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空蝉

#サクラミラージュ

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#サクラミラージュ


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 女だから、春がひさげた。
 彼らはわたしをこぞって求めた。
 父も母も物心ついた頃には居なかったわたしと弟は、この街の人々に育ててもらった。皆、貧しくその日暮らしであったのに、幼い子供二人は飢え死にせずに大人になれた。
 春を渡すのは、その代償。
 わたしは女だから春がひさげる。無力で無芸な小娘が、弟と共に生きられる。有り難い話なのだぞと、彼らは口々にわたしに教えた。
 春がひさげること、それだけがわたしの価値だとの教え。確かにその通り、筋が通ってる。

 ――3年前、人夫として働いていた14歳の弟を或る芸能の監督様が目に留めた。
 是非銀幕スタアにと、求められた。
 しばらくは下積みが続くが、挫けず拗ねずに芸を磨けば必ずや銀幕のスタアとなれる。そう熱弁ふるい、わたしたちの生き方では絶対に手にできぬ額の契約金を口にした。
 然れど弟は断る、わたしとの縁切りを条件とされたから。
 次の日、
 監督の使いの人が、わたしひとりの前に現れた。
『これだけあれば、数年は生活に困らないでしょう、そうして身を綺麗にすれば嫁の行き手もあるでしょう。なんなら紹介したって構わァない』
 わたしは風呂敷包みのお金を受け取って、その足で街から姿を消した。
 数ヶ月後、
 弟がある地方芝居の端役に名を連ねたのをこっそり見かけて、とてもとても嬉しかった……。

 姉さんはね、嬉しかったのよ?
 なのにどうして、茂ちゃん。
 どうしてあなたはわたしの目の前に現れたの?
 どうして、どうして、どうして……?


『――若き星墜つ! 銀幕スタア青前茂、凶刃に斃れる!』
『深夜零時▼分、浅草●×にて、若年の男性の刺殺死体が発見される。
 遺体には上着の乱れがあり、悪漢と争った痕跡あり』

 古めかしいフォントの見出しが躍る号外タブロイド紙を手にした稿・綴子(奇譚蒐集・f13141)の面持ちは、宝物を見せびらかすが如く自慢げだ。
「入り口と出口は出来ておる。即ち――」
 入り口は、青前キヨという女に接触し、影朧と化した駆け出しスタアであり弟でもある青前茂(シゲル)をどこに隠したかを聞き出す。
 出口は、影朧の討伐。
「……とまぁ、今までのオブビリオンであればそれだけの話であるが、いやいやこの世界には結構に救いがあってよぉ」
 綴子は芝居がかった所作で人差し指を立てると、月色に瞳をにんまりと欠けさせる。
 芝居であればこれぞ盛り上がりとの物言いだが、実際この場(グリモアベース)はパンフレットを繰り劇を愉しむあれやこれやに手を伸ばす刻。
「このサクラミュージアムの影朧は、魂より荒ぶりを取り去ってやれば、年中咲き誇る幻朧桜の癒やしを得て『転生』することができるのである」
 影朧は、傷つき虐げられた者逹の過去を軸にした不安定さを孕むが故に、猟兵らの『情』が忍び込める余地がある。
 勿論、通り一遍の慰めで収まるような単純な心でもないわけだが。
「さぁさぁ、入り口と出口の間に色々と詰め込みたくなったであろう?」
 どのような事情で誰の手で茂が死に到り、
 キヨは果たしてどのような腹づもりでもって匿うのか?
 姉弟の関係は好か悪か? ……などなど。
 かき集めるだけ、茂と対峙した時にかける言葉も蓄積できて、彼の心を開くことが叶うだろう。
 かき集めるだけ、人という脆く身勝手で醜く必死な存在の『心』が生み出す悲劇を回避することが、叶うだろう。
「キヨは、影朧を匿っておる。そりゃあそばに置きたくてであろうよ」
 猟兵たちは、綺麗事で飾ろうがキヨから影朧を取り上げるのだ。
 この女が殺したか別に殺されたか、それすらわからぬが、ただ彼女は弟をそばに置きたいと望み匿っている。離別への拒絶は察して余りある。

「キヨ嬢は、都内は新宿のカフェで3年前から女給をしておる。
 事件が起こるまでは無遅刻無欠勤の真面目な仕事ぶり。美しい顔をしており恋心を寄せる客も袖にしていたそうである」
 事件が発覚した次の日キヨは初めての無断欠勤をした。
 次の日に謝罪と共に出勤したため、これまでの勤務態度の良さもあり不問とされた。
「キヨは勤め先のそばのアパートメントに暮らしていたらしいが、最近は勤務後は新宿駅で見られることが多い。まぁ何処ぞ匿っておる所に通っておるのが明白である」
 猟兵達が話を聞けるのは、キヨ本人、キヨと1番長く勤める女給で友人の川田幸子、言い寄っていた常連客の敷島三郎は高等遊民。あとはカフェーのマスターだ。
 あとは、茂が所属していた芸能プロも判明している。スタアを殺されてんやわんやな中、接触する際に些かの工夫は求められるが、別での実りある情報が得られるやもしれぬ。
 さて、と綴子はタブロイド紙を手のひらあわせて綴じた。ぷんと漂うインクの臭いは近しく愛しき香りにくんっと鼻が自然揺れる。
「諸君、覗き見しどころかほじくり返して、青前姉弟の人生にたっぷりと踏み込ん来てくれ給え!」
 嗚呼羨ましやと、悪趣味下世話な奇譚集めが生きがいの原稿用紙の化身は宣うのである。


一縷野望
 大正浪漫! 情念の世界へようこそ!
 1章目は、カフェーでの聞き込みか芸能プロへ飛んでの情報収集となります。後者の難易度は高めです。
(提示されている対象全てに当たらなくてもシナリオは進みます)
 ・集中して一人に色々なことを聞く。
 ・ある物事や人物について複数の人間に聞く。
 いずれにしても、質問内容が具体的であったり色々想像を巡らせて問いかけた方がよい情報が聞けます。
 提示した以外にも有効と思う行動を提案し試して頂くのはOKです!
 1章目で得られた情報・特定人物との関係が2章目以降の難易度に影響します。

『人物紹介』
 ・青前キヨ(21)
 美人だが控えめで寂しげな印象を与えるカフェーの女給。
 3年前の茂がスタアに見いだされた時点で相応な契約金を渡され浅草近くの貧民窟を出て新宿に移り住んだ。
 影朧と化した茂をどこかに匿っている。

 ・青前茂(享年17)
 3年前に銀幕監督の目にとまりスタアの道を歩み出す。
 目立たぬ役で演技力を磨き、最近は露出が増えつつあった。
 最新の映画は準主役の青年将校役。

 ・川田幸子(21)
 2年前からキヨと同じカフェーで働いている。
 農家の出身で弟妹が多く養いきれない為、15歳で街に出てきた。今でも実家に仕送りをしている。

 ・敷島三郎(23)
 明朗快活、有り余る親の資産を元に屈託なく日々を謳歌する高等遊民。
 実家よりそろそろ身を固めるように言われている。
 彼曰く「親は芸能文化に理解ある先進的でリベラルな性格で、結婚相手の身分は文句は言わない」らしい。

 ・カフェーマスター(中年男性)
 雇われ、妻と子がいる模様。

 以上です。
(オープニングが公開されると同時にプレイングの募集を開始しております)
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第1章 日常 『あなたのことを教えて』

POW   :    積極的に話しかける。

SPD   :    関心を持たれそうな話題を提供する。

WIZ   :    場を和ませるように、笑顔で接する。

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。

岡森・椛
女学生姿で街に溶け込む
敷島三郎と接触
カフェに浮かれるフリをして軽くぶつかり丁寧に謝罪
「素敵なカフェではしゃいでしまって…」
「このカフェにはよくお越しになるのですか?」
素敵な殿方に憧れる女学生を演じる
三郎が気を良くしたら色々質問
「女給さんもお綺麗な方ばかり」
「もしかして、気になる方がいらっしゃるとか?」
恋に恋する乙女的に目をキラキラ
「きっと素敵な方でしょうね!」

頻繁に会いに来ているが数日前からキヨの様子が変わった事を聞き出す
「何かあったのでしょうか…?」
すごい素敵流石です、と褒めて持ち上げてキヨの情報を何でも聞き出す
この人は行動を相当把握してそうな印象
第三者的視点でのキヨの様子や感情を確かめたい


霧島・ニュイ
姉が殺人犯なのは考えにくい
匿ってるだけって事を考えると、関わっていそう
例えば――古巣に捜しに来た弟と話しているときに人が来て、争って弟の方が殺される…とか
憎んでるけど、匿ってるのバレるから通常通りとか
顔見知りを疑う

接触は敷島三郎
僕、このカフェで素敵だなーって思う人がいるのに、恥ずかしくて声掛けられないの
アドバイスほしーい
そっと幸子ちゃんを指して、内緒ね、と小さくウインク
【コミュ力】使いながら、そのお話しつつ情報引き出す

・最近幸子ちゃんに変わった事はない?
・お兄さん好きな人いる?どうやってアタックしてる?仕事後アタックとかする?
・その人と最近どう?先輩の体験談聞きたいな

終了後は幸子ちゃんナンパ


影見・輪
【WIZ】
敷島三郎に接触
雑談しながら情報集めたいな

敷島さんは、常連さんってことは毎日ここに通っているの?
(暇なの?とはもちろん言わず。表情は興味津々な様子で)
敷島さんが進めるここのカフェーのオススメがあるなら
それもらおうかな

雑談交えながら
答え方や表情の変化など
言動に気をつけながら話をしていくよ

聞きたい事は下記点

1:敷島三郎から見た青前キヨの印象って?
どこに惚れたのかも聞いてみたいな

2:モーションを掛けているなら、進展はあるか
二人でデートとかは(なさそうに見えるけど)したの?

3:最近の青前キヨについて気になること
仕事の様子とか、表情の変化とか、感じたことってある?
いつ頃からかもあわせて聞きたいな




 ミルクホール、大衆飯店……右からの横文字看板を誇らしげに掲げた石畳の通りには、薄紅の花びらが幻惑誘うように巡り遊ぶ。
 粗末な着物の子が風車を傍らぬけるだるま自転車の起こす突風がくりりくるり、子ははしゃぎ母ははにかんでから既に遠いロングコヲトの學徒兵の背中を眩しげに眼差し向けた。
 そんな光景にふっと足を止めて微笑んだのは、椛を袖にあしらった可憐なる女学生岡森・椛(秋望・f08841)である。
 彼女は『鶴亀カフェ』と書かれた看板のドアを押して店内に踏み込んだ。
 ――そう、こうやってまたひとつ、世界にある『物語』の扉を、ひらく。
 カラン……。
 ドアベルの音に、既に奥のボックス席で敷島のそばに座っていた影見・輪(玻璃鏡・f13299)と霧島・ニュイ(霧雲・f12029)が顔をあげた。
「すごいです、女給さんもお綺麗な方ばかり……」
 明るい陽に満ちた外に比べベースの効いたジャズの流れる店内は、陰鬱とまでは言わないが独特の大人びた陰りに満ちている。
「ひとりで来ちゃってよかったんでしょうか……あ、すみませんっ」
 きょろきょろ物珍しさでよそ見をしていたら、女給さんにぶつかってしまった。折り目正しく謝られて「どうしよう場違いかしら」なぁんて戸惑う椛を手招いたのは、屈託のないニュイである。
「お、キミもどうしてやり手だねぇ」
「そんなことないよー、さっきも言ったでしょ? 素敵だなーって思う人がいるのに、恥ずかしくて声を掛けられないって」
 軽口の敷島は椛がきょとりと瞳を瞬かせるのに「失礼」と小さく頭を下げる。
「愛らしい学生さん、歓迎するよ。お近づきの印に好きなものを頼み給えよ」
「え、よろしいのですか? ありがとうございます」
 ぽぉっと頬を染める椛はメニューよりも敷島へちらりちらりの上の空。まんざらでもないと敷島が充分に悦に入った所で、輪は助け船を出す素振りで状況を進めた。
「じゃあ僕は敷島さんのオススメを追加で頼もうかな、君もそうしたら?」
「は、はいっ。あ、あの……私は岡森椛と申します。そのあなたのお名前をお伺いしてよろしいですか?」
 話しかけたのは輪で、呼んでくれたのはニュイ、だが心は既に敷島の虜という風情を隠さぬ椛は、彼の名を問うた。
「僕は敷島三郎、よろしくね椛ちゃん。ここのシュガートーストはバターがふんだんに使われていて上質だよ。ミルク珈琲と合わせるといい。ただのミルクより苦みがあうんだ」
 敷島がすっかり調子づきお口が軽くなるのも全て計画通りである。

 三つ編みをたらしたそばかす面の女給がどうぞと皿を置けば、ボックス内は思考すら蕩かす甘いバターの香りに満たされた。
「…………」
 雑談のリードを担っていたニュイだが、給仕の間は黙り込み膝に手のひらを置いて下を向く「はい、ありがとうございます……」なんて蚊の鳴くような小声がやっとだ。
「ごゆっくりどうぞ」
 落ち着いた仕事ぶりの幸子は、地味だが自然な愛想の笑顔で下がっていった。そのとたんに敷島がニュイを肘でつつく。
「幸子ちゃん、彼氏もいないようだし言い寄ってしまえば良いよ。キミも随分と余裕のある暮らしをしているようだし」
「本当に? 幸子ちゃんって恋人いないの? 本当に本当?」
 トーストに手を付けずの質問攻めに肩を竦め、
「あの子は見たまんま、遊びを知らないタイプだよ。前に彼女の友人から聞いたけど、稼ぎの殆どを実家に送金してるらしいしねぇ」
 恋に焦がれる青年の素振りで川田幸子を根掘り葉掘り――聞き出した所によると、最近含めて幸子の行動に怪しさはないらしい。。
 同じ年だが、幸子がキヨを頼りにして愚痴を聞いてもらっている関係性とも聞けた。
(「この人はキヨさんを焦点が絞られているから、却って周囲へは客観的です。信憑性がありそうですね」)
 敷島を持ち上げる相づちを打つ椛の観察眼は、手元のシュガートーストと同じく冷め正確だ。
(「あの子(幸子)は見たまんま、か。じゃあキヨについてはどう見てるんだろう?」)
 砂糖でざらつく口元をぬぐい、輪は銀のフォークとナイフを音を立てずおく。
「敷島さんは、彼女がご贔屓というか……好きなんだよね?」
「まぁ、既に意中のご婦人がいらっしゃるのですね?!」
 憧れ一目惚れが即失恋……なァんてことはなく、
「きっと素敵な方でしょうね!」
 椛はハンカチをきゅうと握りキラキラと瞳を輝かせる。
 嗚呼、女学生の栄養、其れそれ即ち恋の話。
「それで日参されてるだなんて、情熱的です。ああ、憧れます……」
「彼女のどんな所に惹かれたの?」
 開いたテーブルを拭う、バッサリと肩で髪を切りそろえたキヨを視線で示し輪。
 ――モダンガールなその髪型、眉目秀麗なる彼女に不似合いなのは、無理矢理に切り落とした違和感が常に漂うから。
 そりゃあ無理矢理だろうて、弟の前から消えた時に過去と共に伸ばした髪も切り落としたに、違いない。
 しかしながら、猟兵が描いく青前キヨ像は情報ので結ばれた想像の姿に過ぎない。ここは現実の青前キヨに接してきた彼に話しを伺いたい所。
「どんな所……まぁ一目惚れだったからねぇ。敢えて言うなら…………はは、こうやって理由が語れないところだよ」
 失礼と煙草を取り出して女の横顔とカフェの名印刷されたマッチ箱を取り出した。しどけなく肘をつく彼の元咥え煙草は白とほどけゆく。
「ミステリアス」
「つまり、敷島さんは秘密を明かしてはもらえなかったってことかい?」
 輪の問いに煙の向こうの口元が吊り上げられた。
「そういう言い方されたらフラれたみたいじゃないか。やめてくれよー」
「つまりまだアタック中ってこと? 僕にアドバイスしてくれたみたいに仕事後に誘ったりしたの?」
 失礼にならぬようさりげなく煙を扇ぎ避けてニュイ。
「そりゃあ何度かね。だけど彼女は無趣味なようでね、芝居や映画のチケットを何枚無駄にしたことか」
「まぁ、敷島さんのお誘いを袖になさるだなんて!」
 信じられないと椛は瞳をまぁるくする。
「知り合われてからどれぐらい経つのしょうか?」
 軽妙で明朗だが誠実さが薄そうだから短期間だろうとの想像は当たる。
「かれこれ1ヶ月ぐらい? 仕事が終わった後に川沿いを歩いたり……」
「どんなこと話すのー? 女の子が好きそうな話題教えてよー」
「こっちが色々話すのを聞き役にまわる感じだよ。そこは女給さん、如才ないこって!」
 決まり悪げに頭を掻く所作に芝居臭さがキツい。一体何処に嘘があるのだろうか?
「少し前に『急に休んだ』て騒ぎになったのを敷島さんは勿論知ってるよね? 彼女この店では長いしいつもいるから」
 慌てて付け足し上目使いの輪、さぁて彼女へ関心があると晒したら敷島はどう反応するか。
「……」
 煙草を押しつける指の隙間から僅かな煙が漏れる、視線はジロジロと輪の品定め。
「キミも彼女に気があるのかい?」
「…………」
 どうとでも取れる微笑みに煙草を外しアルミ灰皿で叩いた敷島は、ハッと短く煙りを吐いた、生み出された濃密な霧は見事のその表情を覆い隠す。
「確かに。前日の夜はここがはねた後に彼女とずっといたんだけど、特に体調を崩した様子はなかったなぁ。だからお休みは驚いたさ」
 饒舌にしてやや早口、しかし煙を消さぬよう呼吸は細心の注意でもって絞られている。言い終わった後で彼は、懐中時計をカチリと開いて視線を落しすぐに立ち上がった。
「失敬。そろそろ約束の時間だ。ここの支払いは僕にツケておくから好きなだけ存分に楽しんでくれ給え」
 女給を呼びつけて猟兵達を足止めして敷島は去って行った。しかし輪は自分のそばに煙草とマッチ箱が忘れた素振りでおかれているのにすぐに気づく。素早く袖に仕舞うとテーブルの二人にアイコンタクトを向けて足早にドアへ向う。
「どうやら私たちに聞かせたくないお話があったようです」
「みたいだねー」
 お言葉に甘えて注文し淹れ直された暖かなミルク珈琲を啜り、以後ニュイと椛は怪しまれぬよう談笑に興じる。
「幸子ちゃん、いけると思うー?」
「素敵な恋のお話をお待ちします。がんばって下さいね」
 
 忘れ物です、ありがとう――なァんて猿芝居。
 橋の欄干に凭れた敷島は、既に火のついた煙草をつれた唇をこれ見よがしに歪めた。
 侮蔑と憐憫が濃密に浮かぶ。更に奥に隠された感情は見いだせないが、きっとロクでもないに違いない。
「影見くんのはどこぞの古い文化を担うお坊ちゃんだろう? やめとけやめとけ、あの女はキミには似合わないぞ」

 ――清純そうな顔して処女じゃあないんだ、あの女。

「……っ」
 既に通じていたのか、でもそれが愛情からの交歓だとはとても思えぬ言いぐさに、輪はしばし言葉を失った。
 その有様を坊ちゃんが裏の顔を知った衝撃ととったか、敷島は肩を窄めてくつくつと厭味に嗤う。
「穢らわしく僕を騙していたんだよ。あの女はそこらで盛る獣と同じ、まァお天道様が罰が当てても仕方ないっ……てねェ?」
 そのお天道様めがけて投げられた吸い殻は、恥も知らずに灰を散らかし川へと落ちていった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

南雲・海莉
UDCの『大正の「カフェー」は今の「カフェ」より色々あってその……』
なんて、小さかった私に義兄は言葉を濁してたけど
(今回の為に調べた)
鶴亀さん、まだ高級喫茶店な感じで良かったわ

……女給がカフェーの人気を支えるのはUDCのそれと同じみたいね

女給に憧れ過ぎて勢い余った女学生の振りをしてマスターを尋ねるわ
「ここに雇ってもらうにはどうしたらいいですか」
「それじゃオーナーさんと面談するには……
あ、オーナーさんってどんな方でしょう?」
更に参考にしたいと、
他の店員がどんなきっかけで雇われたのか、
得意なことや日常の態度なども訊いてみる
そこからキヨさんの働き始めの頃や今の様子を知るきっかけになればいいのだけど


ファン・ティンタン
【SPD】ハイカラさんがとおる

(先の報告書を読んで)
敷島、いずれ誅す

…じゃなくて、【情報収集】するよ

アルダワで作ったメイド服、役立てようか
この時代には少々奇抜かもだけど、新しいファッションと【言いくるめ】つつ、カフェーマスターに仕事口を探しているていで話を聞こう

中々仕事に就けないんだよ、困った困った
んー…(店内にキヨが居れば)
あの人みたいに仕事を出来るようになるには、どうすればいいだろうね?

平凡な話から入り、途中、正体を明かしつつ核心へ

私ね、帝都桜學府から来たよ
キヨって人、憑き殺されるかも知れない
あの人が帰る場所とか、寄り付く場所、知らない?
悪いようにはしないよ
必死に生きてる、彼女を救わせてよ




 トレイに皿を回収しテーブルを拭きは手際よく、客に呼ばれれば素早く応対する。
 そんな小気味良いキヨの働きぶりの背後で、マスターは二人の女給希望者と相対していた。
 アルダワ特製のメイド服は少々ここでは奇抜かとのファン・ティンタン(天津華・f07547)の心配も「モガの先進的なお洒落」で、さほどの違和もなく受け入れられた。
(「良かったわ……鶴亀さん、まだ高級喫茶店な感じで」)
 昔、UDC世界で義兄に無邪気に問うて困らせたのを思い出し苦笑するのは南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)。羽織袴に垂らした髪の左右を掬い上げて朱の髪飾りで留めた女学生の出で立ちである。
「オーナーさん、職業婦人に憧れているんです。どうすればここで雇っていただけますか?」
「女学生さんは気楽でいいね。こっちは中々仕事に就けなくて困っているというのに」
 なんて言いつつ、海莉とファンの瞳は当然の素振りでキヨに吸い寄せられている。
「んー……あの人みたいに仕事を出来るようになるには、どうすればいいだろうね?」
「テキパキと気持ちが良いお仕事ぶりですよね。やはり最初から出来る方だったのでしょうか?」
「……雇用の難易度をあげるのはやめてもらえるかな」
 乙女二人で姦しいったらない。マスターは両手を振って「待ってくれ待ってくれ」との破顔一笑、まんざらでもないらしい。
「憧れてもらえるのは嬉しいが、今んとこ人手は足りてんだよ。それはそれとして……」
 カウンターに頬杖ついてキヨを眺めるのに、二人は「それはそれとして?」と先を促す、が、
「なんか注文してくれよ、お客さん」
 珈琲二つと揃えたのは、サイフォンがすぐそばにあり話が続けられるからという魂胆に他ならない。
「キヨは長くやってるからねえ、さすがに最初からそこまでは求めんよ。まぁ仕事の憶えもはやかったが」
 かたり、かたり。
 それぞれの前にソーサーにのせた闇色たゆたうカップを置いた彼は、特にファンの顔はじぃっと見据え、
「お姉さんが真面目に食い詰めてんなら彼女ぐらいは頑張れるだろうよ、首を切られたら困るってんならねぇ」
 一方世間知らずそうな海莉へは唇をやや皮肉を込めて歪めて見せた。女学生の憧れ遊びではつとまらないとでも言いたげだ。
「あの方はなにか事情があっていらっしゃったんですか? どうしましょう、私にはそんなものはなくって、女給さんは無理かしら……」
 ほうっと意気消沈のため息をつくのに、マスターはすぐに謝り頭を掻いた。
「いやいや、言い過ぎたか。それにキヨはああ見えて、たまに驚くようなポカをやらかしたりもするからね」
 ――キヨの事情、驚くようなポカ。
 お喋りにのせて聞きだそうと二人で試みるも、余所様のプライバシイを軽率に出し過ぎたとマスターは急に愛想悪くなる。
「さあさあ、忙しいからねえ」
「ああ、今、客が帰るようだし暇になったね」
 キヨの弾くレジスター、ドロワーがちーんと開く小気味良い音が此方まで聞こえてきた。
 気まずげな間に、ファンは正体を明かすことにする。
「……私たちはね、帝都桜學府から来たよ」
 成程、影朧が認知されている世界ならではのやり方だ。UDCで名乗れぬのとは対照的だと海莉。
「キヨさんのことを根掘り葉掘り聞いてごめんなさい。働き始めや今の様子を知りたいんです」
 ただ闇雲に招待を明かすのも相手を更に黙らせてしまう可能性もある。今回は恐らく事件関係者ではなくてキヨへ好意的だから有効なのだ。
「実はね、キヨって人、憑き殺されるかも知れない」
 目を剥くマスターへ、ファンはキヨに気取られぬように世間話の素振りで珈琲を啜り「おかわり」とカップを掲げた。
「悪いようにはしないよ。必死に生きてる、彼女を救わせてよ」
 まだ硝子の中に残っていた液体を注ぎ、マスターは努めて平静を装いつつ話し出す。
「あの子の詳しい事情はわからんよ、これは嘘じゃあない。私には妻も子供もいる、厄介事に巻き込まれたくはないからねえ」
「ならどうして雇ったんですか?」
「…………三年前、もう行き場所がないと必死に見えたからだよ。そう、あんたが言う通り、彼女の眼差しは手を差し伸べたくなる程に“必死”だった」

 マスター曰く――。
 三年前に雇ってくれときた彼女は名を名乗り、後は訳あって素性は明かせないと、まずこう来た。
 門前払いしようとしたら、風呂敷包みの中から札束を置いてこうも続けた。
「これは保証金です。私が使い物にならぬならクビにしてこれも返していただかなくて構いません。この地で私を真っ当に働かせてください、どうかお願いします」
 と。

「常識的に思えるがそんな風に非常識な物知らずでもあったよ、そんなことをしたら余計に疑われると言うにね」
「それがポカ、ですか?」
「それだけじゃァない」
 当時を思い出したかマスターはクククッと肩を揺らし含み笑い。そこには慈愛が見て取れる。
「素性は明かせないと言っといて名乗った。当然こっちは『青前さん』と呼びかけるわけだ。そうしたら顔色を変えてね、そんな名じゃないとさ……今更だっての!」
「……本当によく雇ったものだね」
 半ば呆れて肩を竦めるファン、不思議そうに首を傾げる海莉。二人に対して聞こえてきたのはこんな言葉だった。
「子供を見る目がとおっても優しかったんだよ。ああこりゃ悪い子じゃあないって」
 唐突に変わった話にキョトリと瞬く二人へ、照れ隠しか珈琲豆を取る素振りで背を向ける。
「当時はもっと小さな店で、奥にゃ家族で棲んでたんだよ。ガキが泣き出してな、客が居ると知らない女房がでてきちまった……そしたらキヨは、簪をふってあやしてくれたんだ」

 ♪ちっちゃなおてて、たからものにぎりしめて、おおきくおなり。そうしてひらいたゆめでしあわせさん。

 子守歌を謳うキヨが本来の姿だと直感し、彼はキヨを雇った。ただし働く条件として『青前キヨ』と名乗るよう命じた。
「……きっとさぁ、家族と生き別れてんだよ。名前を変えちまったらわかんなくなっちまうだろ?」
 ――この雇い主の親切心がキヨとスタア宮前茂とのつながりを消去することを阻んだ。もしこれが茂の死の原因につながっているとしたら、それはなんというやりきれない話だろうと、海莉は目を伏せる。
「あの人が帰る場所とか、寄り付く場所、知らない?」
 ファンもあくまで帝都桜學府の者としての姿勢を崩さずに問いかける。
「詮索しないようにはしていたから明確に聞いたわけじゃァない。けれども浅草辺りの話をする事が多かったなぁ。
 この間に休んじまった時も追求はしなかったがその前から元気がなかった。もしかしたら一番仲の良い幸子が知ってるかもしれない」

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

セツ・イサリビ
この街である程度信用のある、確りした装いで行こうか
スーツにロングコヲト、軽薄にならぬよう注意を

川田幸子嬢に話を訊こう
この店で、一番の君のお勧めを
『一番』が『君』なのか『お勧め』なのかは曖昧に笑み

ああ君、映画は見るかい? 芝居に興味はあるかな
ついさっき、大通りで活劇を見てね
少し話し相手になってくれないか
――なんて、暫し芝居を語ろうか

「そういえば」「惜しい役者を亡くしたね」
あの青年将校は、若いのに難しい役をよく演じていた
俺は彼のフアンだったんだよ
地方の芝居小屋で、偶然彼の芝居を見てね
端役だったが、いい演技をしていた
「青前君の」

彼女はどんな反応をするだろう
「彼の芝居を、また観てみたいものだ」


狭筵・桜人
学生のフリして……いや本物の学生ではありますけど
客として幸子さんに話を聞いてみます。

片やカフェの看板娘。
片や出稼ぎの田舎娘。
さてさて、女の友情ってやつを試してみましょうか。

いかにも飲食以外の目的があるといった風に浮わついた雰囲気で。
キヨさんの色恋事情について尋ねてみます。
またかって反応があれば話を続けて。
誰も彼も袖にしてお高くとまってますよね、なんて話題誘導。
幸子さんの顔色を窺いながら“不平不満”があるなら聞きますよって魂胆です。

だって今必要な情報はキヨさんが
如何に素晴らしい女性かってことじゃあなくて
どんな隠し事をしてるかって話ですからねえ。

友情の美醜はさておきカフェでのお喋りを楽しみますよ。




 切りそろえた細い黒糸が頬を滑り口元を隠す、女給たるもの皆々様には清康溌剌に……しかし二人の乙女が去り開けっぴろげになったカウンターからは、寄った眉間が見えたよう。
 マスターは青前キヨにガマグチ財布を預けて買い物を頼む。急ぎじゃないから戻ったらしばらく休憩を取るように、なんなら帰って休んでも良いと言い含めた。
「幸子さん、しばらくお店をよろしくお願いするわ」
「空いているから大丈夫よ。行ってらっしゃい、気をつ……あっ、いらっしゃいませ」
 カラン。
 ドアベルと共に開いた扉、外の花びらが吹き込んだかと思いきや、狭筵・桜人(不実の標・f15055)の緩やかに風孕む髪の見せた幻影であった。
 そんな彼の琥珀の双眸は使いに出るキヨに釘付け露わ。だから席について一通りの注文を済ませた後で引き留められるのも、幸子は予想した通りだった。
「立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花……噂に違わぬ美しさ、さすが華族様の三男坊をはじめ泣かせた男は数知れず」
「そんな言い方……」
 別にとか、彼女が悪いわけじゃないとか、口元をモゴモゴさせる幸子の容を観察する。
 掃き溜めに鶴、美しきモガと出稼ぎ田舎娘、上澄みじゃなくて底に沈む本当の感情が知りたい。
「誰も彼も袖にしてお高くとまってますよね」
 幸子がキヨにため込む不平不満があれば是非寄り添うとの誘いの毒舌は、別のものを釣りあげた。
「……そんなに言い寄る殿方が偉くて正しいのですか? 気持ちがなくても女性は言いなりならねばいけないのですか?」
 ぐぃと間近にまで食ってかかる幸子の額、化粧の下手の太い眉が釣りあがっているのが厭な程見えてしまう。
「キヨさんは本当に優しくてお心は綺麗な方なのよ、見た目で判断しないで、何もご存じないくせに!」
 顔色変えたマスターが飛び出すのを制したのは、上質なロングコヲトに相応しき素性漂わせるジェントルマン。
「連れがすまない。どうかこちらの顔を立ててはいただけないだろうか?」
 返事は聞かずに歩き出すセツ・イサリビ(Chat noir・f16632)の肩越し、マスターは桜人の謝罪に慌てて頭を下げる幸子を見て引き下がった。
(「これはこれで予想以上の収穫ですねえ。幸子さんはキヨさんに相当に心酔している。あと――“心は”綺麗)ですか」)
 ――では、体は? 表に見えている素行は??
 桜人は現れたセツの思惑を素早く悟り「ふざけすぎました」と知り合いでもそうでなくても通る物言いをする。
「ふむ。それではこの店で、一番の君のお勧めを」
 『一番』が『君』なのか『お勧め』なのか、暈かしたのは裏の阿吽があるかの探りである。応ずる幸子は諍いの収束に決まり悪くも安堵を見せて努めて平静を装うメニュウブックの一点をさした。
「このお時間でしたら、カラメルプリンがキンッと冷えてお勧めです」
「でしたらそれを三つ。それとお好きな飲み物を三つ。どうかお詫びにあなたにもご馳走させてください」
 浮つきを引っ込め温厚篤実なる桜人、幸子も席に着けて話す段取り抜け目なし。
「どうやらこの店は表にも裏にもメニュウに“春”はないようだ」
 ある地方のカフェでは些か下品な男女のサービスが行われていたりもする。またそうでなくても“自由恋愛”の皮をかぶったアレコレは在りがちな話で。
「しかし、敷島氏はキヨさんと“そういったこと”があったようですねえ」

 店からの心付けのサンドウィッチをつまみ歓談。はじめはぎこちなかったが、セツの貴き身分に恥じぬ誠実な振る舞いに感銘し幸子は気を許した。
「ものすごく頼りにしているようですね、キヨさんのことを」
「ええ、ええ、私が田舎からでてきてお金を稼がなくちゃと途方にくれていた時に出逢いました、恩人です」
 キヨの美点へ話の水を向ける桜人からは先の侮辱の謝罪を感じ、嫌悪は下がりつつある。
「この店を紹介したのは彼女かい?」
「はい。その……倹約すればお金は作れるから、安易に身を汚してはいけないって。私が初めてのお給金をいただくまでは一緒に棲まわせてくれました」
 成程と、セツと桜人は視線を交わす。
 田舎から無一文で出てきた娘は女衒の格好の的。娼婦に堕として金稼ぎにはうってつけ。それを止め、口だけでなく実際の生活に尽力してくれたキヨへ薫陶するのも無理からぬ話だ。
「確かに、キヨさんの“心は”清い方ですね」
「彼女は幸子君に同じ道を辿って欲しくなかったのかもしれないね」
「……どうしても入る必要がある女がいく界隈であって、あなたはそうじゃないって」
 セツのかまかけにはザックリ相手に食らいつき真実という血肉をつれ戻った。キヨはやはり“其方の界隈”つまりは体を売った過去のある女だったのだ。
「……ああ君、映画は見るかい? 芝居に興味はあるかな」
「いえ、仕送りで精一杯でして」
 話の変転はありがたく、今度は幸子が聞き役。またしばしの歓談の後「そういえば」と、セツは壁の向こうを見るように瞳を曇らせた。
「惜しい役者を亡くしたね、あの青年将校は、若いのに難しい役をよく演じていた」
「……?」
 小首を傾げた後で、何かを気取ったかサッと表情を翳ったのを見逃さない。
「俺は彼のフアンだったんだよ。地方の芝居小屋で、偶然彼の芝居を見てね――青前君の」
「おや、珍しい名字なのに、これは偶然ですね」
 あがる桜人の語尾。
 逃しはしないと何処までも追いすがるセツの双眸。
「………………やはり、あれは、彼女の……弟さん、なのでしょうか? 珍しい名字なのでお客様に問われたら『里でよくある名字だったので、遠い親戚かもしれません』と一笑に付してらしたのですが」
 エプロンをぎゅうと握りしめ、
「彼女がお休みした日に彼が殺されたと号外で見ました……あの、その…………」
 噛みしめられた下唇は躊躇い躊躇い動き出す。
「……お二人は敷島様とは?」
「ああ、彼ね」
 短くそう言っただけでセツは微笑みを口元から消した。桜人はわざと気まずげに視線を逸らす。
 彼女が敷島へ良からぬ感情を抱いていると気取ったが故に、ならばそれを吐いてもらおうと、彼への心象は芳しくないと見せたのだ。
「このようなお仕事です、口説かれたら初めからけんもほろろにとは参りません」
 敷島の口にしていた店外で逢っていたのはその範囲のことなのだろう。確かに目当てで通う客がフラれてあっさりと来なくなっしまっては商売あがったりだ。
「その上でキヨさんは男女の仲に深まる前にはきちりとお断りをされていました。敷島さんも勿論」
 苦しげに喘ぎ、それでも彼女は吐露を続ける。
「先程旦那様が仰った映画が封切りされたのが十日前、その少し後の今日から数えて1週間前からキヨさんは明らかに精彩を欠くようになりました。気取られぬよう振る舞ってらっしゃいましたが、私にはわかりました」
 何よりキヨを見る敷島の目が明らかに下卑たものに変じたと、語る幸子の顔は死体が敷島ならば真っ先に疑われる憎悪に充ち満ちている。
「私、いけないことだと思ったんですけども、仕事があがったキヨさんをつけたんです。そしたら…………」
 幸子から悔しげな声が漏れた。
「二人が“出逢い茶屋”に入るのを、見ました」
 出逢い茶屋とは、男女が布団と枕を借りて事に及ぶ時のみ利用される、休憩処や宿の類いである。
「無理矢理な感じはありませんでした、でも遠目にも愛し合う恋人同士にも……見えません、でした」
「それはいつ?」
「……スタアの青前さんが殺された夜です。日付が変わった辺りで出てこられました」
 つまり、敷島とキヨには茂殺害時刻のアリバイがあるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

涼風・穹
俺は青前茂(本体の方)が何で死んだのか、でも調べてみるか

タブロイド紙で号外まで出ているのならそれなりに大事件だったんだろう
図書館にでも行って当時の新聞記事や出版物でも漁ってみる
殺人犯が捕まったのかや殺害方法、犯人の動機やらの事件の背景が調べられれば現状の打開策の糸口位は見付かるかもしれないからな
……欲を言えば当時事件を調べた警察や記者からも話が聞ければ有難いけど…
一応駄目元で『ユーベルコヲド使い』を名乗って聞くだけ聞いてみる

後は青前茂は死んだという証拠も集めておく
キヨは茂は死んだとどの程度認識しているのかは、キヨがどう事件に関わったのかで大きく違う筈
状況によっては茂本人の死の証拠が役立つかも…




 ――それでは一体誰が青前茂を殺したのか?
 涼風・穹(人間の探索者・f02404)は、本日入手できる新聞全てを買い求めると、その足で図書館へと向った。
 号外となったタブロイド紙はじめ、殺人事件が起きてから数日分の新聞を閲覧する。
 殺害方法の詳細、犯人は捕まったのか、そうでないならばどれ程に調査は進展しているのか……など。

『――若き星墜つ! 銀幕スタア青前茂、凶刃に斃れる!』
『深夜零時▼分、浅草●×にて、若年の男性の刺殺死体が発見される。
 遺体には上着の乱れがあり、悪漢と争った痕跡あり』

 これが第一報。
 その後の様子を新聞から窺い知れた範囲でここに記す。

 青前茂は、芸能華咲く浅草六区からかなり外れた裏通りを一人で歩いていた所を複数の犯人に襲われた。一人が襲いかかり羽交い締めにした所をもう一人が刃物で刺した。凶器はどの家庭にもある文化包丁の類いで、まだ特定はされていない。
 この手口から、犯人は影朧の如く人外ではなく、あくまで人の手で行われたものだと、その線からの捜査が進められている。
 当時、茂は粗末な民間人の衣装に帽子をまかぶにかぶりと簡単な変装をしていた。日が沈んだ暗がりで彼を見ても銀幕の華やかな彼しか知らぬフアンであれば気づくことは叶わなかったと推察される。
 殺された後で衣服を漁られた形跡あり。財布など金目の物が全くなくなっていたので、物取りの衝動的な犯行ではないかと捜査が続けられている。

「キヨは浅草辺りの出だという情報がある。当然茂もそうだろうな。懐かしさからかこんな物騒な裏通りを歩いていて、運悪く物取りに襲われた…………か?」
 そうまとめた穹自身が全く納得していない口ぶりである。
 人目を忍んでいた以上、茂は古巣が近くにあるあの辺りを普段は避けていたと推測される。
 帝都で見いだされたのに地方の芝居小屋で下積みし、浅草の劇場には出ずに直接銀幕に行ったのは、もしかしたそういった事情を鑑みた芸能プロの思惑があるのかもしれぬ。
 そこに、この有名になった直後に足を運んで殺された。なんて都合良く物取りの仕業で。
「姉が見つかった呼び出されたとか……うむ、茂の個人的な情報が足りないとなんともな」
 この辺りの情報は芸能プロに行った仲間へ期待するとしよう。
 あと探れるとすれば『ユーベルコヲド使い』と名乗り、警察や記者に当たるぐらいか……。
 まずはすぐに場所がわかる警察へと穹は向った。
 ――結果から先に言えば、調査担当者に会うことは叶わなかった。
 理由は多忙につき。だが「人の仕業の事件にまでそうそう踏み込まれちゃ困る」との警察側のプライドもありありと漂っていた。
 ――ただ、警察に向ったことが無駄かというと、そんなことはない。騒々しい中、穹は幾つかのキーワードを耳にすることができたからだ。

“隅田川の川底にて凶器発見”“浅草の貧民窟から近い”

 ここまでかと警察から静かに姿を消した穹は、茂が本当に死亡したという証拠集めに意識を向ける。さて、キヨに提示するにはどのようなものがいいだろう。
 死亡した記事や新聞や雑誌に掲載されている写真は入手済み。他になにがあるだろうと考えつつ、彼は何処となく歩き出す。

大成功 🔵​🔵​🔵​

文月・統哉
茂の出演作と略歴を確認後
スタアを目指す役者の卵を装い芸能プロへ
茂の代役確保にオーディションがあれば好都合
なければスカウトマンを見極めて
得意の演技力とパフォーマンスで売り込みを

ある程度の繋がりを得た上で
茂の実像について探ってみる
茂は役者、どこまでが表の顔でどこからが本質なのか
近しい人の話を聞いて見極めておきたい

茂はキヨ失踪の理由は知っていただろうか
捨てられた、或は売られたと悲しんだかも
役者の道を歩みながらも
姉を探し続けていたんだろうか

だが居所分かれば逃げるにも好都合
長年見つからないのも道理だ
寧ろ何故今頃見つかったのか
情報を流した者がいる?
スポンサーが三郎の親なら
三郎は姉弟の関係に気付いてたかも?


ヴィクティム・ウィンターミュート
オーケーオーケー、レッグワークは俺の得意分野さ
そうだな、芸能プロに行ってみるか
所属してる誰かの外見情報を事前にコピーしておいて、ホログラムを自分におっかぶせることで【変装】
声もサンプルデータを採取し、それを基に【メカニック】で音声変換器を作成、口内に仕込んでおこう

茂の事件を痛ましそうに、「どうしてこんなことに…」なんて調子で、監督あたりから話を聞く

・茂は誰かに恨まれていたのか
・最近の様子はどうだったか
・茂のことは評価していたのか
・茂が入った経緯(知ってはいるがキヨに関係することが聞けるのを期待)
・事件当日の茂は暇を貰っていたのか

まぁこんなところか
…あんまり長居してバレてもまずいしな。




 若き看板候補を失った『星明芸能プロ』は、消沈より今後の彼の代わりを誰に勤めさせるかのてんやわんやで沸いていた。
「お願いします! 茂さんが目標で芝居の道を目指していました。凶刃に散った彼の無念を晴らすなら、俺が役者として骨を埋めるのはここしかないんです」
 正規の選抜試験なぞ設定できぬが秀でた役者は欲しい、そんな中に飛び込んできたのは文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)だ。
 この若者、熱意や一見した脚本を読み下す演技力もさることながら、まず声の出し方が真っ直ぐで良い。醜聞(スキャンダル)の影もつきまとうスタア稼業、この清潔感は大きな武器となろう。
 突然にも関わらず好感触を得た彼を採用する決定打となったのは、銀幕で共演したある男優の鶴の一声であった。
「いいんじゃないか、彼。青前くんが亡くなったのは誠に悔しいし許し難い、だからこそ新風を吹き込むのが大切だ」
 さて、この男優であるが、ホログラムを自らにかぶせ口中に仕込んだメカニックで声を真似たヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)その人である。
(「恩に着るぜ」)
(「こちとら長居は無用、聞き込みの手は多い方が助かるさ」)
 他人の振りして目で会話、それぞれ芸能プロに融けこみ聞き込み開始だ。

「お疲れ様です」
「ああ、園田くんか」
 一気に10歳老け込んだかの如く椅子に縮こまる監督へ、ヴィクティムは声をかけた。
「先程、彼に憧れて役者になりたいって奴が来てましたよ。良かったら逢ってやってください。俺も……彼と組んで次回作のお声がけを頂けるなら、骨身を砕いてやらせていただきたいです」
 喋り方を探り探りだが監督の顔に不審は浮かばない。なので事務員に持ってこさせた羊羹とほうじ茶を勧めて茂を偲ぶ素振りで更に続ける。
「彼、監督が見いだされた秘蔵っ子だったんですよね」
「そうだよ。ああ……」
 それだけ呟いて頭を抱え崩れ落ちる。気遣わしげに幾つかの労りをかければ、監督は堰ききったように話し出した。
「園田くんは一緒に演ってどう思ったね?」
 ヴィクティムは園田を演じるにあたって観ておいた映画より抽出した相応しい賞賛を返す。満足げな反応に、彼が孫に近い役者に相当入れ込んでいたことが窺えた。
「なんだってあんな物騒な場所に行ったんだ。そもそも浅草は……」
 そこまで喋った所で口を塞ぐように肥えた男は冷めたほうじ茶を煽った。
「監督は、浅草で茂と初めて出逢われたんですよね?」
 ギクリと目を剥いたのに、ヴィクティムは緩やかに口元を崩す。
「浅草にある饅頭屋の話を聞いたんですよ。俺もフアンからの差し入れで知ってたんで。それを言ったら彼に口止めされて……ここの判断で隠されてたのは知ってます」
 半身を折って耳元でこっそりと耳打ち。
「物取りの犯行だって新聞にありますけど、もしかして彼、恨まれてたりしてたんですか? 経歴を隠すだなんて」
「お茶!」
 打ち明ける躊躇い隠す怒号が上辺でひたすらに虚しい。事務員も傷心を気遣いヴィクティムに目礼すると、熱いお茶を置いてすぐに去った。
「……監督、まるで『自分の責任だ』って苦しそうな顔をしてますよ」
「わしがあの日、あやつを見つけなければ、茂めは死なずに済んだかもしれん。わしが茂と姉を引き裂いてしもうたんだ」
「…………」
「姉は恨んどるに違いない」
「だからってわざわざ殺したりしますか? 何より青前くんは本名ですよね? お姉さん以外だって彼と気づくでしょう」 
 だが監督は首をイヤイヤと横に揺らすだけだ。キヨが恨みを向けていた事件の切欠になったのだと、押しつけるように繰り返す。
「金で縁を切らせたんだ、恨んでいるに決まっておる……」
「隠さねばならぬような出であった、と」
「爽やかに輝いておった茂が浅草貧民街の出だと聞いたら、園田くんだって一緒に仕事をするのが厭だろう?!」
 がばりと身を起こし腕に縋り付く監督へ、ヴィクティムは好悪どうとでも取れる曖昧な笑みを貼り付けて応じた。
 果たして園田がそういった身分に拘る奴ならば、ここでの反駁は命取りになりかねない。
 潮時を悟り、彼は最後の質問を投げかける。
「……経歴を隠すならどうして芸名にしなかったんですか?」
「茂がそこは頑として譲らんかったんだ」

「お姉さんが見失わないように名前だけは棄てないんだって、言ってました」
 統哉が彼の付き人である花よりこの言質を得たのは、夜にさしかかる頃の定食屋である。
 敷島三郎の親が経営に関わっているかも調べたかったが、新人役者としての挨拶などで手がまわらなかった。
 だが案じてはいない、ヴィクティムはじめ自分には仲間がいる。だから自分は、役者である茂を知り本質も知り得た花からの聞き取りに集中する。
「彼も私も二年前は雑用。彼は端役専門の役者も兼ねてました。忙しさに文句ひとつ言わず、合間を縫って脚本を読み込み演技を磨くのを疎かにしない人でした」
「真面目な方だったんですね」
 運ばれてきた定食からメインディッシュのメンチカツを一枚、口をつける前に皿に取って統哉へ勧める。
「……ッ、ごめんなさいっついクセで!」
「ありがたくいただきます」
 茂を偲びメンチカツを囓りつつ視線で先を促した。
「陰口が酷くって。監督のお気に入りで随分と嫉妬されてたんです。あたしね、そいつらに言ってやったんですよ――あなた達の芝居は見ててもスカッとしない、性格がにじみ出てるんだろうって」
 手元に残した一枚にソースをかけて箸をで四つに割った。ぷうんと香ばしい臭いが満ちる中で当時を思い出したか、花の頬が緩んだ。
「そしたら、彼は雑用を卒業して役者になって、あたしは専任の付き人になりました。陰口を言ってた役者はみんな止めちゃいました。結局は性根ですよね、人間って」
 ふうっと息を吹きかけ、がぶり。
「だからあなたも、その辺りを確り正していい演技をしてくださいね。茂さんに報いたいって言うのなら」
「はい、がんばります」
 食事が終わる頃には冒頭の台詞、茂の姉の話につながっていく。
「有名になって金銭の自由が効くようになったら絶対に探しだしてまた一緒に暮らすんだって」
「……お姉さんが居なくなったこと、どう考えてたんでしょうか」
 その問いの答えにて統哉は知る、何故茂が花に心を赦したかを。
「茂さんに聞かれたんです。どうして姉ちゃんは居なくなったんだろうって。
 ……会社が姉ちゃんを奪ったのか、それとも姉ちゃんが自分を棄てたのか……今、上映してる『いざや往け逝け、地獄道』の準主役のお話が来た直後でした」
「なんて答えたんですか?」

 ――あたしがあなたのお姉さんなら、自分の存在が弟の輝きを曇らせるならば身をひく。
 でも、弟が男になって迎えに来てくれるなら「もうお姉ちゃんぶれないなっ」てついていくよって――。

 その返事は、どれ程に茂の心を奮い立たせただろう――そうしてつながったのだ『青前茂の名は棄てぬ』という誓いに。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

マリス・ステラ
【WIZ】芸能プロに聞き込み調査です

「青前茂の事件を調査しています」

巫女装束はいかにも目立ち、浮世離れした『存在感』を発揮します

「悼ましい事件ですが、これはただの殺人ではなく──」

すなわち影朧事件
解決にはあなた達の協力が不可欠なのですと『祈り』を捧げる
自らが猟兵と明かして協力を求めます

【風の通り道】を使用

森の妖精達の協力も得て、助言や応援、楽器演奏で場の雰囲気を和ませてくれるでしょう

「青前茂は誰かに怨みを買うような青年だったのでしょうか?」

彼の人となりや交流関係を聞き込み
また敷島三郎の写真を用意して彼についても調査します

「そうそう、最後にあとひとつだけ」

彼には姉がいたそうです。ご存知でしたか?




 役者『青前茂』の像は随分と定まった。一方で茂が浅草へ赴いた理由は未だ不明だ。また実行犯は浅草貧民街の人間の可能性が高いらしい。
 集まった情報より、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)は敷島三郎が黒幕だと推測し裏付けを取るべく芸能プロへと乗り込む。

「青前茂の事件を調査しています」
「はぁ?! アンタ、どこのカストリ誌の記者…………」
 門前払いをしようとした受付の舌が凍り付いた。清廉な巫女装束に身を包み、ただならぬ存在感を漂わせたマリスを見れば、戯れ言と切って捨てるは到底できぬ。
「悼ましい事件ですが、これはただの殺人ではなく──」
 マリスは安寧に満ちた声音でいて確固たる口調にて宣告する。
「すなわち影朧事件。哀しき死は影朧を招きます。解決にはみなさんの協力が不可欠なのです」
 指を祈りの形に組めば、遠く近く様々な所に棲まう精霊が謳い奏でる。何事かと現れた面々の中より一番地位の高い者を――話を聞くべき者を――見分け、一言。
「お話を伺えますか?」
 疑問系だが断る選択肢など、ない。

 監督のお気に入りの茂が嫉妬を買ってはいたのは過去の話で怨恨の線はない。だから副社長へは即座に『敷島三郎』の写真を見せた。
 ギクリと眉を跳ね上げたのを、マリスは見逃さない。
「ご存じですね、彼を」
「……はぁ。当社に力添えいただいております敷島様のご子息様でございますね」
「結構此方にもいらっしゃっているのですか?」
「小さい頃は敷島様に連れられて頻繁に」
「こちらは最近の写真ですが、男性は成長と共に目鼻立ちが変わる方が多いですよ」
 観念したようにため息をつくと「どうかご内密に」と三度念を押した後、副社長は打ち明けた。
「つい最近、いらっしゃったんですよ。うちの映画の封切りのお祝いをお持ちになって。久々のことでした――」
「正確な日付はわかりますか?」
 マリスの聞き取りにより時系列が鮮明となった。全て『本日』から数えてである。

 10日前:青前茂の映画『いざや往け逝け、地獄道』の封切り。
  7日前:キヨが沈み込むようになった(幸子談)
  6日前:敷島、封切り祝いを携え星明芸能プロを訪れる。
  4日前:夜から日付が変わるまで、キヨと敷島が出逢い茶屋に(幸子目撃)
  3日前:日付が変わった直後に、青前茂が浅草で刺殺される。
      昼、キヨがカフェを無断欠勤する。
   本日:猟兵達が調査を開始。

「……敷島三郎が訪れたのは、その日で間違いはないですか?」
 キヨが沈み込んだ後なのに引っ掛かりを感じて確認をしたが、間違いはないと請け負った。
「彼はどのようなことを話していたでしょうか? そうですね、青島茂について」
「………………出自を聞かれました。ご子息様のお話ですと『幼なじみに似ている』と」
 さぁそれが嘘か誠か、そのような判断を此の男、いや芸能プロ全体が赦されてはいないのだ。
 ただ、敷島様がそう問われたならば疑わずにお話をせねばならない――。
「青前茂の出身地や出逢った経緯を話したら『やはり幼なじみだから是非に逢って話がしたい』と仰って……。
 さすがに住所まではお教えできないと伝えたら、ならば青前に手紙を届けて欲しいと託されました」
 その手紙の中身は青前茂を誘い出す文言だったと見るのが妥当。キヨ関連の某かを漂わせ、指定したのが“浅草”であれば、茂には行く選択しか、ない。
 では、
 もしその手紙が開かれて他者の目に晒されたならとマリスは想像を巡らせる。
“――お前の姉を知っているぞ”
 芸能プロとしては握りつぶしたい情報だ、勿論青前茂に渡す訳にもいかない。
 しかし敷島へは口出しできない。
 逆に言えば、手紙の内容が真実ならば敷島を追えば青前キヨに到達すること容易い。
 青前キヨは目の上のたんこぶだ、芸能プロ側が彼女の居場所を知れたなら圧力を掛け、事と次第によっては超法規的手段も辞さぬだろう。
 敷島としては、それでもよかったのだ。
 手紙が渡れば自分が仕込んだ者の手により茂が死ぬ、
 渡らなくてもキヨは心を踏みにじられて良くて帝都から追い出され、最悪殺される。
 今回は手紙が渡り、茂が死んだ。
 どちらでもいい。
 キヨが不幸になるのなら――それが、敷島三郎という男の悪意だ。

大成功 🔵​🔵​🔵​

四ツ辻・真夜
情報収拾で茂さんの出演した演劇は全部調べ
最新の映画も鑑賞

まず芸能プロで
茂さんの経歴や性格
稽古に向き合う姿勢
人付き合い等を訊くよ

私、文芸雑誌の片隅で映画評論を連載してるんです
映画界の新星の夭折、唯惜しむばかり…
せめて後世に若き才能のありのままを残したいんです…!

…さぁ、同じ肩書きと理由で
匿名と身分のフェイクを条件に
キヨさんにもお話を伺いましょう
嗚呼やはりご姉弟
苦悩滲む雰囲気が似てらっしゃる
幼少の話を伺えませんか?

大切な弟さんの銀幕裏の評判は気になる筈
当然出演した映画も…

敷島さんが数多袖にされたお誘い
弟さんの出演作にだけは乗ったんじゃ?

そこから関係を感づかれ
…当てつけに一番大切な者を奪ったとしたら


伊織・あやめ
カフェーにお客としてお邪魔
キヨさんにオーダーをお願いして接触を図ってみます
ミルクセーキくださーい

嘘をつくのはしのびないんだけど
「あたし、人相占いが得意なの
あなた、なんだかつらそうな顔をしてる」
とお話を切り出してみようかな

たとえば、最近大事なものを失ったとか失いそうとか
あたしに話さなくてもいい
誰か、大事な人を頼ってほしいの
そういうこと話せる人、いますか?

…たぶんいないよね
キヨさん、だから必死でひとりで頑張ってる
そこで立ち去られたら仲間に任せるし
少し話を聞いてくれそうなら笑顔を作るよ

愚痴なら聞き慣れてるんです
少し話して心を軽くしませんか

(【コミュ力】【情報収集】【祈り】)

絡み、アドリブ歓迎です




 四ツ辻・真夜(幽幻交差・f11923)は、青前茂を知る為に出演した作品を調べ現在視聴できる全てに触れた。
 そこには彼の役者としての真剣さが滲んでいた、が、何処かピントの外れたように思える。
 その暈けは、最新作である『いざや往け逝け、地獄道』に一番色濃く刻まれており、彼女は正体を理解した。
 カラカラカラカラ……。
 フィルムの回る音、彼の最大の見せ場が銀幕に映し出されている。
 青前茂扮する青年将校は襲い来る魑魅魍魎を背に、威風堂々たる立ち方で両腕を広げこう宣うた。
『ここは己に任せて、先輩方は先へ往ってください!』
 ――しかしその表情は、置いていかれる側の寂寞を孕んでいる。
 そうだ、彼の演ずる人物は何時だって「置いてかないで」と泣いているのだ――。


 黄昏から夜に差し掛かる『鶴亀カフェ』にて、幸子が仕事を終えて帰った所で、休んでいたキヨが変わるように店に出た。
 心配で止めるマスターを目にしてやや気が引けたが、伊織・あやめ(うつせみの・f15726)は手をあげて「ミルクセーキくださーい」と手を振り招く。
 閉店近く、客はあやめと真向かいに座る真夜しかいない。
 真夜は芸能プロへ立ち寄り「夭折した青前茂の奇跡を残したい」と監督との面会をした帰り道だった。
 得られた中身はヴィクティムへと語られたものとほぼ相違ない。世間話の素振りであやめへの共有も済ませてある。
「……姉弟で思い合っていたのに、どうしてこんなことになってしまったのかな」
 切なげに眉を寄せたあやめだが、キヨがミルクセーキと真夜の頼んだあんみつをトレイにのせて現れたのに、一旦は哀愁を引っ込めた。
「ごゆっくりどうぞ」
「あのっ……」
 テーブルにいる二人は同時に口を開くも、声が出たのはあやめだけだった。真夜は譲りますと瞳を眇め首を小さく傾ける。
 あやめは足を止めたキヨを紫苑の双眸で捉えてから、勇気を出して話し出す。
「あたし、人相占いが得意なの……あなた、なんだかつらそうな顔をしてる」
「……まぁ」
 キヨは手袋に包まれた手のひらを頬に宛がって、困ったように憂う。
「申し訳ありません、お客様に気を遣わせて仕舞うだなんて」
「いえ、えっと……」
 あやめの胸の中、嘘を吐いた後ろめたさにキヨに謝らせた申し訳なさがぱらりぱらりとふりかけられた。
「違うんです。たとえば、最近大事なものを失ったとか失いそうとか……」
 キヨの肩が揺れる。切り抜けようと彷徨いだした瞳をさせじと真夜が口火を切った。
「この占者のお嬢さんの心眼は本当に鋭いですね、青前キヨさん」
「何処かでお逢いしましたか?」
「銀幕の中であなたの弟さんとお逢いしました……やはりご姉弟、苦悩滲む雰囲気が似てらっしゃる」
 古風な書体の名刺には『文芸雑誌の記者』とある。唇を噛みしめるキヨへ、真夜は茂という役者について感じ取った気持ちを蕩々と語る。
「素晴らしい演技をされる役者さん、非常な努力をされたのだとも伺いました。けれども、役者という殻の向こうから滲み出て留まらないのは、あなたという肉親へ再び逢いたいという、強い望み」
 ――そう感じたと、これは紛れもなく真夜の本心である。
「弟さんが亡くなられたんだね。ごめんなさい、あたしはまだ映画は見てないんです。でも、あなたが哀しそうな顔をしているのが…………誰にも頼れずに、ひとりで頑張ってるのが心配で……」
 そしてまた、あやめのキヨを想う気持ちも紛れもない本心であった。
「………………ッ」
 ぐしゃぐしゃぐしゃ。
 それは例えば、自分をどうして良いかわからない子供が握りしめたクレヨンで白い紙を塗りつぶすよう。本当に一瞬だけれども、キヨのかんばせが崩れた。
 白い紙に刻まれるのは“嬉しい”だ。
 真夜は銀幕に在った弟を語れる幸いへの“嬉しい”だと理解し、あやめはこちらが伸ばした手に救いを感じた“嬉しい”ならばと願う。
「キヨさん」
 気遣わしげに見上げるあやめが居てくれる、ならば自分はキヨを崩して本音を引きだそう。
「弟さんの才能を、ありのままを後世に残したいんです。どうか幼少の話を伺えませんか?」
 ことりと、キヨの膝は無表情を装ったままで促された椅子に腰掛ける。

「茂ちゃんは甘えん坊さんでね、痩せっぽっちだけど沢山食べる子だったわ。ふふっ……」
 初めは控えめに頷くだけであったが、その内にキヨは笑顔で自分から語り出した。
「映画はいつ観に行かれたんですか?」
「初日に」
 あやめの問いかけに和やかに答えるキヨへ、
「敷島さんと?」
 真夜は核心へ指を差し込む。
 ……マリスが調べ上げた男の悪意はまだ共有されてはいない、が、真夜は既に嗅ぎつけている。
「数多袖にされたお誘い、弟さんの出演作にだけは乗ったんじゃ?」
「…………あなた、何処まで知ってるの?」
 キヨの気配が息を潜め警戒する獣めいたぎらつきを帯びる。しかし、真夜の瞳には深淵の闇が最初から変わらずに浮かぶだけだ。
「キヨさんを恋い焦がれている敷島さんが、当てつけに一番大切な者を奪うぐらいはやりかねないことぐらいは」
 人間関係の絡まりの欠片を埋めて見いだした彼の罪は真夜にとっては薄闇程度、故に躊躇などなく口にされる。
「…………………………………………
 
 
                   」
 長い、永遠とすら錯覚するような沈黙の後、

「あはっ……あはははっ、あはっっ…………!」
 ――青前キヨは、奈落という舞台にて“自らの見据える虚構”を演じ始めた。

「……キヨ、さん?」
 全てが歪み破損していく異様な雰囲気に、あやめは早鐘打つ心臓の部分を堪えるように抑えて真夜を見た。
「――」
 真夜は微笑みのまま、黒い瞳だけを僅かにあやめへ寄せる。
(「あなたは来てはいけない」)
 声なき声を確かに受け取って、あやめは唇を切り結び右手を虚空に翳し応えた。
「キヨさん、どうして笑ってらっしゃるの?」
「可笑しくって。だって!」

“敷島様は、私のように穢れた女はお嫌いだって仰ったんですから!”

 桜を模した洒落た装飾のランプが灯る店内に、毒々しいキヨの嗤いが反響する。
「冗談みたいなお話だけど、私を騙し組み敷いて散々な扱いをして『純潔を散らせなかったっ』てお怒りなのよ!
 あはははっ! あんな扱いおぼこにしたら耐えられるわけがないじゃない……まぁね、あなたの仰る通り、敷島様は下衆だわ」

 曰く“敷島がキヨを襲った”日は、幸子がキヨの消沈を悟った日の前夜の出来事。
 何時ものように夜のデヱトとの名目でそぞろ歩いていたら、人通りのない路地裏にていきなり背後から何者かに羽交い締めにされた。
『キヨ、俺が初めての男になってやる』――襲撃者に手を押さえさせて無理矢理事に及び、終わった所で吐かれたのが先程の台詞だそうな。

「敷島様は私に恋い焦がれてはいらっしゃらないわ、だから茂ちゃんが殺されるわけもないのよ!」
「ならどうして、その後も敷島さんはあなたを求めたの」
 答えは推測できている――下衆は、キヨを罵りながらも茂の姉という弱みをネタに体だけを弄んだのだ。
 その上で、幸子が見た出逢い茶屋の件を問い詰める真夜は、奈落の舞台でもなお怜悧さを維持している……強靱にして、狂人。
「ッ!」
 キヨの喉が鉛を飲んだかの如く苦しげに鳴るも一瞬、押し寄せてくる“現実”を再びの嗤いという墨で塗りつぶす。
「茂ちゃんは、ちゃんとお姉ちゃんに逢いに来てくれて、今はお家に一緒にいるわ!」
「――キヨさんっ!」
 あやめは虚空にあった手を伸ばし駄々っ子の腕を握りしめた。
 はしりっと肌と肌が触れあう音は、かすかであったにも関わらずけたたましく耳障りな墨を刹那的に打ち消す力を有している。
「キヨさん、キヨさん……話してくれてありがとう。辛いよね、ひどいよね……あたしはそんなことしか言えない」
 ごめん、と言いかけたあやめは唇を笑みの形に変えた。
「ううん。言うだけじゃあないよ。キヨさんを助けたいし、絶対に助けるの」
 真夜が引きずり出した“破綻”――其れは、白昼の元に晒さねば胸の内側を蝕んで、影朧の影響も手伝いキヨの精神を加速度的に壊すのが確定の、哀しき毒物。
 だけれども、ここからなんと説得すればキヨを救えるのか!
「キヨさん、お願いがあります」
 あやめは、狂人めいた恐ろしい力で振り回される腕にもう一つの手で触れて包む。
「……あたしを、あたしたちあなたを助けたい人たちを、茂さんに逢わせてくれますか?」
 やりかたはわからないけれど、
「どうすればキヨさんが助かるのかを、一緒に考えたいんです」
 そう言われたら、ぴたりとキヨは動きを止めた。
 喫驚と「さぞや痛かろう」と気遣い僅かにゆるんだあやめの指を、再びの恐ろしい力がふりほどく。
「茂ちゃんが死んでるだなんてご冗談! 私がそんなに可哀想なわけないじゃない……」
 椅子に投げ出された怪我をしかねないあやめを真夜が抱き留め事なきを得るも、キヨはドアベル鳴らし店外へ駆け出した後だった。
「大丈夫?」
「はい、ありがとうございます。キヨさん……」
 映像も声も、確かに捨て台詞を鮮やかに描き出していた。でも、無声映画に挟まるような白紙に記された『』の中身は、
「助けてって……言ってましたよね」
 あやめにも、
「ええ」
 真夜にも、確かにそう読めた。

『ねえ、どうして、茂ちゃん。
 どうしてあなたは、息をする度に血反吐を吐くの?
 どうしてあなたに、出刃包丁が刺さっているの?
 どうして……あなた、まるで死人のようじゃない』

『助けて、助けて、助けて
『誰か、茂ちゃんを、助けて――』

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​




第2章 冒険 『貧民窟』

POW   :    絡んでくる住民をいなし、情報を聞き出す

SPD   :    住民とはなるべく関わらず、隠密行動で情報を集める

WIZ   :    住民に対価を支払い、情報を買う

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​

種別『冒険』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


(10/2
 2章目のプレイング募集は、今週中に断章投稿後に開始予定です
 今しばらくお待ちください)
 
 

 カフェ鶴亀から制服のままで飛び出した青前キヨは、やがては表面上の平静を取り戻す。
 職場のすぐそばの自宅に帰ると出歩いて支障ない洋装ワンピースにコートを羽織り、新宿駅へと向った。行き先はここ数日は夜を過ごす浅草だ。
 今日は、敷島(あのおとこ)の相手をせずにやり過ごせた。いや、もうあんな男に無駄な時間を費やす気もない。
 茂は帰ってきた。
 息を殺し搾取されながらも姉弟で死にものぐるいで生きた浅草貧民街に、二人でまた暮らせているのだ。
 ごととんごととん……太ももに伝わる振動にうつらうつら。落ちかけた瞼は、車掌が次の駅を告げながら車両を移動していくのに引きずりあげられた。

 『いざや往け逝け、地獄道』大評判の大入り上映中!

 そんなつり革広告で三番目に大きく描かれた弟と目が合ったら居たたまれなくなる。
 なんとか弟の傷を治して、また芸能プロに戻してやらないと――これが欺瞞だと認めたら壊れるから、キヨは奈落の舞台にあり続ける。
 電車に乗っているキヨは傍目にはなんの異常さもない。肩で切りそろえた髪が似合う美人寄りのモガでしかない。
 一方で、先程話した二人の顔が浮かぶ。更には昼間のカフェで、幸子や敷島、マスターも妙に誰かと話し込んでいた。
「…………」
 自分の腕を抱く素振りで爪を立てるが、コート越しなら痛みもない。だが耳障りな布の削れる音はキヨにある種の思索を与えるのだ。
 ――茂ちゃんを彼らに逢わせたら、連れて行かれてしまう気がする。
 このまま弟の元に帰るのは得策ではないかもしれないが、電車は『浅草』へとついてしまった。
 ふらりと席を離れたキヨは、浅草の街を寂しい方へ寂しい方へと歩を重ねる。結局は自分は貧民街(あのまち)に相応しい浅ましい人間である。
 そう、おしろいはたいてドキツい紅ひいて、男が好む色事女がお似合いなのだ。


 芸能浅草と同じ街とは思えぬ程に、その通りからは“こっち”は、うらぶれて辛気くさくて貧乏くさい。
 バラック長屋が建ち並び、前時代的な共同井戸がたまにある。一面に安っぽい煙草の臭いが立ちこめ、常に靄がかり先は見通せない。
 入ったが最後、帰れぬ後ろめたさ。
 その街の中にゴマのように散らされた者の出で立ちは、古着なら良い方でボロクズを纏った老人すら散見される。
 老若男女、目は鋭くさもしく尖りの上目使い。怯え、同時に自分より裕福な奴が1人でいたら集団で襲いかかって銭にしようかなんて悪事も容易く、倫理観の箍は貧しさですっかりさび付いている。
 そこへ踏み込んだキヨへ「よお!」と近しい年の男が下卑た笑いを浮かべて手をあげた。
「キヨぉ、今日もいいんだろ? 三人から話が来てんだよ」
「兄ちゃん、それはいけねえや」
 脇から這い出るように現れた中年が、蛇のようにキヨにまとわりついた。
「キヨはわしらのもんじゃ。お前らはキヨが戻ってからの新参、ちったあ控えろ」
 老人の脇から如何にもなあぶれ者が錆びたナイフや削って尖らせた竹を手に現れる。
「おいおい、俺だってガキの頃からこいつの“あの声”聞いて育ってんだよ」
 聞くに堪えない会話も、体をいやらしくなで回す手も、キヨは一切させるがまま。ただ道の集中点を向く瞳は何もかもを投げだしたような諦観に塗れて、いた。

「キヨはこの街のみんなのもんだ、だろ?」

======================
【プレイング募集開始時刻】
10月4日 午前8時30分 からです
(それ以前に頂いた分は採用の優先度が下がります、ご注意ください)


【採用人数】
1章目と同じく13名を予定
余力があれば若干名増やすかもしれません

2章目からの参加も可能です
ただし挑戦者数多数の場合は、基本的に1章目参加の方を優先します、ご了承ください


【状況】
・1章目に参加不参加にかかわらず、出ている情報は共有済みです
・浅草貧民街の場所は判明しています
・1章目でそれぞれ皆さんが出逢い対話したNPCとの関係は継続しています


【やれること】
◆貧民街のどこかに匿われている影朧の居場所をつきとめる
 ・キヨに逢い説得する(貧民街付近で接触できますが、説得の難易度は難)
 ・貧民街での聞き込み
 ・その他、思いつく方法があればご自由にどうぞ

◆1章登場NPCや状況への働きかけ
 3章目でのキヨ・茂説得への足ががりや後味の良さにつながります
 またやり方によっては上の「キヨに逢い説得する」とリンクし説得の成功率上昇も狙えます

◆その他にシナリオのクリアの為に試したいことがあればどうぞ

以上、プレイングをお待ちしております
======================
(10/3 22:40 補足)
【やれること】について
◆貧民街のどこかに匿われている影朧の居場所をつきとめる
◆1章登場NPCや状況への働きかけ
◆その他にシナリオのクリアの為に試したいことがあればどうぞ

この3つの項目がおおまかな選択肢です
この内のどれかを選んで行動してください
プレイングに選んだ選択肢の「◆貧民街の~」などは書かなくても大丈夫です、やりたい行動に文字数を使って下さい

>◆貧民街のどこかに匿われている影朧の居場所をつきとめる
 ……の下の3つは「貧民街~」を選んだ上で出来そうなことの例示です

======================
影見・輪
【WIZ】敷島三郎と接触

青前茂の殺害関与について本人にも事実確認の上
今後、二度と青前キヨの前に現れることのないよう釘を刺すよ
必要なら命に別状ないくらいに痛い目を見せておきたいね

敷島のキヨへの悪意は相当なものだと思う
もしかしたら影朧になった茂が居なくなった未来も
キヨは敷島の相手をさせられるのかもしれない

もしそうなら大切な姉の未来はどこまでも絶望的だ
それを知ったら茂は納得しないだろうし、そうなると「転生」だって難しくなる

無理かもしれない
けれど願うなら、キヨにはもう一度生き直して欲しいから
憂いがあるなら払っておきたい

自分で金も稼がず権力笠に着てやりたい放題のお坊ちゃんにも
いい薬になればいいんだけどね


涼風・穹
敷島三郎の手口…
随分と手馴れている感じだし初犯じゃなさそうだけど手が後ろに回っていないのは父親が何かしていそうだな…

以前訪ねた警察署へ向かい青前茂殺害の真相や黒幕について話します
敷島の名前に怯むなら後で決定的な証拠を用意すると伝えます
……この世界だとまだ早いかもしれないけど、そのうち犯人が先に分かってその手口を解き明かしていくような構成の物語が流行るかも…なんてな

後は敷島三郎にそっと耳打ち
女一人手に入れるのに強姦、脅迫、殺しとは随分と品がないねぇ…
それと吝嗇は良くないぞ…
そして密かに《影の追跡者の召喚》を使用し監視
犯行の隠蔽や父親に泣きつくなら全ての行動を逆手に取り証拠を確保
合わせて警察へ報告


ヴィクティム・ウィンターミュート
──楔を撃ち込む必要がある
たとえ転生に持っていけたとしても、敷島三郎の存在は邪魔だ

『Balor Eye』を展開
敷島三郎の身辺をマークさせ、弱みを徹底的に収集
キヨを羽交い絞めにした襲撃者も見つかると御の字だな
喋らせりゃ婦女暴行に加担した証拠になる
その後は変装して本人を待ち伏せる

青前キヨ及び青前茂に対する、一切の関りを禁ずる
あのカフェーに通うことも許さない
芸能プロに妙なことをするのも許さない
これらを違えた場合、即座に貴様を殺し、敷島家を破滅させる
これは"命令だ"
了承しないならこの場で殺す

あぁ、それから
俺にバレなきゃいいなんて思うなよ

(三郎の行動を事細かに撮影した写真をばら撒く)
"お前を見ているぞ”




「またお前か! 警察も暇じゃァないんだよ」
 涼風・穹(人間の探索者・f02404)を前に、安い煙草を燻らせる警官はあからさまに渋い顔でまくし立てる。
「犯人が根城にしとる場所はちゃァんとつきとめとる! 捜査員を向わせて蟻も漏らさぬ住民への聞き込み……おほん! いざとなれば一帯をしょっ引く、どうせみィんなすねに傷があるんだ」
 穹は一通り喋らせた後でわかりましたと頷き、しかし、と話を継いだ。
「実行犯の逮捕は確実なのはこちらも理解しています。だが黒幕がいるとしたら? そいつは婦女暴行もやらかしていて、手馴れたやり口から初犯とは思い難い、放置しておけない筈だ」
 警官の太い眉が顰められるのを前に穹は話がそのまま通るとは全く期待をしていなかった。恐らくは、敷島三郎の父親がもみ消している。
 案の定、警官は「敷島三郎」の名を聞いたとたん、今までの威勢はどこへやら視線を泳がせ始めたではないか。
(「わかりやすすぎるんだよ……」)
 後世流行る探偵小説にいる足を引っ張る警察関係者そのままの言い逃れ、穹は呆れて言い返すのも時間の無駄だと聞き流した。
「……とまァ、華族のご子息を事実無根な妄想で犯人呼ばわりは困るよ、君ィ!」
「わかりました。それでは決定的な証拠と共に改めてお伺いします」

「成程ね、警察にも確りと鼻薬が嗅がされてるわけか」
 警察近くのカフェの奥まったボックス席にて、穹を待っていたのは二人。その内一人の影見・輪(玻璃鏡・f13299)はあんみつを掬うスプーンを置き肩を窄めた。
 敷島のキヨへの悪意は根が浅い癖に余りにもタチが悪い。
 例えば影朧である茂をうまく祓えたとしても、キヨは意に沿わぬまま敷島の相手をさせられ続ける可能性は残念ながら高そうだ。
 それは、キヨにもう一度“生きなおして欲しい”と願う輪にとっては看過しがたい状況だ、変えておきたい。
「──楔を撃ち込む必要がある」
 輪の内心に応じるように、ヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は剣呑さを滲ませ凄絶に笑った。
「たとえ転生に持っていけたとしても、敷島三郎の存在は邪魔だ」
「それには全面的に同意するよ」
 即答の輪は、寒天を喉につるりと伝わせた。
「まぁ殺さない程度にな」
 穹は昆布茶を啜る。穏便なやり方を勧めるつもりはないらしい。
 さて、それではどう動こうか。
 目的をほぼ同じとする三名は、頭をつきあわせて敷島へ然るべき報いを与えるべく方法を相談を開始する。
「とりあえず、敷島の現在の居場所は把握済みだ。本気でクズだな、この男」
 ヴィクティムの眼光が、人では持ち得ぬ燐光帯びた輝きを孕む。
 彼だけが視界では――色事を終えた敷島が“悪いお友達”へ女をお裾分けしてやっているさなかであった。
 場所は料亭の秘された部屋、縁側からおりていける庭にはヴィクティムが目立たぬよう黒猫の形で遣わせたドローンが伏せて一部始終を送りつけてくる。
「証拠は残せるかい?」
「もとよりそのつもりだ。今連れてるゴロツキがキヨの時に手伝ったゲスだ」
「それは手間が省けるな」
 強姦の証拠集めの一丁上がり。
「……移動しながら話そうか」
 女性が悲鳴をあげ嫌がっていると聞き、輪は袖を口元に宛がい紅を斜めに逸らす。
「権力を笠に着てやりたい放題のお坊ちゃんには、熱くて痛いお灸が必要だ」
 楔とはヴィクティムもうまく言ったものだ。


 ヴィクティムは先の芸能プロでも使った手並みで顔を変えた。声もかつて真似た某かから引っ張り出す。
「用意周到だね」
 申し訳程度に御髪を束ねた輪と殊更印象を消した穹とあわせて三人は、料亭のそばで敷島達を待ち構える。
 程なくして上機嫌で現れた男の内、まずゴロツキの腕を後ろからひねりあげたのは穹だ。
「敷島三郎、何処までの罪を曝かれたい?」
「……ッ!」
 輪の指摘に青ざめるも敷島の判断は疾風迅雷の如く。囚われた仲間を速攻見棄て逃走を図る。
 輪なら御しやすいとぶつかるように駆け込んできたのを、闇に身を潜めていたヴィクティムがあっさり頭を捉えて捕獲した。
「本当に見た目で人を判断し、相手を見下げて舐めてばかりのようだね、君は」
 穹が仲間のみぞおちを殴りつけて気絶させるのを背景に、輪は呆れ果てた風情で敷島を見上げた。
「青前茂を殺した実行犯はまた別にいるようだね」
「何のことや……ぐぁっ」
 輪は右手を敷島のシャツの隙間から差し入れて、拳を強く押しつける。肉の焦げるような音と臭いが周囲に充ち満ちて、敷島は悲鳴をあげるが三人はそれぞれ冷淡な見据えるだけだ。
「これは“命令だ”」
 輪が手を引いたのに入れ替わりヴィクティムが敷島の耳元に唇を寄せた。
「青前キヨ及び青前茂に対する、一切の関りを禁ずる。あのカフェーに通うことも許さない、芸能プロに妙なことをするのも許さない」
 ――言っている意味は、わかるな?
 念を押すヴィクティムの一方の親指が敷島の喉仏にかかった。
「……ひゅ」
 ヴィクティムの指先が著しい湿気を計測した。
「全部わかってるんだよ、こちらはね」
 輪は粛々とした所作で袖を抑えると、玉の汗が浮かぶ肌へ再び拳を滑らせた。今度は命の臓器たる心臓側に痛みを与ふ。
「ぎゃ……あっ、あぁ! ぼ、僕にこんなことをしてっ……ただで済むと思っ……ッ」
「まだわからないのか?」
 くい。
 ヴィクティムは殺さぬよう絶妙に加減して親指に力を込める。
「先程言ったはずだ。“命令だ”と。了承しないならこの場で殺す。そして敷島家も破滅させる」
「……!」
 ヴィクティムがあっさりと指を外した時点で、今度は穹は敷島の耳元に囁きかけた。
「女一人手に入れるのに強姦、脅迫、殺しとは随分と品がないねぇ……それと吝嗇は良くないぞ……」
「たずげでぐで……僕は悪ぐない。みんなぞいづがやったんら……」
「この後に及んで吝嗇は良くないぞ……罪をかぶせるだけのことをこいつにしてやったのか?」
 穹は身を離すと、ゴロツキの捕縛作業に戻った。
 ヴィクティムは完全に敷島を解放すると、先程撮った写真をびらりと扇子のように開いて見せつける。
「"お前を見ているぞ”――これからもずっとな」
 金の力で築いた楼閣、決して他人が入れぬ所の密談風景を余すところなく抑えられていた。
 更には、輪とヴィクティムが本気で自分を殺めるぐらいの覚悟はできているのだとも感じ取り、敷島はガクガクと首を盾に振ると這々の体で逃げ出した。
「さて、と」
 穹の足元から影の追跡者がにゅるりと現れて、敷島の影へと融けこむ。夜道の街灯、光が途絶えても不思議な事に敷島の足元には影がある、今しばらくは。
「一旦逃がしておいて、敷島家全体の悪事を把握する気だね。穹さんもお人が悪い」
 ころころと鈴転がりの声で笑う輪へ、ヴィクティムも唇の端を吊り上げた。
「結局は敷島家も破滅だな。あーあ、気の毒に」
 その気もない癖にと苦笑い、穹はゴロツキを背負いあげると振り返る。
「何を言う。俺の目的は最初からこれだぜ? 敷島三郎を警察のお縄にかける。前科何犯だか知らないが、野放しは頂けないからな」

 さて。
 輪とヴィクティムによって恐怖を刻みつけられた敷島は、少なくとも帝都に二人がいないと把握できるまでは青前キヨに近づけない。そしてこの数多の人々が営み暮らす帝都、把握なぞ無理な相談である。
 それならば、なにも女はキヨ一人ではない、監視者の影に怯えるよりは他を相手にすればよい。
 青島茂の罪のつつかれが過ぎれば、如何に上流階級に顔が利く父と言えども隠滅が困難となり得ると、それぐらいの知恵は敷島も持ち合わせていた。
 まぁ、それとて時既に遅し。
 ヴィクティムと自分の影より得た証拠を確りもみ消し不可に仕立てあげ、穹は警察に持ち込む気満々だ。
 ――嗚呼名家敷島、此処に堕つ。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​

マリス・ステラ
【WIZ】キヨを救出

「その手を離しなさい」

淀みない動きで悪漢達を投げ飛ばす
キヨの手を掴み、

「逃げます」

駆け出す
落ち着ければ、

「申し遅れました、私はマリス・ステラと申します」

アルカイックな笑みを向ける
今の私はただの通りすがり

彼女と接触したのは説得の為ではない
このままでは彼女は弟を喪う
既に喪っているかもしれないが、問題はそこではない

キヨは壊れてしまうかもしれない

影朧を倒せば事件は解決する
しかし、彼女はどうなるだろう?

「あなたには迷惑だと思いますが、今離れる訳にはいきません」

彼女自身に害が及ぶ可能性もある
キヨ自身は自らを傷つけても茂を守ろうとしただけ
それは誰にも否定できない

私はキヨに寄り添うと決めた




 人の手が届く範囲なんぞとてつもなく狭い。欲張ったらどちらも取りこぼす。だからキヨは自分を諦めた。
 弟と自分なら弟が幸せになって欲しい、姉としては当たり前の気持ちだ――そう言い聞かせ続ける声は、最初はあどけない子供の自分であった。
 饐えた臭いが満ちる小屋で身をかがめ、飢えれば行き交う大人達に食べ物を無心しはじまった人生。
 その日暮らしで糊口を凌ぐのに窮する大人達が、キヨと茂に代わる代わる食べ物を与え続けた理由を少女はやがて思い知らされる。
 その時、脳に響く言い聞かせの声は、娘というにはまだ若く少女と言うには無垢さを佚したものになっていた。
 今は、大人の自分の声がわんわんと響いている。
 ――女だから、春がひさげた。
 ――それが、それだけがわたしの価値なのだ。

「その手を離しなさい」
 不意に、青前キヨは頬から斜め上に駆け抜ける風圧を感じ取り、骸めいた眼窩を瞬かせた。
 繊細にして力強く、マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)の金の髪は闇を切り刻むようにして光をもたらす。
 ぱちり、ぱちり、ぱちり。
 まるで活動写真のコマ送り、瞬くキヨの視界の向こうで男を無理矢理教えた老人が、宙に舞い地へと叩きつけられた。
「なんだ、この女」
 竹槍やら掲げた野郎どもは気色ばみ顔を見合わせた。そんな中で、最初にキヨに声をかけた男は怯まず襲いかかる。しかしそれを難なく躱し素早く手刀を首の横に見舞う。
「逃げます」
 よろけた男が立て直す前に、棒立ちのキヨの手首をひっつかみマリスは地を蹴った。引きずられる侭に足を動かすキヨは、ただ一点を見つめている。
 それは、マリスが確りと握りしめてくれている手首の部分だ。

「……っふぅ。ここまで来ればひとまずは大丈夫でしょうか?」
 貧民街の細かな地理はわからぬが、キヨはあくまで一般女子だ。延々と走らせる訳にもいかず、身を隠せる入り組んだあばら屋の壁で息をついた。
「……ッ、よその人よね? 綺麗な身なりしてるもの」
 礼もしないキヨは、嫉妬と投げやりさを含んだ表情をしていた。実はそれには少し安心するマリス、キヨに“嫉妬”という人間らしい感情が残っている証しだから。
 キヨと接触したのは説得の為ではない。
 このままではキヨは弟を喪う、既に喪っているかもしれないが――いや、問題はそこでは、ない。
 改めて名乗ったマリスは、手首への力を緩めるも離さずにもう一方の手も添えた。
「あなたには迷惑だと思いますが、今離れる訳にはいきません」
「あなた、マリス……さんは…………」
 ぐらりぐらり。
 キヨの心が奈落と現実をイッたりキたり、不安定に揺らぐ様がマリスからはよく見える。
 だが無理に心の襞には触れない。
 まずは落ち着いて他者の言葉に耳を傾けられるようにと、瞳は真摯に口元には安寧なる微笑みを浮かべ、包み込んだ手首を撫であげる。
「……」
 キヨは伏し目がちの双眸で手首を見つめている。
 マリスが今キヨへ向けているのは、キヨが茂へと注ぐ守護の気持ちに恐らくは近しい。
 何処までも情け深くて弟を護ろうと己の身すら費やしたキヨの心は、何人たりとも否定できるものではない。
 届くのならば手を差し伸べ寄り添い、これ以上傷つかぬようにと身も心も護る。マリスが望み行動する理由は、ただそれだけだ。

成功 🔵​🔵​🔴​

霧島・ニュイ
これ、猟兵案件じゃなきゃキヨちゃんに復讐代行の営業かけるところだなあ…(咎人殺し)

二人を説得する為
実行犯の捕獲と彼らに黒幕を吐かせるのを目指すよ

浅草貧民街
まずはみすぼらしい格好をしてゴロツキ達が集まる場所に潜む
【目立たない】【催眠術】【言いくるめ】などを使い、誘導尋問も行う
最近スタアが殺されたじゃん
犯人の正確な情報を持ってる人には賞金が出るって話だよ…
裏はしっかりと取る


身なりの良い格好をしてボンボン装って実行犯のアジト付近を歩いてみる
お願いです、お金はあげますから見逃してください…なんて【演技】かまして
隙をついて【だまし討ち】、ロープで捕獲。逃がさない様注意
命取られるのと出頭するかで選んで?




 キヨが連れ去られた後の場は、野良犬が冷や水をぶっかけられたように白けている。
 ボロ屋の壁に凭れ霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は煤け布で全身を覆った姿で貧民窟に完全に融けこみ、その一部始終を目にしていた。
「どうせキヨは弟んとこに戻るわい」
「飲み直しするべえ」
 幼いキヨに手を出した老人らは、そこいら地べたに座り込んでの酒盛り開始。当面は動かなさそうだ。
 なので尾行対象は「三人の客がいる」とほざいたキヨと同年配の男に決定だ。

 不機嫌に首を曲げる男が路地に入りしばし、更に若い舎弟が「マサさん」と呼び止めた。ニュイは軒下に身を潜め耳をそばだてる。
「え、キヨが逃げたって……“あの敷島さん”からの上客でしょー、どーするんスか?!」
「うるせぇ、あの坊ちゃんは俺にゃあデカい口聞けねえよ」
(「ビンゴ、茂殺しの実行犯はこいつらだね」)
 マサに蹴りを入れられ悶絶する舎弟には「口は災いの元だよねー」と同時にもっと喋れと念を送る。
「かっさらったアマは身なりから敷島さん側の人間だ」
「いざとなったら敷島さんに探してもらう、ですかい? まぁ人殺しには安い報酬っすよね。これからもねぶらねぇと元がとれねぇや」
 念は通じた。
「茂の奴、死に際に『姉ちゃんはまた俺らが可愛がってやる』って聞かせてやったから、今頃は安心して天国でおねんねしてるだろうよ」
 誰も聞いちゃいないだろうと自慢げに己の罪を垂れ流し。お陰で懸賞金をちらつかせて下手人を聞き出す手間が省けた。
「キヨもすっかり壊れちまったなぁ……『後生だから、茂ちゃんがいることは黙っていて』だとよ! あいつぁ茂の幽霊かなんかを匿ってやがんのかぁ?」
 青前姉弟の如く踏みにじられたシケモクを咥え、可笑しくて仕方ないと肩を揺する。
 この下等な輩達は、茂が無念の末に影朧と化したなどという繊細な発想には至れぬのだろう。
 せせこましい路地裏で、鼻つまみ者特有の饐えた臭いに息も絶え絶えな紫煙が絡む。そこに重なる嗤いは下品で猛々しいが同時にもの悲しさにも満ちている。
 だがニュイの心がセンチメンタルに染まることはない。
 憚らぬ大声嗤い是幸いと、ズタ袋から真新しい革靴を落して履き替える。続けてボロ布を棄てれば現れるズボンは上等仕立て、膝で折った裾をおろせば現れましたるは良家のお坊ちゃま。困り果てた素振りに眉を下げ、わざと目に付くように迷い出た。
「マサさん、あいつ客でしたっけ」
「三名様は外で待たせてんだろ? よぉ兄ちゃん……」
 なぁんて肩を掴まれ凄まれたなら、
「し、しきしまっ、さんにぃっ……!」
 と、声は怯えて裏返り、動きは無駄なき仕事人。舎弟のみぞおちへ肘鉄、間髪入れずに細く尖らせた杭をマサの顎の下に突きつける。
「スタア殺しの証人は彼がいれば充分。だからね、君の生死は問わないよ」
 実際キヨが望めば“咎人を処す”も厭わぬ程に、毛の程の価値も慈悲もない。
「勿論楽には死なせないよ? 悲鳴が聞けなくなるのは残念だけど喉を潰して、その後は息をする度に後悔する程の痛みを末永く与えてあげる」
 薄い肌に杭を捻り刺して伝う生ぬるい血液の香りに、ニュイは妖しげに瞳を煌めかせた。
「命取られるのと出頭するかで選んで?」
 結果だけを語ろう――ニュイは茂殺しの下手人“二名”確保した。

成功 🔵​🔵​🔴​

狭筵・桜人
せっかくのご縁ですからね。
幸子さんに協力を仰ぎましょう。

突然の訪問の非礼を詫びて
彼女に自分たちの正体と目的を明かします。
帝都桜學府に依頼された超弩級戦力って所でしょうか。

自分で言うとちょっと恥ずかしいですけど。
そんな大層なものが動くほどの事件なのだと。
影朧をただ葬るだけなら難しいことではありません。
しかしそれでは誰も救われないし、キヨさんも戻れなくなってしまう。

だから今度はあなたが彼女に手を差し伸べてやってはくれませんか、とね。

文を届けるでも良い。縁の品を預けてくれるでも良い。
一緒に捜しに行くと言うなら護衛となり必ずやお守りしましょう。
あなたの居場所は其処ではないと伝えてやってください。


南雲・海莉
(遣る瀬無さと敷島の悪意を跳ね除けようと拳を握り
必死に考え)

……マスター
キヨさんに応援の言葉を掛けるとしたら、なんて伝えますか?
詳しい状況は言えませんが、キヨさんを助けたいんです

(次に「新宿でのキヨさんの頑張りを見守ってた人達」を訊く)

応援の言葉を集めて伝えようと思ってます
今の彼女に必要なものだから

(キヨさん、勝手な事をしてごめんなさい
今のキヨさんには直ぐには届かないかもしれなくても
必ず、貴女の周りの善意を、幸せを届けます)

(私がもしキヨさんの立場なら
茂さんに伝えなきゃいけないのは2つ

一つは、茂さんと別れてからも彼を励みに彼女が幸せになった事
もう一つはこれからの彼女の安全
後者は仲間を信じてる)




 時刻は戻り、常軌を逸したキヨが店を飛び出した直後、場所も帝都新宿の『カフェ鶴亀』界隈である。
 敷島の悪意を仲間から共有されて憤懣やるせない南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)は、店内を伺い事態を把握していた桜人(不実の標・f15055)と合流する。
 ――キヨの手にした“現実(いま)”を確り伝えたい、二人の支え方は同じだ。なのでキヨの追跡は仲間に託しドアベル鳴らして店内へ。
「あー……もう、看板だよって……あんたか」
 呆気にとられたマスターは間抜けにあけた口でのんびりと出迎える。
 既に身分を明かしている海莉より紹介されて、桜人は聞き取った幸子の住まいへと返す刀で飛び出して行った。
「慌ただしくしてごめんなさい」
「いや、大事になってんだなぁ」
 その表情は喫驚に満ちている、が、幸子の住居を教えたのだから、彼は明日もキヨを受け入れる腹づもりであろう。
 キヨの戻る処は失われてはいない、ずっと握りしめていた拳を解き海莉は出してくれた珈琲を前に世間話のように切り出した。
「……マスター、キヨさんに応援の言葉を掛けるとしたら、なんて伝えますか?」
「応援かぁ……『いつもありがとうな。これからもずっとよろしく頼むよ』なんてのはありきたりすぎだよなぁ」
 困ったように頬を掻くマスターへ、海莉は頭を持ち上げる。
「このお店が“これから”もキヨさんの場所だって、それはとっても支えになると思います、ありがとうございます」
 生まれた家から異世界へ渡り、そこでまた大切な人との絆を編み上げた娘は更にこうも続けた。
「このお店や界隈でキヨさんの頑張りを見守ってくれていた人って、どなたですか? その方たちから言葉を集めたいんです」
 闇雲な発想だ、けれども足が棒になろうともかけずり回って集める所存。そんな決意にマスターは海莉を指で招く。
「じゃあもう今日は延長営業だ。お前さん、女給で客引きしてくれよ」
 制服と厚い和紙貼りノートを海莉に差し出して、
「キヨが来てそろそろ三周年、応援のメッセヱジを寄せてくれた人にゃあ、なんか適当にサービスってことで。客引き文句はお前さんに任せるな。
 さっきのあんちゃんに幸子に応援に来てくれって伝言すりゃあよかったかなぁ」
 いそいそと背を向けて準備を始めるマスターへ、海莉は深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
 ――淡く頼りないランタン街灯の元、海莉は「カフェ鶴亀、特別営業中です!」と両手を振って懸命に人目を惹きつけた。
 足を止めてくれた人からは欠かさずキヨのことを聞き辿る。
 彼女と会うのが楽しみで通うという声の他に、ノートに綴られた印象的に言葉を記す。

“泣いたうちの子をあやしてくれて、そのままお店で一休みした時のココアはとても美味しかったです”
“受験失敗で死のうと思い詰めてた時にクッキーのオマケと「これからもまたごひいきに」って。受験勉強の頑張りを見ていてくれてたんだなって救われました。学校は諦めたけど仕事は充実してます”


 幸子の住まいは風呂トイレ共用のちっぽけなアパートだ。靴を脱ぎ廊下にあがりこんだ桜人は幸子の部屋のドアをノックする。
 怪訝顔の彼女へ、桜人は突然の訪問の非礼を丁重に詫びた上で、自身の身分やマスターからここを教えてもらったと経緯を説明した。
「どうぞ。散らかしてますけども……」
 言葉と裏腹に、六畳の畳部屋は清潔に掃き清められていて正座の似合う佇まい。
「帝都桜學府に依頼された超弩級戦力って所でしょうか……自分で言うとちょっと恥ずかしいですけど」
 薬缶を火にかける幸子の背へやや照れたような声。なんて和ませを挟みつつ、悠長にしていられないので桜人は説明を続ける。
 ――キヨの弟が不幸な事件に巻き込まれて命を落し影朧と果ててしまったこと。
 ――キヨは影朧の弟を匿っている。傷ましい現実と影朧に心を蝕まれ待つのは破滅だということ。
 二人で番茶の湯飲みで指を温める頃には、幸子も事情を理解していた。
「キヨさん……でも超弩級戦力の桜人さんたちが弟さんを、こ、殺してしまったら……それじゃあキヨさんの気持ちは……」
「ええ、誰も救われないし、キヨさんも戻れなくなってしまう」
「嗚呼!」
 幸子は顔を覆い言葉にならぬ嘆きを零す。悲嘆に染まる前に桜人は切れ目なく言葉を継いだ。
「だから、今度はあなたが彼女に手を差し伸べてやってはくれませんか」
 彼もまた、キヨが弟の元を離れた後に編み上げた縁の糸でキヨを手繰り寄せようと考えていた。
 割れた卵が戻らぬように、壊れてしまった命は元の侭には還らない。けれどもキヨの体は生者で心の居場所も此の世の筈。
「私、でもキヨさんには助けられてばかりで、そんな私に何ができますか? できることだったらなんだってお手伝いしたいのに……」
 気概に満ちたその所作に、桜人は頬をふわり、転生の花綻ぶようにゆるめた。
「ありがとうございます。今目の前にいる幸子さんの思いやりをそのまま届けられれば心強いことこの上ないです。どうか、文にしたためてはいただけませんか? 他にも縁の品があれば」
「それなら直接一緒に……あ、誰かしら?」
 再びのドアのノックの主は海莉である。
「幸子さん、こんばんは。実は今、カフェの臨時営業をしているんです、それで……」
 キヨへの想いを綴ったノートを胸に抱き事の経緯を説明し終えた所で、出立準備を済ませた桜人と目が合った。
「わかりました。じゃあ私はキヨさんに『おかえりなさい』と言えるよう、お店をしっかりまわしておきます」
 室内にとって返しセピア色の雑紙の切り抜きを桜人に手渡した。

“今週ノ女給――カフェ鶴亀の看板娘は親友同士。あたたかな友情サアビスが自慢”

 白黒写真には、カチコチの幸子の隣で堂々と胸をはり微笑むキヨが映る。銀のトレイ越しに手をつなぎ仲睦まじさが伝わってくる。
「最初はキヨさんだけの筈が私も一緒にって言ってくれて、照れてちゃんとお礼も言えてなかったけど、近しいお友達みたいでとても嬉しかったんです」
「マスターが言ってましたよ。一番の仲良しは幸子さんだって」
 海莉の言葉にはにかんで、幸子は便せんを壁にあてるとこう走り書いた。

“大好きなキヨさん。いつも私の力になってくれてありがとう。だから私も力なりたいよ。鶴亀でキヨさんが大好きな砂糖大さじ三杯のあまーいココアを淹れて待ってます。どうか無茶をしないで 幸子”

 キヨとふれあい育った皆の気持ちが茂の亡くなった未来を歩く杖となる、そんな未来を手繰り寄せる為にもちゃんと彼女の元に届けねば!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

クロード・キノフロニカ
【天井】
キヨさんを説得

キヨさんは茂さんが死んだことを認めたくないのだろう
現実と向き合ってもらうことが、最善の手だと考える

書生姿で、取材のふりをして接触
仲間の集めてきた情報をまとめて、敷島が人をけしかけて茂さんを殺したのだという証拠を突きつけるよ
「さぁ被害者のお姉さん、お気持ちは如何に?」
キヨさんの信じたいものが揺らいだ隙を突くように心の【傷口をえぐる】
「殺された茂さんは無念を抱えたまま影朧になって……今のままでは、その無念から逃れられない」
影朧のまま在るというのはどんなに辛いだろう、苦しいだろうね

僕にも大切な人を喪った経験はあるから、気持ちは分からないではないけどね


楜沢・玉藻
【天井】
クロードさんと一緒にキヨさんを説得するわ
「あたしにも大切な弟がいるからキヨさんの弟さんを守りたい気持ちわかるわ」
「だから茂さんのこと助けてあげたいの」
仲間達が集めた敷島さんのした事の証拠を持って
キヨさんに茂さんが影朧であることを訴えるわ
「茂さんの様子が変なことには気付いていますよね?」
「傷ついたままでは茂さんが転生することが出来ないわ」
「キヨさんは茂さんがずっと苦しいままでいいの?」
別れはつらい
弟と逢えなくなるなんて耐えられないと思う
それでも弟が幸せに報われないなんて
姉としてもっと許せないわ
「あたし達に任せてくれないかしら
猟兵としてだけでなく弟を持つ姉として絶対に二人を救ってみせるわ」




 さて、再び舞台は貧民窟へと戻る。
 先程のカフェの一幕にて、まやかしに潜み込むキヨの姿が露呈した。
 弟の死は嘘だと自分へ延々と言い聞かせている姉の元で、果たして影朧たる茂は何を思うや。
 楜沢・玉藻(金色の天井送り・f04582)は巾着の中にある証拠の品をつきつけるべきか未だに悩む。姉でもある彼女はキヨの身が裂かれる哀しみには共感できるからだ。
「それでもね、直視しなくてはいけないことはあると僕は考えるのだよ」
 一方、何時もと打って変わった和装に身を包むクロード・キノフロニカ(物語嗜好症・f09789)の有り様は、何時も通りに達観して観劇者でシニカルである。
「寄り添ってくれている仲間がいる、そして後から駆けつける皆の手もあたたかいだろう。だから少し厳しくいかせてもらうよ」
 マリスがキヨの背に手を置くのを遠目に、そのように宣言するクロードを前に玉藻の腹も幾分か定まった。

「――若き星墜つ! 銀幕スタア青前茂、凶刃に斃れる! やぁ、こんばんは、被害者のお姉さん」
 新聞見だしをなぞるクロードの朗々たる声にひくりと揺れる肩、キヨの背がますます丸まった。
「スタアの青前茂くん、此より脚光を浴びる彼が突如悪漢に襲われ去った事件は非常に興味深い、だからお姉さんにお話を伺いに来たんだ」
「――」
 興味本位を隠さぬ話調には俯いたままで固唾を呑んで微動だにしない。だがどこ吹く風で、クロードは青前茂が殺された際の状況をべらべら囀った。
 ――実行犯は土地勘がある者。凶器が隅田川であがり、浅草貧民街の者に目星をつけられている。
 ――この悪辣な犯罪を指示をしたのは、敷島三郎その人である。
「手紙で茂さんを呼び出したそうよ」
 けれど、姉のことで話があるとの内容までは玉藻は口にはできなかった。
「幾ら華族様のお菓子をたんまりと口に詰め込まれた警察とて、もはや見て見ぬ振りはできまい」
 憎まれ役上等と再びクロードが引き取り語る。
「茂さんはね、敷島に殺されたんだ」
 玉藻は巾着の中から仲間がつかんだ証拠音声を封じたレコーダーを取り出した。
「あたしはユーベルコヲド使いです」
 そう宣言し再生すると、敷島が『茂殺し』を父親に告白して泣きついている情けない音声が流れた。
 カチリ。
 無機質な音で途絶えた後に垂れ落ちるのは、沈黙。
 身をかがめ舐めるようにキヨを覗き込むも、クロードには彼女の内心が未だ読み取れない。
 それほどに、キヨは、無。
 嗟歎もなけりゃあ、憤怒もない。
(「無で覆って逃げ込んでるようだね」)
 彼は玉藻やマリスに視線を巡らせた後、眼鏡越しに鮮やかすぎる翡翠を瞬かせ、一言。
「さぁ被害者のお姉さん、お気持ちは如何に?」
 心をなぶり疵を抉る暴言としか言えぬ問いかけに対して――幕は、あいた。

「殺してやりたい此の世で一番苦しむ方法で……と、でもお答えすれば満足かしら?」

 玉藻はすかさずキヨへと歩を詰めた。
「それが当然だと思うの。だってずっとずっと守ってきた弟を殺されたんだから」
 演じさせない。
 それがどんなに残酷な仕打ちであろうが、幻想舞台の向こうへは逝かせない。
「あたしにも大切な弟がいるの。だから余計にこのままじゃあ駄目だって思うわ。ちゃんと茂さんのこと助けてあげたいの」
「……茂ちゃんを助けてあげたい? どうやって??」
 そのキーワードは、現実と幻想を曖昧にするキヨの澱みに到達しかき乱す。
 認識したくない現実は殺害された茂で、今傍らにいるのは影朧と化して未だ血を流し続ける茂だ。
 ……幻想という嘘で塗り固めたって、
「茂ちゃん、昨日もおとといも、痛い、痛いって言うの。お薬を塗っても塞がらないわ、痛み止めを飲ませても苦しみは止まらないのよ!」
 茂は、苦しみの底にて呻き苦しんでいるのだ……。
「助けてくれるって、今、言ったわよね?! ねえ、どうやって?!」
 一般人とは思えぬ強い力で華奢な肩を掴まれて、だが玉藻は悲鳴ひとつをあげない。
「殺された茂さんは無念を抱えたまま影朧になっている」
 失敬と深々と頭を垂れてからクロードは二人の間の割り入り玉藻を解放する。
「…………ろぅ」
 遠くにあって欲しいと願っていた単語を口にしたら、言葉を覚えたての幼子のように辿々しかった。
 また再び、夢におちんとす。
「茂さんの様子が変なことには気付いていますよね?」

 何故、致命傷を帯びてなお茂は存在しているのか?
 ……何故、世間では青前茂は既に死者として報道されているのか?
 …………葬儀は芸能プロダクションにて、追ってって…………。
 色濃くなる“真実”に、キヨの顔から“虚構”が消えた。

「傷ついたままでは茂さんが転生することが出来ないわ」
「……今のままでは、その無念から逃れられない」
 だから「我々に託して欲しい」とまで続けることは二人には叶わなかった。
 キヨをあわせて四人を囲む影影、影!
「よお、キヨ。マサ坊がいねえからって油売ってんじゃねえぜぇ?」
 節くれだった指がキヨの腰に伸びたのを、玉藻は素早く叩き弾いた。だが、そいつが連れて現れた雑魚はざらりと十名くだらない。
「……嗚呼」
 両側の頬を自分の手で覆い隠したキヨの唇は引きつって――確かに笑みの形を描いていた。
 自棄のもの、であればどんなにか良かったであろう。だがそれ以外の色をちらつかせ、しかし縋るような瞳が先程手を引いてくれたマリスへ向いている。
「無粋なお邪魔虫もあったものだ、仕方がないお相手させていただこうか」
 素早く帯刀鞘のままで流麗なる軌跡にて男を打ち払ったのは、クロード。
 と、同時に清浄なる風が吹き渡り、駆けつけた仲間の内ひとりが「こっち、キヨさん逃げるよ」と強引に手首を掴み引っ張った。
「ここはあたしたちに任せて、逃げて」
 ぱきり。
 透かし扇子を開き華奢な指が風を救えば二人のごろつきが天地逆転。
 クロードと玉藻は背中合わせで隙を殺しあいの大立ち回り、逃れるキヨと仲間達の道を確保する。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

伊織・あやめ
キヨさんが男たちに迫られているところを割り込んで
キヨさんの手を引いて逃げるよ
あたしは今のキヨさんを見ていられない
助けたいんだ
キヨさんが男にとって「もの」と扱われている現状を
過去は変えられないけど、今から未来は変えられるんだよ

キヨさんはこんなに傷ついても弟さんを守ろうとしてる
でも、それを弟さんはどう思うかな
弟さんもキヨさんを助けたいと思うんじゃないかな
守りたいと思うんじゃないかな

だってキヨさんは
弟さんにとってたった一人のお姉さんだもの
銀幕スタアになったってそれは変わらない
…亡くなっていても、それは変わらない

もう無理しないでって弟さんは言いにきたんだと思うよ

(【捨て身の一撃】【覚悟】)


ファン・ティンタン
【WIZ】生きる事は、汚れていく事
最大限あやめ(f15726)をフォローする行動を
【天声魂歌】、少しでも共感があるならば、私がその想いを捻じ込んであげる

私はね、あやめ
その真っ直ぐな【優しさ】が、熱量が羨ましい
誰かを守りたいって願いは、いつだって弟を守りたかった彼女になら、届くはずだよ

あやめと共にキヨと接触
あやめの呼びかけ中、【異心転身】にて銀幕スタアとしての茂に転じ、問う

あなたが恐れることは、何?
汚れた身で弟に寄り添うこと?
弟と思う彼が、死にそうな“姿”をしてること?

いいや、それは重要じゃないよ

ねえ、キヨ
あなたの一番は?
あなたにとっての弟の定義は?

あなたは
どんな弟に会えれば、満たされるのかな?


岡森・椛
私が思っていたより何十倍も敷島三郎は悪人だった
今こうして足を踏み入れた街も想像以上で…怖い
平和に生きてきた私は甘いのだと痛感する

でもキヨさんを救いたい気持ちは本当
この街で、そして街の外でも酷い目に…
暗い気持ちを抱えながら、それでも、とキヨさんと接触

また下卑た笑みの人達が近づいてきたら、精霊アウラに風を起こしてもらい、追い払って逃げる
貴女はもう慣れてるかも知らないけど
私はすごく嫌で
だからきっとこれは我儘だけど…
茂さんを思い苦労を重ねてきた貴女に、これ以上穢れて欲しくない
ふわりとアウラの清浄な風で彼女を包んで、その体についたあの人たちの匂いを消す

貴女を暗闇から救いたいのです
私達を信じて貰えませんか


四ツ辻・真夜
さっきはごめんなさい
だけどこれだけは
キヨさん
春を売るのはもうおやめなさい

お話を聞いて
貧しい中弟さんに自分の食べ物を譲る姿が浮かんだよ
その優しい心は穢くなんかない

自分の価値は周りの人や環境で変わるもの
貧しいこの街は身体を売る術しか価値を与えてくれなかったけど
マスターさんや幸子さんは貴女の心に価値を見出してくれた筈
その心が死んでしまったら元も子もないよ

また売春を始めた理由が
敷島に弱みを与えたご自身に課した罰なら尚更
それは償いにならないよ
大切なお姉さんが自分の為に身を売る姿は
弟さんの心を苛むだけ

己を犠牲に人を助ける人には幸せになって欲しい
それが人情ってものだよ
特に幸子さんは恩人の貴女を支えてくれる筈




 荒んだ貧民窟を歩く岡森・椛(秋望・f08841)は、澱みの塊を押し込まれたかのような息苦しさに苦しめられている。
 それは伊織・あやめ(うつせみの・f15726)もまた同じ。交通機関での移動中から無言で考え込んでいた。
 傍らから漂うもどかしさに、ファン・ティンタン(天津華・f07547)は猫のようにしなやかな所作であやめの前に回り込んで名前の色宿す双眸を覗き込む。
「私はね、あやめその真っ直ぐな優しさが、熱量が羨ましい」
 時間を重ねるだけ、人生には色がつく。
 その色は綺麗なばかりではない、否むしろ、生きる事は汚れていく事と言うばかりに“無の白”になすりつけられていくのだ。
 穢れ。
 何故キヨは斯様に罪に穢れた男を惹きつけて仕舞うのか?
 椛がカフェで朗らかに言葉を交わした敷島は、陰惨にねじ曲がった裏の顔を有していた。そして貧しさで病んだこの街は弱きが更なる弱きものから搾取する。
「あたしは今のキヨさんを見ていられない、助けたいんだ」
 あやめの真っ直ぐな眼差しそのままの澄み渡った声に椛は瞠目するも、すぐにこくりと淡い紅色の髪をゆらす。
 差し掛かったのは折しも曲がり角、彼女らの双眸は男の軍団がキヨへと向うのを捉える。
「アウラ」
 あたたかな日差しの元を歩き続けてきた椛には、未だに汚泥を恐れる気持ちが強い。でも、綺麗でいたいから悲嘆の物語を歩む人から逃げるのは、恐怖よりも遠ざけておきたい嫌悪だ。
「こっち、キヨさん逃げるよ」
 翡翠の清浄を追い風に、あやめがキヨの手を男の群れから引き出した。すかさず足元に転がるガラクタを薙ぎ払いファンは道を拓く。
 土地勘のない一行はとにかく人気のない側を選び走った。
 デタラメかせめて救ってとの祈りからか赤い鳥居をくぐり、辿りついたのは最奥の川に面したどん詰まり。ボロ屋の並ぶ中、がとんがとんと水車が巡る音だけが不気味に響く。
「……はぁっ、ここは、どこ、でしょうか?」
「わかっ……ない。キヨさん……大丈夫、かな? 怪我はない?」
「ええ」
 振り返るあやめから逸れた瞳は所在なげに地面を彷徨うた。態度に構わず、ファンは比較的整った息で問う。
「ここなら話ができるかな、それとももっといい場所を知ってる?」
「…………影朧の、話?」
「そうだよ」
 悪びれなく返すファンへ、キヨは何も答えずにただ崩れるように水車の元に膝を折った。
「大丈夫ですか?」
 カフェで見た背筋を伸ばして凜としたモガとは打って変わり、土埃が似合いの惨めなキヨに、椛の胸がずきりと痛んだ。
「可愛らしい学生さん、あなたも“そう”なの?」
「はい、ユーベルコヲド使いです」
「……そう。だからって、あんな男に近づいちゃァ駄目よ」
 穢れから遠く可憐ながら木訥さの強い椛は、キヨの中で幸子の顔に重なる。
「ありがとうございます。キヨさんの方が大変なのに私を気遣ってくださって」
 穢れへの忌避は飲み下し、取り出したハンケチで丁寧にキヨの頬を拭う椛。吸って吐いて、この空気(ものがたり)も受け止める覚悟を決める。
「キヨさん、あのね」
 もう一方の隣にしゃがみ、あやめはキヨを真正面から見据えた。
「私は、キヨさんが男にとって「もの」と扱われている現状を見ていられない」
 影朧についての尋問がくるかと身構えていた女は拍子抜け、瞬いた後に曇天に墨をたっぷりと流し込んだ空を見上げて金魚のように口をあいた。
「あっはははは……何を言うかと思ったら! 平気よ? それが私の価値なんだから。女給も同じ、女の見目を使ってお金を稼いでるだけよ!」
 不意打ちで両側払って立ち上がり散歩気分の足取りでふらり川へ。追いすがるあやめと椛に先んじてファンは肩を掴んで止めた。
 さしたる抵抗もせずにキヨはふふと唇傾がせ心配露わな彼女らへ振り返る。
「夏はね、ここで体を洗ってから帰るのよ。大丈夫、溺れる深さもないわ」
 なァんて、存外日常的で平凡で狂気なぞない貌をしている。そう、彼女たちが辿りつく前に見せた“下衆に求められた時のありきたりな微笑み”だ。


 伝えたいのは謝罪。けれど、キヨへと届ける形を得るには自分は彼女を知らな過ぎる。
 貧民窟に消えたキヨを探す傍らで四ツ辻・真夜(幽幻交差・f11923)は、いつしか白と黒の愛機でキヨと茂が生きた窟の数々を切り撮っていた。
 現像しなければどう映ったかもわからぬアナログ機、だがファインダーを通した刹那は真夜の漆黒の眼にクッキリと刻まれる。
 ――地べたに座りこんで体を痛めつけるように酒を浴びる老人達。
 ――幼い妹を体に隠し身を縮めて今宵のねぐらを探す兄妹。
 ――三十路を越えた女が和装の胸元に指をひっかけて拐かす。
「罪の意識」
 瞳から入り唇を伝い落ちたセンテンス。
 生きる中で後ろめたさを感じたことがない聖人君子なぞそうそういない。だがここには罪を赦す余裕が誰にも、ない。
 誰かを赦さず赦されず、より弱い罪人を探し出しては石を打つ。
「ここは罪を“赦さず”に更に貶める」
 ひとり呟き再び瞳をあてたなら、通りの一角の騒々しさが耳を揺さぶった。
 フィルターを通過していくのはアザや鼻血を滲ませた男達、這々の体で逃げ出してくる有様一葉焼き付いた。
 男達が逃げた側には仲間かキヨがいる筈だ。真夜は多数に踏まれてひしゃげた看板の脇を抜け、急ぐ。


「ふふ……これが私の価値なのよ。ここに戻って思い出したわ。こうやって茂ちゃんを養うの。お薬だって買えるわ」
 椛は鬱っそりとしたキヨの微笑みに呑み込まれそうになる。敷島もキヨも、抱える闇は今までの椛の人生からは余りに遠い。
 けれどもアウラの心配そうな眼差しに背中を押されて、とにかくと口火を切った。
「貴女はもう慣れてるかも知れないけど、私はすごく嫌で……」
「ええ、こんなことに慣れるものじゃァないわ」
「だからきっとこれは我儘だけど……キヨさん」
 アウラに願い、再びの風は欲望をなすりつける男たちの匂いを祓い清める。濁った川の腐臭に慣れた女は、嗅いだことのない香りに戸惑いを浮かべた。
「茂さんを思い苦労を重ねてきた貴女に、これ以上穢れて欲しくない」
「そうだよ、キヨさん」
 カフェも体を売るのも同じと先程彼女は言った。
 けれどもあやめからは“違う”と見えた。
「過去は変えられないけど、今から未来は変えられるんだよ」
“現在の彼女”
 話しかけられるまで、あやめは女給のキヨをずっと見ていた。
 キビキビとテーブルを拭き、馴染み客とは華やかに笑い合い、孤独を望む客には飲食を欲するにあわせ接客する――職業婦人としての矜持を確と目に納めた。
 少なくとも、目の前の彼女のように世を捨て自らを棄てる態度とは異なっていた。
 今ここにいるのは“過去の彼女”だ。
「そんな綺麗事を言わないで、却って惨めだわ」
「……惨めにしているのは誰なんだろうね?」
 手のひらを胸に宛がえば、ファンの姿は片目を閉じた青年将校の姿へと書替えられる。嗚呼其れは、其れは勿論、銀幕スタアの青前茂!
「茂……ちゃん……そんな目で姉さんを見ないで……」
 輝きが苦しくて、キヨは頬に尖った爪を突き刺した。
「いけません、どうか止めてください」
 椛はしゃにむにキヨの腕にしがみつく。もみ合う二人の前で、茂の形の唇はファンの問いかけを紡いで投げこんだ。
「あなたが恐れることは、何? 汚れた身で弟に寄り添うこと?」
 あやめはキヨが爪を立てた頬を慰めるように撫であげる。
「キヨさん、キヨさんはどんなに傷ついても弟さんを守ろうとした。その為には寄り添うことも諦めたんだよね。でも弟さんはどう思ったのかな?」
「もうそれは聞くこと叶わないわ……! だって」
「弟と思う彼が、死にそうな“姿”をしてること?」
「かげ、ろう……」
 しんと静まる沈黙の中で、キヨは何もかもを堪えきらんと唇をへの字に曲げた。自分が喋れば喋る程、色々なものが剥がれ落ちて露呈していく。
「私、私が……茂ちゃん、姉さんはね、嬉しかったのよ? あなたがこの救いようのない環境から逃げられてスタアになれたこと。なのに、姉さんが、こんな姉さんがいたからっ……」
 椛とあやめを振りほどかんと暴れるキヨへ「キヨさん」と、四人目の声が響いた。仲間と手分けし探していた真夜が辿りついたのだ。
「敷島に弱みを与えたご自身に課した罰なら尚更、春を売るのはもうおやめなさい」
 此処は罪を赦されぬ人々の場所。
 目を背ける為に他の罪人を貶め石打って“くれる”場所。
「……それは償いにならないよ」
 弟殺しを誘発してしまった姉の己を罰して欲しいから、穢して貶めてと望む、れども、
「大切なお姉さんが自分の為に身を売る姿は弟さんの心を苛むだけ」
 救われないのだ、其れでは。
「じゃあ、どうすれば償えるのよ……。
 茂ちゃんは、私みたいな姉がいたから死んでしまったのよ? 私が姉じゃなかったらっ、敷島に目をつけられた私が無関係だったら、あの子は今でも生きていたわ!」
「そうじゃないよ、キヨさん」
 あやめはキヨの手のひらを包み込んで祈るように言葉を継ぐ。
「弟さんはキヨさんが大切にしたから大人になれて、スタアにもなれたんだよ」
「恥ずかしながら私はこんなに生きるのが大変な世界を知りませんでした」
 片側から支えるあやめに紅葉は目礼する間も、キヨへの言葉は途絶えさせない。
「そこで貴女は茂さんを守り続けてこられた。これほどまでに大切にされてきたことは届いている筈です」
「だって、私は茂ちゃんの姉だもの……」
「でも、誰もができることではないです。貴女の深い愛情あってこそです」
「そんな風に愛情を注がれた弟さんは、今のキヨさんを助けたいと思うんじゃないかな、守りたいと思うんじゃないかな」
 茂の姿のファンは差し伸べようとした手を下げて、姿も己に戻した。
 あやめが真夜が椛が、茂の真実に近しい心を語り伝えんとするのの妨げとなるのは全くもって望まない。
「ねえ、キヨ。あなたの一番は? あなたにとっての弟の定義は? ……幻想に謝罪を重ねても無為なだけだよ」
 何時しか暴れるのを止めたキヨはとうとう全身から力を抜いた。急激に重たくなった体をあやめと椛は慌てて左右から抱き留める。
「キヨさんは弟さんにとってたった一人のお姉さんだもの」
 蹈鞴踏んだあやめの声は、ふわりと跳ねた。
「キヨさんが弟さんに注いだものと同じだけ、弟さんだって手渡したかったはずだよ」
 例え身分が天地と離れようとも姉への感謝を無下にするような茂ではない、彼は貧しい環境でも常に慈しまれ存在を肯定され続けていたのだから。
「……ッ、茂っちゃ……」
 両腕を支え持たれた女は、自由になる顎を持ち上げて天を向く。心が崩れていく、でも、先程まで恐れた崩壊よりも恐ろしいものでは、ない。
「キヨさん、さっきはごめんなさい」
 真夜は真正面で頭を下げた。
 結果として幻想舞台に籠もるキヨを連れ出せたのだから、真夜の行動は決して間違ってはいなかった。それでも傷つけたことを謝罪し、彼女が生きた世界を納めたカメラを胸に抱えあげる。
「ここを巡っていたら、貧しい中弟さんに自分の食べ物を譲る姿が浮かんだよ」
「……」
 貧民窟の奥路地に灯りなどはない。故に闇夜へと向いた目鼻立ちは不明瞭に融け消え、辛うじてほの白く輝く頬に透明な水が一粒伝い落つ。
「……その優しい心は穢くなんかない」
「ッ! う、ぅうううう……ッ」
 堰ききったように溢れた嗚咽は一体何時から堪えていたのだろう?
 ――茂が死んでから?
 ――茂と別れてから?
 ――……金の為にと身を穢されて失ってから……?
 ファンは背中を振るわせ泣きじゃくるキヨを、そっとあやめの方へと押しやった。
「キヨさん、キヨさん……うん、泣いていいんだよ」
 ぽふりぽふり、抱き留めて背中を叩く。1度として子守歌を謳われず姉として身を犠牲にしてきたキヨを慰め癒やすように。

 流した涙と一緒に憑き物が落ちたか、キヨはあどけない面差しでぽつねんとした佇まいで此処に或る。
 ファンが説明する影朧についても、細かに全部理解したとは言い難いだろう。だが、少なくとも彼女たちを弟を匿う場所に案内せねばならぬとの意図は通じたようだ。
「……茂ちゃんとはさようならをしなくてはいけないのね」
「あなたはどんな弟に会えれば、満たされるのかな?」
 まだ会えていないだろうとのファンの暗示には苦笑返し。猟兵達に委ねるに踏ん切れぬ様には椛が進み出た。
「貴女を、そして茂さんも暗闇から救いたいのです。私達を信じて貰えませんか」
「……私も一緒に送って欲しい、それだけがが救いだって言ったら、あなた達は叶えてくれるの?」
 キヨのこの台詞には邪気も悪意もない。素の願望を口にできる程にユーベルコヲド使いたちに心を寄せた証明だ。
 だが、
「それは聞けない相談ですね。幸子さんが深く傷つき哀しみますよ」
 キヨの前に立った桜人は『幸子より』と記された封筒を掲げ見せた。
「キヨさん、これも一緒に読んでもらえますか?」
 共に辿りついた海莉もあがる息で和紙貼りのノートを差し出した。

“泣いたうちの子をあやしてくれて、そのままお店で一休みした時のココアはとても美味しかったです”
“受験失敗で死のうと思い詰めてた時にクッキーのオマケと「これからもまたごひいきに」って。受験勉強の頑張りを見ていてくれてたんだなって救われました。学校は諦めたけど仕事は充実してます”

“いつもありがとうな。これからもずっとよろしく頼むよ 店主”

“大好きなキヨさん。いつも私の力になってくれてありがとう。だから私も力なりたいよ。鶴亀でキヨさんが大好きな砂糖大さじ三杯のあまーいココアを淹れて待ってます。どうか無茶をしないで 幸子”

「よかったね、キヨさん。こんなにも貴女を見ていてくれる人がいるんだよ。これはキヨさんが手にした“現在”で“未来”だよ」
 丹念にノートを見つめるキヨへあやめは自分のことのように嬉しげに手を合わせた。
「この道へ踏み出すお手伝いを私はしたいんです」
 キヨの物語にだってちゃんと救いがあるのだと、椛は心からの安堵に胸を撫で下ろす。
「こんなの、私、忘れてたことばかりだわ」
 そんな些細なことを受け取ったひとりひとりは憶えていてくれた。
 でも、自分もマスターや幸子の優しさや、客からの「ありがとう」に、明日も制服に袖を通そうって、そんな風にやりがいを見いだしていた。
「己を犠牲に人を助ける人には幸せになって欲しい、それが人情ってものだよ」
 真夜は夜闇に沈む貧民窟をなぞった人差し指を、幸子と記された手紙へ着地させてくるりとおまじないめいた丸を作った。
「貧しいこの街は身体を売る術しか価値を与えてくれなかったけど、マスターさんや幸子さんは貴女の心に価値を見出してくれているよ」
 生きる場所でどのようにもなってしまい、また成れるのが人だ。
「その貴女の心が死んでしまったら元も子もないよ」
 皆のように、弟も望んでくれたのだろうか?
 ……望んでくれたの、なら。
 ………………いいな。
「茂ちゃん、姉さんね……」
 ぱたり、とノートを綴じて、丁寧に畳んで仕舞った封筒をキヨは胸に抱きしめる。
「さて、キヨ」
 一連のやりとりを見守っていたファンは、飄々とした素振りで手にした鞘入りの刀で肩を叩く。
「あなたの逢いたい弟の元へと行こうか、案内を頼むよ」
「こっちよ、この水車小屋の裏手だからそう遠くないわ」
 涙を拭ったキヨは、カフェにいたしゃんとして美人で隙が余りない、とってもできた女給さん。
 そう、
 キヨのように泣いた後をどう取り繕っていいかわからぬ娘へは、これぐらいの案配が丁度良いのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

文月・統哉
付き人の花と再び話を
自分が猟兵である事含め
事件の事を丁寧に説明する
誠実で思いやり深い彼女だからこそ
真実を打ち明けて協力をお願いしたい

悲しい事件だけど
それでも彼らは再び逢えたんだ
やれる事はきっとある
キヨが弟の幸せを願った様に
茂もまた姉の幸せを願っているに違いないから

姉と逢ってしたい事、渡したい物
生前の茂に計画があったなら教えて貰い手掛かりに

キヨが『もうお姉ちゃんぶれないなっ』て
納得して見送る事が出来る様に
姉のお陰で役者となり立派な男になれたのだと
彼自身の手で証明出来る様に手助け出来ればと思う

その為の準備を

茂愛用の小道具もあれば借りる
大切な人との別れの時
人生最後の大芝居を
彼の最高の演技で飾れる様に




 芸能プロダクション行きつけの食堂を出た所で、文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)は、俳優志願の真摯さから猟兵としての真剣さに表情を切り替える。
「花さん、騙すようなことをしてすまない」
「え?」
「実は俺は影朧事件解決が生業の猟兵で、青前茂について調べていたんだ」
 鳩が豆鉄砲を食ったように首を傾ける花へ、統哉は協力要請の為に青前姉弟の真実を語り出す。だがそれはすぐに途絶えた、花が広げた片手で留めたからだ。
「そんなに大切な話なら事務所で落ち着いて聞くわ」
 手のひらはそのまま水平をなぞり、繁華街から走り込んできたころりとしたタクシーへと掲げられた。

『関係者以外立ち入り禁止』との札が掲げられた会議室にて、統哉は花へ一部始終を打ち明けた。
「敷島さんが……信じられない、なんて非道いことをするの」
 ぎゅうとハンケチを握りしめ、盟友たる茂の死の真実の残酷さに花は必死に堪える。
「悲しい事件だ。花さんから茂さんの話を聞いてますますその思いは強くなった。でも、こんな形だけど、彼らは再び逢えたんだ」
 影朧としての茂と、身も心もズタズタにされたキヨ。
 影朧を桜の咲きへと送り出してやる為に、そして現世を生きるキヨへ、握りしめて人生を生きていける何かを手渡してやる為に――。
「姉のお陰で役者となり立派な男になれたのだと、彼自身の手で証明出来る様に手助けしたいんだ」
 役者としての茂をずっと見てきた花の力添えがあるのなら、最期の大芝居、花道をより艶やかにしてやれるに違いない。
 其れが、キヨが逢いたい茂であり、茂がキヨに示したい己ではないかと彼は考える。
「茂愛用の小道具はないか? 頑張っていた証しとか他にも姉に逢ったらこうしようとか……何でもいいんだ。キヨが『もうお姉ちゃんぶれないなっ』て納得して見送る事が出来る様に」
 花は頷くとドアを開け放った。
「わかったわ、急ぎなんでしょ?」
 ぐいっと統哉の腕を引くと板張りの廊下を勇ましく走り、一気に玄関を駆けだした。これには統哉も面食らう。
「茂の家に行くわよ! 警察サンが立ち入り禁止って言ってるけど、ユーベルコヲド使いサンが面倒事にも話をつけてくれるでしょ?」
 ひらり、
 またまたタクシーを拾う彼女のひとさし指には銀色の鍵が絡まり揺れている。

 スタアが暮らしていたとは思えぬ庶民的なアパートメント、六畳二間が辛うじての贅沢か。畳まれた布団と衣紋掛け、居間にはちゃぶ台と箪笥があるだけだ。
 勝手知ったる風に花は幾つかの脚本を探り出した。
「すごい書き込みだな」
 文字だけではない。軍刀を振るう際に相手役に怪我をさせずに、かつ嘘と見えぬようにとの試行錯誤、つたない棒人形の絵が数えきれぬ程の構えで描かれている。
「ここねぇ、彼が演技を褒められた所よ」
 きゅいと花はくだんの部分を爪で印をつけて手渡すと、今度は物入れを丹念に探り出す。
「………うん、見つけた。よかった、押収されてなくって」
 煤けた台本の隣に若草風呂の小さな風呂敷に包まれた小箱が置かれる。
「これは?」
「活動の主軸が帝都になると決まって初めてのお休みの日に買いに行ったの」
 促されて、統哉は「茂、あけるよ」と小さく呟き封を解いた。中から出てきたのは、キヨの黒髪に映えそうなかすみ草を模った髪飾り。
「お姉さんへの贈り物」
 もらってばかりの弟が初めて自分の力で得たもので誂えた特別、誓いの結晶。統哉は重さへの敬意を逸せず丁重に箱に収めてから懐に忍ばせた。
「借りるよ。いや……必ず、茂の姉の手に届ける」
 
 ――時刻は宵をとおに過ぎ、帝都の石畳覆う夜霧は街灯の光条すら呑み込み隠す。
 統哉はタクシーを止めて乗り込むと、行き先には仲間達がいるやもしれぬ警察を告げた。
 夜霧を払い滑り出すタクシーの中で、青年は柔らかなシートに背中を預け一時の休息に浸る。
 斯くして、影朧である青前茂との対決へと駒は進められる――。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 ボス戦 『獄卒将校』

POW   :    獄卒刀斬り
【愛用の軍刀】で対象を攻撃する。攻撃力、命中率、攻撃回数のどれを重視するか選べる。
SPD   :    影朧軍刀術
自身に【影朧の妖気】をまとい、高速移動と【影朧エンジンを装着した軍刀からの衝撃波】の放射を可能とする。ただし、戦闘終了まで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    同志諸君!
【かつて志を同じくした帝都軍人】の霊を召喚する。これは【軍刀】や【軍用拳銃】で攻撃する能力を持つ。

イラスト:藤本キシノ

👑11
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠山田・二十五郎です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。



 水車の裏手側、砂利を蹴って細い道を渡ったならば、もはや見慣れた茅葺きや板をのせた長屋が軒を連ねている。
 申し訳程度の風よけをめくった先、見窄らしい家具や品は元の主が死した時点でただのガラクタ。脇によけたり外に放り投げたりして場所を作って新たな人間が居着く。
 そんな腐れた空間にキヨはもはや馴染んでしまうが、畳の上に敷かれた布団に横たわる青年将校は違和ばかり。貧を寄せ付けぬ佇まいの彼は、足音に慌てて身を起こした。
「姉ちゃん、おかえ……」
 背後に連れた者どもを見て全てを悟ったかの如く黙り込む弟へ、キヨは何も言う言葉を持たない。
 ただ、四肢から胸へと沸きのぼる憂愁や悲嘆や寂寞やらが爆ぜでぬように、眉をハの字に下げて奥歯を噛みしめた。
 青年将校、否、茂は立ち上がると、満身創痍の見目からは信じられぬ程に確りと背を伸ばし、軍刀を鞘から抜く。
「……」
 名乗るのは、何が良いか。
「――暁組副将、伊関元次郎、参る!」
 躊躇いは一瞬、影朧は明日からも帝都の銀幕を賑わせる最期の役名を堂々と名乗り、軍刀を振りかぶる。


======================
【プレイング募集開始時刻】
10月15日 午前8時30分 からです
(それ以前に頂いた分は採用の優先度が下がります、ご注意ください)

【採用について】
挑戦者多数の場合は1・2章ご参加の方を優先とさせていただきます、ご了承ください

【その他】
皆さんの力をもって影朧を倒せば、この物語は完結します
茂を転生させてやりたいのでしたら、今までかき集めた知ったことや皆さんが思う心をぶつけてやってください
描写のバランスを含めてどのようになるかは皆さんのプレイング次第です

※戦闘は必ず発生します

======================
 
ファン・ティンタン
【SPD】己を語れ
あやめ(f15726)と

努力の鬼
あなたの銀幕スタアとしての実力は認めるけれど―――

仮初の身体を揺らがし【異心転身】により、本世界の一等級スタアの姿を模り【演技】し、刃で打ち合う
人の身で至れる頂には限度がある
今やその域から逸脱しかけている茂なら、届くやも知れない

―――けれど、違うであろう
今、貴様が至るべきは何ぞ
この期に及んで、何者かを、演ずるな
姉と在れる、最期の時ぞ

自らが【真の姿】たる【天華】の【破魔】【属性攻撃】にて、茂の妖気を、雑念を払う

後はあやめ達に任せるけれど、私からも一つだけ

男が格好良くありたいのは分かる
けど、今だけは仮面を脱ぎなよ
姉も、最期くらい甘やかしたいんだから


楜沢・玉藻
【天井】
「書生さん、荒事は得意じゃないんでしょう? ここはあたしに任せなさい」
クロードさんの前に出つつ電流を身に纏う
茂さんを助けるってキヨさんと約束したのよ
でもあたしに出来るのは一刻も早く
茂さんの苦しみを終わらせてあげるくらい
だから一切の躊躇なく全力最短で終わらせる
「妖気収斂、抜刀術『迅雷』!」
帝都軍人の霊はクロードさんに任せて集中
妖力は身体強化術式と電流操作による神経伝達速度の高速化で
敏捷力を極限まで研ぎ澄まし
稲妻の様に踏み込んで天仙金狐を居合抜きすると同時に高圧電流を放つ
感電している間に返す刀でありったけの斬撃を叩き込むわ
「キヨさんの為にも、貴方は苦しんでいないで転生しないと駄目なのよ」


クロード・キノフロニカ
【天井】
いなくなる人は、綺麗な思い出で終わるべきなんだ
いつの日か、遺された者が心穏やかに思い返せるように……ね
だから……僕が、最期の舞台を派手に飾ってみせよう

「こちらは僕が食い止めるから、玉藻さんは早く茂さんのところへ」
ミレナリオリフレクションで帝都軍人の鏡像を作り、戦わせることで相殺
さながら映画のワンシーン、敵味方入り乱れての乱闘さ
帝都軍人が玉藻さんを狙わないように、鏡像作りに集中
「これが舞台小道具なら、楽だったんだけどねぇ」
彼らの武器は本物で、それは茂さんが銀幕で見せた迫真の演技を象徴しているかのようで
だから僕も、気を抜かず真剣に向き合うよ
「この千秋楽を、僕は書き残そう!」


伊織・あやめ
茂さんのことはファンさん(f07547)に任せて
あたしはキヨさんに寄り添うよ
ファンさんならきっと救ってくれる

キヨさんの手を握ってキヨさんの痛みを分かち合いたい

もういいんだよ
キヨさんはお姉さんとして十分すぎることをしてきた
だから、茂さんはキヨさんが心配なんだね
姉弟とも、互いが大事で、大事すぎて自分を犠牲にして
とってもよく似てる

キヨさんにはカフェーで素敵な人たちが待ってる
それに、茂さんがいかに素晴らしいスタアだったか伝えて
茂さんを待つことができる
…茂さんの想いを伝えていくことができる
それがキヨさんにできる一番のことなんじゃないかな
(【祈り】【慰め】)

戦闘時UC使用 【オーラ防御】で受け止め


マリス・ステラ
「……青前茂とは名乗ってくれないのですか?」

青前茂は死んだのだ
目の前の彼は彼であって彼ではない

「あなたに魂の救済を」

真の姿を解放
刹那、世界が花霞に染まる
頭には白桜の花冠
纏うは聖者の衣
背から聚楽第の白い翼がぎこちなく広がる

「キヨ、あなたは茂を幸せにしたかったのでしょう」

けれど、違うのです

あなたにとって、茂こそが幸せそのもの
では、茂にとっては?

「キヨこそがしあわせなのです」

【親愛なる世界へ】を使用

あなたが幸せにするのではなく、あなたがしあわせになってください
二つの意味を重ねる
彼を待っていてくれますか?

「一人前の男になって迎えに来てください」

茂にアルカイックな笑みを向ける
愛の『属性攻撃』で浄化します


影見・輪
基本は中衛
【見切り】活用し「誘」使用
【催眠術】での【援護射撃】行う

前へ出る際には「鮮血桜」使用
【鏡映しの闇】使用の上
【捨て身の一撃】【傷口をえぐる】【生命力吸収】駆使

可能な限りキヨに攻撃がいかないよう、仲間との連携意識


もう君は過去の存在だ
どんなに願っても、今の君ではキヨと共に生きることはできない

君がキヨの幸せを真に願っているなら
今の君が在るべき場所へ還らなければね

そうでないなら
また役者として銀幕の舞台に望みたいと願うなら
転生してもう一度生き直してみるといい

大丈夫
君が転生して記憶を失ってしまっても
キヨと舞台への想いはちゃんと残るよ

だから
君は影朧の枷から離れていい
その上で望む道へ怖がらずに進むんだ




 ――銀刃と雷が煌めき、饐えた空間を二つに割った。
 貧と富。
 あの世と此の世。
 前者は、この場所に生きる多くが諦めてる素振りで常に焦がれ、倫理を超えても掴みたいもの、この姉弟は非道を好みはしなかったが。
 後者は、この場所に生きる多くが命にしがみつきながらも、楽にならない暮らしに削られて顧みられぬことなく踏み越える。姉は弟が超えたとまだ認めたくはない境界線。
 伊関元次郎と名乗った影朧が姉との決別とすべく心を固めたのは、地面を削る軍刀の先端に滲む鮮血が物語る。
 しかしその血潮は僅かで。青年将校の手元は、楜沢・玉藻(金色の天井送り・f04582)が己が身体より招来せしめし電星の介入にて、狂った。
 ――妖気収斂、抜刀術『迅雷』
「書生さん、荒事は得意じゃないんでしょう? ここはあたしに任せなさい」
 クロード・キノフロニカ(物語嗜好症・f09789)を背に、更にその傍らには腰を抜かしたように硬直するキヨがいる。
「ああ、任せるよ」
 眼鏡越しの翡翠で一瞥、クロードはこの殺伐とした場にそぐわぬ温柔さで語りかける。
「いなくなる人は、綺麗な思い出で終わるべきなんだ」
 穏やかであるが故に抱く意図は苛烈だ。
「いつの日か、遺された者が心穏やかに思い返せるように……ね」
 身じろぎもせぬ影朧は答える代わりに怖気だつ妖気を体内から沸きだたせた。
「そう、もう君は過去の存在だ」
 影見・輪(玻璃鏡・f13299)は下げた袖をひらり、身をもって怖気を覆うべく進み出た。
「どんなに願っても、今の君ではキヨと共に生きることはできない」
 直接の攻撃を喰らったわけではないが哀しみ塗れの妖気は、頬から染みこみ心の臓をヒヤリと握りに来るようで。
 それでも、茂にキヨを害する精神性はない、確信できる。
 ……しかし彼は影朧である。哀しみに身を窶し、意図があろうがなかろうが周囲を蝕んでしまう。ましてや此は己の寿命を削る臨戦の妖気。
「キヨさん、こっちへ!」
 伊織・あやめ(うつせみの・f15726)は咄嗟にキヨの細い手首を握りしめ引き寄せた。
 全てを把握したクロードに背を押され、あやめとキヨは薄壁隔てた土間へと逃れた。
「……青前茂とは名乗ってくれないのですか?」
 マリス・ステラ(星を宿す者・f03202)の問いかけは謂わば確認である。
 この影朧が何者なのか? 答えはそれぞれの胸の中にのみ存在する。
 目の前の彼は彼であって彼ではない――それがマリスの答えだ。事実として、青前茂は死亡している。
「いけないッ!」
 溢れかえる妖気を抑えるべく走り出た輪は、彼を“過去”だと定義している。
 やはり似て非なる解釈だ、近しいと言えるだけ隣り合ってはいるが。
 それでよい。
 この場の皆が茂とキヨを救いたいと願っている、其処さえ同一ならば後は実らせるのみであると、マリスは指を組み瞼をおろした。
 一方、薄壁の向こうでは荒い息をつくキヨがぽつり。
「……ねェ、茂ちゃんはどうなるのかしら?」
 今の今まで猟兵より言い聞かされた話が吹き飛ぶ程に、キヨの瞳は怯えに染め上げられている。
「もう一度落ち着いてもらえる時間はつくる、あやめ」
 白無垢めいた髪を引き連れて過ぎゆくファン・ティンタン(天津華・f07547)
。あやめが大きく頷いた時には、その背中には漆黒髪が広がり、深紅のイブニングドレスが薔薇のように艶やかに咲いていた。
「“虚構の魔女(つくりばなしのまじょ)”志摩鳥ヱリがなんで、ここに……?」
「努力の鬼」
 驚愕で目を剥く影朧へ、帝都随一のスタアに変じた仮初は語る。
「あなたの銀幕スタアとしての実力は認めるけれど――」
 ファンの本性たる刃は揺れる凶刃を掬い上げて、
「人の身で至れる頂には限度がある」
 落し、
「今やその域から逸脱しかけている茂なら、届くやも知れない」
 あげる。
 芝居の訓練のように為すがままで受ける一方の影朧の仄白い頬と、赤いままの瞳にじりりと焦がすファン、その熱は対照的である。


 昼のように眩い雷光が断続的に瞬く度に、虚空を舞う粗末な食器の画像がコマ割りフィルムの如く量産される。
 それだけの刹那に、玉藻は掌からの電光にて影朧の動きを阻害し、連続的に刀を返し無数の疵を刻みつけているのだ。
「……ッ、この娘、侮れぬ!」
 未だ芝居がかった台詞回しを玉藻は冷涼たる眼差しで受け流す。
 と、同時に、毛羽立つ畳の上に疾病の弟へと誂えられた食器が壁にぶつかり割れた。
「約束したのよ」
 弟が正常ではないと気づく自分を騙してまでも寄り添い支える姉に、
「茂さんを助けるってキヨさんと約束したのよ」
 哀しい嘘はごめんだ。
 だから苦しみは最短でなければならぬ、長引かせるのはもっての他。慈悲深いからこそ、躊躇いなど欠片もない。
「ぬっ、小癪な」
 肘鉄から直角に腕を起こし、手の甲から極大の電流を流し込む。
 びっ、と、影朧の身が激しく仰け反った所へ、ファンは大車輪の軌跡を描く魅せの一閃を見舞った。
「……本当に並々ならぬ努力を重ねたのだろうね。この一撃は、動きを鈍らせていなければ恐らくは受けきられた」
 影朧の殺陣は役者のものだ、人殺しの技ではない。
 ファンは“虚構の魔女・志摩鳥ヱリ”を演じる、それもまた命を滅する剣技あらず。
 こうして、虚構を本物らしく魅せる技を続ける理由は、薄壁の向こうにある。
 その壁を庇うように位置取る輪は、影朧の踵にて蹴り出された火鉢を掌で受け止めた。足元にはちゃぶ台の破片や布団のボロ綿が積もり、それらは此度の灰をかぶりますます正体を亡くしていく。
 じりと焦げる自身の肌は気を向けず、影朧の感情を映し出そうと輪の瞳はずうっと彼を追っている。
 彼は茂は何故、役名を名乗ったのだろうか? 
 ――輪は思索する。
 先程自分が彼へと投げた“真実”なぞ、とっくの昔に受容しているのではなかろうか? 何故なら彼は姉を取り返そうともせず、ましてや傷つける意図すら感じられない。
 茂は……決別を望んでいる? でも、このままの別れでは、消滅へとつながってしまう。
「……ヨさん」
 流れ弾めいた瓦礫を払いつつ、輪は薄壁越しに聞こえる会話に願うように耳を澄ました。
「キヨさん」
 あやめは白い指でキヨの掌を包み込んだ。
「キヨさんはやっぱり茂さんのお姉さんなんだね。心配……だよね」
 こくり、とキヨは子供めいた仕草で頷き、また雷光で白く染まる壁の向こうへ怯えた目を向けた。
「茂さんをキヨさんは十分すぎる程に大切にしてきたから」
 手放しがたいのはわかると、あやめはその手を撫で上げる。
 茂が此の世の常識でははかりとれない存在に到ってしまっている――わかりやすく言うと、彼は既に死者であり現状の影朧としてあるのは歪みでしかない――そんな、今一度かみ砕いた説明を、キヨは突き返さずに聞いた。
 暗闇だから表情は見えぬが、手の甲に雨粒が降り注いだのにあやめは切なげに眉根を寄せた。
「茂ちゃんは殺されても此の世にいる。でも、茂ちゃんは苦しそう……どうして茂ちゃんは、此処にいてくれるの?」
 その問いに、あやめはここぞと指に力を込めて説き伏せる。
「茂さんもまたキヨさんが大事で心配で、ここにいるんじゃないかと思うんだ」
 影朧と果てても逢いにきた。囲われるが侭に留まるも、姉が再び身売りに堕ちるのを弟が哀しまぬわけがない。
「姉弟とも、互いが大事で、大事すぎて自分を犠牲にして。とってもよく似てる」
「お別れ……しなくちゃなのね…………」
 床を掻きなぞる爪は弟への執着を手放すように影朧のいる方角からは遠ざかる。そうして続く台詞は幾分か確りとしたものであった。
「ならもう、痛い想いはさせたくはないわ、お互いに刀を納める方法はないの?」
「彼は身を果てさせるまで止まれない。これはね、最期の舞台なんだよ」
 ひらり。
 クロードは紙芝居を開くよに外套をはためかせた。
 闇の中で白く輝く指の先には、目鼻口があるのに妙に感情のわからぬ兵隊さんの群れ。たった今、茂が負の力を駆使して招聘したのだ。
 石畳なら勇ましく鳴る軍靴の踵も湿った畳じゃァ話にならぬ。みちりみちりと辛気くさい音にて暁組副将に刃向かう逆賊を取り囲む。
「ひっ」
 ますます身を固くするキヨを抱きしめ庇うあやめ。
 クロードは彼女らと背中をあわせるように立って「さぁてお立ち会い」と、壁から半身晒して指を鳴らした。
 パチン!
 文豪めいた書生の側からも、やはり全く同じ顔をした兵隊さんの群れ。
 左右から玉藻につかみかかる兵隊へ駆け寄りて、ずんばらりと一刀両断! 即座に敵より刀を喰らいて赤泡吐いて倒れ伏す。
 でも不可思議なことに、半分に断ち切られた兵隊さんも、胸から刃を生やした兵隊さんも、遺体は残らず砂塵と化すのである。
「これが舞台小道具なら、楽だったんだけどねぇ」
 生憎互いの血肉を貪り傷つけ合うのだから、役者さんには使えやしない。
「……な?! 往けぃ! 諸君、化生の偽物に拐かされるな」
 檄を飛ばす影朧が、あやめに抱き庇われる姉を気遣わしげに視線を向けたのを、マリスは見逃しはしなかった。
 やはり、彼にはキヨを傷つける意図はない。更には、まかり間違っての流れ弾が向こうが私が祓う。だからキヨは絶対に傷つかない。
 ――この祈りに賭けて誓う。
 ひな鳥が殻割るように顕現する翼が姉と弟を隔たる壁に触れ、崩す。
「あなたに魂の救済を」
 あなたとは、二人。姉と弟。
 直後、暗闇は花白の芳香に染め上げられた。一片一片は仄かな輝き、だがマリスを中心に舞う無数は闇を浄化していく。


「キヨ、あなたは辿りついたのですね」
 あやめの導きを辿り、双方が双方の幸せこそが“しあわせ”であると気づいた姉は、きちりと頷くと弟へと視線を向けた。その瞳にもはや怯えはない、ただやり方を見いだし切れていない迷いはある。
 ならば、示そう。
 片側はキヨへ、片側は影朧へ、差し伸べた腕を掬いの形に緩め、マリスは胸元であわせた。
 ふたりの幸いを、重ね――。
「あなたが幸せにするのではなく、あなたがしあわせになってください」
 私は祈る、あなたたちのしあわせの為に。
 さすれば冠のつぼみがほころび、姉と弟の元へ同時に花光を与えた。
「キヨさんにはカフェーで素敵な人たちが待ってるよ。そこで、茂さんがいかに素晴らしいスタアだったか伝えて茂さんを待つことができる」
 そうやって、あなたは歩いていかなくてはならないの。
 ……別離となってしまうのはどうしても変えられない。流れ込んでくるキヨの寂しさにあやめの瞳も熱を帯び潤む。
 聞き分けようとしているキヨの喉がしゃくり上げて、はたり、はたりと再び畳に染みを作りだした。
「そうやって、彼を待っていてくれますか」
 マリスへは頷く代わりに崩れた壁を揺らす慟哭が応えた。この涙は反駁ではなく、受け入れる為に流されるものだ。
「……ッ」
 至近距離、青年将校の唇が半端にひらきエ行の母音を刻むのを、ファンは確認する。
 ――ねえさん。
 もう演ずる必要はないと、解かれた姿はファンへと還りゆく。
「今、貴様が至るべきは何ぞ? この期に及んで、何者かを、演ずるな」
 呼べば良いのだ呼びたい侭に、慈しみを注いでくれた肉親を。
「……」
 虚を突かれ腕を垂らす影朧を前に、玉藻は腕を加速と逆の方向に引き攣らせた。無理矢理に止めた影響か、二の腕に細く幾つもの擦傷が奔るも、苦は漏らさない。
 クロードの気遣わしげな眼差しには後ろ手を揺らし、つんっと鼻をあげて一言。
「……キヨさんの為にも、貴方は苦しんでいないで転生しないと駄目なのよ」
「そうだ、君がキヨの幸せを真に願っているなら、今の君が在るべき場所へ還らなければね」
「……かえ、る」
 影朧は返り血を浴びた腕を見下ろし息を呑む。まるで今の今までの殺し合いが自分の意志ではなかったとでも言うような魂消が面差しに浮いた。
 其れすら演技か? いいや、彼もまた悩み惑っている。役名を名乗り殺し合いへ没する覚悟は全てを手放す為のおまじない。
「姉と在れる、最期の時ぞ」
 唇を噛みしめ堪える様は、やはりとてもとても姉に似ているのだ。
「茂ちゃん」
「…………僕は」
「男が格好良くありたいのは分かる。けど、今だけは仮面を脱ぎなよ。姉も、最期くらい甘やかしたいんだから」
 ファンは影朧の覚悟を剥がす。其処から夥しい哀しみが迸ろうとも、偽った侭では彼の転生はあり得ないのだから。
 構えを解き輪は彼の元へ足を速める。
 周囲ではクロードの招いた兵隊が茂の軍隊を負かし消え去っていく。そう、フィルムが巻き上がってしまったならば、そこには白しか残らぬとでも言うように。
「この千秋楽を、僕は書き残したく望んでいるよ。主役は“青前茂”」
 伊関元次郎を演じるのだとしても、それは青前茂でなければならぬ。
 眼前に辿りついた輪はゆっくりと唇を解き出す。
「また役者として銀幕の舞台に望みたいと願うなら、転生してもう一度生き直してみるといい」
 輪の言葉に、己の終を改め知る。
「……ああ、ああっ! 僕は、僕は刺されてしまったんだ! やっぱりそうか、そうなんだな!」
 再び柄から抜いた刀を前にしても輪の心は凪の水面。荒れ狂いだした影朧、いいや茂の心を受け止める為に。
「君が転生して記憶を失ってしまっても、キヨと舞台への想いはちゃんと残るよ」
 振り下ろされた刀は輪を深く袈裟に斬り裂いた。嗚呼だけど、くしゃくしゃの顔は泣き出す直前の赤子のようだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

霧島・ニュイ
転生が確実になる迄攻撃しない
見切りで躱して

茂さん
役名を語るのは姉に立派な姿を見せたいから
辛すぎるから役に没頭したいから?

…辛かったね…
キヨちゃんは誰よりも君の幸せを願ってる
また生きて逢えるかも、傍にいられるかもって
誰よりも分かってるよね?

影朧になってくれてありがとう
だって君が持ちこたえなきゃ、二度と逢えなかった
君が動いてくれたから、キヨちゃんに逢えて僕達も気づけて
実行犯も敷島さんも仲良くお縄になったし…キヨちゃんの安全な居場所も出来てた
君が頑張ってくれたから、踏み出せたんだよ?

自分を卑下しちゃだめだよ
影朧じゃなくて…幸せになれる道探そう?

出来るだけ苦しませずに、零距離射撃で
大切な事忘れないでね


涼風・穹
……かける言葉が浮かばない…
俺は今まで衣食住で苦労した覚えは無いし、両親から大切に育てられたという自覚もある
そんな俺が青前姉弟の想いや人生に否定も肯定も出来る訳がないだろう…
……強いて言うなら、姉弟二人ともお互いを想い合って、その想いを貫けたのは凄いと思うよ…
ここまで調べただけでも、二人のどちらにもその想いを捨てて、もっと楽な道へ進む機会はあった筈だからな…

……最後に一つだけ
敷島三郎は警察に捕まったぞ
この後は色々と甘い汁を吸っていた方々も芋蔓式に罪に問われる事になるだろうさ

それじゃ、そろそろ始めようか…
銀幕の中ではありませんが、せめて最後は真っ向勝負
小細工無しで正面から『風牙』で斬りかかります


ヴィクティム・ウィンターミュート
──俺には、お前の気持ちは理解できねえよ
家族への愛情だとか、姉弟愛だとか…俺には無かったから
だから、お前に何か気の利いたこと言ってやることはできねえ…
できねぇけど

"取引"をすることは、できる
──セット、『Reverse』
お前の力は"反転する"──これ以上、誰も傷付けないようにしてやる

敷島はもう、お前の姉ちゃんに手を出さない
貧民窟の連中にも手を出させない
…もう、お前が護る必要は無い。
心配だったんだろ?きっと、姉ちゃんの現状をどこかで知っていたんじゃねえかって、思ったんだ
もう大丈夫だ、姉ちゃんを傷付ける奴はいない

…だからさ
お前も、姉離れをしてやってくれよ
お前もキヨも、次の未来に進む時だぜ


四ツ辻・真夜
最初で最期の姉弟の共演
せめて一葉残しましょう

さぁ伊関元次郎副将
その役目は身を賭して大切な者を護り、送り出す事
一流の役者ならそう演じきって御覧なさい

…いえ
茂さん自身その為に努力したんでしょう?
お姉さんの為に

ねぇキヨさん
貧しい生まれでさえなければと思った事は?
春を売る事がなければ
自分も女優になれたかもしれない…って
きっと自分の叶わぬ夢や幸せを
全て茂さんに託したのだと思うの

それはキヨさんが茂さんの為に自分の全てを犠牲にするという事
それでいいの?
今度は貴方が返す番
お姉さんが自分の幸せを掴み取れる様
送り出してあげて

戦闘
おばあちゃんにオーラ防御で守って貰い
茂さんが姉を連れて逝こうとしたら
金縛りで止めて貰う




 パシャリと水をぶちまけたように、鮮血が畳を汚す。
 自らに潜んでいた剥き身の弱さを曝け出され最も錯乱しているのは、誰であろう茂である。それは勿論、猟兵達の諭しが届いたからに他ならない。
「あぁ、あぁ、なんてことだ! やっぱり僕は……死んでいるのか…………」
 腰に触れれば刺された包丁の柄がごづりと嫌な感触を与えてくる。実際の包丁は川に沈んでいるわけだが、命を途絶えさせた絶望の記憶がそう騙してくる。
「折角、姉さんに……」
 感情の破砕、と、同時に刀で断ち切られ破れ障子の戸が粉々に弾け飛んだ。
 茂が放つ妖気にもはや畏怖はない。しかしながら、だらりと力なく吊り下がった軍刀からの衝撃波は殺傷能力を有している。
「おばあちゃん、お願い」
 キヨを抱き庇う四ツ辻・真夜(幽幻交差・f11923)の翳した指があたたか色にぼやけた。鋭角の衝撃を曖昧に蕩かし無力化する、形はひとのよう。
 姉の為、心血注いで努力を重ねた弟だ、もし一筋でも傷をつけてしまったならば、自己嫌悪で壊れてしまう。だから最優先で守り切らねばならない、キヨを。
「ぁあああぁ、そんな、そんな……」
(「やっぱりそうだったんだね……」)
 子供のように喚き嘆く茂から、霧島・ニュイ(霧雲・f12029)は居たたまれないと顔を背けた。
 役名を語ったのは、辛すぎる現実を握りつぶした上で姉に立派な姿を見せたいから。
「……かける言葉が浮かばない……」
 姉弟の辿る凄絶なる人生に、しかも弟は無残にも命を踏みにじられた様を前に、涼風・穹(人間の探索者・f02404)苦しげに喘いだ。
 自分は、極当たり前に親からの庇護を受けて成長した。目が醒めれば食事が整えられていて、他愛ない会話を交わす。
 UDCに関わり崩れ去った時点で、この日常が如何にかけがえのない貴重なものかは身に染みている。
 しかし、この姉弟の生きた道はどうだ? 日々の糧を得るのも精一杯で――その中でも互いに想い合い生きた彼らを、否定などできぬ。
「……ああ」
 隣に立つヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は、用意した言葉を一旦は飲み下すこととなる。
 穹とは逆に、ヴィクティムは、家族の間に通う情愛を知らない。護られることなどなく、全て自らの価値を見せ札に生き馬の目を抜き命を凌ぎ続けた。
 持たざるが故に、わかるなどという気の利いたことは却って嘘めいてしまう。されど、感情の嵐に煽られる相手に“取引”を持ちかけても破綻しか見えぬ。


「私、結局苦しめているだけなのね……」
 身を丸め苦渋で噛んだ唇より血を一筋、そんなキヨの肩越しの向こう身を挺して庇いたつ光を目に、真夜は頭を振った。
「違うわ、キヨさん」
 ぱりん、と皿が壁で割れる音は反射的に二人の背中を縮こまらせる。それで目が合った。唯それだけ、けれども、狂乱の場に出来た和みを逃す手はない。
「ねぇキヨさん、貧しい生まれでさえなければと思った事は?」
 穏やかな問いかけにキヨはぐっと唇を拭い下を向く。
「…………それは、考えてもしょうのないことだから」
 実質の肯定を真夜は頷き受容した。
「茂さんが俳優として見いだされた時、その背中に貴女は夢を幸せを託したのだと思うの」
 穢された娘は自分を貶め諦めて、弟に希望を託す。だから、生まれ落ちた境遇を憎まず、更には弟を恨まずにいれたのだ。
 そんな言外の意図を悟り、キヨは荒れ狂う弟を慌てて目で追った。その網膜に映し出されたのは、嘆く弟に向う一人の青年の後ろ姿だ。
「茂さん」
 こんな幕引きは駄目だという感情がニュイを茂の元へと走らせる。
「うわっぁあっ、ああぁあ……」
 みじり、
 傾いだ上体を支えるように、軍刀が畳を割り杖と化した。斯様に妖気の放出は茂の影朧としての身を容赦なく損壊していくのだ。
 見えぬ刃を最初は避けて、だが近づくにつれていち早く辿りつく欲求が強くなり、発生源となる刀に触れる頃にはニュイの服は破れ剥き出しの肌の方々には血が滲んでいた。
「……辛かったね……」
 けれどこんな痛みより、姉との再会の手がかりを求めたら騙され刺され命を落した茂の方が恐らく何十倍も何千倍も、痛い。
「でも、ね……」
 ぎゅうと刃ごと握りしめて茂の攻撃を留める。これ以上自分の身を削り、挙げ句に転生出来ずに果てるなんて終幕は認めない。
 ――仲間が紡いだ糸を先へと延ばして二人を包み暖める布へ織りあげるんだ。
「茂さん、影朧になってくれてありがとう」
「…………ぇ?」
 喫驚で瞬くなんて人間らしい反応にニュイはにへらと頬をゆるめた。
「だって君が持ちこたえなきゃ、二度と逢えなかった。キミが亡くなった失意にキヨちゃんは囚われて――……」
 敷島からの仕打ちすらどうでもいいと自分を投げ棄てて命を絶った可能性は非常に高い。
「キミが影朧になってくれたから、キヨちゃんは幸せになれる可能性が拓いた」
「僕が、こんな恥を晒したから……?」
「――伊関元次郎副将」
 すっくと立ち上がった真夜の声は、この場にスッと一本の糸を引いた。
「それとも、青前茂さん? あなたの役目は身を賭して大切な者を護り、送り出す事」
 恥は未だ晒されていない。然れど演(や)りきれぬのならば、取り返しの付かぬ大恥だ。
「キヨさんはね、茂さんの為に自分の全てを犠牲にしてきたわ」

「違うわ」
「そうだ」

 姉と弟は全く別の意味を同時に口にした、姉は嘘で弟は抱え続けた誠である。
「僕は姉さんに何も出来なかった」
「……だとしたら今が貴方の返す番」
「そうだよ、幸せにならなくちゃ、二人ともね?」
 ニュイは、軍刀を鞘に納めて茂の手を引き歩き出す。
 真夜も、あわせてキヨの手を取りつなぎ合わせた。
「……姉ちゃんッ」
 ……先に顔をくしゃくしゃにして泣き出したのは茂であった。それを前にして、キヨは困惑の皮を纏った歓喜の破顔を浮かべた。
「姉ちゃん……僕は姉ちゃんを、守りたかったんだ。でも……」
「茂、キヨ」
“死んでしまった”と口にされる前に穹が声をあげた。
 その死が姉につきまとった敷島にある以上、また悪しき繰り言が姉弟を包みあげる。それじゃあ元の木阿弥だ。
「姉弟二人ともお互いを想い合って、その想いを貫けたのは凄いと思うよ……」
 どちらかが一方を恨む、ないしは互いを憎む。
 でも彼らはそうはしなかった。
 姉は半生を犠牲にして弟を光の元へと送り出したし、弟は決して姉を忘れずに共に幸いなる人生を歩むのだと努力を重ねた。
「俺にはやっぱりお前達の気持ちは理解できねえよ」
 ヴィクティムの口ぶりは尖ってはいるが、心を突き刺すものではない。寧ろ密やかなる羨ましさすら滲む。
 誰かの為に犠牲になってそれが負けじゃあないなんて生き方は――。
「でもな“取引”をすることは、できる」
 できない、それが俺の生き方だ。
 真夜とニュイに包み護られてつながる姉弟の手の下に、ヴィクティムは機械の手の甲を宛がい押し上げる。
「――セット、『Reverse』」
 人工の輝きを帯びる虹彩は燐光散らし、そこだけは妙に暗闇を退ける。不思議な魔術めいた行いを前に鼻を啜る二人は、まるで線香花火に釘付けになる子供のようだ。
 ……子供の頃に、大人の助けが介在したならば、そんなどうしようもない例え話はなしだと、この場の誰もが打ち消す。
「お前の力は“反転する”――これ以上、誰も傷付けないようにしてやる」
 それはもう、自らも。
 此より振るわれるのは全て、花道へと手向ける猟兵と納得ずくでの真剣勝負だ。
「……ッはぁ」
「茂ちゃん、大丈夫?」
「………………うん、姉ちゃん」
 心が澄み切ったなら、自分が死に瀕した際の男たちのやりとりが茂の脳裏に蘇る。
“姉ちゃんはまた俺らが可愛がってやる”
“……島さんのもんだけにしてられるか”
 明滅する意識の中、姉の往く悲運が悔しくて哀しくて赦せなくて……全身全霊を賭けて運命を呪い、赦して欲しいければ姉の元へ連れてイけと請うた。
 彷徨い歩いていた自分の手を引いてくれたのは、やはり姉だった。
 ……見つけてくれたのは、姉だった。
「敷島三郎は警察に捕まったぞ」
 茂の顔色が恨みに染まる前に、穹はまた言葉を差し込んだ。
 ヴィクティムも大きく頷き、結びあう手から甲を引き抜くと、ぽふりと上にかぶせる。
「敷島はもう、お前の姉ちゃんに手を出さない。貧民窟の連中もだ」
「そうそう、ちゃぁんとお縄につけたから」
 誇らしげなニュイの破顔は底知れぬ、が、今はとても頼もしい。ところでこの話には、茂は勿論のことキヨもあっと喫驚に口をあくわけで……。
「キミが頑張ってくれたから、僕達は駆けつけることができたんだよ? だからね、ありがとう」
「姉ちゃんの今後の事が心配だったんだろ?」
 こくりと木訥さすら感じさせる頷きにヴィクティムはにぃと歯を見せた。
 生まれ落ちた世界は違う、けれども、下層が始まりだったのは同じ。そして彼は自ら這い上がり続けるしたたかさを持っている。
「――もう大丈夫だ、姉ちゃんを傷付ける奴はいない」
 そのヴィクティムが請け負ったのだ。
「キヨちゃんの安全な居場所も出来てたよ」
 キヨには帰れる場所がある、それは決して諦めだらけの貧民窟では、ない。
「茂さん」
 真夜は宛がっていた指を外すと、一歩引いて二人を視界に納めた。映画の一画面の如く見つめ合う二人の終幕は別離、そうだとしても――。
「お姉さんが自分の幸せを掴み取れる様、送り出してあげて」
 幸いへの門出としたい。
「そうだ。お前もキヨも、次の未来に進む時だぜ」
 姉離れしろよ、とヴィクティムが混ぜっ返すのには茂は照れてふてくされた顔を見せた。
「それじゃ、そろそろ始めようか……」
 銀幕の中ではありませんが、せめて最後は真っ向勝負!
 芝居がかった穹がすらりと刀を抜いたのに、真夜はキヨを支えて下がらせる。
「小細工無しだ」
 ニュイの放った弾丸にあわせ、一閃。どうかどうか、悔いなく逝けますように――!

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

文月・統哉
花さんありがとう

大鎌構え名乗るは元次郎と戦う相手役の名
茂の動きを見切り
合わせる様に『祈りの刃』を振るう
読み込んだ台本を軸に
状況に合わせアドリブ交え役を演じ導く
茂が心の内を表現し伝えられる様に

仲間を見送り一人戦う元次郎
この名を名乗ったのは
生き様に憧れた部分もあっただろうか

茂が銀幕スタアとなったのは必然だ
努力を重ね掴み取ったその本物の輝きで
演じるはキヨの為の大舞台
魅せてやろうぜ男の意地って奴を

かすみ草の髪飾り
茂は分かっていたんだな
キヨの何色にも染まらぬ『清らかな心』を
キヨが姉である事の『幸福』を
だからこそ伝えたい想いは『感謝』
可能なら茂の手でキヨに渡して欲しい
彼女が彼女らしく未来を歩んで行ける様に


狭筵・桜人
良い幕引きとなるように手を貸しましょう。

エレクトロレギオンを展開。
狭いので家屋の外へ出ます。
私はキヨさんに流れ弾が行かないよう【かばう】位置にいますね。
戦いの中で、弟さんの姿をした影朧が傷つくこととなるでしょう。
彼女が動揺しないように傍で声をかけます。

さぁ舞台に上がってスポットライトの下で大立ち回り!
なあんてご免ですからね。脇役同士、主役の邪魔にならない隅の方で
仲良く潰し合いと行きましょうか。
何なら舞台装置でも構いません。冷静に、演劇が上手く回るように。それだけです。

姉弟の絆ってのは血の繋がりで決まるものでしょうか。
私には兄妹がいないもので。
キヨさんは彼が転生しても弟と呼んであげられますか?


南雲・海莉
キヨさん、しっかり見ててあげて
弟さんの千秋楽、晴れの芝居を

「猟兵、南雲海莉、参る!」
芝居への誇り、未練を少しでも昇華できるよう
戦闘中もその殺陣が映える立ち回り(パフォーマンス他)を意識
義兄に仕込まれた芝居の技術、全部注ぎ込む!

(こんな名優と共演できたなんて
義兄さんが知ったら羨ましがるわね)
感傷は胸に沈め

キヨさんはずっと貴方を誇りに
貴方に恥じないように真っ当に幸せになろうと頑張っていました
だから彼女の周りには良い人が本当にたくさんいます

これからもキヨさんの希望でいてくれませんか
再び同じ世界で生まれてくる事を
互いに求める気持ちがあるなら、絶対に巡り逢えます
信じる事でこれからだって頑張れるはずだから


岡森・椛
眉目秀麗な青年将校
努力重ねた彼も無念だっただろう
全部敷島のせいで…

茂さん、キヨさんは本当に貴方の事を愛してます
茂さんもお姉さんにこんな生活を続けて欲しくないですよね
カフェ鶴亀の皆もキヨさんを待っていて
キヨさんは必ず闇から抜け出せます

ずっと姉弟で支え合い精一杯生きてきたのだから
未来も一緒に作りましょう
転生でそれは実現可能で
だからこの戦いは最後の檜舞台かな
演目は悲劇ではなくて未来に続く物語
貴方のその凛々しい姿を目に焼き付けておくから

どうか安らかにとアウラの風に乗せて【常初花】で花を降らせる
私からの手向けの花
彼が桜の花びらと化したなら…
アウラ、優しい風を吹かせて送ってあげてね
お二人の幸福を祈り見送る




 取り返しがつかぬと胸を痛めていた岡森・椛(秋望・f08841)の視界の向こう、無念さから解き放たれた青年将校の剣戟は、シネマの中で見た瑞々しさを取り戻していた。
 切なさやるせなさも未だ。けれども、昇華した姿は蝋燭の最後の目映さのように輝きを重ねており、今や終幕の名残惜しさが一番の気持ちなのだ。
「キヨさん、しっかり見ててあげて。弟さんの千秋楽、晴れの芝居を」
 腰に下げた真剣の柄から一旦指を離し、南雲・海莉(コーリングユウ・f00345)はキヨの肩を抱いた。
「ええ、茂ちゃんのことをみんなにお話するんだから! 一度きりの真剣なお芝居、見逃さないわ」
 そこまで言った後で、不意に彼女は猟兵達に頭を下げる。先程の弟の錯乱についての謝罪。皆さんの言葉は姉弟で確と刻み届きました、と――。
「本当にキヨさんは茂さんのお姉さんなんですね」
 微笑ましいと笑顔綻ぶ椛と、
「姉や兄って、こういうものなのかしら」
 なんて義兄の面影を浮かべる海莉。
「ここはキヨさんの弟さん、茂さんの晴れ舞台には狭すぎますね」
 気丈にしゃんとするキヨに安堵の笑みを向けたなら、狭筵・桜人(不実の標・f15055)は「失礼」と彼女を庇いつつ後ろ手になにやら放った。
 桜人の手から現れた小間使い逹は、壁の上部と下部を切り取りお菓子の箱をひらくようにあばら屋を見事に解体。
 大事なる崩壊の筈なのに、無粋な音も振動も端正なる無声映画の如く何故だか遠いのだ。
 ただ頬を撫でてくる夜風だけが心地よくって、演者も観客もほうっと一息。そんな幕間、進み出たのは文月・統哉(着ぐるみ探偵・f08510)である。
「茂」
 差し出された小箱にはこれ以上ないぐらいに見覚えも思い入れもあった。天を向いた掌に、統哉は確かにと握らせる。
「最高潮(クライマックス)の時に、な」
 そうしてタクシーの中で読み込んだ台本の表紙もちらと見せる。
「茂さん」
 照れて懐にしまい込む所作も相まって、小箱の中身がキヨへの贈り物であろうとは想像がつく。だから椛は中身は聞くなんて無粋はしない。
「キヨさんを待っている人達のお話をしてもいいですか?」
 憂いは完全にぬぐい去っておきたいのだ。その口火に海莉もキヨの名を書き留めたノートを手に並び立った。
「それは是非に聞いておきたいです」
 茂の明瞭なる声からは、先程までの取り乱しはみじんも感じられない。
「姉さんは、ちゃんと居場所があるとは聞いてます」
 ……寂寞が混じるのは、去りゆく者としての未練だろうか。
「はい。キヨさんはカフェ鶴亀というお店の一番人気の女給さんなんですよ」
 そんなのは当たり前だと、椛は思う。
 この未練は、姉を穢さぬ純粋で健気な情なのだ。
「キヨさんはずっと貴方を誇りに、貴方に恥じないように真っ当に幸せになろうと頑張っていました」
 逢えなくなってしまった義兄(ひと)への慕情を支えにする海莉の声には熱が籠もる。だが過ぎてはならぬと、胸元に掌を宛がい感傷を仕舞い込む。
「キヨさんは必ず闇から抜け出せます。そして茂さん、貴方も」
 想い合い支え合う二人は、生と死に分かたれる。然れど、忘却で塗りつぶさずともよいと思うのだ。
 ――転生。
 椛に続きこの場にて舞台に立つ猟兵らは、安らかに耳を傾けられる茂へ今一度語りかける。その一つ一つに頷く青年将校。
 ノートをつまみページを繰って、そっと綴じたら思い残しが更に減った。
「良かった……姉さんを支える人は沢山いらっしゃるんですね。僕は、安心です」
 だが、ノートを受けとった海莉はむぅっと軽く頬を膨らませる。
「茂さん。そんな“任せた”なんて顔をしないでください。なんて、失礼しました……」
 ノートをキヨに渡す素振りで一旦顔を逸らし、再び向き直る。
「これからもキヨさんの希望でいてくれませんか」
「……茂ちゃん」
 海莉の台詞を接ぎ穂にキヨの気持ちが堰を切った。
「あのね、姉さん、茂ちゃんとお別れは寂しいわ。それが避けられないのだとしても……辛いの……」
 背が伸びて頭ひとつ分高くなった弟の肩へ、涙でぐしゃぐしゃの頬を押しつける姉。
 桜人は茂の手の甲に指を触れ、ちょんちょんとキヨの肩辺りを引っ掻き誘う。
「スポットライトが当たっていますよ」
 なんて戯けて崩す、弟としての思い残しがないように。
「僕も、寂しいけど。もう……」
 演技指導に従って、壊れ物に触れるように肩に手を置いた。
「うん、わかっているの。本人に向けて言うのは可笑しいかもしれない。でもね、姉さんは、これからずっとずっと茂ちゃんのことを忘れないわ。だって誰よりも大切な弟なんですもの」
 嗚呼、姉の方が名役者か――なんて混ぜっ返しを統哉はぐっと呑み込んだ。
「茂ちゃん。これからあなたが逝く先を私は知らない。でも、姉さんを見ていて欲しいの。生まれ変わるまでの間で構わないから」
「そんなのは当たり前だろう?! ずっとずっと、逢いたかったんだからなっ! ……そうか、むしろこれからは姉さんを見守れるんだな」
 茂は自分で言ってから言葉の意味を噛みしめる。此からの道行きはなァんにも見えない、だからお守りとなるように姉の体を抱きしめた。
 忘れないでいてくれるのなら、
「…………姉さん」
 この台詞の続きはトリだ。
 名残惜しむようにもう一度だけ強く縋り付いた後で茂はキヨの体を離した。
「さぁ、幕間はおしまいですね」
 桜人が掌を掲げたならば、空中飛び交う小間使い達がスポットライト華やかに、最終幕を引き上げる。


「――演目は悲劇ではなくて未来に続く物語」
 可憐な椛のト書きに、茂は面を引き締めすらりと軍刀を抜いた。その凜々しい姿、キヨと同じく忘れないと緋色の瞳は鷹揚に告げる。
 と共に、清浄なる風が泥濘む空気を一掃した、何処までも檜舞台に相応しくなるように。
「貴様が暁組副将かァ! 相手にとって不足はァない! 我は獄卒朝影」
 脚本の侭の統哉の台詞に、小気味良しと胸を反らす。
「嗚呼、部下の仇か! もはや此方は未練もなし、共に冥府に堕ちようぞ」
 風切り伸びたつ刃の軌跡を弾きあげ、勢い任せに斬り伏せに掛かる。それを元次郎は華麗に躱すのだ――そう、全ては脚本通りの立ち回り。
 まずは名乗り上げ、カメラを呼び寄せ舐めるように横顔映して観客を惹きつける。
 ……そんな茂の刃からは負の力はかき消えている。携えているのは純粋な真剣の刃。
「猟兵、南雲海莉、参る!」
 跪きの辞儀より流れるように払い斬る、海莉の殺陣は義兄より授けられた芝居の技巧。茂の顎をギリギリで掠め、チキリと小気味良い音を鳴らして鞘へ収めた。
「ほう、助っ人か」
「さて、二対一」
 スポットライトの外れより、桜人は朗々と芝居がかった物言いで両腕を広げ夜空を仰いだ。
「既に幾多の兵をただ一人に斬り伏せ続けた伊関元次郎! 鬼神の如き奮戦ではあるが、引き替え得た満身創痍、圧倒的に不利である」
 脇役で十分ですと人差し指を折ったなら、ライトは重なり茂を浮かび上がらせる。
 嗚呼其処にいるのは先程まで泣きじゃくっていた茂ではなく、鬼神伊関元次郎。
 斬り結ぶ統哉は思う。
 仲間を見送り一人で戦う元次郎は、自分の背を押してくれた強き姉のキヨにも重なるではないか。彼は、憧れたのだろうか、それらの姿に。
「なぁ、魅せてやろうぜ男の意地って奴を」
「おう!」
 統哉が身をかがめた背中を踏み台に飛翔し斬り掛かる海莉もさらと避け、少女の身は血に塗れた左腕にて叩き打つ。
「……くぅっ、奇襲にも揺らがぬか」
 大仰な所作で腹を押さえて呻く海莉は、スッと隠し伸ばす切っ先で彼の太ももを薄く裂いている。
 あくまで主役は茂だ。けれども、送る為の疵は穿たねばならぬ。極力茂が無様とならぬように。
「キヨさん」
 統哉とつばぜり合い海莉を退けと一騎当千たる活躍を見せる弟を前にする姉へ、桜人は邪魔にならぬ機会を見て話しかけた。
「姉弟の絆ってのは血の繋がりで決まるものでしょうか」
「……?」
「私には兄妹がいないもので」
 ああ、とキヨから納得の吐息が漏れる。
「最初は、生まれ落ちた時は、そうだと思うわ……きっとね、余所の子だったら、こんなにも大切にとはならなかった」
 恐らくは両親が死に、互いに唯一人の肉親だったから、愛着は強く二人を結びつけた。
 正直なキヨの返答にも桜人は怯まずに、むしろ答えを確信した上で問いかける。
「では、キヨさんは彼が転生しても弟と呼んであげられますか?」
「勿論よ。茂ちゃんは私のただひとりの大切な弟、それは生涯変わらない」
 そんな姉の言葉と奇妙に合わさり、演目は今し方統哉との相打ちにて幕引きとなった。
 茂の足元が桜へ霞み解けるのを見て取り、椛はキヨを再び傍らへと連れて行った。
「姉さん……これ」
 からり、風に小箱の蓋が弄ばれ落下した。現れたかすみ草の髪飾りを、茂はもどかしげにキヨの髪に宛がった。
「ああもう、あんなに綺麗だったのに、切っちゃったのか、長い髪」
 サラサラと短い髪は髪飾りでは拾えない、膨れる弟の指を姉は髪飾りごと押さえた。
 ――その指は、とてもとても、凍てついていたのです。
「……ッ」
 ――……命ある者の体温では、ないのです。
「似合うでしょ? 流行のモガよ」
 髪飾りを魅せるように角度を変えて姉は唇をつり上げようとする。手向けだ、弟が迷わぬように最高の笑顔で送らなくては!
「でもね、ちゃんとつけられるように髪を伸ばすわ。茂が戻ってくるのを待ってるから、この髪飾りを目印にして、お姉ちゃんを見つけて頂戴」
 志滲む泣き笑いを前に、統哉はかすみ草の花言葉“清らかな心”をキヨに見た。
 ここに辿りつく前に、仲間のひとりが弟想う気持ちを“穢くなんかない”と評した。
(「茂は分かっていたんだな」)
 その通りだと思う。
「……ねえ……ちゃん。僕…………」
 もはや下肢を失い胴体から虚空に浮かぶ茂は、傍目にも影に解け朧に還りゆく一方である。
 桜人は姉が弟へ思いの丈を伝えられたことに胸を撫で下ろし、海莉は去りゆく茂の最終の言葉に耳を澄まし待ち構えた。
「ねえちゃん、幸せになってくれよ。いい人を見つけて」
「もうっ、そんなの良いのよ」
「いいや、良くない」
 消失が胸元まで来たからか、茂の声は早口にして厳しく空間を震わせてしまう。
「……」
 どうか、もう少しだけカーテンコール(じかん)をくださいと、椛はアウラへ祈りを傾けた。
 穏やかな風に、鮮やかな紅と紫の小花がくるり舞う。秋の花は穏やかに香り冬の訪れを少しだけ待ってと窘めるものだから。
「良くないんだ」
「え」
 驚いたように身を竦めた姉へ、自由の効かない肉体を精一杯に操り唇の端を持ち上げてみせる。
「僕、また姉ちゃんに、頭を撫でてもらって、子守歌を謳って欲しい……ん…………他人なんて、いや、だ……」
 切実なる願いに、海莉はぐっと自分の胸元を掴む。
「ねえちゃん。どうかどうか、優しい人と結ばれて幸せになって……」

“僕は、あなたの子供か孫かひ孫か、ちゃんと幸せになれた証しに生まれたいんだ”

「! うん……ッ、わかったわ。お姉ちゃん、ちゃんと幸せになるから、だから……!」
 砕けゆく容、喉を失いなお振り絞られた願いへ、キヨは弟をかき抱き頭を撫でることで応える。
 虚空。
 だが、ちゃんと残るはかすみ草の髪飾り。寄り添うように人差し指に降ったのは、桜花一輪。
 今宵ひとりの影朧(おとうと)が新たなる人生に向けて旅立った。
 そうして、ひとりの姉が自らを蔑むのを止めて歩き出す。それは新しい旅の始まりである。

 空蝉、蝉の抜け殻――蝉としてあなたが幸せになる為に、私は脱ぎ捨てられるのも厭わなかった。
 空蝉、此の世に生きる人――限られた命を、どうか愛おしみ、生きて。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月29日


挿絵イラスト