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ひとよ灯りて狐のめぐる

#UDCアース #【Q】 #お祭り2019 #挿絵 #ハートフル

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 その一夜(ひとよ)だけ、そこには灯りが連なって。
 賑わいの中、狐たちが行き来する。

 階段をのぼって、ずーっとのぼっていけば、時代を感じるがきちんと手入れはされている、そんな宿へとたどり着く。
 この旅館の客室からは、一夜の灯りがよく見えて。
 狐花の咲く広い庭に出れば、四阿やいくつか置かれた縁台に座り、喧騒遠くに灯りたちを見下ろすことも出来る。

 一夜の祭は狐の祭。
 あなたはあなたでないものに。
 私は私でないものに。

●ごあんない
「皆様、いらせられませ」
 水着のときほどではないが、グリモアベースに佇む彼女を見て、ひと目で『彼女』だと判別できた人はどれくらいいるだろうか。
「旅に、参りませんか?」
 そう告げる彼女――グリモア猟兵の紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)は、本人曰く、平安時代から絵画や工芸品、能衣装に用いられてきた杜若文から着想して、撫子の花を散らした浴衣をあつらえてもらったらしい――が、それよりも普段から引きずるほどに長いその髪の方へと視線が行ってしまうのも無理はない。たっぷり盛ってもまだ引きずる長さはおそらく、ヘアアレンジ担当の美容師泣かせだったことだろう。
「UDCアースのとある地方で行われるお祭りなのですが……」
 そうだ、旅行の話だった。
 今回はUDC組織が旅費を全額負担してくれるので、交通費や宿泊費などを気にする必要はない。
「一夜(ひとよ)限りのお祭りが行われるその日に、近くの高級旅館への宿泊つきの誘いでございます」
 その祭には、様々な屋台が並ぶ。一本道にずらっと屋台の並ぶさまは、いつまでもどこまでもこの屋台の道が続いているようだと錯覚させられる。
 屋台の種類は定番の食べ物系から遊戯系、お土産物系など様々なのだとか。
「ただひとつ、このお祭りへと参加するほとんどの人が行っている『決まり』がございます」
 決まりといっても小さな子どもやご老人、そして必要がない者はそれに縛られなくてもよい、というくらいのものだが。
 そう告げた彼女が取り出したのは、狐の半面。
「参加する際に、皆、狐のお面をつけるのです」
 馨子が言うには、顔を全面覆うものでも顔の上半分を覆う半面でもよく、地の色や模様の色などにも決まりはないらしい。子どもたちなどはお祭りまでに、無地のお面に自身で色付けを行ったりもするようだ。
「このお面の意味は……そうでございますね、仮面舞踏会をイメージしていただければと」
 そう、面をつけて祭に参加している間は、自分であって自分ではない者となる。たとえ体格や髪型、浴衣の柄などで知り合いだと分かっても、無闇矢鱈に名を呼ばないのが暗黙の了解。
「たとえば能などに使われる面は、やはり自分ではない存在になるという意味合いが強いでしょう。素顔で演じられることの多い狂言では、神や鬼、動植物の精霊など、人ではない者を演じる時につける事が多いとか」
 つまり――馨子は自分の顔に面をあてて。
「自分であって自分ではない、ということは……普段ならば言えぬことを言ってしまうかもしれませぬ……ね?」
 そう告げて、妖艶に笑んだ。

「お祭りの喧騒や人混みが苦手な方は、宿でお過ごしください」
 祭の明かりが灯る一本道を見下ろせる位置にある旅館は、建物は古いながらも手入れが行き届いており、部屋の窓辺から、帯のように横に長い灯りのゆらめきがよく見えるという。
 軽い夜食や甘味、飲み物をいただきながらゆったりと、その風情あるさまを見下ろすのもいいだろう。

「少しでも外の空気を味わいたければ、お庭がおすすめです」
 広い庭園には四阿や縁台が数箇所あり、狐花の別名を持つ曼珠沙華が咲き乱れている。
 そこに腰を掛ければ、狐花の赤と祭の灯りが、なんとも幽幻な景色を作り出していることだろう。

 旅館の土産物売り場には、翡翠や瑠璃、紅水晶や紫水晶などでできた勾玉と、それを入れるちりめん細工でできた手作りのお守り袋も置かれていて、人気なのだとか。
「勾玉の石の種類は、願い事から選ばれる方が多いようですね」

 祭に参加して、非日常を楽しんでもいいし、旅館で静かに過ごすのも良い。
「一緒に、行ってみませんか?」
 笑んで告げ、馨子は漆黒の髪をさらりと揺らした。


篁みゆ
※このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。

 こんにちは、篁みゆ(たかむら・ー)と申します。
 はじめましての方も、すでにお世話になった方も、どうぞよろしくお願いいたします。

 このシナリオの時刻は『夜』です。
 浴衣は着用しなくても問題ありません。

●プレイング冒頭に行き先の数字をご記入ください
1・お祭り
 狐のお面をつけて、一本道に並ぶ屋台をお楽しみください。よほど特殊なものでなければ、あると思います。
 屋台の道をそれると、ひと気の少ない場所に出ることができます。
 いつもは口に出せないようなことが、不思議と口から出てしまうかもしれません。

2・お部屋
 旅館のお部屋で過ごします。
 基本的に窓辺で飲食しながら景色を眺めてまったり、とか向けです。

3・庭
 狐花の咲く庭で、四阿や縁台に腰を掛けたり、散策しながら時間をお過ごしください。

※旅館のお土産の勾玉とお守り袋は、参加された方ならどなたでも買う機会がありますので、買っておいたのを渡す、とか見せ合うとかそういうことも可能です(アイテム発行はございませんが、後日個人でアイテムをお作りいただくのは構いません)
※お酒はステシ年齢20歳以上の方へ提供可能です。

 提示されているP/S/Wの選択肢は気にせず。
 ワイワイでもラブラブでもシリアスでも心情でも。
 ただし公序良俗に反したり著作権的なものに触れるようなものは採用できないことがあります。
 年齢制限のかかるようなラブラブは直接的な描写はいたしませんが、らぶらぶな雰囲気をマシマシ予定です。

●馨子について
 お声掛けいただけましたら喜んで顔を出させていただきます。

●プレイング再送について
 日常フラグメントという関係上、万が一ご参加いただける方が多くなった場合は、プレイングの再送をお願いする可能性がございます。

 基本的にプレイングを失効でお返ししてしまう場合は、殆どがこちらのスケジュールの都合です。ご再送は大歓迎でございます(マスターページにも記載がございますので、宜しければご覧ください)

●お願い
 一緒に描写をして欲しい相手がいる場合は、お互いにIDやグループ名など識別できるようなものをプレイングにご記入ください。

※プレイングの受付は、9/21(土)8:31~です。受付終了日時はマスターページやTwitterでお知らせいたします※
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第1章 日常 『【Q】旅行とかどうでしょう』

POW   :    とにかく気力体力の続く限り、旅行先を満喫する

SPD   :    旅行先で目ざとく面白いものを見つけて楽しむ

WIZ   :    事前に下調べを行い、綿密に計画を立てて楽しむ

👑7
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


●ひとよのあかり
 灯りがともり、屋台が目を覚ます。
 祭の始まりだ。
 道の両端を埋め尽くす屋台が、狐たちを迎える。
 焼きそばやたこ焼き、お好み焼きに焼きトウモロコシ。焼き鳥、イカ焼き、フランクフルト、アメリカンドックなどのご飯系もたくさん。
 かき氷にわたあめにりんご飴、チョコバナナやベビーカステラ、杏飴に飴細工、金平糖や琥珀糖、金玉羹などの甘いもの系。
 射的に輪投げ、金魚すくいにヨーヨーつり、かたぬき、スーパーボールすくい、人形すくいなどのゲーム系。
 飲み物系や、地元の手作りうちわや羊毛フェルト作品、レジン作品、ちりめん細工作品、レース編み作品やつまみ細工、ビーズやプラバン作品など、ハンドメイドのアクセサリーや文具の屋台まで。
 きっと、狐たちのお眼鏡にかなう屋台があるに違いない。

 旅館からは、屋台通りの灯りが一本の横線のように見えて。
 涼しく心地よい風が、狐花を揺らしている。
 旅館のお土産売り場では、さまざまな種類のパワーストーンが、勾玉の姿で待っている。
 ちりめんのお守り袋は普段よく見かけるお守り袋の形状だけでなく、様々な形やデザインがあるようだ。

 ゆったりと過ごしても、祭の中で非日常を味わっても、どちらでも楽しめるだろう。
逢坂・理彦
煙ちゃんと(f10765)
(上だけの白狐面)
妖狐の俺が狐面ってのはまんまなような気もするけど。
煙ちゃんが狐面ってのは何だろう不思議な感じだね。今日だけは煙ちゃんも妖狐みたいだ。

UDCのお祭りだから見慣れないものもあるね。
ヨーヨー釣り?水風船…?
(子供が遊んでるのを見て興味深げに)
やってみようか。
(ヨーヨーを手に入れて楽しそうに)
輪投げもやる?俺はへたっぴだよー。
煙ちゃんは上手そう…。

ふふ、景品たくさんもらったね♪すっごく楽しかったー。
【手をつな】いで。(幸せだなー)

「俺、煙ちゃんといっぱい幸せになるからね」
…あれっ?口にするつもりは無かったんだけどなぁ。


吉瀬・煙之助
理彦くん(f01492)と
わぁ、凄いね狐のお祭り…
ふふっ…理彦くんのお祭りだね♪
お面を被ったら、僕も理彦くんと同じ種族になれるかな…?
(上半分の狐面を着用する)

お祭りってホントに沢山の屋台があるね…
ううん…食べ物の屋台もいいけれど
僕としては水風船が浮かんでる屋台が気になるかな
ヨーヨー釣りってことは
釣りみたいな事が出来るんでしょ…?
楽しそうだから、やってみたいな…♪
うまく釣れたら理彦くんに見せに行くよ
この赤い風船、理彦くんの狐火みたいで綺麗だよ…

向こうには輪投げだって…!
理彦くん輪投げやろう、楽しそうだよ…♪
あ、でも逸れそうになったら慌てて【手をつなぐ】よ



「わぁ、凄いね狐のお祭り……」
 ゆらゆらと優しく灯るそれを見て、吉瀬・煙之助(煙管忍者・f10765)は感嘆の声を零して隣を見やる。
「ふふっ……理彦くんのお祭りだね♪」
「妖狐の俺が狐面ってのはまんまなような気もするけど」
 白狐の半面をつけた逢坂・理彦(守護者たる狐・f01492)は、妖狐ゆえに。
「お面を被ったら、僕も理彦くんと同じ種族になれるかな……?」
 楽しそうに煙之助が自身の半面をつけたのを、理彦はじっと見据える。
「煙ちゃんが狐面ってのは何だろう不思議な感じだね。今日だけは煙ちゃんも妖狐みたいだ」
 隣の彼が自身と揃いの狐の半面をつけているのを見ると、不思議な感じがするとともになんだか、温かい気持ちになった。
 ふたりの狐は連れ立って、屋台通りへと足を踏み入れてゆく。

 * * *

 目移りしてしまうほどの豊富な屋台。普段はお祭りの屋台として出ないようなものも、この祭りでは売られていて。地域の人達にとっての一大イベントであり、伝統も新しいものも混在させる柔軟さを感じることができた。
「お祭りってホントに沢山の屋台があるね……」
「UDCのお祭りだから見慣れないものもあるね」
 尤もこのふたりにとっては、元々初めて見るものが多いのだが。
「ううん……食べ物の屋台もいいけれど」
 そこここから香るのは、食欲をそそる匂い。知っている食材や料理でも、屋台で売られているといつもより美味しそうに思えるのは何故だろうか。
 理彦と共にゆっくり歩みながら、迷うように煙之助は視線を泳がせる。どれも魅力的だが、全部じっと覗いていては、まだまだ続くというこの屋台通りを巡りきれないかもしれない。
「僕としては水風船が浮かんでる屋台が気になるかな」
「どこ?」
「あれだよ」
 煙之助の指した先に理彦が目を向ければ、横に長い大きなタライのようなものの前に子どもたちがしゃがんでいる。タライの中には水が張ってあり、色鮮やかなまあるい物体が浮かんでいた。
「ヨーヨー釣りってことは、釣りみたいな事が出来るんでしょ……?」
「ヨーヨー釣り? 水風船……?」
 面の奥の瞳に期待を浮かべた煙之助。人の流れを上手く抜けてふたりでその屋台へと近づいてみれば、先に金具のついたこよりを手にした子どもたちが、真剣な表情でそれを水の中へと下ろしている。
「こよりを水につけたら、すぐに破れるよね?」
 理彦が小声で煙之助に告げたその時。
「あっ……切れちゃった」
 ぐわんっ……水風船を持ち上げかけていた子どものこよりが切れて、水面が大きく揺れた。
「そんな底の方にあるのを狙うからだよー」
「だってピンクの欲しかったんだもん……」
「兄ちゃんが取ってやるから泣くなよ」
 兄妹なのだろう、今にも泣きそうな少女に少年が告げる。そして少年は、水に浮かぶ色とりどりの水風船の中にいくつかあるピンク色の水風船をよく観察して。
「兄ちゃん、ほら。ピンクそっちに行ったぞ」
 屋台のおじさんも妹思いのお兄ちゃんを微笑ましく思ったのか、新しく水風船を追加すしながら、ピンクの水風船を少年の方へと近づけてやった。少年はピンクの水風船がどのゴム糸に繋がっているのかを慎重に見極めて、中でも輪っかの部分が水面近くに浮いているものを探しだした。
 そして――こよりを濡らすこと無く見事にピンクの水風船を釣り上げたのだった。
「楽しそうだから、やってみたいな……♪」
「やってみようか」
 少年のおかげで、何となくコツと仕組みがわかった。子どもたちが屋台から離れるのを待って、煙之助と理彦もタライの前にしゃがんだ。
 屋台のおじさんから金具のついたこよりを受け取って、真剣に水風船を吟味する。
「店主、自分はヨーヨー釣り初めてなんだけど、この色、釣りやすいのないかな?」
 煙之助はお目当ての水風船があるようで、コミュ力を発揮して屋台のおじさんに訊ねる。釣りの腕に自信はあるが、釣りやすいポイントの情報収集も腕の善し悪しを左右するからだ。
 屋台のおじさんと煙之助が水風船を吟味している間に理彦は。
「釣れたよっ!」
 ささっと目的の水風船を釣り上げたようだ。嬉しそうに彼が手にしたヨーヨーは、隣の彼の瞳と同じ色。
「よっ……。僕も釣れたよ♪」
 程なく煙之助も目的の水風船を釣り上げて、ふたりは立ち上がる。
「この赤い風船、理彦くんの狐火みたいで綺麗だよ……」
 だから、どうしてもこの色が良かった――赤い水風船を両手で包み込むように持って隣を見れば、面の奥から優しげな視線を向ける彼の手に覚えのある色を見つけて。自然と口元がほころんだ。

「向こうには輪投げだって……!」
「輪投げもやる?」
 まるで童(わらべ)のように楽しそうに袖を引く煙之助に理彦が訊ねれば。
「理彦くん輪投げやろう、楽しそうだよ……♪」
「俺はへたっぴだよー。煙ちゃんは上手そう……」
「一緒にやろうよ……♪」
 連れ立って輪投げの屋台へと。
 まだまだ楽しい時間は続く。

 * * *

「ふふ、景品たくさんもらったね♪ すっごく楽しかったー」
「理彦くんも上手だったよ……♪」
 それぞれ景品を抱えるのは、片手ずつ。
「あっ……」
「あ……」
 だって人混みに流されそうになった時、こうして手を繋ぐことが出来るから。
 繋いだ場所から感じる温もりが、いつもと変わらないことに幸せを感じる。
 人に流されぬよう、ふたりでゆっくり屋台通りをゆけば。

「俺、煙ちゃんといっぱい幸せになるからね」

 するりと理彦の口から溢れたのは、口にするつもりのなかった言葉。なぜ口から出たのだろう。不思議ではあるが。
 ちらり、隣を見れば、今夜だけ狐の彼の口元が笑みを作っていたから――まあいいか、と思うのだった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

桜雨・カイ
※「選ばれなかった未来-」の後。アドリブ歓迎
浴衣姿。いつもと違う顔半分の狐面

昔を思い出しつつ祭りを歩いている
思い出が蘇る
初めての狐の面は弥彦がお祭りで買ってきてくれたもの
(自分のりんご飴をあきらめて)

あの時の代わりにりんご飴を購入して口にする
思い出はどんどん深くなっていく

普段なら言えない事が言えるのなら
「ばかです…冴も世一も……そして弥彦も」
見捨ててくれればよかった
自分は利用されても壊されてもいい、二人には生きていてほしかった

何より言ってはいけない事
「大好きです。あなた達が、大好きです」
知ってしまった今となっては、そんな事を言う資格なんてないけれど。
今だけ、自分の中で消える事のない思いを



 国が違えども、更に世界が違えども、祭り特有の雰囲気というものはどこか似ている――いつもの狐面とは違う上半分の狐面をつけた桜雨・カイ(人形を操る人形・f05712)は、肌から感じるその祭りの空気になんとなく懐かしさを覚えた。
 故郷での祭りと比べると、品揃えや設備は流石に異なるけれど。やっぱり、思い出してしまう。
(「あの、初めての狐面は――」)
 頭の後ろに繋がった糸をクイ、と引かれるような感覚で、意識が記憶をひとりでに遡る。

 嗚呼、嗚呼、嗚呼――そ れ は 幸 せ な 記 憶 だ 。

 * * *

『かぁい!』

 祭りから帰ってくるなり自身の元へと駆けてきた幼子は、壁に凭れるようにして座らされているカイ――今はまだ、人の身を持たぬ人形である――の膝へとのぼって。

『あげる、あげる、かぁい!』

 いつもの間延びした声でカイを呼び、その顔へと懸命に何かを押し付けてきた。

『あら、もうお帰りですか? 随分とお早いですね』
『ああ。世一があれをカイにあげるのだときかなくてね』
『まさか……乞われるままに買い与えたのですか?』

 視界は世一の押し付けてくる『何か』に塞がれたままだが、聞こえてくる声には聞き覚えがある。
 優しく、けれども締めるところは締める、そんな良妻賢母の見本のような女性の声は、世一の母である冴のもの。
 世一と共に祭りから帰宅した男性の声は、カイの主である弥彦のものだ。

『いや、世一がりんご飴を諦めてでも、あれを買って欲しいと』
『まあっ……いつもあんなに楽しみにしているりんご飴を諦めてまで……?』

 夫婦は息子の成長を感じているのだろう。声色からもそれがわかる。他者のために己の好物を我慢する――もう、そんな事ができるのか。
 畳を踏む微細な振動、近づいてくる足音。ああ、これは弥彦だ。

『世一、押し付けるだけでは面はつかない。それではカイも苦しいだろう。どれ、貸してごらん』

 カイの視界が開ける――己の力では視線を動かせぬカイの視界には、それでも後方から優しく見守る冴の姿と、カイの膝に乗って顔へと手を伸ばす世一のキラキラとした瞳、そしてカイの傍らに膝をついた弥彦の顔――この家の『幸せな姿』が広がっている。

『カイ、世一がこれをカイの為に買って来たんだ。つけさせてもらうよ』

 まるで『人』にするのと同じ様に、弥彦は世一から受け取ったそれをカイへと見せて、これからすることを告げてくれる。
 この時になって初めてカイは、先程から顔に押し付けられていた物が狐のお面であると知った。
 弥彦がカイの顔に面を当てると、再び視界が狭まった。後頭部のあたりで彼がなにか手を動かせば、頭をきつく締め付けない程度の力で、面を固定する紐が締められる。

『世一、これでいいかい?』
『ちちうえー、あーがとっ。かぁい、うれしい?』
『あら、とても似合っていますね』

 嗚呼、嗚呼、嗚呼――応える言葉は持たぬけれど、彼らが自身を家族の一員のように扱ってくれるたびに無機物の身体にあたたかいものが蓄積されてゆく気がする。

 こんな日々が、ずっと続くものだと思っていた。
 ずっと続いて欲しいと――祈っていた。

 * * *

 雪花絞りの浴衣の裾と、下ろした長い髪が風に揺れる。下駄を鳴らしてゆっくりと人の流れに合わせて歩いてゆくカイの手には、真っ赤な、真っ赤なりんご飴がひとつ。
 あの時、世一はいつも楽しみにしているりんご飴を諦めてまで自分に贈り物をくれた。だからせめてあの時の代わりに、とカイは手にしたりんご飴へ歯を立てる。
 ガリッと表面の飴が割れ、サクッとりんごを噛みちぎる。
「――、――」
 世一はもう、りんご飴を食べることはできない。だから代わりにと――けれども、甘いはずのそれは、しょっぱくて、苦くて……。
 あの頃の思い出が、彼らと共に過ごした日々の記憶は、深く深く深く……日を追うごとにどんどんと深くなっていき、とどまることを知らない。
 これをしょっぱいと、苦いと感じるのは、『知ってしまった』からだ。
 先日知ってしまった真実は彼の心の奥深くに沈殿し、罪悪感という名を持って座している。

「ばかです……冴も世一も……そして弥彦も」

 ぽつり、口からこぼれたのは、普段ならば口にできない言葉。
 祭りを楽しむ周囲の人々と、自身が切り離された感じがする。人々の言葉はただの音となって、カイの耳を通って抜けてゆく。
 屋台通りを歩く人々の姿すら鮮明に認識できなくなり、まるで影絵が動いているよう。

「……見捨ててくれればよかった」

 絶対に、彼らはそうしないと知っている。

「……私は利用されても壊されてもいい、二人には生きていてほしかった」

 絶対に、彼らはそれを許さないと知っている。

 それでも、それでも――自分を守ろうとしてくれて嬉しい、けれども申し訳ない、捨て置いてくれればよかった、ふたりの命と比べたら自分が壊れるほうが――ぐるぐると胃の腑のあたりで感情が渦巻いて。
 知ってしまったから、知ってしまったからこそ、その気持ちの坩堝はぐるぐるとカイを蝕み続ける。
「……、……」
 いつの間にか、屋台通りから逸れてしまっていた。背後からは祭りを楽しむ人々の声が響いてくる。
 目の前にあるのは、河原だった。なんとなく、サムライエンパイアで知るそれと似ている。カイは土手を降り、石を踏んで。
 水際で足を止めたカイは、祭りの明かりによって仄明るく照らされた水面に映る自身の顔を見つめた。

「大好き、です……」

 それは何よりも言ってはいけない言葉だ。

「……あなた達が、大好き、です……」

 自身の存在が屋敷に曲者を招き入れ、冴と世一の死の要因になったと知った。
 妻子を失った主は、ずっとずっと泣いていた。
 主はその場におらずとも、カイを狙う者から護ってくれたのに。ずっと前から彼を悪用させまいとしてくれていたのに。
 それなのに、なのに――本意ではないとはいえ、恩を仇で返す形になってしまったのは事実。それを知ってしまった今、その想いを言葉にする資格なんてないけれど。

(「今だけ、今だけ――」)

 それは、どうあってもカイの中で消えることのない想い。
 今だけは、赦してほしい――。

 ぽたり、ぽたり……水面へと落ちる雫は、狐の半面をつけたカイの顔を、波紋で歪ませた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

花川・小町
【花守】2
(新調した浴衣で二人めかしこんで祭を楽しみ尽くした後――これまた情緒溢れる宿や窓辺の光景をゆるりと楽しみつつ、上機嫌な笑顔と声色を返し)
ええ、本当に――今宵はどこまでも良い光景に包まれて、ついつい心も踊ってしまうわね
ありがと、貴方の愛らしさだって良く映えてるわよ
(微笑ましげに眺めながら、それじゃ一休みしましょうかと食事等を広げて)
あら、お酒はなくとも貴方みたいな花や甘味があれば上等――この上なく幸いというものよ
こういうのを女子会と言うのだったかしらね
それじゃあ――乾杯
(合わせ甘酒頂きつつ、祭の灯を肴に食の彩りも目で舌でゆるりと味わい)
正に夢見心地、ねぇ

ええ、その時も喜んで共に祝うわ


鳳来・澪
【花守】2
(新調した浴衣での祭帰り――宿や部屋の内装に一頻り感嘆の声を上げた後、窓辺に寄ってまた一段と笑顔輝かせ)
わぁ、此処からの光景もまた風情たっぷり…!
しかも姐さん、ほんま絵になるねぇ!
(浮かれながらも、はぁいと腰を落ち着けて、宿の食事や飲物を広げ)
酒宴――とはいかんで御免ねぇ
えへへ、でも姐さんとゆっくりこんなええ時間を楽しめるなんて、ほんま贅沢な気分!
そしたら――乾杯!
(甘酒でほっと一息ついたのも束の間、すぐに彩り豊かな軽食や甘味にも夢中になって)
幻想的な祭の灯に、美味しい食事…なんや夢でも見てるみたい

ふふ、いつかお酒が飲めるようになった時も――またこうして一緒に過ごせたら嬉しいなぁ



 祭りはまだ続く。その明かりもまだ灯ったままで、喧騒もまた耳へと届く。
 早々に屋台通りを楽しんだ艶花二輪は、屋台で買い求めた細工物などを手に、早々に旅館へと戻ってきていた。
「やっぱりこのお部屋、素敵やわぁ……。わぁ、此処からの光景もまた風情たっぷり……!」
 着いて早々に荷物を置いた時にも思ったが、改めてゆっくり部屋を見渡せば、床の間の整え方も風流で、欄間や障子紙などにもささやかな細工が有り、見ていて飽きることはない。
 紺地に金魚と花火の柄の浴衣を纏ったまま、鳳来・澪(鳳蝶・f10175)は窓辺へと近づく。日が落ちてから覗く窓の向こうの世界は、到着時とはがらりと表情を変えていて、澪は一段と笑顔を輝かせた。
「ええ、本当に――今宵はどこまでも良い光景に包まれて、ついつい心も踊ってしまうわね」
 同じく窓辺に寄り、置かれた椅子へと腰を掛けるのは花川・小町(花遊・f03026)。落ち着いた赤系の地に蝶や花が舞う浴衣は、澪同様に新調したばかりのものだ。
「しかも姐さん、ほんま絵になるねぇ!」
 窓の向こうには、仄明かりに照らされた狐花たち。更に向こうには、屋台通りの明かりが一文字に灯っている。
 その手前に妖艶な小町が腰を掛ければ、芸術品レベルの絵画や写真のよう。
「ありがと、貴方の愛らしさだって良く映えてるわよ」
「そ、そうやろか?」
 澪の賛辞に艶めいた笑みを浮かべた小町は、はにかむ澪へ頷いてみせる。
 美しい彼女にそんな風に言われたら、嬉しさと恥ずかしさで澪はむず痒くなってしまう。そんな彼女を、小町は微笑ましげに眺めていた。

 * * *

 事前に祭りから帰ってから夕食をと告げていたこともあり、仲居達はテキパキとテーブルの上へ料理を広げてくれた。そして速やかに彼女たちが下がったのを確認して。
「それじゃ、一休みしましょうか」
「はぁい」
 窓辺の椅子からふたりは畳の上の座椅子へと移動する。
「美味しそうなお料理いっぱいやねぇ」
「そうね、どれから頂くか迷ってしまうわ」
 刺身の盛り合わせに鮑のワイン蒸し、旬の素材の天ぷらや色鮮やかな煮物。茶碗蒸しや栗ご飯に、いい具合にさしの入った牛肉。そして、モンブランのように細く絞り出した抹茶色の眩しい和風のデザート。
 器や盛り付けにもこだわりが感じられて、見ても美味しい料理たち。どれから手を付けるか迷ってしまうのも無理はない。
 でも、こういうときはやっぱり。
「酒宴――とはいかんで御免ねぇ」
 まずは乾杯を、と澪が手にしたのは、シンプルな陶器のコップ。湯呑よりも背の高いその中には、白濁した液体が注がれている。
 酒宴といきたいところだったが、澪はまだ二十歳に満たない。そのコップの中に入っているのは、この旅館が懇意にしているという蔵元自慢の甘酒だ。
「あら、お酒はなくとも貴方みたいな花や甘味があれば上等――この上なく幸いというものよ」
 小町も付き合って、同じ中身のコップを手にして。
「えへへ、でも姐さんとゆっくりこんなええ時間を楽しめるなんて、ほんま贅沢な気分!」
「こういうのを女子会と言うのだったかしらね」
「女子会!」
 なんとなく、その言葉に心が躍る。朱殷色と金糸雀色の瞳が合い、口の端を緩めれば、どちらからともなく『乾杯』と声にしてコップを掲げた。
 口に含めば甘酒独特の香りが広がり、飲みこめば麹の甘さがあとを引く。
「いいお味やねぇ。きっとこのお料理も、美味しいのやろねぇ」
 甘酒でほっと一息ついたのもつかの間、澪の視線は料理へと釘付けになる。
「そうねぇ。食材も新鮮で美味しいわ。このお刺身食べてみて?」
 上品に刺し身を一切れ食べた小町の勧めで、澪も同じ刺し身を口へ。
「ほんま、美味しいわぁ。お醤油も普通のと違うんかなぁ」
「そういえば、お土産売り場をちらっと見た時に、お醤油も売っていた気がするわ」
 きっと、調味料にもこだわっているのだろう。もしかしたら客たちの要望で、仕入れている醸造蔵のものを販売するに至ったのかもしれない。

 * * *

 料理に舌鼓を打ちつつ窓の外を見れば、明かりが闇に揺れて、酷く幻想的だ。
「幻想的な祭の灯に、美味しい食事……なんや夢でも見てるみたい」
「正に夢見心地、ねぇ」
 目で楽しんで、舌で楽しんで。お酒がなくともこんなにも楽しいのは、互いがいるからだろう。
 ふと食事をしながら視線が合えば、澪は小さく笑って。
「ふふ、いつかお酒が飲めるようになった時も――またこうして一緒に過ごせたら嬉しいなぁ」
 彼女の心からの言葉に、小町は小さく頷いた。
「ええ、その時も喜んで共に祝うわ。約束ね」
「楽しみやなぁ」
 いつか来るその時を夢見て、今は目の前の彩を味わい尽くす艶花たちであった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

誘名・櫻宵
🌸櫻と人魚
アドリブ歓迎

名を呼んではいけないなんて面白いわ
あたしは桜狐のお面に
水色に白のベタ游ぐ浴衣よ

隣を游ぐ可愛い白狐の人魚とぺんぎんに和むわ
いつものように名前ぶ人魚の唇に人差し指をあて、仮面越しにウインク
こういうのも楽しいわ!密やかに笑う

花型の綿あめを啄みながら人魚の横を歩くわ
お祭り大好きなの

あたしもね
あなたがどこに紛れてしまってもわかるわ
仮面越しに紡がれる言葉に微笑んで
私は愛がなきゃ生きられないの
重くなんてないわ
むしろ
嬉しくて幸せ
食べちゃいたいくらい愛しいわ

不安そうな人魚の頭を撫でて紅水晶の勾玉を渡す
あなたにぴったりでしょ?

あたしに?
楽しみにしてるわね
人魚の愛がこもった、あたしだけの勾玉


リル・ルリ
🐟櫻と人魚
アドリブ歓迎
1

今日の僕は白狐のお面…狐の人魚
ヨルはぺんぎん狐だ
浴衣は相棒のヨルとお揃いだよ
隣の歩く愛しい君は桜狐
綺麗で見蕩れる
つい、名前を呼びそうになって両手で口を塞ぐ
笑い合う聲も仮面の裏側、密やかに
甘いりんご飴片手に祭囃子を游ぐ

はぐれないようにしなきゃ
けど
どれだけ姿を隠しても
どこに隠れても
僕は君だけはわかる

…游げるのに溺れてる
水の中でも焦がれてる
いとしいとしと言う心がとまらない
こんなに君を好きになるなんて――重くて、嫌じゃない?

わぁ!綺麗!
手渡された小さな巾着袋には可愛い桜色の紅水晶の勾玉だ
ふふ、嬉しいな
君が選んでくれた僕だけの石
ねぇ旅館に戻ったら
今度は僕が選ぶよ
君だけの、勾玉を



 ふしぎふしぎ。ふしぎなおまつり。
 きょうのあいだはみぃんなきつね。

 ならばその場に、『うつくしきもの』としか形容のできない者達が現れるのも、おかしいことではない。
 夢幻に揺蕩うように祭りの明かりの中をゆくのは桜狐と白狐の人魚と、それにぺんぎん狐。
 狐面だけではその典雅な魅力を隠しきれぬ彼らのために、人々は自然と道をあける。そして、その眼(まなこ)に優艶なる姿を刻みつけるのだ。

 * * *

「名を呼んではいけないなんて面白いわ」
 ころころと笑うように告げるのは、水色地に白ベタの泳ぐ浴衣を纏った桜の君。桜狐の面の下から覗く花霞の瞳は、隣をゆく人魚へと向けられる。
 そんな彼――誘名・櫻宵(屠櫻・f02768)の姿に見惚れていたのは人魚狐。こちらを見て揺らぐ櫻に奪われた瞳(こころ)は、きっと永遠に彼のものだ。
「ピッ、ピイッ!」
 そんな彼、櫻の隣を游ぐ人魚狐はリル・ルリ(想愛アクアリウム・f10762)。尾鰭のあたりを揃いの浴衣を着たぺんぎん狐のヨルに触れられ、夢から醒める。けれどもこの現実(ゆめ)は、醒めてもリルの前からは消えない。
「さ――」
 大切な、大切な彼の名をいつものように呼んでしまいそうになって――けれどもそれは成されなかった。
 近づいてきた櫻宵の人差し指が、そっと、リルの唇に触れたから。
「今は、駄目よ」
 仮面越しにウィンクをしてみせる彼に頷いて見せて、仮面の下から視線を絡ませ。
 密やかに笑い合えば、小さな『3匹目』が混ぜてとばかりにぴょんぴよん跳ねる。
「大丈夫。忘れていないよ」
 リルがぺんぎん狐を優しく抱き上げ、並んで屋台通りをゆく。
 人がいる割にごみごみしておらず進みやすい――己らの存在がその要因だとはふたりとも思うに至らず。櫻宵は花型に整えられた、職人技の光る綿あめを購入し啄みながら。リルは真っ赤な甘いりんご飴を手にし、祭り囃子や祭りを楽しむ人々の声が広がる屋台通りをゆく。
「あたし、お祭り大好きなの。楽しいわ」
 リルの片腕に抱きかかえられたヨルの口へと千切った綿あめを運びながら、櫻宵は仮面の下で微笑んだ。
「僕も……君と一緒だから、とても楽しいよ」
 一口甘さを堪能したりんご飴から口を離して告げれば、口元が自由になるようにと面をずらした彼の顔が近づき――甘い甘い禁断の果実に口づけをし、そして喰む。
 嗚呼、嗚呼、楽園から追放されるのならば、共に。
 たとえこの想いが原罪だと謗られようとも、何人(なんびと)たりともふたりを引き離すことなどできやしないのだ――。

 * * *

「あっ……」
 人が横切ったことで、リルと櫻宵との間の距離が広がった。はぐれる――リルの心に焦りが浮かびそうになる。けれどもそれは、浮かぶことなく弾けて消えた。
 足を止めた櫻宵が半身振り返って、リルを待ってくれている。彼の元へと游いでゆけば、いつもと変わらぬ淡墨桜が彼を受け止めてくれる。
 それが『当たり前』になったことは、『当たり前』として続いていることは、ひとつの奇跡だ。だから、リルは言葉を紡ぐ。
「どれだけ姿を隠しても、どこに隠れても、僕は君だけはわかるよ。断言、できる」
「あたしもね」
 ゆるりとふたり揃って歩みを再開しながら、櫻宵が紡ぐのも、また――。
「あなたがどこに紛れてしまってもわかるわ。断言、できるの」
 自分の言葉を真似て返してくれた彼。
 嗚呼、苦しい。游げるのに溺れているようだ。
 水の中でも焦がれて焦がれて焦がれて――……焦がれすぎて。
 いとしいとしと言う心がとまらない――嗚呼、『戀』という感情(こころ)止めることなど、誰にもできないのだ。
 けれども想いは大きくなる一方で、彼を押しつぶしてしまいやしないかと、よぎるのは不安。

「こんなに君を好きになるなんて――重くて、嫌じゃない?」

 ぽつり零した小さな問い。いらえを待つ間は苦しいだろう。けれどもその苦痛は訪れなかった。

「私は愛がなきゃ生きられないの」

 間髪入れずに紡がれた彼の答え。

「重くなんてないわ。むしろ、嬉しくて幸せ――食べちゃいたいくらい愛しいわ」

 そしてその指が、不安を払拭しようとリルの秘色を撫ぜる。そのまま反対の掌を差し出せば、彼の不安の色は驚きの色へと変化してゆく。
 そこにあったのは、紅水晶の勾玉だ。まるで、櫻宵自身をぎゅっと閉じ込めたかのような。

「あなたにぴったりでしょ?」
「わぁ! 綺麗!」

 嗚呼、仮面に隠されていても互いの感情の色がわかる。それはとても、素敵で素晴らしいことだ。
 抱いていたヨルを下ろしたリルの手に、小さな巾着袋が乗せられて。その上にそっと、桜色の勾玉が。
「ふふ、嬉しいな。君が選んでくれた、僕だけの石」
 彼の手にかかれば、こんなも簡単に不安が霧消してしまうなんて、単純だと人は笑うだろうか。
 けれどもこれは、彼にしか使えぬ特別なまじないなのだ。
「ねぇ、旅館に戻ったら」
 なくさないようにそっと勾玉を握りしめて、リルは愛しの櫻へと視線を向ける。
「今度は僕が選ぶよ。君だけの、勾玉を」
「あたしに? 楽しみにしてるわね」
 無邪気に喜ぶ彼を眺めていた櫻宵の心に、更にあたたかいものが湧きいでる。
(「人魚の愛がこもった、あたしだけの勾玉」)
 嗚呼、嬉しいのだ。彼の唯一であることが。

 互いの唯一であることが。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

火神・臨音
【比翼連理】で庭園へ

浴衣:浴衣カード参照の物を着用

縁台に腰掛けながら庭園を眺めて笑む

普段は中々ゆっくりする事も出来ないし
話を聞いた時にアイナと向かうなら
此処が一番だなと思ってた
気に入ってくれて良かった、と笑んで

写真を写していた彼女の様子に
何かあったのか不安に

狐花の花言葉、か

目を伏せる姿を見て思った
ネガティブな意味しか知らないのかな、と

狐花って他にも花言葉があってな
ここに咲いてる赤い狐花なら
『情熱』って言うのもその一つ
悪い意味ばかりじゃない

あと、もう一つ
俺が知ってる赤い狐花の花言葉があるけど

それは部屋に戻ったら教えるからと
触れるだけのキスを

もう一つの花言葉、それは

『思うはあなた一人』

アドリブ可


美星・アイナ
【比翼連理】で庭園へ

赤地に白とピンクのダリア模様の浴衣を着て

縁台に腰掛けながら庭園を眺める

お祭りの喧騒も楽しいけど
こんな静かな場所で過ごすのもいいかな
それにしてもすごい光景ね
まるで別の世界にいるみたい

スマホで写真を数枚撮ったあとふと思い出す

狐花の花言葉、聞いた事はあるわ

口にはしないけど悲しい意味があると
思い出し両の眼を伏せて

臨音から聞かされた
狐花の持つもう一つの花言葉
それを聞いて顔を上げて

そうか、別の見方をすれば
そんな意味もあるのね、と笑んで

って、まだ花言葉が他にもあるの?

部屋に戻ったら教えるから、の声と
触れるだけの彼からのキスに頬を染めて
頷きの代わりに繋いだ手をきゅっと握って笑みを


アドリブ可



 庭園から眺める祭りの明かりは、遠いようで近く、近いようで遠い。
 ざわざわと耳障りにならぬ程度の響きは、おそらく祭りを楽しむ者たちの奏でる音。
 咲き乱れる狐花が明かりを受けて闇の中に浮かび上がり、祭りの明かりと相まって、星よりも夜の主役となっている。
 花を乱してしまわないように作られている小路を、火神・臨音(火神ノ社ノ護刀・f17969)は美星・アイナ(解錠の音は新たな目覚めの音・f01943)の手を引いて行く。鳩羽色の浴衣と、赤地に白とピンクのダリアが眩しい浴衣を纏ったふたりは、狐花に囲まれた場所にある縁台へと腰を掛けた。
 眼前に、もちろん横にも後ろにも、狐花の赤が広がって。見下ろす街並みには、屋台通りに灯る明かりが一筋光る。
「お祭りの喧騒も楽しいけど、こんな静かな場所で過ごすのもいいかな」
「普段は中々ゆっくりする事も出来ないしな」
 浴衣越しに触れ合えそうな距離で座ったふたりは、ゆっくりと深呼吸を繰り返す。緊張しているわけではないが、日常の楔から解き放たれてのんびりしたいと思ったのだ。
「それにしてもすごい光景ね。まるで別の世界にいるみたい」
 瞳を輝かせてスマートフォンを取り出すアイナは、そっと隣の彼を見上げる。
「連れてきてくれて、ありがとね」
 その言葉が心からのものであると理解(わか)るから、臨音の表情は自然と柔らかくなる。
「話を聞いた時にアイナと向かうなら、此処が一番だなと思ってた」
 気に入ってくれて良かった――ほっと胸を撫でおろしながら、ふたり視線を絡めあった。
 
 * * *

 シャッターを切る音が、微かに響く。
 スマートフォンで今日のこの幻想的な光景を切り取っておきたいと思ったアイナは、狐花や祭りの明かりの一文字を撮影し、また狐花へとレンズを向けて。
「……、……」
 けれども。
「……、……、……」
 ふと、思い出してしまったのは――狐花の花言葉。
(「たしか『悲しい思い出』……」)
 花言葉を思い出すと共にアイナの脳裏によぎったのは、この花に関する恐ろしい迷信の類。死や、不吉な印象があるという事実。
 ああ……――そっと、両の目を伏せる。
 写真を撮っていた彼女が見せた変化に、臨音が気づいた。気づくなという方が無理なほど、彼女へと意識を向けている彼だからこそ、何が彼女をそうさせているのかと不安になった。
(「ああ、花言葉、か」)
 彼女の目を伏せる姿を見てそうさせた原因に思い至りはしたものの、そんな沈痛な表情をさせたくてここへ連れてきたわけではない。
(「ネガティブな意味しか知らないのか?」)
 そう思い、臨音は彼女が何かを発する前に口を開く。

「狐花って他にも花言葉があってな」
「えっ……」

 彼女の反応があった。臨音はそのまま言葉を続ける。

「ここに咲いてる赤い狐花なら、『情熱』って言うのもその一つ」
「『情熱』……」
「悪い意味ばかりじゃないんだぜ」

 彼が紡いだ言葉に、アイナは顔を上げた。先程まで見ていた花と同じなのに、今、その目に映っている花はなんだか別のもののように見える不思議。
「そうか、別の見方をすれば、そんな意味もあるのね」
 目から鱗が落ちた思いで臨音へと笑んでみせるアイナ。
「あと、もう一つ、俺が知ってる赤い狐花の花言葉があるけど」
「って、まだ花言葉が他にもあるの?」
 そこまでは予想外だった。少し大きめの声で驚いてしまったアイナ。
「どんな花言葉?」
 彼にだけ聞こえるように、小さな声で問うたけれど。

「それは部屋に戻ったら教えるから」

 答えはおあずけ。
 その上アイナには、抗議する間も与えられなかった。
 だって降ってきたのは、星でも月の光でもなく――触れるだけの優しいくちづけ。
 互いの吐息が聞こえる距離で、くちづけを終えた彼がじっと見つめてくるものだから。
「……、……」
 アイナは頷く代わりに再び彼と手をつなぎ、そしてその手をきゅっと握って笑んだ。
 それを諾と取った臨音は、縁台から立ち上がる。そして自分を追うように立ち上がった彼女を、そっと抱き上げた。

「逃さないから。手放さないから」
「……ばか。逃げるわけないじゃない……」

 その緋の瞳と、狐花の赤と、同じ様に頬を染めた彼女を抱き上げたまま、臨音は狐花に囲まれた小路をゆく。

 もう一つの花言葉、それが『思うはあなた一人』であるとアイナが知るのは、夜の帳が朝の光によって溶けた後であった。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

ファン・ティンタン
【WIZ】不言実行
ペイン(f04450)と③
狐面は上半面、浴衣姿でヒトが変わったかのように終始言葉少なめ

旅行計画は色々とあって、ペインに全てお任せで来た
何だかんだ言っても、自分のためにあくせくと計画を練っている姿を見ると、素直に嬉しいもの

曼珠沙華
まるで彼の髪のような紅は、呼び名ごとに印象を変える
彼も、かつての過去からすれば驚くほど純朴なヒトになったものだと思う
それが彼にとって、良い事なのかは分からないけれど
私には、今の彼がかけがえの無いモノであることに、間違いはない

縁台に腰掛ければ、何やらたどたどしく問いかけてくる彼
返すべき応えに、言葉は要らないだろう
そのための、上半面なのだから


……ん、馨子?


ペイン・フィン
ファン(f07547)と
3番で

いつもの仮面じゃなく、上半分だけの狐面を付けて、庭を散策
……いつものじゃないから、なんか、慣れない感覚もあるけど
折角の、デートだし、楽しまないと、ね
そっと、ファンと手をつないで、庭を歩き回ろう

狐花、曼珠沙華、彼岸花
同じ花でも、名前の呼び方変えるだけで、印象が変わるのは、ちょっと不思議
……でも、そんなところが、結構好きだったりする
呼び名1つで、印象が変わる
1つの、マイナスイメージにだけとらわれない、そんな感じが、ね

ほどほどに、散策したら、縁台に二人で腰掛けて、休憩
ファンは、どうかな
楽しめたのなら、良いのだけども

ファンのお返しは、赤面を面で隠しつつ、素直に、受けるよ



 祭りは盛況なようだ。眼下の明かりは横一文字に灯り、夜闇との境目を曖昧にしながらゆらりゆらりと揺れている。
 旅館の庭には風情を損なわぬ程度、けれども危険のないように、淡い明かりが点在している。
 さわさわさわ……庭に満ちる赤――狐花を揺らす風は、もう秋の色を帯びていた。
「……、……」
「……」
 喧騒を避けるかのように庭へと足を踏み入れた男女は、揃いの狐面をつけていた。上半分の半面から覗く口元、少年と呼ぶほうが相応しい齢の彼のそれは、迷うように開きかけては閉じてを繰り返している。
 対して女性――黒地に落ち着いた色の柄の浴衣を纏った少女の口元は、引き結ばれたまま変わらない。
 彼は半歩後ろをついてくる彼女の様子を常に気にし、そして何か告げたげである。
 その理由――彼が何か告げたげである理由と、思いきって告げられぬ理由はいくつかあった。
 いつもと違う髪型の、いつもと違う衣を纏う彼女。
 ヒトが変わったかのように、彼女はずっと言葉少なめだ。
 今回の旅行、実は計画段階からひと波乱ふた波乱あり、その上ですべては彼に任されたのだ。だから――彼女の口数が少ないのは、なにか計画に気に入らぬ部分があったのではないか……そんな不安を覚えるのも無理はない。
 いつもならば彼――ペイン・フィン(“指潰し”のヤドリガミ・f04450)の隣を行くか、彼を引っ張るように先を行く彼女が、半歩後ろを歩いているのが落ち着かない。
(「……いつものじゃないから、なんか、慣れない感覚もあるけど」)
 ああ落ち着かないのは、慣れぬ仮面のせいもあるのか。自身にそう言い聞かせるようにして。
(「折角の、デートだし、楽しまないと、ね」)
 足を止めて、半身を彼女の方へと向ける。
 秋めいた風が、袖を揺らした。
 彼が差し出したのは――自身の手だ。

 * * *

 彼が心中でそんな思いをいだいていることを知らず――否。彼女、ファン・ティンタン(天津華・f07547)にとってそれは想像に難くないモノだ。
 計画を全て彼に任せた結果、ペインはファンが気に入るプランの組み立てにああでもないこうでもないと頭を悩ませていた。
 正直、何だかんだ言っても、自分のためにあくせくと計画を練っている姿を見ると、素直に嬉しいものである。だから彼が心配しているようなことはありえないのだが。

 ふわり……。

 秋風がふたりの肌を撫でていった。けれどもそれが運んできたのは秋の匂いだけではなく。
(「……ん、馨子?」)
 微かにファンの鼻孔に触れたそれは、覚えのある香り。もう、馴染みがあるといってもいいだろう。この旅行話を猟兵たちに持ちかけた、グリモア猟兵の彼女が纏う香りだ。
(「馨子がいても不思議じゃないけど」)
 話を持ちかけた彼女自身もこの街に来ているという。だとすれば、その香りが仄かに漂ってきても不思議ではない。ただそれ以上彼女の香りが強くなることはなかったからして、彼女は庭に寄らずに屋台通りへと降りていったのだろう。
「……!」
 そんな風に少しばかり意識を持っていかれていたファンは、半歩前を歩いていた彼が立ち止まったことに気づき、自身も足を止める。そして目の前に差し出された彼の手を、面越しにじっと見つめてから――そっと、自身の手を重ねた。
 彼のぬくもりを感じるとともに、安堵したように口元がほころんだのが見える。
 重ねた手は思いのほか強くぎゅっと繋がれて。
 ああ手を繋ぎたかったのは己だけではないのだ、と。

 * * *

 狐花が咲き乱れる庭には、その赤の景色を乱さぬように、けれどもその赤を踏み荒らしてしまわぬように、小路が作られていた。仄かな明かりに照らされて小路をゆけば、いつの間にやらふたりは四方を狐花たちに囲まれていた。
「狐花、曼珠沙華、彼岸花……」
 手をしっかりと繋いだまま、ペインは膝を折り、狐花と視線を合わせる。
「同じ花でも、名前の呼び方変えるだけで、印象が変わるのは、ちょっと不思議だよね」
 嗚呼、狐花と高さを近くした彼。その頭に持つ紅は、まるで狐花のようで。そっと向けたファンの視線は狐花と向き合う彼を――否、彼だけを捉えた。
「……でも、そんなところが、結構好きだったりする」
 ぽつり、彼の零した言葉。それを静かに聞いているファンの心に浮かぶのは、彼への思い。
 今ここにいる彼も、かつての過去からすれば、驚くほど純朴なヒトになったのだと思う。彼の兄姉を除けば、誰よりも彼の変化を見てきた自信がファンにはある。
(「それがペインにとって、良い事なのかは分からないけれど」)
 黙ったまま、けれども繋いだ手を離さずにいるファンへと、ペインは顔を向けて。
「呼び名1つで、印象が変わる。1つの、マイナスイメージにだけとらわれない、そんな感じが、ね」
 彼は、己に課せられたモノを、己を縛り付けていた鎖を、己を固定していた楔を、自分なりに解いて――あるいは別の使い方を覚えた。『使われる』のではなく『使う』ことと『共に成す』ことを覚えた。
 それは彼一人では成し得なかったことだろう。自惚れているわけではないが、ファンが彼に関わったことにより風向きが、天秤の傾きが変わったと思っている。自分の存在が、彼を変えたのだと。
 けれども影響は、与えるだけではなかった。
 ファン自身もまた、彼から影響を受けていることを自覚している。
 その証拠に――。

(「私には、今の彼がかけがえの無いモノであることに、間違いはない」)

 ファンにとって彼は、特別な、そして唯一代わりのきかない狐花なのだ――。

 * * *

 散策もほどほどに、狐花に囲まれた縁台へと腰を掛ける。視界には、闇の中で燃える狐花の赤と屋台通りの光。
 薄暗がりの下、そっとあたりを照らす柔らかな街灯が、常とは違うファンの姿を浮かび上がらせて。
 隣に座したのだから当然の距離で艶めかしい浴衣姿を見ると、ペインの鼓動は速さを増してゆく。
 いつもと違い結い上げた髪。うなじの後れ毛が肌に張り付くさまに、なんだかくらりと頭蓋の中が揺れる。
「……ファンは、どうかな」
 頬が熱くなり、ずっと見つめていたら燃え尽きてしまいそうだ。ゆるりと視線を泳がせて、ペインは問うた。
「楽しめたのなら、良いのだけども……」
 嗚呼、どうして今日の彼女はこんなにも言葉を持たぬのだろう。どうしてこんなにも、己の心をかき乱すのだろう。
 浴衣のせい?
 数多の狐花のせい?
 お祭りの雰囲気のせい?
「……、……」
 彼女からのいらえはない。不安を覚えて彼女へと視線を戻せば、狐の彼女が距離を詰めて――重なり合う唇。それが答え。
 言葉はいらない。だってそのための、上半面なのだから。
「んっ……」
 ほんの一瞬、離れた唇。しかし再びそれが近づくのを、ペインは素直に受け止める。
 赤くなった顔は、面が隠してくれるだろうか。
 けれども面のない下半分は、隠しようがない。
 ならば、願うだけ。
 狐花よ、今だけこの赤を、仲間に入れてくれ、と。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

華折・黒羽
【梟】

毛色と同じ黒に染めた狐面
覆った顔は屋台に人だかりにと右へ左へ
常は眸に宿る青は面の目元を彩り
身に纏うのは黒地に花咲く白桜

一足先に桃色踊らす背を見つけ
その背を人混み避ける壁にするようこそり隠れながら

差し出された飴細工に面の中瞬く眸
覚えある声に耳動かして嬉しげに揺れた尾
礼と共に受け取ろう

食べてしまうのがもったいないと眺めていれば
先は追い越した白狐が彼方此方と楽しげに
逸れぬ様と掛けた声
振り返り笑った狐に首を傾げた

─ふわり
と鼻擽る覚えあるにおい
数多の人の中遊ぶ香り
無意識の内に手が伸びる

みつけました

探してみようかと遊び心に話したひととき
思わず伸ばした指先は遠慮がちに
その浴衣を抓んでいるだろうか


都槻・綾
【梟】

祭りに燈す幻ひとつ
今宵の私は黒狐

黒絣に市松の浴衣
茜射す角帯は狐面の目元も彩る逢魔が刻色

宵路を往く足取りはゆったりと
然れど
彼方此方の屋台を覗いて渡り歩く様も
次々と手に入れた数多の戦利品も
隠し切れぬ好奇心の表れ

――おや、

鴉の翼と揺れる尻尾を見つければ
おひとつ如何?
差し出す黒猫の飴細工

彼と連れ立つ道中
闇に沈まぬ彩を持つ長身に出逢ったなら
さて、好みに合いますでしょうか?
と木犀の甘き香りの刻み煙草の箱を贈呈

更に道行く先でまみえる鮮やかな花姿
艶めく林檎飴を贈りましょう

屋台の端から端までの旅
美しき緑の黒髪の姫君も掴まえて
猫型の根付を差し出し

さぁて
今度は逆廻り
皆で揃って
未だ未だ終わらぬ夜に游びましょうよ


ロカジ・ミナイ
【梟】

狐が被る狐面ってのも愉快な話だねぇ
キリッとした白の狐面をヒョイと被り
ハミ出す桃色が人混みに聳えるのも気にせずに
何処かにいるはずの見知った“顔”を探して歩く
しかしその目はあっちへこっちへ移ろって

いつのまにか背中にあったかい黒耳が付いて来ていて
触れずに守ってやるが吉と
飄々とした足取りは崩さない

そしたら何よ
おっきな黒狐が良い香りの箱をくれたよ
早速煙管に詰めてみようか

花が咲いたような笑い声が聞こえたら
それはあの子に違いない、分かるだろう?
ハハハ、三兄弟だって、悪くないねぇ

誰が見つけたか、今夜の目的地…狐のお姫様
役者が揃ったらやる事はひとつよ
存分に遊び倒そうじゃないか


境・花世
【梟】

白狐面に薄紅の花の紋を飾って
宵の祭へと弾む足取りで繰り出そう

夜風に流れるようにすいすいと駆けて
揺れる黒い尻尾へご挨拶したら、
色鮮やかな躑躅色滲ます洒脱な背を追い越して

さてさて、射干玉の髪の姫狐はどこだろう?

きょろり見渡す背に聞こえてくるのは、
優美なる声、飄々たる声、静かな声、
振り向けばまるで狐の三兄弟に思わず笑って

黒狐の雅やかな手からから受け取った
つやめく林檎飴は皓々と赤く、
闇を不思議なほどに照らし出すから
ほら見つけた、うるわしの姫狐さま
うやうやしく手を差し伸べて連れゆけば、
あやかし狐の百鬼夜行の出来上がり

さあさ、この宵に酔いしれて共に遊ぼう
名前を失くさぬようにだけ気をつけて、ね?



 狐が四匹、祭りへと紛れ込む。
 黒い狐が二匹、白い狐が二匹。
 彼らが探すのは、互いと狐のお姫様。
 はてさてその本懐を、遂げることは出来るのやら。

 * * *

 ゆったりと、黒狐が宵路をゆく。黒地に市松の模様の入った浴衣を纏い、面の目元を彩るのと同じ、逢魔が刻色の角帯を締めて。
「――さて」
 黒狐――都槻・綾(夜宵の森・f01786)は、賑やかに人の行き交う屋台通りを見つめる。
 その足取りの緩やかさは、彼方此方と屋台を覗いて渡り歩くためか。
 問わずとも、次々と増えゆく戦利品を見れば、その答えは自然と知れた。
 好奇心の赴くままに、黒狐は優雅に人と人との間をすり抜けてゆく。

(「狐が被る狐面ってのも愉快な話だねぇ」)
 そう思いながらも祭りの演出に乗った彼は、キリッとした表情の白狐。黒地に粋な柄の入った浴衣を纏い、面からはみ出す桃色が人混みに聳えるのも気にもせず。歩く姿は飄々と、何処かにいるはずの仲間狐たちを探しながら。
 けれども面の下のその瞳は、あっちこっちへ移ろって。
 それも無理はない。だって数多の屋台が何処までも、続いているように見えるのだから。

 ゆらりゆらりと人混みを何とか抜けて、あっちの屋台へこっちの人だかりへ。
 面で隠した眸の青で彩った、黒狐の目元。黒地に白桜を咲かせた浴衣纏いてあちらこちらと揺れ動く。
 ヒトより鋭いその嗅覚には、祭りに集った沢山の人の匂いと食べ物の匂いが入り混じって届き。
 けれどもそれを、華折・黒羽(掬折・f10471)は嫌だとは感じなかった。
 知らない匂いがあれば、何を売っているのだろうと心が躍る。
 興味を払拭できずに買い求めた食べ物は、後で仲間たちと共にと包んで袋へ。
「あっ……!」
 ふと前方に視線を戻せば、周りの人々より高い位置に揺れる桃色を見つけて。
 そぉっと、そぉっと近づいた。

 薄紅の花の紋を飾った白狐は、慣れた様子で夜風となって。
 弾む足取りですいすいと人混みを縫ってゆく。
「みぃつけたっ!」
 跳ねるように濃紅の髪を揺らし、境・花世(*葬・f11024)は見つけたそれへとするりと寄って。
 ごきげんよう、と格式張った挨拶をしたのは、揺れる黒い尻尾。
 青い目元の黒狐は、躑躅色滲ます白狐の背中へと、そっと隠れるようにしていた。
 人混みを避ける壁にしているのだと察して白狐の背中を追い越して。ふと振り向けば、笑うように顔を揺らす白狐。
 いつのまにか背中についてきた黒耳には、とっくに気がついていたのだろう。触れずに守ってやるが吉、と飄々とした足取りを崩さなかったところがまた彼らしい、と。面の下で笑みを浮かべて花の白狐は屋台通りを進み行く。

「さてさて、射干玉の髪の姫狐はどこだろう?」

 この祭りの何処かにいるはずの、お姫様をきょろりと探す。

 * * *

「――おや」
 黄昏宿す黒狐の視界には、鴉の翼と揺れる尻尾。
「おひとつ如何?」
 黒猫の飴細工を差し出せば、こちらを見上げる青き目元の黒狐が、面の奥で瞬いた。
 声の主には覚えがある。耳動かして確りと聞けば、尻尾が自然とふわり、揺れる。
「ありがとうございます」
 受け取って見つめれば、食べてしまうのがもったいないほど愛らしい細工の飴だった。
「おや」
 そのやり取りに足を止めて振り返ったのは、闇に沈まぬ彩をいただく白狐。
「どれ、好みに合いますでしょうか?」
 黄昏宿す黒狐が差し出したのは、銀木犀の香りが甘い刻み煙草の詰まった箱。
「おっきな黒狐はいい目を持ってるね」
 同じ高さで面の奥から視線を合わせ、白狐は早速煙管に香りを詰める。
「花の白狐は先に行ってしまったよ」
「では、姫狐を探しながら、花狐も探さなくてはなりませんね」
 ゆるりと再び歩みを始める。飴細工に瞳と心を奪われていた青き目元の黒狐は、はぐれぬようにと大きなふたつの背中を負ってゆく。

 背中越しに響くのは、聞き覚えのある声。花狐は振り返った。
 優美なる声、飄々たる声、静かな声。
「あははっ……!!」
 まるで狐の三兄弟の如きその姿に、思わず笑いが漏れるのもご愛嬌。
 花狐のその様子に、青い目元の黒狐は首を傾げ。
「ハハハ、三兄弟だって、悪くないねぇ」
 花が咲いたようなその笑い声に応えるように、弾む声色で紡ぐ白狐。
「こちらをどうぞ?」
 黄昏の黒狐が差し出したのは、真っ赤に艶めく林檎飴。雅やかな手から受け取ったそれは皓々と赤く、闇を不思議なほどに照らし出すから。
「これならすぐに見つかりそうだね」
 花狐が礼を言って笑ったその時、秋色の風が強めに吹き流れた。
「……!!」
 それは風の悪戯か。周囲の匂いを一瞬だけ吹き飛ばした風は、しるべを残してくれた。
 ふわりと青の黒狐の鼻を擽るのは、覚えのある匂い。
 すぐに周りの匂いが戻ってきたけれど、一度みつけたそれを忘れはしない。
 数多の人の中で遊ぶその香りを辿り、青の黒狐が歩みだす。他の三人もまた、彼について人混みを抜けて。

「みつけました」

 無意識のうちに、されども本能的に伸ばしたその手は、紅掛花色の袖を遠慮がちに掴んだ。
 彼女を探してみようかと、遊び心に話したのだった。
 けれどもこうして伸ばしたその手は、正しくそれを掴んでいるだろうか?

「ふふ……。皆様、いらせられませ」

 その浴衣の主が振り返れば、香りもまた游ぐ。射干玉の長い髪を揺らして振り返った彼女は、上半面の狐面の下から四人を見て、口元を緩めた。
「ほら見つけた、うるわしの姫狐さま!」
 跳ぶようにするりと近寄り、花狐は姫狐――紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)へと恭しく手を差し伸べる。その手に自身の手を乗せて、導かれるまま四人の輪に入る姫狐。
「姫君にはこちらを」
「まぁ……」
 黄昏の黒狐が差し出した猫型の根付を受け取って、姫狐は嬉しそうに礼を紡ぐ。

 はてさて本懐を遂げることはできたわけだが。
 いつの間にやら名を呼ばずとも、相手を見つけられるようになった間柄。
 このまま終わりじゃもったいない。
「どうしましょうか?」
 遠慮がちに告げる青の黒狐に、躑躅色揺らして白狐が宣言する。
「役者が揃ったらやる事はひとつよ――存分に遊び倒そうじゃないか」
「さあさ、この宵に酔いしれて共に遊ぼう」
 花狐も、まだまだ遊び足りない様子。
 だって折角の機会なのだから、全員揃ってから共に楽しい時間を過ごしたいもの。
「さぁて、今度は逆廻り。皆で揃って、未だ未だ終わらぬ夜に游びましょうよ」
 先導するのは黄昏の黒狐。
 狐はやっと五匹になって、祭りの中へと消えてゆく。

 ――名前を失くさぬようにだけ気をつけて、ね?

 大丈夫。
 失くしてしまってもきっと、誰かが見つけてくれるから。

大成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

黒鵺・瑞樹

アドリブ可

折角だし浴衣姿。時間帯的に冷えるかもしれないから羽織を肩にかけ、ストールを首の傷を隠すように寄せ。
…立ち上がるためには必要な物だったけど、当然他の人には見えない方がいい。

人気が少し減った頃、その上で見つかりにくい物陰に隠れるような、でも花がよく見える場所に腰かけ。
憂いもなくゆっくり見れるのは嬉しい。
異名や花言葉とか色々あるけど、でも一番はあの時見た景色が忘れられなくて。やっぱりこの花が好きだ。
寄り添う花。燃える命の花。そんな風に生きられたら。

あらかじめ買っていた菫青石の勾玉に視線落とし。
…心が闇に負けないように、かすかでいい。俺が道を違わぬよう澪標となって欲しい。
そう願いを込める。



 眼下で灯る祭りの明かり。屋台通りを巡る人々の声は、宿にいれば程よい『雑音』として届いてきた。
 祭りに出かける者たちが荷物を置いて宿を出たのは、もうだいぶ前のこと。宿の玄関に降りてみれば、喧騒は遙か遠く。
 草履を履いた黒鵺・瑞樹(界渡・f17491)は、念の為にと持参していた羽織を広げる。開け放たれた玄関へと流れ込む風は、やや肌寒く感じた。
 羽織は腕を通さず肩にかけて、首に巻いたストールがずれていないかと、玄関の姿見で確認をする。
 ストールの下には傷がある。それは立ち上がるためには必要なものだったけれど、他の人には見えぬほうが良いだろう。驚かせてしまうのも怯えさせてしまうのも、気を使わせてしまうのも本意ではない。
 器物は無事であるからして、ヤドリガミ特有の肉体の再構成を行えば、傷を消した肉体を作ることも可能だろう。
 けれども瑞樹には、それをする気はない。それはできない。それをしてしまっては意味がないのだ。

 * * *

 祭りも後半に差し掛かった頃である。庭のひと気も少し減っていた。
 無意識のうちに足音を立てずに、瑞樹は狐花の中に作られた小路を行く。分岐では人がいなそうな方を選び、しばらく歩いてたどり着いたのは。
「――、――」
 眼下に祭りの明かりの見えぬ場所。
 どうやらひと気を避けるうちに旅館の裏手へと出てしまったようだ。けれどもこの裏庭にも狐花は咲き乱れていて。その上、他に人の気配は感じない。
 竹で作られた縁台を見つけ、ゆっくり腰を下ろす。
 視線を動かさなくても彼のその瞳には、狐花たちが秋風に揺れるさまが映った。
 この花をこうして、憂いもなくゆっくり見ることが出来るのは、嬉しいと思う。
(「異名や花言葉とか色々あるけど」)
 瑞樹の脳裏に広がるのは、ここではなく、別の場所で見た狐花。
(「――でも一番は、あの時見た景色が忘れられなくて」)
 だからこうして、またこの花を見に来てしまった。
(「……やっぱり、この花が好きだ」)
 心に浮かぶ思いは多々あるけれど、今、彼が強く思うのは。
 寄り添う花。燃える命の花――この花のように、そんな風に生きられたら――希(ねが)いだ。
「……、……」
 そっと懐から取り出したのは、小さなちりめんの袋に入った勾玉。ここに来る前に旅館で求めたその、菫青石でできた勾玉に視線を落とす。
(「……心が闇に負けないように、かすかでいい」)
 多くは求めない。少しだけでいい、力を――。
(「俺が道を違わぬよう澪標となって欲しい」)
 縋るような願いを込めて、瑞樹は勾玉を拳の中へと握り込んだ。

 ああこのささやかな願いが、どうか叶いますように。

大成功 🔵​🔵​🔵​

杜鬼・クロウ
諸々お任せ
浴衣は地味な黒地に紫苑の帯
鳥籠の簪を帯に挟む

全面覆う狐面
最後まで取らず
夢は覚めず

結構面白ェ催しヤってンじゃねェの

あンな手紙を馨子から貰っちまったら…(一服し携帯灰皿へ
俺のヤり方で探す迄
ドコいるか見当つかねェケド
夜雀で探索…はやめる

俺自身が探さねェと、ダメなンだろ


以下、丁寧口調
決別した過去の自分なら
…どうせ幻
幾ら戯言(うそ)で塗り固めても
咎人の罪は消えましょう

喧騒遠く
香りを標に辿りて
境目が不透明な処へ

今晩は
嬢様、御一人ですか
綺麗ですね(夏日の結晶に触れ
…今の”俺”は貴方の望みを叶えられましょう
如何です?

優しく
残酷な
幻の蝶舞い
風車くるり

もう、駄目
ご存知でしょう
俺は善人じゃ、ない(簪落とす



 祭りはもう、終わりに近いようだ。
 食べ物屋台の店主たちは、作った食べ物が残りすぎないよう、積極的におまけを付けたり値引きをしたりしている。
(「結構面白ェ催しヤってンじゃねェの」)
 屋台通りの入り口に到着したクロウは、狐面を被った人々が行き交うさまを見て、心中で呟く。
 だが彼は、純粋に祭りを楽しみに来たわけではなかった。
(「あンな手紙を馨子から貰っちまったら……」)
 そう、彼がここを訪れたのは、紫丿宮・馨子(仄かにくゆる姫君・f00347)から届けられた文が要因だ。

『この祭りが終わる頃に、わたくしを見つけてくださいませ――』

 彼女のものだとすぐに分かるほどになったその香りの焚きしめられた文と、祭りのチラシ。それ以外の言葉は添えられておらず……だがクロウは、なんとなく彼女の意図を察することができた。
 一服して心落ち着かせ、携帯灰皿をしまう。
(「俺のヤり方で探す迄だ。ドコいるか見当つかねェケド」)
 さあどうやって探そう。
 彼女の意図を察したからこそ、地味な黒地の浴衣に紫苑色の帯を巻いてきた。
(「夜雀で探索……はやめる」)
 通常の探索ごとならば、迷わず式神を使用して探していたことだろう。
 けれども今回は。
(「俺自身が探さねェと、ダメなンだろ」)
 それが最低限守らなくてはならないコトだと、わかっていたから。
 クロウは狐の面をつける。顔全面を覆ったその下の表情は伺えない。
 屋台通りへと足を踏み入れる彼の帯には、鳥籠モチーフの一本簪が挟まれていた。

 * * *

 祭りもまもなく終わるということで、屋台目当ての客はそう多くない。そのおかげで屋台通りを歩くのに苦労はしなかったが。
(「クソッ……見つかんねェ」)
 ただでさえ長い屋台通りだ。その何処にいるかもわからぬし、もしかしたら横道に逸れたのかもしれない。

 もし彼女が、己のように関ヶ原で行われた催しの時と違う浴衣を着ていても、自分は見つけることが出来るだろうか――?

 ふと頭に浮かんだ問いに、とっさに答えが出ない。けれども。
(「出来る出来ないは関係ねェ。馨子がどんなカッコしていても、『見つけてヤらなきゃなんねェ』んだ」)
 約束を、自身が一度口にしたことを違えるのは、クロウのポリシーに反する。
 あちらを見て、こちらを見て。
 いない、いない、いない……このままでは祭りが終わってしまう――クロウが焦りを感じ始めたその時。
「……!!」
 微かに捉えたその香りを、間違えるはずがない。視線を向ければ、射干玉の糸が人と人との間へと消えていったではないか。
「オイッ!」
 見失わぬようにと、クロウは駆け出す。人垣を超えれば、ああその先に闇が揺れる。
 その糸の主は、駆けゆく足を止めない。けれども歩幅の差を考えれば、明らかに距離は縮まっている。
 嗚呼気がつけば、屋台通りではない場所へと入り込んでしまっていた。屋台通りの明かりや喧騒は背中に届くから、そんなに離れたわけではないのだろう。きっとここは、『はざま』だ。
「……、……」
 香りの主は、クロウから数メートル離れたところで足を止め、こちらを見ている。上半分の狐面をつけ、長い射干玉の糸を持つ彼女。
 そんな彼女の奥には、小さな祠のようなものが見えた。何を祀っているのかはわからないが、周囲に茂った木々が光を阻んでいる。
 だが今日は特別な日。ひとよの明かりが、クロウの背後からその場を淡く照らし出していた。
(「決別した過去の自分なら……どうせ幻」)
 この面を被っている間は、自分であって自分でないのだと聞いた。
(「幾ら戯言(うそ)で塗り固めても、咎人の罪は消えましょう」)
 ゆっくりと息を吸って、吐いて。心を固めてクロウは彼女へと、近づいてゆく。
「今晩は。嬢様、御一人ですか」
 口調さえ違う昔の自分を引き出して。一歩一歩、近づいて。
 暗がりで男に近づかれても声を上げぬのは、おそらく彼女は気づいているから。いや、むしろ気づいていて、ここまで誘導されたのやもしれない。
 手を伸ばせば、届く距離。
「綺麗ですね」
 告げて手を伸ばしたのは、彼女が髪につけている簪。紫苑と杜若のあしらわれたその簪は、共に赴いた夏の冒険にて見つけ、クロウが彼女へと渡したもの。

「……今の『俺』は貴方の望みを叶えられましょう。如何です?」

 今の自分はいつもの自分ではない。だから、彼女の望みを叶えることも出来るだろう。これはなんとかして叶えてあげたいと思い、たどり着いた答え。
 ただしそれは、甘いまやかし――。

「……わたくしがお呼びしたのは、『あなた様』ではございません」

 クロウを見上げた彼女が告げたのは、目の前の『彼』を否定する言葉。けれども。

「それはおかしいですね。今このときは、貴方は貴方でないものに。私は私でないものに、と聞き及んでおりますが」
「っ……!」

 返した言葉に彼女が唇を噛む。その様子にクロウの心がチクリと痛む。けれど……これが、今の彼の精一杯なのだ。

「どうぞ貴方の望みをおっしゃってください。叶えて差し上げましょう」

 ただしそれは優しく、そして残酷な、幻(ゆめ)の一夜となるだろう。

「……本当に……」
「ええ、まことですとも」
「……本当に、残酷なまでにお優しいお方……」

 仮面で隠されていない彼女の白い頬を、雫が伝う。

「……わたくしが、間違っておりました。あなた様があなた様でなく、わたくしがわたくしでないならば――なんの意味もないのです」

 悲痛な声色で紡がれる彼女の言葉。それでもなお、クロウが口調を戻すことはない。戻すことは出来ない。
 おもむろに、彼女が自身の面を取り去った。光を受けた黒曜石の瞳は、きらきらと雫で輝いていて。
(「そんな顔、させたかったわけじゃねェ」)
 けれどもけれども。
 彼女が伸ばした細い手が、クロウの仮面へと触れる。
「もう、駄目です」
 それを封じるように、クロウは彼女の簪を抜き取った。そして。

「ご存知でしょう――俺は善人じゃ、ない」

 簪から手を離す。簪は重力に逆らわずに落下していき――。
「――!?」
 カシャンッ……繊細な細工の簪が、闇を吸い込んだ地面へと落ちる音がした。彼女の表情が、驚きから絶望へと変化しそうになる。
 しかし。
「っ……」
 それでも彼女は絶望に溺れなかった。
 つま先立ちでその唇を、そっとクロウの仮面へ――。

 祭り(ゆめ)が終わる刻がきた。
 けれども、終わらぬものもあるのだ。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2019年10月11日


挿絵イラスト