夕焼ディジェスティフ
●熱い日々の終わり
ピークこそ過ぎ去ったものの、まだまだ日中の気温はお世辞にも過ごしやすいとは言えない八月下旬。
残暑の気だるさというものは、恐らく多くの世界においても程度の差はあれ、ある程度共通なのだろう。
となれば此処、グリモアベースも……否、今この時に限っては、その例に倣わないらしかった。
サムライエンパイアを舞台に繰り広げられた数多の戦い。立ちはだかった幾多のオブリビオン。
その将たるオブリビオンフォーミュラ『織田信長』討伐の報せに、多くの猟兵が沸いている。
残暑の気だるさなど何のその。今やグリモアベースを支配するのは、かつての盛夏を思わせるほどの熱。
日々照り付ける太陽にこそ顔をしかめていたグリモア猟兵、クロヴィス・オリオール(GamblingRumbling・f11262)も、この熱ばかりは心地良いのだろう。拳を突き合わせ肩を抱き合い、笑い合う猟兵たちを眺める眼差しは、自然と柔らかなものになっていた。
●暑い日々の終わり
と、いうわけで。
「かき氷、食いにいかねェ?」
ご機嫌な調子で小気味良く弾かれたカジノチップ型のグリモアが映し出すのは、かつて水着コンテストも開催されたスペースシップワールド。
この世界にいくつもあるというリゾート施設に特化した船の中に、何でもかき氷専門店が軒を連ねているものがあるのだという。
「今から行ったら夕方か……海は楽しめねェだろーけど、まぁかき氷食うだけなら問題ねェ。夕焼け見ながら食うのも乙なモンだろ、多分」
「味はもちろんだが、見た目に結構こだわってるらしくってな……見た目っつか入れ物にか。ほら見てみろよ、こんな時にゃピッタリじゃねェか?」
そう言いながら続けざまに映し出されたのはお目当のかき氷そのもの……のはずなのだが、次々映し出される色鮮やかなかき氷は、猟兵たちのよく知るそれとは大きく異なっていた。
カクテルグラスにシャンパングラス、ワイングラスにショットグラス……果てには、ビアジョッキまで。
本来であればアルコールが注がれるはずのグラスたちに、ふわふわの真白い氷が降り積もり、カクテル顔負けのカラフルなシロップが降り注ぐ。
「キンキンに冷えた勝利の美酒ってヤツだ」
もちろんノンアルコールだけどな、と甘党のグリモア猟兵は楽しげな調子のウインクをひとつ。
暑く、熱かった季節がもうすぐ終わる。
クロヴィスの言うように、勝利の美酒に酔い痴れに。
あるいは、過ぎ去る季節に想いを馳せに。
グラスとグラスを合わせて乾杯、キンと涼しげな音を打ち鳴らしたら、夕焼け空のような火照りを冷ます、甘い一杯を召し上がれ。
黒羽
オープニングをご覧頂きありがとうございます、黒羽です。
まだまだかき氷ブーム継続中です。チョコレートのかき氷めっちゃおいしかったです。
エンパイアウォーお疲れ様でした、という名目のかき氷食べに行こうぜシナリオです。
なお、このシナリオは【日常】の章のみでオブリビオンとの戦闘が発生しないため、獲得EXP・WPが少なめとなります。ご了承ください。
時間帯は夕方固定。浜辺から綺麗な夕焼けが見えます。
POW、SPD、WIZにはあまりこだわらなくて大丈夫です、お好きなようにお過ごしください。
食べたいかき氷の味とかグラスとかはご自由にご指定ください。
お任せされるとフローズンカクテルっぽい、ノンアルコールカクテルっぽい雰囲気のかき氷をお出しします。雰囲気です雰囲気。
かき氷の器が基本的にカクテルとかのおしゃれなグラスなので、よっしゃ食べるぞー!よりは雰囲気重視かもしれません。
たくさん食べたい方はジョッキグラスとかオススメです。
どなたかとご一緒に参加される場合はお名前とIDを明記頂ければ迷子になりづらいと思います。
特にご指定がない場合は1名様ずつのご案内多めかもしれません。
クロヴィスはお声掛け頂ければお邪魔致します。あまり愛想は良くないかもしれませんが、お話相手等必要でしたらどうぞ。
それでは、戦争の疲れを癒したいあなたからも、夏の終わりの思い出を作りたいあなたからも、とりあえずかき氷食べたいあなたからも、あなたらしいプレイングをお待ちしております。
第1章 日常
『猟兵達の夏休み』
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POW : 海で思いっきり遊ぶ
SPD : 釣りや素潜りに勤しむ
WIZ : 砂浜でセンスを発揮する
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
蒼焔・赫煌
○
カキ氷だーーーー!
夏はやっぱりコレだよね!
可愛いボクは知らないけれど!
初めて見る美味しそうなカキ氷に大興奮さ、興奮しちゃうとも!
どれがいいかなー?
どれも綺麗で美味しそうな色をしているんだもんね!
迷っちゃうね、迷っちゃうとも!
……はっ!
どれか選べないならたくさん頼んでまとめて食べればいいじゃない!
とゆーわけで、店員さんにおススメをいくつか聞いて、その中から2、3個注文してみよう!
流石、可愛いボク!
あったまいいーーー!!
(冷たいものを一気に食べると頭にキーンとくる真実を知らない)
●
「カキ氷だーーーー!」
ぴょーん、という擬音が聞こえてきそうな足取りで店舗の立ち並ぶ屋内に駆けてきた蒼焔・赫煌(ブレイズオブヒロイック・f00749)は、右に左に、視線を動かすのに忙しい。
「夏はやっぱりコレだよね!」
夏といえば暑い、暑いと冷たい物が恋しくなる。そして夏に食べる冷たい物の代表格と言えば、そう、かき氷だ。真っ赤な瞳をきらきらと輝かせる赫煌も、甘く冷たい夏の醍醐味を楽しみに此処を訪れたのだろう。
「まぁ、可愛いボクは知らないけれど!」
…………えっ。
「初めて見るし初めて食べる! わくわくしちゃうね、しちゃうとも!」
――どうやらこれは、とある猟兵のかき氷初体験の記録となりそうだ。
店内をきょろきょろしていると、既にかき氷を楽しんでいる人たちが目につく。誰もがワイングラスやカクテルグラスに氷やフルーツを盛ったものを片手に、談笑していたり、舌鼓を打っていたり。
なるほど、これがかき氷。いや、一般的にかき氷というとこんな見た目ではないのだが、少なくともこの場ではこれがかき氷。
赫煌がいつか、いわゆる普通のかき氷と出会うまでは、これが赫煌にとってのかき氷として認識されていくのだろう。
それにしてもそのかき氷の色はまさしく十人十色。
赤、青、緑、橙、黄色、紫……カラフルな彩りは味の違いだろうか、と思いながらすれ違う人々のグラスを覗き見る赫煌は、店舗のうちのひとつに辿り着いた。
『かき氷BARへようこそ、ご注文はお決まりですか?』
ベストに蝶ネクタイが決まっているバーテンダーのような格好をした店員が、にこやかに赫煌を迎え入れる。まるで本当のバーのように作られているカウンターには、かき氷屋さんらしからぬ――もっともかき氷屋さんにあるようなものを赫煌は知らなかったので無問題だが――妙にオシャレなメニュー表が置かれていた。
イチゴやメロン、ブルーハワイなどの王道は勿論、サンセットビーチやソルティドッグなどのカクテルを思わせる名前のメニューもある。
なるほど、これがかき氷屋さん。いや、一般的にかき氷屋さんというとこんな店員や店構えではなく、そしてこんなメニューを置いてある店の方が少ないのだろうが、少なくともこの場ではこれがかき氷屋さん。
赫煌がいつか、いわゆる普通のかき氷屋さんと出会うまでは、これが赫煌にとってのかき氷屋さんとして認識されていくのだろう。
「どれがいいかなー? どれも綺麗で美味しそうな色をしているんだもんね! 迷っちゃうね、迷っちゃうとも!」
名前を聞いただけではピンとこないメニューでも、名前の隣にはどんな味のシロップやトッピングを使っているのかの添え書きや、かき氷のイメージ写真が添えられている。そしてそのどれもが、この気だるい夏の夕暮れを涼やかに描き換えてくれそうなものだから、赫煌はむむむーとメニューとにらめっこ。
他に客がいないからだろうか。注文を待つ店員も、静かににこにことその様子を見守っているばかりだ。
「うーんうーん………………はっ!」
ぴこーん。
赫煌の頭頂部にある、それはそれは長いアホ毛が勢いよく立ち上がった。
「どれか選べないならたくさん頼んでまとめて食べればいいじゃない!」
とゆーわけで!と、とっても可愛くてとっても頭のいい赫煌は、勢いよく注文カウンターに身を乗り出した。
「店員さんのおすすめ、可愛いボクに教えてほしいな!」
やがて、トレイに乗った三脚のワイングラスが赫煌の待つ席へと運ばれてきた。
その全てが涼やかで、そしてその全てが異なる、しかし鮮やかな色どり。
「わぁっ、可愛いボクにぴったりな可愛い見た目だ! それに美味しそうだね、美味しそうだとも!」
『それは何よりです。それではごゆっくりお過ごしください』
恭しく一礼をした店員が去るのも待たぬまま、添えられたスプーンを片手に目の前のグラスを見渡す。それぞれのグラスの足元には、商品名と使用シロップの書かれた小さなタグが添えられていた。
空に浮かぶ雲のような白から、深い海の青へと飛び込んでいくようにグラデーションしていく爽やかな一杯目には『スカイブルー/ライム、ブルーハワイ』。
品のある深緑色と乳白色がしっかりと二層に分かれ、上部にはホイップクリームでデコレーションした二杯目には『抹茶ミルククリーム』。
向日葵のように眩しいイエローと鮮やかなピンクの二層の氷、そして紫のエディブルフラワーが飾られた、甘いカクテルのような見た目の三杯目には『サンセットビーチ/パイン、ザクロ』。
――味の想像がつくような、つかないような、と赫煌は首を傾げた。
けれどどれをとっても美味しそうなことに変わりはない、だったら食べて判断すればいいだけのこと……なのだが、どれを頼もうかという悩みをクリアした赫煌は、第二の悩みにぶち当たる。
「どれから食べようか迷っちゃうね、迷っちゃうとも……!」
けれど、目の前にあるのはかき氷。氷と名がついているからには、茜色の光が射し込む店内。余り時間をかけては、せっかくの芸術品のようなこの見た目も、じわりじわりと溶けて行ってしまうだろう。それでは余りにも勿体ない。
食べ物と言うのは往々にして、温かい物は温かい内に、冷たい物は冷たい内に食べるのが一番美味しいものなのだ。
そう、いわばこれはスピード勝負。可愛くって強くって、あまねくものを助ける赫煌にとって、目の前の溶け行くかき氷をむざむざと見殺しにすることなど到底許されるはずがない。
最終的には全部食べることになるのだから、と意を決したように赫煌はスプーンを握る手を振り上げる。
――ただひとつ、彼女を憐れむ点があるとするならば。
「んーっ! 冷たくって美味しい! こんなに美味しければ三つぜーんぶ、一気に食べれちゃうね、食べれちゃう、と、も………~~~っ!?」
――ミニサイズとはいえキンキンのかき氷。
それを一気に三つも食べようとすれば、頭にキーンと痛みが走る、という知識を授けてくれる者が、近くにいなかったことだろうか。
いや、いやいや。何せ赫煌にとっては初めてのかき氷なのだ。
きっとこの経験まで含めて、かき氷を「知った」ことになるに違いない。
一気にたくさん食べると、ちょっとだけ痛い目を見るけれど。
カラフルで、色んな味があって、冷たくて、甘くて、美味しくて、幸せな気持ちになれる――これは、そんな十七歳の少女の、夏の終わりの初体験の記録だ。
大成功
🔵🔵🔵
榎・うさみっち
○
ひゃっほー!またかき氷が食えるぜー!!
でも今回はしっとりオシャンティーな雰囲気なんだな
前回はひたすら食いまくることに全力を注いだけど
今回はオットナーな雰囲気を楽しもうじゃないか
というわけでチョイスするのは
抹茶のかき氷inカクテルグラス!
実は抹茶系に目がないのだ俺
この上品な抹茶の深緑色
サイドに添えられた小豆と白玉の
黒と白のコントラスト…
SNS映え間違い無しの美しい出で立ち!
味ももちろんうめぇうめぇ!
今回もクロヴィスに話しかけちゃう!
おっす、また会ったな!
グラス持ってる姿がめちゃくちゃ様になってるじゃん!
それと今回の戦争お疲れ様だぜ!
聞いてくれよ俺の武勇伝をさ~
(と聞かれてもいないのに語りだす)
●
「おっす、また会ったなクロヴィス!」
自分の名前を呼びかける声に振り向くと、カクテルグラスを片手にこちら側へ飛んでくる榎・うさみっち(うさみっちゆたんぽは世界を救う・f01902)の姿。
ぶーんと羽ばたく透き通ったフェアリーの翅には夕陽が射しこみ、ほんのりとオレンジ色に染まっている。
「今回はしっとりオシャンティーな雰囲気なんだな!」
「あぁ、だからお子様にはまだ早ェかもしれねーな」
「おっそうだな! まさしく俺たちみたいなイケメンフェアリーだからこそ似合うロケーションだぜ!」
なるほど皮肉が通じないタイプか、と独りでに納得したクロヴィスは、自分の隣にちょこんと降り立ったうさみっちの言葉に肯定も否定もしないまま、そしてうさみっちを追い出すこともしないまま、自分のグラスを覗き込む。
茜色に染まった空と海を眺めながら食べる、数口で終わってしまいそうなかき氷。
日中の陽射しとはまた違う、しかし色だけでいえば日中よりも熱のありそうな西日の輝きは、容赦なくその光景に見惚れる者のかき氷を溶かしていく。
そもそもの量がいわゆる普通のかき氷に比べればかなり少ないことも手伝って、グラスを充たすものが液体となり、まるで本当にカクテルのようになるまでに時間はそうかからない。
そしてクロヴィスの持っていたグラスもまた例外ではなく、かき氷だったはずのブルーハワイはいつのまにかカクテルのブルーハワイになってしまっていた。
まぁ、溶けてしまったのならそれはそれ。カクテルとなってしまったのなら、こうすればいいのだとグラスを軽く揺らし、直接口を付けて飲もうとすると……何やら視線を感じる。
「ひゅーっ、めちゃくちゃ様になってるじゃん! さすが俺が認めたイケメンなだけあるぜクロヴィス、色男ってやつだな!」
「そりゃどーも……って、お前みてーなガキに褒められてもなァ……」
ぺちこんぺちこんとクロヴィスの背中を叩いて、ふんすと鼻を鳴らすうさみっち。
小さく苦笑しながら海のように青いシロップを呷ったクロヴィスは、ことりと傍らにグラスを置いてうさみっちの持つグラスを見やる。
「お前も早いとこ食わねェと、こんな風に溶けちまうぞ。……あぁ、そういや今日はかき氷の紹介はしてくンねェの?」
「おぉっと俺としたことが! そうなんだよ見てくれよこの上品な深緑色! サイドに添えられた小豆と白玉の黒と白のコントラスト……!」
「あぁ、抹茶か」
「というわけで、今回のうさみっち様チョイスは抹茶のかき氷……って、ちゃんと最後まで言わせろーぅ!」
うさ耳をぱたぱたさせてムキー!と抗議しつつも、世界が世界ならSNS映え間違いなしである抹茶小豆白玉と豪華なかき氷、跡形もなく溶けてしまえば折角のこの美しさも失われてしまうだろう。
いいから早く食べろよ、と笑うクロヴィスの言も、悔しいが尤もだ。
気を取り直して深緑色の雪山にスプーンを差し入れると、しゃく、と涼し気な音がして、雪山が崩れ落ちてくる。甘い小豆もちょいちょいと添えて、うさみっちは記念すべき一口目を頬張った。
「ぴゃ~、うめぇうめぇ! やっぱり抹茶は最高だぜ!」
「……ガキの割に渋いチョイスするンだな、お前」
「ガキじゃねーし!うさみっち様だし! 実は抹茶系に目がないのだ、俺」
そんな会話をしながらも、ほのかな苦みと上品な甘さのハーモニーに舌鼓を打つのに忙しいうさみっちは、しゃくしゃくしゃくっと食べ進める。
前回に懲りていないのか相変わらずのペースだが、今回は量も少ないし、『キーン!』の心配もないだろう。クロヴィスも今回はその食べっぷりを止めることなく、むしろその食べっぷりを肴に、すっかり溶け切ってしまったグラスの中身を、く、と飲み干した。
「あ、そいえば今回の戦争お疲れ様だぜ!」
深緑、黒、白。時にしゃくしゃく、時にもちもちと順調にかき氷を食べ進めていたうさみっちは、その上品な色彩のコントラストにサムライエンパイアを想起したのだろうか、思い出したようにそんなことを言った。
「あぁ、そりゃァそっちこそ。次から次に色んなのが出てきて大変だったろ」
グリモア猟兵として予知をするばかりだった自分に比べて、あちこちへ出張っては戦いに身を投じていた猟兵たちの疲れは如何程のものだっただろうか。
疲れた体には甘い物――月並みではあるが、少しでもその労いになれば、とこの場を用意した節のあるクロヴィスは、少しだけ柔らかい笑みをうさみっちに向ける。
「おう、大変も大変だったぜ! まぁ聞いてくれよ俺の武勇伝をさ~」
その口振りからして、彼もまた戦いに身を投じていたひとりなのだろう。
――クロヴィスは思った。
自分はまだ、気の抜けるようなヴィジュアルにお調子者な一面しか、このうさみっちと名乗る少年のことを知らない。
だが、年齢も体躯も自分よりも遥かに小さな少年が、懸命に戦った勇姿を語り聞かせたいと言うのなら、聞いてやるのが大人としての自分の役割で、そして猟兵たちを労うために此処に招いたグリモア猟兵としての自分の役割なのだろう、と。
「あぁ、聞いてやる、聞いてやるから少し待ってろ。せっかく肴になりそうな話が聞けるってのに、何もないンじゃ寂しいだろ?」
そう思ったから、少年の気の済むまで話を聞いてやろうと、空になったグラスを片手に立ち上がり、「すぐに戻るから」と一旦その場を離れるのだった。
さて、彼の武勇伝とやらを聞くにあたって、次はどんなかき氷を食べようか、と考えながら注文カウンターへ向かうクロヴィスは、ふとうさみっちの様子を思い出す。
恐らくあのペースなら、自分がかき氷をおかわりしてうさみっちの元へ戻るころには、彼は自分の分のかき氷を食べきってしまうだろう。
「確か前回はいちご食ってたよな、アイツ……でも抹茶に目がないって言ってて……、……ま、両方頼んでアイツの好きな方選ばせればいいか」
そんな独り言を呟きながら、いちご練乳と抹茶練乳のかき氷を注文するクロヴィスは、まだ知らない。グリモア猟兵はあくまでもオブリビオンが引き起こす事件の予知ができるだけであり、決して未来が見えているわけではないのだ。
だから、いちご練乳と抹茶練乳、ふたつのかき氷を手にうさみっちの元へ戻った暁に、『せみっちファイナル』だの『やきゅみっちファイターズ』だの聞きなれない単語に首を傾げる自分の姿も、『尊いせみっち達の犠牲によって大勝利したのだ……あとパリピ共もせみっちでこらしm、鍛え上げてやったんだぞ!』とか『UDCアースの野球少年もびっくりの夏の熱い戦いを繰り広げた末に、我らがファイターズは一回コールド勝ちで無事に初戦突破を果たしたのだ!』とか語り聞かされた挙句に「それ本当にエンパイアウォーに参加してた時の話か?」と思わず訊いてしまう自分の姿も、何だかんだありふれた戦いとは一線を画している彼の武勇伝についつい聞き入ってしまい、いつの間にか溶けてしまったかき氷を再び飲み干す羽目になる自分の姿も――まだ、まだ、知らないのだ。
大成功
🔵🔵🔵
未来院・魅霊
※クロヴィスに絡みに行く方向。他の猟兵や一般客とも絡み歓迎、アドリブ大歓迎。
おーおー、流石、洒落た場所に誘うじゃねェか、クロ。日光の下の祝勝会、なンて言われてたら引きこもッてたとこだが、この位なら気持ちいいモンだ。
へぇ、カクテルグラスにかき氷を、ねェ。涼やかでいいじゃン。俺ほどじゃないが見た目にもイイし……。
折角だ。戦争で頑張った猟兵諸君に一曲贈ッてやるとするかね。俺様の歌は高いンだ。ありがたく聞いてくれていいんだぜ、ッと。
(夕暮れをテーマに、1日の努力を労い、翌日以降の努力を応援する曲を歌い)
ハイハイドーモ。この調子でもう一曲……ッと、その前にたべねェと折角のかき氷が溶けるか。危ねー危ねー。
●
空も海も真っ赤に染めながら、太陽が水平線へと沈んでいく。
色んなことがあった夏も、もうすぐ終わりだ。
あんなに賑やかな季節だったはずなのに、……いや、あんなに賑やかな季節だったからこそ、終わりの近づく静けさというものは際立つものなのだろう。
時間も時間だからだろうか、海で遊ぶ観光客はほとんど居ないし、猟兵たちのようにかき氷を楽しみにきている客もまばら。
聞こえてくるものといえば、さざ波の音くらいだ。
だから、そんな静けさを割るように透き通った声は、とても良く通った。
「おーおー、流石、洒落た場所に誘うじゃねェか、クロ」
「んぁ? あぁ、誰かと思えばうさぎちゃんか……ったく、このあいだっから猫みてェなあだ名つけてくれやがって」
未来院・魅霊(feature in future・f09074)の呼びかけに振り向いたクロヴィスは、ちょうどかき氷の注文カウンターに腰掛けていた。商品の見た目や雰囲気を大事にしているのだろう、いわゆるバーカウンターを意識したような注文口だ。
どうやら既に注文し終えているらしく、手持無沙汰に脚を宙にぶらつかせながら眉を顰めたフェアリーに、まぁまぁと美しい顔立ちのミレナリィドールが笑う。
「いいじゃねェか。大体、俺だって今はうさぎちゃんじゃねェっつの」
それともまた着てやろーか? と得意げに口角を上げる魅霊に、クロヴィスはだーからそういうサービスはいいって、と肩をすくめた。
そんなクロヴィスをつまンねェと笑いながら、まぁでも、と魅霊はクロヴィスの腰掛けるカウンターに背中を預けるようにして、茜色の光をきらきらと反射させる海へと視線をやる。
ふわりと吹き込んだ心地のいい風が、魅霊の髪を優しく揺らした。
「日光の下の祝勝会、なンて言われてたら引きこもッてたとこだが、……この位なら気持ちいいモンだ」
彼の髪を彩る幻想的な移ろいの中に夕陽の色が射し込み、朱く煌く。
踊る髪を押さえる細い腕や、陶磁を思わせる白い頬、そして覗きこめば吸い込まれてしまいそうなほどに大きな瞳にも、温かな夕陽がじんわりと溶け込んでいた。
そんな体中どのパーツをとっても儚げな少女と見まごうようなミレナリィドールの少年が寄りかかるカウンターに、ひとりの男が歩み寄る。
『……お待たせいたしました』
清潔感のある白シャツにシックな黒いベスト。バーテンダー然とした男は、大小ふたつのグラスを音もなくカウンターに置き、静かに一礼をして店の奥へと消えていった。……どうやらスタッフの雰囲気までそれらしく演出しているらしい。
「ま、この雰囲気が気に入ってくれたンなら話は早ェ。ほらよ、あちらのお客様からです、ってヤツだ」
そう言うとクロヴィスはふたつのグラスの内、小さな方――それもフェアリーサイズの超ミニグラスを手に取りつつ、もう片方のグラスを魅霊の方へ滑らせる。
もちろんグリモアベースでの話にあったとおり、中身はノンアルコール……どころかカクテルですらなく、かき氷だが。
「へぇ、気ィ利くじゃンか。どんなモンかと思ってたけど涼やかでいいな。俺ほどじゃないが見た目にもイイし……」
最下層から順番に、厳かな紺碧、鮮やかなエメラルドブルー、爽やかなスカイブルー。そしてそれらの一番上に飾るように盛られた削り氷は、真夏の入道雲のように白かった。
ちょこんと添えられているシロップ漬けのサクランボは、よりカクテルらしさを出すためのちょっとした遊び心だろう。
逆三角形のガラスの中に作られた、ミニチュアサイズの夏の海と夏の空。
その美しさをひとしきり見つめた魅霊は、満足気にひとつ頷いた。
「けっこーやるじゃン、クロ」
「そりゃどーも。うさぎちゃんのお眼鏡にかなったようでオレも一安心だよ」
わざとらしく胸を撫で下ろす仕草をしてみせるクロヴィスの持つグラスの中には、魅霊に渡したものとは対照的に、今彼らの目の前にある夕焼けのような色が閉じ込められていた。
出来立ての今は層と層の分かれ目がくっきりしているが、時間が経つにつれてその境界線は曖昧になっていくのだろう。
そんなグラスの中の夕焼けと目の前にある夕焼けとを、見比べるようにぼんやりとしていたクロヴィスの視界で、カウンターに背を預けていた魅霊が動く。
「今日は祝勝会でココに来てンだろ。折角だ、戦争で頑張った猟兵諸君に、一曲贈ッてやるとするかね」
「ほーぉ。そいつは酒……じゃねェけど、またコイツが進みそうな提案だな」
「はッ、俺様の歌は高いンだ。ありがたーく聞いてくれよ?」
そして、美しい少年は、美しい声で、美しい歌を歌う。
今日という一日が、温かな色と共に終わっていく歌を。
今日という一日を、安らぎで包み込むような歌を。
今日という一日の、その向こう側に射す、『明日』という確かな希望の光の歌を。
今日から明日へ。明日から明後日へ。確かな一歩を重ねていくための歌を。
今日という一日を愛したように、明日という一日もまた愛せるように。
――『歌』という多くの人にとってはひとつの表現方法にしか過ぎないものが、神秘の域まで高められているのだから、彼の紡いだそれはまさしく魔法だ。
ある者は足を止めて。ある者は息を呑み。ある者は胸に手を当てて。
ある者は微笑みを浮かべて。またある者は涙を浮かべて。
まるで酒のようにグラスの中身が進むだろうと言っていたどこかのフェアリーは、ついぞそのグラスの中身を口に運ぶことをしなかった。スプーンを氷に差し込む、微かな音の一つだって立てたくなかったからだ。
聞き入る人々全ての心に、魅霊の歌がじんわりとと沁みわたっていく。
それはまるで赤い夕陽が、空も、海も、砂浜も、白く柔い頬までも、――何もかもを温かな色に染め上げてしまうこの光景に、とても良く似ていた。
『歌声でこんなに温かな気持ちになれるだなんて初めてだわ!』
『と……っても素敵でした! 思わず足を止めて聞き惚れちゃいましたよ!」
『うまく言えないんだが、……ありがとう。これで、明日からもまた戦えるよ』
やがて魅霊の歌声が止み、その余韻に浸るような静寂が続いたのはほんの数秒のことだった。すぐさまギャラリーたちの喝采と歓声が辺りに満ちる。
その歌声は本人いわく、本来ならばタダで聞かせてやるようなものでは決してない。――だが、裏を返せばそれだけ自信を持って紡ぐ歌だ。当然の賛辞とはいえ、聞いていて悪い気はしないのだろう。
「ハイハイドーモ。この調子でもう一曲……ッと!? 何すンだよクロ!」
集まった観客たちの黄色い声に満更でもないといった様子で応えようとした魅霊の頬に、ひやりと蒼く、冷たい感触。
驚いた魅霊の視線の先では、蒼い夏を閉じ込めたカクテルグラスを抱えるように持ったクロヴィスが、まるで悪戯のバレた子供のように舌を出していた。
どうやら魅霊の頬に当たったのは、……もとい当てられたのは、このキンキンに冷えたグラスのようだ。
「高ェ歌だっつー割にはサービス良すぎンだろ、うさぎちゃん。なーにがもう一曲、だ……ンなことしてたらコイツが溶けちまうだろうが」
「あ、そっか。折角もらったのにそれは勿体ねーよな」
危ねー危ねー、と言いながらクロヴィスから受け取ったグラスの中では、既に空と海の境界線が随分と曖昧になっていた――が、今ならまだ、それはそれで、フローズンドリンクのような喉越しと食感を楽しめそうだった。
そして魅霊の蒼いかき氷がそんな状態ということは、今はカウンターに置き去りにされている、同じタイミングで提供されたクロヴィスの――手つかずの――夕焼け色のかき氷もまた、同じような状態なのだろう。
半ば押し付けるように魅霊にグラスを渡したクロヴィスは、ひらりとギャラリーたちの合間を縫って自分のかき氷が置いてある場所へと戻っていく。
「あ、おい待てよクロ」
「うるせェ、食うンならお前もさっさとしろ」
呼び止める魅霊の声に構わず、ひらりひらりと四色の翅は先ほどのカウンターへ。魅霊は集まったギャラリーたちに、そういう訳だから、と軽く手を振り、彼を追いかけるようにその場を後にするのだった。
(ったく、……あンな調子でもう一曲なんて歌われてたまるか。このままじゃひとくちも食べらンねーまんま溶けちまうっつの……!)
――心情を顔に出さないのが大得意なフェアリーの、心の内を知らぬまま。
大成功
🔵🔵🔵
パーム・アンテルシオ
こないだのは、なんていうか。すごいかき氷だったけど…
今日の船は、オシャレなかき氷が出てくるのかな。
ふふふ。お酒は、大人の特権、っていうけど…
お酒みたいなかき氷なら、私でも食べてもいいよね。
大人みたいな気分に浸るだけなら。構わないよね。
勝利の美酒、って言ってたっけ。
…こういう時、人は…誰かと、お酒を飲み交わすんだよね。
一緒に戦った戦友と。守りきった恋人と。
生き延びた同胞と。家族と。
皆は、誰と一緒に、お酒を飲みたいって思うのかな。
私は…?誰と一緒に居たいの…?
…こういう気分の時は、考えすぎない方がいいのかな。
甘いものを、美味しいものを食べて。
綺麗な景色を眺めて。
浸ろう、世界に。平和で優しい時間に。
●
グリモア猟兵の弾いたカジノチップ。
その淡い光に包まれて降り立ったのは、夕焼け色に染まるリゾートビーチ。
「今日の船は……オシャレなかき氷が出てくるのかな」
沈んでいく夕陽のオレンジ色に目を細めるパーム・アンテルシオ(写し世・f06758)の脳裏には、グリモアベースで受けた説明の中に出てきたオシャレなグラスに盛られたかき氷と、もうひとつ、真っ青なイチゴのかき氷――イチゴ練乳スペースシップワールドスペシャルが浮かんでいた。
決して不味くはなかったものの、あまりにも見た目が、その、なんていうか、すごい、スペースシップワールドだったものだから。
けれど、それに懲りずにこうして此処に降り立ったのは。
「ふふふ。お酒は、大人の特権、っていうけど……」
ゆら、ゆら、とオレンジ色に照らされた薄桃色の九尾が揺れる。
ちら、ちら、とすれ違う人たちが矢鱈と手にしているグラスを見やる。
「お酒みたいなかき氷なら、……私でも、食べてもいいよね。
大人みたいな気分に浸るだけ……いい、よね?」
誰に問いかけるわけでもないのに、確認したくて、確証を得たくて。
自然と、語尾が上がってしまう。
『大人みたいな気分に浸るだけ』だから、許されるはず。そんな確認を誰にともなくしてしまったのは、自分が大人ではない――すなわち子供であるという自覚があってのことか、それとも無意識か。
どちらにせよその問いに答えは返ってこなかったけれど、でも、大丈夫。
沈黙は肯定、という言葉もこの世のどこかにはある。
すれ違う人たちが揃って手にしている、あの洒落た出で立ちの、ちょっと大人なかき氷を求めて、パームはビーチの砂を踏み、歩いていくのだった。
店構えにも拘っていると見えて、まるで本当にお酒を提供するバーのようだった。そのカウンター越しに注文を済ませたパームは、この場所へといざなったグリモア猟兵の、誘いの言葉を思い出す。
(勝利の美酒、って言ってたっけ……)
そう、つい先日まで自分たち猟兵は、大きな戦いの渦中にいた。
そしてその大きな戦いは、敵軍を余すことなく制圧、オブリビオンフォーミュラも撃破。無事に猟兵側の完勝と相成ったのだ。
その功績を労う場にするのもいいだろう、とグリモア猟兵は言ったのだ。
事実、パームの触り心地の良さそうな狐耳には、この船のあちこちから、自身の武勇伝を語る者や、互いの功績を讃え合い、労い合う者たちの声が聞こえていた。
(……こういう時、人は……誰かと、お酒を飲み交わすんだよね)
――……皆は、誰と一緒に、お酒を飲みたいって思うのかな。
ぴく、と狐耳が揺れた。
店内には、人の声が満ちている。
『いやー、あの時はホント、もう駄目かと思ったぜ!』
『だから油断するなって言ったろ。ま、勝てたからいいけどさ』
『そうそう、こうして今は美味いかき氷食えてるんだし!』
――例えば、一緒に戦った戦友と。
『そういえば、幕府軍の人たちって……』
『あぁ、全部の脅威を払ったんだもの、無傷よ、無傷。
故郷に帰って復興の手伝いをする人も多いらしいわよ』
『そっか、よかった……まぁでも、まずは宴会から始めるかもな』
『あはは、言えてるわね。決死の覚悟で出発したとはいえ、戦に勝った上で生きて帰れたのなら、本人も周りも嬉しいに決まってるはずだもの』
――例えば、生き延びた同胞と。家族と。
(さっきすれ違った二人は……手、つないでたな。
楽しそうに、嬉しそうに、それから……幸せそうに、笑い合ってた)
きっとそれは、二人でオシャレなかき氷を食べに来ただけの幸せではないだろう。いや、間違いなくそれも幸せの形なのだろうけれど、あの二人の笑顔は、それよりも、もっと、もっと。
――例えば、そう。
背に置いて守っていた恋人が無事であったことの幸せ。
目の前で剣を振るっていた恋人が無事であったことの幸せ。
今こうして、また二人で笑い合いながら手をつないで歩けることの、幸せ。
そんな喜ばしい幸せを分かち合いに、彼らは此処へ来ていたのだろう。
(私は……? 私は、誰と一緒に居たいの……?)
こういう時。嬉しい時。
ただいまと言い合って、お疲れ様と言い合って。
本当に良かった、と、言い合う時。
心の中に、チリ、とノイズが走るのを感じた。
そのノイズの正体を確かめるように、あるいはそのノイズを握りつぶして、なかったことにしてしまうために、ぎゅ、と胸に手を当てる。
――心が、どこにあるかなんて知らないけれど。
小さく痛んだ気がしたのは、そこだったから。
『お……ま、…………さま、……お客さま? 大丈夫ですか?』
「えっ……あ、……あぁ、うん……大丈夫」
どこか、とても遠くから聞こえていたような呼び声は、存外すぐ近くから聞こえていた。ふ、と顔をあげると、バーテンダーのような格好をした店員が不安そうな瞳でパームの顔を覗き込んでいる。
シャンパングラスに入ったかき氷がカウンターの上に置かれていた。
「これ、ありがとう」
罰が悪そうに店員から視線を逸らし、グラスを持ってそそくさとその場を離れようとするパームに、店員は屈託のない笑顔を浮かべて言う。
『大丈夫なら良かった! 今日いらっしゃるお客様って、みんな大きな戦いの後で疲れているって聞いていたので……大丈夫なら本当に良かったです、お疲れさまでした。かき氷くらいしかお出しできないですけど、ゆっくり休んでくださいね』
「……ふふ、情報通なんだね。けれど、うん、……ありがとう。……あなたの言う通り、ゆっくり休むことにするよ」
――大丈夫なら良かった。お疲れ様。ゆっくり休んで。
かけられた言葉の全てはきっと本心だ。
そしてそのどれもが、嬉しい心遣いの言葉だった。
けれど。
(…………誰でもいいわけじゃ、ないみたいだ)
――チリ……。チリ……。
片手にはひんやりと冷たいカクテルグラスを持って。
もう片方の手は、ノイズの止まない胸をおさえて。
(……こういう気分の時は、考えすぎない方がいいのかな)
九尾の少女は、その場を後にした。
真っ赤に燃える太陽が、水平線の向こう側へと沈んでいく。
今日という一日の最後の輝きを魅せるかのような強い光は、空も、雲も、海さえも夕焼けの色に染め上げていた。
手近な椅子に腰掛けたパームは、受け取ってきたばかりのシャンパングラスに映る、自分の顔を覗き込む。
沈みゆく夕陽にかざしたシャンパングラス。
良く磨かれたそれを見つめながら過ぎていく時間は、ひどくゆっくりだ。
自然の魅せる雄大な美しさがそうさせているのか、それともどんな風に名前を付けたら良いのかも分からないような感情がそうさせているのかは、わからないけれど。
透き通った黄金色の蜂蜜と、ミルクのかき氷が二層になって詰まった――まるで本当にシャンパンが注がれているような見た目のグラス。
そこに、ゆっくりと長めのスプーンを差し入れる。
くるりくるりとマドラーのように掻き混ぜたスプーンでそのまま氷を掬い上げ、そっと口へ運べば、――例えばそれは、怖い夢を見て眠れなくなってしまった子供に差し出す、蜂蜜入りのホットミルクのような――優しい甘さが、幼い少女の口いっぱいに広がるのだった。
大成功
🔵🔵🔵
徒梅木・とわ
○
ヴィクティム(f01172)と
戦争とはいえね、いくら何でも仕事に熱を入れ過ぎだよキミ
一体全体どれ程勤しんだんだい?
……呆れた。頑張りに優劣をつける気はないが……八月が何日あったか知らないのかね、全く
働いた分の倍は休むべきだ、倍は
さあさ、氷菓でも食べてゆっくりしようじゃあないか
ついでに、くふふ、熱くなった頭も冷やしたまえ
盃を器に使ったかき氷でもあればとわはそれを頂こうかな
無ければ適当な物を任せよう
……状況が状況だけれど、それは勿体ないね
そうしたらこいつは労いも兼ねてだ
食べ逃した分遊び逃した分、とわのかき氷、一口でも二口でも好きに食べたまえよ
これからは少しでも増えるといいね、こういう時間がさ
ヴィクティム・ウィンターミュート
〇
・とわと(f00573)
ハァ、かき氷ねぇ
そんなに仕事した感じはしないんだけど…まぁ、グリモア猟兵の要請換算で…80件くらいじゃねえか?
他の連中のほうが頑張ってるよ、遥かにな
…いや、倍も休むのはやりすぎだろ。色々情勢動いてるし。
んじゃー俺、ジョッキのかき氷がいい。料多そうだし
──8月は殆ど出張ってて、こういうもん全然食わなかったなぁ
遊んでる暇が無さ過ぎっつーか、グリモアベースに戻らないで数件はしごもしたし…
…ん、まぁ…エンパイアが救われて何よりだよ
礼は他の連中にも言ってやれよ?功労者はそいつらだからな
は?いいのかよ…んじゃ貰う
いただきます…あっ、うまいっ
──随分と久しぶりに、休暇取ったなぁ…
●
辺り一面が真っ赤だった。
まるで燃えているかのような赤だった。
けれどそれは戦火のような禍々しい赤ではなく、
大切なものを燃やし尽くすような恐ろしい赤でもなかったから。
今日を生き抜いた者を労わるように、優しく温めてくれる赤だったから。
だから、そんな赤に染まった空も、海も、砂浜も。
――。
――――。
――大体、大体だ、と徒梅木・とわ(流るるは梅蕾・f00573)は繰り返す。
「戦争とはいえね、いくら何でも仕事に熱を入れ過ぎだよキミ」
砂浜を歩く足取りは随分とゆっくりだった。
「あんなになるまでやるなんて……一体全体どれ程勤しんだんだい?」
そう言ってちらりと……いや、少しばかりじろりと、眼鏡の奥から紅梅色の瞳が覗く。そして問いの答えを良く良く聞いてやろうと言わんばかりに、とわの白い狐耳がより一層ぴん、と立ちあがった。
そんな、およそ従業員の態度ではないとわの尋問に、最早どちらが上司なんだか分かったものじゃない、とヴィクティム・ウィンターミュート(impulse of Arsene・f01172)は肩をすくめた――が、勿論その程度で引き下がってくれるような彼女でないことは、他でもない雇い主である彼が誰より良く知っている。
「そんなに仕事した感じはしないんだけど……。
まぁ、グリモア猟兵の要請換算で、……えーと…………」
だからヴィクティムは、馬鹿素直に、馬鹿正直に、ひぃ、ふぅ、み、と無機質な指を折って、そして程なくして両手の指、両足の指を折る意味の無さに辿り着き、復旧したてのデータベースを掘り起こした。
「……80件くらいじゃねえか?」
「……呆れた」
とわの視線が和らぐことは無かった。
それどころか間髪入れずに、大きな溜息をこれみよがしについてみせる。
いつもは揺蕩うように揺れている大きな尻尾も、今は心なしかその揺れ方に棘を感じるし、もしも水面が近ければきっと波立っていただろう。
お叱りは既に充分に受けたつもりだったのだが、ひょっとして充分だと思っていたのは自分だけだったのかもしれない。さてどうしたものかと苦笑を浮かべながら、それでもヴィクティムは、思ったことを、思ったままに言う。
「他の連中のほうが頑張ってるよ、……遥かにな」
「頑張りに優劣をつける気はないが……」
――キミが頑張ってくれたことは、誰の目から見ても明らかな事実だろうに。
額に手を当てて、とわはもう一度深い溜息をついた。
「八月が何日あったか知らないのかね、全く」
答えは三十一日。
一日一件どころか、一日に二件の仕事をこなしたとしても計算が合わない。
ここまで戦場を走り回った猟兵を、少なくともとわは、彼の他に知らない。
「働いた分の倍は休むべきだ、倍は」
「……いや、倍も休むのはやりすぎだろ。色々情勢動いてるし」
お前も知ってるだろ、と苦笑いを浮かべ続けるヴィクティムの言が、とわに届くことはなかった。さっきまであんなにぴん、と立ち上がっていた彼女の耳はわざとらしくぺたりと畳まれ、文字通り、聞く耳を持っていなかったからだ。
そして耳どころか瞼まで下ろして、三回目の大きな溜息。
「……兎に角だ」
それを区切りにするかのように、畳まれていた耳を再びぴん、と立ち上げて、閉じていた瞼をゆっくりと開き、くふ、と笑ってヴィクティムを見る。
「今日は氷菓でも食べてゆっくりと、キミの休みの、最初の一歩としようじゃあないか。ついでに……くふふ、熱くなった頭も冷やしたまえ」
尻尾は、揺蕩うように揺れていた。
砂浜を歩く足取りは、随分とゆっくりなままだった。
『お待たせいたしました、ごゆっくりお過ごしください』
「どーも……っと、よしよし、あんな洒落たグラスじゃ腹も膨れねーしな」
ヴィクティムが受け取ったのは、ビアジョッキに並々と注がれたキンキンのビール……のように見える、甘酸っぱいハニーレモンシロップのかかったかき氷。
食べ応えのありそうな見た目に満足そうに頷きながら、さてあいつはどんなかき氷を頼んだのだろう、と横を見ると、
「やぁ、どうもね、どうも。
くふふ、これはまた、紅と白で縁起の良い……おや、どうしたんだい?」
五寸ほどの朱塗りの盃にこんもりと盛られた、真っ白い雪山を受け取るとわの姿。
一見して何のシロップも掛かっていないように見えるそれを、不思議そうに見つめるヴィクティム。そしてその視線に気が付いたとわが、こちらもまた不思議そうに首を傾げる。
「いや……素材の味を大切にするヤツなんだなぁって……」
「……へ?」
―――――ふたりの間に、しばしの沈黙が流れた。
「あっはっは、いやぁ、まさか雇い主殿が甘酒をご存知なかったとは知らずに、とわってば悪いことをしてしまったねぇ……氷そのものを味わうというのも、それはそれでまた乙なものだろうけれど、いやはや……」
――店内よりもずっと解放的なテラス席。
安っぽいプラスチックホワイトの椅子に腰掛けたとわは、くふ、くふふふ、と笑いを堪えるのに必死で――全然堪えられてないのだが――甘酒のかき氷を食べる手は一向に進んでいない。
「うるせぇ、甘酒くらい聞いたことあるって! 大体見た目が真っ白で分かんなかったんだよ……っつーか笑いすぎだろ!」
対してヴィクティムはと言うと、半ば照れ隠しの自棄食い。
ジョッキのかき氷を掘っては頬張り、掘っては頬張り。
なるほど、確かに口いっぱいに頬張ったかき氷を飲み下せば、熱くなった頭や顔や、その他色んなものを少しだけ冷やしてくれる気がした。
「……っ、……あ゛ー……」
一気に食べた事による、きん、とした頭の痛みに額を押さえる。
それすらも、数多の戦地で負った傷に比べればなんと心地のいいことか。
痛みのピークが過ぎ去った辺りで、頭の火照りも収まった。今度はきちんと味わうように、しゃくりと小さめのひとくちを頬張って、咀嚼する。
「思えば八月は殆ど出張ってて……こういうもん全然食わなかったなぁ。遊んでる暇が無さ過ぎたっつーか……グリモアベースに戻らないで数件はしごもしたし」
「あぁ笑った……おや、状況が状況だけれど、それは勿体ないね。まぁ、先の件数を聞くに、大方そんな所じゃないかとは思っていたけれど」
やれやれと落ち着いたように一息ついたとわも、ようやく自分のかき氷に手を付けた。ヴィクティムの言う通り、確かに真っ白な見た目のかき氷だ。
口に運びいれた途端、芳醇な甘さが口の中を満たす。
そこで初めて、きちんとシロップがかかっていたことを実感できる。
「……ん、まぁ……エンパイアが救われて何よりだよ」
それに比べれば何ということはない、とでも言いたげな彼の口調に、またひとつ小言を言いたくなったとわは口を開きかけた――が、すんでの所でかき氷を頬張り、しゃくりしゃくりと頭を冷やす。
「うん、そうだね。……改めて、礼を言おう」
とわの口腔に満ちるその味は、何処となく懐かしくて、円やかで、優しくて。
「礼は他の連中にも言ってやれよ? 功労者はそいつらだからな」
生まれ育った故郷、守りたかった故郷、守り切ることのできた――向かい合った少年を大きく含む、沢山の人の力に救ってもらえた故郷に想いを馳せるには、充分すぎるもので。
「あぁ、それは勿論だともさ。
でも、今のとわの目の前に、とわの知る功労者はキミしかいないからね」
「は? え、これ、……」
そう言うと、とわは朱塗りの盃をすすす…とヴィクティムの方へ滑らせて。
「――だから、こいつは労いも兼ねてだ。
……ほら、甘酒を知る良い機会にもなるだろう?」
くふふ、と少しだけ悪戯っぽい従業員の笑みに調子を狂わされそうになりながらも、何せ十七歳食べ盛り、くれるというのなら手は伸びる。
ペース良く食べていたヴィクティムの方のかき氷はというと、残りはすでに三分の一ほど。量が少なければそれだけ溶けるのも早い。あとはそれこそ夏場のビールよろしく、一気に飲み干した方が早いくらいだった。
「いいのかよ、んじゃ貰う。いただきます……あっ、うまいっ」
酒と名がつくのに未成年でも口にして良いのだから不思議なものだ――と思いながら頬張った真っ白なかき氷は、さっきまで食べていたハニーレモンとは全く違う甘さだった。それどころかこれまで口にしてきたどんな甘さとも違う、優しく円やかな甘さに、ヴィクティムは思わず目を丸くする。
その様子を見てうんうんと満足気に頷いたとわは、ヴィクティムの反対側からしゃく、とスプーンを差し入れて。
「くふふ、なかなか良い顔をするじゃあないか。気に入ってくれたのなら尚更だ、食べ逃した分遊び逃した分、とわのかき氷、一口でも二口でも好きに食べたまえよ」
大きな雪山を挟んで、赤い夕陽に照らされて。
他愛ないけれど、優しくて、穏やかな時間が過ぎていく。
――。
――――。
かき氷を食べ終わると、また、ゆっくりとした歩みが始まった。
夕陽の放つ真っ赤な光芒は、きっと今がピークだろう。
「──随分と久しぶりに、休暇取ったなぁ……」
赤く眩い光に目を細めながら、しみじみとヴィクティムが呟く。
口の中には、まだほのかな甘みが残っていた。
前回に取った休暇がいつだったのか、何をしたのか。
その記憶から取り出すのに、よりにもよってこの少年が時間をかけるほど、食事も睡眠も極限を越えて削り、戦地を駆けたこの一か月の情報量は多かった。
戦いひとつ起きない平和なビーチにゆったりと遊びに来て、まったりと甘い物を食べて、そしてこうしてまた、夕陽を眺めながらゆっくりと歩いて帰っていく。
「これからは少しでも増えるといいね、こういう時間がさ」
――まぁ、『休み』の最初の第一歩としてはまずまずだろう。
赤く眩い光に目を細めながら、とわはゆらりと尻尾を揺らした。
辺り一面が真っ赤だった。
まるで燃えているかのような赤だった。
けれどそれは戦火のような禍々しい赤ではなく、
大切なものを燃やし尽くすような恐ろしい赤でもなかったから。
今日を生き抜いた者を労わるように、優しく温めてくれる赤だったから。
だから、そんな赤に染まった空も、海も、砂浜も。
それから、隣を歩く人の横顔も。
少しだけ、安心して見ていられた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵