ、おっかな……」
しかもUDCを使っているのだから、自分としてはなんとも言い難い気分だ。
幸太郎と共に身を潜めていた狭筵・桜人(不実の標・f15055)が思わずこぼす。
直接の戦闘を不得手とする桜人が取ったのは保護対象の護衛である。
本業でないとは言え、それなりに血腥い場面を見てきた身ですら恐ろしく思えるのだ。
幸太郎に見せるべきでないと判断し、それとなく視線を遮るかたちに移動する。
「助かるよ。こういう事は不慣れで」
「奇遇ですねえ、私も……いや。普通は不慣れです」
抜けているのか。肝が太いのか。
「まあまあ天堂さん。あとは血の気の多い皆さんに任せておけば―――」
……安心ですよ、などということはない。
最初から分かっている。彼女の……今しがた首を落とされたばかりの狙いは。
今、桜人の向かいにいる、この青年なのだから。
映像が早戻しになるように、黒い涙を媒介として再び立ち上がるのが見える。
「嗚呼、幸太郎さん」
そこに。
ふらふらとこちらに迫る様子はまったく幽鬼そのものだ。
未だ、目は合わない。だがそれも時間の問題だろう。稼げて2秒、なんて知人の言葉が脳裏を過る。
……こちらは無茶して5秒、ってところでしょうか。
りん。
桜人の背に冷や汗を流す、怖気。それを払う、清らかな鈴の音が。
聞いたことのある、澄んだ音がする。
「―――穂結さん!」
「はい、参りましたよ」
ひとを救うべく現れたかみさまらしく、たおやかに笑ってみせるのは穂結・神楽耶(舞貴刃・f15297)。
そうして今度は守り神、すぐさまうつろな瞳の女学生へ視線を向ける。
酷く刻まれた様子は、より痛ましかった。
影朧はまた、確かにこの世界に生きた“ひと”だ。
そう思うと、じわりと胸を焼くような痛みが走る。
だが。
「その手で、恋する方に触れますか」
毅然とした声が、血に汚れた手を示す。
「その身形で、慕う方と並べますか」
凛とした居住まいが、彼女と対照的に。
幸福の形は人それぞれ。
言うは易い。理解も容易だ。だが、心からそれと納得できるか。
少なくとも、少女にはできなかった。
重ならなかったのだ。最初から最後まで、“閾値”は。
「……足りないといって、求めたから。分かっているでしょう」
だってあなた、幸太郎様に振り向いてもらえなかったじゃないですか。
正論が歪んだ恋慕を傷めつける。悲哀と痛苦を表にしていた少女が次にあらわにしたのは、
そして漸く口にしたのは。
「うるさい、うるさいうるさい! 黙ってよ!」
嘆きと、怒りだ。
それで良い
ひとの怒りを、たとえ理不尽ないきさつであれ、受け止めること。
それも自らの仕事とする。
―――燃え盛れ、我が悔悟。
【朱殷再燃】、この炎は再び燃え盛る苦しみの再現。
浄化には不相応と、そう感じながらも。
痛みに流れる涙でも、なお消えぬほむらが黒く咲く百合を焼く。
「炎を囮といたします。あちらへ」
暫くは持つ。……否、持たせてみせる。
炎熱が、ひかりが、ふたりの影を作る。
黒百合の少女はその爪を炙らせながら、飛び交う炎を斬り裂き進む。
眼前の神楽耶へと、新たに伸びた爪を振り抜き、
「やっと出てきたわねぇ」
肉を裂く音の代わりに響くのは、鋭い銃声と幼げな声。アンバランスな取り合わせだ。
ぎ、ぎ、と、音がしそうな軋み方で、その身が瞬時に凍てつく。
……身を焼く、炎だったはずだ。涙で覆われた身体は今、黒い氷と化していた。
『IS-TH-NIED』。氷・茨・束縛。遅延のルーンの3人衆を刻んだ弾丸。
そんな変わり種の射手など、数多の猟兵のうち幾らいるやら。
黒曜の名を冠した拳銃。構える女。ティオレンシア・シーディア(イエロー・パロット・f04145)。
ふう、とため息を漏らす。
「真面目なのねぇ……」
「身勝手極まりないとは思いますけれどね」
神楽耶の炎が作り出す、色濃い影の中に潜んでいたティオレンシア。
無論、少女のかたちをした神が影朧を諭すのも聞いていた。
苦笑する神楽耶に対して、あくまでも“笑むような”顔を崩さない。
「色恋沙汰なんか首を突っ込むものじゃないわよぉ」
「こればっかりは成り行きですから」
「ま、それもそうねぇ」
リボルバーの撃鉄がガチンと音を立てる。凍ったのなら、次は砕くのみ。
彼女の射線上に立ち、逃れられるものはいない。
coup de grace
【 射 殺 】、あまりに単純で、純粋な暴力。
撃ち抜かれた少女が、身体から砕け散る。
「いいこと教えてあげるわねぇ」
零度の枷を嵌められた少女の顔が歪む。凍りついているはずのそれが。
聞きたくない。もう傷つきたくない。
そんな瞳に構わず、柔らかな声が残酷に真実を告げてゆく。
身勝手に理想を押しつけ、叶わなければ逆上し、命を落としてもなお執着を止めない。
「結局あなた、「彼に恋してる自分が好き」なだけなのよぉ?」
身勝手ならそのまま、幻想に溺れて死になさいな。
「……って、もう聞こえてないかしらねぇ?」
首を傾げれば、豊かに編まれた三つ編みが揺れる。
女の前にはぼろぼろと砕けた氷の山があり―――
●再演
「やっぱりおっかないですねえ……」
移動先の遊具からも桜人は観察を欠かさず、容赦なく叩き込まれる魔術の弾丸を見ていた。
それもやはり、幸太郎をかばうようにして。……彼は、普通の人間だから。
気遣いを察してか、幸太郎もまた不用意に周囲を眺めるようなことはしなかった。
さて。首が転げ落ちても再生したが、氷になってもきっと同じだろう。
実際に山を為していた氷塊はいつの間にか溶け、既に別の場所へ移動している。
眼窩のUDCが大凡の居場所は掴んでいるが……
傷つけば傷つくほどその力を増す相手だ。物量、ないし火力で押し切れるか。
それとも、あるいは。
……この世界では、もう一度人生をやり直せるという。
短いながら、先程神楽耶と交わした言葉を反芻する。
―――次の生では、まっとうなやり方で。
―――ええ、叶う恋が出来るといいですねえ。
「ねえ、悲恋とかお好きな質ですか?」
影に向かって独り言、ではない。
そこだけあの海が残っているような、夜より暗い黒。
名乗る名は、アルモニカ・エテルニタ(Colchicum・f22504)。
異形とて美しいと思わせる女の形だ。
「題材は選り好みしませんの」
「プロですねえ」
とても真似できない、と言うようにかぶりを振る。
「ええ。ですから、助演がアマチュアでも問題ありませんわ」
「「へ?」」
目を丸くしたのは少年だけでなく、青年。幸太郎であった。
アルモニカが笑いかけ、恭しいほどの仕草でしなやかな腕を絡めるものだから。
「どうかひと幕、お付き合いくださいませ」
●筋書
「―――幸太郎様」
再び蘇った少女の前に、あえて姿を現した。
そして、見せつけるように。幸太郎に寄り添ってみせる。
可憐なヒロインのようであった。
……よう、という形容は正しくない。
アルモニカの“筋書”において、彼女こそが正しいヒロインなのだ。
Delphinium
陽の光を要さぬ花、【傲慢な脚本家】。
真っ黒な百合より鮮やかな青に咲く、その花の名を持つユーベルコード。
アルモニカと幸太郎、愛し合うふたりを引き裂く恋敵がこの影朧。
そういう“台本”だ。
「嗚呼、可哀そうなお嬢さん。彼が愛しているのは貴女ではないのに」
恐ろしい嫉妬の権化、優雅に振る舞うのは愛されている自信、そうした脚本がゆえ。
「あなた誰よ、どうしてそこにいるの……!」
「まあ、おかしなことを聞くのね」
彼は。幸太郎様は、あたくしを愛しているからに決まっていてよ。
嘲笑すら冷たい美貌を見せるのだ。
「嘘、嘘、嘘ッ! どいて!」
猛然。という言葉を形にしたらこうなるだろうか。
少女が狙ったのは―――ブラックタールの女だった。
迫りくる爪の刃に、彼女もまた己の使い慣れた得物を揮う。
好都合だ。傷は覚悟の上。爪は恐らく肌を裂くだろう。ともすれば不定形の肉体も、命も。
……女は、殺人鬼だ。
戦の場もまた、散るに相応しい舞台だと考えていた。
水を纏ったようなドレスを翻す。合う化粧品の少ない肌も、空に揺蕩わせて。
女学生のほうはといえば、滅茶苦茶な素人の暴れ方だ。
それでも影朧。速く、アルモニカを捉える……その、寸前。
自動拳銃の乾いた音が響く。
殺人鬼はそちらを見ない。素人である彼女は、目を奪われる。
目を、合わせてしまう。
自らのそれよりずっと虚ろな、桜人の瞳を、見てしまう。
2秒とは、永遠である。これもまた、少年の知人の言であった。
体内に巣食うUDCが、その眼窩から世界を覗き見る。呪いを放つ……少女の動きを止める!
空砲を鳴らした手はそのまま。彼の瞳に苦しみそのものが満ちてゆく。
あと少し、
黒い裾のたなびくままに、少女の胸へ銀の刃が吸い込まれるまで、あと少し。
……そしてその爪で何物も傷つけないまま、血まみれの身体がゆっくりと頽れる。
これにて、三度目の終演。
マチネとソワレだけでは、終わってくれない。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
織江・綴子
買い物した荷物を持ったまま戦う訳にもいかず預けていたら遅れました!
まだ影朧は残っていますか!いますね!
よし、ベストタイミングです!
私が期待していたのはラブロマンスでしたが、これはなんというかホラーですね……
必死になるのは良いのですが、まずは己の姿を顧みてはいかがでしょう。
貴女の今の感情がどのような物かは存じませんが、そのような形相で求める事なんですか?
などと言ってみましたが、身綺麗になろうとも貴女はもう終わった存在です。覚悟はいいですか。
行きますよ、クレムツさん。
命令は『敵ヲ穿て』です。
私は私で回避行動をしますので、よろしくお願いします。
貴女にも桜に導かれた"次"があればいいですね。
ヨシュカ・グナイゼナウ
殺してしまえば自分だけのものになる、という理屈は理解できます
たったひとつ彼の人が持っているものを奪って仕舞えばもう誰のものにもならない
でも、わたしは大切な人には永く生きていて欲しいと思うのだけど
貴女にだっていたんじゃないかな。貴女が死んで悲しんでいる人が
生きていて欲しかったって思ってる人が
馬鹿だなあ
【地形の利用】動く遊具達に紛れて【忍び足】で接近。
これだけ動く物が多ければそちらに気も取られましょう
その長い爪は【見切り】避けて【武器落とし】
同情は致しません。それは侮蔑になると教わりましたから
傷など残らない様に、一刀のもと【早業】で
その心の臓を【串刺し】に
その痛みも、涙も、全部ここへ置いて逝け
鳴宮・匡
可能ならば、遊具を利用して上から見下ろす形で位置を取る
最初は観察に徹するよ
叫びの及ぶ範囲、予備動作
喉以外に関与していそうな部位まで把握出来たら攻勢へ
叫びの射程外から、まず狙撃で喉を潰す
他にも潰す必要がある場所があればそちらも合わせて狙撃
地上へ降りるのは、それが済んでから
後はいつも通り、殺すだけでいい
泣けなくても、叫べなくても
その顔に張り付いた表情が、その胸の裡を伝えてくる
――ああ、あいつもこんな顔をしてたのかな
想いに気付かれもしないまま見捨てられて死んだ
“かわいそう”に思えなかった誰かも
今だって、“かわいそう”なんて思えない
この胸の裡には、何もないのに
……これは、本当に救いになるんだろうか
●宵闇
陽の落ちる帝都に明かりが灯ってゆく。
屋上からは、その様子がよく見える。……相反してここは、闇に満ちている。
舞台裏のように薄暗く、悲劇が如く沈んだ空気の中。
駆け抜ける少女は、桜のオーデコロンの香りを連れていた。
闇を拭い去る春一番―――織江・綴子(夕影ディテクター・f22455)!
実態は、期待していたようなラブロマンスでは無かった。
またしても起き上がる影朧の感情を、綴子は知らない。
ただこれまでに見てきたありとあらゆるマイナスの感情を、ああもあらわにしてまで何を求めるというのだろう。
再生したて故か、気力も尽きつつあるのか。
袴姿の女学生は、のろのろとした動きで顔を覆う。泣き叫ぶか―――いや。
その喉を、貫く弾丸があった。
……好機到来。
「―――行きますよ、クレムツさん!」
形振りを省みたところで、身綺麗になりはしない。
よしんば何らかの奇跡が起きたとする。だとしても、もう終わっているのだ。
それを鎮めるのが、サクラミラージュの學徒兵の務め。なればこそ。
手帳へと筆が走るは夕風が如く。
『敵ヲ穿テ』と命ぜられれば、暮れ六つの悪魔が動き出す!
それは黄昏時の影踏み鬼、【穿影ダスクステップ】。暗中なれば悪魔の領域。
闇から、影から、様々な暗さから。生まれてゆく棘が次々に影朧を穿ち、引き裂く。
その棘はひとりの猟兵を器用に避けて……あるいはその猟兵が避けているのか。
ともかく、少年は無傷であった。
いっそ棘まで身隠しに使ってみせるのはヨシュカ・グナイゼナウ(一つ星・f10678)。
その手には、刃渡り一尺の短刀。
声もなく狂乱する少女の、その黒く染まり切った爪を見切って。
勢いを殺さぬまま前へ踏み出る。
もう片手が襲い来るだろうが、ヨシュカには分かっていた。
立て続けに爪が爆ぜ、その次は手が丸ごと潰れる。
ほんのひととき見ただけであっても、その銃弾を―――鳴宮・匡(凪の海・f01612)を、疑いはしない。
何処かは分からないが、確かにいると。
そしてその証左のように、ヨシュカの背後には。
ライフルから自動拳銃へ持ち替えた彼の姿があった。
銃口はヨシュカへ向けられるようなかたちになるが、無論狙いは彼ではない。外しもするまい。
影朧の背後より射程圏内へ、キルゾーンに入れば流れるように弾丸を撃ち込んでゆく。
直前まで何をしていようが、どの銃を使おうが、全くブレがない。
……先程までは、スコープ越しに。今は直接、影朧の面差しを“視る”。
胸の裡は伝わってきた。
理解は、できなかった。
どうあっても匡には“かわいそう”だと思えず―――
この光景は、この状況は、この感覚は、記録として心に焼き付いた誰かを思い起こさせた。
記録なのだ。思い出などと呼べるものではない。ただの“過去にあったこと”でしかない。
ひとびとの多くは、きっとこの先に救いがあるという。
未だ確信には至れない。
―――自らを、ひとでなしと思ってしまうが故に。
この手で撃ち殺すものは、救われるのだろうかと。
●慈悲
機械人形の彼は、銃弾と共に駆けている。
ひとつ、誰でも持ち得るもの。
命ひとつを奪ってしまえば、もう誰のものにもならない。
幼いながら聡明なヨシュカには、その重苦しい思想を解するだけの智慧があった。
けれど、大切なひとには、生きていてほしいと思うのだ。
きっと、彼女にだって。
影朧となってしまう前に、もしかしたら今も、その身を案じる者がいただろうに。
生きていてほしかったと願うひとが。
あんな姿になっても、きっと分かっていない。
―――馬鹿だなあ。
憐れまない。“かわいそう”だとは、思うまい。
それは侮辱になると、教わったから。
よく斬れ、強く、しなやかに折れぬ、永海の手による『覚悟』の刀。
銘を『開闢』。
次の輪廻を切り開く一刀に相応しい、その刃に乗せるのは【一握】の慈悲。
心の臓だけを穿つ、いつくしみを備えた剣。
「その痛みも、涙も、」
わずかばかりに口を開く。
それは手向けの花のような、ささやかなことばだ。
「―――全部、ここへ置いて逝け」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リア・ファル
○
POW
周辺の物品やヌァザで血爪を捌き、
受け流しつつ尋ね続ける
(武器受け、情報収集、時間稼ぎ、地形の利用、鼓舞、優しさ)
今でも彼を好きかい?
キミに見える哀しみは、すれ違っていた事実を受け止めているかい?
それとも……今でも、恋の盲目を患っているのかな
でも、終わらせなきゃならない。一度終われば
新しい恋を始める事も出来るのだから
間違いだらけの恋だったとしても、
その情念だけはキミの中の真実だろうから
その重みは持っていくと良い
UC【銀閃・概念分解】を起動、概念を執着心に設定
演算把握した隙に合わせて、一撃を放つ
(カウンター、部位破壊、鎧無視攻撃)
きっとこの一撃は、恋心を残し、その未練、執着を壊す
またね
●導き
影朧の胸に刃が通り、静かな死を迎える。
斃れるか。斃れない、まだ。
荒ぶる魂が鎮まるには、決定的に足りないことが残っている。
……リア・ファル(三界の魔術師/トライオーシャン・ナビゲーター・f04685)は、水先案内人だ。
そこが涙の海の底であろうと、哀しみの奔流のさなかであろうと、導くべきものがいるのなら。
ゆら、ゆら、と、不規則に振るわれる血の爪を受け止めるのは多元干渉デバイス『ヌァザ』。
魔剣が一撃を凌ぎ、ふわりと飛び上がって追撃を避ける。
その魔剣は未だ揮われず、彼女を斬り裂きはしない。
リアはただ問い続けているのだ。
迷う女学生の行きたい場所を。案内すべき場所を聞いてやるように。
『今でも、彼を好きかい?』
『キミに見える哀しみは、すれ違っていた事実を受け止めているかい?』
迷子の子どもに語り掛けるような、優しい優しい声。
『分からない』。
呟く影朧は、しかしその凶器を揮い続ける。敵意は今や曖昧でも、偏執的なまでに。
……或いは、未だ盲目であるのやもしれぬ。
いずれにしても、彼女の恋は実らなかった。
始まったのなら、終わらなければいけない。
ましてそれが、間違いだらけの恋心ならば。
ヌァザ。治癒と水の神。かの持つ剣はまたの名を、銀の腕。
白銀に輝く魔剣にて、見えぬものを断ち切る。
今がその時と揮われるそれは、“彼女を斬り裂きはしない”。
Existance-Removwer
【銀閃・概念分解】、起動。演算完了。対象を固定。
ある概念のみを破壊するそのユーベルコードにて、打ち壊すは“執着心”。
影朧が血爪でリアを斬り上げる、その直前。
振りぬかれたしろがねの残光が、夜にひびを入れる。
一度、終われば良い。終わりとは暗闇を示すことばではない。
―――新しい恋を始める事も出来るのだから。
故にリアは身に傷を刻まず、未練だけを斬ったのだ。その恋心だけは、きっと真実だったから。
「またね」
微笑む少女を見遣る、血に汚れ曇った影朧のまなこ。
そこからは、確かにひとつの濁りが消え失せていた。
大成功
🔵🔵🔵
納・正純
【箙刀】
方針
地に足付けて二人真っ直ぐに往く
俺の役目は敵の弱体化
体の痛みで力を増すのなら、たッた一刀で断ち斬ってやろう
心の痛みで永らえるのなら、その記憶すら終わらせてやるぜ
UCを放ちながら灰二に追従して前に出る
俺が狙い撃つのは敵の哀れな記憶の群れ。敵の力の源になる、未練、譫妄、逆恨みの三つだけだ
辛い記憶にしがみ付くのは癖になるから止めとけよ。止められないなら、忘れさせてやる
「灰二、今日のお前は俺の刀だ。俺の放つ弾と共に前へ出ろ。奴の全てを討ち倒せ」
「応、任せた。一切合切斬ッてこい」
「お前の思い、肯定はしないが斬り捨てもしない。お前を終わらせるのは、ただの刃と銃弾だ。次の恋も、また笑って始めろよ」
鸙野・灰二
【箙刀】
方針
正純と共に真正面から敵へ向かう
体の痛みで力を増すのなら、痛みを感じるより速く終わらせて遣る
心の痛みで永らえるのなら、痛いと感じた記憶ごと忘れさせて遣る
俺が先行して前に出る
向かッて来る攻撃も俺が全て引き受けよう
爪は軌道を見切り体で受け、避けるより前進を優先
前の全てを討ち倒し弱体化した敵を斬り伏せる
今日の主に報いようじゃないか
「承知。お前の望む儘、全て討ち倒す」
「さて正純よ。揮う刃の切れ味が如何程か、しかと見ていて呉れ」
「ひとならざる身となって尚、ひとらしい事だ。次もまた人として生まれると良い」
ヴィクティム・ウィンターミュート
△
色恋は俺には分からんよ
気持ちも理解してやれない…だが
お前は、間違っている
その間違いを自覚させる、させるしかない
せめて次の未来で…正しく生きられるように
幸太郎はな、お前に歩み寄ろうとした
だけどお前は、幸太郎に歩み寄ろうとしなかった
一方的で、相手の幸福を考えないで、自分のことだけを優先した
相手を理解しようと、尊重しようとない恋なんて
実ったところで、いつか腐り落ちるんだよ
反省しろ、そして…来世で、上手くやれ
お前には誰にも傷付けさせないからさ…
セット、『Mercy Hand』
構成情報にアクセス──
そんな悲しい叫びは、もうさせねえ
乙女がそんな声を上げちゃ、ダメだろ?
未来への慈悲の手は、お前に伸びてるぜ
●禅眼
―――幾たび、終わったことだろう。
影朧の裡に渦巻く感情は、“何か”と定義できるものではなくなっていた。
燃え盛る忿怒があった。凍りつく哀哭があった。
焦げ付く嫉妬があった。身を切る苦痛があった。
どれもが綯い交ぜになった末、血に塗れた顔は空虚だ。
傷つき、疲れ果て、それでも彼女は立ち上がる。何故か。
答えはシンプルだ。
まだ、そうする理由が残っているから。
“彼ら”の足取りとは真反対に、往くあてのない感情が足踏みを続けているから。
納・正純(インサイト・f01867)。
鸙野・灰二(宿り我身・f15821)。
ふたりの男は只管真っ直ぐに往く。
あの女学生にとって、そしてこの事件にとっての最善。
それは彼らの間では、始まったときから決まっていた。
『体の痛みで力を増すのなら、たッた一刀で』
『心の痛みで永らえるのなら、その記憶すら』
……その銃の装填数は、たったの三発のみ。
正純が撃ち抜かんとするものも、三つだけ。
―――三発限りの一発勝負。負ける気はしない。
納・正純は、最後に立って笑っている男である。
『体の痛みで力を増すのなら、痛みを感じるより速く』
『心の痛みで永らえるのなら、痛いと感じた記憶ごと』
……その剣が絶つのは、揮い手の意志に従い変わる。
灰二が此度揮われ、刀として斬るのはひとの想いだ。
前へ出ろ。全てを、討ち倒せ。
お前の望む儘、全て討ち倒す。
衣装も初動もオーダー通り、鸙野・灰二が大きく踏み込み走り出す。
同時に銃声が三回。正純の放った弾丸である。
飛ぶ弾を追い越さんばかりに駆ける灰二の姿は差乍ら雨を伴う嵐だ。
距離を詰めれば、その脅威を切り払おうと血濡れの爪が振るわれる。
燻銀の嵐は止まらぬ。受ける動作すら惜しいと、そう述べるように。
―――全て織込み済みであった。固より傷つくことには慣れている。
血爪が灰二の肌に食らいつき、肉を裂く、
……かのように思われた。
刻む爪痕は九重に。引き裂く為のそれは、傷を塞いでゆく。
人魚たちとの戦いで傷ついた人の身をちらと見て、それがユーベルコードの影響と気づくのに時間はいらない。
……構成情報にアクセス。
慈悲の手
【 > SET : 【Rewrite Code 『Mercy Hand』】 】
ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)。その左腕が輝きを放つ。
夜空に見つける恒星。闇の中に見出す出口。灯火、標の火。
害なすものを癒しの力へ変換する、書き換えの力だ。
……彼は、まだほんの少年である。
大凡“ふつう”と呼べるものとはかけ離れた人生を送っていた。そうせざるを得なかった。
ほんの少しだけ運命の歯車のサイズが違っていたなら、あの心を分かってやれたかもしれない。
かけら程度でも理解してやれた、かもしれない。
その気持ちに寄り添うことはできない。だが、教えてやれることはある。
「お前は、間違ってる」
片方だけが歩み寄るような関係は、たとえそれが恋でなくとも成立しない。
どちらかだけの幸福を優先する恋は―――これだけは、ヴィクティムにも分かる。
実ったところで腐り落ちるだけなのだと。
【 > Activate. 】
「反省しろ。……次の未来で、正しく生きられるように」
だからこれ以上、罪を重ねさせはしない。誰も傷つけさせない。
文字通りの慈悲深き手である。その爪を見つめる少女は明らかに狼狽していた。
困惑し、それに耐えきれず、震える両手は血まみれのかんばせを覆う。
叫び出す、その小さな唇からは何も生まれない。
―――乙女がそんな声を上げちゃ、ダメだろ?
「……なあ、正純?」
「ああヴィクティム、全く同意見だぜ」
正純が放った弾丸。それは影朧自身が気づきもしないうちに、彼女の胸を射貫いていた。
「辛い記憶にしがみ付くのはな、癖になるんだよ」
止められないなら、忘れさせてやる。
未練、譫妄、逆恨み。
その三つを見事撃ち抜き、砕いてみせたのだ。
慟哭の材料を全て失った少女の顔は、急速に凪ぎ始める。
それまでの感情が、……嘘のように。
「行けよ灰二、一切合切―――斬ッてこい」
「応、承知した」
肯定はしないが斬り“捨て”もしない。
終わらせるのは、ただの刃と銃弾だと。
牙を見せて笑う正純へ、僅か口角を上げるのみ。
揮う刃の切れ味が如何程か、見ていて呉れと。
己が身は刃、すべてを太刀斬る剣の名は『鸙野』。
横薙ぎ一文字、数瞬遅れて差し込まれる『雷花』。
―――【刃我・刀絶】。
二重の閃きは何よりも速く、総てを絶つ。
掛け違えた想いも、絡まり続けた糸も、少女の痛みも苦しみも。
ひとならざる身となって尚、ひとらしい事だと、思う。
次もまた、人として生まれると良いとも。
次の生へ、未来へと誘う手は傍らにある。
次の恋を、笑って始めるように願う者も。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
寧宮・澪
△
さてさて、厄介そうな方ですねー……傷も、思考もー。
「貴方の幸太郎さん」は最初から、いなかったんですよー……?
一方的な思い込みは、貴方も、周りも、幸せにはしないでしょね……。
それ故に、今の姿なんでしょうが……。
哀れ、悲しい、滑稽……まあ、どれでもいいでしょね。
さて、引き続き歌わせてもらいますねー……【揺り籠の謳】。
貴方が負った傷が癒えたらいいですねー……ゆっくりと眠りましょねー。
一方的に傷ついたにしろ、傷は傷……癒やして、安らかに眠れますよにー……。
そう、今は、終わりを迎えるために、眠りましょねー……。
桜が導いてくれる、次の生が、いい夢のようであるようにー……。
ゆっくり、おやすみなさいー……。
早晩山・スミ花
△
地面に降りて、彼女を見る。
問われたら応えるのがわたしの生業で、
その答えを書き出すのがおれの仕事だ。
どこにもいないよ。
きみの逢いたかった彼が、ほんとうはどこにも居なかったように。
逢いたいと思っていたきみは、もうこの世界のどこにも居ない。
問い。
“彼”のどこが好きだった。
“彼”に何を伝えたかった。
“彼”とどう過ごしたかった。
――それを正しく思い出すことはできる?
生前を美化することはできないけれど、
それでも幾許かの真実はあったはずじゃあないのか。
悲嘆と怨恨と執着に塗り固められたその顔は、現実だけれど真実じゃない。
影と消えるか、もう一度廻るか、どちらを選ぶのもきみの好き好きだ。
おれは、その意志を推す。
●歌声
……歌が、聴こえている。
暗い海の中に閉じこもっていたときにも、微かに聴こえていた声。
例えば、冬の朝の空気みたいな。磨いたばかりの硝子窓みたいな。
澄み切り、透き通り、心のさざなみさえをも凪がせるような歌だ。
夜空にて、彼女は子守唄を歌い続けていた。
そうと小瓶を傾ける、白く細い指がある。寧宮・澪(澪標・f04690)の紡ぐ旋律と共に、夜空色の蜜がぽたりと落ちる。
影朧の瞳は、もう黒い涙を流さない。
その感情の行き場を失くし、正体さえ分からなくなって、呆然と立ち尽くしていた。
零れぬ涙の、その代わりの黒い雫だ。
“あなたの幸太郎さん”は、最初からいなかった。
影朧の情念をほどいてゆく音、その声は、普段の彼女のそれとは異なるものだ。
微睡む瞳に映る澪は、天の遣いにも見えただろうか。
あたたかな眠りが近づくにつれ、傷が癒えてゆく。
星空のインクにも似た雫。
その降る空の下、ひとり静かに歩み寄るものがいる。
桜の精―――早晩山・スミ花(灰神楽・f22476)にもまた、何処だと問う少女に応える意志があった。
彼女が逢いたいと願った理想の彼は、ほんとうはどこにも居なかった。
そして影朧となった彼女もまた既に、この世界のどこにも居ないのだ。
「“彼”のどこが好きだった」
美しい声の響く中、静かな問いかけが重なる。
「“彼”に何を伝えたかった」
携えた書物から、スミ花の想いが舞い出でる。
「“彼”とどう過ごしたかった」
散る桜や、紙の焼けて灰となったもののよう。
――それを正しく思い出すことはできる?
座り込む影朧の前へ、何の警戒もせずしゃがみ込む。
うと、うと、と、今にも眠りにつこうとするさまは、何処にでもいる女学生と同じだ。
悲嘆、怨恨、執着。影朧の抱くものは確かに現実だった。
だが、“真実”ではないと、スミ花は思う。
幾許かの真実はあったのだ。例えそれが凶器になり得るほどの激情を伴っていても。
澪の歌声はまだやまない。
終わりを迎えるための、次への眠りが始まるまで。
夜風に髪と白い花を揺らがせながら、やさしい歌が続いてゆく。
「君は、どうなりたい」
影と消えるも、もう一度廻るも、きみの好き好きだ。
……歌が、聴こえている。子守唄が。
「―――……」
影朧の選んだ答えに頷きをひとつ。
「そう。……おれは、その意志を推す」
スミ花の答えと、澪の歌声。
どちらにも安心したように瞳を閉ざし、ゆっくりと息をついた。
灰にも桜にも見える、冷たくはない吹雪にその身体を包ませる。
やがて影に朧と、夜風に消えてもなお、歌はやまないでいた。
ふたりが彼女を見送った先には、この世界を形作る花が見える。
―――桜が導いてくれる、次の生が、いい夢のようであるように。
その想いを受け止めるかの如く、見事に咲き誇る幻朧桜があった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
リダン・ムグルエギ
どんな感情かはさておき
背広で着飾った幸太郎が彼女のツボにハマらない訳がないわ
そして精神的な傷を受けた隙を…他の方々が逃すわけないもの
アタシは手を出さず
二人のやりとりや戦闘を眺めるわ
その道が不得手なら『他の人に任せればいい』
文字通りお飾りの…現場で働き、店と商品の『広告塔』たる社長になる道もある
アナタみたいなモボなら『デパートで働く事』という既製品すらブランド化出来るわ
けどその道は…貴方という『私人』を殺す獣道
今後も貴方の虚像を見て勘違いする者を生むわ
それでも選ぶ?
普通の社長道の話はCEOさんや次期社長さんに任せて
名刺を渡し去るわ
人となりも店も知れた
彼がどんな道を選んでも…
後で注文があれば成功よ
●依頼
影朧の魂は鎮められ、幻朧桜へと還ってゆき、そこで未来を待つ。
その通説通り、女学生の影朧は桜へ向かっていった。
天堂百貨店の悲劇は見事防がれたというわけだ。
この後の顛末について語るべきことがひとつある。
彼女自身は直接前線に立つことこそなかったが、生み出した作品―――幸太郎への“お代”であるところの背広は、戦場で機能していた。
リダン・ムグルエギ(宇宙山羊のデザイナー・f03694)、そのひと。
理性を失った影朧が狙っていたのは猟兵ではなく幸太郎だ。
幸太郎を手にかけるチャンスは多々あった。
勿論猟兵たちの力であれば未然に防げただろうが、不思議なことに本人に凶刃が向けられることはなかったのだ。
何故か。
幸太郎を見るたびに、精神をじわじわと蝕まれていたからだ。
これは製作時点で仕込まれた文様と、
モデル本人の好みを取り入れながらのリダンの見立てに拠るものだった。
正しく影の立役者だったと言えよう。
―――その道が不得手なら『他の人に任せればいい』。
全てが終わったのち、リダンが幸太郎にかけた言葉だ。
専門家ではない以上、文字通りの“現場のお飾り”にしかなれないが、
それでも店と商品の『広告塔』として社長になる道もある。
『デパートで働く事』それ自体をブランド化出来る。
いくつもの道を提示し、その上で彼女はこう続けた。
「けどその道は……貴方という『私人』を殺す獣道よ」
彼の虚像はまたどこかの誰かに、何らかの誤解を与えるだろう。
天堂・幸太郎といういち個人がどうありたいか。
どうすれば既製品でない、オリジナルとして生きていけるかだ。
その答えは、幸太郎の口から出ることは無かった。
きっと考えもしなかったのだろう。
我道を生きてきた者としてのリダンの助言は、彼に何かを与えるには充分であった。
「どれを選ぶかはもちろん貴方次第よ」
よく考えなさいな、と言い、最後に名刺を渡すのであった。
……商売人としての側面もまた、教示したのかもしれない。
目を丸くした幸太郎を残して、宇宙山羊の女は去ってゆく。
その背を呆然と見送り……幸太郎は、ほんの少しだけ笑う。
……“キマヰラな未来”と言ったっけか、彼女。
彼がやりたいと思うこと。選びたいと思う未来。
傍にあって幸せであれるものを、今一度考えるときが来たのだ。
●一件の電報
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拝啓
リダン・ムグルエギ様
紅葉に桜舞う候、貴殿におかれましてはますますご清栄のこととお慶び申し上げます
先日は弊社への迅速なご納品、誠にありがとうございました。
次回の限定商品につきまして、ご意見を賜りたく―――
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大成功
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